世界の名建築を訪ねて。ザハ・ハディドによる62階建て超高層集合住宅タワー「ワン・サウザンド・ミュージアム(One Thousand Museum)」/アメリカ・マイアミ

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載7回目。今回は、アメリカ・マイアミにある62階建ての超高層の集合住宅「ワン・サウザンド・ミュージアム(One Thousand Museum)」設計:ザハ・ハディド(ザハ・ハディド・アーキテクツ)を紹介する。

マイアミにザハ・ハディドが残した形見。豪華マンション「ワン・サウザンド・ミュージアム」

マイアミといえば、アメリカきっての常夏のリゾート・エリアであるだけに、いわゆるマンションとなると広々としたハイエンドかつゴージャスな建築が多いのは当たり前である。加えてデザイン的見地からも凝った作品が多い。「ワン・サウザンド・ミュージアム」はそのような今日的なマイアミ・スタイルのなかで、一頭地を抜くデザイン性の高い作品ということができる。

建物はマイアミのミュージアム・パークという有名な公園の真向かいに位置している。ビスケーン湾に面した広さ30エーカーの公園は、2013年にマイアミ・ダウンタウンにおける重要な公園のひとつとして開発されたものである。ここには同市の新しいアート・ミュージアムや科学ミュージアムなどの施設があり、知識を与える公園として市民にとっては特に人気のある公園となっている。

((c)Hufton+Crow)

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ザハ・ハディドの設計による高さ約213mの超高層集合住宅タワーである「ワン・サウザンド・ミュージアム」は、62階建て延床面積約84,600m2というかなり大きな集合住宅だ。しかし、全戸数はわずかに83戸と少ないのだ。その内訳はタウン・ハウス:4戸、ハーフ・フロア・ユニット:70戸、フル・フロア・ユニット:8戸、ペントハウス:1戸、駐車場は260台分ある。これから分かるのは、一番小さな住戸でもハーフ・フロアの広さがあり、各住戸は平均3台分の駐車スペースを確保していることになる。まさにマイアミならではの豪華マンションということになる。

((c)Hufton+Crow)

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ザハ・ハディドの超高層ビル研究が活かされた作品

「ワン・サウザンド・ミュージアム」のユニークなデザインは、ザハ・ハディド事務所の超高層ビルに関する研究の成果を引き継いだもので、建物全てに及ぶエンジニアリング技術で裏打ちされたザハ特有の流れるような華麗な建築表現となっている。建物のコンクリート・エクソスケルトン(外骨格)は、ペリメーター部分を流体的なラインでデザインし、それらが構造的支持体である縦型交差ブレース(筋交い)となっている。

最高階から最低階まで一つの連続したフレームで構成された建物は、上昇するに連れてベース部分から立ち上がった柱が扇形に広がるブレースとなり、コーナー部分で側面からの同じようなブレースと繋がることによって建物をひとつの堅固なチューブとし、マイアミの強い風荷重に対抗している。そのカーブした支持体が強烈なハリケーンを物ともしない強固なダイヤゴナル・ブレース(交差ブレース)を形成している。

((c)Hufton+Crow)

((c)Hufton+Crow)

「ワン・サウザンド・ミュージアム」はグラスファイバー強化コンクリート製の型枠を使用(コンクリートの型枠を残して構造材として利用)しており、工事がタワーの上部に進むに連れて所々で残存されているのだ。このような永久的なコンクリート型枠により、また最小のメンテナンスが可能な建築的仕上げとすることができたという。

エクソスケルトンのフレームが建物のペリメーターにあるため、タワーのインテリア・フロアはほとんどコラム・フリー(柱がない状態)となっているメリットがある。外壁に現れた巨大なブレースの曲率により、各階のフロア・プランは少しずつ異なっている。低層階ではテラスがコーナーからキャンティレバー(片側だけが固定され、反対部分が張り出している構造)で出ているのに対し、上層階では巨大なブレースの背後に配されている。

最上階には居住者のためのアクアティクスセンターやラウンジなども

アメニティー施設としては、最上階にアクアティクスセンター、ラウンジ、イベントスペースがあり、ランドスケープデザインが施されたガーデン、テラス、プールなどは、ロビーや居住者用パーキングの上部に設けられている。

((c)Hufton+Crow)

((c)Hufton+Crow)

なお、ザハ・ハディドは2016年3月31日にここマイアミの病院で他界した。ザハ終焉の地に完成した「ワン・サウザンド・ミュージアム」は、彼女の手から生まれた流麗なデザインの形見となっている。それは彼女の冥福を祈っているかのような佇まいで、マイアミの海辺に屹立(きつりつ)しているのである。

●関連サイト
One Thousand Museum

障がい者の部屋探しの苦労を知るからこそ伴走したい、社長・従業員の家族が障がいのある不動産会社。病院付き添いなど入居後もサポート 足立区・メイクホーム

障がいのある人(精神障がいのある人や車椅子の人)が賃貸物件に入居したいと考えたときには、物件探し、入居手続き、そして入居後の生活にも多くの壁があるようです。これらの壁を乗り越えるため、住まい探しから、保証人対応、物件の改修、病院の付き添いまでさまざまなサービスを提供する不動産会社があります。メイクホーム(東京都足立区)の障がいのある人への取り組みについて紹介します。

障がいのある人がぶつかる壁とは

障がいのある人とひと言で言っても、その状態は人によってさまざま。住まい探しには、その人の特徴に合った条件が求められます。視覚障がいのある人であれば、駅から近く、歩いていても事故に遭う心配がないよう歩道があり、道幅の広い道路に面した物件が良いでしょう。また、聴覚障がいのある人であれば、玄関のインターホンの音が聞こえないので、来訪者があることを目で確認できるライトなどの機器を設置する必要があります。

「車椅子でも暮らせるバリアフリーの物件は、場所や条件によりますが、都心であれば最低でも14万円ほどすることが多いです。しかしその家賃が払える人ばかりではありません。障がいのある人で、家族もおらず、生活保護を受けている人は、家賃補助の上限金額である53,700円(東京都一人世帯の場合、また車椅子利用者など特別に部屋探しが困難と認められた場合は69,800円)よりも低い家賃で借りられる物件を探さなくてはならないので、物件は限られます」(メイクホーム石原幸一さん、以下同)

ほかにも内見の際、車椅子を利用する人は一人もしくは二人の介助者が必要だったり、車椅子が物件の床や壁を傷つけないように養生をしなければならなかったりと手間がかかります。障がい者が暮らしていくには、オーナーや近隣に住む人の理解も必要で、一つひとつ状況を説明していくことも欠かせません。
必要とされる対応を知らないことでトラブルに発展する可能性がある上に、仲介手数料や管理費は法や相場から外れた金額にはできないため、対応できる不動産会社が限られているのが現状です。

障がいがある人も、その特徴はさまざま。住まい探しも、その人に合った物件を探す必要がある(画像/PIXTA)

障がいがある人も、その特徴はさまざま。住まい探しも、その人に合った物件を探す必要がある(画像/PIXTA)

社長自身や従業員の家族に障がいがあるからこそ、親身になれる

石原幸一さんが代表を務めるメイクホームは、障がい者や高齢者など、住まい探しが困難な人たちの住まい探しに特化した不動産会社。利用者は約50%が障がいのある人たち、そして残りの50%は高齢者や低所得者など、住宅確保に何かしらの困難を抱えた人たちです。

「不動産会社を始める前から別の事業で障がい者を雇用していたのですが、事業の縮小に伴い、従業員の次の仕事や住まいを探す必要がありました。仕事はすぐに見つかっても、障がいのある従業員が住めるところを見つけるのは大変でした。それがきっかけで障がい者や住宅確保に配慮が必要な人たちの住宅事業に取り組むようになったのです」

石原さん自身も、3年ほど前から視覚障がいがあります。そしてメイクホームで働くスタッフのなかには、石原さんのSNSでの発信や講演会で話を聞いて、集まってきた人も。小さいころから弟に障がいがある人や親戚が発達障がいでなかなかグループホームが見つからない人、また自身ががんを患っていたり、外国人だったりなど、メイクホームに相談に来る人たちと近い立場にいるスタッフが多いそうです。だからこそ、相談者の痛みがわかるのだと、石原さんは言います。

石原さん(左)と盲導犬を連れてメイクホームを訪れた視覚障がいのあるお客さま(右)。自身や家族との体験があるからこそ、抱える痛みや必要なサポートがわかり、相談に来る人たちに寄り添うことができる(写真提供/メイクホーム)

石原さん(左)と盲導犬を連れてメイクホームを訪れた視覚障がいのあるお客さま(右)。自身や家族との体験があるからこそ、抱える痛みや必要なサポートがわかり、相談に来る人たちに寄り添うことができる(写真提供/メイクホーム)

「楽な仕事ではないし、私も従業員に厳しいことも言いますよ。でも辞める人はほとんどいません。障がいによってできることが限られていてもいいんです。人を憎んだり、暴言を吐いたりするような人でないこと。そしてコツコツと努力をする人であれば、仕事はできます」

「壁を乗り越えるには」を追求して広がったサービス

石原さんは「メイクホームの事業の中心は不動産業ではなく、福祉や生活支援」だと言います。自立したいと願う障がい者や、住まい探しに困っている人、一人ひとりに対応していくためにできることをやっていった結果、不動産、リフォーム、引越し、トラブル解決……と、さまざまな事業につながっていったそうです。

居住支援法人でもあるメイクホームは、生活保護を受ける人にも必要なサービスをワンストップで受けられる事業を展開している(画像提供/メイクホーム)

居住支援法人でもあるメイクホームは、生活保護を受ける人にも必要なサービスをワンストップで受けられる事業を展開している(画像提供/メイクホーム)

「私たちが大事にしていることは、何か連絡があったら、断らずに必ず駆けつけるということです」

例えば、DV被害者の人が大阪から東京に逃げてきても、東京に住民票がないので東京都のDV被害センターでは受け入れができません。そこで、石原さんたちが一時的に受け入れをしたこともあったそう。国や地方自治体が法律に縛られてできないことにも支援の手を差し伸べています。

「入居者が倒れて動けなくなったときに備え、室内に赤外線システムを活用した機器を取り付けたり、従業員が1都3県の管理物件を定期的に回ったりするなど、早期発見の策を講じています。家賃保証会社を利用する際に必要になる緊急連絡先のなり手がいない人には、家族などの代わりに連絡を受けて対応する『緊急連絡先協会』も立ち上げました。また、有料で葬儀保険や万一の場合の残置物処理も行っています」

家賃の連帯保証人に代わり、家賃保証会社を利用するケースが増えているが、緊急連絡先が必須となることがほとんど。頼める家族がいない人の入居促進のために、緊急連絡先協会の立ち上げが必要だった(画像提供/メイクホーム)

家賃の連帯保証人に代わり、家賃保証会社を利用するケースが増えているが、緊急連絡先が必須となることがほとんど。頼める家族がいない人の入居促進のために、緊急連絡先協会の立ち上げが必要だった(画像提供/メイクホーム)

そして今後は行政とも協力し、入居者が倒れる前に人感センサーで異常を察知して救出する仕組みをつくろうと準備をしている最中。メイクホームの事業はますます広がりを見せていくようです。

事業として成立させるため、リスク回避のために

数多くのサポートやサービスを整え、必要な居住支援を行うには手間もかかります。会社として事業は成り立つのでしょうか。

「私たちが居住支援を行う不動産会社として事業を継続するために取り入れている特徴的なスキームは『完全管理システム』です。築古などで空室になっているアパートを、投資家から預かった資金でバリアフリーにしたり、手すりを付けたりしてリフォームし、住まいを必要としている人に提供します。

入居者から家賃を回収したり、何かトラブルがあったとしても全ての対応は当社が行い、オーナーさんには入居者がどのような人か、障がいの内容や詳しい事情については一切伝えません。その代わり、確実に家賃としての収入を確保するというものです」

住宅の確保に配慮が必要な人たちは、ひんぱんに引越すことは少なく、一度入居したら長く住み続けることが多いそう。例え空室が出ても、住まいを確保できずに困っている人はたくさんいるので、すぐに次の入居者が見つかるのもオーナーにとってのメリットだと石原さんは言います。

半面、家賃滞納や孤独死、近隣とのトラブルなど、オーナーが不安に思うリスクは全てメイクホームが負います。この方法で、空室率は2%以下を保っているそうです。

「一見、サブリース(不動産会社などが、土地や建物のオーナーから不動産を一括して借り上げて事業展開する形態)のように見えますが、サブリース物件はほとんどありません。事業者が収益をコントロールしやすいサブリース契約よりも管理費のみをいただく管理委託契約のほうが、一般的にはオーナーの収入が増えることが多く、ひいてはより多くの入居者を受け入れることにつながると考えています」

メイクホームの完全管理システム。メイクホームが利用者とオーナーの間に入り、入居者の募集と契約、家賃回収、建物の原状回復やリフォーム、さまざまなトラブルの解決と管理業務の全てを代行する(画像提供/メイクホーム)

メイクホームの完全管理システム。メイクホームが利用者とオーナーの間に入り、入居者の募集と契約、家賃回収、建物の原状回復やリフォーム、さまざまなトラブルの解決と管理業務の全てを代行する(画像提供/メイクホーム)

住宅・不動産業界全体に支援の輪を広げる

メイクホームは、1都3県を対象エリアとして事業を展開していますが、全国のあらゆる地域でこのようなサポートを望む声は多くあります。そこでより多くのエリアに取り組みを広げるため、志を同じくする仲間を募集し、フランチャイズ事業を始めました。研修を行った上で、行政から直接相談を受けられる体制を整え、メイクホームが提供してきたサービスを展開します。石原さんによれば「必要なのは、優しさとお客さまを思いやる気持ち、そして共感する心」だそう。

一方、地方では空室率が30%を超える地域もあり、このままではアパート経営が続けられなくなるかもと不安を抱えるオーナーも増えています。今や3人に1人は高齢者という時代。さらに高齢化は進むと考えられ、高齢者や障がい者など、これまでオーナーが入居を敬遠しがちだった人たちをも受け入れることが必要になっていくでしょう。

「今後、住まいは箱、ハードとしての問題よりも、入居する人たちを支える福祉などのサービス、ソフトの問題が大きくなってくる」と石原さんは考えます。介護・看護や見守りが必要な人たちへのケアと不動産事業が合体したメイクホームのような事業展開が全国規模で必要なのです。

自治体からの要望を受け、オーナー向けの講演を行うことも。石原さんは「これまで培ってきたノウハウを積極的に広めていきたい」と話す(写真提供/メイクホーム)

自治体からの要望を受け、オーナー向けの講演を行うことも。石原さんは「これまで培ってきたノウハウを積極的に広めていきたい」と話す(写真提供/メイクホーム)

そして、石原さんの訴えは、少しずつ社会にも変化をもたらしているようです。

「各メディアから出演依頼が定期的にあり、地方自治体のセミナーの参加者も年々増えています。オーナーさまからもどのようなリフォームをしたら障がい者の受け入れがしやすくなるのか、などの質問が多く寄せられるようになりました。私たちの居住支援の取り組みを知り、自分も取り組もうという意志のある方や活動に共感していただける方が増えてきていると感じます」

これまでにメイクホームに相談して住まいを見つけた人は、精神疾患のある人、聴覚障がい者、視覚障がい者、車椅子生活者など、さまざま。「多くの不動産会社から断られたが、メイクグループに相談をして希望通りの部屋を見つけてもらった」「携帯電話や住民票の手続きをサポートしてくれ、引越しも引き受けてくれた」「車椅子で生活できるよう、段差の少ない物件を探してくれた。内見の際も毎回車椅子を積んで病院まで迎えにきてくれた」など、感謝の声がたくさん寄せられています。

相談した人たちの「寄り添って共に取り組んでくれた。本当に心強い味方だ」という言葉に、メイクホームの居住支援の本質が表れているのでしょう。

メイクホームでは、SUUMOと協力して視覚・聴覚障がい者がネットで内見できる動画を作成するなどして新しい物件紹介の方法を模索したり、スマートウォッチの装着によって入居者に異常があった際に自動通知を行う仕組みづくりを検討したりしています。さらに大手企業や行政とも連携してバリアフリーや点字ブロックの設置を進めるなど、障がい者や高齢者も暮らしやすいコンパクトな街づくりを目指していきたいと考えているそうです。

しかし、住まいの確保には物理的な問題、何かトラブルが起きた際の対応だけでなく、未だ差別や偏見も存在するとのこと。石原さんは、子どものころから、障がいのある人とそうでない人が一緒に学べる、インクルーシブ教育が必要だと言います。人間の多様性を尊重し、障がいがある人もない人も、自然に近くにいることが当たり前だと思える社会をつくることこそが真のバリアフリーな社会につながるのかもしれません。

「広く大勢を助けることは難しくとも、せめて目の前にいる困った人は助けたい」。これが石原さんが常に持ち続ける思いです。私たち一人ひとりがこのような思いを少しずつでも共有できれば、世の中はもっと優しくなれるのではないでしょうか。

●取材協力
メイクホーム株式会社

「コンテナハウス」のスゴすぎる世界。空き家・防災対策など日本の住宅問題を解決する!?

今、コンパクトな平屋が注目を集めていますが、タイニーハウス(小屋)やトレーラーハウス、コンテナハウスにも注目が集まっています。今回は、物流用コンテナを住まいや店舗などとして活用するコンテナハウスにフォーカス。実は空き家対策や防災対策などでも活用されているのです。そのコンテナハウスの最前線について、日本コンテナハウス建築協会会長の菅原修一さんに話を伺いました。

店舗やホテル、住宅……。コンテナの使い道は実に多彩!

コンテナとは、船や鉄道などの輸送に使われる容器、入れ物のこと。サイズは普及しているもので20ftと40ftが主流であり、大型トレーラー車両がけん引していたり、鉄道の貨物輸送などに使われている12ftと31ftサイズを大型車両が輸送しているのを見かけたことがある人も多いことでしょう。

コンテナ(写真/PIXTA)

コンテナ(写真/PIXTA)

コンテナは世界中の輸送で使用されることから、強度が高く、過酷な環境にも耐え、しかも容易に移動させることができるのです。そのため、このコンテナを住まい、ホテル、店舗などとして活用するケースが増えてきました。例えば、2022年に開催されたFIFAワールドカップカタール大会ではコンテナを建材として積み上げてスタジアムとしたり、ホテルとしても活用されていました。コロナ禍では臨時の医療拠点になったこともあるといい、多用途かつ多目的に使うことができるのです。

「コンテナは日本のみならず世界中で使われていて、港で積荷を降ろし、帰りに荷物を載せる必要がない場合は現地で売り払うのです。そのため、各国で中古コンテナ市場が形成されています。日本でもコンテナは手ごろな価格帯で販売されて、フリマアプリやオークションでも取引されています。こうした中古コンテナを入手し、内外装を施して住居や店舗、ホテルなどに改造して活用しているのです。コンテナを連結したり、多層構造にすることもできますし、インテリアの自由度も高く、フルカスタムで世界に一つだけのコンテナハウスやショップがつくれるんですよ」と話すのは日本コンテナハウス建築協会の菅原修一さん。

なるほど、コンテナハウスのメリットをまとめると、
(1)躯体が頑丈
(2)価格が手ごろ
(3)内装の自由度が高い
(4)工期が短くて済む
(5)移動ができる
(6)不要になったら撤去、売却、再利用ができる
という点にあるようです。世界中で建築資材が高騰しているなか、こうしてみると人気が出るのは当たり前、といえます。

20ftのコンテナを平置きにして店舗にした例。広さは8畳ほど(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

20ftのコンテナを平置きにして店舗にした例。広さは8畳ほど(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

カフェ内部に入るとコンテナであると気づかない(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

カフェ内部に入るとコンテナであると気づかない(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

40ft(約12m強)のコンテナ3台を並べて店舗にした。千代田区4番町にあるその名も「No.4」。広さにして約80平米(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

40ft(約12m強)のコンテナ3台を並べて店舗にした。千代田区4番町にあるその名も「No.4」。広さにして約80平米(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

天井を見るとコンテナだな、とわかる(写真撮影/嘉屋恭子)

天井を見るとコンテナだな、とわかる(写真撮影/嘉屋恭子)

上下に積み重ねることで、多層構造にもなる(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

上下に積み重ねることで、多層構造にもなる(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

建物内部、吹き抜けで開放的な空間に(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

建物内部、吹き抜けで開放的な空間に(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナの耐用年数60~70年。使い捨てにならず離島や空き家対策にも!

さまざまなメリットがあるコンテナハウスですが、(6)不要になったら解体、売却できるため、「使い捨てにならない」という面でもすぐれています。

「コンテナは先ほど紹介したように各国で利用されているため、使い終わっても廃棄とはなりません。使い捨てなんてもうカッコ悪いし、時代に合わない。場所や用途に合わせて長く使っていく時代です。コンテナの耐用年数は一概にはいえませんが60年~70年は使用できるでしょう。もちろん、海沿いなどの環境条件やメンテナンスなどによって異なってきますが、少なくとも40年~50年は使用できると思います」とのこと。

持続可能なまちづくりや開発は、今や避けては通れない課題です。必要なときに、必要に応じて住まいや店舗、医療施設、学校を建設することも可能です。

コンテナの移動性、構造強度が強いことを利用し、「コンテナに建設資材や物資を積んで、現地に行って、住宅や学校、医療施設をつくることも可能です。基礎は現地で施工し、コンテナはそのまま躯体として活用、積んでいった窓や建材を使って建物をつくるのです。離島は、建築物を建てようとすると資材の輸送費、人材の移動費などの関係で建設コストが高くなりますが、これなら容易につくることが可能です。さらに、離島防衛、国土強靭化にも役立つんですよ。日本だけでなく世界の災害発生時や紛争地帯、アフリカなどの援助にも活用されています」と菅原さん。

石垣島のリゾートホテル『ぱいぬ島リゾート』(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

石垣島のリゾートホテル『ぱいぬ島リゾート』(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナを斜めにしてインパクトのある建築物に。構造計算もしてあるため、強度にも問題ないという(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナを斜めにしてインパクトのある建築物に。構造計算もしてあるため、強度にも問題ないという(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

客室。こちらもコンテナとは気が付かないはず(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

客室。こちらもコンテナとは気が付かないはず(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

日本では、東日本大震災のときもコンテナハウスは仮設住宅として活躍しました。現在では、トイレやお風呂もついたものを道の駅などに設置しておき、災害発生時は被災者を受け入れる、または被災地まで出向き、仮設住宅として使うという計画もあるといいます。

災害発生時に建設される仮設住宅は、一定程度の敷地が必要で、設置・解体廃棄にもコスト、工期がかかり、そのコストは1棟500万とも600万ともいわれています。コンテナハウスであれば、平時は宿泊施設などとして活用しながら、非常市は仮設住宅になるのであれば無駄もなく、解体、廃棄する必要がありません。地震だけでなく、台風、水害などの自然災害が多発している今、こうした備えは全国各地で普及していくことでしょう。

東日本大震災では仮設住宅としても使われた(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

東日本大震災では仮設住宅としても使われた(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

また、日本の喫緊の課題でもある空き家活用にも、コンテナハウスは役立つ、といいます。

「今、築100年、200年の立派な古民家が日本各地で空き家になっていますが、現在の建築基準を満たそうとすると、耐震性や断熱性などの改修費用が高くなることから、初期費用が高く、利活用の妨げになっています。そこでコンテナハウスと木造住宅の混構造のリノベを提案しています。コンテナにトイレとバス、寝室をもうけて寝室部分とします。木造は、ダイニングや共用部分とするとよいでしょう。ホテルでも自宅でも、なにかあっても耐火性、耐震性も高いのでシェルターになりますし、命を守ることができます」

こうして聞いてみると、用途は限りなくありますし、繰り返し使えます。太陽光発電と蓄電池、下水は浄化槽、空気中の水蒸気を飲み水になどの技術と組み合わせることで、容易にオフグリッド住宅にもなることでしょう。安全性、汎用性が高く、持続可能というあらゆる意味で、21世紀の住まいのスタンダードにもなりそう、そんな気すらしてきます。

建築基準法準拠、断熱や遮熱など、価格以外にも留意を

「国際海上コンテナは世界中で使われているので、国際的に規格化したISOという規格で統一されています。ただし、住居や店舗など、固定した建築物として使う場合は、ISO規格+日本の建築基準法に適合したJIS規格に適合した『建築専用コンテナ』でないといけません。違いは複数ありますが、大きくは使用している鋼材と構法が異なります。そのため、価格ばかりに目を奪われ、何も知らないで中古コンテナを購入、建築すると違法建築になることもあるんです。現に私の元には、『行政から違法建築といわれた』という相談が増えています」と菅原さん。

「ISOコンテナ」と「JISコンテナ」の外地

菅原さんの取材を基に筆者作成

また、海上輸送コンテナはパネル構造でつくられているため、窓やドアを設置するために開口部を設けると強度が大きく損なわれてしまうことも。建築基準法を満たした建築コンテナはラーメン構造であるためこうした問題は発生しませんが、コンテナハウスを手掛ける業者がそもそもこうした建築法規を知らないケースもあるため、注意が必要だといいます。

あわせて、注意したいのが住み心地/使い心地に直結する、断熱や遮熱、気密性です。
「コンテナハウスは北海道から沖縄まで日本全国で使われており、建築基準法を基にきちんと設計・施工すれば住居として冬暖かく、夏も快適に過ごせることがわかっています。ただ、コンテナそのものは壁が1.6mm~2.0mmの鉄板ですぐに熱を通してしまうため、建物内部に断熱材を施工するほか、気密性も高めないといけません。単純に断熱材が入っていればOKではなく、発泡ウレタン吹き付け、ロックウール、グラスウールなど、どのような材料が使われているか、またその厚み、施工精度が非常に重要になります。きちんと施工されていないと、コンテナ壁鋼板と内装仕上げ下地材の空気層が結露してしまってそこからカビが生えてきた……というトラブルも発生しています」(菅原さん)

気密性も同様、どれだけ頑丈なコンテナであっても開口部などから空気が漏れてしまっては意味がありません。コンテナハウスでは、土地の条件、内装の意匠性にもよりますが1棟で700~800万円ほどが目安で、建築法令の理解や施工の精度も含めて、コンテナハウスを扱う業者を選んでほしいとのこと。

コンテナを店舗にしたケース(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナを店舗にしたケース(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナをつかった住まい。インダストリアルの雰囲気がかっこいい(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

コンテナをつかった住まい。インダストリアルの雰囲気がかっこいい(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

過疎地域に役立つ無人コンビニにもなる(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

過疎地域に役立つ無人コンビニにもなる(写真提供/コンテナハウス2040.jp)

カッコよくて、快適、時代にもあったコンテナハウス。自然災害や離島、空き家問題への活用など、日本の住宅問題をまるっと解決する「コンテナ」の活用方法を聞くたび、筆者はワクワクがとまりませんでした。何より、ひとり1コンテナで、家賃や住宅ローンに縛られず、のびのび暮らせる未来がきたら、楽しいですよね。住宅はコンパクトで、もっと自由度の高いものへ。コンテナハウスにもっと光があたる日も近い気がします。

●取材協力
一般社団法人日本コンテナハウス建築協会
株式会社コンテナハウス2040.jp

SNSが浸透した今、インテリア提案も新たな局面へ。感性を形にするデザインシステムとは?

積水ハウスが、新デザイン提案システム「life knit design(ライフ ニット デザイン)」を6月30日から全国で始動するという。そのプレス向けの発表会が、6月20日に開催された。併せて、「life knit atelier(ライフ ニット アトリエ)」の内覧会もあり、筆者も参加してみた。

【今週の住活トピック】
「life knit design(ライフニットデザイン)」6月30日始動/積水ハウス

「和・洋・モダン」などから、「静・優・凛・暖・艶・奏」の6分類へ

積水ハウスの説明によると、“感性”を住まいに映し出すのが、新デザイン提案システム「life knit design」だという。“時間と共に愛着を編み込む住まい”といった意味合いがあるそうだ。これまでは、その時々に流行した「和・洋・モダン」などといったテイストをベースにしていたが、より普遍的な“感性”をベースにした空間提案をするのが、ライフ ニット デザインということだ。

その感性とは、これまでの積水ハウスの施工事例などのインテリア画像約6600点から受ける印象を言語化して、日本カラーデザイン研究所の言語イメージスケールを元に3D化した結果、おおらかな6つの感性フィールドを導き出したもの。例えば、静かな、くつろいだ、豊潤な、凛とした、などをプロットして、おおらかな(重なる部分もある)関係性をグループ化した結果、「静・優・凛・暖・艶・奏」の6つの感性フィールドに集約した。

【6つの感性フィールド】
「静 PEACEFUL」:しなやかな空気感…ローコントラスト、同系色
「優 TENDER」 : さわやかな空気感…すっきりナチュラルな木質感
「凛 SPIRIT」: 緊張感のある空気感…上質なシンプルさ
「暖 COZY」: 暖かみのある空気感…暖かみのある木質感
「艶 LUXE」: 贅沢な空気感…ハイコントラスト、重厚感
「奏 PLAYFUL」: 心躍る空気感…ワクワクする色やカタチ

6つの感性フィールドをプロット

積水ハウス プレゼン資料より転載

この提案システムはインテリアとエクステリアが対象で、エクステリアについても同様に、美しい景観を構成する「明度グラデーション」を特定している。顧客の感性から、インテリアやエクステリアをプランニングするのが新しい提案の手法だ。

好みのインテリア画像から感性を判断して空間を提案

説明を聞いただけでは具体的なイメージがわかないし、家族といえどもそれぞれ感性が異なる場合はどう提案するのだろうと疑問に思った。「SUMUFUMU TERRACE新宿」内に、実際に提案をする場となる「life knit atelier」があり、そちらに移動してさらに詳しく話を聞いた。

SUMUFUMU TERRACE新宿/筆者撮影

SUMUFUMU TERRACE新宿/筆者撮影

まず、同社が開発した「interior communication tool」で顧客の感性を調べる。内覧会では、筆者のいるグループから、夫役・妻役・子ども役の3人で実際に試してみることに。筆者は手を挙げて、子ども役を担当した。家族3人は、別々のタブレットで次々と映し出される36枚のインテリア画像を見て、好き(♡)かそうでもないか(△)をマークをタップして直感的に選ぶ。すべて選び終わると、好きなインテリア画像だけが映し出されるので、その中からベスト5を選ぶ。ベスト5については、その理由(例えば、使ってみたい家具や小物がある、過ごし方のイメージがわいたなど)も入力する。

積水ハウス プレゼン資料より転載

積水ハウス プレゼン資料より転載

入力が終わると、同社のスタッフが家族3人の選んだベスト5を一覧にして出してくれた。今回は、にわか家族なので、好きなインテリアがあまり重ならない。特に夫役の選んだ画像は、重厚感のある画像が多くて他の家族と全く一致しなかったが、妻役と子ども役はナチュラルな印象の画像が多く、数枚重なって選んでいた。「このように家族でも感性は一致しない場合はどうなるのか」という疑問を抱えたまま、次のステップへ移動。

筆者撮影

筆者撮影

インテリアの提案をしてくれるスタッフのいる部屋には、すでに家族の好みの画像が共有されている(写真左のディスプレイ)。そのうえで、好みの画像やその理由などを基に、一つのインテリアイメージをCG動画で提案してくれる(写真右のディスプレイ)。CG動画では、最初に平面の間取りが提示され、その間取りをどう作りこむかのCGが空間や角度を変えて映し出される。床・壁・天井といったシンプルな空間に、家具などを掛け合わせることで感性を表現するということなので、CG動画には家具、照明、ラグなども入っている。また、サンプルも用意してあるので、実際の色味や手触りなども確かめながら、決めていけるという。

今回の家族に提案されたCG動画は全体的にナチュラルな印象だったので、妻役と子ども役で共通する感性が優先されているのだろう。家具が気に入ったなどの理由によっては、誰かの好みの家具も配置されているのかもしれない。実際には、家族が提案されたCG動画を見ながら、床材はこうしたいなどと話し合い、要望に応じて変更された動画で確認しながら決めていくので、家族の感性が異なれば、家族で協議して解決することになるようだ。筆者が念のために、提案されるCG動画の数を聞いてみると、それぞれを組み合わせて提案するので、何万通りにもなるという。

住宅の範疇といえば、インテリアのうち内装や住宅設備になるが、提案されるCG動画には家具やラグなども配置されている。家具などの販売やあっせんもしてもらえるのかを聞いたところ、家具や照明はもちろん、観葉植物や絵画などの相談にも応じているという。その場ですぐに、照明や観葉植物を差し替えたCGを見せてくれた。至れり尽くせりだ。

最後に、マテリアルビュッフェのあるコーナーに移動した。ここでは、床材や壁紙、カーテン等のサンプルが展示してあるほか、6つの感性フィールド別のコラージュボックスが用意されている。コラージュボックスとは、「暖」の感性ならインテリアの内装はこうした組み合わせがオススメといったセットがボックスに収納されているものだ。残念ながら、どの感性に該当するといった判定はしてもらえないが、好みのセットをベースに、素材を触りながら他の感性の素材も取り入れて決めていくということになるのだろう。

マテリアルビュッフェのコーナー/筆者撮影

マテリアルビュッフェのコーナー/筆者撮影

ベースがあるので、家づくりを効率的に検討できるのがメリット

エクステリアに関する体験はできなかったのでよくわからないが、インテリアについては、感性にマッチしたものをトータルに提案してもらえるので、それをスタートラインにして検討できるという点で、決定するまでの時間の短縮が図れるだろう。

またその際に、家族の好みが見える化されるので、互いに話しやすいという利点もあるだろう。最近は、新築やリフォームの際に、好みの画像を用意して希望を伝える人も多いと聞く。この仕組みでは、積水ハウスが用意した画像だけでなく、例えばインスタグラムの好みの画像を提示すれば、それも加味して分析することも可能だという。

一方で、実際の家づくりでは、インテリアだけでなく、決まった広さの中で間取りを固めるため、スペースの取り合いという側面もある。スペースと好みのインテリアを上手に織り込むのが、スタッフの腕の見せ所となるのだろう。

また、インテリアについては至れり尽くせりなので、あれこれとこだわるほどにいろいろなものを新たに買うことになる可能性もあり、コスト管理という側面も欠かせないように思う。

さて、感性を軸として空間を提案するという新しい手法は、画像や動画に親しんでいる今の人たちにマッチしているのだろう。「何となく好き」な画像が、こうした手法でつきつめていくと、床や壁が好みなのか、家具が好みなのか、居住空間が好みなのかといったことが認識できるようになり、言語化されていくのも面白い。

一方でトータル提案されるのがメリットである半面、提案から外れるものを加えた途端、デザインが崩れてしまうので、住む人のインテリアセンスも問われることになるのだろう。

●関連サイト
積水ハウス「life knit design(ライフニットデザイン)」6月30日始動
「life knit design」ウェブサイト

タイならでは塀囲みのまち「ゲーテッド・コミュニティ」って? クリエイター夫妻がリノベ&増築したおしゃれなおうちにおじゃまします 

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや音楽、文化などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺います。

第2回は、タイ人で帽子ブランド「Palini」デザイナー&オーナーと、バンコクの超人気ヴィンテージ&アート&クラフトイベント「Made By Legacy」のベンダーリノベーション担当という二足の草鞋を履いた、Benzさん(ベンツさん・34歳)を訪ねました。

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

緑豊かなゲーテッド・コミュニティゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク出身のBenzさんは、ガールフレンドのAui(ウイ)さん、犬のKaleとともに、郊外のゲーテッド・コミュニティ(タイ人はムーバーンと呼ぶ。Villageの意)内の一戸建てで暮らしています。Benzさんが築18年で広さ213平米の中古一戸建て(2LDK)を500万B(※当時のレートで約1700万円)で購入したのは2年前のこと。タイでは一般の住宅は建物や土地に手を入れることに対する自由度が比較的高く、購入後に敷地内に2階建ての離れを建てました。

中古一戸建ての母屋はおもに住居で、1階はLDKとトイレ、2階は寝室とバスルーム、ショールームがあります。離れの1階は自身が運営している帽子ブランド「Palini」のアトリエとして使用しています(2階は現在使用していません)。

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティは、バンコク近辺でよく見るスタイルの住居です。一定区画を管理会社などが買い取ってぐるりと塀で囲み、出入口にセキュリティブースを設置。出入りする人や車を監視・管理する、私設の村のようなものです。

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんらが住まうバンコク北東部にあるゲーテッド・コミュニティは、敷地内を駆けまわるリスの姿を見かけるほど緑豊か。約400世帯が生活していて、プールやジムもあり、近所の方々との交流もさかん。ゲート内で、ひとつのコミュニティが確立しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

利便性より心地よさを重視して

都市部に住む若い二人の住居としては、多くの選択肢があります。若者ならば利便性を優先して、バンコク中心部のコンドミニアムやアパートを購入したり、借りたりして住むイメージがあります。なぜ、落ち着いた郊外の一戸建てを選んだのでしょうか。

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

「かつてサトーンエリア(※バンコク中心部。オフィス街に近く、大使館などが集まる閑静な高級住宅地)にあった実家は、4階建てのタウンハウスでした。通っていた小学校や病院は近かったものの、構造上、家の中が暗いのが好きじゃなかった。だから、どうしても明るい家に住みたかったのです。

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

それで家を買おうと思い立って、6カ月で50軒ほど内見しました。人生で一番の買い物ですね。なぜ新築にしなかったかというと、この家の外観と構造が好きだと思ったから。タイの一戸建ては、一般的に建物の前面に庭がありますが、この家は庭が建物の後ろにあって、そこも良かった。ゲーテッド・コミュニティは緑が多く、自分で木を植えなくていいのも気に入った点でした。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

もう少しバンコク中心部に近い場所にも同じ会社のゲーテッド・コミュニティがありましたが、そちらは値段がもっと高くて、タウンハウス(*長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な建物)で、周囲の道路の渋滞が酷かったため選びませんでした」

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

少し脱線しますが、タイの人は多くが持ち家で、住居を購入する動機は、
1. 学校や子どもの生活環境に合わせて引越す
2. 経済的に余裕ができると、狭い家から住み替える
3. 人に貸したり民泊にするなどビジネスのため
終の棲家という感覚は希薄なのだそうです。

さて、話を戻しましょう。
「ここはバンコクの中心部から、高速道路も使って車で40分。将来電車が通る計画があり、そうするとより便利になります。
この家を紹介してくれたのは、私が働いていたストリートファッション誌『Cheeze Magazine』で広告の仕事をしている先輩で、その人自身やミュージシャンなど、クリエイティブ系の有名な人も住んでいます。仕事柄、しょっちゅう外に出ないから、郊外でOKというのもありますね」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家での同居を経て、アトリエを兼ねた一戸建てへ

Benzさんはもともと、有名ストリートカルチャー誌『CHEEZELOOKER』で4年間ファッションコラムニストとスタイリストをしていて、そこで会計の仕事をしていたAuiさんと出会いました。その後、8年前に2人でブランドを立ち上げました。

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

今の家に住む前は、Benzさんのお兄さんが結婚して他の家に移ったため、Benzさんの実家の3階をオフィス・4階を倉庫にし、AuiさんもBenzさん一家とともに実家に住んでいました。でも、イベントなどに出店するたびに上階から荷物を下ろすのは大変で。住まいとワークプレイスを整えるために、家探しを始めたそうです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「ゲーテッド・コミュニティに母屋となる一戸建てを購入し、別棟を建てて、母屋と別棟の2階をベランダで繋げました。家の中は400万B(※当時のレートで約1370万円)を費やして丸ごとリノベーション。私たちは10年一緒にいて考えも似ているから、家づくりでぶつかることはなかったです。でも、リフォームを担当してくれた、ホテルなどのインテリアデザインの仕事をしている弟とは、時には意見が合わなかったりもしました」

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家にあった家具をリメイクシャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

シャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんもとてもお気に入りだというバスルームは、私がこれまで見たバスルームの中で一番と思えるほど美しいデザインでした。では、インテリアについてはどうでしょう。
「服や雑貨などは、中にしまわれている状況が自分には好ましい。だから、服もたくさん持っているけど、全てクローゼットにしまってあります。服がカラフルな分、インテリアはシックな色合いがいいですね。

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの古いテーブルは、キッチンの天板と素材をそろえてリメイクしました。椅子もジム・トンプソン(※タイの老舗高級シルクメーカー)の生地に張り替え。革張りのソファも置いています。家具はどれも、実家で使っていたものです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

特にヴィンテージラバーというわけではなくて、デザインが好きなら買う、という感じです。その時の変化に従って、選ぶものも変わっていきます。インテリアも自分と同じで、一緒に育っていくものだから。

敷地内にオフィスを建てて、リノベーションにもお金をかけたから、この先もずっと住み続けたいと思っています。

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

複数の仕事の切り替えと時間配分

美しい建物と、すっきりした心地いいインテリア。クリーンであたたかみのある家自体にも惹かれますが、複数の仕事を持っているBenzさんの、時間配分や気持ちの切り替えにも興味を持ちました。
「私は1日のスケジュールを、かなりしっかり計画するタイプで、ルーティンを決めています。朝と午後2時半にコーヒーを淹れるのが私たちの日課で、淹れるのは私が担当。彼女が料理をつくって、掃除は二人でやります。

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

1週間の計画も立てていて、まず火~木曜は自宅アトリエで『Palini』の仕事をします。ビジネスタイムは10~16時。イマジネーションに関する仕事なので、5時間で十分です。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

アトリエには2人のスタッフThipさんとGiftさんが出入りしていて、なぜ2人かというと、私たちと毎回車で昼食を食べに出るから計4人が都合いい。そして、仕事を終えたらジョギング。時にはそれが犬の散歩を兼ねていたりもします。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金・土は、大人気イベント『Made By Legacy』(バンコクのお洒落な人がこぞって訪れる年1回開催のイベントで、ヴィンテージの家具や洋服の販売や、ライブも。そのほかに『Madface Food Week』、『the MBL Worldwide Open House』といったイベントもオーガナイズしている)の仕事でオフィスへ。オフィスへの所要時間は車と電車で50分ほどです。

二つの仕事を持っていますが、ブランドはこれからどうしていくかという方向性も含めて、自分が考えることが多い。そして、イベントは大人数グループの一員。それぞれ役割が違うから、自然と切り替えができています」

家族との時間も大切に(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「日・月曜が休日で、日曜は家にいて掃除や片付けをする。そして、月曜は車で30分のブンノンボンガーデンへ行きます。湖もある大きな公園で、通常バンコク中心部の公園は犬は入れませんが、ここはペット可なうえにキャンプもできる。イスだけ持参して、コーヒーを淹れたりしています。

そのほか、週に1回、仲間とフットボールやバスケットボールをしたり、飲みに行ったりします。親とは日曜日に会っていますね。私は三人兄弟の真ん中で、兄はバンコク東側にある新興住宅地のバンナー地区に、弟はこの近くに新築の一戸建てを持っていて、親はタウンハウスを売却して弟のところに同居しています。だから、日曜日は弟の家で食事したり、家族がここに来たり、レストランに行ったり、家族と一緒にすごしていますね」

タイの方は家族や親しい人とのつながりがとても濃いと聞いていましたが、若いお二人も例外ではなく、ご家族との時間をしっかり取っていました。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

・お気に入りのYou Tube(インテリア):Open Space
・日本人のモーニングルーティーンの動画を見るのも好き。

そして、Benzさんは高校生のころから、現在・将来の展望や計画表まで、ノートにあらゆることを書き出しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「でも、書いてあることは単なる計画だから、お酒を飲んだりして守れなくてもOK。人生は変化するから、計画も変わることもあるよね」
きちんと決めつつ、変化には柔軟に対応する。すぐに真似したい、物事や人生への向き合い方ですね。

●取材協力
・Benzさん
・Auiさん
・Palini

タイならでは塀囲みのまち「ゲーテッド・コミュニティ」って? クリエイターカップルがリノベ&増築したおしゃれなおうちにおじゃまします 

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや音楽、文化などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺います。

第2回は、タイ人で帽子ブランド「Palini」デザイナー&オーナーと、バンコクの超人気ヴィンテージ&アート&クラフトイベント「Made By Legacy」のベンダーリノベーション担当という二足の草鞋を履いた、Benzさん(ベンツさん・34歳)を訪ねました。

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

緑豊かなゲーテッド・コミュニティゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク出身のBenzさんは、ガールフレンドのAui(ウイ)さん、犬のKaleとともに、郊外のゲーテッド・コミュニティ(タイ人はムーバーンと呼ぶ。Villageの意)内の一戸建てで暮らしています。Benzさんが築18年で広さ213平米の中古一戸建て(2LDK)を500万B(※当時のレートで約1700万円)で購入したのは2年前のこと。タイでは一般の住宅は建物や土地に手を入れることに対する自由度が比較的高く、購入後に敷地内に2階建ての離れを建てました。

中古一戸建ての母屋はおもに住居で、1階はLDKとトイレ、2階は寝室とバスルーム、ショールームがあります。離れの1階は自身が運営している帽子ブランド「Palini」のアトリエとして使用しています(2階は現在使用していません)。

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティは、バンコク近辺でよく見るスタイルの住居です。一定区画を管理会社などが買い取ってぐるりと塀で囲み、出入口にセキュリティブースを設置。出入りする人や車を監視・管理する、私設の村のようなものです。

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんらが住まうバンコク北東部にあるゲーテッド・コミュニティは、敷地内を駆けまわるリスの姿を見かけるほど緑豊か。約400世帯が生活していて、プールやジムもあり、近所の方々との交流もさかん。ゲート内で、ひとつのコミュニティが確立しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

利便性より心地よさを重視して

都市部に住む若い二人の住居としては、多くの選択肢があります。若者ならば利便性を優先して、バンコク中心部のコンドミニアムやアパートを購入したり、借りたりして住むイメージがあります。なぜ、落ち着いた郊外の一戸建てを選んだのでしょうか。

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

「かつてサトーンエリア(※バンコク中心部。オフィス街に近く、大使館などが集まる閑静な高級住宅地)にあった実家は、4階建てのタウンハウスでした。通っていた小学校や病院は近かったものの、構造上、家の中が暗いのが好きじゃなかった。だから、どうしても明るい家に住みたかったのです。

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

それで家を買おうと思い立って、6カ月で50軒ほど内見しました。人生で一番の買い物ですね。なぜ新築にしなかったかというと、この家の外観と構造が好きだと思ったから。タイの一戸建ては、一般的に建物の前面に庭がありますが、この家は庭が建物の後ろにあって、そこも良かった。ゲーテッド・コミュニティは緑が多く、自分で木を植えなくていいのも気に入った点でした。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

もう少しバンコク中心部に近い場所にも同じ会社のゲーテッド・コミュニティがありましたが、そちらは値段がもっと高くて、タウンハウス(*長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な建物)で、周囲の道路の渋滞が酷かったため選びませんでした」

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

少し脱線しますが、タイの人は多くが持ち家で、住居を購入する動機は、
1. 学校や子どもの生活環境に合わせて引越す
2. 経済的に余裕ができると、狭い家から住み替える
3. 人に貸したり民泊にするなどビジネスのため
終の棲家という感覚は希薄なのだそうです。

さて、話を戻しましょう。
「ここはバンコクの中心部から、高速道路も使って車で40分。将来電車が通る計画があり、そうするとより便利になります。
この家を紹介してくれたのは、私が働いていたストリートファッション誌『Cheeze Magazine』で広告の仕事をしている先輩で、その人自身やミュージシャンなど、クリエイティブ系の有名な人も住んでいます。仕事柄、しょっちゅう外に出ないから、郊外でOKというのもありますね」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家での同居を経て、アトリエを兼ねた一戸建てへ

Benzさんはもともと、有名ストリートカルチャー誌『CHEEZELOOKER』で4年間ファッションコラムニストとスタイリストをしていて、そこで会計の仕事をしていたAuiさんと出会いました。その後、8年前に2人でブランドを立ち上げました。

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

今の家に住む前は、Benzさんのお兄さんが結婚して他の家に移ったため、Benzさんの実家の3階をオフィス・4階を倉庫にし、AuiさんもBenzさん一家とともに実家に住んでいました。でも、イベントなどに出店するたびに上階から荷物を下ろすのは大変で。住まいとワークプレイスを整えるために、家探しを始めたそうです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「ゲーテッド・コミュニティに母屋となる一戸建てを購入し、別棟を建てて、母屋と別棟の2階をベランダで繋げました。家の中は400万B(※当時のレートで約1370万円)を費やして丸ごとリノベーション。私たちは10年一緒にいて考えも似ているから、家づくりでぶつかることはなかったです。でも、リフォームを担当してくれた、ホテルなどのインテリアデザインの仕事をしている弟とは、時には意見が合わなかったりもしました」

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家にあった家具をリメイクシャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

シャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんもとてもお気に入りだというバスルームは、私がこれまで見たバスルームの中で一番と思えるほど美しいデザインでした。では、インテリアについてはどうでしょう。
「服や雑貨などは、中にしまわれている状況が自分には好ましい。だから、服もたくさん持っているけど、全てクローゼットにしまってあります。服がカラフルな分、インテリアはシックな色合いがいいですね。

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの古いテーブルは、キッチンの天板と素材をそろえてリメイクしました。椅子もジム・トンプソン(※タイの老舗高級シルクメーカー)の生地に張り替え。革張りのソファも置いています。家具はどれも、実家で使っていたものです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

特にヴィンテージラバーというわけではなくて、デザインが好きなら買う、という感じです。その時の変化に従って、選ぶものも変わっていきます。インテリアも自分と同じで、一緒に育っていくものだから。

敷地内にオフィスを建てて、リノベーションにもお金をかけたから、この先もずっと住み続けたいと思っています。

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

複数の仕事の切り替えと時間配分

美しい建物と、すっきりした心地いいインテリア。クリーンであたたかみのある家自体にも惹かれますが、複数の仕事を持っているBenzさんの、時間配分や気持ちの切り替えにも興味を持ちました。
「私は1日のスケジュールを、かなりしっかり計画するタイプで、ルーティンを決めています。朝と午後2時半にコーヒーを淹れるのが私たちの日課で、淹れるのは私が担当。彼女が料理をつくって、掃除は二人でやります。

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

1週間の計画も立てていて、まず火~木曜は自宅アトリエで『Palini』の仕事をします。ビジネスタイムは10~16時。イマジネーションに関する仕事なので、5時間で十分です。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

アトリエには2人のスタッフThipさんとGiftさんが出入りしていて、なぜ2人かというと、私たちと毎回車で昼食を食べに出るから計4人が都合いい。そして、仕事を終えたらジョギング。時にはそれが犬の散歩を兼ねていたりもします。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金・土は、大人気イベント『Made By Legacy』(バンコクのお洒落な人がこぞって訪れる年1回開催のイベントで、ヴィンテージの家具や洋服の販売や、ライブも。そのほかに『Madface Food Week』、『the MBL Worldwide Open House』といったイベントもオーガナイズしている)の仕事でオフィスへ。オフィスへの所要時間は車と電車で50分ほどです。

二つの仕事を持っていますが、ブランドはこれからどうしていくかという方向性も含めて、自分が考えることが多い。そして、イベントは大人数グループの一員。それぞれ役割が違うから、自然と切り替えができています」

家族との時間も大切に(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「日・月曜が休日で、日曜は家にいて掃除や片付けをする。そして、月曜は車で30分のブンノンボンガーデンへ行きます。湖もある大きな公園で、通常バンコク中心部の公園は犬は入れませんが、ここはペット可なうえにキャンプもできる。イスだけ持参して、コーヒーを淹れたりしています。

そのほか、週に1回、仲間とフットボールやバスケットボールをしたり、飲みに行ったりします。親とは日曜日に会っていますね。私は三人兄弟の真ん中で、兄はバンコク東側にある新興住宅地のバンナー地区に、弟はこの近くに新築の一戸建てを持っていて、親はタウンハウスを売却して弟のところに同居しています。だから、日曜日は弟の家で食事したり、家族がここに来たり、レストランに行ったり、家族と一緒にすごしていますね」

タイの方は家族や親しい人とのつながりがとても濃いと聞いていましたが、若いお二人も例外ではなく、ご家族との時間をしっかり取っていました。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

・お気に入りのYou Tube(インテリア):Open Space
・日本人のモーニングルーティーンの動画を見るのも好き。

そして、Benzさんは高校生のころから、現在・将来の展望や計画表まで、ノートにあらゆることを書き出しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「でも、書いてあることは単なる計画だから、お酒を飲んだりして守れなくてもOK。人生は変化するから、計画も変わることもあるよね」
きちんと決めつつ、変化には柔軟に対応する。すぐに真似したい、物事や人生への向き合い方ですね。

●取材協力
・Benzさん
・Auiさん
・Palini

シモキタは「奥下北沢」も面白い! トレンドとレトロが共存する 4スポットを「DDDART」オーナー手槌信吾さんとディープに巡る

下北沢(東京都世田谷区)は駅前の開発によりここ数年で続々と新施設が誕生しました。「BONUS TRACK」や「(tefu)lounge」「下北線路街」などの複合施設が好評で、今まで下北沢を訪れたことがなかった人々も下北沢の街に注目しているよう。実はそういった変化にともなって、昔ながらの下北沢の味わいを残す地域も進化しています。今回は茶沢通り沿いの通称「奥下北沢」エリアに注目!

「奥下北沢」は、深く根付いたサブカルチャー色と、古くからの住人が醸すローカル色が残っています。そんなエリアの新たなお店を、15年間この地に住む生粋の奥下北沢ラバーであり、古民家ギャラリー「DDDART」オーナーでもある、手槌信吾さんと若手ギャラリースタッフの皆さんに案内してもらいました。

奥下北沢は“古き良き下北沢”が感じられるエリア。今、注目すべき理由とは?「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんによると、「奥下北沢」とは茶沢通りと淡島通りを挟んで下北沢寄りの地域を指すそう。

「淡島通りから梅ヶ丘通りあたりまでを、この辺りの人の間で『奥下北沢』と呼ぶようになりました。淡島通りを挟んで三軒茶屋方向の『奥三軒茶屋』という呼称が定着しているので、その下北沢側という意味です。茶沢通りは、その名の通り三茶と下北沢をつなぐ道で、二つの街の個性が移り変わるところが面白いんですよ。淡島通りを境にアドレスが代沢(下北沢)と太子堂(三軒茶屋)に切り替わるので、雰囲気が変わるんです」(手槌さん)

「奥下北沢」は茶沢通り沿いの下北沢側。今回手槌さんに案内してもらうお店も、このエリア限定でピックアップ

もともとサブカルチャーの街である下北沢は、そこに集う人々から自然発生的に生まれた混沌としたエネルギーが魅力。昨今の開発を経た下北沢駅前エリアは、洗練された一方でかつての空気感が失われつつあるのも事実です。ただしサブカルチャーの担い手たちが下北沢を去ったわけではありません。そのエリアが、少しずつ下北沢の周辺に拡張する現象が起きているのです。

今回紹介する奥下北沢も、駅前開発以降に活気が増しているエリアのひとつ。

案内人の手槌さんの古民家ギャラリー「DDDART」も、奥下北沢の新たなカルチャースポットとして2022年10月にオープン。世界的に評価の高い奥田雄太さんの新作など、話題の展示を次々と企画して注目を集めています。

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

目を引くのはレトロな古民家をエッジの効いた空間に仕上げた内装。それもそのはず、オーナーである手槌さんは、旬の飲食店や宿泊施設の施工を手掛ける、腕利きの大工さんなのです。「DDDART」は手槌さんが古民家を借りて、自らリノベーションしたそう。

「サブカルチャー的な雰囲気と住宅街の落ち着きを併せ持つ奥下北沢が好きで、2014年から今まで、このエリアの古民家に空きが出るたびに賃貸してリノベーションしてきたんです。それぐらいこのエリア愛が強いので、“場所ありき”の発想で、ギャラリーを始めました。特に近年は下北沢の開発の余波でこの辺りも盛り上がってきていますし『今だ!』という感じでオープンしました」(手槌さん)

手槌さんによれば、駅前の開発と時期を同じくして、個人オーナーが構える面白い店が、辺り一帯に増えてきたそう。

「新たに奥下北沢に店を持つ人は、開発後の新しい面もサブカルチャーの歴史もひっくるめて、このエリアに魅力を感じているのかもしれません。今後は、駅前施設との相乗効果で、新たな層のお客さんにも足を伸ばしてもらえることを期待しています」(手槌さん)

ローカルとサブカルチャーの融合が、奥下北沢の魅力。15年間奥下北沢に仕事場と住居を構え、その魅力を知り尽くした手槌さんに案内してもらいましょう。

まずは手槌さんがオーナーを務める「DDDART」から。手槌さんはギャラリーを通じて、どんなカルチャーを届けたいと考えているのでしょうか。

街や人、アートの背景もまるごと発信していきたい日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんはかつてTV番組『TVチャンピオン』(テレビ東京系)のリノベーション選手権で準優勝したことがあるなど、そのセンスと腕前には定評がある大工さん。「DDDART」は古民家の渋味を活かしながら、縁側の庭に面したクリアなガラス窓や、真っ白にペイントした小部屋がアクセントになっています。

「アート作品は作家自身のクリエイティビティが前面に押し出されていて、その自由さにインパクトを受けます。そういった刺激を受けることで、本業の建築分野でもインスピレーションが湧いてくるんです。現代アートが好きになって、作家さんやコレクターさんなどの、アート業界の知り合いが増えるにつれ『自分の空間づくりの技術で、アート業界に貢献したい』と考えるようになりました」(手槌さん)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

とはいえギャラリーの聖地といえば銀座や六本木が思い浮かぶもの。奥下北沢のギャラリーとして、どんな個性を発信していきたいのでしょうか。

「都心にあるホワイトキューブ(余分な凹凸や装飾が無い白い箱のこと)のギャラリーには、洗練された格式の高さがあります。でも飾る場所によって見え方が変わるのもアートの面白いところ。奥下北沢ローカルの街の空気感と古民家をアレンジした展示空間、そこに現代アートを置いたときの科学反応を楽しんでもらいたいです。

日本の現代アートは海外の市場、特にアジア圏からのニーズが高いのですが、そういう方々にもきっと奥下北沢ローカルと古民家とアートのマッシュアップは刺さると思います。実際に最近は海外からのお客さんも増えていますし、展示会の告知をすると世界中から作品の問い合わせが来ますよ」(手槌さん)

手槌さんは、これからはもっと地域との連携を深めていく予定だといいます。

「この秋には、この奥下北沢を中心としたアートフェスを企画しています。ギャラリー、アーティストを起点にライブペインティングや伝統工芸、歌舞伎、映像、NFT販売、日本酒、メスカルなどを絡めて、アートと地域の結びつきをアピールしていきたいですね」(手槌さん)

奥下北沢×アートの広がりに注目です!

DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00

Instagram

Instagram:@ddd_art_

関連記事:
・「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!
・総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに
・【東急・京急・小田急】少子高齢化で変わる私鉄沿線住民の暮らし。3社が挑む沿線まちづくり最前線

ギャラリースタッフが案内する、奥下北沢のオススメスポット!左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

「Yellow CAFE」「Salmon & Trout」など、知る人ぞ知る人気カフェやレストランが多い奥下北沢。今回はギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさんと一緒に奥下北沢散歩。最近の奥下北沢の盛り上がりを象徴するような、新しいお店をピックアップしてもらいました。それぞれのオーナーにお話もうかがったので、お店めぐりの参考にしてくださいね。

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

2022年12月にオープン。グリーンが豊かでリラックスできるオープンカフェです。コーヒーやスコーンがおいしくて、朝早く(8時)から営業しているのも嬉しいポイント。オーナーの飯島花奈さんは建築設計デザイン事務所「Plants & Plan」の代表でもあり、2階には事務所も。

「下北沢の駅から歩いて15分ぐらいのロケーションは、お散歩に最適。落ち着いた生活の場でもあるし、外から遊びに来る人もいる。そんなちょうど良さがあるのが、奥下北沢だと思います。

街と交わるひとつの手段として、建築事務所+αで何かをやろうと考えて始めたのがこのカフェでした。お客さんには老若男女、いろいろな方がいますね。半分屋外の開放的な空間になっているのも、理由かもしれません。お散歩がてら小さな公園に立ち寄るように気軽に使っていただけることをイメージしてつくりました。『ワンちゃんが入れるように』と考えていたのですが、ベビーカーも入りやすいこともあって、小さなお子さま連れの方も多いです」(飯島さん)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

Pati coffee&plants
東京都世田谷区代沢4-34-13
8:00-18:00

Instagram

Instagram:@pati_coffee.plants

OVERLAP CLOTHING

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

2023年4月オープン。オーナーであるスタイリストのmizuno ryoheiさんと「OVERLAP CLOTHING」 ディレクターの inaba marieさんがセレクトする古着屋さん。お店やinaba marieさんのInstagramで、古着の着こなしをチェックするのも楽しい。

「もともとこの辺りに土地勘があって、気持ち良い場所だなと思っていたんです。そんなときにこの物件を見つけて。ビルのオーナーさんがカフェをやっているというのも好印象でしたし、その横のちょっと奥まったところに入口がある感じも、落ち着いていて好みでした。

私たちにとってここは富ヶ谷店に続いて2店舗目のショップになります。夫はスポーツミックスなスタイリングが得意なので、お店でもスポーティなウェアの取り扱いが多いですね。

私はアメリカンクラシックを取り入れた着こなしを提案しています。ラルフローレンなどの“今だからこそ着たい”ユニセックスでトラッドな古着を、大人の女性が着るのがすてきだと思っていて。コーディネートはお店や私個人のInstagramでも発信しているので、気になった方はのぞいてみてください」(inabaさん)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

OVERLAP CLOTHING mishuku
東京都世田谷区代沢4-34-13
12:00-19:00

Instagram

Instagram:@overlap.clothing

Instagram

Instagram:@inabamarie

MANGOSTEEN LIQUORS / 万珍酒店

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

「メスカル」というアガべを使った蒸留酒をメインに、よろず「万」めずらしい「珍」をテーマに多様なお酒を販売する酒屋さん『万珍酒店』。加えて角打ちバー、ラウンジ、デリ販売なども行っている。母体であるMANGOSTEENは、2000年にカフェ、ケータリングチームとしてスタート。昨年11月より山梨県北杜市のMANGOSTEEN HOKUTOにてビールの醸造をスタート。音楽・食・酒のMIX UP PARTY『MUSICO』も開催している。店長の宮川義浩さんによると、この店は音楽好きのMANGOSTEENにとって、特別な歴史のある場所だそう。

「ここは以前『プラスチックス』という伝説的なテクノポップ・バンドの人たちが遊び場兼ギャラリーにしていた場所だったんです。僕たちはもともと近くでケータリングをやっていて、新店舗を探していたタイミングでこの場所に出会い、出店を即決しました。

『万珍酒店』の特色は独自のルートで輸入しているメスカルのラインナップです。メスカルはアガベを原料に自然発酵させて作るメキシコの蒸留酒。水とアガベだけでできているので、ヌケが良く悪酔いしにくいのが特長です。

自社製のクラフトビールは軽い味わいで、柑橘系やハーブの軽やかな味わいのものもあり、メスカルのチェイサー(口直しに飲むもの)としても楽しめます」(宮川さん)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

万珍酒店
東京都世田谷区代沢4-29-14 葵ビル 1F
03-6413-8819
14:00-22:00

Instagram

Instagram:@mangosteen_liquors

お店のインタビューをして気がついたのは、オーナーさんそれぞれのやり方で、お店を通して街の人々と丁寧に向き合っていること。その気遣いや、日常的に交わされるやり取りが、ローカルな魅力につながっているのかもしれません。

街に息づくサブカルチャーを、ギャラリーから感じ取るには

今回は、最新のアートスポットである「DDDART」を起点とした奥下北沢散歩ルートを紹介しました。でも、そもそも「ギャラリーの楽しみ方が今ひとつ分からない」という人もいますよね。最後に初心者でもギャラリー巡りを楽しむための秘訣を手槌さんに聞いてみました。

「初心者でも何も気にすることはありません。ヨーロッパでは、誰もがもっとカジュアルにギャラリーを訪れていますよ。僕は日本でも、そんな文化が根付けばいいなと思っています。

入場も無料ですし、お散歩ついでに訪れてみてください。作品は貴重なものなので、触ることはNGですが、そうでなければ写真を撮影してもらっても、問題ありません。

作家さんへのリスペクトがある、愛ある感想なら、SNSに投稿してもらうことも歓迎です! 多くの人に空間とアートを楽しんでもらえたら嬉しいです」

作品は高額なものばかりでなく、数万円で購入できるものもあるとのこと。ギャラリー通いのなかで運命の作品との出会いがあれば、コレクターデビューするのも素敵ですね。

下北沢を訪れたら、今度はぜひその奥まで、足を延ばしてみてください!

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00
dddart.jp
※2023年6月17日(土)に上記DDDART オンラインストアをリニューアルオープン

シモキタは「奥下北沢」も面白い! トレンドとレトロが共存する 4スポットを「DDDART」オーナー手槌真吾さんとディープに巡る

下北沢(東京都世田谷区)は駅前の開発によりここ数年で続々と新施設が誕生しました。「BONUS TRACK」や「(tefu)lounge」「下北線路街」などの複合施設が好評で、今まで下北沢を訪れたことがなかった人々も下北沢の街に注目しているよう。実はそういった変化にともなって、昔ながらの下北沢の味わいを残す地域も進化しています。今回は茶沢通り沿いの通称「奥下北沢」エリアに注目!

「奥下北沢」は、深く根付いたサブカルチャー色と、古くからの住人が醸すローカル色が残っています。そんなエリアの新たなお店を、15年間この地に住む生粋の奥下北沢ラバーであり、古民家ギャラリー「DDDART」オーナーでもある、手槌真吾さんと若手ギャラリースタッフの皆さんに案内してもらいました。

奥下北沢は“古き良き下北沢”が感じられるエリア。今、注目すべき理由とは?「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

「DDDART」オーナーの手槌真吾さん。群馬県前橋市のアートスポット「まえばしガレリア」のレストランなど、旬のスポットや、都内のマンションリノベーション施工を手掛ける工務店DDD株式会社の代表取締役でもある(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんによると、「奥下北沢」とは茶沢通りと淡島通りを挟んで下北沢寄りの地域を指すそう。

「淡島通りから梅ヶ丘通りあたりまでを、この辺りの人の間で『奥下北沢』と呼ぶようになりました。淡島通りを挟んで三軒茶屋方向の『奥三軒茶屋』という呼称が定着しているので、その下北沢側という意味です。茶沢通りは、その名の通り三茶と下北沢をつなぐ道で、二つの街の個性が移り変わるところが面白いんですよ。淡島通りを境にアドレスが代沢(下北沢)と太子堂(三軒茶屋)に切り替わるので、雰囲気が変わるんです」(手槌さん)

「奥下北沢」は茶沢通り沿いの下北沢側。今回手槌さんに案内してもらうお店も、このエリア限定でピックアップ

もともとサブカルチャーの街である下北沢は、そこに集う人々から自然発生的に生まれた混沌としたエネルギーが魅力。昨今の開発を経た下北沢駅前エリアは、洗練された一方でかつての空気感が失われつつあるのも事実です。ただしサブカルチャーの担い手たちが下北沢を去ったわけではありません。そのエリアが、少しずつ下北沢の周辺に拡張する現象が起きているのです。

今回紹介する奥下北沢も、駅前開発以降に活気が増しているエリアのひとつ。

案内人の手槌さんの古民家ギャラリー「DDDART」も、奥下北沢の新たなカルチャースポットとして2022年10月にオープン。世界的に評価の高い奥田雄太さんの新作など、話題の展示を次々と企画して注目を集めています。

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

取材時に展示があった奥田雄太さんは、アイコニックなフラワーモチーフの立体作品を初お披露目(写真撮影/嶋崎征弘)

目を引くのはレトロな古民家をエッジの効いた空間に仕上げた内装。それもそのはず、オーナーである手槌さんは、旬の飲食店や宿泊施設の施工を手掛ける、腕利きの大工さんなのです。「DDDART」は手槌さんが古民家を借りて、自らリノベーションしたそう。

「サブカルチャー的な雰囲気と住宅街の落ち着きを併せ持つ奥下北沢が好きで、2014年から今まで、このエリアの古民家に空きが出るたびに賃貸してリノベーションしてきたんです。それぐらいこのエリア愛が強いので、“場所ありき”の発想で、ギャラリーを始めました。特に近年は下北沢の開発の余波でこの辺りも盛り上がってきていますし『今だ!』という感じでオープンしました」(手槌さん)

手槌さんによれば、駅前の開発と時期を同じくして、個人オーナーが構える面白い店が、辺り一帯に増えてきたそう。

「新たに奥下北沢に店を持つ人は、開発後の新しい面もサブカルチャーの歴史もひっくるめて、このエリアに魅力を感じているのかもしれません。今後は、駅前施設との相乗効果で、新たな層のお客さんにも足を伸ばしてもらえることを期待しています」(手槌さん)

ローカルとサブカルチャーの融合が、奥下北沢の魅力。15年間奥下北沢に仕事場と住居を構え、その魅力を知り尽くした手槌さんに案内してもらいましょう。

まずは手槌さんがオーナーを務める「DDDART」から。手槌さんはギャラリーを通じて、どんなカルチャーを届けたいと考えているのでしょうか。

街や人、アートの背景もまるごと発信していきたい日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

日本庭園を抱く和の空間で鑑賞するアート作品は、特別な印象を与えてくれる(写真撮影/嶋崎征弘)

手槌さんはかつてTV番組『TVチャンピオン』(テレビ東京系)のリノベーション選手権で準優勝したことがあるなど、そのセンスと腕前には定評がある大工さん。「DDDART」は古民家の渋味を活かしながら、縁側の庭に面したクリアなガラス窓や、真っ白にペイントした小部屋がアクセントになっています。

「アート作品は作家自身のクリエイティビティが前面に押し出されていて、その自由さにインパクトを受けます。そういった刺激を受けることで、本業の建築分野でもインスピレーションが湧いてくるんです。現代アートが好きになって、作家さんやコレクターさんなどの、アート業界の知り合いが増えるにつれ『自分の空間づくりの技術で、アート業界に貢献したい』と考えるようになりました」(手槌さん)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

隣接する古民家の2棟からなるギャラリー「DDDART」。古民家の内装を活かした「苑」では注目作家の個展が行われる。「苑」の古民家をアップデートした内装は、作家にも好評(写真撮影/嶋崎征弘)

とはいえギャラリーの聖地といえば銀座や六本木が思い浮かぶもの。奥下北沢のギャラリーとして、どんな個性を発信していきたいのでしょうか。

「都心にあるホワイトキューブ(余分な凹凸や装飾が無い白い箱のこと)のギャラリーには、洗練された格式の高さがあります。でも飾る場所によって見え方が変わるのもアートの面白いところ。奥下北沢ローカルの街の空気感と古民家をアレンジした展示空間、そこに現代アートを置いたときの科学反応を楽しんでもらいたいです。

日本の現代アートは海外の市場、特にアジア圏からのニーズが高いのですが、そういう方々にもきっと奥下北沢ローカルと古民家とアートのマッシュアップは刺さると思います。実際に最近は海外からのお客さんも増えていますし、展示会の告知をすると世界中から作品の問い合わせが来ますよ」(手槌さん)

手槌さんは、これからはもっと地域との連携を深めていく予定だといいます。

「この秋には、この奥下北沢を中心としたアートフェスを企画しています。ギャラリー、アーティストを起点にライブペインティングや伝統工芸、歌舞伎、映像、NFT販売、日本酒、メスカルなどを絡めて、アートと地域の結びつきをアピールしていきたいですね」(手槌さん)

奥下北沢×アートの広がりに注目です!

DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00

Instagram

Instagram:@ddd_art_

関連記事:
・「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!
・総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに
・【東急・京急・小田急】少子高齢化で変わる私鉄沿線住民の暮らし。3社が挑む沿線まちづくり最前線

ギャラリースタッフが案内する、奥下北沢のオススメスポット!左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

左からギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさん。美術を学んでいるふたりにとって、ギャラリーの仕事は良い経験になっているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

「Yellow CAFE」「Salmon & Trout」など、知る人ぞ知る人気カフェやレストランが多い奥下北沢。今回はギャラリースタッフのいわいさん、わたなべさんと一緒に奥下北沢散歩。最近の奥下北沢の盛り上がりを象徴するような、新しいお店をピックアップしてもらいました。それぞれのオーナーにお話もうかがったので、お店めぐりの参考にしてくださいね。

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

飯島さんと愛犬のナラ ちゃん。さわやかなグリーンに囲まれてのカフェタイムでリフレッシュできる(写真撮影/嶋崎征弘)

2022年12月にオープン。グリーンが豊かでリラックスできるオープンカフェです。コーヒーやスコーンがおいしくて、朝早く(8時)から営業しているのも嬉しいポイント。オーナーの飯島花奈さんは建築設計デザイン事務所「Plants & Plan」の代表でもあり、2階には事務所も。

「下北沢の駅から歩いて15分ぐらいのロケーションは、お散歩に最適。落ち着いた生活の場でもあるし、外から遊びに来る人もいる。そんなちょうど良さがあるのが、奥下北沢だと思います。

街と交わるひとつの手段として、建築事務所+αで何かをやろうと考えて始めたのがこのカフェでした。お客さんには老若男女、いろいろな方がいますね。半分屋外の開放的な空間になっているのも、理由かもしれません。お散歩がてら小さな公園に立ち寄るように気軽に使っていただけることをイメージしてつくりました。『ワンちゃんが入れるように』と考えていたのですが、ベビーカーも入りやすいこともあって、小さなお子さま連れの方も多いです」(飯島さん)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

カウンターで交わされるカジュアルなおしゃべりからも、ローカルな魅力を感じられる(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

スコーンやパイは季節限定のフレーバーがあることも(写真撮影/嶋崎征弘)

Pati coffee&plants
東京都世田谷区代沢4-34-13
8:00-18:00

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Instagram:@pati_coffee.plants

OVERLAP CLOTHING

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

落ち着いたインテリアのなか、ゆっくりと服を選べる店内(写真撮影/嶋崎征弘)

2023年4月オープン。オーナーであるスタイリストのmizuno ryoheiさんと「OVERLAP CLOTHING」 ディレクターの inaba marieさんがセレクトする古着屋さん。お店やinaba marieさんのInstagramで、古着の着こなしをチェックするのも楽しい。

「もともとこの辺りに土地勘があって、気持ち良い場所だなと思っていたんです。そんなときにこの物件を見つけて。ビルのオーナーさんがカフェをやっているというのも好印象でしたし、その横のちょっと奥まったところに入口がある感じも、落ち着いていて好みでした。

私たちにとってここは富ヶ谷店に続いて2店舗目のショップになります。夫はスポーツミックスなスタイリングが得意なので、お店でもスポーティなウェアの取り扱いが多いですね。

私はアメリカンクラシックを取り入れた着こなしを提案しています。ラルフローレンなどの“今だからこそ着たい”ユニセックスでトラッドな古着を、大人の女性が着るのがすてきだと思っていて。コーディネートはお店や私個人のInstagramでも発信しているので、気になった方はのぞいてみてください」(inabaさん)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

入口はPati coffee&plantsの横(写真撮影/嶋崎征弘)

OVERLAP CLOTHING mishuku
東京都世田谷区代沢4-34-13
12:00-19:00

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Instagram:@overlap.clothing

Instagram

Instagram:@inabamarie

MANGOSTEEN LIQUORS / 万珍酒店

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

宮川さんに相談すれば、ずらりと並んだお酒のなかから好みの1本を選んでくれるはず(写真撮影/嶋崎征弘)

「メスカル」というアガべを使った蒸留酒をメインに、よろず「万」めずらしい「珍」をテーマに多様なお酒を販売する酒屋さん『万珍酒店』。加えて角打ちバー、ラウンジ、デリ販売なども行っている。母体であるMANGOSTEENは、2000年にカフェ、ケータリングチームとしてスタート。昨年11月より山梨県北杜市のMANGOSTEEN HOKUTOにてビールの醸造をスタート。音楽・食・酒のMIX UP PARTY『MUSICO』も開催している。店長の宮川義浩さんによると、この店は音楽好きのMANGOSTEENにとって、特別な歴史のある場所だそう。

「ここは以前『プラスチックス』という伝説的なテクノポップ・バンドの人たちが遊び場兼ギャラリーにしていた場所だったんです。僕たちはもともと近くでケータリングをやっていて、新店舗を探していたタイミングでこの場所に出会い、出店を即決しました。

『万珍酒店』の特色は独自のルートで輸入しているメスカルのラインナップです。メスカルはアガベを原料に自然発酵させて作るメキシコの蒸留酒。水とアガベだけでできているので、ヌケが良く悪酔いしにくいのが特長です。

自社製のクラフトビールは軽い味わいで、柑橘系やハーブの軽やかな味わいのものもあり、メスカルのチェイサー(口直しに飲むもの)としても楽しめます」(宮川さん)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

お惣菜のバリエーションが豊富なのは、ケータリングチームならでは(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

自家醸造のビールは柑橘系やスパイス系のフレーバーも(写真撮影/嶋崎征弘)

万珍酒店
東京都世田谷区代沢4-29-14 葵ビル 1F
03-6413-8819
14:00-22:00

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Instagram:@mangosteen_liquors

お店のインタビューをして気がついたのは、オーナーさんそれぞれのやり方で、お店を通して街の人々と丁寧に向き合っていること。その気遣いや、日常的に交わされるやり取りが、ローカルな魅力につながっているのかもしれません。

街に息づくサブカルチャーを、ギャラリーから感じ取るには

今回は、最新のアートスポットである「DDDART」を起点とした奥下北沢散歩ルートを紹介しました。でも、そもそも「ギャラリーの楽しみ方が今ひとつ分からない」という人もいますよね。最後に初心者でもギャラリー巡りを楽しむための秘訣を手槌さんに聞いてみました。

「初心者でも何も気にすることはありません。ヨーロッパでは、誰もがもっとカジュアルにギャラリーを訪れていますよ。僕は日本でも、そんな文化が根付けばいいなと思っています。

入場も無料ですし、お散歩ついでに訪れてみてください。作品は貴重なものなので、触ることはNGですが、そうでなければ写真を撮影してもらっても、問題ありません。

作家さんへのリスペクトがある、愛ある感想なら、SNSに投稿してもらうことも歓迎です! 多くの人に空間とアートを楽しんでもらえたら嬉しいです」

作品は高額なものばかりでなく、数万円で購入できるものもあるとのこと。ギャラリー通いのなかで運命の作品との出会いがあれば、コレクターデビューするのも素敵ですね。

下北沢を訪れたら、今度はぜひその奥まで、足を延ばしてみてください!

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

和を前面に出し、旅館のようなしっとりとした雰囲気を醸すDDDART「苑」(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

ガレージ付きのカジュアルなDDDART「凪」。「苑」と入口は違うが、なかでつながっているのでどちらから入っても(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

リニューアルオープンを記念して、完売作家の新作書き下ろし作品を販売予定だそう(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
DDDART
苑 世田谷区代沢4-41-12
凪 世田谷区代沢4-41-2
月:CLOSED
火~日:12:00-19:00
dddart.jp
※2023年6月17日(土)に上記DDDART オンラインストアをリニューアルオープン

リニューアルしたハザードマップがかなり使いやすい!実際の使用感を解説

災害のリスクを知るには「ハザードマップ」を見る! このことは、かなり一般に浸透していると思う。実はこの国土交通省のハザードマップポータルサイトが、新しい機能を追加してバージョンアップした。最新のハザードマップは、スマホの位置情報からその場所の災害リスク等を探せたり、音声でリスクの程度を読み上げたりするようになった。

【今週の住活トピック】
ハザードマップポータルサイト のリニューアルについて/国土交通省

「わかる・伝わる」ハザードマップへとリニューアル

国土地理院は、「ハザードマップ」を「自然災害による被害の軽減や防災対策に使用する目的で、被災想定区域や避難場所・避難経路などの防災関係施設の位置などを表示した地図」と定義している。ハザードマップには、「地震」「火山」「土砂災害」「洪水」「内水※」「高潮」「津波」などの種類がある。この中でも、「洪水」「内水」「高潮」「津波」のハザードマップを総称して、水害ハザードマップと呼んでいる。
※大雨によって下水道などの排水能力を超えた場合の浸水被害

ハザートマップは、平常時に自宅などの場所の災害リスクについて把握し、災害に対する備えや避難場所などについて理解することが第一の目的だ。加えて第二の目的が、実際に災害リスクにさらされたときに対処できることにある。ところが、実際に災害リスクにさらされるのは、事前に情報を把握していた自宅などの場所に限らない。

「ハザードマップポータルサイト」の今回のリニューアルによって、TOP画面で「住所」や「現在地」を入力するとハザートマップがすぐに検索できるようになった。これなら、仕事や観光などで地縁のない場所に行っていた時に、洪水のリスクが高いとなったときでもすぐに情報を把握できるようになる。

実際に最新のポータルサイトで「わが家」のスマホの位置情報で試すと、すぐにハザードマップが表示された。次に、住所欄に「国土交通省」と入力して見ると、同様に国土交通省の所在地を示したハザードアップが検索できた。国土交通省の所在地では特にリスクはないようだ。災害のうち「洪水」を選んで調べると、周辺で浸水リスクのあるエリアが色別に表示された。近くの「日比谷公園」の場所をクリックすると「洪水によって想定される浸水深:0.5メートル未満」と文字が表示され、音声が流れた。

さらに、情報の中から「指定緊急避難場所」を選ぶと、その場所が地図上に表示された。洪水で避難するなら、浸水リスクエリアを超える避難場所(泰明小学校)よりも虎ノ門方面の避難場所(虎ノ門いきいきプラザ)のほうがよさそうだ。なお、避難場所は災害によって異なるので、災害種別を変えると表示される避難場所も増減する。

ハザードマップポータルサイト

住所欄に国土交通省と入力すると、ハザードマップが表示され、国土交通省の所在場所に危険性が想定されていない旨のテキストボックスが現れる。災害種別で「洪水」を選ぶと浸水が想定される色の帯と凡例が表示された(【1】)
「指定緊急避難場所」のうち「洪水」の避難場所を選ぶと緑色のピクトグラムが表示された(【2】)。それぞれをクリックすると具体的な建物名などが表示された。※丸印や直線は筆者が加えたもの

ハザードマップポータルサイト

【1】の画面で「千代田区のハザードマップを見る」をクリックすると千代田区のデータに遷移した(【3】)。【1】の画面で「災害種別で選択」や「すべての情報から選択」を開く(+をクリック)と欲しい情報を選ぶことができる(【4】)

ハザードマップポータルサイト

【5】ポップアップの背景色で示される詳細情報の例。災害リスクの程度に応じて、ポップアップの背景色が変化する。白、黄色、橙色、桃色、赤色の順に災害リスクが高くなる(出典:「ハザードマップサイト」の新機能の紹介より)

もちろんスマホやパソコンが利用できる通信環境にある場合に限られるが、これを使えば出先にいるときに万一のことがあっても、すぐ情報にたどりつけそうだ。

ハザートマップはリニューアルを繰り返して進化

国土交通省のハザードマップポータルサイトがオープンしたのは、2007年のこと。ハザードマップは本来、市町村が作成して住民に配布するものだが、いざというときに探せるようにと、市町村の情報を集約したことに始まる。以降もリニューアルを重ねてきた。

市町村ごとのマップだけでは、実は隣の市町村に逃げた方が適切という場合に分からない、河川の氾濫状況を広域で見られないといった課題があった。さらに、避難所の場所を探してそこを目指したら道路が冠水していたといったことも。こうした課題を解決するために提供した「重ねるハザードマップ」では、日本地図上で災害リスクを把握できるようにし、複数の災害リスク(「洪水浸水想定区域」と「道路冠水想定箇所」など)を重ねて表示できるようになった。

ほかにも、自治体によって凡例の区切り方や色分けが異なっていたものを統一したり、災害の種類を一目でわかる図記号 (ピクトグラム)から選択できるようにしたりと、さまざまなリニューアルを行ってきた。

今回は、あらゆる人が避難行動に必要なハザードマップ情報を活用できるように、「ユニバーサルデザイン」の観点からリニューアルを実施している。例えば、専門用語を読み込まないとリスクの程度が理解できないということのないように、「その場所の災害リスクや避難行動のポイント」について絞り込んだ解説がすぐに表示されるようになっている。複数の浸水リスクが該当する場合は、浸水深が最も大きくなる災害種別に絞って表示され、情報が多く出ることで見る人が混乱することを避ける形になっている。

また、目が不自由な人でも音声読み上げソフトを使うことで、ポイントが読み上げられるようになった。

なお、この情報がすべてではないので、自治体(国土交通省の例でいえば千代田区)のハザードマップを確認することを国土交通省では促している。

さて、災害リスクを感じてあわててスマホを取り出しても、使い方に慣れるまでに時間もかかるだろう。まずは、あらかじめハザードマップポータルサイトを使ってみて、どういった情報が得られるのかだけでも把握しておくべきだ。

ハザードマップには、ほかにも機能がいろいろあるが、自治体によってその内容は異なる。自宅や職場など自分の居場所として多い場所については、該当する自治体のハザードマップを事前に読み込んでおくことをお勧めする。自分の居場所の災害リスクを知ることに加え、避難施設や避難経路などの情報が掲載されているほか、防災に関する学習コーナーがあるなど、役立つ情報が多いからだ。災害への対応は、事前の備えがカギになることを肝に銘じておきたい。

●関連サイト
国土交通省/ハザードマップポータルサイト のリニューアルについて
国土交通省「ハザードマップポータルサイト」
「ハザードマップポータルサイト」の新機能の紹介

リニューアルしたハザードマップがかなり使いやすい!実際の使用感を解説

災害のリスクを知るには「ハザードマップ」を見る! このことは、かなり一般に浸透していると思う。実はこの国土交通省のハザードマップポータルサイトが、新しい機能を追加してバージョンアップした。最新のハザードマップは、スマホの位置情報からその場所の災害リスク等を探せたり、音声でリスクの程度を読み上げたりするようになった。

【今週の住活トピック】
ハザードマップポータルサイト のリニューアルについて/国土交通省

「わかる・伝わる」ハザードマップへとリニューアル

国土地理院は、「ハザードマップ」を「自然災害による被害の軽減や防災対策に使用する目的で、被災想定区域や避難場所・避難経路などの防災関係施設の位置などを表示した地図」と定義している。ハザードマップには、「地震」「火山」「土砂災害」「洪水」「内水※」「高潮」「津波」などの種類がある。この中でも、「洪水」「内水」「高潮」「津波」のハザードマップを総称して、水害ハザードマップと呼んでいる。
※大雨によって下水道などの排水能力を超えた場合の浸水被害

ハザートマップは、平常時に自宅などの場所の災害リスクについて把握し、災害に対する備えや避難場所などについて理解することが第一の目的だ。加えて第二の目的が、実際に災害リスクにさらされたときに対処できることにある。ところが、実際に災害リスクにさらされるのは、事前に情報を把握していた自宅などの場所に限らない。

「ハザードマップポータルサイト」の今回のリニューアルによって、TOP画面で「住所」や「現在地」を入力するとハザートマップがすぐに検索できるようになった。これなら、仕事や観光などで地縁のない場所に行っていた時に、洪水のリスクが高いとなったときでもすぐに情報を把握できるようになる。

実際に最新のポータルサイトで「わが家」のスマホの位置情報で試すと、すぐにハザードマップが表示された。次に、住所欄に「国土交通省」と入力して見ると、同様に国土交通省の所在地を示したハザードアップが検索できた。国土交通省の所在地では特にリスクはないようだ。災害のうち「洪水」を選んで調べると、周辺で浸水リスクのあるエリアが色別に表示された。近くの「日比谷公園」の場所をクリックすると「洪水によって想定される浸水深:0.5メートル未満」と文字が表示され、音声が流れた。

さらに、情報の中から「指定緊急避難場所」を選ぶと、その場所が地図上に表示された。洪水で避難するなら、浸水リスクエリアを超える避難場所(泰明小学校)よりも虎ノ門方面の避難場所(虎ノ門いきいきプラザ)のほうがよさそうだ。なお、避難場所は災害によって異なるので、災害種別を変えると表示される避難場所も増減する。

ハザードマップポータルサイト

住所欄に国土交通省と入力すると、ハザードマップが表示され、国土交通省の所在場所に危険性が想定されていない旨のテキストボックスが現れる。災害種別で「洪水」を選ぶと浸水が想定される色の帯と凡例が表示された(【1】)
「指定緊急避難場所」のうち「洪水」の避難場所を選ぶと緑色のピクトグラムが表示された(【2】)。それぞれをクリックすると具体的な建物名などが表示された。※丸印や直線は筆者が加えたもの

ハザードマップポータルサイト

【1】の画面で「千代田区のハザードマップを見る」をクリックすると千代田区のデータに遷移した(【3】)。【1】の画面で「災害種別で選択」や「すべての情報から選択」を開く(+をクリック)と欲しい情報を選ぶことができる(【4】)

ハザードマップポータルサイト

【5】ポップアップの背景色で示される詳細情報の例。災害リスクの程度に応じて、ポップアップの背景色が変化する。白、黄色、橙色、桃色、赤色の順に災害リスクが高くなる(出典:「ハザードマップサイト」の新機能の紹介より)

もちろんスマホやパソコンが利用できる通信環境にある場合に限られるが、これを使えば出先にいるときに万一のことがあっても、すぐ情報にたどりつけそうだ。

ハザートマップはリニューアルを繰り返して進化

国土交通省のハザードマップポータルサイトがオープンしたのは、2007年のこと。ハザードマップは本来、市町村が作成して住民に配布するものだが、いざというときに探せるようにと、市町村の情報を集約したことに始まる。以降もリニューアルを重ねてきた。

市町村ごとのマップだけでは、実は隣の市町村に逃げた方が適切という場合に分からない、河川の氾濫状況を広域で見られないといった課題があった。さらに、避難所の場所を探してそこを目指したら道路が冠水していたといったことも。こうした課題を解決するために提供した「重ねるハザードマップ」では、日本地図上で災害リスクを把握できるようにし、複数の災害リスク(「洪水浸水想定区域」と「道路冠水想定箇所」など)を重ねて表示できるようになった。

ほかにも、自治体によって凡例の区切り方や色分けが異なっていたものを統一したり、災害の種類を一目でわかる図記号 (ピクトグラム)から選択できるようにしたりと、さまざまなリニューアルを行ってきた。

今回は、あらゆる人が避難行動に必要なハザードマップ情報を活用できるように、「ユニバーサルデザイン」の観点からリニューアルを実施している。例えば、専門用語を読み込まないとリスクの程度が理解できないということのないように、「その場所の災害リスクや避難行動のポイント」について絞り込んだ解説がすぐに表示されるようになっている。複数の浸水リスクが該当する場合は、浸水深が最も大きくなる災害種別に絞って表示され、情報が多く出ることで見る人が混乱することを避ける形になっている。

また、目が不自由な人でも音声読み上げソフトを使うことで、ポイントが読み上げられるようになった。

なお、この情報がすべてではないので、自治体(国土交通省の例でいえば千代田区)のハザードマップを確認することを国土交通省では促している。

さて、災害リスクを感じてあわててスマホを取り出しても、使い方に慣れるまでに時間もかかるだろう。まずは、あらかじめハザードマップポータルサイトを使ってみて、どういった情報が得られるのかだけでも把握しておくべきだ。

ハザードマップには、ほかにも機能がいろいろあるが、自治体によってその内容は異なる。自宅や職場など自分の居場所として多い場所については、該当する自治体のハザードマップを事前に読み込んでおくことをお勧めする。自分の居場所の災害リスクを知ることに加え、避難施設や避難経路などの情報が掲載されているほか、防災に関する学習コーナーがあるなど、役立つ情報が多いからだ。災害への対応は、事前の備えがカギになることを肝に銘じておきたい。

●関連サイト
国土交通省/ハザードマップポータルサイト のリニューアルについて
国土交通省「ハザードマップポータルサイト」
「ハザードマップポータルサイト」の新機能の紹介

特定技能外国人の受入れ増えるも住まいの提供進まず。11言語・24時間対応で部屋探しと暮らしを支援する不動産会社に理由を聞いてみた 日本エイジェント

外国人居住者も徐々に日本国内に戻りつつあります。一方で、外国人の賃貸住宅への入居はまだまだ困難な状況にあるようです。そのような中、不動産会社として初めて特定技能外国人(特定産業分野に関する専門性・技能を有する外国人)の住宅確保などをサポートする登録支援機関に認定された日本エイジェントは、外国人専用のポータルサイトを立ち上げるなど、外国人の居住問題に取り組んでいます。これまでの取り組みについて、国際事業部ゼネラルマネージャーの草薙匡寛さんに話を聞きました。

コロナ後の日本、外国人居住者の動向は変わった?

高齢化が進み、人口が減少している日本では、労働市場における外国人の受け入れニーズは拡大しています。新型コロナの流行によって、在留外国人数の増加は一時停滞しましたが、ここ数カ月の動向について、草薙さんは「まだ完全回復とまではいきませんが、コロナで帰国したり、日本への来訪を控えていた外国人がかなり戻ってきている」と話します。

在留資格別外国人労働者数の推移

日本における外国人労働者は、ここ10年余りで大幅に増え、今後も増加の見込み(資料引用元/厚生労働白書2022年度(令和4年度))

一方、外国人の入居を受け入れている賃貸住宅は限られているのが現状で、2016年から外国人の入居や生活サポートを行っている日本エイジェントの国際事業部には、ほかの会社で外国人だからという理由で入居を断られて相談に訪れる人も少なくないそうです。

そもそもなぜ、賃貸住宅への外国人の受け入れが進まないのでしょうか。

日本エイジェントが独自でヒアリングを重ねた結果、オーナーと不動産管理会社において外国人入居を敬遠する向きが大きいと分析しています。さらに突き詰めると、実際に無断帰国や原状回復トラブルなどの被害に遭ったことで入居を敬遠するケースと、被害に遭ったことはないけれどもトラブルの話を聞いて外国人の入居に不安を感じているケースの2つに分かれます。

「実際にトラブルは一定数起こりますが、その割合は日本人入居者のそれと大差ありません。外国人入居者のトラブルを未然に防ぐために重要なことは『母国語による事前説明』です。賃貸契約を結ぶときに、日本人が日本語で説明すると、外国人のお客さまは聞いているように見えても、きちんと理解していないことが多いのです。例えば、ゴミの分別問題など、本人に悪気はなくても、理解できていないから母国と違う日本のルールから外れてしまいます」(日本エイジェント 草薙さん、以下同)

生活オリエンテーションの受講歴の有無

調査対象となった在留外国人の約6割が日本で暮らす際の説明を受けていない(資料引用元/在留外国人に対する基礎調査2021年度(令和3年度)調査結果報告書)

対策として日本エイジェントでは多言語の資料をつくり、外国人のスタッフから外国人入居者が理解しやすい言語で母国との生活習慣やルールの違いを説明するそうです。現在6名の外国人スタッフが在籍しており、実店舗では英語・中国語・ベトナム語・ヒンズー語・ロシア語・ウクライナ語に対応しています。

関連記事:
・外国人は家賃滞納ナシでも入居NGが賃貸の実態。積極受け入れで入居率100%のスーパー大家・田丸さんの正攻法
・今も残る「外国人に部屋を貸したくない」。偏見と闘う不動産会社や外国人スタッフに現場のリアルを聞いた
・外国人の賃貸トラブルTOP3「ゴミ出し・騒音・又貸し」、制度や慣習がまるで違う驚きの海外賃貸実情が原因だった!

不動産会社として初めて「登録支援機関」に

国は労働市場の担い手不足を補うため、2019年から「特定技能制度」を新設し、とくに深刻な人手不足が生じている14の業種に新たな在留資格を認めています。日本エイジェントは、不動産会社として初めて特定技能外国人の住宅確保をサポートする「登録支援機関」になりました。

登録支援機関とは、特定の産業分野で経験や知識を有していると認められた特定技能外国人が日本で就労する際に、安定した暮らしを送れるよう支援する機関。就労の受け入れ先である雇い主から依頼を受けて特定技能外国人のサポートを行います。

国の政策で来日する特定技能外国人であっても、その住む場所のサポートまでは施策が十分に追いついておらず、他の外国人同様に言葉や文化の違いから、まだまだ受け入れる賃貸住宅は少ないのが現実。このような登録支援機関の存在は頼りになるはずです。

特定技能1号について

特定技能の在留資格には特定技能1号と2号の2種類がある。登録支援機関は受け入れ先企業の委託を受けて、外国人支援が必須とされる特定技能1号資格(在留期間は通算5年まで)を有する外国人をサポートする(資料提供/日本エイジェント)

「ほかの登録支援機関から、当社の国際事業部に家探しを手伝ってほしいと問い合わせがあったことがきっかけで、登録支援機関の存在を知りました。そこで外国人の居住支援に力を入れていた当社も出入国在留管理庁に申請を行い、登録支援機関に認定されました」

登録支援機関になるには、いくつかの要件がありますが、2016年の国際事業部立ち上げ当初から外国人スタッフが外国人の住まい探しサポートしている日本エイジェントにとって、登録はそれほどハードルの高いものではなかったといいます。

「不動産会社として日本で最初の登録支援機関となったことで、他の登録機関から住まい探しで困っている外国人を直接ご紹介いただき、住まい探しのお手伝いができるようになりました。職探しや職務上の支援をメインに行っている登録支援機関も多く、それまで特定技能制度の中で弱かった『住』の部分で、私たちがお力になれると感じています」

日本で働く外国人を、住まいと暮らしの両面でサポートする

登録支援機関としての日本エイジェントの仕事は、他の登録支援機関からの相談を受け、住まい探しやライフラインの手続きをサポートすることです。

「手続きを円滑に進め、安心して住み続けていただくためには外国人向けのサービスを提供する他社との連携も欠かせません。『外国人専用の家賃保証会社』を活用することで申し込みや契約の手続きを、『引越し』や『家具や家電のレンタル』の事業を行っている会社と連携して入居をスムーズにできるようサービスを整えています。また、入居後に困ったことがあったときには『母国語による24時間コールセンター』で相談を受け付けています」

外国人専門の不動産コールセンター「wagaya call 24」。現在11言語、24時間365日体制で対応している(画像提供/日本エイジェント)

外国人専門の不動産コールセンター「wagaya call 24」。現在11言語、24時間365日体制で対応している(画像提供/日本エイジェント)

また、外国人を受け入れる賃貸物件を増やすためには、オーナーや管理会社に外国人を受け入れることのメリットを伝え、理解を得るための取り組みも欠かせません。オーナーや管理会社向けのセミナーを開催したり、個別に「既存の建物を外国人向け賃貸に改修したい」という相談に乗ったりすることもあるそうです。

「入居者を日本人のみに絞っている場合、繁忙期は新年度が始まる前の1~3月が中心ですが、外国人が入居を検討するのは、日本人の入社・転勤シーズンに近い2~3月と8~9月。さらに留学生が来日する1月、4月、7月、10月と、1年に何回も入居案内の繁忙期があります。オーナーにとってはそれだけ空室を埋めるチャンスが増えるということです」

外国人繁忙期

外国人にも入居の対象を広げることで、日本人の入居繁忙期を逃しても、年間を通して空室を埋めるチャンスができる(画像提供/日本エイジェント)

外国ではバス・トイレが一緒の住まいが多かったり、平屋が多い国があるなど、日本人とは異なったライフスタイルを持っている人が多くいます。そのため、日本人にはあまり人気のないユニットバスの物件や、1階の部屋に抵抗感のない外国人も結構いるそうです。

「利便性より家賃の低さを重視する人も多いので、駅から遠い部屋や築古の物件も外国人を受け入れれば、日本人には敬遠されて空室になっていた物件の入居率が上がる可能性は十分あり得ます」

大規模なリノベーションをせずに家具・家電付きの物件とすることで賃料アップを見込めることも。オーナーにとっても、外国人の受け入れには魅力がたくさんあるのです。

Before 家賃6万円/月(周辺相場並)。最寄駅から徒歩13分、築37年、15平米のワンルームタイプ。バス・トイレ同室の3点ユニットバスタイプ

Before 家賃6万円/月(周辺相場並)。最寄駅から徒歩13分、築37年、15平米のワンルームタイプ。バス・トイレ同室の3点ユニットバスタイプ

After 家賃10万円/月 二段ベッドおよび、家具家電を備え付けにし2人入居可能にしたことで入居者にとっては割安な部屋となりオーナーにとっては賃料アップが見込めるようになった。短期・中期・長期と契約期間に応じたプランを設け、外国人がより入居しやすいような仕組みにしている(画像提供/日本エイジェント)

After 家賃10万円/月 二段ベッドおよび、家具家電を備え付けにし2人入居可能にしたことで入居者にとっては割安な部屋となりオーナーにとっては賃料アップが見込めるようになった。短期・中期・長期と契約期間に応じたプランを設け、外国人がより入居しやすいような仕組みにしている(画像提供/日本エイジェント)

外国人専用の不動産ポータルサイト「wagaya Japan」発足の裏側

ネット上では日本で賃貸物件を借りることの手続きの煩雑さや審査の厳しさなど、いろいろな情報が出回っているので「日本で賃貸物件を借りて住むのはかなり大変そうだ」と尻込みしている外国人も多くいるといいます。

そこで、日本エイジェントでは、日本語を含む5カ国語に翻訳して物件探しができる外国人向けポータルサイト「wagaya Japan」を開設。2018年の立ち上げ当初は、同業他社との差別化を目的としたものでしたが、社内外のいろいろな意見を取り入れてホームページをブラッシュアップしていくうちに、少しずつ社会的な使命感に駆られていったそうです。

外国人向けポータルサイトwagaya japan。日本語のほか、英語・中国語(簡体字・繁体字)・ベトナム語に対応している(画像提供/日本エイジェント)

外国人向けポータルサイトwagaya japan。日本語のほか、英語・中国語(簡体字・繁体字)・ベトナム語に対応している(画像提供/日本エイジェント)

wagaya Japanの読み物「wagaya ジャーナル」では、外国人の入居希望者ができる限りスムーズに日本の暮らしに馴染めるよう、日本で暮らしていく上でのお役立ち情報を、wagaya Japanと同様に5カ国語で提供しています。
日本エイジェントに相談に訪れる外国人からは、「日本での住まい探しはもっと難しく時間がかかるかと思っていたが、情報を得ることもでき、想像以上に早く入居することができた」という声もよく聞かれるそうです。

そしてサイト運営の裏側には、外国人が入居可能な不動産を扱う複数の管理会社との協業があります。

「最初のうちは方向性も定まっておらず、とにかくたくさんの物件情報を載せようと必死でした。しかし、当社が掲げている『日本の住まいをもっとグローバルに』を実践するには、自社の物件だけを掲載していても規模が知れています。私たちの取り組みに興味を持った会社から物件を載せたいとお声がけいただいて、そこから全国の管理会社と協力するようになりました」

サイトの運営にかかる費用は、物件を掲載する管理会社からの掲載料を充てていて、ユーザーは無料で利用できます。最初は掲載する物件数も少なかったのですが、求められるものをつくっていれば利益は後からついてくると信じて走り出したそうです。

あらゆるお客様のニーズに応えていった結果、最初は賃貸物件のみでしたが、売買物件やシェアハウスも扱うよう変化していき、東京都だけでも9000件以上の物件情報が掲載されるようになりました。年間対応実績は約6000件、wagaya japanを訪れる外国人ユーザーは、月15万人以上に上ります。

国籍も文化も異なる外国人が、暮らしたいと思える国にするために

協業の一方で、草薙さんは日本のオーナーや管理会社と接するときに、外国人に対する正しい知識がまだ足りていないと感じていることも指摘します。

「そもそも『外国人』と一括りにすること自体、ちょっと乱暴ではないでしょうか。アジア人といっても日本と中国、ベトナムでは習慣も文化も全然違います。相手の習慣や文化を知りながらお互いを理解すること、そのためには、多言語対応ができる不動産管理会社の数ももっと必要です」

お互いの理解が進めば、外国人の日本での住まい探しはもっとずっと楽でスムーズになるでしょう。そして、外国人の入居を受け入れることは人口減による日本全国の空室・空き家の増加を食い止める鍵となり、オーナーともWIN-WINの関係を築けるはずです。

国際事業部の国際色豊かなメンバーが母国語で対応する(画像提供/日本エイジェント)

国際事業部の国際色豊かなメンバーが母国語で対応する(画像提供/日本エイジェント)

国が特定技能制度で外国人の来日を促すのであれば、その数に見合うだけの住まいがなくてはなりません。そして、ただ家を提供するだけでなく、日本語のわからない人たちが、いかに相談しやすい環境や仕組みを整えるかが大事だと感じました。

日本に住んで働くことを希望する外国人のニーズを真剣に捉え、解決してこうとする日本エイジェントのような考えを持つ不動産会社や、理解を示すオーナーがもっと必要です。不動産会社が登録支援機関に認定を受けることもまた、外国人を積極的に受け入れていく姿勢を示す、一つの方法になるのではないでしょうか。

●取材協力
・wagaya japan
・株式会社日本エイジェント国際事業部専用ページ

多様化するトレーラーハウス。災害支援、公共施設、宿泊、店舗など様々な可能性に注目

東京ビッグサイトで「東京トレーラーハウスショー2023」が開催されると聞いて訪れてみた。トレーラーハウスが立ち並ぶ姿は圧巻だったが、その利用方法は実に多様だ。どんな利用方法があるかについて、それぞれ見ていこう。

【今週の住活トピック】
日本最大級!43台のトレーラーハウスが一堂に「東京トレーラーハウスショー2023」

トレーラーハウスとは?キャンピングカーとは違うの?

SUUMOリサーチセンターは、2023年のトレンドとして「平屋回帰」を予測した。単なる平屋ではなく、コンパクトな平屋のことで、住宅の面積が小さな主拠点の平屋と、小屋やタイニーハウスなどのサードプレイスの平屋に分類している。トレーラーハウスは後者に該当する。

一般社団法人日本トレーラーハウス協会によると、トレーラーハウスは、次のように定義されている。

「トレーラーを一定の場所に定置し、土地側の給排水配管電気等の接続が工具を使用しないで脱着できる構造体であり、公道に至る通路が敷地内に確保されており、障害物がなく随時かつ任意に移動できる状態で設置したものをトレーラーハウスと呼ぶ。」

キャンピングカーも、小さいながら車の中にベッドやキッチンを設置したりできるが、車のバッテリーの電気を使い、備えたタンクの水を使う。排水もタンクにためて処理する必要がある。一方トレーラーハウスは、タイヤの付いたシャーシ(車台)に載せて、車で牽引して公道を移動する。一定の場所に設置して、住宅と同じように外部の水道や電気などの生活インフラと接続する。そのため、トレーラーの中にはトイレやシャワールームも設置でき、エアコンなどの家電も使うことができる。

まるで小さな小屋のようだ。ただし、小屋は建築物だが、トレーラーハウスは原則として自動車に該当するので、市街化調整区域などの建築物が建てられない場所にも置くことができる。

災害支援から店舗、グランピングまで多様に利用できるトレーラーハウス

こうした特徴のあるトレーラーハウスなので、さまざまな利用方法がある。今回の「東京トレーラーハウスショー2023」では、会場を8つの展示ゾーンに分けて、トレーラーハウスを展示している。
●災害支援
●公共施設
●事務所
●店舗
●グランピング&レジャー
●レンタル
●シャーシ(車台)
●未来型

「災害支援」ゾーンには、防災基地局トレーラーやレスキューホテル、室内のウィルスや細菌を外部に流出させるメディカルキューブ、トイレキューブなどがあった。

通信・発電や一時救護が可能な防災基地局トレーラー(手塚運輸)

通信・発電や一時救護が可能な防災基地局トレーラー(手塚運輸)
※各掲載写真はいずれも筆者撮影

カプセルベッドを4台設置したカプセルキューブ(写真右)、トイレキューブ(写真中奥)、メディカルキューブ(写真左)(いずれもトレーラーハウスデベロップメント)

カプセルベッドを4台設置したカプセルキューブ(写真右)、トイレキューブ(写真中奥)、メディカルキューブ(写真左)(いずれもトレーラーハウスデベロップメント)

同様に「公共施設」ゾーンには、シャワーキューブや低床トイレキューブ、スモーキングキューブ(分煙時の喫煙所)などがあった。

また、「レンタル」ゾーンになるが、ベビーケアトレーラーというのもあった。内部には、授乳スペース、おむつ替えスペース、着替えスペースがあり、ママたちには嬉しい場所だと思った。

ベビーケアトレーラー(西尾レントオール)

ベビーケアトレーラー(西尾レントオール)

ベビーケアトレーラー内部。奥にカーテンで仕切れる授乳スペースが2つ、手前におむつ替えスペースなどがある

ベビーケアトレーラー内部。奥にカーテンで仕切れる授乳スペースが2つ、手前におむつ替えスペースなどがある

もちろんトレーラーハウスは、「事務所」や「店舗」としても利用でき、展示会場には担々香麺を提供するキッチントレーラーなどもあった。

エアストリーム(キャンピングトレーラー)のキッチン仕様は見た目もかわいい(株式会社トレーラービレッジ)

エアストリーム(キャンピングトレーラー)のキッチン仕様は見た目もかわいい(トレーラービレッジ)

さて、住まいとしての利用方法は主に「グランピング&レジャー」だろう。自然豊かな場所などに置いて、のんびりくつろげるトレーラーが数多く並び、サウナ専用トレーラーも2台展示されていた。

グランピングトレーラー(奥)とデッキトレーラー(手前)を並べて設置した展示。取り外しができないウッドデッキは、建造物扱いになるため取り付けができないが、トレーラーを並べれば広々としたウッドデッキも一体的に使える(トレーラーハウスデベロップメント)

グランピングトレーラー(奥)とデッキトレーラー(手前)を並べて設置した展示。取り外せないウッドデッキは取り付けられない(建築物になる)が、トレーラーを並べれば広々としたウッドデッキも一体的に使える(トレーラーハウスデベロップメント)

サウナ専用トレーラー(トレーラーハウスデベロップメント)

サウナ専用トレーラー(トレーラーハウスデベロップメント)

電線から電気を得られなくても生活できるトレーラーハウスも

次に、「未来型」ゾーンの中からオフグリッドトレーラーハウスを紹介しよう。
生活インフラが遮断、あるいは整備されていないといった場所では、電気などが使えなくなるが、太陽光パネルや太陽熱温水器などを搭載したエネルギー自立型のトレーラーハウスなら、発電して蓄電池にためた電気を使い、温水器のお湯でシャワーを浴びるといったことも可能。水を使わないトイレも設置してあった。

オフグリッドトレーラーハウス(イスズ)

オフグリッドトレーラーハウス(イスズ)

車内には蓄電池・全熱交換型換気システムなどの周辺機器(左)、おが屑でし尿を分解させるバイオトイレ(右)が設置されている

車内には蓄電池・全熱交換型換気システムなどの周辺機器(左)、おが屑でし尿を分解させるバイオトイレ(右)が設置されている

最後に紹介するのは、中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトを主導する工学院大学教授・鈴木敏彦氏の活動に賛同した淀川製鋼所が、中銀カプセルタワーの1つを取得し、トレーラーカプセルとして再生したもの。黒川紀章氏が提唱したメタボリズムの設計思想が、トレーラーハウスとして継承されている。

中銀カプセルタワーのカプセルを載せたトレーラー(淀川製鋼所)

中銀カプセルタワーのカプセルを載せたトレーラー(淀川製鋼所)

動く中銀カプセル「YODOKO+トレーラーカプセル」の内部

動く中銀カプセル「YODOKO+トレーラーカプセル」の内部

ニーズが変わる!?不動産から可動産へ

さて、展示場では各種のセミナーも開催されていた。筆者はこのうち、YADOKARI代表取締役の上杉勢太氏による「『可動産』と『タイニーハウス』の可能性」を聞いた。

これからは不動産から可動産へと、ニーズが変化するという。その背景には、人口が減り単身世帯が増えることに加え、コロナ禍で二拠点居住やアドレスホッパーといった新しい生活スタイルが広がっていることがある。住宅コストが暮らしを圧迫する一方で、災害住宅としてコンテナ状の住宅が使われるなど、小さな家が注目されるようになった。

海外には先行事例が多い。北欧では、住宅キットを使ってDIYでサマーハウスを建てたりしているし、アメリカではリーマンショックを機に、小さな家でシンプルに暮らすというタイニーハウス・ムーブメントが起きた。同様に、車を使ったVAN×LIFEというムーブメントも起きている。

日本でも、テレワークが加速し、移動式店舗・オフィスが増加している。不動産は建築基準法の制約を受けるが、VANやトレーラーハウス、移動可能な小屋などの可動産であれば、絶景の無人駅に人を集めるといったこともできる。というような可能性の広がりについて、上杉氏は熱く語っていた。

「グランピング&レジャー」ゾーンに出展したYADOKARI株式会社のトレーラーハウス

「グランピング&レジャー」ゾーンに出展したYADOKARIのトレーラーハウス

トレーラーハウスは、設置場所の自由度の高さや住宅取得のコスト軽減などのメリットもあるが、暮らし方が多様になるこれからは、生活拠点の選択肢の一つとして注目されていくのではないか。好きな場所で好きなことができるスタイルが広がるほど、トレーラーハウスの新しい利用方法も増えていくだろう。

●関連サイト
日本最大級!43台のトレーラーハウスが一堂に「東京トレーラーハウスショー2023」
東京トレーラーハウスショー2023公式サイト
SUUMO「トレーラーハウスとは?住居にする方法や用途、価格、設置方法、かかる税金は?」

テレワークの個室整備、オンライン内見など…コロナ禍から更に変化した住宅市場動向とは

国土交通省は、令和4年度の「住宅市場動向調査」の結果をとりまとめ、それを公表した。毎年実施している大型調査ではあるが、コロナ禍を経て、住宅を取り巻く環境も変わりつつある。その影響がどう表れているか、見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
「令和4年度住宅市場動向調査」の結果を公表/国土交通省

インターネットの活用は情報収集や問い合わせまでしか進んでいない

この調査は、2021年4月~2022年3月に住み替えや建て替え、リフォームを行った世帯を対象に行ったもの。注文住宅と中古住宅は全国を、分譲住宅、民間賃貸住宅、リフォームについては三大都市圏を対象にしている。

さてコロナ禍では、対面を避けるためにオンラインによる接客やオンライン上の内覧などの手法が採り入れられるようになった。そこで、まずはインターネットの活用がどの程度進んでいるかを見てみよう。

今回の調査では、住宅の住み替えや取得の際の工程を次のように分けて、インターネットの活用状況を聞いている。
(1) インターネットを通じた情報収集
(2) インターネットを通じた問い合わせ、説明会・内見等の申し込み
(3) オンライン会議システム(ZOOM、Teams、Skype等)を活用した物件説明・商談
(4) VR(仮想現実)またはAR(拡張現実)ツールを活用した物件内見
(5) オンラインでの住宅ローン審査(※民間賃貸住宅は対象外)
(6) オンラインでの重要事項説明(※民間賃貸住宅は(5))
(7) 電子署名等を活用した電子契約(※民間賃貸住宅は(6))
(8) (1)~(7)の経験はない(※民間賃貸住宅は(7))

インターネットの活用状況

住宅取得等の過程におけるインターネットの活用状況(出典:国土交通省「令和4年度住宅市場動向調査」調査結果の概要より転載)

いずれの場合も、「インターネットを通じた情報収集」(図の黄色の棒グラフ)が最多でおおむね6割半~8割を占め、特出して多くなっている。次いで、「インターネットを通じた問い合わせや内見等の申し込み」で、最少の賃貸住宅で2割弱、最多の分譲集合住宅(新築マンション)で5割弱といったところだ。

働く場では普及している「オンライン会議システム」の活用だが、図の赤い棒グラフを見る限り、あまり活用が進んでいないようだ。新築マンションの販売センターなどで話を聞く限りでは、多くのデベロッパーがオンライン会議を使った物件説明をしているという話だったので、意外に活用度合いが少ないなというのが正直な感想だ。

売買契約や賃貸借契約の際の電子書面やオンラインの活用はこれから広がるか?

これから普及が進むだろうと見ているのが、インターネットの活用状況の選択肢のうち、(6)のオンラインでの重要事項説明や(7)の電子書面を活用した電子契約である。売買契約や賃貸借契約を交わすときには、必ず重要事項説明を行う(貸主が不動産会社の場合は対象外)ことになっている。かつては必ず対面で行うこととされていたが、オンラインで行うことが可能になった。ただし、国土交通省が定めた細かいルールに準じて行う必要があるため、その環境が整わない不動産会社もあったりして、エンドユーザーが希望しても必ずしも実施できない場合もある。

また、必ず書面で重要事項説明書や契約書を作成することになっていたので、電子書面の交付が可能になった2022年5月以降には、より一層オンラインによる契約の効率化が図れるようになったので、実施状況が上がっていく可能性がある。

社会実験の取り組み

社会実験の取り組み(出典:国土交通省「ITを活用した重要事項説明及び書面の電子化について」サイトより転載)

在宅勤務の普及によってそのための個室を確保した?

次に、コロナ禍で普及した在宅勤務の影響を見ていこう。今回の調査では「在宅勤務等のためのスペースの状況」について、次の選択肢を用意して聞いている。
(1)在宅勤務等に専念できる個室がある
(2) 在宅勤務等に専念できる仕切られたスペースがある
(3)仕切られてはいないが在宅勤務等に専念できるスペースがある
(4) 在宅勤務等に専念できる個室やスペースなどはない

在宅勤務等のためのスペースの状況

在宅勤務等のためのスペースの状況(出典:国土交通省「令和4年度住宅市場動向調査」調査結果の概要より転載)

賃貸住宅に住み替えた世帯では、在宅勤務のためのスペースがない(図の赤い棒グラフ)という回答が最多で、個室がある世帯は3割強にとどまった。しかし、注文住宅や新築一戸建て、新築マンション、中古一戸建て、中古マンションでは、在宅勤務のための個室があるという回答が最も多かった。また、マンションよりも一戸建てのほうが個室を確保する割合が高い傾向がうかがえる。

これは、住宅の広さの影響があるだろう。一般的な賃貸住宅は持ち家よりも面積が狭いので、在宅勤務のための個室を用意することが難しく、持ち家のなかでも一戸建てのほうが部屋数を確保しやすいので、在宅勤務に充てる個室を用意しやすいということだろう。

個室ではないスペースも含めると、在宅勤務のためのスペースというのは、今後の住まい選びでも意識する必要があるだろう。

住宅スゴロクの崩壊?新築マンションは複数回の取得が多い

最後に、筆者が気になった「住宅取得回数」について見ていこう。
調査で住宅取得回数を聞いたところ、すべての住宅の種類でほとんどが「今回が初めて」と回答している。「今回初めて」の割合が最も少ない新築マンションを見ても、72.9%に達している。逆にいうと、新築マンションを買った世帯のなかで17.4%が「2回目」、9.0%が「3回目以上」と回答しており、4世帯に1世帯は今回の新築マンションが複数回目の取得となる。

理由はさまざまあるだろう。高齢化や少人数世帯の増加により、マンションのほうが暮らしやすいと考える世帯が増えたこと、マンションのほうが売りやすいこと、新築マンションの価格が高騰して購入世帯が限定されたことなどが考えられる。

かつて「住宅スゴロク」といわれた、賃貸住宅→マンション→庭付き一戸建てと住み替えるのが理想とされた時代は終わったようだ。

住宅取得の実態は、そのときの経済状況や社会的な変化が反映された結果になる。ITの進化や働き方の変化、住み心地の価値観の変化など、さまざまな要因が調査結果に表れているようだ。

●関連サイト
「令和4年度住宅市場動向調査」の結果を公表/国土交通省
国土交通省「令和4年度住宅市場動向調査」調査結果の概要

法務省の地図データ無料公開などで進む三次元データやリアルタイム防災情報への活用。空飛ぶ車の実用化や空き家問題解決も!?

ドローンによって収集された災害時の情報を地図に反映したり、ビジネスの用途に合った土地を現地調査なしで世界中から探したりと、地図データを活用したサービスや取組みが進んでいます。それらの基盤となるのが、“G空間情報”です。「地理空間情報技術(Geospatial Technology)」の頭文字のGを用いた地理空間の意味で、将来が期待される科学分野の一つとして注目されています。2023年1月から、登記所備付地図データの一般公開が始まりました。これらの地図データを活用することで、どんな問題の解決が進み、また、私たちの生活はどう変わるのでしょうか? 最新の取組みを取材しました。

登記所備付地図データを無償で誰でも利用できるようになった!

「空飛ぶクルマの実用化に向けた未来のカーナビ」「メタバースを活用して空き家問題を解決するサービス」……夢のような世界の実現化に向けて、G空間情報を活用する動きが広がっています。

2022年12月6日に開催された地理空間情報の活用を推進するイベント「G空間EXPO」には、1424名の人が会場を訪れ、オンラインアクセス数は、4万5493。会場では、地理空間情報を活用したビジネスアイデアコンテスト「イチBizアワード」の受賞式が行われ、冒頭で紹介したサービスなどが表彰されました。

サービスの基盤となるG空間情報の提供元は、「G空間情報センター」です。「G空間情報センター」は、さまざまな地理空間情報を集約し、その流通を支援するプラットフォーム。法務省から提供された地図データを利用者がワンストップで検索・閲覧し、情報を入手できる仕組みの構築を目指す機関です。

2023年1月から新たに、登記所備付地図データの一般公開が始まり、「G空間情報センター」にログインすることで、誰でも電子データをダウンロードでき、無償で利用することができるようになったのです。

内閣官房主催の「イチBizアワード」。390件の応募から15件のビジネスアイデアが選出された(画像提供/角川アスキー総合研究所)

内閣官房主催の「イチBizアワード」。390件の応募から15件のビジネスアイデアが選出された(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間の高低差を利用して車を交差させて渋滞を緩和するアイデア(芝浦工業大学附属中学高等学校)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間の高低差を利用して車を交差させて渋滞を緩和するアイデア(芝浦工業大学附属中学高等学校)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間情報を基に国土を生成したVRコンテンツ。空中旅行などのバーチャルツアーなどの活用が期待される(Voxelkei)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間情報を基に国土を生成したVRコンテンツ。空中旅行などのバーチャルツアーなどの活用が期待される(Voxelkei)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

背景には農業分野におけるICT活用のニーズがあった

法務省の地図作成事業では、不動産の物理的状況(地目、地積等)及び権利関係を記録してきましたが、登記記録だけでは、その土地が現地のどこに位置し、どんな形状をしているかはわかりませんでした。

以前から、土地の位置・区画を明確にするため、法務局(登記所)に精度の高い地図を備え付ける事業が全国で進められてきました。その結果、全国で約730万枚の図面が整備され、登記情報に地図を紐づけることで、それぞれの土地の所有者などが調べやすくなりました。

しかし、今までは、法務局において地図の写しの交付を受けるか、インターネットの登記情報提供サービスで表示された情報(PDFファイル)をダウンロードする方法しかなく、加工可能なデータ形式で手に入れることはできなかったのです。

農業分野におけるICT活用のため、農業事業者等から、まとまった区域の登記所備付地図の電子データを入手したいと要望があり、個人情報公開の法的整理をした上で、今回、地図データを加工可能な形式で提供できるようになりました。

農業のICT化で自動走行トラクターやドローンによる生育状況の把握が可能になる(画像/PIXTA)

農業のICT化で自動走行トラクターやドローンによる生育状況の把握が可能になる(画像/PIXTA)

データはXML形式のため、ダウンロードしてすぐに地図として見ることができず、表示するためには、パソコン等にアプリケーションをインストールすることが必要で、一般の人が簡単に利用するのは難しいものです。しかし、加工可能なデータとして得られるようになったことで生活関連・公共サービス関連情報との連携や、都市計画・まちづくり、災害対応などの様々な分野への展開が可能となり、私たちの暮らしに新しい効果がもたらされることが期待されています。

宇宙ビッグデータを活用した土地評価エンジン「天地人コンパス」

冒頭に紹介した「イチBizアワード」では、誰でも手軽に土地の価値がわかる「天地人コンパス」が最優秀賞を受賞しました。G空間情報や地球観測衛星データをビッグデータと組み合わせたサービスです。開発に携わった株式会社天地人の吉田裕紀さんに地図データ公開の価値とG空間情報を活用したサービスで今までより何が便利になるのか伺いました。

天地人は、JAXA公認のスタートアップ企業で、地球観測衛星データとAIで土地や環境を分析し、農業、不動産などさまざまな産業を支援するサービスを展開しています。地球観測衛星データとは、陸や海の温度、雨や雪の強さ、風や潮の流れ、人の目に見えない情報のこと。「天地人コンパス」は、地球観測衛星データとG空間情報を重ね合わせて、ビジネスにおいて最適な土地を宇宙から見つけることができる土地評価サービスです。農作物が美味しく育つ場所を探したり、土地や建物の災害リスクをモニタリングしたりすることができます。

地球上のどんな地域でも条件で比較できる(画像提供/天地人)

地球上のどんな地域でも条件で比較できる(画像提供/天地人)

「天地人コンパス」で提供されるのは、20種類以上の地図空間情報や最長10年分の衛星データを独自のアルゴリズムで分析したデータ。アカウント登録で誰でも無料で使うことができます(フリープランは一部機能を制限)。

「G空間情報×地球観測衛星データ」を体感できる機能は、エリアの中から条件に一致する場所を探すことができる「条件分析ツール」と2点間の地表面温度や降水量の類似度を測れる「類似度分析ツール」です。東京都近郊の2015年と2020年の地表面温度をビジュアルで比較してみると、温暖化の影響が一目瞭然でした!

条件分析ツールで、設定項目を1月~3月、日中15℃以上にして、2015年と2020年を比較すると、地表温度の変化が色で表現される。赤いエリアが多い方が暖かい日が多かったとわかる(画像提供/天地人)

条件分析ツールで、設定項目を1月~3月、日中15℃以上にして、2015年と2020年を比較すると、地表温度の変化が色で表現される。赤いエリアが多い方が暖かい日が多かったとわかる(画像提供/天地人)

「一般的に使われているオンラインMAPには、地図の上に道路情報やお店の情報、お気に入りの場所など、いろいろな情報が表示されています。あれは、地図のデータの上に、お店のデータなど、情報ごとに「層(レイヤー)」になって重なっているんです。同様に、『天地人コンパス』はさまざまな情報レイヤーを重ね合わせることで、特定の条件にマッチする場所を視覚的に探すことができます」(吉田さん)

ダムや公園のG空間情報は以前から公開されていましたが、自治体ごとにいろんなフォーマットが混在し、管理もばらばらで統一が難しいという課題がありました。「国が主導して、全国で統一されたデータフォーマットが公開されたのは、かなり価値がある」と吉田さん。

「データを使うビジネスにとって信頼できる唯一の情報源になるのがポイントで、マスターとなるデータを皆が参照できる。2023年に一般公開された登記所備付地図の電子データは主に不動産関係業者が使うことになると思いますね。G空間情報センターが公開しているG空間情報は日本で一番整っている地図データといえます。弊社もそのデータを使って開発をしています」(吉田さん)

今回公開された地図のデータを「天地人コンパス」に組み込めば、農地にしたり、何かを建設しようと決めた時、次のステップとして、土地の所有者は誰か、面積がどのぐらいあるのかということが、コンパスの中だけでわかるようになります。「天地人コンパス」は有料オプションとして企業の持っているデータを重ね合わせることが可能です。実際、不動産関係の企業からの相談が増えているといいます。

愛知県豊田市と連携して作成した「水道管凍結注意マップ」。スマホで自宅の水道管の凍結の注意を確認できる(画像提供/天地人)

愛知県豊田市と連携して作成した「水道管凍結注意マップ」。スマホで自宅の水道管の凍結の注意を確認できる(画像提供/天地人)

「今後、『天地人コンパス』に不動産企業が蓄積している部屋の間取りや築年数、建物階数などのデータを組み合わせれば、一気に活用が広がります。天気予報だと東京に雨が降る程度しかわかりませんが、『天地人コンパス』だと1km単位で気象の変化がわかるので、渋谷区の中でも特に暑くなりやすいとか、この公園は日当たりがいいとか自分が住もうとしているエリアがどのぐらい快適なのか現地に行かなくてもわかるようになります。類似検索ツールを使えば、日本の中でヨーロッパの地中海と同じような気候の場所、リゾート気分を味わえる場所がどこか探すこともできるんですよ」(吉田さん)

2点間の似ている度合いをパーセンテージで表現する類似度分析ツール(画像提供/天地人)

2点間の似ている度合いをパーセンテージで表現する類似度分析ツール(画像提供/天地人)

新たに開発された「天地人コンパスmoon版」。月の地面の高低差がわかり、クレーターの深さを富士山などと比較できる(画像提供/天地人)

新たに開発された「天地人コンパスmoon版」。月の地面の高低差がわかり、クレーターの深さを富士山などと比較できる(画像提供/天地人)

「地球規模で仕事することが増えている」と吉田さん。気候変動で温暖化が進んだ場合、地球環境に合わせて作物の農作地を変えていく必要があると指摘されています。

「温暖化・SDGsなどの課題に対して身近に感じています。例えば、日本でも米の銘柄ごとの産地は、今と20年後だったら場所が変わっているかもしれません。『天地人コンパス』は、場所探しが一番軸なので、適した場所を探せる。解決に関わっているという実感があります」(吉田さん)

「天地人ファーム」で、宇宙から米つくりに適した土地を探して栽培した「宇宙ビッグデータ米」(画像提供/天地人)

「天地人ファーム」で、宇宙から米つくりに適した土地を探して栽培した「宇宙ビッグデータ米」(画像提供/天地人)

G空間情報×ドローンで、自然災害発生後すぐに現地状況を地図へ反映する

大地震が起きたとき、この道は安全に通れるだろうか?、洪水や大規模火災が起きたとしたら、どちらに逃げればいいのだろう?と不安に感じたことはありませんか?

防災分野において、自然災害、政治的混乱等の危機的状況下で、地図情報を迅速に提供し、世界中に発信・活用することを目的に活動をしているのが、NPO法人「クライシスマッパーズ・ジャパン」です。理事長を務める青山学院大学教授の古橋大地さんは、「空間情報は、安全安心な生活のライフライン」と言います。

「もし自分や家族、大切な人たちの周りで大規模災害が起きたら、とにかく生き延びて欲しいですよね。そのためには、市民が自分たちの力で情報を取得し、自らの判断で安全な場所に逃げることが大変重要です」(古橋さん)

大災害が発生すると、被害が大きいエリアほど被災状況がわからず、住民の避難や救助活動に支障が出るという問題があります。その際、最初に必要となるのが、被災状況をすばやく反映できる発災後の地図づくり活動「クライシスマッピング」です。「リアルタイム被災支援・地図情報」とも呼ばれ、被災地の衛星画像や航空写真画像、地上から撮影されたスマホ写真などから被害状況を地図上に落とし込み、被害のエリアや規模をリアルタイムで視覚的にわかりやすくした地図のことをいいます。

「クライシスマッピング」という言葉が使われ始めたのは2010年のハイチ地震のころです。「オープンストリートマップ」という世界中の誰でも自由に地図情報を共有・利用でき、編集機能のある世界地図をつくる共同作業プロジェクトで、初めてハイチの被災地の地図をリアルタイムで更新する活動が行われました。古橋さんもその活動に参加したひとりでした。

「世界中のボランティアがネット上に集まり、震災後の正確な地図をつくりました。2010年1月にハイチ地震、2月にチリ地震があり、2011年2月にニュージーランドのクライストチャーチで地震があったんですね。3月には、東日本大震災が起こりました。『あっちでも起こった、こっちもだ。今はどこだ』という感じでクライシスマッピングの作業をしていたことを覚えています」(古橋さん)

2010年ハイチ地震当初のオープンストリートマップ(左)と、詳細な情報が落とし込まれた更新後の地図(右)(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

2010年ハイチ地震当初のオープンストリートマップ(左)と、詳細な情報が落とし込まれた更新後の地図(右)(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

世界中で次々と災害が起きていることを痛感し、ますます「クライシスマッピング」の必要性を感じた古橋さん。日本で「クライシスマッピング」を広めるために2016年に設立したのが、「クライシスマッパーズ・ジャパン」でした。被災地で撮影された写真を基に、世界でもっとも詳細で最新の「現地の被災状況マップ」をつくり、国連や赤十字などの救援活動のために必要な情報支援をしています。

熊本地震前の益城町のオープンストリートマップ。情報が少なく何がどこにあるのか把握できない(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

熊本地震前の益城町のオープンストリートマップ。情報が少なく何がどこにあるのか把握できない(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

熊本地震時航空写真のトレース作業によって建物情報を取り込んで更新された益城町のオープンストリートマップ。この地図に倒壊した建物や崩落した橋、土砂災害で流された鉄道線路などの被害状況を反映させ、最新のストリートマップとして公開する一連の作業が「クライシスマッピング」と呼ばれる(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

熊本地震時航空写真のトレース作業によって建物情報を取り込んで更新された益城町のオープンストリートマップ。この地図に倒壊した建物や崩落した橋、土砂災害で流された鉄道線路などの被害状況を反映させ、最新のストリートマップとして公開する一連の作業が「クライシスマッピング」と呼ばれる(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

同時期に立ち上げた「DRONEBIRD」は、G空間情報とドローンで空撮した情報を重ね合わせ、どこで災害が起きても発生から2時間以内に現地状況を地図へ反映する体制を整えるプロジェクトです。津波による浸水や、放射能で汚染された場所でもドローンなら飛ばせます。地図を作成する「マッパー」を募り、ドローンの撮影部隊を育成しています。

2019年台風による相模原市緑区の土砂災害をドローンで撮影(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

2019年台風による相模原市緑区の土砂災害をドローンで撮影(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」と災害協定を締結する自治体が増えている。ドローンを抱える伊勢原市市長と古橋さん(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」と災害協定を締結する自治体が増えている。ドローンを抱える伊勢原市市長と古橋さん(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」の「クライシスマッピング訓練」の様子(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」の「クライシスマッピング訓練」の様子(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「我々の活動におけるG空間情報センターのメリットはふたつ。大学の研究者や業界関係者の協議会があり、信頼できる組織であること。日本語ベースで情報が公開されていることですね。新しいツールの多くは、英語ベースですから。専門的なツールを使い慣れていない国内の人に向けて、地図データを利用可能な形で提供しているG空間情報センターの存在は大きいと思っています」(古橋さん)

地図データの一般公開により、認知や活用が進むG空間情報。「イチBizアワード」の授賞式は、G空間情報で新しいサービスを開発しようという熱気に溢れ、G空間情報が今とてもアツイ分野だと実感しました。今後、身近で、「地図でこんなことができるようになったの!?」と驚くことが増えるかもしれません。

●取材協力
・G空間EXPO
・株式会社角川アスキー総合研究所
・株式会社天地人
・NPO法人「クライシスマッパーズ・ジャパン」

個人で公園レンタルできるサービスが誕生!? 子育て・休日の活用に便利な全国の最新情報あつまるアプリも 「PARKFUL」

私達の生活に癒やしをくれる存在、公園。住んでいる街にあると、休憩したり、子どもを遊ばせたりと、いろいろと助かりますよね。公園情報プラットフォーム「PARKFUL」(アプリ)は、全国の公園の情報が集約され、近くの小さな公園も検索でき、口コミ情報でリアルな公園の評判を知ることもできます。「PARKFUL」WEB版では、公園を“レンタル”できる「PARKFUL Rental」のサービスが始まりました。これらのサービスは、地域の人たちにどのようなメリットをもたらすのでしょうか。パークフルの高村南美さんに伺いました。

全国の公園情報を集約することで何が便利になる?公園を楽しむための情報が充実している「PARKFUL」WEB版(画像提供/パークフル)

公園を楽しむための情報が充実している「PARKFUL」WEB版(画像提供/パークフル)

パークフルは、公園で見かけるベンチや遊具などを製造、販売している株式会社コトブキのグループ会社で、国内12万カ所以上の公園情報を有するプラットフォーム「PARKFUL」(アプリ・WEB)を運営しています。目指しているのは、公園に関する情報を集約し、自治体の情報管理や公園づくりの基盤となること。
自治体の情報発信や広報をサポートしたり、公園情報が一般の人の役に立てるように提供しています。さらに、公園の占用許可などの申請をオンラインでできる「PARKFUL Rental」、公園管理活動を効率化する「PARKFUL Watch」など自治体向けサービスを展開しています。

左:公園のサイズ、地域、特徴、設備情報のキーワードから公園が探せる。右:マイページでは、投稿した公園やフォロー中の公園、保存したイベントをまとめられる(画像提供/パークフル)

左:公園のサイズ、地域、特徴、設備情報のキーワードから公園が探せる。右:マイページでは、投稿した公園やフォロー中の公園、保存したイベントをまとめられる(画像提供/パークフル)

「インターネットで公園を検索しても、位置情報しか出てこなかったり、有名な公園の情報ばかりになることが多いと思います。『PARKFUL』アプリの特徴は、市区町村の境なしに、ひとつのアプリで全国の公園を探せること。マップ機能や検索機能のほか、公園を訪れた人が、写真とコメントで公園の魅力を投稿したり、レポートでき、マイページに、自分の投稿やフォロー中の公園をまとめる機能があります。地元の人しか知らないような小さな公園やどんな施設や設備があるのか、利用状況や評判など細かい情報を一覧で知ることができるのです」(高村さん)

公園で友人とピクニックすることが多い筆者。今までは、誰もが知っている人気の公園に行っていましたが、いつも混んでいて、静かにピクニックができる公園を探したい!と思っていました。さっそく「PARKFUL」アプリを使ってみました。

エリアを「東京都」にして、検索キーワードは「ピクニック」を選ぶと、近くにある大小35の公園がヒットしました。公園情報が一覧で示され、規模、アプリの中で見られた回数、写真点数なども一目瞭然です。

その中で気になった中央区の黎明橋公園を詳しく見てみます。芝生広場があるけれど、どんな状態なのか気になる……。「みんなの投稿」をチェックすると、綺麗な芝生広場の写真が! 「イクシバ」という芝生を皆で手入れする取組みをしているから、芝生は青々としていて、ピクニックに最適そう! ボール遊びをするエリアがちゃんと分けられているのも安心。「超高層ビルの日陰になる時間は暑い日でも過ごしやすい」という有益情報も発見。ピクニックの集合時間を決める参考にしよう……。

筆者がインターネット検索より便利だと感じたのは、「東京都 港区 公園 桜梅の名所 おむつ台」など複数キーワードを一発で検索できることです。場所によっては、インターネット検索より、検索結果が少ない公園もありますが、公園だけの情報が表示されるのでとても見やすく感じました。

左:緑のマークは、公園の規模を表している。右:公園を利用したユーザーが投稿した写真付きの本音レビューが参考になる!(画像提供/パークフル)

左:緑のマークは、公園の規模を表している。右:公園を利用したユーザーが投稿した写真付きの本音レビューが参考になる!(画像提供/パークフル)

関連記事:
まちの「公園」が進化中! 治安を激変させた南池袋公園など事例や最新事情も

インターネットの検索では出てこない公園情報を知れば、もっと公園が楽しくなる

「実は、あまり知られていない、地域に寄り添った小さな公園が全国には無数にあるんです」と高村さん。

「住んでいる方は、町内にある公園にとても愛着を持っています。『公園を思い浮かべてください』と言われたら浮かんでくる近所の公園が皆さんにあると思うんです。コトブキは、『パブリックスペースをにぎやかにすることで人々を幸せにする』という経営理念で製品をつくってきました。『集めた公園情報を皆で活用して、遊具などをもっと楽しく使ってもらいたい』という思いで、グループ会社の株式会社コトラボが開発したのが、『PARKFUL』(アプリ・WEB)でした」(高村さん)

苦労したのは、47都道府県に何十万とある公園情報を一つのフォーマットに落としこみ、自治体ごとに持っていた公園情報をまとめること。地道な作業を繰り返し、2014年に「PARKFUL」アプリをリリース。13万4300DL、WEB版は、30万PV/月に達しています(2023年5月時点)
※現在、WEB版での全国公園検索は、連携自治体の公園情報のみ掲載される仕様になっているため、他の自治体の公園情報はアプリでの検索を推奨している。

子どもに大人気の大型遊具ロング&ローラーすべり台がある公園や結婚式が挙げられる公園など特集記事が充実(画像提供/パークフル)

子どもに大人気の大型遊具ロング&ローラーすべり台がある公園や結婚式が挙げられる公園など特集記事が充実(画像提供/パークフル)

WEB版のオンラインショップでは、ニューヨークの公園など世界のパブリックスペースをまとめた冊子も販売(画像提供/パークフル)

WEB版のオンラインショップでは、ニューヨークの公園など世界のパブリックスペースをまとめた冊子も販売(画像提供/パークフル)

2017年から週1~3回アプリを利用しているというユーザーの小峰智子さんに使用感を伺いました。

「子どもが小さいので、近くの公園を検索したり、帰省した時やお出かけ先で近くの公園を検索するために使っています」と小峰さん。

使いやすいところは?

「公園に特化しており、遊具やベンチなどの情報があるのがいいですね。検索には公園しか出てこないので、例えば公園名がうろ覚えで一部検索で『代官山』と打てば代官山と付く公園だけが出てきますので、検索が早いなと感じます」(小峰さん)

おすすめの使い方を教えてください。

「公園の特集記事もあるので、読むとワクワクしますし、行ったことのない公園を検索するのが楽しいです。毎回写真の投稿をしているので、あとで過去に行った公園を見返すこともあるし、ほかの人と公園の情報を交換し合っているような感覚があります。行ってみたい公園はフォロー機能でチェックしています。いつか全国の公園の情報がコンプリートされたらいいなぁと期待しています」(小峰さん)

公園レンタルの申請がオンラインでできる「PARKFUL Rental」

2017年に都市公園法が改正され、民間企業の進出が進み、公園内にカフェができるなど、より多様な公園の活用が見られるようになってきました。パークフルの自治体の情報管理・地域との公園づくりの基盤となる事業として、マルシェやフリーマーケットなど公園の占用/行為許可の各種手続きが簡単にできる公園レンタルサービス「PARKFUL Rental」があります。「PARKFUL Rental」では、ヨガイベントなど少人数で費用の発生しない集まりなど個人利用の届け出もできます。

事業者が工事などで公園の一部を占用する場合は占用許可、イベント等で公園内を一部占用する場合などは行為許可の申請をする必要がある(画像提供/パークフル)

事業者が工事などで公園の一部を占用する場合は占用許可、イベント等で公園内を一部占用する場合などは行為許可の申請をする必要がある(画像提供/パークフル)

「サービス導入前の2020年1月、兵庫県芦屋市の道路・公園課と実証実験を行いました。実証実験では、既存の書面での申請を残したまま、公園レンタルサービスを導入。1~3月の間に全34件の申請があり、約8割がオンラインによる申請で、手続きの所要時間は、書面申請に比べて7分の1以下になりました」(高村さん)

申請者側も自治体側も手続きの作業時間が大幅に削減できることが確認され、2021年4月より、芦屋市に正式に導入。市内の公園をレンタルしたい人誰もが簡単にインターネットで各種申請ができるようになりました。

導入前は、窓口まで行き書面で申請する必要がありましたが、一連の手続きを24時間365日できるようになった(画像提供/パークフル)

導入前は、窓口まで行き書面で申請する必要がありましたが、一連の手続きを24時間365日できるようになった(画像提供/パークフル)

自治体・維持団体向け「PARKFUL Watch」から、最新情報をアプリに転載

さらに、2021年6月には、公園の維持団体の活動をデジタルで記録・管理し、発信できる自治体・維持団体向けサービス「PARKFUL Watch」がリリースされました。

「全国の公園の維持管理には、数万団体が関わっていますが、活動内容や頻度などを自治体、維持団体双方で把握することが難しい面がありました。『PARKFUL Watch』は、ボランティアさんなど日常的に公園の維持管理を行う担い手が、活動状況をデジタルで自治体へ簡単に共有できるサービス。『PARKFUL』(アプリ・ウェブ)と連動し、活動内容を一般の方へ知ってもらうこともできます」(高村さん)

維持管理者がスマホで送信した管理情報は、『PARKFUL Watch』を介して自治体が把握できる。公開したい管理情報は、『PARKFUL』アプリに転載(画像提供/パークフル)

維持管理者がスマホで送信した管理情報は、『PARKFUL Watch』を介して自治体が把握できる。公開したい管理情報は、『PARKFUL』アプリに転載(画像提供/パークフル)

一般の人は、アプリに転載された管理情報から、「壊れていたベンチが直ったんだ」「花壇にこんな花を植えたのね」など公園の状態がわかる(画像提供/パークフル)

一般の人は、アプリに転載された管理情報から、「壊れていたベンチが直ったんだ」「花壇にこんな花を植えたのね」など公園の状態がわかる(画像提供/パークフル)

神奈川県茅ケ崎市など複数の自治体・団体での運用が始まっています。「公園内不具合の報告が正確になり、現場調査が減った」「以前よりコミュニケーションが増えた」という声が届いているそうです。

2023年4月現在、パークフルが、連携・公式情報の管理をしている自治体は71。各サービスについて全国の自治体からの問い合わせが増えています。

「地域との公園づくりに役立っているようです。『PARKFUL Watch』は、地域の人にとっては、これまでなかなか目に触れることのなかった維持管理の活動を知ることができます。『PARKFUL』アプリであれば、例えば、『公園のここが夜怖い』という情報を市民の方が載せて、自治体の方が知ることで、明るくしたり、綺麗にするなどの運営指針を立てることができます。各サービスを公園が安全で安心で楽しい場所に変わっていくために皆さんに役立ててもらえたら嬉しいです」(高村さん)

最近の公園は、敷地内にカフェがあったり、マルシェなどのイベントを開催したり、地域コミュニティの要へ進化しています。パークフルでは、今後、「PARKFUL」アプリに、自治体や管理会社が発信したイベント情報をユーザーがプッシュ通知で受け取れる機能を検討中です。全国の公園情報がまとまることで広がる公園の活用。筆者もピクニック以外の楽しみ方をアプリで開拓したいと思っています。

●取材協力
株式会社パークフル

スニーカー600足が部屋にズラリ! 業界30年の高見薫さんに聞く美しい収納術とストリートファッションの奥深き歴史

床から天井まで壁面いっぱいに、ずらりと並べられたスニーカー。色とりどりの600足に囲まれた空間は、美術館のようでもある。その部屋の主は、ナイキやデッカーズなどで30年にわたりスニーカーのセールスに従事してきた高見薫さん。高見さんの仕事の履歴、そしてスニーカーの歴史が詰まった「スニーカー部屋」を拝見しながら、美しく収納するためのポイントやこだわりを伺った。

ファッションアイテムとしてのスニーカー史

高見薫さんは1991年にナイキジャパンに新卒入社。96年にはナイキショップの立ち上げなどにも携わった。2018年からはデッカーズジャパンに転職し、同社が取り扱う「UGG(R)」のスニーカーのセールスを担当している。

千葉県にある高見さんの自宅の一室には、三面の壁に600足が並ぶ「スニーカー部屋」がある。1990年代から現在までのスニーカーの歴史、高見さんの仕事履歴が詰まった、圧巻の空間だ。

床から天井まで全面を使った壁面棚に、美しく並ぶ600足。これでも全部ではないという。ここに収まらないぶんは玄関などに収納されている(写真撮影/小野奈那子)

床から天井まで全面を使った壁面棚に、美しく並ぶ600足。これでも全部ではないという。ここに収まらないぶんは玄関などに収納されている(写真撮影/小野奈那子)

高見薫さん。ナイキ時代は新モデルやコラボ商品の販売戦略の企画など、さまざまなプロジェクトに従事。現在はデッカーズジャパンに所属し、同社のスニーカー戦略を推進している(写真撮影/小野奈那子)

高見薫さん。ナイキ時代は新モデルやコラボ商品の販売戦略の企画など、さまざまなプロジェクトに従事。現在はデッカーズジャパンに所属し、同社のスニーカー戦略を推進している(写真撮影/小野奈那子)

――ものすごい数ですね。これだけのスニーカーをコレクションするようになったきっかけは何だったのでしょうか?

高見:確かにすごい数なんですけど、私はコレクターっていうわけじゃないんですよ。

――どういうことでしょうか?

