埼玉県民も驚いた!? 人口8000人の横瀬町が「住み続けたい街」に選ばれた理由

埼玉県の北西部、秩父郡に属する横瀬町。県内でも知名度が高いとはいえない街だが、「2021年 住み続けたい街(自治体/駅)ランキング首都圏版」(SUUMO調べ)でTOP50位以内にランクインした。埼玉県下に限れば、なんと4位! 人口8000人の横瀬町が、「なぜ住み続けたい」と思われているのか? どんな魅力が隠されているのか? その謎を紐解くべく、横瀬町で生まれ育ち、街づくりに関わる田端将伸さん(横瀬町役場まち経営課)に聞いてみた。

「横瀬町で何かやりたい人」をバックアップする仕組み

――さっそくですが、地域住民が投票した「住み続けたい街ランキング」にて、なぜ横瀬町が上位にランクインしたと思いますか?

田端将伸(以下、田端):じつは横瀬町では、数年前から官民が連携した街づくりプロジェクトを進めてきました。今回の埼玉県下で4位という結果は、それが少しずつ実を結びはじめている証ではないかと思います。

横瀬町職員の田端将伸さん(写真撮影/藤原葉子)

横瀬町職員の田端将伸さん(写真撮影/藤原葉子)

――どのような取り組みなのですか?

田端:まちづくりのアイデアを形にできるプラットフォーム「よこらぼ」を使い、さまざまなプロジェクトを行っています。個人、団体・企業を問わず、「横瀬町で何かをやってみたい」という熱意を持つ人が、「よこらぼ」を通じて、さまざまなことにチャレンジできるんです。

――なるほど。具体的なプロジェクトについて伺う前に、そもそも「よこらぼ」はどういった経緯で生まれたのですか?

田端:きっかけは富田町長と、ある起業家の立ち話からでした。「サービスのアイデアはあっても、それを実証する場がなかなかない。ぜひ、横瀬町でやらせてもらえないか?」という提案があったんです。当時、東京都内には数多くのベンチャー企業が台頭していましたが、同じような悩みを抱えている起業家は多かったようで。そのとき、これはチャンスかもしれないと考えたんです。

――なぜですか?

田端:どこの自治体も企業誘致を試みています。しかし、横瀬町のような山間地域に来てくれる企業って、なかなか見つからないんですよ。そこで、企業そのものを誘致するのは難しくても、「プロジェクト」を誘致することならできるかもしれないと考えました。

横瀬町を実証実験の場として積極的に活用してもらえば、人、物、お金、情報がどんどん入ってくるのではないかと。そこで、そのための窓口として2016年に「よこらぼ」を立ち上げました。そして、企業の実証実験だけでなく、個人にも「自分のやりたいこと」「横瀬町をよくすること」などを提案してもらうことにしたんです。

「小さな行政」の利点を生かし、ハイスピードでプロジェクトを回す

――立ち上げ当時の反響はいかがでしたか?

田端:最初に想定していた通り、都内のベンチャー企業による実証実験の応募が多かったです。例えば、「廃校など町の遊休スペースを貸し出すプロジェクト(採択No.02)」や「被写体中心の360度自由視点映像サービスの実証(採択No.20)」、都内のクリエイターたちがチームで挑んだ「中学生を対象としたキャリア教育プログラム(採択No.08)」などですね。応募が集まることで新聞やWebメディアなどでも紹介され、記事を見た企業が「うちもやりたい」と声を挙げてくれる、いい循環ができていました。ちなみに、現在までに189件の応募があり、そのうち108件を採択しています(2022年3月1日時点)。

世界初の特許技術、360度自由視点映像サービス「SwipeVideo」でフォームをチェック(画像提供/横瀬町)

世界初の特許技術、360度自由視点映像サービス「SwipeVideo」でフォームをチェック(画像提供/横瀬町)

都内のクリエイターによる、中学生を対象にした半年間のキャリア教育プログラム「横瀬クリエイティビティー・クラス」(画像提供/横瀬町)

都内のクリエイターによる、中学生を対象にした半年間のキャリア教育プログラム「横瀬クリエイティビティー・クラス」(画像提供/横瀬町)

――採択率およそ6割と、けっこう高いですね。「よこらぼ」に寄せられたアイデアはどのようなフローで採択しているのでしょうか?

