厳しすぎる世界基準の環境性能に挑む賃貸住宅「鈴森Village」。省エネは大前提、植栽は在来種、トレーサビリティの徹底など…住みごこちを聞いてみた 埼玉県和光市

ここ数年でますます環境問題への関心・意識が高まり、2024年度からは、省エネ性能や断熱性能を表示する新制度(建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度)がはじまる予定と、今、住まいの省エネ性能・環境性能が重視されつつあります。そんななか、埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」が誕生しました。どんな住まいなのでしょうか。入居者、開発を手掛けたオーナーの株式会社鈴森 社長・鈴木早苗さん、設計をした一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さんに話を伺いました。

賃貸住宅「鈴森Village」は、木々に囲まれた“結界”。住まいが生活に与える影響の大きさを実感

LEED認証とは、建物と敷地利用の環境性能を評価する国際認証制度のこと。世界でもっとも多用されている評価システムで、環境性能を証明できることから、不動産の価値向上、環境を意識したテナントを誘致しやすくなり、主に商業ビル、倉庫、工場などで認証を受ける建物が増えています。今回、このLEED認証の取得を目指そうと建てられた賃貸住宅が「鈴森Village」です。

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建物は南側の4棟をつなぐデッキには階段が2カ所。エレベーターがあるのでベビーカーでの移動もラク(写真撮影/片山貴博)

建物は南側の4棟をつなぐデッキには階段が2カ所。エレベーターがあるのでベビーカーでの移動もラク(写真撮影/片山貴博)

「鈴森village」を語る上で欠かせないのが、LEED for Homesの基準に準拠した計画・設計・施工がなされていることです。LEEDはLeadership in Energy and Environmental Design(リーダーシップ・イン・エナジー・アンド・エンバイロンメンタル・デザイン)の略で、米国グリーンビルディング協会(USGBC)が開発・運用している国際認証制度。環境的視点から、敷地、水、エネルギー、資材、室内環境などを評価します。世界で広く用いられており、環境性能の高いプロジェクトを評価するため、認証を得るのが難しいのです。

LEED認証を目指して完成した鈴森village、どのような建物なのでしょうか。

まず建物そのものは、高断熱・高気密で、効率エアコンや節水トイレ・蛇口・シャワーといった省エネ設備を備えています。電気だけでなく水やガスなど、すべてのエネルギーに対して、省エネとなっているのが特色です。つまりここで暮らしていると、自然と光熱費が抑えられるうえに、夏涼しく冬暖かい快適な暮らしが自然と送れるようになっているのです。また、LEEDの要件である「交通利便性」「敷地内の豊かな緑を在来種や適合種(地域の環境に適した種類の植物)で構成していること」「植栽の灌水に雨水を利用し、節水に配慮していること」などにも合致しているため、建物だけでなく、より広く、周辺環境に配慮した建物となっているのです。

とはいえ、環境性能がよいといっても、やはり重要なのは住みごこち。従来の住まいとはどう異なるのでしょうか。今年4月、夫と妻、2人の娘とでともにこの建物に入居し、暮らしはじめたMさん一家に話を聞いてみました。

「前の住まいは築年数が古く、子どもの泣き声が響く、カビが発生する、など気になることばっかりだったんです。この住まいに引越してきて、本当に住居の性能の差に驚いていて。たとえば断熱性や気密性でいうと、外気温に比べて、驚くほど室温が一定してるんです。外気温と差があるので、外に出てびっくりすることもしばしばです。子どもの声もお隣に響くことはないですし。住宅がここまで生活の質、クオリティ・オブ・ライフをあげるのか、と。ストレスがないというか、人生がガラリと変わるというか。木々に囲まれていて、大げさにいうと結界があるというか、守られている感じがします」と夫は話します。

夫は現在、育休を取得しているため、平日の日中は夫妻と下の娘の家族3人で日中過ごしているそう。そのため、なおのこと、今の住まいの居心地の良さを痛感しているといいます。

夫はこの家に引越してきて、断熱や気密性に関心を持ち、室温・外気温を測るようになったとか(写真撮影/片山貴博)

夫はこの家に引越してきて、断熱や気密性に関心を持ち、室温・外気温を測るようになったとか(写真撮影/片山貴博)

「ベランダなど共用部に植物がたくさん植えられているので、毎日、いろんな鳥がやってくるんですね。鳥のさえずりも緑も心地よくて。日々、家族で鳥を観察しています。また、敷地内外の緑を手入れする職人さんや管理人さんも2~3日おきにいらっしゃって、丁寧にメンテナンスされていると感じます。収納も多く、動線なども考え抜かれていて『間取り決め、設備決定など、家造りの大変なプロセスを全部ふっとばして、『いちばんいいとこ取りした状態』で生活できるんですから、ぜいたくだなあと思いますね」と妻もうれしそうです。

プライベート感のあるルーフバルコニー。すぐ眼の前に草木があり、緑に囲まれているのがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/片山貴博)

プライベート感のあるルーフバルコニー。すぐ眼の前に草木があり、緑に囲まれているのがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/片山貴博)

2階の踊り場は、夫妻のワークスペースとして活用。自宅内に自由に使えるスペースがあるって魅力的ですよね(写真撮影/片山貴博)

2階の踊り場は、夫妻のワークスペースとして活用。自宅内に自由に使えるスペースがあるって魅力的ですよね(写真撮影/片山貴博)

夫妻の住まい探しのきっかけは夫の転勤。そのため、この物件が「環境性能」に配慮していたり、「LEED認証」取得を目指していることを知っていたわけではなく、本当に偶然の出会いだったといいます。

「通勤を考えて、和光市というエリアに住むことは決めていたんです。ただ、引越し期限も決まっていたし、良い物件がないかな~って、それこそ夫婦で毎日、SUUMOの新着物件をチェックして。ある日、妻が興奮しながらすごいのが出た!というので、見たんです。コレはよさそうだと思いましたね」(夫)

以前の住まいにあったシステムキッチンで使っていた家電を上手にコーディネート。買い足したものはないというが、すっきりとおさまり、居心地もよくなったという(写真撮影/片山貴博)

以前の住まいにあったシステムキッチンで使っていた家電を上手にコーディネート。買い足したものはないというが、すっきりとおさまり、居心地もよくなったという(写真撮影/片山貴博)

夫は仕事柄、一定期間、家を不在にすることもある。そのときに妻と子どもが安全・安心して過ごせるかが、決め手になったのだそう。

「妻が二人の子どもと過ごすことを考えたときに、高層物件は我が家向きではないと。また、引越してきたときに大家の鈴木さんがご挨拶に来てくださって。以前も賃貸物件に暮らしたことはありましたが、大家さんが挨拶にいらっしゃる経験は初めてで、すごく印象に残っていますね。安全や安心、快適、それと環境を大事にしたいという価値観が似ているからか、隣の住戸に住む家族とも仲良くなりました。人とのつながりという面でも安心できますね」と夫。

国際環境性能をクリアした建物の住み心地が「緑で建物が守られているよう」「結界のような安心感がある」というのはなんとも不思議ですが、実はオーナーが願っていた通りでもあるといいます。この「鈴森Village」のプロジェクトを牽引したオーナーの鈴木早苗さんにも話を聞きました。

“道路村長さん”のDNAがもたらす、100年先まで持つ「賃貸住宅」

鈴森Villageのプロジェクトを立ち上げたのは、株式会社「鈴森」の鈴木早苗社長です。鈴木家は400年以上、この和光市周辺の地主であり、現在の「和光市駅」の開設や郵便局の設置にも携わったそう。なかでも、無報酬で地元のために尽力してきた曾祖父(鈴木佐内氏)は、地元の人たちから尊敬を込めて通称“道路村長さん”と呼ばれていたとか。早苗さんにとって、「鈴森Village」のプロジェクトのきっかけとなったのは、「代替わり」を見据えたときのこと。鈴木社長のお母様、現社長の早苗さんと受け継いできましたが、将来のことを考えれば「どの土地を残すのか」「どの土地を整理するのか」は、避けて通れない課題です。

株式会社鈴森の社長・鈴木早苗さん。宅建とFP2級、美容師国家資格を所有するバイタリティの持ち主(写真撮影/片山貴博)

株式会社鈴森の社長・鈴木早苗さん。宅建とFP2級、美容師国家資格を所有するバイタリティの持ち主(写真撮影/片山貴博)

「ここは和光市駅から徒歩5分、2000平米の土地なので、土地活用の方法は多数あります。しかし、売却して分譲一戸建てが並ぶ、賃貸マンションを建てるなどすると、土地がバラバラになって風景が変わっていく。とにかくそれは避けたいなと。100年後も人が和やかに行き交う街であってほしい、100年後も残るものをと考えたとき、建築に造詣が深い夫から出てきたのが、これからは『LEED』のように国際環境規格に合致した建物でないとダメだということでした」と鈴木社長。

地域社会にとっても、地球にとっても持続可能であるというのは、慧眼です。とはいえ、いくら環境によいものといっても、LEED認証を取得するには、コンサルティング費用、建築費・資材費も含めてコストアップは避けられず、生半(なまなか)な覚悟でできることではありません。

「『鈴森Village』の話をしていたとき、ちょうど夫が大病を患っていたこともあり、厳命というか、約束のように思えて、必ずやり遂げるんだ、という思いはありました。また、大家にとって、住む人の安心安全は絶対であるという思いはあります。やはり災害、有事の発生時に家はそこに住む人たちの命と財産を守る砦になるもの。大家には、その責任と覚悟が必要だと思っています」といい、短期的な利益よりも、社会的責任を強く感じているのがわかります。

鈴森Villageは総戸数26戸。3階建ての建物。曾祖父である“道路村長さん”のシルエットがお出迎えしてくれます(写真撮影/片山貴博)

鈴森Villageは総戸数26戸。3階建ての建物。曾祖父である“道路村長さん”のシルエットがお出迎えしてくれます(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅だけでなく、美容室ほかベーカリーなどのテナントが入る予定。地域にひらかれた場所/設計を目指した(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅だけでなく、美容室ほかベーカリーなどのテナントが入る予定。地域にひらかれた場所/設計を目指した(写真撮影/片山貴博)

生い茂る緑の小径。通り抜ける風が心地よい。植栽の管理には気を抜かない(写真撮影/片山貴博)

生い茂る緑の小径。通り抜ける風が心地よい。植栽の管理には気を抜かない(写真撮影/片山貴博)

ただ、建設途中にはウッドショックが発生し、建築費も当初の想定よりも高くなっていくなど、プロジェクトには困難が次から次へと押し寄せます。
「とにかく認証の検査も厳しくて。『この状態だと認証はとれません』とまで言われたりして。建築士、コンサルティング会社、施工会社とも相当のやり取りをしました」と、やはり一筋縄ではいかなかったよう。

そんなさまざまな苦労を経て、実際に建物が竣工したときの鈴木さんの印象を聞いてみました。

「手前味噌ながら『こんな賃貸住宅、見たことない!!』ですね。よくある◯LDKの部屋とあまりにも違うので、一見すると、生活しているイメージがわかなかったんです(笑)。ただ、よくよく見ていくと、間取りや動線、収納などよく考えられているし、特に1階の住戸は自分でも住みたいと思うくらいです。ただ、ぱっと見て、その良さが伝わるかどうかは別。この建物の良さを、どうやって知ってもらうかが、成功のカギになるんだろうな、と思いました」と鈴木さん。

1階の部屋は、玄関のほか、小径側からも室内に入れる。内側と外側がゆるくつながった設計(写真撮影/片山貴博)

1階の部屋は、玄関のほか、小径側からも室内に入れる。内側と外側がゆるくつながった設計(写真撮影/片山貴博)

