シモキタは「奥下北沢」も面白い! トレンドとレトロが共存する 4スポットを「DDDART」オーナー手槌信吾さんとディープに巡る

下北沢(東京都世田谷区)は駅前の開発によりここ数年で続々と新施設が誕生しました。「BONUS TRACK」や「(tefu)lounge」「下北線路街」などの複合施設が好評で、今まで下北沢を訪れたことがなかった人々も下北沢の街に注目しているよう。実はそういった変化にともなって、昔ながらの下北沢の味わいを残す地域も進化しています。今回は茶沢通り沿いの通称「奥下北沢」エリアに注目!

「奥下北沢」は、深く根付いたサブカルチャー色と、古くからの住人が醸すローカル色が残っています。そんなエリアの新たなお店を、15年間この地に住む生粋の奥下北沢ラバーであり、古民家ギャラリー「DDDART」オーナーでもある、手槌信吾さんと若手ギャラリースタッフの皆さんに案内してもらいました。

奥下北沢は“古き良き下北沢”が感じられるエリア。今、注目すべき理由とは?「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんによると、「奥下北沢」とは茶沢通りと淡島通りを挟んで下北沢寄りの地域を指すそう。

「淡島通りから梅ヶ丘通りあたりまでを、この辺りの人の間で『奥下北沢』と呼ぶようになりました。淡島通りを挟んで三軒茶屋方向の『奥三軒茶屋』という呼称が定着しているので、その下北沢側という意味です。茶沢通りは、その名の通り三茶と下北沢をつなぐ道で、二つの街の個性が移り変わるところが面白いんですよ。淡島通りを境にアドレスが代沢(下北沢)と太子堂(三軒茶屋)に切り替わるので、雰囲気が変わるんです」(手槌さん)

「奥下北沢」は茶沢通り沿いの下北沢側。今回手槌さんに案内してもらうお店も、このエリア限定でピックアップ

もともとサブカルチャーの街である下北沢は、そこに集う人々から自然発生的に生まれた混沌としたエネルギーが魅力。昨今の開発を経た下北沢駅前エリアは、洗練された一方でかつての空気感が失われつつあるのも事実です。ただしサブカルチャーの担い手たちが下北沢を去ったわけではありません。そのエリアが、少しずつ下北沢の周辺に拡張する現象が起きているのです。

今回紹介する奥下北沢も、駅前開発以降に活気が増しているエリアのひとつ。

案内人の手槌さんの古民家ギャラリー「DDDART」も、奥下北沢の新たなカルチャースポットとして2022年10月にオープン。世界的に評価の高い奥田雄太さんの新作など、話題の展示を次々と企画して注目を集めています。

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

目を引くのはレトロな古民家をエッジの効いた空間に仕上げた内装。それもそのはず、オーナーである手槌さんは、旬の飲食店や宿泊施設の施工を手掛ける、腕利きの大工さんなのです。「DDDART」は手槌さんが古民家を借りて、自らリノベーションしたそう。

「サブカルチャー的な雰囲気と住宅街の落ち着きを併せ持つ奥下北沢が好きで、2014年から今まで、このエリアの古民家に空きが出るたびに賃貸してリノベーションしてきたんです。それぐらいこのエリア愛が強いので、“場所ありき”の発想で、ギャラリーを始めました。特に近年は下北沢の開発の余波でこの辺りも盛り上がってきていますし『今だ!』という感じでオープンしました」(手槌さん)

手槌さんによれば、駅前の開発と時期を同じくして、個人オーナーが構える面白い店が、辺り一帯に増えてきたそう。

「新たに奥下北沢に店を持つ人は、開発後の新しい面もサブカルチャーの歴史もひっくるめて、このエリアに魅力を感じているのかもしれません。今後は、駅前施設との相乗効果で、新たな層のお客さんにも足を伸ばしてもらえることを期待しています」(手槌さん)

ローカルとサブカルチャーの融合が、奥下北沢の魅力。15年間奥下北沢に仕事場と住居を構え、その魅力を知り尽くした手槌さんに案内してもらいましょう。

まずは手槌さんがオーナーを務める「DDDART」から。手槌さんはギャラリーを通じて、どんなカルチャーを届けたいと考えているのでしょうか。

街や人、アートの背景もまるごと発信していきたい日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんはかつてTV番組『TVチャンピオン』(テレビ東京系)のリノベーション選手権で準優勝したことがあるなど、そのセンスと腕前には定評がある大工さん。「DDDART」は古民家の渋味を活かしながら、縁側の庭に面したクリアなガラス窓や、真っ白にペイントした小部屋がアクセントになっています。

「アート作品は作家自身のクリエイティビティが前面に押し出されていて、その自由さにインパクトを受けます。そういった刺激を受けることで、本業の建築分野でもインスピレーションが湧いてくるんです。現代アートが好きになって、作家さんやコレクターさんなどの、アート業界の知り合いが増えるにつれ『自分の空間づくりの技術で、アート業界に貢献したい』と考えるようになりました」(手槌さん)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

とはいえギャラリーの聖地といえば銀座や六本木が思い浮かぶもの。奥下北沢のギャラリーとして、どんな個性を発信していきたいのでしょうか。

「都心にあるホワイトキューブ(余分な凹凸や装飾が無い白い箱のこと)のギャラリーには、洗練された格式の高さがあります。でも飾る場所によって見え方が変わるのもアートの面白いところ。奥下北沢ローカルの街の空気感と古民家をアレンジした展示空間、そこに現代アートを置いたときの科学反応を楽しんでもらいたいです。

日本の現代アートは海外の市場、特にアジア圏からのニーズが高いのですが、そういう方々にもきっと奥下北沢ローカルと古民家とアートのマッシュアップは刺さると思います。実際に最近は海外からのお客さんも増えていますし、展示会の告知をすると世界中から作品の問い合わせが来ますよ」(手槌さん)

手槌さんは、これからはもっと地域との連携を深めていく予定だといいます。

「この秋には、この奥下北沢を中心としたアートフェスを企画しています。ギャラリー、アーティストを起点にライブペインティングや伝統工芸、歌舞伎、映像、NFT販売、日本酒、メスカルなどを絡めて、アートと地域の結びつきをアピールしていきたいですね」(手槌さん)

奥下北沢×アートの広がりに注目です!

DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00

Instagram

Instagram:@ddd_art_

関連記事:
・「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!
・総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに
・【東急・京急・小田急】少子高齢化で変わる私鉄沿線住民の暮らし。3社が挑む沿線まちづくり最前線

ギャラリースタッフが案内する、奥下北沢のオススメスポット!左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

「Yellow CAFE」「Salmon & Trout」など、知る人ぞ知る人気カフェやレストランが多い奥下北沢。今回はギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさんと一緒に奥下北沢散歩。最近の奥下北沢の盛り上がりを象徴するような、新しいお店をピックアップしてもらいました。それぞれのオーナーにお話もうかがったので、お店めぐりの参考にしてくださいね。

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

2022年12月にオープン。グリーンが豊かでリラックスできるオープンカフェです。コーヒーやスコーンがおいしくて、朝早く(8時)から営業しているのも嬉しいポイント。オーナーの飯島花奈さんは建築設計デザイン事務所「Plants & Plan」の代表でもあり、2階には事務所も。

「下北沢の駅から歩いて15分ぐらいのロケーションは、お散歩に最適。落ち着いた生活の場でもあるし、外から遊びに来る人もいる。そんなちょうど良さがあるのが、奥下北沢だと思います。

街と交わるひとつの手段として、建築事務所+αで何かをやろうと考えて始めたのがこのカフェでした。お客さんには老若男女、いろいろな方がいますね。半分屋外の開放的な空間になっているのも、理由かもしれません。お散歩がてら小さな公園に立ち寄るように気軽に使っていただけることをイメージしてつくりました。『ワンちゃんが入れるように』と考えていたのですが、ベビーカーも入りやすいこともあって、小さなお子さま連れの方も多いです」(飯島さん)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

Pati coffee&plants
東京都世田谷区代沢4-34-13
8:00-18:00

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Instagram:@pati_coffee.plants

OVERLAP CLOTHING

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

2023年4月オープン。オーナーであるスタイリストのmizuno ryoheiさんと「OVERLAP CLOTHING」 ディレクターの inaba marieさんがセレクトする古着屋さん。お店やinaba marieさんのInstagramで、古着の着こなしをチェックするのも楽しい。

「もともとこの辺りに土地勘があって、気持ち良い場所だなと思っていたんです。そんなときにこの物件を見つけて。ビルのオーナーさんがカフェをやっているというのも好印象でしたし、その横のちょっと奥まったところに入口がある感じも、落ち着いていて好みでした。

私たちにとってここは富ヶ谷店に続いて2店舗目のショップになります。夫はスポーツミックスなスタイリングが得意なので、お店でもスポーティなウェアの取り扱いが多いですね。

私はアメリカンクラシックを取り入れた着こなしを提案しています。ラルフローレンなどの“今だからこそ着たい”ユニセックスでトラッドな古着を、大人の女性が着るのがすてきだと思っていて。コーディネートはお店や私個人のInstagramでも発信しているので、気になった方はのぞいてみてください」(inabaさん)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

OVERLAP CLOTHING mishuku
東京都世田谷区代沢4-34-13
12:00-19:00

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Instagram:@overlap.clothing

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Instagram:@inabamarie

MANGOSTEEN LIQUORS / 万珍酒店

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

「メスカル」というアガべを使った蒸留酒をメインに、よろず「万」めずらしい「珍」をテーマに多様なお酒を販売する酒屋さん『万珍酒店』。加えて角打ちバー、ラウンジ、デリ販売なども行っている。母体であるMANGOSTEENは、2000年にカフェ、ケータリングチームとしてスタート。昨年11月より山梨県北杜市のMANGOSTEEN HOKUTOにてビールの醸造をスタート。音楽・食・酒のMIX UP PARTY『MUSICO』も開催している。店長の宮川義浩さんによると、この店は音楽好きのMANGOSTEENにとって、特別な歴史のある場所だそう。

「ここは以前『プラスチックス』という伝説的なテクノポップ・バンドの人たちが遊び場兼ギャラリーにしていた場所だったんです。僕たちはもともと近くでケータリングをやっていて、新店舗を探していたタイミングでこの場所に出会い、出店を即決しました。

『万珍酒店』の特色は独自のルートで輸入しているメスカルのラインナップです。メスカルはアガベを原料に自然発酵させて作るメキシコの蒸留酒。水とアガベだけでできているので、ヌケが良く悪酔いしにくいのが特長です。

自社製のクラフトビールは軽い味わいで、柑橘系やハーブの軽やかな味わいのものもあり、メスカルのチェイサー(口直しに飲むもの)としても楽しめます」(宮川さん)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

万珍酒店
東京都世田谷区代沢4-29-14 葵ビル 1F
03-6413-8819
14:00-22:00

Instagram

Instagram:@mangosteen_liquors

お店のインタビューをして気がついたのは、オーナーさんそれぞれのやり方で、お店を通して街の人々と丁寧に向き合っていること。その気遣いや、日常的に交わされるやり取りが、ローカルな魅力につながっているのかもしれません。

街に息づくサブカルチャーを、ギャラリーから感じ取るには

今回は、最新のアートスポットである「DDDART」を起点とした奥下北沢散歩ルートを紹介しました。でも、そもそも「ギャラリーの楽しみ方が今ひとつ分からない」という人もいますよね。最後に初心者でもギャラリー巡りを楽しむための秘訣を手槌さんに聞いてみました。

「初心者でも何も気にすることはありません。ヨーロッパでは、誰もがもっとカジュアルにギャラリーを訪れていますよ。僕は日本でも、そんな文化が根付けばいいなと思っています。

入場も無料ですし、お散歩ついでに訪れてみてください。作品は貴重なものなので、触ることはNGですが、そうでなければ写真を撮影してもらっても、問題ありません。

作家さんへのリスペクトがある、愛ある感想なら、SNSに投稿してもらうことも歓迎です! 多くの人に空間とアートを楽しんでもらえたら嬉しいです」

作品は高額なものばかりでなく、数万円で購入できるものもあるとのこと。ギャラリー通いのなかで運命の作品との出会いがあれば、コレクターデビューするのも素敵ですね。

下北沢を訪れたら、今度はぜひその奥まで、足を延ばしてみてください!

