キャンピングカーをリノベで「動く別荘」に! 週末バンライフで暮らしながら家族と九州の絶景めぐり

キャンピングカー、バンライフなど、車と住まいが一体化したライフスタイルが注目を集めています。そんなトレンドの影響もあってか、リノベーションオブ・ザ・イヤー2023で特別賞を受賞したのがキャンピングカーをリノベした「動く家」です。キャンピングカーをリノベしたら、一体どのような住まいになったのでしょうか。施主と設計を担当した建築士に話を聞いてみました。

中古のキャンピングカーをリノベしてできた「動く家」

今回の「動く家」プロジェクトの施主・川原一弘さんは、サーフィンやキャンプを趣味としていて、もともとハイエースを所有していました。ただ、コロナ禍もあって自由に移動できず不便さを感じていたため、別荘またはハイエースへの買い替えを検討していましたが、偶然、中古のキャンピングカーを発見しました。

もともと、熊本を中心にリノベーションや店舗デザインなどを幅広く手掛けていた会社ASTERの社名を知っていた川原さんは、すぐに会社宛にメールを送り、相談したといいます。

「状態のいいキャンピングカーがあるのですが、これをリノベできますか」。すると、わずか10分後にメールで「できますよ!」と即答が。このレスポンスに後押しされ、キャンピングカーを購入したのです。2022年3月3日のことでした。

30年前に製造されたキャンピングカー。横顔がりりしい!(写真提供/ASTER中川さん)

30年前に製造されたキャンピングカー。横顔がりりしい!(写真提供/ASTER中川さん)

車は1993年製造、建物でいうと築30年、広さは8平米のワンルーム。キッチン・バス・トイレと運転席がついていて、昨今、都心部で話題になっている「激狭ワンルーム」と同程度といってもいいかもしれません。

「せっかくのキャンピングカーなので、単なる改装で終わらせるのは惜しいと思いました。居住性を高めて『動く家』にするのはどうだろう、という案を川原さんに提案したところ『よいですね』と話がまとまりました。キッチン・トイレ・シャワーは十分に動くためそのままで、位置などの変更も行っていません」と話すのは、設計を担当したASTERの中川正太郎さん。

既存の駆体のギミック、良さは残しつつ、価値を高めるのは「リノベ」の得意とするところです。車の改装では終わらせずに「家」「別荘」のように使える空間をつくる、そんなプランニングが固まりました。

居住性を高めるのは素材感。住宅用の無垢材、家具屋のソファを採用

「動く家」にするということは、すなわち「居住性を高める」こと。そのため、プランニングでは手触り、心地よさなど素材感を活かすことにしようと思い至ったといいます。

リノベ前の写真。これはこれで味があります(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。これはこれで味があります(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。室内から運転席を見たところ(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。室内から運転席を見たところ(写真提供/ASTER中川さん)

「内装の雰囲気の参考にするため、キャンピングカーショーを訪れるなどし、かなりの数のキャンピングカーを見学しました。そのなかで気がついたのは、家らしさというのは、やはり素材ということ。自動車改装用パーツで木っぽい見た目にするのは容易ですが、やっぱりどこか工業用部品なんです。ですから、今回は住宅用の建材を使おうと。床や壁にはたくさん木材を使っていますが、突板(スライスした天然木をシート状にして加工したもの)を貼っていますし、塗装も住宅用、照明はダウンライトです。ソファなども車用ではなくて家具屋さんに依頼しました」と中川さん。

ソファベッドは折りたたみ式で、ベッドのように広げたところ。間接照明がおしゃれ(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドは折りたたみ式で、ベッドのように広げたところ。間接照明がおしゃれ(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドをソファとテーブルを囲む椅子にした状態(左)とベッドにした状態(右)の間取図。バス・キッチン・トイレ。動線も考えられた、まさに家(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドをソファとテーブルを囲む椅子にした状態(左)とベッドにした状態(右)の間取図。バス・キッチン・トイレ。動線も考えられた、まさに家(写真提供/ASTER中川さん)

狭い空間だからこそ、目に入るもの、手や足で触れるものの素材感が大事というのは、わかる気がします。また、空間がコンパクトになることから、省スペースで小さく作られていることが多い船舶用パーツを採用したとか。

「施工に関しては、普通の住宅のリノベとほぼ同様の工程です。残せる部分は残しつつ、施工する床やソファなど既存のものは剥がしています。床はヘリンボーン(角が90度になっている貼り方)なので、座席と接する面など、細かな部分は職人さんも苦労したと思います」(中川さん)

床のヘリンボーンを貼っているところ。車だと思えないですね(写真提供/ASTER中川さん)

床のヘリンボーンを貼っているところ。車だと思えないですね(写真提供/ASTER中川さん)

こうしてみると手仕事でできているのがわかります(写真提供/ASTER中川さん)

こうしてみると手仕事でできているのがわかります(写真提供/ASTER中川さん)

施工にかかったのは約1カ月半、費用は130万円ほど。通常、リノベーションでは職人さんが現地に赴いて作業を行いますが、そこは車なので、なんと職人さんの庭に移動してきて作業をしたそう。大工さんも家ではなく車に施工するとは、きっと貴重な機会になったことでしょう。

車内に船舶用の照明を採用するなど、狭くても快適に暮らせる工夫が凝縮(写真提供/ASTER中川さん)

車内に船舶用の照明を採用するなど、狭くても快適に暮らせる工夫が凝縮(写真提供/ASTER中川さん)

窓の景色が移ろう、動く城のような最強の可動産が完成!

完成した住まいは、常に移動して窓から景色が動いていく「動く城」のよう。出来上がりについて施主の川原さんは、「最強の可動産ができた!」と表現します。

この車からの眺め、そのままロードムービーに使えそう(写真提供/ASTER中川さん)

この車からの眺め、そのままロードムービーに使えそう(写真提供/ASTER中川さん)

「動線がスムーズなので、寝る、着替える、くつろぐ、収納からモノを出す、といった行動が家と同じ感覚でできています。目的地についてもキャンプ設営は不要ですし、着替えやシャワー、トイレの場所を探すといった行動にストレスがなく、滞在時間を思う存分、アクティビティに使えます。運転席にロールスクリーンがあるので、下ろして映画を見たりもしています。2人の子どもたちはゲームをしたり、家となんら変わらないくつろぎ方をしていますね。窓から景色がキレイなんですけど、まったく見ていないという……」(川原さん)

キッチンでコーヒーを淹れるだけで、至福のひととき(写真提供/ASTER 中川さん)

キッチンでコーヒーを淹れるだけで、至福のひととき(写真提供/ASTER 中川さん)

ロールスクリーンを下ろしてゲーム中。川原家のお子さんになりたい(写真提供/川原さん)

ロールスクリーンを下ろしてゲーム中。川原家のお子さんになりたい(写真提供/川原さん)

こうして動く城に家族を乗せて、サーフィンや釣り、キャンプに行ったり、初日の出を屋根の上で見たりと、すっかり家族の居場所になっているといいます。ご近所にも評判で、同級生が内見(?)するということも多いとか。

生活に必要なインフラでいうと、電気は大型のポータブルバッテリーを搭載、上水は大きめの給水タンク、下水も汚水タンクがあるため、「家」と変わらない快適さをキープ。断熱材はもともと入っているため今回は手をつけていませんが、現状、エアコン1台で冬も夏も快適に過ごせるといいます。そこはさすが断熱先進国ドイツ製!といったところでしょうか。

一方で、キャンピングカーはそのものが大きいので運転では注意が必要なこと、事前に駐車するスペースを調べておくこと、目的地までの道路が細すぎないか、という点に注意しているそう。もう一つ、気を付けている点として、家の生活感を持ち込まないことをあげてくれました。

お子さんたちのものは極力、厳選して持ち込んでいます(写真提供/川原さん)

お子さんたちのものは極力、厳選して持ち込んでいます(写真提供/川原さん)

「子どもがいるとどうしても、住空間に生活感がにじみでてしまいますよね。せっかくおしゃれにつくってくれたので、この世界観を壊さないように、大人のインテリア空間にするよう、努めています」(川原さん)

ああ、わかります、その気持ち。子どもと一緒の空間は好きなんだけれども、たまには生活感のない大人の空間にいたい……。「動く家」はそんな大人の切なる願いも叶えてくれたようです。

家や住宅ローンのように「動かせないもの」に囚われない生き方を提案したい

今回の「動く家」、現在、乗れているのはほぼ週末といいますが、川原さんがもっとも魅力を感じたのは、「家が自分についてくる、自分本意の生き方ができること」だといいます。

「私たちが暮らす九州は、風光明媚な場所が多くて、阿蘇、天草、鹿児島、大分、宮崎など、自然そのもの、移動そのものが楽しいことが多いんです。『動く家』があれば、ドライブに出かけてそのまま夜空を眺めたり、美しい景色を見て、気に入ったら長く滞在したりと、自由に暮らすことができる。時間通りに動くというより、自分に合わせて家がついてくる、そんな生き方を可能にすると思いました」

窓の向こうに広がる絶景! キャンピングカーで九州を巡るのを夢見ている人は多いのでは(写真提供/川原さん)

窓の向こうに広がる絶景! キャンピングカーで九州を巡るのを夢見ている人は多いのでは(写真提供/川原さん)

動く家。ドライブだけでもしてみたい(写真提供/ASTER中川さん)

動く家。ドライブだけでもしてみたい(写真提供/ASTER中川さん)

設計を担当した中川さんも、手応えを感じているようです。
「弊社の『マンション』『一戸建て』『賃貸』というメニューに『車』という領域を増やしたいくらい。一軒家+離れや応接間のような感覚で、車の空間を使ってみたいという人は多いと思います」と話します。確かにテレワークスペース、家族の避難場所などとして、十分に「ほしい」という人はいることでしょう。

ともすると、私たちは、家や住宅ローンという「重いもの」に縛られがちですが、「動く家」はそうした重たさや、「動かせない」という思い込みを追い払ってくれる存在です。

「老後のためにと今まで積み立ててきた有価証券を取り崩さず、担保に入れて資金調達するスキームを組むことで月々の返済負担をなくし、目先を楽しむことを実現しています。今、老後や将来のためにといって貯蓄や投資にまわす人は多いですが、死ぬときにお金はもっていけません。やりたいことを我慢するのではなく、きちんと暮らしとやりたいことは両立できるんだよという、事例になっていけたらいい」と話す川原さん。

キャンピングカーやバンライフが広がりはじめたものの、「いいなあ」「やってみたい」という人は多いはず。ただ、移動する車窓のように、人生は移ろいゆき、変化していくもの。「定年後に」「ゆくゆくはキャンピングカーで」と憧れるのではなく、実はすぐにでも動き出すことが大切なのもしれません。

●取材協力
ASTER
ASTERのInstagramアカウント

車椅子での家事動線など追求したら、リノベがバリアフリーの家の最適解だった! 扉ナシ・カウンター下は空間に、など斬新テク満載の共働き夫婦の家

日本には、病気やケガなどで脚部や上肢・胴体の一部を使わずに生活する方が約193万1000人(2016年 厚生労働省 生活のしづらさなどに関する調査)いますが、生活にはどんな不便があり、住宅にはどんなことが求められるのでしょう。マンションをリノベーションし、自分たちらしい住まいを手に入れた30代の夫妻の事例を通して、「バリアフリー住宅×リノベーション」の可能性に迫ります。

「賃貸住宅は自分にとって不便だらけ」。Nさん夫妻がリノベーションを決めた理由

高校時代に事故にあい、車椅子生活になったNさんは、これまで進学・就職・結婚と人生の節目節目で引越しをし、4つの賃貸住宅に住んできました。そこでは、たくさんの不便があったと言います。

「とくに使いにくかったのは水まわりです。洗面やキッチンはシンク下収納棚が設置されているものがほとんどで、車椅子を横づけして体を捻りながら使っていました。車椅子で動き回るのに十分な広さがないため、トイレや浴室のドアは物件によってはオーナーに断りを入れて取り外す必要がありましたし、床との段差が大きい浴槽に関しては、横に台を置けば入浴できる物件はあったものの、その対策が取れず、湯船に漬かるのを諦めていた物件もありました」(Nさん)

Nさんご夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

Nさんご夫妻(写真撮影/桑田瑞穂)

2020年に結婚をし、ひとり暮らし用のワンルームから妻と2人で住める部屋に越してきましたが、車椅子を乗り入れる分、一般的な住宅だと玄関もキッチンも洗面室も窮屈。かといって設備や広さが理想的な物件は、手が出ないほど家賃が高額でした。
賃貸住宅では限界があるということを痛感した2人は、持ち家をリノベーションした方が金銭的にも得策だと考え、自分たちらしいバリアフリー住宅をつくることを決意します。

バリアフリー住宅は、周辺環境に妨げがないことが第一条件

さっそく、物件探しをはじめたNさんご夫妻ですが、そこでは大前提の条件がありました。都心の企業で会社員をしているNさんは、コロナ禍以降、月半分がリモートワークになったものの、残りはマイカー通勤。プライベートでは、電車で出かけることもあります。部屋をスケルトンにした状態からリノベーションすれば、中身はいくらでも変えられますが、周辺環境はそうはいきません。それだけに、「駅から物件までの道筋がフラットであること」「車椅子で乗り降りができる『平置き駐車場』があること」「建物のエントランスがスロープつきであること」が不可欠。ようやく3LDK・約87平米のマンションに出合います。
リノベ会社は「細かい要望にも寄り添ってくれる」と感じたゼロリノベに依頼。事前に希望を書き出して共有したほか、打ち合わせでは、設計担当の前川香織さんに車椅子で日常の動作を再現して見せ、2人にとっての暮らしやすさを確実に落とし込んでもらえるようにしたと言います。

N邸の平面図(画像提供/ゼロリノベ)

N邸の平面図(画像提供/ゼロリノベ)

2人にとっての快適な形を追求し、ストレスのない生活を実現

そうして2022年4月に完成したN邸。1歩中に入ってまず気がつくのは玄関です。ここでは上がり框(あがりかまち)のほかに、車椅子用のスロープを設置。妻とNさんとで二手に出入口を分けることで、2人が一緒に外出・帰宅をしたときに生じがちな混雑を避けられるようにしました。

以前は車椅子に占領されていた玄関が、開放的な空間に。妻は右手の上がり框を、Nさんは左手のスロープを使います(写真撮影/桑田瑞穂)

以前は車椅子に占領されていた玄関が、開放的な空間に。妻は右手の上がり框を、Nさんは左手のスロープを使います(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関には傷がつきにくい石材調のコンポジションタイルを使用。Nさんは車椅子を屋外用と室内用とで2台、所有していますが、専用のスペースがあるためラクに乗りかえられます(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関には傷がつきにくい石材調のコンポジションタイルを使用。Nさんは車椅子を屋外用と室内用とで2台、所有していますが、専用のスペースがあるためラクに乗りかえられます(写真撮影/桑田瑞穂)

玄関隣には、物干し場を兼ねたウォークインクローゼット。そのまま洗濯機置き場・脱衣室・洗面室・廊下・LDKへと抜けられるため、生活動線としてはもちろん、家事動線としてもスムーズです。

左の白いカーテンの奥がウォークインクローゼット。ぐるりと洗面室に回り、ブルーの壁の出入口から廊下に抜けられます(写真撮影/桑田瑞穂)

左の白いカーテンの奥がウォークインクローゼット。ぐるりと洗面室に回り、ブルーの壁の出入口から廊下に抜けられます(写真撮影/桑田瑞穂)

ウォークインクローゼットは物干し場を兼ねており、隣の部屋に洗濯機があるため、サッと洗濯物を干し、ハンガーに掛けたまま収納することが可能。バーの高さも計算されていて、上は妻、下はNさんが使用中(写真撮影/桑田瑞穂)

ウォークインクローゼットは物干し場を兼ねており、隣の部屋に洗濯機があるため、サッと洗濯物を干し、ハンガーに掛けたまま収納することが可能。バーの高さも計算されていて、上は妻、下はNさんが使用中(写真撮影/桑田瑞穂)

「どの部屋も車椅子が通れる幅でつくってもらっていますが、とりわけ車椅子でUターンや旋回できることが大切でした。そのため、キッチンと洗面室のカウンターは、下部に収納をつくらず開放しています」(Nさん)

カウンター下が開放されたキッチン。料理は主に妻が、洗いものはNさんが担当。換気扇のスイッチはコンロ下に設置しています(写真撮影/桑田瑞穂)

カウンター下が開放されたキッチン。料理は主に妻が、洗いものはNさんが担当。換気扇のスイッチはコンロ下に設置しています(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面室は幅・奥行きともに余裕を持たせ、鏡も大きくして2人が並んで使えるように。カウンター下が開放されているので、膝を入れてシンクに正面から身体を近づけたりUターンしたり、のびのびと使えます(写真撮影/桑田瑞穂)

洗面室は幅・奥行きともに余裕を持たせ、鏡も大きくして2人が並んで使えるように。カウンター下が開放されているので、膝を入れてシンクに正面から身体を近づけたりUターンしたり、のびのびと使えます(写真撮影/桑田瑞穂)

さらなるポイントは、扉をなくしたことにあると言います。

「賃貸住宅では、戸棚や部屋に扉があることも問題でした。横にスライドさせる引き戸であればよいですが、ドアだと押したり引いたり、体を屈ませたり。無駄な動きが出るうえ、開く側のスペースにゆとりが必要です。そこでトイレと浴室以外は扉をなくしてオープンに。妨げが解消され、一気にストレスがなくなりました」(Nさん)

N邸は扉がない分、行き来がスムーズ。どこにいても互いの気配を感じられます。げた箱は、以前は扉があるため取り出しにくく、履く靴が限定されていたそう。「扉をなくした分、コストが浮きましたし、しまい込むと持っていることを忘れがちですが、そうはなりません。片づける動機にもなります(笑)」(Nさん)(写真撮影/桑田瑞穂)

N邸は扉がない分、行き来がスムーズ。どこにいても互いの気配を感じられます。げた箱は、以前は扉があるため取り出しにくく、履く靴が限定されていたそう。「扉をなくした分、コストが浮きましたし、しまい込むと持っていることを忘れがちですが、そうはなりません。片づける動機にもなります(笑)」(Nさん)(写真撮影/桑田瑞穂)

廊下沿いには2人で使えるワークスペースが。ここでも机の下を開放しているため、アクセスがよくスムーズに方向転換ができます(写真撮影/桑田瑞穂)

廊下沿いには2人で使えるワークスペースが。ここでも机の下を開放しているため、アクセスがよくスムーズに方向転換ができます(写真撮影/桑田瑞穂)

間仕切り壁を一枚だけ立てただけの、開放感あふれる寝室。あえて日の当たる場所に配置し、生活に溶け込ませました(写真撮影/桑田瑞穂)

間仕切り壁を一枚だけ立てただけの、開放感あふれる寝室。あえて日の当たる場所に配置し、生活に溶け込ませました(写真撮影/桑田瑞穂)

収納はすべてオープン棚にしているN邸ですが、これは妻にとってもメリット。食器などが取り出しやすいうえ、飾って見せる楽しみが増えたとか。ほかにも車椅子のための仕様が、妻にも役立つシーンがあると言います。

「わが家では車椅子でも高さ約37cmの窓からバルコニーに出られるよう、ゆるく勾配させたスロープを、玄関から窓辺まで4.5mの長さで設置しています。これがダイニング脇まで伸びているので、重い食材を台車に乗せて帰ってきたときに、すぐに冷蔵庫にしまえて便利。友人が親子で遊びにきたときは、子どもたちの格好の遊び場になっています」(Nさんの妻)

有孔ボードで間仕切りしたスロープは、小さな部屋のようなこもり感。黒板塗装はご夫妻によるDIY(写真撮影/桑田瑞穂)

有孔ボードで間仕切りしたスロープは、小さな部屋のようなこもり感。黒板塗装はご夫妻によるDIY(写真撮影/桑田瑞穂)

スロープはNさんが登りやすい角度でつくられたもの。窓の高さに合わせて設置しているため、気軽にバルコニーに出られます(写真撮影/桑田瑞穂)

スロープはNさんが登りやすい角度でつくられたもの。窓の高さに合わせて設置しているため、気軽にバルコニーに出られます(写真撮影/桑田瑞穂)

トイレは実際に設計者に車椅子で動き回る姿を見せて、四方のサイズを緻密に計算。手すりも使いやすい位置を確かめてから取りつけました(写真撮影/桑田瑞穂)

トイレは実際に設計者に車椅子で動き回る姿を見せて、四方のサイズを緻密に計算。手すりも使いやすい位置を確かめてから取りつけました(写真撮影/桑田瑞穂)

Nさんが段差のある浴槽に入るときは台が必要ですが、市販品は高額。設計者にコスト面でも見合う「TOTOリモデルWYシリーズ」のベンチつきユニットバスを見つけてもらって解決しました(写真撮影/桑田瑞穂)

