タイニーハウス暮らしを体験できる村が八ヶ岳に誕生。小屋ブームを広めた竹内友一さんに聞く「HOME MADE VILLAGE」の可能性

消費や時間に捉われることなくシンプルに暮らす選択のひとつとして提示されている「タイニーハウス(小さな小屋)」。現在の日本では、所有者がそれぞれの場所で使用するにとどまっているが、コミュニティも含めた暮らし体験を目的としたタイニーハウス専用の村「HOMEMADE VILLAGE(ホームメイド ビレッジ)」が八ヶ岳(山梨県北杜市)の麓に誕生した。手掛けたのは、日本におけるタイニーハウス文化の先駆者である竹内友一さん。どんな場所なのか、話を聞いた。

小さい家でエネルギー削減。必要なモノを外にも求めることで暮らしがシンプルになる(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

タイニーハウスが広まったのは、2008年の欧米でのリーマンショックを経験して“所有することが豊かである”という価値観に疑問を持つ人が増え、暮らしを見直す動きが起きたことから。やがて日本にも伝わり、最低限の持ち物でシンプルに暮らすミニマリストが話題に。その後、東日本大震災をきっかけに2012年ころからタイニーハウスも注目されるようになった。

このタイニーハウス(小さな家)の日本における伝道師とも言える存在が、株式会社ツリーヘッズを主催する竹内友一さんだ。

竹内友一さん。アメリカ西海岸のタイニーハウス居住者にインタビューしたロードムービーを制作、上映するなど日本のタイニーハウスの先駆者的存在(写真撮影/嶋崎征弘)

竹内友一さん。アメリカ西海岸のタイニーハウス居住者にインタビューしたロードムービーを制作、上映するなど日本のタイニーハウスの先駆者的存在(写真撮影/嶋崎征弘)

木の上の小屋「ツリーハウス」を手がけていた竹内さんが初めてタイニーハウスに触れたのはWEB情報だった。重い心臓病を経て本当にやりたい暮らしを求めた女性がタイニーハウスを選択したというエピソードを目にし、その生き方に強く共鳴したという。すぐさま渡米して話を聞き、2014年には彼女を日本に招いてワークショップを開催。すっかりファンになり、タイニーハウスで暮らすアメリカ西海岸の人々にインタビュー、自主映画制作につながった。それ以来、日本各地での上映会やワークショップでタイニーハウスの普及を行ってきた。

SDGsの広がりも後押しとなり、竹内さんは個人や企業の求めに応じて21棟のタイニーハウスを作成(2022年7月現在)。農場でのダイレクトな自然体験を家族や友人と楽しめる、音楽プロデューサー・小林武史さんプロデュースの「木更津クルックフィールズ」の宿泊用タイニーハウスも、竹内さんの作品だ。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

HOMEMADE VILLAGE敷地内に置いてある3棟のタイニーハウスは、すべて竹内さんが手掛けたもの(写真撮影/嶋崎征弘)

HOMEMADE VILLAGE敷地内に置いてある3棟のタイニーハウスは、すべて竹内さんが手掛けたもの(写真撮影/嶋崎征弘)

「小さな家」という概念のもと、タイニーハウスにはさまざまなタイプがある。小屋タイプ、トレーラーで牽引するタイプ、キャンピングカーやバンなども含まれ、最近では、日本でも無印良品やスノーピークなどさまざまな企業が特色を打ち出して提供している。

竹内さんが主に提供しているのは、オーダーメイドで依頼者の理想に寄り添いつつクリーンエネルギーの活用・循環を図る移動型。「アメリカ西海岸で取材したタイニーハウスは、どれも個性的でした。キッチンやシャワーを共同利用できるコモンハウスを中心にしたタイニーハウス用スペースも各地にあって、移動も自由。ゆるやかなコミュニティで繋がるシンプルな暮らしがとても魅力的でした」(竹内さん)


simplife – a tiny house film from simplife on Vimeo.電灯やミニ冷蔵庫、クーラーなどの電気はソーラーパネルでまかなう。屋根に載せると躯体に負担がかかり、駐車場所によっては太陽光を集められないため、日のあたる地面に置くのが最良。移動するときはハウス外付けの収納スペースに収納(写真撮影/嶋崎征弘)