高見:好きで集めている方には失礼かもしれないですけど、私の場合は集めているというより「集まっちゃった」というほうが正しくて。30年間、ずっとスニーカーに近い仕事をしてきたので、必然的にこれだけの数になってしまいました。セールスの仕事をやっていると、その時々で会社が推していく商品のことを知っておかないといけないじゃないですか。だから自分でも買って履いてみたりしているうちに、どんどん増えていったんです。

「集まっちゃった」とはいえ、一足一足に対する思い入れは強いという(写真撮影/小野奈那子)

「集まっちゃった」とはいえ、一足一足に対する思い入れは強いという(写真撮影/小野奈那子)

――そのスタンスは少し意外でした。

高見:みんなに不思議って言われますね。ただ、そもそも私がナイキジャパンに新卒入社した1991年って、スニーカーをファッションで履くという感覚がなかったんですよ。当然、今のようにコレクションする人も少なくて。当時はいわゆるスニーカーブームがくる前で、会社もあくまでスポーツシューズとして売っていました。

高見さんがナイキに入社した1991年に発売された「エア マックスBW」(写真は復刻)。入社年度に出た最高峰モデルの一つということで、高見さんにとって思い入れの深い一足だという(写真撮影/小野奈那子)

高見さんがナイキに入社した1991年に発売された「エア マックスBW」(写真は復刻)。入社年度に出た最高峰モデルの一つということで、高見さんにとって思い入れの深い一足だという(写真撮影/小野奈那子)

――1996年に「エア マックス95」が大ブレイクし、スニーカーブームが起こる少し前あたりから、何となくスニーカーがストリートファッション系の雑誌にも取り上げられるようになったと記憶しています。

高見:そうですね。大きなきっかけの一つが1992年のバルセロナオリンピックです。アメリカの男子バスケットボール代表が「ドリームチーム」と呼ばれる最強チームを結成し、そこから「バッシュブーム」が起こります。そうした動きと、アメリカのファッションやヒップホップなどの文脈も相まって、スニーカーがファッション誌に掲載されるようになりました。

――そこからスポーツシーン以外でもスニーカーを普段履きするカルチャーがじわじわ広がって、「エア マックス95」の登場によって一気にブレイクすると。

高見:「エア マックス」というのはナイキのスニーカーの最高峰のシリーズとして、1987年から新作が毎年のように発売されていました。そのなかで、たまたまブームになったのが95年モデル。スタイリストさんが気に入ったのか、当時、芸能人の方がテレビなどでよく95マックスを履いていたんですよ。それを見た視聴者の間で「あの靴はなんだ!」となり、1996年に大ヒットするという。

じつは同じ96年にナイキショップがオープンするんですけど、開店と同時に95マックスを求めるお客様が殺到しました。なかにはオープン予定日の1カ月前から並ぶ人もいたりして。

左側の棚に並んでいるのが「エア マックス95」。発売当初の貴重なモデルもある(写真撮影/小野奈那子)

左側の棚に並んでいるのが「エア マックス95」。発売当初の貴重なモデルもある(写真撮影/小野奈那子)

――当時の熱狂ぶりはよく覚えています。「エアマックス狩り」なんて事件も起こるほどの社会現象になりましたよね。

高見:ただ、当時はブームが加熱しすぎて「ナイキだったら何でもいい」みたいな人も増えたんですよ。それで、ひと通り商品がお客様に行き渡るとブームが一気に萎(しぼ)んでしまいます。1998年あたりから急激に失速しましたね。

それからは会社も「もう一度しっかりスポーツシューズとしてアプローチしていこう」という方向に向かうんですけど、一方で「せっかく新しいお客様を獲得できたのだから、本格的にファッションアイテムとして仕掛けていこう」という声もあって、2000年前後くらいからスニーカーをスポーツとファッションの両輪で展開していく動きが出てきます。その後、2010年くらいになると、他社ブランドでもスポーツ仕様と普段履きのスニーカーをはっきり区別して売るようになっていきましたね。

1996年に発売された「エア リフト」。つま先部分が足袋のように分かれているのが特徴。高見さんは2000年ごろ、よくこれを履いて出社していたそう。「靴下なしで履けてラクなので愛用していましたね。社割で安かったのもあって、たくさん買いました(笑)」(写真撮影/小野奈那子)

1996年に発売された「エア リフト」。つま先部分が足袋のように分かれているのが特徴。高見さんは2000年ごろ、よくこれを履いて出社していたそう。「靴下なしで履けてラクなので愛用していましたね。社割で安かったのもあって、たくさん買いました(笑)」(写真撮影/小野奈那子)

――確かに、ある時期からシューズ専門店でも、スポーツ用とファッション用のスニーカーのコーナーが分かれるようになりました。

高見:そうですよね。それが2010年代までの動きです。ちなみに、最近では小規模なブランドもスニーカーやスポーツシューズに参入するようになりました。ひと昔前まではナイキやアディダスといった、いくつかの大手しかやっていなかったんですけど、今はそれこそ私が所属するデッカーズジャパンが取り扱う「UGG(R)(アグ)」や「HOKA(R)(ホカ)」だったり、「Salomon(サロモン)」「On(オン)」など、さまざまなブランドがスニーカーやランニングシューズを手掛けるようになっています。

「UGG CA805 Zip」。それまでブーツのイメージが強かったUGG(R)が、本腰を入れて開発したスニーカー。2018年にデッカーズジャパンに入社した高見さんがセールスを担当し、一時期はこればかり履いていたのだとか(写真撮影/小野奈那子)

「UGG CA805 Zip」。それまでブーツのイメージが強かったUGG(R)が、本腰を入れて開発したスニーカー。2018年にデッカーズジャパンに入社した高見さんがセールスを担当し、一時期はこればかり履いていたのだとか(写真撮影/小野奈那子)

高見:多様なブランドの参入と技術の進化により、デザインのバリエーションも広がっています。よりファッショナブルになっていて、洋服に合わせる楽しみも広がっていると思いますよ。

UGGの最新スニーカー「CA805V2 Remix」。スリッポンのように軽やかな履き心地が特徴。初代モデルから5年でデザインも大幅に進化している(写真撮影/小野奈那子)

UGGの最新スニーカー「CA805V2 Remix」。スリッポンのように軽やかな履き心地が特徴。初代モデルから5年でデザインも大幅に進化している(写真撮影/小野奈那子)

600足を収納する「スニーカー部屋」のつくり方

――この家に引越してくる前は、どのようにスニーカーを保管していましたか?

高見:以前は実家近くの団地で一人暮らしをしていたんですけど、スニーカーは箱に入れて天井の高さまで積んでいました。少し大きめの地震がくると一気に倒れて悲惨なことになっていましたね。それに加えて、トランクルームも2つ借りていました。ですから、今みたいにすぐに取り出せる状態ではなかったです。

ただ、この家を買ったのはスニーカーのためというわけではありません。結婚して夫が私の部屋に越してきて、夫婦ともに物が多いから生活スペースが激狭になってしまったんです。通路も片側通行でしか通れないくらい狭くて……。

そんな生活から抜け出したくて引越しを考えていた時に、たまたまこの一戸建てが売りに出ているのを見つけました。それで、せっかく買うならスニーカーをちゃんと保管できるように、一部をリフォームしようと考えたんです。建築士さんに相談したところ、元のオーナーが2人の息子さんの部屋として使っていたスペースを、スニーカー部屋に変更しようということになりました。

もともとは壁で仕切られていたスペースを一つの空間にリフォーム。3つの壁全面に、新たにスニーカー専用棚を設けた(写真撮影/小野奈那子)

もともとは壁で仕切られていたスペースを一つの空間にリフォーム。3つの壁全面に、新たにスニーカー専用棚を設けた(写真撮影/小野奈那子)

――壁面棚をつくるにあたって、建築士さんに要望したことはありますか?

高見:とにかくできるだけ多くの靴を並べられるようにしてくださいと。最初は箱ごと棚に収納する案もあったんですけど、そうするとお店のストックルームみたいになっちゃって全然面白くないじゃないですか。だから裸のまま並べちゃおうと。剥き出しだと埃が溜まったりもするんですけど、私はコレクターではないからか、あまりそのへんは気にならなくて。

一つひとつの棚板の高さを変えることも可能。高見さんは一番高い靴の縦幅に合わせて棚板の位置を統一している(写真撮影/小野奈那子)

一つひとつの棚板の高さを変えることも可能。高見さんは一番高い靴の縦幅に合わせて棚板の位置を統一している(写真撮影/小野奈那子)

壁面棚の両サイドには鏡を設置し、無限にスニーカーが並んでいるように見せる遊び心も(写真撮影/小野奈那子)

壁面棚の両サイドには鏡を設置し、無限にスニーカーが並んでいるように見せる遊び心も(写真撮影/小野奈那子)

高見:あと、これは建築士さんから勧められたんですけど、棚の材料は北海道のチーク材を使っています。とても綺麗な木材ですし、スニーカーも映えるだろうということで。北海道から輸送しなきゃいけないので高いんですけどね。

――スニーカーのコンディションを保つという点でも、やはり天然木を使った棚のほうがいいのでしょうか?

高見:そうですね。スチールラックなどに置いている人も多いと思いますが、金属は錆びる可能性があるので、靴にとってはあまりよくありません。

それから、スニーカーのコンディションを保つためには、部屋の空気の状態にも気を配る必要があります。なるべく空気を循環させることと、湿度が高くなりすぎないこと。空気が湿っていると、靴がどんどんベタベタになってくるんです。この部屋では、空調でなるべく一定のコンディションをキープできるようにしています。

――ちなみに、ずっと置いておくよりも、たまには履いたほうがよかったりしますか?

高見:はい。履かないと逆に駄目になりやすいです。置きっぱなしにしていると空気中の水分がスニーカーに溜まっていき、ミッドソール部分の素材が加水分解を起こしてしまうんです。すると、靴底からボロボロと崩れてしまう。それを防ぐにはたまに履いてあげて、身体の重力を利用して水分を抜くことが必要です。私もここにあるスニーカーはただ飾るだけじゃなくて、なるべく履くようにしていますよ。

(写真撮影/小野奈那子)

(写真撮影/小野奈那子)

グループ分けで美しく。思わず眺めたくなる棚に

――上から下まで、とても美しくスニーカーが並んでいますが、飾る時のコツやポイントがあれば教えてください。

高見:私の場合は、持っているスニーカーをグループ分けするところから始めました。まずは「ランニングシューズ」「バスケットシューズ」といった感じで大まかに分類し、そこからさらに細かく種類を分けます。あとは年代別だったり、シンプル系・派手系みたいな形でグループを分けていきました。そのうえで、エクセルで作った棚の図面に、何をどこに入れるか入力しながらシミュレーションしましたね。

実際に棚に置く時には、薄い色から濃い色の順番に並べたり、背が低い順から並べたりと、なるべく美しく見えるように意識しました。このあたりはナイキで学んだ陳列の法則みたいなものを取り入れています。

靴の種類ごとに分けた上で、デザインが派手なコーナー、シンプルなコーナーなど、なんとなくグループをつくるだけでも見栄えがよくなる(写真撮影/小野奈那子)

靴の種類ごとに分けた上で、デザインが派手なコーナー、シンプルなコーナーなど、なんとなくグループをつくるだけでも見栄えがよくなる(写真撮影/小野奈那子)

――ここまで美しく飾られていると、もはやスニーカーというよりインテリアのようです。眺めているだけで楽しくなりますね。

高見:私自身はあまりインテリアという感覚はないのですが、眺めるのは楽しいですね。やはり、一つひとつに思い入れがあるので。「これは、あそこに行った時に買ったよな」とか、「これを履いていた時、仕事大変だったな」とか、いろんなことを思い出します。

――この部屋は、高見さんの歴史そのものなんですね。

高見:そうですね。ですから、一般的なコレクターの方とは違う感覚なんでしょうけど、全てのスニーカーに愛着があります。もともとは狭い空間から逃げるために家を買い、やむにやまれずリフォームした部屋ですが、今となっては懐かしい思い出にひたれる大切な場所になりましたね。

●取材協力
UGG(R)/デッカーズジャパン

世界の名建築を訪ねて。14世紀の古城にUFOみたいな先端的なドーム型コンサートホール「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」/スイス

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載6回目。今回は、スイス南西に位置するヴォー州にある「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」、通称「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」(デザイン:ベルナール・チュミ)を紹介する。

14世紀の古城の境内に建設。先端的な装いに身を包んだサステイナブル・コンサートホール 

「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は、スイスのヴォー州にある最古の著名な寄宿学校のひとつにできたコンサートホールである。寄宿学校はジュネーブとローザンヌの中間にあるロール近郊の14世紀の由緒ある古城「シャトー・ル・ロゼ(ロゼ城)」の境内に建設されたものである。ポール・エミール・カーナルによって創立された寄宿学校「ロゼ学院」は、そのような歴史的に著名な敷地に建立された建築である。今回完成したコンサートホールは、創立者の名前をとって「カーナル・ホール」と呼ばれている。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

「ロゼ学院」はスイス最古の名門寄宿学校のひとつで、超高級な中等教育機関であり、世界のエリートやセレブリティの子弟や子女が数多く入学している。例えばモナコのレーニエ3世、ケント公爵エドワード2世、ショーン・レノン(ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子)、丹下憲孝(建築家・丹下健三の息子)、高田万由子(女優、葉加瀬太郎の妻)、ロスチャイルド家(ユダヤ人の富豪)、アガ・ハーン4世(ムスリムのインド人大富豪)、その他多数。

アメリカの建築家、ベルナール・チュミによってデザインされた「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は木造の矩形(くけい・長方形のこと)のコンサートホールで、ステンレス・スティール製の低い円形ドーム内に独立して建設されたものである。歴史的なキャンパスという敷地の中に、UFOのような形態の超現代的な建築が追加されたことで、その対比が新しい息吹を流し込んだと言われて好評である。建物は木立越しに見ると、ステンレス・スティール製のドーム形の屋根や外壁が、日光に輝いてシャープで先端的な雰囲気を醸している。俯瞰した写真の正面左側の暗い大きな開口部がエントランスとなっている。

建物を俯瞰すると敷地に落差があり、エントランス部分は1階レベルだが、右手の日が当たっている側は地下レベルから立ち上がっており、地下1階、地上2階建てになっている。学校側から要求されたプログラムは、メインとなる900席のコンサートホールをはじめ、ブラック・ボックス・シアター、会議室、リハーサル&練習室、図書室、ラーニング・センター、レストラン、カフェ、学生ラウンジ、その他のアメニティを含む盛りだくさんの内容であった。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

関連記事:連載「世界の名建築を訪ねて」

エアコンは不使用、機械式の自然換気のみを採用

建築家ベルナール・チュミが考える先端的なフィルハーモニック・ホールは、いかにしてサステイナビリティの目標と組みわせることができたのか。彼は低く配置された反射する直径80mのステンレス・スティール・ドーム内に、リサイクルされたOSB合板(配向性ストランドボード)を全面的に使用したコンサートホールをデザインしたが、エネルギーを消費するエアコンは使用せず、機械式の自然換気を採用しているのみなのだ。これはスイスの比較的涼しい気候を鑑みたデザインで、建物は歴史的な雰囲気のキャンパスに、スマートな現代建築的なイメージで溶け込んでいる。

このプロジェクトでは材料が建物のデザイン・コンセプトに重要な役割を演じている。というのは、メインであるコンサートホールは、ドーム型の建物内部に木造で独立して立っており、全体を覆う反射性のステンレス・スティール製のメタル・ドームとコントラストをなしている。言わば2重外皮とも取れるデザイン・コンセプトは、コンサートホールを音響的に独立させ、近くを走る鉄道が発する騒音もシャットアウトしている。こうしたデザインが、近隣環境への音響的配慮を十分考慮したものと好評なのだ。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

建築家ベルナール・チュミの洗練されたデザイン力が発揮された作品

世界的に著名な建築設計事務所であるオブ・アラップ・ニューヨーク社が音響設計を担当したのも効果を発揮している。施主であるロゼ学院からの「カーナル・ホール」についての要求事項は、非常に野心的なものであった。曰く、国際的な学生コミュニティにサービスできるワールド・クラスのコンサートホールであると同時に、世界一流のオーケストラを迎えられるものであった。実際に建築家のベルナール・チュミは粋を凝らしたデザインを展開した。その結果「カーナル・ホール」のオープニングには、世界的に著名な巨匠シャルル・デュトワの指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の豪華なパフォーマンスが、アカデミックなアトモスフィアの中で開催された。

今から40年ほど前の1982年、パリの「ラ・ヴィレット公園」のコンペに勝利し、一躍世界の建築界に頭角を現した建築家ベルナール・チュミは、ル・コルビュジエと同様スイス人ながらフランス国籍を取り、同国で活躍してきた。その後ニューヨークにも事務所を開設し、コロンビア大学建築プランニング保存学部長を務めながらデザイン活動をし、同大学にエポック・メイキングな「ラーナー・ホール」を設計し話題になった。現在はニューヨークとパリで設計に専念している。

数カ月前に、久しぶりに彼の中国に完成した「ビンハイ科学博物館」の資料を見たが、要塞のようなその斬新なデザインは目を見張るものがあった。今回はそれとは違って、故郷スイスに完成した未来的な相貌をした、先端的ハイエンドかつサステイナブルなコンサートホールが生まれたことにより、彼の洗練された衰えを知らぬデザイン力を、まざまざと見せつけられた感じである。

(c)Christian Richters

(c)Christian Richters

世界の名建築を訪ねて。14世紀の古城にUFOのような先端的なドーム型コンサートホール「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」/スイス

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載6回目。今回は、スイス南西に位置するヴォー州にある「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」、通称「カーナル・コンサート・ホール(Carnal Concert Hall)」(デザイン:ベルナール・チュミ)を紹介する。

14世紀の古城の境内に建設。先端的な装いに身を包んだサステイナブル・コンサートホール 

「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は、スイスのヴォー州にある最古の著名な寄宿学校のひとつにできたコンサートホールである。寄宿学校はジュネーブとローザンヌの中間にあるロール近郊の14世紀の由緒ある古城「シャトー・ル・ロゼ(ロゼ城)」の境内に建設されたものである。ポール・エミール・カーナルによって創立された寄宿学校「ロゼ学院」は、そのような歴史的に著名な敷地に建立された建築である。今回完成したコンサートホールは、創立者の名前をとって「カーナル・ホール」と呼ばれている。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

「ロゼ学院」はスイス最古の名門寄宿学校のひとつで、超高級な中等教育機関であり、世界のエリートやセレブリティの子弟や子女が数多く入学している。例えばモナコのレーニエ3世、ケント公爵エドワード2世、ショーン・レノン(ジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子)、丹下憲孝(建築家・丹下健三の息子)、高田万由子(女優、葉加瀬太郎の妻)、ロスチャイルド家(ユダヤ人の富豪)、アガ・ハーン4世(ムスリムのインド人大富豪)、その他多数。

アメリカの建築家、ベルナール・チュミによってデザインされた「ル・ロゼ新フィルハーモニック・コンサートホール」は木造の矩形(くけい・長方形のこと)のコンサートホールで、ステンレス・スティール製の低い円形ドーム内に独立して建設されたものである。歴史的なキャンパスという敷地の中に、UFOのような形態の超現代的な建築が追加されたことで、その対比が新しい息吹を流し込んだと言われて好評である。建物は木立越しに見ると、ステンレス・スティール製のドーム形の屋根や外壁が、日光に輝いてシャープで先端的な雰囲気を醸している。俯瞰した写真の正面左側の暗い大きな開口部がエントランスとなっている。

建物を俯瞰すると敷地に落差があり、エントランス部分は1階レベルだが、右手の日が当たっている側は地下レベルから立ち上がっており、地下1階、地上2階建てになっている。学校側から要求されたプログラムは、メインとなる900席のコンサートホールをはじめ、ブラック・ボックス・シアター、会議室、リハーサル&練習室、図書室、ラーニング・センター、レストラン、カフェ、学生ラウンジ、その他のアメニティを含む盛りだくさんの内容であった。

(c)Iwan Baan

(c)Iwan Baan

関連記事:連載「世界の名建築を訪ねて」

エアコンは不使用、機械式の自然換気のみを採用

建築家ベルナール・チュミが考える先端的なフィルハーモニック・ホールは、いかにしてサステイナビリティの目標と組みわせることができたのか。彼は低く配置された反射する直径80mのステンレス・スティール・ドーム内に、リサイクルされたOSB合板(配向性ストランドボード)を全面的に使用したコンサートホールをデザインしたが、エネルギーを消費するエアコンは使用せず、機械式の自然換気を採用しているのみなのだ。これはスイスの比較的涼しい気候を鑑みたデザインで、建物は歴史的な雰囲気のキャンパスに、スマートな現代建築的なイメージで溶け込んでいる。

このプロジェクトでは材料が建物のデザイン・コンセプトに重要な役割を演じている。というのは、メインであるコンサートホールは、ドーム型の建物内部に木造で独立して立っており、全体を覆う反射性のステンレス・スティール製のメタル・ドームとコントラストをなしている。言わば2重外皮とも取れるデザイン・コンセプトは、コンサートホールを音響的に独立させ、近くを走る鉄道が発する騒音もシャットアウトしている。こうしたデザインが、近隣環境への音響的配慮を十分考慮したものと好評なのだ。

(c)Iwan Baan

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建築家ベルナール・チュミの洗練されたデザイン力が発揮された作品

世界的に著名な建築設計事務所であるオブ・アラップ・ニューヨーク社が音響設計を担当したのも効果を発揮している。施主であるロゼ学院からの「カーナル・ホール」についての要求事項は、非常に野心的なものであった。曰く、国際的な学生コミュニティにサービスできるワールド・クラスのコンサートホールであると同時に、世界一流のオーケストラを迎えられるものであった。実際に建築家のベルナール・チュミは粋を凝らしたデザインを展開した。その結果「カーナル・ホール」のオープニングには、世界的に著名な巨匠シャルル・デュトワの指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の豪華なパフォーマンスが、アカデミックなアトモスフィアの中で開催された。

今から40年ほど前の1982年、パリの「ラ・ヴィレット公園」のコンペに勝利し、一躍世界の建築界に頭角を現した建築家ベルナール・チュミは、ル・コルビュジエと同様スイス人ながらフランス国籍を取り、同国で活躍してきた。その後ニューヨークにも事務所を開設し、コロンビア大学建築プランニング保存学部長を務めながらデザイン活動をし、同大学にエポック・メイキングな「ラーナー・ホール」を設計し話題になった。現在はニューヨークとパリで設計に専念している。

数カ月前に、久しぶりに彼の中国に完成した「ビンハイ科学博物館」の資料を見たが、要塞のようなその斬新なデザインは目を見張るものがあった。今回はそれとは違って、故郷スイスに完成した未来的な相貌をした、先端的ハイエンドかつサステイナブルなコンサートホールが生まれたことにより、彼の洗練された衰えを知らぬデザイン力を、まざまざと見せつけられた感じである。

(c)Christian Richters

(c)Christian Richters

育休中の夫婦、0歳双子と北海道プチ移住! 手厚い子育て施策、自動運転バスなどデジタル活用も最先端。上士幌町の実力とは?

長期の育児休業中に、移住体験の制度を活用して北海道へのプチ移住を果たした私たち夫婦&0歳双子男子。
約半年間の北海道暮らしでお世話になったのは、十勝エリアにある豊頃町(とよころちょう)、上士幌町(かみしほろちょう)という2つのまち。
実際に暮らしてみると、都会とは全然違うあんなことやこんなこと。田舎暮らしを検討されている方には必見⁉な、実際暮らした目線で、地方の豊かさとリアルな暮らしを実践レポートします! 今回は上士幌町&プチ移住してみてのまとめ編です。

上士幌町は北海道のちょうど真ん中。ふるさと納税と子育て支援が有名

9月上旬から1月末まで滞在した上士幌町は、十勝エリアの北部に位置する人口5,000人ほどの酪農・農業が盛んなまち。面積は東京23区より少し広い696平方km。なんと牛の数は4万頭と人口の8倍も飼育されています。そして、十勝エリアのなかでも何と言っても有名なのが、「ふるさと納税」。ふるさと納税の金額が北海道内でも上位ランクなんです。そのふるさと納税の寄付を子育て施策に充て、0歳~18歳までの子どもの教育・医療に関する費用は基本無料、ということをいち早く導入したまち。子育て層の移住がかなり増えたことで注目を集めています。
町の北側はほとんどが大雪山国立公園内にあり、携帯の電波も届かない国道273号線(通称ぬかびら国道)を北に走ると、三国峠があり、そこからさらに北上すると、有名な層雲峡(上川町)の方に抜けていきます。

上士幌町の北の端、三国峠付近の冬のとある日。凛とした空気が気持ちよく、手つかずの国立公園が広がります(写真撮影/小正茂樹)

上士幌町の北の端、三国峠付近の冬のとある日。凛とした空気が気持ちよく、手つかずの国立公園が広がります(写真撮影/小正茂樹)

上士幌町にある糠平湖では、この冬から、完全に凍った湖面でサイクリングを楽しめるようになりました(上士幌観光協会にて受付・許可が必要)。タウシュベツ川橋梁のすぐ近くまで自転車で行くことができ、厳寒期しか楽しめないアクティビティ&風景が体感できます(写真提供/鈴木宏)

上士幌町にある糠平湖では、この冬から、完全に凍った湖面でサイクリングを楽しめるようになりました(上士幌観光協会にて受付・許可が必要)。タウシュベツ川橋梁のすぐ近くまで自転車で行くことができ、厳寒期しか楽しめないアクティビティ&風景が体感できます(写真提供/鈴木宏)

糠平湖上に期間限定でオープンするアイスバブルカフェ「Sift Coffee」さん。国道から数百メートル歩いた湖のほとりにて営業。歩き疲れた体に美味しいコーヒーが沁みわたります(写真撮影/小正茂樹)

糠平湖上に期間限定でオープンするアイスバブルカフェ「Sift Coffee」さん。国道から数百メートル歩いた湖のほとりにて営業。歩き疲れた体に美味しいコーヒーが沁みわたります(写真撮影/小正茂樹)

上士幌町の暮らし。徒歩圏でなんでもそろうちょうどいい環境

上士幌町は人口5,000人のまちで、中心となる市街地は一つ。この中心地に人口の約8割、4,000人ほどが住んでいるそう。ここにはスーパーがコンビニサイズながら2つ、喫茶店や飲食店もたくさんあります。そして、コインランドリーに温泉に、バスターミナルに……と生活利便施設がきっちりそろっています。中心地から少し離れると、ナイタイテラス、十勝しんむら牧場のカフェ、小学校跡地を活用したハンバーグが絶品のトバチ、ほっこり空間がすっごくステキな豊岡ヴィレッジなどがあり、暮らすには不自由はほぼないと言ってもいいと思います。

そして、なんと、2022年12月から、自動運転の循環バスが本格稼働しているんです! ほかにも、ドローン配送の実験など、先進的な取組みがたくさんなされているまちでもあります。実は上士幌町さんには、デジタル推進課という課があります。ここが中心となって、高齢者にもタブレットを配布・スマホ相談窓口が設置されています。デジタル化に取り残されがちな高齢者へのサポート体制をしっかり取りながら、インターネット技術を十分活用し、まちのインフラ維持、サービス提供を進めていこうという町としての取組みは素直にすごいなと感じました。

カラフルな自動運転バスがまちの中心地をループする形で運行。雪道でも危なげなく動いていてすごかったです(写真撮影/小正茂樹)

カラフルな自動運転バスがまちの中心地をループする形で運行。雪道でも危なげなく動いていてすごかったです(写真撮影/小正茂樹)

十勝しんむら牧場さんにはミルクサウナが併設。広大な放牧地を望める立地のため、牛を眺めたり、少し遅い時間なら、満点の星空を望みながら整うことができます(写真撮影/荒井駆)

十勝しんむら牧場さんにはミルクサウナが併設。広大な放牧地を望める立地のため、牛を眺めたり、少し遅い時間なら、満点の星空を望みながら整うことができます(写真撮影/荒井駆)

ナイタイテラスからの眺めは壮観! ここで食べられるソフトクリームが美味しい。のんびり風景を楽しみながら、ゆっくり休憩がおすすめです(写真撮影/小正茂樹)

ナイタイテラスからの眺めは壮観! ここで食べられるソフトクリームが美味しい。のんびり風景を楽しみながら、ゆっくり休憩がおすすめです(写真撮影/小正茂樹)

我が家イチ押しの豊岡ヴィレッジは木のぬくもりが感じられる元小学校。子ども用品のおさがりが無料でいただけるコーナーがあり、双子育児中の我が家にとっては本当にありがたかったです(写真撮影/小正茂樹)

我が家イチ押しの豊岡ヴィレッジは木のぬくもりが感じられる元小学校。子ども用品のおさがりが無料でいただけるコーナーがあり、双子育児中の我が家にとっては本当にありがたかったです(写真撮影/小正茂樹)

誕生会やママのHOTステーションなどさまざまな出会いの場が

上士幌町では、移住された方、体験移住中の方などが集まる「誕生会」と呼ばれる持ち寄りのお食事会が月1回開催されています。毎回さまざまな方が来られるので、移住されている方がすごく多い、というのがよく分かります。移住して25年という方もいらして、移住者・まちの人、両方の視点を持っていらっしゃる先輩からの上士幌暮らしのお話は、すごく参考になることが多かったです。

毎月行われている移住者の集い、誕生会。12月はクリスマス会で、サンタさんから双子へもプレゼントが!(写真撮影/小正茂樹)

毎月行われている移住者の集い、誕生会。12月はクリスマス会で、サンタさんから双子へもプレゼントが!(写真撮影/小正茂樹)

また、上士幌町といえば、我々子育て世代にとって、すごくありがたい取組みが「ママのHOTステーション」。育児の集まりの場合、子どもたちが主役になり、「子育てサロン」として開催されることが多いのですが、この取組みの主役は“ママ”。ママが子どもたちを連れて、ゆっくりしたひと時を過ごすことができる場を元保育士の倉嶋さんを中心に企画・運営されていて、今や全国的にも注目される取組みになっています。

実は、上士幌町で移住体験がしたかった一番の目的は、この「ママのHOTステーション」を妻に体験してもらいたかったこと、倉嶋さんの取組みをしっかり体感したかったことにありました。ほぼ毎週のように参加させていただいた妻は本当に大満足で、ママ同士の交流も楽しんだようです。ここでは、〇〇くんのママではなく、きちんと名前でママたちも呼び合い、リラックスムード満点の雰囲気づくりも素晴らしいなと感じました。妻は、「ママのしんどい気持ちや育児悩みを共有してくれて、アドバイスをくれたりするのがすごくありがたいし、同じような立場のママが集ってゆっくり話せるのは嬉しい。子どもの面倒も見てくれるし、ここには毎週通いたい!」と言っていました。こういった同じ境遇のお友達ができるかどうかは、移住するときの大きなポイントだと感じました。もっといろいろな同世代、子育てファミリーに特化したような集まりがあってくれると、更に安心感が増すんだろうなと思います。

ママのHOTステーションの取組みとして面白いところは、「ベビチア」という制度。高齢者の方が登録されていて、子どもたちの世話のお手伝いをしてくださいます。コロナ禍になり、遠方にいるお孫さん・ひ孫さんと会えず寂しい思いをしている高齢の方々などが登録してくださっていて、週1回の触れ合いを楽しみにしてくださっている方も。「子育て」「小さな子ども」というのをキーワードに、多世代の方がのんびり時間を共有しているのはすごくいいなと感じました。

ママのHOTステーションが開催される建物は温浴施設などと入り口が一緒になるので、自然発生的に多世代のあいさつやたわいもない会話が生まれていて、ほっこりします(写真撮影/小正茂樹)

ママのHOTステーションが開催される建物は温浴施設などと入り口が一緒になるので、自然発生的に多世代のあいさつやたわいもない会話が生まれていて、ほっこりします(写真撮影/小正茂樹)

乳幼児救急救命講習会にも参加できました。ベビチアさんたちの大活躍のもと、子どもたちの面倒をみていただき、じっくりと救急救命講習に参加できたことはすごくありがたかったです(写真撮影/小正茂樹)

乳幼児救急救命講習会にも参加できました。ベビチアさんたちの大活躍のもと、子どもたちの面倒をみていただき、じっくりと救急救命講習に参加できたことはすごくありがたかったです(写真撮影/小正茂樹)

上士幌町の移住相談窓口は、NPO法人「上士幌コンシェルジュ」さんが担われています。こちらの名物スタッフの川村さん、井田さんを中心に移住体験者のサポートを行ってくださいました。私たちも入居する前から、いろいろと根掘り葉掘りお伺いして、妻の不安を取り除きつつ、入居後もご相談事項は迅速に対応いただきました。

移住体験住宅もたくさん!テレワークなどの働く環境も

私たち家族が暮らした移住体験住宅は、75平米の2LDKで、納屋・駐車スペース4台分付きという広さ。豊頃町の体験住宅に比べるとやや狭いものの、やはり都会では考えられない広さでゆったり暮らせました。住宅の種類としては、現役の教職員住宅(異動の多い学校の先生向けの公務員宿舎)でした。平成築の建物で、冬の寒さも全く問題なく、この住宅の家賃は月額3万6000円で水道・電気代込み。移住体験をさせていただくと考えると破格の条件かもしれません(暖房・給湯などの灯油代は実費負担)。今回お借りできた住宅以外にも、短期~中・長期用まで上士幌町では10戸程度の移住体験住宅が用意されています。ただ、本当に人気のため、夏季などの気候がいい時期については、かなりの倍率になるようです。ただし、豊頃町と同じく、上士幌町でもエアコンがないことは要注意。スポットクーラーはあるものの、夏の暑さはかなりのものなので、小さなお子さんがいらっしゃる場合は、ご注意ください。エアコンはもう北海道でも必須になりつつあるようなので、少し家賃が上がっても、ご準備いただけるといいなぁと思いました。また、ぜいたくな希望になりますが、食器類や家具などの調度品も比較的古くなってきていると思うので、一度全体コーディネートされると、移住体験の印象が大きく変わるのでは、と感じました。

関連記事:
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・育休中の双子パパ、家族で北海道プチ移住してみた! 半年暮らして見えてきた魅力と課題

必要最低限の家具・家電付き。広めのお家やったので、めっちゃ助かりました(写真撮影/小正茂樹)

必要最低限の家具・家電付き。広めのお家やったので、めっちゃ助かりました(写真撮影/小正茂樹)

私たちの住まいになった住宅は、まちの中心からは徒歩10~15分ほど。ベビーカーを押して動ける季節には、何度も散歩がてら出かけましたが、ちょうどいい距離感でした。南側は開けた空き地になっていて、日当たりもすごくよくて、冬の寒い日も、晴天率が高いため、日光で室内はいつもぽかぽかになっていました。

一戸建てかつ納屋まで付いて、月額3万6000円とは思えない広々とした体験住宅。子育てファミリーにとっては、一戸建ては音の心配も少なく、すごく過ごしやすかったです(写真撮影/小正茂樹)

一戸建てかつ納屋まで付いて、月額3万6000円とは思えない広々とした体験住宅。子育てファミリーにとっては、一戸建ては音の心配も少なく、すごく過ごしやすかったです(写真撮影/小正茂樹)

体験住宅の南側は空き地が広がっていて、本当に日当たり・風通しも良く、都会では到底体感できないすがすがしい毎日を過ごせました(写真撮影/小正茂樹)

体験住宅の南側は空き地が広がっていて、本当に日当たり・風通しも良く、都会では到底体感できないすがすがしい毎日を過ごせました(写真撮影/小正茂樹)

また、私たちは育児休業中だったため使うことはなかったのですが、上士幌町さんはテレワークやワーケーションなどの取組みについてもすごく前向きに取り組まれています。
まず、テレワーク施設として「かみしほろシェアオフィス」があります。建設に当たっては、ここで働く都市部からのワーカーの方に向けて眺望がいいところ、ということで場所を選定されたそう。個室などもあり、2階建ての使い勝手の良いオフィスとなっています。

個人的に2階がお気に入り。作業で煮詰まったときに正面を見ると気持ち良い風景が広がり、リラックスできる環境(写真撮影/小正茂樹)

個人的に2階がお気に入り。作業で煮詰まったときに正面を見ると気持ち良い風景が広がり、リラックスできる環境(写真撮影/小正茂樹)

さらに2022年にオープンしたのが「にっぽうの家 かみしほろ」。この施設はまちの南側、道の駅のすぐ近くに位置しています。こちらは宿泊施設になりますが、1棟貸しを基本としていて、広々したリビングで交流や打ち合わせ、個室ではプライバシーをしっかり守りつつお仕事に没頭することなどが可能に。また、ワーケーション滞在の方のために、交通費・宿泊費などの助成制度も創設されたとのことで、これからさまざまな企業・団体の活用が期待されます。

にっぽうの家は2棟が廊下で繋がった形状。仕事・生活環境が整っていて、余暇活動もたくさん楽しめる場所で、スタートアップなどの合宿をしてみるのは面白いなと感じました(写真撮影/小正茂樹)

にっぽうの家は2棟が廊下で繋がった形状。仕事・生活環境が整っていて、余暇活動もたくさん楽しめる場所で、スタートアップなどの合宿をしてみるのは面白いなと感じました(写真撮影/小正茂樹)

子育て層にとって、子どもの教育環境というのが移住検討するに当たってはかなり重要な事項となります。上士幌町では、「上士幌Two-way留学プロジェクト」として、都市部で生活する児童・生徒が住民票を移動することなく、上士幌町の小・中学校に通うことができる制度が2022年度から始まりました。この制度を使えば、移住体験中や季節限定移住などの場合も、お子さんの教育環境が担保されることとなり、これまでなかなか移住検討までできなかった就学児がいるファミリーも懸念材料の一つがなくなったこととなります。

十勝には質の高いイベントがたくさん! 起業支援なども盛ん

半年ほど暮らしてみてわかったことはたくさんあったのですが、子育てファミリーとしてすごくいいなと思ったのが、「イベントの質が高く、数も多い」にもかかわらず、「どこに行ってもそこまで混まない」こと。子育てファミリーにとって、子どもを遊ばせる場所がそこここにあるというのはものすごく大きいなと感じました。

とよころ産業まつりでの鮭のつかみ取り競争のひとコマ(写真撮影/小正茂樹)

とよころ産業まつりでの鮭のつかみ取り競争のひとコマ(写真撮影/小正茂樹)

個人的にかなり気に入ったのが芽室公園で行われたかちフェス。広大な芝生広場を会場に、さまざまな飲食・物販ブースや、サウナ体験、ライブが行われていました。すごく心地よく長時間過ごしてしまいました(写真撮影/小正茂樹)

個人的にかなり気に入ったのが芽室公園で行われたかちフェス。広大な芝生広場を会場に、さまざまな飲食・物販ブースや、サウナ体験、ライブが行われていました。すごく心地よく長時間過ごしてしまいました(写真撮影/小正茂樹)

ママたちが企画・運営した「理想のみらいフェス」には3,000人を超える来場が。様々な飲食店やワークショップが並ぶなか、革小物のハンドメイド作家の妻も双子を引き連れて、ワークショップで出店していました(写真撮影/小正茂樹)

ママたちが企画・運営した「理想のみらいフェス」には3,000人を超える来場が。様々な飲食店やワークショップが並ぶなか、革小物のハンドメイド作家の妻も双子を引き連れて、ワークショップで出店していました(写真撮影/小正茂樹)

また、実際に移住して暮らすとなるとお金をどうやって稼ぐかというのもポイントになってくると思います。上士幌町では、「起業支援塾」が年1回開催され、グランプリには支援金も出されるなど、起業サポートも充実しています。また、帯広信用金庫さんが主催され、十勝19市町村が協賛している「TIP(とかち・イノベーション・プログラム)」というものも帯広市内で年1回開催されています。2022年は7月から11月まで。私も育児の隙間を縫って参加させていただきましたが、かなり本気度が高い。野村総研さんがコーディネートをされているのですが、実際5カ月でアイディア出しからチームビルディング、事業計画までを組み上げていきます。ここで起業を実際にするもよし、このTIPには多方面の面白い方々が参加されるため、横の繋がりが生まれたりし、仕事に繋がることもあると思います。

TIPでは、カーリングと美食倶楽部のビジネス化チームに参加しました。チームで体験会を実施して、カーリングの面白さを体感しました(写真撮影/小正茂樹)

TIPでは、カーリングと美食倶楽部のビジネス化チームに参加しました。チームで体験会を実施して、カーリングの面白さを体感しました(写真撮影/小正茂樹)

また、こちらは直接起業とは関連がありませんが、「とかち熱中小学校」というものもあります。これは、山形県発祥の社会人スクールのようなもので、「もういちど7歳の目で世界を……」というコンセプト。ゴリゴリの社会人スクールというよりは、本当に小学校に近い仲間づくりができるアットホームな雰囲気。とはいえ、テーマは先進的な事例に取り組むトップランナーさんの講義や、地元の産業など。こちらも講師はもちろん、開催地が十勝エリア全般にわたるため、参加者の方もさまざまで、人間関係づくりにはもってこい。こちらには家族全員で参加させていただいていました。

2023年1月は豊頃町での開催。当日の講師は金融のプロとお笑い芸人というすごく面白い取り合わせの2コマの授業。毎回、双子を連れ立って授業を聴講でき、育児のよい気分転換にもなりました(写真撮影/小正茂樹)

2023年1月は豊頃町での開催。当日の講師は金融のプロとお笑い芸人というすごく面白い取り合わせの2コマの授業。毎回、双子を連れ立って授業を聴講でき、育児のよい気分転換にもなりました(写真撮影/小正茂樹)

農業に興味がある方は、ひとまず農家でアルバイト、というのもあります。どこの農家さんも収穫の時期などは人手が足りないケースが多く、農業の体験を通じて、地元のことを知れるチャンスが生まれると思います。私も1日だけですが、友人が勤める農業法人さんにお願いして、お手伝いさせていただきました。作物によって時給単価が違うそうなのですが、夏前から秋まで色々な野菜などの収穫がずっと続くため、いろんな農家さんに出向いて、農業とのマッチングを考えてみる、というのもありだと思います。

かぼちゃの収穫はなかなかの重労働でした。農作物によって、アルバイトの時給も違うそうで、なかには都会で働くより時給がよい場合もあるそう(写真撮影/小正茂樹)

かぼちゃの収穫はなかなかの重労働でした。農作物によって、アルバイトの時給も違うそうで、なかには都会で働くより時給がよい場合もあるそう(写真撮影/小正茂樹)

今回、長期の育休を取得し、子育てを実践するとともに、自分のこれからの暮らし方を見つめなおせるいい機会が移住体験で得られました。2拠点居住は子どもができると難しいのではとか、地方で仕事はあるのかなどの漠然とした不安を抱えていましたが、「どこに行っても暮らしのバランスはとれる」ということも分かりました。
大阪の暮らしとは明らかに異なりますが、既に暮らされている方々に教えてもらえれば、その土地土地の暮らしのツボが分かってきます。個人的には、地方に行くほど、システムエンジニアやクリエイターさんたちの活躍の場が実はたくさんある気がしています。こういう方々が積極的に暮らせるような仕組みづくりが出来ると、自然発生的に面白いモノコトが生まれてきて、まちがどんどん便利に面白くなっていくのではないかなと感じました。

我々家族としては、今後2拠点居住を考えていくにあたって、我々1歳児双子を育てている立場として重視したいポイントもいくつか判明しました。それは、「近くにあるほっこり喫茶店」「歩いていける利便施設」があることです。双子育児をするに当たって、双子用のベビーカーって重たくて、小柄な妻は車に乗せたり降ろしたりすることはかなり大変。さらに双子もどんどん重たくなっていきます。そう考えると、私たち家族の現状では、ある程度歩いて行ける範囲に最低限の利便施設があったり、近所の人とおしゃべりができる喫茶店があったりするのはポイントが高いなと妻と話していました。

我々夫婦の趣味がもともと純喫茶巡りだったこともあり、気軽に歩いて行ける範囲に1軒は喫茶店が欲しいなぁと思いました(写真撮影/小正茂樹)

我々夫婦の趣味がもともと純喫茶巡りだったこともあり、気軽に歩いて行ける範囲に1軒は喫茶店が欲しいなぁと思いました(写真撮影/小正茂樹)

今回、長期育休×地方への移住体験という新しい暮らし方にトライしてみて、憧れの北海道に実際暮らすことができました。これまで漠然とした憧れだった北海道暮らしでしたが、憧れから、より具体的なものになりました。また、たくさんの友人・知人や役場の方との繋がりもでき、仕事関係についても可能性を感じられました。
子どもが生まれると、住むまちや家について考えるご家族は多いのではないでしょうか。育休を機会に、子育てしやすく、親たちにとっても心地よいまち・暮らしを探すべく、移住体験をしてみるのは、より楽しく豊かな人生を送るきっかけになると思います。10年後には男性の育休が今より当たり前になり、子育て期間に移住体験、という暮らし方をされる方がどんどん登場すると、地方はより面白くなっていくのではないかなと感じました。
家族みんなの、より心地よい場所、暮らしを移住体験を通じて探してみませんか? いろいろな検討をして、移住体験をすることで、暮らしの可能性は大きく広がると思います。

移住して1カ月ほど経過した時の写真。これからもこの子たちにとっても、楽しく、のびのび暮らせる環境で育ててあげたいなと思います(写真撮影/小正茂樹)

移住して1カ月ほど経過した時の写真。これからもこの子たちにとっても、楽しく、のびのび暮らせる環境で育ててあげたいなと思います(写真撮影/小正茂樹)

●関連サイト
上士幌町移住促進サイト
上士幌観光協会(糠平湖氷上サイクリング)
上士幌町Two-way留学プロジェクト 
十勝しんむら牧場ミルクサウナ
ママのHOTステーション
かみしほろシェアオフィス
にっぽうの家 かみしほろ
理想のみらいフェス
十勝イノベーションプログラム(TIP)
とかち熱中小学校
かちフェス

タイの賃貸は家具付き、知人紹介が基本! バンコク中心部サトーン地区、移住歴15年の日本人のおしゃれアパートにおじゃまします

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや映画、音楽や雑誌などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺いました。
初回はアートディレクター・グラフィックデザイナーで日系企業の会社員、金野芳美さん(40歳)を訪ねました。

タイの首都、バンコクの住宅事情(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク。面積は1,569 平方kmで、東京都の4分の3ほどでしょうか。タイ全土の約1.5%の広さにもかかわらず、経済規模ではタイ全体の約半分を占めています。交通網の整備が進み、おしゃれなショップやカフェも続々とできて、トレンドに敏感な街として勢いを感じるものの、他の国の首都と比べると地価は上がりすぎておらず、比較的手ごろな印象です。

はじめに、タイの住宅の種類について少しお話させてください。タイの住宅は、マンションのような建物の「アパート」「コンドミニアム」「サービスアパート」と、長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な「タウンハウス」、そして日本と同様に「戸建」があります。

タイのアパート(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイのアパート(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「アパート」「コンドミニアム」「サービスアパート」は、建物のグレードによって呼び名が異なるのではなく、所有形態や付帯サービスが違います。「アパート」は、建物全体を一人のオーナーが所有している賃貸マンション。「コンドミニアム」は、部屋ごとにオーナーが異なる賃貸マンション。「サービスアパート」は、家事サービス付きでホテルのように住めるマンションです。

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

また、タイの賃貸物件は家具付きが一般的で、新しめの物件にはおおかた家具がついています。その設備は、一棟全部同じか、部屋のオーナーによってさまざまな場合も。そして、家電がついていることもあります。

それもあってか、わざわざ家具をそろえるのは相当お金に余裕があるか、自分らしく暮らしたいと願うひと握りの人で、その多くはクリエイターや外国人。また、タイブランドの家具は非常に高価なため、若い世代はIKEA率が高いそうです。

日本人女性が住む70平米の1LDKアパート

さて、今回紹介するのは金野芳美さん、40歳。アートディレクター・グラフィックデザイナーで、現在は日系企業の会社員(企画職)です。

金野さんが住んでいるのは、バンコク中心部の大使館などが集まる「サトーン」エリア。オフィス街に近く新しいコンドミニアムが多い、閑静な高級住宅地です。

雰囲気のいい築古のアパート。緑も多い(写真撮影/Yoko Sakamoto)

雰囲気のいい築古のアパート。緑も多い(写真撮影/Yoko Sakamoto)

住まいは築30年のビンテージのアパート。道路に面した手前側の棟には30部屋ほど、奥に位置する低層棟には全6部屋があり、金野さんの部屋は低層棟の1室。70平米のたっぷりゆとりのある1LDKで、さらに部屋の周囲にベランダがついています。金野さんによると、もともと軍などに勤務する西洋人が住んでいたそう。部屋の天井も家具も高さがあって、平米数以上の広さに感じられます。

ひろびろ、ゆったり。天井が高くて窓も大きく開放感があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ひろびろ、ゆったり。天井が高くて窓も大きく開放感があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金野芳美さん。大学卒業後にワーキングホリデーでオーストラリアに1年間住んだあと、バンコクへ移住(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金野芳美さん。大学卒業後にワーキングホリデーでオーストラリアに1年間住んだあと、バンコクへ移住(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「タイに来たのは2007年、23歳の時です。タイのフリーペーパー制作会社にグラフィックデザイナーとして入社したんです。ここで3年間勤務したのちに、2年間のフリーランスを経て、29歳でタイ人の友達と一緒にデザイン会社を設立しました。

「お酒を飲んでいるときがいちばん幸せ!」LEOはタイの有名ビールブランド(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「お酒を飲んでいるときがいちばん幸せ!」LEOはタイの有名ビールブランド(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイに来たばかりの当時は物価も家賃も安くて、アパートで一人暮らしをしていました。タイに根付くつもりはなくて、いつでも次の国に行けるようにスーツケースに入るくらいの荷物しか持っていなかったんです。

会社を立ち上げた当初は軌道に乗せるのが最重要項目で、家にお金をかけたくなかったので、友達の家の一室にシェアハウス的に住んだりもしていました。その後数年間がむしゃらに働いて、会社が安定したので、そろそろ住まいにもこだわって、インテリアや持ち物も増やそうと考えたときに出会ったのがこの部屋です」
ここは金野さんがタイに来て、10軒目に出会った住まいでした。

室内にもグリーンがふんだんに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

室内にもグリーンがふんだんに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

物件選びは、大家さんへの直接交渉や友人知人の紹介も

70平米の1LDKは家族3人でも住めるくらいの広さで、一人暮らしには十分すぎるほど。どうしてこの物件を選んだのでしょうか。

「このアパートをあえて選んだのは、立地と広さと家賃、部屋の雰囲気の良さ、大家さんとの相性など、すべてが魅力的だったから。特に広さに関しては、当初はここまで広いところに住むつもりはなかったです。
タイでは、賃貸の住まい選びの際に、不動産会社の仲介を入れないケースも多いです。私は建物のエントランスにいるスタッフを通じて大家さんとやりとりしましたし、そこに住んでいる友人知人に紹介してもらうケースも少なくありません。条件面はすべて大家さんとの話し合いが必要になりますが、外国人でも保証人が不要ということもあり、引越しのハードルは低いですね。不動産会社が仲介するのは駐在の方が住むような高級物件くらいです」

エントランスに常駐しているスタッフとも良い関係(写真撮影/Yoko Sakamoto)

エントランスに常駐しているスタッフとも良い関係(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイ人の多くは築浅でモダンな物件を好むため、このように築古でビンテージ感ある雰囲気の物件は、同エリアの同じ広さの物件と比べてお得に借りられるそう。センスのいい外国人や、タイ人クリエイターなどに人気です。

コロナで家ごもりをしていた間に、ベランダにハンモックを設置(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コロナで家ごもりをしていた間に、ベランダにハンモックを設置(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ちなみに、年間の最高気温が35℃で最低気温が22℃のタイ(バンコク)では、南向きと西向きの部屋は「暑すぎる」「電気代がかかる」という理由で不人気だとか。この部屋も、開口部が広くて陽光がたっぷり入るものの、南向きではありません。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

さて、気になる家賃は……?
「お給料も物価も、15年前と比べて1.5倍になりました。現在、日本人現地採用の月給目安は60,000~80,000B(23.3万円~31万円)で、そこから保険料などが引かれます。たとえば家賃が15,000B~20,000B(5.8万円~7.7万円)の部屋を借りると、3分の1が住居費で生活がカツカツになるので、家賃は10,000B~15,000B(3.9万円~5.8万円)が理想でしょうか。この部屋は家賃が13,000B(5万円)で、電気代は高くても2,000B(7760円)。とてもコスパがいい物件です」

古いアパートならではの愛らしいディティールがそこかしこに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

古いアパートならではの愛らしいディティールがそこかしこに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家賃が手ごろなうえに、このアパートは職場までバイクで15分の立地。バンコク在住の人には珍しい、職住近接な環境です。

交通量の多いバンコク市内。表通りは賑やかで活気があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

交通量の多いバンコク市内。表通りは賑やかで活気があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「タイ人は家族と一緒に住みたい人が多いので、バンコクっ子は、たとえ実家がバンコク郊外でも、わざわざ実家から車や電車などで職場に通っています。
また、貯金はしない・投資が好きという傾向があり、少し前までは就職したらすぐローンを組めたことから、若い人も家や車などをバンバン買っていました。
不動産購入の目的は、貸して家賃収入を得られたり、さらには将来へ投資のため。お金持ちはローンを組まずに一括で買い、賃貸に出したり、のちに手放すなどして、利益を得ています。でも、一般の人が後先を考えずにローンで購入して、立ち行かなくなるケースも多々あって。もらったお給料で1カ月やりくりするという概念を持っていない人も、比較的多いように感じます。ちなみに、タイには相続税はありません」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

現在、バンコクの地価は東京のおよそ4分の1と聞きました。たしかにその価格であれば、若い世代も不動産を手に入れる夢が持てますね。金野さんも、まわりの人からこれだけタイに長くいるのだから不動産を買ったらいいのにとよく言われますが、外国人は土地の所有が認められていなくて、購入できるのはコンドミニアムのみだそうです。

キッチンや水まわりはタイル貼りで清潔な印象(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンや水まわりはタイル貼りで清潔な印象(写真撮影/Yoko Sakamoto)

譲ってもらった家具や旅で出合った小物で部屋を飾る

この部屋の床材は風合いのある木材ですが、タイの物件の床はタイル貼りが主流です。タイでは玄関扉周辺で靴を脱ぎ、室内では靴下やスリッパは履かずに裸足で生活します。タイルは冷たくて気持ち良く、水拭きできるというメリットもあるそう。バンコク以外の地域では、タイル床にゴザを敷いて床生活をしている家が多いのだとか。

キッチンユニットとコンロ、冷蔵庫、カウンターは元々ついていたもの(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンユニットとコンロ、冷蔵庫、カウンターは元々ついていたもの(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「一般的な賃貸物件と同様に、この部屋にももともといくつかの家具や家電がついていました。リビングのテーブルとキッチンのカウンター、テレビ台、クイーンサイズのベッド、冷蔵庫などですね。タイの賃貸住宅についているベッドがたいていクイーンかキングサイズなのは、部屋が大きいからベッドも大きいのでは、と思います」

クイーンサイズのベッドもついていた。ベッドは大きいサイズが一般的(写真撮影/Yoko Sakamoto)

クイーンサイズのベッドもついていた。ベッドは大きいサイズが一般的(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「この物件のキッチンにはガスコンロがついていました。新しい物件はIHが主流なので、この点も古い物件ならではです。ちなみに、安い物件にはキッチンがついていないことも少なくありません。タイは屋台文化が発達していて、家で料理をせずに外で食べたり、買ってきたりすることも多いですからね。でも最近は、おしゃれだからとかヘルシーという理由で料理をする若い人も増えてきました」

新しい物件ではほぼ見かけない4口のガスコンロ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

新しい物件ではほぼ見かけない4口のガスコンロ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「そして、お金持ちの家にはメイドさんがいて、料理・掃除・洗濯等の家事をすべてまかせています。このアパートにも掃除してくれるスタッフがいて、普通の会社員も頼める金額でやってもらえますよ。たしか1回あたり400B(1552円)か600B(2328円)くらいです」

タイ人と日本人のアーティストの作品を飾って(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイ人と日本人のアーティストの作品を飾って(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家具付きの部屋と聞くと、自分らしさを出しにくいのではと感じますが、とんでもない。譲ってもらった家具をゆったりと置き、壁にタイのアーティストの絵を飾り、ミャンマーなど近隣諸国で買ってきたアジア雑貨を足す。ひとつひとつ見ると個性の強いカラフルな家具や小物も、床が濃い茶色だからか、絶妙なバランスでまとまっています。

イエローのソファも部屋にしっくり馴染んでいる(写真撮影/Yoko Sakamoto)

イエローのソファも部屋にしっくり馴染んでいる(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「家具はタイを離れる友人から譲ってもらったり、本帰国する人のガレージセールで手に入れたり。このソファも、タイを離れた日本人から2000Bで譲ってもらいました。
タイは気温も湿度も高いためラグではなくゴザが普及していますが、ゴザは本来安価なもの。それをおしゃれにリデザインしたのがタイの『PDM』というブランドで、Facebookで見てこれだ!と柄にひと目ぼれ。すごく派手だから、テーブルで一部を覆って派手さを薄めています」

個性の強いゴザは、テーブルを置いて分量を調節(写真撮影/Yoko Sakamoto)

個性の強いゴザは、テーブルを置いて分量を調節(写真撮影/Yoko Sakamoto)

まるで守り神のようなミャンマーの置物(写真撮影/Yoko Sakamoto)

まるで守り神のようなミャンマーの置物(写真撮影/Yoko Sakamoto)

気づいたら在タイ期間も長くなって。「何か月か、住んでみたらいい」

外に出かけるのが好きで、コロナ禍前は外食がほとんどだった金野さん。10人単位の来客もよくありました。でも、コロナ禍で出掛けられなくなって家にいる時間が長くなったときは、空間にこだわって居心地よくしていて良かったと思ったし、家で料理もしていたそう。そして今、ふたたび出かける楽しさを満喫しています。これからの住まい計画はどうでしょうか。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「実は、私はタイに住みたくて来たわけではなくて、根付くつもりはなかったのになぜか今に至っていて。面白いもので、バンコクはそういう人のほうが長く居ついているんです。かれこれ15年以上住んでいるので、タイにいる日本人の中では中堅くらいでしょうか。でも、コロナ前には別の国へ赴任する話もあったので、この先もしかすると他の国に移住するかもしれません」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

強い意志を持って、よほど勇気を出さないと海外移住はできないという思い込みがありましたが、意外と住んでから考えることもできるのですね。働き方の自由度が上がった今、まわりでも海外移住を検討している人が何人もいて、もちろんタイを目指している人もいます。
「何か月か、住んでみたらいいのよ」(金野さん)という言葉が、こんなにもリアルに響いたのは初めて。ふらっと行って住んでみる、という可能性を教えていただきました。

●取材協力
金野芳美さん
Instagram @kinnokinno

1バーツ=3.88円(2023年4月10日現在)

総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに

小田急電鉄は東北沢駅~世田谷代田駅間の地上に生まれた1.7kmのエリアを「下北線路街」として整備してきました。2022年5月に全面開業して1年。個性的なショップが並ぶ商店街は雑木に囲まれ、駅前には土管のある空き地や草が茂る原っぱも! かつての“サブカルのまち・下北”から記憶がアップデートされていないならば、その変わりように驚くかもしれません。そんな下北沢で、いま、街の緑の維持管理を行っているのが、地域コミュニティ「シモキタ園藝部」です。

下北線路街の緑のコンセプトづくりと「シモキタ園藝部」の企画と立ち上げに携わった、株式会社フォルク代表のランドスケープ・デザイナー三島由樹さんに、下北沢に生まれた新しい街の緑について伺いました。

街の人が鉢植えを持ち寄り緑を育む「下北線路街空き地」

三島さんは、東京やアメリカでランドスケープデザインを学び、帰国後は大学で研究と教育に携わりました。その後、2015年に設立した株式会社フォルクで、ランドスケープデザインと街づくりのプロジェクトに携わってきました。小田急電鉄から依頼を受けて下北線路街の計画に携わっていたUDS株式会社から、「ランドスケープデザインのコンセプトを一緒に考えてほしい」とお願いされ、2018年から下北沢のまちづくりに関わることになりました。

最初に緑の場所づくりをしたのは、「下北線路街空き地」です。冒頭の写真の土管が印象的な「下北線路街空き地」は、「みんなでつくる自由な遊び場」がコンセプトの屋外イベントスペース。小田急線下北沢駅東口から、下北沢交番方面へ徒歩4分のところにあります。

「下北線路街空き地」入口を入ると、街の人が持ち寄った鉢植えが出迎えてくれる(画像提供/フォルク)

「下北線路街空き地」入口を入ると、街の人が持ち寄った鉢植が出迎えてくれる(画像提供/フォルク)

イベントに訪れた人は、草花に触れあえる楽しみもある(画像提供/フォルク)

イベントに訪れた人は、草花に触れあえる楽しみもある(画像提供/フォルク)

入口を入ると、右手に「空き地カフェ&バー」、「空き地キッチン」、左手にはイベント時にキッチンカーの並ぶエリアがあります。中央にあるレンタルスペースAは、土管のある芝生エリアで、ステージがあり、屋外映画上映会やサウナ体験会などさまざまなイベントを開催。レンタルスペースBでは頻繁にマルシェが行われています。

右から、入口、飲食スペース、レンタルスペースA、レンタルスペースBに分かれている(画像提供/フォルク)

右から、入口、飲食スペース、レンタルスペースA、レンタルスペースBに分かれている(画像提供/フォルク)

芝生エリアでは、ライブやフェス、縁日などさまざまなイベントが催される(画像提供/フォルク)

芝生エリアでは、ライブやフェス、縁日などさまざまなイベントが催される(画像提供/フォルク)

最近見かけるおしゃれなイベントスペースかと思いきや、ミミズコンポストがあったり、鉢植えの並んだ棚があったり……。ただのイベント会場とはちょっと違うことがわかります。

「棚にたくさん並んでいる鉢植えは、下北沢の街の人が持ち寄ったもの。下北線路街で皆で緑を育てていったり、緑を通じて交流する仕組みづくりの試みは、ここからスタートしました」(三島さん)

緑の少なかった下北沢に現代の雑木林「シモキタマチバヤシ」をつくる

そもそも再開発前の下北沢の街は緑が少なく、小田急電鉄には、「再開発が行われる時には緑をたくさんつくってほしい」という地元の声が寄せられていたそうです。そこで、下北線路街全体の緑のコンセプトとして三島さんたちが提案したのが、「シモキタマチバヤシ」でした。

「開発で生まれるグリーンは、『美しい緑』『かっこいい緑』であることが多いですが、触っちゃいけない緑が多いですよね。下北線路街の緑のコンセプトは、言ってみれば現代の都市における雑木林みたいな感じです。下北沢も昔は雑木林がたくさんあったそうです。人が植物を暮らしに役立てていた、人と植物が共に支え合って生きていた時代があったんですね。植物が少なくなってしまった下北沢という街に、人と植物が関わり合う新しい文化をつくろうという意味を込めました」(三島さん)

下北線路街にできた商店街「BONUS TRACK」は、あちこちに株立ちの木々が葉を揺らし、道を歩くと、雑木林を通り抜けていくようです。

野山に生えるような木々をできるだけ自然樹形で管理しているから、本物の林の中にいるみたい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

野山に生えるような木々をできるだけ自然樹形で管理しているから、本物の林の中にいるみたい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北沢駅南西口エリアの植栽は、大きな石のある築山が見所。石に座って草木を感じてもいい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北沢駅南西口エリアの植栽は、大きな石のある築山が見所。石に座って草木を感じてもいい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「『下北線路街空き地』ができ、これから下北線路街の中にたくさん緑が生まれていく中で、緑をどうやって管理していくか。普通だったら小田急電鉄さんの関連会社が植栽の維持管理をしますが、現代の雑木林みたいな人の暮らしに役立つような緑をつくっていくのであれば、緑を必要とする人が街の緑を育てていくやり方の方がいいんじゃないかと。そこで、緑を育て、活用するコミュニティづくりを提案しました」(三島さん)

関連記事:
・下北沢は開発でどう変貌した? 全長1.7km「下北線路街」がすごかった!
・「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!

地域の緑をみんなでつくり育てていく「シモキタ園藝部」

小田急電鉄の賛同を得て、2019年秋からワークショップを始め、2020年春にシモキタ園藝部の前身である下北線路街園藝部を発足。人が苗木を土に植え込む形に由来する「藝」という字をあえて使いました。コミュニティのミッションは、緑を通じた循環型地域社会の担い手となること。メンバーは、駅にポスターを張ったりSNSで一般公募しましたが、最初に集まったのは、20名ほどでした。

2019年に駅に張られた下北線路街第1回目の園芸ワークショップのチラシ(画像提供/フォルク)

2019年に駅に張られた下北線路街第1回目の園芸ワークショップのチラシ(画像提供/フォルク)

「半年間、ワークショップを開催しながらどんなコミュニティにしていきたいか、一人一人がそこで何がやりたいかを話し合うことから始めました。用意した企画に乗ってもらうんじゃなくて、皆で園藝部の企画をゼロからつくっていったのです」(三島さん)

その後、2021年に法人化され、シモキタ園藝部という名称に。小田急電鉄から委託され、世田谷区の北沢、代沢、代田地域を主なフィールドに、街の植栽管理を行っています。雑草や剪定後の枝や葉を廃棄するのではなく、コンポストを使ったり、剪定枝をリースとして提供するなど、なるべくゴミを出さずにすべてを循環させる取り組みをはじめました。

植物や様々な生き物と触れ合える、住宅街の中の原っぱ「シモキタのはら広場」

その後、2022年4月、下北沢駅のすぐ近くに、シモキタ園藝部の拠点がオープン。事務所である「こや」、ワイルドティーと天然ハチミツの店「ちゃや」、そして「シモキタのはら広場」ができました。コンセプトは、循環をつくる街の圃場です。憩いの場所であると同時に、土や枝葉の回収や育苗を行い、植物の循環をつくり出す場所。広場にはワイルドフラワーが咲き、虫たちが集まり、動植物が混然一体となって、街の中に原っぱが生まれました。

住宅街に出現した原っぱにもともと住んでいた地元の人も驚いた(画像提供/フォルク)

住宅街に出現した原っぱにもともと住んでいた地元の人も驚いた(画像提供/フォルク)

種を蒔いた草花が入り混じって共存している(画像提供/フォルク)

種を蒔いた草花が入り混じって共存している(画像提供/フォルク)

園藝部の拠点と広場づくりは、園藝部のコミュニティメンバーと連携し、一緒に議論してつくっていきました。地域コミュニティであるシモキタ園藝部を、どう運営していくか? ただのボランティアでなく事業として経営していけるか? 今では、一人一人の興味をもとに様々な事業が立ち上げられています。コンポストをつくるキットの商品化が進行中だったり、養蜂の事業、緑の担い手を育てるシモキタ園藝學校という人材育成事業も行っています。

落ち葉・雑草コンポスト。草刈りや剪定で出た枝葉に、コーヒーパルプなどを加え、堆肥をつくり、土に還す(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

落ち葉・雑草コンポスト。草刈りや剪定で出た枝葉に、コーヒーパルプなどを加え、堆肥をつくり、土に還す(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北線路街や下北の住宅地からミツバチが集めた蜂蜜「シモキタハニー」が、新しい世田谷土産に(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北線路街や下北の住宅地からミツバチが集めた蜂蜜「シモキタハニー」が、新しい世田谷土産に(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

ほかには、「古樹屋」という下北沢らしいネーミングのビジネスも。洋服の古着屋の植物版で、街の人が育てきれなくなってしまった植木や鉢植えを引き取って、仕立て直し、新しい引き取り手にマッチングしています。

古樹屋に並べられた植物は、枝が曲がったり、ひょろっと伸びすぎていたり。それがむしろ味なのは、古着と同じ(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

古樹屋に並べられた植物は、枝が曲がったり、ひょろっと伸びすぎていたり。それがむしろ味なのは、古着と同じ(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「緑を誰かの所有物ではなく、地域のコモンズ、地域で共に生きるパートナーとしてみてほしいんです。街の緑は、自治体だったり、個人だったり、誰かのものになりがちなんですけど、緑は、人間だけでなく全ての生き物が生きていく上で不可欠な存在なんだという意識を持ってもいいのではないかと思うんです。『古樹屋』は園藝部の事業ですが、金額は買い手の人につけてもらうんですよ。子どもはお小遣いで、園藝部の活動を応援したい人は、普通のお店で買うよりも高く出してくださるとか。植物をたくさん売って稼ぐことが目的ではなくて、植物は街で生きる全て誰もにとって欠かせないパートナーなのだというこれからの新しい社会をつくるためにやっている事業というイメージです」(三島さん)

シモキタのはら広場も、見た目の美しさではなく、いかに街の人がいきいきと活動する場所になるかにフォーカスし、住宅街の中の静かな原っぱをつくっていこうとしています。「こんな雑草だらけでいいのか」という声もたまにあるそうですが、「街中にワイルドな野原をつくってくれてありがとう」「子ども達をこういう所で遊ばせたかった!」という声が多いそうです。夏休みには、子ども達が虫取り網を持ってうろうろしている光景が毎日のように見られたそうです。

緑が増えるにつれて、下北沢の街の人にも変化が。20名から始まったシモキタ園藝部のコミュニティメンバーの数は大人から子どもまでの地元の人やプロの造園家など約150人ほどに増え、一人一人のやりたいことを事業の企画にして、みんなで少しずつ実現しています。街の風景が変わるだけでなく、街の緑に対してアクティブに関わる人がどんどん増えているのです。

シモキタ園藝學校の授業風景。1年間の講座終了後には、園藝部認定の「エコガーデナー」になれる(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

シモキタ園藝學校の授業風景。1年間の講座終了後には、園藝部認定の「エコガーデナー」になれる(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「植物は手入れが必要ですが、手間のかかることを面白くして、楽しみながら緑に関わる人を増やしていきたい」と三島さん。新たに生まれた緑の空間が、下北の街にインパクトを与え、ビジネスやイベントが生まれる場所になっています。昔からある街の緑を引き継ぎ、育て、新しいものを生み出す緑の街づくり。学生時代、古着を買いに通った下北沢を久しぶりに訪れてみたくなりました。

●取材協力
・株式会社フォルク
・シモキタ園藝部
・下北線路街空き地

住宅購入者の関心が高いワードはやはり【フラット35】、「住宅ローン減税」!購入時に知るべき制度も解説

リクルートが「『住宅購入・建築検討者』調査(2022年)」を公表した。この調査では、住宅の購入や建築を検討するうえで、知っておきたい制度などについての理解・関心度も聞いている。その結果、理解・関心度の高いワードの多くが、住宅ローンや減税に関するものだということが分かった。

【今週の住活トピック】
「住宅購入・建築検討者」調査(2022年度)公表/リクルート

住宅購入・建築検討者は一戸建て派が多数を占める

調査は、首都圏、東海圏、関西圏の三大都市圏と政令指定都市のうち札幌市、仙台市、広島市、福岡市に住む、20歳から69歳の男女で、過去1年以内に住宅の購入・建築、リフォームについて具体的に検討した人を対象に行われた。

検討している住宅の種別(複数回答)は、「注文住宅」が過半数の56%で、「新築一戸建て」32%、「中古一戸建て」29%、「新築マンション」32%、「中古マンション」26%、「(現在住む家の)リフォーム」15%となっている。「一戸建てか、マンションか」を聞く(単一回答)と、「ぜったい」と「どちらかといえば」の合計で、「一戸建て派」が63%、「マンション派」が22%と、一戸建て派が多数を占める結果となった。

また、検討している物件に、「永住する」と考えているのは45%、「将来的に売却を検討している」のは24%、「将来的に賃借を検討している」のは5%だった。

過半数が名前も内容も知っている、【フラット35】、「リノベーション」、「住宅ローン減税」

この調査では、「税制・優遇制度などへの理解・関心」について、詳しく聞いている。聞いた税制・優遇制度は、「今後創設予定の税制・優遇制度」、「住宅購入に関する税制・優遇制度」、「住宅購入に関する金利・補助金」、「物件の構造・仕様、取引、他に関するもの」に大別され、それぞれ複数項目を聞いている。

その項目の中で、「言葉も内容も知っている」と回答した割合(以降は、「認知度」と表記)の多いものを挙げてみよう。

■認知度の高い項目(上位10項目)

順位制度名等認知度1【フラット35】75%2リノベーション63%3住宅ローン減税※56%4【フラット35 S】46%4空き家バンク46%6固定資産税の減額措置45%6スマートハウス45%8贈与税の特例42%9認定長期優良住宅41%10住宅リフォームの減税制度40%※住宅ローン減税については、さらに細かく聞いているが、順位としては省略した。
リクルート『住宅購入・建築検討者』調査(2022年度)を基に筆者が作成

認知度の上位には、住宅ローンと減税に関するものが多く入っているのが目立つ。ローンと税金は多くの人に関係するだけに、認知度が高くなっているのだろう。ちなみに、認知度が低かったのは、「BELS」(23%)や「安心R住宅」(25%)だった。

【フラット35】と「住宅ローン減税」のどこまで知っている?

この調査では、回答者に対して言葉とその内容について説明文を提示し、そのうえで、知っているかどうか聞いている。その説明について、紹介しておこう。

まず、1位の【フラット35】と4位の【フラット35 S】。

【フラット35】全期間固定金利の住宅ローンである【フラット35】において、2023年4月よりすべての住宅について、省エネ基準への適合を求める制度の見直しが行われる。【フラット35 S】一定の基準を満たした住宅を取得する場合、一般の住宅より金利を引き下げる制度。

住宅金融支援機構と民間金融機関が提携して提供する【フラット35】だが、ポイントは、2023年4月以降は省エネ基準に適合していないと利用できないことだ。金利を引き下げる優遇制度である【フラット35 S】は、すでにZEHなど省エネ性の高い住宅ほど金利が優遇される仕組みに変わっている。

2位の「住宅ローン減税」については、「返済期間10年以上の住宅ローンを利用して住宅を購入した場合に、住宅ローン残高の0.7%を所得税等から控除」と概要を説明しており、認知度は56%になっている。実は、調査ではさらに細かく聞いている。

【住宅ローン減税×環境性能】環境性能の優れた住宅では、減税の対象となる借入限度額が上乗せになる。【住宅ローン減税×中古OK】新耐震基準適合住宅(1982年以降に建築された住宅と定義)であれば、住宅ローン減税が適用される。【住宅ローン減税×増改築OK】自宅の増改築でも基準を満たせば、住宅ローン減税が適用される。【住宅ローン減税×新築床面積】2023年末までに建築確認を受けた新築住宅であれば、床面積が40平米以上50平米未満でも適用される。(それより以前は床面積50平米以上で適用対象)【住宅ローン減税×耐震改修】新耐震基準を満たさない中古でも、取得後一定期間内に耐震改修して基準を満たせば、住宅ローンが適用される。

いずれについても、認知度は46%~51%と高く、住宅ローン減税については細かい適用条件まで理解している人が多いことがわかる。

リノベーションなど認知度の高いワードを再確認

以下、上位に挙がった項目について、説明していこう。

リノベーション既存の建物に大規模な改修工事を行い、用途や機能を変更して性能を向上させたり付加価値を与えること。空き家バンク地方自治体が、空き家の賃貸・売却を希望する所有者から提供された情報を集約し、空き家をこれから利用・活用したい方に紹介する制度。空き家対策の一つとして注目されている。固定資産税の減額措置2024年3月末までに新築住宅を取得した場合、固定資産税が3年間(マンション等の場合は5年間)、2分の1に減額される。スマートハウス太陽光発電システムや蓄電池などのエネルギー機器、家電、住宅機器などをコントロールし、エネルギーマネジメントを行うことで、家庭内におけるエネルギー消費を最適化する住宅。贈与税の特例住宅取得等資金として、子や孫が親や祖父母から贈与を受ける場合、通常の住宅で500万円、省エネ等住宅で1000万円まで贈与税が非課税になる。認定長期優良住宅耐震、省エネ、耐久性などに優れた住宅である長期優良住宅と認定されると、所得税、登録免許税、不動産取得税、固定資産税が軽減される。(住宅ローン減税では借入限度額が上乗せされる)住宅リフォームの減税制度耐震改修、バリアフリー対応、省エネ対応、三世代同居対応、長期優良住宅化対応の工事を行うと所得税等の控除がある。リクルート『住宅購入・建築検討者』調査(2022年度)を基に筆者が作成

少し補足説明をしておこう。
「リノベーション」については明確な定義がないのだが、住宅業界では一般的に、劣化した部分を建築当時の水準に改修するだけでなく、今の生活に合うように機能を引き上げる改修を行うことをいう。そのため、大規模な改修工事になることが多い。

「空き家バンク」は、かつては自治体ごとに公開しているホームページを見に行くしかなく、使いづらいものだったが、いまは民間の不動産ポータルサイトによって統一した内容で全国の空き家が探せるようになっている。

「スマートハウス」は、一般的にHEMS (home energy management system) と呼ばれる住宅のエネルギー管理システムで、家庭の電気などのエネルギーを一元的に管理する住宅のこと。IT技術を活用した住宅としてはほかに、IoT住宅(アイオーティー住宅。インターネットで住宅設備や家電などをつなげてコントロールできる住宅)などもある。IT技術によって、今後も多くのものがホームネットワークでつながり、安心安全や健康などの住生活の向上も期待されている。

ほかは、主に減税に関する項目が上位に挙がった。いずれも期限付きの減税制度となっている。期限がくると延長されるか、縮小されるか、終了するかになるので、注意が必要だ。

知っておきたい「新築住宅の省エネ基準適合義務化」と「インスペクション」

最後に、認知度が高くはなかったが、知っておきたい項目について紹介したい。それは「2025年新築住宅の省エネ基準適合義務化」(26%)と「インスペクション(建物状況調査)」(32%)だ。

新築住宅、特に一戸建てのような小規模な建築物にも、省エネ基準への適合が義務化されることになっている。適合義務化は、2030年までにZEH水準まで引き上げる予定となっている。こうした新築住宅への義務化によって、既存の住宅と省エネ性能に開きができる点も押さえておきたい。

「インスペクション」(32%)はもっと認知度が高いと思っていたので、少し意外に思った。中古住宅の売買において、宅地建物取引業者は、建物状況調査の事業者をあっせんするかどうかや、対象の住宅が建物状況調査を行っているかどうかなどを伝えることになっている。建物の状態はしっかり把握しておきたいものなので、認知度が上がることを期待したい。

さて、説明文が簡単に記載されていたとしても、「言葉も内容も知っている」というレベルは人それぞれだろう。何となく分かっているというレベルから、適用条件や期限まで正確に把握しているレベルまでさまざまある。実際に制度を利用しようとするときには、正確に理解していることが求められるので、この機会にぜひ各制度への理解を深めてほしい。

●関連サイト
リクルート「住宅購入・建築検討者」調査(2022年度)

世田谷区でも高齢者世帯増の波。区と地元の不動産会社が手を組み、安否確認、緊急搬送サービスなど入居後も切れ目ない支援に奔走

住宅確保が難しい人の住まい探しやその後の生活をサポートするため、行政をはじめ、NPO 法人や企業など、さまざまな団体・組織が連携をとりながら支援を行う動きが見えつつあります。問題に対して本質的な解決を行うためには、包括的なサポート、主体的なアプローチ、関係組織との連携は欠かせません。そこで各所で新しい動きが見られる東京都世田谷区の取り組みについて、連携する不動産会社の1社であるハウジングプラザの対応も含めて紹介します。

あらゆる人が気軽に相談できる場を。「住まいのサポートセンター」の開設

「SUUMO住みたい街ランキング首都圏版」(リクルート調査)の住みたい自治体ランキングでは2018年から先日発表された最新の2023年までずっと2位にランクインしていて、東京都23区の中でも人気の高い街の世田谷区。しかし、区内在住の高齢者の割合は、2020年が20.4%なのに対し2042年は24.2%になる見込みで、全国平均よりは低いものの、高齢化が進んでいます。高齢者のみの世帯も増加傾向にあり、ほかにも障がい者やひとり親など、住宅選びの際にサポートを必要としている人も多くいます。

世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)

世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)

一方で、このような住宅確保要配慮者に対し、賃貸物件のオーナーや管理会社が入居を拒むことも少なくありません。近隣住民等とトラブルが起きるのではないか、という不安や万が一の際の残置物処理の負担への懸念があるからです。区では、住宅の確保に配慮が必要な人向けに区営住宅も提供していますが、戸数には限りがあるため、民間の賃貸住宅を活用していくことが必要です。

このような状況を見越して、世田谷区では2007年4月に住まいの確保が困難な人を支援する「住まいのサポートセンター」を開設。民間の組織と協働して住宅の確保や入居を円滑に進めていくことを目指して、高齢者、障がいのある人、ひとり親世帯など住宅の確保に配慮が必要な人たちの支援を行っています。

センターが提供する「お部屋探しサポート」は、区と不動産店団体とが連携協定を結び、区内の民間賃貸住宅の空き室情報を提供する事業です。センターに来訪する人に約1時間、センターの職員と不動産会社の担当者が一緒に相談に乗り、物件探しや内覧の手配など、相談者のサポートにあたります。

住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)

住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)

世田谷区によると「相談者は、建物取り壊しのため立ち退きを余儀なくされたものの、高齢を理由に転居先が見つからない人や、体調を崩して働けなくなり、生活保護を受給するにあたって賃料の安い住宅に引越す必要が生じた人など、さまざま」だと言います。多様な背景を抱えながら住まいの確保に困難を感じる人が窓口を訪れ、2021年度は261名の人がお部屋探しサポートを利用したそうです。

関連記事:百人百通りの住まい探し

生活保護を受給する人の住まいの選択肢を広げた、地域の不動産会社ハウジングプラザの取り組み例

住まいサポートセンターで職員と一緒に窓口相談を担当する不動産会社の一つ、ハウジングプラザ 福祉事業部の波形孝治さんと小林慶子さんは、月に1回、3~4人の相談を受けています。区から「生活に困っている人に部屋を紹介してほしい」と相談を受けるようになったのがおよそ7~8年前。以来、ハウジングプラザでは住まい探しに困っている人、特に生活保護を受けている人への支援に注力するようになり、2021年8月に社内に福祉事業部を設置しました。

「当社では『入居を希望する全ての人のお部屋探しをお手伝いする』ことを不動産会社の社会的使命としています。同時に『困っている人のニーズに応える』ことは企業が収益を上げていくための当然の営業活動でもあります。福祉事業部を設置したことで、時間やノルマなどにとらわれず、より積極的な支援活動が可能となりました」(ハウジングプラザ波形さん)

ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)

ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)

相談に来る人は、これまでの経緯から心を閉ざしたり、メンタル的に疲れてしまったりしている人も多いといいます。

「オーナーさんに安心して入居者を迎え入れていただくためにも、ご相談を受ける際には『どのような事情で支援を必要としているのか』など、いろいろな話を伺いながら、一人ではなく私たちも一緒に住まい探しをしていくことを理解していただき、信頼しあえる関係を築いていくことを大切にしています」(ハウジングプラザ波形さん)

また、2021年12月からは家賃保証会社と業務提携して、生活保護を受けている人を対象とした独自の家賃保証プランを提供しているそうです。

「当社と業務提携をしている家賃保証会社と契約してもらうことで、生活保護を受けている人が入居審査を通る幅は大きく広がりました。区役所からの代理納付ができれば家賃保証会社の審査はほぼ通りますし、その仕組みによって家賃の未払いが発生するリスクをかなり減らすことができます」(ハウジングプラザ小林さん)

それでも、生活保護を受給している人が入居可能な物件はまだまだ少なく、1件ごとに入居を希望する人の背景や家賃保証会社の審査が通っていることを説明して、オーナーに働きかける努力は欠かせません。

問題は「入居困難」だけじゃない!「住んだ後」も必要になるサポート

住まいの確保が困難な人に必要なサポートは、住まい探しだけにとどまらず、入居中や入居後にも及びます。特に高齢者や障がいのある人は、住んだ後の生活においても支援の手が必要となるからです。

「物件が見つかったとしても、それで支援が終わりというわけではありません。その後も住まいサポートセンターの職員が相談された方に連絡し、住まい探しの状況確認や相談に乗るなど、アフターケアをしています」(世田谷区)

また、高齢者や障がいのある人の入居で不安視されるのが、孤立による事故や孤独死です。そこで世田谷区は、誰もが住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるよう、公的なサービスの充実や支えあい活動など、住民や企業と協働した多様な取り組みを積極的に行なっています。

例えば、希望する高齢者や障がい者には、見守りサービスや救急通報システムを、認知症や障がいで福祉サービスの利用が困難な人にはサービスを利用するときの援助や日常的な金銭管理の支援サービスを提供しています。

高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)

高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)

これらの包括的なサポート体制は、住居の確保に配慮が必要な人への支援であるとともに、孤独死や死後の残置物処理、近隣住民等とのトラブルなどを懸念するオーナーや管理会社に対する配慮でもあるのだそう。

「入居中・退去後等のサービスを充実させ、居住支援事業を積極的に紹介することで、オーナーさんの不安を和らげ、住宅の確保に配慮が必要な方が入居を拒まれることを減らす一助となれば、と考えています」(世田谷区)

「みんなに安心できる住まいを」各分野のプロが連携しながら地域全体で支える

高齢者などが入居を拒まれない民間の賃貸住宅を増やすため、区では国のセーフティネット制度を活用して一定の条件を満たした住宅を“居住支援住宅”として認証し、オーナーに補助金を出しているそうです。

また、前述した「見守っTELプラス」などの高齢者の見守り・生活支援サービスの提供を行うホームネットとの包括連携協定も民間企業と連携した取り組みの一つ。一定の条件を満たす利用者には区が初期登録費用を全額補助しています。

さらに不動産会社やオーナーへの働きかけも欠かせません。住宅セーフティネット法に基づいて世田谷区が設置した居住支援協議会には2023年度から、都が指定するNPOや民間企業などの居住支援法人のうち、区内に拠点のある5法人と、協定を結んでいる1法人からなる6社が参画するように。専門的知見をもとにした意見をもらったり、居住支援協議会セミナーに登壇してもらったりしています。

「民間の賃貸住宅の活用には、不動産会社、オーナーさんたちの協力と理解をいただくことも欠かせません。居住支援協議会では、不動産団体やオーナーへ向けた情報提供なども積極的におこない、居住支援法人である民間組織の方が具体的にどんな取り組みをおこなっているのかを紹介してもらいました」(世田谷区)

各分野の専門家との連携も不可欠です。区役所内の福祉部門や生活困窮者自立相談支援センター「ぷらっとホーム世田谷」、地域包括支援センター「あんしんすこやかセンター」などの外部機関と連携して、互いの知識の向上のための講習会などを開催しながら包括的な支援を目指しています。

高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)

高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)

独自の補助金制度の設計など、事業者とともに「これから」をつくる

世田谷区にこれからの取り組みについて聞いたところ、第四次住宅整備方針の重点施策として上げているのは「居住支援の推進による安定的な住まいと暮らしの確保」だといいます。

その一例として、2013年に区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」で、回答者の約半数が「家計を圧迫している支出」として上げているのは「住居費」でした。

ひとり親世帯の家計を圧迫している費用

2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)

2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)

そこで区は、ひとり親世帯に対して対象となる住宅に転居する場合に、国の住宅セーフティネット制度を活用して家賃の一部を補助する「ひとり親家賃低廉化補助事業」を実施しています。また、対象住宅を増やす策として、制度に協力したオーナーに1戸あたり10万円の世田谷区独自の協力金制度を設けているそう。

家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)

家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)

「支援をさらに押し進めていくには、単独で行うのではなく、居住支援協議会の場で、区・不動産団体・オーナーさんの団体・居住支援法人などの協力を得て進めることが大切です。今後も居住支援法人などが提供するサービスの利用促進や効果的な支援策について連携しながら検討していきたい」と世田谷区はいいます。

住宅セーフティネット法によって、各地方自治体が住宅の確保に配慮が必要な人たちへの支援に試行錯誤する中、世田谷区は、民間との連携がうまくいっている例ではないでしょうか。

居住困難の問題を解決するには、オーナーや不動産会社も安心して取り組める状況をつくり出し、理解と協力を得ることが大事です。しかし民間でできること、行政だけでできることには、それぞれ限界があります。実際に現状に即した施策を進めていくには、行政が、住民からどのような居住支援を必要とされているかを知る努力と、支援を実施するために必要な知識やノウハウを民間と共有することに躊躇しない姿勢が大事だと感じました。

住まいの確保が困難な人への取り組みは、地方自治体によってもかなり違いがあります。自分の住む自治体の制度や取り組みに興味をもち、見直してみることも、これらの取り組みを推進する一つのきっかけになるかもしれません。

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●取材協力
・株式会社ハウジングプラザ福祉事業部
・世田谷区「住まいに関する支援」

新宿駅から電車で30分以内、家賃相場安い駅ランキング! 2023年版

東京都を代表する巨大ターミナル・新宿駅が、2023年2月にリクルートが発表した「SUUMO住みたい街ランキング2023(首都圏版)」にて住みたい街(駅)ランキングで5位に輝いた。同調査で「住みたい理由」として挙げられたのは、「魅力的な働く場や企業がある」「文化・娯楽施設が充実」「いろいろな場所に電車・バス移動で行きやすい」「大規模商業施設がある」など、働くにも遊ぶにも便利であり交通の利便性も高いという点だ。そんな便利で人気の街・新宿までアクセスしやすい、家賃相場が安い駅を調査してみた。駅から徒歩15分圏内にある、一人暮らし向け物件の家賃相場が安い駅を早速チェック!

新宿駅まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅TOP15(22駅)

順位/駅名/家賃相場(沿線名/駅の所在地/新宿駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 京王よみうりランド 5.5万円(京王相模原線/東京都稲城市/30分/1回)
2位 生田 5.6万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/25分/1回)
3位 読売ランド前 5.7万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/27分/1回)
4位 西国分寺 5.9万円(JR中央線/東京都国分寺市/28分/1回)
5位 京王稲田堤 6.0万円(京王相模原線/神奈川県川崎市多摩区/28分/1回)
5位 朝霞 6.0万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/30分/1回)
5位 稲田堤 6.0万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/29分/1回)
8位 田無 6.04万円(西武新宿線/東京都西東京市/28分/1回)
9位 百合ケ丘 6.1万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市麻生区/26分/1回)
10位 中野島 6.15万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/27分/1回)
11位 京王多摩川 6.3万円(京王相模原線/東京都調布市/26分、1回)
11位 宿河原 6.3万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/25分/1回)
11位 飛田給 6.3万円(京王線/東京都調布市/29分/1回)
14位 西調布 6.4万円(京王線/東京都調布市/30分/1回)
15位 久地 6.5万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/28分/1回)
15位 向ヶ丘遊園 6.5万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/19分/1回)
15位 和泉多摩川 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/22分/1回)
15位 国分寺 6.5万円(JR中央線/東京都国分寺市/23分/0回)
15位 戸田公園 6.5万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/23分/0回)
15位 東小金井 6.5万円(JR中央線/東京都小金井市/25分/0回)
15位 狛江 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/20分/1回)
15位 蕨 6.5万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県蕨市/26分/1回)

関連記事:新宿駅まで電車で30分以内、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2023年版

1位の家賃相場は新宿の2分の1以下で5万円台!

JR各線をはじめ小田急線や京王線など、さまざまな路線が乗り入れる新宿駅。アクセス性が高いうえにビジネス街としても繁華街としても発展しており、この街に住めたらさぞかし便利だろう。ただ、ネックなのは人気の街だけあり家賃相場が高いこと……。今回の調査では、新宿駅の徒歩15分圏内にある一人暮らし向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満のワンルーム・1K・1DK)の家賃相場は12万円という結果に。そこで「新宿駅が最寄駅」とはいかなくても、新宿駅にアクセスしやすい30分圏内にある駅の家賃相場を調査、ランキングにしたものがこちらだ。

1位は東京都稲城市に位置する京王よみうりランド駅で、家賃相場は5万5000円だった。京王相模原線で調布駅に出て、京王線に乗り換えると新宿駅まで計約30分で到着する。3位・読売ランド前駅と名前が似ていて混同されがちだが両駅は直線距離で2km以上離れており、路線も異なる別の駅。レジャー施設「よみうりランド」を間に挟んで南側に3位の読売ランド前駅、北側にあるのが1位の京王よみうりランド駅だ。

よみうりランド(写真/PIXTA)

よみうりランド(写真/PIXTA)

そんな京王よみうりランド駅の周辺の様子を見てみると、駅南側はよみうりランドのほかに読売ジャイアンツの球場やゴルフ場、東京ヴェルディのサッカーグラウンドに利用されているため、住宅街は駅の北側が中心。駅から北に5分も歩くと、スーパーや100円ショップ、書店や衣料品店が入ったショッピングセンターへ。そのまま名産の果物直売所も点在するのどかな住宅街を北に進み、駅から15分ほど歩くとJR南武線・矢野口駅にたどり着く。周辺住民は行き先に応じて京王相模原線とJR南武線の2路線を利用できるわけだ。そして矢野口駅の北側には多摩川が流れ、河川敷は地域の憩いの場としてジョギングや散歩に利用されている。

続いて2位は神奈川県川崎市多摩区にある生田(いくた)駅で、家賃相場は5万6000円。小田急小田原線の通勤準急と快速急行を乗り継ぐと、新宿駅までは乗り換え1回・約25分。駅から徒歩10分ほどで明治大学の生田キャンパスに行けるほか、周辺には専修大学や聖マリアンナ医科大学のキャンパスもあるため、学生が住む街としても親しまれている。大型のショッピングビルがあるような繁華街ではないけれど、駅周辺には複数のコンビニやスーパー、ドラッグストアがあり、日用品や雑貨を扱うホームセンターも。日常遣いしやすいリーズナブルな飲食店がそろっている点も、一人暮らしには嬉しいところ。

生田緑地のばら園(写真/PIXTA)

生田緑地のばら園(写真/PIXTA)

生田駅から東南方面に10分ほど自転車を走らせると生田緑地へ。雑木林や湿地など貴重な自然が残され、初夏にはホタルも観察できるので、息抜きに訪れてもよさそう。ちなみに生田駅から下りで1駅目が3位・読売ランド前駅(家賃相場5万7000円)、2駅目が9位・百合ヶ丘駅(同6万1000円)という位置関係になっている。

新宿に加え「住みたい街(駅)」2位の吉祥寺にも好アクセスな駅も上位入り

上位には新宿駅まで乗り換え1回の駅が続くが、15位までくると国分寺駅のように乗り換え0回の駅もランクインした。国分寺駅は家賃相場6万5000円で、JR中央線の通勤特快に乗ると約23分で新宿駅へ。国分寺駅の1駅隣に位置する4位・西国分寺駅(家賃相場5万9000円)は乗り換え1回・約28分との調査結果になったが、これは通勤特快が停車しないため。新宿駅まで30分以内の到着を目指すとまず快速で国分寺駅へ行き、そこから通勤特快への乗り換えが必要となるのだ。とはいえ快速1本でも西国分寺駅から新宿駅まで約34分とその差6分。実際に暮らすならば、乗り換えずに1本で行くことになるだろう。

国分寺駅(写真/PIXTA)

国分寺駅(写真/PIXTA)

さて15位・国分寺駅はどんな街だろうか。駅南口側には9階建ての駅ビル「セレオ国分寺」が併設され、食料品からファッション、雑貨、レストランまで多彩なショップが営業中。そして北口側には西武国分寺線と西武多摩湖線の駅があり、駅前は賑やかな雰囲気。なかでも目を引くのはツインタワーだろう。これは半世紀も前に計画された再開発事業が実を結んだ再開発ビルで、2018年に誕生を迎えた。上層部は住居で、下層階が商業施設「cocobunji(ココブンジ) WEST」「cocobunji EAST」。ビル内には市の施設やショッピングモール「ミーツ国分寺」があり、飲食店からクリニックまで多彩な店舗が充実している。ほかにも駅周辺にはさまざまな商業施設が並び、緑豊かな公園「殿ヶ谷庭園」でほっと息抜きすることもできる。

ちなみに国分寺駅を通るJR中央線沿線には、「SUUMO住みたい街(駅)ランキング2023(首都圏版)」5位の新宿駅だけではなく、同ランキング2位の吉祥寺駅もある。吉祥寺駅は国分寺駅から新宿方面に5駅目で、家賃相場は今回の調査によると8万円。住みたい街上位に輝く新宿駅にも吉祥寺駅にもアクセスしやすいわりに両駅と比べて家賃相場が低く、駅周辺の商業施設も充実した国分寺駅は穴場の街と言えるかもしれない。

関連記事:「住みたい街ランキング2023」発表! 大宮と浦和で明暗、新宿が注目の理由とは?

さて、家賃相場が6万5000円の同額で8駅が並んだ15位からもう1駅、和泉多摩川(いずみたまがわ)駅をピックアップしよう。東京都狛江市に位置する和泉多摩川駅は小田急小田原線の駅であり、新宿駅までの所要時間は約22分でトップ15のうち3番目に早い。新宿駅に加えて小田急小田原線沿線の下北沢駅や、そこから京王井の頭線に乗り換えて4駅目の渋谷駅、さらに小田急小田原線と直通運転されている東京メトロ千代田線沿線の表参道駅などにもアクセスしやすいロケーションだ。

和泉多摩川駅(写真/PIXTA)

和泉多摩川駅(写真/PIXTA)

和泉多摩川駅の高架下にはスーパーやハンバーガー店があり、駅西口側には青果店やドラッグストア、ミニスーパーなどが並ぶ商店街も。2022年には駅南側にベンチなどを設置した広場が整備され、この春には緑地や公園がある多摩川河川敷へと続く緑道も誕生した。都内の人気の街にも楽に行けるうえ、日ごろは自然を身近に感じつつのんびり暮らせる点もこの街の魅力の一つだろう。

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ニューヨーク人情酒場 ペルー人・チャトは金曜になるとハイテンションに! メルは別れ際もモテ女! 飲食業界の出会いは一期一会

ニューヨーク人情酒場へようこそ!これは、ブルックリンにある小さな酒場(レストラン)で起こったいろんな出来事。
大都会の夜、一杯の酒から始まる人間模様。作者はこのお店で今お寿司を作っているよ。

漫画

週末のチャトはだいぶ変

漫画

ペルー人のチャト。基本は陽気ですが、週末になると奇妙なほどにテンションが高い時があります。
バチャータというのは、ドミニカ共和国発祥の非常に情熱的なダンス!男女ペアになって踊ります。
南米の人々は本当にダンスが大好き!理由を聞いたら、小さなころから当たり前のように毎日ダンスを踊って過ごすからなんだそう。年齢を問わず、家族の集まりの場でも必ずダンスの時間があるんだって!日本の片田舎で育った人間からしたら考えられないことですが、すごくおもしろいですね。
金曜にテンションを上げても、結局土日は働くのが料理人なのであんまり意味ないのでは?と思ったりもしたけど、まあ週末だしね!って感じで、みんなで仲良く飲みながら仕事することもあります。

ペルー人人情物語

漫画

ご紹介した通りに週末は変なテンションのチャト。しかし、たまにこういう優しいところを見せるので、憎むなんて絶対できません。
踊りながらもささやかに気を配ってくれていたのか!と感動しましたが、実際は単に私の機嫌が悪そうに見えたからアイスで元気出せや!という感じだったのかも?!それでもとってもうれしい。小さな優しさが職場を円滑にすることをチャトは身をもって教えてくれました。
昔から日本人の移民が多いこともあり、ペルー人のスタッフはみんな親日家の印象です。オーナー陣をふくめ、本当に優しいスタッフが多かった!
ペルー名物料理、セビーチェは元々日本からの移民が刺身を保管するために編み出したレシピなんだって!いつか行って本場の味を食べてみたいな。

メルが仕事をやめることになった

漫画

同僚のメルが急にフロリダに引っ越すことになりました。メルはコロンビア人ですが、フロリダは南米の人々から人気があります。南米からの移民がすごく多い土地柄、スペイン語がどこでも通じること、また美しい海があり、都市部ではパーティーカルチャーが盛んであることも理由なんだとか。物価や地価もNYより安いはず。一度旅行で行ったことがあるのですが、のんびりとしたとてもいいところでした。
それにしてもメルは「オタクにも優しいギャル」を体現するような女の子でしたね。アメリカの飲食業は入れ替わりがすごく激しく、一期一会の出会いだらけです。

ヤマモトレミ

作者:ヤマモトレミ
89年生まれ。福岡県出身。2017年、勤めていた会社の転勤でニューヨークに移住。仕事の傍ら、趣味でインスタグラムを中心に漫画を描いて発表していたところ、思った以上に楽しくなってしまい、2021年に脱サラし本格的に漫画家としての活動を開始。2022年にアメリカで起業し個人事業主になりました。ブルックリンのレストランで週4で寿司ローラーをやっています。

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世界の名建築を訪ねて。巨石の彫刻が躍る韓国の人気デパート「クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)」/ソウル市

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載5回目。今回は、韓国・ソウル南部にある“デパート”「クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)」(設計:クリス・ヴァン・ドゥイン/OMA)を紹介する。

驚愕的ファサードで魅了する最新の韓国デパート「クァンギョ・ガレリア」

韓国は隣国の中国ほどではないにしても、アジアでは著名海外建築家のデザイン作品が多い国である。例えばレム・コールハース(オランダ)が率いるOMA(Office for Metropolitan Architecture)がデザインした「ソウル国立大学美術館」を筆頭に、ザハ・ハディド(英)の「東大門デザイン・プラザ」、ジャン・ヌーヴェル(仏)の「サムスン美術館 Leeum」、MVRDV(オランダ)の「ソウル・スカイ・ガーデンズ」など、日本と比較したらそうそうたる世界の著名建築家の作品が非常に多いのだ。

今回OMAのパートナーのひとり、クリス・ヴァン・ドゥインがデザインした「クァンギョ・ガレリア(光教ガレリア)」は、1970年代に韓国で初めて生まれた大規模デパートであるガレリアの支店である。以来同デパートは韓国の小売市場において、先端を疾走する大手デパートに成長してきた。今回の新店舗はソウル南部にあるニュータウンのクァンギョ地区に完成した国内6番目の支店で、同社の最大規模のデパートとなった。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

レム・コールハースによるOMAの建築デザインは、非常に多様性があることは世界的に知られた事実であり、全世界にユニークな建築を数多く展開してきた。そうした作品群のなかでも、今回クァンギョに完成した作品は、ビックリもののデザインだ。建物はまさに奇想なデザインをまとった巨大な岩石の彫刻といった印象である。都市のワン・ブロックを占める巨大な矩形の岩石を切り出したような外壁に、切子面状のガラス開口部が、蛇のようにくねって外壁に取り付いているといった特異な外観である。この強烈なアイデンティティーの表現は、OMAデザインの中でも異色中の異色と言える代物であろう。

“自然”にインスパイアされた建築は、市民の視覚的な拠り所に

クァンギョ・ニュータウンの中心街の大通りに位置するこの建物は、新興のアーバン・ディベロップメント(都市開発)による特有の高層集合住宅タワー群に囲まれている。「クァンギョ・ガレリア」のファサードは、自然石のような素材をモザイク状に張り巡らせた不思議な表情に驚かされる。そのような自然的ファサードと、蛇のように曲がりくねるガラス開口部が、異様なシナジー効果(相乗効果)を発揮して人々を驚愕させる。それは近隣にあるクァンギョ・レイクパーク(光教湖水公園)における自然を参照したデザインなのだ。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

建物はそのクァンギョ・レイクパークと、林立する高層集合住宅タワー群のちょうど中間あたりに位置している。建物の外壁を覆うストーン・ファサードのようなテクスチャーが、レイクパークにある岩壁などの自然を喚起させると同時に、クァンギョ市民の自然に対する視覚的な拠り所となっている。

建物は地下1階・地上12階建ての大きなデパートである。外壁を取り巻く長い開口部は、1階から徐々に上昇しながら建物をループ状に取り巻いて行き、文化的なアクティビティもできるルーフ・ガーデンに至る。つまりこの開口部の内部は来客用のパブリック・ループ(回廊)となっており、クァンギョの街並みを楽しみながら、自分の目指す売り場へと至ることができるデザインとなっている。パブリック・ループの途中には、特にコーナー部分には、レスト・スペース、エキシビションやパフォーミング・スペースが設けられており、買い物客は休息したり、展示を見たり、パフォーマンスをしたりすることができる。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

クリス・ヴァン・ドゥインが意図したデザイン・ポイントは、「ショッピングとカルチャー」、「都市と自然」という二項対立的なものをミックスすることで、ショッピングの予測可能性をはるかに超えた場所としてのデパートである「クァンギョ・ガレリア」が、市民に親しまれることであった。そのように単なるショッピングではなく、付加価値を加味して、ショッピングというアクティビティをさらなる高次元へと進化させていく狙いが見事に成功しているデパート・デザインである。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

日本にもある! OMAパートナーによるデザイン「虎ノ門ヒルズ・ステーション・タワー」

設計を担当したOMAのクリス・ヴァン・ドゥインはデルフト工科大学でマスターを取得した。1996年にOMAに参加し、2014年にパートナーになった逸材。OMAの代表作のひとつである北京の「CCTV(中国中央電視台本部ビル)」をはじめとする主にアジアの作品を担当してきたが、「ユニヴァーサル・スタジオ・ロサンゼルス」「プラダ・ニューヨーク&ロサンゼルス・ストアーズ」などアメリカ作品をも担当。近年では「モスクワ現代ガレージ美術館」(2015)、「ミラノ・プラダ財団」(2015)、「アレクシ・ド・トクビル図書館」(2017)なども手掛けたシャープなセンスをもつパートナーである。
なお現在OMAには8名のパートナーがおり、ロッテルダムの本社以外の世界各地に赴任して活動している。日本人唯一のパートナーである重松象平氏はニューヨークにおり、アメリカを担当しているが、現在「虎ノ門ヒルズ・ステーション・タワー」のデザインにもタッチしている。

●関連サイト
クアンギョ・ガレリア
OMA

サウナ付き賃貸・築100年超は当たり前!? 念願のフィンランドに移住した『北欧こじらせ日記』作者chikaさんが語る異文化住宅事情

「週末北欧部」として、ブログやSNSで北欧への愛を長年発信し続けてきたchikaさん。フィンランドで働くため日本で寿司職人になり、実際に移住するまでの道のりをつづっているコミックエッセイ『北欧こじらせ日記』(世界文化社)は、2022年秋にドラマ化している。

昨年4月、ついに念願のフィンランド生活をスタートしたchikaさんに、フィンランドの居住環境や暮らしについてお聞きした。

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

週末北欧部 chikaさん
フィンランドが好き過ぎて12年以上通い続け、ディープな楽しみ方を味わいつくした自他ともに認めるフィンランドオタク。移住のために会社員生活のかたわら寿司職人の修行を始め、ついに2022年春に移住。モットーは「とりあえずやってみる」。好きなものは水辺、猫、酒、一人旅。著書に『マイフィンランドルーティン100』(ワニブックス)、『北欧こじらせ日記』(世界文化社)、『世界ともだち部』(講談社)など。

自分らしく働くための「寿司職人」という選択肢

北欧やフィンランドへの愛を漫画で描き、インターネットで発信する週末北欧部・chikaさん。これまで北欧の魅力を多くの人に届けてきた。フィンランドとの出合いのきっかけは何だったのだろう。

「私の誕生日がクリスマスであることからずっと憧れていたサンタさんに会うため、20歳のときに一人旅で初めてフィンランドを訪れたんです。そこで『いつかこの国に住みたい!』と強烈な一目惚れをし、以来1年に1回は必ずフィンランドに通うようになりました」

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

大学卒業後は北欧音楽に関連する会社で働き、その後日本で北欧カフェを開くことを目指して、会社員をしながら休日にカフェでアルバイトをしていた。そんな生活を続けるうちに、「どうせ苦労するなら一番好きな場所で苦労しよう」とフィンランドで生活する方法を探し始めた。

見つけたのは、日本人歓迎の寿司職人の求人だった。会社員をしながら寿司学校やお店で約2年間修行したのち、2022年4月、13年越しの思いとともにフィンランドへ移住した。

日本での修行時代にchikaさんが握ったお寿司(画像提供/週末北欧部chika)

日本での修行時代にchikaさんが握ったお寿司(画像提供/週末北欧部chika)

「寿司はフィンランドの人たちにもよく食べられていて、日本人シェフは本場の味を知っていることから重宝されているようです。寿司職人は、私らしさを活かして喜んでもらえる仕事だと思いました。フィンランドのレストランとはビデオ通話で面接を行い、採用されたことで就労ビザが得られることになり移住が決定、フィンランドに渡った3日後あたりには仕事が始まりました」

フィンランドに住むために寿司職人になる。一見奇抜な決断だが、「好きな場所で自分らしく働きたい」と考え続けたchikaさんにとっては必然的な選択だったのだと思えた。そんなchikaさんに、フィンランドの住宅事情や現地での暮らしづくりの過程を話してもらった。

都心でも自然が身近なヘルシンキヘルシンキの街並み(画像提供/週末北欧部chika)

ヘルシンキの街並み(画像提供/週末北欧部chika)

「私が住んでいるのは首都のヘルシンキで、日本から来た人はここに居住することが多いと思います。フィンランド南部の海に面する都市で、森や湖などの自然も身近にあり心地良い街です。公用語はフィンランド語ですが9割以上の人が英語も話せるので、私も英語を使って生活しています。北部に行くほどフィンランド語しか通じない場面が増えますね」

正規でアパートを借りるには、現地の銀行口座が必要。口座開設に時間がかかるため、最初はAirbnbで小さなワンルームを借りて1カ月ほど過ごしたという。ただ、長期滞在向けの部屋ではないため、家具や光熱費などを含めても1泊7,000円とどうしても割高になってしまう。

「このアパートに居続けることは金額的に難しいと考えていたところ、10年来のフィンランド人の友達がちょうどワーケーションで空けることになった家を3カ月ほど貸してもらえることになりました。かつて年1回のフィンランド通いをしていたころにも滞在したことがあり、フィンランドにある『第二の家』だと思っていたので、すごくありがたいタイミングです。その家で暮らしているときにやっと口座が開設でき、ついに物件探しがスタートしました」

パーソナルサウナや都心部と家賃の関係、一人暮らしの新居に求めた条件とはヘルシンキの水辺。フィンランドには湖が多い(画像提供/週末北欧部chika)

ヘルシンキの水辺。フィンランドには湖が多い(画像提供/週末北欧部chika)

「ヘルシンキの中心部で水辺に近い好きなエリアがあったので、そこに住むことは決めていました。物件は、休日も料理ができるようにキッチンが広いところで、家賃はお給料の30%を目安に。フィンランドではほとんどのアパートに住民共用のサウナが付いているのですが、理想をいえば部屋にパーソナルサウナがあればいいなと思っていました」

そういえばフィンランドはサウナ発祥の地だった。パーソナルサウナがある物件は主に築浅だったり家賃がその分高くなったりと条件は厳しくなるらしいが、それでもアパートにサウナが標準装備されているのはさすが本場だ。

「日本のように一人暮らし用の賃貸物件は多いです。金銭的な理由でルームシェアをする人もいますが、フィンランド人はパーソナルスペースを大切にする人が多いので、独身の場合は一人暮らしが基本ですね。家賃は都心の人気エリアだと10~15万円で、都心から電車で30分ほど離れると半額ぐらいになります。日本だと東京駅から30分離れた程度では家賃が半分になることはないと思いますが、そこで差が出やすいのはヘルシンキの特徴かもしれません」

ヘルシンキの街並み(画像提供/週末北欧部chika)

ヘルシンキの街並み(画像提供/週末北欧部chika)

「私が物件を探し始めた秋ごろは、フィンランドでちょうど学校の新年度が始まるシーズンでした。入学を控えた学生たちが部屋を探す時期だから、条件の良い物件はすぐに埋まってしまい……。そんなときに、友達のご家族が代々管理しているアパートに空きが出て、借りられることになったんです。パーソナルサウナがないこと以外は全て私の求める条件が叶っていました」

再び友達を通じた物件との出合いだ。こう聞くとたまたま運に救われているように思えるかもしれないが、chikaさんは日本で生活しながらフィンランドを愛する日々の中で、インターネットを使って幅広い交友関係を築いてきた。「大好きなフィンランドで生活したい」という気持ちがたくさんの人に伝わっていたからこそ、このような出合いが巡ってきたのだろうと感じる。

雪国としての暖房設備やシャワールームの工夫

chikaさんのお部屋の写真とともに、フィンランドの住宅のポイントを教えてもらった。まず注目したいのは、1年を通して気温がマイナス6度~17度という寒冷地ならではの暖房機能だ。

大きい湯たんぽのような「セントラルヒーティング」。料金は家賃に含まれる(画像提供/週末北欧部chika)

大きい湯たんぽのような「セントラルヒーティング」。料金は家賃に含まれる(画像提供/週末北欧部chika)

二重窓と、その間に設置されているブラインド。かつてフィンランドはカーテン文化だったが、今はほとんどの家がブラインドを採用しているという(画像提供/週末北欧部chika)

二重窓と、その間に設置されているブラインド。かつてフィンランドはカーテン文化だったが、今はほとんどの家がブラインドを採用しているという(画像提供/週末北欧部chika)

「セントラルヒーティングという、アパートのボイラーで沸かしたお湯を循環させる設備で部屋を暖めます。触ってもやけどしないくらいの温度で、タオルなどを置いて乾かすこともできるんですよ。シャワー室とトイレは床暖房になっていて、それ以外の暖房設備はこのセントラルヒーティングだけですが、外がマイナス気温だとしても室温は常に20~22度を保てています。断熱性を高めるための二重窓は間にブラインドが入っていて、窓を開けずに操作できます」

内部にお湯が流れているポール。シャワー室は床暖房になっており、使用後はすぐに水気を切れる(画像提供/週末北欧部chika)

内部にお湯が流れているポール。シャワー室は床暖房になっており、使用後はすぐに水気を切れる(画像提供/週末北欧部chika)

「シャワー室にもセントラルヒーティングと同じくお湯が循環しているポールがあって、タオルやシーツを干せます。でもこれに掛けなくても、フィンランドは湿度がとても低いので部屋干しだけでパリパリに乾くんです。アパート共用のサウナは予約制で、申請しておいた時間にプライベートで使えます」

雪国らしい設備の数々。いつでも部屋干しができるのはうらやましいと思っていたら、「冬のフィンランドで外干しをすると凍っちゃいます」とのことだった。それぞれの気候に応じた生活スタイルがある。

築100年以上、リノベーションで長く住まう水切りを兼ねた食器棚。「フィンランドのイノベーションとも称されますが、発祥については諸説あるようです」とchikaさん(画像提供/週末北欧部chika)

水切りを兼ねた食器棚。「フィンランドのイノベーションとも称されますが、発祥については諸説あるようです」とchikaさん(画像提供/週末北欧部chika)

リノベーションされたばかりの広いキッチンには、洗濯機・食洗機・オーブンが並ぶ。フィンランドの住宅はオール電化が一般的(画像提供/週末北欧部chika)

リノベーションされたばかりの広いキッチンには、洗濯機・食洗機・オーブンが並ぶ。フィンランドの住宅はオール電化が一般的(画像提供/週末北欧部chika)

「食器棚は収納と水切りを兼ねる構造になっていて、共働きの多いフィンランドではこのような家事の効率化も文化の一つになっています。また、多くの賃貸では冷蔵庫・オーブン・食洗機・洗濯機が備え付けで、大型家電を運ぶ必要がないので、引越しの際にはレンタカーを借りて家族や友達同士で手伝います」

そんなchikaさんの住むアパートは、築100年を超えているという。

「日本だと築100年はすごいと感じるかもしれませんが、周りはほとんど築100年の家ばかりです。ヨーロッパには『古いものほど価値がある』という考え方があって、取り壊さずに適宜リノベーションしつつ使っていく文化があります。私のアパートも1年前にリノベーションしたばかりなので、キッチンやシャワールームがきれいで、玄関の鍵もカードでタッチすれば開くようなものになっています」

リノベーションされている古い物件でも水道管は動かしづらく、昔の文化の名残で洗濯機が地下室に置かれている場合も多いという。地下にあるタイプの洗濯機は予約制で、「仕事休みの朝6時にしか洗濯機の予約が空いていないこともあって不便」とのこと。室内に洗濯機が備え付けの物件は人気になりやすく、chikaさんも物件選びで重視したポイントだった。

玄関にはマットを敷いて靴を脱ぐためのスペースをつくる(画像提供/週末北欧部chika)

玄関にはマットを敷いて靴を脱ぐためのスペースをつくる(画像提供/週末北欧部chika)

「日本との共通点として、フィンランドでも室内では靴を脱ぎます。ただ、玄関の境はないので、マットを自分で設置して玄関っぽい空間をつくるのが少し違うところですね。郵便物は薄いものしか家に届けられなくて、荷物類は近くの郵便局まで取りに行きます。雪がある季節はソリを使えば楽ですが、雪がない季節は少し大変です」

このほかにも、「各住民に個別の倉庫が用意されている」「古い物件ほど天井が高い(理由は不明)」などの特徴を教えていただいた。古い建物をリノベーションしていくからこそ、住宅としての機能がかなり整備された形になっているのがフィンランドの賃貸物件の特徴なのかもしれないと感じた。

お気に入りポイントは、北欧ならではの大きな窓フィンランド人もお墨付きの明るさをもたらしてくれる窓(画像提供/週末北欧部chika)

フィンランド人もお墨付きの明るさをもたらしてくれる窓(画像提供/週末北欧部chika)

「一番のお気に入りは、明るく光を取り込める窓です。フィンランドは日照時間が短いため日差しの入り具合が重視されていて、遊びに来た友達もみんな『明るいね!』と言ってくれます」

設定した時間に流せるラジオ。コマーシャルの入らない国営放送を聞くことが多いという(画像提供/週末北欧部chika)

設定した時間に流せるラジオ。コマーシャルの入らない国営放送を聞くことが多いという(画像提供/週末北欧部chika)

「大通り沿いは交通量やお店も多くにぎやかですが、私の家は表通りからは少し外れて静かで、都心でありながら自然も近い場所です。朝はコーヒーを淹れて、窓から入る日を浴びながら飲むのがルーティーンになっています。最近は友達の勧めでラジオを買って、目覚まし代わりに流れてくるラジオを聞きながら、しばらくはスマホを見ずに過ごすのがすごく良いんです」

想像するだけでうっとりするような時間の過ごし方である。そんなアパートに住む住民同士での交流などはあるのだろうか。

「交流といえるほどのものはなく、会ったらあいさつをする、という感じですね。フィンランドで暮らす人はシャイなところも日本人と結構似ていて、例えば『同じ階の誰かがエレベーターに乗ろうとしているから、その人がいなくなるまで玄関で待っていよう』とか、『一緒にエレベーターに乗った人が同じ階に降りようとしていると気まずい』みたいな考え方をするんです。もちろん人によっては社交的に生活していて、ご近所同士で仲良くなってホームパーティーをしている友人もいます(笑)」

エレベーターの話は痛いほど共感できる「あるある」で驚いた。あの意味のない時間をフィンランドの人も経験していると思うと、なんだか親近感が湧いてくる。

大好きな場所で暮らすようになっても、サードプレイスは必要だったchikaさんのお気に入りの島。「カフェもあって、夏場は毎週のように通うサードプレイスとなっています。冬は図書館に行くことが多いです」とchikaさん。夏のヘルシンキは23時まで太陽が沈まないため、20時ころまで日向ぼっこできるという。(画像提供/週末北欧部chika)

chikaさんのお気に入りの島。「カフェもあって、夏場は毎週のように通うサードプレイスとなっています。冬は図書館に行くことが多いです」とchikaさん。夏のヘルシンキは23時まで太陽が沈まないため、20時ころまで日向ぼっこできるという。(画像提供/週末北欧部chika)

念願のフィンランド生活を全力で楽しんでいるchikaさんだが、日本からの単身移住生活を成り立たせるのはそう簡単なことではなかったようだ。未知の生活をうまく楽しむための心持ちやコツを聞いてみた。

「気持ちの面では、『準備はネガティブに、やるときはポジティブに』をモットーに、大好きな国に行くけど期待はしないということを大切にしていました。何かが起こったとしても『予想よりは大丈夫だった』と思える意識は忘れないようにしています」

「テクニックとしては、気持ちを切り替えられるサードプレイス(第三の居場所)を持つことが大事です。日本にいたころは職場と家以外のサードプレイスをいくつか持っていて、フィンランドもその一つでしたが、実際に暮らすようになってからは『フィンランドという好きな場所の中でもサードプレイスを持つ必要があるんだ』と気づきました。ヘルシンキは歩ける距離に小さい島が点在していて、その中のお気に入りの島を夏のサードプレイスとしています。休みの日のお昼過ぎに出かけて、屋台でソフトクリームとコーヒーを買い、お気に入りの木陰にピクニックシートを敷いて気が済むまで滞在します。本を読んだり、日記を書いたり、少し寝たり。時間を気にしないで過ごせる場所です」

大好きでも期待しすぎず、暮らしの中の居場所を増やすこと。フィンランド、ひいては海外への移住に限らず、新たな環境で生活するために必要な心構えだと感じた。

憧れの地で探し求める理想の生活入居当時のchikaさん宅(画像提供/週末北欧部chika)

入居当時のchikaさん宅(画像提供/週末北欧部chika)

最後に、今後のフィンランド生活での抱負を聞いてみた。

「今の家も当初は『ここは誰の家なんだろう』という感覚で落ち着けなかったのですが、最近は帰ってきたらほっとできる『自分の家』になってきました。私は『いつかフィンランドに移住する』と思い続けていたので、日本にいるときからずっと仮住まいのような気持ちで、大きな買い物ができなかったり猫を飼いたくても飼えなかったりして。自分が本当に欲しいものも分からなくなっていると感じていました。これからは寿司職人の仕事と描く仕事とのワークライフバランスも含めて暮らしを整えながら、自分がどんな生活をしていきたいのかを見つめていけたらいいなと思っています」

自分の住みたい場所に住む、という目標を叶えるためにじっくりと時間をかけてきたchikaさん。「フィンランドの生活がいつまでも続くとは思わないで、まずは3年間を区切りに頑張ってみるつもりです。がむしゃらに過ごした1年目を踏まえて、2年目、3年目をより濃く過ごせたら」とも話してくれた。

chikaさんにとってのフィンランドのような場所とは、きっとそう簡単に出合えるものではない。だからこそ、「ここに住みたい」という思いが生まれたときには、自分の気持ちを信じて行動する必要があると感じた。

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

●取材協力
週末北欧部 chikaさん
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『北欧こじらせ日記』(世界文化社)

無印良品の小屋ズラリ「シラハマ校舎」に宿泊体験。災害時に強い上下水道・電気独立のオフグリッド型住宅の住みごこちって? 千葉県南房総市

シラハマ校舎は、千葉県南房総市白浜町の小学校跡地を活用してできた複合施設です。無印良品の小屋がずらりと並んだその一角に、2022年、上下水道、電気も既存インフラに頼らない「オフグリッド小屋」が誕生したといいます。省エネが注目される昨今、以前よりも耳にする機会が増えた「オフグリッド小屋」、一体どのように活用されるのでしょうか。可能性を探るため、シラハマ校舎に話を聞きました。

タイニーハウス(小屋)人気は健在。ウェイティングリストは27組も!

2016年、千葉県の房総半島の先に誕生した「シラハマ校舎」は、廃校となった長尾小学校・幼稚園の敷地と建物を用途変更してできた施設です。敷地内には18ある小屋が立つほか、レストラン(完全予約制)、シェアオフィス、コワーキングスペース、宿泊施設で構成されています。ちなみに小屋の1棟の広さは12平米で、バスやキッチン、トイレなどの水回りは共用で使います。運営しているのは、妻がこの町の出身者という多田夫妻。

小屋は発売当初、「どんな人が買うんだろう?」という声もありましたが、現在、ワーケーションやシェアオフィス、2拠点生活の場所として活用されていて、2019年に完売、2023年現在はウェイティングリストに27組もいるという人気物件です。(関連記事:コロナ禍で「小屋で二拠点生活」が人気! 廃校利用のシラハマ校舎に行ってみた 千葉県南房総市)

シラハマ校舎の夜景(写真提供/シラハマ校舎)

シラハマ校舎の夜景(写真提供/シラハマ校舎)

「今、1棟、販売されているんですが、見学にいらっしゃる方も多いですね。人気があるため、中古価格も崩れていません。
ただ、比較的大きな畑付きで、ほぼ毎週末、手入れが必要になるんです。週末くらいはゆっくりしたいというニーズが強いので。となると、当然、人を選んでしまう。やはり小屋でゆったりしたいという人は多いので」と話すのは、シラハマ校舎の企画から管理、運営までをご夫妻で行っている多田朋和さん。

また、コロナ禍で広まったアウトドア人気やキャンプ人気は未だに衰えず、特に房総半島では次々とキャンプ場が誕生しているよう。キャンプのようでもあり、別荘のようでもある、シラハマ校舎の「小屋」は、手堅い需要があるようです。

平時はキャンプ場、非常時は避難場所。小屋を柔軟に活用する

この大人気のシラハマ校舎の敷地の一角がさらに進化して、2022年には「オフグリッド」の小屋ができました。オフグリッドとは、電力などの送電網につながっていない独立型電力システムのこと。このシラハマ校舎では、電力だけでなく、なんと上下水道も既存のインフラに頼らず、自立して運営できる仕組みをつくったそう。一体なぜなのでしょうか。

「きっかけは、2019年の台風です。送電網が停止し、白浜町一帯も停電、陸の孤島となりました。避難場所となったコミュニティセンターの受け入れ可能人員は最大で80人ほど。そのため、150人近い人が避難できない状態になりました」と多田さん。また停電したことで9月の残暑が住民を直撃したほか、浄化槽も稼働できず、衛生状態もよくなかったといいます。

2022年末の取材時も、一角に残されていた井戸。今回のプロジェクトでは、こちらも活用(撮影/ヒロタ ケンジ)

2022年末の取材時も、一角に残されていた井戸。今回のプロジェクトでは、こちらも活用(撮影/ヒロタ ケンジ)

小屋はそもそもサイズが小さいため、使う電気エネルギーは最小限ですみます。そのため、生活に使う電力は太陽光発電でも十分まかなえるのです。いわば、「小屋の利点」を活かして、平時と非常時の二段階活用を実践したかっこうです。誰もが空想したり、アイデアとしては浮かびますが、民間の試みでさらりと行ってしまうところが、多田さん夫妻のすごいところ。

新しい小屋の内観。こうしてみると普通のホテルですね(写真提供/シラハマ校舎)

新しい小屋の内観。こうしてみると普通のホテルですね(写真提供/シラハマ校舎)

新しい小屋の内観。電気なので、キッチンはIHです(写真提供/シラハマ校舎)

新しい小屋の内観。電気なので、キッチンはIHです(写真提供/シラハマ校舎)

「もともと下水道はなく、浄化槽(※)を利用する地域なので、非常時でも電気と水さえあれば機能します。また小学校の敷地内には古い井戸があったので、これを吸い上げて配水に利用することに。太陽光発電と水を確保できることで、いざというときも下水も稼働するんです。電気だけなら、オフグリッドでまかなえる施設はたくさんありますが、上下水が既存インフラから独立して稼働するのは、日本でもシラハマ校舎くらいじゃないかな」と多田さん。

※敷地内に設ける小規模な汚水処理設備で微生物の働きなどを利用して汚水を浄化する古くからある仕組み

万一のことを考え、シラハマ校舎そのものは送電線とはつながっていますが、いざというときは電力を買わなくても稼働するとのこと。

今のところ大きなトラブルはナシ。課題は冬場の発電量。

実際に稼働してみて、課題はないのでしょうか。
「シラハマ校舎は、南向きの土地なので、夏であれば十分に発電できるのですが、問題は冬ですね。日照時間が短いので発電した電気を一日で消費してしまうんです。そのため、オフグリッド小屋に宿泊していただくお客様には、連泊してもらう場合、別の小屋に移動してもらっています(笑)」

小屋の裏側。太陽光発電した電力を蓄えておける蓄電池が設置されている(写真提供/シラハマ校舎)

小屋の裏側。太陽光発電した電力を蓄えておける蓄電池が設置されている(写真提供/シラハマ校舎)

なるほど、運用でカバーできる範囲の課題なんですね。エネルギーの地産地消というか、オフグリッドで建物を運営するのは、もう「リアル」にできることなんだなと実感します。使うエネルギーとつくるエネルギーのプラスマイナスゼロの住まいを「ZEH(ゼッチ)」(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)といいますが、まさに小屋もZEHの時代なんですね。

「今は小屋1棟でお貸ししていますが、2棟つなげて1つにキッチンとお風呂、トイレをつくり、1つをベッドルームにした宿泊棟もつくろうかと思っています。こちらもZEHで、使うエネルギーとつくるエネルギーはプラスマイナスゼロにする予定です」と多田さん。

シラハマ校舎のアップデートはまだまだ止まりそうにありません。
「水でいうと、エアコンから出た排水や汚水などをあわせてフィルターで濾過(ろか)し、真水にして循環利用できる技術もあるのですが、商業施設や複数人が利用することを考えて、導入を見送っています。技術的に問題ないといっても、気分的に嫌悪感を抱く人がいるのは理解できるので」(多田さん)。水の技術にも興味があるほか、海岸沿いに所有する農地に小型風力発電設備を設置する計画も進めています。

白浜町はその土地柄、強い海風が吹いています。これを活用し、小規模事業でも環境に貢献していきたいとのこと。こうした施策に興味を持ち、企業や自治体の視察希望者が次々とやってくるそう。

小学校らしさを残してリノベ。オフィスやレストランなどが入っています(撮影/ヒロタ ケンジ)

小学校らしさを残してリノベ。オフィスやレストランなどが入っています(撮影/ヒロタ ケンジ)

「どこの自治体や企業も環境への取り組みが欠かせません。自社の勝機はどこにあるのか、意識の高まりを感じますね。また、日本国内では廃校が毎年約400~500ほどあるので、どこも地方自治体は活用方法に頭を悩ませています。校舎は廃校して他用途で活用しようとすると、耐震補強工事や用途変更に手間がかかるんです。シラハマ校舎の場合、校舎をワーケーションオフィスとして活用しつつ、小屋を宿泊場所にしています。これは他の自治体でも有効な『パッケージ』として輸出できないかなと考えているんですが、なかなか運用が難しいようで。あとは韓国でも少子化によって同様の問題が起こると予想されているので、『廃校活用パッケージ』として輸出できたらおもしろいですよね」(多田さん)

外観も学校らしさを残している(撮影/ヒロタ ケンジ)

外観も学校らしさを残している(撮影/ヒロタ ケンジ)

キッチンや水回りなどの共用施設がある建物(撮影/ヒロタ ケンジ)

キッチンや水回りなどの共用施設がある建物(撮影/ヒロタ ケンジ)

さらに昨年には農業法人を立ち上げ、ワイナリー+ソーラーシェアリング(太陽をシェアし太陽光発電とパネルの下で農産物を生産する取り組み)も現在計画しているとのこと。これが可能になると、天候関係なく果実ができたり、収穫できたりするようになるのだとか。なんでしょう、房総半島の先にある民間の施設なのに、どこよりも新しい試みをはじめています。

強い風を利用した風力発電も計画中(撮影/ヒロタ ケンジ)

強い風を利用した風力発電も計画中(撮影/ヒロタ ケンジ)

小屋に注目が集まっている昨今ですが、オフグリッドやソーラーシェアリングなどと組み合わせ、どこよりもユニークな挑戦を続けるシラハマ校舎。小屋や環境、これからの暮らしに興味がある人なら、ぜひ一度、訪れてソンはないと思います。

●取材協力
シラハマ校舎

19世紀”花の都パリ”の象徴「オスマニアン建築」のアパルトマンに暮らす。ファッショニスタ川合陸太郎さん パリの暮らしとインテリア[17]

自分のこだわりを集めた住まいは、自分の夢を具現化した場所。フランス・パリのファッション業界で働く日本人、川合陸太郎さんが暮らすパリ9区のアパルトマンを訪問すると、帰るころにはそう納得している自分に気付かされるのでした。同時にそれは、誰にとっても実現したい、ライフスタイルの到達地点です。川合さんはどのようにして、自分のこだわりを形にすることができたのでしょうか? 古いものが好きで収集が趣味という川合さんに、夢の暮らしを具現化するコツを聞きながら、お宅を案内していただきました。

物件を購入し、自分の思うように工事できる楽しさに開眼

テキスタイルエージェント。川合陸太郎さんの職業を聞いても、専門的すぎて馴染みがなく、ピンとこない人が多いかもしれません。
「簡単にいうと、日本の生地を扱う商社の窓口のような存在で、フリーランサーとして仕事をしています。パリで働き始めたのは1999年。ジャンポール・ゴルチエ社からのオファーを受けたのが最初で、以来ずっとパリで、そしてファッション業界で仕事をしています」

こう語る川合さんは、妥協のないオーラを感じさせる装い。そして彼の背後に広がるお住まいも同じように、細部にまでこだわってつくり上げた完成度が一目瞭然です。高い天井にはレリーフ状の装飾があり、床はそれと対照をなすレトロモダンなタイル張り、その隣のフロアの床はヘリンボーン張りの19世紀オリジナル……。

好きなものが集まったリビング(写真撮影/Manabu Matsunaga)

好きなものが集まったリビング(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「このアパルトマンに引越す前は、パリの東端にある20区に住んでいました。それは初めて購入した物件で、自分の気に入ったように改装し10年間暮らしましたが、次第に商材を置くスペースが必要になり、引越すことに。せっかくなら立地の良さや便利性を求めて中心部に移ろう、とここを選んだのです。住んで1年ちょっとになりますが、オペラ座とモンマルトルの丘のちょうど中間なのでどこへ行くにも近く、近所には美味しいパン屋もたくさんあります。今のこの環境をとても気に入っています」

人気パティシエやショコラティエの商品を集めた、スイーツのセレクトショップ「FOU DE PATISSERIE (フ・ド・パティスリー)」はよく行くお店(写真撮影/Manabu Matsunaga)

人気パティシエやショコラティエの商品を集めた、スイーツのセレクトショップ「FOU DE PATISSERIE (フ・ド・パティスリー)」はよく行くお店(写真撮影/Manabu Matsunaga)

人気の食材店が集まるマルティール通りもすぐそば(写真撮影/Manabu Matsunaga)

人気の食材店が集まるマルティール通りもすぐそば(写真撮影/Manabu Matsunaga)

広さを求めて引越しただけあり、現在の住まいは82平米。さらに、建物の最上階に「女中部屋」と呼ばれる7平米の屋根裏部屋がついています。これにプラス、川合さんは同じ建物内でちょうど売りに出ていた18.5平米のワンルームも合わせて購入し、商材を置くスペースに充てることにしました。3箇所の合計は107.5平米。これだけあれば、スペースは十分過ぎるくらいでしょう。

川合さんにとって2度目の購入物件となったこの82平米は、オスマニアンスタイルと呼ばれる19世紀パリ改造時代を代表する建築の、フランスでいう3階、日本でいう4階にあたります。オスマニアン建築の特徴は、石造りのファサード、凝った鉄細工を施したバルコニー、ヘリンボーン張りの床、暖炉など。最上階の屋根裏に女中部屋があることも、19世紀当時のライフスタイルを反映したオスマニアン建築の特徴ですが、最近では女中部屋の人気も高く、単独で売買されています。立地も抜群ですし、将来女中部屋だけ手放すことになっても高く売れるはず、とつい余計な気を回してしまいます。

「オスマニアン建築、ヘリンボーン床、そして暖炉は、物件探しをエージェントに依頼したときの希望であり条件でした。実はエッフェル塔が見えるバルコニーがあることも挙げていたのですが、残念ながらこちらは叶わず」と、川合さんは言いますが、パリの中心部にありながら静かな環境であることや、通り側と中庭側に窓があって住まいの両サイドから自然光が入ること、そして人気の女中部屋があることなど、購入を決断する際の大きなアドバンテージであったことは間違いありません。

では順を追って、このこだわりの詰まったお住まいを見せていただきましょう。

現代の若いパリっ子たちは、開放感が増し、スペースも有効活用できるので、玄関スペースを住空間に取り入れることをいといません。川合さんは、エントランスとキッチンの間の壁を取り除き、カフェのカウンターを設置し、外と中の空間にワンクッション、住まいの高級感をアップさせました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

現代の若いパリっ子たちは、開放感が増し、スペースも有効活用できるので、玄関スペースを住空間に取り入れることをいといません。川合さんは、エントランスとキッチンの間の壁を取り除き、カフェのカウンターを設置し、外と中の空間にワンクッション、住まいの高級感をアップさせました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

玄関のドアを押して中に入ると、目の前に広がる廊下スペースの突き当たりがトイレとシャワールーム、右側がカウンターのあるキッチンと、左側にダイニングテーブルを置いたリビングとゲストルーム、右側奥に寝室2つ、というレイアウト。2LDK で購入した物件でしたが、もともとの建設当時にあった壁を復活させて3LDKに戻し、反対にキッチンの壁を取り除いてカウンターを設置しました。

「キッチンは“カフェ”がテーマです。実際にパリのカフェで使われているメーカーの椅子やカウンターを選びました。見た目重視なのですが、さすがに業務用だけあって、実際に使ってみると確かに使いやすく丈夫だと感じます」

テーマに沿って、食器棚もカフェ仕様。食器棚はカウンターのメーカーにオーダーしたスズの支柱。前の家で使用していたものを取り外して持ってきたものです。板の部分は、本当は大理石を使いたかったのですが、サイズの合うものが見つからなかったので、改装工事の際に出た古い床材を転用、ほぞの出っ張りがそのまま装飾になっています。使い込んだ床材をあえて採用するという発想に、本当に細部にまでこだわりぬいていることがわかります。

古いカフェの棚の支柱に、床材を合わせた食器棚。上の扉のある棚は、見えないケースの部分はIKEAで扉はSuperfront のもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

古いカフェの棚の支柱に、床材を合わせた食器棚。上の扉のある棚は、見えないケースの部分はIKEAで扉はSuperfront のもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

料理好きなので、ガス台は5口以上あるものにこだわった。こまめに掃除をして清潔さをキープしているが、汚したくないから料理を控える、ということはない。揚げ物もつくってしまう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

料理好きなので、ガス台は5口以上あるものにこだわった。こまめに掃除をして清潔さをキープしているが、汚したくないから料理を控える、ということはない。揚げ物もつくってしまう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「でもIKEAのものもたくさんありますよ。特に見えないところはIKEAが多いです。扉付きの棚のベースはIKEAのもので、扉だけ別のメーカーのものを取り付けました。こういうカスタマイズのようなサービスを専門に行う会社がいくつかあるので、要所要所で活用しています。換気扇もIKEAです」

こだわるところは徹底してこだわり、見えないところはあえて力みすぎない。この力加減の配分は、そのまま予算配分に反映されます。川合さんのお話を伺いながら、このあんばいはぜひ参考にしたいと思いました。

欲しいものは探す! ひらめいたらつくる!

キッチンのお隣のリビングでは、5m近くもある飾り棚にまず、目を奪われます。これは川合さんの思い入れの結晶ともいえる存在で、白いお皿で有名なアスティエ・ド・ヴィラットのショップにある棚と同じものが欲しい、と思って探していたところ、縁があってそれを製造する職人さんにお願いできることになりました。土台となる引き出しのたくさん付いたアンティーク家具はネットオークションで購入、マルセイユからトラックで運ばれてきました。

本を探す川合さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

本を探す川合さん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

棚の下の部分は全て引き出しになっており、飾る収納としまう収納の両方が実現できます。見た目の美しさはもちろん、収納力も抜群です。

「収納の少ない住まいなので、この引き出しの中には工具や取扱説明書、ナフキンやカトラリーなど、見せたくないもの全てを入れています」

3つのシャンデリアの下の大テーブルは、川合さんが自作した180cmの大作。日本のビールの木製ケースを分解して1枚1枚の板にし、スーツケースに入れて、フランスまで運んだものを転用しています。

「以前パリのビストロで、ワインの木箱をパッチワークにしたテーブルを見たことがあり、これを日本風にアレンジできたら面白いなと思ったことから着想を得ました。このテーブルも、以前の家で使っていました」

写真中央が大テーブル(写真撮影/Manabu Matsunaga)

写真中央が大テーブル(写真撮影/Manabu Matsunaga)

暖炉の上はお気に入りの品々を集めたコーナーです。シチリア島まで行って購入したアーティストの作品や、フローリストがアレンジしたブーケ、日本で購入した昭和な佇まいのショーケースなど。年代も、購入した場所も、スタイルも、さまざまなオブジェや家具が集まっていて、その共通点は川合さんが好きなものという1点だけ。そしてそんないろいろを、ランダムに配した3つのシャンデリアの灯りが、柔らかく、感じよく包んでいます。
好きなものが集まったこのリビングで、お気に入りのナポリのコーヒーを飲む時間は最上のひとときだ、と、川合さんは教えてくれました。

フィレンツエで見た照明のレイアウトに感化されて、3つ重ねるように配したシャンデリア。手前から、ナポリの骨董屋で購入したもの、ロンドン在住のイタリア人の友人が作成したもの、フィレンツェのオークションで購入したもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フィレンツエで見た照明のレイアウトに感化されて、3つ重ねるように配したシャンデリア。手前から、ナポリの骨董屋で購入したもの、ロンドン在住のイタリア人の友人が作成したもの、フィレンツェのオークションで購入したもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

王様と女王様? ユーモラスな顔の鉢カバーは、シチリア島のアーティストのもとまで買いに行った。生花はお客様をお招きするときには必ず用意(写真撮影/Manabu Matsunaga)

王様と女王様? ユーモラスな顔の鉢カバーは、シチリア島のアーティストのもとまで買いに行った。生花はお客様をお招きするときには必ず用意(写真撮影/Manabu Matsunaga)

暖炉脇にはゆったりとくつろげる大きなサイズのソファを。ここで飲むお気に入りのコーヒーは格別!(写真撮影/Manabu Matsunaga)

暖炉脇にはゆったりとくつろげる大きなサイズのソファを。ここで飲むお気に入りのコーヒーは格別!(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アスティエ・ド・ヴィラットの食器と、ディプティックのアロマキャンドルを集めたコーナー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アスティエ・ド・ヴィラットの食器と、ディプティックのアロマキャンドルを集めたコーナー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

テーマを決めて、アレンジを楽しんで

玄関部分の廊下は、キッチンと同じタイルがそのままトイレ・シャワールームの入り口まで続きます。

「このタイルは前の住まいにも採用していたもので、気に入っていましたから今回も同じメーカーに注文しました。前の住まいから持ってきた家具も多いので、よく友達からは『前の住まいと共通のディテールが多いから初めて来た気がしない』と言われます」と、川合さん。

それだけ自分のスタイルがある、ということです。インテリアデザイナーの取材などで、よく「自分の好みを尊重することが、インテリアを成功させるコツだ」と言われるものですが、川合さんの住まいを見ながら本人のお話を伺っていると、確かにそうだと思わされます。

オーヴェルニュ地方を旅行中、衝動買いした古い暖房器。電車の旅ではあったが連れて帰ってきた。旅先でいつも衝動買いできるように、IKEAの大きいバッグを常に持参している。が、この暖房機はIKEAバッグにも入りません!(写真撮影/Manabu Matsunaga)

オーヴェルニュ地方を旅行中、衝動買いした古い暖房器。電車の旅ではあったが連れて帰ってきた。旅先でいつも衝動買いできるように、IKEAの大きいバッグを常に持参している。が、この暖房機はIKEAバッグにも入りません!(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「この廊下部分は“メトロ”がテーマになっていて、1930年代のパリのメトロで実際に使用されていた扉や網棚付きの椅子などを集めました。ネットオークションや中古サイトなどを細かくチェックして見つけたものばかりです。トイレ・シャワールームの入り口の引き戸は、本来は2枚が1組になったメトロ車両の扉。1枚だけ販売していた人がいたので購入し、こんなふうに使うことにしました」

シャワールームの大理石の洗面台は、イタリアのトスカーナで購入して運んできたものです。古い映画で見るキャバレーのバックステージをイメージして、鏡の両サイドに設置したランプはIKEAのもの。IKEAも使いよう、と言っては申し訳ないですが、改めて使い勝手のいい家具メーカーであることがわかりました。

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

セメント素材の分厚い六角タイルは、トスカーナで購入。柄タイルはパリで購入した。古いメトロドアに印してあるエンブレムは、当時のメトロの会社ロゴ。実に優美で、まるでラグジュアリーホテルのよう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

セメント素材の分厚い六角タイルは、トスカーナで購入。柄タイルはパリで購入した。古いメトロドアに印してあるエンブレムは、当時のメトロの会社ロゴ。実に優美で、まるでラグジュアリーホテルのよう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

トスカーナから持ち帰った大理石の洗面台を中心に、キャバレーのバックステージをイメージしてつくったシャワールームのコーナー。電球がたくさんついたドレッサーは、大学時代に60・70年代のフランス映画にのめり込んだころからの憧れ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

トスカーナから持ち帰った大理石の洗面台を中心に、キャバレーのバックステージをイメージしてつくったシャワールームのコーナー。電球がたくさんついたドレッサーは、大学時代に60・70年代のフランス映画にのめり込んだころからの憧れ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスルームの壁のペンキは、セメント風に仕上がるものを採用。内装のプロに教えてもらった業務用メーカーのもので、良心的価格だった。スイッチやコンセントは陶器製に統一(写真撮影/Manabu Matsunaga)

バスルームの壁のペンキは、セメント風に仕上がるものを採用。内装のプロに教えてもらった業務用メーカーのもので、良心的価格だった。スイッチやコンセントは陶器製に統一(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家具を求めて海をも渡り

ゲストルームには、猫足のバスタブが剥き出しのままポンと置かれています。ロンドンまで買いに行った思い入れのあるバスタブ。これも前の住まいで使っていたものを、引き続き使用しています。トイレ・シャワールームの陶器製のトイレも然り。苦労して手に入れたものを長く使うというのは、実はとてもエコですから、そういう意味でも川合さんのやり方はお手本といえます。

ベッドヘッドにかけた刺繍の飾りも、旅先で購入したもの。購入時にはどこに飾るかわからなかったものでも、それが自分の惹かれたものであれば、ご覧の通りぴったりの居場所が見つかる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドヘッドにかけた刺繍の飾りも、旅先で購入したもの。購入時にはどこに飾るかわからなかったものでも、それが自分の惹かれたものであれば、ご覧の通りぴったりの居場所が見つかる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「前の家のバスルームは広かったのですが、ここにはバスタブを置けるスペースがありませんでした。じゃあゲストルームに置いてみよう、という発想でしたが、鉄製のバスタブは重く、板張りの床を一部剥がして下にコンクリートを流し補強する必要がありました。靴箱も、置き場所がなかったのでここに置いています」

あえて計算して探した家具配置ではない、ということが信じられないくらい、ゲストルームの内装もシックに、そして個性的に調和しています。やはり、「自分の好みを尊重することが、インテリアを成功させるコツ」なのかもしれません。

ベッドルームに剥き出しのバスタブがあるのはイギリスっぽくていいかな、と思い、実際にそのアイデアを採用した(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドルームに剥き出しのバスタブがあるのはイギリスっぽくていいかな、と思い、実際にそのアイデアを採用した(写真撮影/Manabu Matsunaga)

どこかの工場で使用されていたと思われる古い工具入れを靴箱として使用している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

どこかの工場で使用されていたと思われる古い工具入れを靴箱として使用している(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シャネルのボックスの横にはオイルヒーター。暖房器具までもが現代アートのように美しい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

シャネルのボックスの横にはオイルヒーター。暖房器具までもが現代アートのように美しい(写真撮影/Manabu Matsunaga)

素敵なインテリアは1日にしてならず!