Nさんが段差のある浴槽に入るときは台が必要ですが、市販品は高額。設計者にコスト面でも見合う「TOTOリモデルWYシリーズ」のベンチつきユニットバスを見つけてもらって解決しました(写真撮影/桑田瑞穂)

デザインが取り残された家にはしたくないという2人の強い思い

「一般的に福祉用具は、機能性を重視するあまりに見た目が二の次になっているケースが少なくないのではないでしょうか。バリアフリーをうたった賃貸住宅にも、実は同じような物足りなさを感じていました。私たちがリフォームではなく“リノベーション”を選んだのは、住まいを丸ごと好きなテイストにできると思ったのも理由です」(Nさんの妻)

もともと躯体(くたい)に埋め込まれていたインサート(ボルト用の穴)を利用し、天井にルーバーを設置。レールを取りつけ、照明をつるしたりカーテンをつけたりできるようにしました。妻の手づくりブーケが調和しています(写真撮影/桑田瑞穂)

もともと躯体(くたい)に埋め込まれていたインサート(ボルト用の穴)を利用し、天井にルーバーを設置。レールを取りつけ、照明をつるしたりカーテンをつけたりできるようにしました。妻の手づくりブーケが調和しています(写真撮影/桑田瑞穂)

バリアフリー住宅としての実用性を備えているN邸ですが、主張している感じがしないのは、ところどころで採用した趣ある素材や色づかいが、豊かな表情をもたらしているから。デザインにもこだわったことで、極上の居心地を手に入れています。

カフェに行くより、家が一番。リノベーションという選択に大満足

以前の住まいではくつろげるスペースが限られており、よく2人でカフェに出かけていたというNさんご夫妻。しかし今では、家が一番、落ち着ける場所。何も予定のない休日に、のんびり起きて遅めの朝食を取ったり、ソファでまったりコーヒーを飲んだりするのが至福の時間です。

冷蔵庫は上部のものを取りやすい「AQUA」シリーズの低めのタイプを購入。ただそれだけだと収納量が足りないため、横に冷凍庫を並べています(写真撮影/桑田瑞穂)

冷蔵庫は上部のものを取りやすい「AQUA」シリーズの低めのタイプを購入。ただそれだけだと収納量が足りないため、横に冷凍庫を並べています(写真撮影/桑田瑞穂)

「“バリアフリー住宅”というと、大まかな捉えられ方をされがちなのですが、需要は人によって千差万別。せっかくバリアフリーの賃貸住宅を見つけても合わなかったり、リフォームしてもかゆいところまでは手が届かなかったり。それだけに、リノベーションに大満足。私たちの例が必要としている人に届いたら、こんなにうれしいことはありません」(Nさんご夫妻)

Nさんご夫妻が家づくりでもうひとつ課題にしたのが、住まいに可変性を持たせること。寝室はベッドを3台まで置ける広さにし、リビングは将来、一部をキッズスペースにしたり、客室にしたりできるようにしました。
形を変えながら長く住み続けられる住まいで、これからも家族の物語が紡がれていきます。

大きなバルコニーがあったのも、この物件を購入した理由のひとつ。普段づかいができるよう窓辺にウッドデッキを配置。晴れた日は2人で食事をしたりお酒を飲んだりして楽しみます(写真撮影/桑田瑞穂)

大きなバルコニーがあったのも、この物件を購入した理由のひとつ。普段づかいができるよう窓辺にウッドデッキを配置。晴れた日は2人で食事をしたりお酒を飲んだりして楽しみます(写真撮影/桑田瑞穂)

●取材協力
ゼロリノベ

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2023に見るリノベ最前線! グランプリは「高級トイレ空間」、シニア世代の「2度目の二人暮らし物件」など

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。11年目となる2023年の授賞式が12月14日に開催されました。267のエントリー作品の中から選び抜かれた総合グランプリをはじめ、各受賞作から、リノベーションの今を読み解きました。

【注目point1】買取再販リノベ物件の「一点もの」化

近年、特に大都市圏では中古マンションの買取再販リノベーション事業に参入する事業者が大幅に増え、それとともに再販リノベ物件数も数を伸ばしています。買取再販リノベーションとは、事業者が中古マンションを購入してリノベーションを施し、リノベ済み物件として販売する形態のこと。

数が増えることで競争も激しくなり、そのためリノベ内容にも、コンセプトやデザイン、性能向上などの面において差別化を図った「一点もの」的な作品の増加が顕著になっています。今回の受賞作品やエントリー作品ではそうした特徴的な買取再販物件が多く見受けられました。

一般的に、買取再販リノベ物件は販売しやすいように、万人向けの設計やデザイン、コストパフォーマンスの良さなどが優先されてきましたが、徐々に一点もの的な作品が増えつつあり、大手事業者の再販物件においても差別化戦略が図られています。コスト面の制約はあるものの、買取再販リノベ物件は設計者やプランナーの豊かな発想が発揮できる側面もあり、買い手の心により響く物件となります。今後のバリエーションの広がりも期待されます。

総合グランプリを受賞した【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間「プレミアムT」】もまさにそうした一点もの。今回、審査陣を最も驚かせた作品となったようです。

●総合グランプリ
【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間「プレミアムT」】 株式会社bELI

ソファのほか、折り畳みテーブルまで設置され、まるで書斎のよう。ここで長時間過ごせる居室のような快適性が見てとれます(写真提供/株式会社bELI)

ソファのほか、折り畳みテーブルまで設置され、まるで書斎のよう。ここで長時間過ごせる居室のような快適性が見てとれます(写真提供/株式会社bELI)

(写真提供/株式会社bELI)

(写真提供/株式会社bELI)

小ぶりな洋室を、トイレとしては広々した「プレミアムT」とシューズインクローゼットに改変(写真提供/株式会社bELI)

小ぶりな洋室を、トイレとしては広々した「プレミアムT」とシューズインクローゼットに改変(写真提供/株式会社bELI)

総合グランプリに輝いた【誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間 「プレミアムT」】は、難病指定のクローン病と戦う友人がきっかけとなり誕生したプロジェクト。クローン病とは主に小腸や大腸などの消化管に炎症が生じる病気で、下痢などの症状が慢性的に発生し、長時間トイレへの滞在を強いられます。「持病の有無を問わず、誰もが快適に過ごせるトイレ空間をつくること」「普段の暮らしでは周りに理解されにくい苦しみと戦う人たちがいることを知ってもらうこと」がこのプロジェクトの目的。

舞台は川崎市の築30年超のマンションの住戸。トイレと洋室を一体化し、居室としても機能する空間を演出しています。折り畳み机、ダウンライトスピーカー、床暖房、涼風機能つき暖房機など快適設備も搭載。「リフォームを通して誰かの役に立ちたい」というアツい思いが形になりました。

誰でも使いやすいトイレ空間を創造した作品ですが、そこに暮らす住人が要望したユニバーサルデザイン空間なのかと思いきやそうではなく、物件完成後に売り出して買い手を見つけるという買取再販リノベ物件として市場に登場させたわけです。持病を抱えた人にポジティブに寄り添う温かい気持ち、ユニバーサルデザインの新たな形を示した点も高い評価を受けつつ、再販リノベ物件としたことについてのつくり手の勇気を讃える声が上がり、総合グランプリ受賞へとつながりました。

●レスキュー・リノベーション賞
【東京下町の古民家よ、再び】 株式会社コスモスイニシア

時を経た飴色の建具などをふんだんに意匠に加え、まるで古民家のような懐かしい風情に(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

時を経た飴色の建具などをふんだんに意匠に加え、まるで古民家のような懐かしい風情に(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

(写真提供/株式会社コスモスイニシア)

【東京下町の古民家よ、再び】は、古い家屋で使われてきたドアや引き戸、障子などの建具、収納扉、家具などをふんだんに用いた買取再販リノベ物件。「古材レスキュー」という古民家を残す活動をしている方々から譲り受けたものを再利用しています。既存資源を活用するという観点に加え、古き良きものを生かして個性的な空間に仕立てている「一点もの」の再販物件に仕立てたチャレンジングな姿勢に注目が注がれていました。

●ウェルネス・リノベーション賞
【健康寿命社会~もう一度ふたり暮らし~】 株式会社アネストワン

木のぬくもりに包まれた空間は、見た目での心地よさも感じさせてくれます(写真提供/株式会社アネストワン)

木のぬくもりに包まれた空間は、見た目での心地よさも感じさせてくれます(写真提供/株式会社アネストワン)

(写真提供/株式会社アネストワン)

(写真提供/株式会社アネストワン)

【健康寿命社会~もう一度ふたり暮らし~】は、シニア世代にフォーカスし、快適で健康なシニアライフを送れるように住宅性能を高めた再販リノベ物件。全館空調、二重窓、全熱交換機で断熱性、快適性を向上させ、住戸の温度を均一に保ち、ヒートショックを予防。漆喰壁やチーク材フローリング、麻のタイルカーペットなど自然素材をふんだんに取り入れ、素材面でも安らぎを意識しています。

【注目point2】古くて無個性のものに、異なる表情を付加

画一的であったり無個性であったり、世の中から見捨てられがちな物件を新しいものに生まれ変わらせるのも、リノベーションの醍醐味です。今回、注目されたのは古い団地、古いホテルなどに手を加えたケース。何の変哲もない既存施設を、そのまま朽ちさせたり建て替えたりするのではなく、誰もが心地よく過ごせる価値ある場所に生まれ変わらせた点が高く評価されています。こうした作品を見ると、既存資源の活用という面において、リノベーション業界は重要な社会的役割を担っているのだということを強く感じます。

●800万円未満部門最優秀賞 ●プレイヤーズチョイス・アワード
【これからの団地リノベのあり方を問う。】 株式会社フロッグハウス

調湿性のある杉材をふんだんに使った室内。ぐるっと回り込める家事楽なキッチン動線で暮らしやすく(画像提供/株式会社フロッグハウス)

調湿性のある杉材をふんだんに使った室内。ぐるっと回り込める家事楽なキッチン動線で暮らしやすく(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

800万円未満部門最優秀賞とプレイヤーズチョイス・アワード(※)をW受賞した【これからの団地リノベのあり方を問う。】。神戸市にある築46年の団地の一室を、入居検討者や団地に暮らす人のためのモデルハウスに生まれ変わらせた作品で、断熱、家事動線、地産地消を軸に、団地リノベの新たな姿を提案しています。

ひどい結露、玄関収納や脱衣所がないといった、築年数の経った団地特有の不便さを解消すべく、断熱改修し、玄関と水回りの面積を1.5倍の広さにしてベビーカーを置ける玄関、室内干しできる脱衣所を設けました。地元産の杉をふんだんに内装に用い、木の香が漂う空間に。家事を楽にする回遊動線、曲線美の造作キッチン、ワークスペースなど、ターゲットの子育て世代だけでなく、団地に長年暮らしてきた高齢世帯をも惹きつける要素が盛り込まれ、画一的な団地の部屋が清々しさを感じる空間へと一新されています。

※「プレイヤーズチョイス・アワード」とは、エントリーした事業者が自社以外でベストだと思うリノベ作品を選ぶ、今回新設された賞です(他の賞はメディア関係者が審査員となり、作品を選ぶ)

●無差別級部門最優秀賞
【「記憶」を刻み、「記録」を更新する『the RECORDS』】 株式会社拓匠開発

こぢんまりした古いビジネスホテルが、映えスポットに華麗に転身。公園に大きく開いた開放的な空間で心地良いひとときを(画像提供/株式会社拓匠開発)

こぢんまりした古いビジネスホテルが、映えスポットに華麗に転身。公園に大きく開いた開放的な空間で心地良いひとときを(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

(画像提供/株式会社拓匠開発)

【「記憶」を刻み、「記録」を更新する『the RECORDS』】はビジネスホテルを複合商業施設へコンバージョンした作品です。千葉公園に面した立地の良さという最大のポテンシャルをビジネスホテル時代にはまったく生かせておらず、1階は駐車場、公園に面したテラスも資材置き場となっていたそう。客室の窓も小さく、せっかくの眺望も魅力減。

駐車場を大きな窓のある大空間に変え、上階の床を抜いて吹き抜けをつくり、開放的で映えるラウンジ空間に。容積率にカウントされない駐車場を店舗にすると床面積を減らさざるをえないというハードルを、上階の床をなくし吹き抜けにすることで解決した手法も見事です。公園の緑の借景と相まって、地元の人々がふらっと立ち寄って心豊かに過ごせる場所になりました。

RC造で間仕切壁も多く、再生するには障害が多い物件。取り壊して新築するのが一般的と思われますが、「再構築し、新たな目的の施設に再生させ、その結果を示すことが地域活性化につながる」というつくり手の信念で成し遂げられたプロジェクトとなりました。

【注目point3】残すべきものを残す、古民家再生

生活様式の変化による暮らしにくさなどによって、かつて多くの古民家が振り返られることなく解体される一方だった時代がありました。しかし太い柱や梁、震災にも耐えてきた強い構造など、本物の建材と匠の技でつくられた家は残すべき資産であるとの認識から、循環型社会が叫ばれるよりも以前から古民家を再生して住み継いでいくという意識が高まり、再生事業も数を伸ばしてきました。

しかし、住宅リノベーションの中でも、古民家の再生には多大な苦労が伴います。耐震性、断熱性の確保はもとより、現代のライフスタイルに合った水回りへの改修や間取りの改変などは、現代の住宅より手間もコストも嵩みがちなことも障壁となり、住宅としてより公共施設や商業施設として活用される傾向が多い現状もあります。今回は自宅として住み継いでいく古民家再生のお手本のような作品に注目しました。

●1500万円以上部門最優秀賞
【戻す家】 株式会社モリタ装芸

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

梁の現れた大きな吹き抜け+土間のある空間。時を経て古びた味わいある素材に囲まれて、趣きのある暮らしが詰まっているのを感じます(写真提供/株式会社モリタ装芸)

梁の現れた大きな吹き抜け+土間のある空間。時を経て古びた味わいある素材に囲まれて、趣きのある暮らしが詰まっているのを感じます(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

【戻す家】は、新潟の豪雪地域に立つ築125年の古民家を再生させた作品です。雪の重みで屋根が一部崩れ、廃墟のような有様だったそう。しかし建物を支える立派な柱や梁、土壁、無垢の床材などでつくられたこの家を見て、「残すべき使命を感じた」という施主の思いで再生プロジェクトがスタート。

耐震、断熱の問題を抱えた建物を、一度、基礎と躯体構造を残して土壁や床材などを解体。土壁は叩いて細かくし、土として保管。床材は丁寧に水洗い。柱や梁を1本1本磨き上げ、壁に土を塗るなど、手間のかかる作業を施主夫妻や両親も交え根気良く続けたそう。そうした手間暇をかけたからこそ、より愛着の持てる住まいとなったのではないでしょうか。室内は間取りや水回りを暮らしやすく変更しつつ、この家で使われてきた床板、土壁など、サスティナブルな材料を再活用することで建設費も抑え目に。新しいものに変えた部分は最小限にとどめたことにより、内部の古めかしさが残り、その古めかしさを愛でられる住まいとなりました。

●ディスカバー・リノベーション賞
【風通る、地域コミュニティの再編】 paak design株式会社

外観も室内も、日本家屋の古き良き佇まいのままに(写真提供/paak design株式会社)

外観も室内も、日本家屋の古き良き佇まいのままに(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

(写真提供/paak design株式会社)

【風通る、地域コミュニティの再編】は、日本家屋の伝統様式が詰まった、鹿児島の大地主の邸宅を再生した作品。補修部分には既存と同じ素材を用い、土間に隣接した田の字の畳間を含め、間取りをほとんど変えることなく、かつての面影を色濃く残した佇まいに改修しています。

農家だったこの家には、以前よりご近所さんは玄関ではなく広い土間へ訪ねてきて、自然と井戸端会議の場となることもしばしばだそう。オーストラリアから移住してきた施主は地域コミュニティに関心が高く、一時期は希薄となっていた地域社会に異文化の要素も加わり、以前の日本社会が持っていた農村地での交流に新たな風が吹く場となりました。

【ここも注目!】間取りの可変性に関する斬新な提案

将来の間取り変更を容易にしてくれるギミック「柱のフレームでアウトライン化しておく」という新たな提案も高い関心を集めました。

●1500万円未満部門最優秀賞
【アウトラインの行方】 株式会社grooveagent

未来のための“フレーム”が、マンション空間とは思えないような個性を生んでいます(写真提供/株式会社grooveagent)

未来のための“フレーム”が、マンション空間とは思えないような個性を生んでいます(写真提供/株式会社grooveagent)

(写真提供/株式会社grooveagent)

(写真提供/株式会社grooveagent)

リノベーションが一般的になってきた今、家族の成長・家族数やライフスタイルの変化などによって、2度、3度とリノベーションを行うケースも見られるようになっています。【アウトラインの行方】は、そうした状況を踏まえ、将来の子ども部屋のためのグリッドをあらかじめ柱材でフレーム化しておくという、可変性の高さを感じさせる作品です。

きっかけは施主に第二子が生まれ、この先子どもが何人になるのか、いつ個室を必要とするのかがわからず、「間取りを自由に変えられる工夫」を求めたこと。その答えが最初のリノベ時にフレームでアウトライン化しておくこと。部屋を増設する際に壁を立てる工程が簡略化できることから、将来のコストを大幅に削減できるメリットがあります。施主がDIYすることも容易に。多様な使い方も可能で、さらにフレームが空間のデザイン要素となり、楽しい仕掛けにもなっています。

【ここも注目!】地方の「実家問題」に一石

全国、特に地方にある実家の後継問題に一石を投じるリノベ作品も見受けられました。

●実家リノベーション技術賞
【タクミノイエリノベ2】 有限会社斉藤工匠店

純和風の家屋をコーヒーの香り漂うカフェ的空間に。造作キッチンを中心に、梁と柱の現しのある吹き抜けが開放的(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

純和風の家屋をコーヒーの香り漂うカフェ的空間に。造作キッチンを中心に、梁と柱の現しのある吹き抜けが開放的(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

(写真提供/有限会社斉藤工匠店)

【タクミノイエリノベ2】は、親が暮らす実家に子世帯がUターンを決意し、大きな家屋の2階部分に大胆なリノベを施した作品。「1人暮らしの親の高齢化でどう管理していく? 空き家になったら? 相続はどうする? 大量の荷物は誰が片づけるのか?」。そういった、地方にある「実家」にありがちな問題を、いつか誰かが向き合うこととUターンリノベを決意。

福島県に立つ築45年の古家。耐震診断とインスペクションを行い、既存真壁の断熱改修。南面の大開口の構造補強をしつつ、造作ソファからの景色も設計思想に生かし、ラフに腰掛けた先の窓辺に、景色を連続的に切り取る格子を設置。「珈琲を楽しむ空間」を目指したミニマムな仕立てになっています。「物価高の昨今、既存の建物や建材を活用しないのはもったいない。ものを大切にする心で実家リノベに向き合う人が増えれば、地方が活気づき社会もうまく回る気がする」との高い意識で臨んだリノベです。

【ここも注目!】多彩な手法で個性的空間が完成

ほかにも既存の概念に囚われない自由な発想で行われたリノベ作品が目白押し。要注目です。

●ライフ・リノベーション賞
【緑とミドリ/お家とお店】 株式会社日々と建築

軽量鉄骨造のシンプルな平家を木造軸組工法で補強&増築。ボロボロだった元の家からは想像できないほど素敵な「木の家」に生まれ変わりました(写真提供/株式会社日々と建築)

軽量鉄骨造のシンプルな平家を木造軸組工法で補強&増築。ボロボロだった元の家からは想像できないほど素敵な「木の家」に生まれ変わりました(写真提供/株式会社日々と建築)

(写真提供/株式会社日々と建築)

(写真提供/株式会社日々と建築)

●フレキシブル・リノベーション賞
【遊び心は無限大!顧客に響く賃貸リノベ】 株式会社住環境ジャパン

約51平米・2DKの賃貸物件を光と風の抜ける1LDKに。オーナーが「趣味が多めの人」を想定し、定額制リノベーションパッケージでつくられた遊び心ある空間です(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

約51平米・2DKの賃貸物件を光と風の抜ける1LDKに。オーナーが「趣味が多めの人」を想定し、定額制リノベーションパッケージでつくられた遊び心ある空間です(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

(写真提供/株式会社住環境ジャパン)

●ユニバーサル・デザイン賞
【What is Barrier “Free”?】 株式会社grooveagent

施主夫妻の日常動作を洗い出すことから始め、段差の解消、スイッチ位置の工夫など細かい配慮を重ねた作品です。実用性とデザイン性の両面で住人に合ったバリアフリー空間を実現(写真提供/株式会社grooveagent)

