地方でのデザイナーのプレゼンス、存在価値を高めたい。「場」をもって示す、佐賀発のデザインユニット「対対/tuii」の挑戦

佐賀で活動する、建築デザインユニット「対対/tuii」(以下、tuii)。田中淳さんと伊藤友紀さんの二人が2020年に結成し、パッケージから空間のデザイン、建築設計までを行う実力派チームだ。彼らの本業はデザインや建築だけれど、とあるビル一棟を、オーナーに代わり運営している。

誰とどんなふうに関わって、仕事をしていきたいか。それはどんな仕事でも、大事な要素に違いない。とくに地方では、仕事の関係性が他者からも見えやすい。だから「場」をもつことが大事なのだとtuiiの二人は教えてくれた。

tuiiが関わるようになって、20年以上空いていた2〜3階を含め、このビルの全テナントが埋まった。1階には本屋、カフェ、おにぎり屋、2階には洋服店、3階には彼ら自身の建築・デザイン事務所。

夜遅くまで明かりが灯るようになり、新たな文化スポットとして、感度の高い人びとが集う場所になっている。

本業の傍ら、ビルを運営するのはどんな理由からなのか。ここをどんな場所にしていきたいのか。tuiiの二人に話を聞いた。

徳久ビル、外観。1階のカフェは23時まで営業(写真撮影/藤本幸一郎)

徳久ビル、外観。1階のカフェは23時まで営業(写真撮影/藤本幸一郎)

建物から感じたエネルギーと、そのポテンシャル

tuiiの入る徳久ビルは、お堀に囲まれた佐賀城跡地から徒歩5分ほど。佐賀市内でも文教感あふれる落ち着いたエリアの一角にある。
角のビルで、カフェは県庁前通りに向かってあり、もう一方のおにぎり屋は、水路沿いに遊歩道のある松原川通りに対して、大きなガラス窓が面している。

1階に「nowhere・tuii books」という本屋兼カフェ、おにぎり屋「shiroishimori」がオープンしたのは、昨年、2022年の夏のことだ。

朝から午後にかけては、おにぎり屋がにぎわう。白石という地区で半農半漁を営む、森卓也さんが経営する店。森さん一家が育てた米と、有明海で育てた海苔をおにぎりにして販売している。美味しいと評判で、人気がある。

午後から深夜にかけては、本屋兼カフェ「nowhere・tuii books」がオープン。カフェオーナーの平井開太(かいた)さんが居心地のいい空間をつくり出していて、常連も多い。奥にはtuiiが運営する本屋。2階には、服飾雑貨の店「ある晴れた日に」がほぼ毎日営業している。

洞窟のような空間をイメージしたというカフェと本屋。お客さんの視線がカフェオーナーと自然と合うように設計されている(写真撮影/藤本幸一郎)

洞窟のような空間をイメージしたというカフェと本屋。お客さんの視線がカフェオーナーと自然と合うように設計されている(写真撮影/藤本幸一郎)

おにぎり屋の外観。一面ガラス窓で店内は明るい。カフェ、本屋とは対極のつくり(写真撮影/藤本幸一郎)

おにぎり屋の外観。一面ガラス窓で店内は明るい。カフェ、本屋とは対極のつくり(写真撮影/藤本幸一郎)

tuiiの田中さんは建築畑の出身で、伊藤さんはグラフィックデザイナーとして仕事をしてきた。それぞれ東京、大阪と、都会で働いた経験がある。数年前に二人とも出身地である佐賀に戻り、別々にフリーランスでデザインの仕事をしていた。

出会ったこの徳久ビルを、先に見つけたのは、田中さんの方だった。

tuiiの二人。右が田中淳さん、左が伊藤友紀さん。ビルの3階、tuii事務所にて(写真撮影/藤本幸一郎)

tuiiの二人。右が田中淳さん、左が伊藤友紀さん。ビルの3階、tuii事務所にて(写真撮影/藤本幸一郎)

「一目見て、この場のポテンシャルを感じたんです。建築家さんがつくられた建物なので存続しようとするエネルギーが宿っているのか、そこにデザインを加えれば、建物がもつ気配を取り戻せると思いました。ここで何か始めれば、自然と人が集まってくるんじゃないかなと」(田中さん)

ところが、このビルを借りたいと申し出たとき、オーナーからは「すでに支払いも終わっているし、人に貸すつもりはない」と断られる。

それでも諦めきれず、3~4度もオーナーの元へ通ったというのだから、田中さんが感じたポテンシャルは大きかったのだろう。二度目に訪れた時はさすがに嫌な顔をされたと田中さんは振り返って笑うが、その熱意は、オーナーの気持ちを少しずつ溶かしていった。

