自社物件の孤独死で社会的孤独の課題を痛感。賃貸空室の無料貸出など居住支援活動を大家に広める活動も 岡野不動産合同会社

大学の博士課程で学生として「空き家と居住支援」について研究をしている岡野傑(おかの・すぐる)さんは、アパートやマンション、倉庫を所有するオーナーでもあります。その研究から、高齢者や外国人、低所得者など住まいの確保に配慮が必要な人たちへの支援の必要性を感じ、所有する物件を無料で貸し出すこともあるそうです。ただ、そのようなボランティア的な精神で続けているだけでは世の中にムーブメントは起きないと、同じ志の大家さんを集めるための啓蒙活動も行っているとのこと。

岡野さんがなぜ大家として配慮が必要な人たちの支援に携わるようになったのか、その活動と志についてお話を聞きました。

収益のために始めた大家業。孤独死が発生したことが転機に

岡野さんが初めて大家になったのは2010年のこと。当時はまだ企業に勤めており、自身の成長のためにFP(ファイナンシャルプランナー)の資格を取得しました。ある日、参加しているFPサークルで、財務省が国有地を売却するという話を聞きます。大家をしている友人の影響もあり、貸家業に興味を持った岡野さんは、自己資金で格安の土地と建物を購入。自分でリフォームしながら貸し出し、大家としての第一歩を踏み出したのでした。

転機は、所有物件が100室を超えるくらいまで大家業が軌道に乗ってきたころです。岡野さんは44歳で会社を退職し、専業大家となりました。さらにその翌年から三重大学大学院地域イノベーション学研究科博士前期課程に入学することに。大家として今後の収益を確保していくため「空き家問題」の研究を始めていました。ところが入学してすぐ、岡野さんが貸している物件で立て続けに2件の孤独死が発生したそうです。うち1件は死後1カ月以上も発見されなかったため、片付けに入った岡野さんはゴミ屋敷のようになった部屋や強烈な臭いに衝撃を受けました。

岡野さんの所有するアパートで孤独死が発生したときの部屋の中。孤独死の現場は想像を絶するもので、岡野さんの関心は「空き家」から「住まいに困っている人」へと移っていった(画像提供/岡野さん)

岡野さんの所有するアパートで孤独死が発生したときの部屋の中。孤独死の現場は想像を絶するもので、岡野さんの関心は「空き家」から「住まいに困っている人」へと移っていった(画像提供/岡野さん)

「社会的孤立という現実を目の当たりにして、関心が『空き家』から『人』へと移りました。社会には困っている人が大勢いるということを認識したのは、この時からです。さらに福祉関係の仕事をしている同じ社会人のゼミ生から、精神障がいのある人を支援する中で家を探したところ、全ての物件で入居を断られてしまったという話を聞きました。ゼミ生は、その人のために自ら中古住宅を購入して大家になったそうです。

私はそれまで収益を上げることを目的として大家業をやっていたので、大きな刺激を受けました。そこから『空き家問題』と『住宅に困っている人の問題』を組み合わせた問題解決が、私のライフワークとなったのです」(岡野さん、以下同)

空室を「無料」で貸し出し。論文として発表することで、問題提起も

岡野さんが入った大学院の指導教官は、資源循環やごみ問題などを研究しており、フードロスやフードバンクなどの事例を授業で扱っていました。フードバンクを実際に見てみようと思った岡野さんは、三重県にあるフードバンクを見学した際に、フードバンクと一緒に活動していた市民団体から話を聞くことになります。

当時、その市民団体の事務所はワンルーム。支援のための食料がいっぱいでスペースがないほどでしたが、どこにも行き場のない外国人がそこで寝泊りしたり、付近の川に入って魚を取って生活しているなど、外国人の悲惨な状況を知ることになりました。

「そこで『タダでうちのアパートの空室を1部屋使ってみてください』と提案してみたのです。空室は放っておいてもタダで、貸さなくても収益は0円。物件数100戸程度にまで事業が成長すれば、その1%=1戸を無料で貸し出しても収益に大きな影響はありません。もともと空き家問題の関心から大学院に入ったので、自分の空き家活用の研究にもなると考えました。

市民団体は最初は遠慮されていましたが、いざ借りてもらうと住まいが必要な人が何人も出てきて大助かりだったということでした。さらに食料支援や生活支援の活動から、住居という支援ができるようになって外国人を助けられる幅が広がった、という言葉をもらいました」

岡野さんが行った空き家の無料貸し出しの仕組み。住居の提供は大家である岡野さんが行い、それ以外の生活支援を市民団体が行った(画像提供/岡野さん)

岡野さんが行った空き家の無料貸し出しの仕組み。住居の提供は大家である岡野さんが行い、それ以外の生活支援を市民団体が行った(画像提供/岡野さん)

岡野さんはこの取り組みを論文「民間大家による住宅確保要配慮者に対する家賃無料住宅についての考察」として発表。不動産投資メディアなどでも紹介され、多くの人が知ることになったわけです。

「事業が成長してこそできる」岡野さん流、住まいに困っている人への関わり方

これらの経験を経ながら大家業を始めて13年以上が経ちました。現在、岡野さんが大家として注力している活動は3つあります。

「ひとつは『住まい探しに困っている人の入居申込を断らない』こと。人が暮らしていくには最低限、家が必要です。家賃債務保証会社の審査を通ることが前提ではありますが、基本的に入居を希望する人を断りません。

2つ目は引き続き市民団体と協力し、空室を緊急で住むところを必要とする人のためのシェルターとして活用してもらうこと。現在、私の所有する物件215室のうち、アパートの4室を提供しています。特に外国人は見知らぬ土地で頼る人もいないうえ、ここ三重県では工場で働いている非正規労働者が多く、会社都合で短期に職を失うことも日常茶飯事です。言葉の壁や必要な手続きがわからず、十分な社会保障も受けられていないので、住まいの確保ができません。かなり危機的状況にあるといえるでしょう。

そして3つ目として、高齢者の多い物件で交流会を実施して、住民同士のつながりをつくっています。同じ敷地内に住んでいるにもかかわらず、住人間の関係は希薄でした。時にそれは孤立を生み、孤独死にもつながります。そこで住民同士が仲良く話し合えるきっかけを提供することで、自分たちで協力しあってお隣同士で助け合う関係をつくろうとしています」

定期的に入居者同士の交流会を開催。交流を持つことで入居者の孤立を防ぎ、孤独死や近隣とのトラブル防止にもなる(画像提供/岡野さん)

定期的に入居者同士の交流会を開催。交流を持つことで入居者の孤立を防ぎ、孤独死や近隣とのトラブル防止にもなる(画像提供/岡野さん)

住まいに困る人の受け入れは「不安」「リスク」よりも「メリット」が大きい

当然ながら、高齢者や外国人など、入居に配慮が必要な人たちに物件を貸し出すには、家賃滞納や孤独死など、大家にとってのリスクも考えなくてはなりません。しかし、岡野さんは自身の事業を「住宅セーフティネット業」と位置づけ、困っている人を助けることが仕事だと考えています。このように考えられるようになったのは、所有物件が100戸を超えたころから。収入的にも時間的にも余裕を持てるようになったことも大きいといいます。

「大家は、入居する人たちが暮らし続けるためにしっかりと修繕を行い、税金を払い、金融機関に借りたお金を返済していかなくてはなりません。そうやって成長することで、さらに多くの住まいを求める人たちを受け入れられるのです」

加えて、住まいに困っている人を受け入れることは、社会的な意義だけではなく、オーナーとしての利益につながるとも。

「三重県では空き家率が20%を超える地域もあり、今後も人口減少や新築アパートの増加を考えると賃貸業を継続していくのも難しくなる一方です。ところが、私の所有する物件では入居する人の約20%がいわゆる『住宅確保要配慮者』といわれる住まいに困っている人たち。積極的に受け入れることで、入居率はほぼ95%を維持しており、リスクを考慮しても空室にするより貸し出す方がメリットは大きいと考えています。

さらに物件周辺の整備を含めた地域貢献は、結果的に『入居率が上がり、業績が良くなる』ことにつながり、『融資を受けやすくなって物件を増やすことができる』という好循環をもたらします。そして何よりも、住まいに困っている人たちに住居を提供して社会問題に取り組むことで、社会に役立っているという幸福感を得られるのです」

「空室にしておくなら無料で貸しても収益は変わらない。市民団体にシェルターとして貸し出すことで銀行の非財務項目評価がアップして融資に有利に働くこともある。何より、社会に役立っているという幸福感を得られる」と岡野さんはいう(画像提供/岡野さん)

「空室にしておくなら無料で貸しても収益は変わらない。市民団体にシェルターとして貸し出すことで銀行の非財務項目評価がアップして融資に有利に働くこともある。何より、社会に役立っているという幸福感を得られる」と岡野さんはいう(画像提供/岡野さん)

目指すのは江戸時代の大家さんと店子(たなこ)の関係。同志を増やすための活動も

しかし、岡野さんが行っているような居住支援の活動に興味を持つオーナーは、10人に1人いれば良い方だといいます。

「支援の輪を広げていくためには、社会貢献に興味がないオーナーに『収益アップ』『空室の減少』『空室が少ないことで高く売れる』といったメリットを強調する必要があると思います。そして、管理や滞納などトラブルのデメリットを克服できる方法があることを伝えるべきでしょう」

実際に岡野さんが気をつけていることは「管理をしっかりと行って問題を減らす」ことです。例えば、ゴミの分別がわからない外国人入居者のために日本語と母国語でゴミの出し方を貼り付け、分別できていない入居者を特定できる場合は、直接指導もするのだそう。頻繁に物件に通い、清掃をして入居者に挨拶したり、道路の草を刈ってゴミ拾いをしたりして入居者との間に関係をつくりあげると、トラブルが減り、何かあったときにも対応しやすくなると岡野さんは実感しています。

「私が参考にしているのは、江戸時代の大家さんです。喧嘩の仲裁や仕事や結婚の斡旋など、昔の大家さんは入居者と深く関わり合っていました。現代は業務の細分化や効率化が進み、管理会社に任せっきりなど、経営もドライになりがちです。しかし大家が直接働きかけることで、入居者に寄り添った経営ができると考えています」

週に2回、自ら建物の周りを清掃して、道路のゴミを拾い、入居者に挨拶をする。大家が直接働きかけることで入居者との距離が縮まり、建物や周辺環境が整えば入居が増えるという好循環に(画像/PIXTA)

週に2回、自ら建物の周りを清掃して、道路のゴミを拾い、入居者に挨拶をする。大家が直接働きかけることで入居者との距離が縮まり、建物や周辺環境が整えば入居が増えるという好循環に(画像/PIXTA)

さらに岡野さんのライフワークは、同じような考えを持った大家仲間を増やしていくことにも及びます。敷地内で実施する交流会やパーティーに大家仲間やその家族を呼び、自分の活動を見てもらったり、講演会に呼ばれれば話をしにいくとのこと。これから貸家業をやってみたいと考えている人には、決算対策や運営方法などについて無料で相談に乗ることもあるのだそうです。

海外の大学で発表をしたときの様子。講演会に呼ばれると、岡野さんは時間の許す限り話をしにいくという(画像提供/岡野さん)

海外の大学で発表をしたときの様子。講演会に呼ばれると、岡野さんは時間の許す限り話をしにいくという(画像提供/岡野さん)

いずれの取り組みも「困っている人に住まいを提供するかどうか、最終的に決められるのは物件を持っている『大家』であって、その母数を増やすためにアプローチすることが居住支援の取り組みを広げる近道」だとの思いから。

「私はきっかけをつくるだけ。こういう世界もあるよ、と全国の大家さんの世界を広げることができればいいと考えています」

岡野さんは「今は、賃貸運営で収益を得るよりも『大家さん、ありがとう』の言葉が嬉しい、住まいがなくて困っている人の役に立てることが喜び」だと言います。しかし、岡野さんのように、居住支援を継続できる状態まで、事業を成長させることは、簡単ではありません。そのためには「まずはきちんと貸家業を軌道に乗せ、入口の動機は収益であっても、このような取り組みが必要なことを知ってもらうことが大事」だという岡野さんの考えが、全国の大家さんにも届くことを願います。

●取材協力
岡野不動産合同会社 代表社員 岡野 傑さん

LGBTQの住まい問題に自治体間で大きな意識ギャップ。「パートナーシップ制度導入も公営住宅の入居認めない」など施策の矛盾も…国交省に聞いた

2022年11月、国交省の研究機関である国土技術政策総合研究所(以下、国総研)がLGBTQの人たちに対する自治体の取り組みを調査した報告書「LGBTに対する地方公共団体における住宅政策の取り組み調査報告」を公開しました。47都道府県のうち、ほとんどがLGBTQの人たちを「住宅の確保に配慮が必要な人」として位置付けているのに対し、市区町村など1700以上の基礎自治体となると十数件のみとなり、その意識のギャップが浮き彫りになっています。

2015年以降、性的マイノリティとされるカップルが人生を共にすることを宣誓し、婚姻と同じように自治体が認める制度「パートナーシップ宣誓制度(以下、PS宣誓制度)」を導入する自治体が徐々に増えているなかで、住まいの問題は改善しているのか、同性パートナーと共に公営住宅に入居できるのかなど、国交省 国総研 建築研究部長 長谷川洋さんにお話を聞きました。