一番奥の部屋のテーマは「大人っぽい子ども部屋」で、唯一壁紙が張られている部屋でもあります。照明からクッションまで、ここにある全てのものが厳選されていることは一目瞭然ですが、特に日本のインテリアファンの皆さんに注目していただきたいのはカーテンのサイズです。天井から床までたっぷりととったカーテン、見た目が優美なことに加えて断熱や防音の効果もあり、フランスではこれが基本サイズです。川合さんも、床に引きずる長さにこだわりオーダーしたのでした。

カーテンはたっぷりと、床を引きずる長さで。つんつるてんではせっかくのおしゃれな住まいがかわいそうです(写真撮影/Manabu Matsunaga)

カーテンはたっぷりと、床を引きずる長さで。つんつるてんではせっかくのおしゃれな住まいがかわいそうです(写真撮影/Manabu Matsunaga)

気球柄の壁紙と好相性な、遊び心ある照明。壁紙はフォルナセッティのもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

気球柄の壁紙と好相性な、遊び心ある照明。壁紙はフォルナセッティのもの(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フランスの地図を刺繍したクッションと、日本の地図を刺繍したクッションを重ね使い(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フランスの地図を刺繍したクッションと、日本の地図を刺繍したクッションを重ね使い(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ひと通りお住まいを拝見し、川合さんのキーワードは「こだわり」に尽きると言わざるを得ません。そのディテールや、厳選したものたちがここにやってくるまでのストーリーは、出合った土地の色や香りも連想させるほどに豊か。ここで全てをお伝えできないのが残念です。しかし、川合さんが常々心がけていることは、しっかり書き留めておかなくてはなりません。なぜならそれは、自分らしいインテリアづくりを成功させるヒントだから。

「今まで見たものの記憶や、ここにこれを置いたらどうかなという想像力が、部屋づくりには不可欠だと思います。そのために、好きなものをコツコツ集めたり、頭の中にイメージをためたりすることを、日常的にしています。旅行もそうです。そしてiPhoneにイメージフォルダをつくって、見て気に入ったものやインテリアの写真を保存して。写真があると、工事を担当する職人さんにもこちらのイメージが伝わりやすく便利です。大きな部分を頭の中で組み立てて、あとはものの配置で調整する。そんなやり方で、この住まいは誕生しました」

こだわりが詰まった川合さんの住まいの完成度を、いきなり自分のものにすることは無理だとしても、コツコツと好きなものを集めることや、頭の中にイメージを貯めることならできそうです。ローマは1日にしてならず。川合さんの住まいの写真を参考にしながら、楽しくインテリアづくりをしたいものですね。

(文)
Keiko Sumino-Leblanc

●取材協力
川合陸太郎さん
インスタグラム
#ChezNepoja (パリの住まい)
#CasaNepoja  (トスカーナの住まい)

2階建て実家をコンパクト平屋に建て替え。高齢の母が過ごしやすい動線、高断熱に娘も満足

70平米前後コンパクトな平屋が、新しいマイホームの選択肢として需要を伸ばしています。今回お話を伺ったのは、ひとり暮らしの母と住むために、2階建ての実家を平屋に建て替えたHさん(50代)。その広さは約50平米。実家にあふれていた不要なものもすっきり処分し、高齢の母が過ごしやすいコンパクトな動線で、シンプルな二人暮らしを叶えています。

高齢の母との二人暮らし。小さな平屋が“ちょうどいい”

多様なライフスタイルに合わせて、それぞれが豊かな暮らしを実現できる時代。一戸建てのマイホームといえば「2階建て、3LDK以上」という規定路線は、すべての人には当てはまりません。子どもが巣立ったあとのシニア世代の終の棲家として、サスティナブルな価値観をもつファミリー世帯の成長の場として、また趣味や余暇を楽しむDINKS世代の個性を表現する場として、ミニマムな広さと価格で自分らしい暮らしが叶う小さな平屋が、今注目されています。
Hさんが選んだ平屋ライフは、コンパクト平屋の新しい可能性を見せてくれるものでした。

(写真提供/木のすまい工房)

(写真提供/木のすまい工房)

千葉県に住むHさんの家は、玄関からそのままキッチンに続く土間のある一戸建て。床面積50.30平米、2LDKのコンパクトな平屋です。
もともとこの土地は、Hさんが育った実家があった場所。ひとり暮らしをしていた母が高齢になり、これまでの2階建ての家では生活が不便に感じたことから、建て替えて一緒に住むことを決意したといいます。
「母は80歳を超えたということもあり、私が一緒に住んで面倒を見ながら暮らそうということになったのです。でも、実家は築50年ほどであちこち傷んでいましたし、収納とか間取りとか、そのままでは何かと暮らしづらい。実家の間取りは、1階に2部屋とキッチン、2階は何度か建て増しをして、3部屋ありました。ほとんどが当時使っていない部屋で、物も増え、どこの押し入れに何が置いてあるのかわからず、探すのも一苦労な状態。もちろん、高齢の母が階段を上り下りするのも大変でした」とHさん。

間取り図

(画像提供/木のすまい工房)

当初はリフォームも検討したそうですが、部分的な改装を重ねてもコストはかさみます。
「老後って意外と長いんですよね。無駄な部屋があったり、物であふれていたり、そういう家で母があと10年、20年と暮らしていくのは大変なこと。私が手伝いながら、母もできるだけ長く自分で自分のことができるような、快適で暮らしやすい家に住み替えたいと考えました」

リビングから見た土間キッチン(写真提供/木のすまい工房)

リビングから見た土間キッチン(写真提供/木のすまい工房)

母と二人でシンプルに暮らすことを念頭に、「平屋」というキーワードで検索して見つけたのが、千葉県を中心に自然素材の家づくりを行う工務店でした。モデルハウスを見学し、土間のある間取りが気に入ったというHさん。
二人暮らしなのでコンパクトな家がいい、階段を使わずに済むよう平屋のワンフロアで完結したい、モデルハウスにあった和モダンな土間キッチンを取り入れたい、という要望を伝え、家づくりがスタートしました。

平屋だからこそ天井は高く。以前とは比べ物にならないほど明るく、開放感も

玄関を開けると、Hさんが憧れていた土間とつながるキッチンが目に飛び込みます。その目の前には、漆喰の白壁がシンプルなリビングダイニング。DK部分が勾配天井になっていて、高窓が数カ所に設けられ、とても明るく開放的です。こんなふうにのびやかな空間がつくれるのも、上階がなく、天井の高さに自由度がある平屋ならではです。

101.18平米の敷地は、実は住宅密集地。実家だった住まいは、お隣に2階建ての建物ができて以来、1階部分にあまり日が入らず、日中も薄暗い感じだったといいます。
「だから今回平屋にするのにあたり、そこがいちばんの心配点だったんです。いざ完成してみたら、高窓の効果で以前とは比べものにならないほど明るくて。家にいて本当に気持ちがいいんです」とHさんは声を弾ませます。

漆喰の白い壁に梁が映えるLDK。上階がないため、開放感を生み出す勾配天井も自由につくれます(写真提供/木のすまい工房)

漆喰の白い壁に梁が映えるLDK。上階がないため、開放感を生み出す勾配天井も自由につくれます(写真提供/木のすまい工房)

通常の天井よりも高さを設けたことで、視線にも奥行きが生まれ、実際の面積以上の広がりも感じられます。
「キッチンの背面収納の上にも明かり取りの窓をつくってもらいました。隣のお宅の屋根に太陽が反射して、そこからすごく明るい光が入ってくるんです。設計ではその反射までは計算されていなかったようですが、とても気に入っています。リビングから見える玄関もガラスの引き戸なので、圧迫感みたいなものもありません」

玄関から続く土間キッチン(写真提供/木のすまい工房)

玄関から続く土間キッチン(写真提供/木のすまい工房)

背面収納ですっきり(写真提供/木のすまい工房)

背面収納ですっきり(写真提供/木のすまい工房)

間取りは2LDKで、LDKから和室と洋室にフラットにつながる、実に無駄のないレイアウトです。Hさんがキッチンで作業しているときも、リビングや和室にいる母の気配が感じられるといいます。
「二人で住むには、ワンフロアのこのコンパクトさがちょうどいい、と感じています」

和モダンな格子の引き戸で仕切れる和室は、母とHさんの寝室として使っています。廊下もないため、洗面室やトイレ、浴室への動線も短くとてもスムーズ。一方、洋室は、親族などが泊まりに来たときのための客間として使用しているとか。ウォークインクローゼットもあります。
「収納場所は限られていますが、この家にあるのは本当に必要なものだけ。手の届く範囲に収納できて、どこに何があるかきちんと把握できている。建て替えでとにかく大変だったのは、実家にたくさんあった物の処分で、1~2カ月ほどかかりました。それを乗り越えてこうしてシンプルに住み替えできて、気持ち的にもすっきり。これも、思い切って建て替えてよかった点です」

キッチンからは家全体が見渡せます。右の引き戸の先は洗面室と浴室(写真提供/木のすまい工房)

キッチンからは家全体が見渡せます。右の引き戸の先は洗面室と浴室(写真提供/木のすまい工房)

家中の温度差がなく快適なのは、コンパクトな平屋の大きなメリット

また、断熱性能も格段によくなりました。以前の家は、冬、暖房を入れてもなかなか暖まらなかった、とHさん。
「今は、母が起きたときに寒くないよう、朝起きる前にエアコンを1時間ほどかけておきます。昼から夜は灯油ストーブ1台とリビングのホットカーペットで十分暖かく、家中どこにいても温度差もほぼありません。夏は、日中は扇風機で過ごすことが多く、夜は防犯上窓を閉めてエアコンをつけて寝ています。気密性が高いのは新しい家だからというのもありますが、小さな平屋の快適さを実感しています」

断熱性能も以前の住まいよりもアップ。家中どこにいても温度差もほぼないとのこと(写真提供/木のすまい工房)

断熱性能も以前の住まいよりもアップ。家中どこにいても温度差もほぼないとのこと(写真提供/木のすまい工房)

リビング隣の和室は、現在は母とHさんの寝室として使っています(写真提供/木のすまい工房)

リビング隣の和室は、現在は母とHさんの寝室として使っています(写真提供/木のすまい工房)

6畳ほどの洋室は客間に(写真提供/木のすまい工房)

6畳ほどの洋室は客間に(写真提供/木のすまい工房)

建築費は1500万円。ローンは組まず、母の預貯金で支払ったそうです。平屋に建て替えるにあたって、まわりの人の意見はどうだったのでしょうか。
「きょうだいに報告したところ、『この年齢で建て替えだなんて。お金は取っておくべきだ』と反対の声しかありませんでした。でも、当時80歳の母があと10年暮らすことを考えたら、このままではいろいろな問題が出てくるはず、と、思い切って決めてしまったんです」

(写真提供/木のすまい工房)

(写真提供/木のすまい工房)

格子の引き戸は閉めても視界に広がりが(写真提供/木のすまい工房)

格子の引き戸は閉めても視界に広がりが(写真提供/木のすまい工房)

今は明るいリビングのソファでテレビを見てくつろぐのが、お母さまの楽しみになっているそう。
「私自身も、母がデイサービスに行っているときなどはソファでごろごろ寝転んだりして、明るいリビングで心地よく過ごしています」

子育て世代の住まいは広さや部屋数が必要ですが、子どもが独立したら、家の中で過ごす空間は限られてきて、物もスペースも持て余してしまいがち。また複雑な動線は体力的にもつらくなってきます。ですが、Hさんが冒頭で話していたように、そこからの人生もまた長く続くのです。今のライフスタイルに合った、暮らしやすい住まいを見つめ直すと、無駄のないコンパクトな平屋という選択肢は大きな魅力に感じました。

●取材協力
木のすまい工房

世界の名建築を訪ねて。マリーナ湾に浮かぶガラスの球体“アップルストア” 「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ(Apple Marina Bay Sands)」/シンガポール

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載4回目。今回は、マリーナ湾に浮くドーム状の“Apple Store(アップルストア)”「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ(Apple Marina Bay Sands)」(シンガポール)を紹介する。

頂部にオキュラス(中心眼)をもつガラス・ドーム空間

シンガポールの著名観光スポットといえばマーライオンと「マリーナ・ベイ・サンズ」だが、後者はカナダの著名建築家モシェ・サフディが設計した誰もが知る著名ホテルだ。地上200mに長さ150mのプールがあるホテルの登場で、シンガポール観光というと、マリーナ・ベイ(湾)界隈はさらに世界的な知名度をもつようになった。

ところがその後マーライオンの対面で、「マリーナ・ベイ・サンズ」側の水面にひょっこり顔を出してきたのが、丸っこいガラス・ボール形の建築である。このガラス・ボールはアップルのスマートショップで、いわばシンガポールの都市に進出していくスターティング・ポイントとなる「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」だ。

マリーナ・ベイに浮かぶ「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」(写真左側)Photo by Finbarr Fallon

マリーナ・ベイに浮かぶ「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」(写真左側)Photo by Finbarr Fallon

マリーナ・ベイの水面にユニーク極まりない姿を現した直径30mのガラス・ボールは、ブラック・ガラスが低部を覆い、上部は透明ガラスが球の形で立ち上がっている。建物のデザインはアップル社のデザイン・チームと、フォスター+パートナーズのエンジニアリングとデザイン・チームの緊密な協働の結果生まれたものである。「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」は、透明性と影が織なす絶妙な光に満ちた空間として話題となっている。

ドーム状の空間は114枚のガラス・パネルで構成建物は内外空間の境界を溶融させ、水面に静かに浮かぶミニマルな建築となっている。そこからはマリーナ湾とスペクタキュラーなシンガポールのスカイラインを仰ぎ見ることができる。構造的にはスチールとガラスのハイブリッドな建築として機能している。カーブした構造的なガラス・パネルは側面からスチール・エレメントを支え、側面からのロードに対抗する全体的な形態を強固なものにしている。

内部に装備された日除けにより、ガラス張りのインテリア・スペースはクールさを保っている。シンガポールには独自のサスティナビリティの評価システムであるグリーン・マークがある。ここで使用された114枚のガラス・パネルは、このグリーン・マークで決められたガラスの性能指標にマッチするものが選ばれた。 

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

ガラス張り空間の内壁に装着された同心円サンシェード・リングと呼ばれる日除けは、建物の頂部に近づくにつれて小さくなり、店内の雑音吸収効果も発揮している。さらに重要なことは、それらが昼光を拡散させ上部のリングへと反射させ、ストラクチャーそのものを非物質化させるマジック効果を発揮しているのだ。頂部にある半透明なオキュラス(中心眼)は、有名なローマ時代の古代建築である「パンテオン」を参照したもので、空間をよぎるドラマティックな光のシャフトを現出させている。

ガラス・ドームそのものはエフェメラル(希薄)な存在といえるかもしれない。その効果は非常に静穏で、光の変化するプロセスと色彩は微妙な効果を発揮して魅力的だ。それは単にアップルの驚異的な商品へのセレブレーションのみならず、自然光への賛歌ではないだろうか。

店内にはマリーナ湾の景色や店内を見渡せるスペースも

建物はガラス張り空間のために、シンガポールの理想とするガーデン・シティの都市景観がインテリア空間に流れ込んでくる。内部のペリメーター(周辺)部分に配置された樹木群は、レザーを貼ったプランターに植え込まれているが、ビジターはレザーの上に座り、店内の雰囲気やマリーナ湾の素晴らしい景色をエンジョイすることができる。

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

Photo by Finbarr Fallon

「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」へは、ふたつのアクセスが可能となっている。ひとつは水上に架けられたアクセス・ブリッジを渡る方法。もうひとつはマリーナ・ベイ・サンズの店舗群の通りである長さ45m、幅7.6mの通路を抜けて、両側に配されたアップル特有のアヴェニュー・ディスプレイがある石のエントランスへとアクセスする。これが地下にあるドラマティックなエスカレーターに繋がっている。ここから両サイドがミラーの壁になったエスカレーター・シャフトの中を上昇していくと、ビジターはカレイドスコープ(万華鏡)のごとき目くるめく体験に圧倒される仕組みとなっている。

日本から7時間半ほどのフライトでいけるシンガポールは、アジアの中ではトップクラスの観光地である。しかも国をあげて安全・清潔な街を志しているのが素晴らしい。特にここに紹介したマリーナ湾界隈には著名なスポットがたくさんあって、家族ツアーなどにもばっちりあっているし、世界的な建築家、丹下健三氏が都市計画を手がけており、建築好きにも見逃せない街である。

●関連サイト
Apple Marina Bay Sands

岡山の不動産屋さん母娘、障がい者の住宅確保に奔走! 住まい探しの難しさに挑む責任と覚悟

社会生活に困難を抱える人たちに対し、住まいや暮らしのサポートをする不動産会社として全国的にも注目されている会社があります。創業者である母・阪井ひとみさんと、娘の永松千恵さんが共に運営する、阪井土地開発(岡山県岡山市)です。障がいがある人をはじめ、住宅確保に配慮が必要な人たちの住まい探しの難しさ、住まいにかかわる者が担うべき責任や覚悟について、娘の千恵さんに話を聞きました。

みんなに“住む家”を。困難を抱える人へ住まいを提供してきた母・ひとみ

岡山駅前の中心部からほど近い場所にある、阪井土地開発。母の阪井ひとみさんを代表として、娘の永松千恵さんとともに、少人数で営んでいます。主に市内のマンションやアパート、一戸建ての仲介や管理をする創業32年の不動産会社で、社会的に住宅の確保が難しいとされる人に、住宅のあっせんや賃貸提供をしています。

(画像提供/阪井土地開発)

(画像提供/阪井土地開発)

ひとみさんが住宅困窮者のサポートを始めることになったきっかけは、26年前。管理をしている物件に長く入居していた人がアルコール依存症を患ったことに始まります。その人をサポートする精神科医と接するようになり、社会的に生活が困難な人たちの住宅確保問題を知ったそうです。

「健康で仕事に恵まれた人は稼ぎがあって、連帯保証人の確保ができる。けれども、社会生活に困難を抱える人たちには連帯保証人の確保が難しい人が多い。そうなると住宅を借りること自体が一気に難しくなるということを母は知ったそうです」(千恵さん、以下同)

そこでひとみさんは、自社で管理する賃貸物件をあっせんして、住宅確保に困難を抱える人たちが段階的に自立した生活ができるようにサポートし始めます。しかし入居できる物件を探すなかで、オーナーさんの理解を得ることにハードルの高さを感じ、とうとう自社で1棟のマンションを購入し、貸主となって賃貸する決断をします。

「社会的に困窮している人たちに入居してもらい、自分たちが日々のくらしをサポートすることで、彼らの社会復帰につなげたい。自分らしく人生を生きた末に、自分の布団の上で最後の幕引きができるように、という母の使命感でした」

阪井土地開発が所有する、住まいの確保に困難を抱える人たちが入居するマンション「サクラソウ」(画像提供/阪井土地開発)

阪井土地開発が所有する、住まいの確保に困難を抱える人たちが入居するマンション「サクラソウ」(画像提供/阪井土地開発)

当初は精神障がいのある人のサポートから始まりましたが、現在、入居する人たちの幅は広くなっています。高齢者、避難先を必要としているDV被害者などの入居も受け入れるようになりました。

しかし、ひとみさんたちは不動産会社であるため、できることにも限界があります。例えば、当事者の権利擁護や、お金の工面法などについては弁護士さんや福祉事務所と連携してサポートをしているそう。さまざまな困難を抱える人たちを支えるために、相談支援専門員やケースワーカー、ケアマネジャーなどさまざまな人がかかわり、互いに協業をしているのです。

阪井土地開発をはじめとした、社会的困窮にある当事者の暮らしを支えるネットワーク(画像提供/阪井土地開発)

阪井土地開発をはじめとした、社会的困窮にある当事者の暮らしを支えるネットワーク(画像提供/阪井土地開発)

「その人の抱える課題の背景や程度に応じて、かかわる専門家や支援員が変わってきます。多くの方の支援をしていくなかで “住宅確保要配慮者”とひと言にいっても、それぞれのニーズがあり、一概には括ることができない、と感じました」

住まいに限らない、当事者たちを包括的に支えるネットワークをつくりたい

そのことに気づいたひとみさんは、住まいに直接関係する支援だけではなく、より包括的な支援を行うため、2015年にNPO法人「おかやまUFE(ウーフェ)」を立ち上げました。疾患や障がいがある人びとが安心して暮らせる地域づくりを目指し、障がいなどがある人や家族のためのカフェ「よるカフェうてんて」の運営や、シェルター事業などを始めます。

現在「よるカフェうてんて」は「うてんて」と名を変え、障がいのある人や生活困窮者などがサポーターとともに自ら運営する拠点となった。フードバンク拠点事業や「おかず」配布事業などを行っている(画像提供/NPO法人おかやまUFE)

現在「よるカフェうてんて」は「うてんて」と名を変え、障がいのある人や生活困窮者などがサポーターとともに自ら運営する拠点となった。フードバンク拠点事業や「おかず」配布事業などを行っている(画像提供/NPO法人おかやまUFE)

さらに、2017年には岡山県内にある空き家の活用と、住宅確保要配慮者を支援する機能を担う「住まいと暮らしのサポートセンターおかやま」の運営を始めました。

「社会生活に困難を抱える人たちは住まいを確保するだけではなく、自分らしく生きていくためにも、自立した生活をしていかなければなりません。そのために働く場所、地域の人たちと交流する場所が必要です。NPOではこの場所や機能を提供しています」

「“いいこと”をしているとわかっていても」葛藤する娘の気持ち

ここまで紹介したように、これまでひとみさんが行ってきたことは、社会生活に困難を抱える人たちの人生にかかわることであり、並大抵の想いや覚悟でできることではないでしょう。さらにいえば、ひとみさんが住宅確保要配慮者のサポートを始めた30年近く前の日本は、“普通”から外れた人に社会がもっと厳しかった時代。多様性を謳うここ数年の社会と比較すると、ひとみさんの取り組みはいっそう理解されにくかったことが想像できます。

幼いころからひとみさんの活動を目の当たりにしてきた千恵さんは、当時の日本で“普通”とされてきたことから離れた想いや行動に、娘として葛藤を感じていたといいます。

「知り合いの不動産屋さんに『お前のオカン、大丈夫なんか』って心配されるのです。そのことで、母にとっての当たり前は普通じゃないんだって知りました。不動産屋ならば、いわゆる“普通”のお客さんだけを入居させればいいのに何で?という思いでしたね」(千恵さん)

時には「やりすぎ」と感じた母・ひとみさんの取り組みを今は「やりたいならやればいいよ、と一歩引いて見ながら一緒に活動している」と語る千恵さん(写真撮影/SUUMO編集部)

時には「やりすぎ」と感じた母・ひとみさんの取り組みを今は「やりたいならやればいいよ、と一歩引いて見ながら一緒に活動している」と語る千恵さん(写真撮影/SUUMO編集部)

やがて千恵さんは社会人となり、さまざまな経験と社会の実情を知ることで、なぜ母が熱意を込めて住宅確保に配慮が必要な人たちのサポートをしてきたのか、理解を深めていきます。そして”母の取り組みは社会に必要なことなんだ”と感じて、ひとみさんの手伝いをするようになりました。

「一緒に活動をする弁護士や社会福祉士、行政組織などから『ひとみさんの活動は、さまざまなところで必要なんだよ』と言ってもらえることも多く、社会的に間違ってないんだな、と自信になりました」

“誰か”の突出した取り組みではなく、“誰でも”できるように展開する

今後、ひとみさんの情熱的な思いはどのように受け継がれていくのか。千恵さんはまだ先のことはわからないといいます。ただ一つだけはっきりと話してくれたことがありました。

「私たちの取り組みは、“ひとみさんだからできる”で終わりにしちゃダメなんです。岡山に限らず、全国にはたくさんの社会的困窮者がいて、住まいの確保に悩んでいます。さらに多様な時代になり、高齢化が進むなかで、困難を抱える人の数は増えています。多くの要配慮者への支援を継続していくためには、支援の選択肢を増やすべきであり、私たちの活動をもっと伝えていく必要があると思っています」

こうした思いから、現在千恵さんはこれまでの事例や自社の取り組みをより多くの人たちに知ってもらうため、全国で講演を行っています。また、入居者が家賃を支払えなくなった際に、保証会社が一定の家賃を立て替える「家賃債務保証」。住宅確保要配慮者の契約においても、多くの不動産会社がこの仕組みを導入できるよう保証の“平準化”を期待しながら具体的な活用例を伝えているといいます。

住宅確保要配慮者の入居までに必要な支援において、家賃債務保証の果たす役割は大きい(画像提供/NPO法人おかやまUFE)

住宅確保要配慮者の入居までに必要な支援において、家賃債務保証の果たす役割は大きい(画像提供/NPO法人おかやまUFE)

なにより、居住後の入居者支援やコミュニケーションにおいては「手を出さないで、目をかける」を合言葉に、管理会社として携わることの距離感を探っているそうです。

「のちのち大事にならないよう、入居する人たちのシグナルを初期の段階でキャッチするためのコミュニケーションは大切です。しかしながら、全てに手を出していては当事者の自立を妨げてしまいます。より多くの人・企業にサポートの輪を展開していくためにも、不動産会社が本当にやるべきことのラインを見極め、支援する度合いのベストな位置を探っていくことは大切だと思います」

住宅の確保が困難な人への居住支援を継続していくことは簡単なことではありません。収益や利回りを確保する視点だけでは行えない事業であることは確かです。

「いま、住宅確保要配慮者への支援に乗り出したいと考える会社からお声掛けいただく機会が増えています。私たちが提供できる情報やノウハウを惜しむことなくお伝えします。その人の生活を支える覚悟を持って取り組んでほしいです。住宅供給の担い手である不動産会社は、住まいを求めるすべての人がお客さんであり、すべての人が住まいを確保できるようにサポートしていく必要があると思います」

●取材協力
・阪井土地開発株式会社
・NPO法人おかやまUFE

外国人の賃貸トラブルTOP3「ゴミ出し・騒音・又貸し」、制度や慣習がまるで違う驚きの海外賃貸実情が原因だった!

日本に暮らす外国人は多くいるにもかかわらず、外国人が入居できる賃貸物件が少ないことが問題になっています。文化や生活習慣の違いから、トラブルになることを危惧して、外国人に部屋を貸したがらないオーナーや管理会社の担当者もいるようです。

今回は、外国人への入居サポートを行っている不動産会社イチイ 代表取締役の荻野政男さんと、グローバルトラストネットワークスの外国人住まい事業部 グローバル賃貸部 部長・尾崎幸男(崎は旧字体、以下同)さんに、外国人入居者との間に起こりやすいトラブルとその解決方法ついて話を聞きました。

日本に住む外国人の賃貸住宅事情は?

外国人が日本で家を借りようとするとき、さまざまな困難が存在します。
まずは、物件情報の取得が困難であること。

「ネットで物件を探せるサイトは複数ありますが、多言語で情報提供されているものはほとんどありません。日本語で物件を探そうとすると、日本語が得意でない外国人は得られる情報が限られてしまいます」と家賃保証をはじめとして、15年以上外国人に特化したさまざまな生活支援事業を展開しているグローバルトラストネットワークスの尾崎幸男さんは話します。

また、海外では通常、保証金として家賃1~2カ月分を支払えば契約できることがほとんどですが、日本では入居に際して家賃保証会社との契約が必要で、そのための審査があります。オーナーや管理会社によっては日本の現住所や電話番号がなければ借りられなかったり、緊急連絡先は日本人でなければダメだったり、留学生など仕事を持たない人は断られてしまうケースもあるようです。

「そもそも、海外では入居希望者がオーナーと直接やりとりすることが多く、不動産会社を介して契約を結ぶということ自体が不慣れです」と、韓国・中国・アメリカなどの外国人スタッフとともに外国人の入居サポートを行っていて、日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会 会長も勤める荻野政男さんは説明します。

何ページにも及ぶ契約書の内容を理解するのは、たとえ説明を受けたとしても、外国人が母国語以外の言葉で理解するのは困難でしょう。

さらに日本では敷金・礼金・仲介手数料・保証料などの費用が通常、家賃の5~6カ月分ほどかかります。初期費用があまりに高すぎて、家を借りること諦めざるを得ない人もいるのだとか。海外では電気・ガス・水道やインターネットなどのインフラ使用料は家賃に含まれていることが多いため、それらの契約を自分でやるのは初めてという人も多く、日本の慣れないルールや慣習に戸惑うことが多いのです。

日本での家探しでは、物件情報や日本独特のルールについて、日本語以外の情報が少ない。日本語が得意でない外国人には情報格差が生まれる可能性も(画像/PIXTA)

日本での家探しでは、物件情報や日本独特のルールについて、日本語以外の情報が少ない。日本語が得意でない外国人には情報格差が生まれる可能性も(画像/PIXTA)

外国人入居者に起こりやすいトラブルTOP3

イチイの荻野さんによると、入居後の外国人のトラブルトップ3は、「ゴミ出し」「騒音」「又貸し」だといいます。

「“ゴミ出し”は、日本のように細かくゴミの分別をしている国は意外と少なく、ゴミの分別に慣れていない人が多いです。日本より細かく分別する習慣があるのは、ドイツくらいではないでしょうか」(イチイ荻野さん)

「中国では、2019年から上海市を手始めにゴミを分別するようになりましたが、主にリサイクルゴミ、有害ゴミ、生ゴミ、乾燥ゴミの4種類のみ。ベトナムでも昨年ゴミを分別するルールができたそうですが、まだ馴染みがないようです」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

さらに、分別の仕方や回収日など、ルールが地域によって違う点もわかりづらく、ゴミ出しトラブルになる要素をはらんでいます。

ゴミ出しの仕分けやルールは複雑。自治体では日本語だけでなく、母国語で説明できるような資料の作成や、配布する仕組みが必要かもしれない(写真/PIXTA)

ゴミ出しの仕分けやルールは複雑。自治体では日本語だけでなく、母国語で説明できるような資料の作成や、配布する仕組みが必要かもしれない(写真/PIXTA)

“騒音”については、文化の違いや家のつくりが関係しているようです。日本人は自宅を「ゆっくり静かに過ごす場所」と考えている人が多いようですが、海外では自宅を社交場の一つとして「友人や知人を招いて楽しくおしゃべりする場所」だとする考え方が一般的である国も少なくありません。

「日本の家は外国の家に比べて壁が薄く音が漏れやすいんです。しかし、彼らはそんなことは知りません。これまでと同じようにしゃべっているだけでもトラブルになってしまうのです。また、母国にいる家族と電話で話そうとすると時差があるため、夜遅い時間に電話をして『声がうるさい』とトラブルになったケースがありました」(イチイ荻野さん)

日本の家の壁は薄くて音が漏れやすい。自宅に友人・知人を招いて楽しくおしゃべりのはずが、騒音トラブルになってしまうことも(写真/PIXTA)

日本の家の壁は薄くて音が漏れやすい。自宅に友人・知人を招いて楽しくおしゃべりのはずが、騒音トラブルになってしまうことも(写真/PIXTA)

日本では賃貸する期間を限定する定期借家契約よりも更新や中途解約が可能な普通借家契約が多く、「又貸し(転貸)」は契約で禁止される場合がほとんど。一方、外国では定期借家契約が多いために、移転などの理由で契約期間が残ってしまう場合、知り合いに又貸しすることが当たり前の国や地域もあるので、やってはいけないことだと知らない人も多いそうです。イチイの荻野さんによれば、かつては契約者以外の人がたくさん同居してしまうことなどもありましたが、今は少なくなってきているといいます。

「昔は日本の初期費用や家賃が外国人には高くて部屋を借りにくいという金銭的な問題が大きな背景としてありました。近年は母国の国力が上がってきたため、前ほどお金に困る人が少なくなっていることが理由として考えられます」(イチイ荻野さん)

さらに入居審査があることや、何ページにも及ぶ契約書の締結、日本人の連帯保証人が必要な場合や緊急連絡先の確保など、日本独特の習慣もあり、国内に知り合いのいない外国人にはハードルの高いものなのです。

他にもこんなトラブルが……

トップ3以外にもよくあるトラブルとしてグローバルトラストネットワークスの尾崎さんが挙げるのが「無断解約」です。
日本では、退去のときの「解約予告」や「原状回復」は当たり前のことですが、海外では、借家に家具や家電が備わっていることが多く、処分しなければならないことを知らずに置いたままにして帰ってしまう人もいるのだそう。

また、「家賃の入金確認ができない」トラブルも多いといいます。
尾崎さんによると、外国人が日本の銀行口座を開設しようとすると、入国後、半年間待たなければいけないことが多いそうです。銀行口座を持っていないと、振り込み手続きや送金手続きができず、家族や知り合いの口座から振り込んだりするケースが多いのだとか。

「家賃引き落としの場合でも口座がなければ、都度振り込んでもらうしかありません。その場合でも、他人の口座を借りて振り込みをして、振込名義人の名前が入居者と一致しないなどといったトラブルはよくあることです」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

いずれも金融機関の口座開設の審査が外国人に対して厳しすぎることが大きな原因の一つとなっているようです。

外国人が日本で銀行口座を開こうとすると、日本人よりも時間がかかる。本人名義で口座引き落としや振り込みができず、トラブルになることも(写真/PIXTA)

外国人が日本で銀行口座を開こうとすると、日本人よりも時間がかかる。本人名義で口座引き落としや振り込みができず、トラブルになることも(写真/PIXTA)

外国人の入居トラブルを回避する事前の策は?

このようなトラブルに対して、どのような解決策が検討できるのでしょうか。

「日本と母国の習慣の違いやルールを、事前にしっかりと説明して理解してもらうことに尽きます。日本語では伝わらないこともあるので、母国語の資料を用意しておく必要があるでしょう。加えて、文化や意識の違いを理解している外国人スタッフによる母国語の説明やサポートも大事です」(イチイ荻野さん)

尾崎さんは、家賃滞納や、無断解約などに対してリスクヘッジをするために、母国の家族と連絡を取るようにしているといいます。

「私たちは、審査段階で母国の家族の連絡先を取得し『保証人の代行をする、万が一何かあったときは弊社を頼ってください』と電話連絡をしています。こうすることで何かあってもお客様と連絡を取る手段を残すことができ、さらにご家族にも安心していただけます」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

グローバルトラストネットワークスが運営している外国人向けの不動産情報サイト。日本語や英語だけでなく、外国人が母国語で読める情報や母国語によるサポートを提供することで理解を深めてもらい、トラブルを回避することができる(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

グローバルトラストネットワークスが運営している外国人向けの不動産情報サイト。日本語や英語だけでなく、外国人が母国語で読める情報や母国語によるサポートを提供することで理解を深めてもらい、トラブルを回避することができる(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

また、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会でも、14カ国にわたる「部屋探しのガイドブック」(国土交通省/公益財団法人日本住宅管理協会 あんしん居住研究会 ほか)を作成して住まい探しをする外国人向けに配布しています。オーナー向けにも外国人受け入れのためのガイドブック作成し、利用促進を図っているそうです。

さらに、オーナーや管理会社にとっては、グローバルトラストネットワークスのように外国人専門の家賃保証会社を活用することも有効でしょう。同社では、多言語によるホームページやSNSで物件情報や初期費用などの情報提供や24時間ダイヤルサポート設置など、情報を得られる環境を用意することにも力を入れているそうです。

グローバルトラストネットワークスが提供する外国人に特化した家賃保証サービス。外国人の対応に不慣れな管理会社を多言語でサポートし、入居者、オーナー、管理会社、全てにとって安心できるサービスとなっている(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

グローバルトラストネットワークスが提供する外国人に特化した家賃保証サービス。外国人の対応に不慣れな管理会社を多言語でサポートし、入居者、オーナー、管理会社、全てにとって安心できるサービスとなっている(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

誤解と偏見をなくすために必要なことは?

これからの日本社会では、経済においても労働者問題に関しても、外国人の存在なくしては成り立ちません。生活習慣や言葉の違いを解決できれば、外国人に部屋を貸すことはリスキーではないとイチイの荻野さんはいいます。トラブルをなくすために、事前の説明や情報を届けること、生活面のサポートなどが重要です。

「外国人に丁寧に説明しようとすると当然時間がかかります。重要事項説明においても、適当に日本語で済ませてしまう不動産会社も多いのではないでしょうか。しっかり説明をしていないから、入居する外国人が理解できずにトラブルが起こるのです」(イチイ荻野さん)

公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会が実施した「外国人入居受入れに係る実態調査(2021年)」では、「契約内容について説明してもらっており、かつ内容を理解できた」人は67.3%だったという結果が出ています。

外国人入居者への賃貸借契約内容の説明状況

不動産会社から契約内容を説明してもらったか

契約内容はどのように説明されたか

外国人のうち約1割は、賃貸借契約の内容の説明を受けていないか覚えておらず、説明を受けた人でも1割は契約内容を理解できていない(資料/公益財団法人日本賃貸住宅管理協会「外国人入居受入れに係る実態調査報告書(2021年)」)

しかし、その問題の根本には、日本人のなかには外国人への差別意識がある人が少なくないことも否めません。例えば、仲介会社が管理会社に問い合わせをしても、入居者が外国人というだけで断られてしまうこともあるそうです。「そもそも外国籍であることを理由に入居を拒否するのは差別であり、人権に関わる問題だ」と荻野さんはいいます。

「外国人の入居は、空室対策のマーケットとして注力すること以上に、グローバル化に向けて外国人に対しての接し方や受け入れ方をもっと真剣に考えていく必要があると思います」(イチイ荻野さん)

「SDGsが注目されていますが、環境に関することだけでなく『不平等が発生しない』『誰一人取り残さない』という目標も意識して、多様性を理解する環境づくりがあっても良いのではないでしょうか」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

制度の構築とともに、ルールだけでなく、外国人を理解しようとする環境づくりも大事でしょう。

外国人入居者のトラブルは、情報が届かないことによる「知らない」「わからない」が原因となっているケースが多いということでした。また、管理会社をはじめ、私たちのなかにある、古い時代からアップデートされていない外国人に対するイメージが、根拠のない偏見や誤解を生んでいるようです。

日本の習慣やルールを外国から来た人にわかりやすく伝えるための工夫や、外国人を受け入れやすくするための仕組みや制度を整えることで、トラブルは回避可能です。そして、私たちにはトラブルを外国人のせいにするのではなく、自ら文化や習慣の違いを知って理解しようとする努力が必要とされています。そうすることが、オーナーや管理会社はもちろん、国際社会のなかで私たちが外国人と共存していくことにつながるのではないでしょうか。

●取材協力
・株式会社イチイ
・株式会社グローバルトラストネットワークス

自宅マンションにサウナ導入! ベランダ水風呂や施工費など気になることをサウナーに聞いてみた

自宅サウナといえば、お金持ちの家にあるものというイメージが先行しますが、最近では、さまざまな「プライベートサウナ(自宅サウナ・おうちサウナ・ホームサウナ)」が登場し、身近な存在になっています。では、実際にサウナがあるとどんな暮らしができるのでしょうか。サウナ好きが高じて自宅サウナをつくった中村さんと、アドバイスをした「SAUNaiDEA [サウナイデア]」代表で一級建築士の島田大輔さんに話を聞きました。

ととのう瞬間が好き。サウナのある暮らしは「最高!」中村さん宅のサウナ。1畳弱の、大人2人で入ることができるサイズ(写真提供/中村さん)

中村さん宅のサウナ。1畳弱の、大人2人で入ることができるサイズ(写真提供/中村さん)

自宅マンションにサウナをつくったのは、神奈川県で暮らす中村さん。妻とお子さんの3人暮らしで、自身が暮らす分譲マンションに、2022年秋プライベートサウナを完成させました。まず、念願のサウナのある暮らしについて、率直な感想を聞いてみました。

「最高、のひとことに尽きます。サウナ入りたいなと思ったら、すぐに入れる。しかも自分の好きな温度&湿度で……。平日であっても自分が外にいて、妻が家にいるときは『今日、サウナ入りたいから、電源を入れておいて』とお願いしています。今は、複数のアロマ水を用意して、ロウリュ(ストーブで温めたサウナストーンに水やアロマ水を掛けて蒸気を発生させて楽しむ入浴法)で香りをいろいろと楽しんでいますね」といい、現在は週2~3日のペースで自宅サウナのある暮らしをしています。

中村さん宅では、リビング横の部屋にサウナを設置(写真提供/中村さん)

中村さん宅では、リビング横の部屋にサウナを設置(写真提供/中村さん)

当初はサウナ設置に良い顔をしていなかった妻も、今ではすっかりハマっているほか、お子さんもサウナ&水風呂を楽しみ、家族みんなで「ととのって」います。いいなあ、「思いついたらサウナ」。しかも自分好みの温度に湿度、香りまで……ちょっと理想すぎます。

温度を低めにし、お子さんともサウナを楽しんでいます(写真提供/中村さん)

温度を低めにし、お子さんともサウナを楽しんでいます(写真提供/中村さん)

では、そもそも中村さんがサウナにはまったきっかけはどこにあったのでしょうか。
「もともと小さいころから温浴施設が好きで、ちょくちょく利用していたんですよね。でも、3~4年前だったかな、先輩サウナーに、サウナの本当の入り方を知っているか、と言われて。笹塚(東京都渋谷区)の『マルシンスパ』で交互浴を習ったんです。そしたらもうハマってしまって。ととのう瞬間がたまらないですね」と振り返ります。

「サウナにハマったことで、温浴施設のサウナの広さや湿度、温度、ストーブの種類などが気になるようになりました。サウナにはテレビがあったり、おしゃべりがOKだったり、施設によってそれこそさまざま。そのうち自分だけのサウナがあったらいいな、と考えるようになったんです」と中村さん。

サウナストーブはファンの多い老舗サウナメーカー「MISA(ミサ)」のもの(写真提供/中村さん)

サウナストーブはファンの多い老舗サウナメーカー「MISA(ミサ)」のもの(写真提供/中村さん)

そのうちに新型コロナが流行し、それにともなって、密を避けたい、多数の人が出入りする場所を避けたい、という思いも出てきたとのこと。
サウナは、楽しみ方が人それぞれ。おしゃべりしたい人もいれば、1人でじっくり楽しみたい人もいます。中村さんは後者で、できたらこぢんまりとサウナを楽しみたい派。より真剣にプライベートサウナを考えるようになり、インターネットで記事や動画を参考にし、どうすれば自宅サウナができるのか情報収集をしていたそう。
そんなときに見つけたのが、「SAUNaiDEA [サウナイデア]」代表で一級建築士でもある島田大輔さんのWEB記事。一級建築士でもあり、サウナ好きということに引かれ、すぐに連絡をしたのだといいます。今から約1年前のことです。

サウナ好き建築士にサウナ設計を依頼。移動可変もできるサウナが完成

「島田さんに連絡入れたときには、かなり真剣に検討していて、(1)マンションに自宅サウナはできるか、(2)付帯工事含めて、2人掛けのサウナを予算300万円以内でできるか、(3)スペースはどのくらい必要かと問い合わせました」(中村さん)と、予算と工期、スペースについて具体的に相談したそう。

連絡をもらった島田さん自身も、「サウナ好きは全員自宅にサウナを持ったらいいのに」「一戸建てやマンションのおうちサウナはこれから広がっていくのではないか」と考えていたタイミング。中村さんと話すうちに意気投合し、中村家サウナ導入計画が、加速していったのだといいます。

島田さんが自作した、島田さんの自宅サウナ。さすが建築士……(写真提供/サウナイデア)

島田さんが自作した、島田さんの自宅サウナ。さすが建築士……(写真提供/サウナイデア)

海外の書籍も参考に(写真提供/サウナイデア)

海外の書籍も参考に(写真提供/サウナイデア)

自宅サウナを楽しむ島田さん。自宅でも冷水浴が楽しめるように工夫した筋金入りのサウナー(写真提供/サウナイデア)

自宅サウナを楽しむ島田さん。自宅でも冷水浴が楽しめるように工夫した筋金入りのサウナー(写真提供/サウナイデア)

「中村さんのマンションの間取りを拝見し、ヒアリングしていくなかで、リビング脇にスペースがあったので、そこにサウナを配置するプランを考えました。設置場所に合わせて、サウナの窓や扉の位置、座面の高さなどオーダーメイドでつくっていった感じです。冷水浴は簡易プールをバルコニーに仮置きし、タイミングを見ながら排水、終わったら片付けるというプランになりました」と島田さん。

島田さんによる設計図。手書きで、緻密に構成されています(写真提供/サウナイデア)

島田さんによる設計図。手書きで、緻密に構成されています(写真提供/サウナイデア)

サウナストーブは中村さんが希望する「MISA」社製を購入。電源として200Vの増設工事を行い、サウナストーブをコンセントをつないでいます。サウナ設置工事そのものは1~2日で終了。このサウナ、設置が楽なだけでなく、移動や可変もできるすぐれものです。

完成した中村さん宅のサウナ。マンションに設置できるコンパクトサイズです(写真提供/サウナイデア)

完成した中村さん宅のサウナ。マンションに設置できるコンパクトサイズです(写真提供/サウナイデア)

注意点は子どもの声と排水。室内は不燃材を

前述しましたが、当初、妻はサウナ設置に反対していましたが、押し切って話を進めたかたちでした。それでも、実際に設置してしまえばたちまちサウナに魅了されたのは、サウナのスゴさな気がします。

では、大変なこと、困ったことはないのでしょうか。

「やはり水風呂ですね。常設ができないので、後片付けが必要になります。ポタポタと水滴が落ちるので掃除が必要です。あとは……子どもが水風呂に盛り上がりすぎて、声がついつい大きくなってしまうことでしょうか(苦笑)。苦情となってしまい、下階のご家庭にお詫びに行きました。水風呂を排水するときも、下の階に水音などでご迷惑にならないよう、時間をかけて、かなり留意して行っています」(中村さん)

バルコニーで水風呂、最高すぎます! これは島田さん宅の水風呂(写真提供/サウナイデア)

バルコニーで水風呂、最高すぎます! これは島田さん宅の水風呂(写真提供/サウナイデア)

島田さん自身は、分譲マンションでのサウナ設置の留意点として、
(1)マンションの管理組合の規定に違反していないか確認すること
(2)室内内装材が不燃になっているかということ
(3)地域の条例に違反していないかを確認すること
(4)必要であれば消防署に許諾をとること
(5)漏電処理をきちんとすること
を徹底し、プロにきちんと相談してほしいといいます。

「そもそもですが、マンションは集合住宅なので、管理規約を守ることが大前提になります。またプライベートサウナの設置が可能かどうかは、自治体によって異なるため、お住まいの行政に確認してください。やはりサウナでトラブルや事故が起きてほしくないので」といいます。

島田さん自身はこうした住まいや別荘のサウナをはじめ、オフィスサウナ、リゾート施設やサウナ専門施設、サウナに特化した宿泊施設の設計や監修を数多く手掛け、サウナがある暮らしを提案しています。
「家のなかでも、デッドスペースになっている箇所、活用できていない場所って多数、あると思うんですよね。例えば、マンションの一室やウォークインクローゼットなど。そこも実はサウナにできると思います。特別なものではなく、できるだけ身近な存在にしていけたらいいなと思っています」(島田さん)

クローゼットを活用して、自宅サウナを設置した例(写真提供/サウナイデア)

クローゼットを活用して、自宅サウナを設置した例(写真提供/サウナイデア)

SUUMOジャーナルでは建築家の谷尻誠さん、SUUMOお役立ちではタレントの高橋茂雄さんのサウナのある暮らしをご紹介してきましたが、正直、「いいなあ……お金持ちは」という憧れで終わっていました。ただ、ウォークインクローゼットや押入れにサウナができ、しかも100万円以内となればぐっと身近になります。デジタル・デトックスやマインドフルネス、住まいのウェルビーイングの大切さ、心身の健康の価値が高まる今、「サウナリノベ」、十分、アリなのではないでしょうか。

●取材協力
サウナイデア

50代人気ブロガーRinさんがコンパクト平屋に住み替えた理由。暮らしのサイズダウンで夫婦円満に

50代でマンションから平屋に住み替え、人気ブログ「Rinのシンプルライフ」で暮らしを発信しているRinさん。
“一戸建てマイホーム”といえば、「2階建ての3LDK以上」といった既定路線があったが、70平米前後のコンパクトな平屋がじわじわ需要を伸ばしている。ミニマムな広さと価格で、自分らしい豊かな暮らしを実現できる「コンパクト平屋」の可能性とは?
Rinさんが平屋を選択した理由と6年ほど経ったいまの暮らしを聞いてみると、介護に携わってきたRinさんならではの賢い選択が見えてきた。

Rinさん 介護支援専門員・介護福祉士・防災士の資格を持ちながら、シンプルな暮らしを実践し発信する人気ブロガー。2018年6月に完成した千葉県の平屋で夫婦二人暮らし(写真提供/Rinさん)

Rinさん
介護支援専門員・介護福祉士・防災士の資格を持ちながら、シンプルな暮らしを実践し発信する人気ブロガー。2018年6月に完成した千葉県の平屋で夫婦二人暮らし(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

子育て時期は、通学・通勤に便利なマンション暮らしを選択

娘の高校進学をきっかけに、Rinさん夫妻が購入したのは駅に近い約80平米のマンションだった。結婚当初は賃貸暮らしだったが、娘の通学の便を考え住宅購入を検討することに。一戸建てかマンションか悩んだそうだが、共働きなので駅、銀行、スーパーなど商業施設、病院が徒歩圏内にあることが必須、そして、娘の個室も確保できる広さを求めるとなると、一戸建てはそもそも3人に便利な地元駅近くになく、「予算的にもマンションの選択肢しかありませんでした」

「夫の実家が一戸建てで、長男なので将来帰ることになりそうでしたし、そのとき売ることも考えると、当時はマンションがベストでした」(Rinさん)

以前住んでいたマンションは2LDK(約80平米)(写真提供/Rinさん)

以前住んでいたマンションは2LDK(約80平米)(写真提供/Rinさん)

やがて子どもが独立。整理整頓後の理想は「小さな住まい」に

10年ほど住んだころ、子どもが就職し独立した。
その間にRinさんは整理収納アドバイザーの資格を取得していて、「子ども部屋の片付けや使わないモノの整理整頓をしていくうちに、ムダなスペースが見えてきました」

使わないスペースにもホコリが溜まるし、冷暖房費もかかる。何より日常の家事動線がスムーズではなくストレスになる。
「10年住むと水回りなど設備交換がしたくなります。リフォームも検討しましたが結構な費用がかかることがわかったので、いっそのこと小さな家に住み替えたいと思いました」

夫の実家には義妹が同居することになったことも、住み替えへの追い風となった。

住み替え先としてマンションも候補になったが、当時住んでいたエリアのほとんどはファミリー用のマンションで、それまでの家よりコンパクトなマンションは探せなかったそう。

整理収納アドバイザーの資格を取得しているRinさん、キッチン収納も美しい(写真提供/Rinさん)

整理収納アドバイザーの資格を取得しているRinさん、キッチン収納も美しい(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

3駅ずらして郊外へ。土地と平屋を予算内で購入

小さなマンションが無理なら「ずっと夢だった平屋を建てたい」気持ちが高まったという。

「実は、生まれ育ったのが平屋でした。子どものときは階段のある2階建てを羨ましく思ったこともありましたが、振り返ると洗濯物干しや居室とリビングでの上下移動がなくて暮らしやすかったんです。マンションも便利ですが、平屋なら駐車スペースまで玄関から数歩の距離。買い物が重くてもオッケー。ゴミ出しも近いです。
マンション住まいは管理組合の規則に従うのがルールです。大規模修繕になったらバルコニーの植木鉢を運び入れたりしなければなりませんが、年をとったら自力では無理だと思っていました」
そして「階段がないと動線がラクで『平屋は過ごしやすかったよね』と実姉とよく話していたんです」とRinさんは振り返る。

「予算内だったら建てるのもいいよね」と夫も賛同した。
土地探しから始めたRinさんだったが、最初は本当に建てられるという自信はなく軽い気持ちだったそう。この後どのぐらい稼げるか、老後にいくら必要か、ある程度予測をつけられるのが50代。夢だったとはいえ、予算は限られる。
「でも、マンションを試しに査定してみたら、予想より1,000万円くらい高く売れそうだとわかってびっくり。なんとかなりそうだと思いました」

当時は夫妻とも通勤の必要があった。駅から歩けること、商業施設が豊富、といった生活利便性への条件は変わらなかったが、最寄り駅を2、3郊外にずらせば予算内で一戸建て用地を探せることがわかってきた。
「運よく50坪(約165平米)ほどの土地を見つけられて、購入することができました。自宅マンションもスムーズに売却できました」(Rinさん)

外観パース。徹底してシンプル(画像提供/Rinさん)

外観パース。徹底してシンプル(画像提供/Rinさん)

建築面積約60平米、建築費1,600万円台。以前のマンションより2割ほど狭くなった。夫の社用車と自家用車の2台分の駐車スペースが必要だったのも、一戸建てを選んだ理由のひとつ。「でも、夫の退職後は社用車がなくなり、高齢になったら自家用車も手放します。そのときのためにも駅から歩ける場所にこだわりました」(Rinさん)(画像提供/Rinさん)

建築面積約60平米、建築費1,600万円台。以前のマンションより2割ほど狭くなった。夫の社用車と自家用車の2台分の駐車スペースが必要だったのも、一戸建てを選んだ理由のひとつ。「でも、夫の退職後は社用車がなくなり、高齢になったら自家用車も手放します。そのときのためにも駅から歩ける場所にこだわりました」(Rinさん)(画像提供/Rinさん)

広さと豪華さはいらない。家事がラクな住まいを追及

家事がラクにできる住まいを熱望したRinさんが選んだのは、全国に展開し、平屋タイプも積極的に展開しているハウスメーカーだった。

「モデルルーム見学は楽しかったです! ですが、家事にムダのないシンプルな平屋が建てたい、という希望を理解してもらえるハウスメーカーさんは少なくて。『この広さならもっと広い家が建てられます』『坪あたり建築費もおトクになります』って各社さんが言うなかで、担当者が要望に沿ったプランを提案してくれたのが印象に残りました」

「介護士の経験から、室内で温度差が生まれにくい全館空調を推奨しているのも決め手でした。高血圧の夫のヒートショック現象が心配でしたし、寒がりな私にも魅力的なポイントでした」

建築時の様子(画像提供/Rinさん)

建築時の様子(画像提供/Rinさん)

キッチンからリビングと和室が見渡せる。「夫は家づくりにノータッチ。設計の打ち合わせは全面的に任せてくれました」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

キッチンからリビングと和室が見渡せる。「夫は家づくりにノータッチ。設計の打ち合わせは全面的に任せてくれました」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

「小上がりにした和室を気に入ってくれて、いつも寛いでいますよ」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

「小上がりにした和室を気に入ってくれて、いつも寛いでいますよ」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

天井に埋め込まれたエアコンが家全体の排気と給気をコントロールしている(写真提供/Rinさん)

天井に埋め込まれたエアコンが家全体の排気と給気をコントロールしている(写真提供/Rinさん)

老後が身近になる50代。何もかもめんどうになる前に最後の家づくり

早ければ40代後半から、多くの場合は50代になると、親の老いが身近になってくる。
元気だった両親も徐々に体力が衰える。気力が萎えてくる。片付けがおっくうになる。新しいことに手が出せない。そんな両親の変化が、やがて来る自分の未来と重なってくる。

さらに介護の仕事に携わるRinさんにとって、老後は現実世界だ。
「住み替えの決断をできて、引越しという大仕事をやり遂げられる50代が最後のチャンスになると思いました」と、夢だった平屋の建築に取り掛かった。

「年をとると書類1枚書くのも面倒になるんですよ。不動産購入契約、建築請負契約、住宅ローン締結……、ややこしい手続きや書類に立ち向かう気力が50代ならまだあります」

「子育て世代ための住まいには、老後には不向きなこともある。たとえば子どものオモチャやスポーツ道具をたくさん収納できる大きな納戸。奥から重いものを持ち運ぶなんてできなくなります。扇風機のような季節家電が入るくらいの奥行きがあれば十分。洋服も若いときほど多くなくていい。洋服全部が一目でわかるように収納できると厳選できます」

「かっこいいインテリアであふれた住まいも、私の希望にはありませんでした。光いっぱいの大きな窓にドレープたっぷりのカーテン、メンテナンスに気を遣えるうちはいいのですが、ガラス窓の掃除は大変です。カーテンの洗濯と干す作業も重労働。できなくなると湿気でカビが生えて健康被害の原因になります。そんなお家をたくさん見てきました」

寝室からつながる夫婦のクローゼット。左右を夫、妻それぞれで使用している。寝室→クローゼット→洗面所→ランドリースペースまで洗濯動線一直線。引き戸なので、ドアが邪魔になることもない(写真提供/Rinさん)

寝室からつながる夫婦のクローゼット。左右を夫、妻それぞれで使用している。寝室→クローゼット→洗面所→ランドリースペースまで洗濯動線一直線。引き戸なので、ドアが邪魔になることもない(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

キッチン横のパントリー。奥行きが浅く、全部見渡せるので何があるのか忘れない(写真提供/Rinさん)

キッチン横のパントリー。奥行きが浅く、全部見渡せるので何があるのか忘れない(写真提供/Rinさん)

「我が家でラッキーだったのは、夫が年下で住宅ローンを組める年齢だったこと。娘の教育費がかからなくなったぶん、余裕が出てきたころでもあります」(Rinさん)。

多くの金融機関では70歳までに住宅ローン返済を終えることを理想としている。Rinさん夫妻は夫名義で10年で完済する予定で住宅ローンを組んだのだそう。

一方で、年齢を重ねると病気がちになり、住宅ローン締結に不可欠な団体信用生命保険が締結できないリスクも増えてくる。
「夫には成人病の不安がありましたが、無事に保険審査が通りました。考えたくもないですが、夫に何かあったあとも私の住まいが確保されるので子どもにも心配をかけなくて済むので安心ですね」と、Rinさんの笑顔は晴れやかだ。

宅配ボックスは大型のものをチョイス。個人宅用だからマンションの共用部の宅配ロッカーのように満杯なことがない。部屋まで運びやすいのも平屋ならでは(写真提供/Rinさん)

宅配ボックスは大型のものをチョイス。個人宅用だからマンションの共用部の宅配ロッカーのように満杯なことがない。部屋まで運びやすいのも平屋ならでは(写真提供/Rinさん)

マンションか一戸建てか!? 防犯・防災面では一長一短

年をとっても段差がなく安全に住めるという点は、マンションも平屋も同じ。
では、防犯・防災面ではどのように考えているのか、防災士資格も持つRinさんに尋ねてみた。

「多くのマンションはオートロックですし、上層階なら通行人が窓の前を通り過ぎることもありません。防犯面ではマンションの方が安心かもしれません」

「ですが、高齢者の住まいとしてはライフラインの確保が大事です。いったん災害が起こって水や電気ガスが止まったとき、特に高齢者には一戸建ての方が生活を維持しやすいと考えています。エレベーターを使えなくなったらマンション高層階住民は重い水や食料の買い出しが難しい。自宅のトイレが使えず地上まで降りなければならないような場合、水分を控える高齢者もいて、あっという間に体調が悪化してしまう。助けを呼びやすい点でも、一戸建ての方が優れているのではないでしょうか」

玄関ホール、トイレ、ランドリー室などは換気ができる滑り出し窓にした。ホコリが溜まるブラインドもなし。室内の様子がわからないようにくもりガラスを選択(写真提供/Rinさん)

玄関ホール、トイレ、ランドリー室などは換気ができる滑り出し窓にした。ホコリが溜まるブラインドもなし。室内の様子がわからないようにくもりガラスを選択(写真提供/Rinさん)

寝室や風呂場などにはFIX窓(はめ殺し窓ともいわれる開閉できない窓)。こちらも、くもりガラス(写真提供/Rinさん)

寝室や風呂場などにはFIX窓(はめ殺し窓ともいわれる開閉できない窓)。こちらも、くもりガラス(写真提供/Rinさん)

「マンションと一戸建て、それぞれ一長一短ありますが、我が家では防災時のリスク軽減も考えて平屋を選びました。防犯面も、侵入者が隠れられるような塀は建てない、侵入口になる大きな窓は最小限にする、など工夫をしています」。一般的に平屋は2階がない分、建物が安定するため支えやすい。地震が起きてもダメージが小さいので、東日本大震災や熊本地震後、平屋に注目する人は増えている。

「ご近所や友人、娘が来てくれて寛げるような空間作りも心掛けました」というRinさん。周囲の人の見守りも、セキュリティの一端を担うはずだ。

出入りできる大きな窓はリビングと和室のふたつだけ。カーテンが少ないと洗う手間が省ける(写真提供/Rinさん)

出入りできる大きな窓はリビングと和室のふたつだけ。カーテンが少ないと洗う手間が省ける(写真提供/Rinさん)

暮らしがシンプルになるコンパクト平屋は、夫婦円満のとっておきアイテム

平屋に暮らし始めて6年ほど。Rinさんが住まいに求めていた「家族仲良し」は現在進行形だ。

「いま思うと、前のマンションではイライラすることが結構あったなあって。だって、自分も働いているのに夫は家事にあまり協力してくれない。子どもがいたこともあってモノがあふれていて、必要なときにすぐ見つけられない。疲れちゃっていましたね」

必要なものだけを厳選し、家事動線を整えた平屋暮らしになったいま、夫婦の仲良しレベルがアップ。
「モノが少ないと、すぐ掃除できるんですよ。掃除機をかける前に、まず散らばっているモノを片付けたり、家具を移動しなきゃいけなかったりするから面倒になるんです。床面が広がっていたら掃除機もすんなりです。洗濯物干しも、洗濯機から出してすぐ掛けられるバーがあると楽ちん。家事ストレスが減ったので、夫に優しくなれた気がします」と笑うRinさん。
さらに、何をどうすればいいのか “家事の見える化”が進んだ結果「夫が自然に家事をできるようになりました。お互いの様子を感じ取れる住まいということもあるのでしょうね」

リビングと和室のテーブルを繋げると10人は楽に座れる。和室の段差は30cmほどで、腰掛けておしゃべりするのにちょうどいいそう。「段差があるとリビングのホコリが和室に入り込まない効果もあるんですよ」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

リビングと和室のテーブルを繋げると10人は楽に座れる。和室の段差は30cmほどで、腰掛けておしゃべりするのにちょうどいいそう。「段差があるとリビングのホコリが和室に入り込まない効果もあるんですよ」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

キッチン(写真提供/Rinさん)

キッチン(写真提供/Rinさん)

Rinさんの計算外だったのは「庭で野菜づくりを楽しむ自分」。当初、庭を全面コンクリートにするつもりだったが、外構工事の担当者に「いずれ土いじりをしたくなりますよ」とアドバイスされ、半信半疑ながら一部だけ花壇にしたのだそう。

「夫はまだ通勤していますが、自分は自宅での仕事が多くなりました。知人に教えられて花壇で野菜づくりを始めてみると、植物の成長がとても楽しい。時間に余裕が出てくると自然に触れたくなるものなんですね。そういう意味でも、平屋を選んでよかったです」

夫妻の暮らしはこれからも変わっていく。
「ゆくゆくは高齢者施設への入居も視野に入っています」とRinさん。50代からの暮らしに喜びをもたらし、ゆるやかな変化も包みこむコンパクト平屋には、理想の住まいの形があった。

●取材協力
Rinさん
ブログ「Rinのシンプルライフ」

シングルマザーの賃貸入居問題、根深く。母子のためのシェアハウスで「シングルズキッズ」が目指すもの

ひとり親世帯の住まい探しでは、オーナーや不動産会社から収入面に不安を持たれたり、子どもだけで過ごす時間が多く危ないのではないかなど、偏見から入居を断られるケースもあり、容易ではありません。中でも、母子世帯の住まい探しは父子世帯よりも困難だといいます。こうした問題を少しでも軽減して、親子が共に楽しく幸せに暮らすことをミッションにかかげる企業があります。

シングルマザーとその子どものためにシェアハウスを提供する「シングルズキッズ」の代表取締役である山中真奈さんに、母子シェアハウスの仕組みや、事業を立ち上げた背景、現在そしてこれからの取り組みについて話を聞きました。

都道府県を越える引越しも検討。ひとり親が求める住まい

日本でのひとり親世帯は、年々急増しています。内閣府発表の「男女共同参画白書 令和元年版」によると、ひとり親世帯は1993年から2003年までの10年間で、94.7万世帯から139.9万世帯と約1.5倍に増加し、それ以降、同水準で推移しています。
その中でも、母子世帯数は父子世帯と比較して増加傾向にあり1993年はひとり親世帯の約8割だったところ、2016年には8.5割まで増加しています。

(画像出典:内閣府「男女共同参画白書 令和3年版」)

(画像出典:内閣府「男女共同参画白書 令和3年版」)

また所得格差も課題です。厚生労働省が発表した「2021年度(令和3年度)ひとり親世帯等調査結果報告」によると、父子世帯は518万円であることに対し、母子世帯の平均年間収入は272万円と約2倍近く開きがあることから、収入格差もうかがえます。さらに母子世帯の4割以上は非正規雇用であるため、一般の賃貸住宅に入居したくても入居審査が通らないなど、住宅探しは困難を極めます。一方の公的賃貸住宅(公営住宅や地域優良賃貸住宅、URなど)に入りたくても、母子世帯の声として多く挙がるのは「希望の公営住宅に当選しない」というものです。

こうした母子世帯の住まいの問題を解決するために立ち上げられたのが東京都の世田谷区上用賀にある「MANAHOUSE(マナハウス)上用賀」。シングルズキッズが運営する母子シェアハウスの一つです。1軒家の中には、全部で9室あり、ここに入居する人たちはひとり親世帯の母子と単身女性。さまざまな事情を抱えた母子が一同に集まり暮らす賃貸型、地域開放型のシェアハウスです。ここで山中さんは、悩み苦しみながらも立ち上がろうとする母子たちを真摯にサポートしています。

なぜこのような取り組みをしているのでしょうか。そこには自身の苦しい体験がありました。

「複雑な家庭で育ち、親への愛情を求めて苦しみながら青年期を過ごしました。大人になり、友人の子どもたちが離婚によって両親の間でたらい回しになっているところを見て、“親の理不尽な都合で子どもたちが傷つく様子をなんとかしたい”と強く思ったんです」(山中さん、以下同)

シングルズキッズ代表取締役の山中真奈さん。提供したいのは、家というただの箱ではなく「人のつながり」だと話す(画像提供/シングルズキッズ)

シングルズキッズ代表取締役の山中真奈さん。提供したいのは、家というただの箱ではなく「人のつながり」だと話す(画像提供/シングルズキッズ)

さらに、不動産仲介会社に勤務しているとき、シングルマザーが家を借りることがあまりに難しいという場面に何度も直面したことが後押しし、山中さんは“私にできること”として、「シングルズキッズ」を立ち上げたのだそうです。

山中さんによれば、「入居したい、話を聞きたいと問い合わせをくれる人には、世田谷区外の人、地方から上京を検討している人も少なくない」と言います。子育て世帯の多くが子どもの保育園や小学校への通いやすさや友人関係などを考え、現居住地の周辺で住まいを探す傾向があることとは少しギャップがあるようです。

「例えばDV被害者であれば、現居住地の周辺で避難をしても相手や家族から追い続けられるリスクがあります。遠方に引っ越すなどして完全離別ができないと問題の解決に繋がりづらいんですね。こうした事情から、今暮らす場所から離れた拠点を探すひとり親世帯がいます」

全部で9室ある「MANAHOUSE上用賀」の間取図。2階建ての戸建をシェアハウスとして利用している(画像提供/シングルズキッズ)

全部で9室ある「MANAHOUSE上用賀」の間取図。2階建ての戸建をシェアハウスとして利用している(画像提供/シングルズキッズ)

また、仕事を求めて地方から上京を検討する人も少なくありません。母子だけで生活するには、まとまった生活費の確保が必要です。しかし、仕事を探しても、地方では母子で生活するのに十分な給与が得られる仕事の選択肢が少ないことも。そこで首都圏に移転して就職し、給与水準を上げることで母子だけでも暮らしていけるようにしたいと考え、首都圏にあるシングルズキッズのシェアハウスへ転居を希望するのです。

地域に合わせて育つ、シングルズキッズの母子シェアハウス

シングルズキッズが運営する母子シェアハウスは、現在5カ所。同じ賃貸型母子シェアハウスでも、それぞれ個性があります。

「MANAHOUSE上用賀」の共用リビング。入居者や近所に住む人、サポートする人たちが出入りすることもある(画像提供/シングルズキッズ)

「MANAHOUSE上用賀」の共用リビング。入居者や近所に住む人、サポートする人たちが出入りすることもある(画像提供/シングルズキッズ)

例えばMANAHOUSE上用賀は、家賃とセットで共益費4万5000円(入居する子どもの数に応じて追加)を支払うことで保育・家事サービスを受けられます。管理人として70代シニアや主婦の方が勤務しており、食事の提供、保育園のお迎えサポートの他、多様なサポートを行っています。他の4カ所は住まいの提供のみで、お母さんたち同士で共同生活を営んでいます。

シングルズキッズの代表取締役・山中真奈さん(左)と、保育士資格を持つMANAHOUSE上用賀の元管理人・関野紅子さん(右)(画像提供/シングルズキッズ)

シングルズキッズの代表取締役・山中真奈さん(左)と、保育士資格を持つMANAHOUSE上用賀の元管理人・関野紅子さん(右)(画像提供/シングルズキッズ)

山中さんは「困っている人のために提供している場所であるとはいえ、シェアハウスは、合う人・合わない人がいる」と話します。生活を続けるために、入居を希望する者にとって家賃負担が重すぎないかどうかも確認しているそう。

「私たちは母子の金銭面や生活面など、全面支援をするシェルター事業とは異なります。各々が自立して生活をする共同生活支援なのです。そのため、入居の際にメリット・デメリットをきちんと話したうえで、お互いに協力が必要なことなどについても確認をしています」

シェアハウスは共同生活。互いに気持ちよく暮らすために、心得とルールをしっかり守ることが求められます。そして「言った言わない」で揉めないためにも、ルールを目で見てわかる形で示し、相互に確認できるようにしているそうです。

「入居後に困ったときやトラブルが発生しそうなときには、メンタル面でのサポートに力を入れます。ここが一番力を入れたいところであり、難しいところ。オーナーシップが求められると感じています。

お母さんたちはこれまで心身に逃げ場がない状況で生きてきたのです。母子シェアハウスは共同で暮らすメリットがある一方、問題や揉めごとが起きると再び厳しい精神状態に追い詰められてしまうことも。そんなときは私が一家の主(あるじ)として父親のような役割を担います。方針を示しながらみんなの前に立って根気強く向き合って解決すること。住まいを提供する以上に、心の面で寄り添いながらしっかりサポートすることは、お母さんたちが自立して生活するために最も必要としているものです」

「デコ」と「ボコ」がハマる関係を家主と共につくる

シングルズキッズでは母子だけではなく、シニアや学生など多世代の人がシェアハウスの運営に関わる取り組みも進めています。

「世代やお互いの課題、ニーズが異なることによって、お互いにできること・できないこと、得意なこと・苦手なことがある。お互いの凸凹(デコボコ)がうまくハマると、感謝につながり、良いコミュニティになります。だからこそ、同じ課題の人を集めたハウスではなく、多世代型のシェアハウスが求められていると思います」

サポートするシニアの人が母子たちの夕食づくりをする(画像提供/シングルズキッズ)

サポートするシニアの人が母子たちの夕食づくりをする(画像提供/シングルズキッズ)

日々「やったほうがいいけれど、行き届かずにこぼれ落ちてしまう」家事や育児などを、リタイアしたシニア世代が「社会参画」の一つとしてサポートしたり、子どもとの触れ合いに興味がある大学生がボランティアとしてサポートしたり、と互いが支え合っていくのです。

シニアのサポーターは「甘えさせてくれるおじいちゃん・おばあちゃんのような存在」で、子どもたちに大人気。抱きつかれて大喜びする姿が印象的(画像提供/シングルズキッズ)

シニアのサポーターは「甘えさせてくれるおじいちゃん・おばあちゃんのような存在」で、子どもたちに大人気。抱きつかれて大喜びする姿が印象的(画像提供/シングルズキッズ)

ひとり親家庭、特に母子家庭が貧困や孤独に苦しみながら生活している事実は、十分には知られていません。

「日本の母子家庭における母親の就労率は、諸外国よりも高いのに、母子家庭貧困率が非常に高い。子どもの貧困が7人に1人といわれていて、その多くは母子家庭なのです」

こうした事実を知り「自分ごと」と捉え、何かできることはないか、と手を差しのべる人も多いそうです。2023年6月にシングルズキッズが管理・運営をサポートする形で新たに立ち上げる「みたか多世代のいえ」はシニア世代が“最期まで私らしく暮らす“をテーマにした多世代型シェアハウス。オーナーの村野氏はシニア世代の在宅医療(訪問診療)を行っている医師で「シニア世代に子どもや社会と関わり合いながらイキイキと暮らしてほしい。日常的な関わりができるようシングルマザーも住めるようにしたいのでサポートしてほしい」と山中さんに協力依頼をしてくれたのだそうです。

「みたか多世代のいえ」のイメージ。開かれた家で、地域の人たちやシニア、子どもたちとの交流にあふれる家を目指す(画像提供/シングルズキッズ)

「みたか多世代のいえ」のイメージ。開かれた家で、地域の人たちやシニア、子どもたちとの交流にあふれる家を目指す(画像提供/シングルズキッズ)

「みたか多世代のいえ」には、カフェライブラリや吹き抜けのある遊び場、シニアの部屋も備える(画像提供/シングルズキッズ)

「みたか多世代のいえ」には、カフェライブラリや吹き抜けのある遊び場、シニアの部屋も備える(画像提供/シングルズキッズ)

「お互いさま」の社会で、子どもたちをハッピーに

シングルズキッズが運営する母子シェアハウスでは、自然発生的に起きるコミュニケーションや関係性を大事にし、ルールでがんじがらめにするのではなくできるだけ居住者に運営を任せるようにしています。

「シェアハウス内で共同生活をしている際に“ルールは守りましょう”と話しますが、関わり方は実にそれぞれなんですよね。シェアハウス内で、“小さな子どもが好きだから”と、他の子どもたちのお世話をする中学生もいれば、“1人になりたい”と部屋にこもる子もいる。でも、それで良いのです。関わりたい人が関わり、お互いに助け合う。そういう関係が生まれる環境が、1人で頑張っているお母さんを救ってくれるし、子どもたちもイキイキと暮らすことできると思うのです」

子どもたちも一緒に食事づくり。まわりの大人や子どもと自然に協業していく(画像提供/シングルズキッズ)

子どもたちも一緒に食事づくり。まわりの大人や子どもと自然に協業していく(画像提供/シングルズキッズ)

さらに今後の展望について山中さんは続けます。

「日本の社会課題の一つとして母子家庭も高齢者も“孤立”してしまうことが挙げられると思います。ひとり親に限らず多世代・多コミュニティが互いを支え合う環境になれたら、孤立せずに大人も子どもも楽しくハッピーに過ごせますよね。そのために最も大切なことの一つが暮らす環境を整えること。そして幸せに暮らす多世代の姿をたくさん眺めることが私の夢です」

異なる年齢の子どもたちが、ボランティアの学生と共に遊ぶ(画像提供/シングルズキッズ)

異なる年齢の子どもたちが、ボランティアの学生と共に遊ぶ(画像提供/シングルズキッズ)

山中さんは「私が何か助けてあげている訳ではない。みんなが“お互い様”」「明日は我が身」だと言います。突然身寄りがなくなったり、心身が不自由になったりすることもあれば、離婚してひとり親家庭になったり、暴力やDVを受けたりすることもあるかもしれません。そのようなときに、シングルズキッズの営むシェアハウスのような支え合いの仕組みがあれば、きっと心強く、そして楽しく暮らしていけるのではないでしょうか。

●取材協力
シングルズキッズ株式会社

”自宅サウナ”約1平米からマンションでも設置可! 水風呂、ととのいスペースの動線のコツ、DIYの問題点は?

サウナを愛してやまない“サウナー”たちの夢といえば、自宅にサウナを設置する「プライベートサウナ(自宅サウナ・おうちサウナ・ホームサウナ)」ではないでしょうか。今回は、プライベートサウナ・業務用サウナを取り扱う株式会社メトスの佐野貴司さんに、サウナの最新事情や、サウナーの夢をかなえるプライベートサウナ設置のための価格と工期、注意点などを伺いました。

“自宅サウナ”を設置したい! どうしたらいいか聞いてみた

年齢や性別などを超えて、サウナを満喫する人が増えています。ただ、コロナ禍でサウナブームが加速したこともあり、温浴施設のサウナが密になるのが気になったり、時間制/抽選制になったりして、思う存分楽しめない、もっと自由にサウナを楽しみたい、と考えている人は多いことでしょう。

そんなストレスが無用なのが、“自宅サウナ”です。このところ、サウナがついている物件やサウナを導入した人のご自宅などを紹介しましたが、今回はよりつっこんで、サウナを設置するにはどうしたらいいか、サウナ市場の動向について聞いてみました。

日本のサウナ実態調査2022

サウナ愛好家の推定人口推移。世の中の動向に左右されず、コアなサウナラバーがいることがわかります(画像出典/日本サウナ・温冷浴総合研究所)

「日本のサウナ実態調査2022」(一般社団法人 日本サウナ・温冷浴総合研究所調べ)より。2021年はコロナ禍で気軽に楽しむ「ライトサウナー」は減りつつあるものの、ヘビーサウナー、ミドルサウナーのコアな「サウナラバー」は減ってはいません。

予算は135万円(別途工事費)。約1平米から設置でき、施工は1~2日で完了!

サウナブームといわれる今、自宅サウナの事情はどのようになっているのでしょうか。株式会社メトスの佐野貴司さんはこう話します。
「サウナは2000年代よりずっとブームといわれているんですが、コロナ禍により温浴施設の自粛や時短営業が続出。また、昨今は電気代などの高騰により温浴施設は苦境が続き、閉鎖するところもでてきています。そのため、温浴施設でサウナを楽しんでいた人が、『プライベートサウナ』の導入を考えることとなり、ニーズが激増している状況です」

メトスの小規模なサウナ「クリマ」。自宅で一人サウナに入るって、ぜったい至福のひととき!!(写真提供/メトス)

メトスの小規模なサウナ「クリマ」。自宅で一人サウナに入るって、ぜったい至福のひととき!!(写真提供/メトス)

「弊社のサウナでは、灼熱したサウナストーンに直接水を注ぎ、爽快なロウリュの醍醐味を味わうことができます。ストーブはコンパクトな設計ながら、熱の対流を促進させるよう工夫されています。ベンチレイアウトも[ストレート][対座][L型]など多彩なものがあります。今や自宅サウナは特別なものではありません。必要な予算、スペースや設備ですが、もっとも小さい一人用であれば、本体代135万円~、広さは約1平米、電源は単相200V、100Vがあれば設置できます。施工そのものは、1~2日で終わりますよ」とのこと。

サウナといえばもっと大掛かりなものを想像していましたが、拍子抜けするほど「できそう」な感じがしてきました。ちなみに、これは一戸建て、マンションともに共通だといいます。

自分好みのロウリュ(ストーブの上で温められたサウナストーンに水やアロマ水を掛けて蒸気を発生させる入浴法)ができるのもプライベートサウナの楽しみ(写真提供/メトス)

自分好みのロウリュ(ストーブの上で温められたサウナストーンに水やアロマ水を掛けて蒸気を発生させる入浴法)ができるのもプライベートサウナの楽しみ(写真提供/メトス)

一人用サイズのサウナ・クリマ。コンパクトで設置しやすいのも魅力(写真提供/メトス)

一人用サイズのサウナ・クリマ。コンパクトで設置しやすいのも魅力(写真提供/メトス)

ランニングコストは電気代で1カ月あたり数千円台。カギは冷水浴と“ととのい”スペース!

気になるプライベートサウナのランニングコスト、メンテナンスについても聞いてみました。

「お風呂とサウナのエネルギーコストを比較した場合、サウナのエネルギーコストはすごく少なくて済むんです。お風呂は水をお湯にしますが、そのエネルギーと比較して、サウナは使うエネルギーが約3分の1で済むといわれています。サウナの場合、壁面からくる輻射(ふくしゃ)熱が8割となるため、省エネでもあるんです。地域ごとに電気代も違うので、一概には言えませんが、一般のご家庭で毎日のようにサウナに入られている方でも、サウナの電気代は月々3,000円程度しかかかっていないとおっしゃる方がほとんどです。温浴施設の利用料金として考えると、2回分くらいでしょうかね。また、使用後は使用部分を拭いておき、扉をあけておけばOK。換気や消毒などのお手入れは特に不要です」となんとも心強い回答です。

同社のサウナを導入している人には、一般家庭はもちろん、スポーツ選手や俳優、有名企業幹部など、多忙を極めていそうな人も多くいるそうです。ちなみに、メトスのサウナ愛用者には、浴槽を導入せずにシャワー&サウナというご家庭もあるのだとか。

(写真提供/メトス)

(写真提供/メトス)

余談ですが、筆者はお風呂の掃除が大の苦手で、浴槽のお手入れの大変さを考えると、シャワー&サウナの選択肢も十分「アリ」な気がします。ちなみに、サウナ設備の寿命は20年~30年ほど。「10年に一度は電気点検が必要ですが、20年ご愛用いただいているご家庭もあります。問題なく使えています」と佐野さん。点検の必要性も含め、システムバスと同じような耐用年数ですね。

一方で、自宅で“ととのい”をかなえるために、「サウナの設置以上に大切になる」のが「ととのいスペース」だといいます。
「プライベートサウナを設置するのは難しくないのですが、サウナの近くに冷水浴や外気浴・休憩ゾーンがなければ、交互浴ができず、ととのわないんですよ……。ご家庭の場合、脱衣所に扇風機と椅子を置く、お風呂に冷水を入れて交互浴をするなどで対応する人が多いでしょうか。サウナ単体だけでなく、『冷水浴』『ととのいスペース』も含めて考えてほしいですね」(佐野さん)

調光式LED照明。間接照明になっているので柔らかい光がじんわりと広がります(写真提供/メトス)

調光式LED照明。間接照明になっているので柔らかい光がじんわりと広がります(写真提供/メトス)

また、「ととのいスペース」は、水滴が落ちるため、こちらのほうが掃除やお手入れが重要になるかもしれません。個人的にはととのいスペースで「空が見たい」と思い描いていましたが、今の家の動線を考えると現実的ではないかな……。ただ、自宅の庭やバルコニーを「ととのいスペース」にうまく活用できれば、きっと理想のサウナができることでしょう。

「PSEマーク」をチェック、ノウハウのある施工会社に

一方で、メトスの佐野さんは、加熱するサウナブームでぜひ注意してもらいたいことがあるといいます。

「近年、さまざまな企業や個人が『プライベートサウナ』『DIYサウナ』を取り扱うようになりました。なかには『●万円でできる』と価格を全面に訴求しているところ、法令についてよくわかっていないのではないかと不安になる企業も参入しています。ただ、サウナはその性格上、裸で熱源にあたります。もし火が出てしまったら大やけど、漏電・火災になれば、自分だけでなく周囲にお住まいの人の生命・財産にも関わります。電気用品安全法上、認可された『PSE』マーク付きのサウナであるか確認することをお勧めします。
設置・施工の際にも、技術的知見はもちろん、関係法令や地域ごとの条例にも精通している企業にお願いすると安心ですね」(佐野さん)

サウナを選ぶときには、PSEマークを確認して(画像提供/メトス)

サウナを選ぶときには、PSEマークを確認して(画像提供/メトス)

●取材協力
メトス

今も残る「外国人に部屋を貸したくない」。偏見と闘う不動産会社や外国人スタッフに現場のリアルを聞いた

外国人が日本で暮らすには、住居を確保する必要があります。しかし、言葉の問題や文化の違い、偏見などもあり、必ずしも入居までの道のりは容易ではありません。
一方で、そのような外国人の入居希望者に対し、外国人スタッフが自らの体験も含めて賃貸オーナーとの間を取り持つ不動産会社もあります。取り組みや課題について、外国人を雇用する不動産会社2社、イチイ代表取締役の荻野政男さん、ランドハウジングのタイ事業部(海外事業)責任者である橋本大吾さん、そしてランドハウジングで働くタイ人スタッフのカナさんに聞きました。

外国人が日本で入居先を探すときに困っていることは?

外国人が日本で住まいを探すとき、最初にぶつかる壁は、言葉や文化の違いでしょう。日本語がわからなければ、契約書の内容や行政の情報、例えば細かいところでは燃えるゴミを何曜日に出せばいいのかなど、さまざまな情報が得づらく、掲示されていたとしても読んで理解をすることが困難になります。

母国ではここまでゴミを細かく分別する習慣のない場合もある。地域によってもゴミを出す日は異なるので、日本語を読めない外国人は、きちんとした説明がないと、どのゴミをいつ出したら良いか理解するのは難しい(画像/PIXTA)

母国ではここまでゴミを細かく分別する習慣のない場合もある。地域によってもゴミを出す日は異なるので、日本語を読めない外国人は、きちんとした説明がないと、どのゴミをいつ出したら良いか理解するのは難しい(画像/PIXTA)

公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会が2021年に実施した「外国人入居受入れに係る実態調査」では、「契約内容について説明してもらっており、かつ内容を理解できた」人は67.3%だったという結果が出ています。契約内容は日本語で説明されたと回答した人が半数以上なので、内容を理解できずに契約している外国人が3割以上いることも当然かもしれません。また、契約内容を説明されていないのであれば、それは宅建業法違反になります。

大前提として、賃貸物件を借りようとする外国人は、初めて日本に住む人がほとんどでしょう。

「トラブルが起こるのは『外国人だから』ではなく、『初めて経験することだから』ではないでしょうか。『初めての人か、経験者か』による違いと見る必要があると思います」と、1978年から外国人向けの賃貸住宅事業を始め、現在は韓国・中国・アメリカなどの外国人スタッフとともに外国人の入居サポートを行うイチイ代表取締役の荻野政男さんは話します。

さらにオーナーはじめ、近隣住民や他の入居者など、日本人の接し方にも、問題があるようです。

「『日本人は接してくれない』という話を留学生からよく聞きます。海外では近隣の住人同士、挨拶したり、話しかけたりして相手を知ることが不審者対策になるという考えがありますが、日本では知らない人に声をかけることは稀です」(荻野さん)

どうしても最初に心を開くまでに時間がかかってしまう日本人は少なくありません。せっかく日本に来ても、日本人との交流をなかなかもてず、情報を得にくいのも外国人にとっては戸惑う要因になっているようです。

日本が好きで来日しても、日本人とコミュニケーションを取れず、戸惑ったり、孤独を感じたりする外国人も多い(画像/PIXTA)

日本が好きで来日しても、日本人とコミュニケーションを取れず、戸惑ったり、孤独を感じたりする外国人も多い(画像/PIXTA)

外国人の入居者希望者に対する賃貸オーナーの印象は?

外国人が入居すると、言葉や文化、生活習慣の違いからトラブルになるのでは、と考えるオーナーや管理会社が一定数いるようです。

例えば、「家に上がる際には靴を脱ぐ」「ゴミの分別」などがきちんとできるのか、友人や知人を呼んで大騒ぎをして周辺への「騒音」が問題になるのでは、と考える人もいるとのこと。しかしそれらのほとんどは「先入観にすぎない」とランドハウジングのタイ事業部(海外事業)責任者である橋本大吾さんは言います。ランドハウジングでは外国(タイ)に支社を設置し、現地採用のタイ人スタッフと日本の本社で勤務する日本人・タイ人スタッフが連携して、日本への留学や転勤で移住することになるタイの人たちの住まい探しから入居後の生活をサポートしています。

「これまで接した外国のお客さまは、ルールを知っていれば、きちんと守りたいという人がほとんどです。もちろん、ルールや日本の慣習を知らずにトラブルになることはゼロではありませんが、日本人でもきちんとゴミを分別する人もいれば、そうでない人もいます。『外国人だから』という括りは当てはまりません」(橋本さん)

ランドハウジング では、年間300~400人の外国人に賃貸物件を仲介していますが、そのうち実際にトラブルが起こる割合は1~2%程度。日本人の賃貸トラブルとそう変わらない肌感覚だそうです。

公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会が2021年に実施した「外国人入居受入れに係る実態調査」では、実際に「外国人入居者が問題を起こしたことがある」と答えた家主は1.5%でした。実際はトラブルが多いわけではない外国人を受け入れない理由として最も多いのが「コミュニケーションや文化の違いに不安がある」という不安や偏見からなのです。

実際に「入居者が問題を起こしたことがあるため」と回答した家主はわずか1.5%に過ぎない(資料/公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会「外国人入居受入れに係る実態調査報告書(2021年)」)

実際に「入居者が問題を起こしたことがあるため」と回答した家主はわずか1.5%に過ぎない(資料/公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会「外国人入居受入れに係る実態調査報告書(2021年)」)

外国人がスムーズに入居するための鍵となるのは「外国人スタッフ」

外国人がスムーズに入居できるようにするために今回取材した2社が取り組んでいる対策は、いずれも「しっかりとした事前説明」と「母国語の通じる外国人スタッフ」の存在でした。

「トラブルを起こさないようにするためには、事前に説明することにつきます。トラブルが起こったときも、外国人の立場や考え方を理解しつつ、母国と日本の習慣の違いを説明できる外国人スタッフの存在は大きいですね」(荻野さん)

外国人の入居検討者にとって外国人スタッフは、初めて日本に来た時に同じような苦労をしている「先輩」です。母国語の通じる人がサポートしてくれるのは心強いに違いありません。

外国人スタッフが母国語で日本の生活習慣や文化の違い、煩雑な手続きの方法などをサポートすることが異国での生活の不安を払拭し、トラブル回避につながる(画像提供/ランドハウジング)

外国人スタッフが母国語で日本の生活習慣や文化の違い、煩雑な手続きの方法などをサポートすることが異国での生活の不安を払拭し、トラブル回避につながる(画像提供/ランドハウジング)

ランドハウジングで働いているタイ人スタッフのカナさんは、こう話します。
「日本語が話せない人や日本のことを知らないお客さまへの物件紹介や、日本での暮らしについて説明・アドバイスできることが私のやりがいです。『ありがとう』という言葉をいただくと、私が日本とタイの架け橋になりたいという気持ちが強くなります」

話を聞かせてくれたタイ人スタッフのカナさん(写真1番左)。留学生として日本の大学で学ぶために来日し、帰国・卒業後にランドハウジングのタイ支社に入社。現在は日本の本社で働く(画像提供/ランドハウジング)

話を聞かせてくれたタイ人スタッフのカナさん(写真1番左)。留学生として日本の大学で学ぶために来日し、帰国・卒業後にランドハウジングのタイ支社に入社。現在は日本の本社で働く(画像提供/ランドハウジング)

一方で荻野さんによると、管理会社やオーナーに物件について問い合わせをする際、入居希望者が外国人だと伝えるだけで10件のうち9件は断られてしまい、中には、問い合わせをした外国人スタッフの日本語アクセントが少し違うだけで、詳しい話を聞いてもらえないこともあるそうです。

「このような日本の不動産会社の対応の中で、これまで志のある外国人スタッフが、心折れて辞めていくこともありました」(荻野さん)

私たち日本人が、外国人スタッフの尽力によるチャンスを、差別や偏見で潰してしまっているのかもしれません。さらに、外国人入居者への差別的考え方は日本の賃貸業にとってマイナスになる可能性も。

「日本では今後ますます空室が増えると考えられる中で、空室対策としても外国人入居者の受け入れは重要です。しかし、そのためには不動産会社自体が外国人に対する差別的な考えを改める必要があります」(荻野さん)

母国語の資料作成や、外国人の多岐にわたる要望に応える

外国人にとって、日本の賃貸借契約書や複雑な手続きは、とても難しいものです。役所で説明書などを用意していても、日本語や英語・中国語などの限られた言語のものしかありません。説明には時間も手間もかかりますが、正しく理解してもらうために母国語に翻訳した資料を作成したりもしているそうです。

「入居前に日本の住まい探しの流れについて説明する書面を見せて案内したり、契約する際に母国語のしおりを作成して、入居後のゴミの分別や解約の仕方・解約ルール・違約金などについて説明したりします。さらに契約後も困ったことがあれば、いつでも連絡できるよう連絡先を伝えるようにしています」(カナさん)

タイ人スタッフがつくったタイ語の日本の住まい探しの説明書。タイではオーナーが自ら賃借人を探すのが一般的で、日本のような入居審査や詳細な契約書はない。日本とタイの違いを理解してもらうことも大事(資料提供/ランドハウジング)

タイ人スタッフがつくったタイ語の日本の住まい探しの説明書。タイではオーナーが自ら賃借人を探すのが一般的で、日本のような入居審査や詳細な契約書はない。日本とタイの違いを理解してもらうことも大事(資料提供/ランドハウジング)

公益財団法人日本賃貸住宅管理協会でも、居住支援のガイドラインについてハンドブックをつくって渡す、トラブル回避のために多言語で入居や生活のルールに関する動画をつくり公開する、などの取り組みをしています。ホームページではさまざまな参考資料や多言語に対応したガイドブックのダウンロードが可能です。

また、「3カ月間だけ借りたい」「家具・家電を新たに購入すると大変なので家具・家電付きがいい」という外国人の多様なニーズに応えるため、不動産会社はそれに応じたサービスを提供する必要があります。今回取材した2社も、一般賃貸物件の紹介だけではなく、シェアハウスやマンスリータイプ、留学生寮や留学生会館などを自社で管理したり、所有・運営したりするなどして対応しているそう。

以前は日本人の連帯保証人が必須でしたが、最近は外国人入居者を対象とする家賃保証会社などもあり、連帯保証人を付けなくても家賃保証会社を利用することで契約ができるようになってきています。

外国人の入居問題は改善している?現場の「リアル」を聞いた

外国人の住居問題に携わるようになって20年以上という荻野さんに、問題は改善しているかを率直に聞いてみました。

「私が取り組みを始めた当時と比べると、日本人が外国人と接する機会も増え、オーナーも代が変わって、かなり理解を得られるようになってきていると感じます。とはいえ、外国人を取り巻く現在の環境は、理想とする状態を10とすると半分くらい、まだ道半ばです」(荻野さん)

イチイの荻野さんは、1978年から外国人向けの賃貸住宅事業を開始。近年は日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会 会長として関係する制度の普及や外国人入居者に関する研究などを行ってきた。日本における外国人居住支援のパイオニア的存在(画像提供/イチイ)

イチイの荻野さんは、1978年から外国人向けの賃貸住宅事業を開始。近年は日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会 会長として関係する制度の普及や外国人入居者に関する研究などを行ってきた。日本における外国人居住支援のパイオニア的存在(画像提供/イチイ)

それでもここ10年ほどで、外国人スタッフの雇用によって、トラブルは事前の対応で十分回避が可能であることが、オーナーにも理解されるようになってきたそう。賃貸物件の空室が増えるなどの外的要因も相まって、外国人の入居に前向きなオーナーや管理会社も増えてきました。

例えばランドハウジングの橋本さんは「ランドハウジングでは、管理部門と連携して、取引のある大家さんに対して外国人入居の啓蒙活動を積極的に行った結果、自社の管理物件約1万戸のうち、8割は外国人の入居に理解を得られるようにまでなった」と言います。先ほどの、10件に9件断られる賃貸業界全体の実情と比べるとその差は歴然です。

しかし新たな課題も見えてきました。海外の“当たり前”と、日本の賃貸物件の設備のスタンダードが大きく異なっていることもその一つ。海外では賃貸住宅には家具や家電、インターネット環境が付いていているのが一般的になっています。外国人の入居を増やし、空室を少なくしていくためには、このような設備面を検討していくことも必要でしょう。

外国人の居住支援では、以下の2点が非常に重要なようです。オーナーや管理会社の、外国人への偏見や誤解を解くこと。そして、外国人の入居希望者に対して、母国と日本の違いを理解できるよう説明し、入居後もわからないことや困ったことを相談できる場所をつくること。

外国人入居者の中には、日本人から注意されると、差別されていると感じてしまう人もいるそうです。そのような場合も、同じ国出身のスタッフが話せば、心を開き、よく理解してくれるといいます。外国人スタッフのきめ細かいサポートがオーナーさんや管理会社、そして、外国人の入居者を結びつける鍵となっているようです。

コロナが少しずつ落ち着きを見せる中、外国人の訪日が回復し、住む人も増えることが想像されます。日本に魅力を感じて「住んでみたい」と思ってくれた外国人が入居しやすい環境づくり、もっと言えばカナさんのような橋渡し役を担ってくれている、想いのある外国人スタッフが働きやすい社会にすることが大事です。そのためには、私たち自身の意識改革も必要ではないでしょうか。

●取材協力
・株式会社イチイ
・株式会社ランドハウジング

魔法の駄菓子屋「チロル堂」、大人の飲食代が子どものカレーやおやつに変身! 子どもを貧困・孤独から地域で守る 奈良県生駒市

「まほうのだがしやチロル堂」は、貧困や孤独といった環境にある子どもたちを、地域みんなで支える魔法の駄菓子屋さん。子ども食堂など食べ物を通じた取り組みが話題になるなかで駄菓子を通じた新しい取り組みです。この仕組みを支えているのは地域の大人の寄付。2022年にグッドデザイン大賞を受賞しており、理由は、大人が飲食を楽しむことで、代金の一部が寄付され、子どもたちはチロル堂のカプセルトイに投じた100円で、100円以上の価値のある駄菓子や食事をすることができる仕組みが評価されたことから。発起人のひとり、石田慶子さんにチロル堂の魔法の仕掛けを伺いました。

子どもたちに金銭での支援以上に価値のある食べ物を支援できる仕組み

奈良県生駒市の大通りから一本入った路地に「まほうのだがしやチロル堂」(以下、チロル堂)はあります。学校帰りの子どもたちが暖簾(のれん)をくぐると、そこは懐かしい駄菓子屋さん。入口にあるカプセルトイには、魔法がかけられています。100円を入れて出てきたカプセルには、チロル堂だけで使える店内通貨「チロル札」が入っています。子どもたちは、このチロル札でお菓子を買ったり、カレーを食べたりすることができます。カプセルに入っているチロル札は1枚100円以上のものと交換でき、しかも枚数は1枚から3枚と運しだい。ドキドキ感は昔からある駄菓子屋の醍醐味と同じです。

暖簾が目印。やってきた子どもは最初に入口のガチャガチャを回す(画像提供/一般社団法人無限)

暖簾が目印。やって来た子どもは最初に入口のガチャガチャを回す(画像提供/一般社団法人無限)

表情は真剣そのもの。「チロル札何枚出てくるかな」(画像提供/一般社団法人無限)

表情は真剣そのもの。「チロル札何枚出てくるかな」(画像提供/一般社団法人無限)

カプセルには、1~3チロル札が入っている(画像提供/一般社団法人無限)

カプセルには、1~3枚チロル札が入っている(画像提供/一般社団法人無限)

近隣の幼稚園児や小学生でにぎわう(画像提供/一般社団法人無限)

近隣の幼稚園児や小学生でにぎわう(画像提供/一般社団法人無限)

魔法を可能にしているのは、地域の大人たちの寄付。このチロル堂には、大人も利用可能なチロル食堂やチロル酒場が併設されており、大人が飲食を楽しむことで、代金の一部が寄付され、子どもたちはチロル堂のカプセルトイに投じた100円で、100円以上の価値のある駄菓子や食事を食べることができるのです。例えば「チロルこどもカレー」は一般価格500円、これを子どもは1チロルで食べることができます。大人には日常のなかで気軽に寄付を行う機会、子どもたちにはそれを受け取る機会を、ともに1つの場所で生みだしているのです。

「チロルこどもカレー」を食べに来た仲良し二人組(画像提供/一般社団法人無限)

「チロルこどもカレー」を食べに来た仲良し二人組(画像提供/一般社団法人無限)

チロル堂をつくったのは、生駒市で放課後デイサービスを行う石田慶子さん、子どものためのアートスクールを開いている吉田田タカシ(ヨシダダ・タカシ)さん、デザイナーの坂本大祐さん、地域子ども食堂「たわわ食堂」を運営する溝口雅代さんの4人。発起人の石田さんに解決したかった地域の課題と、チロル堂が地域の子どもや大人たちに与えた影響を伺いました。

2021年8月にオープンしたチロル堂には、平日には30~40人、休日には200人の子どもたちが訪れます。多いときは、大人も含めると、ひと月で2500人が暖簾をくぐります。

カウンターでお絵描きや宿題をしたり、カレーや駄菓子を食べたり(画像提供/一般社団法人無限)

カウンターでお絵描きや宿題をしたり、カレーや駄菓子を食べたり(画像提供/一般社団法人無限)

「当初は、お母さんと来たり、コソっとひとりで来て帰る子どもが多かったんですが、運動会の休憩時間中に、『チロル堂って知ってるか?』って子どもたちのうわさ話が学校中に広がって、運動会の振替休日に驚くほど多くの子どもたちがやってきたんです。そのうち、『上がっていいらしいよ』となり、子どもたちだけで待ち合わせしてカレーを食べに来たりするようになって。私たちも、チロル堂のスタートは、子どもたちの居場所になることだと思っていたので、よかった!と思いました」(石田さん)

子どもたちからどんな悩みが寄せられていますか? という質問に、石田さんは首を横にふります。

「子どもたちが、今困っているか困っていないかは、重要じゃないと思うんです。提供しているのは駄菓子や食事ですが、今貧困の子どもだけを対象にしているわけでもありません。今来ている子がいつ困るかわからないですよね。ずっと困らない子、問題を抱えない子はいないのではないでしょうか。困ったときにヘルプが出せるように、ここが開き続けることが大事だと思っています」(石田さん)

「放課後チロルに集合ね」と待ち合わせ場所に(画像提供/一般社団法人無限)

「放課後チロルに集合ね」と待ち合わせ場所に(画像提供/一般社団法人無限)

子どもの問題は、大人や社会の問題につながっている

日本では、子どもの約7人に1人が貧困状態にある(厚生労働省国民生活基礎調査)といわれています。無料や安価で栄養のある食事や団らんを提供する「子ども食堂」が全国的に広がってはいますが、石田さんは複雑な思いや疑問を感じていました。

「子ども食堂があることはもちろん良いことですが、必要なこと自体がそもそも問題だと感じていました。子ども食堂ができることで、『困ったときはあそこに行けばいいよ』という大人が増えるとしたら、どうなんだろうと。隣の困っている子どもを地域の大人が助けるという責任を放棄しているように思うのです。おなかを空かしている子どもがいたら、大人がごはんをおごってあげるのは自然なこと、地域の子どもたちを大人が支えるのは当たり前のことではないでしょうか。困っている人は、行政や福祉が助けるべきだと大人が考え、自分たちの問題と切り離してしまうことで、子どもたちが誰にヘルプしたらいいかわからない社会をつくってしまっているんです」(石田さん)

石田さん(右)と子どもに誘われてやって来たお母さん(画像提供/一般社団法人無限)

石田さん(右)と子どもに誘われてやって来たお母さん(画像提供/一般社団法人無限)

石田さんが子どもの課題を社会の課題と考えるようになったのは、10年前から行ってきた障がいのある子どもの療育支援でした。子どもの抱える問題によって窓口が異なるなど、福祉支援があまりに縦割りで、横のつながりが薄いと痛感したと言います。

「子どもが困っていることの多くは、本人の障がいなどでなく、大人の問題や社会の問題だと気づいたんです。貧困や虐待、無理解や差別。問題は複雑に絡み合っているし、支援の縦割りで切り離されてしまうと解決できない多くの問題に直面し、福祉支援だけでは限界を感じていました」(石田さん)

アートや街づくりなど異なる経験をもつ4人が力を合わせる

そんなとき、石田さんが出会ったのが、子ども食堂「たわわ食堂」の溝口さんでした。子ども食堂は、多くは子どもだけが利用する場所になっていますが、たわわ食堂が、子どもや大人、おじいさん、おばあさんが集い、支援する側、される側を超えた多様な人が集まる場所を実現していることに感銘を受けたのです。「課題を解決するのは、こういう場所なのかもしれない」と考えた石田さん。溝口さんと多様な世代、カテゴリーの人が集まる場所をつくろうと2019年ころから動き始めました。

次に石田さんが声をかけたのが、吉田田さんと坂本さんでした。

「福祉の人間が地域活動を行っても、福祉の場にしか刺さらなくて、自分たちの表現する力が足りないことはわかっていました。多くの人に届けるためには、もっと伝わる表現力、デザイン力が必要と考えました。吉田田さんは、子どものアートを通じた教育、坂本さんは、街づくりに携わっていて、“人間”に興味あるふたり。デザインをしていて人も見えている人は、ふたりの他にいないと思いました」(石田さん)

建物のデザインも手掛けた吉田田さん。暖簾は、坂本さんのデザイン会社が担当(画像提供/一般社団法人無限)

建物のデザインも手掛けた吉田田さん。暖簾は、坂本さんのデザイン会社が担当(画像提供/一般社団法人無限)

吉田田さんも坂本さんも石田さんの思いに即座に賛同。プロジェクトが大きく動き出したのは、吉田田さん発案の「寄付を『チロ』と呼ぶ」「この場所だけの通貨『チロル』を使って子どもたちが通貨以上の飲食ができる」という仕組みが生まれたとき。坂本さんによってロゴやチラシのデザインが決定。溝口さんは、週に1回、チロル堂で、運営費のサポートを受けながら子ども食堂を開くことになりました。チロル食堂のカレーやお弁当は、石田さんが運営する障がいのある人の就労支援のお仕事としてつくっています。

楽しみながら寄付ができる大人の居場所「チロル酒場」

「子どもたちが抱えている問題は多様ですが、いちばん課題だと感じているのは、孤立、孤独です。都会・田舎に関係なくどこでも起こっている問題で、今の時代を象徴する、子どもに限らない日本の課題だと思っています。地域の大人が子どもを支える構造をつくるために必要なのは、子どもだけでなく、大人の居場所をつくること。それがチロル酒場です。昼間の駄菓子屋を見て、子どもの場所でしょ?と思っていた大人たちが、酒場がスタートしてから多くの方が訪れてくれるようになりました」(石田さん)

チロル酒場では、おいしい料理やお酒が提供され、子どもたちの親だけでなく、地域の大人でにぎわいます。店主との会話を楽しんだり、日頃の愚痴で盛り上がったり、大人たちは、飲食や場を楽しみながら、自然と寄付ができます。

水・木・金・土の18時30分から営業するチロル酒場。地元のインフルエンサーが店主を務めることも(画像提供/一般社団法人無限)

水・木・金・土の18時30分から営業するチロル酒場。地元のインフルエンサーが店主を務めることも(画像提供/一般社団法人無限)

ドリンク・フードすべての代金に、子どもたちへの「チロ」が含まれている(画像提供/一般社団法人無限)

ドリンク・フードすべての代金に、子どもたちへの「チロ」が含まれている(画像提供/一般社団法人無限)

「地域の大人が子どもを支えていると意識することが大事だと思っています。といっても、難しいことを議論する場所だとはできるだけ言いたくないんです。誰と出会うか、どんな話がはじまるかは自然に任せていきたいです。運営側が方針やルールを設定した瞬間に入る人が限定的になってしまう。それは子どもたちも同じ。ここは100円でカレーが食べられる場所という事実だけでいいんです」(石田さん)

現金で寄付をした人は、壁に名前入りのシールを貼れる(画像提供/一般社団法人無限)

現金で寄付をした人は、壁に名前入りのシールを貼れる(画像提供/一般社団法人無限)

広く寄付を募り、全国からお菓子や野菜、お米などの寄付も寄せられている(画像提供/一般社団法人無限)

広く寄付を募り、全国からお菓子や野菜、お米などの寄付も寄せられている(画像提供/一般社団法人無限)

はじめてチロル堂に関わるには、どうしたらいいですか? と尋ねると、「チロル食堂やチロル酒場においしい食事やお酒を飲みに来ていただけるとうれしいです。昼間はただのお店ですが、夕方になると子どもたちがワーッと集まってきます。その空気を味わいに来ていただくのがいちばんいいかな」とほほ笑む石田さん。

大人用の「ツキノワ・OTONA CURRY」は、コーヒー付き1200円。代金の一部が子どもたちへの寄付になる(画像提供/一般社団法人無限)

大人用の「ツキノワ・OTONA CURRY」は、コーヒー付き1200円。代金の一部が子どもたちへの寄付になる(画像提供/一般社団法人無限)

子どもたちが困っていることの要因は大人たちの問題につながっていると考え、共に解決しようと考えられたチロル堂の仕組み。金沢に2号店が、大阪に3号店がオープン。そのほか4カ所が準備中です。石田さんたちがかけた小さな魔法が、少しずつ全国へ広がっています。

●取材協力
まほうのだがしやチロル堂

参加者3万人「京都モダン建築祭」を建築ライターがめぐってみた! 明治・大正時代の名建築の内部を限定公開

2022年11月、京都市中心部に点在する近代建築を公開する一斉公開イベント、「京都モダン建築祭」が開催されました。京都や大阪を拠点に研究活動を行う建築史家らが選定する文化的価値の高い建築物が公開されるとあり、初開催にもかかわらず3日間でのべ3万人の参加者を数える注目イベントとなりました。現役の庁舎建築や教会、レストラン・商店など民間の建築、長い歴史のなかでもともとの用途から転用された文化施設など、さまざまなバリエーションが楽しめる36軒が参加しました。

京都で開催の建築公開イベント。「モダン建築」をテーマにした理由京都市役所本庁舎 市会議場。普段から一般公開されているエントランスホールや屋上庭園に加え、通常非公開の市会議場と正庁の間が公開された(写真撮影/筆者)

京都市役所本庁舎 市会議場。普段から一般公開されているエントランスホールや屋上庭園に加え、通常非公開の市会議場と正庁の間が公開された(写真撮影/筆者)

建築を見ることを趣味とする筆者にとって、普段は中に入れず、外観を眺めるしかない建築の内部を見学できる機会はありがたく貴重です。また数ある名建築の中から興味を引く建築物を探し、その見学方法まで調べて見に行くのとは異なり、気軽に楽しめるのも人気の理由。地域に住む人びとが地元文化の魅力に触れる機会にもなり、こうした建築公開イベントは各地に広がりを見せています。
今回参加したのは、近現代建築と呼ばれるもの。社会が近代化していく時代以降につくられたもので、日本における時代区分としては概ね明治維新以降の時期を指します。一般的には社寺建築や町家など、より古い年代の建築のイメージが強い京都において、近現代建築をテーマにしたのはなぜなのでしょうか?

聖アグネス教会。教会建築は普段から見学者を受け入れているところも多いが、信者でないとなかなか入るのはハードルが高い(写真撮影/筆者)

聖アグネス教会。教会建築は普段から見学者を受け入れているところも多いが、信者でないとなかなか入るのはハードルが高い(写真撮影/筆者)

祭壇。実際に使用されている状態そのままを知ることができるのも、建築公開イベントの醍醐味(写真撮影/筆者)

祭壇。実際に使用されている状態そのままを知ることができるのも、建築公開イベントの醍醐味(写真撮影/筆者)

「建築史の研究者からすると、京都は優れた近代建築の宝庫なんです。けれどそのことはあまり知られていません。存在と認識のギャップが最も激しいのが京都なのではないかと。われわれとしてはごく自然に、京都の近代建築の素晴らしさを知っていただきたいという思いが出発点となっています」
今回お話を伺ったのは、大阪公立大学教授で京都モダン建築祭の実行委員に名を連ねる建築史家の倉方俊輔氏。2021年に京都市京セラ美術館で開催された「モダン建築の京都」展でも、アドバイザーを務めました。

入場待ち列ができるほど人気となったフォーチュンガーデン京都。島津製作所の旧本社ビルがレストランに転用されている(写真撮影/筆者)

入場待ち列ができるほど人気となったフォーチュンガーデン京都。島津製作所の旧本社ビルがレストランに転用されている(写真撮影/筆者)

(写真撮影/筆者)

(写真撮影/筆者)

(写真撮影/筆者)

(写真撮影/筆者)

「京都市の美術館で行う展覧会だから、京都市民のためになる建築の展覧会にしようと。公立の美術館で京都の近代建築をまとめて紹介するのは初めての試みでした。展覧会で紹介した建築は、実際に京都市内に建っているもの。せっかくなら展示だけでなく実物も見てもらおう、ということで建物所有者の方に掛け合って建築見学ツアーを実施したり、会期終了後もオンラインサロンを継続するなど活動が広がっていきました」
こうした展覧会を機に生まれた動きが、京都モダン建築祭につながっていったといいます。今回公開された建築も、展覧会で生まれた縁があってこそ公開できたものも多いそうです。
倉方さんは、大阪で10年続く建築公開イベント「イケフェス大阪」でも長年実行委員を務めてこられました。2019年からは、東京都品川区の名建築を公開する「オープンしなけん」の企画にも携わり、優れた建築の魅力を広めていく活動に力を注いでいます。大学で教鞭を執る傍ら、こうした活動も大切にしている倉方さん。どのような思いで取り組んでいらっしゃるのでしょうか?

「私自身は、ライトな層、専門的なことに詳しいわけではないけれど建物を見るのが好きとか、自分が描いている漫画の背景のヒントにしたいとか、そういう方々を大切にしたいです。もちろん建築の専門家であったり、普段から建築を見に行くことを趣味にしているような人も大切なんだけれど、こういうイベントを通して、建築を使った楽しみが世の中に増えていくといいなと思っています。

例えば今回取り上げているようなモダン建築だと、大正時代や明治時代の、建てられた当時の生活がそのまま残されていたりするわけですよね。そこから何か想像を広げたり、受け取り手次第で新しい見方ができることで、その人にとっての楽しみが増える。新しい楽しみが増えていくことは、世界を豊かにしていくことにつながると思っているので、建築の楽しみ方を増やしていくことで貢献していきたいですね」

参加建築マップ。京都市中心部の36軒が、11月11~13日の3日間に参加した(写真提供/京都モダン建築祭実行委員会)

参加建築マップ。京都市中心部の36軒が、11月11~13日の3日間に参加した(写真提供/京都モダン建築祭実行委員会)

ビギナーから建築通まで、誰もが楽しめる多彩なプログラム

京都モダン建築祭では建物の公開のほかにも、専門家のガイドツアーをはじめとするさまざまなプログラムが用意されました。日々の運営に携わる方が、建物の歴史や運営面での工夫も交えて案内してくれるツアーや、倉方さんや実行委員長である笠原一人さんをはじめ建築史家の方が街歩きをしながら建物ひとつひとつのデザインの特徴を解説してくれるツアーなど盛りだくさん。なかにはツアーでしか見学ができない建築もあり、高い抽選倍率となりました。ライトな建築好きから専門家まで、各々の知識レベルによって違った楽しみ方ができるラインナップです。

任天堂旧本社社屋をリノベーションしたホテル丸福樓。京都モダン建築祭の特別ツアー参加時に撮影(写真撮影/筆者)

任天堂旧本社社屋をリノベーションしたホテル丸福樓。京都モダン建築祭の特別ツアー参加時に撮影(写真撮影/筆者)

2022年のリニューアルの際、建築家の安藤忠雄による新棟(ガラス張り部分)が増築された(写真撮影/筆者)

2022年のリニューアルの際、建築家の安藤忠雄による新棟(ガラス張り部分)が増築された(写真撮影/筆者)

筆者も参加させていただいた、笠原一人さんによる三条通の近代建築ツアーでは、三条通に建ち並ぶバリエーション豊かな近代建築の鑑賞ポイントが紹介されました。一括りに近代建築といっても、手掛けた建築家によってまったく異なる表現になるのが面白いポイント。また同じ建築家であっても、ほんの少し建てられた時期が違ったり、建物の用途の違いによって表現が変えられていて、その背景を知ることで一気に身近に感じられます。

見学する建物が通り沿いに連なっているのも重要で、金融関係の施設が集中するエリアから商業エリアへと歩みを進めることで、街の発展の歴史も同時に学ぶことができます。近世以前の社寺建築のイメージが強い京都で、なぜモダン建築を取り上げるのか。ひとつには「市の中心でまさに今人々の生活と密接に結びつくモダン建築は、役目を終えたら壊されてしまう可能性がある。今のうちから親しんでもらうことでこうした建築が街に必要なんだと感じてほしい」と笠原さん。建築史家として古い建物を残していきたい思いをもちつつ、ツアーでは純粋に個々の建築の面白さを紹介してくれました。
ツアー前はどれも似たような様式建築に見えていた建築群が、ツアー後はひとつひとつのデザインが際立って見えてくる。こうした機会を通じて建築の魅力が広まっていくことで、優れた建築が街に残り豊かな景観が維持されていくのだなと感じます。

講義室でレクチャーを聴くのとは違い、実際に街へ出て現物を見ながらそのデザインに込められた意図を聞く体験は、知識が体に染み込んでいくような充実感を得られました。京都モダン建築祭ではこうしたツアーのほかWEBサイト上でも、建築を解説する音声コンテンツが用意され、建物を見ながら建築の知識を同時に学ぶための工夫が伺えました。

三条通界隈の近代建築群。観光客でにぎわうルートに、バリエーション豊富なモダン建築が建ち並ぶ(写真撮影/筆者)

三条通界隈の近代建築群。観光客でにぎわうルートに、バリエーション豊富なモダン建築が建ち並ぶ(写真撮影/筆者)

それは実行委員の方々自身が建築をどのように楽しんでいるのか、その姿勢から来ているのではないかという気がします。倉方さんは、建築を見る楽しみについてこのように語ってくれました。
「あっちからやってくる感じ、それが建築ならではの面白さですね。こちらから理解しようとか楽しもうとか思わなくても、建築の中に入れば空間に包まれるし、いろんなスケールのものが目に入ってきて、向こうから楽しみがやってくる感覚があります。

それに知識があればあったで、これがつくられた年に戦争が始まったんだなとか、これをつくった人が後にあの建築をつくったんだなとか、その関係を読み解いたり、前に見たものと目の前のものが頭の中でつながって、何かひらめきが生まれたりとか。そうやってあっちからやってくるものをいかに捉えるか、というのが真の『鑑賞』なんじゃないかと思います。繰り返し訪れている建築でも、行くたびに自分自身の知識や経験が増えているから、また新しいものが見えてきますし、それこそ見に行く対象も無限にあるので、とにかく飽きないです。その感じをみんながもてるようになるといいですね。結構いい趣味だと思いますよ、交通費くらいしかかからないですし(笑)」

大規模な近代建築が集まる岡崎エリアに建つ、京都市武道センター(旧武徳殿)(写真撮影/筆者)

大規模な近代建築が集まる岡崎エリアに建つ、京都市武道センター(旧武徳殿)(写真撮影/筆者)

旧武徳殿内部。西洋由来のトラス構造が屋根を支えているため木造の大空間が可能となっている。西洋の技術が近代の木造建築を支えている例(写真撮影/筆者)

旧武徳殿内部。西洋由来のトラス構造が屋根を支えているため木造の大空間が可能となっている。西洋の技術が近代の木造建築を支えている例(写真撮影/筆者)

祇園祭と肩を並べる一大イベントに。実行委員長の思い

イベントに一番力を尽くしている実行委員の方々自身が、こうした純粋な建築の面白さにのめり込んでいるからこそ、このようなイベントが開催できるのだなと実感させられます。

笠原さんはこの京都モダン建築祭を、「ライバルは祇園祭」と位置づけています。京都の街なかを舞台に繰り広げられる祇園祭には、調度品や美術品を飾った町家などを公開する「屏風祭」と呼ばれる行事があります。普段は見ることのできない京都の文化に親しむ機会を設けることで次の世代につないでいこうとする思いは、今も昔も変わらないということなのかもしれません。
1000年の歴史をもつ祇園祭と開催1年目のモダン建築祭とでは1000倍の歴史の差があります。しかしモダン建築祭が100年続けば差は10分の1に、1000年続けば差は2分の1へと縮まっていく。いつか祇園祭に並ぶ京都を代表するイベントになってほしいと語る笠原さんの言葉には、建築という数千年の歴史をもつ文化と長年向き合ってきた重みが見え隠れするように思いました。

日頃は古建築に目が行きがちな京都の知られざる魅力に触れる建築祭、ぜひ長く続いていってほしいですね。

●取材協力
京都モダン建築祭 実行委員会

お隣さんの枝が自分の敷地に伸びてきた、切ってもいい? 4月から民法改正で空き家問題に影響も

お隣さんとはうまくやっていきたいもの。お隣さんの樹木などが自分の敷地に入り込み、通行の邪魔になったり美観を損ねたりした場合には、何とかしてほしいと伝えたい。とはいえ、世の中いろいろな考え方のひとがいる。無用なトラブルをさけるためには、ルールが必要になる。民法にも隣家との関係を調整する規定がある。「相隣関係(そうりんかんけい)」と呼ばれるものだ。この相隣関係の規定の一部が改正され、2023年4月より施行となる。(1)隣地使用権、(2)竹木の枝の切除・根の切取り、(3)ライフライン設備の設置・使用権、の3つだ。今回はそのうちの(2)竹木の枝の切除・根の切取りについて解説する。

隣地から侵入する竹木の根は自分で切れるが、枝は切ってもらうのが原則

「隣地の木の枝が越境している時は木の所有者に切ってもらう。一方、根が越境している時は自分で切ってしまってOK」。これはわりと有名ルールなので、聞いたことがあるかもしれない。枝と根で扱いが違うのだ。なんで?と思う人もいるだろう。

枝や根も含めて竹木(樹木)といえども財産だ。所有者以外は勝手に切除できない。これが原則だ。「他人の土地に越境している方が悪いんだろう!切っちゃえ」というのはダメなのだ(自力救済の禁止、といいます)。明らかに向こうが悪いと思うような違反行為があった場合にもその竹木の所有者に対応してもらうことになる。

つまり、枝に関するルール=他人のものなのだから勝手には切除できない、というのが法律的には普通の発想なのだ。では、なぜ根は隣地所有者が切ることができるのか。民法の解説書などを読むと次のような説明がある。

①枝切りは、竹木の所有者が敷地内で切除できるが、根は伸びている隣地に入って作業する必要がある(隣地所有者に切ってもらった方が、作業が容易)。
②枝は、果実などがついている場合など、財産的価値があることもある。一方、根には価値がない。

うーーん、根菜などは根にも価値があるのでは、という気もするが……。それはともかく、「枝は切れない。根は自分で切れる」が原則なのだ。この点は2023年4月以降も変わりはない。

隣地の所有者がわからない、というのも珍しいことではない

ところがこのルールには一つ問題がある。越境している木の枝を隣地所有者に切ってもらうおうとしても、空き地など隣地の所有者がわからない、連絡が取れないという場合だ。そんな時はどうすればよいのか?

実は日本には「所有者不明の土地」が少なくない。有識者で構成される「所有者不明土地問題研究会」の報告によれば2016年時点の調査で所有者不明率は20.3%。この割合を全国に適用すると約410万ヘクタールの土地が所有者不明、ということになる。…と言われてもぴんとこないが、なんと九州本島より広いのだそうだ。土地の所有者が不明、ということは決して珍しいことではないのだ。

隣から枝が越境していて美観を損ねたり、庭の利用の邪魔になっている。しかも所有者が不明。となると…。まぁ、普通は勝手に枝を切っちゃいますよね。でもさきほど説明したように、法律上は勝手に切ることは許されない。私もいちおう大学の教員なんで、「勝手に切っちゃいましょう」などと無責任なことはいわずに法律の解説を続けることにする。

所有者不明の場合にはどうすれば?

話を戻す。土地の所有者が不明と聞いて、登記を見ればわかるのでは?と思ったかもしれない。しかし、相続が発生した際に登記がされない、ということも珍しくはない。相続登記が義務ではないことがその理由だ。登記はお金もかかるし、面倒なのでつい放っておかれてしまう。実は、この点も法改正され、来年、令和6年4月より相続に伴う登記が義務化される。とはいえ、現状すでに、登記上の所有者が死亡している、連絡先が不明などということも少なくない。土地の所有者を探すのがなかなか大変ということになる。

また、所有者が分かっていても、枝を切ってくれない、ということもあるだろう。高い木の枝などは業者に依頼しなければ切るのも難しく、お金もかかるだろう。枝は所有者に切ってもらえ、と言われても所有者がわからない、わかっても切ってくれない、では困ってしまう。

「こんな状況なら、自分で切ってしまっても相手も文句は言わないでしょう」と思うかもしれないが、個人間のケースばかりではない。例えば、所有者不明の土地から道路に伸びた枝や葉が信号を見えにくくしている、公園の美観をそこねている、というケースもある。道路や公園を管理する市町村としては、勝手に切断するという違法行為を犯すわけにはいかないのだ。

登記申請書イメージ

(写真/PIXTA)

枝を自分でも切ってもよい場合とは

そこで今回の法改正だ(やっと本題に入る。前置きが長いのが大学教員の悪い癖)。以下3つのいずれかに該当する場合は、越境した枝を切ることが法律上も可能になった。

①枝を切ってくれ、と催告したのにいつまでも切除されない。
②竹木の所有者が不明。または所有者はわかっているが連絡先が不明
③急迫の事情があるとき

①。まずは、竹木の所有者(通常は土地の所有者か使用者だろう)に枝を切ってくれ、と催告する。それでも「相当の期間」切除されないのならば、越境された側が枝を切ってもかまわない、と改正された。なるほど。でも「相当の期間」って…。いったいどのくらい我慢すればよいのだろう??

2週間が目安!?

これは「個別の事情を踏まえて判断」される。要はケースバイケースなのだ。ここらあたりが法律の頼りになるような、ならないような点と思うかもしれない。竹木の位置や大きさや枝の越境状況、土地の利用状況、竹木自体の財産的価値など様々な事情があるだろうから、一概には線を引けないのだ。

とはいえ、目安となるものがないわけではない。法案を審議した参議院法務委員会では、「竹木の所有者に枝を切除するために必要な時間的な余裕、時間的な猶予を与えるという趣旨からすれば、基本的には二週間程度は要することになるのではないか」という説明が政府参考人からあった(「第204回国会 参議院 法務委員会 第9号 令和3年4月20日」と検索すれば誰でも議事録を読むことができます)。「相当の期間」を判断する材料のひとつになるかもしれない(2週間経過すれば勝手に切ってよい、ということではないですよ。念のため)。

所有者を探さなければならない!?

また、②にあるように所有者が不明ならば、自分で枝を切ってしまってもかまわない。放っておくと伸び続けてしまうから、これはありがたいルールだ。とはいえあくまで「所有者が不明」「所有者がわかっても連絡が取れない」という場合の話だ。所有者を探す努力をしなければダメなのだ。

空き地や空き家など住んでいる人がいない場合では「所有者を探すのが面倒だな」と思うかもしれない。登記で所有者を調べるにもお金がかかる。登記に記載された土地の所有者が死亡している、住所が変わっている、ということもありうる。そのため根の場合と同様、自分で切れる、という案も検討されたようだが、それは採用されなかった。竹木所有者の権利を守るためだ。

③は差し迫った危険があるときだ。時間的余裕がないのであれば、枝を切って構わない。具体的には、「地震により破損した建物の修繕工事用の足場を組むために、隣地から越境した枝を切る」といった場合などを想定している。

費用は誰が負担するのか費用のイメージ

(写真/PIXTA)

竹木の枝や根の切り取りに専門業者に依頼しなければならない場合、当然、タダではない。この費用は誰が負担するのか。

枝や根の越境は、不法行為(他人の権利を侵害する行為)に該当し、損害賠償請求権が発生するから、竹木の所有者が負担することが筋だろう。法改正について議論した衆議院法務委員会でも政府参考人からそのような回答があった。しかし、費用負担については改正法でも明文化されていない。事案ごとに協議や調整を行う、ということになっている。
(このあたりの議論も国会の議事録を読むことができる。興味のある方は「第204回国会 衆議院 法務委員会 第6号 令和3年3月23日」で検索を)。

空き家となった実家は大丈夫?

今回の法改正によって、個人の宅地だけでなく、道路や公園など公共用地に、隣接地の竹木が越境してきた場合、新しいルールに基づいて枝を切り取ることが可能となった。

とはいえ、それは隣地所有者が切除しなかった場合の話だ。そもそもは、空き家となった実家などで近隣に迷惑をかけるようなことのないよう、所有者が管理すべきものなのだ。今は利用する予定がないから、といって放っておく、隣地に枝が伸びている、枯れ葉もたくさん落ちている、という事態も珍しくない。土地の所有者である以上、責任をもって管理しなければならない。さらに言えばお隣さんと良好な人間関係を築いておくことも大切だろう。円満な人間関係があれば、法律など持ち出す必要はないのだから。

ZEH水準を上回る省エネ住宅をDIY!? 断熱等級6で、冷暖房エネルギーも大幅削減!

電気代の値上がりが続き、住まいの省エネ性能に関心が高まっています。そんななか、施主がプロの力を借りつつ、「断熱性の高い施工方法を学びながら、自分たちで省エネで環境にやさしい住まいをつくる」というワークショップが開催されました。子どもたちや周辺住民も加わりつつ行われた、楽しい模様をレポートします。

ハーフビルドで断熱等級6相当の省エネ住宅を建てる!……って、できるの?

高騰が続く光熱費を背景に、住まいの断熱性能、省エネ性能が急速に注目を集めています。そんなさなか、プロの力を借りて施主が自邸を建てるという「ハーフビルド」方式で、あたたかい家をつくるというワークショップが開催されました。その住まいの舞台となったのは、神奈川県相模原市緑区、旧藤野町の里山。東京と神奈川、山梨の県境にあり、東京駅まで1本でアクセスできるものの、のどかな環境です。

断熱ワークショップの舞台となる住まい。神奈川県内とはいえ、里山ののどかな雰囲気(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱ワークショップの舞台となる住まい。神奈川県内とはいえ、里山ののどかな雰囲気(写真撮影/桑田瑞穂)

この住まいの施主は、30代の森川夫妻。妻は会社員、夫は今、退職して家づくりに全力投球しています。設計と施工を担当するのはHandiHouse projectのみなさん。SUUMOジャーナルでも、「施主も“一緒に”つくる住まい」という連載を続けていましたが、今回はその試みがバージョンアップし、「5地域の断熱等級6」(※1)相当の住まいをつくるのだといいます。相模原市は6地域にあたりますが、お住まいのある山間部は山梨にも近く、冬にはマイナスになることも多々あるため、山梨市と同等の5地域の断熱性能を求めることにしたといいます。
※1 日本は地形の気候に合わせて省エネ基準地域が8区分されています。数字が小さいほど寒い地域で、首都圏の都市部は多くが6地域に該当します。その地域区分によって、等級の評価基準が異なるので、同じ等級6の評価でも、6地域より、5地域の方がより高いものが求められます

「住宅省エネルギー基準」による地域区分(一般財団法人住宅・建築SDGs推進センターHPより)

「住宅省エネルギー基準」による地域区分(一般財団法人住宅・建築SDGs推進センターHPより)

断熱等級6と7は2022年10月に新設されたばかりですが、等級6はこれからの日本の住宅が目指すべき断熱のスタンダード暮らす、等級7は世界基準のトップクラスに相当します。とはいえ、今までは最高等級が4だったことを考えると、ハーフビルドでつくるには十分にハイレベルな水準でもあります。では、どのようにしてこのプロジェクトがはじまったのかを、施主の森川夫妻に聞きました。

「家をつくるにあたり、まずできる限り、自分たちの手でつくりたいという希望がありました。また、夫妻ともに寒がりで、一方で化石燃料や石油エネルギーをできるだけ使いたくない、減らしたいとの考えから、高断熱・高気密の家がいい。加えて、私たちには2人の子どもがいるのですが、現在、深刻化する気候変動に対し、未来の世代に自分たちなりの『解』を示しておきたい。加えて、地域の建材や廃材を使いたい、また太陽光パネルを搭載、将来的に電気自動車を購入してV2H(※2)にしてほぼすべてのエネルギーを太陽光で賄うプランを考えていたんです。そんな理想もりもりの家づくりがはたしてできるのか、依頼先を探していたところ、設計事務所HandiHouse projectの中田さん夫妻を紹介されて。コレだ! とすぐに決まりました」とその理由を明かします。

※2 V2H 自動車(Vehicle)から家(Home)へという意味。電気自動車に蓄えられた電力を、家庭用に有効活用する考え方。

「パーマカルチャー」(持続可能な循環型の農業をもとに、人と自然がともに豊かになるような関係性を築いていくためのデザイン手法)に加えて、地域や将来の環境のことを考えて家づくりをしたいと考えていた夫妻と、共感できる設計事務所の出合いは、まさに奇跡&運命ともいえるものでしょう。それが、今回のワークショップ開催の運びとなりました。

ワークショップ参加者やご近所さんの見学も。断熱への関心は高い

2023年1月中旬、断熱ワークショップが開催されました。2022年のうちに家づくりのプランが確定し、地鎮祭と基礎工事、棟上げ、屋根の防水や外壁張り、窓設置が完了しているので、見た目はほぼ「家」になっています。また、天井や床には発泡プラスチック系の断熱材10cmがプロの手によってすでに入っている状態です。

ワークショップ前には準備体操。本日もご安全に!(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショップ前には準備体操。本日もご安全に!(写真撮影/桑田瑞穂)

施工する前にまず住まいの断熱性能についての説明、使う断熱材やその理由、性能をHandiHouse projectメンバーから説明してくれました(写真撮影/桑田瑞穂)

施工する前にまず住まいの断熱性能についての説明、使う断熱材やその理由、性能をHandiHouse projectメンバーから説明してくれました(写真撮影/桑田瑞穂)

今回ワークショップを開催したHandiHouse projectの中田りえさんは、この試みについて、「施主だけでなく、参加者、ご近所の方などに、住まいの断熱の大切さを知ってもらえるいい機会になりますよね。あと、住まいの建築のプロセスにはいろいろとありますが、断熱って特別なスキルはいらず、ていねいに施工することが大切なんです。ウレタンスプレーで吹き付けるのも楽しいし。それこそお子さんやママ、パパも参加しやすいし、もっとこの輪を広げていけたら」と話します。

ワークショップの開催はHandiHouse projectのフェイスブックページや施主の森川さんがブログで告知したこともあり、筆者のSUUMOチームとはまた別に4名の取材チームがいらっしゃいました。ハーフビルドのワークショップは何度も参加しているという人もいれば、初めてという人も。いずれにしても「断熱や気密に関心がある」「DIYで家づくりがしてみたい」と、住まいそのものへの関心の高さが伺えます。

森川邸の断面図。断熱材を10.5cm入れる図面になっています(写真撮影/桑田瑞穂)

森川邸の断面図。断熱材を10.5cm入れる図面になっています(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは施工する建物の前にて、自己紹介とあいさつ、そして準備体操をします。楽しそうではありますが、やはり事故や怪我をするわけにはいきません。その後、場所を建物内にうつし、「なぜ、今、断熱が大事なのか」「高気密が大切な理由」「今日の作業手順」を説明してもらいました。ここで断熱等級6は外皮性能レベル(いわゆるUA値)では0.46で、省エネ等級4の北海道と同水準あること、施工しやすさから発泡系断熱材を使うこと、断熱材は価格と性能がほぼ比例すること、住まい完成時には気密測定を行い、住宅の隙間総量を表すC値は実測で0.4をめざすという話が出ていました。ちなみに、C値は数値が低いほど気密性にすぐれるというもので、現時点で一般的な住まいでは1以下、世界基準のパッシブハウスで0.6以下だといわれています。0.4というのは、細部にわたって隙間なくていねいな施工が求められる水準のため、ハーフビルドでこの数字を本当に実現できるの?と筆者は驚きが隠せません。

ちなみに断熱ワークショップの作業そのものはとてもシンプルで、間柱(まばしら)に合わせてあらかじめカットされている断熱材(発泡プラスチック系)をはめこんでいくというもの。

断熱材を入れる前の壁の様子。柱と間柱(まばしら)の間は38cm(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材を入れる前の壁の様子。柱と間柱(まばしら)の間は38cm(写真撮影/桑田瑞穂)

柱と柱の間に、断熱材(発泡プラスチック系)を埋め込んでいます。手で押すだけで施工できるので、めちゃくちゃシンプル(写真撮影/桑田瑞穂)

柱と柱の間に、断熱材(発泡プラスチック系)を埋め込んでいます。手で押すだけで施工できるので、めちゃくちゃシンプル(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材は幅に合わせてカットされていますが、さらに現場で長さをカットします。カットするのは施主の森川さん(妻)。ちゃんとまっすぐサイズに合わせてカットできるか、ドキドキします(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材は幅に合わせてカットされていますが、さらに現場で長さをカットします。カットするのは施主の森川さん(妻)。ちゃんとまっすぐサイズに合わせてカットできるか、ドキドキします(写真撮影/桑田瑞穂)

カットした断熱材を埋め込んでいきます。隙間があってはいけないので、最後は押す力が必要です(写真撮影/桑田瑞穂)

カットした断熱材を埋め込んでいきます。隙間があってはいけないので、最後は押す力が必要です(写真撮影/桑田瑞穂)

手で押すと凹んでしまうため、木槌と板を使ってはめていきます(写真撮影/桑田瑞穂)

手で押すと凹んでしまうため、木槌と板を使ってはめていきます(写真撮影/桑田瑞穂)

隙間を見つけては、発泡ウレタンスプレーで埋めていきます。金具の周辺も同様に行います(写真撮影/桑田瑞穂)

隙間を見つけては、発泡ウレタンスプレーで埋めていきます。金具の周辺も同様に行います(写真撮影/桑田瑞穂)

説明をうけると、みんな夢中になって断熱材を加工したり、はめていく作業に入りました。また、発泡ウレタンスプレーで隙間を埋めていくのも楽しいよう。パズルがぴったりはまってく感覚、プチプチをつぶすのにも似た、おもしろさがあります。

森川さん(夫)の仕上げによって、壁一面に断熱材が入りました(写真撮影/桑田瑞穂)

森川さん(夫)の仕上げによって、壁一面に断熱材が入りました(写真撮影/桑田瑞穂)

県産材を施主が用意する。文字通り地域に根ざした家づくり

ワークショップは午前10時にはじまりましたが、途中、森川夫妻と中田さんのお子さん、ご近所のお子さん、近隣の方も顔を出すなど、なんともにぎやか。あっという間に終わった印象です。家のなかに資材を置かずに安全には十分配慮し、断熱材を充填する作業そのものは釘などをほとんど使わないので、部屋の片すみで子どもが遊んでいました。なんとも幸せで楽しげな施工風景です。家づくりってこんなにも楽しいんですね。

HandiHouse project中田さん夫妻のお子さんたち。断熱材を机にして、ぬり絵をしています(写真撮影/桑田瑞穂)

HandiHouse project中田さん夫妻のお子さんたち。断熱材を机にして、ぬり絵をしています(写真撮影/桑田瑞穂)

今回の住まい、床のフローリングや外壁などに使う木材は、すべて神奈川県内の地元のものを使っているとのこと。また自身の手で製材所に運び、なんと自身で製材も行った森川さん。インターネットでクリックひとつで海外のものも安く手に入る時代ですが、「輸送にかかる環境負荷を考えたら、地域の木材を使う方がいい。今回、使っているのはこの近郊、家からなるべく近い山で採れた木材です」と言います。

住まいの広さは4人家族にはコンパクトな60平米ほどの平屋。自分たちで施工をすることもあり、躯体は凸凹がなく、シンプルな長方形です。ロフトがありますが、それ以外のところは将来に仕切りを自由に変更できるなど、可変性のある間取りにしています。窓は樹脂サッシでトリプルガラスを採用、断熱や窓など、住んでから手を入れにくい箇所にお金をかけているのがわかります。

施主である森川夫妻とご両親、さらにはご近所のお子さんたちと一緒に(写真撮影/桑田瑞穂)

施主である森川夫妻とご両親、さらにはご近所のお子さんたちと一緒に(写真撮影/桑田瑞穂)

ちなみに、森川夫妻、妻は出産をして現在育休中、まだ頻回授乳もある時期です。また、夫はこの住まいづくりに合わせて会社を退職し、現在はフルタイムの大工見習いをしているとのこと。まだまだ手のかかるお子さんがいるのに、このチャレンジ精神と取り組み、夫妻ともにパワフルすぎる!

「ほぼ毎日、現場に来て家づくりに携わっているので家のつくりを理解できています。将来、多少の不具合が出ても自分たちで修正していけます。この家づくりで身につけたことを、これからの家族の変化に合わせた家づくりにも活かしていきたい」と夫。本当の意味で、「持続可能な家づくり」をめざしているんですね。

そしてこのワークショップ、何よりの特色は楽しいこと!! 
「この前ね、子どもに『お父さんとお母さんは、家ができるたびに友達が増えている』って言われたんですよ」と中田りえさん。施主も一緒につくるという価値観に惹かれて依頼するので、施主と工務店・建築士という間柄ではなく、友達になるのは当たり前といえば当たり前かもしれません。

お昼にはほうとうをつくって食べます。みんなで食べるともっと美味しい(写真撮影/桑田瑞穂)

お昼にはほうとうをつくって食べます。みんなで食べるともっと美味しい(写真撮影/桑田瑞穂)

ちなみに、午前に断熱材がひと通り充填されたところで、午後は焼き杉づくりに挑戦。焼き杉とは、杉の表面を焼き焦がして、耐久性や耐火性を高めたもの。知識としては知ってはいましたが、実際に焼く作業なんてめったにない貴重な機会なので、体験させていただくことに。

神奈川県産材の杉。3枚の板を三角形にして紐で固定します(写真撮影/嘉屋恭子)

神奈川県産材の杉。3枚の板を三角形にして紐で固定します(写真撮影/嘉屋恭子)

下の七輪に火を入れて焼いていきます。右のように煙と火が上がったら完成!(写真撮影/嘉屋恭子)

下の七輪に火を入れて焼いていきます。右のように煙と火が上がったら完成!(写真撮影/嘉屋恭子)

できた焼き杉は、外壁材として使用するため、全部で200枚以上焼く計算(写真撮影/嘉屋恭子)

できた焼き杉は、外壁材として使用するため、全部で200枚以上焼く計算(写真撮影/嘉屋恭子)

冒頭に紹介した通り、今年は電気代が高くなっていること、寒さが厳しいこの地域では、建物の高断熱化はとても注目度の高いトピックスになっています。ふらりと立ち寄ったご近所の方からも「高気密・高断熱の家って~?」「窓はトリプルサッシで~?」と会話が盛り上がっていました。そもそも、人って楽しそうにしていると集まってきますよね。もちろん、森川夫妻の人柄もある気がしますが、家って単なる建物ではなくて、人と人とをつなぐ特別なものなのだなと実感します。

森川家の住まいは今年3月、竣工の予定です。汗と思い出がつまった住まいは、一見すると小さな、普通の家に見えるかもしれません。ただ、断熱性や持続可能性、つくり手と住まい手のつながりなどは今までにない「新しい家」への試みがつまった住まいでもあります。これからの住まいは、コンパクトであたたかく、長持ち、地域や自然と一体となっている。こんな「森川さんち」のような家が増えていったらいいなあと思います。

●取材協力
森川家
ハンディハウスプロジェクト
●参考サイト
「住宅の省エネルギー基準」一般財団法人住宅・建築SDGs推進センター

ニューヨーク人情酒場 アメリカのパリピ愛飲の「Sake Bomb(サケ・ボム)」って何!? 規格外なアルコール文化とは?

ニューヨーク人情酒場へようこそ!これは、ブルックリンにある小さな酒場(レストラン)で起こったいろんな出来事。
大都会の夜、一杯の酒から始まる人間模様。作者はこのお店で今お寿司を作っているよ。

漫画

いや、なんだよSake Bombって

漫画

にわかに信じがたいドリンクSake Bombですが、これが意外なほど浸透しています。しかも、お箸の上に載せた日本酒入りのおちょこはテーブルを手で叩きまくった振動でビールの中に落とすという野蛮極まりない手順で完成します。挙げ句の果てにビールと日本酒を混ぜたものを飲むというのだから日本人としては目も当てられないといったところですが、アメリカのパリピにはSake Bomb好きが多い印象があります。でも、そもそも日本酒を置いているバーでないとできない遊びなので、条件的には厳しいです。(アジア人経営でないアメリカのバーで日本酒・焼酎を置いているところは少ない。)
アメリカのパリピのやるドリンキング・ゲーム的な遊びは、私のようなオタクの日本人には経験がないほど原始的なものが多く(球をコップに投げ入れて外れたらショットを飲むやつとか)ちょっと困惑してしまいます。でも、あんまり知らない人と距離を詰めるにはちょうどいいのかも!?

ちょい飲みが激しすぎる問題

漫画

日本でサラリーマンを経験した人間といたしましては、「ちょっと飲みに行く」のイメージは仕事終わりの居酒屋での一杯だったんですが、パーティー好きなアメリカ人やラテンアメリカ人にとってはちょっと違ったようです。
とくにラテンの人々はサルサミュージックが流れ出すと自然に腰が動き出し、週末はどこでも構わずに踊り出してしまいます。上司も部下も関係なく、踊ってるときはみんなハッピー。おおらかで優しい心を持った人が多い印象で、ダンスが下手な私にも踊りを教えてくれたりなど。
でも、この日はかなり激しかったな。次誘われたら参加してみようと思います。絶対浮くと思うけど……。

ヤマモトレミ

作者:ヤマモトレミ
89年生まれ。福岡県出身。2017年、勤めていた会社の転勤でニューヨークに移住。仕事の傍ら、趣味でインスタグラムを中心に漫画を描いて発表していたところ、思った以上に楽しくなってしまい、2021年に脱サラし本格的に漫画家としての活動を開始。2022年にアメリカで起業し個人事業主になりました。ブルックリンのレストランで週4で寿司ローラーをやっています。

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人口600人”不動産屋ゼロ”の地区に移住者がつくった「オクリノ不動産」。小さい町ににぎわい生む役割を 島根県奥出雲町

島根県奥出雲町。人口わずか約600人、200世帯ほどの小さな三沢(みざわ)地区にその不動産会社はある。以前は不動産会社が一軒もなかったこのまちへ移住して、5年前に「オクリノ不動産」を開業したのは糸賀夏樹さん。

2021年8月には地域の人たちと一緒になって古民家を改修し、レンタルスペース&キッチン、「金吉屋(吉は旧字体、以下同)」をオープンさせた。今ここは頻繁にイベントやお店が開かれ、地区の人たちが出入りするまちの拠点になっている。オクリノ不動産のオフィスも、この建物に入る。なぜ、この場所で不動産事業を?また、一事業者がどう地域の人々の信頼を得ていったのか。現地を訪れて聞いてきた。

(写真撮影/RIVERBANKS)

(写真撮影/RIVERBANKS)

感じた「空き家バンク」の限界

出雲市から車で約50分。山間を縫うように車を走らせて向かったのは、島根県東部に位置する奥出雲町。たたら製鉄などで有名な場所だ。三沢地区には民家が軒を連ね、宿場町のような雰囲気が漂う。この中心部の通りに「金吉屋」はある。

今も金吉屋に残る「たばこ屋」の出窓。かつては雑貨屋だったというころの看板も屋内に飾られている。(写真撮影/RIVERBANKS)

今も金吉屋に残る「たばこ屋」の出窓。かつては雑貨屋だったというころの看板も屋内に飾られている。(写真撮影/RIVERBANKS)

築およそ170年の古民家をリノベーションし、レトロな趣を残したまま、装いを新たにした「金吉屋」はレンタルスペース&キッチンとして活用されている。運営するのは、「オクリノ不動産」の糸賀夏樹さん。

出雲市出身の糸賀さんは、20代は大阪で塾講師として働いていた。ところが病気をきっかけにして人生を見つめ直す。誰とどう時間を過ごし、どんな働き方をするのが自分にとって幸せか。また家族にとっては?を考えた。

「塾講師は子どもが好きで始めた仕事でした。でも夜遅くまで帰ってこられないので、自分に子どもができても、子どもに会えない生活になるなと思ったんです」

右が「オクリノ不動産」代表の糸賀夏樹さん、左は「トモの会」のメンバーであり「NPO法人ともに」代表の吉川英夫さん(写真撮影/RIVERBANKS)

右が「オクリノ不動産」代表の糸賀夏樹さん、左は「トモの会」のメンバーであり「NPO法人ともに」代表の吉川英夫さん(写真撮影/RIVERBANKS)

縁あって、島根県北部の奥出雲町への移住を決意する。3年間は地域おこし協力隊として、移住定住のコーディネーターに就任。その一環で携わったのが「空き家バンク」の運営だった。

ほどなく、糸賀さんは気付く。

「不動産の専門知識がないと無理だなって。それで勉強して1年目で宅建を取りました。と同時に、空き家バンクだけで不動産を扱うことの限界も感じたんです。空き家バンクは行政の管轄なので、住民の信頼を得やすい半面、所有者と利用者のマッチングまでしかできない。契約までは立ち入れないし、お金の話は言語道断。でも現実として『あとは双方でやってください』ではうまくいかない場合が多いんです。

双方の利益を考えて法律や税金のこと、お金の話もして契約まで責任もって間に入らないと成立しない。そうしている間にも、空き家は増えるし劣化していきます。民間として不動産に携わる重要性を感じました」

(写真撮影/RIVERBANKS)

(写真撮影/RIVERBANKS)

オクリノ不動産の誕生

そこで糸賀さんは、協力隊の同期だった濱田達雄さんとともに、任期3年目にして事業体「オクリノ不動産」を立ち上げる。協力隊の任期期間中は利益相反になるため契約には立ち入らないようにしていたが、細やかな対応が効いて成約数は増えていった。任期1年目に10件ほどだった成約数は、「オクリノ不動産」が独立した令和元年(平成31年度)には28件と、任期初年度の倍以上の成約数を達成。

ところがいざ独立してみると、「空き家バンク」の良さにも気付いたという。

「不動産屋に対するイメージって、まだいいものではなくて、気軽に不動産屋に相談に行こうとはならないんですね。相手が事業社だと警戒されてしまう。多くの所有者さんはまず空き家バンクに相談します。行政にはお金儲けじゃないという安心感があるんです。

そこで、ファーストコンタクトは空き家バンクに、それを引き継いでうちのような会社が契約までするような連携の方法に落ち着きました。今もうちの取扱い案件のうち7~8割は空き家バンクの物件です」

同時に、不動産会社がまちの一員になることの重要性にも気付いた。「小さな拠点」モデル事業などを活用しながら、不動産会社ながら地域の一員としてフィールドワークに加わり、空き家の状況を把握する。住民の信頼を得られれば、お客さんの側から「空き家を出そう」という流れになるのが理想。

「少しずつそういう動きができ始めているかなと思います」

(写真撮影/RIVERBANKS)

(写真撮影/RIVERBANKS)

まちのにぎわいは、人口数じゃなく“ワクワク感”だ

オクリノ不動産のコーポレートメッセージは「まちのにぎわいをつくる」。ただしその「にぎわい」とは人口のことではないという。まちはコンパクトになっても、いる人たちがやりたいことを楽しめる、ワクワク感のあるまち。

「一度は自分も田舎が嫌で都会に出た身ですし、自分の子どもに田舎は嫌だと思われたら悔しいと思ったんです。人口ビジョンを見ると人が減っていくのは自然現象で、仕方がない。でも人が減ってコンパクトになっても、あそこはみんな楽しそうだよねとか、新しいことが起きて活気があるよねって場所になれば、子どもも楽しいだろうと思ったんです。そのために不動産屋ができることがあるなって」

そこで2021年にオープンしたのがレンタルスペース兼キッチン「金吉屋」だった。金吉屋は、昔は近隣に知らない人はない、地区のシンボル的なお店だった。オーナーだった方は「いつか地域のために使いたい」と、築およそ170年になる建物を細々とメンテナンスしていたという。

「この家を借りられることになって、自由に改修もしていいと言ってもらって。自分たちでDIYで改修すれば、リノベーションのいいショールームになると思ったんですね。

ただそれだけじゃなく、地域の仲間とやれたらいいなと。みんながやりたいことを実現する場所にするには、みんなの関わりしろをどれだけつくれるかが重要だと思ったんです」(糸賀さん)

「金吉屋」の内観(写真撮影/RIVERBANKS)

「金吉屋」の内観(写真撮影/RIVERBANKS)

若い者の集まり「トモの会」とともに「金吉屋」をオープン

糸賀さんの提案を受けて「やろうやろう」と協力してくれたのが、まちの若い者会「トモの会」だった。

「僕らがあえてこの一番人口の少ない三沢地区に事務所を構えているのは、地元の人たちが元気で、応援しようって空気感があるのが大きい。若い人たちも危機感をもって自分たちで何とかしなきゃいけない、楽しいことをやろうといった独立心が強くて、音楽フェスを開催したりしていました」

「トモの会」に属するのは地区の30~50代の40人ほどで、金吉屋のプロジェクトに携わったコアメンバーは糸賀さんを入れて7名。介護系のNPOの代表もいれば、大工も土木関係者もいる。

DIYに関わった「トモの会」のメンバー(写真撮影/オクリノ不動産)

DIYに関わった「トモの会」のメンバー(写真撮影/オクリノ不動産)

リノベーションの様子。DIYに関心のあるメンバーによってさまざまな試みが行われた。(写真撮影/オクリノ不動産)

リノベーションの様子。DIYに関心のあるメンバーによってさまざまな試みが行われた。(写真撮影/オクリノ不動産)

「誰しもやりたいって気持ちには賞味期限があると思うんです。ばっと熱が上がっても覚めてしまうとしたら理由があって、その三大理由は『場所がない』『時間がない』『お金がない』。その一番目の場所がないことをまず解消しようと。思いついたことを気軽に実現できる場所を身近につくろうというのが発端です」(糸賀さん)

完成した金吉屋の大きなガラス戸をがらがらと開けるとまず広い土間があり、その奥が多目的スペース。左奥におしゃれなライトの下がったカウンターとキッチンが備え付けられている。それらを時間単位で手頃な価格でレンタルできる。

「金吉屋」で開かれたバーの様子(写真撮影/オクリノ不動産)

「金吉屋」で開かれたバーの様子(写真撮影/オクリノ不動産)

「金吉屋」で開かれた視察の様子(写真撮影/オクリノ不動産)

「金吉屋」で開かれた視察の様子(写真撮影/オクリノ不動産)

今は週に2回「NPO法人ともに」による「ともに食堂」がオープン。その日は、まちの通りに行列ができるほどにぎわう。子どもたちの「やってみたい」という言葉も後押しして、子どもだけで企画から運営までを手がけるフリーマーケットも開催。糸賀さん自身も大人のためのバーを開くなどさまざまなイベントや期間限定のお店が開かれている。

金吉屋で子どもたちによって運営されたフリーマーケット(写真撮影/オクリノ不動産)

金吉屋で子どもたちによって運営されたフリーマーケット(写真撮影/オクリノ不動産)

地域のお祭り「みざわまちあかり」の様子。コロナ禍で実施できなくなった祭りの賑わいを金吉屋前の通りで実現するべく、工夫して実施した(写真撮影/オクリノ不動産)

地域のお祭り「みざわまちあかり」の様子。コロナ禍で実施できなくなった祭りの賑わいを金吉屋前の通りで実現するべく、工夫して実施した(写真撮影/オクリノ不動産)

金吉屋で生まれるにぎわいに触発されて「私もやってみたい!」とキューバサンドの店をオープンする女性も現れた。そんな風に少しずつ、まちの人たちの「やりたい気持ち」に火がつき始め、地区外の人たちも訪れるようになっている。

(写真撮影/オクリノ不動産)

(写真撮影/オクリノ不動産)

長期的にまちのにぎわいを生む装置として

もともと金吉屋の3軒隣には「みらいと」というまちのシェアオフィスおよび創業支援の施設があった。「金吉屋」ができるまでは、オクリノ不動産もみらいとのオフィスを利用していた。

町の創業支援施設「mILIght(みらいと)」の入口(写真撮影/RIVERBANKS)

町の創業支援施設「mILIght(みらいと)」の入口(写真撮影/RIVERBANKS)

金吉屋のリノベーションにも積極的に協力してくれた「トモの会」のメンバーであり「NPO法人ともに」代表の吉川英夫さんとも、この「みらいと」で出会ったという。吉川さんは話す。

「最近はこの集落も人が減って、昔のような行事もなくて寂しいよねという話になって。若い人たちで何か面白いことしたいねってところから、トモの会は始まったんです。みんなが集まれる場所がないので欲しいなと思っていたところへ、この人(糸賀さん)がやろうって言うもんだから、ちょうどいいなって(笑)

良かったなと思うのは、ただ飲み会していたときとは違って、金吉屋を通じて町外のいろんな人が出入りするようになって、交友関係が一気に広がったことです」

DIYを始める際は「いくらかでも手伝ってくれる人たちにお金を払おうと思っていた」と話す糸賀さん。だが地域の仲間から返ってきた言葉は「なめんなよ」だった。

「そういうんじゃないと。俺ら自身が楽しいし、自分らのためだと思うからやるんだと。その代わりみんなでやりたいことをやろうと言われて、腹が決まったというか。DIYも、こうした方がいいってアイディアをみんなが出し合いながら、時には意見がぶつかって喧嘩したりして。それほどみんなが、本気でこの場所を自分の場所だと思ってくれているのが嬉しいんです」(糸賀さん)

そうした場ができた今、さらにまちに人の循環を生むことができたらと考えている。

「『みらいと』に創業支援の機能はあります。でもペーパー上の計画ができても実践する場所がない。そこで金吉屋で実践してもらって、うまくいけば創業してもらう。そのとき地域にうまくつないでくれるのが吉川さん。創業したらようやく物件が必要になるので、やっとうちの不動産事業に結びつきます。まだまだこれからですが、そうした長期的なしかけをつくれたらいいなと考えています」

金吉屋ができるまでオクリノ不動産のオフィスが入っていた、まちの創業支援施設「みらいと」(写真撮影/RIVERBANKS)

金吉屋ができるまでオクリノ不動産のオフィスが入っていた、まちの創業支援施設「みらいと」(写真撮影/RIVERBANKS)

空き家は、不動産として流通させるのが難しいといわれる。すぐに住めないほど傷んでいたり、家財がそのまま残されていたり、所有者が高齢者や離れた所に住んでいるケースも少なくない。

そうした数々のハードルを越えて、空き家を欲しい人を掘り起こしてマッチングしていくには、一般的な不動産会社とは違ったスタイルが求められるのかもしれない。放置されている空き家を活用できるかどうかが、まちの活性化には重要で、大袈裟にいえばその鍵を握るのはまちの不動産会社ではないか。空き家を地域のにぎわいに結びつける、そんな試みがここ奥出雲町で始まっている。

奥出雲町三沢地区の街並み(写真撮影/RIVERBANKS)

奥出雲町三沢地区の街並み(写真撮影/RIVERBANKS)

●取材協力
オクリノ不動産

北海道の山あい300人の地域に移住者が集まるワケ。生計や人間関係、住み心地などリアルを聞いた 岩見沢市

筆者の住む北海道岩見沢市の山あいの美流渡とその周辺地区には、小さなお店を開いたり、木工や陶芸などを制作し販売したりといった、自分なりの生き方を模索する移住者が集まっている。
美流渡地区は人口わずか330人と過疎化が進むが、なぜこのエリアに移住者が集まってくるのだろう?
共通する価値観は大量生産社会への疑問、そして自給自足的な暮らし方だ。この小さな集落で、いったいどのようにして生計を立てているのだろう。つねに安定した収入があるわけではないが、それでもなんとかやりくりをして暮らす、移住者たちの3つのケースを紹介する。

駅からも遠い豪雪地帯に集まる移住者とは、どんな人たち?

