高齢化進む築50年超の団地が大学サッカー部寮になった! 芋煮会や大掃除など、学生と高齢者が支えあう竹山団地 神奈川県横浜市

神奈川県横浜市緑区にある竹山団地。神奈川県住宅供給公社が1960年代に開発した約45haの大規模団地です。築50年を超えた約2800戸を有する建物は、日本の高度経済成長期に建てられたほかの団地と同様に老朽化と高齢化の問題を抱えています。

そこで2020年に竹山団地を所有する神奈川県住宅供給公社は、神奈川大学と「連携・協力に関する協定書」を締結。「学生たちに共同生活や地域貢献を通じて課題解決型の教育を実践したい」と考える神奈川大学と、保有資産やこれまでのノウハウを活かして団地活性化に取り組みたい公社のニーズが一致したのです。大学のサッカー部員が団地の空室に住んで、防災訓練や地域のイベントに参加したり、学生食堂を兼ねるカフェの運営、商店街の清掃などを行ったりしています。

2023年の年末にも、大掃除とセットで芋煮会を実施する予定があると聞き、現地を取材。この取り組みの背景や、約4年間を経てつくり上げてきたもの、入居する学生たちの本音などを聞きました。

「子どもたちにマス食わせてやんべ」の声かけで始まった、大掃除と芋煮会

2023年12月のある土曜日、竹山団地の中央にある竹山中公園には、10代、20代の学生たちと一緒に談笑しながら炭火の準備をする高齢男性たちの姿が。そのひとり、竹山連合自治会の経理局長を務める星川敬博さんは、山形県出身。一昨年、寒い季節になったころにふるさとの芋煮を思い出し、神奈川大学の理事長付審議役でありサッカー部の部長を務める佐藤武さん(60代、大学職員)や友人たちと「学生たちに芋煮食わすか」「じゃあ、マスを焼いて食わせてやんべ」という話になったと笑います。

星川さんと一緒に火をおこすサッカー部の4年生。火おこしも慣れたもの(画像/片山貴博)

星川さんと一緒に火をおこすサッカー部の4年生。火おこしも慣れたもの(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 経理局長の星川敬博さん。学生たちにとって竹山団地は学生寮としての入居で卒業と同時に退寮になるため、4年生は最後の集まりとなる。「うるさいのがいなくなる」という言葉に寂しさも滲ませる(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 経理局長の星川敬博さん。学生たちにとって竹山団地は学生寮としての入居で卒業と同時に退寮になるため、4年生は最後の集まりとなる。「うるさいのがいなくなる」という言葉に寂しさも滲ませる(画像/片山貴博)

神奈川大学 理事長付審議役 サッカー部部長の佐藤武さん。2024年3月で定年を迎えるにあたり、これまでの取り組みを振り返りながら「退職する前にサッカー部でやれることはやっていきたい」と意気込みを語る(画像/片山貴博)

神奈川大学 理事長付審議役 サッカー部部長の佐藤武さん。2024年3月で定年を迎えるにあたり、これまでの取り組みを振り返りながら「退職する前にサッカー部でやれることはやっていきたい」と意気込みを語る(画像/片山貴博)

その日は、朝10時に星川さんたち自治会のメンバーや神奈川大学サッカー部の学生たちが集合して、自治会館周辺を大掃除。集まった人たちや学生の何人かは、自治会館の内外で里芋の皮むきや野菜を切って調理の準備をしています。そこには「ほら、ぼやっとしないで動いて」と学生たちのお尻を叩く、自治会事務局長の高橋明美さんの姿も。高橋さんは学生たちの「お母さん的存在」なのだそう。

自治会館やその前の通りを掃除するサッカー部の学生たち(画像/片山貴博)

自治会館やその前の通りを掃除するサッカー部の学生たち(画像/片山貴博)

屋根の上の掃除は高齢者には危険を伴うことも。運動神経に自信のある学生たちが頼もしい(画像/片山貴博)

屋根の上の掃除は高齢者には危険を伴うことも。運動神経に自信のある学生たちが頼もしい(画像/片山貴博)

団地の自治会の人たちと学生とが混じって外で里芋の皮むきをしている(画像/片山貴博)

団地の自治会の人たちと学生とが混じって外で里芋の皮むきをしている(画像/片山貴博)

調理室では大量の野菜を切って大鍋に入れ、公園まで運ぶ(画像/片山貴博)

調理室では大量の野菜を切って大鍋に入れ、公園まで運ぶ(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 事務局長の高橋明美さん。「住民も学生と仲良くなると個別にお願いごとをするようになるが、学生に負担がかからないよう、事務局で “お手伝い内容”として取りまとめている」そう。学校や公社とも打ち合わせを重ねて細かいルールを決めている(画像/片山貴博)

竹山連合自治会 事務局長の高橋明美さん。「住民も学生と仲良くなると個別にお願いごとをするようになるが、学生に負担がかからないよう、事務局で “お手伝い内容”として取りまとめている」そう。学校や公社とも打ち合わせを重ねて細かいルールを決めている(画像/片山貴博)

公園にブロックを置いてつくったかまどで、手馴れた様子で火をおこす学生たち。パチパチと着火用の薪が燃え、白い煙が上がり始めると星川さんや自治会のメンバーが代わるがわる声をかけながら炭を入れて手伝います。聞けば、このような炭の火おこしは数年前から一緒に何度もやって来たのだそう。芋煮も学生たちが大きな鍋にドバドバと豪快に醤油や料理酒を入れて、味見をしながらつくり上げていきます。出来上がったマスの塩焼きと芋煮の味は大好評で、公園内には箸が止まらない学生たちと地域の人たちの笑い声が響きました。

学生と地域の人とが談笑しながらマスが焼けるのを待つ。この80匹ものマスは自治会の人たちが用意してくれたもの(画像/片山貴博)

学生と地域の人とが談笑しながらマスが焼けるのを待つ。この80匹ものマスは自治会の人たちが用意してくれたもの(画像/片山貴博)

寒い日に温かい芋煮は大好評。大鍋の前に列ができる(画像/片山貴博)

寒い日に温かい芋煮は大好評。大鍋の前に列ができる(画像/片山貴博)

「おいしい!」が思わずこぼれる、芋煮の味付けも学生たち自身によるもの(画像/片山貴博)

「おいしい!」が思わずこぼれる、芋煮の味付けも学生たち自身によるもの(画像/片山貴博)

大学のサッカー部が22部屋を学生寮として入居する竹山団地

竹山団地には、サッカー部の学生たち約60人が2DKまたは3Kの部屋に2~3人ずつに分かれて住んでいます。コーチ陣も一緒に入居する、これら22室の部屋は、高齢化によって上層階が空室になっていたものを神奈川大学が所有者である神奈川県住宅供給公社から法人契約で借り受け、学生寮として使用しているものです。エレベーターがないと高齢者には上り下りの負担が大きい上層階ですが、若い学生たちに入居してもらうことで有効活用できるようになりました。

1960年代に建てられ、約2800戸、開発面積45haを有する大規模な竹山団地(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

1960年代に建てられ、約2800戸、開発面積45haを有する大規模な竹山団地(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

生態系の再現を目指してつくられた大きな池があり、水抜きなどの掃除を学生たちが手伝ってきた(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

生態系の再現を目指してつくられた大きな池があり、水抜きなどの掃除を学生たちが手伝ってきた(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

その始まりは2019年。神奈川大学の理事長付審議役でありサッカー部の部長を務める佐藤武さんとサッカー部の監督である大森酉三郎さんが、学生の成長を促す仕組みづくりのために、大学や神奈川県住宅供給公社に団地の空室を学生寮として使用しながら、地域の活性化に寄与する仕組みができないかと相談したことにさかのぼります。相談を受けた神奈川県住宅供給公社の水上弘二さんは、具現化できそうな場として、高齢化率が45%以上に達しながらも地域住民の自治体制が整い、公社と自治会の意思疎通が図られている竹山団地に白羽の矢を立て、社内外の調整をはじめました。

神奈川大学のサッカー部の部長を務める佐藤武さん(左)と監督の大森酉三郎さん(右)(画像/片山貴博)

神奈川大学のサッカー部の部長を務める佐藤武さん(左)と監督の大森酉三郎さん(右)(画像/片山貴博)

2020年5月から学生たちの入居が始まり、もうすぐ4年が経とうとしています。これまで、学生たちと地域が一緒に取り組んできたプロジェクトは枚挙に暇がありません。

自治会が主催する防災訓練や花火大会などのイベント運営、休耕地を活用した野菜づくり。団地の空き店舗をリノベーションした学生食堂の空き時間を活用し、横浜市の介護予防・生活支援事業として介護予防体操教室やコミュニティカフェを運営。ほかにも高齢者向けのスマートフォン教室や子どもたちの学習支援の先生役を学生たちが務めています。今後は国の補助を受け、新たな地域活動拠点の整備を進めていくそう。

普段は学生食堂兼クラブハウスとして使用している竹山商店街「14号店舗」は、かつて魚屋だった場所。学生たちもリノベーションに関わり、スマートフォン教室やコミュニティカフェなど団地に住む人たちが集う場所として生まれ変わった。(画像/片山貴博)

普段は学生食堂兼クラブハウスとして使用している竹山商店街「14号店舗」は、かつて魚屋だった場所。学生たちもリノベーションに関わり、スマートフォン教室やコミュニティカフェなど団地に住む人たちが集う場所として生まれ変わった。(画像/片山貴博)

学生たちが講師を務めるスマートフォン教室は「マンツーマンで自分のわからないことを教えてもらえる」と大人気。LINEグループがあり、150人近くの高齢者が登録しているのだとか(画像/片山貴博)

学生たちが講師を務めるスマートフォン教室は「マンツーマンで自分のわからないことを教えてもらえる」と大人気。LINEグループがあり、150人近くの高齢者が登録しているのだとか(画像/片山貴博)

NPOを設立して、アルバイト料を支払い。国や自治体も巻き込むプロジェクトに

これらの事業展開をスムーズにしていくため、サッカー部はNPO法人KUSCを立ち上げました。NPOの運営は、現在、監督の大森さんやコーチたちが中心となって担い、スマートフォン教室の講師や学習支援の補佐役、食堂の運営を行う学生たちには、NPOからアルバイト料が支払われます。

「ちゃんとお金を払っていくことで、活動が継続できるものになります。また、それぞれの仕事に必要な資格を取ると時給がアップする仕組みを取り入れています。学生たちも自分で時間をつくって地域活動に参加するようになりますし、アルバイト料は経済的な支えにもなります」(監督の大森さん)

神奈川大学サッカー部監督の大森酉三郎さん。現在は監督とコーチがマネジメントしているNPOの活動をより広げていくためにも、実務能力のある人を雇用してほしいと大学側に要望しているそう(画像/片山貴博)

神奈川大学サッカー部監督の大森酉三郎さん。現在は監督とコーチがマネジメントしているNPOの活動をより広げていくためにも、実務能力のある人を雇用してほしいと大学側に要望しているそう(画像/片山貴博)

さらに大森監督は「部員たちにとっての将来はサッカーだけではない」と続けます。

「サッカーはこの子たちにとってアイデンティティの中心ですが、チームの中でリーダーシップを取ることができるのはごく少数。活動の場が寮生活や地域にも広がることで、それぞれの場所や活動の中でリーダーシップを発揮する学生部員も出てきて、それがサッカーのプレーにも反映されるようになったりする。相乗効果があるだけではなく、これから先の社会や自分の人生を見据えてどう生きるか、という視点の醸成や人間的な成長につながります」(監督の大森さん)

「いいことばかりではないが、自分を知れた」学生たちの視点と本音

サッカー部の学生たちは、原付バイクで下宿である竹山団地とサッカー部の練習場であるグラウンド、大学のキャンパスを移動する毎日。団地で地域の人たちと生活をする中で、苦労していることなどがないかを聞くと、サッカー部のキャプテンである永谷陵之佑さんは「周囲の住民さんとの生活スタイルの違いには常に気をつけるようにしている」と答えます。

「隣の部屋には、一般の方が住んでいたりするので、自分たちの話し声や生活音が騒音として問題にならないかは気になるところです。高齢の方は夜早く寝たりされるので、洗濯機を回す時間を考えたり、門限がなくても、活発に動く時間は常識の範囲の中で周囲に配慮して行動するように心がけてきました」(キャプテンの永谷さん)

サッカー部のキャプテン、永谷陵之佑さん(4年生)が暮らす竹山団地の1室。1住戸に同じ学年の学生が固まらないように振り分け。上級生から下級生に、ごみ捨てをはじめとする生活のルールなどを教え、引き継いでいくのだと言う(画像/片山貴博)

サッカー部のキャプテン、永谷陵之佑さん(4年生)が暮らす竹山団地の1室。1住戸に同じ学年の学生が固まらないように振り分け。上級生から下級生に、ごみ捨てをはじめとする生活のルールなどを教え、引き継いでいくのだと言う(画像/片山貴博)

また、学業に部活、寮生活での慣れない家事に加え、地域活動の時間をつくるとなると、学生たちへの負担も懸念されます。サッカー部部長の佐藤さんによれば「この取り組みを始める際にも、大学内の責任者などからはその懸念を指摘された」と言います。毎日、結構大変なのでは?と副キャプテンの蓑輪実潤(みのわまひろ)さんに投げかけると率直に答えてくれました。

「正直に言えば、本当にやるべき学業やサッカーがおろそかになってしまったり、事業がどんどん拡大していく中で人手不足を感じたりと、まだまだバランスが取れていないと感じる部分もあります。いいことばかりではありませんが、活動を通して自分が『誰とやるか』を重視することに気づけたりして、自分を知ることにもつながりました」(副キャプテンの蓑輪さん)

サッカー部の副キャプテン、4年生の蓑輪実潤(みのわまひろ)さん。「卒業後はオーストラリアに行き、サッカーをやりながら経営者を目指したい」と語る(画像/片山貴博)

サッカー部の副キャプテン、4年生の蓑輪実潤(みのわまひろ)さん。「卒業後はオーストラリアに行き、サッカーをやりながら経営者を目指したい」と語る(画像/片山貴博)

これからも解決策を模索しながら進む、学生たちと地域の課題

神奈川県住宅供給公社の水上さんも「団地の新しい取り組みとして、多くのメディアで紹介され、全国的に評価されはじめた。一方で、どこででも簡単に横展開できるものではない」と語ります。

「竹山団地は、大森監督から話があったことに加え、自治会の星川さんや高橋さんたちのように家族として、学生たちに関わってくださる方がいるなど、偶然や必然が重なってできたデザインです。同じスキームが他の団地でできるかというと、そうは思っていません。もし他の大学や他の団地で同じような話が出てきたとしても、その地域の思いや環境、資源などを考えながらデザインしていくのでしょうね」(水上さん)

神奈川県住宅供給公社の水上弘二さん。「私たちはオーナーとしてしゃしゃり出ないようにしながら、竹山団地の取り組みを支援している」そう(画像/片山貴博)

神奈川県住宅供給公社の水上弘二さん。「私たちはオーナーとしてしゃしゃり出ないようにしながら、竹山団地の取り組みを支援している」そう(画像/片山貴博)

一方で、この竹山団地での取り組みが、社会問題となっている集合住宅の老朽化や高齢化へのひとつの解決策となりうる期待も込めます。

「今いる4年生たちは、この取り組みの1期生であり、1年生で入学した時から大学4年間を通して活動し続けてきました。1からモデルをつくってきた大変さがあったと思いますが、これから入ってくる子たちは、道がすでにできているところに溶け込めるか、というハードルを乗り越える必要が出てくるでしょう。一方で、住民の皆さんは1年経てば1つ歳をとります。本格的な高齢化のスピードに取り組みが追いつくことができるのか、学生たちの地域活動がどう変わっていくのか、今後も期待をしながら私たちもオーナーとしてできる限りの支援をしていきたいと思います」(水上さん)

芋煮会の様子を見て、団地内に住む子どもが立ち寄る。「大好きな憧れのお兄ちゃん」であるサッカー部員に芋煮をすすめてもらい、嬉しそうに食べる姿がほほえましい(画像/片山貴博)

芋煮会の様子を見て、団地内に住む子どもが立ち寄る。「大好きな憧れのお兄ちゃん」であるサッカー部員に芋煮をすすめてもらい、嬉しそうに食べる姿がほほえましい(画像/片山貴博)

大森監督は「いまの時代、さまざまな形の家族がある中で、学生たちは今まさに家族の経験をしている。今はわからなくても10年後、20年後にこの経験の価値を知ることになるはず」だと言います。

学生たちの将来、そして団地、言い換えれば、日本の社会が抱える課題や将来の姿を見据えて取り組まれるこのプロジェクトが、建物の老朽化や住む人の高齢化への解決策となり得るか、これからもその成長に目が離せません。

●取材協力
・神奈川大学サッカー部
・神奈川県住宅供給公社
・竹山団地 竹山連合自治会

登録有形文化財を有する旧赤羽台団地に、「URまちとくらしのミュージアム」がオープン!建物好きや団地マニアも驚きの仕掛けが満載!

