「下関って何にもない、ダサい」我が子のひと言に奮起。空き家再生で駅前ににぎわいを 山口県・上原不動産

山口県下関市にある上原不動産は、下関市で賃貸住宅の仲介・管理業務などを主に行っている不動産会社です。住宅を確保することが難しい人たちへの支援を、1982年の会社設立当初から行ってきました。
代表の長女であり、上原不動産の常務取締役である橋本千嘉子さんは、地元を元気にしたい、離れていく若者たちが戻ってきたいと思うような街にしたいと、空き家再生事業「ARCH」を立ち上げ、街づくりや再生にも力を入れています。そこで今回は橋本さんの「下関の街の再生」にかける想いや、活動について、話を聞きます。

きっかけは子どもの何気ないひと言。街の再生に目を向けるように

山口県下関市にある上原不動産は、下関駅前を中心に、高齢者、障がいのある人、低所得者、外国人やひとり親世帯など、住まい探しに困難を抱える人たちに寄り添い、居住支援を積極的に行っている不動産会社です。
代表の長女である橋本千嘉子さんは、会社の仕事として居住支援や賃貸仲介・管理業務を行う傍ら、自身が20年以上不動産を管理・運用するオーナーでもあり、現在、個人で所有する物件は、60部屋ほどに上ります。

「古い建物を活かして利活用していくことで収益を上げていくことに興味がありました。空室だらけのアパートを購入し、リノベーションして満室にしていくことが私のライフワークだったんです」(橋本さん、以下同)

個人でも約60部屋の物件を所有している橋本さん(右)。空室の物件をリノベーションをして満室にするところから街の空き家再生に乗り出すようになった(画像提供/ARCH)

個人でも約60部屋の物件を所有している橋本さん(右)。空室の物件をリノベーションをして満室にするところから街の空き家再生に乗り出すようになった(画像提供/ARCH)

橋本さんは「物件の再生」というスキルが身につくにつれ、空き家活用やリノベーションに興味を持つようになっていったといいます。さらに、自分が所有する建物だけでなく「街づくり」にも目が向くように。そのきっかけは、5児の母でもある橋本さんが、中学2年生の子どもから言われた「下関って何にもない、ダサい」という言葉でした。

「本当にそのとおりだな、って反論できませんでした。それで子どもたちがこれから先もこの街で育っていくために、どうやったら住みやすくなるかを考えるようになりました」

街の活性化やサードプレイスづくりに取り組む。空き家再生事業ARCHを設立

橋本さんは、より良い街にするためにいろいろなセミナーやスクールに通いました。そして、さまざまな学びの中で、街にコミュニティを築いて街の価値を上げる方法を知ったそうです。

「監視し合うコミュニティではなく、自分の都合にあわせて誰もが気軽に集まれるような場所、それこそが『サードプレイス』なんだと気づきました。そこから、今までやってきた居住支援だけに留まらず、地域共生や街づくり、空き家問題などが全部つながっていったんです」

長期間借り手がつかず、古すぎて売却できない建物をリノベーションしてサードプレイスに(画像提供/上原不動産)

長期間借り手がつかず、古すぎて売却できない建物をリノベーションしてサードプレイスに(画像提供/上原不動産)

時を同じくして、商店街のビルのオーナーが高齢者施設に入るため、不動産を処分したいという話が橋本さんのもとに舞い込んできました。

「その時話のあった建物は、古すぎて売り物にならないようなものでしたが、まちづくりについて学んだときに、私は『商店街の真ん中など目立つ立地のヘンテコな物件があったら買います』と宣言をしていたんです」

そこで、橋本さんは物件を購入し、市の「リノベーションまちづくり拠点活動支援補助金」を利用して物件を改修。駅前を活性化させたいという想いから、その古い建物をリノベーションし、新たにレンタルスペースとしてオープンさせました。それが「ARCH茶山」です。