電灯やミニ冷蔵庫、クーラーなどの電気はソーラーパネルでまかなう。屋根に載せると躯体に負担がかかり、駐車場所によっては太陽光を集められないため、日のあたる地面に置くのが最良。移動するときはハウス外付けの収納スペースに収納(写真撮影/嶋崎征弘)

荒地を自ら整えて、タイニーハウス用工場と土地を八ヶ岳に

2018年、竹内さんは念願だったタイニーハウス用の工場と土地を八ヶ岳の麓、山梨県北杜市に得た。
「知人から紹介してもらって所有者から譲り受けることができました。もともと植物エキス抽出工場だった建物は崩壊寸前、空き地には木や雑草が繁ったまま。現況取引を条件に、安く買うことができました」と竹内さん。

工場機械などの廃棄や建物リノベーション、土地の整備を自分たちで行うのは予想以上の大変さだった。「土地はタダ同然でしたが、整備や修復にはかなりお金がかかりました」(竹内さん)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

古い工場を改装したタイニーハウス工場。設計士や職人はプロジェクトごとに仲間に声をかけるのだそう (写真撮影/嶋崎征弘)

古い工場を改装したタイニーハウス工場。設計士や職人はプロジェクトごとに仲間に声をかけるのだそう(写真撮影/嶋崎征弘)

ワークショップ開催で課題が見えてきた

4年ほど地道な整備を続けて、現物のタイニーハウスを見て学んでもらうワークショップを開催できるようになったのが2019年。

「この場所を『HOMEMADE VILLAGE』と名付けて、タイニーハウスの住民たちが集い手づくりの生活を営む、お手本の場所になることを目指しました」(竹内さん)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

「ワークショップは好評で、毎回20人くらいが集まってくれました。小さくても暮らすことができそう、小さいからこそインテリアにもこだわれるしエネルギー消費も減らせる、と気に入ってくれる人が多かったです」(竹内さん)

初回参加者からはタイニーハウスをオーダーする人も現れたが、「課題も見えてきました。見るだけではなかなか小さな暮らしに一歩踏み出しにくい。そして、他人とのコミュニティに飛び込むという不安の解消も難しかった」(竹内さん)

そしてコロナ禍。ワークショップの試みは中断せざるを得なかった。

変化に合わせて暮らし方をもっと自由に。タイニーハウスビレッジの広がりを期待

一方で、八ヶ岳エリアには都市部からの移住者や2拠点居住者が増加。空き物件が一気になくなり、タイニーハウスへの問い合わせも増えて、その役割も強く感じるようになったのだそう。
「インテリアなどのこだわりを諦めず、そのときどきの自分に合う住居として、タイニーハウスは最良の提案のひとつだと再認識しました」(竹内さん)

「宿泊して暮らしを体験できるようにここをアップデートする」と決意を固めた竹内さん。「外に求められるものは外に求めて小さく暮らす」タイニーハウスの原点を実現するべく、今はモデルハウスとして展示しているタイニーハウスを宿泊用に、事務所で使っている建物はコモンスペースにするため、資金や賛同者を募るクラウドファンディングに挑戦することにしたのだ。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

廃材を利用してオールドアメリカンテイストに仕上げたタイニーハウス室内。ロフトに布団を引いて快適に眠ることができる(写真撮影/嶋崎征弘)

廃材を利用してオールドアメリカンテイストに仕上げたタイニーハウス室内。ロフトに布団を引いて快適に眠ることができる(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

都内在住の女性が暮らしていたタイニーハウス(写真撮影/嶋崎征弘)

都内在住の女性が暮らしていたタイニーハウス(写真撮影/嶋崎征弘)

家具類は病院の建て替えで不要になったもの。近所の温浴施設を利用できたためシャワーをなくし、その分居住スペースを広くしている。5年ほど住んだ後、今は別住宅に居住。「暮らしの変化に合わせやすいのもタイニーハウスの魅力」と、竹内さん(写真撮影/嶋崎征弘)

家具類は病院の建て替えで不要になったもの。近所の温浴施設を利用できたためシャワーをなくし、その分居住スペースを広くしている。5年ほど住んだ後、今は別住宅に居住。「暮らしの変化に合わせやすいのもタイニーハウスの魅力」と、竹内さん(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

微生物の力で排泄物を分解して堆肥にするコンポストトイレ。災害時にも利用できることから普及が進んでいるという(写真撮影/嶋崎征弘)

微生物の力で排泄物を分解して堆肥にするコンポストトイレ。災害時にも利用できることから普及が進んでいるという(写真撮影/嶋崎征弘)

