「0円空家バンク」等で転入者170人増! 家を手放したい人にもメリットあり、移住者フォローも手厚すぎる富山県上市町の取り組みが話題

「地方に空家があるなら、移住希望者に住んでもらえばいいんじゃない?」そんな誰もが空想する取り組みを実行に移し、大成功している自治体があります。富山県上市町です。では、どのようにして成功させたのでしょうか。現場を見学してきました。

0円空家バンクに希望者殺到。能登半島地震の被災者も受け入れ

富山県上市町は、富山駅から電車で約25分の約2万人の町(令和6年1月31日時点)です。町内の多くは山岳地で、名峰・剱岳があるほか、映画『おおかみこどもの雨と雪』(細田 守監督)の舞台になった町でもあります。以前、SUUMOジャーナルでは、「古民家をイメージした公営住宅が誕生!」という記事でもご紹介しました。

この上市町で2022年にはじまったのが「上市町0円空家バンク」(空家解消特別推進事業)です。仕組みとしてはとてもシンプルで、空家所有者の依頼・要望を受けて、行政が建物や土地の現地調査を行い、0円空家バンクに登録します。0円空家バンクを見て取得を希望する人を募集し、内覧会を実施したうえで、空家所有者が取得希望者を選定し、契約を締結、譲渡という流れになります。

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

空家所有者は無償で建物や土地を譲渡できるほか、相続手続き・不用品の処分費用として最大10万円の補助が受けられます。また、取得希望者は住宅が0円で手に入るだけでなく、定額50万円(所有権移転登記費用が発生する場合には贈与税など)の補助があり、さらに該当すれば移住定住の助成金を受け取れます。一方で上市町は空家の指導や特定などに人手を割く必要がなくなり、人口減少どころか定住者の増加、税収増も見込めます。

まさに三方良しの取り組みとあって、2022年度の制度スタートからすぐに人口増へとつながり、その年度のうちで転入者数が前年度より77人、2023年度にはさらに170人まで伸びています。なかでも県外転入者数は、2022年度に前年度の4.4倍となり、2023年度には2021年度の5.9倍まで増加しています。

また、今年1月に発生した能登半島地震の被災者も、2月にこの「0円空家バンク」を利用して移住につながりました。建物の所有者が「被災者の力になりたい」ということで、譲渡が決まったといいます。空き家が住まいという資源として活用できている、好事例といってよいでしょう。

空家を持つと“詰む”!? 所有者にも補助金を出す理由とは

「空家バンク」そのものは全国各地にありますが、ここまで成果が出ている自治体はなかなかありません。上市町の取り組みにはどういった特徴があるのでしょうか? 上市町建設課の金盛敬司主幹に話を聞きました。

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

「以前は、私は固定資産税を担当する部署にいたのですが、空家の所有者から、実家が空家になっているので手放したいという相談を受けていました。その後、現在の建設課に異動になったところ、できるだけ安く住まいを手に入れたい、空家を紹介してもらいたいというニーズがあることに気づきました。副町長からも大胆な取り組みを、という後押しもあり、不動産業者が取り扱わない『無料』の物件に絞って、町が紹介すればいいんじゃないか、という仕組みを思いつきました」と解説します。

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

不動産は売却額が200万円以下の場合、不動産会社が受け取れる仲介手数料の上限は「成約価格× 5%」+消費税と決められています。ただこの手数料では事業として利益を出すことができず、事実上、扱うことはほとんどありません。そのため、「0円でもいいから引き取ってほしい」という要望があっても流通することはなく、空き家として放置されてしまうのです。国は対策として、2023年より「相続土地国庫帰属制度※」をはじめましたが、手放すにも20万円もしくはそれ以上の「負担金」や各種手続きが発生するので、「手放すのにもお金がかかる……」と二の足を踏む人がいるといいます。

※相続土地国庫帰属制度/相続または遺贈(遺言によって特定の相続人に財産の一部または全部を譲ること)によって土地を相続した人が、土地を手放し、国庫に帰属させることを可能にした制度

空家・農地に十分な市場価値がない、売却に必要な図面や書類がない、国庫に帰属させようにもお金がかかる、建物を解体したくても解体費用が出せない、家庭や健康状態によっては家財や荷物の片付けができない。さらに思い入れのある家だからこそ、譲渡する相手は誰でもいいわけではない。経済面はもちろん、感情面も入り交じり、より問題を複雑にしています。「上市町0円空家バンク」では、こうした所有者の事情を考慮して空家所有者にも費用を助成し、譲渡先の決定権も所有者が決める制度です。

