老朽化で寿命迎える街の図書館を町民ら主導でリノベ!テラスで日光浴、おしゃべりOKの素敵空間に生まれ変わった「瑞穂町図書館」 東京・瑞穂町

1950年に図書館法が制定されてから、戦後全国で次々と誕生した図書館。今、過渡期を迎えています。これらの建物が老朽化しており、いっせいに寿命を迎えているのです。東京都・西多摩郡瑞穂町の「瑞穂町図書館」にもこうした課題がありましたが、これまでの建物をあえて残しながら改修し、新たな空間をつくり上げる道を選びます。そして「誰もが居心地の良い、街のいこいの場」の機能を加えたのです。こうした改修プロジェクトを主導したのは、町民たち。どのような歩みを経てきたのでしょうか。図書館改修事業に携わった方の思いをお聞きしました。

街のリビングのような、心ゆるせる場所

東京都心の北西部にある人口3万2000人ほどの小さな町、西多摩郡瑞穂町。最寄駅である箱根ヶ崎駅には、東京駅からは電車で1時間半ほど乗ると到着します。町内には狭山丘陵の一角があり、背景には緑豊かな山並みも目にすることができます。

街の中央部にある瑞穂町図書館は、2022年3月にリニューアルオープンしました。コンセプトに掲げているのは、「本や人とゆるやかにつながり、自分の居場所と感じられる図書館」。そのテーマどおりに、図書館内のほとんどのスペースでおしゃべりや飲食がOKで、多くのくつろげるスペースがあります。

夕方になると緑のネオンサインが点灯。浮かび上がる姿は幻想的です(写真撮影/片山 貴博)

夕方になると緑のネオンサインが点灯。浮かび上がる姿は幻想的です(写真撮影/片山 貴博)

1階エントランスを入るとすぐ目に入るスペース。おしゃべりも、読書も、ワークショップも。あらゆることができるリビングのようなエリアです(写真撮影/片山 貴博)

1階エントランスを入るとすぐ目に入るスペース。おしゃべりも、読書も、ワークショップも。あらゆることができるリビングのようなエリアです(写真撮影/片山 貴博)

2階建ての図書館には、開口部全面に配置されたロングソファや、木製のボックス型読書ブース、Wi-Fiと電源が完備された無料のブース型ワーキングスペースなど、あらゆる人が快適に過ごせる空間が用意されています。

緑に囲まれたロングソファコーナーはまるでリゾート地で読書をしているかのような雰囲気を味わえます(写真撮影/片山 貴博)

緑に囲まれたロングソファコーナーはまるでリゾート地で読書をしているかのような雰囲気を味わえます(写真撮影/片山 貴博)

黙々と一人で読書や仕事をすることができるパーソナルブースには、開館と同時に人が集まっていました(写真撮影/片山 貴博)

黙々と一人で読書や仕事をすることができるパーソナルブースには、開館と同時に人が集まっていました(写真撮影/片山 貴博)

配置されている書棚も、本に手が伸ばしやすいように、フロア全体が背の低い書棚で囲まれています。さらには子どもが手に取りやすいサイズの書棚に、ゆるやかなカーブを描いた面陳列の木製書棚も印象的です。ゆったりとしたスペースや通路に、あたたかみのある木製の家具でつくられたやわらかな空間。

10代の学生たちに向けた本を集めたコーナー。手に取りやすい高さになっています(写真撮影/片山 貴博)

10代の学生たちに向けた本を集めたコーナー。手に取りやすい高さになっています(写真撮影/片山 貴博)

靴を脱いでくつろぐことができる、子ども向けのコーナー(写真撮影/片山 貴博)

靴を脱いでくつろぐことができる、子ども向けのコーナー(写真撮影/片山 貴博)

ボックスブースでは、落ち着いて飲食、勉強、打ち合わせも可能です(写真撮影/片山 貴博)

ボックスブースでは、落ち着いて飲食、勉強、打ち合わせも可能です(写真撮影/片山 貴博)

瑞穂町にゆかりのある大瀧詠一さんが発表されたレコードを集めたコーナー(写真撮影/片山 貴博)

瑞穂町にゆかりのある大瀧詠一さんが発表されたレコードを集めたコーナー(写真撮影/片山 貴博)

そこでは新聞を広げてくつろぐ人や、仕事や勉強に夢中になる人、黙々と本を読む人などと、思いおもいの時間を過ごす風景が広がります。なかには開館と同時に来館し、一日中図書館に浸る人も。まるで自分の家のリビングでくつろぐかのような雰囲気です。とはいえ、お互いにやりたいこと、求める空気感など、相手を尊重し合いながら秩序を保っています。

晴れた日は2階のテラスも利用できます。日光浴をしながらコーヒーを飲み、読書をすることができるなんて、なんて最高なのでしょう(画像提供/瑞穂町図書館)

晴れた日は2階のテラスも利用できます。日光浴をしながらコーヒーを飲み、読書をすることができるなんて、なんて最高なのでしょう(画像提供/瑞穂町図書館)

「ここは誰もがいてよい場所。なので、私たちからは”こうしろ”、”ああしろ”と強制はしません。ですが、例えば”今あそこには誰々がいて、こんなこと気にしているみたいよ”と促しはします。自発的に相手のことを考えてもらうために、そっとサポートをするイメージです」と、司書の西村優子さんは話します。

新しくするのではなく、今ある施設の魅力を活かす

「実はこの図書館は、私と生まれ年が同じなんです」
瑞穂町生まれの前館長・町田陽生さんはそう話を切り出します(取材当時は館長)。

リニューアル前の図書館は築45年で、設備の老朽化が目立ち、若年層の来館者が伸び悩んでいたことが気がかりでした。おまけにエレベーターもなく、車いすの人にも訪れにくい環境。なんとか変えたいと、誰もが利用しやすく快適な図書館へと改修するプロジェクトがはじまったのです。

瑞穂町は全てを新たに建て直すのではなく、既存の建物を活かすために一部減築をした上で、新たな建物を増築するという、2つの方法を組み合わせて改修する道へと踏み切ります。

せっかく改修するならば、何としても多くの人に訪れてもらえるようになりたいと願っていたと、前館長の町田さんは話します(写真撮影/片山 貴博)

せっかく改修するならば、何としても多くの人に訪れてもらえるようになりたいと願っていたと、前館長の町田さんは話します(写真撮影/片山 貴博)

「限られた期間と予算のなかで事業を進めていく必要がありました。図書館は駅から離れた位置にあり、立地も良いとはいえない場所です。ここで改修をするにあたり、どうすれば多くの方に来ていただき、町民に愛される図書館にできるかと模索する毎日でした」町田さんは、こう振り返ります。

建物改修と並行して、「図書館がどうあってほしいのか」という、ソフト面を考える取り組みも行うことになりました。そこで町は、住民参加型ワークショップを開催するべく、場を立ち上げたのです。

町民のやりたいこと、かなえたいことを集めて実現していく

ワークショップは、瑞穂町図書館のリニューアルの屋台骨を決めるものとなりました。

図書館の基本計画の策定段階である2019年に「図書館をみんなで考え・つくるワークショップ」を3回、その後2021年には「図書館をみんなで考え・活用するワークショップ」を3回開催。合計167人の、親子連れや学生、お年寄りなど幅広い世代の町民が参加しました。

彼らの描いていた図書館の理想像は「おしゃべりをしながら本を読みたい」「コーヒーが飲める場所がほしい」「Wi-Fiが使えるようになってほしい」「子どもが泣いてしまってもいいようなスペースがほしい」というものでした。

町民の声をもとにドリンクマシーンを設置。館内で自由に飲むことができます(写真撮影/片山 貴博)

町民の声をもとにドリンクマシーンを設置。館内で自由に飲むことができます(写真撮影/片山 貴博)

もちろん町民全ての願いをかなえられたわけではありません。ですが、一つひとつ耳を傾け、願いを実現することで、町の人にとって「居心地のよい場所」が生み出されたのです。
こうした街の人との意見交換では、新たなコミュニティも誕生しました。それが「図書館ファンクラブ」です。集まった10名ほどのメンバーは、図書館のスペースを使って、イベントの企画や運営を担っているのです。こうした積極的に関わってくれる街の人が増えたことで、図書館は活気にあふれるようになりました。

この日は反物の端切れを使って、ブックカバーをつくるワークショップを行っていました(写真撮影/片山 貴博)

この日は反物の端切れを使って、ブックカバーをつくるワークショップを行っていました(写真撮影/片山 貴博)

ファンクラブのメンバーの一人である村上豊子さん。彼女は腹話術の人形をあやつり、語り部をしています。この日は相棒である人形の「くりちゃん」とともに、図書館に足を延ばしていました。リニューアルした図書館のことをこう話します。

「これまで町の人は、地域活動の場所が限られていたんです。こういった場所ができて、積極的にイベントができるのはうれしいですね。子どもたちと接する機会が増えたことも喜びの一つです」

村上さんの相棒、腹話術人形の「くりちゃん」とともに(写真撮影/片山 貴博)

村上さんの相棒、腹話術人形の「くりちゃん」とともに(写真撮影/片山 貴博)

本を手にしたら、新しい発見がある書棚を目指す

リニューアルのもう一つのテーマは、書籍の配置の見直しでした。ここでは、テーマ配架が取り入れられたのです。テーマ配架とは、日々の暮らしに近いテーマや地域に根ざしたテーマなど、瑞穂町独自の6つのテーマで本を分類して並べることです。

図書館といえば日本十進分類法(NDC)での区分が知られているところ。例えば「文学」「哲学」「産業」などと聞くと、誰もが思い出すかもしれません。しかし、瑞穂町図書館ではその分類の根底を残しつつも、とらわれすぎない独自の6つのテーマを設定したのです。

例えば生活を豊かにする本が並ぶ「QOL(クオリティー・オブ・ライフ)」や、瑞穂の地域について学ぶ本が並ぶ「みずほ学」、10代の若者に寄り添ったテーマの本「ティーンズ」などといったセグメントです。訪れる人の目的や興味で本が探せる配置になっています。司書たちはこの6つのテーマに沿って、自らが選書や配置をしているのです。そのスタイルは、まるで、独立形書店のようでもあります。

瑞穂町の歴史や、瑞穂町にある企業にまつわる本が集められた「みずほ学」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

瑞穂町の歴史や、瑞穂町にある企業にまつわる本が集められた「みずほ学」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

そもそもこの本の並べ方も、町民とのワークショップで意見を聞いて取り入れたのだとか。
「子どもがメダカを飼いたいって言ったときに、メダカの生態の本も、メダカの飼い方の本も見たいじゃないですか。でもこの2つって全然違う場所に配置されているんです。あっちもこっちも行き来するって大変ですよね。じゃあ、どういう本棚の構成だったら探しやすいのだろう?と。そしてわかったのが、テーマを設けて本を並べるということだったのです。お子さんにも、感覚的にわかりやすいような本棚になったんですよ」と司書の西村さんは笑顔で語ります。

こうした配置によって生まれたうれしい変化がありました。関連する本をついでに2冊、3冊と借りて行く人が増えたことです。

子育てを支える本や、子どもたちに手にしてほしい本が集まる「みずほ育」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

子育てを支える本や、子どもたちに手にしてほしい本が集まる「みずほ育」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

町田さんはこう続けます。

「その人の求めている知的欲求がより深まるといいますか。本と本、人と人のつながり、こういうコンセプトがにじみ出た本棚でもありますね」

生活を豊かにする本が集う「QOL」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

生活を豊かにする本が集う「QOL」コーナー(写真撮影/片山 貴博)

町民の手で、町民の知識で、この場所での体験を自分ごとにしていく

リニューアル後、来館者も増加。2018年度と比較すると約2倍に増えました。これは純粋に書籍を借りる人だけではなく、ここに憩いを求めて訪れている人も含まれているそうです。でもそれでいいと西村さんは言います。

「本のある空間に触れること、これが大切だと思うんです。小さいころから”なんとなく本のある空間”に身を置くことで、将来大きくなったときにここに戻ってきてくれる。そうあってほしいなと願って、くつろぐ、おしゃべりするだけでも足を延ばしてほしいと思っているのです。町の人の憩いの場であることが一番ですから」

本の配置に試行錯誤したことを話してくれた西村さん。全国にある図書館を視察して研究しているそうです(写真撮影/片山 貴博)

本の配置に試行錯誤したことを話してくれた西村さん。全国にある図書館を視察して研究しているそうです(写真撮影/片山 貴博)

今、図書館のあり方は大きく変わっています。西村さんは「この町を愛する人たちが自分の手でここをよくしていくこと。それが愛着を生み出しているのだと思います。まだまだやれることはあります。町民の力を借りながら、私たち職員はよりよい選書とは? もっと快適なスペースつくりとは? と、じっくり考えていきたいです」と話しました。

課題はもちろん残ります。この図書館は役場の職員が運営をしているため、誰かが異動をすると仕組みを維持しにくくなる恐れがあるのです。そこは、これから担い手を増やしていくよう工夫をしていく必要がありますが、町民にとっても役場の職員の皆様にとってもやりがいはありそうです。

瑞穂町図書館のみなさん。日々の運営のために、積極的にアイデアを出し合っているそうです(写真撮影/片山 貴博)

瑞穂町図書館のみなさん。日々の運営のために、積極的にアイデアを出し合っているそうです(写真撮影/片山 貴博)

取材の最後に西村さんは、こう話してくれました。
「今、全国各地で、図書館のあり方について考える必要が出てきています。ただ課題があっても、民間業者に委託する方法以外にも解決方法はあるのだと思います」
たしかに、自分たちの手で工夫をしていくことはできるのでしょう。時代は変わるので、図書館の役割も変わって当然。その工夫ができれば、もっと自分たちにとって心地よい施設になりそうですね。

●取材協力
瑞穂町図書館

ニューヨークのおうち訪問。米仏クリエイター夫妻が子ども達と暮らす、本に囲まれたブルックリンの築140年アパートメント

アメリカ・ニューヨークのマンハッタンからイースト川を越え、南東部に広がるブルックリン。ゆったりとした自由な空気が流れ、モノづくりも盛んで、クリエイターやアーティストが多く移り住んでいる場所です。ギャラリー、壁画、若手起業家が興したブルワリーやウイスキー醸造所など、クリエイティブでおしゃれなものがあふれています。ブルックリン美術館や植物園、森のように広くて緑豊かなプロスペクトパーク(Prospect Park)など自然や文化的施設にも恵まれ、閑静な住宅街はファミリー層に人気です。プロスペクトパークから目と鼻の先にある、3階建ての築140年になる歴史的なアパートメントビル最上階に住むクリエイター一家のお宅を訪れました。

フランス人はブルックリンがお好き?

市民の憩いの場であるプロスペクトパークの隣に面する閑静なパークスロープ地区の一角に、クリエイターのファミリーが暮らすアパートメントがあります。写真史家&インディペンデント・キュレーターとして活動するポリーヌ・ベルマール(Pauline Vermare)さんと、夫でビデオ・プロデューサーのマーク・レッサー(Marc Lesser)さん、10歳の長男サムくん、そして猫のウーディーくん(16歳)&犬のアーチーくん(4歳)が仲良く暮らす明るいお部屋です。

リビングルームは窓が多くて明るく、大きなカウチを置いてもまだスペースが余りあるほどゆったりと広いスペース。右側にもさらに小部屋が続く。築140年のアパートメントだが、室内はリノベーションされしているので年月や古さはまったく感じない(写真撮影/Masao Katagami)

リビングルームは窓が多くて明るく、大きなカウチを置いてもまだスペースが余りあるほどゆったりと広いスペース。右側にもさらに小部屋が続く。築140年のアパートメントだが、室内はリノベーションしているので年月や古さはまったく感じない(写真撮影/Masao Katagami)

ポリーヌさんはICP(ニューヨークの有名な写真博物館)の元キュレーターで、現在はブルックリン美術館の写真キュレーター。夫マークさんと長男サムくんとこの家で暮らし始めて6年。「アーチー(犬)は4年前にテキサスからアダプト(保護)。16歳のウーディー(猫)はフランス出身のフランス人よ」 (写真撮影/Masao Katagami)

ポリーヌさんはICP(ニューヨークの有名な写真博物館)の元キュレーター。夫マークさんと長男サムくんとこの家で暮らし始めて6年。「アーチー(犬)は4年前にテキサスからアダプト(保護)。16歳のウーディー(猫)はフランス出身のフランス人よ」 (写真撮影/Masao Katagami)

「光がふんだんに差し込む明るいお部屋でとても気に入りました」。ポリーヌさんは夫と家探しをしていた際、この家に足を踏み入れた時の印象をそう振り返ります。「あとは細部の内装ね。レトロなモールディング(※)やガラスの柄などのディテールが昔ながらの技法で芸術的でとても繊細なデザインなんですよ」

※モールディング…壁や天井、ドアや家具など内装の細部に施した帯状の装飾のこと。床と壁の継ぎ目の巾木など枠どりを装飾したり、部材の接合部を美しく魅せる効果がある

ところどころにあるモールディング、白壁にかけられた絵画や写真、暖炉や観葉植物などの配置やバランスが絶妙。「このお家を気に入った理由は明るさとレトロな装飾なの」(ポリーヌさん)(写真撮影/Masao Katagami)

ところどころにあるモールディング、白壁にかけられた絵画や写真、暖炉や観葉植物などの配置やバランスが絶妙。「このお家を気に入った理由は明るさとレトロな装飾なの」(ポリーヌさん)(写真撮影/Masao Katagami)

キッチンとリビングの間のダイニングスペース(写真撮影/Masao Katagami))

キッチンとリビングの間のダイニングスペース(写真撮影/Masao Katagami)

ダイニングスペースのドアのガラス窓の柄。ほかにもモールディングやステンドグラスなど細部のディテールが美しい(写真撮影/Masao Katagami)

ダイニングスペースのドアのガラス窓の柄。ほかにもモールディングやステンドグラスなど細部のディテールが美しい(写真撮影/Masao Katagami)

「公園、子どもの学校、地下鉄の駅これらすべてが2、3ブロック圏内でとても便利な場所なんです。迷いなくこの家は運命だと思いました」(ポリーヌさん)

アパートからすぐそばにある大自然豊かな市民の憩いのプロスペクトパーク 。マンハッタンのセントラルパークと同じ設計者、フレデリック・ロー・オルムステッド(Frederick Law Olmsted)とカルバート・ヴォー(Calvert Vaux)によるもので、どこかセントラルパークと似ている。子育てや犬の散歩にも適した環境 (写真撮影/Masao Katagami) 

アパートからすぐそばにある大自然豊かな市民の憩いのプロスペクトパーク 。マンハッタンのセントラルパークと同じ設計者、フレデリック・ロー・オルムステッド(Frederick Law Olmsted)とカルバート・ヴォー(Calvert Vaux)によるもので、どこかセントラルパークと似ている。子育てや犬の散歩にも適した環境 (写真撮影/Masao Katagami) 

フランス出身、日本育ち→NY在住

運命の出逢いはこれだけではありません。

フランス・パリで生まれ、リヨンで育ったポリーヌさん。家庭の事情で10歳から14歳まで東京の笹塚で、さらに14歳から17歳まで香港で育ったそうです。ニューヨークに住むようになったきっかけは2009年、MoMA(モマ=ニューヨーク近代美術館)で開催されたフランスの写真家アンリ・カルティエ-ブレッソン(Henri Cartier-Bresson)のショーで、アシスタント・キュレーターを務めたことでした。

キッチンとリビングの間にあるダイニングルーム。キッチンの奥はベッドルームと子ども部屋が広がる(写真撮影/Masao Katagami)

キッチンとリビングの間にあるダイニングルーム。キッチンの奥はベッドルームと子ども部屋が広がる(写真撮影/Masao Katagami)

渡米3週間が経ったころ、道端であるアメリカ人男性とひょんなことから出会いました。2人には写真家のソール・ライター(Saul Leiter)の下で働いている共通の友人がいることがわかり、意気投合したそうです。この男性(マークさん)こそがポリーヌさんの未来の夫となる人でした!2人の出会いのきっかけになったということで、結婚の際はライター氏から結婚祝いが贈られたそうです。

そうやってファミリーとなった今、ブルックリンに住むようになった理由を尋ねると、ポリーヌさんはこのように説明します。

「冷蔵庫も作業用カウンターも大きくて料理がしやすく気に入っている」と言うキッチン。家族のためにスタッフド・ベジタブル(野菜の詰め物)などフランス料理をつくることも多いという(写真撮影/Masao Katagami)

「冷蔵庫も作業用カウンターも大きくて料理がしやすく気に入っている」と言うキッチン。家族のためにスタッフド・ベジタブル(野菜の詰め物)などフランス料理をつくることも多いという(写真撮影/Masao Katagami)

「フランス人ってなぜだかブルックリンが好きなんです。たぶん少しフランスに似たヴィンテージな街の感じとか、交通の便も良くておいしいバゲットも買えるところとか、そういう理由からだと思うんです。素朴な『小さな村』のようなこの街の雰囲気もフランス人が好きなところなんですよ」

ポリーヌさんとマークさんが結婚して住んだアパートメントは、地下の暗い部屋だったそうです。そこで数年暮らし、息子のサムくんを出産。2017年に新居探しをはじめました。

「ニューヨークで良い家に出合うのは簡単なことではないのです。どの物件もとても高額だし、競争率が高くて良い条件のものはキャッシュ払いが可能な客にすぐに買われてしまいます。そんな事情もあり、この家に出合った時、不動産ブローカーに『気に入ったのなら今すぐ決めないと、すぐに取られてしまいますよ』と言われ購入を決めました。そしてこの決断は大正解でした」

小部屋から見たリビングルーム(写真撮影/Masao Katagami)

小部屋から見たリビングルーム(写真撮影/Masao Katagami)

1886年(推定)に建てられた光がふんだんに降り注ぐ素敵なレトロ・アパートメントは、まさにやっと出合えた物件でした。

この日はちょうどサムくんの友人も遊びに訪れていた。天井の高さを生かし、子ども部屋はハイタイプのロフトベッドを配置。下のスペースを有効活用している(写真撮影/Masao Katagami)

この日はちょうどサムくんの友人も遊びに訪れていた。天井の高さを生かし、子ども部屋はハイタイプのロフトベッドを配置。下のスペースを有効活用している(写真撮影/Masao Katagami)

子ども部屋からの景色。「今の季節、ここからの景色が大好きなの」とポリーヌさん(写真撮影/Masao Katagami)

子ども部屋からの景色。「今の季節、ここからの景色が大好きなの」とポリーヌさん(写真撮影/Masao Katagami)

ニューヨーカーらしく、本にあふれた暮らし

コロナ禍以降リアル書店が次々に復活するほど本好きな人が多いことで知られるニューヨーク。ポリーヌさんが日本育ちということも影響し、部屋のところどころに配置された日本の小物に加え、ニューヨーカーらしく本棚には本がぎっしり並んでいるのも特徴です。

リビングルームの横にあるスペースを生かし、ここにも本棚とカウチが置かれている(写真撮影/Masao Katagami)

リビングルームの横にあるスペースを生かし、ここにも本棚とカウチが置かれている(写真撮影/Masao Katagami)

ポリーヌさんが専門家としてコメントを寄せてきた書物。そして愛着のあるそろばん。そろばんは10歳から4年間、教室に通っていた時に使っていたもの。「3級を取ったわ。息子にもたまに教えているんですよ」(写真撮影/Masao Katagami)

ポリーヌさんが専門家としてコメントを寄せてきた書物。そして愛着のあるそろばん。そろばんは10歳から4年間、教室に通っていた時に使っていたもの。「3級を取ったわ。息子にもたまに教えているんですよ」(写真撮影/Masao Katagami)

いつも家族のそばにいる犬のアーチーくん。この街ではペットも歴とした家族の一員(写真撮影/Masao Katagami)

いつも家族のそばにいる犬のアーチーくん。この街ではペットも歴とした家族の一員(写真撮影/Masao Katagami)

本好きであることが伝わってくる家づくりですが、なんと彼女自身が今年6月に新書を出版するそうです!これまでソール・ライター、また日本の写真家・川田喜久治氏が2022年に発売した写真集『ヴォルテックス』についてのエッセイ本をいくつか出版してきた彼女ですが、6月に発売される新書は彼女自身が本の共同編集を初めて手掛けたそう。

ポリーヌさんが出版するのは『I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』($75)という本です。1950年代以降に活躍した原美樹子、野村佐紀子など約100人の日本人女性フォトグラファーを考察し紹介するものです。この本はアメリカのみならず、日本とフランスでも、それぞれの言語の翻訳版の出版が決まっています(こちらのタイトルや表紙デザインは現在制作中)。

なぜフランス出身である彼女が日本人女性写真家に興味があるのかと尋ねたところ、「日本で育ったから」というのが大きな理由の一つでした。ただ、そのほかの理由も興味深いです。

「日本では19世紀以降すばらしい写真作品がたくさん生み出されたのに、海外では日本の森山大道やアラーキー(荒木経惟)など男性写真家が知られているだけで、女性写真家についてはほとんど知られていないのが現状です。それで私はすばらしい日本人の女性写真家の歴史を世界に紹介したいと思いました。それがこの本づくりのきっかけでした」

ポリーヌさんによれば、日本のみならず自身の出身地・フランスや現在住んでいるアメリカでも、男性写真家に比べて女性写真家に脚光が当たることは少ないとのこと。「私はその壁をぶち破り、日本人の女性写真家の活躍や表現力を示したかったのです」

『I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』 (写真提供/Pauline Vermare)

『I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』 (写真提供/Pauline Vermare)

ほかにも、夫マークさんとコラボして制作した短編ドキュメンタリー映画が、今年4月から7月までアイルランド写真美術館(Photo Museum Ireland)で上映されます。これは日本人写真家・岡村昭彦氏のアイルランドでの人生と仕事を紹介した作品です。

岡村昭彦氏関連は、「『I’m So Happy ~』の編集後、本の編集も手掛けました。こちらは4月に出版しました」とポリーヌさん。

『Akihiko Okamura, Les Souvenirs des Autres 』 (写真提供/Pauline Vermare)

『Akihiko Okamura, Les Souvenirs des Autres 』 (写真提供/Pauline Vermare)

ブランド物から道で拾ったアンティークまで

クリエイターとして忙しい日々を過ごすポリーヌさんとマークさん。最後に、夫妻のお気に入りのお店やブランドを教えてもらいました。

「たくさんあるけど、家のすぐ近所にあるミシュラン星を獲得したイタリア料理店のフローラ(Flora)は共にコロナ禍を乗り越えた今、私たちにとって家族のような存在で、大好きなお店です。家具のお気に入りのお店で言うと、リビングにあるランプはブルードット(Blue Dot)、カーペット(ラグ)はサファビア(Safavieh)のもの。カウチはABCカーペット&ホーム(ABC Carpet & Home)のもので、来週配達予定の新しいカウチはボーコンセプト(Bo Concept)で購入しました。探せば良いものがたくさんある街ですが、ストリートにも素敵な年代物の家具が落ちていることがあるんですよ。これらもストリートでたまたま見つけたものです」と言って、年代モノの素敵なアンティークの鏡とサイドテーブルを見せてくれました。

「サイドテーブルと鏡は道で見つけたものなんです」(ポリーヌさん)。路上にお宝がよく落ちているニューヨーク。引越しの際に人々が不要な物の処分のためにストリートにわざと置いて行き、必要な人がそれを勝手に持って行く(写真撮影/Masao Katagami)

「サイドテーブルと鏡は道で見つけたものなんです」(ポリーヌさん)。路上にお宝がよく落ちているニューヨーク。引越しの際に人々が不要な物の処分のためにストリートにわざと置いて行き、必要な人がそれを勝手に持って行く(写真撮影/Masao Katagami)

ストリートで見つけたという鏡(写真撮影/Masao Katagami)

ストリートで見つけたという鏡(写真撮影/Masao Katagami)

ブランドも好きだけど、ブランドものだけで固めず抜け感も楽しむ。そんな自然体でフレンドリーで優しい雰囲気の彼らを体現したお家とインテリアでした。

取材/文:安部かすみ、撮影:形上将夫

ポリーヌさん&マークさんお気に入りのお店
Blu Dot
SAFAVIEH
abc carpet & home
BoConcept
Flora

中古マンションをリノベーションでZEH水準に!買取再販物件の広告では初の「省エネ性能ラベル」を表示

2024年4月から、新築住宅などを広告する際に「省エネ性能ラベル」を表示する制度がスタートした。新築住宅および事業者が再販売などをするリノベ物件に対して、ラベルの表示を努力義務としている。すでに、新築住宅ではSUUMOなどのポータルサイトでも、省エネ性能ラベルの表示をしている事例が増えているが、リノベ物件でも表示する事例が登場している。

【今週の住活トピック】
積水化学工業とリノベるが協業するすべての ZEH 水準リノベ物件にて「省エネ性能ラベル」の表示をスタート

2024年4月から努力義務となった「省エネ性能ラベル」とは?

「省エネ性能ラベル」の目的は、「販売・賃貸事業者が建築物の省エネ性能を広告などに表示することで、消費者が建築物を購入・賃借する際に、省エネ性能の把握や比較ができるようにする」ためだ。

例えば、家電製品を買おうとするときに販売店に行くと、パンフレットや店頭商品に、省エネ性能が★の数などで表示されるラベルが掲示されている。同じように、新築住宅やリノベ物件を販売するか賃貸するときに、その事業者が省エネ性能表示ラベルを掲示することで、住宅の検討者が省エネ性を比較しやすいようになる。

住宅の省エネ性能表示ラベルの特徴は、次の3つを表示して性能の違いが分かるようになっていることだ。
(1)エネルギー消費性能が星の数で分かる
(2)断熱性能が数字で分かる
(3)目安光熱費が金額で分かる (任意項目なので表示されない場合もある)

このほか、太陽光発電などの「再エネ設備の有無」と「ZEH水準」、「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー)」に該当するかが表示される。

住宅の省エネ性能ラベルについては、このサイトの「2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?」に詳しく説明しているので、合わせて見てほしい。

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

また、「省エネ性能ラベル」が表示されている物件は、合わせて「エネルギー消費性能の評価書」が発行される。この評価書は、省エネ性能ラベルの内容を詳しく解説した書類だ。

「ZEH水準」と「ZEH」の違いは?

積水化学工業とリノベるが協業するのは、「ZEH 水準リノベ」だ。また、省エネ性能ラベルにも、ZEH水準やZEHのチェック欄がある。では、どこが違うのだろうか?

ZEH(ゼッチ)は、Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)を略した呼び方で、住宅で消費するエネルギーをゼロにしようというものだ。そのためには、(1)住宅の骨格となる部分を断熱化して、エネルギーを極力使わないようにし、(2)給湯や冷暖房などの設備を高効率化して、エネルギーを効率的に使う。ただし、消費するエネルギーをプラスマイナスゼロにするには、(3)太陽光発電設備などでエネルギーをつくり、消費したエネルギーを補う必要がある。

ところが、太陽光発電設備については、雪国では太陽光を十分に得られなかったり、マンションなどの高層住宅では、戸数が多いわりに屋上の面積が広くなくて、必要な数の太陽光発電設備を設置できないといった制約を受ける。

「ZEH水準」は、地域や住宅の形状によって制約を受ける(3)の再エネ設備を必須としない基準で、(1)と(2)については、住宅性能表示制度の「断熱等性能等級5」かつ「一次エネルギー消費量等級6」という基準を設けたものだ。

既存のマンションでZEH水準のリノベーションを実現

このように、政府は住宅の省エネ化を加速させている。2025年4月にすべての新築住宅で、現行の省エネ基準の適合を義務化するとともに、その省エネ基準を遅くとも2030年までには「ZEH水準」に引き上げようとしている。

一方で、既存のマンションの多くは現行の省エネ基準の水準を満たしておらず、それをZEH水準にまで引き上げるのはハードルが高いと思われてきた。ところが、いくつかの事業者が、既存マンションのZEH水準リノベを実現するようになってきた。

今回の積水化学工業とリノベるの協業もそのひとつで、どうやってZEH水準にリノベーションをするかは、当サイトの「既存のマンションでもZEH水準にリノベが可能に!?国が推進する省エネ性能「ZEH水準」についても詳しく解説」で紹介している。

両社によるZEH水準リノベの省エネ性能ラベルの表示、第1号が「東急ドエル・アルス千住」だ。

「省エネ性能ラベル」の発行・表示1号案件「東急ドエル・アルス千住」 

「省エネ性能ラベル」の発行・表示1号案件「東急ドエル・アルス千住」 

不動産ポータルサイトでも「省エネ性能ラベル」を表示

この制度のスタートに合わせて、主要な不動産ポータルサイトでも、省エネ性能ラベルの表示ができるようになっている。今回の物件についても、例えばSUUMOでは次のように表示されている。

「SUUMO」に表示された、東急ドエル・アルス千住の省エネ性能ラベル(2024年4月25日時点)

「SUUMO」に表示された、東急ドエル・アルス千住の省エネ性能ラベル(2024年4月25日時点)

なお、「ネット・ゼロ・エネルギー」にチェックがついているが、厳密にいうと「ネット・ゼロ・エネルギー」ではなく、「ZEH Oriented」であると記載されている。

国土交通省の「建築物省エネ法に基づく建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度 ガイドライン」では、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)について、「ZEH 水準以上の省エネ性能を有し、さらに再生可能エネルギーなどの導入により、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した住宅について、その削減量に応じて、(1)『ZEH』(100%以上削減=ネット・ゼロ)、(2)Nearly ZEH(75%以上100%未満削減)、(3)ZEH Oriented(再生可能エネルギー導入なし)」と、定義されている。

なお、マンションの住棟に関するラベルでは、ZEH-M、Nearly ZEH-M(75%以上100%未満削減)、ZEH-M Ready(50%以上75%未満削減)、ZEH-M Oriented(再生可能エネルギー導入なし)の4種類になる。

この物件は、(3)ZEH Orientedを満たす住宅であり、かつ、自社による「自己評価」ではなく、「第三者評価※」を取得して、第三者評価機関からZEH水準よりも高い性能を有することが確認できた場合という条件を満たしたことで、「ネット・ゼロ・エネルギー」にチェックがついている。

※第三者評価機関が、省エネルギー性能に特化した評価・表示制度である「BELS(ベルス)」を使って評価するもの。

一般ユーザーには、理解が難しいところなので、販売している事業者に詳細を確認しよう。

平成30年(2018年)の総務省「住宅・土地統計調査」で、全国の住宅総数(持ち家、借家、空き家含む)は約6241万戸とデータがある。その大半が現行の省エネ基準を満たしていない一方、新築住宅の省エネ性能はZEH水準に向かっている。性能格差は広がるばかりだが、既存の住宅でもZEH水準への改修が進めば、良質な住宅ストックになっていく。健康で快適な暮らしにもつながるものなので、さらなる増加に期待したい。

●関連サイト
積水化学工業とリノベるが既存マンションのZEH水準リノベーションを提供開始

キャンピングカーをリノベで「動く別荘」に! 週末バンライフで暮らしながら家族と九州の絶景めぐり

キャンピングカー、バンライフなど、車と住まいが一体化したライフスタイルが注目を集めています。そんなトレンドの影響もあってか、リノベーションオブ・ザ・イヤー2023で特別賞を受賞したのがキャンピングカーをリノベした「動く家」です。キャンピングカーをリノベしたら、一体どのような住まいになったのでしょうか。施主と設計を担当した建築士に話を聞いてみました。

中古のキャンピングカーをリノベしてできた「動く家」

今回の「動く家」プロジェクトの施主・川原一弘さんは、サーフィンやキャンプを趣味としていて、もともとハイエースを所有していました。ただ、コロナ禍もあって自由に移動できず不便さを感じていたため、別荘またはハイエースへの買い替えを検討していましたが、偶然、中古のキャンピングカーを発見しました。

もともと、熊本を中心にリノベーションや店舗デザインなどを幅広く手掛けていた会社ASTERの社名を知っていた川原さんは、すぐに会社宛にメールを送り、相談したといいます。

「状態のいいキャンピングカーがあるのですが、これをリノベできますか」。すると、わずか10分後にメールで「できますよ!」と即答が。このレスポンスに後押しされ、キャンピングカーを購入したのです。2022年3月3日のことでした。

30年前に製造されたキャンピングカー。横顔がりりしい!(写真提供/ASTER中川さん)

30年前に製造されたキャンピングカー。横顔がりりしい!(写真提供/ASTER中川さん)

車は1993年製造、建物でいうと築30年、広さは8平米のワンルーム。キッチン・バス・トイレと運転席がついていて、昨今、都心部で話題になっている「激狭ワンルーム」と同程度といってもいいかもしれません。

「せっかくのキャンピングカーなので、単なる改装で終わらせるのは惜しいと思いました。居住性を高めて『動く家』にするのはどうだろう、という案を川原さんに提案したところ『よいですね』と話がまとまりました。キッチン・トイレ・シャワーは十分に動くためそのままで、位置などの変更も行っていません」と話すのは、設計を担当したASTERの中川正太郎さん。

既存の駆体のギミック、良さは残しつつ、価値を高めるのは「リノベ」の得意とするところです。車の改装では終わらせずに「家」「別荘」のように使える空間をつくる、そんなプランニングが固まりました。

居住性を高めるのは素材感。住宅用の無垢材、家具屋のソファを採用

「動く家」にするということは、すなわち「居住性を高める」こと。そのため、プランニングでは手触り、心地よさなど素材感を活かすことにしようと思い至ったといいます。

リノベ前の写真。これはこれで味があります(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。これはこれで味があります(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。室内から運転席を見たところ(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。室内から運転席を見たところ(写真提供/ASTER中川さん)

「内装の雰囲気の参考にするため、キャンピングカーショーを訪れるなどし、かなりの数のキャンピングカーを見学しました。そのなかで気がついたのは、家らしさというのは、やはり素材ということ。自動車改装用パーツで木っぽい見た目にするのは容易ですが、やっぱりどこか工業用部品なんです。ですから、今回は住宅用の建材を使おうと。床や壁にはたくさん木材を使っていますが、突板(スライスした天然木をシート状にして加工したもの)を貼っていますし、塗装も住宅用、照明はダウンライトです。ソファなども車用ではなくて家具屋さんに依頼しました」と中川さん。

ソファベッドは折りたたみ式で、ベッドのように広げたところ。間接照明がおしゃれ(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドは折りたたみ式で、ベッドのように広げたところ。間接照明がおしゃれ(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドをソファとテーブルを囲む椅子にした状態(左)とベッドにした状態(右)の間取図。バス・キッチン・トイレ。動線も考えられた、まさに家(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドをソファとテーブルを囲む椅子にした状態(左)とベッドにした状態(右)の間取図。バス・キッチン・トイレ。動線も考えられた、まさに家(写真提供/ASTER中川さん)

狭い空間だからこそ、目に入るもの、手や足で触れるものの素材感が大事というのは、わかる気がします。また、空間がコンパクトになることから、省スペースで小さく作られていることが多い船舶用パーツを採用したとか。

「施工に関しては、普通の住宅のリノベとほぼ同様の工程です。残せる部分は残しつつ、施工する床やソファなど既存のものは剥がしています。床はヘリンボーン(角が90度になっている貼り方)なので、座席と接する面など、細かな部分は職人さんも苦労したと思います」(中川さん)

床のヘリンボーンを貼っているところ。車だと思えないですね(写真提供/ASTER中川さん)

床のヘリンボーンを貼っているところ。車だと思えないですね(写真提供/ASTER中川さん)

こうしてみると手仕事でできているのがわかります(写真提供/ASTER中川さん)

こうしてみると手仕事でできているのがわかります(写真提供/ASTER中川さん)

施工にかかったのは約1カ月半、費用は130万円ほど。通常、リノベーションでは職人さんが現地に赴いて作業を行いますが、そこは車なので、なんと職人さんの庭に移動してきて作業をしたそう。大工さんも家ではなく車に施工するとは、きっと貴重な機会になったことでしょう。

車内に船舶用の照明を採用するなど、狭くても快適に暮らせる工夫が凝縮(写真提供/ASTER中川さん)

車内に船舶用の照明を採用するなど、狭くても快適に暮らせる工夫が凝縮(写真提供/ASTER中川さん)

窓の景色が移ろう、動く城のような最強の可動産が完成!

完成した住まいは、常に移動して窓から景色が動いていく「動く城」のよう。出来上がりについて施主の川原さんは、「最強の可動産ができた!」と表現します。

この車からの眺め、そのままロードムービーに使えそう(写真提供/ASTER中川さん)

この車からの眺め、そのままロードムービーに使えそう(写真提供/ASTER中川さん)

「動線がスムーズなので、寝る、着替える、くつろぐ、収納からモノを出す、といった行動が家と同じ感覚でできています。目的地についてもキャンプ設営は不要ですし、着替えやシャワー、トイレの場所を探すといった行動にストレスがなく、滞在時間を思う存分、アクティビティに使えます。運転席にロールスクリーンがあるので、下ろして映画を見たりもしています。2人の子どもたちはゲームをしたり、家となんら変わらないくつろぎ方をしていますね。窓から景色がキレイなんですけど、まったく見ていないという……」(川原さん)

キッチンでコーヒーを淹れるだけで、至福のひととき(写真提供/ASTER 中川さん)

キッチンでコーヒーを淹れるだけで、至福のひととき(写真提供/ASTER 中川さん)

ロールスクリーンを下ろしてゲーム中。川原家のお子さんになりたい(写真提供/川原さん)

ロールスクリーンを下ろしてゲーム中。川原家のお子さんになりたい(写真提供/川原さん)

こうして動く城に家族を乗せて、サーフィンや釣り、キャンプに行ったり、初日の出を屋根の上で見たりと、すっかり家族の居場所になっているといいます。ご近所にも評判で、同級生が内見(?)するということも多いとか。

生活に必要なインフラでいうと、電気は大型のポータブルバッテリーを搭載、上水は大きめの給水タンク、下水も汚水タンクがあるため、「家」と変わらない快適さをキープ。断熱材はもともと入っているため今回は手をつけていませんが、現状、エアコン1台で冬も夏も快適に過ごせるといいます。そこはさすが断熱先進国ドイツ製!といったところでしょうか。

一方で、キャンピングカーはそのものが大きいので運転では注意が必要なこと、事前に駐車するスペースを調べておくこと、目的地までの道路が細すぎないか、という点に注意しているそう。もう一つ、気を付けている点として、家の生活感を持ち込まないことをあげてくれました。

お子さんたちのものは極力、厳選して持ち込んでいます(写真提供/川原さん)

お子さんたちのものは極力、厳選して持ち込んでいます(写真提供/川原さん)

「子どもがいるとどうしても、住空間に生活感がにじみでてしまいますよね。せっかくおしゃれにつくってくれたので、この世界観を壊さないように、大人のインテリア空間にするよう、努めています」(川原さん)

ああ、わかります、その気持ち。子どもと一緒の空間は好きなんだけれども、たまには生活感のない大人の空間にいたい……。「動く家」はそんな大人の切なる願いも叶えてくれたようです。

家や住宅ローンのように「動かせないもの」に囚われない生き方を提案したい

今回の「動く家」、現在、乗れているのはほぼ週末といいますが、川原さんがもっとも魅力を感じたのは、「家が自分についてくる、自分本意の生き方ができること」だといいます。

「私たちが暮らす九州は、風光明媚な場所が多くて、阿蘇、天草、鹿児島、大分、宮崎など、自然そのもの、移動そのものが楽しいことが多いんです。『動く家』があれば、ドライブに出かけてそのまま夜空を眺めたり、美しい景色を見て、気に入ったら長く滞在したりと、自由に暮らすことができる。時間通りに動くというより、自分に合わせて家がついてくる、そんな生き方を可能にすると思いました」

窓の向こうに広がる絶景! キャンピングカーで九州を巡るのを夢見ている人は多いのでは(写真提供/川原さん)

窓の向こうに広がる絶景! キャンピングカーで九州を巡るのを夢見ている人は多いのでは(写真提供/川原さん)

動く家。ドライブだけでもしてみたい(写真提供/ASTER中川さん)

動く家。ドライブだけでもしてみたい(写真提供/ASTER中川さん)

設計を担当した中川さんも、手応えを感じているようです。
「弊社の『マンション』『一戸建て』『賃貸』というメニューに『車』という領域を増やしたいくらい。一軒家+離れや応接間のような感覚で、車の空間を使ってみたいという人は多いと思います」と話します。確かにテレワークスペース、家族の避難場所などとして、十分に「ほしい」という人はいることでしょう。

ともすると、私たちは、家や住宅ローンという「重いもの」に縛られがちですが、「動く家」はそうした重たさや、「動かせない」という思い込みを追い払ってくれる存在です。

「老後のためにと今まで積み立ててきた有価証券を取り崩さず、担保に入れて資金調達するスキームを組むことで月々の返済負担をなくし、目先を楽しむことを実現しています。今、老後や将来のためにといって貯蓄や投資にまわす人は多いですが、死ぬときにお金はもっていけません。やりたいことを我慢するのではなく、きちんと暮らしとやりたいことは両立できるんだよという、事例になっていけたらいい」と話す川原さん。

キャンピングカーやバンライフが広がりはじめたものの、「いいなあ」「やってみたい」という人は多いはず。ただ、移動する車窓のように、人生は移ろいゆき、変化していくもの。「定年後に」「ゆくゆくはキャンピングカーで」と憧れるのではなく、実はすぐにでも動き出すことが大切なのもしれません。

●取材協力
ASTER
ASTERのInstagramアカウント

温泉付きリゾートマンションを98万円で購入、200万円でリノベ&DIY! 築75年をレトロかわいいセカンドハウスに大変身 小説家・高殿円さん 伊豆

『トッカン』シリーズ(早川書房)などの代表作がある小説家の高殿円さん。最近、伊豆(静岡県)の築75年のリゾートマンションの1室を98万円で購入しました。この体験を、2024年4月に発行した同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』に綴っています。

もともと和室2Kだった部屋を、約200万円かけて40平米1Rへとリノベーションし、DIYにも挑戦しました。築古リゾートマンションのリノベで注意した点やDIYのコツを伺います。

産業廃棄物の処理が必要な部分は、業者へ依頼

高殿さんの部屋は、購入した当時、襖で2部屋に区切られた和室だったそう。高殿さんはまずはどこまで工事可能か、同じマンション内でAirbnb(民泊)を借りてシミュレーションすることから始めました。

「古い壁や建材によってはアスベストが混ざっていたり、壁の中に配管が通っていたりすると工事を断られてしまうこともありますから、まず壁や天井をどこまで壊せるのか確認しました」

小説家の高殿円さん

小説家の高殿円さん

産業廃棄物の処理が必要な和室の天井落としや、土壁部分の取り壊しは、業者へ依頼。張るのが難しい総柄の壁紙の処理も、職人さんに頼みました。

「壁紙と床を替えるだけでも、部屋の雰囲気は変わります。私は一点投資型で、ポイントとなる場所にお金をかけて、ほかは安く仕上げるタイプ。今回は壁紙にポイントを置きました」

鳥が舞う印象的な壁紙はドイツのデザイナーが手掛けた作品。上海でプリントアウトして輸入したもので、日本国内で使用したのは高殿さんが初だったそう。部屋の中のフォーカルポイントになっています。

作業の様子を見て、ほかの壁紙の張り替えも工数的に同じ職人へ頼んだほうがいいと判断し、ほかの箇所の処理も合わせて依頼。全部で約40万円ほどかけて壁紙を替えました。

鳥が舞う壁紙が目を惹く。壁紙は10万円以上した奮発ポイント

鳥が舞う壁紙が目を惹く。壁紙は10万円以上した奮発ポイント

床には飲食店などでも使われる硬くて傷がつきにくいサンゲツ(メーカー)の黒いフロアタイルを使用。

「もともと床板は張り替えるつもりだったのですが、部屋の畳を上げたら、木の素材が良くって。そのまま使っても大丈夫だと判断しました。リゾートマンションはもともと超高級マンションですから、築75年経っても使えるほど良い材質のものが使われているのでは、と施工をお願いした職人さんから教えていただきました。張り替え代が浮いた分、フロアタイルにお金をかけました」

キッチンは、木製だったものをすべて取り除き、業務用のステンレスシンクを取り付けました。

「ステンレスって磨けば何年でもピカピカに使えるのでいいですよね。中古品を約2万円で取り付けました。業務用なので、普段の手入れも楽です」

キッチンのガス回りには、名古屋でつくられた燃えにくい素材のステーションタイルを業者に張ってもらいました

キッチンのガス回りには、名古屋でつくられた燃えにくい素材のステーションタイルを業者に張ってもらいました

■関連記事:
・温泉付きリゾートマンションを98万円で購入してみた! 「別荘じまい」が狙い目、Airbnbで宿泊内見など物件選びのコツ満載 小説家・高殿円さん 伊豆
・大の家好き作家・高殿円の新刊エッセイ『35歳、働き女子よ城を持て!』インタビュー

水回りは現状維持のまま、部分DIYに挑戦

水回りは配置を動かすとお金がかかるので、今回は現状維持。お風呂やトイレはDIYして、気に入って使えるように工夫しています。

お風呂場の天井部分などの塗装壁は、表面が湿気にやられ、かびやすい部分。漆喰風に見える水性シリコン素材の「STYLE MORUMORU」を自分で塗って仕上げました。

「STYLE MORUMORUを20kgぐらい買って、友人を呼んで天井などを塗装しました。最初はていねいに塗っていたんですけど、思ったよりも時間がかかったので途中から急いで塗り終えました。無事に漆喰風になってほっとしています」

「STYLE MORUMORU」を塗ったお風呂場の天井

「STYLE MORUMORU」を塗ったお風呂場の天井

お風呂の床は、自分でタイル塗装。浴室全体の色合いを締める紺色を選びました。

「濡れる場所をタイル塗装するのは難しいんですが、『失敗してもいいや』と気楽に挑戦しました。修復方法を知っていれば、多少剥がれても直せます。もちろんプロに頼むほうがキレイですが、先々ちょっとしたことでも費用がかかりますから、長く住むなら少しでも自分で覚えることにメリットを感じました」

シックな色合いの浴室の床

シックな色合いの浴室の床

昭和風のお風呂ですが、蛇口を取り替えるなどちょっとした工夫を施して、気に入って使えるようにしています

昭和風のお風呂ですが、蛇口を取り替えるなどちょっとした工夫を施して、気に入って使えるようにしています

トイレの扉のガラス部分は、いわゆるレトロガラス。マンション建築当時に使われたものをそのまま活用することにしました。

「細工があるガラスは当時使われていた型がなくなり、現在は製造することができません。せっかくなのでそのまま活かすことにして、縁(フチ)の部分はアイアンペイントを塗りました」

現在は手に入らない細工ガラスの扉

現在は手に入らない細工ガラスの扉

高殿さんがDIYに使った用具の一部

高殿さんがDIYに使った用具の一部

収納場所は少なめに

部屋の内装で高殿さんがこだわったのは、クローゼットを設けないこと。天井からアイアンのパイプを吊るし、衣服をかけて陳列しています。

「収納スペースを設けないことで、部屋自体を広く使えます。私はもともと掃除好きで、神戸の自宅にも家具をあまり置いてないんです。収納場所があると、あっという間に物が増えちゃうんですよね。」

天井に近い場所に洋服やタオルやシーツなどを収納する棚を自作。広島県の廿日市市で木製品を製造する「WOODPRO」から足場材を取り寄せてつくりました。

「足場材って建物を作る時に利用されるのでペンキで汚れていたりするんですけど、ガサッとした質感が好みで利用しました」

同じ足場材を使って、ベッドヘッドの制作も行いました。

「ベッド自体はアイリスオーヤマで購入した安価なものですが、動いて壁紙と擦れてしまうので、足場材を使ってベッドヘッドをつくりました」

足場材を使ってつくられた棚とベッドヘッド

足場材を使ってつくられた棚とベッドヘッド

ベッド下も収納場所として活用します

ベッド下も収納場所として活用します

食器棚も同じ要領で、足場材を使って制作し、見せる収納。来客が多いため、ワイングラスなどが増えて、天井から吊るす収納方法も取り入れたそう。

「工夫したのは水切りカゴの配置場所。水が滴っても困らないように、洗濯機の上に置きました。収納場所が少ないなかで、どう楽しんで生活するか、チャレンジの場となっています」

調味料なども並ぶ食器棚

調味料なども並ぶ食器棚

洗濯機に置かれた水切りカゴ

洗濯機に置かれた水切りカゴ

高殿さんは神戸との2拠点生活を送るため、月の半分以上はセカンドハウスを空けています。空き巣対策としても、家具類は最低限に揃え、家電や小物もジモティーやYahoo!オークション、メルカリなどで安く購入したそう。

資材高騰直前に滑り込めたこともあり、今回のリノベーションとDIYでかかった総額は約200万円。

「DIYはコストを削減できる分、失敗もしますから、それも含めて楽しめるどうか、自分の性格を見極めて挑戦することが大切だと思います」

Airbnbに宿泊してリノベーション後の自室を想像するのは、なかなか考え付かない妙案です。セカンドハウス利用が多いリゾートマンションだからこそできる技ですが、2拠点生活に憧れたら試してみる価値がありそうです。

小説家の高殿円さん

●取材協力
高殿円さん
小説家。漫画の原作や脚本なども担う。2000年、『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞。2013年、『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞を受賞。2024年4月には同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』を刊行。X(旧Twitter)

<撮影:曽我美芽 / 構成:結井ゆき江 / 取材・編集小沢あや(ピース株式会社)>

温泉付きリゾートマンションを98万円で購入してみた! 「別荘じまい」が狙い目、Airbnbで宿泊内見など物件選びのコツ満載 小説家・高殿円さん 伊豆

『トッカン』シリーズ(早川書房)などの代表作がある小説家の高殿円さん。最近、伊豆(静岡県)の築75年のリゾートマンションの1室を98万円で購入しました。この体験を、2024年4月に発行した同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』に綴っています。

もともと3Kだった物件をリノベーションとDIYで1Rに仕上げ、部屋のお風呂で温泉を楽しんでいます。自宅は神戸にある高殿さんが2拠点生活を始めたきっかけや、リゾートマンションを購入した経緯、物件選びのポイントを伺いました。

自分の人生を支える拠点・温泉付きのセカンドハウス

小説家の高殿円さんはコロナ禍で大好きな海外旅行ができず、気持ちが塞ぎ込んでしまったことをきっかけに、自分の人生を支える拠点として温泉付きのセカンドハウスの購入を決めました。

「昔から大の温泉好き。それに、自宅は神戸(兵庫県)なんですけど、東京へ出張する度に小さなストレスが重なっていたんですよね。ホテルに泊まってもドライヤーの風量が気になるし、いつもの美容液やお気に入りのタオルケットとか、荷物が多くなって大変だなと思ったんです」

高殿円さん

高殿円さん

伊豆のリゾートマンションから東京までは、特急列車「サフィール踊り子」を使えば約2時間。最寄駅からはタクシー圏内で、観光資源が豊かな土地だけに、買い物もネットスーパーを利用できるそう。

「静岡県の南側はすべて海。視界も抜けがあって気持ちがいいし、太陽の光でどこも暖かく、睡眠の質もよくなりました」

山の上に立つリゾートマンションは海からの照り返しで冬でもエアコンなしの半袖で過ごせるほどの温かさ。箱根の山から海へ向かって風が吹くため、潮風の影響を受けることもほとんどないのだそう。

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大の家好き作家・高殿円の新刊エッセイ『35歳、働き女子よ城を持て!』インタビュー

見知らぬ土地での物件取得 情報収集のポイントは?

「物件探しでは、セカンドハウスで自分が叶えたいポイントを整理することから始めました。私はお風呂好きで、1日の3分の1は漬かっていたいタイプです。だから温泉と、海が見える景観の2つを重視して探し始めました」

どの温泉地がいいか、まずは草津温泉や別府温泉、道後温泉、有馬温泉などあらゆる場所を旅しました。

「そのうち自分のなかで『瀬戸内海以外の海が見たい』『神戸からアクセスしやすい場所がいい』と条件が出てきて、最終的に伊豆エリアでセカンドハウスを探すことに決めました」

おおよそのエリアを決めた後は、よりリアルな現地の状況を知るために、近隣のお店を訪ねます。

「情報収集で良かったのは美容院。ご高齢の方が経営する場所ではなく、若い人が働く活気のある美容院で話を聞きたかったので、まずはネット予約できる場所を探しました」

そこでヘアカラーとカットを注文。その間に「最近どうですか?」と話しかけて、地域の良いところやおすすめのお店をヒアリングしていきます。たまたま高殿さんが訪ねた美容院は、東京で修業して、コロナ禍をきっかけに地元で店を構えた美容師だったといいます。

DIYしたこだわりのドレッサースペース 日々のメイクも楽しいのだとか

DIYしたこだわりのドレッサースペース 日々のメイクも楽しいのだとか

高殿さんは美容院で情報収集するだけでなく、美容院に来るお客さんにも注目しました。

「白髪染めや子どものヘアカットは、セルフで仕上げるか、美容院へ通うかの二択ですよね。美容院って、実は家計の余裕と切実に結びついているんです。美容院の客層や施術内容を、地域の豊かさを測るポイントにしていました」

特に重視したのは、子どものヘアカット。高殿さんが訪れた美容院では、入れ代わり立ち代わり近所の子どもが一人でやってきて施術していたそう。

「子どもが一人で美容院へ通うのは、母親が忙しく働いている家庭で、周辺の治安が良いからこそできることだと考えました。子育て世代が活気づく地域は少子化が緩やかですし、移住者が増える余地があるとわかりました」

「お部屋で源泉を楽しみたい」温泉好きのマニアックな物件探し

情報収集を進める一方、温泉の条件についても整理していきました。実際に物件を見るだけではなくAirbnb(民泊)やマンスリーマンションを利用して、さまざまな温泉付きマンションや一軒家に宿泊。改めて、温泉付き物件を所有する難しさを感じたといいます。

温泉を一軒家などで利用する際は温泉権が必要です。温泉権は新規取得後10年ごとに更新料がかかります。建設当初は温泉権を所有していた物件でも、相続を機に手放してしまうケースや、温泉権を所有していないのに「温泉付き」を謳ってトラックなどで温泉を運び入れるケースもありました。

加えて、温泉は温度が低くても成分を含有していれば認められるため、ガスボイラーで沸かす管理費にコストがかかる場合もあったそう。

「温泉付きマンションの管理費は、高いと約10万円もかかることもあるんです。2拠点生活では維持費が重要。軽視することはできませんでした。また、リゾートマンションで空き部屋が多い物件は、管理費の負担が増えるケースもありますから、その辺りの事情も尋ねるようにしていました」

一方、さまざまな物件と出会うなかで、高殿さん好みの温泉付き物件の条件も見えてきます。

「大浴場付きリゾートマンションは冬は寒いなかを出歩かないといけないし、同じマンションの住民と会ったら挨拶もしなくちゃいけない。それよりは、1人でじっくりお部屋のお風呂に漬かって、好きに過ごしたいなと気付きました」

将来的に売ることも考えて物件購入

最初に提示していた条件以外にも、実際に住むとなると細かなところが気になってきます。例えば虫。高殿さんは虫が苦手なので、マンションの下の階や山の中にある一軒家を避けたそう。

「リゾートマンションの1階は虫が出やすいだけでなく、湿気が上がってきやすいので床が傷んでいる可能性もあるんです。でも、庭付きでペット可物件の場合は1階でも人気が出ます。人によって好みは分かれますが、私は上層階を選ぶようにしました」

加えて、将来的に売ったり貸したりすることも考えたといいます。

「住みたい地域のマーケットを見続けると、すぐに売れるマンションとなかなか売れないマンションの違いがわかってくるんです。流動性が高い物件は売りやすいから、まずはそういう物件を探しました」

最初にあげていた高殿さんの条件である海が見える景観は、マリンスポーツ好きなどから変わらない人気があります。加えて温泉が楽しめるとあれば魅力的な物件です。

「リゾートマンションの場合は、Airbnbとして貸し出しているケースも多いので、購入希望のマンションに滞在してみて、人気の理由を探るようにしていました」

宿泊するAirbnbは、ほかの部屋と同じ間取り。どれくらいのリノベーションができるか配管の位置などもチェックしたそうです。

リノベーションとDIYで1Rに仕上げた部屋

高殿さんが購入したリゾートマンションは0円で売られている部屋もあります。相続したはいいけれど維持費がかかり手放す選択をした場合や、高齢になってから介護付きマンションへ移るために「別荘じまい」をするケースも多いのです。

「0円物件はお値打ち価格ですが、給湯器などの設備が古いと入れ替えに何十万円もかかったりします。また、築年数が古いと、建築素材にアスベストが含まれる可能性がある物件もあります。いざリノベーション工事を依頼したら『請けられません』なんてことも。どこまで内装が変えられるかは、リノベーションを経験した人と一緒に行かないとわからないかもしれません。同じマンション内にリノベ済みの部屋があれば、参考になると思います」

購入意思を固めた後は、マンションの管理組合の議事録も忘れずにチェック。

「まず、新しく入居した人と、元から住んでいた人が仲良く暮らすために建設的な対話ができているかを見ます。例えば『1階はペット可物件じゃなかったけど、空き部屋になるよりは需要が見込める選択をしよう』など、前向きな議論ができているか。壮絶な論争があったマンションには、ご近所トラブルが発生しないか、構えてしまいますよね。入居者同士の話し合いの様子は、長く物件を所有するつもりであればまずチェックしたいポイントです」

高殿円さん

60度の源泉が出るリゾートマンションを購入し、現在は月のうち1週間ほどを伊豆で過ごしている高殿さん。高殿さんのSNSでは地魚を使ったおいしそうな料理が見られ、満喫している様子が伝わってきます。

「ひとりで過ごすのはもちろん、滞在中は友達が代わる代わる遊びに来ます。みんなで順番に温泉に入って、絶景を眺めて、伊豆の海鮮を楽しむんです。友達が友達を連れてくることもあります」

大人数で滞在となると光熱費も心配になりそうですが、なんとこの物件、温泉付きだからこそ節約ができているのだとか。

「まず、温泉は沸かす必要がないため、ガス代は月に約980円。その分、熱いお湯を運ぶための配管メンテナンスが必要ですが、私のようなお風呂好きはガス代を気にせずに使いまくれるのでお得な気分です。加えて、温泉代は月額利用料が決まっていて、水道代とは別請求。結果として水道代が抑えらえます」夢の温泉付きリゾートマンション、初期費用は98万円の購入費のほか、リノベーションとDIYに約200万円がかかったそう。物件取得後のDIYやインテリアについても、別記事で詳しく伺います。

リノベーションとDIYで1Rに仕上げた部屋

●取材協力
高殿円さん
小説家。漫画の原作や脚本なども担う。2000年、『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞。2013年、『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞を受賞。2024年4月には同人誌『98万円で温泉の出る築75年の家を買った』を刊行。X(旧Twitter)

<取材・編集小沢あや(ピース株式会社)/撮影:曽我美芽 / 構成:結井ゆき江 / >

フォロワー10万超インスタグラマーSmithさんに聞く、32平米・1LDKを花とインテリアで彩るコツ

ピンクと水色を基調としたインテリア。そしてたくさんの花と花瓶に囲まれて暮らすインスタグラマーのSmithさん。壁のライトブルーと個性的な小物のスタイリングが、明るい空気をつくっています。

モノが多いのに開放感があり、空間づくりがユニークなSmithさんの部屋ですが、実は32平米と思ったよりコンパクトな1LDK。さらに、日当たりがあまり良くないのだそう。それでも自分の「好き」が詰まった空間をつくり上げてきた彼女に、部屋づくりのコツと花と暮らす日々について伺います。

ピンクと水色の調和が生み出す部屋づくり

もともとはフレンチアンティークやヴィンテージの家具を中心とした、落ち着いた雰囲気の部屋に住んでいたというSmithさん。この部屋に引越してきた時には家具とコンクリートの壁が馴染まず、倉庫っぽい印象になってしまったと語ります。

「コンクリートの壁がどうしても重く冷たい空気になりますし、手持ちの家具との雰囲気がまとまらず悩んでいたんです。そんな時、ふと、『日照時間が短い北欧の人は、家の中をカラフルにして過ごしている』という情報を思い出しました。それで『色をたくさん取り入れれば、コンクリートの重たい感じが和らぐんじゃないか?』と考えたんです」

そこで部屋の配色を一変。カラフルなアイテムをセレクトするようになったそう。

「引越してからの約2カ月間で大物家具もほとんど買い替え。ソファはligne roset(リーン・ロゼ、フランスのインテリアブランド)を代表するデザインの『TOGO』にしました。Blue Daisyという淡い水色で、汚れにくいウルトラスエードの生地でオーダーしています」

食器棚として使うIKEAの「ファブリコール」。食器もこだわりの「Astier de Villatte」など個性的なアイテムがずらり。(写真提供/Smithさん)

食器棚として使うIKEAの「ファブリコール」。食器もこだわりの「Astier de Villatte」など個性的なアイテムがずらり。(写真提供/Smithさん)

「家具は製作年代やデザイナー家具に限らず、IKEAもうまく活用しています。たとえば食器棚はIKEAのディスプレイ用ラック「ファブリコール」を活用。寝室の棚もIKEAの「PS キャビネット(ホワイト)」を使っています」

寝室にある左の棚がIKEAの「PS キャビネット(ホワイト)」(撮影/ピース)

寝室にある左の棚がIKEAの「PS キャビネット(ホワイト)」(撮影/ピース)

「壁全体のバランスはPhotoshopでシミュレーションしています。我が家はモノが多いので、空間をゾーニングすること、フォーカルポイントをつくること、小物でアクセントをつけることが大切。大物家具はあまり主張しすぎないデザインで無彩色やニュートラルな色を選び、小物で色やエッジを効かせるようにしました」

部屋を彩るポスターやアート作品もバランスを整えるのに一役買っています。とくに、ポスターは気分によって替えられるので重宝しているそうです。

1LDKの部屋のうち、寝室は「配色などを自由に挑戦する場」と位置づけ、自身で壁を塗り替えるのだそう。以前はシーズンごとに温かみのある色、涼しげな色と決めていましたが、現在は季節問わず自分の好きな色を選ぶのだとか。この壁は、なんと塗り替えて8色目なのだそう。

「インテリアはリズム感が出るようにガラスや金属、陶器といったいろんな素材を取り入れています。たとえば、ベッドのシーツがフラットな質感なら、枕はぽこぽこしたワッフル生地にするんです」

寝室とリビングの仕切りには透け感のあるオーガンジーのカーテンで抜け感をつくり、圧迫感のない空間へ仕上げています。

オーガンジーのカーテンは、深いパープルに。花瓶が並ぶ棚は、大阪のヴィンテージショップ「WANT ANTIQUE LIFE STORE」で購入しました(撮影/ピース)

オーガンジーのカーテンは、深いパープルに。花瓶が並ぶ棚は、大阪のヴィンテージショップ「WANT ANTIQUE LIFE STORE」で購入しました(撮影/ピース)

自分の好きなものを「見せる」収納

衣服は見えない場所にしっかり片づける一方で、食器や個性的な花瓶たちは、あえて「見せる」収納を選択。

「自分の好きなものを常に視界に入れていたくて、食器も花瓶も見える場所に飾っています。以前から花瓶は20個ほど所有していましたが、コロナ禍のステイホームをきっかけにお花にハマったんです。花瓶も癖のあるデザインが欲しくなって買いそろえるようになり、今は約200個所有しています。今はカラーパレットのように色分けして棚に飾るように収納しています」

花屋や古着屋、ヴィンテージショップ、東急ハンズの植物コーナーなどで購入した花瓶たち。ジェルシートを敷いて地震対策をしています(撮影/ピース)

花屋や古着屋、ヴィンテージショップ、東急ハンズの植物コーナーなどで購入した花瓶たち。ジェルシートを敷いて地震対策をしています(撮影/ピース)

「好きなものをいつでも見ていたい」というSmithさんの思いは留まりません。Smithさんが推すJO1の白岩瑠姫さんのアクリルスタンドを飾る棚や、シルバニアファミリーをデコレーションした一画もつくられています。

推しのアクリルスタンドが並ぶ棚はSmithさんがDIYしたもの(撮影/ピース)

推しのアクリルスタンドが並ぶ棚はSmithさんがDIYしたもの(撮影/ピース)

Smith流インテリア探しの術

Smithさんのインテリア探しは、インテリアショップやヴィンテージショップを地道に巡るほか、Instagramで見つけた素敵なお部屋にタグづけされたブランドをチェックしたり、Yahoo!オークションで検索したりするそう。エーロ・サーリネンがデザインしたチューリップテーブルのリプロダクト品は、フリマアプリ「ジモティー」にて格安で購入したそう。

ネット検索では「ヴィンテージ、テーブル」といったビッグワードをあえて使い、「後はひたすらスクロールしていく」と言います。

ネットサーフィンで出会ったものの一つが、リビングスペースで存在感を放つテレビ台です。大阪のアンティークショップ「WANT ANTIQUE LIFE STORE」で購入したもの。

「石膏に丸太が刺さったデザインで、まるで遺跡のような存在が気に入っています」

ポップな雰囲気の部屋づくりではテレビの存在が浮きがちですが、個性的なテレビ台とテレビの前に置かれたオブジェが調和しています。

ミッシェル・レモンの彫像やヴィンテージの握りこぶしのオブジェ。右端にあるキャンドルホルダーはデンマークのデザイン会社が復刻した「STOFF NAGEL」(撮影/ピース)

ミッシェル・レモンの彫像やヴィンテージの握りこぶしのオブジェ。右端にあるキャンドルホルダーはデンマークのデザイン会社が復刻した「STOFF NAGEL」(撮影/ピース)

「小物は一期一会だと思い、ビビッときたら購入するようにしています。自分の好きなものを集め続ければ、違うテイストの集合体でもいずれ調和すると信じているので、購入時に迷うことはあまりないです」

(写真提供/Smithさん)

(写真提供/Smithさん)

インテリアはDIYすることも。ダイニングスペースにかかるピンク色のキャンバスは、海外の好きなインテリアスタイリストの自宅写真を見て憧れたことから制作。コンクリートの壁一面に色があるだけで印象が変わるそう。

自作したキャンバスの隣には、ギャラリーで一目ぼれして購入したErin D. Garcia(エリン・ディー・ガルシア)のポスター作品が並びます。照明コードは、空間のアクセントになるように赤いものを探したそう(写真提供/Smithさん)

自作したキャンバスの隣には、ギャラリーで一目ぼれして購入したErin D. Garcia(エリン・ディー・ガルシア)のポスター作品が並びます。照明コードは、空間のアクセントになるように赤いものを探したそう(写真提供/Smithさん)

洗面所のタイルもDIYで貼り付けました。表に出すアイテムはパッケージデザインが素敵なものをセレクトして置いています(撮影/ピース)

洗面所のタイルもDIYで貼り付けました。表に出すアイテムはパッケージデザインが素敵なものをセレクトして置いています(撮影/ピース)

花で満たされる部屋の暖かさ

Smithさんの部屋の中で、ひときわ輝くのがたくさんの花。日があまり当たらない部屋は、冬場の玄関がとくに寒いそう。ですが、一般的に切り花が長持ちする温度は5~10℃とされているので、花のある生活にはベストな環境なようです。

玄関の靴箱の上に飾られた花と花瓶たち。夏はエアコンの効いた室内に花を飾るそう(撮影/ピース)

玄関の靴箱の上に飾られた花と花瓶たち。夏はエアコンの効いた室内に花を飾るそう(撮影/ピース)

花の購入場所は、青山フラワーマーケットや、梅ヶ丘のduft、中目黒のSTAYFLOWERがほとんど。

「店舗によってセレクトが全く異なるので、時間がある日は何軒もはしごします」

「最初はかなり試行錯誤していました。三角形に配置するディスプレイの基本は守りつつ、好きな花屋さんが発信する結婚式の高砂のスタイリングを参考にして、自分なりの生け方を身に付けました。それに色の組み合わせでは補色や反対色を意識して、花と花瓶が互いに引き立つよう工夫しています」

「花の入荷日(基本的には月・水・金)に合わせて花屋へ行き、『かわいい』と感じた花を本数は決めずに購入しています。購入費は1回およそ2000円~5000円。立ち寄る頻度が高いため、花屋の店員さんとお話しすることも自然と増えてきました」

完成した「美」を感じるSmithさんの部屋ですが、今後はどのような進化を遂げるのでしょうか。

「寝室の壁は以前よりも高頻度で塗り替えるつもりです。タイルはどうしても目地が汚れるので、そろそろ玄関のタイルを張り替えようと海外のタイルを取り寄せて考えています。アートなラグも増やしたいですね」

他にも、JO1がデビュー4周年を迎える3月4日には、メンバー11人になぞらえた11色の花を飾る予定だそう。Smithさんの「好き」で、部屋はさらに成長しそうです。

「自分の好きなものを集め続ければ、違うテイストのモノでもいずれ調和する」。Smithさんの哲学が生きた部屋づくりには、まず自分の「好き」を信じて、貫く姿勢が必要になりそうです。

●取材協力
Smith
フォロワー10万人を超えるインスタグラマー。花と個性的な花瓶、カラフルな配色のインテリアコーディネートが人気。近年は自身がキュレーションするポップアップストアの開催もしている。
Instagram:@shimihome

<取材・編集 小沢あや(ピース株式会社)/ 構成 結井ゆき江>

車椅子での家事動線など追求したら、リノベがバリアフリーの家の最適解だった! 扉ナシ・カウンター下は空間に、など斬新テク満載の共働き夫婦の家

日本には、病気やケガなどで脚部や上肢・胴体の一部を使わずに生活する方が約193万1000人(2016年 厚生労働省 生活のしづらさなどに関する調査)いますが、生活にはどんな不便があり、住宅にはどんなことが求められるのでしょう。マンションをリノベーションし、自分たちらしい住まいを手に入れた30代の夫妻の事例を通して、「バリアフリー住宅×リノベーション」の可能性に迫ります。

「賃貸住宅は自分にとって不便だらけ」。Nさん夫妻がリノベーションを決めた理由

高校時代に事故にあい、車椅子生活になったNさんは、これまで進学・就職・結婚と人生の節目節目で引越しをし、4つの賃貸住宅に住んできました。そこでは、たくさんの不便があったと言います。

「とくに使いにくかったのは水まわりです。洗面やキッチンはシンク下収納棚が設置されているものがほとんどで、車椅子を横づけして体を捻りながら使っていました。車椅子で動き回るのに十分な広さがないため、トイレや浴室のドアは物件によってはオーナーに断りを入れて取り外す必要がありましたし、床との段差が大きい浴槽に関しては、横に台を置けば入浴できる物件はあったものの、その対策が取れず、湯船に漬かるのを諦めていた物件もありました」(Nさん)

Nさんご夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

Nさんご夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

2020年に結婚をし、ひとり暮らし用のワンルームから妻と2人で住める部屋に越してきましたが、車椅子を乗り入れる分、一般的な住宅だと玄関もキッチンも洗面室も窮屈。かといって設備や広さが理想的な物件は、手が出ないほど家賃が高額でした。
賃貸住宅では限界があるということを痛感した2人は、持ち家をリノベーションした方が金銭的にも得策だと考え、自分たちらしいバリアフリー住宅をつくることを決意します。

バリアフリー住宅は、周辺環境に妨げがないことが第一条件

さっそく、物件探しをはじめたNさんご夫妻ですが、そこでは大前提の条件がありました。都心の企業で会社員をしているNさんは、コロナ禍以降、月半分がリモートワークになったものの、残りはマイカー通勤。プライベートでは、電車で出かけることもあります。部屋をスケルトンにした状態からリノベーションすれば、中身はいくらでも変えられますが、周辺環境はそうはいきません。それだけに、「駅から物件までの道筋がフラットであること」「車椅子で乗り降りができる『平置き駐車場』があること」「建物のエントランスがスロープつきであること」が不可欠。ようやく3LDK・約87平米のマンションに出合います。
リノベ会社は「細かい要望にも寄り添ってくれる」と感じたゼロリノベに依頼。事前に希望を書き出して共有したほか、打ち合わせでは、設計担当の前川香織さんに車椅子で日常の動作を再現して見せ、2人にとっての暮らしやすさを確実に落とし込んでもらえるようにしたと言います。

N邸の平面図(画像提供/ゼロリノベ)

N邸の平面図(画像提供/ゼロリノベ)

2人にとっての快適な形を追求し、ストレスのない生活を実現

そうして2022年4月に完成したN邸。1歩中に入ってまず気がつくのは玄関です。ここでは上がり框(あがりかまち)のほかに、車椅子用のスロープを設置。妻とNさんとで二手に出入口を分けることで、2人が一緒に外出・帰宅をしたときに生じがちな混雑を避けられるようにしました。

以前は車椅子に占領されていた玄関が、開放的な空間に。妻は右手の上がり框を、Nさんは左手のスロープを使います(写真撮影/桑田瑞穂)

以前は車椅子に占領されていた玄関が、開放的な空間に。妻は右手の上がり框を、Nさんは左手のスロープを使います(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関には傷がつきにくい石材調のコンポジションタイルを使用。Nさんは車椅子を屋外用と室内用とで2台、所有していますが、専用のスペースがあるためラクに乗りかえられます(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関には傷がつきにくい石材調のコンポジションタイルを使用。Nさんは車椅子を屋外用と室内用とで2台、所有していますが、専用のスペースがあるためラクに乗りかえられます(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関隣には、物干し場を兼ねたウォークインクローゼット。そのまま洗濯機置き場・脱衣室・洗面室・廊下・LDKへと抜けられるため、生活動線としてはもちろん、家事動線としてもスムーズです。

左の白いカーテンの奥がウォークインクローゼット。ぐるりと洗面室に回り、ブルーの壁の出入口から廊下に抜けられます(写真撮影/桑田瑞穂)

左の白いカーテンの奥がウォークインクローゼット。ぐるりと洗面室に回り、ブルーの壁の出入口から廊下に抜けられます(写真撮影/桑田瑞穂)

ウォークインクローゼットは物干し場を兼ねており、隣の部屋に洗濯機があるため、サッと洗濯物を干し、ハンガーに掛けたまま収納することが可能。バーの高さも計算されていて、上は妻、下はNさんが使用中(写真撮影/桑田瑞穂)

ウォークインクローゼットは物干し場を兼ねており、隣の部屋に洗濯機があるため、サッと洗濯物を干し、ハンガーに掛けたまま収納することが可能。バーの高さも計算されていて、上は妻、下はNさんが使用中(写真撮影/桑田瑞穂)

「どの部屋も車椅子が通れる幅でつくってもらっていますが、とりわけ車椅子でUターンや旋回できることが大切でした。そのため、キッチンと洗面室のカウンターは、下部に収納をつくらず開放しています」(Nさん)

カウンター下が開放されたキッチン。料理は主に妻が、洗いものはNさんが担当。換気扇のスイッチはコンロ下に設置しています(写真撮影/桑田瑞穂)

カウンター下が開放されたキッチン。料理は主に妻が、洗いものはNさんが担当。換気扇のスイッチはコンロ下に設置しています(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面室は幅・奥行きともに余裕を持たせ、鏡も大きくして2人が並んで使えるように。カウンター下が開放されているので、膝を入れてシンクに正面から身体を近づけたりUターンしたり、のびのびと使えます(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面室は幅・奥行きともに余裕を持たせ、鏡も大きくして2人が並んで使えるように。カウンター下が開放されているので、膝を入れてシンクに正面から身体を近づけたりUターンしたり、のびのびと使えます(写真撮影/桑田瑞穂)

さらなるポイントは、扉をなくしたことにあると言います。

「賃貸住宅では、戸棚や部屋に扉があることも問題でした。横にスライドさせる引き戸であればよいですが、ドアだと押したり引いたり、体を屈ませたり。無駄な動きが出るうえ、開く側のスペースにゆとりが必要です。そこでトイレと浴室以外は扉をなくしてオープンに。妨げが解消され、一気にストレスがなくなりました」(Nさん)

N邸は扉がない分、行き来がスムーズ。どこにいても互いの気配を感じられます。げた箱は、以前は扉があるため取り出しにくく、履く靴が限定されていたそう。「扉をなくした分、コストが浮きましたし、しまい込むと持っていることを忘れがちですが、そうはなりません。片づける動機にもなります(笑)」(Nさん)(写真撮影/桑田瑞穂)

N邸は扉がない分、行き来がスムーズ。どこにいても互いの気配を感じられます。げた箱は、以前は扉があるため取り出しにくく、履く靴が限定されていたそう。「扉をなくした分、コストが浮きましたし、しまい込むと持っていることを忘れがちですが、そうはなりません。片づける動機にもなります(笑)」(Nさん)(写真撮影/桑田瑞穂)

廊下沿いには2人で使えるワークスペースが。ここでも机の下を開放しているため、アクセスがよくスムーズに方向転換ができます(写真撮影/桑田瑞穂)

廊下沿いには2人で使えるワークスペースが。ここでも机の下を開放しているため、アクセスがよくスムーズに方向転換ができます(写真撮影/桑田瑞穂)

間仕切り壁を一枚だけ立てただけの、開放感あふれる寝室。あえて日の当たる場所に配置し、生活に溶け込ませました(写真撮影/桑田瑞穂)

間仕切り壁を一枚だけ立てただけの、開放感あふれる寝室。あえて日の当たる場所に配置し、生活に溶け込ませました(写真撮影/桑田瑞穂)

収納はすべてオープン棚にしているN邸ですが、これは妻にとってもメリット。食器などが取り出しやすいうえ、飾って見せる楽しみが増えたとか。ほかにも車椅子のための仕様が、妻にも役立つシーンがあると言います。

「わが家では車椅子でも高さ約37cmの窓からバルコニーに出られるよう、ゆるく勾配させたスロープを、玄関から窓辺まで4.5mの長さで設置しています。これがダイニング脇まで伸びているので、重い食材を台車に乗せて帰ってきたときに、すぐに冷蔵庫にしまえて便利。友人が親子で遊びにきたときは、子どもたちの格好の遊び場になっています」(Nさんの妻)

有孔ボードで間仕切りしたスロープは、小さな部屋のようなこもり感。黒板塗装はご夫妻によるDIY(写真撮影/桑田瑞穂)

有孔ボードで間仕切りしたスロープは、小さな部屋のようなこもり感。黒板塗装はご夫妻によるDIY(写真撮影/桑田瑞穂)

スロープはNさんが登りやすい角度でつくられたもの。窓の高さに合わせて設置しているため、気軽にバルコニーに出られます(写真撮影/桑田瑞穂)

スロープはNさんが登りやすい角度でつくられたもの。窓の高さに合わせて設置しているため、気軽にバルコニーに出られます(写真撮影/桑田瑞穂)

トイレは実際に設計者に車椅子で動き回る姿を見せて、四方のサイズを緻密に計算。手すりも使いやすい位置を確かめてから取りつけました(写真撮影/桑田瑞穂)

トイレは実際に設計者に車椅子で動き回る姿を見せて、四方のサイズを緻密に計算。手すりも使いやすい位置を確かめてから取りつけました(写真撮影/桑田瑞穂)

Nさんが段差のある浴槽に入るときは台が必要ですが、市販品は高額。設計者にコスト面でも見合う「TOTOリモデルWYシリーズ」のベンチつきユニットバスを見つけてもらって解決しました(写真撮影/桑田瑞穂)

Nさんが段差のある浴槽に入るときは台が必要ですが、市販品は高額。設計者にコスト面でも見合う「TOTOリモデルWYシリーズ」のベンチつきユニットバスを見つけてもらって解決しました(写真撮影/桑田瑞穂)

デザインが取り残された家にはしたくないという2人の強い思い

「一般的に福祉用具は、機能性を重視するあまりに見た目が二の次になっているケースが少なくないのではないでしょうか。バリアフリーをうたった賃貸住宅にも、実は同じような物足りなさを感じていました。私たちがリフォームではなく“リノベーション”を選んだのは、住まいを丸ごと好きなテイストにできると思ったのも理由です」(Nさんの妻)

もともと躯体(くたい)に埋め込まれていたインサート(ボルト用の穴)を利用し、天井にルーバーを設置。レールを取りつけ、照明をつるしたりカーテンをつけたりできるようにしました。妻の手づくりブーケが調和しています(写真撮影/桑田瑞穂)

もともと躯体(くたい)に埋め込まれていたインサート(ボルト用の穴)を利用し、天井にルーバーを設置。レールを取りつけ、照明をつるしたりカーテンをつけたりできるようにしました。妻の手づくりブーケが調和しています(写真撮影/桑田瑞穂)

バリアフリー住宅としての実用性を備えているN邸ですが、主張している感じがしないのは、ところどころで採用した趣ある素材や色づかいが、豊かな表情をもたらしているから。デザインにもこだわったことで、極上の居心地を手に入れています。

カフェに行くより、家が一番。リノベーションという選択に大満足

以前の住まいではくつろげるスペースが限られており、よく2人でカフェに出かけていたというNさんご夫妻。しかし今では、家が一番、落ち着ける場所。何も予定のない休日に、のんびり起きて遅めの朝食を取ったり、ソファでまったりコーヒーを飲んだりするのが至福の時間です。

冷蔵庫は上部のものを取りやすい「AQUA」シリーズの低めのタイプを購入。ただそれだけだと収納量が足りないため、横に冷凍庫を並べています(写真撮影/桑田瑞穂)

冷蔵庫は上部のものを取りやすい「AQUA」シリーズの低めのタイプを購入。ただそれだけだと収納量が足りないため、横に冷凍庫を並べています(写真撮影/桑田瑞穂)

「“バリアフリー住宅”というと、大まかな捉えられ方をされがちなのですが、需要は人によって千差万別。せっかくバリアフリーの賃貸住宅を見つけても合わなかったり、リフォームしてもかゆいところまでは手が届かなかったり。それだけに、リノベーションに大満足。私たちの例が必要としている人に届いたら、こんなにうれしいことはありません」(Nさんご夫妻)

Nさんご夫妻が家づくりでもうひとつ課題にしたのが、住まいに可変性を持たせること。寝室はベッドを3台まで置ける広さにし、リビングは将来、一部をキッズスペースにしたり、客室にしたりできるようにしました。
形を変えながら長く住み続けられる住まいで、これからも家族の物語が紡がれていきます。

大きなバルコニーがあったのも、この物件を購入した理由のひとつ。普段づかいができるよう窓辺にウッドデッキを配置。晴れた日は2人で食事をしたりお酒を飲んだりして楽しみます(写真撮影/桑田瑞穂)

大きなバルコニーがあったのも、この物件を購入した理由のひとつ。普段づかいができるよう窓辺にウッドデッキを配置。晴れた日は2人で食事をしたりお酒を飲んだりして楽しみます(写真撮影/桑田瑞穂)

●取材協力
ゼロリノベ

”ひと部屋だけ断熱リフォーム”のススメ。室温18度以上で健康リスク大幅減少にコストも最小。住みながらできて実家にも最適

2025年から断熱等級4以上が義務化されるのは“新築”の住宅。「既に建てたわが家は関係ないし、今さら断熱リフォームするのはお金がかかる。暑さ寒さも今までどおり我慢すれば……」と思わずに、部分的でも断熱リフォームしませんか。人生100年時代といわれるように、思いのほか先は長い。それにひと部屋だけのプチ断熱でも、光熱費の削減はもちろん、生活習慣病をはじめ、さまざまな病気からあなたや家族を守ってくれるのですから。

断熱住宅にすれば老若男女を問わず健康になれる!?家族みんなが過ごすことの多い21.8畳のLDKを断熱リフォームした事例。暮らしやすい間取りになったのに合わせて、健康的な暮らしも手に入れることに(写真提供/スペースマイン)

家族みんなが過ごすことの多い21.8畳のLDKを断熱リフォームした事例。暮らしやすい間取りになったのに合わせて、健康的な暮らしも手に入れることに(写真提供/スペースマイン)

「断熱住宅は省エネだけでなく、健康に資する」ことが、最近になって次々とわかってきました。それも高齢者のヒートショックを防ぐだけではありません。子どもたちも働き盛りの男性も女性も、「暖かい家」は老若男女を問わず私たちの健康にたくさんのメリットがあることが判明してきているのです。

詳しくは「室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった」をご覧いただきたいのですが、かいつまんでお話しすると、“暖かい家”には例えば下記のような健康メリットがあります。

・高血圧症のリスクを抑える
・脂質異常症の発症を抑制する
※脂質異常症とはいわゆる悪玉コレステロールや中性脂肪などの血中濃度が異常な状態
・夜間頻尿を抑える
・住宅内でのつまずきを減らす
・子どもの風邪や病欠が減る
・女性の月経前症候群(PMS)が減る
・女性の月経痛が減る
・在宅ワークの効率が上がる
・断熱改修するだけで血圧を約3mmHg下げられる

伊香賀先生たちによる調査データより。断熱改修する前と後で、居住者の血圧が平均で3.1mmHg低下しました(出典:慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さんの資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

伊香賀先生たちによる調査データより。断熱改修する前と後で、居住者の血圧が平均で3.1mmHg低下しました(出典:慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さんの資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

「高血圧症のリスクを抑える」について、少しだけ説明すると、住宅に断熱改修をするだけで血圧が平均で3.1mmHg低下することがわかりました。これは住宅と健康の関係についての第一人者である慶應義塾大学教授の伊香賀俊治(いかが・としはる)先生をはじめ、建築と医療の研究者80名のチームによる調査と研究の成果です。

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生(写真提供/伊香賀先生) 

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治先生(写真提供/伊香賀先生)

「厚生労働省は国民の健康のために血圧を4mmHg下げる数値目標(健康日本21(第二次))を掲げていますが、食事の工夫や運動といった生活習慣を改めなくても、住宅の断熱改修だけで目標の約8割を達成できることになります」(伊香賀先生)
このように、“住宅の断熱性能”は “健康”と密接な関係があると判明してきたのです。

これまで日本では「住宅」と「健康」の関係について、あまり注目されることがありませんでした。しかしWHO(世界保健機関)は6年前の2018年11月、「住宅と健康に関するガイドライン」の中で「冬は室温18度以上にすること」を各国に強く勧告。「冬の室温が18度以上あると、呼吸器系や心血管疾患の罹患・死亡リスクを低減する」とし、特に子どもや高齢者には「もっと暖かい環境を提供するように」と言葉が添えられています。

WHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」

出典:WHOウェブサイト 2018.11.23公表

断熱性が高い家でもそうでない家でもエアコンの温度設定が同じならば、室内環境も同じでは?と思うかもしれません。しかし、断熱性の低い家では、常に壁面や床面など外と接している部分から冷気が伝わり、ムラがあるため温度が一定で快適な環境はつくれないのです。そんな暖かい家にするために、住宅の断熱性能の向上が欠かせません。とはいっても、住宅の断熱リフォームにはそれなりの費用がかかります。特に古い住宅だと、断熱に加えて耐震補強も必要な場合が多く、費用が膨らんでしまいがちです。そこでオススメしたいのが、住宅の一部だけでもいいので断熱する「部分断熱」という方法です。

例えば子育てを終えた二人暮らしなら、ほとんど使わなくなった2階を省き、普段よく過ごす1階部分だけ断熱をするといった「生活の中心エリアに絞って断熱する」というやり方です。もちろん理想は住宅全体の断熱リフォームですが、健康のことを考えると、費用面で諦めて何もしないよりは「部分的にでも断熱して、そこで生活するようにしたほうがよいでしょう」と伊香賀先生も言います。

「部分断熱」を行って夏も冬も快適に、光熱費も削減できた

では、実際に「部分断熱」を実践した人は、どのように感じているのでしょうか。奈良県で部分断熱と耐震補強工事を行ったAさんに話を伺いました。

・築38年の日本家屋をリフォーム

色のついた部分が今回のリフォーム個所。耐震性能は耐震等級2まで高められました

色のついた部分が今回のリフォーム個所。耐震性能は耐震等級2まで高められました

・部分的な断熱リフォームでも健康的に暮らしやすくなる

Aさん宅の場合、外壁の土壁をそのまま残すことにしたので、その内側に断熱材を入れました。その分、工事前より室内が少し狭くなっています(写真提供/スペースマイン)

Aさん宅の場合、外壁の土壁をそのまま残すことにしたので、その内側に断熱材を入れました。その分、工事前より室内が少し狭くなっています(写真提供/スペースマイン)

(写真提供/スペースマイン)

(写真提供/スペースマイン)

夫の実家である築38年という日本家屋をリフォームしたAさん。夫の母とAさん夫妻、それに2人の子どもの5人で暮らしています。

「子どもが成長したのを機に、リフォームをすることにしました。義父が亡くなる前に『この家は耐震性が心配だ』と言っていましたから、まず耐震性をどうしても高めたいと思いました。また、外壁が土壁の古い日本家屋ですから、冬は外の冷気が入ってきて、とても寒かったんです。しかも、床がとても冷たくなるほど家の中が冷えるのに、2階の寝室にはエアコンもないし……」とAさん。

・窓には樹脂製サッシの高断熱窓を内窓として設置

断熱材を入れたこともあり、厚くなった壁を利用して樹脂サッシの高断熱窓を内窓に設置(写真提供/スペースマイン)

断熱材を入れたこともあり、厚くなった壁を利用して樹脂サッシの高断熱窓を内窓に設置(写真提供/スペースマイン)

しかし、耐震工事に加えて断熱工事や間取り変更を行うと、どうしても予算をオーバーしてしまいます。また約10年前に浴室やトイレなどをリフォームしたばかりだったので、フルリフォームするのは少し抵抗感もありました。そこで施工を担当した「スペースマイン」の矢島一(やじま・はじめ)さんは「建物全体の耐震工事をした上で、普段よく過ごす部屋だけでも断熱工事することを提案しました」

断熱工事を行う場所は、家族が一緒に過ごす21.8畳という広いLDKと、2階の寝室4つに限定。土壁を解体して外壁を新設すると費用がかかるので、矢島さんは土壁を残し、該当部分の内側に厚い断熱材を入れて、窓は樹脂サッシの高断熱窓に入れ替えました。

このように部分的な断熱リフォームした新しい“わが家”の住み心地について、「もちろん夏は涼しく、冬は暖かくなりました。それはエアコンの使い方でも明らかです」とAさん。

「21.8畳のLDKは、もともと洋室と広いキッチンに分かれていて、それぞれに10畳用のエアコンが設置されていました。今回LDKとして1つの空間にまとめた際に、この2台のエアコンは備えたままにしたのですが、結局リフォーム後に使っているのは1台だけです」。これまで約20畳の空間を温めるには10畳用のエアコンが2台必要でしたが、断熱性を高めたら1台で済むようになったというわけです。

BEFORE→AFTER(写真提供/スペースマイン)

BEFORE→AFTER(写真提供/スペースマイン)

しかも、今回のリフォームに合わせて太陽光発電システムと蓄電池を備えたこともあり「電気代が以前より大きく減ったのは当然ですが、昨年の夏はあれだけ暑かったのに、太陽光発電だけで家じゅうのほぼすべての電気をまかなえました」。部分的に断熱リフォームするだけでも、光熱費の削減になるという証左です。家をコンパクトに建て替えなかったことで、屋根面積を広く保てたことも、太陽光発電のメリットをたっぷり受けられることにつながりました。

Aさんの施工例からも「部分断熱」でも快適に暮らすことができ、光熱費の削減につながることがわかります。もちろん、WHOが勧告している「室温18度以上」も、普段過ごしている部屋では容易に達成できる、つまり健康的な暮らしを送れることになります。

「部分断熱」の場合、ヒートショック対策が欠かせない

一方で「部分断熱」となると、ヒートショック対策が心配だという人もいるでしょう。ヒートショックとは、温度の急激な変化で血圧が上下に大きく変動することによって、心筋梗塞や脳卒中などを引き起こす健康被害のこと。特に断熱性能の低い住宅では、冬に暖かいリビングを出て、寒い脱衣場を経由してから、熱いお風呂に入るのでリスクが高まります。住宅をまるごと断熱リフォームすれば、部屋や廊下等の温度差が少なくなりますが、それら日常行き来するスペースが動線的に離れている場合、「部分断熱」では住宅内の温度差が解消されないため、ヒートショックの危険性は消えません。

お風呂のイメージ

(写真/PIXTA)

そこで矢島さんは「特に衣服を脱ぐ脱衣場などには人感センサー付きの電気ストーブの設置をオススメしています。また暖かい部屋から廊下に出る時は、1枚羽織れるように、ドアの外に衣類を掛けられるようにしておくと便利です」

つまり、部分断熱をするなら、ヒートショックのリスクを十分理解した上で暮らしたほうが良いということ。その上で、予算ができたらさらに追加の断熱リフォームを、できれば住宅をまるごと行うようにすることが理想的です。

単に寿命を延ばすのではなく、断熱住宅で健康的な長寿を目指そう

気になる費用ですが、矢島さんの会社の場合、「部分断熱」をする場合の目安として「10畳の広さで150万~200万円」と説明しているそうです。

「また、断熱工事には補助金制度があるので、それも有効に使うようにするといいでしょう。今なら国土交通省と地方自治体とで費用の最大8割・70万円まで補助する制度が利用できます」(矢島さん)

それでも「老い先が短いから」と躊躇する高齢者もいるかもしれません。しかし、先述したように、人生は意外と長いもの。人生100年時代だからといって、皆が皆100歳まで元気でいられるとは言いませんが、日本人の平均寿命は明治時代の40歳台からほぼ2倍の80歳台に延びています。

・断熱住宅は健康寿命を延ばす

伊香賀先生たちによる調査データより。冬の居室の平均室温が14.7度の「寒冷住まい群」に比べて、同17.0度の「温暖住まい群」の高齢者の要介護認定になる年齢は、約3歳後ろ倒しになることがわかりました(出典:中島侑江、伊香賀俊治ほか:地域在住高齢者の要介護認定年齢と冬季住宅内温熱環境の多変量解析 冬季の住宅内温熱環境が要介護状態に及ぼす影響の実態調査 その2. 日本建築学会環境系論文集 84(763), p.795-803, 2019.)

伊香賀先生たちによる調査データより。冬の居室の平均室温が14.7度の「寒冷住まい群」に比べて、同17.0度の「温暖住まい群」の高齢者の要介護認定になる年齢は、約3歳後ろ倒しになることがわかりました(出典:中島侑江、伊香賀俊治ほか:地域在住高齢者の要介護認定年齢と冬季住宅内温熱環境の多変量解析 冬季の住宅内温熱環境が要介護状態に及ぼす影響の実態調査 その2. 日本建築学会環境系論文集 84(763), p.795-803, 2019.)

さらに、伊香賀先生たちの調査研究によって、断熱住宅にすると介護が必要になる年齢が遅くなる、つまり健康寿命が延びるという結果も出ています(上記グラフ)。健康寿命が延びれば、もちろん子どもにとっても負担が減ります。もしも読者が両親の暮らす実家等の断熱リフォームを勧めても、「老い先が……」と遠慮するようであれば、「部分断熱」だけでも行うように勧める、あるいは費用を負担してあげてはいかがでしょうか。

●取材協力
スペースマイン
慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さん

「要求定義」から自宅リノベを始めてみた。建築家とアイデアふくらみ想像以上の仕上がりに!【後悔しないマンションリノベのコツ】

スタートアップ企業でUXリサーチャーとして働く松薗美帆さん。昨年、都内にある築41年のマンションをリノベーション。パートナーとの新生活をスタートさせました。

建築家とリノベーションのプランを検討するにあたり、松薗さんが最初に着手したのが「要求定義」。仕事でサービスの開発や改善を行う際に欠かせないプロセスを、家づくりに導入したといいます。

家づくりの要求定義って、何をどうまとめればいいのでしょうか? 建築家の反応は? やってみて分かったことは? やりたいことを実現するための要求定義のポイントを、松薗さんに伺いました。

「曲線の壁」で分かれる、表と裏の空間

ともあれ、まずは完成した家を見てみましょう。

松薗さん、建築家の坂田裕貴さん・marieさんの3人チームでつくりあげた住空間。松薗さんたちが暮らしに求める機能はもちろん、坂田さん、marieさん発案の驚きのアイデアも随所に盛り込まれています。

松薗美帆さん。スタートアップ企業にて新規事業の立ち上げやUXリサーチの仕組みづくりに取り組む。大学院に社会人学生として在学中(写真撮影/池田礼)

松薗美帆さん。スタートアップ企業にて新規事業の立ち上げやUXリサーチの仕組みづくりに取り組む。大学院に社会人学生として在学中(写真撮影/池田礼)

設計を担当した坂田さん(左)、marieさん(右)にもお話を伺った(写真撮影/池田礼)

設計を担当した坂田さん(左)、marieさん(右)にもお話を伺った(写真撮影/池田礼)

最大の特徴は、フロア全体に立てられた「曲線の壁」です。

L字型のフロアに「正円」を描いた特徴的な間取り。L型と曲線が重なり、円の外側と内側にさまざまな空間を生み出している(写真提供/a.d.p Inc.)

L字型のフロアに「正円」を描いた特徴的な間取り。L型と曲線が重なり、円の外側と内側にさまざまな空間を生み出している(写真提供/a.d.p Inc.)

円の内側は「ホールスペース」。ソファに座って景色を眺めたり、読書をしたり。使い方を限定しない抽象的な空間で、松薗さんたちが暮らしながら用途を発見していくスペースになっている(写真撮影/池田礼)

円の内側は「ホールスペース」。ソファに座って景色を眺めたり、読書をしたり。使い方を限定しない抽象的な空間で、松薗さんたちが暮らしながら用途を発見していくスペースになっている(写真撮影/池田礼)

等間隔の間柱が、空間に一定のリズムを刻む(写真撮影/池田礼)

等間隔の間柱が、空間に一定のリズムを刻む(写真撮影/池田礼)

一方、円の外側にはプライベート空間と生活機能が集約されている。ここは松薗さんの寝室兼ワークスペース(写真撮影/池田礼)

一方、円の外側にはプライベート空間と生活機能が集約されている。ここは松薗さんの寝室兼ワークスペース(写真撮影/池田礼)

そこから本棚のある通路を抜けてキッチンへ。さらに進むと洗面やパートナーの個室などがある(写真撮影/池田礼)

そこから本棚のある通路を抜けてキッチンへ。さらに進むと洗面やパートナーの個室などがある(写真撮影/池田礼)

円の内側は「均一さ」を意識し、バーチ材で統一。一方、外側は各スペースの機能や、松薗さん、パートナーの趣味嗜好を反映させた内装になっている(写真撮影/池田礼)

円の内側は「均一さ」を意識し、バーチ材で統一。一方、外側は各スペースの機能や、松薗さん、パートナーの趣味嗜好を反映させた内装になっている(写真撮影/池田礼)

L型に折れることで分断されていた空間を、曲線がゆるやかにつないでいる(写真撮影/池田礼)

L型に折れることで分断されていた空間を、曲線がゆるやかにつないでいる(写真撮影/池田礼)

ひとつながりの壁の「表」と「裏」を行き来しながら暮らす、不思議で楽しい住まい。かくもユニークなアイデアは、いかにして生まれたのでしょうか?

松薗「初回の打ち合わせの時に話していたのは、室内に“縁側”のような余白スペースをつくること。また、L型の形状を活かして、生活の機能と余白スペースを分けることでした。L型に曲線を重ねるアイデアは、2回目の打ち合わせの時に坂田さんからご提案いただいたものです。思いもよらない発想に感動して『もう、これしかないな』と」

坂田「生活機能と余白スペースを分ける際に、普通に直線的な壁を立ててしまうと、幅が均一になり空間にメリハリをつくることができません。図面を眺めながら思案するうちに『もしかしたら、ここに正円を描けるんじゃないか』と閃いて。CAD(コンピューターで図面作成を行うツール)で描いてみたら、本当にすっぽりとおさまりました。円が外側に膨らむ部分は窮屈になる懸念もありましたが、棚を置きつつ人が通れるくらいのスペースは確保できています。今回は現地での実測がかなり正確にできていたことも、プランを実現するうえで大きなポイントでしたね」

例えば、右側の空間は奥に向かって広がっていくような間取りになっている。ここを個室にするなど、曲線により生まれる空間のメリハリを活かして生活の機能を分けている(写真撮影/池田礼)

例えば、右側の空間は奥に向かって広がっていくような間取りになっている。ここを個室にするなど、曲線により生まれる空間のメリハリを活かして生活の機能を分けている(写真撮影/池田礼)

「要求定義」にプロの発想が加わり、想像以上の仕上がりに

リノベーションにあたり、はじめに松園さんが着手したのが「住まいの要求定義(※)」。日ごろ、UXリサーチャーとしてサービスを開発する際に行うプロセスを、家づくりに取り入れました。

※要求定義……システム開発プロジェクトにおいて、システムを通して何を実現したいのかを分かりやすくまとめていくプロセス

松薗「先に良い物件が見つかって、申し込みをしたのと同時に、建築家さんにお渡しするための要求定義をまとめました。リノベで実現したいことや、私とパートナーのライフスタイル、各部屋の詳細なプランも全て書き出して。文字だけでなく具体的な間取りを描いてみたり、イメージボードを作成してみたりと、私たちのやりたいことがなるべく正確に伝わるように心がけました。普段の仕事でやっているのと同じようなことですね」

物件の内覧を重ねるなかで「自分たちがやりたいこと」、逆に「これだけは避けたいこと」が分かってきたと松園さん。それらを整理し、要求定義に落とし込んだ(画像提供/松薗さん)

物件の内覧を重ねるなかで「自分たちがやりたいこと」、逆に「これだけは避けたいこと」が分かってきたと松園さん。それらを整理し、要求定義に落とし込んだ(画像提供/松薗さん)

現状のライフスタイルも、なるべく具体的に書き出した(画像提供/松薗さん)

現状のライフスタイルも、なるべく具体的に書き出した(画像提供/松薗さん)

具体的な間取りのイメージや、各部屋の雰囲気、素材のイメージ、求める機能なども細かくまとめている(画像提供/松薗さん)

具体的な間取りのイメージや、各部屋の雰囲気、素材のイメージ、求める機能なども細かくまとめている(画像提供/松薗さん)

なお、要求定義をまとめた時点で設計を依頼する建築家は確定しておらず、坂田さんのほか大手のリノベ専門会社を含めた複数の候補がいたそう。最終的に知人に紹介された坂田さんを選んだ決め手は、松薗さんの要求をそのまま受け取るのではなく、要求定義をふまえつつ、プロの視点で思いもよらない提案を打ち返してくれたことだったといいます。

松薗「UXデザインの仕事でも、ユーザーの要求をそっくりそのまま受け取って形にすることはありません。そこにプロの知見や発想が加わるからこそ、よりよいサービスやプロダクトが生まれます。坂田さんやmarieさんも、私の要望をいったん受け止め、自分のなかで解釈したうえで魅力的なアイデアをいくつも出してくれました。このお二人となら私たちが求める暮らしを叶えつつ、想像を超えるような面白い家をつくれるんじゃないかと思いましたね」

坂田「施主さんは自分のライフスタイルを最も理解していて、僕らは常に家のことを考えている。その両者がお互いに意見やアイデアをすり合わせることで、最適解にたどり着けると思っています。美帆さんは家づくりに対して確固たる意志や要望をお持ちでありながら、僕らなりの解釈やアイデアも柔軟に受け止めて、面白がってくれました。本当にやりやすかったですし、楽しく取り組むことができましたね」

「建築家とお客さんではなく、一緒に家をつくるチームのようなスタンスが感じられたのも良かった」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

「建築家とお客さんではなく、一緒に家をつくるチームのようなスタンスが感じられたのも良かった」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

大量の本は「仕事で使う本」「大学院の研究で使う本」「趣味の本」と大きく3種類に分類し、仕事の本は個室スペースの本棚へ、研究や趣味の本はリビングの本棚へ置いている。「marieさんから『用途ごとに分けて置くのはどうか』とご提案いただきました。目的の本を、使う場所ですぐに取り出せて便利です」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

大量の本は「仕事で使う本」「大学院の研究で使う本」「趣味の本」と大きく3種類に分類し、仕事の本は個室スペースの本棚へ、研究や趣味の本はリビングの本棚へ置いている。「marieさんから『用途ごとに分けて置くのはどうか』とご提案いただきました。目的の本を、使う場所ですぐに取り出せて便利です」と松薗さん(写真撮影/池田礼)

左奥の扉はパートナーの個室。パートナーのオンライン会議の声が気にならないよう、お互いの個室を離して配置している(写真撮影/池田礼)

左奥の扉はパートナーの個室。パートナーのオンライン会議の声が気にならないよう、お互いの個室を離して配置している(写真撮影/池田礼)

最も気に入っている場所は、ホールスペースのソファ。目の前には本棚や観葉植物など、松薗さんの好きなものが並ぶ(写真撮影/池田礼)

最も気に入っている場所は、ホールスペースのソファ。目の前には本棚や観葉植物など、松薗さんの好きなものが並ぶ(写真撮影/池田礼)

建築家がアイデアを出しやすくなる要求定義を

はじめに要求定義をまとめる利点は、施主と建築家の目線合わせのほか、言った・言わないのトラブル防止、大まかな費用の共有など、さまざまです。

また、設計側から見ても、こんなメリットがあると坂田さんは言います。

坂田さん「通常の場合、僕らは最初に施主さんにヒアリングをして要求を引き出していきます。このプロセスには結構な労力と時間がかかるので、お客さん側で要望やイメージをある程度まとめておいていただけるのは有り難いですね。そのぶん、こちらもクリエイティブな作業に時間を使えて、より良いアイデアが生まれやすくなると思います」

一方で、松薗さんには反省点もあるのだとか。

松薗さん「かなり細かいところまで、具体的に書きすぎてしまったかなと。最初に坂田さんたちを含む複数社に要求定義をお伝えした時、会社さんによってはそのまま受け取られて、プロならではの提案があまり出てきませんでした。
少なくとも、最初の時点で間取りまで描く必要はなかったですね。『個室と個室は離してください』と伝えるくらいに留めておいて、具体的な間取りについては専門家にお任せしたほうが魅力的なプランをご提案いただけると思うので」

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

松薗さんが言うように、具体的すぎる要求定義は建築家の思考を制限してしまうかもしれません。最初の段階では詳細なプランではなく、住まいに求めることや理想の暮らしを抽象化して伝えたほうがよさそうです。

ともあれ、精度の高い要求定義が、満足度の高いアウトプットにつながるのは確か。リノベーションに限らず、家づくりのプロセスに取り入れてみてはいかがでしょうか?

●取材協力
松薗美帆さん
a.d.p Inc.

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2023に見るリノベ最前線! グランプリは「高級トイレ空間」、シニア世代の「2度目の二人暮らし物件」など

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。11年目となる2023年の授賞式が12月14日に開催されました。267のエントリー作品の中から選び抜かれた総合グランプリをはじめ、各受賞作から、リノベーションの今を読み解きました。

【注目point1】買取再販リノベ物件の「一点もの」化

近年、特に大都市圏では中古マンションの買取再販リノベーション事業に参入する事業者が大幅に増え、それとともに再販リノベ物件数も数を伸ばしています。買取再販リノベーションとは、事業者が中古マンションを購入してリノベーションを施し、リノベ済み物件として販売する形態のこと。

数が増えることで競争も激しくなり、そのためリノベ内容にも、コンセプトやデザイン、性能向上などの面において差別化を図った「一点もの」的な作品の増加が顕著になっています。今回の受賞作品やエントリー作品ではそうした特徴的な買取再販物件が多く見受けられました。

一般的に、買取再販リノベ物件は販売しやすいように、万人向けの設計やデザイン、コストパフォーマンスの良さなどが優先されてきましたが、徐々に一点もの的な作品が増えつつあり、大手事業者の再販物件においても差別化戦略が図られています。コスト面の制約はあるものの、買取再販リノベ物件は設計者やプランナーの豊かな発想が発揮できる側面もあり、買い手の心により響く物件となります。今後のバリエーションの広がりも期待されます。

総合グランプリを受賞した【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間「プレミアムT」】もまさにそうした一点もの。今回、審査陣を最も驚かせた作品となったようです。

●総合グランプリ
【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間「プレミアムT」】 株式会社bELI

ソファのほか、折り畳みテーブルまで設置され、まるで書斎のよう。ここで長時間過ごせる居室のような快適性が見てとれます(写真提供/株式会社bELI)

ソファのほか、折り畳みテーブルまで設置され、まるで書斎のよう。ここで長時間過ごせる居室のような快適性が見てとれます(写真提供/株式会社bELI)

(写真提供/株式会社bELI)

(写真提供/株式会社bELI)

小ぶりな洋室を、トイレとしては広々した「プレミアムT」とシューズインクローゼットに改変(写真提供/株式会社bELI)

小ぶりな洋室を、トイレとしては広々した「プレミアムT」とシューズインクローゼットに改変(写真提供/株式会社bELI)

総合グランプリに輝いた【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間 「プレミアムT」】は、難病指定のクローン病と戦う友人がきっかけとなり誕生したプロジェクト。クローン病とは主に小腸や大腸などの消化管に炎症が生じる病気で、下痢などの症状が慢性的に発生し、長時間トイレへの滞在を強いられます。「持病の有無を問わず、誰もが快適に過ごせるトイレ空間をつくること」「普段の暮らしでは周りに理解されにくい苦しみと戦う人たちがいることを知ってもらうこと」がこのプロジェクトの目的。

舞台は川崎市の築30年超のマンションの住戸。トイレと洋室を一体化し、居室としても機能する空間を演出しています。折り畳み机、ダウンライトスピーカー、床暖房、涼風機能つき暖房機など快適設備も搭載。「リフォームを通して誰かの役に立ちたい」というアツい思いが形になりました。

誰でも使いやすいトイレ空間を創造した作品ですが、そこに暮らす住人が要望したユニバーサルデザイン空間なのかと思いきやそうではなく、物件完成後に売り出して買い手を見つけるという買取再販リノベ物件として市場に登場させたわけです。持病を抱えた人にポジティブに寄り添う温かい気持ち、ユニバーサルデザインの新たな形を示した点も高い評価を受けつつ、再販リノベ物件としたことについてのつくり手の勇気を讃える声が上がり、総合グランプリ受賞へとつながりました。

●レスキュー・リノベーション賞
【東京下町の古民家よ、再び】 株式会社コスモスイニシア

時を経た飴色の建具などをふんだんに意匠に加え、まるで古民家のような懐かしい風情に(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

時を経た飴色の建具などをふんだんに意匠に加え、まるで古民家のような懐かしい風情に(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

【東京下町の古民家よ、再び】は、古い家屋で使われてきたドアや引き戸、障子などの建具、収納扉、家具などをふんだんに用いた買取再販リノベ物件。「古材レスキュー」という古民家を残す活動をしている方々から譲り受けたものを再利用しています。既存資源を活用するという観点に加え、古き良きものを生かして個性的な空間に仕立てている「一点もの」の再販物件に仕立てたチャレンジングな姿勢に注目が注がれていました。

●ウェルネス・リノベーション賞
【健康寿命社会~もう一度ふたり暮らし~】 株式会社アネストワン

木のぬくもりに包まれた空間は、見た目での心地よさも感じさせてくれます(写真提供/株式会社アネストワン)

木のぬくもりに包まれた空間は、見た目での心地よさも感じさせてくれます(写真提供/株式会社アネストワン)

(写真提供/株式会社アネストワン)

(写真提供/株式会社アネストワン)

【健康寿命社会~もう一度ふたり暮らし~】は、シニア世代にフォーカスし、快適で健康なシニアライフを送れるように住宅性能を高めた再販リノベ物件。全館空調、二重窓、全熱交換機で断熱性、快適性を向上させ、住戸の温度を均一に保ち、ヒートショックを予防。漆喰壁やチーク材フローリング、麻のタイルカーペットなど自然素材をふんだんに取り入れ、素材面でも安らぎを意識しています。

【注目point2】古くて無個性のものに、異なる表情を付加

画一的であったり無個性であったり、世の中から見捨てられがちな物件を新しいものに生まれ変わらせるのも、リノベーションの醍醐味です。今回、注目されたのは古い団地、古いホテルなどに手を加えたケース。何の変哲もない既存施設を、そのまま朽ちさせたり建て替えたりするのではなく、誰もが心地よく過ごせる価値ある場所に生まれ変わらせた点が高く評価されています。こうした作品を見ると、既存資源の活用という面において、リノベーション業界は重要な社会的役割を担っているのだということを強く感じます。

●800万円未満部門最優秀賞 ●プレイヤーズチョイス・アワード
【これからの団地リノベのあり方を問う。】 株式会社フロッグハウス

調湿性のある杉材をふんだんに使った室内。ぐるっと回り込める家事楽なキッチン動線で暮らしやすく(画像提供/株式会社フロッグハウス)

調湿性のある杉材をふんだんに使った室内。ぐるっと回り込める家事楽なキッチン動線で暮らしやすく(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

800万円未満部門最優秀賞とプレイヤーズチョイス・アワード(※)をW受賞した【これからの団地リノベのあり方を問う。】。神戸市にある築46年の団地の一室を、入居検討者や団地に暮らす人のためのモデルハウスに生まれ変わらせた作品で、断熱、家事動線、地産地消を軸に、団地リノベの新たな姿を提案しています。

ひどい結露、玄関収納や脱衣所がないといった、築年数の経った団地特有の不便さを解消すべく、断熱改修し、玄関と水回りの面積を1.5倍の広さにしてベビーカーを置ける玄関、室内干しできる脱衣所を設けました。地元産の杉をふんだんに内装に用い、木の香が漂う空間に。家事を楽にする回遊動線、曲線美の造作キッチン、ワークスペースなど、ターゲットの子育て世代だけでなく、団地に長年暮らしてきた高齢世帯をも惹きつける要素が盛り込まれ、画一的な団地の部屋が清々しさを感じる空間へと一新されています。

※「プレイヤーズチョイス・アワード」とは、エントリーした事業者が自社以外でベストだと思うリノベ作品を選ぶ、今回新設された賞です(他の賞はメディア関係者が審査員となり、作品を選ぶ)

●無差別級部門最優秀賞
【「記憶」を刻み、「記録」を更新する『the RECORDS』】 株式会社拓匠開発

こぢんまりした古いビジネスホテルが、映えスポットに華麗に転身。公園に大きく開いた開放的な空間で心地良いひとときを(画像提供/株式会社拓匠開発)

こぢんまりした古いビジネスホテルが、映えスポットに華麗に転身。公園に大きく開いた開放的な空間で心地良いひとときを(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

【「記憶」を刻み、「記録」を更新する『the RECORDS』】はビジネスホテルを複合商業施設へコンバージョンした作品です。千葉公園に面した立地の良さという最大のポテンシャルをビジネスホテル時代にはまったく生かせておらず、1階は駐車場、公園に面したテラスも資材置き場となっていたそう。客室の窓も小さく、せっかくの眺望も魅力減。

駐車場を大きな窓のある大空間に変え、上階の床を抜いて吹き抜けをつくり、開放的で映えるラウンジ空間に。容積率にカウントされない駐車場を店舗にすると床面積を減らさざるをえないというハードルを、上階の床をなくし吹き抜けにすることで解決した手法も見事です。公園の緑の借景と相まって、地元の人々がふらっと立ち寄って心豊かに過ごせる場所になりました。

RC造で間仕切壁も多く、再生するには障害が多い物件。取り壊して新築するのが一般的と思われますが、「再構築し、新たな目的の施設に再生させ、その結果を示すことが地域活性化につながる」というつくり手の信念で成し遂げられたプロジェクトとなりました。

【注目point3】残すべきものを残す、古民家再生

生活様式の変化による暮らしにくさなどによって、かつて多くの古民家が振り返られることなく解体される一方だった時代がありました。しかし太い柱や梁、震災にも耐えてきた強い構造など、本物の建材と匠の技でつくられた家は残すべき資産であるとの認識から、循環型社会が叫ばれるよりも以前から古民家を再生して住み継いでいくという意識が高まり、再生事業も数を伸ばしてきました。

しかし、住宅リノベーションの中でも、古民家の再生には多大な苦労が伴います。耐震性、断熱性の確保はもとより、現代のライフスタイルに合った水回りへの改修や間取りの改変などは、現代の住宅より手間もコストも嵩みがちなことも障壁となり、住宅としてより公共施設や商業施設として活用される傾向が多い現状もあります。今回は自宅として住み継いでいく古民家再生のお手本のような作品に注目しました。

●1500万円以上部門最優秀賞
【戻す家】 株式会社モリタ装芸

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

梁の現れた大きな吹き抜け+土間のある空間。時を経て古びた味わいある素材に囲まれて、趣きのある暮らしが詰まっているのを感じます(写真提供/株式会社モリタ装芸)

梁の現れた大きな吹き抜け+土間のある空間。時を経て古びた味わいある素材に囲まれて、趣きのある暮らしが詰まっているのを感じます(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

【戻す家】は、新潟の豪雪地域に立つ築125年の古民家を再生させた作品です。雪の重みで屋根が一部崩れ、廃墟のような有様だったそう。しかし建物を支える立派な柱や梁、土壁、無垢の床材などでつくられたこの家を見て、「残すべき使命を感じた」という施主の思いで再生プロジェクトがスタート。

耐震、断熱の問題を抱えた建物を、一度、基礎と躯体構造を残して土壁や床材などを解体。土壁は叩いて細かくし、土として保管。床材は丁寧に水洗い。柱や梁を1本1本磨き上げ、壁に土を塗るなど、手間のかかる作業を施主夫妻や両親も交え根気良く続けたそう。そうした手間暇をかけたからこそ、より愛着の持てる住まいとなったのではないでしょうか。室内は間取りや水回りを暮らしやすく変更しつつ、この家で使われてきた床板、土壁など、サスティナブルな材料を再活用することで建設費も抑え目に。新しいものに変えた部分は最小限にとどめたことにより、内部の古めかしさが残り、その古めかしさを愛でられる住まいとなりました。

●ディスカバー・リノベーション賞
【風通る、地域コミュニティの再編】 paak design株式会社

外観も室内も、日本家屋の古き良き佇まいのままに(写真提供/paak design株式会社)

外観も室内も、日本家屋の古き良き佇まいのままに(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

【風通る、地域コミュニティの再編】は、日本家屋の伝統様式が詰まった、鹿児島の大地主の邸宅を再生した作品。補修部分には既存と同じ素材を用い、土間に隣接した田の字の畳間を含め、間取りをほとんど変えることなく、かつての面影を色濃く残した佇まいに改修しています。

農家だったこの家には、以前よりご近所さんは玄関ではなく広い土間へ訪ねてきて、自然と井戸端会議の場となることもしばしばだそう。オーストラリアから移住してきた施主は地域コミュニティに関心が高く、一時期は希薄となっていた地域社会に異文化の要素も加わり、以前の日本社会が持っていた農村地での交流に新たな風が吹く場となりました。

【ここも注目!】間取りの可変性に関する斬新な提案

将来の間取り変更を容易にしてくれるギミック「柱のフレームでアウトライン化しておく」という新たな提案も高い関心を集めました。

●1500万円未満部門最優秀賞
【アウトラインの行方】 株式会社grooveagent

未来のための“フレーム”が、マンション空間とは思えないような個性を生んでいます(写真提供/株式会社grooveagent)

未来のための“フレーム”が、マンション空間とは思えないような個性を生んでいます(写真提供/株式会社grooveagent)

(写真提供/株式会社grooveagent)

(写真提供/株式会社grooveagent)

リノベーションが一般的になってきた今、家族の成長・家族数やライフスタイルの変化などによって、2度、3度とリノベーションを行うケースも見られるようになっています。【アウトラインの行方】は、そうした状況を踏まえ、将来の子ども部屋のためのグリッドをあらかじめ柱材でフレーム化しておくという、可変性の高さを感じさせる作品です。

きっかけは施主に第二子が生まれ、この先子どもが何人になるのか、いつ個室を必要とするのかがわからず、「間取りを自由に変えられる工夫」を求めたこと。その答えが最初のリノベ時にフレームでアウトライン化しておくこと。部屋を増設する際に壁を立てる工程が簡略化できることから、将来のコストを大幅に削減できるメリットがあります。施主がDIYすることも容易に。多様な使い方も可能で、さらにフレームが空間のデザイン要素となり、楽しい仕掛けにもなっています。

【ここも注目!】地方の「実家問題」に一石

全国、特に地方にある実家の後継問題に一石を投じるリノベ作品も見受けられました。

●実家リノベーション技術賞
【タクミノイエリノベ2】 有限会社斉藤工匠店

純和風の家屋をコーヒーの香り漂うカフェ的空間に。造作キッチンを中心に、梁と柱の現しのある吹き抜けが開放的(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

純和風の家屋をコーヒーの香り漂うカフェ的空間に。造作キッチンを中心に、梁と柱の現しのある吹き抜けが開放的(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

【タクミノイエリノベ2】は、親が暮らす実家に子世帯がUターンを決意し、大きな家屋の2階部分に大胆なリノベを施した作品。「1人暮らしの親の高齢化でどう管理していく? 空き家になったら? 相続はどうする? 大量の荷物は誰が片づけるのか?」。そういった、地方にある「実家」にありがちな問題を、いつか誰かが向き合うこととUターンリノベを決意。

福島県に立つ築45年の古家。耐震診断とインスペクションを行い、既存真壁の断熱改修。南面の大開口の構造補強をしつつ、造作ソファからの景色も設計思想に生かし、ラフに腰掛けた先の窓辺に、景色を連続的に切り取る格子を設置。「珈琲を楽しむ空間」を目指したミニマムな仕立てになっています。「物価高の昨今、既存の建物や建材を活用しないのはもったいない。ものを大切にする心で実家リノベに向き合う人が増えれば、地方が活気づき社会もうまく回る気がする」との高い意識で臨んだリノベです。

【ここも注目!】多彩な手法で個性的空間が完成

ほかにも既存の概念に囚われない自由な発想で行われたリノベ作品が目白押し。要注目です。

●ライフ・リノベーション賞
【緑とミドリ/お家とお店】 株式会社日々と建築

軽量鉄骨造のシンプルな平家を木造軸組工法で補強&増築。ボロボロだった元の家からは想像できないほど素敵な「木の家」に生まれ変わりました(写真提供/株式会社日々と建築)

軽量鉄骨造のシンプルな平家を木造軸組工法で補強&増築。ボロボロだった元の家からは想像できないほど素敵な「木の家」に生まれ変わりました(写真提供/株式会社日々と建築)

(写真提供/株式会社日々と建築)

(写真提供/株式会社日々と建築)

●フレキシブル・リノベーション賞
【遊び心は無限大!顧客に響く賃貸リノベ】 株式会社住環境ジャパン

約51平米・2DKの賃貸物件を光と風の抜ける1LDKに。オーナーが「趣味が多めの人」を想定し、定額制リノベーションパッケージでつくられた遊び心ある空間です(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

約51平米・2DKの賃貸物件を光と風の抜ける1LDKに。オーナーが「趣味が多めの人」を想定し、定額制リノベーションパッケージでつくられた遊び心ある空間です(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

●ユニバーサル・デザイン賞
【What is Barrier “Free”?】 株式会社grooveagent

施主夫妻の日常動作を洗い出すことから始め、段差の解消、スイッチ位置の工夫など細かい配慮を重ねた作品です。実用性とデザイン性の両面で住人に合ったバリアフリー空間を実現(写真提供/株式会社grooveagent)

施主夫妻の日常動作を洗い出すことから始め、段差の解消、スイッチ位置の工夫など細かい配慮を重ねた作品です。実用性とデザイン性の両面で住人に合ったバリアフリー空間を実現(写真提供/株式会社grooveagent)

●和洋折衷リノベーション賞
【松竹梅の「欄間」―ローテンブルクと時の記憶―】 G-FLAT株式会社

元の家にあった松竹梅の透かし彫りの欄間に惚れ込んで、和洋折衷に仕上げた空間の顔に(写真提供/G-FLAT株式会社)

元の家にあった松竹梅の透かし彫りの欄間に惚れ込んで、和洋折衷に仕上げた空間の顔に(写真提供/G-FLAT株式会社)

●劇的ワンポイント・リノベーション賞
【A Castle “In the House”】 株式会社ブルースタジオ

壁を1枚加えることでつくり出される新たな子どものための空間を含め、随所までこだわりあるデザインを施した住まいに(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

壁を1枚加えることでつくり出される新たな子どものための空間を含め、随所までこだわりあるデザインを施した住まいに(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

●ムーバルリノベーション賞
【動く家】 有限会社中川正人商店

キャンピングカー専門会社ではなく、リノベ会社が手がけた「家」のようなキャンピングカーのインテリア空間です(写真提供/有限会社中川正人商店)

キャンピングカー専門会社ではなく、リノベ会社が手がけた「家」のようなキャンピングカーのインテリア空間です(写真提供/有限会社中川正人商店)

●伝統建材リノベーション賞
【新しい価値観の持ち主たちへ。】 株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

山梨学院大学のキャンパス内カフェ。ガラス張りのスタイリッシュな空間に約3500枚の廃瓦を積んだ壁と瓦屋根のカウンターが存在感を放ち、瓦の魅力を再発見できます(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

山梨学院大学のキャンパス内カフェ。ガラス張りのスタイリッシュな空間に約3500枚の廃瓦を積んだ壁と瓦屋根のカウンターが存在感を放ち、瓦の魅力を再発見できます(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

●インキュベーション・リノベーション賞
【近大発ベンチャー創出拠点「KINCUBA Basecamp」】 リノベる株式会社

近畿大学内にあった書店をインキュベーション(起業家創出)施設へコンバージョン(写真提供/リノベる株式会社)

近畿大学内にあった書店をインキュベーション(起業家創出)施設へコンバージョン(写真提供/リノベる株式会社)

●連鎖的エリアリノベーション賞
【お手本のようなエリアリノベーション】 株式会社タムタムデザイン

「まちの食交場」をいくつか整備することでエリアの回遊性を高めるという視点が新鮮。文化的なコミュニティの創出が街の活性化につながっています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

「まちの食交場」をいくつか整備することでエリアの回遊性を高めるという視点が新鮮。文化的なコミュニティの創出が街の活性化につながっています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

ストック活用が当たり前の今、リノベで究極の「一点もの」を

2023年は、前年から続く物価上昇が引き続きリノベーション業界にも直撃し、軒並み建築費の高騰を招いています。さらに、いわゆる建設業の「2024年問題」(時間外労働の上限規制適用による建設費上昇懸念)、2025年の新築住宅の省エネ基準適合義務化などにより、つくり手側はさまざまな対応が求められることとなります。改正建築物省エネ法は新築物件が対象ではありますが、この先、中古リノベ物件にも高い省エネ性能や創エネ機能が消費者や社会から求められることも想定されます。

シビアな時代にありながらも、リノベ業界は創意工夫や独自のコスト管理等で、建設費を抑えることがより必要となるでしょう。その工夫の一環として既存建築物や建材の再活用が挙げられます。今回の受賞作品にも、こうした既存ストックを最大限活用した作品が数多く登場し、リノベには、新築にはあまり見られない、既存のものを最大限有効活用するという「もったいない精神」が宿っているという印象を強く持ちました。

また一方で、「すべての人が使いやすいユニバーサルデザインの空間を形として示したい」「古くても解体せず、新たな場所を創設して結果を示すことで地域経済の活性化につなげたい」「実家Uターンリノベで地方を活づけたい」といった、人に対する優しい思いや社会に対する高い変革意識に満ちた、数々のリノベ作品もとても印象深く、温かい思いが心に残りました。

リノベ作品は、暮らす人が心地よく幸せに過ごせるよう、さまざまな手法やアイデアが盛り込まれた、まさに究極の「一点もの」。2024年にはどんな新たなタイプの作品が登場するのか、今から楽しみです。

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2024年も素晴らしい作品を期待していま す!(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2024年も素晴らしい作品を期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2023」

UXデザイナーが自宅マンションリノベの”要求定義”した結果。「絶対に後悔しない家づくり」のプロセス【ビジネスパーソン必見】

UXデザイナーのMさんと夫のRさん。今年から、東京郊外のマンションをリノベーションした新居で暮らし始めました。ユニークなのは、二人の家づくりのアプローチ。夫妻が望む暮らしを住まいに落とし込むための「要求定義」からスタートしたのだとか。

仕事では、ユーザーにとって嬉しい体験を実現するためにどんなシステムが必要なのかを考えていく役割のMさん。IT業界では欠かせない工程である要求定義ですが、理想の住まいを実現するために、どんなプロセスでそれをまとめ、家づくりに活かしていったのでしょうか? 夫妻の要望を受け取り、設計を行った建築家の伯耆原洋太さんを交え、Mさん夫妻にお話を伺いました。

暮らしに最適化した住まいをつくる

デザインエージェンシーに勤め、システム開発に携わるUXデザイナーのMさん。夫は建築ライター・編集者のRさん。夫妻は結婚6年目となる今年、東京の郊外に住宅を購入しました。

駅近に立つ、築40年ほどのマンション。80平米の一室をリノベーションし、二人の生活スタイルや望む暮らしに最適化した空間をつくりあげています。

家の間取図。築年数が経過していたものの新耐震基準に適合する耐震補強工事がなされ、管理状態も良好。広さと眺望の良さにも惹かれたそう(写真撮影/嶋崎征弘)

家の間取図。築年数が経過していたものの新耐震基準に適合する耐震補強工事がなされ、管理状態も良好。広さと眺望の良さにも惹かれたそう(写真撮影/嶋崎征弘)

それまで暮らしていた賃貸マンションでは家事の動線や収納、機能面などで不満を感じる点が多かったといいます。家を買うからには、そうしたストレスの種は全て取り除きたい。「中古マンションリノベ」を選んだのも、二人の生活にフィットする間取りや機能を実現するためでした。

Mさん「まずは、複数のリノベーション専門会社に話を聞きに行きました。でも、こちらで設計担当者を選べなかったり、打ち合わせの回数が決められていたり、使える建材が少なかったりと、思った以上に制約が多くて。特に、設計担当者がどなたになるのか分からないのは不安でした。だったらリノベ会社を介さず、自分たちで見つけた建築家さんに直接お願いしようかと」

二人はまず、Instagramで「建築家」「リノベーション」などのハッシュタグで検索し、さまざまな建築家の作例をチェックしました。気になる人がいれば、noteやブログ、インタビューでの発言までも追い、家づくりに対する姿勢や考え方を含めて吟味。そこまで徹底的にリサーチを重ねたのは、こんな理由からでした。

Rさん「僕は建築ライターという仕事柄もあって、建築家をリスペクトしています。国内外の建築物を見て回るのも好きで、建築を文化として楽しんでいます。しかし、そうした建物に自分が住むとなると、まるでイメージが湧かなくて。

建築家が手掛ける家はその人の『作品』としての側面があるので、ある種の自己表現が入ります。建築家が表現したいことと僕らが求めていることが、本当に合致するのかという心配はありましたね。妻は妻でこだわりが強いタイプなので、こちら側の思いや要望をちゃんと汲み取ってくれる建築家じゃないと、きっと衝突してしまうだろうなと。だから、素敵な空間をつくれることと同じくらい、住まいに対する考え方が合う建築家さんにお願いしたいと思いました」

リビングの壁一面に設置した本棚。「本屋を歩いているような気分」で、気軽に本を手に取れるようになっている。一方、エアコンやテレビの配線、レコーダーなどは吊り戸棚の中へ収納。「見せるもの」と「隠すもの」をしっかり分けている(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングの壁一面に設置した本棚。「本屋を歩いているような気分」で、気軽に本を手に取れるようになっている。一方、エアコンやテレビの配線、レコーダーなどは吊り戸棚の中へ収納。「見せるもの」と「隠すもの」をしっかり分けている(写真撮影/嶋崎征弘)

検討に次ぐ検討の末にたどり着いたのが、建築家の伯耆原洋太氏。伯耆原氏は自らリノベーションした自邸に住み、noteなどで住まいと暮らしの関係性や、必要な機能などについて発信していました。生活者の視点に立った住まいづくりの感覚を持っていることが、依頼の決め手になったといいます。

Rさん「伯耆原さんはnoteで『一つ目の自邸が生活の変化に対応しきれなくなった点』や『その経験を次にどう活かしたか』といったことも率直に書かれていました。建築家として表現したいことがありながらも、暮らす人の声にもしっかり耳を傾けてくれる人なんだろうなと。妻にも『この人、どうかな』と提案して、ぜひ相談してみようということになりました」

設計を担当した伯耆原洋太さん。2022年、自ら設計した自邸がリノベーションオブザイヤー最優秀賞に輝く。2023年、大手ゼネコンから独立し、一級建築士事務所「HAMS and,Studio株式会社」を設立(写真撮影/嶋崎征弘)

設計を担当した伯耆原洋太さん。2022年、自ら設計した自邸がリノベーションオブザイヤー最優秀賞に輝く。2023年、大手ゼネコンから独立し、一級建築士事務所「HAMS and,Studio株式会社」を設立(写真撮影/嶋崎征弘)

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「付加価値リノベ」という戦略。建築家が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も
リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022に見るリノベ最前線。実家を2階建てから平屋へダウンサイジングや駅前の再編集など

玄関を入ってすぐのところにある「セカンドリビング」。今後の生活スタイルの変化に合わせて活用できるよう、あえて使用目的を限定せず、空間に余白を持たせるスペースとして設けた(写真撮影/嶋崎征弘)

玄関を入ってすぐのところにある「セカンドリビング」。今後の生活スタイルの変化に合わせて活用できるよう、あえて使用目的を限定せず、空間に余白を持たせるスペースとして設けた(写真撮影/嶋崎征弘)

トイレの前の壁には絵を飾る想定で、3D図面の段階から配置をシミュレーション。現在はMさんの祖母が描いた絵が掛けられていて、トイレに行くたびに眺めているという(写真撮影/嶋崎征弘)

トイレの前の壁には絵を飾る想定で、3D図面の段階から配置をシミュレーション。現在はMさんの祖母が描いた絵が掛けられていて、トイレに行くたびに眺めているという(写真撮影/嶋崎征弘)

洗面所(写真撮影/嶋崎征弘)

洗面所(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチン。もともと持っていた家電や一般的な家電のサイズを考慮し、各アイテムがぴったり収まるように計算して棚を設計(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチン。もともと持っていた家電や一般的な家電のサイズを考慮し、各アイテムがぴったり収まるように計算して棚を設計(写真撮影/嶋崎征弘)

住まいへの指針や要望を明確化

伯耆原さんに設計を依頼するにあたり、はじめに妻のMさんが着手したのは住まいに対する「要求定義」。要求定義とはシステム開発プロジェクトにおいて、システムを通して何を実現したいのかを分かりやすくまとめていくステップ。プロジェクトの目的を明確に定義することで、手戻りや取りこぼしを防ぐことにもつながります。それはUXデザイナーのMさんが普段、仕事で当たり前にやっていることでもありました。

要求定義にあたっては、まずユーザーのことを徹底的に知る必要があります。家づくりの場合、ユーザーはそこに暮らす人、つまりMさん夫妻です。そのため、Mさんはまず自分たち自身を「リサーチ」し、夫妻が住まいに対して不満に感じていること、建築家にお願いしたいことなどをまとめていきました。

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

住まいへの要求をまとめた資料の一部(画像提供/Mさん)

Mさん「UXデザインでは人間中心設計、つまりユーザーを中心に置く考え方が根付いています。私が仕事でつくっているシステムのように何千人、何万人が使うものであっても、できるだけ多くの人に話を聞くなどしてリサーチを重ね、ユーザーが使いやすいよう設計していくのが当たり前なんです。

家だって本来はそうあるべきですが、多くの分譲マンションはどちらかというと『限られた敷地をいかに効率よく使って建てるか』が優先されて、暮らす人目線の間取りになっていないような気がします。だから、設計は『私たちのことをできるだけ知ろうとしてくださる方』にお願いしたいと思いました。

その点、伯耆原さんは私たちが前に住んでいた家にも来てくださって、暮らし方をインプットするところから始めてくれたので、とても信頼できる方だなと。こちらとしても、なるべく詳細に私たちの状況をお伝えしようと思い、住まいに求める要望をまとめた資料を共有することにしたんです」

資料には基本方針や自分たちの暮らしについてなるべく具体的に、細部にわたるまで書き出しました。さらには「収納するもの・置くもの」を全て洗い出し、現状の収納状況やモノの量が分かるよう各所の写真も添付。これをたたき台に、伯耆原さんと打ち合わせを重ねたそうです。

かさばるアウターや靴、傘など、外出時に必要なものが過不足なく収まる玄関収納(写真撮影/嶋崎征弘)

かさばるアウターや靴、傘など、外出時に必要なものが過不足なく収まる玄関収納(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

リモートワーク時に集中できるよう、夫妻それぞれの書斎も(写真撮影/嶋崎征弘)

リモートワーク時に集中できるよう、夫妻それぞれの書斎も(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

プロの仕事を信頼し、任せる部分は任せる

ただ、建築家によっては、こうしたやり方を好まないケースがあるかもしれません。当の伯耆原さんは、このような家づくりをどう感じていたのでしょうか?

