キャンピングカーをリノベで「動く別荘」に! 週末バンライフで暮らしながら家族と九州の絶景めぐり

キャンピングカー、バンライフなど、車と住まいが一体化したライフスタイルが注目を集めています。そんなトレンドの影響もあってか、リノベーションオブ・ザ・イヤー2023で特別賞を受賞したのがキャンピングカーをリノベした「動く家」です。キャンピングカーをリノベしたら、一体どのような住まいになったのでしょうか。施主と設計を担当した建築士に話を聞いてみました。

中古のキャンピングカーをリノベしてできた「動く家」

今回の「動く家」プロジェクトの施主・川原一弘さんは、サーフィンやキャンプを趣味としていて、もともとハイエースを所有していました。ただ、コロナ禍もあって自由に移動できず不便さを感じていたため、別荘またはハイエースへの買い替えを検討していましたが、偶然、中古のキャンピングカーを発見しました。

もともと、熊本を中心にリノベーションや店舗デザインなどを幅広く手掛けていた会社ASTERの社名を知っていた川原さんは、すぐに会社宛にメールを送り、相談したといいます。

「状態のいいキャンピングカーがあるのですが、これをリノベできますか」。すると、わずか10分後にメールで「できますよ!」と即答が。このレスポンスに後押しされ、キャンピングカーを購入したのです。2022年3月3日のことでした。

30年前に製造されたキャンピングカー。横顔がりりしい!(写真提供/ASTER中川さん)

30年前に製造されたキャンピングカー。横顔がりりしい!(写真提供/ASTER中川さん)

車は1993年製造、建物でいうと築30年、広さは8平米のワンルーム。キッチン・バス・トイレと運転席がついていて、昨今、都心部で話題になっている「激狭ワンルーム」と同程度といってもいいかもしれません。

「せっかくのキャンピングカーなので、単なる改装で終わらせるのは惜しいと思いました。居住性を高めて『動く家』にするのはどうだろう、という案を川原さんに提案したところ『よいですね』と話がまとまりました。キッチン・トイレ・シャワーは十分に動くためそのままで、位置などの変更も行っていません」と話すのは、設計を担当したASTERの中川正太郎さん。

既存の駆体のギミック、良さは残しつつ、価値を高めるのは「リノベ」の得意とするところです。車の改装では終わらせずに「家」「別荘」のように使える空間をつくる、そんなプランニングが固まりました。

居住性を高めるのは素材感。住宅用の無垢材、家具屋のソファを採用

「動く家」にするということは、すなわち「居住性を高める」こと。そのため、プランニングでは手触り、心地よさなど素材感を活かすことにしようと思い至ったといいます。

リノベ前の写真。これはこれで味があります(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。これはこれで味があります(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。室内から運転席を見たところ(写真提供/ASTER中川さん)

リノベ前の写真。室内から運転席を見たところ(写真提供/ASTER中川さん)

「内装の雰囲気の参考にするため、キャンピングカーショーを訪れるなどし、かなりの数のキャンピングカーを見学しました。そのなかで気がついたのは、家らしさというのは、やはり素材ということ。自動車改装用パーツで木っぽい見た目にするのは容易ですが、やっぱりどこか工業用部品なんです。ですから、今回は住宅用の建材を使おうと。床や壁にはたくさん木材を使っていますが、突板(スライスした天然木をシート状にして加工したもの)を貼っていますし、塗装も住宅用、照明はダウンライトです。ソファなども車用ではなくて家具屋さんに依頼しました」と中川さん。

ソファベッドは折りたたみ式で、ベッドのように広げたところ。間接照明がおしゃれ(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドは折りたたみ式で、ベッドのように広げたところ。間接照明がおしゃれ(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドをソファとテーブルを囲む椅子にした状態(左)とベッドにした状態(右)の間取図。バス・キッチン・トイレ。動線も考えられた、まさに家(写真提供/ASTER中川さん)

ソファベッドをソファとテーブルを囲む椅子にした状態(左)とベッドにした状態(右)の間取図。バス・キッチン・トイレ。動線も考えられた、まさに家(写真提供/ASTER中川さん)

狭い空間だからこそ、目に入るもの、手や足で触れるものの素材感が大事というのは、わかる気がします。また、空間がコンパクトになることから、省スペースで小さく作られていることが多い船舶用パーツを採用したとか。

「施工に関しては、普通の住宅のリノベとほぼ同様の工程です。残せる部分は残しつつ、施工する床やソファなど既存のものは剥がしています。床はヘリンボーン(角が90度になっている貼り方)なので、座席と接する面など、細かな部分は職人さんも苦労したと思います」(中川さん)

床のヘリンボーンを貼っているところ。車だと思えないですね(写真提供/ASTER中川さん)

床のヘリンボーンを貼っているところ。車だと思えないですね(写真提供/ASTER中川さん)

こうしてみると手仕事でできているのがわかります(写真提供/ASTER中川さん)

こうしてみると手仕事でできているのがわかります(写真提供/ASTER中川さん)

施工にかかったのは約1カ月半、費用は130万円ほど。通常、リノベーションでは職人さんが現地に赴いて作業を行いますが、そこは車なので、なんと職人さんの庭に移動してきて作業をしたそう。大工さんも家ではなく車に施工するとは、きっと貴重な機会になったことでしょう。

車内に船舶用の照明を採用するなど、狭くても快適に暮らせる工夫が凝縮(写真提供/ASTER中川さん)

車内に船舶用の照明を採用するなど、狭くても快適に暮らせる工夫が凝縮(写真提供/ASTER中川さん)

窓の景色が移ろう、動く城のような最強の可動産が完成!

完成した住まいは、常に移動して窓から景色が動いていく「動く城」のよう。出来上がりについて施主の川原さんは、「最強の可動産ができた!」と表現します。

この車からの眺め、そのままロードムービーに使えそう(写真提供/ASTER中川さん)

この車からの眺め、そのままロードムービーに使えそう(写真提供/ASTER中川さん)

「動線がスムーズなので、寝る、着替える、くつろぐ、収納からモノを出す、といった行動が家と同じ感覚でできています。目的地についてもキャンプ設営は不要ですし、着替えやシャワー、トイレの場所を探すといった行動にストレスがなく、滞在時間を思う存分、アクティビティに使えます。運転席にロールスクリーンがあるので、下ろして映画を見たりもしています。2人の子どもたちはゲームをしたり、家となんら変わらないくつろぎ方をしていますね。窓から景色がキレイなんですけど、まったく見ていないという……」(川原さん)

キッチンでコーヒーを淹れるだけで、至福のひととき(写真提供/ASTER 中川さん)

キッチンでコーヒーを淹れるだけで、至福のひととき(写真提供/ASTER 中川さん)

ロールスクリーンを下ろしてゲーム中。川原家のお子さんになりたい(写真提供/川原さん)

ロールスクリーンを下ろしてゲーム中。川原家のお子さんになりたい(写真提供/川原さん)

こうして動く城に家族を乗せて、サーフィンや釣り、キャンプに行ったり、初日の出を屋根の上で見たりと、すっかり家族の居場所になっているといいます。ご近所にも評判で、同級生が内見(?)するということも多いとか。

生活に必要なインフラでいうと、電気は大型のポータブルバッテリーを搭載、上水は大きめの給水タンク、下水も汚水タンクがあるため、「家」と変わらない快適さをキープ。断熱材はもともと入っているため今回は手をつけていませんが、現状、エアコン1台で冬も夏も快適に過ごせるといいます。そこはさすが断熱先進国ドイツ製!といったところでしょうか。

一方で、キャンピングカーはそのものが大きいので運転では注意が必要なこと、事前に駐車するスペースを調べておくこと、目的地までの道路が細すぎないか、という点に注意しているそう。もう一つ、気を付けている点として、家の生活感を持ち込まないことをあげてくれました。

お子さんたちのものは極力、厳選して持ち込んでいます(写真提供/川原さん)

お子さんたちのものは極力、厳選して持ち込んでいます(写真提供/川原さん)

「子どもがいるとどうしても、住空間に生活感がにじみでてしまいますよね。せっかくおしゃれにつくってくれたので、この世界観を壊さないように、大人のインテリア空間にするよう、努めています」(川原さん)

ああ、わかります、その気持ち。子どもと一緒の空間は好きなんだけれども、たまには生活感のない大人の空間にいたい……。「動く家」はそんな大人の切なる願いも叶えてくれたようです。

家や住宅ローンのように「動かせないもの」に囚われない生き方を提案したい

今回の「動く家」、現在、乗れているのはほぼ週末といいますが、川原さんがもっとも魅力を感じたのは、「家が自分についてくる、自分本意の生き方ができること」だといいます。

「私たちが暮らす九州は、風光明媚な場所が多くて、阿蘇、天草、鹿児島、大分、宮崎など、自然そのもの、移動そのものが楽しいことが多いんです。『動く家』があれば、ドライブに出かけてそのまま夜空を眺めたり、美しい景色を見て、気に入ったら長く滞在したりと、自由に暮らすことができる。時間通りに動くというより、自分に合わせて家がついてくる、そんな生き方を可能にすると思いました」

窓の向こうに広がる絶景! キャンピングカーで九州を巡るのを夢見ている人は多いのでは(写真提供/川原さん)

窓の向こうに広がる絶景! キャンピングカーで九州を巡るのを夢見ている人は多いのでは(写真提供/川原さん)

動く家。ドライブだけでもしてみたい(写真提供/ASTER中川さん)

動く家。ドライブだけでもしてみたい(写真提供/ASTER中川さん)

設計を担当した中川さんも、手応えを感じているようです。
「弊社の『マンション』『一戸建て』『賃貸』というメニューに『車』という領域を増やしたいくらい。一軒家+離れや応接間のような感覚で、車の空間を使ってみたいという人は多いと思います」と話します。確かにテレワークスペース、家族の避難場所などとして、十分に「ほしい」という人はいることでしょう。

ともすると、私たちは、家や住宅ローンという「重いもの」に縛られがちですが、「動く家」はそうした重たさや、「動かせない」という思い込みを追い払ってくれる存在です。

「老後のためにと今まで積み立ててきた有価証券を取り崩さず、担保に入れて資金調達するスキームを組むことで月々の返済負担をなくし、目先を楽しむことを実現しています。今、老後や将来のためにといって貯蓄や投資にまわす人は多いですが、死ぬときにお金はもっていけません。やりたいことを我慢するのではなく、きちんと暮らしとやりたいことは両立できるんだよという、事例になっていけたらいい」と話す川原さん。

キャンピングカーやバンライフが広がりはじめたものの、「いいなあ」「やってみたい」という人は多いはず。ただ、移動する車窓のように、人生は移ろいゆき、変化していくもの。「定年後に」「ゆくゆくはキャンピングカーで」と憧れるのではなく、実はすぐにでも動き出すことが大切なのもしれません。

●取材協力
ASTER
ASTERのInstagramアカウント

関心高まる「移住・二地域居住」 、促進に向け専門委員会が中間とりまとめを公表 これから何が変わる?

空家の増加が懸念されるなか、東京圏の転入超過数はコロナ禍で一時的に減少したものの、現在は再び増加している。一方で、若者世代を含めた移住や二地域居住の希望者が増加している。こうした状況下で、地方への人の流れを創出・拡大させようと、国土交通省では移住・二地域居住等促進専門委員会を設けて「移住・二地域居住」などを促進するための施策について審議を続け、この度その中間とりまとめを公表した。

【今週の住活トピック】
移住・二地域居住等の促進に向けた対応の方向性等をとりまとめ/国土交通省

地方移住や二地域居住への関心は高い

政府は、移住や二地域居住を促進することは、東京一極集中の是正や地方創生という課題について効果があると見ている。また移住や二地域居住の促進は、「関係人口」の創出拡大を通じた魅力的な地域づくりにも有効な手段と考えている。

関係人口とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、特定の地域に継続的に多様な形で関わる人のことで、「二地域居住等」を行う人も含んでいる。なお、政府では二地域居住を「主な生活拠点とは別の特定の地域に生活拠点(ホテル等も含む)を設ける暮らし方」と定義している。必ずしも2つの地域に住まいがあることに限定していない。

さて、専門委員会の中間とりまとめを見よう。内閣府や国土交通省の調査結果から、地方移住や二地域居住への関心が高まっていると指摘している。まず、内閣府が2023年3月に行った「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」では、東京圏(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)に居住する人の地方移住への関心は年々高まっている様子がうかがえる。

また、国土交通省が2023年8月~9月に行った「二地域居住に関するアンケート」で、二地域居住を行っていない人に二地域居住等を行いたいと思うか聞いたところ、27.9%が二地域居住を行いたい・行う予定があるなどの高い関心を示した。

地方移住への関心(東京圏)全年齢

出典/「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」より

今後、居住地や通勤・通学先以外で、二地域居住等を行いたいと思いますか?

出典/「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」の参考資料集より

このように関心が高まっている移住や二地域居住だが、実行するにはさまざまなハードルもある。

場所にしばられない働き方が可能になり、転職なき移住も

移住や二地域居住で最も高いハードルになるのが、「仕事や収入」といわれてきた。ところが、コロナ禍でテレワークが普及し、地方にいながらにして東京での仕事を続けることができるようになった。地方で希望の仕事が見つからない、地方での収入が都市部より低くて経済的に成り立たないといったハードルが低くなったことで、移住や二地域居住がしやすくなってきた。また、副業を禁止しない企業も増えているので、東京で本業を、地方で副業やボランティアを、といったスタイルが取りやすいことも追い風となっている。

パーソル総合研究所「地方移住に関する実態調査」(2022年3月作成)によると、移住した人の53.4%が「転職をしていない」と回答している。場所にしばられない働き方ができれば、「転職なき移住」も可能になるわけだ。もちろん、残りの半数近くは転職や独立・起業をしているので、それを支援する手立ても必要となる。

移住に伴う転職・職務変更

出典/「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」の参考資料集より

「住まい」「なりわい(仕事)」「コミュニティ」の3本柱

次に、「地域コミュニティへの参加のしやすさ」というハードルもある。地域独特のルールに馴染めないといったことや、「よそ者」に対する寛容性が低い地域、性別や世代などによる偏見が残っている地域があったりして、移住や二地域居住の障害になる場合もある。

そこで、中間とりまとめでは「住まい」「なりわい(仕事)」「コミュニティ」を3つの柱に据えて、それぞれの課題や対応の方向性を提示している。

「住まい」「なりわい(仕事)」「コミュニティ」の課題

出典/「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」より

移住や二地域居住の促進をするための施策についてのとりまとめなので、「中間とりまとめ」ではそれぞれの対応策について、地方自治体が取り組むべき内容や実際に取り組んでいる自治体の事例などを詳しく紹介している。さらに、受け入れる個々の地方自治体だけでなく、民間との連携や地域間、基礎自治体と広域の都道府県との連携も必要であり、区域外就学制度などの子どもの学びの環境づくりなど、横断的な対応も必要と指摘している。

筆者が取材した地方移住者の場合、空き家はあるのによそ者には売ったり貸したりしたくないという風潮があり、それが大きな課題となったという事例もあった。その事例では、移住者のサポートをする橋渡し役の人が地元住民に働きかけて意識を変えたことで、移住者向けの空き家が増え、新たなコミュニティが形成されて、今では多くの移住者や地元住民と良い関係が築けていた。

中間とりまとめは、かなり細かい点にまで言及した提言となっている。実際に行うのは難しい内容も多いが、新しい人材を求める自治体には積極的に取り組んでほしい。働き方や家族のライフスタイルなどが変化している今こそ、障害を減らして魅力を発信できる自治体が移住先・二地域居住先として選ばれていくだろう。

●関連サイト
国土交通省の報道発表:移住・二地域居住等の促進に向けた対応の方向性等をとりまとめ
「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」
「国土審議会 推進部会移住・二地域居住等促進専門委員会中間とりまとめ」の参考資料集

テレワークの個室整備、オンライン内見など…コロナ禍から更に変化した住宅市場動向とは

国土交通省は、令和4年度の「住宅市場動向調査」の結果をとりまとめ、それを公表した。毎年実施している大型調査ではあるが、コロナ禍を経て、住宅を取り巻く環境も変わりつつある。その影響がどう表れているか、見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
「令和4年度住宅市場動向調査」の結果を公表/国土交通省

インターネットの活用は情報収集や問い合わせまでしか進んでいない

この調査は、2021年4月~2022年3月に住み替えや建て替え、リフォームを行った世帯を対象に行ったもの。注文住宅と中古住宅は全国を、分譲住宅、民間賃貸住宅、リフォームについては三大都市圏を対象にしている。

さてコロナ禍では、対面を避けるためにオンラインによる接客やオンライン上の内覧などの手法が採り入れられるようになった。そこで、まずはインターネットの活用がどの程度進んでいるかを見てみよう。

今回の調査では、住宅の住み替えや取得の際の工程を次のように分けて、インターネットの活用状況を聞いている。
(1) インターネットを通じた情報収集
(2) インターネットを通じた問い合わせ、説明会・内見等の申し込み
(3) オンライン会議システム(ZOOM、Teams、Skype等)を活用した物件説明・商談
(4) VR(仮想現実)またはAR(拡張現実)ツールを活用した物件内見
(5) オンラインでの住宅ローン審査(※民間賃貸住宅は対象外)
(6) オンラインでの重要事項説明(※民間賃貸住宅は(5))
(7) 電子署名等を活用した電子契約(※民間賃貸住宅は(6))
(8) (1)~(7)の経験はない(※民間賃貸住宅は(7))

インターネットの活用状況

住宅取得等の過程におけるインターネットの活用状況(出典:国土交通省「令和4年度住宅市場動向調査」調査結果の概要より転載)

いずれの場合も、「インターネットを通じた情報収集」(図の黄色の棒グラフ)が最多でおおむね6割半~8割を占め、特出して多くなっている。次いで、「インターネットを通じた問い合わせや内見等の申し込み」で、最少の賃貸住宅で2割弱、最多の分譲集合住宅(新築マンション)で5割弱といったところだ。

働く場では普及している「オンライン会議システム」の活用だが、図の赤い棒グラフを見る限り、あまり活用が進んでいないようだ。新築マンションの販売センターなどで話を聞く限りでは、多くのデベロッパーがオンライン会議を使った物件説明をしているという話だったので、意外に活用度合いが少ないなというのが正直な感想だ。

売買契約や賃貸借契約の際の電子書面やオンラインの活用はこれから広がるか?

これから普及が進むだろうと見ているのが、インターネットの活用状況の選択肢のうち、(6)のオンラインでの重要事項説明や(7)の電子書面を活用した電子契約である。売買契約や賃貸借契約を交わすときには、必ず重要事項説明を行う(貸主が不動産会社の場合は対象外)ことになっている。かつては必ず対面で行うこととされていたが、オンラインで行うことが可能になった。ただし、国土交通省が定めた細かいルールに準じて行う必要があるため、その環境が整わない不動産会社もあったりして、エンドユーザーが希望しても必ずしも実施できない場合もある。

また、必ず書面で重要事項説明書や契約書を作成することになっていたので、電子書面の交付が可能になった2022年5月以降には、より一層オンラインによる契約の効率化が図れるようになったので、実施状況が上がっていく可能性がある。

社会実験の取り組み

社会実験の取り組み(出典:国土交通省「ITを活用した重要事項説明及び書面の電子化について」サイトより転載)

在宅勤務の普及によってそのための個室を確保した?

次に、コロナ禍で普及した在宅勤務の影響を見ていこう。今回の調査では「在宅勤務等のためのスペースの状況」について、次の選択肢を用意して聞いている。
(1)在宅勤務等に専念できる個室がある
(2) 在宅勤務等に専念できる仕切られたスペースがある
(3)仕切られてはいないが在宅勤務等に専念できるスペースがある
(4) 在宅勤務等に専念できる個室やスペースなどはない

在宅勤務等のためのスペースの状況

在宅勤務等のためのスペースの状況(出典:国土交通省「令和4年度住宅市場動向調査」調査結果の概要より転載)

賃貸住宅に住み替えた世帯では、在宅勤務のためのスペースがない(図の赤い棒グラフ)という回答が最多で、個室がある世帯は3割強にとどまった。しかし、注文住宅や新築一戸建て、新築マンション、中古一戸建て、中古マンションでは、在宅勤務のための個室があるという回答が最も多かった。また、マンションよりも一戸建てのほうが個室を確保する割合が高い傾向がうかがえる。

これは、住宅の広さの影響があるだろう。一般的な賃貸住宅は持ち家よりも面積が狭いので、在宅勤務のための個室を用意することが難しく、持ち家のなかでも一戸建てのほうが部屋数を確保しやすいので、在宅勤務に充てる個室を用意しやすいということだろう。

個室ではないスペースも含めると、在宅勤務のためのスペースというのは、今後の住まい選びでも意識する必要があるだろう。

住宅スゴロクの崩壊?新築マンションは複数回の取得が多い

最後に、筆者が気になった「住宅取得回数」について見ていこう。
調査で住宅取得回数を聞いたところ、すべての住宅の種類でほとんどが「今回が初めて」と回答している。「今回初めて」の割合が最も少ない新築マンションを見ても、72.9%に達している。逆にいうと、新築マンションを買った世帯のなかで17.4%が「2回目」、9.0%が「3回目以上」と回答しており、4世帯に1世帯は今回の新築マンションが複数回目の取得となる。

理由はさまざまあるだろう。高齢化や少人数世帯の増加により、マンションのほうが暮らしやすいと考える世帯が増えたこと、マンションのほうが売りやすいこと、新築マンションの価格が高騰して購入世帯が限定されたことなどが考えられる。

かつて「住宅スゴロク」といわれた、賃貸住宅→マンション→庭付き一戸建てと住み替えるのが理想とされた時代は終わったようだ。

住宅取得の実態は、そのときの経済状況や社会的な変化が反映された結果になる。ITの進化や働き方の変化、住み心地の価値観の変化など、さまざまな要因が調査結果に表れているようだ。

●関連サイト
「令和4年度住宅市場動向調査」の結果を公表/国土交通省
国土交通省「令和4年度住宅市場動向調査」調査結果の概要

コロナ禍のシェアハウス暮らし「毎日の“おはよう”が心を平穏に」。ニーズに変化

2005年前後からブームになったシェアハウス。ここ数年で、1000冊以上の本を備える団地「ジェイヴェルデ大谷田」や商店街の空き店舗を活用した「寿百家店」など、バリエーションが見られるようになりました。コロナ禍で人々の住まい方や働き方が変化している今、新たな動きはあるのでしょうか。シェアハウス専門ポータルサイト「ひつじ不動産」、「ヨコスカシェアロッヂ」オーナー、入居者、それぞれに話を聞きました。
法改正を追い風に、個性派の物件が地方で次々と登場

シェアハウス専門ポータルサイト「ひつじ不動産」北川大祐さんは、「2013年に『違法貸しルーム通知』が出されてからの行政の地道な取り組みが、重要な役割を果たした」と言います。

「2013年9月6日に国土交通省から、いわゆる“脱法ハウス”の是正指導を強化する『違法貸しルーム通知』が出され、法適用が極端に厳格化されました。しかしその後、継続して行われてきたさまざまな関連法規の改正の結果、小規模の建物をシェアハウスに転用する際の法的基準が大幅に緩和・明確化。一方で、特定のシェアハウスへの不正融資が発覚した2019年の『スルガショック』により、粗雑なシェアハウス投資の危険性が広く認知されました。こうした流れのなかで中長期のていねいな運営を見据えた、小規模で良質なシェアハウスをつくるオーナーが再び増加しはじめたのです。

企画・設計・運営を個人、あるいは少人数の会社が行い、建築が特殊、あるいは作家性のある物件が多いのが特徴です」(北川さん)

コロナ禍以降はリモートワークで遠方でも仕事が出来る人が増えたことで、「都市部」「駅近」といった便利さより「落ち着いた環境」を優先。ある程度、社会人経験のある世代が、都心に通勤可能な郊外の物件を選ぶようになっています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「シェアハウスはもともと『人との触れ合い』を持てる住居形態ですが、郊外エリアではコロナ禍でもその点がプラスに働いているケースがあるようです。『在宅勤務に最適な郊外型の豊かな環境』『個性的な小規模物件』、これに付随して生まれた『コミュニティの魅力』の3つが、コロナ以降に目を向けられている物件のポイントと言えます。都心から離れた小規模のシェアハウスであれば、一般家庭と感染リスクは大きく変わらないと考え、都心で押さえ込まれるような生活を送るよりはよいと考える方が、一定数おられるということでしょう」(北川さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

例えば、池のほとりに立つ木々に囲まれた「すいれん館」(大阪府・東大阪市)は「静かな場所で過ごしたい」と希望する入居者が増加し、アトリエスペースやアウトドア用品のレンタルを行っている「ARTdoor’s(アートドアーズ)」(大阪市)では、入居者同士で趣味の時間を分かちあっているそう。ホテル調にリノベーションされた「MOTENA PLEASE(モテナプリーズ)」(大阪府豊中市)は、ヒノキを一部に使った大浴場などがゆったり過ごせて好評と言います。