「空家所有者には、食器や仏壇、寝具、壊れた家電などは処分していただくことと、権利や担保は整理・抹消と相続してから登録していただくことを説明しています。一方で、タンスなどの大型家具に関しては利活用できることもありますので、そのままでよいですよとお伝えしています。間取図は法務局と固定資産税担当の部署で閲覧し、私が図面を作成します。写真も撮影して、0円空家バンクに登録。複数の応募者のなかから、基本的には直接会っていただき、この人なら、という方に譲渡を決めていただきます」(金盛さん)

空き家に残された立派な家財箪笥。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

空家に残された立派な家財たんす。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

これは、金盛さんが一級建築士でもあるからこその機動力です。ちなみに前述の映画監督の細田守さんとは中学の同級生で高校進学時に先生がこの2人を呼んで、美術の道を目指すように勧めたとか。出てくるエピソードにまたまたびっくりします。

<「上市町0円空家バンク」の空家所有者のメリット>
・家財の処分費用助成がある
・譲渡相手を見つけてもらえるが、最終決定は自分たちで行う
・譲渡に必要な物件写真撮影や間取図作成、応募者募集は行政が行う

移住希望者にも助成。不動産会社だけでなく、周囲の企業にも好影響

一方で、取得希望者にも安全な住まいを用意するよう、配慮しています。

「どんな建物でも0円空家バンクに登録できるのか、というとそうではありません。われわれが現地調査を行い、損傷度や危険性に応じて1から4ランクまで判定します。居住するには危険がないと判断でき、なおかつ不動産会社が取り扱わないものを0円空家バンクに登録し、希望者を募るのです。一方で100万円~500万円など価格がつきそうなものは、不動産会社を紹介し、扱ってもらっています。逆に不動産会社から行政に相談して、といわれることもあり、お互いに補い合っている関係です」(金盛さん)

また、0円空家バンクで上市町を知り、内見に来て土地を気に入り、中古住宅を購入して引越してくることもあるよう。

「上市町は、富山駅まで富山地方鉄道も利用できますし、行政や病院、学校、商業施設などもまとまっています。建物が0円というのでどんな山奥・へき地かと思ったら、コンパクトで便利そう、気に入ったとのお声を聞きます。0円空家バンクの住宅取得者には50万円が助成されますが、ほかにも若者・子育て世帯定住促進事業などの他の助成制度を使えば、住宅取得補助費用として最大360万円までもらえます」(金盛さん)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

「上市町0円空家バンク」は、充実した移住定住ポータルサイトをもっているほか、YouTubeでも情報発信をしており、首都圏はもちろん、関西、沖縄、海外からはアメリカやオーストラリア・ドバイなどからも申し込み・反響があったとか。基本は現地で内見しますが、難しい場合はオンラインで建物のルームツアーを行い、紹介しています。こうした「かゆいところに手が届く」あたりも成功の秘訣といえそうです。

こうした情報発信がうまくいき、一時期、不動産会社からは「上市町から売る土地・不動産がなくなった」とまでいわれたほど。もちろん、移住者が来てくれれば、家具や家電、リフォーム、カーテンなどの家財を購入する必要があり、地元企業にも還元されていきます。民間の不動産会社で利益が出せるものは民間で行い、行政にしかできないことに絞って行うというのも大きなポイントのようです。

移住者が近隣コミュニティと打ち解けるため、LINEを活用

上市町のこの0円空家バンクでは、今まで17号まで登録され、うち16物件が契約済みとなっています。(令和6年3月18日時点)そのなかには、建物の雑草対策としてヤギの飼育をはじめ、それをきっかけに子どもたちや近所の人とのつながりもでき、地域コミュニティにもすっかりと打ち解けたという移住者もいるそう。

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪がひろがります(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪が広がります(写真提供/上市町建設課)

「この制度を利用して移住してきた方からは、可処分所得と時間が増えたということをよく聞きます。通勤時間が短くなったり、テレワークをしたりすることで、家族といっしょに過ごす時間が増えた、また、住宅ローンや家賃に縛られずに使えるお金が増えたという声もありますね。水、お米、魚、野菜がおいしい、山が美しいと、改めて上市町の良さを教えてもらえることも多いですね」(金盛さん)

また、移住者がスムーズに地域コミュニティに打ち解けられるよう、LINEオープンチャット「ウェルカミ」を開設し、地域の情報を発信していて、住民情報交換、交流の場をつくっているとか。年1回にオフ会も行い、リアルとSNSの両方で移住支援を行っています。

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

<「上市町0円空家バンク」の移住者側のメリット>
・0円で土地、建物などが入手できる
・国内外の遠方、オンライン内見も可能
・移住後は地域コミュニティに打ち解ける仕組みも

「これが0円!?」 取材陣も驚愕(きょうがく)の0円空家の状態とは?