伯耆原さん「特にやりづらさは感じませんでした。家づくりに対してここまで強いエネルギーを持ってくれているのは設計する側としても有り難いですし、むしろやりやすかったですね。先ほどRさんがおっしゃっていたような建築家の表現が先行してしまう家って、結局は施主さんとのコミュニケーション不足が原因だと思うんです。施主さん側も『相手はプロだから大丈夫だろう』『実績のある建築家だから口出ししづらいな』と、ちゃんと要求を伝えていないケースもあるのではないかと。結果的に、実際に暮らし始めてから不満が出てきてしまう。Mさん、Rさんくらいやりたいことを明確にしてくれると、そうした心配もなくなりますしね」

施主側の積極的な介入を歓迎する一方で「時には、建築家視点の意見やアドバイスを受け入れてもらう姿勢も必要です」と伯耆原さん。間取りから刷新できるリノベーションとはいえ、建物の構造上できないこと、専門家の目から見てオススメできないこともあります。それをゴリ押しされると、かえって使いづらく、ストレスを感じる家になってしまいかねません。

伯耆原「お二人は家づくりに対して強いこだわりがありましたが、同時に建築やデザインに対するリスペクトもお持ちでした。こちらの意見にも耳を傾けてくれるスタンスだったので、僕のほうも単に要望をそのまま聞き入れるのではなく、思うことはしっかり伝えるようにしていました」

Mさん「わたしたちの考えていることをまとめた資料はつくりましたが、私たちとしてもこれを建築家さんに押し付けたいわけではないんです。あくまで『我々としては、いったんこう考えています』というたたき台のようなものであって、これをもとにディスカッションしながら、最終的に良い家になればいいなと考えていました。

そもそも、家づくりの素人である私たちがあまりにガチガチな要求をしてしまったら、伯耆原さんもやりづらいだろうなと。私も普段はクライアントワークをしている側なので、お互いにとって心地よい進め方をしたいという思いはありました。」

全体的な内装デザインは夫妻が好きな映画『グランド・ブダペスト・ホテル』の世界観をイメージ。伯耆原さんにデザインイメージを伝える「ムードボード」を共有し、認識のズレを防いだ(写真撮影/嶋崎征弘)

全体的な内装デザインは夫妻が好きな映画『グランド・ブダペスト・ホテル』の世界観をイメージ。伯耆原さんにデザインイメージを伝える「ムードボード」を共有し、認識のズレを防いだ(写真撮影/嶋崎征弘)

さらに、もう一つMさんが伯耆原さんとのコミュニケーションで気をつけていたことがあります。それは、施主として伝えるのは「目的」だけ。それを叶えるための「手段」については、プロにお任せするというものです。

Mさん「たとえば『掃除がしやすい家にしたい』という目的と、『床はロボット掃除機+フローリングワイパー程度で掃除できるようにしたい』という最低限の希望だけはお伝えします。でも、具体的なやり方は、基本的に伯耆原さんに考えてもらいました。当たり前ですが、そこはプロのほうがたくさんの引き出しをお持ちですから。それに、伯耆原さんなら細かい部分にも気を配って、私たちの想像を超える提案をしてくれるだろうという安心感もありました」

リビングに面した夫妻の寝室。当初は戸を設ける計画だったが、リビングの広さ感と採光を確保するため伯耆原さんからカーテンで仕切ることを提案。プラン変更にあたっても、密にコミュニケーションをとり、全員が納得する線を探っていった(写真撮影/嶋崎征弘)

リビングに面した夫妻の寝室。当初は戸を設ける計画だったが、リビングの広さ感と採光を確保するため伯耆原さんからカーテンで仕切ることを提案。プラン変更にあたっても、密にコミュニケーションをとり、全員が納得する線を探っていった(写真撮影/嶋崎征弘)

住まいへの要求をあらかじめ整理することで、迷いや後悔がなくなった

家づくりに際し「要求定義」を行うことは、施主側、建築家側にとってどんなメリットがあるのでしょうか? 改めて、双方に伺いました。

伯耆原さん「僕は、今回の家づくりにおける辞書のように捉えています。Mさんがつくってくれた資料は単なる要望リストではなく、ご夫婦の思想や大切にしたいことなどが詰まっていました。設計で悩んだり、建物の構造の問題で要件書の通りにできない箇所があったりした時も、その辞書を引くことで『二人が本当にやりたいこと』を起点に別の手段を考えることができたと思います」

Mさん「住まいに求めることを明確にするためには、『自分たちがしたい暮らし』を見つめ直す必要があります。洗濯をした後に、洋服をどこにどう収納するのか。夏の間に冬用の布団はどこにしまっておくのか。そうした細かい暮らしのシーンを含めて、頭の中で何度もシミュレーションしたんです。『これなら大丈夫』と思えるところまで、徹底的に突き詰めたうえでスタートしているので、迷いや後悔が全くなくて。

逆に理想の暮らしを考えないまま進めていたら、『これでいいのかな?』という思いを抱えたまま何となく完成してしまって、住み始めてからもモヤモヤしていたと思います。正直大変でしたけど、やってよかったですね」

人が家に合わせるのではなく、住む人の暮らしに合わせて家をつくる。そのためには施主を含めた家づくりに関わる全員が、同じゴールや具体像を共有する必要があります。

住まいに対する自分たちの要求を整理することから始める最大のメリットは、最初に施主と建築家の目線を合わせられるだけでなく、度重なる打ち合わせの過程でズレてしまいがちなイメージをその都度すり合わせ、最初から最後までブレのない家づくりが叶う点ではないでしょうか。Mさんたちのような資料をつくるとまではいかなくても、専門家相手でも遠慮せず、自分たちの意志や希望を明確に伝えること。それが後悔のない家づくりの第一歩といえそうです。

●取材協力
Mさん・Rさん夫妻
建築家・伯耆原洋太さん(一級建築士事務所HAMS and, Studio株式会社)
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既存のマンションでもZEH水準にリノベが可能に!?国が推進する省エネ性能「ZEH水準」についても詳しく解説

政府はいま、住宅の省エネ化を加速している。特に新築住宅では、建築する際に求められる省エネ性能の基準を2030年までにZEH水準に引き上げる考えだ。一方で、既存のマンションはその多くが現行の省エネ基準の水準を満たしておらず、それをZEH水準に引き上げるのはハードルが高いと思われてきた。そこへ、積水化学工業とリノベるが協業して、既存マンションのZEH水準リノベーションの提供を始めたというのだ。

【今週の住活トピック】
既存マンションのZEH水準リノベーションを提供開始/積水化学工業・リノベる

ZEH(ゼッチ)水準とは?ZEHとは違うの?

まず、ZEH(ゼッチ)とは何かについて、説明しよう。
ZEHとは、Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)を略した呼び方で、住宅で消費するエネルギーをゼロ以下にしようというものだ。そのためには、(1)住宅の骨格となる部分を断熱化して、エネルギーを極力使わないようにし、(2)給湯や冷暖房などの設備を高効率化して、エネルギーを効率的に使う。ただし、消費するエネルギーをゼロにするには、(3)太陽光発電設備などでエネルギーを創り、消費したエネルギーを補う必要がある。

ところが、マンションなどの高層住宅では、戸数が多いわりに太陽光発電設備を設置できる屋上の面積が広くないなどの制約がある。そこで政府は、建物の階数が高くなるほど太陽光発電などの再生エネルギーによる削減の基準を緩める形で、ZEH水準を定めている。

政府が定めたマンションのZEHの定義は次の4種類があり、1~3階建ては「ZEH-M」か「Nearly ZEH-M」を、4~5階建ては「ZEH-M Ready」、6階建て以上は「ZEH-M Oriented」を目指すべき水準としている。なお、いずれの場合も、再生エネルギーを除いた状態で、基準一次エネルギー消費量から20%以上削減することが条件となる。

○マンションの4種類のZEH
ZEH-M(ゼッチマンション):再生エネルギーを含めて100%以上を削減する
Nearly ZEH-M(ニアリーゼッチマンション):再生エネルギーを含めて75%以上100%未満を削減する
ZEH-M Ready(ゼッチマンションレディ):再生エネルギーを含めて50%以上75%未満を削減する
ZEH-M Oriented(ゼッチマンションオリエンティッド):再生エネルギーの導入を条件としない

既存のマンションでZEH水準のリノベーションを行う方法は?

今回提供を開始した、積水化学工業とリノベるが協業するZEH水準リノベーションは、住戸で「ZEH Oriented」に適合するようにしている。合わせて、建築物省エネルギー性能表示制度のBELSでは★5,リノベーション協議会の基準ではR1エコ★★の取得もするという。

出典:積水化学工業・リノベるの資料より転載

出典:積水化学工業・リノベるの資料より転載

まず、ZEH化の断熱改修では、積水化学グループの「マルリノ」の断熱特許工法を活用する。「グリーンシティ鷺沼」の事例では、住戸をスケルトンにした状態(上の写真)では、外気温34.6度のときには壁面温度も同程度になっているが、壁面の断熱工事後(内窓設置前=下の写真)では、外気温36.0度のときに31.8度になっている。

○断熱改修前(スケルトン)

断熱改修前(スケルトン)

○断熱改修後(内窓設置前)

断熱改修後(内窓設置前)

出典:積水化学工業・リノベるの資料より転載

さらに、樹脂サッシLow-E複層ガラスの内窓を設置し、高効率のエアコン、エコジョーズ(高効率給湯器)、高断熱浴槽などの設備を設置することで、ZEH水準に適合させる。光熱費削減シミュレーションをしたところ、ZEH水準化によって光熱費が約30%削減できるという。

このZEH水準リノベーションによる追加の費用は、300万円(税抜き)弱。この額は、通常並みに間取り変更や一般的な設備にリノベーションした場合の費用を除き、スケルトンから断熱等級5への断熱工事費用や内窓の設置費用、設備を高効率なものにグレードアップした差額などによる。両社によると、この追加費用による住宅ローン返済額のアップ分は、光熱費の削減分でカバーでき、住宅ローン減税のZEHによる上乗せ分などの支援制度でさらに経済的メリットが見込まれるという。

今後、ZEH水準リノベーションは、区分マンションの買取再販事業、個人向けのリノベーション請負事業、法人向けのリノベーション請負事業の3つのチャネルで展開される予定だ。

カーボンニュートラル実現に向けて、既存住宅の省エネ性能向上に期待

説明してきたように、新築の住宅では法規制により、省エネ基準の適合、さらにはZEH水準への対応が進んでいくと考えられる。一方で、既存の住宅はその時々の省エネ基準に適合しているため、現行の省エネ基準よりも低い性能で建てられているものが多い。そのため、省エネ性能を引き上げる改修を行わないと、新築住宅と既存住宅の省エネ性能の開きが大きくなる一方だ。

カーボンニュートラル社会が実現するためには、既存の住宅の省エネ性能の向上が進むことが必要になる。また、新築と比べて省エネ性能が劣る中古住宅には、買い手がつきにくいという問題も考えられる。

特に、住宅の構造を共有するマンションなどの集合住宅では、一戸建ての改修よりも制約を受けやすい。既存のマンションでもZEH水準化するリノベーションが可能だということなので、こうしたリノベーションが進むことが期待される。

マンションの省エネ性能が高くなると、それ以前より夏は涼しく冬は暖かいといった、快適な室内環境で過ごすことができる。さらに、ヒートショックのリスクが減ったり、結露が解消してカビなどを吸い込む健康被害を抑制する効果もある。中古マンションを改修する際には、ぜひ省エネ性能を引き上げるリノベーションを検討してほしい。

●関連サイト
積水化学工業とリノベるが既存マンションのZEH水準リノベーションを提供開始

空き家を建築学生らが補修しながら住み継ぐシェアハウス×地域のラウンジに。断熱改修のありがたみも実感!「こずみのANNEX」横浜市金沢区

どの地域も、増える空き家を上手に活用したい思いとは裏腹に、放置されていることが多いのではないでしょうか。国もこの問題をサポートするべく、空き家再生等推進事業や建物改修工事に対する補助金などといった、金銭補助や制度の設立をしています。今回紹介するのは、地域の住民や学生の力を上手に利用して、空き家を新たな拠点として生まれ変わらせたケース。神奈川県横浜市金沢区にある地域のラウンジ×シェアハウス「こずみのANNEX」です。彼らはどのように空き家を街の拠点として蘇らせたのでしょうか。本プロジェクトのキーパーソンである関東学院大学 准教授の酒谷粋将さん、藤原酒谷設計事務所 代表の藤原 真名美さん夫妻を中心にお話を聞きました。

ベッドタウンにある長年放置された空き家を再生

神奈川県横浜市金沢区は、いわゆるベッドタウンと呼ばれる街です。京浜急行電鉄「金沢文庫」駅から徒歩10分ほどの小泉(こずみ)という住宅街の一角にある、築50年の一軒家「こずみのANNEX」。かつては使い道のないまま長年空き家になっていました。2020年から空き家を再生し始めて、現在はコミュニティスペース兼シェアハウスとして地域に開放しています。

住宅街の一角にある築50年ほどの一軒家。元はオーナーの祖父母が住んでいた家(写真撮影/桑田瑞穂)

住宅街の一角にある築50年ほどの一軒家。元はオーナーの祖父母が住んでいた家(写真撮影/桑田瑞穂)

外観はまるで普通の一軒家。しかし塀がなくオープンな敷地は、道路に広い小上がりが面しており、道ゆく人が自由に座ることができるつくりです。例えるならば「誰もが使える縁側」という感じでしょうか。

空き家再生の際に、新たにつくり上げた小上がり。玄関ではなく、ここからふらっと室内に入る人が多いのだとか(写真撮影/桑田瑞穂)

空き家再生の際に、新たにつくり上げた小上がり。玄関ではなく、ここからふらっと室内に入る人が多いのだとか(写真撮影/桑田瑞穂)

靴を脱いで小上がりから家の中に入ると、1階リビング部分はキッチンを中心としたコミュニティスペースが広がります。そのほかにも1つの居室と、洗面所にシャワースペース、そして2階は2つの居室があります。私たちが訪れたこの日は、これまで活動を共にしてきた小泉町内会の方々が中心となったグループがスペースを使用中。来たるイベントに向けた試食会を実施していました。

特徴的なのは、3つの居室それぞれに、地域の学生3名が住んでいること。彼らはこの家に住みながら補修をし続けているのです。
「こずみのANNEX」プロジェクトを推進する、関東学院大学 建築・環境学部 建築・環境学科 准教授の酒谷粋将さんは「家の修復に終わりはありません。いつまでも直し続け、模索をするのがコンセプトです」と話します。

関東学院大学 准教授の酒谷粋将さんと藤原酒谷設計事務所 代表の藤原 真名美さん夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

関東学院大学 准教授の酒谷粋将さんと藤原酒谷設計事務所 代表の藤原 真名美さん夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

家のオーナーは、金沢文庫エリアで不動産賃貸業を営む、フードコーディネーターの平野健太郎さん。かつては関東学院大学を中心とした、多数の学生が下宿をしていたエリア。しかし学生の減少、居住者の高齢化による人口減少の影響で、このエリアに空き家が増えていることに課題を感じていました。なかでも、放置されている一戸建の空き家をどうしていくか考えあぐねていたそうです。

2019年4月のこと。平野さんがオーナーであるコンセプトハウス「八景市場」に、酒谷さんと藤原さんは一家で引越してきました。すぐに意気投合した3人。すると平野さんから酒谷さん・藤原さんに「空き家があるんだけど、何かいい活用ができないか?」という相談をもらいました。

「これは学生にとって壮大な実験ができるかもしれない」そう思った酒谷さんは、自身の研究室に所属する学生と藤原さんが代表を務める設計事務所との連携のもと、空き家を改装するプロジェクトを開始しました。

ゼミ生たちを中心に、毎年テーマを変えて補強と補修をする

2020年10月から空き家改装のプレ期として、まずは躯体の補修作業を開始します。何しろ築50年の家ですから、耐震補強をしなくては安全に過ごせません。運営メンバーや学生が解体及び改修作業に臨むほか、小泉町内会の住民の方々を交えたワークショップを定期開催することで、作業を進めていきます。

梁の補強をした1階のコミュニティスペース部分。貸出をしていない時間帯は、学生の居間としても使用される(写真撮影/桑田瑞穂)

梁の補強をした1階のコミュニティスペース部分。貸出をしていない時間帯は、学生の居間としても使用される(写真撮影/桑田瑞穂)

「もちろん、大きな梁の補修などは、専門の工事業者に依頼しましたが、それ以外のできることは運営メンバーや地域の住民の方々と一緒に自分たちの手で行いましたね」(酒谷さん)

耐震補強後は2023年の現在に至るまで、毎年運営メンバーらによる話し合いの中でどこをどんな形で改修するのかテーマを設定して遂行していきます。
2021年には、それまで壁だった場所に、新たに窓を設置するワークショップを実施するほか、1階・2階にあった部屋の個室の壁や扉、押し入れなどを改修。翌22年のテーマは、主に1階リビングの床の張り替え作業。さらに古い家ゆえこれまで設置されていなかった、断熱材を追加導入しました。

かつて居住した学生による落書き(写真撮影/桑田瑞穂)

かつて居住した学生による落書き(写真撮影/桑田瑞穂)

23年度は家の中から飛び出し、主に外構部や庭部分の改修をテーマとしました。小上がりや、植物用をつるすための藤棚を作成、さらに庭の土を掘り起こし、菜園用に仕立て直す作業を行っているそう。訪れた日も、ちょうど居住する学生が庭いじりの真っ最中でした。

さて、この改修作業。いったいどうやって費用を工面したのでしょうか。酒谷さんは、「あらゆる面から資金を調達した」と話します。

一見なんてことのない窓も、壁に穴を開けて窓を設置するところから全て運営メンバーが自ら行った(写真撮影/桑田瑞穂)

一見なんてことのない窓も、壁に穴を開けて窓を設置するところから全て運営メンバーが自ら行った(写真撮影/桑田瑞穂)

2階にあるベランダで朝ごはんを食べる時間が至福なのだそう(写真撮影/桑田瑞穂)

2階にあるベランダで朝ごはんを食べる時間が至福なのだそう(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは、オーナーである平野さんの自己資金、そして金沢区空き家等を活用した地域の「茶の間」支援事業補助金、なにより横浜市による、ヨコハマ市民まち普請事業令和3年度の申請にて採択されたことが大きいそうです。

「運営メンバーで何度も練習を重ねてプレゼンテーションに挑み、無事審査を通過することができました。おかげで500万円の資金をいただけたため、とても助けられています」(酒谷さん)

ヨコハマ市民まち普請事業を採択された証(写真撮影/桑田瑞穂)

ヨコハマ市民まち普請事業を採択された証(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の居住スペース。ここに住む学生いわく、天井を抜いて空間の広さを優先したらしい(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の居住スペース。ここに住む学生いわく、天井を抜いて空間の広さを優先したらしい(写真撮影/桑田瑞穂)

もちろん、オープンしてからの費用や運営面も課題です。しかしそこは、居住者の家賃と、1階リビング部分のコミュニティスペース利用料にてまかないます。
3つの居住スペースは、同大学の学生が居住しています。一部屋の家賃は30,000円ですが、3人のうち1人は5000円家賃を安く設定。家賃負担が少ない代わりに、この家の家守として共用部の管理を担っているのです。このように日常の運営管理面も安心して維持されています。
利用者が支払う家賃はオーナーさんの収入。共用部の使用料は運営資金に充てられます。

補修しながら暮らす、生きるか死ぬか実験の毎日

一見すると酒谷さん、藤原さんはボランティアのようにも見えます。しかし二人は「その代わりに、この場所を自分たちを含めた運営メンバー全体で、地域活動の拠点や様々な研究の対象として大いに利用させてもらっているのだから損はない」と話します。

例えば建築の温熱環境が専門の、同大学山口研究室との協働で取り組んだ「空き家の断熱改修」に関する研究。断熱材があるかないかによって、どの程度室内の快適さが変わるのかといった実験を行いました。入居する同大学院1年生の飯濱由樹さんは、

「実験途中に入居開始したのですが、まだ断熱材も入っていませんでした。とにかく寒くて、そしてとんでもなく暑かった。ただのボロい屋根のある家だけの場所に住んでいる感じでしたね。家に住んでいるのに、冬は寝る時にシュラフにくるまらないと寝れない。まるで山籠りをしているかのよう。生命維持するのが大変でした(笑)」と当時を振り返ります。

断熱材導入に取り組んでいた際は、室温を常に計測して経過観察していた(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材導入に取り組んでいた際は、室温を常に計測して経過観察していた(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材を設置してからは、保温性が増し、現在はシュラフを脱して寝られるようになりました。その時に断熱材のありがたみを身をもって実感したそうです。夏場は、屋根の内側にどんな素材を仕込むと一番遮熱の即効性があるのか、といった遮熱の実験にもトライしたそう。

現在、飯濱さんが居住している部屋。歴代居住する学生たちが内装もDIYしてきたので、快適な室内に。余裕でくつろげる(写真撮影/桑田瑞穂)

現在、飯濱さんが居住している部屋。歴代居住する学生たちが内装もDIYしてきたので、快適な室内に。余裕でくつろげる(写真撮影/桑田瑞穂)

「グラスウールを詰めたり、打ち水をしたりと手軽にできて最も環境改善の効果があるのは何か?と体をはって実験しましたね」(酒谷さん)

まるで、サバイバルゲームのような日々だが、それでも学生たちにとって、この暮らしはとても楽しいのだと口をそろえて話します。

「必死に生活しているように見えるかもですが、この生活を気に入っています。先生や研究室のメンバーがここに、ふらっと訪れてくるから、学校に行かずともすぐに悩みや疑問が解消できるんです。家を直す過程で悩んだこと、授業のこと、就職活動のことなどあらゆる聞きたいことが聞けるのは嬉しいです」(飯濱さん)

この秋学期に卒業した長橋佳穂さんも、この家の面白さを語ります。

「座学で建築の勉強をし、模型の作成や図面を設計しても、実際に体を使って創作する経験はめったにありません。だからこそ、この場を使って家を補修できることは貴重な経験なのです」

酒谷さんも長橋さんの言葉に同意します。

「私も学生の頃、たくさん図面は描いたけれど、実は具体的なモノを扱い、手を動かす機会はほとんどなかったのです。いろんな工具や器具に触れてみることで、図面で起こしたことがどのようにして形になるのか、初めてわかるようになりましたね。今の自分にも大いに学びがあります」

地域に開かれるようになった現在とこれから

2020年の改修作業後、地域住民との接点も少しずつ増えていきました。はじめはオーナー平野さんが運営するコンセプトハウス「八景市場」でのマルシェやワークショップなどを通じて、「こずみのANNEX」のことを知ってもらいました。また、「こずみのANNEX」も町内会に加入してからは、地域の高齢者の方、若い夫婦と子どもたちにも訪れてもらえるように。

シェアスペースでは、朝から近所の高齢者グループの人たちが次々と顔を出し、わいわいと地域の食事会のリハーサル(写真撮影/桑田瑞穂)

シェアスペースでは、朝から近所の高齢者グループの人たちが次々と顔を出し、わいわいと地域の食事会のリハーサル(写真撮影/桑田瑞穂)

歩いて5分ほどの場所に、藤原さんと酒谷さんが主宰する建築事務所を設置したことも功を奏しました。

「私たちが近所で暮らして、仕事して、いつでも顔や姿を見せられるのが良い関係を育めているのだと感じます。これがもっと離れた距離で暮らしていたら活動に対しての理解度が随分違ったように思いますね。私たち家族も、学生も、あの場所をリビングや遊び、実験の場代わりにしている。
ゆるやかに地域の人が出入りし、第二の我が家のように使ってくれて、なんとなく人のつながりができていく経験がいいなと感じています」(藤原さん)

酒谷研究室の学生と、酒谷さん藤原さん一家が集った一枚。彼らにとって1階のシェアスペースは、リビングのような場所だそう (画像提供/酒谷さん、藤原さん)

酒谷研究室の学生と、酒谷さん藤原さん一家が集った一枚。彼らにとって1階のシェアスペースは、リビングのような場所だそう (画像提供/酒谷さん、藤原さん)

建物の使い道が、学生たち用の居住がメインだと、いつか卒業を迎え、仕組みが途切れないか心配になります。しかし、今後ここを継続させるために、地域との関わりに強い関心を持つ学生が必ず住み続けることを念頭に入れているそうです。そうすることでオーナー及び居住する学生、街の人との関係性が途切れないといいます。
「例えば建築を学ぶ学生に限らず、街の活動を通じて知り合った学生がここに住むというのも選択肢の一つです。この活動に興味を持った人ならいつでも参画してほしいなと思います」(酒谷さん)

誰か一人が無理をするのではなく、街に関わりたい人、関わる人がみんなで支え合う。こうして有機的な活用ができるのがこれからの空き家活用の理想なのかもしれません。

●取材協力
・こずみのアネックス
・関東学院大学建築・環境学部酒谷研究室
・藤原酒谷設計事務所

中古住宅買取再販市場は2030年に22%増の5万戸へ。市場拡大の理由とは?買取再販物件の購入ポイントも解説!

矢野経済研究所が、国内の中古住宅買取再販市場の市場規模を調査し、将来展望を明らかにした。今後も市場は拡大基調で推移し、2030年には2022年比で22.0%増の5万戸になると予測している。買取再販物件が人気を博しているのはどういった理由なのだろう。

【今週の住活トピック】
「中古住宅買取再販市場に関する調査(2023年)」(2023年10月5日発表)を実施/株式会社矢野経済研究所

中古住宅買取再販市場は堅調に推移し、今後も拡大する見通し

「買取再販」とは、中古住宅を事業者が買い取って、リフォームやリノベーションを実施したうえで、事業者が売主となって再度販売するもの。株式会社矢野経済研究所が、こうした中古住宅買取再販の市場規模(成約戸数ベース)を調査した。

それによると、国内の中古住宅買取再販市場は、新築住宅価格が高止まりしていることもあり、新築と比較して相対的に割安な中古住宅の需要が増えていることから、2022年は堅調に推移しているという。2023年の中古住宅買取再販市場の規模は、前年比2.4%増の4万2000戸と予測。2030年には5万戸になると予測した。

同研究所は、市場が拡大する主な要因として、「住宅ローン金利で低金利を前提とした緩やかな上昇が見込まれること」や、「住宅取得時の税制優遇措置の継続」など、良好な住宅取得環境が継続する見通しであることを挙げた。買取再販物件への需要も堅調に増加し、中古住宅が在庫として増えていくことも拡大要因としている。

中古住宅買取再販市場規模推移と予測

中古住宅買取再販市場規模推移と予測(出典:矢野経済研究所「中古住宅買取再販市場に関する調査(2023年)」を参考に弊社でグラフ作成)

中古住宅の買取再販物件に需要が高まる理由は?

さて、新築住宅の価格が高騰して高止まりしているので、中古住宅の需要が高まるのは分かるが、中古住宅の中でも買取再販物件の需要が高まるのはなぜだろうか。

築年数の経過した「古い住宅」は、今の住宅より性能が低かったり、老朽化が進んでいたりするので、その分低価格になる。個人が買う場合は、性能を確認してどこをどうリフォームするのかすぐに判断するのが難しく、トータルでいくらかかるか分からないということがある。

一方、不動産会社などの事業者であれば、数多くの売買やリフォームの経験から、いくらで買ってどの程度のリフォームをしたうえで、いくらで売り出せば売れるか、すぐに判断することができる。また、リフォームする際には、多くの人が好むように、現在の新築住宅と同じような間取りや設備仕様で仕上げることが多い。

買う人にとっては、判断が難しい築年数の経過した中古住宅よりも、新築並みにリノベーションされた買取再販物件のほうが、手軽で費用が明確というメリットがある。自分でこだわりを持ってリフォームをしたいという人は別だが、リフォームにかかった費用もまとめて住宅ローンの対象となり、引き渡し後すぐに入居ができるなど、多くのメリットを感じる人もいるだろう。

中古住宅の買取再販物件は多様になっている

事業者側にとっても、大量発注してリフォーム工事の費用を抑えることができるので、利益を上乗せしても個人が買いやすい価格で売ることができる。とはいえ、1戸ずつ判断してリフォームしていくので、手間のかかるビジネスモデルではある。そのため、以前は、買取再販の専業事業者を中心に展開していた。

また、一戸建てはマンションに比べて、土地や住宅の形状、建て方などの個別性が高く、買取再販が難しいとされていた。例えば、「浴槽を取り外したらシロアリの食害で損傷していた」というような事例も多く、隠れた部分の損傷具合が表から見て分かりづらいという側面もあるからだ。そのため、マンションの買取再販専業事業者が多かったが、一戸建ての専業事業者も登場し、それに伴い買取再販物件も増えてきた。

最近では、デベロッパーやハウスメーカーなど新築に力を入れていた事業者が、買取再販事業に参入する事例が増えている。というのも、人口や世帯数が減少するなか新築住宅市場が縮小すると言われているうえ、既存の住宅をリノベーションすることは、建て替えて新築するよりもCO2の排出量や廃棄物を削減できるので、『脱炭素社会』や『SDGs』について寄与することができる、といった背景があるからだ。

その結果、一般的な古いマンションや一戸建てだけでなく、都心部の高額マンションや一戸建てなども買取再販の対象になり、多様な物件が市場に出る環境が整いつつある。

買取再販の中古住宅を選ぶ際の注意点

実際に住宅市場で物件を選ぶ際には、買取再販ではなく、リノベーション物件などと記載されることが多い。

一般的に「リフォーム」は新築当時の状態に改修すること、「リノベーション」は今の生活水準に応じて性能を引き上げる改修をすることといわれている。しかし、これらの違いは明確ではなく、混在して使われることも多い。

つまり、「リノベーション住宅」として販売されているものが、必ずしも性能を引き上げているとは限らず、内装だけを改修して見栄えをよくし、リノベーション済みと説明している場合もある。逆に「リフォーム済み」という記載でも、性能を引き上げた改修がされている場合もある。

特に、構造に関する部分や給排水管などの設備については、表面を見ただけでは分からないので、改修前はどういった状態で、どの部分をどのように改修したかを確認することが大切だ。隠れた部分までしっかり改修されていないと、住み始めてから想定外の不具合が生じるリスクもある。改修箇所の履歴を残し、一定期間の保証を付ける事業者なら安心だろう。

自分で改修内容まで確認することにハードルを感じるという人は、(一社)リノベーション協議会の「適合リノベーション住宅」かどうかを目安にする方法もある。建物検査をしたうえで改修工事を行い、その履歴を保管したり、改修箇所に一定の保証を付けたりしている。また、数は少ないが、国土交通省が定める「安心R住宅」かどうかをチェックする方法もある。

※安心R住宅とは、国土交通省が定めた基準を満たした住宅であり、リフォームについて情報提供が行われる(リフォーム済みかリフォーム工事提案書付き)中古住宅。

中古住宅を自分好みにリフォームするのを醍醐味に感じる人もいれば、プロのお勧めでリフォームされた住宅を買うのがよいと感じる人もいる。ある程度長く住むマイホームなのだから、自分に合った買い方をするのがよいだろう。ただ、市場における選択肢が増えることは、買い手にとっては喜ばしいことなので、多様な買取再販物件が市場に出回るとよいと思う。

●関連サイト
(株)矢野経済研究所「中古住宅買取再販市場に関する調査(2023年)」(2023年10月5日発表)

パリの暮らしとインテリア[18] 古アパルトマンを自分で設計! イームズや北欧名作チェアなど椅子13脚がアクセント。アートディレクター家族の素敵空間

フランス・パリで大人気のおしゃれスポット北マレ地区とカナル運河のちょうど真ん中に位置するレピュブリック広場(PLACE DE LA REPUBLIQUE)。その近くにアートディレクターのフレデリックとファッションデザイナーのマグダさん、子どもたち2人の4人が住むアパルトマンがあります。アパルトマンの3階と4階の部分から成るデュプレックススタイル(メゾネットスタイル)を、自分の思うように改装するために建築の勉強までしたフレデリックさん。やっと理想的な空間になった!ということで、訪問してきました。

アパルトマンから徒歩5分のサンマルタン運河沿いの道路は車が通れないようになり、子どもたちも安心して散歩できるようになったそう (写真撮影/Manabu Matsunaga)

アパルトマンから徒歩5分のサンマルタン運河沿いの道路は車が通れないようになり、子どもたちも安心して散歩できるようになったそう (写真撮影/Manabu Matsunaga)

大人になったらパリに住みたい!という思いが叶ったアパルトマン

パリ郊外で育ったフレデリックさんは、小さいころにたびたび訪れていたパリを気に入っていました。高等教育ではデザインを専攻して兄と共にパリの1区で暮らすことになり、そのころにはいつか自分のアパルトマンをパリで!という夢を抱いていたそうです。

そんな彼は、妻のマグダさんと出会う前からパリの中心部の物件を熱心に探していたそうで、もう何軒見て回ったかわからないほど。そして13年前、ついにフランス革命以前からあるこの古いアパルトマンに出合い「恋に落ちた!」とこの物件に決めました。

立地条件の良さ、敷地に一歩入ったときの静けさ、アパルトマンの全体の広さなど、全てがパーフェクトだったそうです。フレデリックさんは、自分好みに合わせた空間につくり直すために建築も勉強したのですが、そのための”箱”として、このアパルトマンは完璧だったそう。

家族みんなでリラックスできる場所が、オープンキッチンのカウンター。蛇口や換気扇、キッチン用品全てに夫妻のこだわりが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家族みんなでリラックスできる場所が、オープンキッチンのカウンター。蛇口や換気扇、キッチン用品全てに夫妻のこだわりが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

最初に購入したのは3階部分

現在は建物の3階と4階が住まいになっていますが、まずはじめに購入したのは3階部分でした。当時、パリの古いアパルトマンは小さな部屋が何部屋にも区切られていることが多く、ここも例外ではなく、1フロアが3部屋に区切られた状態でした。

玄関から入ってすぐの部分にトイレとランドリーのスペースを設けた他は、全ての壁を取り払って、オープンキッチンを中心とした大きなワンルームにしました。壁をなくすことによって、中庭に面した窓から入る光が部屋全体に行き渡り、明るい暖かなスペースに生まれ変わったそう。
「手直ししなければ住めないような状態でしたが、間取りのつくり替えから全てやり直そうと思っていたので、問題ありませんでした。中庭に面した一面は長方形の長辺部分だったため、窓がたくさんあり、とても明るいところが気に入りました」と購入の決め手をフレデリックさんは語ります。

玄関はアパートの3階にあり、入ってすぐのところにトイレとランドリースペースがある。写真の小さな棚はスカンジナビア専門の家具屋「TACK」で購入(写真撮影/Manabu Matsunaga)

玄関はアパートの3階にあり、入ってすぐのところにトイレとランドリースペースがある。写真の小さな棚はスカンジナビア専門の家具屋「TACK」で購入(写真撮影/Manabu Matsunaga)

大きなワンルームにした空間は、オープンキッチン、赤いソファと映画鑑賞をする大きなテレビがある空間、大きなテーブル(オランダのLouis van teeffelenルイ・ヴァン・テッフレンのデザイン)を配した空間の3コーナーに分かれています。「家具の中でも、椅子は購入しやすく、配置換えも楽なアイテムだと思うんです。その1脚で部屋のイメージを変えることができる。時には本を置いたり、時には子どもたちのカバンを置いたりと、座るだけじゃない万能な存在」。なるほど、このサロンには椅子がたくさんあって、ソファ以外に13脚もありました。

フランスのミッドセンチュリーデザイナーのジェラール・ゲルモンプレ(GERARD GUERMONPREZ)のソファーの赤がサロンのアクセント(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フランスのミッドセンチュリーデザイナーのジェラール・ゲルモンプレ(GERARD GUERMONPREZ)のソファーの赤がサロンのアクセント(写真撮影/Manabu Matsunaga)

食卓の奥に置かれた50~60年代のビュッフェはスカンジナビアのもの、椅子はHelge Sibastヘルゲ・シバストのNo.8(写真撮影/Manabu Matsunaga)

食卓の奥に置かれた50~60年代のビュッフェはスカンジナビアのもの、椅子はHelge Sibastヘルゲ・シバストのNo.8(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもたちが宿題をしたりお絵描きをしたりするためのテーブルと椅子も古いものだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもたちが宿題をしたりお絵描きをしたりするためのテーブルと椅子も古いものだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真左)スウェーデンのデザイナー、イングヴ・エクストローム(Yngve Ekstrom)のSibboチェアを階段の下に置いたり、チェストの横の小さな空間にイームズ(Eames)のプラスチックアームシェルチェアを配置したり。椅子使いもマネしたい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真左)スウェーデンのデザイナー、イングヴ・エクストローム(Yngve Ekstrom)のSibboチェアを階段の下に置いたり、チェストの横の小さな空間にイームズ(Eames)のプラスチックアームシェルチェアを配置したり。椅子使いもマネしたい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもが生まれたタイミングで4階部分を購入

建物の3階と4階にある現在の住まいになるタイミングは、長男のドリスくんが生まれた10年前でした。アパート内の組合連絡網で4階部分が空いたというのを聞き、即購入を決めたご夫妻。
「ワンルームの3階部分だけでは、狭すぎると感じていたときに、4階部分を購入できてとてもラッキーでした。しかも最上階で屋根裏部分もあったので、天井の高い部屋を設計するのもとても楽しかった」とフレデリックさん。この時点でアパルトマンの総面積が80平米になり、4人家族が住むには十分な広さになりました。購入してまずは3階と4階を行き来できる階段を室内につくったそう。手すりや壁のないストリップ型の階段にすることによって、3階部分の部屋に圧迫感を与えないこのアイディアは彼の自慢でもあります。

階段下のスペースの空間が開放的になるのが特徴なストリップ型に設計(写真撮影/Manabu Matsunaga)

階段下のスペースの空間が開放的になるのが特徴なストリップ型に設計(写真撮影/Manabu Matsunaga)

4階部分は全て、天井の屋根裏との仕切りを取っ払ったため六角の天井になっています。思いのほか広い! というのも、4階部分は隣の物件も買い取ったからだといいます。
4階の中央には多目的の書斎のような部屋があり、主に子どもたちとマグダさんが使っています。その横には、屋根の斜めの部分に窓を取り付けた、とても明るいバスルームがあります。

4階の小さなスペースはマグダさんがテレワークのときに仕事場として使っていたそう。現在は、子どもたちがここで勉強したり、自由に使えるスペースになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

4階の小さなスペースはマグダさんがテレワークのときに仕事場として使っていたそう。現在は、子どもたちがここで勉強したり、自由に使えるスペースになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

同じデスクスペースの反対側には植物がたくさん置かれている。日光が降り注ぐ部屋なので、冬は子どもたちがここで遊ぶことも多いとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

同じデスクスペースの反対側には植物がたくさん置かれている。日光が降り注ぐ部屋なので、冬は子どもたちがここで遊ぶことも多いとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

暖炉はもう使われていないが、オブジェを置き彼らの旅の思い出のものが飾られている。ここでもイームズなどの椅子が効果的に置かれている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

暖炉はもう使われていないが、オブジェを置き彼らの旅の思い出のものが飾られている。ここでもイームズなどの椅子が効果的に置かれている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

隣の部屋との仕切りをすりガラスにして、天窓をつけることによって明るいバスルームが出来上がった (写真撮影/Manabu Matsunaga)

隣の部屋との仕切りをすりガラスにして、天窓をつけることによって明るいバスルームが出来上がった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

4階は、浴室を挟んで左奥にご夫妻の寝室、右奥に子ども部屋という間取り。3階同様、梁をそのまま活かしたシンプルながらも素朴な雰囲気でリラックスできる空間になったそう。
大人の寝室は、天井の高さを利用した収納があるのですが、もちろんこれもフレデリックさんの設計。取っ手部分は全て革製の特注です。

寝室のクローゼットは天井高くまで作り付けられていて、収納量の多さを誇っている。全てフレデリックさんの設計(写真撮影/Manabu Matsunaga)

寝室のクローゼットは天井高くまで作り付けられていて、収納量の多さを誇っている。全てフレデリックさんの設計(写真撮影/Manabu Matsunaga)

天井の高さを利用するというのは、子ども部屋も共通。10歳の長男ドリスくんと7歳の妹ペアちゃんは同室ながら、ドリスくんのベッドを限りなく屋根に近いところにつくることで、隠れ家的に自分の時間を過ごせるようフレデリックさんが配慮したそう。

子ども部屋はとても狭いが、兄妹が別空間にいるような配置。特にドリスくんはこのベッドが大好きだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子ども部屋はとても狭いが、兄妹が別空間にいるような配置。特にドリスくんはこのベッドが大好きだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どものころからパリに住みたいと憧れ、結婚をする前からパリでアパルトマンを探し始めたフレデリックさん。まずは3階を購入してリノベーションし、子どもが生まれるのとほぼ同時に4階部分を購入し……と、家族と共に変化していった住まい。「私たちはこのアパルトマンが大好きです」と語ります。

とはいえ、子どもの成長とともに、今のアパルトマンでは近々手狭になってくるはずだとも言い、子ども部屋を2つ作ることを計画しているそう。「(子ども部屋をそれぞれ持つことは)自分の時間を持ち、成長していくには欠かせないスペースだと思うから」とのこと。
「私たちは何年もパリの中心部で暮らしてきました。でも、そろそろパリ郊外の広いスペースのある家を見つける時期に来たのかもしれないとも話しています」とフレデリックさん。
数年後には、新しい家の取材もぜひさせていただきたいと約束をしたのでした。

最後に、フレデリックさんのスマートフォンにびっしりと入っているインテリアショップ情報の中から、パリに来たらここには絶対に行ってみて!というおすすめのアドレスをお聞きしました。
「『la tresorerie』は家具、キッチン用品、ライト、リネンなどがセンスよく厳選された物がそろってます。1軒で満足できるはずです。『coin canal』はヴィンテージ家具が本当に魅力的で、頻繁に訪れています」

「coin canal」厳選されたヴィンテージ家具のお店「la tresorerie」は家具、キッチン用品、雑貨などの品ぞろえが魅力(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「coin canal」厳選されたヴィンテージ家具のお店「la tresorerie」は家具、キッチン用品、雑貨などの品ぞろえが魅力(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「la tresorerie」は家具、キッチン用品、雑貨などの品ぞろえが魅力(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「la tresorerie」は家具、キッチン用品、雑貨などの品ぞろえが魅力(写真撮影/Manabu Matsunaga)

北マレの立地にあるお宅の周辺は雑多な地区ですが、最近は注目するお店も増え、フレデリックさんが引越したときと比べておしゃれエリアになりました。建物自体は階段が傾いていたり、外壁工事などが長い間続いていますが、フレドリックさんの家に入ると別世界! センスのいいインテリア、それぞれの家具にもこだわりがあり、快適な生活を楽しんでいました。

●関連サイト
coin canal
la tresorerie

タイならでは塀囲みのまち「ゲーテッド・コミュニティ」って? クリエイター夫妻がリノベ&増築したおしゃれなおうちにおじゃまします 

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや音楽、文化などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺います。

第2回は、タイ人で帽子ブランド「Palini」デザイナー&オーナーと、バンコクの超人気ヴィンテージ&アート&クラフトイベント「Made By Legacy」のベンダーリノベーション担当という二足の草鞋を履いた、Benzさん(ベンツさん・34歳)を訪ねました。

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

緑豊かなゲーテッド・コミュニティゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク出身のBenzさんは、ガールフレンドのAui(ウイ)さん、犬のKaleとともに、郊外のゲーテッド・コミュニティ(タイ人はムーバーンと呼ぶ。Villageの意)内の一戸建てで暮らしています。Benzさんが築18年で広さ213平米の中古一戸建て(2LDK)を500万B(※当時のレートで約1700万円)で購入したのは2年前のこと。タイでは一般の住宅は建物や土地に手を入れることに対する自由度が比較的高く、購入後に敷地内に2階建ての離れを建てました。

中古一戸建ての母屋はおもに住居で、1階はLDKとトイレ、2階は寝室とバスルーム、ショールームがあります。離れの1階は自身が運営している帽子ブランド「Palini」のアトリエとして使用しています(2階は現在使用していません)。

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティは、バンコク近辺でよく見るスタイルの住居です。一定区画を管理会社などが買い取ってぐるりと塀で囲み、出入口にセキュリティブースを設置。出入りする人や車を監視・管理する、私設の村のようなものです。

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんらが住まうバンコク北東部にあるゲーテッド・コミュニティは、敷地内を駆けまわるリスの姿を見かけるほど緑豊か。約400世帯が生活していて、プールやジムもあり、近所の方々との交流もさかん。ゲート内で、ひとつのコミュニティが確立しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

利便性より心地よさを重視して

都市部に住む若い二人の住居としては、多くの選択肢があります。若者ならば利便性を優先して、バンコク中心部のコンドミニアムやアパートを購入したり、借りたりして住むイメージがあります。なぜ、落ち着いた郊外の一戸建てを選んだのでしょうか。

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

「かつてサトーンエリア(※バンコク中心部。オフィス街に近く、大使館などが集まる閑静な高級住宅地)にあった実家は、4階建てのタウンハウスでした。通っていた小学校や病院は近かったものの、構造上、家の中が暗いのが好きじゃなかった。だから、どうしても明るい家に住みたかったのです。

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

それで家を買おうと思い立って、6カ月で50軒ほど内見しました。人生で一番の買い物ですね。なぜ新築にしなかったかというと、この家の外観と構造が好きだと思ったから。タイの一戸建ては、一般的に建物の前面に庭がありますが、この家は庭が建物の後ろにあって、そこも良かった。ゲーテッド・コミュニティは緑が多く、自分で木を植えなくていいのも気に入った点でした。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

もう少しバンコク中心部に近い場所にも同じ会社のゲーテッド・コミュニティがありましたが、そちらは値段がもっと高くて、タウンハウス(*長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な建物)で、周囲の道路の渋滞が酷かったため選びませんでした」

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

少し脱線しますが、タイの人は多くが持ち家で、住居を購入する動機は、
1. 学校や子どもの生活環境に合わせて引越す
2. 経済的に余裕ができると、狭い家から住み替える
3. 人に貸したり民泊にするなどビジネスのため
終の棲家という感覚は希薄なのだそうです。

さて、話を戻しましょう。
「ここはバンコクの中心部から、高速道路も使って車で40分。将来電車が通る計画があり、そうするとより便利になります。
この家を紹介してくれたのは、私が働いていたストリートファッション誌『Cheeze Magazine』で広告の仕事をしている先輩で、その人自身やミュージシャンなど、クリエイティブ系の有名な人も住んでいます。仕事柄、しょっちゅう外に出ないから、郊外でOKというのもありますね」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家での同居を経て、アトリエを兼ねた一戸建てへ

Benzさんはもともと、有名ストリートカルチャー誌『CHEEZELOOKER』で4年間ファッションコラムニストとスタイリストをしていて、そこで会計の仕事をしていたAuiさんと出会いました。その後、8年前に2人でブランドを立ち上げました。

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

今の家に住む前は、Benzさんのお兄さんが結婚して他の家に移ったため、Benzさんの実家の3階をオフィス・4階を倉庫にし、AuiさんもBenzさん一家とともに実家に住んでいました。でも、イベントなどに出店するたびに上階から荷物を下ろすのは大変で。住まいとワークプレイスを整えるために、家探しを始めたそうです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「ゲーテッド・コミュニティに母屋となる一戸建てを購入し、別棟を建てて、母屋と別棟の2階をベランダで繋げました。家の中は400万B(※当時のレートで約1370万円)を費やして丸ごとリノベーション。私たちは10年一緒にいて考えも似ているから、家づくりでぶつかることはなかったです。でも、リフォームを担当してくれた、ホテルなどのインテリアデザインの仕事をしている弟とは、時には意見が合わなかったりもしました」

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家にあった家具をリメイクシャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

シャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんもとてもお気に入りだというバスルームは、私がこれまで見たバスルームの中で一番と思えるほど美しいデザインでした。では、インテリアについてはどうでしょう。
「服や雑貨などは、中にしまわれている状況が自分には好ましい。だから、服もたくさん持っているけど、全てクローゼットにしまってあります。服がカラフルな分、インテリアはシックな色合いがいいですね。

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの古いテーブルは、キッチンの天板と素材をそろえてリメイクしました。椅子もジム・トンプソン(※タイの老舗高級シルクメーカー)の生地に張り替え。革張りのソファも置いています。家具はどれも、実家で使っていたものです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

特にヴィンテージラバーというわけではなくて、デザインが好きなら買う、という感じです。その時の変化に従って、選ぶものも変わっていきます。インテリアも自分と同じで、一緒に育っていくものだから。

敷地内にオフィスを建てて、リノベーションにもお金をかけたから、この先もずっと住み続けたいと思っています。

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

複数の仕事の切り替えと時間配分

美しい建物と、すっきりした心地いいインテリア。クリーンであたたかみのある家自体にも惹かれますが、複数の仕事を持っているBenzさんの、時間配分や気持ちの切り替えにも興味を持ちました。
「私は1日のスケジュールを、かなりしっかり計画するタイプで、ルーティンを決めています。朝と午後2時半にコーヒーを淹れるのが私たちの日課で、淹れるのは私が担当。彼女が料理をつくって、掃除は二人でやります。

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

1週間の計画も立てていて、まず火~木曜は自宅アトリエで『Palini』の仕事をします。ビジネスタイムは10~16時。イマジネーションに関する仕事なので、5時間で十分です。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

アトリエには2人のスタッフThipさんとGiftさんが出入りしていて、なぜ2人かというと、私たちと毎回車で昼食を食べに出るから計4人が都合いい。そして、仕事を終えたらジョギング。時にはそれが犬の散歩を兼ねていたりもします。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金・土は、大人気イベント『Made By Legacy』(バンコクのお洒落な人がこぞって訪れる年1回開催のイベントで、ヴィンテージの家具や洋服の販売や、ライブも。そのほかに『Madface Food Week』、『the MBL Worldwide Open House』といったイベントもオーガナイズしている)の仕事でオフィスへ。オフィスへの所要時間は車と電車で50分ほどです。

二つの仕事を持っていますが、ブランドはこれからどうしていくかという方向性も含めて、自分が考えることが多い。そして、イベントは大人数グループの一員。それぞれ役割が違うから、自然と切り替えができています」

家族との時間も大切に(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「日・月曜が休日で、日曜は家にいて掃除や片付けをする。そして、月曜は車で30分のブンノンボンガーデンへ行きます。湖もある大きな公園で、通常バンコク中心部の公園は犬は入れませんが、ここはペット可なうえにキャンプもできる。イスだけ持参して、コーヒーを淹れたりしています。

そのほか、週に1回、仲間とフットボールやバスケットボールをしたり、飲みに行ったりします。親とは日曜日に会っていますね。私は三人兄弟の真ん中で、兄はバンコク東側にある新興住宅地のバンナー地区に、弟はこの近くに新築の一戸建てを持っていて、親はタウンハウスを売却して弟のところに同居しています。だから、日曜日は弟の家で食事したり、家族がここに来たり、レストランに行ったり、家族と一緒にすごしていますね」

タイの方は家族や親しい人とのつながりがとても濃いと聞いていましたが、若いお二人も例外ではなく、ご家族との時間をしっかり取っていました。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

・お気に入りのYou Tube(インテリア):Open Space
・日本人のモーニングルーティーンの動画を見るのも好き。

そして、Benzさんは高校生のころから、現在・将来の展望や計画表まで、ノートにあらゆることを書き出しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「でも、書いてあることは単なる計画だから、お酒を飲んだりして守れなくてもOK。人生は変化するから、計画も変わることもあるよね」
きちんと決めつつ、変化には柔軟に対応する。すぐに真似したい、物事や人生への向き合い方ですね。

●取材協力
・Benzさん
・Auiさん
・Palini

タイならでは塀囲みのまち「ゲーテッド・コミュニティ」って? クリエイターカップルがリノベ&増築したおしゃれなおうちにおじゃまします 

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや音楽、文化などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺います。

第2回は、タイ人で帽子ブランド「Palini」デザイナー&オーナーと、バンコクの超人気ヴィンテージ&アート&クラフトイベント「Made By Legacy」のベンダーリノベーション担当という二足の草鞋を履いた、Benzさん(ベンツさん・34歳)を訪ねました。

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

緑豊かなゲーテッド・コミュニティゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク出身のBenzさんは、ガールフレンドのAui(ウイ)さん、犬のKaleとともに、郊外のゲーテッド・コミュニティ(タイ人はムーバーンと呼ぶ。Villageの意)内の一戸建てで暮らしています。Benzさんが築18年で広さ213平米の中古一戸建て(2LDK)を500万B(※当時のレートで約1700万円)で購入したのは2年前のこと。タイでは一般の住宅は建物や土地に手を入れることに対する自由度が比較的高く、購入後に敷地内に2階建ての離れを建てました。

中古一戸建ての母屋はおもに住居で、1階はLDKとトイレ、2階は寝室とバスルーム、ショールームがあります。離れの1階は自身が運営している帽子ブランド「Palini」のアトリエとして使用しています(2階は現在使用していません)。

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティは、バンコク近辺でよく見るスタイルの住居です。一定区画を管理会社などが買い取ってぐるりと塀で囲み、出入口にセキュリティブースを設置。出入りする人や車を監視・管理する、私設の村のようなものです。

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんらが住まうバンコク北東部にあるゲーテッド・コミュニティは、敷地内を駆けまわるリスの姿を見かけるほど緑豊か。約400世帯が生活していて、プールやジムもあり、近所の方々との交流もさかん。ゲート内で、ひとつのコミュニティが確立しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

利便性より心地よさを重視して

都市部に住む若い二人の住居としては、多くの選択肢があります。若者ならば利便性を優先して、バンコク中心部のコンドミニアムやアパートを購入したり、借りたりして住むイメージがあります。なぜ、落ち着いた郊外の一戸建てを選んだのでしょうか。

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

「かつてサトーンエリア(※バンコク中心部。オフィス街に近く、大使館などが集まる閑静な高級住宅地)にあった実家は、4階建てのタウンハウスでした。通っていた小学校や病院は近かったものの、構造上、家の中が暗いのが好きじゃなかった。だから、どうしても明るい家に住みたかったのです。

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

それで家を買おうと思い立って、6カ月で50軒ほど内見しました。人生で一番の買い物ですね。なぜ新築にしなかったかというと、この家の外観と構造が好きだと思ったから。タイの一戸建ては、一般的に建物の前面に庭がありますが、この家は庭が建物の後ろにあって、そこも良かった。ゲーテッド・コミュニティは緑が多く、自分で木を植えなくていいのも気に入った点でした。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

もう少しバンコク中心部に近い場所にも同じ会社のゲーテッド・コミュニティがありましたが、そちらは値段がもっと高くて、タウンハウス(*長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な建物)で、周囲の道路の渋滞が酷かったため選びませんでした」

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

少し脱線しますが、タイの人は多くが持ち家で、住居を購入する動機は、
1. 学校や子どもの生活環境に合わせて引越す
2. 経済的に余裕ができると、狭い家から住み替える
3. 人に貸したり民泊にするなどビジネスのため
終の棲家という感覚は希薄なのだそうです。

さて、話を戻しましょう。
「ここはバンコクの中心部から、高速道路も使って車で40分。将来電車が通る計画があり、そうするとより便利になります。
この家を紹介してくれたのは、私が働いていたストリートファッション誌『Cheeze Magazine』で広告の仕事をしている先輩で、その人自身やミュージシャンなど、クリエイティブ系の有名な人も住んでいます。仕事柄、しょっちゅう外に出ないから、郊外でOKというのもありますね」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家での同居を経て、アトリエを兼ねた一戸建てへ

Benzさんはもともと、有名ストリートカルチャー誌『CHEEZELOOKER』で4年間ファッションコラムニストとスタイリストをしていて、そこで会計の仕事をしていたAuiさんと出会いました。その後、8年前に2人でブランドを立ち上げました。

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

今の家に住む前は、Benzさんのお兄さんが結婚して他の家に移ったため、Benzさんの実家の3階をオフィス・4階を倉庫にし、AuiさんもBenzさん一家とともに実家に住んでいました。でも、イベントなどに出店するたびに上階から荷物を下ろすのは大変で。住まいとワークプレイスを整えるために、家探しを始めたそうです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「ゲーテッド・コミュニティに母屋となる一戸建てを購入し、別棟を建てて、母屋と別棟の2階をベランダで繋げました。家の中は400万B(※当時のレートで約1370万円)を費やして丸ごとリノベーション。私たちは10年一緒にいて考えも似ているから、家づくりでぶつかることはなかったです。でも、リフォームを担当してくれた、ホテルなどのインテリアデザインの仕事をしている弟とは、時には意見が合わなかったりもしました」

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家にあった家具をリメイクシャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

シャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんもとてもお気に入りだというバスルームは、私がこれまで見たバスルームの中で一番と思えるほど美しいデザインでした。では、インテリアについてはどうでしょう。
「服や雑貨などは、中にしまわれている状況が自分には好ましい。だから、服もたくさん持っているけど、全てクローゼットにしまってあります。服がカラフルな分、インテリアはシックな色合いがいいですね。

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの古いテーブルは、キッチンの天板と素材をそろえてリメイクしました。椅子もジム・トンプソン(※タイの老舗高級シルクメーカー)の生地に張り替え。革張りのソファも置いています。家具はどれも、実家で使っていたものです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

特にヴィンテージラバーというわけではなくて、デザインが好きなら買う、という感じです。その時の変化に従って、選ぶものも変わっていきます。インテリアも自分と同じで、一緒に育っていくものだから。

敷地内にオフィスを建てて、リノベーションにもお金をかけたから、この先もずっと住み続けたいと思っています。

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

複数の仕事の切り替えと時間配分

美しい建物と、すっきりした心地いいインテリア。クリーンであたたかみのある家自体にも惹かれますが、複数の仕事を持っているBenzさんの、時間配分や気持ちの切り替えにも興味を持ちました。
「私は1日のスケジュールを、かなりしっかり計画するタイプで、ルーティンを決めています。朝と午後2時半にコーヒーを淹れるのが私たちの日課で、淹れるのは私が担当。彼女が料理をつくって、掃除は二人でやります。

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

1週間の計画も立てていて、まず火~木曜は自宅アトリエで『Palini』の仕事をします。ビジネスタイムは10~16時。イマジネーションに関する仕事なので、5時間で十分です。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

アトリエには2人のスタッフThipさんとGiftさんが出入りしていて、なぜ2人かというと、私たちと毎回車で昼食を食べに出るから計4人が都合いい。そして、仕事を終えたらジョギング。時にはそれが犬の散歩を兼ねていたりもします。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金・土は、大人気イベント『Made By Legacy』(バンコクのお洒落な人がこぞって訪れる年1回開催のイベントで、ヴィンテージの家具や洋服の販売や、ライブも。そのほかに『Madface Food Week』、『the MBL Worldwide Open House』といったイベントもオーガナイズしている)の仕事でオフィスへ。オフィスへの所要時間は車と電車で50分ほどです。

二つの仕事を持っていますが、ブランドはこれからどうしていくかという方向性も含めて、自分が考えることが多い。そして、イベントは大人数グループの一員。それぞれ役割が違うから、自然と切り替えができています」

家族との時間も大切に(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「日・月曜が休日で、日曜は家にいて掃除や片付けをする。そして、月曜は車で30分のブンノンボンガーデンへ行きます。湖もある大きな公園で、通常バンコク中心部の公園は犬は入れませんが、ここはペット可なうえにキャンプもできる。イスだけ持参して、コーヒーを淹れたりしています。

そのほか、週に1回、仲間とフットボールやバスケットボールをしたり、飲みに行ったりします。親とは日曜日に会っていますね。私は三人兄弟の真ん中で、兄はバンコク東側にある新興住宅地のバンナー地区に、弟はこの近くに新築の一戸建てを持っていて、親はタウンハウスを売却して弟のところに同居しています。だから、日曜日は弟の家で食事したり、家族がここに来たり、レストランに行ったり、家族と一緒にすごしていますね」

タイの方は家族や親しい人とのつながりがとても濃いと聞いていましたが、若いお二人も例外ではなく、ご家族との時間をしっかり取っていました。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

・お気に入りのYou Tube(インテリア):Open Space
・日本人のモーニングルーティーンの動画を見るのも好き。

そして、Benzさんは高校生のころから、現在・将来の展望や計画表まで、ノートにあらゆることを書き出しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「でも、書いてあることは単なる計画だから、お酒を飲んだりして守れなくてもOK。人生は変化するから、計画も変わることもあるよね」
きちんと決めつつ、変化には柔軟に対応する。すぐに真似したい、物事や人生への向き合い方ですね。

●取材協力
・Benzさん
・Auiさん
・Palini

『海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』著者・早さんに初心者もできるおしゃれインテリアのコツを聞いてみた! マンションリノベのエピソードも

中野区にある約75平米の中古マンションを購入し、リノベーションした早(さき)さん。海外のインテリアを中心に自宅をコーディネートしてInstagramやブログを中心に発信しています。2022 年には書籍『海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』(大和出版)を出版。インテリアコーディネーターの資格を持つ早さんならではの空間作りを伺います。

リビング

(写真提供/早さん)

リノベーション前の情報収集はPinterestで

IT企業に勤務する早さん。夫の岑(みね)康貴さんと2022年8月に生まれたお子さんの3人で暮らしています。夫婦ともに在宅勤務のため、ワークスペースはそれぞれが集中して過ごせるよう、2カ所設置。室内窓のある部屋を康貴さん、リビングの一角を早さんが仕事場所として使っています。

海外のインテリアを参考にコーディネートした色鮮やかな空間で、仕事をしながらもお互いの気配を感じられる家になっています。

康貴さんの仕事部屋

康貴さんの仕事部屋(写真提供/早さん)

康貴さんの仕事部屋(写真提供/早さん)

一口に「海外インテリア」と言っても幅広く、ネット検索しようにも自分好みの検索ワードがわからないもの。早さんはまず、自分の方向性を確かめるために写真を中心としたSNS「Pinterest」を使ったそう。

「はじめはPinterestで『海外』『インテリア』など普通のワードで検索していました。そこからハッシュタグやソース元を辿るうちに、『こういうテイストはボヘミアンっていうんだ』など、スタイルごとのキーワードがだんだんわかってきたんです。そのうちに英語で書かれた情報も読むようになり、自分好みの検索ワードを少しずつ増やしながら知識を固めていきました」

Pinterestで集めた情報は、部屋のコーナーごとに仕分けし、リノベーション会社にテイストを相談する際に利用しました。

リノベーションは「苦手な事例がない」会社へ依頼

物件探しでは、もともと注文住宅を検討していた早さん。金銭面や立地条件などから戸建ての中古物件、中古マンション……と、徐々に切り替えて探していきました。

「家の広さや交通の便も大切ですが、何よりも自分たちが好きになれる街に住みたいという希望がありました。そして、家の中は風通しや日当たり、抜け感のある居心地のよさを重視することに。最初は『自分の好きなように作れる注文住宅がいい』と思っていましたが、調べていくうちに『私たちはまだ、そのフェーズじゃないのかも』と思い直して、中古マンションをリノベーションすることに決めました」

夫妻ともに在宅勤務で家にいる時間も長いため、縦に大きくワンフロアが狭い戸建てよりもマンションで横の開放感を重視しました(写真提供/早さん)

夫妻ともに在宅勤務で家にいる時間も長いため、縦に大きくワンフロアが狭い戸建てよりもマンションで横の開放感を重視しました(写真提供/早さん)

リノベーション会社は物件を探している途中に決めたそうです。「過去の施工例を見たときに、『すごく好きな事例がひとつある』よりも、『事例の中に苦手なところがない』方が大事だと思いました。デフォルトの仕様が気に入るところだと、オプションをつけなくても話し合いがスムーズに進みます」

物件購入時は、希望通りの施工が可能かリノベーション会社に同行してもらう方法がありますが、都心のように人気があって物件の動きが多い場合、日程調整をしている間に別の人に決まってしまうこともあります。

早さんはリノベーションに関わる本を事前に読み、「この物件ならこういう改装ができそう」と自分である程度見極めてからリノベーション会社に確認したと言います。

理想の内装を実現する鍵は、コストをかける場所の優先順位を明確にすること

「リノベーション予算の中で、一番奮発したのが格子の室内窓です。ずっと憧れでした」

リビングと康貴さんの仕事部屋を仕切る大きな室内窓(写真提供/早さん)

リビングと康貴さんの仕事部屋を仕切る大きな室内窓(写真提供/早さん)

室内窓はガラス製で、開放感と光をよく通すことを重視したそうです。「防音性には欠けるため、互いに会議が重なるとちょっと大変です。今回は空間の広がりを優先させたので満足していますが、もしまたリノベーションをする機会があれば、別の区切り方を考えるかもしれません」

一方、浴室などはシンプルに、メーカー既存品のユニットバスを選択しました。「自分たちのライフスタイルとの相性を考えて、浴室乾燥機はつけませんでした。壁もただのシンプルな白にして、いらない機能を省いたら、結果的に見積もりよりもコストは下がりました」

都心の中古物件ではリセールを意識して万人に受けるリノベーションをすることも多いですが、早さんはあまり気にしていないそう。「何年か暮らしたら、住み替えも検討する予定。でも家を買う理由の一つが『自分の好きな空間をつくりたい』だったので、リセールを気にしすぎると方向性が変わってしまうんですよね。だから趣味費と割り切ることにしています」

海外風インテリアのカラーコーディネートはコーナーごとに2~3色以上を取り入れるのがコツ

インテリアで多くの方が悩むのが、部屋全体の色味とバランスです。早さんは、写真を撮って考えることが多いのだとか。「全部一つの色で統一するとスッキリ見えますが、異物が混ざりにくくなり、逆に難しいんです。我が家は各コーナーをなるべく2~3色のテーマカラーで合わせながらも、あまりきっちり揃えすぎずに複数の色が散らばるようにしています。実は色や柄を多く取り入れたほうがモノが多くてもあまり散らかって見えないし、カラフルな雑貨などを置いても馴染みやすいですね」

また、インテリアは部屋ごとではなく、コーナーごとでコーディネートを考えているそう。

「同じ画角に入らないところは違うテイストでも大丈夫。部屋には写真映えするコーナーをいくつもつくるイメージで広げていきます。

インテリアに悩んでしまう方は、まず憧れる部屋の写真を見つけて、そのコーナーだけ真似してみるのが簡単です。お気に入りスペースを1カ所つくると、別の場所も飾りたくなって、そのうちに気に入ったテイストが部屋全体に広がっていく。初心者は、まずは色柄のラグから挑戦してみるのがおすすめです。部屋の雰囲気がガラッと変わりますよ」

インテリアの金具類はゴールドかアイアンで統一している早さん。色や素材がひとりぼっちにならないように、小物などで色を拾って部屋のいろいろな場所に配置することで、ものがたくさんある状態でも馴染むようにしています。

アトリエスペースは糸を見せる収納。「糸がカラフルなので、部屋で何色使ってもなんとなく馴染むようになっています」(写真提供/早さん)

アトリエスペースは糸を見せる収納。「糸がカラフルなので、部屋で何色使ってもなんとなく馴染むようになっています」(写真提供/早さん)

ゴールドとアイアンの金具を使った洗面台(写真提供/早さん)

ゴールドとアイアンの金具を使った洗面台(写真提供/早さん)

ぬいぐるみのモンチッチも、よだれかけの赤が壁の色となじんでいます(写真提供/早さん)

ぬいぐるみのモンチッチも、よだれかけの赤が壁の色となじんでいます(写真提供/早さん)

お気に入りのポイントは、あらゆる場所を後から塗装できるようにしたことです。「『これ!』というイメージがわかない状態であれば、とりあえず白に塗ってもらう。後からでも、壁や枠、扉は自分で塗れますから」

一方、収納に関してはもっと気を配るべきだったと反省しているそう。「都内のマンションは狭いから、収納はもっと必要だったかな。でも、それとトレードオフで開放感をつくったので、結局は何を優先させるかですね。あんばいは難しいです」

フローリングは、リノベーション会社からの提案でパイン材を塗装した素材を選択。「おしゃれな人がラフに住んでいるような部屋が理想なので、リラックス感や手づくり感を出したかった」とのこと(写真提供/早さん)

フローリングは、リノベーション会社からの提案でパイン材を塗装した素材を選択。「おしゃれな人がラフに住んでいるような部屋が理想なので、リラックス感や手づくり感を出したかった」とのこと(写真提供/早さん)

窓際のスペースは、ひとりがけの椅子を置くように意識。「窓際って日本は通り道にしがちですが、くつろぐスペースにすることで海外っぽい配置に」(写真提供/早さん)

窓際のスペースは、ひとりがけの椅子を置くように意識。「窓際って日本は通り道にしがちですが、くつろぐスペースにすることで海外っぽい配置に」(写真提供/早さん)

後悔しないリノベーションの秘訣は「水回りと照明を妥協しない」

「室内窓のほかにこだわったのは、水回りと照明です」と語る早さん。「部屋の壁紙などは後からでも簡単に変えられるけれど、洗面台やタイル、壁付けの照明は後からどうにもできない部分です。リノベーションする時に理想を追求するしかありません」

キッチンはIKEAでそろえました。水栓はタッチすれば水が出てくるタッチレス水栓。タイルは白のサブウェイタイルに黒い目地。早さんのやりたかったデザインです(写真提供/早さん)

キッチンはIKEAでそろえました。水栓はタッチすれば水が出てくるタッチレス水栓。タイルは白のサブウェイタイルに黒い目地。早さんのやりたかったデザインです(写真提供/早さん)

洗面台のスツールは、蓋を開けると中に収納スペースが(写真提供/早さん)

洗面台のスツールは、蓋を開けると中に収納スペースが(写真提供/早さん)

「椅子を置いたのは、メイクをするときに座りたいからです。その分、収納スペースは減ったので、洗剤などの買い置きは最小限にしています」

生活感をできるだけ削ぎ落とす工夫も白の塗装を施した木の扉。色を変えたくなったら塗装できるようにしています(写真提供/早さん)

白の塗装を施した木の扉。色を変えたくなったら塗装できるようにしています(写真提供/早さん)

扉にも注目を。「日本の扉は表面にシートを張った仕上げのものが一般的。扉の種類はたくさんあるけれど、シートの扉は日本っぽいテイストに部屋が引っ張られてしまいます。海外っぽい部屋づくりがしたかったら、扉だけは天然の素材をセレクトしたほうがいいと思いました」

また、部屋の内装で現実感が出やすいのがインターホンまわりです。早さんは、海外のサイトでアートポスターを購入して、IKEAのフレームに入れて飾りました。複数のアートがセットで売っているものもあるので、そういうものを選ぶと初心者でもバランスを考えやすいそうです。

アートの額縁でインターホンが馴染みます。照明は海外のデザイン。「日本のインテリアは四角が主流ですが、海外インテリアは丸いフォルムが最近のトレンド。意識して取り入れています」(写真提供/早さん)

アートの額縁でインターホンが馴染みます。照明は海外のデザイン。「日本のインテリアは四角が主流ですが、海外インテリアは丸いフォルムが最近のトレンド。意識して取り入れています」(写真提供/早さん)

ピアノの置き方も工夫が凝らされています。Pinterestで検索して、本棚にピアノが収納されている写真を見た早さん。リノベーション会社に相談して、つくってもらいました。「設計の途中でピアノの調律のために余白が必要であることに気が付き、あわてて棚の高さを変更してもらいました(笑)」

当初はピアノと棚の間がもっと狭い予定でした(写真提供/早さん)

当初はピアノと棚の間がもっと狭い予定でした(写真提供/早さん)

理想の家を目指し続ける、余白のある家

お子さんが動き回るようになると、床に置いている植物や小物類は一時的に撤去する必要がありそうとのこと。「今はまだ寝てばかりなのでそのままにしていますが、今後は低い位置にものを置きにくくなるかもしれませんね。でも、子どもがいても自分好みの空間はつくれると思うんです。壁などの高いところは飾り放題ですし。工夫をしながらインテリアと向き合っていきたいです」

子どもの遊び道具を入れるカゴは、赤ちゃん時代のクーファン(写真提供/早さん)

子どもの遊び道具を入れるカゴは、赤ちゃん時代のクーファン(写真提供/早さん)

今後はダイニングにL字ソファーをDIYで作りたいと語る早さん。「自宅はまだ、未完成です。私にとって家作りのテーマは、『つくり続けられる家』だったのかもしれません」と、笑顔で振り返ります。自分好みの空間で過ごす理想の家づくりはこれからも続くようです。

『カラフル&モダンポップ 海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』(大和出版)●取材協力
早[SAKI]
10年間で7回の引っ越しを経て、海外みたいにカラフルモダンポップなインテリアを日本で再現する方法を試行錯誤するインテリアオタク。2020年インテリアコーディネーター資格を独学で取得。本業はIT企業勤務の会社員、たまにドレスもつくる人。毎週土曜日に海外インテリア情報をお送りするニュースレターを配信中。
Instagram @sakihaya515

著書『カラフル&モダンポップ 海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』(大和出版)

<取材・編集:小沢あや(ピース株式会社) 構成:結井ゆき江>

スニーカー600足が部屋にズラリ! 業界30年の高見薫さんに聞く美しい収納術とストリートファッションの奥深き歴史

床から天井まで壁面いっぱいに、ずらりと並べられたスニーカー。色とりどりの600足に囲まれた空間は、美術館のようでもある。その部屋の主は、ナイキやデッカーズなどで30年にわたりスニーカーのセールスに従事してきた高見薫さん。高見さんの仕事の履歴、そしてスニーカーの歴史が詰まった「スニーカー部屋」を拝見しながら、美しく収納するためのポイントやこだわりを伺った。

ファッションアイテムとしてのスニーカー史

高見薫さんは1991年にナイキジャパンに新卒入社。96年にはナイキショップの立ち上げなどにも携わった。2018年からはデッカーズジャパンに転職し、同社が取り扱う「UGG(R)」のスニーカーのセールスを担当している。

千葉県にある高見さんの自宅の一室には、三面の壁に600足が並ぶ「スニーカー部屋」がある。1990年代から現在までのスニーカーの歴史、高見さんの仕事履歴が詰まった、圧巻の空間だ。

床から天井まで全面を使った壁面棚に、美しく並ぶ600足。これでも全部ではないという。ここに収まらないぶんは玄関などに収納されている(写真撮影/小野奈那子)

床から天井まで全面を使った壁面棚に、美しく並ぶ600足。これでも全部ではないという。ここに収まらないぶんは玄関などに収納されている(写真撮影/小野奈那子)

高見薫さん。ナイキ時代は新モデルやコラボ商品の販売戦略の企画など、さまざまなプロジェクトに従事。現在はデッカーズジャパンに所属し、同社のスニーカー戦略を推進している(写真撮影/小野奈那子)

高見薫さん。ナイキ時代は新モデルやコラボ商品の販売戦略の企画など、さまざまなプロジェクトに従事。現在はデッカーズジャパンに所属し、同社のスニーカー戦略を推進している(写真撮影/小野奈那子)

――ものすごい数ですね。これだけのスニーカーをコレクションするようになったきっかけは何だったのでしょうか?

高見:確かにすごい数なんですけど、私はコレクターっていうわけじゃないんですよ。

――どういうことでしょうか?

高見:好きで集めている方には失礼かもしれないですけど、私の場合は集めているというより「集まっちゃった」というほうが正しくて。30年間、ずっとスニーカーに近い仕事をしてきたので、必然的にこれだけの数になってしまいました。セールスの仕事をやっていると、その時々で会社が推していく商品のことを知っておかないといけないじゃないですか。だから自分でも買って履いてみたりしているうちに、どんどん増えていったんです。

「集まっちゃった」とはいえ、一足一足に対する思い入れは強いという(写真撮影/小野奈那子)

「集まっちゃった」とはいえ、一足一足に対する思い入れは強いという(写真撮影/小野奈那子)

――そのスタンスは少し意外でした。

高見:みんなに不思議って言われますね。ただ、そもそも私がナイキジャパンに新卒入社した1991年って、スニーカーをファッションで履くという感覚がなかったんですよ。当然、今のようにコレクションする人も少なくて。当時はいわゆるスニーカーブームがくる前で、会社もあくまでスポーツシューズとして売っていました。

高見さんがナイキに入社した1991年に発売された「エア マックスBW」(写真は復刻)。入社年度に出た最高峰モデルの一つということで、高見さんにとって思い入れの深い一足だという(写真撮影/小野奈那子)

高見さんがナイキに入社した1991年に発売された「エア マックスBW」(写真は復刻)。入社年度に出た最高峰モデルの一つということで、高見さんにとって思い入れの深い一足だという(写真撮影/小野奈那子)

――1996年に「エア マックス95」が大ブレイクし、スニーカーブームが起こる少し前あたりから、何となくスニーカーがストリートファッション系の雑誌にも取り上げられるようになったと記憶しています。

高見:そうですね。大きなきっかけの一つが1992年のバルセロナオリンピックです。アメリカの男子バスケットボール代表が「ドリームチーム」と呼ばれる最強チームを結成し、そこから「バッシュブーム」が起こります。そうした動きと、アメリカのファッションやヒップホップなどの文脈も相まって、スニーカーがファッション誌に掲載されるようになりました。

――そこからスポーツシーン以外でもスニーカーを普段履きするカルチャーがじわじわ広がって、「エア マックス95」の登場によって一気にブレイクすると。

高見:「エア マックス」というのはナイキのスニーカーの最高峰のシリーズとして、1987年から新作が毎年のように発売されていました。そのなかで、たまたまブームになったのが95年モデル。スタイリストさんが気に入ったのか、当時、芸能人の方がテレビなどでよく95マックスを履いていたんですよ。それを見た視聴者の間で「あの靴はなんだ!」となり、1996年に大ヒットするという。

じつは同じ96年にナイキショップがオープンするんですけど、開店と同時に95マックスを求めるお客様が殺到しました。なかにはオープン予定日の1カ月前から並ぶ人もいたりして。

左側の棚に並んでいるのが「エア マックス95」。発売当初の貴重なモデルもある(写真撮影/小野奈那子)

左側の棚に並んでいるのが「エア マックス95」。発売当初の貴重なモデルもある(写真撮影/小野奈那子)

――当時の熱狂ぶりはよく覚えています。「エアマックス狩り」なんて事件も起こるほどの社会現象になりましたよね。

高見:ただ、当時はブームが加熱しすぎて「ナイキだったら何でもいい」みたいな人も増えたんですよ。それで、ひと通り商品がお客様に行き渡るとブームが一気に萎(しぼ)んでしまいます。1998年あたりから急激に失速しましたね。

それからは会社も「もう一度しっかりスポーツシューズとしてアプローチしていこう」という方向に向かうんですけど、一方で「せっかく新しいお客様を獲得できたのだから、本格的にファッションアイテムとして仕掛けていこう」という声もあって、2000年前後くらいからスニーカーをスポーツとファッションの両輪で展開していく動きが出てきます。その後、2010年くらいになると、他社ブランドでもスポーツ仕様と普段履きのスニーカーをはっきり区別して売るようになっていきましたね。

1996年に発売された「エア リフト」。つま先部分が足袋のように分かれているのが特徴。高見さんは2000年ごろ、よくこれを履いて出社していたそう。「靴下なしで履けてラクなので愛用していましたね。社割で安かったのもあって、たくさん買いました(笑)」(写真撮影/小野奈那子)

1996年に発売された「エア リフト」。つま先部分が足袋のように分かれているのが特徴。高見さんは2000年ごろ、よくこれを履いて出社していたそう。「靴下なしで履けてラクなので愛用していましたね。社割で安かったのもあって、たくさん買いました(笑)」(写真撮影/小野奈那子)

――確かに、ある時期からシューズ専門店でも、スポーツ用とファッション用のスニーカーのコーナーが分かれるようになりました。

高見:そうですよね。それが2010年代までの動きです。ちなみに、最近では小規模なブランドもスニーカーやスポーツシューズに参入するようになりました。ひと昔前まではナイキやアディダスといった、いくつかの大手しかやっていなかったんですけど、今はそれこそ私が所属するデッカーズジャパンが取り扱う「UGG(R)(アグ)」や「HOKA(R)(ホカ)」だったり、「Salomon(サロモン)」「On(オン)」など、さまざまなブランドがスニーカーやランニングシューズを手掛けるようになっています。

「UGG CA805 Zip」。それまでブーツのイメージが強かったUGG(R)が、本腰を入れて開発したスニーカー。2018年にデッカーズジャパンに入社した高見さんがセールスを担当し、一時期はこればかり履いていたのだとか(写真撮影/小野奈那子)

「UGG CA805 Zip」。それまでブーツのイメージが強かったUGG(R)が、本腰を入れて開発したスニーカー。2018年にデッカーズジャパンに入社した高見さんがセールスを担当し、一時期はこればかり履いていたのだとか(写真撮影/小野奈那子)

高見:多様なブランドの参入と技術の進化により、デザインのバリエーションも広がっています。よりファッショナブルになっていて、洋服に合わせる楽しみも広がっていると思いますよ。

UGGの最新スニーカー「CA805V2 Remix」。スリッポンのように軽やかな履き心地が特徴。初代モデルから5年でデザインも大幅に進化している(写真撮影/小野奈那子)

UGGの最新スニーカー「CA805V2 Remix」。スリッポンのように軽やかな履き心地が特徴。初代モデルから5年でデザインも大幅に進化している(写真撮影/小野奈那子)

600足を収納する「スニーカー部屋」のつくり方

――この家に引越してくる前は、どのようにスニーカーを保管していましたか?

高見:以前は実家近くの団地で一人暮らしをしていたんですけど、スニーカーは箱に入れて天井の高さまで積んでいました。少し大きめの地震がくると一気に倒れて悲惨なことになっていましたね。それに加えて、トランクルームも2つ借りていました。ですから、今みたいにすぐに取り出せる状態ではなかったです。

ただ、この家を買ったのはスニーカーのためというわけではありません。結婚して夫が私の部屋に越してきて、夫婦ともに物が多いから生活スペースが激狭になってしまったんです。通路も片側通行でしか通れないくらい狭くて……。

そんな生活から抜け出したくて引越しを考えていた時に、たまたまこの一戸建てが売りに出ているのを見つけました。それで、せっかく買うならスニーカーをちゃんと保管できるように、一部をリフォームしようと考えたんです。建築士さんに相談したところ、元のオーナーが2人の息子さんの部屋として使っていたスペースを、スニーカー部屋に変更しようということになりました。

もともとは壁で仕切られていたスペースを一つの空間にリフォーム。3つの壁全面に、新たにスニーカー専用棚を設けた(写真撮影/小野奈那子)

もともとは壁で仕切られていたスペースを一つの空間にリフォーム。3つの壁全面に、新たにスニーカー専用棚を設けた(写真撮影/小野奈那子)

――壁面棚をつくるにあたって、建築士さんに要望したことはありますか?

高見:とにかくできるだけ多くの靴を並べられるようにしてくださいと。最初は箱ごと棚に収納する案もあったんですけど、そうするとお店のストックルームみたいになっちゃって全然面白くないじゃないですか。だから裸のまま並べちゃおうと。剥き出しだと埃が溜まったりもするんですけど、私はコレクターではないからか、あまりそのへんは気にならなくて。

一つひとつの棚板の高さを変えることも可能。高見さんは一番高い靴の縦幅に合わせて棚板の位置を統一している(写真撮影/小野奈那子)

一つひとつの棚板の高さを変えることも可能。高見さんは一番高い靴の縦幅に合わせて棚板の位置を統一している(写真撮影/小野奈那子)

壁面棚の両サイドには鏡を設置し、無限にスニーカーが並んでいるように見せる遊び心も(写真撮影/小野奈那子)

壁面棚の両サイドには鏡を設置し、無限にスニーカーが並んでいるように見せる遊び心も(写真撮影/小野奈那子)

高見:あと、これは建築士さんから勧められたんですけど、棚の材料は北海道のチーク材を使っています。とても綺麗な木材ですし、スニーカーも映えるだろうということで。北海道から輸送しなきゃいけないので高いんですけどね。

――スニーカーのコンディションを保つという点でも、やはり天然木を使った棚のほうがいいのでしょうか?

高見:そうですね。スチールラックなどに置いている人も多いと思いますが、金属は錆びる可能性があるので、靴にとってはあまりよくありません。

それから、スニーカーのコンディションを保つためには、部屋の空気の状態にも気を配る必要があります。なるべく空気を循環させることと、湿度が高くなりすぎないこと。空気が湿っていると、靴がどんどんベタベタになってくるんです。この部屋では、空調でなるべく一定のコンディションをキープできるようにしています。

――ちなみに、ずっと置いておくよりも、たまには履いたほうがよかったりしますか?

高見:はい。履かないと逆に駄目になりやすいです。置きっぱなしにしていると空気中の水分がスニーカーに溜まっていき、ミッドソール部分の素材が加水分解を起こしてしまうんです。すると、靴底からボロボロと崩れてしまう。それを防ぐにはたまに履いてあげて、身体の重力を利用して水分を抜くことが必要です。私もここにあるスニーカーはただ飾るだけじゃなくて、なるべく履くようにしていますよ。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

グループ分けで美しく。思わず眺めたくなる棚に

――上から下まで、とても美しくスニーカーが並んでいますが、飾る時のコツやポイントがあれば教えてください。

高見:私の場合は、持っているスニーカーをグループ分けするところから始めました。まずは「ランニングシューズ」「バスケットシューズ」といった感じで大まかに分類し、そこからさらに細かく種類を分けます。あとは年代別だったり、シンプル系・派手系みたいな形でグループを分けていきました。そのうえで、エクセルで作った棚の図面に、何をどこに入れるか入力しながらシミュレーションしましたね。

実際に棚に置く時には、薄い色から濃い色の順番に並べたり、背が低い順から並べたりと、なるべく美しく見えるように意識しました。このあたりはナイキで学んだ陳列の法則みたいなものを取り入れています。

靴の種類ごとに分けた上で、デザインが派手なコーナー、シンプルなコーナーなど、なんとなくグループをつくるだけでも見栄えがよくなる(写真撮影/小野奈那子)

靴の種類ごとに分けた上で、デザインが派手なコーナー、シンプルなコーナーなど、なんとなくグループをつくるだけでも見栄えがよくなる(写真撮影/小野奈那子)

――ここまで美しく飾られていると、もはやスニーカーというよりインテリアのようです。眺めているだけで楽しくなりますね。

高見:私自身はあまりインテリアという感覚はないのですが、眺めるのは楽しいですね。やはり、一つひとつに思い入れがあるので。「これは、あそこに行った時に買ったよな」とか、「これを履いていた時、仕事大変だったな」とか、いろんなことを思い出します。

――この部屋は、高見さんの歴史そのものなんですね。

高見:そうですね。ですから、一般的なコレクターの方とは違う感覚なんでしょうけど、全てのスニーカーに愛着があります。もともとは狭い空間から逃げるために家を買い、やむにやまれずリフォームした部屋ですが、今となっては懐かしい思い出にひたれる大切な場所になりましたね。

●取材協力
UGG(R)/デッカーズジャパン

住宅購入者の関心が高いワードはやはり【フラット35】、「住宅ローン減税」!購入時に知るべき制度も解説

リクルートが「『住宅購入・建築検討者』調査(2022年)」を公表した。この調査では、住宅の購入や建築を検討するうえで、知っておきたい制度などについての理解・関心度も聞いている。その結果、理解・関心度の高いワードの多くが、住宅ローンや減税に関するものだということが分かった。

【今週の住活トピック】
「住宅購入・建築検討者」調査(2022年度)公表/リクルート

住宅購入・建築検討者は一戸建て派が多数を占める

調査は、首都圏、東海圏、関西圏の三大都市圏と政令指定都市のうち札幌市、仙台市、広島市、福岡市に住む、20歳から69歳の男女で、過去1年以内に住宅の購入・建築、リフォームについて具体的に検討した人を対象に行われた。

検討している住宅の種別(複数回答)は、「注文住宅」が過半数の56%で、「新築一戸建て」32%、「中古一戸建て」29%、「新築マンション」32%、「中古マンション」26%、「(現在住む家の)リフォーム」15%となっている。「一戸建てか、マンションか」を聞く(単一回答)と、「ぜったい」と「どちらかといえば」の合計で、「一戸建て派」が63%、「マンション派」が22%と、一戸建て派が多数を占める結果となった。

また、検討している物件に、「永住する」と考えているのは45%、「将来的に売却を検討している」のは24%、「将来的に賃借を検討している」のは5%だった。

過半数が名前も内容も知っている、【フラット35】、「リノベーション」、「住宅ローン減税」

この調査では、「税制・優遇制度などへの理解・関心」について、詳しく聞いている。聞いた税制・優遇制度は、「今後創設予定の税制・優遇制度」、「住宅購入に関する税制・優遇制度」、「住宅購入に関する金利・補助金」、「物件の構造・仕様、取引、他に関するもの」に大別され、それぞれ複数項目を聞いている。

その項目の中で、「言葉も内容も知っている」と回答した割合(以降は、「認知度」と表記)の多いものを挙げてみよう。

■認知度の高い項目(上位10項目)

順位制度名等認知度1【フラット35】75%2リノベーション63%3住宅ローン減税※56%4【フラット35 S】46%4空き家バンク46%6固定資産税の減額措置45%6スマートハウス45%8贈与税の特例42%9認定長期優良住宅41%10住宅リフォームの減税制度40%※住宅ローン減税については、さらに細かく聞いているが、順位としては省略した。
リクルート『住宅購入・建築検討者』調査(2022年度)を基に筆者が作成

認知度の上位には、住宅ローンと減税に関するものが多く入っているのが目立つ。ローンと税金は多くの人に関係するだけに、認知度が高くなっているのだろう。ちなみに、認知度が低かったのは、「BELS」(23%)や「安心R住宅」(25%)だった。

【フラット35】と「住宅ローン減税」のどこまで知っている?

この調査では、回答者に対して言葉とその内容について説明文を提示し、そのうえで、知っているかどうか聞いている。その説明について、紹介しておこう。

まず、1位の【フラット35】と4位の【フラット35 S】。

【フラット35】全期間固定金利の住宅ローンである【フラット35】において、2023年4月よりすべての住宅について、省エネ基準への適合を求める制度の見直しが行われる。【フラット35 S】一定の基準を満たした住宅を取得する場合、一般の住宅より金利を引き下げる制度。

住宅金融支援機構と民間金融機関が提携して提供する【フラット35】だが、ポイントは、2023年4月以降は省エネ基準に適合していないと利用できないことだ。金利を引き下げる優遇制度である【フラット35 S】は、すでにZEHなど省エネ性の高い住宅ほど金利が優遇される仕組みに変わっている。

2位の「住宅ローン減税」については、「返済期間10年以上の住宅ローンを利用して住宅を購入した場合に、住宅ローン残高の0.7%を所得税等から控除」と概要を説明しており、認知度は56%になっている。実は、調査ではさらに細かく聞いている。

【住宅ローン減税×環境性能】環境性能の優れた住宅では、減税の対象となる借入限度額が上乗せになる。【住宅ローン減税×中古OK】新耐震基準適合住宅(1982年以降に建築された住宅と定義)であれば、住宅ローン減税が適用される。【住宅ローン減税×増改築OK】自宅の増改築でも基準を満たせば、住宅ローン減税が適用される。【住宅ローン減税×新築床面積】2023年末までに建築確認を受けた新築住宅であれば、床面積が40平米以上50平米未満でも適用される。(それより以前は床面積50平米以上で適用対象)【住宅ローン減税×耐震改修】新耐震基準を満たさない中古でも、取得後一定期間内に耐震改修して基準を満たせば、住宅ローンが適用される。

いずれについても、認知度は46%~51%と高く、住宅ローン減税については細かい適用条件まで理解している人が多いことがわかる。

リノベーションなど認知度の高いワードを再確認

以下、上位に挙がった項目について、説明していこう。

リノベーション既存の建物に大規模な改修工事を行い、用途や機能を変更して性能を向上させたり付加価値を与えること。空き家バンク地方自治体が、空き家の賃貸・売却を希望する所有者から提供された情報を集約し、空き家をこれから利用・活用したい方に紹介する制度。空き家対策の一つとして注目されている。固定資産税の減額措置2024年3月末までに新築住宅を取得した場合、固定資産税が3年間(マンション等の場合は5年間)、2分の1に減額される。スマートハウス太陽光発電システムや蓄電池などのエネルギー機器、家電、住宅機器などをコントロールし、エネルギーマネジメントを行うことで、家庭内におけるエネルギー消費を最適化する住宅。贈与税の特例住宅取得等資金として、子や孫が親や祖父母から贈与を受ける場合、通常の住宅で500万円、省エネ等住宅で1000万円まで贈与税が非課税になる。認定長期優良住宅耐震、省エネ、耐久性などに優れた住宅である長期優良住宅と認定されると、所得税、登録免許税、不動産取得税、固定資産税が軽減される。(住宅ローン減税では借入限度額が上乗せされる)住宅リフォームの減税制度耐震改修、バリアフリー対応、省エネ対応、三世代同居対応、長期優良住宅化対応の工事を行うと所得税等の控除がある。リクルート『住宅購入・建築検討者』調査(2022年度)を基に筆者が作成

少し補足説明をしておこう。
「リノベーション」については明確な定義がないのだが、住宅業界では一般的に、劣化した部分を建築当時の水準に改修するだけでなく、今の生活に合うように機能を引き上げる改修を行うことをいう。そのため、大規模な改修工事になることが多い。

「空き家バンク」は、かつては自治体ごとに公開しているホームページを見に行くしかなく、使いづらいものだったが、いまは民間の不動産ポータルサイトによって統一した内容で全国の空き家が探せるようになっている。

「スマートハウス」は、一般的にHEMS (home energy management system) と呼ばれる住宅のエネルギー管理システムで、家庭の電気などのエネルギーを一元的に管理する住宅のこと。IT技術を活用した住宅としてはほかに、IoT住宅(アイオーティー住宅。インターネットで住宅設備や家電などをつなげてコントロールできる住宅)などもある。IT技術によって、今後も多くのものがホームネットワークでつながり、安心安全や健康などの住生活の向上も期待されている。

ほかは、主に減税に関する項目が上位に挙がった。いずれも期限付きの減税制度となっている。期限がくると延長されるか、縮小されるか、終了するかになるので、注意が必要だ。

知っておきたい「新築住宅の省エネ基準適合義務化」と「インスペクション」

最後に、認知度が高くはなかったが、知っておきたい項目について紹介したい。それは「2025年新築住宅の省エネ基準適合義務化」(26%)と「インスペクション(建物状況調査)」(32%)だ。

新築住宅、特に一戸建てのような小規模な建築物にも、省エネ基準への適合が義務化されることになっている。適合義務化は、2030年までにZEH水準まで引き上げる予定となっている。こうした新築住宅への義務化によって、既存の住宅と省エネ性能に開きができる点も押さえておきたい。

「インスペクション」(32%)はもっと認知度が高いと思っていたので、少し意外に思った。中古住宅の売買において、宅地建物取引業者は、建物状況調査の事業者をあっせんするかどうかや、対象の住宅が建物状況調査を行っているかどうかなどを伝えることになっている。建物の状態はしっかり把握しておきたいものなので、認知度が上がることを期待したい。

さて、説明文が簡単に記載されていたとしても、「言葉も内容も知っている」というレベルは人それぞれだろう。何となく分かっているというレベルから、適用条件や期限まで正確に把握しているレベルまでさまざまある。実際に制度を利用しようとするときには、正確に理解していることが求められるので、この機会にぜひ各制度への理解を深めてほしい。

●関連サイト
リクルート「住宅購入・建築検討者」調査(2022年度)

Z世代は「新築」「一戸建て」がお好き? 駅からの近さより広さ重視の結果に

パナソニック ホームズが、若年者(Z世代)を含む住宅購入検討層や将来的な購入検討層を対象に、「住まいに対する意向調査」を実施した。そのなかでも特に「結婚と住まいの意向についてのアンケート」(リリース資料の図7~13が対象)を中心に、Z世代ならでは住まい観について見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
「住まいに対する意向調査」を実施/パナソニック ホームズ

Z世代は一戸建てのマイホームがお好き?

この調査では、住宅購入の潜在的もしくは将来の顧客層と考えられる、15歳から49歳の独身男女に、「結婚したらどこに住みたいか」を聞いている。その結果は、圧倒的に「一戸建ての購入」を選んだ人が多数を占めた。とりわけZ世代(この調査では15歳から25歳と定義)では、他の年齢層が4割ちょっとであるのに対して56.0%が、一戸建ての購入を選んでいる。

図 7 結婚したらどこに住みたいですか。

出典:パナソニック ホームズ「住まいに対する意向調査」

どの種類の住宅に住みたいかを聞いた調査は過去にも多くあり、賃貸より購入、マンションより一戸建てが多いのが一般的だ。しかし、Z世代では一戸建ての購入を希望する人が極めて多いという点が大きな特徴といえるだろう。

次に、「住宅を購入するとしたら、何を優先するか」を聞いたところ、どの年齢層でも、1位が「立地が良い」、2位が「ローンの返済に無理がない」、3位が「新築であること」、4位が「資産価値があること」となった。

図 8 住宅を購入するとしたら、何を優先しますか。

出典:パナソニック ホームズ「住まいに対する意向調査」

ただし、他の年齢層と違い、Z世代で目立つのが、「新築であること」の比率の高さだ。2位の「ローンの返済に無理がない」(24.9%)とほぼ同等に「新築であること」(24.2%)を選んでいるのだ。

Z世代などの若年層は「新築」住宅がお好き?

実は、同時期に公表された、リクルートの「住宅購入・建築検討者」調査 (2022年)でも、似たような傾向が見られた。リクルートの調査は、過去1年以内に住宅の購入・建築やリフォームを検討した20歳から69歳の男女を対象にしている。独身に限っていないこと、より住宅への関心が高い層であるといった違いがあることを前提としてほしい。

こちらの調査では、ストレートに新築が良いか中古が良いかを聞いている。その結果、新築派が全体で68%になっているが、20代で見ると「ぜったい新築」が35%と新築への意向が他の年齢層より高いことが分かる。

新築・中古意向

出典:リクルート「住宅購入・建築検討者」調査 (2022年)

どちらの調査結果を見ても、若年層ほど「新築派」が多数を占めている。理由が確認できないのでよく分からないが、かつては若年層ほど新築へのこだわりが弱く、古着文化などに見られる中古を上手に活用するといった傾向が見られたのだが、今はそうではないことがはっきりした結果だ。

Z世代などの若年層は「近さ」よりも「広さ」を選ぶ?

さて、パナソニック ホームズの調査結果に戻ろう。「住宅を購入しようとして、費用が足りなかったら」という質問で選んだ選択肢も年齢層によって違いが見られた。年齢が高くなるほど、購入をあきらめて賃貸にすることを選ぶ比率が高くなる。一方、Z世代で顕著なのが「遠くにしても良い」という選択だ。他の年齢層では、「狭くしても良い」のほうが「遠くにしても良い」を上回っているが、Z世代だけは狭さよりも遠くを選んでいるのが大きな特徴だ。

図 9 住宅を購入しようとして、費用が足りなかったらどうしますか。

出典:パナソニック ホームズ「住まいに対する意向調査」

この傾向は、リクルートの調査結果でも見られる。こちらはストレートに、広さか駅からの距離かを聞いているが、若い年齢層ほど、駅からの距離派が減って、広さを優先する傾向が強くうかがえる。

広さ・駅からの距離の意向

出典:リクルート「住宅購入・建築検討者」調査 (2022年)

パナソニック ホームズでは、Z世代が、費用が不足していれば遠くても狭くても良いので、新築の一戸建てを購入したいという傾向がうかがえることから、「自分の時間やプライベートを大切にするとされるZ世代は、心地よく快適に過ごせて、共同住宅と比べて比較的近隣に気を使わなくて良い空間を新築一戸建てに求めているのかも知れない」と分析している。

一方、リクルートのSUUMO副編集長の笠松美香さんは「Z世代は、親元で暮らしている人も多く、自分で住まい探しを経験した人は他の世代に比べて少ないと推察されます。どうしても住まいのイメージが実家や友人・親戚の家などの生活感あふれるタイプと、メディアやSNSで見かけるピカピカでおしゃれなものと両極端なイメージになっているのではないでしょうか。だとすると、『新築じゃない家はキレイじゃない』と思いこんでしまっている人も多いのではないかと思いました。中古物件もリフォームすれば新築のような見た目になることを、住まい探しの経験を積んでいくほど認知していくので、年齢が上がっていくことで、中古でもキレイにできるし安い、といったようにコストと天秤にかけて許容していく層が増えていくのではないでしょうか。住まいは一生必要なものだけに、個人の住まい観も、一生アップデートされていくものだと思います」などと考察していただけるとうれしい。

パナソニック ホームズの調査対象である、独身のZ世代(15~25歳)はまだ具体的に住宅の購入を検討している人は少ないと思うが、リクルートが調査した20代でも似たような傾向が見られた。ということは、これから先に住宅購入を検討する世代では、新築志向、広さ志向が強いということは考慮すべき点だ。

一方、これまでは中古住宅をリノベーションして再販する事業者が少なかったが、取り組みを強化する事業者が増えている。新築ではないが、リノベーションによって新築並みの中古一戸建てが増えれば、若年層の有効な選択肢になるのではないだろうか。

●関連サイト
パナソニック ホームズ「住まいに対する意向調査」
リクルート「『住宅購入・建築検討者』調査(2022年)」

懐かしさ感じる”リノベ団地”に広がる人の輪! 保育園&農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」を訪ねた

昭和の高度経済成長期に大量に建設された「団地」を、現代の暮らしに合うようリノベーションし、再評価・再活用する動きが続いています。では、そのリノベ団地は、コロナ禍を経てどうなっているのでしょうか。2019年に紹介した「ハラッパ団地・草加」の今を取材しました。

築51年でも満室! 家賃を維持するなど、人気ぶりは健在

1971年、企業の社員寮として建築された建物をリノベして誕生した「ハラッパ団地・草加」。2018年に建物内外を刷新し、シェア農園や保育園、ドッグランを持つ賃貸住宅として生まれ変わりました。1800坪というゆとりのある敷地に、明るい黄色の2棟の建物があり、1LDK~2DKの全55戸で構成されています。ペット飼育OKで、1階に保育園があるなどの付加価値もあるため、2019年に取材したときも全室満室、ウェイティングリストができるほどの人気ぶりでした。

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

あれから3年、コロナ禍もあり、ライフスタイルや価値観、住まいに求めるものも変わったように思います。その後、「ハラッパ団地」はどうなっているのでしょうか。

「3年たった今でも全室満室が続いていて、空室がでたら入居したいという希望者がいらっしゃいます。家賃も維持、または一部で上昇しているんですよ」と教えてくれたのは、広報を担当する山本恵美さん。

長らく新築住宅が最良とされてきた日本では、築年数が経過するごとに家賃を値下げするのが当たり前、半世紀も経過すれば建物の価値はほぼなくなるといわれてきました。それが築51年以上たっても家賃が下がるのではなく、上昇するとは……。適切にリノベ、管理運営されていれば、建物は長持ちするだけでなく、賃貸住宅として価値を向上させることができると証明した格好です。

保育園があることから子育て世帯の入居希望が多そうですが、実際にはシングルや夫婦暮らしなど、幅広い世帯や世代が入居しているそう。
「子どもの声が聞こえる、ということが安心感につながっているようで、一人暮らしの人にも人気となっています」。子どもたちの声が、「あたたかさ」「安心感」につながるのは、住む人にとっても、子どもたちにとっても、とても幸せなことですね。

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

収穫体験にクッキングイベント。交流を生むコミュニティー運営

ハラッパ団地・草加は、農園やドッグラン、食堂などの「地域にひらく」施設も魅力のひとつでした。ただ、こうしたコミュニティー運営は人とノウハウ、時間、予算が必要になります。ましてやこの3年はコロナ禍。人を集める、人が集まるのが難しくなってきた背景もあります。運営はどのように変化したのでしょうか。

「2020年、緊急事態宣言もあり感染状況を考慮して食堂は閉店、ランドリールームなども検討しましたが、団地の人が集まれる場所をということで、コミュニティールームに変更しました。この場所は団地住民であればオンラインで予約・利用できます。お住まいの方は、テレワークやオンライン会議などの場所として使っているようです」と山本さん。地域住民に、集会所・サロンの開催場所として、貸し出しも行っています。

また、2021年12月よりこのコミュニティールームを使い、「味噌づくり」「ヨガ教室」「ピクルスづくり」などのコミュニティー運営を実施するようになったといいます。
「イベントの実施主体は、ハラッパ団地を管理するハウスコムとアミックスです。コミニティーマネージャーや撮影・運営スタッフなどがいて、団地の方と地域の方が、交流を深めていける試みをしています。イベントや畑の活動は今のところ月1回のペースで行っていて、毎回参加くださる方もいれば、スポットで初めてという人も。毎回、なごやかな雰囲気でできています」(山本さん)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

11月は、10月に収穫したさつまいもを使ってのピザ窯での焼きいもとピザづくり、畑に玉ねぎの苗を植えるイベントを実施していました。参加者は筆者が想像していたよりも多く、なんと30人以上! 参加者は多くが未就学児~小学校低学年のお子さんと保護者の方々です。お天気はあまりよいとはいえない状況でしたが、子どもたちは広場や周囲をうきうきと走り回っていました。

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

セミパブリックだからこそできる! 団地の可能性

今回、イベントに参加された方々は、団地にお住まいという方もいれば、ご近隣にお住まいという方もいらっしゃいました。なかには、「実は先週、団地に引越してきたばかりなんです。イベント案内のチラシを見かけてすぐに応募しました。子どもたちが地域になじむきっかけになれば」という声も聞かれました。その後、焼きいもやピザづくりをしながら「何歳ですか?」「同じ学年だね~」と、お子さんや大人の会話が盛り上がっていました。まさに人と知り合う「きっかけ」、コミュニティーづくりになっています。

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

さすがだなと思ったのは、運営側が作業をするだけでなく、「どんな種類のさつまいもを焼くのか」「玉ねぎはいつできるのか」「ピザで好きな具」などの会話のとっかかりとなる「ネタ」を提供していることです。初めて会った人同士でも、「あるある~」「私は~」と自然と会話ができるようになっています。共同作業、なかでも食があると、人と人との距離はぐっと縮まりますよね。

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

他にも、イベントに参加している人に話を聞きましたが、「1階の保育園に通っていて、せっかくなので参加したいと思って」「近所のお友だちに誘われたので」という方が多いように感じました。

また、コロナ禍で思うように外出や遠出ができず、子どもと何かしたいと思っていたときにこのイベントを知ったという声も。
「自分で畑をやったり、ピザの準備をしたりするのは大変だけれど、近くでこんな体験ができるなんて! すごくありがたいです」というコメントもありました。

「コミュニティー運営に携わって7カ月ですが、交流イベントは今のところ8回開催し、累計100名が参加してくださっています。参加者の満足度も高く、次は何をやるんですか? という声も聞かれます。団地外の方からの参加者も多いですし、まさに交流の場所になっています。声を聞きながら、よりよい場所、よりよいコミュニティー運営を模索していきたいですね 」(山本さん)

細越さんは畑やコミュニティー運営を通して、「セミパブリック」の可能性を感じているといいます。「草むしりや苗植え、収穫など自然を通して、人々が交流し、距離感を保てる。『公』や『行政』でもなければ、完全な『私』でもない。ちょうど良い距離感をつくっていけたら」と言います。

コロナ禍では、地域や人との分断が進んだともいわれています。一方で、近くにある幸せや足元を大切にしたい、近所の人とゆる~くでも顔見知りになりたい、という思いは、静かですが確かにあるように感じます。近所づきあいや人とのかかわりを、軽やかにアップデートするために。令和の団地の挑戦はまだまだ続きそうです。

●取材協力
ハラッパ団地・草加

懐かしさ感じる”リノベ団地”に広がる人の輪! 保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」を訪ねた

昭和の高度経済成長期に大量に建設された「団地」を、現代の暮らしに合うようリノベーションし、再評価・再活用する動きが続いています。では、そのリノベ団地は、コロナ禍を経てどうなっているのでしょうか。2019年に紹介した「ハラッパ団地・草加」の今を取材しました。

築51年でも満室! 家賃を維持するなど、人気ぶりは健在

1971年、企業の社員寮として建築された建物をリノベして誕生した「ハラッパ団地・草加」。2018年に建物内外を刷新し、シェア農園や保育園、ドッグランを持つ賃貸住宅として生まれ変わりました。1800坪というゆとりのある敷地に、明るい黄色の2棟の建物があり、1LDK~2DKの全55戸で構成されています。ペット飼育OKで、1階に保育園があるなどの付加価値もあるため、2019年に取材したときも全室満室、ウェイティングリストができるほどの人気ぶりでした。

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

あれから3年、コロナ禍もあり、ライフスタイルや価値観、住まいに求めるものも変わったように思います。その後、「ハラッパ団地」はどうなっているのでしょうか。

「3年たった今でも全室満室が続いていて、空室がでたら入居したいという希望者がいらっしゃいます。家賃も維持、または一部で上昇しているんですよ」と教えてくれたのは、広報を担当する山本恵美さん。

長らく新築住宅が最良とされてきた日本では、築年数が経過するごとに家賃を値下げするのが当たり前、半世紀も経過すれば建物の価値はほぼなくなるといわれてきました。それが築51年以上たっても家賃が下がるのではなく、上昇するとは……。適切にリノベ、管理運営されていれば、建物は長持ちするだけでなく、賃貸住宅として価値を向上させることができると証明した格好です。

保育園があることから子育て世帯の入居希望が多そうですが、実際にはシングルや夫婦暮らしなど、幅広い世帯や世代が入居しているそう。
「子どもの声が聞こえる、ということが安心感につながっているようで、一人暮らしの人にも人気となっています」。子どもたちの声が、「あたたかさ」「安心感」につながるのは、住む人にとっても、子どもたちにとっても、とても幸せなことですね。

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

収穫体験にクッキングイベント。交流を生むコミュニティー運営

ハラッパ団地・草加は、農園やドッグラン、食堂などの「地域にひらく」施設も魅力のひとつでした。ただ、こうしたコミュニティー運営は人とノウハウ、時間、予算が必要になります。ましてやこの3年はコロナ禍。人を集める、人が集まるのが難しくなってきた背景もあります。運営はどのように変化したのでしょうか。

「2020年、緊急事態宣言もあり感染状況を考慮して食堂は閉店、ランドリールームなども検討しましたが、団地の人が集まれる場所をということで、コミュニティールームに変更しました。この場所は団地住民であればオンラインで予約・利用できます。お住まいの方は、テレワークやオンライン会議などの場所として使っているようです」と山本さん。地域住民に、集会所・サロンの開催場所として、貸し出しも行っています。

また、2021年12月よりこのコミュニティールームを使い、「味噌づくり」「ヨガ教室」「ピクルスづくり」などのコミュニティー運営を実施するようになったといいます。
「イベントの実施主体は、ハラッパ団地を管理するハウスコムとアミックスです。コミニティーマネージャーや撮影・運営スタッフなどがいて、団地の方と地域の方が、交流を深めていける試みをしています。イベントや畑の活動は今のところ月1回のペースで行っていて、毎回参加くださる方もいれば、スポットで初めてという人も。毎回、なごやかな雰囲気でできています」(山本さん)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

11月は、10月に収穫したさつまいもを使ってのピザ窯での焼きいもとピザづくり、畑に玉ねぎの苗を植えるイベントを実施していました。参加者は筆者が想像していたよりも多く、なんと30人以上! 参加者は多くが未就学児~小学校低学年のお子さんと保護者の方々です。お天気はあまりよいとはいえない状況でしたが、子どもたちは広場や周囲をうきうきと走り回っていました。

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

セミパブリックだからこそできる! 団地の可能性

今回、イベントに参加された方々は、団地にお住まいという方もいれば、ご近隣にお住まいという方もいらっしゃいました。なかには、「実は先週、団地に引越してきたばかりなんです。イベント案内のチラシを見かけてすぐに応募しました。子どもたちが地域になじむきっかけになれば」という声も聞かれました。その後、焼きいもやピザづくりをしながら「何歳ですか?」「同じ学年だね~」と、お子さんや大人の会話が盛り上がっていました。まさに人と知り合う「きっかけ」、コミュニティーづくりになっています。

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

さすがだなと思ったのは、運営側が作業をするだけでなく、「どんな種類のさつまいもを焼くのか」「玉ねぎはいつできるのか」「ピザで好きな具」などの会話のとっかかりとなる「ネタ」を提供していることです。初めて会った人同士でも、「あるある~」「私は~」と自然と会話ができるようになっています。共同作業、なかでも食があると、人と人との距離はぐっと縮まりますよね。

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

他にも、イベントに参加している人に話を聞きましたが、「1階の保育園に通っていて、せっかくなので参加したいと思って」「近所のお友だちに誘われたので」という方が多いように感じました。

また、コロナ禍で思うように外出や遠出ができず、子どもと何かしたいと思っていたときにこのイベントを知ったという声も。
「自分で畑をやったり、ピザの準備をしたりするのは大変だけれど、近くでこんな体験ができるなんて! すごくありがたいです」というコメントもありました。

「コミュニティー運営に携わって7カ月ですが、交流イベントは今のところ8回開催し、累計100名が参加してくださっています。参加者の満足度も高く、次は何をやるんですか? という声も聞かれます。団地外の方からの参加者も多いですし、まさに交流の場所になっています。声を聞きながら、よりよい場所、よりよいコミュニティー運営を模索していきたいですね 」(山本さん)

細越さんは畑やコミュニティー運営を通して、「セミパブリック」の可能性を感じているといいます。「草むしりや苗植え、収穫など自然を通して、人々が交流し、距離感を保てる。『公』や『行政』でもなければ、完全な『私』でもない。ちょうど良い距離感をつくっていけたら」と言います。

コロナ禍では、地域や人との分断が進んだともいわれています。一方で、近くにある幸せや足元を大切にしたい、近所の人とゆる~くでも顔見知りになりたい、という思いは、静かですが確かにあるように感じます。近所づきあいや人とのかかわりを、軽やかにアップデートするために。令和の団地の挑戦はまだまだ続きそうです。

●取材協力
ハラッパ団地・草加

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022に見るリノベ最前線。実家を2階建てから平屋へダウンサイジングや駅前の再編集など

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。記念すべき10周年となった2022年の授賞式が12月6日に開催されました。260のエントリー作品の中から選び抜かれた総合グランプリをはじめ、各受賞作からリノベーションの今を読み解きました。

【注目point1】住み手の思いとつくり手の工夫が古い家を蘇らせる

暮らしにくく老朽化した建物を今のライフスタイルや住人に合わせて快適な場所に生まれ変わらせるのが、リノベーションの最大の使命であり、原点ともいえます。近年見られた「コロナ禍における魅力あるテレワーク空間」「災害復興リノベでさらなる価値ある場所に」などの事例のように、リノベーション・オブ・ザ・イヤーは基本的に時代性を宿す作品が選ばれる傾向が強いアワードです。しかし、今回はそうしたトピック的な内容ではなく、リノベーションのもつ本質的な力によって住宅性能や居住快適性などを高いレベルで向上させ、魅力ある空間をつくり出した事例が10周年の記念すべき作品となりました。

●総合グランプリ
[総二階だった家(平屋)] 株式会社モリタ装芸

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

外観、内装ともに大きく変えたものの、古い梁や柱を意匠として残すことで愛着のある実家の思い出を留めています(写真提供/株式会社モリタ装芸)

外観、内装ともに大きく変えたものの、古い梁や柱を意匠として残すことで愛着のある実家の思い出を留めています(写真提供/株式会社モリタ装芸)

総合グランプリに輝いた[総二階だった家(平屋)]は、リノベの原点回帰を具現化した作品であり、リノベの力をフルに発揮した点が高く評価されました。

まずインスペクションと耐震診断で改修すべき箇所を明確化させ、建て替えとリノベーションの両面で検討。床面積72坪という総二階(1、2階が同面積の家)を、達磨落としのように半分の36坪の平家に減築。減築に加えさらなる軽量化と耐震改修により耐震等級1相当を確保。断熱性能はZEH基準を上回る値を達成。これらの性能向上により長期優良住宅認定の補助金も得ています。間取りを全面的に変えて、開放感ある空間や暮らしやすい生活動線などを実現させました。

近年、新築戸建てで平家の着工件数が年々増加傾向(ここ10年で約2倍に増加。2021年の統計では約13%が平家/国土交通省)にありますが、この作品のように2階建てを平家に変えるリノベーションは今後の一つの流れになる可能性も伺えます。

古い建物を住み継いでいく場合、性能はどの程度向上できるのか、暮らしやすさは得られるのかなど、住む者の誰もが不安に感じるものです。施主の「空き家となっていた築47年の実家を残せるなら残したい。しかし、大きな古い家は地震時に不安。建て替えではなくリノベを選択する場合の安心材料が欲しい」という気持ちに寄り添って話し合いを重ねることで、つくり手側は一つひとつの不安を明確に解消していったそうです。

古い家を建て替えるのではなく、手を入れて住み継いでいくという価値観を改めて示した好事例となりました。

【注目point2】連鎖する「街の再編集」で人と人、人と街をつなぐ

通り過ぎるだけだった無機質な場所を、人々が集いつながる有機的な場所に変える「街の再編集リノベーション」は、今回も注目されました。過去にリノベーションで生み出した、人が集まる場所との連携を図っている点も大きな特徴で、リノベの連鎖がどんどん広がることで、街を変えていく大きな力を感じさせます。

●無差別級部門最優秀賞
[駅前ロータリーを歩行者の手に取り戻せ - 『ざまにわ』] 株式会社ブルースタジオ

(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

神奈川県座間市、座間駅東口ロータリーを、人々が集う「庭」として劇的に再編集。駅前にあった駐輪場を移動させて、空いた場所を緑に囲まれた芝生広場に(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

神奈川県座間市、座間駅東口ロータリーを、人々が集う「庭」として劇的に再編集。駅前にあった駐輪場を移動させて、空いた場所を緑に囲まれた芝生広場に(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

[駅前ロータリーを歩行者の手に取り戻せ - 『ざまにわ』]は、駅に隣接し街の人々に開かれた「ホシノタニ団地(神奈川県座間市)」(リノベーション・オブ・ザ・イヤー2015総合グランプリ作品)のコンセプト「子どもたちの駅前ひろば」を踏襲したプロジェクトで、駅前に芝生が広がる心地よい場所を生み出しています。駅前とホシノタニ団地が歩行者のための場所としてつながったことで、さらなる街の活性化の要因ともなっているようです。リノベーションで街の再編集が続いていくことを期待させる点も高く評価されました。

●まちのクリエイティブ・リノベーション賞
[納屋と団地、小さなまちの職住一体のカタチ] 株式会社フロッグハウス

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

道路側の壁をガラス張りにしたことで、通りすがりの人が気軽に入れる雰囲気になりました(画像提供/株式会社フロッグハウス)

道路側の壁をガラス張りにしたことで、通りすがりの人が気軽に入れる雰囲気になりました(画像提供/株式会社フロッグハウス)

[納屋と団地、小さなまちの職住一体のカタチ]は、使わなくなった築60年の納屋を人が集えるスペースに変えたリノベ作品。10年前、施主が所有する団地1棟をリノベして職住一体型のクリエイティブ拠点としましたが、そのクリエイターたちの発信場所の第二弾として街に開かれた場所に。花屋、書道教室、菓子販売、写真撮影、演奏会などを行い、兵庫県播磨町の街に活気をもたらしています。

【注目point3】「ご機嫌に暮らしたい」を叶える。建築が人を幸せに

近年、リノベーションは特別なものではなく一般化してきています。中古リノベだけではなく、新築の家を購入してすぐにリノベーションで空間をカスタマイズするといった人もいるほどです。住み手側の熱意やリノベについての知識はどんどん深まり、「こんな暮らしをしたい」「家はこんな空間であってほしい」といった施主の家に対する思いの深さや多様な要望に応じて、リノベ会社はさまざまな工夫を凝らしています。

●1000万円未満部門最優秀賞
[5羽+1人で都心に住まう] 株式会社NENGO

(写真提供/株式会社NENGO)

(写真提供/株式会社NENGO)

鳥が美しく映える壁色。鳥の健康状態や飛行状態の確認にも役立ちます。自由に付け替えられる止まり木やバードアスレチックの配置も綿密に考えられました(写真提供/株式会社NENGO)

鳥が美しく映える壁色。鳥の健康状態や飛行状態の確認にも役立ちます。自由に付け替えられる止まり木やバードアスレチックの配置も綿密に考えられました(写真提供/株式会社NENGO)

[5羽+1人で都心に住まう]は、インコなど5羽の鳥と暮らす「鳥ファースト」が徹底された家。鳥が快適に飛び回れるように間仕切り壁をなくし、化学薬品や金属の建材は一切用いず、脂粉や埃の舞い上がらないカーペットを採用するなど、愛情にあふれる仕様に。ペットの快適さをとことん追求した家=人も幸せでいられる家であることを明確に示した点が評価されました。

●マーケティング・リノベーション賞
[まちなかロッヂ] 有限会社ひまわり

(写真提供/有限会社ひまわり)

(写真提供/有限会社ひまわり)

山小屋風の内装に一新され、気分は山暮らし!(写真提供/有限会社ひまわり)

山小屋風の内装に一新され、気分は山暮らし!(写真提供/有限会社ひまわり)

[まちなかロッヂ]は、築39年の公団住宅、エレベーターなしの5階部分という一室を、アウトドア好きの人が好む室内に変えた再販(※)リノベ作品。エレベーターなしという大きなマイナスポイントを逆手に取り、「勝手に足腰強化!カロリー消費!自然とダイエットでジムいらず!」というプラス要素へとポジティブ変換しています。
※再販/中古住宅を事業者が買い取り、リノベーションなどを施したのち、再販売する形態

●新築リノベーション賞
[7°の非破壊リノベーション] 株式会社ブルースタジオ

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

家具配置が難しい幅狭で奥行きのあるLDK。既存キッチンを撤去し、造作キッチンや小上がりを設けて、自分たちらしくカスタマイズ(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

家具配置が難しい幅狭で奥行きのあるLDK。既存キッチンを撤去し、造作キッチンや小上がりを設けて、自分たちらしくカスタマイズ(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

[7°の非破壊リノベーション]は、リノベーションで新築の建売住宅のLDKを改善した作品。新築をそのまま使うのではなく、「より暮らしやすく、より自分たちらしく」を実現。既存建物に自分たちを合わせるのではなく、自分たちを基準に、一部分だけでも建物をつくり替えている点がポイントです。

●3次元空間活用リノベーション賞
[Summer Camp House 子供達の「自分で」を育てる家] リノベる株式会社

(写真提供/リノベる株式会社)

(写真提供/リノベる株式会社)

遊びながら体を鍛えられるアスレチック、勉強机を造作したロフト下空間など、キッチンから見守れる場所に3人の子どもたちのためのスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

遊びながら体を鍛えられるアスレチック、勉強机を造作したロフト下空間など、キッチンから見守れる場所に3人の子どもたちのためのスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

[Summer Camp House 子供達の「自分で」を育てる家]は、「サマーキャンプのような子どもだけで自由に過ごせる空間」という施主の希望を叶えた作品。マンションのLDKの空間を立体的に活用してロフトやアスレチック壁を設け、床面積を広げることで子どもの活動領域を最大限に広げています。

まだある注目リノベーション事例
建物のポテンシャルを最大限活かしきった作品

活かされていなかった既存建物のもつポテンシャルやメリットを、高次元に発揮したリノベ作品にも注目しました。

●1000万円以上部門最優秀賞
[Ring on the Green 風と光が抜ける緑に囲まれた家] 株式会社ルーヴィス

(写真提供/株式会社ルーヴィス)

(写真提供/株式会社ルーヴィス)

中央に設けたオープンキッチンをぐるりと囲む角丸スクエアの照明の造形美が目を引くLDK(写真提供/株式会社ルーヴィス)

中央に設けたオープンキッチンをぐるりと囲む角丸スクエアの照明の造形美が目を引くLDK(写真提供/株式会社ルーヴィス)

[Ring on the Green 風と光が抜ける緑に囲まれた家]は、過去最多のエントリー数で、オブ・ザ・イヤー史上もっとも激戦となった1000万円部門を制した作品。3方向に8つの窓があるというメリットを最大限に活かすため、細かく仕切られていた3LDKを90平米のワンルームに変え、引き戸で2LDKにもできる仕様に。自然光を豊富に入れ、風の道をつくり出しています。開口部のデメリットである断熱性能や遮音性能はインナーサッシで対策し、外からの視線はグリーンとブラインドでゆるやかに遮断。大胆な間取り変更とデザインの完成度にも高い評価が集まりました。
(関連記事:「付加価値リノベ」という戦略。建築家が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も)

名建築を今に合わせて再生した作品

歴史的価値の高い名建築、時代の名残を感じさせる建物を再生させた住宅遺産ともいうべき作品も受賞しています。

●ヘリテージ・リノベーション賞
[津田山の家-浜口ミホの意匠を住み継ぐ]株式会社NENGO

(写真提供/株式会社NENGO)

(写真提供/株式会社NENGO)

モダニズム住宅の直線的な美しさを宿す築57年の家。タイルメーカーの協力のもと、タイルの欠損した箇所も再現(写真提供/株式会社NENGO)

モダニズム住宅の直線的な美しさを宿す築57年の家。タイルメーカーの協力のもと、タイルの欠損した箇所も再現(写真提供/株式会社NENGO)

[津田山の家-浜口ミホの意匠を住み継ぐ]は、ダイニングキッチンの生みの親といわれる建築家・浜口ミホ氏が設計した現存する唯一の建物。遺された意匠を尊重し、耐震、断熱改修などの性能を高めて暮らしやすくしています。

●ヘリテージ・リノベーション賞
[時空を旅する洋館]株式会社河原工房

(写真提供/株式会社河原工房)

(写真提供/株式会社河原工房)

著しく老朽化していた築102年の家が鮮やかに蘇りました。柱、梁、建具、瓦は再利用しつつ、和洋折衷だった内装をヨーロピアンスタイルに(写真提供/株式会社河原工房)

著しく老朽化していた築102年の家が鮮やかに蘇りました。柱、梁、建具、瓦は再利用しつつ、和洋折衷だった内装をヨーロピアンスタイルに(写真提供/株式会社河原工房)

[時空を旅する洋館]は、大正時代にアメリカから東京へ輸入された建物を神戸の郊外へ移築するという壮大なプロジェクト。「歴史ある洋館でセカンドライフを送りたい」という施主の情熱と時空を超えたロマンの詰まったハーフティンバー様式の家です。移築+リノベーションが価値ある建物を継承するための有効な手法であることを示した好事例だと感じました。

●ローカルレガシー・リノベーション賞
[Mid-Century House | 消えゆく沖縄外人住宅の再生] 株式会社アートアンドクラフト

(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

60年代に建築された家にミッドセンチュリーの名作家具が似合います。内装はシンプルに仕上げて工事費のバランスをとっています(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

60年代に建築された家にミッドセンチュリーの名作家具が似合います。内装はシンプルに仕上げて工事費のバランスをとっています(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

[Mid-Century House | 消えゆく沖縄外人住宅の再生]は、1970年代に民間に開放された在日米軍のアメリカンスタイルの住宅を再生した事例。長らく空き家となっていましたが、50年先まで通用する家を目指し、古い設備を一新。沖縄に残る近代建築を文化遺産として継承していく試みが評価されました。

大胆な表現手法で個性的空間を完成させた作品

既存の概念に囚われない自由な発想で行われたリノベーションにも注目です。

●「コト」のデザインリノベーション賞
[コトなるカタチ] 株式会社ブルースタジオ

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

普通のマンションにはない心が浮きたつような楽しいデザインだから、暮らしを心豊かなものに変えてくれます(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

普通のマンションにはない心が浮きたつような楽しいデザインだから、暮らしを心豊かなものに変えてくれます(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

[コトなるカタチ]は、間取りを変えず、ディテールを大胆に変更することで、「家の中でいろいろなアクティビティを体験でき、家族で暮らしを楽しめるコト」という施主の希望を叶えたリノベ作品。セミクローズドのキッチンをY型デザインに変えてオープンキッチンに。向かい合う主寝室と子ども部屋のドアを大きなアーチ開口へ変えることで、間の廊下も含めた広々レッスンスペースに。家族が一緒に料理を楽しんだり、ダンスレッスンをしたりと、楽しみの幅を広げています。

●500万円未満部門最優秀賞
[inherit from TAISHO ~古民家×アンティーク~] フクダハウジング株式会社

(写真提供/フクダハウジング株式会社)

(写真提供/フクダハウジング株式会社)

長い年月を感じさせる古材にオレンジとブルーグレーを合わせた内装が新鮮(写真提供/フクダハウジング株式会社)

長い年月を感じさせる古材にオレンジとブルーグレーを合わせた内装が新鮮(写真提供/フクダハウジング株式会社)

[inherit from TAISHO ~古民家×アンティーク~]は、アンティークやミッドセンチュリーが好きな施主のこだわり空間。大正3年(1914年)築という100年超の古民家の土台補強と断熱改修を施し、LDKを大胆な色使いとステンレスキッチンという異素材使いによりリノベーション。伝統的意匠性をそのまま引き継ぐという古民家リノベが一般的な中、古民家×ミッドセンチュリー、古民家×モダンという独特の世界観ある作品となっています。

●テキスタイル・リノベーション賞
[テキスタイルの可能性。]株式会社sumarch

(写真提供/株式会社sumarch)

(写真提供/株式会社sumarch)

布の描く柔らかい表情と白と生成の色合いが、優しい雰囲気を醸成(写真提供/株式会社sumarch)

布の描く柔らかい表情と白と生成の色合いが、優しい雰囲気を醸成(写真提供/株式会社sumarch)

[テキスタイルの可能性。]は、布で空間の雰囲気をガラリと変えるという、ありそうでなかった発想のリノベ作品。天井を薄手の布で覆うことで、布で拡散された柔らかな光が包み込む空間を生み出しています。鉄板を埋め込んだ壁にマグネットで固定する手法なので、取り外しが簡単。部屋の間仕切りや収納も同系色の布を用いているので、部屋をスッキリ見せています。

ほかにも素晴らしい作品が特別賞を受賞。リノベーション協議会のサイトでチェックしてみてください。
●まちの余白リノベーション賞
[間隙から生活と遊びの間/LifeShareSpace~noma~] 株式会社ネクスト名和
●フェミニン・リノベーション賞
[世界を旅するネイリスト~海外の開放感と自然の光が広がる空間~] 株式会社bELI
●アップサイクル・リノベーション賞
[風景のカケラ、再編集 「PAAK STOCK」] paak design株式会社
●ローカルグッド・リノベーション賞
[「くるみ食堂」新しい夕張の未来をつくりたい。]株式会社スロウル

「ごきげんな暮らし」をリノベの創意工夫が叶える

2022年は世界情勢不安や円安などによる物価上昇が暮らしを直撃し、現在もその状況下にあります。リノベーション業界でも、原材料費の高騰等で難しい局面を迎えています。

人の暮らしは人の数だけ異なり、希望するリノベ内容も建物の状態も千差万別。一つひとつのリノベ事例は特注品であり、それぞれに応じた工夫が必要です。建材価格が上昇している状況では施主の予算に対して何にコストをかけ、どこをどう削ればいいのか取捨選択も必要となってくるでしょう。

そうした逆境下にありがながら、今回のリノベーション・オブ・ザ・イヤーでは、人の暮らしを快適で幸せなものに変えるリノベ作品が数多く登場しました。受賞作品それぞれの経緯からは、施主の情熱や思いとそれを叶えようとするリノベ会社の創意工夫が読み取れます。

施主と時間をかけて対話を重ねて不安を払拭し、リノベの創意工夫で「ごきげんな暮らし」を実現させるーーそんな各リノベ会社の姿勢に、「リノベーション」「建築」「ものづくり」がもつ大きな力を見ることができました。

コロナ禍や物価高など不安定な状況にあるからこそ、人々はごきげんな毎日を送りたいと願っています。人を幸せにしてくれるリノベーション作品に次回も出合えることを楽しみにしています。

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2023年も素敵な作品を期待しています(写真/SUUMOジャーナル編集部)

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2023年も素敵な作品を期待しています(写真/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022」

パリ郊外の元工場を自宅へ改装。グラフィックデザイナーが暮らすロフト風一軒家 パリの暮らしとインテリア[16]

パリ東側の郊外の街モントルイユは、アーティストに人気の住宅街です。家賃の高さや住まいの狭さに辟易したパリ在住アーティストたちが、広い住空間を求め、10年ほど前から移り住むようになりました。街を歩いていると、歩道に無造作に置かれた古本の段ボールや(「どうぞご自由に」というメモ付き!)、特徴的な色使いの外壁などから、クリエイティブな人たちが暮らすエリアであることがわかります。グラフィックデザイナーのギレーヌ・モワさんも、パリから移住してきたアーティストの1人。庭のあるロフト風の一軒家には、自由な空気が流れていました。

広さと緑を求め、思い切って郊外へ

「2009年にここに引越してくる前は、パリ13区に住んでいました。フランソワ・ミッテラン国立図書館のすぐそばにある古い広いアパルトマンで、かなり老朽はしていましたが、家族全員がとても気に入っていた住まいでした。ところがオーナーの希望で出てゆかねばならなくなり、ならいっそ賃貸から持ち家に変えようということになって」

最近夢中になっている陶芸作品を手にするギレーヌさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

最近夢中になっている陶芸作品を手にするギレーヌさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさんはイラストレーターとしても活動している(画像提供/ギレーヌさん)

ギレーヌさんはイラストレーターとしても活動している(画像提供/ギレーヌさん)

自然光がたっぷりと差し込む広々としたリビングで、引越しのいきさつを話してくれたギレーヌさん。室内はグリーンがいっぱい、一面ガラス張りで覆われた庭側の壁面から入る風景と相まって、屋内でもあり屋外でもあるような、不思議な開放感のある空間です。ここに暮らしたら、きっと誰だってストレスから解放されることでしょう。

リビングはグリーンが緩やかな仕切りの役割を果たしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングはグリーンが緩やかな仕切りの役割を果たしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

愛猫フィフィ。猫は3匹います(写真撮影/Manabu Matsunaga)

愛猫フィフィ。猫は3匹います(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「賃貸暮らしをやめて物件を購入すると決めた時、優先したのは何よりも広さでした。それまで暮らしていた13区のアパートが広かったので、それより狭くなることは論外だったのです。でも、パリの広い物件はどこも非常に高額。そこで郊外、となるわけですが、モントルイユにはメトロが通っているところが決め手になりました。パリ暮らしをしていた私たち家族にとって、メトロは不可欠なのです」

不動産屋を介し訪問したこの物件は、元工場だったという建築物。以前のオーナーが住居に改装した、ロフト風の一軒家でした。ギレーヌさんとパートナーは訪問するとすぐにこの物件が気に入り、即決したといいます。庭もあり、しかも庭の向こうは空き地で、日光を遮る建物はなく、空き地の緑の借景と静寂が約束されている……信じられない好物件! 

