名建築ホテルの実測スケッチがエモいとSNSで話題! 朝食やアメニティも実測する遠藤慧さんの制作現場に密着 「all day place shibuya」東京都渋谷区

ホテルの実測スケッチがSNSで人気を集め、2023年8月に『東京ホテル図鑑』(学芸出版社)として書籍化が実現した一級建築士・カラーコーディネーターの遠藤慧さん。実測スケッチとは、建築物などの対象物を観察しメジャーなどでそのさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んだもの。初の著書には、「アマン東京」「帝国ホテル」など人気の名建築ホテルがたっぷり収録されています。どのような視点で実測スケッチを描いているのか? ホテルの実測スケッチに密着し、建築スケッチに込めた思いをたっぷり語ってもらいました。

遠藤慧さん。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中(写真撮影/池田礼)

遠藤慧さん。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中(写真撮影/池田礼)

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水彩スケッチ集『東京ホテル図鑑』で楽しむ名建築『東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社)(画像提供/遠藤慧さん)

『東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社)(画像提供/遠藤慧さん)

「HOTEL K5」「アマン東京」「K5」「山の上ホテル」「hotel Siro」など東京・近郊で人気のホテルを収録(画像提供/遠藤慧さん)

「HOTEL K5」「アマン東京」「山の上ホテル」「hotel Siro」など東京・近郊で人気のホテルを収録(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんは、建築事務所に勤めていたころ、設計のリサーチとしてホテルの実測スケッチを描きはじめました。デザインの勉強のためにホテルを実際に訪れ、建築家が建てた空間を体験しながら描いたスケッチは、現在までに30枚以上! 丁寧に描き込まれた実測スケッチからは、建築を慈しむ遠藤さんの眼差しや感動が伝わってきます。初の著書となる『東京ホテル図鑑』には、2020~2023年、宿泊して描いた23のホテルの実測スケッチを収録。見開きに1つのホテルの要素を詰め込んだ図鑑のような仕上がりです。

見開きページでホテルの1ルームの空間を表現。左ページにはパース(遠近法で描いた線画)、右ページに平面図、中央付近にアメニティを描いた例(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン:乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

見開きページでホテルの1ルームの空間を表現。左ページにはパース(遠近法で描いた線画)、右ページに平面図、中央付近にアメニティを描いた例(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

実測したホテルの写真と解説、スケッチの参考にした色や素材のリストも掲載(アマン東京 設計:大成建設、インテリアデザイン:ケリー・ヒル・アーキテクツ)(画像提供/遠藤慧さん)

実測したホテルの写真と解説、スケッチの参考にした色や素材のリストも掲載(アマン東京 設計:大成建設、インテリアデザイン:ケリー・ヒル・アーキテクツ)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんが図鑑的なスケッチを描くようになったきっかけは、東京藝術大学美術学部建築科の授業「建築と表現」の課題でした。

その時試みたのは、建築の空間を表現する際、1つの側面だけではなく、断面や置いてある植物など空間を構成している全てを1枚に収めたスケッチを描くことでした。指導担当の中山英之教授から「君がやりたいのは図鑑なんだよ」と指摘され、遠藤さんはハッとしたと言います。子どものころ、図鑑が好きだったことを思い出したのです。例えば、小学館の図鑑シリーズでは、「タンポポ」のページを見ると、花の断面や蕾から開いていく様子、植物学的な分類、タンポポの花を使った草遊びまで、あらゆる事象がタンポポを説明するものとして、1ページに収められています。幼い遠藤さんにはそれがとても美しく思えたのです。

遠藤さんの実測スケッチには、真上から見た平面図、建物を縦に切った時の断面図、立体的に表現されたパースなどが1枚に収められ、さまざまな角度からホテルの魅力を伝えています。シャンプーや歯ブラシなどのアメニティやフードを描いたマニアックなスケッチも! 情報量が多く、見飽きることがありません。

限られたスペースに機能とデザインを両立させた収納や洗面台は必ずスケッチ。タオル入れやコンセントの配置も描いたスケッチ(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

