地域おこし協力隊・高知県佐川町の“その後”が話題。退任後も去らずに定住率が驚異の7割超の理由

2009年から総務省がスタートした「地域おこし協力隊」制度。これは主に都市部に住む人が、「地域おこし協力隊員」として、地方へ1~3年という一定期間移住し、同自治体の委託を受けて地域の発展や問題解決につながる活動を行うこと。任期終了後も同地に住み続けることで、過疎化が進む地方の活性化の起爆剤としても期待されている。

とはいえ任期終了後も同地に住み続けるかは本人次第。総務省によると2021年3月末までに任期を終了した隊員たちが、その後も同地に住み続けている定住率は全国平均65.3%。この全国平均を上回る77%という数字をはじき出しているのが高知県佐川町だ。なぜ定住率が高いのかが実際に住み続ける元隊員たちの話を通じて見えてきた。

協力隊で得たスキルである程度安定して生活ができること、協力隊のコミュニティの心地よさ、さらに協力隊員同士での結婚などがその理由のようだ。さらに詳しい内容をレポートしたい。

個人経営が難しい林業を、行政が働きやすいシステムに改変し定住につなげる

高知県中西部に位置する佐川町は人口12,306人(2022年8月現在)。高知市のベッドタウンとしての役割も担うが、他の地方自治体同様に少子高齢化が進む典型的な田舎町だ。この町には現在、任期を終えた地域おこし協力隊員たちの77%に当たる39人が暮らしている。これは高知県の自治体の中で、2位64%の四万十町を引き離してトップに立つ。

(写真提供/斉藤 光さん)

(写真提供/斉藤 光さん)

定住者で大きな割合を占めているのが、別記事でも紹介した「自伐型林業」をなりわいとする林業家の元隊員たちだ。2014年に自伐型林業の地域おこし協力隊として佐川町に移住し、任期終了後も妻と2人の子どもと共に暮らしているのが滝川景伍さん。「自伐型林業に興味があり、林業家を目指し移住してきましたが任期の3年間だけでは林業家としての経験が足りませんでした。しかも佐川町以外の地域で、移住者かつ初心者である私が個人経営で民営地を預かり、林業で食べていくことは非常にハードルが高いです」

山に入って仕事をするためには、その山主の許可が必要だ。各山主の所有地の境界線は複雑に張り巡らされている。「佐川町の場合、行政が中心となり山主と交渉を行い、林業家が仕事をできるように『山の集約化』を進めました。そのおかげで私のような新人林業家でも、安心して山で働ける環境が確保されていました」

他地域への参入が難しい林業ゆえに、行政のバックアップで引き続き林業家として働く場所を提供する。この取り組みが、林業をなりわいとしたい協力隊の定住率アップの要因となったことは間違いなさそうだ。「佐川町には元隊員や任期中の隊員も含めて約80人が住んでいます。面白い人たちが多いので、その人たちをつなげるワッカづくりをしていきたい」と滝川さんは意気込んでいる。

重機を使い森の中で作業を行う滝川さん(写真提供/斉藤光さん)

重機を使い森の中で作業を行う滝川さん(写真提供/斉藤光さん)

林業を核に新たな人材の移住を促していく

2016年、林業での地域おこし協力隊の募集に加え、佐川町は“林業の六次産業化”を目指し、その拠点として「さかわ発明ラボ」を開設した。林業の六次産業化とは、生産物である材木の価値を高め、従事者の収入増を目指すこと。同ラボには最新のレーザーカッターなどデジタル工作機械が導入され、それらを巧みに操るクリエーターやエンジニアを地域おこし協力隊として募った。

「大学卒業後の進路に悩んでいたとき、『さかわ発明ラボ』の人材募集を見つけました。デジタル工作機械のものづくりで地域を盛り上げる取り組みは、難易度は高そうですが、やりがいを感じたので応募しました」と語るのは、同ラボの地域おこし協力隊の一期生として移住してきた森川好美さん。

