IoT技術で進化した「スマートバス停」が便利すぎる! インバウンド対応や自販機一体型も登場

最近、時刻表や広告などを液晶で表示したバス停が増えていると思いませんか? 運行、運休情報がすぐに確認でき、文字が時刻に合わせて自動で大きく表示されることに、便利だと感じた人も多いと思います。それは、IoT(モノのインターネット:モノがインターネット経由で通信すること)を活用した次世代のバス停「スマートバス停」です。デジタルのバス停との違いや、今、「スマートバス停」が全国に導入されている背景、開発の経緯や最新技術、利用者のメリットについて、取材しました。

最新のIoT技術を活用して開発された「スマートバス停」

以前から、広告付きバスシェルターやバスの接近情報案内板がデジタル化されたバス停はありました。「スマートバス停」は、一体どこが今までと違うのでしょうか。開発に携わったYEデジタル(ワイ・イー・デジタル)マーケティング本部の工藤行雄さんと事業推進部スマートバス停担当の筒井瑞希さんに伺いました。

左が従来のバス停。右が「スマートバス停」。バスの接近情報や時刻表、広告などがデジタル表示される(画像提供/YEデジタル)

左が従来のバス停。右が「スマートバス停」。バスの接近情報や時刻表、広告などがデジタル表示される(画像提供/YEデジタル)

「今までにない利点のひとつは、『スマートバス停』は、電源のない所にも設置できることです。日本国内にバス停は、53万基ありますが、その8割に電源がありません。そのため、従来のデジタル化されたバス停は、都市部への設置が主でした。『スマートバス停』は、反射型液晶という超低消費電力技術を用いたディスプレイに、太陽光発電パネルとバッテリーを組み合わせることで電源を必要としないなど、設置環境やニーズに合わせて選べる複数のモデルをご用意しています。そのため、給電しにくい郊外部にも設置が可能になりました。反射型液晶を使った郊外モデルでは、昼は太陽光の反射を活かし、夜間にはバックライトを使って電灯がない所でも高い視認性を保つことができます」(筒井さん)

今まで不便だった高齢者が多い郊外部のバス停でも、大きい文字で時刻表が見られたり、ダイヤ変更の際にすぐに情報が反映されるなど、利用者の利便性が大きく向上しました。

太陽光発電とバッテリーを搭載しているので、長期間日が当たらなくても稼働できる(画像提供/YEデジタル)

太陽光発電とバッテリーを搭載しているので、長期間日が当たらなくても稼働できる(画像提供/YEデジタル)

反射型LCDにバックライトを組み合わせることで、夜間でもよく見える(画像提供/YEデジタル)

反射型LCDにバックライトを組み合わせることで、夜間でもよく見える(画像提供/YEデジタル)

「情報が一覧できるため、複数の交通情報などにスマホでアクセスするのが難しい方にもわかりやすく、英語、中国語、韓国語の翻訳機能もあるため、インバウンド観光で訪れた人にも対応しています。路線バスの情報だけでなく、コミュニティバスの乗り継ぎ情報や航空便の運航状況が逐一表示されるなど、従来のデジタル化したバス停よりも、情報の統合が進んでいるのです」(筒井さん)

従業員の高齢化に悩むバス事業者を「スマートバス停」で働き方改革

「さらに、大きな特徴は、DX化(デジタル技術でビジネスモデルや働き方を変えること)により、バス会社の従業員の働き方改革をした点です」(工藤さん)

プロジェクトの立ち上げのきっかけとなったのは、2017年、工藤さんが、西日本鉄道、西鉄バス北九州、西鉄エム・テックと交わした雑談でした。

「そこで、全国のバス事業者が抱える問題について話題になったんです。年2回、バス停の時刻表を張り替える作業は、従業員総出で深夜まで行っていると知りました。従業員の高齢化や張り替え時の事故の危険性があり、コロナ禍によるダイヤの改正が増えたことも影響し、大きな負担となっていたのです」(工藤さん)