施主夫妻の日常動作を洗い出すことから始め、段差の解消、スイッチ位置の工夫など細かい配慮を重ねた作品です。実用性とデザイン性の両面で住人に合ったバリアフリー空間を実現(写真提供/株式会社grooveagent)

●和洋折衷リノベーション賞
【松竹梅の「欄間」―ローテンブルクと時の記憶―】 G-FLAT株式会社

元の家にあった松竹梅の透かし彫りの欄間に惚れ込んで、和洋折衷に仕上げた空間の顔に(写真提供/G-FLAT株式会社)

元の家にあった松竹梅の透かし彫りの欄間に惚れ込んで、和洋折衷に仕上げた空間の顔に(写真提供/G-FLAT株式会社)

●劇的ワンポイント・リノベーション賞
【A Castle “In the House”】 株式会社ブルースタジオ

壁を1枚加えることでつくり出される新たな子どものための空間を含め、随所までこだわりあるデザインを施した住まいに(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

壁を1枚加えることでつくり出される新たな子どものための空間を含め、随所までこだわりあるデザインを施した住まいに(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

●ムーバルリノベーション賞
【動く家】 有限会社中川正人商店

キャンピングカー専門会社ではなく、リノベ会社が手がけた「家」のようなキャンピングカーのインテリア空間です(写真提供/有限会社中川正人商店)

キャンピングカー専門会社ではなく、リノベ会社が手がけた「家」のようなキャンピングカーのインテリア空間です(写真提供/有限会社中川正人商店)

●伝統建材リノベーション賞
【新しい価値観の持ち主たちへ。】 株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

山梨学院大学のキャンパス内カフェ。ガラス張りのスタイリッシュな空間に約3500枚の廃瓦を積んだ壁と瓦屋根のカウンターが存在感を放ち、瓦の魅力を再発見できます(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

山梨学院大学のキャンパス内カフェ。ガラス張りのスタイリッシュな空間に約3500枚の廃瓦を積んだ壁と瓦屋根のカウンターが存在感を放ち、瓦の魅力を再発見できます(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

●インキュベーション・リノベーション賞
【近大発ベンチャー創出拠点「KINCUBA Basecamp」】 リノベる株式会社

近畿大学内にあった書店をインキュベーション(起業家創出)施設へコンバージョン(写真提供/リノベる株式会社)

近畿大学内にあった書店をインキュベーション(起業家創出)施設へコンバージョン(写真提供/リノベる株式会社)

●連鎖的エリアリノベーション賞
【お手本のようなエリアリノベーション】 株式会社タムタムデザイン

「まちの食交場」をいくつか整備することでエリアの回遊性を高めるという視点が新鮮。文化的なコミュニティの創出が街の活性化につながっています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

「まちの食交場」をいくつか整備することでエリアの回遊性を高めるという視点が新鮮。文化的なコミュニティの創出が街の活性化につながっています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

ストック活用が当たり前の今、リノベで究極の「一点もの」を

2023年は、前年から続く物価上昇が引き続きリノベーション業界にも直撃し、軒並み建築費の高騰を招いています。さらに、いわゆる建設業の「2024年問題」(時間外労働の上限規制適用による建設費上昇懸念)、2025年の新築住宅の省エネ基準適合義務化などにより、つくり手側はさまざまな対応が求められることとなります。改正建築物省エネ法は新築物件が対象ではありますが、この先、中古リノベ物件にも高い省エネ性能や創エネ機能が消費者や社会から求められることも想定されます。

シビアな時代にありながらも、リノベ業界は創意工夫や独自のコスト管理等で、建設費を抑えることがより必要となるでしょう。その工夫の一環として既存建築物や建材の再活用が挙げられます。今回の受賞作品にも、こうした既存ストックを最大限活用した作品が数多く登場し、リノベには、新築にはあまり見られない、既存のものを最大限有効活用するという「もったいない精神」が宿っているという印象を強く持ちました。

また一方で、「すべての人が使いやすいユニバーサルデザインの空間を形として示したい」「古くても解体せず、新たな場所を創設して結果を示すことで地域経済の活性化につなげたい」「実家Uターンリノベで地方を活づけたい」といった、人に対する優しい思いや社会に対する高い変革意識に満ちた、数々のリノベ作品もとても印象深く、温かい思いが心に残りました。

リノベ作品は、暮らす人が心地よく幸せに過ごせるよう、さまざまな手法やアイデアが盛り込まれた、まさに究極の「一点もの」。2024年にはどんな新たなタイプの作品が登場するのか、今から楽しみです。

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2024年も素晴らしい作品を期待していま す!(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2024年も素晴らしい作品を期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2023」

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022に見るリノベ最前線。実家を2階建てから平屋へダウンサイジングや駅前の再編集など

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。記念すべき10周年となった2022年の授賞式が12月6日に開催されました。260のエントリー作品の中から選び抜かれた総合グランプリをはじめ、各受賞作からリノベーションの今を読み解きました。

【注目point1】住み手の思いとつくり手の工夫が古い家を蘇らせる

暮らしにくく老朽化した建物を今のライフスタイルや住人に合わせて快適な場所に生まれ変わらせるのが、リノベーションの最大の使命であり、原点ともいえます。近年見られた「コロナ禍における魅力あるテレワーク空間」「災害復興リノベでさらなる価値ある場所に」などの事例のように、リノベーション・オブ・ザ・イヤーは基本的に時代性を宿す作品が選ばれる傾向が強いアワードです。しかし、今回はそうしたトピック的な内容ではなく、リノベーションのもつ本質的な力によって住宅性能や居住快適性などを高いレベルで向上させ、魅力ある空間をつくり出した事例が10周年の記念すべき作品となりました。

●総合グランプリ
[総二階だった家(平屋)] 株式会社モリタ装芸

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

外観、内装ともに大きく変えたものの、古い梁や柱を意匠として残すことで愛着のある実家の思い出を留めています(写真提供/株式会社モリタ装芸)

外観、内装ともに大きく変えたものの、古い梁や柱を意匠として残すことで愛着のある実家の思い出を留めています(写真提供/株式会社モリタ装芸)

総合グランプリに輝いた[総二階だった家(平屋)]は、リノベの原点回帰を具現化した作品であり、リノベの力をフルに発揮した点が高く評価されました。

まずインスペクションと耐震診断で改修すべき箇所を明確化させ、建て替えとリノベーションの両面で検討。床面積72坪という総二階(1、2階が同面積の家)を、達磨落としのように半分の36坪の平家に減築。減築に加えさらなる軽量化と耐震改修により耐震等級1相当を確保。断熱性能はZEH基準を上回る値を達成。これらの性能向上により長期優良住宅認定の補助金も得ています。間取りを全面的に変えて、開放感ある空間や暮らしやすい生活動線などを実現させました。

近年、新築戸建てで平家の着工件数が年々増加傾向(ここ10年で約2倍に増加。2021年の統計では約13%が平家/国土交通省)にありますが、この作品のように2階建てを平家に変えるリノベーションは今後の一つの流れになる可能性も伺えます。

古い建物を住み継いでいく場合、性能はどの程度向上できるのか、暮らしやすさは得られるのかなど、住む者の誰もが不安に感じるものです。施主の「空き家となっていた築47年の実家を残せるなら残したい。しかし、大きな古い家は地震時に不安。建て替えではなくリノベを選択する場合の安心材料が欲しい」という気持ちに寄り添って話し合いを重ねることで、つくり手側は一つひとつの不安を明確に解消していったそうです。

古い家を建て替えるのではなく、手を入れて住み継いでいくという価値観を改めて示した好事例となりました。

【注目point2】連鎖する「街の再編集」で人と人、人と街をつなぐ

通り過ぎるだけだった無機質な場所を、人々が集いつながる有機的な場所に変える「街の再編集リノベーション」は、今回も注目されました。過去にリノベーションで生み出した、人が集まる場所との連携を図っている点も大きな特徴で、リノベの連鎖がどんどん広がることで、街を変えていく大きな力を感じさせます。

●無差別級部門最優秀賞
[駅前ロータリーを歩行者の手に取り戻せ - 『ざまにわ』] 株式会社ブルースタジオ

(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

神奈川県座間市、座間駅東口ロータリーを、人々が集う「庭」として劇的に再編集。駅前にあった駐輪場を移動させて、空いた場所を緑に囲まれた芝生広場に(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

神奈川県座間市、座間駅東口ロータリーを、人々が集う「庭」として劇的に再編集。駅前にあった駐輪場を移動させて、空いた場所を緑に囲まれた芝生広場に(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

[駅前ロータリーを歩行者の手に取り戻せ - 『ざまにわ』]は、駅に隣接し街の人々に開かれた「ホシノタニ団地(神奈川県座間市)」(リノベーション・オブ・ザ・イヤー2015総合グランプリ作品)のコンセプト「子どもたちの駅前ひろば」を踏襲したプロジェクトで、駅前に芝生が広がる心地よい場所を生み出しています。駅前とホシノタニ団地が歩行者のための場所としてつながったことで、さらなる街の活性化の要因ともなっているようです。リノベーションで街の再編集が続いていくことを期待させる点も高く評価されました。

●まちのクリエイティブ・リノベーション賞
[納屋と団地、小さなまちの職住一体のカタチ] 株式会社フロッグハウス

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

道路側の壁をガラス張りにしたことで、通りすがりの人が気軽に入れる雰囲気になりました(画像提供/株式会社フロッグハウス)

道路側の壁をガラス張りにしたことで、通りすがりの人が気軽に入れる雰囲気になりました(画像提供/株式会社フロッグハウス)

[納屋と団地、小さなまちの職住一体のカタチ]は、使わなくなった築60年の納屋を人が集えるスペースに変えたリノベ作品。10年前、施主が所有する団地1棟をリノベして職住一体型のクリエイティブ拠点としましたが、そのクリエイターたちの発信場所の第二弾として街に開かれた場所に。花屋、書道教室、菓子販売、写真撮影、演奏会などを行い、兵庫県播磨町の街に活気をもたらしています。

【注目point3】「ご機嫌に暮らしたい」を叶える。建築が人を幸せに

近年、リノベーションは特別なものではなく一般化してきています。中古リノベだけではなく、新築の家を購入してすぐにリノベーションで空間をカスタマイズするといった人もいるほどです。住み手側の熱意やリノベについての知識はどんどん深まり、「こんな暮らしをしたい」「家はこんな空間であってほしい」といった施主の家に対する思いの深さや多様な要望に応じて、リノベ会社はさまざまな工夫を凝らしています。

●1000万円未満部門最優秀賞
[5羽+1人で都心に住まう] 株式会社NENGO

(写真提供/株式会社NENGO)

(写真提供/株式会社NENGO)

鳥が美しく映える壁色。鳥の健康状態や飛行状態の確認にも役立ちます。自由に付け替えられる止まり木やバードアスレチックの配置も綿密に考えられました(写真提供/株式会社NENGO)

鳥が美しく映える壁色。鳥の健康状態や飛行状態の確認にも役立ちます。自由に付け替えられる止まり木やバードアスレチックの配置も綿密に考えられました(写真提供/株式会社NENGO)

[5羽+1人で都心に住まう]は、インコなど5羽の鳥と暮らす「鳥ファースト」が徹底された家。鳥が快適に飛び回れるように間仕切り壁をなくし、化学薬品や金属の建材は一切用いず、脂粉や埃の舞い上がらないカーペットを採用するなど、愛情にあふれる仕様に。ペットの快適さをとことん追求した家=人も幸せでいられる家であることを明確に示した点が評価されました。

●マーケティング・リノベーション賞
[まちなかロッヂ] 有限会社ひまわり

(写真提供/有限会社ひまわり)

(写真提供/有限会社ひまわり)

山小屋風の内装に一新され、気分は山暮らし!(写真提供/有限会社ひまわり)

山小屋風の内装に一新され、気分は山暮らし!(写真提供/有限会社ひまわり)

[まちなかロッヂ]は、築39年の公団住宅、エレベーターなしの5階部分という一室を、アウトドア好きの人が好む室内に変えた再販(※)リノベ作品。エレベーターなしという大きなマイナスポイントを逆手に取り、「勝手に足腰強化!カロリー消費!自然とダイエットでジムいらず!」というプラス要素へとポジティブ変換しています。
※再販/中古住宅を事業者が買い取り、リノベーションなどを施したのち、再販売する形態

●新築リノベーション賞
[7°の非破壊リノベーション] 株式会社ブルースタジオ

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

家具配置が難しい幅狭で奥行きのあるLDK。既存キッチンを撤去し、造作キッチンや小上がりを設けて、自分たちらしくカスタマイズ(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

家具配置が難しい幅狭で奥行きのあるLDK。既存キッチンを撤去し、造作キッチンや小上がりを設けて、自分たちらしくカスタマイズ(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

[7°の非破壊リノベーション]は、リノベーションで新築の建売住宅のLDKを改善した作品。新築をそのまま使うのではなく、「より暮らしやすく、より自分たちらしく」を実現。既存建物に自分たちを合わせるのではなく、自分たちを基準に、一部分だけでも建物をつくり替えている点がポイントです。

●3次元空間活用リノベーション賞
[Summer Camp House 子供達の「自分で」を育てる家] リノベる株式会社

(写真提供/リノベる株式会社)

(写真提供/リノベる株式会社)

遊びながら体を鍛えられるアスレチック、勉強机を造作したロフト下空間など、キッチンから見守れる場所に3人の子どもたちのためのスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

遊びながら体を鍛えられるアスレチック、勉強机を造作したロフト下空間など、キッチンから見守れる場所に3人の子どもたちのためのスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

[Summer Camp House 子供達の「自分で」を育てる家]は、「サマーキャンプのような子どもだけで自由に過ごせる空間」という施主の希望を叶えた作品。マンションのLDKの空間を立体的に活用してロフトやアスレチック壁を設け、床面積を広げることで子どもの活動領域を最大限に広げています。

まだある注目リノベーション事例
建物のポテンシャルを最大限活かしきった作品

活かされていなかった既存建物のもつポテンシャルやメリットを、高次元に発揮したリノベ作品にも注目しました。

●1000万円以上部門最優秀賞
[Ring on the Green 風と光が抜ける緑に囲まれた家] 株式会社ルーヴィス

(写真提供/株式会社ルーヴィス)

(写真提供/株式会社ルーヴィス)

中央に設けたオープンキッチンをぐるりと囲む角丸スクエアの照明の造形美が目を引くLDK(写真提供/株式会社ルーヴィス)

中央に設けたオープンキッチンをぐるりと囲む角丸スクエアの照明の造形美が目を引くLDK(写真提供/株式会社ルーヴィス)

[Ring on the Green 風と光が抜ける緑に囲まれた家]は、過去最多のエントリー数で、オブ・ザ・イヤー史上もっとも激戦となった1000万円部門を制した作品。3方向に8つの窓があるというメリットを最大限に活かすため、細かく仕切られていた3LDKを90平米のワンルームに変え、引き戸で2LDKにもできる仕様に。自然光を豊富に入れ、風の道をつくり出しています。開口部のデメリットである断熱性能や遮音性能はインナーサッシで対策し、外からの視線はグリーンとブラインドでゆるやかに遮断。大胆な間取り変更とデザインの完成度にも高い評価が集まりました。
(関連記事:「付加価値リノベ」という戦略。建築家が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も)

名建築を今に合わせて再生した作品

歴史的価値の高い名建築、時代の名残を感じさせる建物を再生させた住宅遺産ともいうべき作品も受賞しています。

●ヘリテージ・リノベーション賞
[津田山の家-浜口ミホの意匠を住み継ぐ]株式会社NENGO

(写真提供/株式会社NENGO)

(写真提供/株式会社NENGO)

モダニズム住宅の直線的な美しさを宿す築57年の家。タイルメーカーの協力のもと、タイルの欠損した箇所も再現(写真提供/株式会社NENGO)

モダニズム住宅の直線的な美しさを宿す築57年の家。タイルメーカーの協力のもと、タイルの欠損した箇所も再現(写真提供/株式会社NENGO)

[津田山の家-浜口ミホの意匠を住み継ぐ]は、ダイニングキッチンの生みの親といわれる建築家・浜口ミホ氏が設計した現存する唯一の建物。遺された意匠を尊重し、耐震、断熱改修などの性能を高めて暮らしやすくしています。

●ヘリテージ・リノベーション賞
[時空を旅する洋館]株式会社河原工房

(写真提供/株式会社河原工房)

(写真提供/株式会社河原工房)

著しく老朽化していた築102年の家が鮮やかに蘇りました。柱、梁、建具、瓦は再利用しつつ、和洋折衷だった内装をヨーロピアンスタイルに(写真提供/株式会社河原工房)

著しく老朽化していた築102年の家が鮮やかに蘇りました。柱、梁、建具、瓦は再利用しつつ、和洋折衷だった内装をヨーロピアンスタイルに(写真提供/株式会社河原工房)

[時空を旅する洋館]は、大正時代にアメリカから東京へ輸入された建物を神戸の郊外へ移築するという壮大なプロジェクト。「歴史ある洋館でセカンドライフを送りたい」という施主の情熱と時空を超えたロマンの詰まったハーフティンバー様式の家です。移築+リノベーションが価値ある建物を継承するための有効な手法であることを示した好事例だと感じました。

●ローカルレガシー・リノベーション賞
[Mid-Century House | 消えゆく沖縄外人住宅の再生] 株式会社アートアンドクラフト

(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

60年代に建築された家にミッドセンチュリーの名作家具が似合います。内装はシンプルに仕上げて工事費のバランスをとっています(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

60年代に建築された家にミッドセンチュリーの名作家具が似合います。内装はシンプルに仕上げて工事費のバランスをとっています(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

[Mid-Century House | 消えゆく沖縄外人住宅の再生]は、1970年代に民間に開放された在日米軍のアメリカンスタイルの住宅を再生した事例。長らく空き家となっていましたが、50年先まで通用する家を目指し、古い設備を一新。沖縄に残る近代建築を文化遺産として継承していく試みが評価されました。

大胆な表現手法で個性的空間を完成させた作品

既存の概念に囚われない自由な発想で行われたリノベーションにも注目です。

●「コト」のデザインリノベーション賞
[コトなるカタチ] 株式会社ブルースタジオ

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

普通のマンションにはない心が浮きたつような楽しいデザインだから、暮らしを心豊かなものに変えてくれます(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

普通のマンションにはない心が浮きたつような楽しいデザインだから、暮らしを心豊かなものに変えてくれます(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

[コトなるカタチ]は、間取りを変えず、ディテールを大胆に変更することで、「家の中でいろいろなアクティビティを体験でき、家族で暮らしを楽しめるコト」という施主の希望を叶えたリノベ作品。セミクローズドのキッチンをY型デザインに変えてオープンキッチンに。向かい合う主寝室と子ども部屋のドアを大きなアーチ開口へ変えることで、間の廊下も含めた広々レッスンスペースに。家族が一緒に料理を楽しんだり、ダンスレッスンをしたりと、楽しみの幅を広げています。

●500万円未満部門最優秀賞
[inherit from TAISHO ~古民家×アンティーク~] フクダハウジング株式会社

(写真提供/フクダハウジング株式会社)

(写真提供/フクダハウジング株式会社)

長い年月を感じさせる古材にオレンジとブルーグレーを合わせた内装が新鮮(写真提供/フクダハウジング株式会社)

長い年月を感じさせる古材にオレンジとブルーグレーを合わせた内装が新鮮(写真提供/フクダハウジング株式会社)

[inherit from TAISHO ~古民家×アンティーク~]は、アンティークやミッドセンチュリーが好きな施主のこだわり空間。大正3年(1914年)築という100年超の古民家の土台補強と断熱改修を施し、LDKを大胆な色使いとステンレスキッチンという異素材使いによりリノベーション。伝統的意匠性をそのまま引き継ぐという古民家リノベが一般的な中、古民家×ミッドセンチュリー、古民家×モダンという独特の世界観ある作品となっています。

●テキスタイル・リノベーション賞
[テキスタイルの可能性。]株式会社sumarch

(写真提供/株式会社sumarch)

(写真提供/株式会社sumarch)

布の描く柔らかい表情と白と生成の色合いが、優しい雰囲気を醸成(写真提供/株式会社sumarch)

布の描く柔らかい表情と白と生成の色合いが、優しい雰囲気を醸成(写真提供/株式会社sumarch)

[テキスタイルの可能性。]は、布で空間の雰囲気をガラリと変えるという、ありそうでなかった発想のリノベ作品。天井を薄手の布で覆うことで、布で拡散された柔らかな光が包み込む空間を生み出しています。鉄板を埋め込んだ壁にマグネットで固定する手法なので、取り外しが簡単。部屋の間仕切りや収納も同系色の布を用いているので、部屋をスッキリ見せています。