神奈川県横浜市生まれで東京育ちの森川さんは、大学でデジタル工作機械でのあらゆるものづくり、いわゆる「デジタルファブリケーション」を学んだ。時代の先端を行く学問を修めながら、できたばかりの拠点はあるものの、その真逆の環境ともいえる佐川町での生活が始まった。

「移住当初は、自分の取り組みを町民の皆さんに知ってもらうため、毎週ワークショップを開催しました。ものづくりやデザインが好きな町民の方に足を運んでもらいましたが、取り組みを理解してもらえた実感はありませんでした。どうして良いかわからず、毎晩町内の居酒屋を飲み歩いた時期もありました(笑)」と当時を振り返り、苦笑する森川さん。

任期終了後はNPO法人「MORILAB」を立ち上げ、デザイナーやエンジニアとして活躍する森川さん(写真提供/森川好美さん)

任期終了後はNPO法人「MORILAB」を立ち上げ、デザイナーやエンジニアとして活躍する森川さん(写真提供/森川好美さん)

町内にある廃業した歯科医院を活用して開設された「さかわ発明ラボ(写真提供/森川好美さん)

町内にある廃業した歯科医院を活用して開設された「さかわ発明ラボ(写真提供/森川好美さん)

ラボ内ではスタッフ指導のもとで子どもたちもデジタル工作機械の体験ができる(写真撮影/藤川満)

ラボ内ではスタッフ指導のもので子どもたちもデジタル工作機械の体験ができる(写真撮影/藤川満)

ラボを拠点に新たな仕事を生み出していく

森川さんはその後も試行錯誤を繰り返し、ワークショップの対象を子どもたちへと広げた。「子ども向けワークショップを開催することで、親も興味をもってもらえる。そして子どもたちにとっては、家庭と学校以外の『第三の場所』として利用してもらえるようになり、取り組みに光が差してきました」

とはいえ東京の大学を卒業したばかりで、社会人経験も少なかった森川さんに対して、一部の心ない町民から冷ややかな視線を感じることもあった。「当時は同世代の友達もいなくて、辞めたいと思うこともありました。けれど新たな協力隊が赴任した2年目からは、業務を分担することができ、仲間が増えて楽しくなってきました」

協力隊3年目となった森川さんは、同ラボの業務以外に、大学の先輩が営む会社からや、それ以外の個人で受ける仕事も増えてきた。「任期終了後は、佐川町の木材などの地域資源をプログラミングやデザイン・設計を通して活用するNPO法人を立ち上げました。デジタル工作機器の導入サポートや加工の窓口としての業務にも取り組んでいます」

現在同ラボは、「ものづくりの場」「企画/デザイン」「子どもたちの学びの場」という三つの機能をもつ施設として、佐川町民から親しまれ、大学や大都市の企業でデザインや建築を学んだ協力隊員、元隊員の活躍の場となっている。

植物学者・牧野富太郎ゆかりの公園「牧野公園」で開催されたワークショップの様子(写真提供/森川好美さん)

植物学者・牧野富太郎ゆかりの公園「牧野公園」で開催されたワークショップの様子(写真提供/森川好美さん)

同世代という仲間意識が居心地の良い環境をつくる

「森川さんの活躍は高知に来る前から知っていました」と語るのは、今年隊員としての任期を終えたばかりの伊藤啓太さん。茨城県生まれの伊藤さんは、宮城県仙台市の大学でデジタルファブリケーションを学んだ。佐川町の取り組みを知ったのは、とある移住フェア。「『さかわ発明ラボ』と『自伐型林業』の連携に興味をもちました。自分があえて林業へ進めば、ラボとの接着剤の役目を果たせるのではと考えました」

林業家として採用された伊藤さんは、仕事ができない雨の日にラボへ足を運び、椅子づくりなどのワークショップを開催し、まさに接着剤として活動の幅を広げていった。任期終了後の現在、自伐型林業家兼木工デザイナーとしての道を歩み始めている。「滝川さんをはじめとする先輩林業家の人たちが、佐川町に残り働く姿を見てきたので、当たり前のように任期終了後もここで暮らすと決めていました」と伊藤さん。

