少子高齢化でも社会保障費に頼らないまち目指す民間企業 仙台市「OpenVillageノキシタ」の挑戦

宮城県仙台市の被災者が多く暮らす新興住宅地にある「Open Villageノキシタ」は、「コレクティブスペース」「保育園」「障がい者サポートセンター」「障がい者就労支援カフェ」 の4つの事業所が集まる小さなまち。高齢者、障がい者、子ども、子育て中の親たちが横断的に交流し、補助金や助成金に過度に頼らずに、「つながりと役割で社会課題を解決する」ことを目指した全国でも珍しい取り組みが行われている。その「Open Villageノキシタ」が生まれた経緯や、オープンから約3年間で見えてきたこと、今後の展望について、施設を統括する株式会社AiNest(アイネスト)代表取締役社長の加藤清也さん、取締役の阿部恵子さんに話を聞いた。

被災者のコミュニティづくりと社会保障費の削減を目指す小さなまち

もともと農地だった仙台市宮城野区田子西地区に「Open Villageノキシタ(以下、ノキシタ)」ができたきっかけは、1994年に遡る。当時、地権者らが土地区画整理事業を検討し始め、AiNest(以下、アイネスト)の親会社である国際航業が専門家の立場で携わることになった。

造成工事が始まって間もなく東日本大震災が発生。多くの被災者が家を失ったため、急きょ仙台市と協議をして集団移転用地に変更し、「災害に強く環境にやさしいまちづくり」をテーマにしたまちづくりが始まった。

仙台市は震災時の長期停電を教訓として、エネルギーの地産地消を目指した「エコモデルタウン推進事業」を実施した。複数の民間企業からなる運営事業法人の責任者となったのが、当時国際航業の技術士として、防災まちづくりに取り組んでいた加藤清也さんだ。

加藤さんは、事業を推進する過程でのさまざまな気づきから、新たな構想が芽生えたという。

アイネストの代表取締役社長、加藤清也さん(写真撮影/伊藤トオル)

アイネストの代表取締役社長、加藤清也さん(写真撮影/伊藤トオル)

「ノキシタがある田子西地区には、沿岸部の住み慣れた広い家で被災し、初めてアパートタイプの市営住宅に移住した方々などが住んでいます。話を聞くと新しい環境で知り合いがいない、集まる場所もない、おしゃべりの輪に入れない。まるでお母さんたちの公園デビューのよう問題があるとわかり、コミュニティづくりが必要だと思ったんです」

加藤さんはどんなコミュニティをつくるべきかと並行して、以前から疑問に思っていた福祉行政の問題もあわせて考えた。

「障がい者と子どもと高齢者を社会が支える社会の仕組みはすべて縦割りで、横のつながりがほとんどありません。横のつながりをつくろうと取り組んでいる所も、ベースになるのは補助金や助成金です。

今後ますます高齢化が進み、行政の税収入は減ります。福祉事業を補助金や助成金に頼るやり方が継続できるのか。財源がなくなったときに困るのは、福祉サービスを受けている高齢者や障がい者です。お金の流れを根本的に変えて、増税ではなく社会保障費を削減するような仕組みをつくらないといけない、試しにつくってみようと思いました」

多世代の交流の場「コレクティブスペース・エンガワ」と「カフェ」は風雪を避ける軒下でつながり、バリアフリーで歩きやすい道が巡る(写真撮影/伊藤トオル)

多世代の交流の場「コレクティブスペース・エンガワ」と「カフェ」は風雪を避ける軒下でつながり、バリアフリーで歩きやすい道が巡る(写真撮影/伊藤トオル)

こうして全国的にも珍しい、民間企業とNPO法人、社会福祉法人の3法人の共同運営による、高齢者、障がい者、子どもや親ら多世代がボーダーレスに集まる小さなまち「ノキシタ」が誕生した。

人とつながり、役割をもつことの健康効果&経済効果を検証する場に

「ノキシタ」設立は、加藤さんの経験に基づく気づきも大きい。

「プライベートでの経験ですが、軽度の認知症の父に重度知的障がい者の息子をお風呂に入れてほしいと頼んだら、父は孫をお風呂に入れることが楽しくて認知症が和らいだのです。一般的に高齢者や障がい者に対して周りは何でもやってあげようとして、その人自身でやることが失われてしまいますが、自らやってもらう効果の大きさを目の当たりにしたんです。