では、0円空家とはどのような物件なのでしょうか。実際に2物件を見学させてもらいました。まず、向かったのは上市駅近くの121平米、1962年(一部1972年)築の建物です。こちらは能登半島地震で被災された方が住むことが決定しています。店舗付き住宅だったようで、道路に面して建物がひらかれているのが特徴で、2階は和室となっています。建物全体に古さは感じるものの、キッチン、バス、トイレといった水回りをリフォームし、窓は二重窓にすれば、ぐっと住みやすくなるのが素人目にもわかります。

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関をあけるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関を開けるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイ状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイな状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして、もう一軒の0円空家を見学させていただきました。こちらは建物内部ではなく、外側から。土地と私道をあわせて約800平米、住宅220平米で間取り10DK、車庫と物置で50平米超になります。建物はいちばん古いもので1971年築、増改築を重ねていますが、まだまだ住めるというか、こんな立派な家が0円!?と驚きを隠せません。これが0円で住めるのであれば、私はなんのために都会で生きているのか、人生の価値基準が揺らぐ音がします。

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。目の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。眼の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

現在も取得希望者・空家登録者を募集中!制度はよりブラッシュアップして継続へ

この取り組み、以前から上市町に暮らす住民たちからも好評だとか。
「やはり隣家が空家だと、火事や、動物が住み着く、台風や雪などの自然災害での倒壊の危険など、不安が募るようです。若い世代に住んでもらえてうれしい、ほっとしたという声を聞きます」(金盛さん)

家は人が住んでいないとあっという間に劣化していきます。新しい人が入居し、手入れをしながら住んでもらえたら、これほどに幸せな出会いはありません。また、今回のような震災があった場合、被災者支援にも有効であることがわかりました。

上市町には、誰も居住していない、売買市場にも取引されていない空家が、現在、336戸ほどあるといいます(令和6年1月取材時点)。これを単なる「空家」だと思うと負債になりますが、この仕組みでマッチングが成立していけば、立派な「資源」であり、「伸びしろ」ということになります。金盛さんは、「まずは空家の所有者の方に登録してもらいたい」といい、今ある制度をよりブラッシュアップし、次世代につなげていくと意気込んでいます。

取材をしたあとには、制度そのものもすばらしいですが、「空家を所有する人」「移住を考えている人」のお困りごとを一つずつ解決していく、「ていねいさ」「人柄のよさ」が心に残りました。制度をつくるのも人ですが、運用するのも人。良い町を次世代に残していきたい、そんな思いが「上市町0円空家バンク」成功の秘訣だと思いました。

●取材協力
上市町移住・定住ポータルサイト
富山県上市町公式ホームページ

「0円空家バンク」で転入者170人増! 家を手放したい人にもメリットあり、移住者フォローも手厚すぎる富山県上市町の取り組みが話題

「地方に空家があるなら、移住希望者に住んでもらえばいいんじゃない?」そんな誰もが空想する取り組みを実行に移し、大成功している自治体があります。富山県上市町です。では、どのようにして成功させたのでしょうか。現場を見学してきました。

0円空家バンクに希望者殺到。能登半島地震の被災者も受け入れ

富山県上市町は、富山駅から電車で約25分の約2万人の町(令和6年1月31日時点)です。町内の多くは山岳地で、名峰・剱岳があるほか、映画『おおかみこどもの雨と雪』(細田 守監督)の舞台になった町でもあります。以前、SUUMOジャーナルでは、「古民家をイメージした公営住宅が誕生!」という記事でもご紹介しました。

この上市町で2022年にはじまったのが「上市町0円空家バンク」(空家解消特別推進事業)です。仕組みとしてはとてもシンプルで、空家所有者の依頼・要望を受けて、行政が建物や土地の現地調査を行い、0円空家バンクに登録します。0円空家バンクを見て取得を希望する人を募集し、内覧会を実施したうえで、空家所有者が取得希望者を選定し、契約を締結、譲渡という流れになります。

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

上市町0円空家バンクの仕組み(資料提供:上市町役場)

空家所有者は無償で建物や土地を譲渡できるほか、相続手続き・不用品の処分費用として最大10万円の補助が受けられます。また、取得希望者は住宅が0円で手に入るだけでなく、定額50万円(所有権移転登記費用が発生する場合には贈与税など)の補助があり、さらに該当すれば移住定住の助成金を受け取れます。一方で上市町は空家の指導や特定などに人手を割く必要がなくなり、人口減少どころか定住者の増加、税収増も見込めます。

まさに三方良しの取り組みとあって、2022年度の制度スタートからすぐに人口増へとつながり、その年度のうちで転入者数が前年度より77人、2023年度にはさらに170人まで伸びています。なかでも県外転入者数は、2022年度に前年度の4.4倍となり、2023年度には2021年度の5.9倍まで増加しています。