入居者の暮らしぶりが、今にも見えてきそうな物件。コロナ禍で変わりつつあることが、事例に現れているようです。

都心から電車で約1時間でも自然がある「ヨコスカシェアロッヂ」

同じような変化が見られるのが、昨夏オープンした定員4名・女性限定のシェアハウス「ヨコスカシェアロッヂ」。東京駅から電車で約60分、横須賀中央駅から徒歩約5分。駅に大型ショッピングモールが隣接し、周辺には商店街やカフェ・コンビニ・ドラッグストアなどが充実。それでいて小高い丘に立つため見晴らしがよく、驚くほど静寂な環境です。

築約100年の長屋を活用した「ヨコスカシェアロッヂ」。関東大震災の廃材が使われており、味わいを活かしたデザインが特長です(写真撮影/五十嵐英之)

築約100年の長屋を活用した「ヨコスカシェアロッヂ」。関東大震災の廃材が使われており、味わいを活かしたデザインが特長です(写真撮影/五十嵐英之)

リビングの向かいには海を望む大きなデッキが。「朝、ここでコーヒーを飲むと自分のペースをつくれます」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

リビングの向かいには海を望む大きなデッキが。「朝、ここでコーヒーを飲むと自分のペースをつくれます」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

オーナーの多久和洋平さんは会社員時代、DIYでセカンドハウスをつくったのを機に「空き家をデザイン・改修・賃貸する」事業をスタート。三浦半島で4つのシェアハウスを運営しています。

「コロナで在宅勤務になり、住まい方の自由度が上がったことから、それまで横須賀と無縁だった方に入居を検討してもらえるようになりました。なかには山形や沖縄から来られる方も。就職で上京する方が、都心の密
集を避けるためにあえて横須賀を選ぶ例もあります。

物件への問い合わせは20代半ばから30歳前後の方が多いです。一人暮らしを体験して住まいへの価値観が定まり、プラスαを求めている年代なのかもしれません」(多久和さん)

リモートワークの閉塞感を抜け出すべく暮らしをチェンジ

はるさん(仮名・29歳)が「ヨコスカシェアロッヂ」に越して来たのは昨年8月。東京都中野区にあるワンルーム・賃貸アパートで一人暮らしをしながら、都心のオフィスで内勤の仕事をしていましたが、昨年3月にフルリモートに切り替わり、心境に変化が訪れたそう。

「誰にも会わない日々が続いて、引きこもりのような状態になってしまって。丁度、部屋の更新が迫っていたのですが、リモートが長引くことが予想できたので、『ほどよく人と関わりながら生活したい』と、シェアハウスを思いつきました」(はるさん)

一般的な賃貸アパートでは見られない「むき出しの梁」や「古材の床」が、何とも贅沢。アンティーク調の椅子も雰囲気たっぷりです(写真撮影/五十嵐英之)

一般的な賃貸アパートでは見られない「むき出しの梁」や「古材の床」が、何とも贅沢。アンティーク調の椅子も雰囲気たっぷりです(写真撮影/五十嵐英之)

海外へ留学していた時にルームシェアの経験があるはるさん。住まい方が変わることに、抵抗はありませんでした。
物件探しは、通勤が再開したときを考え「会社までドアツードアで約1時間以内」であること、「入居者が少人数で女性限定なこと」、以前の勤務地で親しみがあったことから「神奈川エリア」を条件に。
最終的に逗子の物件と「ヨコスカシェアロッヂ」に絞られましたが、駅周辺に何でもそろっている後者を選びました。

シェアハウスから坂を下ると5分ほどで商店街に。「徒歩圏内で日常の必要なものを何でもそろえられて、とても便利です」(はるさん)。横須賀には日本とアメリカンな雰囲気が融合した「どぶ板通り商店街」(写真)のようなユニークな商店街も(写真撮影/五十嵐英之)

シェアハウスから坂を下ると5分ほどで商店街に。「徒歩圏内で日常の必要なものを何でもそろえられて、とても便利です」(はるさん)。横須賀には日本とアメリカンな雰囲気が融合した「どぶ板通り商店街」(写真)のようなユニークな商店街も(写真撮影/五十嵐英之)

「中野区にいたのは通勤がしやすいというだけの理由なんです。都内にもシェアハウスはありますが、狭いし、家賃が高いので、私にとってメリットはありませんでした」(はるさん)

二段ベッドなので下部にものが置けるほか、すき間を有効活用したオープン棚も。ディスプレイを楽しみながら、しっかり収納できます(写真撮影/五十嵐英之)

二段ベッドなので下部にものが置けるほか、すき間を有効活用したオープン棚も。ディスプレイを楽しみながら、しっかり収納できます(写真撮影/五十嵐英之)

そんなはるさんの平日は、始業の少し前に起床。その後、身支度が完璧でないときや集中したいときは自室、音楽をかけながらタスクをこなしたいときなどは共用のリビングと、内容や気分で仕事をする場所を分けています。

「ただ、誰かが先にリビングを使っていたら部屋に戻ります。4人いる入居者のうちテレワークをしているのは2人だけなので、今のところ困ることはありません。互いに何となく譲り合い、たまたま休憩が合ったときは一緒にコーヒーを飲んだり、ランチに出かけたり。ゆるく心地いい関係を築いています。もともと満員電車がとてもストレスだったので、ここに来て『自分は在宅勤務の方が合っているな』としみじみ感じますね」(はるさん)

気持ちに開放感が生まれ、料理・ヨガ・海と毎日が充実

昨年7月から入居しているH.Iさん(30歳)は、都内の会社で総務をする会社員。以前は横浜市の1K・賃貸マンションで一人暮らしをしていましたが、契約の更新が近づいて来たのと、単身住まいを10年続け、家電のほとんどが耐用年数を迎えたことから心機一転、引越すことにしました。

各部屋に大きな窓があり、採光も十分。身支度がしやすいよう、すべての部屋に洗面台がついています(写真撮影/五十嵐英之)

各部屋に大きな窓があり、採光も十分。身支度がしやすいよう、すべての部屋に洗面台がついています(写真撮影/五十嵐英之)

「そのころ、仕事がテレワークに切り替わり、週1回出社すれば済むようになったんです。遠方でも構わないので、環境のよいところにしようと思いました」(H.Iさん)

「一から家電をそろえるのはもったいない」と、家具・家電つきのシェアハウスを選択肢に入れたH.Iさん。しかし他人と住むことに不安もありました。そのため賃貸マンションも考えますが、内見するうちにシェアハウスへの思いが高まっていきます。

キッチンのカウンターは作業台とテーブルを兼ねていて、仕事をしたり、入居者同士でおしゃべりしながら料理をしたり、過ごし方の幅が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

キッチンのカウンターは作業台とテーブルを兼ねていて、仕事をしたり、入居者同士でおしゃべりしながら料理をしたり、過ごし方の幅が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

「外出自粛とリモートワークが重なって家にこもりがちになっていたため、メンタルの疲れを感じていたんです。『適度に人と触れ合える暮らしっていいな』と、ひかれました。

最初に男女混合・100人規模のシェアハウスを見学したのですが、入居者の顔が見えにくく、コミュニティが完全に出来上がっているのが難しそう。少人数・女性限定の『ヨコスカシェアロッヂ』を選びました。
同じ条件の下だとおのずと似た性格が集まるのか、お互い干渉しない人ばかりで、楽しく過ごせています。人数が少ないと逆に目が届きやすく、厳格なルールがなくても共用スペースをきれいに保てるんですね」(H.Iさん)

平日は午前中にメールやチャットを返し、13時から14時まではランチ休憩。午後はデータ作成やオンライン会議などをして、19時にはプライベートタイムです。

「以前は窓を開けても味気ない風景でしたが、今は木々が多くて海も見えて、四季を感じられます。自室のほかに広いリビングが使えるので、気分転換がしやすいです」(H.Iさん)

「自室で仕事をするのは主に午前中ですが、集中したいときにも使います。今は週一度の出勤が、ほどよいペースです」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

「自室で仕事をするのは主に午前中ですが、集中したいときにも使います。今は週一度の出勤が、ほどよいペースです」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

H.Iさんの部屋は窓に向かってデスクが置かれており、開けると清々しい緑が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

H.Iさんの部屋は窓に向かってデスクが置かれており、開けると清々しい緑が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

往復約2時間半の通勤時間がなくなったことで「ゆとり」が生まれ、同時に郊外型シェアハウスならではの「仲間」と「自然」を手に入れ、ライフスタイルも大きく変化したそう。

「料理をするようになって、最近はよくパンを焼いています。入居者同士で誘い合ってヨガをすることも。休日は缶酎ハイを持って散歩がてら海へ。公園感覚でふらりと行けるのが最高だなと思います」(H.Iさん)

日常で何気なく人と関われる幸せをコロナ禍で気づく

職場にあった何気ないコミュニケーションがコロナによって断たれたものの、シェアハウスでそれを取り戻す結果となり、H.Iさんもはるさんも「人と接すること」の大切さを実感しています。

「壁越しに生活音を聞いたり、『おはよう』の挨拶を交わしたり、軽いノリでご飯を食べにいったり。たわいもないことが、心を平穏にしてくれているものだなと。『シェアハウスって面倒そう』と思う人がいるかもしれませんが、全然そんなことはなくて、私はおすすめです」(H.Iさん)

「ヨコスカシェアロッヂ」が上手くいっているのは少人数だからで、もしテレワークをする人が増えれば、さらなる工夫が求められるかもしれません。ただ、心地よさの理由はそれだけでなく、前提としてはるさんとH.Iさんが自分に最適なシェアハウスを選び、共同生活のなかで人とのつながりを大事にする思いを持てているからではないでしょうか。コロナ禍で価値を見つめ直したことが、より自分らしい暮らしをもたらす結果になったよう。シェアハウスとは何かを考えるうえで、参考にできる好例といえそうです。

●取材協力
ひつじ不動産
ヨコスカシェアロッヂ
すいれん館
ARTdoor’s(アートドアーズ)
MOTENA PLEASE(モテナプリーズ)

テレワークだからこそ「半育休」を取得。新米パパの挑戦 私のクラシゴト改革9

今年の新春ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』では、IT企業に勤める星野源演じる平匡さんが男性育児休暇を取るくだりがあり、大きな話題に。しかし、厚生労働省の2019年度調査によると、男性育児休暇取得率は7.48%と1割にも満たないのが実情だ。今回はフルリモート勤務という特性を活かして、「育児休暇。たまに仕事」という方法を選んだエンジニア、土屋貴裕さんにインタビュー。連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。

育休取得は当然の流れ。ただし、たまに仕事をする余地も残すことに

Web開発などを担当するエンジニアという仕事柄、在宅ワークが可能な土屋さん。フルリモートで働ける企業「キャスター」に転職したのが2年前。偶然にも転職の内定を承諾した翌日に妻の妊娠が判明。新しい職場で育児休暇を取るのは自然な流れだったそう。
「フルリモートをはじめ、もともと自由な働き方を応援している企業。男性の育児休暇も自然な流れでした。”予定日は8月下旬なので9月1日より育児休暇を取りたいんです”と、伝えたら、”おめでとう。了解しました”というリアクションでした」
実際、キャスターでは、自由な働き方を実現することを企業ミッションやビジョンに掲げていることもあり、男性が育児を取ることは特別視されないという。
「育児休暇を取るのは自然なことでした。制度としてあるなら取らないのはもったいないですから」

ただし仕事を100%休みにせず、緊急時には対応するなど、臨時的に仕事をすることも。「とはいえ、ほとんど育休でしたよ。”半育休”という表現もありますが、育休中に仕事をするのは本来推奨されないことですし。僕自身が仕事をしたいと望んだことも大きかったです」
どうして土屋さんは完全に仕事をシャットアウトせず、仕事をする余地を残しておいたのだろうか。
「入社して半年で、仕事が面白くなってきたフェーズだったんですよね。チャットだけでもいいので内部の様子を共有しながら育休とりたかったんです。ずっとベンチャーのエンジニアをしていて、トレンドの流れが早い業界。完全に離れると勘がにぶる恐れもありました」

現在は仕事復帰し、自宅でリモートワーク中。スタンディングで仕事をするのは集中力が増すので効率的だそう(画像提供/土屋さん)

現在は仕事復帰し、自宅でリモートワーク中。スタンディングで仕事をするのは集中力が増すので効率的だそう(画像提供/土屋さん)

怒涛の新生児育児、2人が担い手になることで乗り切る

そして2019年8月予定日ぴったりに第一子誕生。9月から11カ月間の育児休暇を取得した。
「育児休暇を妻と同時に取ったのは、オムツ替えもミルクも寝かしつけも最初から夫婦2人で子育てをしたかったから。育休も妻→僕の順番になると、僕が教わる立場になり、妻が育児のメインの担い手になってしまうでしょう。そうしたら、僕が甘えてしまいそう。どちらか仕事で不在でも育児がまわっていけるようにしたかったんです」
とはいえ、最初からすべてがスムーズだったわけではない。最初のうちは、夜中に子どもが泣いてもどうしても起きることができず、夜中の3時間おきのミルクは100%妻担当に。当然、叱られた。
「二人で育児をするんだ! と意気込んでいたけれど、やはり当初はどこかで当事者意識が足りなかったと反省しています」

新生児のころ。ドラム式洗濯乾燥機、お掃除ロボット、食器洗浄乾燥機など、家事時短の家電に投資。「特に、ミルクづくりにウォーターサーバーは本当に便利。みんなにオススメしています」(画像提供/土屋さん)

新生児のころ。ドラム式洗濯乾燥機、お掃除ロボット、食器洗浄乾燥機など、家事時短の家電に投資。「特に、ミルクづくりにウォーターサーバーは本当に便利。みんなにオススメしています」(画像提供/土屋さん)

育児は大変だったが、我が子との時間は宝物に。「毎日、いろいろな成長がみられました。仕事をしていたら、毎日数時間しか触れ合う時間がなかったと思うので、育休を取って良かったと思います」

ママじゃなきゃダメ、ということがない土屋さんファミリー。過ごしてきた時間の長さゆえに息子との絆は強い(画像提供/土屋さん)

ママじゃなきゃダメ、ということがない土屋さんファミリー。過ごしてきた時間の長さゆえに息子との絆は強い(画像提供/土屋さん)

育児ストレスが仕事をすることで解消されるメリット

育休中の試行錯誤の育児の苦労の中、「仕事がいい気分転換になった」という土屋さん。
「結局仕事が好きなんですよね。自分がずっと関わってきたプロジェクトに思い入れも強かったですし」
土屋さんだけでなく、妻もたまにヘルプで職場に呼ばれることがあったが、むしろ仕事に行ってリフレッシュした顔をして帰ってきたとか。
昨年秋には、子どもを保育園に預け、夫婦ともに仕事復帰。夫婦2人で仕事と育児を両立させる生活がスタート。「育児休暇中も同僚と情報共有していたので、復帰はスムーズ。いわゆる育休明けに感じる”疎外感”とも無縁でした」
仕事を再開してからも、育児も家事も2人で、が大原則。「育児・家事の役割分担も細かく決めず、片方が朝ごはんをつくったから、片方が晩御飯をつくる。片方が寝かしつけをしてるから、片方がお風呂掃除するなど、自然な流れで、負担を分散するようにしています」
そのため、使えるICT(情報通信技術)はフル活用。新生児のころのミルクや睡眠時間はアプリ「ぴよログ」、復帰後の仕事や休みなどお互いのスケジュールはGoogle カレンダー、ちょっとした情報共有はSlackを活用するといった具合だ。

育児休暇中に料理の腕が上がったとか。「もともと凝り性なので、カレーは彼のほうが上手。鯛めし、蛸めしも美味しいですよ」と妻(写真提供/土屋さん)

育児休暇中に料理の腕が上がったとか。「もともと凝り性なので、カレーは彼のほうが上手。鯛めし、蛸めしも美味しいですよ」と妻(写真提供/土屋さん)

積雪の日の外遊び。今は岐阜市在住。都会の名古屋へも実は車で30分圏内。かつ自然豊かな環境も身近で、子育てしやすい(画像提供/土屋さん)

積雪の日の外遊び。今は岐阜市在住。都会の名古屋へも実は車で30分圏内。かつ自然豊かな環境も身近で、子育てしやすい(画像提供/土屋さん)

「育児は、母親の私がメイン、夫はサブ。そんな関係にならなくてすんだ」と妻も証言

ここまで、土屋さんの奮闘ぶりについてお話を伺ったが、妻の立場からはどう見えていたのか、土屋さんの妻にもお話を伺った。
「最初から一緒に育児スキルを上げていったので、私が教える手間がなかったのはとてもありがたかったです。もちろん完璧じゃなくて、実は彼、子どもと遊ぶのは苦手なほうだったと思うんですよ。子どもの面倒を見るってテレビを観せることじゃないよって正直思ったこともあります(笑)。でも、今では外遊びは彼のほうが得意。息子と楽しそうです。特に生まれてすぐのときは私が赤ちゃんの世話でいっぱいいっぱいで、夫が家事全般をやってくれたのは助かりました」(妻)

現在新居を建築中。新生活も間近(画像提供/土屋さん)

現在新居を建築中。新生活も間近(画像提供/土屋さん)

ママ友や友人と話していて、「あ、ウチとは違うな」と思うことはあるだろうか。
「みなさん、パパの帰りが遅く、ほとんど平日には子どもと触れ合えない家庭が多いよう。だから、寝かしつけがママじゃないとだめだったり、ママへの後追いがひどいという話を聞くと、ウチとはずいぶん違うなと思います。子どもが病気のときも当然母親の方が休むものと思われていることも多いですが、ウチは2人で調整しています。そうそう、保育園の抽選のとき父親は夫1人で、周囲は母親ばかりで“完全アウェイだったよ”と聞いたときは笑いました」(妻)

男性のための育休本を出版~後輩パパたちの背中を押したい

確かに土屋さんの勤務先は男性育休を取りやすい雰囲気があり、フルリモートで受け入れられやすかったのも事実だ。恵まれていると感じる人もいるだろう。しかし、自分も育休を取りたいと考えているパパとその予備軍はもっともっと多いはずだと考えた土屋さん。自分自身の育休体験を基にした書籍を、友人と共著で自主出版した。

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『迷ったら読みたい 育休はじめてガイド』。現在は電子書籍版を販売している。そもそもの制度の話から、実践編までリアルな話が満載だ(画像提供/土屋さん)

『迷ったら読みたい 育休はじめてガイド』。現在は電子書籍版を販売している。そもそもの制度の話から、実践編までリアルな話が満載だ(画像提供/土屋さん)

「もともとエンジニア界隈で技術やマネジメントに関する本を出すのが流行っていて、僕も年に1回のペースで出していました。そんななか、学びの多い育休を、何かの形でアウトプットしたいと考えたんです。自分たち自身が育休を取得して良かったと実感しているから、迷っている方の背中を押したいと思いました」
Twitterで反響になり、取材を受けることも。そのなかで感じたのは、男性の育児休暇の取得が少ない理由のひとつが、単純に「前例がないから」ということ。「こうした実例があるよ、という情報発信を僕がしていくだけで、育児休暇を取るという選択をする人が増え、雇用者側も対応しやすくなることもあるのかなと思っています。育児休暇中に雇用者に支払われるお金は雇用保険から。雇用主側が負担するものではないんです。そのことから勘違いしている人も多いと実感しました」

コロナ禍で男女ともにテレワークをする人が増え、通勤時間に縛られにくくなる中で、男性も育児休暇を取るというケースは今後増えるかもしれない。土屋さん自身は、“半育休=在宅だから育児もしながら仕事できるでしょう”と雇用主側が拡大解釈をすることには警鐘を鳴らしつつ、育児に軸足をおいて、「たまに」仕事をするスタイルが、男女どちらにも、メリットの多い働き方であると実感している。
また、コロナ禍で里帰り出産や親が手伝いにやってくるといったケースが難しく、はじめての育児を女性1人がワンオペで担うのは本当に大変だ。男性の育児休暇取得率の増加に期待したい。

●土屋さんのnote
「迷ったら読みたい 育休はじめてガイド」を発売します!|ころちゃん|note

リモート副業×東京で秘書!長野ではまちづくりに参加 私のクラシゴト改革1

新型コロナウイルスで社会の在り様が大きく変化した現在、新たな働き方が注目されている。都市部で働く人材が、地方企業の仕事にも関わる新しい働き方「ふるさと副業」もそのひとつ。
今回は東京で会社員として働きつつ、長野県塩尻市で外部ブレーンを務める千葉憲子さんにインタビュー。経緯や仕事内容、さらに二児のママとして実感など、あれこれお話を伺った。

連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。ふるさと副業を考えたのは、働き方自由な会社だったから新卒で入社したのは大手メーカーのグループ商社。国内海外転勤、出張が当たり前の世界で、出産、育休を経て復帰したものの、時間=会社への貢献度になってしまうことに疑問を抱き、転職。「前職とガイアックスとではカルチャーがまったく違うので最初は驚きました」。現在は社長秘書の業務とともに、オンラインコミュニティの運営など、社内でも兼業している(写真撮影/スーモジャーナル編集部)

新卒で入社したのは大手メーカーのグループ商社。国内海外転勤、出張が当たり前の世界で、出産、育休を経て復帰したものの、時間=会社への貢献度になってしまうことに疑問を抱き、転職。「前職とガイアックスとではカルチャーがまったく違うので最初は驚きました」。現在は社長秘書の業務とともに、オンラインコミュニティの運営など、社内でも兼業している(写真撮影/スーモジャーナル編集部)

千葉さんは、東京都のIT企業「ガイアックス」の社長室で働きつつ、今年の5月より長野県塩尻市と業務委託を結び、地域課題の解決に取り組んでいる。それは、塩尻市が推進する「MEGURUプロジェクト」の一環で、副業限定の地域外のプロフェッショナル人材が地方と協働で地域の課題に取り組んでいくというもの。その中で、千葉さんはCCO(Chief Communication Officer)に就任。地域外の人と塩尻をつなぎ、関係人口を拡大していくミッションのもと、さまざまな企画立案やイベントを仕掛けている。
本業、副業ともに、「〇時~〇時まで働く」という取り決めはなく、基本成果主義。主に塩尻の業務は週末や夜などにすることが多いが、その境界線はあいまいだ。それができるのも、本業も副業も、業務はほぼリモートだから。東京で塩尻の仕事、塩尻で東京の仕事をすることもある。

「もともと、ガイアックス自体がとにかく働き方が自由な会社で、休日も自分で決めていいし、どこで働いてもいい。もちろん副業もウェルカム。リモートワークが大前提で、会社に出勤するのも週に1度程度。だから、副業を始める前も、実家のある長野県松本市に子ども2人と帰り、1カ月間実家で仕事をしていたこともあります。実際、副業、二拠点、完全リモートをしている社員も多く、私が今の働き方を選ぶのも自然な流れでした」
さらにガイアックスではライフバランスを考えて、仕事半分、報酬も半分といった交渉も可能。千葉さんの場合も、副業ありきで業務量も報酬も上司に交渉している。「トータルで考えると収入は上がりました。夫は会社員をしており、首都圏から離れることは難しく、転職や移住はハードルも高い。しかし、リモート副業なら、私の判断で挑戦できるし、自分のキャリアアップのためにも良かったと思います。夫もこの働き方を応援してくれています」

「息子たちに田舎暮らしを体験させたい」。最初はあくまでも個人的な話から

このプロジェクトに応募した理由のひとつに、子育てで抱いた疑問が大きいという千葉さん。
「私自身は長野の大自然で育ちました。それなのに、息子たち2人を、親が都会で働いているからという理由だけで、都会でしか育てられないなんて変だなと考えていました。移住はさすがに無理だけれど、リモートで副業をすることは現実的な選択だと思いました」

そこで、当初は地元、長野県松本市で地域に貢献できるような仕事はないか考えていたところ、高校時代の友人から、塩尻で外部の人材を募集している話を聞く。
「塩尻は、観光都市の松本や諏訪に挟まれた、人口6万人超のコンパクトなまち。“このままでは人口減。関係人口を増やしたい”という危機感がある分、モチベーションも高かった。規模の大きいコワーキングスペースがそろっていたり、一人の生徒が複数の学校に就学できる”デュアルスクール制度”があったり、ソフト面でもハード面でも受け入れ態勢が整っていました」

塩尻のシビックイノベーション拠点「スナバ」にて。「プロジェクトが始まってみると、市役所の人も、商工会議所の人も、いわゆる”お役所”っぽくなくて驚きでした」(画像提供/スナバ)

塩尻のシビックイノベーション拠点「スナバ」にて。「プロジェクトが始まってみると、市役所の人も、商工会議所の人も、いわゆる”お役所”っぽくなくて驚きでした」(画像提供/スナバ)

今年の夏休み、長野で過ごした子どもたち(画像提供/千葉さん)

今年の夏休み、長野で過ごした子どもたち(画像提供/千葉さん)