LGBTQは「住宅確保要配慮者」?住まい探しにおける問題とは

LGBTQの人たちが賃貸物件に入居しようとすると、収入面に問題がなくても同性カップルというだけでオーナーや管理会社に入居を断られる、という体験談を耳にすることがあります。また、トランスジェンダーの人が不動産会社で担当者に証明書記載の性別と見た目とのギャップに驚かれたり、同性カップルは夫婦とみなされず、ファミリータイプではなくルームシェア可の部屋しか紹介してもらえなかったり。住まい探しで嫌な思いをすることも多いようです。

同性カップルが住まい探しをしても、根強い偏見や制度が追いついていないために、なかなか思うようにいかない現実がある(画像/PIXTA)

同性カップルが住まい探しをしても、根強い偏見や制度が追いついていないために、なかなか思うようにいかない現実がある(画像/PIXTA)

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高齢者や低所得者など、住まい探しに困難を抱える人たちの中でも、ことLGBTQの人たちが直面している問題について、日本では残念ながらあまり理解が進んでいるとは言えません。以下の資料からも、2/3近くの回答者が「性の多様性に対する社会の理解が進んでいない」と感じており、不動産会社に相談に行くことに不安を覚えている当事者が多いことが分かります。

回答した人の 2/3近くが、性の多様性への理解が進んでいないと感じている(出典:浜松市「令和元年度第1回浜松市広聴モニターアンケート調査『性の多様性について』」)

回答した人の 2/3近くが、性の多様性への理解が進んでいないと感じている(出典:浜松市「令和元年度第1回浜松市広聴モニターアンケート調査『性の多様性について』」)

L(Lesbian、レズビアン)やFB(Female Bisexual、女性のバイセクシュアル)など多くの当事者たちが不動産会社に行くことに不安を感じている(資料提供/NPO法人カラフルチェンジラボ「2021年セクシュアル・マイノリティーの居住ニーズに関するアンケート」)

L(Lesbian、レズビアン)やFB(Female Bisexual、女性のバイセクシュアル)など多くの当事者たちが不動産会社に行くことに不安を感じている(資料提供/NPO法人カラフルチェンジラボ「2021年セクシュアル・マイノリティーの居住ニーズに関するアンケート」)

不動産会社の中には、社内で勉強会や研修を行ってLGBTQの人たちが抱える悩みや問題への理解を深め、当事者が相談しやすい環境づくりや希望に沿った物件を紹介しようと尽力する会社も、もちろんあります。
しかし、そうではない会社がまだまだ多いのも現状です。時には「LGBTQを住まい探しの支援が必要な対象とした『住宅確保要配慮者』に含めるべきか」ということそのものが議論となることもあるのです。

国交省がLGBTQに対する自治体の取り組みを調査!

そこで、2022年11月に、国交省国総研が全国の自治体や関係団体に向けてLGBTQに対する調査を実施しました。調査を行った長谷川さんは、その実施背景について次のように語ります。

「LGBTQの住まい探しといっても、ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーといったさまざまな属性ごとに抱える問題もあり、一括りにはできません。民間の不動産会社などがそれらの問題に対しどのように対応しているのか、地方自治体の住宅施策で同性カップルが公営住宅に入居できるのか、国の調査機関としてのデータもありませんでした。そこへ、LGBTQの住宅問題に取り組んでいる研究者から一緒に調査を進めないかと話をもらい、地方自治体の取り組みについて私が担当することになったのです」(長谷川さん、以下同)

調査は、メールやFAXを用いてアンケート形式で実施し、都道府県や指定都市のほか、東京23区と中核都市、そして賃貸住宅供給促進計画やすでに居住支援協議会を設立している市区町村を含め、計157団体から回答を得ました。

地方自治体がLGBTQの住まいに対してどのように取り組んでいるのか、2022年8~9月にメールによるアンケート方式で調査を行った(資料提供/国土交通省国総研)

地方自治体がLGBTQの住まいに対してどのように取り組んでいるのか、2022年8~9月にメールによるアンケート方式で調査を行った(資料提供/国土交通省国総研)

LGBTQは「住宅確保要配慮者」? 調査で見えた、意識のギャップ

住まい探しに困っている人の民間賃貸住宅への入居促進を図る「住宅セーフティネット法(正式名称:住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律)」では、“LGBT※は「法律で定める者」ではなく、「国土交通省令で定める者」の中のひとつ”として例示されているに過ぎません。PS宣誓制度の有無が各自治体によって異なるため、国はLGBTを住宅確保要配慮者に含めるかどうかの判断も各地方自治体の判断に委ねる、つまり国として必須で定義するものではない、ということのようです。

※以降、資料に関する事項については、当時の調査内容にあわせてLGBTQではなくLGBTと表記

住宅セーフティネット法では、LGBTは「国土交通省令で定めるもの」の1例として例示されている(資料提供/国土交通省国総研)

住宅セーフティネット法では、LGBTは「国土交通省令で定めるもの」の1例として例示されている(資料提供/国土交通省国総研)

実際に調査結果を見ると、賃貸住宅供給促進計画を策定している「都道府県」は47中46、LGBTQを要配慮者として位置付けているのは47中44です。一方、基礎自治体にあたる市区町村などを含む「その他」では、賃貸住宅供給促進計画策定済みがわずか0.3%、LGBTを要配慮者として位置付けているのは0.2%となっています。

この結果からは、ほとんどの都道府県がLGBTを「住宅確保要配慮者」としているのに対し、市町村レベルでは、1619団体のうち、位置付けているのは3件のみと読める(資料提供/国土交通省国総研)

この結果からは、ほとんどの都道府県がLGBTを「住宅確保要配慮者」としているのに対し、市町村レベルでは、1619団体のうち、位置付けているのは3件のみと読める(資料提供/国土交通省国総研)

その一方で「市区町村などの基礎自治体は、個別には賃貸住宅供給促進計画を定めていなくても各都道府県の定める計画に基づいて施策を行っているはず」と考えることが可能です。そうなると賃貸住宅供給促進計画策定済みの基礎自治体は97.9%+0.3%、LGBTを要配慮者として位置付けている基礎自治体は93.6%+0.2%と読むこともできるわけで、この数値をどのように解釈すべきかに迷います。

長谷川さんは、「市町村で賃貸住宅供給促進計画をつくっていなくても、LGBTを位置付けているところはあるかもしれないが、はっきりとは掴めていない」とした上で、次のように話しています。

「PS宣誓制度を市町村で導入していなくても、都道府県が導入していれば、それに乗る形で都道府県の出した証明書を有効として、LGBTQでも公的サービスを受けられる基礎自治体も多いです。

LGBTの位置付けは自治体によって差がありそうですが、そのような実務的な側面で考えれば、実際に住宅確保に困っている当事者がいるのですから、国としては、LGBTは法律が指定する『住宅確保要配慮者』にあたる、と捉えることができます」

渋谷区が発行するパートナーシップ証明書(画像/渋谷区)

渋谷区が発行するパートナーシップ証明書(画像/渋谷区)

LGBTQが抱える住まいの問題が見えにくいワケ

次に「LGBTからの住宅相談」の状況を見てみましょう。
自治体の中でLGBTからの住宅相談を受けたことがあることを示す「相談あり」は全体で8%と、自治体の担当者のほとんどがLGBTの住まいに関わる問題に直接的に対応した経験がないことが分かります。

LGBTQからの住宅相談を受けたことのある自治体はごくわずか(赤枠)。そのうち、半数以上が同性カップルで公営住宅に入れるかという相談になる(資料提供/国土交通省国総研)

LGBTQからの住宅相談を受けたことのある自治体はごくわずか(赤枠)。そのうち、半数以上が同性カップルで公営住宅に入れるかという相談になる(資料提供/国土交通省国総研)

日本におけるLGBTQの割合は、3~10%といわれています。にもかかわらず、こんなにも「聞いたことがない」と回答する人が多い理由は、LGBTの人たちが自治体に住まいの相談に行く機会がほとんどないからだと考えられます。

「10人に1人がLGBTQだとしても、カミングアウトしている人はほんのひと握り。社会や周囲の人から差別されることなどを恐れて、親にも、会社にも知られないように生活している人が大勢います。

不動産会社に入居を断られても、自治体の窓口に相談に行く人がいないため、制度はあっても実際に対応したことがない、また問題の実態を把握できていない自治体職員が多いのです」

パートナーシップ宣誓制度の導入と必ずしも一致しない公営住宅の施策

さらに、各自治体のPS宣誓制度の導入予定と同性カップルの公営住宅への入居を認める予定との関係についても見てみましょう。
まず、本調査を公表した2022年11月時点のPS宣誓制度の導入状況は、都道府県で21%、最も高いのは政令指定都市の85%です。

PS宣誓制度の導入が最も進んでいるのは、指定都市の85%。導入割合が低いのは、都道府県の21%で、指定都市以外の属性において、半数以上が導入していないという結果となった(資料提供/国土交通省国総研)

PS宣誓制度の導入が最も進んでいるのは、指定都市の85%。導入割合が低いのは、都道府県の21%で、指定都市以外の属性において、半数以上が導入していないという結果となった(資料提供/国土交通省国総研)

このうちPS宣誓制度を導入していない自治体に今後について確認すると、PS宣誓制度を導入予定、もしくは導入に前向きな自治体が、必ずしも同性カップルの公営住宅への入居を認める予定ではないこと、または逆にPS宣誓制度の導入は未定でも公営住宅への入居を認める予定の自治体があることが分かりました。

そして、PS宣誓制度の導入や公営住宅への同性カップルの入居を認める予定のない自治体がまだまだ多いのも気になるところです。

「PS宣誓制度の導入予定」と「同性カップルの公営住宅への入居を認める予定」の関係図。少数ではあるが「PS宣誓制度の導入は未定、なし」でも公営住宅への入居も認める方向の団体や、その逆があるのは興味深い(資料提供/国土交通省国総研)

「PS宣誓制度の導入予定」と「同性カップルの公営住宅への入居を認める予定」の関係図。少数ではあるが「PS宣誓制度の導入は未定、なし」でも公営住宅への入居も認める方向の団体や、その逆があるのは興味深い(資料提供/国土交通省国総研)

「この点については、地方自治体の住宅部局からすれば『公営住宅への入居を認めるかよりも、PS宣誓制度を導入するのが先で、導入されてから対応する』という考え方が背景にあります。事実、PS宣誓制度導入が未定のところは公営住宅への入居も未定というところが多く、住宅部局がPS宣誓制度導入よりも先駆けて公営住宅で同性カップルを受け入れようとしているところもありますが、何らかの公的な証明書がなければ二人の関係を示すものがなく、動きづらいようです。

中には、婚姻届の受理と同じようにPS宣誓制度も『窓口となるのは各市区町村の役割』として、判断は市区町村に任せ、都道府県としては導入していないケースも見られます。そうなると、市区町村が動かない限り公営住宅への入居は難しくなりますね」

これらの結果からは都道府県と市区町村の間で考え方に相違があり、互いに押し付けあっているような構造も垣間見えるようです。長谷川さんは「各都道府県や市区町村にもっと話を聞いて、打開策を探っていく必要がある」と指摘しています。

同性カップルの公営住宅への入居を認めるには、二人の関係を示す何らかの公的な証明書が必要。しかし、都道府県と市区町村の間にはPS宣誓制度の導入に関して、考え方に隔たりがあるようだ(画像/PIXTA)

同性カップルの公営住宅への入居を認めるには、二人の関係を示す何らかの公的な証明書が必要。しかし、都道府県と市区町村の間にはPS宣誓制度の導入に関して、考え方に隔たりがあるようだ(画像/PIXTA)

LGBTQの住まい探し、これからどうしたらいい?

