法務省の地図データ無料公開などで進む三次元データやリアルタイム防災情報への活用。空飛ぶ車の実用化や空き家問題解決も!?

ドローンによって収集された災害時の情報を地図に反映したり、ビジネスの用途に合った土地を現地調査なしで世界中から探したりと、地図データを活用したサービスや取組みが進んでいます。それらの基盤となるのが、“G空間情報”です。「地理空間情報技術(Geospatial Technology)」の頭文字のGを用いた地理空間の意味で、将来が期待される科学分野の一つとして注目されています。2023年1月から、登記所備付地図データの一般公開が始まりました。これらの地図データを活用することで、どんな問題の解決が進み、また、私たちの生活はどう変わるのでしょうか? 最新の取組みを取材しました。

登記所備付地図データを無償で誰でも利用できるようになった!

「空飛ぶクルマの実用化に向けた未来のカーナビ」「メタバースを活用して空き家問題を解決するサービス」……夢のような世界の実現化に向けて、G空間情報を活用する動きが広がっています。

2022年12月6日に開催された地理空間情報の活用を推進するイベント「G空間EXPO」には、1424名の人が会場を訪れ、オンラインアクセス数は、4万5493。会場では、地理空間情報を活用したビジネスアイデアコンテスト「イチBizアワード」の受賞式が行われ、冒頭で紹介したサービスなどが表彰されました。

サービスの基盤となるG空間情報の提供元は、「G空間情報センター」です。「G空間情報センター」は、さまざまな地理空間情報を集約し、その流通を支援するプラットフォーム。法務省から提供された地図データを利用者がワンストップで検索・閲覧し、情報を入手できる仕組みの構築を目指す機関です。

2023年1月から新たに、登記所備付地図データの一般公開が始まり、「G空間情報センター」にログインすることで、誰でも電子データをダウンロードでき、無償で利用することができるようになったのです。

内閣官房主催の「イチBizアワード」。390件の応募から15件のビジネスアイデアが選出された(画像提供/角川アスキー総合研究所)

内閣官房主催の「イチBizアワード」。390件の応募から15件のビジネスアイデアが選出された(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間の高低差を利用して車を交差させて渋滞を緩和するアイデア(芝浦工業大学附属中学高等学校)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間の高低差を利用して車を交差させて渋滞を緩和するアイデア(芝浦工業大学附属中学高等学校)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間情報を基に国土を生成したVRコンテンツ。空中旅行などのバーチャルツアーなどの活用が期待される(Voxelkei)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

地理空間情報を基に国土を生成したVRコンテンツ。空中旅行などのバーチャルツアーなどの活用が期待される(Voxelkei)(画像提供/角川アスキー総合研究所)

背景には農業分野におけるICT活用のニーズがあった

法務省の地図作成事業では、不動産の物理的状況(地目、地積等)及び権利関係を記録してきましたが、登記記録だけでは、その土地が現地のどこに位置し、どんな形状をしているかはわかりませんでした。

以前から、土地の位置・区画を明確にするため、法務局(登記所)に精度の高い地図を備え付ける事業が全国で進められてきました。その結果、全国で約730万枚の図面が整備され、登記情報に地図を紐づけることで、それぞれの土地の所有者などが調べやすくなりました。

しかし、今までは、法務局において地図の写しの交付を受けるか、インターネットの登記情報提供サービスで表示された情報(PDFファイル)をダウンロードする方法しかなく、加工可能なデータ形式で手に入れることはできなかったのです。

農業分野におけるICT活用のため、農業事業者等から、まとまった区域の登記所備付地図の電子データを入手したいと要望があり、個人情報公開の法的整理をした上で、今回、地図データを加工可能な形式で提供できるようになりました。

農業のICT化で自動走行トラクターやドローンによる生育状況の把握が可能になる(画像/PIXTA)

農業のICT化で自動走行トラクターやドローンによる生育状況の把握が可能になる(画像/PIXTA)