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00
dddart.jp
※2023年6月17日(土)に上記DDDART オンラインストアをリニューアルオープン

シモキタは「奥下北沢」も面白い! トレンドとレトロが共存する 4スポットを「DDDART」オーナー手槌真吾さんとディープに巡る

下北沢(東京都世田谷区)は駅前の開発によりここ数年で続々と新施設が誕生しました。「BONUS TRACK」や「(tefu)lounge」「下北線路街」などの複合施設が好評で、今まで下北沢を訪れたことがなかった人々も下北沢の街に注目しているよう。実はそういった変化にともなって、昔ながらの下北沢の味わいを残す地域も進化しています。今回は茶沢通り沿いの通称「奥下北沢」エリアに注目!

「奥下北沢」は、深く根付いたサブカルチャー色と、古くからの住人が醸すローカル色が残っています。そんなエリアの新たなお店を、15年間この地に住む生粋の奥下北沢ラバーであり、古民家ギャラリー「DDDART」オーナーでもある、手槌真吾さんと若手ギャラリースタッフの皆さんに案内してもらいました。

奥下北沢は“古き良き下北沢”が感じられるエリア。今、注目すべき理由とは?「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんによると、「奥下北沢」とは茶沢通りと淡島通りを挟んで下北沢寄りの地域を指すそう。

「淡島通りから梅ヶ丘通りあたりまでを、この辺りの人の間で『奥下北沢』と呼ぶようになりました。淡島通りを挟んで三軒茶屋方向の『奥三軒茶屋』という呼称が定着しているので、その下北沢側という意味です。茶沢通りは、その名の通り三茶と下北沢をつなぐ道で、二つの街の個性が移り変わるところが面白いんですよ。淡島通りを境にアドレスが代沢(下北沢)と太子堂(三軒茶屋)に切り替わるので、雰囲気が変わるんです」(手槌さん)

「奥下北沢」は茶沢通り沿いの下北沢側。今回手槌さんに案内してもらうお店も、このエリア限定でピックアップ

もともとサブカルチャーの街である下北沢は、そこに集う人々から自然発生的に生まれた混沌としたエネルギーが魅力。昨今の開発を経た下北沢駅前エリアは、洗練された一方でかつての空気感が失われつつあるのも事実です。ただしサブカルチャーの担い手たちが下北沢を去ったわけではありません。そのエリアが、少しずつ下北沢の周辺に拡張する現象が起きているのです。

今回紹介する奥下北沢も、駅前開発以降に活気が増しているエリアのひとつ。

案内人の手槌さんの古民家ギャラリー「DDDART」も、奥下北沢の新たなカルチャースポットとして2022年10月にオープン。世界的に評価の高い奥田雄太さんの新作など、話題の展示を次々と企画して注目を集めています。

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

目を引くのはレトロな古民家をエッジの効いた空間に仕上げた内装。それもそのはず、オーナーである手槌さんは、旬の飲食店や宿泊施設の施工を手掛ける、腕利きの大工さんなのです。「DDDART」は手槌さんが古民家を借りて、自らリノベーションしたそう。

「サブカルチャー的な雰囲気と住宅街の落ち着きを併せ持つ奥下北沢が好きで、2014年から今まで、このエリアの古民家に空きが出るたびに賃貸してリノベーションしてきたんです。それぐらいこのエリア愛が強いので、“場所ありき”の発想で、ギャラリーを始めました。特に近年は下北沢の開発の余波でこの辺りも盛り上がってきていますし『今だ!』という感じでオープンしました」(手槌さん)

手槌さんによれば、駅前の開発と時期を同じくして、個人オーナーが構える面白い店が、辺り一帯に増えてきたそう。

「新たに奥下北沢に店を持つ人は、開発後の新しい面もサブカルチャーの歴史もひっくるめて、このエリアに魅力を感じているのかもしれません。今後は、駅前施設との相乗効果で、新たな層のお客さんにも足を伸ばしてもらえることを期待しています」(手槌さん)

ローカルとサブカルチャーの融合が、奥下北沢の魅力。15年間奥下北沢に仕事場と住居を構え、その魅力を知り尽くした手槌さんに案内してもらいましょう。

まずは手槌さんがオーナーを務める「DDDART」から。手槌さんはギャラリーを通じて、どんなカルチャーを届けたいと考えているのでしょうか。

街や人、アートの背景もまるごと発信していきたい日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんはかつてTV番組『TVチャンピオン』(テレビ東京系)のリノベーション選手権で準優勝したことがあるなど、そのセンスと腕前には定評がある大工さん。「DDDART」は古民家の渋味を活かしながら、縁側の庭に面したクリアなガラス窓や、真っ白にペイントした小部屋がアクセントになっています。

「アート作品は作家自身のクリエイティビティが前面に押し出されていて、その自由さにインパクトを受けます。そういった刺激を受けることで、本業の建築分野でもインスピレーションが湧いてくるんです。現代アートが好きになって、作家さんやコレクターさんなどの、アート業界の知り合いが増えるにつれ『自分の空間づくりの技術で、アート業界に貢献したい』と考えるようになりました」(手槌さん)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

とはいえギャラリーの聖地といえば銀座や六本木が思い浮かぶもの。奥下北沢のギャラリーとして、どんな個性を発信していきたいのでしょうか。

「都心にあるホワイトキューブ(余分な凹凸や装飾が無い白い箱のこと)のギャラリーには、洗練された格式の高さがあります。でも飾る場所によって見え方が変わるのもアートの面白いところ。奥下北沢ローカルの街の空気感と古民家をアレンジした展示空間、そこに現代アートを置いたときの科学反応を楽しんでもらいたいです。

日本の現代アートは海外の市場、特にアジア圏からのニーズが高いのですが、そういう方々にもきっと奥下北沢ローカルと古民家とアートのマッシュアップは刺さると思います。実際に最近は海外からのお客さんも増えていますし、展示会の告知をすると世界中から作品の問い合わせが来ますよ」(手槌さん)

手槌さんは、これからはもっと地域との連携を深めていく予定だといいます。

「この秋には、この奥下北沢を中心としたアートフェスを企画しています。ギャラリー、アーティストを起点にライブペインティングや伝統工芸、歌舞伎、映像、NFT販売、日本酒、メスカルなどを絡めて、アートと地域の結びつきをアピールしていきたいですね」(手槌さん)

奥下北沢×アートの広がりに注目です!

DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00

Instagram

Instagram:@ddd_art_

関連記事:
・「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!
・総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに
・【東急・京急・小田急】少子高齢化で変わる私鉄沿線住民の暮らし。3社が挑む沿線まちづくり最前線

ギャラリースタッフが案内する、奥下北沢のオススメスポット!左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

「Yellow CAFE」「Salmon & Trout」など、知る人ぞ知る人気カフェやレストランが多い奥下北沢。今回はギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさんと一緒に奥下北沢散歩。最近の奥下北沢の盛り上がりを象徴するような、新しいお店をピックアップしてもらいました。それぞれのオーナーにお話もうかがったので、お店めぐりの参考にしてくださいね。

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

2022年12月にオープン。グリーンが豊かでリラックスできるオープンカフェです。コーヒーやスコーンがおいしくて、朝早く(8時)から営業しているのも嬉しいポイント。オーナーの飯島花奈さんは建築設計デザイン事務所「Plants & Plan」の代表でもあり、2階には事務所も。

「下北沢の駅から歩いて15分ぐらいのロケーションは、お散歩に最適。落ち着いた生活の場でもあるし、外から遊びに来る人もいる。そんなちょうど良さがあるのが、奥下北沢だと思います。

街と交わるひとつの手段として、建築事務所+αで何かをやろうと考えて始めたのがこのカフェでした。お客さんには老若男女、いろいろな方がいますね。半分屋外の開放的な空間になっているのも、理由かもしれません。お散歩がてら小さな公園に立ち寄るように気軽に使っていただけることをイメージしてつくりました。『ワンちゃんが入れるように』と考えていたのですが、ベビーカーも入りやすいこともあって、小さなお子さま連れの方も多いです」(飯島さん)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

Pati coffee&plants
東京都世田谷区代沢4-34-13
8:00-18:00

Instagram

Instagram:@pati_coffee.plants

OVERLAP CLOTHING

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

2023年4月オープン。オーナーであるスタイリストのmizuno ryoheiさんと「OVERLAP CLOTHING」 ディレクターの inaba marieさんがセレクトする古着屋さん。お店やinaba marieさんのInstagramで、古着の着こなしをチェックするのも楽しい。

「もともとこの辺りに土地勘があって、気持ち良い場所だなと思っていたんです。そんなときにこの物件を見つけて。ビルのオーナーさんがカフェをやっているというのも好印象でしたし、その横のちょっと奥まったところに入口がある感じも、落ち着いていて好みでした。

私たちにとってここは富ヶ谷店に続いて2店舗目のショップになります。夫はスポーツミックスなスタイリングが得意なので、お店でもスポーティなウェアの取り扱いが多いですね。

私はアメリカンクラシックを取り入れた着こなしを提案しています。ラルフローレンなどの“今だからこそ着たい”ユニセックスでトラッドな古着を、大人の女性が着るのがすてきだと思っていて。コーディネートはお店や私個人のInstagramでも発信しているので、気になった方はのぞいてみてください」(inabaさん)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

OVERLAP CLOTHING mishuku
東京都世田谷区代沢4-34-13
12:00-19:00

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Instagram:@overlap.clothing

Instagram

Instagram:@inabamarie

MANGOSTEEN LIQUORS / 万珍酒店

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

「メスカル」というアガべを使った蒸留酒をメインに、よろず「万」めずらしい「珍」をテーマに多様なお酒を販売する酒屋さん『万珍酒店』。加えて角打ちバー、ラウンジ、デリ販売なども行っている。母体であるMANGOSTEENは、2000年にカフェ、ケータリングチームとしてスタート。昨年11月より山梨県北杜市のMANGOSTEEN HOKUTOにてビールの醸造をスタート。音楽・食・酒のMIX UP PARTY『MUSICO』も開催している。店長の宮川義浩さんによると、この店は音楽好きのMANGOSTEENにとって、特別な歴史のある場所だそう。

「ここは以前『プラスチックス』という伝説的なテクノポップ・バンドの人たちが遊び場兼ギャラリーにしていた場所だったんです。僕たちはもともと近くでケータリングをやっていて、新店舗を探していたタイミングでこの場所に出会い、出店を即決しました。

『万珍酒店』の特色は独自のルートで輸入しているメスカルのラインナップです。メスカルはアガベを原料に自然発酵させて作るメキシコの蒸留酒。水とアガベだけでできているので、ヌケが良く悪酔いしにくいのが特長です。

自社製のクラフトビールは軽い味わいで、柑橘系やハーブの軽やかな味わいのものもあり、メスカルのチェイサー(口直しに飲むもの)としても楽しめます」(宮川さん)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

万珍酒店
東京都世田谷区代沢4-29-14 葵ビル 1F
03-6413-8819
14:00-22:00

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Instagram:@mangosteen_liquors

お店のインタビューをして気がついたのは、オーナーさんそれぞれのやり方で、お店を通して街の人々と丁寧に向き合っていること。その気遣いや、日常的に交わされるやり取りが、ローカルな魅力につながっているのかもしれません。

街に息づくサブカルチャーを、ギャラリーから感じ取るには

今回は、最新のアートスポットである「DDDART」を起点とした奥下北沢散歩ルートを紹介しました。でも、そもそも「ギャラリーの楽しみ方が今ひとつ分からない」という人もいますよね。最後に初心者でもギャラリー巡りを楽しむための秘訣を手槌さんに聞いてみました。

「初心者でも何も気にすることはありません。ヨーロッパでは、誰もがもっとカジュアルにギャラリーを訪れていますよ。僕は日本でも、そんな文化が根付けばいいなと思っています。

入場も無料ですし、お散歩ついでに訪れてみてください。作品は貴重なものなので、触ることはNGですが、そうでなければ写真を撮影してもらっても、問題ありません。

作家さんへのリスペクトがある、愛ある感想なら、SNSに投稿してもらうことも歓迎です! 多くの人に空間とアートを楽しんでもらえたら嬉しいです」

作品は高額なものばかりでなく、数万円で購入できるものもあるとのこと。ギャラリー通いのなかで運命の作品との出会いがあれば、コレクターデビューするのも素敵ですね。

下北沢を訪れたら、今度はぜひその奥まで、足を延ばしてみてください!