自分のなかの「普通」の経験が、想定以上に地域で役立つ場面も

ちなみに、外部のプロフェッショナル人材は、千葉さんのほか6人。その顔触れは国内の大企業の一線で働くビジネスパーソンばかりで、起業家として著名なインフルエンサーもいる。しかも、驚くべきは、千葉さんはお隣の松本市出身だが、他の6人は、長野県にはまったく地縁のない人なのだ。
「地方だからこそできることがあり、その地域の課題に自分の経験やスキルで貢献できたらと考える人材はたくさんいるんだなと改めて思いました。例えば観光促進のために、コンサルタントを外部の企業に依頼すれば、多額のコストがかかる上、多くの企業は契約期間が終了したらいなくなってしまう。そういう痛い体験をしている自治体は多いと思います。でも、移住ではなくリモートで副業という形なら、こうした人的財産をフル活用できるのではないでしょうか」

しかし、多くの人は「そんなに華々しいキャリアもスキルも自分は持っていないから無理」と尻込みしてしまうのでは? という質問に、千葉さんは「そんなことはありません」と即答。
「私だって普通の会社員です。でも自分が通常の業務と思っていたことも、案外、地方や役所では有難がられることも多いです。例えば、私は限られた時間で最大限の効果を出すために、自分の業務を分散し、アウトソーシングすることも多いんです。それは、私には当たり前だと思っていたのですが、地方では個人に業務が集中し、「〇〇さんにしか分からない」「〇〇さんが動けないのでそれはストップしている」という事態になることも多いんです。そんなとき、「この業務のこの部分は別にこの人でなくてもいいのでは?」と整理し、スピードを上げていくのも私の役目。本業での、なに気ない仕事のアレコレが思いのほか役立つことが多いと実感しています。もちろん、逆に塩尻での気づきが本業に役立つことも多々あります」

(写真提供/千葉さん)

(写真提供/千葉さん)

コロナ禍の不自由も逆手にとる。オンラインでのコミュニティづくりが進んだ

募集自体はコロナ禍の前で、現在は、当初の予定とは変更を余儀なくされた部分も大きい。
「今はオンライン上でのコミュニティが主です。もともと塩尻にはなんの縁もなかった人が、トークイベントのゲスト目的で参加し、興味を持ってもらうなど広がりを見せ、今では塩尻市の「関係人口創出・拡大事業」でのオンラインコミュニティ『塩尻CxO Lab』という形に。さらに、実際に地元の中小企業で複業するなどのもっとコアに地域課題に参加していただく有料会員も定員以上の応募が集まりました。この状況下で制約は多いけれど、リモートやオンラインの動きが一気に加速し、距離を感じなくなったことはプラスですね」

千葉さん本人にも副産物はあった。「オンラインイベントでのファシリテーションを何度も務めるうち、スキルが上がったと思います。参加してくださる方には、こうしたオンライン上に慣れていない方もいます。本業とは違うデジタル環境のなか、場数を踏んだことで突発的なトラブルに対応できるようになりました」。その結果、現在は、本業、副業とは別に、こうしたファシリテーションを仕事として引き受けることもあるそう。

オンラインイベントの様子。「いつかはみんなで塩尻ツアーをしたいですね」。今はオンラインだけど、いつかリアルで会えたらどんなに楽しいか、今からワクワクしています」(写真提供/千葉さん)

オンラインイベントの様子。「いつかはみんなで塩尻ツアーをしたいですね」。今はオンラインだけど、いつかリアルで会えたらどんなに楽しいか、今からワクワクしています」(写真提供/千葉さん)

毎年秋に行われる「木曽漆器祭」は、今年はオンラインで。リアルなワークショップが実施できないからこそ、普段は入ることができない各工房の中の様子を配信。千葉さんはレポーター役として活躍(写真提供/千葉さん)

毎年秋に行われる「木曽漆器祭」は、今年はオンラインで。リアルなワークショップが実施できないからこそ、普段は入ることができない各工房の中の様子を配信。千葉さんはレポーター役として活躍(写真提供/千葉さん)

ワーケーションがもっと進めば、暮らしはもっと豊かになる

もちろん課題もある。「私が長野で仕事をする間、子どもたちは松本の実家の両親たちが預かってくれましたが、それができない人も多いはず。子どもがいる人でも二拠点生活が可能なように、預け先の確保は課題です。また小学校に入ると子どもたちも長野に行けるのは長期の休みだけ。親も二拠点で働き、子どもも二拠点で学ぶことができれば、二拠点や副業がもっとスムーズになるのではと思います」
特に、首都圏からのアクセスのしやすさから、山梨、長野は二拠点目としてのポテンシャルが高い。「例えば甲府から松本までのエリアが“ワーケーションベルト”として、コワーキングスペースを充実させて、旅をしながら仕事をしてもらえるなど、相乗効果で盛り上がったらいいですね」
今後は、地域外の人材を地域に活用するこの塩尻の試みを、他の自治体へ広げていきたいと考えているそう。
「同じような課題を持つ地方は多いはず。何かしら地域に貢献したいと考えている人は多いので、受け入れ側の意識が変われば、塩尻のフォーマットが他の地方自治体にも応用可能だと思います。それが今のところの野望です」

●取材協力
株式会社ガイアックス
MEGURUプロジェクト

テレワークの先に。社員の介護、移住をかなえた先駆者・日本マイクロソフトの取り組み

ワークライフバランスの重要性がとなえられ、「働き方改革」が掲げられる昨今。最近は新型コロナウイルスの感染への危惧もあり、テレワークの推奨やその有効性が大きく取りざたされています。導入を検討する企業も増えているなか、一過性の風潮に踊らされず実のある成果を得るためには、どうすればいいのか。その参考になりそうなのが、テレワークを先駆けて実践している日本マイクロソフトの事例です。どのように取り組み始めたのかを紹介した前編に続き、実際に同社でテレワークを活用して遠隔地に住む家族の介護や地方移住などワークライフバランスのとれた働き方を実践した例について伺います。
テレワーク環境の整備は、介護にも役立った

クラウドサービス「Microsoft Azure」営業マネージャー 飯田昌康さんのケース

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

進学や就職で地方から都市部に出てきてそのまま家庭を持ち、故郷の家族とは遠く離れて暮らす場合、避けて通れないのは介護の悩み。家族との距離にかかわらず介護による離職の損失は、大きな社会課題にもなっています。

同社のクラウドサービス「Microsoft Azure」の営業マネージャーで、広島県出身の飯田昌康さん(49歳)も介護事情を抱えるひとりでした。

普段は東京のオフィスで業務し、クライアント訪問も行う飯田さんの、広島に住む両親が要介護になったのは約3年前。介護サービスを利用し、普段の生活は近場に住む姉がサポートしてくれていますが、2年前から月に一度の1週間、飯田さんも広島に戻って両親を介護。その間は、リモートワークで業務を行っています。

「テレワークを決めた理由は、家庭の事情で広島に引越すことができなかったためです。姉自身も難病を抱えており、月に一度は負担を軽減してあげたかった」。人事本部に相談したところ、ぜひやってくださいと快諾してもらえたそうです。

広島に滞在中は、同社のグループチャットソフトウエア「Microsoft Teams」を使い、ミーティングにも参加。ネットワーク環境は大切なため、電波状況も確認できる設置型のブロードバンドWi-Fiルーターを使用して整備しているとのこと。

ネット環境の整備は、介護自体にも有効でした。「母が歩いて転倒してしまったときのことを考えて、寝室とキッチンの壁にWebカメラを設置し、撮影していました。転倒したときはどういう状態だったか分かり、家財道具の安全な動線の工夫にも役立ちました」。また、両親は電話の使用が難しいため、スマートスピーカー「Amazon Echo」を父母の家と自宅、姉と妹の自宅に置いて、呼びかけ機能を活用しています。

スマートスピーカーのイメージ(写真/PIXTA)

スマートスピーカーのイメージ(写真/PIXTA)

「父母の住まいにWebカメラを設置し、姉、妹、私でスマホやPCで確認できるように。このカメラは動きや音を検知して自動的に録画してくれるため、転倒時にケガをしないよう動線を見直したりするのに役立っています。また、父にアレクサで話しかけるとき、いきなり話しかけてびっくりしないように、話しかける前に一度このカメラで様子を見るようにしています」(飯田さん)(写真提供/飯田さん)

「父母の住まいにWebカメラを設置し、姉、妹、私でスマホやPCで確認できるように。このカメラは動きや音を検知して自動的に録画してくれるため、転倒時にケガをしないよう動線を見直したりするのに役立っています。また、父にアレクサで話しかけるとき、いきなり話しかけてびっくりしないように、話しかける前に一度このカメラで様子を見るようにしています」(飯田さん)(写真提供/飯田さん)

リモートワークに必要なのは“寛容”、入り込んでしまう生活音は笑い話に

両親の利用するデイサービスは送迎時間などが決まっているため、その時間は会社のスケジュールに入力し、関係各所に不在を通知。ミーティング内容などは録画やストリーム機能を使って把握するそう。介護のためにリモートワークしていることは営業先にも伝えていますが、クレームなどが起きたことはないそうです。

「こういう働き方を始めたときは、理解を示してもらえるか心配にもなりましたが、世の中変わってきたのかなと思いました」と飯田さん。とはいえ、食事の世話にはじまり家事も含めた介護はもちろん重労働であり、「テレワークをしているときはしているときで、夜にはぐったりです」との言葉には、働きながら介護を両立させる厳しさを改めて実感するばかりです。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

また、テレワークの利点のひとつである移動時間の削減は、仕事の生産効率が向上するものの、詰め込みすぎてしまうことも。「お客さんと話した内容を移動時間で整理していたと気付かされました。だから意識して、整理する時間をつくっています」

介護のように差し迫った事情を抱えたひとが働き続けられるよう、リモートワークを広げていくために必要なことは「寛容」だと飯田さんは言います。Teamsでの会議中、状況を理解できない父が話しかけてきたり、相手側でも赤ちゃんが泣いたりなど生活音が聞こえてくることもありますが、そんなときは「笑い話にしてしまう」そう。一方で、ネットワーク環境は相手側の整備も不可欠になるため、国が推進する中で、皆で取り組むべき課題だとも感じているそうです。

生まれ育った沖縄へ移住、仕事の効率化も実感

人事本部 普久原朝親さんのケース

(写真提供/普久原さん)

(写真提供/普久原さん)

住まいを決めるとき、職住近接は大きな要因となりうるものですが、テレワークは究極の職住近接といえるでしょう。人事本部で採用を担当する普久原朝親さんは、生まれ育った沖縄に移住し、完全リモートワークで働いています。

同社では約4年前、週に5日テレワーク勤務が可能になる制度を導入。介護や育児など特別な事情がある人のための福利厚生ではなく、誰もが利用できる制度で、普久原さんは「人事部門の自分たちが率先を」と、故郷へ戻ることを決めました。業務内容である採用活動では、大阪や名古屋などの地方採用を東京のオフィスで行っていたため、沖縄にいても同じことだと考えたからです。

地方都市の利点を活かして、敷地約1,000平方メートルに建てた家は354平方メートルのプール付きの注文住宅。「仕事をするのは家でなくても問題ないのですが、家が快適なので基本的には家で過ごしています」

(写真提供/普久原さん)

(写真提供/普久原さん)

ワークライフバランスの先を行へ、住む場所や働き方を選ぶ「ワークライフチョイス」

故郷とはいえ、東京から遠く離れた沖縄の地に家を構えたことは、同僚たちにも驚かれたそう。東京に住んでいるころも自宅に同僚たちが遊びにくることはありましたが、仕事や旅行のついでも含め、沖縄の普久原さん宅を訪れる人の数はむしろ増えたとのこと。

テレワークにより快適な日常を過ごしつつ、仕事の効率性も実感しています。朝早い時間の仕事であっても、身支度や通勤などの移動時間も不要でいつでも対応できるので、むしろ会議への出席率は以前にもまして高いとのこと。

最も効率の良い働く場所や時間を自分で選んで働き・生活する「ワークライフチョイス」を実践している普久原さんにとっては、ワークライフバランスですら“古い”ものと言えるよう。地方都市は首都圏と比べて、テレワークの浸透はいまひとつなので、実際沖縄でも、普久原さんのような働き方をしている人はまだまだ少ないのが実情です。時間に余裕ができた分を自由に過ごせる有意義さを伝えるため、普久原さんは余暇を使い、IT活用によるテレワークの実現法などを解説するイベントなどへの登壇も積極的に行っています。

地方都市の“アナログ事情”がもったいない、現状を変えていきたい

一方で、沖縄と首都圏が同じだと感じるのは、実は通勤時間。電車がなく、観光客もレンタカーを使用するため道が渋滞し、東京と同じくらいの通勤時間がかかることもあるそうで、働くための移動時間を削減できるテレワークの有効性は、地方事情にも対応できるといえそう。

また、普久原さんにとっては、IT化に積極的ではない地方都市でまだまだ一般的な、自席のPCからしかメールを見られなかったり会議で大量な紙資料による情報共有が行われていたりする “アナログ”な現状も、もったいなさや歯がゆさを感じているよう。「PCやスマホですべて完結させることで、誰もが効率よく働けて、時間も返ってくる。ぜひその良さをもっと広めたい」とのこと。

働くことは本来、大切な人とともに幸せな生活を送るための安定した糧を得る手段。人生において大事にしたいことを優先できる可能性の大きいリモートワークの推奨が、一過性の目的になってしまうことなく真に浸透することの重要性を、お二人の話から再認識するばかりです。

日本マイクロソフトが10年で到達した、生産性200%成長の裏側にある働き方とは

「働き方改革」が世の中で盛んにうたわれるようになったのは2017年ごろ、それを受けて各企業も対策に乗り出したものの、具体的にどんなことをしたらいいのか悩んでいる企業も多いようです。どんなプロセスを踏み、なにが必要なのか。その大きなヒントになりそうなのが、18年前から実質の「改革」を実践してきた日本マイクロソフトです。業務の改善が結果として、介護など家庭の事情との両立や、男性社員の高い育児休暇取得率など働き方の改善にもつながったという同社の取り組みについて、エグゼクティブアドバイザーを務める小柳津篤氏に伺いました。
「社員がもたない」。働き方を見直したきっかけは“危機感”

――日本マイクロソフトは2017年に総務省の「テレワーク先駆者百選 総務大臣賞」を受賞されていますよね。そもそも働き方を変えられたのは2002年からとのことですが、どのくらいの成果があったのでしょうか。

以下はここ10年のデータですが、勤務時間はマイナス13%になりました。合計で60万時間、1人あたり2カ月分、勤務時間が減っていることになります。事業規模は180%成長しています。

(画像提供/日本マイクロソフト)

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――そもそものきっかけとは、何だったのでしょうか?

僕は昭和のオジサンですから、以前は仕事で人手が不足しているときは、徹夜や休日出勤などの長時間勤務もしながら解決してきました。そうした手段をとることで、仕事自体は終わりますが、長期的に見たらフィジカルやメンタルなどのいろんなものを損ないます。仕事を早く進めないと社員がもたない、というところがビジネス課題でした。

日本マイクロソフトのエグゼクティブアドバイザーを務める小柳津篤さん。本記事の取材もMicrosoft Teamsを使って行われた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

日本マイクロソフトのエグゼクティブアドバイザーを務める小柳津篤さん。本記事の取材もMicrosoft Teamsを使って行われた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

――そこから、どう働き方を変えたのでしょうか。

仕事のやり方というのは、2種類あるんです。右側が従来多くの日本企業が行ってきた「プロセス型・手続き型」、左側が私たちが現在行っている「コラボレーション型・ネットワーク型」の仕事のやり方です。

(画像提供/日本マイクロソフト)

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右側の「プロセス型・手続き型」は、あらかじめ決められた役割・手続き・段取り・プロセスがあり、フォーマット化・マニュアル化された仕事内容に沿って仕事をするというものです。みんな真面目に、時には徹夜して、そうして得られた成功体験が、特に昭和時代に企業で勤めていた経験がある日本人には実体験としてありますから、どうしてもこちらのほうが良い仕事のようなイメージがあるんですね。

一方で、チームやプロジェクトに成果を求め、いつでもどこでも誰とでも、意見交換や情報共有、意思決定ができるのが、左側の「コラボレーション型・ネットワーク型」です。一つのプロジェクトに対して、事業部内に閉じたチームを組むのではなく、事業部の枠を超えて必要な人材をつなぐのです。そうすることで、より付加価値の高い仕事をすることができるようになります。

日本マイクロソフトの勤務時間が短くなったのは、何かを一律に減らしたわけではなく、「プロセス型・手続き型」を減らし、「コラボレーション型・ネットワーク型」を増やした結果です。“働き方改革の事例”としてメディアなどによく取り上げていただくことがあるのですが、「仕事を早く進めたい」という強い思いからスタートし、業務の整理整頓が伴った結果、いわゆる“働き方改革”で目指していることがほぼ解決できた、という感じなんです。

「コラボレーション型・ネットワーク型」は、いわば「三人寄れば文殊の知恵」な仕事の仕方です。これを実現するには、会社には行くべきだ、会議を行わないと情報が共有できない、などとは言っていられません。今あるテクノロジーと社会的なルールの中で、なるべく効率的で効果的に「コラボレーション型・ネットワーク型」を実現しようと思ったら、「いつでもどこでも」になったのです。テレワークを導入したのも、こうした経緯の一環です。

日本の会社がやってしまうのが、「プロセス型・手続き型」を大事にしたままの働き方改革です。それでは、女性が出産後に同じポジションに戻りにくい、介護で出勤が困難になった人がプロジェクトに参加し続けることが難しくなる、などの問題も残ります。はたしてそれでどれだけの人が救われるのでしょうか。

「僕は『テレワーク』を全否定する」

――テレワーク導入の課題として、多くの日本企業ではまだまだ「結局は顔を合わせたほうがコミュニケーションがはかどる」という信念が根強い印象があります。そこはどうお考えですか?

(画像提供/日本マイクロソフト)

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僕たちも会って話すということは、止めていません。それだけをやりすぎている、ということが問題なんです。

テレワークは、辞書としては「在宅、モバイル、サテライト」という意味です。「会社に来ない、現場には行かない」というソリューションなので、そういう意味では僕はテレワークは全否定します。あくまで、その感覚だけで仕事をしてはいけない、ということなんです。

――「コラボレーション型・ネットワーク型」への転換で、戸惑いや混乱はなかったんですか?

もちろんありました。ただ単にやりましょうと言うだけじゃ、誰一人やりませんよ。
僕たちの世代のような「プロセス型・手続き型」の価値観で物事を乗り越え、そこに武勇伝や成功体験がある人たちにとっては、特に自己変革が難しい。だから、ルールや環境の置き換えには、ある種の強制力も必要なんです。そのためには、トップダウンでやらないと。

――小柳津さんご自身は、この変革はスムーズにできたんですか?

できるわけないじゃないですか(笑)。なかなかうまくいきませんでしたよ。
しかし、みなさんも私生活では、実はすでに「コラボレーション型・ネットワーク型」の状態なんですよ。家族や友達、地域の人たちとの社会生活を考えてみてください。家族とは家でだけ、友達とはファミレスだけ、地域の人とは公民館だけで交流しているかといったら、そんなわけはないですよね。同時にクラウドサービスやSNS、さまざまなデバイスも使いながら、いつでも誰でもどこでも、意見や写真の交換をしている。働き方も同じことなんです。

日本マイクロソフト(品川オフィス)の会議の様子(写真提供/日本マイクロソフト)

日本マイクロソフト(品川オフィス)の会議の様子(写真提供/日本マイクロソフト)

僕自身は、製造業関係の会社から25年前にマイクロソフトに転職したんですが、当時は今だったら信じられないほどの長時間勤務をしていたんですよ。そこから得られたこともたくさんありましたが、いろんなものを失いました。例えば、当時、子どもは小学生でしたが、ほとんど一緒にご飯を食べたことがありません。その経験もあり、テクノロジーのリーディングカンパニーとしてもっとできることがないかという責任も感じていました。

2002年、グローバルで「業務生産性」を追求する組織が誕生し「Information Work / Information Worker」という概念が掲げられました。そのなかで生産性の継続に必須となる「働きやすさ」にも着目され男性社員の育児休暇の取得も増えていきます。今でこそ日本マイクロソフトの男性社員の育児休暇取得率は8割ですが、当時、世間では男性の育休制度があること自体が話題になるような時代。会社が持つテクノロジーと社内制度を使い、成果を可視化しながら進めました。

――現在は、小柳津さんは1日をどのように過ごされているのでしょうか。

特に決まっていませんね。遠隔でお客様とのやりとりをしていますし、対面で会うこともあります。お客様の都合やタイミングに合わせているので、昼間の予定はほとんど自分では決められません。半分ほどはリモートワークです。

ですから朝の満員電車に乗るときもあるし、朝ゆっくりリモートワークをするときもあります。

「“勤務時間”という概念はナンセンスだと思う」

――勤務時間がバラバラということでしょうか?

日本マイクロソフトでは、時間の長さは個人の業績や評価に関係しないんです。

労務関連の法律に基づいて勤怠管理はしていますが、みんなビジネスとプライベートがまだら模様になっているので、厳密な意味合いでの勤務時間を測ることは難しいんです。勤務時間が短い代わりに、ものすごく濃い時間を過ごしています。僕も短い時は3~4時間くらいですしね。

そもそも、そういう時間で仕事を測る考え方が、今の物事の進め方にマッチしていないと思うんです。外出しているからといって必ずしも働いているわけじゃないし、パソコンを起動しているからといって働いているわけじゃない。だから、フレックスやコアタイムという概念もないんです。仕事内容も、昔と違って徹夜したから解決できるようなものではありませんしね。

――大きな自己責任が伴いますね……。ただテレワークを導入すればいいということではなく、あくまで活かし方が大切ということですね。

そうです。自己責任にすることで、効率的に働くということを本人が考えざるを得なくなるんです。日本企業は、社員を子ども扱いしていると思います。もともとポテンシャルがある人であっても、成長する機会を奪っていることになりかねません。

だから僕は、社員が徹夜したければそれは個人の自由だと思うんです。良くないのは、それが連続したり、命令によって行われていること。だから早い段階で見つけて軌道修正をするし、時には大きなペナルティーも科します。

――今後の課題は?

実は、世界からみると「コラボレーション型・ネットワーク型」化が一番遅れているのは日本マイクロソフトなんです。「日本の会社としては」世間から評価をいただいていますが、グローバルのマイクロソフトとしては、世界で一番効率が悪いんです。

(画像提供/日本マイクロソフト)

(画像提供/日本マイクロソフト)

グローバルと比較すると、例えばメールの時間が24%長く、宛先が31%多く、会議時間が17%長く、会議招集者が11%多いというデータがあります。日本はまだウェットなコミュニケーションをしているんです。

他国と比べてどうなのか、先月と比べてどうなのかなどを可視化し続けていかないと、社員は変わることができない。

また、「会議のお作法」という会議ルールも全社プログラムとして取り入れました。

(画像提供/日本マイクロソフト)

(画像提供/日本マイクロソフト)

若い人は役職等が上の人がいると業務環境に疑問を持っていても言いにくいけれど、全社プログラムになっていれば、言いやすいですよね。

大切なのは、「働き方改革」ではないです。大切なのは、働き方の変化は会社の付加価値や会社の組織デザインやマネジメントモデルを突き詰めた結果だということです。

最後に

今、新型コロナウイルスによる被害拡大もあり、テレワークを推奨する企業も増えています。しかし急な導入は、「仕事する場所を単に社内以外に移せばリモートワークである」という勘違いの助長も危ぶまれます。本事例からは、リモートにする目的が何なのか見誤らないことの大切さを改めて実感することができるのではないでしょうか、

次回は、同社内で実際にリモートワークで業務に取り組み、地方への移住や遠隔地に住む家族の介護と仕事を両立させている実例を紹介します。

テレワークが変えた暮らし[7] 湘南でマリンスポーツ&子育て。仕事の効率もアップ!