夏場は窓を全開に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

夏場は窓を全開に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭はバーベキューやアペリチフ(食前酒)を楽しむスペースとして大活躍(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭はバーベキューやアペリチフ(食前酒)を楽しむスペースとして大活躍(写真撮影/Manabu Matsunaga)

しかし元工場のロフト風一軒家は、住まいとしては好き嫌いがはっきりと分かれるところ。個性的で面白いと感じる人もいれば、風変わりすぎていてどう住んでいいいのかわからないと思う人もいるはず。ギレーヌさんのようなクリエイティブな人は当然前者で、レイアウトデザイナーである彼女のパートナーもまた前者です。2人にとっては個性的で面白い物件ですが、普通の家の間取りではありません。その特殊さを把握していただくために、玄関からぐるりとご案内させてください。

1階と2階、合わせて約250平米のたっぷり空間

まず、玄関前に立った時点から、ここが住まいの入り口のドアだとはあまり思えない外観をしています。例えるなら、オフィスの入り口のような? 大きなアルミサッシのガラス張りのドアがあり、ガラスの内側が暗い色のカーテンで目隠しされています。家の中が見えないので、プライバシーは守られているとはいえ、いわゆる「家」という雰囲気ではありません。
そのドアを押して玄関の内側に入り、先へ進むと、ブルーにペイントした壁一面がワインの木箱を転用した本棚で覆われています。この壁の裏手がシャワールーム、向かい側はテレビルーム。

ワイン箱を積み重ねて本棚に。ワイン箱は壁に固定していない。中に置いたものの重さだけでバランスを保っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ワイン箱を積み重ねて本棚に。ワイン箱は壁に固定していない。中に置いたものの重さだけでバランスを保っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓のない一室をテレビルームに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓のない一室をテレビルームに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フランスの住まいでは、テレビはリビングの主役にならないことがほとんどです。狭いアパート暮らしの場合は別ですが、テレビ専用の部屋を確保している家は少なくありません。または、テレビをリビングに置かず、寝室に置く人も多いです。

本棚で覆われた廊下の先が、長い長方形のロフト空間。右手がアイランドキッチンで、左手がギレーヌさんのアトリエ、その先が広いリビング。それぞれのコーナーが壁で仕切られることなく、家具の配置とグリーンで緩やかに仕切られています。
アイランドキッチンは、購入時にはすでに存在していました。ただし、以前のオーナーはここをバーカウンターのように使っていたそうです。ギレーヌさんは植物をたっぷり置いて目隠しをし、キッチンとリビングの区切りをつけています。もちろんあくまでも緩やかに、流動的な仕切り方で。

そんな緩やかな仕切りのあるゆったり空間を歩いていると、あちこちに一休みスペースやディスプレーコーナーが隠れていて、なんとも面白いのです。

目の前に広がるロフト空間、右手がキッチン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

目の前に広がるロフト空間、右手がキッチン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

廊下からキッチンに入る空間の、くつろぎの演出。本とグリーンに囲まれた隠れ家のようになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

廊下からキッチンに入る空間の、くつろぎの演出。本とグリーンに囲まれた隠れ家のようになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンはアイランドタイプ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンはアイランドタイプ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

以前はカウンターとして使われていたアイランドキッチン。あえてグリーンをたくさん置き、独立させた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

以前はカウンターとして使われていたアイランドキッチン。あえてグリーンをたくさん置き、独立させた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アイランドキッチンの内側からは抜け感のいい室内の風景が見渡せる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アイランドキッチンの内側からは抜け感のいい室内の風景が見渡せる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「2階建てのこの建物の総面積は、だいたい250平米でしょうか。ここに引越してきたばかりのころは、夫と一人息子と私の3人で暮らしていました。でもすぐに息子は大学生になって、一人暮らしを始めて。以来ずっと夫婦2人だけで住んでいます。はい、2人暮らしでこの広さですよ。家は私の仕事場でもあり、1日のほとんどをここで過ごしていますから、ここで私が快適かどうかはとても重要なことなです」

2階にはギレーヌさん専用の仕事場と、パートナーの仕事場、夫妻の寝室、息子の寝室があります。ギレーヌさんの仕事場はバルコニー付きで、集中力を要する仕事の合間にふと一息つくのに好都合なのだそう。本当に、この開放感、自然を身近に感じられる環境は、ギレーヌさんにとって何にも変えがたいものなのでした。

ギレーヌさんのアトリエコーナー。ここでイメージを膨らませて、実際の作業は2階の仕事場で行う(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさんのアトリエコーナー。ここでイメージを膨らませて、実際の作業は2階の仕事場で行う(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アトリエコーナーの上に、ギレーヌさんの仕事場がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アトリエコーナーの上に、ギレーヌさんの仕事場がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2階にあるギレーヌさんの仕事場。ここにもグリーンが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2階にあるギレーヌさんの仕事場。ここにもグリーンが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングには薪ストーブが。リビングの大テーブルコーナーの向こうに、ギレーヌさんのアトリエコーナーがある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングには薪ストーブが。リビングの大テーブルコーナーの向こうに、ギレーヌさんのアトリエコーナーがある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

だだっ広い長方形の空間。実は演出が難しい?

広さ、明るさ、そして窓の外の緑。これだけ広い住まいなら、いくらでも工夫して楽しく暮らせそうです。が、意外にも、縦に長いロフト空間は、暮らしやすいレイアウトづくりが難しいとギレーヌさんは打ち明けてくれました。では、どのように克服しているのでしょうか?

リビング側から見たソファのコーナーと、その後ろ側にあるキッチン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビング側から見たソファのコーナーと、その後ろ側にあるキッチン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「各コーナーを魅力的に演出する小道具として、グリーンを使っています。もともとグリーンが好きなこともありますが、ただ単に家具の配置でコーナー分けをするよりもいい雰囲気になりますし、かといってつい立てなどとは違い空間の流動性が失われません」

仕切りのようでいて向こうが見える、グリーンならではの特徴を活用しているわけです。そのグリーンの数の多さにびっくりしますが、買ったものは1つしかないのだそう。わけ技をして増やしたり、路上に捨てられていたものを拾ってきたりしてこれだけの数になったと言います。
「みんな枯れたと思って捨てるのでしょうけれど、案外こうして蘇生できるものなのです」

グリーンと好相性のヴィンテージ家具は、パートナーの収集品です。
「パリ13区に住んでいたころ、すぐお隣にチャリティーショップがあって、彼はほとんど毎日そこへ行っていました。古いもの探しが趣味なのです。蚤の市やフリーマーケットにもちょくちょく出かけていますし、グリーンのように拾って来たものもありますよ。今はヴィンテージが流行っていますが、20年前はそうではなくて、古いものは単純に中古品としてとても安く買えました。広い家に住んでいると、そうやって集めたものを置いておく場所があります。そして集まったものたちは、自然と自分の居場所を見つけて、こうして調和しています」

薪ストーブのすぐそばに大テーブルコーナーが。冬は揺れる炎を見て楽しみ、夏は壁面全体を覆う窓を開け放ち開放感を享受(写真撮影/Manabu Matsunaga)

薪ストーブのすぐそばに大テーブルコーナーが。冬は揺れる炎を見て楽しみ、夏は壁面全体を覆う窓を開け放ち開放感を享受(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「これを買って家のあそこに置こう!」とか、「家のここに置くこんな家具があるといいな」と考えながら買いものをしないのが古いもの探しの極意、とよくいわれますが、ギレーヌさんの住まいを見ていると、どうも実際にそのようです。なんと、家具や食器類は、新しいものを買うことがほとんどないのだそう。とはいえ、ものとの一期一会だけで、うまい具合に必要なものが見つかるのでしょうか?

「不思議なものでこうやって常に古いもの探しをしていると、『サイドテーブルが欲しいな』と思って外に出ると、パッと出合ったりするものです。信じられませんか? でも本当にそうなのですよ! それから、あまりいろいろなものを必要としないことも重要なのかもしれませんね。あるものでやりくりすれば、案外なんとかなるものです」

ものとのグッドタイミングな出合いの話には驚きますが、広い空間と、好きになって連れてきた古いものたちさえあればなんとかなる、というスタンスは、実際うまくいく組み合わせのかもしれません。自分たちは古いもの探しが趣味だから、それらを気兼ねなく置いておける広い住まいが必要。そうはっきりとわかっていて、優先順位の一番高いところが満たされさえしていれば、あとはおおらかに、うまく対応できるような気がします。

気に入って集めたものたちは、暮らしに活かせてなんぼ!ホウロウのキッチンツールを壁にかけて飾る収納。もちろん、料理に使います(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ホウロウのキッチンツールを壁にかけて飾る収納。もちろん、料理に使います(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさん宅にもたくさんのものがありますが、家の中を見渡すと、それぞれのものが必ずなんらかの役割を果たしていることがわかります。先ほどギレーヌさんが「集まったものたちは、自然と自分の居場所を見つけて調和しています」と話してくれた、まさにそのとおり。椅子や棚がそれ専用の用途に使われているのは当然ですが、ホウロウの古いキッチンツールも飾りではなく日々の料理に使われ、未使用のクッキングストーブはコンソールテーブルになっている、といった具合です。
さらに、ギレーヌさんが散歩中に拾ってきた木の実や枝も、ディスプレーのオブジェになっていました。こういう何気ないものが素敵に映えるのは、やっぱり空間の広さがあってこそという気がします。

蚤の市で買ったグラス類に、散歩中に拾った木の実や、猫をブラッシングした時に出る毛を集めてつくった毛玉を入れて。こちらも飾りをかねた収納(写真撮影/Manabu Matsunaga)

蚤の市で買ったグラス類に、散歩中に拾った木の実や、猫をブラッシングした時に出る毛を集めてつくった毛玉を入れて。こちらも飾りをかねた収納(写真撮影/Manabu Matsunaga)

今ではヴィンテージとしてもてはやされている家具も、20年前はチャリティーショップで激安価格だった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

今ではヴィンテージとしてもてはやされている家具も、20年前はチャリティーショップで激安価格だった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

クッキングストーブはコンソールテーブルとして飾る収納に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

クッキングストーブはコンソールテーブルとして飾る収納に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさんが最近夢中になっている陶芸。食器やオブジェを手づくりして楽しんでいる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさんが最近夢中になっている陶芸。食器やオブジェを手づくりして楽しんでいる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分の作品をディスプレイできるのも、広い空間があればこそ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分の作品をディスプレイできるのも、広い空間があればこそ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

この家のために買った2つの新品。その正体は?

中古品の使い込んだ風合と、たっぷり配されたグリーン。それが調和した居心地のいいロフト。そんなギレーヌさん宅にも、この家のために新調したものが2つだけあるといいます。それはなんでしょうか?

「鮮やかな黄色のカーテンと、テーブルコーナーの薪ストーブです。どちらも、この家のためにオーダーしました。カーテンの色を決めるときに、ナチュラルな生成りにするか、目の覚めるような黄色にするか、とても悩みましたが、黄色にしてよかったです。冬場の日が短い季節でも、このカーテンを引けばすぐに空間が明るくなりますから。麻の風合いも気に入っています。薪ストーブは家全体を暖めてくれますし、揺れる炎を見るのも好き。火の周りには人が集まりますよね。とても重要なアイテムです」

面積が多い分、大胆な色を選んで大正解だったカーテン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

面積が多い分、大胆な色を選んで大正解だったカーテン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

新調した薪ストーブ。これと床暖房で冬は万全(写真撮影/Manabu Matsunaga)

新調した薪ストーブ。これと床暖房で冬は万全(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭には薪ストーブ用の薪のストックが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭には薪ストーブ用の薪のストックが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分自身の居心地の良さを追求してつくったギレーヌさんの住まいは、まるでギレーヌさんその人のように、飾らず、自由。とても魅力的でした!

ギレーヌさんお気に入りのショップIna Luk。個性あふれるクリエイターのグッズを販売(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさんお気に入りのショップIna Luk。個性あふれるクリエイターのグッズを販売(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お隣の街、ヴァンセンヌの本屋さんMille Pages (写真撮影/Manabu Matsunaga)

お隣の街、ヴァンセンヌの本屋さんMille Pages (写真撮影/Manabu Matsunaga)

(文/Keiko Sumino-Leblanc)

●取材協力
ギレーヌ・モワさん(グラフィックデザイナー)
インスタグラム

●関連サイト
Ina Luk
Mille Pages

駅遠&崩壊寸前の空き家6棟を兄妹3人の力で「セレクト横丁」にリノベ! 地元のいいものそろえ、絆も再生 「Rocco」埼玉県宮代町

地方都市や都市郊外で、古い平屋の一戸建てが並んでいるのを見かけたことはありませんか。築年数が経過しているうえに空き家だったりすると、なんとなく不気味な存在、なんて感じたことがある人もいるかもしれません。ところが、その建物の特性を見事に活かしてリノベーションし、地元ならではの「セレクト横丁」にした家族がいます。埼玉県宮代町に「ROCCO」を誕生させた、長年続く建設会社とその家族、出店した地元のみなさんに取材しました。

きっかけは父の病。建築、設計、デザインに携わる3人の子どもたちが地元に集う

高度経済成長期、日本のあちらこちらで、大量に木造賃貸住宅が建設されました。築50年、60年となった建物たちは、今のライフスタイルに合わずに借り手がつかず、放置され空き家となっていることも少なくありません。このまま放置が続けば、倒壊や害虫・害獣の住処になる可能性が出てくるなど、地域にとってはリスクにもなってしまうことも。そんな、日本のあちらこちらにある建物を、地域ならではの“セレクト”横丁として再生させたのが、埼玉県宮代町の「ROCCO」です。

今回取材した「Rocco」のリノベーション前の姿(左)。1970年の2Kの平屋は、全国各地で多数建築されました(写真提供/ROCCO)

今回取材した「Rocco」のリノベーション前の姿(左)。1970年の2Kの平屋は、全国各地で多数建築されました(写真提供/ROCCO)

平屋を“セレクト横丁”として生まれ変わらせた「ROCCO」。「なんということでしょう!」という声が聞こえてきそう。衝撃のビフォアアフターです(写真撮影/栗原論)

平屋を“セレクト横丁”として生まれ変わらせた「ROCCO」。「なんということでしょう!」という声が聞こえてきそう。衝撃のビフォアアフターです(写真撮影/栗原論)

リノベーションを手掛けたのは、埼玉県宮代町にある建設会社、中村建設の中村家の3きょうだいです。長男が会社を継ぎ、次男は都内で設計事務所を共同設立、長女はグラフィックデザイナーとしてそれぞれ活躍しています。

中村建設の中村家の3きょうだい。建設と建築、デザイン。それぞれの道に進みました(写真提供/ROCCO)

中村建設の中村家の3きょうだい。建設と建築、デザイン。それぞれの道に進みました(写真提供/ROCCO)

「はじまりは、ほんとに雑談だった」と振り返るのは、次男で一級建築士でもある中村和基さん。「飲みながら、あそこにお店があったらいいのに、って話したのがはじまりだったんです」と話すのは、末っ子の妹の中村幸絵さん。長男は父から会社を継ぎ、宮代町で暮らしていましたが、当時、2人は都内で暮らしていました。(次男は現在宮代町在住)

会話もきょうだいならではの気軽さ。大人になってからも仲の良い家族っていいですよね(写真撮影/栗原論)

会話もきょうだいならではの気軽さ。大人になってからも仲の良い家族っていいですよね(写真撮影/栗原論)

「父は地域に代々続く建設会社を営んでいました。今は長男が経営を継いでいます。2019年、その父が大病を患っていることがわかり、家族が交代で看病や介護をして支えようと、久しぶりに地元の宮代町に帰ってきたんですね。スーパーに買い物に来たら、平屋の空き家が並んでいるのが目について。『あの空き家、コピペ(コピー&ペースト)したみたいで(同じデザインの外観が並んでいる様子が)かわいいよね』『地元で気軽に寄れる場所やちょっとお酒を飲める場所がほしい、あそこは手を加えたらちょうどいいのでは?』と話していたんです」と幸絵さん。ちょうどコロナが流行りはじめ、リモートワークができるようになり、たびたびこの建物の話題があがっていたといいます。

周辺にはスーパーやドラッグストアがあるが、空き家だったころは周囲も暗い雰囲気だったそう。平屋は放置された状態が続いていた(写真撮影/栗原論)

周辺にはスーパーやドラッグストアがあるが、空き家だったころは周囲も暗い雰囲気だったそう。平屋は放置された状態が続いていた(写真撮影/栗原論)

「そんなある日、突然、長男が『あの建物の所有者と話してきた』と言うんです。実は、もともと建物の建築を請け負ったのが祖父の代だったということがわかり、売却してもいいよと言ってくださったんです。(書類を取り出して)これが建築当時の昭和45年の書類です。築52年、1戸当たり10坪の2K。戦後によくある建物だったんですね」と和基さん。

空き家問題でよく聞くのが、「大家さんは家賃収入があってもなくても生活には困らないので、知らない人には売ったり貸したりしたくない」という意向です。そのため、宙ぶらりんになってしまうことも多いのですが、このROCCOの場合、大家さんが地元企業の先代、先々代からの付き合いがあるということもあり、建物と土地を快く売却してもらえたそう。

契約書を見せてもらいながら、お話を聞かせてくれるお二人(写真撮影/栗原論)

契約書を見せてもらいながら、お話を聞かせてくれるお二人(写真撮影/栗原論)

春日部市、杉戸町、宮代町、地域に眠っている才能を掘り起こす

そうして土地と建物を売却してもらったものの、長年、空き家になっていたためか、建物はボロボロ。特にお風呂やトイレの状態は悪く、耐震性や断熱性など、現在の建築基準を満たすものではなかったといいます。

空き家になっていたためか、建物のあちこちが傷んでいたそう(写真提供/ROCCO)

空き家になっていたためか、建物のあちこちが傷んでいたそう(写真提供/ROCCO)

「かけられる費用のバランスをみながら、大規模リノベをしました。私が建築図面を引いて、妹がサイン等のデザインをして、現場の職人さんたちが作るというような流れで、距離感が近くて、判断が早いんですね。そのあたりのスピード感が内部でできる強みだと感じた」と和基さん。

とにかくこだわったのは、外観。清潔感があり、どんな業種の店舗が出店してもらっても馴染むだろうということから、白を基調にしました。
「完成してから気がついたんですが、白と青空ってすごく『映える』んですね。宮代町の大きな空とあっていて、みなさん写真を撮っていかれます」(幸絵さん)

建物は白を基調に。木材をふんだんに使い、やさしい印象に仕上げています(写真撮影/栗原論)

建物は白を基調に。木材をふんだんに使い、やさしい印象に仕上げています(写真撮影/栗原論)

「建物のリノベーション、契約などと同時進行で、出店してもらうテナント探しをはじめました」と和基さん。注力したのは、テナントもできるだけ「地元の人」「地元のモノ」「長く続けてもらう」ということ。

「東京で仕事をしてきて、家族の病気やコロナもあって、宮代町で過ごすようになって、その良さがわかった点は大きいですね。仕事柄、東京の飲食店ともつながりがあり、お願いすれば出店してもらうことは可能なんでしょうが、知名度・ブランド力のある店舗に出店してもらうのではなくて、地元でがんばっている人で作る、地元に愛される場所にしたかったんです」といいます。

そのため、隣の杉戸町の「わたしたちの3万円ビジネス」を手掛けるchoinacaさんに出向き、起業を希望する人たちがいるのか、どうすれば盛り上がる場作りができるかを相談したそうです。

「地域で起業したいと考えている人、場所があれば自分のお店にしたいと思っている人は、意外と多いんですね。このROCCOが、そんな人達の受け皿になったらいいなと思っています。地元の人がお店やっているとなれば応援したくなるし、地元だからこそ、何度も行きたくなる、そんな場所を目指したんです」(幸絵さん)

宮代町近郊で頑張っている人を探していたころ、隣の春日部市出身で、日本のバリスタコンテストで2冠を果たし、世界大会で準優勝という畠山大輝さん、地元で名物になっているおかきをつくる牧野邦彦さんなどと出会いました。人と人って、こうやってつながっていくんですね。

「宮代もち処 Jファーム」。もともとは米づくりを行っていた社長が手掛け、あげもちやおこわ、餅などを販売(写真撮影/栗原論)

「宮代もち処 Jファーム」。もともとは米づくりを行っていた社長が手掛け、あげもちやおこわ、餅などを販売(写真撮影/栗原論)

名産品として人気の宮代あげもち(写真撮影/栗原論)

名産品として人気の宮代あげもち(写真撮影/栗原論)

週末限定で餅を販売しているが、なんと1000個以上つくっても完売するのだとか(写真撮影/栗原論)

週末限定で餅を販売しているが、なんと1000個以上つくっても完売するのだとか(写真撮影/栗原論)

施工は長年付き合いのある職人。つながりと活気が戻ってくる

ROCCOは全6棟ありますが、コーヒーを扱う「Bespoke Coffee Roasters」、ギリシャヨーグルトとお茶を扱う「M YOGURT」、「宮代もち処 J ファーム」、サカヤ×ビストロ「FusaFusa」、「シェアキッチン棟」など、魅力的な店舗が並んでいます。どれもこれも、きょうだいで力をあわせて見つけてきた、よりすぐりの、熱意があるこだわりのお店ばかりです。

ちなみに、ギリシャヨーグルト専門店「M YOGURT」を運営するのは、春日部市でお茶の販売などを行う、おづづみ園の尾堤智さん。
「母が宮代町の出身ということもあり、今回、ギリシャヨーグルトの店を出すことになりました。私自身が北海道で製法を学んだ、生乳と乳酸菌しか使っていないギリシャヨーグルトを販売しています。正直、高価なので、どこまで売れるか不安だったんですが、杞憂でしたね。宮代町の方に愛されて、製造が追いつかないくらいの人気です」と話します。

ヨーグルトのほかに、日本各地の美味しいものを販売。お茶やヨーグルト、美と健康のセレクトショップを目指すといいます(写真撮影/栗原論)

ヨーグルトのほかに、日本各地の美味しいものを販売。お茶やヨーグルト、美と健康のセレクトショップを目指すといいます(写真撮影/栗原論)

店内で手作りしているヨーグルト。試食するとその濃厚さにびっくりします(写真撮影/栗原論)

店内で手作りしているヨーグルト。試食するとその濃厚さにびっくりします(写真撮影/栗原論)

ギリシャヨーグルトは1つ550円。ほかにもデザートヨーグルト650円などと決して安価ではないが、「美味しい」と好調に売れているそう(写真撮影/栗原論)

ギリシャヨーグルトは1つ550円。ほかにもデザートヨーグルト650円などと決して安価ではないが、「美味しい」と好調に売れているそう(写真撮影/栗原論)

濃厚な味わいで、おやつにもお酒のお供にもよさそう(写真撮影/栗原論)

濃厚な味わいで、おやつにもお酒のお供にもよさそう(写真撮影/栗原論)

酒屋さんがはじめたビストロ「FusaFusa」。東欧のワインを中心に扱っています(写真撮影/栗原論)

酒屋さんがはじめたビストロ「FusaFusa」。東欧のワインを中心に扱っています(写真撮影/栗原論)

カウンター席のみの店内。これはお酒とおしゃべりがはずみそう(写真撮影/栗原論)

カウンター席のみの店内。これはお酒とおしゃべりがはずみそう(写真撮影/栗原論)

ランチメニューの岩中豚ロースのとんかつ。開店前から行列ができる日もある人気ぶりです(写真撮影/栗原論)

ランチメニューの岩中豚ロースのとんかつ。開店前から行列ができる日もある人気ぶりです(写真撮影/栗原論)

棟と棟の間には、宮代町にある日本工業大学の学生の作品をディスプレイ(写真撮影/栗原論)

棟と棟の間には、宮代町にある日本工業大学の学生の作品をディスプレイ(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟(左)とあずまや(右)。暗い雰囲気で、ひと気の少なかった場所が、地域に開かれ、人が集う場所に(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟(左)とあずまや(右)。暗い雰囲気で、ひと気の少なかった場所が、地域に開かれ、人が集う場所に(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟。期間限定ショップやイベント、誕生日会など、さまざまな用途に対応します(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟。期間限定ショップやイベント、誕生日会など、さまざまな用途に対応します(写真撮影/栗原論)

今回、建物の施工には、先代、先々代から付き合いのある職人さんたちが参加してくれました。外観はROCCOチームが決定し、内装に関しては店舗側の要望にあわせて1棟ずつフルオーダーメイドで作成。職人さんから見ても、幼いときから付き合いのある中村きょうだいが力をあわせた「地域の建物再生プロジェクト」に気合いも入っていたといいます。

「工事期間中、周辺の住民から『ここ何ができるの?』って聞かれたら、職人さんが手をとめて、ここにコーヒー、ここにおかきって、案内までしてくれていたんですよ。みんなの思い、つながりが再生されていく感じでしたね」(和基さん)

残念ながら、きっかけとなったお父さまはROCCOの竣工を見ることなく逝去されたそうですが、きょうだいで力をあわせたプロジェクトに目を細めているに違いありません。
「完成していたら、毎日、それぞれのお店の品を買って周囲に配って、毎日、ビストロで飲んでいたと思います。豪快な人だったから」と幸絵さん。

ともすれば、「負の遺産」になりそうだった建物を、きょうだいの力で再生し、地域のシンボル、新しい場所としていく。工事を手掛けた人も、店舗を運営する人も、訪れたお客さんも地元のよさを再発見する。再生したのは単なる建物だけではなく、地域の人たちのつながりなのかもしれません。

●取材協力
ROCCO

『魔法のリノベ』ドラマ秘話。コロナ禍で人生を見つめ直している今こそ共感のテーマ 脚本家・プロデューサーインタビュー

「まさかリノベがドラマになるとは。感慨深い……」「国土交通省住宅局イチオシ」など、不動産業界のみならず、住まいを管轄する国土交通省まで注目しているのが、今クールのテレビドラマ『魔法のリノベ』(主演:波瑠)です。その魅力はどこにあるのでしょうか。プロデューサーの岡光寛子さん、脚本を担当するヨーロッパ企画の上田誠さんにお話を伺いました。

きっかけはコロナ禍。2年の構想制作期間を経て実写ドラマ化!リノベを扱ったドラマ『魔法のリノベ』が放映中(写真提供/カンテレ)

リノベを扱ったドラマ『魔法のリノベ』が放映中(写真提供/カンテレ)

今ある建物に対して、新たな機能や価値を付け加える「リノベーション(以下、リノベ)」。修繕をして元通りにする「リフォーム」ではなく、間仕切りを広くする、住宅設備をより現代的で使いやすいものへと変更するなどの工事をすることをいいます。

2022年7月から放映されているテレビドラマ『魔法のリノベ』(カンテレ・フジテレビ系、月曜午後10時)は、このリノベをテーマにしたお仕事ドラマ。このところ住まいや不動産を扱ったドラマはあるものの、主に家を買う、売る、借りるといった題材を扱っているため、「まさかリノベがテーマになる日がくるとは……」と不動産や住宅関連企業、国土交通省まで注目、SUUMOジャーナルも放映開始から熱く見守るなど、まさに「業界騒然」なドラマなのです。

まずは、リノベを扱うようになった、その背景などを岡光プロデューサーに伺いました。
「今回のドラマは、星崎真紀さんの同名マンガが原作です。きっかけとなったのは2年前のコロナ禍。半強制的に自宅で過ごす時間が増え、家や家族、仕事や人生についてあらためて考えた人は多かったはず。私もそのひとりですが、住まいをリノベすることで人生もリノベしていく、人間関係や壊れたものを再生していくというテーマに惹かれました。脚本を上田さんにお願いし、月曜22時にふさわしい実直なお仕事ドラマに、遊び心とクセを付け加え、ヒューマンとコメディが行き交うエンタメにしています」と話します。

波瑠さんが演じる主人公の小梅。もともとは大手リフォーム会社にいましたが、人間関係でやらかし、転職してきます(写真提供/カンテレ)

波瑠さんが演じる主人公の小梅。もともとは大手リフォーム会社にいましたが、人間関係でやらかし、転職してきます(写真提供/カンテレ)

ドラマそのものは、大手リフォーム会社にいた主人公の小梅(波瑠)が、理由あって家族経営の「まるふく工務店」に転職してきたところからはじまります。主人公とコンビを組むのは工務店の長男でもあり、2回の離婚歴があるシングルファーザー福山玄之介(間宮祥太朗)。それぞれ凹凸はあるものの、回を重ねるごとによき理解者、よい雰囲気になっていく、という展開です。

ドラマは1話完結、課題を抱えた家族(ゲスト俳優)がリノベを依頼し、それらを主人公の小梅たちが解決していく、という展開です。そのため、毎週視聴するとよりおもしろいですし、途中から見てもわかりやすいストーリー仕立てです。和モダンと夫婦のかたち、夫婦の寝室どうする、事故物件で暮らしたい、風水と強烈な占い師、防犯と親子など、「今らしさを感じるリノベ」を扱っています。どの回も、何度も見返したくなるおもしろさです。

小梅とコンビを組むのは、間宮祥太朗さん(右)演じる福山玄之介。バツ2のシングルファーザーで圧倒的お詫び力「詫びリティ」の持ち主(写真提供/カンテレ)

小梅とコンビを組むのは、間宮祥太朗さん(右)演じる福山玄之介。バツ2のシングルファーザーで圧倒的お詫び力「詫びリティ」の持ち主(写真提供/カンテレ)

ミニチュア、CAD、アイテム、エンディングまで見どころいっぱい!

ドラマのストーリー、展開もおもしろいのですが、ドラマの舞台となる「1階 工務店」と「2階 玄之介の部屋」に本物の住宅設備を採用しているだけでなく、提案する間取りをCAD(実際に建築の現場で使用されている設計ソフト)とミニチュア模型までちゃんとつくり込んでいてドラマ中に登場したり、リノベ依頼者の家のリノベ前と後のセットを組んで多角的に見せたりしています。主人公たちが使っているお仕事道具なども限りなくリアルで、「予算、すごいことになっているのでは」「凝っているなあ……」という感想しかありません。

1階まるふく工務店の様子(写真撮影/カンテレ)

1階まるふく工務店の様子(写真撮影/カンテレ)

2階にある玄之介と進之介の部屋。キッチンや内窓など、LIXILの本物の住宅設備を使ったセット。室内用窓を採用するとはさすが!(写真撮影/カンテレ)

2階にある玄之介と進之介の部屋。キッチンや内窓など、LIXILの本物の住宅設備を使ったセット。室内用窓を採用するとはさすが!(写真撮影/カンテレ)

「今回の制作費は特別なものではなく、通常のドラマと同じ範囲でやりくりしています。ミニチュアに関しては『シルバニアファミリー』や『ブロックおもちゃ』のように、小さな住まいのもつよさ、シズル感を表現したくてぜひ取り入れようと。住まいのビフォーやアフターも毎回、工夫としてしっかりつくっています。原作に似た物件を探してきたり、それをどう表現するか美術技術VFXチームと相談したり、まさにスタッフ全員の総力戦ですね」と岡光さん。

また、リノベのプロが監修し、脚本のたたき台の段階、脚本執筆後の段階、撮影の段階と、逐一、相談したり、チェックしてもらったりしているそう。当然、出演者が持っている仕事道具なども極力、プロ仕様になっているので、リアリティーが増すようになっています。

オープニングに登場するミニチュア。「1階 まるふく工務店」の様子です(写真提供/カンテレ)

オープニングに登場するミニチュア。「1階 まるふく工務店」の様子です(写真提供/カンテレ)

CADの画面をスタッフが見ているシーン(写真撮影/カンテレ)

CADの画面をスタッフが見ているシーン(写真撮影/カンテレ)

設計図面。リノベのビフォーとアフター、住まいの課題と解決法などをセリフに落とし込んでいるので、「なるほどねー」と納得しながら視聴できます(写真撮影/カンテレ)

設計図面。リノベのビフォーとアフター、住まいの課題と解決法などをセリフに落とし込んでいるので、「なるほどねー」と納得しながら視聴できます(写真撮影/カンテレ)

会社のロゴや住所まで入ったリノベーションを提案するシート。「もう散らからない」というコピーがリアル(写真撮影/カンテレ)

会社のロゴや住所まで入ったリノベーションを提案するシート。「もう散らからない」というコピーがリアル(写真撮影/カンテレ)

セット内のチラシまでつくり込まれています(写真撮影/カンテレ)

セット内のチラシまでつくり込まれています(写真撮影/カンテレ)

「まるふく工務店」の外観。看板やのぼりもあり、「どこかにありそう……」な感じを醸し出しています(写真撮影/カンテレ)

「まるふく工務店」の外観。看板やのぼりもあり、「どこかにありそう……」な感じを醸し出しています(写真撮影/カンテレ)

まるふく工務店のマスコット、「まるふくろう」(写真撮影/カンテレ)

まるふく工務店のマスコット、「まるふくろう」(写真撮影/カンテレ)

ドラマはもちろんファンタジーの部分もありますが、お仕事ドラマの場合は「説得力」と「リアルさ」がカギになります。だからこそ細部に手を抜かないという、制作陣の意気込みを感じます。また、個人的に大好きなのが、エンドロールで紹介されるリノベ後の住まいの様子です。特に出演者がリノベ後の家で幸せそうにしている姿を見ると、見ているこちらもウキウキするので、筆者は何度も見返しています。「まだ月曜日……(白目)」となりがちな時間帯にコレを視聴できるの、いいですよね。

第1話のリノベ後の住まい。夫妻の関係をすぐに見抜いた小梅の観察力、提案力に驚かされます。築60年の住まいを「一気に刷新したい」と乗り気の夫、あまり積極的になれない妻。その根っこにあったわだかまりを見つけ、解決しました(写真撮影/カンテレ)

第1話のリノベ後の住まい。夫妻の関係をすぐに見抜いた小梅の観察力、提案力に驚かされます。築60年の住まいを「一気に刷新したい」と乗り気の夫、あまり積極的になれない妻。その根っこにあったわだかまりを見つけ、解決しました(写真撮影/カンテレ)

大きなキッチンにそば打ちなどのお話に登場したアイテムがちらりと映り込んでいます(写真撮影/カンテレ)

大きなキッチンにそば打ちなどのお話に登場したアイテムがちらりと映り込んでいます(写真撮影/カンテレ)

和モダンのよさ、夫妻のこれからの暮らしが想像できて、明るい気持ちになります(写真撮影/カンテレ)

和モダンのよさ、夫妻のこれからの暮らしが想像できて、明るい気持ちになります(写真撮影/カンテレ)

すべて新しくすればいいというものではないのが、リノベの魅力だと思います(写真撮影/カンテレ)

すべて新しくすればいいというものではないのが、リノベの魅力だと思います(写真撮影/カンテレ)

空間は人間関係を変える。まさにリノベに魔法はある!

ドラマは回を進めるごとに人間関係がより複雑になってきてハラハラする場面も。特に主人公がかつて在籍していた会社の後輩である桜子の怖さ、イラっとさせる具合が絶妙で、Twitterでも「桜子」がトレンド入りしていました。もちろん、社内でのやりとりのコメディシーンは、見ていてニンマリしてしまいます。脚本家の上田誠さんは、セリフをどのように考えたのでしょうか。

脚本を担当する上田誠さん(写真提供/ヨーロッパ企画)

脚本を担当する上田誠さん(写真提供/ヨーロッパ企画)

「マンガ原作があるので、これを非常に大切にしています。それこそ文字起こしをするくらい自分の血肉にして、脚本にとりかかりました。星崎先生もかなりリノベについて取材をされていらっしゃって、尋常ではないこだわり、想いを感じています。ドラマのクライマックスはリノベ案のプレゼンなので、営業の言葉遣いを逸脱することなく、その上で心に残る台詞を目指しています。『どうぞイメージなさってください』『リノベは魔法なんです』というセリフを、役者さんがどう表現するかは見どころのひとつだと思っています」と上田さん。

クライマックスのセリフはいつも同じですが、毎回、言い方が微妙に異なります。役者さんってすごいですね(写真提供/カンテレ)

クライマックスのセリフはいつも同じですが、毎回、言い方が微妙に異なります。役者さんってすごいですね(写真提供/カンテレ)

なるほど、決めセリフがあるからこそ、毎回の変化がおもしろいんですね。また演者さんも役に入り込むことで、「何かやってやろう」というアドリブも出てくるんだとか。これも脚本家と出演者、信頼関係のなせる技ともいえるのでしょう。また、ドラマは、住まいや家族に潜む「闇」や「魔物」「不満」を毎回発見して対峙、解決していくミステリー仕立てにもなっています。これは新築の住まいを買う/借りるだけでは、なかなかできない展開です。

案件が無事終わると、ふたりで打ち上げに行く。ひと仕事終えたあと、緊張がすこしゆるみ、信頼感、距離感がより近づいていきます(写真提供/カンテレ)

案件が無事終わると、ふたりで打ち上げに行く。ひと仕事終えたあと、緊張がすこしゆるみ、信頼感、距離感がより近づいていきます(写真提供/カンテレ)

「既存の住宅を舞台にするので、必ず家族や夫婦の問題が根っこにあるんですよね。第2回がわかりやすいですが、冒頭に夫妻の行動があって、手がかりや引っかかりがある。見ながらアレはなんだったのかと考えていただき、観察やヒアリングを進めるなかで、小梅たちと一緒になって解決し、気持ちよくエンドロールまで向かってもらえたらと思います」と岡光さん。

なるほど、リノベーションはミステリー、その発想はありませんでした。では、上田さんから見たリノベーションの魅力はどんな点にあるのでしょうか。
「舞台を長年、やってきた経験から、空間の変化が人間のコミュニケーションに与える影響を目の当たりにしてきました。人間関係の問題は、空間で具体的に解決できることもあるんです。だからこそ、リノベに魔法はあります!と言いたいですね。また、リノベを通して、人生や家族が再生していく様子も見てほしいなと思います」と話します。

まるふく工務店の面々。左から玄之介と三男の竜之介、従業員の小出誠二、主人公の真行寺小梅、越後寿太郎。小さな会社らしい、わちゃわちゃしたやり取りは見ていて心和みます(写真提供/カンテレ)

まるふく工務店の面々。左から玄之介と三男の竜之介、従業員の小出誠二、主人公の真行寺小梅、越後寿太郎。小さな会社らしい、わちゃわちゃしたやり取りは見ていて心和みます(写真提供/カンテレ)

ドラマでは、住まいや家族に潜む問題を「魔物」と表現しています。ひとりでも、夫妻でも、家族であっても、家に潜んでいる「魔物」に向き合うのは時間、お金、何より気力が必要です。だからこそ、新築物件と同じように「家に自分たちを合わせる=リノベ済み」物件のほうを選ぶ人が増えている傾向もあるようです。でももし、ドラマのように、プロの手を借りつつ、自分たちの課題と向き合い、解決できるのであれば、きっと「暮らしに家を合わせた」家が手に入るのだと思います。仲間といっしょにパーティを組み、前に進む。まさにリノベは人生そのもの、ですね。

リノベの「魔法」にかけて、突然現れるRPG風のシーン。「魔物」も出てきます!(写真提供/カンテレ)

リノベの「魔法」にかけて、突然現れるRPG風のシーン。「魔物」も出てきます!(写真提供/カンテレ)

●取材協力
『魔法のリノベ』(月曜22時~22時54分、フジテレビ系)
Tver
カンテレ
ヨーロッパ企画/脚本家 上田誠さん

ドラマ『魔法のリノベ』放送開始! リノベーション理解や事業者選びのヒントにも

7月から「魔法のリノベ」というテレビドラマがスタートした。リノベとはリノベーションのこと。住宅関連のテーマのドラマなので、さっそく視聴した。住宅の間取りや製品などが多く登場するのだが、住宅建材・設備機器メーカーの企業LIXILが製品をドラマの撮影セットに提供しているという。で、ドラマはと言うと……。

【今週の住活トピック】
システムキッチンや水栓、サッシ、インテリアなどLIXIL製品をドラマ撮影セットに美術協力/LIXIL

テレビドラマ「魔法のリノベ」放送スタート!

関西テレビの「魔法のリノベ」サイトを見ると、「人生こじらせ凸凹営業コンビが、“住宅リノベ”で家や依頼人の心に潜む魔物をスカッと退治!」とある。どうやら、住宅のリノベーションを通じて、依頼した家族の人生のリノベーションまでしてしまうことが、「魔法のリノベ」という意味らしい。

原作は星崎真紀さんの漫画だ。筆者は漫画を拝読していないので、放送されたテレビドラマでしか、その内容を把握できていない。初回は、波瑠さん演じる真行寺小梅が、間宮祥太朗さん演じる福山玄之介が営業を務める『まるふく工務店』に転職してくる下りが描かれ、中山美穂さんと寺脇康文さんが演じる夫婦の古い家をリノベする…という展開だった。

LIXILによると、このドラマの「1階 まるふく工務店」と「2階 玄之介の部屋」に、システムキッチンや水栓、サッシ、インテリアなどの製品を美術協力しているという。

玄之介の部屋(出典/LIXILニュースルームより)

玄之介の部屋(出典/LIXILニュースルームより)

玄之介の部屋のリビングで、小梅が登山用の寝袋にくるまって寝ていて、芋虫状態で子どもに発見されるというシーンがあった。工務店の2階というからには、それなりの設備機器が設置されていて当然だろう。LIXILでは、最新のシステムキッチンやキッチン・リビング収納、非接触で吐水/止水ができるタッチレス水栓、ハイブリッド窓、内装壁機能タイル、インテリア建材などを美術協力していているという。

美術協力しているLIXILの製品(出典/LIXILニュースルームより)

美術協力しているLIXILの製品(出典/LIXILニュースルームより)

住宅のリノベーションとはなんだ?

今ではよく使われる用語になっている「住宅のリノベーション」だが、実は正式な定義はない。

一般的に住宅業界では、リフォームは経年劣化した部分を建築当時の水準に戻す改修工事のこと。リノベーションとは、キッチンなどの設備の交換や間取りの変更などの大規模な改修工事だけでなく、いまの生活を快適にするレベルに住宅の性能を引き上げることも含んでいる。たとえば、第1話で中山美穂さんの実家をリノベーションする際に、キッチンの交換や間取りの変更に加えて、古い家なので耐震性も引き上げようという話が出ていた。耐震基準なども年代によって変わってくるので、いまの基準に引き上げることが安全性確保のために大切だからだ。

リノベーション業界の団体である(一社)リノベーション協議会のホームページを見ると、リノベーションを次のように定義している。

「リノベーションとは、中古住宅に対して、機能・価値の再生のための改修、その家での暮らし全体に対処した、包括的な改修を行うこと。例えば、水・電気・ガスなどのライフラインや構造躯体の性能を必要に応じて更新・改修したり、ライフスタイルに合わせて間取りや内外装を刷新すること」

この定義について、リノベーション協議会の会長である内山博文さんに話を聞いた。
この定義は10年以上も前、協議会を立ち上げる時に決めたもので、当時はリフォームとリノベーションの違いもあいまいだった、という。包括的な改修としたのは、住宅の機能改修というハード面だけでなく、そこに住む利用者のソフト面も含めて、住宅の価値を上げていこうという考えだった。

10年以上経ったいまでは、世の中にリノベーションがポジティブに受け取られて、今住んでいる住宅をリノベーションするだけでなく、中古住宅を買ってリノベーションをして住むという選択肢も一般的になってきた。リノベーションが、新築という規制の枠にはまらない、自分らしい暮らしをデザインするのに最適な方法だと気づいたからだろうと、内山さんは見ている。

リノベーションで魔法はかけられる?

さて、ドラマタイトルに「魔法の」という修飾語がついているが、「リノベーションで魔法はかけられるか?」と内山さんに聞いてみた。「事業者もいろいろあるので、すべての事業者に当てはまるとは思わないが」という前置きはあったが、「生活者の目線で一緒に課題を解決できる事業者が増えてきたと思っている」と、会長らしい視点のコメント。生活者の希望を超えるものを提案できる、ある意味で魔法が使える事業者も数多くいるということだろう。

第2話では、夫婦別寝室プランを夫婦それぞれで希望するが、希望している理由に加えて、夫婦の関係性を読み取ってプランを提案していた。生活者と同じ目線で課題を解決してこその提案だ。

最後に、「このドラマに、どんなことを期待しているか?」と聞いた。内山さんは「ドラマは、2社のリノベーション事業者が競争する展開となっているので、どういう会社を選んだらよいかということが、視聴者に伝えられることに期待している」という。

ドラマでは、事業者側の都合を上手に隠して顧客に提案するライバル会社と、生活者目線で提案する小梅たちの会社が競争をする形になっている。実際に、リノベーションをやるという事業者は多いが、事業者の提案はそれぞれ異なる。当初の玄之介の営業のように、顧客の希望条件をそのまま図面にする提案もあれば、小梅のように生活者の代わりに課題を解決する提案もある。なかには、顧客の希望を無視した事業者側の都合による提案もあるかもしれない。

建築の専門知識のない一般の消費者には、その違いがわかりにくいだろう。となると、各社から見積もりを取った結果、工事費用の金額だけに目が行きがちということも。ドラマ効果で、提案内容をしっかり見極めるということが一般的になって、自宅での暮らしの価値を上げるようなリノベーションが実現することを、筆者も大いに期待している。

●関連サイト
ドラマ「魔法のリノベ」ホームページ
LIXILニュースルーム「7月スタートのカンテレ・フジテレビ系月10ドラマ「魔法のリノベ」 番組枠内で“夏の断熱リフォーム”を訴求するインフォマーシャルを放映開始」

空き家リノベを家主の負担0円で! 不動産クラウドファンディングが話題 鎌倉市・エンジョイワークス

人口が減り始めた日本では、売ったり、貸したりといった活用がなかなか進まない「負動産」と揶揄される空き家が増えています。一方で、所有者の経済的な負担を減らしつつ、住まいとして現代の暮らしに合うよう、再生する試みがはじまっています。どんな仕組みなのでしょうか。仕掛け人の株式会社エンジョイワークスが始めた「0円! RENOVATION 」の取り組みを、実際のプロジェクト「鎌倉雪ノ下シェアハウス」とともにご紹介しましょう。

鎌倉駅から徒歩12分。空き家が海を見下ろすシェアハウスに

2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の舞台でもあり、日本を代表する古都・鎌倉。戦前から避暑地として栄え、今なお「住みたい街」として根強い人気があります。そんな鎌倉駅から徒歩12分、細道を抜けた緑豊かな小高い丘に、今年、一軒家を改装したシェアハウスが誕生しました。

地名は「雪ノ下」ですが、源実朝が鶯の初音を聞いたことから、古くは「うぐいすがやつ」と呼ばれていたそう。地元の人は「うぐいす村」と呼んでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

地名は「雪ノ下」ですが、源実朝が鶯の初音を聞いたことから、古くは「うぐいすがやつ」と呼ばれていたそう。地元の人は「うぐいす村」と呼んでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

鎌倉駅から徒歩圏内でこの風景。緑のトンネルを抜けると……(写真撮影/桑田瑞穂)

鎌倉駅から徒歩圏内でこの風景。緑のトンネルを抜けると……(写真撮影/桑田瑞穂)

建物からの眺め。緑は濃く、鳥のさえずりが耳に愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

建物からの眺め。緑は濃く、鳥のさえずりが耳に愛らしい(写真撮影/桑田瑞穂)

もともとこの一軒家は1960年に、個人の邸宅として建てられたものです。ここ15年ほど空き家になっていましたが、2年程前にこの建物に一目惚れした現オーナーが購入し、別荘として活用する計画だったそう。とはいえ、空き家だったため、建物の痛みが激しく、個人でDIYをして利用するのは難しいと断念、取り壊すには惜しいことから旧村上邸などの「鎌倉市内はじめ湘南エリアでの空き家再生」に実績のあった「エンジョイワークス」に物件を委託されたそう。

物件活用の方法として、ドミトリーなども考えられましたが、個室がしっかりとれること、昔から住んでいる地域の住民との関係、鎌倉らしい暮らしができる立地など、もろもろを考慮して、「シェアハウス」として活用するアイデアが出たそう。

シェアハウスとなる個室は全5部屋、家賃は部屋ごとに異なるものの、平均で7万5000円(Wi-Fi使用料、共益費込み)。庭には桜や紅葉が植えられていて、2階の一部の部屋からは海が見え、隣接した鶴岡八幡宮から早朝に祝詞(のりと)も聞こえるなど、まさに「鎌倉らしい暮らし」を満喫できる物件です。

鎌倉・雪ノ下にできた女性専用シェアハウス。今の建物にない味わい、ひと目見て夢中になります(写真撮影/桑田瑞穂)

鎌倉・雪ノ下にできた女性専用シェアハウス。今の建物にない味わい、ひと目見て夢中になります(写真撮影/桑田瑞穂)

「鎌倉雪ノ下シェアハウス」の間取りイラスト。左側は1階部分+庭、右側は2階部分(画像提供/エンジョイワークス)※応募時のイメージ。現状とは間取りが異なっている部分あり

「鎌倉雪ノ下シェアハウス」の間取りイラスト。左側は1階部分+庭、右側は2階部分(画像提供/エンジョイワークス)※応募時のイメージ。現状とは間取りが異なっている部分あり

エントランスからして、もうかわいい(写真撮影/桑田瑞穂)

エントランスからして、もうかわいい(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関(写真撮影/桑田瑞穂)

建物には、部屋にマントルピース(装飾暖炉)があったり、化粧梁があったりと、かつての所有者の思い入れを感じる、凝った造りです。今回、1100万円ほどの費用をかけてリノベーションし、現在の暮らしに合うように、手すりをつける、壁を塗り直す、キッチン・設備などを交換する、傷んでいる部分を直すといった工事をしていますが、照明やバス・洗面所などはあえてそのままとし、物件が持つレトロな味わいを極力、残すようにしたといいます。

浴室はタイル貼りのまま。改修も考えたものの「このままのほうがいい」との意見で残したそう(写真撮影/桑田瑞穂)

浴室はタイル貼りのまま。改修も考えたものの「このままのほうがいい」との意見で残したそう(写真撮影/桑田瑞穂)

浴室に隣接した洗面所。籐のかごが建物の雰囲気とよくあっています(写真撮影/桑田瑞穂)

浴室に隣接した洗面所。籐のかごが建物の雰囲気とよくあっています(写真撮影/桑田瑞穂)

1階の個室。写真右側にあるマントルピース(装飾された暖炉)も照明も、従来からあったもの(写真撮影/桑田瑞穂)

1階の個室。写真右側にあるマントルピース(装飾された暖炉)も照明も、従来からあったもの(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

「大きな庭もありますので、ハーブや野菜などを育てることもできます。ゆっくり、ていねいな暮らしをしたいと考える女性に住んでもらえたらいいなと思っています」と話すのは、物件の企画・運営に携わる株式会社エンジョイワークスの事業企画部の羽生朋代さん。

物件所有者も投資家も、入居者も。みんながうれしい仕組みとは?

驚くのは今回の物件改修に際し、物件所有者の負担は「ゼロ円」だという点です。では、どのような仕組みになっているのでしょうか。

まず、物件所有者はエンジョイワークスと定期賃貸借契約を結びます。このときの賃料は、1年間の固定資産税程度の金額です。次にエンジョイワークスがプロジェクトに興味のある人に物件を紹介し、活用のための資金とアイデアを募ります。エンジョイワークスは不動産特定共同事業の匿名組合営業者としてファンドを組成し、ファンドに出資する投資家を募ります。

図版提供:エンジョイワークス

図版提供:エンジョイワークス

今回の「鎌倉雪ノ下シェアハウス」の場合、リノベーション費用にかかる総額を約1100万円と想定、1口5万円からの投資を募ったところ、約30名の投資家が「参加したい」と申し出があったそう。

ファンド募集期間中は、エンジョイワークスがイベントや意見交換会を4回ほど実施し、プロジェクトの認知を高め、共感を集め、投資家を募り、集まったファンド資金でリノベーション工事を進めます。今後は、エンジョイワークスが一定期間シェアハウスとして運営し、投資家へ利益を還元したところで、オーナーに返却するという仕組みになっています。

鎌倉は住みたい街として人気はあっても、「そもそも賃貸募集物件が少ない」「鎌倉らしい物件が少ない」という弱点を抱えているそう。今回のシェアハウスは、そうした「鎌倉らしい物件を提供する」という意味でも、入居者にもメリットがある、まさに「いいことづくめ」のプロジェクトといえるのです。

ここで、入居者を含めた4者のメリットを整理してみましょう。

入居者を含めた4者のメリット

2階の居室から見える緑。壁色にグレイッシュカラーを採用し、よりモダンな雰囲気に(写真撮影/桑田瑞穂)

2階の居室から見える緑。壁色にグレイッシュカラーを採用し、よりモダンな雰囲気に(写真撮影/桑田瑞穂)

エンジョイワークスの羽生朋代さん(写真撮影/桑田瑞穂)

エンジョイワークスの羽生朋代さん(写真撮影/桑田瑞穂)

一般に建物所有者が古民家を改修して、現代の暮らしにあうようリノベーションしようとしても金融機関からの融資が受けられない(個人・法人問わず、土地の評価額以上の借り入れが難しい)ため、税金ばかりかかって個人では維持しきれないというのが、古民家再生の大きな課題になっています。

この「0円! RENOVATION 」は、そうした所有者の負担を極力減らし、個人や企業などで事業を応援したい人からの投資という形で資金をまかない、再生するというのが大きなポイントといえそうです。また、日本には家を持っていても、「再生しようにもお金も知識もない」「誰かわからない人には貸したくない」「手放したくない」という人は多いもの。建物の良さを再発見、価値化できるのであれば、「うちもお願いしたい」という人も増えてくることでしょう。

投資家は利益よりも、「つながり」「地域活性化」「空き家再生」「社会課題の解決」に興味大

では、投資家にはどのような人が多いのでしょうか。一般的な不動産投資よりも、「プロジェクトが小さいこと」「アイデア」が出せる点が魅力に思えますが、どのような点に惹かれて、投資を決めるのでしょうか。

「利益というよりも、シェアハウスの運営を学んでみたい、地域の活性化に興味があるといった人が多いように思えます。また建物が好き、プロジェクトに参加してみたい、DIYを手伝いたいといった人もいらっしゃいましたね」と話を聞いていると、単に利益を求めて出資するというよりも、「つながり」「建物再生に携わりたい」「地域をよくしたい」という思いが背景にあるようです。

イベント時の様子(写真提供/エンジョイワークス)

イベント時の様子(写真提供/エンジョイワークス)

また、今回の物件は、かなり山深い場所に建っています。そのため、当初は庭全面に野草が生えている状態だったそう。そこで、草刈りイベントを実施したところ、投資家を含め協力的な参加者が多く1時間程度であっという間に庭がきれいになったそう。その後に実施したイベントも盛況で、単に投資しておしまいではなく、「社会への投資をしたい」「携わっていきたい」という関心の高さが伺えます。

「やはり、空き家や地域再生に関心が高いんだなと思いました。みなさん、あの建物がどのように再生していくのか、ワクワクしていらっしゃるようです。一方で私は運営の当事者でもあるので、早く入居者に入っていただき、利益を還元していかないといけないという、責任を感じています」

こうしていくと、物件を通して、オーナーさんと投資家のみなさんが、「建物の再生の物語」を共有しているように思えます。

共有スペースのリビングダイニングで。壁を壊して柱を見せている(写真撮影/桑田瑞穂)

共有スペースのリビングダイニングで。壁を壊して柱を見せている(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチン上部には、昭和レトロなガラスを残したそう。いいですよね、昭和のガラス……(写真撮影/桑田瑞穂)

キッチン上部には、昭和レトロなガラスを残したそう。いいですよね、昭和のガラス……(写真撮影/桑田瑞穂)

庭の家庭菜園で採れたサンチュ(写真撮影/桑田瑞穂)

庭の家庭菜園で採れたサンチュ(写真撮影/桑田瑞穂)

「鎌倉に限らずですが、日本全国、不動産を持て余しているオーナーさんはたくさんいらっしゃいますし、よい物件がないという入居希望者もたくさんいらっしゃいます。『自分がいいと思うものに投資したい』『社会をよくするためにお金を使いたい』という投資家もたくさんいらっしゃる。こうした思いを結びつけて、地域の資産である建物や住まいを守っていけたら」と羽生さん。

現代の法律と金融の仕組みでは、どんなに思い入れのある建物でも、残し、住み繋いでいくことは、かんたんなことではありません。その一方で、「空き家のまま終わらせたくない」「建物を残したい」「物件を地域に開いて、暮らしを豊かにしたい」という志を持った人は確実に増えています。家を「負動産」ではなく、価値ある「不動産」にするカギは、不動産とお金、そして人と人を結びつける仕組みにありそうです。

●取材協力
エンジョイワークス
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「付加価値リノベ」という戦略。元ゼネコン設計者が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も

一級建築士・管理建築士の伯耆原洋太(ほうきばら・ようた)さんは今、新しい住まいと暮らしのスタイルを模索している。大手ゼネコンの設計部に勤め、今春独立した伯耆原さんは、2019年に中古マンションを購入。自らリノベーションを施し、そこに暮らした後で売却した。リノベーションによる付加価値がついたことで、購入時を上回る価格で売れたという。そして、現在はその売却益を原資に次の家を購入し、再びリノベーションにとりかかっている。つまり、「家を買う」→「自らリノベ」→「一定期間住む」→「売却」というサイクルを実践しているのだ。

「ライフスタイルや家族構成の変化で住みたい家は変わる。それなら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいい」と語る伯耆原さん。詳しくお話を伺った。

「自分がデザインした」と言えるものをつくりたかった

――まず、伯耆原さんのご経歴からお伺いします。もともとは大手のゼネコンにいらっしゃったと。

伯耆原:早稲田大学で建築を学んだ後、「竹中工務店」の設計部に就職しました。入社後は10万平米を超えるオフィスのビッグプロジェクトに配属されました。当時、会社内では一番大きなプロジェクトだったと思います。4年ほど携わっていましたが、竣工目前で次のプロジェクトへ異動が命じられまして。しかも、今度はさらに大きなプロジェクトでした……。

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

――さらに大きな案件に携われるのは良いことのようにも思いますが。

伯耆原:もちろん誇らしいことですし、自分一人ではとても関われないようなプロジェクトなので、貴重な経験だとは思います。ただ、入社当初は中小規模のプロジェクトにもっと濃密に携わりたかった。ビッグプロジェクトになればなるほど関わる人間も多いため、「ここは僕がデザインした!」と言うのは難しい。僕は自己表現の欲が強いので(笑)、そこに対しては葛藤がありましたね。

――自邸をつくることになったのも、その思いが関係しているのでしょうか?

伯耆原:そうですね。会社の仕事って、良い意味でも悪い意味でも、いち社員が責任を負い切れないじゃないですか。だから30歳が近くなった時に、個人として挑戦したいなと考えるようになりました。そして「自分のデザインを、自分の全責任においてつくりたい」と強く思うようになったんです。

とはいえ、個人としての実績がない僕にいきなりクライアントが現れるわけはありません。そこで、プロジェクトを自分で仕込み、クライアントは自分、デザインも自分という座組みで自邸をつくることにしました。

――その時にはすでに、一定期間住んでから売却することを考えていたのでしょうか?

伯耆原:ぼんやりと、「自邸は一生に一つじゃなくてもいいんじゃないか」とは考えていました。ライフスタイルや家族構成が変わることで、いま住みたい家と10年後・20年後に住みたい家はまるで違うものになるのは言うまでありません。だったら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいいのではないかと。そこで、買った家を自分でリノベーションし、一定期間暮らしたあとに売却して、また次の家へ、というビジョンが浮かびました。

自邸=自分をプレゼンできるショールーム

――そこから、会社に所属しつつ自邸のプロジェクトをスタートさせたと。まずは物件選びについて教えてください。

伯耆原:物件については、最低限の不動産価値があることは大前提でした。というのも、どんなに素敵なリノベーションができても、不動産としての価値はエリアや駅までの所要時間、築年数、坪単価などが大きく物をいいます。売却を前提として考えると、その空間に住みたいと思ってもらえるような「デザイン」と物件自体の「不動産価値」の2つがそろっていなければ、このスキームは成り立たないだろうと。

あとは、当時の自分の生活スタイルや仕事のことを考えて、希望は「都心の60平米くらいの中古マンション」。予算に合う物件をひたすら探しました。

――物件はすぐに見つかりましたか?

伯耆原:それが、けっこう苦戦しましたね。当時は毎日のようにSUUMOと睨めっこし、内覧を重ねる日々でした。そこで気づいたのは、完璧な物件など存在しないということ。だから、「ここだけは譲れない」という要素を決めておいて、マイナス要素だけど目をつむれる範囲を決めておくことが大事なのだと思います。

僕の場合、最終的には世田谷区の中古マンションを購入しました。

――どんなところが気に入りましたか?

伯耆原:リノベーションでは変えられない部分に重きを置いて選びました。その1つが天井の高さ。日本の中古マンションは2400mm前後が多いのですが、ここは天井高が2700mmもあります。これだけあれば、全てのプロポーションが全く違って見えてくるんですよ。あとは吹き抜け、螺旋階段、ルーフバルコニーという幼いころからの憧れだった要素が備わっていたことも大きかったですね。

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

――購入時点でリノベーションのプランはある程度固まっていましたか?

伯耆原:どんなデザインにするかまでは固まっていませんでしたが、テーマとしては「30歳の子どものいない夫婦」の住む家をイメージしていました。いわゆるDINKSだからこそ、挑戦できる空間にしたいなと。最大の気積(床面積×高さ)として豊かに空間を感じられることを重要視しました。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

伯耆原:また、これは自邸であると同時に、建築家としての自分を売り込むためのショールームでもあると考えていました。当時はゼネコンに所属していましたが、いつまで会社に必要としてもらえるかは分かりません。そのなかで、今後のキャリアを考えて個人名を知ってもらう意味でも、建築的・空間的に魅力的なものをつくろうと思っていましたね。

――どれくらいの期間をかけて設計されましたか?

伯耆原:会社の仕事と同時並行なので、約4カ月かかりましたね。なお、この物件はそこまで古くなかったこともあり風呂・トイレ・キッチンは変えず、リビングのみを施工しています。

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

―――ちなみに、仕事ではオフィスビルを設計していたということですが、マンションのリノベーションは未経験でしたか?

伯耆原:そうですね。オフィスビルの設計と住宅リノベーションとでは当然ながら勝手が違います。使う素材や規模感もまるで異なるため、けっこうな挑戦でした。ただ、それだけにワクワクしましたね。特に、職人さんとダイレクトにやり取りできるのは会社で中々経験できないので、すごく楽しかったですよ。

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

思った以上の反響が自信に

――そして、いよいよ“自邸兼ショールーム”が完成するわけですが、ゆくゆくは売却する予定とはいえ、しばらくは住むつもりだったわけですよね?

伯耆原:60平米弱なので子どもが小学生になるころには手狭になるだろうと考えていましたが、実際はわずか1年で売却することになりましたね。

――早い! なぜですか?

伯耆原:一番の要因はコロナ禍でリモートワークに切り替わり、ライフスタイルがだれも想像しなかったくらい劇的に変化したことです。物件を購入したのはコロナ前でしたが、住み始めたのは2020年の春。ちょうど1回目の緊急事態宣言の真っ只中でした。夫婦ともにリモートワークになって、同時にテレビ会議に入ってしまうと音が聞き取りづらかったんです。間仕切りを増やす等、正直工夫はいくらでもできましたが、ワンルームのコンセプトを中途半端に変えたくなかったのと、もう一回、自分の作品をつくりたいという想いが強くなり、売却を考えました。

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

――いつから売却に出していましたか?

伯耆原:住み始めてから数カ月後ですね。出した当時は売るためというよりも、単純に反応をみたいなと思いまして。自分がリノベーションした空間がプロや一般の方々にどう評価されるのか、どれくらいの人が興味を示してくれるのか、試してみたい気持ちがありました。

――反応はいかがでしたか?

伯耆原:内覧者はめちゃくちゃ来てくれましたね。多分、50組100人以上は来たんじゃないかな。おかげで僕の土曜日は毎週潰れまして。前半はカップルや夫婦が来ており、後半は裕福な一人暮らしの人が多く来てくれました。

それから、「ArchDaily」や「architecture photo」などの建築界隈で有名なメディアにも取り上げられました。また、驚いたのはリノベーション雑誌の「LiVES」から取材を受け、この部屋が表紙を飾ったことです。

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

――売却はいつ決まったのですか?

伯耆原:手放したのは2021年の春です。クリエイターの人がセカンドハウスとして購入してくれました。もちろん、立地とマンション自体が好条件というのはありますが、最後の決め手は内装と言って購入してくれたので喜びもひとしおでした。

――建築家としての腕試し的なところもあったかと思いますが、相当な自信になったのではないですか?

伯耆原:そうですね。依頼されてつくったものではなく、僕が自発的につくったものが評価され、そこに住みたい人がいるというのは自信になりました。それに、多くのメディアに取り上げられ「完全に自分がデザインした」上で個人名を知ってもらうこともできましたし、自邸を自分自身のショールームにできました。それに、つくれれば売れるし、売れることでまたつくれる可能性がちらっと見えてきたのも良かったと思います。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

2件目はとにかく広い物件&リノベーション

――2021年の春に1件目を売却した後は、また新たな物件を購入したのでしょうか?

伯耆原:はい。売却で得たお金を原資に新たな家を購入しました。そして、近所の賃貸物件に住みながら、新しい家の設計と現場の監理をしました。今度は部分リノベーションではなく、フルリノベーション。最近やっと竣工し、引っ越しも終えたところです。

――今回の物件はどういう条件で探したのでしょうか?

伯耆原:今回は予算内でとにかく広い物件を探しました。今後、ライフスタイルに多少の変化があっても対応できる追従性を持てるからです。ただ、なかなか良い物件は見つからなかったですね。しかも、僕がリノベーションしたいので、すでにされていないことが条件でしたから、余計に見つけづらかった。当然ですが、SUUMOの検索には「リノベ済み」というチェック項目はあっても「未リノベ」はないんです(笑)。

調べた物件をエクセルで管理しながら粘り強く探した結果、最終的には世田谷区に希望の条件に合った90平米のマンションを購入することができました。

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

――どんなところに惹かれましたか?

伯耆原:これまでに見たことがないつくりで「ここなら面白いデザインができる」と思えましたね。それと、天井の高さと開口の量に惹かれました。ただ、ここの物件は正確な現状図面がなかったんです。だから、図面を書くために全て自分で実測する必要がありました。

そして、実測の結果、いろんな問題も出てきました。それでも現場で関係者全員とコミュニケーションしながら解決する能力は会社で揉まれていたので、やり切れました。それに、1件目を経験していたことで、2件目ではコスト感やスケジュール管理など予測しながら進められましたね。

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

伯耆原:90平米にもなると、どこになにを配置するか、いろんなパターンが考えられます。リノベーション前は部屋の真ん中にトイレ、お風呂、洗面所が構えており、せっかくの「開口の抜け」が塞がれていました。

そこで僕のプランでは大きなワンルームにして、真ん中には回遊できるキッチンを配置。そうすることで、この物件の一番の強みである「開口の抜け」を最大化させました。

――実際、かなり広々とした印象を受けます。

伯耆原:ワンルームだからこそ、汎用性があると思うんです。不動産的な思考だと、60平米もあれば2LDK・3LDKと壁で区切る物件が非常に多いじゃないですか。でも、個人的には空間をいかに広く使えるかが大事だと考えていて、光が抜け、風が通ると暮らしが豊かになると思っています。新しい部屋が必要になったら、その時に仕切ればいい。この部屋も仕切りを用いることで、最大4LDKまでカスタム可能です。いろいろな場所でリモートワークできるので快適ですよ。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

――この住居には、いつまで住む予定ですか?

伯耆原:一生いるつもりはないですが、次のステップが決まるまでは住みます。「売る」という選択肢を持っていることが大事だと思います。ちなみに、次は一戸建の自邸を手掛けたいです。

また、今年の春に会社を辞めて、建築事務所を設立しました。建築設計料だけでお金を稼ぐのではなく、自邸に配置する家具のデザインやプロダクトの販売、さらには“自邸のショールーム化やスタジオ化”を通して、「建築家によるライフスタイル」を提案していくような発信ができたらいいですね。

●取材協力
伯耆原洋太さん
HAMS and, Studio
Twitter

「付加価値リノベ」という戦略。建築家が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も

一級建築士・管理建築士の伯耆原洋太(ほうきばら・ようた)さんは今、新しい住まいと暮らしのスタイルを模索している。大手ゼネコンの設計部に勤め、今春独立した伯耆原さんは、2019年に中古マンションを購入。自らリノベーションを施し、そこに暮らした後で売却した。リノベーションによる付加価値がついたことで、購入時を上回る価格で売れたという。そして、現在はその売却益を原資に次の家を購入し、再びリノベーションにとりかかっている。つまり、「家を買う」→「自らリノベ」→「一定期間住む」→「売却」というサイクルを実践しているのだ。

「ライフスタイルや家族構成の変化で住みたい家は変わる。それなら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいい」と語る伯耆原さん。詳しくお話を伺った。

「自分がデザインした」と言えるものをつくりたかった

――まず、伯耆原さんのご経歴からお伺いします。もともとは大手のゼネコンにいらっしゃったと。

伯耆原:早稲田大学で建築を学んだ後、「竹中工務店」の設計部に就職しました。入社後は10万平米を超えるオフィスのビッグプロジェクトに配属されました。当時、会社内では一番大きなプロジェクトだったと思います。4年ほど携わっていましたが、竣工目前で次のプロジェクトへ異動が命じられまして。しかも、今度はさらに大きなプロジェクトでした……。

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

設計士・伯耆原洋太さん(写真撮影/小野奈那子)

――さらに大きな案件に携われるのは良いことのようにも思いますが。

伯耆原:もちろん誇らしいことですし、自分一人ではとても関われないようなプロジェクトなので、貴重な経験だとは思います。ただ、入社当初は中小規模のプロジェクトにもっと濃密に携わりたかった。ビッグプロジェクトになればなるほど関わる人間も多いため、「ここは僕がデザインした!」と言うのは難しい。僕は自己表現の欲が強いので(笑)、そこに対しては葛藤がありましたね。

――自邸をつくることになったのも、その思いが関係しているのでしょうか?

伯耆原:そうですね。会社の仕事って、良い意味でも悪い意味でも、いち社員が責任を負い切れないじゃないですか。だから30歳が近くなった時に、個人として挑戦したいなと考えるようになりました。そして「自分のデザインを、自分の全責任においてつくりたい」と強く思うようになったんです。

とはいえ、個人としての実績がない僕にいきなりクライアントが現れるわけはありません。そこで、プロジェクトを自分で仕込み、クライアントは自分、デザインも自分という座組みで自邸をつくることにしました。

――その時にはすでに、一定期間住んでから売却することを考えていたのでしょうか?

伯耆原:ぼんやりと、「自邸は一生に一つじゃなくてもいいんじゃないか」とは考えていました。ライフスタイルや家族構成が変わることで、いま住みたい家と10年後・20年後に住みたい家はまるで違うものになるのは言うまでありません。だったら、その時々に合わせた家をつくって住み替え続けていくサイクルがあってもいいのではないかと。そこで、買った家を自分でリノベーションし、一定期間暮らしたあとに売却して、また次の家へ、というビジョンが浮かびました。

自邸=自分をプレゼンできるショールーム

――そこから、会社に所属しつつ自邸のプロジェクトをスタートさせたと。まずは物件選びについて教えてください。

伯耆原:物件については、最低限の不動産価値があることは大前提でした。というのも、どんなに素敵なリノベーションができても、不動産としての価値はエリアや駅までの所要時間、築年数、坪単価などが大きく物をいいます。売却を前提として考えると、その空間に住みたいと思ってもらえるような「デザイン」と物件自体の「不動産価値」の2つがそろっていなければ、このスキームは成り立たないだろうと。

あとは、当時の自分の生活スタイルや仕事のことを考えて、希望は「都心の60平米くらいの中古マンション」。予算に合う物件をひたすら探しました。

――物件はすぐに見つかりましたか?

伯耆原:それが、けっこう苦戦しましたね。当時は毎日のようにSUUMOと睨めっこし、内覧を重ねる日々でした。そこで気づいたのは、完璧な物件など存在しないということ。だから、「ここだけは譲れない」という要素を決めておいて、マイナス要素だけど目をつむれる範囲を決めておくことが大事なのだと思います。

僕の場合、最終的には世田谷区の中古マンションを購入しました。

――どんなところが気に入りましたか?

伯耆原:リノベーションでは変えられない部分に重きを置いて選びました。その1つが天井の高さ。日本の中古マンションは2400mm前後が多いのですが、ここは天井高が2700mmもあります。これだけあれば、全てのプロポーションが全く違って見えてくるんですよ。あとは吹き抜け、螺旋階段、ルーフバルコニーという幼いころからの憧れだった要素が備わっていたことも大きかったですね。

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

購入した三宿エリアの中古マンション(リノベーション前)。築年数は17年でJRと東京メトロの駅まで徒歩10分圏内。また、60平米弱で当時の住宅ローン控除が適用されたそう(写真提供:伯耆原洋太)

――購入時点でリノベーションのプランはある程度固まっていましたか?

伯耆原:どんなデザインにするかまでは固まっていませんでしたが、テーマとしては「30歳の子どものいない夫婦」の住む家をイメージしていました。いわゆるDINKSだからこそ、挑戦できる空間にしたいなと。最大の気積(床面積×高さ)として豊かに空間を感じられることを重要視しました。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

伯耆原:また、これは自邸であると同時に、建築家としての自分を売り込むためのショールームでもあると考えていました。当時はゼネコンに所属していましたが、いつまで会社に必要としてもらえるかは分かりません。そのなかで、今後のキャリアを考えて個人名を知ってもらう意味でも、建築的・空間的に魅力的なものをつくろうと思っていましたね。

――どれくらいの期間をかけて設計されましたか?

伯耆原:会社の仕事と同時並行なので、約4カ月かかりましたね。なお、この物件はそこまで古くなかったこともあり風呂・トイレ・キッチンは変えず、リビングのみを施工しています。

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション風景。工事施工費は500万程度に抑えたそう(写真提供:伯耆原洋太)

―――ちなみに、仕事ではオフィスビルを設計していたということですが、マンションのリノベーションは未経験でしたか?

伯耆原:そうですね。オフィスビルの設計と住宅リノベーションとでは当然ながら勝手が違います。使う素材や規模感もまるで異なるため、けっこうな挑戦でした。ただ、それだけにワクワクしましたね。特に、職人さんとダイレクトにやり取りできるのは会社で中々経験できないので、すごく楽しかったですよ。

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

購入から約半年で完成。寝室とも2枚のカーテンで仕切り、デスクは昇降式(写真提供:伯耆原洋太)

思った以上の反響が自信に

――そして、いよいよ“自邸兼ショールーム”が完成するわけですが、ゆくゆくは売却する予定とはいえ、しばらくは住むつもりだったわけですよね?

伯耆原:60平米弱なので子どもが小学生になるころには手狭になるだろうと考えていましたが、実際はわずか1年で売却することになりましたね。

――早い! なぜですか?

伯耆原:一番の要因はコロナ禍でリモートワークに切り替わり、ライフスタイルがだれも想像しなかったくらい劇的に変化したことです。物件を購入したのはコロナ前でしたが、住み始めたのは2020年の春。ちょうど1回目の緊急事態宣言の真っ只中でした。夫婦ともにリモートワークになって、同時にテレビ会議に入ってしまうと音が聞き取りづらかったんです。間仕切りを増やす等、正直工夫はいくらでもできましたが、ワンルームのコンセプトを中途半端に変えたくなかったのと、もう一回、自分の作品をつくりたいという想いが強くなり、売却を考えました。

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

一人で在宅時はルーフバルコニーで仕事することも(写真提供:伯耆原洋太)

――いつから売却に出していましたか?

伯耆原:住み始めてから数カ月後ですね。出した当時は売るためというよりも、単純に反応をみたいなと思いまして。自分がリノベーションした空間がプロや一般の方々にどう評価されるのか、どれくらいの人が興味を示してくれるのか、試してみたい気持ちがありました。

――反応はいかがでしたか?

伯耆原:内覧者はめちゃくちゃ来てくれましたね。多分、50組100人以上は来たんじゃないかな。おかげで僕の土曜日は毎週潰れまして。前半はカップルや夫婦が来ており、後半は裕福な一人暮らしの人が多く来てくれました。

それから、「ArchDaily」や「architecture photo」などの建築界隈で有名なメディアにも取り上げられました。また、驚いたのはリノベーション雑誌の「LiVES」から取材を受け、この部屋が表紙を飾ったことです。

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

「LiVES」の表紙(写真提供:伯耆原洋太)

――売却はいつ決まったのですか?

伯耆原:手放したのは2021年の春です。クリエイターの人がセカンドハウスとして購入してくれました。もちろん、立地とマンション自体が好条件というのはありますが、最後の決め手は内装と言って購入してくれたので喜びもひとしおでした。

――建築家としての腕試し的なところもあったかと思いますが、相当な自信になったのではないですか?

伯耆原:そうですね。依頼されてつくったものではなく、僕が自発的につくったものが評価され、そこに住みたい人がいるというのは自信になりました。それに、多くのメディアに取り上げられ「完全に自分がデザインした」上で個人名を知ってもらうこともできましたし、自邸を自分自身のショールームにできました。それに、つくれれば売れるし、売れることでまたつくれる可能性がちらっと見えてきたのも良かったと思います。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

2件目はとにかく広い物件&リノベーション

――2021年の春に1件目を売却した後は、また新たな物件を購入したのでしょうか?

伯耆原:はい。売却で得たお金を原資に新たな家を購入しました。そして、近所の賃貸物件に住みながら、新しい家の設計と現場の監理をしました。今度は部分リノベーションではなく、フルリノベーション。最近やっと竣工し、引っ越しも終えたところです。

――今回の物件はどういう条件で探したのでしょうか?

伯耆原:今回は予算内でとにかく広い物件を探しました。今後、ライフスタイルに多少の変化があっても対応できる追従性を持てるからです。ただ、なかなか良い物件は見つからなかったですね。しかも、僕がリノベーションしたいので、すでにされていないことが条件でしたから、余計に見つけづらかった。当然ですが、SUUMOの検索には「リノベ済み」というチェック項目はあっても「未リノベ」はないんです(笑)。

調べた物件をエクセルで管理しながら粘り強く探した結果、最終的には世田谷区に希望の条件に合った90平米のマンションを購入することができました。

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

リノベーション前の状態(写真提供:伯耆原洋太)

――どんなところに惹かれましたか?

伯耆原:これまでに見たことがないつくりで「ここなら面白いデザインができる」と思えましたね。それと、天井の高さと開口の量に惹かれました。ただ、ここの物件は正確な現状図面がなかったんです。だから、図面を書くために全て自分で実測する必要がありました。

そして、実測の結果、いろんな問題も出てきました。それでも現場で関係者全員とコミュニケーションしながら解決する能力は会社で揉まれていたので、やり切れました。それに、1件目を経験していたことで、2件目ではコスト感やスケジュール管理など予測しながら進められましたね。

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

設計図。パズルゲームのように様々なプランを模索。結果、Cのプランを採用し、廊下はなく、広いリビングとキッチンが部屋の拠点となった(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

デッドスペースとなりがちな廊下を徹底的になくし、間仕切りを増やしてもリビングに必ず隣接する平面計画(写真提供:伯耆原洋太)

伯耆原:90平米にもなると、どこになにを配置するか、いろんなパターンが考えられます。リノベーション前は部屋の真ん中にトイレ、お風呂、洗面所が構えており、せっかくの「開口の抜け」が塞がれていました。

そこで僕のプランでは大きなワンルームにして、真ん中には回遊できるキッチンを配置。そうすることで、この物件の一番の強みである「開口の抜け」を最大化させました。

――実際、かなり広々とした印象を受けます。

伯耆原:ワンルームだからこそ、汎用性があると思うんです。不動産的な思考だと、60平米もあれば2LDK・3LDKと壁で区切る物件が非常に多いじゃないですか。でも、個人的には空間をいかに広く使えるかが大事だと考えていて、光が抜け、風が通ると暮らしが豊かになると思っています。新しい部屋が必要になったら、その時に仕切ればいい。この部屋も仕切りを用いることで、最大4LDKまでカスタム可能です。いろいろな場所でリモートワークできるので快適ですよ。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

――この住居には、いつまで住む予定ですか?

伯耆原:一生いるつもりはないですが、次のステップが決まるまでは住みます。「売る」という選択肢を持っていることが大事だと思います。ちなみに、次は一戸建の自邸を手掛けたいです。

また、今年の春に会社を辞めて、建築事務所を設立しました。建築設計料だけでお金を稼ぐのではなく、自邸に配置する家具のデザインやプロダクトの販売、さらには“自邸のショールーム化やスタジオ化”を通して、「建築家によるライフスタイル」を提案していくような発信ができたらいいですね。

●取材協力
伯耆原洋太さん
HAMS and, Studio
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ニューヨーカー、日本に魅了され自宅を「Ryokan(旅館)」にリノベ! 日本の芸術家は滞在無料

ニューヨーク・マンハッタンの繁華街にある、8階建てのビル。エレベーターで上階に上がるまで、このビルの中に「和の空間」が存在しているなんて誰が想像できるでしょう?
持ち主は、26年前の訪日以降、日本の大ファンになり日本の文化に敬意を表すニューヨーカーの男性です。一体彼はなぜ、自宅を和室空間にリノベーションしたのでしょうか? お部屋を見せてもらいました。

訪日で日本文化に魅了され、自宅を和の空間に大改造

ニューヨーク・マンハッタンのダウンタウン地区。地下鉄ユニオンスクエア駅から徒歩5分の便利な場所に、煉瓦造りのコンドミニアム(日本でいう分譲マンションにあたるもの)があります。この辺ではよく見かける 歴史的なヨーロッパ建築の8階建てビルです。

エレベーターで7階に上がり、廊下の奥のドアを開けると、なんと2間の「和室」が広がっています!

京都から取り寄せた畳以外の和の素材は、アメリカ現地で調達したもの。全部で約700スクエアフィート(65平米)(写真撮影/安部かすみ)

京都から取り寄せた畳以外の和の素材は、アメリカ現地で調達したもの。全部で約700スクエアフィート(65平米)(写真撮影/安部かすみ)

持ち主は、スティーブン・グローバス(Stephen Globus)さんというマンハッタン生まれ・育ちの生粋のニューヨーカーです。彼は26年前、出張で初めて日本を訪れ、京都・龍安寺の冬景色の美しさに息を呑んだと言います。その後も、東京・新宿の友人の日本家屋に滞在する機会が幾度かあり、「畳の生活」に魅了されたそうです。

ニューヨークに戻ってからも「畳の間が恋しい」と思うようになり、当地にある日系の施工会社、MiyaSに相談したところ、ニューヨークでも和の空間をつくることができると知り、早速自宅の大改築を依頼。2004年に完成したのが、この和室空間なのです。

茶会用に水屋も備わっている(写真撮影/安部かすみ)

茶会用に水屋も備わっている(写真撮影/安部かすみ)

床の間(写真撮影/安部かすみ)

床の間(写真撮影/安部かすみ)

「日本人はチェックアウトの際、必ず来た時よりも綺麗に掃除して出発しますね」と感心する、家主のグローバスさん。お気に入りの浴衣を羽織って(写真撮影/安部かすみ)

「日本人はチェックアウトの際、必ず来た時よりも綺麗に掃除して出発しますね」と感心する、家主のグローバスさん。お気に入りの浴衣を羽織って(写真撮影/安部かすみ)

構想の段階では、ただ「自分のために和室を」いうコンセプトでしたが、完成すると噂は瞬く間に広がっていき、「茶室として利用できないか?」という周囲のリクエストが多く集まったそうです。それに応え、せっかくなので茶室として一般向けに、スペースの提供を始めました。そうして茶会イベントが徐々に増え、日本人や日系の人々、日本文化が好きな地元の人の間で「話題の場所」になりました。

ただ、ここはそもそも茶室専用に つくったわけではなかったため、茶道口(点前をするときの亭主用の出入り口)や炉(ろ)がない状態です。本格的な茶会イベントが頻繁に行われると、どうしても不便が生じてしまうようになりました。

そこでグローバスさんは、今度は8階の別の自室スペースとペントハウスのスペースを利用して、本格的な茶室にリノベをしたのです。そうして誕生したのが「グローバス和室」(憩翠庵)でした。

現在は、7階を「グローバス旅館」としてアーティスト向けのゲストハウスにし、8階とペントハウスの「グローバス和室」を、当地在住の茶の講師(表千家流、上田宗箇流)に使ってもらい、一般向けに茶会を定期的に催しています。

8階は茶室スペースの「グローバス和室」。写真は昨年12月に行われた着物の展示イベント(写真撮影/安部かすみ)

8階は茶室スペースの「グローバス和室」。写真は昨年12月に行われた着物の展示イベント(写真撮影/安部かすみ)

「グローバス旅館」について特筆すべきは、ここはアーティストであれば「無料」で滞在できる場所ということです。その理由をグローバスさんに聞いてみると、「私は芸術が好きなので、日本とアメリカの文化交流の場をつくりたいのです。才能ある日本人アーティストにニューヨークで夢を叶えてほしい」と言います。

「予算が限られた中で活動をしている芸術家が多く、いざニューヨークでアート活動と言っても滞在費用はかさみますから、才能ある芸術家のサポートができたら嬉しいです」。つまり、ここで芸術活動をしてもらう代わりに、無料でこの和室空間を彼らの滞在先として提供したい、ということなのです。

これまで滞在したアーティストやパフォーマーの数は100人を優に超え、茶会、絵の展示会やライブ・ドローイング・パフォーマンス、生け花、舞踊、琴や三味線などの演奏会、着物の展示会などさまざまなイベントが行われてきました。

例えば2016年、当地在住の日本人カップルのために、福岡県の宮地嶽神社から宮司や巫女を招き、神前結婚式を行っています。「その時は6人の巫女さんが当旅館に滞在しました」(グローバスさん)。

グローバス旅館の奥の部屋(写真撮影/安部かすみ)

グローバス旅館の奥の部屋(写真撮影/安部かすみ)

2部屋にある布団は3人分なので、それ以上のグループでは過去に、寝袋で滞在した人もいたそうです。「私の提供しているものは、カルチュラル・グッドウィル(文化に絡んだ親善活動)です。つまり私がトップアーティストを支援したいという気持ちによるものですから、(通常の)ホテルやホテルのようなサービス、アメニティがここにあるわけではないことをご理解ください」。そして、「ニューヨークで夢を叶えてもらって、私が日本に行った時に彼らのプログレス(進化)を見るのを楽しみにしているんですよ」と、目を輝かせながらグローバスさんは言います。

ここでの芸術イベントおよび滞在に興味があれば、下のウェブサイトの「Contact」から問い合わせてみてください。

障子の外は、ニューヨークの日常の景色が広がっている。室内は外界の音が遮断され、ここがマンハッタンというのを忘れてしまうほど静か(写真撮影/安部かすみ)

障子の外は、ニューヨークの日常の景色が広がっている。室内は外界の音が遮断され、ここがマンハッタンというのを忘れてしまうほど静か(写真撮影/安部かすみ)

2年に及ぶコロナ禍。年の大半をビーチで過ごす

普段はベンチャー・キャピタリストとして活動するグローバスさん。2020年春、ニューヨークで新型コロナウイルスの感染が大拡大し、人々の間ではリモートワークがニューノーマルとなりました。これを機に州外や国外に居住地を移した人も多いです。

グローバスさんも人口密度が高く、ウイルスが蔓延する市内に留まることをやめ、2020年と2021年はそれぞれ5月から11月の間、セカンドハウスのある郊外のロングアイランド(ニューヨーク州南東部に広がる 地域)にある、車の通行が禁止されている島、ファイアーアイランドのビーチハウスで生活しました。

また今年頭まで、家族の住むフロリダやヨーロッパ、そしてハワイにも滞在。「仕事をしている以外は、人の密度が低いビーチを散歩するような生活でした」と、すっかり大自然の中で充電してきた模様です。

州民の大多数がワクチン接種を完了し、感染状況が落ち着きつつあるニューヨークには、2月に戻ってきたばかりです。避難生活中も着物の展示イベントなどを開催し、そのようなイベントを行うたびに、スーツケースを抱えて、戻って来ていました。

久しぶりに故郷であるニューヨークに戻り、アメリカ用につくられたやや深めの堀ごたつに腰掛けてくつろぐグローバスさん。「やっぱり和の空間は心が落ち着きますね」と言いながら、心底リラックスしているようでした。

●取材協力
グローバス和室
グローバス旅館(ゲストハウス)
889 BroadwayNew York, NY 10003

金物のまち・新潟県三条市が人気NO1移住地に! スノーピークなど若者が熱視線の4事例

新潟県三条市が、人気移住地域ランキング「SMOUT移住アワード2021上半期ランキング」(面白法人カヤック発表)でNo.1に輝いた。その評価ポイントは、「市内のエリア特性を見事に生かし、移住関心者の心を掴んだこと」。「移住関心者の心を掴む」として挙げられているのが、三条市に本社を構えるスノーピーク。敷地内にキャンプ場を併設している、アウトドア業界を牽引する企業だ。
そのほかにも、一大金物産地である燕三条地域を成す三条市には、人口比あたり日本一社長が多いと言われるほど多くの企業が存在している。人気の理由を深堀りするため、「スノーピーク」と、話題の金物づくり企業「庖丁工房タダフサ」と「諏訪田製作所」、そして工場と工場、クリエイターをつなぎ文化の継承を担う「三条ものづくり学校」を訪れてみた。

「スノーピーク」アウトドアは趣味かつ仕事!全国から集まる若者が永久保証品質の担い手

国内外でアウトドア関連事業を幅広く展開するスノーピークは、三条市を代表する企業だ。「人生に、野遊びを。」をスローガンとする同社の製品は、多くのキャンパーから支持されている。

本社の地下にあるスノーピークミュージアム。創業からの歴史とこれまでの製品が展示されている(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

本社の地下にあるスノーピークミュージアム。創業からの歴史とこれまでの製品が展示されている(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

創業は1958年。三条市で山井幸雄(やまい・ゆきお)さんが金物問屋を立ち上げ、趣味の登山用に本格的なギアをつくりだしたのが始まりだ。

幸雄さんが開発した、雪山登山時に靴に装着するアイゼンと、岩にボルトを打ち込むハンマー(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

幸雄さんが開発した、雪山登山時に靴に装着するアイゼンと、岩にボルトを打ち込むハンマー(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

その後、息子の太(とおる)さんが2代目社長に就任し、オートキャンプ領域を切り開いた(現在会長職)。
キャンプ用品はバックパッカーやクライマー向きのものが中心だった時代。欲しいものを自らつくり現場で試すという信念を父親から受け継ぎ、誰もが気軽にアウトドアを楽しめる上質な用品を、次々と産み出していった。

山井太さん(左)は三条市生まれ。東京の大学で学び、外資系商社を経て2代目社長に就任した。2020年に娘の梨沙さんが3代目となり、2021年4月より代表取締役会長。執行役員でもある妻の多香子さん(右)とは商社で同期入社だったそう(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

山井太さん(左)は三条市生まれ。東京の大学で学び、外資系商社を経て2代目社長に就任した。2020年に娘の梨沙さんが3代目となり、2021年4月より代表取締役会長。執行役員でもある妻の多香子さん(右)とは商社で同期入社だったそう(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

暴風雨にさらされてもテントを守る頑丈なペグ。焚火のような強い直火に耐えうる鍋。室内で使用する以上に堅牢さを求められるアウトドア製品づくりは、燕三条の職人の技術が支えている。
「たとえば鍋は、大きさによりコンマミリ単位で板厚を変えねばなりません。どのくらいの厚さがベストなのか職人の経験に頼りながら、試作を繰り返します。同時に使いやすさ、美しさを追求しますから『お前が持ってくる依頼はめんどくさいものばっかりだ』と言われながらも、『こんなの無理ですよね、できないですよね』と職人魂を焚き付ければ焚きつけるほど(笑)、こちらの要求を超えてくるのが燕三条の職人です。『試作品つくるために機械もつくっちゃったよ』なんて、びっくりさせられることもよくありました」(太さん)。
高品質を誇りに、「キャンプ製品に永久保証をつけたのは我々が世界初です」と太さんは胸を張る。そんなスノーピークは2011年に、本社をキャンプ場・店舗・工場・オフィスが一体となった「Headquarters」へと進化させ、三条市街地から山を身近に望む丘稜地帯に移転した。

取材当日は大雪。雪中テント泊を楽しみにするキャンパーが関東から訪れていた(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

取材当日は大雪。雪中テント泊を楽しみにするキャンパーが関東から訪れていた(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

「社員もみんなキャンパー、自然の中で過ごすのが大好きなことが入社の条件のひとつです」と語るのは、執行役員の吉野真紀夫(よしの・まきお)さん。自身も釣りとキャンプの愛好家だ。「山も川も海も近いこの場所は、アウトドア体験から製品をつくり試すのにふさわしい、素晴らしい場所です」

「これを眺めながら仕事だなんて、最高でしょ?」と雪景色にはしゃぐ吉野さん。晴れたときには広大なキャンプ場とその奥の山並みが本社屋から一望できる(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

「これを眺めながら仕事だなんて、最高でしょ?」と雪景色にはしゃぐ吉野さん。晴れたときには広大なキャンプ場とその奥の山並みが本社屋から一望できる(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

アウトドア愛好者の憧れの会社となったスノーピークには、全国から入社希望者が殺到する。「今や社員のほとんどは新潟県以外の出身。私も東京出身です」(吉野さん)
「社員たちのアイデアは、地元の工場の職人さんたちに、それこそ打たれ研磨されて世界に誇れる商品になっていきます。新人のうちは不勉強を嘆かれつつもモノづくりへの熱い気持ちは同じ。心に火をつけて最高のギアをつくっていくのです」(吉野さん)

キャンパーであることを優とするスノーピークの採用基準と、常にキャンパーでいられるフィールド、そして、そのフィールド体験をカタチにできる燕三条のモノづくり。そんな吸引力が、若者をスノーピークに惹き寄せているようだ。

社員が自由に使える打ち合わせスペースはまるでキャンプサイト。「これからは衣食住働遊の全領域で、自然と触れ合える生活を提供していきます」(山井太さん)(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

社員が自由に使える打ち合わせスペースはまるでキャンプサイト。「これからは衣食住働遊の全領域で、自然と触れ合える生活を提供していきます」(山井太さん)(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

「庖丁工房タダフサ」世界のバイヤーが認める鍛冶仕事は子どもたちの憧れ

庖丁工房タダフサは、世界中のバイヤーが注目する話題の企業だ。創業は1948年。現在は3代目となる曽根忠幸(そね・ただゆき)さんが経営を担う。
タダフサの主力製品はその名の通り包丁だ。手作業でつくられる鋼の包丁は極上の切れ味。例えば家庭用の万能三徳包丁は9000円(税別・取材当時)と高額だが、生産が間に合わないほどの人気を誇っている。

工場併設のショップ。鋼製包丁はオールステンレスに比べると手入れが必要だが、その重力だけで固い人参が切れる体験をすると、買わずにはいられない。研ぎ直しサービスもあるので安心(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

工場併設のショップ。鋼製包丁はオールステンレスに比べると手入れが必要だが、その重力だけで固い人参が切れる体験をすると、買わずにはいられない。研ぎ直しサービスもあるので安心(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

会社ロゴには、鋼材をつかむ、つかみ箸をデザインした。以前は鍛冶職人が最初に修行としてつくるならわしがあったそう(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

会社ロゴには、鋼材をつかむ、つかみ箸をデザインした。以前は鍛冶職人が最初に修行としてつくるならわしがあったそう(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

「祖父の寅三郎(とらさぶろう)が大工道具の曲尺づくりを始めたのが創業のきっかけです。腕利きが認められるようになって、農具や漁業用具などさまざまな刃物を手掛けました。家庭用の包丁も問屋から注文が入るようになり、その後父・忠一郎(ちゅういちろう)に工場を引き継ぎました。職人が全工程を手作業で行うのは、創業当時と同じです」と曽根さん。

曽根忠幸さん。東京の大学卒業後3年間の会社勤めを経験し、鍛冶職人に。2012年代表取締役に就任。会長職に就いた忠一郎さんは伝統工芸士に認定されている(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

曽根忠幸さん。東京の大学卒業後3年間の会社勤めを経験し、鍛冶職人に。2012年代表取締役に就任。会長職に就いた忠一郎さんは伝統工芸士に認定されている(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

職人の数も少しずつ増え、やがて時代のニーズとともにホームセンターからの注文も入るようになった。「ホームセンターは納期が厳しかったです。長時間労働を強いられ利益も薄いのですが、売上が大きいので断れませんでした」(曽根さん)。

2011年に中川政七商店の中川政七さんに工場経営を相談したことが転機となった。
当時の市長が三条市の活性策として「モノづくり」に道を求め、中川さんにコンサルティングを依頼。多くの金物工場の中からまず1社、タダフサが先鞭をつけるべく選抜されたのだ。

中川さんと打ち合わせを重ねて気がついたのは「自分たちで何をつくるべきか考えてこなかった」ということだった。ユーザーや問屋、ホームセンターのオーダーに応え続けた結果、当時は900種もの商品数があり、その材料や資材などの在庫を抱えていたのだそう。

検討の結果、ユーザーが選びやすい「基本の3本」包丁と、料理の腕が上がったときの「次の1本」に主力商品を整理。利益に見合わない大量発注は請け負わない決断をした。
「特殊な刃物は受注製造制にして、出来上がりまで少し待ってもらうことにしました。ウチの包丁はちゃんと研げば数十年使えますからね、買い替えも数十年に一度です」と曽根さん。

左から「基本の3本」パン切り、万能三徳、万能ペティ、「次の1本」牛刀、出刃、小出刃、刺身(写真提供/庖丁工房タダフサ)

左から「基本の3本」パン切り、万能三徳、万能ペティ、「次の1本」牛刀、出刃、小出刃、刺身(写真提供/庖丁工房タダフサ)

曽根さんは、工場見学者を受け入れて作業と技術を見てもらうことにもこだわっている。
「品質はむしろ海外から評価されていて、2021年の売り上げのうち3割以上が海外関連を占めています。こういった事実は、職人の励みにもなりますね」(曽根さん)

タダフサの包丁ができるまでは大まかに21行程。材料の切断、鋼材の鍛造、焼入、研磨、歪み取りといった工程を職人が1丁1丁作業していく。その様子を見学してもらうことで製品の確かさが伝わり、「この値段ならむしろ安い」と購入してくれる。「モノづくりの背景を知ってもらうことで、価値がより高まります」(曽根さん)

工場見学には、海外のバイヤーも多かった。新型コロナ拡大状況などによる見学可否はHPで確認を(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

工場見学には、海外のバイヤーも多かった。新型コロナ拡大状況などによる見学可否はHPで確認を(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

また、タダフサの“工房心得”には「三条の子どもたちの憧れとなるべき仕事にすること」が刻まれている。「自分も父の仕事をしている姿を見るのが大好きでした」と曽根さん。「鍛冶職人のカッコ良さを見てもらい、技巧の素晴らしさに触れてもらうことで三条が産地として継続するはずです」(曽根さん)

三条市の小学生は社会科見学で工場に訪れる。「息子が『鍛冶屋になる!』と言ってくれているのがものすごく嬉しい」(曽根さん)(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

三条市の小学生は社会科見学で工場に訪れる。「息子が『鍛冶屋になる!』と言ってくれているのがものすごく嬉しい」(曽根さん)(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

曽根さんは、燕三条の工場を一斉にオープンする「燕三条 工場(こうば)の祭典」を2013年初代委員長として開催した、立役者でもある。2020年はオンライン開催となったが、2019年には4日間で5万人の来場者があり、職人仕事に熱い視線が集まった。

「商品を絞り、高品質を伝えることで売り上げは倍以上、利益率も上がりました。憧れの職業となるよう働く環境も整えています。うちは週休二日制、勤務時間は8時間。残業も多少ありますが、残業代は当然支払います。月に1回、会社負担でマッサージも受けられるようにして、仕事の疲れも癒してもらっています」(曽根さん)

実際、タダフサには職人に憧れる若者の入社希望が増えている。2011年の社員数は12人だったが、2022年1月時点で33人。憧れの現場には、女性の職人も4名、オーストラリアから移住してきた若者も働いている。

「職人希望者が増えて嬉しいのですが、鋼を扱う作業は冬は寒いし夏は暑い。過酷な環境で作業に没頭して技巧を磨いていけるかどうかには、向き不向きがあります。ただ、三条の鍛冶職人は世界一。しっかりと家族を養うことができる収入も得られますし、手に職をつけることにより一生涯の仕事ともなります」(曽根さん)

世界基準の技術を持つ。プライベートも大切にできる収入を得る。若者がプライド高く励む鍛冶の現場が、庖丁工房タダフサにあった。

「諏訪田製作所」はオープンファクトリーの先駆者。進化を続ける創業95年企業

「工場の祭典」は職人の後継者不足と製品の低価格化を解決する一策として、燕三条エリアの工場が一斉に工場見学を開放し、一般見学者が地図を片手に思い思いの工場を巡る一大イベント。画期的な取り組みで、全国的にも話題を集めている。
開催の先駆けとなったのが、2011年に「オープンファクトリー」として工場を刷新し、見学者を迎え入れた諏訪田製作所だ。

諏訪田製作所は材料の仕入れから製造、修理まで一貫して自社で行っている。主力商品はニッパー型のつめ切り。「創業96年を迎えます。以前から地元の愛用者が、修理などの相談でフラッと工場に来ることが多かったそうですよ」と、諏訪田製作所の水沼樹(みずぬま・たつき)さん。

来場者の受け付け体制を整えたほうがお互いに良い、ということと、3代目代表取締役・小林知行(こばやし・ともゆき)さんが「生産工程を見せることで商品価値を上げたい、そして職人にプライドを持ってもらいたい」と決断したことが工場を公開する「オープンファクトリー」のきっかけだった。

のどかな田園地帯に建つ諏訪田製作所。2019年に新築された工場はひときわ異彩を放つ(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

のどかな田園地帯に建つ諏訪田製作所。2019年に新築された工場はひときわ異彩を放つ(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

正面ドアを入ると、つめ切りの端材を使ったアートが迎えてくれる(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

正面ドアを入ると、つめ切りの端材を使ったアートが迎えてくれる(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

インテリアにこだわったカフェレストランとショップも併設されていて、工場というより美術館を訪れたような感覚に陥る(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

インテリアにこだわったカフェレストランとショップも併設されていて、工場というより美術館を訪れたような感覚に陥る(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

黒と赤で統一された工場スペースでは、職人たちの様子を間近に見ることができる。オープン前は「見学者を受け入れるなんてとんでもない。集中できない」と反対の声があったそうだが、一流の職人こそ作業に没頭している。そんな心配は無用だった。
直接ユーザーから製品の良さを聞く機会が増え、精緻な技巧を誉められることで、職人たる誇りが醸成されることにも繋がった。

見学コースと作業場所は仕切られていて安全性も保たれている。集塵機がある工場は冷気が吸い込まれてしまうためエアコンをつけないことも一般的だそうだが、諏訪田製作所では倍の数のエアコンを設置して働きやすい環境を維持(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

見学コースと作業場所は仕切られていて安全性も保たれている。集塵機がある工場は冷気が吸い込まれてしまうためエアコンをつけないことも一般的だそうだが、諏訪田製作所では倍の数のエアコンを設置して働きやすい環境を維持(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

職人の家族もオープンファクトリーに訪れる。そのカッコいい姿に子どもたちは憧れて、また職人になることを目指す(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

職人の家族もオープンファクトリーに訪れる。そのカッコいい姿に子どもたちは憧れて、また職人になることを目指す(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

見学コースを抜けると、職人技に感動した逸品が並ぶショップに繋がる。1万円のつめ切りも、もはや高いとは感じない。自宅用に、大事な人へのプレゼント用にと、お買い物が進む。その後はスイーツが自慢のカフェレストランで休憩し、SNSで情報共有したくなる。そんな仕掛けも巧妙だ。

「刃と刃の境目がわからない」ことで高品質がわかる諏訪田製作所のつめ切り(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

「刃と刃の境目がわからない」ことで高品質がわかる諏訪田製作所のつめ切り(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

水沼さんは、第1回「工場の祭典」に参加して諏訪田製作所を見学し、入社を決めたうちのひとり。出身は山口県、東京の大学に進み中小企業経営を学んでいて、燕三条エリアには製造から販売まで一貫して行う工場・企業が多いことに魅力を感じていたのだそう。
「モノづくりって、人類が原始からやっていることですよね。石包丁とか土器とか。残念ながら自分は器用ではないので現場仕事には向いていないのですが、モノをつくる過程でデザインも必要だし、広報や営業も大切です。大企業とは違って職人にも経営者にも近い中小企業の工場で、いろいろなことを学びたいと考えていました」(水沼さん)

「三条に来たのは、諏訪田製作所があったから。妻は花屋を経営しています。彼女も大阪からの移住者で、燕三条で出会いました」と水沼さん(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

「三条に来たのは、諏訪田製作所があったから。妻は花屋を経営しています。彼女も大阪からの移住者で、燕三条で出会いました」と水沼さん(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

実は、水沼さんは代表取締役 小林さんの大学スキー部の後輩。「工場の祭典」の前にスキー部のOB会で出会っていた。小林さんはその時にロン毛で登場。「多くの先輩がいらっしゃる中で社長にはとても見えず、ナニモノ?と強く印象に残りました(笑)」(水沼さん)。
その後ゼミ仲間と「工場の祭典」に行くことになり、小林さんに再会。経営者としての手腕と諏訪田製作所のモノづくりに惚れ込んで入社を決めた。

取材の最後に小林さん(右)にお会いできた。この日は金髪。左は取材に同行したSUUMO編集長(写真撮影/池上香夜子)

取材の最後に小林さん(右)にお会いできた。この日は金髪。左は取材に同行したSUUMO編集長(写真撮影/池上香夜子)

諏訪田製作所の社員は約60人。熟練の職人も多いが、会社の成長にともない若者の入社が増えて、今は全体の半数が20代と30代。男女比はほぼ半々なのだそう。
その若い世代にも、モノづくりを極めたくて入社してきた人が多い。「他の工場と距離が近いのも燕三条エリアの特徴だと思います。自社製品以外に、お互いの得意技術を活かしたモノづくりができる近さは魅力的です。世界に誇れる技術がたくさんあり、販路も世界中。競争意識はありますよ。まさに切磋琢磨できる、理想のモノづくり環境です」(水沼さん)。

完璧な使い心地のつめ切り、芸術作品のようなその商品でさえ、時代に合わせてモデルチェンジを繰り返す諏訪田製作所。地域を超えて日本の工場を先導する諏訪田製作所には、未来を切り拓いていく若者の姿があった。

工場と工場、そしてクリエイターを繋ぐ「三条ものづくり学校」。職人技の継承と新たな繋がりを産み育てる

燕三条エリアの特筆すべきところは、各企業が優れた商品を生み出しているだけではなく、企業間の連携も図れている点だ。そのなかで、工場と工場、そしてクリエイターをつなぎ、文化の継承を担う役割を果たしているのが、閉校した小学校をリノベーションした「三条ものづくり学校」。東京都世田谷区のIID世田谷ものづくり学校を運営する株式会社ものづくり学校が三条市から委託を受けて2015年4月に開校した。

「燕三条エリアのモノづくりの技術やアイデアを育み、地域に貢献することが設立の目的です」と三条ものづくり学校の斎藤広幸(さいとう・ひろゆき)さん。「教室だったところを小規模のクリエイターなど事業者にオフィスとして貸し出すほか、一時的に利用可能なレンタルスペースもあります」(斎藤さん)

小学校当時そのままの外観(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

小学校当時そのままの外観(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

オフィス入居の応募条件は「ものづくりに関わる事業を行う法人もしくは個人事業主であること」。30室はほぼ満室状態だ(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

オフィス入居の応募条件は「ものづくりに関わる事業を行う法人もしくは個人事業主であること」。30室はほぼ満室状態だ(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

「三条市の工場は規模が小さいところがほとんど。組合も専門分野ごとにバラバラで、連携が乏しいという弱点がありました。職人の技術と伝統を絶やさぬよう光を当て、時代にあった商品開発に繋がる役目を果たしたい。そのため、最初はデザイナーやクリエイターに入居を促すことから始めました」(斎藤さん)

斎藤さんは開校以来200社を超える工場に出向いている。「工場、職人の技術や経営ノウハウについてインタビューして、他の工場で参考にしてもらえるようHPなどで紹介しています。直接相談を受けることも増えていて、それが新しい商品に結びつくこともあります」(斎藤さん)

例としてあげてくれたのが、「鉛筆切出(えんぴつきりだし)」。創業から60年、鍛造技術を親子二人で守り、大工道具である切出し小刀を専門につくっている増田切出工場と、ものづくり学校にオフィスを構えるカワコッチという任意団体のデザイナーが共同開発し、ステーショナリーに仕上げた。

従来の切出小刀に窪みを加えることで鉛筆が削りやすくなった。荷物の開梱など生活のちょっとした場面で幅広く使える。IDSデザインコンペ2019準大賞を受賞(写真提供/三条ものづくり学校)

従来の切出小刀に窪みを加えることで鉛筆が削りやすくなった。荷物の開梱など生活のちょっとした場面で幅広く使える。IDSデザインコンペ2019準大賞を受賞(写真提供/三条ものづくり学校)

三条ものづくり学校ではワークショップや交流会などがたびたび開催され、入居者同士のコミュニケーションも活発だ。「全て把握することはできませんが、大小のアイディアが飛び交っているようです」(斎藤さん)。

工場に眠っていた廃材や廃盤となった製品、クリエイターが廃材からつくった作品などを事業者自身が販売する「工場蚤の市」。2019年4月は2日間の開催で約2万人が訪れた。マニアックな部品が並ぶが、「地域の工場や技術が可視化できて、一般の人も出展者もいろんな発見があったと思います」(斉藤さん)

2019年「工場蚤の市」。職人による体験教室も大人気だった。2020年・2021年は「Factory Piece Market」と題し規模を縮小して開催(写真提供/三条ものづくり学校)

2019年「工場蚤の市」。職人による体験教室も大人気だった。2020年・2021年は「Factory Piece Market」と題し規模を縮小して開催(写真提供/三条ものづくり学校)

斉藤さん。自身も三条ものづくり学校での活動を事務局内に引き継ぎ中(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

斉藤さん。自身も三条ものづくり学校での活動を事務局内に引き継ぎ中(写真撮影/RIZMO-PHOTO小林和幸)

日本の多くの地方工業都市では、若者の流出が課題となることが多い。その流出を止めるには魅力的な働く場所・企業と、その環境の整備が有効なのではないだろうか。
三条市を訪れてみると、世界で戦えるモノづくりを基盤に、働きたくなるよう職場を洗練して勤務環境を整えた企業と、地元産業の職人に光を当てて繋ぐ自治体の取り組みが見えてきた。
今回訪問した企業の共通項は「高単価」「世界水準」。成し遂げていたのが、2代目・3代目だったことも共通点だった。創業者とは違う経験を通して、自社の発展と、地域・国・産業の発展とを地続きで見渡す視野の広さに感銘を受けた。

●取材協力
・スノーピーク
・庖丁工房タダフサ
・諏訪田製作所
・三条ものづくり学校
●関連リンク
・燕三条 工場の祭典

「沼垂テラス商店街」シャッター通りが人気スポットに! 県外客まで呼び込んだ大家の手腕とは 新潟県新潟市

新潟県新潟市の沼垂(ぬったり)テラス商店街には、昭和レトロな長屋にセンスあふれるショップが並んでいる。昭和には市場通りとして栄えたもののシャッター通りとなっていた長屋一帯が2015年に生まれ変わり周辺エリアにもにぎわいを広げる、その商店街を訪れてみた。

商店街のコンセプトは「ここでしか出会えないモノ・ヒト・空間」

沼垂地域は新潟駅から徒歩で20分ほどの、寺社や酒や味噌などの醸造工場に囲まれたエリア。
かつては市場通りとして栄え、昭和の時代には日用品や食料品の店舗が立ち並んでいた長屋一帯をリノベーションし、再生されたのが沼垂テラス商店街だ。

4軒の寺院と並行して長屋の沼垂テラス商店街が並んでいる(2016年4月)(写真提供/沼垂テラス商店街)

4軒の寺院と並行して長屋の沼垂テラス商店街が並んでいる(2016年4月)(写真提供/沼垂テラス商店街)

商店街のコンセプトは「ここでしか出会えないモノ・ヒト・空間」。チェーン店は1軒もなく個人経営が主体の、オリジナルな店舗が並ぶ。
ハンドメイドのアクセサリー店、一点ものの家具や雑貨が買える店。ショッピングの合間に食事やスイーツを楽しめる飲食店も豊富だ。30近くある店ごとに営業日時が違うのは商店街らしいといえば商店街らしいが、ショッピングモールとは違うゆったり時間を感じさせてくれる。「そんな自由さも店主それぞれのライフスタイルに合っているようで、出店のハードルが低いのかと思います。」と、商店街を管理・運営するテラスオフィスの専務取締役・統括マネージャー高岡はつえ(たかおか・はつえ)さん。

「代わりに、4月から11月にかけて月に1回ずつ開催している朝市や冬季の冬市には、基本的にいっせいに営業してもらって、商店街全体で集客しています」(高岡さん)

「Ruruck Kitchen」の「沼ネコ焼」は商店街の看板スイーツ。新潟県産コシヒカリを配合したもっちり生地に、餡やカスタードなどが詰まっている(写真提供/沼垂テラス商店街)

「Ruruck Kitchen」の「沼ネコ焼」は商店街の看板スイーツ。新潟県産コシヒカリを配合したもっちり生地に、餡やカスタードなどが詰まっている(写真提供/沼垂テラス商店街)

管理会社テラスオフィス併設の「ひとつぼし雑貨店」。目が合うと家に連れて帰りたくなるモノがいっぱい(写真撮影/池上香夜子)

管理会社テラスオフィス併設の「ひとつぼし雑貨店」。目が合うと家に連れて帰りたくなるモノがいっぱい(写真撮影/池上香夜子)

この地で50年以上になる佐藤青果物店は、いまも元気に営業中(写真提供/沼垂テラス商店街)

この地で50年以上になる佐藤青果物店は、いまも元気に営業中(写真提供/沼垂テラス商店街)

朝市には常設の店舗に加えて市内外からも出店があり、多くの人でにぎわう。規模を縮小した冬市や夜市も開催(感染予防対策としての中止、変更についてはHPで要確認)(写真提供/沼垂テラス商店街)

朝市には常設の店舗に加えて市内外からも出店があり、多くの人でにぎわう。規模を縮小した冬市や夜市も開催(感染予防対策としての中止、変更についてはHPで要確認)(写真提供/沼垂テラス商店街)

再生への躍進は、シャッター通りを丸ごと買い取ったことから始まった

時代が進むにつれて郊外に大型ショッピングセンターができ、さらに店主の高齢化も進み、地元住民が行き交っていた商店街は2010年ごろにはシャッター通りとなっていた。

かつての長屋(2013年3月)(写真提供/沼垂テラス商店街)

かつての長屋(2013年3月)(写真提供/沼垂テラス商店街)

再生の始まりは、かろうじて営業していた店舗のひとつ、大衆割烹「大佐渡たむら」の2代目・田村寛(たむら・ひろし)さんが長屋の一角に惣菜とソフトクリームの店「Ruruck Kitchen」を2010年にオープンしたことだった。
翌年隣に家具と喫茶の「ISANA」、さらに翌年陶芸工房「青人窯」がオープン。シャッター通りに若者たちが次々と店を構えたことが話題となり、人通りも増えたことから、出店希望も相次ぐようになったという。

出店希望に応えて商店街を再生するべく田村さんは奔走したが、当時の管理・所有者だった市場組合の新規出店規約が大きな壁となった。
協議を重ねた末、田村さんが一大決心。2014年に「株式会社テラスオフィス」を設立して長屋一帯を買い取り、店舗の入居と管理を運営することとなった。

テラスオフィス代表取締役・田村さん(右)。商店街再生当初からお店を構えるハンドメイドアクセサリー「nemon」にて(写真提供/沼垂テラス商店街)

テラスオフィス代表取締役・田村さん(右)。商店街再生当初からお店を構えるハンドメイドアクセサリー「nemon」にて(写真提供/沼垂テラス商店街)

運営実務を買って出たのが田村さんの姉、高岡さんだった。「大衆割烹と惣菜店の両方で経営者と料理人を勤めながら商店街再生だなんて、弟の身体が持たないと思いました。自分たちが育った町に恩返しをしたい気持ちも強かったですね」(高岡さん)

市場通りは2015年に「沼垂テラス商店街」と名前を変えて正式オープンした。レトロな街並みと魅力的な店舗が注目を集め、あっという間に沼垂テラス商店街は人気のスポットに。新潟県外からも多くの観光客が訪れるようになった。

高岡はつえさん。「脱サラして大衆割烹を創業した父が『卵焼きとソフトクリームの店、やれや』と私たち姉弟に放ったひと言が『Ruruck Kitchen』開店のきっかけ。もしかしたら商店街の未来を見据えていたのかもしれません。そこから怒涛の日々でした」(写真撮影/平田未来)

高岡はつえさん。「脱サラして大衆割烹を創業した父が『卵焼きとソフトクリームの店、やれや』と私たち姉弟に放ったひと言が『Ruruck Kitchen』開店のきっかけ。もしかしたら商店街の未来を見据えていたのかもしれません。そこから怒涛の日々でした」(写真撮影/平田未来)

コロナ禍では地元への宣伝を強化。いろいろな世代が立ち寄る場所になった

コロナ禍による緊急事態宣言下では、時短営業やイベント中止など、沼垂テラス商店街もかつてとは違う状況に置かれている。

「観光客が減ったのは痛手でしたが、地元を見直すきっかけにもなりました」と高岡さん。
商店街オープン当初から、商店街の広報・宣伝にSNSをフル活用していた。そのおかげもあって来客の中心は感度の高い30代・40代だったが、地元周辺の住民には告知が足りていないことに、ふと気がついた。「『名前は聞くようになったけど、どういう店があるのか知らないし。自分たちの暮らしには関係なさそう』と思われていたようです」(高岡さん)

そこで、沼垂テラス商店街のオープン以来、初めて新聞の折り込み広告を利用し、近所にはチラシを撒くことにした。「費用対効果を考えてチラシ広告は避けていましたが、地元の年配の方が足を運んでくれるようになりました。遠出をせず地元を見直すタイミングともマッチしたんでしょうね」(高岡さん)

入居している店舗とのつながりも集客に効果を発揮した。
朝8時からの「沼垂モーニング」イベントには6店が協力してくれた。商店街誕生当初からの店主が提案した「LINEスタンプラリー企画」に力を貸したのは、コワーキングスペース「灯台-Toudai-」の個室部分をオフィスにしていた「点と線プロダクツ」だ。

「『沼垂グルメスタンプラリー』なども企画しました。店舗と協力して小さなイベントを重ねて行うことで、集客を絶やさないように工夫しています」(高岡さん)

配布した「沼垂グルメMAP」チラシ。普段はモーニング提供していない店舗にも協力してもらい、「沼垂モーニング」を開催(2020年8月)(資料提供/沼垂テラス商店街)

配布した「沼垂グルメMAP」チラシ。普段はモーニング提供していない店舗にも協力してもらい、「沼垂モーニング」を開催(2020年8月)(資料提供/沼垂テラス商店街)

沼垂テラス商店街の成長が、周辺地域にもにぎわいを呼んでいる

休業・撤退せざるを得ない店舗もあるが、沼垂テラス商店街では間を空けずに新たな店舗がオープンしている。募集をかけることはほとんどなく、「ここに店を出したい!」と出店の機会を待つ希望者が多いのだそう。「いま入居している皆さんは、沼垂エリア、新潟を盛り上げていこうと頑張っている方ばかり。いい関係がずっと続いています」(高岡さん)

また、商店街のにぎわいは近隣にも拡大している。空き家や空き店舗を借り受けてリノベーションし、サテライト店舗として管理・運営する取り組みを積極的に行っているのだ。

商店街から1ブロックほど離れた路地にある「なり-nuttari NARI-」は、2016年にサテライト店舗として開業したゲストハウス。宿泊客以外も利用できるバーやイベントスペースを提供する交流の拠点でもある。
「ここでイベントに参加した人が沼垂を気に入ってくれて、新しいサテライト店舗に菓子工房をオープンすることになりました」(高岡さん)

築90年以上の古民家を改修した「なり-nuttari NARI-」(写真提供/沼垂テラス商店街)

築90年以上の古民家を改修した「なり-nuttari NARI-」(写真提供/沼垂テラス商店街)

コワーキングスペース「灯台-Toudai-」。利用する社会人や学生が平日に商店街に人通りをつくってくれる。個室部分に入居していた「点と線プロダクツ」はスタッフ増加に伴い移転、新オフィスに選んだ先も沼垂テラスのサテライト物件だ(写真提供/沼垂テラス商店街)

コワーキングスペース「灯台-Toudai-」。利用する社会人や学生が平日に商店街に人通りをつくってくれる。個室部分に入居していた「点と線プロダクツ」はスタッフ増加に伴い移転、新オフィスに選んだ先も沼垂テラスのサテライト物件だ(写真提供/沼垂テラス商店街)

沼垂テラス商店街はさまざまな地域再生の賞を受賞しており、2021年度経済産業省・中小企業庁主催「はばたく商店街30選」にも選定された。「はばたく商店街30選」は「地域の特性・ニーズを把握し創意工夫を凝らした取り組みによって、地域の暮らしを支える生活基盤として商店街の活性化や地域の発展に貢献している商店街」を選出した賞。

「長屋市場を一括購入することでスピーディーにテナントを埋め、再生を果たした点が特に評価されました。商店街は一般的に建物ごとに所有者が違い、また住居と併用していることもあり、いったん店を閉めると次の運用がなかなか進まないという問題がありますから」(高岡さん)
そして、各店や来街者のSNS発信で「#沼垂テラス商店街」「#沼垂テラス」など、ハッシュタグにより情報拡散して商店街の認知度を高めている点も高評価だったそう。「今のご時勢、普通だと思っていましたが、広告宣伝ツールをほぼSNSだけにしている商店街は珍しいのだそうです」(高岡さん)

オープンから7年経ったいまも人通りが絶えない沼垂テラス商店街には、県内外からの視察や講演依頼が絶えない。学生のフィールドワークにもできる限り協力しているそうで、田村さん、高岡さんの「商店街の力で地域に恩返しをする」意志は強くてあたたかい。
地域とともに発展していく沼垂テラス商店街に、またゆっくりと訪れてみたい。

●取材協力
・沼垂テラス商店街

パリの暮らしとインテリア[12] 陶芸作家が暮らすアール・デコ様式のアパルトマン

陶芸作家ソン・ヨンヒさんは、サンマルタン運河沿いのアール・デコ様式のアパルトマンに住んでいます。2年前から画家や写真家などのアーティスト仲間とリニューアル工事に着手し、現在も手を加えながら暮らしています。モノトーンを基調にした空間に、鮮やかな色合いの家具やアンティークの家具を配置して、パリ・シックを見事に体現したおうちです。

連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

ノスタルジックな下町の雰囲気が残るグルメなおしゃれエリア10区で暮らす

ヨンヒさんは、レースなどの繊細なモチーフにこだわったセラミック作品を生み出す陶芸作家で、絵画も手掛けています。彼女が住むのは10区の主役ともいえるサンマルタン運河沿い。さまざまな小説の舞台になり、名画にも登場しています。とりわけ有名なのはマルセル・カルネ監督の映画『北ホテル』映画『アメリ』など。パリの庶民の暮らしぶりを撮り続けたロベール・ドアノーの写真にも多く登場するフォトジェニックな界隈です。パリのおしゃれなボボ(ブルジョワ・ボヘミアンの略。裕福で高学歴、オーガニックやエコロジーに関心があり、自由なボヘミアンスタイルを好む人々)に好まれる地区で、運河の両サイドには、いまのパリの空気を感じられるようなバーやカフェ、雑貨店がひしめき合っています。もっとも、こうしたエリアも昔は下町で、歩いて数分でインド、オリエンタル、アフリカやアラブ人街があるさまざまな文化が交差しています。

冬は静かなサンマルタン運河は、散歩には最適な場所(撮影/manabu matsunaga)

冬は静かなサンマルタン運河は、散歩には最適な場所(撮影/manabu matsunaga)

特にシャトー・ドー(Château d’eau)界隈やフォブール・サン・ドニ通り(rue du faubourg Saint Denis)は活気があり、チーズ専門店、エピスリー(食材店)、炭火焼きサンドイッチの店などの新店が次々と誕生しています。ヨンヒさんのおうちの周辺は、パリきってのブランジュリーの激戦地区。古代小麦やオーガニックにこだわった「マミッシュ(Mamiche)」や「サン・ブランジュリー(Sain Boulangerie)」、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」といった、いまパリで最も注目を集める店が軒を並べています。「私は食に興味があるので、さまざまな国の料理や食材に囲まれている、この界隈での生活にとても刺激を受けています」とヨンヒさんは語ります。週末の朝はフレッシュな食材が勢ぞろいする「マルシェ・ヴィレット」に行くのが日課。このあたりはパリで第二の中華街ともいわれるベルヴィル街で、懐に優しい中華料理店、新鮮なお豆腐屋、北アフリカ名物クスクスの店など、食の宝庫。ベルヴィルは、19世紀末から移民が移り住み、現在、アジア系、北アフリカ系、ユダヤ系の集まる、コスモポリタンなパリを象徴する地区となっています。

サンマルタン運河の川縁は春先からは人々が集い憩いの場所となります(撮影/manabu matsunaga)

サンマルタン運河の川縁は春先からは人々が集い憩いの場所となります(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさん宅のご近所には、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」など、おいしいパン屋さんが多い(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさん宅のご近所には、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」など、おいしいパン屋さんが多い(撮影/manabu matsunaga)

心地よい暮らしを求めてリノベーション

ヨンヒさんが渡仏した2000年当初は、パリ郊外の住宅街サン=モール=デ=フォセの友人宅に3カ月間お世話になった後、パリ16区の高級住宅街ジャスマンに3カ月、パリの東ヴァンセンヌ城から目と鼻の先のワンルームに2年間ちょっと暮らしていました。その後、家族の介護のために日本とフランスを行き来していましたが、2005年にフランスに戻り、彫刻家の故・藤江孝さんが生前に住んでいた南郊外ヴァンヴのアパルトマンに1年間居住。その翌年、渡仏直後に出会い、ずっと心の支えになってくれた後の夫の持ち家であるアパルトマンに引越し、現在で16年になります。

サロンはヨンヒさんが1日で一番長く過ごす場所。窓が北東に面している ので日差しが入り気持ちよく、サンマルタンが運河が一望できる(撮影/manabu matsunaga)

サロンはヨンヒさんが1日で一番長く過ごす場所。窓が北東に面している ので日差しが入り気持ちよく、サンマルタンが運河が一望できる(撮影/manabu matsunaga)

このアパートは1930年代に建てられたアール・デコ様式の建築で、直線的で機能的なデザインに特徴があります。後に夫となるピエール・リシアンさんは、フランス映画界の重鎮でした。ヌーヴェルヴァーグ(1950年代末に始まったフランスの映画運動)の金字塔『勝手にしやがれ』の助監督を経て、映画宣伝として世界で初めてプレスブックをつくった後、アメリカやアジアの新しい才能を世界に発信し続けた筋金入りの映画人。カンヌ映画祭を長きにわたって影で支えた立役者であるリシアンさんの世界各地の旅に同行し、ヨンヒさんも年の3分の1はパリを不在にする日々が始まります。映画に関するさまざまな雑貨やオブジェのコレクターであった夫は、映画のみならず文学、絵画に関する書籍や何万単位のDVDなど所有量が半端ではありません。まるで映画博物館のようで、「人を招待できる場所ではなかった」とヨンヒさんは述懐します。当時、二人は1階下に35平米のワンルームも所有し、友人知人をもてなしていました。フランスでは自宅に招き合って交流を深める習慣があります。ヨンヒさんはとびきりの料理上手。頻繁に招き招かれの生活を送りながら、夫と世界各国の映画人が深い関係を築いていくのに何役も買いました。
ところが2018年の春、夫が急逝します。ヨンヒさんは失意の時を過ごしますが、1年としばらく経ってから決意をします。「これから生きていく上でより快適に、心地よく暮らせる空間を」とリノベーション工事に着手。その上での絶対条件が「夫の思い出を散りばめた空間」にすることでした。

亡き夫の思い出のコーナー(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の思い出のコーナー(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の友人の映画監督&写真家ジェリー・ シャッツバーグの撮った有名人の写真。フェイ・ダナウェイ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ボブ・ディラ ン、アンディ・ウォーホールなどのオリジナルプリント(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の友人の映画監督&写真家ジェリー・ シャッツバーグの撮った有名人の写真。フェイ・ダナウェイ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ボブ・ディラ ン、アンディ・ウォーホールなどのオリジナルプリント(撮影/manabu matsunaga)

エンジェルのモチーフが大好 きなヨンヒさんのお宅にはさまざまな写真やオブ ジェがある。右の写真は、アメリカの映画監督アレクサンダー・ペイ ンが夫の著書を読んでいる写真(撮影/manabu matsunaga)

エンジェルのモチーフが大好 きなヨンヒさんのお宅にはさまざまな写真やオブ ジェがある。右の写真は、アメリカの映画監督アレクサンダー・ペイ ンが夫の著書を読んでいる写真(撮影/manabu matsunaga)

ところが、リニューアルは最初から難題に突入。“フランスあるある”で、夏のバカンス前から始める工事には困難がつきまといました。まずは工事の始まる数カ月前からアパートの管理組合の許可を取り、準備を粛々と進めなければいけないことが後になって判明します。バカンス前には工事が殺到するため、職人の確保も困難を極めます。リニューアルの第一歩はガス工事をする必要があるのに、当初来てくれる人たちのキャンセルが相次ぎました。しかもフランスではさまざまな部品がすぐに届かないことも大きな要因。「このままでは(“完成しない建築”とも言われる)サグラダ・ファミリアのようになってしまう!?」という不安がよぎったそうです。

そこで、2019年6月からヨンヒさんは業者の手を借りずに、画家、写真家などのアーティスト仲間と、一つ一つのディテールにこだわり抜きながら、唯一無二の空間づくりを開始することにしました。
現場監督は室内装飾家であり画家でもある鈴木出さん。彼は壁の質感や色に徹底的に気を配り、丁寧な作業を続けてくれました。元はパリでアンティーク店を営んでいたパク・ソンジンさんは、水道、電気、内装などでマルチな才能を発揮。花瓶をランプに変身させたり、古い家具を加工したりすることはお手の物です。いまはベルリンに居を移して写真家として活躍するパクさんは、工事のためにパリとベルリン間を往復する生活を2年以上も続けました。サックス奏者の北学さんは、アール・デコ様式の古くなった黒いボロボロのドアを溶接し、10日かけて丹精込めて修復しました。サッカーの指導者でジュエリー作家でもある向和孝さんは、強靭な体格を活かして壁を壊したりしたほか、ペンキ塗りを担当。そのほかにも随時、友人知人の手を借りて、一つ一つを丁寧につくり上げていきました。

扉はすべてアール・デコ 建築の様式。クリニャンクールの蚤の市でボロボロのドアを購入してサックス奏者の北学さんが10日 かけて修復した。とても重くて作業が大変だったとか(撮影/manabu matsunaga)

扉はすべてアール・デコ 建築の様式。クリニャンクールの蚤の市でボロボロのドアを購入してサックス奏者の北学さんが10日 かけて修復した。とても重くて作業が大変だったとか(撮影/manabu matsunaga)

傷んでいたステンドクラスは、教会や修道院など文化遺産の修復を手掛ける専門店で完璧にレストアしてもらった(撮影/manabu matsunaga)

傷んでいたステンドクラスは、教会や修道院など文化遺産の修復を手掛ける専門店で完璧にレストアしてもらった(撮影/manabu matsunaga)

照明のうち数個は手づくりしている。蚤の市で収集してきた真鍮のパーツを花瓶などと組み合わせた(撮影/manabu matsunaga)

照明のうち数個は手づくりしている。蚤の市で収集してきた真鍮のパーツを花瓶などと組み合わせた(撮影/manabu matsunaga)

現在も工事中のお風呂場は自分で工事するとのこと(撮影/manabu matsunaga)

現在も工事中のお風呂場は自分で工事するとのこと(撮影/manabu matsunaga)

試行錯誤のなかで始めた工事ですが、いろいろな気づきもありました。85平米でサロンと2つの寝室がある間取りのアパルトマンは、最初はやたらにドアが多いことや部屋の形がデコボコしていることなどを不思議に思ったそうですが、実は、どの部屋にも窓があってもプライバシーが守られる機能的な設計だったことが分かりました。リビング、お風呂、トイレの壁は左官技法によって、その空間にぴったりとくる質感の壁をつくり上げました。砂の割合などを緻密に計算してつくる左官による仕事は水回りの水分を早く吸収してくれます。現場監督の鈴木さんは画家の本領を発揮して、表面を美しく整えてくれました。

アンティークを日常生活に溶け込ませて、格調高く

内装は白、黒、グレーのモノトーンを基調に、イエロー、青、赤といったカラフルな色を差し色にした、クラシックとモダンが調和した現代的なパリ・シック。「古いものだけだと重たい印象になるので、明るいトーンの差し色や、少しだけラグジュアリーなものを融合してメリハリがあるように心掛けました」

アパルトマンに入ると、まず最初に目に入る衣紋掛けから、部屋への期待が高まる(撮影/manabu matsunaga)

アパルトマンに入ると、まず最初に目に入る衣紋掛けから、部屋への期待が高まる(撮影/manabu matsunaga)

カラフルなインテリアを差し色に(撮影/manabu matsunaga)

カラフルなインテリアを差し色に(撮影/manabu matsunaga)

パリでは一つの年代に統一するのではなく、「クラシックとモダンの調和」が好まれる傾向にあります。古いものを現代的なものと融合させてこそ「センスのある人」とみなされます。
かねてからのアンティーク好きのヨンヒさんは、外国を旅行すればその国の骨董街を訪ねて、日常的にアンティークを取り入れてきました。彼女の週末の楽しみの一つは「蚤の市散策」。クリニャンクールの蚤の市(マルシェ・オ・ピュス・サントアン)では、がらくたの山からアンティークのステンドグラスを発見。ドアノブや蛇口も蚤の市の“戦利品”です。

スイッチもアンティーク。壁は左官の技術を使い、鈴木出さんによってつくられた(撮影/manabu matsunaga)

スイッチもアンティーク。壁は左官の技術を使い、鈴木出さんによってつくられた(撮影/manabu matsunaga)

蚤の市で見つけたボロボロの手洗い場に真鍮などのアクセサリーを取り付けた(撮影/manabu matsunaga)

蚤の市で見つけたボロボロの手洗い場に真鍮などのアクセサリーを取り付けた(撮影/manabu matsunaga)

クリニャンクールの蚤の市のお気に入り店で見つけた王家の紋章のタイル。非常に古く、鉄筋が入っていたの で、一枚ずつ割らない様に剥がして高さを整えるのに苦心したそう。写真右の部分には、亡き夫の記念碑プレートを制作してはめ込む予定(撮影/manabu matsunaga)

クリニャンクールの蚤の市のお気に入り店で見つけた王家の紋章のタイル。非常に古く、鉄筋が入っていたの で、一枚ずつ割らない様に剥がして高さを整えるのに苦心したそう。写真右の部分には、亡き夫の記念碑プレートを制作してはめ込む予定(撮影/manabu matsunaga)

4回も旅行で訪れたポルトガル北部ポルトへの目的の一つも、本物のアンティークのタイル探し。昨今、ポルトガルですら本物は希少価値が高く、市場に出回っているものの多くはレプリカだそうです。

ヨンヒさんがポルト中心部のアンティーク街でたまたま入った店では、鮮やかな黄色のタイルに熱狂。高めのものでは1枚100ユーロのタイルも珍しくない中、25枚で400ユーロにまけてもらいました。値段交渉の駆け引きもアンティーク品や掘り出し物探しの醍醐味です。
サロン入り口のステンドグラスの横に配置された人形は、パリ7区のアンティークの老舗店で一目惚れ。高額でしたが、「こんなに優しい表情の人形はかつて見たことがない」と3回も通った末に、「清水の舞台から飛び降りる」気持ちで購入しました。1700年代につくられたこの人形は、フランス語ではサントン、英語圏ではサントスと呼ばれ、クリスマスに飾る装飾で「小さな聖人」を意味します。

(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんが一日で最も多くの時間を過ごすサロンには、「タベルナクル」と呼ばれる、祈りのための装飾的な祭壇があります。「大切な人を身近に感じるために、サロンの一番見晴らしのいい場所に置きました」

壁際は夫のコレクションスペース。祈りのための祭壇「タベルナクル」はサロンの中央に鎮座(撮影/manabu matsunaga)