限られたスペースに機能とデザインを両立させた収納や洗面台は必ずスケッチ。タオル入れやコンセントの配置も描いたスケッチ(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン:乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんの琴線に触れたものは描かれる運命。ルームキーや部屋に飾ってある花も(山の上ホテル 建築設計:ヴォーリズ建築事務所ウィリアム・メレル・ヴォーリズ/現一粒社ヴォーリズ建築事務所)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんの琴線に触れたものは描かれる運命。ルームキーや部屋に飾ってある花も(山の上ホテル 建築設計:ヴォーリズ建築事務所ウィリアム・メレル・ヴォーリズ/現一粒社ヴォーリズ建築事務所)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ(設計・施工:UDS)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ(設計・施工:UDS)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチを描いた縁で、ホテルのコンセプトブックのイラストを担当。美しい絵本をめくっているよう(写真撮影/池田礼)

「hotel hisoca」の実測スケッチを描いた縁で、ホテルのコンセプトブックのイラストを担当。美しい絵本をめくっているよう(写真撮影/池田礼)

遠藤さん、一体どうやって描いているんですか!? そこで、実際に宿泊して実測スケッチする過程を見せてもらうことに。著書にも登場する「all day place shibuya」実測スケッチに同行。書籍に収録されているのは、2022年12月、ダブルルームに宿泊し、実測スケッチしたものです。今回は、スイートルームの実測スケッチを行います。

使われている色や素材から設計者の意図を探る

JR渋谷駅から徒歩5分、高低差のある道路に挟まれた角地に立つ「all day place shibuya」。2階のレセプションに、小さなジュラルミンのキャリーケースをひいて現れた遠藤さん。「初めて泊まるお部屋を描けるのがとっても楽しみ!」とにっこり。2回目の来訪ですが、初めて訪れた時のホテルの印象はいかがでしたか。

「一番魅力的に感じたのは、道路との高低差を段状のベンチや花壇で上手く調整しながら、屋外空間をつくっているところです。誰でもするっと入っていけるポケットパークのよう。街にとっても素敵なことだと思います」(遠藤以下略)

街に開きながら囲われた感もあり、ベンチには、コーヒーやビールを手に語り合う人々の姿がありました。

高低差のある道路に囲まれているがレベル差を活かしたエントランス(写真撮影/池田礼)

高低差のある道路に囲まれているがレベル差を活かしたエントランス(写真撮影/池田礼)

床やベンチ、花壇の立ち上がりには緑色のタイルを使用(写真撮影/池田礼)

床やベンチ、花壇の立ち上がりには緑色のタイルを使用(写真撮影/池田礼)

2022年にダブルルームに宿泊した時描いたスケッチ(all day place shibuya 企画・設計・運営:UDS、客室インテリアデザイン:DDAA)(画像提供/遠藤慧さん)

2022年にダブルルームに宿泊した時描いたスケッチ(all day place shibuya 企画・設計・運営:UDS、客室インテリアデザイン:DDAA)(画像提供/遠藤慧さん)

「とても素敵なのは、エントランスに入った時の体験が途切れずに2階まで続いていくこと! 1階のカフェの床に使われている緑色のタイルは、屋外やエレベーターの中まで連続していて、内外が繋がっているんです。多治見の美濃焼を使ったオリジナルのタイルは、色むらが本当にきれいで、街とホテルをグラデーショナルに繋いでくれています」

植栽と相まってイメージカラーの緑が強調されている(写真撮影/池田礼)

植栽と相まってイメージカラーの緑が強調されている(写真撮影/池田礼)

色むらが美しい緑色のタイルがエレベーターの床まで連続している(写真撮影/池田礼)

色むらが美しい緑色のタイルがエレベーターの床まで連続している(写真撮影/池田礼)

建物のインテリアデザインは、DDAA。ホテルのレセプションがある2階のレストランはPuddleによる設計です。

「素材の使い方などデザインコードが似ているので、建物全体に共通言語があると感じます。2階は土色のタイルを床と壁面の一部に用いたデザインですが、エントランスも、床と花壇の立ち上がり部分にタイルを使用していました。レセプションに置かれたアクリル板と金メッキの単管パイプを使った造作のテーブルがすごくカッコイイです!」
※デザインコード
「配置」「色」「形」「素材」など、空間の秩序を構成する「視覚的な約束事」

