生活保護を理由に入居差別。賃貸業界の負の解消に取り組む自立サポートセンター「もやい」の願い

長引くコロナ禍で、仕事を失ったり、家賃を支払えない人が増えています。また以前から、生活保護受給者を入居拒否する入居差別はありました。連帯保証人がいないなどの問題もあります。こういった生活困窮者の住まい探しのサポートを行っている自立生活サポートセンター・もやいに、生活困窮者の住まい探しの現状と入居支援などについて取材しました。

生活保護受給者の住まい探しは難しい。入居を希望しても断られる入居差別の実態コロナ禍で困窮が深まったため、2020年4月から臨時の相談会を開催。公的制度の利用のための支援や、宿泊費・生活費を提供するなどのサポートを行っている(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

コロナ禍で困窮が深まったため、2020年4月から臨時の相談会を開催。公的制度の利用のための支援や、宿泊費・生活費を提供するなどのサポートを行っている(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

自立生活サポートセンター・もやいの名前の由来は、「もやい結び」という船を港に係留するときや、登山や救助活動で安全を確保するときのロープの結び方を表す言葉です。“船と船をつなぎあわせること”“寄り添って共同でことをなすこと”という意味があり、「日本の貧困問題を社会的に解決する」という理念を表しています。2010年からもやいの活動に携わってきた理事長の大西連さんは、生活困窮者による問い合わせ件数がコロナ禍前に比べて1.5倍以上に増えているといいます。

メディアからのインタビューを受ける大西さん。2022年には、地方新聞46紙と共同通信社が選ぶ「地域再生大賞」の優秀賞にもやいが選ばれたが、「もやいが必要のない世界」を目指し発信を続けている(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

メディアからのインタビューを受ける大西さん。2022年には、地方新聞46紙と共同通信社が選ぶ「地域再生大賞」の優秀賞にもやいが選ばれたが、「もやいが必要のない世界」を目指し発信を続けている(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

生活困窮者とひとくくりにいっても、ネットカフェに泊まりながら派遣で働く若者や、パートナーのDVから避難してきた女性、低年金・無年金の高齢者などさまざまな人がいます。年代は、10代~70代と幅広く、男女比は6:4で男性が多いですが、年々女性の数も増えています。

「6000件/年の問い合わせには、『生活費が足りない』『仕事が見つからない』という生活に関する相談のほか『住むところが見つからない』という住まいに関する困りごとも寄せられます。賃貸住宅に入居を希望する場合、入居審査を受ける必要があります。もやいの設立当初、審査で重要視されていたのは、収入や支払い能力のある連帯保証人がいること。ホームレスで仕事がなかったり、連帯保証人が見つけられないと、審査に通りませんでした。近年では保証会社の利用が一般的なので連帯保証人は必須ではありませんが、親族等の緊急連絡先が必要です。緊急連絡先は連帯保証人とは異なり法的な責任を問われるものではありませんが、依頼できる先が見つからず物件申込ができないという相談は多く寄せられます。入居を希望しても、生活保護だからという理由で断られる入居差別もあります」(大西さん)

連帯保証人を引き受けるなど、生活困窮者の住まい探しをサポート

設立当初、野宿者支援を行うなかで、連帯保証人を見つけられず賃貸住宅に入居できない問題に直面したもやいは、連帯保証人を引き受ける入居支援「もやい保証」の取り組みをはじめました。今までに、もやいが連帯保証人になったのは、延べ2400世帯。宅建免許を取得した2018年以降は、仲介を行う「住まい結び」で生活困窮者の住まい探しをサポートしてきました。

入居支援チーム。左から川岸夕子さん、東あさかさん、伊藤かおりさん。入居者、大家さん、管理会社、それぞれの利害を調整しながら、支援の形を模索している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

入居支援チーム。左から川岸夕子さん、東あさかさん、伊藤かおりさん。入居者、大家さん、管理会社、それぞれの利害を調整しながら、支援の形を模索している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

全体の問い合わせのうち、住まいが見つからない相談者に対し、身分証や携帯電話がない場合の取得方法、収入がなくて家賃が払えない場合の生活保護の利用についてアドバイスしています。

仲介担当の東あさかさんは、入居差別があるなかで住まいを探す厳しさを実感しています。

「生活相談後に希望があれば、不動産情報サイトを使って物件を調べ、不動産会社に問い合わせをします。生活保護を利用している方だと伝えると、当初は7割断られる状況でした。『生活保護相談可』という物件でも『受給理由』によるというケースは多く、精神障害のある方は断られることが多いという二重の差別もあります。入居拒否の理由はさまざまですが、『無職だと生活サイクルがほかの居住者と合わない』と心配される大家さんもいます。明確な理由はなく『トラブルを起こすのでは』という先入観もあるようです。一般の人が、さまざまな不動産情報サイトにアクセスし、自分で住まいを選べるのに対し、生活困窮者の選択肢はとても少ないのです」(東さん)

都営住宅や市営住宅など公的な住宅は老朽化していたり供給戸数が限られており、エリアによっては選択肢にならない場合も多いのです。行政は、生活困窮者向けの居住支援として、住宅セーフティネット制度を2017年にスタート。高齢者、障害者、子育て世帯など住宅の確保に配慮が必要な人が今後増加すると見込み、民間の空き家・空き室を活用して供給を促す取り組みです。「セーフティネット住宅情報提供システム」から誰でも検索できるようになっています。さらに2021年7月には、住むところに不安を抱えている人の相談窓口「すまこま。」のサイトがオープン。最近では、住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律(通称:住宅セーフティネット法)に基づき、都道府県が指定した団体(居住支援法人)が居住支援を行えるようになりました。