データはXML形式のため、ダウンロードしてすぐに地図として見ることができず、表示するためには、パソコン等にアプリケーションをインストールすることが必要で、一般の人が簡単に利用するのは難しいものです。しかし、加工可能なデータとして得られるようになったことで生活関連・公共サービス関連情報との連携や、都市計画・まちづくり、災害対応などの様々な分野への展開が可能となり、私たちの暮らしに新しい効果がもたらされることが期待されています。

宇宙ビッグデータを活用した土地評価エンジン「天地人コンパス」

冒頭に紹介した「イチBizアワード」では、誰でも手軽に土地の価値がわかる「天地人コンパス」が最優秀賞を受賞しました。G空間情報や地球観測衛星データをビッグデータと組み合わせたサービスです。開発に携わった株式会社天地人の吉田裕紀さんに地図データ公開の価値とG空間情報を活用したサービスで今までより何が便利になるのか伺いました。

天地人は、JAXA公認のスタートアップ企業で、地球観測衛星データとAIで土地や環境を分析し、農業、不動産などさまざまな産業を支援するサービスを展開しています。地球観測衛星データとは、陸や海の温度、雨や雪の強さ、風や潮の流れ、人の目に見えない情報のこと。「天地人コンパス」は、地球観測衛星データとG空間情報を重ね合わせて、ビジネスにおいて最適な土地を宇宙から見つけることができる土地評価サービスです。農作物が美味しく育つ場所を探したり、土地や建物の災害リスクをモニタリングしたりすることができます。

地球上のどんな地域でも条件で比較できる(画像提供/天地人)

地球上のどんな地域でも条件で比較できる(画像提供/天地人)

「天地人コンパス」で提供されるのは、20種類以上の地図空間情報や最長10年分の衛星データを独自のアルゴリズムで分析したデータ。アカウント登録で誰でも無料で使うことができます(フリープランは一部機能を制限)。

「G空間情報×地球観測衛星データ」を体感できる機能は、エリアの中から条件に一致する場所を探すことができる「条件分析ツール」と2点間の地表面温度や降水量の類似度を測れる「類似度分析ツール」です。東京都近郊の2015年と2020年の地表面温度をビジュアルで比較してみると、温暖化の影響が一目瞭然でした!

条件分析ツールで、設定項目を1月~3月、日中15℃以上にして、2015年と2020年を比較すると、地表温度の変化が色で表現される。赤いエリアが多い方が暖かい日が多かったとわかる(画像提供/天地人)

条件分析ツールで、設定項目を1月~3月、日中15℃以上にして、2015年と2020年を比較すると、地表温度の変化が色で表現される。赤いエリアが多い方が暖かい日が多かったとわかる(画像提供/天地人)

「一般的に使われているオンラインMAPには、地図の上に道路情報やお店の情報、お気に入りの場所など、いろいろな情報が表示されています。あれは、地図のデータの上に、お店のデータなど、情報ごとに「層(レイヤー)」になって重なっているんです。同様に、『天地人コンパス』はさまざまな情報レイヤーを重ね合わせることで、特定の条件にマッチする場所を視覚的に探すことができます」(吉田さん)

ダムや公園のG空間情報は以前から公開されていましたが、自治体ごとにいろんなフォーマットが混在し、管理もばらばらで統一が難しいという課題がありました。「国が主導して、全国で統一されたデータフォーマットが公開されたのは、かなり価値がある」と吉田さん。

「データを使うビジネスにとって信頼できる唯一の情報源になるのがポイントで、マスターとなるデータを皆が参照できる。2023年に一般公開された登記所備付地図の電子データは主に不動産関係業者が使うことになると思いますね。G空間情報センターが公開しているG空間情報は日本で一番整っている地図データといえます。弊社もそのデータを使って開発をしています」(吉田さん)