こちらは八ヶ岳でのワーケーションを想定したモデルハウス(写真撮影/嶋崎征弘)

こちらは八ヶ岳でのワーケーションを想定したモデルハウス(写真撮影/嶋崎征弘)

高性能の断熱材や木製サッシを使うなど省エネを追求。明るく温かみがある空間だ(写真撮影/嶋崎征弘)

高性能の断熱材や木製サッシを使うなど省エネを追求。明るく温かみがある空間だ(写真撮影/嶋崎征弘)

「数日間滞在してもらうことで本当に自分に必要なものがわかってくるはずです。共用のスペースの利用についても、いろいろなアイディアが湧くのではないでしょうか」(竹内さん)

「HOMEMADE VILLAGE」は、あくまで宿泊体験やモデルハウス展示としての場所だ。
「ここでの宿泊体験や勉強会で出会った人たちが仲間になって土地探しを始めたり、事業として考える企業が出てきたり、さまざまなことを期待する場所です。移動可能なタイニーハウスならではの自由な発想で、新たなタイニーハウスビレッジが各地にできることが理想です」(竹内さん)

事務所として利用している建物にはキッチン、シャワー、トイレも完備されている。クラウドファンディングで集まった資金で事務所機能を移転し、ここは宿泊体験者のコモンハウスにする予定(写真撮影/嶋崎征弘)

事務所として利用している建物にはキッチン、シャワー、トイレも完備されている。クラウドファンディングで集まった資金で事務所機能を移転し、ここは宿泊体験者のコモンハウスにする予定(写真撮影/嶋崎征弘)

荒地を開墾して無農薬野菜を栽培。ワークショップでは収穫体験も(写真撮影/嶋崎征弘)

荒地を開墾して無農薬野菜を栽培。ワークショップでは収穫体験も(写真撮影/嶋崎征弘)

場内で刈った草や生ゴミなどを堆肥化。臭いは全くない。畑があってこそ堆肥が活きる(写真撮影/嶋崎征弘)

場内で刈った草や生ゴミなどを堆肥化。臭いは全くない。畑があってこそ堆肥が活きる(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

竹内さんが手がけるタイニーハウスの本体価格は500万円くらいから。一般住宅に比べると安価ではあるが、すぐに決断できる金額でもない。
しかし、タイニーハウスの需要が高まれば基本部分の量産ができ、価格改定に繋がる。「規格化したタイニーハウスの販売を予定しています。家を手づくりしたい人が多いのもワークショップでわかっているので、内装のDIYができる場所としての活用も考えています。宿泊体験中に技術を学べば手づくりパーツできる部分が増える。コスト削減になりますね」(竹内さん)

外寸法で4.5m×2.5m。自動車としての登録が可能なため固定資産税は不要(写真撮影/嶋崎征弘)

外寸法で4.5m×2.5m。自動車としての登録が可能なため固定資産税は不要(写真撮影/嶋崎征弘)

「僕も自分の子どもたちが自立したら妻と自分のタイニーハウスを持って住みたいなと思っています。何度も家族に提案しているのですが、『4人は無理!』と今は反対されていて」と笑う竹内さん。

家族構成は変化していく。自分を取り巻く環境も日々変わるなか、そのときどきで最適な暮らしを選べた方がいい。
「仲良くなった友人と離れても、また別の場所に家ごと移動してコミュニティの輪を広げていける、そんなタイニーハウスビレッジを増やしていきたい」
竹内さんの夢も広がっていく。

●取材協力
・株式会社ツリーヘッズ 
・HOMEMADE
・simplife

災害時、賃貸でお隣さんは助けてくれる? 住民同士で防災計画をつくる「高円寺アパートメント」

突然ですがこの1年、自宅で防災計画を考えたり、防災訓練をしたりしましたか? 学校で行っているならいざしらず、大人になり、特に賃貸住宅で暮らしていると防災訓練を一度もしたことがない……という人も珍しくないことでしょう。でも、賃貸で住民が主体となり、防災計画を立案しているところもあるとか。今回は「高円寺アパートメント」(東京都杉並区)のワークショップの様子を取材しました。
分譲マンションでは耳にするけれど、賃貸物件ではレアな「防災計画」