今回の調査結果を踏まえて「『課題』や『今後の対策』としてどのようなことが考えられるか」という問いに対し、長谷川さんは「この調査だけでは、なぜLGBTQの住まい探しが難しいのか、明確な理由は掴めない」といいます。

例えば、高齢者であれば孤独死や残置物の処理の問題、低所得者の場合は家賃滞納リスクなど、賃貸住宅のオーナーや管理会社が入居を拒否する原因が見えやすいので、原因ごとに解決策を考えることが可能です。しかし、LGBTQの場合は入居困難となる原因が見えづらく、個別性も高いため「社会全体に対する啓発」や「不動産会社や管理会社の担当者の教育」を行っていくしかないと長谷川さんは考えています。

「LGBTQフレンドリーな店舗を登録して、そこへ行けば嫌な思いをせずに安心して住まいを確保できるという不動産会社を増やす公的な仕組みが必要です。ただ、当事者の気持ちが大きく関係しているので、制度を整えて行政のお墨付きがつけば入居が促進されるというものでもありません。

担当者に悪気がなくても何気ないひと言でLGBTQの人たちを傷つけてしまうことがあります。当事者にとっては、どのような対応をされるか分からない不動産会社を訪れること自体が恐怖なのです。担当者の教育がしっかりとされていて、ここなら嫌な思いをせずに賃貸住宅を紹介してもらえるということを、見える化していかなければならないと思います」

今回の調査を行った国交省国土技術政策総合研究所 建築研究部長を務める長谷川さん。今後も定点観測的にLGBTQに対する行政の姿勢を調査し続けたいと話す(画像提供/長谷川さん)

今回の調査を行った国交省国土技術政策総合研究所 建築研究部長を務める長谷川さん。今後も定点観測的にLGBTQに対する行政の姿勢を調査し続けたいと話す(画像提供/長谷川さん)

LGBTQのパートナーシップ宣誓制度は、今回の調査後にも都道府県での導入や社会的な認知がかなり進んできていますが、市区町村レベルにも浸透して住まいの問題解決にもつながっているかというと、まだまだというのが現実のようです。今回の調査で見えにくかった「なぜ、LGBTQの人たちの賃貸物件への入居が難しいのか」という問題の答えは、きっと、当事者の心にいかに寄り添った支援を提供できるか、を考えることに尽きるのではないでしょうか。

その具体策のひとつである公営住宅への入居が可能な状態へとつながっていくには、制度に頼るばかりではなく、各自治体の担当者をはじめ、私たちが問題について知ることから始める必要がありそうです。

●取材協力
・国土交通省 国土技術政策総合研究所
・LGBTに対する地方公共団体における住宅政策の取り組み調査報告
・NPO法人カラフルチェンジラボ

人口4分の1が高齢者、住宅確保が急務に。不動産会社と連携し、賃貸の空き室利用や見守りサービス費用補助など支援の機運高まる 神奈川県厚木市

高齢者や障がいのある人、低所得者などが賃貸住宅への入居を断られ、住まいを確保できないことが問題となっています。そんななか、神奈川県厚木市が取り組んでいるのが、物件オーナーや管理会社が住まいの確保に困っている人の入居を受け入れやすくするために、居住支援法人(※)や不動産会社と連携した見守りサービスの実施、住まい探しや暮らしに関する相談窓口の開設です。

厚木市における不動産会社との連携、住まいの支援やその背景にある思いについて、厚木市まちづくり計画部住宅課(2024年4月より都市みらい部住宅課に名称変更)の戸井田和彦(といだ・かずひこ)さん、古財有香(こざい・ゆか)さん、市内の不動産会社・トータルホーム代表取締役の加藤靖教(かとう・やすのり)さんに話を聞きました。

※居住支援法人:住宅セーフティネット法に基づき、住宅の確保に配慮が必要な人が賃貸住宅にスムーズに入居できるよう、居住支援を行う法人として各都道府県をはじめとする自治体が指定する団体等

高齢者が賃貸住宅に入居しやすくするためには、どうしたらいい?

近年、全国的に高齢者の独り住まいや高齢者だけで暮らす世帯が増える中で、孤独死や家賃の滞納などを懸念するオーナーや管理会社から、高齢者が賃貸物件への入居希望を断られてしまうという問題が生じています。

厚木市の全人口に占める65歳以上の高齢者の割合は2023年10月時点で26%。人口の約1/4を高齢者が占めていることになります。全国の自治体が同じ問題を抱えていて、2017年には住まい探しが困難な人たちの賃貸住宅への入居を促進するため、国は住宅セーフティネット法(正式名称「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」)を改正。これを機に、厚木市でも「民間賃貸住宅の空き室を活用して高齢者が入居しやすくなるような取り組みを進めていこう」という機運が高まりました。

厚木市では人口の約1/4が65歳以上の高齢者となっている(資料提供/厚木市)

厚木市では人口の約1/4が65歳以上の高齢者となっている(資料提供/厚木市)

「なぜ高齢者の入居が難しくなっているのか、という問題を突き詰めた時に、家賃滞納や孤独死、死亡後の残置物の処理といった問題が浮かび上がりました。

この対応策として取り入れたのが、かながわ住まいまちづくり協会が実施する「神奈川あんしんすまい保証制度」の一つである、『あんすまコンパクト』。安否確認と費用補償がセットになった見守りサービスです。賃貸住宅に入居する一人暮らしの高齢者がこのサービスを利用することで、オーナーさんや管理会社が抱える不安を少しでも軽くし、高齢者を受け入れやすくできないかと考えました」(厚木市 古財さん)

見守りサービスの費用補助で利用しやすく。さらに連携が広がる

厚木市は利用者の費用面での負担を軽くしてサービスを使いやすくするために、初回登録料(1万円+消費税1000円)を市が補助する制度を2019年にスタート。この補助制度の取り組みは神奈川県内では初、全国でも東京都中野区に次いで2番目だったこともきっかけとなり、かながわ住まいまちづくり協会が実施する「あんしん賃貸支援モデル事業」の実施市に選ばれました。同年から研修会や住まい探し相談会の開催、関係者連絡会での情報交換など、居住支援の取り組みを開始したのです。

孤独死や残置物の処理など、オーナーや管理会社のリスクを減らすための見守りと費用補償がセットになった「あんすまコンパクト」。通常は初回登録料1万1000円と月額1650円の利用料がかかるが、導入しやすくするために市が初回登録料を負担する(資料提供/厚木市)

孤独死や残置物の処理など、オーナーや管理会社のリスクを減らすための見守りと費用補償がセットになった「あんすまコンパクト」。通常は初回登録料1万1000円と月額1650円の利用料がかかるが、導入しやすくするために市が初回登録料を負担する(資料提供/厚木市)

そして、このあんすまコンパクトの導入が、厚木市と市内不動産会社との連携が始まる大きなきっかけになったといいます。

「このサービスが孤独死などの不安に対する軽減策となって高齢者の入居促進へとつながっていくには、入居者への費用の補助だけでなく、不動産会社の理解と協力も不可欠です。そこで職員が、サービスを提供するホームネットと一緒に不動産会社を回り、制度の説明をしたり、研修会などで紹介したりして制度の周知に努め、協力していただける不動産会社を募りました」(厚木市 古財さん)

見守りサービスの補助制度を周知するために厚木市とホームネットが不動産会社を回ったことが連携強化につながっていった(画像/PIXTA)

見守りサービスの補助制度を周知するために厚木市とホームネットが不動産会社を回ったことが連携強化につながっていった(画像/PIXTA)

厚木市の補助制度が始まる前までは、ホームネットと業務委託契約を結んでいた不動産会社は、わずか6社でした。それが今では27社になり、年間2~3社ずつ増えている状況だそうです。
また、このサービスを周知するための活動は、不動産会社などの民間企業と直接話をする機会の増加にも繋がりました。

「不動産会社がどのようなことで困っているのか、現場の声を聞くことができるようになったのは大きいですね。定期的に情報交換会を開催するのも、居住支援の取り組みの一つ。現場の意見をいただくことで、違う立場での視点を知ることができるので今後の取り組みの参考になっています」(厚木市 古財さん)

より主体的に住まいの支援に関わるため「居住支援協議会」を設立

さらに厚木市では、住まい探しが困難な人たちが円滑に入居するための支援をする機関として、2023年に厚木市居住支援協議会を設立しました。

居住支援協議会の前身となったのは、2021年から厚木市住宅課が主体となって行っていた「厚木市あんしん賃貸住宅支援事業」でした。住宅課と福祉部局の担当課、不動産関係団体や福祉の関係団体も加わり情報交換や意見交換を行っていたのですが「部署間での温度差を感じていた」と古財さんは言います。

厚木市居住支援協議会の事務局である厚木市まちづくり計画部住宅課(2024年4月より都市みらい部住宅課に名称変更)の古財有香(こざい・ゆか)さん(写真提供/厚木市)

厚木市居住支援協議会の事務局である厚木市まちづくり計画部住宅課(2024年4月より都市みらい部住宅課に名称変更)の古財有香(こざい・ゆか)さん(写真提供/厚木市)

「その原因は、組織の壁でした。市の職員は皆それぞれに従来の業務があるので、どこか業務外の活動的な雰囲気がありました。しかし、居住支援を行うにはそれぞれがもっと主体的に動く必要があります。自分たちの業務と捉えて取り組んでもらうためにも、住宅課が主導するのではなく、居住支援協議会という組織を立ち上げた方が良いと考えたのです」(厚木市 古財さん)

居住支援協議会は住宅セーフティネット法の改正により、各都道府県に設置することが定められていますが、市区町村単位で設置している自治体はまだ少ない状況です。厚木市では協議会を立ち上げた後、全体の活動とは別に研修会を企画するグループと資料を作成するグループの2つに分け、より少人数での検討も行っています。協議会に参加するメンバーが意見を出しやすくし、活動に積極的に関わるようにするための工夫です。

また、定期的な意見交換会や研修会のほか、年に5回住まい探し相談会を開催して、居住支援を必要としている人の窓口としての役割を果たしています。

幅広い支援を目指して、居住支援協議会を設立。参加者がより積極的に、主体的に参加していくようワーキンググループなどの工夫も欠かせない(写真提供/厚木市)

幅広い支援を目指して、居住支援協議会を設立。参加者がより積極的に、主体的に参加していくようワーキンググループなどの工夫も欠かせない(写真提供/厚木市)

居住支援協議会で実施する「住まい探し相談会」の様子(写真提供/厚木市)

居住支援協議会で実施する「住まい探し相談会」の様子(写真提供/厚木市)

広がる支援の輪。住まいを必要とする人と支援を直につなぐ

見守りサービスの補助から始まった厚木市の居住支援は、居住支援協議会の設立へと繋がり、さらに行政や民間にも変化をもたらしました。

「居住支援の入口は高齢者の方でしたが、今では高齢者だけでなく、障がいのある方や外国籍の方、ひとり親世帯の方など、幅広い方の支援を行っています。最近では精神障がいのある方からのご相談も多くなっていますね」(厚木市 古財さん)

協議会のメンバーでもあるトータルホームは、精神障がいのある人の地域復帰に関する居住支援も行っている不動産会社。2019年3月に神奈川県から居住支援法人に指定されています。

「行政と関わることになった最初のきっかけは、精神障がいのある方に対して厚木市にはどのような支援があるのかを聞きに行ったことでした。福祉協議会に参加するようになったことで県から居住支援法人の指定を受け、市の居住支援協議会にも参加するようになりました。運営に十分な資金を収益だけでまかなうのはなかなか厳しいので、補助金を受けられるようになったのは大きいです。また市から直接、相談をもらうこともあり、スムーズに相談者と支援を結びつけられるようになりました」(トータルホーム 加藤さん)

トータルホームの加藤靖教さん。精神障がいのある人などの居住支援に力を注いでいる。厚木市の職員も何かあれば相談するという頼もしい、居住支援協議会のメンバーの一人(写真提供/トータルホーム)

トータルホームの加藤靖教さん。精神障がいのある人などの居住支援に力を注いでいる。厚木市の職員も何かあれば相談するという頼もしい、居住支援協議会のメンバーの一人(写真提供/トータルホーム)

古財さんは「支援が必要な人を現場での経験豊かな不動産会社や市民団体などに、すぐにつなぐことができるようになった」と話します。行政での対応が難しいと感じることがあると加藤さんにもすぐに相談しているのだそう。
厚木市の居住支援協議会は、行政にも民間にも、連携を深め、視野を広げる場として機能しているようです。

見えてきた今後の課題は? 民間賃貸住宅から公営住宅にも広げるために

最後に今後の課題を3人に尋ねると、それぞれの思いを語ってくれました。

「居住支援協議会という、相談できる場所があることをまだまだ知らない人が多いと思います。もっともっと周知し広めていくことが必要です。そして、協議会の活動も、子育て支援、DV・家庭相談、医療の分野などとも連携し、幅広く対応していかなくてはならないと考えています」(厚木市 古財さん)

「見守りサポートを取り入れたり、賃貸債務保証会社と連携して万一の補償を加えても、現場レベルではまだまだオーナーさんや不動産会社の理解が進んでいないと感じます。制度ができても、それをどうやって活かしていくかが課題です。啓発活動と、実際にやってみて実績を作っていくことをコツコツ積み重ねていくしかないですね」(トータルホーム 加藤さん)

「公営住宅の募集でも目立つのは、一人暮らしをする高齢者の応募の多さです。しかし、市営住宅は高齢者が入居するには規制が多すぎると個人的には感じています。高齢者の入居促進という視点では、むしろ民間の不動産会社に働きかける方が早く解決に近づくかもしれません。公営住宅でももっとルールを緩めるなどして、行政が居住支援を率先してやる姿勢を見せる必要があるのではないでしょうか」(厚木市 戸井田さん)

「これまで日本の発展を支えてきた高齢者の方々が安心して暮らせる住まいを供給していきたい」と熱い思いを語る、厚木市まちづくり計画部住宅課(2024年4月より都市みらい部住宅課に名称変更)課長の戸井田和彦さん(写真撮影/りんかく)

「これまで日本の発展を支えてきた高齢者の方々が安心して暮らせる住まいを供給していきたい」と熱い思いを語る、厚木市まちづくり計画部住宅課(2024年4月より都市みらい部住宅課に名称変更)課長の戸井田和彦さん(写真撮影/りんかく)

行政や居住支援協議会の施策が現場と乖離している、住宅と福祉の連携がうまくいかない、といった話をよく耳にします。また逆に、地元のNPO法人などが強いリーダーシップを取って地域全体の居住支援を推し進めている自治体もあります。