今回公開された地図のデータを「天地人コンパス」に組み込めば、農地にしたり、何かを建設しようと決めた時、次のステップとして、土地の所有者は誰か、面積がどのぐらいあるのかということが、コンパスの中だけでわかるようになります。「天地人コンパス」は有料オプションとして企業の持っているデータを重ね合わせることが可能です。実際、不動産関係の企業からの相談が増えているといいます。

愛知県豊田市と連携して作成した「水道管凍結注意マップ」。スマホで自宅の水道管の凍結の注意を確認できる(画像提供/天地人)

愛知県豊田市と連携して作成した「水道管凍結注意マップ」。スマホで自宅の水道管の凍結の注意を確認できる(画像提供/天地人)

「今後、『天地人コンパス』に不動産企業が蓄積している部屋の間取りや築年数、建物階数などのデータを組み合わせれば、一気に活用が広がります。天気予報だと東京に雨が降る程度しかわかりませんが、『天地人コンパス』だと1km単位で気象の変化がわかるので、渋谷区の中でも特に暑くなりやすいとか、この公園は日当たりがいいとか自分が住もうとしているエリアがどのぐらい快適なのか現地に行かなくてもわかるようになります。類似検索ツールを使えば、日本の中でヨーロッパの地中海と同じような気候の場所、リゾート気分を味わえる場所がどこか探すこともできるんですよ」(吉田さん)

2点間の似ている度合いをパーセンテージで表現する類似度分析ツール(画像提供/天地人)

2点間の似ている度合いをパーセンテージで表現する類似度分析ツール(画像提供/天地人)

新たに開発された「天地人コンパスmoon版」。月の地面の高低差がわかり、クレーターの深さを富士山などと比較できる(画像提供/天地人)

新たに開発された「天地人コンパスmoon版」。月の地面の高低差がわかり、クレーターの深さを富士山などと比較できる(画像提供/天地人)

「地球規模で仕事することが増えている」と吉田さん。気候変動で温暖化が進んだ場合、地球環境に合わせて作物の農作地を変えていく必要があると指摘されています。

「温暖化・SDGsなどの課題に対して身近に感じています。例えば、日本でも米の銘柄ごとの産地は、今と20年後だったら場所が変わっているかもしれません。『天地人コンパス』は、場所探しが一番軸なので、適した場所を探せる。解決に関わっているという実感があります」(吉田さん)

「天地人ファーム」で、宇宙から米つくりに適した土地を探して栽培した「宇宙ビッグデータ米」(画像提供/天地人)

「天地人ファーム」で、宇宙から米つくりに適した土地を探して栽培した「宇宙ビッグデータ米」(画像提供/天地人)

G空間情報×ドローンで、自然災害発生後すぐに現地状況を地図へ反映する

大地震が起きたとき、この道は安全に通れるだろうか?、洪水や大規模火災が起きたとしたら、どちらに逃げればいいのだろう?と不安に感じたことはありませんか?

防災分野において、自然災害、政治的混乱等の危機的状況下で、地図情報を迅速に提供し、世界中に発信・活用することを目的に活動をしているのが、NPO法人「クライシスマッパーズ・ジャパン」です。理事長を務める青山学院大学教授の古橋大地さんは、「空間情報は、安全安心な生活のライフライン」と言います。

「もし自分や家族、大切な人たちの周りで大規模災害が起きたら、とにかく生き延びて欲しいですよね。そのためには、市民が自分たちの力で情報を取得し、自らの判断で安全な場所に逃げることが大変重要です」(古橋さん)

大災害が発生すると、被害が大きいエリアほど被災状況がわからず、住民の避難や救助活動に支障が出るという問題があります。その際、最初に必要となるのが、被災状況をすばやく反映できる発災後の地図づくり活動「クライシスマッピング」です。「リアルタイム被災支援・地図情報」とも呼ばれ、被災地の衛星画像や航空写真画像、地上から撮影されたスマホ写真などから被害状況を地図上に落とし込み、被害のエリアや規模をリアルタイムで視覚的にわかりやすくした地図のことをいいます。