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00
dddart.jp
※2023年6月17日(土)に上記DDDART オンラインストアをリニューアルオープン

下北沢などの街を変えたグリーン(植物)とコミュニティの力。 NYセントラルパークと感染症対策にも意外な接点

古くは明治神宮の森、近年では池袋の新しいランドマーク南池袋公園など暮らしやすさやまちの心地よさに深く関係している、ランドスケープデザイン(景観デザイン)。最近、“サブカルのまち”下北沢(東京都世田谷区)の風景が、大きく変わったことが話題になりました。下北沢のまちを久々に訪れた人は、豊かな緑をあちこちで目にすることができるでしょう。「シモキタ園藝部」の企画と立ち上げに取り組み、今は共同代表としてシモキタ園藝部で活動を続けるほかにも、全国の様々な地域でランドスケープデザインを通じた街づくりに取り組んでいる株式会社フォルクの代表である三島由樹さんは、緑を通じて社会課題を解決する「ソーシャルグリーンデザイン」の担い手のひとり。いま、緑を使ってどのように都市の課題に取り組んでいるのでしょうか。

下北線路街のランドスケープデザインの構想に携わる。下北線路街の緑の手入れをする地域コミュニティ「シモキタ園藝部」もフォルクが企画と立ち上げに携わった(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北線路街のランドスケープデザインの構想に携わる。下北線路街の緑の手入れをする地域コミュニティ「シモキタ園藝部」もフォルクが企画と立ち上げに携わった(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

東京都八王子市の「AJIROCHAYA」では、明治時代から続くお茶屋さんの改修に伴うランドスケープデザインおよびコミュニティのデザインを行った(画像提供/フォルク)

東京都八王子市の「AJIROCHAYA」では、明治時代から続くお茶屋さんの改修に伴うランドスケープデザインおよびコミュニティのデザインを行った(画像提供/フォルク)

関連記事:総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに

都市計画の歴史は、ランドスケープ・アーキテクチャーから始まった

慶應義塾大学とハーバード大学大学院で、ランドスケープデザインを学んだ三島さん。ランドスケープは、「風景・景観」という意味があります。学部時代は「ランドスケープデザインといえば、緑を使って綺麗な空間をつくるもの」と認識していた三島さんは、ランドスケープ・アーキテクチャーの本質が、「都市の課題解決のために生まれた学問と職能」であるとアメリカで学び、衝撃を受けました。

「慶應義塾大学の恩師であった、建築家の坂茂先生からは、社会貢献のできるデザインが大切であること、ランドスケープ・デザイナーの石川幹子先生からは、緑地は社会共通資本であることを学びました。その後、石川先生の勧めでハーバード大学の大学院に進みましたが、アメリカでは、近代化と経済成長によって汚染された土地であるブラウンフィールドをいかに現代において人が暮らすことができる環境として再生するかが、ランドスケープデザインのメインテーマでした」(三島さん)

ハーバード大学院で学んでいたころの三島さん(画像提供/フォルク)

ハーバード大学院で学んでいたころの三島さん(画像提供/フォルク)

「楽しくも猛烈な日々だった」と振り返る(画像提供/フォルク)

「楽しくも猛烈な日々だった」と振り返る(画像提供/フォルク)

最も衝撃を受けたのは、セントラル・パーク(Central Park)の設計思想を学んだときのことでした。セントラル・パークは、19世紀につくられたアメリカのニューヨーク市マンハッタン地区の中央にある美しい都市公園です。

「私はセントラルパークについて、ほとんど知らなかったのですが、調べてみると、それは感染症対策のために計画された公園という一面を持っています。当時ニューヨークは、人口の爆発的な急増があり、道端に馬の死骸が転がっているような劣悪な環境で感染症が蔓延していました。開発されていく街の中に、緑の空間をつくり、人種の差別なく、全ての人が生き続けられる環境をつくることが目的だったのです」(三島さん)

セントラル・パークは、ニューヨークの密集した市街地の中に存在する(画像/PIXTA)

セントラル・パークは、ニューヨークの密集した市街地の中に存在する(画像/PIXTA)

セントラル・パークの設計者のひとりフレデリック・ロー・オルムステッドが、建築、土木などを束ねた環境デザインの専門分野として提唱したランドスケープ・アーキテクチャーは、その後、都市計画分野の基礎になりました。ランドスケープデザインは、都市についての問題意識から生まれたものだったのです。

開発が進む街に開かれた皆の庭「AJIROCHAYA」

アメリカから帰国した三島さんは、東京大学での研究・教育活動を経て、2015年にフォルクを設立。最初に手掛けたのは、出身地である八王子市の中心市街地にある「AJIROCHAYA」です。同郷で同世代の建築家、松葉邦彦さんからの誘いでした。

まわりの高層マンションの中に灯る「AJIROCHAYA」(画像提供/フォルク)

まわりの高層マンションの中に灯る「AJIROCHAYA」(画像提供/フォルク)

「『AJIROCHAYA』のまわりには高層マンションがたくさん建っています。周辺にはかつて専門店が並んでいたのですが、それらがどんどんなくなって高層マンションに建て替わっているんですね。依頼主は、明治時代発祥のお茶屋さんのオーナー。『高層マンションによる街の改変とは異なる、この街の文化を承継し創造していくような新しい場所づくりができないか』という問題意識から、プロジェクトが始まりました」(三島さん)

「AJIROCHAYA」がつくられる前は、前面に歩行者専用道路がありますが、シャッターが下りたお茶屋さんは、街に対して閉じた印象でした。そこで、三島さんは、街に面したスペースに庭をつくってパブリックスペースとしてまちに開放し、街の人が大きな木の下で道ゆく人たちを眺めたり、大きなベンチでくつろいだりできる、「街に開かれた庭」を提案しました。

三島さんが初期に提案したスケッチ(画像提供/フォルク)

三島さんが初期に提案したスケッチ(画像提供/フォルク)

駐車場に完成した庭。カフェなどのテナントも入り、ほっとできる場所に(画像提供/フォルク)

駐車場に完成した庭。カフェなどのテナントも入り、ほっとできる場所に(画像提供/フォルク)

「意識したのは、街の人を受け入れる場所づくり。奥行42mの敷地は、前と後ろが歩行者道路に接していました。そこで、敷地内に、道路と道路をつなぐ路地(私道)をつくり、日中は、街の人が自由に通れるようになっています。通り沿いには、知らない人同士でも気詰まりなく座れる大きなベンチを宮大工さんと一緒につくって設置しました」(三島さん)

敷地の前面(右)は歩行者専用道路、奥(左)は甲州街道に接している。矢印部分を新しく通路にした(画像提供/フォルク)

敷地の前面(右)は歩行者専用道路、奥(左)は甲州街道に接している。矢印部分を新しく通路にした(画像提供/フォルク)

以前は、通り過ぎるだけだった場所でくつろぐ街の人(画像提供/フォルク)

以前は、通り過ぎるだけだった場所でくつろぐ街の人(画像提供/フォルク)

通路が抜け道になり、街に新しい人の流れができた(画像提供/フォルク)

通路が抜け道になり、街に新しい人の流れができた(画像提供/フォルク)

改装中の蔵(画像提供/フォルク)

改装中の蔵(画像提供/フォルク)

ajirochayaの現場で出会った八王子の宮大工、吉匠建築工藝。宮大工の技術を使って金輪継のベンチをつくってもらった(画像提供/フォルク)

ajirochayaの現場で出会った八王子の宮大工、吉匠建築工藝。宮大工の技術を使って金輪継のベンチをつくってもらった(画像提供/フォルク)

職人さん・地域の人が一緒になって、園路に石を据えていく(画像提供/フォルク)

職人さん・地域の人が一緒になって、園路に石を据えていく(画像提供/フォルク)

「AJIROCYAYA」では、コミュニティデザインもフォルクが手掛けています。例えば、施工中は、皆が愛着を持ってこの場所に関わっていけるように、園路の舗装も造園の親方に教わりながら、大学生・地域の人・テナントの人に協力してもらい、時間をかけてつくりました。オープン後の植栽管理については、「にわのひ」というイベントを行い、テナントの人や地域の人が一緒に手入れをする日を設けることを試みました。コロナ禍で休止していましたが、今後また開催していけたらと考えています。

社会を変えるソーシャルグリーンデザインとは

三島さんは、一般社団法人ソーシャルグリーンデザイン協会の立ち上げに関わり、理事を務めています。ソーシャルグリーンデザインとは、緑で地域課題の改善と持続可能な社会を目指す、新しいデザインムーブメントです。

「ソーシャルデザイン(social:社会、design:計画)は、商業主義的、消費的なデザインに対し、社会貢献を前提としたデザインのこと。ソーシャルグリーンデザインは、それを緑を通じて実現しようとしています」(三島さん)

「緑=植物と狭く捉えるのではなく、緑は承継すべき都市の文化であり、新しい文化が生まれる素地であると考えています。『AJIROCHAYA』や『シモキタ園藝部』のコミュニティづくりに関わったのも、場所をつくって終わりではなく、いかに緑に関わる人を増やし、地域社会を育てていくかが、景観をデザインすること以上に大事だと思っているからです」(三島さん)

街づくりを学ぶ学生と地域住民をマッチング

全国には、豊かな自然がありながら、うまく活用できていない地域がたくさんありますが、ソーシャルグリーンデザインは、地域課題を解決するひとつの方法になるのでしょうか?

「ソーシャルグリーンデザインと直接関係するプロジェクトではないのですが、地域住民と大学生とのマッチングをして、街づくりを学ぶ学生に実践の機会を提供するまちづくりワークショップ『PLUS KAGA』を石川県加賀市で2016年から行っています。日本全国で、人口減少などを背景とする身近な地域の課題が置き去りにされていることが多々ありますが、地域住民はそれらすべてをコンサルタントなどのプロに相談できるわけではない。一方、『大学で街づくりを学んでいるけど、自分で考えて実践する機会が少ない』、と感じている学生は少なくないように思います。地域住民と大学生が出会って、ともに地域課題に向き合う機会をつくってきました。その中で、地域と緑に関するプロジェクトもたくさん生まれてきました」(三島さん)

全国の大学から、延べ61名ほどの大学生が活動に参加。地域の人と一緒にプロジェクトを進めていく(画像提供/フォルク)

全国の大学から、延べ61名ほどの大学生が活動に参加。地域の人と一緒にプロジェクトを進めていく(画像提供/フォルク)

加賀市の水と緑の未来マップ(画像提供/フォルク)

加賀市の水と緑の未来マップ(画像提供/フォルク)

「大学生が地域で活動を始めると、地域の人たちもアクティブになっていきます。この6年間で、地域の山や水辺の環境を再生するプロジェクトなど37ものプロジェクトが生まれました。デザインをする人だけじゃなく、行動できる人、関係をつくっていける人を育てていくことが重要です。九州や台湾など、さまざまなところから大学生が加賀市にきましたが、街に愛着が生まれて卒業後も通い続ける人も多くいます。街づくりは行政がやるというイメージを持たれがちなんですけど、ひとりひとりが街づくりは自分でできるんだと思ってもらえたら嬉しいですね」(三島さん)

社会問題を解決に導くランドスケープデザインを生かした街づくり。身近な癒やしの存在である緑が、ソーシャルイノベーションを起こす力があることに驚きました。三島さんは最近では福井県勝山市の建設会社と共に地域の遊休資源を活用した循環型の新規事業の立ち上げや、和歌山県田辺市の中山間地帯で地域と自然と連携した教育施設のランドスケープデザインなどを手掛けているとのこと。ますます持続可能な都市計画が求められる今、街の緑との関わり方も変わってきそうです。