緑の手入れには費用がかかる、虫を殺すには殺虫剤を使わないように指導する、建物周辺の空間の清掃など、苦労はつきません。それでも、やり抜けたのは、「これから100年先のことを考えたら『LEED』のような建物を」という夫との約束があったからでしょう。

「今度ね、鈴森Villageで防災訓練をしようと思っています。自然災害は必ず来ますから。そのときに消火栓が使えません、何があるかわかりませんじゃ、困りますから。安全対策は忘れたくないですね。あと、思い描いているのは鈴森Villageに住んでいるみなさんと昔から近隣に住んでいる方々などを交えたコミュニティづくり。年齢を重ねて、長く住んでいただけたらうれしい」(鈴木さん)。

100年持続するというのは、建物だけでなく、そこに暮らす人たちの集いと思いが結実してこそでしょう。建物は完成しても、鈴木さんの挑戦はまだまだ続きそうです。

建築家も「材から考える」「持続可能」を説明する責任がある

鈴木さんの思いを形にした、設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さんも重要な登場人物です。

「今まで道の駅や図書館など、公共施設を中心に設計してきましたが、入居者の顔が見えない賃貸住宅というのは初めてでしたので、重責だなと思いました。また、鈴木社長からは、とにかく『アフターコロナの時代を想像して設計してほしい』『100年持続可能』というオーダーでしたので、自分なりに仮説を立てて試行錯誤して設計をして。今、こうやってたくさんの方の住まいになって本当に幸せだなと思います」と今の心境をあかします。

設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さん。賃貸住居プロジェクトは重責だったと話します(写真撮影/片山貴博)

設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さん。賃貸住居プロジェクトは重責だったと話します(写真撮影/片山貴博)

「LEEDは、単なる建物の「設計基準」ではなく、建物と敷地利用に関わる環境性能を評価対象とします。そのため、建物の環境性能(高気密高断熱、節水など)というだけでなく、施工、建物、完成後の暮らし方まで、さまざまなことが細かく取り決められているそう。こういう「あいまい」を許さず、「細部まで徹底」するあたりが国際基準ですね。建築家としても、かつてない取り組みだっただけに、改めて発見・気付かされることもあったといいます。

「僕ら建築士は、建材を仕様やメーカーで選ぶことが多いんですけれど、建材ができるところ、例えば木材がどのように伐採されるのか、普段はそこまで想像力が働いてなかったんですよね。LEEDはとにかく細かく基準が決まっていて、違法に伐採されていないかなど、トレーサビリティ(※)のところまで問われるんです。施工時の現場でからでる濁水や粉塵を隣地に影響のないように管理するなどもチェック項目です。いわゆる使う責任、つくる責任ですね。基準が細かく定められていることで、改めて設計や建築・建設に携わる責任の重さを痛感しました」

※製品がいつ、どこで、だれによってつくられたかがわかるように、原材料の調達から生産、消費あるいは廃棄まで追跡ができるようにすること

一方で、これからは「環境性能が問われることが当たり前になっていくな」という手応えも感じたそう。

「若い世代にとっては、環境配慮は当たり前のことになってくるでしょう。また、少しずつですが、良い住まいの持つ、居心地よさというのは伝わっていくのではないでしょうか。今回、お住まいの方が『結界』と仰っていたように、環境性能の持つ心地よさを評価してくれる人が増えるし、そのための普及や情報発信も大切だなと思いました」と三浦さん。

日本の住宅、特に賃貸住宅では、賃料、駅からの距離、広さや間取りといった、わかりやすい「スペック」が重視されます。そのため、環境性能、温熱環境で、住まい、特に賃貸住宅を選ぶ人はまだまだ少ないことでしょう。「鈴森Village」の賃料設定は周囲の相場と比較すれば1割程度高めですが、それでも鈴木さんがかけた建設コストや維持管理費用を考えれば、「安い」とすら思えます。

鈴木さんは、自らを「逆境ラバー」と言っていました。鈴木家がなぜ地主として400年以上もその土地と周囲で愛されてきたのか、腑に落ちた気がします。

そんな思いを経て誕生した「鈴森Village」が、今後この地でどんな暮らしを育んでいくのか、楽しみでなりません。

●取材協力
鈴森Village
SUUMO物件ライブラリー 鈴森Village

「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由

在宅勤務が増えた人も多いだろうが、そうなると気になるのが今年の夏の冷房費。さらに今冬の暖房費もきっと……? そんななか、山形県が2018年に、鳥取県が2020年に国の省エネ基準のほぼ倍となる厳しい断熱基準を打ち出し、それに適合する省エネ住宅を推進している。なぜ国より厳しい基準を設けたのか、家を建てる私たちにどんなメリットがあるのか? 各県の担当者に話を聞いた。
ヒートショックによる死亡者数が交通事故の約4倍!?

国民が健康的な生活を送れるようにと定められているのが、省エネルギー基準(以降、省エネ基準)だ。この省エネ基準をクリアすることは家を建てる際の義務ではないが、例えば金利の優遇を受けられ【フラット35】S 金利Bプランの利用条件の1つに、「断熱等性能等級4」がある。これは現在の国の省エネ基準に相当する。また住宅ローン控除や固定資産税優遇制度などが受けられる長期優良住宅の「省エネルギー対策」も断熱等性能等級4が条件となる。

このように省エネ基準を満たす家づくりが推奨されている中、山形県は国の基準よりも高い「やまがた健康住宅基準」を2018年に定めた。これには同県ならではの切実な理由があった。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「実は山形県でヒートショックによる死亡者数の推計値は年間200名以上。これは交通事故による死亡者数の4倍にもなります」と山形県県土整備部建築住宅課の永井智子さん。しかも山形県といえば寒い東北地方、というイメージだが、実は山形市や米沢市は盆地にあり、寒い地方だけれど夏は暑いという、寒暖差の大きい地域。大きな寒暖差は、体に悪影響を与える。ちなみに2007年に岐阜県多治見市に抜かれるまでは、74年間も1933年に山形市が記録した40.8度が日本一の最高気温だった(現在は2018年に記録した埼玉県熊谷市の41.1度が最高)。

では「やまがた健康住宅基準」が国の基準と比べてどれくらい高いのか。比較したのが下記図だ。

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較(編集部作成)
※「国の地域区分」…国が省エネ基準を定める際、地域の気候に合った基準を定めるために全国を8つの地域に分けた区分のこと
※「UA値(外皮平均熱貫流率)」…住宅の断熱性能を示す。1平米あたりどれだけの熱が中から外へ逃げるのかを示しており、数値が低いほど断熱性能は高い
※「相当隙間面積(C値)」…住宅の隙間がどれだけあるかを示すもので、これも数値が低いほど気密性が高いことを示す

表内の「地域区分」は市区町村単位で決められていて、山形県の場合、地域区分は3~5に分かれているが、「やまがた健康住宅基準」は地域区分ごとに断熱性能の高低レベルとしてI~IIIの3つを設定している。一番低いレベルIIIでも、国の基準はもとより、ZEH(年間の一次エネルギー消費量がゼロ以下)の基準をも上回る。一番高いレベルIは、ZEHの約2倍という高い数値だ。

暖房を切って寝ても翌朝室温10度を下回らない家

もともと山形県は省エネ活動に積極的で、以前から学識経験者や県内の住宅関係者、環境や森林部門など各部署の人々から成る「山形県省エネ木造住宅推進協議会」を設けていた。この協議会の会長で、省エネ住宅に詳しい山形県東北芸術工科大学の三浦教授をはじめたとした学識経験者の方々に意見をうかがいながら「HEAT20」の基準を参考に「やまがた健康住宅基準」を定めることにしたのだという。

「HEAT20」が推奨するUA値は3つのレベルがあり、それが下記の数値だ。一番低いレベルの「G1」の数値を見ると、地域区分3では0.38、4なら0.46、5は0.48(いずれも単位はW/m2・k)。そう、山形県のレベルI~IIIの基準値と同じなのだ。

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較(編集部作成)。ちなみに「HEAT20」とは地球温暖化やエネルギー問題に対応するため2009年に発足した「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」の略称。住宅の省エネルギー化を図るため、研究者や住宅・建材生産者団体の有志によって構成されている

ちなみに「HEAT20」では、「G1」レベルの家で地域区分3~5(山形県の全域が該当)の場合、冬の最低の体感温度が概ね10度を下回らない断熱性能があるとしている。「ヒートショックを防ぐためには、最も寒い時期でも就寝前に暖房を切り、翌朝室温が10度を下回らないように」(永井さん)という断熱の目的に合致した基準というわけだ。

「やまがた健康住宅基準」と認定された住宅を建てた場合は、県による「山形の家づくり利子補給制度」の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」として補助金を受け取ることができる。

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度。所得1200万円以下の県内在住者を対象に、住宅ローンの当初10年間が対象。年度末に利子補給金が1年分振り込まれ、10年間で最大約80万円が交付される

上記表の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」は「やまがた健康住宅基準」の認証を受けることが条件だが、認証制度を開始した2018年度で21件、2019年度で35件と着実に伸びている。「やはり暑さ寒さが身に染みている県民だからこそ、多少初期費用が高くても断熱性能の高い家を求めるのではないでしょうか」と永井さんは分析する。

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

鳥取県は山形県よりもヒートショックの危険が高い!? 

一方、同じ日本海側とはいえ山形県よりずっと西に位置する鳥取県も、同様に国の基準より高い「HEAT20」の基準を参考に、「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を定めた。西の方だからさほど寒くないのでは?と思いがちだが、同県のシンボルの一つである大山(だいせん)にはスキー場もあるなど、冬になれば雪が積もる。鳥取県住まいまちづくり課の槇原章二さんによれば「国のスマートウェルネス事業にも携わっている慶応大学の伊香賀先生の調査によれば、鳥取県は全国の冬季の死亡率割合がワースト16位だったんです」という。

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの(出典/慶應義塾大学伊香賀研究室提供資料)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

すべての死因がヒートショックによるものかどうかまで精査するのは難しいが、冬の心疾患や脳血管疾患といえば、ヒートショックにより引き起こされる疾患の代表格。その数が寒冷な北海道や青森県よりずっと多いのだ。また上記グラフをよくみれば、死亡増加率の高い県は、意外と比較的温暖な地域がずらりと並んでいることに気づくだろう。「ヒートショックは寒い時期に起こりやすい→だから寒くない地域はそこまで心配する必要はない」という油断が、この結果を招いているのだと思われる。

一方で、上記の考え方に沿えば「寒い地域だからこそ、家の断熱性は高くしよう、家を暖かくしよう」と考える人が多いからこそ、寒冷な地域は数が少ないのかもしれない。とはいえ、上記表でベスト9位という山形県でも、先述の通り交通事故の4倍がヒートショックで亡くなっている。そう考えると東西南北を問わず、日本全体がヒートショックの危機にさらされているということになる。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

そもそも日本は昔から高気密高断熱の真逆、通気性を重視する家づくりが盛んだった。吉田兼好は「家つくりやうは、夏をむねと すべし」と、夏のジメジメした気候に合う、通気性のよい家づくりをと、徒然草に書いたほどだ。日本人の多くは、断熱性の低い住まいが当たり前だったことから、室内温度は外気に左右されやすいもので、家にいても「夏は暑い、冬は寒い」「北は寒い、南は暖かい」のは当たり前、という考えが根付いたのだと思われる。なにしろ高気密高断熱の住宅という考えが日本に知られるようになったのは、西洋風の住宅が広まりだした1960~70年あたりからと、日本の歴史から見れば、つい最近の話なのだ。

