子どもの転落事故、自宅の窓やベランダに潜むリスクとその防止策は?

先日、痛ましい事故のニュースを目にしたところだが、以前から窓やベランダからの子どもの転落事故については、注意喚起がされていた。また、窓やドアの経年劣化なども事故の原因になるという。子どもの安全を守るためにも、窓やベランダなどのリスクについて考えていこう。

【今週の住活トピック】
「ご注意ください!窓やベランダからのこどもの転落事故」/政府広報オンライン
「放置しないで!窓・ドアの危険サイン」/製品評価技術基盤機構(NITE)

窓やベランダからの転落事故は1歳と3・4歳の子どもに多い

2023年3月10日に政府広報オンラインが「ご注意ください!窓やベランダからのこどもの転落事故」をリリースした。子どもは成長するにつれて活動範囲が広くなり、好奇心から大人の想定を超える行動をすることがある。東京消防庁管内の緊急搬送事例では、1歳と3・4歳で窓やベランダからの転落事故が多いという。

年齢別救急搬送人員

年齢別救急搬送人員(東京消防庁管内で発生した、2017年から2021年までの窓やベランダからの転落事故における年齢別の救急搬送件数(総数=62))(出典 東京消防庁「住宅等の窓・ベランダから子どもが墜落する事故に注意」より転載)

政府広報オンラインに紹介されていた事例としては、次のような行動から転落事故が生じている。
●こどもだけで部屋にいて、網戸に寄りかかる
●ソファなど足場になるものから窓枠まで登る
●ベランダの手すりにつかまっていて、前のめりになって転落
●ベランダの室外機に登り、手すりを越えて転落

事故事例から分かることは、「子どもだけで部屋にいるときに窓が開いている場合」や「窓やベランダの手すりまで足場を使って登れる場合」などでリスクが高くなることだ。

子どもの転落事故を防止するためのポイントは?

子どもの転落事故を防ぐには、窓やベランダの周辺でリスクの高い環境を作らないことが大切だ。具体的には、次のような対策が考えられる。

(1)補助錠を付ける
ポイントは、子どもの手が届かない位置に補助錠を付けること。

(2)ベランダには物を置かない
プランターやイス、段ボールなどが足場になるので、できるだけ物を置かないこと。エアコンの室外機は置かざるを得ないので、室外機を「手すりから60cm以上離す」か、子どもだけでベランダに出ないようにする。

(3)室内の窓の近くに物を置かない
ソファやベッドなどが足場になるので、窓に近い場所に家具を置かないように配置を工夫する。

(4)窓、網戸、ベランダの手すりなどに劣化がないかを定期的に点検する
網戸がはずれやすくなっていないかなど、定期的に点検する。

窓やドアの危険サインを見逃さない

窓などの点検については、事業者の製品安全の取り組みと消費者の安全のための検査や調査などを行っているNITE(ナイト)も注意喚起をしている。2023年3月23日に、「放置しないで!窓・ドアの危険サイン ~事故に遭わないための点検ポイント~」をリリースした。

思いがけない出来事に「ヒヤリ」としたり、事故が起こりそうになって「ハッ」としたりすることが、大きな事故につながることから、見た目に異常がなくても、不具合が起きていないか点検をすることが大切だという。例えば、部品が損傷したことで、窓が落下したりドアが倒れたり、はめ込んであるガラスが割れたりすると、怪我をしたり腕や指が挟まれたりといった事故につながる。

具体的な点検ポイントとしては、次のようなものが挙げられている。

■窓・ドアの点検ポイント
□ がたつきがないか。
□ スムーズに開閉せず、重たくなっていないか。
□ 開閉時に異音がしないか。
□ 破損や変形がないか、さびている箇所はないか。

特に子どもは、リスクを感知することが難しいので、大人がリスクを引き下げる環境を整えることが大切だ。春になると外出の頻度や換気の回数なども増えるので、窓やドア、ベランダの手すりなどに不具合はないか点検し、子どもの転落を防止する対策を取り、悲しい事故が起きないようにしてほしい。

●関連サイト
政府広報オンライン「ご注意ください!窓やベランダからのこどもの転落事故」
製品評価技術基盤機構(NITE)「放置しないで!窓・ドアの危険サイン」
東京消防庁「住宅等の窓・ベランダから子どもが墜落する事故に注意!」

魔法の駄菓子屋「チロル堂」、大人の飲食代が子どものカレーやおやつに変身! 子どもを貧困・孤独から地域で守る 奈良県生駒市

「まほうのだがしやチロル堂」は、貧困や孤独といった環境にある子どもたちを、地域みんなで支える魔法の駄菓子屋さん。子ども食堂など食べ物を通じた取り組みが話題になるなかで駄菓子を通じた新しい取り組みです。この仕組みを支えているのは地域の大人の寄付。2022年にグッドデザイン大賞を受賞しており、理由は、大人が飲食を楽しむことで、代金の一部が寄付され、子どもたちはチロル堂のカプセルトイに投じた100円で、100円以上の価値のある駄菓子や食事をすることができる仕組みが評価されたことから。発起人のひとり、石田慶子さんにチロル堂の魔法の仕掛けを伺いました。

子どもたちに金銭での支援以上に価値のある食べ物を支援できる仕組み

奈良県生駒市の大通りから一本入った路地に「まほうのだがしやチロル堂」(以下、チロル堂)はあります。学校帰りの子どもたちが暖簾(のれん)をくぐると、そこは懐かしい駄菓子屋さん。入口にあるカプセルトイには、魔法がかけられています。100円を入れて出てきたカプセルには、チロル堂だけで使える店内通貨「チロル札」が入っています。子どもたちは、このチロル札でお菓子を買ったり、カレーを食べたりすることができます。カプセルに入っているチロル札は1枚100円以上のものと交換でき、しかも枚数は1枚から3枚と運しだい。ドキドキ感は昔からある駄菓子屋の醍醐味と同じです。

暖簾が目印。やってきた子どもは最初に入口のガチャガチャを回す(画像提供/一般社団法人無限)

暖簾が目印。やって来た子どもは最初に入口のガチャガチャを回す(画像提供/一般社団法人無限)

表情は真剣そのもの。「チロル札何枚出てくるかな」(画像提供/一般社団法人無限)

表情は真剣そのもの。「チロル札何枚出てくるかな」(画像提供/一般社団法人無限)

カプセルには、1~3チロル札が入っている(画像提供/一般社団法人無限)

カプセルには、1~3枚チロル札が入っている(画像提供/一般社団法人無限)

近隣の幼稚園児や小学生でにぎわう(画像提供/一般社団法人無限)

近隣の幼稚園児や小学生でにぎわう(画像提供/一般社団法人無限)

魔法を可能にしているのは、地域の大人たちの寄付。このチロル堂には、大人も利用可能なチロル食堂やチロル酒場が併設されており、大人が飲食を楽しむことで、代金の一部が寄付され、子どもたちはチロル堂のカプセルトイに投じた100円で、100円以上の価値のある駄菓子や食事を食べることができるのです。例えば「チロルこどもカレー」は一般価格500円、これを子どもは1チロルで食べることができます。大人には日常のなかで気軽に寄付を行う機会、子どもたちにはそれを受け取る機会を、ともに1つの場所で生みだしているのです。

「チロルこどもカレー」を食べに来た仲良し二人組(画像提供/一般社団法人無限)

「チロルこどもカレー」を食べに来た仲良し二人組(画像提供/一般社団法人無限)

チロル堂をつくったのは、生駒市で放課後デイサービスを行う石田慶子さん、子どものためのアートスクールを開いている吉田田タカシ(ヨシダダ・タカシ)さん、デザイナーの坂本大祐さん、地域子ども食堂「たわわ食堂」を運営する溝口雅代さんの4人。発起人の石田さんに解決したかった地域の課題と、チロル堂が地域の子どもや大人たちに与えた影響を伺いました。

2021年8月にオープンしたチロル堂には、平日には30~40人、休日には200人の子どもたちが訪れます。多いときは、大人も含めると、ひと月で2500人が暖簾をくぐります。

カウンターでお絵描きや宿題をしたり、カレーや駄菓子を食べたり(画像提供/一般社団法人無限)

カウンターでお絵描きや宿題をしたり、カレーや駄菓子を食べたり(画像提供/一般社団法人無限)

「当初は、お母さんと来たり、コソっとひとりで来て帰る子どもが多かったんですが、運動会の休憩時間中に、『チロル堂って知ってるか?』って子どもたちのうわさ話が学校中に広がって、運動会の振替休日に驚くほど多くの子どもたちがやってきたんです。そのうち、『上がっていいらしいよ』となり、子どもたちだけで待ち合わせしてカレーを食べに来たりするようになって。私たちも、チロル堂のスタートは、子どもたちの居場所になることだと思っていたので、よかった!と思いました」(石田さん)

子どもたちからどんな悩みが寄せられていますか? という質問に、石田さんは首を横にふります。

「子どもたちが、今困っているか困っていないかは、重要じゃないと思うんです。提供しているのは駄菓子や食事ですが、今貧困の子どもだけを対象にしているわけでもありません。今来ている子がいつ困るかわからないですよね。ずっと困らない子、問題を抱えない子はいないのではないでしょうか。困ったときにヘルプが出せるように、ここが開き続けることが大事だと思っています」(石田さん)

「放課後チロルに集合ね」と待ち合わせ場所に(画像提供/一般社団法人無限)

「放課後チロルに集合ね」と待ち合わせ場所に(画像提供/一般社団法人無限)

子どもの問題は、大人や社会の問題につながっている

日本では、子どもの約7人に1人が貧困状態にある(厚生労働省国民生活基礎調査)といわれています。無料や安価で栄養のある食事や団らんを提供する「子ども食堂」が全国的に広がってはいますが、石田さんは複雑な思いや疑問を感じていました。

「子ども食堂があることはもちろん良いことですが、必要なこと自体がそもそも問題だと感じていました。子ども食堂ができることで、『困ったときはあそこに行けばいいよ』という大人が増えるとしたら、どうなんだろうと。隣の困っている子どもを地域の大人が助けるという責任を放棄しているように思うのです。おなかを空かしている子どもがいたら、大人がごはんをおごってあげるのは自然なこと、地域の子どもたちを大人が支えるのは当たり前のことではないでしょうか。困っている人は、行政や福祉が助けるべきだと大人が考え、自分たちの問題と切り離してしまうことで、子どもたちが誰にヘルプしたらいいかわからない社会をつくってしまっているんです」(石田さん)

石田さん(右)と子どもに誘われてやって来たお母さん(画像提供/一般社団法人無限)

石田さん(右)と子どもに誘われてやって来たお母さん(画像提供/一般社団法人無限)

石田さんが子どもの課題を社会の課題と考えるようになったのは、10年前から行ってきた障がいのある子どもの療育支援でした。子どもの抱える問題によって窓口が異なるなど、福祉支援があまりに縦割りで、横のつながりが薄いと痛感したと言います。

「子どもが困っていることの多くは、本人の障がいなどでなく、大人の問題や社会の問題だと気づいたんです。貧困や虐待、無理解や差別。問題は複雑に絡み合っているし、支援の縦割りで切り離されてしまうと解決できない多くの問題に直面し、福祉支援だけでは限界を感じていました」(石田さん)

アートや街づくりなど異なる経験をもつ4人が力を合わせる

そんなとき、石田さんが出会ったのが、子ども食堂「たわわ食堂」の溝口さんでした。子ども食堂は、多くは子どもだけが利用する場所になっていますが、たわわ食堂が、子どもや大人、おじいさん、おばあさんが集い、支援する側、される側を超えた多様な人が集まる場所を実現していることに感銘を受けたのです。「課題を解決するのは、こういう場所なのかもしれない」と考えた石田さん。溝口さんと多様な世代、カテゴリーの人が集まる場所をつくろうと2019年ころから動き始めました。

次に石田さんが声をかけたのが、吉田田さんと坂本さんでした。

「福祉の人間が地域活動を行っても、福祉の場にしか刺さらなくて、自分たちの表現する力が足りないことはわかっていました。多くの人に届けるためには、もっと伝わる表現力、デザイン力が必要と考えました。吉田田さんは、子どものアートを通じた教育、坂本さんは、街づくりに携わっていて、“人間”に興味あるふたり。デザインをしていて人も見えている人は、ふたりの他にいないと思いました」(石田さん)

建物のデザインも手掛けた吉田田さん。暖簾は、坂本さんのデザイン会社が担当(画像提供/一般社団法人無限)

建物のデザインも手掛けた吉田田さん。暖簾は、坂本さんのデザイン会社が担当(画像提供/一般社団法人無限)

吉田田さんも坂本さんも石田さんの思いに即座に賛同。プロジェクトが大きく動き出したのは、吉田田さん発案の「寄付を『チロ』と呼ぶ」「この場所だけの通貨『チロル』を使って子どもたちが通貨以上の飲食ができる」という仕組みが生まれたとき。坂本さんによってロゴやチラシのデザインが決定。溝口さんは、週に1回、チロル堂で、運営費のサポートを受けながら子ども食堂を開くことになりました。チロル食堂のカレーやお弁当は、石田さんが運営する障がいのある人の就労支援のお仕事としてつくっています。

楽しみながら寄付ができる大人の居場所「チロル酒場」

「子どもたちが抱えている問題は多様ですが、いちばん課題だと感じているのは、孤立、孤独です。都会・田舎に関係なくどこでも起こっている問題で、今の時代を象徴する、子どもに限らない日本の課題だと思っています。地域の大人が子どもを支える構造をつくるために必要なのは、子どもだけでなく、大人の居場所をつくること。それがチロル酒場です。昼間の駄菓子屋を見て、子どもの場所でしょ?と思っていた大人たちが、酒場がスタートしてから多くの方が訪れてくれるようになりました」(石田さん)

チロル酒場では、おいしい料理やお酒が提供され、子どもたちの親だけでなく、地域の大人でにぎわいます。店主との会話を楽しんだり、日頃の愚痴で盛り上がったり、大人たちは、飲食や場を楽しみながら、自然と寄付ができます。

水・木・金・土の18時30分から営業するチロル酒場。地元のインフルエンサーが店主を務めることも(画像提供/一般社団法人無限)

水・木・金・土の18時30分から営業するチロル酒場。地元のインフルエンサーが店主を務めることも(画像提供/一般社団法人無限)

ドリンク・フードすべての代金に、子どもたちへの「チロ」が含まれている(画像提供/一般社団法人無限)

ドリンク・フードすべての代金に、子どもたちへの「チロ」が含まれている(画像提供/一般社団法人無限)

「地域の大人が子どもを支えていると意識することが大事だと思っています。といっても、難しいことを議論する場所だとはできるだけ言いたくないんです。誰と出会うか、どんな話がはじまるかは自然に任せていきたいです。運営側が方針やルールを設定した瞬間に入る人が限定的になってしまう。それは子どもたちも同じ。ここは100円でカレーが食べられる場所という事実だけでいいんです」(石田さん)

現金で寄付をした人は、壁に名前入りのシールを貼れる(画像提供/一般社団法人無限)

現金で寄付をした人は、壁に名前入りのシールを貼れる(画像提供/一般社団法人無限)

広く寄付を募り、全国からお菓子や野菜、お米などの寄付も寄せられている(画像提供/一般社団法人無限)

広く寄付を募り、全国からお菓子や野菜、お米などの寄付も寄せられている(画像提供/一般社団法人無限)

はじめてチロル堂に関わるには、どうしたらいいですか? と尋ねると、「チロル食堂やチロル酒場においしい食事やお酒を飲みに来ていただけるとうれしいです。昼間はただのお店ですが、夕方になると子どもたちがワーッと集まってきます。その空気を味わいに来ていただくのがいちばんいいかな」とほほ笑む石田さん。

大人用の「ツキノワ・OTONA CURRY」は、コーヒー付き1200円。代金の一部が子どもたちへの寄付になる(画像提供/一般社団法人無限)

大人用の「ツキノワ・OTONA CURRY」は、コーヒー付き1200円。代金の一部が子どもたちへの寄付になる(画像提供/一般社団法人無限)

子どもたちが困っていることの要因は大人たちの問題につながっていると考え、共に解決しようと考えられたチロル堂の仕組み。金沢に2号店が、大阪に3号店がオープン。そのほか4カ所が準備中です。石田さんたちがかけた小さな魔法が、少しずつ全国へ広がっています。

●取材協力
まほうのだがしやチロル堂

生まれ育った町田山崎団地の駄菓子屋が閉店危機に! 継承を決意させた「心揺さぶられる光景」

東京都、町田山崎団地の商店街にある「ぐりーんハウス」は、1968年に創業したおもちゃ&駄菓子店。存続が危ぶまれるなか、インテリアデザイナーの除村千春(よけむら・ちはる)さんがお店を継ぎ、昨年6月にリニューアルオープン。新しい試みも功を奏し、子どもだけでなく大人にも親しまれるようになっているという。
原体験に刻まれた懐かしのお店の閉店を知り、引き継ぐことを決意

「町田山崎団地」は1968年から1969年にかけて建設された総戸数3920戸の大規模な住宅団地。空き店舗が点在する、ひっそりした商店街の中で、親子連れや小学生・近隣のビジネスパーソンなどが引っ切りなしに訪れ、にぎわいを見せているのが、おもちゃ&駄菓子店「ぐりーんハウス」です。

東京都町田市を代表する住宅団地「町田山崎団地」。丘陵地に116棟が建ち並びます(写真撮影/中村晃)

東京都町田市を代表する住宅団地「町田山崎団地」。丘陵地に116棟が建ち並びます(写真撮影/中村晃)

団地まではJR東日本・小田急電鉄「町田駅」からバスで約15分。商店街はバスを降りてすぐ。店舗には飲食店・接骨院・美容室などが入っています(写真撮影/中村晃)

団地まではJR東日本・小田急電鉄「町田駅」からバスで約15分。商店街はバスを降りてすぐ。店舗には飲食店・接骨院・美容室などが入っています(写真撮影/中村晃)

「ぐりーんハウス」の味わいのある看板は2代目が使っていたままのもの。面影を残しつつ、内外装はすべてリニューアルしました(写真撮影/中村晃)

「ぐりーんハウス」の味わいのある看板は2代目が使っていたままのもの。面影を残しつつ、内外装はすべてリニューアルしました(写真撮影/中村晃)

除村千春さんは、2020年6月に再オープンしたこのお店の3代目店主。本業は店舗やオフィス・住宅を手がけるインテリアデザイナーで、以前は神奈川県横浜市にオフィスを構えていましたが、今は町田山崎団地に拠点を移し、「駄菓子屋×設計事務所」を営んでいます。
一風変わったスタイルを取ることにした理由には、もともとこの団地で小学校2年生まで生まれ育った原体験があります。

「『ぐりーんハウス』は町田山崎団地が創設された当初からあって、私が小学生のころはまさに子どもたちの聖地。流行りのカードを買いにきたり、友だちの誕生日プレゼントを探したり。家族と商店街を訪れたときは用事がなくても立ち寄る、心のよりどころのようなお店でした。
店主はただ優しいだけでなく、子どもが悪さをしたときは叱ってくれる、懐の深い人だったのを覚えています」

店主の除村千春さん(写真撮影/中村晃)

店主の除村千春さん(写真撮影/中村晃)

その後、初代は2010年に閉店。同じ商店街で飲食店を営んでいた方が名乗りをあげ、2012年に2代目としてオープンします。

その間に社会人となり、関東圏で仕事をしていた除村さん。団地の近くにきたときはお店をのぞくなどして、いつも頭の片隅に存在がありました。そんなある日、ニュースサイトで2代目「ぐりーんハウス」が畳まれるのを知ります。

「そのときは『ああ、やめちゃうのか』くらいの気持ちで、閉店の日にお店に訪れたのも、たまたま予定が合ったからでした。しかしそこで目にした光景が、あまりに心を揺さぶるものだったんです」

店先でにぎわう子どもたちと、閉店を惜しみ、懐かしんでやってくる大人たち――。幸せに満ちた世界を目の当たりにして「ここを絶やしてはいけない」と強く思ったと言います。偶然、後継者を探していると聞き、数時間後には「3代目として受け継ぎたい」と、ほぼ思いを固めていました。

2代目「ぐりーんハウス」の店内。おもちゃと駄菓子のほか、ゲーム機も置かれていました(写真提供/除村さん)

2代目「ぐりーんハウス」の店内。おもちゃと駄菓子のほか、ゲーム機も置かれていました(写真提供/除村さん)