実は森川さんと伊藤さんは、仕事を通じた交流をきっかけに2022年5月に結婚し、新居を町内に構えた。「最近は若い同世代の隊員が増えてきたことで、年に2~3組はカップルが誕生していますよ」と森川さん。隊員同士のカップルもいれば、隊員×地元民のカップルもいる。住む場所の決め手として、パートナーの存在も大きな要因。同世代という垣根の低さが多くのカップル誕生に寄与しているのかもしれない。

「将来的には自分で製材した木材を使ってアイテムづくりをしたい」と語る伊藤さん(写真提供/伊藤啓太さん)

「将来的には自分で製材した木材を使ってアイテムづくりをしたい」と語る伊藤さん(写真提供/伊藤啓太さん)

同ラボ内で語らう森川さんと伊藤さん。伊藤さんは、デジタル工作機械の操作方法を森川さんから指導されることもあると話す(写真撮影/藤川満)

同ラボ内で語らう森川さんと伊藤さん。伊藤さんは、デジタル工作機械の操作方法を森川さんから指導されることもあると話す(写真撮影/藤川満)

移住者コミュニティの発展が町全体の活性化へつなげていく

「都会にいると、意外と同世代異業種の人と交流することがありません。佐川町の地域おこし協力隊は、『ものづくり』をキーワードに集まった20~30代の同世代が多く、得意分野は違いますがプライベートでも遊ぶほど仲が良いですね」と語るのは神奈川県生まれの大道剛さん。任期終了後は、町内外の学校でのプログラミング教室などの支援を主な業務とし、町内で暮らしている。

さかわ発明ラボ内で語り合う大道さん(右)と(左から)同じく元隊員で建築士の上川慎也さん、革職人の松田夕輝さん(写真撮影/藤川満)

さかわ発明ラボ内で語り合う大道さん(右)と(左から)同じく元隊員で建築士の上川慎也さん、革職人の松田夕輝さん(写真撮影/藤川満)

「任期終了後の定住者がある一定数いることで、移住者のコミュニティが存在しています。さらにその中で気の合う仲間が集う複数のユニットがあり、田舎でありながら自分が心地よい場所をすぐに見つけられるのが佐川町の良いところです」と今の佐川町の移住者コミュニティの状況を教えてくれる大道さん。

さらに「東京のほうが同世代の数は圧倒的に多い、でも仕事以外での仲間はつくりにくいです。佐川のほうが同世代は少ないけど、職業を超えたつながりがつくりやすい。特技の違う仲間で雑談、相談が仕事に生きるし、そういった仲間が心の安心、支えになってくれていますね」と大道さんは、定住率の高さにつながる要因を示してくれた。

2022年7月末の夜、佐川町内バー「貉藻(むじなも)」にて、大道さんが進行役を務め、林業家の滝川さんが登壇し、自らの仕事とこれからの課題を語るイベントが開催された。集まったのは佐川町内に住む元隊員たちを中心とした移住者およそ20人。参加者の中に生粋の佐川町民はわずか1人だけだった。

滝川さんと大道さんを中心に開催されたバー「貉藻(むじなも)」でのイベント(写真撮影/藤川満)

滝川さんと大道さんを中心に開催されたバー「貉藻(むじなも)」でのイベント(写真撮影/藤川満)

「これは始まったばかりの試みで、これからはもともと佐川町に住む人たちの参加も促していくつもりです。まだまだ第一段階の状態です」と大道さん。移住者たちの高い結束力を目の当たりしたイベントながら、これからどのように発展し、どのように佐川町に作用していくのか注視したい。