「クライシスマッピング」という言葉が使われ始めたのは2010年のハイチ地震のころです。「オープンストリートマップ」という世界中の誰でも自由に地図情報を共有・利用でき、編集機能のある世界地図をつくる共同作業プロジェクトで、初めてハイチの被災地の地図をリアルタイムで更新する活動が行われました。古橋さんもその活動に参加したひとりでした。

「世界中のボランティアがネット上に集まり、震災後の正確な地図をつくりました。2010年1月にハイチ地震、2月にチリ地震があり、2011年2月にニュージーランドのクライストチャーチで地震があったんですね。3月には、東日本大震災が起こりました。『あっちでも起こった、こっちもだ。今はどこだ』という感じでクライシスマッピングの作業をしていたことを覚えています」(古橋さん)

2010年ハイチ地震当初のオープンストリートマップ(左)と、詳細な情報が落とし込まれた更新後の地図(右)(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

2010年ハイチ地震当初のオープンストリートマップ(左)と、詳細な情報が落とし込まれた更新後の地図(右)(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

世界中で次々と災害が起きていることを痛感し、ますます「クライシスマッピング」の必要性を感じた古橋さん。日本で「クライシスマッピング」を広めるために2016年に設立したのが、「クライシスマッパーズ・ジャパン」でした。被災地で撮影された写真を基に、世界でもっとも詳細で最新の「現地の被災状況マップ」をつくり、国連や赤十字などの救援活動のために必要な情報支援をしています。

熊本地震前の益城町のオープンストリートマップ。情報が少なく何がどこにあるのか把握できない(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

熊本地震前の益城町のオープンストリートマップ。情報が少なく何がどこにあるのか把握できない(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

熊本地震時航空写真のトレース作業によって建物情報を取り込んで更新された益城町のオープンストリートマップ。この地図に倒壊した建物や崩落した橋、土砂災害で流された鉄道線路などの被害状況を反映させ、最新のストリートマップとして公開する一連の作業が「クライシスマッピング」と呼ばれる(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

熊本地震時航空写真のトレース作業によって建物情報を取り込んで更新された益城町のオープンストリートマップ。この地図に倒壊した建物や崩落した橋、土砂災害で流された鉄道線路などの被害状況を反映させ、最新のストリートマップとして公開する一連の作業が「クライシスマッピング」と呼ばれる(画像提供/DRONEBIRD, OpenStreetMap Contributors)

同時期に立ち上げた「DRONEBIRD」は、G空間情報とドローンで空撮した情報を重ね合わせ、どこで災害が起きても発生から2時間以内に現地状況を地図へ反映する体制を整えるプロジェクトです。津波による浸水や、放射能で汚染された場所でもドローンなら飛ばせます。地図を作成する「マッパー」を募り、ドローンの撮影部隊を育成しています。

2019年台風による相模原市緑区の土砂災害をドローンで撮影(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

2019年台風による相模原市緑区の土砂災害をドローンで撮影(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」と災害協定を締結する自治体が増えている。ドローンを抱える伊勢原市市長と古橋さん(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」と災害協定を締結する自治体が増えている。ドローンを抱える伊勢原市市長と古橋さん(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」の「クライシスマッピング訓練」の様子(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「DRONEBIRD」の「クライシスマッピング訓練」の様子(画像提供/DRONEBIRD,CC BY 4.0)

「我々の活動におけるG空間情報センターのメリットはふたつ。大学の研究者や業界関係者の協議会があり、信頼できる組織であること。日本語ベースで情報が公開されていることですね。新しいツールの多くは、英語ベースですから。専門的なツールを使い慣れていない国内の人に向けて、地図データを利用可能な形で提供しているG空間情報センターの存在は大きいと思っています」(古橋さん)

地図データの一般公開により、認知や活用が進むG空間情報。「イチBizアワード」の授賞式は、G空間情報で新しいサービスを開発しようという熱気に溢れ、G空間情報が今とてもアツイ分野だと実感しました。今後、身近で、「地図でこんなことができるようになったの!?」と驚くことが増えるかもしれません。

●取材協力
・G空間EXPO
・株式会社角川アスキー総合研究所
・株式会社天地人
・NPO法人「クライシスマッパーズ・ジャパン」

「街の達人」地理人に聞いた! 引越し先に悩むSUUMO編集部員が住む街は?