しかし厚木市においては、そのどちらにも当てはまらないように思います。居住支援協議会を立ち上げて1年足らず。まだまだ課題は多いようですが、居住支援に携わる人それぞれの思いが、同じ方向を向いて皆で一歩ずつ歩を進めているように感じました。
市の補助するあんすまコンパクトや相談窓口、居住支援協議会など、これまで丁寧につくってきた制度や体制をいかに活用していくか、今後の発展に期待したいですね。

※戸井田和彦さんは2024年3月23日にご逝去されました。謹んで御冥福をお祈りします。(本記事は2024年2月7に取材したものです)

●取材協力
・厚木市
・株式会社トータルホーム

人口減少と空き家増加の課題、住まいに困っている人と空き家のマッチングで活路。高齢者や低所得者などの入居サポート、入居後の生活支援も 福岡県大牟田市

近ごろ話題になることの多い空き家問題。福岡県大牟田市では、住宅系部門管轄の空き家を活用するために、福祉系部門の民生委員が調査を行いました。空き家の状態を調査し、住宅を必要とする人とのマッチング、他の支援団体と連携して包括的な生活の支援を目指しています。

他の自治体のお手本になりそうなこの取り組み、大牟田市都市整備部建築住宅課の今福信幸さん、西山妙佳さん、NPO法人大牟田ライフサポートセンターの牧嶋誠吾さん、三浦雅善さんにお話を聞きました。

大牟田市の空き家問題と住宅要確保配慮者の実情とは

福岡県大牟田市は、かつては炭坑節でも知られる三池炭鉱が栄え、1960年代には20万人以上の人でにぎわう、日本の高度経済成長を象徴する街でした。しかし閉山と共に人口は減り、現在では多くの自治体と同様に、人口減少や高齢化などの問題を抱えています。

増え続ける空き家問題も深刻です。
大牟田市の今福さんによると、2019年に実施した調査では2912件の空き家が存在し、2016年からわずか3年で1138件も新たに空き家が増えているとのこと。現状のまま利用できる空き家が減少し、修繕が必要だったり利用が困難だったりする建物が増えていることがわかります。

大牟田市では、人口の減少とともに空き家の増加も問題になっている(資料提供/大牟田市)

大牟田市では、人口の減少とともに空き家の増加も問題になっている(資料提供/大牟田市)

一方、何らかの事情で住まい探しに困っている高齢者、障がい者、ひとり親世帯、外国人など「住宅確保要配慮者」と呼ばれる人たちも増え続けています。

これらの問題を解決しようと、大牟田市では、2012年から行動を起こし始めました。同年、住まい探しが困難な人たちの入居や生活をサポートする団体としてNPO法人大牟田ライフサポートセンターが誕生。翌2013年には、不動産関係団体や医療・福祉関係団体らと情報を共有し、円滑に居住支援を行うための場として「大牟田市居住支援協議会」が立ち上がりました。現在、協議会の事務局は大牟田市の建築住宅課と大牟田ライフサポートセンターが共同で担っています。

大牟田市では全国の取り組みと比べてもかなり早い時期から見守りや、空き家を居住支援に利活用するためのワークショップを行い、関係者間で問題を共有することが居住支援協議会立ち上げの素地となっていった(資料提供/大牟田ライフサポートセンター)

大牟田市では全国の取り組みと比べてもかなり早い時期から見守りや、空き家を居住支援に利活用するためのワークショップを行い、関係者間で問題を共有することが居住支援協議会立ち上げの素地となっていった(資料提供/大牟田ライフサポートセンター)

空き家の実態を調査するために、民生委員と学生が活躍!

現在は大牟田ライフサポートセンターの事務局長であり、当時は大牟田市の職員だった牧嶋さんは、増え続ける空き家を住まいの問題を抱える人たちの受け入れ先として利活用できないか、と考えました。そのためには、まず空き家が「市内のどこに、どれくらいあるのか」の把握と「空き家の老朽状態の確認」をする必要がありますが、市の財政は厳しく、予算もなければ人も足りません。

大牟田ライフサポートの牧嶋さん(右)。かつては大牟田市職員として、住宅部局と福祉部局両方の仕事を経験したため、双方の仕事や考え方も理解した上で「居住支援とは暮らしの基盤を整えることで、決して箱だけを提供するものではない」と話す(写真撮影/りんかく)

大牟田ライフサポートの牧嶋さん(右)。かつては大牟田市職員として、住宅部局と福祉部局両方の仕事を経験したため、双方の仕事や考え方も理解した上で「居住支援とは暮らしの基盤を整えることで、決して箱だけを提供するものではない」と話す(写真撮影/りんかく)

そこで牧嶋さんたちは300人の民生委員(※)に協力を求めることを思いつきました。ところが、当初は相談しても「厚生労働大臣から委嘱され活動している民生委員は、自治体職員の下請けではない」「なぜ私たちがやらなくてはならないのか」と反対意見も多かったのだとか。

「日ごろから築いてきた人間関係を武器に『空き家利活用は地域の問題でもある』ということを何度も説明し、最終的には24校区の内、23校区に協力してもらうことができました。地域で支える認知症の取り組みなど、長期にわたる行政と民間(民生委員)の協働という土壌があったからできたのだと思います」(牧嶋さん)

※民生委員/厚生労働大臣から委嘱された非常勤の地方公務員で、地域住民の立場から生活や福祉全般に関する相談・援助活動を行う。地域社会のつながりが薄くなっている現在、子育てや介護の悩みを抱える人や、障害のある方・高齢者などが孤立し、必要な支援を受けられないケースがある中、身近な相談相手となって、支援を必要とする住民と行政や専門機関をつなぐパイプ役を務めている

民生委員たちは地域に精通しているので、地図を見ただけでどこに空き家があるかを把握していることも多い。この空き家調査でデータだけではわからなかった、市内の空き家の位置や数が明らかに(画像提供/大牟田市)

民生委員たちは地域に精通しているので、地図を見ただけでどこに空き家があるかを把握していることも多い。この空き家調査でデータだけではわからなかった、市内の空き家の位置や数が明らかに(画像提供/大牟田市)

さらには、市内の高等専門学校の建築学科の先生に相談し、学生たちに空き家の老朽度調査を実施してもらえないかを相談。結果、かかった費用は民生委員に渡した蛍光ペン代と学生たちのアルバイト代を合わせて、約90万円でした。

空き家と、住まいに困っている人たちをつなぐ仕組み

この調査で得られた情報をもとに、牧嶋さんたちは本格的な空き家を利活用した居住支援に踏み出します。
2014年には、住宅確保要配慮者向けWEB情報システム「住みよかネット」を立ち上げました。入居を希望する人と空き家のオーナーをマッチングするだけではなく、入居してからの暮らしも見据えた「居住支援」の相談窓口へとつなげるものです。

「住みよかネット」では、空き家の所有者などから許可を得た物件情報を掲載。借りたい人や購入したい人が物件を探せるだけでなく、問い合わせることで居住支援の窓口につながる(画像提供/大牟田市居住支援協議会)

「住みよかネット」では、空き家の所有者などから許可を得た物件情報を掲載。借りたい人や購入したい人が物件を探せるだけでなく、問い合わせることで居住支援の窓口につながる(画像提供/大牟田市居住支援協議会)

大牟田市の居住支援では、住宅の確保から入居支援まで、大牟田市居住支援協議会が窓口となりつつ、入居後の生活支援に関しては居住支援法人であるNPO法人大牟田ライフサポートセンターなどの支援団体が主となって支援していく体制をとっています。ここまでが住宅施策、と区切ってしまうのではなく、互いに連携をとり、必要なところを補い合いながら業務を分担しているところが特徴的でしょう。

「私たち大牟田市居住支援協議会は、空き家所有者と入居希望者を結びつける『仲人』です。オーナーに行政や福祉の窓口に相談にきた相談者の人となりを紹介しながら、現場でお見合いをしてもらいます。この、第三者が間に入るトライアングルの関係と運用の仕組みづくりが重要なんです」(牧嶋さん)

入居後も支援団体が間に入ることで、オーナーが直接対峙するのを避け、入居者に起こっている問題解決のための相談に乗ることができるわけです。

住宅確保の相談から生活支援までの流れ。「居住支援とは、ただ家を紹介するのではなく、空き家物件の確保から、入居サポート、さらには入居後の生活の支援まで、住宅と福祉、両方の支援が必要」だと、牧嶋さんは言う(画像提供/大牟田市)

住宅確保の相談から生活支援までの流れ。「居住支援とは、ただ家を紹介するのではなく、空き家物件の確保から、入居サポート、さらには入居後の生活の支援まで、住宅と福祉、両方の支援が必要」だと、牧嶋さんは言う(画像提供/大牟田市)

住宅の確保には、空き家を提供するオーナーさんを継続して募集しています。
空き家を貸し出すことができれば、オーナーさんはその収入を建物の維持管理に充てることが可能。空き家のまま放置して劣化が進み、倒壊の恐れや相続の際のトラブルの原因になったりするリスクも減らせるので、オーナーさんにとってもメリットです。

オーナーさんから相談が入ると、市役所の建築住宅課の職員と大牟田ライフサポートセンターのスタッフとが一緒に現地に空き家調査に赴きます。

「大牟田市に空き家の相談が寄せられる件数は年間約80件ほど。オーナーさんの希望を聞きながら利用が可能か、取り壊さないと危険なのか建物状況を調査し、使用可能な場合は利活用の道をオーナーさんと共に相談していきます。行政職員が一緒に同行することでオーナーさんも安心して活用を検討できます」(大牟田ライフサポートセンター 三浦さん)

「調査に伺うと、家財道具の処分などを希望されることもあります。市としては特定の会社を紹介することができませんが、NPO法人である大牟田ライフサポートセンターなら直に紹介できるので、オーナーさんも、市としても助かります」(大牟田市 西山さん)

大牟田市職員の西山さん(左)と大牟田ライフサポートセンターの三浦さん(右)(撮影/りんかく)

大牟田市職員の西山さん(左)と大牟田ライフサポートセンターの三浦さん(右)(撮影/りんかく)

困っている人たちにとって「本当に必要な支援は何か」を見極める

大牟田市では、居住支援を行う際、相談に来る人たちに必ずお願いしていることがあります。それは、居住支援協議会の事務局である大牟田市の職員と大牟田ライフサポートのスタッフ以外に、メインとなる支援者をつけること。最初の相談時点で支援者が誰もいない場合は、支援団体への紹介も行っているそうです。

また、大牟田市においては近年、ひとり親世帯、特に母子家庭の困窮者が目立つと言いますが、住まいに困っている人の事情はさまざま。単純に高齢者の問題、低所得者の問題、といったように分類して区切れるものではありません。

「住まい探しだけに困っているケースはごくわずかです。多くの場合、仕事やそれに伴う収入、医療・介護の必要性など、さまざまな問題が複雑に絡み合っているため、よくよく話を聞くと、その人に必要なのは住まいではなく、生活に紐づく複数の問題だったりします。

現場でメインとなる支援者とは別に、私たち大牟田ライフサポートでは、面談を通じた適切なアセスメント(その人自身や周りの人、環境に及ぼす影響を把握すること)によって、相談内容の本質はどこにあるのか、必要な支援は何かを見極めるのです」(牧嶋さん)

住まい探しの相談にくる人は、住まいだけでなく、さまざまな問題を抱えている場合が多い。相談者ごとに本当に必要な支援をしていくため、居住支援協議会以外にメインとなって支援をしていく団体をつけるようにしている(資料提供/大牟田ライフサポートセンター)

住まい探しの相談にくる人は、住まいだけでなく、さまざまな問題を抱えている場合が多い。相談者ごとに本当に必要な支援をしていくため、居住支援協議会以外にメインとなって支援をしていく団体をつけるようにしている(資料提供/大牟田ライフサポートセンター)

居住支援を継続していくためのポイントや課題は?