岩見沢市は北海道有数の豪雪地帯。朝、扉を開けると、膝上まで雪が積もっているということはたびたび。筆者は、道外からの移住希望者の地域案内をこれまで何度かしたことがあるが、雪の多さを知って「ここには住めない」と語る人は多かった。最寄りの駅まで車で25分。4年前に小中学校も閉校しており、商店も数えるほどしかないことから、「便利さ」や「暮らしやすさ」を求める人にとっては厳しい環境だ。

岩見沢が全国ニュースで取り上げられるのは、大抵大雪のとき。降り始めからの降雪量が2メートルを超え、自衛隊に出動が要請されたこともある(撮影/來嶋路子)

岩見沢が全国ニュースで取り上げられるのは、大抵大雪のとき。降り始めからの降雪量が2メートルを超え、自衛隊に出動が要請されたこともある(撮影/來嶋路子)

けれども、ここ4、5年の間にポツポツと移住者がやってきている。年に1、2世帯(ときにはそれ以上の年も)と数としてはわずかだが、美流渡地区の人口が330人、その周辺地域も含めて500人ほどと考えると地域への影響は少なくない。
そして移住者に共通するのは、大量生産・大量消費という価値観とは異なる生き方をしようとしているところ。ほとんどの場合、空き家をDIYで改修するなど、できる限り自分の手で暮らしをつくっていこうという意識をもっている。

酒屋や食堂など商店は数店。車で20分ほどの市街のスーパーまで買い出しに行く家庭が多い(写真撮影/來嶋路子)

酒屋や食堂など商店は数店。車で20分ほどの市街のスーパーまで買い出しに行く家庭が多い(写真撮影/來嶋路子)

今回、こうした人々の中から3組に、いまの暮らし方と、経済活動をどうやって営んでいるのかについて話を聞いてみることにした。

旅行先で空き家を見つけ、電撃移住した一家。ハーブティブレンドのお店「麻の実堂」笠原麻実さん

「どうやって生きているのかと聞かれたら、自然に生かされているとしか言いようがない」。
そう語るのは、美流渡よりさらに山あいに入った万字地区で暮らす笠原麻実さんだ。笠原さんは、自宅の周りでオーガニックハーブを育て、ハーブティブレンドを販売する「麻の実堂」を営んでいる。
自宅の玄関先が小さなお店。このほかオンラインストアでも販売を行っている。

麻の実堂のハーブブレンド。もともとハーブティが苦手だったという笠原さん。そんな自分でも飲みやすいブレンドをつくりたいと日々研究を重ねている。滋味深い味わいが魅力(撮影/久保ヒデキ)

麻の実堂のハーブブレンド。もともとハーブティが苦手だったという笠原さん。そんな自分でも飲みやすいブレンドをつくりたいと日々研究を重ねている。滋味深い味わいが魅力(撮影/久保ヒデキ)

「自然に生かされている」という言葉は、ハーブという自然の恵みを活かしたものづくりを行うことはもちろん、暮らしのあらゆる部分に関係している。
暖房は薪ストーブ。夫の将広さんが、知り合いが所有している山で間伐を兼ねて丸太を切り出している。笠原さんは、時間を見つけてはそれを割って薪にする。
また春から秋にかけては山菜を採取し、食卓の一品に加えている。畑で野菜も育てていて、トマトピューレや味噌など保存食づくりにも精を出す。さらには、ヤギとニワトリを飼い、ミルクや卵も自給している。

5歳になる息子さんは、ニワトリやヤギと一緒に遊ぶ(撮影/佐々木育弥)

5歳になる息子さんは、ニワトリやヤギと一緒に遊ぶ(撮影/佐々木育弥)

笠原さんはヤギのミルクと採れたての卵を使ったケーキをつくることも(撮影/來嶋路子)

笠原さんはヤギのミルクと採れたての卵を使ったケーキをつくることも(撮影/來嶋路子)

笠原さんは、まるで何十年も前から農的暮らしを営んでいるように見えるが、実はそうではない。5年前までは、夫妻はともにショップの販売員として働きながら東京のマンションで暮らしていた。

移住のきっかけは突然訪れた。2018年、美流渡地区に移住した友人のもとを生まれたばかりの息子を連れて訪ねたときだった。
「2泊3日の旅でした。ここで過ごしているうちに私たちも田舎暮らしをしてみたいという気になって。そのときたまたま空き家を見せてもらったんです」(笠原さん)

紹介された空き家は2世帯がつながった炭鉱住宅だった。そのうちの1世帯に暮らしている(撮影/來嶋路子)

紹介された空き家は2世帯がつながった炭鉱住宅だった。そのうちの1世帯に暮らしている(撮影/來嶋路子)

友人を介して見に行った空き家は、万字地区にある元炭鉱住宅だった。築50年以上経過していて、床が沈んで直さなければ住めない状態だったという。
しかし、二人の心は動いた。都会の暮らしには先が見えない閉塞感を感じていた。そして、帰りの飛行機に乗ったときにはすでに移住を決めていたのだという。

話はとんとん拍子に進み、家は無償で譲り受けることになり、東京の住まいを3カ月で引き払った。
「全部、東京に置いてきましたね。本当にあの家があるのだろうかと不安を抱えながらやってきました(笑)」(笠原さん)
旅行で訪ねた以降は下見もせず、地域がどのような場所かもまったく知らないという、まさに電撃移住だった。

玄関先でハーブティブレンドを販売。じっくりと時間をかけて暮らしをつくる

移住後に、どうやって生活費を稼いでいく計画だったのかと尋ねると、「私はタイ古式マッサージができたので施術をしようと考えていました。それがうまくいかなくても、どこかでアルバイトしたっていいし、なんとかなると思っていました」(笠原さん)

夫が炭鉱住宅を改修。自宅でマッサージの施術も行っている(撮影/久保ヒデキ)

夫が炭鉱住宅を改修。自宅でマッサージの施術も行っている(撮影/久保ヒデキ)

試行錯誤の中での暮らしが始まった。炭鉱住宅は住みながら改修したため、最初はキャンプのような毎日。内装は将広さんが手がけた。父親が大工だったこともあり、見よう見まねでやっていったという。
また、畑にも挑戦しようと、とりあえず直売所に苗を買いに行った。
「お店の方に恐る恐る『畑をやりたいんですけど、どの苗を買ったらいいでしょうか?』と聞いて、何も分からなくて土地の真ん中にポツンと苗を植えたんですよ(笑)」(笠原さん)

手探りだった畑づくり。毎年経験を重ね、多種多様なハーブと野菜を育てられるようになった(撮影/來嶋路子)

手探りだった畑づくり。毎年経験を重ね、多種多様なハーブと野菜を育てられるようになった(撮影/來嶋路子)

近隣には果樹園が多く、人手が必要だということが分かった。果樹は機械化が難しく、手作業に頼る部分が多い。二人は繁忙期に農園で働くこともあった。笠原さんは、自宅でタイ古式マッサージの施術も行い、冬季は将広さんが運送会社や除雪のアルバイトに出かけたりも。
「経済的な太い柱があるわけではなく、何本もの細い柱があって、ようやく暮らしている感じです」(笠原さん)

ハーブの焙煎は薪ストーブの炎でじっくりと。まろやかな味わいに仕上がるという(撮影/久保ヒデキ)

ハーブの焙煎は薪ストーブの炎でじっくりと。まろやかな味わいに仕上がるという(撮影/久保ヒデキ)

こうした中で、一昨年よりハーブブレンドティーの販売を開始。地域の閉校した校舎を利用したイベントに出展しクチコミで広がるようになった。昨年からはハーブを利用したワークショップも開くようになり、固定ファンもつくようになった。

お湯を入れたら、焦らずにじっくり蒸らす。この蒸らしが美味しいお茶をいれるポイント(撮影/久保ヒデキ)

お湯を入れたら、焦らずにじっくり蒸らす。この蒸らしが美味しいお茶をいれるポイント(撮影/久保ヒデキ)

ハーブに目覚めたのは、移住当初、出産後の体調不良で受診したクリニックの処置で、命の危険にさらされるような経験があり、薬や医療の在り方に疑問を感じるようになったことから。昔の人々の知恵や身の回りのものを活かして、体のメンテナンスができないだろうかと考えたという。
そして、ハーブや民間療法などの本を大量に読み、また畑で植物をじっと観察し続ける中で独自のやり方を編み出していった。

この日は朴葉(ほおば)をお茶にしてみた。松や桑、桜などさまざまな植物のブレンドに挑戦している(撮影/久保ヒデキ)

この日は朴葉(ほおば)をお茶にしてみた。松や桑、桜などさまざまな植物のブレンドに挑戦している(撮影/久保ヒデキ)

コンビニでものを買わなくなった。お金に依存しない暮らしに目覚めて

現在、笠原一家の収入の約3分の1がハーブ関連とマッサージ。そのほかは、将広さんのアルバイトなどさまざまな仕事の積み重ねで成り立っているという。
東京時代よりも収入はかなり減っているそうだが、その分、余計な出費も少なくなった。
「家賃もかからないし、コンビニでお惣菜やお菓子を買ったりもしません」(笠原さん)

ただ、除雪機や車のメンテナンス代など、思いがけない出費がかさむときも。しかし、不思議にタイミングよくお金が回っているそうだ。こんな出来事の積み重ねからも、自分たちは「自然という大いなる力に生かされている」と感じずにはいられないのだという。

今後の目標は万字地区にごはんやを開くこと。万字地区の人口は80人で一軒も商店がない地域。だからこそ地元の人たちがいつでも立ち寄れる場所をつくりたいと、新たな空き家を取得して改修中だ。
「ハーブもごはんやも、しっかりとした形になるまでにはすごく時間のかかることだと思います。だから焦らずにやっていきたいですね」(笠原さん)

ワークショップ「魔女のお茶会」も開くようになった。参加者と一緒にガーデンで育てたハーブを収穫。それを使ってブレンドティーやボディクリームづくりをしている(撮影/佐々木育弥)

ワークショップ「魔女のお茶会」も開くようになった。参加者と一緒にガーデンで育てたハーブを収穫。それを使ってブレンドティーやボディクリームづくりをしている(撮影/佐々木育弥)

自分らしく、やりたいように進んでいけばいい。そう心から思えたのは、自然とともにある暮らしを始めたことが何より大きかったという。
「都会では、人と足並みをそろえなくてはならないと思ってとても窮屈な思いをしていました」(笠原さん)
家の裏につくったドラム缶風呂に入りながら、山あいの景色を眺めたり、タンポポやニセアカシアなど、山や野にある植物をサラダや天ぷらにしたり。その一つ一つが、生きているという実感をわきあがらせ、心を豊かに満たしていく。

ハーブはさまざまなところに生えている。「つんで匂いを確かめてみてください。すごくいい香りがしますよ!」と笠原さん(撮影/佐々木育弥)

ハーブはさまざまなところに生えている。「つんで匂いを確かめてみてください。すごくいい香りがしますよ!」と笠原さん(撮影/佐々木育弥)

各地を放浪後、木工作家として美流渡にアトリエを開いて。「アトリエ遊木童」木工作家・五十嵐茂さん

「やっと出稼ぎに行かなくても、暮らすことができるようになった」。
上美流渡地区で「アトリエ遊木童」という名で家具を制作する木工作家・五十嵐茂さんは、笑顔で語った。
この地に移住したのは、およそ20年前。新潟出身で10代のころに単身で上京し、ライブハウスで働いた。20代でインドを放浪。38歳になって帯広の職業訓練校で家具づくりを学び、その後、美流渡に落ち着いた。アトリエを開く決め手の一つは土地代の安さ。当時、市が所有していた土地の借用料は年間2500円だったという。
五十嵐さんは自宅をセルフビルドし、妻の恵美子さんとここで暮らすようになった。

五十嵐茂さん。10・20代はミュージシャンを目指して活動したこともあった(撮影/佐々木育弥)

五十嵐茂さん。10・20代はミュージシャンを目指して活動したこともあった(撮影/佐々木育弥)

移住して5年ほどは、木工作品の制作とともに介護の仕事なども行っていた。
その後、東京の青梅市にある共同アトリエに所属するようになり、東京のクラフト市や百貨店などでの販売も行ってきた。
「北海道だけでは作品の需要が少なくて、『出稼ぎ』に出ていたんだよね」(五十嵐さん)

座面にさまざまな樹種を組み合わせて、カラフルな色合いを出したスツール(撮影/佐々木育弥)

座面にさまざまな樹種を組み合わせて、カラフルな色合いを出したスツール(撮影/佐々木育弥)

こうした暮らしに変化がやってきたのは昨年。
笠原さんも出展した地域の旧校舎を利用したイベント「みる・とーぶ展」に参加したことだ。
このイベントは、地域でものづくりをする人々や、各地のミュージシャン、飲食店を営む人々など20組以上が集まって約2週間にわたって実施されている。
昨年は、春、夏、秋の3回開催され、合計で4300人が来場した。

「みる・とーぶ展」に出展。市内の「木工房ピヨモコ」との2人展を教室で開催した(写真撮影/來嶋路子)

「みる・とーぶ展」に出展。市内の「木工房ピヨモコ」との2人展を教室で開催した(写真撮影/來嶋路子)

このイベントで五十嵐さんは春に「おんがくしつ no 椅子展」を開催。
定番となっていたスツールをメインにした展示を行った。教室には時間が足りずに塗装まで仕上げられていなかったテーブルも置いた。購入希望者が現れたら、後日塗装をして届ける予定だった。
しかし、ここで思いがけない展開があった。
「テーブルの塗装を自分でやりたい。孫にじいちゃんがつくったテーブルだよと言ってプレゼントしたいんだ」という男性が現れた。
また、別の来場者からも、テーブルを一緒につくりたいので教えてほしいと頼まれたという。

無垢の板を使ったテーブル(撮影/佐々木育弥)

無垢の板を使ったテーブル(撮影/佐々木育弥)

みんなでつくり、交流することの大切さを知って

「これで分かったのが、完成品を売るんじゃなくて、みんなでつくるってことが大事なんだということ。時代は変わったんだね」(五十嵐さん)
夏のイベントでは「おんがくしつ no 椅子展」ともに、「組み木スツールワークショップ」も会場で常時行うこととした。
あらかじめ脚や座面のパーツはつくっておき、参加者は組み立てと仕上げを行い、4時間程度で完成するようにした。10名だった定員はすぐにいっぱいになった。

スツールづくりワークショップのチラシ。参加料は約2万円。通常の商品を買うよりもかなりリーズナブルな値段を設定した(画像提供/みる・とーぶプロジェクト)

スツールづくりワークショップのチラシ。参加料は約2万円。通常の商品を買うよりもかなりリーズナブルな値段を設定した(画像提供/みる・とーぶプロジェクト)

商品をたんに販売していたころよりも、売り上げは伸びた。年3回の「みる・とーぶ展」の収益と、その場で受けた注文によって、今年は暮らしを回すことができたそうだ。
組み木スツールワークショップの評判は上々。自分でつくったという物語によって、その人にとって何倍も思い出深い椅子となっていた。
「椅子をつくっている間に、みなさんの人生について聞かせてもらいました。深く話ができたことが本当によかった」(五十嵐さん)

この地域に移住した画家・MAYA MAXXさんとのコラボも行った。五十嵐さんが額をつくり、それに合う絵をMAYAさんが描いた(撮影/佐々木育弥)

この地域に移住した画家・MAYA MAXXさんとのコラボも行った。五十嵐さんが額をつくり、それに合う絵をMAYAさんが描いた(撮影/佐々木育弥)

人々の物語を共有すること。それは五十嵐さんの喜びにもなった。そして過疎地でも人が訪れ、そこで作品を売って暮らせる可能性が開けたことは、大きな希望につながった。

「ここは元炭鉱町で、廃れていく一方だと思っていたけれど、近年になってパワフルな移住者がやってきて、まちの風景が変わっていくのを感じるよ」(五十嵐さん)
今後の目標は、彫刻も制作すること。木の中から現れ出た精霊のような不可思議な作品をつくっていきたいのだという。

平日は札幌で働き、休日は美流渡で過ごす古本屋さん。「つきに文庫」寺林里紗さん

自分でものをつくって販売し、生計を立てようとする移住者がいる一方で、札幌と美流渡の二拠点暮らしを選択する人もいる。
「平日に会社員として働いて、週末にはやりたいことを自由に試してみたい」。
美流渡で月に2回、週末に玄関先で古本屋を開く「つきに文庫」を営み、アフリカンダンサーとしても活動をする寺林里紗さんは、そんな風に考えている。

「つきに文庫」を開く寺林里紗さん。冬季は休業、春から営業を再開する(撮影/佐々木育弥)

「つきに文庫」を開く寺林里紗さん。冬季は休業、春から営業を再開する(撮影/佐々木育弥)

札幌から車で1時間半ほどの美流渡を知るきっかけとなったのは、万字地区に移住したアフリカ太鼓の奏者の友人が、この地で定期的に太鼓教室を開催していたこと。参加者の中から「アフリカンダンスもやってみたい」という希望があって、その講師として寺林さんに声がかかった。

アフリカンダンサーとしてライブのステージに立つことも。美流渡地区でダンスワークショップも開催している(撮影/來嶋路子)

アフリカンダンサーとしてライブのステージに立つことも。美流渡地区でダンスワークショップも開催している(撮影/來嶋路子)

「美流渡は、山並みがまるで四国のようでいい場所だなあと思いました。それに、移住者のみなさんが、週末になるといろいろなイベントをやっていて、おもしろい人たちのいるところだと感じていました」(寺林さん)
以来、週末住めるような家を探すようになり、1年ほどして知人の紹介で空き家を見つけた。一部修繕も必要だったが地域の友人らの手を借りて整えていった。

2階の屋根裏から山々が見渡せる。その風景が気に入ったという(撮影/佐々木育弥)

2階の屋根裏から山々が見渡せる。その風景が気に入ったという(撮影/佐々木育弥)

寺林さんの家には、近所の子どもが遊びに来るようになった。子どもたちが楽しめるようにと、玄関先で古本屋を開いてはどうかとあるとき思った。絵本を用意し、地球環境や旅、暮らしのエッセイなど、これまで自分が読むためにと集めてきた本を並べた。

初めてお店を開けたのは2021年7月。友人が訪ねてきて本を手に取り「これください」と言ったとき、本の値段を決めていなくて戸惑ったという。

「まさか売れるとは思っていなくて(笑)」(寺林さん)

玄関先がお店。自分が読んだことのある本を並べている(撮影/佐々木育弥)

玄関先がお店。自分が読んだことのある本を並べている(撮影/佐々木育弥)

その後は値段をつけて販売するようになったが、商いをやっているという意識はあまりないという。玄関先がオープンスペースとなり、本を通じてコミュニケーションが生まれ、みんながのんびりと過ごせる場づくりを大切にしている。

「いま建築事務所で働いています。働くことは好きなんですが、ドジらないように、毎日すごく緊張していますね」(寺林さん)
寺林さんは社会人として働きつつ、週末の月に2回古本屋さんを開き、バンドやダンス活動も続けている。美流渡に拠点を設ける以前に、これまで2度、アフリカに2~3カ月滞在してダンスを学んだことがある。1回目は会社に長期の休みを取って行き、2回目は退職して向かったが、帰国後すぐに新しい就職先を探すことができたという。

古本屋を始めると、友人からさまざまな本が集まるようになったという。寺林さんは、それを一つ一つ読んでから、ラインナップに加えていく(撮影/佐々木育弥)

古本屋を始めると、友人からさまざまな本が集まるようになったという。寺林さんは、それを一つ一つ読んでから、ラインナップに加えていく(撮影/佐々木育弥)

「ここに住む移住者のみんなは、以前とは暮らしを大胆に変えていますが、私にはそんな勇気はないので二拠点暮らしをしています。でも、いずれは美流渡に移住したいという想いももっています」(寺林さん)

場所を変えることによって仕事とプライベートの切り替えができるそうで、週末、美流渡へと車を走らせていくと、気持ちがゆるみ、ワクワクした感覚があふれてくるのだという。
子どものころから自然の中で過ごすのが大好きで、木登りが得意中の得意だったという寺林さんにとって、山あいのこの場所は生きるエネルギーをチャージする重要な場所になっている。

「空が広くて、四季を通じた変化があった。ここに来ると本当に心が安らぐんですよ」(寺林さん)

美流渡で木に登って、ヤマブドウの実を採ることも(撮影/佐々木育弥)

美流渡で木に登って、ヤマブドウの実を採ることも(撮影/佐々木育弥)

お金をどう稼ぐかではなく、地域や自然と関わる中からできることを探して

今回紹介した3人のように、移住者たちは、地域の人々や自然と関わる中で、何ができるのかを探り、自分なりの活動を続けている。
笠原さんは、体調を崩したことがきっかけでハーブに目覚めた。寺林さんは、美流渡に本を置いてあるスペースがなく、子どもたちに喜んでもらえたらと古本屋を始めた。そして五十嵐さんは、この地で人々と触れ合う中で、完成品を売るのではなく、みんなでつくるという方法にシフトさせていった。

旧美流渡中学校で開催された「みる・とーぶ展」には「麻の実堂」、「アトリエ遊木童」、「つきに文庫」も参加。来場者の声から新たな工夫が生まれることもある(写真撮影/佐々木育弥)

旧美流渡中学校で開催された「みる・とーぶ展」には「麻の実堂」、「アトリエ遊木童」、「つきに文庫」も参加。来場者の声から新たな工夫が生まれることもある(写真撮影/佐々木育弥)

みんなそれぞれ、作品や本が売れるようにと日々試行錯誤を繰り返しているが、収入がそれほど見込めないからといって、現在の活動をやめるわけではない。
共通しているのは、「お金が儲かるから」とか「得をしそうだから」という尺度で物事を選択せず、自分が「心からやりたいことかどうか」で動いているところ。

「貯金をしておかないと、先行き不安では?」と思う人もいるかもしれない。当然、多少の不安はあるだろうが、お金がなければ畑で食べ物をつくったり、農家の手伝いに行けば「きっとなんとかなる」と考えている人は多い。

また、家も自分たちで修繕すればいいし、電気やガスに頼りすぎずに薪を燃料にすればいい。ここで暮らしていくうちに、生きていくための力が自然に備わってきているのではないかと思う。

今回紹介した移住者たちは、日々、協力しあって生きている。イベントを共同で開催したり、アフリカ太鼓のバンド活動もみんなで行っている(写真撮影/來嶋路子)

今回紹介した移住者たちは、日々、協力しあって生きている。イベントを共同で開催したり、アフリカ太鼓のバンド活動もみんなで行っている(写真撮影/來嶋路子)

「もう、都会のマンション暮らしには戻れない」と笠原さんは夫妻で語り合うことがあるという。地面の近くで暮らすことが、何より重要だと分かったそうだ。
都会で将来への安心を求めると貯蓄や投資、保険などという紙に頼る他はない。もちろん都会にいれば、公共施設や病院などが近くにあって利用しやすいという安心感もあるだろう。一方でこの地の移住者は、この大地とつながっていて、いつでもそこから恵みを受けることができるという安心感があるのだと思う。

●取材協力
麻の実堂
つきに文庫

”銭湯図解”で銭湯建築や人の営み描く。映画『湯道』看板娘モチーフになった塩谷歩波さん、「小杉湯」番頭経てホテルやサウナ等も図解する画家・文筆家に

塩谷歩波さんは、銭湯の建物内部を俯瞰図で描く「銭湯図解」シリーズがSNSで人気を博し、刊行した著書が話題沸騰! 銭湯図解とは、銭湯を観察しメジャーなどでさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んでいくもの。塩谷さんの半生はドラマ化(2022年『湯あがりスケッチ』)され、2023年2月23日に自身がモチーフになったキャラが登場する映画『湯道』(企画・脚本:小山薫堂、主演:生田斗真)が公開されます。学生時代、建築を専攻し、設計事務所、高円寺(東京都杉並区)の銭湯「小杉湯」の番頭兼イラストレーターを経て、画家・文筆家へ。建築を描くことで見えてきたものとは。図解イラストを解説しながらたっぷり話していただきました。

画家・文筆家の塩谷歩波さん。現在は、銭湯以外の絵の仕事も注目されている(写真撮影/三浦えり)

画家・文筆家の塩谷歩波さん。現在は、銭湯以外の絵の仕事も注目されている(写真撮影/三浦えり)

銭湯での人のふるまい、美しいと思った瞬間を伝えたい

――銭湯図解からは、建物の構造だけでなく、インテリアや小物までが細かく描かれています。銭湯を図解しようと思ったきっかけを教えてください。

塩谷歩波さん(以下、塩谷):「銭湯ってめっちゃいいじゃん」という純粋な気持ちですね。

銭湯に出合ったのは、当時勤めていた設計事務所を体調不良で休職していたころ。半分鬱のような状態で、同期の人と比べると自分が恥ずかしい人間であるように感じ、同世代の人と話すのがとても怖かったんです。ちょっと人間不信になっていました。

そういうときに銭湯で会う人たちは、自分の日常では絶対出会わない人が多くて。おばあちゃんと裸で知り合うことってないですよね。それが自分にとっては、いい非日常感で、日常から離れていたからこそ、違う人間になることができた。おばあちゃんに突然話しかけられても、ドラマや映画で見た番頭さんのように快活に話すことができました。自分が銭湯の一員になったように感じて、すごく癒やされたんですよね。まだ銭湯に行ったことのない友人に魅力を伝えるために描いたのが初めての銭湯図解でした。

初めて描いた銭湯図解には、友人に向けて寿湯のおすすめポイントが書かれている(画像提供/塩谷歩波さん)

初めて描いた銭湯図解には、友人に向けて寿湯のおすすめポイントが書かれている(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺にある小杉湯の銭湯図解。湯船に漬かる人、着替える人、昭和を感じるレトロなインテリアもいい(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺にある小杉湯の銭湯図解。湯船に漬かる人、着替える人、昭和を感じるレトロなインテリアもいい(画像提供/塩谷歩波さん)

洗い場で背中を流し合う人たち。湯けむりやほっとした息づかいまで聞こえてきそう!(画像提供/塩谷歩波さん)

洗い場で背中を流し合う人たち。湯けむりやほっとした息づかいまで聞こえてきそう!(画像提供/塩谷歩波さん)

『銭湯図解』(2019年2月刊行)は多数のメディアに取り上げられた。2022年には、エッセイ本も出版(画像提供/中央公論新社・双葉社)

『銭湯図解』(2019年2月刊行)は多数のメディアに取り上げられた。2022年には、エッセイ本も出版(画像提供/中央公論新社・双葉社)

――銭湯図解には、多くの人物も描かれていますね。銭湯でくつろぐ人物の絵を見ると、湯けむりや窓からの光、露天の風まで感じられます。

塩谷:銭湯でほっとして、目をほかに向けてみると、そこでの人の触れ合いがすごく愛おしく思えて。おばあちゃん同士が背中を流し合いながら話している姿はどこか癒やされるものがありました。当時、銭湯好きの方がブログやTwitterで銭湯について書いたものはありましたが、カラン(蛇口)の数や浴室の温度などデータ的な紹介が多かったんです。銭湯での人のふるまいや、私が美しいと思った瞬間が語られていないのはもったいないと思いました。

銭湯図解は緻密な表現が魅力(画像提供/塩谷歩波さん)

銭湯図解は緻密な表現が魅力(画像提供/塩谷歩波さん)

番台のある待合所、男女の脱衣所、浴室などが一望できる(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

番台のある待合所、男女の脱衣所、浴室などが一望できる(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

機能を兼ね備えたデザイン、地域性、文化性、銭湯建築は面白い

――Twitterなどではどのような反響がありますか?

塩谷:最初のころは、銭湯ファンの方から、「銭湯の良いところが描かれていてスゴイ」と再現性を言われることが多かったですね。建築ファンの人からは、「銭湯に建築的な面白さがあったんだ」という驚きの声が寄せられました。学校の授業でも、建築の本でも、建築の目線から銭湯が語られることってまずなかったんです。銭湯のような大衆的な建物を絵におこしてみることに、意外と価値があると気づいた人が多かったです。機能を兼ね備えたデザインで、時代や場所によって浴槽の形が違うなど、文化性、地域性があるところが面白いんですよ。

あとは、「すごく癒やされる」という声もありました。自分が同じような経験をしたので、心が疲れている人からのコメントがいちばん嬉しかったですね。私と同じようにあの風景に癒やされる人がいるんだなと。

――設計事務所から高円寺の銭湯「小杉湯」に「番頭兼イラストレーター」として転職した後、アトリエエンヤを立ち上げ、小杉湯を退職してから画家として独立されています。振り返って、銭湯図解はどのようなものだったと思いますか?

塩谷:自分が絵を仕事にする可能性をつかんでくれた、そういう絵だったと思います。まさか自分が絵を専門に描く仕事をするとは夢にも思ってみませんでした。銭湯図解によって私の人生は大きく変わりました。小杉湯にいたころは、運営する立場から銭湯を見ていましたが、今はいち銭湯ファン。銭湯に行くのは一週間に一回程度になりました。東京だけでなく旅先の銭湯もすごく面白いんです。これからもいい銭湯があれば、伝えていきたいと思っています。

小杉湯の浴室。湯気を抜くために天井が高くつくられている。これほど高い天井の建物は、今は建築するのが難しいという(画像提供/塩谷歩波さん)

小杉湯の浴室。湯気を抜くために天井が高くつくられている。これほど高い天井の建物は、今は建築するのが難しいという(画像提供/塩谷歩波さん)

銭湯でのイベントで講演をする塩谷さん。なんと小杉湯では、著書『銭湯図解』1000冊を完売。本を片手に銭湯巡りをする人も現れた(画像提供/塩谷歩波さん)

銭湯でのイベントで講演をする塩谷さん。なんと小杉湯では、著書『銭湯図解』1000冊を完売。本を片手に銭湯巡りをする人も現れた(画像提供/塩谷歩波さん)

制作に1枚1カ月かかることも。角度をつけて建物内部を俯瞰的に描く

――図解に用いられている図法について教えてください。どういう意図で用いられているのでしょうか。

塩谷:アイソメトリックという建築図法で、角度をつけて建物内部を俯瞰的に描いています。本来は三方の軸がそれぞれ等しい角度で見えるように立体を投影するものが多いのですが、「銭湯図解」では、それぞれの銭湯によって、「どこを見せたいか」を考えて、角度や断面の表現を調整しています。例えば、脱衣所の人物も番台も見せたい場合、間の壁を切り抜いて、両方を見せています。

要所で壁を切り抜いて、番台や待合所の雰囲気、脱衣所や浴室を1枚の絵で表現(画像提供/塩谷歩波さん)

要所で壁を切り抜いて、番台や待合所の雰囲気、脱衣所や浴室を1枚の絵で表現(画像提供/塩谷歩波さん)

映画『湯道』の銭湯「まるきん温泉」の下書き。映画では架空の銭湯なので、資料を参考にしたが、本来は、取材に行き、実測データを元に縮尺を決めて用紙に下書きする(画像提供/塩谷歩波さん)

映画『湯道』の銭湯「まるきん温泉」の下書き。映画では架空の銭湯なので、資料を参考にしたが、本来は、取材に行き、実測データを元に縮尺を決めて用紙に下書きする(画像提供/塩谷歩波さん)

人物の表情はペン入れの際、さらに細いペンで描き込む。銭湯図解ににぎわいが生まれる瞬間(画像提供/塩谷歩波さん)

人物の表情はペン入れの際、さらに細いペンで描き込む。銭湯図解ににぎわいが生まれる瞬間(画像提供/塩谷歩波さん)

透明水彩で着彩。玄関でお客さんに対応している『湯道』の主人公・三浦史朗(生田斗真)の姿も(画像提供/塩谷歩波さん)

透明水彩で着彩。玄関でお客さんに対応している『湯道』の主人公・三浦史朗(生田斗真)の姿も(画像提供/塩谷歩波さん)

建物には、人の行動がデザインされている

――最近では、高円寺や西荻窪にある店舗や全国のホテル、ゲストハウス、サウナなどの建築図解も描かれています。きっかけは?

塩谷:2019年に書籍『銭湯図解』を刊行した後、銭湯以外の建物を描きたいと思い、2020年にアトリエエンヤという屋号を掲げてお仕事でほかの建物も描くようになりました。高円寺の酒場兼古本屋の「コクテイル書房 図解」を描いたのは、書籍を出した直後ですね。当時、高円寺に住んでいて、街への愛情が高じた結果、高円寺の中で一番魅力的な建物であるコクテイル書房を描きたくなったんです。

建物は古く、オーナーがDIYしている箇所がたくさんあって、「これ何ですか?」って聞くとひとつひとつにストーリーがあるんです。絵を描くことで、そこの人たちの歴史を感じられるのがいいなと思いました。

高円寺にあるコクテイル書房の1階の図解。拾ってきた流木が天井に吊るされているなど、店主の趣味が反映された空間が面白い(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺にあるコクテイル書房の1階の図解。拾ってきた流木が天井に吊るされているなど、店主の趣味が反映された空間が面白い(画像提供/塩谷歩波さん)

――街や店舗を描くとき、銭湯を図解するときと違った発見はありましたか。

塩谷:人が服を着ていることですかね(笑)。また、街や建物によって人の動き方って全然違うんですよ。自分で建物を設計していたときに、建物によって、人のふるまいが変わることに一番興味があったんです。行動をデザインした建物が好きなんです。そういう建物は、描きながら、オーナーや設計者の意図が伝わってきて感動します。描いていて楽しい所ですね。

塩谷さんが愛する西荻窪の路地(画像提供/塩谷歩波さん)

塩谷さんが愛する西荻窪の路地(画像提供/塩谷歩波さん)

街歩きでふらっと入った西荻窪の居酒屋「しんこぺ」のホットケーキを描いた絵がTwitterでバズり、期間限定メニューが定番の人気メニューに(画像提供/塩谷歩波さん)

街歩きでふらっと入った西荻窪の居酒屋「しんこぺ」のホットケーキを描いた絵がTwitterでバズり、期間限定メニューが定番の人気メニューに(画像提供/塩谷歩波さん)

カウンターでホットケーキが出てきたときの塩谷さんの感動が絵から伝わってくる(画像提供/塩谷歩波さん)

カウンターでホットケーキが出て来た時の塩谷さんの感動が絵から伝わってくる(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺や西荻窪の建物を描くことで、人の動きが見えてくる

――描いていて面白いのはどんな街?

塩谷:ガイドブックに載っていない路地がある、歩いて楽しい街ですね。高円寺は、雑多な感じで「東京のインド」と言われたりするんですけど、全然整備されていない街全体のカオスな感じがいい。西荻窪は、趣味が高じてお店をやっている人が多くて、お店はオーナーの城。建物にオーナーの世界観があって、街全体よりひとつひとつが面白いんです。

西荻窪の日本茶スタンド「Saten」。現代的な建物に和の意匠を取り入れている(画像提供/塩谷歩波さん)

西荻窪の日本茶スタンド「Saten」。現代的な建物に和の意匠を取り入れている(画像提供/塩谷歩波さん)

緑色は抹茶をイメージした色。カウンターの奥にあるオレンジの壁は、「床の間」風コーナー。左のテラスにいるフレンチブルドッグを連れた人は実在する常連さん(画像提供/塩谷歩波さん)

緑色は抹茶をイメージした色。カウンターの奥にあるオレンジの壁は、「床の間」風コーナー。左のテラスにいるフレンチブルドッグを連れた人は実在する常連さん(画像提供/塩谷歩波さん)

描くことで、自分の好きなことをより深く理解できる

――2023年2月21日から、個展が開催され、23日から映画「湯道」が公開されます。見どころを教えてください。

塩谷:映画に登場する「まるきん温泉」は、形としては京都にありそうな銭湯です。企画・脚本の小山薫堂さんも温泉・銭湯好きなので、今までの記憶の中から、好きな銭湯を繋ぎ合わせたのでしょうね。監督や映画スタッフとつくりあげた理想の銭湯を感じてみてください。

『湯道』2月23日(木・祝)全国東宝系にて公開(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

『湯道』2月23日(木・祝)全国東宝系にて公開(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

撮影後に描いた「湯道」に登場する銭湯「まるきん温泉」(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

撮影後に描いた「湯道」に登場する銭湯「まるきん温泉」(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

塩谷:「まるきん温泉」の銭湯図解を描くのがとても面白かったんです。「まるきん温泉」は、セットでつくった架空の銭湯。資料から読み解く謎解きみたいで。実在しない建物も描けるんだなと気づきました。

個展では、実在しない建物の図解作品を展示します。テーマは、「家」。家はなじみ深いですが、隣の家って見たことありませんよね。同じ間取りなのに全然違う世界が広がっている。その人が考えていることが知らず知らず広がっている。面白さもあるけど怖さもある。そういうものが「家」じゃないかと思っています。

原画販売も初めて行う。5作品のひとつ、おばけの家。おばけには足がなく透けるので階段も扉もない(画像提供/塩谷歩波さん)

原画販売も初めて行う。5作品のひとつ、おばけの家。おばけには足がなく透けるので階段も扉もない(画像提供/塩谷歩波さん)

――街歩きや店舗を見るとき、どんな所に目を向けるとよいですか?

塩谷:アイソメトリックで描くことは建築の知識がないと難しいと思いますが、街や建物のどういう空間でどう人が動いているかよく見ると、さまざまな気づきがあります。建物の素敵な所をスマホで撮って終わりではなく、スケッチでも文章でもほかの表現に落とし込んでみると、何で好きと思ったのか、より深く理解できます。

――塩谷さんとって「描く」のはどういった意味をもつ行為でしょうか。

塩谷:描いていると、自分がなぜこの建物が好きなのか再確認できます。下書きしながら、この建物はこんなに面白く見えるんだなあって。色を塗ったり、人物を入れると、絵の中で世界ができていく。描けば描くほど豊かな世界になっていく。完成までワクワク感を抱えていますね。

絵は、自分をこの場所に連れてきてくれた大事なものであると同時に、描き続けるのが辛いときもある。好きとか嫌いとかを超えて、離れられない。表現をする人は同じことを言うと思います。寺社仏閣や教会、世界遺産の建物、民家、古いホテルや民宿、純喫茶、海外の建物……描いてみたいものがたくさんあるんです。これからも、人のふるまいや美しい瞬間を感じられる絵を描いていきたいです。

アトリエからは、試行錯誤を繰り返した創作の様子が伝わってくる。今年の秋口まで仕事はいっぱい(画像提供/塩谷歩波さん)

アトリエからは、試行錯誤を繰り返した創作の様子が伝わってくる。今年の秋口まで仕事はいっぱい(画像提供/塩谷歩波さん)

図解を描いた塩谷さんの思いを伺い、「なんかいいな」と感じていた建物がどういう思いでつくられているのか考えを巡らせたり、人の動きを観察するのが、面白く感じてきました。自分が住んでいる街や街歩きがもっと楽しくなりそうです。

●取材協力
塩谷歩波(Twitter)

●映画公開情報
『湯道』
2月23日(木・祝)全国東宝系にて公開
企画・脚本:小山薫堂(『おくりびと』)
監督:鈴木雅之(『HERO』シリーズ、『マスカレード』シリーズ)
音楽:佐藤直紀
出演:生田斗真、濱田岳、橋本環奈 ほか
©2023映画「湯道」製作委員会

Twitter

画家MAYA MAXX(マヤマックス)さんが330人の集落に移住。北海道の豪雪地域に描いた”巨大クマ”が人々の心のよりどころに。岩見沢市美流渡

北海道有数の豪雪地帯、岩見沢市。その山あいにある330人の集落・美流渡(みると)地区に2020年夏、画家のMAYA MAXX(マヤマックス)さんが移住。MAYAさんはラフォーレ原宿での個展や子ども番組などへの出演を通じて人気を集め、絵本作家としても多くのファンを持つ。これまで都会で活動するイメージが強かったが、一転して過疎地での制作をスタートさせ、まちじゅうに絵を描く活動も展開。「絵を一目見てみたい」と美流渡を訪ねた人は5000人を超えた。同じ美流渡に住み、地域活動の運営を担当する筆者が、移住から2年半のMAYAさんの取り組みについてレポートする。

MAYA MAXXさんの絵本。読者の声により復刊したのが『トンちゃんてそういうネコ』(汐文社)。雑誌で発表した『ぱんだちゃん』(福音館書店)は1月に単行本化された(撮影/久保ヒデキ)

MAYA MAXXさんの絵本。読者の声により復刊したのが『トンちゃんてそういうネコ』(汐文社)。雑誌で発表した『ぱんだちゃん』(福音館書店)は1月に単行本化された(撮影/久保ヒデキ)

長屋の4世帯を利活用。美流渡にアトリエを開いて

美流渡地区は元炭鉱街。道道38号線のわずか2kmほどのエリアに、炭鉱が活況を呈した時代は1万人がひしめき合って暮らしていた。当時を知る人は、労働者の住宅が所狭しと建てられ「美流渡には緑がなかった」と語る。昭和40年代に炭鉱が閉山すると急激な人口流出がおこり、現在は330人が暮らす。住宅があった場所の多くは自然に返っており、いまでは緑豊かな山里の風景が広がっている。

MAYAさんのアトリエがある地区。民家はまばらで森に囲まれている(撮影/久保ヒデキ)301_0P8A7832.jpg

MAYAさんのアトリエがある地区。民家はまばらで森に囲まれている(撮影/久保ヒデキ)

人口減少がある一方で、1980年代からポツポツと移住者が集まるようになっていた。その中には陶芸家や木工作家、やがては薪窯のパン屋などがあった。移住したほとんどの人が、この地に縁のある友人に土地や空き家を勧められたことがきっかけ。
筆者自身も知人を介して5年前に美流渡の古家を取得。岩見沢市の街中から引越した。

MAYAさんの移住もケースは同じで、実は筆者が「空き家をアトリエとして改修してはどうか?」と声を掛けたことによる。MAYAさんとは取材をきっかけに20年来の友人だった。
この時期、個性的な移住者が多いまちとしてメディアなどでも紹介されることが増え、町会に「空き家はないか?」という問い合わせが入るようになっていた。そこで町会と市が連携し、取り壊し予定となっていた元教員住宅を移住者支援住宅として利活用することとした。住宅は4世帯が入った長屋。一棟すべてを借りれば、十分な広さのアトリエがつくれるのではないかと思った。

元教員住宅。1棟に4世帯が暮らしていた。窓だった部分や扉にMAYAさんは絵を描いた(撮影/久保ヒデキ)

元教員住宅。1棟に4世帯が暮らしていた。窓だった部分や扉にMAYAさんは絵を描いた(撮影/久保ヒデキ)

そのときMAYAさんは、10年間の京都での作品発表に区切りをつけ、東京に戻っていた。知人の住宅の一室をアトリエとして借りていたが、大作を何枚も同時に描けるほどの広さはなかった。そんなこともあって美流渡でアトリエをつくったらどうかという筆者の申し出に「それもいいかもね」と軽やかに答えた。以前から、イヌイットなどの北方民族に憧れを抱き、いずれは北に行ってみたいという思いもあった。

MAYA MAXXさん。1993年よりこの名で活動を開始。画家であり絵本も多数手掛ける(撮影/久保ヒデキ)

MAYA MAXXさん。1993年よりこの名で活動を開始。画家であり絵本も多数手掛ける(撮影/久保ヒデキ)

最初は東京との二拠点を考えていたが、新型コロナウイルスの感染が深刻化。展覧会開催予定なども延期となり、都道府県をまたぐ移動にも制限があったことから、東京を離れ美流渡に完全移住することを決めた。

改修は、長沼でリフォーム工事を手掛ける「yomogiya」に依頼。内壁の塗装はMAYAさんと友人らで行うこととした。アトリエは白いペンキを3層塗った。「絵よりも毎日見るものだから」とムラなく仕上げた(撮影/來嶋路子)

改修は、長沼でリフォーム工事を手掛ける「yomogiya」に依頼。内壁の塗装はMAYAさんと友人らで行うこととした。アトリエは白いペンキを3層塗った。「絵よりも毎日見るものだから」とムラなく仕上げた(撮影/來嶋路子)

長屋の2世帯分は境の壁の一部を壊してつなぎアトリエとした。1世帯は住居。残りの1世帯は、作品の収蔵庫にしようと考えていたが、内装の仕上がりが美しかったこともあり、現在はギャラリーとして使っている。

アトリエの一角。部屋を仕切っていた壁、トイレ、風呂場などもすべて取り外し、できる限りスペースを広く取った(撮影/久保ヒデキ)

アトリエの一角。部屋を仕切っていた壁、トイレ、風呂場などもすべて取り外し、できる限りスペースを広く取った(撮影/久保ヒデキ)

ギャラリーとして使われている空間。アトリエから絵を持ち出しここに展示すると客観的な目で見られるようになる(撮影/久保ヒデキ)

ギャラリーとして使われている空間。アトリエから絵を持ち出しここに展示すると客観的な目で見られるようになる(撮影/久保ヒデキ)

自然に身を置く中で、思っても見ない変化が起こって

真っ白なアトリエで、MAYAさんは制作を開始した。普段から構想をスケッチしたり下描きをしたりは一切しない。そのときの自分を介して出てきたものが画面に現れていく。美流渡で最初に描かれたのは、一面のグリーンで覆われた絵。それは、これまでほとんど使ったことがなかった色。
「緑というのは自然の色ですよね。いままでは理解できない、一番ぼんやりしている色として捉えていました」(MAYAさん)
京都や東京で描いていた絵は、黒や赤などコントラストの強い色を使い、線を多用していた。けれど、環境を変えたことによって、自分でも“思ってもみなかった”色彩による表現が生まれた。

緑は青味が強かったり黄色に傾いたりする曖昧さを持っているため、いままでは捉えどころのない色だったという。また緑を使うのが苦手という意識もあったそうだ(撮影/來嶋路子)

緑は青味が強かったり黄色に傾いたりする曖昧さを持っているため、いままでは捉えどころのない色だったという。また緑を使うのが苦手という意識もあったそうだ(撮影/來嶋路子)

絵画と同じように“思ってもみなかった”活動が広がっていった。それはまちに絵を描く取り組みだ。発端は、MAYAさんのアトリエの近くに4年前に閉校となった旧美流渡小中学校の校舎があったことだ。

小学校と中学校が隣り合って立っており同じ時期に閉校した(撮影/佐々木育弥)

小学校と中学校が隣り合って立っており同じ時期に閉校した(撮影/佐々木育弥)

閉校してから校舎の1階には、豪雪で窓が割れないようにと雪除けの板が張られていた。あるときMAYAさんは「あそこに絵を描いたらいいんじゃないか」と語った。雪除けの板は全部で40枚以上。大きいものは一辺が5mにもなった。筆者が市や教育委員会との交渉の窓口となり、2021年8月から「窓板ペインティングプロジェクト」が実施されることとなった。道内各地からサポートしてくれる人々が集まり、約3カ月かけて絵が描かれた。

MAYAさんが輪郭を塗り、その中をサポートしてくれる人たちが塗った(撮影/來嶋路子)

MAYAさんが輪郭を塗り、その中をサポートしてくれる人たちが塗った(撮影/來嶋路子)

メインとなる窓板は、MAYAさんが一人で描いた。雨の日も風の日も、一人、板に向かう姿は地域の人々の心を打った。そばで校舎の草刈りをする人や、まだ下地のペンキが塗られていない板を見つけ、「ここを白く塗っていいですか?」と声を掛けてくれる人が現れた。
「閉校した校舎を今後どう活用するかは行政が検討すること」と考える住民は多かったが、MAYAさんのアクションによって「自分たちも校舎に対して何かできることがあるのではないか」という意識が芽生えていった。

中学校側の一番大きな窓板はMAYAさんが一人で描いた。「We MIRUTO」という言葉には「仲間がいて私はその中にいる」というメッセージが込められた(撮影/來嶋路子)

中学校側の一番大きな窓板はMAYAさんが一人で描いた。「We MIRUTO」という言葉には「仲間がいて私はその中にいる」というメッセージが込められた(撮影/來嶋路子)

閉校して子ども達の声は聞こえなくなってしまったが、絵があることで新しいにぎわいが生まれた(撮影/久保ヒデキ)

閉校して子ども達の声は聞こえなくなってしまったが、絵があることで新しいにぎわいが生まれた(撮影/久保ヒデキ)

ここにも絵を描いてほしい。そんな声が広がって

このプロジェクトから、次の展開が生まれた。美流渡とその周辺地区は過疎化が進み、2021年度で路線バスが廃止となり、代替交通としてコミュニティバスが運行されることとなった。このバスのラッピングデザインをMAYAさんにお願いできないだろうかと、窓板を制作する様子をいつも見ていた町会のみなさんから声が挙がった。MAYAさんはこの依頼に「デザインをするのではなくて、車体に直接描きたい」と応えた。実際に車体を前にするからこそ浮かぶイメージがあるという。「ここには雪を降らせてみよう」や「もっと動物を増やしていこう」とまるでキャンバスと対話をするかのように描いていった。

倉庫で車体のペイントを行った。「バンパーにクマがたくさんいたらかわいいよね!」と正座で描き続けた(撮影/來嶋路子)

倉庫で車体のペイントを行った。「バンパーにクマがたくさんいたらかわいいよね!」と正座で描き続けた(撮影/來嶋路子)

路線バスの廃止は、まちに暗いニュースとして流れたが、MAYAさんが絵を描いている姿が新聞に掲載されると、一転して明るい話題となった。路線バスよりも運賃が安くなり、住民のニーズに合わせたルートとなったこともあり、平日の1日の乗降数はこれまでの倍。全国から視察が来るようになった。
また、停留所で止まっていると記念撮影する人も。美流渡に来るのにマイカーでなく「あえてバスで来ました」と語る旅行者に筆者も出会ったことがある。

「乗っているみなさんの気持ちが少しでも明るくなったら」と、車体には赤と青のシカが描かれ、その周りにクマやリスが散りばめられた(撮影/久保ヒデキ)

「乗っているみなさんの気持ちが少しでも明るくなったら」と、車体には赤と青のシカが描かれ、その周りにクマやリスが散りばめられた(撮影/久保ヒデキ)

もう一人、窓板に絵を描く様子をずっと見守っていた人がいた。食品加工メーカー・モリタンの平井章裕社長だった。モリタンは北海道の素材を使った業務用のコロッケなどの調理品や水産加工品などを製造する指折りの大手。志文地区と美流渡地区に加工工場を持っていて、そこを行き来する車中でMAYAさんの絵を知った。そして、加工工場にも看板となる絵を描いてほしいと依頼した。岩見沢市を拠点としながらも、これまで市民と接点が希薄だったことから、地域の画家に絵を描いてもらうことで、新たな交流の糸口ができるのではないかと考えたという。

打ち合わせの席でMAYAさんは「看板では目立たない。あの食品倉庫に大きなクマの顔を描きたい」と語った。
志文には高さ10m、奥行き100 mにもなる食品冷凍庫があった。その壁は白く「あそこに絵があったらいいな」と以前から思っていたのだという。

食品冷凍庫の壁にペイント。高所作業車のアームを少しずつ動かしながら描いていく(撮影/來嶋路子)

食品冷凍庫の壁にペイント。高所作業車のアームを少しずつ動かしながら描いていく(撮影/來嶋路子)

こうして「ビッグベアプロジェクト」が始まった。2022年8月、平井社長自らが高所作業車のオペレーションを行い、MAYAさんは下描きせずに目見当でクマを描いていった。制作期間は約5日。顔の直径はおよそ9 mあった。できあがって離れて見たとき、屈託のない表情で斜め上を見つめる顔がそこにはあった。「これはきっと右側からやってきた『希望』の光を見つけた喜びの顔なんじゃないか」とMAYAさんは思った。そして、自分自身が制作しているものはすべて、みなさんへの“贈り物”であったことに気付いたという。

クマはHOPEくんと名付けられた。食品冷凍庫の後ろには北海道グリーンランドの観覧車が見える(撮影/久保ヒデキ)

クマはHOPEくんと名付けられた。食品冷凍庫の後ろには北海道グリーンランドの観覧車が見える(撮影/久保ヒデキ)

絵を描くことは自己表現ではなく、贈り物

人は、心を込めた贈り物を受け取ったとき、気分が明るくなり、喜びの感情がわいてくるはずだ。MAYAさんの絵は、そうした気持ちを沸き立たせるもの。まちに絵を描く試みとともに、閉校した校舎を使って、これまで4回の「みんなとMAYA MAXX展」を開催してきた。移住してから身近になったシカ、リス、クマを描いた作品が発表された。会場のアンケートには「絵を見て癒やされました」や「元気が出ました」という声が多数あった。

旧校舎での展覧会は、2021年の秋と2022年春・夏・秋に各2週間開催された(撮影/佐々木育弥)

旧校舎での展覧会は、2021年の秋と2022年春・夏・秋に各2週間開催された(撮影/佐々木育弥)

「絵のコンセプトはどうでもいいんです。私が考えていることや自己表現といったものはそばに置いておいて、とにかくみんなが可愛いと思ってもらえるようなものを描きたい」(MAYAさん)

いま世界はさまざまな危機に直面している。コロナ禍、ウクライナへの軍事侵攻、気候変動。
心が休まるときがない状況にあって、絵と向かい合ういっときはせめて明るさを取り戻してもらいたいとMAYAさんは願っている。

「みんなとMAYA MAXX展」と同時開催で、地域のつくり手の作品を集めた「みる・とーぶ展」も開催。この会場でMAYAさんは手描きのサロペットを販売した。普段、こうしたファッションを身につけない人も、気持ちが明るくなるからと購入した(撮影/來嶋路子)

「みんなとMAYA MAXX展」と同時開催で、地域のつくり手の作品を集めた「みる・とーぶ展」も開催。この会場でMAYAさんは手描きのサロペットを販売した。普段、こうしたファッションを身につけない人も、気持ちが明るくなるからと購入した(撮影/來嶋路子)

4回の「みんなとMAYA MAXX」展を校舎で開催し、訪れたのは5000人以上。札幌から高速道路を利用して1時間強。岩見沢駅から車で25分という決してアクセスのよくない地域に、これだけの人が集まった理由は、どこにあるのだろうか。市や教育委員会、地元企業の協力のほか、運営はみな手弁当。企画にも広報にも戦略といったものはなかった。

来場者が日に日に増えていった理由に対して、「絵には人の気持ちが集まってくるんだよね」と、あるときMAYAさんは語った。
確かに、校舎の窓板やモリタンの絵の制作過程をSNSで公開すると、わざわざ札幌から見学に来る人も現れ、イベントのサポートスタッフになってくれるなど、人の輪が大きく広がっていった。

校舎でギャラリートークも開催。どうやって制作をしているのかや日々の暮らしについてが語られた(撮影/來嶋路子)

校舎でギャラリートークも開催。どうやって制作をしているのかや日々の暮らしについてが語られた(撮影/來嶋路子)

では、人の気持ちが集まってくる絵とは何かとMAYAさんに聞いてみたところ、こんな答えが返ってきた。
「モリタンのクマや校舎の窓板など公共の場所に描くときには、色数を絞って、輪郭をはっきりととって、絵の具を3度塗りして仕上げます」(MAYAさん)
曖昧な線でたくさんの色を混ぜたような絵だと、雨風に当たっていくうちに薄汚れて見えてしまうのだという。
いつどんなときでも、輝いて見えるような絵にするために、「時間に追われることもあるけれど、やっつけ仕事をしてはいけない。いつでも、いくらでも時間を使えると思って描きたい」と絵筆を動かしているそうだ。

旧校舎の庇にはクマの顔の立体が設置された。半年間かけて仲間と制作。Amiちゃんと名付けられた(撮影/來嶋路子)

旧校舎の庇にはクマの顔の立体が設置された。半年間かけて仲間と制作。Amiちゃんと名付けられた(撮影/來嶋路子)

描き方は人の気持ちを集めるフックにはなるが、もっと大切なことがあると日々MAYAさんと接していて思う。
それは「これをやったら得か損か」という考えを捨て、自分がやりたいという純粋な気持ちだけを持って、軽やかなステップで前へと進んでいくことだ。
「こんなことやって何になるの?という人もいますが、私は一切そうは思いません。あそこに、かわいいクマがいたら、どんなにいいだろうって。ないよりあったほうがいいよねって思います」(MAYAさん)

展覧会と並行してMAYAさんは、地域の商店の看板やシャッターにも絵を描いていった。これらも注文があったわけではない。すべてはMAYAさんの“贈り物”だった。

カフェに設置された看板。市街から山あいの地域に入っていくと、MAYAさんの絵をところどころで見つけることができる(撮影/來嶋路子)

カフェに設置された看板。市街から山あいの地域に入っていくと、MAYAさんの絵をところどころで見つけることができる(撮影/來嶋路子)

移住をして自然と人と近くなって

ときどきMAYAさんは「美流渡に移住して本当によかった」と語る。自分のつくるものが“贈り物”であるという心境に達したのは、この地に暮らしてからのこと。都会での生活は「すべてのことが上滑りで、表面的だった」と語る。

大きな変化は自然との向き合い方。自分がこの大地とそして森の木々とつながっているのだということに気付き、それらを見ることが作品にも大きな影響を与えることに気付いたという。「これまで都会で生きていて、自分が自然をよく知らないということが空虚さにつながっていました。いま61歳になって、土と自然にようやく間に合ったという気がしました。私は本当に美しいものは自然だと思います。毎日美しいものを見ることができる環境に身を置くことができてよかった」(MAYAさん)

立ち枯れた植物の種子や葉を集めて制作された立体作品(撮影/久保ヒデキ)

立ち枯れた植物の種子や葉を集めて制作された立体作品(撮影/久保ヒデキ)

また、人と人との距離が近くなったことも大きい。校舎での展覧会のときMAYAさんは、必ず会場の受付にいて人々を迎えている。これまで多数の美術館で個展をしてきたが、ファンの人たちは固有名詞では存在しなかったという。それが、会場で会話を交わす中で、リアルな存在となった。日々の暮らしの中でも同じ。灯油販売店や設備会社の人たちは、顔馴染みのご近所さん。自分はご近所さんに支えられて、こうして暮らしているということが実感を持って感じられたという。

仲間の存在も大きい。MAYAさんが行うプロジェクトには気心の知れた友人が集う。東京にいたころも、もちろん仲間はいたが、アポイントを入れて会うという、日常とは切り離された状態での付き合いだった。
「絵を描くことはたった一人でやるしかない孤独な時間です。その半面のような、仲間がいてみんなで協力してやる作業は、みんなでみんなのために贈り物をつくるような喜びがあります」(MAYAさん)

Amiちゃんの制作に集まった仲間。スタイロフォーム(住宅などの断熱材として使われるポリスチレン樹脂原料を押出し発泡加工したもの)を重ねて立方体をつくり、そこからクマの顔を削り出した(撮影/來嶋路子)

Amiちゃんの制作に集まった仲間。スタイロフォーム(住宅などの断熱材として使われるポリスチレン樹脂原料を押出し発泡加工したもの)を重ねて立方体をつくり、そこからクマの顔を削り出した(撮影/來嶋路子)

もちろん移住は、良いことばかりではない。とくに厳冬期には容赦なく雪が降り続け、それは時に災害をもたらす。一昨年は屋根雪の重さに耐えきれず、改修したばかりのアトリエの床が凹んだことも。雪道運転で危ない思いをしたことも数えきれない。しかし、それこそが自然と近くなることなのだとMAYAさんは、日々除雪や運転技術をスキルアップさせている。
そして、今年もすでに「あそこにあれがあったらいいよね!」と、新しいプロジェクトの計画が進行中だ。雪が解けたら、またMAYAさんはまちへと出ていく。一つ、また一つと贈り物が増えていくことで、夜道に街灯がどんどん灯っていくように、まちが明るくなっていく。

アトリエの一部は、コンクリートブロックの壁をあえて見せるつくりに(撮影/久保ヒデキ)

アトリエの一部は、コンクリートブロックの壁をあえて見せるつくりに(撮影/久保ヒデキ)

●取材協力
MAYA MAXXさん
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家事分担「妻9割、夫1割」が最多。夫婦で無理なく分担するには?

夫と妻が家事を分担している割合は、お宅ではどの程度だろうか? リンナイが、夫と妻にそれぞれ聞いたところ、「妻が10割」と回答したのは、妻のほうは23%いたが、夫のほうは8%しかいなかった。どうやら家事に対する認識にかなりの開きがあるようだ。

【今週の住活トピック】
「『夫婦の家事分担』に関する意識調査」を公表/リンナイ

家事分担の割合、夫と妻で認識にズレがある!

こんなことが、あるのではないだろうか?
「夕食は何を食べたい?」と妻に聞かれた夫が、負担をかけまいと「なんでもいいよ」と答えたら、なぜだか妻の機嫌が悪くなった。

食事の後、夫が妻をいたわって「皿洗いをするよ」と言ってくれた。その後、妻がキッチンに行ってみると、たしかに皿は洗っていたが、シンクやコンロまわりは汚れたままで、キッチンの生ごみもそのままだった。妻は黙って後片付けをしたが、なんかモヤモヤした。

筆者がこんな想像をしてしまうような調査結果だったのが、リンナイの「『夫婦の家事分担』に関する意識調査」だ。

最近の男性は家事参加にも積極的だというが、夫婦の家事分担割合を夫と妻それぞれに聞いた結果、最多は「妻9割、夫1割」(女性34%・男性28%)だった。夫が2割、3割という回答も多いが、特徴的なのは「妻10割」の結果だ。自分が10割していると思っている女性が23%いるのに対して、妻が10割していると思っている男性は8%しかいない。男性から見ると、自分も1割や2割はしていると思っているのに、女性側から見たら、家事の範囲とは思えないという認識のズレだろう。

夫婦の家事分担(N=男性1305、女性1045)(出典/リンナイ「『夫婦の家事分担』に関する意識調査」のリリースより転載)

夫婦の家事分担(N=男性1305、女性1045)(出典/リンナイ「『夫婦の家事分担』に関する意識調査」のリリースより転載)

男性が行っている掃除は、ごみ袋の取り替え!?

では、男性と女性がそれぞれ、自身は「どんな家事を行っている」と自認しているのだろうか? 掃除(男性53%/女性94%)、買物(男性50%/女性95%)、洗濯(男性41%/女性95%)が、男性が行っている家事のTOP3だ。女性が「パートナーにやってほしいと思う家事」の第1位(54%)が掃除なので、「掃除」は男性がしている、女性が男性にしてほしい、という点で一致しているように見える。

そこで、担当している具体的な家事について質問した結果を見よう。「掃除」については、次のような結果だった。なんと男性が行っている掃除の第1位は、「ごみ袋の取り替え」(37%)だった。

担当している具体的な家事:掃除(N=男性1305、女性1045)(出典/リンナイ「『夫婦の家事分担』に関する意識調査」のリリースより転載)

担当している具体的な家事:掃除(N=男性1305、女性1045)(出典/リンナイ「『夫婦の家事分担』に関する意識調査」のリリースより転載)

同様に、「食事」について見ると、男性が行っている第1位は「食器洗い・乾燥」(34%)だ。一方、女性は、「献立を考える」(94%)ことに始まり、調理後の「残った食材の保管・管理」(83%)や「食器・調理器具の収納」(83%)まで、一連の家事を8割以上で行っていた。

担当している具体的な家事:食事(N=男性1305、女性1045)(出典/リンナイ「『夫婦の家事分担』に関する意識調査」のリリースより転載)

担当している具体的な家事:食事(N=男性1305、女性1045)(出典/リンナイ「『夫婦の家事分担』に関する意識調査」のリリースより転載)

「献立を考えるのが面倒」という人は多い。「負担に感じる家事」を具体的に聞いた結果を見ても、最多の57%の女性が、献立を考えることを選んだ。何を食べたいか聞かれたときに、「なんでもいい」という回答が、いかに気が利かないものかわかるだろう。今どんな食材があるのかを聞いて、それで作れる献立を答えたら、家庭の平和が保てるのではないかと思う次第だ。

また、女性が「パートナーにも気にかけてほしい家事」として最多だったのは、食事では「コンロなど調理機器の掃除・手入れ」(39%)、掃除では「換気扇の油汚れ掃除」(39%)だった。

女性は家事を行う際に、いろいろなことを考えている

家事に対する夫と妻の認識の開きは、まだある。それぞれの家事で「重視するポイント」を聞いた結果を見よう。
食事を例に挙げると、女性は、「食材・食事の費用を抑えたい」(74%)、「手軽に作りたい」(66%)、「後片付けを楽にしたい」(64%)など、費用や調理・後片付けの手間などいろいろ考えている。男性は「特にない」(35%)という人も多く、「手軽に作りたい」では22%しか重視していない。

コンロの魚焼きグリルに入れて焼くだけと思って、「魚でも焼いて…」と言ったりすると、魚焼きグリルの掃除はけっこう手間がかかるので、墓穴を掘るかもしれない。

家事に関して重視するポイント:食事(N=男性1305、女性1045)(出典/リンナイ「『夫婦の家事分担』に関する意識調査」のリリースより転載)

家事に関して重視するポイント:食事(N=男性1305、女性1045)(出典/リンナイ「『夫婦の家事分担』に関する意識調査」のリリースより転載)

話し合って、上手に家事分担をしよう

リンナイのリリースには、「知的家事プロデューサー 本間朝子先生監修 家事シェア満足度チェックテスト」も紹介されている。その中からいくつか抜粋してみた。あなたの家庭ではどうだろうか?

■「家事シェア満足度チェックテスト」より抜粋
1.家事は家族で支え合ってするものだと思う
2.夫婦で家事のバランスややり方について話し合っている
3.散らかしたものはそれぞれ本人が片づけている
4.家事が思ったようにできなかった時も責められたり否定されることはない
5.家事が思うようにできない時は臨機応変にサポートし合っている

共働きだからといって、家事分担は5:5が理想的とは限らない。やり方にこだわりがある家事については、中途半端に分担しないほうがよい場合もあるし、互いにやり方を譲り合って共有し、互いの空き時間に行うのが効率的な場合もある。

また、女性が負担を感じる家事でパートナーに気にかけてほしい家事、たとえば「コンロなど調理機器の掃除・手入れ」、「水まわりの汚れ掃除」、「換気扇の油汚れ掃除」などを、男性が積極的に担当するといった分担もあるだろう。

女性である筆者は女性目線で記事をまとめてしまうのだが、女性の負担がいまだ大きいとはいえ、以前よりは男性の家事参加が増えていると感じている。SUUMOジャーナルの筆者の担当編集者は男性だが、家事分担サポートアプリを使って、妻との家事分担を話し合ったばかりだという。

家事を可視化して、無理のない分担方法を考えていくことで効率的に行うことができれば、空いた時間を子育てなど他のことに使うことができるだろう。そんな家庭が増えていくことを期待している。

●関連サイト
リンナイ「夫婦の家事分担」に関する意識調査

シングルが住み続けたい街で阿佐ケ谷界隈が席巻中! “じわじわ”良さがわかる街の魅力を探ってみた

リクルートが首都圏在住の20歳以上の男女を対象に調査し、2022年10月に発表した「東京23区シングル家賃8万円以下住み続けたい駅ランキング」(「SUUMO住民実感調査2022首都圏版 家賃水準別住み続けたい駅ランキング」より)が、なかなか面白い結果になっている。
ポイントは「住みたい」ではなく「現在、住んでいる人が今後も住み続けたい」というところ。そうなると、ちょっと事情が違う。決して“派手”ではない駅が上位を独占したのだ。

1位に南阿佐ヶ谷、6位に阿佐ヶ谷がランクイン

まずは、下のTOP10を見てほしい。

住み続けたい街ランキング2022

「SUUMO住民実感調査2022首都圏版 家賃水準別住み続けたい駅ランキング」は、首都圏に住む20歳以上の男女に、現在住んでいる街に住み続けたいかを聞き、その希望度が高い駅・自治体をランキングした「SUUMO住民実感調査2022首都圏版」の上位の中から、賃貸物件の家賃相場が一定の基準以下の駅だけでエリア別にランキングしたもの(出典/リクルート「SUUMO住み続けたい街ランキング2022」)

奇しくも杉並区と世田谷区の駅ばかりだが、純粋に23区内の駅でアンケートを取った結果がこれだ。

1位に南阿佐ヶ谷、6位に阿佐ヶ谷がランクイン。阿佐ヶ谷には昨年末のM-1グランプリ2022で優勝したウエストランドが所属する事務所、タイタンもある。

筆者は高円寺に長く住んでいたので、お隣の阿佐ヶ谷も好きな街。馴染みの飲み屋も何軒かある。しかし、この結果は正直、意外だった。決して派手ではなく、都内に住んでいてもどんな街か知らない人も多そうだ。なぜ、住み続けたいのか。人気の理由を探るために街に繰り出した。

目と鼻の先に杉並区役所がある南阿佐ヶ谷駅

まずは、堂々1位の南阿佐ヶ谷駅。

新宿駅から丸ノ内線で10分ちょっとという近さ(撮影/石原たきび)

新宿駅から丸ノ内線で10分ちょっとという近さ(撮影/石原たきび)

ケヤキ並木が美しい中杉通りが青梅街道に突き当たる場所で、目と鼻の先には杉並区役所がある。

さまざまな手続きにも便利なエリア(撮影/石原たきび)

さまざまな手続きにも便利なエリア(撮影/石原たきび)

ここをスタート地点にして、6位に食い込んだJR中央線の阿佐ヶ谷駅周辺までを歩いてみたい。

「パールセンター」は日々の生活に根差した商店街南阿佐ヶ谷と阿佐ヶ谷を結ぶパールセンター商店街(撮影/石原たきび)

南阿佐ヶ谷と阿佐ヶ谷を結ぶパールセンター商店街(撮影/石原たきび)

60年以上の歴史をもち、全長は約700m。常に活気があり、アーケードの商店街なので雨の日ものんびりと買い物ができる。

ほどなくして見えてきたのは、たい焼き専門店の「たいやき ともえ庵」。この場所で営業を始めたのは9年前だが、ひっきりなしにお客さんがやってくる。商店街の中でもかなり大きな存在感を放っているのだ。

店長の安部 翔さん(30歳)にご挨拶。

手にしているのは一番人気の「白玉たいやき」(350円)(撮影/石原たきび)

手にしているのは一番人気の「白玉たいやき」(350円)(撮影/石原たきび)

人の流れを見ていてどんなことを感じますか。

「阿佐ヶ谷の住人は老若男女のバランスが取れています。スーパーや青果店が価格競争をするので、肉も魚も野菜も安いし、日用品の買い物にも事欠きません。1日2万人ぐらいの人通りがありますが、よく見ていると毎日同じ方たちが歩いているんです。この商店街に来るのが日課になっているんでしょうね」

確かに、同じ中央線の中野、高円寺、吉祥寺にもアーケード商店街はあるが、いずれも他から遊びに来る人も多い場所。しかし、パールセンターは地元の住民が毎日のおかずを買いに来る人がほとんどという、生活に根差した商店街なのだ。

自慢のたい焼きは、一匹ずつ焼く「一丁焼き」にこだわる(撮影/石原たきび)

自慢のたい焼きは、一匹ずつ焼く「一丁焼き」にこだわる(撮影/石原たきび)

アーケード商店街の中にトークライブハウス

続いて、すぐ近くのトークライブハウス、「阿佐ヶ谷LOFT A」へ。阿佐ヶ谷はアニメスタジオや映画館、古書店など、エンタメやカルチャーを楽しめるスポットも多い。そんな中でも特に「阿佐ヶ谷LOFT A」は阿佐ヶ谷のエンタメを支えている存在だ。

オープンは2007年。マンガ、アニメ、アイドル、お笑い、映画、などさまざまなジャンルのトークやアコースティック演奏などが楽しめる。

テーマは「コミュニケーションを主体とした空間」(撮影/石原たきび)

テーマは「コミュニケーションを主体とした空間」(撮影/石原たきび)

「新宿ロフト」を中心に各地でライブハウスを運営する「ロフトプロジェクト」の一員だが、それにしても、なぜ阿佐ヶ谷に出店したのだろうか。店長の齋藤 航さん(42歳)に聞いてみた。

「物件を決めるにあたって、にぎやかな商店街の中という立地がよかったんです。自分は一昨年からここの店長になりました。それまでは新宿の歌舞伎町や渋谷の円山町といった夜の繁華街ばかりで働いてきたので、子どもやお年寄りの姿はほとんど見ませんでした。阿佐ヶ谷はそうではなく、安心感というか、人が住んでいる街だなと思います」

「芸人さんがたくさん住んでいるので、お笑いライブもよくやります」と齋藤さん(撮影/石原たきび)

「芸人さんがたくさん住んでいるので、お笑いライブもよくやります」と齋藤さん(撮影/石原たきび)

「スターロード」、「一番街」という2つの飲み屋街

さて、パールセンターを抜けてJR阿佐ヶ谷駅南口に着いた。いつの間にか「スターバックス」や「コメダ珈琲店」ができている。

スタバは2017年、コメダは2021年にオープン(撮影/石原たきび)

スタバは2017年、コメダは2021年にオープン(撮影/石原たきび)

南口には人々が思い思いに休息する広場がある。

街には人も鳩もくつろげる空間が必要なのだ(撮影/石原たきび)

街には人も鳩もくつろげる空間が必要なのだ(撮影/石原たきび)

阿佐ヶ谷駅周辺には「スターロード」、「一番街」という飲み屋街が放射線状に広がっており、いずれも個人店が頑張っている。

「スターロード」のに「立呑風太くん」(撮影/石原たきび)

「スターロード」の「立呑風太くん」(撮影/石原たきび)

ここは筆者が気に入っている立ち飲み屋で、明るいうちから大勢のお客さんでにぎわっている。オーダーごとに「カーン」というゴングを威勢よく鳴らしてくれる趣向も面白い。

新宿ゴールデン街の風情にも似た「一番街」(撮影/石原たきび)

新宿ゴールデン街の風情にも似た「一番街」(撮影/石原たきび)

この2つの通りでは、毎夜さまざまな交流が生まれる。

約1500人を集客する「阿佐ヶ谷飲み屋さん祭り」

とはいえ、よほどの酒好きでもない限り、知らない店にふらっと入るのはハードルが高い。そこで、2019年に誕生したのが立ち飲みスタイルの「アサガヤアンナイジョ」だ。

阿佐ヶ谷の飲み屋事情に詳しい店長が、お客さんにマッチしそうな店をいくつか紹介してくれるというのが売り。いわば、飲み屋のコンシェルジュだ。意外にも、訪れる客の7割が女性だという。

共同オーナーの左・鈴木伸弥さん(39歳)、右・森口剛行さん(46歳)(撮影/石原たきび)

共同オーナーの左・鈴木伸弥さん(39歳)、右・森口剛行さん(46歳)(撮影/石原たきび)

阿佐ヶ谷には飲み屋が数多くあり、店同士の結びつきも強い。この“文化”を広く周知させ、店の扉を開けるのを躊躇していたお客さんとともに街全体を盛り上げていこうという思いから森口さんが立ち上げたのが「阿佐ヶ谷飲み屋さん祭り」。

10年前から始まった、このイベント。回数券を購入すれば、3日間の開催期間に格安料金で飲み歩ける。2022年秋の時点で参加店舗は107軒。コロナ禍で参加者は一時減ったが、昨年11月の開催では約1500人の酒好きを集客した。

祭りの日に「アサガヤアンナイジョ」で乾杯する人々(画像提供/アサガヤアンナイジョ)

祭りの日に「アサガヤアンナイジョ」で乾杯する人々(画像提供/アサガヤアンナイジョ)

ここで、鈴木さんが面白いことを言った。

「住み続けたい街に選ばれる理由ですか? 阿佐ヶ谷は中杉通りのケヤキ並木の空気感も含めて気がいいと思います。街全体のバランスがいいというか。僕、そういうのに敏感なんですよ。帰省後に阿佐ヶ谷に戻ると田舎より落ち着きます」

ジブリ作品『猫の恩返し』の舞台にもなった中杉通りのケヤキ並木(撮影/石原たきび)

ジブリ作品『猫の恩返し』の舞台にもなった中杉通りのケヤキ並木(撮影/石原たきび)

森口さんも言う。

「マイナスの理由で街を出て行く人は少ない印象ですね。同棲したり結婚したりで、2DKの高い家賃が払えないから引越すというケースはあると思います。阿佐ヶ谷で一人暮らしをするなら、物件は5万円台からありますし」

阿佐ヶ谷は「じわじわと良さがわかる街」

さらに向かったのは南口に事務所を構える会社「エヌキューテンゴ」。ここでは、近所や地域とつながりながら暮らす不動産の企画や、街と関わりながら暮らすためのプロジェクトなどを手がけている。

阿佐ヶ谷は「じわじわと良さがわかる街」だと代表の齊藤志野歩さん(43歳)は言う。

「派手なものはないけど、日常的に楽しい暮らしはできる街。駅前に人が集まるというよりは、周辺エリアに手づくりのお菓子屋さんや小さいものづくりの工房があるんですよね。あとは、若い店主が多いので、そういう人たちと仲よくなると住み続けたいという気持ちも強くなるでしょう」

JRの協力のもと、駅ビル内に季節ごとのイベント情報を掲示している齊藤さん(撮影/石原たきび)

JRの協力のもと、駅ビル内に季節ごとのイベント情報を掲示している齊藤さん(撮影/石原たきび)

大勢で街を歩きながら齊藤さんがセレクトした物件の内見もできる「ディスカバリーツアー」も企画している。

周辺環境も含めて、住む場所を選んでほしいという趣旨(画像提供/まち暮らし不動産)

周辺環境も含めて、住む場所を選んでほしいという趣旨(画像提供/まち暮らし不動産)

「阿佐ヶ谷は商業地と住宅地がつながっていて、緑も多く、散歩には最適な街。『神社の裏側の道は夏でも涼しい』、『道に迷ったら鉄塔を目印にする』など、知っているとすぐに阿佐ヶ谷民の仲間入りができるようなスポットも案内しています」

阿佐ヶ谷の賃貸物件事情について、齊藤さんはこう言う。

「7万円台とかでちょっと小ぎれいな1R、1Kが多いので、シングルには住みやすい街でしょうね。ただ、5万円代となるとあまりないので、そういう物件を希望する人は西武新宿線沿いの井荻、鷺宮寄りに住む傾向があります。丸ノ内線の南阿佐ヶ谷駅の向こう側、成田エリアも緑が多くて家賃もリーズナブルですね」

さらに、7年前に南阿佐ヶ谷駅から徒歩5分の場所にできた「プラウドシティ阿佐ヶ谷」についても言及する。

「プラウドシティ阿佐ヶ谷」は5街区、全575戸の巨大分譲マンション(撮影/石原たきび)

「プラウドシティ阿佐ヶ谷」は5街区、全575戸の巨大分譲マンション(撮影/石原たきび)

「あの物件ができてから、各媒体が発表する『住みたい街』といわれるランキングで南阿佐ヶ谷が上位に来るようになりました。青梅街道の向こう側にも店が増えています。また、中杉通りが南側に延伸するという計画もあって、それが実現すると街の重心がもう少し変わってくるかもしれません」

青梅街道を右に進むと「プラウドシティ阿佐ヶ谷」に着く(撮影/石原たきび)

青梅街道を右に進むと「プラウドシティ阿佐ヶ谷」に着く(撮影/石原たきび)

お客さんの多くが阿佐ヶ谷在住という喫茶店

お次は北口へ。

まずは、2020年にスターロードの入り口にオープンしたばかりの喫茶店、「喫茶天文図舘」を訪れた。店内は宮沢賢治の世界をイメージしたノスタルジックな空間だ。

喫茶店好きのオーナー、山城隆輝さん(28歳)が言う。

「駅の1日の乗降客数は、荻窪が約24万人、高円寺が約10万人、そして阿佐ヶ谷が9万人なんです。外から入って来る人の数が少ないことが、住みやすさにつながっているのかもしれません。あまりわちゃわちゃしていないし、駅からちょっと離れると夜はめちゃくちゃ静かですよ」

山城さんはお隣の荻窪育ちなので、阿佐ヶ谷にも土地勘がある(撮影/石原たきび)

山城さんはお隣の荻窪育ちなので、阿佐ヶ谷にも土地勘がある(撮影/石原たきび)

お客さんの多くが阿佐ヶ谷在住。店に入って来た瞬間に、地元の人なのか外から来たのかがなんとなくわかるという。

一番人気のクリームソーダ(750円)は空と海の色をイメージしている(撮影/石原たきび)

一番人気のクリームソーダ(750円)は空と海の色をイメージしている(撮影/石原たきび)

「阿佐ヶ谷で好きなお店ですか? たくさんありますよ。喫茶店なら『パーラーエル』や『ヴィオロン』、割烹料理と居酒屋の中間みたいな『將』(はた)の料理もすごく美味しいです」

会社を辞めて日本中をヒッチハイクで周っていた山城さん。第二の人生の舞台に阿佐ヶ谷を選んだ。

国内外の準新作や旧作を上映するアットホームなミニシアター

スターロードを少し北上すると、住宅地の中に2022年7月にオプーンしたミニシアター、「Morc阿佐ヶ谷」が見えてくる。

支配人代行の趙 子男さん(33歳)は中国の遼寧省出身。国際基督教大学(ICU)入学を機に来日した。

「こんなに長く日本にいるつもりじゃなかったんですけど」と趙さん(撮影/石原たきび)

「こんなに長く日本にいるつもりじゃなかったんですけど」と趙さん(撮影/石原たきび)

ここは名画座でかけるような作品を上映する、いわゆる二番館。作品は自分で実際に見て選んでいるという。

「ミニシアターなので自由に実験できるのが利点。持ち込みにもなるべく応えたいと思っています。例えば、女子高生が消費税増税反対を訴える青春ドラマ、『君たちはまだ長いトンネルの中』は予想を超えて満席に。いろんな作品を積極的に受け入れることも重要だなと思いました」

住宅地にあるせいか、午前中は年配の客が多い。作品によっては若い人であふれる。一方で、通りすがりにふらっと入って来る客もいるそうだ。

阿佐ヶ谷の印象について聞いてみた。

「街全体の文化度が高くて、ほかの駅とは違う落ち着いている感じ。駅の近くに豆腐屋さんが3軒あるんですが、そういう街は今あまりないのでは。取引先のところに訪問する際は老舗和菓子店、『うさぎや』さんのどら焼きを持参します。こういう、昔の雰囲気を残す個人経営のお店が愛され続けているのが阿佐ヶ谷の貴重なところではないでしょうか」

客席数は41、1日に4~6本が上映される(撮影/石原たきび)

客席数は41、1日に4~6本が上映される(撮影/石原たきび)

映画館は文化の象徴。「Morc阿佐ヶ谷」の使命は大きい。

レンガ通りの道沿いには個性的な店が並ぶ

ここからは、松山通り(旧中杉通り)を進む。ゆるやかに下る道沿いには、駅周辺とはちょっと毛色が違う個性的な店が立ち並ぶ。

松山通り商店街では特売やフリーマーケットが定期的に開催される(撮影/石原たきび)

松山通り商店街では特売やフリーマーケットが定期的に開催される(撮影/石原たきび)

レンガ敷きの道をのんびり歩いていると、気になる路地が数多く目に入る。

路地を覗くと何かを待っているかのように、その場から動かない野良猫(撮影/石原たきび)

路地を覗くと何かを待っているかのように、その場から動かない野良猫(撮影/石原たきび)

阿佐ヶ谷のカルチャーを支える気鋭の古書店

通りの途中でお邪魔したのは「古書コンコ堂」。店名の由来は「玉石混交」から。音楽、文学、漫画、美術、絵本など、幅広いジャンルの古書を取りそろえる。

2011年にオープンしたコンコ堂(撮影/石原たきび)

2011年にオープンしたコンコ堂(撮影/石原たきび)

「独立するにあたって中央線沿いでいろいろと探していたんですが、阿佐ヶ谷の場合、パールセンターは賃料が高いし、線路沿いは飲み屋街。店を出すなら松山通りだなと。意外と夜遅い時間まで人が歩いているんですよ」

客層は老若男女さまざまで、ほぼ地元の人。古書店にしては平均年齢が低いそうだ。

約20年間住んだ西荻窪から阿佐ヶ谷に引越してきたコンコ堂店主の天野さん(撮影/石原たきび)

約20年間住んだ西荻窪から阿佐ヶ谷に引越してきたコンコ堂店主の天野さん(撮影/石原たきび)

「観光客が来る街じゃないけど、面白い個人店がたくさんあります。ご飯も美味しいし、居心地はいいですね」

取材終わりに天野さんが「そういえば、阿佐ヶ谷はいま古着屋さんが増えているんですよ」と言っていた。

ここ1、2年で急激に増えた古着屋は現在10店舗

阿佐ヶ谷に古着屋のイメージはなかったが、そのまま松山通りを下っていくと古着屋を発見。

ずいぶんと洒落た外観(撮影/石原たきび)

ずいぶんと洒落た外観(撮影/石原たきび)

こちらは、すべて一点物の古着を扱う「JUDEE」。オーナーの高塚草太さん(28歳)に話を聞いた。

「2018年にこの店をオープンしました。高円寺で出すか阿佐ヶ谷で出すか、ずっと迷っていたんですが、激戦区の高円寺よりは、阿佐ヶ谷でもうちょっとゆったり伸び伸びやりたいなと思って」

専門学校を卒業後、高円寺の古着屋で働いたのちに独立した高塚さん(撮影/石原たきび)

専門学校を卒業後、高円寺の古着屋で働いたのちに独立した高塚さん(撮影/石原たきび)

阿佐ヶ谷の古着屋は、以前は2店舗ぐらいしかなかったが、今は10店舗ほど。ここ1、2年で急激に増えたという。

「阿佐ヶ谷はみんなマイペースで、人の流れがゆっくり。個人商店が多いから街歩きが楽しいですね。うちには日が暮れてから食材などの買い物のついでに寄ってくださるお客さんがいます」

お気に入りの焼肉店についても教えてくれた。

「高架下にある『清香苑』という小さなお店で、入り口も目立たない奥まったところにある街の焼肉屋さん。ここは本当に美味しくて雰囲気も好きです」

来たことがなかった阿佐ヶ谷の雰囲気に一目惚れ

松山通りをさらに奥へ。ラストは昨年7月にオープンしたばかりのカフェ、「エムベイクハウス」だ。

オーナーの内田 萌さん(29歳)は総合電機メーカーで働きながら、好きなお菓子の勉強を始めた。現在、店ではこだわりのドリンクと季節の焼き菓子を提供している。

エムベイクハウス内田さん(撮影/石原たきび)

エムベイクハウス内田さん(撮影/石原たきび)

「じつは阿佐ヶ谷に来たことがなかったんです。物件は目黒区、大田区あたりで探していました。でも、たまたまこの街を訪れたとき、感覚的に好きだなと思いました。特に北側はざわざわしていないし、落ち着いた雰囲気が好きだなと」

そんな折、この物件に出合って契約する。

「お客さんは地元に住んでいる20代から40代ぐらいの女性が多いですね。あとは、バスの乗り換えが阿佐ヶ谷だからといって帰りに寄ってくれる方や、インスタグラムを見て遠くから来てくれる方もいます」

内田さんオススメのドリンクと焼き菓子もお願いした。

「ロンドンフォグラテ」と「レイヤーキャロットケーキ」(セットで1650円)(撮影/石原たきび)

「ロンドンフォグラテ」と「レイヤーキャロットケーキ」(セットで1650円)(撮影/石原たきび)

冬シーズンの人気ドリンク、「ロンドンフォグラテ」はアールグレイティーをベースに、ラベンダーとバニラで香り付けしている。レイヤーキャロットケーキに入っているクルミもいいアクセントになっていた。

「最近、大田区から阿佐ヶ谷に引越して来ましたが、初めて降り立ったときの感覚と変わりません。チェーン以外のお店が多いのが都心にしては珍しいですよね。安くて美味しい手づくりのお店もたくさん見つけました」

「住み続けたい」理由が判明した気がする

かくして、阿佐ヶ谷に店を構える9人に街の魅力について話を聞いた。印象的だったのは「派手なものはないけど楽しく暮らせる」「落ち着いているから住みやすい」「店同士、店と客の結びつきが強い」といったキーワード。

つまりは、「じわじわと良さがわかる街」。シングルが「住み続けたい」理由は、そこに集約されそうだ。一人暮らしのシングルにとっては、街の人々が家族のように感じるのかもしれない。

これまで阿佐ヶ谷はほとんど飲み屋にしか行かなかったが、今回巡ってみると、さまざまな顔をもつ街だとわかった。しかも、どの店も非常に個性的。「エヌキューテンゴ」の齊藤さんが言っていた「若い店主が多いので、そういう人たちと仲よくなると住み続けたいという気持ちも強くなる」という言葉の意味がよくわかる。もし住んだ場合は店主と親しくなって、じわじわと街に溶け込みたい。

阿佐ヶ谷の住民にとってはおなじみ、区役所前のブロンズ像(撮影/石原たきび)

阿佐ヶ谷の住民にとってはおなじみ、区役所前のブロンズ像(撮影/石原たきび)

●取材協力
たいやき ともえ庵
阿佐ヶ谷LOFT A
アサガヤアンナイジョ
エヌキューテンゴ
喫茶天文図舘
Morc阿佐ヶ谷
古書コンコ堂
JUDEE
エムベイクハウス

懐かしさ感じる”リノベ団地”に広がる人の輪! 保育園&農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」を訪ねた

昭和の高度経済成長期に大量に建設された「団地」を、現代の暮らしに合うようリノベーションし、再評価・再活用する動きが続いています。では、そのリノベ団地は、コロナ禍を経てどうなっているのでしょうか。2019年に紹介した「ハラッパ団地・草加」の今を取材しました。

築51年でも満室! 家賃を維持するなど、人気ぶりは健在

1971年、企業の社員寮として建築された建物をリノベして誕生した「ハラッパ団地・草加」。2018年に建物内外を刷新し、シェア農園や保育園、ドッグランを持つ賃貸住宅として生まれ変わりました。1800坪というゆとりのある敷地に、明るい黄色の2棟の建物があり、1LDK~2DKの全55戸で構成されています。ペット飼育OKで、1階に保育園があるなどの付加価値もあるため、2019年に取材したときも全室満室、ウェイティングリストができるほどの人気ぶりでした。

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

あれから3年、コロナ禍もあり、ライフスタイルや価値観、住まいに求めるものも変わったように思います。その後、「ハラッパ団地」はどうなっているのでしょうか。

「3年たった今でも全室満室が続いていて、空室がでたら入居したいという希望者がいらっしゃいます。家賃も維持、または一部で上昇しているんですよ」と教えてくれたのは、広報を担当する山本恵美さん。

長らく新築住宅が最良とされてきた日本では、築年数が経過するごとに家賃を値下げするのが当たり前、半世紀も経過すれば建物の価値はほぼなくなるといわれてきました。それが築51年以上たっても家賃が下がるのではなく、上昇するとは……。適切にリノベ、管理運営されていれば、建物は長持ちするだけでなく、賃貸住宅として価値を向上させることができると証明した格好です。

保育園があることから子育て世帯の入居希望が多そうですが、実際にはシングルや夫婦暮らしなど、幅広い世帯や世代が入居しているそう。
「子どもの声が聞こえる、ということが安心感につながっているようで、一人暮らしの人にも人気となっています」。子どもたちの声が、「あたたかさ」「安心感」につながるのは、住む人にとっても、子どもたちにとっても、とても幸せなことですね。

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

収穫体験にクッキングイベント。交流を生むコミュニティー運営

ハラッパ団地・草加は、農園やドッグラン、食堂などの「地域にひらく」施設も魅力のひとつでした。ただ、こうしたコミュニティー運営は人とノウハウ、時間、予算が必要になります。ましてやこの3年はコロナ禍。人を集める、人が集まるのが難しくなってきた背景もあります。運営はどのように変化したのでしょうか。

「2020年、緊急事態宣言もあり感染状況を考慮して食堂は閉店、ランドリールームなども検討しましたが、団地の人が集まれる場所をということで、コミュニティールームに変更しました。この場所は団地住民であればオンラインで予約・利用できます。お住まいの方は、テレワークやオンライン会議などの場所として使っているようです」と山本さん。地域住民に、集会所・サロンの開催場所として、貸し出しも行っています。

また、2021年12月よりこのコミュニティールームを使い、「味噌づくり」「ヨガ教室」「ピクルスづくり」などのコミュニティー運営を実施するようになったといいます。
「イベントの実施主体は、ハラッパ団地を管理するハウスコムとアミックスです。コミニティーマネージャーや撮影・運営スタッフなどがいて、団地の方と地域の方が、交流を深めていける試みをしています。イベントや畑の活動は今のところ月1回のペースで行っていて、毎回参加くださる方もいれば、スポットで初めてという人も。毎回、なごやかな雰囲気でできています」(山本さん)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

11月は、10月に収穫したさつまいもを使ってのピザ窯での焼きいもとピザづくり、畑に玉ねぎの苗を植えるイベントを実施していました。参加者は筆者が想像していたよりも多く、なんと30人以上! 参加者は多くが未就学児~小学校低学年のお子さんと保護者の方々です。お天気はあまりよいとはいえない状況でしたが、子どもたちは広場や周囲をうきうきと走り回っていました。

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

セミパブリックだからこそできる! 団地の可能性

今回、イベントに参加された方々は、団地にお住まいという方もいれば、ご近隣にお住まいという方もいらっしゃいました。なかには、「実は先週、団地に引越してきたばかりなんです。イベント案内のチラシを見かけてすぐに応募しました。子どもたちが地域になじむきっかけになれば」という声も聞かれました。その後、焼きいもやピザづくりをしながら「何歳ですか?」「同じ学年だね~」と、お子さんや大人の会話が盛り上がっていました。まさに人と知り合う「きっかけ」、コミュニティーづくりになっています。

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

さすがだなと思ったのは、運営側が作業をするだけでなく、「どんな種類のさつまいもを焼くのか」「玉ねぎはいつできるのか」「ピザで好きな具」などの会話のとっかかりとなる「ネタ」を提供していることです。初めて会った人同士でも、「あるある~」「私は~」と自然と会話ができるようになっています。共同作業、なかでも食があると、人と人との距離はぐっと縮まりますよね。

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

他にも、イベントに参加している人に話を聞きましたが、「1階の保育園に通っていて、せっかくなので参加したいと思って」「近所のお友だちに誘われたので」という方が多いように感じました。

また、コロナ禍で思うように外出や遠出ができず、子どもと何かしたいと思っていたときにこのイベントを知ったという声も。
「自分で畑をやったり、ピザの準備をしたりするのは大変だけれど、近くでこんな体験ができるなんて! すごくありがたいです」というコメントもありました。

「コミュニティー運営に携わって7カ月ですが、交流イベントは今のところ8回開催し、累計100名が参加してくださっています。参加者の満足度も高く、次は何をやるんですか? という声も聞かれます。団地外の方からの参加者も多いですし、まさに交流の場所になっています。声を聞きながら、よりよい場所、よりよいコミュニティー運営を模索していきたいですね 」(山本さん)

細越さんは畑やコミュニティー運営を通して、「セミパブリック」の可能性を感じているといいます。「草むしりや苗植え、収穫など自然を通して、人々が交流し、距離感を保てる。『公』や『行政』でもなければ、完全な『私』でもない。ちょうど良い距離感をつくっていけたら」と言います。

コロナ禍では、地域や人との分断が進んだともいわれています。一方で、近くにある幸せや足元を大切にしたい、近所の人とゆる~くでも顔見知りになりたい、という思いは、静かですが確かにあるように感じます。近所づきあいや人とのかかわりを、軽やかにアップデートするために。令和の団地の挑戦はまだまだ続きそうです。

●取材協力
ハラッパ団地・草加

懐かしさ感じる”リノベ団地”に広がる人の輪! 保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」を訪ねた

昭和の高度経済成長期に大量に建設された「団地」を、現代の暮らしに合うようリノベーションし、再評価・再活用する動きが続いています。では、そのリノベ団地は、コロナ禍を経てどうなっているのでしょうか。2019年に紹介した「ハラッパ団地・草加」の今を取材しました。

築51年でも満室! 家賃を維持するなど、人気ぶりは健在

1971年、企業の社員寮として建築された建物をリノベして誕生した「ハラッパ団地・草加」。2018年に建物内外を刷新し、シェア農園や保育園、ドッグランを持つ賃貸住宅として生まれ変わりました。1800坪というゆとりのある敷地に、明るい黄色の2棟の建物があり、1LDK~2DKの全55戸で構成されています。ペット飼育OKで、1階に保育園があるなどの付加価値もあるため、2019年に取材したときも全室満室、ウェイティングリストができるほどの人気ぶりでした。

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

あれから3年、コロナ禍もあり、ライフスタイルや価値観、住まいに求めるものも変わったように思います。その後、「ハラッパ団地」はどうなっているのでしょうか。

「3年たった今でも全室満室が続いていて、空室がでたら入居したいという希望者がいらっしゃいます。家賃も維持、または一部で上昇しているんですよ」と教えてくれたのは、広報を担当する山本恵美さん。

長らく新築住宅が最良とされてきた日本では、築年数が経過するごとに家賃を値下げするのが当たり前、半世紀も経過すれば建物の価値はほぼなくなるといわれてきました。それが築51年以上たっても家賃が下がるのではなく、上昇するとは……。適切にリノベ、管理運営されていれば、建物は長持ちするだけでなく、賃貸住宅として価値を向上させることができると証明した格好です。

保育園があることから子育て世帯の入居希望が多そうですが、実際にはシングルや夫婦暮らしなど、幅広い世帯や世代が入居しているそう。
「子どもの声が聞こえる、ということが安心感につながっているようで、一人暮らしの人にも人気となっています」。子どもたちの声が、「あたたかさ」「安心感」につながるのは、住む人にとっても、子どもたちにとっても、とても幸せなことですね。

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

収穫体験にクッキングイベント。交流を生むコミュニティー運営

ハラッパ団地・草加は、農園やドッグラン、食堂などの「地域にひらく」施設も魅力のひとつでした。ただ、こうしたコミュニティー運営は人とノウハウ、時間、予算が必要になります。ましてやこの3年はコロナ禍。人を集める、人が集まるのが難しくなってきた背景もあります。運営はどのように変化したのでしょうか。

「2020年、緊急事態宣言もあり感染状況を考慮して食堂は閉店、ランドリールームなども検討しましたが、団地の人が集まれる場所をということで、コミュニティールームに変更しました。この場所は団地住民であればオンラインで予約・利用できます。お住まいの方は、テレワークやオンライン会議などの場所として使っているようです」と山本さん。地域住民に、集会所・サロンの開催場所として、貸し出しも行っています。

また、2021年12月よりこのコミュニティールームを使い、「味噌づくり」「ヨガ教室」「ピクルスづくり」などのコミュニティー運営を実施するようになったといいます。
「イベントの実施主体は、ハラッパ団地を管理するハウスコムとアミックスです。コミニティーマネージャーや撮影・運営スタッフなどがいて、団地の方と地域の方が、交流を深めていける試みをしています。イベントや畑の活動は今のところ月1回のペースで行っていて、毎回参加くださる方もいれば、スポットで初めてという人も。毎回、なごやかな雰囲気でできています」(山本さん)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

11月は、10月に収穫したさつまいもを使ってのピザ窯での焼きいもとピザづくり、畑に玉ねぎの苗を植えるイベントを実施していました。参加者は筆者が想像していたよりも多く、なんと30人以上! 参加者は多くが未就学児~小学校低学年のお子さんと保護者の方々です。お天気はあまりよいとはいえない状況でしたが、子どもたちは広場や周囲をうきうきと走り回っていました。

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

セミパブリックだからこそできる! 団地の可能性

今回、イベントに参加された方々は、団地にお住まいという方もいれば、ご近隣にお住まいという方もいらっしゃいました。なかには、「実は先週、団地に引越してきたばかりなんです。イベント案内のチラシを見かけてすぐに応募しました。子どもたちが地域になじむきっかけになれば」という声も聞かれました。その後、焼きいもやピザづくりをしながら「何歳ですか?」「同じ学年だね~」と、お子さんや大人の会話が盛り上がっていました。まさに人と知り合う「きっかけ」、コミュニティーづくりになっています。

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

さすがだなと思ったのは、運営側が作業をするだけでなく、「どんな種類のさつまいもを焼くのか」「玉ねぎはいつできるのか」「ピザで好きな具」などの会話のとっかかりとなる「ネタ」を提供していることです。初めて会った人同士でも、「あるある~」「私は~」と自然と会話ができるようになっています。共同作業、なかでも食があると、人と人との距離はぐっと縮まりますよね。

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

他にも、イベントに参加している人に話を聞きましたが、「1階の保育園に通っていて、せっかくなので参加したいと思って」「近所のお友だちに誘われたので」という方が多いように感じました。

また、コロナ禍で思うように外出や遠出ができず、子どもと何かしたいと思っていたときにこのイベントを知ったという声も。
「自分で畑をやったり、ピザの準備をしたりするのは大変だけれど、近くでこんな体験ができるなんて! すごくありがたいです」というコメントもありました。

「コミュニティー運営に携わって7カ月ですが、交流イベントは今のところ8回開催し、累計100名が参加してくださっています。参加者の満足度も高く、次は何をやるんですか? という声も聞かれます。団地外の方からの参加者も多いですし、まさに交流の場所になっています。声を聞きながら、よりよい場所、よりよいコミュニティー運営を模索していきたいですね 」(山本さん)

細越さんは畑やコミュニティー運営を通して、「セミパブリック」の可能性を感じているといいます。「草むしりや苗植え、収穫など自然を通して、人々が交流し、距離感を保てる。『公』や『行政』でもなければ、完全な『私』でもない。ちょうど良い距離感をつくっていけたら」と言います。

コロナ禍では、地域や人との分断が進んだともいわれています。一方で、近くにある幸せや足元を大切にしたい、近所の人とゆる~くでも顔見知りになりたい、という思いは、静かですが確かにあるように感じます。近所づきあいや人とのかかわりを、軽やかにアップデートするために。令和の団地の挑戦はまだまだ続きそうです。

●取材協力
ハラッパ団地・草加

「東急東横線」沿線、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2023年版

東京都渋谷区~神奈川県横浜市の全長24.2km、全21駅を結ぶ東急東横線。沿線には田園調布駅や武蔵小杉駅などの閑静な住宅地や、渋谷駅や横浜駅といった人気繁華街、慶應義塾大学日吉キャンパスをはじめとする学校を多く抱え、通勤に通学にと愛用されている。今回はそんな東急東横線沿線にある、専有面積50平米以上~80平米未満のカップル・ファミリー向け物件の中古マンション価格相場が安い駅をランキング。リーズナブルに住むならどの駅がいいのか? さっそくチェック!

東急東横線の中古マンション価格相場が安い駅ランキング

順位/駅名/価格相場/駅の所在地
1位 大倉山 4000万円 神奈川県横浜市港北区
2位 妙蓮寺 4280万円 神奈川県横浜市港北区
3位 菊名 4490万円 神奈川県横浜市港北区
4位 日吉 4590万円 神奈川県横浜市港北区
5位 東白楽 4690万円 神奈川県横浜市神奈川区
6位 反町 4980万円 神奈川県横浜市神奈川区
7位 新丸子 5380万円 神奈川県川崎市中原区
8位 綱島 5480万円 神奈川県横浜市港北区
9位 横浜 5489.5万円 神奈川県横浜市西区
10位 元住吉 5690万円 神奈川県川崎市中原区
11位 多摩川 6280万円 東京都大田区
12位 武蔵小杉 6785万円 神奈川県川崎市中原区
13位 学芸大学 7380万円 東京都目黒区
14位 祐天寺 7800万円 東京都目黒区
15位 都立大学 7980万円 東京都目黒区
16位 自由が丘 8500万円 東京都目黒区
17位 中目黒 8980万円 東京都目黒区
18位 渋谷 1億890万円 東京都渋谷区
19位 代官山 1億1000万円 東京都渋谷区
※田園調布駅、白楽駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外

横浜市港北区に位置する、静かな住宅地が広がる駅がTOP3を独占!

東急東横線の全21駅で最も中古マンションの価格相場が安かったのは、大倉山駅で、価格相場は4000万円。神奈川県横浜市の港北区に位置し、横浜駅までは6駅という立地だ。駅名や近隣の地名「大倉山」は、東洋大学学長も務めた実業家・大倉邦彦氏が駅近くの丘に研究所を構えていたことに由来する。かつて研究所があった一帯は美しい梅林で知られる「大倉山公園」として整備され、クラシカルな洋館である研究所本館は市の文化施設「横浜市大倉山記念館」として利用されている。

大倉山公園(写真/PIXTA)

大倉山公園(写真/PIXTA)

1位・大倉山駅の東側には「大倉山レモンロード商店街」、西側には「大倉山エルム通り商店街」が延びている。両商店街を合わせて店舗総数は約180店舗もあり、スーパーから日用品店、飲食店など多彩な店舗が軒を連ねている。商店街を外れると閑静な住宅地が広がり、駅から歩いて10分弱の場所に港北区役所があるのも何かと便利だろう。また、自転車で10分も走ると、大型商業施設でにぎわうJR新横浜駅前に行くこともできる。

大倉山エルム通り(写真/PIXTA)

大倉山エルム通り(写真/PIXTA)

2位と3位にも横浜市港北区の駅がランクイン。2位は妙蓮寺駅で価格相場4280万円、3位は2位・妙蓮寺駅と1位・大倉山駅の間に位置する菊名駅で価格相場は4490万円だった。まず2位・妙蓮寺駅の様子を見てみると、駅東側には駅名の由来であるお寺「妙蓮寺」の境内が広がっている。駅西側にはスーパーやドラッグストアなどが立ち並ぶ商店街があり、その先に進むと夏期営業のプールを抱える「菊名池公園」にたどり着く。園内の池の周囲にはソメイヨシノが咲き、春は地域住民のお花見スポットとしても愛されている。

菊名池公園(写真/PIXTA)

菊名池公園(写真/PIXTA)

3位・菊名駅は東急東横線の特急・通勤特急・急行の停車駅。通勤特急に乗れば横浜駅まで1駅・約6分、反対方面の渋谷駅までは5駅・約26分で行くことができる。菊名駅にはJR横浜線も乗り入れており、JRの駅舎にはミニスーパーとベーカリーを備えた「シァル菊名」が併設されている。東急東横線側にもスーパーが併設され、電車を降りてすぐに買い物ができる環境だ。駅前には飲食店が数多く、北に延びる綱島街道を進んだ先にもスーパーや市立図書館、郵便局にディスカウントストアといった暮らしを支える施設が立ち並ぶ。駅から東南方面へと住宅街を10分ほど歩くと「菊名桜山公園」へ。丘陵地にある公園は八重桜の名所として知られ、例年4月中旬~下旬に約150本の八重桜が濃いピンク色に花開く光景は圧巻だ。

人気の駅から1駅離れるだけで価格相場は1405万円も安くなる

東急東横線は東京都渋谷区から神奈川県横浜市にまたがっているが、ランキングを見ると上位には神奈川県内の駅が並ぶ結果に。神奈川県内で最も価格相場が高かったのは、知名度抜群の9位・横浜駅を抑えて12位となった武蔵小杉駅。価格相場は6785万円で、横浜駅よりも1200万円以上も高い。JR南武線も乗り入れているうえ、近年の再開発で高層マンションや大型商業施設が数々誕生している人気住宅地だけあり、納得の結果とも言える。

武蔵小杉駅(写真/PIXTA)

武蔵小杉駅(写真/PIXTA)

一方で、武蔵小杉駅の1駅隣に位置する7位・新丸子駅の価格相場は5380万円。直線距離だと450mほどしか離れていないのに、武蔵小杉駅より1405万円も価格相場が低いのだ。新丸子駅から10分も歩けば武蔵小杉駅周辺のショッピングモールに行けるうえ、新丸子駅周辺も商店街でにぎわっている。価格相場が低めな新丸子駅寄りに住みつつ、ときには武蔵小杉駅周辺の商業施設を利用するという暮らし方もアリだろう。

さて、都内に位置する駅で最も価格相場が安かったのは、6280万円で11位にランクインした東京都大田区の多摩川駅だ。2021年度乗降人員が東急東横線21駅中で最も少なかったのが多摩川駅なのだが、どんなところなのだろうか。

11位・多摩川駅には東急東横線のほかに東急目黒線と東急多摩川線も乗り入れ、JR線に接続する目黒駅や蒲田駅へも電車1本で行くことができる。東急東横線の急行停車駅でもあり、渋谷駅までは5駅・約15分だ。駅の東側には「田園調布せせらぎ公園」、西側には「多摩川台公園」という緑豊かな公園が広がり、西側の公園のすぐ先には多摩川が流れている。そして多摩川を超えると神奈川県、という都県境間近の立地だ。

多摩川台公園(写真/PIXTA)

多摩川台公園(写真/PIXTA)

多摩川駅の周辺一帯はお隣の田園調布駅から続く静かな住宅街で、集合住宅よりも一戸建てが多い印象。自然を身近に感じながらのびのび子育てするにはよい環境だが、商業施設が少ない点はネックだろう。徒歩10分圏内にミニスーパーが2件、駅から東へ15分ほど歩いた場所に品揃え豊富なスーパーが1軒。さらに東に進んで、多摩川駅から徒歩約20分の東急池上線・雪が谷大塚駅前の商店街や、多摩川駅から歩いても10分少々の田園調布駅にあるショッピングモールを利用するといいかもしれない。

さてこの11位・多摩川駅と7位・新丸子駅、実は多摩川をはさんで隣り合っており歩いて15分ほど。多摩川駅のほうが急行の停車駅で渋谷駅までアクセスしやすく、乗り入れ路線も多いうえに東京都内に位置するためか価格相場は新丸子駅よりも900万円高い。しかし日々の買い物面においては神奈川県に位置する新丸子駅のほうが便利だろう。自然が身近な多摩川駅と商店でにぎわう新丸子駅のように、1駅違うだけで住環境がガラリと変化することもある。なんとなく価格相場が高い街のほうが住宅地として優れているような気にもなるが、「自分にとって」暮らしやすいかどうかは人それぞれ。暮らす街に対して自分が重視するポイントを基準にして、住まい探しに臨みたいものだ。

※田園調布駅、白楽駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外

※田園調布駅、白楽駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東横線沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ、専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2022/8~2022/10
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

大人の秘密基地「小屋」の奥深き世界。雑誌『小屋』編集長が選んだときめく小屋10選! ガレージ・趣味部屋・菓子店など

『小屋 ちいさな家の豊かな暮らし』。誌面まるごと「小屋」に特化したムック本があるのをご存知でしょうか。誌面では日本各地のさまざまな小屋とその暮らしぶりを紹介しているほか、海外の小屋事例、販売されている小屋カタログまで充実しています。今、タイニーハウス(小屋)の暮らしや活用が注目を集めていますが、日本のみならず海外の小屋を取材してきた『小屋』編集長から見た小屋の最新事情とその魅力について改めて聞いてみました。最高にワクワクする小屋ライフと、誌面づくりの裏側に迫ります。

コンテナハウスからツリーハウスまで! 個性あふれる小屋が登場『小屋』(徳間書店 刊)

『小屋』(徳間書店 刊)

最近では、無印良品や住宅メーカー各社が参入したり、愛用者が増えたりして、盛り上がっている感のある小屋。ですが、ムック『小屋 ちいさな家の豊かな暮らし(以下、小屋)』(徳間書店 刊)は約5年前から小屋の最前線を追い続けています。『小屋』は年2回刊行の小屋専門のムック本(雑誌と本(BOOK)の間の発行物)で、最新のvol .7は120Pほど、日本各地のさまざまな小屋の事例、世界各地の個性的な小屋、最新小屋カタログで構成されています。小屋の暮らし方、バリエーションも豊富で、コンテナハウスもあれば電力に接続していないオフグリッド小屋、材料に合わせてセルフビルドした小屋……と「こんなに家があるの!?」と思わず読み込んでしまう内容。聞いてみたいことは山ほどありますが、まずは編集長の秋元一利さんに創刊のきっかけを聞いてみました。

「そもそも、ユニークな小屋ビルダー『カントリータウンアンドカンパニー』の伊勢崎展示場(群馬県)を訪れたのがきっかけでした。この展示場は、小屋の村というか、絵本に出てくるような小屋が複数並んでいるんです。しかも、社員一人ひとりに専用の小屋が与えられ、そこで仕事をするという使われ方をしていて、すごく印象に残っていて。

秋元さんが衝撃を受けた「カントリータウンアンドカンパニー」の伊勢崎展示場(写真提供/秋元さん)

秋元さんが衝撃を受けた「カントリータウンアンドカンパニー」の伊勢崎展示場(写真提供/秋元さん)

カルフォルニアのカーカルチャーを伝える雑誌『Cal』の2017年3月号で小屋特集を実施したんですが、すごく反響もよくて、ムック『小屋』として年2回の定期発行をスタートしたんです」と言います。2023年現在は、春発行の『小屋』vol.8を製作中。本屋はもちろん、コンビニでも販売しています。

取材件数は年間30件。取材交渉から撮影、原稿、編集まで1人で担当

秋元さん自身は、雑誌『Daytona』などの編集長を経て、現在はカルフォルニアのカーカルチャーを伝える『Cal』の編集長という経歴の持ち主です。そのため、車だけでなく、ガレージハウスや住まい、建築にも造形が深く、ハワイの住まいを取り上げたり、アメリカのフランク・ロイド・ライト邸を取材訪問したこともあるそう。

秋元さんが制作してきた雑誌。『Cal』ほか、キャンプグッズを扱う『CAMP』など、「秋元さんの興味のあることばかり」扱ってきたそう(写真提供/秋元さん)

秋元さんが制作してきた雑誌。『Cal』ほか、キャンプグッズを扱う『CAMP』など、「秋元さんの興味のあることばかり」扱ってきたそう(写真提供/秋元さん)

「フランク・ロイド・ライトのプレイリースタイル、ユーソニアンハウスなどをまとめて、世界遺産8作品をまとめたムックも発行しました」と言い、インテリアや建築に知識があったことも『小屋』創刊の後押しになったようです。

フランク・ロイド・ライトやハワイといった住まいやインテリアのムックも制作(写真提供/秋元さん)

フランク・ロイド・ライトやハワイといった住まいやインテリアのムックも制作(写真提供/秋元さん)

「車も好きでよく取材をするんですが、車は乗っている人の価値観やライフスタイルがその車の見た目や様子と必ずしも一致しません。車にはお金や手間をかけるのに私生活は全く無頓着なんて人も大勢います。一方、住まい、家・小屋はオーナーの人物像、ライフスタイルそのものが表れる。普通では足を踏み入れられない究極のプライベートゾーンに入っていけるのがおもしろいですね」と小屋の魅力を語ります。

ムック『小屋』の制作のため、年間約30棟の小屋を撮影と取材、執筆する秋元さん。誌面制作の場合、取材・執筆担当のライター、撮影担当のカメラマン、場合によっては編集者の2~3人で行うのが一般的ですが、なんと秋元さん1人で誌面制作を行っているというから驚きです。

「もともと30年前から撮影・記事制作までひとりでやってきました。コロナが流行する前は海外を中心に年間50~60軒の住宅を取材しましたね。2022年11月からは久しぶりにアメリカ取材を再開し、アイクラーホーム(ジョゼフ・アイクラーが1950年前後からカリフォルニアで開発・販売していた住宅)を訪問しました。写真撮影も好きですし、稼働が私だけなら他のスタッフの経費がかからないので、滞在費が減らせますし、他のスタッフとのスケジュール調整もいらないといった点が大きいですね。雨天順延になることもザラなので、自分ひとりだと気軽なんです」とさらりと語ります。

秋元さんが取材した米国のビンテージ住宅・アイクラーホーム(写真提供/秋元さん)

秋元さんが取材した米国のビンテージ住宅・アイクラーホーム(写真提供/秋元さん)

「僕は太っているので、小さい小屋に入って撮影するのが大変ということはあります(笑)。事例は当初は小屋のハウスメーカーさんからご紹介いただくこともありましたが、今はSNSで探したり、オーナーさんから取材してほしいと依頼がきたり。事例として紹介するのは、北海道や九州が多いですね。小屋と自然の調和を考えると、どうしてもこの二地方が多くなります」(秋元さん)

小屋はどう使われていてる? 傾向やタイプは?

さまざまな小屋がありますが、傾向やタイプの違いはあるのでしょうか。

「住宅・住居と違い、『小屋』は建築する理由が明白なんです。家よりもいっそうオーナーのライフスタイルが小屋に表れますね。そのうち半分くらいは、趣味のなかでも『道楽』タイプ。男性に多いような気がします。ガレージや釣り、アウトドアの趣味のスペースといえばイメージしやすいと思います。DIYで小屋を建てることそのものが目的だったり、楽しみだったりするのもこのケースです」(秋元さん)

誌面ではガーデニングやアウトドア料理、大型遊具と併設、雑貨やモデルカーをディスプレーなど、さまざまな使い方がされていて、小屋があることで、人生を満喫している人がこれでもかと紹介されています。

ガレージハウス。こもってバイクのメンテナンスをしたりと、趣味に没頭できる空間に(写真提供/秋元さん)

ガレージハウス。こもってバイクのメンテナンスをしたりと、趣味に没頭できる空間に(写真提供/秋元さん)

ガレージハウス内の様子(写真提供/秋元さん)

ガレージハウス内の様子(写真提供/秋元さん)

アウトドア好きのオーナーが建てた小屋。キャンプグッズ、DIYグッズを収納し、身近でアウトドアライフを楽しめるように(写真提供/秋元さん)

アウトドア好きのオーナーが建てた小屋。キャンプグッズ、DIYグッズを収納し、身近でアウトドアライフを楽しめるように(写真提供/秋元さん)

道楽タイプの小屋ラバーは、バイクや車、キャンプ、自転車好きが多い印象(写真提供/秋元さん)

道楽タイプの小屋ラバーは、バイクや車、キャンプ、自転車好きが多い印象(写真提供/秋元さん)

では、もう半分は?
「もう半分は趣味といっても、『収益』タイプ。女性に多いんですが、雑貨やカフェなどのお店をする、アーティストがアトリエにするというような趣味と実益を兼ねたパターンです。小屋を建てることそのものに興味はあまりなくて、その小屋で何をするかということを重視している人が多いですね。なので、建てることは施工会社にお任せするという人が多いようです」(秋元さん)

小屋で夢を叶え、お店を始めたケース。パン屋や本屋、雑貨屋、ハンドメイド、ペットショップなど、業種はさまざま(写真提供/秋元さん)

小屋で夢を叶え、お店を始めたケース。パン屋や本屋、雑貨屋、ハンドメイド、ペットショップなど、業種はさまざま(写真提供/秋元さん)

店内の様子(写真提供/秋元さん)

店内の様子(写真提供/秋元さん)

自宅のある敷地内につくったジュエリー作家のアトリエ。電話や来客などに妨げられず、集中できる(写真提供/秋元さん)

自宅のある敷地内につくったジュエリー作家のアトリエ。電話や来客などに妨げられず、集中できる(写真提供/秋元さん)

群馬県下の住宅街で、自宅敷地にて小屋を使って営業している焼き菓子のお店(写真提供/秋元さん)

群馬県下の住宅街で、自宅敷地にて小屋を使って営業している焼き菓子のお店(写真提供/秋元さん)

なるほど、小屋一つとっても、使われ方のタイプとして、完全な趣味か/収益を兼ねてか、という違いがあるのは興味深いですね。

今まで200軒近い小屋を取材したなかで、印象的な小屋はこれだ!

では、今まで多数取材してきた小屋のなかでも、特に印象に残っている小屋の実例を3つほど教えていただけますでしょうか。
「最新号の2つなのですが、奥様のために建てられた庭を愛でるための小屋@八ヶ岳と、トラックのコンテナを利用したギミック満載の小屋@富山は印象に残っていますね」(秋元さん)

7号の表紙にもなっている、奥様のために建てられた庭を愛でるための小屋@八ヶ岳。外壁をあえてずらして鎧張り、一部、廃材を利用して建てています(写真提供/秋元さん)

7号の表紙にもなっている、奥様のために建てられた庭を愛でるための小屋@八ヶ岳。外壁をあえてずらして鎧張り、一部、廃材を利用して建てています(写真提供/秋元さん)

10平米とコンパクトながら、内装は本格的。冬は寒さが厳しい八ヶ岳にあるため断熱材には高性能グラスウールを使用し、杉板を張って仕上げている(写真提供/秋元さん)

10平米とコンパクトながら、内装は本格的。冬は寒さが厳しい八ヶ岳にあるため断熱材には高性能グラスウールを使用し、杉板を張って仕上げている(写真提供/秋元さん)

こちらも7号で登場した、トラックのコンテナを利用したギミック満載の小屋@富山。手動で開閉できるコンテナを真正面から見たところ(写真提供/秋元さん)

こちらも7号で登場した、トラックのコンテナを利用したギミック満載の小屋@富山。手動で開閉できるコンテナを真正面から見たところ(写真提供/秋元さん)

もとはアルミ製のウイング式コンテナを再利用。パネルがひらくと、下半分がウッドデッキになり、上半分は軒になる(写真提供/秋元さん)

もとはアルミ製のウイング式コンテナを再利用。パネルがひらくと、下半分がウッドデッキになり、上半分は軒になる(写真提供/秋元さん)

「絵本に出てくるような家@三重も素敵でした。絵本や暮らしにまつわる書籍、雑貨や食品を販売しています。すこしタイプは異なりますが、ヒヤシンスハウスも印象的です。詩人で建築家の立原道造の設計図をもとに、若くして亡くなった彼の思いを汲んで60年後に有志たちが建築実現した小屋なんですが、味わい深く、今にも通じるすばらしい小屋でした」(秋元さん)

絵本に出てくるような小屋@三重。扉をあけたら動物がひょっこり出てきそう。ふっかふかのカステラが食べたいな(写真提供/秋元さん)

絵本に出てくるような小屋@三重。扉をあけたら動物がひょっこり出てきそう。ふっかふかのカステラが食べたいな(写真提供/秋元さん)

小屋のなかには雑誌や食品などを販売。おとぎ話のような空間(写真提供/秋元さん)

小屋のなかには雑誌や食品などを販売。おとぎ話のような空間(写真提供/秋元さん)

埼玉県さいたま市にあるヒヤシンスハウス。埼玉県さいたま市別所沼公園内にあります。一方に寄せた「片流れ屋根」が目印です(写真提供/秋元さん)

埼玉県さいたま市にあるヒヤシンスハウス。埼玉県さいたま市別所沼公園内にあります。一方に寄せた「片流れ屋根」が目印です(写真提供/秋元さん)

建築家・詩人の立原道造が残したスケッチをもとに、建築家たちの助力もあって再現されました(写真提供/秋元さん)

建築家・詩人の立原道造が残したスケッチをもとに、建築家たちの助力もあって再現されました(写真提供/秋元さん)

メーカーも参入。建物代は予算50万~、1週間で完成。注意点は?

人気の価格帯や工期の目安、サイズなどはあるのでしょうか。

「今、小屋に参入しているメーカーは、小屋専業ではなくて、本業に住宅建築があり、そのノウハウを使って小屋をはじめる、ということが多いように思います。小屋が注目されていることもあり、木材があらかじめ加工してあり、組み立てるだけの『キットハウス』も増えていますね。誌面で人気があるのは、基礎や水回りなどの単純な建物代だけなら予算50万円ほど、工期は基礎をのぞけば、1週間程度からでしょうか。広さは圧倒的に10平米以下ですね」(秋元さん)

(写真提供:グリーンベル)

(写真提供:グリーンベル)

これは建物の広さ10平米以上になると建築確認申請が必要となり、固定資産税もかかってしまうため(防火地域及び準防火地域以外の区域は異なります)。では、小屋をつくりたい人に向けて、注意点などはありますでしょうか。

「まずは基礎ですね。建物の躯体そのものは、DIYでできても基礎は難しいのでプロに任せましょう。特に、寒冷地では凍結深度を考慮しなければなりません。凍結深度とは凍結が起こらない地表面からの深さのことで、そこよりも浅いところに基礎部分を作ってしまうと、寒い日に水が氷になるときに膨張し地面が盛り上がり、基礎部分が傾いたりひび割れたりなど建物の構造を保つことが出来ません。あとは、材料置き場ですね。小屋を建てる広さは駐車場一台分くらいあれば完成するんですが、問題は建てている間の資材置き場です。建てる面積の2~3倍の広さが必要になるので、土地に余裕をもってプランニングにあたってください」(秋元さん)

日本のタイニーハウス(小屋)は海外とは独自路線を歩んでいる

海外のバンライフやタイニーハウス(小屋)を見てきた秋元さんからすると、日本の小屋やバンライフは、「独自路線を歩んでいる」と言います。

「海外、特に南米大陸から北米大陸まで横断するようなバンライフ、フルタイムトラベラーを見ていると、やっぱり本気度やスケールが違うんですよね。バンや小屋自体が生活の基盤。
その点、日本は島国ということもあり、バンライフも小屋も大陸スケールのダイナミックさはありません。生活基盤ではなく、あくまで趣味や余暇での使い方がメイン。
もっとも、何もかも海外のライフスタイルに寄せる必要はない。海外とは違う独自路線の小屋の楽しみ方で、人生を楽しもうよ、と発信していけたら」(秋元さん)

海外の小屋。『小屋』vol.7の誌面より(画像提供/秋元さん)

海外の小屋。『小屋』vol.7の誌面より(画像提供/秋元さん)

『小屋』vol.7の誌面より(画像提供/秋元さん)

『小屋』vol.7の誌面より(画像提供/秋元さん)

確かに誌面に出てくる海外の小屋は、小屋といいつつもしっかりと生活インフラが整っていて、ガチで住まいとして整えられている感が強いように思います。デザインも何より前衛的というかアートというか、作品のようにも見えます。使いやすいかどうかというと別だろうな、というのが日本人である私の正直な感想です。ただ、小屋の誌面は本当に見ているだけで飽きません。それは何より小屋という場所を通して、人生を楽しんでいるからなのでしょう。小屋は単なる箱ではなく、その人自身の価値を取り戻す「居場所」「ライフスタイルを表現する場」になっているようです。

●取材協力
株式会社CLASSIX 代表取締役
(Cal(キャル)編集長、キャンプグッズ・マガジン編集長、小屋 ちいさな家の豊かな暮らし編集長)
秋元一利(あきもと・かずとし)さん
ネコ・パブリッシング取締役副社長を経て、現在株式会社CLASSIX代表取締役。Cal、キャンプグッズ・マガジンなどの編集長を兼任。
Cal Online

ニューヨーク人情酒場 フェアリー・トシさん突然の休職! ヘルプの頑固寿司職人、神絵師“ブルピじじい”降臨

ニューヨーク人情酒場へようこそ!これは、ブルックリンにある小さな酒場(レストラン)で起こったいろんな出来事。
大都会の夜、一杯の酒から始まる人間模様。作者はこのお店で今お寿司を作っているよ。

漫画

トシさんが仕事を休むことになった

漫画

いつも前向きなお寿司フェアリー・トシさんとの日々は平和に過ぎていきました。どんなことがあっても動じず声を荒らげたりも一切しない、奇跡のように心優しくニコニコ笑顔の寿司職人トシさん。彼の存在をあがめるようにして働いていましたが、そんなトシさんから頑固親父ヤスさんへのシフトチェンジは正直難しいところがありました。でも、何事においても第一印象が悪ければ悪いほど、その後の印象が変わりやすいもので・・・?
(この漫画を描くにあたりヤスさん本人の職場にご挨拶に行き、概要を説明して漫画にしてOK!という許可を頂いています)

ブルピじじい

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共通の話題が一切ない人と話している時に、話題をひねり出そうと頭をフル回転する瞬間ってあるよね。私はあの瞬間がすっごく苦手です。
しかし、苦し紛れのスモールトークがきっかけとはいえ、ヤスさんの絵は本当に素晴らしいものでした。職歴40年のベテラン寿司職人ヤスさんですが、寿司を作っている時以外は自宅で絵の制作に励んでいるそうです。NYには本当にいろいろなバックグラウンドをもった人がいて、みんなの経歴を聞くだけでもとても面白いです。第一印象で決めつけることなかれ!
それにしてもこんな素敵な絵が誰の目にも留まることがないなんて本当にもったいない。ここに出した3枚の絵は結構最近描かれたものらしいですよ!

ブルピじじいとの交流

漫画

やっぱり好きなものが共通していると仲良くなるスピードも自然と早くなりますよね。ヤスさんの絵の世界観は意外にもほのぼのとして、絵のことを話している時の言葉選びは調理場とはまるで別人。作品も言葉もどことなく儚く、詩人のような印象がありました。
さらに、調理場での態度にも納得がいくほど、作っていただいたお寿司は本当においしかったです。何事も一流を極めている人ってかっこいいよね!
そして絵の世界観とのギャップが激し過ぎて困惑。絵の話を振ってみてよかった!

ヤマモトレミ

作者:ヤマモトレミ
89年生まれ。福岡県出身。2017年、勤めていた会社の転勤でニューヨークに移住。仕事の傍ら、趣味でインスタグラムを中心に漫画を描いて発表していたところ、思った以上に楽しくなってしまい、2021年に脱サラし本格的に漫画家としての活動を開始。2022年にアメリカで起業し個人事業主になりました。ブルックリンのレストランで週4で寿司ローラーをやっています。

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純喫茶から譲り受けた家具でつくったお部屋「喫茶 あまやどり」。東京喫茶店研究所二代目所長・難波里奈さんの昭和レトロあふれるおうち拝見

おしゃれなインテリアをつくるセオリーはいくつもあるけれど、その中核に自分の「好き」という気持ちがなければ、どこかありきたりになってしまいます。とはいえ自分の好みを反映するさじ加減は、意外に難しいもの。
好きなお店のインテリアの使いは参考にしたいものの一つですが、もしあなたがアンティークなテイストが好きなら、昭和レトロな純喫茶(※1)に注目してみませんか。
今回は純喫茶を愛するあまりほとんど毎日通っている、東京喫茶店研究所二代目所長(※2)、難波里奈さんのお部屋をご紹介。純喫茶から譲り受けたものや、自ら探し求めた家具などで構成された自室は、昭和の映画、例えば大林宣彦監督の映画『時をかける少女』や『ねらわれた学園』のヒロインのお部屋を思わせる、心ときめく空間です。

※1 純喫茶・・・お酒を出す「カフェー」と区別して、珈琲や軽食のみを提供した店を呼ぶ際に、昭和初期より使われるようになった言葉。本文中では90年代のカフェブーム以前の、昭和レトロな喫茶店を「純喫茶」としています(インタビューにお答えいただいた方による呼称は、発言による)
※2 東京喫茶店研究所二代目所長・・・研究所は架空の存在。その一代目所長は写真家詩人の沼田元氣さん

自らの足で訪問し、感じ取った純喫茶の魅力を伝える東京喫茶店研究所二代目所長 難波里奈さん(写真撮影/相馬ミナ)

東京喫茶店研究所二代目所長 難波里奈さん(写真撮影/相馬ミナ)

難波さんは日本全国2000軒以上の純喫茶を訪ねてきたほどの、純喫茶好き。その貴重な記録は多数の著書としてまとめられ、その純喫茶への愛は誰もが一目置くところです。

さまざまな純喫茶をめぐり、その空間を知り尽くした難波さんのお部屋、こと「喫茶 あまやどり」は、今までに見てきたものを活かしながら、暮らしやすさにも考慮された居心地のよさそうな空間。

そこで好きなお店から受けたインスピレーションを部屋づくりに活かすノウハウや、閉店した純喫茶からインテリアを譲り受けた時のエピソード、昭和レトロなアイテムやアンティークテイストな品との出合い、そして難波さんが純喫茶に魅せられ、通うようになったきっかけなどについて伺いました。

「私のあこがれるものは全て純喫茶の空間の中にある」部屋の中で聞くレコードプレイヤーを置くためのスペース。閉店した純喫茶「DANTE」(東京・西荻窪)から譲り受けたテーブルは、アナログレコードとプレーヤーによく馴染む(写真提供/難波里奈)

部屋の中で聞くレコードプレイヤーを置くためのスペース。閉店した純喫茶「DANTE」(東京・西荻窪)から譲り受けたテーブルは、アナログレコードとプレーヤーによく馴染む(写真提供/難波里奈)

もともと難波さんは昭和レトロな雑貨や家具が好きで、純喫茶に通うようになったのもそれがきっかけだったそう。

「なぜかは覚えていないのですが、大学生の時に昭和時代のものたちがとても気になって、集め始めました。用途などはまったく考えずに、見た目のデザインだけで惚れ込んで『うわぁ、これ素敵!』って。炊飯器を7つも買ってしまったこともあります。その他にも、ポット、電球、照明とか、グラスやスプーンや鍋などの日用雑貨を、コレクションしていました。

当時は実家暮らしだったのですが、自分の部屋だけではなく、隣の部屋、倉庫、と次々と昭和レトロなアイテムたちで侵食してしまって(笑)。さすがに父親から『使いきれないものを、そんなに集めてどうするんだっ』と叱られました。確かに私自身もコレクションの管理に限界を感じていて……。

そんなある時、『私が好きで集めているものは、実は全部、喫茶店にあるな』って気が付いて。それなら喫茶店を、『今日の私の部屋』だと思えばいいと、ひらめいたのです。それから、部屋を着替えるように、喫茶店に通う日々が始まりました」(難波さん)

純喫茶のインテリアにも、さまざまなテイストがあります。重厚な書斎風だったり、デコラティブなロココ調だったり、70年代風のレトロポップだったり。難波さんは、そのどれもが愛おしいといいます。

「店主の好みで統一された空間に魅かれます。たとえ自分のテイストとは合わなくても、その方の表現したい世界に興味が湧くのです。それぞれの個性がぎゅっとつまった空間で、インテリアを観察しながら過ごす時間が、大好きです」(難波さん)

目を輝かせて純喫茶のインテリアを語る難波さん。店主が自らの好みを突き詰め、長い年月をかけて磨き上げた純喫茶の空間で憩うことは、その人の世界観を「のぞかせてもらっている」感覚だといいます。

閉店する純喫茶の家具で、インテリアを構成した理由「喫茶 あまやどり」の珈琲タイム。コーヒービーンズが敷き詰められたテーブルと、椅子は元住吉の「らんぷ」、ナプキン入れとシュガーポットは神田「カスタム」のもの。今は閉店した両店から、難波さんが譲り受けた。アンティークショップ「SHIBERIA」にて購入したランプをコーディネートして(写真提供/難波里奈)

「喫茶 あまやどり」の珈琲タイム。コーヒービーンズが敷き詰められたテーブルと、椅子は元住吉の「らんぷ」、ナプキン入れとシュガーポットは神田「カスタム」のもの。今は閉店した両店から、難波さんが譲り受けた。アンティークショップ「SHIBERIA」にて購入したランプをコーディネートして(写真提供/難波里奈)

難波さんは自室を「喫茶 あまやどり」と呼んでいます。

Instagramでは、純喫茶めぐりの様子とあわせて、自室でいただくお料理や、耳を傾ける音楽についても、ストーリー機能を使って発信。難波さんのフォロワーには純喫茶のファンであると同時に、「喫茶 あまやどり」のファンも多いのです。

Instagramの難波さんのアカウント「純喫茶コレクション」は日々の純喫茶通いのレポートとともに、「ストーリーズ」機能にて、難波さんのお部屋「喫茶 あまやどり」での過ごし方も発信(画像提供/難波里奈)

Instagramの難波さんのアカウント「純喫茶コレクション」は日々の純喫茶通いのレポートとともに、「ストーリーズ」機能にて、難波さんのお部屋「喫茶 あまやどり」での過ごし方も発信(画像提供/難波里奈)

「実は私の部屋のインテリアの多くが、喫茶店からのもらいものです。閉店してしまった喫茶店から譲り受けた家具と、私が自分で集めたアンティークテイストのインテリアを組み合わせているのがポイントです。

譲り受けた経緯はいろいろで、初めて訪れたお店で、マスターから『明日で閉店するから、店の中のものは全部処分する』と聞いて、『もし可能であれば、この机をいただけませんでしょうか?』とお願いしたこともありました。また、ずっと通っていたお店が幕を下ろすことになり、悲しんでいたら『最後にこれをあげる』と形見分けみたいにいただいた、家具や雑貨もあります。そんなお店からのものたちが、部屋の中に10点以上ありますね」(難波さん)

コレクションしている純喫茶のカップたち。左3列は閉店したお店から譲り受けたカップ。飾ってないものも含めて20客ほども(写真提供/難波里奈)

コレクションしている純喫茶のカップたち。左3列は閉店したお店から譲り受けたカップ。飾ってないものも含めて20客ほども(写真提供/難波里奈)

訪れた純喫茶のマッチコレクション。写っているのはほんの一部(写真提供/難波里奈)

訪れた純喫茶のマッチコレクション。写っているのはほんの一部(写真提供/難波里奈)

難波さんが閉店した純喫茶のインテリアを引き取るのは、二つの理由があります。一つは、もちろん純喫茶のインテリアが好きだから。もう一つは、無くなった純喫茶の空間を記憶しておくためです。

「閉店した喫茶店から譲り受けたものは、お店の方たちに託していただいたものだと思っています。

お店は閉店してしまったけれど、私はそこで過ごした時間を覚えています。つまり、私の中では生きているのです。その記憶を部屋にコレクションしているという感覚です」(難波さん)

難波さんのお部屋からは、閉店していくお店も含めて、愛する純喫茶を探究し、記録していこうという情熱がうかがえます。

純喫茶のインテリアに照らして、自分の「好き」を発見する純喫茶から譲り受けた家具と、自ら探したアンティーク調の雑貨などを組み合わせた難波さんの部屋(写真提供/難波里奈)

純喫茶から譲り受けた家具と、自ら探したアンティーク調の雑貨などを組み合わせた難波さんの部屋(写真提供/難波里奈)

アンティーク家具が好きだけれど、他のインテリアのテイストとの合わせ方が分からなかったり、古めかしい印象になるのを心配したりして、「部屋に取り入れるのが難しい」と感じている人も多いのではないでしょうか?

難波さんの部屋は、さまざまな純喫茶から譲り受けたインテリアや雑貨で構成されていますが、すっきりとして統一感のある仕上がりです。難波さんに部屋のコーディネートの工夫を聞きました。

「『これ』という正解があるわけではなくて、すごく好きな喫茶店があればよく観察して、『あ、こういう椅子とこういう机が合うんだ』と、さりげなく真似をしてみるのもいいかもしれません。

喫茶店はつくった人の好きなものや情熱が細部まで散りばめられている空間です。ですから喫茶店にインスパイアされた部屋をつくるのなら、お店の方たちにそのコツを聞いてみるのもいいですね。

好きな喫茶店から学んだら、それに似た家具を骨董屋さんや骨董市で集めてはどうでしょうか。今はレトロがブームなので、販売しているお店は多いと思います」(難波さん)

難波さんお気に入りの高円寺のアンティークショップ「古道具 権ノ助」(写真撮影/相馬ミナ)

難波さんお気に入りの高円寺のアンティークショップ「古道具 権ノ助」(写真撮影/相馬ミナ)

純喫茶は「100店舗あったら100人のマスターの好きなものが詰まった、一つとして同じものがない宝箱のようなもの」と難波さんはいいます。純喫茶めぐりを続けてそれぞれのお店の個性と向き合うことで、難波さん自身のインテリア選びのセンスも、磨かれていったのでしょう。

お話を伺って、大学時代に自分の“好き”を発見し、以来それを追い求め続けてきた難波さんの感性が、その著書にも、またお部屋にも表れているのだと感じました。純喫茶を発掘することも、そこからインテリアのエッセンスを汲み取ることも、自分の感性を研ぎ澄ましてじっくりと時間をかけて向き合うことが、大切なのかもしれません。

難波里奈さん

後編では、難波里奈さんのお気に入りの街、高円寺の純喫茶を案内してもらいました。
高円寺の愛され純喫茶を訪ねて。『純喫茶コレクション』著者・難波里奈さんと、私語禁止の名曲喫茶や老舗店で昭和レトロを味わう 

難波里奈さん 
東京喫茶店研究所二代目所長。日々の隙間に訪れた純喫茶は2000軒以上。現在は様々なメディアでその魅力を発信中。『純喫茶コレクション』(PARCO出版)『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ) 『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)など著書多数。

純喫茶コレクション
Instagram:@retrokissa2017 
Twitter:@retrokissa

著書

著書

世界の名建築を訪ねて。“曲面テラス” に覆われた超高層集合住宅タワー「アクア・タワー(Aqua Tower)」/アメリカ・シカゴ

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載3回目は、“曲面テラス”がユニークな超高層集合住宅タワー「アクア・タワー(Aqua Tower)」(アメリカ・シカゴ)を紹介する。

曲面テラスが醸すユニークな超高層集合住宅タワー(c) Hedrich Blessing

(c) Hedrich Blessing

今日、ニューヨークは超高層ビル群が櫛比(しっぴ)する垂直都市として世界的に知られている。スレンダーなスカイスクレーパー(超高層ビル)群が林立する様は、まさに経済的なシンボルともいわれている。だが摩天楼発祥の地はシカゴなのだ。シカゴにはかつて長らく米国1の高さを誇っていた高さ442mの「ウィリス・タワー(旧シアーズ・タワー)」や、それに続く344mの「ジョン・ハンコック・センター」があり、それらの偉容は、シカゴの超高層都市としてのアーバン・イメージを特徴づけてきた。

そうした中、シカゴをベースに活躍する女性建築家ジーン・ギャングが率いる建築設計スタジオ・ギャングが登場し、ここ20数年、主にユニークな集合住宅タワーを設計し評判になっている。彼女は1997年に事務所をシカゴに開設。女性建築家として世界的に有名であったイギリスのザハ・ハディド亡きあと、徐々にアメリカから世界を視野に収めた活動を展開しているスター・アーキテクトである。

彼女が数年前に発表したマルチ・ファンクショナル(多機能的)な集合住宅タワーが、世界的に評判で話題になっている。82階建て約263mの高さを誇る「アクア・タワー」は、4~18階にホテル、19~52階にレンタル・アパートメント、53~79階にコンドミニアム、80~81階(※)にペントハウスが配されている延床面積176,510m2の大きな超高層建築である。いわゆるブラウンフィールド(古い工場などの廃棄跡地)と呼ばれる約16,700m2の敷地に立つ建物は、敷地の50%をグリーンのオープン・スペースとして開放し、シカゴの標準的なゾーニング基準である25%をはるかに超えている寛大なデザインが人気である。この集合住宅タワーの発表で、彼女は一躍世界的に知られるようになった。
※米国では日本の1階部分をグラウンド0(0階)とするため、82階部分は、81階と呼ぶ

(c) Hedrich Blessing

(c) Hedrich Blessing

眺望を追求し、最大3.6m突出させたテラス

「アクア・タワー」が一見して他のビルと異なるのは、そのユニークな外観にある。建物が立つエリアはミシガン湖に近いが、周辺には同規模のタワー群が建ち並んでおり、眺望を楽しむビュー・ライン(視線)がところどころで遮られているのが現状だ。そのため近隣に立つビル郡の間隙(かんげき)を縫って眺望視線を獲得するために、テラスに工夫が施されているのだ。

(c) Hedrich Blessing

(c) Hedrich Blessing

建物は各階のプランがコンタ・ライン(等高線)のようにうねっている。特にテラスは曲面となって最大3.6mほど突出している。それは眺望、日影、ルーム・サイズ、居室タイプによって異なっている。建物外壁を見上げると、それらが機能に根ざした非常に彫刻的なヴァーティカル・ランドスケープ(垂直の景観)を呈しているのだ。「アクア・タワー」は強烈なアイデンティティーを生み出し、シカゴ・スカイラインにおける個性的なランドマーク建築として登場したのである。

3階の広いルーフガーデンには多数のアメニティー施設が3階平面図(画像提供/筆者)

3階平面図(画像提供/筆者)

建物はシカゴの建築群の中で、最も広いグリーン・ルーフガーデンのひとつをもつビルとしても知られている。3階の広いルーフガーデンには多数のアメニティー施設があり、住民は自由な時間を楽しく過ごすために、外部に行かなくても十分事足りるようになっている。アメニティーとしては、プールをはじめ、ジム、シアター、ジョギング・コース、室内プール、見晴台、庭園、囲炉裏、禅ガーデン、ヨガ・テラス、バーベキュー・コーナー、脱衣室など、多くのヘルスケア&エンターテイメント施設が充実している。またサスティナブル・デザインとして、自然採光、自然換気、雨水利用をはじめ、開口部まわりには6種類ものガラスが使用されている。特にバード・ストライク(鳥の衝突)予防のために、フリット・ガラスを使用するなど、配慮が行き届いた超高層集合住宅タワーでもある。

●関連サイト
Aqua Tower
スタジオ・ギャング

田んぼに浮かぶホテル「スイデンテラス」の社員はU・Iターンが8割! 都会より地方を選んだ若者続出の魅力とは? 山形県鶴岡市

山形県鶴岡市の中心部にある、建築家・坂茂さんが手掛けた水田に浮かぶホテル「スイデンテラス」。オープンから4年半、今やすっかり全国で知られる人気のホテルになりましたが、ことの始まりは、鶴岡に縁もゆかりもなかった代表・山中大介さんの東京からの移住でした。庄内平野に魅力を感じた山中さんは、その後の人生をかけて「スイデンテラス」をはじめとしたまちづくりをするべく、ヤマガタデザインという会社を起こします。ここでのさまざまな取り組みを見た人たちが、“鶴岡で働き・暮らしたい”と、続々とUターン・Iターンをし、次第に雰囲気は変化。今では働くスタッフのうちUターン・Iターン者のみで約8割を占めるといいます。その魅力は? 働く皆さんにお話を聞きました。

鶴岡の田んぼに浮かぶホテル、なぜつくった?