●取材協力
株式会社フォルク

総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに

小田急電鉄は東北沢駅~世田谷代田駅間の地上に生まれた1.7kmのエリアを「下北線路街」として整備してきました。2022年5月に全面開業して1年。個性的なショップが並ぶ商店街は雑木に囲まれ、駅前には土管のある空き地や草が茂る原っぱも! かつての“サブカルのまち・下北”から記憶がアップデートされていないならば、その変わりように驚くかもしれません。そんな下北沢で、いま、街の緑の維持管理を行っているのが、地域コミュニティ「シモキタ園藝部」です。

下北線路街の緑のコンセプトづくりと「シモキタ園藝部」の企画と立ち上げに携わった、株式会社フォルク代表のランドスケープ・デザイナー三島由樹さんに、下北沢に生まれた新しい街の緑について伺いました。

街の人が鉢植えを持ち寄り緑を育む「下北線路街空き地」

三島さんは、東京やアメリカでランドスケープデザインを学び、帰国後は大学で研究と教育に携わりました。その後、2015年に設立した株式会社フォルクで、ランドスケープデザインと街づくりのプロジェクトに携わってきました。小田急電鉄から依頼を受けて下北線路街の計画に携わっていたUDS株式会社から、「ランドスケープデザインのコンセプトを一緒に考えてほしい」とお願いされ、2018年から下北沢のまちづくりに関わることになりました。

最初に緑の場所づくりをしたのは、「下北線路街空き地」です。冒頭の写真の土管が印象的な「下北線路街空き地」は、「みんなでつくる自由な遊び場」がコンセプトの屋外イベントスペース。小田急線下北沢駅東口から、下北沢交番方面へ徒歩4分のところにあります。

「下北線路街空き地」入口を入ると、街の人が持ち寄った鉢植えが出迎えてくれる(画像提供/フォルク)

「下北線路街空き地」入口を入ると、街の人が持ち寄った鉢植が出迎えてくれる(画像提供/フォルク)

イベントに訪れた人は、草花に触れあえる楽しみもある(画像提供/フォルク)

イベントに訪れた人は、草花に触れあえる楽しみもある(画像提供/フォルク)

入口を入ると、右手に「空き地カフェ&バー」、「空き地キッチン」、左手にはイベント時にキッチンカーの並ぶエリアがあります。中央にあるレンタルスペースAは、土管のある芝生エリアで、ステージがあり、屋外映画上映会やサウナ体験会などさまざまなイベントを開催。レンタルスペースBでは頻繁にマルシェが行われています。

右から、入口、飲食スペース、レンタルスペースA、レンタルスペースBに分かれている(画像提供/フォルク)

右から、入口、飲食スペース、レンタルスペースA、レンタルスペースBに分かれている(画像提供/フォルク)

芝生エリアでは、ライブやフェス、縁日などさまざまなイベントが催される(画像提供/フォルク)

芝生エリアでは、ライブやフェス、縁日などさまざまなイベントが催される(画像提供/フォルク)

最近見かけるおしゃれなイベントスペースかと思いきや、ミミズコンポストがあったり、鉢植えの並んだ棚があったり……。ただのイベント会場とはちょっと違うことがわかります。

「棚にたくさん並んでいる鉢植えは、下北沢の街の人が持ち寄ったもの。下北線路街で皆で緑を育てていったり、緑を通じて交流する仕組みづくりの試みは、ここからスタートしました」(三島さん)

緑の少なかった下北沢に現代の雑木林「シモキタマチバヤシ」をつくる

そもそも再開発前の下北沢の街は緑が少なく、小田急電鉄には、「再開発が行われる時には緑をたくさんつくってほしい」という地元の声が寄せられていたそうです。そこで、下北線路街全体の緑のコンセプトとして三島さんたちが提案したのが、「シモキタマチバヤシ」でした。

「開発で生まれるグリーンは、『美しい緑』『かっこいい緑』であることが多いですが、触っちゃいけない緑が多いですよね。下北線路街の緑のコンセプトは、言ってみれば現代の都市における雑木林みたいな感じです。下北沢も昔は雑木林がたくさんあったそうです。人が植物を暮らしに役立てていた、人と植物が共に支え合って生きていた時代があったんですね。植物が少なくなってしまった下北沢という街に、人と植物が関わり合う新しい文化をつくろうという意味を込めました」(三島さん)

下北線路街にできた商店街「BONUS TRACK」は、あちこちに株立ちの木々が葉を揺らし、道を歩くと、雑木林を通り抜けていくようです。

野山に生えるような木々をできるだけ自然樹形で管理しているから、本物の林の中にいるみたい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

野山に生えるような木々をできるだけ自然樹形で管理しているから、本物の林の中にいるみたい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北沢駅南西口エリアの植栽は、大きな石のある築山が見所。石に座って草木を感じてもいい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北沢駅南西口エリアの植栽は、大きな石のある築山が見所。石に座って草木を感じてもいい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「『下北線路街空き地』ができ、これから下北線路街の中にたくさん緑が生まれていく中で、緑をどうやって管理していくか。普通だったら小田急電鉄さんの関連会社が植栽の維持管理をしますが、現代の雑木林みたいな人の暮らしに役立つような緑をつくっていくのであれば、緑を必要とする人が街の緑を育てていくやり方の方がいいんじゃないかと。そこで、緑を育て、活用するコミュニティづくりを提案しました」(三島さん)

関連記事:
・下北沢は開発でどう変貌した? 全長1.7km「下北線路街」がすごかった!
・「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!

地域の緑をみんなでつくり育てていく「シモキタ園藝部」

小田急電鉄の賛同を得て、2019年秋からワークショップを始め、2020年春にシモキタ園藝部の前身である下北線路街園藝部を発足。人が苗木を土に植え込む形に由来する「藝」という字をあえて使いました。コミュニティのミッションは、緑を通じた循環型地域社会の担い手となること。メンバーは、駅にポスターを張ったりSNSで一般公募しましたが、最初に集まったのは、20名ほどでした。

2019年に駅に張られた下北線路街第1回目の園芸ワークショップのチラシ(画像提供/フォルク)

2019年に駅に張られた下北線路街第1回目の園芸ワークショップのチラシ(画像提供/フォルク)

「半年間、ワークショップを開催しながらどんなコミュニティにしていきたいか、一人一人がそこで何がやりたいかを話し合うことから始めました。用意した企画に乗ってもらうんじゃなくて、皆で園藝部の企画をゼロからつくっていったのです」(三島さん)

その後、2021年に法人化され、シモキタ園藝部という名称に。小田急電鉄から委託され、世田谷区の北沢、代沢、代田地域を主なフィールドに、街の植栽管理を行っています。雑草や剪定後の枝や葉を廃棄するのではなく、コンポストを使ったり、剪定枝をリースとして提供するなど、なるべくゴミを出さずにすべてを循環させる取り組みをはじめました。

植物や様々な生き物と触れ合える、住宅街の中の原っぱ「シモキタのはら広場」

その後、2022年4月、下北沢駅のすぐ近くに、シモキタ園藝部の拠点がオープン。事務所である「こや」、ワイルドティーと天然ハチミツの店「ちゃや」、そして「シモキタのはら広場」ができました。コンセプトは、循環をつくる街の圃場です。憩いの場所であると同時に、土や枝葉の回収や育苗を行い、植物の循環をつくり出す場所。広場にはワイルドフラワーが咲き、虫たちが集まり、動植物が混然一体となって、街の中に原っぱが生まれました。

住宅街に出現した原っぱにもともと住んでいた地元の人も驚いた(画像提供/フォルク)

住宅街に出現した原っぱにもともと住んでいた地元の人も驚いた(画像提供/フォルク)

種を蒔いた草花が入り混じって共存している(画像提供/フォルク)

種を蒔いた草花が入り混じって共存している(画像提供/フォルク)

園藝部の拠点と広場づくりは、園藝部のコミュニティメンバーと連携し、一緒に議論してつくっていきました。地域コミュニティであるシモキタ園藝部を、どう運営していくか? ただのボランティアでなく事業として経営していけるか? 今では、一人一人の興味をもとに様々な事業が立ち上げられています。コンポストをつくるキットの商品化が進行中だったり、養蜂の事業、緑の担い手を育てるシモキタ園藝學校という人材育成事業も行っています。

落ち葉・雑草コンポスト。草刈りや剪定で出た枝葉に、コーヒーパルプなどを加え、堆肥をつくり、土に還す(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

落ち葉・雑草コンポスト。草刈りや剪定で出た枝葉に、コーヒーパルプなどを加え、堆肥をつくり、土に還す(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北線路街や下北の住宅地からミツバチが集めた蜂蜜「シモキタハニー」が、新しい世田谷土産に(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北線路街や下北の住宅地からミツバチが集めた蜂蜜「シモキタハニー」が、新しい世田谷土産に(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

ほかには、「古樹屋」という下北沢らしいネーミングのビジネスも。洋服の古着屋の植物版で、街の人が育てきれなくなってしまった植木や鉢植えを引き取って、仕立て直し、新しい引き取り手にマッチングしています。

古樹屋に並べられた植物は、枝が曲がったり、ひょろっと伸びすぎていたり。それがむしろ味なのは、古着と同じ(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

古樹屋に並べられた植物は、枝が曲がったり、ひょろっと伸びすぎていたり。それがむしろ味なのは、古着と同じ(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「緑を誰かの所有物ではなく、地域のコモンズ、地域で共に生きるパートナーとしてみてほしいんです。街の緑は、自治体だったり、個人だったり、誰かのものになりがちなんですけど、緑は、人間だけでなく全ての生き物が生きていく上で不可欠な存在なんだという意識を持ってもいいのではないかと思うんです。『古樹屋』は園藝部の事業ですが、金額は買い手の人につけてもらうんですよ。子どもはお小遣いで、園藝部の活動を応援したい人は、普通のお店で買うよりも高く出してくださるとか。植物をたくさん売って稼ぐことが目的ではなくて、植物は街で生きる全て誰もにとって欠かせないパートナーなのだというこれからの新しい社会をつくるためにやっている事業というイメージです」(三島さん)

シモキタのはら広場も、見た目の美しさではなく、いかに街の人がいきいきと活動する場所になるかにフォーカスし、住宅街の中の静かな原っぱをつくっていこうとしています。「こんな雑草だらけでいいのか」という声もたまにあるそうですが、「街中にワイルドな野原をつくってくれてありがとう」「子ども達をこういう所で遊ばせたかった!」という声が多いそうです。夏休みには、子ども達が虫取り網を持ってうろうろしている光景が毎日のように見られたそうです。

緑が増えるにつれて、下北沢の街の人にも変化が。20名から始まったシモキタ園藝部のコミュニティメンバーの数は大人から子どもまでの地元の人やプロの造園家など約150人ほどに増え、一人一人のやりたいことを事業の企画にして、みんなで少しずつ実現しています。街の風景が変わるだけでなく、街の緑に対してアクティブに関わる人がどんどん増えているのです。

シモキタ園藝學校の授業風景。1年間の講座終了後には、園藝部認定の「エコガーデナー」になれる(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

シモキタ園藝學校の授業風景。1年間の講座終了後には、園藝部認定の「エコガーデナー」になれる(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「植物は手入れが必要ですが、手間のかかることを面白くして、楽しみながら緑に関わる人を増やしていきたい」と三島さん。新たに生まれた緑の空間が、下北の街にインパクトを与え、ビジネスやイベントが生まれる場所になっています。昔からある街の緑を引き継ぎ、育て、新しいものを生み出す緑の街づくり。学生時代、古着を買いに通った下北沢を久しぶりに訪れてみたくなりました。

●取材協力
・株式会社フォルク
・シモキタ園藝部
・下北線路街空き地

「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!