大牟田市の住宅部局と福祉が連携をとって、居住支援を押し進める事ができるのは、以前から協働の土壌があったことが大きいでしょう。さまざまな分野の人が集まって福祉的視点からの空き家利活用などについて話し合うワークショップを開催するなど、コミュニケーションを重ねてきました。

「民生委員だったり、地域の住民だったり、民間の企業とも関わっていく必要があります。居住支援を広げたいと考えるときも、最初の一歩は現場で属人的な関わりをきっかけに動いていくことが大事です」(牧嶋さん)

そして、今後改善すべき点を聞いたところ、間髪を入れずに「運営費です!」との答えが返ってきました。

「基本的に、お金にゆとりのない人を支援の対象者にしています。既にある制度に則った支援には補助金がつきますが、NPO職員の人件費など、運営費を確保していくのも大変だということを基礎自治体にもっと知っていただきたい。居住支援は行政サービスの一環だという認識がもっと広まってほしいと思います」(牧嶋さん)

居住支援だけで事業を成り立たせるのは至難の業。継続的な支援のための運営費を確保していくことが大牟田市のみならず、居住支援の現場の課題といえそうです。

大牟田市都市整備部建築住宅課課長の今福さん。牧嶋さんと一緒に長年大牟田市の住宅施策、居住支援を推し進めている(撮影/りんかく)

大牟田市都市整備部建築住宅課課長の今福さん。牧嶋さんと一緒に長年大牟田市の住宅施策、居住支援を推し進めている(撮影/りんかく)

空き家をセーフティネット住宅として活用していくことは、国としても目指しているところです。しかし、うまく推し進められている自治体はまだまだ多くはありません。そんな中で、大牟田市は非常にうまく、住宅と福祉が連携している例と言えます。

300人もの民生委員が空き家調査に動いたり、市の職員とNPO法人が常に一緒に活動を行う大牟田市の居住支援は、常日頃から良好な人間関係を築いてきたからこそ。大牟田市の協働の姿勢は、他の地域にも参考となるヒントがいろいろとあるのではないでしょうか。

●取材協力
・大牟田市居住支援協議会
・住みよかネット
・大牟田市
・大牟田ライフサポートセンター

全国の自治体で初「ひとり親家庭の移住サポート」。住まい・仕事・教育など手厚い支援、地方移住ニーズに応える 静岡県川根本町

2022年に全国の自治体で初めて「ひとり親家庭」に特化した移住サポートプログラムを開始した静岡県の川根本町。このプログラムは、住まい探しが困難なひとり親世帯への有効な解決策となるのでしょうか。ひとり親家庭が安心して暮らすために川根本町が行う支援とは?川根本町 経営戦略課の植村紳吾さんと移住コーディネーターの神東(かんとう)美希さんに話を聞きました。

ひとり親家庭が抱える住まいの問題と「移住」との関係

川根本町は、静岡県の中央部に位置し、一級河川の大井川が流れ、全面積の約94%は山林という、自然に囲まれたのどかな町です。観光温泉地として知られる一方で、少子高齢化が進み、人口減少や働き手不足が課題となっています。

南アルプスの山々や大井川に囲まれた自然豊かな町(画像提供/川根本町)

南アルプスの山々や大井川に囲まれた自然豊かな町(画像提供/川根本町)

一方、秋田県にかほ市のアンケート結果によると、一都三県(東京、神奈川、埼玉、千葉)のシングルマザーの4割近くが「地方移住に興味がある」と答えており、ひとり親家庭に地方移住のニーズがあるようです。ひとり親家庭は、子育てと両立できる仕事や公的な支援・補助制度があることを重視して居住地を選択する傾向があるため、人口減少に悩む地方の自治体と住まい探しに困っているひとり親家庭をうまくマッチングできれば、win-winの関係を築けるかもしれません。

シングルマザーの約4割は、地方への移住に興味があるというアンケート結果も(画像提供/秋田県にかほ市)

シングルマザーの約4割は、地方への移住に興味があるというアンケート結果も(画像提供/秋田県にかほ市)

ひとり親家庭の移住を後押しする「マザーポート移住」とは

このような問題を解決するために川根本町が、2022年から取り組んでいるのが「マザーポート移住」です。
母子家庭のための不動産ポータルサイト「マザーポート」に移住専用ページを作成し、ひとり親家庭の移住を町ぐるみで積極的に受け入れようというもの。

前述したようにひとり親の移住への関心度は高い傾向にありますが、知り合いが誰もいない見ず知らずの土地に移住し生活していくのは、誰しも不安に違いありません。

ひとり親であればなおさら、生活のために仕事も探さなくてはならず、子どもと過ごす時間も必要です。
また、一般的な子育て世帯の平均世帯年収814万円に対して、母子家庭は373万円というデータ(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」「2021年国民生活基礎調査」)が示しているように、ひとり親家庭、特に母子家庭は貧困率が高く、オーナーや管理会社の家賃滞納への不安から借りられる物件が限られるなどの問題も。住所が定まらなければ行政のサービスを受けることも、仕事に就くこともできないという負のループに陥る恐れがあります。

ひとり親家庭では、安定した収入がないと入居を断られてしまうことがある。住所が決まらなければ、公共のサービスや支援を受けることができないという悪循環に……(画像提供/川根本町)

ひとり親家庭では、安定した収入がないと入居を断られてしまうことがある。住所が決まらなければ、公共のサービスや支援を受けることができないという悪循環に……(画像提供/川根本町)

「マザーポート移住では、住宅の確保が困難な可能性のあるひとり親家庭に対して、福祉、移住、教育それぞれの問い合わせを、経営戦略課が窓口になってワンストップで相談に乗るのが特徴です。他の自治体では、各課に相談しなければならず大変というお話も聞きますが、川根本町ではまとめて相談ができるので、安心してお問い合わせいただけると思います」(植村さん)

移住を考える人の事情はさまざまです。自然豊かな川根本町に魅せられた人もいれば、人間関係や仕事、家賃などで困っている人もいるでしょう。実際に移住した人のなかには、子どもが学校になじめず、新たな環境を整えるために移住して来たというケースも見られます。

川根本町では、移住後もひとり親と子どもたちがスムーズに地域になじむことができるよう、移住希望者と地元住民の橋渡し役である「移住コーディネーター」が中心になって地域との間を繋ぎ、暮らし面での相談にも乗っています。

「町の人たちがとても親切で、いち住民として私たちのことを気にかけて見守ってくださるので、働きながらも安心して子育てができる」というのは川根本町に移住してきたシングルマザーの声。移住コーディネーターの神東さんは、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにとっても、子どもがいることで地域が明るくなり、良い影響をもたらしていると感じています。

移住コーディネーターの神東さん。自身も10年以上前に他県からやって来た移住組。移住してくる人の不安も、住民の気持ちもわかるからこそ、双方の橋渡しをしたいという(画像提供/川根本町)

移住コーディネーターの神東さん。自身も10年以上前に他県からやって来た移住組。移住してくる人の不安も、住民の気持ちもわかるからこそ、双方の橋渡しをしたいという(画像提供/川根本町)

川根本町で、ひとり親家庭の住まい・仕事・教育環境はどうなる?

ひとり親家庭が移住するとなると、前述したように住居や仕事、育児や教育環境、さらには地域の人たちと上手に付き合っていけそうかなど、事前に確認しておくべき点はいろいろあります。川根本町の事情はどうでしょうか。

まず「住まい」については、ひとり親家庭が住むことのできる住宅として町営住宅、空き家バンク物件、そして民間アパート2棟があります。

ただ、空き家バンクは売買物件が多く、補修を必要とする場合もあって初期費用がかかるのと、すぐに住めないものもあるのが難点。町営住宅は比較的リーズナブルですが、空いている部屋が少なく、タイミングによっては、いつでも入れるというわけではないとのこと。希望通りの物件が必ずあるというわけではないので、なるべく希望に添えるものを町の担当者や移住コーディネーターが一緒に探します。

川根本町の町営住宅(画像提供/川根本町)

川根本町の町営住宅(画像提供/川根本町)

また、子どもの通う保育園や学校といった環境も気になります。

「川根本町には小学校が2校あり、そのうちの1校は1学年4~10名程度の小規模な学校で、もう一つの学校は1学年20名程度です(2024年度から小中一貫の義務教育学校2校となります)。実際に授業風景などを見てどちらの学校が良いか決めてもらい、その学区内で住まいを探すという流れになりますね」(神東さん)

町内には公立・私立あわせて1つの幼稚園と3つの保育園があり、待機児童ゼロ。親と幼児が一緒に遊べて保育士さんが子育てママの相談に乗ってくれる施設もあるなど、子育てや子どもの教育が充実しているのも嬉しいところ(画像提供/川根本町)

町内には公立・私立あわせて1つの幼稚園と3つの保育園があり、待機児童ゼロ。親と幼児が一緒に遊べて保育士さんが子育てママの相談に乗ってくれる施設もあるなど、子育てや子どもの教育が充実しているのも嬉しいところ(画像提供/川根本町)

さらに、移住先でどのような仕事があるのかということも重要です。マザーポート移住のホームページでも地元の企業がいくつか紹介されています。

「基本的に、常に求人はあり、働き口はありますが業種や職種は限られます。ひとり親家庭の場合は、お子さんがいるので土日が休みであることや、突然の病気や学校の行事などでは融通がきく仕事でないと厳しいですよね。女性だと土建業などの現場仕事は体力的に難しいことが多いですし。マザーポート移住には、そのような事情にも比較的理解のある会社を掲載しています」(神東さん)

KAWANEホールディングスはそのような会社の一つです。代表の迫洋一郎さんは、マザーポート移住を川根本町に提案した一人で、自身も数年前に地元で起業した移住者だそう。ほかにも、最近は農家民宿やゲストハウス、飲食店といった事業を自分で営む人も増えているそうです。

マザーポート移住の提案者でもあり、移住者の採用にも前向きなKAWANEホールディングスの迫さん。ほかにもひとり親に理解のある企業がマザーポートに掲載されている(画像提供/川根本町)

マザーポート移住の提案者でもあり、移住者の採用にも前向きなKAWANEホールディングスの迫さん。ほかにもひとり親に理解のある企業がマザーポートに掲載されている(画像提供/川根本町)

ひとり親家庭も活用できる制度を整備。移住者の増加で町が変わる

川根本町は2022年にマザーポート移住を始める前から、ひとり親に限らず、移住者を呼び込むためにさまざまな移住制度の充実を図ってきました。例えば、家賃や住宅購入費用(川根本町定住・移住促進住宅家賃購入補助金)、住宅改修(川根本町定住・移住促進住宅改修事業費補助金)のための補助金や「こども医療費助成制度」などの助成金を設置。移住してくる人に対してはまずはこの町の暮らしを体験してもらうための「お試し住宅」、移住や就業にかかる費用を助成する「移住・就業支援金」制度もあります。その甲斐あってか、ここ数年では、Uターンも含めて年間約40名ほどの人たちが川根本町に移住しているそうです。

近ごろでは、移住してきた人たちがSNSで町での暮らしを発信し、町でのイキイキとした暮らしぶりを見て新たに移住してくる人もいるのだとか。地元の人たちも新しいお店に出入りして、新たなネットワークができているといいます。

「若い移住者のエネルギーで新しいつながりが自然にできて町が活性化することは大歓迎です。町としても地元の人と移住してくる人の橋渡しを強化していくために、今まで1人だった移住コーディネーターを2人に増やして、移住を希望する人たちにより行き届いたサポート体制を整えています」(植村さん)

このようにひとり親家庭に限らず、移住者が入りやすい地域の雰囲気があることも、地域のサポートを期待したいひとり親家庭にとっては重要なポイントでしょう。

川根本町では町が移住促進に力を入れている。子育てや暮らしへのサポートが充実しているのも特徴だ(画像提供/川根本町)

川根本町では町が移住促進に力を入れている。子育てや暮らしへのサポートが充実しているのも特徴だ(画像提供/川根本町)

全ての人に移住が向くわけではない。親子が共に生活を楽しめる環境へ

しかし神東さんは「誰にでも移住をおすすめするわけではない」と言います。かつて親子で移住した人の中には、子どもは友達もできて楽しく暮らしても、お母さんが地域に馴染めず、転出した人もいたそうです。

「例えば、川根本町での暮らしに車は必須。運転免許や車のない人は、ここでの暮らしは向いていないでしょう。また、地域のコミュニティーに溶け込んでいくには、自分から心を開いてなじもうとする姿勢が必要だと思います。子どもたちは手厚い教育が受けられるし順応力もあるので、実は私たちもあまり心配していません。むしろひとり親のお母さん、お父さんが孤立しないかを常に気にかけています」(神東さん)

「ひとり親家庭への支援がきっかけになって川根本町に興味を持ってくれる方、住みたいと思ってくれる方が増えていくような制度になっていけばと思っています」(植村さん)

移住を検討するときには、子どもだけでなく親自身がいざというときには相談に乗ってもらえるような人間関係を構築して、移住先での生活を楽しむ姿勢が必要なようです。

地域みんなが一緒になってこれからの町をどうよくしていくかを話し合う。「移住者ともともと暮らしている住民が分断しないよう、町の活性化につなげていくことが大事」だと神東さんたちは考えている(画像提供/川根本町)

地域みんなが一緒になってこれからの町をどうよくしていくかを話し合う。「移住者ともともと暮らしている住民が分断しないよう、町の活性化につなげていくことが大事」だと神東さんたちは考えている(画像提供/川根本町)

今回話を聞いた川根本町では、マザーポート移住を開始して、2023年12月現在で問い合わせは4件。うち実際に移住したひとり親家庭は1件です。ひとり親の移住支援として実績だけを見ると、年間40名の移住者の中で、この制度の認知度はまだまだこれからの感があります。

しかし、住まい・仕事・教育、そして地元住民との交流など、複合的にサポートが整えられていることは、ひとり親家庭にとって魅力的で、認知が進めばもっとニーズは広がっていくのでは、と思いました。今後も、このような自治体の動きを注視しながら、ひとり親家庭がより良い暮らしを追求できるよう応援していきたいですね。

●取材協力
・川根本町
・マザーポート移住(川根本町)

対策進まぬ高齢者の住まい問題。福祉の視点から居住支援協議会の立ち上げに奮闘、民間連携の好例に 愛媛県宇和島市

愛媛県宇和島市の保健福祉部では、生活困窮者の住まい確保に向けて不動産会社との連携を必要としています。しかし、福祉分野(厚生労働省管轄、以下厚労省)と不動産関係者(国土交通省管轄)との連携構築に困難を感じていたため、2021年度、市役所内でそれらを結ぶ居住支援協議会の設立を提起するためのヒアリングを実施。しかしまさかの「不要」との結論に……。そこで利用したのが、厚労省が居住支援に本格的に取り組もうとしている自治体や団体を支援する「高齢者住まい・生活支援伴走支援事業」です。

宇和島市のこれまでの動きと今後の展望について、宇和島市福祉課・包括支援センターの岩村正裕さん、大江仁志さんに話を聞きます。

高齢化が進む宇和島市。住まいの確保における課題は?