“自分の人生で通勤ほどムダな時間はない”。そう考えて、職住近接の都心暮らしから、現在は湘南暮らしのテレワーカー(リモートワーカー)となった勝見彩乃さん。
現在は、1歳児のママでもある勝見さんに、その経緯、子育てと仕事の両立、生活の変化など、テレワーク(リモートワーク)だからこそ実現した暮らしについてお話を伺った。
結婚を機に働き方を見つめなおす。その結果が「テレワーク」だった

テレワーク歴3年の勝見さん。夫も別会社のテレワーカーだ。
もともと「通勤時間はなるべく短く」がモットーで、常に都心暮らし。職場も住まいも新橋で、歩いて通勤という時期もあったそう。「地方出身で、大学もつくば。いつも交通手段は自転車か車だったので、満員電車が苦手なんです」
テレワークを決めたきっかけは、結婚。プライベートを充実させたい。仕事のパフォーマンスは上げたい。それを両立させるため、夫婦で話し合った結果だった。「結婚すると、今後のキャリアとかライフスタイルとかについて考えるじゃないですか。自分のキャリアを形成していくうえで、効率的に成果を出すのに一番邪魔で削りやすいものってなんだろう、それは通勤時間じゃない? だったら、リモートで働くのが一番じゃないかって結論になったんです」
そこで、転職活動はテレワークをできることが第一条件。結果、「リモートワークを当たり前にする」をミッションとし全メンバーがテレワーカーという企業「キャスター」に出会う。
転職後は、企業の一員として人事や広報を統括する業務に携わる傍ら、副業でスタートアップ企業のための採用サポートにも関わっている。夫もほぼ同時期に転職し、エンジニアとして会社に所属しつつ、フリーランスで業務を請け負うテレワーカーになった。

勝見彩乃さん(35歳)。大学3年生のときにインターンをしていた、求人メディアのベンチャー企業に卒業後就職。その後、ソフトウェア、インターネットメディア企業などで、主に人事・採用に携わる(写真撮影/片山貴博)

勝見彩乃さん(35歳)。大学3年生のときにインターンをしていた、求人メディアのベンチャー企業に卒業後就職。その後、ソフトウェア、インターネットメディア企業などで、主に人事・採用に携わる(写真撮影/片山貴博)

海の近くにマンション購入。一部をおうちオフィスに

テレワーク当初は、中央区晴海在住。もともと、前の職場に30分以内で通えることを理由に選んだ都心エリアだ。「ただ、リモートで働くなら、高い家賃を払ってまで東京都心にこだわる理由はないし、もっと自由に住む場所を選びたいと思うようになりました。家賃がもったいないし、資産としてマイホームを買うきっかけにもなりました」
購入したのは、湘南エリアの新築マンション。「夫婦ともサーフィンやSUP(スタンドアップパドル)
などマリンスポーツが好き。海へ気軽に行ける立地は魅力でした。また、フルリモートとはいえ、週に1度は東京都内に足を運ぶ業務もあるので、通勤圏でもある、このあたりが現実的でした」
新居を構えると、一部屋は夫の書斎に。リビングには作業用デスクをオーダーし、キッチンカウンター下はホワイトボードを張るなど、おうちオフィス仕様とした。

作業デスク、チェアはハンドメイドやクラフト作品のマーケットサイト『minne』で見つけたお気に入り作家さんにオーダー(写真撮影/片山貴博)

作業デスク、チェアはハンドメイドやクラフト作品のマーケットサイト『minne』で見つけたお気に入り作家さんにオーダー(写真撮影/片山貴博)

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キッチン下のカウンターにはシール式のホワイトボードを貼って、自分の考えをまとめる場に。「書く場所の広さは思考の広がりに比例すると思って、できるだけ広く取りたかったんです」(写真撮影/片山貴博)

キッチン下のカウンターにはシール式のホワイトボードを貼って、自分の考えをまとめる場に。「書く場所の広さは思考の広がりに比例すると思って、できるだけ広く取りたかったんです」(写真撮影/片山貴博)

辻堂西海岸にある自転車・SUP専門店「FAVUS」でのツーリングに参加した1コマ。江の島もすぐ。「マンションの屋上からは海が見えます」(写真提供/FAVUS)

辻堂西海岸にある自転車・SUP専門店「FAVUS」でのツーリングに参加した1コマ。江の島もすぐ。「マンションの屋上からは海が見えます」(写真提供/FAVUS)

ママになって、テレワークのメリットを再確認

そしてマンションの契約後、引越し前のタイミングで妊娠が判明、出産。「リモートワークは、育児を想定した選択ではありませんでしたが、限られた時間のなか、子どもとの時間を捻出するのは、通勤時間がないリモートワークが理にかなっています」
実は「なるべく仕事のブランクをつくりたくない」と、子どもが生後4カ月のときには仕事復帰。保育園の4月入園までの半年間は、自宅で育児をしながらのテレワークだったそう。「とはいえ、子どもが寝ている間など合間の時間を見つけて、1日4時間程度でしたけれど。本格復帰の前に育児しながらの仕事に覚悟をちゃんと持っておきたかったんです」
Web会議などまとまった時間が必要な場合は、会社から月3万円を上限にベビーシッター費の半額を助成してもらえる制度があり、そちらも活用することも。「プロの手を借りる。これは良かったです。私も育児に本当に慣れない時期で、”こうやって楽しませるんだ”とか、“こんなふうに刺激を与えて泣き止ませるのね”と、プロの技を教えもらったのは、とても心強かったです」
また、夫は育児休暇を取ったわけでないが、自宅でテレワークをしていたため、否応なく育児の当事者に。新生児時期の大変な時期の新米ママの伴走者でもいてくれた。「『僕がお世話しているから、寝ていたら?』と声をかけてくれたり、体力的にも精神的にも心強かったです。育児とテレワークは父親にも母親にもプラスばかり。小泉進次郎さんが育休を取って、テレワークをするということにも注目しています」

現在は子どもを近くの保育園に預けて、帰宅したら、朝の8時半には仕事開始。17時に子どもを迎えに行って、食事、お風呂をすませ、子どもを寝かしつけた21時から、また仕事をすることも。「子どもと一緒に寝落ちしてしまうこともあります(笑)」

1歳7カ月の娘さんと。「発熱などでお迎えの電話があっても、在宅なのですぐに迎えに行けます」(写真撮影/片山貴博)

1歳7カ月の娘さんと。「発熱などでお迎えの電話があっても、在宅なのですぐに迎えに行けます」(写真撮影/片山貴博)

組織の一員だからこそ実現できることもある

とはいえ、もっと仕事の自由度を上げるなら、「フリーランス」や「自分で独立してビジネス立ち上げ」という選択もあるのでは?
「もちろん、先のことは分かりませんが、今は会社の中で、自分がやりたいことを実現できていると思うので完全フリーランスは考えていません。同じミッションを共有している仲間がいることは心強いし、きっと会社が好きなんですよね(笑)。また、1人でできることには限られているし、組織だからこそ実現できることも多いでしょう。組織なら、経験がないことでも挑戦させてもらえる余地があります」
とはいえ、テレワークはフリーランス同様、過程ではなく成果で評価されるため、シビアさもある。誰でもテレワーカーになれるのだろうか?
「私も普通の会社員でしたよ。ただ成果を重視する働き方にコミットできる人、ある程度オンラインでのツールを使いこなせることは必要かと思います」 

ワーケーションも実践。プライベートもぐっと自由に

Web上のコミュニケーションに慣れるにつれ、プライベートにも変化が。
「今いる場所にこだわらなくなり、沖縄やアメリカにいる友人とZoom(Web会議室)でおしゃべりしたり、新しい仕事の相談に乗ってもらったり。会社の同僚ともオンラインランチ、オンライン飲み会と称して、つながっています」

社内に「オンライン飲み会部」という部活があり、ZoomというWeb会議ツールを使って不定期で飲み会を実施している これは2020年1月に実施した際に撮影したスクリーンショット(写真提供/本人)

社内に「オンライン飲み会部」という部活があり、ZoomというWeb会議ツールを使って不定期で飲み会を実施している これは2020年1月に実施した際に撮影したスクリーンショット(写真提供/本人)

旅行しながら仕事をする「ワーケーション」も実践済みだ。訪れた場所は、奄美大島、北海道、五島列島など。特に五島列島では自治体主催のプログラムに参加。土・日は家族で観光、月・火は子どもを地域の保育園に預けて、ホテルのコワーキングスペースで仕事をした。「これなら旅行のハードルがぐっと下がるでしょう。とても楽しかったです」

五島列島での風景。オフシーズンにリモートワーカーを招く取り組みで、参加費にタクシーチケットが含まれるので、運転免許を持っていない方でもOK (写真提供/一般社団法人 みつめる旅)

五島列島での風景。オフシーズンにリモートワーカーを招く取り組みで、参加費にタクシーチケットが含まれるので、運転免許を持っていない方でもOK (写真提供/一般社団法人 みつめる旅)

茨城県水戸市を中心に1カ月ほどワーケーションをしたことも。「日立駅にある海の見えるカフェで仕事をしていました」

茨城県水戸市を中心に1カ月ほどワーケーションをしたことも。「日立駅にある海の見えるカフェで仕事をしていました」

世の中には、あくまでも人対人の対面のやり取りにこだわりたい人がいるのも事実だ。しかし、技術の進化、副業の奨励などに伴い、暮らす街、働き方は今後もっと自由になるだろう。夫婦ともテレワーカー、フリーランスと会社員の二足のわらじ、という勝見さんは、まさにその実現者。「仕事する場所を選ばないなら、どこに住んだっていい。もっと田舎でも、海外でも。二拠点もありです」と、将来の選択肢は広がる一方。これからが楽しみだ。

自宅をオフィスに! テレワークで取り入れたい「家なかオフィス化」アイデア5つ

場所や時間にとらわれない柔軟な働き方“テレワーク(リモートワーク)“。その普及によって、働く場所も多様化している。今回は、自宅の一部にワークスペースを設ける「家なかオフィス化」のヒントが詰まったアイデアの数々を、リノベーション事例などを通して紹介したい。
【ヒント1】リビング内にワークスペースを設ける

自宅の中にワークスペースを設ける際、家の中のどこにスペースを確保するかは大問題。その選択肢のひとつがリビングだ。リビングなら、家族の様子を見ながら、あるいは家族の気配を感じながら仕事ができる。ただその一方で、仕事に集中しにくいというデメリットもあるようだ。その解消法も併せて紹介しよう。

【G-FLAT/兵庫県神戸市垂水区Fさん】
室内窓に面して2つのデスクが並ぶワークスペースは、夫婦が同時に作業することもできる。デスクは複数のモニターを置いてもスペースに余裕がある(写真提供/G-FLAT)

室内窓に面して2つのデスクが並ぶワークスペースは、夫婦が同時に作業することもできる。デスクは複数のモニターを置いてもスペースに余裕がある(写真提供/G-FLAT)

ワークスペースの背中側。可動棚のある本棚やプリンターも手が届く距離にあり、効率的に仕事が進められる(写真提供/G-FLAT)

ワークスペースの背中側。可動棚のある本棚やプリンターも手が届く距離にあり、効率的に仕事が進められる(写真提供/G-FLAT)

一戸建ての1階に、リビングとつながるワークスペースを設けた例。リビングとワークスペースとの間は大きな窓のある間仕切り壁で隔てている。2つのデスクを窓に向けて置くことで、窓を通して家族の気配を感じ取り、リビングの様子を確認できるワークスペースが実現した。

このような間取りにしたのは、妻が在宅のイラストレーターであり、夫も自宅でデザイン系の作業をすることがあるから。子どもが2歳と幼く、子どもが寝ている間や機嫌の良いときにしか仕事ができない妻にとって、ふと顔を上げればリビングに居る子どもの様子が確認できるのは理想的。以前の賃貸マンションでは、一室をワークスペースとしていたため、集中こそできるものの、他の部屋の様子は分からなかった。なお、集中したいときは、小窓のロールスクリーンを下ろしてワークスペースに“こもる”ことも可能だ。

【リビタ/東京都武蔵野市Oさん】
67.20平米・2LDKのマンションのリビングの玄関側を小部屋に仕立ててワークスペースに。フリーランスで働く妻にとって自宅内のワークスペースはかねてからの念願だった(写真提供/リビタ)

67.20平米・2LDKのマンションのリビングの玄関側を小部屋に仕立ててワークスペースに。フリーランスで働く妻にとって自宅内のワークスペースはかねてからの念願だった(写真提供/リビタ)

リビング越しに窓の外の景色が見えるほどに開放的な点には大満足。ガラス窓を開けるとリビングにいる家族と会話も可能。集中したいときには窓とカーテンを閉めれば完全な個室にすることもできる(写真提供/リビタ)

リビング越しに窓の外の景色が見えるほどに開放的な点には大満足。ガラス窓を開けるとリビングにいる家族と会話も可能。集中したいときには窓とカーテンを閉めれば完全な個室にすることもできる(写真提供/リビタ)

リビングの一角にガラス張りの小部屋を設けてワークスペースとした例。フリーランスで活動している妻のワークスペースをつくる際、当時5歳と2歳だった子どもたちのリビングでの様子を視界に入れながら仕事ができるようにと、ガラス張りにした。夫のテレワーク時にも利用するなど、夫婦でともに活用しつつ、子どもが小学生になったときに子ども部屋に転用することも想定している。

オフィスやカフェなどよりも落ち着く上、周囲に気を遣わずに電話ができるし、ガラス部分のカーテンを閉めれば、ダイニングテーブルやコーナー机などよりも集中できるテレワーク環境となる。

【リビタ/東京都杉並区Tさん】
96.55平米の3LDKのマンションを、「小学校のような家」というコンセプトのもとにリノベーション。このワークスペースは「図工室」という位置づけだ(写真提供/リビタ)

96.55平米の3LDKのマンションを、「小学校のような家」というコンセプトのもとにリノベーション。このワークスペースは「図工室」という位置づけだ(写真提供/リビタ)

LDKや廊下との間を腰高のパーテーションでゆるやかに区切ったワークスペースの例。定期的にテレワークのある夫、アクセサリー製作の仕事をする妻、大学生の長女と中学生の長男(ともにリノベーション当時)の4人がそれぞれに必要なスペースを確保しようとしたとき、完全に区切ると1人分のスペースが非常に狭くなることから、LDの一部をゆるやかに隔てることで夫婦のワークスペースを確保した。

夫は月に2回ほどのテレワーク時、妻は週2日ほどアトリエに出勤する以外の時間、このワークスペースで仕事をしているが、リノベーション計画当初に意図した通りに、広々とした開放感を味わっているという。その副産物として家族のコミュニケーションも増え、そういった意味でも“風通し”が良くなっているのだとか。

【ヒント2】仕事スペースと生活スペースを分けてメリハリを

オン・オフを明確に切り替えたいという人には、ワークスペースを生活空間から完全に分離するのが効果的。いわゆる“SOHO”(Small Office/Home Office)だ。仕事中はそこに“こもる”ことで、仕事や作業に没頭できるようになる。

【ブルースタジオ/東京都練馬区Nさん】
80.30平米・2LDKの一室をワークスペースとライブラリーに分割。コンパクトなワークスペースなだけに、仕事に必要な機器や資料はすべて手に届く範囲にある(撮影/Sayaka Terada[ZODIAC])

80.30平米・2LDKの一室をワークスペースとライブラリーに分割。コンパクトなワークスペースなだけに、仕事に必要な機器や資料はすべて手に届く範囲にある(撮影/Sayaka Terada[ZODIAC])

LDKからワークスペースへとつながる廊下の壁面を若草色に。ブルー基調のリビングからこの”森”を通って移動することで、アタマが仕事モードになる(撮影/Sayaka Terada[ZODIAC])

LDKからワークスペースへとつながる廊下の壁面を若草色に。ブルー基調のリビングからこの”森”を通って移動することで、アタマが仕事モードになる(撮影/Sayaka Terada[ZODIAC])

マンションの2LDKの洋室の片方を蔵書のライブラリーとワークスペースに分割して使っている例。それぞれのスペースは狭いが、その分、機能を集中させることができ、ワークスペースと生活空間がきっちり分離されている。そのため、フリーランスのデザイナーとして自宅で仕事をするNさんにとっても、オン・オフのメリハリの利いたワークスタイルが可能になっているが、その一方で、両スペースを行き来する際の切り替えという課題も。そこで、生活空間のテーマカラーをブルーとし、ワークスペースへと続く壁の色を自社のテーマカラーである若草色に彩ることで、ワークスペースに向かう際は、常に若草色の“森”を抜ける気分になるのだとか。色彩的な効果を利用して気分を変えているのだ。

趣味と仕事がほぼ連動しているNさんにとって、この部屋での暮らしは至って快適なのだそう。リビングから “森”を通ってワークスペースに向かい、思う存分“こもる”ことができるのは、SOHOスタイルならではの楽しみなのかもしれない。

【ヒント3】狭いスペースを利用してワークスペースを確保

限られた空間のなかでワークスペースを確保するためには、デッドスペースやちょっとした隙間を利用することもある。特にマンションでは、空間の有効活用は切実な問題だ。

【リノベる。/神奈川県鎌倉市T さん】
夜、リビングで夫婦の片方がくつろいでいるときに、もうひとりがワークスペースにこもったりして交互に使っている(写真提供/リノベる。)

夜、リビングで夫婦の片方がくつろいでいるときに、もうひとりがワークスペースにこもったりして交互に使っている(写真提供/リノベる。)

80.19平米・2LDKのマンションの玄関と寝室の間のスペースを利用。LD側の窓とバルコニー側の窓を開けると家中に風が通り、家全体が気持ちの良い空間となる(画像提供/リノベる。)

80.19平米・2LDKのマンションの玄関と寝室の間のスペースを利用。LD側の窓とバルコニー側の窓を開けると家中に風が通り、家全体が気持ちの良い空間となる(画像提供/リノベる。)

リビングから寝室へ向かう廊下の脇に秘密基地のような書斎を設けてワークスペースとしている例。限られた広さを有効に使って夫婦それぞれが持っていた蔵書を収納しながら集中できるスペースをつくるために、玄関と寝室の間の小さな空間を利用した。このアイデアは、「採光が良く風通しが良い家なので、気分に合わせて家の中のいろいろなところで過ごせるようにしたい」というそもそもの家づくりのコンセプトにも合致していた。

会社員の夫は在宅での作業やオンラインミーティングなどのときに、同じく会社員の妻は個人的なスタディースペースとしてこの書斎を利用。壁の色のトーンを落としたことで、集中できる空間になっている上、本やPC類がちょうど手の届く範囲に収まっているため、使い勝手も良いのだとか。入り口に扉を付けて個室にするようなことはせず、こもりながらも家族の雰囲気を感じ取れるようにしている。リビングやダイニングで仕事をすることもあり、「仕事は必ずここで」と限定していないところもT家流だ。

【ヒント4】事業者が提案するワークスペースも

UR賃貸住宅やハウスメーカーなども、自宅内にワークスペースを設けるプランを提案している。

【MUJI×UR/団地リノベーションプロジェクト】
玄関(左)から土間を介して右の多目的スペースに上がれる。玄関脇には可動棚のある収納スペースも(写真提供/MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト)

玄関(左)から土間を介して右の多目的スペースに上がれる。玄関脇には可動棚のある収納スペースも(写真提供/MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト)

玄関からもキッチンからも入れる2way方式なので、動線も効率的だ(画像提供/MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト)

玄関からもキッチンからも入れる2way方式なので、動線も効率的だ(画像提供/MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト)

株式会社MUJI HOUSEとUR都市機構が愛知県名古屋市の相生山団地で提案しているプラン。玄関土間から直接、多目的スペースに上がれるようになっている。納戸や趣味スペースとしても利用可能だ。

【セキスイハイム/パパママ個室】
夫婦それぞれに個別のスペースが設けられているので、夫婦が同じ時間に作業する場合でも、自分だけの空間が確保できる(写真提供/積水化学工業)

夫婦それぞれに個別のスペースが設けられているので、夫婦が同じ時間に作業する場合でも、自分だけの空間が確保できる(写真提供/積水化学工業)

主寝室との間にウォークインクローゼットを挟んでいることで、より一層、作業に集中できる空間に(画像提供/積水化学工業)

主寝室との間にウォークインクローゼットを挟んでいることで、より一層、作業に集中できる空間に(画像提供/積水化学工業)

セキスイハイムが提案している注文住宅のプランの一つ。主寝室のウォークインクローゼットの奥に書斎と洗面台付きのメイクアップコーナーが設けてある。夫婦それぞれに自分専用の空間があることで、自宅で作業をする時間が重なった際や、忙しい朝の身支度の際にも、お互いに気を遣わずに済む上、動線上にあるウォークインクローゼットに物がしまえるので、すっきりとした空間での作業が可能だ。

【ヒント5】お手軽なDIYでもワークスペースがつくれる

これまでに紹介した大掛かりなリノベーションなどをしなくても、自宅の中にワークスペースを設けることは可能だ。

例えば、広いリビングをパーテーションで仕切れば、仕切りの中をワークスペースとすることができる。パーテーション越しに家族の気配を感じ取りつつ、作業や仕事に集中できそうだ。

パーテーションは1万5000円くらいから入手可能だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

パーテーションは1万5000円くらいから入手可能だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、リビングの一角にデッドスペースがあれば、そのスペースちょうどのサイズにテーブル天板をカットし、伸縮式の脚をつけてスペースにはめ込むことで、作業コーナーが出来上がる。

必要な費用は8000円程度。テーブル天板や伸縮式の脚などは、ホームセンターなどで入手可能だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

必要な費用は8000円程度。テーブル天板や伸縮式の脚などは、ホームセンターなどで入手可能だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

フリーランスなどの在宅ワーカーや会社員がテレワークに際して導入し、大いに役立っている「家なかオフィス」。DIYなどの手段も含めれば、「家なかオフィス」実現への道は決して遠くない。まずはDIYでできる範囲で着手しつつ、近い将来のリノベーション、注文建築なども視野に入れながら、今から快適なワークスペースの計画を練ってはいかがだろうか?

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連載:「職住融合」テレワークが変えた暮らし

“子育てに人気の街”弊害も。テレワークが変える郊外の子育て

前回の記事「テレワーク導入に900社が理解示さず。流山市の民間シェアオフィスが挑む高い壁」では、千葉県流山市で子育て世代の母親・父親などのテレワークを実現するシェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」の立ち上げについてお伝えした。

流山市のような郊外でテレワークが求められている背景には、「子育てに人気の街」ゆえの悩みがある。尾崎さんによると、子育て世代が多く流入する地域は子育て関連サービスのニーズがあまりにも多く、働きやすさや子育てのしやすさを向上させるためのサービスの供給が追いついていない。そのため通勤時間の長い郊外ほど、仕事と家庭の両立は難しいという。
テレワークを始めると父親・母親たちの生活はどう変わるのか? トリスト利用者の出(いで)梓さんと梁瀬(やなせ)順子さんに話を聞いた。

子どもが増えても有給は増えない。3人目の出産で迎えた限界写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

現在3人の子どもを育てながらトリストでテレワークをする梁瀬さんは10年前、結婚を機に子育て環境を求めて流山市に引越してきた。

当時は時短勤務で埼玉県の企業に通勤していたが、子どもの体調不良で何度も保育園から呼び出された。さらに学校の行事や面談の数は子どもの数に応じて増えるのに、有給の日数は変わらない。「子どもが2人の時点でいっぱいいっぱいだったので、これは無理だと思い、3人目を産む前に思いきって退職しました」

それからは専業主婦としての生活を始めたが、子どもたちと一日中過ごす生活は想像以上にハードだった。「働いている方がイライラしないし、自分にとってバランスがいい」と気づき、地元でアルバイトを探し始めた。ところがどんなにやる気をアピールしても、土日のシフトに入れないことを理由に一向に採用されない。梁瀬さんは「一度正社員を捨てると、アルバイトですら働くことは難しいんだと思い知らされました」と当時を振り返る。

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

そんななか、子どもの保育園が一緒だった尾崎さんに悩みを相談してみたところ、運よく尾崎さんの仕事をトリストで手伝わせてもらうことに。3人目の子どもが保育園に入ってからは都内のベンチャー企業にテレワーク前提で採用され、現在はバックオフィス業務を担う週3日勤務の正社員としてトリストで働いている。

テレワークを始めてから「生活の自由度が増した」と語る梁瀬さん。「以前は何か用事が一つあると、有給を半日から1日は取らないといけませんでした。でも今は地元で働いているので、3人分の行事も習い事も面談も働きながら全て対応できます。通勤時間がない分、時間を効率的に使えている実感があります」

有給を消化しなくとも、子どもたちとの時間を大切にできるし、自分の時間も確保できる。テレワークがなければ決して実現しなかった生活について、梁瀬さんは朗らかな表情で語ってくれた。

「一度辞めると、同じポジションに戻るのは難しい」トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

2人目は、アパレルや雑貨メーカー向けの刺繍を企画製造する会社で働いてきた出(いで)さん。専門的な仕事に就きながら、保育園児と0歳児の2人の子どもを育てている。もともとは都内で暮らしていたが、子育て環境を求めて3年前に流山市に移り住んできた。

「アパレルの仕事は忙しくて時間が不規則ですし、トレンドの変化が激しいので、『一度辞めると、同じポジションで復職するのは難しい』と言われています。実際に私の会社で育休復帰した人は一人もいなかったのですが、仕事が大好きだったので、出産してもなんとか続けたかったんです」

流山から職場まで、通勤途中での保育園への送り迎えを含めると往復3時間。時短勤務にするだけでも、迷惑をかけているという負い目を感じてしまうはずなのに、子どもが熱を出して保育園に呼び出されるようなことが続けば、きっと仕事が手につかなくなる。そんな不安から、出さんは「私は会社に必要ないのだろか?」とまで考えたという。