もやいでは、2017年から毎年、厚生労働省に対して、「生活保護制度の改善および適正な実施に関する要望書」を提出している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

もやいでは、2017年から毎年、厚生労働省に対して、「生活保護制度の改善および適正な実施に関する要望」書を提出している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

「社会的意識の高まりという面での前進はあると思いますが、『セーフティネット住宅情報提供システム』は、登録件数も少なく相談現場での現実的な選択肢にはなりません。『すまこま。』は、電話・メールなどからの相談を受けて、最寄りの該当窓口へつなぐもの。仲介は行っていません。生活保護の住宅扶助内では、新宿区や千代田区など家賃が高いエリアで物件探しが難しい実態もあります」(東さん)

生活困窮者に向けた居住支援は少しずつ広がりを見せていますが、まだ課題が山積みです。

「制度があっても現実に即していない場合があるのです。住宅確保給付金は、離職・廃業や所得の減少が受給条件の一つとなっているので、慢性的貧困に陥っているワーキングプアは使えません。月々の家賃の支払い能力があっても、転居のための初期費用が用意できず、やむなくネットカフェ暮らしをしている人もいます。公的補助による転居支援が必要とされています」(大西さん)

サロンや誰でも入れる互助会「もやい結びの会」を運営。孤立しがちな生活困窮者を息の長い支援で支えるもやいの事務所内で、誰でも立ち寄れる交流サロン「サロン・ド・カフェ こもれび」を運営(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

もやいの事務所内で、誰でも立ち寄れる交流サロン「サロン・ド・カフェ こもれび」を運営(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

週替わりランチ・おやつ、飲み物を提供していた。現在はコロナ禍での活動を模索中(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

週替わりランチ・おやつ、飲み物を提供していた。現在はコロナ禍での活動を模索中(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

もやいでは、新たな取り組みとして、2020年に、住居がない人のためにシェルターの運営を開始。アパート型のシェルターに住民票をおいてマイナンバーカードなどの身分証明書を取得するなど態勢を整えた上で、賃貸住宅に移ってもらおうというものです。

期間限定のモデル事業としてスタートした「もやいシェルター」だが、コロナ禍で困窮が深まったと判断し、2022年度も継続している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

期間限定のモデル事業としてスタートした「もやいシェルター」だが、コロナ禍で困窮が深まったと判断し、2022年度も継続している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

保証人の担当をしている伊藤かおりさんは、「相談者との付き合いは、入居後の方が長い」と言います。

「不動産会社とトラブルがあれば間に入って対応をしています。入居しても、その後、孤立してしまう相談者もいますので、契約更新時には面談をするなどコミュニケーションを図っています。バースデーカードや年賀状、年4回の会報も郵送しています。会報には、切手不要のハガキを添え、近況を返信してもらえるよう工夫しています。コロナ禍に送ったお米には感謝の声が寄せられました」(伊藤さん)

「助けられるだけでなく、もやいの活動に参画するひとり」だと感じてほしいと、連帯保証人・緊急連絡先の引き受けを行った相談者は、すべて、『もやい結びの会』という互助会に属しています。もやいの事務所を開放した『サロン・ド・カフェ こもれび』や農業活動も行ってきました。今後、コロナ禍での交流をどうしていくか検討を進めています」

2021年4月にはじまった「もやい畑@藤沢」。藤沢市と協働して行っている。2021年度の開催回数は53回、延べ390名が参加。畑づくりをきっかけに新たな目標を見つける参加者も(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

2021年4月にはじまった「もやい畑@藤沢」。藤沢市と協働して行っている。2021年度の開催回数は53回、延べ390名が参加。畑づくりをきっかけに新たな目標を見つける参加者も(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

「もやい畑@藤沢」で収穫したじゃがいも。休憩時間は、持ち帰った野菜の食べ方などの会話で盛り上がる(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

「もやい畑@藤沢」で収穫したじゃがいも。休憩時間は、持ち帰った野菜の食べ方などの会話で盛り上がる(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

「サロンや農業は自由参加です。ゆるく長く見守り続けるのがもやい流。『ここに来れば安心できる居場所があるんだ』と思ってもらえたら」と大西さん。

生活困窮者は遠い存在ではなく、身近に困っている人がいるかもしれません。「生活保護に先入観のある人も、知らずに出会っていたら、その人に違った印象を持ったでしょう。一面だけで判断しないでほしいのです」という東さんのメッセージが心に残っています。皆が安心して住めるように、関心を持ち続け、自分の意識から変えていくことが大切だと感じました。

●取材協力
・自立生活サポートセンター・もやい

外国人は家賃滞納ナシでも入居NGが賃貸の実態。積極受け入れで入居率100%のスーパー大家・田丸さんの正攻法

高齢者や障がい者、シングルでの子育て世帯など、さまざまな事情で住まいが借りにくい人のことを「住宅弱者」「要配慮者」といいますが、「外国人」もそんな不動産が借りにくい「住宅弱者」にあたります。一般に「大家が敬遠する」と言われますが、積極的に外国人を受け入れている大家・不動産管理会社もいます。その内の一人、東京都杉並区で不動産管理業を営む田丸賢一さんにリアルな事情を伺いました。