ビルが生き返る。「対対/tuii」の結成

オーナーの徳久正弘さんはビルの1階で、文房具屋兼印刷所を営んできた人だった。
創設時の大正時代は写真館で、その後、建築用のブループリントと呼ばれる青焼きを、佐賀ではかなり早く始めた印刷会社だったらしい。

「このビルは私の亡き親友が設計した建物なんです。それを気に入ってもらえたら、やはり嬉しいですよ。何とか貸す方向で、と考えるようになりました。トイレが壊れていたので、そのままじゃ貸せない。でも直せば空いていた部屋も、また貸し出せるかもしれないと思い、改修費は負担するので後はお任せしますと」

徳久ビルオーナーの徳久正弘さん。今も2階の一室に事務所をもち印刷の仕事を続けている(写真撮影/藤本幸一郎)

徳久ビルオーナーの徳久正弘さん。今も2階の一室に事務所をもち印刷の仕事を続けている(写真撮影/藤本幸一郎)

そうして田中さんはさっそく、2階のトイレを友人の建築家とリノベーションし、3階を借りてデザイン事務所を構えた。

剥き出しのコンクリートを生かした内装。tuiiの事務所。2階の洋服店にも同じテイストの内装が踏襲されている(写真撮影/藤本幸一郎)

剥き出しのコンクリートを生かした内装。tuiiの事務所。2階の洋服店にも同じテイストの内装が踏襲されている(写真撮影/藤本幸一郎)

トイレ掃除はオーナーも入れて4軒のテナントで平等に分担し、当番制にしているというのが面白い(写真撮影/藤本幸一郎)

トイレ掃除はオーナーも入れて4軒のテナントで平等に分担し、当番制にしているというのが面白い(写真撮影/藤本幸一郎)

翌年、新たに2階に入ったのは服飾雑貨屋。この時、一緒にビルを見に訪れたのが、伊藤友紀さんだった。佐賀に戻りフリーでデザインの仕事を始めて6年目。そろそろ違った形で仕事したいと考え始めていた頃だった。

洋服屋のリノベーションを一緒に手がけたのがきっかけで、伊藤さんと田中さんはtuiiを結成することになる。このビルがなければ、二人は出会わなかっただろうし、tuiiも存在しなかっただろう。そう考えると運命的だ。

洋服店「ある晴れた日に」(火曜日のみ定休)(写真撮影/藤本幸一郎)

洋服店「ある晴れた日に」(火曜日のみ定休)(写真撮影/藤本幸一郎)

トイレがきれいになり、3階にはデザイン事務所、2階には洋服屋が新たに入った。オーナーにとってビルが生き返るような感覚があったに違いない。

徳久さんが引退を考え始めたとき、「1階も田中さんにお任せしたい」という気持ちになったのも、ごく自然な流れだっただろうと思う。

おにぎり屋の面する通り。水路沿いに遊歩道が続く、雰囲気のいいエリア(写真撮影/藤本幸一郎)

おにぎり屋の面する通り。水路沿いに遊歩道が続く、雰囲気のいいエリア(写真撮影/藤本幸一郎)

1階に入る3店のユニークな関係性としくみ

どんな店を入れるにしても、1階は開かれた場にしたい、という思いが強くあった。そう田中さんは話す。これには伊藤さんも同意だった。二人がたどり着いたのは本屋だ。

「仕事にまつわるアートやデザイン系の本を中心に、まちに開かれた資料室のような本屋ができたらいいねと。それなら本と相性のいいコーヒーも欲しい。近くでカフェを営んでいた平井開太さんに話をしたら、移転してきてくれる上に、本屋の店番も兼ねて引き受けてくれることになったんです」

今の場所から数百メートルの場所でカフェを営んでいた平井開太さん(写真撮影/藤本幸一郎)

今の場所から数百メートルの場所でカフェを営んでいた平井開太さん(写真撮影/藤本幸一郎)

農家であり、海苔の養殖も行う森卓也さん。農業や海苔の生産と同時に、おにぎり屋「shiroishimori」も営む(写真撮影/藤本幸一郎)

農家であり、海苔の養殖も行う森卓也さん。農業や海苔の生産と同時に、おにぎり屋「shiroishimori」も営む(写真撮影/藤本幸一郎)