田端:毎月、審査会を開き、町民代表や役場の職員らで審査をしています。早ければ、応募から約一ヶ月という早いスピードで各プロジェクトをスタートできるように心掛けています。このペースはずっと守り続けてきました。これは、小さな町、小さな行政だからこそできる強みといえるかもしれません。

――だから、5年で100件以上のプロジェクトを実行できたんですね。

田端:そうですね。また、スピードだけでなく横瀬町の「コミュニティの強さ」も、プロジェクトを進める上でプラスに働いていると思います。ここで何かしらのサービスの実証実験をやろうとすると、住民が積極的に協力して、実証のサービスや商品を使ってくれようとするんです。リアルな住民に使ってもらい、フィードバックを得られるのは、企業側にとっても魅力なのではないでしょうか。他にも、Wi-Fiなどが使える現地オフィスの提供、行政権限を生かした法的なサポートも行っています。

――手厚いですね。最近では、どんなプロジェクト事例がありますか?

田端:最近では「電動アシスト付きの手押し一輪車による、運搬労力の削減プロジェクト(採択No.107)」という事案がありました。そこで、農園と建設作業場に手押し一輪車を持っていき、実証を行ったんです。一見すると、どこででも実験可能な内容に思えますが、このような実証実験をしてくれる自治体は、ほぼないでしょう。

また、地方では農園も建設現場も、最近は労働力不足が深刻化しています。そこで、電動の手押し一輪車で重い荷物を運べるようになるだけでも、多少なりとも生産性は上がるはずです。地方の課題を解決しつつ、企業にとっても良いフィードバックが得られる。なおかつ、町民のためになり、横瀬町の知名度も上がる。こうした良いサイクルを生むプロジェクトが多いように思います。

手押し一輪車のタイヤを交換するだけで、電動化することができる(画像提供/横瀬町)

手押し一輪車のタイヤを交換するだけで、電動化することができる(画像提供/横瀬町)

――ただ、毎月の審査会でどんどん新しいプロジェクトが採択されるとなると、町民の協力を得るのも大変な気がしますが。

田端:そこは私たちのほうでも意識していて、いつも同じ町民ばかりにお声がけして負担が偏らないよう、案件ごとにご協力いただく方を調整しています。ただ、今は基本的にみなさん快く協力してくださいますね。確かに、最初は説明するのが大変だった時期もありました。例えば、「シェアリングエコノミーのプロジェクトです」と言っても、特にご高齢の方には伝わりづらいですよね。ですから、噛み砕いて分かりやすい言葉で丁寧に伝えることは意識していましたし、「よこらぼ」の冊子をつくるなどして、活動そのものへの理解を深めるように努めていました。

――それは根気が必要ですね……。

田端:ただ、全員に完璧に理解してもらってからやろうとすると、いつまでたっても前に進みません。ですから、そこにばかりエネルギーを注ぎすぎず、同時並行でプロジェクトを次々と回し、参加してもらうことで理解してもらいました。すると、結果的に町民が他の町民を巻き込むような形になり、「よこらぼ」自体の認知度や理解も深まっていったように思います。最近では、「何をやっているかは未だにわからないけど、この街を変えているんだよね」と言ってくださる人も多いです(笑)。

――町民も街の変化に気づいているんですか?

田端:そう思います。だからといって、今のところ暮らしが豊かになったとか、幸せになったかとか、具体的な何かがあるわけではありません。それは、まだまだ先の話。でも、隣町や少し離れた街の人から「横瀬を褒められる」ことがあり、嬉しかったという声はいただいています。そうした周囲からの評価を聞いて、改めて横瀬に誇りを持ってくださる人もいたのではないでしょうか。

横瀬町役場まち経営課で、「よこらぼ」のほか、総合計画、空き家などを担当している(写真撮影/藤原葉子)

横瀬町役場まち経営課で、「よこらぼ」のほか、総合計画、空き家などを担当している(写真撮影/藤原葉子)

町民一人一人の「やりたい」を起点に、街を活性化していく

――企業以外の団体や個人のプロジェクトにはどんなものがありますか?