「URまちとくらしのミュージアム」が9月15日に開館すると聞いて、都市再生機構(UR都市機構)に問い合わせたところ、オープン前にプレス向け発表会があるというので参加した。実は、八王子にあったUR都市機構の技術研究所が2017年度に閉鎖となったが、敷地内で2021年度まで開館していた集合住宅歴史館の資料は、今回開館するミュージアムに移設されるということだったので、興味を持っていたのだ。

【今週の住活トピック】
都市の暮らしの歴史を学び、未来を志向する情報発信施設「URまちとくらしのミュージアム」9月15日に開館/都市再生機構(UR都市機構)

旧赤羽台団地の中に開設されるミュージアム

「URまちとくらしのミュージアム」が開設されるのは、旧赤羽台団地の一角。

赤羽台団地(全3373戸)は、昭和30年代後半に都市部のモデル団地として誕生した、公団住宅として当時では23区内最大の大規模団地。その当時としては先駆的な住棟配置や多様な間取りが導入された団地で、赤羽駅周辺より高台にある団地の崖線部分には、ポイント型住棟(スターハウス)と呼ばれる特徴ある住棟が建つなど、団地マニアには聖地と呼ばれていたほどの名団地だった。

今では、建物の老朽化に伴って、その多くが建て替え事業により新たに「ヌーヴェル赤羽台」に生まれ変わっているが、日本建築学会が保存活用に関する要望書を出したことなどから、2019年に以下の4棟が国の登録有形文化財として登録された。

41号棟(板状階段室型:鉄筋コンクリート造地上5階建)
42号棟(ポイント型住棟:鉄筋コンクリート造地上5階建)
43号棟(ポイント型住棟:鉄筋コンクリート造地上5階建)
44号棟(ポイント型住棟:鉄筋コンクリート造地上5階建)

41号棟は、団地で多く見られる標準的な建物で、4つの階段の左右に住戸が設けられている。42~44号棟は、三角形の階段室の周囲に各階3住戸が放射状に配置され、全体がY字形の形状になっている。

UR都市機構のリリース「旧赤羽台団地の「ポイント型住棟(スターハウス)」を含む4棟が団地初の登録有形文化財(建造物)に登録へ」より抜粋

UR都市機構のリリース「旧赤羽台団地の「ポイント型住棟(スターハウス)」を含む4棟が団地初の登録有形文化財(建造物)に登録へ」より抜粋

登録有形文化財4棟とミュージアム棟、オープンスペースが丸ごとミュージアム

「URまちとくらしのミュージアム」とは、今回新たに建設された「ミュージアム棟」に加え、登録有形文化財の4棟と屋外空間(オープンスペース)を合わせたもの。団地の歴史を語る特徴ある住棟と団地らしい広々としたオープンスペースも見学の対象だ。

ミュージアム棟(筆者撮影)

ミュージアム棟(筆者撮影)

ミュージアムを開館するにあたって、4つの住棟には修復工事が行われたが、その際に当時の建物の外壁の色を再現するため、白黒写真をカラー化したり、残っている塗膜を分析したりして、当時の色を探し当てたという。

オープンスペースには適宜解説ボードがあり、登録有形文化財についても紹介している(筆者撮影)

オープンスペースには適宜解説ボードがあり、登録有形文化財についても紹介している(筆者撮影)

広いオープンスペースには遊具や大きな樹木もある(筆者撮影)

広いオープンスペースには遊具や大きな樹木もある(筆者撮影)

馬場正尊さんお勧めのミュージアム棟の見どころをじっくり紹介

メインの見どころは、ミュージアム棟の展示資料だろう。UR都市機構の前身である「日本住宅公団」時代からのまちづくりや住まいの歴史が詰まっている。開館式後のプレス向け説明会で、ミュージアムの施設プロデューサーであるオープンエー代表の馬場正尊さんが説明してくれた見どころを中心に紹介していこう。

まず、2階にある「メディアウォール」。これは筆者も熱中してしまったが、壁一面のタッチパネルに、全国につくられた団地が次々と出てくる。見たい団地をタッチすると、その団地の当時のパンフレットや間取り図などの貴重な資料がどんどん表示される。興味深くて、次々とタッチしてしまった。団地研究者には垂涎(すいぜん)の資料だろう。

団地の資料をタッチして読み出せる「メディアウォール」(筆者撮影)

団地の資料をタッチして読み出せる「メディアウォール」(筆者撮影)

団地の資料をタッチして読み出せる「メディアウォール」(筆者撮影)

2階から4階には、歴史的に価値の高い集合住宅の団地の復元住戸などがある。最初に、「同潤会代官山アパート」を見よう。同潤会は、関東大震災後の住宅復興のために設立された財団法人で、小規模戸建て住宅なども供給したが、本格的な鉄筋コンクリート造りの先進的な同潤会アパートを供給したことで知られている。

同潤会を紹介したコーナーでは、その歴史を語るパネルのほか、実際に代官山アパートで使われた食堂の椅子や食堂カウンター、鶯谷アパートや清砂通りアパートの階段手摺親柱、名板、外壁レリーフなども展示されている(筆者撮影)

同潤会を紹介したコーナーでは、その歴史を語るパネルのほか、実際に代官山アパートで使われた食堂の椅子や食堂カウンター、鶯谷アパートや清砂通りアパートの階段手摺親柱、名板、外壁レリーフなども展示されている(筆者撮影)

同潤会アパートは今ではその姿を見ることができないので、貴重な歴史的資料となる。1927年(昭和2年)竣工の代官山アパートの復元住戸は、独身用住戸と世帯向け住戸があり、紹介するのは独身用住戸(和室型)だ。玄関扉は鉄板を巻くなど地震や火災への対策が取られている。独身用をのぞくと、明るく住みやすそうな部屋だと分かる(写真上)。造り付け収納の取っ手のデザインなども洗練されたものだ。室内に入ると(写真下)、造り付けベッドがあり、当時としては斬新な間取りだ。廊下側の窓もおしゃれなデザインだった。

同潤会代官山アパートメント(独身用)の復元住戸(筆者撮影)

同潤会代官山アパートメント(独身用)の復元住戸(筆者撮影)

同潤会代官山アパートメント(独身用)の復元住戸(筆者撮影)

次は、1957年(昭和32年)に竣工した「蓮根団地」の復元住戸。食寝分離を基本とする2DKを標準設計とした代表的な団地だ。ダイニングキッチンにはテーブルが備え付けられ、イス座の食事を促したとか。キッチンは人研ぎ(※)の流し台、テーブル横の棚には当時の炊飯器やトースター、ラジオに加え、カネヨクレンザーの赤い箱も置かれていた(写真上)。DKの背面に和室があり、ほかに和室や木製の浴槽、和式便所などもあった。
※人研ぎ(人造石研ぎ出し)/石の粉とモルタルを混ぜた人造石を成型し、研ぎ出したもの。ステンレス製が普及する以前の主流だった

蓮根団地(2DK)の復元住戸(筆者撮影)

蓮根団地(2DK)の復元住戸(筆者撮影)

蓮根団地(2DK)の復元住戸(筆者撮影)

最後に紹介したい復元住戸は、前川國男設計による1958年(昭和33年)竣工の「晴海高層アパート」。公団初のエレベーター付き10階建て高層集合住宅だ。スキップアクセス方式(エレベーターの停止階とそこから階段で行く階がある)が採用されたので、廊下アクセス住戸と階段アクセス住戸の2つが復元されているが、紹介するのは階段アクセス住戸だ。

ここは馬場さんが「住みたい」というほど、明るく風通しがよい。玄関から入ると、フローリングの縦長DKと畳の和室2室がある。和室とフローリングの間の欄間にガラスがはめられているのも、室内が明るく開放的な要因になっている。キッチンはステンレス製の流し台、トイレは洋式になっていた。海に近いこともあって、バルコニーはプレキャストコンクリートの手摺になっている(写真下の奥がバルコニー)。隣戸との壁がコンクリートブロックというのも目を引く。

晴海高層アパート(階段アクセス住戸)の復元住戸(筆者撮影)

晴海高層アパート(階段アクセス住戸)の復元住戸(筆者撮影)

晴海高層アパート(階段アクセス住戸)の復元住戸(筆者撮影)

ミュージアム棟には、ほかにも「多摩平団地テラスハウス」の復元住戸やシアター、住宅の設備や部材の歴史が分かる展示、UR都市機構による団地づくりや住宅づくりの歴史が分かる展示などもある。

住宅の設備や部材の歴史が分かる展示(筆者撮影)

住宅の設備や部材の歴史が分かる展示(筆者撮影)

見落としてほしくないのは、プレス見学会では全く説明されなかったのだが、ミュージアム棟の外側に移設された「晴海高層アパートの円形階段」だ。ミュージアム内にはQRコードが掲示された箇所があり、スマートフォンで読み取ると詳しい説明が表示される。円形階段については、スキップアクセス方式だと2階でもエレベーターで3階に行って階段で下がるために不便だと、直接2階に行ける階段が後から設置されたといった説明がされていた。ぜひここも見てほしい。

晴海高層アパートの円形階段(筆者撮影)

晴海高層アパートの円形階段(筆者撮影)

晴海高層アパートの円形階段のQRコードからの説明画面

晴海高層アパートの円形階段のQRコードからの説明画面

歴史だけでなく、未来を志向するミュージアムとは?

さて、このミュージアムは、「都市の暮らしの歴史を学び、未来を志向する情報発信施設」だという。

前述の閉鎖になった八王子の技術研究所には実験棟もあって、地震防災や風環境、環境共生、省エネ、耐久性などさまざまな研究の成果も分かる施設があったし、集合住宅歴史館に、水まわり設備や電気設備などの変遷が分かる展示物などもあった。ここにそうしたものが移設されていないのは残念だ。とはいえ、歴史だけではなく、未来を志向するために、今後はここでさまざまなトライアルも行うという。

現状では、41号棟や42~44号棟の内部を見ることはできない。しかし、ここではすでに実証実験なども行われている。実は筆者は、今年3月に41号棟を見学している。41号棟には、Open Smart UR研究会(代表:東洋大学情報連携学部学部長・坂村健さん)による生活モニタリング住戸が4戸作られている。ここで、住戸から出てくるさまざまなデータを収集して、住宅を最適設計するための検討データを取るために、大量のセンサーなどを設置して、生活モニタリングが行われている。

センサーは視線から隠れる場所に設置されているが、あらゆる箇所で温度や湿度、気圧、CO2の測定ができ、住んでいる人が今どこにいるかも分かる。IoTを活用して、スマートロックやエアコン、カーテン、照明がタブレットで制御できるようにもなっていた。筆者個人では、洗面所の上部にあるディスプレイに最新の公共交通の運行情報が表示されるのが便利だと思って見学していた。

41号棟のOpen Smart UR生活モニタリング住戸(2023年3月に筆者撮影)

41号棟のOpen Smart UR生活モニタリング住戸(2023年3月に筆者撮影)

41号棟のOpen Smart UR生活モニタリング住戸(2023年3月に筆者撮影)

また、スターハウスでは、「URまちの暮らしのコンペティション」(スターハウスを舞台としたこれからの暮らし方のアイディア・提案コンペ)を実施し、最優秀賞受賞作品を実現化する計画が進行中だ。さらに、「まちとくらしのトライアルコンペ」を2024年1月19日まで募集する予定で、今後もさまざまなアイディアの研修や実現の場として活用していく考えだ。

このミュージアムのよいところは、気軽に行けることだ。以前の八王子の技術研究所はかなり不便な場所で、筆者が訪れたときは特別公開日だけしか見学できなかった。ところが、「URまちとくらしのミュージアム」は、水曜・日曜・祝日以外の10:00~17:00に3回、事前予約制で見学ができる。しかも、赤羽駅から徒歩圏。オープンスペースもあるので、子どもも楽しめるのではないだろうか。団地や住宅に興味のある人には、訪れてほしいミュージアムだ。

●関連サイト
都市再生機構(UR都市機構)「都市の暮らしの歴史を学び、未来を志向する情報発信施設「URまちとくらしのミュージアム」9月15日に開館」
「URまちとくらしのミュージアム」公式サイト

懐かしさ感じる”リノベ団地”に広がる人の輪! 保育園&農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」を訪ねた

昭和の高度経済成長期に大量に建設された「団地」を、現代の暮らしに合うようリノベーションし、再評価・再活用する動きが続いています。では、そのリノベ団地は、コロナ禍を経てどうなっているのでしょうか。2019年に紹介した「ハラッパ団地・草加」の今を取材しました。

築51年でも満室! 家賃を維持するなど、人気ぶりは健在

1971年、企業の社員寮として建築された建物をリノベして誕生した「ハラッパ団地・草加」。2018年に建物内外を刷新し、シェア農園や保育園、ドッグランを持つ賃貸住宅として生まれ変わりました。1800坪というゆとりのある敷地に、明るい黄色の2棟の建物があり、1LDK~2DKの全55戸で構成されています。ペット飼育OKで、1階に保育園があるなどの付加価値もあるため、2019年に取材したときも全室満室、ウェイティングリストができるほどの人気ぶりでした。

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

あれから3年、コロナ禍もあり、ライフスタイルや価値観、住まいに求めるものも変わったように思います。その後、「ハラッパ団地」はどうなっているのでしょうか。

「3年たった今でも全室満室が続いていて、空室がでたら入居したいという希望者がいらっしゃいます。家賃も維持、または一部で上昇しているんですよ」と教えてくれたのは、広報を担当する山本恵美さん。

長らく新築住宅が最良とされてきた日本では、築年数が経過するごとに家賃を値下げするのが当たり前、半世紀も経過すれば建物の価値はほぼなくなるといわれてきました。それが築51年以上たっても家賃が下がるのではなく、上昇するとは……。適切にリノベ、管理運営されていれば、建物は長持ちするだけでなく、賃貸住宅として価値を向上させることができると証明した格好です。

保育園があることから子育て世帯の入居希望が多そうですが、実際にはシングルや夫婦暮らしなど、幅広い世帯や世代が入居しているそう。
「子どもの声が聞こえる、ということが安心感につながっているようで、一人暮らしの人にも人気となっています」。子どもたちの声が、「あたたかさ」「安心感」につながるのは、住む人にとっても、子どもたちにとっても、とても幸せなことですね。

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

収穫体験にクッキングイベント。交流を生むコミュニティー運営

ハラッパ団地・草加は、農園やドッグラン、食堂などの「地域にひらく」施設も魅力のひとつでした。ただ、こうしたコミュニティー運営は人とノウハウ、時間、予算が必要になります。ましてやこの3年はコロナ禍。人を集める、人が集まるのが難しくなってきた背景もあります。運営はどのように変化したのでしょうか。

「2020年、緊急事態宣言もあり感染状況を考慮して食堂は閉店、ランドリールームなども検討しましたが、団地の人が集まれる場所をということで、コミュニティールームに変更しました。この場所は団地住民であればオンラインで予約・利用できます。お住まいの方は、テレワークやオンライン会議などの場所として使っているようです」と山本さん。地域住民に、集会所・サロンの開催場所として、貸し出しも行っています。

また、2021年12月よりこのコミュニティールームを使い、「味噌づくり」「ヨガ教室」「ピクルスづくり」などのコミュニティー運営を実施するようになったといいます。
「イベントの実施主体は、ハラッパ団地を管理するハウスコムとアミックスです。コミニティーマネージャーや撮影・運営スタッフなどがいて、団地の方と地域の方が、交流を深めていける試みをしています。イベントや畑の活動は今のところ月1回のペースで行っていて、毎回参加くださる方もいれば、スポットで初めてという人も。毎回、なごやかな雰囲気でできています」(山本さん)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

11月は、10月に収穫したさつまいもを使ってのピザ窯での焼きいもとピザづくり、畑に玉ねぎの苗を植えるイベントを実施していました。参加者は筆者が想像していたよりも多く、なんと30人以上! 参加者は多くが未就学児~小学校低学年のお子さんと保護者の方々です。お天気はあまりよいとはいえない状況でしたが、子どもたちは広場や周囲をうきうきと走り回っていました。

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

セミパブリックだからこそできる! 団地の可能性

今回、イベントに参加された方々は、団地にお住まいという方もいれば、ご近隣にお住まいという方もいらっしゃいました。なかには、「実は先週、団地に引越してきたばかりなんです。イベント案内のチラシを見かけてすぐに応募しました。子どもたちが地域になじむきっかけになれば」という声も聞かれました。その後、焼きいもやピザづくりをしながら「何歳ですか?」「同じ学年だね~」と、お子さんや大人の会話が盛り上がっていました。まさに人と知り合う「きっかけ」、コミュニティーづくりになっています。

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

さすがだなと思ったのは、運営側が作業をするだけでなく、「どんな種類のさつまいもを焼くのか」「玉ねぎはいつできるのか」「ピザで好きな具」などの会話のとっかかりとなる「ネタ」を提供していることです。初めて会った人同士でも、「あるある~」「私は~」と自然と会話ができるようになっています。共同作業、なかでも食があると、人と人との距離はぐっと縮まりますよね。

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

他にも、イベントに参加している人に話を聞きましたが、「1階の保育園に通っていて、せっかくなので参加したいと思って」「近所のお友だちに誘われたので」という方が多いように感じました。

また、コロナ禍で思うように外出や遠出ができず、子どもと何かしたいと思っていたときにこのイベントを知ったという声も。
「自分で畑をやったり、ピザの準備をしたりするのは大変だけれど、近くでこんな体験ができるなんて! すごくありがたいです」というコメントもありました。

「コミュニティー運営に携わって7カ月ですが、交流イベントは今のところ8回開催し、累計100名が参加してくださっています。参加者の満足度も高く、次は何をやるんですか? という声も聞かれます。団地外の方からの参加者も多いですし、まさに交流の場所になっています。声を聞きながら、よりよい場所、よりよいコミュニティー運営を模索していきたいですね 」(山本さん)

細越さんは畑やコミュニティー運営を通して、「セミパブリック」の可能性を感じているといいます。「草むしりや苗植え、収穫など自然を通して、人々が交流し、距離感を保てる。『公』や『行政』でもなければ、完全な『私』でもない。ちょうど良い距離感をつくっていけたら」と言います。

コロナ禍では、地域や人との分断が進んだともいわれています。一方で、近くにある幸せや足元を大切にしたい、近所の人とゆる~くでも顔見知りになりたい、という思いは、静かですが確かにあるように感じます。近所づきあいや人とのかかわりを、軽やかにアップデートするために。令和の団地の挑戦はまだまだ続きそうです。

●取材協力
ハラッパ団地・草加

懐かしさ感じる”リノベ団地”に広がる人の輪! 保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」を訪ねた

昭和の高度経済成長期に大量に建設された「団地」を、現代の暮らしに合うようリノベーションし、再評価・再活用する動きが続いています。では、そのリノベ団地は、コロナ禍を経てどうなっているのでしょうか。2019年に紹介した「ハラッパ団地・草加」の今を取材しました。

築51年でも満室! 家賃を維持するなど、人気ぶりは健在

1971年、企業の社員寮として建築された建物をリノベして誕生した「ハラッパ団地・草加」。2018年に建物内外を刷新し、シェア農園や保育園、ドッグランを持つ賃貸住宅として生まれ変わりました。1800坪というゆとりのある敷地に、明るい黄色の2棟の建物があり、1LDK~2DKの全55戸で構成されています。ペット飼育OKで、1階に保育園があるなどの付加価値もあるため、2019年に取材したときも全室満室、ウェイティングリストができるほどの人気ぶりでした。

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

ハラッパ団地・草加の外観。前回取材時のときよりも、いっそう地域になじんだ印象です(写真撮影/嘉屋恭子)

あれから3年、コロナ禍もあり、ライフスタイルや価値観、住まいに求めるものも変わったように思います。その後、「ハラッパ団地」はどうなっているのでしょうか。

「3年たった今でも全室満室が続いていて、空室がでたら入居したいという希望者がいらっしゃいます。家賃も維持、または一部で上昇しているんですよ」と教えてくれたのは、広報を担当する山本恵美さん。

長らく新築住宅が最良とされてきた日本では、築年数が経過するごとに家賃を値下げするのが当たり前、半世紀も経過すれば建物の価値はほぼなくなるといわれてきました。それが築51年以上たっても家賃が下がるのではなく、上昇するとは……。適切にリノベ、管理運営されていれば、建物は長持ちするだけでなく、賃貸住宅として価値を向上させることができると証明した格好です。

保育園があることから子育て世帯の入居希望が多そうですが、実際にはシングルや夫婦暮らしなど、幅広い世帯や世代が入居しているそう。
「子どもの声が聞こえる、ということが安心感につながっているようで、一人暮らしの人にも人気となっています」。子どもたちの声が、「あたたかさ」「安心感」につながるのは、住む人にとっても、子どもたちにとっても、とても幸せなことですね。

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

イベントの参加者には子どももいっぱい。親世代も明るい表情です(写真撮影/片山貴博)

収穫体験にクッキングイベント。交流を生むコミュニティー運営

ハラッパ団地・草加は、農園やドッグラン、食堂などの「地域にひらく」施設も魅力のひとつでした。ただ、こうしたコミュニティー運営は人とノウハウ、時間、予算が必要になります。ましてやこの3年はコロナ禍。人を集める、人が集まるのが難しくなってきた背景もあります。運営はどのように変化したのでしょうか。

「2020年、緊急事態宣言もあり感染状況を考慮して食堂は閉店、ランドリールームなども検討しましたが、団地の人が集まれる場所をということで、コミュニティールームに変更しました。この場所は団地住民であればオンラインで予約・利用できます。お住まいの方は、テレワークやオンライン会議などの場所として使っているようです」と山本さん。地域住民に、集会所・サロンの開催場所として、貸し出しも行っています。

また、2021年12月よりこのコミュニティールームを使い、「味噌づくり」「ヨガ教室」「ピクルスづくり」などのコミュニティー運営を実施するようになったといいます。
「イベントの実施主体は、ハラッパ団地を管理するハウスコムとアミックスです。コミニティーマネージャーや撮影・運営スタッフなどがいて、団地の方と地域の方が、交流を深めていける試みをしています。イベントや畑の活動は今のところ月1回のペースで行っていて、毎回参加くださる方もいれば、スポットで初めてという人も。毎回、なごやかな雰囲気でできています」(山本さん)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