下北沢は「サブカルチャーの聖地」「若者のまち」として1970年代から人気を集めてきた。しかしここ20年はチェーン店が増加し、「かつての熱気が失われたのでは」ともささやかれていた。しかし現在、再び脚光を浴びているのだ。
京王井の頭線と小田急線が通る下北沢エリア(東京都世田谷区)は2013年から在来線の地下化や高架化が行われ、ここ数年は「下北線路街」「ミカン下北」などさまざまな複合施設のオープンラッシュ。大規模開発で駅前も整備された。現在はどのような進化を遂げているのだろうか。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

開発から10年、まちやカルチャーの専門家3人の目線から現在の下北沢はどう見えているのか

SUUMOジャーナルでは、2021年8月にも下北沢の開発の様子をお伝えした。あれから1年、新しい商業施設も増え、さらなる進化を遂げている。
そこで今回は、2022年6月30日にTSUTAYA BOOKSTORE下北沢のSHARE LOUNGE(シェアラウンジ)で開催された「書店から考える〈ウォーカブルな街「下北沢」を支える新施設と人〉」をテーマにしたトークイベントに登壇した、下北沢に縁の深い3名に下北沢のまちの現在についてインタビューを行った。

左からB&B/BONUS TRACKの内沼晋太郎さん、CCC門司孝之さん、『商店建築』編集長の塩田健一さん(写真撮影/嶋崎征弘)

左からB&B/BONUS TRACKの内沼晋太郎さん、CCC門司孝之さん、『商店建築』編集長の塩田健一さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「商業施設」を通じてまちの移り変わりを追い続ける雑誌『商店建築』編集長の塩田健一さん、下北沢を代表する本屋B&Bの共同経営者で商業施設「BONUS TRACK」を運営する散歩社の取締役・内沼晋太郎さん、TSUTAYA BOOKSTORE下北沢の物件開発担当のカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)門司孝之さん、それぞれの目から今の下北沢はどう見えているのだろうか。

開発が始まった当初の10年前、下北沢のまちを大手チェーン店が席巻していた(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

10年前に内沼さんらが「本屋B&B」をオープンした時、「こういう店ができたのは久しぶりだ」と言われたという。

下北沢が長年「サブカルチャーのまち」「若者のまち」として愛されてきた背景には、個性派個人店が多く存在していたことがある。

しかし、まちの人気にともない、店舗の賃料が上昇。潰れた個人店の跡には、高い賃料が弊害となり小さな個人店は入ることができず、大手チェーン店ができる……という流れが生まれ、下北沢の特色を生む個性派個人店がオープンする「余白」がなくなりつつあったのだという。

こうして大手チェーン店が席巻するなか、内沼さんらがオープンさせた「本屋B&B」には、「チャレンジできる場所」としての下北沢らしさがあったようだ。

「本屋B&B」は2回の移転を経て、現在は「BONUS TRACK」内にある(写真撮影/嶋崎征弘)

「本屋B&B」は2回の移転を経て、現在は「BONUS TRACK」内にある(写真撮影/嶋崎征弘)

毎日イベントを開催する、店内でビールが飲めるなど、当時から書店として型破りの挑戦をしてきたこともあって、「本屋B&B」は今や下北沢を代表する存在になった。

「本屋B&B」が個人店復活の先駆けとなったこと、時を同じくして下北沢の大規模開発で個人店の入居を想定した商業施設づくりが始まったことから、現在では、特色ある個人店が再び活気を生んでいる。

一方、TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢は今回の開発で新規参入した “大手チェーン”だが、他の地域と同じ店づくりはしていない。店舗開発を担当した門司さんは、下北沢のカラー、個性に寄り添った展開を心掛けたようだ。

もともとTSUTAYAや蔦屋書店は地域の特性に合わせた店舗づくりをしているが、「本屋B&B」をはじめ、個性派書店が数多くある下北沢だからこそ、逆に「本のラインナップは個性を打ち出すのではなく、総合書店として話題の本やコミックをしっかりとそろえる」ことにしたという。

その代わり、地域の人々が横のつながりを持つことができる場所に、とSHARE LOUNGEを設けた。

「TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢」。「これまで下北沢の書店には、意外と文芸書やコミックなどの売れ筋を扱うところが多くはなかったんです」と内沼さんは振り返る(写真撮影/嶋崎征弘)

「TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢」。「これまで下北沢の書店には、意外と文芸書やコミックなどの売れ筋を扱うところが多くはなかったんです」と内沼さんは振り返る(写真撮影/嶋崎征弘)

SHARE LOUNGEではビールサーバーや軽食を用意している(写真撮影/嶋崎征弘)

SHARE LOUNGEではビールサーバーや軽食を用意している(写真撮影/嶋崎征弘)

既存の個人店との役割を分けながら、新しい地元の場所を創出したかたちだ。

そんな“大手チェーン店”の参入を、「本屋B&B」の内沼さんは当初は「脅威を感じた」一方で、実際にできた店を訪れて「TSUTAYAという新しいこのピースが入ったことで、下北沢というまち全体で、本を買うことが楽しくなる環境がより整った」と感じた。

「本屋というのは、まちに住む人や訪れる人の影響を受けて品ぞろえをするため、まちの特色を代弁する存在になりやすいです。現在の下北沢は、全国どこを見渡しても稀有な、本屋めぐりが楽しい特別なまちになっていると思います」(内沼さん)

「本屋B&B」と「TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢」は、現在の下北沢における個性派個人店と大型チェーン店の新たな関係性を表しているようだ。本屋だけでなく、今やほかのジャンルにおいても、同様の動きが生まれつつある。

7月号で下北沢を特集した『商店建築』編集長の塩田さんは、取材を通じて「いずれの商業施設も、『個人商店が集まった、顔が見える商業施設づくり』をテーマにしていたことが印象的だった」と話す。

「下北沢に新しい商業施設がオープンするたびに取材をしてきました。新しいアイデアが結集してできあがったまちという印象がある一方で、すごく懐かしい、昔の商店街のような要素を感じます。昔の商店街にあった、お店をやっている人が奥に住んでいて、その人たちの生活やお茶の間が見えていた世界観が、ここ最近で続々とオープンした施設に入っているお店にも垣間見られるんです。顔の見える個人商店が集まっているような雰囲気です」(塩田さん)

下北沢は、歩きまわって楽しい仕掛けが散りばめられたまちに生まれ変わった

下北沢の魅力は、“特色のある個人店が多いこと”だけではない。
塩田さんは、下北沢が「ますます歩いて楽しい“ウォーカブルなまち”になった」と感じたという。
「下北沢にはもともとたくさんの路地があり、特色ある店がここかしこに存在していました。しかし近年、まちが整備されたことで、ますます“歩き回って面白い”仕掛けがたくさん散りばめられました」(塩田さん)

『商店建築』7月号「変貌する『下北沢』」特集(写真提供/商店建築社)

『商店建築』7月号「変貌する『下北沢』」特集(写真提供/商店建築社)

まず、2020年4月にオープンした商業施設「BONUS TRACK」の存在は大きいという。「BONUS TRACK」には、書店や発酵食品の店、コワーキングスペースなど13のテナントが立ち並んでいる。

「訪れた人が、歩いたり、溜まったり、そこでの過ごし方を自由に選べる。そういった“回遊性”を楽しめる、絶妙な構成でつくられているんです」(塩田さん)

「BONUS TRACK」。「本の読める店 fuzkue」や、全国の発酵食品を販売する「発酵デパートメント」など13テナントが立ち並ぶ。(写真撮影/嶋崎征弘)

「BONUS TRACK」。「本の読める店 fuzkue」や、全国の発酵食品を販売する「発酵デパートメント」など13テナントが立ち並ぶ。(写真撮影/嶋崎征弘)

施設内は、路地裏を歩いているような感覚を楽しめる「余白」を意識したつくり。食事をしたり、知り合いや店の人と立ち話をしたり。時には広場でポップアップイベントも開催される(写真撮影/嶋崎征弘)

施設内は、路地裏を歩いているような感覚を楽しめる「余白」を意識したつくり。食事をしたり、知り合いや店の人と立ち話をしたり。時には広場でポップアップイベントも開催される(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

「その後に誕生した『reload(リロード)』や『ミカン下北』などの商業施設のつくりもユニークです」と塩田さん。
「外観からはわからないのですが、建物の中に入ると、まるで路地に迷い込んだ感覚になります。商業施設のなかに、路地が張り巡らされた小さなまちがあるようです。こういった施設が増えたことで、下北沢の“歩いて楽しいまち”のイメージが広がったように思います」

2021年6月に小田急線線路跡地にオープンした「reload」(写真撮影/嶋崎征弘)

2021年6月に小田急線線路跡地にオープンした「reload」(写真撮影/嶋崎征弘)

「reload」は、“店主の顔が見える個店街”がコンセプト。下北沢で長年ビジネスを営んできた店から、下北沢初出店の店舗まで個性豊かな顔ぶれ。「歩くたびに見える景色が違う」と塩田さん。テナントは路地や階段で結ばれ、ちょっとした迷路探索気分(写真撮影/嶋崎征弘)

「reload」は、“店主の顔が見える個店街”がコンセプト。下北沢で長年ビジネスを営んできた店から、下北沢初出店の店舗まで個性豊かな顔ぶれ。「歩くたびに見える景色が違う」と塩田さん。テナントは路地や階段で結ばれ、ちょっとした迷路探索気分(写真撮影/嶋崎征弘)

従来の商業施設は、どの施設にも同じような店が並んでいたり、画一的なレイアウトだったりして、歩き回る楽しさよりも動線の効率化が優先されているものが多い。そのため、施設内に入ると、せっかくのまち歩きの楽しさが分断されてしまっていた。

しかし、新しく登場した商業施設の回遊性を大切にしたつくりは、楽しいまち歩きの延長線上となり、下北沢が施設内を含めて“歩いて楽しいまち”に昇華された形だ。

また、塩田さんは「下北沢駅からまちに出る方法にも、複数の選択肢があるのもおもしろい」と言う。駅を上るとカフェや居酒屋が並ぶ「シモキタエキウエ」へ、井の頭線・中央口改札、小田急線・東口改札から出て右手側に歩くとすぐに「ミカン下北」があり、駅を出た瞬間からそれぞれに違ったまち歩きがスタートする。

2022年3月に高架下に誕生した「ミカン下北」は、外側からはズラリと並ぶテナントが見えるが、中に入るとストリートが登場する(写真撮影/嶋崎征弘)

2022年3月に高架下に誕生した「ミカン下北」は、外側からはズラリと並ぶテナントが見えるが、中に入るとストリートが登場する(写真撮影/嶋崎征弘)

「ミカン下北」のストリート。レトロな提灯街を思い起こさせるショップの数々、歩く人との距離の近さが、下北沢の路地感をそのまま表現しているかのようだ(写真撮影/嶋崎征弘)

「ミカン下北」のストリート。レトロな提灯街を思い起こさせるショップの数々、歩く人との距離の近さが、下北沢の路地感をそのまま表現しているかのようだ(写真撮影/嶋崎征弘)

新しさと懐かしさが同居する

国土交通省は今、「『居心地が良く歩きたくなる』空間づくり」を推進し、全国で支援などを行っている。そんななか、塩田さんは「下北沢の開発はこれから他の地域のモデルになる」と断言する。

「他に類を見ない最先端の商業施設がここにできあがりました。一方で、全国で商業施設をつくりたいと考えている人が理想とするものが、今、下北沢に出そろっているということになるのではないでしょうか。だから、今後は規模の大小はあるとしても、下北沢を参考にして、日本中にたくさんの個性的な商業施設ができあがってくると思うし、できてほしい」

新しい商業施設が続々とできる一方で、居酒屋や古着屋などが雑多に立ち並ぶ以前から変わらない風景も。昔ながらの路地裏巡りも、下北沢の変わらない醍醐味のひとつ(写真撮影/嶋崎征弘)

新しい商業施設が続々とできる一方で、居酒屋や古着屋などが雑多に立ち並ぶ以前から変わらない風景も。昔ながらの路地裏巡りも、下北沢の変わらない醍醐味のひとつ(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

ここも駅前で整備されたエリア。誕生した商業施設を緩やかに新たな道で繋ぎ、まちがより一層ウォーカブルになった(写真撮影/嶋崎征弘)

ここも駅前で整備されたエリア。誕生した商業施設を緩やかに新たな道で繋ぎ、まちがより一層ウォーカブルになった(写真撮影/嶋崎征弘)

まち全体で課題を共有していく必要がある

「本屋B&B」「BONUS TRACK」を手掛けてきた内沼さんは現在、下北沢と長野県御代田町で二拠点生活を送っている。「BONUS TRACKという場所に20年間かかわる覚悟を決めたので、東京という場所、下北沢というまちを客観視するために、住まいを移しました」と話す。

そうして見えてきたのは、「それぞれの店が、自分の店のことだけを考えるのではなく、課題を共有しながら運営していくことが大切」ということ。

下北沢が「歩くのが楽しいウォーカブルなまち」となり、個人店が再び集う「若者たちが挑戦できるまち」として復活しつつある今、以前よりもまちの一体感は高まっているのではないか。かつては個人店という点同士がまちをかたちづくっていた。しかし今後はまち全体としてお互いを高め合い、より魅力的なまちをつくっていく予感を感じた。

●取材協力
BONUS TRACK
本屋B&B
TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢
ミカン下北
reload
商店建築

下北沢は開発でどう変貌した? 全長1.7km「下北線路街」がすごかった!