世代や障がいを超えて人と人がつながり、社会に支えられる立場と考えられがちな人が、人を支える役割を持つことで健康寿命がのびて、認知症や寝たきり、要介護の期間が減れば、社会保障費を削減できるのではないか、と思ったんです。

調べてみると、人と人がつながる大切さを裏付けるデータもありました。要介護認定を受けていない一人暮らしの男性の例で、一人で食事をする(独食)のは、誰かと食事をする(共食)より約2.7倍もうつ状態になりやすい(「日本老年学的評価研究(JAGES)」による研究プロジェクト ※1)。また運動も、一人で運動をしているより、スポーツグループに参加して誰かと一緒に行う方が抑うつにいたる率が低い(※2)といったデータもあります。

コロナ禍になって、配食サービスやオンラインフィットネスなど家にこもって一人で何かをすることが増えて、人と交流する大切さや効果が忘れられていく。人と人のつながりと役割が持つ効果を実証・検証する場がノキシタです」

「コレクティブスペース・エンガワ」の明るいスタッフ。後列左が加藤清也さん、前列右が施設を案内してくれた阿部恵子さん(写真撮影/伊藤トオル)

「コレクティブスペース・エンガワ」の明るいスタッフ。後列左が加藤清也さん、前列右が施設を案内してくれた阿部恵子さん(写真撮影/伊藤トオル)

高齢者、障がい者、子ども、親たちが丸ごとつながる開かれたまちづくり

敷地内には、“ふたご山”と呼ばれる緑に覆われた築山を囲むように4つの施設が配置されている。庭はボランティアの力も借り、季節ごとの花に彩られている。

社会福祉法人仙台はげみの会が運営する障がい者サポートセンター、グループホーム「Tagomaru」では、重度の障がいがある方の短期入所(ショートステイ)、日中一時支援事業(単独型)、共同生活援助(日中サービス支援型)などが行われている。

2つの建物から成る障がい者サポートセンター「Tagomaru」(写真撮影/伊藤トオル)

2つの建物から成る障がい者サポートセンター「Tagomaru」(写真撮影/伊藤トオル)

NPO法人シャロームの会が運営する「シャロームの杜ほいくえん」は0歳児~2歳児を対象に、地域、保育者、保護者、ノキシタに集う多様な方々とのコミュニケーションを大切にしたダイバーシティ保育園(地域全員参画型保育園)を目指している。

左手の建物が「シャロームの杜ほいくえん」(写真撮影/伊藤トオル)

左手の建物が「シャロームの杜ほいくえん」(写真撮影/伊藤トオル)

元気に遊ぶ保育園の園児たち(写真提供/Ainest)

元気に遊ぶ保育園の園児たち(写真提供/Ainest)

同じくNPO法人シャロームの会が運営している「ノキシタカフェ・オリーブの小路(こみち)」は、障がい者の就労支援も行うカフェで、畳のキッズスペースを含め定員は30名位。むく材がふんだんに使われた店内には明るい日差しが射し込む。

緑に囲まれたカフェ(写真撮影/伊藤トオル)

緑に囲まれたカフェ(写真撮影/伊藤トオル)

食事はオリジナルスープカレーやランチプレートなど野菜がたっぷりのメニュー。障がい者や高齢者、子ども連れ、誰でも周りに気兼ねなく利用でき、昼どきは人気のスープカレーを目あてに近所の会社員や遠くから足を運ぶ人も多い。

木のぬくもりに包まれる落ち着いた店内。一人でもグループでも利用しやすい造り(写真撮影/伊藤トオル)

木のぬくもりに包まれる落ち着いた店内。一人でもグループでも利用しやすい造り(写真撮影/伊藤トオル)