工藤さん。「『スマートバス停』は、まち全体をデジタル化するための第一歩。テクノロジーを使って、事業者にとっても利用者にとっても便利なバス業界にしていきたい」(画像提供/YEデジタル)

工藤さん。「『スマートバス停』は、まち全体をデジタル化するための第一歩。テクノロジーを使って、事業者にとっても利用者にとっても便利なバス業界にしていきたい」(画像提供/YEデジタル)

ダイヤ改正前の時刻表作成作業。ダイヤ改正日の当日深夜、運行管理者や運転手など、営業所総出で張り替え作業をしていた。西鉄バス北九州では、コロナ禍による飛行機の欠航に合わせ、月3回もダイヤ改正する時もあったという(画像提供/YEデジタル)

ダイヤ改正前の時刻表作成作業。ダイヤ改正日の当日深夜、運行管理者や運転手など、営業所総出で張り替え作業をしていた。西鉄バス北九州では、コロナ禍による飛行機の欠航に合わせ、月3回もダイヤ改正する時もあったという(画像提供/YEデジタル)

福岡県北九州市に本社を置くYEデジタルは、IoTを活用したさまざまなサービスを提供しています。工藤さんとバス事業者の会話がきっかけとなり、「バス事業者の抱える課題を解決するバス停をつくろう」と、2017年から、今までにないバス停をつくるプロジェクトが始まりました。

開発は、日本最大手のバス事業者西鉄グループと共同で行いました。高齢化が進む北九州市で、西鉄バス北九州が抱える課題は、全国のバス事業者に共通するのではないかと考えました。

「最も困難だったのは、電源の確保ですね。実は、今回のプロジェクト以前にも何回か商品化にチャレンジしてきましたが、電源問題で先へ進みませんでした。しかし、省電力化の技術が進み、蓄電池のコストも下がっていました。そこで、ソーラー蓄電池で稼働できる商品を開発。電源の有無に関係なく設置できるようになり、全国で8割を占める電源のないバス停のスマート化実現の可能性が一気に高まりました」(工藤さん)

苦労したのは、屋外での耐性面です。

「高湿度による結露を原因としたショート防止などの湿度対策、夏の暑さやアスファルトの照り返しなどへの対策、排気ガスへの耐性……ひとつひとつ課題を解決し、実証実験で検証を重ねました。完成した『スマートバス停』は、14県24事業者に導入され、約140基が稼働中です。販売を開始してから5年間で解約はゼロ。全国で順調に増えています」(工藤さん)

文字の拡大表示など今までにない機能で利便性アップ

バス事業者のメリットだけではなく、西鉄グループからは、「利用者の利便性を向上させるものを」と要望されていました。「紙の時刻表をデジタル表示するだけでは面白くない」と考えたマーケティング本部は、文字を拡大する機能を提案。西鉄グループと共同で運賃や路線、臨時ダイヤを含む連絡事項などの画面を指定した間隔で巡回表示する機能も新開発しました。

2020年1月に製品化された「スマートバス停」のラインアップは、繁華街モデルや市街地モデルのほか、太陽光パネルを使い充電するたびに繰り返し使える二次電池を用いた郊外モデル、電気使用量を最小限に抑え、完全に放電し終わったら取り換える一次電池を用いた楽々モデルの4タイプです。

左から繁華街モデル、市街地モデル、楽々モデル、郊外モデル。4つのモデルを基本形にして、バス事業者の要望に合わせてカスタマイズができる電源不要の郊外モデルと楽々モデルの登場は画期的だった(画像提供/YEデジタル)

左から繁華街モデル、市街地モデル、楽々モデル、郊外モデル。4つのモデルを基本形にして、バス事業者の要望に合わせてカスタマイズができる電源不要の郊外モデルと楽々モデルの登場は画期的だった(画像提供/YEデジタル)

北九州市小倉北区のスマートバス停。上からフライトインフォメーション、エアポートバスの運行情報、時刻表を掲載(画像提供/YEデジタル)

北九州市小倉北区のスマートバス停。上からフライトインフォメーション、エアポートバスの運行情報、時刻表を掲載(画像提供/YEデジタル)