「サブカルの聖地」と呼ばれた下北沢。ここ数年、駅付近の開発が行われていた。注目は小田急線の地下化で生まれたスペースを利用した全長1.7kmの「下北線路街」。そこには新しいスタイルの商店街、互いに学び合う居住型教育施設、東京農業大学のアンテナショップ、水タバコ専門店も入る個店街などが続々とオープンしている。下北沢はどう変わったのか。そして、新しい顔とは? 注目のスポットをぐるりと巡ってみた。
「開かずの踏切」がなくなり、車の渋滞が解消された

小田急線の下北沢駅、世田谷代田駅、東北沢駅が地下化されたのは2013年3月。同エリアに9カ所あった「開かずの踏切」がなくなり、車の渋滞が解消された。

駅東側の踏切も今となっては懐かしい風景。写真は2013年3月のもの(写真提供/小田急電鉄)

駅東側の踏切も今となっては懐かしい風景。写真は2013年3月のもの(写真提供/小田急電鉄)

現在の下北沢駅(写真撮影/相馬ミナ)

現在の下北沢駅(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/石原たきび)

(写真撮影/石原たきび)

この街によく来ていた僕にとっては、駅が地下にあることも、踏切がないことも不思議な感覚だ。

下北沢駅の南口改札も廃止され、南口商店街という名称のみ残った(写真撮影/相馬ミナ)

下北沢駅の南口改札も廃止され、南口商店街という名称のみ残った(写真撮影/相馬ミナ)

その南口には僕がよく仕事をしている、お気に入りのカフェがあります。テラス席が心地いいのです(写真撮影/石原たきび)

その南口には僕がよく仕事をしている、お気に入りのカフェがあります。テラス席が心地いいのです(写真撮影/石原たきび)

5軒の飲食店を営むオーナーに下北沢の今昔物語を聞く

さて、今回の取材で最初に向かったのは、開放感のあるテラスが売りの飲食店、「ARENA 下北沢」。

カレーとチキンオーバーライスが名物(写真撮影/石原たきび)

カレーとチキンオーバーライスが名物(写真撮影/石原たきび)

テラスのベンチでは矢吹ジョーが出迎えてくれる(写真撮影/石原たきび)

テラスのベンチでは矢吹ジョーが出迎えてくれる(写真撮影/石原たきび)

なぜ、この店を訪れたかというとオーナーの山本秀教さん(48歳)に下北沢の今昔を聞きたかったからだ。

ここを含めて下北沢に5軒の飲食店を展開(写真撮影/相馬ミナ)

ここを含めて下北沢に5軒の飲食店を展開(写真撮影/相馬ミナ)

山本さんに初めて会ったのは、1号店の「BUDOKAN」だった。10年ぐらい前だろうか。

鈴なり横丁の向かいにある小さなバーだ(写真撮影/石原たきび)

鈴なり横丁の向かいにある小さなバーだ(写真撮影/石原たきび)

「古着屋、ラーメン屋、ガールズバーがめちゃめちゃ増えました」

というわけで、名物の「元祖シモキタカレー」と「シモキタラッシー」のセット(1100円)をいただきながら話を聞きましょう。

「下北沢カレー王座決定戦2019」で準優勝を獲得(写真撮影/相馬ミナ)

「下北沢カレー王座決定戦2019」で準優勝を獲得(写真撮影/相馬ミナ)

山本さんが「BUDOKAN」を出したのは13年前。それ以前から下北沢にはよく飲みに来ていたそうだ。

「当時のシモキタは、飲み屋の客がおっちゃんばっかり。今は本当に若者が多い。あと、鈴なり横丁のあたりはちょっと柄が悪かったんですが、平和になりました。さらに、古着屋、ラーメン屋、ガールズバーがめちゃめちゃ増えましたね」

山本さんは言う。

「懐かしい街が変わっていくのはちょっと寂しい部分はありますが、悲観的には考えてないですよ。むしろ、若者とかがいっぱい来てくれたら盛り上がるんで、僕としてはありがたいです」

そう言われてみれば増えた気がします(写真撮影/石原たきび)

そう言われてみれば増えた気がします(写真撮影/石原たきび)

東北沢、下北沢、世田谷代田の3つのエリアが「下北線路街」で繋がる

そんななか、小田急電鉄は東北沢駅~世田谷代田駅間の地上に生まれた1.7kmのエリアを「下北線路街」として整備してきた。

ほとんど交流がなかった3つのエリアが「下北線路街」で繋がる(画像提供/小田急電鉄)

ほとんど交流がなかった3つのエリアが「下北線路街」で繋がる(画像提供/小田急電鉄)

このエリアは道が狭く、入り組んでいるため、この直線による新しい動線は街の姿を大きく変えつつある。

山本さんと別れ、次に向かったのは下北沢駅の「南西口」改札方面。

今、駅のこちら側に注目が集まっている(写真撮影/石原たきび)

今、駅のこちら側に注目が集まっている(写真撮影/石原たきび)

というのは、こちらの方面に下北線路街で注目されている「BONUS TRACK」があるからだ。オープンは2020年4月で、緑に包まれた遊歩道沿いにユニークなテナントたちが入居している。

新しいスタイルの“商店街”が誕生した(写真撮影/石原たきび)

新しいスタイルの“商店街”が誕生した(写真撮影/石原たきび)

そのテナントとは、世界の発酵調味料を扱う「発酵デパートメント」、食材にこだわり抜いたコロッケが食べられる「恋する豚研究所 コロッケカフェ」、古今東西の日記関連本が購入できる「日記屋 月日」などの14店舗だ。

開放感に満ちた中庭を囲むように店舗が並ぶ(写真撮影/相馬ミナ)

開放感に満ちた中庭を囲むように店舗が並ぶ(写真撮影/相馬ミナ)

「『サブカルの街』というイメージは徐々に変わりつつあります」

下北沢の開発は、どのような想いのもと行われたのだろうか。ここの会議スペースで小田急電鉄の開発担当者、向井隆昭さん(31歳)に話を聞いた。

まず今の下北沢を、向井さんは「以前は若者の街、『サブカルの街』というイメージでしたが、徐々に変わりつつあります」と話す。
「実際に街に住んでいる人に着目すると、子育て世帯やシニア層も多く、文化が根付くだけでなく住宅街である側面が分かります。家賃の高騰もあり、住んでいる若い人の属性も変化しており、夢を追うアーティストというよりは、ちょっとお金に余裕がある学生や社会人にスライドしており、より多様な人々が街にいるイメージと捉えています」

週の半分は下北沢に通い詰める日々を送っている(写真撮影/相馬ミナ)

週の半分は下北沢に通い詰める日々を送っている(写真撮影/相馬ミナ)

線路跡地を活用しようという動きは2013年の時点で始まっていた。そして、2018年には現在の「下北線路街」としてのプランが明確になる。

「コンセプトは『BE YOU.シモキタらしく。ジブンらしく。』です。この街は低層の建物が多く、路地裏も歩きやすい。また、飲食、音楽、演劇、古着、雑貨、本、映画など、さまざまなジャンルで、いろんな個性を持った人が活動しています。それをさらに引き出すのが開発の役目だと思っています」

なお、「BONUS TRACK」に入居するテナントは30代のオーナーが多い。床面積は1、2階あわせて計10坪で2階は住居スペース。これで賃料は15万円とのことで、若い世代が挑戦しやすい設定にしたという。

今まで下北沢にはなかったようなテイスト。新しい潮流を感じた。駅からちょっと離れているだけに、下北沢という街のエリアが広がった気がする。

全寮制プログラムを受けられる「SHIMOKITA COLLEGE」

さて、ここからは街に出て向井さんが勧めてくれた“注目スポット”を巡ることにする。

まずは、2020年12月に下北線路街で開業した「SHIMOKITA COLLEGE」から。下北沢の街をキャンパスとして活用しながら、高校生、大学生、若手社会人らが暮らす居住型教育施設だ。

明るい光が差し込む1階の共用スペース(写真撮影/相馬ミナ)

明るい光が差し込む1階の共用スペース(写真撮影/相馬ミナ)

居室への動線上に食堂やラウンジなどの共用スペースを配置(写真撮影/相馬ミナ)

居室への動線上に食堂やラウンジなどの共用スペースを配置(写真撮影/相馬ミナ)

高校生は1学期間(3カ月)の共同生活体験プログラム、大学生・社会人は2年間の全寮制プログラムを受けられる。実際の入居者に話を聞いてみよう。

左から江口未沙さん(25歳)、州崎玉代さん(21歳)、岩田健太さん(27歳)(写真撮影/相馬ミナ)

左から江口未沙さん(25歳)、州崎玉代さん(21歳)、岩田健太さん(27歳)(写真撮影/相馬ミナ)

江口さんはIT企業の営業職。大学4年生のときから下北沢に住んでいたが、リモートワークになったこともあり、シェアハウスへの入居を考え始めた。

「たまたま小田急さんのリリースを見て、こんなに面白そうな学びの場があるのなら絶対に入りたいと思いました。ここでの生活はめちゃくちゃ楽しいです。専門分野や背景が違ういろんな人と話せるので、自分へのフィードバックが進みます」

江口さんのお気に入りの店「ADDA」

江口さんのお気に入りの店「ADDA」

カレーがおいしい

カレーがおいしい

「街も人も商店もエネルギーがすごいと感じています」と話す岩田さんは、まちづくり系の仕事をしている。

「私はいち消費者として街や人に関わることに興味がありました。シモキタにはあまり来たことがなかったんですが、実際に住んでみて街も人も商店もエネルギーがすごいと感じています。街を“自分ごと”として捉えている人が多いというか」

岩田さんが今気になっているのは、下北線路街の施設の一つとして2020年9月に開業した温泉旅館「由縁別邸 代田」。35室の客室、露天風呂付き大浴場、割烹、茶寮などを備えている(写真提供/小田急電鉄)

岩田さんが今気になっているのは、下北線路街の施設の一つとして2020年9月に開業した温泉旅館「由縁別邸 代田」。35室の客室、露天風呂付き大浴場、割烹、茶寮などを備えている(写真提供/小田急電鉄)

大浴場では箱根から運んだ温泉が楽しめる(写真提供/小田急電鉄)

大浴場では箱根から運んだ温泉が楽しめる(写真提供/小田急電鉄)

最後は洲崎さん。東京大学で都市計画を専攻している。大学に登校する日が激減した状況下で寮生活を満喫している。

「シモキタはたくさんのカルチャーが混じり合う街。いろんな人が歩いていますよね。『多様性が際立っているというイメージ』ですね。お気に入りのお店は『BONUS TRACK』の中の『恋する豚研究所』。店員さんと連絡先を交換したりして、人と人の距離が近いです」

「恋する豚研究所」

「恋する豚研究所」

「恋する豚研究所」のコロッケ

「恋する豚研究所」のコロッケ

東京農大の学生がつくった食品が買える「世田谷代田キャンパス」

続いて訪れたのは、2019年4月にオープンした「世田谷代田キャンパス」。同じ世田谷区内にメインキャンパスを持つ東京農業大学とのコラボでオープンカレッジが開講されている。

1階は農大ショップ(写真撮影/相馬ミナ)

1階は農大ショップ(写真撮影/相馬ミナ)

ここでは、農大の卒業生が醸造した日本酒や味噌などが購入できる。話を聞かせてくれたのは施設の統括マネージャー、土橋潤二さん(65歳)。

土橋さんも農大の卒業生なのだ(写真撮影/相馬ミナ)

土橋さんも農大の卒業生なのだ(写真撮影/相馬ミナ)

「私、以前は造り酒屋をやっていたんですが、この施設を出す際に『手伝ってくれ』と言われまして」

置いている商品はすべて東京農大関連のもの写真撮影/相馬ミナ)

置いている商品はすべて東京農大関連のもの写真撮影/相馬ミナ)

お勧めの商品はどれですか?

