白馬の山・湖・空・雪原、大自然で「エクストリームワーケーション」! 今までの“労働観”が変わった

ワークとバケーションを組み合わせた「ワーケーション」、多くの人が興味を寄せていて、旅行サイトやホテルなどの宿泊施設でもさまざまなプランを目にするように。そんななか、あえて大自然など仕事をするには厳しい環境下でワーケーションをする「エクストリームワーケーション」を実践している人がいます。その“極限の仕事ぶり”を現地からお伝えします。

パソコンさえあれば、極限状態でも仕事はできる!

エクストリームワーケーションを実践しているのは、株式会社ニットで会社員をしている西出裕貴さん。定額全国住み放題のサービス「ADDress」を利用し、その利用者仲間で「エクストリームワーケーション部」を結成、現在、部長を務めています。仕事はフルリモートということもあり、全国の複数の拠点で暮らしていますが、今回はエクストリームワーケーションの場所として長野県白馬村の河川敷で仕事をするというので、さっそくお邪魔してきました。

ほんとにここで仕事……? この日は白馬のコーヒー屋さん「 HAKUBA COFFEE STAND」の大石学さんも、コラボ動画をつくるために同席していました。プロにコーヒーを淹れてもらうとか、ちょっと何がなんだかわからない状況です(写真撮影/嶋崎征弘)

ほんとにここで仕事……? この日は白馬のコーヒー屋さん「 HAKUBA COFFEE STAND」の大石学さんも、コラボ動画をつくるために同席していました。プロにコーヒーを淹れてもらうとか、ちょっと何がなんだかわからない状況です(写真撮影/嶋崎征弘)

ワーケーションといっても、滞在先のホテルに缶詰になり、子どもたちや家族が遊んでいて、大人は都会と同様にPC前で作業に追われる――なんていう様子をイメージする人も多いはず。もともと、エクストリームとは「極限の」「過激な」という意味で、「エクストリームワーケーション」は直訳すれば、「過激な・極端なワーケーション」になります。単にワーケーションをするのではなく、ありえない限界の環境で働くということでしょうか。ちょっと過去の写真を拝見するだけでも、これで仕事になるの……? と疑問はつきません。

(写真提供/西出さん)

(写真提供/西出さん)

(写真提供/西出さん)

(写真提供/西出さん)

(写真提供/西出さん)

(写真提供/西出さん)

取材日、山の稜線は美しく、川のせせらぎは耳に心地よい、最高な環境でした。いくらPCとネット環境が整えば働けるとはいえ、これで働けるのでしょうか。西出さんとともにエクストリームワーケーション活動をする仲間のヒョンさんにも話を聞いてみました。

澄み渡った青空と眩しい太陽。心躍る環境です(写真撮影/嶋崎征弘)

澄み渡った青空と眩しい太陽。心躍る環境です(写真撮影/嶋崎征弘)

会社員でありながら、多拠点生活を送る西出裕貴さん(写真撮影/嶋崎征弘)

会社員でありながら、多拠点生活を送る西出裕貴さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「大自然のなかにいると、それだけで幸福度が上がるという研究もあるほどですし、景色や環境からインスピレーションを得られることも。例えば、一般財団法人たらぎまちづくり推進機構(熊本県多良木町)と『ADDress』が連携して3日間にわたってさまざまな講座を行う『たらぎつながるDAYS』という関係人口創出プロジェクトを行ったときに僕も講師を務めたのですが、そのなかで『楽しく働けるワーケーションマップを作ろう』というコンテンツのアイデアにつながりました。こんな環境下だからこそ、仕事の考え事やアイデア出しが捗るし、展開や構想を練ることができると思っています」(西出さん)

ヒョンさんも、「自然の環境のなかだと、考えごとや何気ない会話がよい仕事、企画につながる気がしますね。ただ、メールの返信やオンライン会議などの、『作業』的なものは近くの屋内のワークスペースを利用しています」と続けます。

「『エクストリームワーケーション』と聞くと、“極限状態で働くワーケーション”という印象を持つ方が多くいますが、極限状態でなくても大丈夫です。エクストリームワーケーションとは、自分の好きな 、あるいは心地良いワークスタイルを探究していくこと。“極限”は人によって異なります。今までやっていないこと、あるいは普段の働き方を一段深めてみることも一種の“極限状態”です。なので普段の働き方と異なるワークスタイルをすることはもちろん、ガジェットや音楽、コーヒーなど働く中で自分の好きなもの・これなら楽しく働けそうと思うものを取り入れてみることも、立派なエクストリームワーケーションです。ぜひ、できるところから、楽しみながらワクワクするワークスタイルを探究してもらえたら嬉しいですね」(西出さん)

1回あたりのエクストリームワーケーションは1時間から2時間程度で終えて移動し、屋内のワークスペースに移動することが多いそう。ワクワクする、気持ちが晴れやかになる環境やアクティビティを選ぶことが多いといいます。そのため、アウトプットの質が大切になる「クリエイティブ」「思考型」の仕事がより向いていると解説します。

左のヒョンさんは、IT企画職・マーケティング職で現在はフリーランス(写真撮影/嶋崎征弘)

左のヒョンさんは、IT企画職・マーケティング職で現在はフリーランス(写真撮影/嶋崎征弘)

父の余命宣告で考えた、働くことと場所、移動の意味

今でこそアクティブにストレスなく仕事をしている西出さんですが、もともとは多くの人と同様に、仕事漬けの日々だったといいます。

「都内のシングル向け物件に暮らして、朝出社して深夜の日付が変わるころに帰宅、土日は眠って夕方にぼんやり家事して夜は遊びに行って……そんな生活を送っていまいた。転機になったのは、父の余命宣告です。大病を患い、あと1年と宣告されたんです。僕は関西出身なので、年に2回帰省していたんですが、単純に考えれば会えるのはあと2回。そのとき今のこの働き方でいいのか、自分は幸せなのか、すごく考えて、考え抜いて、フルリモートワークの会社に転職したんです」(西出さん)

眼下に流れる川のせせらぎが心地よく、日ごろのイライラ、モヤモヤを洗い流してくれるよう(写真撮影/嶋崎征弘)

眼下に流れる川のせせらぎが心地よく、日ごろのイライラ、モヤモヤを洗い流してくれるよう(写真撮影/嶋崎征弘)

お父様の余命宣告をうけ、転職という大きな決断をした西出さん、さっそく大阪と東京の2拠点生活をはじめ、ワーケーションにもチャレンジしていたそう。そんなさなかの2020年、新型コロナウィルスの流行に伴い、移動が制限される状況になってしまいます。

「移動できなくなってしまって、狭い空間で仕事することが増えました。ここであらためて、働き方はもちろん、自分は行動を制限されることがつらいのだな、と痛感しました。家族であっても、いつも同じ空間にいなくてはいけないのはストレスも大きい。同時に仕事のパフォーマンスも落ちることを痛感しました」(西出さん)

転職のきっかけとなったお父様を無事に見送り、現在では全国の感染状況を鑑みつつ、さまざまな場所で多拠点生活を送っています。
「スーツケースとリュックに荷物を詰めて、移動して暮らしています。大阪の実家に帰るのは衣替えのときくらいですね(笑)」

一方のヒョンさんは、現在、夫と二人暮らし。コロナ禍をきっかけに完全在宅勤務となりましたが、家以外のくつろぎの場所を求めて、2021年から「ADDress」で多拠点生活をスタート。そして「エクストリームワーケーション」を体験するなかで、なんと会社を退職することを決断し、現在はフリーランスになりました。

大自然を背景に記念に一枚。繰り返しますが仕事中の1枚です(写真撮影/嶋崎征弘)

大自然を背景に記念に一枚。繰り返しますが仕事中の1枚です(写真撮影/嶋崎征弘)

ちゃんと仕事にも集中します(写真撮影/嶋崎征弘)

ちゃんと仕事にも集中します(写真撮影/嶋崎征弘)

「会社はフルリモートOKで、お給料の不安もなく、安定・安心なのはわかっていたんですが、ぜんぶ守られているでしょう。そこから一度、飛び出してみたくて(笑)」と決断した理由を話します。

なんでしょう、一度、「エクストリームな状態」で働いてしまうと、オフィスビルに通って仕事をするというスタイルに戻れなくなるのでしょうか。「どこでもできる!」というのが大きな自信につながり、変化を恐れない人になれる、そんな魅力があるようです。

パフォーマンスアップ、ストレス減、プライベート充実……といいことづくめ

エクストリームワーケーションを通して西出さんが実感したのは、「自分の好きな、あるいは心地良いワークスタイルを自ら主体的に選べることが働く上で最も豊かな気持ちになること」

(画像提供/西出さん)

(画像提供/西出さん)

「決められた時間に決められた場所に行って、時間になったら帰るのが当たり前になっていますが、でも、本来、人って心地よく働ける時間も場所も違うでしょう。朝型の人もいれば、超夜型の人もいる。別に都会の高層ビルで働かなくてもいい。好きな場所で好きなように働くことができれば、もっと多くの人が幸せになれると思うんです」と話します。

ほかにも、エクストリームワーケーションの良さとして、「ボーダレスなので、一緒にエクストリームワーケーションをするメンバーは社外の人でもOK。他の会社の方・職業が異なる方・あるいは実際にその地域に住む人としてもよいので、地域の人とのつながりができること」を挙げてくれました。

「今回のエクストリームワーケーションの極限ポイントは、“コーヒー”と“リモートワーカーと働くスタイルが正反対の白馬のコーヒー屋さんとコラボをすること”でした。『HAKUBA COFFEE STAND』学さんは、ADDressで白馬を訪れるようになったことで繋がった友人で、コーヒーに対するこだわりや新しいものをどんどん取り入れて追求し、継続していく姿にいつも尊敬の念が尽きません。この絶景の中、尊敬する学さんがセレクトしたコーヒーを飲んで仕事をしたら絶対楽しいだろうなぁと思ったし、学さんもYouTube配信でいろんな人とコラボしたいと話していたので、もしかしたらWin-Winの関係になるかもと思って、今回コラボ打診しました。そしたら『いいね!やろう!』と二つ返事でOKをもらえたので、嬉しかったですね」(西出さん)