スタッフが常駐するコミュニケーションテーブルや季節のディスプレイを展示するテーブルは、DDAA・元木大輔さんによるオリジナル(写真撮影/池田礼)

スタッフが常駐するコミュニケーションテーブルや季節のディスプレイを展示するテーブルは、DDAA・元木大輔さんによるオリジナル(写真撮影/池田礼)

一級建築士でありカラーコーディネーターでもある遠藤さんだからこそ気づける視点はハッとすることばかり。解説をしながら壁やテーブルにそっと触れる遠藤さんは、物言わぬ建物と語り合っているように見えます。

「建築は、とても雄弁なんですよ。事前に資料も調べますが、訪れないとわからないことの方が多いんです。設計は箱だけつくるわけじゃなくて、過ごす人のことを考えて雰囲気も含め、トータルにデザインされています。滞在して、その場に身を置くことで、設計者の思いを辿っていきたいと思っています」

2階にあるピッツァ・ダイニング「GOOD CHEESE GOOD PIZZA」では、毎朝、清瀬の農場から届く新鮮な牛乳からつくったチーズを提供(写真撮影/池田礼)

2階にあるピッツァ・ダイニング「GOOD CHEESE GOOD PIZZA」では、毎朝、清瀬の農場から届く新鮮な牛乳からつくったチーズを提供(写真撮影/池田礼)

モーニングで選べる「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」は、もちもちとしたチーズとサーモン、アボカドのコンビネーション(写真撮影/池田礼)

モーニングで選べる「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」は、もちもちとしたチーズとサーモン、アボカドのコンビネーション(写真撮影/池田礼)

描くことで、ものをよく見ることができる

今回、実測スケッチをするのは、「Weekend Suite」(広さ53.7平米・定員2名)です。入室するやいなやドアに貼ってある避難経路図をまじまじと見る遠藤さん。

「フロアにある部屋の並びを確認しているんです。宿泊する部屋が、このフロアで一番多いタイプなのか特殊な位置づけなのか把握することから始めます」

ゆったりとしたソファスペース。22時までならゲストを呼んでパーティ等も可能(写真撮影/池田礼)

ゆったりとしたソファスペース。22時までならゲストを呼んでパーティ等も可能(写真撮影/池田礼)

感嘆の声をあげながら、メモをとったり、収納をのぞいたり、楽しそうな遠藤さん(写真撮影/池田礼)

感嘆の声をあげながら、メモをとったり、収納をのぞいたり、楽しそうな遠藤さん(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

ベッドルームから水回り、収納を見て回ります。ベッドとソファスペースの間にあるユニークな形のオブジェは、オリジナルデザインの照明でした。

「ホームページの写真で見た時は何だろう?と思っていましたが、ベッドとソファスペースの仕切りとしてとても良いですね。金属ブラインドの透け感が良い感じ。ぐにゃぐにゃ柔らかそうな照明でとてもかわいいです」

ベッドルームの壁には首都高をモチーフに制作されたアート(作:安田昴弘氏)が飾られています。以前遠藤さんが宿泊したダブルルームと同様に本棚などの什器には緑色のメラミン化粧板が使われていました。

コーヒーにまつわる本が置かれたシェルフには、コーヒー豆やミルも用意されている(写真撮影/池田礼)

コーヒーにまつわる本が置かれたシェルフには、コーヒー豆やミルも用意されている(写真撮影/池田礼)

積層合板を小口に現したメラミン化粧板の棚。右は壁や床の色や素材を示したもの(画像提供/遠藤慧さん)

積層合板を小口に現したメラミン化粧板の棚。右は壁や床の色や素材を示したもの(画像提供/遠藤慧さん)

「部屋に使用されているメラミン化粧板の緑色は、共用部のタイルの緑色とは印象も実際の色味も違いますが、他の素材がグレーや黒などの無彩色系なので、テーマカラーのグリーンがとてもきれいに伝わってきます。広いお部屋で見ると深い色に見え、本棚の天板が外の光やアートの色をほのかに反射して美しいです。入り巾木や造作家具の収まり、カーテンの見せ方など、ものとものとの取り合いが良いですね。壁面が真っ白ではなくてほんの少しグレーで、自然光を柔らかく広げていて、とても良い見え方になっています」