ハラッパ団地のコミュニティー運営に携わっているみなさん。左から細越雄太さん(農業指導)、森永顕光さん(アミックス社員)、町田国大さん(コミニティーマネージャー)山本恵美さん(コミニティーマネージャー)、夏目力さん(ライター・撮影)(写真撮影/片山貴博)

11月は、10月に収穫したさつまいもを使ってのピザ窯での焼きいもとピザづくり、畑に玉ねぎの苗を植えるイベントを実施していました。参加者は筆者が想像していたよりも多く、なんと30人以上! 参加者は多くが未就学児~小学校低学年のお子さんと保護者の方々です。お天気はあまりよいとはいえない状況でしたが、子どもたちは広場や周囲をうきうきと走り回っていました。

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

11月に行われた焼きいもとピザ焼きの会。まずはみなさんでご挨拶。細越雄太さんが、今日の流れを説明します(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

さつまいもは紅はるかと安納芋、シルクスイートの3種類を用意して、食べ比べる計画。味の違いはわかるかな?(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

洗ったさつまいもをアルミホイルで包んで……(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

ピザ窯のなかにいれます。焼き上がりは1時間程度……ワクワクです!(写真撮影/片山貴博)

セミパブリックだからこそできる! 団地の可能性

今回、イベントに参加された方々は、団地にお住まいという方もいれば、ご近隣にお住まいという方もいらっしゃいました。なかには、「実は先週、団地に引越してきたばかりなんです。イベント案内のチラシを見かけてすぐに応募しました。子どもたちが地域になじむきっかけになれば」という声も聞かれました。その後、焼きいもやピザづくりをしながら「何歳ですか?」「同じ学年だね~」と、お子さんや大人の会話が盛り上がっていました。まさに人と知り合う「きっかけ」、コミュニティーづくりになっています。

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

次は玉ねぎの苗を植えていきます。農業指導をしている細越雄太さんは、農業や食育に詳しく、自然と大人や子どもたちを引き込んでいきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

玉ねぎの苗は、淡路島の農家から譲り受けたもの。はじめはおっかなびっくりだった子どもたちもだんだん慣れていきます(写真撮影/片山貴博)

さすがだなと思ったのは、運営側が作業をするだけでなく、「どんな種類のさつまいもを焼くのか」「玉ねぎはいつできるのか」「ピザで好きな具」などの会話のとっかかりとなる「ネタ」を提供していることです。初めて会った人同士でも、「あるある~」「私は~」と自然と会話ができるようになっています。共同作業、なかでも食があると、人と人との距離はぐっと縮まりますよね。

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

ズラッと並んだピザの具材(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

苗を植えたあとはピザづくり。子どもたちも上手です(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

準備ができたピザからピザ窯へ。マスク越しにも伝わる、うれしそうな顔!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

焼きたてピザをきりわけてもらい、いただきます!(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

大人も子どももにっこにこで幸せそう(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

ほっかほかの焼きいも! 品種によってほんのり色も違います(写真撮影/片山貴博)

他にも、イベントに参加している人に話を聞きましたが、「1階の保育園に通っていて、せっかくなので参加したいと思って」「近所のお友だちに誘われたので」という方が多いように感じました。

また、コロナ禍で思うように外出や遠出ができず、子どもと何かしたいと思っていたときにこのイベントを知ったという声も。
「自分で畑をやったり、ピザの準備をしたりするのは大変だけれど、近くでこんな体験ができるなんて! すごくありがたいです」というコメントもありました。

「コミュニティー運営に携わって7カ月ですが、交流イベントは今のところ8回開催し、累計100名が参加してくださっています。参加者の満足度も高く、次は何をやるんですか? という声も聞かれます。団地外の方からの参加者も多いですし、まさに交流の場所になっています。声を聞きながら、よりよい場所、よりよいコミュニティー運営を模索していきたいですね 」(山本さん)

細越さんは畑やコミュニティー運営を通して、「セミパブリック」の可能性を感じているといいます。「草むしりや苗植え、収穫など自然を通して、人々が交流し、距離感を保てる。『公』や『行政』でもなければ、完全な『私』でもない。ちょうど良い距離感をつくっていけたら」と言います。

コロナ禍では、地域や人との分断が進んだともいわれています。一方で、近くにある幸せや足元を大切にしたい、近所の人とゆる~くでも顔見知りになりたい、という思いは、静かですが確かにあるように感じます。近所づきあいや人とのかかわりを、軽やかにアップデートするために。令和の団地の挑戦はまだまだ続きそうです。

●取材協力
ハラッパ団地・草加

地元の北本団地が高齢化。生まれ育った子どもたちが住居付き店舗をジャズが流れるコミュニティスペースに 埼玉県

総戸数2000戸を超える巨大な団地「北本団地」(埼玉県北本市)。しかし、高齢化や少子化に伴って入居数は年々減り、団地中心部の商店街もシャッター通りと化していた。そこで2021年に発足したのが「北本団地活性化プロジェクト」だ。北本団地出身・在住のまちづくりチーム「暮らしの編集室」を主体に、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構の5者が連携し、団地の活性化に取り組んできた。

どうにかして“ふるさとの団地”と関わりたかった

その最初の取り組みが、団地内にある商店街の活性化だ。商店街にある20の建物は全てが住居付店舗(1階店舗、2階住宅)になっているが、その一つをジャズが流れるコミュニティスペース「中庭」として再生。1階は「暮らしの編集室」が改装し、2階の住居部分はMUJIHOUSEとUR都市機構がリノベーションした。なお、2階部分には中庭を運営する夫妻が暮らしている。商店街の住居付店舗を再生し、そこに住みながら地域活性化に取り組むという、全国的にも珍しい試み。その背景や目的、これからについて「暮らしの編集室」メンバーの江澤勇介さん、岡野高志さんに伺った。

「暮らしの編集室」のメンバー江澤勇介さん(左)と岡野高志さん(右)。2人は中学校の同級生(写真撮影/松倉広治)

「暮らしの編集室」のメンバー江澤勇介さん(左)と岡野高志さん(右)。2人は中学校の同級生(写真撮影/松倉広治)

――2021年にスタートした「北本団地活性化プロジェクト」ですが、その主体である「暮らしの編集室」設立の経緯から教えてください。

岡野高志(以下、岡野):私は北本市の観光協会に勤めているのですが、2019年に埼玉県と北本市から「街を活性化するために、商店街や中心市街地で何かできないか」と相談を受けました。そこで、まずは北本駅前周辺にある空き店舗を活用して何かを始めようと考え、地元の友人だったカメラマンの江澤と建築家の若山に声をかけ「暮らしの編集室」を立ち上げたんです。

江澤勇介(以下、江澤):暮らしの編集室のコンセプトは、地元・北本に暮らしながら楽しめる街をつくっていくこと。北本市って典型的な郊外のベッドタウンで、手付かずの自然や田畑のほかには「何もない街」なんです。でも、何もないからこそ、何か新しいことをやるためのフィールドや余白が残っていると思いました。

――まずは、どんな活動からスタートしましたか?

岡野:はじめは、「市民がチャレンジできる場所」をつくりたいと思い、「暮らしの編集室」の拠点を兼ね、1日からレンタルできるシェアキッチン「ケルン」をつくりました。立ち上げから2年半が経ちますが、延べ35組の方々にご利用いただき、現在は1カ月のうち平均20日くらいは稼働しており、地元野菜を使った、さまざまな美味しい料理が食べられる場になっていますよ。

「暮らしの編集室」の拠点でもある「ケルン」(画像提供/暮らしの編集室)

「暮らしの編集室」の拠点でもある「ケルン」(画像提供/暮らしの編集室)

――その後、2021年には「北本団地活性化プロジェクト」を発足させていますが、そもそも北本団地に目を向けた理由というのは?

江澤:北本団地は僕が生まれ育った場所なんです。団地を出た後も「団地祭」という夏祭りには毎年訪れていたのですが、年々衰退していくのを目の当たりにしてきました。とはいえ、自分も今は住んでいないし、関わりしろもない。仕方ないと思いつつも、団地内の商店街がシャッター通りになったままなのは寂しくて。地元の同級生とも「どうにかしたいね」と話していたんです。

岡野:私も団地には7年ほど住んでいます。北本団地は北本町が市になった1971年に完成し、総戸数2000戸を超える巨大な団地として注目を集めました。しかし、次第に高齢化が進み、団地内の商店街の店舗も少しずつシャッターを下ろすようになっていったんです。2021年3月には、団地の子どもたちが通うためにつくられた小学校も閉校してしまいました。

北本駅から車で15分の北本団地商店街(写真撮影/松倉広治)

北本駅から車で15分の北本団地商店街(写真撮影/松倉広治)

江澤:僕も岡野も昔の活気ある商店街の風景を覚えているだけに、非常に寂しい気持ちでした。そして、せっかく「暮らしの編集室」をつくったのだから、北本団地の空き店舗を活用して何かできないかと考えたんです。それから、「ケルン」の運営と並行して、その可能性を模索するようになりました。

――まずは「ケルン」と同様に、自分たちで北本団地の空き店舗を借りたと伺いました。

岡野:そうですね。そこは「ケルン」の成功体験が大きかったと思います。一般的なお店ではなく、ケルンのシェアキッチンのような入り口があれば、その場所を使いたい人が集まってくる。そして、そのコミュニティをきっかけにさまざまな展開が起こる流れを体験していたので、団地でも同じことができるのではないかと考えました。

団地活性化のカギは「住居付店舗の再生」

――「北本団地活性化プロジェクト」には「暮らしの編集室」に加え、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構が参加しています。連携することになった経緯を教えてください。

岡野:もともと、北本市とは地域づくりの事業を進めてきた実績がありました。また、良品計画には私の知人がいて、北本団地についても相談していたんです。良品計画も団地の活性化には課題感を持っていて、これから団地や商店街に活気を呼び起こすには「住宅付店舗」(1階が店舗、2階が住宅)のような、職住隣接の暮らし方がキーになるということでした。ぜひ北本団地でも敷地内の商店街にある既存の住居付店舗を積極的に活用したいと考え、団地を管理するUR都市機構へ提案しにいきました。

北本団地(画像提供/暮らしの編集室)

北本団地(画像提供/暮らしの編集室)

シャッター商店街となっていた北本団地(写真撮影/松倉広治)

シャッター商店街となっていた北本団地(写真撮影/松倉広治)

――それが採択され、大きなプロジェクトへ発展していったわけですね。プロジェクトのなかで「暮らしの編集室」はどんな役割を担っているのでしょうか?

江澤:僕らは現場でプロジェクトを主導するプレイヤーですね。街づくりでありがちなのは、支援者は多いのに、実際にそこで何かをやる人、現場を動かす人がいないことです。特に少子高齢化が進んでいる団地はネガティブなものとして捉えられ、進んでやりたがる人は多くありません。でも、ここは僕らの地元ですし、発起人としての責任もある。そこで、「暮らしの編集室」のメンバーが実際に現場で動くプレイヤーとなり、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構にバックアップしてもらう体制をとっています。

――では、「住宅付店舗」を再生させる取り組みを進めるにあたり、最初に何から始めたのでしょうか?

岡野:「きたもと未来会議」というワークショップを開きました。「団地の活性化」とか「街の未来」といっても漠然としているし、描くものは人によって違うじゃないですか。ですから、まずはみんなが「この場所をどうしたいか」について話し合い、共通言語をつくる必要があると考えたんです。会議には団地の自治会の人、商店街の人、UR都市機構の人、地元の友人などを招き、団地や街に対する思いをぶつけてもらいました。

江澤:従来の団地の自治会でも会議は行われていましたが、これまではそこで出た住民の要望をUR都市機構に伝えるだけでした。でも、今は自治会とUR都市機構、そして僕たちも含めたプロジェクトのメンバーがともに顔を付き合わせて、団地の未来について考えています。直接コミュニケーションをとることでアイデア出しや意見交換も活発に行われるようになり、例えば自治会からはコロナ禍で2年間開催できていない「団地祭」についての相談が出たり、UR都市機構からは「団地の広場を防災のために活用してはどうか」という提案が出たりしています。

「きたもと未来会議」の様子(画像提供/暮らしの編集室)

「きたもと未来会議」の様子(画像提供/暮らしの編集室)

――みんなで一丸となって「団地や暮らしを良くしていこう」という気概が感じられますね。

岡野:もちろん、それまでにも多くの人が良くしようという気持ちは抱いていたと思います。でも、それがうまく形にできていなかったし、そもそも思いをぶつけられる場がなかった。「暮らしの編集室」では“コミュニケーションを軸とした編集”を基本にしています。だから、みんながフラットに話せる場はとても重要なんです。

――今回の住居付店舗再生の取り組みにあたって苦労した点はありますか? 5者が連携するとなると、足並みをそろえるのも大変だと思うのですが。

江澤:みなさん同じ目線で考えてくださったので、その部分での苦労はありませんでした。しいて言えば、資金繰りですね。「住宅付店舗」を再生させる上で、2階の住宅部分はMUJI×URで改装を行い、1階の店舗部分は「暮らしの編集室」が改装を行ったのですが、僕たちは資金力が豊富にあるわけではありませんでしたから。

岡野:改装には初期投資だけで約350万円かかったんですが、その資金集めはかなり大変でしたね。ふるさと納税型クラウドファンディングで200万円は集まりましたが、足りない部分は会社からの持ち出しによって工面しました。

――どこまで自分たちで改修されたんですか?

江澤:入り口の建具、水回り、電気は工務店にお願いしましたが、その他は自分たちで改修しています。UR都市機構はスケルトン貸し、スケルトン返しが基本なので、例えば天井のほこり留めは塗り直したものの、色はもとのままです。あとは、棚やカウンター、入り口の壁などもDIYしました。

1階部分を改修(画像提供/暮らしの編集室)

1階部分を改修(画像提供/暮らしの編集室)

「一緒に面白がれる人」に住んでほしかった

――そこに住む人はどう選定しましたか?

岡野:実は、そこが一番のネックでした。プロジェクトは順調に進み1階を「飲食を軸とした交流スペース」にすることまで決定していたものの、肝心の「誰に住んでもらうか」というところが、なかなか決まらなかったんです。初めての試みだけにどういう形になるか分からなかったし、「誰でもいいから住んでほしい」という類いのものでもない。できれば、私たちと一緒にこの場所を“面白がれる”人に来てほしいと思い、慎重に候補を探していました。

江澤:最終的には、僕の知人である落合夫妻が住んでくれることになりました。1階はただのお店ではなく「みんなの居場所」になるようなスペースにしたいと考えていたところ、夫がジャズミュージシャン、妻が喫茶店を営む落合夫妻が「それならジャズ喫茶をやってみたい」と言ってくれたんです。それで、西荻窪(東京)から引っ越していただき、2021年の5月末に「ジャズ喫茶 中庭」がオープンしました。

北本団地「住宅付店舗」の第一号でもある「ジャズ喫茶 中庭」(写真撮影/松倉広治)

北本団地「住宅付店舗」の第一号でもある「ジャズ喫茶 中庭」(写真撮影/松倉広治)

妻のカナコさんは喫茶店を営みながら、縫い物のワークショップを開いている(写真撮影/松倉広治)

妻のカナコさんは喫茶店を営みながら、縫い物のワークショップを開いている(写真撮影/松倉広治)

――当初の狙い通り、人が集まる場になっていますか?

江澤:そうですね。現在では落合夫妻だけでなく、地元の人が投げ銭ライブを開催したり、週一でジャズライブを行ったりしています。毎回ライブに来ているお客さんもいて「中庭でのライブ鑑賞が私の趣味になった」と楽しんでくれていますよ。

岡野:お店の1周年記念の時には自治会の人が街宣車を出して、「本日は中庭が1周年です」と告知して回ってくれたんです。「こういうことは、ちゃんと言わなきゃダメだよ」って。自治会のみなさんには本当にいろいろと協力していただいて、感謝しきれません。

グランドピアノ、レコード、オーディオなどは落合夫妻の知人から譲り受けたものだそう。また、店内で使用している中華椅子は以前この商店街で49年営んでいた「大盛食堂」のもの。いろんなものが混在しているのが面白いと2人は語る(写真撮影/松倉広治)

グランドピアノ、レコード、オーディオなどは落合夫妻の知人から譲り受けたものだそう。また、店内で使用している中華椅子は以前この商店街で49年営んでいた「大盛食堂」のもの。いろんなものが混在しているのが面白いと2人は語る(写真撮影/松倉広治)

地域のお客さんからのプレゼント(写真撮影/松倉広治)

地域のお客さんからのプレゼント(写真撮影/松倉広治)

「ジャズ喫茶 中庭」を営みつつ、2階で暮らす落合さん。住み心地については「とても良いです。長く住む方々からの視線は感じますが『面白いことをやっているな!』と来てくださる方も多いので救われています。まだまだこれからですが、徐々になじんできていると思います」と話す(写真撮影/松倉広治)

「ジャズ喫茶 中庭」を営みつつ、2階で暮らす落合さん。住み心地については「とても良いです。長く住む方々からの視線は感じますが『面白いことをやっているな!』と来てくださる方も多いので救われています。まだまだこれからですが、徐々になじんできていると思います」と話す(写真撮影/松倉広治)

江澤:正直、団地の人たちとの関わり方は大変だと思います。でも、この2人だからうまくやれていると感じますし、こちらとしても非常に助かっています。実は一度、生音を出した際にクレームが入り、シャッターに生卵をぶつけられたこともあったんですよ。でも、落合夫婦は自粛するのではなく「調整しよう」って言うんです。やりたいことはやりながらも、もしヤダと言われたら折衝していく。疲れるけれど、この場所で新しいことを受け入れてもらうためには欠かせないことなのかなと思います。

「郊外団地」再活性化のモデルケースに

――現在、商店街に「住居付店舗」は20戸あるということですが、他の建物も「中庭」のように再生していくのでしょうか?