「HAKUBA COFFEE STAND」の大石さんが淹れてくれたコーヒーでひと息(写真撮影/嶋崎征弘)

「HAKUBA COFFEE STAND」の大石さんが淹れてくれたコーヒーでひと息(写真撮影/嶋崎征弘)

ヒョンさんは、大きなストレスにもなる人間関係のあつれきが減ることも挙げます。

「この環境だとノーストレスなんです。出社している時のように会社の人に気を使ったりすることもなく、ストレスを感じそうな時も自然が緩和してくれます。また、複数の拠点で働くので、複数のコミュニティとつながっていられる。何か嫌なことがあっても、別のコミュニティの人と話してると、大した悩みじゃなかったなと、気にならなくなるんですよ」と朗らかです。

豆を挽いて挽きたてコーヒーを淹れてもらう。この日、大石さんはYouTubeでライブ配信をしていました(写真撮影/嶋崎征弘)

豆を挽いて挽きたてコーヒーを淹れてもらう。この日、大石さんはYouTubeでライブ配信をしていました(写真撮影/嶋崎征弘)

静岡県出身の大石さん。白馬の環境に惹かれ、移住してきた一人です(写真撮影/嶋崎征弘)

静岡県出身の大石さん。白馬の環境に惹かれ、移住してきた一人です(写真撮影/嶋崎征弘)

地方ならではの出会いがある多拠点生活。多数の人と接点ができることで、人間関係のストレスが減るといいます(写真撮影/嶋崎征弘)

地方ならではの出会いがある多拠点生活。多数の人と接点ができることで、人間関係のストレスが減るといいます(写真撮影/嶋崎征弘)

外で飲むコーヒーはまた格別です!(写真撮影/嶋崎征弘)

外で飲むコーヒーはまた格別です!(写真撮影/嶋崎征弘)

エクストリームな環境下でも仕事ってできるんですね(写真撮影/嶋崎征弘)

エクストリームな環境下でも仕事ってできるんですね(写真撮影/嶋崎征弘)

もちろん、現在の世の中で「エクストリームワーケーション」ができる業種・業態は限られています。ただ、テレワークをできる人が、「エクストリームワーケーション」や「ワーケーション」を導入することで、渋滞や混雑が緩和できたり、繁忙期の負荷が軽減され、結果としてすべての働く人の幸せ度があがるのかもしれないなと思えました。

かつてない感染症を経験した今、「定時出社」「満員電車に揺られる」「都会のビルで長時間労働」のようなかつてのノーマルには戻らないかもしれません。働く場所や暮らしはもっと自由でいい。なんなら、自分達で好きな心地良いワークスタイルをつくってもいい。だとしたら、西出さん、ヒョンさんのように、変化を楽しんだもの勝ち、なのかもしれません。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
エクストリームワーケーション
西出 裕貴さん(note)
ヒョン さん
HAKUBA COFFEE STAND

会社員だけど毎日サーフィンする暮らし。ワーケーションで“プチ欝”脱出 私のクラシゴト改革6

メルカリでプロダクトマネジャーとして働くEさんは、現在25歳。コロナ禍をきっかけに、知人とともに神奈川県小田原市や長崎県・五島列島でのワーケーションに挑戦した。趣味のサーフィンを楽しみつつ、今までどおり仕事もするという暮らしを経験したEさんが学んだこととは?連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。鎌倉、小田原、五島列島。住む場所を変えて「コロナ鬱」を克服

東京都内に住み、都内の職場に出勤していたEさん。コロナ禍の広がりにより、2月末から自宅でテレワークを始めたものの、程なくして「プチ鬱」のような状態になってしまったという。

「生活圏が自宅から半径500m以内になり、アウトドア好きな自分にはかなりきつかったです。また、毎日誰とも会わずに生活するようになってから、会社で人と会っていたのは、自分にとって大事な時間だったんだと気づかされました」

会社のメンバーとはオンライン会議で頻繁に話していたものの、Eさんの会社では、他者の時間を重んじているため、なかなか雑談がしづらかった。今までは職場で自然と行われていた雑談の機会がゼロになってしまったことも、メンタルの落ち込みに拍車をかけた。

環境を変える必要性を感じたEさんは、3月に鎌倉の実家に帰省。趣味のサーフィンをする生活を始めることを思い立った。

(写真提供/Eさん)

(写真提供/Eさん)

(写真提供/Eさん)

(写真提供/Eさん)

「毎朝サーフィンをしてから、仕事を始めるようにしました。体を動かすので健康になりましたし、仕事への士気も高まりました。自分の一番好きな趣味を毎朝できるのは、すごく幸せでしたね」(Eさん)

健康的な暮らしで心身ともに調子を整えたEさんは、5月に入ると、民泊サービスAirbnbで見つけた小田原の一軒家で、2カ月間のワーケーションに挑戦する。かつての自分と同じように、家にこもって仕事をしていた同僚らに声をかけ、生活を共にした。

「一緒に暮らす人がいたことによって、生活にメリハリが生まれました。みんな普段はかなり遅くまで働いてしまうタイプなんですが、平日の夜は早めに切り上げて食事をしたり、週末も予定を立てて一緒に出かけたりして。ダラダラと仕事ばかりしてしまうことはなかったですね」

Eさんの“新しい暮らし”への試行錯誤はまだ続く。7月からは会社の先輩や同期を誘い、さらに遠方でのワーケーションを企画した。サブスプリクション住居サービスのHafHを利用して物件を選定し、大自然の中、五島列島のシェアハウスで2カ月間暮らすことに。今回は、HafH会員の初対面の3人とも同じシェアハウスで過ごすことになった。

「初対面の方たちとも、一緒にご飯を食べたり、週末に外出をしたりして過ごしました。動画編集の仕事をしているフリーランスの人もいて。会社員の自分たちとは全然違う働き方をしているんだと知り、とても新鮮でした」

五島では、海でスノーケルや海水浴を楽しんだ(写真提供/Eさん)

五島では、海でスノーケルや海水浴を楽しんだ(写真提供/Eさん)

そして10月に入り、再び東京の自宅に戻ってきたEさん。サーフィンも仕事もする生活を経験した今、ワーケーションのメリットは「自分が好きなことや、大切にしているものの近くで、今までと変わらず仕事に打ち込めること」だと話す。

今後については、サーフィンができる暮らしを続けるべく、東京から湘南エリアへの移住を計画中だ。今まではテレワークを続行するか否かなどの会社の方針が固まっていなかったために、単発的なワーケーションを繰り返していたものの、最近ようやく「月1回出社推奨」という方針が決まり、新しい暮らし方の見通しを立てられたという。

Eさんは、今年さまざまな暮らし方を試せたのは、会社のカルチャーによる面も大きかったと振り返る。

「今年、ワーケーション先で出会った人の中には、会社に隠れてこっそりワーケーションしている人もいて、息苦しそうでした。自分の場合は『こういう生活をやってみたいんです』と言うと、会社のメンバーが『いいね!』と後押ししてくれたのがありがたかったです」

ワーケーションの壁「時間・距離」をどう克服する?

働きながらサーフィンのできる生活を経験したEさんは、東京から離れて働く上で、課題に感じたことが2つあったと話す。

五島のシェアハウスで同僚と共同生活。写真は一緒に朝食をつくっている様子(写真提供/Eさん)

五島のシェアハウスで同僚と共同生活。写真は一緒に朝食をつくっている様子(写真提供/Eさん)

1つ目は、時間の使い方に関する問題だ。サーフィンをしている間や、その移動時間は仕事ができないため、仕事で関わるメンバーなど周囲に迷惑をかけない工夫が求められる。

「五島列島にいたときは、夕方に来るいい波に乗ってサーフィンをするために、17時には一旦仕事を終えて海に向かうようにしていました。ただ、まだほとんどのメンバーが働いているので、そのあと自分への確認事項が発生して業務が滞ってしまうことのないように、人とのやりとりが発生する仕事はできるだけ日中に済ませるようにしました。サーフィンをするからといって、仕事で手は抜きたくはありません。今まで通りのアウトプットを出すために、時間の使い方はかなり意識しました」

2つ目は、五島列島で感じた「ユーザーとの距離」に関する問題だ。Eさんが開発に携わっているWEBサービスは全国に展開されているものの、五島列島にはそのサービスを導入している店舗は見当たらなかった。Eさんの業務に直接影響があったわけではないが、自分たちのサービスが目に入らなくなったことで、店舗でのカスタマーの行動観察ができなくなってしまったという。

この問題については、解決策はないものの、「自分たちのサービスを地域に浸透させるにはどうしたらいいかと考えるきっかけになりました」と、Eさんは前向きに捉えている。

長崎の古民家で、同僚と一緒にワーケーション(写真提供/Eさん)

長崎の古民家で、同僚と一緒にワーケーション(写真提供/Eさん)

「どこで暮らすか」だけでなく、「誰と暮らすか」が大事

東京を離れる上でいくつかのハードルはあったものの、Eさんは「『もはや東京で暮らす必要はない』と実感した」と話す。

「地方で暮らしてみて、自分は東京に住んでいること自体を幸せに感じているわけではないんだなと気づきました。例えば、大衆居酒屋とか、クラブとか、バーとか、そういう東京らしい場所で遊びたい欲求は、今はまったくありません。さらに地方を巡ると、東京はいかに家賃が高いかを思い知らされました」