全館空調システムを導入しても採算が取れる家

もともと県内で健康省エネ住宅の普及に取り組んできた民間団体であるとっとり健康省エネ住宅推進協議会(代表理事 谷野利宏)に県としても参加し、協議会で話し合いを重ねる中で、健康省エネ住宅の普及に向けて県としての省エネ住宅のモノサシをつくろうということになったという。

とっとり健康省エネ住宅性能基準

とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページより。ちなみに鳥取県のほとんどは国の定めた地域区分では、比較的温暖な地域の6にあたるが、同一市町村内でも標高差が大きい鳥取県では国の定めた地域区分も「実態に則していない」「消費者にとってわかりづらい」という課題があった(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

「ヒートショックを防ぐためには、廊下も含めて住宅の隅々まで同じ温度であることが必要になります。そうなると全館空調システムは必須。では全館空調システムの効果を高めるためには、住宅の断熱性能がどの水準にあればいいのか、光熱費の削減率や高気密高断熱住宅を建てるコストはいくらほどになるのか、をシミュレーションすることから始めました」と、鳥取県住まいまちづくり課長の遠藤淳さん。

その際に、山形県同様「HEAT20」の断熱基準を元にシミュレーションしてみたのだという。「HEAT20」の基準を元に計算した理由は、遠藤さんは以前から日本の基準がヨーロッパなど世界と比べ低いことに課題感を持っていて「HEAT20」の基準が欧米で義務化されている水準であることからだそうだ。

シミュレーションの結果「初期投資があまり高くなりすぎず、全館空調の効果を高める断熱性能の基準がUA値0.48であることがわかりました。UA値0.48は「HEAT20」の基準で地域区分が5のG1に相当します。鳥取県はほとんどが地域区分6ですが、県全体の共通基準としてシンプルに示すため地域区分5のUA値を採用しました」(槇原さん)。それが上記表の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」の「T-G1」にあたり、国の基準値で建てた場合と比べると、光熱費を約30%削減できるというシミュレーションの結果となった。さらに断熱性能の高い「T-G2」や「T-G3」であれば、それぞれ約50%、約70%の削減に繋がる。「T-G2なら15年で初期費用の増額分を回収できるくらいの光熱費削減効果があります」と槇原さんはいう。やはり断熱性能が高ければ、光熱費を大幅に削減できるのだ。

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

始まったばかりだが、省エネ住宅を建てられる施工会社は多い

先述のシミュレーション結果をもとに策定した健康省エネ住宅性能基準を軸に、鳥取県では令和2年(2020年)度から「とっとり健康省エネ住宅普及事業」をスタートさせた。上記表の通り、補助金制度も用意したが、まだその詳細が決まっていないころの2019年の年末の仕事納めの日に、遠藤さんたちは知事にこれらの事業について報告。さあ、年が明けたら忙しくなるぞ、と思っていたら知事が年頭の挨拶でこの「とっとり健康省エネ住宅普及事業」について発言したため、正月から各メディアに取り上げてもらえたという、うれしいサプライズがあった。

知事による発言の効果もあったのだろう、2月に行った施工会社等事業者向けの説明会には、想定を超える200名以上が参加。5月から6月にかけて事業者向けの技術研修にも271名もの参加者があったという。

この技術研修の最後に、平たくいえば試験が行われ、そこで合格した人が「とっとり健康省エネ住宅普及事業」の登録事業者になる。登録事業者が建てて、とっとり健康省エネ住宅性能基準を満たした住宅が「とっとり健康省エネ住宅」と認定される。7月末時点で登録事業者は設計が121人、施工が104人(両方取得した人もいる)。スタートしたばかりにも関わらず、いずれも想定以上の人数で、業界をあげて事業に積極的であることが伺える。

この状況に対して遠藤さんは「年頭の知事の発言で『県が本腰を入れて取り組む事業』と周知されたことで注目を集めたことと、事前説明会で、日本の基準が世界と比べてかなり低いということ、思いのほか無理のない費用で高気密高断熱の住宅が建てられること、光熱費の削減効果でゆくゆくは初期費用の増加分のもとが取れることを伝えたことで、事業者の方々にも魅力を感じていただけたのだと思います」

さらに「2021年から新築住宅に対して施主への省エネ基準の説明が義務化されたことも大きいのでは」と遠藤さんは指摘する。

実は、事前説明会に参加した事業者の約6割が、これまで建てた家のUA値を把握していなかったという。だとすれば、「とっとり健康省エネ住宅」の認定住宅を建てれば、この説明義務も果たせるし、商品として魅力的に映ると考えてもおかしくはない。

もちろん家を建てる側からすれば、難しい数字で説明されるより「国よりも厳しい基準の省エネ住宅で、T-G2というレベルなら15年で初期費用の増額分を回収できる」のほうが分かりやすく、しかも光熱費の削減の具体的な数字が見えるのはうれしい。

地方発の断熱性能向上革命は、成功するのか!?

先述のように、「とっとり健康省エネ住宅普及事業」は今年度に始まった事業で、事業者への研修も6月末でようやく終わったばかり。しかし、実は以前から「とっとり健康省エネ住宅性能基準」をクリアするほどの省エネ住宅を既に手がけている事業者もいるという。もちろん既に建てられた家は事業開始前ゆえ、補助金は支給されないのだが、中には「それでもいいから、認定だけ欲しい」という施主もいるという。

山形県同様、それだけ暑さ寒さが身に染みていた県民がいたという証でもある。そのなかで「T-G2」(経済的で快適に生活できる推奨レベル)のUA値0.34を超える0.32の家を建てたKさんは「冬の寒い時期の、2月に福山建築さんの見学会に参加したのですが、エアコンが1台しかないのに、家中どこでも暖かくて驚きました。住むならこんな断熱性能の高い家がいいと、お願いしました」という。同社は県の事業が始まる前から、積極的に高気密高断熱の家を手がけてきた地元の施工会社の一つだ。

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

実際に住んでみると「冬でも毛布1枚で眠れますし、日中はTシャツ1枚でも十分です。こたつなどの暖房器具を出す手間も減りました」とKさん。UA値やC値といった数字では、なかなか「暖かい」「涼しい」が見えないため、こうした“体験談”の口コミは貴重だ。

先述した山形県でも“体験型”による省エネ住宅の普及が期待されている。同県の飯豊町では2019年11月から、やまがた健康住宅基準の中で2番目に高い基準の、レベルIIの認証住宅を建てることを条件に分譲地を販売しているが、この一角に「6月5日にモデル住宅が完成し、今後は体験宿泊も検討されています」(山形県県土整備部建築住宅課 永井智子さん)。

エコタウン椿(写真提供/山形県)

エコタウン椿(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

徒然草に書かれるほど、2000年近くも高気密高断熱の家とは無縁の生活を送ってきた日本人。そこから障子や欄間など日本固有の文化が生まれたのは確かだが、しかし「残念ながら日本の現在の省エネ基準でも、健康的に暮らせるレベルではありません」と槙原さん。とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページに掲げた、上記の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」のグラフに、敢えて欧米の省エネ基準が併記されているのもその強い想いの表れだろう。では、本当に山形県や鳥取県のいう省エネ住宅なら、健康的に快適に暮らせるのか? 長年「夏は暑い、冬は寒いのは当たり前」という意識が身に染みている人にとってみれば、Kさんの「冬でもTシャツ」は本当なのか、Tシャツで「快適」と本気で思えるのか、と疑問も湧くだろうが、まずは山形県や鳥取県の省エネ基準をクリアした家の、見学会や宿泊を通して、身をもって体験してみるといいだろう。

●取材協力
鳥取県
山形県のエコ住宅

新しい生活様式は睡眠不足を招く!?眠りのプロに聞く快眠スペースのつくり方

在宅勤務で通勤の負担は減ったけれど、何だか夜ぐっすり眠れない……。そんな人が増えている。

新しい生活様式には慣れても、睡眠環境が整っていなければ、知らぬ間にストレスを溜め込んでしまっているのかもしれない。一体どうすれば快適な睡眠を取り戻せるのだろうか?今回はこれまでに1万人以上の眠りの悩みを解決してきた快眠セラピストの三橋美穂さんに、快眠スペースのつくり方や睡眠の質を上げる方法を伺った。

自覚のない睡眠不足はこんなサインに気をつけて

最近何だか眠りが浅い気がするのは、気のせいではなさそうだ。

過去の調査では、災害に遭った人には睡眠の問題が生じやすいと言われている。1995年の阪神淡路大震災では被災地住民の60%、1999年の台湾地震では69.1%に不眠症状がみられた(※1)。

今回の新型コロナも例外とは言えそうにない。実際に、メンタルヘルスの悪化を示唆するSNS投稿が1月から4月にかけて80倍以上に急増したとの調査結果が出ており(※2)、在宅勤務へ移行したことによって睡眠時間は伸びたものの、睡眠の質は全体的に下がったことが明らかになっている(※3)。

新型コロナウイルスの睡眠への影響のグラフ

新型コロナウイルスが睡眠に与えた変化(株式会社ブレインスリープ調べ)

コロナ禍による生活スタイルの変化が睡眠に及ぼす悪影響を、快眠セラピストの三橋さんは次のように指摘する。

「在宅勤務になると、就寝・起床時刻や食事の時間が日によってまちまちになったり、朝日を浴びないまま仕事を始めてしまったりする人は多いのではないでしょうか。夕方以降のうたた寝で夜眠れなくなり、深夜まで仕事をしてしまっている人もいるかもしれません。こうした生活を続けると、体内のリズムが乱れ、睡眠の質が落ちてしまいます」

在宅勤務をしたことのある方なら、一つは思い当たる節があるのではないだろうか?

「毎日6時間は寝ているので、睡眠不足の自覚はない」という方もいるかもしれないが、三橋さんによると、個人差はあるものの大人に必要な睡眠時間は7~8時間。睡眠不足のサインは日常のあらゆる場面に現れているらしい。

「睡眠不足になると、感情のコントロールが上手にできなくなると言われています。例えば、ちょっとしたことでイライラしたり、逆に落ち込みやすくなってしまうことも。睡眠不足のカップルは喧嘩しやすいという報告もされています。最近子どもやパートナーに当たってしまうことが増えたと感じたら、すぐに睡眠を見直しましょう」

十分な睡眠が取れない日が続くと、自律神経が乱れ、身体機能を正常に維持できなくなる。感情だけでなく、食欲もコントロールできなくなり、つい食べ過ぎてしまうことも。高血圧や低血圧にもなりやすく、糖尿病やがん、うつ、脳卒中のリスクも高まるという。

決して軽く見ることのできない睡眠不足。一体どうすれば、私たちはぐっすり眠れる日々を取り戻せるのだろうか?

快眠スペースをつくる5つの条件寝室の写真

(写真/PEXELS)

三橋さんによると、自宅で快眠スペースをつくるために大切なのは「明るさ」「温度」「湿度」「音」「寝具」の5つの要素だという。順番に解説してもらった。

1.明るさ

「部屋の明るさは0.3ルクス以下にして寝ることが推奨されています。これは暗闇に近い状態。豆電球は明るすぎるので、寝るときは全て消灯するようにしましょう」

部屋を真っ暗にすると怖くて眠れない人はどうすれば良いのだろう?