「商店街だけでなく、団地にも人が入るサイクルも考えていきたい」と岡野さん(写真撮影/松倉広治)

「商店街だけでなく、団地にも人が入るサイクルも考えていきたい」と岡野さん(写真撮影/松倉広治)

岡野:そうですね。現在、1階のテナント部分にはスーパーや接骨院、診療所などが入っていますが、2階に暮らしながら運営しているのは「中庭」だけです。せっかくの住居付店舗ですから、やはりそこに暮らしながら地域を盛り上げてくれる人を増やしていきたいと思っています。また、今年5月には同じ商店街内に「まちの工作室 てと」がオープンし、2階部分をシェアアトリエとして活用しています。今までとは異なる、新たな商店街の使い方が広がると、もっと面白くなっていくんじゃないでしょうか。

江澤:「まちの工作室 てと」は、もともとケルンで展示販売をやってくれていた作家さんが、ギャラリー兼シェアアトリエが欲しいということでスタートしました。他にも、この商店街へ遊びに来て「私たちも借りたい」と言ってくれる方は多いので、今後も増やしていきたいですね。

「まちの工作室 てと」。羊毛の手芸家、洋裁師、天然石とビーズでアクセサリーデザイナーの3人の女性が入居

「まちの工作室 てと」。羊毛の手芸家、洋裁師、天然石とビーズでアクセサリーデザイナーの3人の女性が入居

「てと」でワークショップ終わりに「中庭」でランチする人は珍しくないそう(画像提供/暮らしの編集室)

「てと」でワークショップ終わりに「中庭」でランチする人は珍しくないそう(画像提供/暮らしの編集室)

岡野:実は今、「多肉植物と陶芸のお店を開きたい」という人と交渉中です。私たちには想像もつかない活用法ですが、こうして商店街を訪れる人が「こんなふうに使いたい」と可能性を見いだしてくれるのは、とても面白いですし、いい傾向だと思います。

江澤:また、「中庭」でも空いている日はシェアキッチンとして貸し出しを行っています。この間は川越(埼玉)の台湾料理店が借りてくれましたし、お店を持っていない人たちも間借りなら気軽にトライできる。これまでに例えば、お弁当屋さん、タップダンス教室、坊主カフェなど、いろんなお店が開かれましたよ。あとは、社会福祉協議会の方々と一緒に手話で注文できるカフェも月に1回オープンしています。手話を使う人って、注文の手間だったり、周囲の目線など一般的なお店に入るのを躊躇するそうなんです。それもあってか、毎回大盛況で外に人があふれていますね。

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

岡野:ほかにも、ピザのキッチンカーが来たり、JAが野菜を売りに来たりしています。実は、キッチンカーは団地出身の人がやってくれているんですよ。この場所なら、採算を度外視してでも毎月出たいと言ってくださっています。私たちがそうだったように、なんとかこの思い出の場所に関わりたいという人たちは意外と多いのだと思います。だから、関わりしろさえあれば惜しみなく協力してくれる。クラウドファンディングをやった時も、北本団地ではないですが「昔、団地に住んでいました」という支援者からのコメントが多かったですし、団地って愛着がわきやすいんでしょうね。

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

――それにしても、決して利便性が高いとはいえない団地に、これだけ多くの人が関わりたいと思っているというのは意外でした。

江澤:そうですね。実際、これまでのMUJI×URのプロジェクトも都内近郊で、都心に通うような人たちをターゲットにしてきたところがあると思います。一方で、北本団地のような場所って言い方は悪いですが、「中途半端な郊外」なんですよね。だけど、日本中にはそんな「中途半端な郊外」の団地の方が多いんじゃないでしょうか。今まで放って置かれがちだった「中途半端な郊外」の団地に、思いを持つ人が集まり再生の道を探るというのは、これまでになかったこと。新しい郊外団地の在り方として、可能性を示していけたらいいですね。

「今後、団地に住んでいたころに感じた“楽しい”と思える場所の選択肢を増やしていきたい」と江澤さん(写真撮影/松倉広治)

「今後、団地に住んでいたころに感じた“楽しい”と思える場所の選択肢を増やしていきたい」と江澤さん(写真撮影/松倉広治)

●取材協力
暮らしの編集室

日の里団地を「ひのさと48」で再生。ビールやDIY工房、保育園などでにぎわう

福岡県宗像市にある、日の里団地は、1971年に日本住宅公団(現・UR都市機構)が“九州最大級の団地”として開発。憧れのニュータウンだった場所だが、他エリアの団地と同様、建物の老朽化や住民の高齢化などが進んでいる。しかし日の里団地は団地の再生プランを立て、新しい団地のあり方「宗像・日の里モデル」を提案できるように歩み始めている。今回はその象徴となる48号棟「ひのさと48」を訪れた。

50歳を迎えた「日の里団地」48号棟が「ひのさと48」に。ワクワク虹色の未来を描く(写真撮影/笠井鉄正)

(写真撮影/笠井鉄正)

最寄駅となるJR鹿児島本線・東郷駅は、博多駅まで快速列車で約30分の距離。福岡市の都心部に通勤するのにほどよいベッドタウンだ。その東郷駅から広がる丘陵地に開かれた日の里団地は、開発された1971年当初、全65棟に次々と入居者が決まり、最盛時は約2万人もの人々が暮らしていた。

そして50年後の2021年。住民数は10分の1の2000人程度となり、65歳以上人口の割合である高齢化率は4割前後。宗像市全体の高齢化率3割前後を超えている。

そんななか、日の里団地のいちばん奥まったエリアにある、48号棟に注目が集まっている。2017年に閉鎖された10棟のうちの1棟で、住民はもちろん宗像市や周辺エリアのコミュニケーションのハブとなるよう2021年3月、「ひのさと48(よんじゅうはち)」という場所として動き始めた。

虹色のバルコニーパネルや木のテラスは2021年3月末に「ひのさと48」に関わる人が集まってペイントした(写真撮影/笠井鉄正)

虹色のバルコニーパネルや木のテラスは2021年3月末に「ひのさと48」にかかわる人が集まってペイントした(写真撮影/笠井鉄正)

虹色のカラーリングをほどこされた「ひのさと48」の見た目はもちろん、その中身もワクワクしたものがあふれだし始めているようだ。これからこの場所で何が起こり、日の里団地はどのように変わっていくのか。

お話を伺うために、「ひのさと48」のディレクター・吉田啓助(よしだ・けいすけ/東邦レオ株式会社)さんとスタッフの谷山紀佳(たにやま・のりか/同社)さんを訪ねた。

「ひのさと48」ディレクター・吉田啓助さん。ご自身も日の里団地内に分譲の物件を購入している(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさと48」ディレクター・吉田啓助さん。ご自身も日の里団地内に分譲の物件を購入している(写真撮影/笠井鉄正)

ふたつのエリアが融合しながら里山的な暮らしをつくる

下の写真の広々とした更地は「ひのさと48」と隣接したエリアにある。かつて10棟の団地が存在していたが、そのうち9棟は取り壊されて2022年、64戸の新築戸建てが建設される「戸建てエリア(むなかた さとのは hinosato)」が誕生する予定だ。新築の戸建てエリアが築50年の団地に挟まれている風景にも興味が湧く。

「ひのさと48」の3Fベランダから、日の里団地58・59号棟を方面を眺めた風景。「ひのさと48」と団地の間の土地に新しく「戸建てエリア」が出現する(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさと48」の3Fベランダから、日の里団地58・59号棟を方面を眺めた風景。「ひのさと48」と団地の間の土地に新しく「戸建てエリア」が出現する(写真撮影/笠井鉄正)

上の写真の逆向きバージョン。日の里団地58・59号棟から「ひのさと48」を眺めた風景(写真撮影/笠井鉄正)

上の写真の逆向きバージョン。日の里団地58・59号棟から「ひのさと48」を眺めた風景(写真撮影/笠井鉄正)

「戸建てエリア」の開発を担うのは、ハウスメーカーなど8社からなるJV(ジョイントベンチャー。特定目的会社)で、里山をイメージした街づくりが進められている。木々のなかに戸建てがゆったりと並び、大人も子どもも自由に伸びやかに散歩にでかけ、小さな自然を楽しむ。そんなイメージだ。

「戸建てエリア」に隣接する「生活利便施設エリア」として位置づけられているのが、かつての48号棟「ひのさと48」である。

現在、1階にはクラフトビールのブリュワリー&ショップ「ひのさとブリュワリー」、最新の木工加工機が設置された「じゃじゃうま工房」、コミュニティカフェ「みどり TO ゆかり」、シェアキッチン「箱とKITCHEN」、「ひかり幼育園 ひのさと分園」が入居。取材に訪れた日も子どもたちの声が響いていた。

(写真撮影/笠井鉄正)

(写真撮影/笠井鉄正)

(写真撮影/笠井鉄正)

(写真撮影/笠井鉄正)

この「戸建てエリア」と「生活便利エリア」を合わせて「宗像・日の里モデル」と呼ばれる団地再生プロジェクトとなっている。

クラフトビールを足がかりに、人と地域が交わり、広がる

2021年3月から本格的に稼働し始めた「ひのさと48」で今、何かと話題をふりまいているのがブリュワリー&ショップ「ひのさとブリュワリー」だ。団地の1階にクラフトビール工房というシチュエーション。聞いただけでワクワクするし、ここを目指してふらりと訪れる人も多い。

2021年10月までに、第7弾まで発売されている(写真撮影/笠井鉄正)

2021年10月までに、第7弾まで発売されている(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさとブリュワリー」の醸造タンクは2つ。東邦レオ株式会社の社員が醸造長となり、クラフトビール界で有名な「インターナショナル・ビアカップ2021」で賞を獲得した。すごい!(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさとブリュワリー」の醸造タンクは2つ。東邦レオ株式会社の社員が醸造長となり、クラフトビール界で有名な「インターナショナル・ビアカップ2021」で賞を獲得した。すごい!(写真撮影/笠井鉄正)

訪れた人が「おもしろいことをやっている団地がある」と周りの人に伝え、よい循環もできている。
「宗像市の離島・大島のみなさんも『日の里がビールとかつくるんなら、私たちにもなにかできるかも?』と独自の地域活性に取り組もうと動き出したり。周辺の活性化にもいい影響があるといいですね」と吉田さん。

お隣の福津市でクラフトビールづくりを始めたいという男性が、買い物&リサーチに訪れていた(写真撮影/笠井鉄正)

お隣の福津市でクラフトビールづくりを始めたいという男性が、買い物&リサーチに訪れていた(写真撮影/笠井鉄正)

また、「ビールを買いに来てくれたご夫婦が『私たち、実は、この48号棟に住んでいたのよ。懐かしいわ!』なんて打ち明けてくれたり。日の里団地との関係性が切れた方も、ビールをきっかけに思い出してくれて、さらに足を運んでくれるって素敵ですよね」と谷山さんもうれしそう。

おいしいアルコール飲料であるのはもちろん、人と人、人と地域を楽しくさせるコンテンツでもある。「ひのさとブリュワリー」はそんな役割も担っている。

ちなみに「ひのさとブリュワリー」のビール「さとのBEER」には、宗像での栽培が盛んな大麦が使われている。自分たちの足元にそんな農産物があるという、情報を知るきっかけにもなっている。

「ひのさとブリュワリー」のショップで大麦を見せてくれた谷山さん(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさとブリュワリー」のショップで大麦を見せてくれた谷山さん(写真撮影/笠井鉄正)

お金のつながりだけでないことが、持続していくこと

「ひのさとブリュワリー」「じゃじゃうま工房」などは吉田さんたちが運営している施設だが、2021年の春からそれ以外のテナントもぼちぼちと入居をし始めている。ウクレレの工房や就労継続支援のオフィスなど「ひのさと48」のコンセプトに賛同してくれた人ばかりだ。

「みなさんテナントさんであるし、もっと増えてほしいです。ただ、お金をもらったからスペースを貸すよ、という関係性は目指していません。みんなでこの場所を、この地域をどう楽しみ、どうしていくのか。一緒に考えられる関係性でいたいなと思っています」。そう話してくれた谷山さんは、入居者のことを「さとの仲間」と呼んでいる。「『ひのさと48』担当になって最初のころ、ついつい『さとの仲間』のことをお客さんだと思いそうになっていました。でもそうじゃないんですよね。日の里に一緒にコトを起こす仲間になりたいんです」

今はスタートしたばかりの「ひのさと48」だが、今後、持続的に活動を続け、10年後には運営を地域にバトンタッチしていく予定だ。それまでに仲間たちで何ができるのか、次代へ何を手渡せるのか、これからの課題でもある。

「ひのさと48」の一角には野菜畑があり、入居者やご近所さんがゆるやかに協力し合いながら育てている。もうすぐさつまいもの収穫(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさと48」の一角には野菜畑があり、入居者やご近所さんがゆるやかに協力し合いながら育てている。もうすぐさつまいもの収穫(写真撮影/笠井鉄正)

日の里団地の子どもたちがドミノ大会を開催。「ひのさと48」でお化け屋敷をやりたいという声もあがり、スペースを提供する予定(写真撮影/笠井鉄正)

日の里団地の子どもたちがドミノ大会を開催。「ひのさと48」でお化け屋敷をやりたいという声もあがり、スペースを提供する予定(写真撮影/笠井鉄正)

テーブルの足は、団地のベランダにあった物干し竿かけを再利用(写真撮影/笠井鉄正)

テーブルの足は、団地のベランダにあった物干し竿かけを再利用(写真撮影/笠井鉄正)

10年後も変わらないもの、変わっていくものはなんだろう?(写真撮影/笠井鉄正)

10年後も変わらないもの、変わっていくものはなんだろう?(写真撮影/笠井鉄正)

「ひのさと48」と2022年に完成する戸建てエリアのコンセプトは「サスティナブル・コミュニティ」である。そして「ひのさと48」持続可能にしていくものは、地域であり、人々であり、里山の自然である。

先日は地域の子どもたちのリクエストに応えて、クラウドファンディングで資金をつくり、団地の壁にクライミングのホールドを設置した。これからも多様な切り口で活動することで、人々に多様なワクワクをプレゼントしていく。

●取材協力
ひのさと48
UR都市機構

シェア菜園やDIY工房つき! 暮らしは自分たちの手でつくる新しい団地ライフ

生活音に気をつかいつつ、狭い部屋でじっとリモートワーク。隣人とは会釈程度、近所のコンビニに出かけたものの、誰とも会話もせずに1日が終わる……。新型コロナウイルスの影響で、自宅で過ごす時間が増えたことにより、住まいや暮らしについて「これでいいんだっけ……?」と考えていませんか。今回はそんな人の「答え」になりそうな、リノベ団地とゆるくつながる暮らしについてご紹介しましょう。
1964年築の団地をリノベ。DIYやペット可、交流アリの住まいに

今から50年以上前にできた、東綾瀬団地。多くの建物が解体・再建築されていくなか、約5800平米の敷地に立つ2棟・48戸をリノベーションして、2020年、「いろどりの杜-hands-on-village」が誕生しました。築50年以上経過しているため上下水管は入れ替え、設備は現在のライフスタイルにあわせてあり、快適な暮らしができるようになっています。特徴は団地リノベ、DIYができること、2匹までペット可(1棟のみ)、広場でBBQやDIY教室、さまざまなイベントが開催されることなどで、いわば、今どきの賃貸のトレンドの「全部のせ物件」となっています。

1964年築の団地ですが、外壁を白くし、アクセントカラーが入るとぐっとオシャレになります(写真/片山貴博)

1964年築の団地ですが、外壁を白くし、アクセントカラーが入るとぐっとオシャレになります(写真/片山貴博)

団地の敷地内にはテラスのほか、BBQスペース、シェア農園、DIY工房などが。近々、ピザ窯もできる予定(写真/片山貴博)

団地の敷地内にはテラスのほか、BBQスペース、シェア農園、DIY工房などが。近々、ピザ窯もできる予定(写真/片山貴博)

取材時に空室となっていた部屋。床には屋久杉の無垢材、キッチンは二口ガスコンロなど、今の暮らしにあわせた設備が採用されています(写真/片山貴博)

取材時に空室となっていた部屋。床には屋久杉の無垢(むく)材、キッチンは二口ガスコンロなど、今の暮らしにあわせた設備が採用されています(写真/片山貴博)

取材時に空室だった部屋。DIYができるため、前の住民がペイントしたもの。オシャレ&このまま住みたい…(写真/片山貴博)

取材時に空室だった部屋。DIYができるため、前の住民がペイントしたもの。オシャレ&このまま住みたい……(写真/片山貴博)

4階建ての建物、2棟のうち1棟にはエレベーターはついていませんが、若い世代が中心となっているためか、まったく気にならないとか。むしろ建物と建物の間隔が広く、その抜け感・開放感が新鮮にうつっているようです。

住居部分とは別に、団地の設備である宅配ロッカー(左)と住民専用のBBQグッズのある「いろどりキャビン」(右)とが設けられ、共用施設が充実している(写真/片山貴博)

住居部分とは別に、団地の設備である宅配ロッカー(左)と住民専用のBBQグッズのある「いろどりキャビン」(右)とが設けられ、共用施設が充実している(写真/片山貴博)

「2020年2月から入居がはじまりましたが、感染対策を行いながら、団地に住んでいる住民自身のみなさんが企画し、運営するさまざまな交流をうむイベントが行われていて、私たちも驚いています」と話すのは、建物の維持・管理などを行うフージャースアセットマネジメントの石村穂乃佳さん。この1年だけでも、住民のプロ大工さんによる月に1回のシェア工房、住民交流BBQ、竹×サステナブルをテーマにした納涼会、シェア窯プロジェクトなどを行い、団地リノベのコンセプトである、”つくる暮らしを育てる団地”がかなっているとか。

BBQスペース、シェア農園、DIY工房など、いわばハコ(設備)をつくることはできますが、イベントを企画・実施していくのは簡単ではありません。では、どのようにして企画が生まれ、行われているのでしょうか。取材日、開催されていた「団地パンまつり」の様子から理由をさぐっていきましょう。

対価はお金ではなくつながり。大人が楽しんで参加できるスタイル足立区近隣にある人気パン屋・6店のパンをそろえた「団地パンまつり」。11時のオープン前から行列ができ、45分で全商品が完売するという人気ぶりです(写真/片山貴博)

足立区近隣にある人気パン屋・6店のパンをそろえた「団地パンまつり」。11時のオープン前から行列ができ、45分で全商品が完売するという人気ぶりです(写真/片山貴博)

「団地パンまつり」は足立区近隣にある人気パン屋・6店から、よりすぐったパンをそろえて販売するというもの。広場には焚き火があって、子どもたちが焼きマシュマロを食べられたり、木工あそびができたりと、パンを買ったあとも滞在できる仕掛けもなされています。広場に集うのは、団地の住民だけでなく、近隣で暮らしている人たち。訪れたこの日、開店前にもかかわらず、多くの人が集まっていて、注目度の高さがうかがえます。

パン屋との出店交渉、どのパンを仕入れるのか、設営、販売まで住民が行います。大人の本気です!(写真/片山貴博)

パン屋との出店交渉、どのパンを仕入れるのか、設営、販売まで住民が行います。大人の本気です!(写真/片山貴博)

「パンを並べているケースも、屋久杉の床材を使ったもので、住民の手づくりなんですよ。贅沢でしょう(笑)。スタッフのTシャツもそろえて、オリジナルのロゴをいれています」と話すのは、団地の住民でもあるデザイナーの下出さん。今回はロゴの作成や、フライヤーデザインを担当しました。こうしたイベントへの参加は一切、強制ではなく、参加したい人が自分たちの得意なスキルをあわせつつ、楽しんで行っているとのこと。

焚き火(中央)に木工あそび(左)。コロナ禍で遠出できないからこうしたイベントは貴重(写真/片山貴博)

焚き火(中央)に木工あそび(左)。コロナ禍で遠出できないからこうしたイベントは貴重(写真/片山貴博)

「この団地って、人が対価として受け取るのは『お金』だけではなく、経験やさまざまなものがあるという考え方の人が集まっているんです。自分ももともとそう考えるタイプだったので、住んでより考え方が確立した感じですね」と話します。自分が得意なスキルを提供して、周囲の人を笑顔にしたり、いいね、と言われたり。長い間、人類はこうやってコミュニティをつくってきたんだなと実感します。

団地に住み、イベントをしかけている株式会社はじまり商店街の辻さん(左)とフージャースアセットマネジメントの石村さん(右)(写真/片山貴博)

団地に住み、イベントをしかけている株式会社はじまり商店街の辻さん(左)とフージャースアセットマネジメントの石村さん(右)(写真/片山貴博)

「こうしたイベントの中核を担っているのは、団地に暮らしている辻さんたちです。私たちは辻さんたちの企画を見て、いいね! と後押ししてるだけ」と解説するのは石村さん。