田端:企業以外の団体では、大学と連携することが多いです。例えば「介護における、転倒リスクを予防する」プロジェクトなどがあります。また、「よこらぼ」の認知度向上に伴い、個人の応募も増えてきましたね。最近も、地元の人が「横瀬の材料を使ったお菓子をつくりたい」というプロジェクトを応募してくれたんです。横瀬町のPRにもつながると考え、すぐに採択しました。はじめに、販売先の紹介などの支援をしましたが、今ではしっかり自走しています。けっこう売り上げも良いみたいですよ。

――それは素晴らしいプロジェクトですね。

田端:そのプロジェクトは、自身が小さいころから思い描いていた夢だったそうで。その夢を「よこらぼ」のおかげで叶えることができたと、嬉しそうでした。こうした、「自分がやりたいこと」を起点にプロジェクトを立ち上げ、結果的に街づくりの担い手になってくれるような町民が、これからも増えていってくれるといいですね。

――そうした「街づくりの気運」みたいなものは高まっているのでしょうか?

田端:そうですね。高まりつつあると思います。例えば、「よこらぼ」をきっかけに作られた「Area898」というコミュニティスペースがあるのですが、これも町民のみなさんの提案でした。

横瀬町役場まち経営課で、「よこらぼ」のほか、総合計画、空き家などを担当している(写真撮影/藤原葉子)

横瀬町役場まち経営課で、「よこらぼ」のほか、総合計画、空き家などを担当している(写真撮影/藤原葉子)

田端:「よこらぼ」がスタートしてから、地域外からも多くの人が訪れるようになり、新しい出会いやコミュニティも生まれました。しかし、せっかく交流が生まれたのに、横瀬町には人と人が交わる“リアルな場所”がなかったんです。そこで、ある町民団体から「よこらぼ」を通じて「新しいコミュニティ・イベントスペースをつくりたい」という提案があり、JA旧直売所跡地を使って「Area898」を整備することになりました。

――確かに、駅前などには日常的に交流できそうな場所が見当たりませんでした。

田端:そうなんです。だから、よく見る商店街の光景で「あら、〇〇さん。こんにちは」というシーンも生まれない。それってすごくもったいない気がしたんです。そこで「集まりたくなる場」を町民と行政でつくったわけです。

今では「Area898」に連日、人が集っている(画像提供/横瀬町)

今では「Area898」に連日、人が集っている(画像提供/横瀬町)

――「Area898」の利用状況はいかがですか?

田端:横瀬町民はもちろん、横瀬に関わる町外の人たちも集まるようになりました。自分の好きなこと、楽しいこと、やりたいこと、共有したいことを軸に「Area898」に人が集い、新しい活動が生まれるようになりましたね。かなり、面白い場所だと思いますよ。私が会議をしている横で、お年寄りがスマホ相談会を受けていたり、中学生が勉強をしていたり。誰でも無料で利用できることで、多くの住民が集まりやすい環境ができたと思います。

Wi-fiも完備。その後、住民から寄贈されたボルタリング、黒板、スクリーンなどが徐々に加えられていった(写真撮影/藤原葉子)

Wi-fiも完備。その後、住民から寄贈されたボルタリング、黒板、スクリーンなどが徐々に加えられていった(写真撮影/藤原葉子)

JA旧直売所に残っていたものも再利用。パレットはブランコに、米びつはショーケースに生まれ変わった(写真撮影/藤原葉子)

JA旧直売所に残っていたものも再利用。パレットはブランコに、米びつはショーケースに生まれ変わった(写真撮影/藤原葉子)

田端:また、2022年の3月からは「よこらぼ」「Area898」と並ぶ、新たな試みもスタートさせています。それが「ENgaWAプロジェクト」。横瀬の中心部にあった給食センターの跡地に作った、“チャレンジキッチン”です。

――「エンガワ」。どんな場所なんでしょうか?

田端:町内でとれる農作物を使った、新しい商品の開発などを町民と一緒に考えるスペースです。コロナ禍で農作物が売れずに余ってしまったため、新たな活用方法を模索する場所として誕生しました。商品開発だけでなく、食のイベントなどを通した町民同士の交流スペースとしても活用していきたいと考えています。最近も、地元の大豆を使ったイベントを開催しました。

節分に合わせて2月5日に開催された「大豆フェスティバル」

節分に合わせて2月5日に開催された「大豆フェスティバル」

オリジナルメニューは4品。写真はオリジナルスイーツ「くるむー焼」(画像提供/横瀬町)

オリジナルメニューは4品。写真はオリジナルスイーツ「くるむー焼」(画像提供/横瀬町)