また、今年1月に発生した能登半島地震の被災者も、2月にこの「0円空家バンク」を利用して移住につながりました。建物の所有者が「被災者の力になりたい」ということで、譲渡が決まったといいます。空き家が住まいという資源として活用できている、好事例といってよいでしょう。

空家を持つと“詰む”!? 所有者にも補助金を出す理由とは

「空家バンク」そのものは全国各地にありますが、ここまで成果が出ている自治体はなかなかありません。上市町の取り組みにはどういった特徴があるのでしょうか? 上市町建設課の金盛敬司主幹に話を聞きました。

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

上市町建設課の金盛敬司主幹(左)と企画課の盛一紗弥子係長(撮影/SUUMO編集部)

「以前は、私は固定資産税を担当する部署にいたのですが、空家の所有者から、実家が空家になっているので手放したいという相談を受けていました。その後、現在の建設課に異動になったところ、できるだけ安く住まいを手に入れたい、空家を紹介してもらいたいというニーズがあることに気づきました。副町長からも大胆な取り組みを、という後押しもあり、不動産業者が取り扱わない『無料』の物件に絞って、町が紹介すればいいんじゃないか、という仕組みを思いつきました」と解説します。

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

0円空家バンク誕生の経緯(資料提供/上市町建設課)

不動産は売却額が200万円以下の場合、不動産会社が受け取れる仲介手数料の上限は「成約価格× 5%」+消費税と決められています。ただこの手数料では事業として利益を出すことができず、事実上、扱うことはほとんどありません。そのため、「0円でもいいから引き取ってほしい」という要望があっても流通することはなく、空き家として放置されてしまうのです。国は対策として、2023年より「相続土地国庫帰属制度※」をはじめましたが、手放すにも20万円もしくはそれ以上の「負担金」や各種手続きが発生するので、「手放すのにもお金がかかる……」と二の足を踏む人がいるといいます。

※相続土地国庫帰属制度/相続または遺贈(遺言によって特定の相続人に財産の一部または全部を譲ること)によって土地を相続した人が、土地を手放し、国庫に帰属させることを可能にした制度

空家・農地に十分な市場価値がない、売却に必要な図面や書類がない、国庫に帰属させようにもお金がかかる、建物を解体したくても解体費用が出せない、家庭や健康状態によっては家財や荷物の片付けができない。さらに思い入れのある家だからこそ、譲渡する相手は誰でもいいわけではない。経済面はもちろん、感情面も入り交じり、より問題を複雑にしています。「上市町0円空家バンク」では、こうした所有者の事情を考慮して空家所有者にも費用を助成し、譲渡先の決定権も所有者が決める制度です。

「空家所有者には、食器や仏壇、寝具、壊れた家電などは処分していただくことと、権利や担保は整理・抹消と相続してから登録していただくことを説明しています。一方で、タンスなどの大型家具に関しては利活用できることもありますので、そのままでよいですよとお伝えしています。間取図は法務局と固定資産税担当の部署で閲覧し、私が図面を作成します。写真も撮影して、0円空家バンクに登録。複数の応募者のなかから、基本的には直接会っていただき、この人なら、という方に譲渡を決めていただきます」(金盛さん)

空き家に残された立派な家財箪笥。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

空家に残された立派な家財たんす。まだまだ使用可能(撮影/SUUMO編集部)

これは、金盛さんが一級建築士でもあるからこその機動力です。ちなみに前述の映画監督の細田守さんとは中学の同級生で高校進学時に先生がこの2人を呼んで、美術の道を目指すように勧めたとか。出てくるエピソードにまたまたびっくりします。

<「上市町0円空家バンク」の空家所有者のメリット>
・家財の処分費用助成がある
・譲渡相手を見つけてもらえるが、最終決定は自分たちで行う
・譲渡に必要な物件写真撮影や間取図作成、応募者募集は行政が行う

移住希望者にも助成。不動産会社だけでなく、周囲の企業にも好影響

一方で、取得希望者にも安全な住まいを用意するよう、配慮しています。

「どんな建物でも0円空家バンクに登録できるのか、というとそうではありません。われわれが現地調査を行い、損傷度や危険性に応じて1から4ランクまで判定します。居住するには危険がないと判断でき、なおかつ不動産会社が取り扱わないものを0円空家バンクに登録し、希望者を募るのです。一方で100万円~500万円など価格がつきそうなものは、不動産会社を紹介し、扱ってもらっています。逆に不動産会社から行政に相談して、といわれることもあり、お互いに補い合っている関係です」(金盛さん)

また、0円空家バンクで上市町を知り、内見に来て土地を気に入り、中古住宅を購入して引越してくることもあるよう。

「上市町は、富山駅まで富山地方鉄道も利用できますし、行政や病院、学校、商業施設などもまとまっています。建物が0円というのでどんな山奥・へき地かと思ったら、コンパクトで便利そう、気に入ったとのお声を聞きます。0円空家バンクの住宅取得者には50万円が助成されますが、ほかにも若者・子育て世帯定住促進事業などの他の助成制度を使えば、住宅取得補助費用として最大360万円までもらえます」(金盛さん)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