訪れる人の交流が促され、化学反応が起きるようコンセプトを一新

初代と2代目がお店を畳んだ背景には、おもちゃと駄菓子の販売だけで経営を続けていくことの壁がありました。除村さんの場合は設計士の顔を持つ強みがあるものの、やはりそこは重要な課題。
しかし長年、キャリアを重ね、あらゆる業態・業種の店舗を手がけてきたからこそ見えていたこともあったと言います。

「今は駅周辺の大型ショッピングモールを便利に使いながら、小さな個人商店の魅力も味わえる時代。2つが共生しているからこそ、ここにしかないことが光るし、それをしてみたいと思いました。
この商店街は車が入ってこないし、敷地にゆとりがあって、親御さんがお茶をしながら安心して子どもを遊ばせておける環境なんです。
ここに来たらあの人と話せる、くつろいで人と関われる。無理して何かをひねり出すのではなく、もともとあった景色に戻していけたらと思いました」

店舗の隣は広場。向かいにはベンチがあり、買いものの合間にホッとひと息つけます(写真撮影/中村晃)

店舗の隣は広場。向かいにはベンチがあり、買いものの合間にホッとひと息つけます(写真撮影/中村晃)

2020年3月にクラウドファンディングで資金を募り、2カ月後に目標の150万円に達成。入口の看板以外、すべてリニューアルした店舗は、創業時のスピリットはそのままに新しいコンセプトが息づいています。

「かつての自分がそうだったように、子どもたちの“サード・プレイス”にできたらと。しかし一方で、子どもと大人って、大人の心がけ次第では対等だとも思うんです。
そうした気持ちから『年齢に関わらずすべての人の交流が促され、化学反応が起きる場所』を意識しました」

まずポイントとなるのが、商品をゆったり陳列し、回遊できるようにした店内のレイアウト。クラウドファンディングで得た資金でコーヒースタンドにもなるオープンなシェアキッチンをつくり、ちょっとした休憩ができるテーブル席を設置しました。

以前はオープンでしたが、壁と窓を設けて居心地をアップ。内部が見えやすく、はじめてでも入りやすい雰囲気(写真撮影/中村晃)

以前はオープンでしたが、壁と窓を設けて居心地をアップ。内部が見えやすく、はじめてでも入りやすい雰囲気(写真撮影/中村晃)

メインの陳列台はお店の真ん中。商品数をぐんと減らし、回遊しながらゆっくり見られるように(写真撮影/中村晃)

メインの陳列台はお店の真ん中。商品数をぐんと減らし、回遊しながらゆっくり見られるように(写真撮影/中村晃)

店舗の面積の約半分はシェアキッチンとテーブル席。コロナにより現在、テーブル席は閉じていますが、ワークショップやミニ上映会・作家の展示会など構想を広げています(写真撮影/中村晃)

店舗の面積の約半分はシェアキッチンとテーブル席。コロナにより現在、テーブル席は閉じていますが、ワークショップやミニ上映会・作家の展示会など構想を広げています(写真撮影/中村晃)

知人のグラフィックデザイナーの力を借り、初代に使われていたテープや看板のロゴとキャラクターをブラッシュアップ。Tシャツやステッカー・マグカップといったオリジナルアイテムを制作しました。

右端は初代「ぐりーんハウス」で使われていたもので唯一、残っている貴重なテープ(写真撮影/中村晃)

右端は初代「ぐりーんハウス」で使われていたもので唯一、残っている貴重なテープ(写真撮影/中村晃)

お店が親しまれ、未来の懐かしい風景になってゆくよう制作したオリジナルアイテム。かつての常連が買って行くほか、お土産としても好評(写真撮影/中村晃)

お店が親しまれ、未来の懐かしい風景になってゆくよう制作したオリジナルアイテム。かつての常連が買って行くほか、お土産としても好評(写真撮影/中村晃)

気軽に使えるシェアキッチンが、地域参加への足がかりをつくる

様子が一変した3代目「ぐりーんハウス」に、最初は戸惑いを隠せない地域の方も多かったそう。それでも第一のお客さまである子どもたちに実直に向き合ううちに、顔なじみの子が母親と来るようになり、その母親が友だちを連れてきて、と認知が広がっていきました。

「おのずとシェアキッチンも活用されるようになり、仲のよいご家族が集まってクッキーをつくったり、『地域で何かしたい』と模索中の定年後の男性が、試しにチーズケーキを焼いたり。今は週一回、マフィンやスコーン・ドリンクをテイクアウトできる菓子店が出店しています」

「いろいろな方のチャレンジの場になってほしい」と、シェアキッチンは曜日替わりでさまざまな店舗に入ってもらいたいと考えています(写真撮影/中村晃)

「いろいろな方のチャレンジの場になってほしい」と、シェアキッチンは曜日替わりでさまざまな店舗に入ってもらいたいと考えています(写真撮影/中村晃)

今は週一回、ほぼ金曜に「ネコとコーヒーを愛するお菓子屋さん」が出店中。「お客さまの反応を見られるのが嬉しいです」と店主の永山裕子さん(写真撮影/中村晃)

今は週一回、ほぼ金曜に「ネコとコーヒーを愛するお菓子屋さん」が出店中。「お客さまの反応を見られるのがうれしいです」と店主の永山裕子さん(写真撮影/中村晃)

この6月にはこんなエピソードがありました。

「いつも娘さんと遊びにきてくれるお父さんがいたのですが、ふとした会話からラーメンをつくるのが趣味だと分かったんです。『やってくださいよ』と軽いノリから盛り上がり、1周年記念の『ぐりハfes』のときに出店することに。結果は長蛇の列ができるほどの大盛況でした」

何かをはじめるハードルを下げてくれるのが「ぐりーんハウス」のシェアキッチン。思いがけない発見と出会いをもたらしています。

子どもが主体のお店づくりを通して、マインドの大切さに気づく

「かつてはオフィスで独り図面を描くことが多かったのですが、日常的にお客さまと接するようになり、よりのびやかな気持ちでデザインができるようになりました。会話から発想のヒントを得ることも少なくありません」

オープンから1年2カ月、除村さんと子どもたちの関係も深まりを見せています。

「子どもたちの感性を育むような、文化的なお店であれたら」と除村さん。クラウドファンディングでは地域の方からも資金が寄せられたそう(写真撮影/中村晃)

「子どもたちの感性を育むような、文化的なお店であれたら」と除村さん。クラウドファンディングでは地域の方からも資金が寄せられたそう(写真撮影/中村晃)

「子どもたちから学ぶことは本当に多くて、それは端的に言えば『秩序』なのかなと。『ゴミは持ち帰ろう』『扉は閉めてね』など最低限のルールを示しつつ、後は自由でいいよという姿勢でいると、かえって節度が守られ、ざっくばらんに付き合える気がします。逆に急きょ、打ち合わせが入って休業すると次の日に『せっかくきたのに困るよ』などと言われ、背筋が正されることも。不特定多数の人が出入りする大型商業施設であれば、かなわなかったでしょう」

商品は大型店や量販店にないものや、心くすぐるデザインのものを意識して仕入れています(写真撮影/中村晃)

商品は大型店や量販店にないものや、心くすぐるデザインのものを意識して仕入れています(写真撮影/中村晃)

お店の奥の本棚の裏がオフィスですが「子どもの興味のきっかけになれば」と資料となる建築の専門書を店側に並べています(写真撮影/中村晃)

お店の奥の本棚の裏がオフィスですが「子どもの興味のきっかけになれば」と資料となる建築の専門書を店側に並べています(写真撮影/中村晃)

変わらぬ姿勢でお店を開け続けることが、まちづくりにつながる

昨年は、「コロナ禍でもできることを」と、お店への入場制限や手指の消毒など対策を取ったうえで「縁日」「ハロウィン」のイベントを実施。子どもが主体となるお店であることを何より大事にし、子どもたちの期待を裏切らないことを心がけています。

「愛されてきたお店を継ぐのは責任があるし、これからも地域に根差していきたい。そのためには相手に合わせることなく、店主としてのスタンスを保つことは、存続していくためにも必要なのかなと思っています」

お店を出た後にベンチでくつろぐ、微笑ましい親子の光景も(写真撮影/中村晃)

お店を出た後にベンチでくつろぐ、微笑ましい親子の光景も(写真撮影/中村晃)

最近では近隣の大学生がイベントを手伝ってくれたり、シェアキッチンを使いたいという人が増えてきたり。
強い思いと行動力がお店のクオリティを上げ、人々の輪を広げ、地域をどこまでも活気づけています。

●取材協力
ぐりーんハウス
マーチアンドストア
ネコとコーヒーを愛するお菓子屋さん

子どもがまちづくりに積極的に参加する理由とは? 「SDGs未来都市」長崎県壱岐市の挑戦

長崎県壱岐市で暮らす人々は自分の子どもはもちろん、地域の子どもたちの活動に対してもとても興味関心が高いそうだ。それゆえ「SDGs未来都市」の取り組みの一員として子どもたちをしっかりと迎え入れ、独自性の高い活動を続けている。今回はその壱岐市を訪れて、どのような取り組みを行っているのか、そしてこれからを生きる壱岐市の子どもたちが何を感じ、どう行動しているのかを探ってきた。
可能性と課題が混在する壱岐市は「25年後の日本」の姿長崎空港から飛行機で30分、福岡市から高速船で1時間5分、美しい海、雄大な景色を満喫できる壱岐市(写真撮影/笠井鉄正)

長崎空港から飛行機で30分、福岡市から高速船で1時間5分、美しい海、雄大な景色を満喫できる壱岐市(写真撮影/笠井鉄正)

2015年9月、国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)。その達成へ向けて優れた取り組みを提案し、国から事業として選定された地方自治体が「SDGs未来都市」だ。2021年現在、国内のSDGs未来都市は124都市。2022年~2024年は毎年30都市程度を選定予定で、その数はさらに増加する。

つまり「SDGs未来都市」は国がそれだけ重視している事業なのだ。そのなかで長崎県壱岐市の取り組みは、「自治体SDGsモデル事業(2018年~)」にも選ばれ、SDGsに対して先導的な役割を果たしてきた。

壱岐市役所総務部SDGs未来課篠原一生(しのはら・いっせい)さんによると「壱岐市の人口は現在、約2万6000人です。気候は温暖で過ごしやすく、高速船に乗れば福岡県福岡市へ約1時間でアクセスできる便利な島なんです。全島に光ファイバー(光回線)が張り巡らされているので、今話題のワーケーションや二拠点生活の場にも適しています」。移住者からも注目を集めているそうだ。

ただ、同じくSDGs未来課の中村勇貴(なかむら・ゆうき)さんが「その一方で、少子高齢化が進み、基幹産業である1次産業の担い手は不足しているんですよね」と話すように、課題もある。「日本の25年後の姿」というのも壱岐市の横顔のひとつだ。

壱岐市役所総務部SDGs未来課の篠原一生さん。ワークスペース「フリーウィルスタジオ」の業務も担当している(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐市役所総務部SDGs未来課の篠原一生さん。ワークスペース「フリーウィルスタジオ」の業務も担当している(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐島内を案内してくださった壱岐市役所総務部SDGs未来課の中村勇貴さん。壱岐生まれの壱岐育ち(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐島内を案内してくださった壱岐市役所総務部SDGs未来課の中村勇貴さん。壱岐生まれの壱岐育ち(写真撮影/笠井鉄正)

AIやIoTで壱岐市の課題を解決しながら、経済を発展させる

壱岐市の「自治体SDGsモデル事業」は「壱岐活き対話型社会『壱岐・粋・なSociety5.0』」と名付けられている。この事業には2つの柱があり、そのひとつは「先進技術を取り入れ、少子高齢化などの社会問題解決と、1次産業を中心とした経済発展を両立すること」である。

代表的な例はAIやIoTのチカラで課題を解決するスマート農業だ。壱岐市名産のアスパラ栽培の中で大変な作業の水やりをAIに管理させ、省人化と生産性向上を図っている。また、規格外アスパラをピエトロプロデュースの料理キットと一緒にWEBで販売して収益アップを目指しながら、食品ロスの問題解決にも着手。TOPPANと組んでECサイト用商品の開発を行っている。

ほかにもエネルギーの自給自足、高齢者の島内移動手段など課題は多い。島内の知恵・情報・人材には限りがあるため、外部の企業と手を取り合ってスピード感を高めているのが特長と言える。

「事業としてうまく進まない場合もあるが、行政も柔軟な姿勢を心がけ、めげずにトライ&エラーを続けられるのも壱岐市の強みですね」とSDGs未来課の篠原さん、中村さんは話す。

アスパラ栽培は水やりが命。かん水量・かん水時間・かん水頻度・土壌水分量・日射量・温度湿度などのデータを基にしてAIモデルを作成する(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

アスパラ栽培は水やりが命。かん水量・かん水時間・かん水頻度・土壌水分量・日射量・温度湿度などのデータを基にしてAIモデルを作成する(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

低塩分トラフグ陸上養殖事業(株式会社なかはら)では、再生可能エネルギーの活用に取り組む。太陽光発電で得た電力を活用して、水を電気分解し、酸素は水槽へ、水素はタンクに貯蔵。その後、水素と酸素を反応させて燃料電池で発電する仕組み(写真撮影/笠井鉄正)

低塩分トラフグ陸上養殖事業(株式会社なかはら)では、再生可能エネルギーの活用に取り組む。太陽光発電で得た電力を活用して、水を電気分解し、酸素は水槽へ、水素はタンクに貯蔵。その後、水素と酸素を反応させて燃料電池で発電する仕組み(写真撮影/笠井鉄正)

低塩分(地下水)で育てたトラフグは成長が早く、身も上質(写真撮影/笠井鉄正)

低塩分(地下水)で育てたトラフグは成長が早く、身も上質(写真撮影/笠井鉄正)

高校生、壱岐市の人々、島外者がつながり、イノベーションが起きる

「壱岐活き対話型社会『壱岐・粋・なSociety5.0』」のもうひとつの柱は、「現実・仮想においてさまざまな人や情報がつながることで、イノベーションが起こり続け、あらゆる課題に対応できるしなやかな社会をつくり、一人ひとりが快適で活躍できる社会をつくること」。すでにいくつかのプロジェクトが進行している。

そのなかでSUUMOジャーナルが特に注目したのは「壱岐なみらい創りプロジェクト」だ。東京大学OBを中心にイノベーション教育を全国に広げる団体「i.club(アイクラブ)」と壱岐市がタッグを組み、次代を担う高校生に対するイノベーション教育とみらい創りのための対話会を行っている。

その目的は、イノベーション教育を通して高校生やその周囲の人々の「地域に対する誇りや愛着」を醸成すること。それと同時に課題解決につながる高校生の「イノベーションアイデア」を創出することだ。さらに壱岐市内に「コミュニケーション・インフラ」を構築することも図る。

「壱岐なみらい創りプロジェクト」の対話会には高校生も多数参加。大人も高校生の意見に耳を傾けている(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

「壱岐なみらい創りプロジェクト」の対話会には高校生も多数参加。大人も高校生の意見に耳を傾けている(画像提供/壱岐市役所総務部SDGs未来課)

「壱岐なみらい創りプロジェクト」で対話を重ねることで、参加者たちは年齢を問わず自ら動き出す。そして周囲の壱岐市民、島外からの移住者や長期滞在者、また一周回って行政を巻き込んでいく。SDGsを「自分ごと」と捉えて、実行に移してマインドが少しずつ対話会で育まれていく。

ちなみに壱岐市は、郷ノ浦町・勝本町・芦辺町・石田町の4町が合併して2004年に誕生した。そのため旧4町の間にはまだボーダーラインが存在する。しかし最近、壱岐市にやってきた移住者たちはいい意味でボーダーラインを軽く超えていく。旧4町の潤滑油そして刺激になっているという。

壱岐で仕事を生み出す人や移住者、ワーケーション中の人が集まる「フリーウィルスタジオ」(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐で仕事を生み出す人や移住者、ワーケーション中の人が集まる「フリーウィルスタジオ」(写真撮影/笠井鉄正)

「フリーウィルスタジオ」は今から2000年前に栄えた「一支国」の王都の遺跡「原の辻遺跡(国宝・国特別史跡)」の中にある。史跡の国宝の中で働けるのは、日本で唯一、壱岐だけだ(写真撮影/笠井鉄正)

「フリーウィルスタジオ」は今から2000年前に栄えた「一支国」の王都の遺跡「原の辻遺跡(国宝・国特別史跡)」の中にある。史跡の国宝の中で働けるのは、日本で唯一、壱岐だけだ(写真撮影/笠井鉄正)

高校生たちが考えた「食べてほしーる。」で食品ロスを削減したい!

このように進められている「壱岐なみらい創りプロジェクト」のなかの取り組みのひとつ「イノベーション・サマープログラム」で、壱岐高校の生徒と大学生のメンバー計8名で考案したものがある。それは賞味期限が間近の食品の購入を促すシール「食べてほしーる。」だ。

開発のきっかけは壱岐市内にあるスーパーマーケット「スーパーバリューイチヤマ」をメンバーが訪問したこと。賞味期限が切れた食品はまだ食べられる状態でも廃棄せざるを得ないという課題を掘り起こし、少しでも食品ロスを減らすための手段として「食べてほしーる。」を考案した。シールを貼ることで、賞味期限が近い商品から購入してもらうように促すという作戦だ。ただ、促すだけではすぐには浸透につながらなかった。

そこで「スーパーバリューイチヤマ」の店長はメンバーと同学年の生徒の父親でもあったので「子どもたちが頑張っているんだ。なんとか応援してあげたい!」と、「食べてほしーる。」にポイントを付与することを決定。啓蒙だけでなく、ポイント付与で顧客メリットを高めることでシールへの注目度もUPさせた。

壱岐高校の生徒が描いたイラストがかわいい「食べてほしーる。」。シールを貼るだけでなくスーパーのポイントをつけることで、興味を持ってくれるお客さんが増えた(写真撮影/笠井鉄正)

壱岐高校の生徒が描いたイラストがかわいい「食べてほしーる。」。シールを貼るだけでなくスーパーのポイントをつけることで、興味を持ってくれるお客さんが増えた(写真撮影/笠井鉄正)

「スーパーバリューいちやま」の寺田久(てらだ・ひさし)店長は自身の子どもと同級生でもあるメンバーたちの活動を「とにかく応援してあげたかった!」。シール印刷などのコストはかかるが現在も協力を続けている(写真撮影/笠井鉄正)

「スーパーバリューイチヤマ」の寺田久(てらだ・ひさし)店長は自身の子どもと同級生でもあるメンバーたちの活動を「とにかく応援してあげたかった!」。シール印刷などのコストはかかるが現在も協力を続けている(写真撮影/笠井鉄正)

この「食べてほしーる。」の活動は、壱岐高校ヒューマンハート部探求チームの後輩たちに引き継がれ、少しずつ壱岐市民の認知度もあがっている。また「食品ロス削減推進大賞」(消費者庁主催)で内閣府特命担当大臣賞に次ぐ消費者庁長官賞も受賞した。

「食べてほしーる。」は「SDGs未来都市」であり「島」だからできた活動?