2021年3月には、北九州空港線全路線に楽々モデルが導入されました。2路線23停留所へのスマートバス停化により、6時間以上かかっていた時刻表作成時間は1時間に、18時間かかっていた時刻表張り替え時間は0時間に短縮でき、ダイヤ改正1回に要するコストを96%削減できました。導入された西鉄バス北九州では空港線以外でのスマートバス停の設置が進んでおり、利用者からは、「急な運休情報もすぐに確認できて便利になった」「目が悪いので時刻が大きく表示されるのが助かる」という声が寄せられています。

異業種コラボでユニークな「スマートバス停」が続々登場

さらに、異業種とのコラボレーションでさまざまな「スマートバス停」が登場しています。広島電鉄×伊藤園のコラボで開発した自動販売機一体型サイネージ(電子看板)は、広島駅へ設置されました。時刻のお知らせや接近情報、広告を発信しながら、利用者に飲料水を提供できる自動販売機です。クリーニングボックス付きや地元銘菓が買えるユニークな「スマートバス停」の実証実験なども行ってきました。

左が自動販売機一体型サイネージ。真ん中は、タッチディスプレイを搭載した自動販売機一体型の「スマートバス停」。地元銘菓「くろがね堅パン」を購入した人はオリジナルフレーム付き記念写真の撮影ができる。右はクリーニング対応ロッカー付きバージョン(画像提供/YEデジタル)

左が自動販売機一体型サイネージ。真ん中は、タッチディスプレイを搭載した自動販売機一体型の「スマートバス停」。地元銘菓「くろがね堅パン」を購入した人はオリジナルフレーム付き記念写真の撮影ができる。右はクリーニング対応ロッカー付きバージョン(画像提供/YEデジタル)

まちづくりにおいても注目されており、福岡県みやま市では、自動運転×スマートバス停の実証実験を実施。スマートバス停とコミュニティバスの連携をテストしました。市の情報も表示し、市民がバス停に行くことで行政や民間の情報を得られるようにしてまちの活性化につなげます。

「スマートフォンとの連携もいずれ進めたいと思っています。地域の求人や物件情報がバス停に表示されれば、そこに住んでいる人にダイレクトに届けることができます。バスインフラのコストは、鉄道と比べて10分の1で、今後、市民の足としてますます重要になります。ニーズに対応しながら、全国に『スマートバス停』を広めていきたいですね」(工藤さん)

2021年9月の実証実験で、「スマートバス停」と「みやま市自動運転サービス」の連携を行った(画像提供/YEデジタル)

2021年9月の実証実験で、「スマートバス停」と「みやま市自動運転サービス」の連携を行った(画像提供/YEデジタル)

「スマートバス停」にQRコードを表示し、QRコードサイトから、産経新聞社の「探訪シリーズ」の写真がダウンロードできるサービス(画像提供/YEデジタル)

「スマートバス停」にQRコードを表示し、QRコードサイトから、産経新聞社の「探訪シリーズ」の写真がダウンロードできるサービス(画像提供/YEデジタル)

バス事業者の働き方と住民生活を支える「スマートバス停」。取材では、「簡易的なメッセージをスマートフォンからバス停に送って表示する」アイデアも飛び出しました。「スマートバス停」の表示板でサプライズのプロポーズをする、なんていうユニークな使い方も生まれるかもしれませんね。

●取材協力
株式会社 YEデジタル

ご近所さんを車に乗せる「乗合サービス」、富山県朝日町の交通の切り札に

人口減少や高齢化によって、地方の公共交通機関が危機に瀕しているのは周知の事実。当然、さまざまな施策で「住民の足の確保」に取り組んでいるのですが、そんななかで今、富山県朝日町の実証実験に注目が集まっています。一体どんな仕組みなのでしょう? 同町の寺崎壮さんに話を伺いました。
よくある地方の課題に、新しい乗合サービスで挑む