上市町移住・定住ポータル「かみスイッチ」(写真提供/上市町建設課)

「上市町0円空家バンク」は、充実した移住定住ポータルサイトをもっているほか、YouTubeでも情報発信をしており、首都圏はもちろん、関西、沖縄、海外からはアメリカやオーストラリア・ドバイなどからも申し込み・反響があったとか。基本は現地で内見しますが、難しい場合はオンラインで建物のルームツアーを行い、紹介しています。こうした「かゆいところに手が届く」あたりも成功の秘訣といえそうです。

こうした情報発信がうまくいき、一時期、不動産会社からは「上市町から売る土地・不動産がなくなった」とまでいわれたほど。もちろん、移住者が来てくれれば、家具や家電、リフォーム、カーテンなどの家財を購入する必要があり、地元企業にも還元されていきます。民間の不動産会社で利益が出せるものは民間で行い、行政にしかできないことに絞って行うというのも大きなポイントのようです。

移住者が近隣コミュニティと打ち解けるため、LINEを活用

上市町のこの0円空家バンクでは、今まで17号まで登録され、うち16物件が契約済みとなっています。(令和6年3月18日時点)そのなかには、建物の雑草対策としてヤギの飼育をはじめ、それをきっかけに子どもたちや近所の人とのつながりもでき、地域コミュニティにもすっかりと打ち解けたという移住者もいるそう。

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

赤ちゃんや動物ってそれだけで打ち解けますよね(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪がひろがります(写真提供/上市町建設課)

ヤギと飼い主さん。これは人の輪が広がります(写真提供/上市町建設課)

「この制度を利用して移住してきた方からは、可処分所得と時間が増えたということをよく聞きます。通勤時間が短くなったり、テレワークをしたりすることで、家族といっしょに過ごす時間が増えた、また、住宅ローンや家賃に縛られずに使えるお金が増えたという声もありますね。水、お米、魚、野菜がおいしい、山が美しいと、改めて上市町の良さを教えてもらえることも多いですね」(金盛さん)

また、移住者がスムーズに地域コミュニティに打ち解けられるよう、LINEオープンチャット「ウェルカミ」を開設し、地域の情報を発信していて、住民情報交換、交流の場をつくっているとか。年1回にオフ会も行い、リアルとSNSの両方で移住支援を行っています。

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

上市町オンライン交流コミュニティ「WELKAMI」(写真提供/上市町企画課)

<「上市町0円空家バンク」の移住者側のメリット>
・0円で土地、建物などが入手できる
・国内外の遠方、オンライン内見も可能
・移住後は地域コミュニティに打ち解ける仕組みも

「これが0円!?」 取材陣も驚愕(きょうがく)の0円空家の状態とは?

では、0円空家とはどのような物件なのでしょうか。実際に2物件を見学させてもらいました。まず、向かったのは上市駅近くの121平米、1962年(一部1972年)築の建物です。こちらは能登半島地震で被災された方が住むことが決定しています。店舗付き住宅だったようで、道路に面して建物がひらかれているのが特徴で、2階は和室となっています。建物全体に古さは感じるものの、キッチン、バス、トイレといった水回りをリフォームし、窓は二重窓にすれば、ぐっと住みやすくなるのが素人目にもわかります。

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

上市町駅近くの0円空家(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関をあけるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関を開けるとたたき、その奥に浴室。窓ガラスもレトロかわいい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイ状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

一階の和室は、畳もキレイな状態です。大きな姿見がありかつては美容室だったのかな、と推測できます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして、もう一軒の0円空家を見学させていただきました。こちらは建物内部ではなく、外側から。土地と私道をあわせて約800平米、住宅220平米で間取り10DK、車庫と物置で50平米超になります。建物はいちばん古いもので1971年築、増改築を重ねていますが、まだまだ住めるというか、こんな立派な家が0円!?と驚きを隠せません。これが0円で住めるのであれば、私はなんのために都会で生きているのか、人生の価値基準が揺らぐ音がします。

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらが220平米・10DKの住まい。晴れていると美しい山々の景色を望めます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。目の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

こちらは離れ。もちろん0円。ここをリノベしてサウナにしたい。眼の前の土地はととのいスペースなどにしたいと、妄想が止まりません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

電動シャッター付きの車庫。2階は倉庫になっています。っていうかここに住めるのでは?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