2021年現在、「食べてほしーる」のメンバーだった高校生は島外へと進学し、大学生活を送っている。自炊用に自分で食材を購入するようになった今、賞味期限が近い食材に自然と手が伸びるという。

大学で知り合った友達に「食べてほしーる。」の話をするとほぼ全員から「そんな活動は体験したことがない」と言われるそうだ。自分たちの取り組みは「SDGs未来都市」の壱岐市だからできた貴重な機会だったと実感もしている。

2019年度に「食べてほしーる。」を考案した壱岐高校生は大学生となり島外で暮らしている。普段の暮らしのなかでも自然とSDGsを意識した行動をとっている(写真撮影/SUUMOジャーナル)

2019年度に「食べてほしーる。」を考案した壱岐高校生は大学生となり島外で暮らしている。普段の暮らしのなかでも自然とSDGsを意識した行動をとっている(写真撮影/SUUMOジャーナル)

ただ、都市に暮らす今、「壱岐市は『島』だし、のんびりしていて、人々が温かく、顔見知りも多い。それに大人たちは子どもの活動にすごく興味を持ってくれているので『食べてほしーる。』の活動が有効だったのかもしれない」とも感じている。

「スーパーバリューイチヤマ」も地元のスーパーだから、気軽に相談に乗ってくれた。大学生となったメンバーが現在住んでいる島外の街には、大規模なショッピングモールがある。地元のスーパーでなくても実現できるのか?と考える時もあるそうだ。

子どもから大人へ、小さな街から大きな都市へ、SDGsを伝える

だからといって学生たちは「食べてほしーる。」の可能性をあきらめているのではない。

これまで世の中の出来事の多くは、大きな都市から小さな街へと伝えられた。しかしこれからは、小さな街での出来事を大きな都市に発信していくことが、新しい発想や今までなかったアイデアを生み出すと考えている。

「利益にとらわれず、誰かのため、地球のため、行動を起こすこと。これがSDGsの基本にあります。だからむしろ、小さなコミュニティからスタートした方が行動を起こしやすいのかな」と学生たちは前を向いている。

先輩たちから「食べてほしーる。」の活動を引き継いだ4名のチーム。「食べてほしーる。」の認知度をいかに高め、地域の人々に気づいてもらえるかがこれからの課題(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

先輩たちから「食べてほしーる。」の活動を引き継いだ4名のチーム。「食べてほしーる。」の認知度をいかに高め、地域の人々に気づいてもらえるかがこれからの課題(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

今、壱岐市では「壱岐なみらい創りプロジェクト」のほかにも、中学校では環境ナッジ「住み続けたいまちづくり運動」、小学校では「海洋教育プロジェクト」、各小学校区で「まちづくり協議会」の設立と、自分たちが暮らす街とSDGsがクロスした学び・活動が繰り広げられている。

そして、子どもたちがその活動を家庭で話題にすることで、大人もSDGsへの興味を高めていることが、大人たちが子どもに高い関心を持つ壱岐市ならではの展開だと言えるだろう。市民全員がSDGsを「知っている」から「興味・関心を持っている」に変わる。それこそが最たるイノベーションだと感じられた。

今回、取材に加わったSUUMO編集長とリモートで対話する高校生たち。「壱岐のきれいな海を残したい」「ジェンダー差別について気になる」「動物の殺処分を減らしたい」など興味のある課題をそれぞれが持っていた(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

今回、取材に加わったSUUMO編集長とリモートで対話する高校生たち。「壱岐のきれいな海を残したい」「ジェンダー差別について気になる」「動物の殺処分を減らしたい」など興味のある課題をそれぞれが持っていた(写真撮影/長崎県立壱岐高等学校 ヒューマンハート部探求チーム)

高校生・大学生へのインタビューでは「親や祖父母はSDGsという名称は知っているけれど、その中身には興味がなさそう」「SDGsはみんなのためにあるものなのに、壱岐市にとってのメリットが基準になっている大人もいる」などのジレンマともいえる言葉も聞こえた。裏を返せばこれは未来の主役でありSDGsの担い手である子どもたちが、想像以上にしっかりとSDGsを見つめているということ。壱岐市の子どもたちは、高校卒業後に島を離れる割合が高いが、どこにいようとも壱岐市で体感したSDGsを伝える存在になってくれることだろう。

●取材協力
・長崎県 壱岐市役所総務部SDGs未来課
・一般社団法人 壱岐みらい創りサイト
・長崎県壱岐市 壱岐-粋-なSociety 5.0パビリオン(welcomeページ公開中/2021年8月27日本公開予定)

子どもだけでまちづくり!? 大人は口出し厳禁の「こどものまち」全国に広がる

子どものつくる「まち」が、全国にあることを知っていますか。それは、数年に1度、子どもたちが遊びでつくる理想の街。仕事体験をするテーマパークとの違いは、実際の街を舞台にしているところ。一体どんな街なのでしょうか。千葉県佐倉市と千葉市それぞれの「こどものまち」を取材しました。
全国で子どもがつくる「こどものまち」って?

「こどものまち」のモデルは、ドイツのミュンヘンで20年以上の歴史を持つ「ミニミュンヘン」という取組みです。ミニミュンヘンは、子どもたちが好きな仕事を選んで働き、稼いだ給料を自由に使い、市議会や市長選も行う“子どもの街”です。ミニミュンヘンには本物の街のようにさまざまな機能があります。巨大な体育館とその周囲に街並みがつくられ、開催中、毎日2000人の子どもたちが参加している大きなイベントになっています。

後述のNPOこどものまち理事長・金岡香菜子さんが高校生のころに訪れたミニミュンヘン(画像提供/NPO子どものまち)

後述のNPOこどものまち理事長・金岡香菜子さんが高校生のころに訪れたミニミュンヘン(画像提供/NPO子どものまち)

日本での「こどものまち」の導入に尽力した中村桃子さんは、ドイツを訪れた際に感動し、自身の生まれ育った佐倉市でぜひやりたいと2002年に仲間たちとおやこ劇場の流れをくむ(特)NPO佐倉こどもステーションのメンバーで千葉県佐倉市のこどものまち「ミニさくら」をはじめました。その後、日本各地にさまざまな「こどものまち」ができ、それぞれ独自に活動をしています。それらの交流のために2007年から行われている「全国こどものまちサミット」では、全国の団体が参加しています。

「ミニさくら」の清掃局。道具が用意されていなくても子どもたちのアイデアで、ホウキやチリトリもカレンダーの裏で手づくり。愉快に音楽をかき鳴らしながら、会場をゴミ拾い(画像提供/NPO子どものまち)

「ミニさくら」の清掃局。道具が用意されていなくても子どもたちのアイデアで、ホウキやチリトリもカレンダーの裏で手づくり。愉快に音楽をかき鳴らしながら、会場をゴミ拾い(画像提供/NPO子どものまち)

「ミニさくら」にはコロナ前の2019年開催時には、延べ760人の子どもたちが参加。職業は、市議会・警察署などの行政機関、手打ちうどん、サンドイッチなどの飲食店、新聞社・デパートなど40種以上。自分たちで手づくりしたお店で、好きな仕事をする子どもたちの顔は生き生き。働くと独自の通貨(時給600モール)の給料がもらえます。稼いだモールで食事やショッピングを楽しんだり、モールを貯めて起業したり、結婚もできます。自分でつくった街の市民として活動ができるのです。

紙幣(モール)は100モール、1000モールなど全部で4種類。所得税・消費税もある。ブース収入に応じて売上税も徴収。画像提供/NPO子どものまち)

紙幣(モール)は100モール、1000モールなど全部で5種類。所得税・消費税もある。ブース収入に応じて売上税も徴収。画像提供/NPO子どものまち)

コロナ禍の2021年3月には、オンラインで「こどものまち」を開催。Zoomのブレークアウトルームの機能を利用し、受付、お菓子屋さん、放送局などをオープン。子どもたちは、画面越しに交流をしました。

2021年のオンライン開催の様子。子どもたちはすぐに打ち解けた(画像提供/NPO子どものまち)

2021年のオンライン開催の様子。子どもたちはすぐに打ち解けた(画像提供/NPO子どものまち)

オンラインの放送局では、物語の朗読が行われた(画像提供/NPO子どものまち)

オンラインの放送局では、物語の朗読が行われた(画像提供/NPO子どものまち)

一見、職業体験を通じて社会の仕組みを学習する試みと思われがちですが、それは「こどものまち」の一面にすぎません。ミニさくらを主催するNPO子どものまち理事長の金岡香菜子さんは、「こどものまち」で一番大事なことは「遊び」だといいます。

「コロナ禍でも、『危ないからやめよう』ではなく、地域に何ができるか考えて活動しています」と金岡さん(画像提供/NPO子どものまち)

「コロナ禍でも、『危ないからやめよう』ではなく、地域に何ができるか考えて活動しています」と金岡さん(画像提供/NPO子どものまち)

「『こどものまち』は、子どもたちが主役になって、1つの街をつくる“遊び”です。ミニミュンヘンが掲げている理念は、『遊びは学びに通じる』。ミニさくらの『こどものまち』では、まず、思い切り楽しんで、遊んでもらうことが第一優先。結果的に学びにつながれば」

「遊び」は、その行為から得られる楽しさ面白さを目的として自発的に行われるもの。大人の考える学習効果を優先して子どもが心から楽しめなければ、学ぶ楽しさも伝わらないという考えです。

大人は子どもたちの自由な活動を見守ります。常に運営に関わっている大人サポーターは10人ほどですが、こどものまち開催時は60人が裏方になります。小学校3年生~18歳までの子どもスタッフも半年前の準備段階から会議に参加しています。

金岡さんが会議の際に心がけているのは、「おとなの提案を受け入れすぎないこと」。ミニさくらでは、親や運営に携わる大人に対し、「見守ること、忍耐すること、指図しないこと、口出ししないこと、楽園天国!(頭文字をとって『ミニさくら』のあいうえお作文)」を伝えています。スタッフは、主役のこどもたちの自由な発想を引き出すためのサポートをします。

商店街でのこどものまち、理解を得るまでには苦労も

ミニさくらの「こどものまち」の開催場所は、地元の中志津中央商店街。商店街は、遊歩道になっていて、商店の前面は2mほどのアーケードになっています。アーケード下の空き店舗の前にブースを設置し、「こどものまち」を行います。活動には、商店会をはじめ、自治会、佐倉商工会議所、佐倉市観光協会、下志津小学校、佐倉市教育委員会が協力しています。

店の売り上げを上げようと、子どもたち自ら商店街に繰り出し、商品をアピール(画像提供/NPO子どものまち)

店の売り上げを上げようと、子どもたち自ら商店街に繰り出し、商品をアピール(画像提供/NPO子どものまち)

金岡さん自身、小学校5年生のときに「こどものまち」に参加し、面白さの虜になった子どもでした。翌年に子どもスタッフとして運営に関わるようになり、高校在学中にNPO子どものまちの高校生理事に就任。卒業後は大人サポーターとして関わり、現在は理事長として運営を率いています。

「私が子どもスタッフをしていた10年前は、近隣住民の方から時には厳しいご意見をいただくこともありました。地元のお祭りに積極的に参加したことや、ミニさくらの開催を重ねるうちにだんだん理解を深めてもらい、受け入れていただけたのかなと思います。今では、『商店街でも何かをしたい』と言ってくださり、子どもたちが投票した気に入ったお店を表彰するトロフィーをつくっていただきました」

商店街の広場で行われる市長を決める選挙。候補者を真剣に見つめる子どもたち(画像提供/NPO子どものまち)

商店街の広場で行われる市長を決める選挙。候補者を真剣に見つめる子どもたち(画像提供/NPO子どものまち)

子どもスタッフの集合写真。笑顔がはじける(画像提供/NPO子どものまち)

子どもスタッフの集合写真。笑顔がはじける(画像提供/NPO子どものまち)

「『ミニさくら』で警察を担当した子どもが『警察官はどんな仕事をしているのか知りたい』と、近くの駐在所に聞きに行ったこともありました。商店街だからこそ、いろんな人と交流でき、自分で課題に気付いて解決することも体験できます」(金岡さん)

街の仕組みをつくり、働くことで社会を動かす体験は、自分の街へ関心を持つきっかけになります。

「成人式の記念誌に『商店街のこどものまちが面白かった』と書いてあるのを見かけて、とてもうれしかったです」と笑顔を見せる金岡さん。活動を通じ、佐倉の街を好きになってくれたらと願っています。

参加していた小学生がユーススタッフとして子どもをサポート千葉市のこどものまちは、官民複合ビル「Qiball(きぼーる)」が会場。親は、会場を見下ろせるカフェで子どもたちを見守る(画像提供/こどものまちCBT)

千葉市のこどものまちは、官民複合ビル「Qiball(きぼーる)」が会場。親は、会場を見下ろせるカフェで子どもたちを見守る(画像提供/こどものまちCBT)

千葉市こどものまちCBT実行委員会が運営する「千葉市こどものまちCBT」は、「誰もが主体的に、自由な発想で関われるまち」をテーマにしています。2009年に「こども環境学会・千葉大会」のワークショップとして開催。その後、実行委員会形式の大人ボランティアを中心に、千葉市役所こども企画課職員、千葉市子ども交流館の職員も参加し、協働で取り組んでいます。子どものころに参加した小学生が、大学生や社会人になって大人スタッフとして関わり続けているのも特徴です。こども部会長を務める水野敬一朗さんも、大学院生のころ、ユーススタッフ(学生などによるボランティア)として関わったのをきっかけに、地域活動のひとつとして10年以上関わっています。

「地域活動がライフワーク」と語る水野さん。「NPO法人全国てらこやネットワーク」や「てらこやちば」などでも地域教育の活動を行っている(画像提供/こどものまちCBT)

「地域活動がライフワーク」と語る水野さん。「NPO法人全国てらこやネットワーク」や「てらこやちば」などでも地域教育の活動を行っている(画像提供/こどものまちCBT)

毎年9月に開催され、会期は3日間。延べ1000人ほどの子どもが訪れる。コロナ禍の今年は、例年開催している9月のイベントの是非をオンライン会議で話し合い、リアルとオンラインを組み合わせて行う予定(画像提供/こどものまちCBT)

毎年9月に開催され、会期は3日間。延べ1000人ほどの子どもが訪れる。コロナ禍の今年は、例年開催している9月のイベントの是非をオンライン会議で話し合い、リアルとオンラインを組み合わせて行う予定(画像提供/こどものまちCBT)

子どもと離れるのを不安に思う親には、子どもの自主性を尊重する会の主旨を説明し、見守りをお願いする(画像提供/こどものまちCBT)

子どもと離れるのを不安に思う親には、子どもの自主性を尊重する会の主旨を説明し、見守りをお願いする(画像提供/こどものまちCBT)

高学年の参加者が、低学年をリードする。会場の配置計画をボードに描いて動線を確認。会場の配置計画や設営など、活動の最初から子どもたちが参加している(画像提供/こどものまちCBT)

高学年の参加者が、低学年をリードする。会場の配置計画をボードに描いて動線を確認。会場の配置計画や設営など、活動の最初から子どもたちが参加している(画像提供/こどものまちCBT)

コアスタッフという運営側に登録すると、年間を通した会議に参加することができます。小学校低学年は、飲食店など自分のなりたい職業で店長となり、ユーススタッフと大人の支援を受けながら、商品開発、仕入れ(材料吟味)、人員シフト(バイト管理)、宣伝などを考えていきます。

小学校高学年と中高生は、まちの仕組みを考えていく「公共」という役割を担うことが多く、市役所や警察、銀行、お仕事紹介センター、清掃、選挙管理委員会などを担います。

「こども市長選挙の際には、候補者からさまざまなマニフェストが出ます。『大人の社会の投票率には負けたくない!』『見た目の可愛さ・かっこよさで選んじゃうから、仮面をかぶり、政策だけで選んでもらう選挙にしよう』などの意見が印象に残っています。今年は、『選挙権・被選挙権は、小学校5年生以上が良いのでは?』ということが子どもたちから議題に上がりました」(水野さん)

実際の投票箱を使って、自分の「まち」のトップにしたい人へ初めての一票(画像提供/こどものまちCBT)

実際の投票箱を使って、自分の「まち」のトップにしたい人へ初めての一票(画像提供/こどものまちCBT)

こども市長選挙の演説会には、毎年、千葉市長が応援に訪れる。熊谷俊人千葉市長(2011年当時)と候補者(画像提供/こどものまちCBT)

こども市長選挙の演説会には、毎年、千葉市長が応援に訪れる。熊谷俊人千葉市長(2011年当時)と候補者(画像提供/こどものまちCBT)

開票結果発表の様子。候補者にとって緊張の瞬間(画像提供/こどものまちCBT)

開票結果発表の様子。候補者にとって緊張の瞬間(画像提供/こどものまちCBT)

大人がつくった現実の街をただ模倣するのではなく、理想の街を目指して、自由な発想でつくり上げていくのが特徴です。過去には、税金や未就学児の支援として保育所を導入したこともあります。

「学校や家庭とは違った経験ができる貴重な場所になれば。いわゆる第3の居場所『サードプレイス』的な役割でしょうか。成長するにつれて、子どもたちは、自分のお店から、街全体(みんな)を考えるようになっていきます。そして、子どもからユーススタッフになると、サポートする役割を学ぶことができるのです」(水野さん)

「こどものまちCBT」で労働の対価として支払われる紙幣(カフェ)(画像提供/こどものまちCBT)

「こどものまちCBT」で労働の対価として支払われる紙幣(カフェ)(画像提供/こどものまちCBT)

子どもたちを見守る樫浦実行委員長。発足時から、「こどものまち」の活動に携わってきた(画像提供/こどものまちCBT)

子どもたちを見守る樫浦実行委員長。発足時から、「こどものまち」の活動に携わってきた(画像提供/こどものまちCBT)

現在、ユーススタッフとして運営に関わっている大矢和樹さん(19歳・大学生)は、小学校4年生のときに「こどものまちCBT」に参加。5年生からコアスタッフに、現在はユーススタッフとして活動をしています。
「中学校1年生のとき、友達と『こどものまち』に起業できる制度をつくりました。この時の体験で、自分たちで調べて主体的に関わることを学びました。ここで育ててもらったと思っています」(大矢さん)

菅沼直樹さん(23歳・社会人)は、自身が発案した「税金制度」を導入しました。高校生のとき、「こどものまちCBT」でも実社会と同じようにお金(カフェ)がもらえるのに、所得税や法人税、消費税といった実社会での仕組みがなく「なぜ?」と考えました。ほかのスタッフや大人のスタッフの力を借り、3年をかけて形にしていきました。集めた税金は、起業したお店への資金サポートや公共グループで働く人の給与、閉店するお店を手伝ってくれた子どもたちへの「ありがとうギフト」に還元しました。

「このときの経験から心がけているのは、子どもたちの状況に応じて見守ること。さまざまな事態を子どもたちの力で解決することが、彼らにとって大きな成長につながると感じているからです」(菅沼さん)

こどものまちではトラブルも発生します。危険な行為については大人が毅然とした態度で注意しますが、それ以外のことは子ども同士で話し合い、解決や新たな気付きがあるようにサポートします。

現在は子どもに携わる仕事についている小林美実香さん(23歳・保育士)は、参加に立派な理由がなくてもいいと語ります。
「私は子どものころ、こどものまちCBTに参加して、世界の景色が変わりました。子どもたちには、難しいことを考えず、楽しんでもらえたら。大人スタッフになった今、まちづくりをやりやすくするだけじゃなくて、時には壁になってあげるのもいいと思っています」(小林さん)

さまざまな職業・立場の人が集まる場所で、協力したり、ぶつかったりしながら、話し合い、理想の街をつくりあげていくのは、実際の街づくりと同じ。「こどものまち」の経験を通じて育まれた自己肯定感は、子どもの将来の夢や希望へとつながっています。

●取材協力
・ミニさくら(NPO子どものまち)
・千葉市こどものまちCBT

人口1000人の限界集落に「未来コンビニ」! “世界一美しいコンビニ”が徳島・木頭を変える?