地域おこし協力隊を活用した佐川町の取り組みは、さまざまな要因が好影響を及ぼし、高い定住率へとつながっているようだ。しかしそれは、地域おこし協力隊黎明期に移住した先輩隊員の努力が礎となっているのも確かだ。定住者コミュニティだけでなく、町全体を巻き込んだ活性化につなげられるのかは、先輩からバトンを受けた後輩隊員たちの努力次第かもしれない。

●取材協力
さかわ発明ラボ

高知の山里に若い移住者相次ぐ。「儲かる林業=自伐型」に熱視線 高知県佐川町

2023年春、日本の植物学の父・牧野富太郎博士を描いた朝ドラ(NHK連続テレビ小説)『らんまん』がスタートする。博士が生まれたのは、高知県の中西部にあり、高知市から車でおよそ40分の佐川(さかわ)町。同町はドラマの舞台として注目される一方で、「自伐型林業」というあまり聞き慣れない林業の先進地としても、実は熱い視線が注がれている。

安定収入が得られるうえに、空いた時間も副業などで有効活用できると言われる自伐型林業。今佐川町では、それに魅力を感じた若者たちが全国から移住してきているという。新しい林業で活気づきつつあるという町の実態を知るために、佐川町へ足を運んでみた。

町面積の7割を占める森を新たな産業の源に

84%という全国トップの森林率を誇る高知県。佐川町でも町面積の7割を森が占める。さらにその7割が人工林でありながら、同町で林業は産業としてほぼ成立していなかった。かつての一般的な林業は、山林の所有者が森林組合などの事業者に管理を委託し、対象となる木を全て伐採する「皆伐」、あるいは木々を間引く「間伐」を必要以上に行う大規模型林業。ところが高額な投資の割には利益が上げづらいといわれ、担い手は減るばかりだった。

人が入らなくなった放置林は、地表に日光が届かず、下層の植物が育たない。大雨時には直接雨水が地表を流れ、土砂災害を誘発する。また大規模な皆伐、さらに大型重機を通す広い作業道の敷設は、放置したままの山で起こる災害以上の被害を発生させる恐れがある。これまでの林業を取り巻く環境は、採算性に加え、環境面でも多くの問題を孕んでいた。

2013年、佐川町の森を産業の源のひとつと考え、「自伐型林業」による林業振興を公約に掲げた堀見和道町長が就任する。「小規模投資で参入しやすく、利益も上げやすい。しかも雇用を生み、環境にもいい」とされる自伐型林業。近年全国50以上の自治体が導入支援を行っているが、堀見町政以降の佐川町ほど手厚い支援を行う自治体は少なく「佐川型自伐林業」として知られるほどになった。

従来型林業と、自伐型林業の大きな違いは伐採のスパンと規模だ。これまでの林業は、約50年のスパンで大規模に皆伐し、また造林する、というのを、場所を変え繰り返していくため、その規模に見合った大型な機械や作業道などへの投資が必要で、採算性に問題があった。その不採算を高額の補助金で補填している側面もあった。

自伐型林業は、一つの場所を100年から150年以上の長いスパンでとらえ、皆伐はせず、少しずつ伐採し長く利益を得ていく。従来型に比べ、機械や作業道への投資規模は小さくて済み、小さな法人や個人なども参入でき、採算化もしやすいため、補助金の補填も最小限で済むといった特徴があり、近年、注目されているのだ。

佐川町の人工林は約5000haあるといわれている(写真提供/斉藤 光さん)

佐川町の人工林は約5000haあるといわれている(写真提供/斉藤 光さん)

メリット多き自伐型林業の魅力をさらに高める施策

現在佐川町の林業家は、やり方次第では自伐型林業だけで300万円以上の収入を得ることが可能だ。それは佐川町が林業家に対して行う支援によって実現した。例えば佐川町では従事者に対してショベルカーなどの重機は一日500円でレンタルできる補助を行う。極端なモデルケースでは「自立支援金で購入した軽トラとチェーンソーがあればできる」といわれるほど初期投資は少なく、参入もしやすくなった。

