世界の名建築を訪ねて。フランス建築界の巨匠ジャン・ヌーヴェルの“V字形に傾斜したユニーク極まりない” 39階建て高層ビル「トゥール・デュオ(Tours Duos)」/フランス・パリ

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載17回目。今回は、フランス・パリにある39階建て高層ビル「トゥール・デュオ(Tours Duos)」(設計:ジャン・ヌーヴェル)を紹介する。

V字形に傾斜した大胆な造形美

フランス建築界の巨匠ジャン・ヌーヴェルといえば、飛ぶ鳥を落とす勢いの世界的な建築家である。2002年東京に彼初の超高層「電通タワー」を完成させ、その後ニューヨークに超高層のハイグレードな「53West53」を完成させ、さらに中国に「深セン・オペラハウス」、「上海浦東美術館」と話題の作品をデザインし続けてきた。そのパワフルなヌーヴェルが、今度は地元パリに「トゥール・デュオ」というV字形に傾斜したユニーク極まりない建築を完成させ、パリジャンの度肝を抜いた。

(c)Roland Halbe_AJN

(c)Roland Halbe_AJN

今パリの東部地区は新規開発が進行し、パリの未来に向けて強烈な牽引力を発揮しつつある。というのは今年(2024年)の7月からの夏季オリンピックのため、パリは高層ビル建設のラッシュが続いている。こうした状況の中、ジャン・ヌーヴェル設計の「トゥール・デュオ」は、ドミニク・ペローがデザインした「フランス国立図書館」からセーヌ川沿いに少し下った位置で、パリ左岸の13区にあるブリュヌゾー通り沿いに立ち上がった。

エッフェル塔、モンパルナス・タワーに次ぐ、パリで3番目に高いビル

2棟からなる「トゥール・デュオ」は、延床面積140,000m2の巨体で、39階建て、高さ180mの「デュオ-1」にはオフィス、オーディトリアム、レストラン、ショップが組み込まれている。29階建て、高さ125mの「デュオ-2」にはオフィス、レストラン、ショップ、ホテル(139室)、パノラミック・レストラン、バーなどがある。また「デュオ-1」にはオープン・テラスがあり、パリのワイドな景観を満喫できるようだ。建物は324mのエッフェル塔、210mのモンパルナス・タワーについで、パリで3番目に高いビルとなった。

(c)Roland Halbe_AJN

(c)Roland Halbe_AJN

建物は2棟がV字形に対峙した感じで立ち上がっているが、手前に立っていて頂部に頭がある建物が「デュオ-1」で、奥側に傾いて見えるのが「デュオ-2」である。「デュオ-2」には、著名インテリア・デザイナー&建築家のフィリップ・スタルクがデザインしたホテルがある。敷地がセーヌ川沿いの工業地帯とはいえ、おそらくゴージャスなフィニッシュが施されていることは想像に難くない。

「トゥール・デュオ」の特徴のひとつは、サミット(頂上部分)に”頭”があることだ。高層ビルに”頭”がデザインされていることは、歴史的に見ても非常に少ない。これらふたつの”頭”で建物は識別可能となっているし、これらふたつのサミットがお互いにトークし合ったりしているように見えるのだ。

(c)Roland Halbe_AJN

(c)Roland Halbe_AJN

(c)Roland Halbe_AJN

(c)Roland Halbe_AJN

このような建物同士の関係性については、かつてアメリカの著名建築家ダニエル・リベスキンドが、シンガポールに「レフレクションズ・アット・ケッペル・ベイ」という集合住宅タワー群を建て、その中の大小のタワーがお互いにトークしているように見えたデザインが話題になったことがある。

夏季オリンピックの建築ラッシュの中でも期待のプロジェクト

パリ東部開発の起爆剤ともいえる「トゥール・デュオ」は、強烈なランドマークとして君臨する必要があり、このエリアを未来へと牽引するメルクマール的存在となっている。さらに先述のように、「トゥール・デュオ」は夏季オリンピックの建設ラッシュの一翼を担うプロジェクトとして期待が高まっているのだ。

今年の夏、パリ・オリンピックに行かれる方もいると思うが、有名なドミニク・ペローの「フランス国立図書館」などの建築を見学する方は、そこから歩いていける距離にあるジャン・ヌーヴェルの話題作「トゥール・デュオ」も建築見学リストに入れるのをお忘れなく!

●関連サイト
Tours Duo

世界の名建築を訪ねて。圧倒的売れっ子建築家ビヤルケ・インゲルス設計の高層集合住宅「イコン集合住宅タワー(Iqon Residential Tower)」/エクアドル・キト

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載16回目。今回は、エクアドルの首都・キトにある高層集合住宅「イコン集合住宅タワー(Iqon Residential Tower)」(設計:ビヤルケ・インゲルス)を紹介する。

「ウーブン・シティ」などを手掛ける世界的建築家・ビヤルケ・インゲルス設計「イコン集合住宅タワー」

ビヤルケ・インゲルスといえば、ニューヨークをベースに活躍する建築家で、現今の世界建築分野では圧倒的なパワーでデザイン活動をしているスター・アーキテクトとして知られている。

その話題の建築家ビヤルケ・インゲルスがデザインした「イコン集合住宅タワー」(Iqon Residential Tower)が、南米エクアドルの首都キトに完成し、話題となっている。建物はキトのカロリーナ公園近くにできた高層ビルで、インゲルス初の南米建築となった。

カロリーナ公園とストリートを挟んで向かい合う32階建ての「イコン集合住宅タワー」は、ファサードがカスケード状になったバルコニーが特徴の建築だ。キトでは最高の高さを誇るタワーで、220戸のアパートメントを擁し、コマーシャル・スペースやオフィス群も併設されている。

(c) copia

(c) copia

“生物多様性”を建築で表現した

高さ133mのスカイスクレーパー(摩天楼)は特異な外観で、キトのスカイラインに君臨している。ファサードは、現地の樹木や草花を植えこんだコンクリート・ボックス群で覆われている。こうしたデザインにより、キトの都市景観や有名なピチンチャ火山を展望することができる。また時間の経過に連れてグリーンが生育し、カロリーナ公園のグリーンと連携することを目指している。

(c)BICUBIK

(c)BICUBIK

インゲルスが考えたのは、キトのアイコニックな地理学的な条件、すなわち、地球上で最もバイオ・ダイバーシティ(生物多様性)のある国のひとつであるということ。さらに人間や植物にとっては常にエネルギッシュな状態にある赤道直下の国という特徴を、垂直的な形態にデザインしたという。

インゲルスによれば、キトの全てのアイコニックな性質を引き出すことにより、個人住宅群の垂直的コミュニティである「イコン集合住宅」を生みだした。これはカロリーナ公園を建物の頂上まで伸び上がらせた増築というコンセプトをベースにして完成させた。

「イコン集合住宅」は、キトにあるふたつのランドマーク的集合住宅のひとつとしてデザインされたものである。もう一方は、 やはりアメリカのモシェ・サフディ・アーキテクツのデザインによる、彼らの南米初の集合住宅である「コーナー・ビルディング」(Qorner building)である。

インゲルスによる「イコン集合住宅」と、近隣にあるサフディ・アーキテクツの「コーナー・ビルディング」は、キトにおける現代建築ブームを反映しているようだ。ふたつの建物は、キトという都市が、建築、デザイン、イノベーションなどの試金石となり、変貌していくプロセスを表現しているとも言われている。

最初の住民が入居しはじめて、建物内部でのビジネスがスタートし、両ビル間での相互作用により、近隣界隈の繁栄のドライビング・フォース(推進力)になることが期待されている。

先端的なアーバン・ライフを享受できるぜいたくな集合住宅

「イコン集合住宅」は延床面積が55,000平米もあり、220戸のアパート、5店舗の商業施設、36社のオフィスが入居している巨大ビルディングである。住居は1ベッド・ルームから3ベッド・ルームがあり、その中にはキト市街のパノラミックな景観をエンジョイできる、ゴージャスな9戸のペントハウスが含まれている。

(c)Pablo Casals Aguirre

(c)Pablo Casals Aguirre

住戸、オフィス、商業施設に加えて、建物にはパブリック・プラザ、ショップ、野菜ガーデンが併設された大きなグラウンド・フロア・プラザがある。その他のアメニティとしては屋上プール&テラス、スポーツ&スパ施設、ボウリング場、ミュージック・ルームなどがあり、同市における先端的なアーバン・ライフを享受できる施設でもある。

世界の名建築を訪ねて。アメリカ建築史における重要な都市・セントルイスで名物の高層集合住宅「公園脇の100mタワー(100m Above the Park)」

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載15回目。今回は、アメリカのミズーリ州セントルイスにある高層集合住宅「公園脇の100mタワー(100m Above the Park)」(設計:スタジオ・ギャング)を紹介する。

アメリカ建築史を語るうえで欠かせない重要な都市、セントルイスにある名物集合住宅

「公園脇の100mタワー」は、アメリカ合衆国の中央部にあるミズーリ州のセントルイスに立つ高さ116mの高層集合住宅タワーである。セントルイスという街は、アメリカ建築史における特筆すべき重要な都市なのだ。アメリカはかつて東部から西部に向けて開発が進行したが、その拠点の一つになったのが、セントルイスであったからだ。そのようなアメリカ開発史の軌跡を留めた都市が、セントルイスというわけなのである。

(C)Tom Harris

(C)Tom Harris

今日セントルイスを訪れると、以下の文章にも出てくる「ゲートウェイ・アーチ」という著名建築があり、それ故にこの町の名前を世界的に有名にさせているのだ。アメリカ建築界の巨匠であったエーロ・サーリネンが設計した名建築であり、高さ192mの美しい半円形アーチの建築は、内部をトロッコに乗って頂上まで登れるようになっている。頂上の窓から西部の大平原を一望に見晴らすことができるという、エポック・メイキングな建築である。

エネルギー負荷を減らす建物形態がユニーク

「公園脇の100mタワー」は1階に店舗などの商業施設をはじめ、アメニティー施設、パーキングなどがある。上階の住戸群からは西側にフォレスト・パークを望み、東側には上述の有名な「ゲートウェイ・アーチ」を望むことができる。特にフォレスト・パークの樹木によりフレーミングされた建物は、この上なく優雅な佇まいを見せている。