「フットライトを使うようにしてください。目に直接当たらないところからほのかに照らす程度であれば、豆電球よりは光の刺激を抑えられます」

2.温度

「冬は18度以上、夏は28度以下がよく眠れる温度です。外気温と温度差がありすぎると体の負担になるので、夏は26~8度ぐらいの間でエアコンを設定するようにしてください。ただ、寝具や服、体質によって、適切な設定温度は変わります。いろいろ試しながら、自分がぐっすり眠れる温度を見つけてみてください」

3.湿度

「湿度の基準は季節問わず40~60%です。夏は湿度が高くなりますが、冷房をつければ下がります。現代の夏はエアコンなしには眠れない日も多いと思います。暑さで寝苦しくて途中で目が覚めてしまう方は、エアコンは朝までしっかりつけておくようにしましょう」

4.音

真っ暗な部屋のほうがよく眠れるように、無音の部屋のほうが熟睡できる、というわけではないらしい。

「無音状態だと不安な気持ちになって、かえって眠れなくなってしまいます。ただ普通、無音状態はつくれませんから、こだわりすぎる必要はありません。静かな図書館ぐらいの静けさが目安です。もし、エアコンや冷蔵庫の音などが気になって眠れないようであれば、耳栓を使うのがお勧めです。耳に入る雑音のレベルが下がるだけで、こんなにぐっすり眠れるんだってびっくりすると思いますよ」

耳栓で何も聞こえなくなると、朝の目覚ましも聞こえなくなってしまうのでは?

「耳栓をしても完全に無音になるわけではありませんから、目覚ましの音はちゃんと聞こえます。不安な方は休日に一度試してみてくださいね」

5.寝具

「ベッドは一人一台がベストです。相手がいることによって寝返りが制限されると、睡眠が浅くなってしまうので。それでもパートナーや子どもと一緒に寝たい人は、ベッドを組み合わせれば、将来の生活の変化にも対応できますよ。ベッドを置く位置は、部屋の入り口から遠いところに頭が来るように配置するようにしましょう。ドアに近いところに頭があると、人が入って来るかもしれないと不安になり、眠りが浅くなってしまいます」

子ども部屋、カップル、一人暮らし……生活スタイル別の快眠のコツは?子供部屋の写真

(写真/PEXELS)

1.子ども部屋

「子どもが朝なかなか起きないと悩みを抱える親御さんは多いと思います。子どもの寝起きを良くするためにおすすめなのは、子ども部屋のカーテンを少しだけ開けておくこと。朝になると日光が入ってくるので、目覚めやすくなりますよ」

部屋の向きによって入ってくる光の量が異なるため、「起きにくい部屋」と「起きやすい部屋」が存在するという。

「西向きの部屋は日光が少ないので、一般的に起きにくい部屋です。その場合は、カーテンを半分ぐらい開けて寝るといいですね。難しい場合は、起床時刻の30分前ぐらいから徐々に明るくなる照明を利用してみるのもお勧めです」

子どもの睡眠の質を高めるためには、「朝だけでなく夜の照明にも気をつけた方がいい」とのアドバイスも。

「子どもの目の水晶体はクリアなので、大人よりも光の影響を受けやすいんです。そのため遅い時間まで強い昼白灯の中にいると、なかなか眠くなりません。夜は暖色系の明かりに切り替えて生活するようにしましょう。今は昼白色と電球色を簡単に切り替えられる照明も多いので、特にお子さんがいる家庭では積極的に利用してみてください」

2.カップル

暑がりさんと寒がりさんが一緒に寝る場合、どちらかが寝苦しい思いをしてしまいがちだ。エアコンのリモコンの奪い合いは日常茶飯事……なんてカップルもいるかもしれない。

「そういう方は多いんですよ(笑)。その場合は、暑がりさんにエアコンの設定温度を合わせて、寒がりさんは寝具か衣服で調節してみてください。もし、寒がりさんが夏だからといってTシャツ短パンで寝ているのなら、それを長袖長ズボンに変えてみるんです。ちゃんと体の周りが覆われていれば寝冷えしませんし、薄着のときより朝起きたときによく眠れた実感があると思いますよ」

3.一人暮らし

寝室には何も置かない方がいいと言われている。ものが目に入ると気になってしまい、熟睡の妨げになるからだ。ただ、ワンルームで一人暮らしをしている人などは、視界からものを排除するのはなかなか難しい。雑然としたスペースで眠らざるを得ない場合、何かできることはあるのだろうか?

「最低限、ベッドの上には何も置かないようにしてください。携帯が枕元にあると、どうしても睡眠に集中することができません」

「たとえスマホが視界に入っていなかったとしても、近くにあるとどうしても見たくなってしまうんですよね。私のおすすめは、目覚ましをかけたスマホをできるだけ遠くに置いて寝ることです。熟睡できる上に、朝もスマホを取りに行くついでに起きられて、一石二鳥です」

たっぷり眠ると時間に余裕が生まれるワケ部屋で仕事をする人の写真

(写真/PEXELS)

忙しい人の中には、「たっぷり寝たいけれど、どうしてもそんな時間が取れない。多少我慢して睡眠時間を削るしかない」と考えている人もいるかもしれない。しかし実際は、「たくさん寝た方が昼間の活動効率は上がる」と三橋さんは言う。

「しっかり眠ると、体感の活動時間は伸びるんです。6時間しか寝ていないことによって日中のパフォーマンスを80%に落としているとしたら実質活動時間は14.4時間、8時間寝て残りの時間を100%活動したら実質活動時間は16時間です。たっぷり睡眠をとると時間に余裕を感じるのは、気のせいではなく本当なんですよ」

眠い目を擦って夜中まで働いても、しっかり寝て短時間働く方がパフォーマンスが上がるのなら、睡眠時間を削ってまで頑張る必要はもはやないだろう。

最後に、すでに体内時計が乱れていてなかなか眠れなくなってしまっている人のために、今日から実践できる入眠法を三橋さんに教えてもらった。

「『4 – 7 – 8呼吸法』を試してみてください。完全に息を吐ききったら、4カウントで鼻から吸って、7カウント息を止め、8カウントで口から吐く。寝るときにお布団の中で、これを4~10回繰り返すだけです。寝初めに呼吸が深くなると寝つきが良くなるだけでなく、睡眠中の呼吸も深まって疲れが取れやすくなります。最近中学生たちにこの方法を教えたのですが、『普段なかなか眠れなかったけど、この呼吸法をやっただけですごくよく眠れた』と好評でした。もちろん大人にも効果はあるので、ぜひ試してみてください」

それでも眠れないときは、一度ベッドから出て、また眠くなるのを待つのが良いという。

「眠れないときはベッドから出て、単調な作業をするようにしましょう。暖色系の明かりを暗めにつけてアイロンがけをしたり、読書をするのもいいですね。それも簡単なものではなく、難しい本がいいです。興味はあるけれども、なかなか読み進められないような本を開くと、あっさり眠りにつけると思いますよ」

今は先の見えない生活にストレスを抱えている人も多いはず。睡眠環境を見直すだけで、体の問題も心の問題も解決に向かうなら、今日から実践しない手はなさそうだ。

眠トレ!表紙画像●取材協力
・快眠セラピスト 三橋美穂(みはし・みほ)
快眠セラピスト・睡眠環境プランナー
寝具メーカーの研究開発部長を経て独立。これまでに1万人以上の眠りの悩みを解決してきており、とくに枕は頭を触っただけで、どんな枕が合うのかわかるほど精通。全国での講演や執筆活動のほか、寝具や快眠グッズのプロデュース、ホテルの客室コーディネートなども手がける。主な著書に『眠トレ!ぐっすり眠ってすっきり目覚める66の新習慣』(三笠書房)ほか多数。https://sleepeace.com/

『眠トレ! ―ぐっすり眠ってすっきり目覚める66の新習慣』(三笠書房)
睡眠を正しく理解し、その効果を最大限にする睡眠トレーニングメソッド「眠トレ」。「睡眠の質を高める」「戦略的に眠る」「眠りの悩みを解決する」といったテーマ別に、66のメソッドを紹介する。

参考:
※1,※2 三島和夫「睡眠の都市伝説を斬る 第114回 新型コロナがむしばむ睡眠やメンタルヘルスの深刻度」Webナショジオ,2020年5月14日
※3 参考:「~新型コロナウイルスの影響による働き方の変更に伴う実態を調査~ 睡眠専門医西野精治から免疫力アップのアドバイスをYouTubeチャンネルにて独占取材」株式会社ブレインスリープ, 2020年4月27日

資源ごみ「捨てられない時代」に!? 税金負担も左右するごみ処理知識

新型コロナウイルス対策下、自宅で過ごす時間が増え、家の掃除をしたり生活を見直したりする機会が増えているようです。また7月からはレジ袋の全面有料化が始まるので、改めてごみやリサイクルに対する知識をつけておきたいところですね。

そこで今回は、リサイクルの現場やごみの正しい出し方について、モノファクトリーの河西桃子さんにお話を聞きました。モノファクトリーでは、グループ会社の産業廃棄物処理業者であるナカダイに運びこまれた廃棄物を、ユニークな方法で利活用しているそうです! どんな方法があるのでしょうか?
コロナの影響で、家庭ごみが増えている!産業廃棄物の新たな使い方を提案するモノファクトリーの品川のショールーム(写真/モノファクトリー)

産業廃棄物の新たな使い方を提案するモノファクトリーの品川のショールーム(写真/モノファクトリー)

自宅にいる時間が増えると、家の中のいろいろなところが気になります。私も3月以降、これまで使っていた照明器具を買いかえたり、家の中の汚れが気になって頻繁に掃除をしたりするようになりました。

「コロナの影響は、ごみにおいてもさまざまなところで変化を与えています。まず、自宅でジュースやお酒などを飲む機会が増えたことで、アルミ缶がごみとして出される量が確実に増えました。また、資源ごみや粗大ごみの回収量も増えているといいます。

さらに、私たちの気持ちの変化も大きいでしょう。近年、ごみを減らすために、エコバックをはじめとしてものを繰り返し使うことや、一つのものをシェアするなど、ものの有効活用の意識が少しずつ浸透してきたと感じます。けれども、今回のコロナ対策下では、衛生面に配慮して感染リスクを避けることが最優先になりました。これもこの数カ月でごみが増えている原因の一つと言えるでしょう」(河西さん、以下同)

衛生面を第一に考えれば「使い捨て」が増え、ごみも増える(写真/PIXTA)

衛生面を第一に考えれば「使い捨て」が増え、ごみも増える(写真/PIXTA)

実は、日本のごみ処理は危機的な状況に!?

やはり、家庭ごみの量が増えているんですね。全国で同じようなことが起こっていそうで心配です……。

「コロナ対策の前から、廃棄物は国内でだぶつき始めています。実は、一昨年くらい前から中国が資源ごみの輸入をストップしていて、このニュースは業界内では話題になりました。それまで日本は中国にお金を払って資源ごみを処理やリサイクルしてもらっていたわけですが、以来、ごみの出し先がない状況です。私たち廃棄物処理業に携わる者は、そう遠くないタイミングで『捨てられない時代』になるのでは、と危機感を持っています。一般の家庭に影響が出ていないのが不思議なくらいなんです」

資源ごみの出し先となっていた中国が資源ごみの輸入をストップし、日本国内のごみ問題は深刻な状況(写真/PIXTA)

資源ごみの出し先となっていた中国が資源ごみの輸入をストップし、日本国内のごみ問題は深刻な状況(写真/PIXTA)

コロナの影響にかかわらず、すでに日本のごみ事情はかなり切迫している状況だったんですね。このような危機的な状況を回避するためにも、私たちが家庭でごみを出すときに気をつけることなどはありますか?

「まず、ご家庭でごみを出すときのベストな方法は、当たり前のようですが、本当に『自治体が指定する通りの方法で出すこと』なんです。自治体によってごみの処理方法は異なります。例えば、燃えるごみにプラスチックを入れていいかどうかが自治体によって異なりますが、それは各自治体がもっている焼却炉のスペックが異なるからです。つまり、プラスチックを焼却する際に発生する有毒ガスを浄化できる機能を持った焼却炉があれば、プラスチックも燃えるごみとして出すことができます。自治体の提示するごみの出し方は、それぞれ最も効率よくごみを利活用または処理できる方法になっているので、ぜひその通りに出してください」

資源ごみのさまざまな疑問・質問に回答!