地震に台風や洪水、大雪など、災害大国・日本に暮らす私たちにとって、「防災訓練」「防災計画」はおなじみの存在です。ただ、住まいが「賃貸住宅」になると、住民の参加者が少ない、設備点検で終わってしまうなどと、とたんに手薄になりがちです。地域防災計画などに携わる百年防災社の葛西優香さんによると、同社に防災計画やコンサルティングを依頼する85%は分譲住宅、つまり住民が所有している物件だといいます。

そんななか、住民が主体となって避難訓練をしようと試みをはじめたのが「高円寺アパートメント」です。もともとはJR東日本の社宅でしたが、2017年にリノベーションして賃貸住宅に。全50戸、住宅だけでなく、1階部分は店舗にもなっている建物です。

高円寺アパートメント外観。もともとJR東日本の社宅をリノベーションして誕生(写真提供/高円寺アパートメント)

高円寺アパートメント外観。もともとJR東日本の社宅をリノベーションして誕生(写真提供/高円寺アパートメント)

ジェイアール東日本都市開発がオーナーのこの物件は、運営をまめくらしが行い、住人同士の交流など関係性が育まれている住宅です。物件のコンセプトに賛同して引越してきた住民が多く、また近隣住民も利用するショップがあるため住民同士の交流も盛んで、過去にはマルシェや流しそうめん、花見などのイベントも行ってきたといいます。

高円寺アパートメントで行われた花見会の様子。コロナ前の風景ですね、なんとも平和で涙が出てきます(写真提供/高円寺アパートメント)

高円寺アパートメントで行われた花見会の様子。コロナ前の風景ですね、なんとも平和で涙が出てきます(写真提供/高円寺アパートメント)

ただ、交流があっても、持ち家に比べ住民の入れ替わりが早い賃貸住宅で、住民が主体となって防災計画を立てるというのは非常にレア。前出の葛西さんも、「賃貸住宅で防災計画を立案するのは、独立行政法人が運営する団地などでしょうか。主体者も大家さん・管理会社などで、賃貸の住民が主体になるケースは非常に珍しいです」といいます。

はじまりは「地震、大丈夫だった?」。みんな防災に関心があった!

では、なぜ住民が主体となって防災に取り組もうと思ったのでしょうか。
「はじまりは、今年2月に起きた地震(東京都杉並区は震度4)でした。当日もLINEで『大丈夫だった?』と複数の人とやりとりして、後日、対面したときにも『地震は怖かったね、何かあったときに協力したいね』という声があがったんです」と同物件の住民であり、住民同士の交流サポートなどを行うまめくらしの宮田サラさん。

普通ならそこで話が終わってしまうところですが、住民の広瀬圭太郎・志津香夫妻が声をあげ、年間のイベントとして防災のワークショップを行うことを提案します。

任意の住民が参加した作戦会議の様子(写真提供/高円寺アパートメント)

任意の住民が参加した作戦会議の様子(写真提供/高円寺アパートメント)

志津香さん自身は、「もともと私個人として防災に興味・関心があり、社会人向けの講座に参加していました。サラさんに声をかけたら思いのほか感触もよく、ほかの住民の方も興味があるようだったので、『実はみんな気にしていたんだな』と思いました」と話します。そこで縁あって百年防災社の葛西さんに声をかけ、今年5月から全3回のワークショップを開催することになったそう。

第1回目となった5月2日には発災前の防災計画、第2回目となった5月22日は発災直後の防災計画をテーマとして話し合いをオンラインで実施。同じ建物内にいながらにして、オンラインミーティングというのも不思議な気もしますが、実になごやかに行われていました。

1回目と2回目のワークショップの様子をまとめた「グラレコ」。どんなことを話したのかはひと目で分かります(写真提供/高円寺アパートメント)

1回目と2回目のワークショップの様子をまとめた「グラレコ」。どんなことを話したのはひと目でわかります(写真提供/高円寺アパートメント)

筆者も住民のみなさんにご承諾いただき、オンラインで見学させていただきましたが、「普段からはゆるふわの付き合いが大事」「被災直後の初動をどうするか」「班長など、役割を考えておこう」「子どもたちは1カ所にいると安心なのでは」「フェーズにわけて考えよう」「地域との連携はどうするか」などとアイデアが次々と出てきてびっくり。こうやって考えておくだけでも、今から備えられること/課題などが浮き彫りになり、有意義だなと痛感します。