――地産地消だけでなく、地域の人がメニューまで開発してしまうというのは面白いですね。

田端:ありがとうございます。ちなみに、「ENgaWA」のメンバーは農作業のお手伝いもしています。農家さんの負担を少しでも軽減し、その見返りとして収穫した農作物をおすそ分けしてもらっているんです。

――本当に、助け合いの心が根付いていますね。そして、それが見事に街づくりの源泉になっている。

田端:それもこれも、「よこらぼ」というベースがあったからだと思います。とはいえ、当たり前ですが全ての町民が積極的に街づくりに関わりたいわけではありません。ですから、決して無理な呼びかけや、ましてや強制などはしません。あくまで、興味がある人がガッツリやればいい。そうでもない人は基本スルーでいいし、なんとなく興味が出てきた時だけ参加してくれればいい。そういう、ゆるさが大事だと思うんですよね。行政は環境だけを整えて、あとは町民の意思に委ねる。このやり方が、今のところはうまくいっているのではないかと感じます。

「大豆フェスティバル」をお手伝した町民の方々(画像提供/横瀬町)

「大豆フェスティバル」をお手伝した町民の方々(画像提供/横瀬町)

「閉鎖的な田舎」からの脱却を

――お話を伺っていて、横瀬町が「住み続けたい街」として評価されている理由がなんとなくわかりました。町民自らが「街をよくしよう」と活動しているわけですから、愛着も生まれますよね。

田端:だとすれば、嬉しいことですね。今も人口は減り続けていますが、“何か面白いことをやりたい人”は確実に増えていると感じます。ですから、今後はさらにいろんなチャレンジができそうな気がしますね。また、「よこらぼ」で実証実験に来た人が、プロジェクト終了後も遊びに来てくれたり、二拠点居住のような形で頻繁に訪れてくれることも増えてきました。こんなふうに、移住とまではいかなくても横瀬町を第二の故郷のように思ってくれるのは、とても嬉しいことですね。

空き家バンクも、最近はすぐに埋まってしまうそう。去年の登録件数14件のうち、13件が成約(画像提供/横瀬町)

空き家バンクも、最近はすぐに埋まってしまうそう。去年の登録件数14件のうち、13件が成約(画像提供/横瀬町)

――今後も横瀬が「住み続けたい街」であり続けるためには、何が必要だと思いますか?

田端:「関わりしろのある街の可能性」を示し続けることじゃないかと思います。街がチャレンジし続けていれば、若い人にもきっと「この街だったら、まだやれることがあるんじゃないか」と思ってもらえるでしょうから。

ただ、チャレンジには失敗がセットです。だから、横瀬町では失敗を咎めません。それに、チャレンジといっても、別に大きなことでなくていいんです。例えば、ウォーキングだっていいし、盆栽だっていい。それが直接的に街づくりにはつながらなくても、一人ひとりがやりたいことをやっている。そんな街でありたいです。そのためにも、私たちが率先して、チャレンジしている姿を見せ続けていきたいですね。

(写真撮影/藤原葉子)

(写真撮影/藤原葉子)

●取材協力
よこらぼ
Area898
ENgaWA

ドローンが離島にアイスを運ぶ!未来を変えるドローン活用の最前線を追いかけた

コロナ禍による巣ごもり需要を受け、宅配サービスはどこも大忙し。しかし、コロナ以前からネットショッピングの急成長や人材不足などで、物流サービスは悲鳴を上げていました。
こうした状況下において、ネットショッピングなど、70以上の事業を展開する楽天が、約4年前からドローンを使った新しい物流サービスの構築・提供を試みています。将来、場所を問わず荷物をすぐに受け取れるようになれば、私たちはますます住む場所を自由に選べるようになります。どのようなサービスなのか、楽天のドローン・UGV事業部のジェネラルマネージャー向井秀明さんに伺いました。
7年後には配送ドライバーが24万人も不足する!?