壁際は夫のコレクションスペース。祈りのための祭壇「タベルナクル」はサロンの中央に鎮座(撮影/manabu matsunaga)

サロンでのくつろぎの時間こそ、最高の贅沢

彼女が一日のうち、一番くつろげるのは、夕方の黄昏時。「風通しのいい窓際でアペリティフをしながら、静かに過ごすのが至福の時間です」。日差しがさんさんと降り注ぐ窓辺には植物や花を配し、都会にいながらも自然を愛でる暮らしを送っています。窓からはサンマルタン運河が一望でき、四季折々の、胸にしみるような美しさを見せます。

生花も至るところに(撮影/manabu matsunaga)

生花も至るところに(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

夕方以降はキャンドルに灯した明かりや、ランプの光で過ごす(撮影/manabu matsunaga)

夕方以降はキャンドルに灯した明かりや、ランプの光で過ごす(撮影/manabu matsunaga)

夫が亡くなった後も、彼女の周りには友人が集います。フランスでは女主人が席につかないと食事を始められない、という暗黙のルールがあります。食事とおしゃべりを楽しみながら交流を深めていくのがフランス流。女性がキッチンで料理にかかりっきりは、良しとされない文化があるのです。そこで今回のリノベーションでは、サロンにつながる食堂の奥にオープンキッチンを設置。「料理をしながら和気あいあいとしたおしゃべりが楽しいのです」。フランスの食事はスタートから終了までがとても長いため、長時間座っていても座り心地のいい椅子を探すために苦心したヨンヒさん。古い椅子を8脚そろえるために時間をかけて、決して妥協を許しませんでした。テーブルは長方形だと端に座った人たちがコミュニケーションを取れないので、正方形を選択しました。

リノベーションにあたって一番重視したというオープンキッチン。以前は台所と 食卓が区切られていたので改装が大変だったとのこと。友人に囲まれ、おしゃべりしながら楽しく料理 できる空間づくりを心がけた。 タイルは蚤の市で一目惚れしたタイルを使用(撮影/manabu matsunaga)

リノベーションにあたって一番重視したというオープンキッチン。以前は台所と 食卓が区切られていたので改装が大変だったとのこと。友人に囲まれ、おしゃべりしながら楽しく料理 できる空間づくりを心がけた。 タイルは蚤の市で一目惚れしたタイルを使用(撮影/manabu matsunaga)

ステンドグラスの食器棚は とても古く、購入時はガラスが半分以上 割れていて、ドアも外れていたそう。購入価格より、修復には何倍もの費用がかかっ た(撮影/manabu matsunaga)

ステンドグラスの食器棚は とても古く、購入時はガラスが半分以上 割れていて、ドアも外れていたそう。購入価格より、修復には何倍もの費用がかかっ た(撮影/manabu matsunaga)

テーブルは長方形だと端の人達がコミュニケーションを取れな いので、正方形のテーブルにこだわった(撮影/manabu matsunaga)

テーブルは長方形だと端の人達がコミュニケーションを取れな いので、正方形のテーブルにこだわった(撮影/manabu matsunaga)

寝室とゲストルームは白い壁にシンプルでリラックスできる空間を演出。

とても明るいゲストルームは、心地よいファブリックでデコレーション(撮影/manabu matsunaga)

とても明るいゲストルームは、心地よいファブリックでデコレーション(撮影/manabu matsunaga)

それぞれの部屋には310cm×320cmのタンスを設置し、ここにほとんどの衣類やモノを収納できるようにしました。このタンスは長年の友人である、93歳のアルジェリア人の家具職人によるものです。彼は13歳の時に故郷アルジェリアからフランスに渡って以来、80年もの間、家具一筋で生きてきた熟練の職人。仕事にシビアで、こだわりの強さは半端ではありません。フランスの木を購入し、車で南仏マルセイユ港まで運び、船でアルジェリアに渡り、そこのアトリエで制作し、パリに持ってくる事をなんども繰り返してくれたのです。「今は使い捨ての家具が多いが、家具を接着剤で貼るのではなく、全部組み合わせる方法でつくったから何百年も使えるんだ」と誇らしげに話すのが彼の口癖だったそう。

ゲストルームにある特注ダンスは、工事中の寝室にも配置されて いる(撮影/manabu matsunaga)

ゲストルームにある特注ダンスは、工事中の寝室にも配置されて いる(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんは今のアパルトマンが気に入っているので、引越しは考えていませんが、将来は田舎で生活をするのが夢です。「花や野菜を育てたりしながら、創作活動を続けたいです」とヨンヒさん。

食器棚にはたくさんの食器が。料理に合わせてテーブルコーディネートするのが大好きとのこと(撮影/manabu matsunaga)

食器棚にはたくさんの食器が。料理に合わせてテーブルコーディネートするのが大好きとのこと(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんがパリ南西郊外のドゥルダン(Dourdan)に借りているアトリエで制作するお皿はどれも一点物でとても繊細です(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんがパリ南西郊外のドゥルダン(Dourdan)に借りているアトリエで制作するお皿はどれも一点物でとても繊細です(撮影/manabu matsunaga)

友人知人のアーティストや職人たちの、確かな「手」によってつくり上げた、唯一無二のパーソナルな空間。サンマルタン運河を眺めながら、ゆったりと心地よく暮らす、本当の贅沢を垣間見た気がしました。

(文 / 魚住桜子)

パリの暮らしとインテリア[12] 陶芸作家が暮らすアール・デコ様式のアパルトマン

陶芸作家ソン・ヨンヒさんは、サンマルタン運河沿いのアール・デコ様式のアパルトマンに住んでいます。2年前から画家や写真家などのアーティスト仲間とリニューアル工事に着手し、現在も手を加えながら暮らしています。モノトーンを基調にした空間に、鮮やかな色合いの家具やアンティークの家具を配置して、パリ・シックを見事に体現したおうちです。

連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

ノスタルジックな下町の雰囲気が残るグルメなおしゃれエリア10区で暮らす

ヨンヒさんは、レースなどの繊細なモチーフにこだわったセラミック作品を生み出す陶芸作家で、絵画も手掛けています。彼女が住むのは10区の主役ともいえるサンマルタン運河沿い。さまざまな小説の舞台になり、名画にも登場しています。とりわけ有名なのはマルセル・カルネ監督の映画『北ホテル』映画『アメリ』など。パリの庶民の暮らしぶりを撮り続けたロベール・ドアノーの写真にも多く登場するフォトジェニックな界隈です。パリのおしゃれなボボ(ブルジョワ・ボヘミアンの略。裕福で高学歴、オーガニックやエコロジーに関心があり、自由なボヘミアンスタイルを好む人々)に好まれる地区で、運河の両サイドには、いまのパリの空気を感じられるようなバーやカフェ、雑貨店がひしめき合っています。もっとも、こうしたエリアも昔は下町で、歩いて数分でインド、オリエンタル、アフリカやアラブ人街があるさまざまな文化が交差しています。

冬は静かなサンマルタン運河は、散歩には最適な場所(撮影/manabu matsunaga)

冬は静かなサンマルタン運河は、散歩には最適な場所(撮影/manabu matsunaga)

特にシャトー・ドー(Château d’eau)界隈やフォブール・サン・ドニ通り(rue du faubourg Saint Denis)は活気があり、チーズ専門店、エピスリー(食材店)、炭火焼きサンドイッチの店などの新店が次々と誕生しています。ヨンヒさんのおうちの周辺は、パリきってのブランジュリーの激戦地区。古代小麦やオーガニックにこだわった「マミッシュ(Mamiche)」や「サン・ブランジュリー(Sain Boulangerie)」、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」といった、いまパリで最も注目を集める店が軒を並べています。「私は食に興味があるので、さまざまな国の料理や食材に囲まれている、この界隈での生活にとても刺激を受けています」とヨンヒさんは語ります。週末の朝はフレッシュな食材が勢ぞろいする「マルシェ・ヴィレット」に行くのが日課。このあたりはパリで第二の中華街ともいわれるベルヴィル街で、懐に優しい中華料理店、新鮮なお豆腐屋、北アフリカ名物クスクスの店など、食の宝庫。ベルヴィルは、19世紀末から移民が移り住み、現在、アジア系、北アフリカ系、ユダヤ系の集まる、コスモポリタンなパリを象徴する地区となっています。

サンマルタン運河の川縁は春先からは人々が集い憩いの場所となります(撮影/manabu matsunaga)

サンマルタン運河の川縁は春先からは人々が集い憩いの場所となります(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさん宅のご近所には、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」など、おいしいパン屋さんが多い(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさん宅のご近所には、グルテンフリーの名店「シャンベラン(Chambelland)」など、おいしいパン屋さんが多い(撮影/manabu matsunaga)

心地よい暮らしを求めてリノベーション

ヨンヒさんが渡仏した2000年当初は、パリ郊外の住宅街サン=モール=デ=フォセの友人宅に3カ月間お世話になった後、パリ16区の高級住宅街ジャスマンに3カ月、パリの東ヴァンセンヌ城から目と鼻の先のワンルームに2年間ちょっと暮らしていました。その後、家族の介護のために日本とフランスを行き来していましたが、2005年にフランスに戻り、彫刻家の故・藤江孝さんが生前に住んでいた南郊外ヴァンヴのアパルトマンに1年間居住。その翌年、渡仏直後に出会い、ずっと心の支えになってくれた後の夫の持ち家であるアパルトマンに引越し、現在で16年になります。

サロンはヨンヒさんが1日で一番長く過ごす場所。窓が北東に面している ので日差しが入り気持ちよく、サンマルタンが運河が一望できる(撮影/manabu matsunaga)

サロンはヨンヒさんが1日で一番長く過ごす場所。窓が北東に面している ので日差しが入り気持ちよく、サンマルタンが運河が一望できる(撮影/manabu matsunaga)

このアパートは1930年代に建てられたアール・デコ様式の建築で、直線的で機能的なデザインに特徴があります。後に夫となるピエール・リシアンさんは、フランス映画界の重鎮でした。ヌーヴェルヴァーグ(1950年代末に始まったフランスの映画運動)の金字塔『勝手にしやがれ』の助監督を経て、映画宣伝として世界で初めてプレスブックをつくった後、アメリカやアジアの新しい才能を世界に発信し続けた筋金入りの映画人。カンヌ映画祭を長きにわたって影で支えた立役者であるリシアンさんの世界各地の旅に同行し、ヨンヒさんも年の3分の1はパリを不在にする日々が始まります。映画に関するさまざまな雑貨やオブジェのコレクターであった夫は、映画のみならず文学、絵画に関する書籍や何万単位のDVDなど所有量が半端ではありません。まるで映画博物館のようで、「人を招待できる場所ではなかった」とヨンヒさんは述懐します。当時、二人は1階下に35平米のワンルームも所有し、友人知人をもてなしていました。フランスでは自宅に招き合って交流を深める習慣があります。ヨンヒさんはとびきりの料理上手。頻繁に招き招かれの生活を送りながら、夫と世界各国の映画人が深い関係を築いていくのに何役も買いました。
ところが2018年の春、夫が急逝します。ヨンヒさんは失意の時を過ごしますが、1年としばらく経ってから決意をします。「これから生きていく上でより快適に、心地よく暮らせる空間を」とリノベーション工事に着手。その上での絶対条件が「夫の思い出を散りばめた空間」にすることでした。

亡き夫の思い出のコーナー(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の思い出のコーナー(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の友人の映画監督&写真家ジェリー・ シャッツバーグの撮った有名人の写真。フェイ・ダナウェイ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ボブ・ディラ ン、アンディ・ウォーホールなどのオリジナルプリント(撮影/manabu matsunaga)

亡き夫の友人の映画監督&写真家ジェリー・ シャッツバーグの撮った有名人の写真。フェイ・ダナウェイ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ボブ・ディラ ン、アンディ・ウォーホールなどのオリジナルプリント(撮影/manabu matsunaga)

エンジェルのモチーフが大好 きなヨンヒさんのお宅にはさまざまな写真やオブ ジェがある。右の写真は、アメリカの映画監督アレクサンダー・ペイ ンが夫の著書を読んでいる写真(撮影/manabu matsunaga)

エンジェルのモチーフが大好 きなヨンヒさんのお宅にはさまざまな写真やオブ ジェがある。右の写真は、アメリカの映画監督アレクサンダー・ペイ ンが夫の著書を読んでいる写真(撮影/manabu matsunaga)

ところが、リニューアルは最初から難題に突入。“フランスあるある”で、夏のバカンス前から始める工事には困難がつきまといました。まずは工事の始まる数カ月前からアパートの管理組合の許可を取り、準備を粛々と進めなければいけないことが後になって判明します。バカンス前には工事が殺到するため、職人の確保も困難を極めます。リニューアルの第一歩はガス工事をする必要があるのに、当初来てくれる人たちのキャンセルが相次ぎました。しかもフランスではさまざまな部品がすぐに届かないことも大きな要因。「このままでは(“完成しない建築”とも言われる)サグラダ・ファミリアのようになってしまう!?」という不安がよぎったそうです。

そこで、2019年6月からヨンヒさんは業者の手を借りずに、画家、写真家などのアーティスト仲間と、一つ一つのディテールにこだわり抜きながら、唯一無二の空間づくりを開始することにしました。
現場監督は室内装飾家であり画家でもある鈴木出さん。彼は壁の質感や色に徹底的に気を配り、丁寧な作業を続けてくれました。元はパリでアンティーク店を営んでいたパク・ソンジンさんは、水道、電気、内装などでマルチな才能を発揮。花瓶をランプに変身させたり、古い家具を加工したりすることはお手の物です。いまはベルリンに居を移して写真家として活躍するパクさんは、工事のためにパリとベルリン間を往復する生活を2年以上も続けました。サックス奏者の北学さんは、アール・デコ様式の古くなった黒いボロボロのドアを溶接し、10日かけて丹精込めて修復しました。サッカーの指導者でジュエリー作家でもある向和孝さんは、強靭な体格を活かして壁を壊したりしたほか、ペンキ塗りを担当。そのほかにも随時、友人知人の手を借りて、一つ一つを丁寧につくり上げていきました。

扉はすべてアール・デコ 建築の様式。クリニャンクールの蚤の市でボロボロのドアを購入してサックス奏者の北学さんが10日 かけて修復した。とても重くて作業が大変だったとか(撮影/manabu matsunaga)

扉はすべてアール・デコ 建築の様式。クリニャンクールの蚤の市でボロボロのドアを購入してサックス奏者の北学さんが10日 かけて修復した。とても重くて作業が大変だったとか(撮影/manabu matsunaga)

傷んでいたステンドクラスは、教会や修道院など文化遺産の修復を手掛ける専門店で完璧にレストアしてもらった(撮影/manabu matsunaga)

傷んでいたステンドクラスは、教会や修道院など文化遺産の修復を手掛ける専門店で完璧にレストアしてもらった(撮影/manabu matsunaga)

照明のうち数個は手づくりしている。蚤の市で収集してきた真鍮のパーツを花瓶などと組み合わせた(撮影/manabu matsunaga)

照明のうち数個は手づくりしている。蚤の市で収集してきた真鍮のパーツを花瓶などと組み合わせた(撮影/manabu matsunaga)

現在も工事中のお風呂場は自分で工事するとのこと(撮影/manabu matsunaga)

現在も工事中のお風呂場は自分で工事するとのこと(撮影/manabu matsunaga)

試行錯誤のなかで始めた工事ですが、いろいろな気づきもありました。85平米でサロンと2つの寝室がある間取りのアパルトマンは、最初はやたらにドアが多いことや部屋の形がデコボコしていることなどを不思議に思ったそうですが、実は、どの部屋にも窓があってもプライバシーが守られる機能的な設計だったことが分かりました。リビング、お風呂、トイレの壁は左官技法によって、その空間にぴったりとくる質感の壁をつくり上げました。砂の割合などを緻密に計算してつくる左官による仕事は水回りの水分を早く吸収してくれます。現場監督の鈴木さんは画家の本領を発揮して、表面を美しく整えてくれました。

アンティークを日常生活に溶け込ませて、格調高く

内装は白、黒、グレーのモノトーンを基調に、イエロー、青、赤といったカラフルな色を差し色にした、クラシックとモダンが調和した現代的なパリ・シック。「古いものだけだと重たい印象になるので、明るいトーンの差し色や、少しだけラグジュアリーなものを融合してメリハリがあるように心掛けました」

アパルトマンに入ると、まず最初に目に入る衣紋掛けから、部屋への期待が高まる(撮影/manabu matsunaga)

アパルトマンに入ると、まず最初に目に入る衣紋掛けから、部屋への期待が高まる(撮影/manabu matsunaga)

カラフルなインテリアを差し色に(撮影/manabu matsunaga)

カラフルなインテリアを差し色に(撮影/manabu matsunaga)

パリでは一つの年代に統一するのではなく、「クラシックとモダンの調和」が好まれる傾向にあります。古いものを現代的なものと融合させてこそ「センスのある人」とみなされます。
かねてからのアンティーク好きのヨンヒさんは、外国を旅行すればその国の骨董街を訪ねて、日常的にアンティークを取り入れてきました。彼女の週末の楽しみの一つは「蚤の市散策」。クリニャンクールの蚤の市(マルシェ・オ・ピュス・サントアン)では、がらくたの山からアンティークのステンドグラスを発見。ドアノブや蛇口も蚤の市の“戦利品”です。

スイッチもアンティーク。壁は左官の技術を使い、鈴木出さんによってつくられた(撮影/manabu matsunaga)

スイッチもアンティーク。壁は左官の技術を使い、鈴木出さんによってつくられた(撮影/manabu matsunaga)

蚤の市で見つけたボロボロの手洗い場に真鍮などのアクセサリーを取り付けた(撮影/manabu matsunaga)

蚤の市で見つけたボロボロの手洗い場に真鍮などのアクセサリーを取り付けた(撮影/manabu matsunaga)

クリニャンクールの蚤の市のお気に入り店で見つけた王家の紋章のタイル。非常に古く、鉄筋が入っていたの で、一枚ずつ割らない様に剥がして高さを整えるのに苦心したそう。写真右の部分には、亡き夫の記念碑プレートを制作してはめ込む予定(撮影/manabu matsunaga)

クリニャンクールの蚤の市のお気に入り店で見つけた王家の紋章のタイル。非常に古く、鉄筋が入っていたの で、一枚ずつ割らない様に剥がして高さを整えるのに苦心したそう。写真右の部分には、亡き夫の記念碑プレートを制作してはめ込む予定(撮影/manabu matsunaga)

4回も旅行で訪れたポルトガル北部ポルトへの目的の一つも、本物のアンティークのタイル探し。昨今、ポルトガルですら本物は希少価値が高く、市場に出回っているものの多くはレプリカだそうです。

ヨンヒさんがポルト中心部のアンティーク街でたまたま入った店では、鮮やかな黄色のタイルに熱狂。高めのものでは1枚100ユーロのタイルも珍しくない中、25枚で400ユーロにまけてもらいました。値段交渉の駆け引きもアンティーク品や掘り出し物探しの醍醐味です。
サロン入り口のステンドグラスの横に配置された人形は、パリ7区のアンティークの老舗店で一目惚れ。高額でしたが、「こんなに優しい表情の人形はかつて見たことがない」と3回も通った末に、「清水の舞台から飛び降りる」気持ちで購入しました。1700年代につくられたこの人形は、フランス語ではサントン、英語圏ではサントスと呼ばれ、クリスマスに飾る装飾で「小さな聖人」を意味します。

(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんが一日で最も多くの時間を過ごすサロンには、「タベルナクル」と呼ばれる、祈りのための装飾的な祭壇があります。「大切な人を身近に感じるために、サロンの一番見晴らしのいい場所に置きました」

壁際は夫のコレクションスペース。祈りのための祭壇「タベルナクル」はサロンの中央に鎮座(撮影/manabu matsunaga)

壁際は夫のコレクションスペース。祈りのための祭壇「タベルナクル」はサロンの中央に鎮座(撮影/manabu matsunaga)

サロンでのくつろぎの時間こそ、最高の贅沢

彼女が一日のうち、一番くつろげるのは、夕方の黄昏時。「風通しのいい窓際でアペリティフをしながら、静かに過ごすのが至福の時間です」。日差しがさんさんと降り注ぐ窓辺には植物や花を配し、都会にいながらも自然を愛でる暮らしを送っています。窓からはサンマルタン運河が一望でき、四季折々の、胸にしみるような美しさを見せます。

生花も至るところに(撮影/manabu matsunaga)

生花も至るところに(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

(撮影/manabu matsunaga)

夕方以降はキャンドルに灯した明かりや、ランプの光で過ごす(撮影/manabu matsunaga)

夕方以降はキャンドルに灯した明かりや、ランプの光で過ごす(撮影/manabu matsunaga)

夫が亡くなった後も、彼女の周りには友人が集います。フランスでは女主人が席につかないと食事を始められない、という暗黙のルールがあります。食事とおしゃべりを楽しみながら交流を深めていくのがフランス流。女性がキッチンで料理にかかりっきりは、良しとされない文化があるのです。そこで今回のリノベーションでは、サロンにつながる食堂の奥にオープンキッチンを設置。「料理をしながら和気あいあいとしたおしゃべりが楽しいのです」。フランスの食事はスタートから終了までがとても長いため、長時間座っていても座り心地のいい椅子を探すために苦心したヨンヒさん。古い椅子を8脚そろえるために時間をかけて、決して妥協を許しませんでした。テーブルは長方形だと端に座った人たちがコミュニケーションを取れないので、正方形を選択しました。

リノベーションにあたって一番重視したというオープンキッチン。以前は台所と 食卓が区切られていたので改装が大変だったとのこと。友人に囲まれ、おしゃべりしながら楽しく料理 できる空間づくりを心がけた。 タイルは蚤の市で一目惚れしたタイルを使用(撮影/manabu matsunaga)

リノベーションにあたって一番重視したというオープンキッチン。以前は台所と 食卓が区切られていたので改装が大変だったとのこと。友人に囲まれ、おしゃべりしながら楽しく料理 できる空間づくりを心がけた。 タイルは蚤の市で一目惚れしたタイルを使用(撮影/manabu matsunaga)

ステンドグラスの食器棚は とても古く、購入時はガラスが半分以上 割れていて、ドアも外れていたそう。購入価格より、修復には何倍もの費用がかかっ た(撮影/manabu matsunaga)

ステンドグラスの食器棚は とても古く、購入時はガラスが半分以上 割れていて、ドアも外れていたそう。購入価格より、修復には何倍もの費用がかかっ た(撮影/manabu matsunaga)

テーブルは長方形だと端の人達がコミュニケーションを取れな いので、正方形のテーブルにこだわった(撮影/manabu matsunaga)

テーブルは長方形だと端の人達がコミュニケーションを取れな いので、正方形のテーブルにこだわった(撮影/manabu matsunaga)

寝室とゲストルームは白い壁にシンプルでリラックスできる空間を演出。

とても明るいゲストルームは、心地よいファブリックでデコレーション(撮影/manabu matsunaga)

とても明るいゲストルームは、心地よいファブリックでデコレーション(撮影/manabu matsunaga)

それぞれの部屋には310cm×320cmのタンスを設置し、ここにほとんどの衣類やモノを収納できるようにしました。このタンスは長年の友人である、93歳のアルジェリア人の家具職人によるものです。彼は13歳の時に故郷アルジェリアからフランスに渡って以来、80年もの間、家具一筋で生きてきた熟練の職人。仕事にシビアで、こだわりの強さは半端ではありません。フランスの木を購入し、車で南仏マルセイユ港まで運び、船でアルジェリアに渡り、そこのアトリエで制作し、パリに持ってくる事をなんども繰り返してくれたのです。「今は使い捨ての家具が多いが、家具を接着剤で貼るのではなく、全部組み合わせる方法でつくったから何百年も使えるんだ」と誇らしげに話すのが彼の口癖だったそう。

ゲストルームにある特注ダンスは、工事中の寝室にも配置されて いる(撮影/manabu matsunaga)

ゲストルームにある特注ダンスは、工事中の寝室にも配置されて いる(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんは今のアパルトマンが気に入っているので、引越しは考えていませんが、将来は田舎で生活をするのが夢です。「花や野菜を育てたりしながら、創作活動を続けたいです」とヨンヒさん。

食器棚にはたくさんの食器が。料理に合わせてテーブルコーディネートするのが大好きとのこと(撮影/manabu matsunaga)

食器棚にはたくさんの食器が。料理に合わせてテーブルコーディネートするのが大好きとのこと(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんがパリ南西郊外のドゥルダン(Dourdan)に借りているアトリエで制作するお皿はどれも一点物でとても繊細です(撮影/manabu matsunaga)

ヨンヒさんがパリ南西郊外のドゥルダン(Dourdan)に借りているアトリエで制作するお皿はどれも一点物でとても繊細です(撮影/manabu matsunaga)

友人知人のアーティストや職人たちの、確かな「手」によってつくり上げた、唯一無二のパーソナルな空間。サンマルタン運河を眺めながら、ゆったりと心地よく暮らす、本当の贅沢を垣間見た気がしました。

(文 / 魚住桜子)

パリの暮らしとインテリア[11] 内装建築家が郊外の集合住宅をエコリノベーション

内装建築家のカミーユ・トレルさんは、エコ建築が専門です。1年半前に購入したフランスのパリ郊外にある住まいを訪ねると、得意のエコ建築でフルリノベーションを行っている真っ最中でした。ここにパートナーと17歳の長女、6歳の長男と、家族4人で暮らしています。そしてもうすぐ5人に! なぜ郊外なのか、そしてなぜエコ建築なのか? 魅力を探りました。

連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

緑の多い環境と広々とした住まいを求めて、郊外へ

遠くヴェルサイユの森からビエーヴル川が流れ、そのほとりに木々が連なる静かな街、ヴェリエール・ル・ブイソン。ここはかつてフランス国王の狩猟のための森でした。緑豊かな環境は今も守られ、保存の行き届いた石畳の市内は、古いフランス映画のような可愛らしさがあります。

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

内装建築家のカミーユさんは1年半前、この街の中心部にある集合住宅の2階を購入し、引越してきました。子どもたちが通うシュタイナーの学校があること、そしてパートナーの前妻が住む街なので家族みんなが近くに暮らせることが、決断の理由でした。もちろん、緑の多い環境であることも。

築年数約200年の集合住宅2階とその上の屋根裏部分が、カミーユさんの住まい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

築年数約200年の集合住宅2階とその上の屋根裏部分が、カミーユさんの住まい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもたちが通うシュタイナー学校(写真撮影/Manabu Matsunaga)

子どもたちが通うシュタイナー学校(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「子どものころは、セーヌ川で船上生活をしていました。父が選んだ船暮らしでしたが、自然を身近に感じられる毎日が私は本当に好きで。当時の経験が今も大きく私に影響を与えていると感じます」と、カミーユさん。
実は、この住まいに引越す前も、パリ郊外に暮らしていたといいます。そのくらい緑豊かな環境は、カミーユさんにとって不可欠なのです。
「パリへのアクセスが便利な郊外は、美術館や文化施設など都市の豊かさを享受できます。それでいてパリ暮らしよりもずっと静かで、ずっと広い住まいに暮らせるのですから、コロナ禍の外出制限を機にパリ市民が大勢引越してきたというのも頷けます」

グラン・パリ構想が着々と実現される郊外エリア。住み心地は?

2016年 、パリ市とその周辺の131の市町村を1つの大都市とする「メトロポーム・デュ・グラン・パリ」が発足しました。現在、周辺地域を結ぶメトロ「グラン・パリ・エクスプレス」の建設工事が進んでいます。カミーユさんが暮らすヴェリエール・ル・ブイソンにも、メトロ18線(注:現在パリには14の路線が存在する)の駅が建設される予定です。今の所、パリへ出るには車か列車で約30分の道中になりますが、メトロ18線が登場すれば移動はぐっと楽になるでしょう。この街に引越してくるパリジャン・パリジェンヌも、よりいっそう増えそうです。

グラン・パリ開発が進む街の一つ、クレムラン・ビセトルに建設予定の集合住宅。MEFエドワー・フランソワ建築事務所が手掛ける(MEF - Kremlin bicetre)

グラン・パリ開発が進む街の一つ、クレムラン・ビセトルに建設予定の集合住宅。MEFエドワー・フランソワ建築事務所が手掛ける(MEF – Kremlin bicetre)

「グラン・パリに関しては、個人的に良い面と悪い面があると考えています。良い面は、郊外が近くなることで、より多くの人々が緑豊かな環境の広い住まいに暮らせるようになることです。コロナ禍を体験し、多くの人が暮らしの質を考え直した今、これは本当に歓迎すべきことだと思います。悪い面は、石造りの建物が取り壊されてビルに変わってしまうこと。まだあと100年は使える住居を壊すなど誰も望んでいませんし、私も同じ考えですから」
カミーユさんの心は複雑ですが、オルリー空港からも近いヴェリエール・ル・ブイソンが、今後注目の高まる街であることは間違いありません。

エコ建築は、今を生きる自分たちのため。そして将来の環境のため。

集合住宅の2階を購入し、その後屋根裏も買い足して、築年数約200年の物件を得意のエコ建築でリノベーションしているカミーユさん。カミーユさんにとってエコ建築は、環境を考慮した持続可能なアプローチで住まいやオフィスをリノベートすること。例えば、フランスのエコ認証の付いたペンキを選ぶことはもちろんですし、その認証が信頼できるものであるかどうかを調べることにも手を抜きません。また、エコ認証のないものでも、例えば無垢材の木の中古家具を採用することは、環境インパクトを最小限に抑えるという意味で持続可能なアプローチであり、エコであると捉えています。

玄関を入ったフロアに広々としたリビングとキッチンがあり、さらにシャワー、トイレ、長女の部屋があります。上階の屋根裏に行くと、長男の部屋と夫妻の寝室。夫妻の寝室には、バスタブとシャワーもつけました。

住まいはトータルで104平米(写真撮影/Manabu Matsunaga)

住まいはトータルで104平米(写真撮影/Manabu Matsunaga)

以前は映画業界で働いていたカミーユさんらしく、ポスターや電飾を使って暮らしを楽しく演出している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

以前は映画業界で働いていたカミーユさんらしく、ポスターや電飾を使って暮らしを楽しく演出している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2匹いる犬たちも広い暮らしをのびのび満喫中(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2匹いる犬たちも広い暮らしをのびのび満喫中(写真撮影/Manabu Matsunaga)

コンパクトなキッチンも、オープンにして広々と(写真撮影/Manabu Matsunaga)

コンパクトなキッチンも、オープンにして広々と(写真撮影/Manabu Matsunaga)

クライアントの仕事を優先しているため、自分の住まいは後回しになり、仕上がりのスピードはゆっくりです。今もまだペンキを塗っていないファイバーボードの壁が、剥き出しになっていたりします。しかも、エコ素材のペンキは、通常のものよりも乾くのに時間がかかるので、工事を急ぐ現代人には敬遠されがちなのだそう。金額が高いことも障害になります。それでもエコ建築を選ぶのは、なぜでしょうか?

天井の断熱材には綿・麻・ジュートでできたナチュラルファイバーを使用。暖房のエネルギーを節約するために断熱は入念に。その厚みのため天井の梁が隠れてしまったが、味わいがあるので可能な限り残すようにした(写真撮影/Manabu Matsunaga)

天井の断熱材には綿・麻・ジュートでできたナチュラルファイバーを使用。暖房のエネルギーを節約するために断熱は入念に。その厚みのため天井の梁が隠れてしまったが、味わいがあるので可能な限り残すようにした(写真撮影/Manabu Matsunaga)

屋根裏の仕切りにはフランスのエコ基準をクリアしたファイバーボードと石膏ボードを使用。軽量素材なので上層階のリノベートに適している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

屋根裏の仕切りにはフランスのエコ基準をクリアしたファイバーボードと石膏ボードを使用。軽量素材なので上層階のリノベートに適している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「建築素材のなかには、そこに含まれる有害物質が人間の身体に悪影響を及ぼすことは、今や誰でも知っています。そして自分の住空間が汚染されていると思いながら暮らすのは、気分のいいものではありません。この仕事を始める前、私は映画のセットをつくる仕事をしていました。それが妊娠をきっかけにヘルシーな住空間について考えるようになり、産休を利用して住まいをD I Yでエコリノベして……自然と、今の仕事につながりました」
つまり、エコ建築を選ぶ理由の核には、家族の健康への思いがある、ということ。
「私のクライアントも、生まれてくる赤ちゃんの健康のためにエコ建築を選ぶ人がほとんどです。仕事では個人宅以外にも、オフィスやレストランも手がけますが、『以前よりずっと快適に感じる』とか『アレルギーが治まった』など、住空間であれ仕事空間であれ、反響はとてもポジティブですよ」と、カミーユさん。
加えて、人の身体に優しいエコ建築は、持続可能でもあります。未来を生きる子どもたちの世代のために、せめて負の遺産を残さない努力はしたいという想いも、カミーユさんは強くお持ちでした。

床、階段、本棚などなど、いたるところに木の無垢材を多用(写真撮影/Manabu Matsunaga)

床、階段、本棚などなど、いたるところに木の無垢材を多用(写真撮影/Manabu Matsunaga)

味わいのある天井の梁はあえて剥き出しにして、エコ基準をクリアしたペンキで白く塗り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

味わいのある天井の梁はあえて剥き出しにして、エコ基準をクリアしたペンキで白く塗り替えた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

中古品のリサイクルは、2つのエコとおしゃれな暮らしの味方

開放感があって、温もりも感じられて。カミーユさんの住まいの心地よさは、エコ建築以外からももたらされている気がする……そう思いながら住まいの中を1つ1つ見てゆくと、家具や雑貨のほとんどが木や自然素材をベースにしたもの、そしてレトロなデザインのものであることに気づきます。

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングのダイニングコーナーの一角に置かれたピアノは、パートナーの仕事道具。なんと彼は、フランスを代表するミュージシャンたちとコンサートを行う著名なピアニスト(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングのダイニングコーナーの一角に置かれたピアノは、パートナーの仕事道具。なんと彼は、フランスを代表するミュージシャンたちとコンサートを行う著名なピアニスト(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「チャリティーショップや蚤の市で見つけたものがほとんどです。つまり中古品。家具や雑貨をリサイクルすることは、環境へのインパクトを抑える効果的なアクションの一つなのですよ。私のクライアントたちも、中古品の再利用をとても歓迎してくれます。質の良い魅力的なオブジェを、安く購入できる、と」
エコノミックでエコロジック。2つのエコが、おしゃれなインテリアづくりのカギだったとは!
新品のもの、例えばキッチンツールやバスまわりのグッズは、パリの生活雑貨セレクトショップ「ラ・トレゾルリ」(La Trésorerie)で購入することが多いとのこと。ここへ行けば自然素材ベースのタイムレスなデザインのものがそろっているので、カミーユさんの趣味にぴったり。さらに言うと、ヨーロッパで生産された伝統的な品々が厳選されているため、サスティナビリティーや輸送のCO2の配慮面も安心です。こうして選んだものを長く愛用すれば、ここでもエコノミックでエコロジックな2つのエコが実現できると言うわけです。しかもこんなにおしゃれに!

藤の棚は、今やインスタ映えの必須アイテム! チャリティーショップで格安で見つけた。棚に並べた食器も同様(写真撮影/Manabu Matsunaga)

藤の棚は、今やインスタ映えの必須アイテム! チャリティーショップで格安で見つけた。棚に並べた食器も同様(写真撮影/Manabu Matsunaga)

壁の絵画もチャリティーショップで購入した中古品(写真撮影/Manabu Matsunaga)

壁の絵画もチャリティーショップで購入した中古品(写真撮影/Manabu Matsunaga)

古いものこそ最先端?

特注でつくり付けた木の無垢材の階段をのぼって、屋根裏へ。階段の突き当たりの踊り場がデスクコーナーになっています。デスクコーナーも中古品の寄せ集めでつくられていますが、それがなんとも可愛らしい!

中古品を集めて作ったデスクコーナー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

中古品を集めて作ったデスクコーナー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「タイプライターは飾り? いえいえ、もちろん使っています! なぜかはわかりませんが、私は古い素材の質感と古いデザインに、とても魅力を感じるのです。手触りも良く使いやすい。今は新しいものが安く簡単に買えますが、遠い国でどんな手段で作られていることか……品質も疑問です。安いものを買ってすぐにゴミにしてしまうよりも、古いものを長く使った方が心地いいと私は思います」
その古いものが、今やヴィンテージとしてもてはやされ、インスタグラマーの間では引っ張りだこになっているのですから、面白いものです。カミーユさんの考えに共感する人は、きっと多いはず。そう思い、カミーユさんのインスタアカウントをチェックしたところ、17,511人のフォロワーが! やはり、そうでしたか。

木の無垢材のクローゼットはオーダーメイド。上にカゴを並べ、小物を収納している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

木の無垢材のクローゼットはオーダーメイド。上にカゴを並べ、小物を収納している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

長男の部屋にも天窓をつけ、自然光をたっぷりと取り入れるようにした(写真撮影/Manabu Matsunaga)

長男の部屋にも天窓をつけ、自然光をたっぷりと取り入れるようにした(写真撮影/Manabu Matsunaga)

仕事もプライベートも、自分ペースがいちばん贅沢

「私がインスタグラムに上げているのは、子どもと一緒に森を散歩したり、日常のコーナーを飾ったり、そんな写真ばかりです。それに共感してくれる人が大勢いるということは、贅沢の基準や優先順位がとても個人的なものになってきているということかも知れません。若い世代は環境問題に敏感ですし、自分にとって何が大切かをよく考えています。そしてそんな人たちは、どんどん増えていると感じます」
こう語るカミーユさんが自分のために大切にしているとっておきの時間は、バスタイム。毎週1回、自然光の注ぐ天窓下のバスタブにゆっくり浸かって、「心と身体の大掃除」を楽しむのだそうです。市内にあるアーユルヴェーダのサロンでヨガをしたり、オーガニック食材店でアロマオイルを買ったりするのも、お気に入りの自分時間とのこと。自分ペースで豊かに暮らす、カミーユさんの生活のひとコマを垣間見てしまったら、誰でもこの街に引っ越したくなりますね。

ラ・トレゾルリで購入したバス小物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ラ・トレゾルリで購入したバス小物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お気に入りのオーガニック食材店(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お気に入りのオーガニック食材店(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(文/Keiko Sumino-Leblanc)

●取材協力
カミーユさん
Instagram
●関連サイト
「ラ・トレゾルリ(La Trésorerie)」

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2021受賞作に見る、最新トレンド18選

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。その授賞式が2021年12月7日に開催されました。応募作品228から選出された総合グランプリをはじめ、各受賞作から最新のリノベーションの特徴を読み解きました。

【注目point1】自然災害、コロナ禍……リノベーションが地域復興の力に

ここ数年、毎年のように発生する大規模な自然災害に加え、一昨年から続くコロナ禍によって、大きな苦境に陥っている地域の文化や経済。物理的に破壊された地域や施設、観光経済に打撃を受けた地域。日本各地に暮らす人々にも多くの暗い影を落としています。

今年のグランプリ作品は、そうした地域に落ちた暗い影を吹き飛ばすような大型案件。2020年、球磨川の氾濫により甚大な被害を受けた「球磨川くだり」の観光拠点となる施設を復興したものでした。被災前、人吉城を踏襲した和風建築だった建物を、川向きに大きく開口した新旧融合の意匠により再生。本瓦の大屋根にガラス張りの開口部を組み合わせ、復興のシンボルとなる美しい佇まいを見せています。

災害復興だけでもかなりの費用やマンパワーなどが必要ですが、観光施設という、コロナ禍においては切り捨てられられがちな要因をものともせず、1年という比較的短い期間で再生を果たした点で、選考委員から「もっとも強烈にコロナの逆風が吹いた分野でのリノベーション」「関係者の決意に胸が熱くなる」「未来期待の創造もなしえた」と高い評価を受けました。

いまだ続くコロナ禍という大きな逆境を乗り越え、地域のシンボルとなる美しい自然と融合した憩いの場をつくり、地域に希望の光がもたらされる。リノベーションが生み出す大きな可能性を感じとることができました。

●総合グランプリ
『災害を災凱へ(タムタムデザイン+ASTER)』株式会社タムタムデザイン

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和の風情を宿す「HASSENBA」(人吉市)。木船での川下りという100年の歴史ある文化や景観を蘇らせています(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

和の風情を宿す「HASSENBA」(人吉市)。木船での川下りという100年の歴史ある文化や景観を蘇らせています(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

【注目point2】ワークスペースとプライベート空間の切り離しに特徴

暮らしが劇的に変わったこの2年。テレワーク、おうち時間の充実などは今や普通のこととなってきています。今回のエントリー作品はコロナ禍においてプランされたものがほとんど。そのため、2020年同様、今回も「ワークスペースの設置」という職住融合を形にした作品が数多く見受けられました。

そんな傾向において、今回受賞した「商店街の昔ながらの家」「都市型戸建を再構成する。」の2作品は、ワークスペースとプライベート空間とを切り離すことを重視した点で注目が集まりました。一気に普及したオンライン会議によって、ワークスペースの独立性を確保する必要に迫られた結果だと思われます。

2作品とも、ワークスペースを玄関の土間スペースと合体するという特徴があり、いずれも店舗の奥に居住スペースがある店舗併用住宅や農作業スペースのある農家などをイメージした、職住融合家屋である点が共通しています。「職住一体の暮らしを商店街のお店になぞらえて、新しいオンとオフのつくり方を提示している」と選考委員から評価されました。

●500万円未満部門・最優秀賞
『商店街の昔ながらの家』株式会社ニューユニークス

マンションの玄関ドアを開けると、8.86畳の土間ワークスペースが。店舗の奥に居住スペースがある昔ながらの商店のつくりを想起させます(写真提供/株式会社ニューユニークス)

マンションの玄関ドアを開けると、8.86畳の土間ワークスペースが。店舗の奥に居住スペースがある昔ながらの商店のつくりを想起させます(写真提供/株式会社ニューユニークス)

●1000万円以上部門・最優秀賞
『都市型戸建を再構成する。』株式会社アートアンドクラフト

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1フロアの面積が約25平米ほどのコンパクトな都市型3階建て。写真上のように1階の玄関を兼ねた土間のワークスペースと非日常感を味わえる屋上の対比が印象的(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

1フロアの面積が約25平米ほどのコンパクトな都市型3階建て。写真上のように1階の玄関を兼ねた土間のワークスペースと非日常感を味わえる屋上の対比が印象的(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

【注目point3】家族の成長に合わせた2回目リノベ

リノベーションは、家族の成長や人数の変化、ライフスタイルなどに応じて、住まいをより快適に変えていくという役割があります。だから1回では終わらず、中には2回、3回……と行う人も。今回は子どもの成長に合わせて、住み替えではなく、2回目のリノベーションを選んだという作品が受賞しています。

「リノベはつづくよどこまでも」「ハウスインハウスでタイニーハウス」の2作品は、家族4人で約68平米、家族3人で55平米といずれもコンパクトですが、間取り変更によって小さいながらも子どものスペースを生み出しています。ロフトや家内小屋空間など、ユニークな方法で空間を区切っているのが大きな特徴で、さまざまなリノベ手法の可能性があることが見て取れます。

作品名「リノベはつづくよどこまでも」が表すように、今後、必要に応じて全体的に、また部分的にリノベを重ねて長く住み続けることへの可能性を感じさせました。

●1000万円未満部門・最優秀賞
『リノベはつづくよどこまでも』株式会社ブルースタジオ

子どもの誕生やライフスタイルの変化に合わせて2度目のリノベでアップデート。子ども部屋やワークスペースをロフトでゆるやかに区切る、家族がつながるプランです(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

子どもの誕生やライフスタイルの変化に合わせて2度目のリノベでアップデート。子ども部屋やワークスペースをロフトでゆるやかに区切る、家族がつながるプランです(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

●ラブリーデザイン賞
『ハウスインハウスでタイニーハウス』株式会社ブルースタジオ

広い玄関土間の一角を子ども部屋に。収納付き2段ベッドとデスクというミニマムな空間が、小屋風のつくりで楽しい雰囲気に仕上がっています(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

広い玄関土間の一角を子ども部屋に。収納付き2段ベッドとデスクというミニマムな空間が、小屋風のつくりで楽しい雰囲気に仕上がっています(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

社会的課題を解決する作品や個性派リノベなどにも注目集まる

リノベーションが持つ社会的役割は大きく、社会のさまざまな課題を解決する手法としてその有効性を最大限発揮しています。いくつか事例を見ていきましょう。

1. 地域の活動拠点を担う施設へのコンバージョン
使われなくなった建物を、地域の人々が集う別の目的の施設へ変えていくことは、各自治体や各地方で進められています。受賞作の「BOIL_通信発信基地局から、地域参加型の文化発信基地局へ」は、神奈川県川崎市の「若い世代が集う賑わうまちづくり」の一環として、NTT基地局を文化施設にコンバージョン。「Blank~ワークライフバランスからワークライフシナジーへ~」は東北での活動拠点を担う施設となるべく、マンションをコンバージョンした複合施設です。

●無差別級部門・最優秀賞
「BOIL_通信発信基地局から、地域参加型の文化発信基地局へ」リノベる株式会社

楽しい雰囲気のフロントヤード。建物内にはブレイクダンス等のダンススタジオ、シェアキッチン、ブルワリー、コワーキングスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

楽しい雰囲気のフロントヤード。建物内にはブレイクダンス等のダンススタジオ、シェアキッチン、ブルワリー、コワーキングスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

●無差別級部門・最優秀賞
「Blank~ワークライフバランスからワークライフシナジーへ~」株式会社エコラ

築46年のマンションを、SOHO、アパートメント、ホテル、ワークスペース、シェアラウンジ、カフェ、イベントスペースに。地域に人の流れを生んでいます(写真提供/株式会社エコラ)

築46年のマンションを、SOHO、アパートメント、ホテル、ワークスペース、シェアラウンジ、カフェ、イベントスペースに。地域に人の流れを生んでいます(写真提供/株式会社エコラ)

2. 可変性の高い仕掛けで、産業廃棄物を最小限に
間取り変更を伴うリノベーションは、産業廃棄物増加の問題も生じさせます。受賞作「doredo(ドレド)−気軽に居場所を作り、作り直せる暮らし方−」は、木製の「箱」を組み合わせることで、部屋数や収納量などを変更できるフレキシブルさが特徴。暮らしに合わせて自分で間取りを変更することができるため、工事で生じる廃棄物問題を解決する有効な手法になる可能性を提示しています。一般的な「nLDK」という間取りの概念を壊すこのプランは、今後、より求められていくのではと感じました。

●R1フレキシブル空間賞
「doredo(ドレド)−気軽に居場所を作り、作り直せる暮らし方−」株式会社リビタ

箱型モジュール「doredo」を自由に組み合わせて、間仕切り兼収納とする可変性の高さが特徴。住みながらワークライフバランスやライフスタイルに合わせての間取り変更が可能に(写真提供/株式会社リビタ)

箱型モジュール「doredo」を自由に組み合わせて、間仕切り兼収納とする可変性の高さが特徴。住みながらワークライフバランスやライフスタイルに合わせての間取り変更が可能に(写真提供/株式会社リビタ)

3. 空き家問題を解決する住宅性能向上リノベ
全国にある空き家は約849万9000戸(「平成30年 住宅・土地統計調査」より)と、過去最多を記録。衛生環境や景観、治安などの悪化につながると危惧されている空き家問題を解決する方法として、リノベーションは有効です。高性能リノベーション、間取りや設備変更リノベーションで居住性能を格段に高めることで、新たな住み手を生み出しています。

●グリーンtoグリーン賞
「Green House」株式会社タムタムデザイン

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写真上、築約45年。蔦の絡まる写真はビフォーの状態。内装だけでなく耐震性や断熱性も高め、地球や住む人に優しい住環境を実現しています(写真提供/タムタムデザイン)

写真上、築約45年。蔦の絡まる写真はビフォーの状態。内装だけでなく耐震性や断熱性も高め、地球や住む人に優しい住環境を実現しています(写真提供/タムタムデザイン)

●R5アフォータブル性能リノベーション賞
「国交省の長期優良住宅化リフォーム補助金のおかげで」株式会社まごころ本舗

築約39年。国からの補助金200万円を受けることで高性能化を実現。この家のように、“長期優良化リフォーム再販物件”が広がることが期待されます(写真提供/株式会社まごころ本舗)

築約39年。国からの補助金200万円を受けることで高性能化を実現。この家のように、“長期優良化リフォーム再販物件”が広がることが期待されます(写真提供/株式会社まごころ本舗)

●省エネリノベーション普及貢献賞
「省エネリノベーションをもっと身近に」株式会社インテリックス

燃費計算や断熱材、高性能内窓、熱交換式換気装置、全館空調エアコンを標準仕様化することで、わかりにくくコストも高いという省エネリノベーションをパッケージ化&低コスト化(写真提供/株式会社インテリックス)

燃費計算や断熱材、高性能内窓、熱交換式換気装置、全館空調エアコンを標準仕様化することで、わかりにくくコストも高いという省エネリノベーションをパッケージ化&低コスト化(写真提供/株式会社インテリックス)

また、理想のライフスタイルを目指した個性派リノベが今回も目立っていました。

●フリーダムリノベーション賞
「ビートルに乗ってリゾートへ? いえ、ここは団地の一室です。」株式会社フロッグハウス

築40年の団地のリビングにドーンと可愛いビートルが鎮座! ビーチ気分に浸れる内装も個性的です(写真提供/株式会社フロッグハウス)

築40年の団地のリビングにドーンと可愛いビートルが鎮座! ビーチ気分に浸れる内装も個性的です(写真提供/株式会社フロッグハウス)

●ニューノーマルリノベーション賞
「暮らし方シフト2020」株式会社リビタ

165平米超のゆとりある空間

都心を離れ、郊外のメゾネットマンションで眺望と鳥の囀りを味わう暮らしにシフト。165平米超のゆとりある空間には夫婦それぞれのワークスペースと衣装部屋をリノベでプランしています(写真提供/株式会社リビタ)

都心を離れ、郊外のメゾネットマンションで眺望と鳥の囀りを味わう暮らしにシフト。165平米超のゆとりある空間には夫婦それぞれのワークスペースと衣装部屋をリノベでプランしています(写真提供/株式会社リビタ)

●絶景リノベーション賞
「穏やかな瀬戸内の海とともにある日常」よんてつ不動産株式会社

海を眺めながら過ごしたいという施主の憧れを実現。細かく分かれていた間取りを広げ、寝室の壁を引き戸にすることで、寝室までもオーシャンビューに(写真提供/よんてつ不動産株式会社)

海を眺めながら過ごしたいという施主の憧れを実現。細かく分かれていた間取りを広げ、寝室の壁を引き戸にすることで、寝室までもオーシャンビューに(写真提供/よんてつ不動産株式会社)

最後に注目したいのが、古き良き建物を生かしたリノベです。古民家は、古き良き情緒を感じさせてくれる地域の宝。とはいえ普段の使い勝手などを考えるとなかなか住み手が見つからない問題も。そんな古民家をリノベーションの力でより魅力的に快適に変えた作品を見ていきましょう。

●地域資源インテグレート賞
「アフターコロナを見据えた、地方建築家の新たな職能への挑戦」paak design株式会社

重要伝統建築群保存築に立つ築88年の古民家

重要伝統建築群保存築に立つ築88年の古民家を、最新テクノロジーによって、チェックイン/アウトまで完全非接触の宿泊施設に(写真提供/paak design株式会社)

重要伝統建築群保存築に立つ築88年の古民家を、最新テクノロジーによって、チェックイン/アウトまで完全非接触の宿泊施設に(写真提供/paak design株式会社)

●フォトジェニック賞
「古民家が継なぐ、ふたりの夢」株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

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築100年超の古民家で指圧院とカフェを開業。移住+古民家リノベによって夫婦それぞれの夢が叶えられました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

築100年超の古民家で指圧院とカフェを開業。移住+古民家リノベによって夫婦それぞれの夢が叶えられました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

●ビジネスモデルデザイン賞
「目黒本町の家」株式会社ルーヴィス

築68年、昭和の趣が残る古民家。両隣が隣家と接するため、天窓と2階床に透過素材を用いて、1階に光を届けています(写真提供/株式会社ルーヴィス)

築68年、昭和の趣が残る古民家。両隣が隣家と接するため、天窓と2階床に透過素材を用いて、1階に光を届けています(写真提供/株式会社ルーヴィス)

●地域貢献リノベーション賞
「中山道脇のロングライフシンボル、町並みを応援する家」株式会社WOODYYLIFE

築40年の日本家屋。物置化していた広縁を濡れ縁に変更してデッキを拡張。地元産木材をはじめ、自然素材でどこか懐かしさを感じる、中山道の町並みに似合う外観に(写真提供/株式会社WOODYYLIFE)

築40年の日本家屋。物置化していた広縁を濡れ縁に変更してデッキを拡張。地元産木材をはじめ、自然素材でどこか懐かしさを感じる、中山道の町並みに似合う外観に(写真提供/株式会社WOODYYLIFE)

リノベーションが困難を乗り越え希望を見出す力となる

コロナ禍に揺れ、それを抜きには語れない年が2年続きました。テレワーク、オンライン会議が当たり前のように行われる状況では、家の中に専用スペースをつくらざるをえない人も増え、そうした「ワークスペースの拡充リノベ」が、リノベーション業界の大きなテーマとなっているのが今回の受賞作品から見てとれました。

ライフスタイルを見直すことが余儀なくされ、生活拠点をも見直すような事例も多かったでしょう。いずれの見直しにおいても、暮らしの質を高める手法としてリノベーションが有効であることを、各作品は教えてくれています。

2020年に洪水による大きな被害とコロナウイルス感染対策の影響をもろにかぶった観光施設の復興がたった1年(関係者にとっては長い1年だったでしょうが)で成し遂げられ、地域の希望となったことに、地元・熊本をはじめ、選考委員会や、投票(反響数830いいね!)した方々も驚いたのではないでしょうか。

希望や心の拠り所が求められる時代、リノベーションは、人が楽しく集える場所を生み出し、仕事も暮らしも快適に過ごせる住まいを数多くつくっています。授賞式を終えて、以前にも増してリノベーションが時代にも人々にも求められていることを感じました。

次回も、人々が希求する素敵なリノベーション作品に出合える日を心から楽しみにしています。

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2022年も素敵な作品を期待しています(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2022年も素敵な作品を期待しています(写真提供/リノベーション協議会)

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●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2021」

空きビル「アメリカヤ」がリノベで復活! 新店や横丁の誕生でにぎわいの中心に 山梨県韮崎市

山梨県韮崎市の名物ビル「アメリカヤ」。かつて地元で親しまれていたものの、閉店して15年間、抜け殻になっていました。しかし2018年にリノベーションされ復活したことで街に訪れる人が増え、新しいお店が次々とオープン。きっかけをつくった建築家の千葉健司さんにお話を伺うとともに、活性化する「アメリカヤ」界隈の“今”をお届けします。

15年間、閉店して廃墟となっていたかつてのランドマークが復活

JR甲府駅から普通列車に揺られること約13分の場所にある山梨県韮崎市。韮崎駅のホームに降り立つと、屋上に「アメリカヤ」と看板を掲げた建物が見えます。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

1階から5階まで多種多様な店舗が入るこのビルは地元の人気スポット。しかし2018年に再オープンするまでの15年間は、閉店して廃墟と化していました。復活の立役者は、建築事務所「イロハクラフト」代表の千葉健司さんです。

建築家の千葉健司さん。子どもの頃からの夢を実現するべく大学を1年で辞め、京都府の専門学校で建築を学んだ後、地元・山梨県にUターン。「アメリカヤ」4階に建築事務所「イロハクラフト」を構えています(写真撮影/片山貴博)

建築家の千葉健司さん。子どもの頃からの夢を実現するべく大学を1年で辞め、京都府の専門学校で建築を学んだ後、地元・山梨県にUターン。「アメリカヤ」4階に建築事務所「イロハクラフト」を構えています(写真撮影/片山貴博)

子ども時代に祖母の住む和風住宅や、修学旅行で京都府に訪れるなどした経験から「持ち主の想いが宿り、使い込まれた古い家屋」に魅力を感じていた千葉さん。建築家として工務店に勤務し、はじめて一戸建てをリノベーションしたとき、既存の家の劇的な変化を施主が喜んでくれたことに感動。日本で空き家問題が深刻化しているのもあり「古い建物をリノベーションで甦らせていく」ことに注力してきました。

2010年に独立してからは、築70年の農作業機小屋を店舗にしたパンと焼き菓子のお店「asa-coya」、築150年の元馬小屋にハーブやアロマ・手づくり石けんを並べる「クルミハーバルワークス」を改修。若者に人気を博したことから、手応えを感じたと言います。

山梨県出身で韮崎高校に通っていた千葉さんにとって「アメリカヤ」は高校生のときに通学電車から見ていたビル。独自の空気感に魅了され、存在がずっと頭の片隅にありました。

あるときふと知人に「あのビルを再び人の集まる場所にできたら」と話したところ、相続した家族と会えることに。「もう取り壊す予定」だと聞き、たまらず自分たちでリノベーションし、管理・運営まで担うことを提案。二代目「アメリカヤ」が誕生しました。

1967年に開業した後、オーナーの星野貢さんの他界に伴い2003年に閉店した初代「アメリカヤ」。貢さんが戦時中シンガポールで見た文化や、アメリカから帰還した兄の話を参考にした独自のデザインが魅力(写真提供/アメリカヤ)

1967年に開業した後、オーナーの星野貢さんの他界に伴い2003年に閉店した初代「アメリカヤ」。貢さんが戦時中シンガポールで見た文化や、アメリカから帰還した兄の話を参考にした独自のデザインが魅力(写真提供/アメリカヤ)

1階はレストラン「ボンシイク」、2階はDIYショップ「AMERICAYA」。店内には工具を貸し出すワークルームを併設していて、気軽にDIYを楽しめます(写真撮影/片山貴博)

1階はレストラン「ボンシイク」、2階はDIYショップ「AMERICAYA」。店内には工具を貸し出すワークルームを併設していて、気軽にDIYを楽しめます(写真撮影/片山貴博)

5つの個人店が入る3階「AMERICAYA FOLKS」。初代「アメリカヤ」は、1階がみやげ屋と食堂、2階が喫茶店、3階がオーナー住居、4・5階が旅館でした(写真撮影/片山貴博)

5つの個人店が入る3階「AMERICAYA FOLKS」。初代「アメリカヤ」は、1階がみやげ屋と食堂、2階が喫茶店、3階がオーナー住居、4・5階が旅館でした(写真撮影/片山貴博)

5階には街を一望するフリースペースのほか、「アメリカヤ」のロゴやウェブデザインを担当した「BEEK DESIGN」のオフィスが。フリースペースは誰でも自由に使うことができ、小学生から大学生・社会人まで幅広い層が訪れます(写真撮影/片山貴博)

5階には街を一望するフリースペースのほか、「アメリカヤ」のロゴやウェブデザインを担当した「BEEK DESIGN」のオフィスが。フリースペースは誰でも自由に使うことができ、小学生から大学生・社会人まで幅広い層が訪れます(写真撮影/片山貴博)

建物単体からまちづくりに視点を変え、飲み屋街や宿を手がける

かつては静岡県清水と長野県塩尻を結ぶ甲州街道の主要な宿場町として栄えた韮崎市。1984年に韮崎駅前に大型ショッピングモールが、2009年に韮崎駅北側にショッピングモールができたことで、とくに駅西側の韮崎中央商店街は元気を無くしていました。しかし名物ビルの再生により、県内外から人が訪れるように。
それまでは建物単体で捉えていた千葉さんですが、想像以上にみんなに笑顔をもたらしたことで、「あれもこれもできるのでは」と街全体を見るようになります。
「あるとき地域の人から、建物の解体情報を聞いたんです。訪ねてみると、築70年の何とも味のある木造長屋。壊されるのが惜しくて、『修繕と管理を含めてうちにやらせてください』とまた直談判しました」(千葉さん)

「夜の街に活気をつけたい」という発想から、今度は個性豊かな飲食店が入居する「アメリカヤ横丁」としてオープンさせます。

「アメリカヤ横丁」は、「アメリカヤ」正面の路地裏に。日本酒場「コワン」、居酒屋「藁焼き 熊鰹」、ラーメン酒場「藤桜」が入ります(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ横丁」は、「アメリカヤ」正面の路地裏に。日本酒場「コワン」、居酒屋「藁焼き 熊鰹」、ラーメン酒場「藤桜」が入ります(写真撮影/片山貴博)

人との出会いが生まれるなかで、地元の有志と協働する話が持ち上がります。「横丁で食事をした後に泊まれる宿があったら言うことなし」とできたのがゲストハウス「chAho(ちゃほ)」です。
韮崎市は鳳凰三山の玄関口で、登山者が前泊する土地。ここでは「登山者はもちろん、そうでない人も山を感じて楽しめること」をテーマにしています。

お茶と海苔のお店だった築52年の3階建てビルを改修したゲストハウス「chAho」。名前はかつてのビル名「茶舗」に由来。駅から徒歩約3分の商店街にありながら、物件価格は500万以下とリーズナブル(写真撮影/片山貴博)

お茶と海苔のお店だった築52年の3階建てビルを改修したゲストハウス「chAho」。名前はかつてのビル名「茶舗」に由来。駅から徒歩約3分の商店街にありながら、物件価格は500万以下とリーズナブル(写真撮影/片山貴博)

「chAho」は韮崎市出身のトレイルランナー、山本健一さんのプロデュース。登山者向けに下駄箱を高めに作るなど工夫がされていて、共有リビングではアウトドアグッズを陳列。「アメリカヤ」2階で購入できます(写真撮影/片山貴博)

「chAho」は韮崎市出身のトレイルランナー、山本健一さんのプロデュース。登山者向けに下駄箱を高めに作るなど工夫がされていて、共有リビングではアウトドアグッズを陳列。「アメリカヤ」2階で購入できます(写真撮影/片山貴博)

各部屋は地蔵岳・観音岳など地元を代表する山の名前に。「chAho」は甲府市でゲストハウスを営む「バッカス」が運営。オーナーはJR甲府駅近くの観光地、甲州夢小路を運営する「タンザワ」の会長、丹沢良治さんが担っています(写真撮影/片山貴博)

各部屋は地蔵岳・観音岳など地元を代表する山の名前に。「chAho」は甲府市でゲストハウスを営む「バッカス」が運営。オーナーはJR甲府駅近くの観光地、甲州夢小路を運営する「タンザワ」の会長、丹沢良治さんが担っています(写真撮影/片山貴博)

リノベーションをする際は、古い浄化槽を下水道に切りかえるほか、配線や水道管といったインフラを一新し、適宜、耐震補強。トイレは男女別にするなどして、現代人が使いやすい形に変えています。しかし何より大事にしているのは「建物の価値を生かす」こと。手を加えるのはベースの部分に留め、大工の思いが込められた、趣いっぱいの床やドア・サッシなどは、そのままにしているのが特長です。

「古い建物はところどころで職人の“粋”を感じます」(千葉さん)。利用するうえで支障がない限り、躯体は汚れを落とす程度に。写真はアートのような「アメリカヤ」のらせん階段(写真撮影/片山貴博)

「古い建物はところどころで職人の“粋”を感じます」(千葉さん)。利用するうえで支障がない限り、躯体は汚れを落とす程度に。写真はアートのような「アメリカヤ」のらせん階段(写真撮影/片山貴博)

仲間たちと和気あいあいと楽しく仕事ができる、それが地元のよさ

もともと千葉さんが山梨県に事務所を構えたのは、地元特有の緩やかな空気のなかで、仲間と和やかに仕事がしたかったから。それだけに自分たちのしたことで人のつながりが生まれるのは、何よりの喜びです。

「かつてのビルを知る人がお店にやってきて、懐かしそうに昔話を聞かせてくれることがあるんです。がんばっている下の世代を見て、ご年配の方も応援してくれていると感じます。古い建物の復活は昭和を生きてきた人には懐かしいだろうし、世代間の交流が促されるといいですね」(千葉さん)

「アメリカヤ」を契機にまちづくりの実行委員をつくり、「にらさき夜市」などのイベントを開催。SNSを利用しない高齢の人にも情報が届くよう、ときにチラシを配り歩きます。

こうした取り組みをする千葉さんの元には、SNSや市役所を通じて物件の問い合わせが入ることが少なくありません。そんなときはサービス精神で紹介し、“空き家ツアー”を企画。オーナーと入居者の中継地点になっています。

街の活性化の兆しは、行政や地元のオーナーにとっても喜ばしいこと。韮崎市では補助金制度を拡充し、50万円の修繕費、及び1年まで月5万円の家賃を補助する「商店街空き店舗対策費補助金」を、市民のみならず転入者も対象とするように。「新規起業準備補助金」の限度額を条件次第で200万円まで引き上げるなど、柔軟な対応をするようになりました。
活動に共感し、もっと人が増えて街がにぎわうようになるならと、良心的な賃料にしてくれるオーナーもいるといいます。

「アメリカヤ」のある韮崎中央商店街。「築50~60年の建物が多いのですが、高度経済成長期に建てられたためか1つひとつが個性的で面白いです」(千葉さん)。街歩きしては風情ある建物を心に留めています(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ」のある韮崎中央商店街。「築50~60年の建物が多いのですが、高度経済成長期に建てられたためか1つひとつが個性的で面白いです」(千葉さん)。街歩きしては風情ある建物を心に留めています(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ横丁」を宣伝するため、韮崎駅ホームの正面にあるビルに最近、看板が取りつけられました。3分の2を山梨県と韮崎市が出資してくれています(写真撮影/片山貴博)

「アメリカヤ横丁」を宣伝するため、韮崎駅ホームの正面にあるビルに最近、看板が取りつけられました。3分の2を山梨県と韮崎市が出資してくれています(写真撮影/片山貴博)

名物ビルの復活から3年。商店街には新しいスペースが続々と登場

さまざまな動きが後押しとなり、韮崎市では空き家を使って活動をはじめる人が次々と見られるように。既存のスポットも変化を遂げています。

2020年4月に「PEI COFFEE(ペイ コーヒー)」をオープンした谷口慎平さんと久美子さんご夫妻は、東京都千代田区の「ふるさと回帰支援センター」で韮崎市を勧められ、市が運営する「お試し住宅」に滞在。そこで自然の豊かさや人のやさしさを感じ、東京都からの移住を決めました。

近隣のニーズに応えるべく8時からオープン。お店の一角では慎平さんの兄が営む「AKENO ACOUSTIC FARM」の野菜やピクルスなどを販売しています(写真撮影/片山貴博)

近隣のニーズに応えるべく8時からオープン。お店の一角では慎平さんの兄が営む「AKENO ACOUSTIC FARM」の野菜やピクルスなどを販売しています(写真撮影/片山貴博)

「PEI COFFEE」は「chAho」の2軒隣。料理もクッキーもケーキも、すべて丹精込めて手づくり。コーヒーは幅広い年齢層に親しまれるよう深煎りの豆をメインに使っています(写真撮影/片山貴博)

「PEI COFFEE」は「chAho」の2軒隣。料理もクッキーもケーキも、すべて丹精込めて手づくり。コーヒーは幅広い年齢層に親しまれるよう深煎りの豆をメインに使っています(写真撮影/片山貴博)

「オーナーは何かに挑戦する人に好意的な方で、自由にやらせてもらえているのでありがたいです。マイペースに長く続けていけたらと思っています」(慎平さん)

2021年2月には「アメリカヤ横丁」と同じ路地のビルの2階に、中村由香さんによる予約制ソーイングルーム「nu-it factory(ヌイト ファクトリー)」が誕生。

月1回、裁縫のワークショップが行われるほか、各種お直しやオーダーメイド服の制作などをしています(写真撮影/片山貴博)

月1回、裁縫のワークショップが行われるほか、各種お直しやオーダーメイド服の制作などをしています(写真撮影/片山貴博)

「以前は甲府市にアトリエがあったのですが、北杜市からもお客さんを迎えられる韮崎市にくることに。のどかでいて文化的なムードがあるのがいいなと思います」(中村さん)

明るく広々としたアトリエ。「この辺りは駅近でも5万円前後の賃料の物件が多いので、都会からくる人はメリットが高いでしょう」(千葉さん)(写真撮影/片山貴博)

明るく広々としたアトリエ。「この辺りは駅近でも5万円前後の賃料の物件が多いので、都会からくる人はメリットが高いでしょう」(千葉さん)(写真撮影/片山貴博)

2021年5月に韮崎中央商店街の北側にオープンした「Aneqdot(アネクドット)」は、テキスタイルデザイナーの堀田ふみさんのお店。スウェーデンの大学院でテキスタイルを学んだ後、10年ほど同国で活動していましたが、富士山の麓で郡内織を手がける職人たちと出会い、山梨県に住むことに。にぎわいあるこの通りが気に入り、ブランドショップを構えました。

堀田さんがデザインし、職人が手がけた生地を使った洋服・カバン・財布・アクセサリーのほか、生地単体も販売。「かつては養蚕業が盛んで製糸工場があり、今も織物産業が根づく山梨にこられたことに縁を感じます」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

堀田さんがデザインし、職人が手がけた生地を使った洋服・カバン・財布・アクセサリーのほか、生地単体も販売。「かつては養蚕業が盛んで製糸工場があり、今も織物産業が根づく山梨にこられたことに縁を感じます」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

「あたたかで個性豊かな職人とのめぐり合いがここにきた理由です」と堀田さん。複数の織元と協働しており、錦糸を使ったものもあれば、綿・ウール・リネン・キュプラなどの生地も(写真撮影/片山貴博)

「あたたかで個性豊かな職人とのめぐり合いがここにきた理由です」と堀田さん。複数の織元と協働しており、錦糸を使ったものもあれば、綿・ウール・リネン・キュプラなどの生地も(写真撮影/片山貴博)

奥のアトリエにはスウェーデン製の手織り機が。壁の塗装・床のワックス塗りなど、内装は堀田さんと友人たちでDIY。「オーナーに理解があったからこそできました」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

奥のアトリエにはスウェーデン製の手織り機が。壁の塗装・床のワックス塗りなど、内装は堀田さんと友人たちでDIY。「オーナーに理解があったからこそできました」(堀田さん)(写真撮影/片山貴博)

「周辺の方はみなさんオープンで、気さくにおつき合いさせてもらっています。お客さんにきてもらえるよう少しずつでも輪を広げ、長く続けていきたいです」(堀田さん)

「アメリカヤ横丁」の木造長屋裏側の民家には2020年春に「鉄板肉酒場 ニューヨーク」と「沖縄酒場 じゃや」、2021年2月に「ゴキゲン鳥 大森旅館」がオープン。2022年4月にはクラフトビールのバーができる予定です。

手前1階が「和バル ニューヨーク」、2階が「沖縄酒場 じゃや」、突き当たりが「ゴキゲン鳥 大森旅館」(写真撮影/片山貴博)

手前1階が「和バル ニューヨーク」、2階が「沖縄酒場 じゃや」、突き当たりが「ゴキゲン鳥 大森旅館」(写真撮影/片山貴博)

表通りから見えるこの提灯の下をくぐると、「アメリカヤ横丁」の木造長屋の裏手小道に入れます(写真撮影/片山貴博)

表通りから見えるこの提灯の下をくぐると、「アメリカヤ横丁」の木造長屋の裏手小道に入れます(写真撮影/片山貴博)

日本酒場「コワン」の店主、石原立子さんは「アメリカヤ横丁」がオープンした当初からのメンバー。横丁での日々をこう語ります。

「地元に縁のある人がやってくることが多いので、何十年ぶりの感動の再会を目の当たりにすることも。いろいろな人がきて毎日が面白いです」(石原さん)

燗酒と燗酒に合う料理を届ける日本酒場「コワン」。ベルギー産のビールも人気です(写真撮影/片山貴博)

燗酒と燗酒に合う料理を届ける日本酒場「コワン」。ベルギー産のビールも人気です(写真撮影/片山貴博)

“リノベーションのまち、韮崎”のために、できることは無限大

千葉さんは、今では行政や商工会に対し、空き家の活用を進めるうえで何が現場で妨げになっているか発信する役割も果たしています。

「昔は職住一体だった家に住んでいるご年配の場合、いくら店舗部分だけ貸して欲しいと言っても、ひとつ屋根の下でトラブルにならないか心配になります。出入口を2つに分ける、間仕切り壁を立てるなどすれば解決することもあるのですが、状況に即した提案に加え、工事費を助成金で賄えたらハードルはぐんと下がるでしょう。借主だけでなく貸主のメリットも打ち出し、『受け皿』をつくっていくことが大事だと感じます」(千葉さん)

あくまで本職は建築業。まちづくりを生業にするつもりはないという千葉さんですが、「面白そう」というアイデアが次々と湧いてくるよう。最近では休眠している集合住宅をリノベーションして移住者を増やせたら、と想像を膨らませているのだとか。

「誰もが親しんでいた『アメリカヤ』が復活して、イヤな思いをした人はいないと思うんです。地元の人もお客さんも、市長まで関心を寄せてくれました。『みんなにとって良いことは、おのずとうまくいく』と実感しています」(千葉さん)

常にわくわくすることに気持ちを向けている千葉さん。その原動力によって「リノベーションのまち、韮崎」が着々とつくり上げられています。

●取材協力
アメリカヤ
パンと焼き菓子のお店asa-coya
クルミハーバルワークス
BEEK DESIGN
chAho
トレイルランナー 山本健一さん
PEI COFFEE
nu-it factory
Aneqdot
鉄板肉酒場 ニューヨーク
沖縄酒場 じゃや
ゴキゲン鳥 大森旅館
コワン

「失敗は学び、思いやりは通貨」離島に移住して知識ゼロからのDIYを楽しむ素潜り漁師マサルさんは語る

素潜り漁師マサルさんをご存じですか? 海に潜ってモリで魚を突く素潜り漁をなりわいとするかたわら、ちょっと変わった海の生き物を捌(さば)いて調理して食べる話題のYouTuber。メインチャンネルの「【素潜り漁師】マサル Masaru.」は、90万人以上の登録者を誇ります(2021年11月現在)。

マサルさんは、2017年に特技を活かした「魚突き&魚捌き」のYouTubeチャンネルを開設。東京海洋大学卒業を控えた2019年末には東京を離れて鹿児島の離島に移住し、就職する代わりに「素潜り漁師」として活動を始めます。2020年3月から島の大きな古民家を借りて住み、DIYの知識がほぼゼロの状態から古民家を大胆にリノベーションする様子を、サブチャンネルの>「【離島移住生活】マサル」で配信しています。

マサルさんはなぜ離島に住むことにしたのでしょうか? そして、古民家のリノベーションにはどんな苦労があってどういった楽しさがあるのでしょうか? 今回はリモートインタビューでお話を伺いました。

あのテレビ番組に憧れて魚突きがライフワークに

――本日はよろしくお願いします。最初に自己紹介をしていただけるでしょうか。

素潜り漁師としてのマサルさん(2021年2月6日配信の動画「カジキの角で錬成した『モリ』で魚を無双」より)

素潜り漁師としてのマサルさん(2021年2月6日配信の動画「カジキの角で錬成した『モリ』で魚を無双」より)

素潜り漁師のマサルです。YouTuberとして「魚突き」や「魚捌き(料理)」の動画を配信することを中心に活動しています。

――魚料理はまだしも「魚突き」をされる方はそういないと思いますが、どんなきっかけで始めたのでしょう?

『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日系)というテレビ番組がありましたよね。濱口優(よゐこ)さんがモリを手に海に入って魚を獲っているのを見て、小さなころでしたがすごく憧れたんです。親に頼み込んで、子どもでも魚を突くことができるイベントに連れて行ってもらったり。

それからずっと魚突きをライフワークにしています。YouTuber名の「マサル」も濱口さんにあやかって付けましたし、大学では「魚突きサークル」で月に何度かどこかの離島に行っては魚を突く生活を送ってました。

海と人が好きで離島に移むことを決めた

――そもそもなんですが、離島に魚を突きに行くだけでなく、なぜわざわざ移住したのでしょう?

マサルさんが移住した沖永良部島にはこんな海がある

マサルさんが移住した沖永良部島にはこんな海がある

僕は海が好きなので、離島は東京に住んでいたときから好きでした。どっちの方向に行ってもすぐ海があるのはいいですね。魚突きをしてますから、いつでも海に入れるのもうれしいです。
あと移住したことには「YouTuberとして生きていく」という決意もあります。僕は大学在学中からYouTuberとして活動していましたが、卒業後の進路を考えたとき、普通に企業に就職する道もあったのですが、こちらにかけても面白いのかな、と思ったんです。

――マサルさんが移住した島はどんなところでしょう。

鹿児島にある沖永良部島ですが、沖縄の那覇からフェリーで7時間かけて来るのが一般的な交通手段ですね(編集注:費用はかかるが鹿児島などから飛行機もある)。

地理的にはかなり隔離されていて、人口は13,000人くらい。車で1時間もあれば1周できます。スーパーやホームセンターもありますから、DIYに必要な材料や道具もだいたいはそろいます。

――数ある離島のなかでもなぜ沖永良部島に?

学生のころにはいろいろな離島に行きました。お金がなくてSNSで知り合った現地の人に泊めてもらったりしていたんですが、そのつながりで沖永良部島に友達が何人かできてたんです。これが大きかったですね。
観光開発もほぼされていなくて、実際に(コロナ以前も)観光客がほとんど島にいないところも僕にとっては魅力です。何より住んでる人たちが良くって、のんびりしているようで仕事はきっちりとする。一緒に何かするのも気持ちがいいです。

不動産屋さんがないので住む場所は自分で見つける

――現在の拠点にされている古民家は、築50年の5LDK。人が住まなくなって20年にもなるそうですが、どうやって見つけたのでしょうか?

マサルさんが借りている古民家(家賃は月額2万円)

マサルさんが借りている古民家(家賃は月額2万円)

そもそも離島には、基本的に不動産屋さんがないんです。だから家を借りるとなると、まず現地を歩いて「空き家」を見つけるところからです。

空き家が見つかったら、今度は持ち主を探し出さなくてはいけません。知り合いの漁師に聞き込んだり、商店街の顔役に聞いたり。それでもわからなかったら、地番を割り出して謄本を取れば持ち主はわかります。いま住んでいる古民家はそこまでしなくてもよかったんですが、いずれにせよかなり大変ですね。

――不動産屋さんがないということは、持ち主が見つかっても個人間の交渉ということになりそうですが……。

マサルさんが借りている古民家の敷地には2棟の倉庫と牛小屋に馬小屋も

マサルさんが借りている古民家の敷地には2棟の倉庫と牛小屋に馬小屋も

そうなりますね。僕は知り合いにつないでもらいました。そう簡単に貸してくれるものかなと思っていたのですが、意外とすんなりいきました。島の地主は高齢者が多いのですが、若い世代の僕たちの話もちゃんと聞いてくれます。

地主といってもその土地でお金を稼がないといけないわけではないので、めちゃくちゃ仲良くなれたりしたらただで貸してくれるかもしれません。ただ、そうすると人間関係がちょっと濃厚になり過ぎるような気がして、僕はきちんと賃料を払ってます。

――実際に住んでみて、古民家はどうでした?

マサルさんが拠点としている古民家の大まかな間取図(リフォームの番号は下記の一覧表を参照)

マサルさんが拠点としている古民家の大まかな間取図(リフォームの番号は下記の一覧表を参照)

内装や家具もまとめて好きにしていいということだったんですが、想像以上に傷んでました。床も壁も天井も腐っていて、全部壊して張り替えなくてはいけないところもあります。

――古民家をDIYでリノベーションするサブチャンネル「【離島移住生活】マサル」でも、さまざまなプロジェクトに取り組んでますね。動画も30本近くになっています。

※マサルさんは古民家でこんなリノベーションを実施

リフォーム1. キッチン編(全12本)
以前からの什器をすべて廃棄し、壁や床も張り替えてリフォーム。水まわりも配管し直してアイランド型に。全長1メートル以上の大型魚にも対応できるキッチンスタジオとして、毒々しすぎる巨大魚、グロテスクすぎる巨大エビ、深海から上がってパンパンの魚(いずれも動画タイトルより)などの調理に大活躍。2020年3月から2カ月かけて完成した後、防音シートや、ワニを捌く設備の増設なども。

リフォーム2. 五右衛門風呂編(全11本)
屋外に放置されていたお風呂を生き返らせて露天風呂を楽しむ計画が、風呂釜そのものが朽ちているなどほぼ全面的なつくり直しとなり、薪をくべる炉の耐熱施工などで苦心も多く、10カ月かかる大プロジェクトとなった。なお、釜全体が鋳鉄製なので正しくは長州風呂と呼ばれるそう。

リフォーム3. 和室編(2本、進行中)
物置き状態だった6畳の和室を片付け、腐っていた床や壁もまるごとリフォームして、音楽の部屋に変貌させるプロジェクト。2021年7月から現在進行中のリノベ企画シーズン3。
当初はそこまでたくさん配信する予定はなくて、片付けの様子を1本か2本くらい配信すればいいかなと思ってたんですが、とてもそんな「片付け」程度では住めない状態でしたね。

――壁や床をはがす動画を見ました。白アリがたくさんいたのが衝撃的でした。

腐っている壁を張り替える(2020年3月26日配信の動画「キッチンが汚すぎるので破壊してみた」より)

腐っている壁を張り替える(2020年3月26日配信の動画「キッチンが汚すぎるので破壊してみた」より)

あそこまで白アリがいるとは、本当に予想外でした。倉庫の床に本を1カ月ほど置いておくと、食い破られてダメになっているんです。それに白アリは年に1度、羽が生えて飛ぶんです。光に向かう習性があって、家の照明にハリケーンのように群がって、終わると死骸だらけ(編集注:羽アリになった白アリは新しい住処を求めて移動する)。これは、しんどいですね。

今になって思えば、白アリは絶対に確認すべきでした。なんとか耐えましたけど、白アリがいる家に住むべきではないと思います。

――かなり辛い状況ですが、引越しは考えなかったんですか?

僕はもともとサバイバルが好きで、YouTubeでもサバイバル企画の動画を出してるように、屋外でも寝られるタイプではあるんです。ましてや古民家には屋根もあるし、一応は大丈夫だったんですが、ショックは大きかったですね。

ただ、3カ月ほど住んでみるとトイレやお風呂も使えなくなってきたので、寝るためだけの家を別に借りてます。築20年程度の2LDKで、デスクワークにも使えますし。

――それならもう最初に借りた古民家は解約してもいいような……。

古民家は物がたくさん置けるところもいいんですよね。漁師をやってるのでその荷物もありますし、車も3台は余裕で停められます。

それに、自分で好きなように何でもいじれる家ってなかなかないですから。リノベーションのために、借りた家の壁を壊すって普通はできないじゃないですか。

知識ゼロから始めたDIY。失敗も学びになる

――かなり本格的にDIYされていますが、そういった知識や技術はどこから得ているのでしょうか?

リノベーションにはインパクトドライバーも活躍(2021年3月20日配信の動画「遂に五右衛門風呂に『えんとつ』を装着!!」より)

リノベーションにはインパクトドライバーも活躍(2021年3月20日配信の動画「遂に五右衛門風呂に『えんとつ』を装着!!」より)

DIYの知識は本当にゼロだったんです。やったことあるのは家具量販店の組み立て家具くらいで、インパクトドライバー(電動ドライバーの一種)を使ったこともなかった。ただ、とりあえずやってみて、その様子を動画にして配信すると、視聴者の方がコメントで全部教えてくれるんです。みんなでつくり上げてるようなものですね。

とはいえ最初に動画を出したときは「素人にリノベーションなんかできるわけないだろ」「やめておけ」みたいなコメントはやっぱり多かったですね。

――DIY知識がない人が「自分でリノベーションをしてみよう」と発想すること自体がすごいと思います。

自己評価が高いのかもしれないですね。「失敗もするだろうけど、やれるだろ」って思っちゃうんです。大工さんも自分も同じ人間だし、調べれば、やれることにそこまで違いはないはず。もちろん、技術では相当劣ることにはなると思うんですが、大まかにならやれるはずだと。

――動画を見ていると、やり方を知らずに失敗して、作業が手戻りしている箇所がたくさんあるのが印象的でした。もっとやり方や技術について勉強してからDIYに取り組んだほうがよかった、とは思わなかったですか?

試行錯誤の繰り返しだった風呂の炉づくり(2021年1月30日配信の動画「五右衛門風呂をぶち壊して生き返らせたい」より)

試行錯誤の繰り返しだった風呂の炉づくり(2021年1月30日配信の動画「五右衛門風呂をぶち壊して生き返らせたい」より)

それはまったく思いません。うまくいかなくて手戻りしたとしても「失敗パターン」を学べているので、失敗ではないんです。だから、落ち込むことも後悔することもないですね。そういう気持ちさえもっていれば「やり続ければ作業はいつか終わる」ことになります。

――マサルさんのモチベーションのよりどころを見た思いです。動画では最初の2カ月で「キッチン」のリノベーションを済ませていましたが、気に入っているところはどこですか?

アイランドキッチンの全景

アイランドキッチンの全景

キッチンはアイランド型にしました。正面でコンロを使っていても、後ろを向けば壁側に作業台もあってまな板と包丁がすぐに使える。この動線はかなり気に入っています。

――リノベーションしたキッチンに自分で点数を付けるとしたら何点ですか?

※↑ 完成したアイランドキッチンでは巨大な魚も調理できる(2021年7月18日配信動画「40kg越えのアカマンボウを解体したら家が大惨事に。。。」)

かなりうまくいったと思っていて、80点ですね。アイランドキッチンなら調理風景を正面からも撮れますから、YouTubeの動画を撮影するときにかなり便利です。

欲を言えばキッチンの床板をはがして、コンクリートを流し込んで「土間」にできたら最高だったと思います。それならデッキブラシで掃除ができますから。実はキッチンのリノベーションを始めたときに考えたんですが、さすがにDIY未経験でそこまでするのは腰が引けてしまって。

あとは、フライヤーやオーブンを置くところをつくっておけばよかったとか、カーテンで隠してる古い窓を壁にリフォームしておけばよかったとか、そういうことは思いますね。

――キッチンの次に取り組んだのは、屋外の五右衛門風呂(編集注:動画でも説明されているが様式としては長州風呂)ですね。動画を見ると、かなり手戻りもあって1年近くかかったようでしたが、実感としてはどういったところが大変でした?

お風呂を覆うガジュマルの木(2020年7月24日配信の動画「五右衛門風呂を覆う巨木を伐採しました。」より)

お風呂を覆うガジュマルの木(2020年7月24日配信の動画「五右衛門風呂を覆う巨木を伐採しました。」より)

もう全部大変ではあるんですが……。まずお風呂のそばに生えているガジュマルの木が邪魔でしたね。あれを短く切っていくのがメチャクチャに面倒くさくて。

それから炉の耐熱に関して、耐火モルタルの扱いには苦労しました。どう使えばいいのか島の誰に聞いてもわからない。かなり試行錯誤しました。

――お風呂に点数を付けるとしたら?

完成した五右衛門風呂(長州風呂)の全景

完成した五右衛門風呂(長州風呂)の全景

あれは50点くらいですかね。入るのは最高なんですが、沸かすのが大変です。薪を入れる炉の容量が小さくなってしまってお湯がなかなか沸かないことと、その炉を掃除できるようにつくらなかったことが残念ですね。

あとは母屋からつながる屋根があれば本当にいいお風呂だと思います。つくりたいとは思っているんですが、ほかにもやることがいろいろあって優先順位は低めになっています。

――リノベーションをしてみて、どういうところに楽しさがあると思いましたか?

自分の思い通りの部屋が実現できるところですね。例えば、キッチンにかなり大きなシンクを取り付けました。これだけのシンクがある部屋を探すのは、なかなか大変だと思います。

それから家の構造がどうなっているかって、僕たちは全然知りませんよね。壁をはがして、床をはがして、こういうつくりになっているんだと初めて理解できる。それが何の役に立つかはちょっとわからないのですが、毎日住んでいる家ですから、構造も知っていたほうが健全だと思うんです。魚を食べるだけじゃなく、捌き方も知ってるように。

――ということは、みんな一度はDIYをやってみたほうがいいですね。

環境が許すならやってみたほうがいいと思います。僕もリノベーションをやる前と後では世界の見え方が変わりました。家や建物を見るときにも、細部に目が行くようになったり、「ちょっと雑かもな」なんてことがわかるようになったりします。

人とのコミュニケーションで生活が成り立っていく

――離島の暮らしについてもお伺いしたいです。以前に住んでいた東京とは違うなと感じたことなどあれば。

言い方が悪いかもしれませんが、東京だったら「お金があれば何でもできる」と思うんです。例えば、家事が面倒になったら家事代行サービスを呼んでみたり。

ところが、離島ではお金を持っていたとしても、まずサービスがないんですね。家事代行サービスなんてないですし、さっき話したように不動産屋さんもない。だから、お金じゃない価値が大切になってくるんです。

例えば「あの人にこれをしてもらったから、あの人にこれをしてあげよう」みたいに、人への思いやりが通貨のようになっているんです。こういうコミュニケーションは東京では味わえないですね。

――なるほど……。離島で暮らす上で必要になってくるものは何でしょうか?

やはりコミュニケーション能力でしょうね。野菜をつくっている人と仲良くなれば、野菜をもらえます。もっと仲良くなれば「晩ご飯食べていきなよ」なんて誘われるかもしれません。

島での暮らしに軽トラがあるととても便利

島での暮らしに軽トラがあるととても便利

僕も島の人から軽トラをかなり安く譲ってもらいました。これを島の外で購入して輸送してもらおうとしたら、輸送代だけでも相当高くつきます。島では逆に、お金はあまり必要ないかもしれませんね。

――ただ、都会から来た人は、そういったコミュニケーションがおっくうになってしまいそうです。

確かに、慣れないうちは大変かもしれません。でも多分、みんなが思っているほどではないですよ。僕も忙しいと思われているのか、飲み会は月に一度誘われるかどうかというくらいです。

――マサルさんはコミュニケーション能力ありそうです。

いや、実は全然そういうタイプじゃないんです。気合いでなんとかしている部分もありますね。ただ、離島で暮らす以上、基本的にそういったコミュニケーションは楽しむようにしたほうがいいです。いろいろな人とつながりをもつ世界を知ると、逆に以前の東京の暮らしの生きづらいところを感じるようにもなりました。

離島の人に恩返しをしていきたい

――これから離島でやってみたいことはありますか? 古民家のリフォームは「和室」編に突入してますね。

現在リノベーションしている和室は、ピアノを置けるようにしたいんです。そこまで得意というわけではないんですが、中学校のときに合唱コンクールで伴奏したこともありますし、置いてあったらきっと弾きたくなるはずです。そのため、部屋にどのくらいまで防音の機能をもたせられるかにもチャレンジしたいですね。

あとは、囲炉裏やバーベキュー場をつくりたい。友達が遊びに来たときに時間を共有できるような場所をつくっていきたいと思っています。

――島の人とのかかわりにおいてはどうでしょうか?

この島に来て、水産関係の人たちにものすごくお世話になりました。僕は漁協に入っていますが、それには漁師の保証人が必要なんです(編集注:条件は地域による)。だから「マサルを漁師にしてあげよう」という漁師さんがいなかったら、僕は今の活動ができていません。

それから、YouTubeで珍しい魚を捌く動画も上げていますが、全てが自分が突いたわけではなく、一般の人が買えないような魚もあります。それは仲買の人が僕に買ってきてくれるんですね。

でも、水産関係でお金を稼ぐのは今なかなか難しいんです。特に漁師を専業で続けていくのは厳しいです。さらに最近は新型コロナウイルスの流行で、魚の価格が大幅に下がってしまっています。

マサルさんが実施したクラウドファンディングでは1,000万円が集まった

マサルさんが実施したクラウドファンディングでは1,000万円が集まった

そこで、クラウドファンディングで資金を集めて、水産加工場を立ち上げるプロジェクトを立ち上げました。最終的には水産物の販路をつくって、離島の人たちに恩返しをしたいですね。

――最後に、このインタビューで離島に興味をもった人がいたら、どういったメッセージを送りますか?

興味があって悩んでいるのなら、やってみたらいいと思います。うまくいかないこともあるかもしれませんが、やってみてから考えたらいいんじゃないでしょうか。やらないで後悔するより、そのほうがずっといいと思います。

――マサルさんに言われると納得感がすごいです。本日はありがとうございました。

●取材協力
素潜り漁師マサル
●Twitter: @masarumoritsuki
●YouTube(メイン): 【素潜り漁師】マサル Masaru.
●YouTube(サブ): 【離島移住生活】マサル
●クラウドファンディング: 【素潜り漁師マサル】島の漁師たちが稼げるようにしたい!

空き家に住み込んでDIY! 家がない人に住まいと仕事を「Renovate Japan」

住まいがなく、仕事に困っている人が、住み込みのアルバイトとして空き家のリフォームに参加し、一時的に住居と収入を得ることで生活の立て直しを図ってもらうソーシャルビジネスが登場。“誰もが生きやすい社会”のために会社を立ち上げた「Renovate Japan(リノベートジャパン)」の甲斐隆之さんに起業のきっかけや現状のお話をインタビューするとともに実際に利用した方にも感想を伺いました。

住まいのない人と日本の空き家を結びつける新発想(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

日本の相対的貧困率(その国の大多数の人々の文化・生活水準と比べて貧しい状態にある人の割合)は15.7%(2018年 厚生労働省 国民生活基礎調査の概況)と、国民の約6人に1人。先進国を中心に38カ国が加盟するOECD諸国の中でも高い数値になっています。ホームレス状態の人の数は、全国で3824人(2021年 厚生労働省 ホームレスの実態に関する全国調査結果)。ネットカフェなどで生活する住居喪失者は都内で推定約4000人(2018年 東京都 住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書)と推計され、住居と収入に困難を抱える方の問題とどう向き合っていくかは、日本の重要な課題と言えるでしょう。

東京都国分寺市を拠点にする「リノベートジャパン」は、総住宅数に占める割合が13.6%、全国に846万戸(2018年 総務省 住宅・土地統計調査)もある日本の空き家問題に着目し、“余っている住まいと、住まいのない人”を結びつけ、困難の解決を図る会社です。

その仕組みはこう。
同社が空き家のオーナーに物件を賃貸化してもらえるよう交渉。ライフラインの整備や基本的なリフォームを行った後、生活困窮者とされる方がアルバイトとして加わり、DIYで内装を整えます。作業中はその物件に住めるようにし、シェルターとしても機能します。スタッフが仕事に就くための話を聞いたり、セーフティネットを紹介したりして支援。一定期間、家と仕事が確保される状況をつくり、次のステップに進みやすくなるのです。さらに改修した物件は、主に外国人や性的少数者といったマイノリティの方を対象にしたシェアハウスとして運営することで、作業にかかった費用を回収します。

(資料提供/リノベートジャパン)

(資料提供/リノベートジャパン)

学生時代と前職での経験を糧に“生きやすい社会”に取り組む

起業したのは、まだ20代の甲斐隆之さん。
大学時代は海外インターンシップ事業や国際学生寮の学生団体で活動し、大学院では開発経済学を専攻。卒業後は日系大手のシンクタンクに就職し、インフラ政策をはじめとした公共コンサルタントに携わってきました。

左から3番目が代表の甲斐隆之さん(左から「リノベートジャパン」のメンバーの吉田佳織さん、池田大輝さん、甲斐さん、木村剛瑠さん、元メンバーの杉浦悠花さん)(写真提供/リノベートジャパン)

左から3番目が代表の甲斐隆之さん(左から「リノベートジャパン」のメンバーの吉田佳織さん、池田大輝さん、甲斐さん、木村剛瑠さん、元メンバーの杉浦悠花さん)(写真提供/リノベートジャパン)

社会人になって約5年での挑戦は、これまでの経験が実を結んだからと言えますが、根底には甲斐さんならではの深い想いがあります。

小学生のころに父親を亡くし、母子家庭で育った甲斐さんは、遺族年金などの社会のセーフティネットに支えられてきました。一方で家庭の事情により中学1年生までの数年間をカナダで過ごした帰国子女。いわゆる“普通”のあり方とは違っていただけに、レッテルを貼られて偏見を感じたり、家庭を気づかって周囲と違う選択をしたりすることが少なくなく、アイデンティティの葛藤から自分は社会に馴染めないのではと思っていたそう。
そんななか、大学生のときにある気づきがあります。

「ある授業で貧困問題を学んだときのこと。機会に恵まれないために社会的な安定から外れてしまう人がいると知ったんです。自分はたまたまセーフティネットなどに救われましたが、ともすると同じだったかもしれません。
その人の望んでいることが、置かれている事情で左右されることがあってはいけない。道を狭められることのない“生きやすい社会”をつくりたいと強く思うようになりました」

大学3年生の時に、インド・ムンバイのNGOでインターンしていた時にスラム街を訪れた際の甲斐さん(2015年)(写真提供/甲斐さん)

大学3年生の時に、インド・ムンバイのNGOでインターンしていた時にスラム街を訪れた際の甲斐さん(2015年)(写真提供/甲斐さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

前職の経験から、「公的機関の役割は大きいが、限界がある。個々のニーズを満たす福祉を民間でつくっていけたら」と思うようになっていた甲斐さん。とくに住居も仕事も失っている人が一時的に利用する宿泊場所は、公的なものだと相部屋になったり規則が厳しかったりして、ストレスになりがちと聞いていました。1人ひとりが満足する空間を考えたとき、「空き家を宿泊場所にして、生活の立て直しを考えている人と結びつけられないか」と着想したそう。

甲斐さんのアイデアのポイントは、リフォームで付加価値をつけた物件をシェアハウスにし、資金回収ができるようにしたところ。助成金に頼り切らない、企業として自走できる体制だからこそ、自由な取り組みをしていけるのだと話します。

「幸い学生時代や前職で、ゼロからイチをつくるプロジェクトに関わってきたため、ビジネスをはじめるイメージはついていました。加えて事業内容は1軒1軒の空き家の改修というシンプルなもの。大がかりな構想や資金を立てなくてもスモールステップで進めてゆけて、負担が少ないことにも背中を押されました」

支援団体とも提携。包括的なサポート体制で入居者を迎える

仲間たちに声をかけ、2020年10月に事業をスタート。物件は自治体の「空き家バンク」を活用するほか、地元の不動産会社に相談したり、まちづくりの場で情報収集したりして選定しています。国分寺市・小平市の建物がまもなく完成予定で、現在は3件目となる東久留米市の物件を改修中です。

物件は住居と仕事に困った人の宿泊場所として需要が見込まれる都心に近いエリアが中心。一軒家のほかアパートも対象です(写真提供/リノベートジャパン)

物件は住居と仕事に困った人の宿泊場所として需要が見込まれる都心に近いエリアが中心。一軒家のほかアパートも対象です(写真提供/リノベートジャパン)

「空き家のオーナーの理解を得るのが一番大変なところです。正直、生活を立て直そうとしている人が利用すると聞くと、どんな人か分からないことから不安に感じる人や、近隣へ特別な配慮が必要ではないかと懸念されることもあります。宿泊場所になるのは改修を終えるまでの期間であることや、その後の利用についてのプランを説明すると、なかには『社会貢献になる』と喜びを感じていただけることも。積極的なオーナーに出会えるとありがたいです」

会社のスタッフ以外に、住み込みでアルバイトをするメンバーは“リノベーター”と呼び、支援団体と連携して募るようにしています。物件の規模が小さいため、1軒で受け入れられるのは1~2名。さまざまなケースが想定されるため、対応に配慮の必要を感じたときはスタッフから心理士に相談したり、公的な窓口につないだり、包括的にサポートしています。

(資料提供/リノベートジャパン)

(資料提供/リノベートジャパン)

「ここが各種の相談窓口につながったり、アクセスしたりするときの拠点となり、ハブのような役割を果たせたらと思うんです。そうした場所に相談役がいたら安心だと思っていて、私たちはそれを目指しています」

空き家のDIYにはスタッフも参加。スタートから約1年で、これまで3名(9月27日現在)のリノベーターを迎えました。

「本人のやる気を促し、仲間として応援するスタンスでいます。ただ心理的な負担をかけないことも大事にしていて、時間のあるときに入れて気兼ねなく帰りもできる、出入り自由なアルバイトになるようにしています」

DIYを楽しみながら自然とスタッフと関り、前向きにステップ

今夏、リノベーターを経験したSさん(20代女性)にお話を伺いました。

家に居場所がない人たちの力になりたい、と10~20代の若者に向けた支援団体でボランティアをしていたSさんは、自身も家に居づらいと感じることがあり、一時期、ネットカフェなどを転々と生活していました。そんなときに支援団体を通して「リノベートジャパン」を知り、思い切って連絡。リノベーターをすることになります。

「参加したのは安心できる環境で生活を立て直したいのもありましたが、何かをイチからつくる過程が好きなのと、事業内容が新しくて興味が湧いたのが大きいです。
壁のペンキを塗ったり養生テープを貼ったりする作業に週2時間・2カ月間ほど参加。ものができあがっていく達成感を味わえましたし、作業している間に住む部屋としてもとても快適でした」

DIY中のスタッフとの関わりも、プラスになったと言います。

「私は気分に波があったり、不眠などに悩んだりしていたのですが、そういうことはもちろん、些細なことも気にかけていただき、定期的に相談に乗ってもらいました。
これまでは『自分なんかが助けを求めてはいけない』『もっと大変な人がいるのだから我慢をしなくては』と思いがちでした。でも、辛さは比べられるものではなく、辛いかどうかは自分が決めるものだと気づけたし、困っているときはまわりがどう思おうが関係なく、いろんなところを頼ろうと思えるようになりました。
スタッフにはいろいろな人がいますが、自分の話をちゃんと聞いて、サポートしていただける本当にいい方々です」

DIY中の様子。楽しく作業をすればスタッフとの垣根が低くなります(写真提供/リノベートジャパン)

DIY中の様子。楽しく作業をすればスタッフとの垣根が低くなります(写真提供/リノベートジャパン)

リノベーターが入居する前に、スタッフらで宿泊場所にする部屋やベースの改修を行います(写真提供/リノベートジャパン)

リノベーターが入居する前に、スタッフらで宿泊場所にする部屋やベースの改修を行います(写真提供/リノベートジャパン)

左/改修前の1F和室 右/完成してきれいになった部屋(写真提供/リノベートジャパン)

左/改修前の1F和室 右/完成してきれいになった部屋(写真提供/リノベートジャパン)

DIYを終えてSさんは現在、以前からアルバイトをしているNPO法人で正社員になることを目標に働いているそう。今回の経験は、未来への想いを強くすることにつながっています。

「生きづらさを抱えている若者たちを、私がしてもらったように上手く巻き込んで居場所をつくっていきたいです。『1人で何とかしなきゃ』と思わず、困ったときは『こうした団体もあるよ』『見知らぬ人についていくならここにまず頼ってみよう!』と伝えていきたいです」

若者を支援する意欲を高まらせているSさん。その1つひとつの言葉に希望が感じられました。

この活動を社会に広めたい! 1年で得たノウハウを公開予定

「1軒1軒、質を重視して手がけている分、リノベーターの方から『こういう場所があってよかった』と言ってもらえるとありがたいです。スタッフからは『社会問題を学びつつ、現場でDIYを楽しめるのがいい』と言ってもらえます」

週一回ほど定例のミーティングで状況を報告。今後どういうステップを踏むかなどを話し合います(写真提供/リノベートジャパン)

週一回ほど定例のミーティングで状況を報告。今後どういうステップを踏むかなどを話し合います(写真提供/リノベートジャパン)

今後は、新規開拓をいったん休んで、これまで得てきたノウハウをマニュアル化し、外部に公開することを考えているそう。

「自分たちの実績を重ねるのも大事ですが、『同じことがしたい』という人が、すぐはじめられるようにしたいんです。課題解決のひとつの形として社会に浸透させていきたいと思っています」

この活動は誰かのためになるのはもちろん、自分のためになると語る甲斐さん。そのぶれない姿勢と仲間たちがある限り、着実に広がりを見せてゆくことでしょう。

●取材協力
リノベートジャパン
●厚生労働省
ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果について
●東京都
住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書(18ページ)
●総務省
平成30年 住宅・土地統計調査
住宅数概数集計
●国土交通省
平成30年住宅・土地統計調査の集計結果
(住宅及び世帯に関する基本集計)の概要

新店ラッシュの千葉県館山市で何が起きてる? 一人の大家から“自分ごと化できるまち” へ

自分のまちが静かに寂れていく。やるせない気持ちになるけれど、どうしようもない。道路ができて便利になった。そのぶん駅前の店は1軒減り、2軒減り。ふと気づけば私たちはたくさんの居場所を失っている。同じような状況が日本各地にある。

ところがそれに逆行して、新しい店が次々に生まれているまちがある。千葉県館山市。中心街に今年新たに4軒、ここ2年でみれば7軒の店がオープンした。マイクロデベロッパーを称する漆原秀(うるしばら・しげる)さんの働きかけで“まちを自分ごと化する”という流れが形になり始めている。いま館山で起きていること、これまでを聞いた。
tu.ne.Hostel隣の「常そば」は、夏の間、期間限定で「SOMEN BAR」に(写真撮影/ヒロタケンジ)

tu.ne.Hostel隣の「常そば」は、夏の間、期間限定で「SOMEN BAR」に(写真撮影/ヒロタケンジ)

初めてのご近所づきあいで知った、心強さ

東京湾の青い海をアクアラインで横切り、濃い緑の山々を抜けて房総半島を南下する。新宿からバスで1時間半。海まですぐの立地だけあって、館山は潮風の吹く明るいまちだった。あちこちに残るレトロで小洒落た風の建物は、ここがリゾート地だった名残でもある。

駅から10分ほど歩くと、漆原さんの運営する「tu.ne.Hostel」の白い壁が見えてくる。元診療所だった建物をリノベーションしたゲストハウス。
それ以外にも、お隣の立ち食いそば屋「常そば」。向かいのビル2階にはtu.ne.の別館。図書室やシェアハウスなど、徒歩10分圏内に新しい施設や店をオープンさせてきた漆原さん。
周囲から “ウルさん”と呼ばれるこの男性、いったい何者なのだろう?

マイクロデベロッパー、漆原秀さん(写真撮影/ヒロタケンジ)

マイクロデベロッパー、漆原秀さん(写真撮影/ヒロタケンジ)

「浅井診療所」だった痕跡をそのまま残す、ゲストハウス「tu.ne.Hostel」(写真撮影/ヒロタケンジ)

「浅井診療所」だった痕跡をそのまま残す、ゲストハウス「tu.ne.Hostel」(写真撮影/ヒロタケンジ)

漆原さんの称するマイクロデベロッパーとは、大きな開発ではなく、リノベーションによって小さな拠点を再生し、その点と点をつなぐことで人の営みを取り戻し、エリアの価値をあげていこうとする事業者のこと。

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

初めて手がけたのは、賃貸住宅「ミナトバラックス」だった。

「館山に移住してきたのは4年半ほど前です。以前は都内のIT系企業に勤めていたんですが、仕事のストレスでパニック障害になってしまって。子どもも小さかったし、違う生き方を考えないといけないなって。もともと趣味だったDIYと不動産投資をかけ合わせて仕事にできないかと、本気で勉強しました。館山には両親のために建てた家とアパートがあって、その隣の官舎をコミュニティ型賃貸住宅にできたらいいなと思ったのが始まりです」

もと公務員宿舎だった、団地のような外観の「ミナトバラックス」(写真撮影/ヒロタケンジ)

もと公務員宿舎だった、団地のような外観の「ミナトバラックス」(写真撮影/ヒロタケンジ)

DIYで共用スペースを改修し、「DIY自由、原状回復義務なし」の物件として入居者を募集したところ、全13戸のうち11戸はすぐに埋まった。県北からの移住者が多く、映像クリエイターや翻訳者などの自営業者、勤め人など、単身者から子育て世帯までさまざまな人たちが暮らしている。
漆原さんも大家として、妻と当時8歳だった娘さんと3人ですぐそばの家に暮らし始めた。

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

隣の空き地にはミナトバラックス住民向けの「ミナ畑」も。(写真撮影/ヒロタケンジ)

隣の空き地にはミナトバラックス住民向けの「ミナ畑」も(写真撮影/ヒロタケンジ)

このミナトバラックスの入居者との交流が、漆原さんにとって人生で初めてのご近所付き合いになった。

「七夕や夏祭り、ハロウィーン、バーベキューなど、しょっちゅうみんなで集まってイベントしたり、食事したり。これが想像以上に楽しくて居心地がよかったんですよね。うちの娘は一人っ子ですけど、一気に妹や弟、親戚のおじちゃんおばちゃんができたみたいで」

コミュニティを運営するには、入居者のやりたいことをサポートするのが一番だと気付いた。子育て中の女性の提案から美容師を呼んで出張ヘアカット会を開いたり、月に一度はマッサージ会を行ったり。共用スペースで入居者の作品展を行ったこともある。

「令和元年の房総半島台風の時には、停電の不安な夜を、ろうそくを囲んでみなで過ごしました。水も止まったので、隣のアパートのシャワーを使えるようにしてあげて。冷蔵庫の食材がいたむ前にみんなで食べようってバーベキューをしたり」

親戚のようなご近所の存在が、心強く感じられた体験でもあった。

ミナトバラックスの共用スペース。漆原さんがDIYで改修した(写真撮影/ヒロタケンジ)

ミナトバラックスの共用スペース。漆原さんがDIYで改修した(写真撮影/ヒロタケンジ)

大家さんからマイクロデベロッパーへ

こうして暮らすうちに、不動産投資に対する考え方も変わっていったという。

「“ミナバラ”で起こっていることがもう少し広い、まちの規模で起これば、館山全体が変わるんじゃないかと思ったんですよね。お金だけの投資が目的じゃなくなってきて。もちろん物件を購入する時は多額の借入をします。だけど収支計画を立てて回収できる絵を描けば銀行も融資してくれますし、それほど怖いことではないんです」

そうしてミナトバラックスに続いてtu.ne.Hostelを開業後、今度は元薬局だったまちのシンボルのような建物「CIRCUS」のリノベーションに着手。1階は大量に残っていた戦時中の蔵書を活かした戦争資料館「永遠の図書室」を2020年3月に、2階以上はシェアハウスとして2021年5月にオープンした。図書室の取り組みはNHKなど広くメディアでも取り上げられた。

「私利私欲じゃなく、公的な意味でやっている面が初めてまちの人たちにも伝わったのではないかと思います。たまたま見に来てくれた女性が働いてくれることになって。戦争という少し重いテーマなんだけど、若い人がフロントに居ることで、気軽に立ち寄ってお茶を飲んだり、勉強するようなサードプレイスとしても活かしてもらえるんじゃないかと」

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

台風の後、まちの中心部が真っ暗だったときには、CIRCUSの屋外にイルミネーションを灯し続けた。それを見てほっとしたと言ってくれる人もいた。

例えばシェアハウスの住人がまちの床屋へ出向く。お金を落とすだけでなく、床屋のご主人と言葉を交わす。そんな小さなアクションの連続でまちは成り立っていて、建物が空き家のままでは何も生まれない。

もと薬局だった建物。1階が「永遠の図書室」、2階はシェアハウス(写真撮影/ヒロタケンジ)

もと薬局だった建物。1階が「永遠の図書室」、2階はシェアハウス(写真撮影/ヒロタケンジ)

面白い大家さんが増えれば、まちは楽しくなる

「まちって、土地建物の所有者のつながりでできているんだなって気付いたんです。だから物件オーナーや大家さんにもっと新しい挑戦をする人が増えれば、まちも楽しくなるんじゃないかなと」

漆原さんには、いつか館山で開催できたらと思い描くプロジェクトがあった。全国80カ所近くで行われてきた「リノベーションスクール」。空き家や空き店舗を活かすためのアイデアを参加者が考え、オーナーに提案して実現をめざす実践型の遊休不動産再生事業である。

「でもリノベーションまちづくりに取り組んでいるのは、全国でも数十万人規模の、都道府県の代表か中堅にあたるような市町村がほとんど。人口4万5000人の館山では難しいだろうなぁと思っていました」

ところが物件のリノベーションを進めるうちに、同じような想いをもつ人たちと知り合っていった。地元の有力企業の後継者や行政職員、NPO従事者などさまざまな顔ぶれ。そうしたメンバーと合宿や視察を重ね、ついに市の主催でリノベーションスクールが開催できることになった。漆原さんは実行委員として尽力した一人。後に地域おこし協力隊として担当者になった大田聡さんに「突然だけど、館山に来ない?君しかいない」と、公募情報を提供したのも漆原さんだった。

2020年1月に第1回目のリノベーションスクールが開催され、その後1年半で館山に新しい店が3軒も生まれたことを考えれば、漆原さんがつないだ縁は大きい。

tu.ne.Hostelの向かいのビル1階には大田さんが開いた明るく開放感のある「CAFE&BAR TAIL」、その奥にはクラフトジンの製造所ができた。少し離れた場所には内装の9割が古材でつくられ、10年来そこにあったような雰囲気を醸すナイトバー「WEEKEND」がオープン。これもリノベーションスクールで結成したチームが手がけた。

そして、やはりまちづくりリノベーションの講演会を聞いて、「自分も実家があるのだから、まちの当事者だと気付いた」という都内勤務の男性が、退職後に自宅の一部を改装してカフェ&ガーデン「MANDI」をオープンさせた。

いま、館山では、2年前には想像もつかなかった開店ラッシュが起きている。

2021年7月半ばにオープンしたばかりのナイトバー「WEEKEND」(写真撮影/ヒロタケンジ)

2021年7月半ばにオープンしたばかりのナイトバー「WEEKEND」(写真撮影/ヒロタケンジ)

この建物のリノベーションを進めたWEEKENDオーナーの上野彰一さん(右)と、合同会社すこっぷの白井健さん(左)(写真撮影/ヒロタケンジ)

この建物のリノベーションを進めたWEEKENDオーナーの上野彰一さん(右)と、合同会社すこっぷの白井健さん(左)(写真撮影/ヒロタケンジ)

庭の緑がきれいな、カフェ&ガーデン「MANDI」(写真撮影/ヒロタケンジ)

庭の緑がきれいな、カフェ&ガーデン「MANDI」(写真撮影/ヒロタケンジ)

こうして店の増えているエリアは、古くからの地名「六軒町」をもじって「ROCK‘N’CHO」とも記される面白いエリアになりつつある。

かっこいいパパで居るために

それにしてもなぜ、生まれ故郷でもないまちにそこまで深くコミットできるのか。

「子どもが生まれた時、この子が20歳になるまで、僕はなんとしても生きて、稼ぎ続けなきゃいけないんだなって思ったんですね。それも家賃収入でまったり暮らせればいいとかじゃなくて、やっぱりかっこいいパパでありたい。かっこいいって、挑戦し続けることじゃないかなって思ったんです。

さらに言えば、シャッター街を横目に、このまちに未来があるとは、子どもたちにとても言えない。それで変な責任感がわいてきたところもあります」

いまtu.ne.Hostelでは、漆原さんのあとを担う、二代目マネージャーを募集中。ゲストハウスはその人に任せて、漆原さんはもう少し広い視野で館山の駅周辺を活性化する事業を手がけていきたいと考えている。駅前の空きテナントビルを活用するために、仲間とともにリノベーションまちづくりを進める家守会社を新たに立ち上げた。

漆原さんとともにリノベーションまちづくりを進めてきた一人、地場企業の後継者の一人でもある本間裕二さん(右)。駅前の空きテナントビルを利活用するプロジェクトを進める(写真撮影/ヒロタケンジ)

漆原さんとともにリノベーションまちづくりを進めてきた一人、地場企業の後継者の一人でもある本間裕二さん(右)。駅前の空きテナントビルを利活用するプロジェクトを進める(写真撮影/ヒロタケンジ)

「僕自身、今しかできないこと、僕にしかできないことをやろうと思っていて。
関わる相手の『居場所』と『出番』を用意することを意識しています。安心していられる居場所と、その人が自分の役割を見出して、ここなら役に立てるという出番。

それをつくるのも今の自分ができること。そこに自分自身の居場所と出番もあると思う。いまの仕事は、その対価がお金だけじゃなくて、信用とか、感謝とか、別の形でかえってくるのが、とても心地いいんです」

取材の間、どこへ行っても「ウルさん」と親しげに声をかけられていた漆原さん。暮らすまちに自分の居場所と出番があれば、人は何より幸せを感じられるのかもしれない。

■連載【生活圏内で豊かに暮らす】
どこにいても安定した同じものが手に入る今、「豊かな暮らし」とは何でしょうか。どこかの知らない誰かがつくるもの・売るものを、ただ消費するだけではなく、日常で会いに行ける人とモノ・ゴトを通じて共有する時間や感情。自分の生活圏で得られる豊かさを大切に感じるようになってきていませんか。ローカルをテーマに活動するライター・ジャーナリストの甲斐かおりさんが、地方、都市部に関わらず「自分の生活圏内を自分たちの手で豊かにしている」取り組みをご紹介します。

●取材協力
tu.ne.Hostel

おしゃれだけじゃない!最先端の“性能向上リノベ“で新築以上の耐震性や断熱性を手に入れる

中古マンションや一戸建てをオシャレに変えるリノベーションという選択肢はすっかり浸透してきたが、住宅性能は中古のまま……ということは珍しくない。しかし、元の住宅よりも「性能向上」をさせるリノベーションが最近注目を集めている。全国でそのプロジェクトに取り組むYKK APリノベーション本部の西宮貴央さん、4月に完成した「鎌倉の家」に不動産事業者として携わった浜田伸さん、リノベーションコンサルティングの黒田大志さんに話を聞いた。
「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」で住宅性能の向上が脚光を浴びている

鳥のさえずりが心地よい神奈川県鎌倉市内の高台にある「鎌倉の家」。フルリノベーションされた築46年の民家だ。南側の道路に面したガレージの横にある階段を上り、玄関を開けると、水まわり部分を除けばほぼワンルームという広い空間が広がる。施主のライフスタイルに応じていかようにも仕切られたり、生活しながらインテリアを施主の好みに仕上げられる、こうした令和の時代に即したモダンな間取りや内装の仕上げについ目を奪われがちだが、「鎌倉の家」 の一番のウリは「一年中快適に過ごせる断熱性の高さと、ずっと安心して暮らせる耐震性の高さ」にある。

リノベーション前(写真提供/YKK AP)

リノベーション前(写真提供/YKK AP)

レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)

レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)

間取り

断熱性能はHEAT20のG2グレードを満たすUa値0.39。これは国の省エネルギー基準で言えば北海道に推奨されているものよりも高いレベルで、断熱先進国のドイツ並みの断熱性能であることを示している。一方、耐震性能のほうも上部構造評点1.61。新築住宅の耐震等級で言えば最も高い等級3に相当する。

実は最近、こうした「住宅の性能を向上させるリノベーション」に注目が集まっている。きっかけは、「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」での受賞だ。「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」とは優れたリノベーション事例を表彰する制度で、「鎌倉の家」を手がけたYKK APが、「鎌倉の家」より前に全国5カ所で取り組んだリノベーションに対し、「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019」無差別級部門の最優秀作品賞が贈られた。

翌年の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」でも、同様に省エネ性能を高めた古民家が1000万円以上部門で受賞している。もはや「今の時代に即した間取りにする、空間をおしゃれにする」のはマストで、これからのリノベーションに求められることは「本当に“快適”と呼べる住宅まで性能を向上させる」ことだと示唆するように。

実際、「鎌倉の家」を購入した夫妻は、住宅の性能の高さが決め手となったそうだ。海外旅行を年に1回楽しむなど、自分たちのライフスタイルを大切にしたい、そのためには家の購入費用を抑えたいと考えていた二人は、新築ではなく中古住宅を購入してリノベーションすることを検討していた。そんな時に見つけたのが「鎌倉の家」だった。正直、当初の予算よりは少し増えたそうだが、それでも「鎌倉の家」の性能の高さに惹かれたという。

リノベーション前の1階リビングルーム(写真提供/YKK AP)

リノベーション前の1階リビングルーム(写真提供/YKK AP)

リノベーション前の1階キッチン(写真提供/YKK AP)

リノベーション前の1階キッチン(写真提供/YKK AP)

リノベーション後の1階のリビングダイニングキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

リノベーション後の1階のリビングダイニングキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

1階は既存の洋室+和室+廊下部分をワンルームに間取りを変更(写真撮影/桑田瑞穂)

1階は既存の洋室+和室+廊下部分をワンルームに間取りを変更(写真撮影/桑田瑞穂)

使える梁や柱はそのまま使用されている(写真撮影/桑田瑞穂)

使える梁や柱はそのまま使用されている(写真撮影/桑田瑞穂)

実は日本は“断熱性後進国”、しかも地震が多い国

YKK APでは、住宅の断熱性能と耐震性能を向上させるリノベーションを「戸建性能向上リノベーション」と呼んでいる。同社のリノベーション本部の西宮貴央さんは「我々の主力商品である窓やドアなどの開口部は、断熱性や耐震性を高める際の要です。例えば家の熱の出入りは、窓やドアなど開口部が一番大きいのです。そのため従来から断熱性の高い窓やドア、耐震性能を高める商品を開発してきました」

一方で、今後の人口減少が見込まれる中、既に住宅総数が世帯総数を上回っていることを考えると既存住宅をきちんと手入れして、次の住民が快適に長く住める家にすることが重要だ。「そうした時代背景もあり、我々の『戸建性能向上リノベーション』のプロジェクトが始まりました」(西宮さん)

左から、「鎌倉の家」のリノベーションコンサルティングを手掛けたu.company株式会社の黒田大志さん、不動産事業者として関わった株式会社プレイス・コーポレーションの浜田伸さん、YKK APリノベーション本部の西宮貴央さん(写真撮影/桑田瑞穂)

左から、「鎌倉の家」のリノベーションコンサルティングを手掛けたu.company株式会社の黒田大志さん、不動産事業者として関わった株式会社プレイス・コーポレーションの浜田伸さん、YKK APリノベーション本部の西宮貴央さん(写真撮影/桑田瑞穂)

2017年からスタートしたこのプロジェクトは、最新の「鎌倉の家」で16例目。北海道から神奈川、長野、鳥取、京都、兵庫、福岡……と全国各地で「戸建性能向上リノベーション」が行われている。

「最初は東京都の下北沢の事例でした。確かに断熱性や耐震性をもとの住宅より高めるリノベーションはこれまでにもあったとは思いますが、我々は断熱性ならHEAT20のG2レベル、耐震性は耐震等級3相当と具体的な数値目標を掲げて始めました」(西宮さん)

断熱性も耐震性も、「高い」といった抽象的な表現より、具体的な数値を示されたほうが説得力はある。しかも国の省エネルギー基準や、国が最低限求めている耐震等級1相当よりも高い基準値をクリアしているとなればなおさらだ。また将来手放す際においても性能が可視化(それも高いレベルで)できるため、家の価値も高いままで売ることが期待できる。

道路から一段高く、庭もあるため、南側に大開口の窓を備えてもプライバシーを確保しやすい。窓の周りの壁にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入っている。さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームで、この写真だけで耐震フレームが4つ備わっていることになる(写真撮影/桑田瑞穂)

道路から一段高く、庭もあるため、南側に大開口の窓を備えてもプライバシーを確保しやすい。窓の周りの壁にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入っている。さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームで、この写真だけで耐震フレームが4つ備わっていることになる(写真撮影/桑田瑞穂)

実は日本は“断熱性後進国”だ。本来、家の断熱性能を高めるには同時に気密性を高める必要がある。しかし『徒然草』にも書かれているのだが、昔から蒸し暑い夏のある日本では、気密性を高めるのとは逆に、開口部を大きく開けることで風通しをよくすることが重んじられてきた。そのため日本人は「夏は暑い、冬は寒い」ものとして、住宅の断熱性をあまり気にしなかった。

やがて世界の国々と比べて日本の省エネルギー基準は遅れを取り、現在ではドイツやアメリカ、中国よりも低い基準となってしまった。しかもヒートアイランド現象や近年の地球温暖化の影響で、『徒然草』の書かれた約700年前のように窓を開放しても、今や体温と同じ、あるいはそれ以上の温度の空気が入ってきて、ちっとも涼しくなどなくなっている。

そこで地球温暖化やエネルギー問題に対応するため「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」が2009年に発足した。この組織の略称が「HEAT20」で、住宅の省エネルギー化を図るため、研究者や住宅・建材生産者団体の有志によって構成されている。以前、SUUMOジャーナルでもご紹介したように、HEAT20で推奨している省エネ基準は、断熱先進国と呼ばれるヨーロッパとほぼ同じ世界トップレベルで、近年自治体が独自に採用し補助金制度を導入する例もある(「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由)

耐震性にしても、開口部が大きければ当然建物を支える力は弱くなる。1981年に新耐震基準が施行され、2000年にその改正が行われたが、その最低基準である耐震等級1は阪神・淡路大震災レベルの大地震でも「倒壊しないこと」が求められている。しかし要は「命が助かること」を最優先しているため、壁にヒビが入ったりして、損傷の度合いによっては住み続けることが難しくなる。

窓はYKK APの高断熱の樹脂窓、ドアも断熱性の高いものが使用されている。また壁には断熱材(グラスウール)がたっぷりと入れられた(写真撮影/桑田瑞穂)

窓はYKK APの高断熱の樹脂窓、ドアも断熱性の高いものが使用されている。また壁には断熱材(グラスウール)がたっぷりと入れられた(写真撮影/桑田瑞穂)

これが等級3になると、ダメージが少なくなるため、地震後も住み続けやすい。ちなみに災害時の救護活動の拠点となる消防署や警察署は等級2以上が必須だ。

新築ではなく、リノベーションだからこその課題が多い

世界トップレベルの断熱性能を備え、地震の多い日本で安心して過ごせる耐震性能のある住宅。しかし、既存住宅でこれらの性能を世界トップレベル等に押し上げるのは実は容易なことではない。イチから断熱性能と耐震性能を計算できる新築住宅と違い、既存住宅の性能は住宅ごとに千差万別。加えて既存住宅のリノベーションする際に、現代の暮らしに合わせるため間取り変更はほぼ必須といえる。

「立地条件、既存住宅の性能、リノベーション後の間取り……それらの評価を正しく判断した上で、何をどんな風に追加すれば基準をクリアできるか計算しなければなりません」とは同プロジェクトをYKK APとともに推進し、「鎌倉の家」のリノベーションコンサルティングを担当した黒田大志さん。しかも単純にそれぞれを高めるだけでは、コストがあっという間に跳ね上がる。いかにコストを抑えて性能を高めるかも肝心だ。

1階北側はドアで仕切ると東と西側にそれぞれ個室として利用できる。またそれぞれの個室の間は大きなクローゼットにするなどのフリースペース。リモートワークなど新しい生活様式にも対応する間取りだ(写真撮影/桑田瑞穂)

1階北側はドアで仕切ると東と西側にそれぞれ個室として利用できる。またそれぞれの個室の間は大きなクローゼットにするなどのフリースペース。リモートワークなど新しい生活様式にも対応する間取りだ(写真撮影/桑田瑞穂)

階段は従来よりも北側に新たに設置された。床はオークの無垢材。手入れを施主に楽しんでもらうことで、住宅に愛着をもってもらおうと、あえて無塗装での引き渡しとなる(写真撮影/桑田瑞穂)

階段は従来よりも北側に新たに設置された。床はオークの無垢材。手入れを施主に楽しんでもらうことで、住宅に愛着をもってもらおうと、あえて無塗装での引き渡しとなる(写真撮影/桑田瑞穂)

3部屋あった2階もこのようにワンルーム化されている。ただし、既にドアが用意されていて、ライフスタイルの変化に応じて容易に3部屋に仕切ることができる(写真撮影/桑田瑞穂)

3部屋あった2階もこのようにワンルーム化されている。ただし、既にドアが用意されていて、ライフスタイルの変化に応じて容易に3部屋に仕切ることができる(写真撮影/桑田瑞穂)

新たに用意されたバルコニー。屋根がついているので、どんな時間でも周囲の森から聞こえる鳥のさえずりを聞きながら、のんびりとしたひとときを過ごすことができる。晴れた日は富士山も見える。ダウンライトや電源も備えられているので、BBQなど用途に応じて使いやすい(写真撮影/桑田瑞穂)

新たに用意されたバルコニー。屋根がついているので、どんな時間でも周囲の森から聞こえる鳥のさえずりを聞きながら、のんびりとしたひとときを過ごすことができる。晴れた日は富士山も見える。ダウンライトや電源も備えられているので、BBQなど用途に応じて使いやすい(写真撮影/桑田瑞穂)

「プロジェクトを始めた当初は、こうした技術的要素の検証と、そもそも『性能を向上させた既存住宅』に対するニーズがあるのか、それはビジネスモデルとして成り立つのかという検証からスタートしました」(西宮さん)

例えば断熱性能はエリアによって、あるいは南向きか北向きかなど立地条件によっても変わる。同じHEAT20のG2レベルでも、北海道と九州では数値が異なる。だからこそ、これまで検証を兼ねて取り組んだ16事例は全国各地に点在しているのだ。

こうして行われた技術的検証によって「技術ノウハウの確立や、課題の洗い出しなど、ある程度の検証ができました」(西宮さん)という。同じ立地で、同じ大きさの同じ性能を有する建替えよりも販売価格を抑えられることにビジネスモデルとしても手応えを感じているようだ。

一方、見えて来た課題の中で特に大きいのが「施工する業者の断熱性に対するリテラシーがバラバラだということです」(黒田さん)。同プロジェクトとしてはもっと事例を増やしたいのだが、対応できる施工業者がまだまだ少ない。

従来の方法で十分商売ができた施工業者の中には、なぜ断熱性能をそこまで上げる必要があるのか、そもそもどうやって上げればよいのか、知らない人がいても不思議ではない。
「性能を向上させるリノベーションの知識を持つ設計士や建築会社、販売する不動産会社をもっと増やして、全体を底上げしなければなりません」(黒田さん)

「鎌倉の家」の壁断熱の工事の様子(写真提供/YKK AP)

「鎌倉の家」の壁断熱の工事の様子(写真提供/YKK AP)

例えば自宅や、購入したい中古住宅の性能を向上させるリノベーションを考えても、身近にそれを叶えてくれる施工会社などがいなければ、なかなか「G2レベル」や「耐震等級3相当」まで性能を向上させることは難しいのだ。

「鎌倉の家」に不動産事業者として携わった浜田伸さんは「自社で物件を仕入れて、リノベーションして、販売するのが我々不動産事業者の仕事。また建築士や施工会社と比べて、エンドユーザーに一番近い立場です。購入した中古住宅の性能を向上させることで再価値化し、自信をもってお客さまに勧めることができます。ですから不動産事業者が率先して推進するべきじゃないかと思います」という。

さらに、我々エンドユーザーの意識も変わるべきなのではないだろうか。冷暖房費を今より約38%削減してくれ、大きな地震に遭っても住み続けることのできる住宅。税制優遇や補助金、地震保険料の割引など数々のメリットも生まれる『戸建性能向上リノベーション』。少なくとも「夏は暑く、冬は寒い」のは、世界レベルでみたら“当たり前ではない”ことに、早く気付くべきだろう。

●取材協力
YKK AP

神戸の洋館「旧グッゲンハイム邸」裏の長屋の暮らしが映画に! 塩屋をおもしろくする住人が集う理由

兵庫県神戸市の海辺に美しい姿を見せる古い洋館。その裏の長屋で共同生活を送る若者たちの日常を描いた映画『旧グッゲンハイム邸裏長屋』が神戸市内の映画館で公開され、話題を呼んでいる。主要な登場人物は当時の住人。たわいない会話のやりとりと古びた長屋、海と山が間近にせまる小さな街・塩屋の風景。いま、コンセプチュアルでおしゃれなシェアハウスが人気を呼ぶなか、このノスタルジックな共同生活に多くの人が心惹かれるのは何故なのか。リアルな姿を知りたいと、長屋を訪ねてみた。
共同リビングルームで何気ない会話を日々つむぐ

神戸の中心地、JR三ノ宮駅から普通電車で約20分。穏やかな瀬戸内海が車窓から見えてきたら塩屋駅に到着する。小さな改札口を抜け、細い路地を通り、踏切を越えて石段を上がると白壁の洋館「旧グッゲンハイム邸」が現れる。

線路のすぐそばまで山が迫る塩屋。明治の名建築・旧グッゲンハイム邸はこの街のランドマークだ(写真撮影/水野浩志)

線路のすぐそばまで山が迫る塩屋。明治の名建築・旧グッゲンハイム邸はこの街のランドマークだ(写真撮影/水野浩志)

明治41年に建てられたとされる「旧グッゲンハイム邸」は現在、イベントスペースとして使われており、黒沢清監督の映画『スパイの妻』のロケ地にもなったところ。そんな瀟洒(しょうしゃ)な洋館と対比するような質素な外観で裏庭に建っているのが、今回訪ねる長屋だ。

住人が集うリビングにはソファやテーブル、冷蔵庫、本、楽器などが所狭しと置かれる。映画の中で、日々の生活を記録するのが日課の“せぞちゃん”、裏山に登ることが好きな“としちゃん”、料理上手な“あきちゃん”、仕事に恋に忙しい“づっきー”たちが、食卓を囲み、時には恋愛のことや将来の悩みを打ち明け、セッションを楽しんだ場所だ。
「旧グッゲンハイム邸」の管理人、森本アリさんと、住人で映画の主人公の清造理英子(せぞちゃん)さん(※清は旧字体)、元住人で森本さんと共に塩屋の魅力を発信する「シオヤプロジェクト」を手掛ける小山直基さんの3人に、リビングでお話をうかがった。

取材は映画に登場する長屋のリビング、通称“グビング”で(写真撮影/水野浩志)

取材は映画に登場する長屋のリビング、通称“グビング”で(写真撮影/水野浩志)

ヨーロッパで見た「空き家リノベ×共同生活」スタイルを神戸に実現

そもそも森本さんが旧グッゲンハイム邸の管理人になったのは2007年のこと。老朽化し、解体の危機に立たされていた旧グッゲンハイム邸をなんとか存続させようと、森本さんの両親が同館を購入したことがきっかけだ。

旧グッゲンハイム邸の管理人、森本アリさん(写真撮影/水野浩志)

旧グッゲンハイム邸の管理人、森本アリさん(写真撮影/水野浩志)

洋館の裏に立つ長屋は、もとの所有者が寮として使っていた場所。洋館を多目的スペースとして使用することになり、裏の長屋を共同生活の場とした。
「僕が留学していたベルギーをはじめヨーロッパでは空き家を再利用して友だちと一緒に住むのはよくあること。共同で住むスタイルに違和感はありませんでした。ヨーロッパで見てきたことを、日本でも実現できないかと思ったんです。本音を言えば、『イベントスペース+長屋』として運営しながら、僕の音楽仲間が集まって活動ができる場にしたかった。自分自身が楽しみたかったんですね」

白壁に緑色のアクセントが美しい旧グッゲンハイム邸。その左奥に見える建物が、映画が撮影された長屋だ(写真撮影/水野浩志)

白壁に緑色のアクセントが美しい旧グッゲンハイム邸。その左奥に見える建物が、映画が撮影された長屋だ(写真撮影/水野浩志)

現在は同館の運営に携わっている小山さんは、2007年に長屋が始まった時から8年間住んでいた。まだシェアハウスという言葉もあまり浸透していなかったころだ。
「たまり場が欲しかったんです。高校時代から友だちの家に集まっては夜中までゲームしたり、音楽を聞いたり。ただただ仲間と同じ空間にいて時間を浪費しているだけ(笑)。でも私にとっては居心地がよかった。大人になっても、そんな場所が欲しかったし、自分でつくりたかった。でも、当時はワンルームのマンションやアパートが主流で、不動産屋を回っても全く分かってもらえなかったんです」

シオヤプロジェクトのメンバーで元住人の小山直基さん(写真撮影/水野浩志)

シオヤプロジェクトのメンバーで元住人の小山直基さん(写真撮影/水野浩志)

そんなときに塩屋が地元の高校時代の友人からこの長屋を紹介された。「たまり場にできる十分なスペースがあって、大音量で音楽を聞いても怒られない(大家のアリさんが一番音量を上げる)し、DIYもOK! 僕の希望を全部叶えてくれる場所でした」
入居後、小山さんはグビングに毎夜のように住人や友人を誘って一緒に食事をし、映画鑑賞会を開いたり、管理人の森本さんらと楽器演奏をして盛り上がったり。同じく住人だった女性と結婚した後も長屋を離れがたくて、しばらく2部屋で住んでいた。子どもが産まれる直前になってやっと引越したが、現在住んでいる家も長屋の近くだ。
映画の主人公を務めた清造さんは入居5年目。現在10人いる住人のうち最も古くからの入居者だ。音楽活動を通して森本さんと知り合い、長屋の存在を知った。

映画の主人公になった清造理英子さん(写真撮影/水野浩志)

映画の主人公になった清造理英子さん(写真撮影/水野浩志)

「(長屋に住まないかと聞かれたとき、)ここに住んだら楽しいだろうな、とは思っていましたが、既に同居している人たちの中に飛び込むことも、知らない人たちと共同生活を送ることにも多少の不安はありました。でも、シェアハウスに住む機会って人生で1回あるかないかだろうし、と思って。その結果、もう5年も住んでいますが(笑)」

清造さんが今も引越さない理由は「今のところはまだ、ここ以上の場所が見つからないから」
「夜中に誰かが突然テーブルに網を張って卓球大会を始めたり、プロジェクターを出して大画面でゲームをしたり、突発的に何かが起こるのも面白いです。気分が乗らないときは参加しないこともありますが、それで気まずくなったりはしないし、住人同士の付き合いは気楽です。他の人が料理をするのを見て知らなかったスパイスの使い方を覚え、キャンプにも一緒に行き、知らない世界を知ることができる。一人暮らしだったら経験していなかったであろうことがたくさんあります」