「とはいえ、参加した世帯でいうと3割程度です。仕事や用事があって参加できない人もいらっしゃいますが、ただ、興味関心があると答えてくれたのは約9割。住民のみなさんの関心度合いの高さがうかがえます」(宮田さん)

ワークショップに参加した住民のみなさん。同じ建物内にいるのにオンラインミーティング。今どき!(写真提供/高円寺アパートメント)

ワークショップに参加した住民のみなさん。同じ建物内にいるのにオンラインミーティング。今どき!(写真提供/高円寺アパートメント)

当たり前ですが、同じ建物に住んでいるもの同士、いざというときは助けたいし・助けてほしいという関係でありたいというのは自然な感情でしょう。

「義務感のない防災」が理想!住民の入れ替わりを前提にマニュアルに

葛西さんは、今回の高円寺アパートメントの防災計画のことをこう話します。「すごい点は、住民同士の関係ができていることです。どんな人が住んでいて、職業や得意なことを把握していらっしゃるので、『こうしたらいいんじゃない?』『○○さんはどう思います?』という会話が自然に出てくる。こうした普段の関係性が防災計画にも、非常時にも大きな差になると思います」

確かに人間関係ができているからこそ、一歩進んで「助け合いたい」という気持ちになるのかもしれません。もし、賃貸で防災計画を立案しようとなっても『めんどくさい』『誰が住んでいるかよく分かからない』といった気持ちの面でのハードルが高くなりがちですよね。今回、企画に携わった広瀬圭太郎さんもその点をよく考えていて、以下のように話します。

「防災訓練や防災計画って、大切だと思っていても、どうしても『受け身』で義務感や参加している感になりがちです。でも、マルシェや流しそうめんと同じようにお楽しみ企画のなかの一つとして、防災計画があれば参加しようかなという気持ちになるはず。特別なことではなく、みんなでいっしょに・ゆるふわで考えていこうよ、というスタンスで進めていけたら」

マルシェの様子(写真提供/高円寺アパートメント)

マルシェの様子(写真提供/高円寺アパートメント)

ちなみに、ワークショップの開催費用は、住民からの任意募金を充てているそう。なんでもそうですが、今はゆるく・楽しくないと続けられないですものね。今回のワークショップは6月に3回目を実施予定ですが、その後はマニュアル化も、見据えているとか。

「2017年の初期から住み続けている人も多いですが、やはり賃貸なので住民が入れ替わることを前提に、マニュアル化して誰がきても分かるようにしておきたい。幸い、住人にはイラストが描ける人や、ライティングができる人、建築に知見のある人がいるので、より分かりやすい形で自分たちでつくっていければ」と宮田さん。

もちろん、防災計画を考えたり、わざわざワークショップに参加したりするのは面倒くさいという人も多いことでしょう。今回の高円寺アパートメントのように、賃貸住宅でも義務感なく、明るく・スマートな防災計画・防災訓練がもっともっと広まったらなあと心から願っています。

●取材協力
高円寺アパートメント
百年防災社
まめくらし

“さいたま都民”の地元愛に火を付ける「サーキュレーションさいたま」【全国に広がるサードコミュニティ11】

都内へのアクセスがよく、暮らしやすいこともあって毎年1万人ほど人口が増加している埼玉県さいたま市。しかし、東京に通うばかりで地元を顧みない「埼玉都民」も多く暮らしています。そんなさいたま市民向けに、地元の魅力を掘り起こし発信するワークショップが開催されました。
 

連載名:全国に広がるサードコミュニティ
自宅や学校、職場でもなく、はたまた自治会や青年会など地域にもともとある団体でもない。加入も退会もしやすくて、地域のしがらみが比較的少ない「第三のコミュニティ」のありかを、『ローカルメディアのつくりかた』などの著書で知られる編集者の影山裕樹さんが探ります。

埼玉―東京の縦の移動だけでなく、市内の“横”の循環を

JR京浜東北線、JR埼京線、JR宇都宮線、埼玉高速鉄道線などが乗り入れ、東京都心部へのアクセスが良く、転入超過数で毎年上位にランクインする埼玉県さいたま市。特にファミリー層の転入が多く、浦和や大宮などには商業施設が集積し、暮らしやすいイメージがあります。