補助金や助成金に頼らない交流スペースは「実家のようにほっとする居場所」

そして、ノキシタの交流の要となるのが、アイネストが運営する「コレクティブスペース・エンガワ」という会員制の交流スペースだ。効果を検証する場であることから利用者の年齢や特性を把握する目的もあって会員制(会費は無料)で、現在の登録会員数は約900人。1回の利用料は400円と利用しやすい設定だ。

「コレクティブスペース・エンガワ」入口(写真撮影/伊藤トオル)

「コレクティブスペース・エンガワ」入口(写真撮影/伊藤トオル)

大きなテーブルがある談話スペース。奥の和室は子ども連れに好評だそう(写真撮影/伊藤トオル)

大きなテーブルがある談話スペース。奥の和室は子ども連れに好評だそう(写真撮影/伊藤トオル)

「ここでは、何をして過ごしてもいいし、何もしなくてもいいんです。カフェのメニューをテイクアウトして食べることもできます。お茶を飲んでスタッフと話をするだけの方、毎日ピアノを弾きに来てくださる方もいます。自然と利用者同士で話したり、誰かと楽器でセッションしたり。スタッフが何かをしましょうと声をかけるのではなく、それぞれの方が何に関心を持つか、どう過ごしたいかを距離を置いて見守っています」と取締役の阿部恵子さん。

施設内を案内してくれた、アイネスト取締役の阿部恵子さん(写真撮影/伊藤トオル)

施設内を案内してくれた、アイネスト取締役の阿部恵子さん(写真撮影/伊藤トオル)

「エンガワ」では、さをり織り機、楽器、キッチンなど、施設内の設備に自由にふれることができる。天井の梁に架かるきれいな布は、世界一簡単な手織りといわれる「さをり織り」でつくられたもの。スタッフが丁寧に教えてくれるので、初めての人や小さな子どもも好きな糸を選んで自分だけの作品を簡単につくれる(予約制、有料)。

パレットのような色とりどりの糸が並ぶ糸棚とさをり織りの手織り機(写真撮影/伊藤トオル)

パレットのような色とりどりの糸が並ぶ糸棚とさをり織りの手織り機(写真撮影/伊藤トオル)

施設内を明るく彩る、さをり織で作られた布(写真撮影/伊藤トオル)

施設内を明るく彩る、さをり織で作られた布(写真撮影/伊藤トオル)

シェアキッチンでは自由に料理ができるので、お昼ご飯をつくって食べる人もいる。子育て中のお母さんも隣接する和室で小さい子どもを遊ばせたり、交代で面倒を見ながら料理教室やパンづくり教室に参加できる。

ひととおりの調理家電や器具、食器がそろう家庭的でオープンなシェアキッチン(写真撮影/伊藤トオル)

ひととおりの調理家電や器具、食器がそろう家庭的でオープンなシェアキッチン(写真撮影/伊藤トオル)

昇って遊べるジャングルジムは南三陸の木材を組んでつくられ、簡単にばらすこともできる(写真撮影/伊藤トオル)

昇って遊べるジャングルジムは南三陸の木材を組んでつくられ、簡単にばらすこともできる(写真撮影/伊藤トオル)

中庭を望むライブラリーではゆっくり読書ができる。子ども用のドラムやギター、ウクレレなどの楽器も自由に演奏できる。ここでは「〇〇をしてはいけない」などとルールで縛るよりも、そのとき一緒にいる人と気持ち良く過ごすために、互いを尊重し合いながら時間と場所を共有することを重視しているという。

備え付けの本を自由に読めるライブラリースペース(写真撮影/伊藤トオル)

備え付けの本を自由に読めるライブラリースペース(写真撮影/伊藤トオル)

エンガワの別棟「ハナレ」もガラス張りの明るい空間で、ギャラリーやレンタルスペースとして活用できる。「ここで何をしようか」という想像がふくらむ。

三角屋根が目印のハナレの外観。幹線道路からもわかりやすいノキシタのランドマーク(写真撮影/伊藤トオル)

三角屋根が目印のハナレの外観幹線道路からも分かりやすいノキシタのランドマーク(写真撮影/伊藤トオル)

ハナレの1階にはさをり織りの作品が展示販売されている(写真撮影/伊藤トオル)