愛媛県宇和島市は、宇和島城を中心に発展した旧城下町。観光や県外からの移住にも力を入れています。しかし、総人口が減少する中、高齢化率は年々増加傾向にあり、2023年12月時点で40.7%とのこと。市民の健康と生活をサポートする地域包括支援センターで、相談員8人とともに、岩村さん、大江さんが市民から受けるさまざまな相談の件数は、年間3000件にのぼります。

海や山などの自然と、観光名所である宇和島城とその城下町が調和する美しい街並み。観光や移住に注力しているが、現在の高齢化率は4割を超える(画像/PIXTA)

海や山などの自然と、観光名所である宇和島城とその城下町が調和する美しい街並み。観光や移住に注力しているが、現在の高齢化率は4割を超える(画像/PIXTA)

住まいの問題にフォーカスすれば、過疎による空き家の増加、公営住宅の老朽化なども問題になっている一方、「民間の賃貸住宅の家賃は若干高めで、高齢者や低所得者など事情のある人を受け入れる物件は、数が足りていない」と大江さんは言います。

「不動産会社などに適切に働きかけができれば、空き家の問題と入居者の受け入れ、両方の解決ができてお互いにwin-winの妥結点があるはずです。しかし、私たち福祉課の職員は、住宅に関するスキルやノウハウ、知識がありません。住まいに関する適切なアドバイスを私たちはできず、手詰まりになってしまいます」(大江さん)

また、宇和島市にはもう一つ、組織の問題もありました。
それぞれの部署で住宅問題に取り組んでいても、同じ保健福祉部内で高齢者の支援は高齢者福祉課、障がい者や生活困窮者は福祉課、生活保護を受けている人は保護課と担当部署がとても細かく分かれているために「隣の課がどのような問題を抱えているのか、居住支援を必要としている人が全体でどのくらいいるのかといった状況の把握もままならない」のだそうです。

支援を必要とする人によって、市役所内の担当部署が分かれている(画像提供/宇和島市)

支援を必要とする人によって、市役所内の担当部署が分かれている(画像提供/宇和島市)

「市役所内に限らず、『住宅』というキーワードで支援団体や専門職をコーディネートする役割を担う部署がないこと、そして情報や知識を共有できる場がないことも大きな課題です」(岩村さん)

「居住支援協議会は不要」と結論された、その背景とは

それでも住まいを必要としている人たちの住宅確保、生活の安定のためには、他部署や不動産会社など民間団体との連携が不可欠です。そこで岩村さんと大江さんは、2021年に市の社会福祉協議会とともに、居住支援を行う団体の連携を図る組織「居住支援協議会」を宇和島市でもつくれないかと考え、市役所の各部署に居住支援の実態を調査しました。

果たしてその結果は……市民は住まいの問題を市役所に相談しようとはあまり考えないのか、相談件数も少なく、市役所内の各部署では、居住支援協議会設置の必要性をあまり感じていない状況でした。

「しかし、実際の現場では、認知症を発症して生活保護を受けている高齢者や、公営住宅に入居している無職のひとり親家庭など、起因する問題を管轄する部署と、対応する部署がいくつも絡んだ複合的な問題となっているケースも。高齢者福祉課の地域包括支援センターと保護課、建設部の建築住宅課と地域包括支援センターなど、部署をまたいだ支援を要することが多くなっています。

だからこそ相談者が高齢者か、障がいのある人か、ひとり親か、また管轄が厚労省なのか国交省なのか、さらにどちらにも当てはまらないのかによって、市役所内でたらい回しのようになることは避けたい。『住宅(の確保に困っている人)』という括りで支援を協議する場の必要性を強く感じていました。それこそが居住支援協議会ではないかと思ったのです」(岩村さん)

居住支援協議会設立の提案に、市の回答は「必要なし」だった。しかし現場では複合的な問題を解決するための協議の場が必要だと感じている(画像/PIXTA)

居住支援協議会設立の提案に、市の回答は「必要なし」だった。しかし現場では複合的な問題を解決するための協議の場が必要だと感じている(画像/PIXTA)

厚労省のプロジェクトを活用し、理解や学びを深める

そこで市役所内外の関係者に連携の重要性を理解してもらうために、岩村さんと大江さんは、厚労省の「高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクト」(以下、伴走支援プロジェクトまたはプロジェクト)に応募しました。このプロジェクトは、住まいの確保や、その後の生活に支援を必要とする人たちをサポートする団体の連携の場として、居住支援法人協議会を立ち上げようとしている自治体や団体を専門家が応援・アドバイスするというものです。

プロジェクトに手を挙げたことで、2022年12月には研修会を開催。すでに積極的に居住支援に取り組んでいる自治体から講師を招き、宇和島市の各部署の支援に携わる職員のほか、社会福祉協議会、伴走支援チームのメンバーや厚生労働省職員も出席して、居住支援の基礎から学ぶことができたそうです。

「居住支援法人の必要性についての理解が参加者に浸透しつつあるので、継続しながら居住支援協議会立ち上げの機運を高めていけたらと考えています。

研修会以外にも、個々に居住支援法人の補助金や補助制度、不動産会社へのアプローチの方法など、講師の方に居住支援の仕組みづくりのノウハウを教えてもらいながら、居住支援協議会立ち上げに向けて準備を進めているところです」(岩村さん)

NPOや不動産会社など、民間団体とのつながりも

これまで福祉部門では接点を持てなかった民間団体や不動産関係者とのつながりができたことも、このプロジェクトでの大きな成果といえるでしょう。

実は、宇和島市には居住支援法人(都道府県が居住支援を行う団体を指定するもの)がないものの、精神科を退院した患者さんが自立して暮らすための住まい探しを以前からサポートしている病院があり、市内の不動産会社の間ではその活動がよく知られていました。そのため、行政が居住支援に力を入れていくことについては、概ね好意的な感触を得られているそうです。

「プロジェクトに参加して初めて、病院のスタッフの方がNPO法人を立ち上げて活動を行っていることを知りました。また、今まであまり接点のなかった不動産会社ともつながり、意見交換を重ねています。このきっかけをさらに強いパイプにしていくため、2023年12月には2回目の研修会を開催しました」(大江さん)

研修会を通じて「居住支援とは何か」を学ぶことで、市役所内のいろいろな部署においても居住支援協議会についての理解が進みつつある(画像提供/宇和島市)

研修会を通じて「居住支援とは何か」を学ぶことで、市役所内のいろいろな部署においても居住支援協議会についての理解が進みつつある(画像提供/宇和島市)

居住支援を推進、継続していくために必要なモノとは?

居住支援協議会の設立に向けて奮闘する岩村さんと大江さん。しかし、2人が中心となって市役所内で居住支援協議会を立ち上げ、不動産会社と関係を持ちつつ運営、居住支援活動を行うとなると、人手も足りず無理があるといいます。

「宇和島市に居住支援法人が自主的に立ち上がって、行政と連携をとりながら、居住に関する問題のコーディネートに当たるという体制ができるのが理想です。将来的には、社会福祉協議会や社会福祉法人、不動産会社などがその役割を担ってくれればと期待しています。私たちはその活動を推進・サポートするために心血を注ぎます」(岩村さん)

そしてもう一つの懸念は、居住支援を継続していくための財源です。
居住支援を単独の事業として成立させるのはなかなか難しいのが現実。補助金は受けられますが、毎年申請する必要があるため、常に財源の心配をしなくてはなりません。

一方、全国の居住支援法人は増え続けています。それは歓迎すべきことなのかもしれませんが、居住支援法人が増えすぎて財源が不足し、受けられる金額が少なくなって共倒れすることも大江さんが危惧する点です。

「居住支援に取り組む団体が安心して活動に専念するためにも、介護保険法によって介護サービスが提供されるように、国全体で居住支援の制度化が進むといいなと願っています」(大江さん)

宇和島市のメンバーと厚労省のプロジェクトの伴奏支援チームとが次のステップへ向けた協議を行っているときの様子。支援を必要としている人を取りこぼさない、持続可能な支援体制をつくることが大切(画像提供/宇和島市)

宇和島市のメンバーと厚労省のプロジェクトの伴奏支援チームとが次のステップへ向けた協議を行っているときの様子。支援を必要としている人を取りこぼさない、持続可能な支援体制をつくることが大切(画像提供/宇和島市)

宇和島市では、居住支援を行っていく支援体系の構築が始まったばかり。さまざまな課題に直面する現場職員の苦悩が伺えました。おそらく、市役所内のそれぞれの部署でも住まいに関する課題を抱えていて、なんとか解決したいという思いがあるものの、情報共有や連携体制がうまく取れていないために、解決できないもどかしさがあるのでしょう。

自治体内の横の連携はもちろんのこと、不動産会社などの民間企業やNPO法人などの外部団体との関係づくりも居住支援体制の構築には欠かせません。
「福祉」や「住宅」、「民」と「官」といった枠にとらわれず、目の前にいる困っている人たちを支援していくには何が必要か、同じ方向を見据えて皆で考える場として、居住支援協議会のような組織がもっと機能していく必要性を感じました。

●取材協力
宇和島市

高齢者、障がい者、外国人など、住まいの配慮が必要な人たちへの支援の最新事情をレポート。居住支援の輪広げるイベント「100mo!(ひゃくも)」開催

2023年11月30日、SUUMO(リクルート)では“百人百通りの住まい探し”をキャッチコピーとした居住支援の輪を広げるプロジェクト「100mo! (ひゃくも)」のイベントを開催しました。これまでもSUUMOでは当プロジェクトの一環として高齢者、外国人、障がい者、ひとり親、LGBTQなど、住まいの確保に配慮が必要な人たちへ向けた取り組みを行う団体や企業を特集記事で紹介してきました。

記念すべきその第1回目のイベントとなった今回は、賃貸住宅業界で居住支援をリードする4社の表彰を行い、各社の取り組みの共有や、パネルディスカッションを通じて「これからの居住支援」について考える会になりました。日々、取り組みを続ける人たちのアツい想いが渦巻いた当日の様子を、詳しく紹介します!

百人百通りのお部屋探しを。賃貸住宅業界が一丸となって目指すためのイベント

「100mo!」というプロジェクト名には、「あなたも。私も。みんなも。」、つまり部屋探しをする人も、部屋を提供する不動産会社も、賃貸オーナーさんも、住まいにかかわる全ての人が、満足のできる住まい探しを応援し、実現する社会を目指す、という想いが込められています。

「100mo!」のカラフルなロゴの上には、「あなたも。私も。みんなも。百人百通りの住まいとの出会いを♪」のキャッチコピー(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「100mo!」のカラフルなロゴの上には、「あなたも。私も。みんなも。百人百通りの住まいとの出会いを♪」のキャッチコピー(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

いまの日本の社会には「住宅確保要配慮者」といわれる、高齢者、外国人、障がい者、ひとり親世帯、LGBTQ、生活保護受給者など、住まい探しや入居中・入居後に配慮が必要な人たちがいます。家賃滞納や入居中・入居後のトラブルを懸念するオーナーさんや管理会社の判断によっては入居を断られたり、入居審査に通らないことがあります。また、入居してからもこれらの配慮が必要な人たちが安心して暮らせるように、管理会社やオーナーさんが安心して貸せるように、見守りや日々の生活におけるサポート、コミュニケーションが欠かせません。これらを避けずに、むしろ積極的に取り組んでいくことが「居住支援」です。

この「居住支援」を行う企業や団体のメンバーを中心として、当日のイベントの会場には約80名が出席。さらにオンラインでの参加も含め、多くの人がスピーカーの話に耳を傾け、言葉を交わしました!

当日の会場の様子。約80名の出席者以外にも多くの人がオンラインで参加した(撮影/唐松奈津子)

当日の会場の様子。約80名の出席者以外にも多くの人がオンラインで参加した(撮影/唐松奈津子)

住まいの確保に配慮が必要な人たちへの取り組みで業界をリードする、4社を紹介!