人口約1000人の山間地域の村、徳島県那賀町木頭地区に、昨年4月誕生した「未来コンビニ」。
「未来」といっても最新技術を駆使したコンビニ、という意味ではなく、「未来を担う子どもたちのために」という想いから名付けられたもの。過疎化が進み、買い物難民が社会問題とされている地方の試みとして注目されている。今回は、誕生した経緯とともに、新たなコミュニティの場として動き出した、その後についてインタビューした。

名前の由来は、未来を担う子どもたちのための場でありたい想いから

徳島県と高知県をつなぐ国道195号を車で走っていると、突如現れる、スタイリッシュな建物。それが「未来コンビニ」だ。その存在を知らない人は、夜の暗闇に突如現れる光り輝く近未来な建物に驚くことだろう。

“世界一美しいコンビニ”のキャッチフレーズに違わぬ外観。自然の中にたたずむモダンなコントラストが美しい。オープン後、訪れる人々の口コミやSNSの拡散で、徐々に知名度を上げている(写真提供/ワキ・タイラー)

“世界一美しいコンビニ”のキャッチフレーズに違わぬ外観。自然の中にたたずむモダンなコントラストが美しい。オープン後、訪れる人々の口コミやSNSの拡散で、徐々に知名度を上げている(写真提供/ワキ・タイラー)

誕生したのは1年前。最寄りのコンビニまで車で1時間もかかるという地域に暮らす人々の、利便性を向上させる目的で生まれたもの。

徳島市と高知市の市街地からそれぞれ車で2時間程度の木頭地区。剣山など標高1000mを超える山々に囲まれ、村の中心に那賀川の清流が流れる。 この神々しい日本の原風景の魅力は、いつしか“四国のチベット”とも表現されるようになった(写真提供/ワキ・タイラー)

徳島市と高知市の市街地からそれぞれ車で2時間程度の木頭地区。剣山など標高1000mを超える山々に囲まれ、村の中心に那賀川の清流が流れる。 この神々しい日本の原風景の魅力は、いつしか“四国のチベット”とも表現されるようになった(写真提供/ワキ・タイラー)

左/定番のソフトクリームにゆず塩をかけて。右/ご近所で育てているミントをカフェメニューに(写真提供/未来コンビニ)

左/定番のソフトクリームにゆず塩をかけて。右/ご近所で育てているミントをカフェメニューに(写真提供/未来コンビニ)

「単に買い物をするだけでなく、子どもたちが自然と集まり、何かしらの刺激を受け、自分の将来への気づきを与えられる場所がコンセプトなんです。子どもたちは未来を担う“宝”ですから」(KITO DESIGN HOLDINGS 経営企画室長 仁木基裕さん)
例えば、本棚では、過疎地では手に入りにくい雑誌、小説、漫画、アート本、小説などを取りそろえたり、大きなモニターで子ども向けのオンラインイベントをしたり、海を知らない子どもたちに、周辺の海辺の町との交流会を行ったり……。「木頭地区の小中学生は約30人。ともすれば、赤ちゃんの時からずっと同じ顔触れなんです。だけど、この場ができることで、さまざまな経験ができていると思います」

子どもや高齢者が商品を手に取りやすいよう、商品棚は低めに設定。木頭ゆずのオリジナル商品も販売(写真提供/ワキ・タイラー)

子どもや高齢者が商品を手に取りやすいよう、商品棚は低めに設定。木頭ゆずのオリジナル商品も販売(写真提供/ワキ・タイラー)

図書館のように自由に手に取ることができる、クリエイティブな本棚を設置。店内で絵本の読み聞かせもできる。これも“本との出会いは子どもたちの将来の道しるべのひとつになる”という考えから(写真提供/未来コンビニ)

図書館のように自由に手に取ることができる、クリエイティブな本棚を設置。店内で絵本の読み聞かせもできる。これも“本との出会いは子どもたちの将来の道しるべのひとつになる”という考えから(写真提供/未来コンビニ)

海沿いの徳島県牟岐町との交流イベント「木頭に海がやってきた!」。徳島県は海沿いと山間地域では環境もまったく違うので、お互いの地元を知ろうということから企画されたもの(写真提供/未来コンビニ)

海沿いの徳島県牟岐町との交流イベント「木頭に海がやってきた!」。徳島県は海沿いと山間地域では環境もまったく違うので、お互いの地元を知ろうということから企画されたもの(写真提供/未来コンビニ)

森の中のインパクトあるデザインで、日本中、世界中に拡散される

この未来コンビニは、地域住民の暮らしを支えると同時に、遠方からのゲストも楽しめる交流の場だ。
秋にはすぐ近くの紅葉の名所「高の瀬峡」を訪れる観光客でにぎわい、コンビニ利用者は1日最大400人に。人口約1000人の村に、だ。これまでは国道を素通りするだけだった木頭地区に、この未来コンビニができることで、足を止める観光客が増え、名産の木頭ゆずの知名度もアップ。大きな経済効果を生んでいる。

(写真提供/ワキ・タイラー)

(写真提供/ワキ・タイラー)

名産の木頭ゆず(写真提供/黄金の村)

名産の木頭ゆず(写真提供/黄金の村)

「誰もが足を止める。そのためにはデザインワークも大切でした。木頭ゆずを思わせるイエロー。Y字型の幾何学的なデザインの柱は、ゆずの果樹がモチーフです。山の中というロケーションもあいまって、SNSで発信をしてくださる方も多いんです」(仁木さん)

内装デザイン、店名のフォント、ロゴデザインすべてのデザインがモダンで洒落ている。一方、「自然との共生」をコンセプトに、建物の周りに土に還ることのできる樹皮チップが敷き詰められるなど、サステナブルな設計に(写真提供/未来コンビニ)

内装デザイン、店名のフォント、ロゴデザインすべてのデザインがモダンで洒落ている。一方、「自然との共生」をコンセプトに、建物の周りに土に還ることのできる樹皮チップが敷き詰められるなど、サステナブルな設計に(写真提供/未来コンビニ)

SNS投稿する人も多数(写真提供/未来コンビニ)

SNS投稿する人も多数(写真提供/未来コンビニ)

実業家の“故郷への恩返し”から始まったもの

そもそもこの未来コンビニは、“すべての人が笑顔になれる、奇跡の村を創る”、そのために“木頭を世界へ向けてデザイン・発信する”をミッションとするKITO DESIGN HOLDINGS株式会社の取り組みのひとつだ。ほかにも、3年前には元村営のキャンプ場をフルリノベーションして生まれ変わらせた「山の中のリゾート CAMP PARK KITO」や、名産品の木頭ゆずの生産加工・販売・店舗展開をする「黄金の村」事業など、さまざまなプロジェクトを手掛けている。
スタート地点は、IT会社、株式会社メディアドゥ代表の藤田恭嗣氏(KITO DESIGN HOLDINGSの代表も兼任)が、出身地である木頭地区に、恩返しをしようと始めたもの。
「寄付という形ではお金を出して終わり。地域が自立して、経済が循環していかないと意味はないんです。初期投資と最初のコンセプトワークをパッケージ化できれば、全国の同じように過疎化・高齢化に悩む地方でも、民間のチカラで同じように地方を盛り上げることが可能なんじゃないかと考えています。限界集落と呼ばれるこの小さな村に、そういった動きを導く場所があるんだという驚き、物語は、その証明になるはず。未来コンビニというフィールドを通して、ネットでもリアルでも世界とつながることができる、そこに存在意義があると思っています」(グループ執行役員 堀新さん)

未来コンビニを含む木頭プロジェクトで移住者も増加中

実際、木頭ではプロジェクトをきっかけに移住者も増えている。

現在、未来コンビニの店長である小畑賀史さん自身も、徳島県徳島市からの移住者。長年関西のカフェでバリスタとして働き、2年前に出身地である徳島市にUターン。「徳島でも、百貨店撤退など地方経済の落ち込みを目の当たりにしました。地元である徳島県が元気になるにはどうしたらいいかを考えたとき、徳島の中でも地方と呼ばれる地域の盛り上がりが不可欠だと感じました。神山や上勝をはじめ徳島の地方の取り組みを調べていく過程で木頭のプロジェクトを知り、他の地域よりもっとハンディのある場所だからこそ、ここを元気にすることが出来たら面白いと思い木頭にやってきました」(小畑さん)

小畑さん(写真提供/未来コンビニ)

小畑さん(写真提供/未来コンビニ)

カフェでの経験を活かし、小畑さんはカフェメニューも開発(写真提供/未来コンビニ)

カフェでの経験を活かし、小畑さんはカフェメニューも開発(写真提供/未来コンビニ)

一方、地元の特産品「木頭ゆず」の栽培・加工・販売を手掛ける関連会社、株式会社黄金の村で営業部長として働く岡田敬吾さんは、木頭地区出身のUターン者だ。
「私が子どものころは、将来は木頭を出ていくのが普通でした。私は、いつか地元に戻りたいと思っていたけれど、このKITO DESIGN HOLDINGSの取り組みがなければ、たぶん戻ってこれなかったと思います。その点、今の木頭の子どもたちは、違うんですよ。木頭での取り組みを通じて親以外のさまざまな職種の大人を目の当たりにすることで、とても刺激を受けているようです。それこそ代表の藤田のような木頭出身の上場企業の創業経営者という存在と触れ合って身近に感じることも、私の子ども時代ではまずないことでしたから」(岡田さん)

高校まで那賀町木頭で過ごした後、大阪や東京で音楽・IT関係の仕事をしていた岡田さん。2年前に木頭に家を建て家族で移住した(写真提供/黄金の村)

高校まで那賀町木頭で過ごした後、大阪や東京で音楽・IT関係の仕事をしていた岡田さん。2年前に木頭に家を建て家族で移住した(写真提供/黄金の村)

また、ノルウェー出身の音楽クリエイターのAlrik Fallet(アルリック・ファレット)さんは1年前に移り住み、木頭の村の美しさや文化に日々刺激を受けながら制作活動に打ち込んでいる。
アルリックさんは、未来コンビニへ朝コーヒーを飲みに行ったり、ワーキングスペースとして活用したりしている。「地元の人同士がおしゃべりしているのを見ているのが好きです。地元のおじいちゃんやおばあちゃんは、すごく気軽に話しかけてくれるのも素敵だと思っています。今後は自分自身もこのスペースを使って、子ども達になにかクリエイティブなことを教えたりできたらいいですね」(アルリックさん)

未来コンビニ内にある「YUZU CAFÉ」で仕事をすることも多いアルリックさん。友人のアメリカ人クリエイターに誘われた夏休みの日本旅行の途中で木頭を訪れたことが移住のきっかけ。また、未来コンビニのモニターで流れている映像の音楽は全てアルリックさんによるものだ(写真提供/未来コンビニ)

未来コンビニ内にある「YUZU CAFÉ」で仕事をすることも多いアルリックさん。友人のアメリカ人クリエイターに誘われた夏休みの日本旅行の途中で木頭を訪れたことが移住のきっかけ。また、未来コンビニのモニターで流れている映像の音楽は全てアルリックさんによるものだ(写真提供/未来コンビニ)

地域住民と創る。かけがえのない集いの場所へと発展

未来コンビニが誕生して1年。オープン当初こそ、地元の人も様子を見ながらという雰囲気だったが、徐々に毎朝来てくれるようになったり、休憩に顔を出してくれたりするように。
地元農家さんの野菜直売マルシェを設置し、毎週火曜日は鮮魚の日、金曜日は精肉の日と、通常のコンビニでは扱わない商品も展開し、今では地域住民にとってなくてはならない生活インフラや社交場になっている。

木頭の農家さんから商品を仕入れる「きとうマルシェ」も定期的に開催。山間にある村だけあり鮮魚は人気が高く、現在は予約制(写真提供/未来コンビニ)

木頭の農家さんから商品を仕入れる「きとうマルシェ」も定期的に開催。山間にある村だけあり鮮魚は人気が高く、現在は予約制(写真提供/未来コンビニ)

「驚いたのは、積雪の日に雪かきを地域の方々が手伝ってくれたこと。雪に不慣れな移住者のスタッフも多く、みなさんが助けてくれなかったら、大変なことになったでしょう。台風の日は看板が飛ばされないよう、ブロックを持ってきてくださいました。みなさん、自分たちの場所だと大切にしてくださっているんだなとうれしかったです」(仁木さん)

積雪の日の雪かきは大変。クリスマスのモミの木も地元の方が山から伐採してきてくれたもの(写真提供/未来コンビニ)

積雪の日の雪かきは大変。クリスマスのモミの木も地元の方が山から伐採してきてくれたもの(写真提供/未来コンビニ)

今後は、なかなか買い物が難しい高齢者のために移動販売や宅配事業を行ったり、子どもたちに向けてクリエイティブな学びの場をもっと提供するなど、新たなアイデアが次々と生まれているという、未来コンビニ。

今はお祭りや宴会の開催も難しく、一日誰とも会わない・話さないという高齢者は多いはず。木頭でも夏の風物詩「木頭杉一本乗り大会」や、八幡神社の秋祭りなど、毎年地域総出で行っていたイベントも昨年は中止となった。しかし、このような”場“があることで、昔馴染みに偶然出会っておしゃべりしたり、スタッフと笑いあったりする一日になる。この点でも、未来コンビニの存在感は大きいといえるだろう。

買い物ついでにおしゃべり。誰もが足を運ぶ場なら自然と交流の場に。家にいる時間が長い今だからこそ、こうした場は大切だ(写真提供/未来コンビニ)

買い物ついでにおしゃべり。誰もが足を運ぶ場なら自然と交流の場に。家にいる時間が長い今だからこそ、こうした場は大切だ(写真提供/未来コンビニ)

●取材協力
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コロナ禍の新小学1年生、住まいはどう対応する?カギは「親こそ柔軟に」

「春から我が子が新入学」という人は、今、悩んでいるのではないだろうか。コロナ禍でおうち時間が長くなる中、子どもの生活リズムが変わり、勉強が始まり、持ち物が増える……。家庭内で気になるのは、学習環境をどう整えるべきか?ということ。そこで今回、「一生モノの学び体質を作る戦略的メソッド」である「かおりメソッド」を展開する岩田かおりさんにお話を聞いた。
子どもたちも期待と不安でいっぱい。親はゆったりと構えて

コロナ禍での新入学。気をつけるべき例年との違いは?

「保護者や先生といった大人が、新型コロナウイルスに関して過剰に反応することが、子どもの心的負担に影響するように感じます。これらは学校への行き渋りや不登校につながりかねません。ただでさえ、コロナ禍での子どもたちは『初めまして』でマスクをしているという状態。口元が隠れて表情が分かりづらく、意思疎通がしにくいのです。また本来であれば、1年生の担任の先生はハグなどのスキンシップをして、コミュニケーションをとってくれることが多いもの。コロナ禍でそれがなくなったことも、まだ幼い1年生にとってはストレスなのでは。昨年1年生になった受講生のお子さんでも、『学校が怖い』と言って行き渋りをした子がいました」(岩田かおりさん・以下同)

昨春はすでにコロナ禍で、入学式の後、初登校が6月ごろだった小学校も多い。低学年ではうまく言語化できないものの、不安な気持ちが積み重なり、スタートがうまく行かないケースが見られたそう。

「対応としては、親が過剰に反応しすぎないことです。親が不安な様子を見せると、子どもも不安を感じてしまうもの。コロナ禍での新入学という現状を大げさに捉えすぎず、子どもから違和感を感じ取ったときにだけ、寄り添うために動きましょう」

岩田かおりさん

岩田かおりさん 株式会社ママプロジェクトJapan代表取締役 子ども教育アドバイザー 1男2女の母。幼児教室勤務を経て、「子どもを勉強好きに育てたい」との思いから独自の教育法を開発。ガミガミ言わず勉強好きで知的な子どもを育てる作戦「かおりメソッド」を全国へ展開中(画像提供/かおりメソッド)

まずは学習場所の確保を。低学年にはリビング学習がおすすめ

子どもが小学校に入学すると、生活にどのような変化があるのだろう。

「まず、子どもと過ごす時間の長さが変わります。幼稚園児だったのであれば、小学生になると学校で過ごす時間の方が長くなり、保育園児だったのであれば、園時代より早く帰宅するようになります」

小学校に入学すると勉強が始まり、宿題もある。そこで大切なのは学習場所の確保だ。

「1年生は、まだまだ1人で勉強することが難しいので、リビング学習が中心になると思います。持ち物は格段に増え、ランドセルや教科書、ノートのほかに、使うとその都度持ち帰る絵の具セットなどもあります」

子ども用に個室があれば別だが、個室がない完全なリビング学習派にとって困るのが、増えた物の置き場所だ。
「リビング学習派の受講生におすすめしているのが、子ども用にキッチンワゴンを1つ用意して、持ち物をまとめる方法です。ホームセンターなどで販売されているキッチンワゴンに、ここは宿題、ここは習字道具を置くなどと決めさせます。本人がやる気になったら、宿題に取り掛かることができるよう、取り出しやすくしておくことが大事なのです。宿題が終わったら片付けて、自分でワゴンを定位置に移動させます」

子どもが好きな色のキッチンワゴンを選べば、やる気もアップしそう。リビング学習派は、リビングやテーブルに子どものモノが置きっぱなしになりやすいが、その問題も解決してくれる。

3人の子を持つ母である岩田さん宅も、モノが多くなりがちだという。成長した上の子たちは学習机を使わなくなったといい、各自がリビングをはじめ好きなところで学習し、勉強用具は使用後自室に持ち帰る。「子どもたちがリビングに持ち込んでいいモノは、その場でよく使う“一軍”のアイテムだけと決めています」とのことだ。

親も子もストレスなく、おうち時間を過ごすために

コロナ禍で外出の機会が減少し、親も子も家の中で過ごす時間が長くなった。

「今はステイホームがスタンダード。だからこそ、家の中で快適に過ごそうと考えるご家庭はとても増えました。受講生も、室内のレイアウトを変えたり、おうち時間のためにカードゲームやボードゲームを購入したりといったご家庭が多いですね。保護者の在宅勤務も増えたので、スケジュールボードに『この時間、お母さんは仕事中』などと書き入れ、子どもが大声を出していい時間とそうでない時間を“見える化”したという工夫も聞きました」

また、子どもが小学生になると、子どもの友達が自宅に遊びにきて、にぎやかに過ごすということがある。筆者にも経験があるが、我が子のためには無下に断りたくはないものの、オンライン会議をはじめ在宅勤務を思うと悩ましい。

「親は住まいの中に自分の仕事スペースを確保しましょう。その上で、仕事がある時間はこちらの都合に合わせてもらうといいですね。子どもたちに『3時までは公園や児童館で遊んでね。帰ってきたらおやつにしましょう』などと提案を」

おうち時間が増えると、子どもがゲームやインターネットに触れる時間が増えることも心配のタネだ。
「自室があってもデバイスを持ち込ませないことです。時間を区切るためにも、使うのはリビングなど親の目が届く場所で。これはオンライン学習でも同様です。勉強が終わった後のパソコンやタブレットでネットサーフィンをしてしまう子も多いので、時間が来たら、電源を切って片付けることを習慣にしましょう」

住まいの「我が家流」を見つけよう!

「住環境や家族構成は人それぞれです。ある程度の枠組みを整えたら、ぜひ“我が家流”をつくってみてください」と岩田さん

枠組みづくりの導入におすすめなのは、「モノの住所を決めること」だそう。
「文房具ならここ、ハサミはここ、学校からのお便りはここ……とモノを収納する場所を決めて、それぞれラベリングを。文房具などが、すぐ手が届く場所に分かりやすく配置されていると、勉強へのハードルが下がるものです」

家庭用のラベルプリンターなどを使えば、手軽にラベルづくりができる。子どもと一緒にラベリングするとさらに効果的だ。

「学習環境にはこれが正解という答えがありません。私は“ノマド派”を推奨しています。今日は自室で勉強をしよう、今日は階段で座って本を読もう……など、家の中であれば、どこで学習してもOK。『必ずここに座って勉強しなさい』『終わったら見せに来て』などと締め付けると、子どもはヤル気を失ってしまいます。我が家ではその子の気分によって、フリースタイルで学習していいことにしています」

子どもの学習机を買うべきかどうかも悩むところ。
「置くスペースがあればいいのですが、余裕がない方もいると思います。我が家も上の子たちが小2と小4の時に学習机を買いましたが、二人が高校生になった今では使っていません。今は、安価で小さいテーブルも売られているので、子どもの学習意欲が上がるのなら、期間限定で楽しんでもいいと思います」

また、子どもが主体的に学習に取り組むよう、受講生には「家の中に仕掛けを」と伝えているとか。

「例えば壁に日本地図を貼って、親が興味を持たせるような会話やアプローチをしてみるなど、勉強は楽しいものだと思わせましょう。特に小学校低学年であれば、学習に遊び感覚を取り入れると効果的です」

新入学前、先輩ママのレイアウト変更例

ここで、受講生が実践した、住まいのレイアウト変更例をご紹介しよう。

・Kさん 小学2年男子の母
「学習用品を収納するスペースが欲しい」と考えていたことから、小学校入学後1カ月で新しい生活スタイルを把握し、5月に子どもスペースのリフォームを実施。家具職人によるオーダーメイドで、壁面2面に収納をつくった。「元から本好きでしたが、大きな本棚をつくったことでますます読書に夢中に。また、自分で身支度するのが得意になりました」

(上)ビフォア、(下)アフター

Kさん宅のビフォア・アフター。側面の白い収納を開けると、学習用のポスターなどが貼ってあるが、閉めるとスッキリ(写真提供/Kさん)

・Mさん 大学1年男子、高校2年女子、小学6年男子、小学1年女子の母

二女の小学校入学にあたり、学習スペースをつくることに。リビングにあるMさんの仕事スペースのすぐ隣に、切り離した絵本棚の上部分を設置。棚にラベリングし“モノの住所”をつくった。「ちょうど住み替えのタイミングでもあったので、先生のアドバイスで、同じ学区中で、より人通りが多い場所へ引越しました。そのおかげで友達が訪ねて来てくれ、1年生を楽しくスタートすることができました」

(上)Mさん学習スペース1、(下)Mさん学習スペース2

食卓のすぐ側の仕事場兼学習スペースで、Mさんと二女が机を並べる。飽きないよう学習ポスターは随時貼り替える(写真提供/Mさん)

・Tさん
小学2年女子、幼稚園年中女子の母

1SLDKの間取りで収納スペースが少なく、カラーボックスを並べるなどして対応していたが、この年末年始に模様替え。夫の部屋にあった本棚をリビング移動させ、長女用に。辞書などが見たいときに、すぐに手が届くようにした。「自分でしまう場所ができたことで、より主体的に学びやすい環境に。長女がリビング学習していると、二女も自然と並ぶので、良い相乗効果が生まれています」

Tさん宅リビング1

教材などを貼ってリビング学習(写真提供/Tさん)

(左)Tさん宅リビング2、Tさん宅リビング3(右)

トランポリンと鉄棒はステイホーム期間に購入した(写真提供/Tさん)

親のサポートで、子どもに柔軟性と成功体験を

岩田さんの上の子たちの現在の学習スペースは、リビングや図書館、カフェなどだそう。
「塾に行くのであれば塾の学習室も利用できます。逆に『静かな自分の部屋でないと勉強に集中できない』というのでは困ってしまいますよね。主体的に自分をマネジメントして取り組むのが勉強です。『ここではやりにくい』と感じるのであれば、場所を変えて勉強する柔軟性も必要です」

子どもの柔軟性を育むためには、親が柔軟に考えることが大切だという。

「住まい方は、ライフスタイルや家族の成長に合わせて変えていけばいいと思います。学習机を買って失敗だったのなら、近所の人に声を掛けたり、フリマアプリなどを活用したりして誰かにお譲りしては」

「子育ては、常に更新を」と岩田さんは力を込める。
「年に一度は住まいのレイアウトを見直してみてください。昨今はコロナ禍で状況に変化があったので、より見直しのタイミングだといえるかもしれません。例えば小学生のころは、手が届きやすい低めの位置に持ち物を配置するといいのですが、中高生では使いづらいこともあります」

「子どもが小さい時にこそ、住まいについて一緒に考えてみてください。自分で『ここに置く』と決めたレイアウトがうまく機能すれば、成功体験になります。親のサポートのもと、子どもがやりたいことを実現していく過程が、主体的に学ぶ子を育てることにつながります」

春から小学5年になる筆者の娘に、新入学の時に心配だったことを聞くと、「友達ができるかどうかと、先生が優しい人かどうかが気になった」とのこと。

実際に小学校が始まってから困ったことは、「宿題を家に置き忘れたり、時間割を間違えたり、プリントをなくしたこと」……。学習スペースや収納について、親が深く考えていなかったからだと反省した。

そんな娘は小学校が大好き。いよいよ高学年という成長を感じながら、一緒に学習スペースをアップデートしようと思った。

●取材協力
・かおりメソッド

鹿児島発「こどものけんちくがっこう」って? 未来の地域づくりに種をまく!