またこれまでの林業は、前述のように約50年単位で大規模な伐採をしていた。しかしスギやヒノキにとってこの年数はまだ若く、高価格な建材としては出荷できず加工用として安く取引されてしまうことが多い。しかも次の伐採は50年後だ。

自伐型林業では、混み合った木々を間引いていく間伐を、森全体の2割で留める。これは伐採しても木が自然に増えていく森林成長率に即した割合だという。これにより継続的に出荷できる上に、残った木も成長により価値が上がり、森の環境も維持できる。

間伐を進めるための補助金を支給していた高知県。その条件は森全体の3割を間伐すること。これを森林成長率に照らし合わせると、森を傷めることになりかねない。佐川町は高知県と協議の末、「2割間伐」での緊急間伐補助金の新設に成功。従事者には1haを間伐するごとに、12万2000円が支給されるようになった。

作業道の整備に対しても、1m開通に付き、県と町あわせて2000円を支給し、林業家のモチベーションを高めている。実は林業にとって作業道は、人間にとって血管のごとく重要な存在。作業道があって初めて森の中で仕事ができる。自伐型林業のために整備する作業道は、従来型に比べ狭く済み、土壌流出を最小限に留め、かつ法面の緑化を促す。つまり小規模な作業道の整備は、災害に強い森づくりと林業振興のダブル効果があるのだ。

自伐型林業では幅2~2.5m程度の作業道をつくる。これは重機が通れる最低限の道幅だ(写真提供/斉藤 光さん)

自伐型林業では幅2~2.5m程度の作業道をつくる。これは重機が通れる最低限の道幅だ(写真提供/斉藤 光さん)

担い手不足は全国から募った地域おこし協力隊が補う

このようにいいことずくめの自伐型林業だが、問題のひとつとしてあげられていたのが担い手不足。「佐川町内での林業家募集に望みは薄い」と考えた佐川町は、2014年に地域おこし協力隊の制度を活用し、全国から人材を募ることでこの問題に対応した。毎年5人を採用し、10年間続ける計画だ。

「森林率全国一位の林業県である高知で働くということは、私にとっては林業界のハリウッドで働くということです(笑)」と語るのがこの第一期生となった滝川景伍さん(38歳)。京都生まれの滝川さんは、一時は映画監督を目指すも挫折し、大学卒業後は出版社で編集者として活躍した。

ほぼ毎日終電帰りという多忙さと、子どもを授かったことによる心境の変化を機に、30歳の時に転職を決意。農業などの一次産業に魅力を感じていた時、偶然にも大学の先輩が自伐型林業推進協議会の事務局長をしていたことから、自伐型林業を知ることになった。

「単なる林業ではなく『自伐型』という響きに興味を持ちました。いろいろ調べてみると最小限の道具だけで始められる。しかも高知県は近代自伐型林業の発祥地であり最先端を行く場所。ちょうど佐川町で自伐型林業の地域おこし協力隊を募集していたのが決め手でした」

今や佐川町の自伐型林業のリーダー的存在となった滝川さん。メディアからも引っ張りだこだ(写真提供/斉藤 光さん)

今や佐川町の自伐型林業のリーダー的存在となった滝川さん。メディアからも引っ張りだこだ(写真提供/斉藤 光さん)

林業家の職場を確保するための山の集約化

地域おこし協力隊として赴任したばかりの滝川さんは、予想以上に重いチェーソーに四苦八苦しながらも、技術の習得に励んだ。「林業家として山主さんから安心して管理を任せてもらうためには、ヨソ者の私にとって、協力隊3年間の任期内での技術習得は絶対条件でした」と振り返る。

任期終了後、独立支援金としての100万円で、軽トラックと防護服など必要な備品を買い揃え、林業家としての道を歩み始めた滝川さん。とはいえ自由に森へ入って仕事ができるわけではない。森の中には、数多くの山主の所有地があり、その境界線が複雑に張り巡らされ、一箇所ずつ許可を得る必要がある。