(C)Tom Harris

(C)Tom Harris

「公園脇の100mタワー」は平面的には樹木の葉に似たユニークなプランをもち、立面的には段状に連なる形態は、全体的なエネルギー負荷を減らし、そのユニークな建物形態が近隣では話題となっている建築である。

建物は4階分をひとつのまとまった層とし、上部に向けて開くようなデザインとなっている。この層が積層化されて建物全体が構成されている。従ってファサードは、テラスを広く取るよう上広がりになるよう角度が付けられている。つまりテラスがあるのは4層の一番下の階にある住戸に限られているので、全住戸の4分の1だけということになる。また住民コミュニティー用の共有のアメニティー空間は、グリーン・ルーフ・スペースに設置されており、緑の庭園で住民同士の活動や語らいができるようデザインされている。

敷地のオリエンテーションや環境条件による種々のメリットを高めることで、樹木の葉のようなプランや、積層化された建物形態はその効果を最大にしている。逆に全体的なエネルギー負荷を減らすことで、住民の満足感を向上させている。

周辺の景観も建築を引き立てる要素に

緑の森や雪景色といったダイナミックなシーンを生み出すフォレスト・パークは、変わりゆく日差しや天候をエンジョイする建物の素晴らしい背景になっている。このアパートメントは特にフォレスト・パークと有名なゲートウェイ・アーチへの眺望が素晴らしく、それがこの建築の魅力的な特徴になっている。個々の住戸はコーナー部分にリビングを配して、2方向への視界が可能になっている。パノラミックな景色に加えて、住戸内にはハイ・クオリティの太陽光をふんだんに導入している。1階には店舗スペースもあり、公園側へのワイドなストリートスケープが楽しめる。

(C)Sam Fentress

(C)Sam Fentress

真冬の雪で周囲が白化粧をすると、建物は開口部以外の白い外壁が近隣環境に同化して“白のハーモニー”を奏で、住民たちはそのアンサンブルを楽しむことができる。やはり女性建築家のデザインによると、シックで華麗な外観の佇まいが、納得できる素晴らしさを秘めているようだ。

●関連サイト
100 Above the Park

世界の名建築を訪ねて。ウィーンで建築を味わうなら欠かせない! 建築家コープ・ヒンメルブラウ設計の賃貸マンション「ベルビュー・タワー(BelView Tower)」

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載14回目。今回は、オーストリアのウィーンにあり、ウィーンで建築とお酒を同時に楽しめる特別コースに欠かせない名建築、賃貸マンション「ベルビュー・タワー(BelView Tower)」(設計:コープ・ヒンメルブラウ)を紹介する。

脱構築主義を代表する建築家コープ・ヒンメルブラウ設計の賃貸マンション

建築好きにとってウィーンと聞くと、20世紀の巨匠アドルフ・ロースやルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインを思い出す。前者は世界的に著名な「アメリカン・バー」(ロース・バー)を、後者は「ストンボロウ邸」を設計した。ウィーンに行くと必ず寄りたいのが「アメリカン・バー」だ。薄暗くちょっとミステリアスなアトモスフィアで、かつては娼婦がたむろしていたという話を聞いたことがある。

だがいきなり「アメリカン・バー」に行くのはもったいない。同じケルントナー通りの少し南側にコープ・ヒンメルブラウが設計した「ライス・バー」がある。ここはシャンペン・バーだが、ここで下地をつくってから、はしごして「アメリカン・バー」へと行くのが、建築とお酒を同時に味わえる特別コースと、同地を数回訪れた自分は思っている。

(c)Duccio Malagamba

(c)Duccio Malagamba

さてこのコープ・ヒンメルブラウが近年設計したのが、「ベルビュー・タワー」だ。ウィーン駅のすぐ近くという好立地に建ったこの建築物は賃貸マンションである。かつて彼らの作品はいわゆるデコン(デコンストラクティヴィズム=脱構築主義)という範疇の建築として知られていた。そうしたアヴァンギャルドな作品を得意としていた彼らが、比較的落ち着いたアパートメントを設計した。

「ベルビュー・タワー」は、カルティエ・ベルヴェデーレ地区にあるシュヴァイツアー・ガルテンという緑の多い公園の近くにある。建物には249戸のアパートメントがあり、2 ルーム・タイプが234戸、3ルーム・タイプが15戸ある。小さいルーム・タイプが多いのは、独身か若いカップルの入居者を想定したコンセプトがあるようだ。

部屋には天井冷房と床暖房完備、ウィーンの景観が楽しめるバルコニーも

このレジデンシャル・タワーの形態は、アメーバーのような有機的なフォルムで流れるようなモノリシック・ストラクチャー(一体となっている構造)となるよう考案された。ペリメーターのパラペットは、白い粉体塗装アルミニウム製と高価な仕上げで、これが建物全体の外壁をぐるりとカバーしているが、あるところでは途切れている。それはその外壁部分の環境的ファクターが異なるからなのだ。つまり風当たり、騒音、日当たりなどが異なるので、それに対応したデザインが成されている。その結果ひとつの建物のファサードでも場所によってデザインが異なるという、微に入り細を穿った処理をほどこしているのだ。

各アパートメントには天井冷房と床暖房が装備されているという豪華さだ。さらにウィーンの魅力的な景観を見晴らすバルコニーがあり、高度なアウトドア・リビングを可能にしている。日射が限定される部分では、建物の一部が突出しており、適切な自然光と景色を取り込むためのメタル製の出窓となっている。

(c)Duccio Malagamba

(c)Duccio Malagamba

「ベルビュー・タワー」の外壁はプラスター断熱合成ファサードでデザインされている。さらに開口部は固定された3重ガラスか、もしくは回転式、あるいはアルミニウムとガラスによる傾斜形になっている。ガラス張りの1階部分はポスト&ビーム構造で、アルマイト(酸化アルミニウム皮膜を施したアルミニウム)で作られたメタル被覆ウォール・パネルで構成されている。エントランスは1階ファサード中央部に配されている。

エントランスホール(c)Duccio Malagamba

エントランスホール(c)Duccio Malagamba

住民はフィットネスルームや発送用の郵便ボックスを利用できる

マンションの住民は、地下のサウナ・エリアにあるプロ仕様の器具を備えたフィットネスルームを使用できる。また共用で使えるキッチンがあるコモン・ルームはランドスケープされたプラザにアクセスでき、そこでは住民同士が交歓したり、種々の活動をシェアできる。またアパートメントにはコイン・ランドリーがあるので、住民に洗濯機は不要だし、発送できる郵便ボックスがあるので郵便局に行く必要もない。地下パーキングからアパートメントへは、バリア・フリーでアクセス可能となっている。建物はDGNB(ドイツ持続可能な建築物評議会)よりゴールドの認証を得ている。

●関連サイト
Coop Himmelblau

世界の名建築を訪ねて。ウーブン・シティで話題のビヤルケ・インゲルス建築の集合住宅「AARHUS Φ4Housing(オーフスΦ4集合住宅)」/デンマーク・オーフス

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載13回目。今回は、デンマークのオーフスという街にある、「ウーブン・シティ」などを手掛ける世界的建築家・ビヤルケ・インゲルスによる集合住宅「オーフスΦ4集合住宅(AARHUS Housing)」(設計:ビヤルケ・インゲルス・グループ)を紹介する。

海浜地区にそびえる2棟の3角形集合住宅タワー

デンマークはスカンディナビア諸国の中では一番南にある国となっている。首都のコペンハーゲンはシェラン島にあるが、同国第2の大都市オーフスはヨーロッパの陸続きであるユトランド半島にある。「オーフスΦ4(ファイ・フォー)集合住宅」は、“オーフスΦ“と呼ばれる新しい都市開発における人工島Φ4の先端部に位置している。この開発は港と湾、すなわち都市と自然の中間地域にあり、両者の素晴らしいパノラマを満喫できる一等地にある。

(C)R. Hjortshoj

(C)R. Hjortshoj

建築家ビヤルケ・インゲルス(デンマーク出身)といえば、アメリカのニューヨークに拠点をもち、世界的に活躍しているスター・アーキテクトである。周知のように日本のトヨタ自動車に頼まれて、富士山麓に約2000人が住むという「ウーブン・シティ」をデザインしている建築家でもある。その彼が故郷デンマークに2019年につくったのが「オーフスΦ4集合住宅」である。

まるで「ふたつの頂上のある集合住宅」

この建物は、オーフスという街における既存の典型的な都市エレメントのタイポロジー(特定の象徴性や用途、形態をもつ「ビルディング・タイプ」に基づく分類を指す)であるコートヤード・ビル、連続住宅、高層ビルディングなどの都市のエッセンスを、デザイン的にひとつの集合住宅に凝縮した作品となっている。

「オーフスΦ4集合住宅」は平行四辺形のプランをもち、同じ形のコートヤードをもっている。相対する3角形のふたつのコーナーは、山の頂のように種々の高さに立ち上がり、段状になったルーフスケープが戸外活動用の大きなプライベート・テラスを生み出している。いわばツイン・ピークス・ハウジング、すなわち「ふたつの頂上のある集合住宅」とでもいえそうなシャープな外観が特徴である。

(C)R. Hjortshoj

(C)R. Hjortshoj

種々の場所にあるアウトドア・スペースの延長としての連続的なバルコニーが、建物全体をぐるりと取り巻いている。これらの長いバルコニーは、コートヤードの中にあるより小さなバルコニー群によって区切られている。と同時にそれらの小さなバルコニーは、十分なアウトドア・スペースを全ての住戸に与えている。

 (C)R. Hjortshoj

(C)R. Hjortshoj

住民が野菜や果樹を育てられる公園がある

「オーフスΦ4集合住宅」の中心的な公園ともいうべきコートヤードは、全ての住民が共有するガーデンを提供し、野菜や果樹を育て、アウトドアでのコミュニティー・ディナーの開催もできる住民たちの憩いの場所となっている。

建物のストリート・レベルには、個人用の海浜レジャー施設や、オーフス市の進行する都市開発をサポートする商業施設などが入っている。北東方向には2階建てのカナル(運河)・ハウスが海に面して配置されており、人々はそこから直接海に入って自由に水泳をしたり、散歩を楽しんだりすることができる。南西側コーナーには共有のコミュニティー・スペースがあり、正面に大きなテラスをもつアーバン・スペースへと連続している。この多目的スペースは、周囲のストリートに対し、華やかなファサードを見せている。