空想だけで一つの都市をつくり上げ、それを超リアルな地図に落とし込む人がいる。“地理人(ちりじん)”こと今和泉隆行(いまいずみ・たかゆき)さんだ。実際にはどこにも存在しない、でも、どこかにありそうな空想都市「中村市(なごむるし)」。その極めて精巧な地図をつくり上げることに情熱を注いでいる。
ベースには、全国津々浦々の土地を自らの足で歩き通し、実際に見聞きしてきた「街」についての膨大な知見がある。そのため、引越し先についてアドバイスを求められることも多いそうだ。
そこで、街選びに悩むSUUMO編集部員が今和泉さんを直撃。ズバリ、「どこに住めばいいか」聞いてみた。

落書きの延長から始まった、超リアルな空想地図

まずは、今和泉さんの空想都市「中村市」の地図をご覧いただこう。

【画像1】そこに暮らす人々の生活の匂いが感じられるような、中村市の地図。現在も街は成長過程にあるという(画像提供/地理人)

【画像1】そこに暮らす人々の生活の匂いが感じられるような、中村市の地図。現在も街は成長過程にあるという(画像提供/地理人)

【画像2】自宅には壁一面を覆い尽くすほどの紙の地図もあった。手前の掃除機と比較すると、その巨大さがよく分かる(撮影/榎並紀行)

【画像2】自宅には壁一面を覆い尽くすほどの紙の地図もあった。手前の掃除機と比較すると、その巨大さがよくわかる(撮影/榎並紀行)

今和泉さんが、空想地図を描きはじめたのは7歳のころ。当初は「落書きの延長だった」と振り返るが、現在まで25年余の歳月をかけ制作しているその地図は、本物の都市と見紛うばかりだ。現在は、ドラマや番組の小道具として架空の地図を制作するほか、国内最大手の地図情報会社ゼンリンのアドバイザーをしていたこともある。

【画像3】地理人こと今和泉さん(撮影/榎並紀行)

【画像3】地理人こと今和泉さん(撮影/榎並紀行)

今和泉さんが描く空想地図の凄さは、地図の元になる空想土地の歴史やバックグラウンドまでしっかり想像して創られているところ。例えば、中村市の場合は

今和泉さん「中村市は、(空想都市における)首都『西京』の南30kmほどに位置する、人口156万人の都市です。もともと街道の分岐点だったこともあって、人が集まる土地でした。100年以上前には、城が建てられてにぎわいをみせました。川沿いで肥沃な土があり、農業従事者の割合も多かったのですが、首都近郊では珍しい平地が広がっていたころから製造業の工場が進出。それにともない1970年代ごろからニュータウンがつくられ、人口と住宅が増えていきました。製造業で栄えた街ですが、最近は企業の伸び悩みから税収もダウン。産業誘致を頑張っていますが、税収的にはかなりひっ迫していますね」

……という具合。思わず「ありそう!」と声を上げてしまいたくなるほど、緻密に設計されている。都市の規模としては「さいたま市の大宮(埼玉県)とか千葉市(千葉県)っぽい感じ」。

【画像4】空想は留まることを知らず、中村市の不動産チラシまで作成。書体やレイアウトなど、よくある不動産チラシのデザインを踏襲している(撮影/榎並紀行)

【画像4】空想は留まることを知らず、中村市の不動産チラシまで作成。書体やレイアウトなど、伝統的な不動産チラシのデザインを踏襲している(撮影/榎並紀行)