そこで佐川町は、林業家の代わりとなって山主と交渉する「山の集約化」を推し進めた。それにより滝川さんもスムーズに山へ入っていくことができた。現在滝川さんが管理を任されている森は約35ha。自伐型林業を専業にして生活していくためには50ha、兼業で30haが必要とされている。

滝川さんによると、これまで佐川町が山主と管理契約を行った700haの森のうち、施業者に委託されたのは約100ha。道半ばの印象はあるが、「町が集約化を進めたことで、林業を行う仕事場が確保されたメリットは大きい」と滝川さんが語るように、行政のバックアップは新人林業家には頼もしい存在だ。

チェーンソーを使いこなす滝川さん。怪我と隣り合わせの仕事ゆえに、「精神的にゆとりを持って臨むことが大切」と語る(写真/斉藤 光さん)

チェーンソーを使いこなす滝川さん。怪我と隣り合わせの仕事ゆえに、「精神的にゆとりを持って臨むことが大切」と語る(写真/斉藤 光さん)

林業で食べていくための補助金は、安全な地域づくりの必要経費

新人林業家として、まずは作業道づくりに励んだ滝川さん。一日平均15mを作れば、1m2000円×15mで、その日の収入は30000円となる。経費は重機のレンタル代ワンコイン500円と燃料代の3000円程度。「最初の年は1.8kmの作業道をつくりました。ただ作業道の補修には労力がかかるので、壊れない道づくりも大切です」と滝川さん。

作業道づくりだけで年間300万円以上の収入に加え、間伐補助金、さらに木材の売上げで十分な年収を確保できた滝川さんだが、「木材の売上げは微々たるもので、補助金で生かされているのも事実。しかし、森を整備することで、山の資産価値を高め、災害防止にも繋がります。補助金は地域の公益性を高めるために必要な先行投資だと思っています」と語る。

長いスパンで仕事を進める林業。滝川さんは「どの木を切るかではなく、どの木を残していくかが大切です」と極意を語る。現時点では木材の売上げは少ないものの、それは高価値の木材を育てるための助走期間。補助金を活用しつつ、将来的には販売売上げの割合を上げていくことが理想だ。

ショベルカーを使いこなし作業道をつくる滝川さん。「天地返し」という工法で地中の砂利を路面に敷き、路面強化を図る(写真/斉藤 光さん)

ショベルカーを使いこなし作業道をつくる滝川さん。「天地返し」という工法で地中の砂利を路面に敷き、路面強化を図る(写真/斉藤 光さん)

林業の包容力が可能にした兼業が生む地域とのつながり

「毎日手がかかる農業と異なり、林業はとてものんびりしています。一度手入れすれば一年ほったらかしにしてもいいこともある。森に入れば自然に包まれ心が和らぐ。こんなストレスフリーな仕事はありませんよ」とその魅力を語る滝川さん。

佐川町で林業家として独立して5年が経った。毎日子どもを保育園へ送り届け、朝の家事をこなして9時ごろに森へ入る。7時間ほど働いたら17時には帰宅。土日や大雨の日は休みだ。2021年の場合、約150日を林業に従事し、それ以外は副業として郷土史の編集や地域の人たちを繋げる活動に取り組んだ。

「佐川町の自伐型林業は、まだまだ地元では実態が把握されていません。町民に山へ関心を持ってもらうことが、山に無関心だった山主へ波及すると考えています。山と地域を繋げることは、ある意味前職の編集に通じます。そんな思いで地域の人と関わる活動にも注力するようになりました」

時間にゆとりのある林業だからこそ、副業や地域活動に取り組める。それが林業家と地元民との新たな接点となり、山に視線を向けてもらう。そんな循環の新たな担い手として期待されているのが、2017年に地域おこし協力隊として赴任し、現在は林業家と町議会議員を兼業している斉藤 光さんだ。

森の中で滝川さんと談笑する斉藤さん(左)は人なつっこいキャラクターで人気者だ(写真/斉藤 光さん)