辻さん自身、「団地だけの閉鎖的な集いではなく、イベントを通じて地域とつながることを意識しているんです。団地を通してパン屋さん、地域の方々がつながり、暮らしが豊かになるキッカケづくりになればいいな、と。何よりこの1年で、住民のみなさんが楽しみつつ、ご近所や街の人とつながり、暮らしが豊かになっていくのを実感しています。私自身、以前は普通の賃貸アパートに住み、近隣づきあいもありませんでしたが、ここに引越してきて、『私がしたかったのはこういう暮らし~!』だと思っているんです」とうれしそうに話します。

つい先日、入居1年で転勤のため退去した人がいたそうですが、なんと住民同士で涙、涙の送別会を行ったとか。大人の住民同士が1年でそこまで仲良くなる!? と驚きますが、和気あいあいとしたイベントを見ていると、確かに仲良くなるかもなと頷いてしまいます。大人が楽しいフェスを毎月、実施している感じなのかもしれません。

つくる暮らし、交流のある暮らしをしたくて団地へ! その住心地は?ベッドを加工し、作業机に。本棚にはお気に入りの漫画を並べています(写真撮影/片山貴博)

ベッドを加工し、作業机に。本棚にはお気に入りの漫画を並べています(写真撮影/片山貴博)

ここでもうひとり、団地で暮らしている人にその住み心地を聞いてみました。
「もともとは交流のある暮らしをしたくて、シェアハウスに暮らしていたのですが、住民同士の交流があまりなくて(笑)、求めていた暮らしができなかったんです。DIYにも興味があったし、思い切ってこの団地に引越してきました」というのは朱 志剛さん。台湾出身で日本企業にお勤め、団地でお友だちをつくり、今の暮らしを満喫しています。

朱さん初めてのDIY作品となったのがパソコンを置いてある作業デスク。奥はベッドで空間を有効活用(写真撮影/片山貴博)

朱さん初めてのDIY作品となったのがパソコンを置いてある作業デスク。奥はベッドで空間を有効活用(写真撮影/片山貴博)

自作したテレビラック。DIY初心者からここまで上達するの? とびっくりです(写真撮影/片山貴博)

自作したテレビラック。DIY初心者からここまで上達するの? とびっくりです(写真撮影/片山貴博)

朱さんは、転居してきたころはDIY初心者だったといいますが、作業棚、テレビラック、本棚などさまざまなモノを自作しています。先生はもっぱらYouTube(!)だといいますが、団地のテラスで木材を加工していると、「朱さん、何をつくっているの?」と話かけられることも多く、住民のみなさんと自然に会話・交流できているそう。取材後は「団地パンまつり」に参加して、他の住民と会話していましたが、笑顔がとてもまぶしく、「本当にいいなあ」としみじみ思いました。

ご近所さんと交流したい人もいれば、そうでない人もいることでしょう。実際、この団地でイベントに積極的に参加しているのは3割程度。基本的には住民自身の都合や気分で、ご自由にというスタンスだそうです。でも、ご近所さんといっしょにBBQをしたり、ピザを焼いたりと交流していると、音がしたり、匂いがしたり、気配があるのが「当たり前」「心地よい」と感じられることでしょう。

自分の得意を交換して、助けあって、笑い合って……。こうした団地の暮らしの良さは、コロナ禍を経て、今後、いっそう評価されるような気がします。

●取材協力
いろどりの杜

団地にできた1000冊の本がある「シェアハウス」。暮らしをのぞいてみた!

昭和40年代、50年代に多くつくられた団地では、建物の高経年化や住民の高齢化が進む中、新しい活気を生みだそうと、さまざまな試みがなされています。今年3月、足立区に誕生した「読む団地」ジェイヴェルデ大谷田は、そのなかでもひときわユニークです。使われていなかった1階の空間をリノベーションしてシェアハウスとし、共同リビングには1000冊以上の本を配置、また、団地の居住者や地域の方と交流を図れる場としてコミュニティラウンジ『BOOKMARK』もつくりました。住み心地と暮らしぶり、狙いを運営会社とシェアハウス入居者に聞いてきました。   
築43年の大規模団地の一角に「シェアハウス」が誕生

漫画、料理、旅、エッセイ、推理小説など、さまざまなジャンルがあり、共通の関心があれば会話が広がったり、貸し借りをしたりと、人と人とをつないでくれる「本」。「あなたのイチオシは?」と聞かれたら、思わず語りたくなってしまうことでしょう。

そんな本を1000冊以上もそろえたシェアハウスが、今年3月、足立区大谷田一丁目団地に誕生しました。その名前も、「読む団地」ジェイヴェルデ大谷田。なんだか名称だけでもワクワクしますが、コロナ禍にめげず、すでに多くの入居希望者が集い、暮らしています。でも、なぜ団地の一角にブックリビング付きのシェアハウスをつくったのでしょうか。企画・運営をした日本総合住生活株式会社に聞いてみました。

2020年度グッドデザイン賞を受賞しました(写真提供/日本総合住生活株式会社)

2020年度グッドデザイン賞を受賞しました(写真提供/日本総合住生活株式会社)

「大谷田一丁目団地は昭和52年築、全10棟、1374戸からなる大規模団地です。シェアハウスの場所は足立区が保有し、もともとは保育士の寮でしたが、足立区が利活用事業として事業者を公募していたため、弊社が手をあげたのです」と話すのは、日本総合住生活株式会社の奥寺高清さん。

お話を伺った奥寺高清さん(写真提供/日本総合住生活株式会社)

お話を伺った奥寺高清さん(写真提供/日本総合住生活株式会社)

日本総合住生活株式会社は、UR都市機構の団地の管理などを手掛けている会社で、現在は団地のリブランディング、魅力を知ってもらう取り組みにも力を入れています。
「もともとは寮だったこともあり、リノベしてシェアハウスにし、若い世代に団地暮らしの楽しさを知ってもらいたいという観点から、若者向けシェアハウスにコンセプトが決まりました。どこの団地もそうですが、建物・居住者ともに高齢化が進んでいます。若い世代が外から入ってくることで、コミュニティを活性化したいという狙いがあったのです」(奥寺さん)

シェアハウスとコミュニティラウンジに置いた「本」が交流を生む

ただ、シェアハウスをつくるだけでは、シェアハウスに住んでいる人同士の交流は生まれても、団地居住者や地域の方との交流は生まれないものでしょう。そこできっかけになるのが「本」です。

「本はシェアハウスの共用リビングに1000冊ほど常時そろえ、入れ替えを行います。選書は、カフェや美容室など、本屋にこだわらず広く本に触れる場をつくり親しんでもらう活動をしている個人のtsugubooksさん。また、コミュニティラウンジ『BOOKMARK』は、本や食をテーマにしたイベントなどをきっかけに団地居住者や地域の方、シェアハウスの入居者が交流を図れる場としてつくりました。コロナウイルスの影響で自粛していましたが、9月にやっとイベント初開催となりました」(奥寺さん)

シェアハウスの共用リビングにある本棚。テーマごとにゆるやかにまとまっていいて、眺めているうちに自然と興味の範囲が広がっていきます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

シェアハウスの共用リビングにある本棚。テーマごとにゆるやかにまとまっていいて、眺めているうちに自然と興味の範囲が広がっていきます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

取材に訪れた10月3日は、「食」をテーマにした本のイベントが開催されていました。団地の方々、地域の方々も気になっていたようで、「ココ、気になっていたの、立ち寄っていい?」「今日は何をしているの~?」とさっそく、交流が生まれていました。集まる人の年齢も性別もそれぞれですが、本を手に話がはずんでいるのを見ると、「本ってこんなに人を結びつけるんだ」と感慨がわいてきます。

団地の一角にできたコミュニティラウンジ『BOOKMARK』で開催されたイベントの様子(写真提供/日本総合住生活株式会社)

団地の一角にできたコミュニティラウンジ『BOOKMARK』で開催されたイベントの様子(写真提供/日本総合住生活株式会社)

コミュニティラウンジで開催されるイベントの参加はシェアハウス入居者、団地居住者、地域の方など誰でもOK。「食」に関するオススメの本を持ち寄り、コメントを書いて並べます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

コミュニティラウンジで開催されるイベントの参加はシェアハウス入居者、団地居住者、地域の方など誰でもOK。「食」に関するオススメの本を持ち寄り、コメントを書いて並べます(写真提供/日本総合住生活株式会社)

「本は持ち運びもしやすくて、人の物でも抵抗なく触ることができるもの。本の気軽な貸し借りから緩やかな人づきあいが育まれるのでは」というアイデアから、今回の「読む団地」がはじまったといいますが、まさに狙い通りといえそうです。

その住み心地は?「テレワークもしやすくて、たいくつしない」

それでは、シェアハウス内での交流や暮らしはどのようなものなのでしょうか。6月からこのシェアハウスで暮らしている川上望さん(26歳)に聞いてみました。

川上望さん(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

川上望さん(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「本があるシェアハウスなので、本や読書が大好きな人ばかりが集まっているのかと思っていましたが、そうではなく、仲良くなってからさらりと『何の本を読んでいるの?』と会話することが多いですね」とあかしてくれます。では、シェアハウスの住み心地はいかがでしょうか。

「建物はリノベ済みで、きれいで住みやすいですね。セキュリティも行き届いていて、家具家電も備え付けなので、身軽でいられます。仕事はテレワークが多いんですが、部屋ではなく共用リビングでもでき、本もあるのでよい気分転換になります。ここにいれば退屈しません」とそのメリットを話します。

川上さんがシェアハウスに住むようになったきっかけ、団地のイメージについても聞いてみました。
「身軽で暮らしたいこと、働き方を考えて、仕事する場所とくつろぐ場所をわけたかったので、シェアハウスを探していて、この物件に出会いました。見学したときの第一印象で『ここだな!』と思ったことを覚えています。団地には特段イメージがなく、真っ白い箱という印象でした。シェアハウスは、何もないと交流が生まれないのは分かっていたので、『本』のようにコミュニケーションのきっかけがあるのはよいなと思いました。団地の居住者と交流はまだできていませんが、多様な世代、年代の人と触れあいたいな、というのはあります」(川上さん)

就職活動などの経験を振り返ったときに、その当時、多様な世代の人たちと接する機会があれば、「どんな企業や働き方があるのか、もっと早く知ることができた」というのがその理由だそうです。確かに多様な世代、生き方に触れたい、というニーズは若い世代ほどあるかもしれません。

川上さんが暮らすAタイプの部屋。ベッドや机、椅子は備え付けのもの(画像提供/川上望さん)

川上さんが暮らすAタイプの部屋。ベッドや机、椅子は備え付けのもの(画像提供/川上望さん)

各自の部屋の扉の外にあり、お気に入りを紹介できる自分専用本棚「マイブック図書館」(画像提供/川上望さん)

各自の部屋の扉の外にあり、お気に入りを紹介できる自分専用本棚「マイブック図書館」(画像提供/川上望さん)

新婚生活をシェアハウスで「居心地の良さを実感しています」

もう一組、シェアハウスで暮らしているカップルにお話を伺いました。実はそれぞれ、このシェアハウスの別の部屋で暮らしていたものの、秋に結婚の運びとなり、10月から2人暮らしできる部屋でともに暮らし始めたばかりだといいます。新婚生活をシェアハウスで、というのも今どきですね。

佐古田慎さん(右)、佐古田羽蘭さん(左)夫妻(画像提供/佐古田慎さん)

佐古田慎さん(右)、佐古田羽蘭さん(左)夫妻(画像提供/佐古田慎さん)

「このシェアハウスに来る前は、別々の場所でひとり暮らしをしていたんですが、僕がどうしてもシェアハウスで暮らしてみたくて、結婚したら難しいだろうと、思い切ってココを見つけて、暮らしたいと言ったのが始まりです」(佐古田慎さん)

それなら「私も暮らす!」ということで妻の羽蘭さんも続き、シェアハウス内の別々の部屋で暮らすこととなったとか。ちなみにシェアハウスの住民には、2人の関係性は隠していたものの、すぐにつきあっていることがバレてしまったそう。では、2人からみたシェアハウスや団地の良さはどこにあるのでしょうか。

「実は前も団地で生活していたのですが、想像以上に住みやすいんですよね、団地って。スーパー、病院がそろっていて、敷地にもゆとりがある。生活しやすいのは分かっていたので、不安はありませんでした」と羽蘭さん。慎さんは念願のシェアハウス生活が楽しいようです。

「ひとり暮らしをしているとワンルームの部屋に帰って、ごはんつくって食べて、寝ての繰り返しになるでしょう。それがしんどくて。ここには『マイブック図書館』という、自分のお気に入りの本を置いておける場所があるんですが、料理本をおいていたところ、声をかけてもらえて。みんなでスパイスカレーをつくって食べたりしています。シェアハウスの入居者と、話して食べるのが楽しいですね」(慎さん)といいます。

佐古田夫妻が住むCタイプの部屋。2人で住むことが可能です(画像提供/佐古田慎さん)

佐古田夫妻が住むCタイプの部屋。2人で住むことが可能です(画像提供/佐古田慎さん)

団地のもつ良さと課題。「本」が解決のいとぐちになる?

最後に、団地の良さと課題について、奥寺さんに聞いてみました。

「団地は住んでもらうと良さが分かるというお声をよく聞きます。ここは最寄りの北綾瀬駅から徒歩14分と距離はありますが、公園や医療施設、スーパー、コンビニ、郵便局などが近くにあって、不便はありません。大谷田一丁目団地内でランニングできるくらい、今どきの建物にはないゆとりがあり、暮らしやすさを考えぬいて設計された良さがあると思っています。今回のようなシェアハウスをきっかけにして、団地の良さを体験してもらい、シェアハウス卒業後に団地の一室で暮らしてもらう、そんな循環ができたらいいなと思っています」(奥寺さん)

課題にはどのような点があるのでしょうか。
「今まで、団地居住者同士で交流はあっても、地域の方と団地居住者との交流の場がなかなかなかったんですね。しかも高齢化していくと、余計に団地内コミュニティも活発になりにくくなってしまう。だからこそ、『BOOKMARK』のように、団地の中、さらには地域の方とのゆるやかなつながりの場所をつくり、交流の場所になれたらいいなと思っています」(奥寺さん) 

新型コロナウイルスの影響で、『BOOKMARK』は計画時に思い描いていたような活用が今は難しいかもしれません。ただ、取材中、本を片手に人が会話したいというのは、実に自然な気持ちなのだなと痛感しました。どのようなかたちになるかは分かりませんが、本をきっかけに、シェアハウスや団地、地域の関係がより豊かなものになってほしい。本好きの一人として、そう願うばかりです。

●取材協力(※50音順)
日本総合住生活株式会社 住生活事業計画部事業計画課
読む団地

老朽化進む「団地」に新しい価値を。注目集める神奈川県住宅供給公社の取り組み

建設から40年50年が経過し、建物の老朽化、住民の高齢化などの課題が山積している「団地」。建物・土地をどう利活用していくのか、維持管理マネジメントが問われています。神奈川県内に約1万3500戸の団地を持つ「神奈川県住宅供給公社」は、いち早くマネジメントの見直しに取り組み、評価されているといいます。今回は、そのマネジメントと団地の持つ可能性をご紹介します。

課題が山積みの神奈川県住宅供給公社の団地、解決の仕方が評価

「建物の所有者が、建物と周辺環境を総合的に管理し、より効率的・戦略的に経営していく」ことを指すアメリカ発の概念「ファシリティマネジメント」という言葉があります。単なるビルの維持管理ではなく、不動産をどう経営に活かしていくかという、「経営戦略」です。2020年、公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会が主催する「第14回日本ファシリティマネジメント大賞(JFMA賞)」にて、あまたの企業・プロジェクトの取り組みの中から、神奈川県住宅供給公社が「最優秀ファシリティマネジメント賞(鵜澤賞)」を受賞しました。

神奈川県住宅供給公社は現在、神奈川県内に112団地、371棟、約1万3500戸の賃貸住宅の維持管理を行っており、その多くはいわゆる「団地」です。特に築40年以上経過した建物は323棟と全体の約87%にものぼり、建物と設備の老朽化が課題となっていました。

90haにもおよぶ広大な敷地の自然に囲まれた若葉台団地(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

90haにもおよぶ広大な敷地の自然に囲まれた若葉台団地(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

今回ファシリティ・マネジメント(以下「FM」)の視点において、財務・品質・供給の3視点がバランスよく、長期を見据え戦略的な展開をしていることが評価されて大賞受賞となったわけですが、そもそものきっかけとなったのは、2015年、とある団地で起きた「ボヤ騒ぎ」だったそう。大事には至らなかったものの、土曜日の夜だったこともあり、その部屋の住人の世帯情報(性別や年齢、人数など)にたどり着くのに数時間もかかったことをきっかけに、「統合的なデータベース」を導入することとなった。縦割り組織の弊害で、団地の情報(修繕履歴や空室率、入居者情報)も部門ごとにバラバラで作成したり、紙ベースで保管したりしており、持っている情報を活かすことができなかったのです。

そこで住戸単位であらゆる情報を管理するデータベースを導入、「団地の基礎情報」「棟ごとの資産情報」「修繕状況」「財務状況」「入居契約」「募集情報」など、各部署に必要な情報がすぐに分かるようになりました。また、それまで外注していた、入居希望者向けのコールセンター業務を内製化し、「顧客ニーズの把握」や「情報のフィードバック」など、情報を活用していくことができるようになりました。

各団地の課題が明確になり再生計画がスタート。経営状態も改善

こうした公社内での改革・改善が進むと、団地ごとの「入居状況」「強み」「課題」が明確になるとともに、「課題解決」のための取り組みやその反響も徐々に分かってきました。それにより、新しい施策→実行→反響→次回以降の改善、というプラスのサイクルがうまれるようになったのです。

「データベースの導入により各団地の特色や取り組むべき事柄が明確になり、効果的な施策につながったとみています」と振り返るのは神奈川県住宅供給公社の総務部課長の鈴木伸一朗さん。

FMという概念やデータベースを活用するのは主に管理する側で、一見すると住民には関係ないように思えますが、入居希望者や入居者の属性、建物などの「修繕履歴」「空き家率」等、情報が一元化してあることで「団地の課題」が把握でき、必要な施策や改善措置が行われるようになるため、住む側にとってもプラスの効果が出てきます。

これらの取り組みから分かるのは、古い団地の維持管理を単なる管理業務としてこなすのではなく、適切に修繕管理するとともに、より良い方向で活用すれば優良な「資産」となりうるということです。

3年で150組の入居も。団地再生の取り組みははじまったばかり

公社が行っている団地再生の取り組みはどれもユニークなものばかりですが、特にFM大賞で評価されているのは、持続可能な社会への取り組みや地域社会に貢献している点です。

例えば、「アンレーベ横浜星川」(横浜市保土ケ谷区:1954年着工)では、耐震性能には問題はなく、適切な投資(断熱や給排水設備の改修、室内のリノベーション)をすることで、十分に既存建物を活かせると判断。“一棟まるごとリノベーション”を行い、居住性能を向上させました。「持続可能な社会」のために、スクラップ・アンド・ビルドではなく、きちんと修繕して長く使う成功例となることに期待したいところです。

改修前(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

改修前(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

改修後(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

改修後(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

ストックの利用だけではありません。例えば、空室が4割を超えていた「二宮団地」(中郡二宮町:1962年造成着工)では所有するさまざまなデータを総合的に判断して、「残す18棟」と「壊す10棟」とを選別しました。その結果、取り壊しが決まった棟にお住まいの人には、同じ団地内の別の棟に移転してもらったといいます。残すと決めた「二宮団地」の棟では、内装や設備を改善したプランにより、今の暮らしにあわせた住宅としたほか、内装に地域木材を活用したリノベーションプランや一定の要件の中で原状回復不要のセルフリノベーションプランなど、二宮団地独自仕様の住宅も導入しました。
音楽を活用したコミュニティの活性化や団地内の公社所有地を活用した共同菜園、また、公社所有の共同農園の管理や農業体験イベントの開催などに協力することを条件とした「アグリサポーター」制度により就農を応援するなど、さまざまな取り組みに着手。地域住民、町と公社の協同で、団地のPRにとどまらず、二宮町での暮らしの魅力を発信したところ、3年間で約150組の新規入居があったそう。