五島のシェアハウスにて。同居人と東京から遊びにきた友人たちと一緒にタコスづくり(写真提供/Eさん)

五島のシェアハウスにて。同居人と東京から遊びにきた友人たちと一緒にタコスづくり(写真提供/Eさん)

会社に通勤しなくて良いのなら、東京に住み続ける必要はない。頭では分かっていたことでも、実際にワーケーションを体験したことで、Eさんはその理由をはっきりと認識した。

最後に、地方でテレワークをする上で1つ大切なポイントがあると、Eさんは付け加えた。

「五島列島に住んでいたときに、一緒に住んでいた人が仕事の都合で先に帰ってしまい、自分一人になった時期があったんです。そのときはさすがに寂しくて。五島列島は確かに自然は豊かですし、景色は綺麗です。サーフィンはできるし、仕事にも集中して取り組める。でも、そういう環境があるだけで幸せになれるわけではありません。どこに住んでいたとしても、大事なのは一緒にいる人です。自分がワーケーションを楽しめたのは、気の置けない仲間がいたからだと、気づかされました」

大事なのは「どこで暮らすか」だけでなく、「誰と暮らすか」。サーフィンを楽しむためにワーケーションに挑戦したEさんが知ったのは、好きなことを毎日できる幸せと、同じ場所で過ごす人がいることの大切さだった。

親子ワーケーションで旅も働き方も自由に! 子どもの成長にも変化 私のクラシゴト改革3

いま注目を集めている、働きながら旅をする「ワーケーション(ワーク+バケーションの造語)」。それを子ども連れで実践している、フリー編集者の児玉真悠子さんにお話を伺った。子どもたちの思わぬ反応もあったようで・・・・・・。連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。仕事をしながら暮らすように旅ができる。山口県萩の10日間

とにかく旅好きな児玉さん。しかし出産、育児でなかなか旅行ができない状態が続き、もやもやしていたそう。
「そもそも、夫と長期休暇が合わず、子ども2人を連れての家族旅行は、スケジュール調整だけでひと苦労。結局、PCを持ち込んで旅先で仕事をしていました」
そんな時、山口県の萩市から、所属する一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会宛に、“ワーケーションを自ら実践してパンフレットをつくってほしい”という依頼が。“子連れなら行けます”と返答したのが、親子ワーケーションを意識した最初だった。

そして昨年の夏に、当時小5の息子と小1の娘を連れ、山口県萩市で10日間過ごすワーケーションの旅に。日中は子どもと遊び、早朝や夜は集中的に仕事。4日目で夫が合流すると、子どもの見守りを分担した。
「とにかく予定を詰め込みがちな通常の旅行と違い、腰を落ち着けてその土地で生活する楽しさがありました。萩市は吉田松陰や高杉晋作など明治維新の立役者の生家が徒歩圏内なんです。感動しましたね。場所の力に刺激を受け、夫と今後についてゆっくり話し合う時間もありました。ああ、こういう過ごし方もありなんだと発見でした」

ただし、正直、子どもが同じ場にいながらの仕事は困難も。外に連れ出す際は、私も同行しなければならず、フルには稼働できないジレンマもあったそう。

萩市のお試し暮らし住宅(#梅ちゃんち)に10日間1万円で滞在。古民家だが、中はリノベーション済みで快適(画像提供/児玉さん)

萩市のお試し暮らし住宅(#梅ちゃんち)に10日間1万円で滞在。古民家だが、中はリノベーション済みで快適(画像提供/児玉さん)

吉田松陰、桂小五郎、高杉晋作などの生家、世界遺産の松下村塾など名所が街のあちこちに(画像提供/児玉さん)

吉田松陰、桂小五郎、高杉晋作などの生家、世界遺産の松下村塾など名所が街のあちこちに(画像提供/児玉さん)

メール返信や、アイデア出し、情報収集といった仕事は、児童館の横のスペースがぴったり(画像提供/児玉さん)

メール返信や、アイデア出し、情報収集といった仕事は、児童館の横のスペースがぴったり(画像提供/児玉さん)

子どもを地元の小学校に通わせつつ、長崎県五島列島でワーケーション

その課題から、2度目の親子ワーケーション先として選んだのは、子どもたちが地元の小学校に通える長崎県五島市のプログラム「GOTO Workation Challenge 2020」。

「最初は、島に行くことに子どもたちは不安だったみたいです。娘は『東京に戻ってきたら、習っていない漢字があるのが不安』って泣いてしまったので、『大丈夫だよ、事前に先生に何を習うか聞いておくから』と安心させました。一方、息子の第一声は『そこって、Wi-Fiある?』。デジタルネイティブだな~と思いました(笑)」

当初は不安だった2人も、入学初日で「楽しかった!」とイキイキとした表情で帰ってきたそう。「『掃除の仕方が違ってた』『牛乳がびんじゃなくて紙パックだった』『給食にくじらの肉が出たよ』とか、たくさん話してくれました。娘はあやとりが好きなのですが、島の子とつくる作品が違っていたみたいで、お互いに“すごいね”って言いあいながら仲良くなったようでした」

地元の小学校へ登校する2人。「ドキドキ、不安だったのは初日だけ。日に日に登校時の表情が明るくなって、短期間でも子どもたちの成長を感じました」(画像提供/児玉さん)

地元の小学校へ登校する2人。「ドキドキ、不安だったのは初日だけ。日に日に登校時の表情が明るくなって、短期間でも子どもたちの成長を感じました」(画像提供/児玉さん)

地元の子どもたちがくれた、お手製の観光ガイトの小冊子(画像提供/児玉さん)

地元の子どもたちがくれた、お手製の観光ガイトの小冊子(画像提供/児玉さん)

最後に色紙をくれたのもいい思い出に。「子どもたちの関係は本当にフラットで、すぐ仲良くなれるのはすごいなぁと思いました」(画像提供/児玉さん)

最後に色紙をくれたのもいい思い出に。「子どもたちの関係は本当にフラットで、すぐ仲良くなれるのはすごいなぁと思いました」(画像提供/児玉さん)

五島市では1階にコワーキングスペースが併設されているホテルに宿泊。「子どもが学校に行っている間は東京と同じように仕事ができました」(画像提供/児玉さん)

五島市では1階にコワーキングスペースが併設されているホテルに宿泊。「子どもが学校に行っている間は東京と同じように仕事ができました」(画像提供/児玉さん)

知らない世界に飛びこむアウェイ体験は、将来の生きる力に

「一番、印象的だったのが、息子が『まるで、違う人の人生を生きたみたいだった』と言ったこと。また、『いろんな教え方をする先生がいるんだ』とか、『どっちの学校も面白いことと、そうじゃないことがある』って気付けたようで、どこか自分自身を俯瞰で見るような、貴重な体験ができたみたいです。子どもの世界ってどうしても狭くなりがち。でも、いつもの学校とは違う”パラレル”な世界をちょっとだけ経験したことで、自分が所属している社会がすべてじゃないと知ったよう。この体験は、子どもたちが今後何かでつまずいたときに、生きる力になるんじゃないかと思います」

五島市のプログラムに参加していた子どもたちと。「こうして子どもたちに地縁のある場所をひとつずつ増やしていきたいです」(画像提供/児玉さん)

五島市のプログラムに参加していた子どもたちと。「こうして子どもたちに地縁のある場所をひとつずつ増やしていきたいです」(画像提供/児玉さん)

児玉さんが子どもたちに体験入学をさせたかった理由は、ご自身の子どものころの体験が大きい。
「私は親の仕事の都合で転校が多く、ドイツやフランスで過ごしたことも。そこでは既存のコミュニティの輪の中に飛び込まないといけず、いろんなことに挑戦しなきゃいけなかった。でも、それって社会人になれば当たり前のことですよね。異世界での刺激が自分を成長させてくれたと思うから、子どもたちにも、そうしたアウェイ経験をさせてみたかったんです」

コワーキングスペースの片隅でゲーム中。「東京の友達とオンラインゲームで遊んでいました。今は離れていてもこうやってつながることができるのもいいですね」(画像提供/児玉さん)

コワーキングスペースの片隅でゲーム中。「東京の友達とオンラインゲームで遊んでいました。今は離れていてもこうやってつながることができるのもいいですね」(画像提供/児玉さん)

会社員でもテレワークが浸透。ワーケーションや二拠点暮らしも視野に

今年秋には、ワーケーションのモニターとして、栃木県那珂川町で2泊3日、下の娘さんを連れて滞在。地元の小学校で体育の授業を一緒に受けたり、川遊び、そば打ち体験、竹細工づくり、栗拾いをしたり、普段とは違う刺激を受けたようだ

「娘は栃木で、子どもを預かってくれた地元のスタッフさんと昔遊びをしたのがすごく楽しかったようで、『もっと森とか川が近くにある場所に住みたい』って言っていました。そんなふうに、小さい時から、自分にフィットする環境を意識することは大切だと思います。そんな娘のために、これからは山で暮らす機会を増やしてあげたいです。こうした経験の積み重ねが、将来、都市以外で暮らす選択肢にもなるのではないかと。それこそ、職業選択の幅も広がると思っています」

もちろん、こうした長期のワーケーションができるのも、児玉さんがフリーランスだからだが、コロナ禍の影響でテレワークが増え、会社員でも可能な選択になっているといえるだろう。
「実際、かつては毎日出社していた会社員の夫も、現在はほぼリモート。東京から離れて暮らすのも全然アリだと言っています。ただ、私は実家が都内にあり、東京の住まいをなくすことは考えていません。ゆくゆくは二拠点暮らしができたらいいね、と夫と話しています」

民家の庭先で栗拾い中。「モニターに参加した同級生の男の子ともすっかり仲良しに。今回、初めて合ったとは思えないくらい!」(画像提供/児玉さん)