会の冒頭でイベント開催に込めた想いを共有した後は、「居住支援」をリードする4社の表彰と取り組み内容の紹介から始まりました。4社に共通するのは住まいを貸す側(オーナー)の偏見や不安を取り除き、借りる側(入居者)の暮らしに伴走し続けていること。仲介業や賃貸管理業という仕事において、私たちが見ている「貸す」「建物を管理する」という部分はほんの一部であることに気づかされます。

愛知県名古屋市で賃貸住宅の仲介と9万1000戸の管理を行うニッショーは、高齢者が安心できる見守りサービス「シニアライフサポート」を提供しています。2013年にサービス付き高齢者向け住宅が社会的な話題となり、建築ラッシュとなった際に、賃貸住宅を探す高齢者に紹介できる物件が少ないことに気づき、社内で起案。電話での安否確認やセンサーなどの機器も活用した見守りで、高齢者とその家族が安心して暮らせるサービスを提供しています。(関連記事)

ニッショーの佐々木靖也さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

ニッショーの佐々木靖也さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「シニアライフサポート」の紹介(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「シニアライフサポート」の紹介(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「入居者ファースト」で、あらゆる人の「入居を拒まない」取り組みを続ける京都府京都市の長栄。国内外から多くの観光客が訪れる京都市では提供できる賃貸住宅が限られ、身寄りのない高齢者や外国人は入居を断られるケースが多くありました。そこで、コールセンターやセキュリティー会社、家賃保証会社などとの連携により見守りや生活サポートサービスを提供。また、外国人スタッフを採用するなどして、外国人の入居や生活をサポートしています。(関連記事)

長栄の奥野雅裕さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

長栄の奥野雅裕さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

外国人向けの取り組みを紹介するスライド(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

外国人向けの取り組みを紹介するスライド(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

福岡県を中心に15店舗、4万4000戸を管理する三好不動産は、高齢者、外国人、LGBTQなど、あらゆる人の住まい探しに寄り添っています。それぞれの人たちが抱える問題や事情に違いはあっても「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という基本姿勢のもと、店舗を訪れる人たちのさまざまなニーズにいち早く応えてきました。NPO法人の設立や外国人スタッフの採用、LGBTQの専任担当者の設置など、その取り組みは賃貸住宅全体をリードしているといっても過言ではありません。(関連記事)

三好不動産の原麻衣さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産の原麻衣さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産では「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という想いで日々の業務に取り組んでいる(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産では「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という想いで日々の業務に取り組んでいる(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

東京都足立区にあるメイクホームは、障がいのある従業員の部屋探しが難しかった原体験から、高齢者や低所得者、精神障がいのある人や車椅子の人などのお部屋探しに取り組むように。自身も視覚障がいのある社長や、障がいのある家族をもつスタッフが中心となって伴走しています。特徴的なのは、築古で空室になっているアパートなどを投資家から預かった資金でリフォームして提供する「完全管理システム」。日頃のサポートや万一のときの対応も、ノウハウのある同社が全て対応することでオーナーの不安とリスクを軽減しています。(関連記事)

メイクホームの石原幸一さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

メイクホームの石原幸一さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「完全管理システム」の仕組み(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「完全管理システム」の仕組み(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

居住支援の取り組みの裏側、収益化の方策も惜しみなく。真剣に本音を語るセッション

4社の代表者がそろって登壇したパネルディスカッションは、登壇者もその話を聞く参加者も、全員が真剣な面持ちで臨んだ時間になりました。サービス提供の裏側のリアルな話や、ビジネスとして成立、継続し続けるためにどのようにしているのかなど、ここでしか聞けない、率直な疑問への答えも。

当日のパネルディスカッションの様子。ゲストたちが真剣な面持ちで取り組みの裏側を語った(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

当日のパネルディスカッションの様子。ゲストたちが真剣な面持ちで取り組みの裏側を語った(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「ソーシャルビジネスとしての位置づけで収益を追いかけていない。グループ会社10社の中で、儲かる会社で儲けて、儲からない会社はそのままでいい」(メイクホーム・石原さん)

「高齢化社会で入居する人が減る中で9万1000戸の管理物件をどう収益化するか、活用するかを考えた結果。高齢者の方にとって有益なサービスを追求したところ、仲介手数料に加え、空室率が上がれば管理収入も上がり、付帯サービスの手数料が加わった。さらには会社のブランド力や知名度も上がった」(ニッショー・佐々木さん)

さらに質問者からの「アイデアを具体的な一歩にするためのきっかけは?」という質問には、「チームのスタッフのマインドが一つの方向に向いていると、スタッフが自主的に動くようになり、お客さまからも感謝の声をもらったりすることで一層推進された」(長栄・奥野さん)、「最近ようやく、LGBTQのイベントなどで感謝の声をいただけるように。取り組みの効果を実感するまでには長い時間がかかる」(三好不動産・原さん)、「最初の説明会で『これはいいね』と良い反応をもらえたことで改めて社会に必要とされていることを認識し、プロジェクトを推進する後押しになった」(ニッショー・佐々木さん)など、温かいエピソードとともに笑顔がこぼれる場面もありました。

真剣な話の中でも、心が温まるエピソードに笑顔がこぼれる場面も(撮影/唐松奈津子)

真剣な話の中でも、心が温まるエピソードに笑顔がこぼれる場面も(撮影/唐松奈津子)

今日のイベントを起点に「大きなムーブメント」へ。これからに期待が高まる

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「民間の賃貸住宅ストックを活用する上で大家さんの不安はしっかりとらえた上で、どういう対応をすれば住まいを求める人とのニーズをマッチさせることができるのか、各地域でいわばwin-winの関係をつくっていくにはどうしたらいいか、国でも考え続けながら制度や予算を検討していきたい」と言います。

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「まだ具体的な話ができる段階ではないが、複数の省をまたいで検討を重ねているので、これからの国の動きも注視してもらえれば」と語った(撮影/唐松奈津子)

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「まだ具体的な話ができる段階ではないが、複数の省をまたいで検討を重ねているので、これからの国の動きも注視してもらえれば」と語った(撮影/唐松奈津子)

ゲストスピーカーとして登壇したNPO法人抱樸 代表、全国居住支援法人協議会 共同代表の奥田知志さんは「親子や親族が助け合って暮らす古い家族のモデルを前提とした現在の制度」と「単身世帯が38%を占める現状」との隙間やギャップを埋める仕組みとして、居住支援の必要性を訴え続けます。

奥田知志さんは、当日のゲストスピーチの中でも多くの課題の提起と解決策の提言をしていた(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

奥田知志さんは、当日のゲストスピーチの中でも多くの課題の提起と解決策の提言をしていた(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

参加者からは「マイノリティにしっかり目を向けていこうとする、住宅・不動産業界の姿勢みたいなものを感じた」「住まいは生活のスタートライン。一番大事な土台なので、このようなイベント・取り組み共有の場があることで、よりたくさんの人が生活しやすく、生きやすくなるといい」という社会や業界へ向けたエールの声が。会場参加者に一言を求めたメッセージボードにも、「今日のイベントから大きなムーブメントを」「より優しい業界の初めの一歩に」といった“これから”を感じさせる言葉が並んでいました。

会場に掲示された「100mo!」メッセージボードには、未来への期待を感じさせる言葉が並んだ(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

会場に掲示された「100mo!」メッセージボードには、未来への期待を感じさせる言葉が並んだ(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

ゲストスピーチの中で奥田さんは多くの提言をしていました。住宅確保要配慮者と呼ばれる、住まいの確保が困難な人たちへ向けた住宅の確保には、「セーフティネット住宅の基準の見直しによる拡大」「民間賃貸住宅だけではない、公営住宅など公的賃貸住宅の積極的な活用」「地域における居場所(サードプレイス)の確保」。大家さんがより貸しやすくするための「家賃債務保証制度の充実」や「住宅扶助の代理納付の原則化」や「残置物処理等の負担を軽減できる仕組み」の必要性などです。

登壇した4社も社会の抱える課題に一つひとつ向き合い、解決策を模索し続けた結果、ビジネスに結びつけています。日々、居住支援に取り組む人たちが集まった会、この場に集まる人たちの想いとアイデアを束ねて大きなムーブメントにしていくことで、国や自治体を巻き込んでより多くの人が安心して暮らせる住みやすい社会になる、そんな可能性を感じさせる時間でした。

●取材協力
・株式会社ニッショー
・株式会社長栄
・株式会社三好不動産
・メイクホーム株式会社
・全国居住支援法人協議会
・認定NPO法人抱樸
・国土交通省

「生まれ育った街だから住まいに困る人を減らしたい」。外国籍、高齢者などに寄り添い住まいと福祉を結ぶ居住支援法人・上原不動産

山口県の下関駅前で居住支援に力を入れている上原不動産の橋本千嘉子さん。不動産業を営んできた両親の背中を見て育ち、自身も生まれ育った街に集まってくる、さまざまな住まい探しに困難を抱える人たちの入居をサポートしています。また、入居を促進するためのオーナーへの啓蒙活動や社員の教育、行政や福祉団体との連携促進、街の活性化にも尽力しています。何がそこまで橋本さんを突き動かすのか、お話を聞きました。

歴史的背景を知ると見えてくる、下関駅前エリアの成り立ち

上原不動産がある山口県の下関駅前は海に囲まれた地形の港町。駅周辺は建物の老朽化が目立ち、再建不可のものも多いといいます。橋本さんは、この下関駅前で40年以上続く上原不動産の代表の長女として、両親の背中を見て育ちました。自身も5人の子どもを育てながら家業を担う2代目です。

橋本さんによると、この辺りはもともと1940年代に朝鮮半島から日本に抑留された人たちが帰国を目指して港のあるこの地に集まってきたものの、国に帰ることができず暮らし続け商売を営んでいる人も多い地域だそう。当時はバラックがたくさんあって活気があり、今もそのころを思わせる古い街並みが残っている。
歴史的背景を知ると、また違った風景が見えてきます。

少子高齢化、地元に留まらず都会に出ていく若者といった、現在の地方都市がどこも抱えている問題に加え、「総合病院や拘置所や更生保護施設など、駅周辺の環境もあって、体の悪い人や生活再建を目指す人、外国人など、住まい探しにおいても配慮や支援を必要としている人たちが、より多い地域といえます。この地で不動産賃貸管理業を続けていくためには、移住者を増やすなど、人を呼び込む必要性を強く感じています」(橋本さん、以下同)

本州最西端にある都市、下関市。人口の減少率は全国平均よりも高く、65歳以上の高齢者は市の総人口の1/3以上を占める(画像提供/上原不動産、出所/JMAP地域医療情報システム)

本州最西端にある都市、下関市。人口の減少率は全国平均よりも高く、65歳以上の高齢者は市の総人口の1/3以上を占める(画像提供/上原不動産、出所/JMAP地域医療情報システム)

「若いころは好きになれなかった」韓国語が飛び交う街

そんな橋本さんも、若いころはこの街が好きになれなかったといいます。

「私自身、在日韓国人3世で帰化しているのですが、韓国語の飛び交う雑多な雰囲気の街を、素直に受け入れられませんでした。スマートな都会的生活に憧れて、東京のデザイン系の学校に進んだのですが、強烈なホームシックに襲われました。その時初めて、自分がどれだけ地元のことを大好きだったかに気づいたんです」

地元に帰った橋本さんが会社を手伝い始めて間もないある日、入居者が突然亡くなり、警察と一緒に現場検証に立ち会うことがありました。その人は、かつて道端に倒れていたところを世話好きな橋本さんのお母さんがおぶって保護したことのある人でした。「不動産屋って、ここまでやらなくてはいけないんだ」と深く印象付けられた出来事だったといいます。

風光明媚な観光地も多い一方で、地元に根付いた人々の暮らしもある。大好きな地元を支えていきたい、子どもたちが自慢できる街にしたいという思いが、原動力(画像/PIXTA)

風光明媚な観光地も多い一方で、地元に根付いた人々の暮らしもある。大好きな地元を支えていきたい、子どもたちが自慢できる街にしたいという思いが、原動力(画像/PIXTA)

誰もやらないなら、まずは自分たちで。居住支援法人に登録

上原不動産の代表である橋本さんの父は、3~4年前から不動産業界のこれからを見据え、住宅弱者に対する支援団体の連携の場である「下関市居住支援協議会」の立ち上げを行政や宅建協会などに提案してきました。しかし人手が足りないことなどを理由に、なかなか実働に向かいません。

「誰もやらないなら、まずは自社でやらなくては、と考えて2021年9月に山口県の居住支援法人に登録し、福祉についても勉強し始めました。居住支援法人の登録には専用窓口、専用スタッフ、専用ダイヤルを設置・明示する必要があり、大変でした。しかしその仕組みをつくったことで、お問い合せを受けやすくなり、行政や福祉法人との連携体制ができつつあります」

上原不動産のホームページより。専任スタッフを置き、相談窓口をつくるのは大変だったが、問い合わせしやすい環境を整えることができ、相談の増加につながっている(画像提供/上原不動産)

上原不動産のホームページより。専任スタッフを置き、相談窓口をつくるのは大変だったが、問い合わせしやすい環境を整えることができ、相談の増加につながっている(画像提供/上原不動産)

居住支援法人となって大きく変わったのは「断らなくても良い方法を見つけよう」という意識でした。そして受け入れ可能な物件を増やすためにはオーナーや管理会社の理解が必要です。オーナーの意向を知るために上原不動産が独自で行ったアンケートでは、約9割が要配慮者の受け入れOKとの回答だったそう。

「ただし『受け入れ可』は、当社が責任を持って対応することが大前提となっていました。そこで私たちも今まで以上に入居後の生活サポートに目が向くようになり、いろいろなサービスの導入を進めてきたのです」