出さんは第一子の出産後、たまたま手に取ったフリーペーパーでトリストの存在を知り、すぐに尾崎さんに連絡をとった。アパレル業界でのテレワークは非常にレアケースであるため、利用したいが会社を説得できる自信がないと相談すると、尾崎さんは出さんと一緒に会社に出向き、社長を説得してくれた。トリストでのテレワークが認められたおかげで、出さんは会社史上初の育休復帰を果たし、仕事を続けることができた。

「家と保育園とトリストがとても近いので、保育園からの急な呼び出しにも対応できますし、病後児保育を利用したり家で看病したりしながら仕事を再開できます。有給がなくなる不安もありません。通勤時間がない分、時間を有効活用できています。もしテレワークができていなかったら、仕事を諦めていたかもしれません」

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

仕事を続けるために必要なのは「地域コミュニティ」

梁瀬さんや出さんのように、「地元でやりがいのある仕事をしながら、家族との時間も大切にしたい」と願う人たちが1つのワークスペースに集うことで、仕事と家庭だけではない第3の場所として“地域コミュニティ”を同時に築くことができる。

「子どもを迎えに行けないときは、トリストのメンバーにお迎えを頼むことができるのでとても助かっています。困ったときにお互いに助け合えますし、地域の生の情報を得られるのもありがたいです。予防接種の受付が始まったとか、いいお店があるとか」と梁瀬さんは語る。

トリスト発起人の尾崎さんによると、「流山市は子育てを目的に引越してくる人が多いので、もともと地域には縁もゆかりもない人が多い」。香川県出身の尾崎さんもその一人だ。

尾崎さんは最初、「会社の理解があり、家族で家事分担ができていれば、仕事と育児の両立は容易」と思っていた。しかし現実はそうではなかった。「都内の企業に通勤していたのですが、子どもが熱を出して保育園からはしょっちゅう呼び出されますし、私が体調を崩して家族に頼れないときは、ご飯を買いに行くことすらできませんでした」

「このままでは仕事を続けられない」。そう思った尾崎さんは、香川県の実家から季節ごとに送ってもらったうどんやみかんを、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにおすそ分けした。何かあったら助けてもらえるよう、日常からコミュニケーションをとるようにしたのだ。その甲斐あって、地域のシニアは困ったときに子どもを預かってくれるなど、尾崎さんがヘルプを出した際に快く手を貸してくれるようになった。

その一方で、尾崎さんは地域のシニアのためにお米などの買い物を進んで引き受けている。「時間のあるシニアとパワーのある子育て層が互いにないものを補い合うことで、地域がうまく連携できる」と尾崎さん。「郊外で暮らす子育て世代が仕事を継続できるかどうかは、地域ネットワークがあるかどうかにかかっています」

しかし都内に働きに出ていると、忙しい子育て世代は地域と関わる時間を持つことは難しい。お金で買えない地域コミュニティは、時間をかけて構築することが必要だ。「働きながら地域コミュニティと繋がれて、家族との時間も大切にできる、この3つを同時進行できる場所」の必要性を認識した尾崎さんは、トリストを通じて地域との関わりが生まれるよう、さまざまな工夫をしている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたり、高校生にカフェを運営してもらったり。トリストの近くに住むシニアには防犯見守りや託児の協力も得ている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

今では次のような助け合いが自然とできる関係が生まれているという。

「ある日トリストで働くお母さんが乗って帰って来るはずだった飛行機が遅延して、3人の子どもたちを保育園に迎えに行けなくなってしまいました。そのとき、SNSの入居者グループでそのお母さんがヘルプを出した瞬間、トリストのお母さんたちが役割分担をして動き始めたんです。あるお母さんは子どもたちをそれぞれの保育園に迎えに行き、あるお母さんはご飯を用意して子どもたちを受け入れました。当然金銭のやり取りは発生していません。普段時間をかけて人間関係を築いているからこそ、いざというときにチームプレーが生まれるんです」

父親・母親の働き方が変われば、子どものキャリア観も変わる

トリストは父親・母親の働き方を変えるだけでなく、子どものキャリア観を育むことも目指していると尾崎さんは語る。

「子どもたちがいかに地域において広いキャリア観を持てるかが、これからの日本に求められています。そのためにはどの親の子どもであれ、いろんなネットワークや仕事を地域の中で知る機会が必要です」

トリストでは、入居者のキャリアを活かした子ども向けのワークショップを開催している。アパレル業界で働く出さんは、子どもたちにミシンの使い方を教え、アニメキャラクターの衣装をみんなでつくったところ大評判だったそうだ。

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

こうしたスキル面だけでなく、「好きなことをして働く背中を子どもたちに見せることが、子どもたちにとって一番のキャリア教育になる」と尾崎さんは話す。

「どんなに学校がキャリア教育を施しても、結局子どもたちのキャリア観は親がつくるものです。父親・母親が自分の未来を信じて、自分自身が楽しむ姿を子どもに見せてほしい。お父さん、お母さんたちの働き方を変えることが、遠回りに見えて、実は子どもたちのキャリア観を一番広くしてあげられることなんです」

テレワーク人口が増えれば、日本は面白くなる

「テレワークがなければ仕事を辞めていたかもしれない」という言葉を聞くたびに、今までどれほど多くの母親たちが地元でキャリアを活かして働くことを諦めてきたのかと思う。父親・母親は子どものために仕事を諦めるのではなく、子どものためにこそ仕事を続けてほしい。そのためには、テレワークなどの働き方の支援や、地域との助け合いが必要だ。父親・母親のためだけでなく日本のために、この動きが全国に広がっていくことが望まれる。

●取材協力
Trist(トリスト)

“子育てに人気の街”弊害も。テレワークが変える郊外の子育て

前回の記事「テレワーク導入に900社が理解示さず。流山市の民間シェアオフィスが挑む高い壁」では、千葉県流山市で子育て世代の母親・父親などのテレワークを実現するシェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」の立ち上げについてお伝えした。

流山市のような郊外でテレワークが求められている背景には、「子育てに人気の街」ゆえの悩みがある。尾崎さんによると、子育て世代が多く流入する地域は子育て関連サービスのニーズがあまりにも多く、働きやすさや子育てのしやすさを向上させるためのサービスの供給が追いついていない。そのため通勤時間の長い郊外ほど、仕事と家庭の両立は難しいという。
テレワークを始めると父親・母親たちの生活はどう変わるのか? トリスト利用者の出(いで)梓さんと梁瀬(やなせ)順子さんに話を聞いた。

子どもが増えても有給は増えない。3人目の出産で迎えた限界写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

現在3人の子どもを育てながらトリストでテレワークをする梁瀬さんは10年前、結婚を機に子育て環境を求めて流山市に引越してきた。

当時は時短勤務で埼玉県の企業に通勤していたが、子どもの体調不良で何度も保育園から呼び出された。さらに学校の行事や面談の数は子どもの数に応じて増えるのに、有給の日数は変わらない。「子どもが2人の時点でいっぱいいっぱいだったので、これは無理だと思い、3人目を産む前に思いきって退職しました」

それからは専業主婦としての生活を始めたが、子どもたちと一日中過ごす生活は想像以上にハードだった。「働いている方がイライラしないし、自分にとってバランスがいい」と気づき、地元でアルバイトを探し始めた。ところがどんなにやる気をアピールしても、土日のシフトに入れないことを理由に一向に採用されない。梁瀬さんは「一度正社員を捨てると、アルバイトですら働くことは難しいんだと思い知らされました」と当時を振り返る。

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

そんななか、子どもの保育園が一緒だった尾崎さんに悩みを相談してみたところ、運よく尾崎さんの仕事をトリストで手伝わせてもらうことに。3人目の子どもが保育園に入ってからは都内のベンチャー企業にテレワーク前提で採用され、現在はバックオフィス業務を担う週3日勤務の正社員としてトリストで働いている。

テレワークを始めてから「生活の自由度が増した」と語る梁瀬さん。「以前は何か用事が一つあると、有給を半日から1日は取らないといけませんでした。でも今は地元で働いているので、3人分の行事も習い事も面談も働きながら全て対応できます。通勤時間がない分、時間を効率的に使えている実感があります」

有給を消化しなくとも、子どもたちとの時間を大切にできるし、自分の時間も確保できる。テレワークがなければ決して実現しなかった生活について、梁瀬さんは朗らかな表情で語ってくれた。

「一度辞めると、同じポジションに戻るのは難しい」トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

2人目は、アパレルや雑貨メーカー向けの刺繍を企画製造する会社で働いてきた出(いで)さん。専門的な仕事に就きながら、保育園児と0歳児の2人の子どもを育てている。もともとは都内で暮らしていたが、子育て環境を求めて3年前に流山市に移り住んできた。

「アパレルの仕事は忙しくて時間が不規則ですし、トレンドの変化が激しいので、『一度辞めると、同じポジションで復職するのは難しい』と言われています。実際に私の会社で育休復帰した人は一人もいなかったのですが、仕事が大好きだったので、出産してもなんとか続けたかったんです」

流山から職場まで、通勤途中での保育園への送り迎えを含めると往復3時間。時短勤務にするだけでも、迷惑をかけているという負い目を感じてしまうはずなのに、子どもが熱を出して保育園に呼び出されるようなことが続けば、きっと仕事が手につかなくなる。そんな不安から、出さんは「私は会社に必要ないのだろか?」とまで考えたという。

出さんは第一子の出産後、たまたま手に取ったフリーペーパーでトリストの存在を知り、すぐに尾崎さんに連絡をとった。アパレル業界でのテレワークは非常にレアケースであるため、利用したいが会社を説得できる自信がないと相談すると、尾崎さんは出さんと一緒に会社に出向き、社長を説得してくれた。トリストでのテレワークが認められたおかげで、出さんは会社史上初の育休復帰を果たし、仕事を続けることができた。

「家と保育園とトリストがとても近いので、保育園からの急な呼び出しにも対応できますし、病後児保育を利用したり家で看病したりしながら仕事を再開できます。有給がなくなる不安もありません。通勤時間がない分、時間を有効活用できています。もしテレワークができていなかったら、仕事を諦めていたかもしれません」

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

仕事を続けるために必要なのは「地域コミュニティ」

梁瀬さんや出さんのように、「地元でやりがいのある仕事をしながら、家族との時間も大切にしたい」と願う人たちが1つのワークスペースに集うことで、仕事と家庭だけではない第3の場所として“地域コミュニティ”を同時に築くことができる。

「子どもを迎えに行けないときは、トリストのメンバーにお迎えを頼むことができるのでとても助かっています。困ったときにお互いに助け合えますし、地域の生の情報を得られるのもありがたいです。予防接種の受付が始まったとか、いいお店があるとか」と梁瀬さんは語る。

トリスト発起人の尾崎さんによると、「流山市は子育てを目的に引越してくる人が多いので、もともと地域には縁もゆかりもない人が多い」。香川県出身の尾崎さんもその一人だ。

尾崎さんは最初、「会社の理解があり、家族で家事分担ができていれば、仕事と育児の両立は容易」と思っていた。しかし現実はそうではなかった。「都内の企業に通勤していたのですが、子どもが熱を出して保育園からはしょっちゅう呼び出されますし、私が体調を崩して家族に頼れないときは、ご飯を買いに行くことすらできませんでした」

「このままでは仕事を続けられない」。そう思った尾崎さんは、香川県の実家から季節ごとに送ってもらったうどんやみかんを、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにおすそ分けした。何かあったら助けてもらえるよう、日常からコミュニケーションをとるようにしたのだ。その甲斐あって、地域のシニアは困ったときに子どもを預かってくれるなど、尾崎さんがヘルプを出した際に快く手を貸してくれるようになった。

その一方で、尾崎さんは地域のシニアのためにお米などの買い物を進んで引き受けている。「時間のあるシニアとパワーのある子育て層が互いにないものを補い合うことで、地域がうまく連携できる」と尾崎さん。「郊外で暮らす子育て世代が仕事を継続できるかどうかは、地域ネットワークがあるかどうかにかかっています」

しかし都内に働きに出ていると、忙しい子育て世代は地域と関わる時間を持つことは難しい。お金で買えない地域コミュニティは、時間をかけて構築することが必要だ。「働きながら地域コミュニティと繋がれて、家族との時間も大切にできる、この3つを同時進行できる場所」の必要性を認識した尾崎さんは、トリストを通じて地域との関わりが生まれるよう、さまざまな工夫をしている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたり、高校生にカフェを運営してもらったり。トリストの近くに住むシニアには防犯見守りや託児の協力も得ている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

今では次のような助け合いが自然とできる関係が生まれているという。

「ある日トリストで働くお母さんが乗って帰って来るはずだった飛行機が遅延して、3人の子どもたちを保育園に迎えに行けなくなってしまいました。そのとき、SNSの入居者グループでそのお母さんがヘルプを出した瞬間、トリストのお母さんたちが役割分担をして動き始めたんです。あるお母さんは子どもたちをそれぞれの保育園に迎えに行き、あるお母さんはご飯を用意して子どもたちを受け入れました。当然金銭のやり取りは発生していません。普段時間をかけて人間関係を築いているからこそ、いざというときにチームプレーが生まれるんです」

父親・母親の働き方が変われば、子どものキャリア観も変わる

トリストは父親・母親の働き方を変えるだけでなく、子どものキャリア観を育むことも目指していると尾崎さんは語る。

「子どもたちがいかに地域において広いキャリア観を持てるかが、これからの日本に求められています。そのためにはどの親の子どもであれ、いろんなネットワークや仕事を地域の中で知る機会が必要です」

トリストでは、入居者のキャリアを活かした子ども向けのワークショップを開催している。アパレル業界で働く出さんは、子どもたちにミシンの使い方を教え、アニメキャラクターの衣装をみんなでつくったところ大評判だったそうだ。

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

こうしたスキル面だけでなく、「好きなことをして働く背中を子どもたちに見せることが、子どもたちにとって一番のキャリア教育になる」と尾崎さんは話す。

「どんなに学校がキャリア教育を施しても、結局子どもたちのキャリア観は親がつくるものです。父親・母親が自分の未来を信じて、自分自身が楽しむ姿を子どもに見せてほしい。お父さん、お母さんたちの働き方を変えることが、遠回りに見えて、実は子どもたちのキャリア観を一番広くしてあげられることなんです」

テレワーク人口が増えれば、日本は面白くなる

「テレワークがなければ仕事を辞めていたかもしれない」という言葉を聞くたびに、今までどれほど多くの母親たちが地元でキャリアを活かして働くことを諦めてきたのかと思う。父親・母親は子どものために仕事を諦めるのではなく、子どものためにこそ仕事を続けてほしい。そのためには、テレワークなどの働き方の支援や、地域との助け合いが必要だ。父親・母親のためだけでなく日本のために、この動きが全国に広がっていくことが望まれる。

●取材協力
Trist(トリスト)

テレワーク導入に900社が理解示さず。流山市の民間シェアオフィスが挑む高い壁

テレワーク(リモートワーク)の導入が推進されてはいるものの、まだ十分に普及しているとは言えない。企業におけるテレワークの導入率はわずか19.0%(総務省「平成30年 通信利用動向調査」)。「会社に制度はあっても、実際に使っている人はいない」という話を耳にすることも多い。

そんななか、テレワークを千葉県流山市で定着させようとしている人がいる。都内(または全国)の企業に所属しながら流山で働くことを実現するシェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」を運営する、尾崎えり子さんだ。トリスト立ち上げまでの道のりを聞くと、日本でのテレワークの定着が難しい現状が見えてきた。

「キャリアを消さないと地元で働けないなんて」

ワーキングスペースを提供するだけではなく、テレワークを初めて実施する企業や従業員をサポートするトリスト。通勤時間を理由に一度は仕事をあきらめた母親たちなどの再就職を含め、50名以上がTrist(トリスト)を活用している。

尾崎さんがトリストを立ち上げた背景には、自身が子育て中に思うような仕事に就けなかった経験がある。第一子を出産後、流山市から都内の企業に通勤していた尾崎さんは、子どもの体調不良で保育園に呼び戻されることが多く、思うように仕事ができない日々が続いた。「こんな状況では仕事と子育ての両立は厳しい」と思い、第二子の出産を機に退職を決意する。

シェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」を運営する尾崎えり子さん(撮影/片山貴博)

シェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」を運営する尾崎えり子さん(撮影/片山貴博)

地元で就職先を見つけようとするが、選択肢は少なく、コンビニやファストフード店のアルバイトの面接にも出向いた。しかし、その扉が開くことはなかった。

「都内の企業で経営コンサルティングの仕事をしたり、企業内起業で社長をしていた私は『キャリアがありすぎる』と言われたんです。それで、他のお母さんたちはどうやって仕事を見つけているんだろう?と思ってママ友に聞いてみると、かつて外資系金融機関で営業をしていた友人は、そのキャリアを履歴書には書かずに、大学時代のカフェバイトの経歴だけを書いてやっと小売店でのアルバイトに採用されたそうなんです」

「キャリアを消さないと働けないなんておかしい」。そう思った尾崎さんは現状を変えるべく、地元でキャリアを活かして働ける場所をつくる決意をした。「日本の労働人口は、今後ものすごい勢いで減少していきます。ママを救いたいという気持ちではなく、今まで労働に参加できていなかった人たちが働きやすい環境をつくってこの国をなんとかしなければという気持ちでした」

「ママなんてバイトで満足でしょ」テレワークに理解を示さない企業

トリストではワーキングスペースの提供だけでなく、テレワークの教育プログラムを企業と個人双方に行っている。日本マイクロソフト社とともにEmpowered JAPANというテレワーク教育プログラムを立ち上げた。テレワーカーとしての姿勢や心構えを尾崎さんが直接指導するのに加え、労務管理やセキュリティ、クラウドでの共同作業なども各専門家がレクチャーする。講座の中にはテレワーカーの採用を希望する企業へのテレワークインターンも組み込まれている。その後、希望企業にはTristで採用説明会を開催。採用に至った場合の紹介料は発生せず、ワーキングスペースの席料のみ企業から支払われる仕組みだ。

トリストで働くには、テレワークを前提に新たに雇用してもらう方法と、流山から都心の企業に通勤している人が会社にテレワークを許可してもらう2つの方法がある。後者の場合は尾崎さんが必要に応じて打ち合わせに同席し、責任者を説得するサポートをしてくれるというから心強い。

トリストで教育プログラムを受講している様子(写真提供/Trist)

トリストで教育プログラムを受講している様子(写真提供/Trist)

トリストのシステムに賛同してくれる企業を増やすべく、尾崎さんが営業した企業は実に960社。ところが、そのうち共感してくれた企業はたったの60社だった。

「一体いつの時代の人権教育の影響なんだろうと思ってしまうくらい、信じられないような発言をする方がたくさんいらっしゃいました。次の言葉は、私が実際に企業の担当者の方からかけられた言葉です」

「あなたが3人目、4人目を産めば少子化は解決するんじゃないですか?」
「あなたたちみたいに働く女性が多いからこんな社会になってしまったんですよ」
「お母さんなんて3時間パン屋さんでバイトすれば満足でしょ?」

尾崎さんは「悔しくて、噛み締めた唇から血が出るほどだった」と当時を振り返る。テレワークの必要性を認めてもらえないどころか、自分自身が見下されている。このままでは日本は変わらないのに、どうして分かってくれないのか。

「今後日本は大介護時代に突入します。そのとき、マネジメント層の人たちもテレワークが必要な状況に陥ります。そうなる前に企業は今から試行錯誤して、自分たちに合ったテレワークのやり方を見つけなくてはなりません。本当に必要になってから慌てふためいても遅いんです」

日本でテレワークが浸透しない3つの理由トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのミーティングスペース(写真/片山貴博)

トリストのミーティングスペース(写真/片山貴博)

地元でテレワークができれば、これまでのキャリアを活かして働きながら、家族との時間も大切にできる。いいことばかりのように思えるが、なぜ日本でテレワークは浸透しないのだろうか。

尾崎さんによると3つの理由がある。1つ目は「法律」の問題。特に中小企業にとっては、労働法上テレワークを使いづらい環境になっているという。

2つ目は「マネジメント」の問題。今マネジメント層にいる人たちは、会社に通勤することで成功してきた人たち。そのため、部下が目の前にいないと、「マネジメントができなくなるんじゃないか」「結果を出してもらえないんじゃないか」「サボるんじゃないか」といった不安を感じてしまう傾向にある。

3つ目は「セキュリティ」の問題。例えば人事の仕事は「セキュリティレベルが高いからテレワークはできない」と言われるが、解決の糸口は業務を棚卸しすることで見えてくる。具体的には、「評価」の業務はセキュリティレベルが高いとしても、「スカウトメールの送信」や「媒体への求人情報の掲載」といった業務はそこまで高くはないはずだ。その場合、週2日は本社で評価業務を行い、週3日はテレワークでその他の業務を行うといった対応が検討できる。

尾崎さんは「今まで『テレワークは難しい』と言われていた業界や職種でこそ挑戦したい」と力強く語る。

往復3時間の通勤から解放され「心の余裕が全然違う」写真左からトリスト利用者の出梓さん、梁瀬順子さん(写真/片山貴博)

写真左からトリスト利用者の出梓さん、梁瀬順子さん(写真/片山貴博)

実際にトリストでテレワークをしている利用者の話を聞いた。1人目は3人のお子さんを育てる梁瀬(やなせ)順子さん。子育て環境を求めて流山市に引越す前は、埼玉県の企業で正社員として働いていた。2019年4月からトリストでスタートアップ企業のバックオフィス業務をしている。

「テレワークを始めた当初は、相手の雰囲気が分からないことに戸惑いはありました。でも実際に会うことは少なくても、相手の顔が見えて話を聞くことができれば、お互いの温度感は十分伝わります。言葉だけのコミュニケーションで足りない場合は気軽にテレカン(電話会議)をしています」

さらに梁瀬さんの働く会社では全てのプロジェクトの情報がオープンにされており、通勤している社員とテレワークの社員との間の情報格差はない。そのため、「会社に行っていないからといって、置いてかれているという感覚はありません」

アパレル企業で働きながら2人の子どもを育てる出梓(いで あずさ)さんも、「必要な場合はオンライン会議ができるので、現場との時差は感じない」と話す。

「トリストでテレワークを始める前は、流山から会社に往復3時間かけて通勤していました。毎日疲労困憊でしたが、今は通勤時間がなくなったので時間が生まれ、大好きな仕事を続けられています。その分夫にも子どもにも、余裕を持って接することができています」

またテレワーカーを雇う企業からも、トリストを評価する声が上がっている。尾崎さんは「テレワークがうまくいっていない」という声をランチ会などで拾い上げると、「いまトリストではこうした問題で悩んでいる方がいます。もしお心当たりがあるようでしたら改善をお願いします」というように、発言者の名前を伏せて企業に対応を促している。企業からは「尾崎さんがアドバイスしてくれるので、まるでテレワークのコンサルを導入しているよう。テレワーカーの退職防止にも役立ち助かっている」という言葉をもらったこともあるそう。

尾崎さんのお話を聞いて思ったのは、日本でテレワークが普及しない根本的な要因の1つに、企業の古い価値観があるということ。これを変えていくのは相当難しいように思えるが、実際にテレワークを導入してみると、労使ともに心地よさを感じる事例がトリストからいくつも生まれている。尾崎さんの言葉で動かなかった900社にも、大切な社員を辞めさせない手段の一つとして、テレワークがあるという認識を持ってほしいと願う。

次回は、今回トリストの利用者としてご登場いただいた梁瀬さんと出さんのお二人が感じたテレワークの必要性と、テレワークを始めて感じた変化について、具体的にお伝えする。

●取材協力
Trist(トリスト)

テレワークが変えた暮らし[6]湘南で見つけた新しい生き方。「サーフィンを楽しむ70歳になりたい」

テレワーク(リモートワーク)を利用すると、出勤準備や通勤にあてていた時間が自由に使えるようになります。その時間で、サーフィンや畑などのやってみたかったことを始め、ついには新しい生き方を選んだ人がいます。住まいと街、働き方、生き方が溶けあった事例を紹介しましょう。
いつかは住みたかった湘南。理想の物件にひとめぼれ

東京生まれ、東京育ちのL・Iさん(40代女性)が一人暮らしを満喫しているのは、湘南・藤沢にある「鵠ノ杜舎(くげのもりしゃ)」。団地リノベや街のブランディングで知られるブルースタジオが手掛けたテラスハウスで、周囲に畑や丘もあります。

ブルースタジオが手掛けた「鵠ノ杜舎」。玄関まわりに自転車やサーフボードがあるのがいかにも湘南らしい(写真撮影/片山貴博)

ブルースタジオが手掛けた「鵠ノ杜舎」。玄関まわりに自転車やサーフボードがあるのがいかにも湘南らしい(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

L・Iさんが以前から漠然と「住めたらいいな」と思っていたこの地に引越したきっかけは、会社がテレワークを導入したこと。

「外資系企業に勤めていたのですが、週5日のテレワークが導入されたんです。それまで通勤しやすさを考えて都内や川崎市で暮らしていたんですが、これなら湘南に住めるかもしれないな、とぼんやりと考えていたときにこの物件を見学、“素敵すぎて手放したくない”と思いました」とほれ込んだそうです。