リビングの前のテラスで朝ご飯を食べたり、七輪で肉を焼いたり(写真撮影/水野浩志)

リビングの前のテラスで朝ご飯を食べたり、七輪で肉を焼いたり(写真撮影/水野浩志)

住人同士のクラブ活動も盛ん。トランペットバンドや手芸部、山登りクラブなども。「もちろん自由参加なので、大勢集まることもあれば、蓋を開けてみれば一人だけ、なんていうこともあります(笑)」(清造さん)(写真撮影/水野浩志)

住人同士のクラブ活動も盛ん。トランペットバンドや手芸部、山登りクラブなども。「もちろん自由参加なので、大勢集まることもあれば、蓋を開けてみれば一人だけ、なんていうこともあります(笑)」(清造さん)(写真撮影/水野浩志)

リビングの奧が共同キッチン。お皿や調理器具はシェアして使い、食事は各自でつくって食べている(写真撮影/水野浩志)

リビングの奧が共同キッチン。お皿や調理器具はシェアして使い、食事は各自でつくって食べている(写真撮影/水野浩志)

代々の住人たちが日々の思いや出来事、連絡事項などを書き綴ったノート(写真撮影/水野浩志)

代々の住人たちが日々の思いや出来事、連絡事項などを書き綴ったノート(写真撮影/水野浩志)

奧に個室が並ぶ。2階建てで現在10人が入居している(写真撮影/水野浩志)

奧に個室が並ぶ。2階建てで現在10人が入居している(写真撮影/水野浩志)

住人たちが塩屋に住み続ける理由

音楽を核とする居場所、仲間が集まる居場所。今から15年ほどまえに、森本さんらが自分の理想の暮らしを求め、“居場所”をつくった。
当初、森本さんは荒れた長屋を自分で改修しながらシェアハウス化しようと決め、居室を入居者が自らDIYすることを条件に募集。退去時も「原状回復」の必要なし。手のかかる改築作業を楽しみ、前の住人がつくった個性的な部屋に面白みを感じるクリエイティブな人が次々と住人になっていった。イラストレーターやレゲエ好きの料理人、街づくり担当の行政マン、地元の漁師までと、仕事はさまざまだが、クリエイティブな感覚を持ち合わせている人たちが口コミで集まる。
今回の映画『旧グッゲンハイム邸裏長屋』の監督・前田実香さんもこの長屋出身だ。
イベントスペースとして活用している旧グッゲンハイム邸本館の存在も大きい。

例えばシンガーソングライターの曽我部恵一氏の音楽会や、神戸関連の本を出版しているライター・平民金子氏らのトークショーなど、話題の人たちのイベントが開かれており、住人は身近に新しいアートや文化を感じることができる。
ほかにも、塩屋のリノベーションに特化したイベントや、無声コメディ映画の弁士と楽士付きの上映会(子どもの食いつきがすごい)や神戸ロケの映画を深く掘り下げるイベントなどもあり、実にバラエティー豊か。また、住人が自然発生的に始めた“グビング”でのクリスマス会や餅つき大会などの行事が発展して、本館でのイベントになったケースもある。

流しそうめんの様子(写真撮影/片岡杏子)

流しそうめんの様子(写真撮影/片岡杏子)

それにしても驚くのは、卒業した人の多くが塩屋にとどまり、クリエイティブな感覚を活かして、街の活性化の一端を担っていることだ。
それだけ、塩屋の街自体に大きな魅力があるのだと感じる。

海と山が間近に迫る塩屋は、街中に狭い道幅の坂道が走る。細い急な坂を登ると、眼下には塩屋の街の家々が広がる。建ち並ぶ住宅の中に古い洋館が点在する様子も、かつて多くの外国人がこの景色に惹かれて住んだ街らしい華やぎを添える。
「長屋の窓を開けると目の前に海が見えて、裏にすぐ登れる山があって。でも三宮まで電車で20分で行ける。私もそろそろ別の場所に引越そうかなと思うのですが、ここ以上に魅力的なロケーションはなかなかないんですよね」(清造さん)

目の前に海が広がり、時折船の汽笛が聞こえてくる。旧グッゲンハイム邸の2階から(写真撮影/森本アリ)

目の前に海が広がり、時折船の汽笛が聞こえてくる。旧グッゲンハイム邸の2階から(写真撮影/森本アリ)

大切なのは街のサイズ感。人との距離が近く街ごと自分の“居場所”に

阪神・淡路大震災以降、神戸の多くの街で復興事業と再開発が進んだ。そのなかで、比較的被害が少なく、昔ながらの街の姿が残ったことが塩屋の価値につながっていると森本さん。
「僕が留学先のベルギーから帰国したのは大震災の翌年でしたが、塩屋は区画整理がなされていなかった。他の街の駅前にロータリーができ、大きな商業施設や高いマンションが次々建つ様子に、薄っぺらさを感じました。塩屋は山にへばりつくように家が建つ狭い谷間の街。坂道がある、道が狭くて車が通れないなど、住むのにはややこしい。ややこしくても住みたいと思う人が住めばいいと思う」

駅前の商店街に昔ながらの豆腐店や魚屋が並ぶ。小さな個人商店が愛され続けているのも塩屋の魅力だ(写真撮影/水野浩志)

駅前の商店街に昔ながらの豆腐店や魚屋が並ぶ。小さな個人商店が愛され続けているのも塩屋の魅力だ(写真撮影/水野浩志)

では、「ややこしい街」にあえて住む理由は何か。
その答えとなる象徴的なエピソードを小山さんが教えてくれた。
小山さんの妻はニュータウンで育ち、20代で長屋の住人となった。塩屋の開発について住民の意見交換の場で、塩屋についての思いを伝えた。「私、思うんです。毎日魚屋さんで魚を買い、豆腐屋さんで豆腐を買う。そのたびに会話があります。道が狭いからいつの間にか知らない人と顔見知りになり、会話をするようにもなる。スーパーしか知らない私にとって、そういった日々の生活は新鮮で楽しい」と。
森本さんは「そのとき、再開発を進めるよう声を上げていた地元のお年寄りたちが、水を打ったようにシーンとなった。この言葉で話し合いの潮目が変わりました」と振り返る。
清造さんも同じ印象を持つ。「住み始めて1週間も経たないのに、商店街の人が『おかえり』と声をかけてくれたり、今日はみんなでごはんを食べることを伝えたら『これも持っていき!』とおまけをつけてくれたり。なんだか嬉しいですよね」
「清造が豆腐屋の作業場で昼飯食べているのを見たときは、笑った」と森本さん。

塩屋商店会と「シオヤプロジェクト」が協力して制作した塩屋のイラストマップ。「塩屋中を歩き回ったなぁ」と森本さんと小山さん(写真撮影/水野浩志)

塩屋商店会と「シオヤプロジェクト」が協力して制作した塩屋のイラストマップ。「塩屋中を歩き回ったなぁ」と森本さんと小山さん(写真撮影/水野浩志)

小さな街だから、同じ人と出会う回数も多く、出会えば声を掛け合うし仲良くもなる。人と人が繋がるハードルが都心部よりずっと低く、知り合いがいることで街に愛着が生まれる。街が丸ごとその人の“居場所”になる。それが「ややこしさ」ゆえの魅力であり、長屋の元住人が卒業しても塩屋に住み続ける理由ではないだろうか。

森本さんは、旧グッゲンハイム邸の管理人をしながら塩屋をテーマにした本『塩屋百年百景』等の出版や塩屋のイラストマップを制作するなど多彩な活動を継続的に行ってきた。2014年には「シオヤプロジェクト」を立ち上げ、アーティストたちとともに展覧会や街歩き、新しい地図を制作するワークショップを行うなどして、塩屋の魅力を発信している。

旧グッゲンハイム邸裏長屋の住人がキッチンでつくる個性あふれる料理をレシピ本に。映画のパンフレット代わりとしても販売され、好評。こういった共同作業が絆を深める(写真撮影/水野浩志)

旧グッゲンハイム邸裏長屋の住人がキッチンでつくる個性あふれる料理をレシピ本に。映画のパンフレット代わりとしても販売され、好評。こういった共同作業が絆を深める(写真撮影/水野浩志)

長屋の元住人が駅前の商店街にオープンしたカレーショップが「行列ができる店」になり、次第に古民家カフェやピザ店ができるなど、旧グッゲンハイム邸の復活をはじめとする森本さんたちの取り組みによって、塩屋は休日に人が散策を楽しみに訪れる街に生まれ変わっていった。
街に“新しい風”が吹き込まれたことで、次第に若い世代の流入が進み、車が入らない細い道は「ベビーカーを安心して押せる道」と考える、子育て世代のファミリーたちの姿も目に付くようになった。

コロナ禍で注目度高まり、移住者が増加

今、コロナ禍の塩屋で新たな動きが起こっていると森本さん。
「昨年から塩屋商店会の加盟店舗に10店舗が増えています。古着屋、台湾カフェ、おしゃれな花屋。人が少なく商売が難しい街なのに、そのリスクを覚悟してオープンしているのだから、気骨を感じる店ばかり」
遠方への外出が難しい中、生活が徒歩圏で日常も休日の楽しみも完結できる塩屋への注目度は高まり、移住者が増えているそうだ。
「とはいえ、あんまり人が多くならん方がええかな」と森本さんは本音もぽろり。

海と山の距離が神戸市内で最も近いと言われる塩屋。駅の北側はどこを歩いても坂道ばかり(写真撮影/水野浩志)

海と山の距離が神戸市内で最も近いと言われる塩屋。駅の北側はどこを歩いても坂道ばかり(写真撮影/水野浩志)

森本さんが「塩屋の尾道」と呼ぶ、洋館に導く細い階段(写真撮影/森本アリ)

森本さんが「塩屋の尾道」と呼ぶ、洋館に導く細い階段(写真撮影/森本アリ)

六甲山全山縦走の西側の起点でもある旗振山を望む(写真撮影/森本アリ)

六甲山全山縦走の西側の起点でもある旗振山を望む(写真撮影/森本アリ)

昔ながらの商店街は活気があり、おしゃれなカフェや個性的な専門店などで今の時代のクリエイティブな空気感にも浸れる。通勤も便利だし、在宅ワークに疲れたときにはふらりと外に出て山や海を眺めれば気分爽快だ。
「塩屋のようなポテンシャルの高い街は神戸にたくさんあります。例えば長田区や兵庫区など、神戸はどこも街が山に溶け込むその境目付近に、とても魅力的な住宅地があるんです。塩屋的な街の見つけ方ですか? 街が狭いこと、開発されていないこと、家賃が安いこと!」(森本さん)
実際、森本さんも若い世代や、フリーランスのクリエーターたちが誰でも住めるよう、長屋の家賃を3万円代から上げるつもりはない。
清造さんは、いずれは地元に戻る予定だという。「でも塩屋を離れても、長屋みたいに人と人とが関われる場をつくっていけたら」と話す。
「旧グッゲンハイム邸裏長屋」のように、住人たちが自分の住む街を気にかけて、街のためにできることを語り合って模索していく。ポストコロナの時代には、そんな動きが広がっていくかもしれない。

●取材協力
旧グッゲンハイム邸 
シオヤプロジェクト

●映画の公開情報
『旧グッゲンハイム邸裏長屋』

空き家DIYをイベントに! カフェなど地域の交流の場に変える「solar crew」

増え続ける空き家が、社会問題化した昨今。そんななか、「空き家再生のDIYに地域住民を巻き込んでいく」プロジェクトに挑戦し続けている、小さなリフォーム会社がある。「solar crew」と名付けられたこのプロジェクトの仕掛け人、太陽住建 代表取締役の河原勇輝さんに、スタートした経緯や反響、今後の展開について、お話を伺った。
DIYイベントで地域の交流の場づくりの土台に

空き家リノベーションのDIYをイベント化するというプロジェクト「solar crew」。2020年からスタートしたこの事業は、再生された空き家は、オフィスやコワーキングスペース、一部は地域の交流の場として開放され、つくって終わりではなく、使うことで継続的な地域のつながりの場となり、新たな空き家活用法として注目されている。

条件は、Facebookのプライベートグループ「空き家でつながるコミュニティsolar crew」に参加することだけ。参加理由は「DIYに興味がある」「何かしら社会貢献できるようなことがしたい」「子どもの体験として」とさまざま(画像提供/太陽住建)

条件は、Facebookのプライベートグループ「空き家でつながるコミュニティsolar crew」に参加することだけ。参加理由は「DIYに興味がある」「何かしら社会貢献できるようなことがしたい」「子どもの体験として」とさまざま(画像提供/太陽住建)

太陽光発電設置のDIYイベントでは、パネルを貼る工事にも参加できる(画像提供/太陽住建)

太陽光発電設置のDIYイベントでは、パネルを貼る工事にも参加できる(画像提供/太陽住建)

プロジェクトを始めたきっかけは、河野さんが1日限定のDIYのワークショップに初めて行った時の、参加者の意外な反応だったという。
「最初の空き家再生事業で、地域住民の方を対象に、お披露目も兼ねて開催したんです。壁を塗ったり、テーブルをつくったりする簡単なものでしたが、参加者の方から、“解体もやってみたかった””デザインの仕事をしているので、プランを考えてみるところから参加してみたかった”という感想をいただいたんです。こちらとしては、ほぼ出来上がったものを提供するほうが負担がないと考えていましたが、でき上がるまでのストーリーのほうに関心のある人が増えているんだと、新たな発見でした」

共同作業をしながら自然と会話。愛着が生まれる

その後、単発のワークショップではなく会員制(2021年6月末時点で184名)にすることで、DIYのイベントをきっかけに、継続的な関わりが生まれている。
「参加者は、家族で参加している3歳のお子さんから、腕に覚えのある70代の方まで。普段は接点がないような方が、作業をしていると、自然と会話が生まれて、楽しそうなんですよ。特に、普段は何かと会話の外にいるお父さんたちが仲を深めている様子はよく見ます」

自ら工事を手掛けることで、その拠点に愛着がわき、自分のサードプレイスになりやすい利点もある。

DIYイベントの1コマ(画像提供/太陽住建)

DIYイベントの1コマ(画像提供/太陽住建)

(画像提供/太陽住建)

(画像提供/太陽住建)

現在、「solar crew」で再生された空き家は5件。
完成した家は、町内会のイベント、ママたちのランチ会、趣味のワークショップなど、さまざまな使い方がされている。カフェ、シェア型の畑、宿泊もできる施設など、スタイルもさまざま。会員は、その土地のエリア特性に合ったコンセプトづくりから参加できる。
「例えば、このあたりは公園が少ない、子ども連れでも気兼ねしなくていいカフェがほしい、テレワークスペースのニーズがあるなど、その地域の課題を解決できる場でもあってほしいと考えています」

空き家にある畑も活用して拠点へ(画像提供/太陽住建)

空き家にある畑も活用して拠点へ(画像提供/太陽住建)

地域の料理会の様子(画像提供/太陽住建)

地域の料理会の様子(画像提供/太陽住建)

露天風呂のある箱根町のペンションも、昨年末からDIYをし、地域の拠点に。「オーナーさんが、地域のためになるならと賛同していただきました」(画像提供/太陽住建)

露天風呂のある箱根町のペンションも、昨年末からDIYをし、地域の拠点に。「オーナーさんが、地域のためになるならと賛同していただきました」(画像提供/太陽住建)

大家も利用者も“Win-Win”な収支システムを実現

ここまで「solar crew」のメリットに関して解説してきたが、“収支”も気になる。
「空き家のリノベーション費用は当社が負担し、大家さんへは、ほぼ固定資産税程度の賃料を支払っています。このシステムなら、空き家を持て余していた方も参画しやすいでしょう。大家さんの“使わないけれど手放したくない”という切実な思いに応えたいんです」

個人会員は一部のイベント開催は別として、参加費は無料。法人会員は協賛金を支払い、ワークスペースやイベントの開催、ショールームとして使用することもできる仕組みだ。

また、いわば社会問題でもある空き家を活用する事業として、区役所、地域ケアプラザ、社会福祉協議会、町内会からなる「運営協議会」を設け、空き家の活用方法を協議している。
「地域に密着した事業を行う企業は、この場がマーケティングの場となっています。例えば、地元で数店舗の美容室を経営するオーナーの方が、ファンづくりをする場としてイベントを開催するなど、うまく機能していました」

ほかにも、「プレゼンが苦手」という職人気質の個人事業主さんに、大手IT企業勤務の会社員の男性がパワーポイントで資料を作成する業務を副業として請け負ったりと、新たなビジネスのきっかけになることも。
「最初は、大工仕事をしてみたいなぁとか、親子で遊べる場として利用してみようかなぁなどのささいなことがきっかけでも、思わぬ出会い、発見があります。最近では、DIYに興味があると参加した大学生が、どっぷり『solar crew』にハマり、当社にインターンとしてやってくる予定なんです」

地元の美容室による「子ども向けヘアサロン」のイベント。販促の場として活用されている(画像提供/太陽住建)

地元の美容室による「子ども向けヘアサロン」のイベント。販促の場として活用されている(画像提供/太陽住建)

さらに「地域交流の場」だけでなく、耐震シェルター、太陽光発電システムでオフグリッドの発電と、「防災の拠点」の役割も担っている(画像提供/太陽住建)

さらに「地域交流の場」だけでなく、耐震シェルター、太陽光発電システムでオフグリッドの発電と、「防災の拠点」の役割も担っている(画像提供/太陽住建)

倒産の危機を乗り越え、たどり着いたのは“地域に貢献したい”という想い

このように順調に見えるが、実は河原さん、2009年に創業した会社は、2年目には倒産の危機にあったそう。
「当時は、マンションやアパートの原状回復、細々とした修繕など、施工を首都圏全域でやっていました。しかし、遠方へは時間も交通費もかかる。さらに、DIYブーム、大型ホームセンターの盛況から、単純な工事を請け負うだけではまわらなくなると、相当な危機感を感じました」
そんな、河原さんが目指したのは、とことん「地元に愛される」会社になること。
「最初は街のゴミ拾いから。半年続けました。その後、街のお祭りに声を掛けられたり、町内会に呼ばれるようになったり……。そのうち自然と、地域の人、行政の人とつながりができ地域の課題が見えてきた。これが現在の空き家活用事業につながっていると思います」

弱冠24歳で、会社を創業。本業のほか、さまざまなNPOや一般社団法人に所属。さらに地域の消防団にも加入、子どもの通う小学校のPTA会長も担うなど、地域コミュニティに貢献している。「地元の人に喜ばれることで、働く側もモチベーションがあがり、幸せな循環が生まれています」(画像提供/太陽住建)

弱冠24歳で、会社を創業。本業のほか、さまざまなNPOや一般社団法人に所属。さらに地域の消防団にも加入、子どもの通う小学校のPTA会長も担うなど、地域コミュニティに貢献している。「地元の人に喜ばれることで、働く側もモチベーションがあがり、幸せな循環が生まれています」(画像提供/太陽住建)

「空き家を地域の交流の場として再生する」「その過程から地域住民にも参加してもらう」「地域の課題を解決するための場とする」の3つを目的とする「solar crew」は、SDGsの観点からも注目されており、「第8回 グッドライフアワード 環境大臣賞」(環境省)を受賞。
テレビ、雑誌などに取り上げられることも多く、空き家に悩む方からの問い合わせも急増。コロナ禍でリアルのイベントを休止していたが、現在は、人数を制限し、感染対策をしたうえで、少しずつ再開している。

「地域循環型共生圏」の取り組みが評価され受賞(画像提供/太陽住建)

「地域循環型共生圏」の取り組みが評価され受賞(画像提供/太陽住建)

「コロナ禍で地元で過ごす時間が増え、地域コミュニティに関心が高まっている人も多いはず。そんなとき、『solar crew』が地域のプラットフォームになれたら。どんな街でも、暮らす人がいれば、必要な機能があるはず。現在は神奈川県が中心ですが、今後は、浅草など都心の案件にも挑戦していくつもりです」

次回は7月25日(日)「床の造作・カウンターづくりDIYイベント」(in真鶴)。気になる人はチェックを。

●取材協力
株式会社太陽住建
Facebook「空き家でつながるコミュニティ『solar crew』」
(25日のイベント参加等の問い合わせはFacebookまで)

シェア菜園やDIY工房つき! 暮らしは自分たちの手でつくる新しい団地ライフ

生活音に気をつかいつつ、狭い部屋でじっとリモートワーク。隣人とは会釈程度、近所のコンビニに出かけたものの、誰とも会話もせずに1日が終わる……。新型コロナウイルスの影響で、自宅で過ごす時間が増えたことにより、住まいや暮らしについて「これでいいんだっけ……?」と考えていませんか。今回はそんな人の「答え」になりそうな、リノベ団地とゆるくつながる暮らしについてご紹介しましょう。
1964年築の団地をリノベ。DIYやペット可、交流アリの住まいに

今から50年以上前にできた、東綾瀬団地。多くの建物が解体・再建築されていくなか、約5800平米の敷地に立つ2棟・48戸をリノベーションして、2020年、「いろどりの杜-hands-on-village」が誕生しました。築50年以上経過しているため上下水管は入れ替え、設備は現在のライフスタイルにあわせてあり、快適な暮らしができるようになっています。特徴は団地リノベ、DIYができること、2匹までペット可(1棟のみ)、広場でBBQやDIY教室、さまざまなイベントが開催されることなどで、いわば、今どきの賃貸のトレンドの「全部のせ物件」となっています。

1964年築の団地ですが、外壁を白くし、アクセントカラーが入るとぐっとオシャレになります(写真/片山貴博)

1964年築の団地ですが、外壁を白くし、アクセントカラーが入るとぐっとオシャレになります(写真/片山貴博)

団地の敷地内にはテラスのほか、BBQスペース、シェア農園、DIY工房などが。近々、ピザ窯もできる予定(写真/片山貴博)

団地の敷地内にはテラスのほか、BBQスペース、シェア農園、DIY工房などが。近々、ピザ窯もできる予定(写真/片山貴博)

取材時に空室となっていた部屋。床には屋久杉の無垢材、キッチンは二口ガスコンロなど、今の暮らしにあわせた設備が採用されています(写真/片山貴博)

取材時に空室となっていた部屋。床には屋久杉の無垢(むく)材、キッチンは二口ガスコンロなど、今の暮らしにあわせた設備が採用されています(写真/片山貴博)

取材時に空室だった部屋。DIYができるため、前の住民がペイントしたもの。オシャレ&このまま住みたい…(写真/片山貴博)

取材時に空室だった部屋。DIYができるため、前の住民がペイントしたもの。オシャレ&このまま住みたい……(写真/片山貴博)

4階建ての建物、2棟のうち1棟にはエレベーターはついていませんが、若い世代が中心となっているためか、まったく気にならないとか。むしろ建物と建物の間隔が広く、その抜け感・開放感が新鮮にうつっているようです。

住居部分とは別に、団地の設備である宅配ロッカー(左)と住民専用のBBQグッズのある「いろどりキャビン」(右)とが設けられ、共用施設が充実している(写真/片山貴博)

住居部分とは別に、団地の設備である宅配ロッカー(左)と住民専用のBBQグッズのある「いろどりキャビン」(右)とが設けられ、共用施設が充実している(写真/片山貴博)

「2020年2月から入居がはじまりましたが、感染対策を行いながら、団地に住んでいる住民自身のみなさんが企画し、運営するさまざまな交流をうむイベントが行われていて、私たちも驚いています」と話すのは、建物の維持・管理などを行うフージャースアセットマネジメントの石村穂乃佳さん。この1年だけでも、住民のプロ大工さんによる月に1回のシェア工房、住民交流BBQ、竹×サステナブルをテーマにした納涼会、シェア窯プロジェクトなどを行い、団地リノベのコンセプトである、”つくる暮らしを育てる団地”がかなっているとか。

BBQスペース、シェア農園、DIY工房など、いわばハコ(設備)をつくることはできますが、イベントを企画・実施していくのは簡単ではありません。では、どのようにして企画が生まれ、行われているのでしょうか。取材日、開催されていた「団地パンまつり」の様子から理由をさぐっていきましょう。

対価はお金ではなくつながり。大人が楽しんで参加できるスタイル足立区近隣にある人気パン屋・6店のパンをそろえた「団地パンまつり」。11時のオープン前から行列ができ、45分で全商品が完売するという人気ぶりです(写真/片山貴博)

足立区近隣にある人気パン屋・6店のパンをそろえた「団地パンまつり」。11時のオープン前から行列ができ、45分で全商品が完売するという人気ぶりです(写真/片山貴博)

「団地パンまつり」は足立区近隣にある人気パン屋・6店から、よりすぐったパンをそろえて販売するというもの。広場には焚き火があって、子どもたちが焼きマシュマロを食べられたり、木工あそびができたりと、パンを買ったあとも滞在できる仕掛けもなされています。広場に集うのは、団地の住民だけでなく、近隣で暮らしている人たち。訪れたこの日、開店前にもかかわらず、多くの人が集まっていて、注目度の高さがうかがえます。

パン屋との出店交渉、どのパンを仕入れるのか、設営、販売まで住民が行います。大人の本気です!(写真/片山貴博)

パン屋との出店交渉、どのパンを仕入れるのか、設営、販売まで住民が行います。大人の本気です!(写真/片山貴博)

「パンを並べているケースも、屋久杉の床材を使ったもので、住民の手づくりなんですよ。贅沢でしょう(笑)。スタッフのTシャツもそろえて、オリジナルのロゴをいれています」と話すのは、団地の住民でもあるデザイナーの下出さん。今回はロゴの作成や、フライヤーデザインを担当しました。こうしたイベントへの参加は一切、強制ではなく、参加したい人が自分たちの得意なスキルをあわせつつ、楽しんで行っているとのこと。

焚き火(中央)に木工あそび(左)。コロナ禍で遠出できないからこうしたイベントは貴重(写真/片山貴博)

焚き火(中央)に木工あそび(左)。コロナ禍で遠出できないからこうしたイベントは貴重(写真/片山貴博)

「この団地って、人が対価として受け取るのは『お金』だけではなく、経験やさまざまなものがあるという考え方の人が集まっているんです。自分ももともとそう考えるタイプだったので、住んでより考え方が確立した感じですね」と話します。自分が得意なスキルを提供して、周囲の人を笑顔にしたり、いいね、と言われたり。長い間、人類はこうやってコミュニティをつくってきたんだなと実感します。

団地に住み、イベントをしかけている株式会社はじまり商店街の辻さん(左)とフージャースアセットマネジメントの石村さん(右)(写真/片山貴博)

団地に住み、イベントをしかけている株式会社はじまり商店街の辻さん(左)とフージャースアセットマネジメントの石村さん(右)(写真/片山貴博)

「こうしたイベントの中核を担っているのは、団地に暮らしている辻さんたちです。私たちは辻さんたちの企画を見て、いいね! と後押ししてるだけ」と解説するのは石村さん。

辻さん自身、「団地だけの閉鎖的な集いではなく、イベントを通じて地域とつながることを意識しているんです。団地を通してパン屋さん、地域の方々がつながり、暮らしが豊かになるキッカケづくりになればいいな、と。何よりこの1年で、住民のみなさんが楽しみつつ、ご近所や街の人とつながり、暮らしが豊かになっていくのを実感しています。私自身、以前は普通の賃貸アパートに住み、近隣づきあいもありませんでしたが、ここに引越してきて、『私がしたかったのはこういう暮らし~!』だと思っているんです」とうれしそうに話します。

つい先日、入居1年で転勤のため退去した人がいたそうですが、なんと住民同士で涙、涙の送別会を行ったとか。大人の住民同士が1年でそこまで仲良くなる!? と驚きますが、和気あいあいとしたイベントを見ていると、確かに仲良くなるかもなと頷いてしまいます。大人が楽しいフェスを毎月、実施している感じなのかもしれません。

つくる暮らし、交流のある暮らしをしたくて団地へ! その住心地は?ベッドを加工し、作業机に。本棚にはお気に入りの漫画を並べています(写真撮影/片山貴博)

ベッドを加工し、作業机に。本棚にはお気に入りの漫画を並べています(写真撮影/片山貴博)

ここでもうひとり、団地で暮らしている人にその住み心地を聞いてみました。
「もともとは交流のある暮らしをしたくて、シェアハウスに暮らしていたのですが、住民同士の交流があまりなくて(笑)、求めていた暮らしができなかったんです。DIYにも興味があったし、思い切ってこの団地に引越してきました」というのは朱 志剛さん。台湾出身で日本企業にお勤め、団地でお友だちをつくり、今の暮らしを満喫しています。

朱さん初めてのDIY作品となったのがパソコンを置いてある作業デスク。奥はベッドで空間を有効活用(写真撮影/片山貴博)

朱さん初めてのDIY作品となったのがパソコンを置いてある作業デスク。奥はベッドで空間を有効活用(写真撮影/片山貴博)

自作したテレビラック。DIY初心者からここまで上達するの? とびっくりです(写真撮影/片山貴博)

自作したテレビラック。DIY初心者からここまで上達するの? とびっくりです(写真撮影/片山貴博)

朱さんは、転居してきたころはDIY初心者だったといいますが、作業棚、テレビラック、本棚などさまざまなモノを自作しています。先生はもっぱらYouTube(!)だといいますが、団地のテラスで木材を加工していると、「朱さん、何をつくっているの?」と話かけられることも多く、住民のみなさんと自然に会話・交流できているそう。取材後は「団地パンまつり」に参加して、他の住民と会話していましたが、笑顔がとてもまぶしく、「本当にいいなあ」としみじみ思いました。

ご近所さんと交流したい人もいれば、そうでない人もいることでしょう。実際、この団地でイベントに積極的に参加しているのは3割程度。基本的には住民自身の都合や気分で、ご自由にというスタンスだそうです。でも、ご近所さんといっしょにBBQをしたり、ピザを焼いたりと交流していると、音がしたり、匂いがしたり、気配があるのが「当たり前」「心地よい」と感じられることでしょう。

自分の得意を交換して、助けあって、笑い合って……。こうした団地の暮らしの良さは、コロナ禍を経て、今後、いっそう評価されるような気がします。

●取材協力
いろどりの杜

入居者DIYでアトリエや花屋に! 築古賃貸なのに大人気の「ニレノキハウス」がすごかった

築古の賃貸物件が年々増える中、住み手によるリノベーションが可能な「DIY賃貸」が注目を集めている。しかし、中には退去時の「原状回復」を必須としており、そのメリットが活かされていないケースも多い。
そんな中、「原状回復不要」で住み継がれてきたDIY賃貸の草分け的存在が熊本県熊本市の「ニレノキハウス」だ。オーナーの末次宏成さんと2組の入居者へ、ニレノキハウスの成り立ちと、実際の暮らしについて話を聞いた。

築古マンションに付加価値を

末次さんが元オーナーである両親から3階建・11戸の賃貸マンションを引き継いだのは2011年のこと。
決して条件が良いとは言えないエリアにあり、当時で築27年と古く、全室空室状態だった。そこで末次さんは、従来のような賃貸募集ではなく、入居者が主役になれるような自由に建物をカスタマイズできる賃貸を目指した。
当時は「リノベーション」という言葉もまだ珍しい時代だったが、反響は大きく、オープンハウスには2日間で200名以上が来場。すぐに満室となり、現在に至るまでほぼ満室状態が続いている。
結果的に、リノベーションを通じて入居者・不動産会社・オーナーの親密なつながりが生まれ、ニレノキハウスならではのコミュニティが育ったのだ。

「ニレノキハウス」オーナー、末次デザイン研究所 代表 末次宏成さん。 九州大学職員として都市建築デザイン、まちづくりについて研究。その後地元熊本へUターン、家業の傍ら、空き家再生やリノベーション事業に積極的に取り組む(写真撮影/野田幸一)

「ニレノキハウス」オーナー、末次デザイン研究所 代表 末次宏成さん。
九州大学職員として都市建築デザイン、まちづくりについて研究。その後地元熊本へUターン、家業の傍ら、空き家再生やリノベーション事業に積極的に取り組む(写真撮影/野田幸一)

学生へ、リアルな現場を「教材」として提供

ニレノキハウスのユニークな点はもうひとつある。大学との連携だ。全11戸のうち1戸は熊本大学・熊本デザイン専門学校・九州大学と連携し、学生たちが設計~施工までを行った。階段など共用部の壁画も学生の手によるものだ。

共用部の壁画。黒板部分は住民がメモやイラストなどを描き込んでおり味わいがある(写真撮影/野田幸一)

共用部の壁画。黒板部分は住民がメモやイラストなどを描き込んでおり味わいがある(写真撮影/野田幸一)

大学職員として、もともと産学連携の仕事にも携わってきた末次さん。自身も都市建築デザインやまちづくりを経験してきたことから、「建築を学ぶ学生がリアルな現場を体感できることで、良い教材になる」と感じており、大学との連携が実現した。
学生たちが手掛けた1室もすぐに入居者が決まり、6年にわたり最初の入居者が暮らしていた。その後6年ぶりに空室になると、再び熊本大学の学生たちがリノベーションを実施。現在は次の入居者が暮らしている。

101号室で行われた設計検討の様子(2012年当時)(写真提供/熊本大学大学院先端科学研究部 教授 田中智之さん)

101号室で行われた設計検討の様子(2012年当時)(写真提供/熊本大学大学院先端科学研究部 教授 田中智之さん)

リノベーション作業の様子(写真提供/末次さん)

リノベーション作業の様子(写真提供/末次さん)

学生たちが設計・施工した101号室。「家の中に小さな家と街路をつくる」ことをイメージし、「離れ」のような3つの空間を土間の回廊でゆるやかにつないだ(写真提供/末次さん)

学生たちが設計・施工した101号室。「家の中に小さな家と街路をつくる」ことをイメージし、「離れ」のような3つの空間を土間の回廊でゆるやかにつないだ(写真提供/末次さん)

アトリエ兼住居として活用。入居者同士の交流も魅力

ここで、ニレノキハウスに入居している2組の暮らしを見せてもらった。

園田さんご家族は、2012年のリニューアル当初からニレノキハウスに暮らし続けている。夫妻で花屋を経営しており、1階角部屋・土間付きの約70平米をアトリエ兼住居として使用している。

お話を伺った園田あずささん(写真撮影/野田幸一)

お話を伺った園田あずささん(写真撮影/野田幸一)

以前は店舗での販売を中心に経営していたが、SNSが普及したこともあり、マルシェや注文販売、教室運営をベースに切り替えようと考え、移転先を検討していたところだった。

そんなときに、知人からニレノキハウスの話を聞き、オープンハウスで見た部屋に、一目ぼれしてしまったという。
「当時は『部屋』というより、最低限のリノベーションを施した『箱』という状態でしたが、ショップで使用していた什器や家具類がぴったりはまるイメージを持てました。オーナーの末次さんと会話し、花屋として使用することも歓迎してもらえましたし、幸い子どもの学校区も変えなくてよいエリアだったこともあり、こんな場所は他にない、と即決でした」(園田さん)

花の受け渡しや教室などで人の出入りもある。周囲の理解がなければできないことで、一般的なアパート等だとやはり他の住民に迷惑をかけてしまうだろう、と考えていた園田さん。
「ニレノキハウスはDIYだけでなく、店舗や事務所との併用も歓迎されています。入居者もその方針に共感する方々でしょうから、そんな物件なら安心できる、と思いました」(園田さん)

作業や花の受け渡し、レッスンなどを行うアトリエ。什器類は以前のショップ時代から利用しているもの(写真撮影/野田幸一)

作業や花の受け渡し、レッスンなどを行うアトリエ。什器類は以前のショップ時代から利用しているもの(写真撮影/野田幸一)

入居後は3LDKだった間取りを土間+1ルームにリノベーション。寝室やダイニングスペースはカーテンでゆるく仕切って使用している。アトリエスペースと住居スペースを仕切る扉や玄関扉、外壁もオーナーに許可を得た上でリノベーションを行った。DIYも可能だったが、園田さんの場合は、ショップ時代から付き合いのある大工さんに全て依頼したそうだ。

住居スペース。リビングには、ボクシングに打ち込む息子用に、以前はサンドバックを吊り下げていたそう(写真撮影/野田幸一)

住居スペース。リビングには、ボクシングに打ち込む息子用に、以前はサンドバックを吊り下げていたそう(写真撮影/野田幸一)

玄関扉(写真撮影/野田幸一)

玄関扉(写真撮影/野田幸一)

外壁。アトリエの内装と統一されたトーンに(写真撮影/野田幸一)

外壁。アトリエの内装と統一されたトーンに(写真撮影/野田幸一)

入居者同士の交流も魅力、と語る園田さん。
「昨年はコロナの影響でできませんでしたが、例年、屋外の共有スペースを使ってバーベキューなども行っています。手づくりのチラシで呼びかけて、好きな時間に来て好きな時間に帰る気楽な会です。差し入れだけ持ってきてくれるような方もいますね」(園田さん)

コロナの影響で、園田さんの花屋が他所で出店予定だったイベントが急遽中止になった際には、オーナー末次さんに相談の上、この屋外共有スペースでマルシェを開いたことも。同じイベントに出店予定だったカレー屋やパン屋も招き、行列ができたそうだ。
「入居者の皆さんもご自身の駐車場スペースを貸してくれたり、遊びに来てくれたり、何かと協力してくださり本当にありがたかったです。こうしたイベントのとき以外でも、お花を注文してくれることもありますし、既に退去された方とも交流が続いています」(園田さん)

2021年5月に実施されたマルシェの様子(写真提供/末次さん)

2021年5月に実施されたマルシェの様子(写真提供/末次さん)

部屋の見学に来た方が園田さんのアトリエを訪ね、住み心地や入居者コミュニティについて話を聞いていくこともあるそうだ。リニューアル当初はオーナー主催で実施することが多かったイベントも、今は入居者が企画することが中心になっている。

アトリエ中央のテーブルと、住居スペースのダイニングテーブルはショップ時代に使用していた1枚板のテーブルを分割したものだそう(写真撮影/野田幸一)

アトリエ中央のテーブルと、住居スペースのダイニングテーブルはショップ時代に使用していた1枚板のテーブルを分割したものだそう(写真撮影/野田幸一)

念願の「制作に没頭できる空間」を実現

2組目は、2021年2月に入居したばかりのHさんご家族。Hさん一家は、もともと長く東京で暮らしていた。

「コロナ禍で外に出ることも難しくなり、なぜ東京にいるのだろうという気持ちになりました。だったら、地元である熊本に戻って、陶芸の制作に打ち込みたいと思うようになりました」(Hさん)

美大の出身で、デザインに関わる仕事を続けてきたHさん。移住を機に制作に集中できる空間が欲しい、と考えるようになったそう。 

お話を伺ったHさん(左)とそのご家族(写真撮影/野田幸一)

お話を伺ったHさん(左)とそのご家族(写真撮影/野田幸一)

当初は熊本県内でも阿蘇など自然豊かなエリアで中古戸建てのリノベーションを検討していたものの、なかなか条件に合う物件が見つからず、気候の厳しさにも不安が生まれた。そんなときに、ニレノキハウスの存在を知ったという。
「面白そうな物件があるなと。実際に部屋を見に行ってみて、ここしかない!と思いました。陶芸窯を設置しても良いかとダメ元で相談してみたら、『良いよ』と。オーナーも陶芸をされるということで意気投合して、トントン拍子に入居が決まりました」

陶芸用のアトリエと道具類の置かれた土間。陶芸窯も設置し、日々制作に没頭しているそう(写真撮影/野田幸一)

陶芸用のアトリエと道具類の置かれた土間。陶芸窯も設置し、日々制作に没頭しているそう(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

音や振動などでご迷惑をおかけすることもあるだろう、と入居直後に全入居者のところへ挨拶に行ったというHさん。その後の交流も続いているそう。
「みなさんとても良い方ですし、デザイナーさんなど創作に関心がある方も多く、理解があると感じます」

現在は土間+陶芸用の作業スペースと、1ルームをダイニング・リビング・寝室とゆるやかに区切った居住空間として使用している。寝室と陶芸用スペースの床張り、アトリエの棚、壁面の塗装などは1カ月強をかけてDIY。愛着ある住まいへと仕上げていった。
「今後は自分で焼いたタイルを壁面に貼ったりもしたいですね」と語るHさん。さらに素敵な部屋へと進化していきそうだ。

住居スペース。寝室の床は桜の木を自ら貼った。「徐々に色がなじんでいくのも楽しみ」とHさん(写真撮影/野田幸一)

住居スペース。寝室の床は桜の木を自ら張った。「徐々に色がなじんでいくのも楽しみ」とHさん(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

「賃貸でも自由度を上げる」選択が、価値向上につながった

似た間取りをベースにしながらも、暮らす人によって、それぞれ全く違う個性が発揮されているニレノキハウス。リニューアル以降、実は家賃が上がっている。入居者自身のリノベーションによって価値が上がっており、仲介をしている不動産会社の担当者より、値上げが妥当と提案があった。末次さん自身も、「立ち上げた当初、そこまでは予想していなかった」と語る。
賃貸物件に自由度を与えた結果、9年目の今、不動産としての価値が上がっている。

もちろん、うまくいくことばかりではなかったという。
「住んでいた方の好みやDIYの力量で、次の方に入ってもらうのが難しそうなときもあります。そうした場合には、空室になったタイミングに私が手を入れることもあります」(末次さん)

入居者は20~30代、特に30代前半の夫妻やカップルが多いそう。やはりリノベーションに興味があり、自分でカスタマイズをしたい、という人が多いが、希望するリノベーション内容はさまざま。ほんの少しの人もいれば、間取りから変えたいという人もいる。そうした希望に合った部屋を紹介するため、そして「ニレノキハウス」という場で気持ちよく暮らしていける人か判断するため、入居前に必ず面談を行っている。

駐車場は2-3台分を「誰でも使えるスペース」にしていて、来客用駐車場や、DIYの作業、先述のバーベキューなどのイベントなどに使える。こうした「余白」をつくっているのもコミュニティづくりのポイント(写真撮影/野田幸一)

駐車場は2-3台分を「誰でも使えるスペース」にしていて、来客用駐車場や、DIYの作業、先述のバーベキューなどのイベントなどに使える。こうした「余白」をつくっているのもコミュニティづくりのポイント(写真撮影/野田幸一)

今後の展望について、末次さんはこう語る。
「9年経ち、コミュニティを含めて良いマンションに育ってきたと感じています。
コロナの影響もあり、働き方、ライフワークバランスのあり方などが変わってきたなかで、ニレノキハウスは新しい働き方・暮らし方にマッチする住まいでもあると考えています。
オープン当初から、オフィス兼住宅、店舗兼住宅といった使われ方がされてきましたし、今後、熊本でもそうしたSOHO的な場所、ライフスタイルに合わせてカスタマイズできる場所のニーズは増えていくのではないでしょうか」

賃貸集合住宅の、新しい可能性

ライフスタイルに合わせてカスタマイズできる住まい、一定の共通項を持つ人たちが集まる集合住宅。それはとても魅力的に思えた。
“新築”“築浅”が好まれ、それらの価値が高いとされる傾向にある日本において、築年数を経た物件が、住み継ぐ人の手によって価値を上げていく。「ご近所付き合いが希薄になりやすい」とされる賃貸集合住宅においても、共通項を持つ人々が住民となることで、ゆるやかなコミュニティが育まれていく。「ニレノキハウス」は、賃貸住宅の新しい可能性を示唆してくれているように思う。

●取材協力
ニレノキハウス
末次デザイン研究所「空き家再生スミツグプロジェクト」
ひご.スマイル株式会社

「空家スイーツ」でニュータウンを盛り上げたい! 埼玉の高齢化NO1の街に新土産

高度経済成長期、都市近郊に多数造成され、数多の家族が思い出を築いた「ニュータウン」。巣立った子どもたちは戻ってこず、近年では「高齢化」「過疎化」「限界集落」など、ネガティブな文脈で語られることが多くなっています。そんな流れを打破するような動きが、埼玉県の鳩山ニュータウンで起きています。今回は担い手となっている生活芸術家でアーティスト・レトロ系YouTuberの菅沼朋香さんと焼き菓子作家の山本蓮理さん、彼女たちを支える人々の話をご紹介します。
高齢化と過疎化が進むニュータウンに新名物「空家スイーツ」

池袋駅から電車で1時間弱、高坂駅からバスで15分ほどの場所にある「鳩山ニュータウン」は、1区画60坪程度、ゆったりとした街並みが保たれた美しい街です。昭和40年代から平成にかけて開発され、埼玉県を代表するニュータウンのひとつと言われていますが、近年の都心回帰現象によって、「高齢化・過疎化・空き家の増加」といった課題が山積しています。

電柱なども埋設され、空を広く感じる「鳩山ニュータウン」(撮影/片山貴博)

電柱なども埋設され、空を広く感じる「鳩山ニュータウン」(撮影/片山貴博)

メインストリートには商店なども立ち並びますが、シャッターも多く、ものさびしい印象を受けます(撮影/片山貴博)

メインストリートには商店なども立ち並びますが、シャッターも多く、ものさびしい印象を受けます(撮影/片山貴博)

筆者は昭和52年生まれ、横浜のはずれの分譲住宅地で育っているだけに、空は広くて大きな歩道があって、街路樹が並ぶ様子を見ると「初めてだけど、懐かしいなあ」という思いがこみ上げます。

今、この「鳩山ニュータウン」でつくられ、一躍、脚光を集めているのが「空家スイーツ」です。ニュータウンの民家の庭に植えられたはっさくやゆず、金柑など、さまざまな果樹の実をジャムにし、ロシアケーキの材料として、「空家スイーツ」と名付けて商品化、発売したところ、大注目となっているのです。

ニュータウンで採れた果実のジャムを型抜きしたクッキーに入れ、オーブンで焼いて「ロシアケーキ」に。生地には鳩山町の地粉を使っている。超地産地消!(撮影/片山貴博)

ニュータウンで採れた果実のジャムを型抜きしたクッキーに入れ、オーブンで焼いて「ロシアケーキ」に。生地には鳩山町の地粉を使っている。超地産地消!(撮影/片山貴博)

空き家や民家の庭で実ったフルーツをジャムにして、クッキーの型に置いていきます(撮影/片山貴博)

空き家や民家の庭で実ったフルーツをジャムにして、クッキーの型に置いていきます(撮影/片山貴博)

ニュータウン土産として商品化した「空家スイーツ」。レトロなパッケージ&リボンがかわいい!(撮影/片山貴博)

ニュータウン土産として商品化した「空家スイーツ」。レトロなパッケージ&リボンがかわいい!(撮影/片山貴博)

ニュータウンの印象は「息苦しい」「近未来」。住んだ実感は?!

この空家スイーツを生み出したのは、生活芸術家でアーティスト・レトロ系YouTuberの菅沼朋香さんと焼き菓子作家の山本蓮理さんという2人の女性です。もともとまったく鳩山ニュータウンには縁がなかったものの、2016年、鳩山町のまちおこし拠点である「鳩山町コミュニティ・マルシェ」の立ち上げメンバーとして携わることになったのが、すべてのはじまりだといいます。

左から、菅沼朋香さん、山本蓮理さん(撮影/片山貴博)

左から、菅沼朋香さん、山本蓮理さん(撮影/片山貴博)

もともと、愛知県出身で名古屋近郊のニュータウン育ちの菅沼さんは、ニュータウンそのものに対し「画一的でどこか息苦しい」とあまり良い印象を持っていませんでした。一方、山口県出身の山本さんは、「地方にある町や村の区画とも違うし、東京の大都会とも違う。まっすぐの道路、区画……。見たことのない風景で、近未来!って思いました」。近未来! そういえばアニメや映画など、昭和に描かれた近未来の風景とニュータウンの風景って、近しいかもしれません。

ただ、コミュニティ・マルシェで働き鳩山ニュータウンの一戸建てで実際に暮らすようになった菅沼さんは、アーティストとして町を観察したことで、あらためて良さが再発見できたといいます。

「引越してきた当初、庭付き一戸建ては大きくて持てあますと思っていたんですが、実際に暮らしてみると庭の草木の手入れだって季節を感じられて楽しい。ニュータウンって空も広いし、緑も豊かで心地よいんです。私は1980年代生まれなんですが、物心ついてからずっと不況で、大学卒業がリーマン・ショックと、高度経済成長を知らない世代なんです。かつて、こんなに豊かな暮らしがあったんだなあって。今、見落としていただけで、緑や夢などがつまった暮らしがあることに気が付きました」とその良さに気が付いたそう。それをさっそく歌にして、レコーディングしたというからさすがアーティストです。

一方で、周辺にお店がないことに気がついた菅沼さん、2017年に鳩山町に中古の一戸建てを借り、2019年に購入、1階部分をセルフリノベーションし「ニュー喫茶 幻」をつくることを企画。資金はクラウドファンディングで募り、2019年2月にオープンさせました。ここまでの発想と行動力、ただただ脱帽です。

一戸建てを改装して、住まいのその一角を「ニュー喫茶 幻」に(撮影/片山貴博)

一戸建てを改装して、住まいのその一角を「ニュー喫茶 幻」に(撮影/片山貴博)

不思議と落ち着く空間で、お酒が飲みたくなります。名物は「宇宙コーヒー」です(撮影/片山貴博)

不思議と落ち着く空間で、お酒が飲みたくなります。名物は「宇宙コーヒー」です(撮影/片山貴博)

2人の女性と町の人の架け橋になったのは、地元のサポーター

とはいえ、若い2人の女性の活動は、高齢化が進む鳩山ニュータウンでは、異質の存在だったようです。
「20から30代女性って、この町に一番いない層なんです。だから若い2人で何かしようとすると、目立ってしまう。はじめは、遠巻きに見られている印象でした」と振り返ります。

ただ、試行錯誤するなかで、2人ががんばっている様子が徐々に受け入れられるようになったといいます。
「スーパーに行くと、驚くほどたくさん人がいて、暮らしているんだなって思ったんです。ただ、遊んだり、息抜きする場所がないから、ガランとしてしまう。他にも、イベントで昭和歌謡ライブをしたときはすごく盛り上がったことがあって、やっぱり年代問わず外で遊べる場所を求めていたことに気がついたんですよ」と山本さんが話します。

確かにニュータウンは名前の通り、ベッドタウン、つまり、眠る&子育ての機能面を重視されて造成されているため、大人が食事をしたり、遊んだり楽しめる場所は少ないもの。今でいう「多様性」が欠けていたことに気がついたといいます。

また、「ニュー喫茶幻」を通じて、近隣住民との架け橋になってくれる存在が生まれました。菅沼さんが鳩山ニュータウンに引越してきたあとに、移住してきた江幡正士(まさお)さん(70代男性)です。

「2人の取り組みを見ていて、これは面白いかもしれないって。できることをはじめてみようと思いました」(江幡さん)と、応援することを決めたそう。2020年に「空家スイーツ」の話が持ち上がると、果樹のある家を見つけては声をかけ、収穫させてもらったといいます。やはり「楽しく」「おもしろく」取り組んでいると、人は自然と集まってくるのかもしれません。

江幡さんの家の隣家に住むおじいちゃん(90代)の庭に生った梅の実。時期がきたら収穫して梅ジャム→「空家スイーツ」に変身(撮影/片山貴博)

江幡さんの家の隣家に住むおじいちゃん(90代)の庭に生った梅の実。時期がきたら収穫して梅ジャム→「空家スイーツ」に変身(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

おじいちゃんがお庭の手入れが難しくなったため今は少し寂しくなってしまいましたが、かつては藤の花なども咲き誇る見事なものでした(撮影/片山貴博)

おじいちゃんがお庭の手入れが難しくなったため今は少し寂しくなってしまいましたが、かつては藤の花なども咲き誇る見事なものでした(撮影/片山貴博)

シェアハウスにシェアアトリエ…、若い人が呼び合うように!

「まち起こしのきっかけとしてコミュニティ・マルシェができ、2020年には空き家を活用した『国際学生シェアハウスはとやまハウス』で町内に学生が暮らすようになりました。また、はとやまハウスの卒業生が中心となって、2021年4月に「シェアアトリエniu(ニュウ)」が誕生しました。おもしろいことをしていると、人が人を呼び合っている感じです」と菅沼さん。

「はとやまハウス」(写真撮影/永井杏奈)

「はとやまハウス」(写真撮影/永井杏奈)

ちなみに「はとやまハウス」住人の学生さんは『鳩山町コミュニティ・マルシェ』で月32時間働けば家賃が無料になる仕組みで、仕事の一貫として『空家スイーツ』の作成を手伝ってくれることも。町は関係人口が増えるし、学生は家賃が抑えられると双方にメリットのある施策ですね。

シェアアトリエniuは、東京藝術大学の大学院を卒業した人、在籍する院生などが活動の拠点にしています。アートや建築、デザインに携わる若い世代が移住しつつ、1階で展覧会やワークショップを企画/開催する予定だとか。

「シェアアトリエniu」(撮影/片山貴博)

「シェアアトリエniu」(撮影/片山貴博)

庭付きの一戸建てをシェアアトリエに。花岡美優さん(写真)を含めた3人が活動の拠点にしている。花岡さんは日本画・現代アートを専攻する(撮影/片山貴博)

庭付きの一戸建てをシェアアトリエに。花岡美優さん(写真)を含めた3人が活動の拠点にしている。花岡さんは日本画・現代アートを専攻する(撮影/片山貴博)

はじめは菅沼さんや山本さんなど数名だった鳩山ニュータウンの活性化の試みですが、今、新しい波として広がっている印象です。

「今まで、コミュニティ・マルシェ、ニュー喫茶幻、空家スイーツ、シェアハウスと毎年、さまざまな動きをしているのですが、今後は自分が前に出ていくというよりも、今、集まってきている人を応援するスタンスになると思います。あと、アーティストとして、『世界中のレトロ可愛い』を見たり、集めたりしたいな」と菅沼さん。

豊かさは金銭だけではなく、心、時間、人とのつながりなど、さまざまなことを通して実感できるものなのでしょう。高度経済成長期は戻ってきませんが、若い世代を魅了する「ニュータウン」が持っている豊かさや可能性は、今後、もう一度、評価される気がします。

●取材協力
空家スイーツ
シェアアトリエniu

「空家スイーツ」でニュータウンを盛り上げたい! 埼玉の高齢化NO1の街に新土産

高度経済成長期、都市近郊に多数造成され、数多の家族が思い出を築いた「ニュータウン」。巣立った子どもたちは戻ってこず、近年では「高齢化」「過疎化」「限界集落」など、ネガティブな文脈で語られることが多くなっています。そんな流れを打破するような動きが、埼玉県の鳩山ニュータウンで起きています。今回は担い手となっている生活芸術家でアーティスト・レトロ系YouTuberの菅沼朋香さんと焼き菓子作家の山本蓮理さん、彼女たちを支える人々の話をご紹介します。
高齢化と過疎化が進むニュータウンに新名物「空家スイーツ」

池袋駅から電車で1時間弱、高坂駅からバスで15分ほどの場所にある「鳩山ニュータウン」は、1区画60坪程度、ゆったりとした街並みが保たれた美しい街です。昭和40年代から平成にかけて開発され、埼玉県を代表するニュータウンのひとつと言われていますが、近年の都心回帰現象によって、「高齢化・過疎化・空き家の増加」といった課題が山積しています。

電柱なども埋設され、空を広く感じる「鳩山ニュータウン」(撮影/片山貴博)

電柱なども埋設され、空を広く感じる「鳩山ニュータウン」(撮影/片山貴博)

メインストリートには商店なども立ち並びますが、シャッターも多く、ものさびしい印象を受けます(撮影/片山貴博)

メインストリートには商店なども立ち並びますが、シャッターも多く、ものさびしい印象を受けます(撮影/片山貴博)

筆者は昭和52年生まれ、横浜のはずれの分譲住宅地で育っているだけに、空は広くて大きな歩道があって、街路樹が並ぶ様子を見ると「初めてだけど、懐かしいなあ」という思いがこみ上げます。

今、この「鳩山ニュータウン」でつくられ、一躍、脚光を集めているのが「空家スイーツ」です。ニュータウンの民家の庭に植えられたはっさくやゆず、金柑など、さまざまな果樹の実をジャムにし、ロシアケーキの材料として、「空家スイーツ」と名付けて商品化、発売したところ、大注目となっているのです。

ニュータウンで採れた果実のジャムを型抜きしたクッキーに入れ、オーブンで焼いて「ロシアケーキ」に。生地には鳩山町の地粉を使っている。超地産地消!(撮影/片山貴博)

ニュータウンで採れた果実のジャムを型抜きしたクッキーに入れ、オーブンで焼いて「ロシアケーキ」に。生地には鳩山町の地粉を使っている。超地産地消!(撮影/片山貴博)

空き家や民家の庭で実ったフルーツをジャムにして、クッキーの型に置いていきます(撮影/片山貴博)

空き家や民家の庭で実ったフルーツをジャムにして、クッキーの型に置いていきます(撮影/片山貴博)

ニュータウン土産として商品化した「空家スイーツ」。レトロなパッケージ&リボンがかわいい!(撮影/片山貴博)

ニュータウン土産として商品化した「空家スイーツ」。レトロなパッケージ&リボンがかわいい!(撮影/片山貴博)

ニュータウンの印象は「息苦しい」「近未来」。住んだ実感は?!

この空家スイーツを生み出したのは、生活芸術家でアーティスト・レトロ系YouTuberの菅沼朋香さんと焼き菓子作家の山本蓮理さんという2人の女性です。もともとまったく鳩山ニュータウンには縁がなかったものの、2016年、鳩山町のまちおこし拠点である「鳩山町コミュニティ・マルシェ」の立ち上げメンバーとして携わることになったのが、すべてのはじまりだといいます。

左から、菅沼朋香さん、山本蓮理さん(撮影/片山貴博)

左から、菅沼朋香さん、山本蓮理さん(撮影/片山貴博)

もともと、愛知県出身で名古屋近郊のニュータウン育ちの菅沼さんは、ニュータウンそのものに対し「画一的でどこか息苦しい」とあまり良い印象を持っていませんでした。一方、山口県出身の山本さんは、「地方にある町や村の区画とも違うし、東京の大都会とも違う。まっすぐの道路、区画……。見たことのない風景で、近未来!って思いました」。近未来! そういえばアニメや映画など、昭和に描かれた近未来の風景とニュータウンの風景って、近しいかもしれません。

ただ、コミュニティ・マルシェで働き鳩山ニュータウンの一戸建てで実際に暮らすようになった菅沼さんは、アーティストとして町を観察したことで、あらためて良さが再発見できたといいます。

「引越してきた当初、庭付き一戸建ては大きくて持てあますと思っていたんですが、実際に暮らしてみると庭の草木の手入れだって季節を感じられて楽しい。ニュータウンって空も広いし、緑も豊かで心地よいんです。私は1980年代生まれなんですが、物心ついてからずっと不況で、大学卒業がリーマン・ショックと、高度経済成長を知らない世代なんです。かつて、こんなに豊かな暮らしがあったんだなあって。今、見落としていただけで、緑や夢などがつまった暮らしがあることに気が付きました」とその良さに気が付いたそう。それをさっそく歌にして、レコーディングしたというからさすがアーティストです。

一方で、周辺にお店がないことに気がついた菅沼さん、2017年に鳩山町に中古の一戸建てを借り、2019年に購入、1階部分をセルフリノベーションし「ニュー喫茶 幻」をつくることを企画。資金はクラウドファンディングで募り、2019年2月にオープンさせました。ここまでの発想と行動力、ただただ脱帽です。

一戸建てを改装して、住まいのその一角を「ニュー喫茶 幻」に(撮影/片山貴博)

一戸建てを改装して、住まいのその一角を「ニュー喫茶 幻」に(撮影/片山貴博)

不思議と落ち着く空間で、お酒が飲みたくなります。名物は「宇宙コーヒー」です(撮影/片山貴博)

不思議と落ち着く空間で、お酒が飲みたくなります。名物は「宇宙コーヒー」です(撮影/片山貴博)

2人の女性と町の人の架け橋になったのは、地元のサポーター

とはいえ、若い2人の女性の活動は、高齢化が進む鳩山ニュータウンでは、異質の存在だったようです。
「20から30代女性って、この町に一番いない層なんです。だから若い2人で何かしようとすると、目立ってしまう。はじめは、遠巻きに見られている印象でした」と振り返ります。

ただ、試行錯誤するなかで、2人ががんばっている様子が徐々に受け入れられるようになったといいます。
「スーパーに行くと、驚くほどたくさん人がいて、暮らしているんだなって思ったんです。ただ、遊んだり、息抜きする場所がないから、ガランとしてしまう。他にも、イベントで昭和歌謡ライブをしたときはすごく盛り上がったことがあって、やっぱり年代問わず外で遊べる場所を求めていたことに気がついたんですよ」と山本さんが話します。

確かにニュータウンは名前の通り、ベッドタウン、つまり、眠る&子育ての機能面を重視されて造成されているため、大人が食事をしたり、遊んだり楽しめる場所は少ないもの。今でいう「多様性」が欠けていたことに気がついたといいます。

また、「ニュー喫茶幻」を通じて、近隣住民との架け橋になってくれる存在が生まれました。菅沼さんが鳩山ニュータウンに引越してきたあとに、移住してきた江幡正士(まさお)さん(70代男性)です。

「2人の取り組みを見ていて、これは面白いかもしれないって。できることをはじめてみようと思いました」(江幡さん)と、応援することを決めたそう。2020年に「空家スイーツ」の話が持ち上がると、果樹のある家を見つけては声をかけ、収穫させてもらったといいます。やはり「楽しく」「おもしろく」取り組んでいると、人は自然と集まってくるのかもしれません。

江幡さんの家の隣家に住むおじいちゃん(90代)の庭に生った梅の実。時期がきたら収穫して梅ジャム→「空家スイーツ」に変身(撮影/片山貴博)

江幡さんの家の隣家に住むおじいちゃん(90代)の庭に生った梅の実。時期がきたら収穫して梅ジャム→「空家スイーツ」に変身(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

おじいちゃんがお庭の手入れが難しくなったため今は少し寂しくなってしまいましたが、かつては藤の花なども咲き誇る見事なものでした(撮影/片山貴博)

おじいちゃんがお庭の手入れが難しくなったため今は少し寂しくなってしまいましたが、かつては藤の花なども咲き誇る見事なものでした(撮影/片山貴博)

シェアハウスにシェアアトリエ…、若い人が呼び合うように!

「まち起こしのきっかけとしてコミュニティ・マルシェができ、2020年には空き家を活用した『国際学生シェアハウスはとやまハウス』で町内に学生が暮らすようになりました。また、はとやまハウスの卒業生が中心となって、2021年4月に「シェアアトリエniu(ニュウ)」が誕生しました。おもしろいことをしていると、人が人を呼び合っている感じです」と菅沼さん。

「はとやまハウス」(写真撮影/永井杏奈)

「はとやまハウス」(写真撮影/永井杏奈)

ちなみに「はとやまハウス」住人の学生さんは『鳩山町コミュニティ・マルシェ』で月32時間働けば家賃が無料になる仕組みで、仕事の一貫として『空家スイーツ』の作成を手伝ってくれることも。町は関係人口が増えるし、学生は家賃が抑えられると双方にメリットのある施策ですね。

シェアアトリエniuは、東京藝術大学の大学院を卒業した人、在籍する院生などが活動の拠点にしています。アートや建築、デザインに携わる若い世代が移住しつつ、1階で展覧会やワークショップを企画/開催する予定だとか。

「シェアアトリエniu」(撮影/片山貴博)

「シェアアトリエniu」(撮影/片山貴博)

庭付きの一戸建てをシェアアトリエに。花岡美優さん(写真)を含めた3人が活動の拠点にしている。花岡さんは日本画・現代アートを専攻する(撮影/片山貴博)

庭付きの一戸建てをシェアアトリエに。花岡美優さん(写真)を含めた3人が活動の拠点にしている。花岡さんは日本画・現代アートを専攻する(撮影/片山貴博)

はじめは菅沼さんや山本さんなど数名だった鳩山ニュータウンの活性化の試みですが、今、新しい波として広がっている印象です。

「今まで、コミュニティ・マルシェ、ニュー喫茶幻、空家スイーツ、シェアハウスと毎年、さまざまな動きをしているのですが、今後は自分が前に出ていくというよりも、今、集まってきている人を応援するスタンスになると思います。あと、アーティストとして、『世界中のレトロ可愛い』を見たり、集めたりしたいな」と菅沼さん。

豊かさは金銭だけではなく、心、時間、人とのつながりなど、さまざまなことを通して実感できるものなのでしょう。高度経済成長期は戻ってきませんが、若い世代を魅了する「ニュータウン」が持っている豊かさや可能性は、今後、もう一度、評価される気がします。

●取材協力
空家スイーツ
シェアアトリエniu

商店街を百貨店&シェアハウスに!? 北九州「寿百家店」がつくる商店街の新スタンダード

全国で“シャッター商店街”が増え続ける一方、さまざまな工夫により再生し、注目を集める商店街もある。福岡県北九州市黒崎の「寿通り商店街」でも、“ニューノーマルの商店街”を目指す新たなプロジェクトが始まった。商店街を“百家店”に、を掲げる「寿百家店」プロジェクトだ。商店街の一部区画をフルリノベーションし、店舗とシェアハウスに生まれ変わらせるという。取り組みの詳細を伺った。
シャッター通りを、店舗+シェアハウスにリノベーション

黒崎は、北九州市内でも小倉に続く中心街だ。しかし、2020年7月には駅前の百貨店「井筒屋」が閉店。まちのにぎわいに陰りが出ている。
寿通り商店街は、そんな黒崎駅からほど近くにあり、戦後間もないころから続いている。長らく地元の人々の暮らしを支えてきたが、2016年時点では13店舗中8店舗が空き店舗となり、シャッター通りと化していた。

そんな寿通り商店街の“ニューノーマル”をつくろうと2020年5月から始まったのが、「寿百家店」プロジェクトだ。
商店街の一角にある3物件、合計174.83平米(52.88坪)の1階部分をテナント11区画に、2階部分を4室+LDKのアーケードシェアハウスへと変化させる、という。シェアハウスの住民と商店街の人々が相互に関わり合い、まちを活性化させることを目指す。計画はコロナ禍以前から始まっていたが、オンラインマーケットの構想もあり、注目を集めている。

寿通り商店街(写真撮影/加藤淳史)

寿通り商店街(写真撮影/加藤淳史)

完成予想図。1階が店舗、2階がシェアハウス(画像提供/株式会社寿百家店)

完成予想図。1階が店舗、2階がシェアハウス(画像提供/株式会社寿百家店)

テナント誘致には“起爆剤”がいる

プロジェクトをリードするのは、PR・企画会社「三角形」代表の福岡佐知子さんと、建築事務所「タムタムデザイン」代表の田村晟一朗さん。二人とも、寿通り商店街との付き合いは長い。

福岡佐知子さん(写真撮影/加藤淳史)

福岡佐知子さん(写真撮影/加藤淳史)

はじまりは、福岡さんのもとへ当時の商店街の組合長から「寿通り商店街を活性化したい」という依頼があったことだ。当初はイベントの企画・運営などを行っていたが、「イベントをやっても、一時的に盛り上がるだけで終わってしまう」ことに課題を感じていたという。
「本格的な活性化に取り組むためには、“中心人物”が必要です。でも、当時の商店街は高齢の方も多く、なかなか先頭に立って進められる方がいなかった。ならば自分がと思い、商店街に事務所を移転することにしたんです」(福岡さん)

その後、商店街に、自身でワインバー「TRANSIT」や総菜店「コトブキッチン」をオープン。それまで飲食店経営の経験はなかったというから驚きだ。
「飲食店があることで、さまざまな人が集まって言葉を交わしたり、お金を落としてもらったりすることができる。“まちづくり”に興味を持つ方は限られますが、飲食店を介してなら、多くの方に自然な形で“まちづくり”に参加してもらうことができると思うんです」(福岡さん)

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旬の素材を使った総菜が並ぶコトブキッチン。取材当日も、常連客が次々とやってきた(写真撮影/加藤淳史)

旬の素材を使った総菜が並ぶコトブキッチン。取材当日も、常連客が次々とやってきた(写真撮影/加藤淳史)

さらに、まちの人たちを巻き込み、空き店舗のシャッターを塗り替える「トム・ソーヤ大作戦」などさまざまなプロジェクトも仕掛けていった。
並行し、テナントを誘致する活動も行ってきたが、「このままでは限界がある」と感じるようになったという。
「家賃が安いからと見に来てくれた方がいても、シャッターを開けてボロボロの建物を目にすると、すっと引いていってしまう。このままの状態で待つのではなく、こちらで場を整えて待つ必要がある、何か起爆剤がいる、と考えるようになりました」(福岡さん)

シャッターの色を塗り替え、空き店舗の暗い印象を変えたトム・ソーヤ大作戦(画像提供/株式会社寿百家店)

シャッターの色を塗り替え、空き店舗の暗い印象を変えたトム・ソーヤ大作戦(画像提供/株式会社寿百家店)

商店街と住宅の共存関係をつくる

「TRANSIT」の常連客として福岡さんと知り合い、「コトブキッチン」の設計を担当したのが田村さんだ。
二人が会話を重ねる中で、「寿百家店」の構想は生まれた。

田村晟一朗さん(写真撮影/加藤淳史)

田村晟一朗さん(写真撮影/加藤淳史)

2階をシェアハウスに、というのは田村さんのアイデアだ。実は、田村さん自身が手掛けた先行事例が福岡県行橋市に存在する。「アーケードハウス」と呼ばれるその住まいは、同じく衰退していた商店街に灯りをともした。テナント入居のポテンシャルを失った空き店舗の優れた利活用方法として、リノベーション・オブ・ザ・イヤー2016で総合グランプリを受賞している。

「暗いシャッター街に、街灯ではなく住宅の灯りがあることで、安心感が生まれます。寿通り商店街でも、商店街と住宅の共存関係をつくっていきたいんです」(田村さん)

行橋市のアーケードハウス。2階部分が住まい(画像提供/タムタムデザイン)

行橋市のアーケードハウス。2階部分が住まい(画像提供/タムタムデザイン)

寿百家店、2階シェアハウス部分のスケッチ(画像提供/タムタムデザイン)

寿百家店、2階シェアハウス部分のスケッチ(画像提供/タムタムデザイン)

住んでもらいたいのは「1階の店主やまちづくりに関心がある方など、一緒にプロジェクトに関わってくれる方」、そして「学生や若い世代」という。
「大人が頑張っている姿を間近で見て、『このまちって面白いな』と思ってもらえたら理想ですよね。それは将来的なUターンにもつながると思うんです」(田村さん)

田村さん自身は、実は高知県の出身だ。
「自分は若いころにふるさとの魅力に気づけず、北九州で事務所を立ち上げました。北九州のまちがすごく気に入ったからですし、後悔もしていません。ですが、地域にとって理想は、若い方が地元の魅力に気づいた上で一度外に出て、地元に無いものを持ち帰ってくることだと思うんです」(田村さん)

寿百家店2階のシェアハウス。既存の建物を活かしながら、新たに窓を設けることで明るさを足した(写真撮影/加藤淳史)

寿百家店2階のシェアハウス。既存の建物を活かしながら、新たに窓を設けることで明るさを足した(写真撮影/加藤淳史)

シェアハウスからの風景(写真撮影/加藤淳史)

シェアハウスからの風景(写真撮影/加藤淳史)

1物件につき3店舗のテナントが入れるようコンパクトに区切り、さまざまな店舗を誘致するアイデアは福岡さんから生まれた。1店舗ずつのスペースをコンパクトにして水まわりなどを共有することで家賃を抑え、入居ハードルを下げている。

誘致する店子についても、二人には明確なイメージがあった。
「自分で生み出せる方。自身で技術を持っている方、自身で表現ができる方。誰にでもできる商売ではなく、専門性を持った店・人があつまることで、商店街全体の価値が上がる。ここでしか得られない体験をつくることが重要だと考えています」(田村さん)

1階部分のスケッチ。入居店舗のイメージも記載されている(画像提供/株式会社寿百家店)

1階部分のスケッチ。入居店舗のイメージも記載されている(画像提供/株式会社寿百家店)

一人ではできない「面白いこと」を、一緒に

現在、2021年5月までの全店オープンを目指し準備を進めている。シェアハウスの入居者は募集中だが、1階は約半年で全テナントが決定したという。
「ネイルサロン」「ガラス細工のお店」「アートギャラリー」「地元野菜を売る八百屋」「地元の飲食店に役立つ本屋」「アパレル販売店」「ラーメンと甘味の店」、そしてドライヘッドスパとハーブティの販売をする「To me…」が開業予定だ。

「To me…」店主の豊東久美子さんは、これまで店舗を持った経験がない。地元の北九州で店を開きたいと考え、物件を探していたときに、たまたま寿百家店のことを知った。入居説明会を聞き、即決したという。

「福岡さんと田村さん、お二人の話を聞いて、『北九州で、こんな面白いことができるのか!』とわくわくしました。
一人で『面白いこと』を仕掛けるには、アイデアの面でも費用の面でも限界があります。新規開業ということもあり、孤独感、不安感もありました。この場所なら、一緒に面白いことを仕掛けていけるのではないかと思ったんです」と語る。

ドライヘッドスパをもっと身近なものにしたい、という思いにもマッチする場所だった。
「仕事の合間や買い物のついで、家事育児の合間に寄れるような場所にしたいんです。この場所なら、美容室や飲食店、いろんなお店のついでに立ち寄ってもらえるのではないかと思いました」(豊東さん)

商店街ならではの、「お隣さん」との関係も魅力と語る。かつて商業施設内のテナントに勤めていたこともあるが、近隣店舗との交流はほとんど無かったという。
「既に田村さんや福岡さん、学生スタッフの方々にもたくさんサポートしていただいています。
先日も1日限定のマルシェに参加しましたが、その時も商店街の方はじめ、たくさんの方とつないでいただきました」(豊東さん)

オープン後は、アロマやハーブを使ったワークショップもやりたい、と意気込みを語る豊東さん。
「大人だけでなく、例えば夏休みの宿題に合わせたものなど、子どもたち向けのイベントもやりたいと考えています。地域に根差していけたら」(豊東さん)

豊東久美子さん(写真撮影/加藤淳史)

豊東久美子さん(写真撮影/加藤淳史)

オフラインとオンラインが同居する商店街へ

寿通り商店街の目指す姿について、田村さん、福岡さんはこう語る。
「『あそこに行ったら何かやっている』という期待感がないと、人は集まらないですよね。昭和40年代~50年代は、商店街がそういう場所だったと思うんです。それが無くなったから衰退している。ワクワク感、期待感をつくっていくことが大切だと考えています」(田村さん)
「用事がなくても行ってみよう、ちょっと遠回りして帰ろう、と思ってもらえるような場所にしていきたいですね」(福岡さん)

コロナ禍の影響で、当初の計画に狂いも出た。しかし、田村さんはこう語る。
「前提として、寿通り商店街はロケーションが良いです。換気も良いし、アーケードだから雨が降っても大丈夫。内でもあり外でもある、特別な空間です。それはコロナ禍においても武器になるはず」

さらにコロナ禍において特に中国で活発になった、ライブ動画を見ながら商品を購入できるライブコマースからもヒントを得た。5月の全店オープンに合わせ、オンラインマーケットのオープンも準備中だ。
「オンラインで買い物する場合も、リアルと同じように店主と会話したり、他の客と店主の話を聞いたりできるよう、システムを整えていく予定です。海外のお客さんにも来てもらえるように、ゆくゆくは店主の皆さんに英語を習得してもらう必要もありますね」(田村さん)

寿百家店は、商店街の11区画中3区画を使用したプロジェクトだ。今後、残りの区画にも着手していくのだろうか。
「まずは今の区画でモデルケースをつくるつもりです。それをもとに、寿通り商店街内だけでなく、全国に広めていけたら、と考えています。
『前例』がないので、テナントやシェアハウス入居者の集め方、オープン後の集客の仕方も、自分たちでイチから試さなければいけない。それはとても苦労している点ですが、周囲の方々がさまざまな形で後押ししてくれていますし、ここで事例をつくれたら、全国の同じような商店街の方々にとっても意味があると思うんです」(田村さん)

寿通り商店街にて(写真撮影/加藤淳史)

寿通り商店街にて(写真撮影/加藤淳史)

全国へと広がる商店街の“ニューノーマル”になるか

シェアハウスと店舗が共存する商店街。ただでさえ前例のないプロジェクトに、コロナ禍が重なり、難易度は増した。苦労を重ねる一方で、オンラインが広く浸透したこの時勢を、二人はチャンスとも捉えている。
寿百家店の取り組みは、全国の商店街に展開できる“ニューノーマル”となるか。5月のオープンを、楽しみに待ちたい。

●取材協力
株式会社 寿百家店

暖かい地方の家は“無断熱”でいい? 実は鹿児島県は冬季死亡増加率ワースト6!

夏は涼しく冬は暖かい。そんな快適な暮らしに欠かすことのできない「断熱」。今や、“家づくり”を考える人たちが最も重要視すると言っても過言ではないが、実は地域によってその意識はさまざま。今回は、南国・鹿児島から、その重要性を訴え、断熱の輪を広げる株式会社大城の大城仁さんにお話を伺った。
南国だって冬は寒い!「冬季死亡増加率上位県」鹿児島のこれまでの実態

“南国”として知られる鹿児島県が、冬季死亡増加率ワースト6位(※1)だという事実を、一体どれだけの方がご存じだろうか。

※1:厚生労働省:人口動態統計(2014年)都道府県別・死因別・月別グラフ参照

※1:厚生労働省:人口動態統計(2014年)都道府県別・死因別・月別グラフ参照

“南国”と言われる鹿児島県(写真/PIXTA)

“南国”と言われる鹿児島県(写真/PIXTA)

確かに、年間の平均気温は他県と比べると若干高めであるが、実は冬場の最低気温は関東や関西と変わらず、厳しい寒さをみせる。
暖かい部屋から寒い部屋への移動など急激な温度差により、血圧が大きく変動することで起きる脳梗塞や心筋梗塞などのリスクを防ぐための手段として重要視されているのが、外気温からの影響を最小限に抑える「断熱」であるが、鹿児島県には必要ない、そんな間違った常識が生み出した悲劇こそが、先に述べた結果なのだ。
ここ数年、全国で断熱の重要性が認知されるようになってきているが、「鹿児島は南国という意識を強く持っている人も多いこともあって、その重要性を感じていない人も少なくありません」と大城さん。
断熱とはその名の通り、“熱を断つ”こと。つまり、外の冷気だけでなく、夏の熱気を遮断することも忘れてはいけない。
近年の新築住宅でこそ、“高断熱高気密”はもはや当たり前となっているが、築年数の古い既存住宅では未だに断熱不足や無断熱のものが多い。賃貸住宅に関してはその比率はさらに高いのが現状だ。

経験から学んだ、性能向上の重要性

これまでリノベーションは、デザイン性重視の風潮が強く、 “いかにカッコよく仕上げるか”を競い合う傾向にあった。しかし、大城さんが着目したのは『断熱リノベーション』だった。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

『断熱リノベーション』とはその名の通り断熱性能を上げるリノベーションのことで、室内の温度を一定に保つ効果が期待できる。その他にも、省エネや遮音などさまざまなメリットがあるのだ。
「私自身も、無断熱のRCマンションで生活していました。同じ家で生活しているのに、妻や子どもたちが寝ている南向きの部屋と、私が寝ている北向きの部屋では明らかに温度が違いました。寒さの厳しい冬場になると、私だけ厚着をし、布団も一枚多くかぶらないと寝られないくらい過酷な状況。同じ家に暮らしながら何故こんなにも環境が違うのだろう?と疑問を持ったのがそもそもの始まりです。デザイン性だけではなく断熱性能を向上させることで、もっと快適な暮らしが出来るのではないか?と、断熱の重要性に気づかされました」と当時を振り返る。

学びから実践へ

「断熱」の重要性に着目した大城さんが、さまざまな学びの場を探して出合ったのが「エネルギーまちづくり社」が開催する『エコリノベーションプロフェッショナルスクール』だった。

(写真提供/エネルギーまちづくり社)

(写真提供/エネルギーまちづくり社)

これはエネルギーまちづくり社の代表取締役である竹内昌義さんと、スタジオA建築設計事務所代表の内山章さんら講師のもと、3日間という短い時間で熱の基本や、断熱リノベーションの進め方を学ぶ実践型ワークショップを行うというもの。ここでの経験が現在の活動へと繋がる大きなきっかけとなった。
このワークショップは、学びを学びで終えず、「全国各地で断熱の正しい知識を広めていこう」という趣旨だったこともあり、鹿児島に戻った大城さんは一例目となる『鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト~』に施工業者として参加することとなった。対象となったのは築37年のRCマンション『ルクール西千石』。このマンションを所有するのは鹿児島市にある日本ガス株式会社。省エネと住環境の向上の実現を目指しタッグを組んだ。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

断熱施工で最も重要なポイントは、熱がどのように伝わるかをしっかりと把握した上でその熱を断つこと、一番熱損失が大きいのは壁や天井ではなく、実は窓だという。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回はRC造の共同住宅であったため、残念ながら窓の交換はできなかったが、樹脂枠を用いた内窓、または木製枠の内窓を設置することで、断熱性と遮音性を高めた。
日本ではアルミ製、スチール製の窓枠を採用していることが多く、金属は樹脂や木に比べ熱伝導率が高いため断熱性が低いことが問題だ。
次に重要となるのは、外気に面する天井・壁・床に断熱材を隙間なく充填し、気密シートで密閉すること。ただ断熱材を敷き詰めるだけでは足りず、室内と外部の空気をしっかり遮断することが求められる。いくら性能の良い断熱材を用いても、気密性が悪ければその性能は発揮できず、断熱と気密は必ずセットで考えることが重要なのだそう。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回の実証対象となった2部屋は、北海道・東北地方の次世代省エネ基準と同等の性能を確保するため、UA値0.46(九州地区の次世代省エネ基準を大きく上回るHEAT20 G2グレード相当)を基準とし、温熱計算によって断熱材の種類や厚みを選定した結果、天井には60mm、壁には30 mm、床には45 mmの厚みの高性能断熱材(熱伝導率0.02W/(m・k))を採用した。(実際の温熱計算によって出された本物件のUA値は0.41と、目指していた0.46より高い省エネルギー性を示した)。
施工後、断熱施工を行った部屋と同じ間取りの無断熱既存空室を対象に、同一機種のエアコンを用いた温度測定と電気使用量のデータ測定を鹿児島大学の協力の下で行った結果、無断熱の部屋は外気からの影響を大きく受け室内温度の低下が見られたが、断熱施工された部屋の室内温度は外気に左右されることなく、体感温度は3.1度上昇。電気使用量は30%減というデータを得た。この実証実験で、暖かく快適に過ごしながらも電気代は今までよりも30%程度安くなるということが証明されたのだ。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回の試み『鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト~』は高い評価を受け、1年を代表するリノベーション作品を価格帯別に選別するコンテスト、リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019 総合グランプリを受賞。
南国に「断熱」は必要ないというこれまでの間違って広がっていた意識を大きく払拭する事例となった。

“断熱リノベ”の今後の動き

賃貸マンションで実証した「性能向上リノベーション」が日本一(リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019 総合グランプリ)の称号を得たことは、周囲に大きなインパクトを与えた。
「『断熱が大事なのは分かるけど、コストも掛かるしなかなか踏み出せない』と言っていた同業種の仲間たちも、『今回の実証実験を機に断熱について真剣に取り組んでみたいと思うようになった』と声を上げ始めてくれた」(大城さん)
実証実験の結果を示すことができたおかげで、“高断熱施工は暮らしに必要なもの”と理解してもらえるようになったそうだ。 他にも断熱DIYワークショップの相談を受ける機会が増え、着実に南国鹿児島にも断熱の輪が広がっていると手応えを感じているそうだ。

(写真提供/頴娃おこそ会)

(写真提供/頴娃おこそ会)

「このような取り組みが全国的に広がることを祈りつつ、今後の既存住宅、建物の活用の一つの事例となればと願っています。断熱は、“特別なもの”ではなく、“当たり前のもの”と定着するよう、これからも活動していきたい」と話してくれた。
これまでの住宅は、デザイン性を一番に求められがちだったが、大城さんのように、冬は暖かく夏は涼しい快適な住まいの提案を行う工務店が増えることで、目に見えない性能価値を求められる時代へと移り変わっていくのではないだろうか。

●取材協力
大城

「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」に見る最新キーワード3つ。コロナ禍の影響も?

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。その授賞式が2020年12月10日に開催されました。この1年、新型コロナウイルス感染拡大が暮らしや経済を直撃し、リノベーション業界も多大な影響を受けました。そんな状況下にありながらも、今回の受賞作品からはリノベーションが持つ力、多様性を垣間見ることができました。注目作品とともに今年の傾向を紹介します。
【注目point1】コロナ禍の影響で、職と住の見直しが加速

日本中で人々の行動が制限されるという厄災下で開催されたリノベーション・オブ・ザ・イヤー2020。リノベーション業界でも住まいづくりの全ての過程で大きな制約を受けたため、盛り上がりが心配されましたが、エントリー作品は前年とほぼ同程度をキープし、さまざまな作品が出そろいました。

今回の大きな傾向は、何といっても「コロナ禍が住まいに及ぼした影響」。コロナ禍の影響を受けていない作品も多い中、リモートワーク、職住融合など、近年の潮流が一気に加速されたことで、審査の場では「リノベーションはいかにコロナ禍の影響を受け止めたのか」という観点で見ざるをえなかったそうです。

「毎日会社に出社する」という今まで当たり前だったことが、職場や職種によってそうではなくなりました。働き方改革の一環で以前からリモートワークを推進する企業は増えつつありましたが、半ば強制的に、暮らす場所と働く場所のボーダーレス化が一気に進んだ形となりました。それを最も象徴するのが、総合グランプリ受賞作品です。

職住融合のミニマルな形
総合グランプリ:『リモートワーカーの未来形。木立の中で働く。住まう。』株式会社フレッシュハウス

森の中にたたずむ小さな住まいを、仕事と暮らしの場として再生させました(写真提供/フレッシュハウス)

森の中にたたずむ小さな住まいを、仕事と暮らしの場として再生させました(写真提供/フレッシュハウス)

長年、別荘地で放置されていた60平米に満たない小さな家。オーナーは一人暮らしのプログラマーで、元は祖母の家でした。築50年という建物の耐震・断熱改修を行い、間取りの変更などを施して、自宅兼職場に。シンプルな空間に床の高低差でメリハリを付け、目線の位置を低く抑えることで、森の風景に入り込むような臨場感をもたらしています。

「リモートワークによる職住融合」というウィズコロナ時代のニューノーマルを示すだけではなく、郊外&地方移住、実家の空き家問題、古家の性能向上、お一人様社会といった、「今」を象徴するテーマや、問題解決の手法が詰まっていることが高く評価されて、総合グランプリ受賞となりました。

総合グランプリ受賞作のほかに、「ウィズコロナ時代」を象徴するのが次の作品。「職と住」を見直して、魅力ある場に仕立て上げている作品です。

立地を活かした職住融合
審査員特別賞(ニューノーマル・ライフスタイルデザイン賞):『山と渓谷、エクストリーム賃貸暮らし。』株式会社ブルースタジオ

見せる収納で登山ギアが整然と。室内にいてもアウトドアが身近に感じられるしつらえ(写真提供/ブルースタジオ)

見せる収納で登山ギアが整然と。室内にいてもアウトドアが身近に感じられるしつらえ(写真提供/ブルースタジオ)

山へのアクセスが比較的便利な地に立つ賃貸住宅。気持ちの良い朝、山に足を運び、自然の力を浴びてパワーチャージしてから仕事に取り組むという「エクストリーム出社」が増えている現状に合わせて、アウトドア派のための部屋として設計されました。住む場所の選択肢が広がる状況に対し、「山が好きなら山の近くに住んでしまえばいい」といった新しいライフスタイルを簡潔に提示している点が評価されました。

アウトドアという“地域ならではのプラス要素”を賃貸住宅に付加することで、オーナーの空室不安を解消する物件にもなっています。

多拠点な職住の場
審査員特別賞(ニューノーマル・ワークスタイルデザイン賞):『働く場所から、自由になろう。』株式会社LIFULL

現在、全国に8拠点。テレワークの浸透で利用者が急増しています(写真提供/LIFULL)

現在、全国に8拠点。テレワークの浸透で利用者が急増しています(写真提供/LIFULL)

廃校や閉鎖した企業の保養所などの遊休不動産を再生し、多拠点居住&労働の場及びコミュニティの場として定額制で提供するプロジェクト「LivingAnywhere Commons」。近年、多拠点居住という新たなライフスタイルが確立されてきましたが、このプロジェクトは各拠点でのコミュニティづくりにも取り組んでいるのが特徴。滞在者のコミュニティづくりをサポートするマネージャーがいることで、共創型プロジェクトに容易に参画できたり、快適な空間になるよう利用者がDIYやルールづくりをしたりと、手を掛けて育てていくことが可能です。

【注目point2】コロナ禍の影響で「おうち時間」の質向上に注目

「おうち時間」が否応なく長時間化することで、暮らしの場の質を高めたいというニーズが高まっています。リノベーションはそもそも家の質を高めるために行われるものなので、「おうち時間の質が高まっている」のはすべてのエントリー作品に当てはまるのでしょうが、そのなかでも、次の作品は充実したライフスタイルが垣間見られるとして、審査の場で注目されていました。

充実の家族時間
1000万円未満部門 最優秀賞:『日曜漁師』株式会社オレンジハウス

勝手口から魚を持ち帰り、食卓にという豊かな暮らしぶりが垣間見えます(写真提供/オレンジハウス)

勝手口から魚を持ち帰り、食卓にという豊かな暮らしぶりが垣間見えます(写真提供/オレンジハウス)

ダイニングキッチンとリビング、廊下を隔てていた壁を取り払い、勝手口からシンクへダイレクトに魚を持って入れる動線に。日曜大工ならぬ“日曜漁師”の夫が獲ってきた魚を家族で調理するというストーリーが、リノベーション空間の中に見て取れる作品です。「家族時間の一つのあり方を提示している点に好感が持てる」「生活ファーストの穏やかなワークスタイルを自然体なリノベーション空間が演出している」といった観点で評価されました。

2つのワーキングスペース
審査員特別賞(ユーザービリティリノベーション賞):『この先もつづく日常に根差した家』株式会社grooveagent

家の各所に本棚を設け、大量にある本を収納。2つのワーキングスペースを離れた場所に配置しました(写真提供/grooveagent)

家の各所に本棚を設け、大量にある本を収納。2つのワーキングスペースを離れた場所に配置しました(写真提供/grooveagent)

夫婦とも在宅での仕事が多いという住まいのリノベーション。2つのワークスペースを離れた場所に配置して、就業中の距離の問題をうまく解いています。「おうち仕事時間」の質を高めた作品です。

【注目point3】「性能向上リノベ」の合理的手法が示される

断熱性・耐震性などの性能を高めるのはリノベーションの使命です。ここ数年、「性能向上リノベ」のさまざまな手法が示されてきましたが、昨年来、「性能向上リノベを、合理的で経済性のあるプランにまとめて商品として普及させることが重要」という観点が審査の現場で上がっていました。その流れを受けて今回は、全国の中規模ビル、古民家、中古マンションなどの性能を向上させる、ひとつの指標となるような取り組みが登場しました。

ビルのゼロエネルギー化
審査員特別賞(先進的省エネビルリノベーション賞):『未来への贈り物~地中熱ヒートポンプにより生まれ変わるZEB社屋』棟晶株式会社

自社の中規模オフィスビルをまるごと省エネビルに改修(写真提供/棟晶)

自社の中規模オフィスビルをまるごと省エネビルに改修(写真提供/棟晶)

中規模のオフィスビルをZEB(「ゼブ」。ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディングの略称)にリノベーション。NEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)の支援を得て北海道大学工学部と共同開発した地中熱ヒートポンプシステムを採用し、壁面ソーラーパネルと合わせて102%の創エネルギ−を実現。イニシャル・ランニングの両面で誰もが導入しやすい低コスト化に成功しています。全国の中規模ビルのゼロエネルギー化に一つの指針を示した点で高く評価されました。

エリア断熱で性能アップ
1000万円以上部門 最優秀賞:『Old & New 古くて新しい・古民家のカタチ』株式会社ラーバン

風景に溶け込む外観にプラスされた、空間を切り取ったような「縁側」が印象的(写真提供/ラーバン)

風景に溶け込む外観にプラスされた、空間を切り取ったような「縁側」が印象的(写真提供/ラーバン)

築150年という代々受け継がれてきた古民家に、現代のデザイン要素を付加。古家特有の断熱性・省エネ性能の低さについては、断熱パッシブの施工エリアを決めることで、国が定める省エネ等級4を大幅に上回る数値を達成。デザイン、性能の両面をバージョンアップさせる部分改修の手法は、古民家活用のお手本となるのではないでしょうか。

新築以上の断熱性をスタンダードに
審査員特別賞(次世代再販リノベーション賞):『THE NEW STANDARD』株式会社リアル

フレンチシックなリビング。「こんな家に住みたい」と思われるデザインを目指したそう(写真提供/リアル)

フレンチシックなリビング。「こんな家に住みたい」と思われるデザインを目指したそう(写真提供/リアル)

「買取再販リノベーション(リノベ会社が購入した中古物件をリノベーション後、販売する手法)のスタンダードにしたい」という意気込みのもと、築38年の中古マンションに新築以上の断熱性能を実現させ、性能とデザインの両面で魅力を高めているプランです。

“今”の時代を表すこんな作品にも注目!

今回は、「コロナ禍をリノベーションはどう受け止めたのか」「性能向上リノベの合理的手法」という観点の作品に注目が集まりましたが、他にも“今”という時代性を宿している作品もあります。筆者が注目した2作品を紹介します。

廃棄物を最小まで削減
500万円未満部門 最優秀賞:『サスティナブルにスマートハウス』株式会社シンプルハウス

壁紙を剥がしただけの壁が空間のアクセントに(写真提供/シンプルハウス)

壁紙を剥がしただけの壁が空間のアクセントに(写真提供/シンプルハウス)

既存の建具や建材を徹底して選別し、リユース、リサイクル。同時に無駄な解体をせず、廃棄物を最小限とする。新しく用いるものも間伐材、地産地消の素材にする。こうすることで、約70平米の住戸のフルリノベーション が税込498万円という低コストで実現した作品です。単なるコストダウンに留めるのではなく、リユース等による廃棄物削減、環境に優しい素材の採用といった、サスティナブル(持続可能性)なリノベーション方法を確立しています。

三密回避の旅行に最適
審査員特別賞(公共空間リノベーション賞):『予約殺到のトレーラーホテル。PFIによるビーチリノベーション。』9株式会社

全室オーシャンビュー。テラス付きの独立型ホテル(写真提供/9)

全室オーシャンビュー。テラス付きの独立型ホテル(写真提供/9)

客室とテラスはともに37.4平米の広さ。テラスにジャグジーとバーベキュー設備が付いており、他の宿泊客と顔を合わせることがないそう。移動可能なトレーラーハウスのため、工期が短くて済み、将来的な移設が可能で、暫定利用地での活用に向いています。

まだある! お手本にしたいこだわり空間リノベや空間伝承リノベ

ほかにも、空間美が光る作品や、古き良き時代を継承したリノベーションも。いくつかご紹介します。

審査員特別賞(エスセティック空間リノベーション賞):『熊本城をのぞむ望楼の住まい。清正に倣う、永く愛される建築の教え。』株式会社ヤマダホームズ

自然素材の経年進化や味わいを活かし、落ち着きある上質な雰囲気に(写真提供/ヤマダホームズ)

自然素材の経年進化や味わいを活かし、落ち着きある上質な雰囲気に(写真提供/ヤマダホームズ)

審査員特別賞(借景空間リノベーション賞):『心を掴むストック 都住創を継ぐ』株式会社アートアンドクラフト

施主の「美しいと思えるかどうか」という判断基準でつくられた空間(写真提供/アートアンドクラフト)

施主の「美しいと思えるかどうか」という判断基準でつくられた空間(写真提供/アートアンドクラフト)

無差別級部門 最優秀賞:『SWEET AS_スポーツを中心に地域コミュニティが生まれる場所』リノベる株式会社

3100平米のも巨大な鉄工所を、カフェレストランやバー、観覧スペース付きの多目的スポーツコートへコンバージョン。地域の新たな拠点に(写真提供/リノベる)

3100平米のも巨大な鉄工所を、カフェレストランやバー、観覧スペース付きの多目的スポーツコートへコンバージョン。地域の新たな拠点に(写真提供/リノベる)

審査員特別賞(地域創生リノベーション賞):『旧藩医邸を癒しの温泉宿に再生 城下町アルベルゴディフーゾへの挑戦』paak design株式会社

官民一体のプロジェクトとして、伝統ある建物を癒やしの宿に改修(写真提供/paak design)

官民一体のプロジェクトとして、伝統ある建物を癒やしの宿に改修(写真提供/paak design)

審査員特別賞(古民家再生リノベーション賞):『「おばあちゃんの家みたい!」が一番の褒め言葉』G-FLAT株式会社

格子の美しい古民家の広い玄関土間が、魅せるガレージに(写真提供/G-FLAT)

格子の美しい古民家の広い玄関土間が、魅せるガレージに(写真提供/G-FLAT)

審査員特別賞(コンパクトプランニング賞):『団地育ちの原風景』grooveagent

「家族みんながわいわい過ごしている“あの感じ”」と、幼少期の団地暮らしのイメージを再現(写真提供/grooveagent)

「家族みんながわいわい過ごしている“あの感じ”」と、幼少期の団地暮らしのイメージを再現(写真提供/grooveagent)

変革の時代にリノベーションは力を最大限発揮する

2020年はコロナ禍に揺れ、それを抜きには語れない1年となりました。リモートワーク、密を避ける、不要不急の外出を控える、ときにはオンライン会食などが求められる新しい生活様式は、住まいに与える影響も大きく、働き方だけでなく、仕事そのものや暮らす場所までも一気に転換させていく人も少なからず見られました。

コロナ禍でそうした動きが一気に加速したのは事実ですが、そもそも以前から、リモートワークや多拠点居住での田舎暮らし、移住、通勤混雑回避などは社会的なニーズとして存在しており、それらに対してリノベーションは常に、多様な解決策をさまざまな形で示してきました。

今回の受賞作品はコロナ禍に立ち向かう可能性を提示してくれましたが、影響が住宅市場に本格的に出始めたのは下半期以降で、現在も進行中です。そのため、コロナ禍の影響が色濃く抽出されたリノベーション作品が出そろうのは2021年になると予想されます。

社会的・意識的変革が求められる時代に、リノベーションという技術は力を最大限発揮して、新しい暮らし方、住まい方、働き方の可能性を提案してくれるはず。授賞式を終えて、リノベーション業界にはそんな期待を抱かずにはいられませんでした。次回のエントリー作品、受賞作品に出合える日を今から楽しみにしています。

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。2021年も、日本を明るくさせてくれる作品が登場するのを期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。2021年も、日本を明るくさせてくれる作品が登場するのを期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」

かつての小学校が“まち”になる! 「那須まちづくり広場」始動

国土交通省、地域づくり活動の優良事例を表彰する「地域づくり表彰」で、廃校となった小学校を再生した「那須まちづくり広場」が最高位の国土交通大臣賞に選出された。これは、市場、カフェ、アート教室等へリノベーションされ、再び地域住民が集う場所へと生まれ変わったプロジェクトで、2022年にはサービス付き高齢者住宅(以下、サ高住)を中心としたリニューアルも予定されている。
今回、計画にあたって重視していること、今後の展開などを、那須まちづくり広場株式会社の近山恵子さんと鏑木孝昭さんにお話を伺った。

かつて学校だった記憶を尊重した改修で、誰もが集う場所に

「那須まちづくり広場」は、2016年に廃校となった旧朝日小学校を再生利用した複合施設で、行政の建物を民間主導で運営する取り組み。2022年の完成を目指し、現在は先行して旧校舎を改修し、地元の食材を中心とした地産地消のマルシェ「あや市場」や、地域の住民たちが腕を振るう「コミュニティカフェ ここ」などを運営。今後は校庭に、サ高住が新築される予定だ。

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

厳選された地元の新鮮野菜や自然食品が並ぶ「あや市場」。所狭しと商品が並び、宝探しをしているような気分に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

厳選された地元の新鮮野菜や自然食品が並ぶ「あや市場」。所狭しと商品が並び、宝探しをしているような気分に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

周辺の農家さんから直売される新鮮な野菜。つくり手自ら加工した食品も。「サ高住が完成した将来は、こうした直売以外にも、提供する食事に使うために地元農家さんと契約していきたいと考えています」(鏑木さん) (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

周辺の農家さんから直売される新鮮な野菜。つくり手自ら加工した食品も。「サ高住が完成した将来は、こうした直売以外にも、提供する食事に使うために地元農家さんと契約していきたいと考えています」(鏑木さん) (写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「大切にしているのは、学校本来の機能・雰囲気を活かすこと。今でもこの学校は、地域の運動会や敬老会が開催されるなど、地域のみんなが集う場所です。かつての思い出、記憶、継続している活動を尊重したいと考えています」(近山さん)
例えば、カフェのある場所は元家庭科室、鍼灸・マッサージ・整体などができる「こころと体の健康室」は、元は放送室。給食調理室は、今はオリジナルブランドの人気アイスキャンデー工場だ。玄関入ってすぐの下駄箱は、色を塗りなおし、街のチラシあれこれを入れたインフォメーションコーナーに。

本や絵本がずらりと並び図書館機能も持つ「コミュニティカフェ ここ」。Wi-Fi完備でコワーキングスペースにも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本や絵本がずらりと並び図書館機能も持つ「コミュニティカフェ ここ」。Wi-Fi完備でコワーキングスペースにも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

スパイスの利いた特製豆カレーは定番の人気ランチ。サラダ、スープ付きで800円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

スパイスの利いた特製豆カレーは定番の人気ランチ。サラダ、スープ付きで800円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関の靴箱には地域のお知らせなどのチラシを置いて。課外活動の一環として見学にくる地元の小学生も多く、子どもたちによるポスターも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関の靴箱には地域のお知らせなどのチラシを置いて。課外活動の一環として見学にくる地元の小学生も多く、子どもたちによるポスターも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「リノベーションの過程で、近所の住民の方が小学生のころに書いた“大きくなったら自分の家を継ぎます”と書いた画用紙も見つかりました。かつて自分自身や自分の子どもが何度も足を運んだ場所だからこそ愛着がある。“みんなで作る生涯活躍のまち”事業において、学校を再利用するのはとても意義があると思います」(近山さん)

かつての面影を最も色濃く残している図工室はアート教室に。隣のギャラリーで展覧会を開くことも可能(画像提供/那須まちづくり広場)

かつての面影を最も色濃く残している図工室はアート教室に。隣のギャラリーで展覧会を開くことも可能(画像提供/那須まちづくり広場)

パイプオルガン、チェンバロなど歴史ある楽器が並ぶ「音楽工房LaLaらうむ」。緩和ケアのための音楽を取り入れる試みも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

パイプオルガン、チェンバロなど歴史ある楽器が並ぶ「音楽工房LaLaらうむ」。緩和ケアのための音楽を取り入れる試みも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

子育て世代、高齢者、障がい者など多様な人々が1人でもふらりと立ち寄るのもよし、グループで集う場所として利用することもできる(写真提供/那須まちづくり広場)

子育て世代、高齢者、障がい者など多様な人々が1人でもふらりと立ち寄るのもよし、グループで集う場所として利用することもできる(写真提供/那須まちづくり広場)

屋上に太陽光発電設備を設置し、環境共生・防災時の備えにも取り組んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

屋上に太陽光発電設備を設置し、環境共生・防災時の備えにも取り組んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住民自身が担い手になることで、暮らしはもっと豊かになる

さらに重視しているのが、地域住民が当事者であること。
例えば、カフェで料理をしてくれるのは、地域に住む方々。料理自慢が通常営業のほかにも、例えば毎週木曜日はワンプレートで雑穀ごはんと6種の惣菜をのせた木曜ランチの日、月に1回はタイカレーの日と、それぞれその日に料理を担当する人の事情に合わせたメニュー構成に。お菓子づくり名人によるオリジナルケーキはかなりの評判だそう。

「自身の“得意”と“時間”を提供していただいています。こうした“場”があることで、みなさんの才能を掘り起こすことができました。自分のお店をオープンするのはハードルが高いけれど、ここでなら自分のできる範囲で才能を発揮できる。それをマッチングさせるのが私たちの役目ですね」(近山さん)

カフェで働くのは地元の主婦の方々ばかり。「スタッフはすぐに集まって、スタートすることができました」(鏑木さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

カフェで働くのは地元の主婦の方々ばかり。「スタッフはすぐに集まって、スタートすることができました」(鏑木さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

アート、音楽、映像などの多種多様な講座が行われるプログラム「楽校」は、地域の人たちが先生役となることも少なくない(画像提供/那須まちづくり広場)

アート、音楽、映像などの多種多様な講座が行われるプログラム「楽校」は、地域の人たちが先生役となることも少なくない(画像提供/那須まちづくり広場)

住民自ら街づくりに参画する取り組みは、現在進行形の街づくりプロジェクトでも実践中。ワークショップの「人生100年・まちづくりの会」は住民参加型。街にどんな機能が必要か意見交換をしたり、住む、働く、食べるといったテーマ別でアイデア出しをしたり。さらには、自治体や介護の分野で注目されている「誰もが従業員で経営者」という働き方「ワーカーズコープ」の勉強会も開かれている。

「また、これからできるサ高住は暮らしたいと思う人のコミュニティづくりからスタート。中の設計も自由にカスタマイズ可能など、高齢者向けのコーポラティブ住宅のような取り組みをしています」(近山さん)

「人生100年・まちづくりの会」の様子。「参加者には移住された方が多いですね。最近はオンラインによる参加の方もいます」(近山さん)(画像提供/那須まちづくり広場)

「人生100年・まちづくりの会」の様子。「参加者には移住された方が多いですね。最近はオンラインによる参加の方もいます」(近山さん)(画像提供/那須まちづくり広場)

超高齢化社会の受け皿をワンストップで集約させるべく計画中

今後の課題、目標として「那須まちづくり広場」が掲げるのが「地域包括ケアの推進」だ。
自立型のサ高住、通所型のデイケアサービス、24時間対応の訪問介護サービス、看取り対応の高齢者住宅など、あらゆるニーズに対応する機能をワンストップに集約させる計画となっている。
「積極的に治療せず病院からの退院を余儀なくされるケース、病院で死にたくないけれど自宅介護は困難なケースなど、医療難民、介護難民となる人は多い。そうした局面での受け皿となる場所を目指しています」(鏑木さん)
そのためには現状で足りないものを優先。「例えば、今回の計画にはいわゆる通常の保育所はありませんが、障がい者児童向けの放課後デイケアサービスはあります。周辺地域に十分足りている施設については、あえて入れていないんです」(近山さん)

那須まちづくり広場2022年の完成予想パース。校舎やプールを改修、校庭に新たにサ高住を供給。全体で事業化することでコスト課題を解消する予定(画像提供/那須まちづくり広場)

那須まちづくり広場2022年の完成予想パース。校舎やプールを改修、校庭に新たにサ高住を供給。全体で事業化することでコスト課題を解消する予定(画像提供/那須まちづくり広場)

さらに「福祉の産直」も狙っている。
「サ高住含め、住戸100戸を供給予定。そのスケールメリットを活かして、地域の雇用を生み出すことができ、経済を活性化させていくことも目標です」(鏑木さん)
合わせて住宅の確保が困難な方向けのセーフティネット住宅や低価格の簡易宿泊所も併設。ここで暮らしながら、介護を勉強、資格を取得し、生活を立て直すこともできる。
「例えば、簡易宿泊所に泊まりながら、質のいいリハビリやヘルパーの研修プログラムに参加することも。目指すのは、福祉の産直と地消地産。社会的弱者と呼ばれる人たちの経済的、精神的自立を図ることも大きな目標のひとつです」(近山さん)

フロアマップ予想図。セーフティネット住宅には、住宅の確保が困難な高齢者、障がい者、子育て世代、外国人向けの住宅。また、移住、定住前のお試し住居として利用できる予定。サ高住の居室は1坪当たり約110万円で検討中(画像提供/那須まちづくり広場)

フロアマップ予想図。セーフティネット住宅には、住宅の確保が困難な高齢者、障がい者、子育て世代、外国人向けの住宅。また、移住、定住前のお試し住居として利用できる予定。サ高住の居室は1坪当たり約110万円で検討中(画像提供/那須まちづくり広場)

那須まちづくり代表の近山さん(左)と鏑木さん(右)。「我々が目指すのは地産地消ならぬ、地消地産。地域で消費するものをなるべく自分たちで生み出していくことが目標。理念を可視化するために、実践しながら共有していく。そのための”場”がここなんです」(近山さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

那須まちづくり代表の近山さん(左)と鏑木さん(右)。「我々が目指すのは地産地消ならぬ、地消地産。地域で消費するものをなるべく自分たちで生み出していくことが目標。理念を可視化するために、実践しながら共有していく。そのための”場”がここなんです」(近山さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

生きる、働く、そして死ぬことーーあらゆる局面で必要となる場を含んだまちづくりは、高齢化社会が加速する日本においては急務の課題。その舞台として、かつてコミュニティの場であった学校の跡地を利用するのは他の自治体でも挑戦可能な手段といえる。今後の「那須まちづくり広場」の挑戦をウォッチしていきたい。

●取材協力
那須まちづくり広場
MINSURU[みんする] :那須まちづくり広場・事業構想プロジェクト

副業・多拠点生活・田舎暮らし、会社員でもやりたいことはあきらめない! 私のクラシゴト改革4

民間気象会社に勤めながら副業でカメラマンの仕事をしつつ、東京・京都・香川での3拠点生活を実現している其田有輝也(そのだ・ゆきや)さん。最初から柔軟な働き方が可能な職場だったのかと思いきや、其田さんの入社時点では、副業自体が認められていない環境だったそう。其田さんはどのように会社を説得し、現在の働き方・暮らし方を手に入れたのか?連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今、私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。副業を認めてもらうために、入社一年目で会社と交渉

其田さんは大学生時代、フリーランスのフォトグラファーとして活動する夢があった。

一年間休学して世界を旅しながら写真を撮ったり、ファミリーフォトやウェディングフォトの仕事を請けるなどして、独立の可能性を探っていた。しかし、単価の低い仕事を多く受けるスタイルから抜け出せず、フリーランスへの道は断念。卒業後は、大学で学んだ気象予報の知識を活かせる民間気象予報会社に就職した。

プロモーション関連の部署を希望していたものの、配属されたのは希望とは異なる部署。其田さんは、「これでは自分のやりたいことが全然できない生活になってしまう」と感じ、副業でフォトグラファーの仕事を始めることを思い立つ。

当時、其田さんの会社では、副業は認められていなかった。しかし、其田さんは諦めることなく、約半年かけて交渉を重ねた末、会社に副業を認めてもらったのだ。一体どのように会社を説得したのだろうか?

「会社で副業が認められていないからといって、社内の全ての人が反対しているわけではありませんでした。本当に大変でしたが、若手に対して柔軟な姿勢を持っていて、かつ人事系の要職に就いている方に、直接相談して、少しずつ自分の味方になってくれる人を増やしていきました」

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

其田さんは入社から2、3カ月を待たずして、会社と交渉を始める。新人の立場から会社に制度変更を訴えるのは勇気がいるはずだが、すぐに動いたのには理由があった。

「勤続年数が経ってから相談をすると、交渉のハードルがさらに高くなってしまうと思ったんです。副業で得たスキルや経験をどれぐらい会社にフィードバックできるのかを定量的に示さなければ、認めてもらえない気がして。でも一年目なら、そこまでシビアな要求はされないのではと思い、早めに行動しました」

それでも、説得する際には、副業で得られるスキルを会社に還元できる旨を、会社側にはっきりと伝えたという。

「副業を始めてしばらく経ってから、気象予報士のキャスター名鑑作成の仕事や顧客Webサイトのデザインリニューアルを任せてもらったんです。キャスターの写真撮影にも、冊子やWebサイトのデザインにも、副業で得られたスキルが活きています。『副業は本業にも役に立つ』と口で言うだけでなく、少しずつ地道に行動で示したことで、会社の信頼を獲得してこれたのではないかと思います」

コロナ禍で分かった、会社員でいることの価値

其田さんのInstagramやnote、TwitterなどSNSのフォロワー数の合計は約5万人。カメラメーカーのキヤノンや定額住み放題サービスのHafH、バンシェアのCarstayのプロモーションを請け負うなど、フォトグラファーとしての活動の場を広げている。撮影するだけでなく、SNSでの発信に力を入れたり、自分のWebサイトを検索サイトの検索結果で上位表示させるなどの努力も地道に重ねてきた結果だ。

キヤノンのプロモーションに利用した写真(写真提供/其田さん)

キヤノンのプロモーションに利用した写真(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

これだけの実力があるならば、会社員を辞めて、フリーランスになったとしても十分にやっていけそうだ。しかし其田さんは、「自分は副業としてフォトグラファーの仕事をすることが独自化や差別化、リスクヘッジになると思っています」と強調する。

「副業を始めたてのころは、外国人観光客の写真を撮る仕事を中心に手掛けていたんですが、その仕事はコロナ禍の影響でほとんどゼロになってしまいました。今は企業からプロモーションの仕事をいただけるようになったので、副業の収入は徐々に回復していますが、もし会社員でなかったら一時的に収入がゼロになっていたことを思うと、やっぱり会社員をやっていてよかったと思います」

収入だけでなく、メンタルの面でも、副業のメリットは大きいという。

「平日に通勤して、土日に副業をしていると、休みがないので体がきつくなることもあります。でも、副業は好きなことなので、どんなに忙しくても精神的な辛さはないですね。会社でストレスを感じる出来事があったとしても、副業でリフレッシュできるので、心のバランスを保つ上でも、副業は効果があるなと感じました。ただ、自己管理がちゃんとできていないと体調を崩してしまい、会社や取引先に迷惑をかけてしまうこともあり得るので、その点には注意が必要です」

築100年の古民家を購入。東京・京都・香川の多拠点生活へ

もともと、東京と京都を拠点にフォトグラファーとして活動していた其田さん。コロナ禍によりテレワークが認められると、同じくフォトグラファーとして働く妻が暮らしている香川県高松市を含めた、3拠点での暮らしを始めた。

(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

其田さんが利用している、HafH加盟ホステルのWeBase高松(写真提供/其田さん)

其田さんが利用している、HafH加盟ホステルのWeBase高松(写真提供/其田さん)

HafHに加盟しているNINIROOM(京都)ラウンジでテレワーク中の其田さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

HafHに加盟しているNINIROOM(京都)ラウンジでテレワーク中の其田さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ところが、其田さんが始めたのはただの多拠点生活ではない。香川県でも街の中心部ではなく、田舎の築100年の古民家を購入し、田舎暮らしも同時に実現しようとしている。

仕事や暮らしに効率を求めるなら、拠点の場所は駅近がベストなはず。其田さんはなぜ、都心から遠く、しかも駅からも離れた場所に3拠点目を構えたのだろうか?

「都会でずっといそがしく働いていると、心がすり減ってしまう気がして。でも、田舎だけだと副業の単価がどうしても低くなってしまいがち。田舎と都会を行き来することで、心のバランスだけでなく、収入のバランスも保っていけるのではないかと考えました」

新たに物件を所有する場合、固定資産税や光熱費などの費用が発生する。多拠点生活において、こうした固定費は重くのしかかってくるのではないだろうか?

「香川県の古民家は、シェアハウスやゲストハウスとしての運営を視野に入れています。せめてランニングコストだけでも利用者と分担しあえる仕組みをつくれば、この暮らしを長く続けていけるのではないかと考えました。妻が現在もシェアハウスの経営をしているので、そのノウハウも活かしながら力を合わせてやっていければ。また、こんな変わった物件には、自分たちと共通する価値観を持った人たちが訪れてくれると思っています。ここで新しいコミュニティが生まれると思うと、今からすごく楽しみですね」

其田さん夫妻が自らの手でリノベーションを進めている香川県の古民家(写真提供/其田さん)

其田さん夫妻が自らの手でリノベーションを進めている香川県の古民家(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

(写真提供/其田さん)

コロナ禍が追い風となって実現した現在の暮らしのメリットを、其田さんは次のように語る。

「時間を柔軟に使えることですね。以前は週5日出勤しなければならなかったので、地方へ出られるのは週末だけでした。でも今は、テレワークで会社の仕事をした後、すぐに副業やリノベーションの作業に移れます。1日の時間を無駄なく使えるようになり、この一年でガラッと生活は変わったなと感じています」

古民家の屋根を瓦から鉄の板に張り替える作業をしている。「これを土日だけやって東京と行き来していたら、全然終わらないんですよ(笑)。移動時間を挟まずに作業に取りかかれるから、働きながらリノベーションができるんです」(写真提供/其田さん)

古民家の屋根を瓦から鉄の板に張り替える作業をしている。「これを土日だけやって東京と行き来していたら、全然終わらないんですよ(笑)。移動時間を挟まずに作業に取りかかれるから、働きながらリノベーションができるんです」(写真提供/其田さん)

会社員をしながら、どこまでやりたいことをできるか挑戦中

フォトグラファーとしての副業、多拠点生活、田舎暮らし……と、次々と新しい挑戦をしてきた其田さん。今後については、「会社員をしつつ、地道にコツコツどこまでやりたいことを実現できるのか挑戦してみたい」と、意気込みを語る。

「今は働き方の選択肢が増えただけに、今後のキャリアについて悩んでいる方は多いと思うんです。そんな中で自分は、会社員とフリーランスを組み合わせながら新しいことに挑戦しつつ、テレワークや複業、多拠点の魅力を自身のSNSやメディアを通じて発信していきたいですね。もちろん、大変なことや辛いことも本当にたくさんあります。大切なのは諦めずに少しずつ前に進むこと。ちいさくはやく、行動に移すことが大切だと感じています。自分もまだ、もがきつつチャレンジしているフェーズなので、こんなやり方もあるんだと面白がってもらえたらうれしいです」

自分のやりたいことに向かって臆せず前進し続ける其田さん。その背中は、働き方や暮らし方に迷う私たちに、「会社員だからって、やりたいことをあきらめる必要なんてない」と、語りかけているように見える。

拠点の一つ、京都の東山での写真撮影をしている様子(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

拠点の一つ、京都の東山での写真撮影をしている様子(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

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大田区「池上」が進化中!リノベで街の魅力を再発掘

日蓮宗の大本山「池上本門寺」が13世紀に建立されて以来、門前町としてにぎわってきた東京都大田区池上。2019年ころから、地域の持続的な発展を推進する「池上エリアリノベーションプロジェクト」が進行中で、歴史ある街の各所に新たな感性が芽吹いている。大田区と共同で同プロジェクトに取り組む東急株式会社の磯辺陽介さんの案内で、魅力を増す池上の街歩きをしてみよう!
街リノベは目的ではなく手段、プロジェクトで池上のポテンシャルを引き出す

3両編成の電車がコトンコトンと行き交う東急池上線。五反田と蒲田という二つの繁華街を繋いでいるにも関わらず、沿線はローカル感が漂う。もともと池上本門寺の参拝客のために生まれた路線で、池上はその中心的存在だ。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

池上のシンボル、池上本門寺。宗祖日蓮聖人の命日に行われる法要「お会式(おえしき)」は毎年10月11~13日の3日間執り行われ、30万人にも及ぶ参詣者で街がにぎわう(写真撮影/相馬ミナ)

池上のシンボル、池上本門寺。宗祖日蓮聖人の命日に行われる法要「お会式(おえしき)」は毎年10月11~13日の3日間執り行われ、30万人にも及ぶ参詣者で街がにぎわう(写真撮影/相馬ミナ)

2020年7月に生まれ変わった池上駅構内には、木がふんだんに使われ、電車を降りると木の香りがする。池上本門寺の参道に繋がるようなイメージでデザインされたという自由通路を抜け、駅北口から池上本門寺方面に向かおう。駅前には、池上名物・くず餅の老舗「浅野屋 」が店を構える。

「池上は、くず餅発祥の地とも言われていて、老舗のくず餅屋さんが何軒もあるんですよ」と磯辺さんが教えてくれた。池上が地元の方には当たり前の風景かもしれないが、コンパクトなこの街の中に数百年続くお店が点在しているのは、すごいことではないだろうか。

池上駅前。駅舎は構内踏切がある平屋から、地上5階建てのビルに生まれ変わった。駅ビルのエトモ池上は2021年春に開業予定(写真撮影/相馬ミナ)

池上駅前。駅舎は構内踏切がある平屋から、地上5階建てのビルに生まれ変わった。駅ビルのエトモ池上は2021年春に開業予定(写真撮影/相馬ミナ)

「池上は「池上本門寺」に約700年寄り添ってできた街です。もともと街はありますし、 “まちづくり”という単語がおこがましいと思っているんですが……」と磯辺さんは前置きしつつ、「『池上エリアリノベーションプロジェクト』は、人や場所、歴史、文化などの地域資源を、再発掘・再接続・再発信によって活かすまちづくりの取り組みです」と説明してくれた。

2017年3月、池上で東急主催のリノベーションスクール(※)を実施したことをきっかけに、プロジェクトが始動した。数ある東急線沿線の街の中から池上を選んだ理由を尋ねると、「池上駅をリニューアル予定だったこともあるのですが、池上のヒューマンスケールというか、こぢんまりとしていて血が通っている感じが、リノベーションスクールの世界観と合いそうだと感じたんです」と磯辺さん。

※全国各地で開催される、まちなかに実在する遊休不動産を対象とし、エリア再生のためのビジネスプランを提案し実現させていく実践型スクール

場をつくって終わりではなく、まちづくりに取り組む人をサポート池上駅北口から池上本門寺へ向かって延びる池上本門寺通り商店会。旧参道にあたり、「SANDO(サンド)」(写真右側の建物)はその入り口にある(写真撮影/相馬ミナ)

池上駅北口から池上本門寺へ向かって延びる池上本門寺通り商店会。旧参道にあたり、「SANDO(サンド)」(写真右側の建物)はその入り口にある(写真撮影/相馬ミナ)

磯辺さんの案内でまず訪れたのが、「SANDO BY WEMON PROJECTS(サンド バイ エモン プロジェクツ、以下SANDO)」。池上エリアリノベーションプロジェクトの一環として誕生した、“コーヒーのある風景”をコンセプトに活動するアーティストユニット「L PACK.(エルパック)」と、建築家の敷浪一哉さんが運営する、カフェでありプロジェクトの拠点だ。

「『SANDO』のことを普段僕らは、“カフェを装っている”と言っているんです」と磯辺さん。どういうことか尋ねると、「お客さんとの会話から地域資源を見つけたり、外から訪れた人とマッチングをしたり、カフェ以外の役割も担っているんです」という答えが返ってきた。

「SANDO」の店内。カウンターではテレワークをする若者、テーブル席ではゆったり腰掛けて談笑する年配の方など、幅広い世代が思い思いに過ごしていた(写真撮影/相馬ミナ)

「SANDO」の店内。カウンターではテレワークをする若者、テーブル席ではゆったり腰掛けて談笑する年配の方など、幅広い世代が思い思いに過ごしていた(写真撮影/相馬ミナ)

「パウンドケーキセット」(900円・税込)でひと息(写真撮影/相馬ミナ)

「パウンドケーキセット」(900円・税込)でひと息(写真撮影/相馬ミナ)

「SANDO」は、東急と大田区による街づくり勉強会の会場にもなっている。ウィズコロナや事業継承などをテーマに、ゲストを招き、参加者である若手事業者へヒントや気づきの場になればと不定期に開催。場をつくって終わりではなく、池上エリアが持続的に発展するためのサポートの在り方を模索しているそう。

「SANDO」では、フリーペーパー「HOTSANDO」を月に1回発行。情報発信だけでなく、取材を通して地域資源を発掘する役割も(写真撮影/相馬ミナ)

「SANDO」では、フリーペーパー「HOTSANDO」を月に1回発行。情報発信だけでなく、取材を通して地域資源を発掘する役割も(写真撮影/相馬ミナ)

「池上エリアリノベーションプロジェクト」開始からわずか約1年半にも関わらず、すでにリノベーション物件が3事例開業。「ここまで早く事業が動いたのは、池上が歴史ある街であることが大きいのでは」と磯辺さんは分析する。続いてはその3事例を見せてもらおう。

多才な夫婦が目指す、地域と人とが繋がる拠点「つながるwacca」

1軒目は「池上本門寺通り商店会」を進んで、「つながるwacca」へ。介護福祉士の社交ダンサー・井上隆之さんと、管理栄養士のヨガインストラクター・千尋さん夫妻が運営する多目的スタジオだ。

池上本門寺通り商店会の様子。呉服店や煎餅店など、古くからあるお店が今も元気に営業している(写真撮影/相馬ミナ)

池上本門寺通り商店会の様子。呉服店や煎餅店など、古くからあるお店が今も元気に営業している(写真撮影/相馬ミナ)

地場の不動産会社が所有するスペースを題材に、街への思いを持つ開業希望の人たちとマッチングさせる企画「KUMU KUMU」に、自分・人・地域がつながる場として井上さん夫妻が提案。大人向けはもちろん赤ちゃん と一緒にできるヨガをはじめ、食イベントや親子カフェマルシェなどが行われている。

コインランドリー横の空きスペースをリノベーションして誕生した「つながる wacca」。取材に訪れた際は「ちょこっとカフェ」の営業中(写真撮影/相馬ミナ)

コインランドリー横の空きスペースをリノベーションして誕生した「つながる wacca」。取材に訪れた際は「ちょこっとカフェ」の営業中(写真撮影/相馬ミナ)

2020年春に開業予定だったが、コロナの影響で8月に延びた。それでも「その分ゆっくりしたペースで準備を積み上げられたかな」と隆之さん。「夫がポジティブなので私も前向きになれました」と千尋さんも笑う。

とにかく笑顔が素敵なお二人で、話しているとこちらも気持ちが明るくなる。そんな井上さん夫妻の元にふらっと集まるご近所さん同士が、自然と繋がれる、そんな空気感に包まれた場だ。

娘さんを抱っこする井上隆之さんと千尋さん。「池上の“人”が好きです。人と繋がりやすいのもいいですね」と千尋さん(写真撮影/相馬ミナ)

娘さんを抱っこする井上隆之さんと千尋さん。「池上の“人”が好きです。人と繋がりやすいのもいいですね」と千尋さん(写真撮影/相馬ミナ)

池上愛が偶然マッチして生まれたシェアスペース「たくらみ荘」

続いては、池上本門寺通り商店会の一本お隣、池上本通り商店会の乾物店「綱島商店」2階に入る「たくらみ荘」。探究学習塾を軸としたシェアスペースだ。新しい学びをプロデュースするa.school(エイ スクール)が運営している。

誕生のきっかけは、先ほどご紹介した「SANDO」が発行するフリーペーパー「HOTSANDO」の別企画で「綱島商店」を取材したことから。プロジェクトについて話す中で、「綱島商店」の方が「実はうちの2階が空いているから、街のためなら」と空間を提供してくれたのだそう。

(画像提供/東急)

(画像提供/東急)

「たくらみ荘」のビフォーアフター。天井や壁を取り払って、さまざまな使い方ができる開放的な空間に(画像提供/東急)

「たくらみ荘」のビフォーアフター。天井や壁を取り払って、さまざまな使い方ができる開放的な空間に(画像提供/東急)

「SANDO」の一角で時折開講していたしていたエイスクールが、池上で本格出店を検討していたところ、条件がマッチ。ある職業になりきりってさまざまなプロジェクトに取り組む「なりきりラボ」や仕事で使われる 生きた算数を学ぶ「おしごと算数」といった街を題材にした小学生向けの授業を中心に、多世代が学ぶ機会を提供している。

池上本門寺近くを流れる呑川。散歩コースや小学校の通学路になっていて、駅から少し距離があるものの人通りは多い(写真撮影/相馬ミナ)

池上本門寺近くを流れる呑川。散歩コースや小学校の通学路になっていて、駅から少し距離があるものの人通りは多い(写真撮影/相馬ミナ)

本を媒介にした社交の場「ブックスタジオ」

最後に訪れたのは、呑川沿いの「ブックスタジオ」。池上に本屋がなかったことからつくられたシェア本屋で、本棚の一枠分をそれぞれひとつの小さな本屋と見立て、各棚店主が当番制のような形で店番も担当し運営にも関わる 仕組みだ。

池上エリアリノベーションプロジェクトでは、本を媒介にした地域の交流促進の場をつくろうと、吉祥寺にある「ブックマンション」でこのシステムを運営していた中西功さんに協力を依頼。
「ブックスタジオ」は、同時期に 立ち上げの動きがあった、「ノミガワスタジオ(ギャラリー&イベントスペース)」のコンテンツのひとつとしてオープンした。

ノミガワスタジオは、動画配信スタジオ「堤方4306」とランドスケープデザイン設計事務所「スタジオテラ」 の共同事業。堤方4306の安部啓祐さんとスタジオテラの石井秀幸さんが、「ブックマンション」の趣旨に賛同したために、マッチングに至った。

30cm×30cmの棚ひとつ一つが、店主の個性溢れる小さな本屋。運営を始めて2カ月ほど、お客さんや場に合わせて     本     を     セレクトする棚店主がいたり、棚店主同士の交流もあったりするそう(写真撮影/相馬ミナ)

30cm×30cmの棚ひとつ一つが、店主の個性溢れる小さな本屋。運営を始めて2カ月ほど、お客さんや場に合わせて 本 を セレクトする棚店主がいたり、棚店主同士の交流もあったりするそう(写真撮影/相馬ミナ)

2020年9月にオープンして、取材日時点では約2カ月が経過したところ。金・土曜日の週2回しか営業していないにも関わらず、40ある本棚の半分ほどが埋まり、すでにリピーターの姿が見受けられた。

「コロナの影響で準備期間が延びたんですけど、その間、お店の前を通る方が“ここはなんぞや”と気になっていてくれたようで」と、石井さん。客層は、お散歩されている年配の方がふらっと訪れたり、親子が中でゆっくり過ごしたりというのが多いそう。無料で気軽に利用することができるのが魅力だ。

左から、堤方4306の安部啓祐さん、スタジオテラの石井秀幸さん、野田亜木子さん。「地元の人間ではありませんが、地域の人からフラットに接してもらえますし、その緩さが住みやすさに繋がっていると思います」と石井さん(写真撮影/相馬ミナ)

左から、堤方4306の安部啓祐さん、スタジオテラの石井秀幸さん、野田亜木子さん。「地元の人間ではありませんが、地域の人からフラットに接してもらえますし、その緩さが住みやすさに繋がっていると思います」と石井さん(写真撮影/相馬ミナ)

「店番を担当している店主さんは、テーブルを使って展示や販売、ワークショップなど1DAYギャラリーとして利用していただけることもあって、本以外の表現の場となって楽しんでくれているんじゃないですかね 」(石井さん)

安部さんも「僕らは本業のデザイン、動画配信、建築設計事務所の傍「ブックスタジオ」を運営しています。100%営利目的での運営ではないことが、ここの空気感に繋がっているのかもしれません。また、長く続けられるように、自分たちもなるべく無理をしないように心がけています。合言葉は“無理をしない”です」と話す。

「ブックスタジオ」そして運営の皆さんもすっかり街に溶け込んでいて、インタビュー中も通りかかる人々から次々と声を掛けられていた。

取材日には棚店主の息子さんが子ども店長となり、好きな鉄道をテーマにした展示を開催(写真撮影/相馬ミナ)

取材日には棚店主の息子さんが子ども店長となり、好きな鉄道をテーマにした展示を開催(写真撮影/相馬ミナ)

子ども店長が制作した池上駅の変遷をまとめた本。彼の池上駅への愛に感動した磯辺さんが第1号の購入者に(写真撮影/相馬ミナ)

子ども店長が制作した池上駅の変遷をまとめた本。彼の池上駅への愛に感動した磯辺さんが第1号の購入者に(写真撮影/相馬ミナ)

「池上エリアリノベーションプロジェクト」にとても影響を受けたと話す石井さん。仕事でいろんな街の地域交流の場をつくったりしているものの、自分が住む街は平和で問題ないと思っていたというが、「住む街が楽しかったらもっといいんじゃないのと最近は思うようになりました。コロナ禍の影響と相まって、例えば街の歴史を学んだり、お店を開拓したりして”自分の街の解像度”をどう上げていくか、楽しさが長く続く方法などを同時に考えるようになって。磯辺さんたちは池上にどんな人がいるかというのを顕在化してくれていると思うんです。困ったらあの人と繋がろうかなと思えますし、この街で暮らす楽しさが増しました」

池上を案内してくださった磯辺さん。街歩きが大好きで、コロナの影響が出る前は、池上の街歩きを企画していたそう(写真撮影/相馬ミナ)

池上を案内してくださった磯辺さん。街歩きが大好きで、コロナの影響が出る前は、池上の街歩きを企画していたそう(写真撮影/相馬ミナ)

訪れた先々で感じたのは、利用者が子どもからお年寄りまで世代に偏りがなく、「池上エリアリノベーションプロジェクト」が幅広い層に受け入れられていること。ぽっとできた新しいものではなく、街の資源をパッチワークしてつくられたお店や施設なので、池上の人々に馴染んでいるのだと感じた。

そして何より重要なのは、街を想う人々の存在。紹介した「池上エリアリノベーションプロジェクト」のリノベーション事例以外にも、池上には街を愛する人々による古民家カフェなど 個性豊かな店が存在している。休日にふらりとまち歩きをしてみてはいかがだろうか。

●取材協力
・東急株式会社/大田区
・池上エリアリノベーションプロジェクト
・SANDO
・つながるwacca
・ノミガワスタジオ

縫製工場をリノベした自宅兼アトリエは、アートを楽しむ人たちで本日も大にぎわい

山形県西村山郡河北町。その街中に建つ1軒の建物は、外から見ると一戸建てだが、実は縫製工場をアトリエ付き住宅にリノベーションしたもの。1階部分のアトリエは、オーナーである佐藤潤さん(51歳)が自身の創作活動や、陶芸教室、切り絵教室などに使っている。“空き家”ならぬ“空き工場”が地域のコミュニティスペースとしてにぎわいを見せるまでを佐藤さんに聞いた。
縫製工場だった築28年の空き家のリノベーションを決断

佐藤さん夫妻が家を探し始めたのは2017年の秋ごろ。陶芸作品をつくる“焼きもの屋”の佐藤さんが、福島県から山形県に移住するために家を新築するつもりで土地を探していたところ、株式会社結設計工房(一級建築士事務所)の完成内覧会のチラシを偶然目にすることに。その雰囲気がすっかり気に入り、足を運んだ内覧会で見学した一戸建てに “こだわり”を感じた佐藤さんは、結設計工房に設計を依頼することにした。

それから、土地探しに本格的に取り組んだ佐藤さん夫妻。ところが、希望の広さや立地条件を満たそうとすると、どうしても予算内に収まらない。そんな中、結設計工房の代表である結城利彦さんから、「中古物件を購入し、リノベーションしてみては?」との提案があり、引き渡し済みの実際にリノベーションした中古戸建てを見学しに行った。

「『あれ? いいじゃない?』というのが第一印象でした。土地はたくさん見学しましたが、最終的には、築28年の中古の建物をリノベーションすることに決めました」(佐藤さん)

「一戸建て」ではなく、「建物」としたのには理由がある。それは、この建物が、住宅ではなく、ニット製品を製造する縫製工場だったから。倒産による廃業で競売にかけられた結果、不動産会社が所有。10年ほど前から”空き家”ならぬ”空き工場”となっていたのだ。

「鉄骨造なので1階部分に柱がほとんどなかったことが決め手に。『ここだったら広いアトリエがつくれるぞ!』と決断しました」(佐藤さん)

リノベーションする前(上)と、リノベーション後(下)。凍結融解により剥落していた外壁を、金属系のサイディングに変更。メルヘンチックな外観を、「和」を意識したつや消しの黒を基調とするデザインにすることで、陶芸のイメージに近づけた(写真提供/結設計工房)

リノベーションする前(上)と、リノベーション後(下)。凍結融解により剥落していた外壁を、金属系のサイディングに変更。メルヘンチックな外観を、「和」を意識したつや消しの黒を基調とするデザインにすることで、陶芸のイメージに近づけた(写真提供/結設計工房)

リノベーション前(上)とリノベーション後(下)の1階部分。鉄骨造のため、柱がなく広々とした空間を確保。天井も一般の住宅より高く、その分、さらに開放感のあるアトリエとなった(写真提供/結設計工房)

リノベーション前(上)とリノベーション後(下)の1階部分。鉄骨造のため、柱がなく広々とした空間を確保。天井も一般の住宅より高く、その分、さらに開放感のあるアトリエとなった(写真提供/結設計工房)

リノベーション後の階段部分。「元工場だった名残で、廊下が広く、階段が緩やかなのがうれしい」(佐藤さん)(写真提供/結設計工房)

リノベーション後の階段部分。「元工場だった名残で、廊下が広く、階段が緩やかなのがうれしい」(佐藤さん)(写真提供/結設計工房)

工場時代の照明や自然素材を使い、コストを抑えながら雰囲気のある空間に

リノベーションは、「使い込むほどに風合いを増すように、自然素材をなるべく多く使う」という方針のもとに行った。また、コストを抑えるために、建物の形やサッシの位置などはできるだけ変更せず、1階のアトリエ部分でも、工場で使っていた照明器具や天井の電源をそのまま活かす形で残した。