 (C)R. Hjortshoj

(C)R. Hjortshoj

総体的にいって、「オーフスΦ4集合住宅」はデンマーク第2の都市の既存の建築レガシーを包含しつつ、また港と都市のスカイラインに登場したダイナミックな新しい建築のビーコン(自分の存在位置を示すようなデザイン、形態、信号など)として存在している。ヨーロッパ・ツアーをされる方たちは、多数の国がひしめきあうヨーロッパの中で訪問先は多いだろうが、時には大都会から遠く離れた場所で、新しいデザインの建築に遭遇するのは面白いのではないだろうか。「オーフスΦ4集合住宅」は、まさにその典型的な例といえそうだ。

世界の名建築を訪ねて。国際的建築家集団MADによる彫刻のようなパビリオン「The Cloudscape of Haikou(海口クラウドスケープ )」/中国・海口市

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載12回目。今回は、中国・海口市(はいこうし)、約7,500平米という広大な敷地に立つ2021年に誕生した住宅街の交流施設「海口クラウドスケープ (The Cloudscape of Haikou)」(設計:MAD)を紹介する。

彫刻的表情をもつオーガニック・アーキテクチャー

中国最南端の海南島の北端にある海口市は、中国本土に対面した都市で、近年社会的重要性が指摘され、同市のパブリック・スペースの質を高め、都市・建築・住民間の連係を強める計画がスタートした。「海口クラウドスケープ」は、そのような計画の端緒となったプロジェクトである。

(C)ArchExist

(C)ArchExist

「海口クラウドスケープ」は、16棟の海浜パビリオンのトップを飾るもので、海沿いに展開されるパブリック・スペースを改良する目的がある。海口シーサイド・パビリオンと呼ばれる新規構想では、国際的に著名な建築家、アーティストおよび学際的なプロフェッショナルに、16件のランドマーク的公共建築の設計を依頼した。

中国で先進的な国際的建築家集団MADが手がけたパビリオン

パビリオンをデザインしたMADといえば、今や中国建築界ではもっとも先進的な国際的建築家集団で、マ・ヤンソン、ダン・チュン、早野洋介の3名が率いる建築家チームは、中国のみならず今やヨーロッパにも活動領域を広げている。

パビリオンには、ブック・ストアと市民アメニティを含んでいる。海口湾岸沿いのセンチュリー・パークに位置する建物は、4,397m2の敷地に1,380m2の延床面積を擁している。建物内部の南側には10,000冊の蔵書スペースがある図書館とその閲覧室がある。また無料で一般に開放された多機能視聴覚エリアが収容されている。他方北側には、シャワー室をはじめ休息室、保育室、トイレ、ルーフ・ガーデンがある。

陸と海の中間で静穏に座すパビリオンは、高度に彫刻的な表情を見せている。自由でオーガニックなフォルムは、ユニークなインテリア・スペースを生み出している。そこでは壁、床、天井は一体となった融合的なデザインとなっている。さらに内外空間の境界が曖昧となっている。

パビリオンの円形開口部は、野生動物や海の生物によってつくられた穴を想起させ、建築と自然の境界を曖昧にしている。大小さまざまな開口部は、インテリアに自然光を導入し、海口の一年中暖かい気候にある建物を冷やす自然換気を生み出している。これらの穴越しに、ビジターは時間や空間の推移を通して、あたかも慣れ親しんだ世界を見るかのように、空を仰ぎ見たり海を眺めたりする。

(C)CreatAR

(C)CreatAR

1階と2階をつなぐカスケード状となった海に面する閲覧室は、図書空間だけでなく文化的な交流の場所にもなっている。子ども用の閲覧エリアは、メインの閲覧室から離れたところにあり、そこではトップライト、穴、ニッチなどが子どもの探究心を刺激するようデザインされている。

読書や眺望を楽しめる半外部空間やテラスがあちこちに

建物の構造的な形態から、いくつかの半外部空間やテラスが生まれ、それらが読書をしたり海を眺めたりする格好のスペースとなっている。ローカルな暑い気候に対応して、建物の外部廊下のグレー空間はキャンティレバー(※)となり、居心地のよい気温を生み出し、サステイナブルな省エネ建築となっている。

※片持ち梁。通常、梁は柱や壁などに両端が固定されているが、一端のみ固定されているもの。バルコニーなどで用いられる

(C)ArchExist

(C)ArchExist

MADはこの建物により、アンチ・マテリアルなアプローチを掲げ、構造や工事の意図的な表現を避け、材料についての日常的な認識を解消し、空間認識そのものがメインの目的となるようにしている。この建物ではコンクリートは、その流れるようなソフトで自在な構造形態で特徴づけられる液状材料と考えられている。

建物の内外はコンクリート打放しとし、ひとつの凝集的フォルムとなっている。屋根と床は2層のワッフル・スラブ(高気密・高断熱・高遮音の快適住空間を生み出す床材)で、建物のスケールや大きなキャンティレバーを支持している。デザインはデジタル・モデルを使用して進められた。その結果、機械系、電気系、配管系のエレメントは、見かけを最小にしてコンクリートの隙間に配置し、視覚的な統一性を表現することが可能になった。パビリオンのスムースかつ有機的なオーラは、建築、構造、機械&電気デザインを巧みにインテグレートすることで創造された。

世界の名建築を訪ねて。建物の30%がリサイクル素材! スティーヴン・ホールによる「Cofco Cultural and Health Center(コフコ文化&健康センター)」/中国・上海市

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載11回目。今回は、中国・上海市、約7,500平米という広大な敷地に立つ2021年に誕生した住宅街の交流施設「Cofco Cultural and Health Center(コフコ文化&健康センター)」(設計:スティーヴン・ホール・アーキテクツ(Steven Holl Architects))を紹介する。

地域コミュニティに貢献するサステナブル建築

中国の上海にある「コフコ文化&健康センター」は、健康的な生活と文化交流を促進させるために、近隣の大きな住宅コミュニティにグリーンのパブリック・スペースを提供するという社会的使命をもっている。

(c)Aogvision

(c)Aogvision

敷地面積約7,500平米の公園のような大きな敷地に位置する建物は、社会的な“コンデンサー“(建築には社会的行動に影響を与える能力があるというソビエト構成主義理論の考え方)となることを目指しており、上海の浦南運河沿いの周辺住宅地域に対し、近隣コミュニティが待ち焦がれているパブリック・スペースやランドスケープ・エリアとなるよう、近隣住民の期待に応えるべくデザインされた。

浦南運河は、上海の南側にある杭州湾から北側の内陸に10kmほど入ったところを、東西に長く延びる運河である。この運河沿いに位置する「コフコ文化&健康センター」の近隣には、大きなハウジング・ブロックが広範囲にわたって展開している。

“Clocks and Clouds”(時計と雲)に着想を得たデザイン

これらのハウジング・ブロックの建築デザインは、同じような繰り返しのデザインとなっているが、建物の空間はエネルギーに満ち、開放性に富み、全コミュニティの住人をレクリエーションや文化的プログラムへと誘っている。健康願望の達成に励む人たちは、全体の中核施設であるヘルス・センターに足しげく通っている。

スティーヴン・ホール・アーキテクツのポスト・コロナ建築戦略に沿って、建物はグリーン・スペースを取り込み、新鮮な空気と自然光を最大に導入し、オープンなサーキュレーションと広いパブリック・スペースを特徴にしている。

ランドスケープと二つの新しい建物は、哲学者カール・ポパー(オーストリア出身のイギリスの哲学者)の有名な1965年のレクチャー、“Clocks and Clouds”(時計と雲)のコンセプトにより導入された。ランドスケープは時計のような大きな円形となり、中心となるパブリック・スペースを構成し、建物は雲のようなユニークな形態をした開口部と開放性を有している。

薄いグレー色のコンクリートでできた延べ床面積約6,000平米の「文化センター」は、1階のガラス張り透明空間にカフェ、ゲーム&レクリエーション・ルームを擁している。2階へ向けて徐々に上昇していくカーブしたスロープを歩いていくと、見下ろし風景の連続的な変化が楽しめる。これはフランスの著名20世紀建築家、ル・コルビュジエが言った有名な”建築散歩”の好例である。

(c)Aogvision

(c)Aogvision

(c)Aogvision

(c)Aogvision

同じような薄いグレーのコンクリートをまとっている延床面積約1,500平米の「健康センター」は、中心部にあるランドスケープ・スペースによって建物形態が形成されており、雲のような部分とランドスケープ全体との緊密な関係を助長している。「文化センター」と「健康センター」という二つの建物は共にグリーン・ルーフをもち、上部から見下ろしたり、近隣のアパートメント・ビルから眺めると、緑のランドスケープ・スペースに溶け込んで一体になったように見えて素晴らしい。

建物全体の30%がリサイクル材料!のサステナブル建築

2021年に完成した「コフコ文化&健康センター」は、主なサステイナブル・デザインとして、最大限のグリーンやオープン・スペースを擁し、リサイクル材料を建物全体の30%に使用している。またセントラル冷暖房システムを採用し、CO2モニタリング・システム、蓄熱システム、生活排水&雨水のリサイクルなど、広範囲にわたってサステイナブル・デザインを実現している。ヘルシーな生活と文化交流を促進する二つの建物は、大きな近隣住宅コミュニティに対し、グリーン・パブリック・スペースを提供するなど、多くの地域貢献に役立っている。 

(c)Aogvision

(c)Aogvision

●関連サイト
Cofco Cultural and Health Center

世界の名建築を訪ねて。建築家ザハ・ハディドによる約19万平米の巨大企業「Infinitus Plaza(インフィニタス・プラザ)」/中国・広州市

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載10回目。今回は、世界的な建築家ザハ・ハディド氏が手掛けた中国・広東省広州市にある約19万平米の広さを誇る巨大企業「Infinitus Plaza(インフィニタス・プラザ)」(設計:ザハ・ハディド・アーキテクツ(Zaha Hadid Architects))を紹介する。

無限マーク(∞)形のデザインの巨大建築

中国にある巨大企業「インフィ二タス・プラザ」は、インフィニタス・チャイナの新しい世界本社である。創造性や協調性などの企業家精神を育む仕事環境を有する新しい本社は、ハーブ薬研究施設やセイフティ・アセスメント・ラボ、会議や展示会用のラーニング・センターなども併設している。

((C) Liang Xue)

((C) Liang Xue)

約19万平米の広さをもつ「インフィニタス・プラザ」は、中国・広州市の白雲中央ビジネス地区の中心部へのゲートウェイの一角に位置している。廃止された白雲空港の跡地に建設された新しいビジネス・センターであり、広州市中心部に繋がっている。「インフィニタス・プラザ」は半地下となった地下鉄線をまたいでいるため二分されているが、多層にわたるブリッジで連結されているのが外観上の特徴となっている。

無限のシンボルである“∞“マークを反映した中央アトリウムと中庭の周囲に配置したデザインは、インフィニタスの企業文化を構成する強いコミュニティ意識を、種々の内外空間に反映させることで創造されたものである。

従業員のためのエクササイズ・ルームやレクリエーション&リラクゼーション・ゾーンなども!