約70haの二宮団地。新しい里山暮らしを提案(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

約70haの二宮団地。新しい里山暮らしを提案(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

リノベーション後の二宮団地の部屋の一例(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

リノベーション後の二宮団地の部屋の一例(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

二宮団地では「アグリサポーター制度」により就農を応援するなどの取り組みが行われている(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

二宮団地では「アグリサポーター制度」により就農を応援するなどの取り組みが行われている(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

また、「浦賀団地」(横須賀市:1970年着工)では、高齢者が住みにくい4、5階の空室が目立っていることが「データベース」でよりクリアに把握できました。そこで、団地の地域コミュニティの活性化を目的とした「団地活性サポーター制度」を導入。県立保健福祉大学の学生に住んでもらい、大学で学ぶ専門分野を活かし、コミュニティの担い手として活動してもらうことに。ちなみに入居した学生からは「地域コミュニティの経験が少ない環境で育ったからこそ、こうした地域の高齢者とふれあいたい」という声も聞かれるのだとか。

浦賀団地(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

浦賀団地(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

浦賀団地サポーター(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

浦賀団地サポーター(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

「相武台団地」(相模原市南区:1964年着工)の取り組みは2019年、記事でもご紹介しましたが、以前は空き店舗の利活用が課題となっていました。イベントの実施や情報発信などにより商店街と団地ににぎわいを取り戻す意志を持った入店者を募集し、現在は「カフェ」、「児童クラブ」などが入店したり、こども食堂が行われたりと、地域を盛り上げています。昨年は子育て層からシニアまで、幅広い世代が集う場として、多目的・多世代交流拠点「ユソーレ相武台」を開設し、さらににぎわいを取り戻すことに成功しています。

相武台団地(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

相武台団地(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

相武台団地の商店街(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

相武台団地の商店街(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

ユソーレ相武台(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

ユソーレ相武台(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

公社ではそれぞれの団地の状況を把握することで、その団地がもつ強み・特色を把握し、それぞれの団地に適した取り組みを実施するようになりました。それにより団地の埋もれていた魅力を掘り起こしたり、新たな価値を付け加えていくことで、「団地」をただ昔の住宅としか捉えていなかった人たちの関心を呼び起こすとともに、団地へ呼び込むことにより、団地を「持続可能な社会」とすることへと模索が続いています。

団地は大きなシェアハウス。再評価の流れに今後も注目

前出の鈴木さんは団地のよさについて「人との距離が近いことにつきます。オートロックのマンションの距離感、一戸建てとの距離感とは違います。階段室があって、住居がある。顔をつきあわせる存在がいる。団地内に商店街や緑、集会所をはじめとする共用スペースがあり、団地そのものが大きなシェアハウスのようなもの」と話します。

二宮団地の共用スペース「コミュナルダイニング」(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

二宮団地の共用スペース「コミュナルダイニング」(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

確かに! 団地そのもののゆとり、つながりは今でいう「シェアハウス」に近いのかもしれません。
また、神奈川県住宅供給公社の団地では、敷地内の歩車分離や電線地中化がなされていることも多く、まち全体が安全で、空が広く、緑と敷地にゆとりがあります。だからこそ、室内をリノベーションすれば住み継ぐことができるのでしょう。

昭和が残してくれた、暮らしの遺産。「団地」回帰・再評価の動きにこれからも注目していきたいところです。

●取材協力
神奈川県住宅供給公社

日本の住まいと暮らしをつくった「団地」。 懐かしの団地の歴史と最新事情とは?

「ひばりヶ丘団地」「牟礼団地」などが解体・建て替えられている一方で、2019年12月には旧赤羽台団地の「スターハウス」を含む4棟が国の登録有形文化財に登録されたり、2022年度をめどに「都市と暮らしのミュージアム」が計画されたりなど、何かと話題の「団地」。日本最大の大家ともいわれるUR都市機構では、団地だけでなく、地域を文字通り「再生」「再構築」しようと考えているようです。今回は団地の「これまで」の歩みと「これから」をつくる動きをご紹介します。
田の字形の間取り、バス・トイレ、キッチン。「今の暮らし」の源流がある

現在、日本では10人に1人はマンション住まいと言われていて、コンクリート造の集合住宅は“当たり前”。そんなマンション、日本の住まいに大きな影響を与えたのが「団地」です。

まずはコンクリート造の集合住宅の歴史をかんたんにご紹介しましょう。そもそも、日本初のコンクリート造の集合住宅ができたのは、長崎県の端島(通称:軍艦島)です。関東大震災後、復興を目的に「財団法人同潤会」が設立され、東京や横浜にも耐震耐火の集合住宅が供給されました。

ただ、このころは庶民の住宅というよりも、高嶺の花、別世界の存在でした。ガスや水道、水洗トイレが完備されているため、当然ながら家賃も高め。エリート層が暮らす場所でした。

昭和30年代の赤羽台団地(写真提供/UR都市機構)

昭和30年代の赤羽台団地(写真提供/UR都市機構)

そんなコンクリート造の集合住宅ですが、戦後、昭和30年に日本住宅公団が設立され、都市圏近郊に急ピッチで供給されるように。「食寝分離」「ダイニングテーブルの登場」「内風呂付・水洗トイレ」「ゆとりある敷地」などが、“新しいライフスタイル”“時代の最先端”でもあり、一種の社会現象を巻き起こしました。その後、昭和40年代、50年代まで、毎年、団地は量産されていき、時代にあわせて「より広く」「より便利に」とアップデートされていきますが、今の住まい、特にマンションの間取りをはじめ、骨格はすべてこの「団地」に源流があるといってもいいでしょう。

幼稚園通園風景(写真提供/UR都市機構)

幼稚園通園風景(写真提供/UR都市機構)

かつての団地のリビングルームの様子(写真提供/UR都市機構)

かつての団地のリビングルームの様子(写真提供/UR都市機構)

八王子にある集合住宅歴史館では、歴代の「スター住戸」に出会える

こうしたコンクリート造の集合住宅・団地の歩みをひと目で体感できるのが、東京都八王子市にある「UR都市機構集合住宅歴史館」(※1)です。この施設には、日本の集合住宅の歴史を彩ったさまざまな建物、しかも「本物」がまるごと移築・復元されているので、まるで「物件内見」している気持ちにもなるほど。事前予約をすれば個人でも見学できるので、ぜひ足を運んでほしい施設です。

見学できるのは以下の4物件・6タイプなのですが、もうホント、どれもこれも魅力的。1時間30分の取材予定がなんと3時間、ずっと興奮しっぱなしでした。1つの物件で記事が書けるくらいなのですが、表と写真でダイジェストでお送りします。

日本の集合住宅の歴史がぎゅっとつまった歴史館。どの住戸も熱い思いが詰まっていて、興奮しきりです(資料より筆者作成)

日本の集合住宅の歴史がぎゅっとつまった歴史館。どの住戸も熱い思いが詰まっていて、興奮しきりです(資料より筆者作成)

まずは「同潤会代官山アパート」(竣工1927年・解体1996年)の独身向け住戸から見学していきましょう。部屋には備え付けのベッド付きで随所に収納もあり簡素でありながら、住みやすそう。今の「激狭物件」にも通じるものがあります。トイレと洗面は共同です。今話題の「ソーシャルアパートメント」に近いかもしれません。

同潤会代官山アパートのシングル向け物件。右手にあるのは造り付けのベッド。ガスがあり、お湯が沸かせるようになっている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

同潤会代官山アパートのシングル向け物件。右手にあるのは造り付けのベッド。ガスがあり、お湯が沸かせるようになっている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

次に見学するのは、同潤会代官山アパートのファミリー向けの住戸。3階建ての住戸ですが、和式トイレ、ガスコンロと流し台が設置されています。

同潤会代官山アパートのファミリー向け物件。お部屋は30平米未満ですがこちらもコンパクトで上品なたたずまい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

同潤会代官山アパートのファミリー向け物件。お部屋は30平米未満ですがこちらもコンパクトで上品なたたずまい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

いよいよ、日本住宅公団による「蓮根団地」(竣工1957年・解体1987年)が登場します。ここで今、当たり前になっている「食寝分離」と「ダイニング・キッチン」が導入されます。お茶の間のちゃぶ台で食事をすることが多かった日本人に新しいライフスタイルを提案するためダイニングテーブルは備え付けだったそう! キッチンはまだ人研ぎ流し台。味わいがあります。

蓮根団地のお部屋。2DKの間取りが誕生。冷蔵庫をはじめとする電化製品も含め、「家族で豊かになっていく日々」は夢があったことでしょう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

蓮根団地のお部屋。2DKの間取りが誕生。冷蔵庫をはじめとする電化製品も含め、「家族で豊かになっていく日々」は夢があったことでしょう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

次いで見学するのは、テラスハウスタイプ、いわゆる低層集合住宅です。「多摩平団地」(竣工1958年・解体1997年)のテラスハウスは間取りが3DK、広い専用庭があり、キッチン・バス・トイレ付き。このキッチンは、ステンレス製の流し台が採用されています。

テラスハウスは昭和30年代に公団住宅として供給された住宅のうち、約2割がこのタイプだったそう。専用庭があり、のびのびと暮らせそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

テラスハウスは昭和30年代に公団住宅として供給された住宅のうち、約2割がこのタイプだったそう。専用庭があり、のびのびと暮らせそう(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

次に登場するのが、建築家・前川國男が手掛けた「晴海高層アパート」(竣工1958年・解体1997年)。団地の建設当時から「中層の住宅」だけでなく、土地の高度利用のため、高層住宅も検討されていたことが分かります。工法は現在のスケルトン・インフィル住宅に通じるものがあり、とても斬新で現代風です。築39年での解体となりましたが、住戸の一部だけでも残してもらえて良かった……。

コンクリートブロックと配管むき出しになっていたり、欄間がガラスだったりと、もういちいちかっこいい。晴海という立地から家賃もかなりしたそうですが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

コンクリートブロックと配管むき出しになっていたり、欄間がガラスだったりと、もういちいちかっこいい。晴海という立地から家賃もかなりしたそうですが……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3層ごとに廊下を設け、上下階の住戸はその廊下を利用して移動します。こちらは共同の郵便受け(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3層ごとに廊下を設け、上下階の住戸はその廊下を利用して移動します。こちらは共同の郵便受け(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

築40年以上の住宅が7割超。愛着を持って長く住む人が多数

しかし、かつてのスターであり、ライフスタイルを牽引した団地も今、大きな曲がり角に立っています。まずは現状と課題を聞いてみました。

「まず、UR賃貸住宅のストックの現状ですが、首都圏、中部、近畿、九州の大都市近郊を中心に1532団地、71万8000戸の賃貸住宅を有しています(平成30年度末時点)。昭和30年代に建設された団地は集約化・建て替えられているところが多く、今最も多いのが昭和40年代で30万戸超、昭和50年代に建てられたものが15万戸ほど、築年にして40年超のものが約7割になります」というのは、UR都市機構の住宅経営部ストック活用計画課の大川内将至郎さん。

ひばりヶ丘パークヒルズ(写真提供/UR都市機構)

ひばりヶ丘パークヒルズ(写真提供/UR都市機構)

特徴としては長く居住している人が多いこと。調査では(※2)平均居住年数が14年5カ月ということを見ても「借りて数年、住む」というより、「ふるさと」「居場所」として愛着を持って住んでいる人が多いことがうかがえます。

「お住まいの方から聞かれるのは、遊び場や緑といった敷地全体のゆとり、人とのつながりコミュニティ、ですね」(大川内さん)といい、まち開きから40年・50年経過した今も、長く住み続けたくなる魅力があるようです。

団地は地域の「資源」。コーディネートの役割を果たす

とはいえ、住人が長く住んでいるということは、高齢化しているということ。建物と住民、2つの「高齢化」に加え、1住戸に住んでいる人数も減っていることが分かっています。かつてはファミリーが中心だった世帯構成も今では1人暮らしが最も多く、調査では(※2)入居世帯のうち38%にもなるそう。

「日本の国勢調査の平均よりも、1世帯あたりの人数が少なく、平均年齢も高めで、より高齢化が進んでいることが分かっています。入居した方とともに年齢を重ねてきたのはありがたい半面、課題でもあるのです」(大川内さん)

そうした課題に対し、URの方針としているのが、UR賃貸住宅ストックの活用と再生になります。団地別の方針としては、以下のものがあります。そのうち、高経年化への対応が必要なストック再生団地の再生手法は、団地の一部を建て替えして残りを改善するなど、4つの手法を複合的・選択的に実施し、地域の実情にあわせて活性化していくといいます。

既存住戸の活用と再生が2本の柱。再生も地域の実情にあわせて行うという。URの資料より筆者作成

既存住戸の活用と再生が2本の柱。再生も地域の実情にあわせて行うという。URの資料より筆者作成

また、この数年、課題とあわせて再評価されている点も大いにあるといいます。それを象徴するのが、「団地は地域の資源」という考え方です。

「団地は単なる住まいの集合体だけでなく、豊かな屋外空間や、商店、子育て施設、高齢者施設などのサービス施設、培われてきたコミュニティなど、複合的な機能を持っているため、『地域の資源』と再評価されているのだと思います」と話すのはウェルフェア総合戦略部戦略推進課の山田敬右さん。

続けて、歴史的な背景から、UR都市機構が持つ「強み」をコーディネート機能にあると分析します。

「UR都市機構は、団地の開発でも、道路の敷設や学校や公園の建設のために地元自治体と、商店や医療施設では各事業者とのそれぞれ綿密な調整を行ってきました。実はこうしたコーディネートができる事業者はあまり多くない。今後はこうしたコーディネート機能を『地域医療福祉拠点化』の取組みの中で発揮し、さまざまな地域関係者(地元自治体、自治会、関連事業者、地域包括支援センター、大学など)と連携しながら多様な世代が生き生きと暮らし続けられる住まい・まちを実現していきたいと考えています」(山田さん)といいます。

「地域医療福祉拠点化」といっても、特別なものではなく、主に3つの取組みを行っています。
(1)子育てや介護、病院・診療所など、地域における医療福祉施設等の充実の推進
(2)高齢になっても住み続けられるよう、居住環境の整備推進(バリアフリー化等)
(3)若者や子育て世帯等を含む多様な世代のコミュニティ形成の推進

■地域医療福祉拠点化のイメージ
資料提供/UR都市機構

資料提供/UR都市機構

地域医療福祉拠点化に取り組んでいる団地の1つとして、豊明団地(愛知県豊明市)があります。

■「豊明団地」の地域医療福祉拠点化の取組み
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「ふじたまちかど保健室」で行われている健康体操(写真提供/UR都市機構)

「ふじたまちかど保健室」で行われている健康体操(写真提供/UR都市機構)

大学と行政、URが連携している「豊明団地」では、大学の看護師や理学療法士、ケアマネジャーらが交代でお住いの方の健康、介護、子育てなど幅広い相談に応じる「ふじたまちかど保健室」を設置。大学の学生が団地に住み、夏休みには子どもたちの宿題をみる寺子屋活動、自治会主催の夏祭りや餅つき大会などのお手伝いも。

■若者を取り込むための取組み
四箇田団地のMUJI×UR団地リノベーションプロジェクト(写真提供/UR都市機構)

四箇田団地のMUJI×UR団地リノベーションプロジェクト(写真提供/UR都市機構)

「このほかUR都市機構では、住宅のリノベーション企画の1つとして、これまでイケアさんと連携した『イケアとURに住もう。』や無印良品さんと連携した『MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト』の展開を行ってきました。これらの住宅は、メディアにも何度も取り上げてもらえたこともあり、特に若い世代に人気で、これまでUR賃貸住宅を知らなかった方にも知っていただけるきっかけになりました」と大川内さん。

さまざまな歴史や取り組みを重ねてきて、「多様な世代が住み続けられる」「コミュニティを活性化させる」という指針のもと、団地を地域の事情にあわせてリボーンさせていくという段階にあるようです。

現在の喫緊の課題である「高齢化」「コミュニティの衰退」という、難問に立ち向かっているのが今と「これから」といえるでしょう。これらの問題は躯体の問題、つまりハード面はクリアできる/しやすいものの、「人」や「ソフトウェア」によるところは一律の処方せんは難しいのでしょう。だからこその、「技術的な改修」「集約化」を行いつつ、「地域医療福祉拠点化」という方針なのだと思います。

「かつて憧れだった団地で、安心して年齢を重ね、最後のときを迎える」「若い世代が子どもを安心して育てられる」、団地好きとしては残せる建物は残して活用しつつ、さまざまな知恵を結集して現在の課題を解決していってほしいなと願っています。

※1 集合住宅歴史館は新型コロナウイルス感染防止のため、2020年3月22日(日)まで休館しています。3月23日(月)以降の予定は、今後の状況をふまえ改めてURLで告知されるとのことです
※2 平成27年度UR賃貸住宅居住者定期調査

●取材協力
UR都市再生機構
集合住宅歴史館

団地から「街」へ。温浴施設などを備えた相武台団地の取り組み

近年「団地」が注目を浴びていますね。昭和的な懐かしい外観など、改めてその魅力が見直される一方、空室増加や老朽化などで問題になっているものもあります。
そんななか、私のもとに相武台団地に「ユソーレ相武台」という温浴施設ができたという情報が! まずは行ってみなければ! と訪問して目にした、新しい団地のあり方を紹介します。

元銀行の商業施設が、美容にも健康にもうれしい温浴施設に!?

