住まいを高く売るには有利な時期?約6割がそう感じた、不動産売却市場。価格と売却時期はどちらを重視?

リクルートが『住まいの売却検討者&実施者』調査(2023年/首都圏)を実施した。過去1年以内に売却を検討した人に、その物件や売却理由、売る時期をどう見ているかなどを聞いている。今どきの売却実態を見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)公表/リクルート

売却を検討した物件の所在地、千葉県と埼玉県で前年より増加

リクルートの調査は、首都圏に住む20歳~69歳の男女に、2023年12月~2024年1月に実施したもの。まず、過去1年以内に土地や居住用不動産の売却を主体的に検討したかを聞き、該当した18%を売却検討者として、本調査を行っている。なお、そのうち38.5%が売却を完了している。

売却を検討したのは「買い替え」か「相続・贈与」か「不要な不動産を処分するため、その他」かを聞いたところ、「買い替え」が58.5%、「相続・贈与」が25.1%になった。ただし、50代・60代では「相続・贈与」の割合が3割前後と増える傾向が見られた。

では、「売却しようと思った理由」は何だろう?1位は「売れるときに売るため」(28.0%)、2位は「住む場所を変えるため」(26.9%)となったが、年々減少にある。3位は「高いうちに売るため」(26.0%)だった。近年の不動産の価格上昇を受けてのことだろう。

不動産を売却しようと思った理由(複数回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

不動産を売却しようと思った理由(複数回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

売却を検討した物件は、「土地」が25.4%、「一戸建て」が40.0%、「マンション・アパート」が34.6%だった。興味深いのは、売却検討物件の所在地だ。「東京都」が減少トレンドにある一方で、「千葉県」と「埼玉県」がこれまでより増加する形となった。早い時期から価格上昇が感じられた東京23区から遅れて、千葉県や埼玉県でも買い替えがしやすい市場になったということだろうか。

売却検討物件の属性(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

売却検討物件の属性(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

「高く売るのに有利な時期」か?有利57.5%、不利9.7%

さて、不動産の価格が上昇トレンドにあることで、売却に有利な時期と感じている人が多いのだろうか? 調査結果を見ると、「高く売るのに有利な時期だと感じていた」のは57.5%(とても19.8%+やや37.7%)となり、半数を超えた。一方、「不利な時期だと感じていた」のは9.7%(とても2.5%+やや7.2%)だった。過去の調査と比べると、有利という回答が増え、不利という回答が減る傾向が見られる。

売却検討物件の属性(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

※有利・計(「とても有利な時期だと感じていた」+「やや有利な時期だと感じていた」)
※不利・計(「やや不利な時期だと感じていた」+「とても不利な時期だと感じていた」)
売却検討物件の属性(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

注目したいのは、有利の割合が、売却タイプ別では「相続・贈与」が51.8%であるのに対し、「買い替え」が64.2%とかなり高くなっている。さらに、物件タイプ別では、「一戸建て」が51.0%で横ばいの傾向であるのに対し、「マンション・アパート」が62.0%、「土地」が61.6%と前年より増えている。高く売るのに有利と感じている人が多いものの、不動産によってその感じ方に微妙な差があるようだ。

売却で時期と価格のどちらを重視する?

さて、「売れるときに売る」「高く売れるときに売る」と思う人が多く、「売却に有利な時期と感じる」人が多いなか、重視するのは、「時期」と「価格」のどちらなのだろう?

「時期(いつ売れるか)を重視する(した)」か、「価格(いくらで売れるか)を重視する(した)」かを聞くと、「どちらかといえば」を含む「時期重視」派は47.2%、「価格重視」派は34.2%、「どちらともいえない」は18.6%という結果となった。

時期と価格のどちらを重視するか(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

※時期 重視(「時期(いつ売れるか)を重視する(した)」+「どちらかといえば時期(いつ売れるか)を重視する(した)」)
※価格 重視(「どちらかといえば価格(いくらで売れるか)を重視する(した)」+「価格(いくらで売れるか)を重視する(した)」)
時期と価格のどちらを重視するか(単一回答)(出典:リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」)

ただし、年代別で見ると、「時期重視」派は、20代で67.4%、30代で55.0%と、全体平均の47.2%よりもかなり高くなっている。若い世代の方が、子どもの入学前になど、売るタイミングが決まっていて、早く売ることに重きがあるからなのだろうか?