さらに商店街にあるエレベーターなしの3階建ビルで7年以上借り手がつかなかった物件など、2カ所を借り上げ、同じようなリノベーションを施し、シェアオフィスやコワーキングスペース、シェアキッチンとして再生させました。

ARCH茶山には、ギャラリーとして利用したり、ポップアップショップとして出店したりできるスペースも(画像提供/ARCH)

ARCH茶山には、ギャラリーとして利用したり、ポップアップショップとして出店したりできるスペースも(画像提供/ARCH)

イベントスペースとしても活用。写真はキッズ向けのクリスマスイベントの様子(画像提供/ARCH)

イベントスペースとしても活用。写真はキッズ向けのクリスマスイベントの様子(画像提供/ARCH)

交わらない人たちをつなげたい。「下関市100人カイギ」を開催

橋本さんは、それらの建物を利用して誰もが集える場所をつくろうと、全国の事例を見に行き、いろいろなイベントを仕掛けていこうと動き始めました。

橋本さんがやりたいこと。それはこれまで交わることのなかった人たちに横串を指すことです。例えば行政においては、部署が違うと横の連携がなくて戸惑うことが多いのだとか。住宅と福祉部、観光と街づくり、どちらも密接に関係していることなのに、なぜか「横の連携が取れていない」と橋本さんはいいます。

「それでも、自分たちの街を良くしたいという思いは同じはずです。だったらこの人たちをくっつけたらいいという発想で、同じ志を持つイベンターの仲間たちとともにイベントを仕掛けています」

その一つが「下関市100人カイギ」です。「100人カイギ」とは、その街で働く100人を起点に人と人とを緩やかに繋ぐコミュニティ。地域のあり方や、価値の再発見を目的として、100人のゲストを呼んだらコンプリート、という期限付きのイベントです。橋本さんたちは毎回、行政の人、学生、企業、起業している人、なにかの“先生”と呼ばれる人、の5人をゲストに呼んで毎月トークイベントを開催し、毎回50~60人の人たちがイベントに参加するまでになりました。

記念すべき第1回目の下関市100人カイギの集合写真。地域医療を目指す医学生や癌で声を失った下関教育委員会の元教育長をゲストとして招き意見交換が行われた(画像提供/ARCH)

記念すべき第1回目の下関市100人カイギの集合写真。地域医療を目指す医学生や癌で声を失った下関教育委員会の元教育長をゲストとして招き意見交換が行われた(画像提供/ARCH)

建物がボロボロになる前に不動産屋としてできること

橋本さんが古い建物を活用しようとする試みには、街に増えつつある空き家をどうにかしたいという思いもありました。「福祉と空き家の問題は表裏一体」だと橋本さんは話します。

「高齢になると、認知症発症の恐れや体の自由が利かなくなり、従来の賃貸物件に住み続けることが困難なケースも。入居者は施設に入ったり、他への転居を余儀なくされ、空室が増えていきます。

同時にもう一つ気付かなくてはならないのが『オーナーの高齢化』です。実は高齢者が住むアパートのオーナーも高齢者であることが多く、オーナー自身がアパートの一室に住みながら賃貸収入で生計を立てている人がいます。建物の老朽化が進み入居者がいなくなると、オーナー自身の生活が成り立たなくなり、生活保護などの福祉的な支援が必要になる可能性を孕んでいるのです」

在宅訪問などで現場を目にしている福祉職の人は、これらの問題を認識しつつも、これまでは「居住支援」や「居住支援法人」の言葉を知らないために、不動産会社へ相談に行きませんでした。

上原不動産が山口県、山口県居住支援協議会と2023年10月に共催した不動産オーナー向けの勉強会のチラシ。居住支援と空き家問題の関係や、不動産と福祉との連携の必要性を訴えている(画像提供/上原不動産)