新潟県との境にある富山県朝日町。東京23区の面積の約1/3ほどに、ヒスイの取れる海岸から北アルプスの標高3000m級の山々まである町です。現在約1万1200人が美しい自然に囲まれて暮らしていますが、ご多分に漏れず、人口の減少や高齢化によって公共交通の維持管理が難しい局面に立たされています。そこで同町は2020年8月3日から「ノッカルあさひまち」という新しい公共交通の実証実験を開始しました。

市街地から離れた里山の風景(写真提供/富山県朝日町)

市街地から離れた里山の風景(写真提供/富山県朝日町)

街の中の様子(写真提供/富山県朝日町)

街の中の様子(写真提供/富山県朝日町)

その仕組みは、分かりやすくいえばUberやグラブなどに代表されるようなライドシェアに似ています。ライドシェアとは車を持っている人が移動する際に、他の人を乗せてあげるというサービスのこと。日本では規制があり、あまり普及していませんが、既に欧米や中国、東南アジアなど海外では多くの人々に利用されています。

「ノッカルあさひまち」がUberやグラブと大きく異なるのは、民間企業ではなく同町が運営主体だということ。つまりちょっとした自治体が運営する乗合サービス、というわけです。サービスの開発にあたっての実証実験は、朝日町・スズキ株式会社・株式会社博報堂が参画する協議会のもと運営されています。「町では公共交通についてさまざまな角度で検討していたのですが、その折に地方の移動問題の解決に取り組んでいる博報堂さんとスズキさんに、今回ご協力を頂く機会を得たのです」(寺崎さん)。博報堂とスズキは日本各地の地方部で地域活性化に貢献したいという思いを共有しており、このサービスを今後ほかの地域でも活用したいと考えているとのことです。特に、地方部においては自動車の販売台数全体に占める軽自動車の割合が高く、軽自動車やコンパクトカーを主に販売しているスズキ株式会社にとって地方部が元気であることは非常に重要です。

「ノッカルあさひまち」の仕組み(画像提供/富山県朝日町)

「ノッカルあさひまち」の仕組み(画像提供/富山県朝日町)

「ノッカルあさひまち」が行われる以前から、そして現在も町のコミュニティバスが1日40便運行されています。それでも“住民の足の確保”という観点からすれば、多くの課題を抱えていました。例えば地区によっては次のバスまで4~5時間空いてしまいます。

だからといってバスの本数を増やそうとなると、車両もドライバーも必要になりますが、30人乗りなら1台につき購入費が約2000万円、8人程度が乗れるワンボックスタイプでも約500万円が必要になります。またドライバーなどの人件費や燃料費、整備費用等維持費は1台あたり年間でざっと1000万円という計算です。

ほかにも、高齢者にとっては自宅や目的地からのバス停までの距離があり、歩くのが大変というケースもあります。また山間部の道路は通常のバスはもちろん、ワンボックスタイプ(実際に導入済み)でも通行が難しい場所もあり、ルート設定にも制限があります。

集落のなかにはバスが運行できないところも(画像提供/富山県朝日町)

集落のなかにはバスが運行できないところも(画像提供/富山県朝日町)

朝日町のコミュニティバス(写真提供/富山県朝日町)

朝日町のコミュニティバス(写真提供/富山県朝日町)

ワンボックスタイプのバス(写真提供/富山県朝日町)

ワンボックスタイプのバス(写真提供/富山県朝日町)

こうした状況もあって同町では、近隣同士で「よかったら乗っていく?」「ありがとう、じゃあお願い」と乗り合いをすること自体、以前から珍しくはなかったそう。そこで「町が仕組みをつくることで『乗せてもいい』『乗りたい』を顕在化させ、公共交通の補足として活用できないかと考えたのです」

安心して『乗せてもいい』『乗りたい』といえる仕組みに

ノッカルあさひまちは、海外にあるような既存のライドシェアサービスとは運用面で異なる点がたくさんあります。
まずは町民が町民のために運行するということ。ドライバーを町民に担ってもらい、町民の移動の手助けをしてもらう、助け合いの精神が前提になっています。

一般ドライバー運行時の車両イメージ(写真提供/富山県朝日町)

一般ドライバー運行時の車両イメージ(写真提供/富山県朝日町)