しかし実際のところ、平日は都内へ通勤・通学のため通い、休みの日も都内で遊び、地元には寝に帰るだけ、な人も多いです。そんな人々のことを「埼玉都民」と呼ぶこともあります。実際、遊びに出かけようとしても、東京―さいたまの“縦”の移動はたやすいけれど、さいたま市内の“横”のアクセスは難しく、バスか車、自転車など移動手段が限られているのが現状です。緑豊かな見沼エリアや全長2kmもある大宮氷川参道など、さいたま市内には数多くの観光スポットがあるにもかかわらず、そのことを知らない人も多いのではないでしょうか。

大宮氷川参道の鳥居(写真提供/サーキュレーションさいたま)

大宮氷川参道の鳥居(写真提供/サーキュレーションさいたま)

見沼区の自然あふれる風景(写真提供/サーキュレーションさいたま)

見沼区の自然あふれる風景(写真提供/サーキュレーションさいたま)

まさに、こうしたさいたま市内の“横の回遊”を促進するコミュニティや市民活動を生み出す、一般市民向けのワークショップ「サーキュレーションさいたま」が2019年にスタートしました。「サーキュレーション」とは聞き慣れない言葉ですが、「循環」という意味で、さいたま市の内側でぐるぐる人が循環するような状況を生み出したいという思いで名づけられました。

地域の文化的遺伝子を掘り当てることで、その地域らしい活動が生まれる

2019年9月のキックオフを経て、建築家、会社員、公務員から学生まで、世代も職業も異なる約30人の市民が集まり、市内の公共空間を活用したイベントなどを考える「公共空間」、市内の新しい人の流路を生み出す「モビリティ」、排除のない関係を生み出す「ソーシャルインクルージョン」の三つのテーマに分かれ、今年11月の最終プレゼンテーションに至るまで、実に1年以上にわたって活動を続けてきました。

サーキュレーションさいたまメインビジュアル

サーキュレーションさいたまメインビジュアル

僕はこのプロジェクトのディレクターとして全体の企画・運営に携わりました。また、神戸で介護付きシェアハウス「はっぴーの家」を運営する首藤義敬さん、日本最大級のクラウドファンディングプラットフォームmotion gallery代表の大高健志さんをはじめ、多彩なゲストを招聘し月に2回ほどレクチャーを開催するほか、レンタサイクリングサービスHELLO CYCLINGさん、浦和美園駅始発の埼玉高速鉄道さんなど企業のメンターの協力のもと、グループごとに自主的に集まってもらい、プレゼンテーションに向けたプランを構想していきました。

ワークショップの流れとしてはまず、さいたま“らしさ”を見つけるところから始まります。地域で部活を立ち上げたり事業を生み出したりするのに、どこにでもあるカフェやゲストハウスをつくっても面白くない。そこで、その地域ならではの「文化的遺伝子」を見つけるレクチャーを行いました。

グループごとに分かれてワークショップを進めていく(写真提供/サーキュレーションさいたま)

グループごとに分かれてワークショップを進めていく(写真提供/サーキュレーションさいたま)

その中で、例えば公共空間を考えるチームは、さいたまには江戸時代「農民師匠」と呼ばれる人がたくさん存在していたことを突き止めました。お坊さんだけでなく農民自身が、土地を読み自ら考え行動する、「生きるための力」を授ける寺子屋が広く存在していたそうなのです。メンバーの一人・福田さんはこう語ります。

「今のさいたまをみてみると、子どもたちはみな受験戦争に駆られ、週末の大宮図書館には場所取りのための行列ができるんです。学ぶ目的も学ぶ場も画一化されてしまった現代のさいたまで、のびのびと生きた学びを受け取れる場をつくりたい。農民師匠ならぬ『市民師匠』を集め、市内の公共空間のさまざまな場所でイベントを開催していきたいと考え、Learned-Scape Saightamaというチームを立ち上げました」(「Learned-Scape Saightama」チーム・福田さん)

自習する場所取りのための行列ができる図書館(写真提供/「Learned-Scape Saightama」チーム)

自習する場所取りのための行列ができる図書館(写真提供/「Learned-Scape Saightama」チーム)

地元企業の後押しを受けて社会実装を目指す

2019年12月には、一般の市民に開かれた公開プレゼンテーションを行いました。そこでもう一つの公共空間チームが、埼玉スタジアム2002でのサッカーの試合の日以外、主に混雑時緩和のため使用される埼玉高速鉄道の浦和美園駅の3番ホームを開放し、マルシェを開催するプランを発表。名づけて「タツノコ商店街」。「2020年春に実際に開催します!」と発表された際は大きな歓声が上がりました。