数学や英語、プログラミングなどは学校以外で子どもが学べる場があるけれど、「建築」について子どもが学べる場は聞いたことがなかった。鹿児島県鹿児島市が拠点の「こどものけんちくがっこう」は、自分たちが暮らす地域の環境や住まいについて学べる学校だ。2020年度には日本建築学会教育賞(教育貢献)や第14回キッズデザイン賞のキッズデザイン協議会会長賞・奨励賞も受賞している。大学に建築学科があるのだから、国語や算数のように、小さなころから建築に意識を向けるのは良いことに違いない!「こどものけんちくがっこう」を立ち上げた鹿児島大学准教授の鷹野敦先生にお話をお聞きした。
日本の子どもたちに、一般教養として建築を学ぶ場を

まず、2016年の「こどものけんちくがっこう」立ち上げの背景について。
「私は鹿児島大学に着任して5年目になりますが、その前はフィンランドの大学に研究員として勤めていました。向こうで木造建築に関する研究をしながら暮らし、子育ても経験しました。

フィンランドの人たちは、街や建物への意識や関心がとても高いんです。多くの人が、それらを『自分のこと』として考えていて、それって大事だなと。日本ではなかなかないことなので、感銘を受けました」

フィンランド・ヘルシンキの児童向けの建築学校の様子(写真提供/鷹野先生)

フィンランド・ヘルシンキの児童向けの建築学校の様子(写真提供/鷹野先生)

では、フィンランドの人たちは、具体的にはどんな風に街と関わっているのだろう。

「例えば公共の建物をつくる場合、日本ではプロポーザル方式で委託先を選んで進めることが多く、その決定に至るまでのプロセスの中で、実際にその建物を使う一般の住民との接点はあまりありませんよね。一方、フィンランドでは情報をオープンにして、住民投票を行うこともあるし、住民が反対したら建設自体を止めることもあります。それに、大人も子どもも長い夏休みがあるので、コテージなどのセカンドハウスを持っている家が多く、親子で自宅やそれら住まいのメンテナンスをすることも日常的なのです」

確かに日本では、気づいたら空き地で工事が始まっていて、施設が建っていることが多いし、そういうものだと思っていた。建物の建設に住民が関わる場がないまま物事が決まっているので、賛否に関わらず、活動に参加する機会があまりない。

「だから、自分が日本に帰ることがあれば、子どもたちへの一般教養として、塾やピアノやそろばんのように、建築を学べる場をつくりたいと思っていたんです」と鷹野先生。2016年に帰国することとなり、鹿児島大学の准教授に着任してから、知り合いだった地元の工務店「ベガハウス」に声をかけ、わずか1カ月で「こどものけんちくがっこう」を立ち上げたという。

薩摩藩の「郷中教育」に習い、先輩が後輩へ伝える

以来、鹿児島大学構内で、月に2回、毎回5コマの授業を実施してきた。生徒は小学3年生から中学生まで。コロナ禍でオンライン授業となる前までは、学年ごとのクラス制で授業を行っていた。

「授業内容は、ものづくりが中心です。2~3コマで完成するような、住まいの模型や家具づくりなどを行います」(鷹野先生)

レベル別に3段階の内容があり、
小学3・4年生は「建築を楽しむ!をテーマに、簡単な木工や模型づくり」
小学5・6年生は「建築を考える!をテーマに、環境や森の座学から少しハイレベルなものづくり」
中学生は「建築を深める!をテーマに、建物の構造や日当たり、通風など屋内環境などの座学からハイレベルなものづくり」
といった具合だ。

木材だけでつくる(金物無し)橋の製作授業。2019年の定期授業(5年生クラス)の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

木材だけでつくる(金物無し)橋の製作授業。2019年の定期授業(5年生クラス)の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

子どもたちには、ノコギリやインパクト、金槌、メジャー、直角定規といった“マイ道具”を毎回持参してもらうというから本格的だ。

マイ道具をそろえることで、道具の使い方を覚え、モノづくりに愛着がわき、また日ごろから建築への興味を深めることができるそうだ。実際に、木工で余った端材を持ち帰り、家庭でも親と一緒に工作に挑戦する子たちがいるという。

そして最大の特徴は、鷹野先生は裏方に回るということ。代わりに大学生が1年間、生徒たちの「担任の先生」として教壇に立つ。「担任は、年間の授業計画や材料費の見積もりなど、お金のマネジメントも行います。子どもたちに建築を教えつつ、学生本人のためにもなるという取り組みなのです」

2019年の定期授業(中学生クラス)で、大学生である担任の先生から、日本の木造建築の多くを占める在来軸組の仕組みに関して学ぶ子どもたち(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2019年の定期授業(中学生クラス)で、大学生である担任の先生から、日本の木造建築の多くを占める在来軸組の仕組みに関して学ぶ子どもたち(写真提供/こどものけんちくがっこう)

先生役の大学生は、鷹野先生の研究室所属生だけでなく、やりたいと申し出た学生たち。やる気があれば学年も問わないという。

「かつて薩摩藩には、郷中教育(ごじゅうきょういく)という伝統の縦割り教育がありました。先生を立てずに、先輩が後輩に伝えていくという教育方法です。『こどものけんちくがっこう』を、現代版の郷中教育の場にしたいと考えました」

子どもたちが持つ建築への興味をさらに引き出す授業

では、受講生はどんな子どもたちなのだろう。子どもか、もしくはその親が、かなり建築に対し意識が高いのでは?!

「そもそも、子どもたちは建築への興味が高いものですよ」と鷹野先生。「受講者の親御さんも、もちろん興味を持っている方たちが大半ですが、子ども自身が建築や建物に関心を持っているということが多いのです。また、申し込んだのは親でも、子どもがどんどんのめり込むというケースが多いです」

そういえば我が家の子どもも、幼児期から木工などのイベントを楽しんでいるし、道を歩くと景色の変化によく気がつく。木や自然も大好きだ。子どもたちはもともと、建築への“意識高い系”だったのだ。

街並み見学や製材所、建設現場の見学、森へ連れて行くこともあるそうだ。「括りは『建築』ではなく、『環境に対してどう意識を持つか』だと思うのです。家だけでなく、街全体を自分たちが住む場所だと考えれば、森も家も関係なく、自分を取り巻くエリアが住まいだといえます。子どもたちにそう思ってもらうことは、地域の貢献にも繋がると思います」と話す。

また、毎年夏休みには、2日間かけて特別授業を実施。「工務店の大工さんにサポートしてもらいながら、実際の建物を子どもたちが建設します」

アイデア出しも、もちろん子どもたち自身で。夏期特別授業に向けて、担任の学生と一緒に子どもの遊び場を考案中(写真提供/こどものけんちくがっこう)

アイデア出しも、もちろん子どもたち自身で。夏期特別授業に向けて、担任の学生と一緒に子どもの遊び場を考案中(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2017年の夏期特別授業で、鹿児島市内の商業施設「マルヤガーデンズ」の屋上「ソラニワ」に、子どもの遊び場「ソラニワモッキ」を建設。大人はボランティアで、サポートに入る工務店も「子どもたちに建築を教えることは、ビジネス抜きで重要」と考えているそう(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2017年の夏期特別授業で、鹿児島市内の商業施設「マルヤガーデンズ」の屋上「ソラニワ」に、子どもの遊び場「ソラニワモッキ」を建設。大人はボランティアで、サポートに入る工務店も「子どもたちに建築を教えることは、ビジネス抜きで重要」と考えているそう(写真提供/こどものけんちくがっこう)

「こどものけんちくがっこう」を受講する子どもたちは、「街にこんな建物があったよ」「なんで窓がここにあるんだろう?」と、自分が住む地域や住まいを見る目が変わる。自分の家を新築するタイミングがあった生徒は、「プロの大工仕事を手伝った」と喜んでいたという。

受講した子どもたちが、将来建築の道に進んでも進まなくても、どちらでもいいと考えているという鷹野先生。「衣食住の中の住に目を向けてもらえればいいと思っています」

それでも受講生の中には、すでに工業高等専門学校の建築学科に進んだ女の子もいるという。「建築への興味に男女差もないですね」とのことだ。

身の回りのことから街を住みやすく変える意識を

これまでも、鹿児島大学の農学部など他の学部や、行政ともコラボレーションして活動してきた。
「コラボレーションする側の大人にも、環境や建築に関して『やはり子どもたちへの教育が大事だ』という機運が広がったと感じます」という鷹野先生。

「本来、住む建物や街は他人事ではありません。『家は製品のように買うもの』『壊れたら誰かに直してもらおう』といった意識を変えていかなければ。これは、地域や年代に関わらず、国内全体に対して言えることです」

そして鷹野先生から、「日本の建築教育は世界でもトップクラスなのに、日本の街並みは統一感やビジョンがなく、あまりキレイではないですよね」とドキリとするような指摘が。

「住む街を自分たちのものだと思わないと、住環境は変わっていきません。専門家の考えだけではなく、一般の方々が何を求めるのかということです。行政の人も住民ですから、そういった人も含めて、一人ひとりが危機感を持たなければ。市井の人が『ここはもっとこうならないの?』と街を意識しなければいけません」

それでは、専門知識がない私たち住民が、街への意識を持つためには、何をしたらいいのだろうか。

「例えばみんなで地域を掃除するとか、そういった身の回りのことからでもいいのです。こどものけんちくがっこうの活動も、まだ“点”ではありますが、自分たちの住む街を変化させようと、子どもたちと取り組んでいるところです」

子どもの読書スペースのアイデアを出す、2018年の夏期特別授業の様子。子どもたちは皆真剣な表情(写真提供/こどものけんちくがっこう)

子どもの読書スペースのアイデアを出す、2018年の夏期特別授業の様子。子どもたちは皆真剣な表情(写真提供/こどものけんちくがっこう)

これまでも前述の夏期特別授業で、鹿児島市内の商業施設の屋上に、子どもたちが考えた居場所をつくるなどの取り組みを行ってきた。

「これは商業施設とのタイアップによるものでしたが、若いファミリーが多く訪れる施設ですので、子どもも行きたくなる遊び場をつくってはどうかとみんなで考えました」

翌年は、同じ商業施設の「ジュンク堂書店」児童書コーナーに、子どもの読書スペースを制作。靴を脱いで座ったり、柱にもたれたり。子どもたちの「こんな場所で自由に本が読みたい」というアイデアが表現された、秘密基地のようなスペースだ。こちらは現在も利用することができる。

2018年の夏期特別授業でつくった子どもの読書スペース(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2018年の夏期特別授業でつくった子どもの読書スペース(写真提供/こどものけんちくがっこう)

そして今年は、同じ商業施設の授乳室に小さい子の遊び場を制作中とのこと。赤ちゃんの授乳時、上の子の待ち時間などに重宝しそうだ。

「街歩きをするときには、『ゴミ拾いをしながらやろう』と子どもたちに呼びかけて実施してきました。そのほうが、街のことや環境のことなどがいろいろと目に入ってくるんですよ」と鷹野先生。子どもたちの純粋な気持ちとキラキラした好奇心が、活動の原動力だ。

時間と場所を飛び越え、「オンラインだからできる建築」を模索中

今年はコロナ禍で、「こどものけんちくがっこう」も思うように現場で活動ができなくなり、代わりにオンライン授業をスタートした。

「オンラインだからこそできることもありますよね。まず、時間や場所を飛び越えられます」と鷹野先生は前向きに捉えている。実際、これまでの受講生は鹿児島県内在住の子どもたちだったが、今年は全国の子どもたちが受講する機会を得た。

「また、各自が家で過ごす時間が長くなり、『家の中を調べてきて』などと、より住まいを教材にしやすくなりました。これまで以上に、自分の住まいに目を向けていくこと。それを探索するのが今年だと思います」

2020年のオンライン授業「○○家」の様子。子どもたちが思い思いの小さな住宅を製作した(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2020年のオンライン授業「○○家」の様子。子どもたちが思い思いの小さな住宅を製作した(写真提供/こどものけんちくがっこう)

例えば、「世界の住まいを学ぼう」という授業では、フィンランドやスウェーデンに住む知人とオンラインでつなぎ、約7時間の時差を超え、ライブ配信で北欧の住まいや街を知る授業を実施したという。

2020年のオンライン授業「世界の住まいを学ぼう フィンランド/スウェーデン編」の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

2020年のオンライン授業「世界の住まいを学ぼう フィンランド/スウェーデン編」の様子(写真提供/こどものけんちくがっこう)

「今後は状況を見ながらですが、来年からは、オンサイトでの授業とオンライン授業を並行し、規模や内容を広げていきたいと思います。また、全国で同じ志を持つ人たちと連携し、こどものけんちくがっこうの全国展開も考えています」

すでにフィンランド・ヘルシンキやイタリアにある建築学校とも繋がりを持っているといい、オンラインを活用して世界はますます広がっていく。

大人も受講してみたいと話すと、「保護者の方からそういった声もあがっているので、いずれはオンラインで大人向けの『けんちくがっこう』も考えています」とのことだ。

子どもたち目線で暮らしやすければ、親目線でも子育てしやすい環境であり、もちろん大人も暮らしやすいはず。そうなると街に愛着を持つ人が増え、定住率が高まっていく……。これからの新しい街づくりにも活かされそうだ。

今後全国に広がるであろう「こどものけんちくがっこう」の卒業生たちが、建築だけでなく行政や街づくりに関わる仕事についたら、未来の街並みも変わるかもしれない。

市民講座でも「こどものけんちくがっこう」として鷹野先生が授業を行った(写真提供/こどものけんちくがっこう)

市民講座でも「こどものけんちくがっこう」として鷹野先生が授業を行った(写真提供/こどものけんちくがっこう)

「建築」と難しく捉えなくても、自分たちの住まいや街・地域から気づきが得られ、還元できる学問だと考えれば、深めるほど毎日が楽しくなりそう。それに、子どもが住まいのことに興味を持ってくれれば、家のメンテナンスや大掃除がラクになるかも……!? 子にも親にもいいことばかりだ。

オンラインの「こどものけんちくがっこう」は、ZOOM環境があれば受講可能(小学校低学年は保護者の同席が望ましい)。ホームページのメールフォームから申し込み、授業料(1講座1000円~2500円)を振込む形なので、気になるテーマから選ぶことができる。

公園でゴミ拾いを始めた我が子を、「ダメ!」と制した記憶が蘇った筆者……。今週末は子どもと一緒に街を歩いてみよう。改めて、自分が住んでいる地域を見つめ直してみようと思った。

鷹野敦さん●取材協力
鷹野敦さん
1979年生まれ。Doctor of Science (Tech.) / 一級建築士、鹿児島大学大学院修了。アアルト大学木質材料学修士・博士課程修了(フィンランド)。2016年度より鹿児島大学大学院理工学研究科准教授。
建築設計、木質材料・構法、環境評価、児童向け建築教育など、幅広く実践・研究活動を行っている。
受賞歴に2020年日本建築学会教育賞(教育貢献)、第14回木の建築賞(活動賞)、ウッドデザイン賞2019優秀賞(林野庁長官賞)、第14回キッズデザイン賞(キッズデザイン協議会会長賞・奨励賞)、2020年度かぎん文化財団賞(学術)など(写真提供/鷹野先生)
・こどものけんちくがっこう
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探究力をはぐくむ「研究者を育てた家」

2022年の高等学校学習指導要領改訂に向けて、全国の中学・高校で導入され始めた「探究学習」。
未来子どもたちには、自身で課題を発見し、解決する力が求められるようになるだろう。
今回は、自身の探究力を開花させた研究者たちへ、幼少期の住まいについてインタビューした。
子どもたちの問いをはぐくみ、探究力を伸ばす家の秘密をひもといていこう。

探究力とは、自ら課題を設定し、その課題を自ら解決へ導くループを回す力のこと。日々の暮らしの些細な出来事から生まれるふとした疑問「問い」をきっかけに、地域や社会に目を向けて自ら課題を設定し、課題解決のための情報収集を行い、手に入れた情報の取捨選択や分析を行いながら、自分なりの答えを探していく。インタビュー1:“21世紀のドリトル先生” 長谷川眞理子さん●プロフィール:長谷川眞理子さん
総合研究大学院大学学長。1952年、東京都生まれ。83年に東京大学大学院理学系研究科人類学専攻博士課程修了。2006年より総合研究大学院大学教授。17年より同校学長に就任。専門は、行動生態学、進化生物学

●研究テーマ:ヒトはなぜ大人になるのか?
みなさんも経験している思春期。実は、ヒトの思春期は他の動物に比べるととても長いことが分かっています。私はヒトの思春期がいつ始まり、いつ終わりを迎えるか、つまりヒトがいつ大人になるのかを研究しています。子どものころに読んで憧れたドリトル先生のように前人未到の地に足を踏み入れたいと考え、チンパンジーをはじめ、世界中の動物たちの研究をしてきました。そこでヒトの思春期の不思議にたどり着き、現在に至っています。

長谷川さんに聞いてみました!
Q. 幼少期、どんな家・街で暮らしていましたか?
A. 豊かな自然がいつも身近にある環境でした

3歳から5歳ぐらいまで、和歌山県田辺市にある古い町家に住んでいました。近くには海があったので、よく遊びに行っていました。今のようにテトラポッドで遮られておらず、海に棲息するイソギンチャクや貝殻を手にすることができて、生物に関心をもつようになりました。これが私の原風景です。
その後、8歳の時に小金井市の一軒家に引越します。当時の小金井市には自然がたくさんあって、家から少し離れると畑も多く、牛がのんびりと歩いていたほどです。この家には、広い庭を見渡すことのできるリビングがあり、家のなかにいても緑を間近に感じられる環境でした。庭では父の芝刈りを手伝って、雑草取りをするのが私の役割。抜いた雑草を眺めては、「これは何という植物なのだろう」と、自分の部屋に持ち帰り、図鑑で調べて名前を覚えたりしていました。毎日が生き物に対する発見の連続でしたね。

広い庭を見渡すことのできるリビングで、家の中でも緑を間近に感じることができる(イラスト/3rdeye)

広い庭を見渡すことのできるリビングで、家の中でも緑を間近に感じることができる(イラスト/3rdeye)