上原不動産が山口県、山口県居住支援協議会と2023年10月に共催した不動産オーナー向けの勉強会のチラシ。居住支援と空き家問題の関係や、不動産と福祉との連携の必要性を訴えている(画像提供/上原不動産)

「本来なら、建物がボロボロになる前にメンテナンスをして、見守りサービスなどを導入し、高齢の入居者が転居せずに住み続けられるのが、入居者にとってもオーナーにとってもベストなはずです。空き家問題に発展する一歩手前の段階で解決するというのも、私たち不動産会社の使命だと考えています」

橋本さんは、居住支援法人の活動を知ってもらうために、福祉施設である地域包括支援センターなどに講演をしにいくことがあります。すると福祉関係の人たちは、居住支援を行っている不動産会社があることを知って驚くのだとか。居住支援法人となって、福祉団体との交流ができたことによって、見えてきた課題もあるようです。

新しい考え方に触れることで街に好循環を生み出したい

橋本さんには、不動産業に長く取り組んできたからこその課題感もある様子。

「不動産屋には建物などのハードは得意だけれども、サービスなどのソフトに弱いところがあります。私も以前は、入居に困る方は家というハードが決まれば大丈夫だと考え、その後の暮らしといったソフトの部分にはほとんど関知していませんでした。でもそうではなくて、今では住宅と福祉とが連鎖していかないと生活しにくい人たちが多くいる、と思うようになりました」

橋本さんはセミナーの講師として登壇することも。福祉の話で呼ばれる時には不動産やまちづくりの話をし、 まちづくりの話で呼ばれる時には福祉の話をする。 居住支援を行うには、街全体で住宅と福祉が包括的に取り組んでいく必要があるからだ(画像提供/上原不動産)

橋本さんはセミナーの講師として登壇することも。福祉の話で呼ばれる時には不動産やまちづくりの話をし、 まちづくりの話で呼ばれる時には福祉の話をする。 居住支援を行うには、街全体で住宅と福祉が包括的に取り組んでいく必要があるからだ(画像提供/上原不動産)

100人カイギのようなイベントに下関市出身で活躍している人などが参加することで、また違った視点や新しい考え方に触れることができます。プレイヤーとリードしていく人たちを発掘し、何か新しいことを始めたいという人が現れたら、それを街に落としていくというサイクルを構築しているところだといいます。

さらに嬉しいことに、これらの活動を通じて「なんだか面白そうだから」と下関に定住したいという人が少しずつ増えてきたそう。最初のきっかけをつくることで、街に住む人たちが自分たちで繋がり、やがて街を変えていく。その様を見て、橋本さんは「まだまだこれからですが、不動産屋が動けば、街も変わる」と気づき、不動産業に携わる人としての醍醐味を感じています。

ARCHが横浜市の人権団体NGO EQUAL POWERと共催した、LGBTQ当事者とのトークセッション。上原不動産が管理する物件の入居者が参加するなど、居住支援やまちづくり、空き家活用が一体的に行われることで街が変わりつつある(画像提供/ARCH)

ARCHが横浜市の人権団体NGO EQUAL POWERと共催した、LGBTQ当事者とのトークセッション。上原不動産が管理する物件の入居者が参加するなど、居住支援やまちづくり、空き家活用が一体的に行われることで街が変わりつつある(画像提供/ARCH)

まちづくりや空き家問題の解決、住まい探しに困っている人たちへの居住支援といった橋本さんの幅広い活動や人と人とを結ぶ仕掛けは、不動産会社としてできることの可能性を広げたのではないでしょうか。

橋本さんの活動には、街に人を呼びこみ、街を活性化していくヒントがたくさんあります。まずは動いてみる。そして周りを巻き込んでいく、パワーを感じました。
近い将来、下関は橋本さんの子どもが表現した「何もない街」ではなく、地域共生社会創生のモデル都市になるかもしれないですね。