サーキュレーションさいたま公開プレゼンテーションの様子(photo:Mika Kitamura)

サーキュレーションさいたま公開プレゼンテーションの様子(photo:Mika Kitamura)

しかし、折しも新型コロナウイルスの影響で中止に。「タツノコ商店街」チームに埼玉高速鉄道の社員として参加していた大川さんは、当時を振り返りこう語ります。

「開催のせまった2020年春の段階はみんな熱量があったのですが、その後コロナで中止、チームの雰囲気も停滞。でも、メンターを務めてくださった公・民・学連携拠点であるアーバンデザインセンターみそのさんの計らいで、浦和美園の住人の方々との縁をつないでいただきました。依然コロナの影響はありますが、2021年の開催に向けて、浦和美園の人たちとの関係を育んでいきたいと考えています」(「タツノコ商店街」チーム、大川さん)

(画像提供/「タツノコ商店街」チーム)

(画像提供/「タツノコ商店街」チーム)

自発的な市民の構想が公共政策に影響を与える可能性

しかし、立ちはだかるのはコロナだけではありませんでした。ソーシャルインクルージョンがテーマのチームは、大宮氷川参道にかつてあった闇市「参道仲見世」をリサーチし、そこには混沌としながらも排除のない「おたがいさま」の精神があったことを突き止めました。しかし、そんな社会包摂をテーマとするチームにもかかわらず、メンバー間で軋轢がおこり、一時期は不穏な空気もながれました。

それもそのはず、2001年に浦和市、大宮市、与野市、岩槻市の4市が合併した比較的新しい行政区分である「さいたま市」には、地域ごとの特色が微妙に異なります。例えば、浦和と大宮にそれぞれあるサッカーチームを応援する人が同じチームに投げ込まれ、一年以上も一緒にいる。その中で、普通に生活していたら意識することのない地域間の文化や暮らしの違いが可視化され、その違いを乗り越え融和する「時間」もワークショップの醍醐味でした。

2019年の夏にキックオフしたサーキュレーションさいたま(写真提供/サーキュレーションさいたま)

2019年の夏にキックオフしたサーキュレーションさいたま(写真提供/サーキュレーションさいたま)

普段出会わない人々が同じ空間に存在し、互いに理解を示し合う機会をつくることは市民活動を続けるうえでとても重要です。結果として、チームの結束は強まり、現在も活動を続けています。さきほど紹介した「Learned-Scape Sightama」チームは2020年夏、発酵ジンジャーエールの事業化を目指す株式会社しょうがのむし代表の周東さんを「市民師匠」に見立て、発酵ジンジャエールをつくるワークショップを開催。また、12月には「たつのこ商店街」チームが、一般社団法人うらわclipが主催するイベント「うらわLOOP」に参加。それぞれ仕事や学業で忙しいなか、無理をせず仲間同士で自主的に集まって、さいたまらしい文化をつくっていく。とても頼もしいメンバーたちです。

うらわLOOPに出展した「たつのこ商店街」チーム(写真提供/「Learned-Scape Saightama」チーム)

うらわLOOPに出展した「たつのこ商店街」チーム(写真提供/「Learned-Scape Saightama」チーム)

また、モビリティをテーマにしたチームは、シェアサイクリングのアプリ上にツアーコンテンツを仕込み、自転車とセットで予約してもらうシステムを考案し社会実装を目指す「ヌゥリズム」というプランを発表しました。

アプリ上で乗り物とツアーコンテンツを同時に予約(画像提供/「ヌゥリズム」チーム)

アプリ上で乗り物とツアーコンテンツを同時に予約(画像提供/「ヌゥリズム」チーム)

コロナウイルスの影響で、電車通勤に抵抗を感じ、シェアサイクルをいつもより長距離利用する人が増えたというデータもあります。いまこそ、子育て世代の親御さんが、休日に近隣のスポットにシェアサイクルを利用して行きたくなるようなコンテンツが必要だと言えるでしょう。例えば、芋掘り体験だったり、紅葉ツアーだったり。このチームでメンターを務めてくださった、HELLO CYCLINGの工藤智彰さんはこう語ります。