民家の庭先で栗拾い中。「モニターに参加した同級生の男の子ともすっかり仲良しに。今回、初めて合ったとは思えないくらい!」(画像提供/児玉さん)

観光マインドからひとつ抜け出すことがワーケーション浸透のカギ

現在、ワーケーションに関するモニター参加や、ワーケーションに関するイベントなどを通して、ワーケーションを推進したい自治体の関係者とも話をする機会の多い児玉さん。課題は何だろうか。

「受け入れ側がまだ観光マインドが抜けないことが大きいですね。例えば、オフシーズンの夏のスキーゲレンデを訪れた時、『このゲレンデの芝を滑って遊べたら、子どもたちがすごく喜びそうだし、このスキー場内の施設で仕事ができたらいいですね。Wi-Fiがあって、見守りしてくれる大人がいたら、みんな来たいですよ』と言ったら、『そんなのでいいのですか』と言われました。地域を観光資源としてだけ見ていて、生活する上での何気ない魅力に気が付いていない人が多いんです。ほかにも、子ども向けの地元のワークショップが、親も参加がマストならワーケーションには向かないけれど、●歳以上は子どもだけの参加でOKとか、親子が別々に過ごせる時間がつくれるならワーケーション向きになります。ワーケーション先を探すとき、今は親がそれぞれ自分で生活環境や子どもの受け入れについて情報収集をしていますが、受け入れる自治体が親子向けのワーケーション先としての魅力を発信するだけでも違ってくるんじゃないでしょうか」

ビジネス系出版社の書籍編集者から、2014年に編集者・ライターとして独立。一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の「フリパラ編集部」、地方創生チームに所属。親子向けワーケーションの普及に向けて、企画や発信を行う事業を展開。現在、小6男児、小2女児の母。夫もマスコミ勤務。写真は10月に参加した兵庫県新温泉町のワーケーション視察後に訪れた鳥取砂丘にて(写真提供/児玉さん)

ビジネス系出版社の書籍編集者から、2014年に編集者・ライターとして独立。一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の「フリパラ編集部」、地方創生チームに所属。親子向けワーケーションの普及に向けて、企画や発信を行う事業を展開。現在、小6男児、小2女児の母。夫もマスコミ勤務。写真は10月に参加した兵庫県新温泉町のワーケーション視察後に訪れた鳥取砂丘にて(写真提供/児玉さん)

子どもがいるから、仕事があるから、と旅がままならない人たちも、テレワークの浸透で働き方はぐっと自由に。実は、思春期になる前の小学生の時期は、乳幼児ほど目が離せないわけではなく、ワーケーションや二拠点生活に向いている。
また、ワーケーションとひとくくりにしても、仕事重視か、休暇重視かで滞在場所や期間も変わる。“プライベートの旅行のときに仕事を持っていく”という段階からひとつ超えた、新たな旅のスタイル、働き方の広がりに期待したい。

●取材協力
・萩市お試し暮らし住宅(#梅ちゃんち)
・「GOTO WORKATION CHALLENGE 2020」
・創生なかがわ株式会社

リモート副業×東京で秘書!長野ではまちづくりに参加 私のクラシゴト改革1

新型コロナウイルスで社会の在り様が大きく変化した現在、新たな働き方が注目されている。都市部で働く人材が、地方企業の仕事にも関わる新しい働き方「ふるさと副業」もそのひとつ。
今回は東京で会社員として働きつつ、長野県塩尻市で外部ブレーンを務める千葉憲子さんにインタビュー。経緯や仕事内容、さらに二児のママとして実感など、あれこれお話を伺った。

連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。ふるさと副業を考えたのは、働き方自由な会社だったから新卒で入社したのは大手メーカーのグループ商社。国内海外転勤、出張が当たり前の世界で、出産、育休を経て復帰したものの、時間=会社への貢献度になってしまうことに疑問を抱き、転職。「前職とガイアックスとではカルチャーがまったく違うので最初は驚きました」。現在は社長秘書の業務とともに、オンラインコミュニティの運営など、社内でも兼業している(写真撮影/スーモジャーナル編集部)

新卒で入社したのは大手メーカーのグループ商社。国内海外転勤、出張が当たり前の世界で、出産、育休を経て復帰したものの、時間=会社への貢献度になってしまうことに疑問を抱き、転職。「前職とガイアックスとではカルチャーがまったく違うので最初は驚きました」。現在は社長秘書の業務とともに、オンラインコミュニティの運営など、社内でも兼業している(写真撮影/スーモジャーナル編集部)

千葉さんは、東京都のIT企業「ガイアックス」の社長室で働きつつ、今年の5月より長野県塩尻市と業務委託を結び、地域課題の解決に取り組んでいる。それは、塩尻市が推進する「MEGURUプロジェクト」の一環で、副業限定の地域外のプロフェッショナル人材が地方と協働で地域の課題に取り組んでいくというもの。その中で、千葉さんはCCO(Chief Communication Officer)に就任。地域外の人と塩尻をつなぎ、関係人口を拡大していくミッションのもと、さまざまな企画立案やイベントを仕掛けている。
本業、副業ともに、「〇時~〇時まで働く」という取り決めはなく、基本成果主義。主に塩尻の業務は週末や夜などにすることが多いが、その境界線はあいまいだ。それができるのも、本業も副業も、業務はほぼリモートだから。東京で塩尻の仕事、塩尻で東京の仕事をすることもある。

「もともと、ガイアックス自体がとにかく働き方が自由な会社で、休日も自分で決めていいし、どこで働いてもいい。もちろん副業もウェルカム。リモートワークが大前提で、会社に出勤するのも週に1度程度。だから、副業を始める前も、実家のある長野県松本市に子ども2人と帰り、1カ月間実家で仕事をしていたこともあります。実際、副業、二拠点、完全リモートをしている社員も多く、私が今の働き方を選ぶのも自然な流れでした」
さらにガイアックスではライフバランスを考えて、仕事半分、報酬も半分といった交渉も可能。千葉さんの場合も、副業ありきで業務量も報酬も上司に交渉している。「トータルで考えると収入は上がりました。夫は会社員をしており、首都圏から離れることは難しく、転職や移住はハードルも高い。しかし、リモート副業なら、私の判断で挑戦できるし、自分のキャリアアップのためにも良かったと思います。夫もこの働き方を応援してくれています」

「息子たちに田舎暮らしを体験させたい」。最初はあくまでも個人的な話から

このプロジェクトに応募した理由のひとつに、子育てで抱いた疑問が大きいという千葉さん。
「私自身は長野の大自然で育ちました。それなのに、息子たち2人を、親が都会で働いているからという理由だけで、都会でしか育てられないなんて変だなと考えていました。移住はさすがに無理だけれど、リモートで副業をすることは現実的な選択だと思いました」

そこで、当初は地元、長野県松本市で地域に貢献できるような仕事はないか考えていたところ、高校時代の友人から、塩尻で外部の人材を募集している話を聞く。
「塩尻は、観光都市の松本や諏訪に挟まれた、人口6万人超のコンパクトなまち。“このままでは人口減。関係人口を増やしたい”という危機感がある分、モチベーションも高かった。規模の大きいコワーキングスペースがそろっていたり、一人の生徒が複数の学校に就学できる”デュアルスクール制度”があったり、ソフト面でもハード面でも受け入れ態勢が整っていました」

塩尻のシビックイノベーション拠点「スナバ」にて。「プロジェクトが始まってみると、市役所の人も、商工会議所の人も、いわゆる”お役所”っぽくなくて驚きでした」(画像提供/スナバ)

塩尻のシビックイノベーション拠点「スナバ」にて。「プロジェクトが始まってみると、市役所の人も、商工会議所の人も、いわゆる”お役所”っぽくなくて驚きでした」(画像提供/スナバ)

今年の夏休み、長野で過ごした子どもたち(画像提供/千葉さん)

今年の夏休み、長野で過ごした子どもたち(画像提供/千葉さん)

自分のなかの「普通」の経験が、想定以上に地域で役立つ場面も

ちなみに、外部のプロフェッショナル人材は、千葉さんのほか6人。その顔触れは国内の大企業の一線で働くビジネスパーソンばかりで、起業家として著名なインフルエンサーもいる。しかも、驚くべきは、千葉さんはお隣の松本市出身だが、他の6人は、長野県にはまったく地縁のない人なのだ。
「地方だからこそできることがあり、その地域の課題に自分の経験やスキルで貢献できたらと考える人材はたくさんいるんだなと改めて思いました。例えば観光促進のために、コンサルタントを外部の企業に依頼すれば、多額のコストがかかる上、多くの企業は契約期間が終了したらいなくなってしまう。そういう痛い体験をしている自治体は多いと思います。でも、移住ではなくリモートで副業という形なら、こうした人的財産をフル活用できるのではないでしょうか」

しかし、多くの人は「そんなに華々しいキャリアもスキルも自分は持っていないから無理」と尻込みしてしまうのでは? という質問に、千葉さんは「そんなことはありません」と即答。
「私だって普通の会社員です。でも自分が通常の業務と思っていたことも、案外、地方や役所では有難がられることも多いです。例えば、私は限られた時間で最大限の効果を出すために、自分の業務を分散し、アウトソーシングすることも多いんです。それは、私には当たり前だと思っていたのですが、地方では個人に業務が集中し、「〇〇さんにしか分からない」「〇〇さんが動けないのでそれはストップしている」という事態になることも多いんです。そんなとき、「この業務のこの部分は別にこの人でなくてもいいのでは?」と整理し、スピードを上げていくのも私の役目。本業での、なに気ない仕事のアレコレが思いのほか役立つことが多いと実感しています。もちろん、逆に塩尻での気づきが本業に役立つことも多々あります」

(写真提供/千葉さん)

(写真提供/千葉さん)