Q. 家がご自身にどんな影響を与えましたか?
A. 書斎からまだ見ぬ風景に思いを馳せていました

北側にある父の書斎が涼しかったので、夏休みによく忍び込んで、目についた本を読んでいました。並んでいたのは志賀直哉や芥川龍之介など。訳も分からず目を通していましたね。大人の本ばかり読んでいたのを父が見かねて、『少年少女世界文学全集』を買ってくれました。毎月1巻ずつ家へ届けられるお話の数々に、私はワクワクしていました。そこで出合ったのが、『ドリトル先生航海記』です。あの本を読んで、私もドリトル先生みたいに前人未到の地を旅してみたい、と思うようになったのです。

Q. 子どもにどんな家を与えたいですか?
A. 自分だけの世界観がはぐくめる場所を設けたい

私は一人っ子でしたので部屋をもらうことができましたが、今の住環境ではなかなか難しいかもしれないので、この部屋の一角はあなただけの場所、というところを設けたいですね。そのような場所があると、自分だけの世界観と責任感をはぐくむことができます。あまり汚くしていたら、時には叱ることも必要だとは思いますが、親の許容度が何よりも大切です。こうした住環境のもと、公園でも何でもいいので、自然を見られたり、触れられたりする場所がお住まいの近くにあってほしいと思います。

長谷川さんのFavorite time~当時のお気に入りの過ごし方
(左)『ドリトル先生航海記』はじめ、読書は冒険への入口。物語を通じて、田辺で見た海の向こうに広がる世界を想像していたという(右)家の近くの小川に棲息する生物を捕まえ観察するなかで、どこまで足を踏み入れると川が深くなるかなどを体感的に学んでいったそう(イラスト/3rdeye)

(左)『ドリトル先生航海記』はじめ、読書は冒険への入口。物語を通じて、田辺で見た海の向こうに広がる世界を想像していたという(右)家の近くの小川に棲息する生物を捕まえ観察するなかで、どこまで足を踏み入れると川が深くなるかなどを体感的に学んでいったそう(イラスト/3rdeye)

長谷川さんのHINT FOR KIDS~子どもたちへのヒント
好奇心の種は公園や学校など、大抵外に転がっています。興味をもったものを持ち帰って調べたり、深めたりするのが「家」の役割。ぜひ外で「本物」を見てみてください。そして、ご両親にお願いして家でじっくり外での発見を味わってみましょう。そうすることであなたの世界が広がります。

インタビュー2:“プラモデルからメディアを考える社会学者”松井広志さん●プロフィール:松井広志さん
愛知淑徳大学創造表現学部講師。1983年、大阪府生まれ。ポピュラー文化の歴史やモノのメディア論の理論枠組を研究している。著書に『模型のメディア論:時空間を媒介する「モノ」』(青弓社)など

●研究テーマ:モノがなぜメディアになるのか?
私は社会のなかでメディアがどう形づくられ、どんな役割をもつのかを研究しています。新聞、雑誌、テレビといった従来のメディアはもちろん、現代はスマホや通信アプリ、SNSなど、インターネットを活用するメディアが増えました。一方で、例えばテーマパークやフェスなどの場、人、展示物やガンプラなどのキャラクターグッズといったモノも、メディアと捉える見方が登場しました。ポップカルチャーと親和性の高いこの分野を探究しています。

松井さんに聞いてみました!
Q. 幼少期、どんな家・街で暮らしていましたか?
A. 駅や商店街に近い下町の、古い家に住んでいました

都会でも田舎でもない下町で暮らしていました。家のすぐ横を近鉄とJRが走っていたので、常に電車の音が聞こえ、隣家はカラオケ店、その横は酒屋さん、さらに隣は駄菓子屋さんという、電車や人の往来が多い場所でした。妙に古い木造の一軒家に両親と妹と住んでいて、庭には物置になっていた離れがあり、よく探検しました。いつ誰が使っていたのか分からない昔の物や本が出てくるので、埃まみれなんですが、宝探しのようで本当に面白かったです。
家のなかで特徴的なのは、滑り台。なぜだかリビングに、小学生でも滑れるくらいしっかりした滑り台があったんです。これがあるので幼稚園や学校帰りに友達が立ち寄り、滑りながらビデオデッキでアニメを観たり、連れ立って駄菓子屋さんに行ったりしました。リビングの滑り台が我が家の象徴となり、人と人をつなぐメディアになっていたわけですね。

リビングの滑り台が象徴となっていた松井さんのご自宅の間取り(イラスト/3rdeye)

リビングの滑り台が象徴となっていた松井さんのご自宅の間取り(イラスト/3rdeye)

Q. 家がご自身にどんな影響を与えましたか?
A. 予期せぬ出合いで興味の幅を広げてくれました

離れの物置空間は、「世の中には自分の知らないものが存在している」と実感できる場所でした。この空間が歴史に興味をもつきっかけとなり、今の研究にも役立っています。また当時、家にビデオの宅配業者が毎週7本ほど映画やアニメを持ってきていたので、よく観ました。開封して、観た分の料金を後日支払う仕組みでした。レンタルショップと違って観たいものが選べず、好みではない作品もセレクトされているのですが、あるとつい観てしまう。選り好みしないで幅広く興味をもつようになりました。

Q. 子どもにどんな家を与えたいですか?
A. パブリックとプライベートが両方備わった家

私の経験則から、子どもにはある程度の刺激が欲しいと思います。問いやアイデアは人とのコミュニケーションから生まれやすいので、滑り台じゃなくても庭にビニールプールを置くとか、リビングが広くて人を招きやすいとか、人とのつながりをはぐくむきっかけや開放性があるといいですね。ただし、物事を探究するときは、自分自身と向き合うことが必要です。他との交わりを断って内にこもるような、秘密をもてることは大事です。開放性と閉鎖性、どちらが欠けてもいけないと思います。

松井さんのFavorite time~当時のお気に入りの過ごし方
(左)タイムカプセルのような離れの物置を探検。江戸川乱歩の小説や、ブリキのおもちゃなどを発掘しては、自室に持ち帰り楽しんだ(右)考えた物語を妹に伝え、リカちゃんや怪獣のおもちゃで小さな劇団ごっこをして遊んだ。妹にはお兄ちゃん風を吹かせていたそう(イラスト/3rdeye)

(左)タイムカプセルのような離れの物置を探検。江戸川乱歩の小説や、ブリキのおもちゃなどを発掘しては、自室に持ち帰り楽しんだ(右)考えた物語を妹に伝え、リカちゃんや怪獣のおもちゃで小さな劇団ごっこをして遊んだ。妹にはお兄ちゃん風を吹かせていたそう(イラスト/3rdeye)

松井さんのHINT FOR KIDS~子どもたちへのヒント
好奇心を養い、問いを見つけるには、人と交流したり刺激を受けたりするような、遊び心のある空間は大事です。しかしそれだけでは、人の顔を見て右往左往する、世の中の関心事に引っ張られるような人になってしまう恐れが。時には外からの刺激を遮断してみると、安心できますよ。

インタビュー3:“ロボットで「生き物」をつくる研究者”梅舘拓也さん●プロフィール:梅舘拓也さん
信州大学学術研究院繊維学系准教授。2005年、名古屋大学工学研究科計算理工学専攻修士課程修了後、一般企業への就職を経て、2009年に東北大学大学院工学研究科学位を取得。2019年より現職

●研究テーマ:日常生活に溶け込む、やわらかいロボットとは?
日常生活や自然環境で活躍する「ソフトロボット」の開発に取り組んでいます。ロボットというと硬い金属製のイメージがあると思いますが、“やわらかい材料”を用いることで、安全かつ自然に生活環境に溶け込めるのではないかと考えています。筋肉や皮膚をどんな素材でつくるか、ロボットをどう自律的に動かすか、ハードウェア、ソフトウェアの両面から研究を重ねています。私が開発した「イモムシ型ロボット」は学習塾で教育用キットとしても活用されています。

梅舘さんに聞いてみました!
Q. 幼少期、どんな家・街で暮らしていましたか?
A. 母屋の向かいに工場があり、そこが遊び場でした

子どものころに暮らしていたのは、田舎の古い一軒家でした。1階で曽祖父母が、2階で僕ら家族が生活していましたね。2階には4つ部屋がありましたが、ふすまを開けると全部つながるんです。だから、プラレールの線路で全部屋を結ぶなど、空間をフルに使って遊んでいましたよ。また、母屋から道路を挟んだ向かい側には、祖父母が営む製材工場がありました。空き地と隣り合っていて、そこでもよく友達と遊びましたが、工場自体もよい遊び場でしたね。
流行りのおもちゃをほとんど買ってもらえない家だったので、欲しいものは工場で手づくりするんです。転がっている端材を使って、磁石で走る車とか、天体観測用のキットなんかをつくったのを覚えています。今思えば、おもちゃを買ってくれなかったのは、母の教育方針だったのかもしれませんね。自分で創意工夫する力を育てようとしてくれていたのだと思います。

ふすまで全室をつなげて、プラレールなどを楽しむことができる間取り(イラスト/3rdeye)

ふすまで全室をつなげて、プラレールなどを楽しむことができる間取り(イラスト/3rdeye)

Q. 家がご自身にどんな影響を与えましたか?
A. 学んで成功に近づく面白さに気付きました

欲しいものを自作したといっても、実際は失敗だらけ。頭にある完成形の4~6割くらいのものしかつくれませんでした。でも、そこで満足できなかったからこそ、新たに知識を得て完成度を引き上げていく楽しさに気付けたんじゃないでしょうか。思い出深いのは、小学生の時に母に連れて行かれた近所の電機メーカーのワークショップ。イチからスピーカーを組みました。自分がつくったものから音が出ることに感動し、将来は「もっとすごい何かをつくりたい」と思えた、大きな出来事でしたね。

Q. 子どもにどんな家を与えたいですか?
A. 試行錯誤してモノづくりができる空間を

僕でいう資材工場にあたる場所は与えてあげたい。それも、家族で何かをつくるスペースがいいですね。ガレージに作業場を設け、みんなで囲む机を置きたいです。そして、そこで子どもたちと遊びたい。僕には3人の子どもがいて、今の家でも色々とつくっていますよ。小2の息子はCADソフトで図面を引いて、3Dプリンターでおもちゃをつくっています。何でも簡単に手に入れるのではなく、まずは自分で試行錯誤する人になってほしい。そんな願いどおりに育ってくれているのかなと思います。

梅舘さんのFavorite time~当時のお気に入りの過ごし方
(左)小学校低学年からは資材工場に入りびたり、ものづくりに没頭。不要になった電気製品などを分解するのも好きだった(右)土間の上に釜が置かれた昔ながらの台所では、曽祖父母たちと餅をつくなど、多世代に渡る交流を楽しんでいた(イラスト/3rdeye)

(左)小学校低学年からは資材工場に入りびたり、ものづくりに没頭。不要になった電気製品などを分解するのも好きだった(右)土間の上に釜が置かれた昔ながらの台所では、曽祖父母たちと餅をつくなど、多世代に渡る交流を楽しんでいた(イラスト/3rdeye)

梅舘さんのHINT FOR KIDS~子どもたちへのヒント
大事なのは、何でもまず自分でやってみることです。例えば自転車がパンクしたら、すぐ修理に出さず自分で直してみる。うまくいかなくても、そこで構造や仕組みを覚えることで好奇心が刺激されますし、得意なこと、好きなことが見つかるきっかけになるんじゃないでしょうか。

インタビュー4:“「作品をつくること」を問い直す哲学者”千葉雅也さん●プロフィール:千葉雅也さん
哲学者、作家。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。著書に『動きすぎてはいけない:ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』、『勉強の哲学』、『意味がない無意味』、『アメリカ紀行』、『デッドライン』などがある

●研究テーマ:作品をつくるとはどういうことか?
作品と聞いて何を思い浮かべますか?一般的に作品とは広く「work」を指しますが、芸術作品ばかりでなく、研究、仕事、手仕事など、区切りのある仕事や作品の一切を「work≒仕事≒作品」として、“作品をつくるとはどういうことか”を根本的に問い直しています。広い意味で「work」の哲学を考えているのです。そして、「作品をつくる」「仕事を完了させる」「形にする」ための哲学、方法を探究し、シェアすることで、「つくり方を哲学する方法論」を民主化したいと考えています。

千葉さんに聞いてみました!
Q. 幼少期、どんな家・街で暮らしていましたか?
A. 離れにあった「パパのアトリエ」がお気に入りでした

8歳まで住んでいたのは、2階建ての古い家。そこに祖父母と両親、僕と妹が生活していました。遊び場だったリビングには図鑑がたくさんありましたね。親戚のおじさんがお年玉代わりに、生物の図鑑などをプレゼントしてくれたのを覚えています。
当時、自分の部屋はありませんでしたが、「離れ」があって、そこでよく遊んでいました。多趣味な父親の隠れ家、遊び場のようなところで、母屋2階のベランダから階段で入れるようになっていたんです。オーディオマニアの父は壁にJBLのスピーカーを埋め込んで、部屋の音響にもこだわっていました。ほかにも、ラジコンや電子工作など色々な遊びを教えてもらいましたよ。「パパのアトリエ」と呼んでいたその空間で父親と同じ趣味を共有する。「アンプの真空管を変えたら音がどう変わるか」みたいなことを教わるのがとにかく楽しくて。素敵な時間でしたね。

お気に入りの「パパのアトリエ」でよく遊んでいた幼少期の千葉さん宅(イラスト/3rdeye)

お気に入りの「パパのアトリエ」でよく遊んでいた幼少期の千葉さん宅(イラスト/3rdeye)

Q. 家がご自身にどんな影響を与えましたか?
A. 両親を見て「本気で遊ぶ」楽しさを知りました

そんなふうに親が趣味に没頭する姿を間近で見て育ちました。母親も絵が好きで、自作の絵を部屋に飾ったりしていましたからね。僕の両親は子どもと「遊んであげる」のではなく、子どもを自分の遊びのプロジェクトに巻き込んでいるところがあった。
改めて振り返ると、僕もそんな両親に感化されましたね。父の姿を見て、僕も本気で遊ぶ大人になろうと思ったし、母の影響で僕も描いた絵を飾るようになった。大人の本気に圧倒されるなかで、自分の価値観や創造性が育っていった気がします。

Q. 子どもにどんな家を与えたいですか?
A. 親子で一緒に没頭できる空間がある家

遊びが大事とはいえ、個室で一人黙々と趣味に勤しむだけでは、クリエイティブな展開につながりづらいのではないかと思います。ですから僕にとっての「パパのアトリエ」や母親と絵を描いたリビングなど、誰かと一緒に何かをやる空間があるといいですよね。
そして、親はそこで子どもが興味をもったこと、何かを集めたり、うんちくを語ったりしているのを受け止めてあげることが大事。そんなコミュニケーションが、子どもの探究力をさらに伸ばすカギになるのではないでしょうか。

千葉さんのFavorite time~当時のお気に入りの過ごし方
(左)男の子が憧れそうなものは何でもあったという離れのアトリエ。帰りの遅い父親を待って、ここで一緒に遊ぶのが何よりの楽しみだった(右)中学からはMacが一番のおもちゃに。プログラミングなどをして遊んだ。創造性を育む道具は惜しみなく与えてくれる両親だったそう(イラスト/3rdeye)

(左)男の子が憧れそうなものは何でもあったという離れのアトリエ。帰りの遅い父親を待って、ここで一緒に遊ぶのが何よりの楽しみだった(右)中学からはMacが一番のおもちゃに。プログラミングなどをして遊んだ。創造性を育む道具は惜しみなく与えてくれる両親だったそう(イラスト/3rdeye)

千葉さんのHINT FOR KIDS~子どもたちへのヒント
よく遊んでほしいです。家に自分の部屋がないなら「空間を遊び場化」させればいい。家にあるものを障害物に見立て「シューティングゲームごっこ」をしたりね。遊び場がない、ゲームを買ってもらえない。そんな状況でこそ、想像力を働かせてほしいです。

子どもの探究力をはぐくむ家のアイデア7

第一線で活躍する研究者のインタビューを通じて「身近に想像力を刺激するものがある」「多くの人と接する」
「自分だけの空間をもつ」など、子どもの探究力を伸ばす家の共通点が浮かんできた。家探しの参考にしてほしい。

本棚ならぬ“本壁”がある
壁一面の本棚で、絵本や図鑑、文学、写真集など、さまざまな本を家族で共有しよう。本を通じた意外な出合いが子どもの好奇心や想像力につながる。難しければ、図書館の近くに住むのもひとつの手(画像提供/@morningsun3480)

壁一面の本棚で、絵本や図鑑、文学、写真集など、さまざまな本を家族で共有しよう。本を通じた意外な出合いが子どもの好奇心や想像力につながる。難しければ、図書館の近くに住むのもひとつの手(画像提供/@morningsun3480)

秘密基地がある
好奇心のタネを、子どもがひとり熟成できる場所を用意したい。一部屋でなくても、ロフトや屋根裏、屋内テントを設置するのもいいだろう(画像提供/@lokki__talo)

好奇心のタネを、子どもがひとり熟成できる場所を用意したい。一部屋でなくても、ロフトや屋根裏、屋内テントを設置するのもいいだろう(画像提供/@lokki__talo)

おうち美術館を開く
子どもの描いた絵や工作を部屋に飾ってみよう。できれば専用の場所を設けるといい。子どもの創作意欲を刺激し、自己肯定感をはぐくむ(画像提供/@uk__502)

子どもの描いた絵や工作を部屋に飾ってみよう。できれば専用の場所を設けるといい。子どもの創作意欲を刺激し、自己肯定感をはぐくむ(画像提供/@uk__502)

自然と身近に触れ合う
山や海に近い環境は理想的だが、利便性との両立が難しい場合も。庭付きの家や、自然公園の近くに住めば、日常生活のなかで自然と触れ合いやすい(画像提供/@589littlegarden)

山や海に近い環境は理想的だが、利便性との両立が難しい場合も。庭付きの家や、自然公園の近くに住めば、日常生活のなかで自然と触れ合いやすい(画像提供/@589littlegarden)

おうちオフィスを構える
大人が本気で取り組む姿を子どもに見せるのに、自宅ワークスペースは最適。最近は共用施設にスタディールームを持つマンションもある(画像提供/Unsplash)

大人が本気で取り組む姿を子どもに見せるのに、自宅ワークスペースは最適。最近は共用施設にスタディールームを持つマンションもある(画像提供/Unsplash)

庭を開いてみる
色々な人とかかわりをもつのに、庭を交流空間として開放するのも一案。マンションなら敷地内公園やキッズルームがある物件もあるので活用して(画像提供/PIXTA)

色々な人とかかわりをもつのに、庭を交流空間として開放するのも一案。マンションなら敷地内公園やキッズルームがある物件もあるので活用して(画像提供/PIXTA)

相棒と暮らす
ペットと一緒に暮らすことで、動物たちの豊かな感情表現が感受性をはぐくみ、子どもに命の尊さを教えてくれる。マンションの場合、ペットの飼育が可能か事前に確認しよう(画像提供/@mattam_interio(r ICHIMIRI))

ペットと一緒に暮らすことで、動物たちの豊かな感情表現が感受性をはぐくみ、子どもに命の尊さを教えてくれる。マンションの場合、ペットの飼育が可能か事前に確認しよう(画像提供/@mattam_interior(ICHIMIRI))

研究者たちの幼少期の住まいや暮らしぶりから、育った環境がその後の成長に大きな影響を与えていることがわかります。人とのつながりをはぐくむリビングや、両親と一緒にものづくりができるアトリエなど子どもの好奇心をかきたてるような住環境に加えて、その好奇心を受け止める家族の存在がより“子どもの探究力”を伸ばすのかもしれません。

●スタディサプリ
スタディサプリよりお知らせ

・スタディサプリ三賢人の学問探究ノート(1)人間を究める
・スタディサプリ三賢人の学問探究ノート(2)社会を究める
・スタディサプリ三賢人の学問探究ノート(3)生命を究める

取材・文/小野雅彦(長谷川眞理子さん)、寺井真理(松井広志さん)、やじろべえ榎並紀行(梅舘拓也さん、千葉雅也さん)
※この記事はSUUMOマガジン2020年5月27日発売号からの提供記事です