ほかにも素晴らしい作品が特別賞を受賞。リノベーション協議会のサイトでチェックしてみてください。
●まちの余白リノベーション賞
[間隙から生活と遊びの間/LifeShareSpace~noma~] 株式会社ネクスト名和
●フェミニン・リノベーション賞
[世界を旅するネイリスト~海外の開放感と自然の光が広がる空間~] 株式会社bELI
●アップサイクル・リノベーション賞
[風景のカケラ、再編集 「PAAK STOCK」] paak design株式会社
●ローカルグッド・リノベーション賞
[「くるみ食堂」新しい夕張の未来をつくりたい。]株式会社スロウル

「ごきげんな暮らし」をリノベの創意工夫が叶える

2022年は世界情勢不安や円安などによる物価上昇が暮らしを直撃し、現在もその状況下にあります。リノベーション業界でも、原材料費の高騰等で難しい局面を迎えています。

人の暮らしは人の数だけ異なり、希望するリノベ内容も建物の状態も千差万別。一つひとつのリノベ事例は特注品であり、それぞれに応じた工夫が必要です。建材価格が上昇している状況では施主の予算に対して何にコストをかけ、どこをどう削ればいいのか取捨選択も必要となってくるでしょう。

そうした逆境下にありがながら、今回のリノベーション・オブ・ザ・イヤーでは、人の暮らしを快適で幸せなものに変えるリノベ作品が数多く登場しました。受賞作品それぞれの経緯からは、施主の情熱や思いとそれを叶えようとするリノベ会社の創意工夫が読み取れます。

施主と時間をかけて対話を重ねて不安を払拭し、リノベの創意工夫で「ごきげんな暮らし」を実現させるーーそんな各リノベ会社の姿勢に、「リノベーション」「建築」「ものづくり」がもつ大きな力を見ることができました。

コロナ禍や物価高など不安定な状況にあるからこそ、人々はごきげんな毎日を送りたいと願っています。人を幸せにしてくれるリノベーション作品に次回も出合えることを楽しみにしています。

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2023年も素敵な作品を期待しています(写真/SUUMOジャーナル編集部)

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2023年も素敵な作品を期待しています(写真/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022」

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2021受賞作に見る、最新トレンド18選

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。その授賞式が2021年12月7日に開催されました。応募作品228から選出された総合グランプリをはじめ、各受賞作から最新のリノベーションの特徴を読み解きました。

【注目point1】自然災害、コロナ禍……リノベーションが地域復興の力に

ここ数年、毎年のように発生する大規模な自然災害に加え、一昨年から続くコロナ禍によって、大きな苦境に陥っている地域の文化や経済。物理的に破壊された地域や施設、観光経済に打撃を受けた地域。日本各地に暮らす人々にも多くの暗い影を落としています。

今年のグランプリ作品は、そうした地域に落ちた暗い影を吹き飛ばすような大型案件。2020年、球磨川の氾濫により甚大な被害を受けた「球磨川くだり」の観光拠点となる施設を復興したものでした。被災前、人吉城を踏襲した和風建築だった建物を、川向きに大きく開口した新旧融合の意匠により再生。本瓦の大屋根にガラス張りの開口部を組み合わせ、復興のシンボルとなる美しい佇まいを見せています。

災害復興だけでもかなりの費用やマンパワーなどが必要ですが、観光施設という、コロナ禍においては切り捨てられられがちな要因をものともせず、1年という比較的短い期間で再生を果たした点で、選考委員から「もっとも強烈にコロナの逆風が吹いた分野でのリノベーション」「関係者の決意に胸が熱くなる」「未来期待の創造もなしえた」と高い評価を受けました。

いまだ続くコロナ禍という大きな逆境を乗り越え、地域のシンボルとなる美しい自然と融合した憩いの場をつくり、地域に希望の光がもたらされる。リノベーションが生み出す大きな可能性を感じとることができました。

●総合グランプリ
『災害を災凱へ(タムタムデザイン+ASTER)』株式会社タムタムデザイン

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和の風情を宿す「HASSENBA」(人吉市)。木船での川下りという100年の歴史ある文化や景観を蘇らせています(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

和の風情を宿す「HASSENBA」(人吉市)。木船での川下りという100年の歴史ある文化や景観を蘇らせています(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

【注目point2】ワークスペースとプライベート空間の切り離しに特徴

暮らしが劇的に変わったこの2年。テレワーク、おうち時間の充実などは今や普通のこととなってきています。今回のエントリー作品はコロナ禍においてプランされたものがほとんど。そのため、2020年同様、今回も「ワークスペースの設置」という職住融合を形にした作品が数多く見受けられました。

そんな傾向において、今回受賞した「商店街の昔ながらの家」「都市型戸建を再構成する。」の2作品は、ワークスペースとプライベート空間とを切り離すことを重視した点で注目が集まりました。一気に普及したオンライン会議によって、ワークスペースの独立性を確保する必要に迫られた結果だと思われます。

2作品とも、ワークスペースを玄関の土間スペースと合体するという特徴があり、いずれも店舗の奥に居住スペースがある店舗併用住宅や農作業スペースのある農家などをイメージした、職住融合家屋である点が共通しています。「職住一体の暮らしを商店街のお店になぞらえて、新しいオンとオフのつくり方を提示している」と選考委員から評価されました。

●500万円未満部門・最優秀賞
『商店街の昔ながらの家』株式会社ニューユニークス

マンションの玄関ドアを開けると、8.86畳の土間ワークスペースが。店舗の奥に居住スペースがある昔ながらの商店のつくりを想起させます(写真提供/株式会社ニューユニークス)

マンションの玄関ドアを開けると、8.86畳の土間ワークスペースが。店舗の奥に居住スペースがある昔ながらの商店のつくりを想起させます(写真提供/株式会社ニューユニークス)

●1000万円以上部門・最優秀賞
『都市型戸建を再構成する。』株式会社アートアンドクラフト

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1フロアの面積が約25平米ほどのコンパクトな都市型3階建て。写真上のように1階の玄関を兼ねた土間のワークスペースと非日常感を味わえる屋上の対比が印象的(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

1フロアの面積が約25平米ほどのコンパクトな都市型3階建て。写真上のように1階の玄関を兼ねた土間のワークスペースと非日常感を味わえる屋上の対比が印象的(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

【注目point3】家族の成長に合わせた2回目リノベ

リノベーションは、家族の成長や人数の変化、ライフスタイルなどに応じて、住まいをより快適に変えていくという役割があります。だから1回では終わらず、中には2回、3回……と行う人も。今回は子どもの成長に合わせて、住み替えではなく、2回目のリノベーションを選んだという作品が受賞しています。

「リノベはつづくよどこまでも」「ハウスインハウスでタイニーハウス」の2作品は、家族4人で約68平米、家族3人で55平米といずれもコンパクトですが、間取り変更によって小さいながらも子どものスペースを生み出しています。ロフトや家内小屋空間など、ユニークな方法で空間を区切っているのが大きな特徴で、さまざまなリノベ手法の可能性があることが見て取れます。

作品名「リノベはつづくよどこまでも」が表すように、今後、必要に応じて全体的に、また部分的にリノベを重ねて長く住み続けることへの可能性を感じさせました。

●1000万円未満部門・最優秀賞
『リノベはつづくよどこまでも』株式会社ブルースタジオ

子どもの誕生やライフスタイルの変化に合わせて2度目のリノベでアップデート。子ども部屋やワークスペースをロフトでゆるやかに区切る、家族がつながるプランです(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

子どもの誕生やライフスタイルの変化に合わせて2度目のリノベでアップデート。子ども部屋やワークスペースをロフトでゆるやかに区切る、家族がつながるプランです(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

●ラブリーデザイン賞
『ハウスインハウスでタイニーハウス』株式会社ブルースタジオ

広い玄関土間の一角を子ども部屋に。収納付き2段ベッドとデスクというミニマムな空間が、小屋風のつくりで楽しい雰囲気に仕上がっています(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

広い玄関土間の一角を子ども部屋に。収納付き2段ベッドとデスクというミニマムな空間が、小屋風のつくりで楽しい雰囲気に仕上がっています(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

社会的課題を解決する作品や個性派リノベなどにも注目集まる

リノベーションが持つ社会的役割は大きく、社会のさまざまな課題を解決する手法としてその有効性を最大限発揮しています。いくつか事例を見ていきましょう。

1. 地域の活動拠点を担う施設へのコンバージョン
使われなくなった建物を、地域の人々が集う別の目的の施設へ変えていくことは、各自治体や各地方で進められています。受賞作の「BOIL_通信発信基地局から、地域参加型の文化発信基地局へ」は、神奈川県川崎市の「若い世代が集う賑わうまちづくり」の一環として、NTT基地局を文化施設にコンバージョン。「Blank~ワークライフバランスからワークライフシナジーへ~」は東北での活動拠点を担う施設となるべく、マンションをコンバージョンした複合施設です。

●無差別級部門・最優秀賞
「BOIL_通信発信基地局から、地域参加型の文化発信基地局へ」リノベる株式会社

楽しい雰囲気のフロントヤード。建物内にはブレイクダンス等のダンススタジオ、シェアキッチン、ブルワリー、コワーキングスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

楽しい雰囲気のフロントヤード。建物内にはブレイクダンス等のダンススタジオ、シェアキッチン、ブルワリー、コワーキングスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

●無差別級部門・最優秀賞
「Blank~ワークライフバランスからワークライフシナジーへ~」株式会社エコラ

築46年のマンションを、SOHO、アパートメント、ホテル、ワークスペース、シェアラウンジ、カフェ、イベントスペースに。地域に人の流れを生んでいます(写真提供/株式会社エコラ)

築46年のマンションを、SOHO、アパートメント、ホテル、ワークスペース、シェアラウンジ、カフェ、イベントスペースに。地域に人の流れを生んでいます(写真提供/株式会社エコラ)

2. 可変性の高い仕掛けで、産業廃棄物を最小限に
間取り変更を伴うリノベーションは、産業廃棄物増加の問題も生じさせます。受賞作「doredo(ドレド)−気軽に居場所を作り、作り直せる暮らし方−」は、木製の「箱」を組み合わせることで、部屋数や収納量などを変更できるフレキシブルさが特徴。暮らしに合わせて自分で間取りを変更することができるため、工事で生じる廃棄物問題を解決する有効な手法になる可能性を提示しています。一般的な「nLDK」という間取りの概念を壊すこのプランは、今後、より求められていくのではと感じました。

●R1フレキシブル空間賞
「doredo(ドレド)−気軽に居場所を作り、作り直せる暮らし方−」株式会社リビタ

箱型モジュール「doredo」を自由に組み合わせて、間仕切り兼収納とする可変性の高さが特徴。住みながらワークライフバランスやライフスタイルに合わせての間取り変更が可能に(写真提供/株式会社リビタ)

箱型モジュール「doredo」を自由に組み合わせて、間仕切り兼収納とする可変性の高さが特徴。住みながらワークライフバランスやライフスタイルに合わせての間取り変更が可能に(写真提供/株式会社リビタ)

3. 空き家問題を解決する住宅性能向上リノベ
全国にある空き家は約849万9000戸(「平成30年 住宅・土地統計調査」より)と、過去最多を記録。衛生環境や景観、治安などの悪化につながると危惧されている空き家問題を解決する方法として、リノベーションは有効です。高性能リノベーション、間取りや設備変更リノベーションで居住性能を格段に高めることで、新たな住み手を生み出しています。

●グリーンtoグリーン賞
「Green House」株式会社タムタムデザイン

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写真上、築約45年。蔦の絡まる写真はビフォーの状態。内装だけでなく耐震性や断熱性も高め、地球や住む人に優しい住環境を実現しています(写真提供/タムタムデザイン)

写真上、築約45年。蔦の絡まる写真はビフォーの状態。内装だけでなく耐震性や断熱性も高め、地球や住む人に優しい住環境を実現しています(写真提供/タムタムデザイン)

●R5アフォータブル性能リノベーション賞
「国交省の長期優良住宅化リフォーム補助金のおかげで」株式会社まごころ本舗

築約39年。国からの補助金200万円を受けることで高性能化を実現。この家のように、“長期優良化リフォーム再販物件”が広がることが期待されます(写真提供/株式会社まごころ本舗)

築約39年。国からの補助金200万円を受けることで高性能化を実現。この家のように、“長期優良化リフォーム再販物件”が広がることが期待されます(写真提供/株式会社まごころ本舗)

●省エネリノベーション普及貢献賞
「省エネリノベーションをもっと身近に」株式会社インテリックス

燃費計算や断熱材、高性能内窓、熱交換式換気装置、全館空調エアコンを標準仕様化することで、わかりにくくコストも高いという省エネリノベーションをパッケージ化&低コスト化(写真提供/株式会社インテリックス)

燃費計算や断熱材、高性能内窓、熱交換式換気装置、全館空調エアコンを標準仕様化することで、わかりにくくコストも高いという省エネリノベーションをパッケージ化&低コスト化(写真提供/株式会社インテリックス)

また、理想のライフスタイルを目指した個性派リノベが今回も目立っていました。

●フリーダムリノベーション賞
「ビートルに乗ってリゾートへ? いえ、ここは団地の一室です。」株式会社フロッグハウス

築40年の団地のリビングにドーンと可愛いビートルが鎮座! ビーチ気分に浸れる内装も個性的です(写真提供/株式会社フロッグハウス)

築40年の団地のリビングにドーンと可愛いビートルが鎮座! ビーチ気分に浸れる内装も個性的です(写真提供/株式会社フロッグハウス)

●ニューノーマルリノベーション賞
「暮らし方シフト2020」株式会社リビタ

165平米超のゆとりある空間

都心を離れ、郊外のメゾネットマンションで眺望と鳥の囀りを味わう暮らしにシフト。165平米超のゆとりある空間には夫婦それぞれのワークスペースと衣装部屋をリノベでプランしています(写真提供/株式会社リビタ)

都心を離れ、郊外のメゾネットマンションで眺望と鳥の囀りを味わう暮らしにシフト。165平米超のゆとりある空間には夫婦それぞれのワークスペースと衣装部屋をリノベでプランしています(写真提供/株式会社リビタ)

●絶景リノベーション賞
「穏やかな瀬戸内の海とともにある日常」よんてつ不動産株式会社

海を眺めながら過ごしたいという施主の憧れを実現。細かく分かれていた間取りを広げ、寝室の壁を引き戸にすることで、寝室までもオーシャンビューに(写真提供/よんてつ不動産株式会社)

海を眺めながら過ごしたいという施主の憧れを実現。細かく分かれていた間取りを広げ、寝室の壁を引き戸にすることで、寝室までもオーシャンビューに(写真提供/よんてつ不動産株式会社)

最後に注目したいのが、古き良き建物を生かしたリノベです。古民家は、古き良き情緒を感じさせてくれる地域の宝。とはいえ普段の使い勝手などを考えるとなかなか住み手が見つからない問題も。そんな古民家をリノベーションの力でより魅力的に快適に変えた作品を見ていきましょう。

●地域資源インテグレート賞
「アフターコロナを見据えた、地方建築家の新たな職能への挑戦」paak design株式会社

重要伝統建築群保存築に立つ築88年の古民家

重要伝統建築群保存築に立つ築88年の古民家を、最新テクノロジーによって、チェックイン/アウトまで完全非接触の宿泊施設に(写真提供/paak design株式会社)

重要伝統建築群保存築に立つ築88年の古民家を、最新テクノロジーによって、チェックイン/アウトまで完全非接触の宿泊施設に(写真提供/paak design株式会社)

●フォトジェニック賞
「古民家が継なぐ、ふたりの夢」株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

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築100年超の古民家で指圧院とカフェを開業。移住+古民家リノベによって夫婦それぞれの夢が叶えられました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

築100年超の古民家で指圧院とカフェを開業。移住+古民家リノベによって夫婦それぞれの夢が叶えられました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

●ビジネスモデルデザイン賞
「目黒本町の家」株式会社ルーヴィス

築68年、昭和の趣が残る古民家。両隣が隣家と接するため、天窓と2階床に透過素材を用いて、1階に光を届けています(写真提供/株式会社ルーヴィス)

築68年、昭和の趣が残る古民家。両隣が隣家と接するため、天窓と2階床に透過素材を用いて、1階に光を届けています(写真提供/株式会社ルーヴィス)

●地域貢献リノベーション賞
「中山道脇のロングライフシンボル、町並みを応援する家」株式会社WOODYYLIFE

築40年の日本家屋。物置化していた広縁を濡れ縁に変更してデッキを拡張。地元産木材をはじめ、自然素材でどこか懐かしさを感じる、中山道の町並みに似合う外観に(写真提供/株式会社WOODYYLIFE)

築40年の日本家屋。物置化していた広縁を濡れ縁に変更してデッキを拡張。地元産木材をはじめ、自然素材でどこか懐かしさを感じる、中山道の町並みに似合う外観に(写真提供/株式会社WOODYYLIFE)

リノベーションが困難を乗り越え希望を見出す力となる

コロナ禍に揺れ、それを抜きには語れない年が2年続きました。テレワーク、オンライン会議が当たり前のように行われる状況では、家の中に専用スペースをつくらざるをえない人も増え、そうした「ワークスペースの拡充リノベ」が、リノベーション業界の大きなテーマとなっているのが今回の受賞作品から見てとれました。

ライフスタイルを見直すことが余儀なくされ、生活拠点をも見直すような事例も多かったでしょう。いずれの見直しにおいても、暮らしの質を高める手法としてリノベーションが有効であることを、各作品は教えてくれています。

2020年に洪水による大きな被害とコロナウイルス感染対策の影響をもろにかぶった観光施設の復興がたった1年(関係者にとっては長い1年だったでしょうが)で成し遂げられ、地域の希望となったことに、地元・熊本をはじめ、選考委員会や、投票(反響数830いいね!)した方々も驚いたのではないでしょうか。

希望や心の拠り所が求められる時代、リノベーションは、人が楽しく集える場所を生み出し、仕事も暮らしも快適に過ごせる住まいを数多くつくっています。授賞式を終えて、以前にも増してリノベーションが時代にも人々にも求められていることを感じました。

次回も、人々が希求する素敵なリノベーション作品に出合える日を心から楽しみにしています。

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2022年も素敵な作品を期待しています(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2022年も素敵な作品を期待しています(写真提供/リノベーション協議会)

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「洪水被害をうけた熊本県人吉市にもう一度、光を」。倒産寸前の川下りを新名所にした「HASSENBA」のドラマ

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2021」

暖かい地方の家は“無断熱”でいい? 実は鹿児島県は冬季死亡増加率ワースト6!