増え続ける在留外国人。部屋探しでは門前払いされることも

コンビニや建設現場、100円ショップ、飲食店などで、外国出身と思しき人を見かけることが増えました。筆者は横浜市在住ですが、子どもの通う小学校や習いごとの風景を見ても、多国籍だなと痛感します。実際、統計データでは外国人居留者はコロナ前の令和2年度は約288万人(※2020年6月時点。出入国在留管理庁より)、令和3年末でも276万635人と、日本の人口が減り続けるなか、「もはや外国人の手がなければ日本社会は成り立たないのでは」と感じている人もいることでしょう。

ただ、SUUMOジャーナルでもたびたびご紹介してきましたが、外国人は生活の基盤である住まいが借りにくいことで知られています。そんな中、10数年以上前から外国人を積極的に受け入れ、自社の物件は切れ目なく満室を維持し、入居率100%を続けているのが、東京都杉並区にある株式会社田丸ビルの田丸賢一さんです。2021年11月、外国人との不動産契約やそのノウハウを一冊にまとめた『「入居率100%」を実現する「外国人大歓迎」の賃貸経営』(現代書林)を上梓しました。まずは外国人に部屋を貸し出すようになった経緯から伺いましょう。

「弊社は不動産賃貸業と不動産管理業を行っており、私はその3代目です。創業者がもともと困っている人に家を貸そうという人で、昔の書類を見ても日系外国人を受け入れてきた経緯がありました。そのため、私が会社を引き継いだときにも、外国人に部屋を貸すのは自然な流れでした」(田丸さん、以下同)
ただ、田丸さんによると、部屋を借りたいと不動産会社を訪れても、外国人というだけでおよそ2人に1人は拒否されてしまうといい、令和の今でも門前払いは珍しいことではないそう。

田丸賢一さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

田丸賢一さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「以前、外国人に部屋を貸し出した際に汚されたり、部屋の扱いが悪かったといったトラブルがあり、もうコリゴリというケースが多いように思います。個人が悪いのか、契約に問題があったのか、原因はさまざまなんですが、入居前や入居後のコミュニケーションや説明をていねいに行うことで回避できるケースが多いんです」

ではどのようなトラブルがあり、田丸さんはどのような方法で回避しているのか、その内容を聞いていきましょう。

生活音とゴミの仕分け、入居者が増えた!が3大問題

まず、大前提として、外国人の多くがトラブルを起こしたくないと考えているといいます。

「外国人といっても出身国や年齢、収入、背景もさまざまですが、多くが就労目的で日本に来るわけで、日本社会に溶け込み、日本の常識にあわせて暮らしたいと願っています。なぜなら、彼らが一番恐れているのが国外退去処分だから。日本で得た収入から母国に仕送りをしたいので、トラブルを起こして強制送還されるのは避けたいんですよ。だから家賃の滞納のような問題行動はまずありません」

田丸さんの会社で契約した外国人には、真面目で礼儀正しく、お中元やお歳暮、帰国時のお土産などを欠かさないという人も少なくないそう。一方で、文化や風習の違い、コミュニケーション不足から、今までトラブルにも多数、直面してきました。

「”生活音がうるさい、ゴミの仕分けができていない、入居者が増えた”が3大問題でしょうか。まず、生活音がうるさいというのも、よくよく調査すると、外国人が住んでいる部屋が原因ではなく、実は他の部屋が発生源だったというケースも多いんです。これは外国人に限りませんが、生活音の問題はとてもデリケート。だからこそ管理会社がすぐに動いて、ていねいに聞き取りをして、コミュニケーションをとることが大切なんです」

外国人に限らず、集合住宅で生活音の問題は避けて通れません。外国人の入居者がいればなおのこと目立つため、先入観で「あの部屋に違いない」と決めつけた苦情がくるのだそうです。入居者の間にたつ管理会社がすばやくていねいに対応して誤解を解くことで、外国人への偏見が少なくなり、お互い快適に暮らせるのだといいます。

また、ゴミの仕分けは、自治体から配布される「母国語」のパンフレットを必ず渡し、ていねいに説明しているといいます。

杉並区のゴミの仕分けのページは多言語で対応している(杉並区ホームページより)

杉並区のゴミの仕分けのページは多言語で対応している(杉並区ホームページより)

こちらは横浜市のゴミの仕分けのページ。ベトナム語、フィリピン語、ネパール語などの言語もカバーしている(横浜市ホームページより)

こちらは横浜市のゴミの仕分けのページ。ベトナム語、フィリピン語、ネパール語などの言語もカバーしている(横浜市ホームページより)

「ポイントは母国語です。日本人は外国人というと英語で対応しがちですが、それだと通じない。大切なのはその人の出身国の言葉で話し、理解をしてもらうこと。場合によっては通訳をいれたりして、お互いの不安や不信感がないように説明、納得、理解、契約、書類にサインしてもらうことなんです」

田丸さんはゴミの分別だけでなく、基本的に入居希望者の母国語を用いて「説明、納得、理解、契約」という段階を踏んでいるのだそう。ゴミを分別すること自体が母国の習慣になく、戸惑う人も多いそうですが、きちんと説明することで協力してくれる人が大半だといいます。

ここまでは想像できそうなトラブルですが、最後の「入居者が増える」というのは、どういうことなのでしょうか。

「外国人は異国で働いているということもあり、横のつながりが非常に強い。家賃を節約したいということで、先に日本に住んでいた人の部屋に勝手に出入りして、共同生活を始めてしまうんです。不動産大家・管理会社は、当たり前のように1人で住むと思い、説明はしません。そこであつれきが生じるんですね。
過去には16平米のワンルームに8人が暮らしていたことも(苦笑)。退去後の部屋の傷みぐあいはひどかったですよ。その時以降、契約書類には入居者は1人までと明記し、契約時に説明、納得、理解を得るようにしています」