山形県の北西部に位置する、庄内平野。山と海に囲まれた自然豊かで広大なエリアです。今回私たちが訪ねたホテル「スイデンテラス」は、鶴岡市内にあります。最寄りの鶴岡駅から車で約10分、庄内空港からは車で約20分と、想像していたよりも利便性の良いエリアです。

車で道を走っていると目の前に広がる山並みの景色が美しい鶴岡市内(写真撮影/土田 貴文)

車で道を走っていると目の前に広がる山並みの景色が美しい鶴岡市内(写真撮影/土田 貴文)

周囲を見渡すと、田んぼのほかに工業関連の施設が複数あり、産業が発展していることがうかがえます。

「鶴岡市には11の工業地帯があって大企業のロジスティクスや、バイオサイエンスの研究機関がありますよ。東京からも飛行機で1時間ほどとアクセスが良いので、ビジネスで訪れる方も多いんです」と話すのは、ホテルの広報やブランドコミュニケーションを担う、小野寺望美さん。

そんなエリア内で、異彩を放ったたたずまいをしているのが「スイデンテラス」です。到着するとまず目に留まるのは、水辺の上に浮かんでいるかのような外観。

まるで水面に浮かんでいるかのようなホテル「スイデンテラス」(写真撮影/土田 貴文)

まるで水面に浮かんでいるかのようなホテル「スイデンテラス」(写真撮影/土田 貴文)

ホテルの居室からの眺めは、一面に水面が広がった田んぼの風景。まるで自分が田んぼの真ん中にたたずんでいるよう。レストランのテラスからは、出羽三山の一つ・月山を望むことができ、自然に包みこまれるような心地よさを感じます。

客室からは美しい山々と田んぼの風景を望むことができます(写真撮影/土田 貴文)

客室からは美しい山々と田んぼの風景を望むことができます(写真撮影/土田 貴文)

建物は自然との調和を保つために、あえて木造建築を主軸にしています。そこには「建て直しをせず、いつまでも長く手を入れて継いでいきたい。経年による変化によって生まれる魅力を伝えていきたい、という思いがあります」とヤマガタデザイン 街づくり推進室の長岡太郎さんは語ります。

世界的な建築家・坂茂さんが手掛けたデザイン。施設内には、坂さんの建築の代表的な意匠である紙管を使用(写真撮影/土田 貴文)

世界的な建築家・坂茂さんが手掛けたデザイン。施設内には、坂さんの建築の代表的な意匠である紙管を使用(写真撮影/土田 貴文)

ブックディレクター幅允孝さんと共に選書した約1,000冊の蔵書がそろう共用棟ライブラリー。宿泊者以外もここでくつろぐことができます(写真撮影/土田 貴文)

ブックディレクター幅允孝さんと共に選書した約1,000冊の蔵書がそろう共用棟ライブラリー。宿泊者以外もここでくつろぐことができます(写真撮影/土田 貴文)

レストランは、朝はテラスの窓を開放。気持ちの良い空気と景色を感じることができます(写真撮影/土田 貴文)

レストランは、朝はテラスの窓を開放。気持ちの良い空気と景色を感じることができます(写真撮影/土田 貴文)

それにしても、なぜこの田んぼのど真ん中で、それもホテルを始めたのでしょうか。始まりは、代表取締役である山中大介さんの鶴岡への移住でした。

もともとは東京で暮らしていた、山中さん。その後同じ庄内エリアで世界的に注目をされているバイオベンチャー企業・Spiber(スパイバー)株式会社に転職し、鶴岡へやってきます。鶴岡で暮らしていくなかで、この街にポテンシャルを感じて、ついには自社「ヤマガタデザイン」を立ち上げて定住することを決意します。

「ホテルだけ」をやりたいわけではなかった

山中さんは、鶴岡のことを「気候が穏やかで、景色も美しい。そして何より海の幸や山の幸と、食材の魅力が多いな」と思ったそう。一方で、こうした魅力が周囲にうまく伝えきれておらず、未成熟な部分も多い、とも感じたようです。

“気候や景色、食材など観光として訪れてもらう以外にも、暮らすための魅力も多い。鶴岡には魅力があるのに、この街に住む人が減っていっていることがもったいない。暮らし働く場所のひとつとして、庄内に住む人がもっと増えたら街はもっと魅力的になるのでは”、と思いをつのらせていた山中さん。そんな中で、Spiber社在籍時に、会社の近くにあるサイエンスパーク周辺の土地が未着手のまま困っているという問題に直面します。

そこで、山中さんは「ここをなんとかしたい」とSpiber社を退職後に立ち上げた、「ヤマガタデザイン」社で一手に引き受けることになります。その始まりが「スイデンテラス」でした。

田んぼの稲穂が黄金色に染まる、秋の「スイデンテラス」周辺(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

田んぼの稲穂が黄金色に染まる、秋の「スイデンテラス」周辺(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

有名建築家が手掛けたホテルということもあり、2018年のオープン時から話題となりますが、ヤマガタデザインはホテルの発展だけに心を燃やしているわけではありませんでした。

「僕たちが目指していることは、まちづくりなのです。当初は開発することを第一に考えていましたが、ただつくってそのままにしておくわけにはいかない。施設や街は生き物なのです。持続させるためにホテルの運営も始めました。そのためには暮らし働く環境も必要です。 “従業員が通う保育園が欲しいよね”、“子どもたちが遊べる場所があるといいよね”と次々に発想が広がり、施設や機能が増えているんです」(長岡さん)

子どもたちが体を使って目いっぱい楽しむことができる全天候型の児童教育施設「キッズドームソライ」の「アソビバ」(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

子どもたちが体を使って目いっぱい楽しむことができる全天候型の児童教育施設「キッズドームソライ」の「アソビバ」(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

創作できるスペースも。色鮮やかなクラフトペーパーやリボンなど豊かな素材がそろう「キッズドームソライ」のクリエイティブコーナー「ツクルバ」(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

創作できるスペースも。色鮮やかなクラフトペーパーやリボンなど豊かな素材がそろう「キッズドームソライ」のクリエイティブコーナー「ツクルバ」(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

本格的な工具もそろうほか、スタッフと一緒に制作ができます(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

本格的な工具もそろうほか、スタッフと一緒に制作ができます(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

この4年の間に農業も始めており、近郊にあるハウスで育てた有機野菜は、ホテルの食卓にも提供されています。また、隣接のキッズドームソライでは地域の子どもたちに向けたワークショップやイベントを実施するほか、フリースクールや放課後児童クラブを運営することで、地域の子育ての一端を担っています。この状況は、”鶴岡の街へ参画する一つの窓口になり始めているといえるのではないでしょうか。

ホテルから車で5分のところにあるハウスで有機栽培をしています(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

ホテルから車で5分のところにあるハウスで有機栽培をしています(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

ベビーリーフやミニトマトなどをレストランで提供(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

ベビーリーフやミニトマトなどをレストランで提供(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

レストランスタッフの目利きによる山形の新進気鋭のお酒や飲料はホテル内で販売もしています(写真撮影/土田 貴文)

レストランスタッフの目利きによる山形の新進気鋭のお酒や飲料はホテル内で販売もしています(写真撮影/土田 貴文)

もちろん働き暮らす人たちだけではなく、訪れる人へのアプローチも忘れません。

「“ホテル起点のツーリズム開催”、“食の魅力発信イベント”など、庄内への興味関心を促すことを、これからもどんどんやっていきたいなと考えています。これをきっかけに街への移住者や訪れる人が増え、地域が発展していくということを願いながら、私たちもさまざまな方法や事業で“街”について発信しています」(長岡さん)

山形が故郷である人の心を動かしていった

圧倒的なホテルの存在はもちろん、それにとどまらずに多角的な展開をする姿に、”なにやら面白いことをしているぞ”と、さまざまな人がヤマガタデザインに興味を持ち始めます。

その口コミが広がり、徐々にスタッフになりたいとUターン志望者が現れ、ヤマガタデザインで働くに至りました。
創業期から代表の山中さんとともに汗を流す長岡さん。生まれは山形県寒河江市で、就職後は函館や山形でNHKの報道記者として働いていたと言います。

「自分が山中さんと知り合ったのは、山形勤務時に記者として彼を取材した時。その後、ご本人から話を聞き、彼の心根に打たれて、転職を決意しました」(長岡さん)

山形への熱い思いを語る長岡太郎さん。個人でも山形の美味しいお店や街を活性化するために実施している特徴的なイベントなどを運営しています(写真撮影/土田 貴文)

山形への熱い思いを語る長岡太郎さん。個人でも山形の美味しいお店や街を活性化するために実施している特徴的なイベントなどを運営しています(写真撮影/土田 貴文)

大企業という安泰を捨てる、その決意は並々ならぬものだったのではないでしょうか。

「自分としては、”どこで働くか”よりも”誰と働くか”が大切だと思っていて。心から愛していた山形のことを盛り上げるということには変わりはないし、何よりもこの人と一緒に仕事をしたらもっと面白くできると思ったのです」(長岡さん)

一方、ホテルレストランの料理長である佐藤義高さん。佐藤さんの地元は、鶴岡市の隣にある酒田市です。就職してからずっと東京で暮らしていたものの、いつかは地元に帰ることを考えていたそう。しかし地元の求人の多くは、就労環境や条件などで首都圏との格差があり、Uターンすることを躊躇していました。そんな中で、スイデンテラスの話を知人から耳にします。

「私はいつかUターンしたいなと思っていたものの、独立して店を開業するか、どこかに就職するかの選択となるのだろうなと考えあぐねていた。そんな時に地元の友人から『スイデンテラス』の話を聞いて面白そうだと思いました」(佐藤さん)

ホテルへの就職となると、仕事の内容がある程度決まるため、転職といってもほぼ業界の出身者が集います。

ところがこのホテルは「”まちづくり”の会社が担っていて、集まるメンバーも地方創生やまちづくりに関心がある人が多く、なかにはホテル勤務未経験者もいます。こうした今までにない環境が、自分の中の考え方や料理にプラスになると感じ、Uターンして働くことを決めました」と佐藤さん。

スタッフたちは皆、“街をよくしたい”という思いで、常に語り合っているそう(写真撮影/土田 貴文)

スタッフたちは皆、“街をよくしたい”という思いで、常に語り合っているそう(写真撮影/土田 貴文)

実際に働いてみてどう感じているのでしょうか。佐藤さんは「さまざまな出身のスタッフたちと一緒に働いているし、お客様も全国から来ていただいているので、ある意味で自分が想像していた地元で働く感覚よりも刺激的で、都会的な感覚もあります」と言います。

しかし、こうも続けます。

「スイデンテラスをきっかけに、地元が少しずつ変わっていく姿を見るのが面白い。また自分が帰郷して、食を通じて地元の食材の魅力を見直すことでき、それを訪れる人に伝えられることを嬉しく思っています」(佐藤さん)

縁もゆかりもなかった鶴岡。知れば知るほど夢中になっていった

故郷に近い場所で働くUターン者ももちろん、「山形」の魅力に心を奪われてIターンをしてきたスタッフも多くいます。ヤマガタデザインでは働くスタッフの3割がIターンだといいます。

四季折々に変化する景色の豊かさは、Uターン・Iターンして再確認できたと、口々に話していました(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

四季折々に変化する景色の豊かさは、Uターン・Iターンして再確認できたと、口々に話していました(画像提供/ヤマガタデザイン株式会社)

レストランサービスのリーダーである持田絢乃さんは埼玉県出身。それまでは都内や関東近郊の飲食店で働いていました。仕事をする中で、食品ロスの多さなどに違和感を感じ始め、もっと食を大切に、より深く食を学びたいという気持ちが強く湧いてきたそうです。

そんな中、脳裏をよぎったのが学生時代にお世話になった鶴岡のことでした。

「大学時代に地域フィールドワークの授業で訪れた鶴岡の街のことがずっと忘れられなかったんです。授業では、地域の課題を街のお母さん方と一緒に解決策を考えていくというものだったのですが、とにかく温かく接してくれて。そのことが忘れられなかったんですね。私が鶴岡に移住したいと思ったのは、こうしたこの街の人たちの優しさに触れたのが大きいです」(持田さん)

飲食店を退職し、鶴岡に来てしばらく農家レストランなどで働いていましたが、「この街」の良さをもっと発信したい、と思った時にヤマガタデザインに出合ったと言います。

「一人だと小さな力しかないかもしれないけれど、ここだったら“この街が好き”っていう人がたくさん集まっているので、なにか面白いことができると思っています」(持田さん)

一方、地元が近県の秋田県という武井真笑さん。関東の大学を卒業後は、Uターンして自動車ディーラーで営業の仕事をしていました。現在はホテルレセプションをしています。
あえて山形へ移住したのは、以前から地域振興に興味があったから。きっかけはNPOについて情報発信するサイトを通じて、鶴岡を知り訪れたことだったそう。

「実際に山形を訪れてみたら“すごくいいところじゃん”って思って。何より食事が美味しいし、人がみんなあたたかい。ここで働きたいなと思った」と移住に踏み切ったそうです。

食が豊かなことを改めて知ることができたと話すIターン者のお二人。気鋭の生産物を目利きして、「スイデンテラス」から発信していくことも大切にしています(写真撮影/土田 貴文)

食が豊かなことを改めて知ることができたと話すIターン者のお二人。気鋭の生産物を目利きして、「スイデンテラス」から発信していくことも大切にしています(写真撮影/土田 貴文)

「それまでは隣の県といえども、山形のことを本当に知らなかったんですね。秋田から山形へ出かけるって思ったよりも時間がかかるので。同じ東北地方でも仙台に足を延ばす方が圧倒的に早いんです。ここで仕事をし始めてからこんなにも山形は魅力的なんだな!と改めて感じることが多いです」(武井さん)

ホテルのエントランスには、地元のクリエイターの作品が多数並びます(写真撮影/土田 貴文)

ホテルのエントランスには、地元のクリエイターの作品が多数並びます(写真撮影/土田 貴文)

ここ鶴岡には“街を良くしていきたい”と熱い気持ちを寄せる若い世代が集うと武井さんは話します。

「ヤマガタデザインはもちろん、地元の飲食店や、クリエーター、商店の人たち、まちづくり団体の人たちなど本当にたくさん。この仕事をきっかけに街の魅力を共有できる人たちと、これからも協業できたらいいなと思っています」(武井さん)

地方に暮らして働き、「その街」の魅力を、これからも全力で発信していく!と、エネルギッシュな皆さん。(写真撮影/土田 貴文)

地方に暮らして働き、「その街」の魅力を、これからも全力で発信していく!と、エネルギッシュな皆さん。(写真撮影/土田 貴文)

大きな志を持った山中さんという一人の人物によって、たくさんの人が影響を受け、ここ“鶴岡“の街は確かに変化を遂げていっているようです。UターンやIターンはもちろん簡単なことではないですし、決断をすることにもエネルギーを使います。

ですが、「志」を同じくした仲間がいれば、もしかしたらその一歩は、踏み出しやすくなるのかもしれません。
ヤマガタデザインのように、地方から「ときめく」暮らしや仕事が各地に増えていったら、住む場所を選ぶ私たちはもっとワクワクしそうです。

●取材協力
・スイデンテラス
・ヤマガタデザイン株式会社
・ヤマガタデザインリゾート株式会社

若者も高齢者も”ごちゃまぜ”! 孤立ふせぐシェアハウスや居酒屋などへの空き家活用 訪問型生活支援「えんがお」栃木県大田原市

栃木県大田原市で高齢者向けの「訪問型生活支援事業」を行っている一般社団法人えんがお。近隣の高齢者のたまり場としてつくった地域サロン「コミュニティハウスみんなの家」には、年間延べ1500人の高齢者と2500人の若者が訪れます。活動を始めて6年。若者向けシェアハウス、地域居酒屋、障がい者向けグループホームもできました。えんがお代表理事の濱野将行さんに多世代が日常的に交流する「ごちゃまぜのまち」をつくった理由と地域に与えた影響について伺いました。

えんがおの主な活動は、「訪問型生活支援事業」。高齢者の自宅を訪ね、困りごとをお手伝いする(画像提供/えんがお)

えんがおの主な活動は、「訪問型生活支援事業」。高齢者の自宅を訪ね、困りごとをお手伝いする(画像提供/えんがお)

空き家を活用し、地域サロン、シェアハウス、地域居酒屋、グループホームなどを徒歩2分圏内に運営(画像提供/えんがお)

空き家を活用し、地域サロン、シェアハウス、地域居酒屋、グループホームなどを徒歩2分圏内に運営(画像提供/えんがお)

「話し相手になって」という言葉から始まった高齢者の生活支援

「1週間に1回、電話でいいから話し相手になってほしい」

濱野さんが衝撃を受け、えんがおを設立するきっかけになった、あるおばあちゃんの言葉です。

学生時代から社会貢献活動に携わってきた濱野さん。しかし、東日本大震災の支援活動に参加した際、苦しむ人を前にして「何もできなかった」と無力感を抱えたそうです。それから、「社会課題と向き合える大人になること」が、夢になりました。

卒業後、作業療法士をしながら社会貢献活動を続けていましたが、そのなかで、地域の高齢者の孤立の問題を知りました。

「大きな家でひとりぼっち、体を思うように動かせず、誰にも会いに行けず、会いに来てくれる人もいない。同居している家族がいても日中の多くをひとりで過ごし、夜遅く帰ってきた家族との会話もほとんどない。それでも、体がある程度動かせたり、同居家族がいる人は、独居高齢者向けの制度は使えないんです。寝っ転がって天井を見て何日も過ごしている高齢者の姿がありました」(濱野さん)

「今すぐ誰かがやらないと」という思いで、えんがおを立ち上げたのは、25歳のとき。困っている人にダイレクトにすぐに対応できる「訪問型生活支援事業」を始めました。

内容は、買い物代行やゴミ捨て、大掃除などを手伝う高齢者向け便利屋サービス。「生活のお手伝いをする」という手段を用いて、人とのつながりが希薄な高齢者の生活に「つながり」と「会話」をつくるのが目的です。

「自立支援は、やってあげるではなく、ちょっと助けること」と濱野さん。作業の合間に会話が生まれる(画像提供/えんがお)

「自立支援は、やってあげるではなく、ちょっと助けること」と濱野さん。作業の合間に会話が生まれる(画像提供/えんがお)

「やることないから寝てた」と話すおばあちゃんが、会話で笑顔になる(画像提供/えんがお)

「やることないから寝てた」と話すおばあちゃんが、会話で笑顔になる(画像提供/えんがお)

高齢者を地域のプレーヤーに変える

えんがおの特徴は、高齢者宅を訪れる際、学生や若者を一緒に連れて行くこと。「訪問型生活支援事業」で、若者と訪問するのは、えんがおオリジナルの取り組みです。

宇都宮から「訪問型生活支援事業」の見学に来た大学生。遠方からも見学希望がある(画像提供/えんがお)

宇都宮から「訪問型生活支援事業」の見学に来た大学生。遠方からも見学希望がある(画像提供/えんがお)

中学生と高校生のおふざけに笑いが止まらないおばあちゃんたち(画像提供/えんがお)

中学生と高校生のおふざけに笑いが止まらないおばあちゃんたち(画像提供/えんがお)

支援の内容は、窓ふきや草むしり、障子の張り替えなどさまざま(画像提供/えんがお)

支援の内容は、窓ふきや草むしり、障子の張り替えなどさまざま(画像提供/えんがお)

なぜ若者に関わってもらおうと考えたのでしょうか。

「当時発表されていた調査(*)では、日本の若者(満13歳から満29歳まで)で、『将来に対する希望がある』と答えた人の割合は、先進7カ国のなかで最も低い割合でした。2020年は、中高生の自殺者数が過去最多になってしまいました。こういった社会の現状と高齢者の孤立の問題は無関係ではないと思います。一生懸命生きて来た高齢者が孤立したまま生涯を終える社会では、若者が未来に希望なんて抱けるはずがないと感じました」

*「我が国と諸外国の若者の意識に対する調査」(2013年内閣府)

えんがおの常勤スタッフは濱野さんを入れて3名ですが、運営に積極的に関わってくれる学生の「えんがおサポーター」が20名、個人会員や地域の人が100名以上います。

えんがおの講演会や発表会を見て、活動に参加したい! と言ってくれる大学生や高校生も多いという(画像提供/えんがお)

えんがおの講演会や発表会を見て、活動に参加したい! と言ってくれる大学生や高校生も多いという(画像提供/えんがお)

濱野さんと、えんがおの立ち上げから一緒に活動してきた門間大輝さん(写真左)(画像提供/えんがお)

濱野さんと、えんがおの立ち上げから一緒に活動してきた門間大輝さん(写真左)(画像提供/えんがお)

「作業の傍ら学生が話を聞いたり、時にはおばあちゃんに相談したりすることで、高齢者の強みや昔やっていた仕事や趣味が分かります。お掃除が得意。料理が上手。そういう部分を活かして『役割』をつくり、おじいちゃん、おばあちゃんを地域のプレーヤーに変えていきます。例えば、もともと掃除のプロだったおばあちゃんには、学生に掃除を教える指導役になってもらいました。若者も『人の役に立っている』という肯定感を得ることができます」(濱野さん)

2018年にできた地域サロン「コミュニティハウスみんなの家」は、若者と高齢者が交流できる場所です。「高齢者の日中の居場所をつくりたい」えんがおと、「若者の居場所をつくりたい」商工会議所が協働し、20年使われていなかった空き家を、学生たちとDIYでリノベ―ションしました。もともと酒屋だった建物で、通りに面して窓があり、中に人がいることが見える造りです。

2018年からボランティアを募り、集まったメンバーとDIYでつくりあげていった(画像提供/えんがお)

2018年からボランティアを募り、集まったメンバーとDIYでつくりあげていった(画像提供/えんがお)

「年間延べ4000人の訪問者のうち、2500人が地元の高校生や大学生です。2階に学習スペースがあり、勉強に来た学生は、1階のお茶飲みスペースで、おばあちゃんに受付をしてもらい、2階で勉強して、昼休みにはお茶飲みスペースに。一角には、子ども向けの絵本図書館や不登校の学生のプレイスペースがあります。おじいちゃんがお団子をくれたり、おばあちゃんがお茶を入れてくれたり。近くにいることで、自然と、日常的な世代間交流ができたらいいなと思っています」(濱野さん)

地元の人との食事会。学生、大人、おじいちゃんおばあちゃん、障がいのある人が「ごちゃまぜ」で関わり合う(画像提供/えんがお)

地元の人との食事会。学生、大人、おじいちゃんおばあちゃん、障がいのある人が「ごちゃまぜ」で関わり合う(画像提供/えんがお)

2階にある学生向けの勉強スペースは、地元の中高生の常連さんでいっぱい(画像提供/えんがお)

2階にある学生向けの勉強スペースは、地元の中高生の常連さんでいっぱい(画像提供/えんがお)

休み時間、ストーブでお餅を焼いてもらって大はしゃぎする学生たち。「餅を焼くだけでこんなに喜ばれるなんて」とおばあちゃんもにっこり(画像提供/えんがお)

休み時間、ストーブでお餅を焼いてもらって大はしゃぎする学生たち。「餅を焼くだけでこんなに喜ばれるなんて」とおばあちゃんもにっこり(画像提供/えんがお)

地域サロンには、えんがおの事務所もある。大掃除で、おばあちゃんに新聞の縛り方を教わる学生(画像提供/えんがお)

地域サロンには、えんがおの事務所もある。大掃除で、おばあちゃんに新聞の縛り方を教わる学生(画像提供/えんがお)

徒歩2分圏内に地域居酒屋や無料宿泊所、シェアハウスを運営

地域サロンのほかに、「毎日ひとりでごはんを食べている高齢者と週1回ごはんを食べよう」と、地域居酒屋も始めました。建物内に、シェアキッチンやレンタルオフィスもあり、シェアキッチンは月3、4人の利用者がいて、2階のレンタルオフィスは2企業が利用しています。

週2回は地域食堂「てのかご」、毎週土曜日は「たこ焼き居酒屋ちーちゃん」がオープンする(画像提供/えんがお)

週2回は地域食堂「てのかご」、毎週土曜日は「たこ焼き居酒屋ちーちゃん」がオープンする(画像提供/えんがお)

えんがおの活動を知り、全国から見学にやってくる学生や若者は、年々増えています。支援活動に参加した学生は1000人を超え、2019年には、遠方から来る学生向けの無料宿泊所「えんがおハウス」が、2020年には、えんがおサポーターが交流できるシェアハウス「えんがお荘」ができました。

次第に、学生と高齢者を中心に時々子どもがいたり、社会人がいたり、楽しいコミュニティーができていきました。「ごちゃまぜ」にいろいろな世代や立場の人がいることで、お互いにできないことは助け合い、得意なことで支え合うことにつながっています。

ハロウィンイベントで子どもとゲームをして遊ぶおばあちゃん(画像提供/えんがお)

ハロウィンイベントで子どもとゲームをして遊ぶおばあちゃん(画像提供/えんがお)

忘年会では、3歳の子どもから90歳のお年寄り、支援者、学生が入り混じって盛り上がった(画像提供/えんがお)

忘年会では、3歳の子どもから90歳のお年寄り、支援者、学生が入り混じって盛り上がった(画像提供/えんがお)

濱野さんは、これからのまちづくりのキーワードを「混ぜる」と「シェアする」だと言います。

「見学や体験に来る学生には、『自分に自信が持てない』『なにか変わりたい』と考えている人が多いんです。その人の強みを探して、具体的な言葉で伝えるようにしています。最近では、カメラが趣味の学生が来てくれました。写真がテクニック的に上手というだけではなくて、誰かがいい笑顔をしていると走って行って写真を撮っていたんです。全体が見えているし、人もよく見ている。後輩にも適格なことをズバリと指摘できていました。その学生には、ホームページ用の写真を撮ってもらったり、年下の子をサポートしてもらっています。自信がなかった人も、誰かの役に立つことで、少しずつ自分が好きになれるんです」(濱野さん)

毎日来てくれるおばあちゃんの誕生日。「ここがあるからいいの。ここができるまでは苦しかった」という言葉をかけてもらった(画像提供/えんがお)

毎日来てくれるおばあちゃんの誕生日。「ここがあるからいいの。ここができるまでは苦しかった」という言葉をかけてもらった(画像提供/えんがお)

学生たちが参加する「えんがおゼミ」の月例会。社会課題についてどう向き合うか議論。ここから街中にベンチを置くプロジェクトも生まれた(画像提供/えんがお)

学生たちが参加する「えんがおゼミ」の月例会。社会課題についてどう向き合うか議論。ここから街中にベンチを置くプロジェクトも生まれた(画像提供/えんがお)

濱野さんの原点となった福島の復興支援も引き続き行っている(画像提供/えんがお)

濱野さんの原点となった福島の復興支援も引き続き行っている(画像提供/えんがお)

高齢者や若者だけでなく、障がい者も地域と交流できる場所へ

活動をしながら濱野さんは、世代だけではなく、障がいの有無に関わらず過ごせる空間を目指すようになります。「地域に足りていないものは何か」「障がいのある方と関われる入口になるものは?」……そうやって探った結果、障がい者向けグループホームにたどり着きました。

障がい者向けグループホームとは、障がいを抱える人、数人が共同生活しながら、生活するための能力を学んでいく場所です。

制限が多く自由に外出できなかったり、地域とほとんど交流できていない施設が多いと感じた濱野さんは、「えんがおの近くにつくれば、地域の皆で見守って、比較的自由な施設ができるかもしれない」と考えました。

2021年にオープンした障がい者向けグループホーム「ひととなり」は、比較的自立度の高い精神・知的障がいがある人向けの施設です。

「地域居酒屋、シェアハウス、無料宿泊所、グループホームは、地域サロンから徒歩2分圏内です。グループホームの利用者さんが地域サロンでお茶飲みをして、そこにいるおじいちゃん、おばあちゃん、学生と仲良くなったり、遊びに来た子連れのパパさんが一息ついている間、子どもたちがおばあちゃんと遊ぶ。子どもから高齢者まで、障がいの有無にかかわらず、誰も分断されず、いろいろな人が日常的に関わり合う。全員参加型の『ごちゃまぜ』のまちです」(濱野さん)

おばあちゃんたちとお茶を飲むグループホームの利用者さん。買い物に行くおばあちゃんに「気を付けて行ってください」と声をかける(画像提供/えんがお)

おばあちゃんたちとお茶を飲むグループホームの利用者さん。買い物に行くおばあちゃんに「気を付けて行ってください」と声をかける(画像提供/えんがお)

地域サロンができて4年。「ごちゃまぜのまち」は、さまざまな人を巻き込みなから大きくなっている(画像提供/えんがお)

地域サロンができて4年。「ごちゃまぜのまち」は、さまざまな人を巻き込みなから大きくなっている(画像提供/えんがお)

ビジネスとしての成立させることで、継続できる

えんがおは、2022年の5月で立ち上げから5年が経ち、経営的には6期目に入りました。5期目の1年間の事業規模は、3000万円。6期目の予想規模は、4600万円で順調に伸びています。収入割合は、事業収益が約7割、寄付会費や助成金が合わせて約3割です。

「すべての事業の収支はトントンか黒字。障がい者向けグループホームは、ニーズが多く、その後2棟目もオープンしました。訪問型生活支援事業は、30分500円~3000円と料金は高めですが、リピート率は90%以上です。もちろん特例として無料で行うことはあっても、ちゃんと値段設定をしないと活動を継続できません。それに、『無料だと悪くて次から頼みにくい』という声もあるんです。目の前のニーズを拾って、自分たちのやれることをする積み重ねでやっとここまで来ました。経営的に成り立つサービスでないと広がっていかないのでがんばっています」(濱野さん)

えんがおで公開しているやり方や収益などを参考に、北海道や長野、広島などで、生活支援や多世代交流サロンを始めた人もいるそうです。

設立から6年、今までいちばん苦労したことをたずねると、「思いつかないなあ」と笑う濱野さん。

「大変なことも全部意味があると思うので……。いろいろな人がごちゃまぜに関わると、さまざまな問題が出てきますが、世代や立場など属性が違うからこそ、それぞれの強みが発揮されます。コロナ禍の葛藤からは、電話での健康確認サービスや若者と高齢者が文通するサービスが生まれました。工夫していくのが楽しいんです」(濱野さん)

現在、えんがおでは、障がいのある身寄りのない人のアパートが借りられない問題について、地域の不動産会社と連携して活動しています。今後は、小規模の託児施設やフリースクールなども始める予定です。

高齢者と若者、障がい者などさまざまな立場の人が多世代交流することで、生まれる自己肯定感。『ごちゃまぜのまち』への入り口をたくさんつくることが、濱野さんの今の夢です。えんがおの挑戦は、高齢者の孤立化問題を抱える地域へひとつの答えを示してくれています。

●取材協力
一般社団法人えんがお

高齢者・外国人・LGBTQなどへの根強い入居差別に挑む三好不動産(福岡)、全国から注目される理由とは

日々の生活を送る上で、安心して暮らせる場所があることは重要です。しかし、高齢者や低所得者層、外国人など、住まいを探してもさまざまな事情により入居先を確保することが困難な人たちの問題が今も存在します。
福岡県を中心に活動している三好不動産は、持続可能な社会の実現に向けて、「すべての人に快適な住環境の提供を」のマインドを常に持ち続けています。三好不動産の川口恵子さんと原麻衣さんに取り組みや、その思いについて、話を聞きました。

「お客様が希望する住環境を提供できない」不動産賃貸業界における問題

福岡のまちには、企業や大学が多く存在します。また、地の利も良いことから、海外からの留学生や移住者、日本で仕事をする人も増え、投資の対象としても注目されてきました。

下図は福岡市が民間賃貸住宅事業者に対して行ったアンケート結果(「福岡市住宅確保要配慮者賃貸住宅供給促進計画(2019年3月)」より抜粋)です。2016年時点で実に67.5%の民間の不動産会社が「入居を断ることがある」と答えており、その対象として「外国人」「ホームレス」「高齢者世帯」では3割以上の会社で入居を制限しているという実態がありました。

家を探そうとしても、断られてしまう人たちがいる(画像提供/福岡市)

家を探そうとしても、断られてしまう人たちがいる(画像提供/福岡市)

「当社は『すべての人に快適な住環境の提供をしたい』という基本姿勢のもと、かねてより高齢者や外国人、DV被害者、災害時の住宅提供など、さまざまなニーズにいち早くお応えしてきました。住まい探しに困っている方がいるのであれば、なんとか力になりたいといった社風があります。どのような方がお部屋探しにいらっしゃっても、基本的にお断りすることはありません」(原さん)

すべての人に快適な住環境の提供を!三好不動産が舵を切った分岐点

三好不動産はもともと多様性には理解のある社風でしたが、中でも社員の意識が大きく変わったきっかけがあったといいます。それは、2008年にプロジェクトを立ち上げ、外国人の入居希望者を積極的に受け入れるようになったこと。原さんは、当時のことを「“ありとあらゆる人たちに住環境を提供するのだ”と、社員全員がはっきりと意識する分岐点になった」と感じているそうです。

外国人の従業員も採用するようになり、現在は中国、ベトナム、ネパール、韓国出身の13名が三好不動産で働いており、このうち9名が宅地建物取引士の資格を取得しています。

「2008年当時、福岡で外国人に物件を紹介していた不動産会社は、三好不動産だけだったような気がします。他社よりも外国人への理解はそれなりにあると思っていたのですが、新たに外国人スタッフが加わったことで、今まで当たり前と思っていたことに対して『私の国ではこうです』と指摘され、文化の違いを知ることもあり、お互いの凝り固まった見方とはまた違った考え方や“世界から見た日本”の視点に気付かされることが、たくさんありました」(原さん)

現在、三好不動産が支援する住宅確保に配慮が必要な人たちは、多岐にわたります。外国人や高齢者、LGBTQ、DV被害者、被災者など、抱える問題や事情に違いはあれど、対応していこうとする姿勢に変わりはありません。

「身寄りがないなどの理由で賃貸住宅を借りることが困難な高齢者など、通常の契約が難しいケースでは、自社で設立したNPO法人が、オーナーと借主の間に入って住宅を提供しています。身寄りのない方とも面談をして、一人で生活するのに支障がないことを確認した上でお部屋を紹介することが可能です」(川口さん)

三好不動産が設立した介護賃貸住宅NPOセンターを介したサービス。「身寄りがない」「高齢だから」などの理由で一般の住宅に入居しづらい人と、空室に悩むオーナーをつなぐ(画像提供/三好不動産)

三好不動産が設立した介護賃貸住宅NPOセンターを介したサービス。「身寄りがない」「高齢だから」などの理由で一般の住宅に入居しづらい人と、空室に悩むオーナーをつなぐ(画像提供/三好不動産)

「問題の根本は何なのか」「足りない点は何なのか」を勉強することから始めたLGBTQの居住支援

LGBTQの人たちも、不動産会社側の偏見や理解不足、知識不足から、部屋探しにはさまざまな壁があるようです。LGBTQの居住支援の担当者となった原さんと広報の川口さんは、まずLGBTQの人たちが抱える悩みごとや問題点は何なのか、勉強するところからスタートしました。

「LGBTQ専用のサービスの必要性や所得が低いために生じる問題はほとんどなく、多くは理解のないことや知識不足に起因します。知識と相互理解によって、齟齬のないようにしていくことが大事です」と話す原さん。よくある事例としては、パートナーと一緒に入居を希望した場合に、カミングアウトしていないため、親族に保証人を頼めないケースや、同性パートナーとの同居を、その関係性を打ち明けられず一人入居と偽って契約してしまうといったケースなどが挙げられます。

原さんたちは、まずは店舗にレインボーマークを掲げるなどLGBTQの方が相談しに来やすい環境づくりからはじめ、最近ではYouTubeチャンネルで情報を発信するなど、活動を広げていきました。そして、今では、どの店舗でもLGBTQの人の部屋探しに対応できるまでに。2016年10月~2022年10月の間の賃貸契約数は約120組、相談件数においては常時100件以上にのぼります。

社内勉強会の様子。「何が問題なのか」「何が足りないのか」、まずは知るところから取り組みが始まる(画像提供/三好不動産)

社内勉強会の様子。「何が問題なのか」「何が足りないのか」、まずは知るところから取り組みが始まる(画像提供/三好不動産)

店舗のドアに貼られたレインボーステッカーが、LGBTQフレンドリーである姿勢を示している(画像提供/三好不動産)

店舗のドアに貼られたレインボーステッカーが、LGBTQフレンドリーである姿勢を示している(画像提供/三好不動産)

行政や異業種とのタッグも!取り組みがもたらした変化

三好不動産では、住まいの確保に困難を感じている人たちと、オーナーさんが貸し出すことを承諾した管理物件とをつないで、契約を結んでいます。行政から相談を受けたり、調査や講演などへの協力を要請されたりすることも少なくないそう。

「LGBTQ支援をはじめ、さまざまな活動を通して、不動産業界以外の企業や団体から『三好不動産のLGBTQの取り組みを話してほしい』などの依頼をいただくこともあります。福岡市パートナーシップ宣誓制度の導入を受け、福岡市に後援いただいて当社が主催したセミナーも4回にわたりました」(原さん)

活動を通じて、同じ方向を見ている企業や行政とは、業種を超えて新たな取り組みにつながっていく、良い循環ができているようです。

福岡市高島市長より、LGBTQをはじめとする性的マイノリティ支援に取り組む企業として、ふくおかLGBTQフレンドリー企業登録証が直接手渡されたときの様子。行政から相談を受けることも多い(画像提供/三好不動産)

福岡市高島市長より、LGBTQをはじめとする性的マイノリティ支援に取り組む企業として、ふくおかLGBTQフレンドリー企業登録証が直接手渡されたときの様子。行政から相談を受けることも多い(画像提供/三好不動産)

他社でできないことが三好不動産ならできる、その理由は?

三好不動産で行っている、住まい探しに配慮が必要な人たちに寄り添う取り組みについては「取り組みを始めたけどなかなかうまくいかない」と話す会社も多いそうです。それはどうしてなのか、という疑問を原さんにぶつけてみました。

「何のためにやるのか、そもそもの方向性が違うのだと思います。住まいを求めるお客さまの目線から入っていくことに従業員一人ひとりの発見があるのです。世の中から評価されるために、例えば『SDGsが世の中で評価されているからやる』という視点で見てしまうと、見えるべきものも見えなくなるのではないかと感じます」(原さん)

原さんたちは「いつかは取り組まなくてはならないことだから」と、見切り発車でも、まずは動いてきたと言います。まだ先を完全に読みきれない不安もある中、「失敗を恐れて何もしないよりは」と行動することで取り組みを推し進めてきました。

また、三好不動産の各部署では、自主的に研修会や勉強会を企画・開催し、社内だけでなく社外向けに発信する機会も多くもあるそうです。一人ひとりが受け身ではなく、能動的に動くことこそが、他社ではできないことを可能にしているのではないでしょうか。

九州レインボープライドのブースにて(画像提供/三好不動産)

九州レインボープライドのブースにて(画像提供/三好不動産)

原さんは会社全体のプロジェクトとしてLGBTQやDV被害者のお部屋探しの推進を担当していますが、三好不動産ではそれぞれの店舗でも、高齢者や災害被害者、LGBTQといった住宅確保に困難を抱える人の、住まい探しを支援しています。

「お客さまの身になって」「一人ひとりに寄り添って」。言葉で言うのは簡単です。しかし、本当に困っている人たちと向き合うには、知識も必要ですし、多くの人に理解をしてもらうための手間暇を惜しんではいけないのだと改めて感じました。それは、ボトムアップで意見のできる風通しの良い社風、そして、会社の利益だけでなく“お客さまのために何ができるか”で行動できる環境がそろっているからこそできることなのかもしれません。

そして活動の効果を実感するまでには長い年月がかかるといいます。原さんたちが明らかな変化を感じたのが、2016年から参加している、性的少数者をはじめとするすべての人が自分らしく生きていける社会の実現を目指す啓発イベント「九州レインボープライド」にブースを出店したときの来場者の反応だそう。最初はLGBTQなどの当事者、行政、NPOなど、LGBTQの問題に直接的に関わる人や団体の参加が多く、「どうして不動産会社がここにいるの?」と不思議そうな顔をされたそうですが、2022年の開催では、来場者から「応援しています」「三好不動産の活動、知っていますよ」など、激励の言葉をたくさんもらったのだとか。地道な活動が、少しずつ形になり、実を結びつつあるということでしょう。

●取材協力
株式会社三好不動産

世界で5番目に高額なシンガポールの不動産。一方で高い持ち家率、その理由は?

前回の記事では、シンガポールの生活環境について触れたが、今回は不動産事情についてフォーカスしてみたい。世界の主要都市の中で5番目に高いというデータもあるシンガポールの不動産価格。シンガポールで家を購入して住みたい、賃貸で暮らしたい、と考えたことがある人はもちろん、そうでない人も興味深い最新の現地の不動産事情をご紹介する。

シンガポールの不動産価格の推移

シンガポールの住宅の価格は総じて高額だといわれている。不動産コンサルティング会社・ナイトフランク社の「2020年ウェルスレポート」によると、100万ドルで購入できる世界の一等地の面積ランキングでシンガポールは狭い方から5番目、約35平米の広さしか買えない。東京は12位にランクインしており、約64平米(100万ドルあたり)なので、同価格でシンガポールの約2倍の広さは確保できる。

アジアの国々の中には、不動産を購入する際、外国人には特別な条件を課して、自国民を優先する政策を取っている場合が多い。シンガポールもその1つ、外国人が購入できる居住用物件はコンドミニアムと呼ばれる、高額な集合住宅に限られている。

またシンガポールの不動産価格は上昇を続けている。下記はHDB(政府系集合住宅。日本でいえば、かつての住宅・都市整備公団が分譲する集合住宅の総称。住宅・都市整備公団は現在UR都市機構)の再販価格の推移だが、26カ月連続で上昇している。コンドミニアムの価格はさらに高額だが、やはり同じように上昇を続けているようだ。

HDBの再販価格推移(2022年現在)

HDBの再販価格推移(2022年現在)

2009 年の第1四半期を 100 としたら、2022年第1四半期のHDB再販価格指数は159.5だ。つまりHDB再販アパートの価格は2009年よりもほぼ60%も高くなっている。

シンガポール政府は住宅価格を抑えるためにさまざまな冷却策を導入しているが、大枠で見ると価格は上がり続けているということが分かる。

日本人に人気の住宅エリアは?

シンガポールは東京23区と同じ位の広さなので、どこに住んだとしてもアクセスは便利だ。買い物施設や教育施設によって人気のエリアがある。以下は代表的な住宅エリアである。

●オーチャード・サマセットエリア
日本人に人気があるのが、オーチャード・ロードを中心とするエリア。オーチャード・ロードには、日系のデパートの高島屋や伊勢丹、日本人医師が在籍する病院や歯科もあるので、日本人にとって住みやすい。また学習塾もこのエリアに集中している。

日本でいうと「銀座」のような場所で、ブランドショップからドン・キホーテ、ハンズ、ダイソー、ユニクロまで、日系のお店が充実しているので欲しい物で手に入らないものはほぼない。

日本でいうと銀座のようなショッピングエリア。南北にコンドミニアムが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

日本でいうと銀座のようなショッピングエリア。南北にコンドミニアムが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

●リバーバレーエリア
シンガポール川とリバーバレー通沿いを中心に街が広がるエリア。オーチャードエリアについで、日本人に人気が高い。オーチャードにも近いが、家賃がオーチャードと比べると少し割安感がある。

ローカルの大手スーパーや大きなフードコートがある。大規模なショッピングモール、グレートワールドシティ周辺は高層の物件が立ち並んでいる。

川沿いのロバートソン・キーやクラーク・キーにはおしゃれなレストランやカフェがそろっている。

グレートワールドシティには明治屋やインテリアショップが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

グレートワールドシティには明治屋やインテリアショップが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

●チョンバルエリア
Tiong Bahru (チョンバル) エリアは低層のHDB(公団団地)が多く、のんびりとした雰囲気をもつ昔ながらの住宅街だ。低層のHDBは非常に人気で実際に住むのは難しいが、周辺の高層住宅に住んで、街の雰囲気を楽しむことはできる。

最近では、おしゃれなカフェやショップが増えていて、日本の代官山のような雰囲気だ。鮮度のよい魚介類、野菜、肉がそろうチョンバルマーケットがあり、食材の入手が簡単。またMRT駅構内、そして駅周辺に地元のスーパーがあるので生活も便利。

チョンバルの低層住宅街。緑も多くゆったりした街並み(写真撮影/四宮朱美)

チョンバルの低層住宅街。緑も多くゆったりした街並み(写真撮影/四宮朱美)

おしゃれなカフェやショップが多いチョンバルエリア(写真撮影/四宮朱美)

おしゃれなカフェやショップが多いチョンバルエリア(写真撮影/四宮朱美)

●イーストコーストエリア
海沿いの眺めの良い物件が多い。中心部に比べ比較的リーズナブルで築浅の物件を借りることが可能だ。またチャンギ空港へのアクセスもいいので海外出張の多い人には便利。

海岸線沿いに広い公園があり、サイクリングやジョギングを楽しむこともできる。バイリンガル教育を実施している日系幼稚園、日本人小学校のチャンギ校があり子どものいる家庭に人気。日本食品を取り扱うお店も充実していて住みやすい。

●ウエストコーストエリア
日本人小学校のクレメンティ校、日本人幼稚園、早稲田渋谷シンガポール校のあるエリアで、子どもの学校に近い場所に住みたいという日本人に人気のエリア。East Coast Park同様に、海岸の公園には、大きなアスレチック遊具や砂場スペースがあり、子どもの遊ぶ場所も多い。

閑静な住宅街が多く、予算も比較的抑えられるので、単身の方にも人気。

シンガポールの住宅は主に3タイプ

シンガポールでは大まかに3つのタイプの住宅様式がある。政府系集合住宅(HDB)、民間集合住宅、一戸建ての3種類だ。

またシンガポールの国土の大半は国有地であるため、ほとんどが99年や999年といった長期間のリースホールド(定期借地権)型で売買される。永久的に不動産を所有することができるフリーホールド型の物件は限られている。

また、政府系集合住宅や土地付き一戸建ては、外国人は購入できない。つまり購入する場合は、日本と異なり買える物件と買えない物件があるということだ。

●政府系集合住宅(HDB)
シンガポール国民の80%以上が暮らすといわれているHDBは日本の公団住宅のような住宅だ。The Housing & Development Boardという機関が建築・販売しているため、物件自体がHDBと呼ばれている。

シンガポール国民の住居として販売されている物件なので、民間が分譲するコンドミニアムといわれる比較的高級な物件に比べて価格は抑えられている。外国人は購入することはできないが、借りることはできる。

以前は民間住宅のコンドミニアムに比べて、共用部などがシンプルだったが、最近建てられたものは、コンドミニアムに比べてデザイン性も遜色のないモノが建設されている。建物の中に食堂が集まるホーカーズセンターがあったり、買い物施設があったり、生活するための施設は整っている。

リトルチャイナにあるHDB。駅の近くにあるので便利(写真撮影/四宮朱美)

リトルチャイナにあるHDB。駅の近くにあるので便利(写真撮影/四宮朱美)

●民間集合住宅
民間集合住宅は、プールやジムなどの付帯設備のあるコンドミニアムと呼ばれる豪華な集合住宅と、設備の少ないアパートメントに分類される。

日本人や欧米の駐在員が、主に多く住んでいるのはコンドミニアム。共用部にプールやフィットネスジムなどの設備が整い、セキュリティーがしっかりしている。シンガポール人の富裕層あるいは外国人の住居として利用されている。海外からの不動産投資の対象ともなっており、外国人のオーナーの比率が高い。高額だといわれている理由の1つは、外国人がコンドミニアムを購入する例が多いからだろう。

ユニークな外観のコンドミニアム(写真撮影/四宮朱美)

ユニークな外観のコンドミニアム(写真撮影/四宮朱美)

●一戸建て
シンガポールは国土が狭いため、広い土地を必要とする一戸建ては少ない。数少ない一戸建て住宅の家賃はひときわ高く、住めるのは一部の富裕層に限られている。一般的に外国人は買うことができない。ただしセントーサ島(レジャー施設が多数の観光スポット)の住宅開発地区の物件は、外国人の購入が認められている。

間取りや設備、シンガポールの住まいの特徴は?

次にシンガポールの住宅の特徴について見てみたい。日本とは間取りや設備に違いがある。

●間取り
シンガポールでは単身者は結婚するまで家族と暮らすことが多く、HDBにしろ、コンドミニアムにしろ、ファミリー向けの広い間取りが中心でシングル向けの小さな部屋は少ない。つまり買うにしても借りるにしても高額になりがちだ。そのため単身者の人は広い部屋をシェアすることが多いそうだ。

シンガポールの一般的な間取りは、リビング、キッチン、ダイニング以外に個室が2~3部屋あるタイプが多く、主寝室に1つ、共用部分に1つの計2箇所のシャワールームが標準装備されている。また、それ以外にお手伝いさんのための小さなメイドルームが付いている物件も多い。

シェアハウスに利用される場合、その中のバストイレ付きの一番大きい部屋はマスタールーム、残りのバストイレが共有の部屋をコモンルームと呼び、どこを借りるかで家賃が多少異なるようだ。日本でこのように1つの住居をシェアするのは、知り合い同士で一緒に契約して借りるということが多いが、シンガポールの場合は別々の賃貸契約として提供されていて、知らない人が入居してくるという欧米などでよく見られるスタイルになっている。

シェアハウス・イメージ図(画像提供/pixta)

シェアハウス・イメージ図(画像提供/pixta)

●室内の設備
高い確率でバスタブがないことが多い。熱帯の国ではバスタブを必要としない国は多い。日本人や外国人向けに作られたコンドミニアムではバスタブが設置されているが、バスタブのない物件が主流だ。

日本の物件ではおなじみのシャワー付きトイレもない。取り付けることは可能だが、電気配線工事が必要になるので、簡単には設置できない。

室内や同じフロアのエレベーターホールなどにダストシュートが付いていることが多いので、わざわざゴミ捨て場に行かなくても、24時間いつでもすぐにごみが捨てられるのは便利だ。

天井にシーリングファンが設置されていることが多い。日本でも最近はインテリアの一部のようにシーリングファンが設置されていることがあるが、シンガポールではリビング以外に各個室にも設置されている。しかもかなり大きくパワフルだ。大きな風がゆったりと動くので、個人的にはこの設備が非常に快適だった。夜間などはエアコンがなくても十分に涼しい。

HDBのリビングに設置されたシーリングファン(画像提供/Matthew)

HDBのリビングに設置されたシーリングファン(画像提供/Matthew)

HDBの水回り。バスタブはなくシャワーブースがある(画像提供/Matthew)

HDBの水回り。バスタブはなくシャワーブースがある(画像提供/Matthew)

●共用部
コンドミニアムや新しいHDBは敷地内の施設が充実している。プールは大人用と子ども用が別々に用意されている物件もある。また設備の整ったジムも設置されている。ファミリー向けのコンドミニアムはプレイ・グランドやBBQスペース、貸出しのイベントルームもが設置されているものもある。

コンドミニアムはセキュリティーがしっかりしていて、ほとんどが24時間体制のセキュリティーガードが常駐している。カードキーを持っていないと敷地にも入れないし、エレベーターにも乗れない仕組みになっている。

コンドミニアムの中庭。噴水があるなどリゾートホテルのような雰囲気だ(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムの中庭。噴水があるなどリゾートホテルのような雰囲気だ(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムに設置されているプール。大人用と子ども用のプールが設置されていて広い(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムに設置されているプール。大人用と子ども用のプールが設置されていて広い(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムの敷地の入り口にはセキュリティーガードが常駐している(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムの敷地の入り口にはセキュリティーガードが常駐している(写真撮影/四宮朱美)

不動産購入に不可欠な保険や税金のシステム

最後に、暮らしに欠かせないお金事情もチェックしておきたい。

シンガポールでは、年金と健康保険を組み合わせたようなCPF(Central Provident Fund)と呼ばれる、シンガポール人と永住権保持者のみ加入できる、強制積立制度がある。

日本の年金は、現在の現役世代から集めた金を現在のリタイヤ世代への支払いに充当する制度だが、CPFは積立方式なので、自分が現役世代に支払った年金が積み立てられ、将来、自分で受け取ることになるということが大きく異なる。

CPFは雇用主である会社と被雇用者である従業員の両方から,それぞれ一定額を強制的に積み立てさせ,それを中央年金庁(CPFB: CPF Board)が運用し,老後の年金として支給する制度。以下の3つの口座に分けられ、預金,債権,不動産など安定的な資産に再投資されている。

引き出すにはそれぞれの口座ごとの引き出し条件等を満たす必要があるため、実質的に国民等の老後の生活資金として機能している。住宅購入の際は下記の積み立てを利用できるうえに、政府からの援助もあるので、持ち家率が非常に高い。

〇普通口座(Ordinary Account) :住宅の購入,保険,投資,教育のために使われる口座
〇特別口座(Special Account):老後の年金,緊急時の支出のために使われる口座
〇保険口座(Medisave Account) :医療費や特定の医療保険のために使われる口座

しかし外国人が不動産購入する場合は税金が高い。2021年12月に、2軒目の住宅購入および外国人の住宅購入には、より高い印紙税を支払う制度ができた。不動産を購入する場合は最高30%の印紙税が課税されることになる。購入意欲を上げすぎず不動産価格の高騰を防ぐための政策だ。

所得税の面から見ると、シンガポールも日本のように累進課税だが、高所得者でも現状22%という低水準、今後24%にまで引き上げられる予定だが、日本の所得税は、住民税も入れれば最高55%にもなるので、高所得者にとってはシンガポールに住むことは有利になる。

永住権を取得すると効率のよいCPFが使え、税金の控除も利用できるので、メリットが多い。シンガポールに長期滞在を希望している方や移住を真剣に検討している人たちが、シンガポールでの永住権の取得を考えているのもうなずけるだろう。

シンガポールの不動産価格は高い水準でキープされている。しかし現地の人たちは政府機関が運営するHDB に住むことができるので持ち家率は高い。コンドミニアムは外国人やシンガポールの富裕層の投資対象となっているが、近年はシンガポール政府の政策で購入のハードルが上がっている。

部屋を借りるときは、シングルの場合はシェアハウスという選択が多い。ファミリーの場合はコンドミニアムだけではなく、HDBを借りるという選択肢も視野に入れておくと、比較的リーズナブルに住むことができる。

物価が高いといわれるシンガポールだが、現地の情報をアップデートしていけば、かしこく住むことも可能だ。

●関連情報
IRAS |追加の購入者印紙税(ABSD)

高齢者や外国人が賃貸を借りにくい京都市。不動産会社・長栄の「入居を拒まない」取り組みとは

国内外から多くの観光客を呼び込む京都のまちに、市内の賃貸管理物件数で多くのシェアを誇る株式会社長栄(以下、長栄)という不動産管理会社があります。長栄は長年にわたり、高齢者や外国人など、賃貸物件への入居が難しい人たちへのサポートを実施してきました。賃貸物件の入居や日々の生活に困難を感じる人を支援するためには、どのような体制や仕組みが必要なのでしょうか。長栄の奥野雅裕さんに話を聞きました。

観光地として国内外から注目を浴びる京都市ならではの住まい事情

奥野さんによれば、さまざまな理由で入居に困難を感じる人がいるなかで、特に京都のまちがもつ特徴から支援が必要だと感じられるのは、高齢者・子育て世帯・外国人の人たちだと言います。

「背景の一つとして、京都市の物件価格の高さが挙げられます。もともと盆地で人が住みやすい条件を満たす土地が限られる中、古くからの建造物や歴史的価値の高い建物も多く、新しい住宅を建てられる場所が、ごくわずかしかありません。提供できる住宅の数が少なければ価格が上がり、それに紐づいて市場が高騰するという悪循環が生じてきました」(奥野さん、以下同)

京都府内の賃料は高止まり状態が続いていて、住宅弱者の住まい探しをより困難にしている(画像提供/長栄)

京都府内の賃料は高止まり状態が続いていて、住宅弱者の住まい探しをより困難にしている(画像提供/長栄)

数が限られた住宅、特に賃貸物件においては、高齢による孤独死などのリスクを不安に思う大家さんが、高齢者の入居を断ることが多々ありました。

また、京都というまちのブランド力により、不動産投資の対象として外国人投資家などからの注目度が高いことも住宅価格を押し上げる要因です。それゆえ、一般の子育て世帯が住宅を購入しづらい点が指摘されています。

そして、京都には大学が多く存在し、留学生の積極的な受け入れに舵を切ったことから、海外からの学生が急激に増えました。ただでさえ賃貸物件数が限られる中、外国人が身寄りのない日本で住居を確保するのは、なかなか難しい状況になっているのです。

「コロナ禍で情勢が変わったのは間違いありませんが、京都市内の住まいの需要は減っていません。売買価格や賃料は高止まりしている状況です」

長栄が主催する外国人留学生に向けた、日本の慣習やルールの説明会。慣れない国での暮らしをスムーズに送るためのサポートを行なっている(画像提供/長栄)

長栄が主催する外国人留学生に向けた、日本の慣習やルールの説明会。慣れない国での暮らしをスムーズに送るためのサポートを行なっている(画像提供/長栄)

市内の不動産会社との連携で住宅弱者の問題に取り組む

このような背景をもとに、「京都の不動産会社には、協力して住宅確保の問題に取り組んで行こうとする会社が多い」と奥野さんは言います。

今回お話を伺った、奥野雅裕さん。賃貸管理部門で12年間経験を積んだ後、顧客サービス部門で日本人、外国人を問わない、入居者に喜ばれるサービスを構築。長期入居者の増加や入居者のニーズに沿ったスキーム、物件の改善に取り組んでいる(画像提供/長栄)

今回お話を伺った、奥野雅裕さん。賃貸管理部門で12年間経験を積んだ後、顧客サービス部門で日本人、外国人を問わない、入居者に喜ばれるサービスを構築。長期入居者の増加や入居者のニーズに沿ったスキーム、物件の改善に取り組んでいる(画像提供/長栄)

京都市は2012年に「すこやか住宅ネット」の愛称で居住支援協議会を立ち上げました。これは、住宅セーフティネット法(住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律)に基づき、住宅確保に配慮が必要な人が円満に民間の賃貸住宅へ入居できる環境を整えるため、行政と民間企業が一体となって取り組んでいく組織です。

京都市は、不動産会社や家主に対して高齢であったり障がいがあったりすることだけを理由に入居を拒否しないよう指導するなど、入居に困難を抱える人を受け入れていくよう説明する機会を積極的に設けています。

「協議会メンバーである不動産会社が中心となって、セキュリティー会社と連携したり、IoT機器を使ったりして、家主が安心して高齢者を受け入れられる環境を作り、高齢者の入居を受け入れてもらうことにも取り組んでいます。当社は協議会立ち上げ当初から関わり、ほかの不動産会社への情報共有や勉強会・セミナーなども行ってきました」

京都市の居住支援協議会、「すこやか住宅ネット」では行政と不動産会社が共に、高齢者や障がい者といった住宅弱者の住まい探しや、暮らしに寄り添う取り組みを行なっている(画像提供/京都市住宅支援協議会)

京都市の居住支援協議会、「すこやか住宅ネット」では行政と不動産会社が共に、高齢者や障がい者といった住宅弱者の住まい探しや、暮らしに寄り添う取り組みを行なっている(画像提供/京都市住宅支援協議会)

「入居を断らない」ことが、大家さんの収益最大化につながる

住宅確保に配慮が必要な人への支援を継続していくには、一時的なものではなく、事業として成り立たなくてはなりません。

「私たちが目指しているのは、家主さんの収益の最大化との両立です。当然のことながら、高齢者、外国人、低所得者だからと言って入居をお断りしていては、家主さんの収益の機会損失になります。入居のハードルが下がれば、入居者さんが増え、家主さんの収益にもつながるというのが、私たちの考えです」

基本的に「入居を希望する人を断らない」のが、長栄のスタンスだそう。だからと言って、やみくもに入居を推し進める訳でありません。

「家賃保証とそのための審査は、不動産の管理・運営をしていく上での肝となる業務です。当社の管理物件に入居される際はほとんどの場合、グループ内の保証会社が対応しています」

必要があれば、入居者と契約前に個別に面談を行って自分たちで審査することも。高齢者の孤独死をはじめ、大家さんにとってリスクの高い人には、「特約」を設けるなど個別対応し、リスクヘッジを図りながら入居を促進するのが長栄のやり方です。

また、高齢者には、セキュリティー会社と連携した見守りサービスの提供、外国人には、各種手続きのサポートやトラブルを避けるための説明会を開催するなどしています。万が一、家賃の滞納が続く場合は、入居者の母国語を話せる外国人スタッフが、事前に取得している母国の連絡先に連絡して対応するなどの解決策を講じています。

高齢者の見守りサービス「ベルヴィシルバーあんしんサポート」。70歳以上の人が単身で入居する際に加入することで、スムーズに入居ができる(画像提供/長栄)

高齢者の見守りサービス「ベルヴィシルバーあんしんサポート」。70歳以上の人が単身で入居する際に加入することで、スムーズに入居ができる(画像提供/長栄)

「入居者ファースト」のサービス会社であることが会社の“幹”

「今後の課題は、住宅確保に配慮が必要な方たちが安心して、長く住んでいただける状況をつくっていくことです」

入居者に長く住んでもらえば収益も安定するので、長栄は入居率を重視しています。現在管理している物件の入居率は、実に96.31%(2022年11月30日時点)と業界平均を大きく上回る状態です。しかし奥野さんは、目先の利益を上げるために、手数料収入さえもらえれば良いと考えている、“不動産屋さん”的な考え方の不動産管理会社が、まだまだ多いと感じているそうです。

「私たちの収益の源泉は入居者さんがお支払いいただく家賃です。入居者さんのために何ができるか、私たちの仕事はサービス業であるという考えが事業の『幹』にあります」

この考えは、長栄の全社員が入社した頃から叩き込まれているといいます。マニュアル通りにはいかないこともたくさんあり、それらにどう対応していくかは日々トレーニングだとも。

「入居者お一人おひとりが本当に困っていることが何なのかを丁寧にうかがって、私たちが解決のためにできることを、しっかりと構築していきたいと考えています」

京都は観光地としての知名度や学校が多いことから外国人も多く、土地や住宅の高騰で、高齢者やひとり親世帯の住宅弱者が多い土地柄。今後も居住支援を長く継続していくには、家主をはじめ周囲の理解と同時に不安を取り除くことが必要です。

そのためには、リスクヘッジをしっかりと行い、万が一のトラブルが起こっても対応できる、仕組みや体制を整えることが大事で、その幹となる心構えがあって初めて居住支援の輪が広がっていくのだと感じました。

●取材協力
株式会社長栄

世界基準の“超省エネ住宅”パッシブハウスの高気密・高断熱がすごい! 190平米の平屋で空調はエアコン1台のみ

電気代やガス代の高騰が続き、節電が呼びかけられている昨今、住まいの省エネ性、断熱性へ関心が高まりつつあります。そんななか、世界基準の省エネ住宅「パッシブハウス」を見学できる「パッシブハウスオープンデー」が3年ぶりに開催されることになりました。これはパッシブハウスジャパンが受け付け、11月11日~13日の3日間にわたり、全国24カ所の完成済みや建設中のパッシブハウスを見学できる会のこと。今、注目を集める“超省エネ住宅”の特徴を取材しました。

世界基準の超高気密・高断熱住宅、パッシブハウス

冷房や暖房で使うエネルギーを最小限にし、太陽や風など、自然のもっている力を建物に取り入れた建築設計手法のことを「パッシブデザイン」といいます。そのパッシブデザインを追究したのが、ドイツのパッシブハウス研究所が定めた性能基準を満たした「認定パッシブハウス」です。いわば世界水準の省エネ住宅となり、認定には地域の気象条件を考慮した冷暖房需要、家電も含めた一次エネルギー消費量、気密性能などの基準が決められており、設計段階から断熱材や窓の性能、日射量、通風量を専用ソフトで計算、厳しい基準をクリアしないといけません。

たとえば、伊勢原パッシブハウスの場合は、気象条件が東京のため、以下の数値を満たす必要があります。また、気象条件により異なるのは年間冷房需要のみで基準値に加算されます。加算される数値は、寒い地域は小さく、暖かい地域は大きくなる傾向にあります。

<認定パッシブハウスの条件/東京の場合>
年間暖房需要 15kWh/(m2・a)以下、もしくはピーク負荷が10W/m2以下
年間冷房需要 21kWh/(m2・a)以下、もしくはピーク負荷が10W/m2以下
気密性能 50Pa時の漏気回数 0.6回以下(目安として、C値=0.2程度)
一次エネルギー消費量(家電含む) 60kWh/(m2・a)以下

※地域加算前の基準値は以下の通り

・年間暖冷房負荷:
年間冷房需要15kWh/(m2・a)以下 もしくは ピーク冷暖房負荷10W/m2以下
※冷房は、地域で若干数値が異なります。
・気密性(漏気回数):
漏気回数が0.6回/h(50Pa時)
・一次エネルギー消費量(PER):
60 kWh/(m2・a)以下 ※クラシックの場合

(ドイツのパッシブハウス研究所によるパッシブハウス基準より)

パッシブハウス認定の証。2021年築の新しいパッシブハウスです(写真撮影/大西尚明)

パッシブハウス認定の証。2021年築の新しいパッシブハウスです(写真撮影/大西尚明)

2009年、日本で初めてパッシブハウスとして認定された建物が誕生し、以降、専用ソフトの扱いや建築手法が広まったことで、徐々に数を増やし、今では日本各地に広がっています。パッシブハウスのメリットは、自然の力を最大限に利用しつつ、夏は涼しく、冬は暖かく、快適であること。省エネ性にすぐれ、電気代などの光熱費を抑制でき、家計にも地球環境にも優しい住まいなのです。

ただ、パッシブハウスのメリットといわれても、その良さ・すごさはなかなか伝わりません。そこで、実際に建てられたパッシブハウスを訪問、住み心地について施主に質問したり、住まいの良さを体感できる日が設けられているのです。それが、パッシブハウスオープンデーです。

2022年のパッシブハウスオープンデーで見学できた持田さんのお住まい(写真撮影/大西尚明)

2022年のパッシブハウスオープンデーで見学できた持田さんのお住まい(写真撮影/大西尚明)

大きな吹き抜けは「寒い」「暑い」と思われがちですが……(写真撮影/大西尚明)

大きな吹き抜けは「寒い」「暑い」と思われがちですが……(写真撮影/大西尚明)

取材日は11月なのに無暖房で外気温は21度ですが、室内は26度。やや汗ばむ程度の暖かさ(写真撮影/大西尚明)

取材日は11月なのに無暖房で外気温は21度ですが、室内は26度。やや汗ばむ程度の暖かさ(写真撮影/大西尚明)

もちろん、このイベントは建てたオーナーとそのご家族の理解、協力あってのこと。しかも、この数年はコロナ禍ということもあり、オープンデーそのものが開催できませんでした。今年は行動制限のないなか、久方ぶりに開催される運びとなったのです。筆者も見学希望のみなさんと一緒にお邪魔してきました。

190平米の平屋で6人家族ながら、空調はなんとエアコン1台のみ!

今回、見学したのは、神奈川県伊勢原市にある、平屋のパッシブハウス。施主は武蔵野美術大学建築学科の教授でもあり、一級建築士の持田正憲さんです。お住まいになっているのは、ご夫妻とお子さん3人、そして持田さんのお母さまの計6人。190平米の平屋建てですが、14畳分のエアコン1台と熱交換型換気システムで、住まい全体の空調をまかなっています。

持田さん宅のリビング。平屋ですが吹き抜けになっているので、一見、電気代がかかりそうですが、オール電化で月平均2万円とのこと(写真撮影/大西尚明)

持田さん宅のリビング。平屋ですが吹き抜けになっているので、一見、電気代がかかりそうですが、オール電化で月平均2万円とのこと(写真撮影/大西尚明)

以前の持田さんは60平米の賃貸住宅で5人暮らしのときに、2万円程度の光熱費でしたが、今も同程度で住んでいるといいます。平屋の吹き抜け、しかも窓も大きく、天井高もあり、広さが3倍になっても光熱費が変わらないことにさらに驚きます。

「もともとこの場所は私の実家であり、築100年弱の古民家が建っていました。冬は寒くて寒くて、手袋をしながら仕事をしていましたよ」と笑いますが、建て替えた今では11月でも半袖で過ごせるほど暖かです。

オープンデーが行われた11月11日には午後に数組、12日の午前と午後にそれぞれ予約が入っていましたが、どんな人が予約し、見学しにいらっしゃるのでしょうか。

「パッシブハウスとはなんぞや、という人は少なくて、ある程度、住まいに知識・関心がある人が多いですね。あとは工務店さん、建築士などの建築関係者です。近くにパッシブハウスができたらしい、見に行ってみよう、という感じでしょうか」と持田さん。伺う限り、建築・建設関係者や情報感度が高く、住まいへの関心の高い方の申し込みが多いようです。

設備設計を専門とする持田さん。パッシブハウスを知ったのは、「山形エコハウス」のプロジェクトに携わったのがきっかけだったそう(写真撮影/大西尚明)

設備設計を専門とする持田さん。パッシブハウスを知ったのは、「山形エコハウス」のプロジェクトに携わったのがきっかけだったそう(写真撮影/大西尚明)

実際、筆者が一緒に見学をさせていただいた方は、住まいはすでにお持ちですが、建築番組が好きで毎週欠かさず見ているとのこと。パッシブハウスに興味関心があって、すでに基礎的な知識はあるといい、参加者の熱心さにもまた驚きます。

建物の向き、ひさしや窓の役割についてわかりやすくレクチャー

見学会は、あいさつからはじまり、まずはということで、お庭へと案内されました。そこで建物の向きやひさしの役割、窓の役割、特性の説明からはじめてくださいました。

ひさしで夏の日差しを遮りつつ、その他の時期は熱を取り入れて、室内を暖める設計。窓の位置とその役割、タープの使い方などの説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

ひさしで夏の日差しを遮りつつ、その他の時期は熱を取り入れて、室内を暖める設計。窓の位置とその役割、タープの使い方などの説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

土地はもともと、築100年ほどの民家があったためか、南向き。日差しがたっぷりと降り注ぐ良好な場所ですが、夏は遮熱をしないと日差しで室温が上がってしまいます。そのため、ひさしを深くして遮熱し、さらに窓にオーニング(日よけ・雨よけ)を設置しています。また、西日は極力入らないよう、通風、採光用の縦型窓を採用。こうした数々の工夫により夏、窓から熱が入ってくるのを防ぎ、弱冷房運転をかけているだけで、ほどよく涼しく過ごせるのだそう。

「春と秋、冬は上部の窓から日差しを取り入れて、室内の空気を暖め、それを逃さないようにします。長男は暑がりなので、冬でも暑い暑いというくらいです」(持田さん)

リビングの大きな窓は断熱性を考慮して木製サッシのLow-E複層ガラス(写真撮影/大西尚明)

リビングの大きな窓は断熱性を考慮して木製サッシのLow-E複層ガラス(写真撮影/大西尚明)

上部にオーニング(着脱できる日よけシェード)が張ってあり、太陽の熱が室内に入ってきにくくなっています(写真撮影/大西尚明)

上部にオーニング(着脱できる日よけシェード)が張ってあり、太陽の熱が室内に入ってきにくくなっています(写真撮影/大西尚明)

こちらの窓にもオーニングが張ってあり、日差しの熱が部屋に極力入り込まないようにしています(写真撮影/大西尚明)

こちらの窓にもオーニングが張ってあり、日差しの熱が部屋に極力入り込まないようにしています(写真撮影/大西尚明)

一級建築士でもあり、設備設計のプロでもある持田さん。お話もとっても上手で聞き入ってしまいます(写真撮影/大西尚明)

一級建築士でもあり、設備設計のプロでもある持田さん。お話もとっても上手で聞き入ってしまいます(写真撮影/大西尚明)

窓は3枚ガラスの樹脂製、熱交換器はわずか10%の熱ロス!

次に室内に戻って、窓や躯体の断熱性能について説明が続きます。
「大きなウッドデッキにつながる窓は木製で、ほかはすべて樹脂窓のトリプルガラスです。幹線道路沿いですが、窓を閉めてしまえばびっくりするほど静か。もちろん結露は見たことがありません。断熱材は壁に300mm、屋根に400mm入れているので、一般のお住まいの2~3倍といったところでしょうか。UA値(外皮平均熱貫流率)は0.26で、HEAT20でいうとG3のグレードにあたります」(持田さん)

樹脂製のトリプルガラス(YKK APのAPW430)は、防火仕様のものも増え、より選びやすくなっています(写真撮影/大西尚明)

樹脂製のトリプルガラス(YKK APのAPW430)は、防火仕様のものも増え、より選びやすくなっています(写真撮影/大西尚明)

HEAT20とは、一般社団法人20年先を見据えた日本の高断熱研究会の略称で、日本の住まいの断熱性能を高める有識者会議のこと。このHEAT20では、住まいのグレードをG1、G2、G3とわけていますが、G1でも省エネ等級5以上の性能としています。もっともグレードの高いG3は、最高等級である断熱等級7に相当し、今、日本の住まいのなかではトップグレードということができます。

上部の窓には、正六角形を並べたハニカム構造のハニカムスクリーンを採用。採光しつつ夏の日差しの熱は通さない設計です。キャットウォークをのぼってスクリーンを上げ下げするのは、子どもの役割だそう(写真撮影/大西尚明)

上部の窓には、正六角形を並べたハニカム構造のハニカムスクリーンを採用。採光しつつ夏の日差しの熱は通さない設計です。キャットウォークをのぼってスクリーンを上げ下げするのは、子どもの役割だそう(写真撮影/大西尚明)

窓に続いて、ロフトをのぼって、熱交換換気システムを拝見します。

階段をのぼってロフトへ。子どもたちの格好の遊び場に見えますが、単なるロフトではありません(写真撮影/大西尚明)

階段をのぼってロフトへ。子どもたちの格好の遊び場に見えますが、単なるロフトではありません(写真撮影/大西尚明)

「この家の熱交換換気システムは、日本スティーベル社のものを採用しています。熱交換器とは、熱を失わずに空気を入れ替える換気システムのことです。この熱交換器は効率が90%なので、10%しか熱をロスしません。そのため空気を冷やすにしても、暖めるにしても、少量のエネルギーですむんです。また、メンテナンスが大切になるので、階段で行き来しやすようにしています」(持田さん)

熱交換換気システムについて説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

熱交換換気システムについて説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

熱交換器からでたダクトの様子。これ1台で室内を換気し、空気を循環させています(写真撮影/大西尚明)

熱交換器からでたダクトの様子。これ1台で室内を換気し、空気を循環させています(写真撮影/大西尚明)

住まいのあちこちにある吹き出し口。この床の吹き出し口は暖気がでて、じんわりと床から暖めてくれます(写真撮影/大西尚明)

住まいのあちこちにある吹き出し口。この床の吹き出し口は暖気がでて、じんわりと床から暖めてくれます(写真撮影/大西尚明)

同じく吹き出し口。壁のエアコンが各部屋にないと室内がスタイリッシュになります(写真撮影/大西尚明)

同じく吹き出し口。壁のエアコンが各部屋にないと室内がスタイリッシュになります(写真撮影/大西尚明)

続いては、洗面と室内物干しスペースに行き、半分床下に設置されたエアコン(唯一ある暖房器具!)について説明してもらいました。
「去年の冬、外気温はマイナス5度になった日もあったのですが、暖房をつけたのは5回程度。太陽の熱だけで十分暖かく、快適に過ごせました」と持田さん。夫人は当初、ここまでハイスペックな住まいにしなくてもと思っていたそうですが、今ではあまりの暖かさに慣れ、積極的に案内をしてくれるように。

洗面所の上部に室内物干しを2台設置。3人お子さんがいると、室内物干しは必須ですよね。室内も暖かいので、すぐに乾くそう(写真撮影/大西尚明)

洗面所の上部に室内物干しを2台設置。3人お子さんがいると、室内物干しは必須ですよね。室内も暖かいので、すぐに乾くそう(写真撮影/大西尚明)

ダイニングの脇に設けられた畳スペース。かつてこの場所にあったご実家は祭事の際には地域の人をもてなす役割を果たしてきたため、新居でも休憩所として使えるようにしつらえました(写真撮影/大西尚明)

ダイニングの脇に設けられた畳スペース。かつてこの場所にあったご実家は祭事の際には地域の人をもてなす役割を果たしてきたため、新居でも休憩所として使えるようにしつらえました(写真撮影/大西尚明)

ざっと室内見学を終えて、最後に質疑応答をし、1時間程度で見学会は終了となります。

気になる建築費については、高断熱高気密住宅を作っている工務店に依頼し、その工務店の平均坪単価よりも10%程度アップで収めたとのこと。10%で収まるのもまた驚きですが、これから上がり続けるであろう電気代を考えると、収支としては十分、合うのはないのではないでしょうか。

「それでもね、(実家の相続で)土地代がかかっていないから、と自分にいい聞かせて、思い切りました」と持田さん。こうしたぶっちゃけトークがでたところで、緊張していた場がほぐれて笑顔が出るように。見学されたご夫妻は、最後に「できるものならこんな家を建てたいですよね」と感想をこぼしていらっしゃいました。わかります、その気持ち。

最後に持田さんは、「ほんとはね」といいます。
「日本の11月は、(パッシブハウスでなくても)多くの家で快適に過ごせるんです。パッシブハウスが真価を発揮するのは、真冬。外はマイナスなのに室内は20度というのを体感したら、印象がまた異なるはずです。パッシブハウス・ジャパン独自で、真冬の見学会を企画してますので、気になる人は予約して足を運んでみてほしい」と続けてくれました。

家の光熱費が気になる人はもちろん、気候変動が気になる人、これからの住まいの温熱環境について考えている人は多いはず。なんとなくでも興味のある人は、一度、見学してみて損はないと思います。きっと実りの多い時間となることでしょう。

●取材協力
パッシブハウス・ジャパン

近所の農家と消費者が育むつながりが地域の心強さに。「縁の畑」が始めた”友産友消”とは?

朝10時半。北海道長沼町のスーパー「フレッシュイン グローブ」(以下、グローブ)の店先には新鮮な農作物が並んでいた。みずみずしい白菜、土のついた大根、真っ赤なりんご。開店と同時に、お客さんが続々と入ってくる。「縁の畑(えんのはた)」というグループの売り場だ。縁の畑は近隣の生産者と消費者が一緒になってつくる共同販売グループのこと。
農業が盛んな地域でも、その地で採れた野菜がそのままスーパーに並ぶとは限らない。多くが市場を通して売買されるためだ。
そこで、生産者と消費者、売り手が小さな流通のしくみを自分たちでつくり「近隣の野菜を地元で食べる」を実現する試みが始まっている。
エネルギーや食の供給が不安定になっている今の情勢下で、縁の畑の取り組みは、生産者と消費者が身近なところでつながり合う意味を教えてくれる。

地産地消の難しさ

この日、白菜を並べていた「ファーム鈴田」の鈴田圭子さんも、縁の畑のメンバーの一人。
「白菜って新鮮なほどおいしくて、採りたてはほんとに味が違うんです。それを食べる人たちにも知ってほしいなと思って」

「ファーム鈴田」の鈴田圭子さん(写真/久保ヒデキ)

「ファーム鈴田」の鈴田圭子さん(写真/久保ヒデキ)

「縁の畑」は長沼町の生産者農家23軒と消費者やこの取り組みを応援する14人による共同販売のチーム。個性ある農家が、地元の人たちに自分たちの野菜を食べてほしいと始めた活動だ。食べ手である消費者も、近隣の野菜を身近な場所で買えるのは心強いと、準組合員になって支援している。

国道沿いには道の駅があり、札幌など都市部から訪れる人たちで週末にぎわうが、長沼の中心部からは少し離れているため、地元の人たちからは少し遠い存在。

同じくきびきびと働いていた白滝文恵さんは、立ち上げメンバーの一人で、いま中心になって事務局をまわしている。

「地元で地元の野菜を買える場所は、長沼でも少なかったんです。例えば地元の農家さんと知り合って、いただいた野菜がすごくおいしくても、近くに買える場所がなくて。キュウリ2~3本を買うために直接農家を訪ねるのはハードルが高いですよね。ここで買えるようになって、すごく喜んでもらえました」

右から事務局の白滝さん、「ファーム鈴田」の鈴田さん、同じく事務局の保井侑希さん(写真/久保ヒデキ)

右から事務局の白滝さん、「ファーム鈴田」の鈴田さん、同じく事務局の保井侑希さん(写真/久保ヒデキ)

「地産地消」という言葉が生まれたのは1980年代(*)。地産地消が実現できれば、消費者は新鮮でおいしい野菜を入手でき、生産者にとっても身近な人たちに届ける喜びになり、少量の産品や規格外品も販売しやすくなるなどの利点もある。

(写真/久保ヒデキ)

(写真/久保ヒデキ)

ただ、直売所の普及や学校給食での地元野菜の使用が進むのに対して、小ロットを狭い地域のなかで流通するシステムは十分に整っているとはいえない。地元の小売店や飲食店がその地の野菜を安定的に仕入れたい場合、市場で買うか農家と個別に契約するほかない。

そこで農家と消費者、地元のスーパーの三者が協力して地元の人たちに届けようとするのが、「縁の畑」である。

縁の畑の組織図(提供:縁の畑)

縁の畑の組織図(提供:縁の畑)

小さな農協のイメージ

参加する農家はさまざまだが、みんなこだわりをもつ個性的な農家ばかり。JA出荷だけでなく直販もしていたり、農家の名前を表に出して売ることを大事にしている。

縁の畑の設立には、多くのメンバーがお世話になった、ある農家の離農がきっかけになっている。長年直販で農業を続けてきた農家だったが、ネット販売が主流になり、年配者には売り先を開拓するのが難しくなったことが理由にあった。何とか離農を防げないかと若手農家10軒ほどが集まって相談した。結局その農園はリタイヤすることになったのだけれど、新しい売り方をみんなで考えたことが会の設立につながった。

会長は、平飼い有精卵の養鶏農家「ファーム モチツモタレツ」の高井一輝さんが就任。ただし農家と消費者による共同運営、共同出資なので何でもみんなで決める。「縁の畑」という名前も、理念も規約も、スラックなどを使って、みんなで意見を出し合って決めてきた。

事務局の白滝さんは、以前北海道の有機農業組合の職員だった。そのため「縁の畑」の組織を考えるとき、小さな農協をつくればいいと発想したのだそうだ。

「会費を募って組合員によって構成されるイメージです。生産者は正組合員として一口1万円、消費者は準組合員として一口5千円。そのほか年会費が5千円です。ただし縁の畑はオーガニックにとらわれない、いろんな生産者の集まり。農薬を使っていても低農薬だったり、必要最低限、おいしいものをつくろうとされている農家さんがたくさんいますから」

白滝さんは長沼でお弁当屋を開いていたこともあり、地元には魅力的な農家がたくさんいることを知っていたという(写真/久保ヒデキ)

白滝さんは長沼でお弁当屋を開いていたこともあり、地元には魅力的な農家がたくさんいることを知っていたという(写真/久保ヒデキ)

「地元の農家さんを地域の人たちにも知ってほしいとずっと思ってきました。地産地消というより、私は『友産友消』と言っているんですが、友達がつくったおいしい野菜を、また友達に食べてもらうような感覚で野菜を流通できないかと考えたんです」

白滝さんはいつも穏やかに話す物静かな人だが、実は驚くほどの行動力の持ち主だ。5月には組織を発足。6月末からはスーパーでの販売も始まった。

地元スーパーの応援あってこそ

「縁の畑」の最大の特徴は、地元のスーパーに専用の売り場をもっていることだ。すでに地元に定着している商店に売り場をもってスタートできたのは大きいと白滝さんは話す。

「フレッシュイン グローブ」は、長年まちの人に愛されてきた中森商店が、数年前にリニューアルしてできたスーパー。今も店内には「秋の大収穫祭」「おいしいものは心に残るが安いだけでは残らず」など勢いのある手書きのポップが何本も下がる庶民派の店だ。魚売り場には尾頭付きの活きのいい魚が並び「市場」のような雰囲気がある。

長沼町の中心街にあるフレッシュイン グローブ。この日は月に一度の縁の畑のマルシェが店頭で行われている(写真/久保ヒデキ)

長沼町の中心街にあるフレッシュイン グローブ。この日は月に一度の縁の畑のマルシェが店頭で行われている(写真/久保ヒデキ)

フレッシュイン グローブの店内。青果売り場の様子(写真/久保ヒデキ)

フレッシュイン グローブの店内。青果売り場の様子(写真/久保ヒデキ)

その入口付近に、「縁の畑」専用の売り場がある。青果部の小野直樹さんは開始当初から縁の畑を応援してきた。

「うちの店は、もともと安さより『ほかに置いていないもの』『個性あるもの』を置くのが店の方針なんです。市場で仕入れるとどうしても収穫から日が経ってしまうけど、縁の畑さんは、採れたてのいい野菜をまとめて持ってきてくれるから大歓迎です」

フレッシュイングローブの入口すぐ脇に設置された「縁の畑」の売り場(写真/久保ヒデキ)

フレッシュイングローブの入口すぐ脇に設置された「縁の畑」の売り場(写真/久保ヒデキ)

一般的にスーパーでは仕入れが安定せず、売り場に空きができるのを嫌う。でも小野さんは「空きができてもいいから、どんどん置いて」と言う。

「野菜は生ものなので、あるときはある、ないときはない。それでいい。そのほうが新鮮さが感じられるでしょう?売り場は活きがいいほうがいいんです」(小野さん)

フレッシュイン グローグ、青果部の小野直樹さん(写真/久保ヒデキ)

フレッシュイン グローグ、青果部の小野直樹さん(写真/久保ヒデキ)

さらに縁の畑に売り場を貸すだけでなく、微に入り細に入り、売り方のアドバイスをしてくれるという。

「例えば、ビーツを置いたときは、小野さんからすぐに電話がかかってきて。真っ赤な茎の見たことのない野菜があるけど、これ何だかお客さんわかんないよねって。ポップつけようとか、ひな壇にしたほうがいいよ、など並べ方のアドバイスまでしてくれて。スタッフさんがみんな、細かく目を配ってくださるんです」(白滝さん)

なぜそこまで?と小野さんに聞いてみた。

「うちの狙いは、新しいお客さんを呼ぶこむことでもあるんです。実際、縁の畑さんの野菜を置くようになって若いお客さんが増えました。

それに地元の野菜といっても、実際に響くのは従来のお客さんの10人中2~3人というのが肌感です。でも関心のなかった人たちが『地元の野菜が増えたね』『見たことのない野菜がある』と気付くようになって、次第に関心をもつようになる。長沼産の野菜にブランドがつけば我々にとっても嬉しいことです」

(写真/久保ヒデキ)

(写真/久保ヒデキ)

食べる人の声

スーパーでの販売だけでなく、家庭向けの宅配「野菜のおまかせセット」も販売している。消費者として、準組合員になっている人はいま14名。なかには宅配の「野菜おまかせセット」を頼んでくれている人もいる。谷渕友美さんは縁の畑の立ち上げ時から、準組合員であり消費者として会の活動を支えてきた一人。

準組合員の谷渕友美さん(写真/久保ヒデキ)

準組合員の谷渕友美さん(写真/久保ヒデキ)

「縁の畑の農家さんにはママ友など知り合いも多いし、応援したい気持ちがあります。それにおまかせセットで野菜が届くのは楽しみでもあるんです。自分で買い物するとニンジン、玉ねぎ、じゃがいも……とオーソドックスな野菜ばかり買ってしまいますが、ボックスには旬の野菜が入っていたり、見たことのない野菜も入っていたりして料理のレパートリーが広がります」

谷渕さんは、一方で子どもたちに食育の取り組みを進める活動にも携わっている。「子どもの五感は一生の宝」という言葉が印象的だった。

「食に意識の高い人ばかりではないので、食の自給率とか『買い物に哲学を』みたいな話は誰にでも伝わる価値ではないです。安ければ安いほどいいって人は当然いますから。でもだから、グローブのような手に取りやすい場所で、近隣の野菜を販売されてる価値ってあると思うんです。ちょっと高くても野菜が新鮮で、それは買う人にも見た目で自然と伝わるものだから。見て食べて感じることができる。やっぱり野菜の味、全然違いますから」(谷渕さん)

食べる人と、つくる人が一つのチームになって、その輪の中で食べ物が供給される。入口はおいしさの共有かもしれないが、何かあったときの地域のレジリエンスにもなる話だろう。規模でいえば小さな輪でも、この輪があるのとないのとでは安心感が違う。

一方、ビジネス的な視点からいえば、地元で野菜を売っているだけでは厳しいため外にも打って出ている。隣町の道の駅への出荷もしているし、北海道で始まった「やさいバス」にも縁の畑として野菜を入れている。
地元の飲食店や小売店向けのライングループをつくり、その日出荷できる野菜の情報を送り、注文できるしくみになっている。

Instagramで見て都市部から買いにきたという人も(写真/久保ヒデキ)

Instagramで見て都市部から買いにきたという人も(写真/久保ヒデキ)

農家にとっての窓

北海道の夏は短い。できることはできるうちにと、6月の発足時からとにかく走り続けてきた。これから勉強会や生産者同士の技術交流会も検討している。

「夏にやれるだけのことをやって、冬に農家さんたちに時間ができたらじっくり反省会をしたいと思っています」(白滝さん)

3月に初めてみんなで集まったとき、農家の間からやってみたい事柄がたくさん挙がったのだという。野菜の販売だけでなく「食育の活動」「マルシェの開催」「勉強会や技術交換会」「農家体験」など、農家同士の交流や、発信、お客さんに働きかける内容のものも多かった。

佐賀井農園の佐賀井さんは、昨年よりお米の生産面積を増やし販路を開拓したいと考えていたところに縁の畑の話を知って参加。技術交流の取り組みを進めている(写真/久保ヒデキ)

佐賀井農園の佐賀井さんは、昨年よりお米の生産面積を増やし販路を開拓したいと考えていたところに縁の畑の話を知って参加。技術交流の取り組みを進めている(写真/久保ヒデキ)

アスパラガスやキュウリを栽培する坪井ファームの畑には、ハウスが22棟、緩やかな丘に続く傾斜地に立っていた。坪井さんのキュウリはグローブでもすぐ売り切れるほどの人気。夏の繁忙期には一日5000本、多い日には7000本のキュウリを収穫するという。妻の紀子さんは話す。

「夏は大忙しです。朝4時に起きて2時間収穫をした後、子どもたちを送り出して。直販だけではさばけないので、半分はJAを通して出荷しています。縁の畑に出す割合は全体からするとまだそれほど多くはないんですけど」

坪井ファームの坪井紀子さん(写真/久保ヒデキ)

坪井ファームの坪井紀子さん(写真/久保ヒデキ)

それでも、縁の畑の取り組みに参加するのはなぜなのだろう?

「朝ほんの数分ですが、子どもを送りがてらキュウリを届けると、ほかの農家さんたちがどんな品物を出しているんだろうと見られたり、ああこんな野菜もあるんだと小さな刺激を受けて帰ります。農家ってほんとに忙しくて、黙って仕事しているだけだと世界がすごく狭くなっちゃうんですね。農家同士の交流ももっとできたらいいなと思うし、勉強会とか、社会との接点になるって期待しています」

坪井ファームのキュウリはみずみずしくておいしい。地元でも人気(写真/久保ヒデキ)

坪井ファームのキュウリはみずみずしくておいしい。地元でも人気(写真/久保ヒデキ)

縁の畑の理念には、こんな言葉が載っている。

「食を通じて、土地と人とがつながりあい、人も社会も自然も健康でいられる小さな循環をつくること」

自然に向き合い、農業を続けることは生半可にはできない仕事だ。遠くへ運ぶだけでなく、地域で小ロットでも農産物が流通できるマイクロ物流が整えば、より環境負荷が少ない、またロスの少ないしくみができる。
縁の畑は、そのための小さくて大きな一歩かもしれない。

(*)地産地消とは、「農林水産省農蚕園芸局生活改善課が1981年度から進めた地域内食生活向上対策事業」のなかで用いられた「地場生産・地場消費」が略されて「地産地消」になったとされる。(「一般財団法人 地方自治研究機構」HPより)

●取材協力
縁の畑

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022に見るリノベ最前線。実家を2階建てから平屋へダウンサイジングや駅前の再編集など

1年を代表するリノベーション作品を決める「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。記念すべき10周年となった2022年の授賞式が12月6日に開催されました。260のエントリー作品の中から選び抜かれた総合グランプリをはじめ、各受賞作からリノベーションの今を読み解きました。

【注目point1】住み手の思いとつくり手の工夫が古い家を蘇らせる

暮らしにくく老朽化した建物を今のライフスタイルや住人に合わせて快適な場所に生まれ変わらせるのが、リノベーションの最大の使命であり、原点ともいえます。近年見られた「コロナ禍における魅力あるテレワーク空間」「災害復興リノベでさらなる価値ある場所に」などの事例のように、リノベーション・オブ・ザ・イヤーは基本的に時代性を宿す作品が選ばれる傾向が強いアワードです。しかし、今回はそうしたトピック的な内容ではなく、リノベーションのもつ本質的な力によって住宅性能や居住快適性などを高いレベルで向上させ、魅力ある空間をつくり出した事例が10周年の記念すべき作品となりました。

●総合グランプリ
[総二階だった家(平屋)] 株式会社モリタ装芸

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

(写真提供/株式会社モリタ装芸)

外観、内装ともに大きく変えたものの、古い梁や柱を意匠として残すことで愛着のある実家の思い出を留めています(写真提供/株式会社モリタ装芸)

外観、内装ともに大きく変えたものの、古い梁や柱を意匠として残すことで愛着のある実家の思い出を留めています(写真提供/株式会社モリタ装芸)

総合グランプリに輝いた[総二階だった家(平屋)]は、リノベの原点回帰を具現化した作品であり、リノベの力をフルに発揮した点が高く評価されました。

まずインスペクションと耐震診断で改修すべき箇所を明確化させ、建て替えとリノベーションの両面で検討。床面積72坪という総二階(1、2階が同面積の家)を、達磨落としのように半分の36坪の平家に減築。減築に加えさらなる軽量化と耐震改修により耐震等級1相当を確保。断熱性能はZEH基準を上回る値を達成。これらの性能向上により長期優良住宅認定の補助金も得ています。間取りを全面的に変えて、開放感ある空間や暮らしやすい生活動線などを実現させました。

近年、新築戸建てで平家の着工件数が年々増加傾向(ここ10年で約2倍に増加。2021年の統計では約13%が平家/国土交通省)にありますが、この作品のように2階建てを平家に変えるリノベーションは今後の一つの流れになる可能性も伺えます。

古い建物を住み継いでいく場合、性能はどの程度向上できるのか、暮らしやすさは得られるのかなど、住む者の誰もが不安に感じるものです。施主の「空き家となっていた築47年の実家を残せるなら残したい。しかし、大きな古い家は地震時に不安。建て替えではなくリノベを選択する場合の安心材料が欲しい」という気持ちに寄り添って話し合いを重ねることで、つくり手側は一つひとつの不安を明確に解消していったそうです。

古い家を建て替えるのではなく、手を入れて住み継いでいくという価値観を改めて示した好事例となりました。

【注目point2】連鎖する「街の再編集」で人と人、人と街をつなぐ

通り過ぎるだけだった無機質な場所を、人々が集いつながる有機的な場所に変える「街の再編集リノベーション」は、今回も注目されました。過去にリノベーションで生み出した、人が集まる場所との連携を図っている点も大きな特徴で、リノベの連鎖がどんどん広がることで、街を変えていく大きな力を感じさせます。

●無差別級部門最優秀賞
[駅前ロータリーを歩行者の手に取り戻せ - 『ざまにわ』] 株式会社ブルースタジオ

(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

神奈川県座間市、座間駅東口ロータリーを、人々が集う「庭」として劇的に再編集。駅前にあった駐輪場を移動させて、空いた場所を緑に囲まれた芝生広場に(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

神奈川県座間市、座間駅東口ロータリーを、人々が集う「庭」として劇的に再編集。駅前にあった駐輪場を移動させて、空いた場所を緑に囲まれた芝生広場に(画像提供/株式会社ブルースタジオ)

[駅前ロータリーを歩行者の手に取り戻せ - 『ざまにわ』]は、駅に隣接し街の人々に開かれた「ホシノタニ団地(神奈川県座間市)」(リノベーション・オブ・ザ・イヤー2015総合グランプリ作品)のコンセプト「子どもたちの駅前ひろば」を踏襲したプロジェクトで、駅前に芝生が広がる心地よい場所を生み出しています。駅前とホシノタニ団地が歩行者のための場所としてつながったことで、さらなる街の活性化の要因ともなっているようです。リノベーションで街の再編集が続いていくことを期待させる点も高く評価されました。

●まちのクリエイティブ・リノベーション賞
[納屋と団地、小さなまちの職住一体のカタチ] 株式会社フロッグハウス

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

(画像提供/株式会社フロッグハウス)

道路側の壁をガラス張りにしたことで、通りすがりの人が気軽に入れる雰囲気になりました(画像提供/株式会社フロッグハウス)

道路側の壁をガラス張りにしたことで、通りすがりの人が気軽に入れる雰囲気になりました(画像提供/株式会社フロッグハウス)

[納屋と団地、小さなまちの職住一体のカタチ]は、使わなくなった築60年の納屋を人が集えるスペースに変えたリノベ作品。10年前、施主が所有する団地1棟をリノベして職住一体型のクリエイティブ拠点としましたが、そのクリエイターたちの発信場所の第二弾として街に開かれた場所に。花屋、書道教室、菓子販売、写真撮影、演奏会などを行い、兵庫県播磨町の街に活気をもたらしています。

【注目point3】「ご機嫌に暮らしたい」を叶える。建築が人を幸せに

近年、リノベーションは特別なものではなく一般化してきています。中古リノベだけではなく、新築の家を購入してすぐにリノベーションで空間をカスタマイズするといった人もいるほどです。住み手側の熱意やリノベについての知識はどんどん深まり、「こんな暮らしをしたい」「家はこんな空間であってほしい」といった施主の家に対する思いの深さや多様な要望に応じて、リノベ会社はさまざまな工夫を凝らしています。

●1000万円未満部門最優秀賞
[5羽+1人で都心に住まう] 株式会社NENGO

(写真提供/株式会社NENGO)

(写真提供/株式会社NENGO)

鳥が美しく映える壁色。鳥の健康状態や飛行状態の確認にも役立ちます。自由に付け替えられる止まり木やバードアスレチックの配置も綿密に考えられました(写真提供/株式会社NENGO)

鳥が美しく映える壁色。鳥の健康状態や飛行状態の確認にも役立ちます。自由に付け替えられる止まり木やバードアスレチックの配置も綿密に考えられました(写真提供/株式会社NENGO)

[5羽+1人で都心に住まう]は、インコなど5羽の鳥と暮らす「鳥ファースト」が徹底された家。鳥が快適に飛び回れるように間仕切り壁をなくし、化学薬品や金属の建材は一切用いず、脂粉や埃の舞い上がらないカーペットを採用するなど、愛情にあふれる仕様に。ペットの快適さをとことん追求した家=人も幸せでいられる家であることを明確に示した点が評価されました。

●マーケティング・リノベーション賞
[まちなかロッヂ] 有限会社ひまわり

(写真提供/有限会社ひまわり)

(写真提供/有限会社ひまわり)

山小屋風の内装に一新され、気分は山暮らし!(写真提供/有限会社ひまわり)

山小屋風の内装に一新され、気分は山暮らし!(写真提供/有限会社ひまわり)

[まちなかロッヂ]は、築39年の公団住宅、エレベーターなしの5階部分という一室を、アウトドア好きの人が好む室内に変えた再販(※)リノベ作品。エレベーターなしという大きなマイナスポイントを逆手に取り、「勝手に足腰強化!カロリー消費!自然とダイエットでジムいらず!」というプラス要素へとポジティブ変換しています。
※再販/中古住宅を事業者が買い取り、リノベーションなどを施したのち、再販売する形態

●新築リノベーション賞
[7°の非破壊リノベーション] 株式会社ブルースタジオ

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

家具配置が難しい幅狭で奥行きのあるLDK。既存キッチンを撤去し、造作キッチンや小上がりを設けて、自分たちらしくカスタマイズ(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

家具配置が難しい幅狭で奥行きのあるLDK。既存キッチンを撤去し、造作キッチンや小上がりを設けて、自分たちらしくカスタマイズ(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

[7°の非破壊リノベーション]は、リノベーションで新築の建売住宅のLDKを改善した作品。新築をそのまま使うのではなく、「より暮らしやすく、より自分たちらしく」を実現。既存建物に自分たちを合わせるのではなく、自分たちを基準に、一部分だけでも建物をつくり替えている点がポイントです。

●3次元空間活用リノベーション賞
[Summer Camp House 子供達の「自分で」を育てる家] リノベる株式会社

(写真提供/リノベる株式会社)

(写真提供/リノベる株式会社)

遊びながら体を鍛えられるアスレチック、勉強机を造作したロフト下空間など、キッチンから見守れる場所に3人の子どもたちのためのスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

遊びながら体を鍛えられるアスレチック、勉強机を造作したロフト下空間など、キッチンから見守れる場所に3人の子どもたちのためのスペースが(写真提供/リノベる株式会社)

[Summer Camp House 子供達の「自分で」を育てる家]は、「サマーキャンプのような子どもだけで自由に過ごせる空間」という施主の希望を叶えた作品。マンションのLDKの空間を立体的に活用してロフトやアスレチック壁を設け、床面積を広げることで子どもの活動領域を最大限に広げています。

まだある注目リノベーション事例
建物のポテンシャルを最大限活かしきった作品

活かされていなかった既存建物のもつポテンシャルやメリットを、高次元に発揮したリノベ作品にも注目しました。

●1000万円以上部門最優秀賞
[Ring on the Green 風と光が抜ける緑に囲まれた家] 株式会社ルーヴィス

(写真提供/株式会社ルーヴィス)

(写真提供/株式会社ルーヴィス)

中央に設けたオープンキッチンをぐるりと囲む角丸スクエアの照明の造形美が目を引くLDK(写真提供/株式会社ルーヴィス)

中央に設けたオープンキッチンをぐるりと囲む角丸スクエアの照明の造形美が目を引くLDK(写真提供/株式会社ルーヴィス)

[Ring on the Green 風と光が抜ける緑に囲まれた家]は、過去最多のエントリー数で、オブ・ザ・イヤー史上もっとも激戦となった1000万円部門を制した作品。3方向に8つの窓があるというメリットを最大限に活かすため、細かく仕切られていた3LDKを90平米のワンルームに変え、引き戸で2LDKにもできる仕様に。自然光を豊富に入れ、風の道をつくり出しています。開口部のデメリットである断熱性能や遮音性能はインナーサッシで対策し、外からの視線はグリーンとブラインドでゆるやかに遮断。大胆な間取り変更とデザインの完成度にも高い評価が集まりました。
(関連記事:「付加価値リノベ」という戦略。建築家が自邸を入魂リノベ、資産価値アップで売却益も)

名建築を今に合わせて再生した作品

歴史的価値の高い名建築、時代の名残を感じさせる建物を再生させた住宅遺産ともいうべき作品も受賞しています。

●ヘリテージ・リノベーション賞
[津田山の家-浜口ミホの意匠を住み継ぐ]株式会社NENGO

(写真提供/株式会社NENGO)

(写真提供/株式会社NENGO)

モダニズム住宅の直線的な美しさを宿す築57年の家。タイルメーカーの協力のもと、タイルの欠損した箇所も再現(写真提供/株式会社NENGO)

モダニズム住宅の直線的な美しさを宿す築57年の家。タイルメーカーの協力のもと、タイルの欠損した箇所も再現(写真提供/株式会社NENGO)

[津田山の家-浜口ミホの意匠を住み継ぐ]は、ダイニングキッチンの生みの親といわれる建築家・浜口ミホ氏が設計した現存する唯一の建物。遺された意匠を尊重し、耐震、断熱改修などの性能を高めて暮らしやすくしています。

●ヘリテージ・リノベーション賞
[時空を旅する洋館]株式会社河原工房

(写真提供/株式会社河原工房)

(写真提供/株式会社河原工房)

著しく老朽化していた築102年の家が鮮やかに蘇りました。柱、梁、建具、瓦は再利用しつつ、和洋折衷だった内装をヨーロピアンスタイルに(写真提供/株式会社河原工房)

著しく老朽化していた築102年の家が鮮やかに蘇りました。柱、梁、建具、瓦は再利用しつつ、和洋折衷だった内装をヨーロピアンスタイルに(写真提供/株式会社河原工房)

[時空を旅する洋館]は、大正時代にアメリカから東京へ輸入された建物を神戸の郊外へ移築するという壮大なプロジェクト。「歴史ある洋館でセカンドライフを送りたい」という施主の情熱と時空を超えたロマンの詰まったハーフティンバー様式の家です。移築+リノベーションが価値ある建物を継承するための有効な手法であることを示した好事例だと感じました。

●ローカルレガシー・リノベーション賞
[Mid-Century House | 消えゆく沖縄外人住宅の再生] 株式会社アートアンドクラフト

(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

60年代に建築された家にミッドセンチュリーの名作家具が似合います。内装はシンプルに仕上げて工事費のバランスをとっています(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

60年代に建築された家にミッドセンチュリーの名作家具が似合います。内装はシンプルに仕上げて工事費のバランスをとっています(写真提供/株式会社アートアンドクラフト)

[Mid-Century House | 消えゆく沖縄外人住宅の再生]は、1970年代に民間に開放された在日米軍のアメリカンスタイルの住宅を再生した事例。長らく空き家となっていましたが、50年先まで通用する家を目指し、古い設備を一新。沖縄に残る近代建築を文化遺産として継承していく試みが評価されました。

大胆な表現手法で個性的空間を完成させた作品

既存の概念に囚われない自由な発想で行われたリノベーションにも注目です。

●「コト」のデザインリノベーション賞
[コトなるカタチ] 株式会社ブルースタジオ

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

普通のマンションにはない心が浮きたつような楽しいデザインだから、暮らしを心豊かなものに変えてくれます(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

普通のマンションにはない心が浮きたつような楽しいデザインだから、暮らしを心豊かなものに変えてくれます(写真提供/株式会社ブルースタジオ)

[コトなるカタチ]は、間取りを変えず、ディテールを大胆に変更することで、「家の中でいろいろなアクティビティを体験でき、家族で暮らしを楽しめるコト」という施主の希望を叶えたリノベ作品。セミクローズドのキッチンをY型デザインに変えてオープンキッチンに。向かい合う主寝室と子ども部屋のドアを大きなアーチ開口へ変えることで、間の廊下も含めた広々レッスンスペースに。家族が一緒に料理を楽しんだり、ダンスレッスンをしたりと、楽しみの幅を広げています。

●500万円未満部門最優秀賞
[inherit from TAISHO ~古民家×アンティーク~] フクダハウジング株式会社

(写真提供/フクダハウジング株式会社)

(写真提供/フクダハウジング株式会社)

長い年月を感じさせる古材にオレンジとブルーグレーを合わせた内装が新鮮(写真提供/フクダハウジング株式会社)

長い年月を感じさせる古材にオレンジとブルーグレーを合わせた内装が新鮮(写真提供/フクダハウジング株式会社)

[inherit from TAISHO ~古民家×アンティーク~]は、アンティークやミッドセンチュリーが好きな施主のこだわり空間。大正3年(1914年)築という100年超の古民家の土台補強と断熱改修を施し、LDKを大胆な色使いとステンレスキッチンという異素材使いによりリノベーション。伝統的意匠性をそのまま引き継ぐという古民家リノベが一般的な中、古民家×ミッドセンチュリー、古民家×モダンという独特の世界観ある作品となっています。

●テキスタイル・リノベーション賞
[テキスタイルの可能性。]株式会社sumarch

(写真提供/株式会社sumarch)

(写真提供/株式会社sumarch)

布の描く柔らかい表情と白と生成の色合いが、優しい雰囲気を醸成(写真提供/株式会社sumarch)

布の描く柔らかい表情と白と生成の色合いが、優しい雰囲気を醸成(写真提供/株式会社sumarch)

[テキスタイルの可能性。]は、布で空間の雰囲気をガラリと変えるという、ありそうでなかった発想のリノベ作品。天井を薄手の布で覆うことで、布で拡散された柔らかな光が包み込む空間を生み出しています。鉄板を埋め込んだ壁にマグネットで固定する手法なので、取り外しが簡単。部屋の間仕切りや収納も同系色の布を用いているので、部屋をスッキリ見せています。

ほかにも素晴らしい作品が特別賞を受賞。リノベーション協議会のサイトでチェックしてみてください。
●まちの余白リノベーション賞
[間隙から生活と遊びの間/LifeShareSpace~noma~] 株式会社ネクスト名和
●フェミニン・リノベーション賞
[世界を旅するネイリスト~海外の開放感と自然の光が広がる空間~] 株式会社bELI
●アップサイクル・リノベーション賞
[風景のカケラ、再編集 「PAAK STOCK」] paak design株式会社
●ローカルグッド・リノベーション賞
[「くるみ食堂」新しい夕張の未来をつくりたい。]株式会社スロウル

「ごきげんな暮らし」をリノベの創意工夫が叶える

2022年は世界情勢不安や円安などによる物価上昇が暮らしを直撃し、現在もその状況下にあります。リノベーション業界でも、原材料費の高騰等で難しい局面を迎えています。

人の暮らしは人の数だけ異なり、希望するリノベ内容も建物の状態も千差万別。一つひとつのリノベ事例は特注品であり、それぞれに応じた工夫が必要です。建材価格が上昇している状況では施主の予算に対して何にコストをかけ、どこをどう削ればいいのか取捨選択も必要となってくるでしょう。

そうした逆境下にありがながら、今回のリノベーション・オブ・ザ・イヤーでは、人の暮らしを快適で幸せなものに変えるリノベ作品が数多く登場しました。受賞作品それぞれの経緯からは、施主の情熱や思いとそれを叶えようとするリノベ会社の創意工夫が読み取れます。

施主と時間をかけて対話を重ねて不安を払拭し、リノベの創意工夫で「ごきげんな暮らし」を実現させるーーそんな各リノベ会社の姿勢に、「リノベーション」「建築」「ものづくり」がもつ大きな力を見ることができました。

コロナ禍や物価高など不安定な状況にあるからこそ、人々はごきげんな毎日を送りたいと願っています。人を幸せにしてくれるリノベーション作品に次回も出合えることを楽しみにしています。

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2023年も素敵な作品を期待しています(写真/SUUMOジャーナル編集部)

赤絨毯に盛装が決まっている受賞者のみなさん。2023年も素敵な作品を期待しています(写真/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
リノベーション協議会「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2022」

ニセコ町に誕生の「最強断熱の集合住宅」、屋外マイナス14度でも室内エアコンなしで20度! 温室効果ガス排出量ゼロのまちづくりにも注目

良質なパウダースノーが楽しめるスキーリゾートとして世界的な注目を集める北海道のニセコ。そのニセコエリアで、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量をゼロにする持続可能なまちづくりに、官民一体となって挑んでいるのがニセコ町だ。環境先進国・ドイツのエコハウスをお手本に、2年前、ニセコ町の郊外に完成した賃貸の集合住宅と、市街地中心部の近くで工事が進められている新たな街区「ニセコミライ」での取り組みが、そのスタート地点。なぜ、ニセコ町は持続可能なまちづくりの一環として住宅の省エネ化に町をあげて、取り組んでいるのだろうか。ニセコミライの開発を手掛けるまちづくり会社の株式会社ニセコまちに話を聞いた。

ニセコ町ってどんな町?みんながイメージするあの国際的リゾート・ニセコひらふとは違う町

「ニセコ」と聞いて多くの人がイメージするのは、多くの外国資本による高級ホテルやコンドミニアムが立ち並び、国内外の富裕層が集まる華やかなスキーリゾートだろう。ただし、今回取り上げる「ニセコ町」は、そのイメージとは少し異なる。

「ニセコ」というのは羊蹄山を中心に、主に倶知安(くっちゃん)町、ニセコ町、蘭越(らんこし)町にまたがるエリアを指し、そのうち、スキーリゾートNISEKOの中心地「ニセコひらふ」があるのは倶知安町。ニセコ町は、倶知安町の隣町だ。国定公園ニセコアンヌプリと、蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山(ようていざん)の裾野に位置する人口約5000人の小さな町。ジャガイモやアスパラガス、メロン、ゆり根などを生産する農業と、四季折々の豊な自然を活かした観光が主要な産業。ニセコ町にも、スキー場やホテルがあり、外国からの移住者も多いが、倶知安町のニセコひらふ周辺に比べると落ち着いた静かな町である。

札幌市や新千歳空港からは車で約2時間。外国からの投資でにぎわうニセコリゾートの中心・倶知安町の隣にあるのがニセコ町(画像提供/ニセコまち)

札幌市や新千歳空港からは車で約2時間。外国からの投資でにぎわうニセコリゾートの中心・倶知安町の隣にあるのがニセコ町(画像提供/ニセコまち)

ニセコ町は羊蹄山(写真中央の山)の裾野に位置する、静かで自然豊かな町だ(画像提供/ニセコ町)

ニセコ町は羊蹄山(写真中央の山)の裾野に位置する、静かで自然豊かな町だ(画像提供/ニセコ町)

地球温暖化防止は待ったなしの今、大規模な産業のないニセコ町は建物の高断熱化に取り組む

ニセコ町は2014年、二酸化炭素排出量を86%削減しゼロカーボンを目指す「環境モデル都市」に国から認定され、さらに、2018年には内閣府から「SDGs未来都市」に選定されている。早くから環境への負荷を低減するための取り組みを行ってきた。しかし、地球温暖化や異常気象は簡単に抑えられるものではなく、それはスキー場の資源であるパウダースノーの質や、農作物の生育に大きく影響する。観光や農業で生計を立てている町民の生活をおびやかす。実際、ニセコ町でも近年はスキー場の雪質に変化が見られるという。地球温暖化防止は待ったなしの状況だ。

環境に負荷をかけずに二酸化炭素排出量を削減し、実質ゼロにするには「発電や産業、運輸など、化石燃料をエネルギー源として使用する際の二酸化炭素の発生を減らす」「太陽光や風力、水力、地熱、バイオマスなどを利用した再生可能エネルギーから電気をつくり使用する」などの方法がある。

「ニセコ町の場合、立地条件などから風力発電や水力発電は向いていません。林業や酪農業も規模が大きくないため、間伐材からつくられるチップを燃やすバイオマス発電や、酪農業から得られる家畜のふん尿を使ったバイオガス発電も難しい。再生可能エネルギーの活用が難しいのであれば、使用するエネルギーを削減することで二酸化炭素排出量を減らすしかありません。しかし、ニセコ町にはエネルギー消費量が大きな大規模工場が稼働するような産業がなく、町内でのエネルギー消費の約7割は一般家庭やホテル、公共施設など建物由来。特に、ニセコ町の冬は最高気温がマイナスの日が続くため、暖房に使われるエネルギーが大きい。それを減らすために、建物の断熱性能を高めるという選択にたどり着いたのです」(株式会社ニセコまち・村上敦さん。以下、村上さん)

建物のエネルギー消費を削減しなければというニセコ町の思いは、ニセコ町役場庁舎にも見ることができる。2021年に竣工した新庁舎は、高性能断熱材、アルゴンガス入りトリプルガラスの木製サッシが導入された超高断熱の建物。夏涼しく、冬暖かい庁舎には、町民ホールやキッズコーナー、授乳室などが設けられ、自然に町民が集まる地域の交流の場にもなっている。

ニセコ町役場新庁舎。LPGガスによるコージェネレーションシステム、高断熱材、高気密高断熱のトリプルサッシを導入。躯体外皮性能0.18W/平米・Kを実現し、全国の庁舎でもトップレベルの省エネ性能だ(画像提供/ニセコ町)

ニセコ町役場新庁舎。LPGガスによるコージェネレーションシステム、高断熱材、高気密高断熱のトリプルサッシを導入。躯体外皮性能0.18W/平米・Kを実現し、全国の庁舎でもトップレベルの省エネ性能だ(画像提供/ニセコ町)

木の温もりが感じられるニセコ町役場。1~2階は町民窓口がある執務室や防災対策室など、3階には町民が多目的に利用できる町民ホールや、コワーキングスペースにも使えるフリースペースがある(撮影/笠井義郎)

木の温もりが感じられるニセコ町役場。1~2階は町民窓口がある執務室や防災対策室など、3階には町民が多目的に利用できる町民ホールや、コワーキングスペースにも使えるフリースペースがある(撮影/笠井義郎)

窓はシラカバ材の木製サッシ。トリプルガラスが採用されている(撮影/笠井義郎)

窓はシラカバ材の木製サッシ。トリプルガラスが採用されている(撮影/笠井義郎)

ニセコ町に誕生する官民でつくる新たな街区「ニセコミライ」。環境と住宅問題の切り札に

環境負荷の低減のほか、ニセコ町が抱える慢性的な住宅不足に対応する、SDGsの視点から計画された新しい街区が「ニセコミライ」だ。開発の主体となっているのは、ニセコ町、地元企業、専門家集団が出資し、官民一体で立ち上げたまちづくり会社・ニセコまち。

「ニセコ町はもともと『まちづくりの主体は町民である』という住民自治の理念が基本にある町です。行政主導でもなく、地域外の大手企業に100%委ねるのでもなく、地域の人や企業を巻き込み、官民連携で挑戦しようとしています。そのため、住民が主体となって動けるように株式会社ニセコまちが設立されました」(村上さん)

ニセコミライがつくられるのはニセコ町役場などの公共施設や小中高校、幼児センター、飲食店などに歩いて行ける場所。将来的な計画では、約9haの敷地に、最大で450人程度が暮らすまちになる。

「第1工区は2022年10月から案内を開始しました。低層の木造集合住宅(木質化マンション)で分譲棟2棟、賃貸棟1棟と駐車場を予定し、現在造成工事中。オール電化で二酸化炭素を極力出さない住宅、暮らしがコンセプトです。最小限の光熱費で家中が暖かで、入居者個人の除雪や敷地管理の負担も少なく暮らしやすい住環境を整えます。また、第1工区の敷地内にはニセコミライの住民同士や周辺の住民の方との交流、子どもたちの遊び場など自由に使える住民共有の広場が設けられます」(株式会社ニセコまち・田中健人さん。以下、田中さん)

ニセコミライには、人口が増え移住希望者も多い、それなのに住宅が足りないという町が抱える課題の解消も期待される。

「ニセコミライのターゲットは主に、『現在の家が広すぎる、除雪が大変、市街地近くで生活をしたいなどで住み替えを考えているニセコに暮らしている方』『都市部からニセコに移ってきて、もっとニセコに溶け込みたい人』『ニセコに住みたいけれど、家がない』という方々です。分譲を開始してからは、別荘として使用したいという方からのお問合せも多いです。しかし、ニセコミライはもともと、町民の住み替えや、ニセコに根を張った暮らしをしたい人の移住を想定しています。ですから、特に、第1工区の一つ目の建物については、最終的にご購入いただく方すべてとお話しさせていただき、これからまちづくりに積極的に関わることを了承していただける方、ニセコ町のSDGsの理念に共感する方を優先してご案内しています」(田中さん)

目指すのは、ニセコに根を張り、コミュニティーに参加する人が暮らすまち。2025年以降に着工予定の第2工区は賃貸住宅とエネルギーセンター、シェアハウス、アトリエ、ランドリーカフェなどを予定。その後に着工する第3工区、第4工区はまちの需要に合わせた賃貸住宅や分譲マンションが計画されている。

ニセコミライは、環境に配慮し、「冬でも暖かく快適な暮らしをしたい」という町民の希望から導き出したコンセプトを形にする新しい街区(画像提供/ニセコまち)

ニセコミライは、環境に配慮し、「冬でも暖かく快適な暮らしをしたい」という町民の希望から導き出したコンセプトを形にする新しい街区(画像提供/ニセコまち)

2年前に建てられた集合住宅で実証実験中。これから生まれるニセコミライの家に活かされる

ニセコミライの集合住宅は、ニセコの厳しい冬をどれだけ快適に乗り越えられるのだろうか。2年前、ニセコ町の郊外にプロトタイプとなる集合住宅が建てられた。施工はニセコ町内の工務店が担当。ニセコミライを開発するスタッフと共に、高断熱住宅の先進国・ドイツを訪ね先進の高断熱住宅づくりを学ぶなど、地元の工務店にとっては技術力を高める機会にもなっている。(現在は、ニセコ町内の会社の従業員寮として使われているため取材時のみ公開)

ニセコまちのプロジェクトの実証実験として建てられた集合住宅(画像提供/ニセコまち)

ニセコまちのプロジェクトの実証実験として建てられた集合住宅(画像提供/ニセコまち)

「超高断熱・高気密の外壁と窓を採用しているため、冬季に使用する暖房は、建物全体を温める共用廊下のエアコン2台。このエアコンだけで外がマイナス14度でも、部屋の温度は19~20度を下回ることはありません。もう少し暖かくしたい場合は、各部屋についている500Wのパネルヒーターで室温を上げられます」(村上さん)

過酷な環境が、建物の耐久性にどう影響するかも気になるところ。

「冬は1階の窓の下半分くらいまで雪に埋もれてしまいます。外壁にクラック(ひび)が入らないか、重みで圧縮されて氷になってしまう雪の層は住宅にどのような影響を与えるのか、経過を見ながら、どれくらい耐久性があるかのテストをしているところです。結果は、ニセコミライで建てる住宅に活かしていく予定です」(村上さん)

共用廊下には2台のエアコンが設置されている。各住戸の玄関ドアの上に設けられた給気口から、基礎暖房として共用廊下のエアコンで温められた空気を室内に取り込む(撮影/笠井義郎)

共用廊下には2台のエアコンが設置されている。各住戸の玄関ドアの上に設けられた給気口から、基礎暖房として共用廊下のエアコンで温められた空気を室内に取り込む(撮影/笠井義郎)

窓の下にあるのは補助暖房として付けられているパネルヒーター。寒冷地ではトイレや脱衣室で使われるサイズだ。この集合住宅では、毎月数千円の共益費に基礎暖房代、駐車場代、除雪費、共用部分の清掃費が含まれている(撮影/笠井義郎)

窓の下にあるのは補助暖房として付けられているパネルヒーター。寒冷地ではトイレや脱衣室で使われるサイズだ。この集合住宅では、毎月数千円の共益費に基礎暖房代、駐車場代、除雪費、共用部分の清掃費が含まれている(撮影/笠井義郎)

外壁は厚さ10cmの柱と柱の間に、断熱材としてセルロースファイバー(蓄熱効果もあり、万が一火災で燃えても汚染物質を排出しない自然素材)が吹き込まれている。この集合住宅では、さらに防火性能の高いロックウールで外側をぐるりと囲む外断熱工法も採用し、ダブルでの断熱を実現している(撮影/笠井義郎)

外壁は厚さ10cmの柱と柱の間に、断熱材としてセルロースファイバー(蓄熱効果もあり、万が一火災で燃えても汚染物質を排出しない自然素材)が吹き込まれている。この集合住宅では、さらに防火性能の高いロックウールで外側をぐるりと囲む外断熱工法も採用し、ダブルでの断熱を実現している(撮影/笠井義郎)

窓にはアルゴンガス入りのトリプルガラスを採用。スマホで光を当てると、それぞれのガラスに光が反射し、3枚のガラスが使われていることがわかる(撮影/笠井義郎)

窓にはアルゴンガス入りのトリプルガラスを採用。スマホで光を当てると、それぞれのガラスに光が反射し、3枚のガラスが使われていることがわかる(撮影/笠井義郎)

ニセコまちの田中健人さん(写真左)と村上敦さん(写真右)(撮影/笠井義郎)

ニセコまちの田中健人さん(写真左)と村上敦さん(写真右)(撮影/笠井義郎)

ウッドショックで価格が上昇するなら、高断熱と電気のサブスクで住居費を抑える

町民や移住希望者のための分譲住宅や賃貸住宅が計画されているニセコミライだが、ここへきてウッドショックなどの建築資材高騰が影響し販売価格や想定家賃が当初の予定よりも上昇せざるを得ない状況。それでも通常の住宅と比較して入居者の経済的メリットに可能性を秘めているのは、建物の高い断熱性能と電気料金のサブスクだ。

「ニセコでは冬を乗り切るための暖房費が可処分所得を圧迫します。光熱費は暮らし方などで異なりますが、4人家族、一般的な木造一戸建てで月5万~7万円というケースも耳にしました。さらにこれからも、電気代などの光熱費は上がっていく見通しです。しかし、断熱性能の高いニセコミライの住宅では、2年前に完成した集合住宅で結果が出ているように光熱費を大きく抑えても暖かく快適に生活することが可能です。住宅ローンの返済や毎月の家賃がこれまでよりも多少増えたとしても、光熱費の大幅な削減でトータルでの住居費は抑えられるのではと考えています」(田中さん)

さらに、検討中なのが電気を安い時間帯に購入し、電気代を定額・低額に抑える電気料金のサブスクモデルだ。

「どの時間帯にどの電気を購入するのかはHEMSと自動制御を導入して管理会社である私たちニセコまちが行います。基本はオール電化住宅で電気の基本料金とエアコン、エコキュートのリース代・メンテナンス代を含めて月1万6000円の定額制を計画しています」(田中さん)

一定の範囲を超えて使用した分は従量制での課金も検討しているそうだが、寒い時期でも暖房費を気にせず快適に過ごせる安心感は大きい。

建物の性能を上げての省エネは、脱炭素社会を実現するためのスタンダードに

建物の断熱性を上げるというニセコ町での取り組みは、地元が経済的に潤う「域内経済循環」にもつながる。例えば『断熱による省エネ』で浮いた光熱費分のお金は、買い物をしたり外食をしたりといった地元や周辺地域での消費につながる。地元の工務店が断熱施工技術を学び、施工を行うことで、地元の工務店、職人の利益につながる。ニセコミライのような木造住宅で国産材を使用すれば、お金は地域、少なくとも国内に流通する。地域外に出ていってしまうお金を最小化するという自治体の戦略として汎用性があり、特に地方都市にとっては大きなメリットだ。

環境保護の面だけでなく、地域経済面でのメリットもある建物の高断熱化は、脱炭素社会を目指す自治体にとってこれからのスタンダードになるはずだ。

●取材協力
株式会社ニセコまち
ニセコ町役場

パリ郊外の元工場を自宅へ改装。グラフィックデザイナーが暮らすロフト風一軒家 パリの暮らしとインテリア[16]

パリ東側の郊外の街モントルイユは、アーティストに人気の住宅街です。家賃の高さや住まいの狭さに辟易したパリ在住アーティストたちが、広い住空間を求め、10年ほど前から移り住むようになりました。街を歩いていると、歩道に無造作に置かれた古本の段ボールや(「どうぞご自由に」というメモ付き!)、特徴的な色使いの外壁などから、クリエイティブな人たちが暮らすエリアであることがわかります。グラフィックデザイナーのギレーヌ・モワさんも、パリから移住してきたアーティストの1人。庭のあるロフト風の一軒家には、自由な空気が流れていました。

広さと緑を求め、思い切って郊外へ

「2009年にここに引越してくる前は、パリ13区に住んでいました。フランソワ・ミッテラン国立図書館のすぐそばにある古い広いアパルトマンで、かなり老朽はしていましたが、家族全員がとても気に入っていた住まいでした。ところがオーナーの希望で出てゆかねばならなくなり、ならいっそ賃貸から持ち家に変えようということになって」

最近夢中になっている陶芸作品を手にするギレーヌさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

最近夢中になっている陶芸作品を手にするギレーヌさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさんはイラストレーターとしても活動している(画像提供/ギレーヌさん)

ギレーヌさんはイラストレーターとしても活動している(画像提供/ギレーヌさん)

自然光がたっぷりと差し込む広々としたリビングで、引越しのいきさつを話してくれたギレーヌさん。室内はグリーンがいっぱい、一面ガラス張りで覆われた庭側の壁面から入る風景と相まって、屋内でもあり屋外でもあるような、不思議な開放感のある空間です。ここに暮らしたら、きっと誰だってストレスから解放されることでしょう。

リビングはグリーンが緩やかな仕切りの役割を果たしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングはグリーンが緩やかな仕切りの役割を果たしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

愛猫フィフィ。猫は3匹います(写真撮影/Manabu Matsunaga)

愛猫フィフィ。猫は3匹います(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「賃貸暮らしをやめて物件を購入すると決めた時、優先したのは何よりも広さでした。それまで暮らしていた13区のアパートが広かったので、それより狭くなることは論外だったのです。でも、パリの広い物件はどこも非常に高額。そこで郊外、となるわけですが、モントルイユにはメトロが通っているところが決め手になりました。パリ暮らしをしていた私たち家族にとって、メトロは不可欠なのです」

不動産屋を介し訪問したこの物件は、元工場だったという建築物。以前のオーナーが住居に改装した、ロフト風の一軒家でした。ギレーヌさんとパートナーは訪問するとすぐにこの物件が気に入り、即決したといいます。庭もあり、しかも庭の向こうは空き地で、日光を遮る建物はなく、空き地の緑の借景と静寂が約束されている……信じられない好物件! 

夏場は窓を全開に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

夏場は窓を全開に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭はバーベキューやアペリチフ(食前酒)を楽しむスペースとして大活躍(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭はバーベキューやアペリチフ(食前酒)を楽しむスペースとして大活躍(写真撮影/Manabu Matsunaga)

しかし元工場のロフト風一軒家は、住まいとしては好き嫌いがはっきりと分かれるところ。個性的で面白いと感じる人もいれば、風変わりすぎていてどう住んでいいいのかわからないと思う人もいるはず。ギレーヌさんのようなクリエイティブな人は当然前者で、レイアウトデザイナーである彼女のパートナーもまた前者です。2人にとっては個性的で面白い物件ですが、普通の家の間取りではありません。その特殊さを把握していただくために、玄関からぐるりとご案内させてください。

1階と2階、合わせて約250平米のたっぷり空間

まず、玄関前に立った時点から、ここが住まいの入り口のドアだとはあまり思えない外観をしています。例えるなら、オフィスの入り口のような? 大きなアルミサッシのガラス張りのドアがあり、ガラスの内側が暗い色のカーテンで目隠しされています。家の中が見えないので、プライバシーは守られているとはいえ、いわゆる「家」という雰囲気ではありません。
そのドアを押して玄関の内側に入り、先へ進むと、ブルーにペイントした壁一面がワインの木箱を転用した本棚で覆われています。この壁の裏手がシャワールーム、向かい側はテレビルーム。

ワイン箱を積み重ねて本棚に。ワイン箱は壁に固定していない。中に置いたものの重さだけでバランスを保っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ワイン箱を積み重ねて本棚に。ワイン箱は壁に固定していない。中に置いたものの重さだけでバランスを保っている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓のない一室をテレビルームに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

窓のない一室をテレビルームに(写真撮影/Manabu Matsunaga)

フランスの住まいでは、テレビはリビングの主役にならないことがほとんどです。狭いアパート暮らしの場合は別ですが、テレビ専用の部屋を確保している家は少なくありません。または、テレビをリビングに置かず、寝室に置く人も多いです。

本棚で覆われた廊下の先が、長い長方形のロフト空間。右手がアイランドキッチンで、左手がギレーヌさんのアトリエ、その先が広いリビング。それぞれのコーナーが壁で仕切られることなく、家具の配置とグリーンで緩やかに仕切られています。
アイランドキッチンは、購入時にはすでに存在していました。ただし、以前のオーナーはここをバーカウンターのように使っていたそうです。ギレーヌさんは植物をたっぷり置いて目隠しをし、キッチンとリビングの区切りをつけています。もちろんあくまでも緩やかに、流動的な仕切り方で。

そんな緩やかな仕切りのあるゆったり空間を歩いていると、あちこちに一休みスペースやディスプレーコーナーが隠れていて、なんとも面白いのです。

目の前に広がるロフト空間、右手がキッチン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

目の前に広がるロフト空間、右手がキッチン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

廊下からキッチンに入る空間の、くつろぎの演出。本とグリーンに囲まれた隠れ家のようになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

廊下からキッチンに入る空間の、くつろぎの演出。本とグリーンに囲まれた隠れ家のようになっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンはアイランドタイプ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンはアイランドタイプ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

以前はカウンターとして使われていたアイランドキッチン。あえてグリーンをたくさん置き、独立させた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

以前はカウンターとして使われていたアイランドキッチン。あえてグリーンをたくさん置き、独立させた(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アイランドキッチンの内側からは抜け感のいい室内の風景が見渡せる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アイランドキッチンの内側からは抜け感のいい室内の風景が見渡せる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「2階建てのこの建物の総面積は、だいたい250平米でしょうか。ここに引越してきたばかりのころは、夫と一人息子と私の3人で暮らしていました。でもすぐに息子は大学生になって、一人暮らしを始めて。以来ずっと夫婦2人だけで住んでいます。はい、2人暮らしでこの広さですよ。家は私の仕事場でもあり、1日のほとんどをここで過ごしていますから、ここで私が快適かどうかはとても重要なことなです」

2階にはギレーヌさん専用の仕事場と、パートナーの仕事場、夫妻の寝室、息子の寝室があります。ギレーヌさんの仕事場はバルコニー付きで、集中力を要する仕事の合間にふと一息つくのに好都合なのだそう。本当に、この開放感、自然を身近に感じられる環境は、ギレーヌさんにとって何にも変えがたいものなのでした。

ギレーヌさんのアトリエコーナー。ここでイメージを膨らませて、実際の作業は2階の仕事場で行う(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさんのアトリエコーナー。ここでイメージを膨らませて、実際の作業は2階の仕事場で行う(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アトリエコーナーの上に、ギレーヌさんの仕事場がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

アトリエコーナーの上に、ギレーヌさんの仕事場がある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2階にあるギレーヌさんの仕事場。ここにもグリーンが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

2階にあるギレーヌさんの仕事場。ここにもグリーンが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングには薪ストーブが。リビングの大テーブルコーナーの向こうに、ギレーヌさんのアトリエコーナーがある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビングには薪ストーブが。リビングの大テーブルコーナーの向こうに、ギレーヌさんのアトリエコーナーがある(写真撮影/Manabu Matsunaga)

だだっ広い長方形の空間。実は演出が難しい?

広さ、明るさ、そして窓の外の緑。これだけ広い住まいなら、いくらでも工夫して楽しく暮らせそうです。が、意外にも、縦に長いロフト空間は、暮らしやすいレイアウトづくりが難しいとギレーヌさんは打ち明けてくれました。では、どのように克服しているのでしょうか?

リビング側から見たソファのコーナーと、その後ろ側にあるキッチン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

リビング側から見たソファのコーナーと、その後ろ側にあるキッチン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「各コーナーを魅力的に演出する小道具として、グリーンを使っています。もともとグリーンが好きなこともありますが、ただ単に家具の配置でコーナー分けをするよりもいい雰囲気になりますし、かといってつい立てなどとは違い空間の流動性が失われません」

仕切りのようでいて向こうが見える、グリーンならではの特徴を活用しているわけです。そのグリーンの数の多さにびっくりしますが、買ったものは1つしかないのだそう。わけ技をして増やしたり、路上に捨てられていたものを拾ってきたりしてこれだけの数になったと言います。
「みんな枯れたと思って捨てるのでしょうけれど、案外こうして蘇生できるものなのです」

グリーンと好相性のヴィンテージ家具は、パートナーの収集品です。
「パリ13区に住んでいたころ、すぐお隣にチャリティーショップがあって、彼はほとんど毎日そこへ行っていました。古いもの探しが趣味なのです。蚤の市やフリーマーケットにもちょくちょく出かけていますし、グリーンのように拾って来たものもありますよ。今はヴィンテージが流行っていますが、20年前はそうではなくて、古いものは単純に中古品としてとても安く買えました。広い家に住んでいると、そうやって集めたものを置いておく場所があります。そして集まったものたちは、自然と自分の居場所を見つけて、こうして調和しています」

薪ストーブのすぐそばに大テーブルコーナーが。冬は揺れる炎を見て楽しみ、夏は壁面全体を覆う窓を開け放ち開放感を享受(写真撮影/Manabu Matsunaga)

薪ストーブのすぐそばに大テーブルコーナーが。冬は揺れる炎を見て楽しみ、夏は壁面全体を覆う窓を開け放ち開放感を享受(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「これを買って家のあそこに置こう!」とか、「家のここに置くこんな家具があるといいな」と考えながら買いものをしないのが古いもの探しの極意、とよくいわれますが、ギレーヌさんの住まいを見ていると、どうも実際にそのようです。なんと、家具や食器類は、新しいものを買うことがほとんどないのだそう。とはいえ、ものとの一期一会だけで、うまい具合に必要なものが見つかるのでしょうか?

「不思議なものでこうやって常に古いもの探しをしていると、『サイドテーブルが欲しいな』と思って外に出ると、パッと出合ったりするものです。信じられませんか? でも本当にそうなのですよ! それから、あまりいろいろなものを必要としないことも重要なのかもしれませんね。あるものでやりくりすれば、案外なんとかなるものです」

ものとのグッドタイミングな出合いの話には驚きますが、広い空間と、好きになって連れてきた古いものたちさえあればなんとかなる、というスタンスは、実際うまくいく組み合わせのかもしれません。自分たちは古いもの探しが趣味だから、それらを気兼ねなく置いておける広い住まいが必要。そうはっきりとわかっていて、優先順位の一番高いところが満たされさえしていれば、あとはおおらかに、うまく対応できるような気がします。

気に入って集めたものたちは、暮らしに活かせてなんぼ!ホウロウのキッチンツールを壁にかけて飾る収納。もちろん、料理に使います(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ホウロウのキッチンツールを壁にかけて飾る収納。もちろん、料理に使います(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさん宅にもたくさんのものがありますが、家の中を見渡すと、それぞれのものが必ずなんらかの役割を果たしていることがわかります。先ほどギレーヌさんが「集まったものたちは、自然と自分の居場所を見つけて調和しています」と話してくれた、まさにそのとおり。椅子や棚がそれ専用の用途に使われているのは当然ですが、ホウロウの古いキッチンツールも飾りではなく日々の料理に使われ、未使用のクッキングストーブはコンソールテーブルになっている、といった具合です。
さらに、ギレーヌさんが散歩中に拾ってきた木の実や枝も、ディスプレーのオブジェになっていました。こういう何気ないものが素敵に映えるのは、やっぱり空間の広さがあってこそという気がします。

蚤の市で買ったグラス類に、散歩中に拾った木の実や、猫をブラッシングした時に出る毛を集めてつくった毛玉を入れて。こちらも飾りをかねた収納(写真撮影/Manabu Matsunaga)

蚤の市で買ったグラス類に、散歩中に拾った木の実や、猫をブラッシングした時に出る毛を集めてつくった毛玉を入れて。こちらも飾りをかねた収納(写真撮影/Manabu Matsunaga)

今ではヴィンテージとしてもてはやされている家具も、20年前はチャリティーショップで激安価格だった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

今ではヴィンテージとしてもてはやされている家具も、20年前はチャリティーショップで激安価格だった(写真撮影/Manabu Matsunaga)

クッキングストーブはコンソールテーブルとして飾る収納に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

クッキングストーブはコンソールテーブルとして飾る収納に(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさんが最近夢中になっている陶芸。食器やオブジェを手づくりして楽しんでいる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさんが最近夢中になっている陶芸。食器やオブジェを手づくりして楽しんでいる(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分の作品をディスプレイできるのも、広い空間があればこそ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分の作品をディスプレイできるのも、広い空間があればこそ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

この家のために買った2つの新品。その正体は?

中古品の使い込んだ風合と、たっぷり配されたグリーン。それが調和した居心地のいいロフト。そんなギレーヌさん宅にも、この家のために新調したものが2つだけあるといいます。それはなんでしょうか?

「鮮やかな黄色のカーテンと、テーブルコーナーの薪ストーブです。どちらも、この家のためにオーダーしました。カーテンの色を決めるときに、ナチュラルな生成りにするか、目の覚めるような黄色にするか、とても悩みましたが、黄色にしてよかったです。冬場の日が短い季節でも、このカーテンを引けばすぐに空間が明るくなりますから。麻の風合いも気に入っています。薪ストーブは家全体を暖めてくれますし、揺れる炎を見るのも好き。火の周りには人が集まりますよね。とても重要なアイテムです」

面積が多い分、大胆な色を選んで大正解だったカーテン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

面積が多い分、大胆な色を選んで大正解だったカーテン(写真撮影/Manabu Matsunaga)

新調した薪ストーブ。これと床暖房で冬は万全(写真撮影/Manabu Matsunaga)

新調した薪ストーブ。これと床暖房で冬は万全(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭には薪ストーブ用の薪のストックが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

庭には薪ストーブ用の薪のストックが(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分自身の居心地の良さを追求してつくったギレーヌさんの住まいは、まるでギレーヌさんその人のように、飾らず、自由。とても魅力的でした!

ギレーヌさんお気に入りのショップIna Luk。個性あふれるクリエイターのグッズを販売(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ギレーヌさんお気に入りのショップIna Luk。個性あふれるクリエイターのグッズを販売(写真撮影/Manabu Matsunaga)

お隣の街、ヴァンセンヌの本屋さんMille Pages (写真撮影/Manabu Matsunaga)

お隣の街、ヴァンセンヌの本屋さんMille Pages (写真撮影/Manabu Matsunaga)

(文/Keiko Sumino-Leblanc)

●取材協力
ギレーヌ・モワさん(グラフィックデザイナー)
インスタグラム

●関連サイト
Ina Luk
Mille Pages

ニューヨーク人情酒場 現代のアメリカンドリーム・寿司職人に私はなる! 師匠は元意外な職業

ニューヨーク人情酒場へようこそ!これは、ブルックリンにある小さな酒場(レストラン)で起こったいろんな出来事。
大都会の夜、一杯の酒から始まる人間模様。作者はこのお店で今お寿司を作っているよ。

漫画

いきなり寿司職人になりませんか?と言われた※ミスター・ミヤギ:映画「ベスト・キッド」の登場人物。いじめられっこの主人公が住むアパートの管理人にしてカラテの達人

※ミスター・ミヤギ:映画「ベスト・キッド」の登場人物。いじめられっこの主人公が住むアパートの管理人にしてカラテの達人

いきなりまさかの展開です。でも、寿司職人に対する憧れはずっとあったので受けることにしました。
特別な資格や経験も乏しい移民がアメリカで生活していく上で職業の選択肢は決して多くないのですが、その中でも、特殊能力的な意味で寿司職人はいろいろな場所で重宝される印象があります。一発逆転した方がニュースで取り上げられたりもしていましたね。
中でもグルメの集まる都市、ニューヨークでの寿司職人の待遇はとても良く、アメリカンドリームの1つであるといっても過言ではありません。なんといっても高級な寿司店では一人当たりの単価が200~300ドル(日本円で2万7千円~4万円ほど)が当たり前という世界ですから……。その分、卓越したサービスを求められるのは間違い無いんですけどね。
ひとことで寿司職人といっても日本で職人に弟子入りして長く経験を積んだ方から、身一つでアメリカにやってきて生きるためにゼロから寿司を覚えた方まで三者三様。
しかし、手に職をつけていれば食うのに困らないというのは、まず間違いないといえるでしょう。

トシさん漫画

©1984 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

正直に言ってNYの寿司職人さんは昔ながらの日本人気質の方が多く、そしてほぼ全員が男性です。
ですが、トシさんはどうにもユニークな存在でした。女性を絶対的にリスペクトしており、さらに元々はボクサーをしていて世界中を旅したらしく、その後いろいろ経てアメリカ移住、寿司職人になり30年というかなり面白い経歴。
父親と同年代の方でしたがかなり自由な魂をもった方でした。そして同僚からは、「レミにはミスター・ミヤギがついたらしい」と言われまくりました。

忙しい日漫画

©1984 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

忙しいときこそ、その人の本性が出ると思っています。
トシさんの前向きな姿勢は本当に素敵だし、自分に対しても他人に対してもネガティブな言葉を発するところなんて一度も見たことがありません。
忙しい現場だからこそ、いい雰囲気で一緒に仕事できるよう心がけるというのは、口で言うのはたやすくてもなかなか実行できないものです。
こういうこともあって、私はどんなときも前向きで何があっても私を助けてくれるトシさんを、魔法少女ものでいうところのマスコットキャラ的な妖精なんだろうと思うようになりました。

ヤマモトレミ

作者:ヤマモトレミ
89年生まれ。福岡県出身。2017年、勤めていた会社の転勤でニューヨークに移住。仕事の傍ら、趣味でインスタグラムを中心に漫画を描いて発表していたところ、思った以上に楽しくなってしまい、2021年に脱サラし本格的に漫画家としての活動を開始。2022年にアメリカで起業し個人事業主になりました。ブルックリンのレストランで週4で寿司ローラーをやっています。

IoT技術で進化した「スマートバス停」が便利すぎる! インバウンド対応や自販機一体型も登場

最近、時刻表や広告などを液晶で表示したバス停が増えていると思いませんか? 運行、運休情報がすぐに確認でき、文字が時刻に合わせて自動で大きく表示されることに、便利だと感じた人も多いと思います。それは、IoT(モノのインターネット:モノがインターネット経由で通信すること)を活用した次世代のバス停「スマートバス停」です。デジタルのバス停との違いや、今、「スマートバス停」が全国に導入されている背景、開発の経緯や最新技術、利用者のメリットについて、取材しました。

最新のIoT技術を活用して開発された「スマートバス停」

以前から、広告付きバスシェルターやバスの接近情報案内板がデジタル化されたバス停はありました。「スマートバス停」は、一体どこが今までと違うのでしょうか。開発に携わったYEデジタル(ワイ・イー・デジタル)マーケティング本部の工藤行雄さんと事業推進部スマートバス停担当の筒井瑞希さんに伺いました。

左が従来のバス停。右が「スマートバス停」。バスの接近情報や時刻表、広告などがデジタル表示される(画像提供/YEデジタル)

左が従来のバス停。右が「スマートバス停」。バスの接近情報や時刻表、広告などがデジタル表示される(画像提供/YEデジタル)

「今までにない利点のひとつは、『スマートバス停』は、電源のない所にも設置できることです。日本国内にバス停は、53万基ありますが、その8割に電源がありません。そのため、従来のデジタル化されたバス停は、都市部への設置が主でした。『スマートバス停』は、反射型液晶という超低消費電力技術を用いたディスプレイに、太陽光発電パネルとバッテリーを組み合わせることで電源を必要としないなど、設置環境やニーズに合わせて選べる複数のモデルをご用意しています。そのため、給電しにくい郊外部にも設置が可能になりました。反射型液晶を使った郊外モデルでは、昼は太陽光の反射を活かし、夜間にはバックライトを使って電灯がない所でも高い視認性を保つことができます」(筒井さん)

今まで不便だった高齢者が多い郊外部のバス停でも、大きい文字で時刻表が見られたり、ダイヤ変更の際にすぐに情報が反映されるなど、利用者の利便性が大きく向上しました。

太陽光発電とバッテリーを搭載しているので、長期間日が当たらなくても稼働できる(画像提供/YEデジタル)

太陽光発電とバッテリーを搭載しているので、長期間日が当たらなくても稼働できる(画像提供/YEデジタル)

反射型LCDにバックライトを組み合わせることで、夜間でもよく見える(画像提供/YEデジタル)

反射型LCDにバックライトを組み合わせることで、夜間でもよく見える(画像提供/YEデジタル)

「情報が一覧できるため、複数の交通情報などにスマホでアクセスするのが難しい方にもわかりやすく、英語、中国語、韓国語の翻訳機能もあるため、インバウンド観光で訪れた人にも対応しています。路線バスの情報だけでなく、コミュニティバスの乗り継ぎ情報や航空便の運航状況が逐一表示されるなど、従来のデジタル化したバス停よりも、情報の統合が進んでいるのです」(筒井さん)

従業員の高齢化に悩むバス事業者を「スマートバス停」で働き方改革

「さらに、大きな特徴は、DX化(デジタル技術でビジネスモデルや働き方を変えること)により、バス会社の従業員の働き方改革をした点です」(工藤さん)

プロジェクトの立ち上げのきっかけとなったのは、2017年、工藤さんが、西日本鉄道、西鉄バス北九州、西鉄エム・テックと交わした雑談でした。

「そこで、全国のバス事業者が抱える問題について話題になったんです。年2回、バス停の時刻表を張り替える作業は、従業員総出で深夜まで行っていると知りました。従業員の高齢化や張り替え時の事故の危険性があり、コロナ禍によるダイヤの改正が増えたことも影響し、大きな負担となっていたのです」(工藤さん)

工藤さん。「『スマートバス停』は、まち全体をデジタル化するための第一歩。テクノロジーを使って、事業者にとっても利用者にとっても便利なバス業界にしていきたい」(画像提供/YEデジタル)

工藤さん。「『スマートバス停』は、まち全体をデジタル化するための第一歩。テクノロジーを使って、事業者にとっても利用者にとっても便利なバス業界にしていきたい」(画像提供/YEデジタル)

ダイヤ改正前の時刻表作成作業。ダイヤ改正日の当日深夜、運行管理者や運転手など、営業所総出で張り替え作業をしていた。西鉄バス北九州では、コロナ禍による飛行機の欠航に合わせ、月3回もダイヤ改正する時もあったという(画像提供/YEデジタル)

ダイヤ改正前の時刻表作成作業。ダイヤ改正日の当日深夜、運行管理者や運転手など、営業所総出で張り替え作業をしていた。西鉄バス北九州では、コロナ禍による飛行機の欠航に合わせ、月3回もダイヤ改正する時もあったという(画像提供/YEデジタル)

福岡県北九州市に本社を置くYEデジタルは、IoTを活用したさまざまなサービスを提供しています。工藤さんとバス事業者の会話がきっかけとなり、「バス事業者の抱える課題を解決するバス停をつくろう」と、2017年から、今までにないバス停をつくるプロジェクトが始まりました。

開発は、日本最大手のバス事業者西鉄グループと共同で行いました。高齢化が進む北九州市で、西鉄バス北九州が抱える課題は、全国のバス事業者に共通するのではないかと考えました。

「最も困難だったのは、電源の確保ですね。実は、今回のプロジェクト以前にも何回か商品化にチャレンジしてきましたが、電源問題で先へ進みませんでした。しかし、省電力化の技術が進み、蓄電池のコストも下がっていました。そこで、ソーラー蓄電池で稼働できる商品を開発。電源の有無に関係なく設置できるようになり、全国で8割を占める電源のないバス停のスマート化実現の可能性が一気に高まりました」(工藤さん)

苦労したのは、屋外での耐性面です。

「高湿度による結露を原因としたショート防止などの湿度対策、夏の暑さやアスファルトの照り返しなどへの対策、排気ガスへの耐性……ひとつひとつ課題を解決し、実証実験で検証を重ねました。完成した『スマートバス停』は、14県24事業者に導入され、約140基が稼働中です。販売を開始してから5年間で解約はゼロ。全国で順調に増えています」(工藤さん)

文字の拡大表示など今までにない機能で利便性アップ

バス事業者のメリットだけではなく、西鉄グループからは、「利用者の利便性を向上させるものを」と要望されていました。「紙の時刻表をデジタル表示するだけでは面白くない」と考えたマーケティング本部は、文字を拡大する機能を提案。西鉄グループと共同で運賃や路線、臨時ダイヤを含む連絡事項などの画面を指定した間隔で巡回表示する機能も新開発しました。

2020年1月に製品化された「スマートバス停」のラインアップは、繁華街モデルや市街地モデルのほか、太陽光パネルを使い充電するたびに繰り返し使える二次電池を用いた郊外モデル、電気使用量を最小限に抑え、完全に放電し終わったら取り換える一次電池を用いた楽々モデルの4タイプです。

左から繁華街モデル、市街地モデル、楽々モデル、郊外モデル。4つのモデルを基本形にして、バス事業者の要望に合わせてカスタマイズができる電源不要の郊外モデルと楽々モデルの登場は画期的だった(画像提供/YEデジタル)

左から繁華街モデル、市街地モデル、楽々モデル、郊外モデル。4つのモデルを基本形にして、バス事業者の要望に合わせてカスタマイズができる電源不要の郊外モデルと楽々モデルの登場は画期的だった(画像提供/YEデジタル)

北九州市小倉北区のスマートバス停。上からフライトインフォメーション、エアポートバスの運行情報、時刻表を掲載(画像提供/YEデジタル)

北九州市小倉北区のスマートバス停。上からフライトインフォメーション、エアポートバスの運行情報、時刻表を掲載(画像提供/YEデジタル)

2021年3月には、北九州空港線全路線に楽々モデルが導入されました。2路線23停留所へのスマートバス停化により、6時間以上かかっていた時刻表作成時間は1時間に、18時間かかっていた時刻表張り替え時間は0時間に短縮でき、ダイヤ改正1回に要するコストを96%削減できました。導入された西鉄バス北九州では空港線以外でのスマートバス停の設置が進んでおり、利用者からは、「急な運休情報もすぐに確認できて便利になった」「目が悪いので時刻が大きく表示されるのが助かる」という声が寄せられています。

異業種コラボでユニークな「スマートバス停」が続々登場

さらに、異業種とのコラボレーションでさまざまな「スマートバス停」が登場しています。広島電鉄×伊藤園のコラボで開発した自動販売機一体型サイネージ(電子看板)は、広島駅へ設置されました。時刻のお知らせや接近情報、広告を発信しながら、利用者に飲料水を提供できる自動販売機です。クリーニングボックス付きや地元銘菓が買えるユニークな「スマートバス停」の実証実験なども行ってきました。

左が自動販売機一体型サイネージ。真ん中は、タッチディスプレイを搭載した自動販売機一体型の「スマートバス停」。地元銘菓「くろがね堅パン」を購入した人はオリジナルフレーム付き記念写真の撮影ができる。右はクリーニング対応ロッカー付きバージョン(画像提供/YEデジタル)

左が自動販売機一体型サイネージ。真ん中は、タッチディスプレイを搭載した自動販売機一体型の「スマートバス停」。地元銘菓「くろがね堅パン」を購入した人はオリジナルフレーム付き記念写真の撮影ができる。右はクリーニング対応ロッカー付きバージョン(画像提供/YEデジタル)

まちづくりにおいても注目されており、福岡県みやま市では、自動運転×スマートバス停の実証実験を実施。スマートバス停とコミュニティバスの連携をテストしました。市の情報も表示し、市民がバス停に行くことで行政や民間の情報を得られるようにしてまちの活性化につなげます。

「スマートフォンとの連携もいずれ進めたいと思っています。地域の求人や物件情報がバス停に表示されれば、そこに住んでいる人にダイレクトに届けることができます。バスインフラのコストは、鉄道と比べて10分の1で、今後、市民の足としてますます重要になります。ニーズに対応しながら、全国に『スマートバス停』を広めていきたいですね」(工藤さん)

2021年9月の実証実験で、「スマートバス停」と「みやま市自動運転サービス」の連携を行った(画像提供/YEデジタル)

2021年9月の実証実験で、「スマートバス停」と「みやま市自動運転サービス」の連携を行った(画像提供/YEデジタル)

「スマートバス停」にQRコードを表示し、QRコードサイトから、産経新聞社の「探訪シリーズ」の写真がダウンロードできるサービス(画像提供/YEデジタル)

「スマートバス停」にQRコードを表示し、QRコードサイトから、産経新聞社の「探訪シリーズ」の写真がダウンロードできるサービス(画像提供/YEデジタル)

バス事業者の働き方と住民生活を支える「スマートバス停」。取材では、「簡易的なメッセージをスマートフォンからバス停に送って表示する」アイデアも飛び出しました。「スマートバス停」の表示板でサプライズのプロポーズをする、なんていうユニークな使い方も生まれるかもしれませんね。

●取材協力
株式会社 YEデジタル

コロナ後に地元を盛り上げたい人が増加。駄菓子屋やマルシェなど”小商い”でまちづくり始めてみました!