ホテルの担当者から、ひととおり、部屋の説明を受けたあと、実測がスタート。キャリーケースから次々と道具を取り出します。実測に使うのは、レーザー距離計と金属製のメジャー、色見本帳のほか見慣れない道具も。

左回りに、レーザー距離計、三角スケール、スコヤ(直定規)、コンベックス(金属製メジャー)、色見本帳(写真撮影/池田礼)

左回りに、レーザー距離計、三角スケール、スコヤ(直定規)、コンベックス(金属製メジャー)、色見本帳(写真撮影/池田礼)

「レーザー距離計は部屋の外形など長い距離を測る時に便利です。椅子の高さなど中距離はメジャー、小さな厚みなどはノギス。コップなどの厚みや丸いものの径を測る時に使います」

慣れた手つきでレーザー距離計を壁にあてる遠藤さん。ベッドルームとソファスペースの長辺の長さは7m以上! 実測すると部屋の端から端まで想像以上の距離があり、どうりで広いはずだ!と納得。

「空間を何となく見ているだけでは描けないんです。構造がどうなっているのか理解するために、さまざまな角度からよく見るようにしています」

「後ろが窓になっているのが清々しくてとても良いですね」と遠藤さんお気に入りの洗面所(写真撮影/池田礼)

「後ろが窓になっているのが清々しくてとても良いですね」と遠藤さんお気に入りの洗面所(写真撮影/池田礼)

実測したら、最終的なレイアウトをイメージしながら、スケッチブックにおおよそのレイアウトや気になった家具などを描き、寸法を入れていきます。部屋の規模にもよりますが、その後の下書きやペン入れ、水彩による着彩は自宅で行うことが多いそうです。

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

今回は、スケッチブックにひと晩でこんなに描き込んだというから驚きです(画像提供/遠藤慧さん)

今回は、スケッチブックにひと晩でこんなに描き込んだというから驚きです(画像提供/遠藤慧さん)

描きたいのは、コップではなくコップが置かれた空間編集部に届いた実測スケッチ。設計者やデザイナーの思いと遠藤さんの感動が響き合い、生まれた1枚(画像提供/遠藤慧さん)

編集部に届いた実測スケッチ。設計者やデザイナーの思いと遠藤さんの感動が響き合い、生まれた1枚(画像提供/遠藤慧さん)

完成した実測スケッチを見た瞬間、思わず、ため息がこぼれました。紙面を大胆に使ってソファスペースからベッドルームのパースが描かれています。1階のクラフトビールバーのグラスには高さや幅のサイズが書かれ、「使ってみて欲しくなった!」という備えつけのソーダサーバーまで事細かに描かれています。

左下は、「カッコ良すぎる」と遠藤さんが感じたローテーブル。古材とアクリル板、荷紐のベルトなど素材についてのメモも(画像提供/遠藤慧さん)

左下は、「カッコ良すぎる」と遠藤さんが感じたローテーブル。古材とアクリル板、荷紐のベルトなど素材についてのメモも(画像提供/遠藤慧さん)

壁と床の間にある巾木の素材や壁や家具の足まわりなども事細かに。神は細部に宿るとはまさにこのこと!(画像提供/遠藤慧さん)

壁と床の間にある巾木の素材や壁や家具の足まわりなども事細かに。神は細部に宿るとはまさにこのこと!(画像提供/遠藤慧さん)

チーズのとろとろが見事に描写された「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」。ピンクペッパーがピリッ(画像提供/遠藤慧さん)

チーズのとろとろが見事に描写された「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」。ピンクペッパーがピリッ(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さん、こんな目線で見ていたんだ……と驚くと共に、自宅のようにくつろいだ部屋の印象が蘇りました。

「空間の雰囲気が伝わったなら、とても嬉しいです。例えば、コップがあった時、私が描こうとしているのは、コップそのものじゃなくて、コップが置かれている空間です。何となくこの部屋いいなと思う時、その理由が1つだけということはあまりないと思います。コップのそばに置いてある食べ物だったり、その後ろにある窓からの光だったり、全部ひっくるめて、良いなと感じているはず。部屋を訪れた時の印象をどうやったら表現できるんだろう? と思って辿り着いたのが、図鑑的にいろんな断面を見せる実測スケッチだったのです」