よく「ワラビスタン」「リトル・インディア」「リトル・ブラジル」など、特定の外国人が多い地域がありますが、異国で奮闘しているとその人を頼って仲間が1人また1人と増えて、自然発生的にコミュニティが生まれるのかもしれません。

外国人専門の賃貸保証会社、多言語の契約書類などツールは揃っている

こうして聞いてみると、田丸さんもいきなり外国人に部屋を貸し出して「成功」しているわけではなく、多数の経験を繰り返すことで、外国人に歩み寄った母国語でのコミュニケーション、当たり前に思える慣習や契約内容もていねいに説明、理解・納得したうえで「契約」し、明文化して残すという現在のかたちに行き着いたようです。

「外国人は基本的にはあまり経済的余裕がありません。そのため非常に防衛や自衛の意識が高く、契約内容・書類についても一つずつ知りたがります。賃貸保証会社の利用料、火災保険料、礼金、敷金、鍵交換、ハウスクリーニング代など、逐一、このお金は何?なんで?と聞いてきます。日本人ではここまで突っ込んで聞く人は少ないですし、僕も鍛えられました」

「鍵交換はしなくていいから、費用をまけて」「退去時のハウスクリーニングは、自分でやるから安くして」などと、交渉を持ちかけられることもしばしば。その都度、相手が納得できるまでていねいに説明して歩み寄っているそう。こうしてお話を伺っていると、外国人を受け入れて問題が起きたときに、「やっぱり失敗した…」ではなく、どうやって改善すればいいかを考えているからこそ、うまくいっているのだなあと痛感します。

田丸さんによると、現在では、外国人専門の賃貸保証会社があるほか、国土交通省では、「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン」も整備され、不動産契約に必要な制度や多言語に対応した書類は揃っているといいます。

「ただ、問題なのは、行政は書類を作っておしまいになっていることです。国交省から不動産業界の団体に告知はありますがあまり知られていないし、活用方法は不動産業界や大家におまかせの状態です。当然、トラブルになったときの受け皿もない。生活音の問題でも紹介したとおり、既に入居している人が嫌がる場合もあります。日本社会のなかに、まだまだ偏見があるなあと痛感しています」

国土交通省の「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン。申込書や重要事項説明書、定期賃貸住宅標準契約書が多言語でずらりと揃う(国土交通省のホームページより)

国土交通省の「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン。申込書や重要事項説明書、定期賃貸住宅標準契約書が多言語でずらりと揃う(国土交通省のホームページより)

大家は家賃滞納、騒音、他の入居者とのトラブルを避けたい、不動産仲介会社は外国語での説明に対応できるスキル、時間がない、管理会社は面倒事やトラブルを避けたいなどなど、「外国人を受け入れづらい」条件は揃ってしまっています。これまで日本の歴史を振り返ると「外国にルーツのある人が社会全体で少数だった」「たいていの場合、日本語が通じた」のが現実です。いきなり「多様性だ」「外国人の受け入れだ」と正論を突きつけられても、「受け入れがたい」「話が通じずに怖い」と戸惑う気持ちがあることでしょう。

ただ、これから先、日本で働く外国人は増えていくことが考えられます。外国人は家賃滞納をしにくいこと、きちんと母国語で説明して理解してから入居してもらえばトラブルは起きづらいことがもっと知られるようになれば、外国人を受け入れる大家が増えるかもしれません。人口が減少している日本を支えてくれる外国人が増えてくれる今、共生社会の模索は、まだはじまったばかりです。

●取材協力
田丸ビル

住宅弱者に寄り添い続ける幼馴染の二人。官・民組んだ座間市の取組みとは

住居は、生活の安全や安心の根幹となるもの。しかし、高齢者や母子家庭、身寄りがなかったり障害を持っていたりといったさまざまな理由で、住まいを探すことが難しい「住宅困窮者」が存在する。神奈川県座間市にあるNPO法人「ワンエイド」は、そうした住宅困窮者の相談支援や生活サポートを行い、不動産会社「プライム」と連携し、物件が借りられるようオーナーや不動産会社との交渉や、必要に応じて適切な行政窓口にもつないで問題の解決までをサポートしている。NPOと不動産会社が表裏一体となって活動しているのはどうしてなのか。運営する理事長松本篝(かがり)さん、石塚惠さんに聞くとともに、「断らない相談支援」を掲げ、住宅や生活困窮者の自立支援事業に力を注いでいる座間市役所の関係者ら「チーム座間」の皆さんにも、お話をうかがった。
※本記事の撮影は2020年2月に行っています
私は大丈夫、と思っていてもどうなるか分からない

松本さんはワンエイドの理事長、石塚さんはプライムの代表を務めている。高校の同級生だったふたりはともに不動産業界で長く勤務していたが、物件の仲介業務の中で、本当に住宅に困っているにもかかわらず、高齢者や母子家庭であるなどが理由でオーナーに敬遠されてしまい断らざるを得ないケースが数多くあることに胸を痛めてきたという。住宅困窮者の力になりたいとワンエイドを立ち上げ、住まいに関する相談にのっていたが、NPOの活動範囲内ではカバーできない、最終的に入居ができるまでの実務の面に対応するため、不動産会社も設立した。「困っている人を助けたいという福祉の目線と、不動産業務の間には温度差がある。その真ん中をつなげたかった」と松本さんは話す。