夏は涼しく冬は暖かい。そんな快適な暮らしに欠かすことのできない「断熱」。今や、“家づくり”を考える人たちが最も重要視すると言っても過言ではないが、実は地域によってその意識はさまざま。今回は、南国・鹿児島から、その重要性を訴え、断熱の輪を広げる株式会社大城の大城仁さんにお話を伺った。
南国だって冬は寒い!「冬季死亡増加率上位県」鹿児島のこれまでの実態

“南国”として知られる鹿児島県が、冬季死亡増加率ワースト6位(※1)だという事実を、一体どれだけの方がご存じだろうか。

※1:厚生労働省:人口動態統計(2014年)都道府県別・死因別・月別グラフ参照

※1:厚生労働省:人口動態統計(2014年)都道府県別・死因別・月別グラフ参照

“南国”と言われる鹿児島県(写真/PIXTA)

“南国”と言われる鹿児島県(写真/PIXTA)

確かに、年間の平均気温は他県と比べると若干高めであるが、実は冬場の最低気温は関東や関西と変わらず、厳しい寒さをみせる。
暖かい部屋から寒い部屋への移動など急激な温度差により、血圧が大きく変動することで起きる脳梗塞や心筋梗塞などのリスクを防ぐための手段として重要視されているのが、外気温からの影響を最小限に抑える「断熱」であるが、鹿児島県には必要ない、そんな間違った常識が生み出した悲劇こそが、先に述べた結果なのだ。
ここ数年、全国で断熱の重要性が認知されるようになってきているが、「鹿児島は南国という意識を強く持っている人も多いこともあって、その重要性を感じていない人も少なくありません」と大城さん。
断熱とはその名の通り、“熱を断つ”こと。つまり、外の冷気だけでなく、夏の熱気を遮断することも忘れてはいけない。
近年の新築住宅でこそ、“高断熱高気密”はもはや当たり前となっているが、築年数の古い既存住宅では未だに断熱不足や無断熱のものが多い。賃貸住宅に関してはその比率はさらに高いのが現状だ。

経験から学んだ、性能向上の重要性

これまでリノベーションは、デザイン性重視の風潮が強く、 “いかにカッコよく仕上げるか”を競い合う傾向にあった。しかし、大城さんが着目したのは『断熱リノベーション』だった。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

『断熱リノベーション』とはその名の通り断熱性能を上げるリノベーションのことで、室内の温度を一定に保つ効果が期待できる。その他にも、省エネや遮音などさまざまなメリットがあるのだ。
「私自身も、無断熱のRCマンションで生活していました。同じ家で生活しているのに、妻や子どもたちが寝ている南向きの部屋と、私が寝ている北向きの部屋では明らかに温度が違いました。寒さの厳しい冬場になると、私だけ厚着をし、布団も一枚多くかぶらないと寝られないくらい過酷な状況。同じ家に暮らしながら何故こんなにも環境が違うのだろう?と疑問を持ったのがそもそもの始まりです。デザイン性だけではなく断熱性能を向上させることで、もっと快適な暮らしが出来るのではないか?と、断熱の重要性に気づかされました」と当時を振り返る。

学びから実践へ

「断熱」の重要性に着目した大城さんが、さまざまな学びの場を探して出合ったのが「エネルギーまちづくり社」が開催する『エコリノベーションプロフェッショナルスクール』だった。

(写真提供/エネルギーまちづくり社)

(写真提供/エネルギーまちづくり社)

これはエネルギーまちづくり社の代表取締役である竹内昌義さんと、スタジオA建築設計事務所代表の内山章さんら講師のもと、3日間という短い時間で熱の基本や、断熱リノベーションの進め方を学ぶ実践型ワークショップを行うというもの。ここでの経験が現在の活動へと繋がる大きなきっかけとなった。
このワークショップは、学びを学びで終えず、「全国各地で断熱の正しい知識を広めていこう」という趣旨だったこともあり、鹿児島に戻った大城さんは一例目となる『鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト~』に施工業者として参加することとなった。対象となったのは築37年のRCマンション『ルクール西千石』。このマンションを所有するのは鹿児島市にある日本ガス株式会社。省エネと住環境の向上の実現を目指しタッグを組んだ。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

断熱施工で最も重要なポイントは、熱がどのように伝わるかをしっかりと把握した上でその熱を断つこと、一番熱損失が大きいのは壁や天井ではなく、実は窓だという。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回はRC造の共同住宅であったため、残念ながら窓の交換はできなかったが、樹脂枠を用いた内窓、または木製枠の内窓を設置することで、断熱性と遮音性を高めた。
日本ではアルミ製、スチール製の窓枠を採用していることが多く、金属は樹脂や木に比べ熱伝導率が高いため断熱性が低いことが問題だ。
次に重要となるのは、外気に面する天井・壁・床に断熱材を隙間なく充填し、気密シートで密閉すること。ただ断熱材を敷き詰めるだけでは足りず、室内と外部の空気をしっかり遮断することが求められる。いくら性能の良い断熱材を用いても、気密性が悪ければその性能は発揮できず、断熱と気密は必ずセットで考えることが重要なのだそう。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回の実証対象となった2部屋は、北海道・東北地方の次世代省エネ基準と同等の性能を確保するため、UA値0.46(九州地区の次世代省エネ基準を大きく上回るHEAT20 G2グレード相当)を基準とし、温熱計算によって断熱材の種類や厚みを選定した結果、天井には60mm、壁には30 mm、床には45 mmの厚みの高性能断熱材(熱伝導率0.02W/(m・k))を採用した。(実際の温熱計算によって出された本物件のUA値は0.41と、目指していた0.46より高い省エネルギー性を示した)。
施工後、断熱施工を行った部屋と同じ間取りの無断熱既存空室を対象に、同一機種のエアコンを用いた温度測定と電気使用量のデータ測定を鹿児島大学の協力の下で行った結果、無断熱の部屋は外気からの影響を大きく受け室内温度の低下が見られたが、断熱施工された部屋の室内温度は外気に左右されることなく、体感温度は3.1度上昇。電気使用量は30%減というデータを得た。この実証実験で、暖かく快適に過ごしながらも電気代は今までよりも30%程度安くなるということが証明されたのだ。

(写真提供/大城さん)

(写真提供/大城さん)

今回の試み『鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト~』は高い評価を受け、1年を代表するリノベーション作品を価格帯別に選別するコンテスト、リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019 総合グランプリを受賞。
南国に「断熱」は必要ないというこれまでの間違って広がっていた意識を大きく払拭する事例となった。

“断熱リノベ”の今後の動き

賃貸マンションで実証した「性能向上リノベーション」が日本一(リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019 総合グランプリ)の称号を得たことは、周囲に大きなインパクトを与えた。
「『断熱が大事なのは分かるけど、コストも掛かるしなかなか踏み出せない』と言っていた同業種の仲間たちも、『今回の実証実験を機に断熱について真剣に取り組んでみたいと思うようになった』と声を上げ始めてくれた」(大城さん)
実証実験の結果を示すことができたおかげで、“高断熱施工は暮らしに必要なもの”と理解してもらえるようになったそうだ。 他にも断熱DIYワークショップの相談を受ける機会が増え、着実に南国鹿児島にも断熱の輪が広がっていると手応えを感じているそうだ。

(写真提供/頴娃おこそ会)

(写真提供/頴娃おこそ会)

「このような取り組みが全国的に広がることを祈りつつ、今後の既存住宅、建物の活用の一つの事例となればと願っています。断熱は、“特別なもの”ではなく、“当たり前のもの”と定着するよう、これからも活動していきたい」と話してくれた。
これまでの住宅は、デザイン性を一番に求められがちだったが、大城さんのように、冬は暖かく夏は涼しい快適な住まいの提案を行う工務店が増えることで、目に見えない性能価値を求められる時代へと移り変わっていくのではないだろうか。

●取材協力
大城

「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」に見る最新キーワード3つ。コロナ禍の影響も?

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。その授賞式が2020年12月10日に開催されました。この1年、新型コロナウイルス感染拡大が暮らしや経済を直撃し、リノベーション業界も多大な影響を受けました。そんな状況下にありながらも、今回の受賞作品からはリノベーションが持つ力、多様性を垣間見ることができました。注目作品とともに今年の傾向を紹介します。
【注目point1】コロナ禍の影響で、職と住の見直しが加速

日本中で人々の行動が制限されるという厄災下で開催されたリノベーション・オブ・ザ・イヤー2020。リノベーション業界でも住まいづくりの全ての過程で大きな制約を受けたため、盛り上がりが心配されましたが、エントリー作品は前年とほぼ同程度をキープし、さまざまな作品が出そろいました。

今回の大きな傾向は、何といっても「コロナ禍が住まいに及ぼした影響」。コロナ禍の影響を受けていない作品も多い中、リモートワーク、職住融合など、近年の潮流が一気に加速されたことで、審査の場では「リノベーションはいかにコロナ禍の影響を受け止めたのか」という観点で見ざるをえなかったそうです。

「毎日会社に出社する」という今まで当たり前だったことが、職場や職種によってそうではなくなりました。働き方改革の一環で以前からリモートワークを推進する企業は増えつつありましたが、半ば強制的に、暮らす場所と働く場所のボーダーレス化が一気に進んだ形となりました。それを最も象徴するのが、総合グランプリ受賞作品です。

職住融合のミニマルな形
総合グランプリ:『リモートワーカーの未来形。木立の中で働く。住まう。』株式会社フレッシュハウス

森の中にたたずむ小さな住まいを、仕事と暮らしの場として再生させました(写真提供/フレッシュハウス)

森の中にたたずむ小さな住まいを、仕事と暮らしの場として再生させました(写真提供/フレッシュハウス)

長年、別荘地で放置されていた60平米に満たない小さな家。オーナーは一人暮らしのプログラマーで、元は祖母の家でした。築50年という建物の耐震・断熱改修を行い、間取りの変更などを施して、自宅兼職場に。シンプルな空間に床の高低差でメリハリを付け、目線の位置を低く抑えることで、森の風景に入り込むような臨場感をもたらしています。

「リモートワークによる職住融合」というウィズコロナ時代のニューノーマルを示すだけではなく、郊外&地方移住、実家の空き家問題、古家の性能向上、お一人様社会といった、「今」を象徴するテーマや、問題解決の手法が詰まっていることが高く評価されて、総合グランプリ受賞となりました。

総合グランプリ受賞作のほかに、「ウィズコロナ時代」を象徴するのが次の作品。「職と住」を見直して、魅力ある場に仕立て上げている作品です。

立地を活かした職住融合
審査員特別賞(ニューノーマル・ライフスタイルデザイン賞):『山と渓谷、エクストリーム賃貸暮らし。』株式会社ブルースタジオ

見せる収納で登山ギアが整然と。室内にいてもアウトドアが身近に感じられるしつらえ(写真提供/ブルースタジオ)

見せる収納で登山ギアが整然と。室内にいてもアウトドアが身近に感じられるしつらえ(写真提供/ブルースタジオ)

山へのアクセスが比較的便利な地に立つ賃貸住宅。気持ちの良い朝、山に足を運び、自然の力を浴びてパワーチャージしてから仕事に取り組むという「エクストリーム出社」が増えている現状に合わせて、アウトドア派のための部屋として設計されました。住む場所の選択肢が広がる状況に対し、「山が好きなら山の近くに住んでしまえばいい」といった新しいライフスタイルを簡潔に提示している点が評価されました。

アウトドアという“地域ならではのプラス要素”を賃貸住宅に付加することで、オーナーの空室不安を解消する物件にもなっています。

多拠点な職住の場
審査員特別賞(ニューノーマル・ワークスタイルデザイン賞):『働く場所から、自由になろう。』株式会社LIFULL

現在、全国に8拠点。テレワークの浸透で利用者が急増しています(写真提供/LIFULL)

現在、全国に8拠点。テレワークの浸透で利用者が急増しています(写真提供/LIFULL)

廃校や閉鎖した企業の保養所などの遊休不動産を再生し、多拠点居住&労働の場及びコミュニティの場として定額制で提供するプロジェクト「LivingAnywhere Commons」。近年、多拠点居住という新たなライフスタイルが確立されてきましたが、このプロジェクトは各拠点でのコミュニティづくりにも取り組んでいるのが特徴。滞在者のコミュニティづくりをサポートするマネージャーがいることで、共創型プロジェクトに容易に参画できたり、快適な空間になるよう利用者がDIYやルールづくりをしたりと、手を掛けて育てていくことが可能です。

【注目point2】コロナ禍の影響で「おうち時間」の質向上に注目

「おうち時間」が否応なく長時間化することで、暮らしの場の質を高めたいというニーズが高まっています。リノベーションはそもそも家の質を高めるために行われるものなので、「おうち時間の質が高まっている」のはすべてのエントリー作品に当てはまるのでしょうが、そのなかでも、次の作品は充実したライフスタイルが垣間見られるとして、審査の場で注目されていました。

充実の家族時間
1000万円未満部門 最優秀賞:『日曜漁師』株式会社オレンジハウス

勝手口から魚を持ち帰り、食卓にという豊かな暮らしぶりが垣間見えます(写真提供/オレンジハウス)

勝手口から魚を持ち帰り、食卓にという豊かな暮らしぶりが垣間見えます(写真提供/オレンジハウス)

ダイニングキッチンとリビング、廊下を隔てていた壁を取り払い、勝手口からシンクへダイレクトに魚を持って入れる動線に。日曜大工ならぬ“日曜漁師”の夫が獲ってきた魚を家族で調理するというストーリーが、リノベーション空間の中に見て取れる作品です。「家族時間の一つのあり方を提示している点に好感が持てる」「生活ファーストの穏やかなワークスタイルを自然体なリノベーション空間が演出している」といった観点で評価されました。

2つのワーキングスペース
審査員特別賞(ユーザービリティリノベーション賞):『この先もつづく日常に根差した家』株式会社grooveagent

家の各所に本棚を設け、大量にある本を収納。2つのワーキングスペースを離れた場所に配置しました(写真提供/grooveagent)

家の各所に本棚を設け、大量にある本を収納。2つのワーキングスペースを離れた場所に配置しました(写真提供/grooveagent)

夫婦とも在宅での仕事が多いという住まいのリノベーション。2つのワークスペースを離れた場所に配置して、就業中の距離の問題をうまく解いています。「おうち仕事時間」の質を高めた作品です。

【注目point3】「性能向上リノベ」の合理的手法が示される

断熱性・耐震性などの性能を高めるのはリノベーションの使命です。ここ数年、「性能向上リノベ」のさまざまな手法が示されてきましたが、昨年来、「性能向上リノベを、合理的で経済性のあるプランにまとめて商品として普及させることが重要」という観点が審査の現場で上がっていました。その流れを受けて今回は、全国の中規模ビル、古民家、中古マンションなどの性能を向上させる、ひとつの指標となるような取り組みが登場しました。

ビルのゼロエネルギー化
審査員特別賞(先進的省エネビルリノベーション賞):『未来への贈り物~地中熱ヒートポンプにより生まれ変わるZEB社屋』棟晶株式会社

自社の中規模オフィスビルをまるごと省エネビルに改修(写真提供/棟晶)

自社の中規模オフィスビルをまるごと省エネビルに改修(写真提供/棟晶)

中規模のオフィスビルをZEB(「ゼブ」。ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディングの略称)にリノベーション。NEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)の支援を得て北海道大学工学部と共同開発した地中熱ヒートポンプシステムを採用し、壁面ソーラーパネルと合わせて102%の創エネルギ−を実現。イニシャル・ランニングの両面で誰もが導入しやすい低コスト化に成功しています。全国の中規模ビルのゼロエネルギー化に一つの指針を示した点で高く評価されました。

エリア断熱で性能アップ
1000万円以上部門 最優秀賞:『Old & New 古くて新しい・古民家のカタチ』株式会社ラーバン

風景に溶け込む外観にプラスされた、空間を切り取ったような「縁側」が印象的(写真提供/ラーバン)

風景に溶け込む外観にプラスされた、空間を切り取ったような「縁側」が印象的(写真提供/ラーバン)

築150年という代々受け継がれてきた古民家に、現代のデザイン要素を付加。古家特有の断熱性・省エネ性能の低さについては、断熱パッシブの施工エリアを決めることで、国が定める省エネ等級4を大幅に上回る数値を達成。デザイン、性能の両面をバージョンアップさせる部分改修の手法は、古民家活用のお手本となるのではないでしょうか。

新築以上の断熱性をスタンダードに
審査員特別賞(次世代再販リノベーション賞):『THE NEW STANDARD』株式会社リアル

フレンチシックなリビング。「こんな家に住みたい」と思われるデザインを目指したそう(写真提供/リアル)

フレンチシックなリビング。「こんな家に住みたい」と思われるデザインを目指したそう(写真提供/リアル)

「買取再販リノベーション(リノベ会社が購入した中古物件をリノベーション後、販売する手法)のスタンダードにしたい」という意気込みのもと、築38年の中古マンションに新築以上の断熱性能を実現させ、性能とデザインの両面で魅力を高めているプランです。

“今”の時代を表すこんな作品にも注目!

今回は、「コロナ禍をリノベーションはどう受け止めたのか」「性能向上リノベの合理的手法」という観点の作品に注目が集まりましたが、他にも“今”という時代性を宿している作品もあります。筆者が注目した2作品を紹介します。

廃棄物を最小まで削減
500万円未満部門 最優秀賞:『サスティナブルにスマートハウス』株式会社シンプルハウス

壁紙を剥がしただけの壁が空間のアクセントに(写真提供/シンプルハウス)

壁紙を剥がしただけの壁が空間のアクセントに(写真提供/シンプルハウス)

既存の建具や建材を徹底して選別し、リユース、リサイクル。同時に無駄な解体をせず、廃棄物を最小限とする。新しく用いるものも間伐材、地産地消の素材にする。こうすることで、約70平米の住戸のフルリノベーション が税込498万円という低コストで実現した作品です。単なるコストダウンに留めるのではなく、リユース等による廃棄物削減、環境に優しい素材の採用といった、サスティナブル(持続可能性)なリノベーション方法を確立しています。

三密回避の旅行に最適
審査員特別賞(公共空間リノベーション賞):『予約殺到のトレーラーホテル。PFIによるビーチリノベーション。』9株式会社

全室オーシャンビュー。テラス付きの独立型ホテル(写真提供/9)

全室オーシャンビュー。テラス付きの独立型ホテル(写真提供/9)

客室とテラスはともに37.4平米の広さ。テラスにジャグジーとバーベキュー設備が付いており、他の宿泊客と顔を合わせることがないそう。移動可能なトレーラーハウスのため、工期が短くて済み、将来的な移設が可能で、暫定利用地での活用に向いています。

まだある! お手本にしたいこだわり空間リノベや空間伝承リノベ

ほかにも、空間美が光る作品や、古き良き時代を継承したリノベーションも。いくつかご紹介します。

審査員特別賞(エスセティック空間リノベーション賞):『熊本城をのぞむ望楼の住まい。清正に倣う、永く愛される建築の教え。』株式会社ヤマダホームズ

自然素材の経年進化や味わいを活かし、落ち着きある上質な雰囲気に(写真提供/ヤマダホームズ)

自然素材の経年進化や味わいを活かし、落ち着きある上質な雰囲気に(写真提供/ヤマダホームズ)

審査員特別賞(借景空間リノベーション賞):『心を掴むストック 都住創を継ぐ』株式会社アートアンドクラフト

施主の「美しいと思えるかどうか」という判断基準でつくられた空間(写真提供/アートアンドクラフト)

施主の「美しいと思えるかどうか」という判断基準でつくられた空間(写真提供/アートアンドクラフト)

無差別級部門 最優秀賞:『SWEET AS_スポーツを中心に地域コミュニティが生まれる場所』リノベる株式会社

3100平米のも巨大な鉄工所を、カフェレストランやバー、観覧スペース付きの多目的スポーツコートへコンバージョン。地域の新たな拠点に(写真提供/リノベる)

3100平米のも巨大な鉄工所を、カフェレストランやバー、観覧スペース付きの多目的スポーツコートへコンバージョン。地域の新たな拠点に(写真提供/リノベる)

審査員特別賞(地域創生リノベーション賞):『旧藩医邸を癒しの温泉宿に再生 城下町アルベルゴディフーゾへの挑戦』paak design株式会社

官民一体のプロジェクトとして、伝統ある建物を癒やしの宿に改修(写真提供/paak design)

官民一体のプロジェクトとして、伝統ある建物を癒やしの宿に改修(写真提供/paak design)

審査員特別賞(古民家再生リノベーション賞):『「おばあちゃんの家みたい!」が一番の褒め言葉』G-FLAT株式会社

格子の美しい古民家の広い玄関土間が、魅せるガレージに(写真提供/G-FLAT)

格子の美しい古民家の広い玄関土間が、魅せるガレージに(写真提供/G-FLAT)

審査員特別賞(コンパクトプランニング賞):『団地育ちの原風景』grooveagent

「家族みんながわいわい過ごしている“あの感じ”」と、幼少期の団地暮らしのイメージを再現(写真提供/grooveagent)

「家族みんながわいわい過ごしている“あの感じ”」と、幼少期の団地暮らしのイメージを再現(写真提供/grooveagent)

変革の時代にリノベーションは力を最大限発揮する

2020年はコロナ禍に揺れ、それを抜きには語れない1年となりました。リモートワーク、密を避ける、不要不急の外出を控える、ときにはオンライン会食などが求められる新しい生活様式は、住まいに与える影響も大きく、働き方だけでなく、仕事そのものや暮らす場所までも一気に転換させていく人も少なからず見られました。

コロナ禍でそうした動きが一気に加速したのは事実ですが、そもそも以前から、リモートワークや多拠点居住での田舎暮らし、移住、通勤混雑回避などは社会的なニーズとして存在しており、それらに対してリノベーションは常に、多様な解決策をさまざまな形で示してきました。

今回の受賞作品はコロナ禍に立ち向かう可能性を提示してくれましたが、影響が住宅市場に本格的に出始めたのは下半期以降で、現在も進行中です。そのため、コロナ禍の影響が色濃く抽出されたリノベーション作品が出そろうのは2021年になると予想されます。

社会的・意識的変革が求められる時代に、リノベーションという技術は力を最大限発揮して、新しい暮らし方、住まい方、働き方の可能性を提案してくれるはず。授賞式を終えて、リノベーション業界にはそんな期待を抱かずにはいられませんでした。次回のエントリー作品、受賞作品に出合える日を今から楽しみにしています。

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。2021年も、日本を明るくさせてくれる作品が登場するのを期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。2021年も、日本を明るくさせてくれる作品が登場するのを期待しています!(写真提供/リノベーション協議会)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2020」

「リノベ・オブ・ザ・イヤー2019」に見るリノベーション最新事情。“断熱性能”など4つのキーワード

「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」の授賞式が2019年12月12日に開催され、1年を代表するリノベーション作品が決定しました。7回目となる今回も、住宅から地域再生までさまざまなジャンルの作品が注目され、リノベーションの大きな可能性や魅力、社会的意義を感じさせてくれました。受賞作品から最新傾向を探ってみましょう。
【注目point1】性能向上リノベーションの時代が到来