面白いのは1階に入る3店、カフェ、本屋、おにぎり屋とtuiiの関係性だ。カフェ「Nowhere」を運営する平井さんは、カフェの仕事をしながら、同時に田中さんたちと共にtuii booksの運営に参加し、店番を受け持っている。そのためカフェの家賃をtuiiに支払ってはいるものの、本屋の管理をしているぶん、同額の業務委託費をtuiiから受け取っている。金銭だけみるとプラマイゼロ、ということだ。

一方で、おにぎり屋の森さんも、家賃を支払ってはいるが、同額に相当するデザインディレクションをtuiiは行っている。

つまり、tuiiはサブリースの形でカフェとおにぎり屋に1階のスペースを貸しながらも、家賃を店番代と相殺したり、家賃をデザインディレクション費も兼ねて受け取っているということだ。

それでは圧倒的に、tuiiが損なのでは?と問うと、「金額の面だけ見ると、たしかに損です」と田中さんは笑って言った。

「でも、例えばどこかに場所を借りて誰かに店番を頼んで本屋をやると、今よりずっと高くつく。平井さんは元編集者で、本に関わっていたいという思いがあって一緒にやってくれています。だから本のセレクトなど一緒に話し合うこともできるし、店番も任せられる。そうした諸々と家賃がトントンで、お互いOK。

森さんとの関係も同じです。もともとデザインディレクションを僕らに頼んでくれていたのですが、森さんがここでおにぎり屋を始めて、僕らが一緒に商品開発したものを売ったり、情報発信したりしてくれれば、最終的に僕たちの仕事にもかえってくると考えました」(田中さん)

関わる人たちそれぞれがやりたいことを実現するために、出せるものを出し合う。その、ちょうどいいバランスの取れる点で均衡をとったという。

「すべて計画通りではないですが、自然とこういう店があったらいいねって話をしているうちに、場を求めている人たちが集まって、お互いにウィンウィンの形を探していった結果なんです。tuiiにはあまりお金が残りませんけど(笑)、デザインの本業があるので何とかなっています」(伊藤さん)

tuiiが手がけた、「しろいしもり」のお米パッケージのデザイン(写真撮影/藤本幸一郎)

tuiiが手がけた、「しろいしもり」のお米パッケージのデザイン(写真撮影/藤本幸一郎)

「誰とどんな仕事をしていきたいのか?」を見せる場所

さらに1階では、3店の営業のほか、型染め、イラスト、写真などあらゆる展示会や、「Good Knowledge」の名でイベントを企画し、開催している。

「Good Knowledge Vol.4」では、若林恵さん(黒鳥社コンテンツディレクター)と山田遊さん(method代表 バイヤー)を招いてのトークイベントを開催。発売と同時に全席完売し、福岡をはじめ、県外から多くの人が訪れた。(写真撮影/藤本幸一郎)

「Good Knowledge Vol.4」では、若林恵さん(黒鳥社コンテンツディレクター)と山田遊さん(method代表 バイヤー)を招いてのトークイベントを開催。発売と同時に全席完売し、福岡をはじめ、県外から多くの人が訪れた。(写真撮影/藤本幸一郎)

つまり、このビルの運営にかけている労力やお金は、tuiiの二人にとって「投資」なのだ。建物、一次産業などあらゆるものにデザインをかけ合わせると魅力的に変化する。そのことを世の中に見せる、場なのである。

「実際、ここに来て見ていただいた方からお仕事をいただくことも少なくないんです」(伊藤さん)

ただし、tuiiが思う「場」の価値は、制作物を見てもらうためだけの場ではない。
どういうことか。

「デザイナーにとって、どこで誰とどんな仕事をしているか?を見せることがとても重要だと思っているんです。だから場所が大事。僕たちの場合、ここに場を構えたことでそのスタンスが明確になりました。作品のPRの場としてだけではなくて、誰とどんな仕事をしていきたいのか、というメッセージを発する場所です」(田中さん)

地方では、どれほどデザインが優れていても、商品が並ぶ先に選択肢が少ない。

「地方ではデザインの出来に加えて、どこに並べられるのか?がとても重要です。極端に言えば、どれほどデザインが優れていても、商品が並ぶのは普通のお店。それが都市部へいくと、いいお店がたくさんあるので、どんなものも商品として育ててくれる環境があります。

僕たちはデザインの種をつくることはできるけれど、それがどう世の中に浸透していくか?の面で、地方ではまだ陽の当たる環境が整っていない。だから自分たちでその環境をつくるしかないと思いました」