●取材協力
上原不動産

「生まれ育った街だから住まいに困る人を減らしたい」。外国籍、高齢者などに寄り添い住まいと福祉を結ぶ居住支援法人・上原不動産

山口県の下関駅前で居住支援に力を入れている上原不動産の橋本千嘉子さん。不動産業を営んできた両親の背中を見て育ち、自身も生まれ育った街に集まってくる、さまざまな住まい探しに困難を抱える人たちの入居をサポートしています。また、入居を促進するためのオーナーへの啓蒙活動や社員の教育、行政や福祉団体との連携促進、街の活性化にも尽力しています。何がそこまで橋本さんを突き動かすのか、お話を聞きました。

歴史的背景を知ると見えてくる、下関駅前エリアの成り立ち

上原不動産がある山口県の下関駅前は海に囲まれた地形の港町。駅周辺は建物の老朽化が目立ち、再建不可のものも多いといいます。橋本さんは、この下関駅前で40年以上続く上原不動産の代表の長女として、両親の背中を見て育ちました。自身も5人の子どもを育てながら家業を担う2代目です。

橋本さんによると、この辺りはもともと1940年代に朝鮮半島から日本に抑留された人たちが帰国を目指して港のあるこの地に集まってきたものの、国に帰ることができず暮らし続け商売を営んでいる人も多い地域だそう。当時はバラックがたくさんあって活気があり、今もそのころを思わせる古い街並みが残っている。
歴史的背景を知ると、また違った風景が見えてきます。

少子高齢化、地元に留まらず都会に出ていく若者といった、現在の地方都市がどこも抱えている問題に加え、「総合病院や拘置所や更生保護施設など、駅周辺の環境もあって、体の悪い人や生活再建を目指す人、外国人など、住まい探しにおいても配慮や支援を必要としている人たちが、より多い地域といえます。この地で不動産賃貸管理業を続けていくためには、移住者を増やすなど、人を呼び込む必要性を強く感じています」(橋本さん、以下同)

本州最西端にある都市、下関市。人口の減少率は全国平均よりも高く、65歳以上の高齢者は市の総人口の1/3以上を占める(画像提供/上原不動産、出所/JMAP地域医療情報システム)

本州最西端にある都市、下関市。人口の減少率は全国平均よりも高く、65歳以上の高齢者は市の総人口の1/3以上を占める(画像提供/上原不動産、出所/JMAP地域医療情報システム)

「若いころは好きになれなかった」韓国語が飛び交う街

そんな橋本さんも、若いころはこの街が好きになれなかったといいます。

「私自身、在日韓国人3世で帰化しているのですが、韓国語の飛び交う雑多な雰囲気の街を、素直に受け入れられませんでした。スマートな都会的生活に憧れて、東京のデザイン系の学校に進んだのですが、強烈なホームシックに襲われました。その時初めて、自分がどれだけ地元のことを大好きだったかに気づいたんです」

地元に帰った橋本さんが会社を手伝い始めて間もないある日、入居者が突然亡くなり、警察と一緒に現場検証に立ち会うことがありました。その人は、かつて道端に倒れていたところを世話好きな橋本さんのお母さんがおぶって保護したことのある人でした。「不動産屋って、ここまでやらなくてはいけないんだ」と深く印象付けられた出来事だったといいます。

風光明媚な観光地も多い一方で、地元に根付いた人々の暮らしもある。大好きな地元を支えていきたい、子どもたちが自慢できる街にしたいという思いが、原動力(画像/PIXTA)

風光明媚な観光地も多い一方で、地元に根付いた人々の暮らしもある。大好きな地元を支えていきたい、子どもたちが自慢できる街にしたいという思いが、原動力(画像/PIXTA)

誰もやらないなら、まずは自分たちで。居住支援法人に登録

上原不動産の代表である橋本さんの父は、3~4年前から不動産業界のこれからを見据え、住宅弱者に対する支援団体の連携の場である「下関市居住支援協議会」の立ち上げを行政や宅建協会などに提案してきました。しかし人手が足りないことなどを理由に、なかなか実働に向かいません。