カーテンを開けた時の感動が伝わってくる(帝国ホテル東京 設計:高橋貞太郎/本館、インテリアコーディネート:ジュリアン・リード/本館インペリアルフロア)(画像提供/遠藤慧さん)

カーテンを開けた時の感動が伝わってくる(帝国ホテル東京 設計:高橋貞太郎/本館、インテリアコーディネート:ジュリアン・リード/本館インペリアルフロア)(画像提供/遠藤慧さん)

実測スケッチ風ホテルステイの楽しみ方

最後に、『東京ホテル図鑑』をもっと楽しむ方法や自分に合ったホテルを選ぶポイントを教えてください。

「SNSには『本は、汚さないように大切にします!』と言ってくださる方もいて有難いのですが、自分で訪れたホテルの感想を書き込んだりして使い込んでもらっても嬉しいです。建築資料として参照できるつくりにこだわったので、自分もとても役立っています。『どうやってホテルを見つけていますか?』という質問もよく受けますが、私は、素敵だなと思ったホテルに巡り合ったら、設計者やデザイナー、運営会社をチェックして、同じ系列のホテルに行ってみたりすることもあります」

表紙カバーの裏には、遠藤さんからのサプライズが。本の中で紹介したホテルの平面図が同じスケールで、入り口の向きをそろえて面積順にズラリ(写真撮影/池田礼)

表紙カバーの裏には、遠藤さんからのサプライズが。本の中で紹介したホテルの平面図が同じスケールで、入り口の向きをそろえて面積順にズラリ(写真撮影/池田礼)

本に紹介されている部屋と同じ部屋に泊まって、遠藤さんが感じたことを追体験したり、スケッチとの違いを感じたりしても楽しそう! 逆に実測スケッチされていない部屋に泊まるのもアリ。こういうパターンのデザインもあるんだ!など気づきがありそうです。

遠藤さんが実測スケッチを描くモチベーションは、「行ってめちゃくちゃ良かった!」という自分の感想を伝えたいというシンプルな思いです。

「こういう風に描いたら良さが伝わるんじゃないかと思いつくと、ワクワクするんですよ。スケッチを見た人から『行ってみたくなった!』というコメントが届くとすごく嬉しいですね」

建築をよく見て思いを込めて描くからこそ、遠藤さんは、設計者やデザイナーが建物に込めた物語を見つけることができるのでしょう。

『東京ホテル図鑑』のスケッチからは、街とホテル、雰囲気や居心地のデザインなど当たり前に過ごしていた空間がどのようにつくられているのかを学ぶことができます。「いつか海外のホテルを実測スケッチして本を出したい」と語った遠藤さん。以前、「all day place shibuya」の担当者が、レセプションで『東京ホテル図鑑』を展示したところ、海外のお客さんに大反響だったそう。夢が叶う日はそう遠くないかもしれません。

●取材協力
・遠藤慧(X:Twitter)
・all day place shibuya

名建築ホテルを実測スケッチで味わう。「アマン東京」「LANDABOUT TOKYO」「hotel hisoca」など 一級建築士 遠藤慧さん

ホテルの実測スケッチがSNSで人気を集めている一級建築士・カラーコーディネーターの遠藤慧さん。実測スケッチとは、建築物などの対象物を観察しメジャーなどでそのさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んでいくものです。「アマン東京」「hotel hisoca」「LANDABOUT TOKYO」など写真ではなくイラストでホテルを図解することで見えてきた名建築の魅力をインタビューしました。

「OMO5」、「山の上ホテル」、「hotel siro」、「MUJI HOTEL」など国内外のホテルを訪れて描いた実測スケッチ(画像提供/遠藤慧さん)

「OMO5」、「山の上ホテル」、「hotel siro」、「MUJI HOTEL」など国内外のホテルを訪れて描いた実測スケッチ(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤慧さん(写真撮影/YUTA ITAGAKI)

遠藤慧さん(写真撮影/YUTA ITAGAKI)

ホテルは寝食住のデザインをまるっと体験できる場所

――実測スケッチからは、遠藤さんがホテルを訪れたときの感動が伝わってくるようです。国内外のメディアにも紹介され、人気を博していますが、ホテルをスケッチしようと思ったきっかけを教えてください。