素敵にリノベーションされた「ユソーレ相武台」は、元は地元の銀行の支店が入っていた建物だったそうです。

元銀行の古い施設をリノベーションしてオシャレな温浴施設となった「ユソーレ相武台」(写真撮影/唐松奈津子)

元銀行の古い施設をリノベーションしてオシャレな温浴施設となった「ユソーレ相武台」(写真撮影/唐松奈津子)

相武台団地(相模原市)は、小田急小田原線「相武台前」駅から徒歩19分という立地、築50年を超えた団地群も老朽化が目立ち、中央にある商店街には空き店舗が増えるなど、衰退の危機にさらされていました。長らくこの地で営業してきた銀行の支店も、2年ほど前に撤退を余儀なくされ、以降、空き店舗状態になっていたのです。

リノベーション前の相武台団地内、商店街スペース。空き店舗や施設の老朽化が目立ち、住民の高齢化も課題となっていた(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

リノベーション前の相武台団地内、商店街スペース。空き店舗や施設の老朽化が目立ち、住民の高齢化も課題となっていた(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

この事業の責任者である神奈川県住宅供給公社の一ツ谷正範(ひとつや・まさのり)さんは「団地の衰退に歯止めをかけることはもちろん、高齢者や子育て世帯といった、居住サポートが必要な人たちにとっても暮らしやすい場所に変えたいと思った」と言います。

今回、お話を聞かせてくれた神奈川県住宅供給公社の一ツ谷正範さん(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

今回、お話を聞かせてくれた神奈川県住宅供給公社の一ツ谷正範さん(写真提供/神奈川県住宅供給公社)

ユソーレ相武台はミスト岩盤浴のある温浴施設スペースをメインに、多世代交流拠点としてカフェスペース、ワークショップスペース、キッズスペース、さらには高齢者向けのデイサービススペースも備えています。実はこの施設、れっきとした相模原市介護保険総合事業である「基準緩和通所型サービス」の事業所なのです。また、施設の一角には神奈川県の認証を受けた「未病センター」もあり、健康に関する情報提供や健康機器での測定も行っています。

ユソーレ相武台のロゴマークがついた「湯治」ののれんをくぐると、そのさきがミスト岩盤浴スペースの休憩室につながる(写真撮影/唐松奈津子)

ユソーレ相武台のロゴマークがついた「湯治」ののれんをくぐると、そのさきがミスト岩盤浴スペースの休憩室につながる(写真撮影/唐松奈津子)

休憩室には大きな観葉植物が中央に置かれ、ボタニカルな雰囲気の中でくつろげる(写真撮影/唐松奈津子)

休憩室には大きな観葉植物が中央に置かれ、ボタニカルな雰囲気の中でくつろげる(写真撮影/唐松奈津子)

ミスト岩盤浴スペースは照明を落としてゆったりとくつろげるムーディーな雰囲気にも、明るくしてホットヨガなどのイベント向けにも調整できる(写真撮影/唐松奈津子)

ミスト岩盤浴スペースは照明を落としてゆったりとくつろげるムーディーな雰囲気にも、明るくしてホットヨガなどのイベント向けにも調整できる(写真撮影/唐松奈津子)

子どもも、おじいちゃんおばあちゃんも喜ぶ、魅力的なイベントスペース

デイサービスや未病センターというと、無機質な病院や健康センターのような施設をイメージしますが、ここの魅力はなんといっても施設が素敵にリノベーションされていること。イベントやワークショップ等の開催を想定してつくられたというカフェスペースやキッズスペースは、若い子育て世帯にとっても魅力的で快適な空間になっています。実際に訪問した日も、高齢者向けの健康講座や子ども向けのキッズヨガ教室が開催されていました。

訪れた日の午前中には高齢者向けの健康講座が開催されていた。団地に住む人を中心に参加した人たちは、スタッフとも顔見知りが多く、安心して楽しんでいる様子(写真撮影/唐松奈津子)

訪れた日の午前中には高齢者向けの健康講座が開催されていた。団地に住む人を中心に参加した人たちは、スタッフとも顔見知りが多く、安心して楽しんでいる様子(写真撮影/唐松奈津子)

日当たりがよく、明るいカフェスペースは、ゆっくり休憩をしたり、コワーキングスペースとしても使えそう(写真撮影/唐松奈津子)

日当たりがよく、明るいカフェスペースは、ゆっくり休憩をしたり、コワーキングスペースとしても使えそう(写真撮影/唐松奈津子)

リノベーションされたときのまま、コンクリートや配管がむき出しのラフな天井、木の温かみを感じさせる床材や家具のバランスがとてもオシャレです。
ワークショップスペースに昭和の面影を感じさせる郵便受けを見つけ、私が思わず「かわいい!」と声を上げると、一ツ谷さんが「実は他にもいっぱい隠れアイテムがあるんですよ」と教えてくれました。

ワークショップスペース右手奥に取り付けられているのは、団地の郵便受けをリサイクルした収納ポスト(写真撮影/唐松奈津子)

ワークショップスペース右手奥に取り付けられているのは、団地の郵便受けをリサイクルした収納ポスト(写真撮影/唐松奈津子)

受付のカウンターは古い団地の床材をリユースした木材でつくられており、ワークショップスペースを仕切るガラス付きの建具も古い団地のものを塗り替えて使用しているそうです。さらに、「INFORMATION」「WORK SHOP」「KIDS SPACE」を示すカッティングシートの貼られたかわいいライト、これもなんと、団地の蛍光灯をリサイクルしたものなんだとか! 団地好きにはたまらない遊びゴコロが満載です。

団地の床材をリユースした木材でつくられた受付のカウンターテーブル。「INFORMATION」を示すライトは団地階段の蛍光灯をリサイクルしたもの(写真撮影/唐松奈津子)

団地の床材をリユースした木材でつくられた受付のカウンターテーブル。「INFORMATION」を示すライトは団地階段の蛍光灯をリサイクルしたもの(写真撮影/唐松奈津子)

団地の二つの住戸を一つにまとめて今風の間取りに!

古いものを活かして、今の生活に合わせたスタイルに手を加えていく、と言う意味では、団地のメインとなる居住空間についても工夫されています。

もともとは35.59平米の2DKである団地内の隣り合う2戸を1住戸にする「2戸1」プランは、共働き世帯や子育て世帯の入居を想定してリノベーションされた住まいです。71.18平米と2倍になったゆとりのあるスペースを活かして、セカンドリビングやインナーバルコニーといった自由に使える機能を付加しています。2戸分の広さを確保したバルコニーは見晴らしも良く、心地の良い風が通り抜けます。

今回、リノベーションされた4階と5階の2プランが決定したときの間取りイメージ。2戸1ならではの動線設計やスペース活用法を見ることができる(資料提供/神奈川県住宅供給公社)

今回、リノベーションされた4階と5階の2プランが決定したときの間取りイメージ。2戸1ならではの動線設計やスペース活用法を見ることができる(資料提供/神奈川県住宅供給公社)

珍しいインナーバルコニーのあるプランも。土間風のバルコニーはいろいろな使い方ができそう(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

珍しいインナーバルコニーのあるプランも。土間風のバルコニーはいろいろな使い方ができそう(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

居室部分も魅力的ですが、筆者にとってツボだったのは、この2戸1プランのリノベーションに合わせて塗り直したという団地の外観! 周囲に緑が多いこともあり、その場にいると、まるで外国の団地に訪れたような可愛さでした。

白と茶色に塗り分けられた団地の外観。他の真っ白の外観のまま塗り替えされた棟も、団地好きにはたまらない(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

白と茶色に塗り分けられた団地の外観。他の真っ白の外観のまま塗り替えされた棟も、団地好きにはたまらない(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

大きなけやきの木の下で。「グリーンラウンジ・プロジェクト」

古くからある団地なだけに、周囲の空間は贅沢に広く整えられています。昔からある大きなけやきの木の周りには芝生が張られました。訪問したときは芝生の養生中で入れなかったのですが、親子やおじいちゃんおばあちゃんが木陰で休む姿をありありとイメージできます。

芝生が青々と広がるスペースの中央にあるのは、この団地のシンボル的存在、けやきの木(写真撮影/唐松奈津子)

芝生が青々と広がるスペースの中央にあるのは、この団地のシンボル的存在、けやきの木(写真撮影/唐松奈津子)

実はこのけやきの木を中心とした商店街スペースでも、4年ほど前から「グリーンラウンジ・プロジェクト」として空き店舗を活用したカフェ運営や、さまざまなイベントを開催してきました。今年で4回目となる「欅(けやき)ハワイアンフェスタ」は、なんと100人のフラガールが集まるそうで、その風景は壮観だといいます。毎年11月には、「団地祭」や音楽をテーマに多くの飲食店が出店する「秋楽祭(しゅうらくさい)」が開催され、多くの人でにぎわっています。今年は11月4日(月)に団地祭が終わり、秋楽祭を11月17日(日)に行う予定だとか!

団地の活性化を目的として始まった「グリーンラウンジ・プロジェクト」(画像引用/グリーンラウンジ・プロジェクトホームページより)

団地の活性化を目的として始まった「グリーンラウンジ・プロジェクト」(画像引用/グリーンラウンジ・プロジェクトホームページより)

100人以上のフラガールが集まる「欅(けやき)ハワイアンフェスタ」は周辺地域でフラダンスをやる人の間では有名なイベントらしい(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

100人以上のフラガールが集まる「欅(けやき)ハワイアンフェスタ」は周辺地域でフラダンスをやる人の間では有名なイベントらしい(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

リニューアルした芝生広場で行われた子どもから高齢者までが交流する「団地祭」の様子(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

リニューアルした芝生広場で行われた子どもから高齢者までが交流する「団地祭」の様子(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

この「グリーンラウンジ・プロジェクト」の立役者は、この相武台団地内商店街の空き店舗に4年前にテナントとして入居した「ひばりカフェ」の店主、佐竹輝子(さたけ・てるこ)さんです。

ひばりカフェ店主の佐竹輝子さん。地元である相武台団地を盛り上げたい一心で、カフェを始めたという(写真撮影/唐松奈津子)

ひばりカフェ店主の佐竹輝子さん。地元である相武台団地を盛り上げたい一心で、カフェを始めたという(写真撮影/唐松奈津子)

佐竹さんは近辺に住んで専業主婦をしていましたが、以前から団地の高齢化した姿を見て何かできることはないかと模索していた時期にこのプロジェクトに出会い、参加することを決意しました。

「この団地は私の青春の場所であり、3人の子育てをしてきた思い入れのある場所です。これからも住み続けたいですし、もう一度子どもたちの声が響く場所にしたい、高齢者も安心して暮らせる場所になったらいいなと思っています」(佐竹さん)

「グリーンラウンジ・プロジェクト」は、このひばりカフェのオープンを皮切りに4年前から始まった(写真撮影/唐松奈津子)

「グリーンラウンジ・プロジェクト」は、このひばりカフェのオープンを皮切りに4年前から始まった(写真撮影/唐松奈津子)

ありとあらゆる高齢者向けサービスがそろうコンチェラート相武台

家族の成長とともにライフステージが変わっても住み続けられる街を目指している相武台団地には、「コンチェラート相武台」というサービス付き高齢者向け住宅もあります。

広々とした敷地の中にあるサービス付き高齢者向け住宅「コンチェラート相武台」(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

広々とした敷地の中にあるサービス付き高齢者向け住宅「コンチェラート相武台」(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

見学させてもらってびっくり、この施設のスゴいところは施設内にデイサービス、居宅介護・訪問介護事業所、在宅療養支援診療所、訪問看護事業所、そしてメインの高齢者向け住宅が一つに集まっているところです。

コンチェラート相武台の看板。サービス付き高齢者向け住宅としてだけではなく、地域高齢者向けの各種サービス拠点となっていることが分かる(写真撮影/唐松奈津子)

コンチェラート相武台の看板。サービス付き高齢者向け住宅としてだけではなく、地域高齢者向けの各種サービス拠点となっていることが分かる(写真撮影/唐松奈津子)

各事務所の入口のドアがそれぞれにあり、見学させていただいた日も、診療所のお医者さんとすれ違ったり、それぞれのサービスの職員の方が行き来したり、多くのスタッフと専門職の人びとに支えられた多機能施設であることを実感しました。

この施設の中にも地域交流スペースが設けられています。スペースの一角では、子ども向けサービスを提供していた時期もあるそうで、これからどのように活用していくかを検討中とのこと。楽しみです!

行政や大学と連携した取り組みで、団地が一つの街に

さらに、「介護予防」「未病」の対策として、「ユソーレ相武台」や「コンチェラート相武台」を起点に、地域の住民によるワーキンググループが複数活動していると言います。そこでは相武台団地を運営する神奈川県住宅供給公社のグループ企業である一般財団法人シニアライフ振興財団が、相模原市と連携して住民活動を支援しているのです。一ツ谷さんはこのシニアライフ振興財団の理事でもあります。

「各地域の方々が、リーダーを中心に、積極的に健康クラブなどの運営を行っていらっしゃいます。相模原市が『健活!』と銘打ち、健康寿命の延伸に取り組んでいますが、当社でも活動スペースの提供など、地域や行政と一緒に街づくりに貢献していきたいと考えています」(一ツ谷さん)

また周辺の大学との連携も行っています。10月27日には「ユソーレ相武台」で東京農業大学の学生による苔テラリウムのワークショップが行われました。相模女子大学の女子学生は、定期的に開催される子ども食堂のお手伝いをしています。

東京農業大学の学生による苔テラリウムのワークショップには多くの子どもたちが参加し、大盛況だった(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

東京農業大学の学生による苔テラリウムのワークショップには多くの子どもたちが参加し、大盛況だった(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

キッチンでは、子ども食堂の準備を手伝う相模女子大学の学生たちの姿も(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

キッチンでは、子ども食堂の準備を手伝う相模女子大学の学生たちの姿も(画像提供/神奈川県住宅供給公社)

相武台団地では、これからも積極的に地域住民、行政、学校、民間企業などと連携して街を盛り上げていくそうです!

商店街の活性化やコミュニティづくり、新しい住まい方の提案、さらには住民・行政・大学などが一体となって、一つの「街」として新しい進化を遂げようとしている相武台団地。ここに取り上げた以外にも、健康講座の開催や学生ボランティアによる植栽の手入れなど、行政や周辺の大学との連携もさらに推進中とのことです。

今回、相武台団地を見て、またかかわる人びとのお話を聞いて感じたのは、ただユニークな建物をつくる、リノベーションしてきれいにする、ということではなく、衣食住ひいてはライフスタイルそのものを包括的に捉えて、住まいから街へとつなげていく思想。そこには「ここを元気にしたい」と本気で願う人たちの、何年もかけて一つ一つ点を打っていくような努力を垣間見ました。
さらなる景色の変化が楽しみな団地、いいえ「街」です!

●取材協力
・団地未来~団地再生の取り組み~ 相武台団地
・ユソーレ相武台
・グリーンラウンジ・プロジェクト
・ひばりカフェ
・コンチェラート相武台

団地はどう変わっていく?「ハラッパ団地・草加」に見る新しい暮らし

昭和の30年代から40年代にかけて、日本各地で盛んにつくられた「団地」。老朽化に伴い、解体される物件もある一方で、そのよさが再発見・再評価されつつあります。今回はそんな現代に蘇った「団地」のひとつ、埼玉県のハラッパ団地・草加を訪問。団地ならではのつながり・ふれあいのある暮らしについて聞いてきました。
1971年築の社宅を全室リノベ。保育園・カフェ・畑・ドッグランを併設!

ハラッパ団地・草加があるのは、東武スカイツリーライン・新田駅から徒歩8分という住宅街。もともとは1971年築の社宅でしたが、全面リノベーションし2018年から賃貸住宅に。住居は全55戸ですが満室で、なんと現在、40組以上のウェイティングリストができるほどの人気ぶり。

(写真提供/ハラッパ団地・草加)

(写真提供/ハラッパ団地・草加)

団地の魅力には「敷地のゆとり」や「緑の多さ」を挙げる人も多いですが、この「ハラッパ団地」は、そうした良さをリノベーションで全面的に押し出していて、敷地面積1800坪という2棟の建物に、約100坪の畑、レストランとピザ窯、ドッグラン、保育園が併設されています。また、レストランと保育園は、マンションの住人もそうでない人も、ふらりと立ち寄れるようになっています。では、実際に暮らす人はどのように感じているのでしょうか。2018年末に転居してきたMOMOさんに話を聞いてみました。

「2018年の秋に部屋探しをはじめたところ、友人に教えてもらったのがこのハラッパ団地でした。犬2匹がいるので、ペット可がマスト条件。前に住んでいた街からも近いし、見に行ってみたらと声をかけてもらって。初めて見たとき、周囲の建物と比べて、団地の一角だけちょっと空気が違うなって感じました。クリームイエローで明るくて、緑があって。すごく印象に残っています」と振り返ります。

ただ、部屋探しをはじめたばかりなので他も見たいなと思い、即決はしませんでした。しかし、その後、さまざまな物件を見ましたがここほど心躍る物件とは出会えず、12月には「ハラッパ団地」に決定し引越してきました。

つながりは重たい? 心地よい関係なら負担にならない

決め手になったのは、リノベされた新しい家の良さ、そして団地の施設。すべてが「ちょうどよい」と話します。

「部屋のなかも新しくなっていて気持ちがいい。団地のドッグラン、畑、保育園、カフェ。ぜんぶ欲しいなって思っていました。当時は空室があって、いくつか部屋を見学したんですが、最終的には1階に保育園のある棟にしました。保育園の子どもたちの声から元気をもらおうって考えて。近くに子どもの声のある暮らしって、いいんだろうなって考えたんです」とMOMOさん。

MOMOさん宅のリビング。アクセントクロスとコーデされたインテリアがステキ(写真撮影:嘉屋恭子)

MOMOさん宅のリビング。アクセントクロスとコーデされたインテリアがステキ(写真撮影:嘉屋恭子)

子どもの声から「元気をもらう」という発想、良いですよね。ご近所との「つながり」に変化はあったのでしょうか。

「以前は一戸建て住まいで、知人やご近所の人とはあいさつしていましたが、ハラッパだと知人でなくても、顔を合わせたら『あいさつ』をする。なんだか新鮮だなと思いました」

とはいえ、入居前は「人とのつながりが、重くならないか心配もした」(MOMOさん)といいます。昭和の団地が持っていた「濃密な人間づきあい」や、自治会や班長などの当番制度は負担感もあり、令和の今では敬遠されてしまうことでしょう。では、実際はどうなのでしょうか。

「人とつながるといい面もあれば、悪い面もある。ただ、改めて感じたのは、人とのつながりって生きる原点なんだな、と。もちろん、無理せずゆるく、自然に、時間をかけてというのもあります。私の場合、併設のカフェ『ハラッパ食堂』が気に入ったので、自分の飲食店運営の経験を活かして、ときどきお手伝いをすることになったんです。それから畑をお手入れする『畑部』に加わって、知り合いが増えて、と自然にお友だちができていきました」

大人になると、「子ども」や「犬」などを介さずに友だちをつくることは難しくなるもの。でも、ハラッパ団地では新しく友だちができた、というのも喜びにもなったそう。そしてもう一つ、大きな再発見が。
「レストランを手伝うなかで若いころに絵を描いていたと話したら、店の壁に絵を描いてほしいって言われて、久しぶりに筆をとりました。不安もあったけど、ほんとにうれしかった!」と笑顔を見せるMOMOさん。人とつながるなかで、自分の忘れていた「大切なもの」を取り戻していったといいます。

ハラッパ食堂に描かれたMOMOさんの絵。引越してきた団地で以前の経験が活きる。まるで映画のような展開(写真提供:MOMOさん)

ハラッパ食堂に描かれたMOMOさんの絵。引越してきた団地で以前の経験が活きる。まるで映画のような展開(写真提供:MOMOさん)

(写真提供:MOMOさん)

(写真提供:MOMOさん)

こちらは店内に描かれたミモザ。見る人の気分まで明るくさせてくれる「イエロー」は、ハラッパ団地を象徴する色だ(写真提供:MOMOさん)

こちらは店内に描かれたミモザ。見る人の気分まで明るくさせてくれる「イエロー」は、ハラッパ団地を象徴する色だ(写真提供:MOMOさん)

団地が教えてくれる人とのつながりの価値・意義

では、肝心の部屋の住み心地はどうなのでしょうか。建物は耐震診断がされて安全確認済み、室内はすべてリノベーション、ネット環境も整備されているというものの、日常生活で古さや不便さを感じることはないのでしょうか。

「エレベーターはありませんが、それは分かっていたことですし、問題ないです。私、人生初の団地住まいなので、すべてが新鮮。キッチンの小窓、ステンレスの玄関扉って、すべてがかわいいなって。古いものを手入れしながら大切に使っていくのって、欧州のようでいいですよね」とレトロ可愛いと評価しています。

MOMOさん宅のリビング。当初はものをもたずに暮らそうと思っていたものの、この部屋で暮らすうちに、心地よい空間をつくろうと思い直し、好きなアイテムを買い足していったそう(写真撮影:嘉屋恭子)

MOMOさん宅のリビング。当初はものをもたずに暮らそうと思っていたものの、この部屋で暮らすうちに、心地よい空間をつくろうと思い直し、好きなアイテムを買い足していったそう(写真撮影:嘉屋恭子)