「農大の学生がつくったジャムが美味しいですよ。材料の栽培から製造までを一貫して担当しています」

さらに、「こんな面白いものもありますよ。うちでは一番人気です」と土橋さん。なんと、農大オホーツクキャンパスで育てたエミューの卵で生地をつくったどら焼きだという。

いただいてみましょう。

北海道産小豆の粒あんを使った餡はちょっとピンクがかっている。エミューどら焼き324円(税込)。後ろにあるのは農大生がつくったジャム(写真撮影/相馬ミナ)

北海道産小豆の粒あんを使った餡はちょっとピンクがかっている。エミューどら焼き324円(税込)。後ろにあるのは農大生がつくったジャム(写真撮影/相馬ミナ)

おお、生地がモチモチで美味しい!

2階はオープンカレッジスペース(写真撮影/相馬ミナ)

2階はオープンカレッジスペース(写真撮影/相馬ミナ)

2階では、定期的に市民講座、子ども向け講座が開催されるほか、サークル団体などに会議室やイベント会場としても貸し出している。

「地元の方もいらっしゃるし、ちょっと離れた下北沢駅から歩いて来る若者や家族連れも多いですね。農業を通じてさまざまな人が繋がる場になれば」と土橋さんは言う。

下北沢の穴場見つけたり、という感じだ。

個性的かつハイクオリティな店舗が並ぶ個店街「reload」

最後に訪れたのは、2021年6月、下北沢駅にほど近い立地にオープンした「reload」。全24店舗がが入居予定の個店街だ。

モダンなエントランス(写真撮影/相馬ミナ)

モダンなエントランス(写真撮影/相馬ミナ)

施設名には、もともと線路が走っていた場所が新しくなったので「リ・ロード」、また完成することなく変わり、更新し続ける場という2つの意味が込められている。

施設内には、京都の老舗“小川珈琲”のフラグシップ店「OGAWA COFFEE LABORATORY」、三軒茶屋から移転オープンしたセレクト文房具・雑貨の専門店「DESK LABO」など、個性的かつハイクオリティな店舗が並ぶ。

まず、我々が訪れたのはシーシャ、いわゆる水タバコの専門店「chotto」だ。

26歳の若きオーナー、小澤彩聖さん(写真撮影/相馬ミナ)

26歳の若きオーナー、小澤彩聖さん(写真撮影/相馬ミナ)

「こういう施設にシーシャ屋が入るのは、今までなかったはず。従来のイメージと違って、店の雰囲気を明るくしています。ちなみに、シモキタは日本におけるシーシャ発祥の地と言われているんです」

料金は専用のガラスボトル1台にオリジナルノンアルドリンクが付いて3000円(写真撮影/石原たきび)

料金は専用のガラスボトル1台にオリジナルノンアルドリンクが付いて3000円(写真撮影/石原たきび)

「うちは初心者や非喫煙者も吸いやすいノンニコチンのフレーバーを推しています。これを置いている店はあまり多くないんです」

左からオレンジ、ブルーベリー、ピスタチオのフレーバー(写真撮影/相馬ミナ)

左からオレンジ、ブルーベリー、ピスタチオのフレーバー(写真撮影/相馬ミナ)

「まるで心ときめく恋の味」(写真撮影/石原たきび)

「まるで心ときめく恋の味」(写真撮影/石原たきび)

小澤さんは「シーシャはひとつのコミュニケーションツール、会話の間を取り持ってくれるような存在」だと言う。

「仲間内でも初めましての人同士でも、ゆったりとのんびりと話せます。ボトル1台で2時間弱持つから、カフェとかより長く滞在できる。そこでの会話を通して、新しい縁も生まれます」

楽しそうに煙を吐く店長の航平さん(25歳)。(写真撮影/石原たきび)

楽しそうに煙を吐く店長の航平さん(25歳)。(写真撮影/石原たきび)

下北沢の人々の交流の場が、またひとつできた。「今までシモキタで遊んでたけど、大人になって遊ぶとこなくなったよねという人たちに来てほしい」と小澤さんは言っていた。

さあ、下北巡りラストの1軒は立ち飲みスタイルの「立てば天国」だ。

オーニングの下にはちょっとした外飲みスペースも(写真撮影/相馬ミナ)

オーニングの下にはちょっとした外飲みスペースも(写真撮影/相馬ミナ)

対応してくれたのはオーナーの福家征起さん(42歳)。これまで、下北沢に「下北沢熟成室」「カレーの惑星」「胃袋にズキュン」「胃袋にズキュン はなれ」という4つの飲食店を展開してきた。

かわいらしい店名は「10分で決めた」とのこと(写真撮影/相馬ミナ)

かわいらしい店名は「10分で決めた」とのこと(写真撮影/相馬ミナ)

「個店街の2階というロケーションが面白いし、広い空が見える立ち飲み屋もなかなかないでしょう」

フードメニューはひと捻りもふた捻りもあるものばかり(写真撮影/石原たきび)

フードメニューはひと捻りもふた捻りもあるものばかり(写真撮影/石原たきび)

お一人様にもうれしい小皿料理がメイン。居酒屋料理にアジアの調味料やハーブなどのフレイバーを加えているという。完全にニュースタイルの立ち飲み屋だ。ホッピーは三冷、ビールは赤星で酒飲みの心をガッチリと掴む。

「今のシモキタですか? 昔と変わって来たなあという感じはありますね。老舗のたこ焼きやさんとか、掘っ建て小屋みたいなとこでやってた居酒屋さんがなくなって、ここもそうですが、きれいな建物が増えましたね」

個人的には下北沢っぽくないお洒落な空間に、こういう本気の立ち飲み屋が入っているのはうれしい。

未来の下北沢を盛り上げる人々にバトンが渡った

かくして、“新生”下北沢ツアーは終了。随所にオシャレな要素が垣間見えたが、一方で“実力”も伴う施設、店舗ばかりだった。

以前は、駅の北口に戦後の闇市がルーツのレトロな一画が存在感を放っていた。その中に好きな飲み屋があり、下北沢に来ると必ず立ち寄ったものだ。もちろん、今はない。

寂しくもあるが、街は生きている。今回の「下北線路街」巡りでも感じたが、未来の下北沢を盛り上げる人々にバトンが渡ったというわけだ。

●取材協力
下北線路街

想定外だらけから生まれた、都心の新しい商店街「BONUS TRACK」

ファッション、演劇、音楽、映画など、さまざまな文化が集まるサブカルチャーの聖地・下北沢。1980年代から「若者文化の代名詞」とも呼ばれるこの街は、今もなお多くの若者たちでにぎわう。

しかし、そんな華やかな下北沢も駅の西口から5分も歩くと、閑静な住宅街となる。その中心を横切るような形で、新緑に囲まれた遊歩道と商店街が2020年4月に生まれた。それが『BONUS TRACK』だ。

カルチャーの中心に生まれた「リゾート地」

東京のど真ん中にあるにもかかわらず、新緑に囲まれ、開放感のある空間が視界一杯に広がる。初夏の柔らかい日差しの中を歩いていると、リゾート地に来たのだろうか、と錯覚してしまうほどだ。

(写真撮影/藤原慶)

(写真撮影/藤原慶)

この『BONUS TRACK』は、下北沢の再開発プロジェクトの一環で、“商店街をつくること”をテーマに行われたのだという。

サブカルの街“シモキタ”らしさをテーマにつくられたこの“商店街”には、日記専門店や発酵をテーマにした店、読書専門のカフェなど、一見すると風変わりな店たちが立ち並ぶ。

公式ホームページより

公式ホームページより

都心のど真ん中に生まれた緑道、そしてマニアックさを突き詰めたような商店群。施設自体が面白いのはもちろんだが、そのオープン時期に注目したい。

2020年4月1日といえば、世界中を新型コロナウイルスの脅威が駆け巡り、未曾有の状況。世の飲食店や商業施設はこぞって店を閉める中、なぜこの施設はオープンするに至ったのか。

そんなことを考えながら、取材当日に『BONUS TRACK』の遊歩道を歩いていると、どこからか大きな声が聞こえてきた。

(写真撮影/藤原慶)

(写真撮影/藤原慶)

「こんにちは~! いい天気ですね~」

ふと上を見上げると、女性が満面の笑みでこちらに手を大きく振っていた。よく通りながらも柔らかい雰囲気の声。今回の取材相手となる『BONUS TRACK MEMBER’S』マネージャー・桜木彩佳(さくらぎ・あやか)さんだ。

彼女は3年間、下北沢のイベントスペース『下北沢ケージ/ロンヴァクアン』の運営の中心として活動していたが、2019年9月にイベントスペースの閉鎖に伴い、離職。そして程なく、2020年2月ごろから『BONUS TRACK』内のシェアキッチン付きの会員制ワークスペース、通称「MEMBER’S」のマネージャーとして、運営に携わることとなった。

しかし、コロナ禍に伴い、ソーシャルディスタンスが必要とされるこのご時世。コワーキングスペースの運営は非常に難航を極めたが、本来の役割ではない場所でもまた、彼女は大きな任務を背負った。

それは切迫した状況下で『BONUS TRACK』の店主たちとのコミュニケーションを積極的に行い、オープン時期の相談や細かいケアなど、それぞれの課題に向き合い、日々変化する状況に臨機応変に対応し続けること。まさに、コロナ禍に翻弄された『BONUS TRACK』の現場を、最もよく知る人物のひとりと言える。

(写真撮影/藤原慶)

(写真撮影/藤原慶)

人が街から忽然と消えた4月の東京。その中心とも言える下北沢の「新しい商店街」では、一体何が起きていたのか。そして、最前線に立ち会った彼女は何を見て、何を感じたのか。話を聞いた。

季節を感じないまま、駆け抜けるようにすぎた4月(写真撮影/藤原慶)

(写真撮影/藤原慶)

――『BONUS TRACK』のオープンは2020年4月1日と、かなり難しい時期でしたね。緊急事態宣言が出る直前の状況で判断するには、勇気が必要だったかと思います。

そうですね。実際に、運営チームの中でも『BONUS TRACK』自体のオープンを延期するという話も出ていました。しかし議論の結果、当初の目論見とは違うとしても、オープン自体は予定通りの4月1日に行うという判断に至りました。

ただし営業日に関しては、それぞれの店舗さんの判断にお任せする形になりました。そのため、4月1日からオープンした店舗さんもいれば、開業を延期した店舗さんもありましたね。

――その後、4月7日に東京都で緊急事態宣言が発令され、政府からは「不要不急の外出の自粛」が要請あり、世の中のお店も次々と休業を行っていく事態となりました。

緊急事態宣言後のタイミングで、改めて運営チームで議論しましたね。家の外に出ることができない、SNSやメディアはネガティブな言葉で溢れているような状況でしたから。しかし、部屋に籠っていると、どんどん苦しくなってしまうような状況だからこそ、外に出て少しでも気分転換をしてもらうことも必要なのでは?という声もあったんです。

政府の発表は「自粛は要請するが、食料品の買い出しや、健康維持のための散歩は問題ない」という内容でした。じゃあ「散歩」をもっと楽しくして、おうち時間の向上をしてもらおう、と。

そこで『BONUS TRACK』では「散歩をしよう」というステートメントを発表したんです。そして『MEMBER’S』も感染拡大に十分注意をしながら、近所の方に向けた散歩の延長線上の『お散歩プラン』という限定プランで、運営をスタートしました。

『BONUS TRACK』から公式声明として出されたnote記事『“散歩をしよう”』。

『BONUS TRACK』から公式声明として出されたnote記事『“散歩をしよう”』

――未曾有の事態で、できる限りのベターな判断をした、と。

リスクしかない状況の中で、多くの人が不安に駆られている。私たちに何かできることはないかと探り続けた1カ月だったと思います。

世の中の雰囲気も混沌としているし、現場もバタバタとしすぎていて、季節感があんまりありませんでしたね。

本屋『B&B』は4月1日にオープンしたが、時勢を鑑みて、緊急事態宣言が出される前の4月4日から臨時閉店となった。6月1日より短縮時間にて営業中(写真撮影/藤原慶)

本屋『B&B』は4月1日にオープンしたが、時勢を鑑みて、緊急事態宣言が出される前の4月4日から臨時閉店となった。6月1日より短縮時間にて営業中(写真撮影/藤原慶)

――開業時期の判断をお店ごとに任せたのは、どういう意図だったんでしょうか?