一方、アトリエを陶芸教室としても使う予定だったので、通りを歩く人に認知してもらえるように、「和」を意識したスタイリッシュな外観に一新。中の様子が少し見えるようにと、スリットのある格子戸を採用した。また、施主である佐藤さん夫妻の意見を反映しながら進められるよう、大工は1人のみ。対話を通して細部を詰めつつ、約半年間かけて、じっくりと建てた。

加えて、1階をアトリエと作業スペース、来客用の和室といったパブリックスペースとし、2階をリビングや寝室などのプライベートゾーンとして分離。2階のリビングは、通りを行き交う人の目を気にせずに、ゆっくりリラックスできるくつろぎの空間となった。

佐藤さん自身の作品も飾っているリビング。窓はLow-Eペアガラスに交換、床は無垢フローリングを採用し、あたたかみのある空間に仕上げた(撮影/筒井岳彦)

佐藤さん自身の作品も飾っているリビング。窓はLow-Eペアガラスに交換、床は無垢フローリングを採用し、あたたかみのある空間に仕上げた(撮影/筒井岳彦)

2階のパウダールーム。塗り壁や大工と建具職人がつくった特注の家具や建具など、自然素材の内装材の効果で、あたたかい雰囲気の明るい空間となっている(撮影/筒井岳彦)

2階のパウダールーム。塗り壁や大工と建具職人がつくった特注の家具や建具など、自然素材の内装材の効果で、あたたかい雰囲気の明るい空間となっている(撮影/筒井岳彦)

1階玄関から奥につながる廊下にピクチャーレールを設け、自分の作品をギャラリー風に展示(撮影/筒井岳彦)

1階玄関から奥につながる廊下にピクチャーレールを設け、自分の作品をギャラリー風に展示(撮影/筒井岳彦)

小学生から92歳まで。陶芸・切り絵の教室が地域の人が集まる憩いの場に

建物が完成したときには、内覧会を開催。地域の人に陶芸を体験してもらうイベントも行った。近所に住む内藤さんも、結設計工房に家を設計してもらった縁で、この内覧会を訪れて陶芸を体験。その後、この教室に通うことになった。

「子どもの絵画教室を探していたところ、ここで図画工作を教えてもらえることになって。子どもに習わせるつもりだったのですが、付き添っていたら、母親である私まで楽しくなって通うことになりました。絵画だけでなく、切り絵や迷路づくり、陶芸なども習っていて、干支の置物や、8連発の割り箸鉄砲などのおもちゃもつくるんですよ。佐藤さんは、子どもが興味を持ったものを察知して、『じゃ、これやってみようか』とトライさせるやり方。子どもの可能性を引き出す教え方に感謝しています」(内藤さん)

結設計工房の代表夫妻も、教室がオープンした当初から通い始めた生徒のうちの一人。1年半が経ち、今ではダンボール1箱もの作品がある。

「好きなようにやらせてくれる上に、好きなようにやったことを褒めて伸ばしてくれるんです。だから続けられるのかも。月2回のペースで通って、毎回3~4時間はここで作品をつくっています」(結城可奈子さん)

生徒の中には、20時に来て夜中の2時まで教室にいる人も。中には92歳という高齢の人もいて、子どもからお年寄りまで、実にバラエティ豊かな年齢層の人たちがここに集まっていることになる。そして、陶芸や切り絵、図画工作など、思い思いの創作に取り組んでいるのだ。

こうしたアットホームな居心地の良さには、教室のつくりも一役買っている。通りに面した部分に格子戸を採用したことが内外の絶妙な距離感を保っている上、洗練され過ぎないようにラフな感じを残した仕上げにしたことで、気を使わずに利用できる親しみのある空間になったからだ。居心地の良いアトリエだからこそ、生徒の滞在時間が長くなり、自然に世代を超えた生徒同士のコミュニケーションも生まれた。

「陶芸はコミュニケーションの手段の一つであり、こちらが押し付けるのはおかしいと思っています。むしろ、相手の願いや思いを叶えてあげるのが、コミュニケーションの本来のあり方。だからこの教室では、受講時間やテーマは特に決めずに、その都度、相手に応じたテーマを考えるんです」(佐藤さん)

陶芸に使う窯は、火をたくタイプのものだと、近隣の目が気になるが、電気窯やガス窯であれば、街中でも問題なく使える。通りに面した今の場所なら、さらに気兼ねなく陶芸ができるし、人も集まってきやすい。そういう意味でも、ここに教室を開いて良かったのだと佐藤さんはいう。

「この場にいろいろな人たちが集まってくれることで、自分の制作時間は減ってしまいますが、それでも人とのかかわりができたことは、自分の人生にとってはとても良いこと。土地を探しはじめた当初は、人里離れた地に窯を構えることを考えていたのですが、街の中のアトリエにして正解でした」(佐藤さん)

題材であるりんごを前に、絵手紙を制作。教室では、子どもも大人も一緒に制作に取り組む(撮影/筒井岳彦)

題材であるりんごを前に、絵手紙を制作。教室では、子どもも大人も一緒に制作に取り組む(撮影/筒井岳彦)

ろくろに向かうと、ついつい熱中して時間が経つのを忘れるという結城可奈子さん。制作に集中できる環境も手伝い、いつも3~4時間は教室に滞在する(撮影/筒井岳彦)

ろくろに向かうと、ついつい熱中して時間が経つのを忘れるという結城可奈子さん。制作に集中できる環境も手伝い、いつも3~4時間は教室に滞在する(撮影/筒井岳彦)

奥にあるのが窯。手前の棚には、成形された作品が、窯で焼かれるのを待っている(撮影/筒井岳彦)

奥にあるのが窯。手前の棚には、成形された作品が、窯で焼かれるのを待っている(撮影/筒井岳彦)

原則として、自身の制作(陶芸と切り絵)は、毎日行う佐藤さん。その合間に、陶芸教室や切り絵の個人レッスン、子ども向けの図画工作教室を開いている(撮影/筒井岳彦)

原則として、自身の制作(陶芸と切り絵)は、毎日行う佐藤さん。その合間に、陶芸教室や切り絵の個人レッスン、子ども向けの図画工作教室を開いている(撮影/筒井岳彦)

右のドアがプライベートゾーン用の玄関。左が、アトリエの玄関と、入口を分けている(写真提供/結設計工房)

右のドアがプライベートゾーン用の玄関。左が、アトリエの玄関と、入口を分けている(写真提供/結設計工房)

縫製工場がアトリエ付き住宅として再生され、地域の人々が集うコミュニケーションの場となったこの建物は、第36回住まいのリフォームコンクール<コンバージョン部門>で「公益財団法人住宅リフォーム・紛争処理支援センター理事長賞」に輝いた。「スーパーの横の黒い建物」として認知され、地域の若者が仲間を連れてぐい呑をつくりに来たりするというこのアトリエ。老後は、アトリエ部分をリビング・ダイニングに改装して、1階部分だけで暮らせるようにすることも考えているというから、今後もゆるやかに形と機能を変容させていく可能性を残しているということになる。まさにこの時代の「コンバージョン」のあり方を示す好例なのではないだろうか。

●参考
アトリエたる
株式会社結設計工房

「リノベ・オブ・ザ・イヤー2019」に見るリノベーション最新事情。“断熱性能”など4つのキーワード

「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」の授賞式が2019年12月12日に開催され、1年を代表するリノベーション作品が決定しました。7回目となる今回も、住宅から地域再生までさまざまなジャンルの作品が注目され、リノベーションの大きな可能性や魅力、社会的意義を感じさせてくれました。受賞作品から最新傾向を探ってみましょう。
【注目point1】性能向上リノベーションの時代が到来

今回の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2019」では、エントリー279作品からグランプリ1、部門別最優秀賞4、特別賞13、計18作品が選ばれました。顕著な傾向として一番に挙げられるのは「性能向上リノベ」。住宅性能を高めるリノベーションに大きな注目が集まりました。

グランプリをはじめ、部門別最優秀賞、特別賞(性能向上リノベーション賞)を含めると性能向上リノベは5作品が受賞しています。選考委員によると、一次審査を通過した60ノミネート作品を対象とする最終審査会では、性能向上リノベが全部門で最優秀賞を争ったほどの充実ぶりだったそうです。

2019年は、地球温暖化、プラスチックゴミ問題といった環境保護・エコ意識の高まりが世界的に顕著となった年でした。また、日本では気候変動によるとみられる災害が多発し、住まいの安全について改めて考えさせられる年でもありました。耐震性や断熱性という住宅性能を向上させることは、暮らしの快適性を高め、化石燃料の使用を削減するだけでなく、地震や猛暑等から命を守る重要なことだと認識させられます。

そうした潮流はリノベーション業界でも形となって現れています。選考委員からは、「日本のリノベーションに性能向上の時代が到来した」「性能向上リノベは以前からあったが、質と量が飛躍的に向上した」との評もあり、転換の年となったことを感じました。なかでも、注目されたプロジェクト2つを紹介します。

総合グランプリ
『鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト』株式会社大城

長年空き家だった約35平米・2DKの賃貸の集合住宅を、断熱性能が高い広いワンルームに改修(株式会社大城)

長年空き家だった約35平米・2DKの賃貸の集合住宅を、断熱性能が高い広いワンルームに改修(株式会社大城)

もともとは無断熱で夏暑く、冬はタイル張りの浴室とトイレが冷蔵庫の中のように冷え切ってしまうほど寒いという悪条件の賃貸住宅でした。増え続ける空き家問題を解決する糸口となるよう、「賃貸だから性能が劣っても仕方がない」と思われがちだった温熱環境の悪さを改善し、快適な住空間を提供することで長く住み続けてもらいたいという意図のもと計画されたプロジェクトです。

断熱改修によってHEAT20・G2グレード(冬の体感温度が概ね13℃を下回らない)という高い断熱性能を達成。400万円という低予算でも省エネ性能がここまで高められるという見本になっています。

鹿児島大学の協力で改修前後の室温と電気使用量を計測し、そのデータを専門知識がなくても分かるように入居者募集時に表示するなど、不動産市場での物件情報提供のあり方も提示。入居者がすぐ見つかったとのことで、「エコリノベ」が空室対策の有効な手段となっていることも分かります。

住宅エネルギー性能を不動産広告に表示する義務があるEUのように、日本でも今後、光熱費や性能を可視化する制度が期待されますが、それを先取りした先進的な取り組みだという点も評価されました。

地元のガス会社が物件オーナーでありながら、事業と相反する省エネを実現させている点も、年々高まっている省エネ志向の社会世相を反映していると思われます。

無差別級部門・最優秀賞
『古くなった建物に、新築以上の価値を。~戸建性能向上リノベ実証PJ』YKK AP株式会社

全国各地に建ついずれも築35~100年という、5軒の木造2階建てを高性能リノベーション(YKK AP株式会社)

全国各地に立ついずれも築36~100年という、5軒の木造2階建てを高性能リノベーション(YKK AP株式会社)

この作品も、空き家問題、居住性能の低いストック住宅問題を解決すべく立ち上げられた性能向上プロジェクトです。断熱性(HEAT20 G2グレード)、耐震性(震度6に耐え得る耐震等級3相当)を同時に実現。

窓・建材メーカーのYKK APが、全国5カ所で各地の企業とコラボ。完成した家の見学会をリノベーション企業向けに開催してノウハウを共有し、性能向上リノベの活性化に取り組むといった、全国規模の企業だからできる先駆的な試みだと感じます。

【注目point2】「再販リノベ物件」の可能性の広がり

「再販物件」とは、不動産会社やリノベーション会社が中古物件を購入し、リノベーションを施した上で販売する物件のこと。一般的には、売却しやすくするため万人受けするデザインや間取りが求められがちですが、近年、再販物件はどんどん多様化しています。

なかには、万人受けはしないものの、「こんな暮らしがしたい」という人への訴求力のあるもの、また、性能やコストに工夫のあるものなど、「中古住宅を綺麗に改修して快適な家に変えて売る」という再販物件の概念を大きく逸脱する秀作に注目しました。

1000万円未満部門・最優秀賞
『my dot.-東京の中心で風呂に住む-』株式会社リビタ

浴室をバルコニー側に、ガラス張りの洗面室をリビング兼寝室に面して配置した大胆な間取り(株式会社リビタ)

浴室をバルコニー側に、ガラス張りの洗面室をリビング兼寝室に面して配置した大胆な間取り(株式会社リビタ)

2DK・約47平米のマンションを、リラックス=バスタイムととらえ、部屋全体をお風呂空間に見立てるというコンセプトで設計。コンパクトな住戸では珍しい1616サイズの広めのユニットバスをバルコニー側に移動して、新宿の夜景を望むビューバスを実現しています。洗面室も広めにとり、ガラス引き戸で開放的に。

こうしたバスタイムに特化した物件が売れると判断した背景には、それだけ住み手のニーズが多様化・細分化していること、不動産市場が成熟してきていることが挙げられるのではないでしょうか。

特別賞・和室リノベーション賞
『SHOGUN Castle』有限会社ひまわり

何の変哲もないマンションの一室を、絢爛たる和の空間に(有限会社ひまわり)

何の変哲もないマンションの一室を、絢爛たる和の空間に(有限会社ひまわり)

6畳の和室を囲む3面の壁と天井用に、日本画家に原画の書き下ろしを依頼。原画を特殊スキャンして壁面に転写した、世界にひとつだけの空間に仕上がっています。和の美を極限的に追求し、空間の存在価値を高めていることに、遊び心と個性を感じさせます。再販物件でここまでこだわるのかと感じた作品です。

特別賞・性能向上リノベーション賞
『最小限の予算で★耐震適合★2世帯住宅』株式会社まごころ本舗

築40年超とは思えない、スタイリッシュで新しい内装(株式会社まごころ本舗)

築40年超とは思えない、スタイリッシュで新しい内装(株式会社まごころ本舗)

耐震・断熱改修に予算を多く割くため、「仕入れ、設計、施工、販売」を全て自社で行い、設備や内装材は価格比較サイトや楽天を活用して最安値を入手するなど、徹底して費用を抑えた物件です。そのため、2世帯プランへの間取り変更も合わせて1000万円以下という低コストで実現しています。

マンションに比べ、戸建て住宅はどうしても性能改善にコストがかさみます。ワンストップ販売とコスト配分の取捨選択によって改善した点で、再販物件事業の可能性を示した良い見本となっています。

【注目point3】新たな空間を生み出す秀逸アイデア

リノベーションは、「こんな暮らしがしたい」「こんな場所をつくりたい」という熱い思いを具体的な形に変えてくれる、究極のオーダーメード。時には、「こんな空間見たことない」というユニークなプランや、逆転の発想を形にした特徴ある家が目立っていました。

施主のライフスタイルによってリノベーションはどんどん多様化・細分化されているのを感じます。

500万円未満部門・最優秀賞
『我が家の遊び場、地下に根ざす』株式会社ブルースタジオ

ジメジメしてあまり活用されていなかった地下の物置を、ライブラリーとシアタースペースにチェンジ。秘密基地のようなワクワク空間です(株式会社ブルースタジオ)

ジメジメしてあまり活用されていなかった地下の物置を、ライブラリーとシアタースペースにチェンジ。秘密基地のようなワクワク空間です(株式会社ブルースタジオ)

特別賞・R1ペット共生リノベーション賞
『イヌはイエ。ヒトはケージ。』株式会社ニューユニークス

施主の食事中、元気いっぱいな愛犬と家族がストレスなく過ごせるよう、DKをケージですっぽり囲んでしまったという逆転の発想(株式会社ニューユニークス)

施主の食事中、元気いっぱいな愛犬と家族がストレスなく過ごせるよう、DKをケージですっぽり囲んでしまったという逆転の発想(株式会社ニューユニークス)

特別賞・ベストデザイン賞
『浮かぶガラスの茶室がある大阪長屋』9株式会社

築79年という長屋を再生。コンクリートをはね出してつくったガラスの茶室など、新たなしつらえが目を引きます(9株式会社)

築79年という長屋を再生。コンクリートをはね出してつくったガラスの茶室など、新たなしつらえが目を引きます(9株式会社)

【注目point4】古き良き時代を継承する

古来より、住まいは手を入れながらずっと住み継いでいくものでした。いつの間にかスクラップ&ビルドの時代となり、古民家などはどんどん建て替えられることに。しかし、国が200年住宅を推奨する現在、住まいを継承することは再び当たり前の時代となってきました。古いものが持つ味わいや温かみ。それらが再生により蘇った家は心まで温めてくれます。そうした作品も要注目です。

1000万円以上部門・最優秀賞
『5世代に渡り受け継がれる、築100年の古民家』株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

家族5世代が暮らす築100年超の古民家。子世帯の同居を機に再生。煤(すす)で真っ黒になった大黒柱や縦横にかかる大梁など、この家の魅力が輝きを取り戻しました(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

家族5世代が暮らす築100年超の古民家。子世帯の同居を機に再生。煤(すす)で真っ黒になった大黒柱や縦横にかかる大梁など、この家の魅力が輝きを取り戻しました(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)


特別賞・事業継承リノベーション賞
『郊外大家さんは農と緑でバトンタッチ』株式会社ブルースタジオ

祖父、父、息子と3世代に渡って賃貸物件の大家業を継承。劣化した建物をリノベし、地域に開かれた庭をつくり、本業の農業をベースにしたグリーンショップを開くことで見事な再生を果たしています(株式会社ブルースタジオ)

祖父、父、息子と3世代に渡って賃貸物件の大家業を継承。劣化した建物をリノベし、地域に開かれた庭をつくり、本業の農業をベースにしたグリーンショップを開くことで見事な再生を果たしています(株式会社ブルースタジオ)

特別賞・エリアリノベーション賞
『継なぐまちの記憶「アメリカヤ横丁」』(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

取り壊される予定だった昭和の趣が色濃い長屋を賃貸住宅と店舗として再生。昭和のころのような活気や人々の繋がりが取り戻されました(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

取り壊される予定だった昭和の趣が色濃い長屋を賃貸住宅と店舗として再生。昭和のころのような活気や人々の繋がりが取り戻されました(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

特別賞・地域風景デザイン賞
『二軒長屋のブロック造の家』株式会社スロウル

北海道で多く建てられた二軒長屋。今では徐々に姿を消しつつありますが、性能を高めて内装を変え、快適な家に変化させたことで、昔ながらの町の風景を留めています(株式会社スロウル)

北海道で多く建てられた二軒長屋。今では徐々に姿を消しつつありますが、性能を高めて内装を変え、快適な家に変化させたことで、昔ながらの町の風景を留めています(株式会社スロウル)

「こんな暮らしがしたい!」に特化したリノベーションが目立つように

かつてリノベーションといえば、空間全体で「優れたデザイン」「おしゃれな住空間」という物件が数多く見られました。しかし近年は、「こんな暮らしがしたい!」という気持ちに重点を置いたリノベーション事例が多くなってきたと感じます。

例えば、上で紹介した『my dot.-東京の中心で風呂に住む-』のように入浴しながら夜景が見える浴室をプランの要にしてしまった家や、『イヌはイエ。ヒトはケージ。』のように愛犬ではなく人間を囲む家、『我が家の遊び場、地下に根ざす』みたいな秘密基地をつくってしまった家と、「したい暮らし」がかなり具体的。

それは、リノベーションが施主のライフスタイルや世の中が求めているものを、より鮮明に具体化できるからなのでしょう。今年一番注目された、「性能向上リノベ」然り、リノベーションの可能性は時代とともにどんどん変化し、広がっていくものなのだと感じました。

赤絨毯に正装が決まっている受賞者のみなさん。2020年も素敵な作品を期待しています(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯に正装が決まっている受賞者のみなさん。2020年も素敵な作品を期待しています(写真提供/リノベーション協議会)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019」

インテリアカラーの伝道師が自宅マンションをリノベーション。見習いたいプロの技! あの人のお宅拝見[14]

日本の住宅では白系のビニールクロス壁が長らく主流で、欧米のようなインテリアペイントはまだ一般的ではありません。カラー・コミュニケーションデザイナーとして活躍する秋山千恵美さんは「Colorが暮らしを豊かにする」ことを唱え続ける伝道師。昨年ご自宅をリノベーションしたと聞き、住まいの色選びなど色々!?とお話を伺ってきました。連載【あの人のお宅拝見】
「月刊 HOUSING」編集⻑など長年住宅業界にかかわってきたジャーナリストのVivien藤井繁子が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。断捨離で家と共に自分らしさを“整え”、ベースのカラーをつくる

私が秋山千恵美さんと出会ったのは15年近く前。「インテリアペイントや綺麗な壁紙を楽しむ文化を日本に普及させたい」と、株式会社カラーワークスを立ち上げた千恵美さんは夢を熱く語っていました。新宿のビルの一角、小さなブースのショールームで。
今では自社ビルを持ち、30名以上の従業員を抱え、インテリアカラー業界の“ゴッド・マザー”的存在になる成長ぶり。千恵美さんのバイタリティーと努力の賜物と尊敬しつつ、同い年の女性として共感できることが多いので、今回のお宅訪問は楽しみ。

ご自宅は東京湾岸エリアの高層マンション。「今まで住んでいた住戸より眺めが良い住戸が、売りに出たので買い替えたの」と千恵美さん。同じマンションの32階へ住み替えた、築12年のリノベーションです。

リビングルームへ案内していただくと、その眺望に目を奪われました。住宅では珍しい、天井から床までのフィックス窓が一面に! 撮影当日は薄曇りの天気でしたが、東京湾が眼下に広がっています。

「海が見える、この景色が気に入って住み替えを決めました」ソファ・セットはイタリアのブランド『GERVASONI』。黄緑色のチェアは『IDÉE』で購入(写真撮影/片山貴博)

「海が見える、この景色が気に入って住み替えを決めました」ソファ・セットはイタリアのブランド『GERVASONI』。黄緑色のチェアは『IDÉE』で購入(写真撮影/片山貴博)

「今回の住み替えで、まずやったことが断捨離。それで自分の嗜好も整理できたの。好きなものに北欧モノが多いことに気付いたりとか」

「今は、壁の色でインテリアのベースが整った状態。例えば、着る洋服が決まって、それに合うアクセサリーやバッグを選ぶように、これから色を楽しむインテリアをコーディネートしていく感じ」(写真撮影/片山貴博)

「今は、壁の色でインテリアのベースが整った状態。例えば、着る洋服が決まって、それに合うアクセサリーやバッグを選ぶように、これから色を楽しむインテリアをコーディネートしていく感じ」(写真撮影/片山貴博)

実は千恵美さんの本宅は、神奈川県の海辺にある一戸建なのですが
「私は仕事にも便利なこちらのマンションが生活の拠点。時々、本宅に帰る形(笑)」
今、憧れのデュアル・ライフ。というか、河口湖に別荘もお持ちなのでトリプル・ライフ!?
「今回は自分のためだけを考えて選んだら、落ち着けるグレー系のモノトーンがベースになったの」と。

モノトーン・ベースながらプロの技が見られます。
リビングの天井梁が横に渡った構造、その天井梁に敢えて壁紙を貼っているのです。幾何学模様の壁紙を、天井梁に沿って横に渡し、連続して壁の天井から床へと縦に貼るデザイン。腰壁のように壁紙を横に貼るデザインは多いですが、縦に部屋のアクセントとして効かせる壁紙は、技あり!ですね。

天井梁に沿って貼られた壁紙。カラーワークスが扱う英国老舗ブランド『Farrow&Ball』、ペイントの色に合わせて作られる壁紙。幾何学模様の壁紙柄【Tessella(テッセラ)】は49柄ある中でも人気柄(写真撮影/片山貴博)

天井梁に沿って貼られた壁紙。カラーワークスが扱う英国老舗ブランド『Farrow&Ball』、ペイントの色に合わせて作られる壁紙。幾何学模様の壁紙柄【Tessella(テッセラ)】は49柄ある中でも人気柄(写真撮影/片山貴博)

「壁紙とペイントが同じブランドでできる『Farrow&Ball』の良さを、やっぱり自分で使って実感しました。色の合わせやすさ、濃淡の調整など壁紙色も一緒に選べます。私は同系色で濃淡を付けるのが好きなの」

『Farrow&Ball』ペイント132色の色見本。伝統的な製法と最高品質の顔料で製造する英国のペイントブランド。色見本の前後左右で選ぶと調和をとることができ、反対色を使って家具などを塗装しコントラストをつけることもできる(写真撮影/片山貴博)

『Farrow&Ball』ペイント132色の色見本。伝統的な製法と最高品質の顔料で製造する英国のペイントブランド。色見本の前後左右で選ぶと調和をとることができ、反対色を使って家具などを塗装しコントラストをつけることもできる(写真撮影/片山貴博)

今回、壁色にはグレーを主に、ホワイト系、ピンク系など5~6色が使われているとのこと。「ベースが真っ白だと空間のニュアンスが出しづらいものです」とも。

色選びをする際はいつも、少量のサンプルポットを使って何種類かを実際の部屋に塗り、朝昼夜の光でその表情を確かめて選ぶのだそう。今回施工前の壁にグレーを試し塗りした様子(写真撮影/秋山千恵美さん)

色選びをする際はいつも、少量のサンプルポットを使って何種類かを実際の部屋に塗り、朝昼夜の光でその表情を確かめて選ぶのだそう。今回施工前の壁にグレーを試し塗りした様子(写真撮影/秋山千恵美さん)

グレーの壁には、自作のカラフルな英文ポスターが映えます。「私が出版した本の1ページをレインボーカラーでポスターにしたの」。カラーにまつわる言葉が並んでいました。デジタル印刷が簡単にできる今、こういうのもアイデアですね。

コーヒーテーブルは高さと色の違うものを3種類。「必要な所に動かしやすいし、高さに合わせて使い勝手があっていいですよ」。1つは窓際のアームチェアの横に(写真撮影/片山貴博)

コーヒーテーブルは高さと色の違うものを3種類。「必要な所に動かしやすいし、高さに合わせて使い勝手があっていいですよ」。1つは窓際のアームチェアの横に(写真撮影/片山貴博)

リビングとオープンにつながるキッチンも、グレーを基調に整えられています。
「もともとあった1部屋を潰して、オープンキッチンにしたの」。カウンター付きのキッチンはオーダーメード。

ここにも壁紙のアクセントを縦使い。手前の面材と奥の面材に色の濃淡をつけているので奥行きが増しています。さすがプロの技!(写真撮影/片山貴博)

ここにも壁紙のアクセントを縦使い。手前の面材と奥の面材に色の濃淡をつけているので奥行きが増しています。さすがプロの技!(写真撮影/片山貴博)

ミーレ社(独)のビルトインオーブンやワインセラー、冷蔵庫など機器のブラックを、ペンダント照明で調和させる所も上手いカラーデザイン。高さをそろえることも、“整える“デザインのポイントと教えてくれました。

部屋ごとの個性をインテリアペイントで表現

千恵美さんがカラーの仕事を選んだ経緯を伺った。
「私は幼いころから池坊で華道を習っていて、お花が好きだったのね。フラワーアレンジの修業をしようとアメリカに行ったとき、ペイントの見本市に行き、出会ったのがペンキを使ったインテリア空間づくり。感動して、日本に広めたいと思ったの」
思ったら、即行動するのが千恵美さん。米国研修を経て、カラーワークス社を設立、米国ペイントの輸入販売とペイントの楽しさを伝える活動を始めました。

私が今回驚いたのは、モノトーンのカラーだけでなく、カーペットを敷いた床。廊下から居室全体に敷かれたグレーのカーペットは、ホテルのよう。
「実は、元の床が濃い茶色のフローリングだったのですが、それを張り替えるには手間もコストも大変なので、上からカーペットを張ることにしました」

廊下のBefore → After。フローリング床をカーペットに、カラーをブラウンからグレーに。明るく柔らかで女性らしい空間、全く印象が変わっています(写真撮影/片山貴博)

廊下のBefore → After。フローリング床をカーペットに、カラーをブラウンからグレーに。明るく柔らかで女性らしい空間、全く印象が変わっています(写真撮影/片山貴博)

「廊下の壁には、ピンクのペイントを使っています。自然光が入るリビングとは違う照明の光なのと、お風呂から出て来たときに見える壁なのでリラックスできる明るめの色を選びました」
カラーコーディネートで大切なことは、色同士の関係性に加えて“光の色”を考慮することだそう。

この廊下の突き当たりの扉、元はクローゼットとして設計されていた場所。千恵美さんは、そこを書斎にリノベーション。

扉の向こうはイエローグリーンの壁に、PCデスクとチェアがセットされた書斎(写真撮影/片山貴博)

扉の向こうはイエローグリーンの壁に、PCデスクとチェアがセットされた書斎(写真撮影/片山貴博)

以前から使っていたスチールキャビネットに天板をセットして、クローゼットが書斎に大変身。
「郵便物や書類をひとまずここに置くことで、リビングが散らからなくて助かるのよ」
窓も無いおこもり空間なので、仕事も集中できてはかどりそう。

愛用のキャビネットは英国老舗ブランド『BISLEY』。狭いながらも、お気に入りのものに囲まれたコージーな書斎(写真撮影/片山貴博)

愛用のキャビネットは英国老舗ブランド『BISLEY』。狭いながらも、お気に入りのものに囲まれたコージーな書斎(写真撮影/片山貴博)

リビング以外の空間は、目的に合わせて色使いを楽しんでいるようです。
寝室は海を感じるブルー系のインテリア。

ベッドヘッドとサイドテーブルの高さをそろえて空間を整え、ここでは水平ラインを意識したボーダーをデザインに(写真撮影/片山貴博)

ベッドヘッドとサイドテーブルの高さをそろえて空間を整え、ここでは水平ラインを意識したボーダーをデザインに(写真撮影/片山貴博)

ベッドの向かい側の壁には、友人のアーティスト・Lyさんに描いてもらったお気に入りキャラクター・LUVくんのイラストが一面に! 大人っぽい子ども部屋のような楽しいデザイン。

外の海に沿ったラインをイラストに取り込んで、景色と壁が一体に感じられるよう描かれていた(写真撮影/片山貴博)

外の海に沿ったラインをイラストに取り込んで、景色と壁が一体に感じられるよう描かれていた(写真撮影/片山貴博)

そしてこちらの部屋は、千恵美さんのワードローブ部屋。ここは正しく元気が出そうな千恵美カラーが、天井までペイントされています。

今回の住み替えで、相当な洋服やバッグを断捨離したそう。ミラー付きのスライドドアで使い勝手が良さそうなクローゼット(写真撮影/片山貴博)

今回の住み替えで、相当な洋服やバッグを断捨離したそう。ミラー付きのスライドドアで使い勝手が良さそうなクローゼット(写真撮影/片山貴博)

千恵美さんらしい色だと思ったら、何と! このペンキ色は『CHIEMI PINK』という名前だそう!

「『Farrow&Ball』英国本社が、私の誕生日に贈ってくれたの。『CHIEMIはPINKが好きでしょ』って」。確かに缶にネームが書かれています(写真撮影/片山貴博)

「『Farrow&Ball』英国本社が、私の誕生日に贈ってくれたの。『CHIEMIはPINKが好きでしょ』って」。確かに缶にネームが書かれています(写真撮影/片山貴博)

こんな風に、カラーを楽しむ暮らしを日本の住まいに広めたいのですね。
実は私の家を建てたときには、千恵美さん自らがペイントしてくれました。15年経った今も『Farrow&Ball』の壁紙とペイントを使った寝室だけは変わらず綺麗なままです。

「ペンキは失敗しても塗り変えられるから良いのよ!」と、千恵美さんに笑顔で言われると
“人生だっていくらでもやり直せるよ!”って、励まされている気分になります。

「色の力」を伝えたい。自分が好きなカラーは、自分そのもの

昨年、千恵美さんは一般社団法人 日本カラーマイスター協会を設立。「色の基本知識」や「色の力」を理解して生活に活かせるライフカラースタイリストや、色の大切さを伝えるカラーマイスターを育成中。
「ワインや料理のように、カラーも楽しむものになってほしいの。自分をより美しく自分らしく表現できるものだから」

今年の『Farrow&Ball』新作発表会では、ペイントアーティストのさとうたけしさん(右)からも「僕を育てていただいたのは千恵美さん」と。発表会のテーマカラーは“赤”(写真撮影/カラーワークス)

今年の『Farrow&Ball』新作発表会では、ペイントアーティストのさとうたけしさん(右)からも「僕を育てていただいたのは千恵美さん」と。発表会のテーマカラーは“赤”(写真撮影/カラーワークス)

何も下書きなしに、ローラーだけを使って描き出す

(上)何も下書きなしに、ローラーだけを使って描き出す  (下)ロンドンのビッグ・ベンのある街並みと『Farrow&Ball』のペンキ缶の絵があっと言う間に完成!(写真撮影/カラーワークス)

(上)何も下書きなしに、ローラーだけを使って描き出す (下)ロンドンのビッグ・ベンのある街並みと『Farrow&Ball』のペンキ缶の絵があっと言う間に完成!(写真撮影/カラーワークス)

アーティストとのコラボレーションや、ペイントする楽しみを体験してもらう子ども向けのワークショップも熱心に行っている。

「自分の色、自分らしさが分かると、人と比較する必要が無くなるでしょ。日本人は、もっと自由なカラーで自己表現して欲しい」
カラーマイスター協会を通じて、第二、第三の千恵美さんを育てているようです。

「朝、船が行ったり来たりするのをボーっと眺めてるの」海外出張も多く多忙な千恵美さんの大切なひと時(写真撮影/片山貴博)

「朝、船が行ったり来たりするのをボーっと眺めてるの」海外出張も多く多忙な千恵美さんの大切なひと時(写真撮影/片山貴博)

「ソーダ水の中を♪貨物船がとおる……」ユーミンの歌が聞こえてくるのは私たち世代だけ?(写真撮影/片山貴博)

「ソーダ水の中を♪貨物船がとおる……」ユーミンの歌が聞こえてくるのは私たち世代だけ?(写真撮影/片山貴博)

カラフルな人生を送る人たちがあふれる世の中にしようと千恵美さんは今日もエネルギッシュに活動しながら、このおうちに帰ってリラックスしていることでしょう。

秋山千恵美
カラー・コミュニケーションデザイナー、株式会社カラーワークス副社長。
1963年長野県生まれ。1998年株式会社カラーワークス設立。一般住宅から企業、店舗まで、空間の色や商品の提案・アドバイスに幅広く活躍する。2018年一般社団法人日本カラーマイスター協会を立ち上げ、代表理事に就任。色彩を研究・分析する米国カラーマーケティンググループの日本人唯一のボードメンバー。
著書に『COLOR WORKS ~色の力を伝えたい~』(LD&K BOOKS)、『色を楽しむ、色と暮ら すインテリアペイント』(主婦の友社)、『COLORFUL LIVING 美しい色と暮らす』(文化出版局)など。
COLORWORKS(株式会社カラーワークス)
一般社団法人日本カラーマイスター協会

地域に根差した劇場が誕生! 京都駅の東南部エリアが文化芸術都市に

「京都」といえば歌舞伎や能・狂言など伝統芸能のイメージが強いですよね。ところが、実は現代劇や小演劇のカルチャーも盛んなのです。

今、京都で最も注目を集めているエリアといえば、京都駅の東南部。京都市はここ一帯を「文化芸術都市」として発展させたい意向があるようです。そのようななか、先手を打つかのように一館の劇場が誕生しました。なんでも、京都では過去にない多くの機能を誇る施設なのだそう。いったい、どんな劇場なのでしょう。そっと、ドアを開けてみましょう。

さわやかな風が吹く鴨川沿いに話題の劇場が誕生

京都を代表する一級河川、鴨川。春には遊歩道に桜が咲き誇る、市民の憩いの場です。

京都を南北に貫く、京都人の心のよりどころ、鴨川(写真撮影/吉村智樹)

京都を南北に貫く、京都人の心のよりどころ、鴨川(写真撮影/吉村智樹)

涼やかな川風に吹かれながら、鴨川のほとりを歩いていると、樹々の向こうに真新しい劇場が顔を覗かせました。

鴨川の遊歩道、桜の木立の間から垣間見える話題の新劇場「THEATRE E9 KYOTO」(写真撮影/吉村智樹)

鴨川の遊歩道、桜の木立の間から垣間見える話題の新劇場「THEATRE E9 KYOTO」(写真撮影/吉村智樹)

この劇場の名は、「THEATRE E9 KYOTO(シアター・イーナイン・キョウト)」。今年(2019年)6月22日にオープンしたばかりのニューフェイス。「E9」とは、劇場が建つ街「東九条」をイーストナインと訳してつけられたもの。

エントランスはガラス張りで明るい印象。「E9」とは劇場がある東九条を意味する(写真撮影/吉村智樹)

エントランスはガラス張りで明るい印象。「E9」とは劇場がある東九条を意味する(写真撮影/吉村智樹)

開館して間もない劇場ながら、公演スケジュールは驚くほどぎっしり! おめでたい狂言「三本柱」をこけら落としに、音楽劇、独り芝居、喜劇、ミステリー、舞踊、バーレスクなどなど、上演されるジャンルは多種多彩。知的好奇心をくすぐるラインナップとなっています。

ウワサの新劇場はカフェとコワーキングスペースを兼ね備える

さらにこの劇場の大きな特徴は、カフェとコワーキングスペースを併設していること。鴨川のせせらぎを眺めながら飲食を楽しんだり、仕事をしたり。ゆったりとした極上の雰囲気。

併設された「Cafe & Restaurant Odashi」(写真撮影/吉村智樹)

併設された「Cafe & Restaurant Odashi」(写真撮影/吉村智樹)

「コワーキングスペースは朝7時から夜11時まで年中無休で使えます。劇場とコワーキングスペースが一緒になっていて、さらにカフェまで備わった場所は日本中を探しても、なかなかないです。単にお芝居を鑑賞するだけではなく、さまざまな文化が交わる空間になっています」

「THEATRE E9 KYOTO」の支配人であり、運営する一般社団法人「アーツシード京都」の理事を務める蔭山陽太さん(55)は、そう言います。蔭山さんはこれまで「ロームシアター京都」をはじめ、京都・横浜・松本で4つの劇場で支配人を務めた名マネージャーです。

「THEATRE E9 KYOTO」の支配人、蔭山陽太さん。かつて札幌で和食の料理人をやっていた異色の経歴をもつ(写真撮影/吉村智樹)

「THEATRE E9 KYOTO」の支配人、蔭山陽太さん。かつて札幌で和食の料理人をやっていた異色の経歴をもつ(写真撮影/吉村智樹)

5つもの小劇場が一気に閉館! 京都の演劇界を襲った危機

楽しさがたっぷりと詰まった新劇場。しかし……幕が上がるまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。そもそもこの劇場が誕生した理由は、ある危機的状況がきっかけでした。

「ロームシアター京都を運営していたある日、芸術監督のあごうさとしさんから、『2015~2016年の間に京都市内の小劇場が5つもクローズする』という話を聴いたんです。京都の小劇場は民間経営が多く、建物の老朽化やオーナーの高齢化などが理由で維持できなくなっていたんですね」

京都は日本でもトップ5に入ると謳われる、演劇活動が盛んな街でした。そのような京都で主要小劇場が一気に5つも閉館になるなんて、文化的喪失の大きさは計り知れません。33年続いていた、京都の中心的な小劇場『アトリエ劇研』で最後のディレクターを務めていたあごうさとしさんと、現代美術と演劇を融合させてきた作家のやなぎみわさんは、蔭山さんに『新しい劇場をつくれないか』と相談を持ち掛けます。

「小劇場の文化が廃れていたのならば、『もう現代には需要がないんだ』と諦めるしかない。けれども、消滅するどの劇場もフル稼働だったんです。観る側、舞台に立つ側、ともにニーズがあった。そんななかでの閉館とあって、本当に残念だったんです。さらに、このまま劇場がない状態が続くと、京都から劇団や表現者が離れていったり、未来の担い手が辞めてしまったりしてしまう。私も強い危機感を抱き、『ひと肌脱ぎたい』という気持ちになりました」

新たな劇場を創設する新天地として選ばれた「東九条」

京都の小劇場界が苦境にさらされる現況が忍びない。そこで蔭山さんたちは新劇場の開館を目指し、物件探しに奔走します。

ところが、これがなかなか見つからない。京都市内で最寄駅から徒歩圏内にあり、100席を設置できて、天井が高く、音や声が出しても周辺から苦情が来ない。そんな好条件に合う物件に出会えずにいました。

「どこにも物件がないので、私がそれまで個人的にお世話になっていた、リノベーションを得意とする株式会社八清の西村直己社長に相談しました。すると『東九条に、自社倉庫があります』とすすめてくださったんです」

かつては倉庫として使われていた建物(画像提供/THEATRE E9 KYOTO)

かつては倉庫として使われていた建物(画像提供/THEATRE E9 KYOTO)

「東九条」とは、京都駅の東南側と鴨川の間をはさむ地域。交通至便でありながら、住民の高齢化と人口減少によって空き家や空き地が増え、エアポケットと化していた場所です。

指し示された空き倉庫は、鴨川の沿岸に建っていました。ここは、ほかにもJRと京阪電鉄「東福寺」駅や地下鉄「九条」駅からも歩いて訪れることが可能な、願ってもない地だったのです。

「京都という名だたる観光都市の、新幹線停車駅から徒歩圏内。世界的に見ても劇場の立地としては超一等です。『ここしかない』、そう思いました。ただ……」

ただ? そう、さっそく資金の問題が立ちはだかったのです。

クラウドファンディングで申請資金の調達に成功。もう後へは引けない!

「倉庫を劇場にリノベーションするためには、建築審査会に申請書を提出して特例許可を得なければなりません。そして最も頭が痛いのが、申請をするだけでも、約1200万円がかかること。耐震や防音など専門家に依頼して調査をしないといけませんから」

申請のみで、およそ1200万円が飛んでいく。潤沢な資金は、もちろんありません。そこで蔭山さんたちは、クラウドファンディングを呼びかけます。設定は「オール・オア・ナッシング」。期限は3カ月。手数料を含めた目標額1400万円に達することができなければ、劇場を建てる計画そのものをあきらめることも考えました。

すると……。

「オープンできた今だからお話しますが、正直に言って『お金は集まらないだろう』と踏んでいました。新しい劇場の誕生を望んでいる人が、果たしてどれほどいるのだろうか……って。ところが、予想をはるかに超えた約1900万円を超える金額が集まったんです。とてもうれしかったし、驚きました。『劇場が生みだす文化を応援したいと考えてくださっている人が、こんなにたくさんいたんだ!』と。そして、『もう後には引けない』と、決意を新たにしました」

初期費用1200万円を集める段階で「劇場の建設は無理ではないか」と、あきらめかけていたという(写真撮影/吉村智樹)

初期費用1200万円を集める段階で「劇場の建設は無理ではないか」と、あきらめかけていたという(写真撮影/吉村智樹)

うれしい出来事は、ほかにもありました。同時期に鴨川周辺でカフェとコワーキングスペースを営みたいと考えていた株式会社ラ・ヒマワリと巡りあい、一棟を共同でつくりあげる運びとなったのです。

地元企業の支援や、演劇を愛する人々の熱い想いに支えられた

こうして申請に充てられる資金の調達をクラウドファンディングで成しえた蔭山さんたち。ところが、喜びも束の間、工事費は当初予想額の3倍、およそ2億円にまで膨れ上がりました。蔭山さんは資金繰りに明け暮れる日々を送ります。

さらに検査する箇所は日ごとに増え、検査されるたびに修正が求められ、開館を発表したあとでもまだ工事が進まない状況。このような逆境に陥るたびに、劇場の未来に可能性を感じた地元企業の支援や、演劇や表現を愛する人々の情熱によって支えられてきたのです。

壁には支援してくれた人たちの名が刻み込まれている(写真撮影/吉村智樹)

壁には支援してくれた人たちの名が刻み込まれている(写真撮影/吉村智樹)

開館までに、蔭山さんにはもうひとつ、やらねばならない重要な仕事がありました。それは「地域住民から理解を得ること」。産声をあげる劇場は、新天地である東九条の街に根差さなければ意味がないと考えた蔭山さんは、できるかぎり住民たちとの交流を深める努力をしました。

「東九条にお住まいの皆さまに、劇場を続ける意義をご理解いただくために、地域のお祭には積極的に参加し、アーティストを呼んでワークショップも開催しました。そのおかげか、2度開催した公聴会では、劇場を開くことに反対する方はひとりもおられなかったんです」

多様な表現を可能にする「ブラックボックス」

そうして、遂に幕を開けた「THEATRE E9 KYOTO」は、さまざまな表現に対応できるブラックボックス(四方八方が真っ暗なスペース)と呼ばれる劇場形式。これまで幾度も劇場の開館に立ち会ってきた蔭山さんですが、ゼロから3年、苦労の末に完成までたどり着き、理想の空間が目の前に開けたときは感慨もひとしおだったとか。

京都から消え去ろうとしていた「ブラックボックス」タイプの劇場を蘇らせた(画像提供/THEATRE E9 KYOTO)

京都から消え去ろうとしていた「ブラックボックス」タイプの劇場を蘇らせた(画像提供/THEATRE E9 KYOTO)

客席には一見、普通のスタッキングチェアが設置されていますが、この椅子こそ、蔭山さんのこだわりでした。

「クッション性と反発性のバランスがちょうどよく、長く座っていても疲れない椅子を吟味しました。椅子の状態がよくないと、どんなにいいお芝居やパフォーマンスも、集中して鑑賞することができません。劇場や映画館、スタジアムの椅子を専門につくっている会社の協力を得て、小劇場向けに特別に研究開発された椅子を導入することができました。みなさんに長く親しんでいただけるかと思います」

「これからは団塊の世代が演劇を楽しむ時代。椅子の品質にはこだわり抜いた」という蔭山さん(写真撮影/吉村智樹)

「これからは団塊の世代が演劇を楽しむ時代。椅子の品質にはこだわり抜いた」という蔭山さん(写真撮影/吉村智樹)

アートのパワーで大きな変貌を遂げる「京都駅東南部エリア」

「THEATRE E9 KYOTO」が注目される理由は、劇場の多様な機能、だけではありません。特筆すべきは劇場の立地。今後京都のトレンドを大きく左右する場所にあるのです。

2017年3月、京都市は「京都駅東南部エリア活性化方針」と題し、京都駅から鴨川をはさむ東南方面へかけての地域を「アートによって活性化させる」方針を打ちだしました。2023年度には近隣の駅東部へ京都市立芸術大学や京都市立銅駝美術工芸高等学校の移転が予定されるなど、今後は文化芸術に関連する多くの資源が集積してゆくエリアなのです。

京都駅から徒歩圏内の東九条に建てられた「THEATRE E9 KYOTO」は、アートによって変わってゆく街の、まさに先鞭をつける存在となりました。

「地域の人たちに育てられて、新しい人や新しい作品が生まれてくる。この劇場から、国内外で活躍するアーティストが生まれるかもしれないし、そうなってほしい。それが私たちの願いです」

目標は「100年続く劇場」。世界にその名を轟かせる劇場都市へ

蔭山さんたちが高く掲げる目標は「100年続く劇場」。東九条が国内だけでなく世界の文化都市とつながる「劇場がある街」になるための、その一歩を踏み出したのです。

「地域に根差し、地域に認められ、地域に必要とされる劇場でありたいですね。劇場を訪れた方が、この街でお茶をしたり、食事をしたり、買い物をしたりして楽しむ。そして街が活性化する。地域に貢献できる劇場でありたい、そんなふうに考えています」

悠久の時を刻み、流れ続ける鴨川。そのほとりに誕生した新劇場もまた、100年後も人々の心にあり続けるのでしょうね。そのような想像がひろがり、胸が熱くなった一日でした。

「街の人々に愛され、100年続く劇場にしたい」。蔭山さんはそう熱く語る(写真撮影/吉村智樹)

「街の人々に愛され、100年続く劇場にしたい」。蔭山さんはそう熱く語る(写真撮影/吉村智樹)

●取材協力
THEATRE E9 KYOTO/一般社団法人「アーツシード京都」

JR東日本の社宅と寮をリノベーション。“まちのホーム”「リエットガーデン三鷹」

日本では木造であっても、コンクリート造であっても、築30年~40年で建物が取り壊され、建て替えられることが少なくありません。そんななかで、リノベやコンバージョン(用途変更)などで、建物を活かしつつ、再活用する動きが年々、増えてきています。そんなケースのひとつ「リエットガーデン三鷹」をご紹介しましょう。
ファミリー向け賃貸住宅、シェア畑、シェア型賃貸住宅からなる複合施設

「リエットガーデン三鷹」があるのは、東京を背骨のようにまっすぐ走る中央線の「三鷹駅」と「武蔵境駅」から徒歩圏内の住宅街です。目の前にJR東日本の三鷹車両センターがある敷地で、もともとはJR東日本の独身寮と社宅として使われていました。それらの建物と敷地をリノベーションしてできたのが「リエットガーデン三鷹」です。

「リエットガーデン三鷹」のすぐ目の前にあるJR東日本の三鷹車両センター(写真撮影/嘉屋恭子)

「リエットガーデン三鷹」のすぐ目の前にあるJR東日本の三鷹車両センター(写真撮影/嘉屋恭子)

今年3月にファミリー向け賃貸住宅の「アールリエット三鷹」が、7月にシェア型賃貸住宅の「シェアプレイス三鷹」、サポート付きの貸し農園「シェア畑」が完成、過日、内覧会が行われました。

「リエットガーデン三鷹」の一番の特徴は、7200平米の広々とした敷地に2つの建物が建っている点です。駐輪場やバイク置き場など充実した共用施設のほかに、「森の広場」や「食の広場」などがあり、住民が自由に使えるようになっています。ファミリー向け賃貸住宅の「アールリエット三鷹」では、こうした敷地の「ゆとり」を魅力にあげる人が多く満室となっております。

「現在、住宅を開発しようとしたら、ここまでゆとりのある設計ではできないと思います。建物は1981年築ですが、リノベーションしてあって古さを感じさせません。視界に緑がたくさん入り、のびのび過ごしたいというカップル・ファミリーに大変好評で、現在満室稼働中です(取材時点)」と教えてくれたのは、ジェイアール東日本都市開発のオフィス住宅事業部・大竹涼土氏さん。

土地売却ではなくなぜリノベ? その狙いは?

通常、社宅や寮を活用する場合、一度更地にして、敷地面積を最大限活かした賃貸または新築マンションになるのが一般的です。では、なぜ今回はリノベーションという手法だったのでしょうか。

リノベーション前の建物。味わいはあるものの、経年を感じさせるつくり(写真提供/リビタ)

リノベーション前の建物。味わいはあるものの、経年を感じさせるつくり(写真提供/リビタ)

前出の大竹涼土氏によると、「弊社では沿線活性化を目的として、賃貸物件を2026年までに3000戸まで増やしたいと考えています。今回は、敷地や周辺地域との調和を考え、リノベーションだけでなく、独身寮も100戸超のシェアハウスとして活用するのがもっとも最適だと考え、シェアハウスの企画、運営に実績のあるリビタさんと協力し、開発することとなりました」と背景を教えてくれました。

また、企画・デザイン監修を担当したリビタの資産活用事業本部地域連携事業部事業企画第一グループ鈴木佑平さんは、「改修前に敷地を見学したときは草木がうっそうとしていましたが、武蔵野の自然と既存の建物の風合いを活かして、多様な人が多様な過ごし方のできる“まちのホーム”にしていきたいなと思いました」といいます。

かつて独身寮だった建物は1975年築、家族向けの社宅だった建物は1981年築なので、耐震診断および必要な補強をし、建物が持つ独特の味わいを活かしたプランニングを考え、複合施設として蘇ったというわけです。

今回、完成したシェアプレイス三鷹は、112部屋あり、家賃6万4000円~7万5000円(別途共益費1万5000円/水道光熱費・ネット利用料込み)で利用できます。居室の広さは13.5平米ほどで、トイレやシャワーといった水まわり設備は共有のスペースに集約されております。

シェアプレイス三鷹の居室の例。床のフローリングやサッシは既存のものを活用したが、古さを感じさせない(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹の居室の例。床のフローリングやサッシは既存のものを活用したが、古さを感じさせない(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹のキッチンとダイニング。調理器具や家電も充実しているほか、カウンター席を設けるなど、“食”をきっかけに住民の交流が生まれる工夫がされている(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹のキッチンとダイニング。調理器具や家電も充実しているほか、カウンター席を設けるなど、“食”をきっかけに住民の交流が生まれる工夫がされている(写真撮影/嘉屋恭子)

1階には広いシェアラウンジがあり、キッチン、ダイニング、ライブラリー、リラックススペースがあります。その他にもシアタールーム、パントリー、トランクルーム、サイクルガレージなど、充実した施設が魅力です。キッチンには食器や調理道具・家電などもそろっています。また、コイン式のランドリーもあるので洗濯機を用意する必要もなく、見学した人の反響も上々だそう。

リラックススペース(写真撮影/嘉屋恭子)

リラックススペース(写真撮影/嘉屋恭子)

ライブラリースペース。勉強をしたりくつろいだりと、思い思いの過ごし方ができる(写真提供/リビタ)

ライブラリースペース。勉強をしたりくつろいだりと、思い思いの過ごし方ができる(写真提供/リビタ)

シェア畑や広場があることで、地域住民にもひらかれた空間に

「リエットガーデン三鷹」のもう一つの狙いが地域交流です。

「以前は企業の社宅・寮ということもあり、地域に対して閉じられた場所でしたが、今回はシェア畑や食の広場、森の広場を設け、地域に開かれた場所といたしました。」とリビタの鈴木さん。
(株)アグリメディアが運営するサポート付き農園の貸出は現在、3割ほど。今後、シェアプレイスの住民が増え、認知が広がることで、じょじょに利用者も増えていくことでしょう。

敷地の中央にあるサポート付き農園(写真提供/リビタ)

敷地の中央にあるサポート付き農園(写真提供/リビタ)

土をいじることでリエットガーデン三鷹だけでなく、周辺住民との交流が生まれるはず(写真提供/リビタ)

土をいじることでリエットガーデン三鷹だけでなく、周辺住民との交流が生まれるはず(写真提供/リビタ)

また、畑をのぞむようなかたちで「食の広場」があり、緑を眺めながら食事をしたり、おしゃべりをすることができます。こうした共有場所があれば、シェア型賃貸住宅・ファミリー向け賃貸住宅と、普段は別々の棟で暮らしていても、住民同士の自然な交流が生まれ、心地よく過ごせるに違いありません。

シェアプレイス三鷹のダイニングスペースの窓越しに広がる「食の広場」。晴れた日にはキッチンで調理した料理を屋外でも楽しむことができる(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアプレイス三鷹のダイニングスペースの窓越しに広がる「食の広場」。晴れた日にはキッチンで調理した料理を屋外でも楽しむことができる(写真撮影/嘉屋恭子)

鈴木さんは「リエットガーデン三鷹を多様なアクティビティの受け皿にしたいですね。広場でマルシェやアコースティックライブ、ヨガなどもできますし、住民や地域の方々とともに、新たな文化・新たな価値を生み出していきたいです」と話します。

既存建物を有効活用して時代に合うカタチとしてリ・デザインし、新しく住む人と今まで地域で暮らしていた人がゆるく、自然に交流できるように工夫する。今後、これまで以上に建物のストックが増えていくなか、これからのまちづくりはこうした「リノベ型」「シェア型」「地域交流」が主流になっていくことでしょう。

●取材協力
リエットガーデン三鷹
シェアプレイス三鷹

リノベーション住宅、55.9%が部屋数を「減らしていた」

SUVACO(株)(東京都港区)はこのたび、「フルリノベ―ション事例」の傾向をまとめ、その結果を発表した。

調査対象期間は2017年12月31日~2019年5月29日。同社が運営する住まいのプロとのマッチングプラットフォームに登録している住宅事例のうち、リノベーション前後の部屋数が明らかになっている658事例を抽出した。

それによると、フルリノベーションを行った家のうち55.9%が部屋数を減らしていたことが分かった。「増減なし」は26.4%、「増やした」は5.8%。家を細かく区切るよりも、部屋数を減らして開放的な空間をうまく活用するほうが人気のようだ。

居住者タイプ別で見ると、単身者の73.4%、夫婦・カップルの72.3%が「部屋数を減らしている」。家族(子供1人)では61.9%、家族(子供2人以上)では36.5%であることから、居住人数が少ない家ほど空間を広く使う傾向にあることが分かる。

ニュース情報元:SUVACO(株)

豊島区も期待の「コマワリキッチン」とは? めざすは食のスター誕生と商店街活性化!

時間単位でプロ仕様のキッチンが利用できる「シェアキッチン」が、2019年1月、豊島区に誕生しました。その名も「コマワリキッチン」。では、何ができ、どんな場所になのでしょうか。どんな人が利用するのか、また将来像についても聞いてみました。
自分のお店のような感覚で利用できる、「シェアキッチン」

近年、時間単位でオフィスとして利用できるシェアオフィスやコワーキングスペースは増えていますが、シェアキッチンは、文字通りその「キッチン版」で、時間単位でプロ仕様の厨房が利用できる施設です。

飲食店は店を構えようと思ったときに、資金面や許認可のハードルが高く、よほど本気でないと難しいもの。それがこの「コマワリキッチン」であれば、食品衛生責任者の資格さえとれば(1日の講習だけで取得ができる)時間単位で利用でき、「まずはどれだけ一般のお客様相手に通用するのか、腕試しができる」というわけです。ほかにも「パンづくりが好きで販売したい」「焼き菓子を通販で売りたい」「料理教室をしてみたい」というチャレンジの場として利用を見込んでいます。

取材で訪れたのは2月上旬、オープンから半月あまりでしたが、当日はコーヒーショップ「名前はまだない珈琲店」が営業していました。珈琲の焙煎を学んだ女性がレンタルできるキッチンを探していたところ、条件がぴったりの「コマワリキッチン」見つけ、すぐに利用を申し込んだとか。

名前はまだない珈琲店。都内でシェアキッチンを探していたときに、見つけて「ココだ!」と申し込み。トントン拍子に出店が決まった(写真撮影/嘉屋恭子)

名前はまだない珈琲店。都内でシェアキッチンを探していたときに、見つけて「ココだ!」と申し込み。トントン拍子に出店が決まった(写真撮影/嘉屋恭子)

ショップカード、コーヒーのパッケージなど、あちこちに猫の姿(写真撮影/嘉屋恭子)

ショップカード、コーヒーのパッケージなど、あちこちに猫の姿(写真撮影/嘉屋恭子)

コーヒーにあうマフィンも販売している。本格仕様のキッチンで、許認可を得ていて、安心して利用できるのがよいそう(写真撮影/嘉屋恭子)

コーヒーにあうマフィンも販売している。本格仕様のキッチンで、許認可を得ていて、安心して利用できるのがよいそう(写真撮影/嘉屋恭子)

「ここは本格的な調理機器を備え、菓子製造業と飲食店営業許可が取得済みなので、安心して利用できます。お客さまも増えてきて、手ごたえも上々です」と語ります。

住民の関心度合いも高く、取材中もさまざまな方から次々と「今度、ここを使ってみたいんだけど、モノの保管はどうすればいいの?」「今までどんなお店が出店したの?」とかなり本気の質問が投げかけられていました。「キッチンが借りられるのであればチャレンジしたい!」という潜在ニーズはかなりあるようです。

豊島区の公民連携事業に選定。でもなぜシェアキッチンなの?

今回、「コマワリキッチン」は築40年超のビル1階にあった空き店舗を、これまで空き家再生などを手がけてきた会社「ジェクトワン」がリノベーションおよび運営をしています。また、豊島区が公民連携事業として改修と運営費の一部を補助。では、なぜ「シェアキッチン」という業態が選ばれたのでしょうか。

豊島区役所の生活産業課の担当者は、
「豊島区は『としまビジネスサポートセンター』で起業や創業のお手伝いをしています。今回の『コマワリキッチン』でも連携して、新しいチャレンジを応援したいというのが選定理由です。また、商店街では高齢者の代替わりが課題になっています。将来的には『コマワリキッチン』でデビューをした人が、店舗を構えてくれたら、商店街の活性化にもつながると期待しています」と展望を語ります。

ジェクトワンの地域コミュニティ事業部チーフの布川朋美さんも「シェアキッチン」を提案した背景として、以下のように話します。

「この場所は、以前は中華料理店でした。空き店舗を再生するにあたり、近隣住民にヒアリングを行い、“夜、気軽に飲める場所がほしい”“コーヒー・お茶や軽食ができる場所がほしい”など、飲食に関する需要が高いことが分かりました。そこで、地域貢献、創業支援として当社の知見のあった“シェアキッチン”を提案したんです」

つまり、単なる一店舗の再生というより、「新しい才能を発掘する場所」「人が集い、にぎわいを生み出すコミュニティ拠点」としての狙いが強いようです。また、利用者としては、子育て中で現在、働いていない女性を考えていましたが、想像以上に幅広い世代からの問い合わせがあるよう。

厨房設備はガス、オーブン、水道それぞれ2台いれているので、2組の同時利用可能。テーマにそって料理対決する「料理の鉄人」ごっこもできる!?(写真撮影/嘉屋恭子)

厨房設備はガス、オーブン、水道それぞれ2台いれているので、2組の同時利用可能。テーマにそって料理対決する「料理の鉄人」ごっこもできる!?(写真撮影/嘉屋恭子)

「年齢性別問わず、お問い合わせをいただきます。もちこみパーティーや町内会の集い、ママ・パパ、サークルの利用など、使い方はまだまだ未知数です」(布川さん)

さらに、今年3月からは講師を招いて、創業支援の教室も開催予定。参加者は、何かをはじめてみたい人、意欲にあふれる人が集う場所でもあります。参加者同士、顔を合わせることでよい刺激が生まれるのも「シェアキッチン」ならではのよさといえるでしょう。

めざせ新しい食のスター! トキワ荘の復元とのコラボも期待大!

ちなみに、コマワリキッチンができた場所は、若き日の手塚治虫や藤子不二雄などが暮らした「トキワ荘」があった場所のすぐそば。マンガの才能が集った「元祖・シェアオフィス」のあった場所に「シェアキッチン」ができるのも、不思議な縁です。

トキワ荘の建物そのものはなくなっているが、跡地には石碑とモニュメントが立つ。来年にはミュージアムも完成予定で、新たな東京の名所になりそう(写真撮影/嘉屋恭子)

トキワ荘の建物そのものはなくなっているが、跡地には石碑とモニュメントが立つ。来年にはミュージアムも完成予定で、新たな東京の名所になりそう(写真撮影/嘉屋恭子)

「南長崎花咲公園にミュージアムができれば、観光客だけでなく、人の流れができるようになります。現在、南長崎には飲食店も少なく、またお土産品などはありませんが、このコマワリキッチンで、新しいお土産や名物、新しい何かができたらいいなと願っています。単なる消費の場だけでなく、何か行動を起こす、交流がおきる、そんなポテンシャルの高い場所と見込んでいます」(布川さん)

確かに、せっかく訪れたのであれば「何かお土産を買って帰りたい」というのが人情というもの。場所とのコラボでうまれるお土産には、期待したいところです。

「コマワリキッチン」は日替わりで店舗が営業しているため、「今日は何のお店?」と聞きにくる住民の人も多く、早くも地元に根付いているようすが分かりました。

また取材時に質問していた人の多くは「こんな場所があるなら、チャレンジしてみようかな」ととても意欲的なのが印象に残っています。食は万国共通の楽しみでもあります。トキワ荘でマンガのスターが誕生したように、「コマワリキッチン」で生まれた新しい食のスターが世界で活躍する--そんな日が来るのかもしれません。

●取材協力
コマワリキッチン
運営会社:株式会社ジェクトワン

空き家問題や環境問題の糸口に。古材が注目される理由

古い木材を使ったりエイジング加工が施されたりした木材を使ったリノベーションやインテリア・家具が人気になるなど、古材や古木(※)という素材に注目が集まっている。単純にかっこいいというのはもちろん理由のひとつだが、それらは空き家問題や環境問題などさまざまな社会問題の解決の糸口にもなっているのだという。住む人にも、集う人にも、環境にもやさしい古木という素材の魅力について、2人の古材・古木のプロフェッショナルである、山翠舎の山上浩明氏とリクレイムドワークスの岩西剛氏に話を聞いた。その魅力はもちろん、過去から未来へとつながる古木の可能性に満ちた対談となった。山翠舎の東京支社ショールームにて。(左)山翠舎 代表取締役社長・山上浩明氏。創業80年以上という老舗の木工所(建具屋)で、現在では古木を使った店舗デザイン・設計・施工や古民家の移築・再生事業までを手掛ける。 (右)リクレイムドワークス ディレクター・岩西剛氏。アメリカ西海岸から輸入した古木を使った家具の販売や住宅リフォーム、店舗・オフィスのプランニングを行う(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山翠舎の東京支社ショールームにて。(左)山翠舎 代表取締役社長・山上浩明氏。創業80年以上という老舗の木工所(建具屋)で、現在では古木を使った店舗デザイン・設計・施工や古民家の移築・再生事業までを手掛ける。 (右)リクレイムドワークス ディレクター・岩西剛氏。アメリカ西海岸から輸入した古木を使った家具の販売や住宅リフォーム、店舗・オフィスのプランニングを行う(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

歴史やストーリーが密に詰まった「古木」 長野県大町市にある山翠舎の倉庫兼工場。800坪/7階建相当の巨大な倉庫内には3500本もの古木が。写真で古民家40軒分なのだとか(画像提供/山翠舎)

長野県大町市にある山翠舎の倉庫兼工場。800坪/7階建相当の巨大な倉庫内には3500本もの古木が。写真で古民家40軒分なのだとか(画像提供/山翠舎)

岩西剛(以下、岩西):「古木(こぼく)・古材(こざい)・古材(ふるざい)、どう呼べばいいんですか?」ってよく聞かれるんですよね。

山上浩明(以下、山上):今度から「古木(こぼく)」って言いませんか? 「古材」だと、鉄など木以外のいろいろな材料も含まれてしまいますよね。古いものを敬遠する人もいるけれど、例えば「法隆寺にあった木」とか「善光寺のご神木の一部」とかいうストーリーがあるとありがたい感覚になる。そういうストーリー性のあるものを、私は「古木」と定義したいんです。

山翠舎の施工事例

山翠舎の施工事例

岩西:「古木」という言葉は、まさしく僕が感じていた違和感を正しく言い当ててくれています。アメリカでは「リクレイムド(reclaimed:再生利用する)」という資源に対して使う言葉があるので、古木に「リサイクル(recycle)」という言葉は使わないんです。そこにはリスペクトがあるんですよね。だから山上さんが「古木(こぼく)」という言葉のもつ意味にこだわっているのが素晴らしいと思うんです。アメリカには「リサイクル・ウッド」と「リクレイムド・ウッド」は違うというカテゴリがあるのに、日本はいまだに「廃材」「古材」。そこによってかかる手間やコストも全然違うのに、「古材」という言葉で一緒くたにされてお客様が分からなくなっている状態がある。

岩西さんがアメリカ・ポートランドに行った際に訪問した古材屋・Salvage Worksのオフィス(写真提供/リクレイムドワークス)

岩西さんがアメリカ・ポートランドに行った際に訪問した古材屋・Salvage Worksのオフィス(写真提供/リクレイムドワークス)

リクレイムドワークスでは、主にアメリカ西海岸から古木を輸入し、家具を制作している(写真提供/リクレイムドワークス)

リクレイムドワークスでは、主にアメリカ西海岸から古木を輸入し、家具を制作している(写真提供/リクレイムドワークス)

岩西:古材には歴史があって、それが木にインストールされているはずなのに、そこを蹴飛ばして全部「古材」と言ってしまっている。ただ、それはこちら側がちゃんとプレゼンしていないのがいけないんですよね。

山上:そうですね。山翠舎では古木を使った店舗づくりをしているんですけど、オーダーする人が「古木」か「古材」かにこだわっていることって少ないんですよね。古木は高価なものですし、予算の関係という現実もあるかもしれませんが、私たちの発信力も足りないという現実もあるんだと思います。

古木が生み出す、人のつながり

岩西:リクレイムドワークスのお客様はアメリカ好き、特に西海岸のテイストが好きな人が多いんです。その雰囲気を醸し出すには、現地の木が必要になってくるんです。古民家もそうだと思うんですけど、やはり木がもっているパワーってすごいんですよね。西海岸のスタイルを使いたかったら西海岸の木を使うのがいいし、日本のスタイルだったら日本の古木を使ったほうがいい。デザインだけでは醸し出すことができないんです。木の力によって雰囲気が大きく変わってくるんですよ。

リクレイムドワークスの家具を愛用しているTさん宅。「古木を使用した家具は独特な落ち着きがあり、見る角度や光の当たり具合でさまざまに表情が変わりとても素敵だなと感じました。家具が来てから、家の中が暖かく落ち着いた雰囲気になり、心地よい空間になりました」(Tさん)(画像提供/リクレイムドワークス)

リクレイムドワークスの家具を愛用しているTさん宅。「古木を使用した家具は独特な落ち着きがあり、見る角度や光の当たり具合でさまざまに表情が変わりとても素敵だなと感じました。家具が来てから、家の中が暖かく落ち着いた雰囲気になり、心地よい空間になりました」(Tさん)(画像提供/リクレイムドワークス)

山上:古木のパワーを極力活かすために、私たちは施工時には鉄の釘は使わず、古民家の梁や柱が年月を経て変化した形をもそのまま活かして手作業で組み立てます。
私は、古い木が人を呼ぶものになってほしいと思っているんです。例えば、あるお店でスタッフが来店されたお客様に「机の木は近くの小学校の廊下で使われていたものを利用しているんですよ」と言ったとする。もしかしたら、お客様はその小学校出身の人かもしれないですよね。すると、お客様との距離が縮まるじゃないですか。そういうストーリー性のあるものが建材に内包されていると、人が集まる可能性があるというときめきがある。

廃墟と化していたビルを古木を使ってリノベーションしたら、全室埋まるほどの反響を呼んだとか。写真は古木を贅沢に使用したレストラン(写真提供/山翠舎)

廃墟と化していたビルを古木を使ってリノベーションしたら、全室埋まるほどの反響を呼んだとか。写真は古木を贅沢に使用したレストラン(写真提供/山翠舎)

このようなケースもありました。
長野県で蕎麦屋「とみくら食堂」を経営していたおばあさまが、店舗でもあり、自身も住んでいた築89年の古民家に住む人がいなくなってしまったので、解体することにしたんです。ただ、先祖から引き継いできた大切な家なので、何とかしてもらえないかと相談を受けて。そこで弊社で熱海にある「竹林庵みずの」という旅館を引き合わせて、旅館側が解体費用込みでこの古民家の材を購入してくれて、移築したんです。移築後、息子さんがその旅館に行ったときに、柱に自分が子どものころの成長を刻んだ背比べの跡を見つけてすごく喜んでいて。経済的なうれしさだけではなく、精神的なうれしさもあるんだなあと、改めて感じた事例でした。これは空き家問題の新しい解決方法だと思うんです。

ただ単純にエイジングされていてかっこいいというだけではではなく、古木にはそのような意味合いがあるということをしっかりと伝えていきたいですね。

長野県飯山市の富倉集落に建っていた蕎麦屋「とみくら食堂」(写真提供/山翠舎)

長野県飯山市の富倉集落に建っていた蕎麦屋「とみくら食堂」(写真提供/山翠舎)

「竹林庵みずの」館内(写真提供/山翠舎)

「竹林庵みずの」館内(写真提供/山翠舎)

移築された蕎麦屋「とみくら食堂」で、幼き息子さんが背比べをした跡も旅館に残っている(写真提供/山翠舎)

移築された蕎麦屋「とみくら食堂」で、幼き息子さんが背比べをした跡も旅館に残っている(写真提供/山翠舎)

「古木」は、社会問題の解決の糸口になる

山上:現在、日本に空き家は約820万戸あるとされていて、その中で約21万戸が古民家。2033年までに2100万戸くらいまでに空き家が増えるという計算でいくと、古民家も54万戸くらいまで増えると言われています。私が古木を扱おうと思ったとき、使われていない古民家はたくさんあるので、単純に古民家で使われていない材をそのまま利用するのが一番いい気がしたんですよね。
木を伐採しないので環境にやさしいし、古民家をレスキューするという空き家問題の解決にもなる。次に事業者も利益が出る。そして、利用者も心地よく過ごすことができる。古木は、全方位的に社会問題や環境問題を解決する素材だと思うんです。

山翠舎の倉庫内にある古木には、解体した家があった場所などのラベルがつけられている(写真提供/山翠舎)

山翠舎の倉庫内にある古木には、解体した家があった場所などのラベルがつけられている(写真提供/山翠舎)

岩西:アメリカでは、よくセレブリティが古木を使うんですよね。例えば、ミュージシャンのジャック・ジョンソンの事務所でダグラス・ファー(ベイマツ)の古木を使っています。エコな商材はアメリカでは「グリーンマテリアル」と呼ばれていて、環境問題に自分が加担しているというのがひとつのステータスになる。FacebookやPatagoniaなどの企業も古木を使っているのはそこには理念があるから。ある世界的なアメリカの企業では、使っている古木すべてに、古木メーカーの名前が入るんですよ。

山上:なんと……!
岩西:木は人間と同じ生命というところで伝わってくるものがあるんですよね。以前、ある企業のミーティングルームに木や人工素材などさまざまな素材の天板を使ったテーブルをたくさん納めたんです。そして1年ぶりに行ってみたら、自然に古木のテーブルに人が集まっていたんですよ。色などほかの要因もあるかもしれませんが、古木には人が惹きつけられるというひとつの説得材料になりますよね。

山上:日本でも古木をグリーンマテリアルにしたいですよね。ただ、いまの日本は、海外のセレブリティのように環境問題に関心があることをアピールするような状況にはない。ただ単に、世界観・空気感という外見的なものがいいという人にとっては、すべて古材は一緒なんですよね。

古木を使ったポートランドの飲食店(写真提供/リクレイムドワークス)

古木を使ったポートランドの飲食店(写真提供/リクレイムドワークス)

岩西:やはり見た目で使っている人が多い。その性質を使う側が分かっていればいいんですけどね。

山上:知らないんですよね。だから、いずれ認定資格のようなものをやろうとも考えています。こういう古い木を扱うためには勉強が必要だと思うんですよ。

岩西:僕も各所にマテリアルのアドバイザーは必要だと思っていて。床の雰囲気を出すためには針葉樹なのか広葉樹なのかとか、なかなか分からないですよね。そのなかでも特異な古木というアイテムにはアドバイザーが必要だと思います。そうでないと、活きた使い方ができない。耐久性の問題もありますし、一番よく見える使い方もありますしね。

山上:先ほどのグリーンマテリアルという考え方には、はやく日本も追いつかなければならないですね。木材をリードしてきた国としていいところはたくさんある。昔は普通だった使い方を今することで、生活がさらに豊かになるというか。自宅に居心地のいい空間があると自分たちがハッピーになりますし、お店で使われていればお客様もハッピーになる。かっこいいという表面的な部分だけではない使い方をしてもらえればいいなと思います。

※「古木/こぼく/koboku」は山翠舎の登録商標です

●取材協力
山翠舎
リクレイムドワークス
Salvage Works

「喫茶ランドリー」誕生から1年で地域に変化。住民が見つけた新たな生き方とは?

「どんな人にも、自由なくつろぎ」というコンセプトのもと、2018年1月、東京都墨田区にオープンした「喫茶ランドリー」。老若男女が思い思いにくつろぎ、家事をし、自主的にイベントを開き、皆が思い思いに楽しんでいる……そんな新たな“公的空間”が注目を集めています。どんな思いでつくられたのか、オープンから1年、どんな変化があったのか、店主の田中元子さんに話をうかがいました。
どんな人にも自由なくつろぎを。通常のランドリーカフェとは一線を画す手袋の梱包作業場として使われた築55年の空間をリノベーションし、喫茶室、ランドリースペース、運営会社の事務所を兼ねる店舗に(写真/阿野太一)

手袋の梱包作業場として使われた築55年の空間をリノベーションし、喫茶室、ランドリースペース、運営会社の事務所を兼ねる店舗に(写真/阿野太一)

0歳から80代まで、街のさまざまな人たちが訪れるという喫茶ランドリー。この街で生まれ育ったご近所さん、近くのマンションに暮らすママ友さんたちとキッズ、デート中の若いカップル、PCを開いて仕事をするビジネスパーソンなど、その客層はこの街の縮図そのものだそう。

レトロな雰囲気の喫茶スペースに加え、洗濯機・乾燥機、ミシンやアイロン、裁縫箱が置かれた「まちの家事室」のある店内。「喫茶」と「ランドリー」という分かりやすいストレートなネーミングから、最初店名を聞いたときは、近年各地に登場している「ランドリーカフェ」(コインランドリーにおしゃれなカフェを併設した店舗)なのだろうと思いましたが、「喫茶ランドリー」はそれとは一線を画したお店です。

「喫茶ランドリーは『自由』がコンセプト。スペースごとに、あるいはお店全体をレンタルスペースとしてお貸しするほか、お茶を飲みながら、何かやりたいことがあればどうぞ自由に使ってくださいとお話ししています」と店主の田中元子さん。

約100平米の店内はおおまかに4つのスペースに分かれます。ここは店内の一角を占める「まちの家事室」。洗濯やミシンがけなどの合間に、ご近所さん同士で“井戸端会議”が始まることも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

約100平米の店内はおおまかに4つのスペースに分かれます。ここは店内の一角を占める「まちの家事室」。洗濯やミシンがけなどの合間に、ご近所さん同士で“井戸端会議”が始まることも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

階段数段分床面が低くなった「モグラ席」。篭り感があって落ち着けると人気の空間です(写真/阿野太一)

階段数段分床面が低くなった「モグラ席」。篭り感があって落ち着けると人気の空間です(写真/阿野太一)

「大テーブル席」は、実はここの企画・運営も行うグランドレベルのオープンな事務所。お客様にも開放しています。写真に映っているのは、田中さんのビジネスパートナー、大西正紀さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「大テーブル席」は、実はここの企画・運営も行うグランドレベルのオープンな事務所。お客様にも開放しています。写真に映っているのは、田中さんのビジネスパートナー、大西正紀さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「フロア席」には、かつていろんな喫茶店で使われていた椅子とテーブルが(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「フロア席」には、かつていろんな喫茶店で使われていた椅子とテーブルが(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小さな「やりたい」が実現できる場所をつくりたい

「喫茶ランドリーが立地するのは、かつて倉庫や町工場が立ち並んでいた街です。近年は徐々にマンションに建て替わり、人口は増えているはずなのに人通りが少ない。森下駅から徒歩5分、両国駅からも8分と利便性は悪くなく、都心へ出かけやすい立地ですが、都心などへ出かけない日は家の中で過ごしている時間が長いのでしょうね。それは、近所にふらっと立ち寄れる場所がないからだと思いました。

このお店をつくる際にモデルにしたのは、コペンハーゲンで街巡りをした際に出会ったランドリーカフェ。当時、日本でそういう施設は聞いたことがなかったのですが、そのお店では若い夫婦が洗濯しながら赤ちゃんをあやしていたり、おじさんがぼうっと過ごしていたり、子どもがおもちゃで遊んでいたり、さまざまな客層がそれぞれ好きに過ごす、日常生活が垣間見られる場所でした。この街にはそんなお店のように気取らない場所が必要だと考えたのです」

コペンハーゲンのランドリーカフェ(写真提供/喫茶ランドリー)

コペンハーゲンのランドリーカフェ(写真提供/喫茶ランドリー)

「喫茶ランドリーという名前にしたのは便宜上で、ここを喫茶店としてのみ、ランドリーとしてのみ、受動的に消費するだけの場にはしたくありませんでした。ここでは誰もが自由に何かをする場にしたかったんです。

私は2015年から趣味で『パーソナル屋台』を引き、公園でコーヒーを無料で配るという活動をし、自分もパーソナル屋台で何かを振る舞いたいという人を応援しているのですが、その経験から分かったのは『人は意外といろんなことをやりたがっている』ということ。それは大規模なことではなく、日常のほんの小さなことだったりします。

でも、都会では遠慮しながら暮らしている方がとても多いんじゃないでしょうか。みんなふと『これがしたい』と心に浮かぶのに、人目や常識を気にしてしまって気持ちにフタをしてしまう。だから喫茶ランドリーを、心のフタを開けて『やりたい』が実現できる場にしようと思ったんです」

「お客様は、家事をしたり、読書室や工房として使ったり、自主的にイベントを開催したりしています。なかには、『ここで編み物してもいい?』っていうお客様や、カバンづくりが趣味で『家だと音がお隣に響くから、バッグの鋲打ちをここでさせて』という方もいらっしゃいます。普通のお店では人目が気になったり、家でも音が響くからと考えてなかなかできないことです。でもここなら『自由に過ごして』と言っているワケで、皆さん本当に自由ですよ(笑)」

人通りの少ない街にできた、多様な人々が訪れる“私設公民館”道行く人に店内の雰囲気が伝わるように全面をガラスにした開放感ある店構えにし、内外の境界を低くしました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

道行く人に店内の雰囲気が伝わるように全面をガラスにした開放感ある店構えにし、内外の境界を低くしました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

オープン当初2、3週間ほどは全く来店者がなく、田中さんは、毎日店先で「よかったら見ていって」とコーヒーを振る舞い、「自由に使ってくださいね」と語りかけ続けたといいます。ある日、地元の主婦の方たちがコーヒーを片手に家事室で談笑を始めたかと思うと、ご近所さんが通りかかるたびに「あら、久しぶり!」と呼び込んで、“井戸端会議”状態になったそう。人通りが少なかったエリアがこうして徐々に再生し、今では“私設公民館”と呼べるような、人々の交流の場となりました。

リノベーションのビフォー(右写真)アフター。寂しかった街の一角に明かりが点りました(写真提供/喫茶ランドリー(左)、写真撮影/SUUMOジャーナル編集部(右))

リノベーションのビフォー(右写真)アフター。寂しかった街の一角に明かりが点りました(写真提供/喫茶ランドリー(左)、写真撮影/SUUMOジャーナル編集部(右))

とにかく受け入れる。使い方はお客様次第

その結果、さまざまな出来事が生まれました。

「大家族の忘年会に使いたい」と総勢20人でモグラ席と周辺席を貸し切った3世代5家族。旧友との再会にと焼肉パーティーを敢行した若者グループ。事務所スペースの「大テーブル席でパン生地づくりを」と集まった女性9人のご近所さんグループ。パン生地はすぐ近くの自宅で焼き、できたてのパンを他の来店者にもお裾分けして新たな交流も生まれたそうです。

「大テーブル席」は基本的に事務スペースだが、ある日「ここを大勢で囲んでパン生地づくりをしたい」と驚きの申し出が(写真提供/喫茶ランドリー)

「大テーブル席」は基本的に事務スペースだが、ある日「ここを大勢で囲んでパン生地づくりをしたい」と驚きの申し出が(写真提供/喫茶ランドリー)

「まちの家事室」でも、子どもの幼稚園バッグづくりやアイロン掛けをするママさんグループが登場し、そこから発生した「ミシンウィーク」(ミシンが得意な人たちが1週間交代で開くワークショップ)を定期開催するようになり、「つくったものをいろんな人たちに見せて交流できるのが楽しい」と手芸を楽しむ年配の女性達も増えました。家事のための場所をつくると、作業をする人同士のコミュニケーションが生まれやすいのだと気付かされます。

オープンした翌月に、「まちの家事室」を貸し切って、お客様によって主催された「ミシンウィーク」。ミシンに興味のあるプロ級の方から初心者まで、さまざまな街の人たちが参加した(写真提供/喫茶ランドリー)

オープンした翌月に、「まちの家事室」を貸し切って、お客様によって主催された「ミシンウィーク」。ミシンに興味のあるプロ級の方から初心者まで、さまざまな街の人たちが参加した(写真提供/喫茶ランドリー)

さらに、毎週フロア席を貸し切って、支店とネット中継しながら業務の勉強会を行う場として活用する会社も現れました。「自由に使える施設公民館」の使われ方は、まさにお客様次第。そうした使い方をされるとは、当初思っていなかったそうです。

ほかにも、ここで婚姻届を記入したカップルが2組、届けた後にここで休憩していったカップルが1組。家出してきたご近所さんを受け入れたこともあったそうです。そうした人生の大切な時期に立ち寄ろうと思える求心力や懐の深さが、この喫茶ランドリーにはあるのでしょう。

「オープン以来1年で、200以上のイベントが開催されました。もともと小さなコミュニティはしていたけど、すべて建物の中にあったのだと思います。こうしたスペースがあることで、わくわくする時間がもてたり、人目に触れることで人とのつながりが深まっていくのだと思います」

なぜ「喫茶ランドリー」でそのイベントを?という葛藤も

喫茶ランドリーは基本的に周辺の住人の方々を想定した場なのですが、自由に使えるレンタルスペースであることもあって、さまざまな想定外のイベント話が舞い込むようにもなりました。

「一番驚いたのは、洗剤メーカーが主催するイベント」と田中さん。「洗濯機に扮したバーチャルユーチューバーと総勢60人のファンが洗濯のコツについて直接会話するという不思議な展開のプロモーションでした。でも最初は、なぜ喫茶ランドリーでそのイベントを?って思いましたね。ここが選ばれたのは洗濯機があるからという理由だけで、喫茶ランドリーの良さを分かってくれたワケじゃないのではと何だか腑に落ちない心の葛藤もありました。

でも大勢の参加者の方々の念願がかなったと喜んでいる様子を見て、この場を選んでもらってよかったなと思いました。きっかけは何であれ、ここで過ごしていただいた方々に良い思いを感じていただいて、こうした自由な場があることの良さを分かってもらえたらとてもありがたいですね」
「人気アイドルのプロモーション撮影の場としてお貸しした際も、なぜウチで?と思ったりしましたが、そのアイドルのファンの方々が訪れてくれるようになり、喫茶ランドリーの良さを感じてくれて、リピーターになる方もいらっしゃって、うれしいです。受け入れること、判断を任せることの大切さを学びました」

人と人のつながりが、店の雰囲気をどんどん変えていくお店のキッチンカウンター(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お店のキッチンカウンター(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

オープンから1年。店内は当初よりも彩りが増しています。
「知らないうちに花が飾られている、贈られた果物で新しいスイーツがいつの間にかメニューに加わっているということもあります(笑)。『まちの家事室』の入り口を飾る三角フラッグもスタッフがつけてくれたもの。ほかの仕事でしばらく来ないでいると店の雰囲気が変わっていて、それも何だかうれしいことです。良いことが蓄積されていって、それが見て取れるわけですから」と田中さん。

「最初は私とパートナーの2人だけで運営し、メニューもコーヒー、紅茶と『ツナメルトトースト』だけでした。今、無水カレーやシチュー、オープンサンド、ケーキなどはすべてスタッフが自主的にメニュー開発してくれたもので、すべて手づくりです」

手づくりの米粉のホワイトシチュー750円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

手づくりの米粉のホワイトシチュー750円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「スタッフは現在4人ですが、みんなもともとこの店のお客様。募集していないのに働きたいと申し出があってお願いしました。人を雇うことは初めてで戸惑いもありましたが、のびのび働いてもらえているのがうれしいですね。専業主婦の彼女たちには、プロ店員のように接客しなくていい、背伸びせず自分らしく働いてほしいと話していますが、みんなコミュニケーション能力が高いので、お客様との交流は安心してまかせられます。

喫茶ランドリーでさまざまなお客様と出会い、いろいろな話をするようになって、街の出来事をたくさん発見できました。ここがなかったら、この瞬間、この街のどこかの部屋の中で喜んでいる人や悲しんでいる人がいることにも気が付かなかったと思います。予想外のことも起こりますが、そうした経験がいちばんの財産ですね」

店内で販売されているハンドメイド作品。常連さんとの会話で「そんなものつくられているのですか!」となると、翌日から無料の委託販売がはじまるそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店内で販売されているハンドメイド作品。常連さんとの会話で「そんなものつくられているのですか!」となると、翌日から無料の委託販売がはじまるそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

LPレコードは、ご近所のコンビニ店長さんのコレクションを販売中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

LPレコードは、ご近所のコンビニ店長さんのコレクションを販売中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

大テーブルには、ここでプリザーブドフラワー教室を主催した常連さんが自分の作品を飾っています。ミニチュアハウスは別のお客様の作品で、「飾って」と差し入れされたもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

大テーブルには、ここでプリザーブドフラワー教室を主催した常連さんが自分の作品を飾っています。ミニチュアハウスは別のお客様の作品で、「飾って」と差し入れされたもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1階が楽しくなれば、街も楽しくなる

喫茶ランドリーの誕生は、田中さんが代表を務める街づくりコンサルティング会社「株式会社グランドレベル」が、この建物の活用を依頼されたことがきっかけでした。

「グランドレベルの理念は『1階づくりはまちづくり』というものです。建物の1階(グランドレベル)を街に開いたつくりにすれば、1階だから誰もが気軽に立ち寄れて、人の流れが生まれ、街が変わる。日本では1階のもつポテンシャルがないがしろにされていると感じています。1階はプライベート空間とパブリック空間のつなぎ目。1階が面白くなければ街は面白くなりません」

その理念が活かされた喫茶ランドリーは、多様な人が訪れる街に開かれた寛容な場をつくった点が高く評価され、2018年10月にグッドデザイン賞のグッドフォーカス賞[地域社会デザイン]を、同年12月にはリノベーション・オブ・ザ・イヤー2018・無差別級部門最優秀賞を受賞しました。

白い「縁結びリース」は「1周年記念に」とお客様が発案したもの。来店者がメーッセージを書き込んだハギレを結びつけてつくられています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

白い「縁結びリース」は「1周年記念に」とお客様が発案したもの。来店者がメーッセージを書き込んだハギレを結びつけてつくられています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そうした評価を受け、第2、第3の出店話も進んでいるそうです。
「出店といっても私たちが直営するのではなく、お店を始めたいという人にコンセプトを共有し、コンサルティング協力をしています。喫茶ランドリーの店名をそのまま使ってもらっても良いですが、地域の特性に合う店舗にしないと人の集まる場所になりません。

喫茶ランドリーはなんとなく出来上がった店舗に見えるかもしれませんが、ハードやソフト、コミュニケーションのデザインを、繊細にコントロールしています。マグカップ一つにしても、おしゃれなものではなく、実家にあるカップのように親しみもあって毎日見ても飽きないものを選ぶなど、格好良すぎに決めないで、多くの人にちょうどいい『ちょっと素敵』で仕立てています。最初から100%つくり込むのではなく、スタッフやお客様の意向も受け止められる器づくりも大切です。そうした点をきちんとお伝えしたいですね。

喫茶ランドリーは、ワクワクを共有できたり、コミュニティのつながりが豊かになったり、さらには自分という存在が社会から受け入れられていると実感できる場所。こうした、街に開かれた自由な場、私的公民館的なスペースがどんどん増えれば、とてもうれしいです」

田中さんのお話をうかがい、ふらっと立ち寄れて自然体で過ごせる居心地の良い場所が自宅近くにある。そこでは人と人が自然とつながることもできる。それはなんと幸せなことなのだろうと感じました。

看板も、道ゆく人に「寄っていきませんか」と語りかけているよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

看板も、道ゆく人に「寄っていきませんか」と語りかけているよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
喫茶ランドリー

田中元子さん
株式会社グランドレベル代表取締役。喫茶ランドリー店主。1975年茨城県生まれ。独学で建築を学び、2004年大西正紀氏と共にクリエイティブユニットmosakiを共同設立。建築やデザインなどの専門分野と一般の人々とをつなぐことをモットーに、建築コミュニケーター・ライターとして、主にメディアやプロジェクトづくりを行う。2010年よりワークショップ「けんちく体操」に参加。同活動で2013年日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞。2015年よりパーソナル屋台の活動を開始。2016年、株式会社グランドレベルを設立。主な著書に『マイパブリックとグランドレベル―今日からはじめるまちづくり』

「リノベ・オブ・ザ・イヤー 2018」に見る最新リノベーション事情

今年で6回目を迎える「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2018」の授賞式が2018年12月13日に開催され、「この1年を代表するリノベーション作品」が決定しました。住宅から商業施設までさまざまな施工作品はどれも、リノベーションの大きな可能性や魅力、社会的意義を感じさせてくれます。最新傾向を探ってみました。
エントリー数1.5倍増。ここ一年でリノベがより広く認知される

今回の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2018」は、エントリー作品246件のなかからグランプリ1作品、部門別最優秀賞4作品、特別賞13作品が選ばれました。特別賞の受賞数が例年になく13件と多いのは、昨年と比べて1.5倍、過去最多のエントリー数があったからだそう。

2018年を振り返ると、報道番組や経済番組でさかんにリノベーションやリノベ会社が特集され、リノベーションが社会的に広く認知されるようになった1年だったと感じます。エントリー数が増えたのは、「リノベで自分らしい家を手に入れたい」というユーザーが増え、「中古を購入してリノベ」が、住宅を取得する際の選択肢の一つとして当たり前のように意識されるようになったのが一因だと考えられます。今回のエントリー作品一般投票の「いいね!」数が前回の3倍ほどに増えているのも、そうした背景があるからではないでしょうか。

リノベーション・オブ・ザ・イヤーは、住宅メディア関係者を中心に編成された選考委員によって「今一番話題性がある事例・世相を反映している事例は何か」という視点で選考されるため、年によって受賞作品の傾向がさまざまに変化します。
例えば、2017年は「施主の思いを叶えるオーダーメード」「魅力度を増す再販リノベ物件」、2016年は「空き家リノベが街を活性化」「多様化するDIYリノベ」「インバウンド向けのお宿づくり」「住宅性能を格段に高める」、2015年は「地域再生につながる団地リノベ」「古いものをそのまま活かす」など、リノベトレンドを表した作品が目立っていました。

今回は「作品のクオリティの高さが相当にレベルアップしている」「どれがグランプリに選ばれてもおかしくなかった」と講評されたように、選考は難しく、激戦だったそうです。その戦いを制したグランプリをはじめ、全18受賞作の中から、注目した作品とポイントを見ていきましょう。

【注目point1】「この建物だからこそ」という強い思いが、リデザインを導く

[総合グランプリ]
黒川紀章への手紙(タムタムデザイン+ひまわり) 株式会社タムタムデザイン

空間の仕切りにガラスを多用する大胆なアイデアで、室内のどこからでも海へと視線が伸びます。朝焼けや夕焼けに染まる関門海峡を望む、魅力あるロケーションを最大限活かした作品(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

空間の仕切りにガラスを多用する大胆なアイデアで、室内のどこからでも海へと視線が伸びます。朝焼けや夕焼けに染まる関門海峡を望む、魅力あるロケーションを最大限活かした作品(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

空間をつなげて、玄関にも明るさと開放感を。施工面積69.08平米で、費用は700万円(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

空間をつなげて、玄関にも明るさと開放感を。施工面積69.08平米で、費用は700万円(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

Beforeの写真。このように以前のマンションではよく見られる間取りと内装でした(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

Beforeの写真。このように以前のマンションではよく見られる間取りと内装でした(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

1999年に建築界の巨匠・黒川紀章氏が設計したマンション「門司港レトロハイマート」の一住戸。レトロな街並みに溶け込む外観に比べて無個性だった室内空間を、海と山に囲まれた立地の魅力を最大限引き出すように工夫。リビングからしか絶景を望めなかった間取りを変え、開口部に向かって空間を縦に仕切り、間仕切り壁全体や壁上部をガラスとすることで、室内のどこからも絶景に視線を誘う仕掛けに。

この作品は、リノベ会社が中古物件を購入し、リノベを施した上で販売する「再販リノベ物件」。万人受けするデザインが求められがちな再販物件ですが、設計士は黒川紀章氏の設計思考を読み解き、この土地に本来あるべきだと考えられる住戸の姿を見出して、あえて大胆にリデザインすることで、質の高い一点モノの個性をもたせています。
「このマンションならではという説得力がある」と選考委員を唸らせていました。

【注目point2】すべての人の居場所となる多目的空間が熱い

[無差別級部門・最優秀賞]
ここで何しようって考えるとワクワクして眠れない!~「喫茶ランドリー」 株式会社ブルースタジオ

元工場の高い天井を活かし、居心地の良さを追求。奥にはランドリーマシンが鎮座する不思議な空間に(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

元工場の高い天井を活かし、居心地の良さを追求。奥にはランドリーマシンが鎮座する不思議な空間に(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

オープンから半年ほどでミシンワーク、クラフトワーク、パンづくり、トークショーなど、オーナーや顧客主催の100を超える催しが行われたそう(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

オープンから半年ほどでミシンワーク、クラフトワーク、パンづくり、トークショーなど、オーナーや顧客主催の100を超える催しが行われたそう(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

手袋工場の梱包作業場だった空間を、企業のオフィス兼喫茶イベントスペース「喫茶ランドリー」にコンバージョン。オーナーは「私設の公民館」を目指し、あらゆる人の居場所として設計したそうです。洗濯機やミシン、アイロンなどが置かれ、家事のワークショップやコンサートなども開催。空間の用途を決めず、多目的に誰でも使える場に。オーナーだけでなく、喫茶ランドリーのお客さんがイベントを主催しています。

リノベーションは建物のデザイン性だけでなく、「地域性」も注目される一大要素となっています。地域性とは、そのリノベ物件が新たに街に加わることで、人の流れや暮らしを心豊かに変えてくれるというものです。

空き家となった店舗やオフィス空間などの遊休不動産を、コミュニティスペースや宿泊施設といった人が集う場所にコンバージョンする作品が多く見られますが、使われ方はその作品ごとに多彩です。この「喫茶ランドリー」は使われ方の自由度が“カオス”的に高く、さまざまな交流や出来事を生み出す場所となっている点が高く評価されました。

このほかにも次のような、地域の人々が集う心地よい居場所・複合施設として再生された物件が多いのも近年のトレンド。日本各地で空き物件が生まれ変わっています。

[世代継承コミュニティー賞]
再び光が灯った地域のシンボル『アメリカヤ』 株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

商店街のランドマークとして住人に愛された商業ビル。フォトジェニックな雰囲気に新たなファンを呼んでいるとか(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

商店街のランドマークとして住人に愛された商業ビル。フォトジェニックな雰囲気に新たなファンを呼んでいるとか(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

半世紀前に建てられたという古びたたたずまいをそのまま活かし、9つのテナント、コミュニティスペースの入る建物として復活しました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

半世紀前に建てられたという古びたたたずまいをそのまま活かし、9つのテナント、コミュニティスペースの入る建物として復活しました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

【注目point3】無個性な新築を一変。「新築リノベ」が市場ニーズを拓く

[1000万円未満部門・最優秀賞]
『MANISH』新しさを壊す 株式会社ブルースタジオ

既存のプランの無駄を削ぎ落としてシンプルに。カラーリングや曲線で個性を表現した物件(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

既存のプランの無駄を削ぎ落としてシンプルに。カラーリングや曲線で個性を表現した物件(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

新築の分譲一戸建てをリノベーションした作品が部門別最優秀賞となりました。一般に、ローコストを売りにしている分譲一戸建ては、コストを抑え、販売しやすいよう汎用的なデザインにするので、画一的で無個性な建物であることが多く見られます。そんな新築で購入した家を、数百万円かけてリノベーションする事例がここ数年で見られるようになりました。セルフリノベーションやDIYする人も年々増えていると感じます。これらは、「より個性的な住まいに」「より自分たちに合う住まいに」というニーズが生んだ現象です。

一般に「リノベーションの意義とは既存建物の再生」であることから、選考会でも受賞対象としてどうかという議論もあったそうです。しかし、新築であっても購入者のニーズを満たさない家に、間取りやデザイン、性能を向上するよう手を加えることで新たな価値をもたらすことは、リノベーションの意義を感じさせます。賢い選択となりうるという点で評価を受けました。
画一的な分譲住宅のあり方にも一石を投じた「新築リノベ」は、時代のニーズを捉え新たな広がりも感じさせています。

【注目point4】デザイン訴求が突き抜けている

[1000万円以上部門・最優秀賞]
家具美術館な家 株式会社grooveagent

「4年暮らしたデンマークで集めたお気に入り家具をゆったり置けること」がデザインテーマ(画像提供/株式会社水雅)

「4年暮らしたデンマークで集めたお気に入り家具をゆったり置けること」がデザインテーマ(画像提供/株式会社水雅)

好きなものが常に目に入るような間取りと壁や床の色に仕上げています(画像提供/株式会社水雅)

好きなものが常に目に入るような間取りと壁や床の色に仕上げています(画像提供/株式会社水雅)

「家具美術館」という作品名が表すように、数々のデンマーク家具・照明の名作を見せることに特化したミニマル空間に仕立てました。北欧家具を置く家はどちらかというとほっこりしたカフェ的空間となりがちですが、家具の有機的なフォルムやファブリックの色合いを引き立てるよう、美術館のようなホワイトキューブ的空間にして床壁天井を白基調に。家具のデザインが際立つ空間となりました。

住宅デザインでは建築そのものを主役と捉え、家具は二の次という扱いが多いのですが、それが入れ替わった空間づくりとなっています。

このほかにも下記作品のように、施主のデザインへの追求が「半端ないって!」という作品も目立っていました。

[特別賞・こだわりデザインR1賞]
もっと黒くしたい 株式会社ニューユニークス

「全てを黒くしたい」という施主の強烈な思いが形になった家。どんな黒をどう用いるのが理想的なのか話し合いを重ね、つや消しの黒でグラデーション的に仕上げた空間です(画像提供/株式会社ニューユニークス)

「全てを黒くしたい」という施主の強烈な思いが形になった家。どんな黒をどう用いるのが理想的なのか話し合いを重ね、つや消しの黒でグラデーション的に仕上げた空間です(画像提供/株式会社ニューユニークス)

[500万円未満部門・最優秀賞]
groundwork 株式会社水雅

ヴィンテージ感漂う作品。予算に縛りがあるなかでどこに力点を置くか、施主と設計士の知恵とこだわりが活かされています。本当に500万円未満なの?という作品が増えている中で、特にチャレンジ性のあるこの作品が受賞(画像提供/株式会社水雅)

ヴィンテージ感漂う作品。予算に縛りがあるなかでどこに力点を置くか、施主と設計士の知恵とこだわりが活かされています。本当に500万円未満なの?という作品が増えている中で、特にチャレンジ性のあるこの作品が受賞(画像提供/株式会社水雅)

【注目point5】温故知新・古さの心地よさを知る

再生によって、古いものが持つ味わいや温かみが蘇った事例は、そこを訪れる人々の心まで温めてくれます。役割を終えて朽ちていくだけの建物、見捨てられた住宅が新たな役目を持ち、人々に愛される存在となるからです。そうした作品も注目を集めていました。

[デスティネーションデザイン賞]
国境離島と記憶の再生(タムタムデザイン+コナデザイン) 株式会社タムタムデザイン

20年前から空き家となり、廃墟寸前だった築90年の元旅館と蔵。壱岐島という小さな離島の全住人がこの建物の再生を希望したそうで、新たに島外の人をも魅了する旅館と飲食店として蘇りました。90年分の人々の記憶を未来へ引き継ぎます(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

20年前から空き家となり、廃墟寸前だった築90年の元旅館と蔵。壱岐島という小さな離島の全住人がこの建物の再生を希望したそうで、新たに島外の人をも魅了する旅館と飲食店として蘇りました。90年分の人々の記憶を未来へ引き継ぎます(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

[ヘリテイジリノベーション賞]
築187年、執念のお色直し 株式会社連空間デザイン研究所

1831年に建てられた古民家を昔の面影をそのまま活かし、店舗・レストランにリノベーション。竣工後、引き渡し直前に熊本地震で柱が傾き、瓦が落ち、土壁は剥がれるという大きな被害を受け、さらに再建に1年を要したそうです(画像提供/株式会社連空間デザイン研究所)

1831年に建てられた古民家を昔の面影をそのまま活かし、店舗・レストランにリノベーション。竣工後、引き渡し直前に熊本地震で柱が傾き、瓦が落ち、土壁は剥がれるという大きな被害を受け、さらに再建に1年を要したそうです(画像提供/株式会社連空間デザイン研究所)

リノベは一点モノのオーダーメードだから、多様化がより深化

これまでのリノベーション・オブ・ザ・イヤーでは、その年ならではのトレンドや社会性というものをはっきり見て取ることができました。しかし今回は、作品数が多いこともあってか、傾向というよりは内容の多彩さとカテゴリーの幅広さが注目されました。

リノベーションは、「こんな暮らしがしたい」「こんな場所をつくりたい」という熱い思いを具体的な形に変えてくれる、住人やオーナー一人一人にとっての一点モノ、究極のオーダーメードでもあるので、事例が多彩なのは当然のことなのだと実感する年となりました。
前章で紹介した作品以外にも、次のようにバリエーションの幅が広く、個性の際立った作品が多々ありました。

●「リビ充(リビング充実)」をテーマにおしゃれに。心豊かに暮らせる築45年の団地(下写真参照)
●6000万円をかけた再販リノベ物件。資産価値を格段に高めた築130年の京町家(下写真参照)
●商店街の中心にある商業ビルを温もりある雰囲気の保育園にコンバージョン(下写真参照)
●ファッションブランドというニュープレイヤーが提案する、コーデも収納もしやすいプラン(下写真参照)
●新宿駅南口駅前の築39年のオフィスビルに、住機能を併せ持ったオフィス空間を提案
●家の中心に箱型階段室を設け、明るさや風通しなど暮らしの快適性能をアップさせた一戸建て
●劣化した屋根や天井床壁、サッシの断熱化、太陽光発電器の搭載などで低燃費に暮らす

コストパフォーマンスデザイン賞「リビ充団地」。団地が低コストでおしゃれに(写真提供/タムタムデザイン)

コストパフォーマンスデザイン賞「リビ充団地」。団地が低コストでおしゃれに(写真提供/タムタムデザイン)

ベストバリューアップ賞「OMOTENASHI HOUSE」。風致地区の高台という立地の良さも活かされています(写真提供/株式会社八清)

ベストバリューアップ賞「OMOTENASHI HOUSE」。風致地区の高台という立地の良さも活かされています(写真提供/株式会社八清)

共感リノベーション賞「そらのまちほいくえん」。鹿児島天文館の商業ビルを子どもが集う場所に(写真提供/内村建設株式会社)

共感リノベーション賞「そらのまちほいくえん」。鹿児島天文館の商業ビルを子どもが集う場所に(写真提供/内村建設株式会社)

ベストマーケティング賞「WEAR I LIVE」。試着室のようなクローゼットでコーデが楽に(写真提供/フージャースコーポレーション)

ベストマーケティング賞「WEAR I LIVE」。試着室のようなクローゼットでコーデが楽に(写真提供/フージャースコーポレーション)

今回のバリエーション豊富な作品群を拝見し、さまざまな制約のもと自由な発想で施されたリノベーション作品それぞれに、新たな役割をもった建物の「再生の物語」を数多く垣間見ることができました。既存の建物にまったく異なる価値をもたらすのがリノベの一番の醍醐味。今後も一人一人の熱い思いを形にした多彩な作品の完成を期待しています。

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。受賞作品数は過去最多となりました(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。受賞作品数は過去最多となりました(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2018」

ライター夏生さえりが妄想! 理想の間取りvol.2「結婚直前の二人が購入するお部屋編」

さあやってきました、理想の間取りを爆妄想するシリーズ、第2弾です。第1弾の公開後、「まさにわたしが描いていた理想はこれです! さえりさんはわたしの心の友、心の神、もはやI am You、すなわち我らは一心同体なりけり!!」というメッセージがたくさん来ることを予想していたのですが、一番多かったのは「わたしの家、まさにこんな感じです!」でした。そうですか、いいですね。みんなに置いて行かれたぼくの心は砕けそうです。

さて、「第2弾はどうしましょうか?」と編集部に尋ねると「中古マンションを購入して、リノベーションするっていうパターンとかどうですか?」と返答が。

ちゅ、ちゅうこまんしょんをこうにゅうしてりのべーしょん!? いまだせっせと家賃を支払っているわたしには大人すぎてちょっと何を言っているのか分かりませんでしたが、一応頑張って妄想してみました。【連載】ライター夏生さえりが妄想! 理想の間取り
恋愛妄想ツイートが話題のTwitterフォロワー数合計19万人の人気ライター・夏生さえりが間取りを見ながら暮らしを妄想。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、『やわらかい明日をつくるノート ~想像がふくらむ102の質問~』(大和書房)。第2回 結婚直前の二人が購入するお部屋編

それにしても、中古マンションを購入してリノベーションしようという発想が、まずおしゃれですよね(※筆者には知識がないのでイメージで話しています)。すでに在るものから選ぶのではなく、自分たちの好きな感じにしたい、というそのこだわり感。

きっとそんなことを言い出すのはこだわり派の彼のほう。ちょっとかわいい刺繍が入ったシャツを着ていたり、クラウドファンディングでしか買えないリュックを持っていたり、個性が光るスニーカーとかをたくさん持っているはず。あと、休日は、スパイスを使ってカレーをつくったりする。そうに違いない。

彼女のほうはといえば、「わたし、あんまり洋服詳しくないんだけど」とか言いながらも抜群におしゃれな服ばっかり持っていて、どこで買ったのか聞いたら「えっと、代官山の小道をたまたま歩いてたら見つけたお店で……」とか言い出して、え、代官山の小道ってたまたま歩いたりします?? みたいな気分にさせちゃう系女子だと思うんですよね。あと花をすぐドライフラワーにしちゃうタイプ。

……よし、やっと「ちゅうこまんしょんこうにゅう」の二人のイメージがつかめてきたぞ。そういう二人が、家を買うまでの道のりは多分こんな感じ。

~以下、無駄かつ長めの文章となりますので読み飛ばしていただいても構いません~

付き合って1年9カ月。同棲して1年半。あと3カ月後の二人の2年記念日には入籍。周りの友達には「やっとかぁ」なんて笑われちゃうくらいだし、こちらとしても「2年付き合ったら結婚しようね」って言っていたこともあって、超絶スムーズな結婚。ああ人生ってこんな感じで進むんですね。なんかもっとこう、センチメンタルになり散らかしたりするのかと思っていたし、勢いで元彼とかに連絡して「あたし結婚するの」とかバーで告白したりする夜があるのかと思っていたけど、結婚って日常の延長なんですね~!

ほぼ2年付き合ってきたけど、彼への気持ちは薄れるどころかまだまだ上り坂上りまくりだし、まあたしかに好きの種類は変わってきたかもしれないけど、これは好きが愛してるに変わってきたんじゃないですかねなんつって~という気分で過ごしていたら、彼が「犬飼いたくない?」とか言い出すんですよ突然。えっ……犬? でもねえ奥さん、犬を飼うことに反対する人とか人類にいますか? もちろんわたしも大賛成でしたよね。はい。スムーズオブスムーズ。

それで、今一緒に住んでいる家はペット不可なもんだから、新しく家探しをすることになったんだけど、彼が突然「やっぱ、家買っちゃおっか?」とか言い出すんだよね。

「え、買うの?」って聞いたら、「うん、先輩がその辺詳しくて話聞いてきたんだけど、好きにリノベして、引越したくなったら売ればいいらしい」とか言うんだよ。ふーん? お金のことはよく分かんないけど、そうなんだね、じゃあそうしようかっつって。って、親友に話したら「はぁ? あんたよく分かってないのに、よく家なんか買ったね」って言って怒られたんだけど、いいじゃん? わたしたちの最高の理想ハウス。

ていうかプロポーズの言葉が、「きみといると、普通できないようなこともできちゃう」だったし、返答は「わたしもあなたといると知らない世界が知れる」だったわけで、家を買うのだって反対する理由なんてないし、むしろあなたが言うことにはわたしはもちろん賛成、あなたがのびのび暮らせることが大事よ、だって愛しているから。だっは~~~!!!!

~ここまで無意味でした~

再び妄想部分が長すぎて、すでに書いているほうも息切れしていますが、みなさんは大丈夫でしょうか。ここからが本題なので、どうか最後まで読んでくださいね。あと冷静になってみれば、おしゃれな代官山ガールは絶対「だっは~」とか言わないですよね。すみません。

リノベする二人、理想の間取りはこれ

上記のような二人が、住む部屋。条件を挙げるとすると、こんな感じでしょうか。

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1LDKで大丈夫? と思ったでしょう。わたしも思う。やっぱり将来のことを見据えて、子どもができても暮らせる家がいいんじゃないの? って。でもまあ、この二人は必ずしも子どもが欲しいわけじゃないんですよ。まずは犬。あとのことはその時考えよう。まずは二人の最高の理想の暮らしをかなえようねっていうわけです。いいね、そういう「今を楽しむ姿勢!」。

そしてこれが出来上がった間取りです。

(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

ワッツ イズ ディス? 
オー、イッツ ア ミラクルルーム!

それでは細かく見ていきましょう~!!

会話の減らない造り

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(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

今回のお部屋の特徴は、なんといっても吹抜けのメゾネットと、カウンターキッチン! 2年付き合っているとだんだんお互いが空気みたいになってきて、会話が減り始めることもあると思うんです。でもこれから長い人生一緒にいるわけですから、できるだけ会話はしていたい! ということで、かならずリビングを通らなければ寝室に行けない造りと、カウンターキッチン。さらには、2階にいても1階の人と会話ができるという造りに! 

それにしても、初めのデートのころには無言が続くと心臓が爆発しそうになって、何か話さなきゃ何か話さなきゃと焦っていたはずなのに、時間がたつとどうしてああも会話をしなくなるのでしょうね。それはそれでそりゃ居心地がよかっちゃけどさ。寂しいときもあるとよ。謎に博多弁にもなるったい。でもそんな二人の愛がいつまでも続くように、今回はこんな間取りにしてみたわけばい。

カウンターキッチンでいそいそとご飯をつくり、「できたよ! ごはんテーブルに持っていって~」と話して、「わーい今日のご飯なに?」って聞くわけです。わたしが。料理男子さいこー!

圧巻と言っても過言ではない窓(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

前回同様、やっぱり光と風が入る大きな窓は必須! 今回は2階まで続く大きな窓をご用意いたしました!! 春になったら開け放して、家中の窓も一緒に開け放したら、風が吹き抜けまくって、家の中が“ほぼ外状態”に! ……あれ? なんか魅力的に聞こえないな。でもきっと気持ちがいいはず。

床暖房完備(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

これはわたしの完全なる願望なんですけどね、床暖房が欲しいんですわ。これは今この原稿を書いているわたしの部屋が寒いから思いついたことなんですけど、大事じゃないですか? 吹抜けメゾネットや大きな窓になると、冬寒い問題が生じると思うのですが、床暖房があれば何も怖いものはないはず。

ペット可

大事なことを書き忘れるところでした。なんていっても、ペット可。賃貸だとなかなか見つけられないんですよね、ペット可って。

理想はコッカースパニエル。茶色でふわふわで、「ブラッシングが大変~」とか言いながら飼いたい。もし無理なら、トイプードルにする。ついでに動物病院やペットホテル等が家の近くにあると最高。現実的でしょ?

やっぱりトイレは遠めで(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

これも第1弾のときに書いたんですけど、やっぱりトイレは遠めがいいですね。2年付き合おうが、10年付き合おうが、トイレ事情はいつだってミステリアスでいたいもの(?)。じつは今回間取りをつくるうえで、編集部と何度もやりとりをさせてもらったのもトイレの位置でした。「これでどうですか?」「いや、トイレはもうちょい遠めで……」「これだとどうですか?」「いやもうひとこえ……」って言いまくったので編集部に影で「トイレの人」と呼ばれていてもおかしくない。この勇気を讃えてほしいです。

収納の王様(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

階段下収納に、ウォークインクローゼットも欲しい。やっぱり、2年も付き合っていれば物が増えるんですよ。それをもちろん捨てていくことも大事だけど、捨てたくないものもあるよね。二人で行った栃木で買った餃子型クッション? 沖縄でつくったシーサー? 勢いで買ったツイスターゲーム? 捨てなくていいんです、そう収納があればね。

広すぎるルーフバルコニー(イラスト/岩間淳美)

(イラスト/岩間淳美)

そして憧れるのが、広すぎるルーフバルコニー!!!!
何をするかってそりゃ、“ティファニーで朝食を”的なノリで、「まずはバルコニーで朝食を」ですよ。ええ。庶民的。
ほかほかのコーヒーとトーストを持ってバルコニーに上がって「まぶしいねぇ」と言いながら朝ごはんを食べるわけです。夏にはみんなでバーベキューもいいよね! 流星群の時には、シートを敷いて寝転ぶのもいいな! 耳元で、RADWIMPSのスパークルとか流してさ。「エモ」「エモ」とかだけ言い合って、都会でほとんど見えないくせになんとか流れ星を探し出すんだよ。
それから雪が降ったときに、バルコニーで雪だるまつくるのもよくない? 犬たちが遊べるくらいのスペースがあれば、散歩に行けない日にここで遊ぶのもいいかも。

あ~~~広い屋上独り占め、憧れる~~~~!

家の近くにパン屋

「まずはバルコニーで朝食を」のために、おいしい焼きたてパンが買えるところが近所にあるといいな。朝イチでいくと、ほかほかの美味しいパンがあるの。遠くから買いに来る人がいるくらい大人気の店なんだけど、近くに住んでいるから寝起きで行けちゃうという。最高。

パン好きの彼氏

さらにさらに、「寝起きで行けばいいや」とは思いつつも、自分は暑い日も寒い日もめんどくさくなっちゃって、「いいや……スーパーで買った食パン冷凍してるし……」とか思うんだけど、そんなときパンを買ってきてくれる彼がいれば良くないですか? しかもパン好きがゆえに、「おはよー! じゃ、パン買いに行ってくる!」って意気揚々と出かけて行って、パンに合うバターを買って、パンに合うコーヒーを入れて、パンに合う天気の中、パンに合う寝起きのわたしを誘い出してくれるわけです。犬も一緒にバルコニーに連れて行こう。それで「は~!おなかいっぱい!」とか言いながら一緒に寝転んだりしよう。良い、良すぎて苦しい!

最後に

最後はまたも間取りに関係なくなってしまいましたが、購入してリノベまでできるんだったらこんな贅沢な造りがいいですよね。今回は書けなかったけれど、リノベしているってことはきっと内装もすべて自分好みにできるんだろうなぁ。おしゃれな扉にしてみたり、欲しいところにライトをつけてみたり。いいなぁ。

犬のいる暮らしはさぞかしすてきだろうな。たまぁに彼と喧嘩するんだけど、犬があんまりにも悲しそうな顔するから、気を使って小声で言い合って、そんなことしていたらだんだん笑えてきて仲直りしちゃったりとかするんでしょ?(イメージです)
それにリノベもうらやましい。リノベを決める過程で1回か2回は喧嘩しちゃったりもするんだろうな。「絶対カウンターキッチンは左寄せ!」「いや、右寄せだね」「絶対絶対左!」「いーや、右!」とか言って、親友に話したら「たのしそうだね……」って苦笑いされたりするんだろうなぁ(イメージです)。

そうだ、今回のこの間取りを見て「え?こんな最高な家、この世に存在するわけなくない?」と思った人もいるかもしれません。が、じつは昔ほぼ同じような家を見たことがあるんです。これがまあ格好よくて憧れちゃったんですよね。内装もちょ~べり~べり~おしゃれだった。ルーフバルコニーも大きな窓も、まさにこのとおりだった! なぜ住まなかったのかって? 4000万もしたからだよ!!!! 憧れにはどうやらお金というものがいるようです。働こう。

次回は、「ついに家族に! 子どものいるお家編」です。お楽しみに!