コロナ禍でリモートワークやステイホームが浸透し、自分が住む地域に目を向ける機会が増えている。地元のまちづくり活動を目にして、参加してみたいと思う人もいるのではないだろうか。これからは、住む街を選ぶという行為だけでなく、参加して変えていくことが、街との関係を考える上でのキーポイントになるかもしれない。全国の最新事例とともに、書籍『まちづくり仕組み図鑑』(日経アーキテクチュア編、日経BP 2022年9月発刊)の著者、早稲田大学教授の佐藤将之先生にお話を聞いた。

続くコロナ禍。身近な人やモノ、機会に目を向ける

佐藤先生の専門は建築計画・環境心理・こども環境。今年9月に、共著で『まちづくり仕組み図鑑』を上梓した。まちづくりに「無意識的」に参画できるような仕組みのポイントを解説しつつ、全国12の事例を取材・紹介して、新たな方向性を示した本だ。カラー写真や図が多く読みやすいので、まちづくりに興味がある人や、地元での楽しみ方を探している人は、ぜひ読んでみてほしい。

もともとは飲み友達だったという佐藤先生と安富啓さん(石塚計画デザイン事務所)、佐藤先生とはパパ友である馬場義徳さん(星野リゾートの海外事業グループユニットディレクター)の共著(写真提供/佐藤将之さん)

もともとは飲み友達だったという佐藤先生と安富啓さん(石塚計画デザイン事務所)、佐藤先生とはパパ友である馬場義徳さん(星野リゾートの海外事業グループユニットディレクター)の共著(写真提供/佐藤将之さん)

「すてきな偶然に出会ったり、予想外のものを発見したりすることを“セレンディピティ”といいますが、ビジネスにおいては、その偶然に“新たな価値を見出す能力”としてとらえられています。これは今回のテーマの一つであり、本の中でも、セレンディピティによって偶然の出会いを楽しみながらビジネスをするという、これからのまちづくりを紹介しています。

地元の会社と地域の人が連携して定期的にマルシェを開催する「DIY STORE三鷹」での事例(写真提供/佐藤将之さん)

地元の会社と地域の人が連携して定期的にマルシェを開催する「DIY STORE三鷹」での事例(写真提供/佐藤将之さん)

僕を含む共著の3人は、まちなどをプランニングする上で、プロセスを大事にしてきました。物理的環境に寄与したまちづくりではなく、本の中で“地元ぐらし”と呼んでいる暮らし方のような、『“身近なところに隠れているいろいろなもの”を大切にするまちづくりに、ビジネスの契機や幸運が埋もれているのでは? そして、それを逃している人が多いのではないか?』と考えたことが、この本を制作したきっかけです(佐藤先生、以下同)」

「自分が暮らす地域=地元」という認識があるなか、この本の中での“地元ぐらし”とは、単にその地域に住んでいる状態を指すのではなく、地域で出合う機会や人脈、地域のポテンシャルを活かしながら、楽しんでビジネスしている暮らし方という意味で使われる。

建築計画のほか、幼児や子どもが過ごす環境に関する研究も行う佐藤先生。『まちづくり仕組み図鑑』でも事例として紹介した「市民集団まちぐみ」(青森県八戸市)のTシャツを着こなす(写真提供/佐藤将之さん)

建築計画のほか、幼児や子どもが過ごす環境に関する研究も行う佐藤先生。『まちづくり仕組み図鑑』でも事例として紹介した「市民集団まちぐみ」(青森県八戸市)のTシャツを着こなす(写真提供/佐藤将之さん)

地元で相手の顔を見ながら、小さく始める

具体的には、コロナ禍が続く現在、まちづくりはどう変わっているのだろうか。

「コロナ以降のまちづくりのキーワードとしては、地元に目を向けることと、ビジネスを小さく始めるスモールスタートにチャンスがあるのではないかと思います。

スモールスタートの考え方は以前からありましたが、コロナ禍で人々が交流できなかったことの反動で、今は、人とのつながりの価値が高まり、リアルに会うことの大切さを、多くの人が実感しているのではないでしょうか」

そうなると、リアルに会いやすいのは地元で暮らす人であり、まずは地元で、顔の見える人たちを相手に小さく事業を始める、スモールスタートが向いている……といえそうだ。

「また、今は人を『“分ける”から“混ぜる”』に変化しています。昔は人口が増える社会だったので、人を『いかに分けるか』が課題でした。例えば、小学生がメインのイメージがある児童館において、首都圏では中高生用の児童館も誕生していた……、というように。でも人口が減少した今は、ニーズが低い用途の建物を単体で建てていては成り立たなくなり、『いかに混ぜてあげるか』が大事になっています。最近は、高齢者施設の入口に駄菓子屋が入っている例もあります。孤立しがちな高齢者とそのほかの人たちと混ぜるのはどうか?と考える動きが現れた、その一例です」

役目が広がる、現代の駄菓子屋の事例

さらなるキーワードを探して、具体的に事例を見ていこう。まずは、「ヤギサワベース」(東京都西東京市)という施設。グラフィックデザインのオフィスに駄菓子屋を併設して、デザイン業も拡大したという内容だ。

駄菓子がにぎやかに並ぶ「ヤギサワベース」の店内。壁のアートワークがカッコイイ(写真提供/佐藤将之さん)

駄菓子がにぎやかに並ぶ「ヤギサワベース」の店内。壁のアートワークがカッコイイ(写真提供/佐藤将之さん)

向かって左側が駄菓子売り場、右側の什器の仕切りの奥がフリースペース。子どもたちは駄菓子を食べたり宿題をしたりして自由に過ごす(写真提供/佐藤将之さん)

向かって左側が駄菓子売り場、右側の什器の仕切りの奥がフリースペース。子どもたちは駄菓子を食べたり宿題をしたりして自由に過ごす(写真提供/佐藤将之さん)

低層ビルの1階に位置し、駄菓子屋が営業を開始する午後には、子どもたちの自転車が集まってくる(写真提供/中村晋也さん)

低層ビルの1階に位置し、駄菓子屋が営業を開始する午後には、子どもたちの自転車が集まってくる(写真提供/中村晋也さん)

グラフィックデザイナーである中村晋也さんは、自身のデザイン事務所に併設する形で「ヤギサワベース」という駄菓子屋を始めた。駄菓子屋は参入障壁が低く、ビジネス構造も単純であることがわかったからだという。売り場の奥にはフリースペースがあり、子どもたちは自由に“たまる”ことができ、夜になると商店街の集会場所としても活用される。スペースを地域に開いたことをきっかけに、地元コミュニティーから本業のデザインの依頼も舞い込むようになったという。

「ヤギサワベース」がある柳盛会柳沢北口商店街の祭礼で、中村さんがポスターなどのデザインを担当(写真提供/中村晋也さん)

「ヤギサワベース」がある柳盛会柳沢北口商店街の祭礼で、中村さんがポスターなどのデザインを担当(写真提供/中村晋也さん)

中村さんは現在、西東京市で販売されているさまざまな商品のパッケージデザインなども担当し、地域でのネットワークを広げている。「ひばりが丘PARCO」や「ASTA」といった、市内の大型商業施設のデザインにも参画しているという。

自身のデザイン事務所に駄菓子屋を併設するスタイルは、地元での「スモールスタート」であり、人を「分けるから混ぜる」ことも含んだ事例だ。

西東京市のアンテナショップ「まちテナ 西東京」の責任者にもなり、店舗のデザインなども任されている中村さん。ここでも「まちづくり仕組み図鑑」が購入できるので要チェック!(写真提供/中村晋也さん)

西東京市のアンテナショップ「まちテナ 西東京」の責任者にもなり、店舗のデザインなども任されている中村さん。ここでも「まちづくり仕組み図鑑」が購入できるので要チェック!(写真提供/中村晋也さん)

「ひばりが丘PARCO」では、「西東京市カルタ展」の展示を担当(写真提供/中村晋也さん)

「ひばりが丘PARCO」では、「西東京市カルタ展」の展示を担当(写真提供/中村晋也さん)

佐藤先生によると、「そもそも、昔と比べて駄菓子屋の意味が変わってきています」とのこと。
「かつては、駄菓子屋といえばお菓子があり、子どもたちが集まっていました。でも近年は、子どもたちとそれ以外の人との交流の場としても活用されています」

「ヤギサワベース」のフリースペースでゲームなどを楽しむ子どもたち。遊び場に大人の目があるのは、親としても安心(写真提供/中村晋也さん)

「ヤギサワベース」のフリースペースでゲームなどを楽しむ子どもたち。遊び場に大人の目があるのは、親としても安心(写真提供/中村晋也さん)

現代において駄菓子屋は、多世代をつなぐ場としてのキーポイントに。以前SUUMOジャーナルでも紹介した、野田山崎団地にオープンした「駄菓子屋×設計事務所」の「ぐりーんハウス」の事例や、2022年度のグッドデザイン大賞を受賞した、店内通貨によって子ども食堂の役割を果たした奈良県の駄菓子屋「チロル堂」の事例も、駄菓子屋の新しい形といえそうだ。

地域の絆を大切に、スモールスタートで

ほかにも、地元に目を向けたスモールスタートの事例を2つ見てみよう。

「DIY STORE三鷹」(東京都三鷹市)は、東京の郊外でDIYショップを開く会社だ。地域連携の一環として、年2回、駐車場でマルシェを開催していることで、会社の認知度が向上し、住宅の改修工事の受注効果につながるなど、波及効果は大きいという。

マルシェに出店する手仕事の作家たちは、「DIY STORE三鷹」の店内でも、日常的に商品を販売することができる(写真提供/佐藤将之さん)

マルシェに出店する手仕事の作家たちは、「DIY STORE三鷹」の店内でも、日常的に商品を販売することができる(写真提供/佐藤将之さん)

「DIY STORE三鷹」を運営するTLSグループの本業はビルメンテナンス事業やリフォーム事業。コロナ禍で人々が自宅をリノベーションしたり、これまで目を向けていなかった地元のお店に行ったりする頻度が増えたというライフスタイルの変化に着目。DIYショップやマルシェの活動を通して、地域とのコミュニティーを形成した。

「DIY STORE三鷹」のマルシェは、アパートの駐車場スペースを活用して開催。小さなスペースだからこそ、出店者や来場者に活発なコミュニケーションが生まれているという(写真提供/佐藤将之さん)

「DIY STORE三鷹」のマルシェは、アパートの駐車場スペースを活用して開催。小さなスペースだからこそ、出店者や来場者に活発なコミュニケーションが生まれているという(写真提供/佐藤将之さん)

マルシェでは農作物を販売する市内の農家や、アクセサリーなどをつくって販売する近隣の造形作家、紙芝居屋さんやキッチンカーなどが集まる。2020年の初回から、1日当たり600人が来場したという。

「先日も、11月の初めの3日間、秋のマルシェが行われました。地元の人同士がつながるだけでなく、手仕事をしている人やDIYに関心がある人など、趣味の合う人がつながることがマルシェの強みです。出店を機に商談に発展することもあるほか、出店者同士のコラボなどが生まれています」

2021年11月に行われた、活況の秋のマルシェの様子(写真提供/佐藤将之さん)

2021年11月に行われた、活況の秋のマルシェの様子(写真提供/佐藤将之さん)

ビーズ編みや刺繍のアクセサリーを手掛ける地元作家の出店ブース(写真提供/佐藤将之さん)

ビーズ編みや刺繍のアクセサリーを手掛ける地元作家の出店ブース(写真提供/佐藤将之さん)

地元作家による手仕事の商品を前に、会話も弾む(写真提供/佐藤将之さん)

地元作家による手仕事の商品を前に、会話も弾む(写真提供/佐藤将之さん)

TLSグループの白石尚登代表は、マルシェスペース周辺のアパートを買取ってオーナーとなり、工作教室やシェアレンタルスペースとして貸出している。シェアレンタルスペースは日替わりで喫茶店やベーカリー、整骨院などになり、トライアルできるスペースと賃料によって、双方にメリットがあるという。

「DIY STORE三鷹」では、リノベーションしたアパートをシェアレンタルスペースとして喫茶店などに貸し出している(写真提供/佐藤将之さん)

「DIY STORE三鷹」では、リノベーションしたアパートをシェアレンタルスペースとして喫茶店などに貸し出している(写真提供/佐藤将之さん)

DIYを見学し、シェアレンタルスペースのカフェでくつろぐ学生たち。カフェスペースがあることで、ふらりと訪れた若者も覗きやすい仕組みになっている(写真提供/佐藤将之さん)

DIYを見学し、シェアレンタルスペースのカフェでくつろぐ学生たち。カフェスペースがあることで、ふらりと訪れた若者も覗きやすい仕組みになっている(写真提供/佐藤将之さん)

「スタジオ伝伝とArt&Hotel木ノ離」(岐阜県郡上市)は、岐阜県の郡上八幡に移住した建築家の藤沢百合さんが、スタジオの設立後、ゲストハウス「Art&Hotel木ノ離」を開業。“地元ぐらし”の場とした例だ。郡上八幡の2拠点に、住民や観光客が気軽に訪れる場をつくることで、出会いや持続的な関係を生み出す。

建築設計事務所「スタジオ伝伝」は、縁側に立ち寄って座れるようにしつらえている(写真提供/佐藤将之さん)

建築設計事務所「スタジオ伝伝」は、縁側に立ち寄って座れるようにしつらえている(写真提供/佐藤将之さん)

「スタジオ伝伝」のエントランスは引き戸にして開放し、地域に対してオープンに(写真提供/佐藤将之さん)

「スタジオ伝伝」のエントランスは引き戸にして開放し、地域に対してオープンに(写真提供/佐藤将之さん)

小さくビジネスを試してみて、周囲の反応を見ながら少しずつ成長させた藤沢さん。東京に設計事務所を残しつつ、郡上で空き家再生などの建築活動が根付いてから、オフィスを立ち上げた。そして定期清掃やお祭りの準備など、地域活動にも積極的に参加していた結果、「木ノ離」となる物件の大家とつながり、トライアルからゲストハウスを始めた。

「無理せず段階を経てビジネスを発展させていく、スモールスタートの例です。やりたいことを周囲に話しておくと、誰かしらが助けてくれたりするもの。藤沢さんが『空き家でゲストハウスをやりたい』と周囲に話したことで幸運を呼び込んだ、セレンディピティの例でもあります」

お酒のCM撮影のロケ地になった「Art&Hotel木ノ離」。敷地外から2方向のアクセス路があり、外履きのままキッチン・ダイニングまで入ることができる。「スタジオ伝伝」との距離は徒歩2分(写真提供/佐藤将之さん)

お酒のCM撮影のロケ地になった「Art&Hotel木ノ離」。敷地外から2方向のアクセス路があり、外履きのままキッチン・ダイニングまで入ることができる。「スタジオ伝伝」との距離は徒歩2分(写真提供/佐藤将之さん)

お酒のCM撮影のロケ地になった「Art&Hotel木ノ離」。敷地外から2方向のアクセス路があり、外履きのままキッチン・ダイニングまで入ることができる。「スタジオ伝伝」との距離は徒歩2分(写真提供/佐藤将之さん)

お酒のCM撮影のロケ地になった「Art&Hotel木ノ離」。敷地外から2方向のアクセス路があり、外履きのままキッチン・ダイニングまで入ることができる。「スタジオ伝伝」との距離は徒歩2分(写真提供/佐藤将之さん)

高齢男性のパワーと“複業” がキーワード

それでは、これからのまちづくりのポイントは?

「一つ目は、高齢者マンパワーに期待することですね。なかでも、退職後の高齢男性は、地元に肩書なしで付き合える仲間や居場所がないことがあり、1日中冷暖房の効いた公共施設で時間を潰している例を聞きました。活動のポテンシャルが活かされていないと感じています。高齢男性が無意識的に参画することができて、知らず知らずのうちに地域活動で躍動するような場や仕組みを提供できるなら、そこにビジネスチャンスがあるのでは」

女性は近所付き合いや自治会、子どものPTA活動などを通して、地域と接点があることが多いが、世代的に仕事人間だった高齢男性は、リタイア後に孤立しがちなようだ。
 
高齢男性のパワーを活かせるような地域での居場所や雇用方法を考えることが、これからキーワードの一つだ。

「二つ目は、“副業”というより“複業”を考える時代ということです」
通信・情報環境の進化や企業の副業解禁、働き方改革などの追い風で、“複業”は身近になっている。

「今はさまざまな人が、多彩な仕事や役割を担うことができます。『ヤギサワベース』における駄菓子屋のように、複業は自分の中で稼ぎ頭ではなくても、本業へ人々を引き込む力がある場合も」

子どもたちでにぎわう「ヤギサワベース」。大人にとっては懐かしい空間だ(写真提供/中村晋也さん)

子どもたちでにぎわう「ヤギサワベース」。大人にとっては懐かしい空間だ(写真提供/中村晋也さん)

「ヤギサワベース」ではワークショップも開催。この日は「好きな駄菓子を描く」がテーマ。イラストを見ると、それ自分も好きだった!と言いたくなる(写真提供/中村晋也さん)

「ヤギサワベース」ではワークショップも開催。この日は「好きな駄菓子を描く」がテーマ。イラストを見ると、それ自分も好きだった!と言いたくなる(写真提供/中村晋也さん)

今後の暮らし方でいえば、今住んでいる場所だけでなく、多拠点生活や移住も注目を集めている。移住先で“地元ぐらし”をするために心掛けることは?

「今回、書籍で扱った人たちの中には移住組も多いのですが、まず地元の人と一緒に作業に取り組んだり、顔なじみをつくってから生業を始めたりするなどのポイントがありました。周囲の人を無意識的に巻き込んで、共に楽しむことができれば、移住した先でも、地元ぐらしがうまくいくのではないでしょうか」

「地元ぐらし」「スモールスタート」「分けるから混ぜる」「副業から複業へ」など、現代のまちづくりや暮らし方のキーワードには、どれも納得。

筆者も地元が好き。ただこれまでは、「地元」を強調すると、その地で生まれ育っていない人が疎外感を覚えるのでは……と考えていたけれど、必ずしもそうではなさそう。そのまちを愛し、地域の人の役に立ちたいと考えて動き、楽しんでいたら、それは地元ぐらしであり、そこはもう「地元」になるのだ。

●取材協力
・早稲田大学人間科学学術院教授 佐藤将之先生
・まちづくり仕組み図鑑

3Dプリンター建築に新展開!複層階化や大規模化に大林組が挑戦中。巨大ゼネコンが描く将来像は宇宙空間にまで!?

大手ゼネコンの大林組が、建設業界において3Dプリンター活用の研究に本格的に取り組んでいることが話題になっている。今回取材したのは、現在建設中の、建築基準法に基づく国土交通大臣による認証取得済みの「(仮称)3Dプリンター実証棟」(東京都清瀬市・大林組技術研究所内)。3Dプリンター建築の特徴である「短納期」「曲線美」を具現化した実証棟の建設は、未来の新しい家づくりの第一歩になりそうだ。具体的にどのようなものか取材してきた。

3Dプリンター実証棟の完成は、宇宙空間での建設などまで可能性を広げる第一歩

3Dプリンターを利用した建築は、世界中の企業がこぞって参画する今最もホットな住宅分野のひとつだ。従来よりも圧倒的に工期を短縮できることや、複雑な曲線などデザイン性の高い形状を製造できるようになること、材料を現地に運ぶだけで済むため、建設時のCO2排出量の削減や現場の少人数化が期待できること、これらによって価格をおさえられることなどから、注目を集めている。

これまでSUUMOジャーナルでは、セレンディクス社やPolyuse社、會澤高圧コンクリート社が手掛ける国内における3Dプリンター建築を取材してきたが、今回紹介するのは国内大手ゼネコンの大林組の事例だ。前述の建物は10平米以下、1階建てと小規模なものだったが、大林組の「(仮称)3Dプリンター実証棟」は複数階建てへの展開を意図した延べ面積27.09平米で、新しい3Dプリンター建築の可能性を予感させるものだ。

建屋の外部に設けられた螺旋階段を上ると、屋上へ行けるようになっている(屋上未完成)。3Dプリンターを使って建設した建築基準法に準拠し、国土交通大臣の認定取得をした初の建物は来年3月完成予定だ(写真撮影/片山貴博)

建屋の外部に設けられた螺旋階段を上ると、屋上へ行けるようになっている(屋上未完成)。3Dプリンターを使って建設した建築基準法に準拠し、国土交通大臣の認定取得をした初の建物は来年3月完成予定だ(写真撮影/片山貴博)

この実証棟の完成後は、3Dプリント技術のPR施設として公開されるという(写真提供/大林組)

この実証棟の完成後は、3Dプリント技術のPR施設として公開されるという(写真提供/大林組)

大林組が基礎研究として3Dプリンター建築に乗り出したのは2014年のこと。2019年には当時の国内最大規模となるシェル型ベンチを製作するなど、技術開発を進めてきた。3Dプリンター実証棟は、地上構造部材をすべて3Dプリンターで製作する構造物として、一般財団法人日本建築センターの性能評価審査を受け、国内で初めて建築基準法に基づく国土交通大臣認定を取得した。そして、このプロジェクトは同社が今後3Dプリンター建築の可能性を広げる大事な第一歩だという。

「3Dプリンター住宅を生産したり、プリンター自体をつくったりすることがゴールではありません。ゼネコンとして、今後、3Dプリンターを建築現場で導入するためのステップであり、(3Dプリンターを使って)大規模な構造物を実現できることを、技術的にも法的にも証明することが最大の意義なんです」と大林組の技術本部技術研究所生産技術研究部の金子智弥担当部長は話す。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

技術本部技術研究所生産技術研究部の坂上肇副課長も、「3Dプリンターの導入によって建設時の自動化施工が実現でき、現場の省人化が期待できます」と続ける。通常の建築現場では、鉄筋を組み、型枠をつくり、さらにそこにコンクリートを流し込むなどの複数の工程を必要とするが、3Dプリンター建築なら、ロボットアームをつけたプリンターを設置し、プリンターへプリントデータを指示するだけで、あっという間に建築物を組み上げていくことができる。

SUUMOジャーナルの取材に対応してくれた大林組の技術本部技術研究所生産技術研究部、坂上肇副課長(写真撮影/片山貴博)

SUUMOジャーナルの取材に対応してくれた大林組の技術本部技術研究所生産技術研究部、坂上肇副課長(写真撮影/片山貴博)

将来的には3Dプリンターによる宇宙空間での建設も想定しているといい、今回の実証棟は、今後の3Dプリンター建築の可能性を大きく広げてくれそうだ。

鉄筋や鉄骨を使用しない、独自の技術を開発

大林組は3Dプリンター建築に取り組むにあたり、鉄筋や鉄骨を使用せず、3Dプリンター用の特殊モルタルや、超高強度繊維補強コンクリート「スリムクリート」による構造形式を開発した。

印刷には、コンパクトで汎用性の高い市販の安川電機製「産業用ロボットアーム」を使用。3Dプリンターといえば直線だけでなく曲線も実現できることが大きな特徴だが、曲線に沿って壁の厚みを一定に保つ必要があるため、材料の出力をコントロールできるようにすることでクリアしている。

中央に位置するのはロボットアーム(青色)と、大林組が開発した架台部分(緑色の機材)(写真撮影/片山貴博)

中央に位置するのはロボットアーム(青色)と、大林組が開発した架台部分(緑色の機材)(写真撮影/片山貴博)

3Dプリンターが一層一層積み上げてつくり出す壁は、独特の凹凸のある模様が浮き出る(写真撮影/片山貴博)

3Dプリンターが一層一層積み上げてつくり出す壁は、独特の凹凸のある模様が浮き出る(写真撮影/片山貴博)

曲線と直線の厚みの違いにも、材料の吐出量をコントロールできるようすることで厚みの調整をすることによって対応(写真撮影/片山貴博)

曲線と直線の厚みの違いにも、材料の吐出量をコントロールできるようすることで厚みの調整をすることによって対応(写真撮影/片山貴博)

屋上のリブスラブは、分割して出力してあり、後ほど1枚の大きいスラブに。屋上のリブスラブを1階から見上げると、曲線美と機能性を追求したリブの形状が天井として見える(写真撮影/片山貴博)

屋上のリブスラブは、分割して出力してあり、後ほど1枚の大きいスラブに。屋上のリブスラブを1階から見上げると、曲線美と機能性を追求したリブの形状が天井として見える(写真撮影/片山貴博)

屋上のリブスラブは、工場内でプレキャストされ、工事現場へと運ばれる(写真撮影/片山貴博)

屋上のリブスラブは、工場内でプレキャストされ、工事現場へと運ばれる(写真撮影/片山貴博)

配管ダクトを随所に配置することで、冷暖房設備も完備できるようにするという。左下は今後ベンチになる(写真提供/大林組(写真撮影/片山貴博)

配管ダクトを随所に配置することで、冷暖房設備も完備できるようにするという。左下は今後ベンチになる(写真提供/大林組(写真撮影/片山貴博)

勾配の比較的に急な外階段。2階の象徴となる曲線が多く使われている階段部分は3Dプリンターならではの造形(写真撮影/片山貴博)

勾配の比較的に急な外階段。2階の象徴となる曲線が多く使われている階段部分は3Dプリンターならではの造形(写真撮影/片山貴博)

また、今回の実証棟は、単純な円形でも、直線でもない最適化された複雑なフォルムで、前述の技術が、より重要になってくる理由でもある。

同社の設計本部設計ソリューション部 アドバンストデザイン課のカピタニオ・マルコ主任は、こう話す。

「1階でピーナッツ状、2階でラグビーボール状は、3Dプリンター印刷の範囲で平面的に最もコンパクトな形で、材料の経済性と、強度の両方を実現する形状なのです。また、『リブスラブシステム』から着想を得ました。複雑な曲面を描き出せる 3D プリンターの特性を活かして天井を未来的なフォルムにしたことで、2階の床の強度補強も同時に叶えるデザインを実現できました」

「リブスラブシステム」は、イタリア人エンジニアのピエール・ルイージ・ナルヴィが 1950年代に発表した先駆的な床のシステムで、材料の経済性と形状による剛性、強度を両立できるとされたデザインですが、従来の施工方法では建てにくいです。今回、「最小限の建材で、最大の空間を覆える 形態」を追求する中で、このリブスラブシステムを採用するに至ったという。

1階の天井を見上げるとこのように見える(写真撮影/片山貴博)

1階の天井を見上げるとこのように見える(写真撮影/片山貴博)

1階の天井(2階の床)部分は、14のパーツに分割して工場で印刷され、後から架設される。写真は14分割されて印刷された天井の一部(写真撮影/片山貴博)

1階の天井(2階の床)部分は、14のパーツに分割して工場で印刷され、後から架設される。写真は14分割されて印刷された天井の一部(写真撮影/片山貴博)

3Dプリンターによる建築物の複層階化、大規模化の実現性を追求

この実証棟の広さは、延べ面積27.09平米(畳約17畳分)。1階部分が完成した後は、その上にプリンターを移動して屋上の腰壁をプリントすることで、複数階への展開の可能性を証明するという。高さ4mの建物になる予定だ。

「計算上では、プリンターを移動させながら出力し続ければ、現在の技術でも2階以上の建物をつくることは可能なんです」と金子さんは説明する。ゆくゆくは3Dプリンターで高層階の建築物を建てることも夢ではなさそうだ。

また、少ない材料で最大限の空間が得られるようにし、壁を複数層としてケーブルや配管ダクトを配置することで、水回りや空調設備も備えられるようにするなど、通常の建築物と同様に利用することを想定したデザインになっているのも特徴。ただ建物の規模を追求するだけでなく、実用性も考慮されていることも特筆すべき点だろう。

配管ダクトを随所に配置することで、冷暖房設備も完備できるようにするという(写真提供/大林組)

配管ダクトを随所に配置することで、冷暖房設備も完備できるようにするという(写真提供/大林組)

3Dプリンター実証棟模型。建物の壁は2層になっており、壁と壁の間に断熱材を入れることで、温度調整機能も高めるようにするという。黄色い部分に断熱材が入る(写真撮影/片山貴博)

3Dプリンター実証棟模型。建物の壁は2層になっており、壁と壁の間に断熱材を入れることで、温度調整機能も高めるようにするという。黄色い部分に断熱材が入る(写真撮影/片山貴博)

複層階、大規模建築の課題は、3Dプリンターの制御と温度対策

「3Dプリンター実証棟」によって複数階、複雑な形状への対応も証明しようとしているが、課題になってくるのが材料の温度管理。3Dプリンター建築の魅力は工期の短期化だが、規模が大きくなれば、その分工期も長引く。

5月に着工し、8月から印刷を開始し約4カ月。前述の坂上さんは、「現在、3Dプリンターを1日5時間稼働していますが、季節や時間帯によって外気温が変わってしまうのです。3Dプリンター用の材料は外気温によって固まるスピードに変化が出てしまいますから、外気温に変化があっても安定してプリントできるように材料の調整が必要になります」と話す。

今後、3Dプリンターによる大規模建築が現実のものとなる上で、この問題は避けられない。この実証棟を通じて、課題や解決策が見えてきそうだ。

いよいよ大林組が複数階を意図した3Dプリンター建築に着手した。耐震面で厳しい日本の評価基準をクリアした技術が日本のゼネコンから登場することで、今後、本格的に建設現場での3Dプリンターの導入が進むだろう。「すでに国内外で受注しているプロジェクトから、3Dプリンター利用に積極的な声も上がっている」と話す金子担当部長の言葉は、まさにその証だ。

建設業界全体で危惧される人手不足問題は、そのまま製品の価格上昇と質への問題へ転嫁されてしまう可能性がある。3Dプリンターの導入が、こうした問題解決に好影響を与えることは、建設時のCO2排出といった環境配慮対策と同じくらい重要な効果なのではないかと取材を通じて感じられた。

●取材協力
株式会社大林組

収穫お手伝いで食事・宿を無償提供!? 国内外からサポーター集う「オキオリーブ」関係人口の起点に 高松市

香川県高松市にあるオリーブ農園「オキオリーブ」。「一粒ずつ丁寧に手摘みで収穫したオリーブから、収穫4時間以内で抽出する」という手法でつくられるオリーブオイルは、なかなか手に入らない幻の逸品だとか。そして、この「オキオリーブ」では、「収穫サポーター」なる、ちょっと変わった試みをされていると聞き、現地へ。元・証券マンという異色の経歴を持つ、オキオリーブ代表園主の澳敬夫(おき・たかお)さんにもお話を伺った。

地元・全国から無償で収穫を手伝うサポーターが参加

高松空港から車で約15分、秋晴れの空の下、丘の上のオリーブ畑に到着。すると幅広い世代の男女が、一粒ずつオリーブを収穫し、腰に付けたバスケットに入れている。実はこの方たち、スタッフはほんの一部で、多くは「収穫サポーター」と呼ばれる方々。無償で手伝ってもらう代わりに、園が食事や宿を提供するというもの。地元・香川県だけでなく、県外からやってくる人も多いとか。
「互いに特別の恩恵をはかりあう“互恵”という考え方です。参加される方の理由はさまざま。オリーブという食材、オーガニックなものや農作業に興味を持つ人、この温暖な気候に惹かれた人、旅の一つの選択肢として参加した人、観光では得られない体験を求めている人など。年齢も幅広いです」(澳さん)

それぞれがバスケットを腰に付け、リズミカルに両手で収穫していく。収穫シーズンは10月で、中でも前半がピーク(写真撮影/内田伸一郎)

それぞれがバスケットを腰に付け、リズミカルに両手で収穫していく。収穫シーズンは10月で、中でも前半がピーク(写真撮影/内田伸一郎)

すべての実をひとつひとつ手摘みしていくことで、実を傷つけることなく収穫できるだけでなく、余計な葉や軸を取り除くことができる。その分、余計な雑味や苦みがなくなるのがメリット(写真撮影/内田伸一郎)

すべての実をひとつひとつ手摘みしていくことで、実を傷つけることなく収穫できるだけでなく、余計な葉や軸を取り除くことができる。その分、余計な雑味や苦みがなくなるのがメリット(写真撮影/内田伸一郎)

(写真撮影/内田伸一郎)

(写真撮影/内田伸一郎)

県外からの参加者は、通常は1日1組限定のゲストハウスとして使われている「澳邸」を宿泊施設として利用可能。男女別の相部屋で、まるで合宿所のような雰囲気だとか。「寝食を共にしつつ、農作業の中でも最も楽しい、収穫の喜びも共有してもらえたらと思っています」(澳さん)

オキオリーブガーデンのある丘を下った場所にある古民家をリノベーションしたゲストハウス「澳邸」(写真撮影/内田伸一郎)

オキオリーブガーデンのある丘を下った場所にある古民家をリノベーションしたゲストハウス「澳邸」(写真撮影/内田伸一郎)

世界的木工デザイナーのジョージナカシマの「コノイドチェア」やイサムノグチの「AKARI」など、高松ゆかりのアーティストの家具が並ぶ「澳邸」の室内(写真撮影/内田伸一郎)

世界的木工デザイナーのジョージナカシマの「コノイドチェア」やイサムノグチの「AKARI」など、高松ゆかりのアーティストの家具が並ぶ「澳邸」の室内(写真撮影/内田伸一郎)

「オキオリーブ」代表園主・澳 敬夫さん。 元は証券会社勤務。高松支店に赴任中の香川県で農業のファンドビジネスに携わる。「お金も出資者もなかなか集まらない。それなら自分で始めてみよう」と、オリーブ園を始めてしまったという経歴の持ち主(写真撮影/内田伸一郎)

「オキオリーブ」代表園主・澳 敬夫さん。
元は証券会社勤務。高松支店に赴任中の香川県で農業のファンドビジネスに携わる。「お金も出資者もなかなか集まらない。それなら自分で始めてみよう」と、オリーブ園を始めてしまったという経歴の持ち主(写真撮影/内田伸一郎)

澳さんが目指したのは「とことん和食に似合うオリーブオイル」。今年の2022シーズンオイルは、すでにオンラインでの販売は完売(画像提供/オキオリーブ)

澳さんが目指したのは「とことん和食に似合うオリーブオイル」。今年の2022シーズンオイルは、すでにオンラインでの販売は完売(画像提供/オキオリーブ)

収穫サポーターに参加した、ぞれぞれの理由とは? 

撮影当日は今年初めて&2度目という方が多かったが、中にはほぼ毎年訪れている人もいるとか。
そこで、撮影当日に参加されていた方にどうして参加したのか、お話を伺ってみた。
大阪からやってきているというカップル。「もともと2人とも飲食系の仕事をしていて、収穫を自分でできるのはすごく面白いなって。いずれは自分たちのお店をやってみたいという夢もあって、国産オリーブの食材そのものにも興味がありました」

元は同じ高校の同級生。以前参加したことのある彼の誘いで、彼女は今回、初参加。「オリーブを摘むのも面白かったし、普段なら接点のない人と出会うのも良い経験でした」(写真撮影/内田伸一郎)

元は同じ高校の同級生。以前参加したことのある彼の誘いで、彼女は今回、初参加。「オリーブを摘むのも面白かったし、普段なら接点のない人と出会うのも良い経験でした」(写真撮影/内田伸一郎)

ドイツから訪れたという彼の職業はシェフ。「日本の美味しい食材について学びながら日本全国旅をしたいと思っています。まだ日本に着いたばかりで、最初がココなんです」

彼はその後、澳さんの紹介で、地元の和食料理店で修業中だとか(写真撮影/内田伸一郎)

彼はその後、澳さんの紹介で、地元の和食料理店で修業中だとか(写真撮影/内田伸一郎)

「WWOOF」というシステムを利用して、訪れている人も多い。これはオーガニックな農作物をつくる農家がホストとなり、お金のやりとりなしで、「食事・宿泊場所」と「力」そして「知識・経験」を交換するというもの。中には、こうした働き方をしながら全国旅をしている人も多く、他の現場で顔見知りになっている人もいるそうだ。なかには、耳が不自由ながら、みんなで筆談しながらコミュニケーションをとり「ココの楽しい雰囲気が気に入って、今回は2回目なんです」という方もいた。

「奈良に一応自宅はありますが、これを利用して日本全国旅をしています。こうやって、自分の性に合う場所はないかな、と新しい拠点を探している最中です」という方(写真中央)(写真撮影/内田伸一郎)

「奈良に一応自宅はありますが、これを利用して日本全国旅をしています。こうやって、自分の性に合う場所はないかな、と新しい拠点を探している最中です」という方(写真中央)(写真撮影/内田伸一郎)

すでに拠点を持たず、「日本全国、都道府県を制覇したい」という方も(写真撮影/内田伸一郎)

すでに拠点を持たず、「日本全国、都道府県を制覇したい」という方も(写真撮影/内田伸一郎)

生活環境、属性も違う面々が非日常を味わいに集う場所

東京、大阪、名古屋といった都市に暮らしながら、年に1回は収穫シーズンに合わせて参加している方もいる。「普段はパソコンに向かっているばかりの毎日だけれど、この環境で身体を動かしてひとつひとつ実を摘んでいく作業はすごく心地いいんです」という声も。何度か訪れているうちに、観光地を訪れるより少し深く、濃く、この場所が特別になっていくのも、この取り組みのメリットだろう。

東京、横浜からそれぞれ初参加した会社員のお2人。初心者でも澳さんが手摘みの仕方を教えてくれる(写真撮影/内田伸一郎)

東京、横浜からそれぞれ初参加した会社員のお2人。初心者でも澳さんが手摘みの仕方を教えてくれる(写真撮影/内田伸一郎)

もちろん、香川県在住の方も多い。「地元がここだけれど、普通の会社員だから、こんな場所、こんな取り組みがあるとは知らなくて。私たちが何も知らないのはどうかと思って参加してみたら、楽しくて今回が2回目の参加です」という方もいれば、「もともとは併設のカフェの客だったんです。で、収穫体験できるんだ、と一度経験したら、楽しくて。今回はお友達を誘ってみました」と地元民ならではの気軽さで参加している方もいる。

地元の香川県の方々。「彼女は、仕事で今は地元を離れているんだけど、帰省している間にちょっと誘ってみたの」と和気あいあい(写真撮影/内田伸一郎)

地元の香川県の方々。「彼女は、仕事で今は地元を離れているんだけど、帰省している間にちょっと誘ってみたの」と和気あいあい(写真撮影/内田伸一郎)

撮影当日は、以前オキオリーブを取材したことのある記者さんが、朝イチの飛行機で東京から参加していた。こうした縁が広がっていくのも面白い。住まい、環境、年齢、属性の違うさまざまな人たちが、同じ空の下、作業をして、休憩して、語らう。美しい光景だ。

朝イチの作業の後、休憩時間。お茶を飲んだり、お菓子を食べたり。初対面同士の自己紹介も(写真撮影/内田伸一郎)

朝イチの作業の後、休憩時間。お茶を飲んだり、お菓子を食べたり。初対面同士の自己紹介も(写真撮影/内田伸一郎)

(写真撮影/内田伸一郎)

(写真撮影/内田伸一郎)

最初は海外からの旅行者が中心。コロナ禍で変化が

澳さんが、こうした農業サポーターを始めたのは5年前。当初は前述の「WWOOF」で、多くの外国人を受け入れたのがスタートだ。
「最初は、正直いうと、シンプルに収穫に人手がほしかった部分もありました。しかし、ホストファミリーとして、海外の方々を受け入れているうちに、ああ、これは、労働の対価として宿や食事を提供するという単純なものではないなぁと思いました。世界中からいろんな方が来ましたよ。オックスフォードの大学生、医者の卵、建築家、弁護士。お金じゃないんですよね。暮らすように旅をする、日本の食文化を知る、人と人とが繋がる、そういう数字には換算できないものを求めて彼らは来てくれているんだと思いました」(澳さん)

(画像提供/オキオリーブ)

(画像提供/オキオリーブ)

しかしコロナ禍で海外からの渡航者が激減。海外のサポーターの代わりに増えたのが国内の大学生の参加だ。「コロナ禍で学校が休校になったから、と参加してくれるようになったんです。また、海外を旅することはできないから、と国内からの参加も増えましたね」(澳さん)

海外から国内へとシフトする中で、変化も。
「海外の方だと、基本的には1回限り。ココはたくさん旅をする場所のひとつにしか過ぎなかったでしょう。しかし、地元の人やリピーターが増えていくと、少し関わり方も変わってきました。自然と顔見知りは増えますし、リピーターの人が初参加の人に摘み方を教えてあげたり、居住地が近い参加者同士で後日、交流していたり、この場が継続的な、もっと濃い交流の場となっている気がします」(澳さん)

継続的に関わることで生まれる、特別な「場」という意識

そこで、5年前からほぼ毎シーズン参加しているIさんにお話を伺った。最初は娘の秋休みに合わせて親子で参加できる農作業はないか探していたところ、オキオリーブ収穫サポーターを知り、参加したという(現在、収穫サポーターは16歳以上)。

「全国、いや世界中を放浪している若い方たちがいっぱいいたんですよ。娘はお兄さんお姉さんにいっぱい遊んでもらいました。彼らは本当に自由でオープンマインド。私は普通の人生を歩んできた人間なので、ああ、そんな生き方があるんだ、と目からウロコでした」(Iさん)

また、地元の農家さん、澳さんの友人などが顔を出し、一緒にお酒を飲むこともある。そうして何の縁もなかった高松の地が「特別な地」になった。
「地名をいえば、そこで一緒に過ごした方の顔が浮かぶ。子どもにとっても私にとっても繰り返し訪れる地は特別。1回限りの観光で訪れる土地とは、やはり愛着は違います」(Iさん)

子どもなりにできることをやる。今は地元の小学生を除けば、受付年齢は16歳以上となっている。(画像提供/Iさん)

子どもなりにできることをやる。今は地元の小学生を除けば、受付年齢は16歳以上となっている。(画像提供/Iさん)

音楽やアート。この場でこそ味わえる経験をシェアしたい

ここでの関わり方は収穫などの農作業だけではない。
「大工仕事をやってもらうこともありますし、“こんなことをしてみたい”と提案されることもあります。以前、フランス人のアーティストが、農作業の合間に、壁にオリーブの木を描いてくれたこともありました。あ、こちらのカラフルな壁は地元の大学生の作品。こうした作品も、この青空の下、風を感じる丘の上、といったロケーション込みでアートになるんだなと思っています」(澳さん)

併設されたカフェ(現在はメンテナンス休業中)。その横には、オリーブの木のシルエットを壁に描いた小屋がある(写真撮影/内田伸一郎)

併設されたカフェ(現在はメンテナンス休業中)。その横には、オリーブの木のシルエットを壁に描いた小屋がある(写真撮影/内田伸一郎)

単なるコンクリート壁だった貯水槽を、カラフルにペインティング。緑の中に唐突に現れ、楽しい気持ちにさせてくれる作品は地元大学生の手によるもの(写真撮影/内田伸一郎)

単なるコンクリート壁だった貯水槽を、カラフルにペインティング。緑の中に唐突に現れ、楽しい気持ちにさせてくれる作品は地元大学生の手によるもの(写真撮影/内田伸一郎)

また、現在このオリーブ畑はキャンプ場、グランピングの場としても利用可能。農作物の栽培という枠組みを超えて、さまざまな人が「関わる余地のある場」となっている。
さらに、敷地内にある小屋のなかには、澳さんの友人の職人による「Sanuki Tekki」の工房があったり、知り会いのミュージシャンによるジャズライブや、地元のシェフを呼んだイベントなども開かれたりしている。

職人・槇塚登さんの手による鉄のフライパンは、注文して手元に届くまで1年はかかるといわれる人気とか(写真撮影/内田伸一郎)

職人・槇塚登さんの手による鉄のフライパンは、注文して手元に届くまで1年はかかるといわれる人気とか(写真撮影/内田伸一郎)

フラメンコが披露されるイベントが開催されたことも。青空の下、オリーブ畑に囲まれた場所で音楽が奏でられる、特別な時間(写真提供/オキオリーブ)

フラメンコが披露されるイベントが開催されたことも。青空の下、オリーブ畑に囲まれた場所で音楽が奏でられる、特別な時間(写真提供/オキオリーブ)

場所の力は大きい。オンラインでさまざまなことが可能になったからこそ、その場所に足を運ばなければ体験できないことは特別な意味を持つだろう。それが継続的な体験になり、まったく縁のない人に、この地が特別な所になっていく。
「ゆくゆくは、ギャラリーもつくって、音楽、アート、食、さまざまなカルチャーを媒体に、さまざまな人が交わる場所になったらと思っています。どうしても地方創生というと、移住や住んでもらおうとしがちだけれど、そうではなくて、この土地のサポーターを増やしていけたらいいですよね」(澳さん)

●取材協力
オキオリーブ

収穫お手伝いで食事・宿を無償提供!? 国内外からサポーター集う「オキオリーブ」関係人口の起点に 高松市

香川県高松市にあるオリーブ農園「オキオリーブ」。「一粒ずつ丁寧に手摘みで収穫したオリーブから、収穫4時間以内で抽出する」という手法でつくられるオリーブオイルは、なかなか手に入らない幻の逸品だとか。そして、この「オキオリーブ」では、「収穫サポーター」なる、ちょっと変わった試みをされていると聞き、現地へ。元・証券マンという異色の経歴を持つ、オキオリーブ代表園主の澳敬夫(おき・たかお)さんにもお話を伺った。

地元・全国から無償で収穫を手伝うサポーターが参加

高松空港から車で約15分、秋晴れの空の下、丘の上のオリーブ畑に到着。すると幅広い世代の男女が、一粒ずつオリーブを収穫し、腰に付けたバスケットに入れている。実はこの方たち、スタッフはほんの一部で、多くは「収穫サポーター」と呼ばれる方々。無償で手伝ってもらう代わりに、園が食事や宿を提供するというもの。地元・香川県だけでなく、県外からやってくる人も多いとか。
「互いに特別の恩恵をはかりあう“互恵”という考え方です。参加される方の理由はさまざま。オリーブという食材、オーガニックなものや農作業に興味を持つ人、この温暖な気候に惹かれた人、旅の一つの選択肢として参加した人、観光では得られない体験を求めている人など。年齢も幅広いです」(澳さん)

それぞれがバスケットを腰に付け、リズミカルに両手で収穫していく。収穫シーズンは10月で、中でも前半がピーク(写真撮影/内田伸一郎)

それぞれがバスケットを腰に付け、リズミカルに両手で収穫していく。収穫シーズンは10月で、中でも前半がピーク(写真撮影/内田伸一郎)

すべての実をひとつひとつ手摘みしていくことで、実を傷つけることなく収穫できるだけでなく、余計な葉や軸を取り除くことができる。その分、余計な雑味や苦みがなくなるのがメリット(写真撮影/内田伸一郎)

すべての実をひとつひとつ手摘みしていくことで、実を傷つけることなく収穫できるだけでなく、余計な葉や軸を取り除くことができる。その分、余計な雑味や苦みがなくなるのがメリット(写真撮影/内田伸一郎)

(写真撮影/内田伸一郎)

(写真撮影/内田伸一郎)

県外からの参加者は、通常は1日1組限定のゲストハウスとして使われている「澳邸」を宿泊施設として利用可能。男女別の相部屋で、まるで合宿所のような雰囲気だとか。「寝食を共にしつつ、農作業の中でも最も楽しい、収穫の喜びも共有してもらえたらと思っています」(澳さん)

オキオリーブガーデンのある丘を下った場所にある古民家をリノベーションしたゲストハウス「澳邸」(写真撮影/内田伸一郎)

オキオリーブガーデンのある丘を下った場所にある古民家をリノベーションしたゲストハウス「澳邸」(写真撮影/内田伸一郎)

世界的木工デザイナーのジョージナカシマの「コノイドチェア」やイサムノグチの「AKARI」など、高松ゆかりのアーティストの家具が並ぶ「澳邸」の室内(写真撮影/内田伸一郎)

世界的木工デザイナーのジョージナカシマの「コノイドチェア」やイサムノグチの「AKARI」など、高松ゆかりのアーティストの家具が並ぶ「澳邸」の室内(写真撮影/内田伸一郎)

「オキオリーブ」代表園主・澳 敬夫さん。 元は証券会社勤務。高松支店に赴任中の香川県で農業のファンドビジネスに携わる。「お金も出資者もなかなか集まらない。それなら自分で始めてみよう」と、オリーブ園を始めてしまったという経歴の持ち主(写真撮影/内田伸一郎)

「オキオリーブ」代表園主・澳 敬夫さん。
元は証券会社勤務。高松支店に赴任中の香川県で農業のファンドビジネスに携わる。「お金も出資者もなかなか集まらない。それなら自分で始めてみよう」と、オリーブ園を始めてしまったという経歴の持ち主(写真撮影/内田伸一郎)

澳さんが目指したのは「とことん和食に似合うオリーブオイル」。今年の2022シーズンオイルは、すでにオンラインでの販売は完売(画像提供/オキオリーブ)

澳さんが目指したのは「とことん和食に似合うオリーブオイル」。今年の2022シーズンオイルは、すでにオンラインでの販売は完売(画像提供/オキオリーブ)

収穫サポーターに参加した、ぞれぞれの理由とは? 

撮影当日は今年初めて&2度目という方が多かったが、中にはほぼ毎年訪れている人もいるとか。
そこで、撮影当日に参加されていた方にどうして参加したのか、お話を伺ってみた。
大阪からやってきているというカップル。「もともと2人とも飲食系の仕事をしていて、収穫を自分でできるのはすごく面白いなって。いずれは自分たちのお店をやってみたいという夢もあって、国産オリーブの食材そのものにも興味がありました」

元は同じ高校の同級生。以前参加したことのある彼の誘いで、彼女は今回、初参加。「オリーブを摘むのも面白かったし、普段なら接点のない人と出会うのも良い経験でした」(写真撮影/内田伸一郎)

元は同じ高校の同級生。以前参加したことのある彼の誘いで、彼女は今回、初参加。「オリーブを摘むのも面白かったし、普段なら接点のない人と出会うのも良い経験でした」(写真撮影/内田伸一郎)

ドイツから訪れたという彼の職業はシェフ。「日本の美味しい食材について学びながら日本全国旅をしたいと思っています。まだ日本に着いたばかりで、最初がココなんです」

彼はその後、澳さんの紹介で、地元の和食料理店で修業中だとか(写真撮影/内田伸一郎)

彼はその後、澳さんの紹介で、地元の和食料理店で修業中だとか(写真撮影/内田伸一郎)

「WWOOF」というシステムを利用して、訪れている人も多い。これはオーガニックな農作物をつくる農家がホストとなり、お金のやりとりなしで、「食事・宿泊場所」と「力」そして「知識・経験」を交換するというもの。中には、こうした働き方をしながら全国旅をしている人も多く、他の現場で顔見知りになっている人もいるそうだ。なかには、耳が不自由ながら、みんなで筆談しながらコミュニケーションをとり「ココの楽しい雰囲気が気に入って、今回は2回目なんです」という方もいた。

「奈良に一応自宅はありますが、これを利用して日本全国旅をしています。こうやって、自分の性に合う場所はないかな、と新しい拠点を探している最中です」という方(写真中央)(写真撮影/内田伸一郎)

「奈良に一応自宅はありますが、これを利用して日本全国旅をしています。こうやって、自分の性に合う場所はないかな、と新しい拠点を探している最中です」という方(写真中央)(写真撮影/内田伸一郎)

すでに拠点を持たず、「日本全国、都道府県を制覇したい」という方も(写真撮影/内田伸一郎)

すでに拠点を持たず、「日本全国、都道府県を制覇したい」という方も(写真撮影/内田伸一郎)

生活環境、属性も違う面々が非日常を味わいに集う場所

東京、大阪、名古屋といった都市に暮らしながら、年に1回は収穫シーズンに合わせて参加している方もいる。「普段はパソコンに向かっているばかりの毎日だけれど、この環境で身体を動かしてひとつひとつ実を摘んでいく作業はすごく心地いいんです」という声も。何度か訪れているうちに、観光地を訪れるより少し深く、濃く、この場所が特別になっていくのも、この取り組みのメリットだろう。

東京、横浜からそれぞれ初参加した会社員のお2人。初心者でも澳さんが手摘みの仕方を教えてくれる(写真撮影/内田伸一郎)

東京、横浜からそれぞれ初参加した会社員のお2人。初心者でも澳さんが手摘みの仕方を教えてくれる(写真撮影/内田伸一郎)

もちろん、香川県在住の方も多い。「地元がここだけれど、普通の会社員だから、こんな場所、こんな取り組みがあるとは知らなくて。私たちが何も知らないのはどうかと思って参加してみたら、楽しくて今回が2回目の参加です」という方もいれば、「もともとは併設のカフェの客だったんです。で、収穫体験できるんだ、と一度経験したら、楽しくて。今回はお友達を誘ってみました」と地元民ならではの気軽さで参加している方もいる。

地元の香川県の方々。「彼女は、仕事で今は地元を離れているんだけど、帰省している間にちょっと誘ってみたの」と和気あいあい(写真撮影/内田伸一郎)

地元の香川県の方々。「彼女は、仕事で今は地元を離れているんだけど、帰省している間にちょっと誘ってみたの」と和気あいあい(写真撮影/内田伸一郎)

撮影当日は、以前オキオリーブを取材したことのある記者さんが、朝イチの飛行機で東京から参加していた。こうした縁が広がっていくのも面白い。住まい、環境、年齢、属性の違うさまざまな人たちが、同じ空の下、作業をして、休憩して、語らう。美しい光景だ。

朝イチの作業の後、休憩時間。お茶を飲んだり、お菓子を食べたり。初対面同士の自己紹介も(写真撮影/内田伸一郎)

朝イチの作業の後、休憩時間。お茶を飲んだり、お菓子を食べたり。初対面同士の自己紹介も(写真撮影/内田伸一郎)

(写真撮影/内田伸一郎)

(写真撮影/内田伸一郎)

最初は海外からの旅行者が中心。コロナ禍で変化が

澳さんが、こうした農業サポーターを始めたのは5年前。当初は前述の「WWOOF」で、多くの外国人を受け入れたのがスタートだ。
「最初は、正直いうと、シンプルに収穫に人手がほしかった部分もありました。しかし、ホストファミリーとして、海外の方々を受け入れているうちに、ああ、これは、労働の対価として宿や食事を提供するという単純なものではないなぁと思いました。世界中からいろんな方が来ましたよ。オックスフォードの大学生、医者の卵、建築家、弁護士。お金じゃないんですよね。暮らすように旅をする、日本の食文化を知る、人と人とが繋がる、そういう数字には換算できないものを求めて彼らは来てくれているんだと思いました」(澳さん)

(画像提供/オキオリーブ)

(画像提供/オキオリーブ)

しかしコロナ禍で海外からの渡航者が激減。海外のサポーターの代わりに増えたのが国内の大学生の参加だ。「コロナ禍で学校が休校になったから、と参加してくれるようになったんです。また、海外を旅することはできないから、と国内からの参加も増えましたね」(澳さん)

海外から国内へとシフトする中で、変化も。
「海外の方だと、基本的には1回限り。ココはたくさん旅をする場所のひとつにしか過ぎなかったでしょう。しかし、地元の人やリピーターが増えていくと、少し関わり方も変わってきました。自然と顔見知りは増えますし、リピーターの人が初参加の人に摘み方を教えてあげたり、居住地が近い参加者同士で後日、交流していたり、この場が継続的な、もっと濃い交流の場となっている気がします」(澳さん)

継続的に関わることで生まれる、特別な「場」という意識

そこで、5年前からほぼ毎シーズン参加しているIさんにお話を伺った。最初は娘の秋休みに合わせて親子で参加できる農作業はないか探していたところ、オキオリーブ収穫サポーターを知り、参加したという(現在、収穫サポーターは16歳以上)。

「全国、いや世界中を放浪している若い方たちがいっぱいいたんですよ。娘はお兄さんお姉さんにいっぱい遊んでもらいました。彼らは本当に自由でオープンマインド。私は普通の人生を歩んできた人間なので、ああ、そんな生き方があるんだ、と目からウロコでした」(Iさん)

また、地元の農家さん、澳さんの友人などが顔を出し、一緒にお酒を飲むこともある。そうして何の縁もなかった高松の地が「特別な地」になった。
「地名をいえば、そこで一緒に過ごした方の顔が浮かぶ。子どもにとっても私にとっても繰り返し訪れる地は特別。1回限りの観光で訪れる土地とは、やはり愛着は違います」(Iさん)

子どもなりにできることをやる。今は地元の小学生を除けば、受付年齢は16歳以上となっている。(画像提供/Iさん)

子どもなりにできることをやる。今は地元の小学生を除けば、受付年齢は16歳以上となっている。(画像提供/Iさん)

音楽やアート。この場でこそ味わえる経験をシェアしたい

ここでの関わり方は収穫などの農作業だけではない。
「大工仕事をやってもらうこともありますし、“こんなことをしてみたい”と提案されることもあります。以前、フランス人のアーティストが、農作業の合間に、壁にオリーブの木を描いてくれたこともありました。あ、こちらのカラフルな壁は地元の大学生の作品。こうした作品も、この青空の下、風を感じる丘の上、といったロケーション込みでアートになるんだなと思っています」(澳さん)

併設されたカフェ(現在はメンテナンス休業中)。その横には、オリーブの木のシルエットを壁に描いた小屋がある(写真撮影/内田伸一郎)

併設されたカフェ(現在はメンテナンス休業中)。その横には、オリーブの木のシルエットを壁に描いた小屋がある(写真撮影/内田伸一郎)

単なるコンクリート壁だった貯水槽を、カラフルにペインティング。緑の中に唐突に現れ、楽しい気持ちにさせてくれる作品は地元大学生の手によるもの(写真撮影/内田伸一郎)

単なるコンクリート壁だった貯水槽を、カラフルにペインティング。緑の中に唐突に現れ、楽しい気持ちにさせてくれる作品は地元大学生の手によるもの(写真撮影/内田伸一郎)

また、現在このオリーブ畑はキャンプ場、グランピングの場としても利用可能。農作物の栽培という枠組みを超えて、さまざまな人が「関わる余地のある場」となっている。
さらに、敷地内にある小屋のなかには、澳さんの友人の職人による「Sanuki Tekki」の工房があったり、知り会いのミュージシャンによるジャズライブや、地元のシェフを呼んだイベントなども開かれたりしている。

職人・槇塚登さんの手による鉄のフライパンは、注文して手元に届くまで1年はかかるといわれる人気とか(写真撮影/内田伸一郎)

職人・槇塚登さんの手による鉄のフライパンは、注文して手元に届くまで1年はかかるといわれる人気とか(写真撮影/内田伸一郎)

フラメンコが披露されるイベントが開催されたことも。青空の下、オリーブ畑に囲まれた場所で音楽が奏でられる、特別な時間(写真提供/オキオリーブ)

フラメンコが披露されるイベントが開催されたことも。青空の下、オリーブ畑に囲まれた場所で音楽が奏でられる、特別な時間(写真提供/オキオリーブ)

場所の力は大きい。オンラインでさまざまなことが可能になったからこそ、その場所に足を運ばなければ体験できないことは特別な意味を持つだろう。それが継続的な体験になり、まったく縁のない人に、この地が特別な所になっていく。
「ゆくゆくは、ギャラリーもつくって、音楽、アート、食、さまざまなカルチャーを媒体に、さまざまな人が交わる場所になったらと思っています。どうしても地方創生というと、移住や住んでもらおうとしがちだけれど、そうではなくて、この土地のサポーターを増やしていけたらいいですよね」(澳さん)

●取材協力
オキオリーブ

土間や軒下をお店に! ”なりわい賃貸住宅”「hocco」、本屋、パイとコーヒーの店を開いて暮らしはどう変わった? 東京都武蔵野市

「なりわい賃貸住宅」、「暮らしの町あい所」として話題になった「hocco(ホッコ)」。13戸の賃貸住宅のうち5戸は居住者がなりわいとしてお店を開ける店舗兼用住宅だ。誕生から1年が経過し、「グッドデザイン賞」も受賞した。いま、そこに住む人はどんな暮らし方をしているのだろうか? 再び、訪れることにした。

2022年度グッドデザイン特別賞を受賞した「hocco(ホッコ)」は今?

2021年10月に筆者は「武蔵野市に店舗兼用の『なりわい賃貸住宅』が誕生!住宅街に顔の見える交流拠点を」という記事を書いた。東京都武蔵野市に、小田急バスが自社のバス折返場に建設した複合施設「hocco(ホッコ)」を取り上げたものだ。

hoccoは2022年10月に、2022年度グッドデザイン特別賞・グッドフォーカス賞[地域社会デザイン]を受賞した。「住宅地の真ん中にあるバスターミナルを地域交流拠点として開発した新しい取り組み」として評価されたものだ。審査員のコメントを見てみよう。

「駅から離れた立地のバスターミナルに店舗併用の賃貸住宅を建てることで、住む人の『なりわい』が地域の人々の新しい交流を生む魅力的な場となっている。中庭に面して店舗が並び、店舗は土間と軒先の空間を通じて中庭へと繋がる。軒下があることで人は気持ちよくお店の前でたたずみ、住む人とその『なりわい』に出会うことができる。個性あふれる『なりわい』が魅力となり、地域の人が自然に集まれる場ができている」

1年前、hocco誕生の際には、その仕掛けが面白いと思い、取材して記事にした。それが、入居が始まって1年経った今、実際にはどんな「なりわい」や「地域の人との出会い」が生まれているのだろうか? hoccoの建築設計・賃貸管理をしているブルースタジオの広報・平尾美奈さんに案内してもらった。

全13戸の賃貸住宅『hocco』(撮影/片山貴博)

全13戸の賃貸住宅『hocco』(撮影/片山貴博)

hocco配置図(画像提供/ブルースタジオ)

hocco配置図(画像提供/ブルースタジオ)

hoccoは、13戸の賃貸住宅が中庭を囲むように建ち、バスターミナルに近い5戸が店舗兼用住宅となっている。その特徴は、中庭に開かれた土間だ。「土間」と玄関前の「軒下」で“なりわい”を行うことができる。

04S号室「rn press + RIGHT NOW BOOKSTAND」(撮影/片山貴博)

04S号室「rn press + RIGHT NOW BOOKSTAND」(撮影/片山貴博)

※04S号室の間取り(画像提供/ブルースタジオ)

※04S号室の間取り(画像提供/ブルースタジオ)

現在は、次のような店舗が営業されている。
01S号室「l’atelier de nature(ラトリエ ド ナチュール)」:パンと焼き菓子の店
03S号室「玉草屋」:庭・外構・室内観葉のデザイン施工の店で、店舗で植物を販売
04S号室「rn press + RIGHT NOW BOOKSTAND」:新書古本を扱う書店
05S号室「オーブン屋」:オーブン料理のテイクアウト専門店。弁当販売も
13S号室「The Pie Hole LA 小金井公園」:パイとコーヒーの店

店長は猫のモリオ。本を買うためだけでないコミュニケーションが生まれる店

なりわい賃貸の居住者の一人、株式会社rn press代表取締役の野口理恵さん(41歳)が切り盛りする、書店「RIGHT NOW BOOKSTAND」(04S号室)を訪れた。この書店の店長は猫のモリオだ。

エキゾチックショートヘアのモリオ(1歳10カ月)。人懐っこいので、店長に任命された!?(撮影/片山貴博)

エキゾチックショートヘアのモリオ(1歳10カ月)。人懐っこいので、店長に任命された!?(撮影/片山貴博)

そもそもここに入居を決めたのは、猫のモリオが発端だった。コロナ禍で野口さんとパートナーが家にいるようになってから二人とも外出すると、高齢の猫・うなぎが鳴くようになり、新しく子猫のモリオを飼うようになった。元気がよすぎるモリオのために、ペットが飼える階段のあるメゾネットの賃貸住宅を探していた時に出合ったのが、hoccoだ。土間を自由に使ってよいと聞き、編集の仕事を長くしていることから、土間を書店にしたらどうかと思いついた。

04S号室「rn press + RIGHT NOW BOOKSTAND」1階の事務所。2階がプライベート空間。テーブルの上の籠の中にいるのが6歳のうなぎ。ここに引越してから生後10カ月のマニも飼い始めた(撮影/片山貴博)

04S号室「rn press + RIGHT NOW BOOKSTAND」1階の事務所。2階がプライベート空間。テーブルの上の籠の中にいるのが6歳のうなぎ。ここに引越してから生後10カ月のマニも飼い始めた(撮影/片山貴博)

自分がセレクトした本を置けたらよいと思い、いろいろな本屋のレイアウトをリサーチしたが、最終的には知り合いの元木大輔さん主宰のデザインスタジオDaisuke Motogi Architecture (現DDAA)に本棚の造作を依頼した。本のサイズはそのジャンルによっても変わるので、どんなジャンルの本を何冊ほど置きたいとイメージを固め、それに合わせて本棚をつくってもらった。

野口さんのご自慢の“本が浮いているように見える”ようデザインされた本棚(撮影/片山貴博)

野口さんのご自慢の“本が浮いているように見える”ようデザインされた本棚(撮影/片山貴博)

本業の編集の仕事を続けながら、副業の本屋の仕事も加わり、かなり大変ではないかと心配になったが、「むしろ本業がはかどるようになった」という。月曜~水曜は本屋を休んで本業に充て、木曜~日曜は本屋を営業するスタイルを取っている。本屋の営業日は1階の事務所にいる必要があるので、事務作業や執筆業務を集中してでき、以前よりメリハリがついてはかどるのだとか。本屋営業日に編集の仕事が入ることもあるので、営業は不定期となるが、インスタグラムやツイッターで営業時間を告知している。

では、本屋の営業状況はどうだろう? 以前の賃貸住宅の家賃との差額分を稼げればいいという程度に考えていたが、それを十分に超える収入になっているという。よく売れるのは「料理本」と「絵本」だ。近くに小さな子どものいる家庭が多いからだが、子どもたちは本よりも猫のモリオやマニがお気に入りだ。閉店時でもガラス越しにモリオを呼ぶ子どもの声が聞こえることもあるという。

年配の方が多いのもこの地域の特徴だ。縄文文化の研究をしていたというように、得意分野をもつ高齢者がその分野の本についていろいろ教えてくれることもある。読んだ本の感想を教えてくれる人もいて、野口さんのほうでも、この作家が好きならこちらの作家も好きだと思うと、本を紹介することもある。知的な会話を楽しみたいために通ってくる常連さんもいるとか。

地元の街の小さな本屋さんは、単に本を買いに来る場所ではなく、本に関する会話を楽しんだり、店長猫たちと遊んだりできる、交流の場になっているようだ。

なりわいの入居者は商店街ではなく、地域の人とふれあえる場所での開店を選んだ

次に訪れたのが、「The Pie Hole LA 小金井公園」。2022年7月にオープンしたパイとコーヒーの店だ。この店のY・Hさんが入居を決めたのは、バスターミナルからOPENの看板がよく見える13S号室だ。

13S号室「The Pie Hole LA 小金井公園」(撮影/片山貴博)

13S号室「The Pie Hole LA 小金井公園」(撮影/片山貴博)

The Pie Hole LAは、ロサンゼルス発の焼き立てパイとオーガニックコーヒーを提供するブランドだ。西麻布、軽井沢に店舗があり、期間限定で百貨店などに出店することもある。

東京都武蔵野市にずっと住んでいるHさんは、開催されていたhoccoのイベントに訪れて、地域の人たちと交流できる場所であること、なりわいができることを知った。もともと地域の人たちとのコミュニティーを作ることに興味があったHさんはhoccoに魅力を感じた。

店内にはハンドメイドのパイが並べられたショーケースやエスプレッソマシンが並んでいる(撮影/片山貴博)

店内にはハンドメイドのパイが並べられたショーケースやエスプレッソマシンが並んでいる(撮影/片山貴博)

ハンドメイドのパイは、Hさん自身が工場で手づくりしたものを、店に運んで販売している。13S号室は角地なので軒下が広く、椅子とテーブルを置くことができるが、店舗兼用住宅の中では土間が狭いので、レイアウトに苦労したという。

中心に据えられたショーケースには、おいしそうな総菜パイとデザートパイが並ぶ。パイはグランドメニューに加えて季節ごとのパイの展開もしているので、常に新しいパイに出合える。

人気のパイは、奥の「シェパーズパイ」(挽き肉とポテトを使ったミートパイ)と手前の「マムズアップルクランブルパイ」(りんごとクランブルのデザートパイ)。筆者も買ってみた(撮影/片山貴博)

人気のパイは、奥の「シェパーズパイ」(挽き肉とポテトを使ったミートパイ)と手前の「マムズアップルクランブルパイ」(りんごとクランブルのデザートパイ)。筆者も買ってみた(撮影/片山貴博)

名物のアップルパイには、長野県産のりんごを使っている。東京では購入できない、その農家より仕入れる珍しい品種のりんごの販売や、近所の農家と共同して野菜の販売もはじめた。近所の農家の野菜を使ったおかずなどの商品を今後考えていきたいという。

地域の農家の野菜の販売も試している(撮影/片山貴博)

地域の農家の野菜の販売も試している(撮影/片山貴博)

パイやコーヒーは、hoccoの居住者はもちろん、地域に暮らす人や近くの小金井公園に訪れる人が買いにきてくれる。開店してからまだ5カ月なので、いまは店を知ってもらうために火曜の定休日以外は毎日オープンしているという。

地域の交流拠点を目指して、定期的にイベントも開催

「なりわい賃貸住宅」では、野口さんの本屋や「玉草屋」(03S号室:庭・外構・室内観葉のデザイン施工の店)のように、本業とは別に店舗を営業している入居者もいれば、Hさんのパイとコーヒーの店や「オーブン屋」(05S号室:オーブン料理のテイクアウト専門店)のように、本業として店舗を営業している人もいる。どちらも成り立つのがhoccoの魅力だろう。

03S号室:玉草屋(画像提供/玉草屋)

03S号室:玉草屋(画像提供/玉草屋)

建築設計・賃貸管理をするブルースタジオによると、店の業種が重ならないように配慮しているという。店舗だけでなく、キッチンカーなども呼び込むようにしているので、取材した日には移動販売の花屋「ena to nico(エナトニコ)」がクリスマス用の商品も並べて営業をしていた。

クリスマス向けの商品も数多く用意されていた(撮影/片山貴博)

クリスマス向けの商品も数多く用意されていた(撮影/片山貴博)

店主の林実和さんは、2022年2月からhoccoに毎週(現在は毎週金曜)出店している。毎週出店しているのは、hoccoの環境がとても気に入っているからだ。hoccoの住民で毎週花を買っていく人もいるし、周辺の住民がランチを買いにきたときや犬の散歩の途中で寄って花を買っていく。林さんは、常連さんがいるので市場で花を選ぶ際にとても悩むという。

「ena to nico」はフラワーカーによる移動販売専門の花屋だ(撮影/片山貴博)

「ena to nico」はフラワーカーによる移動販売専門の花屋だ(撮影/片山貴博)

ほかにも、年に1~2回は、地域に開かれたイベントを開催している。2022年は桜咲く4月と10月にイベントを開催した。最新の10月10日に開催した「hoccoの秋祭り」では、hoccoの住民が主体となり、入居者の知り合いやなりわい賃貸店舗が出店し、当日限定の商品などを販売したり、ワークショップを行ったりした。

入居者がハロウィーンのデコレーションを行い、「玉草屋」とその知り合いの「アトリエ自作自演」が、カボチャのペイントなどのワークショップを行い、ハロウィーンムードを盛り上げた。取材をした野口さんは知り合いの「大福書林」に、Hさんは知り合いの「cafe247」に出店を呼び掛けた。

2022年10月に「秋祭り」を開催。時期的にハロウィーンの飾りつけで盛り上げた(画像提供/ブルースタジオ)

2022年10月に「秋祭り」を開催。時期的にハロウィーンの飾りつけで盛り上げた(画像提供/ブルースタジオ)

手芸用品の販売を行った「アトリエ自作自演」。デコレーションパーツは玉草屋のワークショップにも使われた(画像提供/ブルースタジオ)

手芸用品の販売を行った「アトリエ自作自演」。デコレーションパーツは玉草屋のワークショップにも使われた(画像提供/ブルースタジオ)

05S号室「オーブン屋」は特別メニューを提供(画像提供/ブルースタジオ)

05S号室「オーブン屋」は特別メニューを提供(画像提供/ブルースタジオ)

この地域には、古い団地もあれば新しいマンション群もあり、年配の人や子育て家族が多く住んでいる。こうしたイベントは、hoccoの常連客だけでなく、地域の人たちに広くhoccoを知ってもらい、地域交流の場となるようにという狙いがある。イベントには小田急バスやブルースタジオもスタッフを派遣して、当日の設営・片付けや交通整理などを行ったが、いずれは入居者たちだけでイベントが開催できるようになるとよいと考えているという。

現在、hoccoに入居募集中の住戸はないが、店舗兼用住宅への関心は高く、入居待ちの人もいるという。暮らしの延長でなりわいができること、地域の人たちの顔が見えるコミュニケーションができることなど、ほかにはない魅力を感じてのことだろう。新時代を感じさせる拠点だと思う。

●関連サイト
hocco物件専用WEBサイト

JR中央線(東京都内)、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

JR山手線と並んで東京を代表する路線といえるJR中央線。そのうち東京都内に位置する駅は、東京駅から高尾駅まで全32駅ある。沿線には大学のキャンパスも多く、東京駅や新宿駅といった都心のビジネス街もあるため、学生やビジネスマンの一人暮らしにも人気の路線だ。そんなJR中央線のシングル向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場を調査! 東京都内32駅の家賃相場が安い駅ランキングを見ていこう。

JR中央線(東京都内)の家賃相場が安い駅ランキング

順位/駅名/家賃相場(駅の所在地)
1位 高尾 4.60万円(東京都八王子市)
2位 西八王子 5.10万円(東京都八王子市)
3位 日野 5.30万円(東京都日野市)
4位 西国分寺 5.50万円(東京都国分寺市)
5位 国立 5.60万円(東京都国立市)
6位 東小金井 6.00万円(東京都小金井市)
6位 豊田 6.00万円(東京都日野市)
8位 国分寺 6.10万円(東京都国分寺市)
9位 八王子 6.30万円(東京都八王子市)
9位 武蔵小金井 6.30万円(東京都小金井市)
11位 武蔵境 6.70万円(東京都武蔵野市)
12位 三鷹 7.10万円(東京都三鷹市)
13位 阿佐ケ谷 7.15万円(東京都杉並区)
14位 吉祥寺 7.60万円(東京都武蔵野市)
14位 西荻窪 7.60万円(東京都杉並区)
16位 立川 7.70万円(東京都立川市)
16位 荻窪 7.70万円(東京都杉並区)
16位 高円寺 7.70万円(東京都杉並区)
19位 中野 8.20万円(東京都中野区)
19位 東中野 8.20万円(東京都中野区)
21位 大久保 9.40万円(東京都新宿区)
22位 御茶ノ水 11.00万円(東京都千代田区)
22位 東京 11.00万円(東京都千代田区)
24位 四ツ谷 11.30万円(東京都千代田区)
25位 代々木 11.49万円(東京都渋谷区)
26位 市ケ谷 11.70万円(東京都千代田区)
27位 水道橋 11.80万円(東京都千代田区)
28位 神田 11.90万円(東京都千代田区)
29位 信濃町 12.10万円(東京都新宿区)
30位 新宿 12.40万円(東京都新宿区)
31位 飯田橋 12.50万円(東京都千代田区)
32位 千駄ケ谷 13.25万円(東京都渋谷区)

ランキング上位は東京西部の駅がずらり。都内最西端の高尾駅が1位に

JR中央線は「中央本線」と呼称を変えながら東京都から神奈川県、山梨県、長野県……と続く長い路線。東京駅~高尾駅間の東京都内だけでも走行距離は53km以上におよび、沿線の家賃相場もさまざまだ。シングル向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が最も安かったのは、八王子市に位置する高尾駅で家賃相場は4万6000円だった。

高尾駅(写真/PIXTA)

高尾駅(写真/PIXTA)

1位・高尾駅はJR中央線のうち東京都内の最西端。しかし通勤特快に乗れば新宿駅まで4駅・約47分、東京駅まで8駅・約1時間1分と、思いのほか早くたどり着く。ほとんどの便が高尾駅始発なので、座りやすい点も魅力だ。高尾駅には京王高尾線も乗り入れており、駅にはスーパーや書店、飲食店などを抱えるショッピングモールが併設されている。駅南口を出て東に進むと、100円ショップやスーパー、ホームセンターがあり、さらにその先には多彩な店舗がそろうショッピングモール「イーアス高尾」も。ファストフード店やリーズナブルな食堂など、一人でふらりと入りやすい飲食店が駅周辺に点在している点もうれしいところ。駅の南口側と北口側を行き来するには大きく迂回する必要がある点がネックだが、南北を通り抜けできる自由通路の整備計画もあるそう。当初計画より進ちょくは後ろにずれ込んでいるようだが、完成すればより便利になるだろう。

2位は高尾駅の1駅隣にある西八王子駅で、家賃相場は5万1000円。駅には「セレオ西八王子」が併設され、食料品店やドラッグストア、飲食店が営業中。駅の北口側と南口側どちらにも複数のコンビニが点在し、南口から徒歩3分ほどの場所にはスーパーや100円ショップなどを備えた「コピオ西八王子駅前」がある。一人暮らしの日常の買い物には十分な環境と言えるだろう。また、駅周辺はファストフード店や居酒屋など気軽に行ける飲食店も充実しているうえ、「ラーメン激戦区」とも言われるラーメン店の密集地域でもある。刻み玉ねぎのトッピングが特徴的な「八王子ラーメン」の人気店をはじめ個性豊かなラーメン店が豊富なので、休日ごとに食べ歩いても楽しそうだ。

西八王子駅前の風景(写真/PIXTA)

西八王子駅前の風景(写真/PIXTA)

3位は家賃相場5万3000円の日野駅がランクイン。かつては甲州街道の宿場町として栄えた街で、現在は日野市を代表する駅の一つでもある。南北に走る線路の東側と西側に複数のスーパーやコンビニ、ドラッグストアがあり、日常使いできる飲食店も。バス乗り場やタクシープールがある駅前には交番もあり、安心感を高めてくれる。大型商業施設はないものの、ショッピングモールや家電量販店、映画館もある立川駅(16位・家賃相場7万7000円)まで1駅。平日は自然を感じられる多摩川の河川敷にも近くて落ち着いた街並みの日野で過ごし、休日はお隣の立川で遊ぶ……という暮らし方もいいだろう。JR中央線の快速と通勤特快を乗り継げば、日野駅から新宿駅まで約36分、東京駅までは約50分で行くことが可能だ。

日野駅前(写真/PIXTA)

日野駅前(写真/PIXTA)

都心に近いほど家賃は高め。安く住むには「人気駅の近隣駅」に注目!

JR中央線沿線には都内でも知名度の高い駅が数々あるが、なかでも住む街として人気なのは武蔵野市に位置する14位・吉祥寺駅だろう。リクルート住まいカンパニーが毎年調査する「SUUMO住みたい街ランキング(首都圏版)」では、2018年~2021年は3位、2022年は2位に輝いている。商業施設が充実し、少し歩けば緑豊かな井の頭恩賜公園もある吉祥寺は人気なのも納得だ。しかし家賃相場は7万6000円と、ランキングトップ3に比べるとやはり高め。そんなときは便利な街の恩恵にあずかりつつも家賃が抑えられる、吉祥寺にほど近い駅に住むのも一案だ。たとえば吉祥寺駅から高尾方面へ2駅目、武蔵境駅などいかがだろう。

武蔵境駅前(写真/PIXTA)

武蔵境駅前(写真/PIXTA)

武蔵野市にある武蔵境駅は、家賃相場が6万7000円で11位にランクイン。吉祥寺駅まではJR中央線快速で約5分、自転車でもほぼ平坦な道を走って15分ほど。さらに新宿駅まで約24分、東京駅までは約37分で行くことができる。そんなアクセスのよさだけではなく、武蔵境駅周辺の街並みも魅力的。駅にはスーパーやドラッグストア、飲食店が店を構える「nonowa 武蔵境」が併設され、駅西側高架下の「ののみちサカイ」にも店舗が軒を連ねている。また、武蔵境駅には西武多摩川線も乗り入れており、そちらの駅側には飲食店やスーパーを備えた「エミオ 武蔵境」がある。さらに南口にはショッピングモール「イトーヨーカドー武蔵境」、北口には武蔵野市役所の出張所や屋上にグランピングBBQ施設が入った官民連携の複合施設「QuOLa」も。個人商店が並ぶ商店街も広がる暮らしやすい環境でありながら、家賃相場は吉祥寺駅より9000円も低いのだ。

さて「人気の駅の近くに住み、家賃を抑えつつ便利に暮らす」方式を新宿駅にも応用してみよう。新宿駅は30位にランクインしており、家賃相場は12万4000円。ここからなるべく近くて家賃相場が低い駅としては、19位・東中野駅をピックアップしたい。家賃相場は8万2000円で、新宿駅よりも4万2000円も安いとの調査結果が出ている。新宿駅まではJR中央・総武線(各駅停車)で2駅・約4分、自転車なら12分ほどでたどり着く。この程度なら、ぶらりと出かけやすい距離感と言えるだろう。東中野駅には都営大江戸線も通っており、駅から北へ5分ほど歩くと東京メトロ東西線・落合駅を利用することも可能だ。

東中野駅周辺(写真/PIXTA)

東中野駅周辺(写真/PIXTA)

東中野駅にはスーパーやカフェ、書店などが入った駅ビル「アトレヴィ東中野」が併設されている。駅西口には再開発により2015年に誕生した駅前広場が広がり、27階建てのマンションがそびえ立つ。そして東口側に見えるのは、2005年に誕生した再開発エリア「ユニゾンスクエア」にある高層マンションだ。駅前には高層ビルばかり建ち並ぶかというとそんなことはなく、昔ながらの親しみやすい商店街もあるのが東中野の魅力。あれこれとまとめ買いできるスーパーも点在しているが、フランス料理の惣菜店など個性豊かな個人商店をめぐるのもおすすめだ。映画やテレビのロケ地にもなった昭和レトロな飲食店街「東中野ムーンロード」で、ちょっとディープな夜を過ごすのも楽しそう。そんな新旧の街が融合した東中野にはここ数年でも大型マンションが複数誕生しており、2024年にも25階建てマンションが竣工予定。今後も魅力ある街として、さらに発展していきそうだ。

●JR中央線(東京都内)の家賃相場が安い駅ランキング ※駅の並び順
JR中央線(東京都内)の家賃相場が安い駅ランキング

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている中央線沿線(東京都内)の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/8~2022/10
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

マンション住民の高齢化で防災どう変わる? 孤立を防ぐ「つつじが丘ハイム」の取り組みが話題 東京都調布市

全国で、マンションの築年数の経過とともに、居住者の高齢化が進んでいます。管理組合役員の担い手が不足し、運営がままならなかったり、管理が消極的になったりするほか、コミュニティの衰退による高齢者の孤立も問題になっています。東京都調布市のつつじが丘ハイムは、コミュニティの再構築と自主防災力の強化に取り組み、その活動が「マンション・バリューアップ・アワード2021」防災部門の部門賞に加えグランプリを受賞しました。管理組合に取り組みの経緯や成功のポイントを伺いました。

高齢化が進むマンションで、自主防災活動が機能する組織をつくる!敷地内の植栽スペースはきれいに掃き清められ、管理が行き届いていることがうかがえた。「ゴミひとつないきれいなマンション」と近隣で評判だという(写真撮影/田村写真店)

敷地内の植栽スペースはきれいに掃き清められ、管理が行き届いていることがうかがえた。「ゴミひとつないきれいなマンション」と近隣で評判だという(写真撮影/田村写真店)

高台に立つつつじが丘ハイムの屋上からの眺め。富士山をはじめ箱根や丹沢の山々が一望でき、晴れた日は、榛名山や赤城山、筑波山も見える(写真撮影/田村写真店)

高台に立つつつじが丘ハイムの屋上からの眺め。富士山をはじめ箱根や丹沢の山々が一望でき、晴れた日は、榛名山や赤城山、筑波山も見える(写真撮影/田村写真店)

調布市郊外にあるつつじが丘ハイムは、1972(昭和47)年に建設された、築50年の大規模分譲マンションです。

受賞理由となったコミュニティの再生と自主防災体制の構築に奮闘したのは、第49期の理事会メンバーです。自主防災会を組織し、活動内容をまとめた自主防災会組織活動マニュアルと、居住者用の防災マニュアルの作成に取り組みました。当時、理事長を務めた久保田潤一郎さんと現理事長の大谷浩彦さんに伺いました。

左は、マニュアルの原案を起草し、活動を率いた49期理事長の久保田さん。50期の理事長大谷さん(右)は、調布市の防災安全課と協力して自主防災会規約の制定に尽力した(写真撮影/田村写真店)

左は、マニュアルの原案を起草し、活動を率いた49期理事長の久保田さん。50期の理事長大谷さん(右)は、調布市の防災安全課と協力して自主防災会規約の制定に尽力した(写真撮影/田村写真店)

つつじヶ丘ハイムには4棟に443世帯が入居している。コミュニティの再生と自主防災体制の構築のための取り組みは、49期の22名の理事会メンバーを中心に行われた(写真撮影/田村写真店)

つつじヶ丘ハイムには4棟に443世帯が入居している。コミュニティの再生と自主防災体制の構築のための取り組みは、49期の22名の理事会メンバーを中心に行われた(写真撮影/田村写真店)

理事会が最初に取り掛かったのは、先代の理事長が発案した「安否確認マグネット」の配布です。「安否確認マグネット」は、大規模地震の発生時に、居住者の安否状況を把握するための表示板で、マグネットの表面には「無事です」、裏面には「救助求む」と書かれています。

「居住者がドアに貼ることで安否を知らせるものですが、配っただけでは機能しないのでは? と理事会で議論になったんです。安否確認マグネット以前にも防災の備えはしてきましたが、それらをつなぐ方針や活動マニュアルがありませんでした。自主防災組織と支援組織をつくり、安否確認マグネットと連動させようと取り組みがスタートしました」(久保田さん)

居住者は、家族全員の安全確認ができた段階で、玄関ドアの外側に「安否確認マグネット」を貼って状況を伝える(写真撮影/田村写真店)

居住者は、家族全員の安全確認ができた段階で、玄関ドアの外側に「安否確認マグネット」を貼って状況を伝える(写真撮影/田村写真店)

防災対策と同時に課題となっていたのは、つつじが丘ハイムのコミュニティの衰退です。1990年代までは、住民サークルや子ども会などのコミュニティ活動が盛んでしたが、2010年代から高齢化が進み、住民同士の交流が減少。久保田さんも、顔見知りが少なくなり、敷地内で挨拶しても名前がわからない人が増えたと感じていました。

「支援活動を継続させるには、居住者が共に支え合えるコミュニティの再構築が必要でした。お互いに困ったとき声をかけあうハイムに戻したいという思いでした」(久保田さん)

しかし、居住者名簿の情報は、ほとんどが入居時に提出されたまま。そこで、2020年9月に、安否確認マグネットの配布と共に、組合情報誌「ハイムエコー」で、居住者名簿を更新することを告知。10月に居住者名簿の整備を行いました。

「結果は、75歳以上の占める割合が18.4%と予想以上に高齢化が進んでいました。同時に、災害時に支援が必要か確認したところ、支援要望が115件あり、災害時の支援が重要課題になったんです。募集した災害支援ボランティアには、18名が登録してくれて、居住者が共に支え合うコミュニティづくりの第一歩となりましたが、登録してもらっただけでは機能しませんから、支援活動組織をつくり、マニュアルづくりを開始しました」(久保田さん)

自主防災会を設置し、支援活動マニュアルを作成

2021年4月から、久保田さんは、災害時の支援活動マニュアルと居住者用のマニュアルの原案を作成し、検討会のメンバーと議論を重ねました。

「毎月3回ほど、皆の知恵を集めて話し合いました。東京都や調布市の防災マニュアルを参考にしようとしましたが、当マンションは、支援を受ける方もする方も高齢者。対応が難しい人命救助活動や、細分化した班分けは、当マンションの実情に合わないので、そのままは使えません。支援活動に携わる人たちの安全を確保しながら居住者を1~2週間ケアできる体制づくりに努めました」

6月に理事会の合意を経て、自主防災会を設置。原案に理事会での意見を加えた自主防災会支援活動マニュアルが完成しました。組織は、自主防災会本部のほか安全確認グループ、物資グループ、情報グループの4班で構成されています。

「つつじが丘ハイム自主防災会組織活動マニュアル」。平常時の活動をはじめ、震災発生時から復旧時までの各グループの活動内容が書かれている(資料提供/つつじが丘ハイム管理組合)

「つつじが丘ハイム自主防災会組織活動マニュアル」。平常時の活動をはじめ、震災発生時から復旧時までの各グループの活動内容が書かれている(資料提供/つつじが丘ハイム管理組合)

居住者名簿をもとに、被災時に支援メンバーが各戸を見まわり、確認シートに安否を記入。緑色は、名簿更新時に支援を要望した住戸で、特に丁寧に確認することになっている(写真撮影/田村写真店)

居住者名簿をもとに、被災時に支援メンバーが各戸を見まわり、確認シートに安否を記入。緑色は、名簿更新時に支援を要望した住戸で、特に丁寧に確認することになっている(写真撮影/田村写真店)

苦労したのは、管理組合として前例のなかった災害ボランティア保険への加入です。

「マニュアルを作成する過程で、災害支援メンバーが安心して活動するためには、傷害保険は不可欠と判断して加入を検討しましたが、大変苦労しました。まず、東京都社会福祉協議会のボランティア保険に問い合わせましたが、マンションの管理組合は対象外。次に、複数の保険会社に該当する保険を調べてもらいましたが、天災時のボランティア保険はないという回答でした」(久保田さん)

それでも管理事務所を通じて粘り強く複数の損害保険会社と交渉を重ね、その中の1社と特約で「災害ボランティア保険」に一人当たり400円で加入することができました。この保険加入で、支援メンバーに安心して支援活動に参加してもらえるベースができました。

災害対応自動販売機の設置や防災用品、備蓄品の見直しを行う

自主防災会の設置や支援活動マニュアル完成後、理事会で進めたのは、災害対応自動販売機(※)の設置です。2020年度の理事会でも議題に上がっていましたが、「空き缶やペットボトルが散乱するのではないか」「居住者以外の利用者が敷地内に入るのは物騒では」と否定的な意見が多く、設置が見送られていました。

※別名「ライフライン自動販売機」ともいわれ、災害や緊急事態で停電になった場合でも、一定の操作により、被災者に飲料を無償提供することができる。

「2021年度は、とにかく居住者の声を聞いてみようと。お試し設置期間を設けて、居住者の意見を募ることにしました。期間中にアンケートを実施したところ、91名から回答があり、『設置してもよい』が87%で、理事会メンバーが想定していた否定的な意見はほとんどありませんでした。この結果をもとに総会に提案し、設置の承認を得ることができました。また、ハイムエコー(組合情報誌)には、賛成・反対両方の意見を掲載し、設置に至るまでの過程を知ってもらえるように工夫しました。普段は普通の自動販売機ですが、災害時には、管理事務所にある鍵で開けられるようになっており、内蔵している600本の飲料を居住者に無料で配布します」(久保田さん)

利用率は高く、電気代はまかなえている。「敷地内にあり便利」という声のほかに「夜間の灯りが防犯上いい」という予想外のメリットも(写真撮影/田村写真店)

利用率は高く、電気代はまかなえている。「敷地内にあり便利」という声のほかに「夜間の灯りが防犯上いい」という予想外のメリットも(写真撮影/田村写真店)

さらに、防災用品と防災備蓄品の見直しを行い、自主防災会組織用の防災用品と、全居住者用の防災備蓄品を購入し保管しました。

「防災用品には、被災時に携帯電話やメールが使用できない状況を想定して、800m先まで声が届くメガホンを加えました。『支援のボランティアができる人は、集まってください』、『飲料水と食料を配ります』とメガホンで知らせます。居住者用には、2Lの保存飲料水3本とアルファ米2食分、羊羹1箱を用意しました。買い替えは、賞味期限前に行い、古いものは、全戸に配布して災害時の支援活動内容をPRして理解を深めてもらう計画です」(久保田さん)

自主防災会組織用の防災用品20品目。ソーラ発電機・バッテリーのほか、800m通達できるメガホンや支援メンバーが見回りの際使用するハンディメガホンも用意(写真撮影/田村写真店)

自主防災会組織用の防災用品20品目。ソーラ発電機・バッテリーのほか、800m通達できるメガホンや支援メンバーが見回りの際使用するハンディメガホンも用意(写真撮影/田村写真店)

倉庫に保管されている飲料水と携帯トイレ。A棟B棟の倉庫で2Lのペットボトルをそれぞれ600本ずつ備蓄(写真撮影/田村写真店)

倉庫に保管されている飲料水と携帯トイレ。A棟B棟の倉庫で2Lのペットボトルをそれぞれ600本ずつ備蓄(写真撮影/田村写真店)

既存の防災用品を検討する中で、新たにわかったこともありました。つつじが丘ハイムには、敷地内の洗車場3カ所に井戸水が給水されていますが、井戸が掘られた理由は誰も知りませんでした。ところが調べてみると、「阪神・淡路大震災が起きた後、1996年に水道停止時の給水用として井戸が掘られた」という記録があったのです。その際購入された井戸水給水用の非常用発電機も見つかりました。

「20年以上も前に諸先輩が用意してくれた財産がすぐそばにあったんだと皆で感謝しました。非常用発電機を整備し、井戸水が水質検査に合格していることを確認して、被災時の生活水として利用することにしました」(久保田さん)

ポータブルの非常用発電機。停電時は、非常用発電機に切り替え、井戸から水をポンプアップする(写真撮影/田村写真店)

ポータブルの非常用発電機。停電時は、非常用発電機に切り替え、井戸から水をポンプアップする(写真撮影/田村写真店)

非常用発電機で送水した井戸水を非常用浄水器に通して浄化し、生活水として支給する(写真撮影/田村写真店)

非常用発電機で送水した井戸水を非常用浄水器に通して浄化し、生活水として支給する(写真撮影/田村写真店)

防災設備の見直しで新たにAEDを2カ所に設置した(写真撮影/田村写真店)

防災設備の見直しで新たにAEDを2カ所に設置した(写真撮影/田村写真店)

自助・共助の活動が見開きでわかる居住者向けの防災マニュアルが完成

その後、2021年6月から、「つつじが丘防災マニュアル」の作成に着手し、10月に居住者が自らの命を守る行動(自助)と自主防災組織の支援活動(共助)をまとめた冊子が完成。全戸に配布されました。

防災活動の要となる居住者用の「つつじが丘ハイム防災マニュアル」と支援者用の「自主防災会組織活動マニュアル」(写真撮影/田村写真店)

防災活動の要となる居住者用の「つつじが丘ハイム防災マニュアル」と支援者用の「自主防災会組織活動マニュアル」(写真撮影/田村写真店)

大規模地震発生時の初動活動は、次のように想定しています。

・自主防災会本部を立ち上げ、理事会メンバーと災害支援ボランティアメンバーを招集。
・安全グループの支援メンバーが、ドアに貼られた安否確認マグネットを確認し、被害状況や支援依頼内容を把握する。
・情報グループは、安全確認グループから受けた被害情報、支援内容などをまとめ、本部へ報告する。
・本部の指示の下に、要支援者に支援を行い、飲料水や非常食などの配分や配布を行う。

「つつじが丘ハイム防災マニュアルには、被災状況や支援依頼内容を把握するための『支援依頼シート』『お困りごとシート』『留守宅への連絡依頼シート』が切り離して使えるようになっています。マグネットに挟んでもらい、安否確認時に回収し、居住者全員の状況を把握します。また、危険な支援活動や二次災害を防ぐために、支援可能な活動と支援が難しい活動を明記しています。例えば、消火器で対応できない規模の消火活動や倒れた家具に挟まれた住民の救出活動は、支援が難しいと明記しています。居住者からは『どんな支援があるのかわかりやすい』、支援ボランティアからは『支援活動時にどう対応すればよいか理解できた』という声が寄せられました」(久保田さん)

時系列で、居住者が自らの命を守るための行動(自助)と自主防災組織の支援活動(共助)が見開きでわかりやすく書かれている(写真撮影/田村写真店)

時系列で、居住者が自らの命を守るための行動(自助)と自主防災組織の支援活動(共助)が見開きでわかりやすく書かれている(写真撮影/田村写真店)

災害支援ボランティアメンバーについては、防災マニュアル配布時に2回目の募集をして合計28名の方が登録されました。そして、登録者を対象とした説明会を開催した際の参加者の声が今後の支援メンバーを募るうえで発想の転換になりました。

「高校生の娘さんがいる50代の男性から、『娘は、ボランティア登録や説明会の参加は苦手だけど、災害時には手伝うよと言ってくれていますよ。そういう若い人はもっといるのでは』という意見をいただいて、なるほどと思いました。現在の登録メンバーに加えて、被災時には、広く支援活動に参加できる人を募るつもりです。実際、昨年雪が降った際、若い人たちがスコップを借りて自主的に除雪をしてくれたんです。つつじが丘ハイムのコミュニティも捨てたものではないなあと思いました。被災時にメガホンで『支援活動が可能な人は、ぜひ集会室に集まってください』と呼び掛けてみます」(久保田さん)

「マンション・バリューアップ・アワード」の受賞をきっかけに、ほかのマンションの管理組合から、これらの資料や取り組みノウハウを活用したいという問い合わせが多数寄せられています。メール以外にも、滋賀県から飛び込みで話を聞きにやってきた人もいたそうです。「防災組織やマニュアルが整備されていないマンションで、つつじが丘ハイムの防災マニュアルが、ひな形として役立ててもらえたら嬉しいですね」と久保田さん。大谷さんは、頷きながら、「今後は、マニュアルを検証していきたい」と続けます。

11月にはコロナ禍で中止していた防災訓練が再開され、46人の居住者が参加。いずれは、避難訓練を行い、被災時の動きをシミュレーションしたいと考えています。

自主防災力の強化を行い、組織づくりを通じて、コミュニティが再生しつつあるつつじが丘ハイム。はじまりは、「自分たちの住むマンションをより良くしたい」という思い。理事会からのトップダウンではなく、居住者のニーズに真摯に向き合うこと、活動を継続していくことが、コミュニティを育んでいくのだと痛感しました。

●取材協力
マンション・バリューアップ・アワード

JR中央線(東京都内)、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2022年版

JR山手線と並んで東京を代表する路線といえるJR中央線。中央線自体は「中央本線」と呼称を変えながら東京駅を出てから神奈川県、山梨県、さらに長野県へとつながる長い路線だ。そのうち東京都内に位置する駅は、東京駅から高尾駅の全32駅。そんなJR中央線・東京都内32駅の中古マンションの価格相場はどんなものか? 専有面積50平米以上~80平米未満の中古マンションの価格相場ランキングをご紹介しよう。

中央線(東京都内)沿線の中古マンション価格相場が安い駅ランキング

順位/駅名/価格(駅所在地)
1位 西八王子 2730万円(東京都八王子市)
2位 日野 3930万円(東京都日野市)
3位 八王子 3939万円(東京都八王子市)
4位 豊田 3998万円(東京都日野市)
5位 国立 4725万円(東京都国立市)
6位 立川 4880万円(東京都立川市)
7位 東小金井 4980万円(東京都小金井市)
8位 武蔵小金井 5390万円(東京都小金井市)
9位 西国分寺 5580万円(東京都国分寺市)
10位 国分寺 5680万円(東京都国分寺市)
11位 武蔵境 5980万円(東京都武蔵野市)
12位 三鷹 5990万円(東京都三鷹市)
13位 阿佐ケ谷 6698万円(東京都杉並区)
14位 高円寺 6880万円(東京都杉並区)
15位 西荻窪 6980万円(東京都杉並区)
16位 荻窪 7130万円(東京都杉並区)
17位 大久保 7190万円(東京都新宿区)
18位 中野 7380万円(東京都中野区)
19位 東中野 7494.5万円(東京都中野区)
20位 新宿 8080万円(東京都新宿区)
21位 御茶ノ水 8199万円(東京都千代田区)
22位 神田 9140万円(東京都千代田区)
23位 代々木 9180万円(東京都渋谷区)
24位 信濃町 9480万円(東京都新宿区)
25位 水道橋 9830万円(東京都千代田区)
26位 四ツ谷 1億480万円(東京都千代田区)
27位 千駄ケ谷 1億500万円(東京都渋谷区)
28位 市ケ谷 1億980万円(東京都千代田区)
29位 飯田橋 1億1000万円(東京都千代田区)
※東京、吉祥寺、高尾の各駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外

TOP3には自然も感じられる多摩地域の3駅がランクイン

リクルート住まいカンパニーが毎年調査する「SUUMO住みたい街ランキング(首都圏版)」では、JR中央線は2018年から5年連続で「住みたい沿線ランキング」の4位に輝く人気の路線。人気が高いと沿線にある物件の価格もアップしがちだが、広範囲にわたる路線だけあって駅ごとの価格相場の開きが大きいことが調査により判明した。

最も安かったのは八王子市にある西八王子駅で、価格相場は2位より1200万円も安い2730万円だった。中央線の都内最西端の駅である高尾駅の一つ手前に位置し、JR中央線の快速と通勤特快を乗り継ぐと新宿駅まで約48分、東京駅までは約1時間2分で到着する。

西八王子駅(写真/PIXTA)

西八王子駅(写真/PIXTA)

1位・西八王子駅には生鮮食料品を扱う「市場館」と飲食店やドラッグストアなどが並ぶ「生活館」からなる「セレオ西八王子」が併設されている。駅周辺には多彩な飲食店が点在し、深夜1時まで営業するスーパーがあるのも便利なところ。また、駅南口から徒歩3分ほどの場所には、スーパーをはじめ100円ショップやドラッグストア、ベーカリーやクリニックなどを備えた「コピオ西八王子駅前」が2021年10月にオープンした。駅北口から7~8分も歩けば、南浅川の河川敷へ。川沿いには散策やサイクリングにぴったりな「浅川ゆったりロード」が整備され、春は桜並木が沿道を美しく彩ってくれる。日常の買い物に便利な施設がそろい、自然も身近に感じて暮らせるうえに価格相場も安い西八王子は、穴場の駅と言えそうだ。

2位は日野駅で、価格相場は3930万円。日野市を代表する駅の一つであり、駅の約15分圏内には市役所や市立図書館、広々とした「市民の森スポーツ公園」、トレーニングジムを備えた「市民の森ふれあいスポーツホール」といった市の施設が点在している。かつては甲州街道の宿場町として栄え、駅から10分ほど歩くと都内に現存する唯一の本陣である「日野宿本陣」の見学も可能だ。また、新選組の副長・土方歳三の出身地としても知られ、「新選組のふるさと歴史館」もあるなど歴史好きにはそそられる街だろう。

日野宿本陣(写真/PIXTA)

日野宿本陣(写真/PIXTA)

日野駅前に目を向けると飲食店が並んでいるほかスーパーやドラッグストアも複数あり、日常の買い物にも困らない。駅から北へ10分ほど歩くと、のどかに流れる多摩川が見えてくる。土手には緑が茂り、西方を見ると遠くに奥多摩の山影も見える。休日にぶらりと散歩をして、自然あふれる風景を眺めつつ気分転換するのもいいだろう。

3位には、1位・西八王子駅よりも1駅東京方面にある八王子駅がランクイン。価格相場は3939万円だった。八王子市はもちろん東京多摩地域を代表する駅であり、町田・横浜方面と結ばれたJR横浜線も乗り入れている。八王子駅から徒歩5分ほどの場所には京王線・京王八王子駅もあり、駅周辺は大にぎわい。JRと京王線の駅舎ともに商業施設が入った駅ビルがあるほか、ショッピングモールをはじめとした大型商業ビルが駅前に建ち並んでいる。一方で駅前の喧騒を離れると、西八王子駅周辺から「浅川ゆったりロード」が延びる浅川や、湧水が流れる谷や森と遊具広場を備えた「小宮公園」も。都市部の便利さと多摩地域らしい自然が共存する街並みと言える。JR中央線の通勤特快の停車駅なので、新宿駅まで約40分、東京駅まで約54分で行ける点も魅力だ。

八王子駅北口(写真/PIXTA)

八王子駅北口(写真/PIXTA)

浅川ゆったりロード(写真/PIXTA)

浅川ゆったりロード(写真/PIXTA)

再開発で街が様変わりしつつある、あの駅は何位?

続いて4位以下の注目の駅も見ていこう。まずは3998万円で4位にランクインした、日野市に位置する豊田(とよだ)駅。先行して再整備された駅北側に続き、現在は駅南側で街の再整備が進行している。駅の南側を流れる浅川手前までの約87haにわたる土地の区画整理を行い、歩道の幅を広げるなどの生活主要道路の整備や、公園の整備などが行われている状況だ。

豊田駅周辺(写真/PIXTA)

豊田駅周辺(写真/PIXTA)

豊田駅南の土地区画整理事業の完了は2028年度の予定だが、すでに整然とした街並みへと変化がみられ、2023年度には南口駅前広場の本整備も予定されるなど着々と生まれ変わりつつある。現状でも駅北側に「イオンモール多摩平の森」や市立の総合病院があって暮らしやすいが、今後はより魅力的な街になると期待できそう。

もう1駅、18位にランクインした中野区の中野駅をピックアップ。中野駅は「SUUMO住みたい街ランキング2022(首都圏版)」で「住みたい街」19位、「穴場だと思う街」22位に選ばれている。価格相場は7380万円とトップ3に比べるとグッとアップ。しかし「穴場=街の利便性のよさを考えると物件価格が割安に思える」として名前が挙がるだけに、住みやすい様子。どんな街か見てみよう。

18位・中野駅はJR中央線快速の停車駅で、朝8時台はほぼ2~3分間隔で東京方面行きの快速が発車。新宿駅まで約5分、東京駅までは約19分で行くことができる。また、東京メトロ東西線の始発駅でもあり、飯田橋駅や大手町駅、葛西駅へもアクセスしやすい。駅周辺には個性的なテナントが軒を連ねる「サブカルの聖地」として知られる商業施設「中野ブロードウェイ」や、220m以上続くアーケード商店街「中野サンモール」などの商業施設が豊富で、生活する街・遊ぶ街として愛されてきた。

中野ブロードウェイ(写真/PIXTA)

中野ブロードウェイ(写真/PIXTA)

また、ここ10年ほどは働く街としての注目度も上昇。2012年に駅北西側に再開発エリア「中野四季の都市(なかのしきのまち)」が街びらきを迎え、オフィスビルの中野セントラルパークや大型公園、大学のキャンパスなどが誕生した。そして駅周辺の再開発はまだまだ進行中だ。中野四季の都市の一角では区の新庁舎が建設中で、2023年度内に完成予定。駅北側に建つ街のランドマーク「中野サンプラザ」は2023年7月に閉館の後、オフィスやホテルなどの複合施設に建て替えが予定されている。さらに駅南側でも駅前広場の整備、業務・商業・住宅の複合ビルの建設などを計画。2029年度の完了を目指す街づくり事業により、中野駅周辺は一大転換期を迎えているのだ。

中野サンプラザ周辺(写真/PIXTA)

中野サンプラザ周辺(写真/PIXTA)

さて、今回のランキングを振り返ってみると、東京駅から近い順に神田駅~代々木駅の9駅が21位~29位、新宿駅~武蔵境駅の10駅が11位~20位、東小金井駅~西八王子駅の10駅が1位~10位にランクインしている(※調査条件を満たさない東京、吉祥寺、高尾の各駅を除外)。「東京駅から遠いほど価格相場が安い」という、大方の予想を裏切らない結果と言えるだろう。

ちなみに東京駅に最も近い22位・神田駅は価格相場9140万円で、ランキング中で最も遠い1位・西八王子駅は2730万円と、その差は6410万円。しかし遠いと言っても西八王子駅~東京駅は1時間少々で、前述の通り西八王子駅周辺の生活環境も整っている。都心部への近さばかりにとらわれないほうが、自分の暮らしにあった住まいが見つかるかもしれない。

●駅順の価格一覧
※東京、吉祥寺、高尾の各駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外

※東京、吉祥寺、高尾の各駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている中央線(東京都内)沿線の駅掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ、専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2022/8~2022/10
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

世界の名建築を訪ねて。ザハ・ハディドによる“熔融した建築”「オウパスMEドバイ・ホテル(ME Dubai Hotel at the Opus)」/ドバイ

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載2回目は、国際的な女性建築家として知られたザハ・ハディド(Zaha Hadid)によるホテル「ME Dubai Hotel at the Opus(オウパスMEドバイ・ホテル)」(ドバイ)を紹介する。

建築が熔融した形態美学

2021年10月から2022年3月まで、ドバイ国際博覧会が開催された。アラブ首長国連邦(UAE)切っての経済都市ドバイ。周知のように現在世界最高の828mの高さを誇るタワー「ブルジュ・ハリファ」があり、一説によれば1,700億円ほどの建設費と聞く。ドバイは中近東エリアでは有数の観光地であることはいうまでもないし、近くのアブダビもリッチな国で「ルーブル・アブダビ」という名建築がある。

国際的な女性建築家として知られたザハ・ハディドは、2004年に世界的に権威あるプリツカー賞を、女性で初めて受賞するという名誉に輝いた。彼女の流麗な曲線美を表現した作風は、世界の建築界を広く席巻してきた。

(Photo by Masayuki Fuchigami)

(Photo by Masayuki Fuchigami)

彼女が設計した「オウパスME ドバイ・ホテル」は、ドバイ・ダウンタウンとドバイ・ウォーター・カナルのビジネス・ベイに近いブルジュ・ハリファ地区にある。ということは上述のタワーの名前はこのエリアの地名にもなっているのだ。ザハ・ハディドが2007年にデザインしたこのホテルは、彼女が建築とインテリアを一緒に設計した唯一のホテルとして有名である。それはソリッド&ヴォイド(固体&空洞)、不透明&透明、インテリア&エクステリアというハイブリッドのバランスをコンセプトとしてデザインしたものである。

ホテルはかなり広く、延床面積が84,300m2もある建物は別個のふたつのタワーとしてデザインされ、それらを合体することで、キューブ形の全体として誕生した。ザハ・ハディドによれば、キューブの中心部は熔融し、建物デザイン上の非常に重要なボリュームである自由な形態の空間を創造しているという。建物両サイドの塔状部分は、地上レベルでは4層吹抜けのアトリウムで連結され、地上71mの位置では非対称な幅38mの空中ブリッジで連結されている。

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

ガラス・キューブとなっている建物の直覚的な幾何学形態は、その中央にある8層吹抜けのヴォイド空間の流動性とは、ドラマティックな対照をなしている。またキューブの二重ガラス・インシュレーション・ファサードは、UV(紫外線)コーティングと鏡面フリット・パターンによってソーラー・ゲインを減少させている。建物全体に応用されたこのフリット・パターンは、建物の矩形フォームの明るさを強調している。他方、絶えざる反射と透明の変化による光の戯れを通して、建物全体のボリューム感を減少させている。 
 
ヴォイド空間のファサードは6,000m2もあり、4,300枚の一重もしくは二重のカーブしたガラス・ユニットで覆われている。高効率のガラス・ユニットは非常に複雑な構成となっている。8mm厚のロウ・アイアン・ガラス(内側にコーティング)、16mmの間隙、および6mm厚の二重クリア・ガラスに1.52mmPVC樹脂をラミネートしたもので構成されている。ヴォイド空間のカーブしたファサードは、3Dデジタル・モデリングでデザインされたもので、強化ガラスを必要とする部分にも使用されている。

四角い形の建物のガラス張りファサードは、昼間は空をはじめ、太陽、周辺の都市景観を映し出す一方、夜間のヴォイド空間は個々のガラス・パネルに装備されたアジャスタブル(調節できる)なLEDライトのイルミネーションがダイナミックに輝いている。

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

ホテルのインテリアに目を向けると、ザハ・ハディド自身がデザインした家具がホテル全域にわたって使用されている。ペタリナス・ソファとオットマンがロビーに配されている。これらは長いライフサイクルをもつ材料からできており、その構成部材はリサイクル可能というサステイナブル・デザイン。ベッドはオウパス・ベッドが使用され、デスク付きのワーク&プレイ・コンビネーション・ソファはスィートルームなどに置かれている。そのほか、彼女が2015年にデザインしたヴィターエ・バスルームが各客室に使用されている。つまりこのホテルは、全てがザハ・ハディドのデザインで埋め尽くされた貴重な建築作品なのだ。

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

(Photo by Laurian Ghinitoiu)

「オウパスMEドバイ・ホテル」には74の客室と19のスィートルームがある。そのほか「ザ・オウパス・ビル」全体では、オフィス、サービス付きレジデンス、レストラン、カフェ、バーなどがある。また有名な日本の炉端焼きレストランのROKAや、MAINEランド・ブラッセリーなどが入っているようだ。

「ザ・オウパス」ビルでは建物全域にあるセンサーが、省エネのためにホテルの混雑具合を判断して換気と照明を自動的に調節する。他方「オウパスMEドバイ・ホテル」は、インターナショナルME(メリア)ホテル群のサステイナブル・デザインと同じシステムを踏襲している。

ゲストは滞在中にホテル内でステンレス・スティールのウォーター・ボトルを受け取り、ホテル中に配置されたウォーター・ディスペンサーから飲料水を得る。客室にプラスティック・ボトルは一切なく、プラスティック・フリー・ホテルとなっている。ホテルではさらに食品廃棄を減らすためにビュッフェをサービスせず、食べ残した食品をリサイクルする生ゴミ処理機を用意しているという。サステイナブル・デザインの先端を疾走する世界的なSDGsホテルでもある。

世界中で先端的な建築を数多くデザインしてきた彼女が、2012年に開催された東京スタジアム・コンペで1等賞となり、来日した時の記者会見で会ったことがある。その時の彼女の晴れやかな佇まいが印象的だった。その後2016年にマイアミの病院で他界してしまったが、今でも彼女がデザインした未完の「東京スタジアム」に憧憬の念を抱いている人は少なくない。

●関連サイト
ME Dubai Hotel

要介護者を減らす「儲かる”大東元気でまっせ体操”」って? 95歳も躍動する大阪府大東市の自主サークルの輪

お揃いの白いポロシャツに身を包み、元気よく記念写真に収まるお年を召した方々。彼らは大阪府大東市の赤井地区の公民館に集まった老人会。背筋は伸び、血色も良いその姿から、95歳を筆頭に全員が74歳以上の高齢者とは思えない。実は彼らは、大東市が考案した「大東元気でまっせ体操」の愛好者だ。なにも彼らだけが特別なわけではない。大東市では毎週133箇所の拠点で、高齢者が自主的に集い、この体操を行っている。17年以上続くこの取り組みにより、まちに変化が生まれたという。どのように変化を遂げたのか、現地へ足を運んでみた。

体操が生まれたきっかけは、増え続ける高齢者の介護サービス

介護保険制度が始まったのは2000年。その数年後には、大東市でも介護や支援が必要な高齢者が急増した。特に増加したのは介護の必要度が低い「要支援者」。「重度の要介護者の増加率はそれほどでもなかったですが、軽度の要支援者数が急増していることに疑問を感じました」と振り返るのは、当時大東市のリハビリテーション課に勤務していた逢坂伸子さん(現・大東市保健医療部高齢介護室課長)

市役所前で「大東元気でまっせ体操」を披露してくれた逢坂さん。全国に先駆けリハビリ専門員を雇い、誰もが住みやすいまちを目指す大東市の姿勢に共感しこの仕事に就いた(写真/藤川満)

市役所前で「大東元気でまっせ体操」を披露してくれた逢坂さん。全国に先駆けリハビリ専門員を雇い、誰もが住みやすいまちを目指す大東市の姿勢に共感しこの仕事に就いた(写真/藤川満)

2003年ごろ、逢坂さんは増え続ける要支援者の相談を受けるうちに、あることに気付いた。「相談者の身体の不具合の原因は、ほとんどが不活発な生活による筋力低下ということが分かりました」。そこで理学療法士の資格をもつ逢坂さんは、運動指導員と共に、主に下半身の筋力強化に繋がる体操を考案する。2005年、単に負荷を与えるだけでなく、脳のトレーニングにも繋がる動きも加え、「楽しさ」を重視した「大東元気でまっせ体操」が誕生する。

筋力強化に必要なのは、継続して取り組むこと。現在は全国各地で類似の体操はあるものの、大東市のように毎週市内各所で、高齢者のグループが自主的に取り組んでいるところは、少なくほぼない。「年一回程度のイベントなどで体操を教えても続かない、というのは過去の事例からも分かっていました」と逢坂さん。

そこで逢坂さんは、高齢者が集う特殊詐欺防止セミナーやカラオケ大会など、およそ200回の地域の集いに出向き、こう説いた。「今の不活発な生活のままでは、将来必ず介護サービスを受ける。すると年間数十万の出費になります。この体操を続ければその出費がなくなり、浮いた分でハワイ旅行に充てることもできます」。つまり「健康でいること」=「儲かる」と強調したことで、高齢者の目の色が変わった。「皆さんお金には興味があるのです(笑)」と逢坂さんも笑う。この提案が功を奏し、参加団体はみるみる増えていき、2022年の時点で、その数は133にものぼっている。

その効果は統計にも表れた。かつて約1100人いた市内の介護予防サービス利用者は、2018年度末には約300人に激減。現在もその数は減り続けているという。またこの体操に取り組む高齢者は、およそ3000人。大東市の高齢者人口の約10%にものぼっている。

各地域のグループは福祉委員会や老人会が中心になっている。赤井自治会老人会では年に一度市内の体操グループが集まる交流会への参加を機に揃いのポロシャツを作った(写真/藤川満)

各地域のグループは福祉委員会や老人会が中心になっている。赤井自治会老人会では年に一度市内の体操グループが集まる交流会への参加を機に揃いのポロシャツを作った(写真/藤川満)

体操を続けることで交流が生まれ、地域も元気になっていく

大東元気でまっせ体操に、15年前の誕生当時から取り組んでいる赤井自治会の老人会。毎週土曜日10時に公民館に20人以上が集まり、モニターの前で身体を動かす。体操は椅子に座って身体を伸ばす「座位ストレッチ」に始まり、立って行う「立位体操」、床に横になる「臥位体操」など6つのプログラム、約40分の構成だ。実際にやってみると、ぽかぽかと身体が温まり、空腹を覚えるほどカロリー消費を実感する。

出席者はまず血圧を測って記入する。健康状態の観察と出席簿の両方を兼ねている(写真/藤川満)

出席者はまず血圧を測って記入する。健康状態の観察と出席簿の両方を兼ねている(写真/藤川満)

この日の参加者の最高齢者は高橋シナヱさん95歳。「元気でいられるのは、この体操のおかげ」と、かくしゃくたる受け答え。さすがに立って行う体操は難しいものの、椅子に座ってメニューをこなす。「地域の人の輪が広がりました」と肉体的効果以外を語るのはリーダー的存在の田口組子さん75歳。これまで近所に住みながら、話を交わしたことがない間柄でも、この体操を通じて交流が生まれ、地域の仲間意識が高まっているという。

動作はあくまでゆっくりながら、普段あまり使わない筋肉を動かす動きが多い(写真/藤川満)

動作はあくまでゆっくりながら、普段あまり使わない筋肉を動かす動きが多い(写真/藤川満)

片足立ちやカンフーの動きを取り入れたりと、高齢者でなくともよろめきそうになる(写真/藤川満)

片足立ちやカンフーの動きを取り入れたりと、高齢者でなくともよろめきそうになる(写真/藤川満)

発案者である逢坂さんも「体操をして元気になれたからこそ、子ども見守り隊に参加したり、地域の民生委員になったりと、参加者が自然とその地域で活躍するようになっています」と変化を実感している。さらに体操に出向くことで、高齢者同士の健康チェックにも繋がっているという。また欠席者の様子を見に行くなど、一人暮らしの高齢者の支えとなる「見守り」も生まれつつある。

大東元気でまっせ体操のDVDは市内の10人以上の体操継続グループには無料、個人・事業所には300円(市外は1000円)で提供している(写真/藤川満)

大東元気でまっせ体操のDVDは市内の10人以上の体操継続グループには無料、個人・事業所には300円(市外は1000円)で提供している(写真/藤川満)

2007年からは口の筋肉を強化する「健口体操」もスタート。現在、大東元気でまっせ体操の拠点づくりと同様に、この普及にも力を入れている。「筋肉を作る赤身の肉など、良質なタンパク質を摂るには噛む力が必要です。口の健康・栄養・体操のトライアングルを完成させてこそ効果が高まります」と逢坂さんも意気込む。

誰もが安心して暮らせるまちを目指して

「体操の拠点を今の133箇所から250箇所くらいまでに増やして、市内高齢者人口の1割を参加者にするのが目標です」と抱負を語る逢坂さん。実際、市内の僻地では、会場が遠くて通えない高齢者もいるという。拠点を増やせば、その問題を解消する一助となる。「高齢者が通える場所ができることで『見守り』が生まれ、高齢者を含む誰もが安心して暮らせる環境になってほしい」と逢坂さんはこれから先を見据える。

そのひとつのツールとして、大東市の地域包括支援センターが、2022年11月「ドキドキドッキョ指数」なるホームページを開設した。このアンケートに答えることで、特に独居高齢者が「一人で暮らしていく力があるか」の度合いが分かる仕組みになっている。

主に独居の高齢者向けの質問内容だが、一人暮らしの若い世代でも自らの生活改善の指針となる構成となっている(写真/(株)コーミンHPより)

主に独居の高齢者向けの質問内容だが、一人暮らしの若い世代でも自らの生活改善の指針となる構成となっている(写真/(株)コーミンHPより)

質問の内容は「自炊ができる」などの<生活維持力>、「運動をしている」などの<心と身体の健康状態>、「まちのことをよく知っている」などの<住んでいるまちとの関係性>という3つのカテゴリーがあり、本人はもちろん、家族や支援者と共に答えることで、自らの状況を把握し、生活改善に役立てることができる。

「大東元気でまっせ体操に参加している人は、おのずとハイスコアを叩き出すはずです」とこれまでの取り組みに自信をのぞかせる逢坂さん。質問は大東市外の住民にも共通するものなので、高齢者の親族をもつ人はもちろん、自分自身の孤立や孤独の危険度を測ってみてほしい。もし結果が危険水域なら、ご近所の仲間を集めて、体操を始めてみてはいかがだろうか。そうすればこれから将来に渡って、きっと元気でまっせ!?

●参考
ドキドキドッキョ指数

古い市営住宅が街の自慢スポットに変貌! 周辺地価が1.25倍になったその仕掛けとは? 「morineki」大阪府大東市

大阪市中心部から電車でおよそ20分。JR四条畷駅から住宅街を東へ歩くと、飯盛山を背に広がる芝生広場に面して、垢抜けたカフェやショップが並ぶ複合施設に辿り着く。芝生では子どもたちが駆け回り、カフェの客席は若い女性客を中心に埋まっている。よく見れば、周囲に馴染む外観の木造低層住宅も近くに並んでいる。実はここは、大阪府大東市の市営住宅エリア「morineki」の一角だ。ここは今、住民だけでなく市内外からも人が集う画期的な市営住宅として注目を浴びている。

古い市営住宅を民間主導で地域のために開発する

かつてこの一体には昭和40年代に建設された市営住宅「飯盛園第二住宅」があった。しかし2010年代に入り、同団地は老朽化が進み、大東市役所では建て替えが議論されていた。「当時は古びた建物とほとんど使われていない公園があり、活気のある場所とはいえなかった」とその頃の様子を語るのは、現在morinekiを運営する(株)コーミン 代表取締役の入江智子さん。

当時の飯盛園第二住宅の様子(写真提供/(株)コーミン)

当時の飯盛園第二住宅の様子(写真提供/(株)コーミン)

当時、入江さんは大東市役所で建築技師として勤務していたこともあり、市営住宅の建て替えに直接関わることになる。「これまでのような市営住宅ではなく、住民の生活の向上に加え、近隣住民も喜ぶような施設、そしてエリア全体の価値が上がるものにしたい」と入江さんは自らの考えを上司へ訴えた。幸いにしてその考えは当時の部長や市長からも理解を得られ、新たなプロジェクトとして進み出す。

ちょうどその頃、岩手県紫波町では、町が保有する駅前の土地を民間企業が再開発して、年間約80万人が訪れる場所へと変貌させた「オガールプロジェクト」が注目を集めていた。入江さんは、同プロジェクトから再開発のヒントを得るため、2016年に9カ月間現地で研修を受けることにした。

そこにあったのは、かつて塩漬けされていた土地に、体育館・図書館、産直マルシェやカフェ、さらにホテルや住宅分譲地などが並び、多くの人が行き交うまちの賑わいだった。「町有地を公と民が連携して開発し、運用して儲けていくというオガールプロジェクトで学んだ手法を、大東市にも活かすことにしました」と入江さん。

写真(上)は現在のmorinekiの全景。地図(下)を見ると民間事業エリア、公園エリア、住宅エリアの3つに分かれているのがわかる(写真・画像提供/(株)コーミン)

写真(上)は現在のmorinekiの全景。地図(下)を見ると民間事業エリア、公園エリア、住宅エリアの3つに分かれているのがわかる(写真・画像提供/(株)コーミン)

市営住宅借り上げとテナントリーシングで融資元から信頼を得る

2016年、大東市が出資した「大東公民連携まちづくり事業株式会社(現(株)コーミン)」が設立され、入江さんは出向という形で翌年から籍を置き、プロジェクトを推進していく。社長は当時の市長ながら、民間企業事業ゆえ事業資金は税金に頼らず、銀行などの金融機関から融資してもらわねばならない。「住宅を市営住宅として大東市が借り上げること、さらにテナントを先付けすることで、銀行の信用度が上がったと思います」

縁あって、北欧のライフスタイルをテーマにしたアパレル会社「(株)ノースオブジェクト」が、大阪市からの本社移転という形でテナントに決まったのが、大きかった。同社にとっても本社機能だけでなく、ライフスタイルショップ、レストラン、ベーカリーなどの直営店を営業することで、自社をPRするショールーム的な使い方ができるメリットがあった。

テナント入居と融資のメドが立った2018年、入江さんは大東市役所を退職。市長に代わり、大東公民連携まちづくり事業株式会社の代表取締役に就任する。そして2021年3月、「大東に住み、働き、楽しむ、ココロとカラダが健康になれるまち」をコンセプトにした「morineki」がオープン。名前は近くの飯盛山の「森」と河内弁で「近く」を意味する「ねき」をつなぎ合わせた。それには「自然のそばで暮らしを営むことに愛着を感じて欲しい」という思いを込めた。

1階はノースオブジェクト直営のベーカリーなどが入り、2階は本社事務所がある(写真/藤川満)

1階はノースオブジェクト直営のベーカリーなどが入り、2階は本社事務所がある(写真/藤川満)

ノースオブジェクト直営のレストランと(株)ソトアソが運営するアウトドアショップも入居している(写真/藤川満)

ノースオブジェクト直営のレストランと(株)ソトアソが運営するアウトドアショップも入居している(写真/藤川満)

「もりねき住宅」と名付けられた住宅エリア、2~3階建の低層木造住宅だ(写真/藤川満)

「もりねき住宅」と名付けられた住宅エリア、2~3階建の低層木造住宅だ(写真/藤川満)

賑わいが生まれることで住民の意識も変化する

かつての市営住宅は144戸に80世帯が暮らしていた。現在の住宅エリアには1LDK44戸、2LDK30戸の74戸に60世帯がそのまま移り住んだ。新規入居者は14世帯。その後、市外からの転入者も含め5~6戸の入居者が入れ替わったという。

住宅棟はゆとりをもって配置され、広い中庭部分には芝生や木々が植えられ、ゆったりとした散歩道のよう。「以前よりも住民みんなでキレイにしていく意識が高まった」と語るのはとある住民。実際、建物のセミプライベート空間は、住民によって、思い思いの花々が飾られ、景観に彩りを与えている。「パン屋が近くにできて、早速行きつけになりましたよ」とうれしそうに語る高齢女性にも出会った。

また芝生広場で子どもと遊んでいた女性は「以前は暗い感じだったけど、今は子どもとよく遊びに来ます。同世代も多く、この広場で子ども同士が一緒に遊ぶことで交流が生まれました」とも語る。市外から友達を訪ねてmorinekiに食事に来た夫婦は「こんなにおしゃれな住宅が市営住宅と聞いて驚いた。子育て世代にはいい環境だと思う」とうらやましがる。

「かつての住民に加え、子を持つ若い夫婦の姿も増えました。それにより住民同士の緩やかな『見守りあい』も生まれつつあります。子育て世代のステップアップのための舞台にしてほしい」と入江さんは、もりねき住宅の活用方法を示す。

住居前は住民が使い方を考えられるセミプライベート空間(写真/藤川満)

住居前は住民が使い方を考えられるセミプライベート空間(写真/藤川満)

企業とタッグを組むことが新たなまちづくりの一助となる

ノースオブジェクトのスタッフの一人は「大阪市内からさほど遠くない。取引先のお客様も商談だけでなく、ショップやレストランにも足を運ばれ、滞在時間が長くなることで、商品や会社への理解を深めてもらえるようにもなりました。また、ここで月一回のイベントを開催することで、直接お客様の声を聞くことができるようになったのは貴重です」と本社移転による効果を実感しているようだ。

広々としたノースオブジェクトのオフィス。取引先が家族を連れてmorinekiに足を運ぶこともあるという(写真/藤川満)

広々としたノースオブジェクトのオフィス。取引先が家族を連れてmorinekiに足を運ぶこともあるという(写真/藤川満)

「元々この周辺は、住民だけで外からの交流人口がゼロでした。morinekiができたことで、わざわざ訪れる人が増えました。近隣にある中学・高校・大学の学生たちもアルバイトやイベントに足を運んでくれ、新たな人の流れになっています。さらに近隣の既存施設が改装したり、新たなショップが開店したりと、まち全体が活性化しつつあります」と手応えを感じている入江さん。実際、周辺地価はかつてより1.25倍になったという。

月一回のノースオブジェクト主催のイベントのほか、エリア全体でのイベントも開催している(写真提供/(株)コーミン)

月一回のノースオブジェクト主催のイベントのほか、エリア全体でのイベントも開催している(写真提供/(株)コーミン)

高度成長期に次々と建てられた公営団地。それからおよそ50年経ち、各地で建て替えが議論されている。また公営住宅の中に公園がある施設も多いが、誰もが足を運べるような開放感はなく、さらに人が集える地域の場所としても機能していないところが多い。その成功例としてmorinekiにも全国各地から多くの自治体が視察に訪れる。しかしmorinekiのような新たな公営住宅は、なかなか誕生していない。
「自治体によって民間が公営住宅を建てることは、難しさもあると思います。ただ戸数を減らして公園スペースを確保したり、その公園に面してテナントを入居させ収益を上げるなどは、工夫をすればできないことはないはず。morinekiの場合は本社移転がプロジェクトに加わりましたが、ほかにも新業態の出店候補地として提案したり、企業に掛け合ってみれば可能性が見えてくるはず」と入江さんは自らの経験に基づいたアドバイスをする。

公民連携という手法で、公営住宅の新たな姿を示してくれたmorinekiが、今後どのように発展していき、周辺を含めた大東市がどのように変化をしていくのか、興味深く見守っていきたい。

(株)コーミン 代表取締役であり、morineki住宅の大家さんとして住民の声に耳を傾ける入江智子さん(写真/藤川満)

(株)コーミン 代表取締役であり、morineki住宅の大家さんとして住民の声に耳を傾ける入江智子さん(写真/藤川満)

●取材協力
(株)コーミン
(株)ノースオブジェクト

“人口減少先進地”飛騨市、移住者でなく「ファン」を増やす斬新な施策!お互いさま精神で地域のお手伝いサービス「ヒダスケ!」

岐阜県の最北端に位置する飛騨市は、アニメ映画『君の名は。』のモデルとしても知られる景観が美しいまち。一方で、人口減少率が日本の30年先を行く、まさに「人口減少先進地」でもある。そんな人口減少の状況を「止められないもの」として真正面から受け止め、取り組んでいる。

令和4年度に、「地域を越えて支え合う『お互いさま』が広がるプロジェクト『ヒダスケ!』」が見事、「国交省まちづくりアワード」第1回グランプリを受賞! 飛騨市役所の上田博美さんと、飛騨市地域おこし協力隊の永石智貴さんにお話を聞いた。

飛騨市を推す人たちを“見える化“するファンクラブが原点

2004年に2町2村が合併して誕生した岐阜県飛騨市。飛騨高山が観光地として知られる高山市や、合掌造りで有名な白川村と隣接し、人口は2万2549人(2022年12月1日現在)、高齢化率は40.05%となっている。

「ヒダスケ!」誕生の前には、「人口減少先進地」としての課題解決のために、「飛騨市に心を寄せてくださる方を見える化しよう」と設立された「飛騨市ファンクラブ」の存在があった。

飛騨市役所の上田さんは話す。「飛騨市は、2015年からの30年で、全国平均の倍のスピードで人口減少すると予測される過疎地域です。現在、すでに2045年の日本の高齢化率を上回っているという現状があります。一方で、2016年に公開されたアニメ映画『君の名は。』で、聖地巡礼に来てくれる人たちが増えました。それ以外にも、スーパーカミオカンデで知られ、古川まつりはユネスコ無形文化遺産に登録されています。これまでも、観光などで飛騨市に来てくださる方などの存在に気づいていましたが、名前などがわからず、連絡を取ることができませんでした。そこで、飛騨市に心を寄せてくださるファンの方を見える化して、直接コミュニケーションが取れる仕組みを構築しようと考え、2017年1月に『飛騨市ファンクラブ』を立ち上げました」

飛騨市ファンクラブ「ファンの集い」の様子。前列中央は都竹淳也飛騨市長(写真提供/飛騨市役所)

飛騨市ファンクラブ「ファンの集い」の様子。前列中央は都竹淳也飛騨市長(写真提供/飛騨市役所)

「飛騨市ファンクラブ」の入会金や年会費は無料で、入会すると会員証や、希望者にはオリジナル名刺がもらえる。さらに、市内の対象施設で利用できる会員限定の宿泊特典や、市内の協力店舗でおトクに飲食や買い物ができるクーポンの配布も。また、飛騨のグルメを味わいながらのファンの集いやバスツアーなどに参加できることも大きな魅力だ。現在、会員は1万200人を突破している。

イベントを開催しながら会員と交流すること約3年。
「『スタッフとしてイベントをお手伝いさせてください!』と、わざわざ遠方から飛騨市へ足を運んでくださる会員さんが何人も現れたのです。そこで、この方達は、地域と関わる“関係人口”だといえるのではないか?と気がつきました」と上田さん。

「このような方達はどのようにして生まれ、またどのくらいいるのか」を検証するために、1年がかりで実験や研究を実施。その中で、「関係人口に関わるアンケート」を全国5000人を対象に行った。

「するとアンケートの結果から、関係人口と移住への興味は、必ずしもイコールではないことがわかりました。また、関係地となる地域へは、長期的な滞在よりも、1度訪れたことがあるかどうかが重要であることや、その地域で『嬉しかった・楽しかった』、また『役に立った』という経験が、愛着度を高める要因であることもわかりました」
その結果や実験を踏まえて誕生したのが、「飛騨市の関係案内所 ヒダスケ!」だった。

飛騨市+お助け=「ヒダスケ!」。困りごと解決のマッチングサービス「飛騨市の関係案内所 ヒダスケ!」のトップ画像

「飛騨市の関係案内所 ヒダスケ!」のトップ画像

2020年に誕生した「ヒダスケ!」は、飛騨市内にあるさまざまな困りごとを交流資源として、その困りごとに対して地域内外の人の力を借りて、楽しく交流しながら課題解決し、支え合いを生み出すというマッチングサービスだ。

ヒダスケとヌシの関係図(画像提供/飛騨市役所)

ヒダスケとヌシの関係図(画像提供/飛騨市役所)

「ヒダスケ!では、プログラム主催者を“ヌシ“、参加者を“ヒダスケさん“と呼んでいます。“ヌシ“のお困りごとを、事務局と“ヌシ“が相談しながらプログラム化していき、ネットで参加者を公募します。“ヒダスケさん“は自分が関わりたいプログラムに申し込み、現地またはオンラインで“ヌシ“を助けて、“ヌシ“は“ヒダスケさん“に“オカエシ“します。例えば、農作業を手伝ってもらったら、終わってからお茶菓子を一緒に食べて交流したり、オカエシに農産物を差し上げたりします。また、飛騨市や高山市、白川村で使える“さるぼぼコイン “という電子地域通貨500円分もお渡ししており、ヒダスケ!が終わった後も、飛騨のお店でお買い物や飲食を楽しむことができます。ボランティアや体験ツアーとの違いは、オカエシがもらえるということ以上に、地域の人と楽しく交流し、つながる体験ができることが大きいと思います」と上田さん。

2020年4月から2022年10月までに162プログラムを行ってきた「ヒダスケ!」。ホームページの「プログラム一覧」を見ると、たとえば「稲刈り」や「棚田の草取り」など、飛騨市の「困りごと」が並ぶ。毎年11月ごろには、雪が降る前に、街中の川にいる約2千匹の鯉を溜池に引越しさせるプロジェクトもある。

関わることができるジャンルもさまざまで、「農業編」や「景観保全作業編」、オンラインで参加できるプログラムなどがあり、興味や特技を生かして参加できそうだ。

川にいる鯉を網などですくい、水槽に移して、軽トラックで溜池へ運ぶ(画像提供/飛騨市役所)

川にいる鯉を網などですくい、水槽に移して、軽トラックで溜池へ運ぶ(画像提供/飛騨市役所)

農作業のオカエシに、トマトを受け取るヒダスケの人達(画像提供/飛騨市役所)

農作業のオカエシに、トマトを受け取るヒダスケの人達(画像提供/飛騨市役所)

飛騨市を愛し、交流を求めて「ヒダスケ!」する参加者たち

もともと、前身の「飛騨市ファンクラブ」に入っていて、その流れで「ヒダスケさん」になった人も多いという。

参加者は、東京都や愛知県、石川県など各地から訪れる。多くは40代から60代で、長期の休みには、高校生や大学生も訪れるという。遠方では、ベルギーから日本へ働きに来ていた人が、休日を利用して参加し、ビニールハウスを建てる作業を楽しんだこともあるという。また、コロナ禍と重なり、一時期は岐阜県内からの参加者を募った時期もあったそう。

地元の高校生が発案した、高校生×ヒダスケのコラボ企画。池田農園で薪割りとミニトマトの収穫(画像提供/飛騨市役所)

地元の高校生が発案した、高校生×ヒダスケ!のコラボ企画。池田農園で薪割りとミニトマトの収穫(画像提供/飛騨市役所)

池田農園で薪割りのお手伝いをする高校生(画像提供/飛騨市役所)

池田農園で薪割りのお手伝いをする高校生(画像提供/飛騨市役所)

「ヒダスケ!」は現地集合・現地解散。それでも、「そこまでして飛騨市を愛してくれる方々が、ヒダスケさんになってくれています」とのこと。

「交流を求めて参加する皆さんは、『農作業が好きだから楽しかった』とか、『ヌシから、自分の生活範囲では聞けないような話が聞けてよかった』と言ってくれます。一緒に農作業したヌシの熱い思いに触れて、ヌシや飛騨市のことが好きになり、その人から農作物を買うなど、ヌシへの応援を続けてくれるヒダスケさんもいますし、参加者同士が仲良くなって連絡を取り合い、次回は一緒に参加するなど、輪を広げているというケースも耳にします」

「けさ丸りんご園」では、りんごあめのラベルやリーフレット作りのプログラムも実施(画像提供/飛騨市役所)

「けさ丸りんご園」では、りんごあめのラベルやリーフレット作りのプログラムも実施(画像提供/飛騨市役所)

「楽しく交流しながら支え合いを生み出す」という当初の理念通り、全国各地に助け合いの輪が広がり始めている。

魅力維持の原動力に繋がった、ヌシ側の心の変化

それでは、迎えるヌシ側の心境はどうなのか。ヌシになる人を探したり、ヌシと一緒にプログラム内容を考えたりする、飛騨市地域おこし協力隊の永石さんにお話を聞いた。

「ヒダスケ!のプログラムは、工夫次第でどんな内容でもつくることができますが、しばらくは、ヌシになることに対して敷居の高さを感じている人が多かったようです。飛騨市の人はおもてなしの精神が強いだけに、『自分でできることなのに手伝ってもらうのは申し訳ない』と思ってしまったり、オカエシをプレッシャーと感じてしまったりしていたのです。そこで、僕たちが住民の皆さんと直接話し、雑談の中からお困りごとを見つけるようにしました」

子どもたちもお手伝いした障子張り(画像提供/飛騨市役所)

子どもたちもお手伝いした障子張り(画像提供/飛騨市役所)

「各地から人を呼んで、わざわざ日常のことを頼んでいいのか」と躊躇してしまう住民たちに寄り添い、根気強く話し、推進してきた。

「もちろん、外の人を受け入れるヌシ側も、ヒダスケさん達をただの労働力だと思っていては意味がありません。取り組みを理解してもらうまでには、時間がかかると思いますが、住民が外の人と交流しながら作業することで、関係人口についても考えてもらえればいいですね」

自然と共存する飛騨市では、農作業を含め、数限りない大小の困りごとがあるものの、ちょっとしたことであれば「頑張れば自分でできる」と踏ん張る高齢者が多いという。そんな時、永石さんは「できなくなってから手伝ってくれる人を探しても遅いから、今から始めよう」と伝えているという。

収穫期の稲刈りは人気のプログラムの一つ(画像提供/飛騨市役所)

収穫期の稲刈りは人気のプログラムの一つ(画像提供/飛騨市役所)

例えば『高齢になり、大きな荷物を捨てに行くことができない』というようなお困りごともOKです。農家の畑の雑草取りを“エ草サイズ“と名付けて、参加者にエクササイズ感覚で作業してもらったこともあります」

飛騨市役所の上田さんも話す。「地域外の方を受け入れる人たちの気持ちにも、ヒダスケ!などの取り組みを通して変化が現れてきているように思います」

好例が種蔵(たねくら)地区だ。全国的にも珍しい、石積みの棚田が広がる種蔵地区では、80代のお年寄りも鍬(くわ)を担いで急勾配を上り下りし、農作業を行っている。

ヒダスケ!によって青々としたミョウガ畑が復活した種蔵地区(画像提供/飛騨市役所)

ヒダスケ!によって青々としたミョウガ畑が復活した種蔵地区(画像提供/飛騨市役所)

種蔵地区はミョウガが特産品の1つだが、高齢化により休耕地となってしまう農地もある。そこでヒダスケ!を活用し、「myみょうが畑」としてオーナーを募集。ミョウガ畑の草刈りや間引き、収穫などを行った。それにより、これまでに953平米ものミョウガ畑が復活することになった。

「ヒダスケ!に限らず、さまざまな人や団体が種蔵地区と関わり、景観の維持ができただけでなく、そこに住む人々の気持ちにも前向きな変化が現れています」

飛騨市を愛するヌシたちを助け、交流するために参加する人も多い(画像提供/飛騨市役所)

飛騨市を愛するヌシたちを助け、交流するために参加する人も多い(画像提供/飛騨市役所)

また、ヒダスケ!をきっかけに、地域の内外での往来や助け合いが自然と生まれるようになったという。さらに、プログラムに参加した移住者と地域の人がつながる仕組みとしても機能しているとのこと。

困りごと解決から魅力を発掘し、地域力アップ

2022年12月時点のヒダスケ!人数は1487名。
「来てくれたからには、ヒダスケ!参加者に楽しんでほしい」と話す永石さん。内容により、参加者の集まりにばらつきがあるので、今後はどんな企画を用意して、どのように広報していくかが課題だという。

「今後は、古民家の修繕や改装などを考えています。地域の人が困っていることは、募集していること以外にもいろいろあるので、内容は何でも、その都度合わせていければ。また、これまでは日にちを指定して、参加者に申し込んでもらっていましたが、これからは『この1カ月で作業できる日は?』と幅を持たせて呼びかけ、人が集まりやすい日にプログラムを実施するなど、やりたい人に合わせていく方法も考えています」と永石さんは計画を語る。

20代から60代までが三又鍬を使って「田おこし」を実施(画像提供/飛騨市役所)

20代から60代までが三又鍬を使って「田おこし」を実施(画像提供/飛騨市役所)

上田さんも話す。
「関係人口を形成する方達との関わりは、地域の人を元気にするチカラがあると思います。地域の人にとっては当たり前に感じていたことも、ヒダスケ!を通して魅力だと認識できるので、ここに住んでよかったと思い、守り続けようという気持ちにも繋がっていくはずです。これからも、飛騨市でまだ眠っている困りごとと共に、魅力を掘り起こして、関係人口を増やしていきたいです」

また、「こういった助け合いは、飛騨市だからできることではなく、どの地域でもできること」と上田さん。すでに「ヒダスケ!」を参考に、島根県で「しまっち!」というマッチングシステムが運用されている。

島根県のマッチングシステム「しまっち!」のロゴ

島根県のマッチングシステム「しまっち!」のロゴ

「最終的には、ヒダスケ!のようなシステムがなくても、助け合いが自然と生まれるような社会になれば。人口が減っていく中でも、関係人口との関わりで地域が元気になることが理想です」と上田さんは結んだ。

移住する「定住人口」とも観光に来た「交流人口」とも、違う形で地域と関わる“関係人口“。興味を持った地域があれば、誰でもいつでもどこからでも、関係を深めにいくことができるはずだ。

農作業のオカエシで、「さるぼぼコイン」500ポイント分をゲット!(画像提供/飛騨市役所)

農作業のオカエシで、「さるぼぼコイン」500ポイント分をゲット!(画像提供/飛騨市役所)

筆者の父の郷里も飛騨地域。オンラインでの取材後、映画『君の名は。』を見直すと、祖父母も使っていた飛騨弁が懐かしかった。そういえば祖父母が他界して以来、飛騨を訪れる機会や理由は減ってしまった……。

そこで考えたのは、「生まれた場所に関わらず、多くの人が、全身でリフレッシュできるような心のふるさとを持ちたいものでは」ということ。とはいえ、どの地域を選んだらいいかわからない。こちらが勝手に「心のふるさと」に決めていいものか……!? そんな迷いを、お互いさまであるヒダスケ!の仕組みが払拭してくれそうだ。

全国のヌシたちは、あなたとの関係づくりを、きっと待っている。

●取材協力
・ヒダスケ!
・飛騨市役所

山形住みます芸人・ソラシド本坊元児さん「東京の8年間は罰ゲームみたいだった」。都会を捨て、農業や”まともな生活”で得た充足感

吉本興業の芸人さんが全国47都道府県に暮らす「あなたの街に”住みます”プロジェクト」。お笑いコンビ「ソラシド」の本坊元児さんは、指名を受けて2018年に山形県へ移住、テレビやラジオ出演のかたわら農業を営んでいます。本坊さんのように地方へ移住をしてみたいと願う人も最近は増えていますが、不安や迷いも多くて足踏みしてしまうことも。そんな迷える人に向けて教えてください。本坊さん、移住について本当のところはどう思っているんですか?