しかし、町民なら誰でもドライバーになれるのかと言えば、そうではありません。「海外のライドシェアサービスと違い、無料の実証実験を経た後は、われわれは『自家用有償旅客運送』という道路輸送法に基づいた制度を活用して、有料で運行することを目指しています」

自家用有償旅客運送とは「既存のバス・タクシー事業者による輸送サービスの提供が困難な場合」に自治体やNPO法人などが、自家用車を用いて提供する運送サービスのこと。そのためドライバーも、タクシードライバーのように第二種免許を持っている人か、国の定めた講習を受講した人に限られます。これなら運転に不安のあるような人がドライバーとなることがなくなります(ただし「有償」の文字の通り、サービスが有料の場合。無料の実証実験等は除く)。

さらに海外のライドシェアでは、ドライバーと利用者とのトラブル(暴力や強盗など)という話もよく耳にしますが、例えば協議会が問題のある人物だと判断したら、採用時にふるいにかけて落とすこともできます。万が一トラブルが起こったとしたら、ドライバーと利用者とで直接解決するのではなく、朝日町が主体となってトラブル解決に当たります。このように利用者は安心して利用することができます。

もう一つ「ノッカルあさひまち」ならではの、既存サービスとの違いがあります。それは地元タクシー会社とタッグを組んで行うサービスだということ。実証実験段階では地元のタクシー会社に「ノッカルあさひまち」の予約受付や配車の実務が委託されていますが、町では将来的に運営サービスそのものを委託しようと考えています。

実証実験の様子(写真提供/富山県朝日町)

実証実験の様子(写真提供/富山県朝日町)

国は、交通事業者が実施主体に参画し、運行業務の委託を受けることで地域の交通事業者の合意形成手続きを簡素化することを目的とした「交通事業者協力型自家用有償旅客運送制度」を含む法律を2020年5月27日に成立させ、2020年6月3日に公布しました。
朝日町は、この制度をいち早く活用し、地元のタクシー会社と協力し地域一体となって自家用有償旅客運送を行うこととしたのです。

ライドシェアサービスは、タクシーと乗客を取り合いになるとして海外では問題になっています。日本でもそのような意見もあり、自家用車を活用した乗合サービスがなかなか普及しない理由のひとつになっていますが、なぜ朝日町ではタクシー会社が協力してくれるのでしょうか。

「もともと朝日町にはタクシー会社は1社しかなく、人口減の問題は、タクシー会社としても町と同じ危機感を持っています」。このまま町の人口が減り、交通網が少なくなっていくのを黙って見ているのではなく、町の人が気軽に乗れる新しい交通サービスをつくり出して、町に貢献するとともに、新しい仕事に進出することで企業の存続を図ろうと「ノッカルあさひまち」に協力しているというわけです。

実際、先述した町のコミュニティバスの運営は、既に同じタクシー会社が請け負っています。またヒスイの取れる美しい海岸や北アルプス登山など観光資源のある朝日町は、北陸新幹線の黒部宇奈月温泉駅から予約制のバスを運行していますが、このバスも同社が業務委託されています。

春の朝日町の風景(写真提供/富山県朝日町)

春の朝日町の風景(写真提供/富山県朝日町)

実証実験の第一段階で見えて来たいくつかの課題

こうしてみると、既存のライドシェアサービスよりも安心して利用でき、タクシー会社とも協力的なため、万事が上手くいきそうな「ノッカルあさひまち」なのですが、やはりそうは簡単にいかないようです。

2020年8月3日から9月末にかけて、まずスズキが提供してくれた3台の軽自動車を使い、町の職員がドライバーになって実証実験が行われました。同年10月26日からは、町民ドライバー+自家用車による運行という無料の実証実験で、より本来のサービスに近い内容で第二段階の実験がスタートしました。さらに来年2021年1月からは第三段階として有料による実証実験を行うことを想定しています。

(写真提供/富山県朝日町)

(写真提供/富山県朝日町)