森の中で滝川さんと談笑する斉藤さん(左)は人なつっこいキャラクターで人気者だ(写真/斉藤 光さん)

モノゴトを「おかゆ化」することで林業の発信を目指す

東京生まれで鍼灸院を営んでいた斉藤さんが、佐川町へ移住するきっかけとなったのは、娘の待機児童問題に直面したこと。「知り合いの紹介もあって、のびのび子育てできる高知へ移住を考えました。当初、林業は仕事として思い入れもなく始めましたが、自己負担なしで林業に必要な免許をすべて取得でき、その技術で作業道をつくれることに興奮しました!」

滝川さんや斉藤さん以外にも、2022年までに39人の地域おこし協力隊が着任。さまざまな形で林業に携わり、「キコリンジャー」という愛称で、それなりに知られるようになった。彼らの家族も含め、そのほかの分野の協力隊など、移住者の存在は徐々に増しつつあった。

「当時の町長の堀見さんに『そろそろ君たち移住者の代表が町議会にいてもいいのでは?』と声をかけられた時には、本当に驚きました」と振り返る斉藤さん。それをきっかけに70代が大半を占める町議会の実体を知ることになり、若者の代表として立候補を決意。2021年10月、定員14人中13位で当選する。

「世の中は簡単なモノゴトをとても難しく伝えていることが多いです。だから私は、誰でも簡単にのみ込めるように『おかゆ化』して、政治の情報をSNSで発信してきたい」と斉藤さんは意気込む。今は林業家兼議員としてどのように林業を盛り上げていくか模索中だ。

時間にゆとりのある林業家だからこそ、議員活動にも力を入れることができる。さらに鍼灸師としての仕事も増え、三足のわらじを履きこなし地域と交流を深める斉藤さん。林業をベースに地方での働き方の新しいカタチを教えてくれているようだ。

「林業を楽しんでいます」と語る斉藤さんだが、作業中は常に真剣だ(写真/斉藤 光さん)

「林業を楽しんでいます」と語る斉藤さんだが、作業中は常に真剣だ(写真/斉藤 光さん)

六次産業化で価値を高め、さらに「食える林業へ」

豊富な補助金、山の集約化などの施策により、林業家の職場と収入は確保されつつある佐川町。さらに肝心要となる木材の売上げを伸ばし、収入増を目指すために林業の六次産業化を進めている。六次産業化とは、生産物の価値を高め、農林漁業などの一次産業従事者の収入を上げることだ。

その拠点となるのが2016年に町内に開設された「さかわ発明ラボ」。ここにはレーザーカッターなどのデジタル工作機器が導入され、林業家はもちろん町内の一般の人も自由に木材の加工ができる。またそれらを巧みに操るクリエーターやエンジニアが在籍し、佐川の木材を使った新たな商品の開発に取り組んでいる。

さらに2023年には「まきのさんの道の駅・佐川」が新たにオープンする。施設内には「おもちゃ美術館」が併設され、佐川町産の木材を使ったおもちゃ等を展示する。同町の林業を産業として発信するシンボリックな役割を果たしそうだ。

さまざまなスタイルの働き方が広がりつつある昨今、自伐型林業という新しい林業をベースに、自らの得意分野を活かした仕事や、新しい分野へのチャレンジを副業として取り入れている佐川町の若者たち。彼らの取り組みは地方移住者の働き方の良きモデルケースになるかもしれない。また産業振興と移住者獲得という2つの効果をもたらした佐川町の取り組みもまた、他の地方自治体にも大いに参考になるはずだ。

歯科医院跡の建物を利用した「さかわ発明ラボ」。地域の子どもたちの交流の場にもなっている(写真/森川好美さん)

歯科医院跡の建物を利用した「さかわ発明ラボ」。地域の子どもたちの交流の場にもなっている(写真/森川好美さん)

●取材協力
さかわ発明ラボ