現在も取得希望者・空家登録者を募集中!制度はよりブラッシュアップして継続へ

この取り組み、以前から上市町に暮らす住民たちからも好評だとか。
「やはり隣家が空家だと、火事や、動物が住み着く、台風や雪などの自然災害での倒壊の危険など、不安が募るようです。若い世代に住んでもらえてうれしい、ほっとしたという声を聞きます」(金盛さん)

家は人が住んでいないとあっという間に劣化していきます。新しい人が入居し、手入れをしながら住んでもらえたら、これほどに幸せな出会いはありません。また、今回のような震災があった場合、被災者支援にも有効であることがわかりました。

上市町には、誰も居住していない、売買市場にも取引されていない空家が、現在、336戸ほどあるといいます(令和6年1月取材時点)。これを単なる「空家」だと思うと負債になりますが、この仕組みでマッチングが成立していけば、立派な「資源」であり、「伸びしろ」ということになります。金盛さんは、「まずは空家の所有者の方に登録してもらいたい」といい、今ある制度をよりブラッシュアップし、次世代につなげていくと意気込んでいます。

取材をしたあとには、制度そのものもすばらしいですが、「空家を所有する人」「移住を考えている人」のお困りごとを一つずつ解決していく、「ていねいさ」「人柄のよさ」が心に残りました。制度をつくるのも人ですが、運用するのも人。良い町を次世代に残していきたい、そんな思いが「上市町0円空家バンク」成功の秘訣だと思いました。

●取材協力
上市町移住・定住ポータルサイト
富山県上市町公式ホームページ

ご近所さんを車に乗せる「乗合サービス」、富山県朝日町の交通の切り札に

人口減少や高齢化によって、地方の公共交通機関が危機に瀕しているのは周知の事実。当然、さまざまな施策で「住民の足の確保」に取り組んでいるのですが、そんななかで今、富山県朝日町の実証実験に注目が集まっています。一体どんな仕組みなのでしょう? 同町の寺崎壮さんに話を伺いました。
よくある地方の課題に、新しい乗合サービスで挑む

新潟県との境にある富山県朝日町。東京23区の面積の約1/3ほどに、ヒスイの取れる海岸から北アルプスの標高3000m級の山々まである町です。現在約1万1200人が美しい自然に囲まれて暮らしていますが、ご多分に漏れず、人口の減少や高齢化によって公共交通の維持管理が難しい局面に立たされています。そこで同町は2020年8月3日から「ノッカルあさひまち」という新しい公共交通の実証実験を開始しました。

市街地から離れた里山の風景(写真提供/富山県朝日町)

市街地から離れた里山の風景(写真提供/富山県朝日町)

街の中の様子(写真提供/富山県朝日町)

街の中の様子(写真提供/富山県朝日町)

その仕組みは、分かりやすくいえばUberやグラブなどに代表されるようなライドシェアに似ています。ライドシェアとは車を持っている人が移動する際に、他の人を乗せてあげるというサービスのこと。日本では規制があり、あまり普及していませんが、既に欧米や中国、東南アジアなど海外では多くの人々に利用されています。

「ノッカルあさひまち」がUberやグラブと大きく異なるのは、民間企業ではなく同町が運営主体だということ。つまりちょっとした自治体が運営する乗合サービス、というわけです。サービスの開発にあたっての実証実験は、朝日町・スズキ株式会社・株式会社博報堂が参画する協議会のもと運営されています。「町では公共交通についてさまざまな角度で検討していたのですが、その折に地方の移動問題の解決に取り組んでいる博報堂さんとスズキさんに、今回ご協力を頂く機会を得たのです」(寺崎さん)。博報堂とスズキは日本各地の地方部で地域活性化に貢献したいという思いを共有しており、このサービスを今後ほかの地域でも活用したいと考えているとのことです。特に、地方部においては自動車の販売台数全体に占める軽自動車の割合が高く、軽自動車やコンパクトカーを主に販売しているスズキ株式会社にとって地方部が元気であることは非常に重要です。

「ノッカルあさひまち」の仕組み(画像提供/富山県朝日町)

「ノッカルあさひまち」の仕組み(画像提供/富山県朝日町)

「ノッカルあさひまち」が行われる以前から、そして現在も町のコミュニティバスが1日40便運行されています。それでも“住民の足の確保”という観点からすれば、多くの課題を抱えていました。例えば地区によっては次のバスまで4~5時間空いてしまいます。

だからといってバスの本数を増やそうとなると、車両もドライバーも必要になりますが、30人乗りなら1台につき購入費が約2000万円、8人程度が乗れるワンボックスタイプでも約500万円が必要になります。またドライバーなどの人件費や燃料費、整備費用等維持費は1台あたり年間でざっと1000万円という計算です。

ほかにも、高齢者にとっては自宅や目的地からのバス停までの距離があり、歩くのが大変というケースもあります。また山間部の道路は通常のバスはもちろん、ワンボックスタイプ(実際に導入済み)でも通行が難しい場所もあり、ルート設定にも制限があります。