手探りで始めた農業は、ご近所の人から教わった

現在山形市内に居住しながら、西川町にある畑や竹林、平屋の古民家を借りて通いで農業に勤しむ本坊さん。日本テレビのTV番組「人生が変わる1分間の深イイ話」では、本坊さんの暮らしぶりに密着するコーナーもあり、注目をされています。実際に目にしたことがある人もいるのでは?芸人仲間で仲良しの「麒麟」川島明さんも、本坊さんの山形暮らしについて、メディアでたびたび話しています。2022年4月には、山形暮らしのことを綴った『脱・東京芸人 都会を捨てて見えてきたもの』(大和書房)を上梓しました。

山形での暮らしぶりを赤裸々に綴った、本坊さん二冊目の著書(画像提供/大和書房)

山形での暮らしぶりを赤裸々に綴った、本坊さん二冊目の著書(画像提供/大和書房)

それにしても、芸人さんが農業? 一体どんな生活をしているのでしょうか。私たちは東京から飛行機で1時間、さらに車に乗り換えて1時間ほどかけて、西川町に到着しました。

本坊さんの畑がある場所は、山々に囲まれた自然豊かな環境(写真撮影/土田 貴文)

本坊さんの畑がある場所は、山々に囲まれた自然豊かな環境(写真撮影/土田 貴文)

広大な畑をせっせと行き来する本坊さん。「こんにちは」と近くに行くと、10月上旬のこの日は大根の葉の間引きや、里芋の収穫作業をしていました。

大根の葉の間引き作業をする本坊さん(写真撮影/土田 貴文)

大根の葉の間引き作業をする本坊さん(写真撮影/土田 貴文)

(写真撮影/土田 貴文)

(写真撮影/土田 貴文)

作付けをしている畑は約400平米ほどの広さ。ここでは現在里芋、大根のほか、玉ねぎやジャンボニンニクなど1シーズンで8種類近くの農産物を育てています。

「実は、里芋の収穫は作付けしてから初めての作業なんですよね、一体どうやるのかなあ」と笑いながら手探りの作業が続きます。

ドキドキしながら里芋収穫の作業をする(写真撮影/土田 貴文)

ドキドキしながら里芋収穫の作業をする(写真撮影/土田 貴文)

掘り起こした根元を見てみると、たっぷり里芋が!(写真撮影/土田 貴文)

掘り起こした根元を見てみると、たっぷり里芋が!(写真撮影/土田 貴文)

「農作物の育て方も、農機具を使うことも、ここにきて初めて知ったこと。何も知らないことばかりで、試行錯誤です。あまりに何もわからないから、ご近所の人たちや、地主であるシゲルさんから教えてもらいながら育ててきましたよ」(本坊さん)

本坊さんの農業の先生、地主のシゲルさんとの出会いは、2020年のコロナ禍、趣味である沖縄三線を通じてだったそう。

家主シゲルさんとの共通の趣味、沖縄三線を楽しむ(画像提供/吉本興業株式会社)

家主シゲルさんとの共通の趣味、沖縄三線を楽しむ(画像提供/吉本興業株式会社)

「それまでは少しずつメディアの仕事が増えていってたのが、コロナになって全てパー。アルバイトすらままならなくなったんですよ。そこで、以前から思っていた”何かやりたい、ここでしかできないことをしたい”を実行に移す時だと、農業を始めることに。そのタイミングでシゲルさんとSNSを通じて知り合い、空き家になっていた古民家と竹林、畑を月100円で借りられることになったんです」(本坊さん)

借りている平屋には、家主シゲルさん一家の生活の名残が感じられます(写真撮影/土田 貴文)

借りている平屋には、家主シゲルさん一家の生活の名残が感じられます(写真撮影/土田 貴文)

右も左もわからない状態で始まった山形暮らしですが、現在は毎日が大忙し。作った農作物を道の駅などで販売するほか、今年は近隣の食品会社から400本の大根の注文を受けたのだとか。「社長が、『本坊くんの作っている大根をうちで買わせてくれないか』って言ってくれて。大根を使って、漬物を作ってくれるんですって。ありがたいですよね。だから期待に応えられるようにしっかり作らないと、と思っているんです」(本坊さん)

農作物の生産や販売だけではありません。この日は取材の前に、西川町の名産品であるさるなし・こくわの商品PRショーを行っていたそう。農業を経験したことで、農産物のPRや商品開発にも携わることへと広がり、本気で農業と向き合っているそうです。
一方芸人としての仕事に始まり、東北地方でのメディア出演も増えているとのこと。現在テレビ6本、ラジオ2本へのレギュラー出演と2本の連載、そのほか講演活動にも勤しんでいます。「先日は小学校から講演依頼があったんですけど、テーマが『SDGs』で依頼をもらって。むずいテーマだなって思いながらも、17のテーマの中から農業とゲームで結びつけて話しました。こういう形で、芸人と農業が生きています」(本坊さん)

東京にいることが苦しくて、移住を決意

今でこそ多忙な毎日を送っている本坊さんですが、「それまで僕は20年間、今よりもずっと売れてなくて、月に5日も芸人の仕事があればいいほうでした」と話します。
「それ以外の時間は、日雇いの工事現場での仕事をしていたわけで。明日の予定さえよくわからない毎日だったんです。でも、おかげさまで今はやりたいこと、やらなくてはならないことが常にタスクとしてたまっている日々。そんな日々を走っているってことが嬉しいですね。忙しいことは、暇なことよりもストレスにならないです」(本坊さん)

東京時代のことを振り返る本坊さん(写真撮影/土田 貴文)

東京時代のことを振り返る本坊さん(写真撮影/土田 貴文)

会社からの指令で山形へ移住することに抵抗はなかったのでしょうか。

「そりゃあ、抵抗はありましたよ。2011年にも一度移住の話を持ちかけられたんですが、その時は断っています。だって僕らは芸人になりたくて吉本に入っているんであって、地方を目指したいわけではない。大都会のてっぺんで頑張りたいって思うわけです。その時は即答で断りました」(本坊さん)

その後東京で芸人活動を続けますが、次第に本坊さんは都会での暮らしに疲弊していったのだと振り返ります。

イチから始めた山形の生活も、四の五の言わずに淡々と楽しんでいる(写真撮影/土田 貴文)

イチから始めた山形の生活も、四の五の言わずに淡々と楽しんでいる(写真撮影/土田 貴文)

「とにかくバイト生活から脱したかった。ほとんどずっと工事現場で働いていて、『この生活は何の罰ゲーム?東京におる意味ってあるんか?』と思いながら過ごしていました。僕にとっての暗黒の8年間。仕事も辛かったけれど、それ以上に人や街の空気に酔ってしまい疲れていたんだと思います。年齢も30過ぎてて、住めるわけでもない大都会の真ん中へ、仕事のためだけに毎日電車に揺られて通う。しんどい以外の何ものでもなかった。そう思っている大人、他にもいるんちゃうかな。だから2回目の移住指令に応じたのは、正直なところ都会の苦しさから逃げたくてラクを選んだところもありました」(本坊さん)

移住をするからって、ずっと住むわけではない

移住してから初めのころは仕事を介した地元の人との付き合いが中心だった本坊さん。その後「芸人じゃない友人」である宅配便配達員・ジンくんとの出会いがきっかけで、仕事以外の地元の友達がたくさんできたといいます。

仲良しの友達ジンくん一家と、馬場園梓さんとの一コマ(画像提供/吉本興業株式会社)

仲良しの友達ジンくん一家と、馬場園梓さんとの一コマ(画像提供/吉本興業株式会社)

「芸人じゃない人たちの生活がとにかく新鮮でしたね。起きて布団を干して、洗濯をする。きちんと靴もそろえられていて、献立表とかが冷蔵庫に貼ってあるんですよ! 何もかもがまともな生活。ああ!こういう生活が普通の生活なんやって、40年近く生きてきて今さら知ったという。遅いんだけど(笑)。そのことがいちいち面白かったです」(本坊さん)

山形の人にとって当たり前の風景や気候も、本坊さんには何もかもが新鮮だったという(写真撮影/土田 貴文)

山形の人にとって当たり前の風景や気候も、本坊さんには何もかもが新鮮だったという(写真撮影/土田 貴文)

休みの日ともなれば友人たちと釣りへ行き、麻雀をし、食事を共にしては時には友人宅に寝泊まりするほど本坊さんは山形の暮らしに馴染んでいきます。これほどに仲良くなれるって珍しいのではないでしょうか。

「”地元を盛り上げたくて”みたいな、なんかうわついたこと言って構えて移住してきても、”あんた何言ってんの?”みたいに思うじゃないですか。大そうなことをしようとなんて思っていないし、正直に嘘をつかないで過ごすことが大事だと思うんです」(本坊さん)
本坊さんが徐々に人脈を広げて、そして仕事へと広がりを見せていったのは、無理な姿をつくらないこと、そして高すぎる志を掲げなかったことが多くの人との距離感を縮めていたのかもしれません。

この地区では一番若いという本坊さん。元気な年長者たちに助けてもらいながら、過ごしているそう(写真撮影/土田 貴文)

この地区では一番若いという本坊さん。元気な年長者たちに助けてもらいながら、過ごしているそう(写真撮影/土田 貴文)

「だから移住の理由も本音を話すんです。本当は”山形に来たくて、移住しました”っていう方がみんな喜ぶでしょうし、それを期待しているんでしょうけれど。”住みます芸人で指名されたから来ました”が僕の本音。嘘は言わない。でも、住むからにはその土地で文句を言わずにできることを一生懸命やる。これが僕のできることです」(本坊さん)
これだけ仲の良い人間関係が出来上がると定住しそうにも思えますが……。

「でもね、住んでる家は賃貸ですしね。一生家を買わない方向を考えているから、またどこかに引越すことになるかもしれません。その時になってみないとわからない。今は今で楽しいけれど、先はもしかしたらまたどこかに移住するかもしれない。そういう話をすると、山形の人たち寂しそうな顔するんですけどね。移住したからといって、移住先に一生住み続けなければならない。ってことはないんですよね」(本坊さん)

迷っている人がいたら、自分が斜に構えないこと

「移住をしたら、ずっと住み続けなければならないってことはない」ーーその一言にハッと目を覚まさせられた気持ちになります。なぜならば、移住を願う人たちの多くは、その土地に住むならば「失敗したらどうしよう・人間関係がうまくいかなかったらどうしよう」と、先々ずっと続く心配をしがちだからです。移住を先に経験している本坊さんは、そこをさらに突いてきます。

「いや、不思議に思うんですけど……。皆なんでそんなにトラブルがありき前提で家や土地探しに行くんですかね。確かに隣の人たちの顔が見えないっていう状況が怖いのはわかるんですけれど。でも正直、自意識過剰な気がします。相手にだって相手の生活があり、彼らにとっても知らない人が移住してくるのは不安や未知がある。見えない情報に翻弄されず、斜に構えないで、目の前の人たちのことをしっかり見ることが大事なんじゃないですかね」(本坊さん)

工事現場での作業経験を活かしながら、廃材を利用してDIYでつくった農作業庫(写真撮影/土田 貴文)

工事現場での作業経験を活かしながら、廃材を利用してDIYでつくった農作業庫(写真撮影/土田 貴文)

確かにその通りですね。自分のことばかりではなく、相手の立場に立って考えることで、不安や心配は和らぐのかもしれません。誰だって未知なる世界に不安が膨らむのは当然のことなのですから。

「僕も移住前に、空き家バンクなんかをネットで調べたりしました。今は手軽に情報が調べられるけれど、こと移住となると、ネットはやっぱり嫌なことしか情報として出てこないんですよ。でもそれを自分の実生活に当てはめてみると、ネットに上がっている情報が全てではなくて。鵜呑みにしない方がいいなって思いますね。半分ゴシップだと思えばいいんです」と語る本坊さん。

移住に対しても一歩俯瞰的に見ているところに芸人さんらしさを感じます(写真撮影/土田 貴文)

移住に対しても一歩俯瞰的に見ているところに芸人さんらしさを感じます(写真撮影/土田 貴文)

本坊さんがおっしゃるように、SNSやインターネットでの情報が手軽に入るようになったからこそ、不安の面積が広がっているというのはあるのかもしれません。

「だって、世の中には嫌な奴もいるし、一方ではいい人もたくさんいる。それは東京でも山形でも同じでしょう? だからパソコンやスマホを指先だけでいじって調べてないで、嫌なことも楽しいことも変化を面白がる。そのくらいの気持ちを持って、体ごとぶつかっていけば、“住めば都”になるかもしれないですね」(本坊さん)

実直な気持ちで、いいも悪いも変化として面白がる。そして失敗したと思っても引き返せばいいし、移住した先に住み続けることが必須ではない。その気持ちと行動が、移住を実現するには何よりも大切なのかもしれません。

東京から遊びに来てくれた「おかずクラブ」と大根の収穫作業を楽しむ(画像提供/吉本興業株式会社)

東京から遊びに来てくれた「おかずクラブ」と大根の収穫作業を楽しむ(画像提供/吉本興業株式会社)

「本音を言うとまた東京にいる芸人さんたちと一緒に仕事をしたいですよ、特に昔の仲間たちと」とぽつりと語してくれた本坊さん。しかし「東京の暮らしをまたしたいとは思わない、なんだかんだ楽しんでいるんだと思う」とも続けてくれました。

最近は芸人仲間も、本坊さんの山形暮らしにとっても興味を持っている様子。実際に「天津」の木村卓寛さんや、「おかずクラブ」の二人などが、遊びに来てくれたそうです。東野幸治さんはなんと地方移住に興味を持っているのだとか。こうして芸人さんにも、山形や移住のことを自分ごととして感じてもらい、更には街の人たちとの交流が増えるという流れをつくること。それが本坊さんにとってのこれからやりたいことだそう。ますます関係人口が広がっていきそうで、とても楽しみですね。

泥臭く大変な作業ですが、楽しそうに話す姿が印象的でした(写真撮影/土田 貴文)

泥臭く大変な作業ですが、楽しそうに話す姿が印象的でした(写真撮影/土田 貴文)

●取材協力
・吉本興業株式会社
・よしもと住みます芸人
・ソラシド
・本坊元児

駅遠&崩壊寸前の空き家6棟を兄妹3人の力で「セレクト横丁」にリノベ! 地元のいいものそろえ、絆も再生 「Rocco」埼玉県宮代町

地方都市や都市郊外で、古い平屋の一戸建てが並んでいるのを見かけたことはありませんか。築年数が経過しているうえに空き家だったりすると、なんとなく不気味な存在、なんて感じたことがある人もいるかもしれません。ところが、その建物の特性を見事に活かしてリノベーションし、地元ならではの「セレクト横丁」にした家族がいます。埼玉県宮代町に「ROCCO」を誕生させた、長年続く建設会社とその家族、出店した地元のみなさんに取材しました。

きっかけは父の病。建築、設計、デザインに携わる3人の子どもたちが地元に集う

高度経済成長期、日本のあちらこちらで、大量に木造賃貸住宅が建設されました。築50年、60年となった建物たちは、今のライフスタイルに合わずに借り手がつかず、放置され空き家となっていることも少なくありません。このまま放置が続けば、倒壊や害虫・害獣の住処になる可能性が出てくるなど、地域にとってはリスクにもなってしまうことも。そんな、日本のあちらこちらにある建物を、地域ならではの“セレクト”横丁として再生させたのが、埼玉県宮代町の「ROCCO」です。

今回取材した「Rocco」のリノベーション前の姿(左)。1970年の2Kの平屋は、全国各地で多数建築されました(写真提供/ROCCO)

今回取材した「Rocco」のリノベーション前の姿(左)。1970年の2Kの平屋は、全国各地で多数建築されました(写真提供/ROCCO)

平屋を“セレクト横丁”として生まれ変わらせた「ROCCO」。「なんということでしょう!」という声が聞こえてきそう。衝撃のビフォアアフターです(写真撮影/栗原論)

平屋を“セレクト横丁”として生まれ変わらせた「ROCCO」。「なんということでしょう!」という声が聞こえてきそう。衝撃のビフォアアフターです(写真撮影/栗原論)

リノベーションを手掛けたのは、埼玉県宮代町にある建設会社、中村建設の中村家の3きょうだいです。長男が会社を継ぎ、次男は都内で設計事務所を共同設立、長女はグラフィックデザイナーとしてそれぞれ活躍しています。

中村建設の中村家の3きょうだい。建設と建築、デザイン。それぞれの道に進みました(写真提供/ROCCO)

中村建設の中村家の3きょうだい。建設と建築、デザイン。それぞれの道に進みました(写真提供/ROCCO)

「はじまりは、ほんとに雑談だった」と振り返るのは、次男で一級建築士でもある中村和基さん。「飲みながら、あそこにお店があったらいいのに、って話したのがはじまりだったんです」と話すのは、末っ子の妹の中村幸絵さん。長男は父から会社を継ぎ、宮代町で暮らしていましたが、当時、2人は都内で暮らしていました。(次男は現在宮代町在住)

会話もきょうだいならではの気軽さ。大人になってからも仲の良い家族っていいですよね(写真撮影/栗原論)

会話もきょうだいならではの気軽さ。大人になってからも仲の良い家族っていいですよね(写真撮影/栗原論)

「父は地域に代々続く建設会社を営んでいました。今は長男が経営を継いでいます。2019年、その父が大病を患っていることがわかり、家族が交代で看病や介護をして支えようと、久しぶりに地元の宮代町に帰ってきたんですね。スーパーに買い物に来たら、平屋の空き家が並んでいるのが目について。『あの空き家、コピペ(コピー&ペースト)したみたいで(同じデザインの外観が並んでいる様子が)かわいいよね』『地元で気軽に寄れる場所やちょっとお酒を飲める場所がほしい、あそこは手を加えたらちょうどいいのでは?』と話していたんです」と幸絵さん。ちょうどコロナが流行りはじめ、リモートワークができるようになり、たびたびこの建物の話題があがっていたといいます。

周辺にはスーパーやドラッグストアがあるが、空き家だったころは周囲も暗い雰囲気だったそう。平屋は放置された状態が続いていた(写真撮影/栗原論)

周辺にはスーパーやドラッグストアがあるが、空き家だったころは周囲も暗い雰囲気だったそう。平屋は放置された状態が続いていた(写真撮影/栗原論)

「そんなある日、突然、長男が『あの建物の所有者と話してきた』と言うんです。実は、もともと建物の建築を請け負ったのが祖父の代だったということがわかり、売却してもいいよと言ってくださったんです。(書類を取り出して)これが建築当時の昭和45年の書類です。築52年、1戸当たり10坪の2K。戦後によくある建物だったんですね」と和基さん。

空き家問題でよく聞くのが、「大家さんは家賃収入があってもなくても生活には困らないので、知らない人には売ったり貸したりしたくない」という意向です。そのため、宙ぶらりんになってしまうことも多いのですが、このROCCOの場合、大家さんが地元企業の先代、先々代からの付き合いがあるということもあり、建物と土地を快く売却してもらえたそう。

契約書を見せてもらいながら、お話を聞かせてくれるお二人(写真撮影/栗原論)

契約書を見せてもらいながら、お話を聞かせてくれるお二人(写真撮影/栗原論)

春日部市、杉戸町、宮代町、地域に眠っている才能を掘り起こす

そうして土地と建物を売却してもらったものの、長年、空き家になっていたためか、建物はボロボロ。特にお風呂やトイレの状態は悪く、耐震性や断熱性など、現在の建築基準を満たすものではなかったといいます。

空き家になっていたためか、建物のあちこちが傷んでいたそう(写真提供/ROCCO)

空き家になっていたためか、建物のあちこちが傷んでいたそう(写真提供/ROCCO)

「かけられる費用のバランスをみながら、大規模リノベをしました。私が建築図面を引いて、妹がサイン等のデザインをして、現場の職人さんたちが作るというような流れで、距離感が近くて、判断が早いんですね。そのあたりのスピード感が内部でできる強みだと感じた」と和基さん。

とにかくこだわったのは、外観。清潔感があり、どんな業種の店舗が出店してもらっても馴染むだろうということから、白を基調にしました。
「完成してから気がついたんですが、白と青空ってすごく『映える』んですね。宮代町の大きな空とあっていて、みなさん写真を撮っていかれます」(幸絵さん)

建物は白を基調に。木材をふんだんに使い、やさしい印象に仕上げています(写真撮影/栗原論)

建物は白を基調に。木材をふんだんに使い、やさしい印象に仕上げています(写真撮影/栗原論)

「建物のリノベーション、契約などと同時進行で、出店してもらうテナント探しをはじめました」と和基さん。注力したのは、テナントもできるだけ「地元の人」「地元のモノ」「長く続けてもらう」ということ。

「東京で仕事をしてきて、家族の病気やコロナもあって、宮代町で過ごすようになって、その良さがわかった点は大きいですね。仕事柄、東京の飲食店ともつながりがあり、お願いすれば出店してもらうことは可能なんでしょうが、知名度・ブランド力のある店舗に出店してもらうのではなくて、地元でがんばっている人で作る、地元に愛される場所にしたかったんです」といいます。

そのため、隣の杉戸町の「わたしたちの3万円ビジネス」を手掛けるchoinacaさんに出向き、起業を希望する人たちがいるのか、どうすれば盛り上がる場作りができるかを相談したそうです。

「地域で起業したいと考えている人、場所があれば自分のお店にしたいと思っている人は、意外と多いんですね。このROCCOが、そんな人達の受け皿になったらいいなと思っています。地元の人がお店やっているとなれば応援したくなるし、地元だからこそ、何度も行きたくなる、そんな場所を目指したんです」(幸絵さん)

宮代町近郊で頑張っている人を探していたころ、隣の春日部市出身で、日本のバリスタコンテストで2冠を果たし、世界大会で準優勝という畠山大輝さん、地元で名物になっているおかきをつくる牧野邦彦さんなどと出会いました。人と人って、こうやってつながっていくんですね。

「宮代もち処 Jファーム」。もともとは米づくりを行っていた社長が手掛け、あげもちやおこわ、餅などを販売(写真撮影/栗原論)

「宮代もち処 Jファーム」。もともとは米づくりを行っていた社長が手掛け、あげもちやおこわ、餅などを販売(写真撮影/栗原論)

名産品として人気の宮代あげもち(写真撮影/栗原論)

名産品として人気の宮代あげもち(写真撮影/栗原論)

週末限定で餅を販売しているが、なんと1000個以上つくっても完売するのだとか(写真撮影/栗原論)

週末限定で餅を販売しているが、なんと1000個以上つくっても完売するのだとか(写真撮影/栗原論)

施工は長年付き合いのある職人。つながりと活気が戻ってくる

ROCCOは全6棟ありますが、コーヒーを扱う「Bespoke Coffee Roasters」、ギリシャヨーグルトとお茶を扱う「M YOGURT」、「宮代もち処 J ファーム」、サカヤ×ビストロ「FusaFusa」、「シェアキッチン棟」など、魅力的な店舗が並んでいます。どれもこれも、きょうだいで力をあわせて見つけてきた、よりすぐりの、熱意があるこだわりのお店ばかりです。

ちなみに、ギリシャヨーグルト専門店「M YOGURT」を運営するのは、春日部市でお茶の販売などを行う、おづづみ園の尾堤智さん。
「母が宮代町の出身ということもあり、今回、ギリシャヨーグルトの店を出すことになりました。私自身が北海道で製法を学んだ、生乳と乳酸菌しか使っていないギリシャヨーグルトを販売しています。正直、高価なので、どこまで売れるか不安だったんですが、杞憂でしたね。宮代町の方に愛されて、製造が追いつかないくらいの人気です」と話します。

ヨーグルトのほかに、日本各地の美味しいものを販売。お茶やヨーグルト、美と健康のセレクトショップを目指すといいます(写真撮影/栗原論)

ヨーグルトのほかに、日本各地の美味しいものを販売。お茶やヨーグルト、美と健康のセレクトショップを目指すといいます(写真撮影/栗原論)

店内で手作りしているヨーグルト。試食するとその濃厚さにびっくりします(写真撮影/栗原論)

店内で手作りしているヨーグルト。試食するとその濃厚さにびっくりします(写真撮影/栗原論)

ギリシャヨーグルトは1つ550円。ほかにもデザートヨーグルト650円などと決して安価ではないが、「美味しい」と好調に売れているそう(写真撮影/栗原論)

ギリシャヨーグルトは1つ550円。ほかにもデザートヨーグルト650円などと決して安価ではないが、「美味しい」と好調に売れているそう(写真撮影/栗原論)

濃厚な味わいで、おやつにもお酒のお供にもよさそう(写真撮影/栗原論)

濃厚な味わいで、おやつにもお酒のお供にもよさそう(写真撮影/栗原論)

酒屋さんがはじめたビストロ「FusaFusa」。東欧のワインを中心に扱っています(写真撮影/栗原論)

酒屋さんがはじめたビストロ「FusaFusa」。東欧のワインを中心に扱っています(写真撮影/栗原論)

カウンター席のみの店内。これはお酒とおしゃべりがはずみそう(写真撮影/栗原論)

カウンター席のみの店内。これはお酒とおしゃべりがはずみそう(写真撮影/栗原論)

ランチメニューの岩中豚ロースのとんかつ。開店前から行列ができる日もある人気ぶりです(写真撮影/栗原論)

ランチメニューの岩中豚ロースのとんかつ。開店前から行列ができる日もある人気ぶりです(写真撮影/栗原論)

棟と棟の間には、宮代町にある日本工業大学の学生の作品をディスプレイ(写真撮影/栗原論)

棟と棟の間には、宮代町にある日本工業大学の学生の作品をディスプレイ(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟(左)とあずまや(右)。暗い雰囲気で、ひと気の少なかった場所が、地域に開かれ、人が集う場所に(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟(左)とあずまや(右)。暗い雰囲気で、ひと気の少なかった場所が、地域に開かれ、人が集う場所に(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟。期間限定ショップやイベント、誕生日会など、さまざまな用途に対応します(写真撮影/栗原論)

シェアキッチン棟。期間限定ショップやイベント、誕生日会など、さまざまな用途に対応します(写真撮影/栗原論)

今回、建物の施工には、先代、先々代から付き合いのある職人さんたちが参加してくれました。外観はROCCOチームが決定し、内装に関しては店舗側の要望にあわせて1棟ずつフルオーダーメイドで作成。職人さんから見ても、幼いときから付き合いのある中村きょうだいが力をあわせた「地域の建物再生プロジェクト」に気合いも入っていたといいます。

「工事期間中、周辺の住民から『ここ何ができるの?』って聞かれたら、職人さんが手をとめて、ここにコーヒー、ここにおかきって、案内までしてくれていたんですよ。みんなの思い、つながりが再生されていく感じでしたね」(和基さん)

残念ながら、きっかけとなったお父さまはROCCOの竣工を見ることなく逝去されたそうですが、きょうだいで力をあわせたプロジェクトに目を細めているに違いありません。
「完成していたら、毎日、それぞれのお店の品を買って周囲に配って、毎日、ビストロで飲んでいたと思います。豪快な人だったから」と幸絵さん。

ともすれば、「負の遺産」になりそうだった建物を、きょうだいの力で再生し、地域のシンボル、新しい場所としていく。工事を手掛けた人も、店舗を運営する人も、訪れたお客さんも地元のよさを再発見する。再生したのは単なる建物だけではなく、地域の人たちのつながりなのかもしれません。

●取材協力
ROCCO

スマートシティ指数1位のシンガポール。最新事情や日常生活のリアルをレポート

新型コロナウイルスのパンデミックから日常に戻ろうとする世界の動きのなか、そろそろ海外へ、と思っていたとき、シンガポール在住の友人から遊びに来ないかと誘いがあった。“スマートシティ”と呼ばれ、世界スマートシティランキング(※1)で2019年~2021年の3年連続1位のAAA(トリプルA)を取る国だ。納税手続きなどもオンライン化、医療でもほとんどの病院でオンラインでの診察予約ができるなど次々と新しい公共サービスが生まれている。以前から興味のあったシンガポール。観光だけでは分からない、現地での暮らしを体験しに行ってみた。ローカルの人たちの生活も含めてレポートする。

※1 国際経営開発研究所(IMD)とシンガポール工科大学(SUTD)は共同で発表

日本からの海外移住者も多いシンガポール

マレー半島の先端に位置し、インド洋と南シナ海・太平洋の両大海を結ぶマラッカ・シンガポール海峡に面したシンガポールは、東京23区より少し広い程度の小さな国土に、中華系、マレー系、インド系と多民族が約569万人暮らしている(外務省データ・2020年現在)。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

1年中、高温多湿な熱帯雨林気候で、平均気温は26~29度(国土交通省気象庁データ)。真夏の日本と比べても、とても過ごしやすい。特に朝と夜は快適で、ほとんどエアコンも不要なほど。

日本から飛行機の直行便で約6~7時間、時差わずか1時間のシンガポールは、日本人が海外移住を考えるときに頭に浮かびやすい国の一つだろう。シンガポールで暮らす日本人は36,797名(外務省データ・2019年10月)。周囲でもシンガポールに長期滞在したことがあるという人はけっこういる。その理由は何だろうか。

シンガポール・チャンギ空港直結のJEWEL(ジュエル)は2019年にできた新施設。地上5階、地下5階の建物には屋内植物園や巨大な人工滝がある。スカイトレインが横断し、レストラン・ホテルも完備(写真撮影/四宮朱美)

シンガポール・チャンギ空港直結のJEWEL(ジュエル)は2019年にできた新施設。地上5階、地下5階の建物には屋内植物園や巨大な人工滝がある。スカイトレインが横断し、レストラン・ホテルも完備(写真撮影/四宮朱美)

デジタルで生活の効率化進む。世界的“スマートシティ”の実力

最近、注目されているITC化(Information and Communication Technology、情報通信技術を活用してコミュニケーションを円滑化し、サービス向上などに活かすこと)の点で見ると、国際経営開発研究所(IMD)が公表する2020年のデジタル競争力ランキングでは、米国が3年連続1位で、シンガポールが2位、日本はなんと27位という成績だ。狭い国土に限られた人口で発展するために、すべてにわたって効率化が進められた結果だろう。

2014年8月、リー・シェンロン首相が演説で掲げたSmart Nation(スマート国家)構想により、シンガポールでは、さまざまなプロジェクトが同時並行で進んでいる。日本のマイナンバーカードのような国民デジタル認証(NDI:National Digital Identity)システムがすでに普及していて、行政サービスのオンライン化も進んでいる。実際に住所変更や婚姻届などの手続きも市役所などに足を運ぶことなくできるので効率的だ。キャッシュレス決済を推進するために、電話番号や個人番号を知っていれば送金ができるシステムの開発や、各キャッシュレス決済事業者が定めている規格を共通化して、小さな個人商店でも普及しやすくしている。

入国の際も、日本で事前に入国カードや健康申告書もオンラインで申請でき、とてもスムーズで驚いた。また、政府が無料Wi-Fiを提供していて、「Wireless@SG」というステッカーが貼られた場所で使える。街中のいたるところに貼られていて、日本のように無料Wi-Fiが飛んでいる場所を探してさまようこともない。

さらに公共交通機関もかなりデジタル化が進んでいる。MRT「Mass Rapid Transit(大量高速交通機関)」という電車や路線バスが市内をくまなく網羅していて、日本に比べて安価な運賃で移動することができるうえ、交通省のデータを活用した無料アプリでバスの到着時間を1分単位の精度で確認できる。

MRTの駅。切符を買わなくてもクレジットカードや電子決済可能なスマートフォンでMRTに乗車することができるシステムもある(写真撮影/四宮朱美)

MRTの駅。切符を買わなくてもクレジットカードや電子決済可能なスマートフォンでMRTに乗車することができるシステムもある(写真撮影/四宮朱美)

全国規模のセンサーネットワーク(SNSP:Smart Nation Sensor Platform)の構築で、人や車の動き、気象情報といったデータを集めて渋滞解消や災害防止などに役立てているのも特徴的だ。一方で、街中に設置されているカメラで犯罪防止になるのはいいが、監視されているようだとの意見もある。

生活必需品などの物価は安いが、嗜好品などは高額。その理由は……

モノの価値観もかなり日本と異なっている。1シンガポールドルは約100円程度(101.21円※10月10日時点)と円安の影響を受けているが、それを抜きにしても住居費、教育費、医療費、保険料は日本からの移住者にとっても高額だと感じるようだ。シンガポールには日本のような国民健康保険制度はなく、ローカルの人は強制積立制度に入る。日本では3000円程度でできる歯科検診(歯の掃除と検診) は95シンガポールドルと高額だ。

実は道路渋滞を回避させるための政府の戦略の一つとして、車もかなり高額。トヨタ カローラ セダンが東京では約232万円なのに対し、シンガポールでは約1277万円と5倍以上(NUMBEO調べ)。一方で、公共交通機関の利用料は日本と比べて安く設定されている。

観光客の多いマリーナベイサンズのモール。カジノもあって高級ブランドが並んでいる(写真撮影/四宮朱美)

観光客の多いマリーナベイサンズのモール。カジノもあって高級ブランドが並んでいる(写真撮影/四宮朱美)

City Hall駅から近いフナンモール。時間によって自転車で通り抜けできる。地下2階から地上2階までのボルダリング施設もある(写真撮影/四宮朱美)

City Hall駅から近いフナンモール。時間によって自転車で通り抜けできる。地下2階から地上2階までのボルダリング施設もある(写真撮影/四宮朱美)

また、外食もとてもリーズナブルに楽しめるのも特徴だ。
ホーカーズセンターというローカル向けのフードコートは約500円程度。生鮮食材はさまざまなスーパーがそろっているが、全体的にシンガポールの物価は日本より高い。現地に住む友人は、現地の人が利用するウェットマーケットやホーカーズをうまく活用すれば、日本の都市部での生活と同程度の予算で切り盛りできると話していた。

ストールとよばれる屋台がたくさん並ぶホーカーズセンター。多民族国家らしく食文化も多彩。中国由来のご飯を鶏のスープで炊き、鶏肉を乗せてたれで食べる「チキンライス」や、マレー系由来の「シンガポールラクサ」、インド由来なら南インドのスパイスと中国でよく食べられる魚の頭を合わせてできた「フィッシュヘッドカレー」などが楽しめる(写真撮影/四宮朱美)

ストールとよばれる屋台がたくさん並ぶホーカーズセンター。多民族国家らしく食文化も多彩。中国由来のご飯を鶏のスープで炊き、鶏肉を載せてたれで食べる「チキンライス」や、マレー系由来の「シンガポールラクサ」、インド由来なら南インドのスパイスと中国でよく食べられる魚の頭を合わせてできた「フィッシュヘッドカレー」などが楽しめる(写真撮影/四宮朱美)

自炊をする場合でも、高級店から庶民向けの店、インターナショナルでオーガニックな食材を扱う店など、いろいろなタイプのスーパーマーケットがそろっている。明治屋やドンドンドンキ(日本のドン・キホーテ)など日系のスーパーも店舗を拡大している(写真撮影/四宮朱美)

自炊をする場合でも、高級店から庶民向けの店、インターナショナルでオーガニックな食材を扱う店など、いろいろなタイプのスーパーマーケットがそろっている。明治屋やドンドンドンキ(日本のドン・キホーテ)など日系のスーパーも店舗を拡大している(写真撮影/四宮朱美)

シンガポールのローカルの人たちはほとんどお酒を飲む習慣がない。また、たばこの路上喫煙も厳しく制限されている。しかもアルコールやたばこといった嗜好品については日本に比べてかなり高額。嗜好品など必要不可欠ではないものに関しては税金を高くして、公共交通機関や外食費のような日常生活に必要なものは価格を抑えるということだろう。

シンガポールの暮らしに欠かせない「メイドさん」

上記で街中のことについて触れてきたが、ここからはシンガポールならではの家庭事情について触れていきたい。シンガポールの暮らしで欠かせないのが、メイドさんの存在だ。

日本ではあまり一般的ではないシステムだが、シンガポールでは、5世帯に1組ほど利用しているそうだ。フィリピン人、インドネシア人、ミャンマー人といった外国人メイドさんが多く働いている。メイドさんに子どもを預けて復職する人や、メイドさんを雇いつつ、保育園に子どもを預けている人もいる。現地に住む友人のコンドミニアムにもメイド用の小さな部屋がついていて、まさに「メイド文化」が社会に溶け込んでいると感じた。

メイドを雇うことは、シンガポール政府が政策として積極的に取り組んできた。費用は、税金や食費も含め1カ月8万~10万円程度。エージェントから紹介してもらい、面接をしてから雇うのだが、雇用主はエージェントではなく、あくまでも一般人である。もちろん他人と同じ家で暮らしていくのは簡単ではない。言葉の問題もあるが適切なマネージメント能力も必要だ。

そのため政府からメイドの雇用に関して雇用主側の規則や責任、健康管理などについて雇用主の向けの講座を受けなければならない。受講費は30~40シンガポールドルほどで、実際に足を運ぶか、オンラインでも受講できる。それに加えて毎月300シンガポールドル(約3万円)の“Levy”という税金を政府に支払う必要がある。

メイドさんはスイカも食べやすいカタチに切って出してくれる。心配りがうれしい(写真撮影/四宮朱美)

メイドさんはスイカも食べやすいカタチに切って出してくれる。心配りがうれしい(写真撮影/四宮朱美)

現地の友人の家ではフィリピン人のメイドさんを雇っている。食事の用意、洗濯、掃除だけではなく、子どもたちの面倒も見てくれている。彼女は自分の子どもの学費のためにシンガポールに出稼ぎに来ているそうだ。料理は上手なうえに友人の子どもたちを叱ってもくれる頼りになる存在だ。

友人は最初、メイドさんの手を借りずに仕事と子育てに頑張っていたが、今はベテランのメイドさんが一緒に暮らしてくれるようになって、ずいぶんと楽になったそうだ。これはフィリピンに滞在したときも感じたが、仕事をする女性が他人の「手」を借りることに抵抗を感じる日本と大きく違う感覚だ。

メイドさんとの関わり方は大きく2つあるようで、雇用主と労働者としてドライな関係にするか、雇用関係がありつつもフレンドリーに接するか。友人の家ではある程度家族の一員のように暮らしている。

滞在中、建国記念日のホームパーティーにはメイドさんのボーイフレンドも参加していた。みんなで食事をしたり、花火を見たり。家事の合間の時間には彼女のアテンドでオーチャードストリートまで買い物にも出かけた。シンガポールのおすすめスポットも彼女からいろいろ教えてもらった。

日本では人材不足やコストの問題もあり、メイドさんを雇うのは容易でない。しかし、共働き家庭が増え、忙しい生活を送る人が多いなかで、生活にゆとりが生まれるというメリットは大きい。もし安心できるサービスや人が見つかるなら、試しに取り入れてみるのもいいのかもしれない。

滞在中にちょうどシンガポールの建国記念日に立ち会うことができた。ローカルの人たちの建国祝いパーティーではゲームをしたり、歌を歌ったり、みんなで一緒に楽しむ(写真撮影/四宮朱美)

滞在中にちょうどシンガポールの建国記念日に立ち会うことができた。ローカルの人たちの建国祝いパーティーではゲームをしたり、歌を歌ったり、みんなで一緒に楽しむ(写真撮影/四宮朱美)

住宅街のなかにある海鮮料理が美味しいレストラン。料理がどれも美味しいのに、決して高額ではない。ローカルの人と出かけるといろいろ地元情報を教えてくれる(写真撮影/四宮朱美)

住宅街の中にある海鮮料理が美味しいレストラン。料理がどれも美味しいのに、決して高額ではない。ローカルの人と出かけるといろいろ地元情報を教えてくれる(写真撮影/四宮朱美)

教育環境を求めてシンガポール移住する人は多いが、実態は?

最後に教育についてもぜひ触れておきたい。シンガポールへの海外移住を検討する人々のなかには、英語だけではなく中国語も習えると、子どもの教育を目当てとする人も多いからだ。

シンガポール政府は経済競争力を高めるために、「人的資源が重要」と教育に力を入れてきた。世界各国の子どもの学力を測る代表的なPISA(ピサ Programme for International Student Assessment)では2015年に72か国中、シンガポールは1位、2018年は2位だ。
一方で、実はシンガポールの大学進学率は30%程度、日本の54%に比べてかなり低い。その代わりに能力や技術に応じて得意分野を伸ばすべき他のコースが用意されている。

小学校入学時には、ローカル校、インターナショナル・スクール、そして日本人学校という選択があるが、特にローカル校は世界的に学力が高いので有名だ。

しかし実際は外国人がローカル校に入るのは至難の業のようだ。シンガポール市民と永住権取得者に優先権があり、外国人は残されたわずかな枠に入ることしかできない。学費もシンガポール国民は安いが、永住権保持者、帯同査証保持者とだんだん高くなる。また入学できたとしても、第一言語を英語、第二言語を母国語として学ぶことが義務化されている。

(写真撮影/四宮朱美)

(写真撮影/四宮朱美)

シンガポールでは小学校6年(プライマリー)までが義務教育。その後、中学校4~5年(セカンダリー)、大学進学課程2年、大学3~4年と、中学校修了後に進学するポリテクニック(実務教育を行う3年制の専門学校)とよばれる学校がある。

特に小学校卒業の際に行われる、PSLE(Primary School Leaving Examination)という全国統一試験の結果により、どのセカンダリースクールに入学できるかが決まる。さらにどのセカンダリースクールに入学するかどうかで大学入学までの進路が決まるといわれているため、小学校入学時点で大学入学までの受験戦争が始まっているといわれているそうだ。

このように、かなり熾烈な競争を生き抜く必要がある。子どもにエリート教育を受けさせたいという人たちが集まっているだけに、物心両面で覚悟が必要なようだ。

シンガポールは建国以来、人民行動党が議会の議席の大部分を占め、事実上、一党独裁体制を採っているので、効率的で合理的な政策が実現しやすい国だ。地下鉄の飲食禁止、路上のポイ捨て・唾はき禁止、ガムの持ち込みは違法など、厳しい罰金制度があるが、街を安全できれいに保つためだと思えば負担にはならないだろう。物価は高いといわれるが、ローカルの人たちの暮らし方を学べば生活費も抑えられそうだ。またデジタル利用を活用したインフラが整い、清潔で安全な環境は日本人にとっても暮らしやすい国といえそうだ。

つらい冬の寒さ。住宅の断熱性能を高めることで、健康面など冷暖房効率向上以外のメリットも

LIXILが、20代~50代の男女4700人を対象に「住まいの断熱」に関する意識調査を実施したところ、 省エネ効果などへの理解は深いものの、健康への影響については理解が低かったという。住まいの断熱の影響について、詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「住まいの断熱と健康に関する調査」を実施/LIXIL

最も寒さを感じるのは「トイレ」と「浴室」。寒さ対策は「スリッパ」や「暖房の2台使い」

これからは、冬の寒さが気になるところだ。では、冬(主に11月~2月)に自宅で寒さを感じるのはどの場所だろうか。調査結果を見ると、寒さを感じる場所として最も多く挙がったのが「トイレ」(52.2%)で、次いで「浴室」(51.8%)、「洗面所(脱衣所含む)」(48.7%)となった。逆に、「リビング」(33.6%)や「寝室」(37.7%)など、普段生活をしている場所では寒さを感じている人が比較的少ないということが分かった。

冬(主に11月~2月)の住まいで寒さを感じる場所(出典: LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

冬(主に11月~2月)の住まいで寒さを感じる場所(出典: LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

冬(主に11月~2月)の「自宅で寒い時にとっている行動や対策」については、「フローリングの上ではスリッパを履くようにしている」(35.2%)、「エアコンとストーブ、こたつとストーブなど複数の暖房を同時に使用する」(33%)、「ひざ掛けを頻繁に使っている」(20.9%)が上位に挙がった。寒がりの筆者も、スリッパとひざ掛けは冬のマストアイテムにしている。

冬に住まいで寒い時にとっている行動や対策(出典:LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

冬に住まいで寒い時にとっている行動や対策(出典:LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

「住まいの断熱」の省エネ効果は理解が進んでいるが、健康への影響については…

脱炭素社会、省エネなどで注目される「住宅の断熱」。この調査で、「住宅の断熱とは、熱の流入・流出を防ぎ、建物の内外の温度差に対して室内が極端な影響を受けないようにすることを意味する」と定義して、認知度を調べたところ、「言葉を聞いたことがあり、どのようなものか知っている」が59.7%になった。

6割が認知していることになるが、「住宅の断熱性能を高めることにより、どのような影響があると思うか」と聞いたところ、半数以上があると回答したのが、「冬は家の中が暖かくなる」(76.6%)、「光熱費を削減できる」(74%)、「エアコンの効きが良くなる」(71.9%)、「夏は家の中が涼しくなる」(62.3%)だった。屋外の暑さ寒さを取り入れにくくするので、室温を保ちやすく冷暖房効率も良くなると理解していることになる。

さらに「CO2排出量の削減に貢献できる」(30.7%)と、省エネへの貢献についても一定の理解がある。その一方で、「心疾患(ヒートショックなどの健康リスク)を低減する」(30.6%)や「アレルギー症状を緩和する」(8.1%)」といった“健康への影響”については、低い回答となった。

住宅の断熱性能を高めることの効果(出典:LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

住宅の断熱性能を高めることの効果(出典:LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」)

LIXILによると、「冬季の在宅中平均居間室温の調査では、北海道が19.8℃であるのに対し、最も寒かったのが香川県の13℃、大阪府でも16.7℃と、温暖地、特に西日本エリアほど冬の室温が低い都道府県が多いという結果が出ている」※という。寒冷地は住宅の断熱化が進んでいるせいか、むしろ温暖地のほうが住宅内の室温は低いというのだ。さらに、室温の温度差が心筋梗塞や脳卒中、肺炎での冬の死亡者数と相関しているとされているという。
※「スマートウェルネス住宅等推進調査委員会 調査解析小委員会(委員長:伊香賀)第5回報告会(2021.1.26)」より

住宅内の寒暖差は、ヒートショックのリスクに

住宅内で、暖かい部屋から寒い部屋に移動するなどで急激な温度の変化があると、血圧が大きく変動することをきっかけにして起こる健康被害のことを「ヒートショック」という。トイレは住宅内で北側に配置されることが多いし、入浴の際には身体を露出するなどで体表面の温度が下がる。その後で身体が暖められると血圧が急激に上下するため、ヒートショックを起こすと考えられている。

消費者庁でも、冬季に多発する高齢者の入浴中の事故(ヒートショック)への注意を呼び掛けている。東京都健康長寿医療センターでは、「脱衣所や浴室、トイレへの暖房器具の設置や断熱改修」により、ヒートショックを防ぐことを勧めているほか、入浴時には「シャワーによるお湯はり」や「湯温設定41℃以下」、「食事直後・飲酒時の入浴を控える」ことなども対策として挙げている。温暖な地域であっても、注意を怠らないほうがよいだろう。

断熱性能の高い住宅では、結露やカビの発生を抑える

では、調査項目にあった「アレルギー症状の緩和」についてはどうだろう?
高断熱高気密住宅についての情報発信を行っている「断熱住宅.com」の近畿大学・岩前篤教授のコラムによると、新築の高断熱高気密住宅に引越した人を対象に健康調査を行ったところ、断熱性能が高くなるほど、アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎、気管支ぜんそくなどの諸症状が改善されたという結果が出たという。

なぜかというと、高断熱高気密住宅では、人体に害のあるカビの発生を抑える効果があるからだ。カビの多くは結露しやすい湿気の多い場所を好むので、「室内の温度差をなくし、かつ適切な換気システムを使った住宅は結露しにくく、そうした有害なカビを発生させない」のだという。

結露などの湿気がカビを呼び、暖房された部屋ではカビをエサとするダニも呼んで、ハウスダストでアレルギー鼻炎を引き起こす筆者のような人が健康被害を受けるわけだ。

「住まいの断熱」は、省エネ性に注目されがちだが、健康被害の抑制という効果もある。LIXILによると「約5000万戸ある日本の既存住宅の断熱性能をみると、現行基準(高断熱)の住まいは10%にとどまり、残り90%が低い断熱性能、または無断熱であるというのが現状」だという。

政府はカーボンニュートラルに向けて、住宅の省エネ性向上に力を入れている。断熱改修についても、補助金などを用意しているので、自宅の断熱改修について検討してはいかがだろう。

●関連サイト
LIXIL「住まいの断熱と健康に関する調査」
「断熱住宅.com」近畿大学・岩前篤教授のコラム「第1回冬の寒さと健康」
東京都健康長寿医療センター「入浴時の温度管理に注意してヒートショックを防止しましょう」

「小田急線」沿線、家賃相場が安い駅ランキング! 2022年版

新宿に下北沢、町田……と数多くの人気駅を抱える小田急電鉄。環七に架かる橋や駅のホームなど駅周辺がフジテレビ系ドラマ『silent(サイレント)』のロケ地になり、注目度が急上昇中の世田谷代田駅も小田急電鉄の駅の一つだ。そんな小田急電鉄には小田原線、江ノ島線、多摩線の3路線・全70駅がある。今回は小田急電鉄全70駅について、駅徒歩15分以内にあるシングル向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場を調査した。人気の駅はやはり高いのか……? 調査結果をチェックしよう。

小田急線沿線の家賃相場が安い駅TOP20

順位/駅名/家賃相場(路線名/駅所在地)
1位 座間 4.00万円(小田急小田原線/神奈川県座間市)
2位 鶴巻温泉 4.35万円(小田急小田原線/神奈川県秦野市)
3位 玉川学園前 4.40万円(小田急線/東京都町田市)
4位 渋沢 4.45万円(小田急小田原線/神奈川県秦野市)
5位 善行 4.50万円(小田急江ノ島線/神奈川県藤沢市)
5位 東海大学前 4.50万円(小田急小田原線/神奈川県秦野市)
7位 富水 4.55万円(小田急小田原線/神奈川県小田原市)
8位 新松田 4.60万円(小田急小田原線/神奈川県足柄上郡松田町)
8位 栢山 4.60万円(小田急小田原線/神奈川県小田原市)
8位 足柄 4.60万円(小田急小田原線/神奈川県小田原市)
11位 開成 4.65万円(小田急小田原線/神奈川県足柄上郡開成町)
12位 螢田 4.70万円(小田急小田原線/神奈川県小田原市)
13位 小田急相模原 4.78万円(小田急小田原線/神奈川県相模原市南区)
14位 六会日大前 4.90万円(小田急江ノ島線/神奈川県藤沢市)
14位 鶴川 4.90万円(小田急線/東京都町田市)
16位 東林間 4.93万円(小田急江ノ島線/神奈川県相模原市南区)
17位 唐木田 5.00万円(小田急多摩線/東京都多摩市)
18位 秦野 5.05万円(小田急小田原線/神奈川県秦野市)
19位 伊勢原 5.10万円(小田急小田原線/神奈川県伊勢原市)
19位 生田 5.10万円(小田急線/神奈川県川崎市多摩区)
※21位以降は記事末尾に記載

トップ3は家賃相場4万円台前半。新宿まで40分ほどで行ける駅も!

1位は神奈川県座間市に位置する小田原線・座間駅で、家賃相場は4万円。各駅停車と快速急行を乗り継ぎ、新宿駅までは50分前後で行ける。タクシー乗り場や駅前広場がある東口側には「小田急マルシェ」の建物が2棟あり、スーパーやドラッグストア、ベーカリーや歯科医院が入っている。その北側に建つのは、かつての小田急電鉄社宅をリノベーションした賃貸用の駅前団地「ホシノタニ団地」。ウッドデッキのテラスや芝生広場を設けた開放的な造りで、団地1階部分にあるカフェ&ランドリーはビジターも利用可能だ。

座間駅(写真/PIXTA)

座間駅(写真/PIXTA)

座間駅の西口側には住宅のほかに小学校や高校があり、10分ほど歩いた県道51号・町田厚木線周辺にはスーパーやディスカウントストアも。さらに進んで、駅から徒歩約15分でJR相模線・入谷駅へ。入谷駅から電車で南下すると約30分で湘南エリアを代表する駅・茅ヶ崎に行けるので、休日に海辺で遊びたい時も便利なロケーション。また、ショッピングモールや映画館といった商業施設が充実した海老名駅まで座間駅から1駅・約3分という点も魅力だろう。

2位は小田原線・鶴巻温泉駅で家賃相場は4万3500円。神奈川県秦野市に位置し、新宿駅まで快速急行で約1時間10分、反対方面の終点でもある43位の小田原駅までは急行で約28分。駅北口側には温泉宿2軒に加え、日帰り温泉施設1軒がある。日帰り温泉施設は市営で市内在住・在勤だと割安で利用できるので、仕事の疲れがたまった際など気軽に立ち寄るのもいいだろう。温泉が湧いているとはいえ街は観光地ではなく住宅地といった雰囲気で、駅から徒歩10分圏内には住宅の合間にスーパーやドラッグストア、コンビニ、飲食店が点在。大型商業施設はないが、日常の買い物には困らなそうだ。

3位には東京都町田市にある、小田急線・玉川学園前駅が家賃相場4万4000円でランクイン。通勤準急や各駅停車で新百合ヶ丘駅に行き、通勤急行や快速急行に乗り換えると新宿駅まで40分前後で行ける。新宿方面に向かって3駅目の新百合ヶ丘駅や、逆方面に1駅目の町田駅は大型商業施設が充実し、ショッピングに出かけやすい立地だ。

玉川学園前駅の様子はというと、南口側には飲食店やドラッグストアの入った商業施設があり、隣にはスーパーも。駅前にもチェーン系の飲食店があるので、料理をしたくない仕事帰りの夕食にも困らなそう。駅北口側にもスーパーや飲食店が点在し、線路に沿うようにして商店街が続いている。そして、駅北東部は幼稚部から大学院まで抱える玉川学園の広大な敷地。学園都市として形成された駅周辺は文教地区に指定されており、落ち着きのある街で暮らしたい人にもうってつけだ。

玉川学園(写真/PIXTA)

玉川学園(写真/PIXTA)

新宿まで座って通勤可能で家賃相場5万円の穴場駅も発見

トップ20の大半を小田原線の駅が占めるなか、5位には江ノ島線の善行(ぜんぎょう)駅が家賃相場4万5000円でランクイン。善行駅から各駅停車で相模大野駅に行き、快速急行に乗り継げば新宿駅まで約1時間3分。また、近隣屈指の繁華街がある藤沢駅まで2駅・約5分。そこからJR東海道本線に乗り換えると、善行駅から30分前後で横浜駅に到着する。

神奈川県藤沢市に位置する善行駅周辺は、スポーツ振興に力を入れてきた街。江ノ島線の車窓からも見える乗馬クラブや、プロも輩出するテニスクラブなどがあるスポーツクラブ、さらにプールやトレーニングジムもある県立スポーツセンターなど、駅周辺にはスポーツ施設が充実している。新たな趣味を探すため、個人・ビジター利用できるプログラムにお試しで参加するのも楽しそう。駅前にはファストフードなどの飲食店やドラッグストア、早朝から深夜まで営業するスーパーもあり、日常生活も送りやすいだろう。また、駅周辺の住宅街を過ぎると農地も残る環境のためか、駅前には無農薬野菜の直売も行うオーガニックカフェがあるほか、2022年6月には農家直営のピザ店もオープン。スポーツに親しみ、野菜を満喫し……と、健康的な生活ができそうだ。

善行駅(写真/PIXTA)

善行駅(写真/PIXTA)

トップ20に多摩線から唯一、ランクインしたのは17位の唐木田駅。多摩ニュータウンの一角、東京都多摩市に位置し、家賃相場は5万円だった。新宿駅発の小田急線に乗った際に「カラキダ行き~」といった車内アナウンスで駅名を聞いたことがある人もいるだろうが、小田急線の新宿駅~多摩線の唐木田駅を乗り換えなしで結ぶ直通列車も運転されている。おかげで唐木田駅から新宿駅まで急行1本で約42分。唐木田駅は多摩線最西端で始発駅のため、通勤時間帯でも座りやすいというメリットもある。

そんな唐木田駅は1990年、小田急電鉄で69番目に開業した比較的新しい駅。ちなみに最も新しい70番目の駅は2004年に開業した、同じく多摩線の「はるひ野駅」だ。さて、唐木田駅周辺の様子を見てみると、北西側から南側にかけてはゴルフ場や大妻女子大学のキャンパス、森が駅の間近まで迫っている。そのため住宅街は駅東側がメイン。駅前にはコンビニやスーパー、ホームセンターがあり、日常の買い物には困らない。また、京王相模原線と多摩モノレールに乗り換え可能な小田急多摩センター駅までは1駅。ショッピングモールや映画館もある多摩センター駅周辺に出かけやすいのも魅力だろう。

唐木田駅(写真/PIXTA)

唐木田駅(写真/PIXTA)

3路線・全70駅におよぶ小田急電鉄沿線は、駅により街並みも家賃相場もさまざま。今回の調査で最も家賃相場が高かったのは新宿駅で、12万6000円だった。そのほか主な駅の家賃相場を見てみると、新百合ヶ丘駅が6万7000円(51位)、登戸駅が6万8000円(52位)、下北沢駅が8万7800円(64位)、代々木上原駅が9万9000円(66位)。テレビドラマのロケ地として脚光を浴びている、世田谷代田駅は8万4000円(63位)だった。

急行が停まるような有名どころだと街も発展しているため、やはり家賃相場が高めという結果に。だが、同じ小田急電鉄の沿線ならば、そうした駅にもアクセスしやすい。狙った駅に近い各駅停車駅に住んで家賃を抑えつつ、休日はふらりと近隣の商業施設が豊富な街へ出かけるのも一案かもしれない。

小田急線沿線の家賃相場が安い駅21位以降
小田急線沿線の家賃相場が安い駅21位以降

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている小田急線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/7~2022/9
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

名建築ホテルを実測スケッチで味わう。「アマン東京」「LANDABOUT TOKYO」「hotel hisoca」など 一級建築士 遠藤慧さん

ホテルの実測スケッチがSNSで人気を集めている一級建築士・カラーコーディネーターの遠藤慧さん。実測スケッチとは、建築物などの対象物を観察しメジャーなどでそのさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んでいくものです。「アマン東京」「hotel hisoca」「LANDABOUT TOKYO」など写真ではなくイラストでホテルを図解することで見えてきた名建築の魅力をインタビューしました。

「OMO5」、「山の上ホテル」、「hotel siro」、「MUJI HOTEL」など国内外のホテルを訪れて描いた実測スケッチ(画像提供/遠藤慧さん)

「OMO5」、「山の上ホテル」、「hotel siro」、「MUJI HOTEL」など国内外のホテルを訪れて描いた実測スケッチ(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤慧さん(写真撮影/YUTA ITAGAKI)

遠藤慧さん(写真撮影/YUTA ITAGAKI)

ホテルは寝食住のデザインをまるっと体験できる場所

――実測スケッチからは、遠藤さんがホテルを訪れたときの感動が伝わってくるようです。国内外のメディアにも紹介され、人気を博していますが、ホテルをスケッチしようと思ったきっかけを教えてください。

遠藤慧さん(以下、遠藤):ホテルの実測スケッチは、建築事務所に勤めていたころ、設計のリサーチとしてはじめました。建築をなりわいにしている人は、デザインの勉強のために実際の建物を訪れることがよくあります。建築家が建てた空間を体験したいと思ったときに、例えば個人宅は公開されていないので、見学するのはハードルが高いですよね。美術館や図書館などの公共施設やレストランは誰でも行けますが、他の人もいるし、基本は夜閉館時間になったら出なくてはいけません。

丸一日その場所に滞在し、ご飯を食べて、お風呂に入って、就寝まで過ごして、デザインを丸ごと体感できるのがホテル(宿泊施設)の良いところだと思っています。部屋で実測していても誰からも変な目で見られないのも良いところです(笑)。

――遠藤さんは、その後も、数多くのホテルを訪れ、30枚以上に及ぶ実測スケッチを描いてSNSで公開されています。ホテルのどこに惹かれたのでしょうか?

遠藤:ホテルってすごいんですよ。建物のデザインはもとより、インテリア、家具、アメニティー、食器、パンフレットや部屋番号のサインに至るまで総合的にブランディングされ、デザインされているところが多いです。特に最近のホテルは体験をデザインすることに重きを置いていて、一つ一つのアイテムにこだわりがあり、食事などもホテルの過ごし方に合ったメニューが用意されています。大袈裟に言えば、ホテルは、「寝食住」のデザインを一番コンパクトに、まるっと体験できる場所だと思っています。

ホテルのコンセプトが体現されているアメニティーをスケッチすることも。「hotel hisoca」のアメニティーは、コンセプトカラーに合わせてセレクトされているのがかわいい(画像提供/遠藤慧さん)

ホテルのコンセプトが体現されているアメニティーをスケッチすることも。「hotel hisoca」のアメニティーは、コンセプトカラーに合わせてセレクトされているのがかわいい(画像提供/遠藤慧さん)

食器などを含め総合的にプロデュースされた食事も描く。「アマン東京」の朝食は、直径85cmのテーブルぴったりにお皿が並ぶさまが壮観(画像提供/遠藤慧さん)

食器などを含め総合的にプロデュースされた食事も描く。「アマン東京」の朝食は、直径85cmのテーブルぴったりにお皿が並ぶさまが壮観(画像提供/遠藤慧さん)

――実測スケッチはどのような過程で描かれていくのでしょうか? 

遠藤:チェックインをすませたら、部屋を歩き回って観察して、気になったところをどんどんスケッチしていきます。メジャー、レーザー距離計で実測して寸法値を書き込んだあと、それをもとに鉛筆で下書き・ペン入れをします。水彩絵の具での着彩は帰宅後に行い、細かい寸法などを描き込んで仕上げます。1枚描くのに8~10時間ほどかかっていると思います。

宿泊中は色見本帳(※1)で内装の色を測ったり、水栓金物や家具などのメーカーもチェック。せっかく良いホテルに来て観察ばかりしていてはもったいないので、カフェに行っておやつを食べたり、プールやスパ、レストランなどに行ってホテルステイを堪能します。

※1/ここでは日本塗料工業会が発行している「日塗工色見本帳」のこと。建築物・景観設備・インテリアカラーや日本工業規格(JIS)で定められた色などの実用色を多く収録しているので、建築の色を測る際に便利。

着彩を行うための作業台と色見本帳(画像提供/遠藤慧さん)

着彩を行うための作業台と色見本帳(画像提供/遠藤慧さん)

最初は寸法を測らず、間取りと“すてき”だと感じた場所を描く。その後、実測した数値を書き込んでいく(画像提供/遠藤慧さん)

最初は寸法を測らず、間取りと“すてき”だと感じた場所を描く。その後、実測した数値を書き込んでいく(画像提供/遠藤慧さん)

間取りだけでなく体感した居心地のよさを描き込みたい

――実測スケッチは、1枚に平面図とパースで構成されていますね。

遠藤:子どものころ、小学館の図鑑を眺めるのが大好きでした。スケールの違うものや、時間軸、表や文字など、ある項目にまつわるあらゆる切り口の情報が、等価にレイアウトされて1ページに収まっているのが好きだったんです。そんな「図鑑」を自分でも作ってみたい、という気持ちがあります。

「hotel hisoca」の実測スケッチ。部屋を真上から見た平面図と遠近法で家具などが描かれたパースが図鑑のように1枚に表現されている(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ。部屋を真上から見た平面図と遠近法で家具などが描かれたパースが図鑑のように1枚に表現されている(画像提供/遠藤慧さん)

――配置を描いた平面図だけでなく、家具や窓からの眺めなどのパースがあることで、写真だけではわからない部屋の雰囲気までも伝わってきます。

遠藤: どのホテルのスケッチにも平面図は絶対に入れるようにしています。縮尺を設定して描いているので他のホテルとの比較がしやすいし、お部屋全体を一番網羅的に表現できます。空間のイメージはパース(建物の外観や内部を立体的に描いた透視図)や立体的な絵のほうがわかりやすいので、平面図で表せなかった部分を意識して付け加えています。客室で体験したことをギュッとまとめて見せられるような構図を目指しています。

「hotel hisoca」の平面スケッチ。客室内に個室サウナを備えたプランが特徴的。バスタブやキングサイズベッドまであらゆる寸法が記入されている(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の平面スケッチ。客室内に個室サウナを備えたプランが特徴的。バスタブやキングサイズベッドまであらゆる寸法が記入されている(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の上品な色で統一された客室。ホテルのブランドカラーは、dusty pink(くすんだピンク)とdusty green(くすんだグリーン)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

「hotel hisoca」の上品な色で統一された客室。ホテルのブランドカラーは、dusty pink(くすんだピンク)とdusty green(くすんだグリーン)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

遠近法で部屋の様子を描いたパース。照明器具が組み込まれたベッドのヘッドボード回りの寸法がよくわかる(画像提供/遠藤慧さん)

遠近法で部屋の様子を描いたパース。照明器具が組み込まれたベッドのヘッドボード回りの寸法がよくわかる(画像提供/遠藤慧さん)

オリジナルファニチャーのパース。洋服掛けについて「両側から使えるのがとてもヨイ!」と感想もメモしている(画像提供/遠藤慧さん)

オリジナルファニチャーのパース。洋服掛けについて「両側から使えるのがとてもヨイ!」と感想もメモしている(画像提供/遠藤慧さん)

池袋にある「hotel hisoca」。「ホテルのコンセプトカラーであるくすんだピンクとグリーンが、建物、家具、アメニティーなどすべてに徹底されているのが素晴らしかったです」(遠藤)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

池袋にある「hotel hisoca」。「ホテルのコンセプトカラーであるくすんだピンクとグリーンが、建物、家具、アメニティーなどすべてに徹底されているのが素晴らしかったです」(遠藤)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

描くことで設計者がデザインに込めた物語が見えてくる

――建築士・カラーコーディネーターとしてどのような視点でホテルを見ていますか?

遠藤:仕事で自分でも建築設計やカラーコーディネートを行っているので、それに活かしたいと思いながら見ています。ホテルによって客層や目指している方向性が全然違いますし、どのようにしてデザインに落とし込んだのかとか、いろんな制約をどうやって乗り越えているのか……と思いながら見ていますね。歴史があるホテルも、新しいホテルも、ブランドに対して並々ならぬこだわりと企業努力があって、たくさんの物語があるんですよ。興味をもって調べたり聞いたりするといくらでもそういうのが出てくるので面白いです。

LANDABOUT TOKYOの実測スケッチ。カラフルな内装は、まちの色や素材をサンプリングしたものだという。「アメニティー、食事も同じ世界観で統一されていておしゃれ」(遠藤)(画像提供/遠藤慧さん)

LANDABOUT TOKYOの実測スケッチ。カラフルな内装は、まちの色や素材をサンプリングしたものだという。「アメニティー、食事も同じ世界観で統一されていておしゃれ」(遠藤)(画像提供/遠藤慧さん)

鮮やかなピンク色の床が特徴的。ベッドは小上がりに設置されていることで空間が広く感じられる(画像提供/遠藤慧さん)

鮮やかなピンク色の床が特徴的。ベッドは小上がりに設置されていることで空間が広く感じられる(画像提供/遠藤慧さん)

企画・内装デザインは、「株式会社HAGI STUDIO」(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

企画・内装デザインは、「株式会社HAGI STUDIO」(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

「LANDABOUT TOKYO」のエントランス。入ると地域に開かれたパブリックなカフェラウンジがある(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

「LANDABOUT TOKYO」のエントランス。入ると地域に開かれたパブリックなカフェラウンジがある(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

図解スケッチやホテルのおすすめの楽しみ方

――実測スケッチで伝えたいことは?

遠藤:設計者はみんな心を尽くして設計をしていますから、その片鱗がスケッチから少しでも伝わったらいいなと思います。私は、体感した空間を図にすることで理解しているんだと思います。描くことの良い点は、ものをよく見ることができること。描いてみると、いかに普段自分がぼんやりとしかものを見ていないのかわかるんですよね。構造がどうなっているのかわからないと描くことはできないんですよ。なんとなくだと描けない。上手い下手とはまた別の話です。

「アマン東京」の実測スケッチ。遠藤さんが驚いたのは、部屋の中央にベッドがあること。ベッドやテーブルのセンターラインに対してライトや椅子、ソファがシンメトリーに配置されている(画像提供/遠藤慧さん)

「アマン東京」の実測スケッチ。遠藤さんが驚いたのは、部屋の中央にベッドがあること。ベッドやテーブルのセンターラインに対してライトや椅子、ソファがシンメトリーに配置されている(画像提供/遠藤慧さん)

ソファのある窓際は、ベッドのある床から一段下がっている。「視界をさえぎるものはなく、空が近かった!」という遠藤さんの感動が伝わってくるパース(画像提供/遠藤慧さん)

ソファのある窓際は、ベッドのある床から一段下がっている。「視界をさえぎるものはなく、空が近かった!」という遠藤さんの感動が伝わってくるパース(画像提供/遠藤慧さん)

伝統的な日本の住居からインスピレーションを得てデザインされた室内。「木の色と白、黒のほぼ3色だけでコーディネートされていることに感動」(遠藤さん)(画像提供/アマン東京)

伝統的な日本の住居からインスピレーションを得てデザインされた室内。「木の色と白、黒のほぼ3色だけでコーディネートされていることに感動」(遠藤さん)(画像提供/アマン東京)

部屋を描いたあとは、カフェやレストラン、スパなど共用部を楽しむ。プールサイドのベッドのイラストには、「水着のままあがってもOK」「めちゃやわらかいタオル」など体感したこともメモ(画像提供/遠藤慧さん)

部屋を描いたあとは、カフェやレストラン、スパなど共用部を楽しむ。プールサイドのベッドのイラストには、「水着のままあがってもOK」「めちゃやわらかいタオル」など体感したこともメモ(画像提供/遠藤慧さん)

スタイリッシュなデザインの美しいプール。窓の向こうには、東京の大パノラマが広がる(画像提供/アマン東京)

スタイリッシュなデザインの美しいプール。窓の向こうには、東京の大パノラマが広がる(画像提供/アマン東京)

――実測スケッチを見ていると、描かれているホテルに行ってみたくなります。ホテルの楽しみ方を教えてください。

遠藤:SNSでも、「写真を見るより雰囲気がわかる!」「行ってみたくなった!」という声をいただくことが多くてうれしいです。行く前にホテルの由来などを調べたり、受付にパンフレットなどがあればぜひ読んでみるのもおすすめです。ホテルのコンセプトや設計者が建物に込めた思いをより感じられると思います。最近は“ホカンス(ホテルでバカンス)”という言葉も流行り、ホテルで過ごすこと自体をおしゃれに楽しむという風潮もありますが、建物の美しさにも目を向けてみるとよりすてきな発見があると思います。ぜひ訪れて、一つ一つのホテルの物語を感じてもらいたいです。

●取材協力
・遠藤慧(Twitter)
・hotel hisoca
・LANDABOUT TOKYO
・アマン東京
・株式会社HAGI STUDIO

愛猫家必見、ペット共生住宅の専門家の自宅におじゃまします! 猫・犬・人が快適に過ごせる間取りや家づくりの工夫は?

ペット共生住宅の専門家で設計事務所fauna+design (ファウナ・プラス・デザイン)代表の廣瀬慶二さん。約20年、愛犬や愛猫と幸せに暮らす家づくりを研究し続ける中で、2020年に家族3人と犬1匹、猫2匹が暮らすマイホームを建築し、自宅を通して試行錯誤しながら今も研究を続けています。そんな廣瀬さんの自宅は「猫も犬も人も快適に美しく暮らす家づくり」のポイントがたくさん。中でも、完全室内飼いで家にしかいない猫は、より工夫が必要です。猫が遊ぶ場所、くつろげる場所、トイレの場所はどうするかなど、猫と暮らす家を検討している人が気になることを専門家かつ実践者の目線で教えてもらいました。

愛猫のシロイちゃん。愛猫は2匹とも保護猫だそう(写真撮影/水野浩志)

愛猫のシロイちゃん。愛猫は2匹とも保護猫だそう(写真撮影/水野浩志)

愛猫のチャイちゃん(写真撮影/水野浩志)

愛猫のチャイちゃん(写真撮影/水野浩志)

フィールドワークを出発点にペット共生住宅を手掛け、犬猫専門建築家へ

ペットとの共生住宅を専門に設計する建築士は国内外を通じてほとんどいません。その第一人者として海外でも知られる廣瀬慶二さんは、ペット共生住宅を100軒以上手掛けています。そのスタートとなったのは2000年ごろ、当時勤めていた設計事務所を辞めてから、犬と暮らす人の家を訪問して聞き取るフィールドワーク(住まい方調査)を始めたことでした。

fauna+design (ファウナ・プラス・デザイン)代表の廣瀬慶二さんとシロイちゃん(写真撮影:水野浩志)

fauna+design (ファウナ・プラス・デザイン)代表の廣瀬慶二さんとシロイちゃん(写真撮影:水野浩志)

「フィールドワークをする中で、ペットと暮らすことで家の中がぐちゃぐちゃになりストレスを感じている人が意外と多くいました。以前所属していた設計事務所で設計した家を引き渡しからしばらくして見に行くと、部屋の隅に大きな檻が置かれて、せっかくの豪邸が台無しになっているケースもありました」
ペットの生態や習性、飼い主の行動に基づく、ペットと人が共生する新しいコンセプトの家が必要ではないか。そう思った廣瀬さんは、まず犬のための家づくりを始めました。

「その分野を誰もやっていなかったこともペットとの共生住宅をつくるようになった理由の一つです。2004年、庭で飼うのが主流だった犬を室内で飼う習慣が出てきたころと同時に、屋外にいることが普通だった猫を外に出さない完全室内飼育が主流になり、それに合わせて家の形も変わらなければならないと、一気に猫の家の仕事が増えてきました」

そして、廣瀬さんは「猫専門建築家」としても認知されるようになりました。

爪研ぎができる猫柱を登ってキャットウォークに向かうチャイちゃん。猫がワクワクするのを見ると飼い主も楽しい(写真撮影/水野浩志)

爪研ぎができる猫柱を登ってキャットウォークに向かうチャイちゃん。猫がワクワクするのを見ると飼い主も楽しい(写真撮影/水野浩志)

そもそも、今はよく耳にするようになった「ペット共生住宅」とは何でしょうか。「今の段階で定義をすると、動物福祉の世界には5FREEDOM(5つの自由(解放))という国際的に認められた基準があります。この「5つの自由」が担保された、動物も人間もストレスを感じない住まいをペット共生住宅といいます」と廣瀬さん。

5FREEDOM(5つの自由(解放))とは、1960年代の英国で家畜の劣悪な飼育環境を改善、福祉を確保するために基本として定められたもので、英国の動物福祉法にも盛り込まれています(以下参照)。この問いかけの文言を一つひとつチェックしていくと、ペットとの共生住宅に必要なものが見えてきます。

「5つの自由」に基づく動物福祉の評価表
Animal Welfare Assessment by(注※)RSPCA,WOAH

■1.飢えと渇きからの自由(解放)
(1) 動物が、きれいな水をいつでも飲めるようになっていますか?
(2) 動物が、健康を維持するために栄養的に充分な食餌を与えられていますか?

■2.肉体的苦痛と不快からの自由(解放)
(3) 動物は、適切な環境下で飼育されていますか?
(4) その環境は、常に清潔な状態が維持されていますか?
(5) その環境には、風雪雨や炎天を避けられる屋根や囲いの場所はありますか?
(6) その環境に怪我をするような鋭利な突起物や危険物はないですか?
(7) その動物に休息場所がありますか?

■3.外傷や疾病からの自由(解放)
(8) 動物は、痛み、外傷、あるいは疾病の兆候を示していませんか?
 もしそうであれば、その状態が、診療され、適切な治療が行われていますか?

■4.恐怖や不安からの自由(解放)
(9) 動物は恐怖や精神的苦痛(不安)の兆候を示していませんか?
 もし、そのような徴候を示しているなら、その原因を確認できますか?
 その徴候をなくすか軽減するために的確な対応がとれますか?

■5.正常な行動を表現する自由 
(10) 動物は、正常な行動を表現するための充分な広さが与えられていますか?
 作業中や輸送中の場合、動物が危険を避けるための機会や休息が与えられていますか?
(11) 動物は、その習性に応じて、群れあるいは単独で飼育されていますか?
(注※)
RSPCA:The Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals(英国王立動物虐待防止協会)
WOAH:World Organisation for Animal Health(世界動物保健機関)

ポイント1 猫専用のものと猫立入禁止の空間を設け、猫の動線を考えて設計する

廣瀬さんがマイホームを建てたのは2021年3月。「実験の場を兼ねて家を建てて1年以上、いろいろなものをつくって、実際に猫たちが使って強度や使い勝手などを見て。お客さまに提供する前の実験をしていたんです」

廣瀬さんの自邸外観。正面の高い所にある正方形の窓は猫が外を見る場所(写真撮影/水野浩志)

廣瀬さんの自邸外観。正面の高い所にある正方形の窓は猫が外を見る場所(写真撮影/水野浩志)

廣瀬さんの自宅は見晴らしの良い高台の傾斜地に立つ2階建てで、さらに地下階とロフトがあります。上の写真すべて2階部分、駐車場部分は人工地盤で、本来の1階部分はこの下で、リビング・ダイニング・キッチンと和室、水まわり、さらに、地下階は子ども部屋、書斎、主寝室、ご家族の趣味の音楽室、そしてアクアリウムがあるプライベート空間となっています。1階と地下階が家族の生活の場で、愛犬の主な居場所は1階です。そして、2階は応接室と廣瀬さんの仕事場でもあるアトリエで、勾配屋根の下を利用した屋根裏やロフトは猫が主に利用しています。上の階に行くほど猫の滞在時間は長くなります。

2階の応接室とアトリエ(写真撮影/水野浩志)

2階の応接室とアトリエ(写真撮影/水野浩志)

間取図(以下参照)を見てわかるように、廣瀬さんの家には、猫専用のものと猫の立入禁止スペースを設けています。猫が好きなことも、家族(人間)の趣味や生活も大事にして、お互いに嫌な思いをしないで安全・安心に過ごせるよう線引きをしています。

・猫専用の空間と場所……猫ダイニング、猫用階段、猫大階段、猫柱、キャットウォークなど
・猫立入禁止スペース……書斎、音楽室、子ども部屋、キッチンなど水まわり

廣瀬さんの自邸の間取図。グレー部分は猫の立入禁止ゾーン、黄色部分は猫専用スペース(画像提供/fauna+design)

廣瀬さんの自邸の間取図。グレー部分は猫の立入禁止ゾーン、黄色部分は猫専用スペース(画像提供/fauna+design)

猫専用の空間には猫用の出入口を設けています。一方、猫立入禁止スペースにはドアの両側から鍵が閉められる両面サムターン鍵をつけているので、猫がレバーハンドルに飛びついて戸を開けてしまうことはありません。

右側は猫用のトイレ(下段)と水を飲んだり食事をしたりする場所(2段目)。掃除などで人間が出入りする扉とは別に、左の小さな扉は常時出入り可能な猫専用ドア(写真撮影/水野浩志)

右側は猫用のトイレ(下段)と水を飲んだり食事をしたりする場所(2段目)。掃除などで人間が出入りする扉とは別に、左の小さな扉は常時出入り可能な猫専用ドア(写真撮影/水野浩志)

玄関はメインエントランスのほかに、2階の応接室・アトリエに直接入れる来客用の玄関も設け、職と住を分けています。

そして、猫の動線も行動に合わせてしっかり道がつくられています。下の写真は、1階のリビング・ダイニングに隣接している「猫ダイニング」のくぐり穴(スリット)から専用通路(キャットウォーク)を歩いてキャットツリーを登って2階に行く動線です。ともすれば取ってつけたように感じるキャットウォークが、デザインとしても美しく成立しています。

猫ダイニングから和室、キャットウォーク、猫専用階段へ。出口や道がちゃんと用意されているから、家族の趣味の音楽のアイテムを邪魔しないで自由に動き回れる(写真撮影/水野浩志)

猫ダイニングから和室、キャットウォーク、猫専用階段へ。出口や道がちゃんと用意されているから、家族の趣味の音楽のアイテムを邪魔しないで自由に動き回れる(写真撮影/水野浩志)

ポイント2 猫のお気に入りになるキャットウォーク「大通り、横道、交差点」をつくる

愛猫家が「猫のための家をつくろう」と考えるとき、最初に浮かぶのはキャットウォークではないでしょうか。廣瀬さんの自宅、特にロフトにはキャットウォークがたくさんあります。

「キャットウォークは何も考えずにつくると、使ってくれないことが多々あります。1カ所に固めない方がいいです。まずは猫が好きな場所(A地点)から好きな場所(B地点)に行ける大きい道をつくる、それがメインキャットウォークです。そこから分岐するように、眺めを楽しむ窓の前やご飯を食べる所に行ける道、横断キャットウォークをつくります。交差する交差キャットウォークは、猫はどっちに行こうかと考えて自由に道を選べるので楽しいし、活発になりますね」

廣瀬さんの自宅のメインキャットウォークは部屋の端から端まで渡した、長さ7.5mの一本道。幅もあるので2匹の猫が擦れ違うときも悠々と歩けます。「住まいの中に猫的街並みを展開する」といった視点から解説すると、メインキャットウォークは都市でいえばメインストリート(大通り)という位置づけです。

メインキャットウォークの先には眺めを楽しむ窓。周囲にはすのこを張り巡らせ自在に動ける(写真撮影/水野浩志)

メインキャットウォークの先には眺めを楽しむ窓。周囲にはすのこを張り巡らせ自在に動ける(写真撮影/水野浩志)

メインキャットウォークから横断キャットウォークは、インテリア性も考えて廣瀬さんが好きなアーティスティックな組子細工の板を採用しています。

組子細工の横断キャットウォークは足元の下が見えるか見えないかで猫の冒険心をかき立てる? 厚さは約5cmで強度も問題ない(写真撮影/水野浩志)

組子細工の横断キャットウォークは足元の下が見えるか見えないかで猫の冒険心をかき立てる? 厚さは約5cmで強度も問題ない(写真撮影/水野浩志)

交差キャットウォークは、「猫的街並み」の視点では、信号がない交差点のような場所です。

キャットウォークが交差していると猫は自由で楽しい(写真撮影/水野浩志)

キャットウォークが交差していると猫は自由で楽しい(写真撮影/水野浩志)

猫の寝る場所もキャットウォークで上がれる天井裏を利用した落ち着く場所に設置。チャイちゃんがまったり(写真撮影/水野浩志)

猫の寝る場所もキャットウォークで上がれる天井裏を利用した落ち着く場所に設置。チャイちゃんがまったり(写真撮影/水野浩志)

廣瀬さんの家は勾配天井で、屋根材と下地の間に断熱材を入れて通気層となる隙間を設けた「屋根断熱通気層工法」を採用しているため、屋根裏に空間ができ、キャットウォークをたくさん設けることができました。小屋裏収納などに使うことが多い屋根裏を、猫たちが自由に楽しめるパラダイスとして有効活用したのです。平屋でも参考になる事例ではないでしょうか。

ポイント3 トイレと水飲み場がある猫専用の空間「猫ダイニング」をつくる

廣瀬さんの自宅には、1階と2階の2カ所に猫用の小部屋「猫ダイニング」があります。ダイニングといえば食事場所です。

「猫を初めて飼うとき、ほとんどの人が3段ケージを使います。一番下にトイレ、2段目にご飯と水を置いて、一番上にハンモックをつる、3段構成のケージです。飼い主がお世話するのに集中できますが、3段ケージを部屋として初めからつくればいいと考えたのが猫ダイニングです。

猫ダイニングには、猫の頭数分のトイレと猫の水飲み場(食事場所兼用)を置いています。水を少量だけ流しっ放しにできる水栓と手洗いボウルを設けた猫の水飲み場があると、猫はよく水を飲むようになります。水をよく飲む猫は下部尿路疾患のリスクが減り、毛艶もよくなります。猫は15年以上家の中で暮らしますから、長生きしてもらうためにも、間取りの中にあらかじめトイレの場所、猫ダイニングをつくってあげるといいですね」

カウンターにはくぐり穴を造作しトイレから2段目やキャットウォークへのスムーズな動線を設けた。トイレの置き場は防水性があるものを。つり戸棚には猫のものを収納((写真撮影/水野浩志)

カウンターにはくぐり穴を造作しトイレから2段目やキャットウォークへのスムーズな動線を設けた。トイレの置き場は防水性があるものを。つり戸棚には猫のものを収納((写真撮影/水野浩志)

食事場所とトイレが近くても立体的に配置すれば問題ありませんが、猫ダイニングではトイレの清潔感、掃除のしやすさがポイントになります。「猫トイレの置き場所はキッチンのカウンターに用いられる人造大理石で7cmの立ち上がりをつくり、内部の入隅にRをつけて、掃除がしやすいよう工夫しています。そして一番大事なのはトイレの近くに24時間稼働する換気扇をつけることです」。猫も個室があるとうれしいでしょうし、トイレも集中してできそう、飼い主は世話がしやすく省スペースで大助かりです。

廣瀬さんの自宅は猫2匹とジャックラッセルテリアのアリスちゃんが同居しています。犬が猫のトイレの砂を食べてしまうこともあるため、猫のトイレに犬を近づけないことが最重要課題で、だからこそ個室にすることが必要でした。

また、犬は猫が大好きで近づきたいそうですが、猫はマイペースで過ごしたいので犬と一緒にいたがらないそうです。犬と猫が仲良しの例もあるかもしれませんが、住まいにおいては、犬と猫がお互いに邪魔をしないように動線を分けてあげることが大切です。

ポイント4 猫が大好きな縦の運動ができる「猫大階段」などをつくる

キャットウォークは水平方向に動ける道ですが、猫にとっては縦の動き、縦と横をつないで立体的に動くことが大切です。廣瀬さんの自宅では、猫ステップ(上下の行き来ができる棚板)ではなく猫大階段、猫ロフト、猫専用階段を採用しています。

「猫はとにかく高い所が好きです。家の中ばかりにいると刺激も必要ですし、肥満防止にもなるので、縦の運動ができるように工夫しています。猫ステップは過去にたくさんつくって、幅や段差などをいろいろ調査しましたが、見た目(インテリア性)のことも考えて最近、猫ステップは設計に組み込んでいません。猫ダイニングの高さまで登るなら、椅子を一つ置くだけで十分です。
地形レベルで考えると、壁から飛び出した板を上がるより、小さい山があったり谷があったりした方が猫は楽しいので、最近は猫大階段と呼んでいる大きい階段をつくっています。猫は階段が大好きなので、機会があったら人間用の階段が複数ある家をつくりたいですね」

本棚兼用の猫大階段と、その背後にある猫ロフト(写真撮影/水野浩志)

本棚兼用の猫大階段と、その背後にある猫ロフト(写真撮影/水野浩志)

猫ロフトは、猫がのんびりくつろぐ空間。「猫専用の家具は必要ありません。人と猫が共用できる、猫のお気に入りの椅子があればいいですね」。猫は人が使う椅子が大好きですし、猫と住んでもインテリアの質を落としたくないという廣瀬さんのこだわりもあります。

人間用の読書空間にもなる猫ロフトにはカッシーナのすてきなチェアや小田隆の絵画が飾られている(写真撮影/水野浩志)

人間用の読書空間にもなる猫ロフトにはカッシーナのすてきなチェアや小田隆の絵画が飾られている(写真撮影/水野浩志)

デスク横の造り付けの家具は空間を仕切る収納棚であり、キャットウォークに上れる猫階段でもある(写真撮影/水野浩志)

デスク横の造り付けの家具は空間を仕切る収納棚であり、キャットウォークに上れる猫階段でもある(写真撮影/水野浩志)

左がキャットツリーで、1階から2階、猫ロフトまで一気に駆け上ることができる。右は猫用階段(写真撮影/水野浩志)

左がキャットツリーで、1階から2階、猫ロフトまで一気に駆け上ることができる。右は猫用階段(写真撮影/水野浩志)

廣瀬さんの自宅は、人間の居心地の良さと猫の居心地の良さ、人と猫の使いやすさが両立しています。美しく整然としていることも居心地の良さを高めます。例えば、家族がくつろぐリビング・ダイニングの壁、天井の下のキャットウォークはくぐり戸や猫柱とつながり部屋から部屋へ、上階から下階へと移動する機能をもちながら、インテリアとしてもアクセントになっています。

猫のほかに犬(テリア?の〇〇〇ちゃん)もいますが、

家族がくつろぐリビング・ダイニングにキャットウォークや猫専用階段、猫柱がなじんでいる。犬は主にリビングでくつろぐ(写真撮影/水野浩志)

家族がくつろぐリビング・ダイニングにキャットウォークや猫専用階段、猫柱がなじんでいる。犬は主にリビングでくつろぐ(写真撮影/水野浩志)

仕事の打ち合わせをする2階の応接室。猫が自在に動ける動線、猫が好きな景色を見る窓も、癒やしの植物もある(写真撮影/水野浩志)

仕事の打ち合わせをする2階の応接室。猫が自在に動ける動線、猫が好きな景色を見る窓も、癒やしの植物もある(写真撮影/水野浩志)

まだある!猫も家族もうれしい猫の家を2事例紹介

廣瀬さんの自宅のほか、廣瀬さんが設計した猫と暮らす家を2事例紹介します。

まずは、愛知県のW邸(猫5匹と同居)で、猫が岩盤浴を楽しむという個性的なコンセプトの家です。白とナチュラルを基調としたフレンチモダンのインテリアで統一されていて、猫も優雅に見えます。2階の猫大階段を上がると床暖房が採用された猫ロフトがあり、そこで猫がまるで岩盤浴のようにのんびりと楽しめる、ほんわかした雰囲気です。また、壁面の中に猫階段を設けた「猫壁」をつくるなど工夫を凝らしています。

W邸の猫大階段。左には猫トイレと食事スペース(画像提供/fauna+design)

W邸の猫大階段。左には猫トイレと食事スペース(画像提供/fauna+design)

W邸。猫が岩盤浴にアクセスするには猫大階段、キャットツリー、キャットタワー、爪研ぎ猫柱などいくつものルートがある。白い格子窓の窓台は猫の居場所(画像提供/fauna+design)

W邸。猫が岩盤浴にアクセスするには猫大階段、キャットツリー、キャットタワー、爪研ぎ猫柱などいくつものルートがある。白い格子窓の窓台は猫の居場所(画像提供/fauna+design)

W邸。猫は暖かい所が大好き。猫ロフト(岩盤浴)でくつろぐ猫(画像提供/fauna+design)

W邸。猫は暖かい所が大好き。猫ロフト(岩盤浴)でくつろぐ猫(画像提供/fauna+design)

W邸。壁に飾り棚や収納を設け、階段も猫の居場所に(画像提供/fauna+design)

W邸。壁に飾り棚や収納を設け、階段も猫の居場所に(画像提供/fauna+design)

次に紹介するのは、岡山県のO邸(猫3匹)で、キャット用のパティオ(中庭)、「キャティオ」のある家です。リビング・ダイニングの天井にはキャットウォークや猫ステップ、キャットツリーを設け、上部のすのこ上の猫寝天井(猫が寝るための天井空間)や猫ロフトへの移動をスムーズにしました。まるでバリのリゾートホテルのような趣のインテリアに猫の居場所や遊び場が違和感なくなじんでいます。

O邸。外からの視線も危険もない広いキャティオで、お腹を出して日なたぼっこを楽しむ猫(画像提供/fauna+design)

O邸。外からの視線も危険もない広いキャティオで、お腹を出して日なたぼっこを楽しむ猫(画像提供/fauna+design)

O邸。猫の寝床は人間のベッド。構造上必要な柱を爪研ぎの猫柱とし、連続的に並べているのは、猫のためと、デザイン面への配慮(画像提供/fauna+design)

O邸。猫の寝床は人間のベッド。構造上必要な柱を爪研ぎの猫柱とし、連続的に並べているのは、猫のためと、デザイン面への配慮(画像提供/fauna+design)

O邸。リビング・ダイニングのキャットウォークから猫ステップへリズミカルに移動する猫(画像提供/fauna+design)

O邸。リビング・ダイニングのキャットウォークから猫ステップへリズミカルに移動する猫(画像提供/fauna+design)

O邸。コーナーで折れ曲がるキャットウォーク(画像提供/fauna+design)

O邸。コーナーで折れ曲がるキャットウォーク(画像提供/fauna+design)

以上の二つの事例は、家族の好みや趣味、インテリア性を大事にしながら、猫のストレスがたまらないように、気持ちよく過ごせることを優先的に考えています。そして、猫が幸せだと飼い主も幸せ、お互いが幸せになる家です。

廣瀬さんの自宅を参考に「猫と暮らす家について大切なこと」をまとめてみました。

・お気に入りの場所に行けるキャットウォークを設ける
・縦、垂直に移動できる猫階段、猫柱などを設け、縦と横がつながるようにする
・屋根断熱工法を採用すると屋根裏を猫の遊び場として利用できる
・高い所、外を眺めるのが好きな猫のために窓と窓の前の居場所を設ける
・猫の水飲み場、食事場所、トイレを1カ所にまとめた猫ダイニングを設ける。少量でいいので常に新鮮な水を流しっ放しにし、換気扇をつけて清潔に保つ

廣瀬さんがつくるペット共生住宅は、猫の習性や行動に基づいて猫にとって必要なものをつくり、猫目線で猫が喜ぶこと、幸せに感じることを考えた住宅です。人間がペットのために我慢することがないように、反対にペットが人間のために我慢することがないように、お互いに健やかに暮らせるように工夫して、ペットと暮らす家づくりを考えてみませんか。

●取材協力
廣瀬慶二さん
設計事務所fauna+design代表、犬猫専門建築家、一級建築士、一級愛玩動物飼育管理士。神戸大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。著書『ペットと暮らす住まいのデザイン』ほか

海の上で農業や発電も! いま話題の「海上都市」モルディブや国連も推す韓国釜山の計画を聞いてみた

「水上都市」「海上都市」というと、たくさんの水上住宅が運河に浮かぶオランダ・アムステルダムや、特異な形の人工島として知られるドバイのパームアイランドが思い浮かぶ人もいるだろう。
今、新たに未来型の海上都市計画が発表され、話題を呼んでいる。海上都市とは、海上に連結されたプラットフォーム上に、生活拠点である住居やオフィス・商業施設を兼ね備えたまちのことだ。
今回は、特に注目を集めている2つの新プロジェクトを紹介する。気候変動や食糧問題などに対応した新たな都市をつくるという韓国・釜山市のプロジェクト「OCEANIX(オセアニックス)」、新たな観光都市づくりを目指すモルディブの「モルディブ・フローティング・シティ計画」だ。

気候変動問題などに対応。国連も後押しする韓国・釜山のプロジェクト「オセアニックス」

かつてない頻度の豪雨や台風、気温の上昇といった問題が、すでに身近なものになっている。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、気候変動により、世界の海面水位は平均で17cmも上昇しており、日本においては、全国で砂浜の約9割が1m以上の海面上昇で失われるといわれている。また、世界の環境対策を急ピッチで連携して押し進めるC40都市気候リーダーシップグループは、2050年までに世界の570都市に住む8億人以上が、海面上昇によるリスクにさらされる可能性があると予測している。

今、水との付き合いは、まちづくりや都市計画にとって、防災・レジリエンスの観点から非常に重要なものだ。

そんななか、2021年11月18日、世界初の海面上昇に対応した海上都市が韓国・釜山市に建設されることが発表された。
その名も海上都市計画のプロトタイプ「OCEANIX(以下、オセアニックス)」)。主導するのは、2018年にイッタイ・マダムンベさんとマーク・コリンズ・チェンさんが設立した米国のブルーテック企業。ブルーテック企業とは、海を守りながら、経済や社会を持続的に発展させることを前提として事業を行う先端技術を持った企業のことだ。
海上都市は2025年までに一部の建設が完了する予定とのことで、それほど遠い未来の話ではない。

計画が現在進行中の韓国・釜山沖の海上都市イメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

計画が現在進行中の韓国・釜山沖の海上都市イメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市のプロトタイプは、各15.5エーカーの表面積を持つプラットフォームが、橋で繋がれるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市のプロトタイプは、各15.5エーカーの表面積を持つプラットフォームが、橋で繋がれるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

マダムンベさんは、「オセアニックスのコミュニティーには国際的な協力者も含まれる予定だが、中核となるのはあくまで釜山市内ひいては韓国全土の人々」と話す。現在の釜山市に、海上都市はどのような形で溶け込むのだろうか(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

マダムンベさんは、「オセアニックスのコミュニティーには国際的な協力者も含まれる予定だが、中核となるのはあくまで釜山市内ひいては韓国全土の人々」と話す。現在の釜山市に、海上都市はどのような形で溶け込むのだろうか(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市には、「ネイバーフッド」と呼ばれる住居が集う。遊び、仕事をするための公共空間もある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市には、「ネイバーフッド」と呼ばれる住居が集う。遊び、仕事をするための公共空間もある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

釜山にできる「オセアニックス」のライフスタイルについての動画

地上と変わらない生活スタイルを想像させる海上都市の暮らしのイメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

地上と変わらない生活スタイルを想像させる海上都市の暮らしのイメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市では、電気も不自由なく使用できる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市では、電気も不自由なく使用できる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

「オセアニックス」は、国連人間居住計画(ハビタット)との協働プロジェクトでもある。
国連ハビタットは、「政策提言、能力開発、国際・地域・国家・地方といったレベルでのパートナシップをとおして、社会的、環境的に持続可能なまちや都市づくりを促進する」国際的な機関で、アジアでは日本の福岡県福岡市に拠点を置いている。海上都市といった未来的な取り組みだけでなく、急速な都市化による、スラムの拡大、自然災害や紛争による居住環境の悪化などの問題解決を目的としている。

このプロジェクトには、海洋保全にまつわる先端技術をもったブルーテック企業と、多分野の専門家とのつながりをもつ国際的な機関が協働することで、あらゆる分野の専門知識と経験が、惜しみなく投入されている。「海上都市づくりに取り組むことは、気候変動や海面上昇、持続可能な沿岸都市化といった課題に対するソリューションを創造することでもあります。各専門家やIT企業のイノベーターたちの力を合わせ、そのためのシステムを構築していきたい」とマダムンベさんは展望を語る。

かつてネット時代の到来に合わせ、アメリカ・シリコンバレーを中心に技術と夢をもった若者たちが集まりビジネスを始めたように、新時代の価値を生み出す都市が、韓国・釜山の海上に誕生するかもしれない。

海洋プラスチックごみの一掃や、海洋保全にまつわる革新的な技術も盛り込まれるのも特徴。サンゴの海をIT技術で保護する「Biorock(バイオロック)」といった海洋技術の活用などによって、海洋生物の乱獲や、環境破壊、地球変動で壊されてしまった海洋エコシステムの再生も行う予定。海面下では、海藻、カキ、ムール貝、ホタテ、貝の養殖が行われる。水をきれいにし、生態系の再生を加速させるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海洋プラスチックごみの一掃や、海洋保全にまつわる革新的な技術も盛り込まれるのも特徴。サンゴの海をIT技術で保護する「Biorock(バイオロック)」といった海洋技術の活用などによって、海洋生物の乱獲や、環境破壊、地球変動で壊されてしまった海洋エコシステムの再生も行う予定。海面下では、海藻、カキ、ムール貝、ホタテ、貝の養殖が行われる。水をきれいにし、生態系の再生を加速させるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

ARシステムも導入。住まいのあらゆるデータが一目瞭然(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

ARシステムも導入。住まいのあらゆるデータが一目瞭然(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスの移動手段一覧。カヤックや徒歩から、ドローンや電気自動車のシェアまで想定されている(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスの移動手段一覧。カヤックや徒歩から、ドローンや電気自動車のシェアまで想定されている(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市として、水辺におけるサステナブルな生活を追求するという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市として、水辺におけるサステナブルな生活を追求するという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

独自性は“自給自足”と“総合性”

この海上都市では、ゴミ問題や食糧及びエネルギー調達も、すべて都市内で完結する仕組みになるという。

「オセアニックスは、ただの個々の住宅の組み合わせではありません。“持ち込みに頼らない”閉鎖的なループシステムで成り立つ、真に自立した、初めての総合的な海上都市になります」とマダムンベさん。

食糧やエネルギー調達、ゴミ処理も都市内で全て自給自足や循環によりまかなうため、それらに必要な要素をすべて備える予定だとか。都市のエネルギーは、風力発電や太陽光発電はもちろん、波や潮の流れを利用した電流発生器で確保。飲料水は雨水をろ過して使用、食品はコンポストを利用した都市内の農園などから調達できる計画だ。

オセアニックスにおける食物生産の仕組み。「植物中心の食生活で、スペース、エネルギー、水資源への負担を軽減。有機野菜は、水耕栽培や水産養殖で効率的に栽培し、従来の屋外農場や温室を補完します」とマダムンべさん(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスにおける食物生産の仕組み。「植物中心の食生活で、スペース、エネルギー、水資源への負担を軽減。有機野菜は、水耕栽培や水産養殖で効率的に栽培し、従来の屋外農場や温室を補完します」とマダムンべさん(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

公共空間「ネイバーフッド」にある温室では、住民は照明付き室内農場で自分の食べ物を育てる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

公共空間「ネイバーフッド」にある温室では、住民は照明付き室内農場で自分の食べ物を育てる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

食物を育てたり、ボート用のデッキを備えたり、集会スペースなどに対応するエリアもある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

食物を育てたり、ボート用のデッキを備えたり、集会スペースなどに対応するエリアもある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

養殖と水耕栽培の両方を利用して、協調的な生活環境をつくる「アクアポニックス」の森。水槽で魚を育て、その栄養豊富な排水の一部、または全部を水耕栽培の植物生産システムに循環させることで、循環型の生活が可能になる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

養殖と水耕栽培の両方を利用して、協調的な生活環境をつくる「アクアポニックス」の森。水槽で魚を育て、その栄養豊富な排水の一部、または全部を水耕栽培の植物生産システムに循環させることで、循環型の生活が可能になる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

このシステムにより、いま世界中で問題になっているエネルギー不足や食力問題についても10万人規模まで対応できるようになるというのも興味深い。
海上都市内でさらに人口が増えることで必要になる居住地は、新たに海上都市をつくり足すことでスケールアップできるとのことだ。

(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスの全貌。300人の居住区から10万人の都市へと、今後変化し、適応していくことができる都市。36の2ヘクタールの浮体式住居と、数十の生産拠点が、柔軟に拡大・縮小でき、活気あるコミュニティーをつくりだすという(動画提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

強力なリーダーシップが課題

こうした大掛かりなプロジェクトが進行しているが、これまでにも多くの問題や困難に直面してきたに違いない。海上都市計画を成功させために一番大切なことは何だろうか。

「海上都市を実現するための最大の障壁は、技術ではない」とマダムンベさんは断言する。「このような規模の画期的な試みに挑戦する、政治的リーダーシップとビジョンをもった、信頼できる政府のコミットメントを確保することが、最も私たちが苦労したことでした」と話す。

「オセアニックス」は、釜山市のパク・ホンジュン市長というパートナーを見つけた。世界に点在する革新的な技術を投入し、世界で初めてとなる持続可能な海上都市を着工。「今後、世界的に業界をリードしていくことになるだろう」とマダムンベさんは続ける。

ローカル感を大切にまちづくりを進めている。写真は東南アジアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

ローカル感を大切にまちづくりを進めている。写真は東南アジアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

研究棟エリアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

研究棟エリアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

日陰部分となっているテラスは、快適なインドアスペース(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

日陰部分となっているテラスは、快適なインドアスペース(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

不動産資産としての海上都市を目的とした「モルディブ・フローティング・シティ計画」

一方、1,000超の珊瑚島と 26 の環礁から成るインド洋に浮かぶ熱帯の国、モルディブでは、オランダの建築家が推進する「モルディブ・フローティング・シティ計画」の建設が始まった。

韓国の「オセアニックス」は海上都市計画を気候変動などの問題に対応することを目的にしているのに対し、こちらは「価値が上がる商業不動産」として捉えている点が特徴だ。

モルディブで進行する「モルディブ・フローティング・シティ」の完成イメージ図(写真/Maldives Floating City Press Releaseより)

モルディブで進行する「モルディブ・フローティング・シティ」の完成イメージ図(写真/Maldives Floating City Press Releaseより)

このプロジェクトは、オランダの海上都市のデベロッパーであるダッチ・ドックランズ社とモルディブ政府が協力し、オランダ人建築家ケーン・オルトゥイさんのウォータースタジオが推進している。都市デザインはモルディブの伝統的な海洋文化にインスピレーションを受けたもので、ホテルやレストランはもちろん、ブティックもオープンする予定。
まちづくりにおいては、サステナビリティや革新的な技術が投入される。

アイデアやインスピレーションを、その道のエキスパートたちが共有する場として世界的に知られる「TEDトーク」に登壇した、モルディブの海上都市計画のリーダー、オランダ人建築家のケーン・オルトゥイさん

現時点では「海上都市」に対する法的所有権に関しては議論が進んでいるところ。ボートハウスをはじめとした水上住宅が普及しているオランダでは、国際法(国連海洋法条約[LOSC])、国内法、財産法の3点から、議論が進んでいる。

モルディブでは、法律の専門家がチームに積極的に加わることで、世界最高水準の「海上都市の所有権」がつくられるという。海上都市における土地や建物に所有権をもたせる一方で、法的にも透明性が高く、これまでにない画期的な不動産になる予定だという。

海に囲まれているモルディブにとって、海上都市は海外からの新しい観光客や移住者を引き付けるための“国際的な住宅投資物件”になっていくのだろう。

気候変動など人類が直面している問題に対応した新たな都市を目指す韓国釜山の「オセアニックス」、ビジネス面での海上都市の可能性を追求するモルディブの「モルディブ・フローティング・シティ計画」。
それぞれ違うアプローチだが、地球上のさまざまな場所で、同時並行的にこうした海上都市計画が発案され、実行されるに至ったのは、われわれ人間の技術がそこに到達したというだけではなく、それだけ気候変動や新たなライフスタイルに対応する住宅環境を整えることが急務だということを指し示していると感じざるをえない。

●取材協力
OCEANIX共同創業者 イッタイ・マダムンベさん

ニューヨーク人情酒場 ブルックリンの酒場で働く日本人漫画家から見たリアルなアメリカ紹介します!

ニューヨーク人情酒場へようこそ!これは、ブルックリンにある小さな酒場(レストラン)で起こった色いろんな出来事。
大都会の夜、一杯の酒から始まる人間模様。作者はこのお店で今お寿司を作っているよ。

漫画

序章<プロローグ>

漫画

NYでサーバー(給仕係)をやっている人の中でも、やっぱり多いのは何か夢を追っている人たちです。夢を抱いてNYにやって来て、本業と二足のわらじで生活していくために飲食業をやっている人が多く、結果として表現者が現場に多くなる印象です。
2022年現在、最低時給が15ドルな上にサーバーはさらにチップの配当もあるので、うまくいけば時給20ドルぐらいになることも。
今まで出会った同僚たちにはビデオグラファー、フォトグラファー、ペインター、デザイナー、パフォーマー、ダンサー、ミュージシャン、ライターなど本当にいろいろな人たちがいました!働くだけでも面白い人たちにすぐ出会えるのはNYの特徴ですね。

同僚たち

漫画

漫画

ダンスや歌の文化の浸透の仕方は日本とアメリカでは全く違うように感じます。Twerkingを初めて見たときは衝撃を受けました。街なかで音楽が流れてきて急に踊り出す人・歌い出す人がそこらじゅうにいます。これはニューヨークだけでなくアメリカ全土にある風潮なのかもしれませんが、それに対して怪訝な顔をする人もほぼいません。いちいちリアクションしていたら身がもたない、っていう感じなんだと思います。

Chato

漫画

補足:ちょいワルニューヨーカーたちが挨拶や「やったぜ!」の意味でフィストバンプをするときがあります。

チャト兄さん、見た目はちょっと怖いけどいつもニコニコ朗らかでみんなに愛されています。踊ったり歌ったりしながらフライパンを振るう、超絶技巧の料理人。見た目がイカついので40ぐらいかと思っていたら、33歳の私と1歳しか違わなかったのも衝撃です。
チャトが作る料理で一番好きなのは日本風のカルボナーラ!これはメニューにはなく、まかないとして作ってくれるのですが、本当に絶品。
また、NYではタトゥーを入れることはかなりカジュアルな行為であり、Brooklynには予約なしで入ってすぐにタトゥーを入れられるタトゥーパーラーがそこらじゅうにあります。お堅い職業の人も見えるところにタトゥーが入っていたりするので驚き!

こんな感じで、酒場で起こった面白い出来事を漫画にしていくので、良かったら引き続き読んでね~!

ヤマモトレミ

作者:ヤマモトレミ
89年生まれ。福岡県出身。2017年、勤めていた会社の転勤でニューヨークに移住。仕事の傍ら、趣味でインスタグラムを中心に漫画を描いて発表していたところ、思った以上に楽しくなってしまい、2021年に脱サラし本格的に漫画家としての活動を開始。2022年にアメリカで起業し個人事業主になりました。ブルックリンのレストランで週4で寿司ローラーをやっています。

旅先で職人に弟子入り体験「ベッドアンドクラフト」が国内外から注目のワケ。移住のきっかけにも 富山県南砺市井波地区

日本屈指の「木彫りの町」として知られる富山県南砺市井波地区。人口約8000人のうち200人以上が木彫り職人という井波で、2016年に始まったのが「ベッドアンドクラフト」だ。「職人に弟子入りできる宿」のコンセプトどおり、町に点在する6つの古民家に滞在しながら、職人の工房でクラフトのワークショップが体験できるという、新しいスタイルの宿泊施設である。運営を担うコラレアルチザンジャパン代表の建築家・山川智嗣さんは「井波の伝統文化の魅力を楽しむとともに、地域の方々との交流も旅の楽しみにしてほしい」と語る。取り組みが始まってから6年、職人と旅行客をつなぎ、町ににぎわいを生んできた「ベッドアンドクラフト」。山川さんに、立ち上げの経緯から施設の仕組み、町の将来像などを聞いてみた。

モノづくりの醍醐味を味わうためにJターン

―――山川さんは東京の設計事務所を経て、カナダや中国など海外を拠点に活動されてきました。2015年に帰国後、井波に移住した理由から教えてください。

―山川智嗣(以下、山川):帰国の理由は日本で仕事が入ったことがきっかけですが、移住先に井波を選択したのは上海での経験が大きいですね。上海では公共建築や商業施設などの設計に携わっていたのですが、そうしたきらびやかなビルの数々は、職人さんの泥臭いモノづくりに支えられていたんです。

上海で出会った職人さんたちは「図面は読めないけれど、お前のつくりたい世界を言ってくれ。俺たちがつくってやる」と言うんですよ。床材に石を使うときも、ひとまず山に連れて行かれ、石を掘る場所から話し合うなんてこともありました。そうやって現場の職人さんとモノをつくっていくプロセスは、とても面白かったですね。

建築家であり、コラレアルチザンジャパンの代表を務める山川智嗣さん。富山県出身。東京の設計事務所で同僚だった妻と海外に拠点を移し、2011年に独立。帰国後は東京、上海での仕事を続けながら、2016年にベッドアンドクラフトをスタートさせた(写真撮影/松倉広治)

建築家であり、コラレアルチザンジャパンの代表を務める山川智嗣さん。富山県出身。東京の設計事務所で同僚だった妻と海外に拠点を移し、2011年に独立。帰国後は東京、上海での仕事を続けながら、2016年にベッドアンドクラフトをスタートさせた(写真撮影/松倉広治)

―――設計だけでなく、現場で一緒にモノをつくる感覚が楽しかったと?

山川:そうですね。日本では住宅やビルを建てる場合「つくる」というより「選択する」なんです。床材、壁材、設備機器など、どれもメーカーからパーツを選び、プラモデルのように組み立てていく。しかも、東京の工場にオーダーしたら最低100ロットからしか受けてもらえない。型をつくるだけで相当なコストがかかってしまいます。おまけに職人との距離も遠く、僕としては味気ないなと感じることもありました。

―――ある程度、フォーマットが決まっていると。確かに、モノをつくっている感覚は薄くなるかもしれませんね。

山川:でも、なかには「オリジナルのドアノブをつくりたい!」という人もいると思うんです。たとえドアノブ一つでもオリジナルなら思い入れが生まれ、生活がより豊かになるんじゃないでしょうか。だから、僕は日本でも上海のような「手仕事の文化」を大切にしたいと思ったんです。

そう考えたときに、ふと富山県の井波が頭に浮かびました。手仕事の文化が色濃く残り、職人が多い井波に行けば「何か面白いことができるかも。自分のアイデアを形にしてくれる人がいるかも」と。そして上海のように現場に近い場所でモノづくりの醍醐味が味わえるかもしれないと考えました。

瑞泉寺の門前町である「八日町通り」(写真撮影/松倉広治)

瑞泉寺の門前町である「八日町通り」(写真撮影/松倉広治)

―――それまで、井波を訪れたことはあったんですか?

山川:はい。幼いころから木彫りが盛んな井波という町があることは聞いていましたし、親戚が住んでいたのでよく遊びに行っていましたね。また、妻の父親が彫刻を30年以上も習っていて、兵庫県民ながら1年に1回は井波に通うほど井波彫刻の大ファンだったんです。そういった縁もあり、移住を決心しました。

―――そのときから、宿泊施設の運営を考えていたのですか?

山川:いえ、全く(笑)。宿泊施設を始めたのはたまたまというか、自然な流れですね。移住前から猫を飼っていたのですが、井波にはペットが飼えるマンションがなく、一軒家しか選択肢がありませんでした。その際、地元の人に紹介してもらったのが、後にベッドアンドクラフトの1軒目となる元建具屋の古民家だったんです。

購入時の元建具屋。山川夫妻は賃貸を検討していたものの、オーナーからは買ってほしいと言われたそう。そこで義父に相談したところ「住まなくなったら俺がそこを宿にして井波を回る」と後押しされ、家族の別荘という気持ちで購入を決意(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

購入時の元建具屋。山川夫妻は賃貸を検討していたものの、オーナーからは買ってほしいと言われたそう。そこで義父に相談したところ「住まなくなったら俺がそこを宿にして井波を回る」と後押しされ、家族の別荘という気持ちで購入を決意(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

山川:家自体は2階建の200平米と広かったので、当初は事務所兼住宅として使っていました。そのうち、海外暮らしの時に知り合った友人が、世界中から遊びに来てくれるようになったんです。そこで、これだけ友人が来るなら2階の余剰スペースを宿にしようと思い立ちました。

「古民家」と「地元の職人」を結びつけた理由

―――現在のベッドアンドクラフトは「職人に弟子入りできる宿」がコンセプトになっています。このアイデアはいつ着想されたのでしょうか?

山川:当初はコンセプトがなく、なんとなく“その土地らしさ”を感じられる宿にしたいと思っていました。特に僕は建築家なので、どうにか井波のエッセンスを建築のなかに取り込みたいなと。そこで、まずは建物内の装飾をお願いできる人を探しました。そのときに紹介してもらったのが木彫家の田中孝明さん。彼との出会いがなければ、今のベッドアンドクラフトはなかったですし、僕は今も井波に住んでいないと思います。

―――それほど衝撃的な出会いだったんですね。

山川:「木彫刻」と聞くと、みなさん欄間や獅子頭など、クラシックな伝統工芸を思い浮かべませんか? 

井波彫刻は「彫刻師」と「彫刻家」に分けられます。彫刻師は欄間や獅子頭など、クラシックな伝統工芸の職人。超絶技巧で、寺社仏閣の建築装飾を行っています。一方、彫刻家はアーティスト。もちろん基本的な技術もあり精巧なモノもつくれますが、彼らは造形で“表現”をしているんです。田中さんも、その一人でした。

初めて田中さんの人形彫刻を見たときは、本当に感動しましたね。土着からくる表現にすごくアートを感じました。同時に、こんなに素晴らしい作品をつくっているのに、なぜ世の中の人は知らないのだろうと思ったんです。

田中孝明さんの作品。「みず・ひかり・たね」のテーマでつくられた、少女の木像(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

田中孝明さんの作品。「みず・ひかり・たね」のテーマでつくられた、少女の木像(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

山川:そこから興味が湧き、この感動を広く伝えたい、多くの人に見てもらいたいと思いました。そこで、自分の宿にギャラリー機能をもたせ、彼の作品を体験できるような場所にできたらいいんじゃないかと。

昔はどの家にも和室があり、床の間がありました。そこには彫刻や掛け軸などの装飾品が飾られ、建物のなかに「美」の余白があったんです。しかし、現代の暮らしでは装飾品を置く場所も少なくなり、置き方もわからない。だったら、ここでの宿泊体験を通して、その感覚を知ってもらおうと考えました。

―――その後、設計段階から田中さんの意見を取り入れたそうですが?

山川:そうですね。例えば、どこかの文化ホールに行くと、空間に馴染まない絵画や彫刻が唐突に飾られていませんか? 後付けで飾られた作品って、すごく浮いているように感じてしまうんですよね。だから、僕は宿に作品を置くなら、作家さんに設計段階から一緒に入ってもらい、意見を取り入れた空間づくりが必要だと考えました。

ビフォアー(画像提供/ベッドアンドクラフト)

ビフォアー(画像提供/ベッドアンドクラフト)

アフター。田中さんには具体的なオーダーはせず、どんな作品をいくらでも置いていいと伝えたそう。世界観が明確になった結果、空間と体験が見事に調和した宿が完成(画像提供/ベッドアンドクラフト)

アフター。田中さんには具体的なオーダーはせず、どんな作品をいくらでも置いていいと伝えたそう。世界観が明確になった結果、空間と体験が見事に調和した宿が完成(画像提供/ベッドアンドクラフト)

―――では、工芸体験のワークショップをセットにしたのはなぜですか?

山川:今は体験型観光が流行っていますが、それに乗っかったわけでも、ましてやお金を儲けるためでもありません。僕たちとしては、この場所で作品に感激してもらえたら、実際にそれをつくった職人さんに会ってもらい「あなたの作品が欲しい」と言える関係性をつくりたいと思ったんです。そこで、職人さんの工房での工芸体験ワークショップをセットにすることにしました。

また、外から来た人に職人さんのライフスタイルを見てもらうことも、意義があると思いました。彼らの創作活動と生活の場である工房に行って直接コミュニケーションをとり、その生活、作家性、作品の背景などに対する理解を深めてもらう。そうすれば、井波や職人さんのことをより魅力的に感じてもらえると思うんです。

ギャラリーの作家さんは紹介でつながっていったそう。「どの作家さんも魅力的で、宿泊客に紹介したい人がたくさんいます」と山川さん(写真撮影/松倉広治)

ギャラリーの作家さんは紹介でつながっていったそう。「どの作家さんも魅力的で、宿泊客に紹介したい人がたくさんいます」と山川さん(写真撮影/松倉広治)

―――そうやって「職人に弟子入りするプラン」が生まれたんですね。作家さんからの反応はいかがでしたか?

山川:作家さんたちは、それまで実際に作品を使う方と関わる機会がなく、その思いを理解できていない部分もあったそうです。でも、ワークショップを通して初めて自分の作品を目の前で見てもらい、その反応を目の当たりにし、すごく良いインスピレーションをもらえたと言っていただきました。

職人のもとで「弟子入り」体験。職人の道具と技術を用いて、3時間たっぷり作品づくりに没頭できる(画像提供/Kosuke Mae)

職人のもとで「弟子入り」体験。職人の道具と技術を用いて、3時間たっぷり作品づくりに没頭できる(画像提供/Kosuke Mae)

6軒の宿泊施設に6人の作家の作品を展示

―――井波の観光を活性化させるという点でもベッドアンドクラフトは一役買っていると思いますが、宿を始めた当初の地域の人たちの反応はどうでしたか?

山川:2016年9月に最初の宿を開いた当時は「民泊」という言葉もまだ浸透しきっておらず、わりと懐疑的に見られていたと思います。「上海から来たやつが、何やら新しい宿をつくったぞ!」って、地域の人たちをざわつかせてしまいました(笑)。たぶん、みんな1年で潰れると思っていたんじゃないかな。

2016年9月にオープンした「TATEGU-YA(タテグヤ)」。築50年の元建具屋を改装し、木彫家・田中孝明さんの作品を展示した(画像提供/ベッドアンドクラフト)

2016年9月にオープンした「TATEGU-YA(タテグヤ)」。築50年の元建具屋を改装し、木彫家・田中孝明さんの作品を展示した(画像提供/ベッドアンドクラフト)

山川:でも、続けているうちに目に見えて観光客が増えていくわけですよ。しかも、当初は僕の個人的なつながりもあって、外国人ばかり。地元に海外の人が訪れることを嬉しく感じる人も多いようで、次第に地域の人たちが僕らを見る目も、そして、考え方も変わっていきました。井波はもともと産業の町なので、そもそもゲストを迎えようという発想がありませんでした。でも、こんなに人が来てくれるなら、自分たちも何かやってみようと考える人が増えていったように思います。

例えば、自分も宿をやってみたいという人に対しては、建物をホテルとして活用する方法や集客のやり方などをアドバイスしました。そのうち、「ボロボロの空き家があるんだけど……」といった相談も受けるようになり、その建物を使ってベッドアンドクラフト2軒目となる宿「tae(タエ)」をオープンさせるなど、新たな展開にもつながっていきましたね。

2018年オープンのtae。元養蚕業で栄えた豪商の邸宅を活用している。ここには漆芸家・田中早苗さんの作品を展示(画像提供/ベッドアンドクラフト)

2018年オープンのtae。元養蚕業で栄えた豪商の邸宅を活用している。ここには漆芸家・田中早苗さんの作品を展示(画像提供/ベッドアンドクラフト)

山川:その後、ベッドアンドクラフトが所有する施設は6棟にまで増えていきました。一棟ごとに、漆芸家や陶芸家など一人の作家さんの作品を展示しています。ちなみに、展示作品は宿が買い取るのではなく、宿泊費の一部をリース料として職人に還元するという仕組みです。また、展示物の一部は宿泊者が購入することもできて、作品が売れることで作家さんはまた新しい作品を制作でき、宿の展示空間も移り変わっていく。これを「マイギャラリー制度」と呼んでいます。

2019年オープンのKIN-NAKA(キンナカ)。かつては15軒あった料亭のなかでも特に格式の高かった「金中」を改修。木彫家・前川大地さんの作品を展示(写真撮影/松倉広治)

2019年オープンのKIN-NAKA(キンナカ)。かつては15軒あった料亭のなかでも特に格式の高かった「金中」を改修。木彫家・前川大地さんの作品を展示(写真撮影/松倉広治)

階段の頭上には木彫りのシャンデリアも。周りは富山湾をイメージした青色に塗装(写真撮影/松倉広治)

階段の頭上には木彫りのシャンデリアも。周りは富山湾をイメージした青色に塗装(写真撮影/松倉広治)

2019年オープンのMITU(ミツ)。時が「満つる」、静かに「蜜な」時間を過ごす。井波を訪れる人への思いを「ミツ」に込めて名付けられた。陶芸家・前川わとさんの作品を展示(写真撮影/松倉広治)

2019年オープンのMITU(ミツ)。時が「満つる」、静かに「蜜な」時間を過ごす。井波を訪れる人への思いを「ミツ」に込めて名付けられた。陶芸家・前川わとさんの作品を展示(写真撮影/松倉広治)

2019年オープンのTenNE(テンネ)。施設内は菩薩像が身にまとう柔らかな天衣(てんね)のように心地よい時の流れを感じられる。仏師・石原良定さんの作品を展示(画像提供/ベッドアンドクラフト)

2019年オープンのTenNE(テンネ)。施設内は菩薩像が身にまとう柔らかな天衣(てんね)のように心地よい時の流れを感じられる。仏師・石原良定さんの作品を展示(画像提供/ベッドアンドクラフト)

2020年オープンのRoKu(ロク)。まちの診療所を改修。岩や石の「Rock」、緑の「ロク」、6棟目の「6」などの意味が込められている。作庭家・根岸新さんが庭を手掛けるとともに、空間全体で自然を感じる仕掛けを施している(画像提供/ベッドアンドクラフト)

2020年オープンのRoKu(ロク)。まちの診療所を改修。岩や石の「Rock」、緑の「ロク」、6棟目の「6」などの意味が込められている。作庭家・根岸新さんが庭を手掛けるとともに、空間全体で自然を感じる仕掛けを施している(画像提供/ベッドアンドクラフト)

―――宿泊施設以外に、「季ノ実」というショップ兼ギャラリーも運営されているそうですね。

山川:本当は宿に泊まって、ワークショップに参加してほしいのですが、なかにはハードルが高いと感じる人もいます。そこで、もっと気軽に作家さんたちの作品に触れてもらおうと、ショップ兼ギャラリーをオープンさせることにしたんです。

ショップ&ギャラリー「季ノ実」。「ベッドアンドクラフトの作家さん以外の作品も販売しているので、いろんな作家さんを知ってもらうきっかけになれば」と山川さん。彫刻家がつくった木型で焼いたクッキーなど、オリジナルの手土産も販売している(写真撮影/松倉広治)

ショップ&ギャラリー「季ノ実」。ベッドアンドクラフトの作家さん以外の作品も販売しているので、いろんな作家さんを知ってもらうきっかけになれば」と山川さん。彫刻家がつくった木型で焼いたクッキーなど、オリジナルの手土産も販売している(写真撮影/松倉広治)

井波の欄間の代表的なモチーフである蘭、竹、菊、梅を模した「食べる彫刻クッキー」(画像提供/ベッドアンドクラフト)

井波の欄間の代表的なモチーフである蘭、竹、菊、梅を模した「食べる彫刻クッキー」(画像提供/ベッドアンドクラフト)

井波を新しい文化の発信地に

―――子どものころに訪れていたとはいえ、もともとはそこまで深いつながりがなかった井波のために力を尽くしていらっしゃいます。山川さんのなかで、何がモチベーションになっているのでしょうか?

山川:やはり地域の方々に「自慢できるところができた」と言ってもらえるのがすごく嬉しいですね。ベッドアンドクラフトを始めたころなんて、地元の人から自虐混じりに「なんで井波に来たの?」と言われていましたからね。もちろん謙遜でおっしゃっているのですが、自分が暮らす町をそんなふうに思ってしまうのは残念だなあと。それが最近では、地域の方々に「ベッドアンドクラフトがある井波だよ」と自慢してもらえるようになった。多少はシビックプライドにも貢献できたように思います。

―――もはや宿泊施設の運営の域を超えて、町づくりに近い活動ですね。

山川:「町づくり」というと大きなスケールになってしまいますが、自分たちの手で暮らしやすい環境を整えている感覚ですね。例えば、最近はパン屋さんを誘致したんですよ。それまで井波には路面店のパン屋さんが一軒もなかったんです。だから、単純に僕自身が「朝から美味しいパンを食べたい」と思って。ほぼ自分のためですが、きっと町の人も喜んでくれるだろうと、頑張ってオーナーさんを口説き落としました。また、今はコーヒー屋さん、クラフトビール屋さん、2軒目のパン屋さんのオープンも控えています。そうやって自分とみんなの幸せにつながる機能が一つひとつ増えていったら、ちょっとずつ町が良くなっていくのかなと思います。

山川さんが誘致した「baker’s house KUBOTA」。町の人たちも「井波で行列なんて何十年ぶり?」と喜んでいたそう(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

山川さんが誘致した「baker’s house KUBOTA」。町の人たちも「井波で行列なんて何十年ぶり?」と喜んでいたそう(画像提供/ベッドアンドクラフト) 

(画像提供/ベッドアンドクラフト)

(画像提供/ベッドアンドクラフト)

―――最後に、今後の目標を教えてください。

山川:そもそも井波が「木彫りの町」になったのは、瑞泉寺が焼失した際に京都から彫刻師の前川三四郎が招かれ、地元の宮大工らにその技法を伝えたことがきっかけです。そこから井波彫刻が誕生し、伝統文化として受け継がれてきました。ですから、今度は井波から日本中にどんどん人材を輩出し、新しい文化を根付かせていくようなことができたらいいなと思います。

そのために、今はそうした「文化の源泉」になる人を一人でも多く井波に呼びたいと思うんです。モノづくりの文化に惹かれて移住した僕のように、この町の職人さん、その至芸に魅力を感じ「自分ならこういうことができる」という意欲を持った人がもっと集まってくれたら嬉しいですね。

●取材協力
ベッドアンドクラフト

木のコンテナが今すごい!どこにでも移動できるキャンピングトレーラー、コンサートやバー、茶室などへの用途も

今年は「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律(通称、改正木材利用促進法)」によって、公共建築物やマンションまで「木造」の建築物が次々と誕生しています。そんな中、ついに車にまで木造が進出。箱型の居室に窓やテーブルが整備された木造のキャンピングトレーラー「Wood Vehicle(ウッドビークル)」です。はたしてどんな空間なのでしょうか。誕生の理由と今後の可能性を聞きました。

福井県産の杉を使用。部位で使い分けて強度を確保

木造のキャンピングトレーラー「Wood Vehicle(ウッドビークル)」をデザインしたのは、一級建築士で株式会社HUG山田敏博さん。木造建築の可能性を探るNPO法人 team Timberize(ティンバライズ)の副理事長も務め、都市木造の技術開発や普及活動に取り組んでいる木材活用のスペシャリストです。山田さんは2010年ごろから木材を活用した建築に携わりはじめ、建築はもちろんインテリアや家具の設計まで幅広く手掛けています。

高層だったり、燃えにくくなっている木造の集合住宅はsuumoジャーナルでも取り上げてきたので、なんとなくイメージできましたが、さすがに“木造でキャンピングトレーラー”はなかなかイメージがわきません。少し前にトヨタが手掛けた“木の車”が話題になりましたが、いったい、どんなものなのでしょうか。

木造キャンピングトレーラーの設営イメージ。当たり前ですが木なので、自然とよく調和します(写真提供/株式会社古崎)

木造キャンピングトレーラーの設営イメージ。当たり前ですが木なので、自然とよく調和します(写真提供/株式会社古崎)

「キャンピングトレーラーの土台にあたる“シャーシ”は規格が定まっていて市販されています。まずこれを購入してきて、土台にします。箱状の居住スペースには、主に福井県産の杉を使用しました。外装には防腐、防蟻処理して耐久性を高め、内装には杉の赤身と白太をランダムなストライプに張るなど、パーツごとに最適になるよう杉材を使いわけています。さらに杉とアルミを組み合わせることでけん引車の規格(けん引免許不要)である『750kg以下』になるよう軽量化。販売価格はフルオプション付きのもので、1台450万円ほど。オプションをいれなければ300万円台になります」(山田さん)

木造キャンピングトレーラーの内装。杉でつくった天然のストライプがかっこいい(写真提供/株式会社古崎)

木造キャンピングトレーラーの内装。杉でつくった天然のストライプがかっこいい(写真提供/株式会社古崎)

一部を切り取って見るとキャンピングトレーラーではなく、日本家屋のよう(写真提供/株式会社古崎)

一部を切り取って見るとキャンピングトレーラーではなく、日本家屋のよう(写真提供/株式会社古崎)

ホイール部分も木製。ロゴもおしゃれ!(写真提供/株式会社古崎)

ホイール部分も木製。ロゴもおしゃれ!(写真提供/株式会社古崎)

トレーラー後部を開けたところ。音楽を聞いたり、テントなど各種道具の収納にもぴったり。キャンプ場でもひときわ注目を集めることでしょう(写真提供/株式会社古崎)

トレーラー後部を開けたところ。音楽を聞いたり、テントなど各種道具の収納にもぴったり。キャンプ場でもひときわ注目を集めることでしょう(写真提供/株式会社古崎)

木造のキャンピングトレーラーというのは日本(というか世界でも)まだ希少なため、業界の人だけでなく一般の方からも問い合せが入るのだそう。
「みなさんの興味関心は高いですね。ただ、値段を聞くと『そうですか……』となるケースがほとんどです(笑)」。確かに即決できる金額ではないですが、それでも、興味を持つ人の気持ち、よくわかります。

「木造じゃないものを木造に、木造のものも木造に」

木造キャンピングトレーラー、内観・外観、ホイールどこもかしこもかっこいいのはわかるのですが、でもなぜ、わざわざキャンピングトレーラーを“木造”にしようと思ったんでしょうか。

「私が福井県出身なので、2017年から“ふくい県産材販路拡大協議会“の木材アドバイザーとして携わっているんです。そのご縁で、福井の株式会社古崎という企業と知り合いまして。木材に関する高い技術と加工ノウハウを持っているので、せっかくならオリジナルの製品をつくろう、おもしろいことをやりましょう、と話していたんです。で、古崎さんデザインで車の内装の木質化に取り組むことになりました」と話す山田さん。

自動車の内装を木材で仕上げた。ため息のでるようなかっこよさ。マテリアル好きとしてはたまりません!(写真提供/株式会社古崎)

自動車の内装を木材で仕上げた。ため息のでるようなかっこよさ。マテリアル好きとしてはたまりません!(写真提供/株式会社古崎)

こうして「自分たちのやりたいもの、ほしいものをつくる」ことの楽しさに目覚めた古崎の社員さんと山田さん、自然と出てきたのが、「キャンピングトレーラー」だったそう。

「タイニーハウス(小屋)やバンライフ、キャンプブームもあって、次につくるなら車、なおかつキャンピングトレーラーがいいだろうとなったんです。車を販売するのは、エンジンやブレーキなど駆動部分の整備があって難しい。でも、キャンピングトレーラーなら、居住性も必要だし、木との相性がよさそうだ、ということでチャレンジしてみました。合言葉は、“木でないものを木造に、木のものを木造に”。これが僕の仕事なんです(笑)」と楽しそう。

木造キャンピングトレーラーの制作途中。こう見ると家ですね。思ったより“家”(写真提供/株式会社古崎)

木造キャンピングトレーラーの制作途中。こう見ると家ですね。思ったより“家”(写真提供/株式会社古崎)

「“木”そのものは、日本人にとっても身近にある素材です。それを現代のライフスタイルにあわせて、既存にない、今までにないものをつくることで、より身近に、親近感を持ってもらう。それがこのプロジェクトの価値なんですよ」と山田さん。なるほど、身近にある木材×キャンピングトレーラーのような「ギャップ」があると、注目を集めるもの。見てくれた人が「木っていいな」という再発見こそが、山田さんたちの真の狙いともいえそうです。

HUG山田敏博さん。木に触れる機会、きっかけとしてキャンピングトレーラーをデザイン(写真提供/HUG)

HUG山田敏博さん。木に触れる機会、きっかけとしてキャンピングトレーラーをデザイン(写真提供/HUG)

茶室や音楽室も。まだまだ見逃せない、木造プロジェクト!

山田さんたちの作品はこれだけではありません。ここでは、キャンピングトレーラー以外にも注目したい、木の作品をご紹介しましょう。モバイルウッドベース。音楽鑑賞のためにだけに制作された、コンテナです。コンテナなので移動は可能で、どこでも移動音楽ホールが完成します。遠隔地や地方、屋外イベントとの相性もよさそうです。

外から見たところ。コンテナは世界規格なので、完成した状態で移動や輸出(!)も可能です。伸びしろしかない(写真提供/株式会社古崎)

外から見たところ。コンテナは世界規格なので、完成した状態で移動や輸出(!)も可能です。伸びしろしかない(写真提供/株式会社古崎)

自宅の庭にコンサートホールを付け足すことも可能(写真提供/株式会社古崎)

自宅の庭にコンサートホールを付け足すことも可能(写真提供/株式会社古崎)

天井の凹凸は単なるデザインではなく、音を拡散・吸音・反射させる「QRD音響パネル」になっているそう。デザインと実用を兼ねているんです! かっこよすぎ(写真提供/株式会社古崎)

天井の凹凸は単なるデザインではなく、音を拡散・吸音・反射させる「QRD音響パネル」になっているそう。デザインと実用を兼ねているんです! かっこよすぎ(写真提供/株式会社古崎)

次にご紹介するのが、モバイルウッドベース茶室です。音楽室と同様、コンテナの規格になっているのですが、室内に待合、にじり口(くぐって通る戸)、そして茶室へという茶道の一連の流れまで再現。しかも坪庭まであるではないですか。もちろん茶室にしてもいいですが、オフィスにしたり、2拠点生活の場所として活用したり、用途は無限にありそうです。

「モバイルコンテナにすることで、地方の雇用創出につながります。組み立てて消費地に持っていけるので、建設業のマンパワー不足の解消にも貢献。さらに移動できるので災害時の住まいにもなるし、海外に輸出することもできます」(山田さん)。コンテナと木の組み合わせも、確かにユニークです。

コンテナから明かりが漏れる様子は、雅だし和ですね!(写真提供/株式会社古崎)

コンテナから明かりが漏れる様子は、雅だし和ですね!(写真提供/株式会社古崎)

コンテナのモバイル性を活かしつつ木の空間に仕上げる。木製の踏石や玉砂利にも注目!(写真提供/株式会社古崎)

コンテナのモバイル性を活かしつつ木の空間に仕上げる。木製の踏石や玉砂利にも注目!(写真提供/株式会社古崎)

水平ラインを強調した横格子。視線を遮りつつ、光を取り入れる工夫がされています(写真提供/株式会社古崎)

水平ラインを強調した横格子。視線を遮りつつ、光を取り入れる工夫がされています(写真提供/株式会社古崎)

木造コンテナは、さらに移動可能なバーとして活用する方法もあります(写真提供/HUG)

木造コンテナは、さらに移動可能なバーとして活用する方法もあります(写真提供/HUG)

ほかにもホテルとして活用する方法もある。木造ならではの、くつろぎ感と上質感、最高ですね(写真提供/HUG)

ほかにもホテルとして活用する方法もある。木造ならではの、くつろぎ感と上質感、最高ですね(写真提供/HUG)

キャンピングトレーラーは株式会社古崎(福井県福井市)で、コンテナ作品はホテル田園プラザ(群馬県利根郡川場村)で見学可能。発注は、HUGまたは株式会社古崎で受け付けており、個別オーダー(カスタマイズ)も可能とのことです。

福井県の森の様子。日本には活用されていない木材がまだまだ眠っています……(写真提供/福井県木材組合連合会)

福井県の森の様子。日本には活用されていない木材がまだまだ眠っています……(写真提供/福井県木材組合連合会)

山田さんは、こうした木材の活用デザインのほかにも、ワークショップやイベントなどを仕掛けて、木の魅力、文化を発信しているといいます。
「品川の宮前商店街(東京都品川区)で“ふくいしながわハッピーウッドキャラバン”というイベントを実施します。2015年にワークショップで木製のベンチを作り設置して使ってきたのですが、だいぶいたんできたので、みんなでリペアするんですよ。メンテすれば長持ちする、これも木の良さですよね」(山田さん)。ほかにも、商店街のど真ん中で木の玉プール、滑り台、ウッドボルトクラフトなどの「木育ひろば」を設置するほか、木工ワークショップ、マルシェ、木製品などの販売も行う予定だとか。

2022年に実施するハッピーウッドキャラバン(左)と、同日開催のトーク&ものづくりイベント(連動企画)(右)のチラシ(写真提供/HUG)

2022年に実施するハッピーウッドキャラバン(左)と、同日開催のトーク&ものづくりイベント(連動企画)(右)のチラシ(写真提供/HUG)

2021年、青山で実施したハッピーウッドキャラバンの様子。子どもたちも、やっぱり木が好き(写真提供/HUG)

2021年、青山で実施したハッピーウッドキャラバンの様子。子どもたちも、やっぱり木が好き(写真提供/HUG)

木の良さは触れること、体感することで、実感できます。そもそも、木材は時間をかけて育んだ日本の貴重な資源のはずですが、現状では安く輸入される海外のものが中心で、国産材は十分に活用できてはいません。山や林業を、次世代によりよいかたちで引き継ぐためにも、もっともっと木がさまざまなものに使われ、身近になっていってほしいな、と思います。

●取材協力
HUG
FUKUI SHINAGAWA HAPPY WOOD CARAVAN リペアWS、トーク&ものづくり共通申込フォーム

世界の名建築を訪ねて。ウーブン・シティなど手掛けるビヤルケ・インゲルス設計の集合住宅「ザ・スマイル」/NY

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載1回目は、アメリカ・ニューヨークにある複合開発ビル「The Smile(ザ・スマイル)」(設計:ビヤルケ・インゲルス(BIG))を紹介する。

火星移住計画、トヨタ「ウーブン・シティ」も手掛ける世界的建築家の作品

今日ニューヨークで話題の建築家ビヤルケ・インゲルスは、デンマークのコペンハーゲン出身の建築家で、まだ48歳という世界の建築界では圧倒的に若さを誇る建築家である。いわゆるアトリエ派といわれる建築家集団(個人名を会社名として使用し設計活動をしている会社)では、おそらく世界有数の規模を有する建築デザイン・アトリエだ。その作品は世界中に展開され、さらに「火星移住計画」なども発表している。     

彼の事務所は「BIG」、すなわちBjarke Ingels Group(ビヤルケ・インゲルス・グループ)と呼ばれ、生み出す建築作品は、そのデザインの形態的ダイナミズム、アイディアの先進性、イノベイティブな機能性など、圧巻の魅力を兼ね備えている。それゆえトヨタが富士山麓に計画しているスマート・シティである「ウーブン・シティ」の都市デザインも任されているのだ。

イースト・ハーレムに打ち込まれた建築的スパーク

ニューヨークのハーレムといえば、多くの人はマンハッタンの北側方向にある治安が悪い場所というイメージをもっていると思う。あながち間違いではないが、近年では治安は以前より良くなっているようだ。裏通りなどはやめて、表通りを歩いていれば安全ということである。

ハーレムの存在はニューヨークの都市的多様性を示す好例であろう。縦長のマンハッタンにはロウアー・マンハッタンからアップタウンに向けて北上して行くと、先述のアーバン・ダイバーシティを種々体験することができる。そしてセントラル・パークを越えると、ハドソン川沿いにあるハーレムに行き着く。

さてビヤルケ・インゲルスがデザインした「ザ・スマイル」は、ハーレム125ストリートとハーレム126ストリートというふたつの通りをつなぐという大きな建物である。1階に看護学校を擁し、上部に集合住宅があり、両ストリートをつなぐ複合開発ビルだ。延床面積26,000平米の建物は、集合住宅の3分の1は手ごろな値段のアパートメントで、この界隈における集合住宅の多様性の一翼を担っている。

T字形をした建物プランにより、ユニット・サイズやレイアウトにバラエティがある一方、近隣ビル群との連繋も強化したデザインとなっている。この南側キャンティレバー部分は、125ストリートに面した既存の商業ビルの上部に浮遊するように見え、発展するアップタウンにおけるダイナミックな起爆剤となっている。

建物における最大の特徴となっている126ストリート側ファサードは、壁面が上部にいくに従って緩やかに湾曲を増していくという、従来の直線的なストリート・ラインに対し、ソフトでエレガントな形態となっている。このデザインは建物のマッス(躯体)を市のゾーニング規制に対応させているし、さらに集合住宅が多いこのストリート界隈に、より多くの直射光を導入するという、巧みな配慮が生きていて素晴らしい。

上部にいくに従って緩やかに湾曲を増していく壁面ファサード。チェッカーボードのパネルの合間は居室の窓にあたり、床から天井までの景色が楽しめる

上部にいくに従って緩やかに湾曲を増していく壁面ファサード。チェッカーボードのパネルの合間は居室の窓にあたり、床から天井までの景色が楽しめる

ニューヨークとはいえ、この辺はにぎわうフィフス・アベニューなどとは違って超高層ビルがないので通りがそんなに暗くはない。だがそれでもニューヨーカーは都心の超高層ビル群の間を巡るストリートの暗さを、日ごろ体験しているので、その気持ちが強いのだと思う。インゲルスもそうした気持ちから、ここハーレムでファサード・デザインに粋を凝らして、街路により多くの自然光を導入しようと考えたのだろうと思う。

建物名の「ザ・スマイル」については、彼の真意は分からないが、曲面壁のファサードは建物がスマイルして(笑って)いると考えたのかもしれない。そのファサード全体に使用された連続するチェッカーボードのパネル・システムは、個々の住宅ユニットに床から天井までフルハイトの開口部を可能にした。そのためテナントは同市のオープンでワイドな景色をエンジョイすることができる。さらにセントラル・パーク方向へのイースト・ハーレムや、北方向のハーレム川やブロンクスの眺望が可能になっている。

のんびりとしたルーフデッキからのワイドな眺望は圧巻

エントランスはタイル張りで、近隣の壁画アートからインスピレーションを得た強烈なカラー・コンクリートのデザイン。界隈のビル群に対しユニークでウェルカムな態度をアピールしている。内部のアメニティとしては、フィットネス・センターをはじめ、メディア・ルーム、リラクゼーション・スパ、ソーシャル・ラウンジ、さらにスカイライトで明るい3層吹き抜けのギャラリーを見晴らすワーク・スペースがある。

さらに外部のルーフトップ・アメニティとして、ワールプール・スパ、水泳プール、その他のソーシャルな活動や集会用に種々のタイプのスペースを提供するルーフデッキがある。建物の外装は黒色のメタル・パネルに対し、インテリアの居住スペースはニュートラルかつミニマルな空間となっている。インテリア全般において、空間は木材、コンクリート打放し、スティール・トラスといった建築素材で構成。それに対し、パブリックなアメニティ・スペースではより多くのファサードのメタル・パネルやカラー・タイルを組み合わせている。

のどかなルーフデッキから遠望するマンハッタン中心部の超高層ビル群が素晴らしい!

のどかなルーフデッキから遠望するマンハッタン中心部の超高層ビル群が素晴らしい!