コロナ禍の不自由も逆手にとる。オンラインでのコミュニティづくりが進んだ

募集自体はコロナ禍の前で、現在は、当初の予定とは変更を余儀なくされた部分も大きい。
「今はオンライン上でのコミュニティが主です。もともと塩尻にはなんの縁もなかった人が、トークイベントのゲスト目的で参加し、興味を持ってもらうなど広がりを見せ、今では塩尻市の「関係人口創出・拡大事業」でのオンラインコミュニティ『塩尻CxO Lab』という形に。さらに、実際に地元の中小企業で複業するなどのもっとコアに地域課題に参加していただく有料会員も定員以上の応募が集まりました。この状況下で制約は多いけれど、リモートやオンラインの動きが一気に加速し、距離を感じなくなったことはプラスですね」

千葉さん本人にも副産物はあった。「オンラインイベントでのファシリテーションを何度も務めるうち、スキルが上がったと思います。参加してくださる方には、こうしたオンライン上に慣れていない方もいます。本業とは違うデジタル環境のなか、場数を踏んだことで突発的なトラブルに対応できるようになりました」。その結果、現在は、本業、副業とは別に、こうしたファシリテーションを仕事として引き受けることもあるそう。

オンラインイベントの様子。「いつかはみんなで塩尻ツアーをしたいですね」。今はオンラインだけど、いつかリアルで会えたらどんなに楽しいか、今からワクワクしています」(写真提供/千葉さん)

オンラインイベントの様子。「いつかはみんなで塩尻ツアーをしたいですね」。今はオンラインだけど、いつかリアルで会えたらどんなに楽しいか、今からワクワクしています」(写真提供/千葉さん)

毎年秋に行われる「木曽漆器祭」は、今年はオンラインで。リアルなワークショップが実施できないからこそ、普段は入ることができない各工房の中の様子を配信。千葉さんはレポーター役として活躍(写真提供/千葉さん)

毎年秋に行われる「木曽漆器祭」は、今年はオンラインで。リアルなワークショップが実施できないからこそ、普段は入ることができない各工房の中の様子を配信。千葉さんはレポーター役として活躍(写真提供/千葉さん)

ワーケーションがもっと進めば、暮らしはもっと豊かになる

もちろん課題もある。「私が長野で仕事をする間、子どもたちは松本の実家の両親たちが預かってくれましたが、それができない人も多いはず。子どもがいる人でも二拠点生活が可能なように、預け先の確保は課題です。また小学校に入ると子どもたちも長野に行けるのは長期の休みだけ。親も二拠点で働き、子どもも二拠点で学ぶことができれば、二拠点や副業がもっとスムーズになるのではと思います」
特に、首都圏からのアクセスのしやすさから、山梨、長野は二拠点目としてのポテンシャルが高い。「例えば甲府から松本までのエリアが“ワーケーションベルト”として、コワーキングスペースを充実させて、旅をしながら仕事をしてもらえるなど、相乗効果で盛り上がったらいいですね」
今後は、地域外の人材を地域に活用するこの塩尻の試みを、他の自治体へ広げていきたいと考えているそう。
「同じような課題を持つ地方は多いはず。何かしら地域に貢献したいと考えている人は多いので、受け入れ側の意識が変われば、塩尻のフォーマットが他の地方自治体にも応用可能だと思います。それが今のところの野望です」

●取材協力
株式会社ガイアックス
MEGURUプロジェクト

テレワーク、自宅で集中できない! ホテル活用などで“プレ移住”する人も

新型コロナウイルスの影響で突如テレワークがはじまったりと、働き方・暮らし方が大きく変化する昨今。オフィス勤務が再開したところもありますが、テレワークが継続されていたり、週に数回のテレワークが導入されたというケースも多いようです。一方で、自宅での仕事でストレスがたまる人もいることでしょう。では、自宅以外で「働く場所」にはどのような選択肢が出てきているのでしょうか。身近な場所と最近のトレンドを取材してみました。
テレワークの不満は「スペースに関すること」が上位に

家などで仕事をする「テレワーク」。日本でも「100%リモートにする」「出社を週1回のみとする」企業が出るなど、新しい生活様式として広まりつつあります。ただ、日本の住まいは広さにゆとりが少ないものも多く、家族がくつろぐことを念頭に置いて設計されているため、「自宅で仕事できない」「仕事しにくい」という人は少なくありません。

先日、発表されたリクルート住まいカンパニーの調査でも、「オンオフの切り替えがしづらい」「仕事専用スペースがない」「仕事用のデスク/椅子がない」「1人で集中するスペースがない」といった「場所」に関するものが上位に来ていました。

仕事専用のスペース/デスク/椅子/モニタやプリンターなどの備品への不満も。働く環境を(出典/SUUMO)

仕事専用のスペース/デスク/椅子/モニタやプリンターなどの備品への不満も。働く環境を(出典/SUUMO)

では、オフィスに出社できない、自宅では仕事がしにくいという人はどこで仕事をすればよいのでしょうか。最近では、まちなかに場所を求める人も出てきているようです。そんな身近な場所から紹介していきましょう。

ネット環境も完備されたカラオケの個室は、働く場所としても最適

オフィス候補になりそうな場所、その一つは「カラオケ」の一室です。全国に約500店舗あるカラオケルーム「ビッグエコー」では、テレワークの場所として、カラオケの一室を使うことを提案するビジネスプランを2017年からはじめています。確かにカラオケ店であれば、便利な場所にあることも多く、インターネット環境が整っていれば、働く場所としてはぴったりといえます。気になる音ですが、ルーム内での話声などは通路や他ルームには聞こえませんが、近くの部屋でカラオケ利用があると、歌声や音がわずかに響くことがあるといいます。

カラオケの個室で仕事をする「オフィスボックス」のイメージ。アクセスしやすい場所にあり、価格も手ごろで利用しやすいのも魅力的(写真提供:第一興商)

カラオケの個室で仕事をする「オフィスボックス」のイメージ。アクセスしやすい場所にあり、価格も手ごろで利用しやすいのも魅力的(写真提供:第一興商)

ビッグエコーを運営する第一興商のコミュニケーションデザイン部PR・SP課 吉野明美さんによると、このオフィスボックスの利用者は伸び続けていて、最近では企業からの問い合わせも増えているとのこと。

「もともと、働き方改革のなかでカラオケの一室を『はたらく場所として提供できないか』とはじめた取り組みです。基本的にはお一人で利用されることを想定していましたが、最近では、『会議室プラン』を設けて、ソーシャルディスタンスを保ちながら複数人で利用できるプランもはじめました」と話します。

毎日、利用しなくとも、集中して仕事をしたいとき、オンライン会議のときだけでも、店舗を利用するのもいいかもしれません。

※広さを確保し、ソーシャルディスタンスを保ちながらの利用も可能(写真提供:第一興商)

※広さを確保し、ソーシャルディスタンスを保ちながらの利用も可能(写真提供:第一興商)

一方、課題となるのは、やはり「密」にならないこと。複数人数利用の場合は、距離をとれるよう広めの部屋を案内してくれるとのこと。これから、働く場所のひとつとして、「カラオケ店」、案外、普及していくかもしれません。

住まいのサブスクに申し込み急増。「お試し移住」も可能に

ただ、テレワークであれば、今住んでいる場所にとらわれる必要はなく、郊外、地方で「働く」ことも視野に入ってくることでしょう。実際、冒頭にも紹介したリクルート住まいカンパニーの調査の住み替え希望ではそもそもの「住む場所」を見直す傾向にあるようです。

リクルート住まいカンパニーが発表した今後の住み替えたい住宅の希望条件より。「通勤利便性より周辺環境重視で住み替えたい」など、立地に関する希望があがってきています。職住近接至上主義から変化の兆しが見てとれます(出典/SUUMO)

リクルート住まいカンパニーが発表した今後の住み替えたい住宅の希望条件より。「通勤利便性より周辺環境重視で住み替えたい」など、立地に関する希望があがってきています。職住近接至上主義から変化の兆しが見てとれます(出典/SUUMO)

全国60カ所以上の拠点に定額住み放題をうたっている「ADDress」でも、この影響は大きくでていて、問い合わせや加入が急増しているとか。
「テレワークが多くの企業で推進されたことにより、お問い合わせや入会者が増えています。必ずしも、高い家賃を払い続けて都心のオフィス近郊に住む必要がなくなり、通勤ラッシュの電車に乗る日々の都会生活が見直されています」と話すのは同社取締役の桜井里子さん。もともと多かったフリーランスや個人事業主の会員に加えて、会社員が加入したいと希望しているのが特色だそう。

「弊社の物件のほとんどは一戸建てで、コリビングスペースと個室があり、仕事ができるようになっているのが特色です。仕事する場所としてネット環境は整っていますから、テレワークとはとても相性がよいです。また、住み替え希望者や移住の前の「プレ生活」というご利用も増えています」(桜井さん)

ADDressの拠点はすべてリノベ住みで家具家電付き。写真はADDress鎌倉B邸(写真提供/ADDress)

ADDressの拠点はすべてリノベ住みで家具家電付き。写真はADDress鎌倉B邸(写真提供/ADDress)

「Co-living」として働くことも前提に設計されているので、仕事もしやすい。写真はADDress習志野A邸(写真提供/ADDress)

「Co-living」として働くことも前提に設計されているので、仕事もしやすい。写真はADDress習志野A邸(写真提供/ADDress)