スター猫のお宅訪問![2] フォロワー6万人!インスタで人気の「Niko&Poko」の暮らし

神奈川県の閑静な住宅街に暮らすスター猫は、インスタグラムをはじめ、写真集やカレンダーも出版するなど“ねむかわいい”ことで人気の、エキゾチックショートヘアのNikoちゃん(メス・5歳)とPokoちゃん(オス・3歳)。飼い主であるMakiさん夫婦とともに暮らしている。【連載】スター猫のお宅訪問!
インスタグラムで人気のキーワードといえば「猫」。多くのフォロワーを魅了するスター猫たちは、どんな暮らしを送っているのだろう。暮らしの工夫を聞いてみた。Instagramより(写真提供/Makiさん)

Instagramより(写真提供/Makiさん)

中古一戸建てを1階はリノベーション、2階はDIY

白い外観に、春にはバラが咲き乱れるという広く美しい庭。まるで写真集から出てきたかのような家。Makiさん夫妻は2011年に築5年の中古一戸建ての物件を購入後、リノベーションをしたのだとか。

Makiさんの家の間取り

Makiさんの家の間取り

「リノベーションをしたのは1階だけ。もともとは上がり框(かまち)の和室があったのですが取っ払って、トイレやキッチンの位置も変えました。リノベーションをお願いしたのは、恵比寿にあるインテリアショップ『PACIFIC FURNITURE SERVICE』のリノベーションサービス。昔からここのアメリカンで無骨な家具が好きだったので、デザイン重視で依頼しました。一番気に入っているのは、トイレ・洗面などの水まわり。壁をペンキ塗りで、床はグレーと白の格子模様にしたいとお願いしました。色みが『PACIFIC FURNITURE SERVICE』ならではのカラーなので、自分ではなかなかできないですよね」

1階のリノベーションはPACIFIC FURNITURE SERVICEに依頼。春にはウッドデッキがバラに包まれる(写真撮影/片山貴博)

1階のリノベーションはPACIFIC FURNITURE SERVICEに依頼。春にはウッドデッキがバラに包まれる(写真撮影/片山貴博)

リノベーションのイメージはMakiさんによるもの。

「お金のことは夫が担当で、テイストについては何も言われることはなかったんです(笑)。もちろんやれなかったこともあります。部屋の壁のペンキ塗りはお金がかかるのでやめました。ただ、今となってはそれでよかったかなと思います。猫を飼っているので壁が汚れてしまうこともあるのですが、ペンキ塗りだと拭くとはげてきてしまって、手入れが大変なので。2階の間取りは変えずに、ドアにペンキを塗ったり取手を取り替えたり、自分たちでDIYしました」

Nikoちゃん・Pokoちゃんの部屋の壁はニュアンスにこだわったブルー系に塗り、韓国のMYZOO「LUNA キャットステップ」でデコレーション。Pokoちゃんはカーテンの隙間から外を眺めるのが好きだそう(写真撮影/片山貴博)

Nikoちゃん・Pokoちゃんの部屋の壁はニュアンスにこだわったブルー系に塗り、台湾のMYZOO「LUNA キャットステップ」でデコレーション。Pokoちゃんはカーテンの隙間から外を眺めるのが好きだそう(写真撮影/片山貴博)

猫も人も心地いい暮らしを

ソファ以外は「手持ちの家具があったのであまり買い替えていない」というこだわりのインテリアに囲まれた、ヴィンテージ感の漂う落ち着いた空間は、NikoちゃんとPokoちゃんにとっても居心地がよさそう。最初の猫・NikoちゃんはMakiさんたちがこの家に引越してから2年目にやってきた。

Nikoちゃんは猫用ベッドの中からお出迎え(写真撮影/片山貴博)

Nikoちゃんは猫用ベッドの中からお出迎え(写真撮影/片山貴博)

「ちょっと顔が潰れたような犬や猫が好きで。以前はフレンチブルドッグを飼いたいと思っていたんです。たまたまエキゾチックショートヘアを飼っている人が載っている本を見て、その瞬間にビビッときて。そこからずっと飼いたいと思いつつもペットショップで見かけなかったので、そのうちブリーダーさんを通して買いたいなと思っていたんですね。ただ、命を預かることが怖く、なかなか勇気が出なくて、それで2年ほどかかってしまったんです。命を守れるかとか、もしも亡くなったとき耐えられるのかとか考えてしまって。それがある日、ペットショップでNikoと出会って、『うちの子だ!』と覚悟を決めたんです」

触ると嫌がるけど姿が見えないとニャーニャー鳴くというツンデレのNikoちゃん(写真撮影/片山貴博)

触ると嫌がるけど姿が見えないとニャーニャー鳴くというツンデレのNikoちゃん(写真撮影/片山貴博)

運命的な出会いによって家族がひとり増えたMakiさん一家。「今までいなかったのが信じられないくらい」という猫との暮らしにもう一匹が加わったのはその2年後だ。

専用の部屋にはベッドも(写真撮影/片山貴博)

専用の部屋にはベッドも(写真撮影/片山貴博)

「Nikoは典型的なツンデレで、普段はプイッとしているのですが、私がちょっと庭に出たりしているだけで寂しくてニャーニャー鳴くんですよね。2匹いたら寂しくないのかなと思ったのがもう1匹飼おうと思ったきっかけです。Pokoが来た最初のころ、Nikoはどうしていいのか分からないという感じでした。Pokoは小さくて力加減が分からないからNikoに馬乗りになったり噛んだりして、それをNikoは嫌がっていたんですけど、いまでは猫パンチをくらわせて威嚇するなど強くなりました(笑)」

リビングには、木製の宇宙船ベッドやダンボールハウス、ハンモックなどがたくさん。いただきものも多く、どんどん増えてきてしまったのだとか。2階には2匹専用の部屋もあり、毎日2匹はそれぞれ好きな場所で心地よさそうに過ごしている。そこには、猫と心地よく暮らすためのちょっとした工夫も。

窓に取り付けられるタイプのハンモックは、外を眺めたり、日差しを浴びながら寝るのが気持ちいいらしく2匹とも大好きだそう。猫のためのダンボール製インテリアはタイのペット雑貨の会社・KAFBOのオリジナル、木製の宇宙船ベッドは韓国のペットグッズデザイン会社MYZOOのもの。どちらも日本で購入可(写真撮影/片山貴博)

窓に取り付けられるタイプのハンモックは、外を眺めたり、日差しを浴びながら寝るのが気持ちいいらしく2匹とも大好きだそう。猫のためのダンボール製インテリアはタイのペット雑貨の会社・KAFBOのオリジナル、木製の宇宙船ベッドは台湾のペットグッズデザイン会社MYZOOのもの。どちらも日本で購入可(写真撮影/片山貴博)

最初はあまり高いところには登れなかったPokoちゃん。KAFBOのダンボール製インテリアに登っているうちに筋力が付いて椅子の上にも乗れるようになったとか(写真撮影/片山貴博)

最初はあまり高いところには登れなかったPokoちゃん。KAFBOのダンボール製インテリアに登っているうちに筋力が付いて椅子の上にも乗れるようになったとか(写真撮影/片山貴博)

窓際のハンモックでくつろぐのが大好きな2匹。ハンモックはAmazonで購入したものにカバーをつけて(写真撮影/片山貴博)

窓際のハンモックでくつろぐのが大好きな2匹。ハンモックはAmazonで購入したものにカバーをつけて(写真撮影/片山貴博)

「Nikoは家具で爪研ぎなどはしないのですが、Pokoは一時期2階の壁をガリガリしていたので、爪研ぎをしないように爪研ぎ防止のビニールを貼ったりもしていました。うちの子はどちらも高いところに登れないので、キャビネットの上などは荒らされなくて済むので助かります(笑)。よくお花が咲く時期には生花を飾っているのですが、NikoもPokoもあまり興味がないようで食べたりしないんですよね。机の上にあっても、よけるものだと認識しているようでよけて歩くんですよ。ラグは敷いていると毛がついて掃除が大変なので、使うときだけ敷くようにしています。水飲み場は、水がたくさんこぼれるとむく材の床が腐ってしまうと思って、まわりに珪藻土のマットを敷いて水はね予防をしています」

2階の洋室にある猫用トイレには珪藻土を塗ったカバーをつけて目隠し。においもそれほど気にならなくなったそう(写真撮影/片山貴博)

2階の洋室にある猫用トイレには珪藻土を塗ったカバーをつけて目隠し。においもそれほど気にならなくなったそう(写真撮影/片山貴博)

日常がより豊かになる猫との暮らし

猫と人がお互いに心地よい関係性で暮らしているMakiさん一家。猫との生活で一番変わったことは、「旅行に行かなくなった」ことだとか。

「Pokoが来てから旅行に行くこともなかったのですが、昨年ひさしぶりに夫婦で一泊旅行に行きました。一泊だったのでお留守番してもらったのですが、もう心配で心配で(笑)。家にはカメラを3台設置しているので、まめにチェックしていました。ごはんのとき以外はほとんど寝ていましたね(笑)。

普段はiPhoneで撮影をすることが多いというMakiさん。カメラを使用することもあるとか(写真撮影/片山貴博)

普段はiPhoneで撮影をすることが多いというMakiさん。カメラを使用することもあるとか(写真撮影/片山貴博)

玄関横にあるNikoちゃんそっくりの人形。愛犬・愛猫のオーダーメイドぬいぐるみをつくる「PECO Hug」がモデル例として作ってくれたものだとか。思わずNikoちゃんと間違えてしまうことも(写真撮影/片山貴博)

玄関横にあるNikoちゃんそっくりの人形。愛犬・愛猫のオーダーメイドぬいぐるみをつくる「PECO Hug」がモデル例としてつくってくれたものだとか。思わずNikoちゃんと間違えてしまうことも(写真撮影/片山貴博)

今まで動物と暮らしたことがなかったので、動物を飼っているみなさんがよく言う『家族の一員だから』という言葉にあまりピンときていなかったんです。けれど、今はすごくよく分かります。性格的にも、手のかかり方も、5歳と3歳の子どもと暮らしている感じ。Nikoはおませな5歳の女の子で、Pokoは甘えん坊で手がかかる3歳の男の子。どちらもかわいいですね。旅行に行けなくなったことを悲観しているわけではなく、日常はより楽しくなりました。今はただただ長生きしてほしい。NikoとPokoが元気で、幸せだなと思ってほしいですね」

庭を散歩するのが大好きだという2匹が外をより見られるように、いつかウッドデッキをサンルームにしたいという夢をふくらませるMakiさん。2人と2匹の暮らしは、これからもさらに快適にアップデートされていきそうだ。

リードをつけて庭を散歩するのが大好きだというNikoちゃんとPokoちゃん。庭に出るとぐるぐると何周も回るそう(写真提供/Makiさん)

リードをつけて庭を散歩するのが大好きだというNikoちゃんとPokoちゃん。庭に出るとぐるぐると何周も回るそう(写真提供/Makiさん)

KAFBOのダンボール製ハウスですやすや寝ていたNikoちゃんとPokoちゃん(写真撮影/片山貴博)

KAFBOのダンボール製ハウスですやすや寝ていたNikoちゃんとPokoちゃん(写真撮影/片山貴博)

料理家のキッチンと朝ごはん[1]後編 調理実習台が主役。道具・器は長く使えるいいものだけを集めた

スタイリングもこなす料理研究家として、雑誌や書籍でさまざまなお菓子のレシピを提案している桑原奈津子さん。前回は、定番の朝ごはんとそのつくり方についてお聞きしました。今回は、桑原家のキッチンと、愛用している調理道具や器について、お話を伺います。【連載】料理家のキッチンと朝ごはん
料理研究家やフードコーディネーターといった料理のプロは、どんなキッチンで、どんな朝ごはんをつくって食べているのでしょうか? かれらが朝ごはんをつくる様子を拝見しながら、美味しいレシピを生み出すプロならではのキッチン収納の秘密を、片づけのプロ、ライフオーガナイザーが探ります。築55年の戸建をリノベーション。月日を経て味わいを増すキッチン

「工場や学校っぽい雰囲気が好き」だという桑原さん。キッチンツールや家具なども、無駄な装飾を省いた業務用のものが好みだそうです。けれども、桑原さん宅のキッチンは「業務用」という言葉からイメージされる無骨さとは無縁の、あたたかみのある雰囲気。

窓枠には、自家製の梅干しやフルーツのシロップ、空き瓶や保存容器などをディスプレイするように並べて収納。インテリアとしてキッチンになじんでいます(写真撮影/嶋崎征弘)

窓枠には、自家製の梅干しやフルーツのシロップ、空き瓶や保存容器などをディスプレイするように並べて収納。インテリアとしてキッチンになじんでいます(写真撮影/嶋崎征弘)

あたたかな日が差し込むダイニングスペースには、雑種のキップル(左)、ハチワレ猫の小鉄(右)、黒猫のクロ(出演拒否)のふかふかベッドが仲良く並んでいました(写真撮影/嶋崎征弘)

あたたかな日が差し込むダイニングスペースには、雑種のキップル(左)、ハチワレ猫の小鉄(右)、黒猫のクロ(出演拒否)のふかふかベッドが仲良く並んでいました(写真撮影/嶋崎征弘)

12年前にリノベーションした築55年の一戸建ての窓枠や柱などを、当時のまま残していることが、ぬくもりを感じさせる一因のようです。そこに、てらいのないスタイリングを得意とする桑原さんの手が加わることで、甘すぎないけれども穏やかでほっとする、独自の世界観が築き上げられていました。

「クリナップ」の調理実習台。大勢で使うことを前提でデザインされたシンクは、手前からでも横からでも洗い物ができる仕様。作業台下の収納スペース奥側にはボウルなどの調理道具、手前には「無印良品」の密閉ボックスを並べ、小麦粉や砂糖のストックを収納(写真撮影/嶋崎征弘)(写真撮影/嶋崎征弘)

「クリナップ」の調理実習台。大勢で使うことを前提でデザインされたシンクは、手前からでも横からでも洗い物ができる仕様。作業台下の収納スペース奥側にはボウルなどの調理道具、手前には「無印良品」の密閉ボックスを並べ、小麦粉や砂糖のストックを収納(写真撮影/嶋崎征弘)

桑原家の家具やキッチンツールの大半は、素材がステンレスもしくは木、色は白でそろえられています。すべてのものを同じタイミングで集めたわけではないのに、素材感や色が統一されているから、ものを出しっぱなしにした「オープン収納」を取り入れていても、キッチン全体がすっきりと、まとまって見えます。

ステンレス製キッチンと調和する、淡いグレーの背面カウンターは「校庭にあった水飲み場のイメージ。小石を混ぜて固めたセメントを、職人さんが手作業で研ぎ上げてくれました」。使い込むほど味の出る素材です(写真撮影/嶋崎征弘)

ステンレス製キッチンと調和する、淡いグレーの背面カウンターは「校庭にあった水飲み場のイメージ。小石を混ぜて固めたセメントを、職人さんが手作業で研ぎ上げてくれました」。使い込むほど味の出る素材です(写真撮影/嶋崎征弘)

「調理台にも背面カウンターにも引き出しが少ないので、新たに引き出し付きのワゴンを買い足しました。仕事場っぽい雰囲気にしたかったので、家具より工具入れが合うのではないかと思って、ネットで探しました。キッチンまわりの細々としたものを整理するのにとても便利ですよ」

「トラスコ」の「エースワゴン」にスパイスやカトラリー、トングなどを収納。同行のカメラマンさんいわく、「フォトスタジオでもよく使われているスチールワゴンです。ぼくもほしい」そうです(写真撮影/嶋崎征弘)

「トラスコ」の「エースワゴン」にスパイスやカトラリー、トングなどを収納。同行のカメラマンさんいわく、「フォトスタジオでもよく使われているスチールワゴンです。ぼくもほしい」そうです(写真撮影/嶋崎征弘)

最初にリノベーションを行ったのは12年前ですが、その後も少しずつ手を加え続けている桑原家。「収納スペースの中に取り付ける予定だった固定式の棚板は、あえて2年ほど設置しなかったんです。実際に使ってみて、ここだと確信できてから取り付けを依頼しました」。3年前には、本格的な修繕工事も実施。当時予算の都合などもあり、建築家と相談のうえ後回しにしていた外壁や屋根などに手を加えたそうです。

ウォールナットのダイニングテーブルは190 x 100cm。テーブルに合わせた6脚のチェアはすべてデザイン違い。アメリカの工場用の照明は、アンティークショップで見つけたもの(写真撮影/嶋崎征弘)

ウォールナットのダイニングテーブルは190 x 100cm。テーブルに合わせた6脚のチェアはすべてデザイン違い。アメリカの工場用の照明は、アンティークショップで見つけたもの(写真撮影/嶋崎征弘)

ダイニングテーブル背面に置いた白い飾り棚は、桑原さんが大学生のときに買ったもの。「薬棚のようなたたずまいが気に入っています」。前面がガラス扉なので、美しいコーヒーカップやティーポットなどを飾りながら収納(写真撮影/嶋崎征弘)

ダイニングテーブル背面に置いた白い飾り棚は、桑原さんが大学生のときに買ったもの。「薬棚のようなたたずまいが気に入っています」。前面がガラス扉なので、美しいコーヒーカップやティーポットなどを飾りながら収納(写真撮影/嶋崎征弘)

気に入ったものを長く大切に使うことで、自然と生まれた”統一感”

前回、桑原さんが朝ごはんをつくる際に使用したキッチンツール一式はこちら。「気に入ったものは長く使うほうです。ゆで卵をつぶすのに使ったザル、野菜の水切りに使ったサラダスピナーは、わたしの実家で使っていたものを譲り受けました。20~30年以上前のものなので、残念ながらメーカーや商品名は分かりません……」

画像の上、2本は「ウェンガー」のブレッドナイフとスナックナイフ。右のゴムベラは、継ぎ目のない一体型を愛用。中央の小さなボウルは調味料や食材をちょこっと入れるのに便利なので、たくさん持っているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

画像の上、2本は「ウェンガー」のブレッドナイフとスナックナイフ。右のゴムベラは、継ぎ目のない一体型を愛用。中央の小さなボウルは調味料や食材をちょこっと入れるのに便利なので、たくさん持っているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

朝ごはんに合わせる水出しコーヒーは多めにつくって、冷蔵庫にストックしているとのことでしたが、「紅茶も多めに淹れて、冷蔵庫にストックしています。水出しコーヒーと同じように、アイスで飲みたいときはそのまま、ホットで飲みたいときは電子レンジで温めればいいだけなので手軽ですよ」。

コーヒーは「KINTO」のジャグに、紅茶は「HARIO」のティーサーバーにストック。コーヒーはストックを切らさないようジャグを2本使い、「1本がなくなりそうになったら、もう1本つくるようにしています」(写真撮影/嶋崎征弘)

コーヒーは「KINTO」のジャグに、紅茶は「HARIO」のティーサーバーにストック。コーヒーはストックを切らさないようジャグを2本使い、「1本がなくなりそうになったら、もう1本つくるようにしています」(写真撮影/嶋崎征弘)

水出しコーヒーは「iwaki」のウォータードリップサーバーで抽出しています。「サーバーの大きさが400mlちょっとなので、1本のジャグに2回分入れています。1回の抽出に4時間、2回だと8時間。時間はかかりますが、放っておくだけでできるので手間はかかりません」

お取り寄せしているコーヒー豆を、その都度「Bodum」のグラインダーで挽いて水出ししているそうです。時間をかけて抽出するため、苦みやエグみの少ない、さっぱりとまろやかなコーヒーが淹れられます(写真撮影/嶋崎征弘)

お取り寄せしているコーヒー豆を、その都度「Bodum」のグラインダーで挽いて水出ししているそうです。時間をかけて抽出するため、苦みやエグみの少ない、さっぱりとまろやかなコーヒーが淹れられます(写真撮影/嶋崎征弘)

「業務用」のキッチンツールのなかにも、桑原さんのお気に入りアイテムがあるそうです。例えば、あちこちで少しずつ集めたステンレスのメジャーカップは「計量するだけでなく、水分の多いものをすくったり、小さなボウル代わりに使ったり。多用途に使えるので便利です。無駄のないデザインで、見た目がシンプルなところも気に入っています」

お気に入りのメジャーカップの奥にあるスケールも業務用。「感度が高いので計量スピードが早く、精度も高いんですよ。業務用なので丈夫で、とても古いものですがまだまだ現役。壊れる気配はありません」(写真撮影/嶋崎征弘)

お気に入りのメジャーカップの奥にあるスケールも業務用。「感度が高いので計量スピードが早く、精度も高いんですよ。業務用なので丈夫で、とても古いものですがまだまだ現役。壊れる気配はありません」(写真撮影/嶋崎征弘)

砂糖・塩を入れている容器も業務用です。ステンレスふたの内側にある凸部分を本体ケースにひっかけると、ふたを開けたままにできるというスグレモノ(写真撮影/嶋崎征弘)

砂糖・塩を入れている容器も業務用です。ステンレスふたの内側にある凸部分を本体ケースにひっかけると、ふたを開けたままにできるというスグレモノ(写真撮影/嶋崎征弘)

工場や学校っぽい雰囲気が好きだとは言っても、「実用的なもの」ばかりではない桑原さんのキッチン。トースターの上に置かれた木製トングは、「はさみ型なのでトーストしたパンをはさみやすいんですよ。トングでトースターから取り出したパンは、木製トレーの上に置くと、溝にパンくずが落ちて散らからない仕組みなんです。かわいらしくて、いいでしょう(笑)」と、おちゃめに語ってくれました。

トーストだけでなく、お菓子やサラダをはさむのにも使いやすいという木製トング。よくあるステンレス製のトングよりあたたかみがあるので、テーブルにそのまま出してもスタイリングの邪魔になりません(写真撮影/嶋崎征弘)

トーストだけでなく、お菓子やサラダをはさむのにも使いやすいという木製トング。よくあるステンレス製のトングよりあたたかみがあるので、テーブルにそのまま出してもスタイリングの邪魔になりません(写真撮影/嶋崎征弘)

大好きな器を大事に収めるために設計した、天井まである大型収納

料理研究家という職業柄、桑原さんはたくさんの食器やグラス、スタイリング小物などをお持ちです。にもかかわらず、そういったものが出しっぱなしになっていないのは、シンク横に造り付けた大型タワー収納のおかげ。よく使う食器や調理道具はシンクのすぐ横の棚にまとめ、あまり使わない雑貨類は上の棚に保管しているそうです。

使用頻度の低いお菓子の型や木製トレーなどは、左側の棚に。スタイリング用に保管しておきたい小物のほか、あまり使わないホットプレートやたこ焼き機などは上段に収納。明確にゾーニングされていました(写真撮影/嶋崎征弘)

使用頻度の低いお菓子の型や木製トレーなどは、左側の棚に。スタイリング用に保管しておきたい小物のほか、あまり使わないホットプレートやたこ焼き機などは上段に収納。明確にゾーニングされていました(写真撮影/嶋崎征弘)

冷蔵庫のサイズに合わせて造り付けているため、収納スペースの奥行きは約70cmと深めです。奥行きが深いと食器棚としては扱いづらいものなのですが、桑原さんは手前に使用頻度の高いもの、奥側に使用頻度の低いものを収めることで、使い勝手をよくしていました。収めるものの高さに合わせて、棚板の幅が微調整されていることも、ものの探しやすさ、出し入れしやすさに直結しています。

グラス、マグ、平皿、小鉢、汁椀など、ジャンルごとにざっくり分類。お皿は似たサイズごとに重ねて収納しています。ココットや小さいグラスなど、こまごましたものはプラスチックのかごにまとめて取り出しやすく(写真撮影/嶋崎征弘) 

グラス、マグ、平皿、小鉢、汁椀など、ジャンルごとにざっくり分類。お皿は似たサイズごとに重ねて収納しています。ココットや小さいグラスなど、こまごましたものはプラスチックのかごにまとめて取り出しやすく(写真撮影/嶋崎征弘) 

「収納スペースがいっぱいなので、以前ほど食器を買わなくなりました。最近はお気に入りのショップに出かけても、見るだけのことが多いです。今使っているものが割れたり、欠けたりしたら、その分は買っていいことにしているんですが、食器って意外と丈夫で長持ちするんですよね(笑)。うちにあるものは、気がつくとどれも長いこと使っているものばかり。使い込むうちに愛着が増すように感じます」

「食器はまとめてそろえず、一枚ずつ集めてもいい」という桑原さん。おすすめは、「お皿なら、白い陶器のもの。磁器よりもあたたかみがあり、使うほどに味がでます。パスタでもカレーでも、おでんでも煮物でも、フルーツでも合いますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

「食器はまとめてそろえず、一枚ずつ集めてもいい」という桑原さん。おすすめは、「お皿なら、白い陶器のもの。磁器よりもあたたかみがあり、使うほどに味がでます。パスタでもカレーでも、おでんでも煮物でも、フルーツでも合いますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

グラスのおすすめは、「うすはりほど薄くないシンプルなタンブラーや、背の低いロックグラスのようなタイプが使いやすいと思います。ビールでもワインでも、お茶でもジュースでも、違和感なく使えます」(写真撮影/嶋崎征弘)

グラスのおすすめは、「うすはりほど薄くないシンプルなタンブラーや、背の低いロックグラスのようなタイプが使いやすいと思います。ビールでもワインでも、お茶でもジュースでも、違和感なく使えます」(写真撮影/嶋崎征弘)

よいものを長く大切に使いたいという想いが深い桑原さん。お母様から譲り受けたもの、大学生のころに買ったもの、アンティークショップで出合ったもの。桑原さんのキッチンには、時間をかけて集めたお気に入りがあふれていました。そのアプローチは、何年にもわたって手をかけ続ける家づくり、キッチンづくりにも表れています。

桑原さんのキッチンや愛用品を拝見し、そのお話を聞くにつれ、改めて「家づくりは急がなくていい」「いきなりゴールを目指さなくていい」のだと感じました。少しずつ積み重ねながら、時とともに味わいを増していく桑原家。ここから紡ぎ出される、素朴ながらも研ぎ澄まされたおいしいお菓子のレシピを、これからも楽しみにしています。

●前編はこちら
料理家のキッチンと朝ごはん[1]前編 オープン収納で取り出しやすく。桑原奈津子さんのサンドイッチレシピ●取材協力
桑原奈津子さん
広島市生まれ。幼少期をベルギーで過ごす。大学卒業後、カフェのベーカリー・キッチンを経て、大手製粉会社に入社。製菓・製パンメーカーへの試作・商品化に数多く携わる。その後、外資系の加工でん粉メーカーで研究職に従事。2004年独立、フリーの料理家に。著書に『小麦粉なしでかんたん、やさしい。お菓子とパン』(主婦と生活社)、『いっぴきとにひき』(大福書林)など多数。
>HP >Twitter >Instagram

料理家のキッチンと朝ごはん[1]後編 調理実習台が主役。道具・器は長く使えるいいものだけを集めた

スタイリングもこなす料理研究家として、雑誌や書籍でさまざまなお菓子のレシピを提案している桑原奈津子さん。前回は、定番の朝ごはんとそのつくり方についてお聞きしました。今回は、桑原家のキッチンと、愛用している調理道具や器について、お話を伺います。【連載】料理家のキッチンと朝ごはん
料理研究家やフードコーディネーターといった料理のプロは、どんなキッチンで、どんな朝ごはんをつくって食べているのでしょうか? かれらが朝ごはんをつくる様子を拝見しながら、美味しいレシピを生み出すプロならではのキッチン収納の秘密を、片づけのプロ、ライフオーガナイザーが探ります。築55年の戸建をリノベーション。月日を経て味わいを増すキッチン

「工場や学校っぽい雰囲気が好き」だという桑原さん。キッチンツールや家具なども、無駄な装飾を省いた業務用のものが好みだそうです。けれども、桑原さん宅のキッチンは「業務用」という言葉からイメージされる無骨さとは無縁の、あたたかみのある雰囲気。

窓枠には、自家製の梅干しやフルーツのシロップ、空き瓶や保存容器などをディスプレイするように並べて収納。インテリアとしてキッチンになじんでいます(写真撮影/嶋崎征弘)

窓枠には、自家製の梅干しやフルーツのシロップ、空き瓶や保存容器などをディスプレイするように並べて収納。インテリアとしてキッチンになじんでいます(写真撮影/嶋崎征弘)

あたたかな日が差し込むダイニングスペースには、雑種のキップル(左)、ハチワレ猫の小鉄(右)、黒猫のクロ(出演拒否)のふかふかベッドが仲良く並んでいました(写真撮影/嶋崎征弘)

あたたかな日が差し込むダイニングスペースには、雑種のキップル(左)、ハチワレ猫の小鉄(右)、黒猫のクロ(出演拒否)のふかふかベッドが仲良く並んでいました(写真撮影/嶋崎征弘)

12年前にリノベーションした築55年の一戸建ての窓枠や柱などを、当時のまま残していることが、ぬくもりを感じさせる一因のようです。そこに、てらいのないスタイリングを得意とする桑原さんの手が加わることで、甘すぎないけれども穏やかでほっとする、独自の世界観が築き上げられていました。

「クリナップ」の調理実習台。大勢で使うことを前提でデザインされたシンクは、手前からでも横からでも洗い物ができる仕様。作業台下の収納スペース奥側にはボウルなどの調理道具、手前には「無印良品」の密閉ボックスを並べ、小麦粉や砂糖のストックを収納(写真撮影/嶋崎征弘)(写真撮影/嶋崎征弘)

「クリナップ」の調理実習台。大勢で使うことを前提でデザインされたシンクは、手前からでも横からでも洗い物ができる仕様。作業台下の収納スペース奥側にはボウルなどの調理道具、手前には「無印良品」の密閉ボックスを並べ、小麦粉や砂糖のストックを収納(写真撮影/嶋崎征弘)

桑原家の家具やキッチンツールの大半は、素材がステンレスもしくは木、色は白でそろえられています。すべてのものを同じタイミングで集めたわけではないのに、素材感や色が統一されているから、ものを出しっぱなしにした「オープン収納」を取り入れていても、キッチン全体がすっきりと、まとまって見えます。

ステンレス製キッチンと調和する、淡いグレーの背面カウンターは「校庭にあった水飲み場のイメージ。小石を混ぜて固めたセメントを、職人さんが手作業で研ぎ上げてくれました」。使い込むほど味の出る素材です(写真撮影/嶋崎征弘)

ステンレス製キッチンと調和する、淡いグレーの背面カウンターは「校庭にあった水飲み場のイメージ。小石を混ぜて固めたセメントを、職人さんが手作業で研ぎ上げてくれました」。使い込むほど味の出る素材です(写真撮影/嶋崎征弘)

「調理台にも背面カウンターにも引き出しが少ないので、新たに引き出し付きのワゴンを買い足しました。仕事場っぽい雰囲気にしたかったので、家具より工具入れが合うのではないかと思って、ネットで探しました。キッチンまわりの細々としたものを整理するのにとても便利ですよ」

「トラスコ」の「エースワゴン」にスパイスやカトラリー、トングなどを収納。同行のカメラマンさんいわく、「フォトスタジオでもよく使われているスチールワゴンです。ぼくもほしい」そうです(写真撮影/嶋崎征弘)

「トラスコ」の「エースワゴン」にスパイスやカトラリー、トングなどを収納。同行のカメラマンさんいわく、「フォトスタジオでもよく使われているスチールワゴンです。ぼくもほしい」そうです(写真撮影/嶋崎征弘)

最初にリノベーションを行ったのは12年前ですが、その後も少しずつ手を加え続けている桑原家。「収納スペースの中に取り付ける予定だった固定式の棚板は、あえて2年ほど設置しなかったんです。実際に使ってみて、ここだと確信できてから取り付けを依頼しました」。3年前には、本格的な修繕工事も実施。当時予算の都合などもあり、建築家と相談のうえ後回しにしていた外壁や屋根などに手を加えたそうです。

ウォールナットのダイニングテーブルは190 x 100cm。テーブルに合わせた6脚のチェアはすべてデザイン違い。アメリカの工場用の照明は、アンティークショップで見つけたもの(写真撮影/嶋崎征弘)

ウォールナットのダイニングテーブルは190 x 100cm。テーブルに合わせた6脚のチェアはすべてデザイン違い。アメリカの工場用の照明は、アンティークショップで見つけたもの(写真撮影/嶋崎征弘)

ダイニングテーブル背面に置いた白い飾り棚は、桑原さんが大学生のときに買ったもの。「薬棚のようなたたずまいが気に入っています」。前面がガラス扉なので、美しいコーヒーカップやティーポットなどを飾りながら収納(写真撮影/嶋崎征弘)

ダイニングテーブル背面に置いた白い飾り棚は、桑原さんが大学生のときに買ったもの。「薬棚のようなたたずまいが気に入っています」。前面がガラス扉なので、美しいコーヒーカップやティーポットなどを飾りながら収納(写真撮影/嶋崎征弘)

気に入ったものを長く大切に使うことで、自然と生まれた”統一感”

前回、桑原さんが朝ごはんをつくる際に使用したキッチンツール一式はこちら。「気に入ったものは長く使うほうです。ゆで卵をつぶすのに使ったザル、野菜の水切りに使ったサラダスピナーは、わたしの実家で使っていたものを譲り受けました。20~30年以上前のものなので、残念ながらメーカーや商品名は分かりません……」

画像の上、2本は「ウェンガー」のブレッドナイフとスナックナイフ。右のゴムベラは、継ぎ目のない一体型を愛用。中央の小さなボウルは調味料や食材をちょこっと入れるのに便利なので、たくさん持っているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

画像の上、2本は「ウェンガー」のブレッドナイフとスナックナイフ。右のゴムベラは、継ぎ目のない一体型を愛用。中央の小さなボウルは調味料や食材をちょこっと入れるのに便利なので、たくさん持っているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

朝ごはんに合わせる水出しコーヒーは多めにつくって、冷蔵庫にストックしているとのことでしたが、「紅茶も多めに淹れて、冷蔵庫にストックしています。水出しコーヒーと同じように、アイスで飲みたいときはそのまま、ホットで飲みたいときは電子レンジで温めればいいだけなので手軽ですよ」。

コーヒーは「KINTO」のジャグに、紅茶は「HARIO」のティーサーバーにストック。コーヒーはストックを切らさないようジャグを2本使い、「1本がなくなりそうになったら、もう1本つくるようにしています」(写真撮影/嶋崎征弘)

コーヒーは「KINTO」のジャグに、紅茶は「HARIO」のティーサーバーにストック。コーヒーはストックを切らさないようジャグを2本使い、「1本がなくなりそうになったら、もう1本つくるようにしています」(写真撮影/嶋崎征弘)

水出しコーヒーは「iwaki」のウォータードリップサーバーで抽出しています。「サーバーの大きさが400mlちょっとなので、1本のジャグに2回分入れています。1回の抽出に4時間、2回だと8時間。時間はかかりますが、放っておくだけでできるので手間はかかりません」

お取り寄せしているコーヒー豆を、その都度「Bodum」のグラインダーで挽いて水出ししているそうです。時間をかけて抽出するため、苦みやエグみの少ない、さっぱりとまろやかなコーヒーが淹れられます(写真撮影/嶋崎征弘)

お取り寄せしているコーヒー豆を、その都度「Bodum」のグラインダーで挽いて水出ししているそうです。時間をかけて抽出するため、苦みやエグみの少ない、さっぱりとまろやかなコーヒーが淹れられます(写真撮影/嶋崎征弘)

「業務用」のキッチンツールのなかにも、桑原さんのお気に入りアイテムがあるそうです。例えば、あちこちで少しずつ集めたステンレスのメジャーカップは「計量するだけでなく、水分の多いものをすくったり、小さなボウル代わりに使ったり。多用途に使えるので便利です。無駄のないデザインで、見た目がシンプルなところも気に入っています」

お気に入りのメジャーカップの奥にあるスケールも業務用。「感度が高いので計量スピードが早く、精度も高いんですよ。業務用なので丈夫で、とても古いものですがまだまだ現役。壊れる気配はありません」(写真撮影/嶋崎征弘)

お気に入りのメジャーカップの奥にあるスケールも業務用。「感度が高いので計量スピードが早く、精度も高いんですよ。業務用なので丈夫で、とても古いものですがまだまだ現役。壊れる気配はありません」(写真撮影/嶋崎征弘)

砂糖・塩を入れている容器も業務用です。ステンレスふたの内側にある凸部分を本体ケースにひっかけると、ふたを開けたままにできるというスグレモノ(写真撮影/嶋崎征弘)

砂糖・塩を入れている容器も業務用です。ステンレスふたの内側にある凸部分を本体ケースにひっかけると、ふたを開けたままにできるというスグレモノ(写真撮影/嶋崎征弘)

工場や学校っぽい雰囲気が好きだとは言っても、「実用的なもの」ばかりではない桑原さんのキッチン。トースターの上に置かれた木製トングは、「はさみ型なのでトーストしたパンをはさみやすいんですよ。トングでトースターから取り出したパンは、木製トレーの上に置くと、溝にパンくずが落ちて散らからない仕組みなんです。かわいらしくて、いいでしょう(笑)」と、おちゃめに語ってくれました。

トーストだけでなく、お菓子やサラダをはさむのにも使いやすいという木製トング。よくあるステンレス製のトングよりあたたかみがあるので、テーブルにそのまま出してもスタイリングの邪魔になりません(写真撮影/嶋崎征弘)

トーストだけでなく、お菓子やサラダをはさむのにも使いやすいという木製トング。よくあるステンレス製のトングよりあたたかみがあるので、テーブルにそのまま出してもスタイリングの邪魔になりません(写真撮影/嶋崎征弘)

大好きな器を大事に収めるために設計した、天井まである大型収納

料理研究家という職業柄、桑原さんはたくさんの食器やグラス、スタイリング小物などをお持ちです。にもかかわらず、そういったものが出しっぱなしになっていないのは、シンク横に造り付けた大型タワー収納のおかげ。よく使う食器や調理道具はシンクのすぐ横の棚にまとめ、あまり使わない雑貨類は上の棚に保管しているそうです。

使用頻度の低いお菓子の型や木製トレーなどは、左側の棚に。スタイリング用に保管しておきたい小物のほか、あまり使わないホットプレートやたこ焼き機などは上段に収納。明確にゾーニングされていました(写真撮影/嶋崎征弘)

使用頻度の低いお菓子の型や木製トレーなどは、左側の棚に。スタイリング用に保管しておきたい小物のほか、あまり使わないホットプレートやたこ焼き機などは上段に収納。明確にゾーニングされていました(写真撮影/嶋崎征弘)

冷蔵庫のサイズに合わせて造り付けているため、収納スペースの奥行きは約70cmと深めです。奥行きが深いと食器棚としては扱いづらいものなのですが、桑原さんは手前に使用頻度の高いもの、奥側に使用頻度の低いものを収めることで、使い勝手をよくしていました。収めるものの高さに合わせて、棚板の幅が微調整されていることも、ものの探しやすさ、出し入れしやすさに直結しています。

グラス、マグ、平皿、小鉢、汁椀など、ジャンルごとにざっくり分類。お皿は似たサイズごとに重ねて収納しています。ココットや小さいグラスなど、こまごましたものはプラスチックのかごにまとめて取り出しやすく(写真撮影/嶋崎征弘) 

グラス、マグ、平皿、小鉢、汁椀など、ジャンルごとにざっくり分類。お皿は似たサイズごとに重ねて収納しています。ココットや小さいグラスなど、こまごましたものはプラスチックのかごにまとめて取り出しやすく(写真撮影/嶋崎征弘) 

「収納スペースがいっぱいなので、以前ほど食器を買わなくなりました。最近はお気に入りのショップに出かけても、見るだけのことが多いです。今使っているものが割れたり、欠けたりしたら、その分は買っていいことにしているんですが、食器って意外と丈夫で長持ちするんですよね(笑)。うちにあるものは、気がつくとどれも長いこと使っているものばかり。使い込むうちに愛着が増すように感じます」

「食器はまとめてそろえず、一枚ずつ集めてもいい」という桑原さん。おすすめは、「お皿なら、白い陶器のもの。磁器よりもあたたかみがあり、使うほどに味がでます。パスタでもカレーでも、おでんでも煮物でも、フルーツでも合いますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

「食器はまとめてそろえず、一枚ずつ集めてもいい」という桑原さん。おすすめは、「お皿なら、白い陶器のもの。磁器よりもあたたかみがあり、使うほどに味がでます。パスタでもカレーでも、おでんでも煮物でも、フルーツでも合いますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

グラスのおすすめは、「うすはりほど薄くないシンプルなタンブラーや、背の低いロックグラスのようなタイプが使いやすいと思います。ビールでもワインでも、お茶でもジュースでも、違和感なく使えます」(写真撮影/嶋崎征弘)

グラスのおすすめは、「うすはりほど薄くないシンプルなタンブラーや、背の低いロックグラスのようなタイプが使いやすいと思います。ビールでもワインでも、お茶でもジュースでも、違和感なく使えます」(写真撮影/嶋崎征弘)

よいものを長く大切に使いたいという想いが深い桑原さん。お母様から譲り受けたもの、大学生のころに買ったもの、アンティークショップで出合ったもの。桑原さんのキッチンには、時間をかけて集めたお気に入りがあふれていました。そのアプローチは、何年にもわたって手をかけ続ける家づくり、キッチンづくりにも表れています。

桑原さんのキッチンや愛用品を拝見し、そのお話を聞くにつれ、改めて「家づくりは急がなくていい」「いきなりゴールを目指さなくていい」のだと感じました。少しずつ積み重ねながら、時とともに味わいを増していく桑原家。ここから紡ぎ出される、素朴ながらも研ぎ澄まされたおいしいお菓子のレシピを、これからも楽しみにしています。

●前編はこちら
料理家のキッチンと朝ごはん[1]前編 オープン収納で取り出しやすく。桑原奈津子さんのサンドイッチレシピ●取材協力
桑原奈津子さん
広島市生まれ。幼少期をベルギーで過ごす。大学卒業後、カフェのベーカリー・キッチンを経て、大手製粉会社に入社。製菓・製パンメーカーへの試作・商品化に数多く携わる。その後、外資系の加工でん粉メーカーで研究職に従事。2004年独立、フリーの料理家に。著書に『小麦粉なしでかんたん、やさしい。お菓子とパン』(主婦と生活社)、『いっぴきとにひき』(大福書林)など多数。
>HP >Twitter >Instagram

料理家のキッチンと朝ごはん[1]前編 オープン収納で取り出しやすく。桑原奈津子さんのサンドイッチレシピ

パンケーキやショートブレッド、ビスケットなど、さまざまな”粉”を使ったお菓子のレシピを提案する料理研究家、桑原奈津子さん。デザイナーの夫と、雑種のキップル、黒猫のクロ、ハチワレ猫の小鉄と暮らす桑原さんのキッチンで、朝ごはんについて伺いました。【連載】料理家のキッチンと朝ごはん
料理研究家やフードコーディネーターといった料理のプロは、どんなキッチンで、どんな朝ごはんをつくって食べているのでしょうか? かれらが朝ごはんをつくる様子を拝見しながら、おいしいレシピを生み出すプロならではのキッチン収納の秘密を、片づけのプロ、ライフオーガナイザーが探ります。平日の朝はおかず系とおやつ系、2種類のサンドイッチを定番に

レシピの提案だけでなく、スタイリングも自らこなす料理研究家として、雑誌や書籍で活躍する桑原さん。12年前、築55年の一戸建てをリノベーションした自宅兼スタジオにお邪魔した私たちを、桑原さんと共に迎えてくれたのは、雑種のキップルでした。

キップルは桑原さんの著書にもたびたび登場する有名犬。『パンといっぴき』『パンといっぴき 2』(パイインターナショナル)といった書籍のほか、ツイッター(@KWHR725)でも、そのかわいい姿が見られます(写真撮影/嶋崎征弘)

キップルは桑原さんの著書にもたびたび登場する有名犬。『パンといっぴき』『パンといっぴき 2』(パイインターナショナル)といった書籍のほか、ツイッター(@KWHR725)でも、そのかわいい姿が見られます(写真撮影/嶋崎征弘)

桑原家の平日の朝ごはんは、サンドイッチが定番だそうです。「野菜をたっぷり使ったおかず系サンドイッチと、ジャムやバターを使った甘いおやつ系サンドイッチ。2種類つくることが多いです。おかず系とおやつ系、両方あると、飽きずに楽しめますよ」と桑原さん。

今回は、おかず系として「ブロッコリースプラウトとバジルの卵チーズサンド」、おやつ系として「ピーナツバター・ジャムサンド」のつくり方を教えていただきました。

桑原さんはいつも、使う食材をすべて作業台に並べてから、朝ごはんをつくり始めるそうです。「調理中に、何度も冷蔵庫と作業台を行ったり来たりしなくていいので、無駄なく動くことができますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

桑原さんはいつも、使う食材をすべて作業台に並べてから、朝ごはんをつくり始めるそうです。「調理中に、何度も冷蔵庫と作業台を行ったり来たりしなくていいので、無駄なく動くことができますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

桑原さん家のピーナツバターサンドは組み合わせを楽しむ

「ピーナツバター・ジャムサンド」

<用意するもの(各2人分。分量のないものは、お好みの量を)>
・食パン 2枚
・ピーナツバター
・マーマレード

まずは「ピーナツバター・ジャムサンド」からスタート。つくり方はとっても簡単。食パン一枚にピーナツバターを、もう一枚にマーマレードをぬって重ねるだけ。「マーマレード以外のジャムでもおいしいですよ。今の季節なら、わたしは栗のジャムとローストくるみをあわせるのも好きです」

ピーナツバターは、粒が残ったクランチタイプがおすすめ。桑原さんが今使っているのは、原材料の90%以上がピーナツという「ホームプレート ピーナッツバター」。成城石井などで手に入ります(写真撮影/嶋崎征弘)

ピーナツバターは、粒が残ったクランチタイプがおすすめ。桑原さんが今使っているのは、原材料の90%以上がピーナツという「ホームプレート ピーナッツバター」。成城石井などで手に入ります(写真撮影/嶋崎征弘)

桑原家では、朝ごはん用の食パンはホームベーカリーで焼いているそうです。「ふたり家族なので、一斤で2日分の朝ごはんになります」。小麦粉、塩、砂糖、バター、牛乳、ドライイーストでつくるシンプルなパンだそうですが、粉の配合にはこだわりが。「国産小麦の『春よ恋』だけではボリューム不足だと感じるので、外国産の『カメリア』と半々くらいにブレンドしています」

桑原さん家の卵チーズサンドは具材モリモリがポイント!

「ブロッコリースプラウトとバジルの卵チーズサンド」

<用意するもの(各2人分。分量のないものは、お好みの量を)>
・食パン 2枚
・スライスチーズ 2枚(桑原さんは、白カビチーズ「トランシュ・ドゥブリー」を使用)
・ブロッコリースプラウト 25g
・バジルの葉 10枚
・ゆで卵 2個
・ピクルス 1本
・粒マスタード 小さじ1
・マヨネーズ 20~30g
・バター
・胡椒

もうひとつは、「ブロッコリースプラウトとバジルの卵チーズサンド」。まず、食パンに、室温でやわらかくしたバターをぬります。

2日に一度の高頻度でパンを焼くため、ホームペーカリーは背面カウンターに出しっぱなしに。その隣にはスタンドミキサーが置かれていました。どちらも本体の色を「白」で統一することで、出しっぱなしでもすっきり見えます(写真撮影/嶋崎征弘)

2日に一度の高頻度でパンを焼くため、ホームペーカリーは背面カウンターに出しっぱなしに。その隣にはスタンドミキサーが置かれていました。どちらも本体の色を「白」で統一することで、出しっぱなしでもすっきり見えます(写真撮影/嶋崎征弘)

次に、ゆで卵をつぶします。「エッグスライサーを使ってみじん切りにすることもありますが、今回は粗めのザルでこします。同じ食材でも、食感が違うと味の印象も変わるんですよ」。そう話しながら、作業台下のオープン棚から、ひょい!とボウルを取り出す桑原さん。

ステンレス製の大・中・小サイズのボウルは重ねて収納。その右手にはミニサイズのボウル、左手にはサイズ違いのザルが収納されています(写真撮影/嶋崎征弘)

ステンレス製の大・中・小サイズのボウルは重ねて収納。その右手にはミニサイズのボウル、左手にはサイズ違いのザルが収納されています(写真撮影/嶋崎征弘)

奥側はコの字ラックでかさ上げし、ガラス製のボウルなどを収めています。右奥にはボックスにひとまとめにした液体調味料が。のぞきこめばどこになにがあるか一目瞭然の、作業効率のよい収納スタイルです(写真撮影/嶋崎征弘)

奥側はコの字ラックでかさ上げし、ガラス製のボウルなどを収めています。右奥にはボックスにひとまとめにした液体調味料が。のぞきこめばどこになにがあるか一目瞭然の、作業効率のよい収納スタイルです(写真撮影/嶋崎征弘)

ボウルに目の粗いザルを引っ掛け、ゴムベラでゆで卵を押しつけるようにしてこしたら、さっと振り向き、背面のカウンターに出しっぱなしにしている業務用クッキングスケールに、ゆで卵の入ったボウルをのせる桑原さん。計量しながら、マヨネーズをボウルに直接絞り出します。

硬くて荒い網目のザルを使い、短く持ったゴムベラでゆで卵をつぶします。ザルでこしたゆで卵は、まるでミモザのようにかわいらしい。「ふわっとした食感が楽しめますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

硬くて粗い網目のザルを使い、短く持ったゴムベラでゆで卵をつぶします。ザルでこしたゆで卵は、まるでミモザのようにかわいらしい。「ふわっとした食感が楽しめますよ」(写真撮影/嶋崎征弘)

続いて、瓶入りマスタードをすくうためのスプーンを取り出したのは、水切りかご。「頻繁に使うものは、洗ったあと水切りかごに入れっぱなしです(笑)」という桑原さんの発言に、なぜだか親近感を感じてしまう……。

洗ったカトラリー類は、水切りかご横に引っ掛けた付属のステンレスのカップに入れておきます。カップを作業台側にひっかけておけば、調理中でも片手でさっと取り出せます(写真撮影/嶋崎征弘)

洗ったカトラリー類は、水切りかご横に引っ掛けた付属のステンレスのカップに入れておきます。カップを作業台側にひっかけておけば、調理中でも片手でさっと取り出せます(写真撮影/嶋崎征弘)

先ほどバターをぬった食パンに粒マスターをのばしてスライスチーズをのせ、その上にマヨネーズを加えて混ぜたゆで卵ペーストをのせます。

ゆで卵をつぶすとき、調味料を混ぜるとき、卵ペーストをぬり広げるとき。すべて同じゴムベラを使えば、洗い物が減らせます。朝の貴重な時間を無駄にしない、小さな工夫(写真撮影/嶋崎征弘)

ゆで卵をつぶすとき、調味料を混ぜるとき、卵ペーストをぬり広げるとき。すべて同じゴムベラを使えば、洗い物が減らせます。朝の貴重な時間を無駄にしない、小さな工夫(写真撮影/嶋崎征弘)

作業台からまた振り向いて、背面カウンター上のナイフスタンドからナイフを、その横のツールスタンドから菜ばしを取ります。菜ばしでピクルスを瓶から取り出してまな板に置き、ナイフで半分にカット。

壁面に取り付けるマグネット式のナイフラックも検討したものの、「常に刃が見えているのが怖くて(笑)」。代わりに、ワンアクションで出し入れできる竹製のナイフスタンドを採用(写真撮影/嶋崎征弘)

壁面に取り付けるマグネット式のナイフラックも検討したものの、「常に刃が見えているのが怖くて(笑)」。代わりに、ワンアクションで出し入れできる竹製のナイフスタンドを採用(写真撮影/嶋崎征弘)

卵ペーストの上にカットしたピクルスを並べたら、洗ってサラダスピナーでしっかり水切りしたブロッコリースプラウトをのせます。その上に、お好みでマヨネーズをしぼって、バジルをのせます。もちろんバジルも、洗ってしっかり水切りするのが、水っぽくならない秘訣。「サラダスピナーは朝も晩もよく使う道具なので、あえてしまいこまず、たいてい作業台の上に出しっぱなしにしています」

ブロッコリースプラウトはパンではさむとかさが減るので、「盛りすぎかな?」と思うくらい多めにトッピングするのがポイント。バジルが苦手なら、なくてもOK(写真撮影/嶋崎征弘)

ブロッコリースプラウトはパンではさむとかさが減るので、「盛りすぎかな?」と思うくらい多めにトッピングするのがポイント。バジルが苦手なら、なくてもOK(写真撮影/嶋崎征弘)

最後に、もう一枚の食パンをのせ、上から優しくぎゅっと抑えたら、「ブロッコリースプラウトとバジルの卵チーズサンド」の出来上がりです。

夫婦の食べる時間に合わせ、半分は朝ごはん、もう半分は昼ごはんに

完成した二種類のサンドイッチは、夫婦二人分。桑原さんの朝ごはんと、夫の昼ごはんになるそうです。「夫は朝、あまり食欲がないので、コーヒーと果物といった軽いものを別に用意しています。夫用のサンドイッチはラップで包んで保冷バッグに入れ、お弁当にしています」。そう話しながら桑原さんは、作業台横にある電子レンジ台の下から、するっとラップを取り出しました。

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ラップの収納場所は、出来上がったサンドイッチを包むとき、作業台から一歩も動かずに取り出せる絶妙な配置。電子レンジ下なので、温めたい食品にラップをかけるのにも便利(写真撮影/嶋崎征弘)

ラップの収納場所は、出来上がったサンドイッチを包むとき、作業台から一歩も動かずに取り出せる絶妙な配置。電子レンジ下なので、温めたい食品にラップをかけるのにも便利(写真撮影/嶋崎征弘)

半分にカットしたおかず系サイドイッチとおやつ系サンドイッチをそれぞれラップで包んだら、夫のお弁当が完成。ご自身のサンドイッチは、お皿にのせて食卓へ。

食器類の大半は作業台横に造り付けた収納スペースにまとめているため、お皿を取り出して盛り付ける動きもスムーズ。奥行きがある棚の手前によく使う器、奥にあまり使わない器を配置(写真撮影/嶋崎征弘)

食器類の大半は作業台横に造り付けた収納スペースにまとめているため、お皿を取り出して盛り付ける動きもスムーズ。奥行きがある棚の手前によく使う器、奥にあまり使わない器を配置(写真撮影/嶋崎征弘)

朝ごはんに合わせる定番の飲み物は、水出しコーヒー。「夫とわたしで、それぞれコーヒーを飲むタイミングが違うので、一度に800mlくらいを水出しして、常に冷蔵庫にストックしています」。暑い季節なら冷蔵庫からそのまま取り出してアイスコーヒーとして、寒い季節は電子レンジで温めてホットコーヒーとして飲むそうです。

お気に入りのコーヒー豆は、鎌倉にある「カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ」のもの。お店のウェブショップで、中深煎りと深煎りのものを選んで1kgくらいまとめて購入しているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

お気に入りのコーヒー豆は、鎌倉にある「カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ」のもの。お店のウェブショップで、中深煎りと深煎りのものを選んで1kgくらいまとめて購入しているそうです(写真撮影/嶋崎征弘)

朝ごはんづくりに悩む時間が減らせる、メニューの柔軟なルール化

桑原さんが食卓に座り、「いただきまーす」の瞬間、どこからともなく近づいてきたのは、もちろんキップル。「パンが大好きなので、朝ごはんの準備ができると、自然と近くにやってきます」。書籍やツイッターで紹介されているとおりのキップルと桑原さんの朝ごはんの風景は、見ているだけでほのぼのと癒やされるものでした。

里親募集サイトを通して、生後3カ月くらいで桑原家にやってきたキップルは、現在12歳。「保護犬の存在と雑種犬の魅力を伝えられたらと思って、ツイッターにキップルの写真を投稿しはじめました」(写真撮影/嶋崎征弘)

里親募集サイトを通して、生後3カ月くらいで桑原家にやってきたキップルは、現在12歳。「保護犬の存在と雑種犬の魅力を伝えられたらと思って、ツイッターにキップルの写真を投稿しはじめました」(写真撮影/嶋崎征弘)

「朝ごはん」というと、毎朝、違うものを用意しなくては!と意気込んでしまい、キッチンに立つのが憂うつになることも。桑原さんのように、「平日はサンドイッチが定番。そのときどきで、具材を変える」と、あらかじめ柔軟なルールを決めておけば、「朝、なにをつくろうか?」と悩む時間を減らせそうです。

また、よく使うものは出しっぱなしにしたり、扉のないオープン棚を活用したりといった桑原家のキッチン収納のスタイルは、料理が苦手、片づけが面倒なわたしのようなタイプは積極的に見習いたい考え方です。いちいちものを取り出す手間、収める手間がかからないだけでも、料理がうんとラクになる可能性があります。

おでこのハチワレ模様がかわいい小鉄。カメラ目線で次々とポーズを決めてくれるキップルと違って、なかなかカメラのほうを向いてくれなかったのですが、最後はこのとおり。特別大サービスです((写真撮影/嶋崎征弘)

おでこのハチワレ模様がかわいい小鉄。カメラ目線で次々とポーズを決めてくれるキップルと違って、なかなかカメラのほうを向いてくれなかったのですが、最後はこのとおり。特別大サービスです((写真撮影/嶋崎征弘)

今回は、気分よくぱぱっとつくって、おいしく食べるための桑原さんの朝ごはんとキッチンの工夫をご紹介しました。次回は、桑原さん愛用のキッチンツールや器などについて、お話を伺います!

●取材協力
桑原奈津子さん
広島市生まれ。幼少期をベルギーで過ごす。大学卒業後、カフェのベーカリー・キッチンを経て、大手製粉会社に入社。製菓・製パンメーカーへの試作・商品化に数多く携わる。その後、外資系の加工でん粉メーカーで研究職に従事。2004年独立、フリーの料理家に。著書に『小麦粉なしでかんたん、やさしい。お菓子とパン』(主婦と生活社)、『いっぴきとにひき』(大福書林)など多数。
>HP >Twitter >Instagram

中古リノベを選ぶ独身女性が増加中! リノベ女子の暮らしとは

東京をはじめ首都圏で、中古マンションをリノベーションする一人暮らしの女性が増えている。住まいに合わせて暮らすのではなく、住まいを自分らしく変えられるリノベーション。今回は、中古マンションを購入してリノベーションし、理想の暮らしをかなえた「中古リノベ」の実例とともに、選択する人が増えている背景やメリット・デメリットを紹介する。
賃貸・新築購入に並び「中古リノベ」も次の住まいの選択肢に

「実は中古マンションを買って、リノベーションしたんだ」という知り合いが周りにチラホラ現れ、「中古リノベ」が賃貸への引越しや新築マンションの購入と同じような感覚で、次の住まいを考える際に選択肢のひとつになってきていることを実感している人も多いだろう。
ある程度カスタマイズできる賃貸や新築も増えているが、なぜ中古物件を買ってリノベーションをする「中古リノベ」を選ぶ人、特に単身の女性が増えてきているのか。リノベーションのメリット・デメリットと照らし合わせながら、その理由を探っていこう。

「中古リノベ」は住まいに感性を反映できる点が大きなメリット

10年ほど前までは、住まいに手を加える場合、“リフォーム”と呼ぶことが多かったが、現在は“リノベーション”と呼ぶ場合がほとんどだ。両者の違いを一般社団法人 リノベーション協議会では、壊れたトイレの交換や破れた壁紙を張り替えるなどの“原状回復”がリフォームであるのに対し、使える箇所があれば残しつつ暮らしに合わせた家全体の改修をリノベーションと定義している。従来はパーツの組み合わせが中心の「修繕」という概念から、最近は空間全体をオーダーメイドする人が増え、その自由度も格段に大きくなっていると言える。

画像提供/リノベーション協議会

画像提供/リノベーション協議会

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同協議会の樽宏彰さんによると、リノベーションをする人が増えてきた理由は「住宅ローンを組むことが可能になった」点が最も大きいという。20年くらい前までは、リノベーション費用を住宅ローンで一本化して組むことができず、現金で支払うか、別途金利の高いリフォームローン等で手当てするしかなかった。「リノベーション済み物件」が登場し、中古相場で「リノベーション」の価値が認知されるようになり、追いかけるようにここ10年で「中古物件+リノベーション」の一本で住宅ローンを組めるようになった。

「中古リノベ」を選ぶ人のなかでも単身の人は、「賃貸で保証人などで苦労しなくて済むように所有しておく『将来の住まいに対する備え』、新築ほど高価な資産は必要ないが自分らしい暮らしがしたい『経済合理性を求めつつ資産形成』の視点をもっている方が多いように思います」と樽さん。

特に女性には、インテリア好きや料理などの趣味をもつ人も多い傾向があり、実現したい暮らしをイメージすること、つまり感覚的な部分から、マンションの購入を検討しはじめるという。

賃貸とは違い、自分のものになること。未完成の新築物件とは違い、現状を確認して購入し自由に設計できること。そして何より、“新築にはない味わい”があることが、感覚的な部分からスタートしている彼女たちにとって、大きく響くのだろう。

リノベーションの認知度・関心度に関する調査「『住宅購入・建築検討者』調査(2016年度)」(リクルート住まいカンパニー※詳細は記事末にて) リノベーションの認知度は96.9%、関心度は52.1%で、2016年時点で2012年の約1.8倍に。世帯別では、男女ともにシングル層の認知度が高いことが分かる

「『住宅購入・建築検討者』調査(2016年度)」(リクルート住まいカンパニー※詳細は記事末にて)
リノベーションの認知度は96.9%、関心度は52.1%で、2016年時点で2012年の約1.8倍に。世帯別では、男女ともにシングル層の認知度が高いことが分かる

「中古リノベ」のデメリットを理解した資金計画が重要

ただし、「中古リノベ」にはメリットばかりでなくデメリットもあるので注意が必要だ。マンションの面積や築年数、耐震性などの条件によって、住宅ローン減税制度(ローンの一部に相当する金額が所得税や住民税から控除される制度)が使えない場合や、住宅ローンが組めるようになったとはいえ、物件価格+リノベ工事費のフルローンを組むことが難しい場合がある。

特に単身の場合は、一人で完済できるかを問われるため、無理のない資金計画が重要となる。中古マンションの購入に当たっては、年収や勤続年数などで借りられる金額に差が出るが、自己資金が必要な場合があり、早い段階で不動産会社経由でローンの相談をしておくといいだろう。一般的に「年収の5倍、年間の所得に対して25%のローンの支払い」の範囲に収めるのが理想的とされるので、参考にしよう。

“理想の暮らし”を形にした実例を紹介

身を置きたい空間のイメージがふくらみ、資金を用意できたら、準備万全! 「中古リノベ」を実現させるには、どんなステップを踏むのか。東京都豊島区の中古マンションを購入し、リノベーションを行ったKさん(40代・女性・独身)の実例を紹介しながら、その流れを追っていこう。

天井や配管がむき出しになった躯体現しの内装。それでも優しい質感の白い壁や木のフローリングに温もりを感じられ、Kさんが買い集めた古家具やアンティークの照明が良く合う(写真撮影/masa(PHOEBE))

天井や配管がむき出しになった躯体現しの内装。それでも優しい質感の白い壁や木のフローリングに温もりを感じられ、Kさんが買い集めた古家具やアンティークの照明が良く合う(写真撮影/masa(PHOEBE))

以前は家族所有のマンションで暮らしていたKさん。駐車場の隅で偶然出会った生まれたばかりの野良猫、現在は一緒に暮らす「わさび」(取材時3歳・メス)との出会いが「中古リノベ」への背中を押した。

「管理規定でペットが飼えないマンションだったのですが、そのまま見捨てることもできず、里親を探したり、友人に預けたりしていました。しかし、引き取り手が見つからず、安心して飼える環境が必要だと感じました」とKさん。また、蚤の市やアンティークショップなどを巡り、掘り出し物を探すのが好きなKさんは、「自分の暮らしの理想形があったのと、40代という年齢は、ローンを組むならそろそろリミットかなと思って」と、このタイミングでマンション購入に踏み切った理由を振り返る。

内覧した際に気になったという梁の出っ張りは、躯体現しで活かした。左側に写る対面式キッチンのカウンターは、この雰囲気に合う質感をもち、水に強いモールテックス仕上げに(写真撮影/masa(PHOEBE))

内覧した際に気になったという梁の出っ張りは、躯体現しで活かした。左側に写る対面式キッチンのカウンターは、この雰囲気に合う質感をもち、水に強いモールテックス仕上げに(写真撮影/masa(PHOEBE))

窓の外には視界を遮る物がなく、カーテンが不要なほど。カーテンレールは今や、植物をつるすために機能している(写真撮影/masa(PHOEBE))

窓の外には視界を遮る物がなく、カーテンが不要なほど。カーテンレールは今や、植物をつるすために機能している(写真撮影/masa(PHOEBE))

物件探しへと動き出し、当初は新築やリノベ済み物件を探した。しかし、イメージする暮らしと間取りが合わず、中古マンションを買って、自分好みに変えようと思うようになったという。条件はまずペット可であること。そして以前の住まいより広い50平米以上、通勤に便利な場所、駅徒歩数分以内であることなどを優先項目に挙げ、ピックアップした物件を不動産屋さんと約2カ月半、毎週2、3件、計10件ほど内覧した。

LDKには、わさびが運動できるようにキャットウォークを設けた。登りやすさはもちろん、年を取ってわさびが遊ばなくなったら棚として使えるようにも考慮されている(写真撮影/masa(PHOEBE))

LDKには、わさびが運動できるようにキャットウォークを設けた。登りやすさはもちろん、年を取ってわさびが遊ばなくなったら棚として使えるようにも考慮されている(写真撮影/masa(PHOEBE))

LDKにはキャットトンネルがあり、キャットトイレがある洗面脱衣室につながっている(写真撮影/masa(PHOEBE))

LDKにはキャットトンネルがあり、キャットトイレがある洗面脱衣室につながっている(写真撮影/masa(PHOEBE))

その際、「SUUMOジャーナルに掲載されていた『中古マンション見学のポイント』を参考に、部屋以外にもマンションのゴミ置き場、駐輪場が整理整頓されているかなど管理状態もチェックしました」とKさん。築年数がたっているが、管理体制がしっかりしていることもあって気持ち良く過ごせているという。

現在住む物件は、候補のなかで当初の条件に合う順位としては下位のほうだったというが、「当時現在のLDK部分を仕切っていたアコーディオンカーテンを開けたとき、視界が開けたのが気持ち良く、見晴らしが気に入って購入を決めました」

部屋が細かく分かれていた約71平米の2LDKを、ドアがなく緩やかに区切られた1LDKに変更。さらに玄関土間を広げ、オープンな収納にしたことで、よりのびやかな空間に生まれ変わった(画像提供/インテリックス空間設計)

部屋が細かく分かれていた約71平米の2LDKを、ドアがなく緩やかに区切られた1LDKに変更。さらに玄関土間を広げ、オープンな収納にしたことで、よりのびやかな空間に生まれ変わった(画像提供/インテリックス空間設計)

フィーリングが合う会社や担当者との出会いも重要

物件探しの段階からリノベーション会社に依頼すれば、物件探しからリノベーション工事まで、ワンンストップで行ってくれる。その場合は、どの壁が壊せて、どの部分が変えられないなど、アドバイスを受けながら物件を探すことができるので、効率が良いと言えるだろう。

しかしKさんの場合は自分で物件を探し購入したため、希望を実現できるリノベーション会社を別途探す必要があった。Kさんは雑誌などを見て気に入る事例ページをブックマークして、その数が多い3社ほどに連絡。好きなインテリアショップなどの話が合った会社に依頼することにした。

LDK入口のアンティークの扉。プランが決まる前にKさんが一目ぼれし購入したもので、補修して使用している。リノベーション会社によって、部材の持ち込みは不可の場合があり注意が必要(写真撮影/masa(PHOEBE))

LDK入口のアンティークの扉。プランが決まる前にKさんが一目ぼれし購入したもので、補修して使用している。リノベーション会社によって、部材の持ち込みは不可の場合があり注意が必要(写真撮影/masa(PHOEBE))

洗面台のレトロな鏡は、引越し祝いに友人からプレゼントしてもらったもの。こだわりがなかったという水まわりの機能はシンプルに。その分居室に予算を回し、費用面でメリハリをつけた(写真撮影/masa(PHOEBE))

洗面台のレトロな鏡は、引越し祝いに友人からプレゼントしてもらったもの。こだわりがなかったという水まわりの機能はシンプルに。その分居室に予算を回し、費用面でメリハリをつけた(写真撮影/masa(PHOEBE))

設計担当者とは、1カ月半で5回ほど打ち合わせを行い、3パターンほど提案があったという。「担当者とはひたすら意見交換し、一緒に1カ月半の間、ひたすら部屋のことを考えていました。自分の好みを突き詰める、いい時間だったと思います。大変な面もありましたが、その分、図面、そして部屋が完成したときは感動しました」

リノベーション会社の担当者のアドバイスに沿って近隣住民への挨拶を行い、購入契約後から工事を開始。入居はその4カ月後になった。

お気に入りだけに囲まれた自分仕様の住まい

現在の住まいでKさんは、休日にはインナーテラスで本を読んだり、ソファに腰掛けてDVDを観たりと、目的なしにゆっくり過ごしているそう。

寝室に設けたインナーテラスは、主に南向きで2面採光のため、日当たり・風通しともに良好。梁の出っ張りと床タイルでの切り替えが、寝室とインナーテラスとを視覚的に区切る(写真撮影/masa(PHOEBE))

寝室に設けたインナーテラスは、主に南向きで2面採光のため、日当たり・風通しともに良好。梁の出っ張りと床タイルでの切り替えが、寝室とインナーテラスとを視覚的に区切る(写真撮影/masa(PHOEBE))

模様の入ったすりガラスが味わい深い棚も、Kさんが以前の住まいから使っていた古家具のひとつ。以前は食器棚としての役割を果たしていたが、現在の住まいでは本棚に(写真撮影/masa(PHOEBE))

模様の入ったすりガラスが味わい深い棚も、Kさんが以前の住まいから使っていた古家具のひとつ。以前は食器棚としての役割を果たしていたが、現在の住まいでは本棚に(写真撮影/masa(PHOEBE))

「以前から気になってはいたものの、中古マンションを買ってさらにリノベーション工事と、ゼロからやるのは難しいと最初は思っていました。でもちょっとした理由から実際に動いてみて、振り返ると意外と思い通りに部屋全体を自分仕様にできたので、『中古リノベ』がブームとなっている理由が分かる気がします」

都心にもかかわらず、日当たり・風通しがよく開放的で心地よい空間。古くから建つため、恵まれた立地条件であることが多いのも中古マンションならではのメリットだ。わさびもこの部屋にお気に入りの場所をたくさん見つけ、のびのび暮らしている。

インナーテラスで日向ぼっこをするわさび。風通しを良くするために開けられたウィークインクローゼットの上やインナーテラスのカウンターなど、お気に入りの場所を教えてくれた(写真撮影/masa(PHOEBE))

インナーテラスで日向ぼっこをするわさび。風通しを良くするために開けられたウィークインクローゼットの上やインナーテラスのカウンターなど、お気に入りの場所を教えてくれた(写真撮影/masa(PHOEBE))

部屋が完成した後も少しずつ手を加えながら、自分らしい暮らしを満喫しているKさん。「家に居る時間が増えたのと、余計なものを買わなくなりました。本当に気に入ったものしかこの空間に置きたくないので」と、部屋全体を愛おしそうに眺める様子が印象に残った。

窓が多くドアが少ない開放的なKさんの住まい。好みの内装写真を通して建築士とイメージを共有。特に取り入れたかった室内窓にはこだわり、色とサイズを入念に確認して造作した(写真撮影/masa(PHOEBE))

窓が多くドアが少ない開放的なKさんの住まい。好みの内装写真を通して建築士とイメージを共有。特に取り入れたかった室内窓にはこだわり、色とサイズを入念に確認して造作した(写真撮影/masa(PHOEBE))

●取材協力
リノベーション協議会●実例の設計・施工
インテリックス空間設計●調査概要
「『住宅購入・建築検討者』調査(2016年度)」(リクルート住まいカンパニー)

スター猫のお宅訪問![1]インスタ・ブログで人気の「どんこ」と写真家・井上佐由紀さん、外山輝信さんの暮らし

コーヒーショップやインテリアショップが並ぶ渋谷の住宅街。その一角にある築54年のマンションに暮らすのは、写真家の井上佐由紀さんとマネージャーの外山輝信さん。そして、インスタグラムやブログ、雑誌などで人気のスター猫・どんこちゃん(オス、10歳、スコティッシュフォールドのミックス)だ。その暮らしぶりを拝見した。【連載】スター猫のお宅訪問!
インスタグラムで人気のキーワードといえば「猫」。多くのフォロワーを魅了するスター猫たちは、どんな暮らしを送っているのだろう。暮らしの工夫や写真の撮影のコツなどを聞いてみた。どんこちゃんが、グレーが美しいモルタル仕立てのリビングへご案内井上さん撮影のどんこちゃん(画像提供/井上佐由紀さん)

井上さん撮影のどんこちゃん(画像提供/井上佐由紀さん)

取材スタッフがお邪魔すると、井上さん・外山さんとともに玄関でお出迎えをしてくれたどんこちゃん。人見知りはせず「お客さんが大好き」というどんこちゃんが案内してくれたのは、モルタル仕立てのグレーが美しいリビングだ。

「最初はここまでモルタルにするつもりはなかったんです。床はモルタルにしたくて、壁はほかの素材も検討していたのですが、雰囲気も統一できるので結局全部モルタルにしました。ただ、最初の1~2週間は筋肉痛になりましたけど(笑)」(外山さん)
「モルタルの床ってすごく足が疲れるんですよ。もう慣れましたけどね(笑)。フローリングも硬いと思いつつも、やはり木の弾力性ってあるんだなと思いますね」(井上さん)

アートを集めるのも好きだという井上さんと外山さん。壁面収納にはお気に入りのアートをディスプレイ(写真撮影/片山貴博)

アートを集めるのも好きだという井上さんと外山さん。壁面収納にはお気に入りのアートをディスプレイ(写真撮影/片山貴博)

二人が中古マンションを購入・リノベーションしたのは2011年。購入の際は、物件探しからリノベーションまでをトータルでお願いできる会社に依頼をしたそう。物件を探す際に、まずポイントとしたのが立地。

「仕事柄、遠くに住んでいても都心に来ないといけないことが多いなかで、私は出かけるギリギリまで寝ていたいタイプなので(笑)、移動時間が少ないとなると都心かなと」(井上さん)
「建物の価値ってすぐ下がってしまいますけど、土地の値段ってそこまで急には下がらないから、とりあえず立地で選んだほうがいいですよとお願いしたその会社の方に言われて。広さは、それは広いに越したことはないですけど予算の範囲内で。二人だけの生活だし、それほど広さが必要でもないですしね。あと20平米くらい広ければいいなとは思いますけど、多分もう少し広くてもあと20平米くらいあればと思うだろうし、結局きりがないんですよね。あと、狭いほうが掃除が楽ですしね」(外山さん)

井上さん、外山さん宅の間取り

井上さん、外山さん宅の間取り

立地とともにこだわったもうひとつのポイントが、猫と暮らせることだ。ペット可物件を購入し、時を同じくして出会ったのが、どんこちゃんだった。

「以前からたまに、友達が旅行に行くときなどに猫を預かったりしていたんです。その子も愛想がよくて、膝の上に乗ってくるのを見ると猫と暮らすのもいいなと思って。その子も保護猫で、そういうシステムがあることを知って、インターネットの譲渡サイトで探しているときにどんこを見つけて。『こいつだ!』と思ったんです。けれど、外山さんや友人に見せたら、『なんでこいつなの?』と言われて(笑)」(井上さん)
「里親さんがガラケーのカメラ機能で撮った写真だったので、画質もすごく悪いしピンとこなかったんですよね(笑)。でも、井上が飼いたいという気持ちがあるならいいかなと思って」(外山さん)
「私が『こいつがいい!』って引かなかったんですよね。会いにいったら、ほかの子が隠れたりシャーシャーって声を出しているなかで、どんこはのんきにウロウロしていて、私のほうに近づいてきて。それはもう運命だと思っちゃいますよね」(井上さん)

井上さんが大好きなどんこちゃん。膝の上もお気に入り(写真撮影/片山貴博)

井上さんが大好きなどんこちゃん。膝の上もお気に入り(写真撮影/片山貴博)

どんこちゃんのお気に入りのおもちゃは、フェルトでできたボール(写真撮影/片山貴博)

どんこちゃんのお気に入りのおもちゃは、フェルトでできたボール(写真撮影/片山貴博)

部屋は猫も人も心地よく、すっきりと

猫を飼うのははじめてだったという井上さんと外山さん。運命的な出会いを経て、どんこちゃんは晴れて家族の一員となった。どの家でも自分の居場所のようにくつろげるというどんこちゃんは新居にもすぐ慣れたという。取材中も部屋を歩いたり机の上に寝転んでインタビューを聞いていたりとマイペースに過ごしていた。

取材中、お腹がすいてお昼ごはんを。ごはんは一気に食べる派(写真撮影/片山貴博)

取材中、お腹がすいてお昼ごはんを。ごはんは一気に食べる派(写真撮影/片山貴博)

どんこちゃんのドライフードは瓶に入れて保存(写真撮影/片山貴博)

どんこちゃんのドライフードは瓶に入れて保存(写真撮影/片山貴博)

「お客さんのことが好きで、来客中もずっとウロウロしているんですよね。はじめて飼う猫なのであまり猫のことを分かっていなかったんですけど、よその子を預かったりすると、どんこは動きがどんくさいなって思います(笑)」(井上さん)

ものが少なくすっきりとした部屋は、猫にとっても過ごしやすそう。外山さんはあまりものを置きたくない派なのだとか。

キッチンは、モルタル仕立ての空間とよく合うステンレス製(写真撮影/片山貴博)

キッチンは、モルタル仕立ての空間とよく合うステンレス製(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

「引越す前からものが少ないとは言われていたんですけど、引越し後もさらに減らしていきました。外山さんはもともと本を集めるのが趣味でレアな本や写真集が並んでいたんですけど、全部売ってしまったんです」(井上さん)
「なるべくものを増やしたくないので、本も読んだら捨てる。たくさん並べていても自慢しているだけになってしまうというか。結局出して見ないし、それだったら意味ないなと思って。音楽もCDでは一切買わずデータです。あと、掃除に時間をかけるのが無駄だなと思ったんです」(外山さん)

スッキリとした空間には、ちょっとした猫への配慮も壊れてしまうものは壁面収納の中段に。口から煙が出るという猫のお香立ては「H.P.FRANCE」で購入(写真撮影/片山貴博)

壊れてしまうものは壁面収納の中段に。口から煙が出るという猫のお香立ては「H.P.FRANCE」で購入(写真撮影/片山貴博)

「棚の上にガラス製のものを置いていたときはよく落とされていたので、全部中段に入れたんですよ。どんくさいせいか、中段に入ることはできないみたいで、割られることはなくなりましたね。割れるものや小さいものは買わなくなりました」(井上さん)
「一人掛けのソファはもともとファブリックだったんですけど、友達の猫を預かったときに爪とぎをしてしまうので革に張り替えたんですよ。床の円形クッションはなぜ中途半端なところに置いているかというと、どんこが机から飛び降りたときに足が痛くないようにと思って置いたんです。けれど、実際は人間が気遣いをしてもそうではないところに降りるから意味ないんですけどね(笑)。あと、どんこはティッシュを食べてしまうので、友達がつくってくれたふたつきのティッシュケースを使っています」(外山さん)

モルタル仕立てのスタイリッシュな空間。ダイニングチェアはフリッツ・ハンセンの「セブンチェア」、パッチワークのソファは中目黒「HIKE」でオーダー(写真撮影/片山貴博)

モルタル仕立てのスタイリッシュな空間。ダイニングチェアはフリッツ・ハンセンの「セブンチェア」、パッチワークのソファは中目黒「HIKE」でオーダー(写真撮影/片山貴博)

「特に、猫のために何かをやっているわけではない」という部屋は、時とともに自然と、人間も猫も居心地がいい空間になっていっているようだ。どんこちゃんと暮らして7年。いまや雑誌のカバーを飾り、カレンダーも発売されるなどスター猫となったどんこちゃん。「どんこちゃんに会いたい!」と家を訪ねてくれる人も増えたのだとか。スター猫の飼い主と聞くとさぞ猫好きだろうと思いきや……。

「僕たちすごく猫好きに思われるんですけど、特別に動物が好きなわけじゃないんですよね(笑)。ほかの猫にわざわざ会いに行くこともないし」(外山さん)
「そうなんです。どんこが好きなだけなんです(笑)」(井上さん)

本当に必要なものと暮らす、無駄のないシンプルでコンパクトな暮らし。それはとても豊かな空間と暮らしだった。

リビングの窓際でくつろぐどんこちゃん(写真撮影/片山貴博)

リビングの窓際でくつろぐどんこちゃん(写真撮影/片山貴博)

リノベパーツを駆使した「toolbox」な暮らし その道のプロ、こだわりの住まい[1]

「ここなら楽しんで家づくりができそう」と、築48年の中古マンションを夫と購入して、昨年の5月にリノベーションした「toolbox」スタッフの小尾絵里奈さん。仕事仲間と壁を塗り替えたり、同店の床材や引き戸、レンジフードなどを取り入れたり。「すごく楽しんでできました」と当時の様子を教えてもらった。

【連載】その道のプロ、こだわりの住まい
コーヒーショップやインテリアショップのスタッフ、旅人、料理家……何かの道を追求し、私たちに提案してくれるいわば「プロ」たちは、普段どんな暮らしを送っているのだろう。プロならではの住まいの工夫やこだわりを伺った。コンセプトと好きなパーツを決めて、自分たち好みの空間にリノベした部屋

内装建材や家具、住宅設備やパーツを扱うオンラインストア「toolbox」。シンプルでミニマルなデザインものや、木や鉄の素材感を活かしたものがそろい、リノベーションやDIYで好みの空間をつくりたい人の強い味方だ。そこで働く小尾さんは、言わずもがな、設備やパーツを熟知。彼女が使いたいと思った好みのパーツを詰め込んだというマンションは、黒杉材を使用した裸足で歩くのが気持ちのいい床に、室内窓がアクセントになった落ち着く空間。実際にどのように家づくりを進めて仕上げていったのだろうか。

10代のころからの付き合いという小尾さん夫妻。リノベは妻主導で、電化製品などのセレクトは夫が担当した。グリーンが置かれ、ゆったりしたリビング。正面の壁のペイントは、あえて少しムラのある仕上がりにし、天井の照明はデザイン選びも含め職人に任せたものだそう(写真撮影/masa(PHOEBE))

10代のころからの付き合いという小尾さん夫妻。リノベは妻主導で、電化製品などのセレクトは夫が担当した。グリーンが置かれ、ゆったりしたリビング。正面の壁のペイントは、あえて少しムラのある仕上がりにし、天井の照明はデザイン選びも含め職人に任せたものだそう(写真撮影/masa(PHOEBE))

ざらりとした肌触りの床に、薄いグレーの壁と天井。小尾さんのお宅は、ひと目でこだわったであろう様子が分かる。それを伝えると、小尾さんは「でも、そこまで強いこだわりとか、細かい要望があったわけではないんです」と笑顔で答えてくれた。空間づくりを楽しむということを大切に、無理せず、考えすぎず、進めていったという。「弊社が運営する『東京R不動産』でたまたま目にした物件で、ここなら楽しい家づくりができるんじゃないかと思って。もともとの内装も好きでしたし、共用部分もプールまでついていて、価格が予算内だったので衝動買いみたいな勢いでした」。大きな間取りの変更はせず、活かすところは残しつつ、内装に手を加えていった。

自分でこだわるところ、職人にまかせるところをきちんと分けて

「まずは、『落ち着く空間にしたい』というコンセプトを決めて。あとは、好きなパーツを集めて、平面図にいろいろ写真を貼ってイメージを固めて、職人さんにも伝えていきました。ただ、細かいところまですべて自分たちで決めるとなると大変なので、プロにまかせるところはお願いして。キッチンの壁は使いたいタイルだけを伝えてどう施工するかは委ねました」

屋外に面した窓のないダイニングキッチンだが、室内窓を設けたおかげで、隣の寝室からの光が程よく差し込む(写真撮影/masa(PHOEBE))

屋外に面した窓のないダイニングキッチンだが、室内窓を設けたおかげで、隣の寝室からの光が程よく差し込む(写真撮影/masa(PHOEBE))

小尾さんの言う「好きなパーツ」とは、床材や室内窓、引き戸といった大きなものから、照明や棚受け、水栓金具などの小さなものまで幅広いもの。どこに何を使いたいか、好きなものを集めて施工する職人に伝えていった。これらは小尾さんが勤めている「toolbox」で扱うものから選んでいる。
「各メーカーのカタログは、幅広いテイストがそろっていて見ごたえはあります。でも、そこから好みのものを探すとなると、時間も手間もかかってしまう。自分が好きで勤めている店だから、それほど悩むこともなかったんです」

玄関はあまり手を加えずに、照明を好みのものに。「toolbox」で扱っている「白熱サンマ球」タイプ。漁船で使用されている電球を一般家庭用にアレンジしたもの(写真撮影/masa(PHOEBE))

玄関はあまり手を加えずに、照明を好みのものに。「toolbox」で扱っている「白熱サンマ球」タイプ。漁船で使用されている電球を一般家庭用にアレンジしたもの(写真撮影/masa(PHOEBE))

「toolbox」は、“自分らしい空間をつくるための「手立て」を詰め込んだ道具箱”として、リノベやDIYでの空間づくりに役立つ内装建材や家具、住宅設備やパーツなどを取りそろえている。各メーカーからセレクトした商品のほか、オリジナルも製作していて、それらを使った施工例も充実。小尾さんは受発注業務を担っていて、商品のラインナップを熟知している。「リノベ前の内装も好きだったので、スイッチプレートなど活かせるものは残しつつ、タオルバーやタイルなど、好きな素材を取り入れていきました」。もちろん、小尾さんのような専門的な商品知識がなくとも、好きなパーツをいくつかセレクトして、部屋全体のイメージをつくっていくことは誰でも可能なのだ。

タイルやレンジフード、棚受けやタオルバーなどは「toolbox」で選んだもの(写真撮影/masa(PHOEBE))

タイルやレンジフード、棚受けやタオルバーなどは「toolbox」で選んだもの(写真撮影/masa(PHOEBE))

コンセプトを固めておけば、職人や仕事仲間との意思疎通もスムーズ

「『落ち着ける空間』というコンセプトは大事にしていました。休日はアクティブに動き回るタイプなので、家はゆっくりくつろぐ場所にしたかったんです。だから壁は落ち着いたトーンの薄いグレーにしました」
壁の下地処理はプロに任せ、最後のペイントだけを仕事仲間とともに自分たちでやったそう。「かっちり均一な仕上がりになるのは嫌だったので、あえて『適当に塗って』って伝えました。ちょっとムラが出て落ち着ける雰囲気になったと思っています。今見ると、どこを誰が塗ったかって分かるんです(笑)。楽しかったですね」。小尾さんの「空間づくりを楽しみたい」という気持ちが、皆さんに伝わっていたことが分かる。

築48年の中古マンションで、2LDK。広さは約60平米。物件の価格は1980万円で、リノベ費用は約500万円だったとのこと。

築48年の中古マンションで、2LDK。広さは約60平米。物件の価格は1980万円で、リノベ費用は約500万円だったとのこと。

壁や天井と同じく、広い面積を担うものとして、床材にもこだわっている。「裸足で歩いて気持ちよくて、木の素材感を感じられるものにしています」。選んだのは杉材を使った足場板。なめらかな仕上がりのフローリングではなく、木の質感をそのままを活かした床材だ。

家の中でいちばん明るい部屋が寝室(写真撮影/masa(PHOEBE))

家の中でいちばん明るい部屋が寝室(写真撮影/masa(PHOEBE))

一方、寝室は「ふかふかしてて、明るい感じにしたくて、壁は白、床はカーペットにしています」。二面に窓があり、とても爽やかで清潔感のある空間に仕上がっている。さらに壁一面にポールを取り付けてクローゼット代わりにしているので、収納力も十分ある。

趣味部屋の床もリビングとひとつながりに。元々左手にあった収納を右手に配置換え。本を読んだり、仕事をしたりと自由に使っている空間(写真撮影/masa(PHOEBE))

趣味部屋の床もリビングとひとつながりに。元々左手にあった収納を右手に配置換え。本を読んだり、仕事をしたりと自由に使っている空間(写真撮影/masa(PHOEBE))

洋服以外のものは、すべて趣味部屋に収納をまとめた。壁の上部をすべて本棚にして、下はデスクに。対面には広いクローゼットがあり、夫妻で休日に楽しむというキャンプ道具や夫の仕事道具などを収めている。「この部屋は元々の収納スペースの場所が逆だったんです。でも目に入る壁面がクローゼットだと圧迫感があるので、デスクと本棚にしました」。この部屋があるおかげで、リビングダイニングにはほとんど収納がなくてもスッキリしているのだ。

なんとなく左右で夫婦のスペースを分けているそう。本棚にはすべて詰め込まず、飾るスペースを設けているので、圧迫感がない(写真撮影/masa(PHOEBE))

なんとなく左右で夫婦のスペースを分けているそう。本棚にはすべて詰め込まず、飾るスペースを設けているので、圧迫感がない(写真撮影/masa(PHOEBE))

奥行きのある広い収納スペース。壁には有孔ボードを貼り、引っ掛け収納に。引き戸はつりタイプで床に区切りがなく、広がりを感じる(写真撮影/masa(PHOEBE))

奥行きのある広い収納スペース。壁には有孔ボードを貼り、引っ掛け収納に。引き戸はつりタイプで床に区切りがなく、広がりを感じる(写真撮影/masa(PHOEBE))

失敗したらやり直せばいい。おおらかな気持ちでリノベする

家という広い空間をつくりあげることを考えると、どこから手をつけていいか分からなくなりがちだろう。でも、スイッチプレートのような小さなパーツからでもいいので、まずは好きなものを集めてみる。そしてそこから、全体のイメージを固めるという手もある。
「私たちの場合、失敗したらやり直せばいいというくらいの気持ちだったのが良かったのかもしれません。ペンキは塗りなおせばいいし、パーツ選びもちょっと違うと思ったら取り替えればいいと思っているくらいの感じなんです」と、小尾さんはおおらかだ。実際、リノベ中にキッチンの食洗機が古くて使えないことが分かり、取り外すことになったときも、それはそれで引き出しを組み込めばいいと前向きに方向転換したという。

リビングとつながるダイニングキッチン。もともと隣室の収納部分だったスペースの壁を取り払い、冷蔵庫置き場に。システムキッチンは既存のものをそのまま使っている(写真撮影/masa(PHOEBE))

リビングとつながるダイニングキッチン。もともと隣室の収納部分だったスペースの壁を取り払い、冷蔵庫置き場に。システムキッチンは既存のものをそのまま使っている(写真撮影/masa(PHOEBE))

「DIYも職人の手も自分で選んで、編集者として家づくりをしました。楽しい作業でしたし、今も楽しく生活できています。やってみて良かったです」とうれしそう。趣味部屋の壁の色を変えたいなど、まだやりたいことはあるという。最初に細かいところまですべて決める必要はない。家づくりは好きなパーツから少しずつスタートしてもいい。さまざまな設備やパーツを扱う小尾さんだからこそ、たどり着いた考え方だ。リノベーションに対するハードルは低く、気楽に暮らす様子にこちらまで楽しい気持ちが伝わってきた。

山田優「リノベーションで対面キッチンに。手早く料理できるようになりました」【映画『食べる女』インタビュー】

2018年9月21日(金)公開の映画『食べる女』に出演する山田優さんは、自宅でどのようにパワーをチャージしているのか。よく食べるものやダイニングキッチンのこだわりなど、「食」と「暮らし」について語っていただいた。
お風呂の床はコルクにして大正解。痛くないし、冷たくない

 1年前、10年以上住んでいた家をリノベーションしました。こだわったのは、子育てしやすくて、家族みんながリラックスできること。キッチンは独立型から対面カウンターに変えて、子どもとおしゃべりしたり、遊んでいる姿を見守りながら料理できるようにしました。それまでは、子どもに目が届かないのが不安だったけど、今は安心してキッチンに立てますね。キッチンのベビーゲートも、部屋の雰囲気に合ったものを造作で付けたので、見た目もすっきり。冷蔵庫から食材を出したら、シンクで洗って、ワークトップで下ごしらえして、コンロで火にかけて……と、流れで作業できるように配置したのもポイントです。バスルームや洗面室の床は、転んでも痛くないコルク素材に。最初は「お風呂にコルク!?」と思ったけど、濡れても大丈夫だし、はだしでも冷たくないので、冬も快適です。

 インテリアはNYのSOHOのようなイメージ。スチール素材と重厚感のある木を組み合わせて、無骨な雰囲気に仕上げました。写真集やPinterestから気に入った写真を集めて、「こんな感じにしたい」と設計士さんと相談するのは、すごく楽しかった! 夫はインテリアにこだわりがなくて、仕上がりを見て「いいんじゃない?」と言うだけ(笑)。ほとんど私が主導で考えました。

「おいしいね」の言葉で料理のやる気が出ます

『食べる女』は、自分の欲望に正直な女性たちがそれぞれ悩みを抱えながらも、仲間とおいしいものを食べて元気になる映画。それってすごく幸せなことですよね。私も料理はよくつくりますが、おばあちゃんがつくるような煮物や炒め物、おみそ汁にハンバーグと、ごく普通の家庭料理ばかり。おしゃれな料理はつくれないんです(笑)。いつも心がけているのは、野菜たっぷりで、タンパク質がちゃんと取れること。子どもにはもちろん、私の健康にもいいだろう、と考えています。友達を招くことも多くて、そういうときは大人用と子ども用のメニューを用意します。そういうと大変そうですけど、つくるのはまったく苦になりません。むしろ、みんなに「おいしいね」と食べてもらえるほうが、つくりがいがあるんです。

 今の家は心からリラックスできる、大好きな空間。でも、私は沖縄で生まれ育ったので、自然のなかで子どもを育てたいなと思うことも。海の近くにもう一つ家があって、今の家と行ったり来たり。いつかそんな生活ができたら最高ですね。

山田優●取材協力
山田優(やまだ・ゆう)さん

1984年生まれ、沖縄県出身。2000年よりファッション誌『CanCam』の専属モデルとして活躍し、2001年にはドラマ『カバチタレ!』で女優デビュー。雑誌、テレビ、広告と幅広く活躍する。映画『食べる女』では、結婚という形式にとらわれず、元夫への一途な愛を貫く茄子田珠美を演じる

●山田優さんが出演する映画
『食べる女』
『食べる女』
小泉今日子、沢尻エリカ、前田敦子、広瀬アリス、山田優、壇蜜、シャーロット・ケイト・フォックス、鈴木京香、豪華女優陣が夢の競演。人生における価値観が異なる8人の女たちが、おいしいものを心置きなく食べる“女の本音満載の宴”を通して、現代に生きる女たちの“今”を描く。おいしいゴハンを食べれば、心も身体も元気になる!
2018年9月21日より公開。 Ⓒ2018「食べる女」倶楽部

取材・文/工藤花衣(山田優) デザイン/blue vespa

ファミリー世帯の多い街で、安心して子育て。都内ベイエリアの新築マンション【理想をかなえたマイホーム実例#04】

マイホーム購入を通じて、理想をかなえた方々のお宅に伺い、レポートする連載企画。
今回は「東京ならではの生活を楽しみつつ、安心して子どもを育てたい」と考え、江東区で新築マンションを購入したOさんのご自宅にお邪魔します!【連載】理想をかなえた!マイホーム実例
「いつかは家を買って、○○したい」――そう考えて、住宅購入に夢をふくらませている方も多いのではないでしょうか。実際に「こんな暮らしがしたかった」という理想の暮らしを実現したご家庭にお邪魔し、マイホームを購入するまで、してからのお話をあれこれ伺います。家族の幸せな笑顔が生活空間を彩る、かわいいディスプレイスペース

江東区、東京ベイエリアの新築マンションが立ち並ぶ一角。インターフォンでオートロックを解除してもらい、エレベーターで2階に上がった一番奥の角住戸が、今回のOさんファミリーの住まいです。夫婦と9歳の女の子、3歳の男の子の4人で住んでいます。

「かわいい~!」
玄関を開けると真っ先に目に入る靴箱の上のディスプレイスペースに、私たち取材陣がそろって声を上げました。たくさんの家族写真が飾られ、すてきにディスプレイされた玄関は、Oさんファミリーの幸せで充実した毎日を感じさせます。

ガーランドなどお星さまのモチーフで統一され、たくさんの家族写真が置かれた玄関のディスプレイスペース(写真撮影/片山貴博)

ガーランドなどお星さまのモチーフで統一され、たくさんの家族写真が置かれた玄関のディスプレイスペース(写真撮影/片山貴博)

玄関を上がってすぐ左手にあるのが、小学3年生になる長女の部屋。白とピンクを基調としたカラーリングが女の子の部屋らしい雰囲気です。大好きな小物たちがたくさんディスプレイされ、上手に描けた絵や家族の写真がたくさん飾られた空間は、さながらお姉ちゃんの宝箱のよう。いきいきと学校生活を楽しむ子どもの毎日の時間と、健やかな成長を願うOさん夫婦の気持ちが詰まっているのでしょう。

長女の子ども部屋には色とりどりの小物たちや絵、写真が飾られているが、白とピンクを基調としたカラーリングですてきな統一感がある(写真撮影/片山貴博)

長女の子ども部屋には色とりどりの小物たちや絵、写真が飾られているが、白とピンクを基調としたカラーリングですてきな統一感がある(写真撮影/片山貴博)

廊下を進むと、壁にもたくさんの写真と2人の子どもたちが着色したTシャツが飾られていました。シックなグレーの壁に写真や手描きの明るい色彩がよく映えています。

たくさんの写真が飾られたキャンパス地のアートボードと、子どもたちが絵を描いたTシャツが飾られている廊下の壁は、まるでギャラリーの一角のよう(写真撮影/片山貴博)

たくさんの写真が飾られたキャンパス地のアートボードと、子どもたちが絵を描いたTシャツが飾られている廊下の壁は、まるでギャラリーの一角のよう(写真撮影/片山貴博)

階の高さよりも広さを重視、内装をカスタマイズしてシックな空間に

――日々の生活の楽しさが、訪れるゲストにも存分に伝わるお住まいですね。いつごろからこちらに住んでらっしゃるんですか?

「2014年ごろに購入してマンション完成後の2015年に引越したので、住んで3年ほどです。以前は江戸川区にある賃貸マンションに住んでいたのですが、50平米の2LDKで、手狭に感じて引越しを考えていたときに2人目を妊娠しました。夫婦でこれはもう買うタイミングだろう、と話しまして」(Oさん、以下同)

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――新築マンションに絞って検討されたんですか?

「はい。特に夫は自分たちが初めての住人になる新築がいい、という考えなので、中古マンションは選択肢にありませんでした。このマンションは内覧して2つ目の物件だったのですが、モデルルームを見た瞬間、ここがいい、と。価格帯が低い2階という低層階にするかわりに、壁などはちょっとお金をかけて好きな仕様にしました。たとえば先ほどの廊下の壁や、畳を黒系の色みにカスタマイズしてシックな印象にしています」

ダイニングの壁もグレーに変更した。モノトーンを基調としたシンプルでシックな空間に、木目が映えるインテリア。スツールや家電類も白で統一されているので空間全体がスッキリと見える(写真撮影/片山貴博)

ダイニングの壁もグレーに変更した。モノトーンを基調としたシンプルでシックな空間に、木目が映えるインテリア。スツールや家電類も白で統一されているので空間全体がスッキリと見える(写真撮影/片山貴博)

――キッチンカウンターのステッカーなど、インテリアにもご夫婦のこだわりを感じます。

「ステッカーは夫が貼ったんですよ。あ、リビングの飾り棚のディスプレイも夫作です」

「夫がつくったんです」というリビングの飾り棚。ボードには「LIVE SIMPLY,LAUGH OFTEN,LOVE DEEPLY(シンプルに暮らし、よく笑い、深く愛そう)」の文字が(写真撮影/片山貴博)

「夫がつくったんです」というリビングの飾り棚。ボードには「LIVE SIMPLY,LAUGH OFTEN,LOVE DEEPLY(シンプルに暮らし、よく笑い、深く愛そう)」の文字が(写真撮影/片山貴博)

――お仕事が住まい選びにも影響した点などもありますか?

「夫は外資系のメーカーで働いていて車通勤なので、エリアの選択という点で、アクセスのいいところ、高速道路にも乗りやすく、東京都内でも道路が混雑しやすい西側は避けて……と考えました。江東区のなかでもやや南に位置するこのエリアは、そういった点を満たしていました」

――子育て環境についてはいかがですか?

「江東区は子育て支援制度も充実しているし、23区内なのに緑も水もあって自然豊か、子どもたちがのびのびと遊べる広い公園もたくさんあって気に入りました。同じベイエリアでも芝浦や豊洲などに比べると、都心から少し離れるこのエリアは物件の価格帯も割安ですしね(笑)」

――ベイエリアは車があれば、特に便利ですもんね。

「はい、友達や親戚が遊びに来たときにもお台場や葛西臨海公園、東京ディズニーランド、千葉方面など、いろいろなところに連れて行くことができます。でも、車がなく電車移動の場合でも、昼間は割と席が空いていて楽なんですよ」

お出かけや買い物は車移動が多い。夫の営業車は近くの契約駐車場に、マイカーはマンション内の駐車場に置いてあるので、妻と子どもたちもいつでも車で出かけられる(写真撮影/片山貴博)

お出かけや買い物は車移動が多い。夫の営業車は近くの契約駐車場に、マイカーはマンション内の駐車場に置いてあるので、妻と子どもたちもいつでも車で出かけられる(写真撮影/片山貴博)

――たしかに! 今日の取材に伺うときにも、電車で座って来ることができました!

「でしょう? 私はミーハーなので、東京の生活を満喫したいんですが、交通網の混雑や人混みは苦手なので、割とゆったり暮らせて『東京だけど、東京っぽくない』このエリアが本当に気に入っています。夫は東京都内に実家があるのですが、彼も都内でこんなに安くていいところはない、とよく言っています(笑)」

同世代のファミリーとのつながり、助け合いが子育ての味方

――「子育て」という側面において、ほかにも感じてらっしゃる利点はありますか?

「同世代の子育てファミリーが多いところです。新築マンションが同時期に建ったこともあって、うちと同じような子育て世帯がたくさん住んでいます。娘の小学校の同級生もすぐ近くのマンションに住んでいて、ママ同士で連絡を取り合って『集合!』をかければすぐに集まって遊べます。また、何かトラブルがあって帰りが遅くなるときなどは、ママ友たちに子どもを預かってもらったり、お互いに助け合えている状態がとても心強いんです」

取材当日もOさんがLINEで一声かけると、近くに住む長女のお友達やママ友がすぐに集まってくれた。すぐ近くの運河に沿う遊歩道も子どもたちの遊び場(写真撮影/片山貴博)

取材当日もOさんがLINEで一声かけると、近くに住む長女のお友達やママ友がすぐに集まってくれた。すぐ近くの運河に沿う遊歩道も子どもたちの遊び場(写真撮影/片山貴博)

――引越していらしたのが3年前ということなので、もともと幼稚園からのお友達、というわけではないんですよね?

「はい、知り合いが全くいないところに引越してきたので、正直、最初はかなり不安でした。ところが、引越してみると周りも同じように引越してきたファミリーばかり。小学校もこぢんまりしていて一学年が40人強、学年みんなの顔が分かって、子どもたちが表に出ていると誰かが見てくれている環境です。
近くの古い団地に住むおじいちゃんおばあちゃんもよく声をかけてくれ、こんなに助けてもらえる人がいるとは思いませんでした。震災の経験など、助け合えるコミュニティが必要だと思っていたときにこの環境に出合えて、本当によかったと思っています」

普段は利便性を享受しながら安心して生活ができること、そして休日に少し足を延ばせば首都圏ならではのレジャーを満喫できること。子どもの成長を見守りながら夫婦も存分に楽しむ、Oさんファミリーの温かく充実した生活をのぞかせてもらいました!
江東区というエリア、新築マンションで低層階を選び、広さをとって自分仕様のカスタマイズをする、という質実な選択をして実現した豊かな暮らし、ぜひ住まい選びの参考にしてください。

新築では手が出なかった物件を購入できる「リノベ済物件」の魅力【リノベという選択肢】

住宅購入の選択肢として最近注目されているのが、中古物件をリノベーションした「リノベ物件」。中古物件を購入して自分たちでリノベーションプランを考える人もいますが、クオリティの高いリノベ済みの物件を購入することもできるようになりました。しかし、言葉では知っていても、リノベ物件の魅力がいまいち分からないという方も多いはず。今回は、実際にリノベ物件に住んでいる人に、気になる「リノベ物件のあれこれ」をうかがいます。
新築と同レベルの内装だったことから興味をもったリノベ済物件

今回お話をうかがったのは、江東区にお住まいのSさん夫婦(30代)。東京メトロ東西線「東陽町」駅からほど近いマンションの4階にあるリノベ済み物件にお住まいです。新婚でもあるSさん夫婦は、約3カ月前に購入したこの家で新しい生活を始めたばかり。実際に住んでいるからこそ見えてくる、リノベ済物件の魅力や物件選びのことについてお話をうかがいました。

最初に見に行った物件がたまたまリノベ済物件だったというSさん夫婦。実際に内覧に行った物件は、不動産会社が既存住宅を買い取ってからリノベーションしている、いわゆる「買取再販」と言われる物件でした。内装が新築と比べても遜色がないほどきれいだったため、リノベ済物件に興味をもったのだそうです。

駅近の3LDKで60平米という二人の希望を満たすご自宅。購入金額は、ほぼ予算通りの4000万円弱(写真撮影/土田凌)

駅近の3LDKで60平米という二人の希望を満たすご自宅。購入金額は、ほぼ予算通りの4000万円弱(写真撮影/土田凌)

「新築の物件も見たのですが、二人が求める部屋のスペックだけでなく、お互いの勤務地に30分以内などの立地条件を考慮すると、都内の新築物件ではどうしても予算を超えてしまうと思っていました」(Sさん夫婦)

共働き前提の新婚夫婦だったからこそ、駅近や区役所の近さ、保育に関する安心感といった生活環境の良さは外せない条件でした。いまのご自宅は、そういった条件を満たしながら、フルリノベーションされており、施工のクオリティが高かったため、購入を決意したと言います。

「リビングと仕切られている方が、湯気や臭いがリビングにたちこめる心配がないので、キッチンが独立している物件を選んだ」と語るSさん夫婦。写真中央は奥さまお気に入りの食洗器(写真撮影/土田凌)

「リビングと仕切られている方が、湯気や臭いがリビングにたちこめる心配がないので、キッチンが独立している物件を選んだ」と語るSさん夫婦。写真中央は奥さまお気に入りの食洗器(写真撮影/土田凌)

「古き良き」を感じながら暮らせるもリノベ済物件の魅力

リノベ済物件の魅力は「新築だったら買えない物件が買えること」と、Sさん夫婦は口をそろえます。

「リノベ済物件は外側が古いだけで、内側に関しては新築と同クオリティです。新築は高額で手が届かなかったとしても、リノベ済物件なら手が届く範囲で購入できるというのが、何よりもメリットだと思います」(Sさん夫婦)

また、新築物件とは異なり、建物の元からある構造を活かし、アップデートしているのもリノベ済物件の特徴です。だからこそ、建物自体が古いということは「必ずしもデメリットではない」とSさんご夫婦は言います。

バルコニー側から見たはめ殺しの大型の窓(写真撮影/土田凌)

バルコニー側から見たはめ殺しの大型の窓(写真撮影/土田凌)

「例えば、このバルコニー。バブル期に建てられた物件にはこういう出っ張った窓が多かったそうなのですが、いまはこういう形の窓のある物件は少ないんです。内装はきれいなのに、ベランダはちょっとレトロっていうこの空間が好きですね」(夫)

取材当日はあいにくのお天気でしたが、明るさは充分。ご夫婦いわく「サンルームとしても活用できそう」とのこと。もともとの構造を活かしたリノベ済み物件だからこそ、新築ではなかなかお目にかかれない「はめ殺しの大型の窓」を手に入れることができたと言えるかもしれません。

物件探しを通じて、自分たちの住まいへのこだわりを見つける

現在の住まいにたどり着くまで、リノベ済みの中古物件、リノベなしの中古物件、新築物件とさまざまな物件を見てきたというSさんご夫婦。だからこそ、リノベ済み物件を選ぶ際には「住んだあとにリフォームが発生するかどうかを確認したほうがいい」と言います。

つまり、リノベ済物件だからといって、部屋のすべてがリノベーションされているとは限らないということ。内装のみのリノベーションで、水まわりや配管工事までは行っていないという場合もあるため、部屋のどこまでがリノベーションされているのかは、きちんと確認する必要がありそうです。

「私たちが見た物件のなかで、内装はきれいだけど、お風呂のドアが前のままという物件がありました。でも、私たちはそれが妥協できなかった。だからこそ、水まわりや配管まで含めたスケルトンリノベーション(骨組みだけを残し、内装や設備を一新すること)にこだわることにしたんです。

ほかの物件を見て、比較対象となる物件を並べていくと、『実は自分はこんなところを気にしていたんだ』といままで顕在化されていなかったニーズが見えてきます。いくつか見比べて選択していくことが必要なのかなと思いますね」(妻)

営業担当との関係性も理想の住まい選びには欠かせない

さまざまな物件を見て、結果的に満足のいく住まいを購入できたというSさん夫婦。しかし、最初から「こういう住まいがほしい」という強いイメージがあったわけではなかったそう。そんなご夫婦が理想の住まいを手に入れることができたのは、ご夫婦の物件選びをサポートしたグローバルベイスの販売担当、後藤さんの存在が大きかったそうです。

取材中、息の合った掛け合いを見せたSさん夫婦と後藤さん。まさしくパートナーという言葉がふさわしい関係性でした(写真撮影/土田凌)

取材中、息の合った掛け合いを見せたSさん夫婦と後藤さん。まさしくパートナーという言葉がふさわしい関係性でした(写真撮影/土田凌)

「私たちはそもそも購入予算の設定からして甘かったんです。住宅の購入にすべての金額を注ぎ込むのではなく、『遊びや旅行など自分たちが人生を楽しむことにもお金を使えるような、生活の余白を残したい』と漠然とは考えていました。しかし、そのためにいくらのローンを組めばいいのかといった、具体的な資金計画すら分かっていませんでした。後藤さんに相談するうちに自分たちの予算が次第にクリアになり、それに見合った物件探しを進めることができたんです。

後藤さんは、親身に相談に乗ってくれるパートナーのような存在。パートナーから教えてもらう知識やアドバイスによって私たちの考えもまとまっていくので、住宅の購入はパートナーとの共同作業だなと思いました」(Sさん夫婦)

新築と比べて少ない予算で手に入れることができるとはいえ、ただ希望の条件を並べていくだけでは満足度の高い物件購入は難しいかもしれません。具体的な物件のイメージを持っていなかったSさん夫婦の場合は、「比較対象となる物件を複数見た」「営業担当の力も借りて、資金計画などから細かく詰め直した」という2つのポイントが、満足のいく物件購入に繋がりました。
自分たちが住まいに何を求めているのか、またその資金計画によっても、選び方は変わってきます。リノベ済み物件ならではの特徴や検討ポイントを理解した上で、後悔のない物件選びをしましょう。

●取材協力
・グローバルベイス株式会社

「リフォームやリノベーションで詐欺に遭わないためには?」 住まいのホンネQ&A(8)

中古マンションを購入してリフォームやリノベーションをしたら、思い通りの住まいを手に入れられるかも――。そう考えるとうっとりしてしまう人もいるかもしれませんが、近年は悪質な詐欺行為をはたらく業者も少なくないようです。
住宅という大きな買い物で、被害に遭わないためにはどうしたらよいのでしょうか。さくら事務所会長の長嶋修氏が語ります。

リノベーションで最も深刻なのは「配管問題」

「割安な中古住宅を買って、思い通りにリフォーム・リノベーション」といったセールストークが展開されるようになって久しいのですが、このところ各所でトラブルが頻発しているようです。

特にこうした事業への新規参入組は、さしたる知識や経験の積み上げがないため、リフォーム・リノベーションにありがちな雑な工事や「言った言わない」のトラブルを耳にします。

まずリノベーションに関しては、とりわけ隠れて見えない上下水道の配管や電気配線について、リノベーション前の状態をどのように判断し、取り換え工事をしたのかしなかったのか、必ず確認したいところです。

中でも、「雨漏り」「水漏れ」などの「水問題」は、後に大きな問題となる可能性があります。最も深刻な「配管問題」について説明します。

例えば築30年以上の古いマンションでは、金属製の給水管が使われていることがあります。本来ならそろそろ給水管の交換を検討するところ、それを行わず、配管は古いまま表面だけきれいにして、「リノベーション済」として販売されているケースも多いのが実情です。こうしたマンションは、リノベーション事業者が相場の8割程度で買取り、リノベーションを施して再販売する、いわゆる「買取再販物件」に多いのです。

どうしてそのようなことになってしまうのでしょうか。

買取再販を行う事業者は常に、ライバルとの猛烈なマンション買取り(仕入れ)競争にさらされています。このとき、上下水道の配管交換工事まで勘案してしまうと買取価格を下げざるを得ず、他社との競争に負けてしまうといったジレンマがあるのです。

そのため、表向きは「全面リフォーム済み」「リノベーション済み」とうたっておきながらも、目に見えないこうした部分はそのままにしてしまうわけです。

「瑕疵保険付き物件なら安心」はウソ

「事業者が売主なら補償がついているから安心」とはとてもいえません。なぜなら、こうしたマンションに一般につけられている2年程度の「瑕疵保険」は、現在の配管の状態を補償する訳ではありません。保険の適用期間が切れる3年目や4年目以降に故障する可能性があっても付帯できるからです。つまり現在、配管が古く交換時期に差しかかっていても、その時点ですでに水漏れしていなければ、交換せずに保険だけかけておくケースが多いのです。

仮に2年以内に水漏れが発覚して保険を適用する場合でも、修復するには全面的に建物を取り壊す必要があり、入居者はいったん引越し、数カ月後にまた戻ってこなければなりません。この期間中の「調査費用」や「転居・仮住まい費用」「引越し代 」は補償対象ですが、「時間的損失」「精神的な損害」などは保証されません。

最低2回、有資格者による確認を

冒頭で言ったとおり、昨今はリノベーション事業に新規参入する事業者が増加しています。事業者によってはトラブル可能性を排除できるだけの能力や経験がないことも多く、また工事管理体制の甘い事業者は定期的に欠陥や不具合を生み出しているのが実情です。

こうしたことを防ぐには「工事管理体制」を確認するとよいでしょう。どんな資格を持った人が、工事現場を何回確認するのか。建築士や施工管理技士などの有資格者による、最低限「解体後設備配管終了時」「完成時」の2回は確認が必要です。

リフォームトラブルは手口が多様化

リフォームトラブルについて国民生活センターに寄せられる苦情の中で最も多いのがいわゆる「訪問販売」。不要不急の住宅リフォーム工事の訪問販売を行う事案が多く発生しているとして、「突然の訪問に注意」「安価な金額でもすぐ契約しない」「『近所で工事をやっている』と言われても安心しない」「必ず複数社から見積もりをとること」「契約後8日間以内ならクーリングオフが可能」といった注意点や対処法を呼びかけています。

とはいえ、一見好青年風のセールスマンがやってきたり、最初は少額工事で安心させておいて、後から次々と工事を提案したりするなど、手口はますます巧妙化。最近は営業マンや上司風の人が次々とやってきては工事を勧める「劇場型」も登場しているようですので、気を抜けません。

リフォーム業者、3つのチェックポイント

自宅をリフォームするなら、きちんとした業者に頼みたいというのは、だれもが願うこと。では、良い業者とそうでない業者の見分け方とはどういったものでしょうか。

1.一式見積もりに注意

工事内容に関し「一式」とだけ書かれている見積書は意外と多いもの。それが、「解体工事」「クリーニング」「残材処分」「現場管理」のような、本体工事ではないところなら、問題はありません。しかし「造作工事」や「電気・水道工事」(内装・塗装工事)のような本体工事について、「一式」とだけしか書かれていない場合は要注意です。特に、リフォームしたい箇所だけを聞いて、「それは○○万円でできます」などと話す業者には注意。「水まわり一式30万円」などのパック料金型も同様です。

竣工図を見ない見積もりは、金額が大雑把になりがち。床や壁を解体したときに骨組みの状態や内部の傷み具合が不明で、別途工事が必要になったり、想定外に工期が延びたりしたときのために、一定程度の額を上乗せして見積もりを算出することがあるためです。

たとえ見積もりが安くても、業者が工事開始後に採算がとれないことに気づくケースもあります。その時点で料金を上げるわけにもいかず、気づかないところで手を抜くといったことになりがちです。

2.契約から完成まで、必要な書類があるか

契約前、建築中、契約(完成)後、工事の段階に応じた必要書類があります。契約前には、金額の大小にかかわらず、必ず「請負契約書」を取り交わしましょう。同時に、お互いの約束事を書面に記した「請負契約約款」もそろえておく必要があります。いずれも基本的には業者が用意するものですが、発注者もよく内容を確認しなければなりません。「約款」については、クーリングオフについて定めてあるものがベスト。

建築中に必要になるのは「工事内容変更合意書」です。当初の仕様や金額などの契約内容が途中で変更になったら、必ず取り交わします。

最後に「工事完了確認書」。リフォーム後のアフターサービスがある場合には、この書類に記載された日付が開始日となります。これらの書類は最低限必要なものですが、大切なのは、それぞれが適切なタイミングで用意されることです。

リフォームの際にありがちな「言った、言わない」のトラブルを避けるには、業者との打ち合わせの内容を記録しておくことをおすすめします。打ち合わせで決まったことをメモしておくとともに、工事前の状態、工事計画を記した図やスケッチなどを残しておけば、後で確認するときに便利です。業者によっては、専用の「打ち合わせシート」を用意してくれるところもありますので、打ち合わせの前に聞いてみてはいかがでしょうか。

簡単な工事ならまだしも、一定規模以上のリフォームや修復の場合、あなたが希望している内容の工事ができるかどうかは本来、建物が最初にできたときの状態を記した「竣工図」を確認しなければわからず、まともな見積もりも出せません。

竣工図とは、建物を新築するときに発生した設計変更などを元の設計図に反映させた図面のことです。配管や配線などは工事中に変更されることも珍しくありません。修繕やリフォームの際には、原状を把握するために、設計図ではなく竣工図が必要になってくるのです。

3.管理規約を閲覧していること(マンションの場合)

マンションの管理規約には、例えば、音にまつわるトラブルを防ぐため、フローリングの等級が規定されていたり、工事を実施する前に管理組合に対して行う必要がある手続きやリフォームが可能な曜日などが定められていたりします。

工事可能なリフォームの範囲や工程を割り出すには管理規約の確認が不可欠。仮に管理規約を業者に預ける場合には「預り証」を交付してもらいましょう。

高齢の両親が騙されるケースも

国民生活センターに寄せられた相談の中には、高齢の両親がリフォームの契約したことを息子や娘が不審に思い、不要なリフォームが発覚したケースもあったようです。離れた実家に住む親とは日ごろからよくコミュニケーションをとっておくことも大切でしょう。

s-長嶋修_正方形.jpg長嶋 修  さくら事務所創業者・会長
業界初の個人向け不動産コンサルティング・ホームインスペクション(住宅診断)を行う「さくら事務所」を創業、現会長。不動産購入ノウハウの他、業界・政策提言や社会問題全般にも言及。著書・マスコミ掲載やテレビ出演、セミナー・講演等実績多数。【株式会社さくら事務所】

首都圏リノベマンション価格、新築・中古の中間で概ね推移

(株)東京カンテイはこのたび、「一棟リノベーションマンション」の供給動向を調査・分析した。調査では、同社独自の判断基準である三要件「竣工年月と販売開始年月の乖離が概ね5年以上」「建物の全体を改装しかつ一度に大部分を分譲しているもの」「売主が不動産業者」を全て満たすものを「一棟リノベーションマンション」としている。

リノベーションマンションの価格推移を首都圏を例にとって見てみると、新築と中古のほぼ中間の価格帯に位置することがわかった。リノベーションマンションは設備等を刷新している分、中古マンションよりは価格が高く、既存躯体を利用しているため新築物件よりはリーズナブルであるとは一般的に知られているが、分析結果ではそのことが如実に表れている。

また、2015年以降東京都の供給比率が高まったため、2010年~2014年、2015年~2018年6月との坪単価の変化では、新築の上昇率が230.1万円→289.4万円(+25.8%)であるのに対し、リノベーションマンションでは187.0万円→243.2万円(+30.1%)と、リノベーションマンションの方が平均坪単価の上昇率が大きくなっている。

リノベーションマンションの専有面積は、2000年以降首都圏・近畿圏ともに新築・中古マンションより広い。首都圏の平均専有面積は2015年~2018年6月では76.10m2で、同時期の新築専有面積60.54m2、中古専有面積60.68m2と比してその広さが際立つ。

改装時における従前建築物の築年数分布では、築15年以上20年未満がボリュームゾーンだった。

ニュース情報元:(株)東京カンテイ

首都圏リノベマンション価格、新築・中古の中間で概ね推移

(株)東京カンテイはこのたび、「一棟リノベーションマンション」の供給動向を調査・分析した。調査では、同社独自の判断基準である三要件「竣工年月と販売開始年月の乖離が概ね5年以上」「建物の全体を改装しかつ一度に大部分を分譲しているもの」「売主が不動産業者」を全て満たすものを「一棟リノベーションマンション」としている。

リノベーションマンションの価格推移を首都圏を例にとって見てみると、新築と中古のほぼ中間の価格帯に位置することがわかった。リノベーションマンションは設備等を刷新している分、中古マンションよりは価格が高く、既存躯体を利用しているため新築物件よりはリーズナブルであるとは一般的に知られているが、分析結果ではそのことが如実に表れている。

また、2015年以降東京都の供給比率が高まったため、2010年~2014年、2015年~2018年6月との坪単価の変化では、新築の上昇率が230.1万円→289.4万円(+25.8%)であるのに対し、リノベーションマンションでは187.0万円→243.2万円(+30.1%)と、リノベーションマンションの方が平均坪単価の上昇率が大きくなっている。

リノベーションマンションの専有面積は、2000年以降首都圏・近畿圏ともに新築・中古マンションより広い。首都圏の平均専有面積は2015年~2018年6月では76.10m2で、同時期の新築専有面積60.54m2、中古専有面積60.68m2と比してその広さが際立つ。

改装時における従前建築物の築年数分布では、築15年以上20年未満がボリュームゾーンだった。

ニュース情報元:(株)東京カンテイ

BEAMS流インテリア[4] 新しいのに懐かしい、ビンテージ好きが選んだ経年変化を楽しむ古民家暮らし

渋谷のBEAMS MEN SHIBUYAでショップマネージャーとして働く近藤洋司(こんどう・ひろし)さん。ファッションだけでなくインテリアもビンテージ好きで、住まいは築50年の平屋を全面リノベーションしたという徹底ぶり。鎌倉の高台に建つ、自然と古き良きものに囲まれた、ちょっと懐かしい感じがする古民家のお宅にお邪魔した。●BEAMSスタッフのお住まい拝見・魅せるインテリア術
センス抜群の洋服や小物等の情報発信を続けるBEAMS(ビームス)のバイヤー、プレス、ショップスタッフ……。その美意識と情報量なら、プライベートの住まいや暮らしも素敵に違いない! 5軒のご自宅を訪問し、モノ選びや収納の秘訣などを伺ってきました。経年変化で味わいが増し、価値が落ちないのがビンテージの魅力

鎌倉の築50年の平屋を一年がかりで探し、さらに約半年かけてリノベーションしたという近藤さん。ガーデニング関連の仕事をする妻と2人で住む新居だ。「神奈川出身なので、家を持つならなじみが深く自然豊かなエリアがいいと思い、鎌倉、逗子、葉山で古民家を探し始めました」

近藤さんは、住まいだけでなくファッションもインテリアのコレクションなども一貫して、大のビンテージ好き。ビンテージとの出合いは、中学生のころ。当時サッカーの中田選手や前園選手がビンテージ物の服を着こなしているのに影響を受け、古着に凝り始めたのだという。今でも古着好きで、仕事にもつながる筋金入りだ。

寝室のクローゼットコーナー3列のうち右側2列が近藤さん分。洋服の半分は新品、半分は40年代から70年代ものだという古着好き(写真撮影/片山貴博)

寝室のクローゼットコーナー3列のうち右側2列が近藤さん分。洋服の半分は新品、半分は40年代から70年代ものだという古着好き(写真撮影/片山貴博)

古着の次は、働き始めてから食器に凝り始めた。「いい食器があるとモテるかな、と思って(笑)」とビンテージの北欧食器、ARABIA(アラビア)の絵皿を約8000円で単品購入。そうするとシリーズでそろえたくなって、海外駐在していた姉に頼んだり、インターネットなどさまざまなルートで集めたという。

キッチンのオープンな収納棚には、シリーズごとにRORSTRAND(ロールストランド)やARABIAなどのビンテージ北欧食器がずらり(写真撮影/片山貴博)

キッチンのオープンな収納棚には、シリーズごとにRORSTRAND(ロールストランド)やARABIAなどのビンテージ北欧食器がずらり(写真撮影/片山貴博)

さらにビンテージのコレクションは家具、雑貨、インテリア小物などと、広がっていく。「新しい物より、古い物の方が好きです。ストーリーがあるし、何より本物だから」という近藤さん。「本当にいい物で新しい物は高くて手が出なかったり、数が限られていて手に入らなかったり。さらに新品は中古になった瞬間に価値が下がるけれど、ビンテージ物は価値が下がりにくいのも魅力です」。

古い日本家屋にインダストリアルなテイストを組み合わせた独自空間

新居を探す際、住まいも価値が下がらないビンテージをと考えた。ところが、中古住宅を見学しても、築20年や30年ではただ古いだけで、味わいがあるちょうど良い古さの家はなかった。物件探しを始めて約一年、ようやく鎌倉の高台に建つ築50年の平屋に出合う。古いうえに小部屋が多くて室内は暗く、空き家になって長いため、庭にはススキや雑草が生い茂っていた。それでも「おばあちゃんが住んでいそうな懐かしい感じ。縁側があって、木の建具やレトロなガラスなど、求めていたイメージにピッタリでした」。

早速、雑誌などで作品を見て設計依頼したいと思っていた宮田一彦アトリエさんと現地へ。海が近く湿気が多い鎌倉だが、高台なので古くても基礎や土台は傷んでいないとプロからのお墨付きをもらい、購入して暗く使いにくい間取りは全面的にリノベーションをすることにした。

昔ながらのレトロな木製建具が残る平屋に一目惚れして、これを活かしてリノベーションすることに。高台にあるので遠くの山並みも見えて眺めも良い(写真撮影/片山貴博)

昔ながらのレトロな木製建具が残る平屋に一目惚れして、これを活かしてリノベーションすることに。高台にあるので遠くの山並みも見えて眺めも良い(写真撮影/片山貴博)

リノベーションにあたって近藤さんからオーダーしたのは3つ。アイランドキッチンにすること、フローリングを山形杉の柿渋塗装(柿渋からつくった液による古くからある日本の塗装方法。時間経過によって味わい深い色へと変化していくのが魅力)にすること、物が多いので最大限の収納スペースをつくること。「作品例を見てテイストは気に入っていたので、基本的に間取りはお任せしました」。

近藤さんの住まいのビフォーアフター。4畳半を中心に細かく仕切られ暗かった約60平米を、仕切りを全て取り払い、LDK・寝室・水まわりのシンプルでオープンな空間に(近藤さん提供の間取図をもとにSUUMOジャーナル編集部にて作成)

近藤さんの住まいのビフォーアフター。4畳半を中心に細かく仕切られ暗かった約60平米を、仕切りを全て取り払い、LDK・寝室・水まわりのシンプルでオープンな空間に(近藤さん提供の間取図をもとにSUUMOジャーナル編集部にて作成)

そして出来上がったのは、大きなLDKと寝室と水まわりに分かれたオープンな空間。天井は全て構造材をむき出しにして、ギリギリまで天井の高さを利用してロフトをつくり、物を置けるようにして収納の悩みを解決した大胆なリノベーションだ。

LDKの中央にはステンレスのアイランドキッチン。照明はむき出しの蛍光灯と2つの50年代フランスの工業用照明がインテリアのポイントに(写真撮影/片山貴博)

LDKの中央にはステンレスのアイランドキッチン。照明はむき出しの蛍光灯と2つの50年代フランスの工業用照明がインテリアのポイントに(写真撮影/片山貴博)

LDKと寝室を仕切るのは大正末期の「蔵戸」といわれる重厚な引き戸。アンティーク家具ショップをはしごしてイメージに合うものを近藤さん自身が探した(写真撮影/片山貴博)

LDKと寝室を仕切るのは大正末期の「蔵戸」といわれる重厚な引き戸。アンティーク家具ショップをはしごしてイメージに合うものを近藤さん自身が探した(写真撮影/片山貴博)

寝室の奥には広くオープンなクローゼットスペース。「クローゼットの中は隠したいものではないし、使い勝手の面でも湿気対策面でも扉を付ける必要を感じません」(写真撮影/片山貴博)

寝室の奥には広くオープンなクローゼットスペース。「クローゼットの中は隠したいものではないし、使い勝手の面でも湿気対策面でも扉を付ける必要を感じません」(写真撮影/片山貴博)

収納は縦空間を利用、古い日本家屋にインダストリアルでレトロなインテリア

近藤さんの収納のポイントは、何といっても縦空間の活用。平屋の天井高をフル活用して、ロフトを収納スペースにしていることだ。「季節外の衣類や趣味のキャンプ用品など、かなりの量を収納できて助かっています」。

基本的に全て見せる収納。物はかなり多いほうだというが、これをきれいに見せる秘訣は「きれいに畳むことと、同じものを集めてメリハリをつけること」。なるほど、物をたくさん置くコーナーと、何も置かず、置く場合も間隔を空けてスッキリ見せるコーナーと、メリハリをつけているのだという。

玄関の上など天井裏は全て収納スペースに。かさばるシュラフは天井から吊るして見せて収納。まるでアウトドアショップの展示のようなこのコーナーには物を雑然と、間隔も狭くたくさん置いている(写真撮影/片山貴博)

玄関の上など天井裏は全て収納スペースに。かさばるシュラフは天井から吊るして見せて収納。まるでアウトドアショップの展示のようなこのコーナーには物を雑然と、間隔も狭くたくさん置いている(写真撮影/片山貴博)

洋服は色別・柄別にまとめてきれいに畳むのが見せる収納のコツ。床から天井まで、ハンガーポールの上部も靴などがびっしり(写真撮影/片山貴博)

洋服は色別・柄別にまとめてきれいに畳むのが見せる収納のコツ。床から天井まで、ハンガーポールの上部も靴などがびっしり(写真撮影/片山貴博)

季節外の衣類はアーミー風のトランクにまとめて収納。そのまま寝室のインテリアにもなっている(写真撮影/片山貴博)

季節外の衣類はアーミー風のトランクにまとめて収納。そのまま寝室のインテリアにもなっている(写真撮影/片山貴博)

ビンテージの北欧食器コレクションをディスプレイするため、天井から吊って食器棚をあらかじめ造り付けた。天井までの空いたスペースも季節外の衣類などの収納に(写真撮影/片山貴博)

ビンテージの北欧食器コレクションをディスプレイするため、天井から吊って食器棚をあらかじめ造り付けた。天井までの空いたスペースも季節外の衣類などの収納に(写真撮影/片山貴博)

インテリアも「好きな物を集めただけ」というが、全て徹底したレトロ。日本の古い物はもちろん、北欧、フランス、アフリカ、など国はバラバラだが、共通するのは古き良き懐かしいテイスト。「古い日本家屋にインダストリアルなテイストを組み合わせた」という狙いどおりの仕上がりになっている。

昭和の建具、50年代のフランスの照明、フィンランドの50年代のダイニングテーブルと椅子、これらが見事に調和している(写真撮影/片山貴博)

昭和の建具、50年代のフランスの照明、フィンランドの50年代のダイニングテーブルと椅子、これらが見事に調和している(写真撮影/片山貴博)

レトロな模様のガラス入りの建具や障子は、この家の雰囲気に合わせて近藤さんがアンティークショップ巡りをしてサイズが合うものを探し出した(写真撮影/片山貴博)

レトロな模様のガラス入りの建具や障子は、この家の雰囲気に合わせて近藤さんがアンティークショップ巡りをしてサイズが合うものを探し出した(写真撮影/片山貴博)

少し無理をしてでも本物を買う、という近藤さん。「模倣されたデザインの物が次々に生まれても、その原点である本物を知っていることは仕事の現場でも役に立ちます」。新品は買った時が一番新しく徐々に古くなっていくが、ビンテージ物は経年変化が味になって価値が落ちにくい。新品では手に入らない物でも、時間が経つと手に入りやすいというメリットもあり、自分の元に来るまでのストーリーごと楽しんでいるという。徹底したアンティーク好きのお洒落な古民家、初めて訪れたのに懐かしい気持ちになり和みました。

●取材協力
・BEAMS

「中古マンション購入+リフォーム」で将来貸しやすく、快適に暮らせる部屋に【理想をかなえたマイホーム実例#03】

マイホーム購入を通じて、理想をかなえた方々のお宅に伺い、レポートする連載企画。
今回は「忙しい毎日のなかでも子どもとの時間を大切にしたかった」「将来的に売ったり貸したりできる資産性も重視した」というMさんの住宅購入ストーリーを伺いました! 多忙な毎日を過ごされているMさんはどうやって理想の暮らしを実現されたのでしょうか!?【連載】理想をかなえた!マイホーム実例
「いつかは家を買って、○○したい」――そう考えて、住宅購入に夢を膨らませている方も多いのではないでしょうか。実際に「こんな暮らしがしたかった」という理想の暮らしを実現したご家庭にお邪魔し、マイホームを購入するまで、してからのお話をあれこれ伺います。夫の転勤で札幌へ……! いつかは東京に戻る前提で資産性を重視

テレビ電話ごしの取材となった、札幌在住のMさん。取材のために事前に何度もメッセンジャーでやり取りをしながらも、本当に日々お忙しそうなご様子が伝わってきます。もともとは東京に住んでいたというMさんファミリーは、夫と小学3年生の男の子との3人暮らし。まずは札幌に移住することになった経緯から伺います。

――はじめまして! 本日は画面ごしですが、よろしくお願いします!
Mさんはもともと東京にお住まいだったと聞きましたが……?

「はい。私も夫も営業系の仕事なのですが、5年ほど前に夫が札幌に転勤することになり、家族全員で移住しました。子どもはまだそのころ幼稚園でしたし、私も夫も夜遅くまで仕事をしているので、単身赴任で物理的な距離が離れると、家族で過ごす時間が確保しづらくなってしまうと思ったんです。そのため、私は前の仕事を辞め、札幌で同じ業種の会社に転職をしました」(Mさん、以下同)

Mさんが住むのは有名な時計台やテレビ塔もある札幌市中央区。写真左は札幌駅、右は札幌の街並み(写真/PIXTA)

Mさんが住むのは有名な時計台やテレビ塔もある札幌市中央区。写真左は札幌駅、右は札幌の街並み(写真/PIXTA)

――そうすると、今後は札幌にお住まいになる予定なのでしょうか?

「いえ、転勤の多い職種なので、また東京に戻るか、他の地域に異動になる可能性も高くて……。実際に夫も札幌に転勤後、さらに帯広に転勤になり、結局、いまは単身赴任という形になりました。札幌に来てから2年間は夫の会社の住宅補助を受けて近くの賃貸マンションに住んでいたんですが、このエリアは賃貸相場もそれなりに高く、補助から足が出る状況で。夫といい物件があれば買った方がいいかも、という話を常々していたんです。ただ、もし買うなら、今後また転居することになったときにも売ったり貸したりできるよう、資産性の高い物件を選ぼうと」

――資産性の高い物件というと、具体的には?

「いま住んでいる地域は文教エリアで人気が高く、新築マンションがどんどん建っています。私たちのような転勤族も多いので、駅からの利便性が高く、大手デベロッパーの建てた物件であれば、多少築年数があっても買いたい人はたくさんいるだろうと感じていました。新築よりも中古マンションの方が割安に手に入りますし、きちんと管理され、ブランド力のあるマンションは、リフォームをすれば快適に住めて売りやすいはずだと。それで私たちが買おうかなと探していたときに、ちょうど駅から徒歩2分のこの物件が出ているのを知ったんです。近所の人であれば、マンション名と外観を見れば『ああ、ここか』とすぐ分かるような物件ですよ」

住まいとしての快適性と、資産価値UPを目的にリフォーム

――立地以外に「資産性」という面で重視されたポイントはありますか?

「この物件はもともと3LDKで、リビングの横に和室があったのですが、内覧したときにリビングとつなげれば広くできるな、と思いました。もともと所有されていた方も結構きれいにお住まいになっていたんですが、築20年くらいだったので、自分たちが快適に住むためにも、また今後、売却する可能性を考えてもリフォームが必要だなと」

【リフォーム前の間取図】もともとはリビングの横に和室がある形の3LDKの間取だった(Mさんに提供いただいた間取図を元にSUUMOジャーナル編集部にて作成) 【リフォーム後の間取図】リビング横の和室をつなげる形にして広いリビング・ダイニングの2LDKに変更(Mさんに提供いただいた間取図を元にSUUMOジャーナル編集部にて作成)

【リフォーム前の間取図】もともとはリビングの横に和室がある形の3LDKの間取だった(Mさんに提供いただいた間取図を元にSUUMOジャーナル編集部にて作成)
【リフォーム後の間取図】リビング横の和室をつなげる形にして広いリビング・ダイニングの2LDKに変更(Mさんに提供いただいた間取図を元にSUUMOジャーナル編集部にて作成)

――リフォームされたんですね! 他にも変更されたところはあるんでしょうか?

「間取りの変更という意味では、押入れだったところをウォークインクローゼットにしたり、お風呂が狭かったのを広くしたり……というくらいですが、設備や仕様はほぼ全て手を入れました。床とクロスを張り替え、キッチンやバスなどの設備も新しいものにしました。札幌市は窓を二重サッシに変えると補助金がでる制度(※)があるので、窓も全て取り替えたんですよ(笑)」

※札幌市住宅エコリフォーム補助制度:許可を受けた事業者が施工する省エネ改修やバリアフリー改修を行った場合に、改修費用の一部を補助する制度

札幌の冬は寒いが、補助金が出ることが分かり、二重サッシも全て新しいものに取り替えた(写真提供/Mさん)

札幌の冬は寒いが、補助金が出ることが分かり、二重サッシも全て新しいものに取り替えた(写真提供/Mさん)

和室についていた押入れは、隣りにあった物入れと一体化してウォークインクローゼットに(写真提供/Mさん)

和室についていた押入れは、隣りにあった物入れと一体化してウォークインクローゼットに(写真提供/Mさん)

――それだけ全体的にリフォームをしようと思うと、リフォーム会社選びも慎重になったのではないですか?

「それが実は、リフォーム会社はこのマンションを建てた大手不動産グループの会社にそのままお願いしました。検討に時間をかけたのはどこにお願いするかではなく、仕様をどのレベルに維持するか、です。いずれは引越すことが前提で一生住む家ではないので、コストは抑えたいんです。でも、あまりグレードの低い仕様・設備だと自分たちが住むのに日々、ストレスになりますし、いざ売ろうとしたときにも低く評価されては困ります。『中の上』くらいの仕様を意識して、すべてのものを選ぶようにしました。『本当はこっちがいいけど、ここまでお金かける必要ないな……」とそれなりの質は確保しつつ、コストも重視するという。見積もりを出してもらって、やりすぎかなと感じる部分は削って、を繰り返しました」

バスやキッチンなどの設備も新しいものに交換。「中の上」のグレードを意識しながら、使い勝手がよく、万人受けするシンプルな仕様に(写真提供/Mさん)

バスやキッチンなどの設備も新しいものに交換。「中の上」のグレードを意識しながら、使い勝手がよく、万人受けするシンプルな仕様に(写真提供/Mさん)

床やクロス、建具なども変更。空間を広く見せるために白を基調としたものをセレクト(写真提供/Mさん)

床やクロス、建具なども変更。空間を広く見せるために白を基調としたものをセレクト(写真提供/Mさん)

忙しく働くママが小学生の息子と時間・空間を共有するための工夫

――毎日本当にお忙しそうなので、リフォームの検討も大変でしたよね。普段はどのような形でお仕事されているんでしょうか?

「平日は朝7時半過ぎに家を出て、帰ってくるのはほとんど21時から22時くらいになります。早ければ週に1回程度、19時半くらいに帰れるときがあるかどうか……。なので、息子の生活は普段、ベビーシッターさんにお願いしています」

――わあ……本当にご多忙ですね。そうすると、帰宅されたときにはお子さんはもう寝ている感じですか?

「寝ちゃってますね……(涙)。その分、早く帰れたときや休日など、家にいられる時間は少しでも一緒に過ごしたいと考えまして。リフォームによって広くなったリビングの真ん中には、子どものデスクを置いています。子ども部屋もありますが、基本リビング学習です(笑)。早く帰れたときに、息子が宿題をしている姿が食卓からも見えます。お互いが何をしているかがパッと視界に入るんです」

リビングの中央には子どもの学習デスクが。Mさんがダイニングやキッチンにいるときも、一緒の時間・空間を共有できる(写真提供/Mさん)

リビングの中央には子どもの学習デスクが。Mさんがダイニングやキッチンにいるときも、一緒の時間・空間を共有できる(写真提供/Mさん)

――たしかに、息子さんのデスクが主役のリビングですね!

「でも息子は実際にはデスクだけじゃなくて、キッチンのカウンターで勉強することも多いんです。カフェっぽいカウンターにしたところは私のこだわりなんですが、ここで一緒にご飯を食べたり、私が料理しているときに息子が勉強したりしています。あと、夜の時間は私が一杯飲むためのバーカウンターに(笑)」

子どもが寝た後は、カウンターでゆっくりお酒をたしなみながら一息をつく時間も確保(写真提供/Mさん)

子どもが寝た後は、カウンターでゆっくりお酒をたしなみながら一息をつく時間も確保(写真提供/Mさん)

豊かな暮らしを実現するために、購入予算とローンの組み方も考慮

――素敵ですね。資産性も重視されたということなので、きっと購入予算についてもいろいろ考えられたんでしょう?

「購入予算については、それまでの家賃の負担額と同じくらいになるように予算を決めたうえで物件を検討しました。もともと賃貸で住んでいたときに15万円くらいの家賃を負担していたので、共益費や修繕積立金を入れて月々の支払額が同じくらいになるように計算して」

――人気があるエリアとのこと、地方都市の中古マンションとはいえ、高かったのではないですか?