遠藤慧さん(以下、遠藤):ホテルの実測スケッチは、建築事務所に勤めていたころ、設計のリサーチとしてはじめました。建築をなりわいにしている人は、デザインの勉強のために実際の建物を訪れることがよくあります。建築家が建てた空間を体験したいと思ったときに、例えば個人宅は公開されていないので、見学するのはハードルが高いですよね。美術館や図書館などの公共施設やレストランは誰でも行けますが、他の人もいるし、基本は夜閉館時間になったら出なくてはいけません。

丸一日その場所に滞在し、ご飯を食べて、お風呂に入って、就寝まで過ごして、デザインを丸ごと体感できるのがホテル(宿泊施設)の良いところだと思っています。部屋で実測していても誰からも変な目で見られないのも良いところです(笑)。

――遠藤さんは、その後も、数多くのホテルを訪れ、30枚以上に及ぶ実測スケッチを描いてSNSで公開されています。ホテルのどこに惹かれたのでしょうか?

遠藤:ホテルってすごいんですよ。建物のデザインはもとより、インテリア、家具、アメニティー、食器、パンフレットや部屋番号のサインに至るまで総合的にブランディングされ、デザインされているところが多いです。特に最近のホテルは体験をデザインすることに重きを置いていて、一つ一つのアイテムにこだわりがあり、食事などもホテルの過ごし方に合ったメニューが用意されています。大袈裟に言えば、ホテルは、「寝食住」のデザインを一番コンパクトに、まるっと体験できる場所だと思っています。

ホテルのコンセプトが体現されているアメニティーをスケッチすることも。「hotel hisoca」のアメニティーは、コンセプトカラーに合わせてセレクトされているのがかわいい(画像提供/遠藤慧さん)

ホテルのコンセプトが体現されているアメニティーをスケッチすることも。「hotel hisoca」のアメニティーは、コンセプトカラーに合わせてセレクトされているのがかわいい(画像提供/遠藤慧さん)

食器などを含め総合的にプロデュースされた食事も描く。「アマン東京」の朝食は、直径85cmのテーブルぴったりにお皿が並ぶさまが壮観(画像提供/遠藤慧さん)

食器などを含め総合的にプロデュースされた食事も描く。「アマン東京」の朝食は、直径85cmのテーブルぴったりにお皿が並ぶさまが壮観(画像提供/遠藤慧さん)

――実測スケッチはどのような過程で描かれていくのでしょうか? 

遠藤:チェックインをすませたら、部屋を歩き回って観察して、気になったところをどんどんスケッチしていきます。メジャー、レーザー距離計で実測して寸法値を書き込んだあと、それをもとに鉛筆で下書き・ペン入れをします。水彩絵の具での着彩は帰宅後に行い、細かい寸法などを描き込んで仕上げます。1枚描くのに8~10時間ほどかかっていると思います。

宿泊中は色見本帳(※1)で内装の色を測ったり、水栓金物や家具などのメーカーもチェック。せっかく良いホテルに来て観察ばかりしていてはもったいないので、カフェに行っておやつを食べたり、プールやスパ、レストランなどに行ってホテルステイを堪能します。

※1/ここでは日本塗料工業会が発行している「日塗工色見本帳」のこと。建築物・景観設備・インテリアカラーや日本工業規格(JIS)で定められた色などの実用色を多く収録しているので、建築の色を測る際に便利。

着彩を行うための作業台と色見本帳(画像提供/遠藤慧さん)

着彩を行うための作業台と色見本帳(画像提供/遠藤慧さん)

最初は寸法を測らず、間取りと“すてき”だと感じた場所を描く。その後、実測した数値を書き込んでいく(画像提供/遠藤慧さん)

最初は寸法を測らず、間取りと“すてき”だと感じた場所を描く。その後、実測した数値を書き込んでいく(画像提供/遠藤慧さん)

間取りだけでなく体感した居心地のよさを描き込みたい

――実測スケッチは、1枚に平面図とパースで構成されていますね。

遠藤:子どものころ、小学館の図鑑を眺めるのが大好きでした。スケールの違うものや、時間軸、表や文字など、ある項目にまつわるあらゆる切り口の情報が、等価にレイアウトされて1ページに収まっているのが好きだったんです。そんな「図鑑」を自分でも作ってみたい、という気持ちがあります。