NPO法人ワンエイド理事長の松本篝さん

プライムの代表 石塚惠さん

NPO法人ワンエイド理事長の松本篝さん(上)とプライムの代表 石塚惠さん(左)

困窮者たちが物件のオーナーから契約を断られるケースは、「100人いたら100通り」だという。天涯孤独の高齢者であれば亡くなった後の荷物の整理が大家の負担になり、障害者であれば近隣トラブルを懸念されたりといったことも。一般的な不動産会社では、そのフォローをどうしたらいいかが認知されていないため入居のハードルはあがってしまう。ワンエイドでは、ただ困窮者に物件を仲介するだけでなく、オーナーに安心して貸し出してもらえるよう、高齢者などの見守りやゴミ屋敷の掃除などのサポート業務も引き受けている。

不動産の仲介や管理を行うプライムと、住宅困窮者の相談や見守りなど入居者のサポートを行うワンエイドは座間市の県道沿いの隣同士。互いに行き来しながら、相談者の問題解決に取り組んでいる(写真撮影/片山貴博)

不動産の仲介や管理を行うプライムと、住宅困窮者の相談や見守りなど入居者のサポートを行うワンエイドは座間市の県道沿いの隣同士。互いに行き来しながら、相談者の問題解決に取り組んでいる(写真撮影/片山貴博)

50代である松本さんは、子育てを経て現在は親の介護の真っ最中だ。自身の家庭という小さな社会の中で起きる、子どもや親を取り巻く問題や悩みは、置き換えれば、世の中の課題でもある。ワンエイドの相談越しに知ったのは、高齢で配偶者と死別し年金の受給額が減ったことにより住み替えせざるを得なくなったり、病気などで困窮に陥り家賃が払えなくなるといったことは、誰にでも起きうるということ。「私は大丈夫、と思っていてもどうなるか分からないし他人事ではない」(松本さん)

住まいの相談はひと月に約300件寄せられる。1度の電話相談で解決するわけではないため、非常に多忙だが、石塚さんは「成約率は決して高くはない」と明かす。つまり、仲介手数料を中心に生業を立てている不動産業としては、儲けにはなりにくい取り組みということ。一方で、不動産業界にいた経験から、オーナーの気持ちもよく分かるそう。大家にとって物件は、大切な収入源。住宅困窮者とオーナーのどちらかの目線に偏ることなく、双方の立場の尊重を大切にしているという。

ワンエイドでは松本さん、石塚さんのほか3人のスタッフが交代で相談にあたっており、高齢者など入居後の生活にもサポートが必要な人に対してはその相談にも乗っている(写真撮影/片山貴博)

ワンエイドでは松本さん、石塚さんのほか3人のスタッフが交代で相談にあたっており、高齢者など入居後の生活にもサポートが必要な人に対してはその相談にも乗っている(写真撮影/片山貴博)

実際に行われている相談はとにかくケースバイケースで難しいものも多い。身だしなみは普通でスマートフォンを所有していても、通信料を支払えず無料Wi-Fiスポットに行って使用している貧困世帯というように、周囲からは困窮の様子が分からず、行政からのサポートが何も受けられていない人もいる。ほかには、障害者に対する偏見もある。例えば、障害者手帳を取得した相談者と、障害の等級に該当していても手帳を取得していない相談者では、実は手帳がない人の方が入居審査に通りやすい傾向にある。住宅困窮者とオーナーが相互に理解しあい、物件を契約できるようになるまでの問題解決はどれも複雑だ。そのため「ワンエイドが双方の結び役になれればと思う。住まいの相談の中には、生活するうえでのさまざまなほかの問題が見えてくる」(松本さん)。貧困からくる空腹が暴力の問題を生むなど、問題は連鎖する。それらの問題解決の一助のためワンエイドでは、企業や一般の方から食品の寄付を募り、生活に困っている世帯にお渡しするフードバンク事業なども行っている。ふたりを頼って、遠く関西や国外からも、相談が舞い込むこともあるという。

賞味期限月で分類してある事務所内の食品庫。企業や一般の方から協力をいただいて必要な人にお渡ししている(写真撮影/片山貴博)

賞味期限月で分類してある事務所内の食品庫。企業や一般の方から協力をいただいて必要な人にお渡ししている(写真撮影/片山貴博)

座間市役所内と地域をワンストップで連携する「チーム座間」

住まいの相談から見えた住宅困窮者の周辺の問題解決に取り組むワンエイドには、行政からも協力の依頼が寄せられる。ふたりは、座間市の困窮者支援会議にも参加している。

行政といえば、組織の構成は「縦割り」になっている。困ったことがあり相談に行っても、担当窓口が分からなかったり、部署が違うと担当者間でも他部署の制度や状況が分からなかったりなどで、たらい回しにされたりすることが多いのが実態だ。座間市は市役所内の部署を横断しワンストップで連携。市役所内で「つなぐシート」を用い、相談をうけた部署に該当するものでなくても担当となる部署に相談内容をつなげ、そこから相談者が本当に困っていることを探って支援や課題解決にあたる独自の取り組みを行っている。連携するメンバーは社会福祉協議会や弁護士、ハローワーク、そしてワンエイドのような民間団体や生協など幅広く、協力しあう「チーム座間」は、他自治体からも注目されている。

チーム座間のメンバー。官民一体となったこの取り組みは全国でもまだ少なく視察に訪れる自治体も多いそう(写真撮影/片山貴博)