団地にあるキッチン脇の小窓が「かわいい」というMOMOさん。団地特有のしつらえを活用しながら、上手に住みこなしています(写真撮影:嘉屋恭子)

団地にあるキッチン脇の小窓が「かわいい」というMOMOさん。団地特有のしつらえを活用しながら、上手に住みこなしています(写真撮影:嘉屋恭子)

その一方で、心地よいと感じることは非常に多いそう。
「ハラッパのベランダにはスズメが遊びに来てくれたり、今朝は赤とんぼがスイスイっと立ち寄ってくれたり、モミジが1枚ハラリと風に乗って落ちていたり……。どこにでもあることなのだと思いますが、人とのふれ合いを通じて、こんな日常のささやかな光景も素敵だなと思えるようになりました」とMOMOさん。

入居して1年、人とのつながりについても、改めて考えたそう。
「今はSNSで世界中の人と簡単につながることのできる時代です。それもとても素敵なことだと思います。
でも、人と人とのふれ合いとつながりは、本来ならば、リアルなあいさつ、会話からはじまるもの、ゆっくり体温を感じながら築いていくものなんだなぁと、改めて感じることができました。忘れかけていた大切なことをここで暮らすことによって、思い出させてもらいました。建物のリノベーション自体もとてもおしゃれでキレイで気に入っていますが、その裏側の深くて温かいコンセプトにとても共感しています」(MOMOさん)

団地が日本にできて半世紀、団地の意義・価値は、実は私たちが思っている以上に大きいのかもしれません。令和になった今こそ、こうした団地の再発見・再評価の流れは続いていくことでしょう。

●取材協力
ハラッパ団地・草加

旧社宅を“留学生支援”のシェアハウスに  JR東日本がリノベーションプロジェクト

2020年までに日本への留学生を30万人に増やすことを目標に掲げる「留学生30万人計画」。計画発表当時の2008年は14万人だった留学生は、2017年時点で約24万人にまで増加している(日本学生支援機構調べ)。今後も留学生の増加が見込まれることから、JR東日本グループは旧社宅建物を用途変更してリノベーション、留学生等をターゲットとしたシェアハウスとして活用する。計画地は周辺に大学が多数立地している中央線沿線の東小金井。仮称を東小金井シェアハウスとして、2017年12月11日より、2018年春からの入居者の募集が始まっている。

同社はこれまでも旧社宅の機能及び価値の再生を図るリノベーション賃貸住宅等を展開しているが、今後は「提案型賃貸住宅」として、よりターゲットを絞った新しいタイプの賃貸住宅も展開していく。留学生支援をコンセプトとした今回のシェアハウスのほか「子育て支援」や「多世代交流」をコンセプトとした提案型賃貸住宅2物件も、入居者募集を開始している。

【画像1】東小金井シェアハウスの完成予定図(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

【画像1】東小金井シェアハウスの完成予定図(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

【画像2】東小金井シェアハウスの室内イメージ(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

【画像2】東小金井シェアハウスの室内イメージ(画像提供/JR東日本 生活サービス事業PR事務局)

東小金井シェアハウスでは、1階に入居者の留学生及び日本人学生がパーティー等を通じて交流できるよう、キッチンやソファーを併設した「管理共用室」を設置する。各戸内の共有スペースとは別に大人数で集まれる場があることで、学生同士の交流を促す間取りとなっている。

JR東日本 生活サービス事業PR事務局によると「街や周辺地域にどのようなニーズがあるかを分析し、ターゲットとなる住人属性を想定して住人を絞り込むことにより、より住人のニーズにフィットした良質な賃貸住宅を提供できる」という考えが同社の提案型賃貸住宅展開のベースになっているとのこと。

同社は今後も居住者のニーズ分析の精度を上げ2026年度までに管理戸数3,000戸をめざしていくそうだ。

東京都内においても人口減少が続く今後、賃貸住宅には“選ばれる個性”が必要になってくる。沿線の住人属性を熟知しているJR東日本グループだからこそ可能な、街と人、そして住まいがリンクする提案型賃貸住宅に注目だ。

留学生向け 「東小金井シェアハウス(仮称)」詳細
[1]所在地:東京都小金井市梶野町一丁目1-32
[2]交通:JR中央線東小金井駅 徒歩8分
[3]敷地面積:約1,643m2
[4]延床面積:約1,078m2
[5]建物規模:鉄筋コンクリート造 3階建て
[6]戸数:シェアハウス70室
[7]事業主体:(株)ジェイアール東日本都市開発(運営:(株)ジェイ・エス・ビー)
[8]募集開始:2017年12月11日より(2018年春入居開始予定)子育て支援賃貸住宅 「びゅうリエット三鷹」詳細
[1]所在地:東京都三鷹市下連雀三丁目45-16
[2]交通:JR中央線三鷹駅 徒歩3分
[3]敷地面積:約793m2
[4]延床面積:約2,819m2
[5]建物規模:鉄筋コンクリート造 地下1階、地上9階建
[6]間取り・戸数:2LDK・18戸
[7]子育て支援施設:東京都認証保育園、病児保育室、児童発達支援デイサービス、一時保育室、親子広場
[8]事業主体:(株)ジェイアール東日本都市開発(子育て支援施設運営:(株)スリーホークス、(医)千実会)
[9]募集開始:2017年12月11日より子育て世帯優先受付開始(2018年春入居開始予定)多世代交流賃貸住宅 「びゅうリエット新川崎」
[1]所在地:神奈川県川崎市幸区北加瀬二丁目11-2
[2]交通:JR横須賀線新川崎駅 徒歩10分
[3]敷地面積:約11,600m2(全体)
[4]延床面積:約3,900m2
[5]建物規模:鉄筋コンクリート造 5階建
[6]間取り・戸数:1LDK~3LDK・60戸
[7]事業主体:(株)ジェイアール東日本都市開発
[8]募集開始:2017年12月11日より(2018年春入居開始予定)

京都・嵐山のマンション、リノベでおしゃれな宿泊施設に 訪日外国人ターゲット

2016 年に日本を訪れた外国人は、前年比 21.8%増の約 2,400 万人となり、1964 年の統計開始以来、過去最多。外国人観光客の増加などによって、近年は観光スタイルは多様化してきている。従来型のホテルや旅館で食事の提供を受ける代わりに、価格を抑えて長期滞在を希望する観光客に対応する簡易宿泊所や民泊などのニーズも今後一層高まると想定されている。画像提供/ミサワホームグループ

画像提供/ミサワホームグループ

そのような状況を受けて、ミサワホームグループのミサワホーム近畿株式会社(大阪府大阪市)は、京都の嵐山(あらしやま)にある賃貸マンションの大規模リノベーションを行い、外国人宿泊客の長期滞在ニーズに対応する簡易宿所に用途変更。ミサワホーム不動産株式会社(東京都新宿区)が一括借上して運営を手がける宿泊施設が完成した。ミサワホームグループにおいて、宿泊施設の企画から設計・施工、運営までをワンストップで対応する初の宿泊施設として2017年12月より運営を開始する。

外国人客が増えるなかでも、京都市には高い宿泊需要がある。2016年に京都市を訪れた外国人宿泊客は約 320 万人、平均宿泊日数は全国平均や都道府県別実績で第1位となった東京都を上回った。市場ニーズをくみとったミサワホーム近畿は、周辺に有名な観光名所が複数存在する京都市西京区嵐山の築 32 年の賃貸マンションを、大胆に様変わりさせた。元々は 46 室のワンルームを有する建物を、ゆとりある広さの 23 室の客室に一新し、新たにフロントやエレベーターを設置。目隠しフェンス、騒音防止用の床仕上げ材の設置などを行い、近隣への配慮もなされている。エントランスのスロープとエレベーターで、幅広い宿泊客に対応できそうだ。

画像提供/ミサワホームグループ

画像提供/ミサワホームグループ

フロントには英語、中国語、韓国語に対応できるフロントスタッフの 24 時間常駐を実現。日本人のみならず外国人の宿泊客にも対応できるサービスを提供していく。

画像提供/ミサワホームグループ

画像提供/ミサワホームグループ

ミサワホーム株式会社担当者によると、この宿泊施設の特色は「手ごろな価格で長期滞在の希望に対応できる点」。食事のサービスを行わない代わりに、宿泊費を安く提供できるのだ。その他にも、「戸建住宅で培った内装や家具の選定・配置センスが遺憾なく発揮されています」と自信をのぞかせている。部屋内にあえて設けられたという小上がりも、靴を脱いで暮らす日本らしい生活様式として外国人に好まれそうだ。

画像提供/ミサワホームグループ

画像提供/ミサワホームグループ

来るべき 2020 年の東京オリンピック・パラリンピックでは訪日外国人宿泊客の急増が見込まれており、懸念されている客室数不足にも貢献できると見込んでいる。
ミサワホームグループは、今回の一括借上を皮切りに、宿泊施設に関するノウハウを蓄積していく予定。今後、増加が想定される宿泊需要への取り組みを推進する意気込みを見せている。

若者がセルフリノベ! 過疎の団地が”海を臨む別宅”に 

過疎化が進む郊外の団地を、自らの手でリノベーションして暮らしを楽しむ若者たちがいる。二宮団地に実際に住んで日々の生活を発信する「暮らし体験ライター」として生活している彼らに、新しい団地暮らしの楽しみ方をきいた。
若者を呼び込み団地を再生!

皆さんは“団地”という言葉に、何を想起するだろうか。懐かしい昭和の香りや、家族やご近所さんとの親しい人間関係、ゆったりとした共用敷地。そんなプラスのイメージを持つ人もいるかもしれない。

一方で近年の団地が抱えているマイナス面に思いを馳せる人もいるだろう。1960年代から1980年代にかけて各地で団地が建設・供給されたが、それから約50年が経ち、建物の老朽化が進んでいる。日本の人口減少を背景に若い世代が入居せず、住人も高齢化している。実際多くの団地が膨大な空室を抱えて過疎化している現実がある。

そんななか、発信力のある若者を暮らし体験ライターとして迎えることで、プラス面を引き出し、マイナス面を乗り越えようとする団地がある。それが、神奈川県中郡二宮町にある「二宮団地」。“さとやまライフ”をキーワードに団地と地域の魅力を再発見・発信する再編プロジェクトを展開しており、暮らし体験ライターはその一環だ。ライターたちは二宮団地での暮らしをブログに綴り、 オンラインで発信している。

団地を再生する新たな取り組みを、二宮団地の事務所にて推進する神奈川県住宅供給公社の鈴木伸一朗さんと、暮らし体験ライターのチョウハシトオルさん、岸田壮史(きしだ・そうし)さん、大井あゆみさんに話をきいた。

【画像1】左上から時計回りに神奈川県住宅供給公社の鈴木伸一朗さんと、暮らし体験ライターのチョウハシトオルさん、大井あゆみさん、岸田壮史さん(写真撮影/蜂谷智子)

【画像1】左上から時計回りに神奈川県住宅供給公社の鈴木伸一朗さんと、暮らし体験ライターのチョウハシトオルさん、大井あゆみさん、岸田壮史さん(写真撮影/蜂谷智子)

【画像2】団地内の商店街にあるコミュナルダイニング。公社が企画するイベントにも使われるが、一般の人もキッチン付レンタルスペースとして使える(要予約、1時間300円~)。月に一度開催される「お食事会議」では、暮らし体験ライター以外にも、団地の人々や地域の若い移住者が集う。内装の設計・施工は主にチョウハシさん(写真撮影/蜂谷智子)

【画像2】団地内の商店街にあるコミュナルダイニング。公社が企画するイベントにも使われるが、一般の人もキッチン付レンタルスペースとして使える(要予約、1時間300円~)。月に一度開催される「お食事会議」では、暮らし体験ライター以外にも、団地の人々や地域の若い移住者が集う。内装の設計・施工は主にチョウハシさん(写真撮影/蜂谷智子)

団地再生のキーワードは、セルフリノベーションと多拠点居住

「神奈川県住宅供給公社は、ふたつの視点から二宮団地の暮らし体験ライターを人選しました。ひとつめは、セルフリノベーションのスキルがある人材。ふたつめには、団地の他にも拠点を持ち、都市部と二宮団地を行き来しながら暮らす人材です。リノベーションと多拠点居住は、今後二宮団地を再生していくカギとなる要素だと考えています。ですからライターが率先して成功事例をつくってくれることに期待しました」(鈴木伸一朗さん)

二宮団地は今年2017年から、築50年の老朽化した建物をリノベーションして賃貸する試みを始めており、徐々に住人が増え始めている。団地で想起される、畳敷きの部屋やバランス釜の風呂といった古い設備を一新し、無垢材を使った清潔感のあるさとやま風の内装や3点給湯など現代の設備仕様にすることで、若い借り手が増えたという。そこから一歩進めて、オリジナルの内装で団地をカスタマイズするモデルケースをつくることで、より個性的な暮らし方を発信する考えだ。

また、“さとやまライフ”を打ち出していることからも伝わるように、二宮団地は自然に恵まれている。しかも東海道本線や湘南新宿ラインを使えば横浜まで39分、品川まで58分、新宿まで72分と、都心の近くに位置している。JR二宮駅からバスで10分前後と通勤にはやや不便な立地だが、高台に位置する団地は見晴らしがよく、気軽に訪れて別荘のようにリフレッシュしたり、在宅ワーカーが集中して仕事をするための拠点にしたりといった用途には最適と考え、定住以外の居住スタイルも模索する。

【画像3】昨年から入居者募集を開始しているリノベーションルームでは県内産の杉を多用したタイプが人気。今年5月には入居者がセルフリノベーションするプランも打ち出した(写真撮影/蜂谷智子)

【画像3】昨年から入居者募集を開始しているリノベーションルームでは県内産の杉を多用したタイプが人気。今年5月には入居者がセルフリノベーションするプランも打ち出した(写真撮影/蜂谷智子)

【画像4】二宮駅から歩いてすぐのところに海がある。山の中腹にある団地の窓からも、海が見える(写真撮影/蜂谷智子)

【画像4】二宮駅から歩いてすぐのところに海がある。山の中腹にある団地の窓からも、海が見える(写真撮影/蜂谷智子)

デザインセンスとリノベーションのスキルで、古いものを輝かせる

募集の背景から、暮らし体験ライターのうち2名はリノベーションスキルのあるチョウハシトオルさん、岸田壮史さんが選ばれた。ふたりとも神奈川を拠点に活動するフリーランスの設計・施工技術者。実際に団地の一室をセルフリノベーションし、建物の古さを逆手に取ったクリエイティブな暮らしを楽しんでいる。

「僕は大学でインテリアデザインを学んでいたころから、古いものにデザインを加えて再生することに興味がありました。古くからあるものは時代とのズレが生じてしまいがちですが、視点を変えることで新たな魅力が見えてくることがあります。団地も部屋の使い方やコミュニティ運営などをリデザインすることで、新しい暮らし方が発見できるのではないでしょうか」(チョウハシトオルさん)

「去年7月に横須賀の工務店を辞めて、今後はフリーランスとして地域に密着したスタイルで建築や内装の仕事をしていきたいと考えています。二宮団地で自分のリノベーション作品を発信し、かつそこに住まうことで、地域とのつながりが増えたらうれしいですね。二宮の記事で僕のことを知ったお客さんから発注をいただくなど、すでに仕事にもプラスになっています」(岸田壮史さん)

若者を中心にセルフリノベーションの人気が定着しているが、都会ではリノベーション可能な物件が少ないのが現状。団地の内部を思い切りリノベーションして新しい暮らし方を発信することに、チョウハシさんも岸田さんも期待感をもって取り組んでいるようだ。

【画像5】セルフリノベーションでつくられたチョウハシさんの部屋は、古いものを巧みに利用した、個性的なインテリアが目をひく(写真撮影/蜂谷智子)

【画像5】セルフリノベーションでつくられたチョウハシさんの部屋は、古いものを巧みに利用した、個性的なインテリアが目をひく(写真撮影/蜂谷智子)

【画像6】セルフリノベーション最中の岸田さんの部屋。水まわりには古い建具をあしらっている。ディテールにこだわったつくりで、完成が楽しみになる(画像提供/岸田壮史さん)

【画像6】セルフリノベーション最中の岸田さんの部屋。水まわりには古い建具をあしらっている。ディテールにこだわったつくりで、完成が楽しみになる(画像提供/岸田壮史さん)

忙しい都会暮らしから距離を置く拠点として、団地を活用

チョウハシさんも岸田さんも、二宮団地に居住するが、フリーランスの編集者、大井あゆみさんは東京の中野の住まいと二宮団地を行き来している2拠点居住者だ。

「佐々木俊尚さんやナガオカケンメイさんなど、多拠点居住を実践する著名人を仕事で取材したことがあり、さまざまな拠点を行き来するライフスタイルに興味を持っていました。また個人的な出来事として、今年はじめに大分の実家を引き払い、両親を東京に呼び寄せた経緯があります。都会は便利ですが、故郷を彷彿とさせるような自然豊かな地域にも愛着があります。今は両親も一緒にふたつの拠点を行き来し、都会と田舎の暮らしを満喫中です」(大井あゆみさん)

政府が“働き方改革”の旗振りを行っていることもあり、在宅勤務を導入する企業も増えている。頻繁に都心に通勤する必要がなければ、住む場所も自由に選べる。大井さんのようなフリーランサーでなくても、週に何日かの田舎暮らしがリアリティを持つ時代になってきた。

「セルフリノベーションした私の部屋の家賃は、36.94m2の2DKで月に3万円ほどです。都心なら駐車場を持つ金額とほぼ同額で、海を望む別宅を持てるのは魅力的だと思いますよ。お試しで住んでみて、こちらの暮らしが性に合えば将来の移住を視野に入れるのもアリかもしれません」(大井さん)

全国的に空き家の増加が問題になっている一方で、東京都中心部の住宅価格は高騰を続けている。今後は東京に働く拠点を維持しながら、手ごろな価格で暮らせる郊外や他府県へと徐々に軸足を移し、“ときどき東京に出稼ぎしつつ、終の住処となる地方の拠点を整える“というライフスタイルを実践する人も増えてくるかもしれない。

【画像7】ウェルカムボードがかわいい大井さんの部屋は、DIYやセルフリノベーションに興味がある人々を募り、ワークショップ形式でリノベーションした。奥のリビングにはハンモックが。ここで揺られながら仕事をすれば、リラックスしてよいアイデアが生まれるのだそう(写真撮影/蜂谷智子)

【画像7】ウェルカムボードがかわいい大井さんの部屋は、DIYやセルフリノベーションに興味がある人々を募り、ワークショップ形式でリノベーションした。奥のリビングにはハンモックが。ここで揺られながら仕事をすれば、リラックスしてよいアイデアが生まれるのだそう(写真撮影/蜂谷智子)

住人の高齢化や空き家問題――昭和の時代に団塊世代向けに一括供給され、同世代人口の比率が高い団地は、日本がこれから直面する問題を先取りしているともいえる。

二宮団地に関していえば、空き家率が40%と既に深刻な状況だが、こういった状況を逆手に取って、暮らしを楽しもうとする若い世代は、着実に増えてきている。また賃貸住宅の所有者・事業者である神奈川県住宅供給公社も、老朽化した建物をメンテナンスしたり、今までの原則を緩和したりといった、受け入れ体制を整えている。二宮団地のチャレンジには、全国の住宅問題を考えるうえでも重要なヒントがありそうだ。

●取材協力
YADOKARI×二宮団地 暮らし方リノベーション
神奈川県住宅供給公社 ~湘南二宮 さとやま@コモン~