「弊社はさいたま市スマートシティ推進コンソーシアムに参画しており、シェア型マルチモビリティのサービスを企画しております。このモビリティの用途の一つとしてこのプランを紹介したところ、関係者からとても良い反応を得られました。大宮・さいたま新都心地区でのスマートシティ推進事業は国交省の先行プロジェクトとして採択されており、今後『ヌゥリズム』を実現するインフラも実現できそうです。利害関係のない市民の自発的な構想には、行政を動かす説得力があるのだと気付かされたワークショップでした」(工藤さん)

(画像提供/「ヌゥリズム」チーム)

(画像提供/「ヌゥリズム」チーム)

地域振興にはコミュニティの持続可能性が問われている

サーキュレーションさいたまは、2020年に開催された「さいたま国際芸術祭2020」のプログラムの一つとして生まれました。「さいたま国際芸術祭2020」キュレーターの一人で、さいたま市でまちづくりNPOを運営する三浦匡史さんは、サーキュレーションさいたまを開催した目的についてこう話します。

「2016年の『さいたまトリエンナーレ2016』で、さいたまスタディーズというプログラムを開催しました。外部の研究者による連続講座を開催し、さいたま市がもともと海だったことなど、普通に暮らしていては意識されない歴史を掘り起こしました。第二回目の今回の芸術祭では、識者やアーティストの話を受け身で聞くのではなく、市民自身が表現し発信するプログラムを入れたかったんです」(三浦さん)

多額の予算を計上し大規模に開催される行政主導の芸術祭が2000年ごろより全国各地で開催されることが増えてきました。そうした芸術祭に関わってきた僕自身、作家が作品を発表し、期間が終わると街に何も残らないことに問題意識を持ってきました。やはりそこに暮らす市民が、アーティストに触発され自らクリエイティブな活動を起こす、そんな機会をつくり、会期後も継続的なコミュニティや事業として残っていくこと。そこにアートを活用した地域振興の可能性があるのではないか。そんな思いで、サーキュレーションさいたまというプログラムを考案したのです。

さいたま国際芸術祭2020での展示風景(写真提供/サーキュレーションさいたま)

さいたま国際芸術祭2020での展示風景(写真提供/サーキュレーションさいたま)

地域を元気にするのは、必ずしも経済的な面だけではないと思います。地元を愛し、地元を楽しめる市民を増やすこと。そのための仲間たちを増やすこと。いわば、“サードコミュニティ”を生み出すことが大事でしょう。東京に通い、埼玉には寝に帰るだけ。そんな「埼玉都民」が地元を好きになり、鉄道網がないエリアも自転車や車に乗って縦横無尽に循環し、互いに親睦を深めること。その地道な交流が5年後10年後の地域を形づくっていくのだと思います。

LOCAL MEME Projectsのロゴ

LOCAL MEME Projectsのロゴ

僕は今、全国各地で同様のワークショップを開催しており、それらはLOCAL MEME Projectsというサイトにまとまっています。MEME(ミーム)とはちなみに、「文化的遺伝子」という意味です。地域ならではの文化的遺伝子を掘り起こし、未来へと引き継ぐ、がコンセプト。このサイトではサーキュレーションさいたまを含む、過去のプログラムから生まれた活動や、公開プレゼンテーションの動画リンクもまとまっておりますので、興味のある方はぜひご覧ください。

●参考
CIRCULATION SAITAMA
LOCAL MEME Projects

足立区綾瀬にシェアリングスペース、東京メトロ

東京地下鉄(株)(東京メトロ)と(株)スペースマーケットが資本業務提携を行い、4月11日(木)、第一弾施策としてシェアリングスペース「むすべやメトロ綾瀬」(運営:(株)ハウスプラザ)をオープンした。近年、不動産利活用の選択肢として「賃貸」「売買」ではない「時間貸し」が注目されている。「むすべやメトロ綾瀬」は、東京メトロの保有する物件やスペースを「時間貸し」で有効活用し、沿線地域のぎわい創出に貢献するもの。

同スペースは、東京メトロ千代田線「綾瀬」駅西口徒歩2分(足立区綾瀬四丁目)に立地。鉄骨造り平屋建てで、広さ44.34m2。室内には、実際に東京メトロの電車車両に使われていた部品を利用。電車内を模した「車両ブース」を設け、鉄道ファンも楽しめる魅力を散りばめている。

また、自由なレイアウトで利用できるよう、テレビ台、キッチンカウンター、ハンガーラック等の家具は可動式のものを採用。パーティーや会議だけでなく、セミナーやワークショップ、ポップアップショップにも利用できるという。

ニュース情報元:東京地下鉄(株)