ハナレの1階にはさをり織りの作品が展示販売されている(写真撮影/伊藤トオル)

半円形の窓から緑を望むハナレの2階はドラムの練習やヨガ教室の場にも(写真撮影/伊藤トオル)

半円形の窓から緑を望むハナレの2階はドラムの練習やヨガ教室の場にも(写真撮影/伊藤トオル)

入口に掲示してある「ノキシタは実家のような場所」と利用者が書いたコメントが印象的だった。「年齢層が幅広く、実家に帰ってきたような感覚で来てくださる方もいます。人生の先輩に家族に話せないようなことも相談したり、素直に助言を聞くことができるようです。心に重いものを抱えていた方がどんどん健康になったり表情が明るくなり、演奏する音色まで変わっていく利用者さんを見るのが嬉しいです」と阿部さんは話す。

社会課題解決の新しい居場所をつくったことで見えてきた本当のニーズ

オープンして3年余りがたち、計画当初の想像と違うことや新たな課題がたくさん見えてきたと加藤さんは話す。「交通の便が良くないので、計画時は半径1、2km圏程度の近所の方の利用を想定していましたが、ふたを開けてみたら仙台市外など遠くからも、多くの方が会員登録をしていたんです。話を聞いてみると、近所の方にはあまり知られたくないような悩みや困りごともここだと本音で話せるそうです。

また、利用者は当初予想していた高齢者に限らず、幅広い年齢層となっています。特に子育て中のお母さんが孤立していたり、気軽に使える場所がないという声があり、子ども連れのイベントを増やしました。人は自分の経験からさまざまなことを想像しがちですが、自分とは違った経験を持つ人々と交流することで、想像を超えたニーズに気づけるのがノキシタの強みです」(加藤さん)

毎週金曜日に開催している子育て支援イベント「ちほさんのポッケ」風景(写真提供/Ainest)

毎週金曜日に開催している子育て支援イベント「ちほさんのポッケ」風景(写真提供/Ainest)

エンガワでは、月に10回程度のイベントを開催している。当初はさをり織りやパンづくり教室、高齢者のIT教室など、スタッフが企画したイベントが中心だったが、これを呼び水に、利用者が提案・企画するイベントが自然に増えたという。なかでも、プロにメイクをしてもらいプロのカメラマンが写真を撮る女性向けのおしゃれ企画や自ら発表するミニコンサートなどは高齢者に人気が高く、驚くほど表情がイキイキするそうだ。

「コロナ禍で人が集まるイベントは減っていますが、楽しみを持つことが大切。コロナ禍で最初に緊急事態宣言が出たときにエンガワを約1カ月間休業したんです。すると、障がい者のサポートするのが楽しくて毎日通ったことで、支援されずに再び一人で歩けるようになったおばあちゃんが、1カ月後に車椅子になってしまいました。そこで感染対策も必要だけど、大切なことを失う問題もあると気づいて、感染対策に留意しながらできるだけ多くの方に継続的にご利用いただけるように取り組んでいます」

クラフトビールをつくる「ノキシタホッププロジェクト」。「エンガワ」の前の軒下でホップを収穫しながら交流(写真撮影/伊藤トオル)

クラフトビールをつくる「ノキシタホッププロジェクト」。「エンガワ」の前の軒下でホップを収穫しながら交流(写真撮影/伊藤トオル)

2021年4月から「ノキシタ」を、多くの方に知ってもらいたいとアイネストの企画でクラフトビールづくりを始めた。近くの農家が所有する休耕田で、宮城県石巻市を拠点とするイシノマキ・ファームの指導を受けて地域の方と障がい者が一緒にホップを栽培している。そのホップと地域で採れたお米を原料に、岩手県の世嬉の一(せきのいち)酒造が醸造と販売を行う。ラベルの絵は知的障がいがあるノキシタ関係者が描いた。そして多くの方々の協力を得て、2022年3月に第一号の「Sendaiノキシタビール」が誕生した。