高く売るには、不動産価格が上昇あるいは高止まりしている時期であること、一定規模の需要(不動産を買う人が多い)があること、などの条件が必要だ。後者は、売れるときに売るための条件でもある。住宅ローンの金利上昇がいよいよ現実的になっている今は、売るにはよいタイミングといえるだろう。とはいえ、売る物件と買う人がうまくマッチングするには、個別の事情もある。自分の物件が今の市場でどういったポジショニングにあるのか、見極める必要もあるだろう。

●関連サイト
リクルート「2023年『住まいの売却検討者&実施者』調査(首都圏)」

「0円空家バンク」で転入者170人増! 家を手放したい人にもメリットあり、移住者フォローも手厚すぎる富山県上市町の取り組みが話題

「地方に空家があるなら、移住希望者に住んでもらえばいいんじゃない?」そんな誰もが空想する取り組みを実行に移し、大成功している自治体があります。富山県上市町です。では、どのようにして成功させたのでしょうか。現場を見学してきました。

0円空家バンクに希望者殺到。能登半島地震の被災者も受け入れ

富山県上市町は、富山駅から電車で約25分の約2万人の町(令和6年1月31日時点)です。町内の多くは山岳地で、名峰・剱岳があるほか、映画『おおかみこどもの雨と雪』(細田 守監督)の舞台になった町でもあります。以前、SUUMOジャーナルでは、「古民家をイメージした公営住宅が誕生!」という記事でもご紹介しました。

この上市町で2022年にはじまったのが「上市町0円空家バンク」(空家解消特別推進事業)です。仕組みとしてはとてもシンプルで、空家所有者の依頼・要望を受けて、行政が建物や土地の現地調査を行い、0円空家バンクに登録します。0円空家バンクを見て取得を希望する人を募集し、内覧会を実施したうえで、空家所有者が取得希望者を選定し、契約を締結、譲渡という流れになります。

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

空家所有者は無償で建物や土地を譲渡できるほか、相続手続き・不用品の処分費用として最大10万円の補助が受けられます。また、取得希望者は住宅が0円で手に入るだけでなく、定額50万円(所有権移転登記費用が発生する場合には贈与税など)の補助があり、さらに該当すれば移住定住の助成金を受け取れます。一方で上市町は空家の指導や特定などに人手を割く必要がなくなり、人口減少どころか定住者の増加、税収増も見込めます。

まさに三方良しの取り組みとあって、2022年度の制度スタートからすぐに人口増へとつながり、その年度のうちで転入者数が前年度より77人、2023年度にはさらに170人まで伸びています。なかでも県外転入者数は、2022年度に前年度の4.4倍となり、2023年度には2021年度の5.9倍まで増加しています。

また、今年1月に発生した能登半島地震の被災者も、2月にこの「0円空家バンク」を利用して移住につながりました。建物の所有者が「被災者の力になりたい」ということで、譲渡が決まったといいます。空き家が住まいという資源として活用できている、好事例といってよいでしょう。

空家を持つと“詰む”!? 所有者にも補助金を出す理由とは

「空家バンク」そのものは全国各地にありますが、ここまで成果が出ている自治体はなかなかありません。上市町の取り組みにはどういった特徴があるのでしょうか? 上市町建設課の金盛敬司主幹に話を聞きました。

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

「以前は、私は固定資産税を担当する部署にいたのですが、空家の所有者から、実家が空家になっているので手放したいという相談を受けていました。その後、現在の建設課に異動になったところ、できるだけ安く住まいを手に入れたい、空家を紹介してもらいたいというニーズがあることに気づきました。副町長からも大胆な取り組みを、という後押しもあり、不動産業者が取り扱わない『無料』の物件に絞って、町が紹介すればいいんじゃないか、という仕組みを思いつきました」と解説します。