2棟間を接続するブリッジは、従業員のためのフレキシブルなコミュニティ・スペースがあり、その他にも彼らの健康促進のためのエクササイズ・ルーム、レクリエーション&リラクゼーション・ゾーンをはじめ、レストランやカフェがある。ブリッジ群はオフィスを、ショッピングやダイニング・エリアに接続させている。

((C) Liang Xue)

((C) Liang Xue)

広州市の高湿度な亜熱帯モンスーン気候に位置する「インフィニタス・プラザ」はダイヤモンド・パターンのアルミ・パネルをまとった高度なサステイナブル・デザインで、それは中国のグリーン・ビル・プログラム(中国のサステイナブル・デザインの評価基準)の三つ星に匹敵する。

建物の最適化をすることで、所定のコンクリート使用量を軽減することができ、逆にリサイクル建材が増加した。約25,000トンのリサイクル建材が「インフィニタス・プラザ」の建設に採用され、その内訳は、鉄、銅、ガラス、アルミ合金、石膏プロダクツ、木などとなっている。

この地域の年間太陽照射分析によって、建物の日影をつくるアウトドア・テラスの幅が決定された。この分析はまた、ソーラー・ヒート・ゲイン(低太陽熱利得係数)を最適化するために、外壁の穴空きアルミ日影パネルの数をも限定している。この方法はロー・アイアン複層ガラス(複層ガラスの内側に金属の膜を入れ断熱性や日射遮蔽性能を高めたもの)と相まって、効率的に太陽熱を遮断し、それにより建物全域に良質な自然光を導入し、他方でソーラー・ヒート・ゲインとエネルギー消費を減じている。

太陽光発電によって稼働するスマート・マネージメント・システムにより、雨水利用のスプリンクラーのスプレーを個々のアトリウム上部のETFE(フッ素樹脂プラスティック)膜に吹き付け、気化熱により冷却している。半透明ETFE膜の屋根は複層のため、60cm幅の中間部に圧縮空気を流している。

太陽熱で膜面が35度を超えると30分毎に3~4分間のスプレーが吹き付けられ、膜面が14度下がると内部温度は5度ほど下がる。また屋上の太陽熱温水暖房により、省エネが推進されている。

雨水を再利用して近隣のランドスケープに活用((C) Liang Xue)

((C) Liang Xue)

また貯水された雨水をフィルターにかけ、再利用して近隣のランドスケープに灌漑(かんがい)している。3階、7階、8階のガーデンには同地の薬草や植物が植栽されているが、これらは雨による自然灌漑によっている。これらのアウトドア・コミュニティ・エリアは、共に屋上にあるジョギング・コースや散歩道に通じている。グリーン・ルーフは、トータルな屋上面積の約半分に及んでいる。

中国の健康福祉産業の国立センターとして、広州市の白雲中央ビジネス地区に根を下ろしたインフィニタス・チャイナの新しい本社は、イノヴェイティブなデザインと施工技術を擁し、持ち前のサステイナブル戦略で全ての部門を統合し、グループ全体のコミュニケーションを高める斬新なワーク・エンバイロメント(働く環境)を創造している。

世界の名建築を訪ねて。NY9.11跡地「フリーダム・タワー」構想などの建築家ダニエル・リベスキンドによる超高層集合住宅「Zlota44(ズロタ44)」/ポーランド・ワルシャワ

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載9回目。今回は、ポーランドの首都ワルシャワにある52階建ての超高層集合住宅タワー「Zlota44(ズロタ44)」(設計:ダニエル・リベスキンド(Daniel Libeskind))を紹介する。

ワルシャワの街に立つ弓形の超高層タワー

ニューヨークのグラウンド・ゼロのマスタープラン・コンペに優勝した建築家ダニエル・リベスキンドは、世界的に知られている現代世界建築の巨匠である。その彼が、祖国ポーランドの首都ワルシャワに、アイコニックな形態で屹立(きつりつ)する超高層タワー「ズロタ44」を設計して評判となっている。

 
建物はワルシャワ中心部にある歴史的建物である「スターリン文化パレス」の正面に立ち、52階建て高さ192mの超高層の偉容を見せている。長くカーブした形態は、鷲の翼からインスパイアーされ、ワルシャワのスカイラインに君臨している。建物は延床面積約30,000平米で、1ベッドルームから3ベッドルームのアパートメント287戸とペントハウスを含み、ビジネス&レジャーのコンシェルジュ・サービスやパーキング施設も完備しているデラックスな集合住宅タワーである。

写真右側が「スターリン文化パレス」、左から2番目の建物が「ズロタ44」(C)Kruba Jurskowski

写真右側が「スターリン文化パレス」、左から2番目の建物が「ズロタ44」(C)Kruba Jurskowski

建物のシンボリックな形態は、太陽の軌跡に従って全階の住戸に最大量の自然光を導入しようというコンセプトをベースにデザインされたものである。さらに高密度化された歴史的なアーバン・スケープのなかで、ストリートに落ちる建物の影を、最小にするよう細かく配慮されたデザインなのである。大きく湾曲したアーチ状のファサードは、頂上からこの都市のワイドなパノラミック・ビューを満喫できるペントハウスを擁している。ガラスとアルミニウムのカーテンウォールはセルフ・クリーニング・パネル(自己洗浄パネル)が採用されており、外壁を常にクリーンに保つ優れものである。またフルハイト(床から天井までの高さがあること)の大きな3重ガラス窓はイレギュラーなパターンで配置されているため、光と影の戯れを外壁上に引き起こしている。

「私にとって『ズロタ44』は非常に個人的なプロジェクトであります。私は若き日、共産主義の圧迫から逃れてポーランドを去りましたが、自分は故国の精神や文化を決して忘れることはありませんでした。今日故国に戻ってきましたが、このシンボリックな建物の竣工にあたり、感無量です」と、リベスキンドは語っている。

リベスキンドがデザインしたロビーは、温和な木材料、ガラス器具、幾何学的なセラミック・タイルのフロアリング等で構成され、外壁を覆うフルハイトの開口部からの自然光で非常に明るい。カスタム・メイドの受付デスクや壁面パネルはウォルナット合板が使用されている。高さ6mの天井からは繊細なガラス・シャンデリアが宙に浮いている。リベスキンドの手によるモローゾ(著名なイタリアのファニチャー・ブランド)の家具は、豪華なエントランス・ホールに、彫刻的かつウエルカム・ムードのアトモスフィアを放っている。

((C) Hufton+Crow)

((C) Hufton+Crow)

広さは60平米から300平米まで。多種にわたる住戸タイプを展開

リベスキンドのデザインが生み出したユニークな住戸は、多種にわたるフロア・プランとサイズが展開されている。標準的なアパートメントの広さは、小は60平米から大は300平米にわたり、ペントハウスやフルフロア・アパートメントは930平米もある豪華さとなっている。全てのアパートメントにはフルハイトの開口部付きの広いリビングがあり、明るい風通しの良い環境となっている。

キッチンやダイニング・ルームはオープン・プランでカスタム仕様となり、インテグレートされた器具類やブレックファースト・バーなども設えているリッチな仕様である。仕上げデザインも多様なオプションが用意されている。RC打ち放しの天井やコラム類(鉄骨柱に使用する筒型の鋼材)、シーザーストーン(汚れ・傷・ひび割れ・水に強いという特徴がある)のキッチントップ、ステンドオーク(硬いオーク材)またはアメリカン・ウォールナットのフロアリングなどがある。またガゲナウ(ドイツの高級ビルトイン・キッチン・メーカー)のキッチン設備や、スマホやタブレットでコントロール可能な最新のホーム・マネージメント・システムを装備している。

(C)Kruba Jurskowski

(C)Kruba Jurskowski

スポーツ&レクリエーション施設、ワインのテイスティング・ルームなども完備

約1,800平米のアメニティ・フロアにはワールド・クラスのスポーツ&レクリエーション施設やスパがあり、また25mの水泳プールを設えている。1階には住民用に10,000本のワイン・ボトルを収容できるワイン・ストーレッジがあり、テイスティング・ルームも装備している。タワー下部には9階分もあるパーキング・スペース があり、ストリートレベルからのアクセスが可能である。さらに大型のラグジュアリー・カーを収容するスペースも充分取られている。フルタイムのスタッフによるコンシェルジュ・サービスも万全で、住民のアメニティ向上に寄与している。 

(C)Kruba Jurskowski

(C)Kruba Jurskowski

●関連サイト
Zlota44

世界の名建築を訪ねて。名建築家ビヤルケ・インゲルスが設計した低所得者用集合住宅「Dortheavej Housing(ドルテアベジ・ハウジング)/デンマーク・コペンハーゲン

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載8回目。今回は、デンマークの首都コペンハーゲンにある低所得者向け集合住宅(アフォーダブルハウス)である「ドルテアベジ・ハウジング(Dortheavej Housing)」(設計:ビヤルケ・インゲルス(BIG))を紹介する。

手ごろな家賃で、豊かな空間をもつ低所得者用ハウジング

現代世界建築界において、建築家としてのデザイン力、交渉力、組織力など、およそ建築家が必要とする能力を兼ね備えた若手建築家といえば、今やアメリカのニューヨークにオフィスを構えるビヤルケ・インゲルスの右に出る者はいないのではないだろうか。彼がデザインする作品群は、当然スケールの大きな建築やハイエンドな建築などの作品が多いのは当たり前だ。しかしここに紹介する「ドルテアベジ・ハウジング」は、そのような範疇から逸脱したまさに”アフォーダブル・ハウジング”なのだ。