集落のなかにはバスが運行できないところも(画像提供/富山県朝日町)

集落のなかにはバスが運行できないところも(画像提供/富山県朝日町)

朝日町のコミュニティバス(写真提供/富山県朝日町)

朝日町のコミュニティバス(写真提供/富山県朝日町)

ワンボックスタイプのバス(写真提供/富山県朝日町)

ワンボックスタイプのバス(写真提供/富山県朝日町)

こうした状況もあって同町では、近隣同士で「よかったら乗っていく?」「ありがとう、じゃあお願い」と乗り合いをすること自体、以前から珍しくはなかったそう。そこで「町が仕組みをつくることで『乗せてもいい』『乗りたい』を顕在化させ、公共交通の補足として活用できないかと考えたのです」

安心して『乗せてもいい』『乗りたい』といえる仕組みに

ノッカルあさひまちは、海外にあるような既存のライドシェアサービスとは運用面で異なる点がたくさんあります。
まずは町民が町民のために運行するということ。ドライバーを町民に担ってもらい、町民の移動の手助けをしてもらう、助け合いの精神が前提になっています。

一般ドライバー運行時の車両イメージ(写真提供/富山県朝日町)

一般ドライバー運行時の車両イメージ(写真提供/富山県朝日町)

しかし、町民なら誰でもドライバーになれるのかと言えば、そうではありません。「海外のライドシェアサービスと違い、無料の実証実験を経た後は、われわれは『自家用有償旅客運送』という道路輸送法に基づいた制度を活用して、有料で運行することを目指しています」

自家用有償旅客運送とは「既存のバス・タクシー事業者による輸送サービスの提供が困難な場合」に自治体やNPO法人などが、自家用車を用いて提供する運送サービスのこと。そのためドライバーも、タクシードライバーのように第二種免許を持っている人か、国の定めた講習を受講した人に限られます。これなら運転に不安のあるような人がドライバーとなることがなくなります(ただし「有償」の文字の通り、サービスが有料の場合。無料の実証実験等は除く)。

さらに海外のライドシェアでは、ドライバーと利用者とのトラブル(暴力や強盗など)という話もよく耳にしますが、例えば協議会が問題のある人物だと判断したら、採用時にふるいにかけて落とすこともできます。万が一トラブルが起こったとしたら、ドライバーと利用者とで直接解決するのではなく、朝日町が主体となってトラブル解決に当たります。このように利用者は安心して利用することができます。

もう一つ「ノッカルあさひまち」ならではの、既存サービスとの違いがあります。それは地元タクシー会社とタッグを組んで行うサービスだということ。実証実験段階では地元のタクシー会社に「ノッカルあさひまち」の予約受付や配車の実務が委託されていますが、町では将来的に運営サービスそのものを委託しようと考えています。

実証実験の様子(写真提供/富山県朝日町)

実証実験の様子(写真提供/富山県朝日町)

国は、交通事業者が実施主体に参画し、運行業務の委託を受けることで地域の交通事業者の合意形成手続きを簡素化することを目的とした「交通事業者協力型自家用有償旅客運送制度」を含む法律を2020年5月27日に成立させ、2020年6月3日に公布しました。
朝日町は、この制度をいち早く活用し、地元のタクシー会社と協力し地域一体となって自家用有償旅客運送を行うこととしたのです。

ライドシェアサービスは、タクシーと乗客を取り合いになるとして海外では問題になっています。日本でもそのような意見もあり、自家用車を活用した乗合サービスがなかなか普及しない理由のひとつになっていますが、なぜ朝日町ではタクシー会社が協力してくれるのでしょうか。

「もともと朝日町にはタクシー会社は1社しかなく、人口減の問題は、タクシー会社としても町と同じ危機感を持っています」。このまま町の人口が減り、交通網が少なくなっていくのを黙って見ているのではなく、町の人が気軽に乗れる新しい交通サービスをつくり出して、町に貢献するとともに、新しい仕事に進出することで企業の存続を図ろうと「ノッカルあさひまち」に協力しているというわけです。

実際、先述した町のコミュニティバスの運営は、既に同じタクシー会社が請け負っています。またヒスイの取れる美しい海岸や北アルプス登山など観光資源のある朝日町は、北陸新幹線の黒部宇奈月温泉駅から予約制のバスを運行していますが、このバスも同社が業務委託されています。

春の朝日町の風景(写真提供/富山県朝日町)

春の朝日町の風景(写真提供/富山県朝日町)

実証実験の第一段階で見えて来たいくつかの課題

こうしてみると、既存のライドシェアサービスよりも安心して利用でき、タクシー会社とも協力的なため、万事が上手くいきそうな「ノッカルあさひまち」なのですが、やはりそうは簡単にいかないようです。