「誰もやらないなら、まずは自社でやらなくては、と考えて2021年9月に山口県の居住支援法人に登録し、福祉についても勉強し始めました。居住支援法人の登録には専用窓口、専用スタッフ、専用ダイヤルを設置・明示する必要があり、大変でした。しかしその仕組みをつくったことで、お問い合せを受けやすくなり、行政や福祉法人との連携体制ができつつあります」

上原不動産のホームページより。専任スタッフを置き、相談窓口をつくるのは大変だったが、問い合わせしやすい環境を整えることができ、相談の増加につながっている(画像提供/上原不動産)

上原不動産のホームページより。専任スタッフを置き、相談窓口をつくるのは大変だったが、問い合わせしやすい環境を整えることができ、相談の増加につながっている(画像提供/上原不動産)

居住支援法人となって大きく変わったのは「断らなくても良い方法を見つけよう」という意識でした。そして受け入れ可能な物件を増やすためにはオーナーや管理会社の理解が必要です。オーナーの意向を知るために上原不動産が独自で行ったアンケートでは、約9割が要配慮者の受け入れOKとの回答だったそう。

「ただし『受け入れ可』は、当社が責任を持って対応することが大前提となっていました。そこで私たちも今まで以上に入居後の生活サポートに目が向くようになり、いろいろなサービスの導入を進めてきたのです」

65歳以上の人にはAIによる見守りと死亡補償を組み合わせたサービスへの加入を必須にしたり、携帯電話も固定電話も持っておらず家賃保証会社を利用できない人のために格安スマホの代理店となったり。それぞれの事情に応じて幅広く対応できるよう、家賃保証会社5社以上と提携しながら、緊急連絡先を確保し、連帯保証人がいない人であっても自社所有物件に入居できるようにするなど、二重三重のサポート体制を整えているそうです。

上原不動産で65歳以上の人の入居時に加入を必須としている、電気の使用量をAIが判断し、いつもと違う動きがあってもすぐに察知、連絡できるシステム。利用者の手を煩わせることなく、プライバシーも守りながら見守りができる(画像提供/上原不動産、出所/R65不動産)

上原不動産で65歳以上の人の入居時に加入を必須としている、電気の使用量をAIが判断し、いつもと違う動きがあってもすぐに察知、連絡できるシステム。利用者の手を煩わせることなく、プライバシーも守りながら見守りができる(画像提供/上原不動産、出所/R65不動産)

若手社員の教育に悩むことも……体制を整え、国の制度も活用

現在、上原不動産には約25人の社員が在籍しており、その中の居住支援推進課という専門部署に社員2人が在籍しています。賃貸事業部の営業担当者が支援を必要とする入居希望者に対応するときには、居住支援推進課が伴走する体制です。

未来推進事業部に所属する住居支援推進課を中心に居住支援に当たるが、相談者や入居者の対応は各窓口の担当者が行っている。居住支援推進課は組織の枠を飛び越え、必要な支援と繋いでいく伴走型の部署だ(画像提供/上原不動産)

未来推進事業部に所属する住居支援推進課を中心に居住支援に当たるが、相談者や入居者の対応は各窓口の担当者が行っている。居住支援推進課は組織の枠を飛び越え、必要な支援と繋いでいく伴走型の部署だ(画像提供/上原不動産)

しかし中には、居住支援を進める会社の方針に「福祉事業をやるために入社したんじゃない」「もっと利益を追求する楽な方法があるのではないか」という社員や、共感できずに退職する人もいたそう。さらに時代が変わってデジタルシフトしていけばいくほど入居者との関わりは事務的になり、関係が希薄になっていきます。

「私たちがこの街で商売をしていくということは、福祉的支援を必要とする人たちにも寄り添っていくということ。社員数が少ないときは何となく意志統一ができていましたが、会社が大きくなると『理念』というものを内外に打ち出していかないと伝わらないことに気づきました」