チーム座間のメンバー。官民一体となったこの取り組みは全国でもまだ少なく視察に訪れる自治体も多いそう(写真撮影/片山貴博)

座間市が生活困窮者の自立支援制度を始めたのは2015年。家計改善の助言や、引きこもりの人の就労支援など、多岐にわたる相談を受け付けている。ワンエイドとは、住宅困窮者の根底にある問題解決のため2016年からつながった。

チーム座間は普段から相談者に連携して対応するほか、月に1度集まり、よりスムーズに解決していくために必要な仕組みづくりも整えている(写真撮影/片山貴博)

チーム座間は普段から相談者に連携して対応するほか、月に1度集まり、よりスムーズに解決していくために必要な仕組みづくりも整えている(写真撮影/片山貴博)

この取り組みの中心となる福祉部生活援護課の林星一課長は「例えば就労支援では、なんでもかんでも仕事しなさいということでなく、健康などさまざまな観点からそのひとに寄り添っていく支援が必要」と説明する。お金の相談に来た人から、本人も自覚できていなかった、なぜそうなったかの根本原因にあたる困りごとが顕在化することもあるという。

ある市民の保険料の滞納相談に応対した介護保険課からの連絡で、持ち家を悪徳金融業者にだまし取られそうになっていることが判明。チーム座間のメンバーである神奈川総合法律事務所の西川治弁護士が確認し、債務整理と家計相談に乗ることで、持ち家を残すことができたことも。行政がひととおりの滞納相談の対応で終わっていたら、家は残すことができなかったようなケースだ。「滞納相談に応対した職員からの連絡があと1週間遅かったら危なかった。普段から連携できていたから間に合った」(西川弁護士)

西川治弁護士(左)と福祉部生活援護課の林星一課長(右)

西川治弁護士(左)と福祉部生活援護課の林星一課長(右)

大学進学のために市営住宅に住んでいた児童相談所出身の未成年は、保証人になっていた親族が入院して収入がなくなり、退去を迫られた。引越し費用や学費は手元にあっても未成年であるため契約ができなかったが、社会福祉協議会やワンエイドのフォローのもと本人名義で入居でき、進学がかなったという珍しいケースもあったという。

座間市の生活困窮者自立支援制度は、困っているひとを、いかに相談につなげられるかという仕組みと支援対策、就職支援に加え、居住支援が大きな柱となる。「住まいは生活の基本。家というハードとともに、住み続けるというソフトの部分が必要で、それは生活支援そのもの」と林課長。それらは支援対象者が地域で孤立しないことや、地域自体の協力が不可欠であり、ワンエイドをはじめとするひとたちの尽力があってのものだ。

都市部建築住宅課課長 松尾直樹さん(最左)、福祉部生活援護課 自立サポート担当主任 武藤清哉さん(左から2番目)。公営住宅を担当する都市部と生活保護等の福祉を行う福祉部が連携することも行政では異例で、居住の支援に関するさまざまな取り組みを考えるきっかけにもなっている(写真撮影/片山貴博)

都市部建築住宅課課長 松尾直樹さん(最左)、福祉部生活援護課 自立サポート担当主任 武藤清哉さん(左から2番目)。公営住宅を担当する都市部と生活保護等の福祉を行う福祉部が連携することも行政では異例で、居住の支援に関するさまざまな取り組みを考えるきっかけにもなっている(写真撮影/片山貴博)

正反対のふたりだからこそ、成し遂げられたこと

松本さんたちが困窮者とオーナー双方にそこまで親身に、精力的に活動できるのはなぜなのだろうか。松本さんはその理由を、「私も石塚も好きなことをしているだけ。困った人がいたら放っておけない、そもそもおせっかいなだけなんです。正反対な二人だけどその思いは一緒です」と話す。

二人三脚の石塚さんと、性格は真逆とのこと。明るい松本さんは実は慎重派、石塚さんは行動派。「自分が100個考えても思いつかない1個を彼女は考えつく。そこがすごい」(松本さん)

不動産業に長く携わってきたふたり。石塚さんは所属する地域の不動産業界団体では副支部長を務め居住支援の取り組みについて発信している(写真撮影/片山貴博)

不動産業に長く携わってきたふたり。石塚さんは所属する地域の不動産業界団体では副支部長を務め居住支援の取り組みについて発信している(写真撮影/片山貴博)

今、新型コロナウイルスの影響で、ネットカフェが休業要請を受け、それらを住居代わりにしていた人が多く相談に来ているという。当たり前のように過ごしている自分の家、それをなくすことは、仕事だけでなく、周囲の人間関係など社会とのつながりすべてを失うことになりかねない。政府からは「住居確保給付金」に関しての要件を緩和するなど、さまざまな対応策が発表されているが、それらが周知され、問題に応じたサポートが届けられるには、多くの助けが必要だ。かつては地域社会の中で解決していた問題も、その関係性が希薄な中、福祉と地域社会、不動産業の間に入り、関係する人と制度をつないでいく、ワンエイドおよびチーム座間のような境界を越えた存在がますます必要になっていくだろう。問題を抱えた人に対し、断らずに不動産業を行うプライムの運営について、「始めたころはなかなか理解を得られなかったのですが、最近では協力してくれる同業者の方も増えました。とてもありがたいです」(石塚さん)。事例を伝えることで、住宅困窮者の存在をプラスにとらえてもらえるよう二人で講演依頼を引き受けているという。現在、スタッフも感染予防のため出社は交互とするなどし、雇用を守りつつも最大限答えていこうと活動を続けている。このような取り組みが、松本さん、石塚さんら個人の強い思いで支えられていることに、とにかく頭が下がる思いだ。彼女らの活動を注目し応援するとともに、我々の日常では心が及ばない住宅困窮者への理解と協力を、まだまだすすめていかなければならない。