2020年8月3日から9月末にかけて、まずスズキが提供してくれた3台の軽自動車を使い、町の職員がドライバーになって実証実験が行われました。同年10月26日からは、町民ドライバー+自家用車による運行という無料の実証実験で、より本来のサービスに近い内容で第二段階の実験がスタートしました。さらに来年2021年1月からは第三段階として有料による実証実験を行うことを想定しています。

(写真提供/富山県朝日町)

(写真提供/富山県朝日町)

これらのスケジュールは今のところ予定通りですが、9月末までの実証実験ですでにいくつかの課題が見つかりました。

「まず予約の取り方です。当初はインターネットを活用してスマートフォンによる予約を主に想定していましたが、高齢者の方ほどスマートフォンの操作に不慣れなため、結局は電話による予約が大半を占めました」

電話による予約となると、車両手配のオペレーション上、どうしても利用前日の午前中までに予約しないとなりません。「利用者からはそれが面倒、不便というご意見をいただきました」。特に通院の場合、行きはまだいいのですが、帰りは診療次第で時間が変わるので予約できない=利用できないのです。

「ノッカルあさひまち」実証実験で使用されている車両。実証実験後は各家庭の自家用車が使用される予定(写真提供/富山県朝日町)

「ノッカルあさひまち」実証実験で使用されている車両。実証実験後は各家庭の自家用車が使用される予定(写真提供/富山県朝日町)

予約ページとドライバー紹介ページ

予約ページとドライバー紹介ページ

これはドライバー側も同じで、「車で通院するから誰か乗りますか?」という場合、何月何日はこの時間・ルートでと、事前に登録できますが、帰りの時間を事前登録できません。

また現在は12月までは無料サービスによる実証実験ですが「有料の場合、いくらが適正なのかを決めないとなりません。現在アンケート集計も合わせて行っていて、おそらくバスよりも高く、タクシーより安いというレベルになるとは思いますが……」

寺崎さんの歯切れが悪いのは、「どのような仕組みにすれば事業の持続性が保てるのか」という点です。自家用車で町民を乗せてくれるドライバーにも報酬は必要か、その場合いくらが適切で、そのためには料金をどうすればいいか。さらに保険など運用するための経費も考慮する必要があります。

こうした予約・ドライバーの事前登録のあり方や、料金設定が今のところ見えてきた主な課題です。

商業の活性化や旅行者、移住者の増加に繋がれ!

一方、9月末までの実証実験(ドライバーは町の職員)における利用者、つまり乗る側の反応はどうでしょうか。第一段階での利用者数は1週間で5~6人。「バスだとあちこちのバス停を回ってから、ようやく目的地に着くけれど、これならまっすぐ向かえるので助かる」「タクシーより安い料金なら利用したい」という声のほか「ドライバーとおしゃべりをしながら外へ出掛けられるのは楽しい」、高齢者から「久しぶりに外出するきっかけになった」という声もあったそう。利便性の向上とは別の、うれしい成果も見つかりました。

協議会メンバーによる仕組みづくり会議の様子(写真提供/富山県朝日町)

協議会メンバーによる仕組みづくり会議の様子(写真提供/富山県朝日町)

また、先述の通り通院ニーズに対しては課題が浮かび上がりましたが、ドライバー・利用者とも買い物ニーズについては概ね好評で、今後は「ノッカルあさひまちのドライバーや利用者がお買い物の際におトクになるような仕組みを考え、それによる町の商業施設や商店街などが潤う施策も考えられます」

このように「ノッカルあさひまち」は、全国の高齢化や過疎化に悩む地方に先駆けて、自治体が主導する自家用車を活用した乗合サービスを公共交通の補足として使えないかと、船出をしたばかり。今後の実証実験の第二、第三段階で、さらに課題が見つかることもあるでしょうが、そもそもライドシェアサービスは、世界中で利用されているほど成功しているビジネスモデル。しかも以前から近隣同士では「よかったら乗っていく?」「ありがとう、じゃあお願い」という土壌のあった朝日町です。そうした地方ならではの強いコミュニティが存在しているのですから、自治体が主導する乗合サービスが成功する可能性は大いにありそうです。

また冒頭でお話したように観光資源の豊かな朝日町ですから、「ノッカルあさひまち」による観光事業の活用も考えられます。さらに昨今のコロナ禍で、地方への移住が注目されていますが“高齢になっても移動の自由が見込める朝日町”になれば、移住先の候補に入っても不思議ではありません。こうした旅行者や移住者の増加は、もちろん町の活性化に繋がります。そんな可能性を秘めた「ノッカルあさひまち」。今後も目が離せません。

●取材協力
富山県朝日町
ノッカルあさひまち