ユニークな形態で界隈を明るくする「ザ・スマイル」は、前世紀のセットバック規制をクリアしている。良き隣人として、建物は既存の界隈の仲間となり、コミュニティのエネルギーを吸収し、イースト・ハーレムのコミュニティに新たなスパーク(火花)を点火したようだ。

●The Smile (New York, USA)
ザ・スマイル(アメリカ、ニューヨーク)

猫好きさん夢のシェアハウス! 獣医師が運営、定期健診つきで愛猫の健康を守る 「KOTERA」東京都大田区

猫が好き、猫に囲まれて暮らしたい! できれば猫好きの同志も近くに住んでいたら、毎日楽しそう……。そんな暮らしを実現できるのがペット飼育可のシェアハウスです。

ペット飼育可というと、犬のみ、猫のみ、または犬猫OKなどバリエーションはさまざまですが、東京都大田区にあるシェアハウス「KOTERA」の特徴は、オーナーが猫専門の獣医師であること。猫と気持ち良く暮らすための工夫やシェアハウスの運営体制について、オーナーと入居者に聞きました。

「全ての猫に医療の機会を」 知見を活かしたシェアハウス開設(画像提供/猫の診療室モモ)

(画像提供/猫の診療室モモ)

「KOTERA」のオーナーは、猫専門動物病院「猫の診療室モモ」の院長を務める谷口史奈さん。幼いころから猫と過ごし「将来は猫に関する仕事に就きたい」と考えていた谷口さんは、その思いを叶えて獣医師になり、2016年に同院を開業。診察や治療だけでなく、保護猫支援にも積極的に取り組んでいます。

「全ての猫が等しく医療を受けられる機会をつくりたい」と話す谷口さん。実践の場の一つとなっているのが、自身が運営する猫飼育可・女性専用のシェアハウス「KOTERA」です。

入居条件は「猫を飼っている人」もしくは「猫と暮らしてみたい人」一戸建ての2階部分が「KOTERA」(画像提供/KOTERA)

一戸建ての2階部分が「KOTERA」(画像提供/KOTERA)

東急池上線・旗の台駅から徒歩圏内、閑静な住宅街にあるシェアハウス「KOTERA」。現在は、2人と4匹の猫たちが暮らしています。

入居の条件は、「猫を飼っている人」だけでなく「猫と暮らしてみたい人」。猫を飼いたいけれど自分一人で受け入れる余裕や準備がまだできていない人や、猫との暮らしを経験してみたい人が、ほかの入居者の飼い猫との触れ合いを通じて猫に慣れ、学ぶことができます。

約40坪の3LDKで、リビング・ダイニング、キッチンのほか、バスルームや洗面所、トイレといった水回りは共用。玄関前にはウッドデッキも(画像提供/KOTERA)

約40坪の3LDKで、リビング・ダイニング、キッチンのほか、バスルームや洗面所、トイレといった水回りは共用。玄関前にはウッドデッキも(画像提供/KOTERA)

家賃は8万円で、光熱費・水道代、インターネット使用料、共用部の消耗品代、家財保険を含めた共益費が1万6千円。猫の飼育は1人3匹までで、2匹目からは月5千円の追加費用がかかります。

動き回って、外を眺めて 猫の本能を満たす環境づくり共用部であるリビングは掃除がしやすく猫が動き回れるよう、家具は多く置かない(画像提供/KOTERA)

共用部であるリビングは掃除がしやすく猫が動き回れるよう、家具は多く置かない(画像提供/KOTERA)

室内に入ってまず印象的だったのが、リビングの高い天井に渡る2本の梁。入居者の飼い猫たちがキャットウォークとして使っています。キャットタワーやカーテンレールから梁へと移動することができ、日々の運動不足を防ぎます。

人の手が届かない高い位置から、人間の様子を見ている猫たち(画像提供/KOTERA)

人の手が届かない高い位置から、人間の様子を見ている猫たち(画像提供/KOTERA)

飼い主の居室に戻ってほしいのに梁から全然降りてくれなくて困る……なんてこともあるほど、猫たちのお気に入りスポットとなっているそう。こうした縦方向に移動できる環境を飼い猫に提供できるのも、マンションの個室ではない、一戸建てタイプのシェアハウスの広い空間ならでは。

室内飼いの猫にとっては、外の景色を眺めて刺激を受けることも大切です。ウッドデッキ側の大きな窓からはもちろん、猫たちは幅のある窓枠に乗ってそこからも風景を眺めています。

窓辺の猫(画像提供/KOTERA)

窓辺の猫(画像提供/KOTERA)

「猫の本能は見張りと狩り。室内飼いの安全な状態でありつつ、本能が満たされる環境にできると猫の健康のためにいいですね。

とはいえ、『適切な運動量は一日●分』、など一概に言うことは難しいもの。猫にもそれぞれ個性があるので、飼い主が考える『正しい生活』を一方的に強いるのはおかしいですよね。飼い猫の性格を理解したうえで健康を維持できる環境を整える、という考え方が自然ではないでしょうか」(谷口さん)

定期的な健康チェックや往診 もしもの時にも対応

「ペット可のシェアハウスを始めるにあたって、なにか特徴がないと入居には至らないだろうし、猫の健康に関するサービスは特に充実させることにしました」と谷口さん。「KOTERA」で暮らす猫と飼い主のために、いくつかのサービスを用意しています。

・年1回の健康診断、月1回の健康チェック・爪切り・ノミ予防(無料)
・入居猫への往診(往診無料、別途治療費)
・慢性腎臓病などの慢性疾患をもつ猫に必要な薬や処方食を優遇
・最新フードやサプリメントの情報共有

(画像提供/KOTERA)

(画像提供/KOTERA)

月に1回、谷口さんが来訪して健康チェックや爪切り、ノミ予防を行います。爪切りが苦手な飼い主や猫は多いと思いますが、その点、定期的にプロに切ってもらえるのは安心です。

往診が無料というのも、移動や病院がストレスになってしまう猫にとってはありがたいですね。多忙で通院が難しい飼い主も時間をつくりやすくなるため、健康チェックは好評だそう。

また、腎臓病は高齢の猫の発症率が高いため、薬や処方食が今すぐ必要ではない飼い猫にとっても、いざというときの支えになればと考えているそう。何よりも、専門医にすぐ相談できる環境があるということが心強いと感じました。

絶妙な距離感で一つ屋根の下に住む

シェアハウスにつきものなのが、ほかの入居者との相性問題。「KOTERA」の場合は猫同士の相性にも気をつけなくてはいけません。円満な猫関係のために、どのような対策を取っているのでしょうか。

「入居前のヒアリングで猫の性格などを聞き、先住猫とやっていけそうかをある程度判断します。入居後は個室に置いた3段ケージの中で過ごしてもらい、慣れてきたら少しずつ行動範囲を広めて先住猫と対面します。このあたりは普通の多頭飼いとあまり変わらないかなと」(谷口さん)

3段ケージ(右)、個室、共用部と少しずつ環境に慣らしていく(画像提供/KOTERA)

3段ケージ(右)、個室、共用部と少しずつ環境に慣らしていく(画像提供/KOTERA)

猫同士が十分な距離を取れる環境のため、相性の合わない猫たちがずっと一緒にいてストレスがかかることはないそう。仲が悪くも良くもないという、猫らしい絶妙な距離感でそれぞれマイペースに過ごしています。

入居者の居室でリラックスする猫(画像提供/KOTERA)

入居者の居室でリラックスする猫(画像提供/KOTERA)

また、安全のために「KOTERA」では飼い主の不在中は飼い猫を個室にとどめておくというルールを設定。飼い主が出入りする際の玄関ドアからの脱走や、キッチンなど危ない場所への立ち入りを防ぎます。

キャットウォークにもなるウォールシェルフなど、入居者の個室にも猫が動き回れる工夫が(画像提供/KOTERA)

キャットウォークにもなるウォールシェルフなど、入居者の個室にも猫が動き回れる工夫が(画像提供/KOTERA)

エサやトイレは、入居者それぞれの個室に設置。ほかの猫にエサを食べられたりトイレを使われたりというトラブルを避け、臭い対策にもなります。

家賃が猫のためになる 保護猫支援の取り組み保護猫団体「CAT’S INN TOKYO」の活動の様子。同団体の代表と谷口さんは知り合いで、猫に関するさまざまな活動を一緒に行ってきた(画像提供/CAT’S INN TOKYO)

保護猫団体「CAT’S INN TOKYO」の活動の様子。同団体の代表と谷口さんは知り合いで、猫に関するさまざまな活動を一緒に行ってきた(画像提供/CAT’S INN TOKYO)

「KOTERA」では、保護猫支援にも取り組もうとしています。板橋区で里親募集型保護猫カフェの運営や猫の飼育講座を行う団体「CAT’S INN TOKYO」と提携し、保護猫を一定期間預かってお世話をする「預かりボランティア」をシェアハウスで実施予定。エサ代など費用の一部は、シェアハウス入居者の家賃からまかなわれます。

保護猫を迎えたいと思っていても、一人暮らしだと譲渡が難しいケースもあります。「KOTERA」では入居者が保護猫を飼う際、迎え入れる猫の相談や飼育のアドバイスなど、「CAT’S INN TOKYO」と谷口さんがサポートするそうです。

「猫と暮らしたい人、猫と暮らす適性があるか分からない人に、保護猫の迎え入れや預かりボランティアを通じて猫との生活の機会を提供できれば」(谷口さん)

「うちの子こんなに動けたんだ」 実際に入居してみて

「KOTERA」での生活や猫たちの様子について、入居者の方にもお話を伺いました。

入居定員は3名で、それぞれ鍵付きの個室(約5~6畳)を備える(画像提供/KOTERA)

入居定員は3名で、それぞれ鍵付きの個室(約5~6畳)を備える(画像提供/KOTERA)

入居者・ハルカさん(仮名)の飼い猫は3匹。もともと自分で飼っていた猫たちに加え、実家の猫も引き取ることになったタイミングで引越してきました。

「複数匹を飼える賃貸物件はなかなかないので、ありがたかったです。物件自体が広くて猫たちの住み心地がいいのはもちろん、私自身は備え付けのダブルベッドが快適で気に入っています(笑)」(ハルカさん)

ハルカさんの飼い猫、ちろちゃん(左)とチーズちゃん。ダブルベッドですやすやと眠る(画像提供/KOTERA)

ハルカさんの飼い猫、ちろちゃん(左)とチーズちゃん。ダブルベッドですやすやと眠る(画像提供/KOTERA)

もう一人の入居者・ナツコさん(仮名)の飼い猫は、KOTERAに住む猫たちの中で唯一のオスでいちばん年下の新入り。ほかの猫と暮らした経験もありませんでしたが、たまに先輩猫に追いかけ回されたりしつつも、おっとりとマイペースに過ごしているそうです。

ナツコさんの飼い猫・とのくん 窓辺でまったり(画像提供/KOTERA)

ナツコさんの飼い猫・とのくん 窓辺でまったり(画像提供/KOTERA)

「とのは運動があまり得意じゃないと思っていたんです。でもここに引越してから活発に動き回っていて、うちの子こんなに動けたんだ、と驚きましたね。広い環境だからこそ知れた、新たな一面です」(ナツコさん)

入居者はお互いの猫を可愛がるのはもちろん、それぞれの猫の面倒を見ることもあります。朝急いで外出しないといけない時は、お互いの同意のもと、まだ家にいる相手に自分の飼い猫を自分の居室に入れるのを頼んだりするそうです。

膝に乗るのが大好きなちろちゃんは、よくナツコさんの膝の上でくつろいでいる(画像提供/KOTERA)

膝に乗るのが大好きなちろちゃんは、よくナツコさんの膝の上でくつろいでいる(画像提供/KOTERA)

日中は2人とも外出して働いていますが、リビングで会うと必ず雑談したり、ときにはハルカさんがナツコさんにおすすめして2人ともハマったというアイドルの動画を一緒に観たり、入居者同士もゆるやかな関係を築いているそうです。

シェアハウスでの猫との生活は、1人では実現できないような居住空間やサービスを愛猫に与えられること、価値観の似ている入居者同士が気兼ねない距離感で暮らせることが魅力ではないでしょうか。何よりも、「人の飼い猫も思う存分可愛がれる」というのが、猫好きにとっては心惹かれるポイントかもしれません。

●取材協力
・KOTERA
・猫の診療室モモ 院長 谷口史奈さん

コロナ禍で「風邪をひかなくなったと」感じる人が増加!どんな暮らし方が予防につながっている?

積水ハウスの住生活研究所が、「自宅における感染症・風邪の予防意識・行動に関する調査(2022年)」を実施し、その結果を発表した。それによると、コロナ禍で風邪をひかなくなったという人が多いという。コロナ禍による生活様式の変化が常態化するいま、どんな暮らし方をしているのだろうか?詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「自宅における感染症・風邪の予防意識・行動に関する調査(2022年)」結果を報告/積水ハウス 住生活研究所

6割以上がコロナ禍でインフルエンザや風邪をひかなくなったと思っている

調査結果によると、コロナ禍前と比較して「インフルエンザや風邪をひかなくなったと思うか」と聞いたところ、63.8%が「思う/やや思う」と回答した。その要因のひとつが、感染症への予防が習慣化していることにある。加えて、在宅勤務が増加した人ではインフルエンザや風邪をひかなくなったと思う回答が78.5%と多いことから、通勤などの外出機会が減っていることも挙げられる。

積水ハウス 住生活研究所「自宅における感染症・風邪の予防意識・行動に関する調査(2022 年)」より転載

積水ハウス 住生活研究所「自宅における感染症・風邪の予防意識・行動に関する調査(2022 年)」より転載

帰宅後は洗面所に直行?家の中にウイルスを持ち込みたくない

次に、「外出から帰宅後、まず室内のどこに行くか」を聞くと、「洗面所」という回答が最多になった。また、コロナ禍前は48.0%だったものが、現在は60.0%に高まり、帰宅後にまず手洗いという行動が習慣化していることがわかる。

積水ハウス 住生活研究所「自宅における感染症・風邪の予防意識・行動に関する調査(2022 年)」より転載

積水ハウス 住生活研究所「自宅における感染症・風邪の予防意識・行動に関する調査(2022 年)」より転載

手洗いや手の消毒のほかにも、「帰宅した際、家の中のどこも触らずにまず手を洗う」 が 25.3%(コロナ禍前9.9%)、「帰宅した際、玄関で除菌や消毒をする」が 18.7%(コロナ禍前6.5%)とコロナ禍前より増加しており、ウイルスを家の中に持ち込まない意識が高まっていることがわかる。

自宅の中でもマスクをつけるシーンがある!?

感染予防の習慣化のなかでは、マスク着用もあるが、自宅の中でもマスクをつける場合がある人も多い。この調査では、49.7%が現在、自宅の中でもマスクをつけることがあると回答したという。「在宅時にマスクをつけることが多いシーン」では、「自分の体調がよくない時」(29.0%)のほか、「家族の誰かの体調がよくない時」(24.3%)、「家族や友人と一緒にいる時」(15.5%)などが多かった。

マスクの取り扱いについて、住生活研究所が実施した「小さな暮らしアンケート~マスク編~(2022 年)」によると、使い捨てマスクの帰宅後の扱いについて、「捨てる場所」・「仮置きする場所」どちらも「リビング」が最多だった。次に多いのは、捨てる場合は「キッチン」(23.7%)、仮置きする場所は「玄関」(21.6%)となった。

積水ハウス 住生活研究所「小さな暮らしアンケート~マスク編~(2022 年)」より転載

積水ハウス 住生活研究所「小さな暮らしアンケート~マスク編~(2022 年)」より転載

Withコロナの状態が長引くなか、家の中の感染予防の行動が常態化している。これからは、帰宅後すぐ手洗いするためにあちこち触らずに洗面所に直行できる動線などを工夫したり、玄関に除菌・消毒剤の置き場所、リビングなどにマスクを置いたり捨てたりする場所を設けたりといった家づくりを考える必要もありそうだ。

寒くなると窓を開ける換気もしづらくなる。インフルエンザの感染拡大の懸念もあり、予防対策を続ける必要があるだろう。それにしても、在宅中もマスクをせざるを得ない状況からは早く脱出したいものだ。

●関連サイト
積水ハウス「自宅における感染症・風邪の予防意識・行動に関する調査(2022年)」

3Dプリンターでつくったグランピング施設がオープン!「お菓子の家」な形や断熱性が話題 新冠町

車や家(住宅)など、3Dプリンターの可能性がますます広がってきている。SUUMOジャーナルでも、今年中に3Dプリンターの家が一般向けに発売されるニュースなどをお伝えしてきた。今回は、2022年7月28日に「太陽の森ディマシオ美術館」(北海道・新冠(にいかっぷ)町)内に日本初の3Dプリンター建築に宿泊できるグランピング施設がオープンしたと聞き、取材した。

3Dプリンターでしか表現できない凹凸ある世界

凹凸のある壁。卵形の建物。曲線で描かれた塀。まるで絵画に描かれた世界が飛び出たような空間は、北海道・新冠町の「太陽の森ディマシオ美術館」敷地内に建てられたグランピング施設「GLAMPING VILLAGE 紅葉の里」だ。フランス人幻想画家・ジェラール・ディマシオ氏が描いた、世界最大の油絵が飾られているこの現代美術館の依頼で、會澤高圧(あいざわこうあつ)コンクリート(北海道・苫小牧)が手掛けた。日本初の3Dプリンター宿泊施設としてこの夏オープンした。

大自然に囲まれた美術館の敷地内にあるグランピング施設は、北海道初(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

大自然に囲まれた美術館の敷地内にあるグランピング施設は、北海道初(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

nitay(ニタイ)、sinta(シンタ), nonno(ノンノ)というそれぞれテーマを持った建物が並ぶ(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

nitay(ニタイ)、sinta(シンタ), nonno(ノンノ)というそれぞれテーマを持った建物が並ぶ(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

會澤高圧コンクリートは、プレキャストコンクリート(※)をはじめ、コンクリートに関するあらゆる事業を手掛けている。特に、自己治癒するコンクリートや、環境対策を施したコンクリートといった、先見性の高いコンクリートを扱ってきた。加えて、2019年からは3Dプリンター技術への研究を進め、社内の若手社員が中心となり2020年には3Dプリンターで印刷した公衆トイレを発表し、話題を呼んだ。

※プレキャストコンクリート/規格化された壁などを構成するコンクリート部材で、工場で生産し、現地に運んで組み立てる

會澤高圧コンクリートが、制作した3Dプリンターで作った試作品トイレ。デザイン、機能含めトイレの普及を目指すインドへの輸出を想定して作られた(写真提供/會澤高圧コンクリート)

會澤高圧コンクリートが、制作した3Dプリンターで作った試作品トイレ。デザイン、機能含めトイレの普及を目指すインドへの輸出を想定して作られた(写真提供/會澤高圧コンクリート)

今回、実際に人が宿泊できる空間をアームロボット式のコンクリート 3D プリンターを用いて建設した。建設に際して、太陽の森ディマシオ美術館の専務、谷本晃一さんは「大自然、宇宙、アートの共存をお客様に感じていただくことが大事な幹と考え、このコンセプトを体感していただける建物にしたい」という要望を、會澤高圧コンクリートに出したという。

「3Dプリンターの建物の魅力は、もちろん工期を短くできるという点もあるが、何よりもその表現力の豊かさ」と話すのは、同社の3Dプリンターハウスを一手に担う、執行役員の東大智さんだ。直線と曲線を自由に合わせることが可能な建物の建築は、既存の住宅生産手法では叶わないからだ。

今回建設した3棟は、それぞれテーマを持たせ、球状や幾何学模様といった「3Dプリンター」でしか表現できない建物をデザインすることになった。型枠を用いず、曲線や複雑なテクスチャーを、まずは美術館と會澤高圧コンクリートの両者でアイデアを出し合ってデザイン化し、デッサンを進めた。

「デザイン画だけでは、実際の仕上がりの雰囲気を共有することが難しかった。それぞれ表面のデザインについては、実際の機材を使用して、1m×50cmのテストプリントを3つの建物分全て印刷して確認を行いました」と話す。

こうして自然、宇宙、芸術というテーマに合わせた3つの建物が出来上がった。建物の形は卵型と立方形の2種類。それぞれのグランピング棟は、宿泊用ハウスと、バストイレのサニタリールームとリビングスペースから成る。會澤高圧コンクリートは、その宿泊用ハウス(ベッドルーム)と囲いの壁の部分を3Dプリンターで印刷した。

宇宙をテーマとした卵がモチーフのsinta(シンタ)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

宇宙をテーマとした卵がモチーフのsinta(シンタ)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

芸術をテーマとしたアールデコがモチーフのnonno(ノンノ)(写真提供/會澤高圧コンクリート)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

芸術をテーマとしたアールデコがモチーフのnonno(ノンノ)(写真提供/會澤高圧コンクリート)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

寒さとの戦い

會澤高圧コンクリートの本拠地、依頼主の太陽の森ディマシオ美術館も、ともに北海道にある。冬の寒さはかなりのものだ。今回、施工を行ったのは真冬の1月。気温マイナス30度近くになることもある中で作業をしていると、コンクリートの硬化の時間が通常よりもかかることが判明したという。時には、コンクリートの材料を温め直して使用しなくてはいけない場面もあったとか。現地に機材を持ち込んで印刷する形で施工を行っていたが、「硬化時間が思いのほか長くかかり、途中で印刷のズレが起きるといったハプニングもあった」と東さんは話す。「1棟の印刷に要する時間に5日間を想定していたが、実際はそれより長い時間を要した。理由は、現場で各棟につき2、3回の印刷の微調整を繰り返す必要があったからだ」と続ける。

「プリントするためのロボットアームを現地に持ち込むと聞いてはいたが、施工開始が大変厳しい気象条件の時期に重なってしまったことを申し訳なく思った」と美術館の谷本さん。3Dプリンターを使えば「簡単に」、そして「時間をかけずにできる」というイメージだけが先行していたために考えたスケジュールだったというが、実際は建物が出来上がるまでに多くのトライ・アンド・エラーがあったことが分かり、完成までの過程での苦労に脱帽したと話す。

プリント時に「断熱材」を入れるための層を事前にしっかりと計算。スピード感を持った施工の中でも、北海道ならではの寒さ対策に余念はない(写真提供/會澤高圧コンクリート)

プリント時に「断熱材」を入れるための層を事前にしっかりと計算。スピード感を持った施工の中でも、北海道ならではの寒さ対策に余念はない(写真提供/會澤高圧コンクリート)

さらに、北海道の冬の寒さを凌げる断熱性を確保する建物にするため、「プリントの手法に工夫を施した」と東さん。プリント時に断熱材を入れる層(写真 内側の空洞)を一緒にプリントすることで、通常躯体施工→断面材施工→内装仕上げという工程を、躯体&断熱層&内装プリント→断面材施工に減らしつつ、十分な寒さ対策ができている建物をつくり上げることに成功したという。

遮音性、機密性は宿泊客からも好評

紆余曲折を経て完成し「旅館業簡易宿舎営業許可」を取得。美術館は7月28日に3Dプリンター建築の宿泊施設を「GLAMPING VILLAGE 紅葉の里」と名付けて開業した。この夏は連日満室だったという。

各施設は3Dプリンターでつくられた壁で仕切り、プライベート感を演出(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

各施設は3Dプリンターでつくられた壁で仕切り、プライベート感を演出(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

ダイニングテーブルに座れば、屋外なのにまるでリビングルームで過ごしているような感覚を味わえる(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

ダイニングテーブルに座れば、屋外なのにまるでリビングルームで過ごしているような感覚を味わえる(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

凹凸ある独特の外壁は、ライトアップされることで個性が強調される(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

凹凸ある独特の外壁は、ライトアップされることで個性が強調される(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

グランピング施設では、北海道の海と山の幸を堪能できる(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

グランピング施設では、北海道の海と山の幸を堪能できる(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

「既存の建物が敷地内にある10平米未満の増築扱いなので建築確認申請の必要はありませんでしたが、建築基準法に準拠した構造計算を行い、鉄筋も入れた建物にした」と話す東さん。実際に宿泊客を迎え入れた太陽の森ディマシオ美術館の谷本さんは「特に遮音性、機密性についてとても好評です」と、宿泊客の反応を話す。ほかにも、やはり3Dプリンターならではの形や手触りなども評判だったようだ。

「テクスチャーや外観についてはインパクトがあり、お客さまの多くが驚かれ、楽しんでおられました。遠くから見るとコンクリートには見えないこともあり、手で触れて質感を確認される人が多いのもこの建屋の特徴。また小さな子どもたちは、凹凸のある珍しい壁が “お菓子の家”に見えると言って喜んでいましたよ」と谷本さんは続ける。

自然をテーマとした大地がモチーフのnitay(ニタイ)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

自然をテーマとした大地がモチーフのnitay(ニタイ)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

宿泊棟だけではなく、各施設の壁の模様も、建物のイメージに合わせて変えてある(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

宿泊棟だけではなく、各施設の壁の模様も、建物のイメージに合わせて変えてある(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

3D「プリント」という言葉から、建物が“紙”でできているのではないか、と連想する宿泊客も実は多いという。そのため、「実物に建物を見て、コンクリートに触れた時の驚きは大きいようだ」という。

今後も、ここディマシオ美術館のグランピングビレッジ内にユニークな建屋を建設予定だと話す二人。會澤高圧コンクリートの東さんは「コンクリート会社なので、材料の取り扱いが得意な面を生かし、よりクリエイティブな建物をつくっていきたい」と話す。当面は、7棟を目標に建設を進める。

3Dプリンターで印刷された建屋の内装はシンプルで、寝るためのベッドが置かれているだけのつくり(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

3Dプリンターで印刷された建屋の内装はシンプルで、寝るためのベッドが置かれているだけのつくり(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

會澤高圧コンクリートにて、3Dプリンタープロジェクトを一手に引き受ける東大智さん(写真提供/會澤高圧コンクリート)

會澤高圧コンクリートにて、3Dプリンタープロジェクトを一手に引き受ける東大智さん(写真提供/會澤高圧コンクリート)

太陽の森ディマシオ美術館・専務の谷本晃一さん(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

太陽の森ディマシオ美術館・専務の谷本晃一さん(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

これまで3Dプリンターの国内の建物は、いずれも実験段階の物や、人が生活するための用途で建てられたものではなかった。しかし今回會澤高圧コンクリートの試みで、短い間の滞在先とはいえ、実際に「快適に」居住できるスペースとして、3Dプリンターで建てられた家が登場したことは大きい。すでに海外では、住宅として普及し始めてた3Dプリンターで建てられた家。今後宿泊施設という不特定多数の人が利用する建物ゆえに、多くの人の意見を吸い上げ、3Dプリンターでさらに心地の良い住空間を、早く、そして手ごろに建てていくようになるのではないか。新しい時代の幕開けを感じる。

ライトアップした際に、幻想的な空間を演出できるのは、3Dプリンターがなせる技(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

ライトアップした際に、幻想的な空間を演出できるのは、3Dプリンターがなせる技(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

●取材協力
會澤高圧コンクリート
太陽の森ディマシオ美術館

“まち医者”のようなデザイナーでありたい。長崎県五島へUターン、9割は島内の仕事を。「草草社」有川智子さんの、懐かしくも新しい働き方 

今でこそ“デザイン”の重要性は全国に浸透しつつあるけれど、10年前はまだ「デザインにお金を払う」感覚は、地方では一般的ではなかった。有川智子さんが、当時働いていた大阪から、生まれ育った長崎県五島に戻ったのはそんな時期だ。

有川さんは島の水産加工品や農産物、お酒や食品などのロゴやポスター、パッケージなどのデザインを手掛ける。仕事以外でも子どもを預ける学童施設を地域の人たちとつくり、自宅の横で一棟貸しの宿「菜を」も始めた。彼女の仕事と暮らしは溶け合うようにつながっていて、家族や周囲の人々とともに暮らしを育てている。まさにつみあげていく、暮らしだった。

「まちのかかりつけ医」のようなデザイナーでありたい

長崎港から五島の福江港まで高速船ジェットフォイルで1時間半。わずか1時間半だが、青い波と空しか見えない船からの眺めが続き、遠くへ来た感がある。

(写真撮影/松本治樹)

(写真撮影/松本治樹)

有川さんは約10年前の2011年、子どもと母親の和子さんとともに生まれ故郷の五島へ帰ってきた。

そこで始めたのがデザインの仕事。島の一次産業や加工品などの商品パッケージやロゴのデザイン、名刺、パンフレットなどをつくる。有川さんは、大学院卒業後、大阪で大手のハウスメーカーに勤め、ライフスタイル研究を行う「生活研究所」という部署に所属。デザインの仕事は初めてだったが、大学時代に学んでいたこともあり、好きなことでもあった。

「当時はまだ、五島のお土産品は、墨文字でばーんと『五島』!と入ったようなデザインのものが多くて。自分や同世代の人たちが欲しいと思える商品のパッケージや、紹介したい場所のマップやパンフレットなどをつくれたらいいなと思ったんです。見た人が買ってくれたり、島に遊びに来てくれたりするかもしれない。少しは島の役に立てるかなって」

草草社の有川智子さん。自宅の一角にある仕事場で(写真撮影/松本治樹)

草草社の有川智子さん。自宅の一角にある仕事場で(写真撮影/松本治樹)

「草草社」という名のデザイン事務所を立ち上げる。
それにしても、島にそれほどデザインの仕事はあったのだろうか。

「それが意外とあるんですよ。五島には水産業や農業、観光系の企業が多くて、パッケージやロゴのデザインが主ですが、細かなものだとポップの表記をmlからgに変えるとか、パッケージをビニール袋から紙に替えなきゃいけないとか、小さな仕事もたくさんあります。頼まれたことは基本断らないので、小さな仕事をコツコツ。一度デザインして終わりではなくて、長いところとはずーっとお付き合いが続きます」

「まちのかかりつけ医」のようなデザイナーになりたい。有川さんはそう思ってきたという。専門医も必要だけれど、まずは困ったら身近に駆け込んで相談できる、まち医者的なデザイナー。そう思って仕事をしていると、依頼は不思議と絶えなかった。

10年経った今も、9割は島内の仕事をしている。

「自分の半径数キロ圏内に暮らす、身近な人たちの役に立てたらいいなと思って、今の仕事をしています」

周りの人たちを幸せにできたら、最終的には自分にも還ってくる。
そう教えられたようだった。

地元にいなければできない仕事をする

以前、有川さんを訪ねたとき、「今朝急に連絡があって、かつおの生節をつくる工房へ撮影へ行くので、一緒に行かないか」と誘ってもらったことがあった。ついていった先は、昔ながらの直火原木燻し焼きでかつおの燻製をつくる工房。一つひとつ手でさばいた魚が、古い窯の中で原木と直火によりじっくりいぶされている最中だった。

(写真提供/草草社)

(写真提供/草草社)

(写真提供/草草社)

(写真提供/草草社)

地元の若手カメラマン松本さんが熱心に撮影する横で、有川さんは若社長らしき人にパッケージの提案をしている。とつとつと、こちらがいいのではと、デザインしたパッケージをお勧めしているのだけれど、決して強く主張はしない。少し話しては相手の出方を待つような話しぶりだった。

都会の感覚の“デザイン”が、必ずしも通用する相手ばかりではないことが想像できた。

でもそんな相手が、今までは印刷屋などが請け負ってくれるデザインは何度も直してもらっていたのに「有川さんに頼むようになってから、一発でこれというものが出てくる」と話していた。

それでも、初めは「デザイン」にお金を払ってもらうのが難しかったという。
そもそも島では印刷屋や包材屋のインハウスデザイナーがパッケージデザインまで手掛けることが多い。

「でも実際にモノができて、ちゃんと背景や思いまで踏まえてデザインされたものと、そうでないものの違いが見える形になると、島の人たちにも、ああデザインってものが必要なんだなと思ってもらえるようになって。パッケージ次第で新しい人の目にとまったり、選ばれる商品になる。そう少しずつ理解してくれるようになったのだと思います」

地元にいなければできないような仕事の仕方をする。

「五島の名物、かんころもち(サツマイモともち米でつくる五島の名物菓子)のパンフレットをつくった時は、サツマイモを植えて、収穫して、干して、かんころもちになるまでの過程を取材しました。島外のデザイナーさんに頼めば、1年がかりの仕事で何度も島に来るのにすごくコストがかかる。『今朝、魚があがったから今日来られる?』と電話があって5分で駆けつけられるのも、近くに居るからできることだなって」

長崎県五島列島・福江島の和菓子店「ル・モンド風月」のかんころもちのパンフレット。(写真提供/草草社)

長崎県五島列島・福江島の和菓子店「ル・モンド風月」のかんころもちのパンフレット。(写真提供/草草社)

仕事のヒエラルキーよりも大事なこと

独りよがりにデザインを重視するのではなく、取引先に寄り添いあくまで「売れるもの」を目指す。相手は常に目の前にいるわけで、売れないものをつくっても逃げることのできない厳しい仕事だとも言える。

オーガニックで緑茶を生産してきた(有)グリーンティ五島からは、新商品のレモングラスティのパッケージデザインを依頼された。

「まだうまくいくかわからない新商品に大きなコストはかけられないので、パッケージの袋は既存の同じものでも、ラベルだけフレーバーごとに色を変えて貼れば見栄えのするようにしました。檸檬草と漢字の表記にして、海外の漢字圏の人にもぱっと伝わるように」(有川さん)

(有)グリーンティ五島の「檸檬草」のシリーズ(写真撮影/松本治樹)

(有)グリーンティ五島の「檸檬草」のシリーズ(写真撮影/松本治樹)

このデザインが好評で注文は増え、発売から1年で各種を2000枚ずつ増刷し、その後も徐々に増えている。(有)グリーンティ五島の川渕義徳(かわふち・よしのり)さんはこう話す。

「有川さんにデザインしてもらったパッケージはバイヤーさんが持ち帰ると、女性の反応がよかったからとすぐに注文が決まっていくんです。法人向けにパッケージしない、量の多い取引を狙った商品だとしても、選ばれるためには、誰かがどこかで見つけてくれることが大事。その機会を得るために、やはりパッケージは大事です」

反応がいい時、地元の業者さんたちは電話をかけてきて「新しいデザイン、好評だよ」とか「大口の注文が入った」といった報告を逐一してくれる。いいも悪いも共有しながら、周囲の人たちに伴走する。役に立っているのを実感できるのが何より嬉しいと有川さんは言う。

仕事では依頼主の畑へ出向くことも多い。(有)グリーンティ五島のレモングラス畑(写真撮影/松本治樹)

仕事では依頼主の畑へ出向くことも多い。(有)グリーンティ五島のレモングラス畑(写真撮影/松本治樹)

仕事には目に見えないヒエラルキーのようなものがあると思う。より大きな仕事、お金が動く仕事、著名な人や会社が関わる仕事。社会的に「値打ちのある」とされるものさしがあって、その大きさにやりがいや喜びを感じる人も多い。

デザインの仕事に携わる人なら、賞やアワードなど、世間的な評価を気にする目もあるだろう。実際に有川さんの手がけた仕事も、長崎デザインアワードで大賞を受賞するなど評価され始めている。田尾フラットの「あまざけ」のパッケージデザインを手がけた際には、2019年の長崎デザインアワードで大賞を受賞した。だが有川さんは、そうした“都市部の人の目にとまる”ことより、地元の人に喜んでもらう方が嬉しいという。

福江教会の外壁の改修に伴い、9つのモチーフで壁面の石版のレリーフをデザインした。9つの図案を載せたカード(写真提供/草草社)

福江教会の外壁の改修に伴い、9つのモチーフで壁面の石版のレリーフをデザインした。9つの図案を載せたカード(写真提供/草草社)

「島で私に仕事をくれる人たちは、売りたいものがはっきりしているんです。ふわっとイメージを売っているわけじゃなくて、モノがある。売るために考えるから、デザインの仕事の足腰がしっかりする。そんな具体的なものづくりの積み重ねでしか土地の魅力ってつくれないと思うんです」

山や海などの大自然と、汗水垂らして働いた人たちの手から生まれるリアルなモノ。それを、若い人たちにも手に取ってもらえるように変換して伝えること。そこに醍醐味がある。

「五島には何百年という歴史の土台があって、その上に今がある。デザインする上でその歴史をもう一度汲みませんかと話すことはあります。遣唐使や椿、キリスト教など、五島の文化の象徴的なものにもう一度目を向ける。それがほかの土地にはない強みになると思うんです」

(写真撮影/松本治樹)

(写真撮影/松本治樹)

家族の居場所、暮らす環境を整えていく

五島へ戻って、積み上げてきたのはデザインの仕事だけではなかった。

2013年、有川さんはお母さんの和子さんとともに、本山エリアの自宅のそばに「コミュニティカフェ・ソトノマ(外の間)」という食堂を開く。もとは酒屋だった建物で、小学校の目の前。有川さん自身が子どものころは、文房具や生活雑貨も置いてある地区の大事なお店だった。

ソトノマは和子さんが手がける地元の野菜と愛情たっぷりの食事、居心地のよさが多くの人を惹きつけ、島へやってくる若い人たちや移住者、子育て中の女性が集まる場所になっていった。この店があったから五島へ移住したという人もいる。

コミュニティカフェ・ソトノマ。木で囲まれた雰囲気で、あたたかみがあって居心地がいい。食堂としてだけでなく、島の野菜を販売していたり、靴を脱いでくつろげる畳のスペースもあり、子どもたちが遊べるおもちゃ、漫画や本も並ぶ(写真撮影/松本治樹)

コミュニティカフェ・ソトノマ。木で囲まれた雰囲気で、あたたみがあって居心地がいい。食堂としてだけでなく、島の野菜を販売していたり、靴を脱いでくつろげる畳のスペースもあり、子どもたちが遊べるおもちゃ、漫画や本も並ぶ(写真撮影/松本治樹)

さらに、ソトノマから歩いて数百メートルの場所には「おうとうのいえ」と呼ばれる学童施設を有志とともに立ち上げた。2019年、地区の公民館長だった方や、移住者、子どものお母さんなどご近所さんを中心に10名ほどで集いNPO法人を設立。有川さん自身も積極的に協力した。

「おうとうの家」の中。子どもたちは自由に遊んだり勉強したりしている(写真撮影/松本治樹)

「おうとうの家」の中。子どもたちは自由に遊んだり勉強したりしている(写真撮影/松本治樹)

放課後、おうとうのいえの理事長である桑田隆介さんが「おうとうの家」へ案内してくれた。
子どもたちが伸び伸びと走りまわり、本を読んだり、宿題をしたりしている。女の子たちが「くわっちゃーん、見てみて~」と楽しそうに走り寄ってくる。

「働く親御さんも多いなかで、このエリアには学童がなくて、バスで隣の区の学童まで通っていた子が多かったんです。いまここへ来る子は小学校1年生から4年生くらいまでの22~23人。学校が終わるとすぐそこの小学校から歩いてきて、遅いときは19時くらいまで、地元のスタッフの皆さんが交代でみてくれています」(桑田さん)

「おうとうのいえ」。奥には桑田さんが運営する賃貸住宅「本山ヒルズ」(写真撮影/松本治樹)

「おうとうのいえ」。奥には桑田さんが運営する賃貸住宅「本山ヒルズ」(写真撮影/松本治樹)

有川さんの二人の子どもも、今は中学生と小学4年生になるが、低学年のころはこの学童に通い、有川さん自身仕事をする上でずいぶん助かったのだという。

桑田さんもソトノマカフェがきっかけで五島へ移住した一人。今は学童のすぐ隣に建つ移住者向けの賃貸住宅「本山ヒルズ」を運営するほか、ソトノマの店主を和子さんから引き継ぎお店の店主に。

「五島へ移住したい人は増えていますが、島には住むところが少ないんです。子育て世代がすぐに住めるよう、賃貸住宅を用意して、すぐそばに小学校もあって、学童もある。そんな環境を用意したかったんです。ありがたいことにもうずっと、空きがない状態です」

桑田さんは、港近くに「hotel sou」も運営していて、谷尻誠氏が設計したことで話題になり人気のホテルになっている。

そうして有川さんの周りには多くの人が出入りしながら、カフェや学童、住宅が整い、本山は新たに人を呼ぶ入り口になっている。彼女はずっとその中心にいた。

宿を始めたのも十年以上前から考えていたことの一つ

さらに今年の夏。有川さんは自宅横の古民家を改修し、一棟貸しの宿「菜を」を始めた。

有川さんの自宅横にあった古民家を改修して始めた宿「菜を」(写真撮影/松本治樹)

有川さんの自宅横にあった古民家を改修して始めた宿「菜を」(写真撮影/松本治樹)

部屋へ入ると、大きな窓からすっと風が通る。障子を通して部屋全体に染み渡るように入る光。天井が高く広い居間には、大きなテーブルやソファ、薪ストーブも。五島へ観光客が訪れるのは夏のみのイメージだが、冬も薪割りなどしながらゆっくりした時間の流れを感じられる滞在を楽しめるようにしたいと考えている。

宿の室内。リビング(撮影提供/草草社・撮影:繁延あづさ)

宿の室内。リビング(撮影提供/草草社・撮影:繁延あづさ)

宿の室内。寝室(写真撮影/松本治樹)

宿の室内。寝室(写真撮影/松本治樹)

居室と反対側にはカウンターの設置された空間があり、ゆくゆくはここで日用品を置くグロサリーストアも始めようと考えている。だから「菜を」の名前は「野菜」そのものや、ここへ泊まる人たちが畑で野菜を育てたり調理するなど「菜をどうする?」の問いかけでもある。

グロサリーストアを始めたいと考えているスペース、宿の一角(撮影提供/草草社・撮影:繁延あづさ)

グロサリーストアを始めたいと考えているスペース、宿の一角(撮影提供/草草社・撮影:繁延あづさ)

仕事も子育ても暮らしも。少しずつ環境を整えて、みごとに暮らしが積み上がってきている感じですね、と告げると、こっそり一冊のノートを見せてくれた。
表紙に「出店日誌」とある。

「出店日誌」と書かれた一冊のノート。1ページ目の日付は2008年(撮影/筆者)

「出店日誌」と書かれた一冊のノート。1ページ目の日付は2008年(撮影/筆者)

中は、有川さんが将来実現したいことを書き連ねた日記のようなもので、出したいお店のイメージやカフェにどんな珈琲を置くかなど細かいことがメモしてある。1ページ目の日付は、14年前の2008年。カフェ、子どもを育てる場所、宿、お店、家を整えること……と有川さんが実現してきたことの多くは、彼女が何年も前から妄想し、日記に描いてきたことだった。

「タイミングがまだのものもありますが。宿を始めたのも、デザイナーとして現役でいられる年齢には限界があると思って。宿を一つの生業にできたらと考えたのと、歳を取ってもいろんな方が遊びに来てくれたら嬉しいじゃないですか。学童にしても、自分の子どもが巣立って少し余裕ができたときに、よその子どもさんをみることができたらと思ったんです。結局全部、自分のためなんです」と言って笑う。

十年かけて少しずつ整えてきた暮らしは、有川さんが望む形に少しずつ近づいている。
これから先の十年は、庭を育てたいという。宿からの眺めがますます素敵なものになるだろう。

望む暮らしを時間をかけて積み上げていく。それ以上に大切なことはないと気付かされるようだった。

(写真撮影/松本治樹)

(写真撮影/松本治樹)

●取材協力
草草社

都市ではデザイナー、地方ではカフェ・宿オーナー。2つの人生を生きるという選択 「山ノ家」新潟県十日町市

空間のデザイン、状況と場のデザインを手掛けるデザインユニット「gift_」が、2012年に越後妻有(読み:えちごつまり 新潟県南部の十日町市、津南町の妻有郷と呼ばれる地域)につくった「山ノ家」は、空き家になった一軒家を1階はカフェ、2階をドミトリー(宿屋)にリノベーションしたもの。月半分ずつ東京と「山ノ家」で過ごしてきた「gift_」の後藤寿和さんと池田史子さんは、都心と田舎、それぞれになりわいを持ち、人々の交流を促す場づくりを行ってきました。「山ノ家」をオープンしてから10年。2拠点との関わり方を池田さんに伺いました。

1階にある「移民たちのカフェ」(画像提供/山ノ家)

1階にある「移民たちのカフェ」(画像提供/山ノ家)

都市と地方、「ダブルローカル」にそれぞれ別のなりわいを持つ

コロナ禍でテレワークが増え、オフィスだけでなくさまざまな場所で仕事をする人が増えました。20代・30代のビジネスパーソンやファミリーが地方に目を向けはじめ、二拠点生活への関心が高まっています。

「現在のいわゆる二拠点生活は、都心にメインとなる住まいや仕事を持ち、地方をサブとして空き家やシェアハウスに滞在しながら趣味や地域貢献をして過ごすスタイルが多いと思います。私たちが『山ノ家』を拠点に行っている二拠点生活はそれとは少し異なります。都心でデザインオフィスを経営しながら、『山ノ家』では、カフェやドミトリーなどの飲食店・宿屋の運営を月半々で行ってきました。2拠点目に都心とは全く別のなりわいと生活の場を持ち、地方をオフにするのではなく、生活という意味でも仕事という意味でも、どちらも『オン』として行き交うこと。それを私たちは『ダブルローカル』と名付けたのです」(池田さん)

旧街道筋に立つ一軒家をリノベーション。1階はカフェ、2階が素泊まりできるドミトリー(画像提供/山ノ家)

旧街道筋に立つ一軒家をリノベーション。1階はカフェ、2階が素泊まりできるドミトリー(画像提供/山ノ家)

越後妻有は、棚田や里山で知られる日本有数の豪雪地帯で、上越新幹線越後湯沢駅からローカル線で30分ほど、東京から約2時間の場所にあります。里山を舞台に2000年から3年に1度開催されている「大地の芸術祭」は、世界最大の国際芸術祭で多くの人が訪れます。前回2018年は約54万人の来場者数を記録しました。今年は「越後妻有 大地の芸術祭 2022」(4/29~11/13)が開催されています。

美しい棚田は越後妻有おなじみの風景(画像提供/山ノ家)

美しい棚田は越後妻有おなじみの風景(画像提供/山ノ家)

冬期は毎年4-5mを超える積雪があり、除雪は毎日、冬の間に数回にわたる屋根の雪下ろしも欠かせない(画像提供/山ノ家)

冬期は毎年4-5mを超える積雪があり、除雪は毎日、冬の間に数回にわたる屋根の雪下ろしも欠かせない(画像提供/山ノ家)

当時、東京の恵比寿・中目黒を拠点に事務所を構えていた「gift_」の池田さんと後藤さんが地方に目を向けるきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災でした。

「電車や電気がとまり、店頭から商品が消えました。都市の脆弱さを思い知り、このまま消費するだけの場所にいていいんだろうかと思うようになったんです。震災から3カ月後、知人から、『新潟県十日町市の松代地区に空き家があって自由にリノベしていいから、空間づくりをするサポートをしてもらえないか』とお願いされて、とりあえず見に行こう! と現地へ向かいました」(池田さん)

豪雪地帯の一軒家をリノベーションしてカフェ&ドミトリーに

空き家のあった通りは、かつて宿場町として栄えた場所ですが、過疎高齢化が進んで、シャッター街に。そこで、外観を雪国の伝統的な古民家のように再生して、地域活性に繋げようという、当地に移住したドイツの建築家カール・ベンクスさんからの提案に十日町市が賛同して、外装工事の費用を補助していました。

街並み景観再生事業によって再生された街並み(画像提供/山ノ家)

街並み景観再生事業によって再生された街並み(画像提供/山ノ家)

「毎週末、3カ月くらい通いながら構想を練っていましたが、何だか担当者の方々の反応がおかしい。『もしかして、空き家のデザインだけでなく、その後も事業者としてここで何かやってほしいと考えていますか?』と改めて確認しましたら、『初めからそのつもりでした』と。私たちが関わる前からその空き家は街並み再生事業の第一号としてリノベされることが決定していながら事業者のいない空っぽの箱ではいけないということで、そもそもの事業者候補を探していたらしいのです。市の補助金の対象となるためには降雪が厳しくなり始める12月の中旬までには外装工事を終わらせなくてはならないことも告げられました。その時、すでに10月。あと2カ月あるかないか。たいへん厳しい状況。正直言って、私たちは積極的に「YES」と言ったわけではないのですが、「NO」と断る理由が見つけられませんでした。おそらくその時点ですでにそうした主体になることを何処かで感受していたのかもしれません」

とまどいながらも、「大地の芸術祭を受け入れているエリアなら、面白いことができるかもしれない」と考えた池田さんたちは、建物1階をカフェ、2階をドミトリーにリノベーションすることを決めました。しかし、市の補助金は外装工事の7割だけで、内装の予算はありません。当時、農業体験や地域活動をする人たちの移動手段として、十日町市が、東京まで往復するシャトルバスを無料で運行していたことを幸いに、大学生や社会人の皆さんにボランティアでリノベーションのサポートに通ってもらうことができ、「山ノ家」が完成しました。

全館Wi-Fi完備。短時間のオフィスとして使う人も(画像提供/山ノ家)

全館Wi-Fi完備。短時間のオフィスとして使う人も(画像提供/山ノ家)

「茶もっこ」「大地の芸術祭」のイベントで都心から人を呼び、地域の人と交流

「山ノ家」完成時には、東京で、200人のメディアを集めて、どんなことをしたくてどんなものをつくったのかの意思表明のプレス発表を行いました。「おそらくこれから先私たちのように単なる観光ではない”行き交う”人が増えていくだろう。そうした人たちにとって必要なものをつくってみたこと」を伝えたかったのです。

「リノベーションする間、泊まるところと食べるところに困っていました。普段のような食事ができて、コーヒーが飲めて、気軽に泊まれて、Wi-Fiが使える場所、それは私たちが最も欲しいものだったんです。10年前はゲストハウスのモデルケースが少なく、ドミトリーが成り立つのかは未知数。飲食店や宿の経営も初心者。お客さんを接待しながらベッドの準備をして家中の掃除をしてカフェ以外にも宿泊者の朝ご飯から晩ご飯も全部つくって。オープンしてからも手探りでした」(池田さん)

「gift_」は、空間デザイナーの後藤さんとクリエイティブディレクターの池田さんからなるデザインユニット(画像提供/山ノ家)

「gift_」は、空間デザイナーの後藤さんとクリエイティブディレクターの池田さんからなるデザインユニット(画像提供/山ノ家)

「大地の芸術祭」開催中にオープンした「山ノ家」の利用者は、海外からの観光客やアーティストがほとんどでした。お客さんでにぎわう状況ではじまりましたが、芸術祭が終わったとたん、「山ノ家」の前は、人通りが全くなくなってしまいました。

「本当の日常が現れたんですね。こんなにいなくなるのかと驚きました。地方にいるという現実に背筋を正して向き合うことになったんです。そこで、都市圏から人を呼ぶため、都市と地域、両ベクトルで楽しめるイベントを企画するようになりました。地元の人が先生になって都心の人が教わるイベントを行ったり、地元のお祭りに出店したりするうちに、必然的に私たちも地域活動に参加するようになっていきました」(池田さん)

地元の人に草餅のつくり方を教わるワークショップ(画像提供/山ノ家)

地元の人に草餅のつくり方を教わるワークショップ(画像提供/山ノ家)

春の山菜採り。コゴミやウド、フキノトウをてんぷらに(画像提供/山ノ家)

春の山菜採り。コゴミやウド、フキノトウをてんぷらに(画像提供/山ノ家)

地元との関わりが深くなったきっかけは、「茶もっこ」でした。軒先に旅人を招いてお茶をふるまう風習で、宿場町で行われていた文化です。かまくらでどぶろくを飲む「かまくら茶もっこ」を開催したのを皮切りに、山ノ家周辺の数軒が家開きをして、地元の人がそれぞれに地酒や得意の手料理でもてなすイベントに発展して大好評に。2013年からコロナ禍までの7年間、夏、秋、冬の3シーズン「茶もっこ」イベントを行いました。

「かまくら茶もっこ」の様子(画像提供/山ノ家)

「かまくら茶もっこ」の様子(画像提供/山ノ家)

(画像提供/山ノ家)

(画像提供/山ノ家)

「茶もっこ」に、周辺の住民も参加。もてなされるお客さんは首都圏から来る人、市内や近隣から来る人、アーティストたちなどさまざま(画像提供/山ノ家)

「茶もっこ」に、周辺の住民も参加。もてなされるお客さんは首都圏から来る人、市内や近隣から来る人、アーティストたちなどさまざま(画像提供/山ノ家)

2015年には、芸術祭チームから依頼を受けて、廃校になった奴奈川小学校を芸術祭の拠点施設「奴奈川キャンパス」として再生するプロジェクトに参加しました。給食室をカフェテリア「GAKUSYOKU」にリ・デザインして、立ち上げから3年間「山ノ家」が運営しました。メニューは、地元のお母さんたちによる「サトごはん」と、都市圏拠点の料理人たちによる「マチごはん」。地元名産の妻有豚や山菜など同じ食材を使いながら、全く異なる料理を、同時に一つのお盆で楽しめるカフェテリア形式で提供しました。

サトごはんとマチごはんが並ぶ(画像提供/山ノ家)

サトごはんとマチごはんが並ぶ(画像提供/山ノ家)

「東京でデザインの仕事をして、『山ノ家』に来たら、お皿を洗って野菜を刻んで料理をつくって、お客さんの寝床の準備をして隅々までお掃除して……ってことを延々とやっていました。ここでの仕事もなりわいとして成り立たせるため、きれいごとではなく生きるためにやる必要がありました。ただ、やるからには自分たちらしく本気でやりたかったんです」(池田さん)

よそ者の視点を持ち続ける「半移住」という選択

開業当時から「山ノ家」の利用者は、海外からの観光客が半分以上ですが、移住体験の人も訪れるようになりました。そうした来訪者だけではなく、カフェには農作業を終えたあとの地元のお父さんや女子会をするお母さんたちの姿もあります。

カフェメニューは、地元の食材を使ったキーマカレーやキッシュ、ガパオなどのアジアご飯や地中海料理です。郷土料理にこだわらず、インテリアデザインも都会的です。コロナ禍で自粛していましたが、2022年の夏、カフェを2年ぶりに再会。今後は、「山ノ家」のコンセプトに共感してくれる人を募って、メンバーズシェアハウスにするため、ドミトリー部分にシェアキッチンや共有のランドリースペースをつくる予定です。

「観光で単発に宿泊するというよりは、リピーターが利用しやすい形態にと。サブスクによって連泊がしやすくなったり、シェアハウスのようにもうひとつの生活の場として使っていただけるようにしたいと考えました」(池田さん)

棚田玄米とレンズ豆のサラダ仕立て。クルミやゴボウの素揚げをトッピング(画像提供/山ノ家)

棚田玄米とレンズ豆のサラダ仕立て。クルミやゴボウの素揚げをトッピング(画像提供/山ノ家)

「山ノ家」定番メニューの旬菜のキッシュ(画像提供/山ノ家)

「山ノ家」定番メニューの旬菜のキッシュ(画像提供/山ノ家)

都会の人、地元の人、年齢も職業もさまざまな人が交流(画像提供/山ノ家)

都会の人、地元の人、年齢も職業もさまざまな人が交流(画像提供/山ノ家)

当初、「完全移住はしないんですか?」と地元の人に聞かれることが多かったという池田さん。地域と交流を続けるなかで、まわりの見方も変わっていきました。象徴的だったのは、十日町市役所で作成している市報が「山ノ家」の姿勢をとりあげてくれたこと。タイトルは「半移住という選択」でした。

「私たちは、永遠のよそ者。知らないことがあって当たり前。合わせすぎなくていいと思うんです。例えば、商工会に属していても、飲み会が苦手なので参加できないと最初から言っています。無理なことは無理でいい。地方から都市を見た視点と都市から地方を見た視点、別々の、複数の視点を得たことがダブルローカルそのものなんです。いつまでも新鮮なよそ者としての視点を持ち続けたいです」(池田さん)

プレ移住のために十日町市を訪れた人も立ち寄り、「山ノ家のような場所があるなら、移住しても大丈夫かな」という声が寄せられているそうです。「ダブルローカル」を行き交いながら、2つの人生を生きる。山ノ家は、都市と地方が双方向から交わる場として、進化し続けています。

●取材協力
山ノ家

なぜ図書館でなく”市営の本屋”? 青森「八戸ブックセンター」置くのは売れ筋よりニッチ本、出版も

本州最北端の青森県。
青森市、弘前市、八戸市の三市はほぼ同等の人口規模で、それぞれが深い関係を持ちつつも異なる文化を築いてきました。
このうち、江戸時代に八戸藩の藩都が置かれていた八戸市に、全国的にも珍しい市営の本屋さんがあるのをご存知でしょうか?
書籍を扱う行政施設といえば、図書館が真っ先に思い浮かびますが、「八戸ブックセンター」ではあえて貸出機能はもたず、民間の書店同様、書籍の販売をしています。
市が運営する書店、民間の書店とどのような違いがあるのでしょうか?企画運営担当の熊澤直子さんに、開設5年を迎えたブックセンターの活動について、伺ってきました。

八戸市を「本のまち」に。読む人を増やすアプローチ市街地中心部に位置する八戸ブックセンター(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

市街地中心部に位置する八戸ブックセンター(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸ブックセンターを開設したのは、2016年12月。
八戸市では「本のまち八戸」の推進を掲げ、年代に応じた様々な事業を実施していますが、その拠点施設としてブックセンターは位置付けられました。
その動機となったのは、地方都市ならではのある悩みでした。

「書店としての経営を考えると、どうしても売れる本を中心に売り場をつくっていく必要があります。そうすると、売れ行きが見込みづらい専門書的な本や特定のジャンルの本が置けなくなるなど、本を通して出会う世界が限られたものになってしまいます。本との豊かな触れ合いを残していくことが、八戸にとって重要なことだったんです」

各ジャンルごとに一定数のお客さんが見込める大都市圏とは異なり、人口規模の小さな八戸市では専門性の高い書籍を扱う書店は経営が難しい状況にありました。多様な本との出合いを維持していくためには、民間の書店には難しい部分を市が補っていく必要がある。八戸市は、ブックディレクターの内沼晋太郎氏に選書体制を相談するなど専門家の知見も得ながら、ブックセンターの構想を固めていきました。

そのコンセプトは「本を読む人を増やす」。
本を読む人が増えれば、市全体で本にまつわる文化を盛り上げていくことができます。人口減少時代の地方都市が抱える課題に対する挑戦として、真新しくも必然的な一手でした。

「また来よう」と思わせるお店づくり

八戸ブックセンターは市の施設として営業しているため、売上高の達成を目的としていません。
八戸市の書店を補完する、行政のサービスだからこそ可能な取り組みが活動の根幹となっています。
そのひとつが、八戸市内の他の書店では扱いづらいジャンルの書籍をラインナップすること。立ち上げ時には市内の各書店に、お店で置きにくいジャンルをヒアリングしていったそうです。
「選書はスタッフの知識を活かしながら行っています。人文系の選書に強いスタッフもおりますので、市内の書店さんとはまた違った品ぞろえができているかと思います」

「みわたす」「星をよむひと」「知能」「法則」など直感的な言葉で本が分類されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「みわたす」「星をよむひと」「知能」「法則」など直感的な言葉で本が分類されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

イチ本好きとして店内を観察すると、「またここに来よう」と来訪客に思わせるための工夫が徹底されているように感じます。
どんな書店であっても、お客さんと本との出合いを大切に売場づくりを考える点は共通していますが、ここ八戸ブックセンターでは話題書やベストセラーなど、「ここ以外で売れる本」は置かない方針が根底にあります。
市中の本屋さんと競合するのではなく、共生することこそが八戸の書店文化を盛り上げることにつながっていくからです。
「できるだけ仕入れた本は返品をしない、というのも他の本屋さんではあまり見られない、うちならではの特徴だと思います」
仕入れと返品を繰り返しながら売れる本を探っていく一般的な書店とは、真逆の姿勢です。
そのためブックセンターには、売れ筋ではないけれど確かな選書眼で選びぬかれた、他の書店ではなかなかお目にかかれない本が揃います。
ここで出会った本を読んで満足した人は、またここに来ざるを得ない、そんな常連客との関係性が育まれていることでしょう。
どれだけネット書店が便利になっても、リアル書店でしか果たせない役割が体現されています。

八戸市にゆかりのある人たちがおすすめの書籍を選書した「ひと棚」のコーナー(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸市にゆかりのある人たちがおすすめの書籍を選書した「ひと棚」のコーナー(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸市を盛り上げる、文化の担い手を育てる姿勢

もうひとつ、ブックセンターの重要なミッションがあります。
それは、本を書く人を増やすこと。
そのために「書く」を学ぶワークショップを開催したり、登録すれば誰でも無料で何時間でも使用できるお籠りブースを用意しています。
本を書くためにはいろんな本を読む必要があるでしょう。まさに本を読む人、書く人の両方を増やすための取り組みとなっています。

この姿勢が、八戸市に新しくできた八戸市美術館と共通しているなと感じました。
八戸市美術館は、美術を鑑賞するだけでなく、自ら創造活動に関わっていくことを意図した施設として2021年にリニューアルオープンした市営の美術館です。

この思想が建物のデザイン全体の方針として息づいており、展示室よりも大きな「ジャイアントルーム」と呼ばれる大空間を中心に据えたプランになっています。
ジャイアントルームは可動式の家具やカーテンにより、大小さまざまな活動が可能で、まさにこれから八戸市民の手によっていままで誰も考えもしなかったような使われ方が見出されていくことでしょう。
ちなみにこの日は作家・大竹昭子さんと、アーティストのヒロイ&ヒーマンさんの展示が、八戸市美術館と八戸ブックセンターの2会場で開催されていました。
今後の両施設連携企画でどのようなコラボレーションが生まれていくか、楽しみです。

八戸市美術館のジャイアントルーム。工夫次第でいかようにも使うことのできる、がらんどうが施設の中心になっている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸市美術館のジャイアントルーム。工夫次第でいかようにも使うことのできる、がらんどうが施設の中心になっている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸市美術館・八戸ブックセンター共同開催の写真・物語展「見えるもの と かたるもの」。前半部分が美術館に展示された(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸市美術館・八戸ブックセンター共同開催の写真・物語展「見えるもの と かたるもの」。前半部分が美術館に展示された(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸から全国へ。活動の強度を高める視座の高さ

さらにブックセンターでは本をつくる文化を盛り上げる、一歩踏み込んだ取り組みが行われています。
なんと、ここで行われた展示に関連し、八戸ブックセンターが主体となって書籍をつくってきたんです。
書店が本をつくるとは、どういうことでしょうか。

八戸ブックセンターでの展示にあわせ、左右社から刊行された詩集(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸ブックセンターでの展示にあわせ、左右社から刊行された詩集(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

ひと口に本をつくるといっても、その方法はさまざまです。

展示を本にする場合によく知られている方法としては、自らが発行元となる方法です。この場合は自社で工面できる予算の中で必要な部数を制作し、展示と合わせて販売していくことになります。本の内容をすべてコントロールでき、展示との連携も高めることができるため、来場者に強く訴求することができます。予算を用意できさえすれば確実に本をつくることができるため、展示のアーカイブを目的とする場合に適した方法です。

はじめ熊澤さんから「八戸ブックセンターでの展示と連動した本がある」と聞いた時、この方法を採っているのかなと思いました。八戸ブックセンターは書店の内部に展示スペースをもっており、地元の常連客が多く来場するであろうことを考えるとこの方法が手っ取り早いと感じたからです。

雑誌『縄文ZINE』とのコラボレーション展、「紙から本ができるまで/土から土器ができるまで」。展覧会に合わせ、『土から土器ができるまで/小さな土製品を作る』も刊行された(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

雑誌『縄文ZINE』とのコラボレーション展、「紙から本ができるまで/土から土器ができるまで」。展覧会に合わせ、『土から土器ができるまで/小さな土製品を作る』も刊行された(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

しかし熊澤さんから出た言葉に驚きました。
「本ごとにそれぞれ別の出版社さんから発行しています。関わった作家さんなどとやりとりをしながら、企画内容を実現してくださいそうな出版社さんにお声がけをしてすすめています」

出版社で発行するためには、それなりの課題をクリアする必要があります。
その出版社から出すべき内容になっているか。
全国の書店で販売するだけの広がりがあるコンテンツになっているか。
出版社が損をしないだけの売上が見込めるか。
単に展示を見にきた人に興味を持ってもらうだけでは不十分な、企画としての強さが求められるといえるでしょう。
このような課題を乗り越えて展示と出版を手がけている公営の文化施設は、日本全国でもかなり珍しいのではないかと思います。

市民の方にとっても、普段から通っている書店での展示が、全国で販売される本にまとまることは、自分達の活動を広い視野をもって捉える機会になるのではないでしょうか。
そのような活動を知ってしまうと、今後八戸市民が創り上げた展覧会が、八戸市美術館から全国を巡回していく、そんな未来を妄想してしまいます。

「紙から本ができるまで/土から土器ができるまで」展は、市内にある「三菱製紙八戸工場」「是川縄文館」の協力により開催された。写真は是川縄文館所蔵の国宝、合掌土偶。風張1遺跡から出土(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「紙から本ができるまで/土から土器ができるまで」展は、市内にある「三菱製紙八戸工場」「是川縄文館」の協力により開催された。写真は是川縄文館所蔵の国宝、合掌土偶。風張1遺跡から出土(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

図書館や美術館といった公共の文化施設は、全国どこでも同じようなサービスを受けられるようにと各地に建設されてきましたが、サービスの供給が行き渡ると同時に新しい施設に税金を投じることは箱モノ行政などと呼ばれ批判の対象にもなってきました。
そうした状況下での八戸市の取り組みは、行政側がサービスを提供するだけでなく、市民自らの手で文化を育てていく場を提供する、時代に即した在り方に思えます。
つくる人を育てる、八戸市の挑戦をぜひ現地で体感してみてください。

●取材協力
八戸ブックセンター

「家に欲しい設備」アンケート結果が発表! 3位・防犯カメラ、2位・宅配ボックス、1位は?

日本トレンドリサーチがロゴスホームと共同で、「家に欲しい設備」に関するアンケートをインターネットで実施し、その結果を公表した。それによると、「モニター付きインターホン」がかなり重要な設備になっていることが分かる。詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「家に欲しい設備」についてアンケートを実施/日本トレンドリサーチ

欲しい設備、家に付いている設備のナンバー1は「モニター付きインターホン」

調査対象は全国の男女で1332件の有効回答を得たもの。このうち、「持ち家」に住んでいるのは55.3%。持ち家に住んでいない44.7%に対して、「家を購入するとしたら絶対に付けたい設備は何か」を聞いたところ、次のような結果になった。

家を購入するとしたら絶対に付けたい設備(複数回答可)(出典:日本トレンドリサーチ「家に欲しい設備」アンケート結果より転載)

家を購入するとしたら絶対に付けたい設備(複数回答可)(出典:日本トレンドリサーチ「家に欲しい設備」アンケート結果より転載)

TOP3には、「モニター付きインターホン」(51.2%)、「宅配ボックス」(44.6%)、「防犯カメラ」(42.6%)が挙がり、セキュリティや不在時対策などに重きが置かれていることが分かる。

これに対して、持ち家に住んでいる55.3%に、「購入した家にはどのような設備が付いているか」を聞いた結果は次のようになった。

購入した家に付いている設備(複数回答可)(出典:日本トレンドリサーチ「家に欲しい設備」アンケート結果より転載)

購入した家に付いている設備(複数回答可)(出典:日本トレンドリサーチ「家に欲しい設備」アンケート結果より転載)

持ち家の付帯設備についても、1位は「モニター付きインターホン」(53.8%)となった。一方、「宅配ボックス」や「防犯カメラ」は、10位と11位になり、「浴室暖房乾燥機」や「カウンターキッチン」が上位に挙がった。

これは、「モニター付きインターホン」の重視度が高いことに加え、持ち家への普及が広がっていると考えられる。セキュリティを重視していても、防犯カメラまで設置されている家はまだ少ないということだろう。

ひとくちに「モニター付きインターホン」というけれど

さて、モニター付きインターホンとは、テレビモニター付きドアホンともいい、「インターホンにテレビカメラを取り付け、住まいの中から外の様子や訪問者の顔を見ることができる装置」(SUUMO住宅用語大辞典)のことだ。あらかじめ訪問者の顔を確認すれば、不用意に玄関ドアを開けてしまうことが避けられる。

防犯面で役立つ設備だが、実はさまざまなものがある。今回の調査ではマンションか一戸建てかが明らかではないが、一戸建てではシンプルに、玄関にカメラ付きインターホン(子機)を設置して、家の中のモニター(親機)で来訪者を確認する形になる。

一方マンションの場合は、オートロック機能が付いている物件では、エントランスの自動ドアもモニターで応答しながら開けることができるので、エントランスと住戸の玄関の2段階のセキュリティに対応する。また、マンションの住戸内にはモニター画面が住宅情報盤に組み込まれていて、インターホンの機能のほかに火災報知設備やガス漏れセンサー、非常時の通報機能など住まいの安全を守る多様な機能が備えられているのが一般的だ。

さらに、モニター付きインターホンはさまざまに進化して、モニターがカラーになり画質も向上したり、録画機能が付いたりしている。カメラが広角レンズになって死角がないものもあれば、スマートフォンと連携して外出先でも来訪者が確認できるものもあり、いろいろな商品が登場している。

もし、注文住宅などで自身で商品を選べるのであれば、不審者の確認を徹底したいのか、子機を活用して住宅内の会話もしたいのかなど、どういった機能を重視するのかを見極めて、商品を選ぶとよいだろう。

また、現在は設置されていない中古住宅でも、後付けで設置できる場合もある。中古一戸建てでは、玄関のインターホンが電池式で配線がなくても設置できるものがある。中古マンションでは、さすがに個人でエントランスをオートロックにすることはできないが、管理組合の承認が得られれば、玄関にモニター付きインターホンを設置できることもある。

住まいの機能として、外部からの侵入を防ぐということも求められる。モニター付きインターホンが普及してきたのは、住む人の安全に配慮した結果だろう。上手に活用したいものだ。

●関連サイト
日本トレンドリサーチ共同調査「家に欲しい設備」についてアンケート結果
ロゴスホーム

水害対策で注目の「雨庭」、雨水をつかった足湯や小川など楽しい工夫も。京都や世田谷区が実践中

2015年に閣議決定された国土形成計画をきっかけに、グリーンインフラという言葉が広く知られるようになりました。グリーンインフラとは、自然環境が持つ機能を社会におけるさまざまな課題解決に活用しようとする考え方です。雨水を利用する「雨庭(あめにわ)」は、グリーンインフラの取り組みのひとつとして注目されています。近年、雨庭を設置する自治体や雨水を利用する仕組みを建物に導入する建設会社も現れてきました。多発する豪雨などによる都市型洪水が問題視されていますが、その減災の取り組みとしても注目されている雨庭。一体どのようなものなのでしょうか?

都市化や気候変動によるゲリラ豪雨で、都市型洪水が増えている

近年、気候変動に伴う異常気象が引き起こす大型台風やヒートアイランド現象等の自然現象が深刻になり、ゲリラ豪雨も問題になっています。処理できない水があふれ、マンホールを吹き飛ばすニュースの映像が印象に残っている人も多いのではないでしょうか。都市型洪水を減災する取り組みのひとつが雨庭(あめにわ)です。地上に降った雨をそのまま下水道に流れないよう受け止め、ゆっくり浸透を図る仕組みを持たせた植栽空間を指します。

近年、局地的に短時間で降る激しい豪雨、ゲリラ豪雨が多発している(イメージ写真)(PIXTA)

近年、局地的に短時間で降る激しい豪雨、ゲリラ豪雨が多発している(イメージ写真)(PIXTA)

2022年6月3日には、東京をはじめ首都圏で、1日に2度のゲリラ豪雨が発生。夕方には電車が遅延し、帰りの足に影響が出て、ツイッター上では、「ゲリラ豪雨」がトレンド1位に(イメージ写真)(PIXTA)

2022年6月3日には、東京をはじめ首都圏で、1日に2度のゲリラ豪雨が発生。夕方には電車が遅延し、帰りの足に影響が出て、ツイッター上では、「ゲリラ豪雨」がトレンド1位に(イメージ写真)(PIXTA)

九州大学大学院 環境社会部門流域システム工学研究室の田浦扶充子さんに、雨庭の成り立ちを伺いました。

「地面がアスファルトで舗装された都市では、雨水は地面に浸透せずに、雨水管や水路を経由して河川に放流されます。一時的な豪雨で、雨水が流入するスピードが、河川へ排水されるスピードを上回ると、雨水管が満管になり、水路や排水溝から水があふれる都市型洪水が起こります。都市化が進んだことによって、雨が浸透できる緑地や田畑などが減ったため、雨水管へ流れ込む雨の量が増えていることが主な原因といわれています。早くから下水道を整備した都心部などでは、雨水と家庭からの汚水を1本の下水管で流す合流式下水道という方式をとっている地域もあります。そのような地域では、豪雨の際にすべての下水(汚水と雨水)を下水処理場で処理できなくなり、河川へ未処理状態の下水が流れ出ることもあり、それによる河川水質への影響も懸念されています」

つまり、マンホールを吹き飛ばしたのは、下水道管からあふれた下水。都市型洪水を防ぐためには、雨天時に雨水管に入る雨の量を減らす必要があります。敷地内に水が浸透できる場所を増やし、降った雨水を敷地内で処理する必要があるのです。

アイデアがいっぱい! 個人宅につくった「あめにわ憩いセンター」

島谷幸宏教授(現熊本県立大学所属)が中心となり、2016年に福岡の河川工学等の研究者らや建築士などによるあまみず社会研究会を立ち上げ、流域抑制技術の研究を行ってきました。島谷教授が提唱したのは、「あまみず社会」という雨水を色々な場所で浸透させたり、利用することで、有機的に成り立つ社会。一般の人に雨水浸透や利用について興味を持ってほしいとの思いから、造園や建築の専門家と協力し、住宅の敷地内の雨水を処理するための技術開発を行ってきました。そのひとつが雨庭です。雨庭で雨水を敷地内に貯留し、ゆっくりと地面に浸透したり蒸発させたりすることで水害を予防しながら、水が循環する社会に。ヒートアイランド現象の緩和にもつながります。

透水性のないアスファルト舗装に対し、庭や畑、森など土が表出している場所は雨水が浸透する量が多い(画像提供/あまみず社会研究会)

透水性のないアスファルト舗装に対し、庭や畑、森など土が表出している場所は雨水が浸透する量が多い(画像提供/あまみず社会研究会)

もともと日本では、ずっと昔から、雨庭のような機能を意識した庭園が造られており、敷地の中で上手に雨水を貯め、植物や生物の生育環境、生活用水としても活かしてきました。アメリカでグリーンインフラ整備が進むにつれ、2010年ころには、レインガーデンが、ニューヨーク市内の歩道につくられはじめました。日本庭園の枯山水やレインガーデンを参考に、島谷教授と志を共にする京都大学の森本幸裕名誉教授により、このような仕組みを近代都市の中に取り入れようと誕生したのが、日本の雨庭です。

築50年の民家の敷地内に設けたあめにわ憩いセンターの雨庭は、一見、普通の庭と変わりません。しかし、かなりの豪雨「対象降雨(※)」の場合に敷地全体に発生する雨水の量に対して敷地外への流出を80%も抑制できるというから驚きです。
※2009年7月九州北部豪雨時に観測された、総降雨量198mm・約6時間(最大時間雨量105mm/h)の雨量。

あめにわ憩いセンターには、雨水を利用するさまざまな仕組みがある(画像提供/あまみず社会研究会)

あめにわ憩いセンターには、雨水を利用するさまざまな仕組みがある(画像提供/あまみず社会研究会)

屋根から取水した雨水を6つのかめに貯め、利用する(画像提供/あまみず社会研究会)

屋根から取水した雨水を6つのかめに貯め、利用する(画像提供/あまみず社会研究会)

「雨庭づくりでは、雨が地面に浸み込む力が弱ければ、必要であれば、砂や腐葉土を土に混ぜて浸透速度を調整します。あめにわ憩いセンターは、もともと庭に植物が多く、雨が浸みこみやすい土でした。そこで、従来、屋根から縦樋を通って雨水桝(ます)、それから公共雨水菅へつながっていた連結を途中で切り、敷地内で雨水を貯水、利用し、また土に浸透させて、できるだけ敷地外へ雨水を流出させないようにしました」(田浦さん)

集めた雨水を竹筒から流して庭に小川のような水場をつくる(画像提供/あまみず社会研究会)

集めた雨水を竹筒から流して庭に小川のような水場をつくる(画像提供/あまみず社会研究会)

鎖樋(くさりとい)という鎖状になった樋に雨水を伝わせて、樽に溜まる仕掛け(画像提供/あまみず社会研究会)

鎖樋(くさりとい)という鎖状になった樋に雨水を伝わせて、樽に溜まる仕掛け(画像提供/あまみず社会研究会)

屋根から水がめに貯留した雨水を沸かして足湯ができるユニークな工夫も。2020年まで一般開放され、地域の人に親しまれていました。

雨水タンクに貯めた雨水を太陽光発電で温め足湯を楽しむ(画像提供/あまみず社会研究会)

雨水タンクに貯めた雨水を太陽光発電で温め足湯を楽しむ(画像提供/あまみず社会研究会)

全国に広がる雨庭。民間企業や自治体で取り組みが進む

グリーンインフラへの関心が高まるなか、鹿島建設では、一部の建物に雨水利用システムで蓄えた雨水をトイレの洗浄水に用いるほか、災害時の非常用水として利用するシステムを開発。地面には、雨が浸み込む透水性舗装を取り入れ、都市型洪水の防止に取り組んでいます。竹中工務店は、一部のマンションに、屋上雨水を地下ピットに一次貯留し、ろ過処理した後に植栽散水やトイレの洗浄水として利用するシステムを採用。緑化した屋上に畜雨できる三井住友海上駿河台ビル(東京都千代田区)は、雨水活用の先駆けとして話題になりました。

全国の自治体でも、グリーンインフラ整備が進められ、雨庭をまちづくりに取り入れる動きが出ています。
世田谷区役所土木部豪雨対策・下水道整備課に取り組みを伺いました。

「世田谷区(東京都)では、かねてより豪雨対策の一環として、河川や下水道などに雨水が流れ込む負担を軽くする流域対策を推進しています。グリーンインフラについては、社会的な関心が高まる前から、流域対策の強化の新たな視点として、持続的で魅力あるまちづくりのために取り入れてきました」(世田谷区役所土木部豪雨対策・下水道整備課)

世田谷区立保健医療福祉総合プラザ(うめとぴあ)のレインガーデン。左は、雨水を一時的にため込む保水性竪樋(じゃかご樋)。伝わった水が花壇へ導かれる(画像提供/世田谷区役所)

世田谷区立保健医療福祉総合プラザ(うめとぴあ)のレインガーデン。左は、雨水を一時的にため込む保水性竪樋(じゃかご樋)。伝わった水が花壇へ導かれる(画像提供/世田谷区役所)

グリーンインフラの考え方を取り入れた施設である「世田谷区立保健医療福祉総合プラザ(うめとぴあ)」のほか、公園や道路などさまざまな公共施設で、グリーンインフラの考え方を取り入れた流域治水の取り組みがなされているとのことです。また公共施設だけでなく、区内の土地利用の約7割を占める民有地での取り組みを推進するため、民間施設を建築する際に、貯留、浸透施設の設置をお願いしているそうです。

また、京都府京都市でも雨庭の整備が進められています。京都市情報館建設局みどり政策推進室に伺いました。

「グリーンインフラの考え方を取り入れながら、市民の方々が身近に接することのできる歩道の植樹帯において、京都の伝統文化のひとつである庭園文化とともに触れていただけるものとして、雨庭の整備を進めています」(京都市情報館建設局みどり政策推進室)

2017年度に京都市として初めての雨庭を四条堀川交差点南東角に整備し、2021年度末までに合計8カ所の雨庭が完成しました。2022年度は、2カ所の雨庭を整備する予定です。

東山二条交差点南東角の雨庭は、背景にある妙傳寺と一体感のある空間に設えている(画像提供/京都市情報館)

東山二条交差点南東角の雨庭は、背景にある妙傳寺と一体感のある空間に設えている(画像提供/京都市情報館)

四条堀川交差点北西角(南側)に2019年に整備された雨庭。京都の造園技術を活かし、貴船石をはじめとする地元を代表する銘石を織り交ぜた庭園風(画像提供/京都市情報館)

四条堀川交差点北西角(南側)に2019年に整備された雨庭。京都の造園技術を活かし、貴船石をはじめとする地元を代表する銘石を織り交ぜた庭園風(画像提供/京都市情報館)

道路の縁石の一部を穴あきのブロックに据え替えて、車道上に降った雨水も雨庭の中に集水し、州浜(すはま)で一時的に貯留し、ゆっくり地中に浸透させる(画像提供/京都市情報館)

道路の縁石の一部を穴あきのブロックに据え替えて、車道上に降った雨水も雨庭の中に集水し、州浜(すはま)で一時的に貯留し、ゆっくり地中に浸透させる(画像提供/京都市情報館)

講習会で雨庭を体験。「自分でつくってみたい!」という声も

あまみず社会研究会や東京都世田谷区、京都市のそれぞれが、一般の市民へ雨庭普及のための講習会やワークショップなどを行っています。

あまみず社会研究会の代表でもある島谷教授が熊本県立大学に就任し、プロジェクトリーダーを務める流域治水を核とした復興を起点とする持続社会 地域共創拠点を創設しました。雨庭の認知拡大に取り組んでいる研究員の所谷茜さんは、「体感してもらうことが大切」と言います。

「高校でワークショップをしたとき、『思ったより、水が土に浸透するスピードは速いんだ!』と驚きの声が生徒からあがりました。実感していただき、雨庭への理解を深めてもらいたいですね」(所谷さん)

民家に雨庭をつくっている様子。建物から1.5m離して窪地をつくり、この事例では腐葉土等を入れ微生物の動きを活発にすることで浸透性を高めた。1時間100ミリの雨を想定し、17平米の屋根に対し、2平米の雨庭をつくり、雨水が敷地外に流出する量を約40%カット。費用は2万円ほど(画像提供/緑の治水流域研究室)

民家に雨庭をつくっている様子。建物から1.5m離して窪地をつくり、この事例では腐葉土等を入れ微生物の動きを活発にすることで浸透性を高めた。1時間100ミリの雨を想定し、17平米の屋根に対し、2平米の雨庭をつくり、雨水が敷地外に流出する量を約40%カット。費用は2万円ほど(画像提供/緑の治水流域研究室)

世田谷では、“環境共生・地域共生のまちの実現”を目指し、市民主体による良好な環境の形成及び参加・連携・協働のまちづくりを推進する(一財)世田谷トラストまちづくりによって、個人宅でもできる雨庭づくりの普及を進めています。2020年に、NPO法人雨水まちづくりサポートの協力を得ながら、区内の産官民学連携で、区立次大夫堀公園内里山農園前に雨庭を手づくり施工。この取り組みをきっかけに、住宅都市世田谷で市民の小さな実践をつなげて人口92万人が取り組むグリーンインフラとして「自分でもできる雨庭づくり」の3つの視点(1. 個人宅でも実践しやすい 2. 目に見える楽しさや魅力がある 3. 生物多様性の向上につながる)を整理しました。

個人宅での雨庭における雨の流れイメージ図。竪樋(たてどい)から塩化ビニル管に流れて来た雨水を、建物基礎から離して雨庭に放流。オーバーフローした水は、導水路から雨水は雨水排水桝へ(画像提供/NPO法人雨水まちづくりサポート理事長神谷博さん)

個人宅での雨庭における雨の流れイメージ図。竪樋(たてどい)から塩化ビニル管に流れて来た雨水を、建物基礎から離して雨庭に放流。オーバーフローした水は、導水路から雨水は雨水排水桝へ(画像提供/NPO法人雨水まちづくりサポート理事長神谷博さん)

区立次大夫堀公園内里山農園前に雨庭を手づくり中。雨が降った日を観察し、その雨水の流れに沿って、園路沿いに土を掘り、窪地をつくる(画像提供/世田谷トラストまちづくり)

区立次大夫堀公園内里山農園前に雨庭を手づくり中。雨が降った日を観察し、その雨水の流れに沿って、園路沿いに土を掘り、窪地をつくる(画像提供/世田谷トラストまちづくり)

窪地に砂利等を敷き詰め、植栽を配し雨庭が完成した(画像提供/世田谷トラストまちづくり)

窪地に砂利等を敷き詰め、植栽を配し雨庭が完成した(画像提供/世田谷トラストまちづくり)

世田谷トラストまちづくりでは、2021年度より「世田谷グリーンインフラ学校~自分でもできる雨庭づくり」の企画運営を区より委託を受け実施。グリーンインフラや雨庭等を体系的に学び、演習フィールドにおいて手づくりで施工する市民向けの講座です。定員15名のところ、区内外から60名もの応募がありました。「水の循環を知りたい」「暮らし、地域に取り入れたい」「ガーデニングに取り入れたい」との声が寄せられたそうです。グリーンインフラの取り組みをはじめて3年目になり、「雨庭をつくりたい。どうしたらいいか」と区民からの問合せも増えています。

グリーンインフラ学校の風景。グリーンインフラや雨水、植物などを体系的に学びながら、グループにわかれてディスカッション。最終的に雨庭を手づくり施工する(画像提供/世田谷トラストまちづくり)

グリーンインフラ学校の風景。グリーンインフラや雨水、植物などを体系的に学びながら、グループにわかれてディスカッション。最終的に雨庭を手づくり施工する(画像提供/世田谷トラストまちづくり)

京都市でも、市民から緑を増やしたい場所として多くの声が寄せられている道路に雨庭の整備を進め、管理に参加してもらうボランティアを募集するなど雨庭の普及に努めています。

都市での暮らしでは、ふだん、水の流れは見えず、洪水が起こってから「水は怖い」と感じてしまいます。「昔は、雨が土に浸みこんで地下水となり、または蒸発して再び雨になるという実感がありました。雨水を楽しく使いながら水の循環を知ってもらいたいです」と田浦さん。身近に広がる雨庭は、グリーンインフラを整えるだけでなく、緑や水場のある景観を生み出し、心の豊かさにもつながりそうです。

●取材協力
・あまみず社会研究会
・世田谷区役所
・一般財団法人世田谷トラストまちづくり
・京都市情報館

台湾女子の一人暮らしin西荻窪。インテリアやライフスタイルにも個性あり!

エッセイスト柳沢小実が、気になる人のお部屋と暮らしをのぞきにいくシリーズ。第2回目は、台湾・高雄出身で東京在住の郭晴芳(ハル)さんのご自宅へお邪魔しました。

ハルさんは台湾の大学を卒業した後、約15年前に日本の大学院に留学してそのまま就職。現在は、カルチャー系ウェブメディアを運営する会社でプロデューサーをしています。コロナ禍前は日本国内や台湾中を飛び回る日々を送っていました。この数年でどのような変化があったのでしょうか。

Instagramで知り合ってはや数年。最もアクティブな友人

母国語である中国語に加えて日本語も堪能なハルさんは、アジアのクリエイティブシティガイドのディレクターをはじめ、コンテンツ制作やイベントの企画、プロモーション全般も担う、“ひとり広告代理店”のような人。

会社経由のみならず個人でも仕事を受けていて、2021年に高円寺の銭湯「小杉湯」で行われた台北の温泉博物館「北投温泉博物館」のプロモーションイベント、「歡迎光臨 小杉湯的台湾北投」も話題になりました。このイベントでは、台湾のアイテムが購入できるマーケットやトークイベント、ライブ、台湾映画の上映などが行われて大好評。こんこんと湧き出る好奇心と柔軟な発想力、センスの良さで、ますます仕事の幅を広げています。
私とハルさんの出会いは、6年以上前にInstagram経由で私が声をかけたこと。そこから仲良くなり、日本や台湾で頻繁に会うようになりました。もしかすると、家にこもりがちな私といちばん遊んでくれている人かも。遊ぶとはいっても、たいてい散歩して古道具屋や喫茶店に一緒に入るくらいで、あとはイベントに行ったり、ごはんを食べたり。そしてたまに、お互いの家でご飯や梅酒をつくったりしています。

台湾に住むハルさんの友人が二人宛の荷物を私のところに一緒に送ってくれたので、取材で会うついでにハルさん宅にお届け(写真撮影/相馬ミナ)

台湾に住むハルさんの友人が二人宛の荷物を私のところに一緒に送ってくれたので、取材で会うついでにハルさん宅にお届け(写真撮影/相馬ミナ)

形にとらわれない身軽な暮らしぶりは学ぶところが多く、いつか彼女の暮らしや考え方を紹介したいとずっと思っていました。

西荻窪の、繁華街と住宅地の間にある古いマンションに住む

ハルさんの自宅は、西荻窪駅(東京都杉並区)からほど近いところにある築50年ほどのマンション。商店街と住宅地の境目に立つ、愛らしい建物です。部屋の間取りは1Kで、広さはゆったりとした一人暮らしサイズの約39平米。もともとは3部屋が縦に連なるつくりでしたが、リフォームによって2部屋に変えられていて、DKと寝室+リビングとしてゆるやかにゾーン分けできる、住みやすそうな、いい間取りです。

縦に連なる二部屋は、もともとはめてあった間のドアを外して広々と(写真撮影/相馬ミナ)

縦に連なる二部屋は、もともとはめてあった間のドアを外して広々と(写真撮影/相馬ミナ)

ベッドははじめ窓辺に置いていたけれど、朝明るすぎたためにソファと置き替え(写真撮影/相馬ミナ)

ベッドははじめ窓辺に置いていたけれど、朝明るすぎたためにソファと置き替え(写真撮影/相馬ミナ)

ここは日本に来てから5軒目の部屋。最初は日本語学校の寮、その後は荻窪、阿佐ヶ谷、西荻窪、そしてまた今回の西荻窪。ずっと中央線沿線に住んでいます。

「古いものや、古いマンションが好き。新しい物件は間取りが似たり寄ったりだけど、この部屋は間取りがオープンで、フレキシブルに使えるのがいい。それが古い物件が好きな理由です。当初は角部屋を探していましたが、そうでなくても二面に窓があって明るいです。
押し入れはクローゼットにリフォームされていて使いやすいですし、キッチンとトイレのタイルや壁の色も、入居時に自分で好きなものを選ぶことができました。

駅から近いと周辺がにぎやかだけど、ここは商店街の端の住宅地に入るところだから静か。窓を開けても外から見えないので、ベランダを縁側のように使っています」

築年数が経っている物件は、建物はレトロで愛らしい一方で、室内は水まわりを中心にこざっぱりとリフォームされていることも。管理状態が良い物件を選べば、同じ予算で築浅物件より駅近や広い部屋に住めたりするケースもあり、メリットも大いにあります。

カメラマンの友人とDIYでつくったキッチンカウンター(写真撮影/相馬ミナ)

カメラマンの友人とDIYでつくったキッチンカウンター(写真撮影/相馬ミナ)

岡山出身の陶芸家・加藤直樹さんの急須(写真撮影/相馬ミナ)

岡山出身の陶芸家・加藤直樹さんの急須(写真撮影/相馬ミナ)

好きで選んだものを使うのが、とびきり嬉しい(写真撮影/相馬ミナ)

好きで選んだものを使うのが、とびきり嬉しい(写真撮影/相馬ミナ)

ハルさんは、コロナ禍のかなり早い時期に完全テレワークになりました。本社オフィスも早々になくなったため、全く出社せず自宅で働く形態に。生活環境の向上のために、広い部屋に引越したり、東京を離れた同僚もいて、自身も同じ西荻窪内で引越しをしました。

新しい部屋を一からつくるのはやはり心躍るもので、友人に手伝ってもらってキッチンのカウンターを製作したり、古い家具を探してインテリアの配置を考えたり、これまでは苦手でほとんどしていなかった料理に挑戦したり(台湾では外食文化が発達していて、特に都市部に暮らす若い世代は自宅で料理をつくる習慣がほとんどないのです)。ずっと外での楽しみがあったのが180度転換して、家で過ごすことが楽しく思えてきたそうです。

家にいるときはソファで仕事をしたりすることも。お気に入りの場所(写真撮影/相馬ミナ)

家にいるときはソファで仕事をしたりすることも。お気に入りの場所(写真撮影/相馬ミナ)

外食メインだったのが、毎日一食は自炊するように

ハルさんの本棚は、同年代のカルチャー好きな日本人とほぼ一緒。また、作家ものの雑貨やうつわ、洋服などが好きで、インテリアにエスニックなテイストを取り入れるのも上手。〇〇系とくくれないところに、個性が出ています。

「考えずに置いているだけ」が、いい塩梅に(写真撮影/相馬ミナ)

「考えずに置いているだけ」が、いい塩梅に(写真撮影/相馬ミナ)

絵本作家の友人渡邊知樹さんの絵が描かれた紙袋などが無造作に掛けられている(写真撮影/相馬ミナ)

絵本作家の友人渡邊知樹さんの絵が描かれた紙袋などが無造作に掛けられている(写真撮影/相馬ミナ)

「ものを直感で選ぶから、どんどん増えています。買うときに、家に合うかは考えない。無機質な質感のものが苦手で、基本的に古いものが好き。クリエーターの友達の作品や、海外のものに惹かれます」

ハルさんのものの選び方は、ミニマリスト寄りで引き算系、使い道や収納まであらかじめ熟考しないと手に取れない私にとっては、ただただ羨ましい。頭で考えすぎずに、偶然性を楽しんでいてとても素敵です。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

そんなハルさん、コロナ前は台湾の同年代の友人たちと同様に、家で料理をほとんどしていませんでした。それが、コロナ禍で数年間台湾に帰れなくなったために、恋しい台湾料理を自分でつくるようになり、おうち時間も楽しむ人に大変身。好きなうつわを使いたくて、毎日昼か夜のどちらかは家でつくって食べる生活になったそうです。台湾の屋台料理の鹽酥鶏(鶏のから揚げと素揚げした野菜にスパイスをかけた料理)をつくってもてなしてくれたこともありました。

「二食も外食するとお金がかかるので、一食は自炊してもう一食は外というサイクルになりました。夜は家で食べることが多くなったかな。放っておいても料理がつくれる台湾の電気調理器、“電鍋”を買おうかと思っています」

ほとんど出しっぱなし、そこがいい(写真撮影/相馬ミナ)

ほとんど出しっぱなし、そこがいい(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

入居時に選んだスモーキーなブルーのタイルが効いている(写真撮影/相馬ミナ)

入居時に選んだスモーキーなブルーのタイルが効いている(写真撮影/相馬ミナ)

とにかく西荻窪の街が好き。お店を家のように使っています

「引越してから自宅に置くワークデスクを探していた時に、家の目の前のカフェで仕事ができると知りました。お茶代だけでコワーキングスペースを利用できて、オンライン用の打ち合わせ空間も用意されているので、今は週3日くらいそこで仕事をしています。
リモート生活になってから、これまで以上にオンとオフの切り替えをしなくなりました。仕事と仕事の合間に好きなことをしていて、もちろんその逆もあります。西荻窪はお店が多いから、お昼時になったら外に出て、お店でごはんを食べてそのまま外で仕事をしたり、おにぎりを買ってきたり。フレキシブルに暮らせる街です」

台湾のデザート“愛玉子(オーギョーチ)”をその場でつくってふるまってくださいました(写真撮影/相馬ミナ)

台湾のデザート“愛玉子(オーギョーチ)”をその場でつくってふるまってくださいました(写真撮影/相馬ミナ)

種子を水の中で揉むとゼリー状に。甘酸っぱいシロップをかけていただきます(写真撮影/相馬ミナ)

種子を水の中で揉むとゼリー状に。甘酸っぱいシロップをかけていただきます(写真撮影/相馬ミナ)

西荻窪は、喫茶店や小さな飲食店がひしめく街。自然と繰り返し通う店ができて、お店の人とのコミュニケーションも楽しい。人のあたたかみと優しさを感じます。

台湾の人は、職場の近くや都会に住むことを好み、外に開いているイメージです。喫茶店で息抜きしたり、近くの店をオフィスのように利用したり、内と外の使い分けがとても上手。家の延長に街があって、街の中に家がある。だから、住宅地にばかり住んできて、内と外を明確に線引きして考えがちな私にとって、彼女の視点はとても新鮮でした。

●西荻窪のお気に入りのお店
・オーケストラ(カレー)
・どんぐり舎(喫茶)
・FALL(雑貨) 毎週展示が変わります

一人掛けのソファが特等席(写真撮影/相馬ミナ)

一人掛けのソファが特等席(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

ハルさんはコロナ禍を経て、住まいの基準や条件が大きく変わったといいます。出勤がなくなったこともあり、利便性以上に広さや環境を重視するように。家賃も高いので、将来的には都心から1~1.5時間くらいのエリアで二拠点生活をすることも考えているそうです。

私のまわりでも、都市部から離れる人や二拠点生活をする人が年々増えています。暮らしや働き方、住まいに対する価値観の変化は、この先新しいかたちになることはあれ、元には戻らないのではないでしょうか。私自身は持ち家なので簡単に居住地を変えることはできませんが、それでも暮らし方をアップデートし続けたいという気持ちは持ち続けていて。まずは、ハルさんのように直感を大切にして、心の声に素直になってみます。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
ハルさん
Instagram @patsykuo
『日青糸且HARU GUMI』@haru__gumi

クラファン・DIYで国際基準のサッカー場が誕生! 民設民営「みんなの鳩サブレースタジアム」で地域はどう変わった? 鎌倉

2021年10月、湘南モノレール湘南深沢駅前に観客席200席の人工芝スタジアムが誕生しました。その名も「みんなの鳩サブレースタジアム」。神奈川県社会人リーグに所属する鎌倉インターナショナルFCの本拠地ですが、サッカーに限らず、さまざまなイベントが行われたり、周辺のお子さんや高齢者が散歩に訪れたりと、地域の人たちの憩いの場所にもなっています。このスタジアム、なんと補助金などの公的資金が一切入っていない完全なる民設民営、有志によるDIYなのです。スタジアムができたワケ、地域にもたらす影響を取材しました。

国際基準のサッカーコート。フットサルやヨガの場所としても

「みんなの鳩サブレースタジアム」があるのは、神奈川県鎌倉市の湘南モノレール湘南深沢駅を降りてすぐの場所。広大な土地の一角に人工芝が敷かれ、照明とネットが設置された国際基準サイズのサッカー場です。サッカーチーム「鎌倉インターナショナルFC」のホームスタジアムとして週末にホームゲームが行われているほか、少年サッカー大会やグラウンドゴルフ、フラ、ヨガ教室が行われたり、ときには保育園の子どもたちへ無料開放されているといいます。

湘南モノレール湘南深沢駅から「鳩スタ」をのぞみます(写真提供/Kazuki Okamoto(ONELIFE))

湘南モノレール湘南深沢駅から「鳩スタ」をのぞみます(写真提供/Kazuki Okamoto(ONELIFE))

手づくり感はありつつ、デザインが洗練されていてスマートに見えます(写真提供/DAN IMAI)

手づくり感はありつつ、デザインが洗練されていてスマートに見えます(写真提供/DAN IMAI)

無料開放時の様子。屋外+芝生ってほんとうに気持ちがいいですね(写真提供/マルサ写真)

無料開放時の様子。屋外+芝生ってほんとうに気持ちがいいですね(写真提供/マルサ写真)

「『みんなの鳩サブレースタジアム』という名前がついているので、鳩サブレーで有名な豊島屋さんが運営していると思われることもあるんですが、豊島屋さんにはネーミングライツを買っていただいて、スポンサーとして支援していただいています。スタジアム自体は、自分たちでつくったスタジアムなんですよ」と話すのは鎌倉インターナショナルFCで代表を務める四方健太郎さん。現在はシンガポール在住で海外研修事業を営む企業を経営しつつ、鎌倉にサッカークラブとスタジアムをつくろうと呼びかけた、仕掛け人です。四方健太郎さんは横浜市出身、縁あってインターナショナルなサッカークラブをつくりたいと思いたち、鎌倉インターナショナルFCを創設。さらに、スタジアムまでつくってしまった行動の人です。

スタジアムが誕生したのは昨年10月ですが、1年間での来場者数は約20万人を超えるなど、1年で多くの人が集う場所になりました。広い場所、なかでも芝生がある場所というのは心躍るもの。子どもたちは自然と走り出し、ゴルフで腕をならした高齢者も昔を思い出して、元気に運動をするようになるのだとか。四方さんは、この光景を見て「芝生で子どもたちが走りまわったり、おじいちゃん・おばあちゃんたちと遊んだりする光景って無条件に正義だなって、これがDNAなんだなって感動した」と話します。

「今年8月には手づくりで、『みんなの「TRY!」でつくる「鳩スタ祭」』というイベントを開催しました。キッチンカー5台に出店してもらったほか、くじ引きやチアリーディング、キッズボール体験、音楽ライブを行いました。来場人数も読めないし、何をやったらいいか手探りのなかでしたが、1日で2000人以上が来場するなど大盛り上がりでした。まだ1年足らずですが、地域のみなさんに愛される場所になりつつあるなあと思いました」といいます。

今年、夏に実施された鳩スタ祭の様子。定番になっていくといいな……(写真提供/マルサ写真)

今年、夏に実施された鳩スタ祭の様子。定番になっていくといいな……(写真提供/マルサ写真)

立ちはだかったのは資金難、そして地域を守る条例……

「天然の要塞」ともいわれる鎌倉は海と山に挟まれ、平坦な土地が少ない地勢です。そのためスポーツ環境に乏しいほか、現代的なスポーツ施設は鎌倉の街並みにふさわしくない、という意見があるといいます。また鎌倉市中心部とはやや離れた湘南モノレール沿線は、住宅街や工場も多いエリアです。湘南深沢駅前には広大な土地が広がっていますが、実はこの場所、再開発事業が持ち上がっては立ち消えて現在に至るという、いわゆる“ワケありの場所”。そもそも、どうしてこうした難ありな「鎌倉」にスタジアムをつくろうと思ったのでしょうか。

湘南深沢駅徒歩すぐ。駅前一等地にあります(写真撮影/嘉屋恭子)

湘南深沢駅徒歩すぐ。駅前一等地にあります(写真撮影/嘉屋恭子)

「鎌倉インターナショナルFCというサッカーチームをつくったのは約5年前。大企業のような後ろ盾もない社会人クラブチームとしては当然ながら、自分たちのホームグラウンドなどありません。常識から考えればスタジアムをつくろうなんて発想にはならないんですが、『スタジアムのような“場”ができたら、潮目が変わるよね』とずっと考えていたんです」と四方さん。

「今、私が暮らしているシンガポールには、『アワー・タンピネス・ハブ』というスタジアムやプール、アリーナ、商業施設、行政機関などが入った複合施設があるんです。アワーハブ(Our hub)、つまりみんなの中核ということなんですが、スポーツだけでなく多くの人が集まる場所っていいなと思っていて。みんなが集える場所がほしい、スタジアムがあったら地域が変わると感じ、『みんなのスタジアム』を思い描いたんです」と話します。

みんなのスタジアム構想のもとになったアワー・タンピネス・ハブ(写真提供/鎌倉インターナショナルFC)

みんなのスタジアム構想のもとになったアワー・タンピネス・ハブ(写真提供/鎌倉インターナショナルFC)

「スタジアムができたら“何か”が動き出す」と、失礼を承知でいえば、「あったらいいな」という「ぼんやりとした夢」だったわけですが、この突飛子もない発想が、鎌倉やスポーツを愛する多くの人を巻き込んでいきます。

ただ、スタジアムをつくるといっても、何から何まで課題だらけ。特に資金、土地の契約、そして鎌倉市特有の条例、この3つが大きく立ちはだかったといいます。

「スタジアムをつくる仲間として、鎌倉出身でまちづくりプロジェクトの経験がある堀米剛が加わり、一般社団法人鎌倉スポーツコミッションを設立。二人で金融機関をまわって約1億円の資金集めに奔走しましたが、当然ながら融資はおりませんでした。ただ、鎌倉在住の投資家の方からの申し出があったり、1口3万円のクラウドファンディングで3000万円を達成したことにより、『スタジアムができたらいいな』が『本当にできる!』に風向きが変わっていきました」といいます。

堀米さんという、地域の実情を知っていて、なおかつまちづくりに知見がある仲間が増えたことで、地権者との契約、行政との条例の折衝などもひとつずつ進展。コロナ禍もあり、なかなか工事も進みませんでしたが、2021年に着工、同年10月にお披露目となりました。かかった総工費は1億8800万円、ほかにもスポンサーや基金を活用して、行政からの補助金や金融機関の融資に頼らない、日本で唯一の『民設民営』がスタジアム完成しました。

草刈りの様子。ほんとにみんなでつくったんですね……(写真提供/マルサ写真)

草刈りの様子。ほんとにみんなでつくったんですね……(写真提供/マルサ写真)

鎌倉のスタジアムから、日本の閉塞感を打破したい

「スタジアムは低予算でつくったので、あちこち手づくり感満載です(笑)。芝刈りや土地の整備などはできるところは自分たちでやりました。人工芝にはゴムチップが撒いてあるところが多いんですが、健康や環境への負荷を考えて砂に。受付などはグランピングで使われるドーム型テントを配置しました。利用者からはトイレがきれいだと言われることが多いんですが、練習後に選手たちが掃除をしたり、練習のない日は地元の企業に清掃に入ってもらっているんですよ」と四方さん。

人工芝を敷設しているところ。人工芝ってこうやって敷くんだ……(写真提供/鎌倉インターナショナルFC)

人工芝を敷設しているところ。人工芝ってこうやって敷くんだ……(写真提供/鎌倉インターナショナルFC)

現在はスタジアム利用料、スポンサー料、イベント開催時の入場料、グッズの売上など、あの手この手で稼ぎ、なんとか自走するかたちになったそう。クラブトークンも発行しています。

観客席は200席ほど。筆者が観戦した日は雨天でしたが、40名ほどのファン・サポーターが観戦していました(写真提供/マルサ写真)

観客席は200席ほど。筆者が観戦した日は雨天でしたが、40名ほどのファン・サポーターが観戦していました(写真提供/マルサ写真)

勝った試合のあとは写真撮影。ファンと距離が近いのも魅力です。みんなのスタジアム・みんなのサッカークラブ!(写真提供/マルサ写真)

勝った試合のあとは写真撮影。ファンと距離が近いのも魅力です。みんなのスタジアム・みんなのサッカークラブ!(写真提供/マルサ写真)

「スタジアムの完成から1年、蓋を開けてみればみなさんが喜んでくれて、『スポーツで地域をつなげる場所』になりつつあります。試合を観に来た方たちが毎週会ううちに顔見知りになって一緒に応援するようになったり、シニア向け健康教室に参加していた人と保育園の子どもたちが交流したりなど、鳩スタならではの風景はやっぱり胸にこみ上げるものがあります。でも、人って慣れてくると、サッカーしてBBQしておしゃべりして、が当たり前になってきつつあるんです。いままでは全然ありえなかった光景なんですけどね」と笑います。

コロナ禍であらためて見直されたのが、地域や会社での雑談や井戸端会議ではないでしょうか。用はなくてもおしゃべりすることで、ストレス解消になったり、発見や気付きがあったり。このところ話題になる「独身おじさん友だちいない問題」「中高年孤独問題」ではないですが、地域のなんとなくゆるいつながりがほしいなと思った人は多かったことでしょう。

「やっぱり誰かに会える場所、用がなくても来られる場所って大事なんじゃないでしょうか。スポーツ観戦しているとなんとなく一体感も味わえるし。隣の人とハイタッチしたりとかね。うれしいハプニングというか、何かが起きるワクワク、場があることが大事なんだと思います」(四方さん)

観覧席からの選手が近く、迫力満点。サッカー観戦に慣れていても、びっくりします(写真提供/DAN IMAI)

観覧席からの選手が近く、迫力満点。サッカー観戦に慣れていても、びっくりします(写真提供/DAN IMAI)

10月10日には、「鳩スタ1周年感謝祭」も実施し、集える場所・地域コミュニティとして、早くもフル活用されつつあります。ただ、この事業自体は、将来的に鎌倉市役所移転など本開発がスタートするまでの「暫定利用」のため、今後、スタジアムとして存続できるかどうなるかは不明瞭です。

「将来のことは見通しが立たない部分もありますが、まずは期限まで『地域で必要な場所』にしようと。ここはね、『やってみよう!』を叶える場所にしたいんです。今、日本社会全体が『どうせやれっこない……』『誰が責任とるの……』と消極的になりがちです。鎌倉からこの閉塞感を変えていきたい。日本のどこを探してもなかなか見つからない民設民営のスタジアムができたんです。チャレンジすればできるじゃん、失敗したってまた立ち上がればいい、そんな発信ができたら最高ですね」と四方さん。

四方さんや鎌倉インテルが今、発信しているのは、スタジアムという「場」の良さだけでなく、閉塞感を打破しよう、やればできるという「気骨」なのかもしれません。

●取材協力
みんなの鳩サブレースタジアム
鎌倉インターナショナルFC

役目終えた造船の地・北加賀屋が「現代アートのまち」に。地元企業、手探りの10年 大阪市

「アートによるまちづくり」で大きな成果をあげている場所があります。それが大阪の北加賀屋(きたかがや)。かつては造船景気に沸いたウオーターフロントの街が、役目を終えて沈滞。この10年でアートという新たな航路へと舵を切り、再び浮上したのです。

アートで街全体を彩る大胆な構想を実践したのは、長く地元に根差してきた、「まちの大家さん」ともいえる不動産会社、千島土地株式会社。手探りでアートとまちづくりに向きあってきた10年を振り返っていただきました。

「造船所が去った街」から「アートの街」へと変身

「弊社は不動産会社で、過去にアートにたずさわった経験がなく、『アートでの街づくり』は手探りで進めてきました」

「千島土地株式会社」(以下、千島土地)地域創生・社会貢献事業部の宇野好美さん、福元貴美子さんは、口をそろえてそう語ります。

千島土地地域創生・社会貢献事業部の宇野好美さん、福元貴美子さんと(写真撮影/出合コウ介)

千島土地地域創生・社会貢献事業部の宇野好美さん、福元貴美子さんと(写真撮影/出合コウ介)

明治45年設立の千島土地は、大阪湾に近い木津川沿いの「北加賀屋」地区に約23万平米もの広大な経営地をいだく賃貸事業主。明治時代から昭和の高度成長期にかけて造船所や関連工場などに土地を賃貸し、日本の近代化を支えてきました。

しかし、1980年代に入って産業構造の変化に伴い造船所の転出が進み、北加賀屋は空き工場や空き家が増えていったのです。なかでもとりわけ大きな空き物件が、1988年に退出した「名村造船所大阪工場」の跡地でした。

かつて造船所でつくった船はここから旅立っていったが、船の大型化により浅瀬の木津川では船づくりが難しくなり、九州などに拠点が移っていったという(写真撮影/出合コウ介)

かつて造船所でつくった船はここから旅立っていったが、船の大型化により浅瀬の木津川では船づくりが難しくなり、九州などに拠点が移っていったという(写真撮影/出合コウ介)

宇野「不動産バブルの時代で、広大な土地が返還されるケースが稀だったこともあり、そのままの姿で返還を受けました。しばらくは個人様や企業が所有するボートなどを預かるドックとして機能していました。けれどもバブルが崩壊し、いよいよ使いみちがなくなってしまったんです」

名村造船所跡地(返還時の様子)(写真提供/千島土地株式会社)

名村造船所跡地(返還時の様子)(写真提供/千島土地株式会社)

そういった重工業の集積地である北加賀屋に「アート旋風」の第一陣が巻き起こったのが2004年。「造船所の跡地を表現の場として再活用しよう」という動きが芽吹き始めたのです。

福元「造船所の跡地をアートイベントにお貸ししたら、これがとても好評で。2005年には『クリエイティブセンター大阪(CCO)』として演劇や作品展などにお貸しするようになり、それに伴い弊社もアートに理解を示すようになっていったんです」

千島土地の代表取締役社長である芝川能一(しばかわ よしかず)さんは「アートには街を変える力がある」と確信。2009年に北加賀屋を創造的エリアへと変えていく「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ(KCV)構想」を打ち立てました。

さらに2012年に株式会社設立100周年を迎えるにあたり、記念事業の一環として「一般財団法人おおさか創造千島財団」を創設。これらをきっかけに、千島土地の本格的なアート事業がいよいよ幕を開けたのです。

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

Ben Eineによるウォールアート(写真提供/千島土地株式会社 Photo by keiichi yamamura)

Ben Eineによるウォールアート(写真提供/千島土地株式会社 Photo by keiichi yamamura)

宇野「北加賀屋は、なんばから地下鉄で5駅。大阪の繁華街からめちゃめちゃ離れているわけじゃないんです。けれども以前は、『北加賀屋? それどこ?』と場所を認識してもらえませんでした。『精神的距離がある街』なんて呼ばれて(苦笑)。けれどもアートでの街づくりを始めてから、『北加賀屋、カッコいいよね』というお声をいただくようになったんです」

アートによって街の印象を大きく変えたという北加賀屋。では、造船の街だった北加賀屋は、アートによってどのようにイメージチェンジしたのか、宇野さんと福元さんに実際に街をガイドしていただくとしましょう。

アーティストのために「改装自由」で部屋を貸し出した

千島土地が手がける北加賀屋の「アートで街づくり」には、さまざまな事例があります。まず紹介するのが、2020年から貸し出しが始まった通称「半田文化住宅」。

工房「atelier and, so(アトリエ アンド ソー)」が入居する半田文化住宅外装はタイル貼り。1階部分は好みにペイントしたり飾ったり、2階は元のまま、レトロな雰囲気が残る(写真撮影/出合コウ介)

工房「atelier and, so(アトリエ アンド ソー)」が入居する半田文化住宅外装はタイル貼り。1階部分は好みにペイントしたり飾ったり、2階は元のまま、レトロな雰囲気が残る(写真撮影/出合コウ介)

「文化住宅」とは、主に1950年代~1960年代に建てられた2階建て集合住宅を指す関西の言葉、関東では「モクチン」と呼ばれる場合もあります。一般的にいう「木造アパート」で、それまでの時代は共同だった玄関やトイレなどが各住戸に独立してついており、「文化的」な印象からそう呼ばれるようになりました。イメージは「2階建ての長屋」です。

千島土地はこの半田文化住宅をアーティストやクリエイター向けに、なんと! 「改装自由」「原状回復不要」といった格別な条件で賃貸しているのです。

もともとの借家人の苗字からその名で呼ばれる半田文化住宅は、Osaka Metro四つ橋線「北加賀屋」駅から徒歩わずか1分の好立地にあります。1階に2戸、2階に2戸の風呂なし物件。陶芸家や生き物の標本作家など全戸にアーティストが入居し、ものづくりに励んでいるのです。

とりわけ見違えるほどの改装を施したのが、2020年5月にここへやってきた工房「atelier and, so(アトリエ アンド ソー)」の大浦沙智子さん。大浦さんは「撮影用の背景ボード」をつくるデザインペインター。SNSやフリーマーケットアプリの「映え」には欠かせぬ、今の時代にぴったりな仕事です。

専門であるペイントや、DIYのスキルを活かして、見違えるようにおしゃれな空間になった工房「atelier and, so(アトリエ アンド ソー)」(写真撮影/出合コウ介)

専門であるペイントや、DIYのスキルを活かして、見違えるようにおしゃれな空間になった工房「atelier and, so(アトリエ アンド ソー)」(写真撮影/出合コウ介)

居住はせず、アトリエとして部屋を借りている大浦さん。大きな作業台を必要とする仕事柄、壁を大胆にぶち抜き、広さを確保しました。シャビーシックに色変わりしたこの空間は「水まわりと床以外は建具も含め、ほぼ自分で改装した」というから驚き。さらに2階も借り、ワークショップの会場に使用しています。

ワークショップの会場にもなる2階の作業場(写真撮影/出合コウ介)

ワークショップの会場にもなる2階の作業場(写真撮影/出合コウ介)

宇野「私どもも『ここまで生まれ変わらせていただけるとは』と感動しました」

福元「見事なDIYです。『これがビフォーアフターか!』と見とれましたね」

大浦さんが半田文化住宅を選んだ理由は――。

大浦「隣が空き地だったのが決め手の一つです。空き地のおかげで窓から光が入るのが気に入りました。サンプルの写真がとても撮りやすいんです。この部屋を選ぶ以前は住之江区内のガレージを工房の代わりに使っていました。暗いし、冷暖房はない。夏や冬は大変だったんです。私にとって半田文化住宅は天国ですよ」

この仕事を始める前、塗料の会社で経験を重ねていた大浦さん。独立後、半田文化住宅で気に入ったアトリエを持てたことで、仕事が順調になったそう(写真撮影/出合コウ介)

この仕事を始める前、塗料の会社で経験を重ねていた大浦さん。独立後、半田文化住宅で気に入ったアトリエを持てたことで、仕事が順調になったそう(写真撮影/出合コウ介)

隣接する空き地は、以前は活用されていなかった場所だったのだそう。北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想に共鳴した大浦さんは、フェンスの塗装、芝生の水やりや育成などの空き地の管理にも協力しています。

大浦「部屋の改装はまだ終わってはいません。きっと、これからもずっとどこかをなおし続けていくでしょう。改装というより、『部屋を育てる』感覚なんです」

アーティストが部屋を育て、街の景観を育てる。アートの力で街が育ってゆく。それが北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想の本質なのだろうな、そう感じました。

「住宅そのものがアート作品」という驚きの賃貸物件

居住を可能とする事例なら、2016年に誕生した「APartMENT(アパートメント)」もあります。

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

「APartMENT」は、築古の集合住宅を8組のアーティストやクリエイターのプロデュースによってリノベーションし、再生させるプロジェクト。千島土地が、不動産から設計、工務までトータルでおこなう「Arts & Crafts(アートアンドクラフト)」とタッグを組んでおこなう、「住宅そのものがアート作品」という極めて意欲的な取り組みです。

福元「アーティストに限らず、アートに興味がある人々にも北加賀屋で暮らしてほしい。そのためにも住む場所の提供は弊社の課題でした。『北加賀屋らしい、アートに特化した、特徴のある集合住宅にしよう』と考えて始まったのが、このプロジェクトです。ネーミングとロゴにも『AP“art”MENT』と、アートという言葉が入っているんですよ」

「art(アート)」を内包する住宅、それはまさに北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想の所信表明といえるでしょう。

「APartMENT」には二つのタイプの部屋があります。一つ目は、北棟1階と南棟を使った「toolbox PROJECT(ツールボックス・プロジェクト)」による部屋。

「ツールボックス」とは、「自分らしい家づくり」に必要なアイテムを販売したり、実際にそれらを使用して施工したりするWebショップ。

福元「改装できるギリギリ寸止め状態まで弊社で施工しておいて、『あとの内装は自由にやっていいですよ』『ツールボックスの商品を使用した改装内容については原状回復もしなくていいですよ』という部屋なんです」

二つ目が、北棟の2階より上で展開する「8 ARTISTS PROJECT(エイトアーティスト・プロジェクト)」の部屋。モダンアート、照明作家、造園家、先鋭的なデザイン事務所などジャンルの垣根を越えた8組のアーティストが、オリジナリティあふれる「45平米のアート作品」を生みだしたのです。

なかでもインパクトが絶大なのが、現代美術作家の松延総司(まつのべそうし)さんがつくりあげた「やすりの部屋」。壁紙の代わりに使用しているのは、なな、なんと「紙やすり」! ざらりとした手触りは、住む人によってはクセになること請け合い。壁に貼られた紙やすりは部屋ごとに種類が異なり、「この部屋のやすりは刺激的だぞ」と、五感が研ぎ澄まされてゆきます。

現代美術作家の松延総司さんによる「やすりの部屋」。茶色く変化した部分は、家具が擦れて自然とついた色だそう(写真撮影/出合コウ介)

現代美術作家の松延総司さんによる「やすりの部屋」。茶色く変化した部分は、家具が擦れて自然とついた色だそう(写真撮影/出合コウ介)

宇野「以前の住民が使っていた掃除機のルンバと紙やすりが格闘した跡を、あえて現状のまま残しています。こういった生活の痕跡が引き継がれていくのがおもしろいと思うんです」

こちらは「スキーマ建築計画」による、「足す」のではなく「引く」デザインの部屋。中央奥の押入れは、引っこ抜いたかのように取り払い、収納スペースは畳の下にしまい込んで隠してしまう。「足しがち」な暮らしの固定観念を覆す、住む人の気持ちが反転していくような部屋(写真撮影/出合コウ介)

こちらは「スキーマ建築計画」による、「足す」のではなく「引く」デザインの部屋。中央奥の押入れは、引っこ抜いたかのように取り払い、収納スペースは畳の下にしまい込んで隠してしまう。「足しがち」な暮らしの固定観念を覆す、住む人の気持ちが反転していくような部屋(写真撮影/出合コウ介)

このように前衛的な部屋が並ぶ「APartMENT」は、アートとリノベーションの融合、住人の創造性の誘発といった点が評価され、2017年、大阪市が実施する顕彰事業「第30回 大阪市ハウジングデザイン賞」において「大阪市ハウジングデザイン賞特別賞」を受賞しました。

もとは1971年築の鉄工所社宅。鉄筋コンクリートによるがっしりした構造が、アーティストたちの自由な発想を受け入れています。その様子は、鉄でものづくりをしてきた先人たちが、次世代を築くアーティストたちを応援し、胸を貸しているように見えました。

「近寄りがたい」といわれていた集合住宅が交流の場として甦った

住宅を提供する場合があれば、かつて住宅だった物件を別のかたちに蘇らせたケースもあります。それが「千鳥(ちどり)文化」。

千鳥文化の外観。中央がメインとなるアトリウム。統一されていないごちゃごちゃ感もこの文化住宅ができ、育ってきた歴史を物語っている(写真撮影/出合コウ介)

千鳥文化の外観。中央がメインとなるアトリウム。統一されていないごちゃごちゃ感もこの文化住宅ができ、育ってきた歴史を物語っている(写真撮影/出合コウ介)

「千鳥文化」とは2017年にオープンした文化複合施設のこと。「クリエイターと地域の人々が緩やかに交流するプラットフォーム」をコンセプトに、食堂、商店、バー、ギャラリー・ホール、テナント区画が一堂に会しています。築60年ほどの文化住宅をリノベーションした話題のスポットなのです。

福元「アートイベントのためだけに訪れるのではなく、北加賀屋に滞在してほしい。そんな想いで始まったプロジェクトです。元々千鳥文化と呼ばれていた建物。名前もそのまま承継しました」

旧・千鳥文化は、現在の法律では住居としてありえないアバンギャルドな姿をしており、「近寄りがたい雰囲気だった」といわれています。

家の改造はお手の物だった船大工たちの作業の跡が残る室内(写真撮影/出合コウ介)

家の改造はお手の物だった船大工たちの作業の跡が残る室内(写真撮影/出合コウ介)

宇野「かつての千鳥文化は、造船業に従事していた住人たちが自らの手で増改築を繰り返していました。『もともと平屋だった建物に住民が2階を増築したのではないか』と推測されています。わかっているだけでも5回、大きな改築がなされていますね。どうやって建っているのかすらわからないほど不思議な構造だったんです」

増築に「船の素材が使われていた」など、住んでいた船大工の手によっていびつに表情を変えていったこの文化住宅は、ある意味でアートの街・北加賀屋にぴったり。とてもクリエイティブな文化遺産といえるでしょう。

旧・千鳥文化はのちに空き家となり、解体も検討されました。しかし、「迷路のように複雑化するほど人々の暮らしの痕跡が刻まれている貴重な建物だ。二度と再現できない。更地にしてしまうのはもったいない」と、北加賀屋を拠点に活動する建築家集団「dot architects(ドットアーキテクツ)」の手によって、A棟とB棟で二期に分けてリノベーションを実施。新時代の千鳥文化プロジェクトがスタートしたのです。

宇野「設計図が存在しない難物です。柱の1本1本を測りなおし、できる限り元の古材を残しながらも耐震対策は現行法に基づきしっかりやるという、気が遠くなるような作業から始まりました。完成するまでに3年もの年月がかかりましたね」

dot architectsは千鳥文化も含めた功績が認められ、2021年に建築のアワード「第2回 小嶋一浩賞」を受賞しました。

印象に残るレトロな「TEA ROOM まき」の装飾テントには手を加えず、玄関はガラス張りに改修。再生した施設内は「アトリウム」と呼ばれる吹き抜けの共有スペースがあり、誰でも出入りできます。1階部分はカフェや、展示などを行える空間として、2階部分にはアート作品が飾られており、自由に見学できるのです。

アトリウム奥のカフェ「千鳥文化」(写真撮影/出合コウ介)

アトリウム奥のカフェ「千鳥文化」(写真撮影/出合コウ介)

吹き抜けの2階部分。建物の構造を見るだけでもおもしろい(写真撮影/出合コウ介)

吹き抜けの2階部分。建物の構造を見るだけでもおもしろい(写真撮影/出合コウ介)

2階部分に常設されているのは金氏徹平「クリーミーな部屋プロジェクト」。手前と奥の部屋合わせて一人のアーティストの世界観でつくられている(写真撮影/出合コウ介)

2階部分に常設されているのは金氏徹平「クリーミーな部屋プロジェクト」。手前と奥の部屋合わせて一人のアーティストの世界観でつくられている(写真撮影/出合コウ介)

壁にあいた舟窓の穴からのぞくと隠れている奥の部屋にも現代アートがある遊び心あふれる空間(写真撮影/出合コウ介)

壁にあいた舟窓の穴からのぞくと隠れている奥の部屋にも現代アートがある遊び心あふれる空間(写真撮影/出合コウ介)

元居室の扉には、住民がいたころの紙をぺたっと貼っただけの表札が(写真撮影/出合コウ介)

元居室の扉には、住民がいたころの紙をぺたっと貼っただけの表札が(写真撮影/出合コウ介)

往時は「近寄りがたい」と言われていた建物に今や新鮮な空気が循環し、陽がさんさんと降り注ぐ。「千鳥文化というアート作品」が60年の時を経て、やっと正当に評価されたのでは。そんなふうに思えました。

現代美術作家の巨大作品がずらり並ぶ「生きている倉庫」

続いて案内されたのは、外観だけを見れば、単なる大きな倉庫。実はこの倉庫こそが、北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想が成し遂げた重要な功績の一つなのです。

MASK(マスク/MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)(写真撮影/出合コウ介)

MASK(マスク/MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)(写真撮影/出合コウ介)

扉を開けて、びっくりしない人はいないでしょう。目の前に並んでいるのは、世界に名だたる現代美術作家たちの、巨大な造形作品なのですから。

ヤノベケンジ 作品 左「ラッキードラゴン」、右「サン・チャイルド」(写真撮影/出合コウ介)

ヤノベケンジ 作品 左「ラッキードラゴン」、右「サン・チャイルド」(写真撮影/出合コウ介)

名和晃平 作品「N響スペクタクル・コンサート「Tale of the Phoenix」舞台セット」(写真撮影/出合コウ介)

名和晃平 作品「N響スペクタクル・コンサート「Tale of the Phoenix」舞台セット」(写真撮影/出合コウ介)

久保田弘成 作品「大阪廻船」(写真撮影/出合コウ介)

久保田弘成 作品「大阪廻船」(写真撮影/出合コウ介)

床面積 約1,030平米(52.5×19.5m)、高さ 9.25mというとてつもない広さを誇るスペースを使った驚異のプロジェクト、その名は「MASK(マスク/MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)」。

収蔵するアーティストは、宇治野宗輝、金氏徹平、久保田弘成、名和晃平、持田敦子、やなぎみわ、ヤノベケンジといった、国際的に活躍する現代美術の人気作家ばかり。

宇野「近年、芸術祭等で大型作品を制作する機会が増えていますが、会期後の保管はアーティストにとって大きな課題となります。実際、多くの作品が解体されたりしているのです。そのため、弊社では無償で大型作品をお預かりすることにしました」

芸術祭の会期後、「作品をどう残すのか」は、アーティストにとって頭が痛い問題です。維持するにはお金がかかる。そもそも “メガ”(大変な規模の)サイズの作品を保管できる“ストレージ”(領域)がない。実際、置き場に困り、作品が廃棄される悲しい例も多いのです。

このような状況に一石を投じるべく、千島土地が管理する鋼材加工工場の倉庫跡を利用し、2012年からアーティストの大型作品を無償で預かるプロジェクト「MASK」を発起しました。作品の保管のみならず、2014年から、年に1回「Open Storage(オープン ストレージ)」と銘打ち、一般公開をしています。

2022年は10月に「Open Storage(オープン ストレージ)」を実施。鉄の柱が張り巡らされた倉庫でたくさんの現代アートを楽しめる。撮影も可能(写真撮影/出合コウ介)

2022年は10月に「Open Storage(オープン ストレージ)」を実施。鉄の柱が張り巡らされた倉庫でたくさんの現代アートを楽しめる。撮影も可能(写真撮影/出合コウ介)

福元「みなさん『北加賀屋にこんなすごいところがあったんだ』と、とても喜んでくださいます。全国を見渡しても、これほどの量の大型作品が並ぶ場所は他にはないと思います」

宇野「北加賀屋がアートで街づくりをしていると一般の方にも知っていただけた、大きなきっかけとなった場所です。よく『なぜ無償で預かっているの? 利益が出ないでしょう』と聞かれるのですが、弊社では『アラビア数字では表せない価値をもたらしてくれた』と考えています」

収蔵のみならず、持田敦子さんの手によるビッグサイズの回転扉『拓く』は、2021年にMASKで現地制作されました。
また、「大きな作品を預かる」という点では、他の倉庫で、オランダのアーティスト、フロレンティン.ホフマンの、膨らますと高さ9.5メートルにも及ぶパブリックアート『ラバー・ダック』を管理し、各地の水上で展示する拠点にもなっています。

「すみのえアート・ビート2021」開催風景(写真提供/千島土地株式会社)

「すみのえアート・ビート2021」開催風景(写真提供/千島土地株式会社)

千島土地は作品『ラバー・ダッグ』を保有する日本唯一の窓口という意外な一面も。水都大阪2020のイベントや、東日本大震災のチャリティイベントでもおなじみの姿が北加賀屋のまちのマンホールアートでも見られる(写真撮影/出合コウ介)

千島土地は作品『ラバー・ダッグ』を保有する日本唯一の窓口という意外な一面も。水都大阪2020のイベントや、東日本大震災のチャリティイベントでもおなじみの姿が北加賀屋のまちのマンホールアートでも見られる(写真撮影/出合コウ介)

倉庫が収蔵する目的を越え、作品を生み出し発信する場所として新たな命を宿している。脈を打ち始めている。ここはまさに「生きている倉庫」ではないでしょうか。2022年の秋も一般公開が予定されています。謎のヴェールに包まれた倉庫がマスクをはぎ取る瞬間に、ぜひ立ち会ってみてください。

2022年度の一般公開「Open Storage 2022 ―拡張する収蔵庫-」は、10月14日(金)~16日(日)、21日(金)~23日(日)と、「すみのえアート・ビート」に合わせて11月13日(日)に開催予定です。

広大な造船所の跡地が表現の場へと船出した

最後に案内していただいた場所、そこはフィナーレを飾るにふさわしい、素晴らしい別天地でした。それは2007年に、経済産業省「近代化産業遺産」に認定された、木津川河口に位置する「名村造船所大阪工場跡地」。そう、千島土地がアートを手掛ける第一歩となった記念すべき場所です。2005年に跡地の一部を「クリエイティブセンター大阪(Creative Center OSAKA/略称:CCO)」と名づけ、敷地面積が約4万平米という空前の広さを活かした一大アートパラダイスへと変貌を遂げたのです。

湾岸沿いで交通の便がいいとはいえない場所だがイベントでは大勢のファンが足を運ぶ(写真撮影/出合コウ介)

湾岸沿いで交通の便がいいとはいえない場所だがイベントでは大勢のファンが足を運ぶ(写真撮影/出合コウ介)

クリエイティブセンター大阪は、「廃墟のポテンシャル」を存分に楽しめる場所。「建物そのものを楽しみたい」という人のために参加無料の見学ツアーも行われています。

さらにライブや演劇、コスプレイベント、撮影会、映画・ドラマのロケ、サバイバルゲームの舞台としてもレンタルされ、なかには結婚式に使うツウなカップルまでいるのだそうです。

福元「一般に開放した当初は、コスプレイベントのためにカートを引いた若者たちが北加賀屋に集まってくるので、地元の方々は『なんだ? なんだ?』とけげんそうな目で見ていました。けれども現在は、集まる若者たちがこの街を盛り上げてくれているんだと、歓迎してくださっています」

刮目すべきは4階にある、船の製図室の遺構をそのまま活かした無柱の創造スペース。

右奥に人のサイズ感で伝わるだろうか。柱がないこれだけの空間は極めて珍しい。この反対側にもこれと同じくらいの広さがさらに広がる(写真撮影/出合コウ介)

右奥に人のサイズ感で伝わるだろうか。柱がないこれだけの空間は極めて珍しい。この反対側にもこれと同じくらいの広さがさらに広がる(写真撮影/出合コウ介)

宇野「この部屋では以前は、船や部品の原寸図を引いていたんです。床に敷いて這いながら書くため、天井には手元を照らすための蛍光灯がずらっと並んでいます。床を見てください。まだ図面の跡があるんですよ」

まるで幾何学模様のような傷は設計の痕跡(写真撮影/出合コウ介)

まるで幾何学模様のような傷は設計の痕跡(写真撮影/出合コウ介)

本当だ。広々とした床には船の図面の面影が遺っていました。往時の果てしない造船作業、職人さんたちの高い技量と苦労が想い起こされ、胸を打ちます。そしてこの部屋は現在、現代アートの展示やイベント、さらに地下アイドルのフェスであれば物販やチェキタイムなど、ファンとの交流にも利用されているのです。

こういった取り組みが評価され、2011年には文化庁が後援する企業メセナ(企業が芸術文化活動を支援すること)協議会「メセナアワード2011」にて「メセナ大賞」を受賞。千島土地がアートでの街づくりに拍車をかけるきっかけとなりました。

かつて2万人を超える造船労働者で盛況を博した北加賀屋。役目を終えた造船所が、北加賀屋のランドマークとなって眠りから覚めました。そうして可能性を秘めたアーティストの卵たちの船出を、あたたかく見守っているのです。その海は、世界へとつながっています。

アートの力で活性化した街の「次の一手」は

造船所が転出し、一時期は活気を失っていた北加賀屋。千島土地の尽力とアートのパワーにより今や世界からも注目される街となり、息を吹き返しています。タワーマンションの供給が始まるなど具体的な経済効果も表れはじめているようです。今後の展望は。

宇野「ギャラリーの誘致を目指す新しい拠点などを計画中です。アーティストが暮らし、作品をつくり、この街で発表する。その作品に注目が集まる。この流れを生みだしていけたらいいなと考えています」

福元「そして、長く暮らしたくなる、価値が高い街にしていきたいです。アートに触れながら、親子3代にわたって住む。そうやって文化を育んでいければ」

芸術の秋です。ウォールアートやパブリックアートの数々が迎えてくれる北加賀屋を散策してみませんか。なんばから、わずか5駅ですよ。

北加賀屋の街中ではさまざまなオブジェやウォールアートが出迎えてくれる(写真撮影/出合コウ介)

北加賀屋の街中ではさまざまなオブジェやウォールアートが出迎えてくれる(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/出合コウ介)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
「千島土地株式会社」Webサイト
「おおさか創造千島財団」Webサイト
「atelier and, so(アトリエ アンド ソー)」Webサイト
「APartMENT」(アパートメント) Webサイト
「千鳥文化」Instagram
「MASK」(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)Webサイト
「クリエイティブセンター大阪」Webサイト

友人3名で庭付き別荘を400万円で購入・シェアしたら「最高すぎた」話。DIYで大人の秘密基地に改造中!

今年6月、「山梨に別荘を3人で400万で買って今のところ最高過ぎ」というツイートが大きな反響を呼んだ。投稿主の堀田遼人(ほった・りょうと)さんは、友人たちと共同で400万円庭付き中古一戸建てを購入。友人のなかには子持ちのメンバーもいるそう。

計画から物件探し、契約まで戦略と熱意を持って進め、現在は物件をリノベーション中とのこと。堀田さんたちはどうして別荘をシェアすることにしたのか、どんな暮らしを目指し、どのように別荘づくりを進めているのかを伺ってみた。

別荘購入の流れを紹介した堀田さんのTwitter投稿。「条件整理」に続く工程について、14のツイートをツリーでまとめている(画像提供/堀田遼人)

別荘購入の流れを紹介した堀田さんのTwitter投稿。「条件整理」に続く工程について、14のツイートをツリーでまとめている(画像提供/堀田遼人)

きっかけは飲み仲間と話した「秘密基地みたいな場所、ほしいよね」

シェアスペース関連のサービス事業会社に勤めているという堀田さん。別荘を共同購入した友人とは、どのような関係なのか。

「3人とも都内の近場に住んでいる飲み仲間です。私は前職で不動産関連の仕事をしていたのですが、仲間のうち一人は前職時代から今も仲良くさせていただいている先輩で、もう一人はその先輩とのつながりで飲んだり貸別荘に泊まったりして知り合いました」

堀田さんの家族構成は妻との2人暮らし、ほかの2人は、子どもとの3人家族、独身とバラバラ。職業柄もあって、皆さん「場づくり」には関心が強いという。

今回のシェア別荘の計画が生まれたきっかけは、何だったのだろうか。

「3人で遊んでいるときに、お酒を飲みながら『どこかに古民家や別荘を買って、リノベして秘密基地みたいな場所をつくりたいよね』と話していたんです。そこから、金額感やエリアをなんとなく決めて物件を探しました」

飲みの席で秘密基地の計画を立てるのは、親しい間柄では一種の“あるある”とも言える話題だが、それを実現する例はなかなか聞いたことがない。

「これまで一緒に貸別荘などへ行っていたことから、そのほかの細かな要素は大体の共通認識ができていました。例えば、釣りができる川が近くにあるとか、敷地内にサウナ小屋や囲炉裏がつくれるとか。僕も先輩も、かつては不動産業界にいたので、趣味のような感覚で日ごろから空き物件をチェックする習慣があり、よさそうな物件が見つかったら随時共有して物件探しが進んでいきました」

山梨の自然に囲まれたシェア別荘(画像提供/堀田遼人)

山梨の自然に囲まれたシェア別荘(画像提供/堀田遼人)

「この物件を逃したら次はない」。3人の熱意を込めた長文で申し込み

物件探しでは、持ち主と購入希望者が直接やり取りできるサイトを利用したという。そうして3人の目に留まったのが、今回購入した山梨の物件。ヤマメが釣れる川、サウナ小屋がつくれる土地、都内からのアクセスなど、求める条件をすべて満たしていた。

「この物件を見つけたのは2021年の暮れごろでしたが、この年の夏まで別荘として使われていました。持ち主のご家族のお子さんが大きくなるにつれて利用頻度が減り、物件を手放すことになったようですが、そういった背景なので水道や電気などは通っていますし、室内もきれいで、すぐにでも使える状態でした」

そんな好条件の物件はすぐに人気を集め、内覧希望者も多かったという。

「僕らも3人で内覧して、ほかの物件とも比べた結果、『この物件を逃したら、ほかには無いかもしれない』という話になり、その日のうちに申し込みを決めました。当時は長期的なリモートワークを見据える人たちが増え始めたタイミングで、2拠点生活をするために物件を探している人も多かったそうです。ほかにも10数組ほど検討している人たちがいたようなので、もはや『買いたいけど買えない』という結果を迎えることのほうが怖かったです」

堀田さんたちは「なぜこの物件を購入したいのか」という理由や熱意、そして希望購入金額などを長文にしたためて売主に送る。そして2週間後、契約を進める旨の返事が堀田さんたちのもとに届いた。

地元の人々と積極的に交流し、スピード重視で「やりたいこと」をやる

「購入費用は、土地を含めて約400万円です。ただ、『土地付き』と言っても、この土地は定期借地契約という形なんです。当面の間自分たちの土地として使えるので、実用面では何も問題はないのですが、所有権を持っていないということは、不動産投資目的など資産として購入しようとする人には不向きなんでしょうね。それもあって安く買えたのかもしれません。調べた限り、ほかの別荘で似たような土地面積・住戸の条件だと、800~1000万円が相場でした」

借地ということもあり、購入に際しては売主とは別に、地主とのやりとりも多かったという。

「地主さんが慣れない土地での拠点づくりを進める僕らにとても優しく接してくれて、連絡を重ねるにつれ、新しい環境への不安も消えていきました。おかげでいいスタートが切れましたね」

手続きや地域へのあいさつを経て、いよいよ入居。物件には、どのように手を加えていったのか。

「まずは虫の駆除やシロアリ対策の工事をしたり、庭に生い茂った雑草を刈り払い、駐車場用の砂利を敷いたりしました。あとはインターネットを引き、風呂やトイレ、キッチンをリフォームして、およそ最低限の整備は完了です。そこからは自分たちがやりたいこととして、畑を耕して小屋を立てたり、囲炉裏をつくったり庭にサウナ小屋を建てたりしました。これらが7月から8月にかけてすごい勢いで進み、現在はもう理想の80%ほどに近づいています」

リフォームを進めているキッチン(画像提供/堀田遼人)

リフォームを進めているキッチン(画像提供/堀田遼人)

害虫対策から、居室や敷地内の整備、サウナ小屋づくりまで! これらを約2カ月で進めるバイタリティは、一体どこからくるのか。

「そもそも3人とも仕事熱心なタイプではあるのですが、別荘に関してはとりあえず『各自やりたいことを進めていけばいいよね』という方針で、それぞれバラバラに手を加えていました。例えば、一人は料理が好きだからキッチンまわりを整えたり、一人は畑をいじったりとか。

あとは、積極的に外部の人とコミュニケーションをとっています。室内のリフォームについては、早い段階で地元の施工会社に相談しましたし、サウナ小屋は『地元の木材を使って樽型のサウナをつくる』というプロジェクトを行っている会社を見つけて依頼しました」

地元業者に依頼してつくった、樽型の「バレルサウナ」(画像提供/堀田遼人)

地元業者に依頼してつくった、樽型の「バレルサウナ」(画像提供/堀田遼人)

バレルサウナの内部(画像提供/堀田遼人)

バレルサウナの内部(画像提供/堀田遼人)

「実は、畑の土地も地主さんがご厚意で貸してくれているんです。畑の耕し方や土の特徴なども教えてもらいました。こうして周りの人に協力いただき、やりたいことをできるだけ早めに実現してみようと考えて動いてきました」

「その土地でものづくりをしている方に施工などを依頼していると、そのうち、仕事と関係ない場面でも野菜をくれたり土のつくり方を教えてくれたりして、いい意味で『境界線が解けているつながり』を感じます。そういった関係性が生まれることも含めて、場づくりの過程が面白いなと。僕らの家族も畑づくりに取り組むなど、シェア別荘での生活は積極的に楽しんでいますね」

(画像提供/堀田遼人)

(画像提供/堀田遼人)

仲間の多さは、人だけでなく土地や物件にとってもプラス

順調に環境が整いつつあるシェア別荘には、毎週3人のうち誰かが足を運んでいるという。今後はどのような計画を立てているのか。

「畑で育てる野菜や果物を増やしていったり、快適に過ごせるような工夫をしていったり、働く場所としてワークスペースを整備したりしたいと思っています。平日は3人とも仕事があるので現在は週末に通う形ですが、ゆくゆくは平日もこの別荘でリモートワークができる環境をつくりたいんです。道路が空いていれば東京の家から1時間ちょっとで来られるので、例えば『今日は暑いから別荘で涼みながら働こう』という感じで、ふらっと来られる場所にできればと思います」

その日の天候や気分で働く場所を選べるなんて、まさに理想の2拠点生活だ。ところで、ここまでにかかった費用と、今後見込まれる維持費はどのくらいなのだろうか。

「物件と土地の購入で400万円、リフォームや追加設備・物品の購入などで300~400万円ほどですかね。煩雑さを回避するために、主な契約は一人が代表して行い、リフォームにかかる出費は立て替えなどを経て最終的に3人で平等に分けています。ランニングコストは、土地関連で年間10万円ほど、水道光熱費やネットで月に1万~1万5000円ほどでしょうか。最近は、空き家を活用した活動への助成金制度などが自治体で用意されていることもあるので、うまく利用すればコストを抑えることもできます」

室内に設置したいろり(画像提供/堀田遼人)

室内に設置したいろり(画像提供/堀田遼人)

今回のシェア別荘づくりを経て、3人で取り組んできた意義について聞いてみた。

「金銭的な利点ももちろんありますが、何か『これもやりたい』と思ったときに人手が多いとスムーズです。また、1組の家族だけなら、平日は東京で働いて週末を山梨で過ごして……を繰り返すのはとても大変でしょうけど、3人なら無理なく毎週誰かが行く形をつくれる。人がいない期間が長く続くと、家の老朽化が進んでしまいます。仲間を増やすことは、当事者にとっても土地や建物にとってもプラスになると思います」

(画像提供/堀田遼人)

(画像提供/堀田遼人)

実現への第一歩は、物件との出会いを求めて動くところから

怒涛の勢いで別荘の環境を整えてきた堀田さんたち。最後に、シェア別荘計画に憧れる人たちへ向けたメッセージをもらった。

「引越しや家の購入って、とてもエネルギーを使います。挫折するポイントだらけです。だからこそ、とにかく物件を見てテンションを上げることが大事。良さそうだと思ったらとりあえず問い合わせてみて、『ほしい!』『住みたい!』という気持ちを維持し続ける。やっぱりライフスタイルの面で共感できる仲間を増やして、楽しみながら一緒にやっていくのがいいと思います」

誰もがふと思い描く「秘密基地」の計画を実際に成し遂げた堀田さん。本人は楽しげに語ってくれたが、やはり相当なエネルギーが必要だったようで、モチベーションを維持する工夫も大切だという。

正直、「共同購入」というフレーズを最初に見たときは「どれぐらいお得になるのかしら」ということばかり考えてしまっていた。しかし憧れを本当に実現するためには、結局「仲間と一緒に楽しい場所をつくりたい」という根源的な気持ちが鍵になるのかもしれない。

●取材協力
堀田遼人さん

コロナ禍後も家で運動する人増!自宅のどこで?どうやって?

コロナ禍で、運動不足を感じている人たちが自宅で運動をしたいと考えるようになった。こんな調査結果を積水ハウスが公表した。現在まで自宅での運動を続けている人が多いというが、どんな運動をどこでやっているのだろうか? 詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「自宅での運動に関する調査」結果を公表/積水ハウス

運動不足を感じて、自宅で運動する人が増加!?

筆者自身の話で恐縮だが、新型コロナウイルスが蔓延したとき、通っていたスポーツジムがクローズしてしまい、困ってしまった。体力づくりをしてきたので、トレーニングを中断すると元に戻ってしまうのではないかと不安になった。そこで思いついたのが、YouTubeを活用して筋トレやヨガなどを毎日行うことだ。

スポーツジム閉館時は、自宅で一日に何度も運動していた。開館してからは自宅での運動量は減っているものの、座りっぱなしの仕事だけに今も継続して運動するようにしている。

筆者と同じような人が多いということが、積水ハウスの調査結果にも表れていた。「コロナ禍で以前よりも運動不足になったと感じる」人が55.8%(「とてもそう感じる」と「ややそう感じる」の計)と半数を超えた。在宅勤務をしている人に絞ると、同じ回答は70.3%にもなった。

「運動したいと思うか」と聞くと、「自宅で運動したい」という人が55.0%に達し、「屋外で運動したい」(32.4%)や「ジムなどの施設で運動したい」(18.2%)よりも多いことがわかった。自宅で運動したいと考えている275人に、実際に自宅で運動をしているかを聞くと、「コロナ前から現在まで続けている」が30.2%、「コロナ禍で始めて、現在も続けている」が19.3%だった。筆者の場合は、19.3%に該当するわけだ。

一方、自宅で運動したいと回答したものの、現在自宅で運動していない人に理由を聞くと、2番目に多かった「運動が嫌い・面倒」(29.5%)は仕方がないとして、1番目に多かったのは「忙しい・時間がない」(38.8%)、3番目が「スペースがない」(20.1%)で、時間と場所が課題になっていたことが分かる。

女性のほうがコロナ前よりも自宅で運動している!?

では、自宅でどんな運動をしているのだろうか? 何らかの運動をしている人に、「どんな運動をしているか」を聞いたところ、男女でかなり違いがあることが分かった。

男性では、「屋外でのランニング・ジョギング・ウォーキング」が最多で、コロナ前(数年間)で55.1%、現在で54.1%と、過半数が屋外で走ったり歩いたりしている。2番目に多いのは「自宅での器具を使用しない筋力トレーニング」となり、男性は筋肉を使う運動が好きなようだ。

一方、女性も「屋外でのランニング・ジョギング・ウォーキング」が2番目になり、コロナ前から継続している人が多いようだが、それよりも多かったのが「自宅でのヨガやストレッチ」だ。コロナ前では36.4%だったが、現在では46.4%と大きく伸びている。女性では「YouTube動画を参考にしながらの運動」も10ポイント近く伸びているのも特徴だ。

どんな運動をしているか(男/女・コロナ前/現在別) (出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

どんな運動をしているか(男/女・コロナ前/現在別) (出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

全体的に運動する場所の違いを見ると、男性は、「ジムでの筋力トレーニング」と「ジムでのランニング・ジョギング・ウォーキング」がコロナ前から比べると現在では大きく減っていることから、ジムでの運動から自宅での運動へと場所を変えている傾向がうかがえる。また、女性もジムから自宅への流れが見られるが、加えて、コロナ前より自宅での運動量が増える傾向がうかがえる。

自宅での運動、やっぱりリビングが最多

さて、自宅で運動する場合は、どこで行っているのだろう? 結果はやっぱりというか、最も広い空間であろう「リビング」が71.9%と最多となった。次いで、「主寝室」が40.1%。筆者も、主にリビングでYouTubeを見ながら、ヨガをしたり踊ったりしているが、起きた時と寝る前に寝室のベッドの上で、腹筋やヨガをしている。納得の結果だ。

自宅で運動をしている部屋/空間(複数回答)(出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

自宅で運動をしている部屋/空間(複数回答)(出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

では、自宅での運動を続けるために、どんな工夫をしているのだろう? 最多は、「家具をどかしたり片づけたりする必要のない運動スペースを確保」の42.9%。これは重要なことで、筆者は初め仕事部屋にヨガマットを敷いてやってみたのだが、手を回したり足を伸ばしたりしたときに、ゴミ箱や書棚、椅子の脚などにぶつかってしまい、リビングに移動した。今わが家のリビングの家具はテレビ前に寄せられていて、思い立ったらすぐに運動できるスペースが確保されている。

2番目に多いのが「家事や仕事の隙間時間に実施」(35.6%)、3番目が「時間を決めて実施」(32.8%)となり、時間と空間を上手に活用している人が多いことがわかった。

自宅で運動する理由、感染症対策よりも多いのは?

気になるのが、「自宅で運動する理由」だが、興味深い結果となった。「費用がかからないから」(46.3%)が最多で、現実的な理由だった。続いて、「隙間時間を活用できるから」(40.1%)、「時間に縛られないから(好きなタイミングに運動ができるから)」(37.3%)となり、時間を有効に使えることが上位に挙がった。

屋外やジムで運動するには、女性の場合は身だしなみにも気を使う必要があるが、5番目の「人の視線を気にする必要がないから」も自宅のよさだろう。もっと多いと予想していた感染症対策については、「感染症の恐れがないから」(36.2%)の4番目だった。

自宅で運動を続けている理由(複数回答)(出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

自宅で運動を続けている理由(複数回答)(出典:積水ハウス「自宅での運動に関する調査」より転載)

さて、自宅で運動をするためには、時間を有効に使うことと、場所を確保することがカギだ。場所は、思い立ったらすぐ運動できるように、片づけなくてもよいスペースを用意して、ヨガマットなどの器具の置き場所をその近くに設けることをお勧めする。

コロナ収束後も、在宅勤務などが続き、自宅での運動も続くだろう。自宅は、仕事をしたり運動をしたりする場所にもなるので、これからは多様な機能を考慮して住まい選びをしてほしい。

●関連サイト
積水ハウス「コロナ禍で広がる自宅トレーニング、手軽に始める4つのヒント」