やはり、ごみの出し方の指定にもそうすべき理由があるんですね。
私もここ最近、自治体から配布されているごみの捨て方の冊子を開いてみたんですが、一つひとつ確認しながらその通りに出すのは結構大変です。これだけ労力を使うと、ごみが一体どのように活用されているのかが気になります……。そこで、河西さんにいくつかの質問を投げかけて、答えてもらえました。

●資源ごみとして紙を出すとき、縛る「ひも」も、紙のひもでないとダメ?
「基本的にはガムテープでもビニール紐でも大丈夫なはずです。紙はリサイクルの過程で一度水に溶かして不純物はすくい取ってしまうので、別の素材で縛ってもそれほど大きな問題になりません。ただ、リサイクルする機械のスペックにもよるので、最終的には住んでいる自治体に確認をしましょう」

河西さんによると、ナカダイで回収している古紙を縛る「ひも」の素材は必ずしも紙である必要はないそうだ(写真/PIXTA)

河西さんによると、ナカダイで回収している古紙を縛る「ひも」の素材は必ずしも紙である必要はないそうだ(写真/PIXTA)

●蛍光灯は資源ごみ? どんな形でリサイクルされるの?
「蛍光灯はちゃんと分解すれば100%リサイクルができます。ガラスの部分はグラスウールに、両端の金属部分はアルミとして、中の水銀もリサイクルされます。ただし、蛍光灯が割れると水銀の取り扱い上、資源ごみとして出せなくなるので、割らないように注意してください」

蛍光灯は割らずに分解できれば100%リサイクル可能な素材でできている(写真/PIXTA)

蛍光灯は割らずに分解できれば100%リサイクル可能な素材でできている(写真/PIXTA)

●古着の回収があるが、どのように使われるの?
「素材や服として再利用できるものは、国内の寄付団体などを通じて、海外へ輸出されることが多いようです。また、綿100%の衣類は国内でもウェス(油や汚れなどを拭き取るための布)として工場や工事現場などで利用されています」

古着などの布類は、工場や工事現場などで油や汚れを拭き取るウェスとして再利用される(写真/PIXTA)

古着などの布類は、工場や工事現場などで油や汚れを拭き取るウェスとして再利用される(写真/PIXTA)

「発想はモノから生まれる」モノファクトリーの取り組み

ごみの行き先や使い道を教えてもらったことで、俄然、ごみやリサイクルに興味が湧いてきました! モノファクトリーさんでは、近年の社会的なニーズの高まりに応じて産業廃棄物を利活用されているそうですが、その取り組みについても詳しく教えてください。

「当社グループ会社のナカダイが、産業廃棄物処理業者です。産業廃棄物は大きく4つのルートを辿ります。1つはマテリアルリサイクルと呼ばれるもので、単一の素材にして資源として再利用します。代表的なものには鉄やペットボトルをイメージしていただくと分かりやすいでしょう。2つ目はサーマルリサイクルと言って、リサイクルできないものがある場合に、燃やして灰にするだけでなく、燃料等に加工して熱源などに活用します。3つ目は家具や家電など、まだ使えるものをリユースすること、そして最後は焼却などの適切な方法で処理して埋め立て処分等することです」

プラスチック製品の原料になる「ペレット」などもモノファクトリーのショールームで購入できる(写真提供/モノファクトリー)

プラスチック製品の原料になる「ペレット」などもモノファクトリーのショールームで購入できる(写真提供/モノファクトリー)

ナカダイで産業廃棄物として回収したものを、モノファクトリーで加工したり、活用している、ということでしょうか?

「モノファクトリーでは、『捨て方のデザイン』と『使い方の創造』を提案しています。捨て方のデザインについては、主に企業向けに大量に出る産業廃棄物をどのように回収すれば有効な資源として使えるか、コンサルティングやアドバイスを行っています。使い方の創造については、リサイクルの過程で出た素材を仕入れ、大量に集めて展示・販売しています。私たちは『発想はモノから生まれる』ことを伝えていますが、素材をいろいろ触ってみた結果、これに使えるかも、というアイデアが出ることを面白がっていただきたいのです」

「自由な発想」でモノが新しい価値を生む

どのような素材がどのように活用できるのか、素人にはなかなかすぐにイメージしづらいのですが、具体的に面白い事例があれば、ぜひご紹介ください!

「まずは、隈研吾さんが設計した三鷹駅前の『ハモニカ横丁ミタカ』です。放置自転車360台分の前輪を、外装や店舗什器に使用しています。素材を単品で考えるだけでなく、同じものがたくさん並ぶ、ということによってとてもインパクトのあるものになりますよね。特にインテリアやDIYなどが好きな人は、同じものを並べてディスプレイするなど、自由な発想で楽しんでいただきたいです」

隈研吾さん設計の「ハモニカ横丁ミタカ」。放置自転車360台分の前輪を並べた外観はインパクト大!(写真提供/モノファクトリー)

隈研吾さん設計の「ハモニカ横丁ミタカ」。放置自転車360台分の前輪を並べた外観はインパクト大!(写真提供/モノファクトリー)

さすが日本を代表する建築家の隈さんならではの活用法ですね。私たちが普段の生活に簡単に活かせるようなアイデアもありますか?

「先日、ショールームにいらした親子連れのお母さんが素材を見て口にしたひと言が印象に残っています。ゴムの細長い素材を見て『このゴムを使えば引き戸のドアがいつもバタンと大きな音を立てて閉まるのを防げるかも』と言って買っていかれたんです(笑)」

なるほど! まさに「発想はモノから生まれる」ですね。

モノファクトリーのショールームで展示・販売しているさまざまな形状・色とりどりの素材。見ているだけで心が弾む。写真は前橋市のショール―ムの様子(写真提供/モノファクトリー)

モノファクトリーのショールームで展示・販売しているさまざまな形状・色とりどりの素材。見ているだけで心が弾む。写真は前橋市のショール―ムの様子(写真提供/モノファクトリー)

快適で持続可能な生活のために、私たちがこれからできることは?

本日のお話を聞いて、楽しみながらごみをリサイクルしてまた活用する、という流れができるといいなと思いました。

「その通りです。近年、海外の商品を安く手軽に購入できるようになりました。将来的にごみが捨てられない状況になれば、国内で再利用する仕組みを考えていくほかありません。そのとき、ごみを処理するためにかかる費用は、税金やそのほかの形で一層私たちにのしかかってくることになるでしょう。本当は、商品をつくって販売する会社が責任をもって、商品を買った人からごみを回収して再活用する、という『循環』の体制ができればベストです。私たちもごみを扱う会社として、有効にごみをリサイクルできる方法を各企業に提案しています。

また、そのような事業を行っている会社を応援する意味でも、自分が消費者として購入する場合には、値段だけではなく、販売したものを循環させる仕組みや体制があるかどうかなど、各企業の取り込みにも興味を持って購入してほしいと思います」

ごみを捨てるときだけでなく、購入を検討するときからリサイクルは始まっているのかもしれない(写真/PIXTA)

ごみを捨てるときだけでなく、購入を検討するときからリサイクルは始まっているのかもしれない(写真/PIXTA)

河西さんのお話によれば「ごみは単一の素材として分類されていればリサイクルができる」といいます。その素材が複雑に絡み合っていたり、汚れたりしていると、きれいな単一の素材にするために分解をしたり、洗浄したり、といった作業が必要になるのだそうです。その作業費が膨れ上がれば、最後は私たちが税金やそのほかの形でその負担をすることになるわけです。

日々、商品の購入から使用、ごみの廃棄までちょっとしたケアをすることで、無駄なごみや無駄な費用を抑制できることが分かりました! 私たちの生活が快適で持続可能なものになるよう、商品の選び方やごみの捨て方にも意識して取り組みたいですね。

●取材協力
・株式会社モノファクトリー
・株式会社ナカダイ

レジ袋が全面有料化。プラごみ減らす「量り売りショップ」に注目

2020年3月から、ニューヨークでレジ袋の無料配布が禁止になりました。日本では7月からレジ袋の無料配布が禁止になりますが、“脱プラスチック”に率先して取り組んできた欧米に比べると、環境対策では大きな遅れを取っています。
「プラスチックごみを減らそう!」という声を耳にすることはあっても、その必要性をきちんと理解している自信がある人は少ないのではないでしょうか? 今回は改めて、プラスチックごみにまつわる現状と、これからどのようなライフスタイルにシフトするのがよいのかを知るべく、プラスチックをなるべく使わない生活を提案するWebサイト『プラなし生活』を運営する中嶋亮太さんと古賀陽子さんにお話を伺いました。

日本はプラスチック包装容器の個人消費量で世界2位

今、世界中で増え続ける「プラスチックごみ」が大きな環境問題になっています。

軽くて頑丈なプラスチックは生物に分解されないため、誤ってビニール袋を食べた動物が満腹だと勘違いして、餓死するケースがいくつも報告されているのです。

また、魚の体内からは大量のマイクロプラスチックが発見されています。プラスチックには生物に有害な添加剤が加えられていることが多く、巡り巡って魚を食べた人体にも影響を及ぼすことが懸念されています。

ゴミ置場からあふれ出したビニール袋やペットボトルは、風に飛ばされ、雨に流され、最終的には海に流れ着く(写真/Unsplash)

ゴミ置場からあふれ出したビニール袋やペットボトルは、風に飛ばされ、雨に流され、最終的には海に流れ着く(写真/Unsplash)

その一方で、1人あたりの使い捨てプラスチックの量は増え続けていて、その約半分が食料品の容器や、飲料ボトルなどのプラスチック包装容器です。日本は残念ながら、このプラスチック包装容器の個人消費量が世界で2番目に多い国なのです。

「プラスチックを取り巻く国内外の状況」 (UNEP 2018)より引用

「プラスチックを取り巻く国内外の状況」 (UNEP 2018)より引用

ごみ処理技術の進歩を待つだけでは、もはや手遅れになりかねません。この問題を解決するには、プラスチックの大量生産・大量消費に慣れてしまった私たちのライフスタイルを変えることが急がれます。

途上国でも進む「使い捨てプラスチック規制」

日本人はなぜ「使い捨てプラスチック」を大量生産・大量消費してしまうのでしょうか。『プラなし生活』運営者の2人はこう語ります。

「意識の高い低いというよりも、使い捨てプラスチックを使うことが当たり前になってしまっていることが問題だと思います。消費者はちょっとでも商品に傷がついていると買わないので、企業は商品を過剰に守ろうとする。だから何重にも包装するのが普通になってしまっているんです」(中嶋さん)

「プラスチックごみの問題はメディアで取り上げられているので、知っている人は多いと思うのですが、『自分はポイ捨てしないから関係ない』『ちゃんと分別していればいくら使っても大丈夫』と思っている人が多い気がします」(古賀さん)

左から『プラなし生活』運営者の中嶋亮太さんと古賀陽子さん(写真提供/中嶋さん・古賀さん)

左から『プラなし生活』運営者の中嶋亮太さんと古賀陽子さん(写真提供/中嶋さん・古賀さん)

ゴミをきちんと分別して捨てていても、プラスチックごみを減らさなくてはならないのはなぜでしょうか。

その理由の1つは、温暖化対策です。他のごみと同様、プラスチックは燃やせばCO2が発生するため、総量を抑える必要があります。

2つ目は、カンや瓶などに比べるとリサイクルが難しいためです。プラスチックは油がつきやすく落ちにくいので、きれいに洗浄できなかったプラスチックは燃やされてしまいます。また製品になる過程で、着色したり耐久性を持たせたりするための添加剤が加えられていることが多く、その場合もリサイクルは難しくなります。