これらのスケジュールは今のところ予定通りですが、9月末までの実証実験ですでにいくつかの課題が見つかりました。

「まず予約の取り方です。当初はインターネットを活用してスマートフォンによる予約を主に想定していましたが、高齢者の方ほどスマートフォンの操作に不慣れなため、結局は電話による予約が大半を占めました」

電話による予約となると、車両手配のオペレーション上、どうしても利用前日の午前中までに予約しないとなりません。「利用者からはそれが面倒、不便というご意見をいただきました」。特に通院の場合、行きはまだいいのですが、帰りは診療次第で時間が変わるので予約できない=利用できないのです。

「ノッカルあさひまち」実証実験で使用されている車両。実証実験後は各家庭の自家用車が使用される予定(写真提供/富山県朝日町)

「ノッカルあさひまち」実証実験で使用されている車両。実証実験後は各家庭の自家用車が使用される予定(写真提供/富山県朝日町)

予約ページとドライバー紹介ページ

予約ページとドライバー紹介ページ

これはドライバー側も同じで、「車で通院するから誰か乗りますか?」という場合、何月何日はこの時間・ルートでと、事前に登録できますが、帰りの時間を事前登録できません。

また現在は12月までは無料サービスによる実証実験ですが「有料の場合、いくらが適正なのかを決めないとなりません。現在アンケート集計も合わせて行っていて、おそらくバスよりも高く、タクシーより安いというレベルになるとは思いますが……」

寺崎さんの歯切れが悪いのは、「どのような仕組みにすれば事業の持続性が保てるのか」という点です。自家用車で町民を乗せてくれるドライバーにも報酬は必要か、その場合いくらが適切で、そのためには料金をどうすればいいか。さらに保険など運用するための経費も考慮する必要があります。

こうした予約・ドライバーの事前登録のあり方や、料金設定が今のところ見えてきた主な課題です。

商業の活性化や旅行者、移住者の増加に繋がれ!

一方、9月末までの実証実験(ドライバーは町の職員)における利用者、つまり乗る側の反応はどうでしょうか。第一段階での利用者数は1週間で5~6人。「バスだとあちこちのバス停を回ってから、ようやく目的地に着くけれど、これならまっすぐ向かえるので助かる」「タクシーより安い料金なら利用したい」という声のほか「ドライバーとおしゃべりをしながら外へ出掛けられるのは楽しい」、高齢者から「久しぶりに外出するきっかけになった」という声もあったそう。利便性の向上とは別の、うれしい成果も見つかりました。

協議会メンバーによる仕組みづくり会議の様子(写真提供/富山県朝日町)

協議会メンバーによる仕組みづくり会議の様子(写真提供/富山県朝日町)

また、先述の通り通院ニーズに対しては課題が浮かび上がりましたが、ドライバー・利用者とも買い物ニーズについては概ね好評で、今後は「ノッカルあさひまちのドライバーや利用者がお買い物の際におトクになるような仕組みを考え、それによる町の商業施設や商店街などが潤う施策も考えられます」

このように「ノッカルあさひまち」は、全国の高齢化や過疎化に悩む地方に先駆けて、自治体が主導する自家用車を活用した乗合サービスを公共交通の補足として使えないかと、船出をしたばかり。今後の実証実験の第二、第三段階で、さらに課題が見つかることもあるでしょうが、そもそもライドシェアサービスは、世界中で利用されているほど成功しているビジネスモデル。しかも以前から近隣同士では「よかったら乗っていく?」「ありがとう、じゃあお願い」という土壌のあった朝日町です。そうした地方ならではの強いコミュニティが存在しているのですから、自治体が主導する乗合サービスが成功する可能性は大いにありそうです。

また冒頭でお話したように観光資源の豊かな朝日町ですから、「ノッカルあさひまち」による観光事業の活用も考えられます。さらに昨今のコロナ禍で、地方への移住が注目されていますが“高齢になっても移動の自由が見込める朝日町”になれば、移住先の候補に入っても不思議ではありません。こうした旅行者や移住者の増加は、もちろん町の活性化に繋がります。そんな可能性を秘めた「ノッカルあさひまち」。今後も目が離せません。

●取材協力
富山県朝日町
ノッカルあさひまち