高齢化社会に向けた前例がないまちづくり「ノキシタ」は、まだ効果を検証している試行段階だ。「現在は、親会社の国際航業の支援を受けて運営していますが、いつまでもその支援に甘えてはいられません。近い将来に黒字化することを目標に、利用料収入などではないアウトカムビジネスでのサスティナブル経営(ESG経営)を目指しています」と収益の確保を前向きに考えている。

「こんな施設が自宅の近くにあったらうれしい」と思う人は多いだろう。「ノキシタの1カ所でいくら効果を上げても社会的インパクトは小さいと思っています。例えば、高度成長期にできて今は高齢者が増えて若者が減っているニュータウンといわれる団地や、子どもが減って廃校になった学校や空き家などを活用して、この仕組みを広く展開したいと考えています。

今はまだ試行して、効果を見せて、共感や賛同する方を増やす第一段階。次は、補助金に頼らずに持続するシステムを確立させて、行政や他の企業とも連携していきたい。3年たって、この取り組みへの関心も高まっていると感じますし、取材等を受けることで新たな広がりも期待します。その先は無謀な夢かもしれませんが、仙台市内、宮城県、日本全国、世界に展開して、社会を変えていきたい」と加藤さん。

「ノキシタ」をもっと良い施設にするために、4つの事業所の代表が集まり共有する機会も設けている(写真撮影/伊藤トオル)

「ノキシタ」をもっと良い施設にするために、4つの事業所の代表が集まり共有する機会も設けている(写真撮影/伊藤トオル)

社会課題を解決に導く地域共生型の事業モデルを全国、世界へ

障がい者も高齢者も、孤立しがちな子育て中の親も、すべての世代の人たちがお互いに支え合い、丸ごとつながり、地域の課題解決を試みる地域共生型まちづくり「ノキシタ」。少子高齢化が進むなかで生まれるさまざまな問題を、他人事ではなく我が事としてとらえ、本気で取り組んでいる。

まだ試行錯誤の段階だが、すでに世代や分野といった枠を超えた広がり、良い化学反応が生まれている。目の前の利益や前例にとらわれない新たな視点と柔軟な活動、ゴールを目指しできることから一歩ずつ積み上げていく事業モデルは、高齢者が健康寿命を延ばし、お母さんたちが楽しく子育てができて、災害弱者と呼ばれる方々を支える仕組みをつくるヒント、呼び水となるのではないか。

筆者も話を聞いて、見て、カフェで食事をしてみて「何かできることはないか」という思いが込み上げた。何もできないまでも、関心を持ち共感し利用し協力する人が増えれば、「地域が共生するまちづくり」事業化の後押しになるに違いない。

●取材協力
Open Villageノキシタ

住人のニーズに寄りそう「団地特化型コンビニ」は普通の店舗とどう違う?

団地の活性化や住人の利便性向上のため、UR賃貸住宅を運営する都市再生機構が、2016年7月にコンビニ大手3社と、さらに2017年4月にもう1社と提携して、「団地特化型コンビニ」を展開する計画が発表されました。それを踏まえて今年4月、1号店「セブンイレブンJS美住(みすみ)一番街店」が東村山市に開店。新たなコンビニの登場によって住人の方々の暮らしに変化はあったのか、一般店舗とどう違うのか、オープンから半年たった現地を訪れて調べてみました。
団地内コンビニは “近くて便利”。特に高齢者の利便性がアップ

東京都東村山市にある西武新宿線・久米川駅から10分ほど西へ歩いたところに見えてくる、総戸数945戸のUR賃貸住宅「グリーンタウン美住一番街」。その棟内に「セブンイレブンJS美住一番街店」があります。

店舗面積は約132m2とやや小さめなサイズ。外観は一般的なセブンイレブンと変わりませんが、店内配置や品ぞろえを見ていくと、団地住人の方々に寄り添うような店舗づくりの特徴が見られます。どんな違いがあるのか、店長の金子興人(かねこ・きよと)さんに案内していただき、さらに、自治会会長の横山恭子(よこやま・きょうこ)さんに店舗利用についての思いを伺いました。

【画像1】左/外観からは一般的なコンビニとの違いはうかがえません。右/桜並木や植栽に彩られた「グリーンタウン美住一番街」。閑静な敷地内には西武鉄道の古い車両を再利用した「くめがわ電車図書館」も(写真撮影/金井直子)