「hotel hisoca」の実測スケッチ。部屋を真上から見た平面図と遠近法で家具などが描かれたパースが図鑑のように1枚に表現されている(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ。部屋を真上から見た平面図と遠近法で家具などが描かれたパースが図鑑のように1枚に表現されている(画像提供/遠藤慧さん)

――配置を描いた平面図だけでなく、家具や窓からの眺めなどのパースがあることで、写真だけではわからない部屋の雰囲気までも伝わってきます。

遠藤: どのホテルのスケッチにも平面図は絶対に入れるようにしています。縮尺を設定して描いているので他のホテルとの比較がしやすいし、お部屋全体を一番網羅的に表現できます。空間のイメージはパース(建物の外観や内部を立体的に描いた透視図)や立体的な絵のほうがわかりやすいので、平面図で表せなかった部分を意識して付け加えています。客室で体験したことをギュッとまとめて見せられるような構図を目指しています。

「hotel hisoca」の平面スケッチ。客室内に個室サウナを備えたプランが特徴的。バスタブやキングサイズベッドまであらゆる寸法が記入されている(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の平面スケッチ。客室内に個室サウナを備えたプランが特徴的。バスタブやキングサイズベッドまであらゆる寸法が記入されている(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の上品な色で統一された客室。ホテルのブランドカラーは、dusty pink(くすんだピンク)とdusty green(くすんだグリーン)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

「hotel hisoca」の上品な色で統一された客室。ホテルのブランドカラーは、dusty pink(くすんだピンク)とdusty green(くすんだグリーン)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

遠近法で部屋の様子を描いたパース。照明器具が組み込まれたベッドのヘッドボード回りの寸法がよくわかる(画像提供/遠藤慧さん)

遠近法で部屋の様子を描いたパース。照明器具が組み込まれたベッドのヘッドボード回りの寸法がよくわかる(画像提供/遠藤慧さん)

オリジナルファニチャーのパース。洋服掛けについて「両側から使えるのがとてもヨイ!」と感想もメモしている(画像提供/遠藤慧さん)

オリジナルファニチャーのパース。洋服掛けについて「両側から使えるのがとてもヨイ!」と感想もメモしている(画像提供/遠藤慧さん)

池袋にある「hotel hisoca」。「ホテルのコンセプトカラーであるくすんだピンクとグリーンが、建物、家具、アメニティーなどすべてに徹底されているのが素晴らしかったです」(遠藤)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

池袋にある「hotel hisoca」。「ホテルのコンセプトカラーであるくすんだピンクとグリーンが、建物、家具、アメニティーなどすべてに徹底されているのが素晴らしかったです」(遠藤)(画像提供/ナカサアンドパートナーズ)

描くことで設計者がデザインに込めた物語が見えてくる

――建築士・カラーコーディネーターとしてどのような視点でホテルを見ていますか?

遠藤:仕事で自分でも建築設計やカラーコーディネートを行っているので、それに活かしたいと思いながら見ています。ホテルによって客層や目指している方向性が全然違いますし、どのようにしてデザインに落とし込んだのかとか、いろんな制約をどうやって乗り越えているのか……と思いながら見ていますね。歴史があるホテルも、新しいホテルも、ブランドに対して並々ならぬこだわりと企業努力があって、たくさんの物語があるんですよ。興味をもって調べたり聞いたりするといくらでもそういうのが出てくるので面白いです。

LANDABOUT TOKYOの実測スケッチ。カラフルな内装は、まちの色や素材をサンプリングしたものだという。「アメニティー、食事も同じ世界観で統一されていておしゃれ」(遠藤)(画像提供/遠藤慧さん)

LANDABOUT TOKYOの実測スケッチ。カラフルな内装は、まちの色や素材をサンプリングしたものだという。「アメニティー、食事も同じ世界観で統一されていておしゃれ」(遠藤)(画像提供/遠藤慧さん)

鮮やかなピンク色の床が特徴的。ベッドは小上がりに設置されていることで空間が広く感じられる(画像提供/遠藤慧さん)