今回の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2019」では、エントリー279作品からグランプリ1、部門別最優秀賞4、特別賞13、計18作品が選ばれました。顕著な傾向として一番に挙げられるのは「性能向上リノベ」。住宅性能を高めるリノベーションに大きな注目が集まりました。

グランプリをはじめ、部門別最優秀賞、特別賞(性能向上リノベーション賞)を含めると性能向上リノベは5作品が受賞しています。選考委員によると、一次審査を通過した60ノミネート作品を対象とする最終審査会では、性能向上リノベが全部門で最優秀賞を争ったほどの充実ぶりだったそうです。

2019年は、地球温暖化、プラスチックゴミ問題といった環境保護・エコ意識の高まりが世界的に顕著となった年でした。また、日本では気候変動によるとみられる災害が多発し、住まいの安全について改めて考えさせられる年でもありました。耐震性や断熱性という住宅性能を向上させることは、暮らしの快適性を高め、化石燃料の使用を削減するだけでなく、地震や猛暑等から命を守る重要なことだと認識させられます。

そうした潮流はリノベーション業界でも形となって現れています。選考委員からは、「日本のリノベーションに性能向上の時代が到来した」「性能向上リノベは以前からあったが、質と量が飛躍的に向上した」との評もあり、転換の年となったことを感じました。なかでも、注目されたプロジェクト2つを紹介します。

総合グランプリ
『鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト』株式会社大城

長年空き家だった約35平米・2DKの賃貸の集合住宅を、断熱性能が高い広いワンルームに改修(株式会社大城)

長年空き家だった約35平米・2DKの賃貸の集合住宅を、断熱性能が高い広いワンルームに改修(株式会社大城)

もともとは無断熱で夏暑く、冬はタイル張りの浴室とトイレが冷蔵庫の中のように冷え切ってしまうほど寒いという悪条件の賃貸住宅でした。増え続ける空き家問題を解決する糸口となるよう、「賃貸だから性能が劣っても仕方がない」と思われがちだった温熱環境の悪さを改善し、快適な住空間を提供することで長く住み続けてもらいたいという意図のもと計画されたプロジェクトです。

断熱改修によってHEAT20・G2グレード(冬の体感温度が概ね13℃を下回らない)という高い断熱性能を達成。400万円という低予算でも省エネ性能がここまで高められるという見本になっています。

鹿児島大学の協力で改修前後の室温と電気使用量を計測し、そのデータを専門知識がなくても分かるように入居者募集時に表示するなど、不動産市場での物件情報提供のあり方も提示。入居者がすぐ見つかったとのことで、「エコリノベ」が空室対策の有効な手段となっていることも分かります。

住宅エネルギー性能を不動産広告に表示する義務があるEUのように、日本でも今後、光熱費や性能を可視化する制度が期待されますが、それを先取りした先進的な取り組みだという点も評価されました。

地元のガス会社が物件オーナーでありながら、事業と相反する省エネを実現させている点も、年々高まっている省エネ志向の社会世相を反映していると思われます。

無差別級部門・最優秀賞
『古くなった建物に、新築以上の価値を。~戸建性能向上リノベ実証PJ』YKK AP株式会社

全国各地に建ついずれも築35~100年という、5軒の木造2階建てを高性能リノベーション(YKK AP株式会社)

全国各地に立ついずれも築36~100年という、5軒の木造2階建てを高性能リノベーション(YKK AP株式会社)

この作品も、空き家問題、居住性能の低いストック住宅問題を解決すべく立ち上げられた性能向上プロジェクトです。断熱性(HEAT20 G2グレード)、耐震性(震度6に耐え得る耐震等級3相当)を同時に実現。

窓・建材メーカーのYKK APが、全国5カ所で各地の企業とコラボ。完成した家の見学会をリノベーション企業向けに開催してノウハウを共有し、性能向上リノベの活性化に取り組むといった、全国規模の企業だからできる先駆的な試みだと感じます。

【注目point2】「再販リノベ物件」の可能性の広がり

「再販物件」とは、不動産会社やリノベーション会社が中古物件を購入し、リノベーションを施した上で販売する物件のこと。一般的には、売却しやすくするため万人受けするデザインや間取りが求められがちですが、近年、再販物件はどんどん多様化しています。

なかには、万人受けはしないものの、「こんな暮らしがしたい」という人への訴求力のあるもの、また、性能やコストに工夫のあるものなど、「中古住宅を綺麗に改修して快適な家に変えて売る」という再販物件の概念を大きく逸脱する秀作に注目しました。

1000万円未満部門・最優秀賞
『my dot.-東京の中心で風呂に住む-』株式会社リビタ

浴室をバルコニー側に、ガラス張りの洗面室をリビング兼寝室に面して配置した大胆な間取り(株式会社リビタ)

浴室をバルコニー側に、ガラス張りの洗面室をリビング兼寝室に面して配置した大胆な間取り(株式会社リビタ)

2DK・約47平米のマンションを、リラックス=バスタイムととらえ、部屋全体をお風呂空間に見立てるというコンセプトで設計。コンパクトな住戸では珍しい1616サイズの広めのユニットバスをバルコニー側に移動して、新宿の夜景を望むビューバスを実現しています。洗面室も広めにとり、ガラス引き戸で開放的に。

こうしたバスタイムに特化した物件が売れると判断した背景には、それだけ住み手のニーズが多様化・細分化していること、不動産市場が成熟してきていることが挙げられるのではないでしょうか。

特別賞・和室リノベーション賞
『SHOGUN Castle』有限会社ひまわり

何の変哲もないマンションの一室を、絢爛たる和の空間に(有限会社ひまわり)

何の変哲もないマンションの一室を、絢爛たる和の空間に(有限会社ひまわり)

6畳の和室を囲む3面の壁と天井用に、日本画家に原画の書き下ろしを依頼。原画を特殊スキャンして壁面に転写した、世界にひとつだけの空間に仕上がっています。和の美を極限的に追求し、空間の存在価値を高めていることに、遊び心と個性を感じさせます。再販物件でここまでこだわるのかと感じた作品です。

特別賞・性能向上リノベーション賞
『最小限の予算で★耐震適合★2世帯住宅』株式会社まごころ本舗

築40年超とは思えない、スタイリッシュで新しい内装(株式会社まごころ本舗)

築40年超とは思えない、スタイリッシュで新しい内装(株式会社まごころ本舗)

耐震・断熱改修に予算を多く割くため、「仕入れ、設計、施工、販売」を全て自社で行い、設備や内装材は価格比較サイトや楽天を活用して最安値を入手するなど、徹底して費用を抑えた物件です。そのため、2世帯プランへの間取り変更も合わせて1000万円以下という低コストで実現しています。

マンションに比べ、戸建て住宅はどうしても性能改善にコストがかさみます。ワンストップ販売とコスト配分の取捨選択によって改善した点で、再販物件事業の可能性を示した良い見本となっています。

【注目point3】新たな空間を生み出す秀逸アイデア

リノベーションは、「こんな暮らしがしたい」「こんな場所をつくりたい」という熱い思いを具体的な形に変えてくれる、究極のオーダーメード。時には、「こんな空間見たことない」というユニークなプランや、逆転の発想を形にした特徴ある家が目立っていました。

施主のライフスタイルによってリノベーションはどんどん多様化・細分化されているのを感じます。

500万円未満部門・最優秀賞
『我が家の遊び場、地下に根ざす』株式会社ブルースタジオ

ジメジメしてあまり活用されていなかった地下の物置を、ライブラリーとシアタースペースにチェンジ。秘密基地のようなワクワク空間です(株式会社ブルースタジオ)

ジメジメしてあまり活用されていなかった地下の物置を、ライブラリーとシアタースペースにチェンジ。秘密基地のようなワクワク空間です(株式会社ブルースタジオ)

特別賞・R1ペット共生リノベーション賞
『イヌはイエ。ヒトはケージ。』株式会社ニューユニークス

施主の食事中、元気いっぱいな愛犬と家族がストレスなく過ごせるよう、DKをケージですっぽり囲んでしまったという逆転の発想(株式会社ニューユニークス)

施主の食事中、元気いっぱいな愛犬と家族がストレスなく過ごせるよう、DKをケージですっぽり囲んでしまったという逆転の発想(株式会社ニューユニークス)

特別賞・ベストデザイン賞
『浮かぶガラスの茶室がある大阪長屋』9株式会社

築79年という長屋を再生。コンクリートをはね出してつくったガラスの茶室など、新たなしつらえが目を引きます(9株式会社)

築79年という長屋を再生。コンクリートをはね出してつくったガラスの茶室など、新たなしつらえが目を引きます(9株式会社)

【注目point4】古き良き時代を継承する

古来より、住まいは手を入れながらずっと住み継いでいくものでした。いつの間にかスクラップ&ビルドの時代となり、古民家などはどんどん建て替えられることに。しかし、国が200年住宅を推奨する現在、住まいを継承することは再び当たり前の時代となってきました。古いものが持つ味わいや温かみ。それらが再生により蘇った家は心まで温めてくれます。そうした作品も要注目です。

1000万円以上部門・最優秀賞
『5世代に渡り受け継がれる、築100年の古民家』株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

家族5世代が暮らす築100年超の古民家。子世帯の同居を機に再生。煤(すす)で真っ黒になった大黒柱や縦横にかかる大梁など、この家の魅力が輝きを取り戻しました(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

家族5世代が暮らす築100年超の古民家。子世帯の同居を機に再生。煤(すす)で真っ黒になった大黒柱や縦横にかかる大梁など、この家の魅力が輝きを取り戻しました(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)


特別賞・事業継承リノベーション賞
『郊外大家さんは農と緑でバトンタッチ』株式会社ブルースタジオ

祖父、父、息子と3世代に渡って賃貸物件の大家業を継承。劣化した建物をリノベし、地域に開かれた庭をつくり、本業の農業をベースにしたグリーンショップを開くことで見事な再生を果たしています(株式会社ブルースタジオ)

祖父、父、息子と3世代に渡って賃貸物件の大家業を継承。劣化した建物をリノベし、地域に開かれた庭をつくり、本業の農業をベースにしたグリーンショップを開くことで見事な再生を果たしています(株式会社ブルースタジオ)

特別賞・エリアリノベーション賞
『継なぐまちの記憶「アメリカヤ横丁」』(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

取り壊される予定だった昭和の趣が色濃い長屋を賃貸住宅と店舗として再生。昭和のころのような活気や人々の繋がりが取り戻されました(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

取り壊される予定だった昭和の趣が色濃い長屋を賃貸住宅と店舗として再生。昭和のころのような活気や人々の繋がりが取り戻されました(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

特別賞・地域風景デザイン賞
『二軒長屋のブロック造の家』株式会社スロウル

北海道で多く建てられた二軒長屋。今では徐々に姿を消しつつありますが、性能を高めて内装を変え、快適な家に変化させたことで、昔ながらの町の風景を留めています(株式会社スロウル)

北海道で多く建てられた二軒長屋。今では徐々に姿を消しつつありますが、性能を高めて内装を変え、快適な家に変化させたことで、昔ながらの町の風景を留めています(株式会社スロウル)

「こんな暮らしがしたい!」に特化したリノベーションが目立つように

かつてリノベーションといえば、空間全体で「優れたデザイン」「おしゃれな住空間」という物件が数多く見られました。しかし近年は、「こんな暮らしがしたい!」という気持ちに重点を置いたリノベーション事例が多くなってきたと感じます。

例えば、上で紹介した『my dot.-東京の中心で風呂に住む-』のように入浴しながら夜景が見える浴室をプランの要にしてしまった家や、『イヌはイエ。ヒトはケージ。』のように愛犬ではなく人間を囲む家、『我が家の遊び場、地下に根ざす』みたいな秘密基地をつくってしまった家と、「したい暮らし」がかなり具体的。

それは、リノベーションが施主のライフスタイルや世の中が求めているものを、より鮮明に具体化できるからなのでしょう。今年一番注目された、「性能向上リノベ」然り、リノベーションの可能性は時代とともにどんどん変化し、広がっていくものなのだと感じました。

赤絨毯に正装が決まっている受賞者のみなさん。2020年も素敵な作品を期待しています(写真提供/リノベーション協議会)

赤絨毯に正装が決まっている受賞者のみなさん。2020年も素敵な作品を期待しています(写真提供/リノベーション協議会)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2019」

「喫茶ランドリー」誕生から1年で地域に変化。住民が見つけた新たな生き方とは?

「どんな人にも、自由なくつろぎ」というコンセプトのもと、2018年1月、東京都墨田区にオープンした「喫茶ランドリー」。老若男女が思い思いにくつろぎ、家事をし、自主的にイベントを開き、皆が思い思いに楽しんでいる……そんな新たな“公的空間”が注目を集めています。どんな思いでつくられたのか、オープンから1年、どんな変化があったのか、店主の田中元子さんに話をうかがいました。
どんな人にも自由なくつろぎを。通常のランドリーカフェとは一線を画す手袋の梱包作業場として使われた築55年の空間をリノベーションし、喫茶室、ランドリースペース、運営会社の事務所を兼ねる店舗に(写真/阿野太一)

手袋の梱包作業場として使われた築55年の空間をリノベーションし、喫茶室、ランドリースペース、運営会社の事務所を兼ねる店舗に(写真/阿野太一)

0歳から80代まで、街のさまざまな人たちが訪れるという喫茶ランドリー。この街で生まれ育ったご近所さん、近くのマンションに暮らすママ友さんたちとキッズ、デート中の若いカップル、PCを開いて仕事をするビジネスパーソンなど、その客層はこの街の縮図そのものだそう。

レトロな雰囲気の喫茶スペースに加え、洗濯機・乾燥機、ミシンやアイロン、裁縫箱が置かれた「まちの家事室」のある店内。「喫茶」と「ランドリー」という分かりやすいストレートなネーミングから、最初店名を聞いたときは、近年各地に登場している「ランドリーカフェ」(コインランドリーにおしゃれなカフェを併設した店舗)なのだろうと思いましたが、「喫茶ランドリー」はそれとは一線を画したお店です。

「喫茶ランドリーは『自由』がコンセプト。スペースごとに、あるいはお店全体をレンタルスペースとしてお貸しするほか、お茶を飲みながら、何かやりたいことがあればどうぞ自由に使ってくださいとお話ししています」と店主の田中元子さん。

約100平米の店内はおおまかに4つのスペースに分かれます。ここは店内の一角を占める「まちの家事室」。洗濯やミシンがけなどの合間に、ご近所さん同士で“井戸端会議”が始まることも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

約100平米の店内はおおまかに4つのスペースに分かれます。ここは店内の一角を占める「まちの家事室」。洗濯やミシンがけなどの合間に、ご近所さん同士で“井戸端会議”が始まることも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

階段数段分床面が低くなった「モグラ席」。篭り感があって落ち着けると人気の空間です(写真/阿野太一)

階段数段分床面が低くなった「モグラ席」。篭り感があって落ち着けると人気の空間です(写真/阿野太一)

「大テーブル席」は、実はここの企画・運営も行うグランドレベルのオープンな事務所。お客様にも開放しています。写真に映っているのは、田中さんのビジネスパートナー、大西正紀さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「大テーブル席」は、実はここの企画・運営も行うグランドレベルのオープンな事務所。お客様にも開放しています。写真に映っているのは、田中さんのビジネスパートナー、大西正紀さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「フロア席」には、かつていろんな喫茶店で使われていた椅子とテーブルが(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「フロア席」には、かつていろんな喫茶店で使われていた椅子とテーブルが(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小さな「やりたい」が実現できる場所をつくりたい

「喫茶ランドリーが立地するのは、かつて倉庫や町工場が立ち並んでいた街です。近年は徐々にマンションに建て替わり、人口は増えているはずなのに人通りが少ない。森下駅から徒歩5分、両国駅からも8分と利便性は悪くなく、都心へ出かけやすい立地ですが、都心などへ出かけない日は家の中で過ごしている時間が長いのでしょうね。それは、近所にふらっと立ち寄れる場所がないからだと思いました。

このお店をつくる際にモデルにしたのは、コペンハーゲンで街巡りをした際に出会ったランドリーカフェ。当時、日本でそういう施設は聞いたことがなかったのですが、そのお店では若い夫婦が洗濯しながら赤ちゃんをあやしていたり、おじさんがぼうっと過ごしていたり、子どもがおもちゃで遊んでいたり、さまざまな客層がそれぞれ好きに過ごす、日常生活が垣間見られる場所でした。この街にはそんなお店のように気取らない場所が必要だと考えたのです」

コペンハーゲンのランドリーカフェ(写真提供/喫茶ランドリー)

コペンハーゲンのランドリーカフェ(写真提供/喫茶ランドリー)

「喫茶ランドリーという名前にしたのは便宜上で、ここを喫茶店としてのみ、ランドリーとしてのみ、受動的に消費するだけの場にはしたくありませんでした。ここでは誰もが自由に何かをする場にしたかったんです。

私は2015年から趣味で『パーソナル屋台』を引き、公園でコーヒーを無料で配るという活動をし、自分もパーソナル屋台で何かを振る舞いたいという人を応援しているのですが、その経験から分かったのは『人は意外といろんなことをやりたがっている』ということ。それは大規模なことではなく、日常のほんの小さなことだったりします。

でも、都会では遠慮しながら暮らしている方がとても多いんじゃないでしょうか。みんなふと『これがしたい』と心に浮かぶのに、人目や常識を気にしてしまって気持ちにフタをしてしまう。だから喫茶ランドリーを、心のフタを開けて『やりたい』が実現できる場にしようと思ったんです」

「お客様は、家事をしたり、読書室や工房として使ったり、自主的にイベントを開催したりしています。なかには、『ここで編み物してもいい?』っていうお客様や、カバンづくりが趣味で『家だと音がお隣に響くから、バッグの鋲打ちをここでさせて』という方もいらっしゃいます。普通のお店では人目が気になったり、家でも音が響くからと考えてなかなかできないことです。でもここなら『自由に過ごして』と言っているワケで、皆さん本当に自由ですよ(笑)」

人通りの少ない街にできた、多様な人々が訪れる“私設公民館”道行く人に店内の雰囲気が伝わるように全面をガラスにした開放感ある店構えにし、内外の境界を低くしました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

道行く人に店内の雰囲気が伝わるように全面をガラスにした開放感ある店構えにし、内外の境界を低くしました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

オープン当初2、3週間ほどは全く来店者がなく、田中さんは、毎日店先で「よかったら見ていって」とコーヒーを振る舞い、「自由に使ってくださいね」と語りかけ続けたといいます。ある日、地元の主婦の方たちがコーヒーを片手に家事室で談笑を始めたかと思うと、ご近所さんが通りかかるたびに「あら、久しぶり!」と呼び込んで、“井戸端会議”状態になったそう。人通りが少なかったエリアがこうして徐々に再生し、今では“私設公民館”と呼べるような、人々の交流の場となりました。

リノベーションのビフォー(右写真)アフター。寂しかった街の一角に明かりが点りました(写真提供/喫茶ランドリー(左)、写真撮影/SUUMOジャーナル編集部(右))

リノベーションのビフォー(右写真)アフター。寂しかった街の一角に明かりが点りました(写真提供/喫茶ランドリー(左)、写真撮影/SUUMOジャーナル編集部(右))

とにかく受け入れる。使い方はお客様次第

その結果、さまざまな出来事が生まれました。

「大家族の忘年会に使いたい」と総勢20人でモグラ席と周辺席を貸し切った3世代5家族。旧友との再会にと焼肉パーティーを敢行した若者グループ。事務所スペースの「大テーブル席でパン生地づくりを」と集まった女性9人のご近所さんグループ。パン生地はすぐ近くの自宅で焼き、できたてのパンを他の来店者にもお裾分けして新たな交流も生まれたそうです。

「大テーブル席」は基本的に事務スペースだが、ある日「ここを大勢で囲んでパン生地づくりをしたい」と驚きの申し出が(写真提供/喫茶ランドリー)

「大テーブル席」は基本的に事務スペースだが、ある日「ここを大勢で囲んでパン生地づくりをしたい」と驚きの申し出が(写真提供/喫茶ランドリー)

「まちの家事室」でも、子どもの幼稚園バッグづくりやアイロン掛けをするママさんグループが登場し、そこから発生した「ミシンウィーク」(ミシンが得意な人たちが1週間交代で開くワークショップ)を定期開催するようになり、「つくったものをいろんな人たちに見せて交流できるのが楽しい」と手芸を楽しむ年配の女性達も増えました。家事のための場所をつくると、作業をする人同士のコミュニケーションが生まれやすいのだと気付かされます。

オープンした翌月に、「まちの家事室」を貸し切って、お客様によって主催された「ミシンウィーク」。ミシンに興味のあるプロ級の方から初心者まで、さまざまな街の人たちが参加した(写真提供/喫茶ランドリー)

オープンした翌月に、「まちの家事室」を貸し切って、お客様によって主催された「ミシンウィーク」。ミシンに興味のあるプロ級の方から初心者まで、さまざまな街の人たちが参加した(写真提供/喫茶ランドリー)