【画像1】左/外観からは一般的なコンビニとの違いはうかがえません。右/桜並木や植栽に彩られた「グリーンタウン美住一番街」。閑静な敷地内には西武鉄道の古い車両を再利用した「くめがわ電車図書館」も(写真撮影/金井直子)

【画像2】「セブンイレブンJS美住一番街店」店長の金子興人さん(左)と「グリーンタウン美住一番街」自治会会長の横山恭子さん(右)。JS美住一番街店は自治会や住人の皆さんとのお付き合いを大切にしています(写真撮影/金井直子)

【画像2】「セブンイレブンJS美住一番街店」店長の金子興人さん(左)と「グリーンタウン美住一番街」自治会会長の横山恭子さん(右)。JS美住一番街店は自治会や住人の皆さんとのお付き合いを大切にしています(写真撮影/金井直子)

「まず店づくりに当たって約200世帯の住人の皆さんに、アンケートにご協力いただきました。どんな商品を置いてほしいのかという質問に対して、野菜や果物、日用品を充実させてほしいというご要望が特に多かったですね」と店長の金子さん。

下の写真にあるように食品など充実した品ぞろえで、離れた店舗へ出向くことが難しい高齢の方々や子育て中の世帯にとって、日々の買い物がしやすい環境となっています。まさに「近くて便利」というセブンイレブンのキャッチフレーズのとおり。

【画像3】野菜と果物は多いときで20種ほど並ぶことも。お惣菜、生鮮食品は一般のコンビニよりも充実しています。オリジナルブランドのセブンプレミアム商品も多種(写真提供/日本総合住生活)

【画像3】野菜と果物は多いときで20種ほど並ぶことも。お惣菜、生鮮食品は一般のコンビニよりも充実しています。オリジナルブランドのセブンプレミアム商品も多種(写真提供/日本総合住生活)

【画像4】他店では雑誌が置かれている入口近くには日用品がずらり。12ロールのトイレットペーパーや各種洗剤など、小さなスーパーマーケット並みの品ぞろえ。お米売り場も充実しています(写真撮影/金井直子)

【画像4】他店では雑誌が置かれている入口近くには日用品がずらり。12ロールのトイレットペーパーや各種洗剤など、小さなスーパーマーケット並みの品ぞろえ。お米売り場も充実しています(写真撮影/金井直子)

近年、団地住人の高齢化や“買い物難民化”というニュースを見聞きするようになりました。2015年の国勢調査によると、全国の65歳以上の割合は26.6%であるのに対して、UR賃貸住宅の住人では34.8%(2015年のUR賃貸住宅居住者定期調査)と、団地の高齢化が顕著となっています。

グリーンタウン美住一番街でも高齢化は例外ではなく、徒歩圏内にスーパーマーケットがあるとはいえ、重い荷物を歩いて持ち帰るのに苦労していた高齢の方も多かったそうです。そうした事情を配慮した結果が現在の品ぞろえにつながります。

自治会の横山恭子さんにお話を伺いました。
「お惣菜や食品は少量のものが多くて、私のようなシルバー世代にとって買いやすいですし、何よりおいしいですね。近いからすぐに来られてコンビニは冷蔵庫代わり。自宅に大量に買い置きしておかなくてもよくなった点が気に入っています。コンビニエンスストアって若い人向けのお店だと思っていて入りづらかったのですが、逆に、高齢者も利用しやすいお店だということを今では実感しています」

【画像5】車椅子でも通りやすいよう通路幅を広めに。ドリンク売り場は扉のないショーケースにして、車椅子の方や扉を開けるのが大変な高齢の方が、商品を手に取りやすいようにしています(写真撮影/金井直子)

【画像5】車椅子でも通りやすいよう通路幅を広めに。ドリンク売り場は扉のないショーケースにして、車椅子の方や扉を開けるのが大変な高齢の方が、商品を手に取りやすいようにしています(写真撮影/金井直子)

【画像6】車椅子でも入れるように段差がなく、手すりもついた広々トイレ(写真撮影/金井直子)