私たちの考えとして、『BONUS TRACK』は百貨店のようなひとつの商業施設という形ではなく、あくまで個人商店が集まった場所なんです。

近隣の人だけでも、日用品の買い物や散歩など最低限の行動の中で、できるだけ豊かに過ごして欲しい。そのためソーシャルディスタンスを確保し、店内での飲食を行わず、換気や消毒を徹底するなどの認識だけ大枠として共有した上で、各店舗さんにお任せしたんです。これは運営元である小田急電鉄さんも含めての総意ですね。

古き良き下北沢をアップデートするフレッシュジューススタンド『Why_?』は旬の食材を使ったコールドプレスジュースやスムージーなどを販売している(写真撮影/藤原慶)

フレッシュジューススタンド『Why_?』は旬の食材を使ったコールドプレスジュースやスムージーなどを販売している(写真撮影/藤原慶)

――自粛期間中、世の中では飲食店の営業に関して反発の声も少なからずありました。『BONUS TRACK』では、オープン後の近隣からの反応はどうでしたか?

みなさん、かなり好意的に受け入れてくださった印象です。近所のおばちゃんがふらふらと入ってきて、「ここ、楽しみにしてたのよ」なんて声をかけてきてくれるような状態でした。オープン前のお店に入ってきちゃうこともあって(笑)。

そのほかにも子ども連れの方が遊んでいたり、犬の散歩ルートとしても定着した感じがあります。

(写真撮影/藤原慶)

ワークスペース「MEMBER’S」では、新規会員を募集中(写真撮影/藤原慶)

これまで世田谷代田エリアから下北沢へ向かうためには、住宅街を縫うように歩かなければいけなかったらしいんです。それが、この遊歩道が生まれたことで近道できるようになった。そういう意味でも、地元の方々にとって待望の場所だったのかな、と。

――空間も、歩きやすいようにつくられていますよね。

日記専門店や発酵専門店など、都内でも珍しいレベルのマニアックなお店がほとんどなんですけど、それを感じさせないようなつくりになっている印象ですね。誰でも気軽に入りやすい設計になっていると感じます。

そこの『発酵デパートメント』にも、この辺りに住んでいるお父さんが高価なお酢をさらっと買っていったり、はじめはふらっと訪れただけのお母さんがリピーターになっていたりしているらしく、すごいなと(笑)。

店主の小倉ヒラクさんは「みんな僕のことを知らないのに、いろいろ買ってくれてるのが面白いねー」なんて言っていたりして。もともと『BONUS TRACK』は地元にコミットする場所をつくるというよりも、商業施設に近いイメージだったので、正直驚かされることが多かったですね。

”世界の発酵 みんな集まれ”をコンセプトとする発酵専門店『発酵デパートメント』(写真撮影/藤原慶)

”世界の発酵 みんな集まれ”をコンセプトとする発酵専門店『発酵デパートメント』(写真撮影/藤原慶)

――では、現在の状況と当初の計画は違っていたのでしょうか。

はい。ただ私がコミットしたのは小田急電鉄さんと散歩社さんがコンセプトを明確に決めたあとだったので、少しふわっとした話になってしまうのですが……(笑)。分かる範囲で説明させてもらいますね。

下北沢って、地元の人はもちろんいるけれど、それよりもカルチャーを求めて街の外から訪ねてくる若者が昔から多いと思うんです。その“古き良き下北沢”を現代風にアップデートするイメージでしたね。

――アップデートとはどういうことですか?

下北沢って、もともと尖った個人店が多かったんですよね。「どうやって儲けているんだろう?」というようなレコード店だったり、雑貨屋だったり。

だけど、ここ何年かで、老舗のジャズ喫茶さんなどが閉まる一方でチェーン店が増えてきて、他の街と似たような景色になってきてしまった。街の発展としては仕方のないことだけど、どうにかできないだろうか? そんな経緯から小田急電鉄さんがプロジェクトを立ち上げたのがきっかけだと伺っています。

個々が独立しながらも共存する「新しい商店街」(写真撮影/藤原慶)

(写真撮影/藤原慶)

――つまり、この『BONUS TRACK』はまちづくりの一環としての施設ということなのでしょうか。

はい。この『BONUS TRACK』は「下北線路街」という長期の開発プロジェクトのひとつなんですよ。小田急線の地下化工事によって、ボーナス的に生まれた線路(トラック)跡の土地というのが名前の意味らしくて。

土地の再開発というと大規模な商業施設のビルをつくる、というのが一般的なんですが、今回は下北沢らしく個性的な店を集めた商店街を新たに生み出そうというものでした。

だからそれに則って、私たちは「新しい商店街」という言い方をしよう、と。

――「新しい商店街」?

ここって一部の建物をのぞいて、店舗の2階が住居になっているんですよ。昔の商店街って、商店と住居が一緒になっていることが多いじゃないですか。それをもう少し現代風にアレンジした設計になっています。実際に何人かの店主さんが上の階に住んでいて。

店舗の2階は住居スペースとなっており、実際に住んでいる店主も(写真撮影/藤原慶)

店舗の2階は住居スペースとなっており、実際に住んでいる店主も(写真撮影/藤原慶)

――店舗と住居が一緒とは、まさに昔の商店街のようですね。

そうですね。一般的な商業施設より、お店同士の距離感は近いと思います。それも昔の商店街的かもしれませんね。みなさん、確立した世界観を持っているのですが、それを主張し合うのではなく、個性が混ざり合って生まれる相乗効果みたいなものを期待している感じなんです。

実際、ほとんどのお店が本やお酒を共通して扱っているんですが、競争相手としてピリピリした関係になることもなく、むしろその共通点を上手く使って、コラボするみたいな風潮がある。

おむすびスタンド『ANDON』(写真撮影/藤原慶)

お粥とお酒の店『ANDON』(写真撮影/藤原慶)

スパイスカレーの店『ADDA』(写真撮影/藤原慶)

スパイスカレーの店『ADDA』(写真撮影/藤原慶)

例えば、 お粥とお酒の店『ANDON』の秋田のお米にスパイスカレーの店『ADDA』のルーをかけた特製カレー企画なども積極的に提案できる土壌があります。実際に「みんなでコラボしたビアガーデンやマルシェをしたい」みたいな話は、店舗さん同士でよくお話ししていて。

――コミュニティとして成熟されつつある感じですね。

一方で、あまり閉鎖的な印象はないんですよね。コミュニティの内側だけで盛り上がることはよくあることだと思うんですけど、ここは外からの提案にも割とウエルカムというか。

例えば、自粛期間中に無人のマスク販売所をオープンしていたんです。普段は雑貨などをつくっている近所の人が、「地元の人がマスクを持ってないなら私がつくるので、場所を貸して欲しいです」と提案してくださって生まれた企画で。

料金箱にお金を入れる、無人販売所システムで販売された(※現在は終了) (写真撮影/藤原慶)

料金箱にお金を入れる、無人販売所システムで販売された(※現在は終了)(写真撮影/藤原慶)

試しにやってみたら、いたずらなども全くなく、結構な数が売れていました。しかもそのマスクをつけた人が、遊歩道を頻繁に通っている。なかには「ほんとにありがとね」とお礼を言ってくれる方などもいたりして(笑)。

――外からの提案に対しても、かなり柔軟に動いているんですね。

自分たちが想定していた『BONUS TRACK』と、外から見える『BONUS TRACK』って全然違うんですよね。こういう使い方もできるのか、と気づかされることはすごく多いです。

「スタイルとは違うから」と断る場所もあると思うんですけど、私個人としてはできるだけ一緒にやりたいなと思っちゃいますよね。特にこんな安易な行動が取れないようなタイミングで提案してくれる、粋な方とは。

もちろん全てのアイデアを受け入れることはできないけど、そういう外向きの姿勢は個人的にはすごく大事にしています。

「9年前の震災のときより、少しだけ前に進めた」(画像提供/BONUS TRACK)

(画像提供/BONUS TRACK)

――テイクアウトの販売所としても、かなりにぎわっていますよね。

はじめに代々木上原のレストラン『sio』さんがテイクアウト販売を行ったことをきっかけに、どんどんと展開が広がっている印象がありますね。今では下北沢のお店の方々がこの場所をうまく活用してくれていて。タイ料理の『ティッチャイ』や『カレーの店・八月』など、下北沢に実店舗を持つ方たちとのコミュニケーションも多いです。

地元の人たちと触れ合うことがとても多かったのですが、特に印象的な出来事がひとつあります。

(写真撮影/藤原慶)

(写真撮影/藤原慶)

5月ごろに、3週間くらいテイクアウト販売をしてくれていた「VIZZ」さんというお店があったんですが、あるとき、帰り際に突然呼び止められたんです。何かな、と思って話を聞いたら、「10年以上、下北沢でお店をやっていたんですけど、店を閉めることを決めました」と。

完全にコロナの影響ですよね。お客さんも全く来ないような状況で、家賃を払い続けることは当然難しい。もう全てを放り出したくなるような気持ちのはずなのに、「今のスペースは広すぎて家賃も高いから続けられないけど、小さくてもこの付近でまたやりたいので、不動産情報があったら教えてもらえませんか」って言うんですよ。

そして、いろんな感情がごちゃ混ぜになったのか、その場でVIZZの店主さんの涙が止まらなくなってしまって。

――SNS上の情報としてではなく、目の前の人から直接お店の終了を伝えられるのは、とてもショッキングですね。でも、『BONUS TRACK』に託された役割もそこにはあったと。

はい。『BONUS TRACK』がちゃんと続けば、「お店はなくなっちゃったけど、ここでお弁当を売ってたね」と覚えていてもらえるかもしれない。次にお店が開くその日まで、お店のことを忘れられないでいてもらえるかもしれないから、頑張ろうって。

こういうセンシティブな話ばかりでしたけど、この時期にオープンして、私自身よかったなと思えることもあるんです。

というのも、9年前の東日本大震災のとき、私はテレビで見ているだけで何もできなかったから。この下北沢の付近の人たちだけだし、実際に助けることはできなかったかもしれないけど、困っている方たちとコミュニケーションを取れたことで、少しだけ前に進んだ気がするんです。

たぶん『BONUS TRACK』の店舗さんたちも、みんなこういうヒリヒリした状況に身を置いています。だけど、みんなポジティブなんですよ。

こんな状況だし、いつ採算が立たなくなるか分からないけど、みんな前を向いている。ただでさえ大変なんだから、下を向いたらすぐ終わっちゃう。なら、せっかく新しくオープンした場所をきちんとみんなで盛り上げて行こうって。真の意味での『BONUS TRACK』にしようって。

――真の意味、ですか?

(写真撮影/藤原慶)

(写真撮影/藤原慶)

実はね、この『BONUS TRACK』には、もうひとつ由来があるんですよ。

――ひとつは「ボーナス的に生まれた土地」でしたよね。

音楽アルバムの最後に、ボーナストラックって入ってるじゃないですか。あれって、アーティスト自身がメインでやりたいけど、マーケット的に売れないな、と感じているものを試していると思うんですよね。そういう場所に、ここもなるといいなって。

――いい意味での「遊び」というか、余白の部分を表現できる場所、というか。

はい。そういう意味では、ボーナストラックになり切れてないところもある気がするんです。まだ、それぞれがやりたいことを完全に表現している場所ではない。

だから、このオープンなスタイルを維持しながら、もっと店主さんたちがのびのびとできるようになったとき、本当の意味で『BONUS TRACK』になるのかな、なんて思ってます。みんなその日を目指して、頑張っているんですよね。

(写真撮影/藤原慶)

(写真撮影/藤原慶)

●取材協力
BONUS TRACK
●編集
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