●取材協力
特定非営利活動法人ワンエイド
座間市役所

住宅弱者のサポートを!元厚労省 村木厚子さんら全国組織を設立

「一般社団法人全国居住支援法人協議会」が設立された。といわれてもよく分からない人が多いだろう。住まいに困っている人を支援しようという団体なのだが、その呼びかけ人が元厚生労働事務次官の村木厚子さんやホームレス支援などで知られる奥田知志さんという、実践的な方々なのだ。どういった団体なのか、直接お二人に伺ってきた。「一般社団法人全国居住支援法人協議会(以下、全居協)」とは、「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律の一部を改正する法律(以下、改正住宅セーフティネット法)」で指定された「住宅確保要配慮者居住支援法人(以下、居住支援法人)」による全国組織となる。

これでは分からないと思うので、もっとわ分かりやすく説明しよう。

賃貸住宅の入居が難しい人たちの居住を支援する団体を組織化

賃貸住宅を借りようとする場合、家賃滞納の可能性が高いとか、孤独死の危険性があるといった理由から、入居を受け入れてもらえない人たちがいる。低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯などとされ、総称して「住宅確保要配慮者」と呼ばれており、その数は増え続けている。

こうした人たちの住宅として、かつては公的住宅が受け皿となっていた。ところが、家余りの今は、これ以上たくさん公的住宅を造る状況ではないため、政府は民間の住宅を活用しようと考え、住宅セーフティネット法を改正し、以下の施策を設けた。

・住宅確保要配慮者向け賃貸住宅の登録制度を設ける
・登録住宅の改修費用や入居者の家賃などに経済的な支援をする
・住宅確保要配慮者に対する居住支援の活動をする団体を「(住宅確保要配慮者)居住支援法人」に指定し、後押しをする

国土交通省の資料より転載

国土交通省の資料より転載

この「居住支援法人」は、2019年5月6日時点で38都道府県213法人が指定され、賃貸住宅への入居にかかわる情報提供や相談、見守りなどの生活支援、登録住宅の入居者への家賃債務保証などの業務を行っている。

国土交通省の資料より転載

国土交通省の資料より転載

この居住支援法人の全国組織が、今回設立された「全居協(ぜんきょきょう)」だ。

全国組織の呼びかけ人のユニークさに注目

全居協の設立に注目した理由は、その呼びかけ人の存在にある。

呼びかけ人は、元厚生労働事務次官・津田塾大学客員教授の村木厚子さん、全国賃貸住宅経営者協会連合会会長・三好不動産社長の三好修さん、生活困窮者全国ネットワーク共同代表・NPO法人抱撲理事長の奥田知志さんだ。

村木厚子さんといえば、厚生労働省で数少ない女性局長として活躍していたとき、郵便料金の割引制度の不正利用に関して虚偽有印公文書作成・行使の容疑で逮捕・起訴され、164日間も拘置所に留め置かれ、その後、無罪が確定した、という経歴の持ち主だ。

村木厚子さん/生活に困っている人たちには共通の課題があります(写真撮影/内海明啓)

村木厚子さん/生活に困っている人たちには共通の課題があります(写真撮影/内海明啓)

一方、奥田知志さんは、30年以上続くホームレスの支援などで知られている人だ。
こうしたユニークな人たちが呼びかけ人となっているからには、“法律ができたのでとりあえず全国組織をつくりました”といった、絵に描いた餅の団体ではないだろうと興味を持って、お二人に話を伺うことにした。

奥田知志さん/好んでホームレスになっている人はいません。必ず理由があります(写真撮影/内海明啓)

奥田知志さん/好んでホームレスになっている人はいません。必ず理由があります(写真撮影/内海明啓)

まず、村木さんだが、当初は労働省で障害者雇用に取り組んできた労働畑の出身だった。中央省庁再編で厚生労働省になった際、旧厚生省と旧労働省の交流人事として、障害者福祉の担当課長に任命され、そのまま児童福祉など福祉畑に留まることになる。そして、あの冤罪事件に巻き込まれる。拘置所を出たのち、生活困窮者対策の担当になると、生活に困窮する背景には、拘置所にいた人たちと同じような共通の課題があることが分かった。退官後の今も、生活に困っている人への支援を続けている。

また奥田さんの場合、牧師として北九州市八幡の教会に赴任したときが、かつて街を活気づかせた炭鉱の閉山や製鉄所の縮小などにより街の活力がなくなり、野宿者が増えだしたころに当たった。彼らの支援を始めたのが原点となり、ホームレスへの炊き出しや自立支援などのボランティアを行うNPO法人抱撲(ほうぼく)を立ち上げる。現在、設立から31年目を迎え、今では半年間の自立プログラムで、9割を超える人が自立できるようになっているという。

「住宅」ではなく「居住」を支援するという意味

お二人とも、生活困窮者には「ハード+ソフト」の支援が必要だと口をそろえる。
奥田さんには、印象深い事例があるという。最初に支援したホームレスの事例だ。

活動開始当時は、野宿している人には住所がないので、生活保護も受けることができない。そこで、アパートを借りられるようにして、生活保護の受給もできるようにした。これで自立支援が終わったと思っていたら、実際には問題の解決にならなかったというのだ。その後アパートを誰も訪れていなかったら、半年後に近隣から異臭の苦情が出た。訪れてみると、部屋はゴミ屋敷と化し、電気などのライフラインも止まっていた。