「ハーゲンダッツのアイスクリームを、猿島で食べられるとは思わなかった」。
これは神奈川県横須賀市にある離島の「猿島」において、2019年7月~9月に提供されたドローン配送サービスで、利用者から思わず出た言葉です。この時のサービス内容は、猿島のバーベキュー場を訪れた人が専用アプリで注文すると、海の向こうおよそ1.5km先にある横須賀市の西友からドローンを使って商品を届けるというもの。通常西友から猿島までは船で30分ほどかかりますが、ドローンならおよそ10分で配達完了。配送料は500円ですが、品物の価格は店頭と変わらず、数人分の買い物を同時に済ませられると考えれば、あっという間に元はとれます。例えばバーベキューに必要な焼き肉のタレを「忘れた!」なんてときも諦めずにすみ、あるいは往復1時間以上かけて定期船で買いに行く必要もなくなります。溶けやすいアイスクリームも、ドローンで買い物ができるなら、離島で食後に美味しく食べることができます。

実はこうしたドローンの実証実験は、国を挙げての取り組みとして注目されているのです。その大きな理由は、数年前から顕在化してきた「物流クライシス」であると向井さんは言います。
「2010年の時点では約7.8兆円だったネットショッピング市場は、2019年には約19兆円と、約2.4倍の規模に成長しています。一方で少子高齢化や、労働環境による不人気からドライバー不足が問題になっていて、ある調査では2027年には配送ドライバーが24万人不足すると指摘されています」(楽天・向井さん)

こうした課題を解決するために、国は、官民協議会の「過疎地域等におけるドローン物流ビジネスモデル検討会」を設置。また経済産業省はドローン物流をスムーズに実現するために欠かせない技術推進や法的整備について話し合う官民協議会「小型無人機に係る環境整備に向けた官民協議会」において、ロードマップを作成。その2020年版「空の産業革命に向けたロードマップ2020~我が国の社会的課題の解決に貢献するドローンの実現~」では、「2022年以降に有人地帯での目視外飛行(レベル4)を目指す」としています。

国を挙げてドローン活用へと向かう現在、物流クライシスはネットショッピング事業の成長に向けて解決すべき課題です。

「ドローンのようなイノベーションを利活用して物流クライシスを解決しようと考えたのです。こうしてドローン事業が立ち上がりました。主要な目標は、物流クライシスの回避と、地域エンパワーメントです。また、3つのミッションを掲げています。

1. こんな所に荷物が届く、という新たな利便性の提供
2. 物流困難者(買い物弱者)の支援
3. 緊急時の物流インフラの構築

我々はネットショッピング事業者として、ドローンを活用した物流サービスをパッケージ化し、民間企業や自治体等に提供することを目標に掲げています」(同)

誰でもすぐに扱えるドローン物流サービスを目指す

では、同社が挑んでいる「ドローンを活用した物流サービス」とはどんなものなのでしょうか。まず使用するドローンを見てみましょう。

「ドローンというと「操縦が難しそう」と思う人もいると思いますが、使用しているドローンは完全自律飛行タイプです。飛行開始ボタンを押せば、設定した飛行ルートをドローンが自動で飛行してくれます。メーカーと連携しながら、実証実験を通してさまざまな改善を図っていき将来的には、ボタン一つで誰でもすぐにドローンを飛ばせるサービスにすることを目指しています」(同)

猿島での飛行の様子。現在楽天は最大積載量2kgの小型機と、同5kgの大型機を使用している(写真提供/楽天)

猿島での飛行の様子。現在楽天は最大積載量2kgの小型機と、同5kgの大型機を使用している(写真提供/楽天)

「完全自律飛行をするためには、配送する側には飛行ルートを設定しドローンにその情報を与えるシステムがなくてはなりません。また、配送してもらう側にはスマートフォンで簡単に注文できるアプリが必要です。こうしたドローン配送に必要なソフトウェアやアプリ等も我々楽天で開発しています。

サービス開始の際には、着陸地点の設定などを運用者が任意に定めることを想定しています。楽天はリモート会議や遠隔操作などを通してサポートし、運行状況はリアルタイムで楽天側でも確認できます」(同)

これが楽天の考えているドローンを活用した物流サービスの概要です。従来の物流とくらべて遙かに人手がかからず、またドローンが離着陸できる場所さえあればどこでも荷物を運ぶことができます。

「ドローンを活用したオンデマンド配送はお客様が希望する時間と場所にピンポイントで荷物を届けることができるようになります。配送時間が約10~20分程度の短時間であれば、昨今のオンラインデリバリーサービスの様に、お客様が荷物の到着を待つことを考えると、再配達の心配もグッと減ることが考えられます」(同)

標高2800mへも、家の前の畑へも荷物が届く

冒頭で紹介した神奈川県横須賀市の猿島の他にも、これまでに同社では全国13県で、さまざまな利用シーンを想定して実証実験やサービス提供を行っています。例えば2020年9月には長野県白馬村において、山小屋への物資配送の実験が行われました。