全国のホテルやシェアハウスで滞在しつつ、仕事する日々もアリ

一方、桜井さんによると、地方のホテルの活用という選択肢も加わっているそう。

「個室とコリビングスペースが利用できるADDressであれば、コリビングスペースで食事をしたり仕事をしたりする際に、他の会員とコミュニケーションできる楽しみもあります。一人住まいのアパート暮らしでテレワーク生活では、人との交流機会を得るのは難しいです。そんな現状のシェアハウス型もいいけれど、たまには一人で集中したいときもあるよね、というニーズもありました。そこにぴったりとマッチするのがホテルの個室です。そこで、5月には東京都内をはじめ、北海道小樽など日本各地の宿泊施設と連携することとなりました」と新しい計画がスタートしています。提携ホテルは7月時点で約20施設増えているそうです。

ホテルの個室をセカンド的な職場として利用できるのは、選択しやすいはず。

ADDressで提携を発表した札幌B邸「京王プレリアホテル札幌」の個室。コロナ禍ではホテルの活用も有効といえそう(写真提供/ADDress)

ADDressで提携を発表した札幌B邸「京王プレリアホテル札幌」の個室。コロナ禍ではホテルの活用も有効といえそう(写真提供/ADDress)

「今回の新型コロナウイルスの状況は、完全に元の生活に戻ることは当面考えにくいのではないでしょうか。また、東京やオフィスの周辺に暮らさなくても仕事ができると気がついた人も多いはず。多拠点生活とまではいかなくとも、プレ移住やワーケーションにチャレンジしようという人が増えていくのではないでかと考えています」(桜井さん)

ADDressの拠点で暮すことで移住前のお試し体験「プレ移住」になる。これなら地方のコミュニティにもなじみやすいはず(写真提供/ADDress)

ADDressの拠点で暮すことで移住前のお試し体験「プレ移住」になる。これなら地方のコミュニティにもなじみやすいはず(写真提供/ADDress)

感染症をきっかけに、時代が大きく変わるなか、住む場所も働く場所も、多様な選択肢が登場しています。「家と職場を往復する」のを前提にするのではなく、住まいにも「多様性」の時代がきているのかもしれません。

●取材協力
第一興商
ADDress

「ワーケーション」がJALを変えた。地域と出合い、自分を見直す働き方

テレワークの新しい形として広がっている「ワーケーション」。「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語で、休暇を兼ねて出かけた先でリモートワークを行う新しいワークスタイルであり、ライフスタイルである。2019年11月18日には「ワーケーション自治体協議会設立総会」が実施され関心が高まっている。2010年に経営破たんした日本航空株式会社(JAL)はそこから回復するために社内の働き方改革にも着目した。ワーケーションを社内制度として取り入れたのがその一例だ。そこで、人事分野を担当し、自らもワーケーションを実践し続けている東原祥匡さんに取り組みと体験談を伺った。
ワーケーションで人も土地もwin-winの関係に

ワーケーションは基本的に休暇だが、「この日は仕事をします」として休暇先でPCにログインし、テレワークすることで勤務日とみなされる制度だ。JALのワーケーション実績は、2017年夏期推奨期間の利用はわずか11人だったが、翌年の2018年夏期推奨期間には78人と、なんと7倍にも増加した。2018年は年間を通してのべ174人がワーケーションを利用したことになる。また、ここから派生して、商品として「ワーケーション」を組み込んだツアープランの販売も始まった。この一連の動きの立役者が人事担当の東原さんだ。

ワーケーションを通じてその土地を訪れることで、お互いがwin-winの関係になると東原さんは考えている。「地域の方々と一緒に何かを『生み出す』こと、つまり『共創』を実現したいです。ワーケーションは地域活性にもつながると思います」と東原さんは言う。2018年11月から12月にかけて実施した鹿児島県徳之島町とのワーケーション実証事業において、ワーケーションがもたらす地域との結びつきの魅力を実感し、荒らされていない自然が存在する徳之島への愛も同時に芽生えた。

鳴子温泉(宮城県大崎市)でのワーケーションに利用した旅館(写真提供/JAL)

鳴子温泉(宮城県大崎市)でのワーケーションに利用した旅館(写真提供/JAL)

現在、JALの勤怠システムでは「ワーケーション」という項目が「休暇」などと並んで選択できるようになっている。また、社内で閲覧できるイントラネットでは、東原さんが自作した、全国のオススメのコワーキングスペースを紹介している。とても整理されていて情報量も豊富、イントラにとどめておくのは惜しいほどの出来栄えだ。「ほとんど趣味ですけれど」と東原さんははにかむが、なかなかできるものではない。

この夏は北海道、愛媛、オーストラリアでワーケーションとアクティビティを融合した試みも行った。働き方や休み方を社員自身がマネジメントでき、さらに付加価値を実感できるようにするのも人事担当としての目的のひとつだ。

「ワーケーションの伝道師」が生まれるまで

いまやワーケーションの伝道師(エバンジェリスト)ともいえるほど、熱心にメリットを語る東原さんだが、会社としては休暇取得の促進が喫緊の課題であった着任当時、なんでもいいからすがりたいという気持ちもあった。シフト勤務者は残業がほとんどない環境であるが、間接部門の社員は経営破綻後人員が減った中、業務は増加傾向にありワークスタイル変革の実施は急務であった。

白浜町でのワーケーションでは、道普請(みちぶしん)も行った(写真提供/JAL)

白浜町でのワーケーションでは、道普請(みちぶしん)も行った(写真提供/JAL)

ワーケーションを浸透させるため、受け入れ先のひとつ和歌山県の南紀白浜に話を聞きに行き、社内モニターツアーの企画につなげた。そして、2017年12月と2018年2月の2回にわたって10~15人の社員とともに体験ツアーを行った。評判は上々で、手ごたえを得たように思った。

そのほか、一般社員がワーケーションを行いやすいようにと役員自らがワーケーションを実施したり、家族を同行させてのワーケーションをしたりしてみたこともある。また、若手社員帯同してのワーケーションをしたりしてみたこともある。また、若手社員からの声をもとに、滞在先で集中討議を行う「合宿型ワーケーション」を徳島県神山町、宮城県鳴子温泉、福岡市、富山県などで行った。
担当業務の一環として始めたワーケーションだったが、東原さん自身も、ワーケーションで働き方がガラッと変わった社員の一人である。温泉地なら湯治場で地元の人たちとコミュニケーションをとるのも楽しいなど、場所によって異なる魅力がある。2018年のゴールデンウイークには海外でのワーケーションを体験しようと、シンガポールへ出かけた。「次はあえてハワイ島に行き、パワースポットで仕事をしてみたいと思っています」(東原さん)

シンガポールでワーケーション中の東原さん(写真提供/JAL)

シンガポールでワーケーション中の東原さん(写真提供/JAL)

現在の人事の仕事に就く前は、社外に出向していた東原さん。社外での経験は、会社や自分自身を俯瞰してみることができ、自身の働き方について見つめなおす良い機会となった。「残業が多く、有給休暇も取れない環境は良いのだろうか」と、これからの人生や働き方について考えることも多かったと言う。今は心から仕事を楽しいと思えている。「ワーケーションのおかげかもしれません」(東原さん)。例えば徳之島に行くと「おかえりなさい」と言ってもらえる。「自分が関係人口の増加にも寄与しているのではないかと実感できるんです。それをうれしく思います」。連休の合間にワーケーションを使って、地方にいる友人に会いに行くのも楽しみとのこと。

(写真提供/JAL)

(写真提供/JAL)

ワーケーション普及に立ちはだかる壁

「仕組みさえできればワーケーションはどの会社でも導入しやすいと思います」と東原さんは言う。しかし、休暇をベースにした制度の理解ができる素地が、いまの日本社会にはまだない。「本当に仕事しているのか?」と疑ってしまう「性悪説」の蔓延がワーケーションやテレワークの普及を遠ざけている。しかし働き方を変えるために労使双方に大切なのは「性善説」であり、お互いが信頼、理解し合うことなのかもしれない。

ワーケーション導入後のJALでは、有給取得率が高くなったという。時間外労働も月7時間まで削減できた。ワーケーションにおいても、PCのログオンやログオフを見ることで、社員をきちんと管理できている。「次の目標は今年5月に導入した出張時に休暇をとれる『ブリージャー』の浸透です」(東原さん)と、すでに見据えるのはワーケーションのその先だ。

東原祥匡さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

東原祥匡さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ワーケーションのためのコワーキングスペースを提供したり、テレワークのためのインフラづくりをしたりしている企業は登場しているが、自社へのワーケーションの導入には至っていないところが多いのが実情である。導入に向けて社員一人ひとりの働き方について対面で話すことを重要視する企業もあるだろうし、JALのようにワーケーションの勤怠管理をできるシステムを整えることを検討する企業もあるだろう。しかし、システムの整備にはコストもかかるし、セキュリティの担保といった面でも万全とは言えないかもしれない。

ワーケーションの取り組みは日本社会全体を見るとまだ始まったばかりで、その可能性は未知数。今回、取材先としてワーケーション実践者を探す中で、言葉は広がっても実践はあまり進んでいないことを感じた。また、ベンチャーやスタートアップのような小規模の会社に比べ、大企業ほど制度面の整備などが難しく、導入の壁は高いだろう。しかし、さまざまなライフスタイルが広まる中で今後の選択肢となってくることは間違いない。PCひとつでリゾート地からリモート出勤――ワーケーションはこれからが本当のスタートだ。

●取材協力
日本航空株式会社

デュアルライフ・二拠点生活[17] 都会のオフィスを離れ、徳島で働き・暮らす夏 “ワーケーション”で働き方改革を

徳島県三好市(みよしし)、周囲を山に囲まれた吉野川の渓谷は大歩危小歩危(おおぼけこぼけ)と呼ばれ、国の天然記念物や名勝にも指定された観光の名所でもある。渓流を利用したラフティング、紅葉などで人気の高い場所だ。そんな自然に恵まれた山間の街をサテライトオフィスとして社員が長期滞在し、働き、暮らす。そんな試みを野村総合研究所(以下、野村総研)が行っているという。巨大IT企業と山間の街、意外な組み合わせが生み出す効果とは? 三好市に行ってみた。徳島県三好市。四国では一番広い市で、日本で初めてのラフティング世界選手権や、アジアでは初となるウェイクボード世界選手権も開催されるウォータースポーツの街としても注目を集めている(写真撮影/上野優子)