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

不動産は売却額が200万円以下の場合、不動産会社が受け取れる仲介手数料の上限は「成約価格× 5%」+消費税と決められています。ただこの手数料では事業として利益を出すことができず、事実上、扱うことはほとんどありません。そのため、「0円でもいいから引き取ってほしい」という要望があっても流通することはなく、空き家として放置されてしまうのです。国は対策として、2023年より「相続土地国庫帰属制度※」をはじめましたが、手放すにも20万円もしくはそれ以上の「負担金」や各種手続きが発生するので、「手放すのにもお金がかかる……」と二の足を踏む人がいるといいます。

※相続土地国庫帰属制度/相続または遺贈(遺言によって特定の相続人に財産の一部または全部を譲ること)によって土地を相続した人が、土地を手放し、国庫に帰属させることを可能にした制度

空家・農地に十分な市場価値がない、売却に必要な図面や書類がない、国庫に帰属させようにもお金がかかる、建物を解体したくても解体費用が出せない、家庭や健康状態によっては家財や荷物の片付けができない。さらに思い入れのある家だからこそ、譲渡する相手は誰でもいいわけではない。経済面はもちろん、感情面も入り交じり、より問題を複雑にしています。「上市町0円空家バンク」では、こうした所有者の事情を考慮して空家所有者にも費用を助成し、譲渡先の決定権も所有者が決める制度です。

「空家所有者には、食器や仏壇、寝具、壊れた家電などは処分していただくことと、権利や担保は整理・抹消と相続してから登録していただくことを説明しています。一方で、タンスなどの大型家具に関しては利活用できることもありますので、そのままでよいですよとお伝えしています。間取図は法務局と固定資産税担当の部署で閲覧し、私が図面を作成します。写真も撮影して、0円空家バンクに登録。複数の応募者のなかから、基本的には直接会っていただき、この人なら、という方に譲渡を決めていただきます」(金盛さん)

空き家に残された立派な家財箪笥。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

空家に残された立派な家財たんす。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

これは、金盛さんが一級建築士でもあるからこその機動力です。ちなみに前述の映画監督の細田守さんとは中学の同級生で高校進学時に先生がこの2人を呼んで、美術の道を目指すように勧めたとか。出てくるエピソードにまたまたびっくりします。

<「上市町0円空家バンク」の空家所有者のメリット>
・家財の処分費用助成がある
・譲渡相手を見つけてもらえるが、最終決定は自分たちで行う
・譲渡に必要な物件写真撮影や間取図作成、応募者募集は行政が行う

移住希望者にも助成。不動産会社だけでなく、周囲の企業にも好影響

一方で、取得希望者にも安全な住まいを用意するよう、配慮しています。

「どんな建物でも0円空家バンクに登録できるのか、というとそうではありません。われわれが現地調査を行い、損傷度や危険性に応じて1から4ランクまで判定します。居住するには危険がないと判断でき、なおかつ不動産会社が取り扱わないものを0円空家バンクに登録し、希望者を募るのです。一方で100万円~500万円など価格がつきそうなものは、不動産会社を紹介し、扱ってもらっています。逆に不動産会社から行政に相談して、といわれることもあり、お互いに補い合っている関係です」(金盛さん)

また、0円空家バンクで上市町を知り、内見に来て土地を気に入り、中古住宅を購入して引越してくることもあるよう。

「上市町は、富山駅まで富山地方鉄道も利用できますし、行政や病院、学校、商業施設などもまとまっています。建物が0円というのでどんな山奥・へき地かと思ったら、コンパクトで便利そう、気に入ったとのお声を聞きます。0円空家バンクの住宅取得者には50万円が助成されますが、ほかにも若者・子育て世帯定住促進事業などの他の助成制度を使えば、住宅取得補助費用として最大360万円までもらえます」(金盛さん)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

「上市町0円空家バンク」は、充実した移住定住ポータルサイトをもっているほか、YouTubeでも情報発信をしており、首都圏はもちろん、関西、沖縄、海外からはアメリカやオーストラリア・ドバイなどからも申し込み・反響があったとか。基本は現地で内見しますが、難しい場合はオンラインで建物のルームツアーを行い、紹介しています。こうした「かゆいところに手が届く」あたりも成功の秘訣といえそうです。