「マンションを約2000万円で買って、リフォームに500万円ほどかけた形です。現金で買えない額ではなかったのですが、銀行や不動産会社の方が『現金で買えるとしても、ある程度は手元資金として置いておいた方がいい』とアドバイスをしてくれてローンを組みました。今は金利も低いですしね」

――引越し前提、売却も視野に入れているとのことなので、また次の新しい住まいを購入される可能性もありそうですもんね

「はい、今後のことも考えて、ローンは20年で組んでいます。無理のない範囲で、時々の状況にあわせた住まい選びができればと!」

そう魅力的にほほ笑むMさんの表情からは、バリバリとお仕事をしながら子どもとの時間も大切にして、充実した生活を送っていることが垣間見えます。一方、人気の高いエリアでブランド力のある中古マンションを買ってリフォームをすること、低金利の今、あえて手元資金を残しながら住宅ローンを組む選択をされたことも、今後の将来を見据えた賢明なプランですよね。
Mさんファミリーの選択からは、理想の暮らしを実現しながら、先を見据えた堅実な資金計画も両立する、そんな賢い住まい選びを学びました。

BEAMS流インテリア[2] 世界各国のアンティーク家具・民芸品がつくりだす極上おもてなし空間

一生ものの家具に出会うまでは妥協なし。捨てるのが嫌なので、気に入ったものに巡り合うまではたとえ不自由でも間に合わせは買わない、と断言するスタイリングディレクターの和田健二郎(わだ・けんじろう)さん。お眼鏡にかなった世界各国の民芸品、家具、ファブリックなどが創り出す独自なミックステイストは、BEAMSスタッフ間でも羨望の的。とびきりのセンスと、居心地の良さの秘訣を探ってみましょう。●BEAMSスタッフのお住まい拝見・魅せるインテリア術
センス抜群の洋服や小物等の情報発信を続けるBEAMS(ビームス)のバイヤー、プレス、ショップスタッフ……。その美意識と情報量なら、プライベートの住まいや暮らしも素敵に違いない! 5軒のご自宅を訪問し、モノ選びや収納の秘訣などを伺ってきました。オープンなLDK空間とプライベート空間を分けた最上階のメゾネット

和田さんが住むのは、世田谷の住宅街を見渡す低層マンションの最上階メゾネット。購入してリノベーションしたのは約8年前。結婚して借りた下北沢の1LDKのメゾネットにも8年住んでいた。「上下階で空間を分ける暮らしが気に入っていたので、中古マンションを探す際もメゾネットにこだわりました」(和田さん・以下同)。

元々住んでいた下北沢の近くで探し始めたものの、人気の沿線、かつメゾネットは数が少ないため、物件探しは長期戦に。半年過ぎて諦めて別の中古マンションに決めかけていたころ、東南角部屋の100平米を超す広さのこの部屋に巡り合った。「最上階で窓も多く、視界のヌケ感や空の広さが理想通り」と即決。当時築30年だったマンションを、同じ鹿児島出身のLAND SCAPE PRODUCTSさんに依頼してリノベーションすることにした。

コンセプトは「人が集まりやすい家」。玄関を入ったフロアはLDKメインのオープンな空間にするため、2つの部屋をひと続きにして広々と。LDKの一部に小上がりをつくって変化をつける、キッチンコーナーもオープンに、壁は漆喰(しっくい)、など妻と相談しながら空間イメージや素材もスケッチにして具体的に提示した。

和田さんのお住まいはマンションの最上階、4階と5階のメゾネット。人が集まりやすいよう玄関を入ったフロアをパブリックスペースに、階段をあがった上階を寝室や子ども部屋などのプライベートスペースに(和田さん提供資料を基にSUUMOジャーナルにて作成、上階省略)

和田さんのお住まいはマンションの最上階、4階と5階のメゾネット。人が集まりやすいよう玄関を入ったフロアをパブリックスペースに、階段をあがった上階を寝室や子ども部屋などのプライベートスペースに(和田さん提供資料を基にSUUMOジャーナルにて作成、上階省略)

「全ての希望はかない、壁の一部に大谷石を使うなど面白い提案ももらい、仕上がりの満足度は120%です」

玄関を入ると20畳以上の明るく広々したLDK。ウェグナーのダイニングテーブル(デンマーク)、革製ロバのスツール(スペイン)、パーシヴァル・レイファーの黒革ソファ(ブラジル)、100年以上前の食器棚(イギリス)など世界各国のこだわりのインテリアが並ぶ(写真撮影/飯田照明)

玄関を入ると20畳以上の明るく広々したLDK。ウェグナーのダイニングテーブル(デンマーク)、革製ロバのスツール(スペイン)、パーシヴァル・レイファーの黒革ソファ(ブラジル)、100年以上前の食器棚(イギリス)など世界各国のこだわりのインテリアが並ぶ(写真撮影/飯田照明)

リビングの一角にはお気に入りのスツールや小物をディスプレーする小上がり空間。冬にはここがこたつコーナーになるという。LDKの壁は漆喰、棚の奥は大谷石で空間のアクセントに(写真撮影/飯田照明)

リビングの一角にはお気に入りのスツールや小物をディスプレーする小上がり空間。冬にはここがこたつコーナーになるという。LDKの壁は漆喰、棚の奥は大谷石で空間のアクセントに(写真撮影/飯田照明)

小上がりの下は、段差を利用して引き出し式の大きな収納スペースに。3つある引き出しには季節外のラグやこたつなど模様替え用のファブリック中心。かさばるものも重いものも入って便利(写真撮影/飯田照明)

小上がりの下は、段差を利用して引き出し式の大きな収納スペースに。3つある引き出しには季節外のラグやこたつなど模様替え用のファブリック中心。かさばるものも重いものも入って便利(写真撮影/飯田照明)

世界各国の椅子が20脚以上! 妥協しないインテリア選びの秘訣

リビングの小上がりは、いま和田さんが気になっているものをディスプレーする舞台のようなコーナー。インテリア小物、美術書などの絵になる本、スツール類が無造作に並ぶ。現在、棚にはテイスト別に民族ものやビンテージものなどお気に入りの服がお店のように並び、こまめに模様替えも楽しんでいるという。

ここにある柳宗理(やなぎ・そうり)デザインのバタフライスツール3脚は、20年前に出会って和田さんがインテリアに関心をもつキッカケとなったもの。

棚上段に中国やアフガニスタンの民族ものの衣服、2段目にアメカジやボーダー、3段目にデニム、チノパン、ミリタリー、ビンテージものを分類。その下には3脚のバタフライスツール、手前には部族によってデザインが違うアフリカのスツール類を集めて植物を置いている(写真撮影/飯田照明)

棚上段に中国やアフガニスタンの民族ものの衣服、2段目にアメカジやボーダー、3段目にデニム、チノパン、ミリタリー、ビンテージものを分類。その下には3脚のバタフライスツール、手前には部族によってデザインが違うアフリカのスツール類を集めて植物を置いている(写真撮影/飯田照明)

「曲線的なフォルムの美しさに惹かれて。日本製とは思えないデザインと技術力に驚き、売り場の商品だったので説明できるよう、インテリアの勉強を始めました」

臨時収入があると飲み代に消えていたお金で、このバタフライスツールを買った。そこからスツールに凝り始め、「すっかり椅子フェチ、いまではスツールだけで20脚以上あります(笑)」
※スツールとは背もたれなしの椅子のこと

スツールのなかでも貴重なのが、アフリカ民芸もの。一本の太い木をくり抜いてつくられる接ぎ木のないもので、部族ごとにデザインも違う、木材・技術ともに今やつくることが難しい一点物のアンティーク。そのほか、フィンランドのサウナスツール、スペインの革製ロバなど、国も素材も年代も多様。「好きなモノをイメージして探し続ければいつか出会える」という。

実際、海外のフリーマーケットや近所のアンティークショップまでさまざまなところで出会いがあり、「海外から大荷物を背負って帰ることもしばしば」とのこと。

家具や小物だけでなく、中東、アジア、アフリカなどの民族着やファブリックもコレクションに。「年代を経た手の込んだ一点物を見るとつい買ってしまいます」。ラグは、季節ごとに模様替えを楽しんでいるという。

「家具は捨てるとき大きなゴミになるから買い替えが嫌。買うときは一生ものだと思って慎重に選び、間に合わせで妥協はしない」という和田さん。結婚当初、欲しいローテーブルが2~3年待ちと言われ、納品まで不便でもローテーブル無しで過ごした。当時から人が集まる家にしたいという思いがあり、ダイニングテーブルも2人暮らしには大きい6人掛けサイズを選んだ。その甲斐あって、家族が増え住まいが変わったいまも全て大活躍中だ。

フローリングは全てオーク材、壁は漆喰など大規模なリノベーションだったが、工事中の廃材もなるべく出さないように気遣った。「天井や床も、全て元の素材の上から張ってもらいました。ゴミも出ないし、断熱や防音も兼ねられるので一石二鳥です」。

奥のキッチンは、タイルの色までこだわって妻がデザイン画を作成してイメージを伝えた。左の食器棚はイギリスの100年超えのアンティーク、右は大正末期の水屋箪笥というミックス感。手前のローテーブルが2年待ち、フィンランドのタピオ・ヴィルカラ(写真撮影/飯田照明)

奥のキッチンは、タイルの色までこだわって妻がデザイン画を作成してイメージを伝えた。左の食器棚はイギリスの100年超えのアンティーク、右は大正末期の水屋箪笥というミックス感。手前のローテーブルが2年待ち、フィンランドのタピオ・ヴィルカラ(写真撮影/飯田照明)

既成概念にとらわれず、収納も自由な発想でアレンジ

素敵な一点物を買ってきて置いているだけでは生まれない、異なるインテリアテイストのミックス感が生みだす独自のハーモニーもある。もちろんそれぞれが和田さんのお眼鏡にかなったという前提はあるものの、国も年代もテイストも素材もバラバラなものを組み合わせる秘訣は何だろうか。

「ものをありのままでとらえるのではなく、自由な発想でアレンジして組み合わせを楽しんでいます」。手に入れたものはそのまま使うだけでなく、色を塗ったり、用途を変えたり、パーツを変えたり、ちょっとした手間や工夫で見違えるような変化があるというのだ。

リビングのイギリスのアンティークの食器棚は、背が高く圧迫感があるためひとつのものを上下別々に2カ所で使用。玄関の昭和な下駄箱とリビングに続くアンティークの扉は、形も素材も異なるテイストを合わせるため色を塗る、などDIYのひと手間をかけた。小物を飾る際も、ひとつの下駄箱の上は日本の作家のものでまとめる、一方はアフリカの仮面など、同じテイストのものを固めるのもテクニックのひとつだ。

玄関ドアを開けると、マンションの玄関とは思えない広々した空間にパタパタ扉付きの昭和レトロな下駄箱が2つ。収納としての機能だけでなく、家具の存在そのものが絵になる(写真撮影/飯田照明)

玄関ドアを開けると、マンションの玄関とは思えない広々した空間にパタパタ扉付きの昭和レトロな下駄箱が2つ。収納としての機能だけでなく、家具の存在そのものが絵になる(写真撮影/飯田照明)

苦労して運び込んだという下駄箱の上は、日本の作家ものの陶器をディスプレー。昔の小学校の雰囲気そのままで使うのではなく、黒のペンキを塗り、取っ手を真ちゅうのボタン型に変えることで、波型ガラスが映える雰囲気あるインテリアに早変わり(写真撮影/飯田照明)

苦労して運び込んだという下駄箱の上は、日本の作家ものの陶器をディスプレー。昔の小学校の雰囲気そのままで使うのではなく、黒のペンキを塗り、取っ手を真ちゅうのボタン型に変えることで、波型ガラスが映える雰囲気あるインテリアに早変わり(写真撮影/飯田照明)

「あまり得意ではない」と謙遜しながら、さらにDIYで収納量アップの工夫も。下駄箱は箱内も板で仕切り、収納出来る靴の数を2倍3倍に。この2つに入りきらない靴類は、クロークの壁にDIYで棚を付けて大量に収納している。

出番待ちの靴や衣類を大量に収納するクローク。靴の高さに合わせてIKEAで購入したパーツと板でDIY、木製のネクタイ掛けはBROOKS BROTHERSのショップで使われていたものをDIYした(写真撮影/飯田照明)

出番待ちの靴や衣類を大量に収納するクローク。靴の高さに合わせてIKEAで購入したパーツと板でDIY、木製のネクタイ掛けはBROOKS BROTHERSのショップで使われていたものをDIYした(写真撮影/飯田照明)

上階寝室の窓際には、DIYで天井から帽子掛けを吊るして見せる収納に(写真撮影/飯田照明)

上階寝室の窓際には、DIYで天井から帽子掛けを吊るして見せる収納に(写真撮影/飯田照明)

マンションとは思えない玄関のしつらえ、風が吹き抜ける眺めのいい広々したLDK。世界各国の民芸とミッドセンチュリーが融合したインテリア。「妥協しないから失敗はしない」「いい物を選ぶと収納も楽しくなる」という言葉に納得の美術館のようでいて居心地もいいお住まい。ほぼ毎週末来客があり、年末には20人を超すゲストと忘年会を開いているというのも納得の、居心地の良さを兼ね備えた極上空間でした。

●取材協力
・BEAMS

収納家具なし! 見せ方・隠し方に技アリのオープン大空間【BEAMS流インテリア(1)】

同期入社で結婚4年目、というプレスの安武俊宏(やすたけ・としひろ)さんとディレクターで現在は産休中の恵理子(えりこ)さん。初めての出産を控えたご夫妻の住まいは、コンクリートむきだしの大空間をガラスの建具で緩やかに区切る、大胆にリノベーションされたマンション。照明や椅子など、インテリアひとつひとつにストーリーがあるものを選び抜いた、アイデアいっぱいの空間を拝見します。●BEAMSスタッフのお住まい拝見・魅せるインテリア術
センス抜群の洋服や小物等の情報発信を続けるBEAMS(ビームス)のディレクター、プレス、ショップスタッフ……。その美意識と情報量なら、プライベートの住まいや暮らしも素敵に違いない! 5軒のご自宅を訪問し、モノ選びや収納の秘訣などを伺ってきました。自分たちらしい空間を求めて中古マンションをモダンにリノベーション

プレスとディレクターという、華やかなお仕事についている安武ご夫妻。ファッションが好きで入社したお2人ですが、洋服はその時々に好きなものを買い、かつ仕事で毎日関わっているので、オフのときは逆にインテリアやライフスタイルを大切にするようになったとのこと。2人の共通の趣味も、インテリアショップや雑貨店巡りと旅行だという。

安武さんは、プレスとして『BEAMS AT HOME』等の書籍制作も担当。この仕事を通して、ますますインテリア熱も高まったという。現在4冊発行されているシリーズの1冊目に、結婚前に2人で住んでいた部屋が掲載され、恵理子さんの名字をプレス権限で「安武」に変えて発行するというサプライズがプロポーズだったというから、公私ともに住まいと縁が深い。

1冊目発行後の2015年1月に結婚、さらに自分たちらしい空間を求めて、2016年1月から家探しを開始。2人とも仕事が忙しいので都心へのアクセス最優先で渋谷区・目黒区・港区に限定し、リノベーション前提なので築年数関係なく、50平米後半の中古マンションを探した。

SUUMOで物件検索して、これはというものがあれば週末ごとに内見へでかけたものの、なかなかピンと来る物件はなかった。さらに条件を新宿区まで広げたところ、神楽坂駅に近く通勤30分、当時築37年60平米のこの物件に巡り合う。既に20件以上見学していたので即決し、それからは5月末契約、仕事仲間に紹介されたデザイナーにリノベーション依頼、8月に完成・入居と、とんとん拍子だった。

リノベーション後の安武さん宅の間取り。玄関を入って廊下正面がLDK空間。寝室にはLDKからも、玄関から直接納戸経由でも出入りすることができる(安武さん提供資料を基にSUUMOジャーナル編集部にて作成)

リノベーション後の安武さん宅の間取り。玄関を入って廊下正面がLDK空間。寝室にはLDKからも、玄関から直接納戸経由でも出入りすることができる(安武さん提供資料を基にSUUMOジャーナル編集部にて作成)

玄関を入って廊下右手に水まわり、左手に寝室、正面の扉奥がLDK。廊下左の壁一面は収納になっている(写真撮影/飯田照明)

玄関を入って廊下右手に水まわり、左手に寝室、正面の扉奥がLDK。廊下左の壁一面は収納になっている(写真撮影/飯田照明)

趣味のインテリアショップ巡りで磨いたセンスで長く使える良いものを選ぶ

リノベーションで元々あった壁や天井、内装などを一度すべて壊してスケルトン状態から出来上がったのは、コンクリートや配管がむき出しのLDKを中心に、書斎兼収納、寝室、玄関・水まわりの3つの空間を黒のガラス入り建具で緩やかに仕切った大空間。約60平米というが、ガラス越しに視線がつながって一体感があるため広く感じる。

インテリアのテイストは、好みの写真などをデザイナーと共有しながら、相談してつくり上げていったという。
休日はお気に入りのインテリアショップ巡りをしているというお2人だけあって、センスも抜群。色味を抑えたモノトーンのモダンなテイストでまとめている。

「インテリアで最初に決めていたのはダイニングの照明。フランスの名作照明でずっと欲しかったけれど工事が必要なので賃貸時代は我慢していたので」という安武さん。「私は毎日使う水まわりにこだわりました。キッチンは造作にしてLDKの中心に、バスルームもホテルライクにしました」という恵理子さん。

多少優先順位は違うものの、美しい物へのこだわりやセンスは一致している。例えば、LDKにある2脚の名作椅子。入居前、新居のインテリアに合うリラックスチェアを探していたところ、繊細で美しいフォルムのポール・ケアホルムPK22に巡り合う。高価なため中古品も探したが条件に合うものがなく、ちょうど発売になった限定モデルが色も素材もぴったりで一脚約50万円を即決したという。ペンダントライトも作家の一点もの。

「2つ欲しかったけど、ひとつでいいじゃないとは言われました(笑)」と安武さん。目線より高い位置にものを置かないことで空間を広く見せ、ぶら下がった照明でメリハリをつけているという。

線が細いフォルムのポール・ケアホルムPK22の60周年記念モデル・グレーのヌバック素材が優しくインテリアに溶け込む。クッションと絨毯(じゅうたん)はモロッコ旅行の際に2人で選んだもの(写真撮影/飯田照明)

線が細いフォルムのポール・ケアホルムPK22の60周年記念モデル・グレーのヌバック素材が優しくインテリアに溶け込む。クッションと絨毯(じゅうたん)はモロッコ旅行の際に2人で選んだもの(写真撮影/飯田照明)

オープンな大空間は収納家具に頼らず、隠すべきものは隠し方にもこだわって

リビングからは、ガラスの建具越しに部屋全体が見渡せる。仕事柄洋服や小物なども多いはずだが、いったいどこに収納しているのか。空間を広く見せるために、大きな収納家具は置かない主義。確かに食器棚も洋服ダンスも見当たらない。

玄関の廊下には、それぞれの靴とバッグ専用の壁面収納を造り付けた。2人合わせて実に靴150足はあるというが、扉を閉めればスッキリ。扉で隠す造作収納は玄関収納のほか、家の中心にあるキッチン収納だ。いわゆる食器棚は置かず、吊戸棚もなく、アイランド型キッチンの下に食器類も全て収納している。

写真左:玄関の壁面上部にロードバイク、反対側は一面4カ所の壁面収納、扉を閉めればスッキリ。写真右:壁面収納はちょうど靴が入る奥行きで、夫婦それぞれの靴やバッグ用。靴だけで安武さん100足、恵理子さん50足は超える(写真撮影/飯田照明)

写真左:玄関の壁面上部にロードバイク、反対側は一面4カ所の壁面収納、扉を閉めればスッキリ。写真右:壁面収納はちょうど靴が入る奥行きで、夫婦それぞれの靴やバッグ用。靴だけで安武さん100足、恵理子さん50足は超える(写真撮影/飯田照明)

食器棚も置かず、アイランドキッチンの下に食器類も収納。「キッチンは造作で細かな仕切りや棚がなかったので、引き出せる棚を通販で探しました」(写真撮影/飯田照明)

食器棚も置かず、アイランドキッチンの下に食器類も収納。「キッチンは造作で細かな仕切りや棚がなかったので、引き出せる棚を通販で探しました」(写真撮影/飯田照明)

衣装持ちのはずだが、衣類はどうしているのか。まずは玄関からも直接出入りできる、便利な寝室のウォークインクローゼット。ここは頻繁に着るシーズンものを中心に、ハンガーパイプに吊るした、オープンで使いやすい収納だ。しかし収納量には限りがある。

LDKとガラスの建具で仕切られた寝室(写真撮影/飯田照明)

LDKとガラスの建具で仕切られた寝室(写真撮影/飯田照明)

寝室奥のウォークインクローゼットはシーズンものの洋服を手前に、奥には頻度低めのスーツやコートがかけられるようになっている(写真撮影/飯田照明)

寝室奥のウォークインクローゼットはシーズンものの洋服を手前に、奥には頻度低めのスーツやコートがかけられるようになっている(写真撮影/飯田照明)

ベッド奥の出窓を利用して本などを見せて収納(写真撮影/飯田照明)

ベッド奥の出窓を利用して本などを見せて収納(写真撮影/飯田照明)

シーズン外の物は書斎兼ウォークインクローゼットにあるというが、一切目に入らない。不思議に思って尋ねると、インテリアにもなる洒落た丸箱には布団が、アンティークの旅行鞄などに季節外の洋服やバッグ類を入れているのだという。クローゼットでさえも生活感なくセンスがいいのは、収納家具に頼らず、さらに収納する入れ物自体もデザインにこだわって選んでいたからだった。ガラス越しに見渡せるひと続きの大空間は、見せ方も隠し方も技ありだった。

机の上にハンガーポールや棚が造り付けられた書斎兼ウォークインクローゼット。一見ただの書斎にしか見えないほど整然としているが、アルミ製のキャンプ用品の収納ケース(机の上部、棚の最上段)やインテリアショップで見つけたデザイン性の高い丸箱(写真右)、アンティークの大型旅行鞄やコンテナ(写真左)に季節外の物を全て収納(写真撮影/飯田照明)

机の上にハンガーポールや棚が造り付けられた書斎兼ウォークインクローゼット。一見ただの書斎にしか見えないほど整然としているが、アルミ製のキャンプ用品の収納ケース(机の上部、棚の最上段)やインテリアショップで見つけたデザイン性の高い丸箱(写真右)、アンティークの大型旅行鞄やコンテナ(写真左)に季節外の物を全て収納(写真撮影/飯田照明)

スノーピークのキャンプ用品の収納ケースは、積み重ねも可能で多目的に使える。現在は季節外の衣類を入れて収納ケースとして棚の最上段で使用(写真撮影/飯田照明)

スノーピークのキャンプ用品の収納ケースは、積み重ねも可能で多目的に使える。現在は季節外の衣類を入れて収納ケースとして棚の最上段で使用(写真撮影/飯田照明)

「長く使えるいいものを」と、2人のアンテナにかかるものをひとつひとつ選んでいった安武夫妻。家にあるもの全てに「インテリアショップで一目惚れした照明」「新婚旅行で訪れたモロッコで気に入った絨毯や写真」「ずっと欲しくて運命的に限定モデルが手に入ったチェア」など、素敵なストーリーがある。隠すものは上手に隠し、好きなモノだけを見渡せる大空間。もうすぐ家族3人になる安武家。お子さんが生まれてからの、お2人のセンスを活かした住まいの変化も楽しみです。

●取材協力
・BEAMS

国土交通省、「安心R住宅」事業者が4団体に

国土交通省は6月8日、「安心R住宅」の事業者団体に(一社)石川県木造住宅協会を登録した。「安心R住宅」制度とは、「不安」「汚い」「わからない」といった「中古住宅」のマイナスイメージを払拭し、既存住宅の流通を促進するための制度。耐震性があり、インスペクション(建物状況調査等)が行われた等一定の要件を満たした既存住宅に対し、国の関与のもとで事業者団体が標章を付与するもの。

今回の登録により、(一社)優良ストック住宅推進協議会(平成29年12月25日登録)、(一社)リノベーション住宅推進協議会(平成30年1月26日登録)、(公社)全日本不動産協会(平成30年3月13日登録)と合わせて、「安心R住宅」の事業者団体は4団体となった。

ニュース情報元:国土交通省

住宅ビジネストレンド、住生活サービス拡充などがポイント

(株)富士経済(東京都中央区)はこのたび、「2018年版 住宅ビジネス/新築・リフォーム企業戦略の現状と将来展望」を発表した。同調査は、ハウスメーカー、デベロッパー、住設建材メーカー、不動産管理会社、民泊事業者など計50社について、建築やリフォーム、買取再販といった住宅事業や、ハウスクリーニング・家事代行、見守り・セキュリティといった住宅関連サービス、サービス付き高齢者住宅や民泊といった派生事業への取り組み状況について幅広く調査・分析したもの。

それによると、新築住宅販売を中心に事業展開する企業は、新築住宅の新商品開発の中軸に据えるコンセプト開発や、異業種の技術を活用したIoT・AIなど最新技術の採用を進めている。また、今後増えていく共働きやシニア世帯などをターゲットに絞った提案が増加。

ストック住宅向け事業を展開する企業は、リフォームやリノベーションを施した買取再販、住み替えサポート、サブリースなどにビジネスチャンスを見出し、不動産関連事業の幅を広げている。また、民泊事業などでの非住宅用への転用などの拡大により、増加の一途をたどる空き家や空室物件のリフォーム・リノベーションも期待され、ストック住宅を活用した住宅ビジネスの拡大が予想される。

住宅ビジネスのトレンドとしては、新築住宅販売、物件管理、リフォームなどそれぞれが独立するのではなく、企業グループや他社との相互送客を含めたワンストップビジネスの展開加速、新築住宅販売からリフォーム需要発生までの期間に顧客との接点を長く深く維持できる住生活サービスなどの拡充がポイントのようだ。

ニュース情報元:(株)富士経済

60歳からの家は自分たちで創ることにした

「老後資金には1億円が必要」とか「年金に期待するな」とか、最近の日本は年をとるのもたいへんだ。今まで一生懸命に働いてきたのに、リタイア後も頭が痛くなるような話題ばかり。もっと楽しく、自分たちの身の丈に合った暮らしはできないのか。そんなとき、長年の友人が700万円以下で首都圏に一戸建てを手に入れ、自分たちでリノベーションをすると聞いた。ワクワクするようなニュースだ。早速遊びに行った。
現金で払える予算で自分たちの終の棲家を探す

中原夫妻は私と同じで60歳。妻は私がコピーライターとして新人だった時代の少し先輩だ。お互い還暦を迎え、そろそろリタイア後の生活に真剣に取り組む必要がある。「まだまだ元気で仕事も現役だが、ほんとうに体力がなくなる前に自分たちの終の棲家は確保しておきたい」と家探しを始めたのは2015年だった。

そんな2人が手に入れたのは、千葉県千葉市の土気駅から歩ける場所にある築35年超の一戸建てだ。
「町田で賃貸住宅に住んでいましたが、そろそろ自分たちの老後を考えたときに、いつまでも家賃を払い続けるのも不安で、この際家を買おうということに。これからのことを考えたら、自分たちが用意できる現金の範囲で探そうということになりました」と夫。

予算は最大800万円まで。最初は東京より西側の神奈川で探していたが、坂の上で階段がある物件が多い。予算内だと再建築不可(※)といった物件もあった。夫妻ともに海の近くで育っているので、山よりも海の近くが暮らしやすい。そのため今度は千葉県にも足を延ばして探すことにした。

※建て替えや増改築ができない状態。市街化調整区域の土地、建築基準法の接道義務に違反している(4m以上の道路に間口2m以上接していない)土地、あるいは法律の施行以前に建てられた「既存不適格建築物」などが該当する。

「古い団地も見に行きましたが、階段の上り下りがいずれたいへんになりそうで……。やはり庭仕事が好きな私たちには一戸建てが向いていると考えはじめました」と妻。そこで出会ったのが今の住まいだった。予算内に収まる価格と駅からのアプローチがフラットだったのもポイントだった。

「中古の一戸建てを自分たちの手で直しながら住むのもいいかと。古いけれど角地に建っていて開放感があるのと庭があるのも気に入りました」と妻。「供給公社がしっかり建てた物件で、床下も屋根裏も見てみましたがきれいなものでした。途中で白アリ防除もしたということで購入を決めました」と夫。

購入後、リビングと和室を隔てる壁を壊した状態の写真。いわゆる昭和の一戸建て木造住宅だった(写真提供/中原氏)

購入後、リビングと和室を隔てる壁を壊した状態の写真。いわゆる昭和の一戸建て木造住宅だった(写真提供/中原氏)

和室の壁はベンガラをイメージした紅色に。ジモティで手に入れた棚を仕立て直して間仕切りにした (写真撮影/片山貴博)

和室の壁はベンガラをイメージした紅色に。ジモティで手に入れた棚を仕立て直して間仕切りにした(写真撮影/片山貴博)

購入後に雨漏りを発見、修理をしてくれた大工さんと仲良くなる

2人はまず手描きで図面を起こし、1階部分の和室を洋室に変え、リビングと棚でつなげるようなプランを考えた。当初は1階リビングを完成させて引越したら、住みながら手を入れていく予定だった。

最初につくった手描きのリノベーションの設計図 (写真提供/中原健二氏)

最初につくった手描きのリノベーションの設計図(写真提供/中原健二氏)

ところが契約時に決めていた瑕疵担保責任の期間ぎりぎりの時期に、2階のベランダのジョイント部分から雨が入り込み、柱が1本腐っていたのを発見することになった。交渉した結果、売主が地元の大工さんに工事を頼んで修復してくれることになった。この修復工事が終わらないと、自分たちの工事もできない。

「この大工さんがいい人で、親しくなって、ついでにあれこれと見てくれました。その時、動かしていい柱を教えてもらったので、後の仕事がスムースになりました」。災い転じて福となすとは、まさにこのことだ。

しかも修復工事で壁を開けてみたら、やはり古い戸建てだけに断熱が完璧ではないことに気付いてしまった。夫はがぜん断熱にこだわりはじめ、床下や天井にも断熱材を張り巡らせることになった。

天井も高くしたいとぶち抜くことに。みっちりと断熱材を入れた (写真提供/中原氏)

天井も高くしたいとぶち抜くことに。みっちりと断熱材を入れた(写真提供/中原氏)

「モノと一緒にやさしさもいただく」。お金をかけずに材料を入手

リノベーションに必要な材料も実は費用がほとんどかかっていない。妻の口癖である「宝くじ以外は何でも引き寄せる法則」が随所で役に立った。

「ある日、いつもと違う道を歩いていたら、リフォーム会社のお持ち帰りボックスに壁紙がドーンと置いてあるのを発見。さっそく貰って帰りました」。さらに壁紙は友人からも貰うことができた。

トイレの壁紙は友人から。目立たない2階のトイレで初チャレンジ。実は狭いところはプロでも一番難しいことが分かる。大雑把な計算が間違いのもとで、余りをパズルのように何枚も貼り合わせることに。 結果、いい感じのツートンカラーに仕上がった(写真提供/中原氏)

トイレの壁紙は友人から。目立たない2階のトイレで初チャレンジ。実は狭いところはプロでも一番難しいことが分かる。大雑把な計算が間違いのもとで、余りをパズルのように何枚も貼り合わせることに。 結果、いい感じのツートンカラーに仕上がった(写真提供/中原氏)

またリビングのフローリングを無垢板にしたかったけれど、高いのでどうしようかと考えていたら、材木屋が廃棄しようとしていた板を少しずつ分けてもらうことができた。「無垢のフローリング材は、それぞれ規格が違い、サネと呼ばれるジョイント部の高さが違うのでカンナ掛けの加工が必要でした。1本ずつ夫が削って合わせて貼りました。でも色合わせが楽しかったです」

「玄関、廊下、1階の和室の竹のフローリングは、ホームセンターで見切り品になっていたのを買い占めました。お店でちゃんとお金を出して買ったレアケースです」と妻。

竹ですっきりした玄関と廊下。框の段差を丁寧にまるめ、廊下の直角にまがる部分の板の合わせもかなり手をかけた(写真提供/中原氏)

竹ですっきりした玄関と廊下。框の段差を丁寧にまるめ、廊下の直角にまがる部分の板の合わせもかなり手をかけた(写真提供/中原氏)

「某所では昭和20年代の室内ドアと、アメリカンクレイという壁塗り用の土を手に入れました。次はタイルが必要と言っていたら廃業するタイル屋さんとつながりました」とさらに妻の才能は開花する。

驚いたのはジモティの使いこなし術だ。「バスタブも展示品だけど新品を3000円でゲット。さらにレンジフードも新しいのを買っちゃおうかなと考えはじめていたところ、施工業者から新品未使用のものを7000円で手に入れました」。メインの写真で二人がくつろいでいる赤いソファ は4000円。ワイン箱の出物を6個1000円で手に入れ、奥行きを詰めて底と側面の板にフェルトを貼り棚の引き出しに利用したそうだ。手間をかけることをいとわなければ、こだわりのあるインテリアはお金をかけずにそろえることができるという好例だろう。
リビングと洋室の間のパーテーションにした棚は、イケアのものを2個はタダで、1個は1000円ほどでもらい受け、表面にサンダーをかけ荒らしてペイントし、3個1で組み込んだ。
「現場での解体が大変そうだと思っていましたが、受け取先の場所に伺うと、先に解体しておいてくれたうえに、組み立てるために便利なように完璧な合番まで振ってくれていました。ジモティでは庭の植栽も含めて10数件ほどやりとりをしましたがどの方も気持ちのいい方ばかり。モノだけではなくやさしさも一緒にもらいました」と妻。

赤いマッサージチェアもジモティで7000円。小さくて場所もとらないのに高機能だ(写真提供/中原氏)

赤いマッサージチェアもジモティで7000円。小さくて場所もとらないのに高機能だ(写真提供/中原氏)

夫が棟梁、妻はディレクター、それぞれが得意分野を活かす

夫は電気工事士の資格を持っているうえ、とにかく手先が器用だ。細かいところまでこだわり、なんでもつくってしまう。妻は以前グラフィックデザインの仕事をしていただけに、色やデザインにこだわりがある。妻が大まかなプランやデザインを考えるディレクターのような役割だ。夫がそれを実現していく。

例えばリビングの仕上げは壁紙を貼るのではなく、壁のボードをはがした上で構造材を張り直し、構造材にペイントした。「ペンキなどでテストしてみたら、プライマーと呼ばれる下塗り塗料をスポンジで載せていったものが、味わいがありしっくりきたのでそれをいかすことに」と妻。このほか、廊下からのリビングの入り口の壁には、お手製の猫ドアや古い建具を扱っている道具屋で見つけ出した昭和のガラスが入った飾り窓をはめ込むなど、次々にアイデアをかたちにしていったという。

フローリングの板と、貰い受けた縦型のCDラック2本を組み合わせてつくったキッチンとリビングの間のパーテーション(写真撮影/片山貴博)

フローリングの板と、貰い受けた縦型のCDラック2本を組み合わせてつくったキッチンとリビングの間のパーテーション(写真撮影/片山貴博)

キッチンとリビングの間の棚は、妻がデザインして夫がきっちりカタチにしていく。配線も壁や天井を造作する前に、ベストポジションにスイッチやコンセントをつくりたいという要望に、夫が天井に顔を突っ込んだり、 床に這いつくばったりして、コード類を裏から通して大健闘した。

リビングの壁は構造材をいかしたままに(写真提供/中原氏)

リビングの壁は構造材をいかしたままに(写真提供/中原氏)

猫の元気くんの通り抜け用ドアも手づくりだ(写真提供/中原氏)

猫の元気くんの通り抜け用ドアも手づくりだ(写真提供/中原氏)

「完成はいつごろの予定?」と聞いたら、「たぶん一生どこかを直し続けそう」との答えが返ってきた。このリノベーションの過程で、妻はもちろん私たちまで、中原氏を「棟梁」と呼んでしまうようになった。物件購入後2年をかけて、毎週末に町田から千葉市までリノベーションに通うというハードな日々を過ごした棟梁からは「リタイア後の住処は、なるべく体力と気力のある早いうちからアクションを起こすことをおすすめします。時間をかけてでも、その工程を楽しんでリノベーションに挑戦してください」と、アドバイスがあった。

実は中原夫妻は再婚同士だ。私がはじめて棟梁を紹介されたのは、1年ほど前に2階の和室の壁塗りを手伝いに来た時だ。年齢を経て知り合うカップルの理想的な姿のような気がした。自分たちならではの住まいをつくる過程で、あうんの呼吸がさらにぴったり合ってきている気がする。これからも少しずつ自分たちの生活に合わせて、住まいをバージョンアップしていくはずだ。理想的な年齢の重ね方ではないだろうか。

棚の向こうの洋室は家の中で一番日当たりのいい場所。妻の仕事スペースに(左)素通しの棚には、以前妻がガラス工房でものづくりをしていたころに親方につくってもらった小物などを並べている(写真提供/中原氏)

棚の向こうの洋室は家の中で一番日当たりのいい場所。妻の仕事スペースに(左)素通しの棚には、以前妻がガラス工房でものづくりをしていたころに親方につくってもらった小物などを並べている(写真提供/中原氏)

今は庭にウッドデッキを作成中だそうだ。完成するころには、またお邪魔してデッキでビールを飲ませてもらいたい。

庭仕事も楽しみな広い庭。現在はウッドデッキを作成中(写真提供/中原氏)

庭仕事も楽しみな広い庭。現在はウッドデッキを作成中(写真提供/中原氏)

予算800万円以内! 60歳からの住まいは2人でリノベーション

「老後資金には1億円が必要」とか「年金に期待するな」とか、最近の日本は年をとるのもたいへんだ。今まで一生懸命に働いてきたのに、リタイア後も頭が痛くなるような話題ばかり。もっと楽しく、自分たちの身の丈に合った暮らしはできないのか。そんなとき、長年の友人が700万円以下で首都圏に一戸建てを手に入れ、自分たちでリノベーションをすると聞いた。ワクワクするようなニュースだ。早速遊びに行った。
現金で払える予算で自分たちの終の棲家を探す

中原夫妻は私と同じで60歳。妻は私がコピーライターとして新人だった時代の少し先輩だ。お互い還暦を迎え、そろそろリタイア後の生活に真剣に取り組む必要がある。「まだまだ元気で仕事も現役だが、ほんとうに体力がなくなる前に自分たちの終の棲家は確保しておきたい」と家探しを始めたのは2015年だった。

そんな2人が手に入れたのは、千葉県千葉市の土気駅から歩ける場所にある築35年超の一戸建てだ。
「町田で賃貸住宅に住んでいましたが、そろそろ自分たちの老後を考えたときに、いつまでも家賃を払い続けるのも不安で、この際家を買おうということに。これからのことを考えたら、自分たちが用意できる現金の範囲で探そうということになりました」と夫。

予算は最大800万円まで。最初は東京より西側の神奈川で探していたが、坂の上で階段がある物件が多い。予算内だと再建築不可(※)といった物件もあった。夫妻ともに海の近くで育っているので、山よりも海の近くが暮らしやすい。そのため今度は千葉県にも足を延ばして探すことにした。

※建て替えや増改築ができない状態。市街化調整区域の土地、建築基準法の接道義務に違反している(4m以上の道路に間口2m以上接していない)土地、あるいは法律の施行以前に建てられた「既存不適格建築物」などが該当する。

「古い団地も見に行きましたが、階段の上り下りがいずれたいへんになりそうで……。やはり庭仕事が好きな私たちには一戸建てが向いていると考えはじめました」と妻。そこで出会ったのが今の住まいだった。予算内に収まる価格と駅からのアプローチがフラットだったのもポイントだった。

「中古の一戸建てを自分たちの手で直しながら住むのもいいかと。古いけれど角地に建っていて開放感があるのと庭があるのも気に入りました」と妻。「供給公社がしっかり建てた物件で、床下も屋根裏も見てみましたがきれいなものでした。途中で白アリ防除もしたということで購入を決めました」と夫。

購入後、リビングと和室を隔てる壁を壊した状態の写真。いわゆる昭和の一戸建て木造住宅だった(写真提供/中原氏)

購入後、リビングと和室を隔てる壁を壊した状態の写真。いわゆる昭和の一戸建て木造住宅だった(写真提供/中原氏)

和室の壁はベンガラをイメージした紅色に。ジモティで手に入れた棚を仕立て直して間仕切りにした (写真撮影/片山貴博)

和室の壁はベンガラをイメージした紅色に。ジモティで手に入れた棚を仕立て直して間仕切りにした(写真撮影/片山貴博)

購入後に雨漏りを発見、修理をしてくれた大工さんと仲良くなる

2人はまず手描きで図面を起こし、1階部分の和室を洋室に変え、リビングと棚でつなげるようなプランを考えた。当初は1階リビングを完成させて引越したら、住みながら手を入れていく予定だった。

最初につくった手描きのリノベーションの設計図 (写真提供/中原健二氏)

最初につくった手描きのリノベーションの設計図(写真提供/中原健二氏)

ところが契約時に決めていた瑕疵担保責任の期間ぎりぎりの時期に、2階のベランダのジョイント部分から雨が入り込み、柱が1本腐っていたのを発見することになった。交渉した結果、売主が地元の大工さんに工事を頼んで修復してくれることになった。この修復工事が終わらないと、自分たちの工事もできない。

「この大工さんがいい人で、親しくなって、ついでにあれこれと見てくれました。その時、動かしていい柱を教えてもらったので、後の仕事がスムースになりました」。災い転じて福となすとは、まさにこのことだ。

しかも修復工事で壁を開けてみたら、やはり古い戸建てだけに断熱が完璧ではないことに気付いてしまった。夫はがぜん断熱にこだわりはじめ、床下や天井にも断熱材を張り巡らせることになった。

天井も高くしたいとぶち抜くことに。みっちりと断熱材を入れた (写真提供/中原氏)

天井も高くしたいとぶち抜くことに。みっちりと断熱材を入れた(写真提供/中原氏)

「モノと一緒にやさしさもいただく」。お金をかけずに材料を入手

リノベーションに必要な材料も実は費用がほとんどかかっていない。妻の口癖である「宝くじ以外は何でも引き寄せる法則」が随所で役に立った。

「ある日、いつもと違う道を歩いていたら、リフォーム会社のお持ち帰りボックスに壁紙がドーンと置いてあるのを発見。さっそく貰って帰りました」。さらに壁紙は友人からも貰うことができた。

トイレの壁紙は友人から。目立たない2階のトイレで初チャレンジ。実は狭いところはプロでも一番難しいことが分かる。大雑把な計算が間違いのもとで、余りをパズルのように何枚も貼り合わせることに。 結果、いい感じのツートンカラーに仕上がった(写真提供/中原氏)

トイレの壁紙は友人から。目立たない2階のトイレで初チャレンジ。実は狭いところはプロでも一番難しいことが分かる。大雑把な計算が間違いのもとで、余りをパズルのように何枚も貼り合わせることに。 結果、いい感じのツートンカラーに仕上がった(写真提供/中原氏)

またリビングのフローリングを無垢板にしたかったけれど、高いのでどうしようかと考えていたら、材木屋が廃棄しようとしていた板を少しずつ分けてもらうことができた。「無垢のフローリング材は、それぞれ規格が違い、サネと呼ばれるジョイント部の高さが違うのでカンナ掛けの加工が必要でした。1本ずつ夫が削って合わせて貼りました。でも色合わせが楽しかったです」

「玄関、廊下、1階の和室の竹のフローリングは、ホームセンターで見切り品になっていたのを買い占めました。お店でちゃんとお金を出して買ったレアケースです」と妻。

竹ですっきりした玄関と廊下。框の段差を丁寧にまるめ、廊下の直角にまがる部分の板の合わせもかなり手をかけた(写真提供/中原氏)

竹ですっきりした玄関と廊下。框の段差を丁寧にまるめ、廊下の直角にまがる部分の板の合わせもかなり手をかけた(写真提供/中原氏)

「某所では昭和20年代の室内ドアと、アメリカンクレイという壁塗り用の土を手に入れました。次はタイルが必要と言っていたら廃業するタイル屋さんとつながりました」とさらに妻の才能は開花する。

驚いたのはジモティの使いこなし術だ。「バスタブも展示品だけど新品を3000円でゲット。さらにレンジフードも新しいのを買っちゃおうかなと考えはじめていたところ、施工業者から新品未使用のものを7000円で手に入れました」。メインの写真で二人がくつろいでいる赤いソファ は4000円。ワイン箱の出物を6個1000円で手に入れ、奥行きを詰めて底と側面の板にフェルトを貼り棚の引き出しに利用したそうだ。手間をかけることをいとわなければ、こだわりのあるインテリアはお金をかけずにそろえることができるという好例だろう。
リビングと洋室の間のパーテーションにした棚は、イケアのものを2個はタダで、1個は1000円ほどでもらい受け、表面にサンダーをかけ荒らしてペイントし、3個1で組み込んだ。
「現場での解体が大変そうだと思っていましたが、受け取先の場所に伺うと、先に解体しておいてくれたうえに、組み立てるために便利なように完璧な合番まで振ってくれていました。ジモティでは庭の植栽も含めて10数件ほどやりとりをしましたがどの方も気持ちのいい方ばかり。モノだけではなくやさしさも一緒にもらいました」と妻。

赤いマッサージチェアもジモティで7000円。小さくて場所もとらないのに高機能だ(写真提供/中原氏)

赤いマッサージチェアもジモティで7000円。小さくて場所もとらないのに高機能だ(写真提供/中原氏)

夫が棟梁、妻はディレクター、それぞれが得意分野を活かす

夫は電気工事士の資格を持っているうえ、とにかく手先が器用だ。細かいところまでこだわり、なんでもつくってしまう。妻は以前グラフィックデザインの仕事をしていただけに、色やデザインにこだわりがある。妻が大まかなプランやデザインを考えるディレクターのような役割だ。夫がそれを実現していく。

例えばリビングの仕上げは壁紙を貼るのではなく、壁のボードをはがした上で構造材を張り直し、構造材にペイントした。「ペンキなどでテストしてみたら、プライマーと呼ばれる下塗り塗料をスポンジで載せていったものが、味わいがありしっくりきたのでそれをいかすことに」と妻。このほか、廊下からのリビングの入り口の壁には、お手製の猫ドアや古い建具を扱っている道具屋で見つけ出した昭和のガラスが入った飾り窓をはめ込むなど、次々にアイデアをかたちにしていったという。

フローリングの板と、貰い受けた縦型のCDラック2本を組み合わせてつくったキッチンとリビングの間のパーテーション(写真撮影/片山貴博)

フローリングの板と、貰い受けた縦型のCDラック2本を組み合わせてつくったキッチンとリビングの間のパーテーション(写真撮影/片山貴博)

キッチンとリビングの間の棚は、妻がデザインして夫がきっちりカタチにしていく。配線も壁や天井を造作する前に、ベストポジションにスイッチやコンセントをつくりたいという要望に、夫が天井に顔を突っ込んだり、 床に這いつくばったりして、コード類を裏から通して大健闘した。

リビングの壁は構造材をいかしたままに(写真提供/中原氏)

リビングの壁は構造材をいかしたままに(写真提供/中原氏)

猫の元気くんの通り抜け用ドアも手づくりだ(写真提供/中原氏)

猫の元気くんの通り抜け用ドアも手づくりだ(写真提供/中原氏)

「完成はいつごろの予定?」と聞いたら、「たぶん一生どこかを直し続けそう」との答えが返ってきた。このリノベーションの過程で、妻はもちろん私たちまで、中原氏を「棟梁」と呼んでしまうようになった。物件購入後2年をかけて、毎週末に町田から千葉市までリノベーションに通うというハードな日々を過ごした棟梁からは「リタイア後の住処は、なるべく体力と気力のある早いうちからアクションを起こすことをおすすめします。時間をかけてでも、その工程を楽しんでリノベーションに挑戦してください」と、アドバイスがあった。

実は中原夫妻は再婚同士だ。私がはじめて棟梁を紹介されたのは、1年ほど前に2階の和室の壁塗りを手伝いに来た時だ。年齢を経て知り合うカップルの理想的な姿のような気がした。自分たちならではの住まいをつくる過程で、あうんの呼吸がさらにぴったり合ってきている気がする。これからも少しずつ自分たちの生活に合わせて、住まいをバージョンアップしていくはずだ。理想的な年齢の重ね方ではないだろうか。

棚の向こうの洋室は家の中で一番日当たりのいい場所。妻の仕事スペースに(左)素通しの棚には、以前妻がガラス工房でものづくりをしていたころに親方につくってもらった小物などを並べている(写真提供/中原氏)

棚の向こうの洋室は家の中で一番日当たりのいい場所。妻の仕事スペースに(左)素通しの棚には、以前妻がガラス工房でものづくりをしていたころに親方につくってもらった小物などを並べている(写真提供/中原氏)

今は庭にウッドデッキを作成中だそうだ。完成するころには、またお邪魔してデッキでビールを飲ませてもらいたい。

庭仕事も楽しみな広い庭。現在はウッドデッキを作成中(写真提供/中原氏)

庭仕事も楽しみな広い庭。現在はウッドデッキを作成中(写真提供/中原氏)

マンションなのに「土間」がある? 静かなブームになりつつあるそのワケは

最近、マンションで「土間」が静かなブームになっているって、知っていますか?  土間といえば、昔の日本家屋のイメージが強いけれど、実用的かつオシャレな空間として、いま見直されているようです。早速、その実態を取材しに出かけました。
なぜ、マンションに土間? 住まい選びの変化も関係していた

「土間ブームは急にやってきたわけでなく、以前からニーズがありました。自分たちらしいライフスタイルを実現したいと考えている人たちにとって、土間という空間は生活にゆとりをもたらすものとして、選択肢の一つによくあがります」
そう話すのは一戸建てからマンション、ホテルまで多彩なリノベーション事業を手掛ける株式会社リビタの山田笑子(やまだ・えみこ)さん。

その背景には住まい選びの変化も関係しているようです。
「都心部を中心に新築マンション価格が上がったこともあり、中古マンションを購入してリノベーションする選択肢が定着しています。むしろ、そうやってカスタマイズされた住まいにこそ価値を見出す、そんな人たちが増えていることを実感しますね」(同)

日々たくさんのリノベーションをサポートする山田さん(写真撮影/ブリーズ)

日々たくさんのリノベーションをサポートする山田さん(写真撮影/ブリーズ)

なるほど、あえて新築ではなく、中古マンションをリノベーションして自己実現する。その中の魅力的な空間のひとつとして、土間が注目されているということですね。そこで、実際に土間のあるマンションに暮らすMさん(練馬区)を訪ねました。

趣味のアウトドアを感じられ、実用性も高い土間にこだわり

Mさん宅の玄関を入ると、おー、土間があります。そこには趣味の自転車やベビーカーなどが並び、土間から続くフリースペースと合わせて、ゆったりした広がりが感じられる空間です。築25年ほどの中古マンション(約76平米/3LDK)を購入し、株式会社リビタに依頼してフルリノベーションしたそうです。

Mさん宅の玄関ドアを入ると土間+フリースペースが広がっていた(写真撮影/ブリーズ)

Mさん宅の玄関ドアを入ると土間+フリースペースが広がっていた(写真撮影/ブリーズ)

「子どもの誕生に合わせて家探しをしました。注文住宅や建売住宅から新築&中古マンションまで、幅広く情報を集め見学しましたが、なかなかピンとくる物件に出合えませんでした。そんなときフルリノベーションするという手法を知り、同時に土間のある住まいがアウトドア派の私たちにピッタリと確信しました」(Mさん)

玄関に土間があることで、汚れがちなテントなどのキャンプ道具を管理しやすく、雨の日は濡れた衣類や荷物なども土間で手入れすれば、居室内を汚さずに済むといいます。近い将来、ちょっとした子どもの遊び場にもなりそう。土間はとても実用的で便利な空間なんですね。

「土間とフリースペースをはじめ部屋のレイアウトを大きく変更、まるで注文住宅のようなこだわりを詰め込むことができました」とMさん。築年数からして、共用設備などの若干の古さは目につくものの、管理はしっかりしていて、ここ10年で大きく値崩れしていることもなかったそう。それでも新築マンションに比べれば、リノベーション費用を加味しても安く済んだと満足の様子です。

左/リノベーション前につくってもらった模型。左上が土間 右/リノベーション前の写真を見せてくださったMさん(写真撮影/ブリーズ)

左/リノベーション前につくってもらった模型。左上が土間 右/リノベーション前の写真を見せてくださったMさん(写真撮影/ブリーズ)

古くて新しい空間、それが土間 活用法は広がっている

昔の日本の家にあった土間はどんなイメージでしょうか。土のついた野菜があったり、飲料水をためてあったり、炊事場だったり……。まあ、何か作業をする場所で、床はコンクリートやタイル、漆喰を塗り固めた素材でできていました。その性格上、防水性に優れている必要があったわけですね。

そうした土間は、いまでは狭い玄関に集約されるようになったと考えられます。そしていま、趣味と実益を兼ねた空間として、あえて設置されるケースが増えているというわけです。

では、実際にはどのように活用されているのでしょうか。「玄関の延長でいえば土間収納も人気です。また水まわりを土間にすることで掃除やお手入れが楽ですし、インナーテラスのように土間をつくれば癒やしの空間にもなります。さらに、コンクリートやタイル敷きにしないでも、あえて段差を付けることで土間風なメリハリをつける空間づくりもありますね」(山田さん、以下同)

土間は家の中なのに土足OKの空間。役割としては、家の外でも中でもない中間領域です。「住まいの中に、あえてきちんとしていない空間があることが貴重なのかもしれませんね。そのことで暮らしの中にゆとりが生まれる。それが土間が支持されるひとつの理由だと思います」

左/コンパクトでも土間をつくることで共用部からの視線を気にせず明るい空間に 右/広い面積の土間をつくることで自由な領域が増える一戸建て事例(写真提供/株式会社リビタ)

左/コンパクトでも土間をつくることで共用部からの視線を気にせず明るい空間に 右/広い面積の土間をつくることで自由な領域が増える一戸建て事例(写真提供/株式会社リビタ)

今回見てきたリノベーションマンションだけでなく、最近は賃貸のワンルームでも土間のあるマンションが少しずつ増えているようです。限られた広さの中でもメリハリがきいた空間の演出が人気の理由でしょう。土間ブームはこの先も根強く続きそうですね。

●取材協力
・株式会社リビタ

心安らぐ空間の演出方法とは? ライフステージに合わせた住まい

東京・吉祥寺で人気のギャラリーとパン屋を経営し、すてきなライフスタイルで注目を集める引田ターセンさんと、かおりさんご夫妻。築20年のコンクリート造の一戸建てをリノベーションしたお住まいを訪ね、シンプルで心安らぐ空間のつくり方についてお聞きしました。
家族の成長に合わせて、快適な住まいは変わっていい

引田さん夫妻のリノベーションしたお住まいは、珪藻土の壁に、床はリネンウールのカーペット、天井やドアまで全て国産のナラ材を使った1LDK。まさに大人の洗練された空間ですが、子育て中のころの家はおもちゃの滑り台があったり、子どもの作品を飾っていたそうです。
「食器も変遷しています。ジノリやロイヤルドルトンなどヨーロッパの絵付け食器の時代もあったし、染付けの時代もあった。それぞれの時代があったんです。子どもがいてにぎやかなときにはヨーロッパの絵付けなど柄物が良かったけれど、夫婦2人の暮らしになると、食事の好みにも合わなくなってくる。ギャラリーを始めてからは、作家物がふえました」(ターセンさん)
「ただ、私たちは子どもが小さいころから洋服でも家具でも、「いずれ大きくなるからちょっと大きめを選ぶ」ことはしませんでした。今の暮らしにジャストであることを、大事な基準にしていたのです」(かおりさん)

玄関ホールを入ると、トップライトからの光が差し込むリビング。壁や天井には国産ナラ材を使い、床はリネンウールのカーペットを敷き詰めたナチュラルな空間(写真撮影/菊田香太郎)

玄関ホールを入ると、トップライトからの光が差し込むリビング。壁や天井には国産ナラ材を使い、床はリネンウールのカーペットを敷き詰めたナチュラルな空間(写真撮影/菊田香太郎)

中央にある暖炉と段差が、リビングとダイニングスペースを緩やかに分けている。左奥のデスクカウンターは、持っていたテーブルに質感も高さも合わせて造作してもらった(写真撮影/菊田香太郎)

中央にある暖炉と段差が、リビングとダイニングスペースを緩やかに分けている。左奥のデスクカウンターは、持っていたテーブルに質感も高さも合わせて造作してもらった(写真撮影/菊田香太郎)

シンプルを実現するコツは、なければどうかな?と考えてみること

シンプルに暮らすために、引田さん夫妻が心掛けているのは、決め付けないこと、変化を恐れないことだと言います。
「こうだと決め付けず、なければどうかなとか、変えたらどうだろうとか考えてみることで、違ってきます。例えばバスマットは必要と思い込んでいますが、なくても困らないんです。お風呂上がりに体も足も拭いて、そのタオルを洗濯したらいいのですから」(かおりさん)
「バスマットがないだけで洗面室の印象は違いますよね。わが家はタオルも、彼女が気に入ったホテルのものを取り寄せて、その一種類一色に統一しているから、収納したときも自然とそろって見えます」(ターセンさん)
「キッチンもかつては、調理器具を見えるようにつるしてありました。でも料理している時間は、一日のうちでも1時間くらい。「しまってみようかな」とふと思って。フライ返しや菜箸を、しまっても何の問題もなかった。逆に何も出ていないほうが、拭き掃除がしやすくなりました」(かおりさん)

ペーパーホルダーやキャビネットの取っ手なども同色、同じ質感でそろえた。バスマットもなく、余計な物を一切置いていないため、洗面室と浴室がいっそう広く感じられる(写真撮影/菊田香太郎)

ペーパーホルダーやキャビネットの取っ手なども同色、同じ質感でそろえた。バスマットもなく、余計な物を一切置いていないため、洗面室と浴室がいっそう広く感じられる(写真撮影/菊田香太郎)

シンクと配膳台の間は幅108cm。吊戸棚はつけずに視界もすっきり。一部を仕切り壁にして調理中の煩雑さは見せないようにした(写真撮影/菊田香太郎)

シンクと配膳台の間は幅108cm。吊戸棚はつけずに視界もすっきり。一部を仕切り壁にして調理中の煩雑さは見せないようにした(写真撮影/菊田香太郎)

「ギャラリー経営でたくさんの人や物に会うことが仕事になって、家にまでモノがあふれていたら疲れが取れないと思うようになり、どんどんシンプルになりました」というターセンさん・かおりさん。
仕事柄、気になる物があったら、実際に買って使ってみることを大事にしているが、手にして納得したら、人に差し上げることも多いのだそう。「本も感動したら周りの人に薦めて渡すほうが好き。食器も洋服も、自分たちが気持ちいいと感じる量しか持たないようにしています」(かおりさん)
「家は四角い箱。中に入れるモノのためではなく、自分たちに合わせて暮らしたほうが楽しいですよね」(ターセンさん)と語ってくれました。

文/中城邦子

●取材協力
・引田ターセンさん・かおりさん
ギャラリーフェブ
ダンディゾン

職人が足りないなら育てよう リノベ会社がはじめた「マルチリノベーター(多能工)」育成

今や一般にも広く認知されているリノベーション。しかし、拡大するリノベ業界には深刻な職人不足という大きな課題があり、それを解消するための人材育成の動きが活発化しつつあります。リノベ業界を牽引する企業、
インテリックス空間設計が取り組んでいる「リノベーションカレッジ」もその一つ。どんな育成方法なのか、リノベ業界にはどんな課題があるのか、聞きました。

深刻化する職人不足にともない、「多能工」育成が活発化

住宅を購入して自分らしい住まいにカスタマイズしたい、個性的な住宅に暮らしたい……そんなリノベーションのニーズが高まっている現状にもかかわらず、少子高齢化に伴う労働人口の減少などで、建設現場は高齢化が進行しています。さらに現在、震災復興事業、景気回復やオリンピックに向けた建設ラッシュの影響などで人手不足はより深刻化しつつあります。リノベ工事を依頼して設計が決まっても、職人不足ですぐに着工できず、困った状態になるといったことも考えられます。そうした背景から、リノベーションやリフォームなどの住宅業界では職人を独自に育成する必要性に迫られています。

実は日本の建設業は、他国に比べて分業化が進みすぎていると言われています。大工職人、左官職人など職種が細分化されていると、職人が現場に入るのは工事の進行に応じて半日だけという状況や、待ち時間が長い状況など、非効率的な事態になることも少なからずあるといいます。

人手不足解消に加え、作業の集約化を図るために求められているのが、複数の職種に携われる能力をもつ「多能工」です。「多能工」の職人を育成し活用することで、非効率的な現場から、生産性の高い現場へ変えていくことが可能となるため、積極的に自社で育成に取り組む企業が増えつつあります。

入社後の研修をOJTとし、大工工事、水道工事、電気工事の三職種を一貫して行えるよう技術習得のサポートを行い、自社育成を進めているリフォーム企業もあれば、自社研修にパワーを割けない企業向けに研修施設を開設したという設備商社、多能工養成コースがある専門学校など、取り組みはさまざま。自治体でも職業訓練校で多能工育成のコースを設けたり、国土交通省も多能工(マルチクラフター)育成の必要性を説いたりしています。

リノベ業界で活躍する人材を増やすためには職の効率化が必要

そのなかで、昨年、新たな取り組みをスタートさせたのは、リノベ業界のリーディングカンパニーのひとつであるインテリックスの設計・施工部門「インテリックス空間設計」。3カ月という短期間で「マルチリノベーター(多能工)」を育成する「リノベーションカレッジ」を2017年4月に開校しました。

インテリックスが提唱するマルチリノベーターとは、大工、水道、電気などの専門技術とリノベ全般の知識を備えた施工・管理をトータルに行う専門家。カレッジを、リノベの基礎知識から大工作業、設備工事、プランニング、施工管理まで、座学と現場研修を通じて実践的に習得できる場としています。大工技術等の習得には修行期間を含めて長い期間が必要とされていますが、自社の施工ノウハウをマニュアル化することで、初心者でも技術が習得しやすいカリキュラムとしているそうです。

インテリックス空間設計副社長でカレッジ長を務める藤木賀子さんに、カレッジを立ち上げた経緯についてお話を伺いました。

「職人不足の背景には、若手でなり手がいないという状況があります。なぜ若い世代が職人になりたがらないかと言うと、いわゆる『技術は盗んで覚えろ』という昔ながらの職人文化についていけないためです。職人自身も教えてもらった経験がないから、教え方が分からない。また、教えようと思っても会社規模が小さいところが多いために、限られた施工期間のなかでは、実現場で基礎教育に充てる時間の確保が難しいようです。それなら、事前にリノベの基礎や実践的なスキルを研修してから現場に出る仕組みがあれば、教える側・学ぶ側双方にとって効率が上がり、現場での成長スピードも早まると考えました」

次回は2018年4月開講の予定(開講日4月9日、願書受付3月17日まで、募集人数10名以上)。3カ月で習得することは多岐にわたります(資料提供/インテックス空間設計)

次回は2018年4月開講の予定(開講日4月9日、願書受付3月17日まで、募集人数10名以上)。3カ月で習得することは多岐にわたります(資料提供/インテックス空間設計)

カレッジの座学や実習は月曜日から金曜日の9時半~17時まで。講師は自社社員・協力会社の担当が行います(資料提供/インテックス空間設計)

カレッジの座学や実習は月曜日から金曜日の9時半~17時まで。講師は自社社員・協力会社の担当が行います(資料提供/インテックス空間設計)

設計から施工、積算、現場監督まで。全体を学ぶから生産性の高い人材に

「当カレッジの強みは、リノベーション現場での実習を行わない職業訓練校や専門学校と異なり、当社が手がけている施工現場が常に100件以上あること。実際の現場での研修や見学があり、より理解が深まり実践力を身につけることができます」(藤木さん・以下同)

「職人として独立しても、生産性が低く安定した収入につながらないケースもあり、そうした場合、夢がもてず、老後も安心できません。職人としてだけでなく、現地調査・設計・積算・現場監督・検査方法などリノベーションの入口から出口までを一通り学べるので、生産性の高いマルチリノベーターとして活躍できる人材を送り出す場としたいですね。また、その後のキャリア選択の幅も広げてもらえたら」と藤木さんは語ります。

「マンションリノベーションでは、工事で発生する音やほこり、通路の養生などに対する近隣住人からの要望への対応に時間を取られ、工事がストップしてしまうことも少なからずあるので、施工管理を行う現場監督の役割が重要だと考えています。カレッジでは近隣への接客マナーやコミュニケーション方法も身につけてもらうことになります」

設備交換などのシンプルなリフォームに比べて施工期間が1カ月、2カ月と長期になるリノベーション。マンションという住戸が密接した建物ということもあり、同社でも現場で近隣住人からの要望やクレームが施工中に入ることもあるそうです。監督が常駐していない現場の場合、大工職人が近隣住人に対面することになるのですが、管轄外のことであり、きちんと対応できるかどうかはその人次第となってしまいます。

工事全体を把握し、近隣に対応する折衝スキルをもつ人が現場にいることで、工事を滞らせることなく進めることができるのです。

ご近所対応をうまく行うことで、物件に入居する住人にとっても、気持ちよく入居していただくことにつながるといいます。「生産者を紹介している野菜直売所のように、物件オーナーにとってもご近所の方々にとっても、『リノベ担当者の見える安心な現場』になれればと考えています」と藤木さん。

リノベーションカレッジの授業の様子。現場でも多くの実践的な内容を学べます(資料提供/インテックス空間設計)

リノベーションカレッジの授業の様子。現場でも多くの実践的な内容を学べます(資料提供/インテックス空間設計)

「設計も職人も監督もできるのが魅力」「まずは現場から」という希望者が集う

「2017年4月の1期生は定員の10人が集まりました。不動産会社勤務でリノベをやりたい方、未経験だけれど現場監督になりたい方、解体業者さんなど、20代~60代まで年齢もさまざまで、うち4人が女性の方です。基礎コースの3カ月で45万円(入学金5万円と受講料40万円)の受講料を頂きましたが、それだけに意気込みのある方ばかりでした。専門学校2年間で学ぶような高密度の内容を3カ月という短期間で行うことになりますが、集中したほうが身につきやすいと考えています」

修了後は、希望者には契約社員として現場で理解を深めていく期間があり、試験や面談にパスすれば社員登用の道もあります。1期生で社員となったのは2人。

「当社では社員となった場合、OJTで学び、いずれは現場監督兼大工職人として現場に出ることになります。それ以外の工事は専門の職人が担当します。将来的には、給排水工事、電気設備工事、左官工事などの専門職を兼ねる者が出てくるかもしれません。それは当人次第ですね。いずれそうしたマルチスキルをもった者が独立した場合、協力関係を築けたらと思います」

「カレッジとは別に、昨年末に中途採用でマルチリノベーターの募集をかけたところ、予想外に多くの方から応募がありました。未経験の方も多く、入社後にはリノベーションカレッジで基礎を身につけてもらいます。なかには建築学科卒業の方も多く、『設計をやりたいけれど、現場を知ることから始めたい』『職人にもプランナーにも監督にもなれるから職能的に魅力』という声が多かったですね。現場で学ぶことで実践力が身につく、そうした点に大きな魅力を感じていただいているようです」

大学や専門学校の建築学科では現場施工を学ぶ機会は意外と少なく、リノベーションの全体を把握できないそうで、同社のようにマルチに活躍できる職場を求めている人は想像以上に多いと藤木さんは感じたそうです。

受講者のなかには賃貸アパートオーナーもいました。「大家さんがリノベーションのマルチスキルをもっていると、とても役立つと思います。自分で施工することも可能ですし、業者に依頼する際にも工事内容を把握しているので、依頼内容が的確で追加工事が生じなかったり、見積もりが適正か判断できるためです」

3カ月の短期間にぎゅっと詰まったカリキュラムをやり遂げたことで、皆さん格段に成長したそうです(写真提供/インテリックス空間設計)

3カ月の短期間にぎゅっと詰まったカリキュラムをやり遂げたことで、皆さん格段に成長したそうです(写真提供/インテリックス空間設計)

リノベーションを考えている人にとって、昨今の職人不足はひとごとではありません。安心して任せられる職人兼現場監督が常に現場にいれば、リノベの依頼者・近隣住人にとっても気持ちよく、予定通りに工事を進めることにつながります。

「カレッジの運営は収支だけで考えると赤字ですが、より多くの人がマルチリノベーターとして活躍できるようにするために使命感をもって臨んでいます。『この人なら安心して任せられる』と感じていただける、“顔の見えるリノベ現場”でありたいですね」と、最後に力強く語る藤木さん。お話を伺って、より多くの人材の活躍を期待したいと感じました。

●取材協力
・株式会社インテリックス空間設計「リノベーションカレッジ」

「中古住宅の購入に合わせて」リフォームするのは当たり前!?30代以下は自分好み重視

住宅リフォーム推進協議会では、住宅リフォームの実態を把握するために、毎年、リフォーム事業者に対してリフォーム工事が完了した住宅についてアンケートを実施している。平成29年度の特徴を見ると、リフォームの目的や工事の内容は世代間で大きく異なることがうかがえる。ここでは、30代以下のリフォームに注目して、詳しく見ていこう。【今週の住活トピック】
「平成29年度 第15回 住宅リフォーム実例調査」を報告/(一社)住宅リフォーム推進協議会30代以下のリフォームは「中古住宅購入に合わせて」も多数

リフォームの目的を施主の年代別にみると、「使い勝手の改善、自分の好みに変更するため」(=嗜好対応)が多いのだが、60代と70代以上に限ってみると、「住宅、設備の老朽化や壊れたため」(=老朽化対応)のほうが多くなる。

また、30代以下に限ってみると、「中古住宅の購入に合わせて」が他の年代より多いのが特徴だ。一戸建てで31.9%、マンションになると47.4%にも達する。さらに、一戸建ての場合(画像1)は「世帯人員の変更」や「三世代同居対応」、「相続等による所有者の入れ替え」や「空き家の活用」の割合が高くなるのも大きな特徴だ。

【画像1】施主の年齢別・リフォーム工事の目的(複数回答)一戸建てのみ(出典/住宅リフォーム推進協議会「平成29年度 第15回住宅リフォーム実例調査)」

【画像1】施主の年齢別・リフォーム工事の目的(複数回答)一戸建てのみ(出典/住宅リフォーム推進協議会「平成29年度 第15回住宅リフォーム実例調査」)

30代以下は嗜好性だけでなく、住宅の省エネ性を高めるリフォームにも積極的

次に、30代以下に着目してリフォームした工事内容についてみていこう。

マンションでは、建物の基本構造となる躯体(くたい)部分は共用部分として管理組合で管理することになる。そのため、個人ではリフォームできないので、おのずと内装のリフォームが中心となる。年代別で違いが目立ったのは、30代では「収納スペースの改善」が高いことくらいだ。

これ対して一戸建てでは、外壁や屋根、住宅の基礎部分、窓のサッシなど、一般的にマンションではリフォームできない構造的な部分もリフォームできる。加えて、マンションに比べると一戸建てのほうが、住宅個々の構造や仕様の違いが大きい。そうしたこともあってか、リフォーム工事の内容に年代別でかなり違いがみられる(画像2)。

30代以下では「内装の変更」や「住宅設備の変更」、「収納スペースの改善」、「居室の用途の変更」といった嗜好に対応したリフォームが他の年代より多く、「建具の変更」にまでこだわりが見られる点も興味深い。しかし一方では、「床暖房を含む冷暖房や給湯設備の設置交換」、「床・基礎への断熱材の設置」、「窓ガラス・サッシの改良」といった、省エネ性を高めるリフォームも積極的に行っていることが分かる。

このことは、画像1のリフォームの目的でも「省エネルギー化、冷暖房効率の向上等を図るため」で30代が高かったことと関係性がみられる。

【画像2】施主の年齢別・リフォーム工事の内容(複数回答)一戸建てのみ(出典/住宅リフォーム推進協議会「平成29年度 第15回住宅リフォーム実例調査」)

【画像2】施主の年齢別・リフォーム工事の内容(複数回答)一戸建てのみ(出典/住宅リフォーム推進協議会「平成29年度 第15回住宅リフォーム実例調査」)

30代以下では借入や補助金を活用する度合いも高い

30代以下の一戸建てリフォームでは、リフォーム工事の内容も多様。リフォーム費用についても、他の年代に比べて高額になる傾向がみられた。「1000万円超」で39.6%、「500万円超~1000万円以下」で28.6%と、他の年代より高額の割合が高く、合計すると500万円を超えたケースが68.2%にも達する。

ちなみに、30代以下のマンションリフォームでは、「100万円以下」が26.3%など、むしろ他の年代より安くなる傾向がみられた。

さて、リフォーム費用が高額になるほど、自己資金で払うのが難しくなる。金融機関から借り入れる比率が高くなるのも、30代以下の一戸建てリフォームの特徴だ。借入無しは42.9%と半数を切り、借入額が「1000万円超」(29.7%)、「500万円超~1000万円以下」(16.5%)と多くなっている。

最近は、中古住宅購入費用と合わせてリフォーム費用まで借りられる住宅ローンも増えてきたが、こうしたニーズに対応しているということだろう。

その一方で、30代以下は「住宅ローン減税」※を活用(利用率34.1%)したり、補助金を利用したりして負担を減らそうという行動もみられる。補助金の利用は30代以下が最も多く、一戸建てリフォームでみると補助金の額は「20万円以下」(12.1%)、「50万超~100万円以下」(3.3%)、「100万超~300万円以下」(5.5%)、「300万円超」(3.3%)とかなり高額の人もいることが分かる。

※住宅ローン減税とは、10年以上の住宅ローンを借りた場合、年末のローン残高の1%を10年にわたって控除される減税制度。ただし、利用するには適用要件がある

【画像3】施主の年齢別・補助金の金額 一戸建てのみ(出典/住宅リフォーム推進協議会「平成29年度 第15回住宅リフォーム実例調査」)

【画像3】施主の年齢別・補助金の金額 一戸建てのみ(出典/住宅リフォーム推進協議会「平成29年度 第15回住宅リフォーム実例調査」)

補助金については、地方自治体がそれぞれの課題に応じたさまざまな補助金制度を設けている。特に、耐震改修やバリアフリー化、省エネ化については補助金を設けている自治体も多い。また、国のほうでもZEH(ネットゼロエネルギー)住宅化や長期優良住宅化に対する補助金などを平成30年度も行う予定となっている。

さて、注目してきた30代以下のリフォームでは、中古住宅を購入したり相続したりしたときに行う場合も多く、自分好みや省エネ性にもこだわりが強いことが分かった。リフォーム工事の内容だけでなく、ローンを借りて減税制度を利用したり、補助金をもらったりと幅広く検討していることもうかがえる結果だった。

となると、リフォーム工事の内容はもちろん、ローンや減税、補助金に至るまで、多くの情報を集める必要がある。行おうとしているリフォーム工事が減税や補助金の対象になるかの判断やその手続きなどについても相談できる、頼りになるリフォーム事業者を選ぶことが大切になるだろう。

好立地にあるビルを住居に 「ビル1棟リノベ」の魅力とは

ビルリノベーション(ビルリノベ)とは、その名のとおりビルをリノベーションすること。一戸建てやマンションをリノベーションするように、ビル1棟をリノベーションして住居として住む人がじわじわ増えているのだそうです。ビルリノベーションを手がける株式会社クラフトの田代さんに、ビルリノベの魅力についてお話をうかがいました。
「一戸建てではできないこと」がかなう

一戸建てでもなく、マンションでもなく、ビルをリノベーションして住む。その住まい方にはどんな魅力があるのでしょうか。

「一般的なビルの場合、駅近だったり、幹線道路に面していたりするため、通勤・通学に便利な好立地に建っていることが多いんです。また、鉄骨造、鉄筋コンクリート造で耐久性が高く、壁や柱のない構造なので、大空間をつくりやすいのもビルのいいところですね」(田代さん)

【画像1】東京都中央区の賃貸用ビルの1階を駐車場に、2階~4階を居住スペースにリノベ。日本橋や銀座といったエリアへのアクセスが良い立地にあるのが魅力(画像提供/株式会社クラフト)

【画像1】東京都中央区の賃貸用ビルの1階を駐車場に、2階~4階を居住スペースにリノベ。日本橋や銀座といったエリアへのアクセスが良い立地にあるのが魅力(画像提供/株式会社クラフト)

一戸建てやマンションでは実現できないことが、ビルに住むことで叶えられることもあるようです。しかし、住居用としてつくられていないビルの場合、いくつかデメリットもあると言います。

「ほとんどのビルの場合、キッチンやバスルームなどが備わっていないので、リノベーションのコストがかかってしまいます。バルコニーもないことが多いため、洗濯物を外に干すことも難しいんです。繁華街やオフィス街にあるビルの場合、隣のビルと密接していることも少なくないので、日当たりが悪かったり、周辺が騒がしかったりといったデメリットもあるんですよね」(田代さん)

ビルリノベでは、これらのデメリットをどのように解決していくかがカギになるそうです。

採光や水まわり……ビルのデメリットもリノベで解決

住居用ではないビルならではのデメリットを、リノベーションでどのように解決するのでしょうか。

「隣のビルが密接していて採光がむずかしいビルの場合、日当たりがよく、視線が抜けるような場所を探して、窓の光を上手く取り入れる工夫を施します」(田代さん)

【画像2】このお宅の場合、光量が限られていたリビング側の腰窓を全面窓に交換し、食卓を明るくするためにトップライトの下にダイニングを設けた(画像提供/株式会社クラフト)

【画像2】このお宅の場合、光量が限られていたリビング側の腰窓を全面窓に交換し、食卓を明るくするためにトップライトの下にダイニングを設けた(画像提供/株式会社クラフト)

また、バルコニーがないビルの場合は、洗濯物が干せるように日当たりのよい場所にインナーテラスを設置するといった工夫を施すことも。

【画像3】リビングのそばに日が差し込むインナーテラスを設置した事例(画像提供/株式会社クラフト)

【画像3】リビングのそばに日が差し込むインナーテラスを設置した事例(画像提供/株式会社クラフト)

インナーテラスを設置すれば、雨でも洗濯物を干すことができるようになるだけでなく、通行人から洗濯物を見られることもなくなるため、かえって一戸建てやマンションよりもメリットがあるそうです。

また、キッチンやバスルームなど水まわりの設備がないビルには、そういった設備を設けるだけでなく、床や天井ができるだけフラットになるように配管やダクトの経路を配慮します。

築年数が経過している古いビルの場合は、ビル全体の性能を見直すことも欠かせません。ビルの耐久性を高めるために、外壁や屋上の劣化部分を修繕したり、結露を防ぐために窓を二重サッシにしたり、断熱性を高めるために壁に発泡ウレタンを吹き付けたりといったこともおこなうそうです。

気になる費用は?

リノベーションをすることで、ビルでも理想的な間取りや住環境を手に入れることができると分かったところで、やはり気になるのが実際にビルリノベにかかる費用です。

「ビルリノベの費用の考え方は、基本的に一戸建てやマンションと同じです。しかし、鉄骨造やRC造のビルの場合、構造をそのまま活かしやすいので、古い木造一戸建てをリノベーションするよりもかえってコストダウンになることもあるんです」(田代さん)

【画像4】壁に囲まれていた階段ホールをガラス張りに。LDKとの一体感を生み出すことができた(画像提供/株式会社クラフト)

【画像4】壁に囲まれていた階段ホールをガラス張りに。LDKとの一体感を生み出すことができた(画像提供/株式会社クラフト)

ちなみに、同社の場合「20万円/平米」がリノベーション費用の目安だそう。5階建ての鉄骨造ビル(リノベーション面積127平米)の場合、リノベーション費用は約2500万円とみておくとよいでしょう。

「ビルは新築時に45~50万円/平米ほどのコストがかかると言われていますので、既存のビルをリノベーションしたほうが割安です。もちろん、通常の住居のリノベーションと同様で、大幅な間取り変更や大規模な修繕などが必要となれば、その分コストがかかります。予算に合わせて、何をどこまで手を加えるのかを考えるのは、中古の一戸建てやマンションのリノベーションと同じです」(田代さん)

ところで、ビルをリノベーションして暮らしたいと考えているのは、どんな方が多いのでしょうか。
 
「当社にビルリノベのお問い合わせをいただくのは、お子さまがいらっしゃる40代の方が多いですね。親族が所有しているビルを改装して居住する目的でリノベしたいというご要望が大半です。ご親族所有のビルで利便性のある立地にあれば、マンション等を購入するよりも経済的に安く、思いどおりの間取りや空間を手に入れられますからね」(田代さん)

自身や親族が所有しているビルをリノベーションして居住するだけでなく、なかには古いビルを購入して住居に改装してしまうケースも少なくないのだとか。

「都内の好立地にあるビルを購入して、リノベーションされる方もいらっしゃいますね。1棟まるまる住居にする方だけでなく、例えば4階建てのビルを購入して1・2階をテナント用賃貸スペースに、3・4階を住まいにリノベーションする方もいらっしゃいます。好立地にあるビルであれば、テナントが入りやすいので家賃収入も見込めるんです。なかにはすでにテナントが入っているビルを購入して、自分好みにリノベーションされる方もいます」(田代さん)

【画像5】社員寮として使われていた渋谷区の古いビル(右)を購入。1・2階をテナント用賃貸スペースに、3・4階を住まいにリノベーション。その後、隣の土地があいたため、新たにビルを新築し(左)、テナント貸ししている(画像提供/株式会社クラフト)

【画像5】社員寮として使われていた渋谷区の古いビル(右)を購入。1・2階をテナント用賃貸スペースに、3・4階を住まいにリノベーション。その後、隣の土地があいたため、新たにビルを新築し(左)、テナント貸ししている(画像提供/株式会社クラフト)

また、東京都中央区の賃貸用ビルを一棟丸ごと購入してリノベーションした方は、日本橋や銀座といった立地へのアクセスがよくなったのだとか。通勤もラクになり、休日は家族で散歩がてら銀座にショッピングしたり、歩いてランチやディナーを楽しんだりする暮らしを満喫しているそうです。

ちなみに、最近は「ビルリノベすることで屋上やルーフバルコニーをうまく活用したいと考えている人が多い」と言います。

【画像6】ルーフバルコニーとリビングをひと続きにした事例。広いリビング空間を演出できた(画像提供/株式会社クラフト)

【画像6】ルーフバルコニーとリビングをひと続きにした事例。広いリビング空間を演出できた(画像提供/株式会社クラフト)

「最上階のルーフバルコニーをリビングとひと続きにして、開放感を引き出すリノベが人気ですね。屋上でホームパーティーやバーベキューをしたり、花火鑑賞などを楽しんだりと、都心にいながらちょっと贅沢な日常を送ることができるんです」(田代さん)

ビルリノベして暮らすことで、ライフスタイルも自然と変化するようです。逆にライフスタイルをより充実させるために、ビルリノベを選択する人も今後増えるかもしれません。

「立地重視で都心の一戸建てを検討している人は、ぜひビルも選択肢に入れてほしい」と田代さんは言います。住居選びの選択肢が広がるだけでなく、木造の一戸建てよりも自由にリノベーションプランを考えることができるのもビルリノベの魅力。「ビルリノベ」ならあなたの理想の住まい方を実現できるかもしれません。

●取材協力
・株式会社クラフト

キッチンリフォーム平均費用は79万6,700円、Houzz Japan調べ

Houzz Japan(株)(東京都渋谷区)は、このほど「2018年版 Houzz キッチン市場調査(日本)」の結果を発表した。対象は過去1年間にキッチンのリフォーム・リノベーションを行った、または現在進行中・今後3ヶ月の間に行う予定の298名。それによると、キッチンをリフォーム・リノベーションした主な理由は、「キッチンの老朽化により、安全面・衛生面で不安になった」(35%)がもっとも多かった。次いで、「最近家を購入し、自分好みにアレンジしたかった 」(32%)、「家族構成やライフスタイルの変化に合わせて」(28%)、「以前のキッチンが気に入らなくなった」(21%)、「ずっと改修したいと思っていて、やっと予算を確保できた」(20%)が続く。

また、リフォーム・リノベーションをしたホームオーナーのうち、52%がレイアウトを変更している。新しいキッチンのレイアウトでもっとも人気があったのは、I型(45%)、続いてII型(29%)、ペニンシュラ型(16%)。34歳以下のホームオーナーにはII型(35%)が人気の一方で、35歳~54歳(47%)と55歳以上(43%)のホームオーナーにはI型が支持されている。

キッチンのリフォーム・リノベーションの平均費用は79万6,700円。しかし、キッチンの広さによって異なり、8m2以上のキッチンの平均費用は71万7,600円、8m2以下のキッチンの平均費用は87万1,400円だった。年齢層別にみると、55歳以上の年齢層ではその金額が跳ね上がり、平均費用は135万4,300円で、35歳未満の平均費用42万5,700円と比べると3倍を超える金額だった。

ニュース情報元:Houzz Japan(株)

リノベしやすい中古マンションはどう選ぶ? 物件探しとプランづくりのコツを聞いてみた

「中古マンションを購入してリノベしたい」という声をよく耳にするようになった。しかし思いどおりの部屋をつくるためには物件探しが重要だ。実際は「リノベしやすいマンション」「リノベしにくいマンション」もあるからだ。買った後に「こんなはずじゃなかった!」とならないために、見分けるためのポイントを「中古×リノベーション」を数多く手掛ける株式会社NENGOの林久順(はやし・ひさより)さんと小堀良治(こぼり・よしはる)さんに聞いてみた。
自分が手にしたい「理想の暮らし」に合わせた物件を探す

NENGOではリノベーションしたい人を物件探しの段階からサポートする『おんぼろ不動産マーケット』を運営している。不動産の紹介担当の小堀氏は「マンションを探す段階から、その人の理想の『くらし』が、環境や立地に加えて、リノベーションで実現できるかどうかを一緒に考え、物件を探す必要があると思っています」と言う。確かにはじめてマンションを購入する人たちは、知識も経験も少ないことがある。専門知識をもった人にサポートしてもらえるのは安心だ。

「建物については、構造が大切ですね。竣工図面があれば、それを確認します。例えば壁構造(柱がなく、壁梁や壁により、支えられる構造)の場合は、ラーメン構造(柱と梁により構成されている構造)に比べて、壁を抜いて広い空間にするということができない場合もあります」
ラーメン構造であっても抜ける壁と抜けない壁はある。スケルトンの状態になっていれば確認しやすいが、まだ内装が残っている場合の内見の状態では分かりづらい。「図面がなくても、壁を叩いてみたり、ユニットバスの点検口から確認できることもあります」と林さん。

「床や天井の状態も大切です。古いマンションの場合、上下水道の配管が下の階の住戸の天井の中に埋め込まれている場合があります。そのときは自宅内に配管を通す必要があり、水まわりの場所を大きく変更することができなかったり、室内に段差をつくらざるをえない場合もあります」とのこと。

また建築時の検査済証があるかどうかも大切なポイントだ。「検査済証がないような物件の場合は、銀行に融資してもらえない場合があります」現金でマイホームを買える人なら別だが、住宅ローンを組んで買うケースがほとんどだろう。資金計画の点でも重要になるということだ。

古いマンションであれば耐震性も気になる。「耐震基準適合証明書(※)を取っているかもポイントになりますね。建物への信頼もありますが、住宅ローン減税における築後年数要件の緩和でも必要になります」と小堀さん。買ったあとで確定申告に行ったときに住宅ローン減税の対象ではないことを知る人もいるので気を付けておきたい。

※耐震基準適合証明書:建物の耐震性が基準を満たすことを建築士等が証明する書類。中古住宅の場合、住宅ローン減税が利用できるのは、非耐火構造で築20年未満(耐火構造の場合は築25年未満)の建物に限られるとされているが、「耐震基準適合証明書」付きの物件であれば、築年数が古くても住宅ローン減税の対象となる

【画像1】NENGOが手掛けた、中古リノベーションの事例。写真左:解体後。写真右:リノベーション後(画像提供/株式会社NENGO)

【画像1】NENGOが手掛けた、中古リノベーションの事例。写真左:解体後。写真右:リノベーション後(画像提供/株式会社NENGO)

築年数よりも、管理の行き届いたマンションを選ぶことが大切

内見時にはマンションの管理状態も確認しよう。「マンションの管理状態がいいか悪いかは、内見に行って共用部を見ると分かります。そこを見ないでどうするんだ、くらいの感じですね。管理のいいマンションは清掃がきちんとされていて、スキがない感じがすると思います」と小堀さん。

マンションによっては専有部のリノベーションでも、使う素材が指定されているところもある。「主に遮音性に関係する床の素材の場合が多いです」(同)。例えばむくフローリングの部屋にしたいと思っていても、遮音性の観点で決まりがある場合もあるので、どう解決できるか確認が必要だ。

いずれにしても「理想の住まい」を手に入れるには、マンション全体の管理状況も大きく影響をしてくる。マンションの管理状況を調べる詳細は、以前取材した「中古マンション見学のポイントを、熱血マンション理事長に聞いてみた!」を参考にしてもらいたい。規約や修繕計画などを確認しておくことは、快適なマンション暮らしには欠かせないポイントだ。

住み心地を左右するのは、目に見えない「温熱環境」を重視したリノベーション

ディレクション担当の林さんは「弊社が手掛けたリノベーションは、一見、写真映えがしないかも知れません。それは一番重視しているのが断熱や遮熱といった『性能』の部分だからです。この部分に配慮するのとしないのとでは、住んでからの快適さが違います」と話す。

住み始めて不都合を感じるのは、実は目に見えない「住宅の性能」だ。壁紙やフローリングは後からいくらでも変えることができる。しかし断熱性や気密性能といったものは、最初にきちんと対処しておかないと後から高めることは難しい。

「特に温熱環境は健康という面でも大事だと思います。家の中のヒートショックで亡くなる方は交通事故で亡くなる人より多いそうです」とのこと。加えて2020年からは建築物省エネ法(建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律)により住宅にも最低基準が設けられる。

「これからは『耐震』のように、旧省エネ基準・新省エネ基準と区別され、建物の資産価値を左右することになると思いますよ」(同)

【画像2】NENGOのリノベーションでは、断熱材や複層ガラスなど快適な温熱環境を実現できるプランを提案している(画像提供/株式会社NENGO)

【画像2】NENGOのリノベーションでは、断熱材や複層ガラスなど快適な温熱環境を実現できるプランを提案している(画像提供/株式会社NENGO)

「インスタ映え」よりも、ていねいな素材選び

リノベーションを実施するにあたって、NENGOでは見学会を度々開催するそうだ。林さんは「経験した人の話を聞いてもらうのが、一番参考になるようです。弊社でリノベーションをした人は協力的な方が多く、自宅を公開してくれる場合が多いですよ」と言う。なかには何度も足を運び、仲良くなってしまうこともあるそうだ。

林さん自身も、ヒアリングを通して顧客と親しくなることが多い。「ご夫妻の履いている靴が、偶然僕の履いている靴と一緒だったということもありました。趣味が一致するということは暮らし方も一致する可能性がありますね。一見建物とは関係ない会話が、リノベーションプランのヒントになることも多いんですよ」本の趣味や暮らしの趣味を知ることで、より満足してもらえる住まいが提案できる。そのための時間を大切にしているそうだ。

また、むく材の使用など素材をていねいに選ぶということを重視しているそうだ。「弊社のリノベーションは、出来上がったときはそっけないように見えることが多いです。いわゆる『インスタ映え』はしないかも知れません。でも、なんだか居心地がいいな、と感じてもらえる空間をつくっています」(同)。住んでいる人がいずれ自らつくりこんでいく余白を残し、住まいと住み手が一緒に成長していける空間を用意しているそうだ。

【画像3】不動産の紹介担当の小堀さん(左)と、設計ディレクション担当の林さん(右)。(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

【画像3】不動産の紹介担当の小堀さん(左)と、設計ディレクション担当の林さん(右)。(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

いろいろハードルが高そうな「中古マンションを購入して自分スタイルにリノベーション」。だが、自分であらかじめ知識を身に付けておくこと、そして必要なときには専門家のサポートを得ることで、実現できるかもしれない。

●取材協力
株式会社NENGO

旧社宅を“留学生支援”のシェアハウスに  JR東日本がリノベーションプロジェクト

2020年までに日本への留学生を30万人に増やすことを目標に掲げる「留学生30万人計画」。計画発表当時の2008年は14万人だった留学生は、2017年時点で約24万人にまで増加している(日本学生支援機構調べ)。今後も留学生の増加が見込まれることから、JR東日本グループは旧社宅建物を用途変更してリノベーション、留学生等をターゲットとしたシェアハウスとして活用する。計画地は周辺に大学が多数立地している中央線沿線の東小金井。仮称を東小金井シェアハウスとして、2017年12月11日より、2018年春からの入居者の募集が始まっている。

同社はこれまでも旧社宅の機能及び価値の再生を図るリノベーション賃貸住宅等を展開しているが、今後は「提案型賃貸住宅」として、よりターゲットを絞った新しいタイプの賃貸住宅も展開していく。留学生支援をコンセプトとした今回のシェアハウスのほか「子育て支援」や「多世代交流」をコンセプトとした提案型賃貸住宅2物件も、入居者募集を開始している。

【画像1】東小金井シェアハウスの完成予定図(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

【画像1】東小金井シェアハウスの完成予定図(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

【画像2】東小金井シェアハウスの室内イメージ(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

【画像2】東小金井シェアハウスの室内イメージ(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

東小金井シェアハウスでは、1階に入居者の留学生及び日本人学生がパーティー等を通じて交流できるよう、キッチンやソファーを併設した「管理共用室」を設置する。各戸内の共有スペースとは別に大人数で集まれる場があることで、学生同士の交流を促す間取りとなっている。

JR東日本 生活サービス事業PR事務局によると「街や周辺地域にどのようなニーズがあるかを分析し、ターゲットとなる住人属性を想定して住人を絞り込むことにより、より住人のニーズにフィットした良質な賃貸住宅を提供できる」という考えが同社の提案型賃貸住宅展開のベースになっているとのこと。

同社は今後も居住者のニーズ分析の精度を上げ2026年度までに管理戸数3,000戸をめざしていくそうだ。

東京都内においても人口減少が続く今後、賃貸住宅には“選ばれる個性”が必要になってくる。沿線の住人属性を熟知しているJR東日本グループだからこそ可能な、街と人、そして住まいがリンクする提案型賃貸住宅に注目だ。

留学生向け 「東小金井シェアハウス(仮称)」詳細
[1]所在地:東京都小金井市梶野町一丁目1-32
[2]交通:JR中央線東小金井駅 徒歩8分
[3]敷地面積:約1,643m2
[4]延床面積:約1,078m2
[5]建物規模:鉄筋コンクリート造 3階建て
[6]戸数:シェアハウス70室
[7]事業主体:(株)ジェイアール東日本都市開発(運営:(株)ジェイ・エス・ビー)
[8]募集開始:2017年12月11日より(2018年春入居開始予定)子育て支援賃貸住宅 「びゅうリエット三鷹」詳細
[1]所在地:東京都三鷹市下連雀三丁目45-16
[2]交通:JR中央線三鷹駅 徒歩3分
[3]敷地面積:約793m2
[4]延床面積:約2,819m2
[5]建物規模:鉄筋コンクリート造 地下1階、地上9階建
[6]間取り・戸数:2LDK・18戸
[7]子育て支援施設:東京都認証保育園、病児保育室、児童発達支援デイサービス、一時保育室、親子広場
[8]事業主体:(株)ジェイアール東日本都市開発(子育て支援施設運営:(株)スリーホークス、(医)千実会)
[9]募集開始:2017年12月11日より子育て世帯優先受付開始(2018年春入居開始予定)多世代交流賃貸住宅 「びゅうリエット新川崎」
[1]所在地:神奈川県川崎市幸区北加瀬二丁目11-2
[2]交通:JR横須賀線新川崎駅 徒歩10分
[3]敷地面積:約11,600m2(全体)
[4]延床面積:約3,900m2
[5]建物規模:鉄筋コンクリート造 5階建
[6]間取り・戸数:1LDK~3LDK・60戸
[7]事業主体:(株)ジェイアール東日本都市開発
[8]募集開始:2017年12月11日より(2018年春入居開始予定)

「リノベ・オブ・ザ・イヤー2017」 13の受賞作品から見えた4つのトレンド

今年で5回目を迎える「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2017」の授賞式が2017年12月14日に開催され、「この1年を代表するリノベーション作品」が決定しました。住宅から商業施設までさまざまな作品はどれも、リノベーションの大きな可能性や魅力、社会的意義を感じさせてくれます。その最新傾向を探ってみました。
価値ある建物を残すこと。それがリノベの王道

リノベーション・オブ・ザ・イヤーとは、「リノベーションの楽しさ、魅力、可能性」を感じさせる事例作品を表彰する、一般社団法人リノベーション住宅推進協議会主催のコンテスト。リノベーションとは、建物の性能を向上させたり、本来よりも価値を高めたりすることですが、「中古住宅を購入してリノベで自分らしい家に変えたい!」「魅力的なリノベ済み住宅が欲しい!」という施主の希望は年々高まり、多くのリノベーション住宅が登場しています。

今年はエントリー作品155のなかから、グランプリ1作品、部門別最優秀作品賞4作品、特別賞8作品が選ばれました。まず、グランプリと部門別最優秀作品賞の特徴を紹介します。「どれがグランプリに選ばれてもおかしくなかった」という審査委員評が上がったように、いずれもクオリティの高い作品が選ばれています。

●総合グランプリ
『扇状のモダニズム建築、桜川のランドマークへ』 株式会社アートアンドクラフト

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【画像1】阪神高速道の湾曲したフォルムに沿うように扇状にデザインされた外観が目を引くモダニズム建築。1、2階は店舗、3、4階はクリエイター向けのアトリエ兼住居に(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

【画像1】阪神高速道の湾曲したフォルムに沿うように扇状にデザインされた外観が目を引くモダニズム建築。1、2階は店舗、3、4階はクリエイター向けのアトリエ兼住居に(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

国が推奨する優良住宅として1958年に建築された「併存住宅」。長年、桜川のランドマーク的な建物として親しまれてきました。老朽化のため建て替えを検討されていましたが、プランナーの「長年、街の風景の一部となってきた建物は壊さず残したい」というあつい想いによってリノベーションで生まれ変わることに。

「建物への愛情やリスペクトを感じる事例」「価値あるものを残すことこそリノベーションの王道。それを卓越したリノベーションスキルで叶えている。老朽化した設備をよみがえらせる技術力、過剰にならないよう慎重に練られたデザイン力、個性的なテナントを選ぶマーケティング力などで、高いハードルをクリアした」と高評価。
◎エリア:大阪府、築年数:59年、延床面積:1128.57m2、費用:1億2550万円(税込)、対象物件:店舗・事務所・共同住宅

●部門別最優秀作品賞〈1000万円以上部門〉
『光、空気、気配、景色。すべてが一つにつながる − 代沢の家(YKK AP×HOWS Renovation×納谷建築設計事務所)』 YKKAP株式会社

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【画像2】隣地の緑を暮らしに取り込むように窓を配置。1、2階がつながり、風や光、家族の気配を伝えています。断熱性能を高めた家だから実現した広がりのある空間です(画像提供/YKKAP株式会社)

【画像2】隣地の緑を暮らしに取り込むように窓を配置。1、2階がつながり、風や光、家族の気配を伝えています。断熱性能を高めた家だから実現した広がりのある空間です(画像提供/YKKAP株式会社)

築30年でありながら、2020年に義務化される次世代省エネルギー基準を上回る断熱性を実現した家です。窓メーカーのYKK APがリビタのリノベーション事業「HOWS Renovation」とコラボレーション。高性能樹脂窓、高断熱材への入れ替えなどによって高い断熱性を確保し、省エネ設備や太陽光発電の設置によってゼロエネルギーハウス化も達成。開口部耐震フレームの採用や耐力壁の増加によって耐震性も高めています。

築年数のたった家でも工夫次第で新築以上の性能を得られることを実証しています。広い開口部は、日の光が入って明るく、開放的なので魅力がある反面、断熱性と耐震性にとってウィークポイントになりがちですが、開口部を残したまま性能を格段に高めている点で「リノベでここまでできる」と改めて気づかされます。

今後、中古住宅の性能面での向上のために、リノベーションが目指すべき指針的な作品とも言えるでしょう。
◎エリア:東京都、築年数:30年、施工面積:144.38m2、費用:3300万円(税込)、対象物件:一戸建て

●部門別最優秀作品賞〈1000万円未満部門〉
「マンションでスキップフロアを実現 ~上下階を利用したヴィンテージハウス~」 株式会社オクタ

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【画像3】スキップフロアはワークスペースと収納の2層構造。濃淡のあるウォールナットの床、白く塗ったアンティークブリックの壁など、施主の要望に応え切ったこだわりの内装です(画像提供/株式会社オクタ)

【画像3】スキップフロアはワークスペースと収納の2層構造。濃淡のあるウォールナットの床、白く塗ったアンティークブリックの壁など、施主の要望に応え切ったこだわりの内装です(画像提供/株式会社オクタ)

完成度の高いラフで無骨な内装に加えて、マンションではなかなか見ることのないスキップフロアの間取りに、「楽しくなる住まい。暮らしを楽しく変えるのはリノベの目的の一つで、リノベの使命を改めて感じさせる作品だった」と高い評価を受けました。

縦の広がりを活かしたプランは、広さの限られたマンションでの空間活用術として、今後広がっていくのではないかと思います。
◎エリア:東京都、築年数:41年、施工面積:36.31m2、費用:500万円(税込)、対象物件:マンション

●部門別最優秀作品賞〈500万円未満部門〉
「ツカズハナレズ」 株式会社シンプルハウス

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【画像4】上/子ども部屋の壁は天井下に隙間を設けて抜け感をつくり、圧迫感を排除。下/ヴィンテージ風塗装のパイン床と針葉樹の壁に、コンクリート表しにした天井で、無骨で個性ある空間に仕上がっています(画像提供/株式会社シンプルハウス)

【画像4】上/子ども部屋の壁は天井下に隙間を設けて抜け感をつくり、圧迫感を排除。下/ヴィンテージ風塗装のパイン床と針葉樹の壁に、コンクリート表しにした天井で、無骨で個性ある空間に仕上がっています(画像提供/株式会社シンプルハウス)

「子ども部屋をオープンにかつ間仕切りたい」という相反する要望に応え、リビングに隣接した2つの空間に扉を設けず、いつも家族がつながる間取りにしています。

リノベーションというと、リビングや水まわりがメインテーマになりがちですが、子ども部屋を中心に考えている点、家族の関係性がリノベーションで表現されている点が注目されました。また、約60m2のマンション全体を498万円で仕上げるのは難易度が高いと思われますが、そうした点も評価のポイントとなりました。
◎エリア:兵庫県、築年数:19年、施工面積:65.80m2、費用:498万円(税込)、対象物件:マンション

●部門別最優秀作品賞〈無差別級部門〉
「流通リノベとシニア団地」 株式会社タムタムデザイン

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【画像5】上/団地の1階とは思えない、おしゃれな内装のデイサービス。無垢材をふんだんに用いたぬくもりある施設に、利用者の方々は心和むのではないでしょうか。下/イートインできる惣菜店ではオーナーが健康相談も行っています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

【画像5】上/団地の1階とは思えない、おしゃれな内装のデイサービス。無垢材をふんだんに用いたぬくもりある施設に、利用者の方々は心和むのではないでしょうか。下/イートインできる惣菜店ではオーナーが健康相談も行っています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

UR団地の1階に入るデイサービス施設と惣菜店。元作業療法士であるオーナーがケアマネージャーとして立ち上げた施設と店舗です。惣菜店にはイートインと健康器具コーナーを併設し、健康相談やデイサービスへの入所案内も行っているそうで、地域住人が集う新たなコミュニティの場となっています。

さらに、このリノベーションに当たっては、商品として流通できない「林地残材」を施主が直接購入してリノベに活用するという、新たな木材の流通経路を開拓しています。

リノベーションを通じて、高齢化しつつある地域社会だけでなく、林業という地元産業をも元気にしていく取り組みがなされ、社会的課題の解決手法の有効な方法として大きな可能性を示しています。
◎エリア:福岡県、築年数:42年、施工面積:216.19m2、費用:3200万円(税込)、対象物件:店舗と福祉施設

リノベが毎日の満足度だけでなく、生き方をも変える

リノベーション・オブ・ザ・イヤーは、住宅メディア関係者を中心に編成された選考委員によって「今一番話題性がある事例・世相を反映している事例は何か」という視点で選考されるため、年によって受賞作品の傾向がさまざまに変化します。昨年や一昨年は、「空き店舗を住宅として再生」「インバウンド向けの宿として活用」「DIYリノベ」「団地再生」「住宅の基本性能を格段に高めるリノベ」などが特に目立っていましたが、今年はどんな傾向があったのでしょうか。

グランプリ、部門別最優秀作品賞4作品のほかに、8作品が特別賞を受賞しています。今年の審査員特別賞には「超高性能エコリノベ賞」「公共空間活用リノベ賞」「グッドコンバージョン賞」などがあり、個々の受賞作品や部門名からも分かるとおり、リノベーションの領域は広く、果たす役割は多様であることを示しています。今年は特に次の4つのトレンドに注目しました。

(1)施主の「こんな暮らしがしたい!」というあつい想いに応える

「リノベーションを選ぶお施主さんは感度の高い人が多く、要望のレベルが年々高くなっている」という審査委員評があったように、今年は「こんな暮らしがしたい」といった、コンセプトが明確な施主が多かったように思います。つくり手は、施主の要望に正面から向き合い、形にしていく手腕が求められますが、見事に応えた作品が目立ちました。

【画像6】素敵ライフスタイル賞『てとてと食堂、はじめます。』(画像提供/株式会社リビタ)

【画像6】素敵ライフスタイル賞『てとてと食堂、はじめます。』(画像提供/株式会社リビタ)

『てとてと食堂、はじめます。』は、自宅マンションで料理教室や食事会を開催したいという施主の思いを叶えるべく、キッチンを中心にした住まいに。リノベーションが働き方まで変えてくれることを証明したような事例です。

【画像7】こだわり実現賞『アパレル夫妻の23年分の想い』(画像提供/株式会社ニューユニークス)

【画像7】こだわり実現賞『アパレル夫妻の23年分の想い』(画像提供/株式会社ニューユニークス)

『アパレル夫妻の23年分の想い』は、多趣味なご夫妻の「思い出の品や好きな物はいつも見ていたい」という想いを壁一面の棚で叶えました。色使いを含む高いデザイン力が発揮されています。

【画像8】グッドコンバージョン賞『銀行を住まいに コンバージョン』(画像提供/株式会社オレンジハウス)

【画像8】グッドコンバージョン賞『銀行を住まいに コンバージョン』(画像提供/株式会社オレンジハウス)

『銀行を住まいに コンバージョン』では、「合宿所のような家が欲しい、将来カフェを開きたい」という希望を叶えるべく、施主が選んだのは、銀行として使われた建物を転用すること。施主の自由な発想にきちんと向き合い、水まわりの配置を工夫するなど、オフィスビルを快適な住まいに変えるためのプランが練られました。

【画像9】コピーライティング賞『吾輩は猫のエドワードである。』(画像提供/株式会社スタイル工房)

【画像9】コピーライティング賞『吾輩は猫のエドワードである。』(画像提供/株式会社スタイル工房)

『吾輩は猫のエドワードである。』は、中古住宅を友人3人と猫5匹でシェアする家に改変。防音性能を高め、インテリアに溶け込むようなキャットウォーク、キャットタワーを設けるなど、人も猫も快適に暮らせる工夫が随所にあります。

(2)デザイン、性能…魅力度を増す「再販リノベ物件」

リノベーション物件には、建物の所有者(住人)の希望に応じて行うものだけでなく、「再販物件」というものがあります。リノベーション会社や不動産会社などが購入した中古住宅をリノベーションし、家の価値を高めて販売することです。そうした作品は住人の希望などの前提条件がないため、設計者の想いがこもった作品性の高い物件が見られました。

【画像10】ベストデザイン賞『100+∞(無限)』(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

【画像10】ベストデザイン賞『100+∞(無限)』(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

『100+∞(無限)』は、こんな住宅デザインが可能なんだと思わせる事例。アーチ型の袖壁が連続する美しいギャラリー的に使える場所は住む人の感性を豊かにしてくれそうです。

【画像11】優秀R5住宅(※)賞『サバービアンブームの夜明け』(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

【画像11】優秀R5住宅(※)賞『サバービアンブームの夜明け』(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

『サバービアンブームの夜明け』は、旗竿地、階段40段のアプローチなど制約の多い立地に対して、眺望を活かした約30畳の2階リビングなど魅力的なコンテンツをプラスしています。

※「R5住宅」とはリノベーション住宅推進協議会が定める品質基準に適合したリノベーション済み戸建住宅のことで、再販物件を安心して購入するための一つの指針となるもの

(3)住宅性能を高めることはリノベの使命

日本の家は冬寒いのが当たり前だった時代から大きく変わり、2020年に次世代省エネ基準が整備されるなど「家の中すべての空間が寒くない」という高い断熱性が求められています。家の中に寒い空間があるとヒートショックなど健康に悪影響を及ぼし、さらに暖房の熱源が多く必要なので地球温暖化の一因に。

そんな背景から、昨年に続き今年も性能エコリノベ事例『代沢の家』(前章参照)が部門別最優秀賞を受賞するなど、省エネ性能や断熱性能など居住性能を高めたリノベに注目が集まっています。ノミネート作品の性能レベルが年々アップしていると感じるとともに、築古の住宅でも快適に変えることが期待できると思いました。

【画像12】超高性能エコリノベ賞『パッシブタウンで「一生賃貸宣言」しませんか?』(画像提供/YKK不動産株式会社)

【画像12】超高性能エコリノベ賞『パッシブタウンで「一生賃貸宣言」しませんか?』(画像提供/YKK不動産株式会社)

『パッシブタウンで「一生賃貸宣言」しませんか?』では、長年、社宅として使われた建物を減築し、断熱強化によって、世界で一番厳しいと言われる省エネ基準を実現させました。解体・新築の道を選ばず既存建物を残すこと自体もエコだと感じさせてくれます。

(4)人が集まる場所、人と人をつなぐ場所を生むのもリノベの力

ここ数年、空き家や空き店舗など、住みにくい・使いにくいとされてきた物件をリノベーションすることで、新たな価値を生んでいる事例が目立って増えてきたように思います。立地に合ったコンセプトの住宅に変えることで、街ににぎわいが増していくなど、地域社会にも多大な影響を及ぼしているのです。

今回、部門別最優秀賞を受賞した『流通リノベとシニア団地』(前章参照)でも取り上げましたが、空き店舗に団地住人のメイン世代である高齢者が必要とする施設、デイサービスやイートインの惣菜店を設けることで、団地に暮らす人々が自然と集う場所となりました。そうした人の流れを生み出していくのも、リノベーションの持つ力の一つです。

【画像13】公共空間活用リノベ賞『ここに復活!!東洋のベネチア構想 LYURO東京清澄』(画像提供/株式会社リビタ)

【画像13】公共空間活用リノベ賞『ここに復活!!東洋のベネチア構想 LYURO東京清澄』(画像提供/株式会社リビタ)

『ここに復活!!東洋のベネチア構想 LYURO東京清澄』は、隅田川畔に立つオフィスビルをホテルに転用した事例。水辺の活性化を目的とした東京都の「かわてらす」事業に採用され、河川敷地を誰でも使えるテラスとして整備。屋内にとどまらず、街との融合も図る仕組みが注目されました。

数々の事例を見ていくことが、リノベ実現のハードルを低くする

今年は初ノミネートや初受賞という会社が数社あり、リノベーションの広がりを感じました。受賞作品、ノミネート作品を見ていくと、多くのリノベーション会社が、施主の希望を叶えるプランニング力・デザイン力、住宅性能を改善する高い技術力を発揮していることが分かります。それは、住む人の暮らしをすてきに快適に変えてくれる力であり、社会の問題をうまく解決する力でもあります。そうした力は活かしてこそ。

今、「リノベーションをしたいと思っているけれど、どうしていいのか分からない」という人は意外と多いかもしれません。そんな場合は、気になる事例をじっくり見てみてください。具体的にどうしたいのか、どんな会社に依頼をすればよいのかがだんだん分かってくるのではないでしょうか。高い提案力をもつリノベ会社なら、漠然とした思いも具体化させてくれるはず。

リノベーション住宅推進協議会は「リノベーションEXPO」を毎年9月ごろから全国で開催しています(2017年は16会場で開催)。特に大阪会場では2日間で1万人を集めるほどの人気だったそう。ワークショップやセミナーなどもあり、気軽にリノベの知識を学べる場ともなっています。自分に合った依頼先が見つかるかもしれません。

【画像14】2018年も素晴らしい作品を期待しています!(写真提供/リノベーション住宅推進協議会)

【画像14】2018年も素晴らしい作品を期待しています!(写真提供/リノベーション住宅推進協議会)

毎年、授賞式を見てきましたが、今回一番感じたことは「人と人とのつながりが素晴らしいものを生む」ということ。リノベーションを依頼する側と提案する側、そうした人と人の出会いが「こんな暮らしがしたい」という思いを具体的な形に変えていく。どんな住まいにリノベするのかは機械的にポンと決められるものではない、住み手とつくり手の思いがこもった究極のオーダーメイドなのだとも感じました。

既存の建物や暮らしにまったく異なる価値をもたらすのがリノベーションの一番の醍醐味(だいごみ)。今回も、さまざまな制約のもと、自由な発想でリノベされた多彩な作品それぞれに、人を幸せにする「再生の物語」を垣間見ることができました。

●取材協力
・リノベーション住宅推進協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2017」

ユナイテッドアローズ、フルオーダーのマンションリノベーション事業に進出

リノベーションマンションは、オリジナリティの高いインテリアや間取りを好む人々からの人気が高い。ファッションの一環として自分らしい住まいを求めるトレンドを受けて、不動産業界とアパレル業界が本格的にコラボレーションした、フルオーダーのリノベーションサービス「Re : Apartment UNITED APROWS LTD.(リ アパートメント ユナイテッド アローズ ) 」誕生。2018年1月6日よりサービスがスタートする。リノベーション事業や不動産仲介・売買事業を手がけるグローバルベイス株式会社と、アパレルブランドを展開する株式会社ユナイテッドアローズがタッグを組んだ。グローバルベイスの担当者は、今回の取り組みは両業界にとって革新的だと言う。「これまで、アパレル企業の家具部門とリノベーション会社が協業して、リノベ-ション済み物件に家具を設置したりすることはありましたが、今回は住空間の一部ではなく、空間作りの全てのプロセスにユナイテッドアローズが参加した事例となり、この点が業界初となります。内装やオリジナル家具の制作等、ユナイテッドアローズのブランドの世界観が、スタイリッシュかつ快適に住空間に落とし込まれています」とのこと。

具体的には都心の優良中古マンションの調達と施工をグローバルベイスのリノベーションワンストップ事業「マイリノ」が行い、内装デザインから家具製作に至るまでのプロデュースをユナイテッドアローズが行う。オーダーの流れは、モデルルームを見ながら顧客のライフスタイルや趣向をヒアリングし、間取りや設備等をアレンジした物件プランを提供するもの。

注文までの詳しい手順は下記のとおり。
(1)グローバルベイスまで問い合わせ
(2)希望の住まいや予算などのヒアリングを実施
(3)物件選びから資金計画を行う
(4)リノベーションの段取りを提案
(5)リノベーションの施行(定期報告など諸事項あり)
(6)物件の引き取り

モデルルームの第一弾は東京都武蔵野市のビンテージマンションの一室。インテリアの詳細も公開されている。

【リビング】
ユナイテッドアローズのオリジナル家具を設置。ガラスとアイアンを組み合わせた扉や、部屋ごとに設置している演出照明、壁と同様のモルタルを使用したリビングテーブル、壁にユナイテッドアローズのセレクト塗装を施すなど、こだわりがつまった空間。

【画像1】画像提供/グローバルベイス株式会社

【画像1】画像提供/グローバルベイス株式会社

【書斎】
リビングの一角にガラス張りの書斎スペースを設置。ガラス材とアイアンをパーティションに使用したオリジナル建具を使用。

【画像2】画像提供/グローバルベイス株式会社

【画像2】画像提供/グローバルベイス株式会社

【キッチン・ダイニング】
アイランド型のオリジナルキッチンには、オープン・シェルフが備え付けられ、グラスなどをディスプレイ収納が可能。また、キッチンとダイニングテーブルの天板は同じ大理石素材で制作したものを使用し統一感を演出。壁面は、天然の石の六角モザイクタイル。一つ一つ風合いが異なるオリジナルタイルを使用。

【画像3】画像提供/グローバルベイス株式会社

【画像3】画像提供/グローバルベイス株式会社

【洗面室】
壁面タイルはキッチンスペースと同じ天然石六角モザイクタイルを、また洗面台はキッチン・ダイニングと同じ大理石の天板を採用。

【画像4】画像提供/グローバルベイス株式会社

【画像4】画像提供/グローバルベイス株式会社

【寝室】
ユナイテッドアローズならではのオリジナルの見せるウォークインクローゼット。ガラスとアイアンで造作し広々とした収納スペースに。

【画像5】画像提供/グローバルベイス株式会社

【画像5】画像提供/グローバルベイス株式会社

今後の展開として、2018年の2月と4月にApartment UNITED ARROWS LTD.モデルルームの第2弾と第3弾が完成する予定とのこと。アパレル業界とリノベーション業界がコラボレーションする個性的な住まいが、どのように広がっていくのかが注目される。

京都・嵐山のマンション、リノベでおしゃれな宿泊施設に 訪日外国人ターゲット

2016 年に日本を訪れた外国人は、前年比 21.8%増の約 2,400 万人となり、1964 年の統計開始以来、過去最多。外国人観光客の増加などによって、近年は観光スタイルは多様化してきている。従来型のホテルや旅館で食事の提供を受ける代わりに、価格を抑えて長期滞在を希望する観光客に対応する簡易宿泊所や民泊などのニーズも今後一層高まると想定されている。画像提供/ミサワホームグループ

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そのような状況を受けて、ミサワホームグループのミサワホーム近畿株式会社(大阪府大阪市)は、京都の嵐山(あらしやま)にある賃貸マンションの大規模リノベーションを行い、外国人宿泊客の長期滞在ニーズに対応する簡易宿所に用途変更。ミサワホーム不動産株式会社(東京都新宿区)が一括借上して運営を手がける宿泊施設が完成した。ミサワホームグループにおいて、宿泊施設の企画から設計・施工、運営までをワンストップで対応する初の宿泊施設として2017年12月より運営を開始する。

外国人客が増えるなかでも、京都市には高い宿泊需要がある。2016年に京都市を訪れた外国人宿泊客は約 320 万人、平均宿泊日数は全国平均や都道府県別実績で第1位となった東京都を上回った。市場ニーズをくみとったミサワホーム近畿は、周辺に有名な観光名所が複数存在する京都市西京区嵐山の築 32 年の賃貸マンションを、大胆に様変わりさせた。元々は 46 室のワンルームを有する建物を、ゆとりある広さの 23 室の客室に一新し、新たにフロントやエレベーターを設置。目隠しフェンス、騒音防止用の床仕上げ材の設置などを行い、近隣への配慮もなされている。エントランスのスロープとエレベーターで、幅広い宿泊客に対応できそうだ。

画像提供/ミサワホームグループ

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フロントには英語、中国語、韓国語に対応できるフロントスタッフの 24 時間常駐を実現。日本人のみならず外国人の宿泊客にも対応できるサービスを提供していく。

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ミサワホーム株式会社担当者によると、この宿泊施設の特色は「手ごろな価格で長期滞在の希望に対応できる点」。食事のサービスを行わない代わりに、宿泊費を安く提供できるのだ。その他にも、「戸建住宅で培った内装や家具の選定・配置センスが遺憾なく発揮されています」と自信をのぞかせている。部屋内にあえて設けられたという小上がりも、靴を脱いで暮らす日本らしい生活様式として外国人に好まれそうだ。

画像提供/ミサワホームグループ

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来るべき 2020 年の東京オリンピック・パラリンピックでは訪日外国人宿泊客の急増が見込まれており、懸念されている客室数不足にも貢献できると見込んでいる。
ミサワホームグループは、今回の一括借上を皮切りに、宿泊施設に関するノウハウを蓄積していく予定。今後、増加が想定される宿泊需要への取り組みを推進する意気込みを見せている。

郊外団地の手狭な間取りが大変身!? 2つの住戸をつなげるリノベプラン「ニコイチ」とは

郊外の古い団地をリノベーションで再生し、若い世代を呼び込もうとする動きがある。そんななか、大阪府堺市茶山台(ちゃやまだい)団地でユニークな団地が登場した。2戸をつなぎ合わせて1戸の住居にリノベーションした賃貸「ニコイチ」。デザイナーズマンションのような90m2の住戸が家賃約8万円とあって、昨年行われた募集ではなんと平均で定員の7倍の申込者があったという。
玄関やリビングがふたつある、斬新な住空間

茶山台団地は昭和40年代に建てられた総戸数941戸の団地だが、その中に「ニコイチ」住戸が誕生し、大人気を博している。
「ニコイチ」は単に専有面積が2倍に広がるだけでなく、間取りやデザインもこれまでの団地とは全く違う、斬新な住空間に変身させているのが特徴だ。
例えば2016年度の事例では、従来の45m2から2倍の90m2に広がった空間を大胆にV字に間仕切りしたり、土間風リビングを設けたり。何よりもともと2戸の住戸だった特徴を活かして、玄関やリビングがふたつある斬新な住空間を実現しているのが「ニコイチ」ならでは。いずれもこれまでの団地のイメージを一新する住まいだ。

この取り組みを手がけた大阪府住宅供給公社の川原光憲(かわはら・みつのり)さんは「少子高齢化により、茶山台団地のある泉北ニュータウンでも人口減が進み空き家問題が深刻化しています。そこで大阪府や堺市と連携し、泉北ニュータウン全体の再生を目指すなかで、外部から若いカップルやファミリーに移り住んでもらうのが重要だと考えました。しかし若い子育て世代にとって、茶山台団地の45m2の住戸はやはり手狭です。そこで2つの住戸をつなぎ合わせて大きな住戸にしようというアイデアが浮かび上がったんです」という。

V字型間仕切りや土間風リビングなど建築家が腕をふるった4プラン

“魅力的で新しい団地”を実現するために、リノベーションプラン(設計・施工)を外部へ求める方法を採用した。

「ふたつの隣り合う住戸をつなぎ合わせるため、二戸の間に共用の階段部分があり壁の一部が抜けないなど、どうしても間取りに制限がかかります。かえってそのことで建築家の方たちが腕をふるってくださり、非常に面白い発想が生まれました。入居者募集では若い世代を中心に応募が殺到し、昨年は平均の募集倍率7倍を記録する人気を得ました」(川原さん)
昨年は6住戸、4プランを募集した。その4プランを紹介しよう。

プラン1:バーチカルブラインドのある家

広げたり畳んだりできるバーチカルブラインド(※)で空間を仕切ったプラン。メインリビングとセカンドリビングがあるので、アイデア次第でさまざまな使い方ができる。
※縦に細長い帯状の布を並べてひもでつなぎ、窓の内側などに上からつるして日よけや目隠しにするブラインド

【画像1】バーチカルブラインドのある家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

【画像1】バーチカルブラインドのある家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

プラン2:ふたつのリビングを持つ贅沢な家

V字型の間仕切りが独創的な間取りで、土間空間のようなふたつのリビングを配置。

【画像2】ふたつのリビングを持つ贅沢な家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

【画像2】ふたつのリビングを持つ贅沢な家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

プラン3:ウッドバルコニーと機能的なキッチンスペースのある開放的な家

2戸をウッドバルコニーでつないでいる。土間空間にパントリーのあるキッチンも特徴。

【画像3】ウッドバルコニーと機能的なキッチンスペースのある開放的な家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

【画像3】ウッドバルコニーと機能的なキッチンスペースのある開放的な家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

プラン4:来客者も招きやすいおもてなし空間のある家

広々としたキッチンスペース、小上がりの和室などを配し、床は上質な吉野スギの無垢のフローリングを使用。階段室とホールをつなぐフリースペースがあり、ゲストを招きやすい。

【画像4】来客者も招きやすいおもてなし空間のある家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

【画像4】来客者も招きやすいおもてなし空間のある家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

半分は生活スペースに、半分はゆとりの空間に

今年、プラン1に入居した、ご夫婦ふたり暮らしのKさんに話を聞いた。

――応募の動機は何でしたか?

「団地に興味があり応募しました。以前、兵庫県の団地に住んでいたことがあったのですが、子どもから高齢者までさまざまな世代の人が仲良く、マンションより住民同士の距離が近い感じがしたので、そこが魅力でした」

――ニコイチの住み心地はどうですか?

「90m2と専有面積が広いのでとても快適です。一般的なマンションでは8万円の家賃でこんなに広い部屋は無理。郊外の団地なので駅から徒歩15分かかりますが、その点は特に気になりません」

――ふたつのリビングをどう利用していますか?

「半分を生活スペースに、半分はゆとりの部屋と考えています。今後、子どもができたら子ども部屋にしてもいいですし、趣味の部屋にしてもいい。使い方はこれから生活していくなかで決まっていくと思います」

――団地のコミュニティーが好きということでしたが、茶山台団地はどうですか?

「毎月住民が集まって団地について話し合う機会があり、若い人たちも参加しているのに驚きました。イベントもいろいろあるようなので楽しみです。やはりマンションよりも住民同士がつながりを大事にしている気がします」

来年1月に9プランの募集を開始。縁側付き、サンルーム付きなど遊び心いっぱい

少子高齢化や空き家問題など社会の課題にアプローチする視点から生まれたニコイチは、その取り組みが評価され、「2017年度グッドデザイン賞」を受賞した。
大阪府住宅供給公社では、今年度は茶山台団地(大阪府堺市)と香里三井C団地(大阪府寝屋川市)の2団地で、合わせて10住戸、9プランの入居者を2018年1月から募集する。
「サンルームがある家」「通り庭がある家」「ガレージがある家」など、それぞれ特徴が異なり、遊び心あふれるプランだ。

【画像5】サンルームがある家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

【画像5】サンルームがある家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

【画像6】ガレージがある家(画像提供/大阪府住宅供給公社)

【画像6】ガレージがある家(画像提供/大阪府住宅供給公社)


外観は昭和の面影が残る団地だが、中に入ればまるでデザイナーズマンションのような住空間。ほかでは出合うことができない個性的な間取りやデザインは、ふたつの住戸をつなぎ合わせたからこそ生まれたものだ。ふたつのリビングをどう使おうか、V字にカットされた空間にはどんなインテリアがいいか、などと考えるだけでわくわくする。それが家賃8万円なのだから、賃貸を考えるときの新しい選択肢になりそうだ。

●取材協力
・大阪府住宅供給公社 ニコイチ

若者がセルフリノベ! 過疎の団地が”海を臨む別宅”に 

過疎化が進む郊外の団地を、自らの手でリノベーションして暮らしを楽しむ若者たちがいる。二宮団地に実際に住んで日々の生活を発信する「暮らし体験ライター」として生活している彼らに、新しい団地暮らしの楽しみ方をきいた。
若者を呼び込み団地を再生!

皆さんは“団地”という言葉に、何を想起するだろうか。懐かしい昭和の香りや、家族やご近所さんとの親しい人間関係、ゆったりとした共用敷地。そんなプラスのイメージを持つ人もいるかもしれない。

一方で近年の団地が抱えているマイナス面に思いを馳せる人もいるだろう。1960年代から1980年代にかけて各地で団地が建設・供給されたが、それから約50年が経ち、建物の老朽化が進んでいる。日本の人口減少を背景に若い世代が入居せず、住人も高齢化している。実際多くの団地が膨大な空室を抱えて過疎化している現実がある。

そんななか、発信力のある若者を暮らし体験ライターとして迎えることで、プラス面を引き出し、マイナス面を乗り越えようとする団地がある。それが、神奈川県中郡二宮町にある「二宮団地」。“さとやまライフ”をキーワードに団地と地域の魅力を再発見・発信する再編プロジェクトを展開しており、暮らし体験ライターはその一環だ。ライターたちは二宮団地での暮らしをブログに綴り、 オンラインで発信している。

団地を再生する新たな取り組みを、二宮団地の事務所にて推進する神奈川県住宅供給公社の鈴木伸一朗さんと、暮らし体験ライターのチョウハシトオルさん、岸田壮史(きしだ・そうし)さん、大井あゆみさんに話をきいた。

【画像1】左上から時計回りに神奈川県住宅供給公社の鈴木伸一朗さんと、暮らし体験ライターのチョウハシトオルさん、大井あゆみさん、岸田壮史さん(写真撮影/蜂谷智子)

【画像1】左上から時計回りに神奈川県住宅供給公社の鈴木伸一朗さんと、暮らし体験ライターのチョウハシトオルさん、大井あゆみさん、岸田壮史さん(写真撮影/蜂谷智子)

【画像2】団地内の商店街にあるコミュナルダイニング。公社が企画するイベントにも使われるが、一般の人もキッチン付レンタルスペースとして使える(要予約、1時間300円~)。月に一度開催される「お食事会議」では、暮らし体験ライター以外にも、団地の人々や地域の若い移住者が集う。内装の設計・施工は主にチョウハシさん(写真撮影/蜂谷智子)

【画像2】団地内の商店街にあるコミュナルダイニング。公社が企画するイベントにも使われるが、一般の人もキッチン付レンタルスペースとして使える(要予約、1時間300円~)。月に一度開催される「お食事会議」では、暮らし体験ライター以外にも、団地の人々や地域の若い移住者が集う。内装の設計・施工は主にチョウハシさん(写真撮影/蜂谷智子)

団地再生のキーワードは、セルフリノベーションと多拠点居住

「神奈川県住宅供給公社は、ふたつの視点から二宮団地の暮らし体験ライターを人選しました。ひとつめは、セルフリノベーションのスキルがある人材。ふたつめには、団地の他にも拠点を持ち、都市部と二宮団地を行き来しながら暮らす人材です。リノベーションと多拠点居住は、今後二宮団地を再生していくカギとなる要素だと考えています。ですからライターが率先して成功事例をつくってくれることに期待しました」(鈴木伸一朗さん)

二宮団地は今年2017年から、築50年の老朽化した建物をリノベーションして賃貸する試みを始めており、徐々に住人が増え始めている。団地で想起される、畳敷きの部屋やバランス釜の風呂といった古い設備を一新し、無垢材を使った清潔感のあるさとやま風の内装や3点給湯など現代の設備仕様にすることで、若い借り手が増えたという。そこから一歩進めて、オリジナルの内装で団地をカスタマイズするモデルケースをつくることで、より個性的な暮らし方を発信する考えだ。

また、“さとやまライフ”を打ち出していることからも伝わるように、二宮団地は自然に恵まれている。しかも東海道本線や湘南新宿ラインを使えば横浜まで39分、品川まで58分、新宿まで72分と、都心の近くに位置している。JR二宮駅からバスで10分前後と通勤にはやや不便な立地だが、高台に位置する団地は見晴らしがよく、気軽に訪れて別荘のようにリフレッシュしたり、在宅ワーカーが集中して仕事をするための拠点にしたりといった用途には最適と考え、定住以外の居住スタイルも模索する。

【画像3】昨年から入居者募集を開始しているリノベーションルームでは県内産の杉を多用したタイプが人気。今年5月には入居者がセルフリノベーションするプランも打ち出した(写真撮影/蜂谷智子)

【画像3】昨年から入居者募集を開始しているリノベーションルームでは県内産の杉を多用したタイプが人気。今年5月には入居者がセルフリノベーションするプランも打ち出した(写真撮影/蜂谷智子)

【画像4】二宮駅から歩いてすぐのところに海がある。山の中腹にある団地の窓からも、海が見える(写真撮影/蜂谷智子)

【画像4】二宮駅から歩いてすぐのところに海がある。山の中腹にある団地の窓からも、海が見える(写真撮影/蜂谷智子)

デザインセンスとリノベーションのスキルで、古いものを輝かせる

募集の背景から、暮らし体験ライターのうち2名はリノベーションスキルのあるチョウハシトオルさん、岸田壮史さんが選ばれた。ふたりとも神奈川を拠点に活動するフリーランスの設計・施工技術者。実際に団地の一室をセルフリノベーションし、建物の古さを逆手に取ったクリエイティブな暮らしを楽しんでいる。

「僕は大学でインテリアデザインを学んでいたころから、古いものにデザインを加えて再生することに興味がありました。古くからあるものは時代とのズレが生じてしまいがちですが、視点を変えることで新たな魅力が見えてくることがあります。団地も部屋の使い方やコミュニティ運営などをリデザインすることで、新しい暮らし方が発見できるのではないでしょうか」(チョウハシトオルさん)

「去年7月に横須賀の工務店を辞めて、今後はフリーランスとして地域に密着したスタイルで建築や内装の仕事をしていきたいと考えています。二宮団地で自分のリノベーション作品を発信し、かつそこに住まうことで、地域とのつながりが増えたらうれしいですね。二宮の記事で僕のことを知ったお客さんから発注をいただくなど、すでに仕事にもプラスになっています」(岸田壮史さん)

若者を中心にセルフリノベーションの人気が定着しているが、都会ではリノベーション可能な物件が少ないのが現状。団地の内部を思い切りリノベーションして新しい暮らし方を発信することに、チョウハシさんも岸田さんも期待感をもって取り組んでいるようだ。

【画像5】セルフリノベーションでつくられたチョウハシさんの部屋は、古いものを巧みに利用した、個性的なインテリアが目をひく(写真撮影/蜂谷智子)

【画像5】セルフリノベーションでつくられたチョウハシさんの部屋は、古いものを巧みに利用した、個性的なインテリアが目をひく(写真撮影/蜂谷智子)

【画像6】セルフリノベーション最中の岸田さんの部屋。水まわりには古い建具をあしらっている。ディテールにこだわったつくりで、完成が楽しみになる(画像提供/岸田壮史さん)

【画像6】セルフリノベーション最中の岸田さんの部屋。水まわりには古い建具をあしらっている。ディテールにこだわったつくりで、完成が楽しみになる(画像提供/岸田壮史さん)

忙しい都会暮らしから距離を置く拠点として、団地を活用

チョウハシさんも岸田さんも、二宮団地に居住するが、フリーランスの編集者、大井あゆみさんは東京の中野の住まいと二宮団地を行き来している2拠点居住者だ。

「佐々木俊尚さんやナガオカケンメイさんなど、多拠点居住を実践する著名人を仕事で取材したことがあり、さまざまな拠点を行き来するライフスタイルに興味を持っていました。また個人的な出来事として、今年はじめに大分の実家を引き払い、両親を東京に呼び寄せた経緯があります。都会は便利ですが、故郷を彷彿とさせるような自然豊かな地域にも愛着があります。今は両親も一緒にふたつの拠点を行き来し、都会と田舎の暮らしを満喫中です」(大井あゆみさん)

政府が“働き方改革”の旗振りを行っていることもあり、在宅勤務を導入する企業も増えている。頻繁に都心に通勤する必要がなければ、住む場所も自由に選べる。大井さんのようなフリーランサーでなくても、週に何日かの田舎暮らしがリアリティを持つ時代になってきた。

「セルフリノベーションした私の部屋の家賃は、36.94m2の2DKで月に3万円ほどです。都心なら駐車場を持つ金額とほぼ同額で、海を望む別宅を持てるのは魅力的だと思いますよ。お試しで住んでみて、こちらの暮らしが性に合えば将来の移住を視野に入れるのもアリかもしれません」(大井さん)

全国的に空き家の増加が問題になっている一方で、東京都中心部の住宅価格は高騰を続けている。今後は東京に働く拠点を維持しながら、手ごろな価格で暮らせる郊外や他府県へと徐々に軸足を移し、“ときどき東京に出稼ぎしつつ、終の住処となる地方の拠点を整える“というライフスタイルを実践する人も増えてくるかもしれない。

【画像7】ウェルカムボードがかわいい大井さんの部屋は、DIYやセルフリノベーションに興味がある人々を募り、ワークショップ形式でリノベーションした。奥のリビングにはハンモックが。ここで揺られながら仕事をすれば、リラックスしてよいアイデアが生まれるのだそう(写真撮影/蜂谷智子)

【画像7】ウェルカムボードがかわいい大井さんの部屋は、DIYやセルフリノベーションに興味がある人々を募り、ワークショップ形式でリノベーションした。奥のリビングにはハンモックが。ここで揺られながら仕事をすれば、リラックスしてよいアイデアが生まれるのだそう(写真撮影/蜂谷智子)

住人の高齢化や空き家問題――昭和の時代に団塊世代向けに一括供給され、同世代人口の比率が高い団地は、日本がこれから直面する問題を先取りしているともいえる。

二宮団地に関していえば、空き家率が40%と既に深刻な状況だが、こういった状況を逆手に取って、暮らしを楽しもうとする若い世代は、着実に増えてきている。また賃貸住宅の所有者・事業者である神奈川県住宅供給公社も、老朽化した建物をメンテナンスしたり、今までの原則を緩和したりといった、受け入れ体制を整えている。二宮団地のチャレンジには、全国の住宅問題を考えるうえでも重要なヒントがありそうだ。

●取材協力
YADOKARI×二宮団地 暮らし方リノベーション
神奈川県住宅供給公社 ~湘南二宮 さとやま@コモン~

リノベや畑、餅つきも! 注目の若手大家さんが活躍する賃貸物件 マンション編

自分の住んでいる賃貸の大家さんの顔って知っていますか? 管理には別の会社が入っていることが多いので、なかなか大家さん本人と知り合う機会は少ないですよね。でも実は、全国各地に“思い”をもって大家業をやっている方々がいるのです。今回は若い世代の大家さんが中心になって管理する、すてきな賃貸マンションをご紹介します。
ユニークな賃貸物件をプロデュース 若者大家さんのニューウェーブ

賃貸の部屋を借りるということは、マンションというコミュニティの一員になることでもあります。そして大家さんこそ、その建物の持ち主であり、住人たちのつながりの中心にいる存在なのです。管理会社に委託するか、自身で管理するかは大家さんによって違いますが、住人が心地よく暮らせるように、日々メンテナンスに気を配ってくれています。

一般的にはそんな“縁の下の力持ち”的な存在の大家さんですが、近ごろは住環境を整える以上のユニークな活動を行い、新しいセンスで大家業を営む人が増えています。そんな“大家さんのニューウェーブ”として、今回は千葉の「あかぎハイツ」、そして神奈川の「パークハイム渋谷」の大家さんを取材しました。

千葉県の稔台にある、レトロかわいいマンションの大家さん一家

千葉県松戸市にある「あかぎハイツ」の大家さんは、一家で大家業を営まれています。物件は新京成電鉄みのり台駅から徒歩5分。築43年、茶色と白のツートンカラーがレトロかわいいマンションです。その外観に似合うように整えられたエントランスの植栽など、端々にセンスの良さを感じさせます。

社長の博信さんは先代が「あかぎハイツ」を建てたときから、このマンションに住んでいます。3代目にあたる千鶴さん芳博さんは、ここで生まれ育っているのだそう。現在は、お父さんが社長業と修理やお掃除、お姉さんは事務、弟さんがリノベーション、お嫁さんは広報と、役割分担しながら、一家全員住み込みで管理をしています。

【画像1】昔は1階でお父さんの博信さんがスーパーを経営していたそう。今はおしゃれな本屋さんや、アンティークショップ、レトロなスナックがテナントとして入っています(写真撮影/蜂谷智子)

【画像1】昔は1階でお父さんの博信さんがスーパーを経営していたそう。今はおしゃれな本屋さんや、アンティークショップ、レトロなスナックがテナントとして入っています(写真撮影/蜂谷智子)

【画像2】左からお姉さんの千鶴さん、お父さんの博信さん、弟の芳博さん、お嫁さんの真樹子さん。一家で大家業を営んでいます(写真撮影/蜂谷智子)

【画像2】左からお姉さんの千鶴さん、お父さんの博信さん、弟の芳博さん、お嫁さんの真樹子さん。一家で大家業を営んでいます(写真撮影/蜂谷智子)

大家の息子が勝手に始めた⁉︎ セルフリノベーションが、物件の魅力に

なかでも長男の芳博さんはDIYの達人で、自らリノベーションした部屋が評判を呼んでいます。

「以前から空室を自分でリノベーションしてみたいと思っていたのですが、施工の経験がありませんでした。そこでまずは始めてみようと、オーナーである父には内緒で、自室のリノベーションをしてしまったのです。やってみたらうまくできて、空室だったほかの部屋もリノベーションすることにしました」(芳博さん)

お父さんの博信さんは、初めは自室を勝手にセルフリノベーションしたことに対して「何ということをしてくれたんだ!」と、怒り心頭だったそう。ところが芳博さんがリノベーションを手がけた空き部屋に、すぐに入居者が決まったことで考えを改めたといいます。

しかも芳博さんがリノベーションした部屋は、入居者の満足度が高いのも特徴。「大家さん自らリノベーションしてくれた部屋が、自分好みでうれしい!」(30代・夫婦)「住み手の意見をとり入れながら手直ししてくれるので、心地よく暮らせる」(40代・女性)など、評判は上々です。

「大家が自分でリノベーションすれば、入居者のニーズに柔軟に対応できますし、費用も抑えられます。それは賃料にも反映されるので、手ごろな価格で心地よく住めるようになり、賃貸で入居する人にもプラスだと分かったのです。結果的にフリーランスのデザイナーやアーティストなど、今までにない層の人が入居してくれるようになりました」(博信さん)

【画像3】芳博さんが最初にリノベーションした自室。カフェのような内装がすてき。デザインのアドバイスは妻の真樹子さん(写真撮影/蜂谷智子)

【画像3】芳博さんが最初にリノベーションした自室。カフェのような内装がすてき。デザインのアドバイスは妻の真樹子さん(写真撮影/蜂谷智子)

リノベのネクストステップは、ほっこりとした地域コミュニティづくり

リノベーションした部屋がいくつかの媒体で取り上げられるようになり、有名な賃貸物件になった「あかぎハイツ」。ところがすでに芳博さんは「リノベーションでアピールするフェーズは終わった」と考えているそう。これから大家さん一家が取り組んでいきたいのは、住人が長く住みたくなるような“つながりづくり”だと言います。

「毎年マーケットや花火見物、そして餅つきなどをやっています。またエントランスに季節感を出すようなアレンジも、工夫しています。基本は日々を大切にして、たまに自分たちが好きなことを、無理のない範囲でイベントにする。それを住人の方や地域の方が楽しんでくれたらよいですね」(赤城家のみなさん)

「あかぎハイツ」は大家さん家族が醸し出すハーモニーが、そのまま物件の魅力となっています。まるで大きなサザエさんの家のようで、エントランスに入った瞬間にホッとしそうなマンションです。

【画像4】お父さんの博信さんがお餅好きなこともあって、毎年開かれる餅つき大会。「人はおいしい食べ物があればつながれる」と博信さん。1階でスーパーを経営していたときからのポリシーかもしれません(画像提供/赤城真樹子さん)

【画像4】お父さんの博信さんがお餅好きなこともあって、毎年開かれる餅つき大会。「人はおいしい食べ物があればつながれる」と博信さん。1階でスーパーを経営していたときからのポリシーかもしれません(画像提供/赤城真樹子さん)

【画像5】1階にテナントに入っている、smokebooksは清澄白河にもお店があるおしゃれな本屋さん(画像提供/赤城真樹子さん)

【画像5】1階にテナントに入っている、smokebooksは清澄白河にもお店があるおしゃれな本屋さん(画像提供/赤城真樹子さん)

きっかけは東日本大震災――脱サラで2代目大家さんになった兄弟

神奈川県相模大野駅から徒歩2分の「パークハイム渋谷」は、児童公園の脇にあります。築23年、駅近の近代的なマンションといった風情です。ここに、ユニークな兄弟大家さんが住んでいます。それが渋谷洋平さん・純平さん兄弟。お父さんの仕事を継いで大家さんになる前は、ふたりとも会社勤めをしていました。

「大きな転機は東日本大震災です。当時は印刷会社の会社員だったのですが、震災当日に家に帰れなかったのです。家族が不安なときに一緒にいてあげられないことに疑問を感じて、働き方を変えようと思いました。そこで家業の大家を継ぐことに心を決めたのです。賃貸物件を暮らしのより良い舞台とするために開催されている『大家の学校』の存在を知り、その主催者の青木純さんに出会ったことから、“大家業”に新鮮な可能性を感じたことも理由のひとつです。このマンションを起点に新しい暮らし方や働き方を提案してみたいと思いました」(洋平さん)

大家業を継ぐにあたって、洋平さんは弟の純平さんを誘いました。飲食業界で働き、かねてから自然と共存する暮らしや地域活動に興味があった純平さんは、心強いパートナーになると考えたのです。こうして兄弟大家さんが誕生しました。

【画像6】商業施設が充実した相模大野駅から徒歩2分。隣に児童公園がある、立地に恵まれたマンションです(写真撮影/蜂谷智子)

【画像6】商業施設が充実した相模大野駅から徒歩2分。隣に児童公園がある、立地に恵まれたマンションです(写真撮影/蜂谷智子)

【画像7】左から渋谷純平さん(弟)渋谷洋平さん(兄)。4歳違いの兄弟で協力して大家業を営んでいます(写真撮影/蜂谷智子)

【画像7】左から渋谷純平さん(弟)渋谷洋平さん(兄)。4歳違いの兄弟で協力して大家業を営んでいます(写真撮影/蜂谷智子)

“顔が見える大家さん”がいることが、住人の安心感に

兄弟それぞれに家庭を持ち、自分たちが管理する「パークハイム渋谷」に住んでいます。大家業を継ぐなら、そこに住んだほうがよいとアドバイスしたのは、お父さんの三吉(さんきち)さん。洋平さん純平さん兄弟の所属する有限会社ミフミの社長です。

「掃除をするときなど、住人の方に出会ったらなるべく顔を見て挨拶するようにしています。また日ごろのメンテナンスの活動とは別に、リノベーションのワークショップを行うなど、新しい試みもしています」(純平さん)

リノベーションのワークショップは床貼りをテーマに、「大家さんと一緒につくろう。住まいを楽しむはじめの一歩」と銘打って、「パークハイム渋谷」の空室で行われました。住人だけでなく一般からも参加者を募り、ワークショップは盛況。でも洋平さんいわく、当初はふたりとも「大家として顔が知られることが、批判やクレームにつながるのではないか」という怖さもあったそう。

しかし、兄弟の心配は杞憂(きゆう)でした。住人のコメントを聞くと、「インターホンの調子が悪いとき、速やかに対応してくださいました」(19歳・女性)「近からず、遠からず笑顔で接してくださる大家さんです」(70代・女性)「同じマンションに大家さんが住んでいるので、食べ物のおすそ分けをするなど、交流があります。大規模マンションと違って、大家さんの顔が見えるのがうれしいです」(60代・男性)など、大家さんとつながりがあることが、安心感になっているのです。

【画像8】KUMIKI PROJECT株式会社とコラボレーションして行ったワークショップの風景(画像提供/渋谷純平さん)

【画像8】KUMIKI PROJECT株式会社とコラボレーションして行ったワークショップの風景(画像提供/渋谷純平さん)

都会と郊外の良さをミックスした、相模大野らしい暮らしを提案

渋谷さん兄弟は今、新しい暮らし方を提案するための、新たなプロジェクトを計画しています。それが、畑の活用。「パークハイム渋谷」の近くにある実家所有の畑を、地域の人やマンションの住人との交流の場にしようとしているのです。

取材時には、相模女子大学で教鞭(きょうべん)を取る依田真美(よだ まみ)さんや、ポートランドで農と食のガイドをしている篠原杏子(しのはら きょうこ)さんも視察に来ていました。依田さんによれば、渋谷さんの畑のような“都会のなかの田舎”的な場所には、日常に豊かさを生み出す可能性があるとのこと。指導をする学生たちとこの畑を耕し「手を使ってつくる」経験をシェアすることを、考えているそうです。

「僕たちは都会の要素もありながら、豊かな自然が残っている相模大野が大好きなのです。依田先生にもご協力いただきながら、この畑を利用して地域の良さを残す活動をしたいと考えています。それが地域一帯の価値につながり、ひいてはマンションの価値にもつながっていけばうれしいですね」(純平さん)

渋谷さんたちの新しい活動に関しては、まずは地域の大学などと連携して行う予定。住人には活動をお知らせしつつ、気が向いたときに参加してもらうスタンスです。程よい距離を保ちながら心地よい暮らしを提案していくのが、渋谷兄弟のスタイルのようです。

【画像9】渋谷さんの実家所有の畑にて、渋谷さん一家と、相模女子大学准教授の依田真美さん(右から2人目)、農と食のガイドである篠原杏子さん(左から1人目)(写真撮影/蜂谷智子)

【画像9】渋谷さんの実家所有の畑にて、渋谷さん一家と、相模女子大学准教授の依田真美さん(右から2人目)、農と食のガイドである篠原杏子さん(左から1人目)(写真撮影/蜂谷智子)

【画像10】なんと実家ではヤギも飼っている。雑草を食べてくれるヤギのイチロウは大人しい性格(写真撮影/蜂谷智子)

【画像10】なんと実家ではヤギも飼っている。雑草を食べてくれるヤギのイチロウは大人しい性格(写真撮影/蜂谷智子)

今回紹介した物件は、どちらも大家さんが同じマンションに居住していました。だからこそ、自分自身の暮らしをつくることの延長線上で、さまざまなアイデアが湧いてくるのでしょう。

個性的な大家さんと同じ屋根の下に住まう物件なら、マンションに帰ったときに大家族の一員のような感覚になれそうです。これから賃貸で部屋を探すときは、部屋のスペックだけでなく大家さんの個性にも、注目してみてはどうでしょうか。もしかしたら、新しいライフスタイルを得られるような、楽しい賃貸物件に出合えるかもしれません。

●取材協力
・あかぎハイツ
・パークハイム渋谷