アフォーダブル・ハウジングとは日本語では、手ごろな料金のハウジングのという意味である。早い話がここでは低所得者用ハウジングなのである。ニューヨークの都市計画や、最近ではトヨタのウーブン・シティなど話題となるプロジェクトを数多く手掛けるビヤルケ・インゲルスが、低所得者用集合住宅をどのような理由からデザインするようになったのであろうか。故郷であるデンマークのコペンハーゲンのために一肌脱いだといえばそれまでだが、彼のことだから単なる低所得者用のハウジングでないだろうことは想像に難くない。何らかのユニークなデザインがあろうと推察される。

■関連記事:
世界の名建築を訪ねて。ウーブン・シティなど手掛けるビヤルケ・インゲルス設計の集合住宅「ザ・スマイル」/NY

世界中の話題となる建築家ビヤルケ・インゲルスが設計する故郷の集合住宅とは

敷地はコペンハーゲンの北西部に位置するドルテアベジと呼ばれる、1930年代から50年代の車修理工場や車庫などの工業ビルが櫛比(しっぴ)する工業地帯である。そこにインゲルスは必要とされるアフォーダブル・ハウジングとパブリック・スペースを生み出し、他方歩行者通路や隣接する手付かずのグリーン広場を一般の人々のために開放したのである。

施主であるデンマーク低所得者ハウジング非営利団体の建設意図は、低所得者用ハウジングを世界一流の建築家に設計してもらうことが狙いであった。彼らはビヤルケ・インゲルスと共に、サステナブル・デザインであり、安全かつ機能的で、そこに住む人々が目と目を合わせて生活できる低所得者用ハウジングを目指したのである。

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

6,800平米の敷地に完成した5階建てのハウジングには、66戸のアパートメントが収められている。各住戸は60~115平米の広さをもち、天井高が3.5mもあるという大振りなつくりで低所得者用とは思えないリッチさなのだ。しかも開口部は床から天井までフルハイトの大きさという贅沢さである。自然光がたっぷり導入され、さらにグリーン・コートヤードの緑も内部に侵入してくるという、明るい素晴らしいインテリア空間が生まれた。大きな開口部からテラス越しに街を見晴らす生活は、ローコスト住戸といえどもパノラミックな景観が楽しめるメリットが住民に大人気である。

建物ファサード全体を覆う四角いチェッカーボード・パターンはプレハブ構造によるもので、コンクリートと長い木造板でできたスクエアなユニットを、5層に積み上げてできたものである。各住戸の南側には、居心地のよいサステナブル・ライフのための小さなテラスが装備されている。北側ファサードはコートヤード側であり、緩やかな曲面を描く外観形態となっている(夜景写真)

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

南側曲面壁の凹んだ1階中央部は、3ユニット分が北側コートヤードへのゲートとなっている。建物へのメイン・エントランスはこのゲートの両側に配置されている。南側外壁はスクエアなグリッドで覆われているが、ファサードで凹んだ部分がテラスとなっているために彫りの深い表情を見せている。このグリッド状のファサード・デザインは独特のアトモスフィア(雰囲気)を放ち、従来の一般的な集合住宅やマンションとは一線を画した造りが魅力を発揮している。

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

建物の北側ファサードは、建物群に囲まれた草木が青々と茂るグリーンのコートヤードに面している。ここは「ドルテアベジ・ハウジング」の住人と、近隣の住人たちによる共同のコミュニティ・レクリエーションにおける活動の場となっている。休日や時間のあるときに人々は集まり、老若男女全てがスポーツをはじめ種々のイベントなどに興じることができるパブリック・スペースとして利用している。

低予算で、高い建築デザイン性を実現するための工夫

「ドルテアベジ・ハウジング」の建設は予算的には非常に厳しい統制があったと思われる。建築デザイン的に如何に対応していくかという、ハードなチャレンジそのものだったといえそうだ。インゲルスは比較的に控え目な材料を用いたモジュラー工法を採用している。これは工場で部分部分をつくり上げて組み立て、それを解体して現場で組み立てる工法で、ここではプレハブ化されたエレメントを現場で積み上げて、高さのあるインテリアと、殊のほか広いリビング・ダイニング空間を巧みに生み出して住民に満足感を与えている。

((c)Rasmus Hjortshoj)

((c)Rasmus Hjortshoj)

なおインゲルスは住民にとっての経済的不満は、しばしば建物における過疎化につながるケースが多いので、個人のみならずコミュニティに対しても、十分な付加価値をつけたアフォーダブル・ハウジング(低所得者用ハウジング)を創造したのはさすがである。     

●関連サイト
Bjarke Ingels Group: BIG

世界の名建築を訪ねて。ザハ・ハディドによる62階建て超高層集合住宅タワー「ワン・サウザンド・ミュージアム(One Thousand Museum)」/アメリカ・マイアミ

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載7回目。今回は、アメリカ・マイアミにある62階建ての超高層の集合住宅「ワン・サウザンド・ミュージアム(One Thousand Museum)」設計:ザハ・ハディド(ザハ・ハディド・アーキテクツ)を紹介する。

マイアミにザハ・ハディドが残した形見。豪華マンション「ワン・サウザンド・ミュージアム」

マイアミといえば、アメリカきっての常夏のリゾート・エリアであるだけに、いわゆるマンションとなると広々としたハイエンドかつゴージャスな建築が多いのは当たり前である。加えてデザイン的見地からも凝った作品が多い。「ワン・サウザンド・ミュージアム」はそのような今日的なマイアミ・スタイルのなかで、一頭地を抜くデザイン性の高い作品ということができる。

建物はマイアミのミュージアム・パークという有名な公園の真向かいに位置している。ビスケーン湾に面した広さ30エーカーの公園は、2013年にマイアミ・ダウンタウンにおける重要な公園のひとつとして開発されたものである。ここには同市の新しいアート・ミュージアムや科学ミュージアムなどの施設があり、知識を与える公園として市民にとっては特に人気のある公園となっている。

((c)Hufton+Crow)

((c)Hufton+Crow)

ザハ・ハディドの設計による高さ約213mの超高層集合住宅タワーである「ワン・サウザンド・ミュージアム」は、62階建て延床面積約84,600m2というかなり大きな集合住宅だ。しかし、全戸数はわずかに83戸と少ないのだ。その内訳はタウン・ハウス:4戸、ハーフ・フロア・ユニット:70戸、フル・フロア・ユニット:8戸、ペントハウス:1戸、駐車場は260台分ある。これから分かるのは、一番小さな住戸でもハーフ・フロアの広さがあり、各住戸は平均3台分の駐車スペースを確保していることになる。まさにマイアミならではの豪華マンションということになる。

((c)Hufton+Crow)

((c)Hufton+Crow)

ザハ・ハディドの超高層ビル研究が活かされた作品

「ワン・サウザンド・ミュージアム」のユニークなデザインは、ザハ・ハディド事務所の超高層ビルに関する研究の成果を引き継いだもので、建物全てに及ぶエンジニアリング技術で裏打ちされたザハ特有の流れるような華麗な建築表現となっている。建物のコンクリート・エクソスケルトン(外骨格)は、ペリメーター部分を流体的なラインでデザインし、それらが構造的支持体である縦型交差ブレース(筋交い)となっている。

最高階から最低階まで一つの連続したフレームで構成された建物は、上昇するに連れてベース部分から立ち上がった柱が扇形に広がるブレースとなり、コーナー部分で側面からの同じようなブレースと繋がることによって建物をひとつの堅固なチューブとし、マイアミの強い風荷重に対抗している。そのカーブした支持体が強烈なハリケーンを物ともしない強固なダイヤゴナル・ブレース(交差ブレース)を形成している。

((c)Hufton+Crow)

((c)Hufton+Crow)

「ワン・サウザンド・ミュージアム」はグラスファイバー強化コンクリート製の型枠を使用(コンクリートの型枠を残して構造材として利用)しており、工事がタワーの上部に進むに連れて所々で残存されているのだ。このような永久的なコンクリート型枠により、また最小のメンテナンスが可能な建築的仕上げとすることができたという。

エクソスケルトンのフレームが建物のペリメーターにあるため、タワーのインテリア・フロアはほとんどコラム・フリー(柱がない状態)となっているメリットがある。外壁に現れた巨大なブレースの曲率により、各階のフロア・プランは少しずつ異なっている。低層階ではテラスがコーナーからキャンティレバー(片側だけが固定され、反対部分が張り出している構造)で出ているのに対し、上層階では巨大なブレースの背後に配されている。

最上階には居住者のためのアクアティクスセンターやラウンジなども

アメニティー施設としては、最上階にアクアティクスセンター、ラウンジ、イベントスペースがあり、ランドスケープデザインが施されたガーデン、テラス、プールなどは、ロビーや居住者用パーキングの上部に設けられている。

((c)Hufton+Crow)

((c)Hufton+Crow)

なお、ザハ・ハディドは2016年3月31日にここマイアミの病院で他界した。ザハ終焉の地に完成した「ワン・サウザンド・ミュージアム」は、彼女の手から生まれた流麗なデザインの形見となっている。それは彼女の冥福を祈っているかのような佇まいで、マイアミの海辺に屹立(きつりつ)しているのである。

●関連サイト
One Thousand Museum

世界の名建築を訪ねて。14世紀の古城にUFOみたいな先端的なドーム型コンサートホール「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」/スイス

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載6回目。今回は、スイス南西に位置するヴォー州にある「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」、通称「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」(デザイン:ベルナール・チュミ)を紹介する。

14世紀の古城の境内に建設。先端的な装いに身を包んだサステイナブル・コンサートホール 

「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は、スイスのヴォー州にある最古の著名な寄宿学校のひとつにできたコンサートホールである。寄宿学校はジュネーブとローザンヌの中間にあるロール近郊の14世紀の由緒ある古城「シャトー・ル・ロゼ(ロゼ城)」の境内に建設されたものである。ポール・エミール・カーナルによって創立された寄宿学校「ロゼ学院」は、そのような歴史的に著名な敷地に建立された建築である。今回完成したコンサートホールは、創立者の名前をとって「カーナル・ホール」と呼ばれている。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