こうした情報発信がうまくいき、一時期、不動産会社からは「上市町から売る土地・不動産がなくなった」とまでいわれたほど。もちろん、移住者が来てくれれば、家具や家電、リフォーム、カーテンなどの家財を購入する必要があり、地元企業にも還元されていきます。民間の不動産会社で利益が出せるものは民間で行い、行政にしかできないことに絞って行うというのも大きなポイントのようです。

移住者が近隣コミュニティと打ち解けるため、LINEを活用

上市町のこの0円空家バンクでは、今まで17号まで登録され、うち16物件が契約済みとなっています。(令和6年3月18日時点)そのなかには、建物の雑草対策としてヤギの飼育をはじめ、それをきっかけに子どもたちや近所の人とのつながりもでき、地域コミュニティにもすっかりと打ち解けたという移住者もいるそう。

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪がひろがります(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪が広がります(写真提供/上市町建設課)

「この制度を利用して移住してきた方からは、可処分所得と時間が増えたということをよく聞きます。通勤時間が短くなったり、テレワークをしたりすることで、家族といっしょに過ごす時間が増えた、また、住宅ローンや家賃に縛られずに使えるお金が増えたという声もありますね。水、お米、魚、野菜がおいしい、山が美しいと、改めて上市町の良さを教えてもらえることも多いですね」(金盛さん)

また、移住者がスムーズに地域コミュニティに打ち解けられるよう、LINEオープンチャット「ウェルカミ」を開設し、地域の情報を発信していて、住民情報交換、交流の場をつくっているとか。年1回にオフ会も行い、リアルとSNSの両方で移住支援を行っています。

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

<「上市町0円空家バンク」の移住者側のメリット>
・0円で土地、建物などが入手できる
・国内外の遠方、オンライン内見も可能
・移住後は地域コミュニティに打ち解ける仕組みも

「これが0円!?」 取材陣も驚愕(きょうがく)の0円空家の状態とは?

では、0円空家とはどのような物件なのでしょうか。実際に2物件を見学させてもらいました。まず、向かったのは上市駅近くの121平米、1962年(一部1972年)築の建物です。こちらは能登半島地震で被災された方が住むことが決定しています。店舗付き住宅だったようで、道路に面して建物がひらかれているのが特徴で、2階は和室となっています。建物全体に古さは感じるものの、キッチン、バス、トイレといった水回りをリフォームし、窓は二重窓にすれば、ぐっと住みやすくなるのが素人目にもわかります。

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関をあけるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関を開けるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイ状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイな状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして、もう一軒の0円空家を見学させていただきました。こちらは建物内部ではなく、外側から。土地と私道をあわせて約800平米、住宅220平米で間取り10DK、車庫と物置で50平米超になります。建物はいちばん古いもので1971年築、増改築を重ねていますが、まだまだ住めるというか、こんな立派な家が0円!?と驚きを隠せません。これが0円で住めるのであれば、私はなんのために都会で生きているのか、人生の価値基準が揺らぐ音がします。

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。目の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。眼の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

現在も取得希望者・空家登録者を募集中!制度はよりブラッシュアップして継続へ

この取り組み、以前から上市町に暮らす住民たちからも好評だとか。
「やはり隣家が空家だと、火事や、動物が住み着く、台風や雪などの自然災害での倒壊の危険など、不安が募るようです。若い世代に住んでもらえてうれしい、ほっとしたという声を聞きます」(金盛さん)

家は人が住んでいないとあっという間に劣化していきます。新しい人が入居し、手入れをしながら住んでもらえたら、これほどに幸せな出会いはありません。また、今回のような震災があった場合、被災者支援にも有効であることがわかりました。

上市町には、誰も居住していない、売買市場にも取引されていない空家が、現在、336戸ほどあるといいます(令和6年1月取材時点)。これを単なる「空家」だと思うと負債になりますが、この仕組みでマッチングが成立していけば、立派な「資源」であり、「伸びしろ」ということになります。金盛さんは、「まずは空家の所有者の方に登録してもらいたい」といい、今ある制度をよりブラッシュアップし、次世代につなげていくと意気込んでいます。