するとそこからLさんの人生は少しずつ変わっていきます。
「もともとスノーボードをやっていて、似ているかなと思ってサーフィンを始め、今では夏は朝、冬は昼に1~2時間ほど海に入っています。それから畑仕事も始め、今はハーブ類のローズマリー、セージ、タイムなどと、野菜を育てています」

海岸までは愛車で向かう。平日に波に乗り、人の多い休日に仕事をすることも(写真提供/L・Iさん)

海岸までは愛車で向かう。平日に波に乗り、人の多い休日に仕事をすることも(写真提供/L・Iさん)

Lさんが畑で育てているハーブたち(写真撮影/片山貴博)

Lさんが畑で育てているハーブたち(写真撮影/片山貴博)

手前はハーブ。奥の防寒対策をした苗シートの中で、キャベツなどの野菜の栽培にチャレンジ(写真撮影/片山貴博)

手前はハーブ。奥の防寒対策をした苗シートの中で、キャベツなどの野菜の栽培にチャレンジ(写真撮影/片山貴博)

ほかにはランニング、合間には友人や家族と外食をしたりと、充実した日々を送っています。
「藤沢や湘南の人って、とてもおしゃれでフレンドリー。海辺の街が心をオープンにするのかな。いい意味でゆるさがあって入りやすい。独特のカルチャーもあってとても居心地がいいんです」と新しくできた人間関係も楽しむように。

ワークスペースも整えて、ストレスフリーな環境に

もともと「手放したくない!」とほれ込んだ住まいというだけあって、家に合うインテリアを買いそろえ、好きな絵画を飾り、「ストレスを極限まで減らした」住まいに。仕事用にハーマンミラーの椅子、腱鞘炎になりにくいマウス、固定電話をそろえるとともに、家電はできる限りIot化、デスクまわりは整理整頓して、集中できる環境を整えているといいます。

ワークスペースのまわりが散らかっていると、気が散ってしまって仕事にならないといい、常にきれいにしているのだそう(写真撮影/片山貴博)

ワークスペースのまわりが散らかっていると、気が散ってしまって仕事にならないといい、常にきれいにしているのだそう(写真撮影/片山貴博)

「家の規制はあまりないんです。管理会社に相談をすれば釘を打ってもいいし、共用部分にあるBBQスペースを自由に利用したり、敷地内では住人みんなでウズラも飼っているんですよ。少し前には烏骨鶏(うこっけい)がいました」と楽しそう。

「家が素敵というのもありますが、自分でもたまに夢のような暮らしだなって思うときがあります。ストレスは本当に感じないですね」(Lさん)

ワークスペースの反対にはベッド。壁にはデイヴィッド・ホックニー(画面左上)などのアートをギャラリーのように飾っている(写真撮影/片山貴博)

ワークスペースの反対にはベッド。壁にはデイヴィッド・ホックニー(画面左上)などのアートをギャラリーのように飾っている(写真撮影/片山貴博)

ベッドサイドの窓からは丘が見え、気持ちよく目覚められるのだそう(写真撮影/片山貴博)

ベッドサイドの窓からは丘が見え、気持ちよく目覚められるのだそう(写真撮影/片山貴博)

人生設計を見直す。今の夢は70歳になってもサーフィンしていること

引越してきた当初は、週2日は出社、週3日はテレワークという暮らしをしていました。そこで、実感したのが通勤や出社にかかる時間と負担感です。

「通勤ってその前の準備も含めると2時間半くらい必要なんですよね。藤沢から東京都心だと3時間くらいかかるかもしれない。それに出社するための衣服や化粧品、ランチ、帰宅するまでの間のちょっとした買い物にもお金も使う。経済的にも時間的にもすごくロスが多いし、やっぱり通勤電車はすごく疲れる」と話します。

一方、テレワークだと通勤や出社で疲れることはありません。
「通勤のストレスがないので、仕事のクオリティが上がると実感しました。また、通勤や出社にかけていた時間やお金を、趣味や自分の使いたいもののために使える。仕事前後にスポーツができるから健康にもいいし」。自由時間=可処分時間が増えることで、健康や趣味といった仕事以外の「生きた時間」の使い方ができると実感したそう。

1階のキッチンとダイニング。海外の旅先で買った照明と日本の調理器具などが絶妙に調和(写真撮影/片山貴博)

1階のキッチンとダイニング。海外の旅先で買った照明と日本の調理器具などが絶妙に調和(写真撮影/片山貴博)

照明は海外で購入したもの。この家に引越してきた家具とも自然と調和(写真撮影/片山貴博)

照明は海外で購入したもの。この家に引越してきた家具とも自然と調和(写真撮影/片山貴博)

「それと、湘南の暮らしが良すぎて、だんだん東京にギャップを感じ始めたんです。電車に乗っていると余裕がなくなっていくような気がして、いやになってしまったんですね。勤務先は規模の大きい企業だったこともあり、できるだけ長く会社にいるつもりだったのですが、50代が近づいて退社するより、今退職して夢を描くほうがいいと、思い切ってチャレンジしました」

なんと退職を決意、現在はフリーの翻訳者として在宅で仕事をし、必要なときに都内へ出向くという生活にシフト。さらに、退職後に手づくりでオーガニックの石けんづくりをはじめ、新しい楽しみ(と収入源)を増やしています。

「不安もありましたが、先ほども話したように、フリーランスになって給料や収入が減ったとしても、出ていくお金も減るし、時間も有効に使えます。あと、つくった石けんは海辺のマルシェなどで販売して売り上げています」

ヤギのミルクを使ってつくった石けん。ハーブの一部には畑で栽培したものを使っている(写真撮影/片山貴博)

ヤギのミルクを使ってつくった石けん。ハーブの一部には畑で栽培したものを使っている(写真撮影/片山貴博)

これからの夢について、「70歳になってもサーフィンをしていたら、かっこよくないですか?」と笑いながら話します。テレワークをきっかけに、住まいも仕事も、生き方も大きく変えたLさん。すべてが自然体で心地よい、新しい生き方を見つけたようです。

●取材協力
鵠ノ杜舎

テレワークが変えた暮らし[5] 近所のシェアオフィス活用で、子育てと仕事をフレキシブルに

テレワーク(リモートワーク)を導入する企業が増加するのに比例して、シェアオフィスの開業も相次いでいる。シェアオフィスは駅中や駅近にあるイメージが強いが、テレワークをする日は駅を利用しない場合もあるだろう。自宅の近くで仕事をしたいという需要も予想されるなか、住宅地にシェアオフィスを併設した複合施設「Tote駒沢公園」が11月にオープンした。近所に住み、利用している男性に話を伺った。
駒沢オリンピック公園横に新しいシェアオフィスができたワケ

東急田園都市線「駒沢大学駅」から10分ほど歩くと、駒沢オリンピック公園の正門にたどりつく。この真横に2019年11月22日にオープンしたのがUDS株式会社が企画、建築設計・監理、建物管理を手がける「Tote(トート) 駒沢公園」。1階が洋菓子店、2階に2020年4月開設予定の保育園があり、3階にはシェアオフィス&スタジオ「Tote work & studio」がある。上層階は賃貸住居になっている。

Tote 駒沢公園(写真撮影/高木真)

Tote 駒沢公園(写真撮影/高木真)

Tote 駒沢公園がこうした複合施設となった背景には、「駒沢公園地域をより盛り上げたい」というオーナーの思いがあった。

Tote work & studio には完全個室オフィスのROOM PLAN(1~3名向け)、専用デスクのDESK PLAN(1名向け)、フリーデスクのLOUNGE PLANがあり、いずれも24時間利用可能だ。12部屋の個室と8つのデスクはオープン時からその多くが契約されていたと言い、以前からの注目度の高さが伺える。部屋に入ると、シックかつシンプルな内装で、大きな窓からはたっぷりと明るい日差しが差し込み、パークビューが窓いっぱいに広がる。

取材時はまだオープンの翌週ということもあり、実際の利用はこれからといった感じであった。そんななか、公園の見える窓際の席でPCに向かっていた古場健太郎さんにお話を伺うことができた。

自宅近くのシェアオフィスで一日中集中できる

古場さんは38歳。Tote駒沢公園よりも桜新町駅寄りの自宅に、妻と5歳、1歳の子どもの4人で暮らしている。勤務先の ゼットスケーラー株式会社は、クラウド上でデバイス、ロケーションおよびネットワークに関係なく、アプリケーションにセキュアに接続できるセキュリティサービスを取り扱っている、外資系IT企業だ。会社は大手町にあり、セールスエンジニアとして働く古場さんは、週に1-2度出社するかしないか。顧客訪問の帰りなどにここで仕事をしているという。

明るさが印象的なフリースペース(写真撮影/高木真)

明るさが印象的なフリースペース(写真撮影/高木真)

古場さんは、勤務先のテレワーク事情に関して「まだ日本法人には16名しかいないので、個人の裁量に任されています」と話してくれた。また、外資系企業のため、働き方がわりと自由だとか。これまでも、アメリカのスタートアップ企業などに勤めてきて、以前は家で仕事をしていた。

しかし、「5歳と1歳の子どもとの暮らしは楽しいですが」と前置きをした上で、家で集中することが難しいと思うようになってきたと話す。「自宅の自室でがんばってみたのですが、家にいると子どもが寄ってきて、『ちょっと遊ぼう』ということになります。ですから、メールのやりとりだけくらいだったらよいのですが、資料づくりなど、アイデアを出さなければならない仕事は自宅だと難しいと感じるようになりました」(古場さん)

しばらくWi-Fiの使えるカフェなどを利用していたが「やっぱり、何時間もとなると居づらいですね。途中で追加注文をしなければならないような気がしてきます」と、なかなか居場所づくりが難しかったようだ。セキュリティの面は、自社がテレワークを実現するセキュリティサービスを扱っていることもあってクリアできていた。むしろ率先して外で仕事をしたくて、1日中ずっといられる場所を求めていた。

そんなとき見かけたのが、建設中だったTote駒沢公園だ。パンフレットを見てすぐに契約した。決め手は何だったのだろうか?「場所ですね。家から近かったのがよかったです」と。古場さんの利用するフリープランは月額1万5000円と、都心のシェアオフィスと比べてリーズナブルなのも魅力だった。

自由に使えるキッチン設備や複合機(写真撮影/高木真)

自由に使えるキッチン設備や複合機(写真撮影/高木真)

(写真撮影/高木真)

(写真撮影/高木真)

実際に使ってみてどのように感じたのだろうか。「僕は、人の目が少しはあったほうが仕事がしやすいんです。家の近くで仕事に集中できる場所ができて仕事がはかどるようになりました」(古場さん)。Tote 駒沢公園にはテレビ会議ができる個室のスペースもあるので、周りの声など気にせず会議に参加をすることもできる。

また、子育ての仕方やライフスタイル面でも、さっそく変化を感じているようだ。

テレワークで家族との時間のバランスが保てるように

古場さんは、現在の自宅を購入して6年目になるという。その前は代々木公園の近くに住んでいて、子どもが生まれるタイミングで引越してきた。三軒茶屋から桜新町の方面に進むと自然が多くなるにしたがって空が広がっていくのが気に入り、公園近くの住宅地を選んだ。

現在は妻が1歳の子どもの育休中のため、5歳の子どもを保育園に送って10時くらいからここで仕事を始める。家から10分ほどの場所だからこそできる仕事の仕方だ。

病院勤めの妻は固定時間で働かねばならない仕事のため、育休復帰した後は古場さんが子育てにさらにコミットしなければならないだろうが、この場所ならそれほどライフスタイルを変えなくても済みそうだ。

「妻と働き方に関して話すこともあります。妻の仕事は勤務時間がきっちり決まっているので、台風で電車が動かなくても出勤しなくてはならないのです。それに比べて、自分のほうは働く時間を自分で選択できる。自分がテレワークで働くことで、妻の仕事とのバランスがとれると考えています」(古場さん)

古場健太郎さん(写真撮影/高木真)

古場健太郎さん(写真撮影/高木真)

新卒から外資系で、比較的融通の利くワークスタイルで働いてきた古場さん、「会社は9時に席に座るのも仕事」という概念がなく、「(9時に出社することが)仕事として利益にならないのなら、柔軟に働くほうがいい」という信念があると語ってくれた。

オフィスでは「ちょっとこれが聞きたい」というときにすぐに他の社員に聞けるのがメリットだ。テレワークではそれは難しいように思われるが、Slackやメールで話が弾めば、電話をかけて会話をするようにもしているという。そうすることで、オフィスにいるようなライブ感を補える。「日本だと会社にいることが重視されるのがまだまだ現状ですが、コミュニケーションが必要な場合も、ツールを使えば必ずしもその場にいなくてもいいと思うんです。重視されるのは『結果』ですから」(古場さん)

駒沢大学駅は多くのIT企業がオフィスを置くが渋谷から電車で3駅の場所にあるため、IT関係の人が多く居住しているという。「これは貴重なことで、今後はこのTote 駒沢公園で出会った人たちと交流して、新しいコミュニティをつくったり、プロジェクトができたりすればとも考えています」と古場さんの声は明るい。

テレワークに必須というノート型ホワイトボード。客先で説明をするときに使ったり、自分のアイデアをまとめたりする(写真撮影/高木真)

テレワークに必須というノート型ホワイトボード。客先で説明をするときに使ったり、自分のアイデアをまとめたりする(写真撮影/高木真)

「テレワークについて、社外の友人と議論をしたことはありません。働き方の違いについては話題を避けているところがあります。それぞれの選択肢が違うので、ポジティブな会話にならないような気がして」と古場さんは話す。「みんな仕事をすることには変わりはありませんから、その時間を誰もが有効に使えるようになることが大切だと思うんです」という古場さん。今後もこのシェアオフィスに腰を据え子育てと仕事に邁進していくのだろう。

今、ワークライフバランスが重要視されてきている。「仕事とプライベートの両立を考えると、今後このような住宅街の中にあるシェアオフィスが増えていくと思います」と古場さんも感じている。仕事と家庭の両立は容易とはいえないが、自宅近くのシェアオフィスや、今回取材した「Tote 駒沢公園」のようなシェアオフィスが併設された賃貸住宅を利用すれば、プライベートと仕事の距離を縮めることができる。育児や介護のために通勤等が難しく、選択肢から外れていた仕事にも挑戦できるかもしれない。

取材後、筆者の家からもTote駒沢公園が自転車で20分くらいで通える距離にあると気づいた。案外、自分の仕事にあった場所、あるいはテレワークにぴったりな仕事場が見つかる可能性がある。ぜひ一度、地図を広げてご自身の行動範囲を再確認してみてはいかがだろうか。新しい働き方と暮らし方が、近くにあるかもしれない。

●取材協力
Tote work & studio
ゼットスケーラー株式会社

テレワークが変えた暮らし[4]愛犬のために伊豆高原へ移住。40代で仕事を変えずに実現

伊豆高原への移住とともに、新幹線通勤&週に1~2度のテレワークを同時に始めたOさん(45歳)。
職場を変えずに、住まいを変えることは、案外できること。暮らしは確実に豊かになったと実感するOさんに、移住の経緯、リモートワークの実情、伊豆高原の住み心地などお話を伺った。

お気に入りの場所、伊豆高原で見つけた「森の中の小さな家」

今年9月、妻と愛犬とともに伊豆高原に移住したOさん。それまでに月に2、3度日帰りで伊豆や下田方面に遊びに来ていた。目的は、愛犬のグラム君のため。「3時間車を運転して、静岡県下田市の爪木崎の遊歩道まで遊びに行っていました。1時間ほど散歩して、その帰りに美味しいもの食べて、温泉に入ってというのが休日の定番ルート。何度も足を運ぶうちに、このあたりで暮らしてみたいなぁと思うようになったんです」。
そこで、よい土地があれば買って家を建てようと考え、土地を探すことに。条件は、東京都内から2時間以内の立地で、海が見える、開放的な高台の土地。

釣り場でもある近くの漁港にて。海と崖がそびえる景観は、それだけで非日常の風景だ (写真撮影/片山貴博)

釣り場でもある近くの漁港にて。海と崖がそびえる景観は、それだけで非日常の風景だ
(写真撮影/片山貴博)

よく足を運んだ爪木崎の須崎遊歩道。海沿いの景観が美しい(写真撮影/本人)

よく足を運んだ爪木崎の須崎遊歩道。海沿いの景観が美しい(写真撮影/本人)

「2年ほど探していたでしょうか。でも、もともと温暖な気候で別荘地や移住者に人気のエリアなので、なかなか見つからなかったんです。もしかしたら、条件の良い土地には、すでにもう家が建っているのかもと考え、中古の一戸建ても候補に入れました」
その中で見つけたのが、300坪の広大な丘に建つデザイナーズ別荘。1階がコンクリート打ち放し、2階はログハウス調の外観が印象的だ。「高台なので、視界が抜けていて、開放的なのが気に入りました。海も遠くにですけど見えるんですよ」

もともとは有名建築家が軽井沢で建てた別邸のレプリカ。お風呂に温泉をひいているのもこの土地ならでは (写真撮影/片山貴博)

もともとは有名建築家が軽井沢で建てた別邸のレプリカ。お風呂に温泉をひいているのもこの土地ならでは (写真撮影/片山貴博)

エントランス前のウッドテッキからの眺め。「階段の上り下りは正直大変ですけど、空が近く感じる開放感が何より贅沢」(写真撮影/片山貴博)

エントランス前のウッドテッキからの眺め。「階段の上り下りは正直大変ですけど、空が近く感じる開放感が何より贅沢」(写真撮影/片山貴博)

常に犬とともに暮らしていたOさん。グラム君は3代目の愛犬 (写真撮影/片山貴博)

常に犬とともに暮らしていたOさん。グラム君は3代目の愛犬 (写真撮影/片山貴博)

英国デザインの『シェイカーキッチン』にリフォーム。ホーローのシンクや、伝統的なデザインなどは、妻のこだわり(写真撮影/本人)

英国デザインの『シェイカーキッチン』にリフォーム。ホーローのシンクや、伝統的なデザインなどは、妻のこだわり(写真撮影/本人)

週に1、2日はテレワーク。緑の借景を望める特等席が仕事場

伊豆高原の家と出合い、川崎市の住まいは売却。移住を決めた。ただし、職場を変えるつもりはなかったので、上司にテレワークを申請。現在は週に1、2日は在宅で仕事をしている。「職種はIT系で、もともとテレワークの制度はある会社でした。というか、この制度がなければ移住はしなかったかもしれません。テレワークをするのは主に金曜日か月曜日。なるべく社外の打ち合わせなどは入れず、火曜日から木曜日にクライアントとのアポイントを集中させるようにしました。社内の打ち合わせなどは電話会議で十分です。移住後は、スケジュールを効率よく組むように意識するようになりました」
テレワークをするときは、主にリビングの一角、緑の借景が望める特等席で。心地いい空間で仕事の効率も高まる。「ただし電話のときだけは、寝室か車に閉じこもってしています。以前、海外オフィスと電話していたときに、グラムが乱入して大変だったんです(笑)」

テレワークは特等席で。通勤がない分、8時台から仕事を開始できる(写真撮影/片山貴博)

テレワークは特等席で。通勤がない分、8時台から仕事を開始できる(写真撮影/片山貴博)

往復4時間の通勤は貴重な仕事時間に

週に1日から2日はテレワークだが、それ以外は新幹線通勤になる。最寄駅の伊豆急行線伊豆高原駅まで車で3分程度、熱海駅で乗り換え、新幹線で品川駅へ。所要時間は約2時間だ。「大変でしょう、ってよく聞かれるんですけど、これが全然大変じゃないんですよ(笑)。伊豆高原駅は始発もあるので座って通勤できますし、新幹線と合わせて約2時間はパソコンを広げて仕事をしています。メールをチェックしたり、返信したり、資料を確認したり。帰りもそう。いわば往復4時間がビジネスタイムになっているようなもの。退社時間は早くなりましたが、その分車内で仕事をしているので、案外、業務時間は変わらないかもしれません」

伊豆急行線の車内。窓からの眺望を楽しみながら仕事ができる。「ただ、最近は帰りの新幹線が座れないことがあり、それはけっこう痛手です」(画像提供/本人)

伊豆急行線の車内。窓からの眺望を楽しみながら仕事ができる。「ただ、最近は帰りの新幹線が座れないことがあり、それはけっこう痛手です」(画像提供/本人)

釣り、キャンプ、SUP……趣味を気軽に満喫できる伊豆暮らし

「仕事面で言えば、案外、移住前と移住後でさほど業務自体は変わらないと思います」というOさん。だが、休日の過ごし方は変わった。
まず愛犬との暮らし。「海が近く、山も近く、お散歩する場所には困りません。愛犬は体を動かすのが大好きなので、思う存分走り回れてうれしそうです。それに、伊豆高原界隈って、別名、犬高原と言われているほど、犬フレンドリーな街。テラス席はもちろんのこと、犬と一緒に外食できるレストランが多く、気兼ねせず食事ができます」
趣味も満喫している。例えば夫婦共通の趣味であるスタンドアップパドルボード(SUP)や、釣り、キャンプなどのスポットが多く、気軽に足を運べる。「週末がいわば非日常なので、旅行に行く頻度は減りましたね」
もともと別荘地なので利便性が高く、近所のスーパーまで徒歩10分。海の幸、山の幸に恵まれた土地柄、新鮮な魚介類や野菜が手に入る。「それでいて、お洒落なサンドイッチ屋さんや美味しいイタリアレストラン、カフェもあって、今はお店を開拓するのが楽しみ。ただ、夜遅くまで空いているお店は少なくて、夜は真っ暗です。日の出とともに起き、就寝時間も早くなりました。人間本来の暮らしに戻った気がします」

近場の漁港で釣り。「犬の散歩がてら立ち寄る程度なので、いつもこれくらいの軽装なんです」(写真撮影/片山貴博)

近場の漁港で釣り。「犬の散歩がてら立ち寄る程度なので、いつもこれくらいの軽装なんです」(写真撮影/片山貴博)

愛犬グラム君お気に入りの散歩スポット、小室山。芝生広場があり、ボール遊びを楽しむ(画像提供/本人)

愛犬グラム君お気に入りの散歩スポット、小室山。芝生広場があり、ボール遊びを楽しむ(画像提供/本人)

支出はダウン。テレワークで仕事の効率はアップ

暮らしのコストも下がった。以前の川崎市のマンションに比べれば、伊豆高原の住まいのほうが価格も安く、ローンの支払い額も大幅に減額に。駐車場代もない。新幹線通勤を含めた定期代は、会社支給の上限があるため、一部は自腹だが、休日の遠出に伴う費用がゼロになった。ローンの支払いを含めてトータルの支出は4分の1程度に減った計算になる。当然、家の改装費などのコストもかかるが、以前支払っていた管理費・修繕積立金はなくなった。
「不満点は今のところありません。移住して、テレワークを始めて実感したことは、会社に行かなくても仕事は成り立つということ。満員電車でゆられている通勤時間は、僕にとっては無駄でした。新幹線通勤で移動時間を有効に使えるのもアリですが、テレワークで移動そのものがなくなれば、身体が楽になり、仕事の質は上がると思います」
今後は、敷地内に家庭菜園やドッグランをつくろうと画策中のOさん。友人たちが遊びに来る計画もあり、「やりたいことが次々出てくる」そう。「最初はそれこそ、定年後に田舎暮らしと漠然と考えていましたが、体力もある40代の今のうちに決断して良かったと思います。友人からは”いいなぁ、田舎暮らし”とうらやましがられています。私たちは子どもがいないので移住の自由度が高いというのもありますが、きっかけさえあれば意外と簡単なのではないのでしょうか。今後はテレワークの頻度がもっと上げられたらと思っています」

近所を散歩。妻は移住を機に仕事を辞めたため、こちらに友人はいないが、犬の散歩を通して犬友達ができつつあるとか(写真撮影/片山貴博)

近所を散歩。妻は移住を機に仕事を辞めたため、こちらに友人はいないが、犬の散歩を通して犬友達ができつつあるとか(写真撮影/片山貴博)

運動量が多い犬種のため、雪の日も台風の日も散歩がマスト。丘や海辺も散歩でき、グラム君もすっかりこの環境が気に入ったそう(写真撮影/片山貴博)

運動量が多い犬種のため、雪の日も台風の日も散歩がマスト。丘や海辺も散歩でき、グラム君もすっかりこの環境が気に入ったそう(写真撮影/片山貴博)

新幹線通勤とテレワークの二本柱で、仕事を変えずに住環境を大きく変えたOさん。ハードルが高いと思われがちな田舎暮らしも、これなら40代でスタートできるかもしれない。