徳島県三好市。四国では一番広い市で、日本で初めてのラフティング世界選手権や、アジアでは初となるウェイクボード世界選手権も開催されるウォータースポーツの街としても注目を集めている(写真撮影/上野優子)

三好市の市街地の中心にあるJR阿波池田駅。特急も停まる四国交通の古くからの要所。ホームが5つあるのは四国ではこの駅と高松駅のみで、鉄道マニアによく知られた駅だ(写真撮影/上野優子)

三好市の市街地の中心にあるJR阿波池田駅。特急も停まる四国交通の古くからの要所。ホームが5つあるのは四国ではこの駅と高松駅のみで、鉄道マニアによく知られた駅だ(写真撮影/上野優子)

連載【デュアルライフ・都会と地方とで新しい働き方を】
今、デュアルライフ(二拠点生活)に注目が集まっています。空き家やシェアハウスなどのサービスをうまく活用することで、特別な富裕層、リタイヤ層でなくてもデュアルライフを楽しむ選択肢がでてきているのも背景です。しかし、自分の希望する仕事は都会にしかないし、いける頻度も限られるし、デュアルライフの実現に、自由な働き方は不可欠。そんな新しい働き方に取り組む企業や、個人についてシリーズで紹介していきます。徳島県三好市をサテライトオフィスにした実験的な取り組み古くからの面影が残る本町通り。このあたり一帯は、幕末から明治にかけて刻みたばこ産業で発展してきた(写真撮影/上野優子)

古くからの面影が残る本町通り。このあたり一帯は、幕末から明治にかけて刻みたばこ産業で発展してきた(写真撮影/上野優子)

四国のほぼ真ん中に位置し、古くから宿場町としても栄えてきた三好市は、さまざまな人とモノとが交流する拠点となってきた歴史を持つ。中心街となるJR阿波池田駅を降り、アーケード付きの昔ながらの商店街、刻みたばこ業で栄えた商家の並ぶ風情ある街並みを抜けた先に三好市交流拠点施設『真鍋屋』愛称MINDE(ミンデ)がある。広い中庭を有するこの空間は、江戸時代は刻みたばこ業、その後、醤油(しょうゆ)製造で栄え、三好のシンボルとも言える場だった。事業終了後、この真鍋屋の土地家屋は持ち主の好意により市に寄贈、リノベーションを経て、現在の地域交流拠点施設となった。野村総研では、三好市をサテライトオフィス兼宿泊場所として年に3回、約1カ月間ずつ従業員を派遣しており、今回はここ、真鍋屋がその場となった。三好キャンプと呼ばれるこの取り組みは、2017年冬から始まりすでに5回。普段は東京大手町・横浜のビルで働くのべ60人余りの社員が参加し、実験的な活動が続いている。

歴史を感じさせる真鍋屋MINDEの外観(写真撮影/上野優子)

歴史を感じさせる真鍋屋MINDEの外観(写真撮影/上野優子)

正面。「MINDE(みんで)」は食べてみんで、寄ってみんで、のように気軽にしてみない?という意味でつかわれる地元の方言(写真撮影/上野優子)

正面。「MINDE(みんで)」は食べてみんで、寄ってみんで、のように気軽にしてみない?という意味でつかわれる地元の方言(写真撮影/上野優子)

真鍋屋は大きなガラス窓の開放的な日本家屋が中庭を取り囲む構造。中庭ではマルシェやジャズフェスティバル、結婚パーティーが行われることも(写真撮影/上野優子)

真鍋屋は大きなガラス窓の開放的な日本家屋が中庭を取り囲む構造。中庭ではマルシェやジャズフェスティバル、結婚パーティーが行われることも(写真撮影/上野優子)

起きてすぐ起動! 明るい時間に街と自然を堪能

私たち取材班が真鍋屋に着くと、サテライトオフィスと中庭を挟んだ古民家カフェ「MINDE KITCHEN(ミンデキッチン)」へ。まずは野村総研の従業員の方と一緒にランチをいただいた。ここでは、新鮮な地元の野菜を使った食事が楽しめ、2階部分はドリンク片手に自習する学生たちも。ランチの間も、ベビーカーを押した地元のママや、夏休み前で早く授業を終えた高校生たちがやってくる。中庭には地域猫の「ぬし」ちゃんがパトロール。生活者がいる風景、普段の都会の社員食堂とは違う、リラックスした雰囲気だ。

リノベーションで梁部分をむき出しにしたことで開放的な空間になっている(写真撮影/上野優子)

リノベーションで梁部分をむき出しにしたことで開放的な空間になっている(写真撮影/上野優子)

2階の畳スペースで勉強をしていた地元高校生たち。2階には他にも会合やサークル活動などにも使えるフリースペースも(写真撮影/上野優子)

2階の畳スペースで勉強をしていた地元高校生たち。2階には他にも会合やサークル活動などにも使えるフリースペースも(写真撮影/上野優子)

(写真撮影/上野優子)

(写真撮影/上野優子)

野菜中心でヘルシーなビュッフェスタイルのランチが提供されている(写真撮影/上野優子)

野菜中心でヘルシーなビュッフェスタイルのランチが提供されている(写真撮影/上野優子)

そしてワークスペースへ。昼食を終え、午後の業務が始まった。真鍋屋の中庭を望む土間タイプの室内に、大きなテーブルを置き、各々ワークを行う。東京との会議は、会議システムを使って音声や資料のやり取りをする。従業員参加者に聞くと、音声の遅れ等、特に不便は感じないという。

中庭に面したワークスペース。お試しオフィスとして、三好市に起業・開業する際の準備拠点としても利用ができる(写真撮影/上野優子)

中庭に面したワークスペース。お試しオフィスとして、三好市に起業・開業する際の準備拠点としても利用ができる(写真撮影/上野優子)

ワークスペースを対面のカフェから望む。中庭を挟んですぐだから仕事中のちょっとした休憩にもカフェとの間を行き来できる(写真撮影/上野優子)

ワークスペースを対面のカフェから望む。中庭を挟んですぐだから仕事中のちょっとした休憩にもカフェとの間を行き来できる(写真撮影/上野優子)

仕事中もふいと中庭に現れる地域猫のぬしちゃん(写真撮影/上野優子)

仕事中もふいと中庭に現れる地域猫のぬしちゃん(写真撮影/上野優子)

実は徳島は県全域に光ファイバーが普及した通信環境が強みの県、CATV網の普及率は7年連続日本一という。交通利便性が低く、企業誘致が難しい課題に対し、この環境を活かして企業のサテライトオフィスを誘致しようと長く取り組んできたことが成果を上げてきており、現在65社(うち三好市は8社)の誘致に成功している。通信網は、その環境にどれだけ利用があるかで速度に差が出る。高速道路に例えると利用者の多い都会は渋滞しているのに比べ、ここ徳島はガラガラの道路をスイスイと走行しているようなものだという。

このワークスペースの2階と奥の主屋部分が宿泊できるようになっており、野村総研の従業員はそれぞれ個室に寝泊まりしている。ダイニングキッチン、リビングは共用で、仕事を終えると、近くのスーパーに買い出しに行ってみんなで鍋を囲み、朝はそれぞれ好きなものを好きな時間に食べて仕事に臨む。

左/ワークスペースの奥の共同ダイニングキッチン 右/2階の宿泊場所。もともと民家として利用されていたのでアットホームな雰囲気(写真撮影/上野優子)

左/ワークスペースの奥の共同ダイニングキッチン 右/2階の宿泊場所。もともと民家として利用されていたのでアットホームな雰囲気(写真撮影/上野優子)

「宿泊施設がオフィスですから、朝のスタートダッシュがとにかく早いですね。東京だと、9時から仕事を始めるにも、1時間以上前には家を出て、まず満員電車通勤に疲れ、仕事のスイッチを入れるのにコーヒーで一服、と起動に時間がかかるところが、ここなら、起きて朝食を食べたらすぐにフル稼働です。7時から仕事を始めて16時に終えてしまうといったことも。先日、夕方の明るいうちから、かつてたばこ産業や宿場町として栄えた歴史ある街道や吉野川の自然をレンタサイクルでめぐるツアーに参加してきました。とにかく1日を有効に使えますね」(従業員参加者)
通勤時間に追われ、毎日同じ景色を見ている都会での働き方とは時間の流れ方が大きく違うわけだ。

ポルタリングと呼ばれるレンタサイクルのツアーで、ガイドが付いて、史跡を巡りながら説明を受けることができる。今回は夕方5時から1時間ほどのツアーに参加。半日コースや一日コースなども。地元を盛り上げる企画として事業化しており海外からの問い合わせも多いそう(写真提供/野村総合研究所)

ポルタリングと呼ばれるレンタサイクルのツアーで、ガイドが付いて、史跡を巡りながら説明を受けることができる。今回は夕方5時から1時間ほどのツアーに参加。半日コースや一日コースなども。地元を盛り上げる企画として事業化しており海外からの問い合わせも多いそう(写真提供/野村総合研究所)

キャンプ参加者が撮影した土讃本線の大歩危小歩危。偶然出会った地元の撮り鉄に、吉野川水面ぎりぎりで撮れるスポットを案内してもらったおかげで、このような絶景が撮れた。前日の雨で増水した川と特急南風を収めた一枚は人気鉄道雑誌が運営する「今日の1枚」に選ばれ、三好の方もとても喜んだそう(写真提供/野村総合研究所)