さらに、毎週フロア席を貸し切って、支店とネット中継しながら業務の勉強会を行う場として活用する会社も現れました。「自由に使える施設公民館」の使われ方は、まさにお客様次第。そうした使い方をされるとは、当初思っていなかったそうです。

ほかにも、ここで婚姻届を記入したカップルが2組、届けた後にここで休憩していったカップルが1組。家出してきたご近所さんを受け入れたこともあったそうです。そうした人生の大切な時期に立ち寄ろうと思える求心力や懐の深さが、この喫茶ランドリーにはあるのでしょう。

「オープン以来1年で、200以上のイベントが開催されました。もともと小さなコミュニティはしていたけど、すべて建物の中にあったのだと思います。こうしたスペースがあることで、わくわくする時間がもてたり、人目に触れることで人とのつながりが深まっていくのだと思います」

なぜ「喫茶ランドリー」でそのイベントを?という葛藤も

喫茶ランドリーは基本的に周辺の住人の方々を想定した場なのですが、自由に使えるレンタルスペースであることもあって、さまざまな想定外のイベント話が舞い込むようにもなりました。

「一番驚いたのは、洗剤メーカーが主催するイベント」と田中さん。「洗濯機に扮したバーチャルユーチューバーと総勢60人のファンが洗濯のコツについて直接会話するという不思議な展開のプロモーションでした。でも最初は、なぜ喫茶ランドリーでそのイベントを?って思いましたね。ここが選ばれたのは洗濯機があるからという理由だけで、喫茶ランドリーの良さを分かってくれたワケじゃないのではと何だか腑に落ちない心の葛藤もありました。

でも大勢の参加者の方々の念願がかなったと喜んでいる様子を見て、この場を選んでもらってよかったなと思いました。きっかけは何であれ、ここで過ごしていただいた方々に良い思いを感じていただいて、こうした自由な場があることの良さを分かってもらえたらとてもありがたいですね」
「人気アイドルのプロモーション撮影の場としてお貸しした際も、なぜウチで?と思ったりしましたが、そのアイドルのファンの方々が訪れてくれるようになり、喫茶ランドリーの良さを感じてくれて、リピーターになる方もいらっしゃって、うれしいです。受け入れること、判断を任せることの大切さを学びました」

人と人のつながりが、店の雰囲気をどんどん変えていくお店のキッチンカウンター(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

お店のキッチンカウンター(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

オープンから1年。店内は当初よりも彩りが増しています。
「知らないうちに花が飾られている、贈られた果物で新しいスイーツがいつの間にかメニューに加わっているということもあります(笑)。『まちの家事室』の入り口を飾る三角フラッグもスタッフがつけてくれたもの。ほかの仕事でしばらく来ないでいると店の雰囲気が変わっていて、それも何だかうれしいことです。良いことが蓄積されていって、それが見て取れるわけですから」と田中さん。

「最初は私とパートナーの2人だけで運営し、メニューもコーヒー、紅茶と『ツナメルトトースト』だけでした。今、無水カレーやシチュー、オープンサンド、ケーキなどはすべてスタッフが自主的にメニュー開発してくれたもので、すべて手づくりです」

手づくりの米粉のホワイトシチュー750円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

手づくりの米粉のホワイトシチュー750円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「スタッフは現在4人ですが、みんなもともとこの店のお客様。募集していないのに働きたいと申し出があってお願いしました。人を雇うことは初めてで戸惑いもありましたが、のびのび働いてもらえているのがうれしいですね。専業主婦の彼女たちには、プロ店員のように接客しなくていい、背伸びせず自分らしく働いてほしいと話していますが、みんなコミュニケーション能力が高いので、お客様との交流は安心してまかせられます。

喫茶ランドリーでさまざまなお客様と出会い、いろいろな話をするようになって、街の出来事をたくさん発見できました。ここがなかったら、この瞬間、この街のどこかの部屋の中で喜んでいる人や悲しんでいる人がいることにも気が付かなかったと思います。予想外のことも起こりますが、そうした経験がいちばんの財産ですね」

店内で販売されているハンドメイド作品。常連さんとの会話で「そんなものつくられているのですか!」となると、翌日から無料の委託販売がはじまるそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

店内で販売されているハンドメイド作品。常連さんとの会話で「そんなものつくられているのですか!」となると、翌日から無料の委託販売がはじまるそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

LPレコードは、ご近所のコンビニ店長さんのコレクションを販売中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

LPレコードは、ご近所のコンビニ店長さんのコレクションを販売中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

大テーブルには、ここでプリザーブドフラワー教室を主催した常連さんが自分の作品を飾っています。ミニチュアハウスは別のお客様の作品で、「飾って」と差し入れされたもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

大テーブルには、ここでプリザーブドフラワー教室を主催した常連さんが自分の作品を飾っています。ミニチュアハウスは別のお客様の作品で、「飾って」と差し入れされたもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1階が楽しくなれば、街も楽しくなる

喫茶ランドリーの誕生は、田中さんが代表を務める街づくりコンサルティング会社「株式会社グランドレベル」が、この建物の活用を依頼されたことがきっかけでした。

「グランドレベルの理念は『1階づくりはまちづくり』というものです。建物の1階(グランドレベル)を街に開いたつくりにすれば、1階だから誰もが気軽に立ち寄れて、人の流れが生まれ、街が変わる。日本では1階のもつポテンシャルがないがしろにされていると感じています。1階はプライベート空間とパブリック空間のつなぎ目。1階が面白くなければ街は面白くなりません」

その理念が活かされた喫茶ランドリーは、多様な人が訪れる街に開かれた寛容な場をつくった点が高く評価され、2018年10月にグッドデザイン賞のグッドフォーカス賞[地域社会デザイン]を、同年12月にはリノベーション・オブ・ザ・イヤー2018・無差別級部門最優秀賞を受賞しました。

白い「縁結びリース」は「1周年記念に」とお客様が発案したもの。来店者がメーッセージを書き込んだハギレを結びつけてつくられています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

白い「縁結びリース」は「1周年記念に」とお客様が発案したもの。来店者がメーッセージを書き込んだハギレを結びつけてつくられています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そうした評価を受け、第2、第3の出店話も進んでいるそうです。
「出店といっても私たちが直営するのではなく、お店を始めたいという人にコンセプトを共有し、コンサルティング協力をしています。喫茶ランドリーの店名をそのまま使ってもらっても良いですが、地域の特性に合う店舗にしないと人の集まる場所になりません。

喫茶ランドリーはなんとなく出来上がった店舗に見えるかもしれませんが、ハードやソフト、コミュニケーションのデザインを、繊細にコントロールしています。マグカップ一つにしても、おしゃれなものではなく、実家にあるカップのように親しみもあって毎日見ても飽きないものを選ぶなど、格好良すぎに決めないで、多くの人にちょうどいい『ちょっと素敵』で仕立てています。最初から100%つくり込むのではなく、スタッフやお客様の意向も受け止められる器づくりも大切です。そうした点をきちんとお伝えしたいですね。

喫茶ランドリーは、ワクワクを共有できたり、コミュニティのつながりが豊かになったり、さらには自分という存在が社会から受け入れられていると実感できる場所。こうした、街に開かれた自由な場、私的公民館的なスペースがどんどん増えれば、とてもうれしいです」

田中さんのお話をうかがい、ふらっと立ち寄れて自然体で過ごせる居心地の良い場所が自宅近くにある。そこでは人と人が自然とつながることもできる。それはなんと幸せなことなのだろうと感じました。

看板も、道ゆく人に「寄っていきませんか」と語りかけているよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

看板も、道ゆく人に「寄っていきませんか」と語りかけているよう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
喫茶ランドリー

田中元子さん
株式会社グランドレベル代表取締役。喫茶ランドリー店主。1975年茨城県生まれ。独学で建築を学び、2004年大西正紀氏と共にクリエイティブユニットmosakiを共同設立。建築やデザインなどの専門分野と一般の人々とをつなぐことをモットーに、建築コミュニケーター・ライターとして、主にメディアやプロジェクトづくりを行う。2010年よりワークショップ「けんちく体操」に参加。同活動で2013年日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞。2015年よりパーソナル屋台の活動を開始。2016年、株式会社グランドレベルを設立。主な著書に『マイパブリックとグランドレベル―今日からはじめるまちづくり』

「リノベ・オブ・ザ・イヤー 2018」に見る最新リノベーション事情

今年で6回目を迎える「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2018」の授賞式が2018年12月13日に開催され、「この1年を代表するリノベーション作品」が決定しました。住宅から商業施設までさまざまな施工作品はどれも、リノベーションの大きな可能性や魅力、社会的意義を感じさせてくれます。最新傾向を探ってみました。
エントリー数1.5倍増。ここ一年でリノベがより広く認知される

今回の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2018」は、エントリー作品246件のなかからグランプリ1作品、部門別最優秀賞4作品、特別賞13作品が選ばれました。特別賞の受賞数が例年になく13件と多いのは、昨年と比べて1.5倍、過去最多のエントリー数があったからだそう。

2018年を振り返ると、報道番組や経済番組でさかんにリノベーションやリノベ会社が特集され、リノベーションが社会的に広く認知されるようになった1年だったと感じます。エントリー数が増えたのは、「リノベで自分らしい家を手に入れたい」というユーザーが増え、「中古を購入してリノベ」が、住宅を取得する際の選択肢の一つとして当たり前のように意識されるようになったのが一因だと考えられます。今回のエントリー作品一般投票の「いいね!」数が前回の3倍ほどに増えているのも、そうした背景があるからではないでしょうか。

リノベーション・オブ・ザ・イヤーは、住宅メディア関係者を中心に編成された選考委員によって「今一番話題性がある事例・世相を反映している事例は何か」という視点で選考されるため、年によって受賞作品の傾向がさまざまに変化します。
例えば、2017年は「施主の思いを叶えるオーダーメード」「魅力度を増す再販リノベ物件」、2016年は「空き家リノベが街を活性化」「多様化するDIYリノベ」「インバウンド向けのお宿づくり」「住宅性能を格段に高める」、2015年は「地域再生につながる団地リノベ」「古いものをそのまま活かす」など、リノベトレンドを表した作品が目立っていました。

今回は「作品のクオリティの高さが相当にレベルアップしている」「どれがグランプリに選ばれてもおかしくなかった」と講評されたように、選考は難しく、激戦だったそうです。その戦いを制したグランプリをはじめ、全18受賞作の中から、注目した作品とポイントを見ていきましょう。

【注目point1】「この建物だからこそ」という強い思いが、リデザインを導く

[総合グランプリ]
黒川紀章への手紙(タムタムデザイン+ひまわり) 株式会社タムタムデザイン

空間の仕切りにガラスを多用する大胆なアイデアで、室内のどこからでも海へと視線が伸びます。朝焼けや夕焼けに染まる関門海峡を望む、魅力あるロケーションを最大限活かした作品(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

空間の仕切りにガラスを多用する大胆なアイデアで、室内のどこからでも海へと視線が伸びます。朝焼けや夕焼けに染まる関門海峡を望む、魅力あるロケーションを最大限活かした作品(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

空間をつなげて、玄関にも明るさと開放感を。施工面積69.08平米で、費用は700万円(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

空間をつなげて、玄関にも明るさと開放感を。施工面積69.08平米で、費用は700万円(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

Beforeの写真。このように以前のマンションではよく見られる間取りと内装でした(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

Beforeの写真。このように以前のマンションではよく見られる間取りと内装でした(写真提供/株式会社タムタムデザイン)

1999年に建築界の巨匠・黒川紀章氏が設計したマンション「門司港レトロハイマート」の一住戸。レトロな街並みに溶け込む外観に比べて無個性だった室内空間を、海と山に囲まれた立地の魅力を最大限引き出すように工夫。リビングからしか絶景を望めなかった間取りを変え、開口部に向かって空間を縦に仕切り、間仕切り壁全体や壁上部をガラスとすることで、室内のどこからも絶景に視線を誘う仕掛けに。

この作品は、リノベ会社が中古物件を購入し、リノベを施した上で販売する「再販リノベ物件」。万人受けするデザインが求められがちな再販物件ですが、設計士は黒川紀章氏の設計思考を読み解き、この土地に本来あるべきだと考えられる住戸の姿を見出して、あえて大胆にリデザインすることで、質の高い一点モノの個性をもたせています。
「このマンションならではという説得力がある」と選考委員を唸らせていました。

【注目point2】すべての人の居場所となる多目的空間が熱い

[無差別級部門・最優秀賞]
ここで何しようって考えるとワクワクして眠れない!~「喫茶ランドリー」 株式会社ブルースタジオ

元工場の高い天井を活かし、居心地の良さを追求。奥にはランドリーマシンが鎮座する不思議な空間に(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

元工場の高い天井を活かし、居心地の良さを追求。奥にはランドリーマシンが鎮座する不思議な空間に(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

オープンから半年ほどでミシンワーク、クラフトワーク、パンづくり、トークショーなど、オーナーや顧客主催の100を超える催しが行われたそう(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

オープンから半年ほどでミシンワーク、クラフトワーク、パンづくり、トークショーなど、オーナーや顧客主催の100を超える催しが行われたそう(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

手袋工場の梱包作業場だった空間を、企業のオフィス兼喫茶イベントスペース「喫茶ランドリー」にコンバージョン。オーナーは「私設の公民館」を目指し、あらゆる人の居場所として設計したそうです。洗濯機やミシン、アイロンなどが置かれ、家事のワークショップやコンサートなども開催。空間の用途を決めず、多目的に誰でも使える場に。オーナーだけでなく、喫茶ランドリーのお客さんがイベントを主催しています。

リノベーションは建物のデザイン性だけでなく、「地域性」も注目される一大要素となっています。地域性とは、そのリノベ物件が新たに街に加わることで、人の流れや暮らしを心豊かに変えてくれるというものです。

空き家となった店舗やオフィス空間などの遊休不動産を、コミュニティスペースや宿泊施設といった人が集う場所にコンバージョンする作品が多く見られますが、使われ方はその作品ごとに多彩です。この「喫茶ランドリー」は使われ方の自由度が“カオス”的に高く、さまざまな交流や出来事を生み出す場所となっている点が高く評価されました。

このほかにも次のような、地域の人々が集う心地よい居場所・複合施設として再生された物件が多いのも近年のトレンド。日本各地で空き物件が生まれ変わっています。

[世代継承コミュニティー賞]
再び光が灯った地域のシンボル『アメリカヤ』 株式会社アトリエいろは一級建築士事務所

商店街のランドマークとして住人に愛された商業ビル。フォトジェニックな雰囲気に新たなファンを呼んでいるとか(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

商店街のランドマークとして住人に愛された商業ビル。フォトジェニックな雰囲気に新たなファンを呼んでいるとか(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

半世紀前に建てられたという古びたたたずまいをそのまま活かし、9つのテナント、コミュニティスペースの入る建物として復活しました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

半世紀前に建てられたという古びたたたずまいをそのまま活かし、9つのテナント、コミュニティスペースの入る建物として復活しました(写真提供/株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)

【注目point3】無個性な新築を一変。「新築リノベ」が市場ニーズを拓く

[1000万円未満部門・最優秀賞]
『MANISH』新しさを壊す 株式会社ブルースタジオ

既存のプランの無駄を削ぎ落としてシンプルに。カラーリングや曲線で個性を表現した物件(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

既存のプランの無駄を削ぎ落としてシンプルに。カラーリングや曲線で個性を表現した物件(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

新築の分譲一戸建てをリノベーションした作品が部門別最優秀賞となりました。一般に、ローコストを売りにしている分譲一戸建ては、コストを抑え、販売しやすいよう汎用的なデザインにするので、画一的で無個性な建物であることが多く見られます。そんな新築で購入した家を、数百万円かけてリノベーションする事例がここ数年で見られるようになりました。セルフリノベーションやDIYする人も年々増えていると感じます。これらは、「より個性的な住まいに」「より自分たちに合う住まいに」というニーズが生んだ現象です。

一般に「リノベーションの意義とは既存建物の再生」であることから、選考会でも受賞対象としてどうかという議論もあったそうです。しかし、新築であっても購入者のニーズを満たさない家に、間取りやデザイン、性能を向上するよう手を加えることで新たな価値をもたらすことは、リノベーションの意義を感じさせます。賢い選択となりうるという点で評価を受けました。
画一的な分譲住宅のあり方にも一石を投じた「新築リノベ」は、時代のニーズを捉え新たな広がりも感じさせています。

【注目point4】デザイン訴求が突き抜けている

[1000万円以上部門・最優秀賞]
家具美術館な家 株式会社grooveagent

「4年暮らしたデンマークで集めたお気に入り家具をゆったり置けること」がデザインテーマ(画像提供/株式会社水雅)

「4年暮らしたデンマークで集めたお気に入り家具をゆったり置けること」がデザインテーマ(画像提供/株式会社水雅)

好きなものが常に目に入るような間取りと壁や床の色に仕上げています(画像提供/株式会社水雅)

好きなものが常に目に入るような間取りと壁や床の色に仕上げています(画像提供/株式会社水雅)

「家具美術館」という作品名が表すように、数々のデンマーク家具・照明の名作を見せることに特化したミニマル空間に仕立てました。北欧家具を置く家はどちらかというとほっこりしたカフェ的空間となりがちですが、家具の有機的なフォルムやファブリックの色合いを引き立てるよう、美術館のようなホワイトキューブ的空間にして床壁天井を白基調に。家具のデザインが際立つ空間となりました。

住宅デザインでは建築そのものを主役と捉え、家具は二の次という扱いが多いのですが、それが入れ替わった空間づくりとなっています。

このほかにも下記作品のように、施主のデザインへの追求が「半端ないって!」という作品も目立っていました。

[特別賞・こだわりデザインR1賞]
もっと黒くしたい 株式会社ニューユニークス

「全てを黒くしたい」という施主の強烈な思いが形になった家。どんな黒をどう用いるのが理想的なのか話し合いを重ね、つや消しの黒でグラデーション的に仕上げた空間です(画像提供/株式会社ニューユニークス)

「全てを黒くしたい」という施主の強烈な思いが形になった家。どんな黒をどう用いるのが理想的なのか話し合いを重ね、つや消しの黒でグラデーション的に仕上げた空間です(画像提供/株式会社ニューユニークス)

[500万円未満部門・最優秀賞]
groundwork 株式会社水雅

ヴィンテージ感漂う作品。予算に縛りがあるなかでどこに力点を置くか、施主と設計士の知恵とこだわりが活かされています。本当に500万円未満なの?という作品が増えている中で、特にチャレンジ性のあるこの作品が受賞(画像提供/株式会社水雅)

ヴィンテージ感漂う作品。予算に縛りがあるなかでどこに力点を置くか、施主と設計士の知恵とこだわりが活かされています。本当に500万円未満なの?という作品が増えている中で、特にチャレンジ性のあるこの作品が受賞(画像提供/株式会社水雅)

【注目point5】温故知新・古さの心地よさを知る

再生によって、古いものが持つ味わいや温かみが蘇った事例は、そこを訪れる人々の心まで温めてくれます。役割を終えて朽ちていくだけの建物、見捨てられた住宅が新たな役目を持ち、人々に愛される存在となるからです。そうした作品も注目を集めていました。

[デスティネーションデザイン賞]
国境離島と記憶の再生(タムタムデザイン+コナデザイン) 株式会社タムタムデザイン

20年前から空き家となり、廃墟寸前だった築90年の元旅館と蔵。壱岐島という小さな離島の全住人がこの建物の再生を希望したそうで、新たに島外の人をも魅了する旅館と飲食店として蘇りました。90年分の人々の記憶を未来へ引き継ぎます(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

20年前から空き家となり、廃墟寸前だった築90年の元旅館と蔵。壱岐島という小さな離島の全住人がこの建物の再生を希望したそうで、新たに島外の人をも魅了する旅館と飲食店として蘇りました。90年分の人々の記憶を未来へ引き継ぎます(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

[ヘリテイジリノベーション賞]
築187年、執念のお色直し 株式会社連空間デザイン研究所

1831年に建てられた古民家を昔の面影をそのまま活かし、店舗・レストランにリノベーション。竣工後、引き渡し直前に熊本地震で柱が傾き、瓦が落ち、土壁は剥がれるという大きな被害を受け、さらに再建に1年を要したそうです(画像提供/株式会社連空間デザイン研究所)

1831年に建てられた古民家を昔の面影をそのまま活かし、店舗・レストランにリノベーション。竣工後、引き渡し直前に熊本地震で柱が傾き、瓦が落ち、土壁は剥がれるという大きな被害を受け、さらに再建に1年を要したそうです(画像提供/株式会社連空間デザイン研究所)