取材をしたあとには、制度そのものもすばらしいですが、「空家を所有する人」「移住を考えている人」のお困りごとを一つずつ解決していく、「ていねいさ」「人柄のよさ」が心に残りました。制度をつくるのも人ですが、運用するのも人。良い町を次世代に残していきたい、そんな思いが「上市町0円空家バンク」成功の秘訣だと思いました。

●取材協力
上市町移住・定住ポータルサイト
富山県上市町公式ホームページ

「0円空家バンク」等で転入者170人増! 家を手放したい人にもメリットあり、移住者フォローも手厚すぎる富山県上市町の取り組みが話題

「地方に空家があるなら、移住希望者に住んでもらえばいいんじゃない?」そんな誰もが空想する取り組みを実行に移し、大成功している自治体があります。富山県上市町です。では、どのようにして成功させたのでしょうか。現場を見学してきました。

0円空家バンクに希望者殺到。能登半島地震の被災者も受け入れ

富山県上市町は、富山駅から電車で約25分の約2万人の町(令和6年1月31日時点)です。町内の多くは山岳地で、名峰・剱岳があるほか、映画『おおかみこどもの雨と雪』(細田 守監督)の舞台になった町でもあります。以前、SUUMOジャーナルでは、「古民家をイメージした公営住宅が誕生!」という記事でもご紹介しました。

この上市町で2022年にはじまったのが「上市町0円空家バンク」(空家解消特別推進事業)です。仕組みとしてはとてもシンプルで、空家所有者の依頼・要望を受けて、行政が建物や土地の現地調査を行い、0円空家バンクに登録します。0円空家バンクを見て取得を希望する人を募集し、内覧会を実施したうえで、空家所有者が取得希望者を選定し、契約を締結、譲渡という流れになります。

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

空家所有者は無償で建物や土地を譲渡できるほか、相続手続き・不用品の処分費用として最大10万円の補助が受けられます。また、取得希望者は住宅が0円で手に入るだけでなく、定額50万円(所有権移転登記費用が発生する場合には贈与税など)の補助があり、さらに該当すれば移住定住の助成金を受け取れます。一方で上市町は空家の指導や特定などに人手を割く必要がなくなり、人口減少どころか定住者の増加、税収増も見込めます。

まさに三方良しの取り組みとあって、2022年度の制度スタートからすぐに人口増へとつながり、その年度のうちで転入者数が前年度より77人、2023年度にはさらに170人まで伸びています。なかでも県外転入者数は、2022年度に前年度の4.4倍となり、2023年度には2021年度の5.9倍まで増加しています。

また、今年1月に発生した能登半島地震の被災者も、2月にこの「0円空家バンク」を利用して移住につながりました。建物の所有者が「被災者の力になりたい」ということで、譲渡が決まったといいます。空き家が住まいという資源として活用できている、好事例といってよいでしょう。

空家を持つと“詰む”!? 所有者にも補助金を出す理由とは

「空家バンク」そのものは全国各地にありますが、ここまで成果が出ている自治体はなかなかありません。上市町の取り組みにはどういった特徴があるのでしょうか? 上市町建設課の金盛敬司主幹に話を聞きました。

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

「以前は、私は固定資産税を担当する部署にいたのですが、空家の所有者から、実家が空家になっているので手放したいという相談を受けていました。その後、現在の建設課に異動になったところ、できるだけ安く住まいを手に入れたい、空家を紹介してもらいたいというニーズがあることに気づきました。副町長からも大胆な取り組みを、という後押しもあり、不動産業者が取り扱わない『無料』の物件に絞って、町が紹介すればいいんじゃないか、という仕組みを思いつきました」と解説します。

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

不動産は売却額が200万円以下の場合、不動産会社が受け取れる仲介手数料の上限は「成約価格× 5%」+消費税と決められています。ただこの手数料では事業として利益を出すことができず、事実上、扱うことはほとんどありません。そのため、「0円でもいいから引き取ってほしい」という要望があっても流通することはなく、空き家として放置されてしまうのです。国は対策として、2023年より「相続土地国庫帰属制度※」をはじめましたが、手放すにも20万円もしくはそれ以上の「負担金」や各種手続きが発生するので、「手放すのにもお金がかかる……」と二の足を踏む人がいるといいます。