場づくりが、地方のデザイナーのプレゼンス、存在感を高めることにつながる、ということだ。

shiroishimoriのおにぎり(写真撮影/藤本幸一郎)

shiroishimoriのおにぎり(写真撮影/藤本幸一郎)

「デザイナーの社会的地位」を上げたい

「かねてから、地方のデザイナーの社会的地位を上げる、という課題意識はかなり強くもっていました。その地域に居るってことはすごく重要。でも同時に、地方のデザイナーでもクオリティ高いものをつくるってことを示せないといけない。

デザインの質やクオリティを上げることも大事ですが、どのような人たちと関わり、ともに行動したり議論しているかが大切だと考えています。日本や世界に対して影響力がある方々に、徳久ビルで行うトークイベントや展示に参加いただくことで、運営している私たちの見え方も変わり、プレゼンスが変わる。それが結果的に、地域やまちにも還元されていくのだと思うんです。
そのために、デザイナーはデザインにもっと投資すべきだと感じています」(田中さん)

地域のためや、まちのため、ではなく、デザイナーの社会的地位、プレゼンスを上げるための投資。そう聞いて驚くと同時に感心した。これまでに、幾人もの地方のデザイナーを取材してきたけれど、そんな話をする人は一人もいなかったからだ。

一方で、パートナーの伊藤さんは、tuiiにそうした考え方があるゆえに、仕事の現場では、葛藤も生じると話した。

「私はどちらかといえば、クライアントに寄り添う形で仕事をしてきました。一方、tuiiとしてはデザインの世界でいうだいぶ先、エッジの効いた提案をすることも多いので、クライアントに理解されないこともあるんです。パッケージの見た目をただ素敵にデザインして売れれば喜ばれる。でもそれで課題の本質が解決しない場合、違ったアプローチを提案することになります。

初めは相手を不安にさせることもあって。でも形になった瞬間に、相手の態度ががらりと変わることも多いんです。こういうことだったんですね!と喜ばれる」(伊藤さん)

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

たとえば、「佐賀えびすもなか」のパッケージデザインを依頼された際には、少しいい素材をつかった箱のパッケージをデザインすると同時に、商品の価格帯を上げることまでを提案した。結果、ヒット商品になったという。

田中さんと伊藤さんのバランスがいいのだろう。ユニット名の「対対」には「優劣がつけられないこと」という意味がある。

一方で、「場」を大事にして育てていこうという感覚は二人とも同じようにもっていた。
場所は変わらずここにあり、時間が積み重なっていく。

「ここで生きているってことが大事だなと。人や場とちゃんと向き合って、育てていきたいって感覚は一緒だから、多少ぶつかっても一緒にやっていけています」

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

ローカルデザインのステージは、ここ数年で明らかに変わりつつある。10年ほど前までは「地方でデザイン」といっても、物々交換でしか対価を支払ってもらえないという話をよく聞いた。デザインの価値をわかる人や企業が少なかったからだ。だが今や、地方でもデザインはあらゆる分野に不可欠という認識が広まっている。

これまでは東京の大手代理店に流れていたような仕事を、tuiiがコンペに勝ち、手がけるようになった。目に見えて、ここ数年で佐賀のデザインシーンには変化が起きている。

魅力的なデザインを発するチームが各地に存在する、百花繚乱の時代になれば、文化の発信拠点も増えるのかもしれない。
そうなれば、地方はもっと面白くなるに違いない。

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

●取材協力
tuii

なぜ図書館でなく”市営の本屋”? 青森「八戸ブックセンター」置くのは売れ筋よりニッチ本、出版も

本州最北端の青森県。
青森市、弘前市、八戸市の三市はほぼ同等の人口規模で、それぞれが深い関係を持ちつつも異なる文化を築いてきました。
このうち、江戸時代に八戸藩の藩都が置かれていた八戸市に、全国的にも珍しい市営の本屋さんがあるのをご存知でしょうか?
書籍を扱う行政施設といえば、図書館が真っ先に思い浮かびますが、「八戸ブックセンター」ではあえて貸出機能はもたず、民間の書店同様、書籍の販売をしています。
市が運営する書店、民間の書店とどのような違いがあるのでしょうか?企画運営担当の熊澤直子さんに、開設5年を迎えたブックセンターの活動について、伺ってきました。

八戸市を「本のまち」に。読む人を増やすアプローチ市街地中心部に位置する八戸ブックセンター(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

市街地中心部に位置する八戸ブックセンター(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸ブックセンターを開設したのは、2016年12月。
八戸市では「本のまち八戸」の推進を掲げ、年代に応じた様々な事業を実施していますが、その拠点施設としてブックセンターは位置付けられました。
その動機となったのは、地方都市ならではのある悩みでした。