「ロゼ学院」はスイス最古の名門寄宿学校のひとつで、超高級な中等教育機関であり、世界のエリートやセレブリティの子弟や子女が数多く入学している。例えばモナコのレーニエ3世、ケント公爵エドワード2世、ショーン・レノン(ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子)、丹下憲孝(建築家・丹下健三の息子)、高田万由子(女優、葉加瀬太郎の妻)、ロスチャイルド家(ユダヤ人の富豪)、アガ・ハーン4世(ムスリムのインド人大富豪)、その他多数。

アメリカの建築家、ベルナール・チュミによってデザインされた「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は木造の矩形(くけい・長方形のこと)のコンサートホールで、ステンレス・スティール製の低い円形ドーム内に独立して建設されたものである。歴史的なキャンパスという敷地の中に、UFOのような形態の超現代的な建築が追加されたことで、その対比が新しい息吹を流し込んだと言われて好評である。建物は木立越しに見ると、ステンレス・スティール製のドーム形の屋根や外壁が、日光に輝いてシャープで先端的な雰囲気を醸している。俯瞰した写真の正面左側の暗い大きな開口部がエントランスとなっている。

建物を俯瞰すると敷地に落差があり、エントランス部分は1階レベルだが、右手の日が当たっている側は地下レベルから立ち上がっており、地下1階、地上2階建てになっている。学校側から要求されたプログラムは、メインとなる900席のコンサートホールをはじめ、ブラック・ボックス・シアター、会議室、リハーサル&練習室、図書室、ラーニング・センター、レストラン、カフェ、学生ラウンジ、その他のアメニティを含む盛りだくさんの内容であった。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

関連記事:連載「世界の名建築を訪ねて」

エアコンは不使用、機械式の自然換気のみを採用

建築家ベルナール・チュミが考える先端的なフィルハーモニック・ホールは、いかにしてサステイナビリティの目標と組みわせることができたのか。彼は低く配置された反射する直径80mのステンレス・スティール・ドーム内に、リサイクルされたOSB合板(配向性ストランドボード)を全面的に使用したコンサートホールをデザインしたが、エネルギーを消費するエアコンは使用せず、機械式の自然換気を採用しているのみなのだ。これはスイスの比較的涼しい気候を鑑みたデザインで、建物は歴史的な雰囲気のキャンパスに、スマートな現代建築的なイメージで溶け込んでいる。

このプロジェクトでは材料が建物のデザイン・コンセプトに重要な役割を演じている。というのは、メインであるコンサートホールは、ドーム型の建物内部に木造で独立して立っており、全体を覆う反射性のステンレス・スティール製のメタル・ドームとコントラストをなしている。言わば2重外皮とも取れるデザイン・コンセプトは、コンサートホールを音響的に独立させ、近くを走る鉄道が発する騒音もシャットアウトしている。こうしたデザインが、近隣環境への音響的配慮を十分考慮したものと好評なのだ。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

建築家ベルナール・チュミの洗練されたデザイン力が発揮された作品

世界的に著名な建築設計事務所であるオブ・アラップ・ニューヨーク社が音響設計を担当したのも効果を発揮している。施主であるロゼ学院からの「カーナル・ホール」についての要求事項は、非常に野心的なものであった。曰く、国際的な学生コミュニティにサービスできるワールド・クラスのコンサートホールであると同時に、世界一流のオーケストラを迎えられるものであった。実際に建築家のベルナール・チュミは粋を凝らしたデザインを展開した。その結果「カーナル・ホール」のオープニングには、世界的に著名な巨匠シャルル・デュトワの指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の豪華なパフォーマンスが、アカデミックなアトモスフィアの中で開催された。

今から40年ほど前の1982年、パリの「ラ・ヴィレット公園」のコンペに勝利し、一躍世界の建築界に頭角を現した建築家ベルナール・チュミは、ル・コルビュジエと同様スイス人ながらフランス国籍を取り、同国で活躍してきた。その後ニューヨークにも事務所を開設し、コロンビア大学建築プランニング保存学部長を務めながらデザイン活動をし、同大学にエポック・メイキングな「ラーナー・ホール」を設計し話題になった。現在はニューヨークとパリで設計に専念している。

数カ月前に、久しぶりに彼の中国に完成した「ビンハイ科学博物館」の資料を見たが、要塞のようなその斬新なデザインは目を見張るものがあった。今回はそれとは違って、故郷スイスに完成した未来的な相貌をした、先端的ハイエンドかつサステイナブルなコンサートホールが生まれたことにより、彼の洗練された衰えを知らぬデザイン力を、まざまざと見せつけられた感じである。

(c)Christian Richters

(c)Christian Richters

世界の名建築を訪ねて。14世紀の古城にUFOのような先端的なドーム型コンサートホール「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」/スイス

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載6回目。今回は、スイス南西に位置するヴォー州にある「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」、通称「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」(デザイン:ベルナール・チュミ)を紹介する。

14世紀の古城の境内に建設。先端的な装いに身を包んだサステイナブル・コンサートホール 

「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は、スイスのヴォー州にある最古の著名な寄宿学校のひとつにできたコンサートホールである。寄宿学校はジュネーブとローザンヌの中間にあるロール近郊の14世紀の由緒ある古城「シャトー・ル・ロゼ(ロゼ城)」の境内に建設されたものである。ポール・エミール・カーナルによって創立された寄宿学校「ロゼ学院」は、そのような歴史的に著名な敷地に建立された建築である。今回完成したコンサートホールは、創立者の名前をとって「カーナル・ホール」と呼ばれている。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

「ロゼ学院」はスイス最古の名門寄宿学校のひとつで、超高級な中等教育機関であり、世界のエリートやセレブリティの子弟や子女が数多く入学している。例えばモナコのレーニエ3世、ケント公爵エドワード2世、ショーン・レノン(ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子)、丹下憲孝(建築家・丹下健三の息子)、高田万由子(女優、葉加瀬太郎の妻)、ロスチャイルド家(ユダヤ人の富豪)、アガ・ハーン4世(ムスリムのインド人大富豪)、その他多数。

アメリカの建築家、ベルナール・チュミによってデザインされた「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は木造の矩形(くけい・長方形のこと)のコンサートホールで、ステンレス・スティール製の低い円形ドーム内に独立して建設されたものである。歴史的なキャンパスという敷地の中に、UFOのような形態の超現代的な建築が追加されたことで、その対比が新しい息吹を流し込んだと言われて好評である。建物は木立越しに見ると、ステンレス・スティール製のドーム形の屋根や外壁が、日光に輝いてシャープで先端的な雰囲気を醸している。俯瞰した写真の正面左側の暗い大きな開口部がエントランスとなっている。

建物を俯瞰すると敷地に落差があり、エントランス部分は1階レベルだが、右手の日が当たっている側は地下レベルから立ち上がっており、地下1階、地上2階建てになっている。学校側から要求されたプログラムは、メインとなる900席のコンサートホールをはじめ、ブラック・ボックス・シアター、会議室、リハーサル&練習室、図書室、ラーニング・センター、レストラン、カフェ、学生ラウンジ、その他のアメニティを含む盛りだくさんの内容であった。

(c)Iwan Baan

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関連記事:連載「世界の名建築を訪ねて」

エアコンは不使用、機械式の自然換気のみを採用

建築家ベルナール・チュミが考える先端的なフィルハーモニック・ホールは、いかにしてサステイナビリティの目標と組みわせることができたのか。彼は低く配置された反射する直径80mのステンレス・スティール・ドーム内に、リサイクルされたOSB合板(配向性ストランドボード)を全面的に使用したコンサートホールをデザインしたが、エネルギーを消費するエアコンは使用せず、機械式の自然換気を採用しているのみなのだ。これはスイスの比較的涼しい気候を鑑みたデザインで、建物は歴史的な雰囲気のキャンパスに、スマートな現代建築的なイメージで溶け込んでいる。

このプロジェクトでは材料が建物のデザイン・コンセプトに重要な役割を演じている。というのは、メインであるコンサートホールは、ドーム型の建物内部に木造で独立して立っており、全体を覆う反射性のステンレス・スティール製のメタル・ドームとコントラストをなしている。言わば2重外皮とも取れるデザイン・コンセプトは、コンサートホールを音響的に独立させ、近くを走る鉄道が発する騒音もシャットアウトしている。こうしたデザインが、近隣環境への音響的配慮を十分考慮したものと好評なのだ。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

建築家ベルナール・チュミの洗練されたデザイン力が発揮された作品

世界的に著名な建築設計事務所であるオブ・アラップ・ニューヨーク社が音響設計を担当したのも効果を発揮している。施主であるロゼ学院からの「カーナル・ホール」についての要求事項は、非常に野心的なものであった。曰く、国際的な学生コミュニティにサービスできるワールド・クラスのコンサートホールであると同時に、世界一流のオーケストラを迎えられるものであった。実際に建築家のベルナール・チュミは粋を凝らしたデザインを展開した。その結果「カーナル・ホール」のオープニングには、世界的に著名な巨匠シャルル・デュトワの指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の豪華なパフォーマンスが、アカデミックなアトモスフィアの中で開催された。

今から40年ほど前の1982年、パリの「ラ・ヴィレット公園」のコンペに勝利し、一躍世界の建築界に頭角を現した建築家ベルナール・チュミは、ル・コルビュジエと同様スイス人ながらフランス国籍を取り、同国で活躍してきた。その後ニューヨークにも事務所を開設し、コロンビア大学建築プランニング保存学部長を務めながらデザイン活動をし、同大学にエポック・メイキングな「ラーナー・ホール」を設計し話題になった。現在はニューヨークとパリで設計に専念している。

数カ月前に、久しぶりに彼の中国に完成した「ビンハイ科学博物館」の資料を見たが、要塞のようなその斬新なデザインは目を見張るものがあった。今回はそれとは違って、故郷スイスに完成した未来的な相貌をした、先端的ハイエンドかつサステイナブルなコンサートホールが生まれたことにより、彼の洗練された衰えを知らぬデザイン力を、まざまざと見せつけられた感じである。

(c)Christian Richters

(c)Christian Richters

世界の名建築を訪ねて。巨石の彫刻が躍る韓国の人気デパート「クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)」/ソウル市