都市計画の知識はもちろん、経済学、社会学、地形、歴史、さまざまな分野をかじり、細部まで練られた「街づくり」が行われているようだ。今和泉さんは「中村市は決して理想の街ではなく、自分が住みたい街というわけでもない」という。「あくまで平均的な大都市です」という中村市に対する冷静な距離感が、絶妙なリアリティを生んでいるのだろう。

今和泉さん「ただの草むらだったところでも、たまたま人の往来が多いところが道になり、その先に重要な目的地があれば街道になり、街ができることもある。土地を開発したほうが嬉しい、あるいは利する人々と、開発しないほうが良い人々といる。色んな思惑が絡み合った結果、絶妙な現実ができあがるんですよ」

【画像5】こちらは中村市の家賃相場。中心部の中村駅周辺でも6.2万円と、相場感も何となく大宮っぽい(撮影/榎並紀行)

【画像5】こちらは中村市の家賃相場。中心部の中村駅周辺でも6.2万円と、相場感も何となく大宮っぽい(撮影/榎並紀行)

なお、現在は中村市を拡張させつつ、首都である「西京」の地図づくりにも着手しているそうだ。

【画像6】空想都市の都心部にあたる西京市。まだ下書き段階だが、今和泉さんの脳内では着々と街づくりが進んでいる(撮影/榎並紀行)

【画像6】空想都市の都心部にあたる西京市。まだ下書き段階だが、今和泉さんの脳内では着々と街づくりが進んでいる(撮影/榎並紀行)

SUUMO編集部員はどこに住むべき? 地理人の街選びアドバイス

今和泉さんはこれまで日本各地のさまざまな街を訪れ、細部に至るまでその特色をインプットし、空気感を肌で感じ、地図づくりに活かしてきた。そのため、各地の長所・短所、どんな人にとって住みやすいかといった分析力・考察力はプロ顔負けだ。

今和泉さん「引越し先についての相談を受けることもあるのですが、その度に感じるのは街の選択肢を狭めている方が多いなあと。人気であるとか、今まで住んだことがある沿線とか、職場の人にすすめられたとか、そこで出てきた二、三の街から選んでしまうのはもったいないですよね」

そこで、今まさに引越しを検討しているSUUMO編集部2名が現実世界でどのような場所に住むべきか、今和泉さんに導き出してもらった。

まずは、編集O(男性)。SUUMOの編集部員でありながら引越し経験がないという26歳だ。現在は実家の板橋区暮らし。練馬区のニュータウンで育った彼女とは高校時代からのお付き合いで、婚約したのを機に新居探しを始めた。希望エリアは東京23区内、2人の職場である東京駅周辺へのアクセスが良い街で検討しているという。

まず、今和泉さんが着目したのはOと彼女が今も実家住まいであること、そして、高校時代から長続きしているカップルであることだ。

今和泉さん「互いに地元から出たことがないという、ある意味保守的な性格に加え、長期交際を貫き通した点を鑑みると、Oさんたちは『安定した暮らし』に対するプライオリティが高いのではないかと思います。このタイプの方は実家の近く、沿線から動きたがらない。となると、実家にアクセスしやすい東京メトロ有楽町沿線や西武池袋線沿線、中央線あたりを選びそうな気もしますが…」

そう今和泉さんがカマをかけると、Oはややドキリとした様子。まさに今、西武池袋線や有楽町線沿線を軸に探している最中だったようだ。

編集O「特に彼女が実家近辺を望んでいるんですよね。東京の城北エリアからあまり動きたがらないんです。でも、中央線は彼女がイヤだと言っています」

今和泉さん「西武線沿線特有の居心地の良さってありますよね。中央線と違って外からあまり人がこないから、空も広いし、窮屈さがないので、彼女さんにとっては落ち着くのだと思います。逆に、中央線沿線のサブカル臭みたいなものは少し苦手なのかもしれませんね」編集O「まさにその通りです! 音楽や映画など文化的なものは好きだけど、いらんサブカル臭は鼻につくっていうタイプですね」

【画像7】今和泉さんの鋭い分析により、内面をズバズバ言い当てられる編集O。でも、なんだかうれしそうだ(撮影/榎並紀行)