「書店としての経営を考えると、どうしても売れる本を中心に売り場をつくっていく必要があります。そうすると、売れ行きが見込みづらい専門書的な本や特定のジャンルの本が置けなくなるなど、本を通して出会う世界が限られたものになってしまいます。本との豊かな触れ合いを残していくことが、八戸にとって重要なことだったんです」

各ジャンルごとに一定数のお客さんが見込める大都市圏とは異なり、人口規模の小さな八戸市では専門性の高い書籍を扱う書店は経営が難しい状況にありました。多様な本との出合いを維持していくためには、民間の書店には難しい部分を市が補っていく必要がある。八戸市は、ブックディレクターの内沼晋太郎氏に選書体制を相談するなど専門家の知見も得ながら、ブックセンターの構想を固めていきました。

そのコンセプトは「本を読む人を増やす」。
本を読む人が増えれば、市全体で本にまつわる文化を盛り上げていくことができます。人口減少時代の地方都市が抱える課題に対する挑戦として、真新しくも必然的な一手でした。

「また来よう」と思わせるお店づくり

八戸ブックセンターは市の施設として営業しているため、売上高の達成を目的としていません。
八戸市の書店を補完する、行政のサービスだからこそ可能な取り組みが活動の根幹となっています。
そのひとつが、八戸市内の他の書店では扱いづらいジャンルの書籍をラインナップすること。立ち上げ時には市内の各書店に、お店で置きにくいジャンルをヒアリングしていったそうです。
「選書はスタッフの知識を活かしながら行っています。人文系の選書に強いスタッフもおりますので、市内の書店さんとはまた違った品ぞろえができているかと思います」

「みわたす」「星をよむひと」「知能」「法則」など直感的な言葉で本が分類されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「みわたす」「星をよむひと」「知能」「法則」など直感的な言葉で本が分類されている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

イチ本好きとして店内を観察すると、「またここに来よう」と来訪客に思わせるための工夫が徹底されているように感じます。
どんな書店であっても、お客さんと本との出合いを大切に売場づくりを考える点は共通していますが、ここ八戸ブックセンターでは話題書やベストセラーなど、「ここ以外で売れる本」は置かない方針が根底にあります。
市中の本屋さんと競合するのではなく、共生することこそが八戸の書店文化を盛り上げることにつながっていくからです。
「できるだけ仕入れた本は返品をしない、というのも他の本屋さんではあまり見られない、うちならではの特徴だと思います」
仕入れと返品を繰り返しながら売れる本を探っていく一般的な書店とは、真逆の姿勢です。
そのためブックセンターには、売れ筋ではないけれど確かな選書眼で選びぬかれた、他の書店ではなかなかお目にかかれない本が揃います。
ここで出会った本を読んで満足した人は、またここに来ざるを得ない、そんな常連客との関係性が育まれていることでしょう。
どれだけネット書店が便利になっても、リアル書店でしか果たせない役割が体現されています。

八戸市にゆかりのある人たちがおすすめの書籍を選書した「ひと棚」のコーナー(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸市にゆかりのある人たちがおすすめの書籍を選書した「ひと棚」のコーナー(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸市を盛り上げる、文化の担い手を育てる姿勢

もうひとつ、ブックセンターの重要なミッションがあります。
それは、本を書く人を増やすこと。
そのために「書く」を学ぶワークショップを開催したり、登録すれば誰でも無料で何時間でも使用できるお籠りブースを用意しています。
本を書くためにはいろんな本を読む必要があるでしょう。まさに本を読む人、書く人の両方を増やすための取り組みとなっています。

この姿勢が、八戸市に新しくできた八戸市美術館と共通しているなと感じました。
八戸市美術館は、美術を鑑賞するだけでなく、自ら創造活動に関わっていくことを意図した施設として2021年にリニューアルオープンした市営の美術館です。

この思想が建物のデザイン全体の方針として息づいており、展示室よりも大きな「ジャイアントルーム」と呼ばれる大空間を中心に据えたプランになっています。
ジャイアントルームは可動式の家具やカーテンにより、大小さまざまな活動が可能で、まさにこれから八戸市民の手によっていままで誰も考えもしなかったような使われ方が見出されていくことでしょう。
ちなみにこの日は作家・大竹昭子さんと、アーティストのヒロイ&ヒーマンさんの展示が、八戸市美術館と八戸ブックセンターの2会場で開催されていました。
今後の両施設連携企画でどのようなコラボレーションが生まれていくか、楽しみです。