リノベは一点モノのオーダーメードだから、多様化がより深化

これまでのリノベーション・オブ・ザ・イヤーでは、その年ならではのトレンドや社会性というものをはっきり見て取ることができました。しかし今回は、作品数が多いこともあってか、傾向というよりは内容の多彩さとカテゴリーの幅広さが注目されました。

リノベーションは、「こんな暮らしがしたい」「こんな場所をつくりたい」という熱い思いを具体的な形に変えてくれる、住人やオーナー一人一人にとっての一点モノ、究極のオーダーメードでもあるので、事例が多彩なのは当然のことなのだと実感する年となりました。
前章で紹介した作品以外にも、次のようにバリエーションの幅が広く、個性の際立った作品が多々ありました。

●「リビ充(リビング充実)」をテーマにおしゃれに。心豊かに暮らせる築45年の団地(下写真参照)
●6000万円をかけた再販リノベ物件。資産価値を格段に高めた築130年の京町家(下写真参照)
●商店街の中心にある商業ビルを温もりある雰囲気の保育園にコンバージョン(下写真参照)
●ファッションブランドというニュープレイヤーが提案する、コーデも収納もしやすいプラン(下写真参照)
●新宿駅南口駅前の築39年のオフィスビルに、住機能を併せ持ったオフィス空間を提案
●家の中心に箱型階段室を設け、明るさや風通しなど暮らしの快適性能をアップさせた一戸建て
●劣化した屋根や天井床壁、サッシの断熱化、太陽光発電器の搭載などで低燃費に暮らす

コストパフォーマンスデザイン賞「リビ充団地」。団地が低コストでおしゃれに(写真提供/タムタムデザイン)

コストパフォーマンスデザイン賞「リビ充団地」。団地が低コストでおしゃれに(写真提供/タムタムデザイン)

ベストバリューアップ賞「OMOTENASHI HOUSE」。風致地区の高台という立地の良さも活かされています(写真提供/株式会社八清)

ベストバリューアップ賞「OMOTENASHI HOUSE」。風致地区の高台という立地の良さも活かされています(写真提供/株式会社八清)

共感リノベーション賞「そらのまちほいくえん」。鹿児島天文館の商業ビルを子どもが集う場所に(写真提供/内村建設株式会社)

共感リノベーション賞「そらのまちほいくえん」。鹿児島天文館の商業ビルを子どもが集う場所に(写真提供/内村建設株式会社)

ベストマーケティング賞「WEAR I LIVE」。試着室のようなクローゼットでコーデが楽に(写真提供/フージャースコーポレーション)

ベストマーケティング賞「WEAR I LIVE」。試着室のようなクローゼットでコーデが楽に(写真提供/フージャースコーポレーション)

今回のバリエーション豊富な作品群を拝見し、さまざまな制約のもと自由な発想で施されたリノベーション作品それぞれに、新たな役割をもった建物の「再生の物語」を数多く垣間見ることができました。既存の建物にまったく異なる価値をもたらすのがリノベの一番の醍醐味。今後も一人一人の熱い思いを形にした多彩な作品の完成を期待しています。

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。受賞作品数は過去最多となりました(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

赤絨毯にタキシードが決まっている受賞者のみなさん。受賞作品数は過去最多となりました(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2018」

「リノベ・オブ・ザ・イヤー2017」 13の受賞作品から見えた4つのトレンド

今年で5回目を迎える「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2017」の授賞式が2017年12月14日に開催され、「この1年を代表するリノベーション作品」が決定しました。住宅から商業施設までさまざまな作品はどれも、リノベーションの大きな可能性や魅力、社会的意義を感じさせてくれます。その最新傾向を探ってみました。
価値ある建物を残すこと。それがリノベの王道

リノベーション・オブ・ザ・イヤーとは、「リノベーションの楽しさ、魅力、可能性」を感じさせる事例作品を表彰する、一般社団法人リノベーション住宅推進協議会主催のコンテスト。リノベーションとは、建物の性能を向上させたり、本来よりも価値を高めたりすることですが、「中古住宅を購入してリノベで自分らしい家に変えたい!」「魅力的なリノベ済み住宅が欲しい!」という施主の希望は年々高まり、多くのリノベーション住宅が登場しています。

今年はエントリー作品155のなかから、グランプリ1作品、部門別最優秀作品賞4作品、特別賞8作品が選ばれました。まず、グランプリと部門別最優秀作品賞の特徴を紹介します。「どれがグランプリに選ばれてもおかしくなかった」という審査委員評が上がったように、いずれもクオリティの高い作品が選ばれています。

●総合グランプリ
『扇状のモダニズム建築、桜川のランドマークへ』 株式会社アートアンドクラフト

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【画像1】阪神高速道の湾曲したフォルムに沿うように扇状にデザインされた外観が目を引くモダニズム建築。1、2階は店舗、3、4階はクリエイター向けのアトリエ兼住居に(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

【画像1】阪神高速道の湾曲したフォルムに沿うように扇状にデザインされた外観が目を引くモダニズム建築。1、2階は店舗、3、4階はクリエイター向けのアトリエ兼住居に(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

国が推奨する優良住宅として1958年に建築された「併存住宅」。長年、桜川のランドマーク的な建物として親しまれてきました。老朽化のため建て替えを検討されていましたが、プランナーの「長年、街の風景の一部となってきた建物は壊さず残したい」というあつい想いによってリノベーションで生まれ変わることに。

「建物への愛情やリスペクトを感じる事例」「価値あるものを残すことこそリノベーションの王道。それを卓越したリノベーションスキルで叶えている。老朽化した設備をよみがえらせる技術力、過剰にならないよう慎重に練られたデザイン力、個性的なテナントを選ぶマーケティング力などで、高いハードルをクリアした」と高評価。
◎エリア:大阪府、築年数:59年、延床面積:1128.57m2、費用:1億2550万円(税込)、対象物件:店舗・事務所・共同住宅

●部門別最優秀作品賞〈1000万円以上部門〉
『光、空気、気配、景色。すべてが一つにつながる − 代沢の家(YKK AP×HOWS Renovation×納谷建築設計事務所)』 YKKAP株式会社

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【画像2】隣地の緑を暮らしに取り込むように窓を配置。1、2階がつながり、風や光、家族の気配を伝えています。断熱性能を高めた家だから実現した広がりのある空間です(画像提供/YKKAP株式会社)

【画像2】隣地の緑を暮らしに取り込むように窓を配置。1、2階がつながり、風や光、家族の気配を伝えています。断熱性能を高めた家だから実現した広がりのある空間です(画像提供/YKKAP株式会社)

築30年でありながら、2020年に義務化される次世代省エネルギー基準を上回る断熱性を実現した家です。窓メーカーのYKK APがリビタのリノベーション事業「HOWS Renovation」とコラボレーション。高性能樹脂窓、高断熱材への入れ替えなどによって高い断熱性を確保し、省エネ設備や太陽光発電の設置によってゼロエネルギーハウス化も達成。開口部耐震フレームの採用や耐力壁の増加によって耐震性も高めています。

築年数のたった家でも工夫次第で新築以上の性能を得られることを実証しています。広い開口部は、日の光が入って明るく、開放的なので魅力がある反面、断熱性と耐震性にとってウィークポイントになりがちですが、開口部を残したまま性能を格段に高めている点で「リノベでここまでできる」と改めて気づかされます。

今後、中古住宅の性能面での向上のために、リノベーションが目指すべき指針的な作品とも言えるでしょう。
◎エリア:東京都、築年数:30年、施工面積:144.38m2、費用:3300万円(税込)、対象物件:一戸建て

●部門別最優秀作品賞〈1000万円未満部門〉
「マンションでスキップフロアを実現 ~上下階を利用したヴィンテージハウス~」 株式会社オクタ

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【画像3】スキップフロアはワークスペースと収納の2層構造。濃淡のあるウォールナットの床、白く塗ったアンティークブリックの壁など、施主の要望に応え切ったこだわりの内装です(画像提供/株式会社オクタ)

【画像3】スキップフロアはワークスペースと収納の2層構造。濃淡のあるウォールナットの床、白く塗ったアンティークブリックの壁など、施主の要望に応え切ったこだわりの内装です(画像提供/株式会社オクタ)

完成度の高いラフで無骨な内装に加えて、マンションではなかなか見ることのないスキップフロアの間取りに、「楽しくなる住まい。暮らしを楽しく変えるのはリノベの目的の一つで、リノベの使命を改めて感じさせる作品だった」と高い評価を受けました。

縦の広がりを活かしたプランは、広さの限られたマンションでの空間活用術として、今後広がっていくのではないかと思います。
◎エリア:東京都、築年数:41年、施工面積:36.31m2、費用:500万円(税込)、対象物件:マンション

●部門別最優秀作品賞〈500万円未満部門〉
「ツカズハナレズ」 株式会社シンプルハウス

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【画像4】上/子ども部屋の壁は天井下に隙間を設けて抜け感をつくり、圧迫感を排除。下/ヴィンテージ風塗装のパイン床と針葉樹の壁に、コンクリート表しにした天井で、無骨で個性ある空間に仕上がっています(画像提供/株式会社シンプルハウス)

【画像4】上/子ども部屋の壁は天井下に隙間を設けて抜け感をつくり、圧迫感を排除。下/ヴィンテージ風塗装のパイン床と針葉樹の壁に、コンクリート表しにした天井で、無骨で個性ある空間に仕上がっています(画像提供/株式会社シンプルハウス)

「子ども部屋をオープンにかつ間仕切りたい」という相反する要望に応え、リビングに隣接した2つの空間に扉を設けず、いつも家族がつながる間取りにしています。

リノベーションというと、リビングや水まわりがメインテーマになりがちですが、子ども部屋を中心に考えている点、家族の関係性がリノベーションで表現されている点が注目されました。また、約60m2のマンション全体を498万円で仕上げるのは難易度が高いと思われますが、そうした点も評価のポイントとなりました。
◎エリア:兵庫県、築年数:19年、施工面積:65.80m2、費用:498万円(税込)、対象物件:マンション

●部門別最優秀作品賞〈無差別級部門〉
「流通リノベとシニア団地」 株式会社タムタムデザイン

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【画像5】上/団地の1階とは思えない、おしゃれな内装のデイサービス。無垢材をふんだんに用いたぬくもりある施設に、利用者の方々は心和むのではないでしょうか。下/イートインできる惣菜店ではオーナーが健康相談も行っています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

【画像5】上/団地の1階とは思えない、おしゃれな内装のデイサービス。無垢材をふんだんに用いたぬくもりある施設に、利用者の方々は心和むのではないでしょうか。下/イートインできる惣菜店ではオーナーが健康相談も行っています(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

UR団地の1階に入るデイサービス施設と惣菜店。元作業療法士であるオーナーがケアマネージャーとして立ち上げた施設と店舗です。惣菜店にはイートインと健康器具コーナーを併設し、健康相談やデイサービスへの入所案内も行っているそうで、地域住人が集う新たなコミュニティの場となっています。

さらに、このリノベーションに当たっては、商品として流通できない「林地残材」を施主が直接購入してリノベに活用するという、新たな木材の流通経路を開拓しています。

リノベーションを通じて、高齢化しつつある地域社会だけでなく、林業という地元産業をも元気にしていく取り組みがなされ、社会的課題の解決手法の有効な方法として大きな可能性を示しています。
◎エリア:福岡県、築年数:42年、施工面積:216.19m2、費用:3200万円(税込)、対象物件:店舗と福祉施設

リノベが毎日の満足度だけでなく、生き方をも変える

リノベーション・オブ・ザ・イヤーは、住宅メディア関係者を中心に編成された選考委員によって「今一番話題性がある事例・世相を反映している事例は何か」という視点で選考されるため、年によって受賞作品の傾向がさまざまに変化します。昨年や一昨年は、「空き店舗を住宅として再生」「インバウンド向けの宿として活用」「DIYリノベ」「団地再生」「住宅の基本性能を格段に高めるリノベ」などが特に目立っていましたが、今年はどんな傾向があったのでしょうか。

グランプリ、部門別最優秀作品賞4作品のほかに、8作品が特別賞を受賞しています。今年の審査員特別賞には「超高性能エコリノベ賞」「公共空間活用リノベ賞」「グッドコンバージョン賞」などがあり、個々の受賞作品や部門名からも分かるとおり、リノベーションの領域は広く、果たす役割は多様であることを示しています。今年は特に次の4つのトレンドに注目しました。

(1)施主の「こんな暮らしがしたい!」というあつい想いに応える

「リノベーションを選ぶお施主さんは感度の高い人が多く、要望のレベルが年々高くなっている」という審査委員評があったように、今年は「こんな暮らしがしたい」といった、コンセプトが明確な施主が多かったように思います。つくり手は、施主の要望に正面から向き合い、形にしていく手腕が求められますが、見事に応えた作品が目立ちました。

【画像6】素敵ライフスタイル賞『てとてと食堂、はじめます。』(画像提供/株式会社リビタ)

【画像6】素敵ライフスタイル賞『てとてと食堂、はじめます。』(画像提供/株式会社リビタ)

『てとてと食堂、はじめます。』は、自宅マンションで料理教室や食事会を開催したいという施主の思いを叶えるべく、キッチンを中心にした住まいに。リノベーションが働き方まで変えてくれることを証明したような事例です。

【画像7】こだわり実現賞『アパレル夫妻の23年分の想い』(画像提供/株式会社ニューユニークス)

【画像7】こだわり実現賞『アパレル夫妻の23年分の想い』(画像提供/株式会社ニューユニークス)

『アパレル夫妻の23年分の想い』は、多趣味なご夫妻の「思い出の品や好きな物はいつも見ていたい」という想いを壁一面の棚で叶えました。色使いを含む高いデザイン力が発揮されています。

【画像8】グッドコンバージョン賞『銀行を住まいに コンバージョン』(画像提供/株式会社オレンジハウス)

【画像8】グッドコンバージョン賞『銀行を住まいに コンバージョン』(画像提供/株式会社オレンジハウス)

『銀行を住まいに コンバージョン』では、「合宿所のような家が欲しい、将来カフェを開きたい」という希望を叶えるべく、施主が選んだのは、銀行として使われた建物を転用すること。施主の自由な発想にきちんと向き合い、水まわりの配置を工夫するなど、オフィスビルを快適な住まいに変えるためのプランが練られました。

【画像9】コピーライティング賞『吾輩は猫のエドワードである。』(画像提供/株式会社スタイル工房)

【画像9】コピーライティング賞『吾輩は猫のエドワードである。』(画像提供/株式会社スタイル工房)

『吾輩は猫のエドワードである。』は、中古住宅を友人3人と猫5匹でシェアする家に改変。防音性能を高め、インテリアに溶け込むようなキャットウォーク、キャットタワーを設けるなど、人も猫も快適に暮らせる工夫が随所にあります。

(2)デザイン、性能…魅力度を増す「再販リノベ物件」

リノベーション物件には、建物の所有者(住人)の希望に応じて行うものだけでなく、「再販物件」というものがあります。リノベーション会社や不動産会社などが購入した中古住宅をリノベーションし、家の価値を高めて販売することです。そうした作品は住人の希望などの前提条件がないため、設計者の想いがこもった作品性の高い物件が見られました。

【画像10】ベストデザイン賞『100+∞(無限)』(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

【画像10】ベストデザイン賞『100+∞(無限)』(画像提供/株式会社タムタムデザイン)

『100+∞(無限)』は、こんな住宅デザインが可能なんだと思わせる事例。アーチ型の袖壁が連続する美しいギャラリー的に使える場所は住む人の感性を豊かにしてくれそうです。

【画像11】優秀R5住宅(※)賞『サバービアンブームの夜明け』(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

【画像11】優秀R5住宅(※)賞『サバービアンブームの夜明け』(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

『サバービアンブームの夜明け』は、旗竿地、階段40段のアプローチなど制約の多い立地に対して、眺望を活かした約30畳の2階リビングなど魅力的なコンテンツをプラスしています。

※「R5住宅」とはリノベーション住宅推進協議会が定める品質基準に適合したリノベーション済み戸建住宅のことで、再販物件を安心して購入するための一つの指針となるもの

(3)住宅性能を高めることはリノベの使命

日本の家は冬寒いのが当たり前だった時代から大きく変わり、2020年に次世代省エネ基準が整備されるなど「家の中すべての空間が寒くない」という高い断熱性が求められています。家の中に寒い空間があるとヒートショックなど健康に悪影響を及ぼし、さらに暖房の熱源が多く必要なので地球温暖化の一因に。

そんな背景から、昨年に続き今年も性能エコリノベ事例『代沢の家』(前章参照)が部門別最優秀賞を受賞するなど、省エネ性能や断熱性能など居住性能を高めたリノベに注目が集まっています。ノミネート作品の性能レベルが年々アップしていると感じるとともに、築古の住宅でも快適に変えることが期待できると思いました。

【画像12】超高性能エコリノベ賞『パッシブタウンで「一生賃貸宣言」しませんか?』(画像提供/YKK不動産株式会社)

【画像12】超高性能エコリノベ賞『パッシブタウンで「一生賃貸宣言」しませんか?』(画像提供/YKK不動産株式会社)

『パッシブタウンで「一生賃貸宣言」しませんか?』では、長年、社宅として使われた建物を減築し、断熱強化によって、世界で一番厳しいと言われる省エネ基準を実現させました。解体・新築の道を選ばず既存建物を残すこと自体もエコだと感じさせてくれます。

(4)人が集まる場所、人と人をつなぐ場所を生むのもリノベの力

ここ数年、空き家や空き店舗など、住みにくい・使いにくいとされてきた物件をリノベーションすることで、新たな価値を生んでいる事例が目立って増えてきたように思います。立地に合ったコンセプトの住宅に変えることで、街ににぎわいが増していくなど、地域社会にも多大な影響を及ぼしているのです。

今回、部門別最優秀賞を受賞した『流通リノベとシニア団地』(前章参照)でも取り上げましたが、空き店舗に団地住人のメイン世代である高齢者が必要とする施設、デイサービスやイートインの惣菜店を設けることで、団地に暮らす人々が自然と集う場所となりました。そうした人の流れを生み出していくのも、リノベーションの持つ力の一つです。

【画像13】公共空間活用リノベ賞『ここに復活!!東洋のベネチア構想 LYURO東京清澄』(画像提供/株式会社リビタ)

【画像13】公共空間活用リノベ賞『ここに復活!!東洋のベネチア構想 LYURO東京清澄』(画像提供/株式会社リビタ)

『ここに復活!!東洋のベネチア構想 LYURO東京清澄』は、隅田川畔に立つオフィスビルをホテルに転用した事例。水辺の活性化を目的とした東京都の「かわてらす」事業に採用され、河川敷地を誰でも使えるテラスとして整備。屋内にとどまらず、街との融合も図る仕組みが注目されました。

数々の事例を見ていくことが、リノベ実現のハードルを低くする

今年は初ノミネートや初受賞という会社が数社あり、リノベーションの広がりを感じました。受賞作品、ノミネート作品を見ていくと、多くのリノベーション会社が、施主の希望を叶えるプランニング力・デザイン力、住宅性能を改善する高い技術力を発揮していることが分かります。それは、住む人の暮らしをすてきに快適に変えてくれる力であり、社会の問題をうまく解決する力でもあります。そうした力は活かしてこそ。

今、「リノベーションをしたいと思っているけれど、どうしていいのか分からない」という人は意外と多いかもしれません。そんな場合は、気になる事例をじっくり見てみてください。具体的にどうしたいのか、どんな会社に依頼をすればよいのかがだんだん分かってくるのではないでしょうか。高い提案力をもつリノベ会社なら、漠然とした思いも具体化させてくれるはず。

リノベーション住宅推進協議会は「リノベーションEXPO」を毎年9月ごろから全国で開催しています(2017年は16会場で開催)。特に大阪会場では2日間で1万人を集めるほどの人気だったそう。ワークショップやセミナーなどもあり、気軽にリノベの知識を学べる場ともなっています。自分に合った依頼先が見つかるかもしれません。

【画像14】2018年も素晴らしい作品を期待しています!(写真提供/リノベーション住宅推進協議会)

【画像14】2018年も素晴らしい作品を期待しています!(写真提供/リノベーション住宅推進協議会)

毎年、授賞式を見てきましたが、今回一番感じたことは「人と人とのつながりが素晴らしいものを生む」ということ。リノベーションを依頼する側と提案する側、そうした人と人の出会いが「こんな暮らしがしたい」という思いを具体的な形に変えていく。どんな住まいにリノベするのかは機械的にポンと決められるものではない、住み手とつくり手の思いがこもった究極のオーダーメイドなのだとも感じました。

既存の建物や暮らしにまったく異なる価値をもたらすのがリノベーションの一番の醍醐味(だいごみ)。今回も、さまざまな制約のもと、自由な発想でリノベされた多彩な作品それぞれに、人を幸せにする「再生の物語」を垣間見ることができました。

●取材協力
・リノベーション住宅推進協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー 2017」