テレワークが変えた暮らし[3]引越し先の「共用部」がもう一つの仕事場に。働く意味を再発見

昨今、オフィス以外の場所で仕事をするテレワーク(リモートワーク)を導入する企業が増えていますが、テレワークしやすい「住まい」も登場し、支持を集めています。今回はワーキングラウンジなどが充実した「ソーシャルアパートメント」で暮らし、テレワークに取り組む人とそのリアルな声をご紹介します。
寮をリノベ。144世帯が暮らす「ソーシャルアパートメント」

2019年9月、完成したばかりのソーシャルアパートメント「ネイバーズ武蔵中原」に引越してきた前田彰さん。東京都・渋谷のIT企業勤務で、現在週1回、リモートワークをしています。

2019年9月に誕生した「ネイバーズ武蔵中原」。全144世帯)、現在満室(写真撮影/片山貴博)

2019年9月に誕生した「ネイバーズ武蔵中原」。全144世帯)、現在満室(写真撮影/片山貴博)

「以前は板橋のシェアハウスから毎日、満員電車に乗って通勤していました。転居を考えていたほぼ同時期に、会社でもリモートワークを導入することになり、自分もテレワークをはじめてみようと。共用部が充実したソーシャルアパートメントの存在は以前から気になっていたので、本当にタイミングがよかったです」と振り返ります。

「ソーシャルアパートメント」は、通常のシェアハウスと異なり、共用部での入居者同士の交流を楽しめる「仕掛け」がなされている住まいのこと。トイレやバス、キッチンは定期的に清掃が入り、清潔に保たれています。
また、こちらの物件は、キッチンに加えて、シアタールームやバー、防音室などの共用設備も充実しています。なかでも、前田さんのお気に入りはワーキングラウンジ。

ワーキングラウンジで。このソファのすみっこが前田さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)

ワーキングラウンジで。このソファのすみっこが前田さんのお気に入り(写真撮影/片山貴博)

「僕が仕事しているのはこのスペース。まさにこのソファです。仕事終わりでも部屋に帰らず、ココに立ち寄ってブログを書いたりしているので、自分の指定席のような感じですね」と笑います。この「ネイバーズ武蔵中原」は144世帯と大所帯なので住人全員と交流があるわけではありませんが、ここにいると知っている人を介して、会話がはずむこともあるそう。

「ワーキングラウンジにも2種類あるんですが、自分はこのソファ派です。部屋にソファがないというのもありますし、部屋にいるとダラダラしてしまうので、ほどよく人の目があるココが落ち着くんですよね」といいます。

もう一つのワーキングラウンジ。こちらは椅子席が中心。自習室のようなたたずまいで仕事もはかどりそう(写真撮影/片山貴博)

もう一つのワーキングラウンジ。こちらは椅子席が中心。自習室のようなたたずまいで仕事もはかどりそう(写真撮影/片山貴博)

バーラウンジにはダーツやビリヤード台も。奥にはシアタールームもある(写真撮影/片山貴博)

バーラウンジにはダーツやビリヤード台も。奥にはシアタールームもある(写真撮影/片山貴博)

調理や食は入居者同士の交流を生み出す大切なポイント。大型キッチンにはレアな調理家電が並び、自然と距離を縮められるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

調理や食は入居者同士の交流を生み出す大切なポイント。大型キッチンにはレアな調理家電が並び、自然と距離を縮められるような配慮も(写真撮影/片山貴博)

心地よい場所があることで、「テレワークのほうが作業に集中できる」

前田さんがテレワークをはじめてみて3カ月あまり。率直な感想を聞いてみました。

「現在、会社では週1回のテレワーク、11時~16時のコアタイム制を導入しています。会社までの通勤は乗り換え1回、時間にして片道40分程度なのですが、通勤の義務がなくなるだけでも、ストレスは軽くなるなと思いました。テレワークをしてみると、オフィスで働く意味ってなんだろうって考えるようになりますよね(笑)」と心地よいよう。

ワーキングラウンジでは、前田さん以外にも仕事をする人の姿も(写真撮影/片山貴博)

ワーキングラウンジでは、前田さん以外にも仕事をする人の姿も(写真撮影/片山貴博)

特に前田さんはお気に入りの「ワーキングラウンジ」はオフィスよりも集中でき、仕事が捗ると感じることも。

「作業が詰まっているときは、僕はテレワークのほうがよいと思いました。会社だとどうしても話しかけられたりするので、集中できない。でも、自分の部屋だとだらけてしまう。一方で、例えばカフェなどだと、他人の声や仕草が気になってしまって気が散ってしまう。このワーキングラウンジは音や椅子、周囲の人も含めて、ちょうどよいのだと思います」

ほかにも、オフィスではよいアイデアが思いつかなかったものの、仕切り直しで持ち帰り、ワーキングラウンジで仕事を終わらせた、なんていうこともあったそう。一回休憩をはさむことでリフレッシュでき、持ち帰り仕事も負担にならないといいます。これも会社と自宅にほどよい「場所」がある良さと言えそうです。

大型のラウンジ。カウンター席やテーブル席、ソファ席などが用意され、気分にあわせて使いわけることができそう(写真撮影:片山貴博)

大型のラウンジ。カウンター席やテーブル席、ソファ席などが用意され、気分にあわせて使いわけることができそう(写真撮影:片山貴博)

暮らすのも働くのもシームレス。だから心地よいことが大事

一方で、週5日を完全にテレワークにしてしまうのは、ちょっと不安もあるといいます。

「仕事が詰まっていないとき、余裕がある時期はオフィスで働くほうがいいと思いました。やっぱりリモートワークは自分次第なので、少しでもゆるさがあるとだらけてしまう怖さがあります。あと、雑談から次のアイデアが生まれることもありますし、スタッフ同士の温度感など、得られるものは多い。リモートワーク可能な日を週2日~3日ともう少し増やすかもしれませんが、今はほどよいペースを見極めている状態かもしれません」(前田さん)。

心地よい屋上。開放的な空間で気持ちもリフレッシュできる(写真撮影/片山貴博)

心地よい屋上。開放的な空間で気持ちもリフレッシュできる(写真撮影/片山貴博)

前田さんが出社するときは朝9時30分に自宅を出て、帰宅はおよそ20時。とはいえ、前述の通り、自室に帰らず、ラウンジで作業していることが多いそう。
「働くのも暮らすのもシームレスで、分かれていない。すべて延長線上にあります。そういう意味で、今の暮らしがちょうどいい。心地よい場所があるって、とても大事だと思っています」

暮らすことも働くことも、「どれも毎日の一つ」と考える前田さん。ゆえに、どこで暮らすか、どのように働くかが同じくらい大切なのかもしれません。

「私の勤める会社でもテレワークの満足度は高いようですし、今、探りながら進めているところです」と話す通り、「ネイバーズ武蔵中原」は、今140世帯超の部屋が満室で、テレワークをする人も少なくないといいます。

また、友人にリモートワークやフレックスタイム制の話をすると、たいていの人が「いいな~」と返ってくるそう。自宅や会社以外の場所があり、そこで柔軟に働くことができれば、より仕事にも打ち込める。こうした働き方、住まい方は着実に社会に広がっていくことでしょう。

●取材協力
ネイバーズ武蔵中原

サブスク型住居サービス「ADDress」を体験。暮らしの新たな価値を見た

「デュアラー(二拠点生活者)」、家を持たない暮らしを送る「アドレスホッパー」など、ひとつの家に留まらない暮らしが注目を集めています。そんななか、定額で全国のゲストハウスやシェアハウス等に泊まり放題・住み放題になるサブスプリクション型住居サービスが今年4月から続々と登場。一体どんなものなのか、サービスのひとつ、「ADDress」で体験してきました。
多拠点生活を通じて、地域との関わりを生み出していく

「ADDress」は、日本全国の空き家や遊休別荘と、住みたい人をマッチングする「コリビング(Co-living)」サービス。月額4万円(光熱費込み)、全国25拠点(2019年11月20日時点)で多拠点生活ができます。メイン拠点をひとつ選ぶことができ、住民票の登録をすることも可能(荷物の受け取りや、郵便物の受け取りもすることができます)。会員と地域をつなぐ役割を担う家守(やもり)と呼ばれるスタッフを通じて、滞在先で地域と深く関わっていけるのも特徴です。

今回伺ったのは、東京から電車で1時間ほどの北鎌倉の拠点。街には円覚寺、浄智寺、東慶寺といった由緒ある寺社が点在し、静かで自然も感じられます。拠点までは北鎌倉駅から徒歩13分と少々距離がありますが、味わい深い個人経営の喫茶店や豆腐屋などのお店、カワセミが住む小川などを眺めながらのんびり歩いていると、時間も気になりません。

北鎌倉駅(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

北鎌倉駅(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

建長寺(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

建長寺(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅街を進んでいくと、モダンな一軒家がありました。見た目は一般的な家屋なので見落としそうになりますが、玄関には「ADDress」のステッカーが貼ってあり、拠点であることが分かります。玄関先に暗証番号を入れて取り出せる鍵があり、そちらを使って中へ。

北鎌倉の拠点。自転車(1台)は会員は誰でも使うことができます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

北鎌倉の拠点。自転車(1台)は会員は誰でも使うことができます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1階には広々としたリビングやキッチン、2階にはベッドが置かれた部屋が3部屋あります。

取材陣が滞在した、ゲスト部屋(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

取材陣が滞在した、ゲスト部屋(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

タオル、布団カバー等が用意されていました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

タオル、布団カバー等が用意されていました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

家の中を見た限りでは、出入り自由ということ以外、よくあるシェアハウスと変わらないように思えます。ADDressでの暮らしについて、家守と会員に話を聞いてみました。

北鎌倉拠点の家守に聞いた。ADDressで人と地域とつながりを生み出す

まずは7月から北鎌倉拠点の家守になった北原浩一さん。もともと都内に住んでいてフリーランスのビジネスプロデューサーとして働いていましたが、鎌倉に住んでみたいと家守になったそうです。「運営と住人はフラットな関係で、家守も一緒に拠点に暮らすメンバーの一人なんです」と言います。

北鎌倉の拠点には、現在は6名(20代後半~40代)がメイン拠点として使用、2組がゲスト宿泊ができるようになっているとのこと。メンバーは、拠点として使っている人、別荘感覚で使っている人、全国の拠点を旅しながら多拠点生活を満喫する人などさまざま。

北鎌倉拠点の家守・北原浩一さん。ゲストの予約管理や掃除、イベントの企画等を行っています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

北鎌倉拠点の家守・北原浩一さん。ゲストの予約管理や掃除、イベントの企画等を行っています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「6人全員が居合わせることはほとんどありませんが、北鎌倉をメイン拠点として使っているメンバーは、Facebookのグループチャットをつくって交流できるようにしています。スケジュールを合わせて、一緒にご飯を食べたりします。突然メンバーの一人が海が見たいと言い出して、三浦半島の先端にある三崎港に旅行に行ったこともありました。今後はもっと会員同士の交流が深まるようなコミュニティや地域コミュニティとの交流を広げていきたいですね」

広いリビングはコワーキングスペースとダイニングスペースに分割。プロジェクタで大きなスクリーンに映画を映して上映会をしたり、会員と家守で飲み会をしたりと、さまざまな使い方をしているそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

広いリビングはコワーキングスペースとダイニングスペースに分割。プロジェクタで大きなスクリーンに映画を映して上映会をしたり、会員と家守で飲み会をしたりと、さまざまな使い方をしているそうです(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シアタースペースもある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シアタースペースもある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今後の課題は?と尋ねると「地域とのつながりづくり、ですね」との回答。

「外部とのつながりづくりは各拠点の家守に一任されています。友人が鎌倉でシェアハウスを運営しているので、地元の人を紹介してもらったりしているところです。拠点を地元の人に使ってもらって、座禅などの鎌倉らしいイベントができればと思っています」

「ADDress」暮らしってどう? 会員に聞いてみた

夜にリビングで一緒になった、会員のTさんとFさんにも話を聞いてみました。

Tさんが手料理をふるまってくれました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

Tさんが手料理をふるまってくれました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

取材陣が持参した惣菜も一緒に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

取材陣が持参した惣菜も一緒に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

WEBライター Tさん(30代・女性)「地方に行動の幅が広がるのがうれしい」

Tさんは8月からお試し会員になり、愛車のカブに乗って旅をしているところでした。

会員になってから1カ月間でめぐった拠点は、清川村(神奈川県)、一宮町(千葉県)、世田谷区(東京都)、南伊豆町(静岡県)、鎌倉市(神奈川県)、南房総市(千葉県)の6拠点。取材時は再度、鎌倉市(神奈川県)に滞在していました。

特に印象に残っている拠点は南房総とのこと。午前中に仕事をし、午後は観光へ。鋸山に登ったり、カブで海辺を走ったり、景色のいい温泉を見つけたり。移動しない暮らしでは体験できないような濃厚な一日です。多拠点生活ではこれが日常になるのかと、羨ましくなりました。

Tさんは、会社でリモートワークが認められていること、仕事で地方に取材に行く機会があること、何よりも旅が好きで、「地方に拠点があることで、行動の幅が広がるのがうれしい」と言います。

「はじめはゲストハウス暮らしをしようと思っていましたが、ドミトリーでは同室の人に気を使わなければいけなかったりして、ずっと続けるのは辛い。利用者のことを知っていればその必要もないし、気楽でいいなと思います。現在は東京都内のシェアハウスで暮らしていますが、本格的にADDress暮らしにシフトしようと思っています」とTさん。すでに二子玉川の拠点に申し込みしているとのことでした。

翌日、次の拠点(清川村)へカブに乗ってさっそうと旅立っていきました。次の拠点では、どんな一日を過ごすのでしょうか。

会社員 Fさん(20代・女性)「普段は出会えない人たちと会えるのが楽しい」

Fさんは、北鎌倉拠点で唯一、ほぼ毎日帰宅しているメンバー。都内の会社に勤めていて、21時過ぎに食卓に合流しました。

話に花が咲き、就寝したのは夜中の25時(笑)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

話に花が咲き、就寝したのは夜中の25時(笑)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今までは熊本県、福岡県、大阪府のシェアハウスやルームシェアをしていたとのこと。10回以上の引越しを経て、転職を機に7月中旬からここでの暮らしをスタートさせました。

「普段会えない、いろんな働き方をしている人たちに会えるのが楽しいんです。新しいサービスだからかな、面白い人が多い」とFさん。

庭があり、ガーデニングや小さな菜園を楽しむこともできるとか。訪問時はサウナ好きのメンバーが設置したサウナテントがありました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

庭があり、ガーデニングや小さな菜園を楽しむこともできるとか。訪問時はサウナ好きのメンバーが設置したサウナテントがありました(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「今後も他の地域に転職する可能性もありますし、基本的には“移動する生活”をしていたいんです。ゲストハウスなどで気に入った場所を転々とするのもいいと思ったけれど、やはり、そのままの自分でいられるという精神的基盤があることと、お互いを知っている人と暮らすのは安心感があります。休みの日は、メンバーと鎌倉に行ったり、伊豆で波の音を聞きながらお酒を飲んだり、一人暮らしとは違う、人とのつながりを感じられるところも気に入っています」

海外旅行客が多いゲストハウスで住み込みで働いていた経験から、今後は「日本の常識に縛られない暮らしを知る機会になれば」と、来年以降は海外のサブスク型居住サービスを利用することも考えているとか(現在ADDressでは海外拠点はなし)。

地方の暮らを始めるのでさえ敷居が高いと思いがちなのに、海外はなおのこと。それを比較的気軽にしてくれるのも、サブスク型居住サービスの魅力かもしれませんね。

働く場所、住む場所の垣根がなくなっていく

取材陣が滞在したのは一日だけでしたが、Tさん、Fさんとは連絡先を交換し、後日、さっそく仕事をご一緒しました。
家守の北原さんは、「ADDressは“旅と住むの中間”」と言います。全国の拠点を移動しながら各地域でつながった地元の人たちと旅行ツアーをつくる等、ADDressの出会いで生まれたビジネスも誕生しているとのこと。
働く場所、住む場所は、今後もっと垣根がなくなっていく。体験を通じて、そんなことを実感しました。

●取材協力
ADDress
※現在、入居者の募集はしていないが、今後拠点を増やすにあたり、随時募集していくとのこと

「ワーケーション」がJALを変えた。地域と出合い、自分を見直す働き方

テレワークの新しい形として広がっている「ワーケーション」。「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語で、休暇を兼ねて出かけた先でリモートワークを行う新しいワークスタイルであり、ライフスタイルである。2019年11月18日には「ワーケーション自治体協議会設立総会」が実施され関心が高まっている。2010年に経営破たんした日本航空株式会社(JAL)はそこから回復するために社内の働き方改革にも着目した。ワーケーションを社内制度として取り入れたのがその一例だ。そこで、人事分野を担当し、自らもワーケーションを実践し続けている東原祥匡さんに取り組みと体験談を伺った。
ワーケーションで人も土地もwin-winの関係に

ワーケーションは基本的に休暇だが、「この日は仕事をします」として休暇先でPCにログインし、テレワークすることで勤務日とみなされる制度だ。JALのワーケーション実績は、2017年夏期推奨期間の利用はわずか11人だったが、翌年の2018年夏期推奨期間には78人と、なんと7倍にも増加した。2018年は年間を通してのべ174人がワーケーションを利用したことになる。また、ここから派生して、商品として「ワーケーション」を組み込んだツアープランの販売も始まった。この一連の動きの立役者が人事担当の東原さんだ。

ワーケーションを通じてその土地を訪れることで、お互いがwin-winの関係になると東原さんは考えている。「地域の方々と一緒に何かを『生み出す』こと、つまり『共創』を実現したいです。ワーケーションは地域活性にもつながると思います」と東原さんは言う。2018年11月から12月にかけて実施した鹿児島県徳之島町とのワーケーション実証事業において、ワーケーションがもたらす地域との結びつきの魅力を実感し、荒らされていない自然が存在する徳之島への愛も同時に芽生えた。

鳴子温泉(宮城県大崎市)でのワーケーションに利用した旅館(写真提供/JAL)

鳴子温泉(宮城県大崎市)でのワーケーションに利用した旅館(写真提供/JAL)

現在、JALの勤怠システムでは「ワーケーション」という項目が「休暇」などと並んで選択できるようになっている。また、社内で閲覧できるイントラネットでは、東原さんが自作した、全国のオススメのコワーキングスペースを紹介している。とても整理されていて情報量も豊富、イントラにとどめておくのは惜しいほどの出来栄えだ。「ほとんど趣味ですけれど」と東原さんははにかむが、なかなかできるものではない。

この夏は北海道、愛媛、オーストラリアでワーケーションとアクティビティを融合した試みも行った。働き方や休み方を社員自身がマネジメントでき、さらに付加価値を実感できるようにするのも人事担当としての目的のひとつだ。

「ワーケーションの伝道師」が生まれるまで

いまやワーケーションの伝道師(エバンジェリスト)ともいえるほど、熱心にメリットを語る東原さんだが、会社としては休暇取得の促進が喫緊の課題であった着任当時、なんでもいいからすがりたいという気持ちもあった。シフト勤務者は残業がほとんどない環境であるが、間接部門の社員は経営破綻後人員が減った中、業務は増加傾向にありワークスタイル変革の実施は急務であった。

白浜町でのワーケーションでは、道普請(みちぶしん)も行った(写真提供/JAL)

白浜町でのワーケーションでは、道普請(みちぶしん)も行った(写真提供/JAL)

ワーケーションを浸透させるため、受け入れ先のひとつ和歌山県の南紀白浜に話を聞きに行き、社内モニターツアーの企画につなげた。そして、2017年12月と2018年2月の2回にわたって10~15人の社員とともに体験ツアーを行った。評判は上々で、手ごたえを得たように思った。

そのほか、一般社員がワーケーションを行いやすいようにと役員自らがワーケーションを実施したり、家族を同行させてのワーケーションをしたりしてみたこともある。また、若手社員帯同してのワーケーションをしたりしてみたこともある。また、若手社員からの声をもとに、滞在先で集中討議を行う「合宿型ワーケーション」を徳島県神山町、宮城県鳴子温泉、福岡市、富山県などで行った。
担当業務の一環として始めたワーケーションだったが、東原さん自身も、ワーケーションで働き方がガラッと変わった社員の一人である。温泉地なら湯治場で地元の人たちとコミュニケーションをとるのも楽しいなど、場所によって異なる魅力がある。2018年のゴールデンウイークには海外でのワーケーションを体験しようと、シンガポールへ出かけた。「次はあえてハワイ島に行き、パワースポットで仕事をしてみたいと思っています」(東原さん)

シンガポールでワーケーション中の東原さん(写真提供/JAL)

シンガポールでワーケーション中の東原さん(写真提供/JAL)

現在の人事の仕事に就く前は、社外に出向していた東原さん。社外での経験は、会社や自分自身を俯瞰してみることができ、自身の働き方について見つめなおす良い機会となった。「残業が多く、有給休暇も取れない環境は良いのだろうか」と、これからの人生や働き方について考えることも多かったと言う。今は心から仕事を楽しいと思えている。「ワーケーションのおかげかもしれません」(東原さん)。例えば徳之島に行くと「おかえりなさい」と言ってもらえる。「自分が関係人口の増加にも寄与しているのではないかと実感できるんです。それをうれしく思います」。連休の合間にワーケーションを使って、地方にいる友人に会いに行くのも楽しみとのこと。

(写真提供/JAL)

(写真提供/JAL)

ワーケーション普及に立ちはだかる壁

「仕組みさえできればワーケーションはどの会社でも導入しやすいと思います」と東原さんは言う。しかし、休暇をベースにした制度の理解ができる素地が、いまの日本社会にはまだない。「本当に仕事しているのか?」と疑ってしまう「性悪説」の蔓延がワーケーションやテレワークの普及を遠ざけている。しかし働き方を変えるために労使双方に大切なのは「性善説」であり、お互いが信頼、理解し合うことなのかもしれない。

ワーケーション導入後のJALでは、有給取得率が高くなったという。時間外労働も月7時間まで削減できた。ワーケーションにおいても、PCのログオンやログオフを見ることで、社員をきちんと管理できている。「次の目標は今年5月に導入した出張時に休暇をとれる『ブリージャー』の浸透です」(東原さん)と、すでに見据えるのはワーケーションのその先だ。

東原祥匡さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

東原祥匡さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ワーケーションのためのコワーキングスペースを提供したり、テレワークのためのインフラづくりをしたりしている企業は登場しているが、自社へのワーケーションの導入には至っていないところが多いのが実情である。導入に向けて社員一人ひとりの働き方について対面で話すことを重要視する企業もあるだろうし、JALのようにワーケーションの勤怠管理をできるシステムを整えることを検討する企業もあるだろう。しかし、システムの整備にはコストもかかるし、セキュリティの担保といった面でも万全とは言えないかもしれない。

ワーケーションの取り組みは日本社会全体を見るとまだ始まったばかりで、その可能性は未知数。今回、取材先としてワーケーション実践者を探す中で、言葉は広がっても実践はあまり進んでいないことを感じた。また、ベンチャーやスタートアップのような小規模の会社に比べ、大企業ほど制度面の整備などが難しく、導入の壁は高いだろう。しかし、さまざまなライフスタイルが広まる中で今後の選択肢となってくることは間違いない。PCひとつでリゾート地からリモート出勤――ワーケーションはこれからが本当のスタートだ。

●取材協力
日本航空株式会社

新しい働き方「ワーケーション」が地域を変える? 軽井沢の“旅行×仕事”な過ごし方

仕事(work)と休暇(vacation)の「いいとこどり」、休暇に出かけた先でくつろぎながら仕事もできる「ワーケーション」という新たな働き方がある。一般社団法人日本テレワーク協会がテレワークの新たな形として推進し、今年(2019年)7月には「ワーケーション自治体協議会」が発足、さらに輪は広がり、11月には「ワーケーション自治体協議会(通称=ワーケーション・アライアンス・ジャパン=WAJ)」が全国40を超える自治体の参加で発足する予定だ。そこで、30年以上前からテレワークや企業誘致に取り組んできた長野県軽井沢町で、ワーケーションの現在について取材した。
「標高1000メートルのウェルネスリゾート」で働く

長野県軽井沢町は100年前から「ウェルネスリゾート」を名乗ってきた。「リフレッシュできるうえに、クリエイティブなことができる町なんです」と軽井沢観光協会・会長の土屋芳春氏は言う。たしかに、戦前に作家の室生犀星が夏に長逗留して創作を行っていたことなど、例には事欠かないし、インスピレーションを生みやすい場所だともいえる。また、軽井沢に「行ってくる」ではなく「帰ってくる」という感覚を持っている人が多いのも軽井沢の特徴。まるで自宅にいるときのようにストレスフリーになれる証左だ。だから「軽井沢はテレワークの場所として選ばれるし、プラス要素は今後も必然的に増加すると思います」と事務局長の工藤氏は話す。新しいものを取り入れようということで、ベンチャー企業による貸しオフィスの運営も始まった。

軽井沢の自然は豊かだ(写真撮影/片山貴博)