【画像7】今和泉さんの鋭い分析により、内面をズバズバ言い当てられる編集O。でも、なんだかうれしそうだ(撮影/榎並紀行)

そうした彼女の意向を踏まえながら、もう少し刺激もほしいというO。「いつもの定食屋の安心感がありつつ、変わったメニューも味わえる街がいい」と、よく分からないことを言う彼に対し、今和泉さんが導き出したのは……

「西武池袋線沿線の『桜台』なんていいと思います。互いの実家にほどよく近く、練馬、江古田というにぎやかな街に挟まれていますが、桜台は小さな商店街が伸びている程度で、駅のすぐそばに静かな住宅街があります。また、職場の最寄りの東京駅へは、池袋で丸ノ内線に1回の乗り換えで行くことができます」

しかし、せっかくの提案にもあまりピンと来ていない様子のO。そんなOに対し、今和泉さんは思考実験として「空想都市」に置き換えて説明してくれた。

「ちなみに中村市でいうと、『出ノ町』のあたりがいいと思いますね。日本で言うJRのようなものと私鉄のようなもの、2つの路線が通っていて都心まで30分程度。市の中心である中村駅にも2駅で行けます。集合住宅とスーパー、緑がそれなりにあって、彼女の実家がある(と仮定)那田沢ニュータウンにも帰りやすい。もちろん、いらんサブカル臭も全くありません(笑)」

編集O「そこならありかも! 日ごろから馴染みのある『桜台』と言われると、自分の先入観で街のイメージをつくってしまいますが、空想都市に置き換えてみると偏見なしに街の良さを考えられますね。おもしろい!」

続いて、自称“引越し魔”という、30歳の編集K(女性)の相談。山梨県甲府市郊外の街から10年前に上京。Oと同じく職場は東京駅周辺だが、渋谷が好きで、会社よりも渋谷に行きやすいことを優先するフシがある(会社にも近ければなおよし)。しかし混雑が苦手で、電車には極力乗りたくない。なお、日常の足は自転車を愛用しており、体力には自信があるという。

この、若干わがままな要望に対しても、今和泉さんはすぐさま回答。

「渋谷が好きだけど、混雑は嫌い……、でしたら『中目黒』あたりは選択肢の一つかもしれません。渋谷まで高低差が少ないルートもあるため、自転車で行きやすい。会社へのアクセスも考慮するなら半蔵門沿線がいいと思います。体力があり、上り坂を気にしないのであれば、『青山一丁目』や同エリアの『外苑前』なんていいと思います。青山通りを真っすぐ進めば渋谷ですし、職場に近い大手町駅へも電車一本でアクセスできます。住宅街としても閑静ですし、意外に掘り出し物の物件も見つかるエリアです」

こちらのご提案に、Kもドキリ。実は中目黒は数カ月前まで住んでいた大好きな街だったという。一流の占い師かなにかのように、ずばずばと言い当てていく今和泉さんに、編集部両名ともたじたじだった。

最後に、住む場所を探すときのワンポイントアドバイスを今和泉さんが授けてくれた。
平日の出勤時間帯や帰宅時間帯、休日の昼下がりなど、そこでの生活をよりイメージしやすい時間帯・シチュエーションをチョイスして歩いてみるといいそうだ。また、日ごろから注意深く街を観察するクセをつけておくと、自分にフィットするか否かが分かるようになってくるという。

【画像08】その街並みが生まれた背景などを想像しながら歩くのが趣味だという(撮影/榎並紀行)

【画像8】その街並みが生まれた背景などを想像しながら歩くのが趣味だという(撮影/榎並紀行)

今回、妄想の世界を飛び出し、現実に存在するエリアとのマッチングを試みてくれた今和泉さん。暮らしの充実を目指すなら、まずは土地を知ること。そんな当たり前のことに改めて気づかせてくれたのだった。

●取材協力
空想都市へ行こう!