なお、日本のプラスチックリサイクル率は82%と、諸外国に比べると高いのですが、これはプラスチックを燃やして発生した熱を再利用した分もリサイクル率に加えているためであって、純粋な日本国内でのリサイクル率は1割にも満たないと言われています。

3つ目は、落としたり、風に飛ばされたり、不法投棄されたりしたプラスチックが海に流れ着くことによって、生態系に悪影響を及ぼすためです。日本は廃棄物管理がきちんとしている国ではありますが、それでもゴミ置場からプラスチックごみが飛ばされたりすることは完全には防げません。また、日本は2018年1月に中国が廃プラスチックの輸入を停止するまで、自分たちのプラスチックごみの多くを中国に輸出してきました(年間約150万トン )。実際、海洋プラスチックごみのほとんどはアジアから流れ出ていることが分かっています。日本人の出したプラスチックごみが、海のごみになっている可能性は否定できません。

上勝町、亀岡市、鎌倉市など、プラごみ削減に積極的な自治体も

日本全体でのプラスチックごみ削減対策が遅れるなか、積極的な取り組みを進める自治体もあると、中嶋さんと古賀さんに教えてもらいました。

1.徳島県上勝町
人口約1300人の小さな町、徳島県上勝町は、日本で初めてゴミをゼロにすることを目指す「ゼロ・ウェイスト宣言」を2003年に発表しました。人口約1300人の小さな町の住民はゴミを34種類に分別し、その多くをリサイクルに回しています。レジ袋削減や、量り売りの推進にも積極的で、海外からも取材が来るほど注目を集めています。

2.京都府亀岡市
亀岡市は、使い捨てプラスチックごみゼロのまちとなることを目指して、2018年に「かめおかプラスチックごみゼロ宣言」を発表しました。2020年3月には「亀岡市プラスチック製レジ袋の提供禁止に関する条例」が成立し、市内で事業を行う法人、個人全てのレジ袋の提供が禁止になりました。「有料提供」も禁止する点で、国の取り組みよりも一歩踏み込んだ内容となっています。

3.神奈川県鎌倉市
鎌倉市が取り組んでいるのは、市内の公共施設に給水スポットとして「ウォータースタンド」を設置するという新しい試みです。2020年2月から市内の公共施設を中心に最大50台程度の設置を目指していて、市民や観光客にマイボトルの利用を呼びかけています。鎌倉市は2018年10月に「かまくらプラごみゼロ宣言」も行っており、市役所の自販機でのペットボトル飲料の販売廃止など、率先した取り組みが目立っています。

(写真/PEXELS)

(写真/PEXELS)

日本ではこうした一部の自治体が先進的な取り組みを行っていますが、海外では先進国・途上国問わず、多くの国ですでにレジ袋の無償配布は禁止されています。中嶋さんによると、日本よりもはるかに厳しい罰則を設けている国は多いとのこと。

「ケニアではレジ袋を持っているだけで警察に逮捕されます。レジ袋が排水溝に詰まって洪水が起きてしまったことがきっかけで、禁止になったんです。インドでも、神聖とされている牛がレジ袋を誤って食べてしまい、使い捨てプラスチックを使うと罰金刑が課されるなど、取り締まりが厳しくなりました。このようにゴミ処理の技術が未発達な国の一部は、使い捨てプラスチックが環境に及ぼす影響が顕著な分、日本よりも対策は一歩進んでいると言えます」(中嶋さん)

すぐに始められる「量り売りショップ」の利用

使い捨てプラスチックの使用量を減らすために、私たち一人ひとりができることは何でしょうか。簡単に始められるのが、「量り売りショップ」に行くことです。

「僕が住んでいたカリフォルニアでは、蜂蜜やコーンフレーク、ピーナッツバター、シャンプーやリンスが量り売りされていました」と中嶋さんは言います。海外ではプラスチックごみの問題が注目される前から、量り売りショップはわりと一般的だったそうです。

カリフォルニアでばら売りされている食材(写真提供/中嶋さん)

カリフォルニアでばら売りされている食材(写真提供/中嶋さん)

シャンプーの量り売り(写真/John Keane)

シャンプーの量り売り(写真/John Keane)

日本では、1つの店舗で多様な商品が量り売りされているお店はまだ少なく、食料品専門店が行っているケースが多いです。古賀さんにおすすめしてもらったのは、元住吉や新丸子で店舗を展開するバルクフーズ。ナッツやドライフルーツ、ピーナッツバターなどの食材をほしい分だけ購入できるお店です。

(写真提供/バルクフーズ)

(写真提供/バルクフーズ)

バルクフーズでは、瓶、缶、タッパーなど、好きな容器を持参すればその容器に商品を入れて購入できます。店舗にも備置きの容器がありますが、ビニールの小袋は紙袋へ、プラカップは瓶や紙カップへ、ビニールのレジ袋は生分解性の袋やエコバックヘと、切り替えを可能な範囲で進めているそうです。

店主の伊藤弘人さんは、量り売りを始めた理由を、「『身体にやさしいナチュラルな商品を日常的に摂取していただきたい』という思いのもと開店しましたが、そうした食品は高額なものが多く、継続的に摂取していただくためにはコストを抑える必要がありました。その手段として、量り売りは最も理に適ったやり方だったんです」と話します。店舗にとってはレジ袋を使わないことで、環境配慮だけでなくコスト削減の効果も期待できます。

またラッシュジャパンも、プラスチックごみの削減に向けて、多くの商品をパッケージ無しで販売しています。

容器不要の固形シャンプー「シャンプーバー」(写真提供/ラッシュジャパン)

容器不要の固形シャンプー「シャンプーバー」(写真提供/ラッシュジャパン)

バスボム、ソープ、シャンプーバーをはじめ、固形の商品は基本的に非包装の状態で販売しているほか、液体やクリーム状の商品のボトルやカップなどの容器には100%リサイクル可能な素材を使用し、可能な限りシンプルなデザインとしているとのこと 。

「ラッシュはビジネスを通して、社会の問題の根本をできるだけ解決したいと考えています。プラスチックの包装は、開封した途端にゴミになってしまいます。気候変動を無視することができなくなった昨今、『捨てること』を無くすことで、環境への負担を減らしたいと考えています」(ラッシュジャパン広報)

一般的にバスルームや洗面台で使われる商品は、使い捨てプラスチックで包装されていることがほとんどです。しかしラッシュでは、プラスチック包装なしで商品をショップに並べることが商品開発の時点から意識されており、プラスチックごみ対策が徹底されています。

エコな生活は「お金も時間もかかる」は本当?ラップの代わりに洗って繰り返し使えるミツロウラップ(写真提供/プラなし生活)

ラップの代わりに洗って繰り返し使えるミツロウラップ(写真提供/プラなし生活)

合成繊維(プラスチック)の食器洗いスポンジの代わりに使える綿たわし(写真提供/プラなし生活)

合成繊維(プラスチック)の食器洗いスポンジの代わりに使える綿たわし(写真提供/プラなし生活)

「エコな暮らしには憧れるけど、忙しいから自分には無理」と思う人も多いかもしれません。ところが、忙しい人ほど『プラなし生活』を実践するメリットがあると古賀さんは言います。

「使い捨てプラスチックを減らすと、身の回りにガラスやステンレス、金属、ステンレスなどの自然素材が増えます。そうすると、プラスチックの消耗品 を買ってストックする必要がなくなるので、結果的に買い物が減って、節約にもなるんです。しかも天然素材の風合いは統一感が出るので、キッチンが驚くほどオシャレになりますよ」

レジ袋を貰わないようにしたり、量り売りショップを利用してみたり。使い捨てプラスチックが地球環境に与える影響を知ることによって、今までの消費行動をできるところから変えていこうと思う人も多いのではないでしょうか。

「でも、何も『環境のため』と気負う必要はないんです」と古賀さんは語ります。

「一番大事なことは「長く続けて行く」こと。環境を変えてやるぞ、と頑張りすぎると疲れてしまうことがあります。 ちょっとおしゃれで、楽しめることだと思って、身近なところから始めてみるのが良いと思います」

『プラなし生活』の2人が言うとおり、楽しみながら取り組むことが、ライフスタイルを長期的に変えていくヒントかもしれません。

●取材協力
中嶋亮太さん
生物海洋学者。2009年に博士号を取得。米国スクリップス海洋研究所の研究員を経て、現在、国内の海洋研究所・研究員。海洋プラスチック問題、とくに海底に沈んだごみについて研究を進めている。著書に『海洋プラスチック汚染: 「プラなし」博士、ごみを語る』(岩波書店)がある。

古賀陽子さん
プラなし生活実践中の主婦。2005年にパナソニック(株)に入社し10年に渡り技術職勤務。その間、出産・育児を経て現在は自宅でお仕事中。海洋プラスチック汚染の深刻な実態を知り、中嶋氏 と共にプラスチックフリーなアイテムやヒントを探し回っている。

>プラなし生活●関連サイト
バルクフーズ
ラッシュジャパン

一戸建て育ちVSマンション育ち! “そこで育った”からこそ分かる「良さ」討論会

住宅系のメディアで度々議論される「一戸建てVSマンション」。それぞれのメリット・デメリットについて、これまであまたの専門家がさまざまな知見を述べてきた。管理費やら資産運用やら、さまざまな観点は参考にはなるものの、ぶっちゃけ「実際に住んでみないと実感が湧かない」というのが正直なところではないだろうか。

では、いっそのこと専門家ではなく、実際に「そこで育った人」たちに討論させてみてはどうだろうか? 専門家が語る長所・短所ではなく、そこに暮らして大人になったからこそ分かる「良さ」を語ってもらうのだ。

そこで、今回は一戸建て、マンション、それぞれの環境で育った男女6人を招き、各々が思う魅力や子どものころの思い出を語ってもらった。
写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

集まってもらったのは「一戸建てで育った3名」と「マンションで育った3名」の計6名。それぞれ、思い出を振り返りつつ「良さ」を主張してもらうことにした。さらには、逆に相手側の「うらやましかったところ」も述べてもらおう。

写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

こちらは一戸建て育ちの3名。向かって左からタカダ氏、ハコちゃん、タニ氏。

写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

一方、マンション育ちの3名。向かって左からポインティ氏、アイハル氏、ホウキバラ氏。

育ったからこそ分かるマンションの良さ

というわけで、さっそく語っていただこう。口火を切ったのはマンションチームのホウキバラ氏。いわく、子どもにとってマンションほど魅力的な遊び場はないと語る。

【マンションの良さ・その1】子どもにとってマンションは絶好の遊び場

ホウキバラ(マンション育ち、以下、マ)「マンション住まいの利点が最大に活かされるのは、小・中学生時代じゃないかな。マンションのほうが、遊ぶ空間に恵まれていると思うんですよね」

のっけから熱いホウキバラ氏(写真撮影/榎並紀行)

のっけから熱いホウキバラ氏(写真撮影/榎並紀行)

ホウキバラ(マ)「ポコペン(※)って遊びがあるじゃないですか? だいたい4~5人でこぢんまりとやる遊びなんですけど、そんなポコペンもマンションを舞台にするととても壮大になります。僕がやっていたのはマンションの敷地全てをフィールドにした『サバイバルポコペン』です」

※ポコペンとは……鬼は隠れている子を探し、見つけたら所定の場所に戻り「〇〇くん、ポコペン」などと叫びながらタッチする遊び。なお、地域によってさまざまなローカルルールがある。

サバイバルポコペン??? いきなり知らない遊びが出てきて戸惑う一戸建てチーム(写真撮影/榎並紀行)

サバイバルポコペン??? いきなり知らない遊びが出てきて戸惑う一戸建てチーム(写真撮影/榎並紀行)

タカダ(一戸建て育ち、以下、戸)「公園じゃダメなの?」

ホウキバラ(マ)「公園だとヨコにしか広がりがないけど、マンションの場合はタテも使える。上の階から下の階の様子をうかがったり、情報を伝達したり。かけひきの楽しさもグンと上がります。ポコペンに限らず、マンションって子どもの遊びの想像力を広げてくれると思うんですよね。それでいて、どこか遠くに行かれるよりマンションの敷地内で遊んでくれたほうが親も安心できる。マンションって、小学生でも扱いきれるスケールなのがいいんですよ。もちろん、危険な遊びはダメですけど」

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【マンションの良さ・その2】やっぱり眺望は魅力!