図書館なのに“貸さない”“農業支援”!? 地域を盛り上げるユニークな最新事情

みなさんは図書館についてどのようなイメージを持っているだろうか? 近年、さまざまなタイプの図書館が増え、家でも仕事場でもない第三の居場所「サードプレイス」としても注目されている。おしゃれなカフェを併設したり、毎日イベントを開催したり、訪れる人が楽しめる取り組みを行っている図書館も多い。従来の図書館のように”本を借りる場所”としてだけでなく、“地域のつながりをつくる場所”としての役割を担うようになってきた。
『これからの図書館』(平凡社)の著者であり、図書館流通センターの取締役・谷一文子さんに、図書館の最新事情とこれからの姿について話を伺った。

※新型コロナウイルスの影響で多くの図書館が休館中となっている。開館状況については各ホームページなどでチェックを

芸術×図書館など「複合化」がキーワード

全国のさまざまな図書館を見てきた谷一さんから見て、近年の図書館はどう映っているのだろうか。

「以前の図書館は本を貸し出す場所という”図書館” 単体として存在していましたが、今は複合化の傾向にあります。2003年、民間が図書館の管理・運営を行える「指定管理者制度」が生まれたことにより、民間企業と行政機関が協力しあい、今までとは違う図書館が登場するようになってきたのです」

谷一文子さん(画像提供/株式会社図書館流通センター)

谷一文子さん(画像提供/株式会社図書館流通センター)

特に2013年にリニューアルオープンした「武雄市図書館・歴史資料館」(佐賀県)の存在は大きいと谷一さんは語る。

武雄市図書館(写真提供/カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)

武雄市図書館(写真提供/カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)

(写真提供/カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)

(写真提供/カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)

武雄市図書館は、施設内に蔦屋書店やスターバックスコーヒーが併設されているなどの従来の図書館のイメージを覆すおしゃれな内容で話題となった、複合型図書館だ。開館した2013年度の入館者数は923,036人。2019年2月16日には、累計入館者数500万人到達という人気ぶり。

「開館当初は衝撃を受けましたね。これ以後全国の自治体も図書館に注目するようになり、新しいタイプの図書館が各地にできるきっかけになったと感じます」(谷一さん)

ここ5年ほどで一気に進んだ図書館事情。谷一さんが特に注目している、最新の図書館について教えてもらった。

地域をつなげる注目の図書館3つ

赤ちゃんから高齢者まで楽しめる
大和市文化創造拠点「シリウス」(神奈川県大和市)

大和市文化創造拠点「シリウス」(画像提供/株式会社図書館流通センター)

大和市文化創造拠点「シリウス」(画像提供/株式会社図書館流通センター)

大和市長自ら「全館“まるごと図書館”」と発言するほど、市の肝入りプロジェクトとして2016年11月に誕生した文化複合施設。

ガラスを多用した近代的な外観。6階建ての建物の中には、図書館のほかにも、芸術文化ホールや公民館をはじめ、屋内こども広場、スターバックスコーヒーなど、さまざまな施設が入っている。
開館1周年には累計来館者数300万人を達成。3年続けて年間300万人以上の来館者があり、2020年1月21日には、累計来館者数が1000万人を突破した。

「館内のどこで本を読んでも構いません。そういう意味では、市長さんの『全館“まるごと図書館”』という言葉も的を射ていて、成功した例ではないでしょうか。また、毎日図書館でイベントを開催していることが、シリウスの大きなポイントです。いつ行っても楽しく、いつ行っても違う刺激が得られる。そういう図書館が街にあれば、行ってみたいと思いますよね。仕掛けが人の流れ、街自体にも変化を与えています」(谷一さん)

1Fロビー(画像提供/株式会社図書館流通センター)

1Fロビー(画像提供/株式会社図書館流通センター)

子ども連れに人気の「屋内こども広場」。子どもたちは大はしゃぎした後、本を読んだり、借りたりして楽しんでいるという(画像提供/株式会社図書館流通センター)

子ども連れに人気の「屋内こども広場」。子どもたちは大はしゃぎした後、本を読んだり、借りたりして楽しんでいるという(画像提供/株式会社図書館流通センター)

「健康度見える化コーナー」(4階)には骨健康度測定器、血管年齢測定器、脳年齢測定器などがあり、自由に測定できる。保健師や栄養管理士などから専門的なアドバイスも受けられ、高齢者からも人気が高い(画像提供/株式会社図書館流通センター)

「健康度見える化コーナー」(4階)には骨健康度測定器、血管年齢測定器、脳年齢測定器などがあり、自由に測定できる。保健師や栄養管理士などから専門的なアドバイスも受けられ、高齢者からも人気が高い(画像提供/株式会社図書館流通センター)

オープンな講座スペース「健康テラス」では健康に関する講座のほか健康体操なども実施しており、毎日通う人も。介護ロボットの展示もされている(画像提供/株式会社図書館流通センター)

オープンな講座スペース「健康テラス」では健康に関する講座のほか健康体操なども実施しており、毎日通う人も。介護ロボットの展示もされている(画像提供/株式会社図書館流通センター)

シリウスができたことで街の印象もすっかり変わり、自然と周りにも飲食店などのお店ができはじめ、人の流れも変化してきているという。

また、10代の子どもたちの利用を増やし、地域の子どもたちの図書館の楽しみかたを変えたという「武蔵野プレイス(武蔵野市立図書館)」(東京都武蔵野市)もおもしろい。19歳以下(20歳を迎える年度末まで)の青少年のみが楽しめる「スタジオラウンジ」を設けているのだ。

「中高生の居場所を意識した図書館というのは、実はあまりありませんでした。ただ自習する場所ではなく、イベントなどを開催してわいわい集まれるといったこともできます」(谷一さん)

“あそこにいけば、誰かがいる”という居場所といえばカフェや飲み屋が思い浮かぶが、その役目を「図書館」が担うようになっているのだ。

本を貸し出さない!?「課題解決型」図書館
札幌市図書・情報館(北海道・札幌市)

お茶を飲みながら調べものをしたり、グループで使える会議室もある(画像提供/札幌市図書・情報館)

お茶を飲みながら調べものをしたり、グループで使える会議室もある(画像提供/札幌市図書・情報館)

2018年10月にオープンした「本を貸さない図書館」。ジャンルをWork、Life、Artとし、「はたらくをらくにする」というコンセプトの中、多くのビジネスパーソンが来館している。ピアノジャズの名盤が流れる明るい雰囲気の中、会話も可能、飲み物の持ち込みもOK。また、ビジネスの専門家による無料相談も毎週開かれ、知的関心を満たすセミナーも年に20回以上開かれるなど、先進的な取り組みが評価され「Library of the Year 2019」で大賞とオーディエンス賞をダブル受賞。多くの人に注目されている施設だ。

(画像提供/札幌市図書・情報館)

(画像提供/札幌市図書・情報館)

「貸出をしない代わりに、”いつでも最新の本が読める、使える”のです。プラン時にこれを聞いた時には意外に思いましたが、実際にやってみると市民からの評判が良かったようです」(谷一さん)

谷一さんは、女子高生が「こんな素敵なところ知らなかった。教えてくれてありがとう!」と友達に話している様子を偶然見かけ、図書館が地域の人たちに愛され、根付いている様子を実感したと話してくれた。

また、谷一さんが訪れた時はちょうど吹雪の日で、施設が地下鉄の大通駅から直結しているため、とてもありがたく感じたそうだ。屋外に出ることなく図書館に行けるという立地も、冬が寒い北海道では地域の人々にも特に喜ばれるポイントだろう。

農産物の市場価格をデジタル表示!商業施設内に誕生した図書館
つがる市立図書館(青森県つがる市)

つがる市立図書館はイオンモール内にある(画像提供/株式会社図書館流通センター)

つがる市立図書館はイオンモール内にある(画像提供/株式会社図書館流通センター)

つがる市立図書館の入り口(画像提供/株式会社図書館流通センター)

つがる市立図書館の入り口(画像提供/株式会社図書館流通センター)

館内にはタリーズコーヒーが併設され、図書館内での飲食もできる(画像提供/株式会社図書館流通センター)

館内にはタリーズコーヒーが併設され、図書館内での飲食もできる(画像提供/株式会社図書館流通センター)

谷一さんが「地域に根付いた図書館」として紹介してくれたのが、2016年7月、映画館なども入るイオンモールつがる柏内に誕生したこちら。赤ちゃんルーム(授乳室)を併設しているほか、小中学生のための学習支援としてデジタル学習教材を導入している。

「自動貸出機を導入しているのですが、高齢者の方も『最近の図書館はすごいね』と楽しそうに自動貸出機を利用してくれています。高齢の方も新しい取り組みに馴染んでくださったのでうれしかったですね」(谷一さん)

青森県初導入の書籍消毒機も採用している(画像提供/株式会社図書館流通センター)

青森県初導入の書籍消毒機も採用している(画像提供/株式会社図書館流通センター)

また、「商業施設の中につくられたというのもポイントです」と谷一さん。
これまで地方の図書館は、公共交通機関が近くにない場合、車を持っていない世帯や学生、高齢者などが足を運びにくいという問題点があったが、イオンモールつがる柏では無料シャトルバスを運行しているため、気軽に図書館に行きつつ、買い物をしたい人もアクセスしやすいという。

また、図書館が「農業支援」を行っている点もおもしろい。つがる市でつくられている主要な農作物の価格を毎日、デジタルサイネージに表示している。つがる市の名産品8品目の市場価格がひと目で分かるようになっているのだ。

市場価格が表示されているデジタルサイネージ(画像提供/株式会社図書館流通センター)

市場価格が表示されているデジタルサイネージ(画像提供/株式会社図書館流通センター)

地方都市における図書館のあり方を問い直し、地域の人々にどう使ってほしいかが伝わってくる施設と言えるだろう。

従来の図書館も、使い方と見方次第で「発見」につながる

上では図書館の最新事例を紹介してもらったが、「従来の図書館も、使い方や見方を変えると“街や自分自身のことを知るブレイン”にもなりますし、“暮らしを変えるハブ”にもなります」と谷一さん。

例えば、その土地の歴史や、地域の人々の家系のルーツを調べるといったこともできるし、待機児童の状況や自治体の制度をふまえた保育園選びのアドバイスを司書さんに聞く、といった使い方もできるそうだ。「図書館を使った調べる学習コンクール」(主催:公益財団法人「図書館振興財団」)の地域コンクールに参加する図書館では、古文書や地域の歴史などに興味を持った子どもたちが資料などを読み解くために、図書館司書がそのお手伝いをしているという。

「自力で調べることが難しいことでも、相談ができたり、やり方を工夫すれば、興味があることを深掘りしていけるんですよね。そういう子どもや大人が増えていけば、世の中も変わっていくと思っています。自分で考え、調べ、結論を出す。とても大事なことですよね」(谷一さん)

また、図書館は「男性の育児参加を促進させる場にもなり得ます」と谷一さんは話す。

「図書館流通センターの関西支社には、絵本の読み聞かせをする男性司書たちのグループ、通称『読みメン隊』がいるのですが、いま参加メンバーがかなり拡大しています。今後は司書だけでなく一般の方にも混ざってもらいたいと強く思っています。

読みメン隊(画像提供/株式会社図書館流通センター)

読みメン隊(画像提供/株式会社図書館流通センター)

明石市の図書館では、読みメン隊が読み聞かせを行うとお父さんが子どもを連れてきてくれるんですが、お父さん自身も読み聞かせをしてくれたりするんですよ。いま休日の図書館ではお子さん連れのお父さんたちもとても多くなってきていますが、読み聞かせへの一般男性の参加者が増えれば、より『育児参加』につながるのではないでしょうか」

これからの図書館はどうなる?

これからの図書館はどのように変わっていくのだろうか?

「新型コロナウイルスの影響で、ここ数カ月で『デジタルの価値』が高まってきています。私は、オンライン上で本を選び、電子書籍で貸し出す“電子図書館”がさらに浸透していくと予想しています。
一方で、人は集う場所を持っていたいと思うものです。これからも図書館は地域の人たちの『居場所』としても機能し続けると思います。
デジタルとリアルの場としての図書館、この二極化が進んでいくのではないでしょうか」

従来の図書館は、読みたい本や調べものなど「目的があるから行く場所」であった。だが先進の図書館は、読みたい本や調べものは特になくても訪れたい、まさに「居場所としての図書館」として機能している。このような図書館が増えれば、地域の人の流れもより活性化していくだろう。図書館がどのように進化し、街が変わっていくのか今後も注目したい。

●関連サイト
武雄市図書館・歴史資料館
※2020年5月6日(水)まで臨時休館中。状況により延長の場合あり
大和市文化創造拠点「シリウス」
※2020年5月6日(水)まで休館中。状況により変更の場合あり
札幌市図書・情報館
※2020年5月6日(水)まで休館中
つがる市立図書館
※2020年5月6日(水)まで臨時休館中●取材協力
谷一 文子さん
上智大学文学部心理学科卒業後、1981年より財団法人倉敷中央病院精神科にて臨床心理士として勤務。その後1985年より岡山市立中央図書館にて司書として働く。1991年に株式会社図書館流通センターに入社、データ部を経て営業デスクに所属。2004年に図書館サポート事業部長に就任。高山市立図書館、桑名市立中央図書館など、全国の図書館で業務委託やPFIの立ち上げに携わる。2004年6月にTRCサポートアンドサービスの代表取締役に就任。2006年6月に株式会社図書館流通センター代表取締役社長を経て、2013年4月より株式会社図書館流通センター 代表取締役会長。2019年7月より株式会社図書館流通センター 取締役。
・株式会社図書館流通センター
『これからの図書館』(平凡社)『これからの図書館』(平凡社)

「子どもをもつ、もたない」人生、どっちが幸せと言えるの? 窪美澄の新刊『いるいないみらい』インタビュー

子どもをもつ、もたないという選択は、多くの人が人生のなかで直面することです。そして、2011年ころから使われ始めた「妊活」という言葉は、それをより突きつけるものかもしれません。でも果たして、「子どもをもつ、もたない」が幸せの尺度だと言えるのでしょうか。第161回直木賞候補作である『トリニティ』や『じっと手を見る』などで知られる作家・窪美澄(くぼみすみ)さんの新刊『いるいないみらい』では、「子どもをもつ、もたない」の選択に直面し、家族のカタチを考える人たちが描かれています。
窪さん自身は離婚を経験し、シングルマザーになってからライター活動をはじめ、子育てを経験されています。自身が経験したことと、作品に出てくる登場人物の人生、それぞれを聞いてみました。
家族のカタチを模索しながら、懸命に生きる人々を描く作品

――著書『いるいないみらい』は、どのような背景があって書かれたのでしょうか。

もともと私は女性の妊娠や出産などをテーマに書くことが多かったのですが、今回は「妊娠や出産以前、子どもをもつかもたないか、迷っている人たちの物語を書いてみませんか」と編集者に提案されたんですね。そのことで悩んだり、考えているうちに時期が過ぎてしまったり、子どもをもつことはできたけど亡くしてしまったりという人たちを書きました。それぞれ悩みながらも一生懸命生きる人々の姿を書こうと思いました。

『いるいないみらい』(窪美澄 著、KADOKAWA刊)

『いるいないみらい』(窪美澄 著、KADOKAWA刊)

――1話の「1DKとメロンパン」のように、子どもに関する考え方の違いで悩む夫婦は実際にも少なくないと思います。「子どもをもつ、もたない」ということについて、窪さんはどのようにとらえているのでしょうか。

私が考えるのは、「子どもがいる人生だけが絶対的な幸せではない」ということです。子どもがいなくても不幸せではないし、何かが欠けているわけでもないと思います。世間では子どもをもつ家庭が完璧な丸のようなイメージがあるかもしれませんが、実際はそうとも限らない。
「1DKとメロンパン」の夫婦もそうですが、たとえ子どもというパーツがなかったとしても、カップルや夫婦二人だけでも、もちろん一人であっても、十分丸く満たされていますよ、ということを思いますね。

――「子どもをもつ自信がない」「子どもが嫌い」という女性のお話や、男性の不妊治療についてのお話もありますね。

そうですね。「私は子どもが大嫌い」のお話の主人公のように、「子どもが嫌い」という価値観も全然アリだと思うんです。でもなかなか言いにくいことじゃないですか。子どもが嫌いっていうとヒトデナシ、のような目で見られがちですよね。でも、子どもに興味がない女性だって実際はいるわけです。みんながみんな子どもが好き、と思うほうが間違っていると思います。

少子化などの問題があって国は「子どもは二人以上産むべき」みたいな風潮がありますが、私は少し反発があって。押し付けのように感じることがありますね。だって産みたかったけれどタイミングが合わなかったり、産めたけどあえて産まなかった選択をすることもあるわけでしょう。子どもをつくる、つくらないの選択の自由はあっていいはずだと思うんですね。

私は今回の作品を書くにあたってほとんど取材はしていないんですが、第2話「無花果のレジデンス」だけ、不妊治療の男性のお話を聞きに行きました。不妊治療は女性ばかりがクローズアップされるけれど、子どもをつくろうとなったときに、実際は男性不妊の治療も女性と同様に大変。だけどなかなか知られていない部分がありますよね。性別で分けるのは間違っているかもしれないけれど、もしかしたら男性不妊のほうが、告げられる側としてのショックは大きいのかもしれないと思いました。

当事者の気持ちを大事に。世間の価値観で生きる必要はない

――窪さんがこうしたさまざまな価値観を世の中に広く伝えたいと思うようになったバックグラウンドをお聞きしてもよいでしょうか。また、窪さんは自身の人生で世間の価値観を押し付けられたり、「これは違うでしょ」と感じたりした経験はありますか。

私の両親は、離婚して12歳のときに母親が出ていってしまって。その年齢で今の自分の状況を周りに説明するのが難しかったという経験があります。だからかもしれませんが、片親だから何だ、のような反骨精神が昔からありました。「世間の風潮や意見はこうだけど」と周りから言われても、当事者が感じていることがすべてだと気づいてからはスルーできるようになりました。子どものころからスルースキルを身に付けた感じです。

結婚して出産したあと、私は離婚を経験し、シングルマザーになりました。息子が中三くらいから書く仕事を始めたのですが、仕事が忙しいときも、朝早くから起きて、朦朧とした頭で息子のためにトンカツを揚げて。思わず指まで揚げそうになりました。毎日のお弁当に加えて、部活後にお腹が減るのでおにぎりを持たせるんですが、10kgのお米があっという間になくなって、それも大変でしたね。

いくらスルースキルを身に付けたと言っても、息子を片親にしてしまったことの責任は感じてはいます。でも、息子の学費も払ったし、卒業できたし、とりあえずは大丈夫だったと思っています。

また、子育て中の記憶では、街の八百屋のおじちゃんとかが息子に「おう、歩けるようになったか坊主!」なんて声をかけてくれることがよくあって。それはうれしかったですね。血縁は関係なく「街に家族がいるような感覚」で育てていけたのも良かったと思います。

今私は一人暮らしですが、とても楽しく過ごしています。でも周りから「一人で大丈夫?」「寂しくないの?」などの世間の多数派の見方で心配されることには違和感があります。今回の小説の登場人物たちもそうですが、人それぞれ見方は違うし、感じることも違います。どんな人生を生きても、当事者である自分の気持ちを大切にするべきだと思います。

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

――息子さんを育て上げた窪さんですが、息子さんの妊娠中などに「子どもをもつことに不安を感じる」ことはなかったのでしょうか。

実は私、最初の子を産んで18日で亡くしているんですね。今いる息子は二人目なんです。一度、子どもの死を経験してしまったので、子どもが大きくなるまではとても怖かったです。実際に何かあったらどうしよう、病気になったらどうしよう、など不安がつきまといましたね。

最初の子は今生きていたら28歳なんですけど、仕事で出会う若い編集者さんを見ると「あ、うちの息子は今生きていたらこのくらいなんだ」と思ってビックリすることがあります。

第4話「ほおずきを鳴らす」のなかで、子どもを亡くした男性の主人公が出てくるのですが、今回の作品のなかで一番実体験の心情を投影したストーリーだったかもしれませんね。

家は、その人の暮らしぶりのベース、気持ちも変えるツール

――第1話「1DKとメロンパン」というタイトルや、エピソードの中に必ず家の特徴や間取り、街の描写があるなど、窪さん自身も家がお好きなのでしょうか。

そうですね。家を見るのは結構好きです。家の間取りもよく見たりしますね。ちなみに私はつい2カ月前に引越したばかりなんです。場所は直前に住んでいた家から20m先の隣のマンション。それまでは8階建ての3階だったんですけど、そばに建物が建ってしまって。日当たりが悪くなって穴蔵みたいになってしまったので、仕事するには落ち着くのですが、やっぱり普段は日当たりがある部屋がいいですよね。今は13階建ての10階です。日当たりはいいし、眺めもいいんですけど、眺めはしばらくすると飽きますね(笑)。

――家の特徴や間取りを描写されることには、どのような意図がありますか?