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載5回目。今回は、韓国・ソウル南部にある“デパート”「クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)」(設計:クリス・ヴァン・ドゥイン/OMA)を紹介する。

驚愕的ファサードで魅了する最新の韓国デパート「クァンギョ・ガレリア」

韓国は隣国の中国ほどではないにしても、アジアでは著名海外建築家のデザイン作品が多い国である。例えばレム・コールハース(オランダ)が率いるOMA(Office for Metropolitan Architecture)がデザインした「ソウル国立大学美術館」を筆頭に、ザハ・ハディド(英)の「東大門デザイン・プラザ」、ジャン・ヌーヴェル(仏)の「サムスン美術館 Leeum」、MVRDV(オランダ)の「ソウル・スカイ・ガーデンズ」など、日本と比較したらそうそうたる世界の著名建築家の作品が非常に多いのだ。

今回OMAのパートナーのひとり、クリス・ヴァン・ドゥインがデザインした「クァンギョ・ガレリア(光教ガレリア)」は、1970年代に韓国で初めて生まれた大規模デパートであるガレリアの支店である。以来同デパートは韓国の小売市場において、先端を疾走する大手デパートに成長してきた。今回の新店舗はソウル南部にあるニュータウンのクァンギョ地区に完成した国内6番目の支店で、同社の最大規模のデパートとなった。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

レム・コールハースによるOMAの建築デザインは、非常に多様性があることは世界的に知られた事実であり、全世界にユニークな建築を数多く展開してきた。そうした作品群のなかでも、今回クァンギョに完成した作品は、ビックリもののデザインだ。建物はまさに奇想なデザインをまとった巨大な岩石の彫刻といった印象である。都市のワン・ブロックを占める巨大な矩形の岩石を切り出したような外壁に、切子面状のガラス開口部が、蛇のようにくねって外壁に取り付いているといった特異な外観である。この強烈なアイデンティティーの表現は、OMAデザインの中でも異色中の異色と言える代物であろう。

“自然”にインスパイアされた建築は、市民の視覚的な拠り所に

クァンギョ・ニュータウンの中心街の大通りに位置するこの建物は、新興のアーバン・ディベロップメント(都市開発)による特有の高層集合住宅タワー群に囲まれている。「クァンギョ・ガレリア」のファサードは、自然石のような素材をモザイク状に張り巡らせた不思議な表情に驚かされる。そのような自然的ファサードと、蛇のように曲がりくねるガラス開口部が、異様なシナジー効果(相乗効果)を発揮して人々を驚愕させる。それは近隣にあるクァンギョ・レイクパーク(光教湖水公園)における自然を参照したデザインなのだ。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

建物はそのクァンギョ・レイクパークと、林立する高層集合住宅タワー群のちょうど中間あたりに位置している。建物の外壁を覆うストーン・ファサードのようなテクスチャーが、レイクパークにある岩壁などの自然を喚起させると同時に、クァンギョ市民の自然に対する視覚的な拠り所となっている。

建物は地下1階・地上12階建ての大きなデパートである。外壁を取り巻く長い開口部は、1階から徐々に上昇しながら建物をループ状に取り巻いて行き、文化的なアクティビティもできるルーフ・ガーデンに至る。つまりこの開口部の内部は来客用のパブリック・ループ(回廊)となっており、クァンギョの街並みを楽しみながら、自分の目指す売り場へと至ることができるデザインとなっている。パブリック・ループの途中には、特にコーナー部分には、レスト・スペース、エキシビションやパフォーミング・スペースが設けられており、買い物客は休息したり、展示を見たり、パフォーマンスをしたりすることができる。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

クリス・ヴァン・ドゥインが意図したデザイン・ポイントは、「ショッピングとカルチャー」、「都市と自然」という二項対立的なものをミックスすることで、ショッピングの予測可能性をはるかに超えた場所としてのデパートである「クァンギョ・ガレリア」が、市民に親しまれることであった。そのように単なるショッピングではなく、付加価値を加味して、ショッピングというアクティビティをさらなる高次元へと進化させていく狙いが見事に成功しているデパート・デザインである。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

日本にもある! OMAパートナーによるデザイン「虎ノ門ヒルズ・ステーション・タワー」

設計を担当したOMAのクリス・ヴァン・ドゥインはデルフト工科大学でマスターを取得した。1996年にOMAに参加し、2014年にパートナーになった逸材。OMAの代表作のひとつである北京の「CCTV(中国中央電視台本部ビル)」をはじめとする主にアジアの作品を担当してきたが、「ユニヴァーサル・スタジオ・ロサンゼルス」「プラダ・ニューヨーク&ロサンゼルス・ストアーズ」などアメリカ作品をも担当。近年では「モスクワ現代ガレージ美術館」(2015)、「ミラノ・プラダ財団」(2015)、「アレクシ・ド・トクビル図書館」(2017)なども手掛けたシャープなセンスをもつパートナーである。
なお現在OMAには8名のパートナーがおり、ロッテルダムの本社以外の世界各地に赴任して活動している。日本人唯一のパートナーである重松象平氏はニューヨークにおり、アメリカを担当しているが、現在「虎ノ門ヒルズ・ステーション・タワー」のデザインにもタッチしている。

●関連サイト
クアンギョ・ガレリア
OMA

世界の名建築を訪ねて。マリーナ湾に浮かぶガラスの球体“アップルストア” 「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ(Apple Marina Bay Sands)」/シンガポール

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載4回目。今回は、マリーナ湾に浮くドーム状の“Apple Store(アップルストア)”「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ(Apple Marina Bay Sands)」(シンガポール)を紹介する。

頂部にオキュラス(中心眼)をもつガラス・ドーム空間

シンガポールの著名観光スポットといえばマーライオンと「マリーナ・ベイ・サンズ」だが、後者はカナダの著名建築家モシェ・サフディが設計した誰もが知る著名ホテルだ。地上200mに長さ150mのプールがあるホテルの登場で、シンガポール観光というと、マリーナ・ベイ(湾)界隈はさらに世界的な知名度をもつようになった。

ところがその後マーライオンの対面で、「マリーナ・ベイ・サンズ」側の水面にひょっこり顔を出してきたのが、丸っこいガラス・ボール形の建築である。このガラス・ボールはアップルのスマートショップで、いわばシンガポールの都市に進出していくスターティング・ポイントとなる「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」だ。

マリーナ・ベイに浮かぶ「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」(写真左側)Photo by Finbarr Fallon

マリーナ・ベイに浮かぶ「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」(写真左側)Photo by Finbarr Fallon

マリーナ・ベイの水面にユニーク極まりない姿を現した直径30mのガラス・ボールは、ブラック・ガラスが低部を覆い、上部は透明ガラスが球の形で立ち上がっている。建物のデザインはアップル社のデザイン・チームと、フォスター+パートナーズのエンジニアリングとデザイン・チームの緊密な協働の結果生まれたものである。「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」は、透明性と影が織なす絶妙な光に満ちた空間として話題となっている。

ドーム状の空間は114枚のガラス・パネルで構成建物は内外空間の境界を溶融させ、水面に静かに浮かぶミニマルな建築となっている。そこからはマリーナ湾とスペクタキュラーなシンガポールのスカイラインを仰ぎ見ることができる。構造的にはスチールとガラスのハイブリッドな建築として機能している。カーブした構造的なガラス・パネルは側面からスチール・エレメントを支え、側面からのロードに対抗する全体的な形態を強固なものにしている。

内部に装備された日除けにより、ガラス張りのインテリア・スペースはクールさを保っている。シンガポールには独自のサスティナビリティの評価システムであるグリーン・マークがある。ここで使用された114枚のガラス・パネルは、このグリーン・マークで決められたガラスの性能指標にマッチするものが選ばれた。 

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

ガラス張り空間の内壁に装着された同心円サンシェード・リングと呼ばれる日除けは、建物の頂部に近づくにつれて小さくなり、店内の雑音吸収効果も発揮している。さらに重要なことは、それらが昼光を拡散させ上部のリングへと反射させ、ストラクチャーそのものを非物質化させるマジック効果を発揮しているのだ。頂部にある半透明なオキュラス(中心眼)は、有名なローマ時代の古代建築である「パンテオン」を参照したもので、空間をよぎるドラマティックな光のシャフトを現出させている。

ガラス・ドームそのものはエフェメラル(希薄)な存在といえるかもしれない。その効果は非常に静穏で、光の変化するプロセスと色彩は微妙な効果を発揮して魅力的だ。それは単にアップルの驚異的な商品へのセレブレーションのみならず、自然光への賛歌ではないだろうか。

店内にはマリーナ湾の景色や店内を見渡せるスペースも

建物はガラス張り空間のために、シンガポールの理想とするガーデン・シティの都市景観がインテリア空間に流れ込んでくる。内部のペリメーター(周辺)部分に配置された樹木群は、レザーを貼ったプランターに植え込まれているが、ビジターはレザーの上に座り、店内の雰囲気やマリーナ湾の素晴らしい景色をエンジョイすることができる。

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」へは、ふたつのアクセスが可能となっている。ひとつは水上に架けられたアクセス・ブリッジを渡る方法。もうひとつはマリーナ・ベイ・サンズの店舗群の通りである長さ45m、幅7.6mの通路を抜けて、両側に配されたアップル特有のアヴェニュー・ディスプレイがある石のエントランスへとアクセスする。これが地下にあるドラマティックなエスカレーターに繋がっている。ここから両サイドがミラーの壁になったエスカレーター・シャフトの中を上昇していくと、ビジターはカレイドスコープ(万華鏡)のごとき目くるめく体験に圧倒される仕組みとなっている。

日本から7時間半ほどのフライトでいけるシンガポールは、アジアの中ではトップクラスの観光地である。しかも国をあげて安全・清潔な街を志しているのが素晴らしい。特にここに紹介したマリーナ湾界隈には著名なスポットがたくさんあって、家族ツアーなどにもばっちりあっているし、世界的な建築家、丹下健三氏が都市計画を手がけており、建築好きにも見逃せない街である。

●関連サイト
Apple Marina Bay Sands

世界の名建築を訪ねて。“曲面テラス” に覆われた超高層集合住宅タワー「アクア・タワー(Aqua Tower)」/アメリカ・シカゴ

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載3回目は、“曲面テラス”がユニークな超高層集合住宅タワー「アクア・タワー(Aqua Tower)」(アメリカ・シカゴ)を紹介する。