※相続土地国庫帰属制度/相続または遺贈(遺言によって特定の相続人に財産の一部または全部を譲ること)によって土地を相続した人が、土地を手放し、国庫に帰属させることを可能にした制度

空家・農地に十分な市場価値がない、売却に必要な図面や書類がない、国庫に帰属させようにもお金がかかる、建物を解体したくても解体費用が出せない、家庭や健康状態によっては家財や荷物の片付けができない。さらに思い入れのある家だからこそ、譲渡する相手は誰でもいいわけではない。経済面はもちろん、感情面も入り交じり、より問題を複雑にしています。「上市町0円空家バンク」では、こうした所有者の事情を考慮して空家所有者にも費用を助成し、譲渡先の決定権も所有者が決める制度です。

「空家所有者には、食器や仏壇、寝具、壊れた家電などは処分していただくことと、権利や担保は整理・抹消と相続してから登録していただくことを説明しています。一方で、タンスなどの大型家具に関しては利活用できることもありますので、そのままでよいですよとお伝えしています。間取図は法務局と固定資産税担当の部署で閲覧し、私が図面を作成します。写真も撮影して、0円空家バンクに登録。複数の応募者のなかから、基本的には直接会っていただき、この人なら、という方に譲渡を決めていただきます」(金盛さん)

空き家に残された立派な家財箪笥。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

空家に残された立派な家財たんす。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

これは、金盛さんが一級建築士でもあるからこその機動力です。ちなみに前述の映画監督の細田守さんとは中学の同級生で高校進学時に先生がこの2人を呼んで、美術の道を目指すように勧めたとか。出てくるエピソードにまたまたびっくりします。

<「上市町0円空家バンク」の空家所有者のメリット>
・家財の処分費用助成がある
・譲渡相手を見つけてもらえるが、最終決定は自分たちで行う
・譲渡に必要な物件写真撮影や間取図作成、応募者募集は行政が行う

移住希望者にも助成。不動産会社だけでなく、周囲の企業にも好影響

一方で、取得希望者にも安全な住まいを用意するよう、配慮しています。

「どんな建物でも0円空家バンクに登録できるのか、というとそうではありません。われわれが現地調査を行い、損傷度や危険性に応じて1から4ランクまで判定します。居住するには危険がないと判断でき、なおかつ不動産会社が取り扱わないものを0円空家バンクに登録し、希望者を募るのです。一方で100万円~500万円など価格がつきそうなものは、不動産会社を紹介し、扱ってもらっています。逆に不動産会社から行政に相談して、といわれることもあり、お互いに補い合っている関係です」(金盛さん)

また、0円空家バンクで上市町を知り、内見に来て土地を気に入り、中古住宅を購入して引越してくることもあるよう。

「上市町は、富山駅まで富山地方鉄道も利用できますし、行政や病院、学校、商業施設などもまとまっています。建物が0円というのでどんな山奥・へき地かと思ったら、コンパクトで便利そう、気に入ったとのお声を聞きます。0円空家バンクの住宅取得者には50万円が助成されますが、ほかにも若者・子育て世帯定住促進事業などの他の助成制度を使えば、住宅取得補助費用として最大360万円までもらえます」(金盛さん)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

「上市町0円空家バンク」は、充実した移住定住ポータルサイトをもっているほか、YouTubeでも情報発信をしており、首都圏はもちろん、関西、沖縄、海外からはアメリカやオーストラリア・ドバイなどからも申し込み・反響があったとか。基本は現地で内見しますが、難しい場合はオンラインで建物のルームツアーを行い、紹介しています。こうした「かゆいところに手が届く」あたりも成功の秘訣といえそうです。

こうした情報発信がうまくいき、一時期、不動産会社からは「上市町から売る土地・不動産がなくなった」とまでいわれたほど。もちろん、移住者が来てくれれば、家具や家電、リフォーム、カーテンなどの家財を購入する必要があり、地元企業にも還元されていきます。民間の不動産会社で利益が出せるものは民間で行い、行政にしかできないことに絞って行うというのも大きなポイントのようです。