橋本さんは最初こそ社員全員に居住支援について学んでもらおうとしていましたが、それが難しいことを痛感し、社員のキャリアのステージにあった教育を行うべく、会社としてノウハウを蓄積中です。

「不動産取引本来の醍醐味なども理解した上で支援のあり方を学んでいかないと、居住支援に取り組む価値が伝わらず、業務の大変さに皆疲弊していってしまうんですね。なので合間あいまに伝えながら、理解できているスタッフが伴走するようにしています」

さらに2022年度からは厚労省が実施している「高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクト」に参画。居住支援に取り組む団体の悩みや課題をサポートし、解決に導く制度で、専門家にアドバイスを受けるなどした結果、誰にも相談できずに抱え込んでいた担当社員の精神的負担を軽くすることができました。そして行政や地域を巻き込んで開催した2年目となる2023年10月の勉強会では、橋本さんが横串を刺したいと考えていた市の住宅課と福祉部の連携が少しずつ進んでいると感じられたそう。下関市の居住支援を前に進めるためにも「今後も継続していきたい」というのが現場の声です。

高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクトの勉強会の一コマ。地域の関係者同士、お互いの補完性や他機関連携の重要性を学び、共有する機会となったという(画像提供/上原不動産)

高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクトの勉強会の一コマ。地域の関係者同士、お互いの補完性や他機関連携の重要性を学び、共有する機会となったという(画像提供/上原不動産)

さまざまな取り組みを進める中で、見えてきた課題とは

このように多くの取り組みを進めてきた橋本さんだからこそ「不動産屋として、居住支援法人として、どこまで関わるべきか悩む」と言います。例えば、本人が自立して暮らしたいと言っても、福祉の専門家から見れば施設に入った方が安心で安全というケース。本人の意向を優先して民間の賃貸住宅に受け入れることで、入居者が事故に遭ったり、死につながったりすることは避けなければなりません。

「どこまで寄り添うべきなのか、どこまで受け皿を準備すべきなのか、正直まだ答えは出せずにいます。本人が望むなら賃貸住宅での受け入れ先を探したい私たち居住支援法人としての目線と、病院や福祉事業者の目線のバランスをとるのはとても難しいです。ケースワーカーなど専門知識のある人とつながる必要性を感じます」

そしてもう一つ、行政の横のつながりを推し進めること。行政が部署の垣根を越えて案件や問題に関わることは安易ではありません。橋本さんもその事情や体質は理解しつつも、街をよくしたいという想いは皆同じはずだと考えています。

「だったらこの交わらない人たちをくっつけられないものかと、駅前のコワーキングスペースで行政の人や学生、関東で活躍している下関出身の人などをゲストスピーカーとして招くイベントを企画したりしています」

街に人を呼び込む、橋本さんの興味深い活動については、また違った話が聞けそうです。

勉強会、研修会を独自で開催するなど、居住支援活動の普及に努めている。写真右が橋本さん(画像提供/上原不動産)

勉強会、研修会を独自で開催するなど、居住支援活動の普及に努めている。写真右が橋本さん(画像提供/上原不動産)

「不動産は国交省から、居住支援については厚労省から政策が下りてきますが、居住支援法人になっていろいろな政策を自分の身近に置き換えて俯瞰して見られるようになった」と橋本さんは言います。
自分たちの周りにいる人たちがお客さまとしてのターゲットであり、入居をサポートするために必要な方策を模索していくこと。幼いころから両親の背中を見てきた橋本さんにとって、居住支援の取り組みは当たり前で自然なことなのかもしれません。

そして行政や周りの団体を巻き込み、若い人たちへと伝えていこうとする橋本さんの竜巻を起こすようなパワフルさに惹きつけられました。上原不動産の今後の活動にも注目していきたいですね。

●取材協力
上原不動産株式会社