白馬村での実証実験の様子(写真提供/楽天)

白馬村での実証実験の様子(写真提供/楽天)

離陸地点は麓の登山口、標高1250m地点にある「猿倉荘」。届け先である「白馬山荘」は標高2832mと、標高差は約1600mもありましたが、国内で初めてドローン配送に成功しました。人が山を登って運ぶと片道・約7時間かかるところを、わずか15分で5kgの物資を届けることができたのです。

白馬山荘までの登山ルート(写真提供/楽天)

白馬山荘までの登山ルート(写真提供/楽天)

また2020年2月には、岩手県下閉伊郡岩泉町において、買い物弱者の支援や、災害対策など緊急時の実用化を目的とした実験を行いました。過疎地と高齢化が進んでいる地域ですが、実験を通して、同様の問題を抱える地域でのドローン配送サービスが成り立つということが分かりました。

「地域によっては、ドローンの離着陸の場所として公民館の駐車場などを活用していましたが、例えば家の前の畑などを利用できれば、住民が荷物を受取に公民館等へ出掛けなくてもすみます。ドローンが活用されれば、高齢者も買い物に困らずに済むと考えています。
また同町は2016年に台風による豪雨で甚大な被害を受けたことのある地域ですが、そのような災害時でも緊急物資をドローン配送できることを目指しています」(同)

機体の安全性向上が今後の課題

一方で、まだ新しい技術・サービスですから課題もあります。
「まず一つの課題は、バッテリー容量と飛行距離です。現在のバッテリー性能では、約5kgの荷物を搭載すると、飛行距離は片道約5km程度。物流サービスの一翼を担うには、片道20kmは飛びたいところです。もう一つの課題は、機体の信頼性です。飛行機やヘリコプターのように、ドローンが日常で人々の上空を飛行しても安全かどうか、という点です。もちろん年々機体の信頼性は高まってきていますが、まだまだ高い安全レベルを満たすための実験検証データがそろっていません。そのためこれまでの実証実験では、海や川の上、あるいは人のいない山岳部を飛んでいました。どうしても道など人のいるところを横切らなければならない場合は、第三者の侵入を防ぐなどさまざまな対策を講じています。今後、人々が暮らす上をドローンが飛んでも、決して落下しないという安全性が確認できることもドローン配送サービスを拡大するうえで重要となってきます。機体の信頼性が向上すれば、飛行機やヘリコプターのように人や住宅の上を飛べるようになるでしょう。

楽天は、これまでの実証実験の通り、人の上空を飛ばさずに範囲を限定することでドローン配送の実証やサービスを重ねてきています。こうした実験の成功を着実に積み重ねることが、他企業の機体開発参入など、機体の進化を促すことに繋がるのではないでしょうか」(同)

ドローンを使った物流サービスが、地方や世界を助ける日

「オペレーションの仕組みなどは、将来的にはパソコンが使えて、運行前の点検が出来る人が扱えるレベルでの実装を目指しています。ただ高齢化の進む過疎地域では、やはりパソコンやドローンの扱いに不慣れな人が多いと思います。そのためにも、地域人材の育成が重要だと考えています。できれば、IoTなど先端技術に明るい、若い人に担ってもらうことが理想です。若い人が過疎地で地域人材として活躍すれば、その地域も活性化され、ひいては、その地域への移住者が増えるかもしれません」(同)

このように地方創生の可能性も秘めた「ドローンを使った新しい物流サービス」。同社は実際にサービスを開始する時期の目標を、「2021年」を目途として定めています。楽天はドローン配送というソリューションを各地域と連携しながら展開し、「ドローンが当たり前のように飛んでいる社会をつくっていきたい」とコメントしています。

さらに同社は、その先も見ています。「猿島のような活用法は、法律などさまざまな事を鑑みなくてはいけないが、例えば離島の多いフィリピンでも応用・転用できると考えています。世界には離島も山岳地帯も、交通網の貧弱な地域も、たくさんあります」(同)

近い将来、世界各地でドローンの実用が始まった際、国内・国外に同社のソリューションを提供するというビジョンのためにも「まずは日本で、きちんとカタチにしたい」と向井さん。日本中のさまざまな地域で、この恩恵を受けられる日が来るのは、そう遠くないようです。