ホウキバラ(マ)「あと、これは言わずもがなかもしれませんが、マンションの良さといったらやはり眺望です。うちの親父は『リビングから富士山が見える』という理由だけでマンションを買いました。結果的に職場まで片道2時間の通勤という代償を払うことになりましたけど、それほどまでに景色というのは人を魅了するんだなあと子どもながらに思いましたね」

ポインティ(マ)「うちも眺めは良かったな。自然豊かな場所で、窓から四季折々に風景が移ろっていく様子が眺められました。子どものころはそんなのまったく興味なかったけど、大人になってから振り返ると季節の風景が思い出にひもづいて、よりエモーショナルな気持ちになれる」

ハコちゃん(戸)「それは素直にうらやましい!」

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【マンションの良さ・その3】住民同士の属性が近く、友達ができやすい

アイハル(マ)「私がマンションで良かったと思うのは、幼なじみができたことですね」

マンションには同年代の子どもがたくさん住んでいたと語るアイハル氏。何度も引越しを重ね、最終的に実家は一戸建てになったというが、思い出深いのはマンションでの暮らしとのこと(写真撮影/榎並紀行)

マンションには同年代の子どもがたくさん住んでいたと語るアイハル氏。何度も引越しを重ね、最終的に実家は一戸建てになったというが、思い出深いのはマンションでの暮らしとのこと(写真撮影/榎並紀行)

ホウキバラ(マ)「確かにマンション、特に新築の場合は同じ属性の世帯が多く住んでいるから友達はできやすいし、距離的にも近いから密になるよね。僕は6階に住んでたんだけど、3階のモトちゃんと少年野球でもバッテリー組むくらい仲が良かった」

ハコちゃん(戸)「すてきな思い出」

ホウキバラ(マ)「ヒマなときにすぐピンポン鳴らしてキャッチボールしようぜって。あと、隣に住んでた子とも仲良くて、壁を挟んで向こう側がその子の部屋だった。僕が壁をドンドンってたたくと向こうもたたき返してきて、それが『遊ぼうぜ!』の合図だった。そういう気楽さはマンションならではだと思う」

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【マンションの良さ・その4】協調性や察する力など「大人力」が身につく

タニ(戸)「そういうコミュニケーションはうらやましいと思うけど、音が響くのは嫌じゃない? 隣人同士の騒音もだけど、マンションって大概ワンフロアだから家族同士のプライバシーを確保するのも難しそう」

ポインティ(マ)「まあ、家族が喧嘩してたりすると筒抜けなのは確か。うちも両親がよくケンカしてましたね、夜中に。でも、だんだん深夜ラジオみたいな感覚で聞き流すようになったけど」

タカダ(戸)「なんか達人っぽい」

両親の喧嘩はラジオだったと、独特の経験談を語るポインティ氏(写真撮影/榎並紀行)

両親の喧嘩はラジオだったと、独特の経験談を語るポインティ氏(写真撮影/榎並紀行)

ポインティ(マ)「両親の喧嘩に僕が口を挟むことはないんですけど、どっちの言い分が正しいのか分析したり、そういうことはやってましたね。丸聞こえだったがゆえに大人の事情を知ることができ、察する力とか、物事をバランスよく公平に見る力、ジャッジする力が養われたような気がします(笑)」

ホウキバラ(マ)「ポインティさんのケースはやや特殊かもしれないけど、マンションって密なコミュニティであるがゆえに『大人力』みたいなものは身につきやすいと思います。大人と触れ合う機会も多いし、協調性とかが磨かれる気がする」

アイハル(マ)「確かに、マンションだと騒音問題とかもあるけど、それはお互いさまだよねって。私が育ったマンションでも、基本的にそういう協調性をみんなが互いにもって暮らしていたと思います」

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一戸建ての良さは?

【一戸建ての良さ・その1】一戸建ての子どもはイケてる気がする

では、一方の一戸建ての良さは何だろうか? 日当たり良好な庭付き一戸建てで育ったというタカダ氏が猛然と吠える。

タカダ(戸)「まず、一戸建てって子どもにとっても何となく誇らしいよね。“一国一城”の子どもっていうプライドをもてるし、自信満々で友達を呼べる」

タニ(戸)「それは確かに。マンションと値段が同じだったとしても、根拠のない“金持ち感”みたいなものはあったね」

一戸建て育ちの誇りを語るタカダ氏(写真撮影/榎並紀行)

一戸建て育ちの誇りを語るタカダ氏(写真撮影/榎並紀行)

ポインティ(マ)「確かに、一戸建ての子どもって何かキラキラして見えたような気がする」

タカダ(戸)「そう、ちょっと中二っぽいことを言わせてもらうと、一戸建てって“主人公”っぽさがあるんですよね」

アイハル(マ)「???」

タカダ(戸)「少年漫画とかアニメの主人公って、だいたい一戸建てに住んでませんか? のび太やサザエさん一家は言わずもがな、キャプテン翼とか、タッチとかもそう。食パンかじりながら自宅を出るとか、幼なじみと2階の窓越しに行き来するとか、漫画におけるベタなシーンも一戸建てが舞台だからこそ映えると思うんですよ」

アイハル(マ)「確かに、主人公の実家がマンションってあまりない気がする……」

ホウキバラ(マ)「それは地味にちょっと悔しい」

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【一戸建ての良さ・その2】人が集まりやすいため、ホスピタリティが磨かれる

タニ(戸)「あと、さっきタカダさんがちょっと言ってたけど、人を呼びやすいってのはあると思う。一般的には一戸建てのほうが部屋がたくさんあったり、庭があったりして広いので集まりやすいし、みんなも来たがる」

ハコちゃん(戸)「私の家にも友達はよく来ていました。うちの場合は一戸建てで、なおかつ小学校が目の前だったので、余計にたまり場みたいになってましたね。おかあさんは大変だったと思うけど……。でも、来客用のお菓子は常にストックされていて、それはうれしかったな」

タニ(戸)「小学校のすぐ近くなんて、もう住んでるだけでヒーローだよね。で、友達が来てくれると楽しいのもあるけど、ホスト精神というか、おもてなしの精神みたいなものが自然と身につく気がします。マンション住まいだと大人力が磨かれると言ってましたけど、こっちはホスピタリティが養われる」

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【一戸建ての良さ・その3】思春期のプライバシーを守れる

タカダ(戸)「あと、僕はやっぱり家族同士でも互いのプライバシーは必要だと思うし、その点でも一戸建てに利がある。特に思春期のころですよね。僕は2階に子ども部屋があったので、主に1階にいた親と心理的、精神的にほどよい距離感を保つことができました。ワンフロアのマンションだと、自分の部屋はあっても家族がすぐ近くにいる感じがして落ち着かないと思います」

アイハル(マ)「親は心配だろうけど、確かに子どもとしてはある程度の距離は保ちたいですよね」

タカダ(戸)「距離って大事なんだよ。少年マガジンのグラビアを熟読してる姿とか、ゼッタイ親に見られたくない。だから、グラビアを読みつつ別のページを指で挟んでおいて、親が階段を上る足音が聞こえたら瞬時にMEGUMIから『はじめの一歩』に切り替える。そういう危機管理ができるのも一戸建てならではだよね」

ハコちゃん(戸)「……意外としょうもない話だった」

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実はマンションがうらやましかった点は?

ここまで一歩も譲らぬ両者。そこで、「互いにうらやましかった点」を聞いてみた。まずは一戸建てチームに「マンション住まいのうらやましかったところ」を聞いてみると……

写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

【マンション住まいのうらやましい点】すぐに友達と集まれる

タニ(戸)「さっきホウキバラさんも話していたけど、やっぱり友達とすぐ集まれるっていうのはマンションならではの魅力だと思う。学校帰り、ランドセルを置いたらすぐマンションの1階に集合とか、そういうのはうらやましかったですね」

タカダ(戸)「確かに、遊戯王のカードがはやったときにマンションのやつらはロビーでバトルしてて、あれはうらやましかったな。風でカードもめくれないし、雨でぬれる心配もないし」

ポインティ(マ)「確かに、遊戯王はうちのマンションでもはやってました」

タカダ(戸)「ロイヤルマンションってところが主戦場になってたから、よく遠征に行ってた。だから小学生のときはまっすぐ家に帰らずロイヤルマンションに直行するっていう」

ハコちゃん(戸)「公園とかに行かなくても、マンション自体がコミュニティスペースになるからいいですよね。あと、マンションは学年関係なく仲良くなれるのがうらやましかった。一戸建てだと、家に兄妹がいないと他学年の子と絡むことはないから」

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一戸建てへの憧れポイントは?

では、マンション育ちから見た一戸建てのうらやましい点は?

【一戸建て住まいのうらやましい点】とにかく広い!

アイハル(マ)「やっぱり、何といっても『広い』ってことですね。庭で愛犬を遊ばせたり、バーベキューをしたり。マンション住みからするとキャンプ場でやるような特別なイベントを家でできるっていうのは、本当にうらやましかった」

ホウキバラ(マ)「確かに庭は憧れだった。野球少年だったから庭でティーバッティングできるとか、本当にうらやましかった。あと、同じマンションの友達の家に行くとほぼ間取りが同じなんだけど、一戸建てはすごく自由な感じがして楽しかったのは覚えてるなあ」

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一戸建てとマンション、どっちも良いけど……

というわけで、まとめると……

【マンションの良さ】
・子どもにとってマンションは絶好の遊び場
・やっぱり眺望は魅力!
・住民同士の属性が近く、友達ができやすい
・協調性や察する力など「大人力」が身につく
・すぐに友達と集まれる

【一戸建ての良さ】
・一戸建ての子どもはイケてる気がする
・人が集まりやすいため、ホスピタリティが磨かれる
・思春期のプライバシーを守れる
・シンプルに広い

ということになった。それぞれに良さがあり優劣はつけられないが、一戸建て育ちとマンション育ちでは幼少期の思い出や思春期の悩み、考え方や育ち方にも微妙な違いが生じるように感じた。専門家が語るメリット・デメリットは参考になるが、「子どもにどんな風景を見せたいか」、「どんな思い出を刻んでほしいか」といった視点も、同じくらい大事なのかもしれない。そんなことを思い起こさせてくれる討論会だった。

※今回のメリットはそれぞれの体験がもとになっているため、一戸建て、マンションともに一概には言えません

心安らぐ空間の演出方法とは? ライフステージに合わせた住まい

東京・吉祥寺で人気のギャラリーとパン屋を経営し、すてきなライフスタイルで注目を集める引田ターセンさんと、かおりさんご夫妻。築20年のコンクリート造の一戸建てをリノベーションしたお住まいを訪ね、シンプルで心安らぐ空間のつくり方についてお聞きしました。
家族の成長に合わせて、快適な住まいは変わっていい