八戸市美術館のジャイアントルーム。工夫次第でいかようにも使うことのできる、がらんどうが施設の中心になっている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸市美術館のジャイアントルーム。工夫次第でいかようにも使うことのできる、がらんどうが施設の中心になっている(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸市美術館・八戸ブックセンター共同開催の写真・物語展「見えるもの と かたるもの」。前半部分が美術館に展示された(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸市美術館・八戸ブックセンター共同開催の写真・物語展「見えるもの と かたるもの」。前半部分が美術館に展示された(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸から全国へ。活動の強度を高める視座の高さ

さらにブックセンターでは本をつくる文化を盛り上げる、一歩踏み込んだ取り組みが行われています。
なんと、ここで行われた展示に関連し、八戸ブックセンターが主体となって書籍をつくってきたんです。
書店が本をつくるとは、どういうことでしょうか。

八戸ブックセンターでの展示にあわせ、左右社から刊行された詩集(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

八戸ブックセンターでの展示にあわせ、左右社から刊行された詩集(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

ひと口に本をつくるといっても、その方法はさまざまです。

展示を本にする場合によく知られている方法としては、自らが発行元となる方法です。この場合は自社で工面できる予算の中で必要な部数を制作し、展示と合わせて販売していくことになります。本の内容をすべてコントロールでき、展示との連携も高めることができるため、来場者に強く訴求することができます。予算を用意できさえすれば確実に本をつくることができるため、展示のアーカイブを目的とする場合に適した方法です。

はじめ熊澤さんから「八戸ブックセンターでの展示と連動した本がある」と聞いた時、この方法を採っているのかなと思いました。八戸ブックセンターは書店の内部に展示スペースをもっており、地元の常連客が多く来場するであろうことを考えるとこの方法が手っ取り早いと感じたからです。

雑誌『縄文ZINE』とのコラボレーション展、「紙から本ができるまで/土から土器ができるまで」。展覧会に合わせ、『土から土器ができるまで/小さな土製品を作る』も刊行された(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

雑誌『縄文ZINE』とのコラボレーション展、「紙から本ができるまで/土から土器ができるまで」。展覧会に合わせ、『土から土器ができるまで/小さな土製品を作る』も刊行された(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

しかし熊澤さんから出た言葉に驚きました。
「本ごとにそれぞれ別の出版社さんから発行しています。関わった作家さんなどとやりとりをしながら、企画内容を実現してくださいそうな出版社さんにお声がけをしてすすめています」

出版社で発行するためには、それなりの課題をクリアする必要があります。
その出版社から出すべき内容になっているか。
全国の書店で販売するだけの広がりがあるコンテンツになっているか。
出版社が損をしないだけの売上が見込めるか。
単に展示を見にきた人に興味を持ってもらうだけでは不十分な、企画としての強さが求められるといえるでしょう。
このような課題を乗り越えて展示と出版を手がけている公営の文化施設は、日本全国でもかなり珍しいのではないかと思います。

市民の方にとっても、普段から通っている書店での展示が、全国で販売される本にまとまることは、自分達の活動を広い視野をもって捉える機会になるのではないでしょうか。
そのような活動を知ってしまうと、今後八戸市民が創り上げた展覧会が、八戸市美術館から全国を巡回していく、そんな未来を妄想してしまいます。

「紙から本ができるまで/土から土器ができるまで」展は、市内にある「三菱製紙八戸工場」「是川縄文館」の協力により開催された。写真は是川縄文館所蔵の国宝、合掌土偶。風張1遺跡から出土(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

「紙から本ができるまで/土から土器ができるまで」展は、市内にある「三菱製紙八戸工場」「是川縄文館」の協力により開催された。写真は是川縄文館所蔵の国宝、合掌土偶。風張1遺跡から出土(写真撮影/ロンロ・ボナペティ)

図書館や美術館といった公共の文化施設は、全国どこでも同じようなサービスを受けられるようにと各地に建設されてきましたが、サービスの供給が行き渡ると同時に新しい施設に税金を投じることは箱モノ行政などと呼ばれ批判の対象にもなってきました。
そうした状況下での八戸市の取り組みは、行政側がサービスを提供するだけでなく、市民自らの手で文化を育てていく場を提供する、時代に即した在り方に思えます。
つくる人を育てる、八戸市の挑戦をぜひ現地で体感してみてください。

●取材協力
八戸ブックセンター