キャンプ参加者が撮影した土讃本線の大歩危小歩危。偶然出会った地元の撮り鉄に、吉野川水面ぎりぎりで撮れるスポットを案内してもらったおかげで、このような絶景が撮れた。前日の雨で増水した川と特急南風を収めた一枚は人気鉄道雑誌が運営する「今日の1枚」に選ばれ、三好の方もとても喜んだそう(写真提供/野村総合研究所)

夕方の真鍋屋。カフェは18時まで営業しており、手前側には、22時まで営業する日本酒バーも。地域の人たちの交流の場となっている(写真撮影/上野優子)

夕方の真鍋屋。カフェは18時まで営業しており、手前側には、22時まで営業する日本酒バーも。地域の人たちの交流の場となっている(写真撮影/上野優子)

一度きりで終わらない、地域の人との交流とビジネスを生む工夫も

野村総研ではこのキャンプで地域貢献や、地域特有の課題解決にも挑戦している。地元の学校へのロボットやVRをテーマとした出張授業、行政職員向けに業務改善を目的としたIT勉強会、鳥害獣害や水害などに対するITを活用した対策検討などだ。またこれらオフィシャルな活動だけでなく、「四国酒祭り」や「やましろ狸まつり」といったローカル活動へのボランティア参加も積極的に行っている。キャンプには前回参加した従業員を案内役として必ず1名以上入れることで、せっかく顔見知りになった縁が途切れずに、次のキャンプ参加者につなげていけるよう運営も工夫をしている。この三好キャンプにも早期から関わり、毎回参加している野村総研 福元さんが街中を歩けば、役場の人、商店の人、あちこちから声をかける人が現れる。今回が初めてという参加者も、おかげでスムーズに地域の人たちとの交流に入ることができたという。

三好市へ貢献したいとの思いから出前授業で実施している、カードを使ってゲーム形式で情報システムを学ぶプログラム。3DVRやリモート操作ロボットの最新IT機器体験も用意しており、子どもたちからはいつもと違った授業で、初めての体験ができたと好評を得ている。講師役の従業員も、素直に喜んでくれる様子を見て喜びを感じるという(写真提供/野村総合研究所)

三好市へ貢献したいとの思いから出前授業で実施している、カードを使ってゲーム形式で情報システムを学ぶプログラム。3DVRやリモート操作ロボットの最新IT機器体験も用意しており、子どもたちからはいつもと違った授業で、初めての体験ができたと好評を得ている。講師役の従業員も、素直に喜んでくれる様子を見て喜びを感じるという(写真提供/野村総合研究所)

真鍋屋で開催された三好市へ新たに移住された方と先輩移住者との交流を目的としたBBQ交流会。野村総研従業員は会場設営や炭焼き担当としてサポート参加。移住者には三好で新しい事業を起こしている方もいて、自身の働き方の見直しという観点からも、野村総研従業員が気づきや刺激をもらう場となった(写真提供/野村総合研究所)

真鍋屋で開催された三好市へ新たに移住された方と先輩移住者との交流を目的としたBBQ交流会。野村総研従業員は会場設営や炭焼き担当としてサポート参加。移住者には三好で新しい事業を起こしている方もいて、自身の働き方の見直しという観点からも、野村総研従業員が気づきや刺激をもらう場となった(写真提供/野村総合研究所)

「都会では職場の人間関係ばかりになりがちですが、ここでは多様な人と交流を持つ場があり、その出会いからいろんなところを案内していただきました。商店街を歩いていても、JR四国の備品をシンボルにした鉄道好きにはたまらないおしゃれなカフェやゲストハウス、都会にあっても驚くほど種類が豊富なワインショップなど、個性あるお店も多いんです。歴史的にさまざまな人たちが行き交う宿場町だったことからも、情報感度の高い人が集まりやすい街だそうです。今では馴染みのお店も増えて気軽に行くことができます」(福元さん)

農家の方の誘いで、野菜収穫と野菜のみのBBQを体験。トマト、ナス、キュウリなどの夏野菜の収穫はほとんどの社員が初体験で、その場でかじる採りたて野菜のおいしさにも感激。トマトが苦手だった社員が食べられるようになったとも(写真提供/野村総合研究所)

農家の方の誘いで、野菜収穫と野菜のみのBBQを体験。トマト、ナス、キュウリなどの夏野菜の収穫はほとんどの社員が初体験で、その場でかじる採りたて野菜のおいしさにも感激。トマトが苦手だった社員が食べられるようになったとも(写真提供/野村総合研究所)

非日常環境での経験をキャリアの見直し、イノベーションに

野村総研といえば、シンクタンクとしての役割はもちろん、コンサルティング、システム開発など、幅広い分野でビジネスを支える企業。そんな野村総研がこのキャンプで挑戦していることは、働き方改革の推進、地域貢献活動、そしてイノベーションの創出だ。都心に人も職も一極集中しているなか、地方は高齢化や過疎などにより地域社会の担い手が減り、従来からのインフラ、生活環境が維持できなくなってきている。政策でもビジネスでも地方創生は大きなテーマだ。
「行政や地域事業、イベントに関わる体験を持つことで、地方ならではの新しい価値を発掘することや、同じ従業員でも、異なる経験やスキルを持ったメンバーによる共同生活の中から、新たな価値を生み出す相乗効果にも期待しています。私自身もそうですが、50歳くらいの年齢を迎える人に積極的に参加してもらいたいと思っています。会社としては、これからも活躍してほしい、一個人としては、あと10年以上は続くビジネスパーソンとしてのキャリアをどうしていきたいか、どんなことが生み出せるか、刺激のある場で考える機会ができます。ここでの時間の流れ方、さまざまな経験や出会いは、後から振り返ったとき、きっとキーポイントになっていると思いますね」(福元さん)
実際、参加者からは、自分の働き方や時間の使い方を見直すきっかけになった、地域課題に直接触れるので、その後のアンテナや関心も広がったと、キャンプ終了後の働き方にもプラスの効果が表れているようだ。

「うだつ」のある街並み。「うだつが上がらない」とは、うだつがあるような立派な家を建てられるほどは、まだ出世していないということ(写真撮影/上野優子)

「うだつ」のある街並み。「うだつが上がらない」とは、うだつがあるような立派な家を建てられるほどは、まだ出世していないということ(写真撮影/上野優子)

取材班が訪ねた日の夜は、今回の宿泊場所の共用キッチンダイニングで地元の市役所の人たちと、持ち寄り式の懇親会が行われていた。三好市もほかの地方都市同様、高齢化、少子化が進む。そんななか、市役所の人をはじめ三好市の人たちは、街の住み心地を上げ、持続可能な産業を育てていくために、野村総研のような「関係人口」の知恵や力に期待している。「関係人口」とは、そこに暮らす「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉。日本全体の人口が減っていく中で、一人の人が一つの地域に縛られるのではなく、複数の地域と関わることで、活躍の機会を増やすとともに、地域にとっては、地域社会の一部担い手となってもらおうという発想だ。

市役所の皆さんからのお手製の天ぷらや、きゅうりのからし漬などの持ち込みに、野村総研の従業員の皆さんは前日からつくったラタトゥイユやピクルスでおもてなし。三好の話が弾む(写真撮影/上野優子)

市役所の皆さんからのお手製の天ぷらや、きゅうりのからし漬などの持ち込みに、野村総研の従業員の皆さんは前日からつくったラタトゥイユやピクルスでおもてなし。三好の話が弾む(写真撮影/上野優子)

野村総研メンバーより三好に来て体験したこと、気に入った風景などを即席スクリーンにプレゼンテーション。市役所の皆さんには見慣れた風景が、訪れる人にどんな印象を与えているのか聞き入る(写真撮影/上野優子)

野村総研メンバーより三好に来て体験したこと、気に入った風景などを即席スクリーンにプレゼンテーション。市役所の皆さんには見慣れた風景が、訪れる人にどんな印象を与えているのか聞き入る(写真撮影/上野優子)

参加者の一人、市役所の中村さんは言う
「地方市役所と都会のIT企業、まったく異なる環境で働く人たちがこうして交流することに、進化の可能性を感じています。今日、焼いているこのお肉は猪で、畑を荒らす害獣ですが、豚よりもうまみが強くおいしいんです。三好の資産としてもっと広げていけないか、安定的に供給していくために日々考えています。三好に住んでいる人間には当たり前で目にとまらないことが、都会の人の目にはどう映っているのか、刺激をもらうことで私たちも進化していくきっかけになればと。このような出会いや機会を大切にしていきたいですね」

猪肉の特徴を話す市役所の中村さん。徳島県では「阿波地美栄(あわじびえ)」として消費拡大を狙っている(写真撮影/上野優子)

猪肉の特徴を話す市役所の中村さん。徳島県では「阿波地美栄(あわじびえ)」として消費拡大を狙っている(写真撮影/上野優子)

たった1日だけだったが、見学と取材とでこのキャンプに触れ、今、置かれている都会の環境の方が、むしろ仕事がしづらいのではないかと気付かされた。満員電車に乗り降りし、人混みの邪魔にならない速さで歩き、フロアに行くためにエレベーターに並び、会議のたびにいろんな部屋を行ったり来たり。蛍光灯でいつも同じ明るさのオフィスにいると、いつ夕日は沈んだのか、雨はいつ止んだのかに気が付くこともない。一日の天気の変化を感じ、生活者がすぐそばにいる環境だからこそリラックスして発揮できる集中力や、ビジネスを生むための生活者目線がここでは強く持てる気がした。リモートワークが普及して、仕事などどこでもできるのだと思っていたが、それは単に合理性の追求だけではなかった。積極的にここでしかできない体験や交流をするという24時間の使い方すべてが成果であり、個人にとって価値あるものだろう。働き方と住まい、幸せのために重要なこの要素が柔軟に混じり合う三好市のような地方がビジネスを生む場としてより機能していくことに期待したい。