【画像6】車椅子でも入れるように段差がなく、手すりもついた広々トイレ(写真撮影/金井直子)

500円以上の注文なら家まで届けてくれる宅配サービスも

セブンイレブンには、お店に出向くことが難しい方にとってうれしいサービスがあります。宅配サービス「セブンミール」です。お弁当1個だけでも送料無料で自宅まで届けてくれるので、特に、足腰が弱った方や乳幼児を育児中の方、食の細い方、毎日の食事の準備が負担と感じている方などには利用価値が高いのではないでしょうか。

宅配の対象となるのは、栄養バランスを考慮した日替わりのお弁当・おかずセットをはじめ、セブンイレブンで販売している多くの食品や一部の日用品など。税込500円以上の注文で送料無料となります。配達時間は昼便と夜便のいずれかを選べて、1回だけなど単発の注文が可能です。

これは、「団地特化型コンビ二」独自のサービスというわけではなく、全国のセブンイレブンで提供されています(※注:一部地域は料金が異なります)。ネットスーパーや食材宅配のように、例えば「5000円以下の注文では送料350円がかかるからまとめ買いをする」といったような買い方ではなく、必要度や暮らしに合わせて、少量からフレキシブルに買える点が便利。筆者も、実家に暮らす親にお弁当や食品を届けるため、時々便利に利用しています。

店長の金子さんによると、現在の利用者数はそれほど多くはないとのこと。「団地以外も含めて7軒ほどのお宅にご利用いただいています。栄養バランスの良い夕食を取りたいという方が日替わりのお弁当をご注文されたり、お米やミネラルウォーターなどの重いもの、トイレットペーパーなどかさ張るものなどのご注文もよくいただきます」。便利なので、今後利用者がもっと増えるのではないかと感じました。

24時間営業だから便利。コンビニが団地の管理サービス窓口に

団地特化型コンビニが一般のコンビニと異なる最大の点は、団地内にある管理サービス事務所の仕事を一部代行していることです。

UR賃貸住宅には敷地内に管理サービス事務所があり、入退去の手続きや各種届出、修繕依頼の受付など、さまざまな入居者サービスを提供していますが、「セブンイレブンJS美住一番街店」はそのサービスの一部を受け持っています。

「URの管理サービス事務所は営業時間が団地の規模によって異なっていて、グリーンタウン美住一番街では、午前のみの営業となっています。そのため手続きに訪れる時間が限定されてしまうなど不便な面があります。特に集会場や来客用駐車場の使用時には、午後の遅い時間に使う場合でも、鍵の受け渡しのためだけに午前に事務所へ立ち寄る必要がありました。しかし現在は当店でも鍵を管理することになったので、ご都合の良い時間に鍵をお渡しできます」と金子さん。

「セブンイレブンJS美住一番街店」を運営しているのは、この団地の管理業務を受注している会社「日本総合住生活(JS)」。店名についている「JS」はその社名の略称です。団地の管理業務を行う会社がコンビニをフランチャイズ運営しているため、管理サービス事務所と連携が図りやすく、入居者サービスの向上が期待されます。

さらに、日本総合住生活(JS)が提供する生活サポートサービス「JSリリーフ」の入会・利用案内も行っています。入会金・年会費は無料で、ハウスクリーニング、家事代行、介助、防災・防犯サービス、小修理駆けつけサービスやリフォームサービス(UR賃貸住宅で可能な工事)、暮らしサポートなど、暮らし全般にかかわるサービスを会員価格で提供。サービスの実施はコンビニスタッフではなく、JSリリーフの専門スタッフが行います。何回でも無料の「終活電話相談」、年3回まで無料の「健康・医療」「法律」「相続」「パソコン操作」「年金・税金」「介護」「マタニティ・育児」「心の悩み」などの各種電話相談サービスもあり、暮らしを支える体制があります。

住人の横山さんは「電球交換、粗大ゴミ出しなど、自分で行うとなると危険なので、おまかせできると助かります。この団地は建て替えてから20年ほどになるので、今ちょうどあちこちにガタがきている状態です。電気設備の不具合や鍵の紛失など、1人で対処しきれない急な事態でも小修理駆けつけサービスがあったり、相談先が決まっていると安心ですね」