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

奥田さんは「経済的困窮を解消するだけでは不十分で、社会的孤立の解消も必要」と痛感したという。困窮している人の中には精神的な障害があったり自立した生活を送れなかったりする人もいるので、見守ってくれる人、サポートしてくれる人の存在も必要だ。つまり彼らに支援するのは「ハウス」ではなく「ホーム」だと。

村木さんも今回、名称に「住宅」ではなく「居住」を使っていることがポイントだという。
児童養護施設を出た後の子ども、刑務所を出た後の人たちが、立ち直ったかのように見えても元に戻ってしまうことがある。その理由は、例えば、児童施設で育つ子どもは、決められた献立の食事を日々提供されていて、家庭では当たり前の「明日何を食べたいか」聞かれたこともなければ、前日の残り物を食べたこともない生活をおくっている。皆で守るルールしか知らず、自分なりの楽しみを見つけたり、周囲の人と折り合いをつけたりする経験が不足しているのだ。したがって、地域の人たちとのつながりのある生活をとり戻し、そのネットワークに組み込まれるようにすることが重要なのだ。それには、住む場所(ハード)だけでなくそこに暮らす人への支援(ソフト)が必要だという。

村木厚子さん/困っている人たちの尊厳や人生を大切にしたいんです(写真撮影/内海明啓)

村木厚子さん/困っている人たちの尊厳や人生を大切にしたいんです(写真撮影/内海明啓)

奥田さんも、家族の機能を社会化することの重要性を語る。従来の日本の社会保障制度は、企業と家族が支える仕組みになっていたが、雇用システムも変われば家族も脆弱化して、人を支える仕組みが崩れてしまった。これまで家族が担ってきた機能をいかに社会が担えるかが、支援のカギになるという。

奥田知志さん/「ハウスレス」ではなく「ホームレス」なんです(写真撮影/内海明啓)

奥田知志さん/「ハウスレス」ではなく「ホームレス」なんです(写真撮影/内海明啓)

国土交通省、厚生労働省の連携がなければ成立しなかった団体

さて、今回の居住支援のカギになったのは、省庁の連携だ。
厚生労働省の福祉分野では、養護施設や老人福祉施設、医療施設といった「施設」で受け入れるか、自宅にいながら通所施設に通う形でサポートするかになるので、施設に入れず住宅のない人へのケアができない。一方、生活困窮者が住宅を借りにくい実態を把握しているのは、国土交通省の住宅分野だ。住宅に困る人がいる一方で、近年では、空き家の増加という課題を抱えている。

村木さんたちが開催していた非公式な勉強会に参加していた国土交通省の女性官僚が福祉分野に深く関心を持つようになり、両省の抱える行政課題がうまく重なって成立したのが、改正住宅セーフティネット法だ。この法律によって、居住支援法人ができ、その全国組織となる全居協が成立した。つまり、両省の連携がなければ、全居協もできなかったことになる。

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

また、「行政だけでなく、それに関わる民間も縦割りになっていた」と奥田さんは指摘する。
全居協の会員登録数は、7月末時点で153(総会議決権有の1号会員75、無の2号会員47、団体の賛助会員13、個人の賛助会員18)。このうち、いわゆる福祉系の法人と不動産系の株式会社が半数ずつの構成になっているのも、大きな特徴だ。

さらには、刑務所を出所した人の居住支援を課題に抱える法務省も、全居協の活動に関心を示しているという。居住支援が再犯防止に役立つからだ。縦割りの行政としては珍しく、3省が連携する可能性が出てきたというのも興味深い。

全居協は今後どんな取り組みをする?何に期待する?

さて、全居協は立ち上がったばかりだ。今後はどういった活動になるのだろうか?

村木さんによると、「ハード面では実際に使える住宅をどれだけ供給できるか、ソフト面では多様なニーズに対して既存の制度(国土交通省の住宅セーフティネット制度や厚生労働省の介護保険や障害者福祉、生活困窮者自立支援制度など)をしっかり活用できるか、また、それだけでは対応できない点もあるので、それを補う仕組みをどこまで柔軟につくれるかが課題」だという。また、「持続可能にしなければならないので、事業として継続できるモデルにしていくことが必要」だとも。そのためには「支援居住法人が、まず集まって理念を共有すること、情報交換をすること、よい事例を参考に事業モデルをつくり上げることに取り組んでいきたい」

一方奥田さんは、「居住支援法人を本業とするのは難しい」と言い切る。どういうことかというと、「それぞれの本業である福祉や不動産の業務を通じて、困っている人を助ける活動に広げることで支援するのが居住支援法人。だから、本業の事業モデルの価値を多様化するしかなく、居住支援という新しい価値を創造することが必要」と、事業モデルの必要性を指摘する。ただ、「全居協に多様なプレイヤーが参加してくれた。異業種の枠組みの中でそれぞれ違う視点から事業を検討し、新しい持続性のある事業構想を持つことで、縦割り行政のハブの役割も担える」と考えている。

そして、お二人共通の願いは、「全国の困っている人と全居協の居住支援法人とをつないでいくこと」だ。信頼できる人たち同士、協力し合っていかないといけないので、頼りにできる組織にしていきたいという。

今後、全居協を中心とした居住支援法人が、困っている人たちの救世主になることを筆者も大いに期待している。

○全国居住支援法人協議会のサイト