引田さん夫妻のリノベーションしたお住まいは、珪藻土の壁に、床はリネンウールのカーペット、天井やドアまで全て国産のナラ材を使った1LDK。まさに大人の洗練された空間ですが、子育て中のころの家はおもちゃの滑り台があったり、子どもの作品を飾っていたそうです。
「食器も変遷しています。ジノリやロイヤルドルトンなどヨーロッパの絵付け食器の時代もあったし、染付けの時代もあった。それぞれの時代があったんです。子どもがいてにぎやかなときにはヨーロッパの絵付けなど柄物が良かったけれど、夫婦2人の暮らしになると、食事の好みにも合わなくなってくる。ギャラリーを始めてからは、作家物がふえました」(ターセンさん)
「ただ、私たちは子どもが小さいころから洋服でも家具でも、「いずれ大きくなるからちょっと大きめを選ぶ」ことはしませんでした。今の暮らしにジャストであることを、大事な基準にしていたのです」(かおりさん)

玄関ホールを入ると、トップライトからの光が差し込むリビング。壁や天井には国産ナラ材を使い、床はリネンウールのカーペットを敷き詰めたナチュラルな空間(写真撮影/菊田香太郎)

玄関ホールを入ると、トップライトからの光が差し込むリビング。壁や天井には国産ナラ材を使い、床はリネンウールのカーペットを敷き詰めたナチュラルな空間(写真撮影/菊田香太郎)

中央にある暖炉と段差が、リビングとダイニングスペースを緩やかに分けている。左奥のデスクカウンターは、持っていたテーブルに質感も高さも合わせて造作してもらった(写真撮影/菊田香太郎)

中央にある暖炉と段差が、リビングとダイニングスペースを緩やかに分けている。左奥のデスクカウンターは、持っていたテーブルに質感も高さも合わせて造作してもらった(写真撮影/菊田香太郎)

シンプルを実現するコツは、なければどうかな?と考えてみること

シンプルに暮らすために、引田さん夫妻が心掛けているのは、決め付けないこと、変化を恐れないことだと言います。
「こうだと決め付けず、なければどうかなとか、変えたらどうだろうとか考えてみることで、違ってきます。例えばバスマットは必要と思い込んでいますが、なくても困らないんです。お風呂上がりに体も足も拭いて、そのタオルを洗濯したらいいのですから」(かおりさん)
「バスマットがないだけで洗面室の印象は違いますよね。わが家はタオルも、彼女が気に入ったホテルのものを取り寄せて、その一種類一色に統一しているから、収納したときも自然とそろって見えます」(ターセンさん)
「キッチンもかつては、調理器具を見えるようにつるしてありました。でも料理している時間は、一日のうちでも1時間くらい。「しまってみようかな」とふと思って。フライ返しや菜箸を、しまっても何の問題もなかった。逆に何も出ていないほうが、拭き掃除がしやすくなりました」(かおりさん)

ペーパーホルダーやキャビネットの取っ手なども同色、同じ質感でそろえた。バスマットもなく、余計な物を一切置いていないため、洗面室と浴室がいっそう広く感じられる(写真撮影/菊田香太郎)

ペーパーホルダーやキャビネットの取っ手なども同色、同じ質感でそろえた。バスマットもなく、余計な物を一切置いていないため、洗面室と浴室がいっそう広く感じられる(写真撮影/菊田香太郎)

シンクと配膳台の間は幅108cm。吊戸棚はつけずに視界もすっきり。一部を仕切り壁にして調理中の煩雑さは見せないようにした(写真撮影/菊田香太郎)

シンクと配膳台の間は幅108cm。吊戸棚はつけずに視界もすっきり。一部を仕切り壁にして調理中の煩雑さは見せないようにした(写真撮影/菊田香太郎)

「ギャラリー経営でたくさんの人や物に会うことが仕事になって、家にまでモノがあふれていたら疲れが取れないと思うようになり、どんどんシンプルになりました」というターセンさん・かおりさん。
仕事柄、気になる物があったら、実際に買って使ってみることを大事にしているが、手にして納得したら、人に差し上げることも多いのだそう。「本も感動したら周りの人に薦めて渡すほうが好き。食器も洋服も、自分たちが気持ちいいと感じる量しか持たないようにしています」(かおりさん)
「家は四角い箱。中に入れるモノのためではなく、自分たちに合わせて暮らしたほうが楽しいですよね」(ターセンさん)と語ってくれました。

文/中城邦子

●取材協力
・引田ターセンさん・かおりさん
ギャラリーフェブ
ダンディゾン

家とココロの専門家に聞く「癒し」のリフォーム 4つのコツ

わが家は「ほっと落ち着く空間」であってほしいもの。現状の不満を解消するだけではない、心も体も伸びやかになる住まいへ。暮らしに寄り添う「癒し」がある、本記事ではそんなリフォームをご紹介しよう。
ココロの専門家に聞く 心をほぐす癒しの住まいとは?

住まいが癒しの場になる理由

ストレス社会といわれる現代において、住まいには「癒し」が必要だと語るのは、心理学者の小俣謙二さん。
「ストレスの対処法には、その原因に直接働きかける『直接的対処』と、ストレスを別の形で解消する『間接的対処』があります。買い物やスポーツで気分転換するのは後者に当たりますが、家も同様。癒しを感じられる環境なら、ストレスによって生じた心身のバランスの崩れを回復させることができます」

 そのためにはどのような住まいが良いのだろう。
「まずは、快適温度が保たれていて、外から風が入ってくる住環境を整えること。外からの風は、心地よい刺激になり、脳をリフレッシュさせます。加えてさまざまな研究から森林に癒し効果があることはわかっているので、外の緑を眺められる窓があると効果的です」

「次に間取り。縁側や広縁のような特定の目的をもたない『間(ま)』に、人はゆとりを感じます。物理的な余裕は心理的・行動的にもゆとりを生んで、本を読んだり昼寝をしたり、ただボーッとしてもいい場所となる。ストレス解消に効果を発揮します」

「また、自分だけの空間を得るのも大切なこと。ストレスや心理的問題を抱えたときには1人になって感情の整理や自己内省をする必要があり、個室が緊張解消の場となるのです。使うときに1人になれる空間なら、家族共用のコーナーでも構いません」

ありがちな「癒されない環境」とは?

一方で、癒しを阻害する間取りもあると、小俣さんは注意を促す。
「動線や収納のプランが悪いと、無意識にストレスをため込むことに。リフォームでは暮らしやすい間取りにすることが必要です。家が舞台装置、住まい手が演者、ライフスタイルが脚本だとすると、それらがマッチして初めて癒しを得られる住環境になる。家族構成や子どもの成長、ライフステージに合わせて、都度ライフスタイルを見直し、それを活かせる間取りにしたいですね。家は、住まい手を心理的にも物理的にも支えるベースキャンプですから」

【画像1】(写真撮影/浦田圭子)

【画像1】(写真撮影/浦田圭子)

家の専門家に聞く 住まい手をやさしく包む空間づくり

“人間が大きな気宇(きう)を養うのに、その住まいの大らかさ自由さくらい大きな力を及ぼすものはない”
 19世紀の思想家、ジョン・スチュアート・ミルのこの言葉に感銘を受けたという建築家の田中敏溥さん。住まい手が自然体でいられる安らぎを得て、凛とした気構えを養うことができる……そんな家を数多く手掛けてきた。

「家族構成やライフスタイル、好みといった、変化するものに合わせてしつらえること。隣接している道路や公園などの周辺環境といった、変化しないものを活かして設計すること。そうした気遣いのある家は五感が窮屈になりません。場と人にフィットする家は、ミルが言うように人間の心持ちを支え、癒しを与える力があると考えています」

【画像2】(写真撮影/浦田圭子)

【画像2】(写真撮影/浦田圭子)

<提案1> 安らげるベースを住環境でつくる

癒される家をつくるための提案として、一つ目に田中さんが挙げたのは住環境だ。
「温熱、採光、通気は、身体的なストレスを左右します。それが心地よければ五感が解放されて癒される住まいになります。そこで目指したいのが『夏、蒸し暑くなく、冬、寒くない』家づくり。

木を植える庭がなくて直射日光が入ったり、狭小地や密集地だったりしても、住環境を良くする工夫はできます。冬の寒気が入るのを防ぎつつ、家の中を南風が抜ける工夫や、夏の直射日光を避けて冬の低い日差しが室内の奥まで届く開口計画などを意識しましょう。
冷暖房が必要なのはたいてい冬と夏。春秋の半年はチョウが舞い、トンボが飛ぶそよ風を感じられる家にすれば、そこに居るだけで日々癒されることでしょう」

<提案2> 室内を調える

二つ目の提案は、室内を調えることだと田中さん。

「いい家具があると空間がよく見えるし、家具や建具がバラバラだと落ち着かない気分になりますよね。つまり、住まい手の好みと家屋と家具が互いにフィットするしつらえであれば、リラックスできて、ゆったり過ごせる空間になるのです。リフォームでは既存の柱や梁などを残すこともできますし、家具を造作して自分らしさを織り交ぜることもできます」

 思い出の柱や梁は、ずっと見守られているようなぬくもりを感じさせ、自分の好みを反映した素材や色、デザインは安心感をもたらす。
「また、ゴチャゴチャした空間にならないように、必要な場所に必要な量の収納を設けることも大切。調っている空間は、気持ちもスッキリするはずです」

【画像3】(写真撮影/浦田圭子)

【画像3】(写真撮影/浦田圭子)

<提案3> 自然を取り入れる

設計では、家屋だけでなく、屋外にも気を配るという田中さん。三つ目の提案として、家と自然が良い関係になる家づくりの大切さを訴える。

「庭師の言葉に『庭をつくると家が二倍よく見える』というものがあります。まさにその通りで屋外と家屋は一体で考えなければいけません。敷地が狭くて大きな庭をつくれなければ、窓の近くに木を一本植えるだけでもいい。周辺に公園があるなら、借景を活かして自然を室内に取り込みたい。
間取りや開口、素材などで室内外につながりがあったり、外に視界が抜けたりする家は広がりを感じられ、心も伸びやかになります」

移ろう四季を愛でる窓でしみじみとした平穏を味わい、室内に用いた自然素材の香りや肌触りで五感が満たされる。そんな暮らしを意識してみよう。

<提案4> 自分空間をつくる

四つ目の提案は、個の空間をつくること。「人間は、会いたいときに会えて、会いたくないときには会わずにいられる環境が必要」だと、田中さんは話す。
「人が集うための大きい空間だけでなく、1人きりになれる空間も、実は同じぐらい大切です」

 誰にも気兼ねせず、肩の力を抜いてホッとできるスペースは、心身をリセットするために必要だ。階段ホールを利用して1坪程度の夫の書斎を設けたり、キッチンの近くに家事スペースを兼ねた妻のデスクを置いたり。広さよりも、デッドスペースの活用などで設置場所を賢く工夫したいもの。

 思いのままに過ごせる場所で、いつでも素の自分に戻れる安心感と、ストレスをそぎ落とす開放感を得られるだろう。

【画像4】(写真撮影/浦田圭子)

【画像4】(写真撮影/浦田圭子)

心身のバランスの崩れを回復させ、癒しの場になりうる住まい。そんな家づくりを叶えるために、4つの提案をリフォームプランに取り入れてみよう。

構成・取材・文/樋口由香里

●取材協力
・駿河台大学 教授
小俣謙二さん
博士(心理学)。駿河台大学心理学部並びに同大学院心理学研究科教授。環境心理学と犯罪心理学の観点から社会問題を研究。著書に『住まいとこころの健康-環境心理学から見た住み方の工夫』など

・田中敏溥建築設計事務所 代表
田中敏溥さん
一級建築士。東京芸術大学大学院卒業後、茂木計一郎氏のもとで環境計画及び建築設計活動に従事。1977年、田中敏溥建築設計事務所設立。著書に『建築家の心象風景<2>』、ほか