いつも身近で安心。地域活性化・防犯のよりどころとして

「団地特化型コンビニ」1号店のオープン前と後で、住人の皆さんの意識はどう変わったのでしょうか。

「団地の建て替え前、団地内には商店街(スーパー、鮮魚店、そば店、生花店など)があって、今よりもにぎやかだったんですよ。商店街では住人同士が自然と交流を持てるので、皆さん顔なじみばかり。暮らしに安心感がありました」と横山さん。

団地の建て替え後はコンビニ、青果店、薬局があったそうですが、商店経営者の高齢化などの影響で、青果店、薬局は相次いで閉店。頑張っていたコンビニは3年ほど前に閉店してしまい、クリーニング店を残して、団地内では買い物できる場所がなくなりました。

「夜までともっていたコンビニの明かりが消えて、寂しい場所になってしまいました。以前近くで強盗事件が発生したこともあって、夜歩くのは怖かったですよ。だからセブンイレブンのオープンは皆で大喜びしました。24時間開いていてくれるのはとても安心で便利です」(横山さん)

いつでも明かりがついて、必要なものを買いたいときや困ったときにいつでも駆けこめる場所があるのは、ここに暮らす方々にとっては大きな安心感につながります。

「気を使わずふらっと来られますし、誰かしら知った顔がお買い物をしています。子どもからお年寄りまで幅広い年齢層の人たちが利用していますね。お店のスタッフにはここに住んでいる人もいます。それに店長さんがとてもいい人で皆から人気がありますね」(横山さん)

「団地では自治会主催で7月の夏祭り、10月の団地祭りなど年に数回イベントを開催していますが、店長さんたちには、チラシの配布や模擬店の出店などにご協力いただいています。年々イベントを運営する人が減ってきていたのでとてもありがたいですね。近隣の子どもたちもたくさん集まってにぎやかでしたよ」(横山さん)

【画像7】住人の要望を受けて設けたテラス席。朝は散歩帰りの人、午前中はママ友グループ、昼はお仕事中の人がお弁当ランチ、夕方には小学生たちがゲームに熱中し、夏の夜には夕涼みなど、1日中さまざまな世代の人たちが利用しているそうです(写真撮影/金井直子)

【画像7】住人の要望を受けて設けたテラス席。朝は散歩帰りの人、午前中はママ友グループ、昼はお仕事中の人がお弁当ランチ、夕方には小学生たちがゲームに熱中し、夏の夜には夕涼みなど、1日中さまざまな世代の人たちが利用しているそうです(写真撮影/金井直子)

【画像8】「皆さんの暮らしの助けになるコンビニでありたい」と話す金子さん。右のお二人は1号店オープンに尽力された日本総合住生活(JS)の中村加津人さんと中原哲夫さん(写真撮影/金井直子)

【画像8】「皆さんの暮らしの助けになるコンビニでありたい」と話す金子さん。右のお二人は1号店オープンに尽力された日本総合住生活(JS)の中村加津人さんと中原哲夫さん(写真撮影/金井直子)

「グリーンタウン美住一番街」の建て替え前のように、高度経済成長期に建てられた団地には商店街が併設されているところがあり、かつてはにぎわいある場所でした。しかし現在は、大規模スーパーの出店による購買環境の変化や、商店経営者の高齢化などで徐々にその数を減らしているところが多いようです。そうした場所の再活用の一つとして、この「団地特化型コンビニ」には高い存在価値や期待感を感じます。

UR都市機構では今後、100団地ほどで団地特化型コンビニの展開を目指すとのこと。現在、セブンイレブンのほか、ローソン、ファミリーマート、ミニストップと提携しているので、団地ごとに特色の異なる店舗が誕生するかもしれません。

全国どこのお店も同じという画一的なイメージがあるコンビニですが、今後、近隣住人のニーズを把握し、利用者に寄り添った店づくりがより広まっていくのではないかと感じました。

●取材協力
・日本総合住生活株式会社
・UR都市機構(独立行政法人 都市再生機構)