軽井沢の自然は豊かだ(写真撮影/片山貴博)

軽井沢という土地は言うまでもなく古くから人気の別荘地であり、ここに別荘を持つことにあこがれている人も多い。そうした別荘文化が背景にあることは、ワーケーションがしやすい場所という側面を持つ。推計で450人ほどが別荘を使ってワーケーションを行っているようだ。別荘コミュニティが軽井沢の魅力であるため、ここで新しい人脈が広がることも多い。東京だと5分のアポイントを取ることも難しいが、別荘であればゆったりと話をすることもできる。また、短時間から使えるミーティングスペースが多いのも魅力だ。個人のグループでのアクティビティや、チームビルディングをするための合宿にも使われている。都会的なコワーキングスペースも増えてきた。

以前から企業誘致に熱心だった軽井沢

実は、軽井沢町では、実に33年前から会議都市としてビジネス客の誘致に動いてきていた。単なる観光地としてではなく、町としてビジネス客を取り込む戦略を打ち出したのである。こうして企業が町内の施設を使って会議を行うようになった。また、首都圏から近いこともあり、日々通勤する人も300人以上いるという。通勤できることが魅力だった軽井沢では、近年テレワークで仕事をする人も徐々に増え、働き方改革のなかで、その動きはさらに広がっている。

軽井沢には従来、企業の寮や保養所が多かった。90社、90寮、全盛期には300を超えたが、バブル経済の崩壊やリーマンショックで閉鎖するところが増えた。そうしたところをリノベーションして大手都市銀行などが利用している。こうした企業が成功事例をつくり、軽井沢が磁場になる。

また、テレワーク協会と観光協会は協働して、これまでに10回近く実証実験を行ってきた。1泊2日の体験をつくりこむことにより、ニーズを探ってきたのだ。こうして、軽井沢にあるワークスペースは使う人の意見を反映したものとなった。

ワーケーションの実施場所はテレワーク協会が一元管理して紹介しており、利用者を見極め軽井沢の価値を下げないよう、ハイクオリティな町づくりを行っている。軽井沢はもちろん東京に比べるとアクセス面などで不自由だが、その不自由さを逆手に取っていかに特別に大きな企画にしようかとがんばっている。そうして、観光客がワーカーでもあるような状況を強固なものにしていきたいと、観光協会のお二人は強く語ってくれた。

軽井沢の仕事スペース3選

インタビュー後、土屋会長が軽井沢の代表的なコワーキングスペースを案内してくれた。いずれおとらぬセンスのよさで、実に仕事がはかどりそうな場所だった。

●軽井沢書店
軽井沢にあった書店の跡地に、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が2018年5月にオープンした書店。店内では軽井沢や自然に関する書籍や雑誌の販売に加え、DVDレンタルも行われている。店のスペースの半分ほどはBread & Coffee by MOTOTECAというカフェになっていて、ここでPCを使って仕事をすることができる。取材当日は雨のため人は少なめだったが、常にさまざまな人が訪れ、読書や仕事をして帰っていく場所である。

軽井沢書店のカフェスペース(写真撮影/片山貴博)

軽井沢書店のカフェスペース(写真撮影/片山貴博)

●Lulu GLASS(ルルグラス)
軽井沢のフローリストS.K.花企画の運営で、店内は花に囲まれている。中軽井沢エリアでのテレワーク、打ち合わせスペースとして重宝され、店内ではワークショップなどのイベントも行われることがある。経営者は軽井沢商工会会長の金澤明美氏。町のワーケーションの機運を高めようと今年オープンした。ドリンク1杯540円のみで1日利用可能なので、軽井沢近辺で仕事がしたい人にとっては、大変重宝する場所である。

大きなテーブルが印象的な、ルルグラスの店内(写真撮影/片山貴博)

大きなテーブルが印象的な、ルルグラスの店内(写真撮影/片山貴博)

●ハナレ軽井沢
ハナレは、軽井沢ではいちばん有名なネットワーキングスポットといえるだろう。管理人はテレワークの仕事を歴任し、現在は軽井沢リゾートテレワーク協会副会長の鈴木幹一氏。ここはそもそもNTTコミュニケーションズの所有であり、週2回ほど開発会議も行われているが、その他の人も利用できる。鈴木氏は「軽井沢のワクワクする環境を大切にし、テレワークの聖地にしたい」と語る。

瀟洒(しょうしゃ)な雰囲気のハナレ軽井沢(写真撮影/片山貴博)

瀟洒(しょうしゃ)な雰囲気のハナレ軽井沢(写真撮影/片山貴博)

「いま、莫大な費用が地方創生に使われていますが、そんなことをしなくてもワーケーションやテレワークで、都市として大きくなることはできると思っています。働き方も含め、さまざまなダイバーシティを取り込み、地元の人と移住された人のコミュニティを大きく育てていきたい」というのが観光協会のお二人の意見だ。
不景気の中にあっても、インバウンド需要などで軽井沢の勢いは止まらない。また、別荘地としてのブランドも下がらない。そんな軽井沢でのワーケーションは人々の「休暇を取りたい」「仕事もしたい」を満たしてくれるだろう。ただ、軽井沢町に住む人以外にとっては、まだまだ高級な避暑地としての認識のほうが強い。今後はいかに軽井沢という伝統のブランドを守りつつ、新たな働き方を模索する人たちを取り込むかが課題となるのではないだろうか。

軽井沢町は、ワーケーションの取り組みについてほかの自治体と積極的に意見交換などを行っている。横のつながりがどう活かされるのか、今後も軽井沢のワーケーションのあり方に注目してゆきたい。

●取材協力
軽井沢観光協会

新しい郊外を模索する「ネスティングパーク黒川」。なぜ焚き火付きシェアオフィス?

働き方改革のひとつとしてリモートワークの推進や副業など、多様な働き方が広がりつつある昨今、職場以外の仕事ができる場所「シェアオフィス」「コワーキングスペース」がどんどん増えています。でも、シェアオフィスなのに「焚き火ができる」となると、驚く人も多いはず。シェアオフィスながら新しい郊外の形を体現しているものだといいます。では、果たしてどんな空間なのでしょうか。2019年5月、川崎市麻生区にある小田急多摩線・黒川駅前にできた「ネスティングパーク黒川」を訪問し、オープニングイベント「ネスティングパーク・ジャンボリー」の様子と、郊外のあり方を模索するトークイベントから、「選ばれる郊外の姿」をご紹介します。
自然豊かな「黒川駅」。その駅前にできた心地よい空間

焚き火ができるシェアオフィス「ネスティングパーク黒川」ができたのは、小田急多摩線黒川駅の駅前です。シェアオフィス(デスク・ブース・ルーム)を中核に、カフェ「ターナーダイナー」、さらに芝生広場が広がり、夏にはコンビニエンスストアも開業予定です。木のぬくもり溢れる空間、青々と茂った芝生広場、広い空を見ていると「いい場所だな」という思いが心の底からこみ上げてきます。

奥の建物が小田急多摩線黒川駅。以前は鉄道用の資材用地だった(写真撮影/嘉屋恭子)

奥の建物が小田急多摩線黒川駅。以前は鉄道用の資材用地だった(写真撮影/嘉屋恭子)

もともとこの黒川駅周辺は、緑豊かなで良質な住宅街が広がっていましたが、駅前は鉄道用の資材用地になっていました。今回、その土地を利用して小田急電鉄がデザイン事務所ブルースタジオと組み、「ネスティングパーク黒川」を開業しました。でも、なぜ「シェアオフィス」だったのでしょう。立地と経済合理性を考えれば、(失礼ながら)よくある駅ビルをつくり、飲食店を誘致するというのが開発の鉄板にも思えますが……。

「背景になるのは、鉄道会社としての危機感です。少子化でこれから沿線人口がどんどん減っていくのは明らかです。だからこそ、今が良ければいい、ではなく、先手を打って『選ばれる郊外』を目指さなければ、と考えています」と話すのは小田急電鉄生活創造事業本部開発推進部の志鎌史人さん。

そもそも、神奈川県川崎市と東京市部を結ぶ小田急多摩線は、多摩ニュータウン構想のなかで生まれたいわゆる「郊外路線」。黒川駅もそんな一つで、都心に通勤して眠るために帰る「ベッドタウン」でした。もちろん、路線が走る川崎市も「かわさきマイコンシティ」に企業を誘致してはいたものの、街は本質的に子育てに特化していて、「眠る・暮らす」という性格が強かったのです。そこで、「働く」「遊ぶ」「暮らす」のあいだの場所として「シェアオフィス」をつくり「単一機能」の街から住む、働く、遊ぶといった「複合機能の街にしたい」というのが、今回の狙いだと話します。

ネスティングパーク黒川の、木のぬくもり溢れる外観と内装。豊かな自然環境と調和するデザインを意識した(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク黒川の、木のぬくもり溢れる外観と内装。豊かな自然環境と調和するデザインを意識した(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは個室タイプ(写真)ほか、半個室のブース、オープンタイプのデスクがある。個室はショップとしても利用可能(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは個室タイプ(写真)ほか、半個室のブース、オープンタイプのデスクがある。個室はショップとしても利用可能(写真撮影/嘉屋恭子)

現役世代、ママ、リタイア世代などの地元の交流の場に

今回のシェアオフィスの利用者として想定しているのは、(1)現在は子育て中で仕事をセーブしているものの、ショップなどを開きたい主婦、(2)リタイアしたけどビジネスを始めたいシニア、(3)現役会社員がリモートワークで働く場所、フリーランサーのオフィス、といったさまざまなライフスタイルの人たちです。当面の目標は「満室稼働です」(志鎌さん)ということですが、シェアオフィスの内覧見学会には続々と希望者が来ていて、すでに数十組の申し込みがあり、第1号のショップも誕生しました。

シェアオフィスにはデスク利用だけなら月1万円~、ルーム(約4平米~約8平米)であれば3万2000円~5万6000円から利用できます。都心にあるシェアオフィスと比べたら格安ですし、「何かをはじめたいけど、高額費用は出せない」という人にも、利用しやすい価格であることは間違いありません。

シェアオフィスは通称「キャビン」という。ポストや宅配ボックス、ミーティングルームなどの設備も充実(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは通称「キャビン」という。ポストや宅配ボックス、ミーティングルームなどの設備も充実(写真撮影/嘉屋恭子)

見学希望者が続々と。自宅で仕事をしている人、コワーキングスペースとして利用したい人など、ニーズもありそう(写真撮影/嘉屋恭子)

見学希望者が続々と。自宅で仕事をしている人、コワーキングスペースとして利用したい人など、ニーズもありそう(写真撮影/嘉屋恭子)

こうした「職住が近接した、新しいワークライフスタイルに挑戦できるのも、郊外だからこそ」と話すのは、企画・設計を担当したブルースタジオの広報担当 及川静香さん。
「ネスティングという名前には、『巣(NEST)』として暮らしを育む、人生を楽しむ人が『集う(NESTING)』、さらに『ビジネスを育む』という3つの意味があります。ふるさとのように、いつでも戻れるような、どこかほっとする温かい言葉にしています」(及川さん)

芝生広場からターナーダイナーと焚き火の様子。周囲に高い建物はなく空は広く、山も近い。仕事の合間に焚き火をすれば、いいアイデアも自然と浮かびそう(写真撮影/嘉屋恭子)

芝生広場からターナーダイナーと焚き火の様子。周囲に高い建物はなく空は広く、山も近い。仕事の合間に焚き火をすれば、いいアイデアも自然と浮かびそう(写真撮影/嘉屋恭子)

今回、カフェ「ターナーダイナー」を運営する株式会社ワットの石渡康嗣さんは、「働くならこんなに最高な場所はないよね。夕日はキレイだし、焚き火もできる。僕らも仕事している場合じゃない(笑)」と話します。石渡さん自身、都心に複数の飲食店を運営していますが、ネスティングパーク黒川の「ターナーダイナー」ではお客さんからポジティブな声を聞き、手応えを感じています。

仕事終わりに、こんな風景を眺めつつお酒を飲めたら、最高だ(写真撮影/嘉屋恭子)

仕事終わりに、こんな風景を眺めつつお酒を飲めたら、最高だ(写真撮影/嘉屋恭子)

「『待っていました!』『また来ます!』って声をもらうことがすごく多いって、スタッフが言っていました。自分たちの店を軸に、地元の人の交流の場所として活用してもらえたら、こんなにうれしいことはない」とにこやかです。

お祭り感ある「ジャンボリー」。これからの郊外を考えるトークショーも

取材に訪れた日は、「ネスティングパーク・ジャンボリー」という、オープニングイベントが開催されていました。木工ワークショップやオイルランプワークショップ、ワインツーリズムのほか、地元JAが運営する「セレサモス麻生店」が産直野菜を販売しており、家族連れなどが大勢訪れていました。何より子どもたちが楽しそうに芝生を走っている様子は、見ているこちらも微笑ましくなるほど。

ワークショップは多くの家族連れでにぎわった(写真撮影/嘉屋恭子)

ワークショップは多くの家族連れでにぎわった(写真撮影/嘉屋恭子)

子どもだけでなく、何より大人たちが楽しそう(写真撮影/嘉屋恭子)

子どもだけでなく、何より大人たちが楽しそう(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク・ジャンボリーでは、地元野菜を焼いて食べたり、マシュマロを焼いたりする姿も(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク・ジャンボリーでは、地元野菜を焼いて食べたり、マシュマロを焼いたりする姿も(写真撮影/嘉屋恭子)

日が傾きはじめた17時30分からは、ブルースタジオのクリエイティブディレクターの大島芳彦氏、郊外を研究しているマーケティングリサーチャーの三浦展氏、株式会社ワット代表の石渡康嗣氏、スノーピークビジネスソリューションズ取締役の山口昌浩氏による「焚き火を囲んで語りあおう、これからの『郊外』の楽しみ方」と題したトークイベントがスタート。

17時30分~行われたトークイベント。まじめな話をしているのに、どこか楽しそうなのは焚き火の力でしょうか(写真撮影/嘉屋恭子)

17時30分~行われたトークイベント。まじめな話をしているのに、どこか楽しそうなのは焚き火の力でしょうか(写真撮影/嘉屋恭子)

トークイベントに登壇した大島芳彦氏(左)と、三浦展氏。郊外研究やリノベーションの第一人者が登場し、現在の課題とこれからの展望を話しました(写真撮影/嘉屋恭子)

トークイベントに登壇した大島芳彦氏(左)と、三浦展氏。郊外研究やリノベーションの第一人者が登場し、現在の課題とこれからの展望を話しました(写真撮影/嘉屋恭子)

はじめに大島芳彦氏による現在の「郊外」が抱える課題、つまり「高齢化」「空き家の増加」「縮退」「若い世代が帰ってこない」といった流れの説明があり、それに対して「ネスティングパーク黒川」でできること、「未来をどうして行きたいか」という説明がありました。続いて、三浦展氏からは、「脱・典型的なベッドタウン」になるために、「多様性を増すこと」「夜の魅力を増すこと」「女性に選ばれる街」という「処方せん」が提案されました。

三浦展氏は、ベッドタウンはこれまで「都心で働く男性」「郊外で子育てする女性」というロールモデルを前提にして街が設計されていたため、「夫婦共働き」や「生涯働きつづける」という現代のライフスタイルに合わなくなっていると指摘します。今後は「郊外で昼間仕事ができる」ことに加え、「街を散歩してリフレッシュして新しい発想を得られる」「仕事のあとの夜の娯楽がある」といった要素を加えることで魅力的な郊外として再生するというのです。今回、シェアオフィスなのに、焚き火ができるのは、そうした大人の「遊び心」の象徴なのかもしれません。

スノーピークの山口氏も「日常のなかに、こうしたアウトドアの『非日常』があることで、人生も働き方ももっと豊かになるはず。火をかこむだけで、自然と人とのコミュニケーションが生まれますから」と焚き火の魅力を語ります。確かに焚き火を囲んでいるとなぜか自然と笑顔に。昔の日本の農家には「囲炉裏」があったように、実はとても落ち着くスタイルなのかもしれません。

小田急電鉄としては、今回の「ネスティングパーク黒川」はパイロットケースとしていて、仮に成功したからといってむやみに増やすという計画はなく、「小田急線沿線はエリアごとに特色があります。だからこそ、その土地、その街にあった開発、暮らし方の提案をしていきたい」(志鎌さん)と話します。首都圏の郊外エリアでも人口減少は少しずつ、でも確実にはじまっています。ただ、それを嘆くのではなく、時代にあった豊かなものへと価値を転換していけるかどうか、鉄道会社も不動産会社も試行錯誤をするなかで、「魅力的な郊外」として再生していくのかもしれません。

●取材協力
ネスティングパーク黒川

島でのリモートワークってどう?「ITアイランド」奄美大島と姫島に聞いてみた

ここ数年で「働き方改革」という言葉が浸透し、今後もリモートワークを導入する企業は増加する見込みだという。今は仕事によってはインターネットや移動手段・時間が確保できればどこでも仕事できる時代。Uターン・Iターン・移住・二拠点生活など、さまざまな形で仕事・生活の拠点を都市部から地方へ変更・検討している人もいるのでは。その中でも、交通面・仕事における環境面などでハードルが高いと思われているのが離島だろう。
しかし、現在はそんな離島でこそ、自治体を挙げて環境整備・リモートワークを推進しているところも多いようだ。今回は鹿児島県奄美大島と大分県姫島の話を聞いてみた。

鹿児島・奄美大島が目指すのは「フリーランスが最も働きやすい島」

東京から飛行機で2時間10分。鹿児島の南に位置する人口約6万1000人の島・奄美大島は、日本全国の離島の中でも3番目に大きな島。温暖な気候で、美しい海や原生林などを持つことから、観光地としても人気の島だ。

(写真提供/奄美市)

(写真提供/奄美市)

奄美市では、「2020年までに200名の フリーランスを育成すること、50名以上のフリーランス移住者を呼ぶこと」を目標に、2015年より「フリーランスが最も働きやすい島化計画」を推進。ランサーズ、GMOペパボ、Schoo、PIXTAなどの企業とも協業している。
「奄美大島に位置する奄美市は経済・産業のマーケットの規模は小さく、都会の巨大なマーケットまでは物理的な距離があるといった地理的不利性があります。その不利性を克服する産業として、情報通信産業の振興を重点分野に位置づけ、各施策に取り組んでいます。技術力をもったU・Iターン者が年々増えていることから、元々の住民も含めクラウドソーシングで都会の仕事をできる環境を整備する必要があると考えたためです」(奄美市商工観光部商工情報課 森永さん)

フリーランスの移住者を呼ぶための施策も積極的に行っている。
市内のインターネット環境の整備はもちろん、住民のフリーランス育成を推進するための奄美市オリジナルの教育プログラム「フリーランス寺子屋」などのイベント開催、住宅などの移住支援やコワーキングスペースの提供など、「フリーランスが最も働きやすい島」にするために必要な支援を、島のフリーランサーとともに検討・実行しているという。

イベント「2018観光フォトライター講座」の様子(写真提供/奄美市)

イベント「2018観光フォトライター講座」の様子(写真提供/奄美市)

奄美大島でドローン撮影・写真撮影・映像撮影・Webライター・予備校スタッフなどを行う田中良洋さんも、2017年に移住したフリーランサーだ。移住前も東京・大阪でフリーランスとして活動していたが、病気をきっかけに移住を考えはじめたという。

田中良洋さん(写真提供/田中良洋さん)

田中良洋さん(写真提供/田中良洋さん)

「ずっと都会で事業をしていましたが、体調を崩し、目の病気になりました。幸い完治はしましたが、スマホを見るのも太陽を見るのもつらく、寝てばかりの生活の中で『本当は何がしたいんだろう?』と思い悩んでいました。そのときふと浮かんだのが『島に住みたい』ということ。観光で与論島に行ったことはあり、もう一度行きたいと思っていたところ、たまたまネットで島おこしインターンシップというプログラムを見つけて参加。1カ月半与論島で生活しました。実際にやってみて、島の生活の魅力を改めて感じると同時に、奄美群島が面白いと感じました。その後、群島のいろんな地域を調べる中で奄美市はフリーランスの支援を行っていることを知ったのと、奄美市での予備校の仕事が見つかったのでここを選びました」

移住してまず心配なのが、家のことや今後の仕事のこと。田中さんは自治体の施策を利用し、コミュニティへの参加・事業の育成を行っている。
「家がなかなか見つからなかったり、生活費や家賃が思っていた以上にかかるのでどうやって仕事を広げていこうか不安はありました。けれど、奄美市が提供している『フリーランス寺子屋』という講座に参加し、フリーランスの知り合いができたり人づてに仕事をいただいたりして、不安は徐々に解消されていきました。現在もホームページ制作をしているフリーランスの人とよく一緒に仕事をさせてもらっています。仕事の打ち合わせをしたり、一緒に飲みに行ったり遊びに行ったりして情報交換をしています」

それでは、実際に移住して仕事や生活はどのように変わったのだろうか。
「もともといろいろなことをやりたがる性格だったので、島での働き方は合っていたと思います。都会では、ひとつの分野に絞って専門性を高めていかないといけないと思っていましたが、島では幅広くさまざまな仕事が求められます。驚きや不安もありますが、機会があることはありがたいですよね。ドローンでの撮影・素材映像の提供をしていますので、奄美ではどこを撮影しても絵になるのもメリットです。仕事で疲れたときや煮詰まったときに、すぐに海の見えるところでリフレッシュできるのはとてもいいと感じています。

ヒカゲヘゴ(写真提供/奄美市)

ヒカゲヘゴ(写真提供/奄美市)

笠利サトウキビ畑(写真提供/奄美市)

笠利サトウキビ畑(写真提供/奄美市)

生活面では、奄美市は思っていた以上に便利なので、普段の生活は大きく変わっていません。満員電車に乗らずにすむようになったことや、飲み会に無理矢理参加しなくてよくなったことは精神衛生上よかったと思います。休日の過ごし方は大きく変わりました。奄美大島の自然の中で遊べるので、今まで考えられなかった経験ができています。休日は友人の船に乗り、海に行ってマリンレジャーをしています」

大分県・姫島は2018年から本格化!「姫島ITアイランド構想」姫島(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

姫島(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

今年より新たな動きを見せる離島がこちら。
大分県北部。温暖な気候の瀬戸内海に浮かぶ人口約2000人の島・姫島。水産業が主要産業のこの島で、2018年1月から「姫島ITアイランド構想」が本格化した。水産業の低迷、若い世代を中心に村外への人口流出などによる人口減少が進む中での雇用創出、離島を舞台にした新しい雇用の形を創り地元の活力を高めたいという自治体の想いから生まれたプロジェクトだ。

お試しリモートワークの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

お試しリモートワークの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

この「ITアイランド構想」には、ふたつの取り組みがある。
ひとつは、IT企業や人材を呼び込むことで「離島×IT」の可能性を広げる取り組み。旧校舎を活用し、企業が入居できるオフィスやコワーキングスペースを設置した「姫島ITアイランドセンター」を整備。すでに2社が姫島にサテライトオフィスを設置し、稼働しているという。もちろん、都心と変わらない通信環境も整備済だ。始まったばかりのプロジェクトでフリーランサーの移住者はまだいないそうだが、「住居探しのサポートや広報活動も本格化していきたい」と姫島ITアイランド運営事務局の担当者は話す。

姫島ITアイランドセンター(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

姫島ITアイランドセンター(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

ふたつめは、未来のIT人材の育成・創出・定着を目指す取り組み。学生を対象としたプログラミング教室や住民のITに対する関心を高めるためのIT落語寄席などのイベントを開催したり、電気自動車を活用したカーシェアリングシステムや村営フェリーの運航状況通知システムを構築したりと、さまざまな取り組みを実際に行っている。

ITアイランドセミナーの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

ITアイランドセミナーの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

離島での暮らしは、生活にもうるおいが生まれそうだ。通勤時間のストレスはもちろんなし。島内には保育所(待機児童数ゼロ!)・幼稚園・小学校・中学校や病院はもちろんある。治安もいいので、家族での移住も安心だろう。海や山などの自然が近く、海産物や野菜なども豊富。平日は通勤ラッシュもなく夜遅くまで仕事をする文化もない。休日は海、キャンプ、温泉など、自然の恵みをふんだんに受けた暮らしができそうだ。

姫島のビーチ(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

姫島のビーチ(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

ジオクルーズの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

ジオクルーズの様子(写真提供/姫島ITアイランド運営事務局)

離島でのリモートワークは、もちろん利便性の面では都市部のほうが上かもしれない。けれど、豊かな自然の残る島だからこそ得られることも多いだろう。ライフスタイルや目指すもの・求めるものによっては、離島への移住・二拠点生活は最良の選択肢になるかもしれない。場所によってはお試し体験を実施しているところもあるので、気になる人はチェックしてみては。

●取材協力
>奄美市「フリーランスが最も働きやすい島化計画」公式サイト
>ゆったり×最先端リモートワークのすすめ「姫島ITアイランド」