曲面テラスが醸すユニークな超高層集合住宅タワー(c) Hedrich Blessing

(c) Hedrich Blessing

今日、ニューヨークは超高層ビル群が櫛比(しっぴ)する垂直都市として世界的に知られている。スレンダーなスカイスクレーパー(超高層ビル)群が林立する様は、まさに経済的なシンボルともいわれている。だが摩天楼発祥の地はシカゴなのだ。シカゴにはかつて長らく米国1の高さを誇っていた高さ442mの「ウィリス・タワー(旧シアーズ・タワー)」や、それに続く344mの「ジョン・ハンコック・センター」があり、それらの偉容は、シカゴの超高層都市としてのアーバン・イメージを特徴づけてきた。

そうした中、シカゴをベースに活躍する女性建築家ジーン・ギャングが率いる建築設計スタジオ・ギャングが登場し、ここ20数年、主にユニークな集合住宅タワーを設計し評判になっている。彼女は1997年に事務所をシカゴに開設。女性建築家として世界的に有名であったイギリスのザハ・ハディド亡きあと、徐々にアメリカから世界を視野に収めた活動を展開しているスター・アーキテクトである。

彼女が数年前に発表したマルチ・ファンクショナル(多機能的)な集合住宅タワーが、世界的に評判で話題になっている。82階建て約263mの高さを誇る「アクア・タワー」は、4~18階にホテル、19~52階にレンタル・アパートメント、53~79階にコンドミニアム、80~81階(※)にペントハウスが配されている延床面積176,510m2の大きな超高層建築である。いわゆるブラウンフィールド(古い工場などの廃棄跡地)と呼ばれる約16,700m2の敷地に立つ建物は、敷地の50%をグリーンのオープン・スペースとして開放し、シカゴの標準的なゾーニング基準である25%をはるかに超えている寛大なデザインが人気である。この集合住宅タワーの発表で、彼女は一躍世界的に知られるようになった。
※米国では日本の1階部分をグラウンド0(0階)とするため、82階部分は、81階と呼ぶ

(c) Hedrich Blessing

(c) Hedrich Blessing

眺望を追求し、最大3.6m突出させたテラス

「アクア・タワー」が一見して他のビルと異なるのは、そのユニークな外観にある。建物が立つエリアはミシガン湖に近いが、周辺には同規模のタワー群が建ち並んでおり、眺望を楽しむビュー・ライン(視線)がところどころで遮られているのが現状だ。そのため近隣に立つビル郡の間隙(かんげき)を縫って眺望視線を獲得するために、テラスに工夫が施されているのだ。

(c) Hedrich Blessing

(c) Hedrich Blessing

建物は各階のプランがコンタ・ライン(等高線)のようにうねっている。特にテラスは曲面となって最大3.6mほど突出している。それは眺望、日影、ルーム・サイズ、居室タイプによって異なっている。建物外壁を見上げると、それらが機能に根ざした非常に彫刻的なヴァーティカル・ランドスケープ(垂直の景観)を呈しているのだ。「アクア・タワー」は強烈なアイデンティティーを生み出し、シカゴ・スカイラインにおける個性的なランドマーク建築として登場したのである。

3階の広いルーフガーデンには多数のアメニティー施設が3階平面図(画像提供/筆者)

3階平面図(画像提供/筆者)

建物はシカゴの建築群の中で、最も広いグリーン・ルーフガーデンのひとつをもつビルとしても知られている。3階の広いルーフガーデンには多数のアメニティー施設があり、住民は自由な時間を楽しく過ごすために、外部に行かなくても十分事足りるようになっている。アメニティーとしては、プールをはじめ、ジム、シアター、ジョギング・コース、室内プール、見晴台、庭園、囲炉裏、禅ガーデン、ヨガ・テラス、バーベキュー・コーナー、脱衣室など、多くのヘルスケア&エンターテイメント施設が充実している。またサスティナブル・デザインとして、自然採光、自然換気、雨水利用をはじめ、開口部まわりには6種類ものガラスが使用されている。特にバード・ストライク(鳥の衝突)予防のために、フリット・ガラスを使用するなど、配慮が行き届いた超高層集合住宅タワーでもある。

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Aqua Tower
スタジオ・ギャング

世界の名建築を訪ねて。ザハ・ハディドによる“熔融した建築”「オウパスMEドバイ・ホテル(ME Dubai Hotel at the Opus)」/ドバイ

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載2回目は、国際的な女性建築家として知られたザハ・ハディド(Zaha Hadid)によるホテル「ME Dubai Hotel at the Opus(オウパスMEドバイ・ホテル)」(ドバイ)を紹介する。

建築が熔融した形態美学

2021年10月から2022年3月まで、ドバイ国際博覧会が開催された。アラブ首長国連邦(UAE)切っての経済都市ドバイ。周知のように現在世界最高の828mの高さを誇るタワー「ブルジュ・ハリファ」があり、一説によれば1,700億円ほどの建設費と聞く。ドバイは中近東エリアでは有数の観光地であることはいうまでもないし、近くのアブダビもリッチな国で「ルーブル・アブダビ」という名建築がある。

国際的な女性建築家として知られたザハ・ハディドは、2004年に世界的に権威あるプリツカー賞を、女性で初めて受賞するという名誉に輝いた。彼女の流麗な曲線美を表現した作風は、世界の建築界を広く席巻してきた。

(Photo by Masayuki Fuchigami)

(Photo by Masayuki Fuchigami)

彼女が設計した「オウパスME ドバイ・ホテル」は、ドバイ・ダウンタウンとドバイ・ウォーター・カナルのビジネス・ベイに近いブルジュ・ハリファ地区にある。ということは上述のタワーの名前はこのエリアの地名にもなっているのだ。ザハ・ハディドが2007年にデザインしたこのホテルは、彼女が建築とインテリアを一緒に設計した唯一のホテルとして有名である。それはソリッド&ヴォイド(固体&空洞)、不透明&透明、インテリア&エクステリアというハイブリッドのバランスをコンセプトとしてデザインしたものである。

ホテルはかなり広く、延床面積が84,300m2もある建物は別個のふたつのタワーとしてデザインされ、それらを合体することで、キューブ形の全体として誕生した。ザハ・ハディドによれば、キューブの中心部は熔融し、建物デザイン上の非常に重要なボリュームである自由な形態の空間を創造しているという。建物両サイドの塔状部分は、地上レベルでは4層吹抜けのアトリウムで連結され、地上71mの位置では非対称な幅38mの空中ブリッジで連結されている。

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

ガラス・キューブとなっている建物の直覚的な幾何学形態は、その中央にある8層吹抜けのヴォイド空間の流動性とは、ドラマティックな対照をなしている。またキューブの二重ガラス・インシュレーション・ファサードは、UV(紫外線)コーティングと鏡面フリット・パターンによってソーラー・ゲインを減少させている。建物全体に応用されたこのフリット・パターンは、建物の矩形フォームの明るさを強調している。他方、絶えざる反射と透明の変化による光の戯れを通して、建物全体のボリューム感を減少させている。 
 
ヴォイド空間のファサードは6,000m2もあり、4,300枚の一重もしくは二重のカーブしたガラス・ユニットで覆われている。高効率のガラス・ユニットは非常に複雑な構成となっている。8mm厚のロウ・アイアン・ガラス(内側にコーティング)、16mmの間隙、および6mm厚の二重クリア・ガラスに1.52mmPVC樹脂をラミネートしたもので構成されている。ヴォイド空間のカーブしたファサードは、3Dデジタル・モデリングでデザインされたもので、強化ガラスを必要とする部分にも使用されている。

四角い形の建物のガラス張りファサードは、昼間は空をはじめ、太陽、周辺の都市景観を映し出す一方、夜間のヴォイド空間は個々のガラス・パネルに装備されたアジャスタブル(調節できる)なLEDライトのイルミネーションがダイナミックに輝いている。

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

ホテルのインテリアに目を向けると、ザハ・ハディド自身がデザインした家具がホテル全域にわたって使用されている。ペタリナス・ソファとオットマンがロビーに配されている。これらは長いライフサイクルをもつ材料からできており、その構成部材はリサイクル可能というサステイナブル・デザイン。ベッドはオウパス・ベッドが使用され、デスク付きのワーク&プレイ・コンビネーション・ソファはスィートルームなどに置かれている。そのほか、彼女が2015年にデザインしたヴィターエ・バスルームが各客室に使用されている。つまりこのホテルは、全てがザハ・ハディドのデザインで埋め尽くされた貴重な建築作品なのだ。

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

「オウパスMEドバイ・ホテル」には74の客室と19のスィートルームがある。そのほか「ザ・オウパス・ビル」全体では、オフィス、サービス付きレジデンス、レストラン、カフェ、バーなどがある。また有名な日本の炉端焼きレストランのROKAや、MAINEランド・ブラッセリーなどが入っているようだ。

「ザ・オウパス」ビルでは建物全域にあるセンサーが、省エネのためにホテルの混雑具合を判断して換気と照明を自動的に調節する。他方「オウパスMEドバイ・ホテル」は、インターナショナルME(メリア)ホテル群のサステイナブル・デザインと同じシステムを踏襲している。

ゲストは滞在中にホテル内でステンレス・スティールのウォーター・ボトルを受け取り、ホテル中に配置されたウォーター・ディスペンサーから飲料水を得る。客室にプラスティック・ボトルは一切なく、プラスティック・フリー・ホテルとなっている。ホテルではさらに食品廃棄を減らすためにビュッフェをサービスせず、食べ残した食品をリサイクルする生ゴミ処理機を用意しているという。サステイナブル・デザインの先端を疾走する世界的なSDGsホテルでもある。

世界中で先端的な建築を数多くデザインしてきた彼女が、2012年に開催された東京スタジアム・コンペで1等賞となり、来日した時の記者会見で会ったことがある。その時の彼女の晴れやかな佇まいが印象的だった。その後2016年にマイアミの病院で他界してしまったが、今でも彼女がデザインした未完の「東京スタジアム」に憧憬の念を抱いている人は少なくない。

●関連サイト
ME Dubai Hotel