移住者が近隣コミュニティと打ち解けるため、LINEを活用

上市町のこの0円空家バンクでは、今まで17号まで登録され、うち16物件が契約済みとなっています。(令和6年3月18日時点)そのなかには、建物の雑草対策としてヤギの飼育をはじめ、それをきっかけに子どもたちや近所の人とのつながりもでき、地域コミュニティにもすっかりと打ち解けたという移住者もいるそう。

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪がひろがります(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪が広がります(写真提供/上市町建設課)

「この制度を利用して移住してきた方からは、可処分所得と時間が増えたということをよく聞きます。通勤時間が短くなったり、テレワークをしたりすることで、家族といっしょに過ごす時間が増えた、また、住宅ローンや家賃に縛られずに使えるお金が増えたという声もありますね。水、お米、魚、野菜がおいしい、山が美しいと、改めて上市町の良さを教えてもらえることも多いですね」(金盛さん)

また、移住者がスムーズに地域コミュニティに打ち解けられるよう、LINEオープンチャット「ウェルカミ」を開設し、地域の情報を発信していて、住民情報交換、交流の場をつくっているとか。年1回にオフ会も行い、リアルとSNSの両方で移住支援を行っています。

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

<「上市町0円空家バンク」の移住者側のメリット>
・0円で土地、建物などが入手できる
・国内外の遠方、オンライン内見も可能
・移住後は地域コミュニティに打ち解ける仕組みも

「これが0円!?」 取材陣も驚愕(きょうがく)の0円空家の状態とは?

では、0円空家とはどのような物件なのでしょうか。実際に2物件を見学させてもらいました。まず、向かったのは上市駅近くの121平米、1962年(一部1972年)築の建物です。こちらは能登半島地震で被災された方が住むことが決定しています。店舗付き住宅だったようで、道路に面して建物がひらかれているのが特徴で、2階は和室となっています。建物全体に古さは感じるものの、キッチン、バス、トイレといった水回りをリフォームし、窓は二重窓にすれば、ぐっと住みやすくなるのが素人目にもわかります。

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関をあけるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関を開けるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイ状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイな状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして、もう一軒の0円空家を見学させていただきました。こちらは建物内部ではなく、外側から。土地と私道をあわせて約800平米、住宅220平米で間取り10DK、車庫と物置で50平米超になります。建物はいちばん古いもので1971年築、増改築を重ねていますが、まだまだ住めるというか、こんな立派な家が0円!?と驚きを隠せません。これが0円で住めるのであれば、私はなんのために都会で生きているのか、人生の価値基準が揺らぐ音がします。

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。目の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。眼の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

現在も取得希望者・空家登録者を募集中!制度はよりブラッシュアップして継続へ

この取り組み、以前から上市町に暮らす住民たちからも好評だとか。
「やはり隣家が空家だと、火事や、動物が住み着く、台風や雪などの自然災害での倒壊の危険など、不安が募るようです。若い世代に住んでもらえてうれしい、ほっとしたという声を聞きます」(金盛さん)

家は人が住んでいないとあっという間に劣化していきます。新しい人が入居し、手入れをしながら住んでもらえたら、これほどに幸せな出会いはありません。また、今回のような震災があった場合、被災者支援にも有効であることがわかりました。

上市町には、誰も居住していない、売買市場にも取引されていない空家が、現在、336戸ほどあるといいます(令和6年1月取材時点)。これを単なる「空家」だと思うと負債になりますが、この仕組みでマッチングが成立していけば、立派な「資源」であり、「伸びしろ」ということになります。金盛さんは、「まずは空家の所有者の方に登録してもらいたい」といい、今ある制度をよりブラッシュアップし、次世代につなげていくと意気込んでいます。

取材をしたあとには、制度そのものもすばらしいですが、「空家を所有する人」「移住を考えている人」のお困りごとを一つずつ解決していく、「ていねいさ」「人柄のよさ」が心に残りました。制度をつくるのも人ですが、運用するのも人。良い町を次世代に残していきたい、そんな思いが「上市町0円空家バンク」成功の秘訣だと思いました。

●取材協力
上市町移住・定住ポータルサイト
富山県上市町公式ホームページ