私は登場人物のバックボーンをしっかり考える作家でありたいと思っているのですが、今回の登場人物を考えるときに、「その人たちがどんな家に住んでいるのかを書こう」という裏テーマがありました。このぐらいの年収だったらこのくらいの部屋かなとか、この人たちだったらこういう間取りの家だろうな、などを考えてストーリーに入れていきました。細かな部屋の間取りが分からないと主人公たちの行動をなかなか追えないんですよね。家がその人の暮らしのベースになるわけですから。

「無花果のレジデンス」の参考にした稲城市(画像/PIXTA)

「無花果のレジデンス」の参考にした稲城市(画像/PIXTA)

――各ストーリー内の舞台として想定している地域はありましたか。

そうですね、きっちり決まってはいないんですけど、「無花果のレジデンス」のお話ではファミリータイプのマンションが並ぶ地域であり、自分が生まれ育った稲城市を参考にしました。あのあたりはどのマンションも子ども二人くらい生まれるとちょうどよい3LDKの間取りなので、「育児を想定して買った場合、子どもがいなかったらツライかもなあ」とは思いましたね。
あとはメロンパンを売るパン屋さんのある街は、何となく東京の東側のイメージがあります。自分の知っている街を思い浮かべることが多いのでどうしても東京のイメージになって書くことが多いですね。

これからの未来を見据えて、自分の希望とする「家族の形」を模索している人はたくさんいると思います。ただ、今回の窪さんのインタビューを通して感じたことは「幸せって未来にくるものではなく、すでにこの場にあるもの」ということでした。今、そばにいてくれるパートナーや親兄弟、友人、自分を丸ごと受け入れてくれる人たち。その人たちが、今の自分のほっこりとした丸い幸せをつくってくれているということ。未来は「子どもをもつ、もたない」の選択肢があるかもしれないけれど、それはタイミングやパートナーの意見、いろんな条件が合わさって決まるということ。そして、どんな未来を選んだとしても、それは「今の幸せの延長」なのだということ。

「子ども」というパーツがあってもなくても、今の幸せは欠けることなく続いていくのでしょう。どんな未来があってもいい。いろんな家族があっていい。そう、窪さんに教えていただいたような気がしました。

●プロフィール
窪 美澄
1965年、東京都生まれ。フリーの編集ライターを経て、2009年「ミクマリ」で第8回女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞しデビュー。11年、受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞を受賞、本屋大賞第2位に選ばれた。12年、『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞を受賞。その他の著書に『クラウドクラスターを愛する方法』『アニバーサリー』『雨のなまえ』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『さよなら、ニルヴァーナ』『アカガミ』『すみなれたからだで』『やめるときも、すこやかなるときも』『じっと手を見る』『トリニティ』などがある。

一戸建て育ちVSマンション育ち! “そこで育った”からこそ分かる「良さ」討論会

住宅系のメディアで度々議論される「一戸建てVSマンション」。それぞれのメリット・デメリットについて、これまであまたの専門家がさまざまな知見を述べてきた。管理費やら資産運用やら、さまざまな観点は参考にはなるものの、ぶっちゃけ「実際に住んでみないと実感が湧かない」というのが正直なところではないだろうか。

では、いっそのこと専門家ではなく、実際に「そこで育った人」たちに討論させてみてはどうだろうか? 専門家が語る長所・短所ではなく、そこに暮らして大人になったからこそ分かる「良さ」を語ってもらうのだ。

そこで、今回は一戸建て、マンション、それぞれの環境で育った男女6人を招き、各々が思う魅力や子どものころの思い出を語ってもらった。
写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

集まってもらったのは「一戸建てで育った3名」と「マンションで育った3名」の計6名。それぞれ、思い出を振り返りつつ「良さ」を主張してもらうことにした。さらには、逆に相手側の「うらやましかったところ」も述べてもらおう。

写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

こちらは一戸建て育ちの3名。向かって左からタカダ氏、ハコちゃん、タニ氏。

写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

一方、マンション育ちの3名。向かって左からポインティ氏、アイハル氏、ホウキバラ氏。

育ったからこそ分かるマンションの良さ

というわけで、さっそく語っていただこう。口火を切ったのはマンションチームのホウキバラ氏。いわく、子どもにとってマンションほど魅力的な遊び場はないと語る。

【マンションの良さ・その1】子どもにとってマンションは絶好の遊び場

ホウキバラ(マンション育ち、以下、マ)「マンション住まいの利点が最大に活かされるのは、小・中学生時代じゃないかな。マンションのほうが、遊ぶ空間に恵まれていると思うんですよね」

のっけから熱いホウキバラ氏(写真撮影/榎並紀行)

のっけから熱いホウキバラ氏(写真撮影/榎並紀行)

ホウキバラ(マ)「ポコペン(※)って遊びがあるじゃないですか? だいたい4~5人でこぢんまりとやる遊びなんですけど、そんなポコペンもマンションを舞台にするととても壮大になります。僕がやっていたのはマンションの敷地全てをフィールドにした『サバイバルポコペン』です」

※ポコペンとは……鬼は隠れている子を探し、見つけたら所定の場所に戻り「〇〇くん、ポコペン」などと叫びながらタッチする遊び。なお、地域によってさまざまなローカルルールがある。

サバイバルポコペン??? いきなり知らない遊びが出てきて戸惑う一戸建てチーム(写真撮影/榎並紀行)

サバイバルポコペン??? いきなり知らない遊びが出てきて戸惑う一戸建てチーム(写真撮影/榎並紀行)

タカダ(一戸建て育ち、以下、戸)「公園じゃダメなの?」

ホウキバラ(マ)「公園だとヨコにしか広がりがないけど、マンションの場合はタテも使える。上の階から下の階の様子をうかがったり、情報を伝達したり。かけひきの楽しさもグンと上がります。ポコペンに限らず、マンションって子どもの遊びの想像力を広げてくれると思うんですよね。それでいて、どこか遠くに行かれるよりマンションの敷地内で遊んでくれたほうが親も安心できる。マンションって、小学生でも扱いきれるスケールなのがいいんですよ。もちろん、危険な遊びはダメですけど」

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【マンションの良さ・その2】やっぱり眺望は魅力!

ホウキバラ(マ)「あと、これは言わずもがなかもしれませんが、マンションの良さといったらやはり眺望です。うちの親父は『リビングから富士山が見える』という理由だけでマンションを買いました。結果的に職場まで片道2時間の通勤という代償を払うことになりましたけど、それほどまでに景色というのは人を魅了するんだなあと子どもながらに思いましたね」

ポインティ(マ)「うちも眺めは良かったな。自然豊かな場所で、窓から四季折々に風景が移ろっていく様子が眺められました。子どものころはそんなのまったく興味なかったけど、大人になってから振り返ると季節の風景が思い出にひもづいて、よりエモーショナルな気持ちになれる」

ハコちゃん(戸)「それは素直にうらやましい!」

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【マンションの良さ・その3】住民同士の属性が近く、友達ができやすい

アイハル(マ)「私がマンションで良かったと思うのは、幼なじみができたことですね」

マンションには同年代の子どもがたくさん住んでいたと語るアイハル氏。何度も引越しを重ね、最終的に実家は一戸建てになったというが、思い出深いのはマンションでの暮らしとのこと(写真撮影/榎並紀行)

マンションには同年代の子どもがたくさん住んでいたと語るアイハル氏。何度も引越しを重ね、最終的に実家は一戸建てになったというが、思い出深いのはマンションでの暮らしとのこと(写真撮影/榎並紀行)

ホウキバラ(マ)「確かにマンション、特に新築の場合は同じ属性の世帯が多く住んでいるから友達はできやすいし、距離的にも近いから密になるよね。僕は6階に住んでたんだけど、3階のモトちゃんと少年野球でもバッテリー組むくらい仲が良かった」

ハコちゃん(戸)「すてきな思い出」

ホウキバラ(マ)「ヒマなときにすぐピンポン鳴らしてキャッチボールしようぜって。あと、隣に住んでた子とも仲良くて、壁を挟んで向こう側がその子の部屋だった。僕が壁をドンドンってたたくと向こうもたたき返してきて、それが『遊ぼうぜ!』の合図だった。そういう気楽さはマンションならではだと思う」

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【マンションの良さ・その4】協調性や察する力など「大人力」が身につく

タニ(戸)「そういうコミュニケーションはうらやましいと思うけど、音が響くのは嫌じゃない? 隣人同士の騒音もだけど、マンションって大概ワンフロアだから家族同士のプライバシーを確保するのも難しそう」

ポインティ(マ)「まあ、家族が喧嘩してたりすると筒抜けなのは確か。うちも両親がよくケンカしてましたね、夜中に。でも、だんだん深夜ラジオみたいな感覚で聞き流すようになったけど」

タカダ(戸)「なんか達人っぽい」

両親の喧嘩はラジオだったと、独特の経験談を語るポインティ氏(写真撮影/榎並紀行)

両親の喧嘩はラジオだったと、独特の経験談を語るポインティ氏(写真撮影/榎並紀行)

ポインティ(マ)「両親の喧嘩に僕が口を挟むことはないんですけど、どっちの言い分が正しいのか分析したり、そういうことはやってましたね。丸聞こえだったがゆえに大人の事情を知ることができ、察する力とか、物事をバランスよく公平に見る力、ジャッジする力が養われたような気がします(笑)」

ホウキバラ(マ)「ポインティさんのケースはやや特殊かもしれないけど、マンションって密なコミュニティであるがゆえに『大人力』みたいなものは身につきやすいと思います。大人と触れ合う機会も多いし、協調性とかが磨かれる気がする」

アイハル(マ)「確かに、マンションだと騒音問題とかもあるけど、それはお互いさまだよねって。私が育ったマンションでも、基本的にそういう協調性をみんなが互いにもって暮らしていたと思います」

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一戸建ての良さは?

【一戸建ての良さ・その1】一戸建ての子どもはイケてる気がする

では、一方の一戸建ての良さは何だろうか? 日当たり良好な庭付き一戸建てで育ったというタカダ氏が猛然と吠える。

タカダ(戸)「まず、一戸建てって子どもにとっても何となく誇らしいよね。“一国一城”の子どもっていうプライドをもてるし、自信満々で友達を呼べる」

タニ(戸)「それは確かに。マンションと値段が同じだったとしても、根拠のない“金持ち感”みたいなものはあったね」

一戸建て育ちの誇りを語るタカダ氏(写真撮影/榎並紀行)

一戸建て育ちの誇りを語るタカダ氏(写真撮影/榎並紀行)

ポインティ(マ)「確かに、一戸建ての子どもって何かキラキラして見えたような気がする」

タカダ(戸)「そう、ちょっと中二っぽいことを言わせてもらうと、一戸建てって“主人公”っぽさがあるんですよね」

アイハル(マ)「???」

タカダ(戸)「少年漫画とかアニメの主人公って、だいたい一戸建てに住んでませんか? のび太やサザエさん一家は言わずもがな、キャプテン翼とか、タッチとかもそう。食パンかじりながら自宅を出るとか、幼なじみと2階の窓越しに行き来するとか、漫画におけるベタなシーンも一戸建てが舞台だからこそ映えると思うんですよ」

アイハル(マ)「確かに、主人公の実家がマンションってあまりない気がする……」

ホウキバラ(マ)「それは地味にちょっと悔しい」

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【一戸建ての良さ・その2】人が集まりやすいため、ホスピタリティが磨かれる

タニ(戸)「あと、さっきタカダさんがちょっと言ってたけど、人を呼びやすいってのはあると思う。一般的には一戸建てのほうが部屋がたくさんあったり、庭があったりして広いので集まりやすいし、みんなも来たがる」

ハコちゃん(戸)「私の家にも友達はよく来ていました。うちの場合は一戸建てで、なおかつ小学校が目の前だったので、余計にたまり場みたいになってましたね。おかあさんは大変だったと思うけど……。でも、来客用のお菓子は常にストックされていて、それはうれしかったな」

タニ(戸)「小学校のすぐ近くなんて、もう住んでるだけでヒーローだよね。で、友達が来てくれると楽しいのもあるけど、ホスト精神というか、おもてなしの精神みたいなものが自然と身につく気がします。マンション住まいだと大人力が磨かれると言ってましたけど、こっちはホスピタリティが養われる」

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【一戸建ての良さ・その3】思春期のプライバシーを守れる

タカダ(戸)「あと、僕はやっぱり家族同士でも互いのプライバシーは必要だと思うし、その点でも一戸建てに利がある。特に思春期のころですよね。僕は2階に子ども部屋があったので、主に1階にいた親と心理的、精神的にほどよい距離感を保つことができました。ワンフロアのマンションだと、自分の部屋はあっても家族がすぐ近くにいる感じがして落ち着かないと思います」

アイハル(マ)「親は心配だろうけど、確かに子どもとしてはある程度の距離は保ちたいですよね」

タカダ(戸)「距離って大事なんだよ。少年マガジンのグラビアを熟読してる姿とか、ゼッタイ親に見られたくない。だから、グラビアを読みつつ別のページを指で挟んでおいて、親が階段を上る足音が聞こえたら瞬時にMEGUMIから『はじめの一歩』に切り替える。そういう危機管理ができるのも一戸建てならではだよね」

ハコちゃん(戸)「……意外としょうもない話だった」

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実はマンションがうらやましかった点は?

ここまで一歩も譲らぬ両者。そこで、「互いにうらやましかった点」を聞いてみた。まずは一戸建てチームに「マンション住まいのうらやましかったところ」を聞いてみると……

写真撮影/榎並紀行

写真撮影/榎並紀行

【マンション住まいのうらやましい点】すぐに友達と集まれる

タニ(戸)「さっきホウキバラさんも話していたけど、やっぱり友達とすぐ集まれるっていうのはマンションならではの魅力だと思う。学校帰り、ランドセルを置いたらすぐマンションの1階に集合とか、そういうのはうらやましかったですね」

タカダ(戸)「確かに、遊戯王のカードがはやったときにマンションのやつらはロビーでバトルしてて、あれはうらやましかったな。風でカードもめくれないし、雨でぬれる心配もないし」

ポインティ(マ)「確かに、遊戯王はうちのマンションでもはやってました」

タカダ(戸)「ロイヤルマンションってところが主戦場になってたから、よく遠征に行ってた。だから小学生のときはまっすぐ家に帰らずロイヤルマンションに直行するっていう」

ハコちゃん(戸)「公園とかに行かなくても、マンション自体がコミュニティスペースになるからいいですよね。あと、マンションは学年関係なく仲良くなれるのがうらやましかった。一戸建てだと、家に兄妹がいないと他学年の子と絡むことはないから」

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一戸建てへの憧れポイントは?

では、マンション育ちから見た一戸建てのうらやましい点は?

【一戸建て住まいのうらやましい点】とにかく広い!

アイハル(マ)「やっぱり、何といっても『広い』ってことですね。庭で愛犬を遊ばせたり、バーベキューをしたり。マンション住みからするとキャンプ場でやるような特別なイベントを家でできるっていうのは、本当にうらやましかった」

ホウキバラ(マ)「確かに庭は憧れだった。野球少年だったから庭でティーバッティングできるとか、本当にうらやましかった。あと、同じマンションの友達の家に行くとほぼ間取りが同じなんだけど、一戸建てはすごく自由な感じがして楽しかったのは覚えてるなあ」

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一戸建てとマンション、どっちも良いけど……

というわけで、まとめると……

【マンションの良さ】
・子どもにとってマンションは絶好の遊び場
・やっぱり眺望は魅力!
・住民同士の属性が近く、友達ができやすい
・協調性や察する力など「大人力」が身につく
・すぐに友達と集まれる

【一戸建ての良さ】
・一戸建ての子どもはイケてる気がする
・人が集まりやすいため、ホスピタリティが磨かれる
・思春期のプライバシーを守れる
・シンプルに広い

ということになった。それぞれに良さがあり優劣はつけられないが、一戸建て育ちとマンション育ちでは幼少期の思い出や思春期の悩み、考え方や育ち方にも微妙な違いが生じるように感じた。専門家が語るメリット・デメリットは参考になるが、「子どもにどんな風景を見せたいか」、「どんな思い出を刻んでほしいか」といった視点も、同じくらい大事なのかもしれない。そんなことを思い起こさせてくれる討論会だった。

※今回のメリットはそれぞれの体験がもとになっているため、一戸建て、マンションともに一概には言えません

子どもと一緒に家事をするきっかけ、1位は「子どもが『やりたい』といった」、大和ハウス工業調べ

大和ハウス工業(株)は、働くお母さん(ワーママ)を対象に「子どもの家事参加」に関する意識と実態について調査を行った。

2017年10月23日(月)~10月30日(月)にインターネット調査を実施。回答者数は500人(20代100人、30代200人、40代200人/子どもが家事に参加する・しない各250人)。また、10月28日(土)・29日(日)の2日間は、関東在住のワーママの6家庭、30代~40代の共働き家庭の女性(1歳~9歳の子どもを持つ)を対象に訪問調査を行った。

20代~40代のワーママに、子育てのストレスを聞くと、全体の67.0%が「ストレスを感じる」と回答。子育てとストレスは切り離せないようだ。今回の調査は、子どもと一緒に家事をする人(参加250人)と一緒に家事はしない人(非参加250人)を対象にしているが、家事非参加のワーママの子育てストレスは74.4%と、家事参加家庭に比べ約15%も高くなっている。

子どもと一緒にする家事については、「食後の食器を洗い場に運ぶ」、「料理・食事を食卓に並べる」(同率56.0%)、「洗濯物をたたむ」(49.2%)、「子どもの部屋の整理整頓」(48.4%)、「料理を作る」(47.2%)、「食品・日用品の買い物」(43.6%)などが多い。

子どもと一緒に家事をするきっかけは、「子どもが『やりたい』といった」(50.8%)がトップ。次いで「子どもの自立心を育てるためにお手伝いさせる必要性を感じた」、「子どもの教育や成長のためにお手伝いさせる必要性を感じた」(同率41.2%)となり、家事は子どもの自立心や教育・成長と密接に関わっていると感じているワーママが多い。

一方、子どもと家事を一緒にしないワーママに理由を聞いたところ、「自分でやった方が早い」(56.0%)が最も多く、「子どもにやらせると自分の負担が増える」(33.6%)、「自分でやった方がきれい」(28.8%)、「子どもがやるとイライラする」(26.0%)などがあげられた。

ニュース情報元:大和ハウス工業(株)

子どもと一緒に家事をするきっかけ、1位は「子どもが『やりたい』といった」、大和ハウス工業調べ

大和ハウス工業(株)は、働くお母さん(ワーママ)を対象に「子どもの家事参加」に関する意識と実態について調査を行った。

2017年10月23日(月)~10月30日(月)にインターネット調査を実施。回答者数は500人(20代100人、30代200人、40代200人/子どもが家事に参加する・しない各250人)。また、10月28日(土)・29日(日)の2日間は、関東在住のワーママの6家庭、30代~40代の共働き家庭の女性(1歳~9歳の子どもを持つ)を対象に訪問調査を行った。

20代~40代のワーママに、子育てのストレスを聞くと、全体の67.0%が「ストレスを感じる」と回答。子育てとストレスは切り離せないようだ。今回の調査は、子どもと一緒に家事をする人(参加250人)と一緒に家事はしない人(非参加250人)を対象にしているが、家事非参加のワーママの子育てストレスは74.4%と、家事参加家庭に比べ約15%も高くなっている。

子どもと一緒にする家事については、「食後の食器を洗い場に運ぶ」、「料理・食事を食卓に並べる」(同率56.0%)、「洗濯物をたたむ」(49.2%)、「子どもの部屋の整理整頓」(48.4%)、「料理を作る」(47.2%)、「食品・日用品の買い物」(43.6%)などが多い。

子どもと一緒に家事をするきっかけは、「子どもが『やりたい』といった」(50.8%)がトップ。次いで「子どもの自立心を育てるためにお手伝いさせる必要性を感じた」、「子どもの教育や成長のためにお手伝いさせる必要性を感じた」(同率41.2%)となり、家事は子どもの自立心や教育・成長と密接に関わっていると感じているワーママが多い。

一方、子どもと家事を一緒にしないワーママに理由を聞いたところ、「自分でやった方が早い」(56.0%)が最も多く、「子どもにやらせると自分の負担が増える」(33.6%)、「自分でやった方がきれい」(28.8%)、「子どもがやるとイライラする」(26.0%)などがあげられた。

ニュース情報元:大和ハウス工業(株)