鮮やかなピンク色の床が特徴的。ベッドは小上がりに設置されていることで空間が広く感じられる(画像提供/遠藤慧さん)

企画・内装デザインは、「株式会社HAGI STUDIO」(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

企画・内装デザインは、「株式会社HAGI STUDIO」(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

「LANDABOUT TOKYO」のエントランス。入ると地域に開かれたパブリックなカフェラウンジがある(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

「LANDABOUT TOKYO」のエントランス。入ると地域に開かれたパブリックなカフェラウンジがある(画像提供/Hajime Kato 加藤甫)

図解スケッチやホテルのおすすめの楽しみ方

――実測スケッチで伝えたいことは?

遠藤:設計者はみんな心を尽くして設計をしていますから、その片鱗がスケッチから少しでも伝わったらいいなと思います。私は、体感した空間を図にすることで理解しているんだと思います。描くことの良い点は、ものをよく見ることができること。描いてみると、いかに普段自分がぼんやりとしかものを見ていないのかわかるんですよね。構造がどうなっているのかわからないと描くことはできないんですよ。なんとなくだと描けない。上手い下手とはまた別の話です。

「アマン東京」の実測スケッチ。遠藤さんが驚いたのは、部屋の中央にベッドがあること。ベッドやテーブルのセンターラインに対してライトや椅子、ソファがシンメトリーに配置されている(画像提供/遠藤慧さん)

「アマン東京」の実測スケッチ。遠藤さんが驚いたのは、部屋の中央にベッドがあること。ベッドやテーブルのセンターラインに対してライトや椅子、ソファがシンメトリーに配置されている(画像提供/遠藤慧さん)

ソファのある窓際は、ベッドのある床から一段下がっている。「視界をさえぎるものはなく、空が近かった!」という遠藤さんの感動が伝わってくるパース(画像提供/遠藤慧さん)

ソファのある窓際は、ベッドのある床から一段下がっている。「視界をさえぎるものはなく、空が近かった!」という遠藤さんの感動が伝わってくるパース(画像提供/遠藤慧さん)

伝統的な日本の住居からインスピレーションを得てデザインされた室内。「木の色と白、黒のほぼ3色だけでコーディネートされていることに感動」(遠藤さん)(画像提供/アマン東京)

伝統的な日本の住居からインスピレーションを得てデザインされた室内。「木の色と白、黒のほぼ3色だけでコーディネートされていることに感動」(遠藤さん)(画像提供/アマン東京)

部屋を描いたあとは、カフェやレストラン、スパなど共用部を楽しむ。プールサイドのベッドのイラストには、「水着のままあがってもOK」「めちゃやわらかいタオル」など体感したこともメモ(画像提供/遠藤慧さん)

部屋を描いたあとは、カフェやレストラン、スパなど共用部を楽しむ。プールサイドのベッドのイラストには、「水着のままあがってもOK」「めちゃやわらかいタオル」など体感したこともメモ(画像提供/遠藤慧さん)

スタイリッシュなデザインの美しいプール。窓の向こうには、東京の大パノラマが広がる(画像提供/アマン東京)

スタイリッシュなデザインの美しいプール。窓の向こうには、東京の大パノラマが広がる(画像提供/アマン東京)

――実測スケッチを見ていると、描かれているホテルに行ってみたくなります。ホテルの楽しみ方を教えてください。

遠藤:SNSでも、「写真を見るより雰囲気がわかる!」「行ってみたくなった!」という声をいただくことが多くてうれしいです。行く前にホテルの由来などを調べたり、受付にパンフレットなどがあればぜひ読んでみるのもおすすめです。ホテルのコンセプトや設計者が建物に込めた思いをより感じられると思います。最近は“ホカンス(ホテルでバカンス)”という言葉も流行り、ホテルで過ごすこと自体をおしゃれに楽しむという風潮もありますが、建物の美しさにも目を向けてみるとよりすてきな発見があると思います。ぜひ訪れて、一つ一つのホテルの物語を感じてもらいたいです。

●取材協力
・遠藤慧(Twitter)
・hotel hisoca
・LANDABOUT TOKYO
・アマン東京
・株式会社HAGI STUDIO