65歳以上の人にはAIによる見守りと死亡補償を組み合わせたサービスへの加入を必須にしたり、携帯電話も固定電話も持っておらず家賃保証会社を利用できない人のために格安スマホの代理店となったり。それぞれの事情に応じて幅広く対応できるよう、家賃保証会社5社以上と提携しながら、緊急連絡先を確保し、連帯保証人がいない人であっても自社所有物件に入居できるようにするなど、二重三重のサポート体制を整えているそうです。

上原不動産で65歳以上の人の入居時に加入を必須としている、電気の使用量をAIが判断し、いつもと違う動きがあってもすぐに察知、連絡できるシステム。利用者の手を煩わせることなく、プライバシーも守りながら見守りができる(画像提供/上原不動産、出所/R65不動産)

上原不動産で65歳以上の人の入居時に加入を必須としている、電気の使用量をAIが判断し、いつもと違う動きがあってもすぐに察知、連絡できるシステム。利用者の手を煩わせることなく、プライバシーも守りながら見守りができる(画像提供/上原不動産、出所/R65不動産)

若手社員の教育に悩むことも……体制を整え、国の制度も活用

現在、上原不動産には約25人の社員が在籍しており、その中の居住支援推進課という専門部署に社員2人が在籍しています。賃貸事業部の営業担当者が支援を必要とする入居希望者に対応するときには、居住支援推進課が伴走する体制です。

未来推進事業部に所属する住居支援推進課を中心に居住支援に当たるが、相談者や入居者の対応は各窓口の担当者が行っている。居住支援推進課は組織の枠を飛び越え、必要な支援と繋いでいく伴走型の部署だ(画像提供/上原不動産)

未来推進事業部に所属する住居支援推進課を中心に居住支援に当たるが、相談者や入居者の対応は各窓口の担当者が行っている。居住支援推進課は組織の枠を飛び越え、必要な支援と繋いでいく伴走型の部署だ(画像提供/上原不動産)

しかし中には、居住支援を進める会社の方針に「福祉事業をやるために入社したんじゃない」「もっと利益を追求する楽な方法があるのではないか」という社員や、共感できずに退職する人もいたそう。さらに時代が変わってデジタルシフトしていけばいくほど入居者との関わりは事務的になり、関係が希薄になっていきます。

「私たちがこの街で商売をしていくということは、福祉的支援を必要とする人たちにも寄り添っていくということ。社員数が少ないときは何となく意志統一ができていましたが、会社が大きくなると『理念』というものを内外に打ち出していかないと伝わらないことに気づきました」

橋本さんは最初こそ社員全員に居住支援について学んでもらおうとしていましたが、それが難しいことを痛感し、社員のキャリアのステージにあった教育を行うべく、会社としてノウハウを蓄積中です。

「不動産取引本来の醍醐味なども理解した上で支援のあり方を学んでいかないと、居住支援に取り組む価値が伝わらず、業務の大変さに皆疲弊していってしまうんですね。なので合間あいまに伝えながら、理解できているスタッフが伴走するようにしています」

さらに2022年度からは厚労省が実施している「高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクト」に参画。居住支援に取り組む団体の悩みや課題をサポートし、解決に導く制度で、専門家にアドバイスを受けるなどした結果、誰にも相談できずに抱え込んでいた担当社員の精神的負担を軽くすることができました。そして行政や地域を巻き込んで開催した2年目となる2023年10月の勉強会では、橋本さんが横串を刺したいと考えていた市の住宅課と福祉部の連携が少しずつ進んでいると感じられたそう。下関市の居住支援を前に進めるためにも「今後も継続していきたい」というのが現場の声です。

高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクトの勉強会の一コマ。地域の関係者同士、お互いの補完性や他機関連携の重要性を学び、共有する機会となったという(画像提供/上原不動産)

高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクトの勉強会の一コマ。地域の関係者同士、お互いの補完性や他機関連携の重要性を学び、共有する機会となったという(画像提供/上原不動産)

さまざまな取り組みを進める中で、見えてきた課題とは

このように多くの取り組みを進めてきた橋本さんだからこそ「不動産屋として、居住支援法人として、どこまで関わるべきか悩む」と言います。例えば、本人が自立して暮らしたいと言っても、福祉の専門家から見れば施設に入った方が安心で安全というケース。本人の意向を優先して民間の賃貸住宅に受け入れることで、入居者が事故に遭ったり、死につながったりすることは避けなければなりません。

「どこまで寄り添うべきなのか、どこまで受け皿を準備すべきなのか、正直まだ答えは出せずにいます。本人が望むなら賃貸住宅での受け入れ先を探したい私たち居住支援法人としての目線と、病院や福祉事業者の目線のバランスをとるのはとても難しいです。ケースワーカーなど専門知識のある人とつながる必要性を感じます」

そしてもう一つ、行政の横のつながりを推し進めること。行政が部署の垣根を越えて案件や問題に関わることは安易ではありません。橋本さんもその事情や体質は理解しつつも、街をよくしたいという想いは皆同じはずだと考えています。

「だったらこの交わらない人たちをくっつけられないものかと、駅前のコワーキングスペースで行政の人や学生、関東で活躍している下関出身の人などをゲストスピーカーとして招くイベントを企画したりしています」

街に人を呼び込む、橋本さんの興味深い活動については、また違った話が聞けそうです。

勉強会、研修会を独自で開催するなど、居住支援活動の普及に努めている。写真右が橋本さん(画像提供/上原不動産)

勉強会、研修会を独自で開催するなど、居住支援活動の普及に努めている。写真右が橋本さん(画像提供/上原不動産)

「不動産は国交省から、居住支援については厚労省から政策が下りてきますが、居住支援法人になっていろいろな政策を自分の身近に置き換えて俯瞰して見られるようになった」と橋本さんは言います。
自分たちの周りにいる人たちがお客さまとしてのターゲットであり、入居をサポートするために必要な方策を模索していくこと。幼いころから両親の背中を見てきた橋本さんにとって、居住支援の取り組みは当たり前で自然なことなのかもしれません。

そして行政や周りの団体を巻き込み、若い人たちへと伝えていこうとする橋本さんの竜巻を起こすようなパワフルさに惹きつけられました。上原不動産の今後の活動にも注目していきたいですね。

●取材協力
上原不動産株式会社

”養育費未払い”に苦しむひとり親家庭の入居困難。”養育費保証”の家賃保証会社がサポート Casa

ひとり親、とりわけシングルマザーの住まい探しにおいて、収入面の不安から賃貸の審査に通らず、希望する物件に入居できないことがあります。とくに何らかの理由で就労できていない、または働いていても低所得の場合などにおいては、離婚した元夫からの養育費が貴重な収入源となります。この養育費を受け取れていないことがひとり親家庭が入居に困難を抱える原因の一つであることを知った家賃債務保証会社の株式会社Casa(以下、Casa)は、養育費保証サービスを始めました。

ひとり親の現状と養育費の受け取り状況、同社の取り組みなどについてCasa養育費相談室の赤池藍夏さん、長澤芳美さん、江藤慎介さんにお話を聞きました。

ひとり親、特にシングルマザーが住まい探しで抱える問題は?

ひとり親、特にシングルマザーになった場合、収入面で不安が生じます。厚生労働省の「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」「2021年国民生活基礎調査」によれば、一般的な子育て世帯の平均世帯年収が814万円に対し、父子家庭は606万円、母子家庭においては373万円となっています。シングルマザーになるまで専業主婦で十分な仕事の経験を積めなかった場合、より収入が少ない、仕事に就けないといった問題は起こりやすく、元パートナーと共働きだった場合でも一人分の稼ぎが減れば生活に余裕はなくなります。そして、収入面の不安は住まい探しにも影響します。

子どもを抱えるシングルマザーの収入面の不安は、住まい探しにも影響する(写真/PIXTA)

子どもを抱えるシングルマザーの収入面の不安は、住まい探しにも影響する(写真/PIXTA)

離婚する前に持ち家がある場合は元夫の名義であることが多く、財産分与で家が夫のものとなり、妻が子どもを育てていくとなった場合には、新たに住まいを確保する必要が生じます。つまり離婚と住まい探しはセットになっているといえます。

また、子どもの生活への影響が少なく済むよう「同じ学区内で探したい」、子どもの将来を考えて特定の学校に通わせたいと希望する人も多いのですが、その場合は特にハードルが上がります。
Casaで住み替えのサポートを行なっている江藤さんはリアルな状況を教えてくれました。

「親子が暮らせる広さで、これまでよりも家賃を抑え、さらにエリアを絞るとなると物件がかなり限られてきます。家賃は一般的に収入の3割くらいまでが適正だと言われていますが、地価が高い地域の物件は家賃も高く、条件に当てはまる物件を探すと収入の4割~5割の家賃を無理して払うしかない、ということも少なくありません。

大家さんや管理会社に『家賃を払い続けられるのだろうか』という不安が生じると、入居審査に通らない、ということが起こります」(江藤さん)

ここで、ひとり親の就労収入だけではなく、毎月安定した「養育費」が確保できていれば、その分を収入に組み入れることができ、借りられる物件の幅も広がり、審査にも通りやすくなると言います。

取り決めをしても、養育費が受け取れていないことが多い

子どものいる夫婦が離婚した場合、親権者ではなくなった親も子どもの親であることに変わりないため、養育費の支払義務が生じます。親権を持たない(子どもと離れて暮らす)ほうの親が、ひとり親家庭に養育費を支払うことになります。

ところが、ここに大きな問題があります。

「厚生労働省の『2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告』によれば、離婚に至る際に養育費の取り決めをした母子世帯は46.7%。さらに現在も養育費を受け取れている母子世帯はわずか28.1%ということですから、問題は深刻です」(赤池さん)

このような問題に対し、兵庫県明石市では、3カ月間月額5万円までを市が立て替えたり、養育費を受け取るべき人が裁判所でする差押え等の手続の費用を補助したりする事業を始めました。このような養育費を受け取る事業を始める自治体は増えてきていますが、まだまだ多くはありません。

養育費を確保して、希望の物件へ入居する準備を整えたいものです。

養育費の取り決め・受取状況。養育費を受け取れていないケースが多い(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」をもとに編集部作成)

養育費の取り決め・受取状況。養育費を受け取れていないケースが多い(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」をもとに編集部作成)

ほかには離婚前提で別居して一人で子育てをしている場合に、児童手当が配偶者に支給され、子どもと自身の生活に役立てられないというケースもあるそうです。

家賃保証会社が養育費保証サービスをスタートしたワケ

「家賃保証サービスを提供していくなかで、以前は普通に家賃の支払いができていたのに、急に家賃を滞納するようになる家庭があることに気づきました。理由を聞いてみると、ひとり親で『養育費が支払われなくなったため』という答えが多数挙がったのです」(江藤さん)

このような声を聞き、何とかして社会の役に立てないか、とCasaが2020年9月にスタートさせたのが養育費保証サービスです。Casaが元パートナーの代わりに毎月養育費を立て替えて支払うことで、ひとり親家庭が家賃を滞納せずに済みます。養育費の支払い義務を負う相手側への支払いの催促はCasaが行うため、ひとり親家庭の経済的な不安だけでなく、精神的な負担も軽減されると言います。

養育費保証の仕組み。養育費受取者はCasa(保証会社)と保証契約を結ぶことで、Casaが立て替えた養育費を毎月受け取ることができる(画像提供/Casa)

養育費保証の仕組み。養育費受取者はCasa(保証会社)と保証契約を結ぶことで、Casaが立て替えた養育費を毎月受け取ることができる(画像提供/Casa)

養育費保証サービスを利用するには「養育費に関する取り決めがあること」「サービスに申し込んだ時点で未払いがないこと」という条件がありますが、条件に合致しない場合でもCasaが相談に乗り、民間の調停機関などの窓口紹介を行っています。

「離婚してひとり親になることを考えたときには、養育費の取り決めをしておくのと一緒に、将来受け取れなくなることも想定して養育費保証サービスへの加入をおすすめしています」(赤池さん)

家賃保証会社が「居住支援法人」に。他団体や自治体とも協業

Casaは東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の居住支援法人として指定されています。居住支援法人とは、2017年に改正された住宅セーフティネット法に基づき、住宅の確保に配慮が必要な人が賃貸住宅にスムーズに入居できるよう、居住支援を行う法人として都道府県が指定するものです。2023年9月時点では全国で700以上の法人が指定されていますが、NPOや福祉関係団体、不動産会社などが多く、家賃保証会社で登録しているところは珍しいそう。

「居住支援法人になることで、入居を希望する方に必要な支援を提供できるようになったことはもちろん、提携先の不動産会社とも一層連携しやすくなりました。最近は、ひとり親を支援している不動産会社と協業してセミナーを開き、情報発信にも努めています」(江藤さん)

現在は、大阪市、知立市、飯塚市の3自治体と連携協定を結び、養育費保証サービスを受ける人に保証料の一部を助成する仕組みを提供したり、シングルマザーの就労支援を行っている一般社団法人日本シングルマザー支援協会と連携し、シングルマザーの部屋探しだけではなく、その後に自立した生活ができるようサポートもしています。

「当社では、『ママスマ』というネットメディアを自社で運営しています。これは、主にシングルマザーの自立を促すことを目的に、子育てやお金について情報発信するメディアです。

このような活動を通じて、現在約4,000人のシングルマザーから反響があるほか、離婚アプリを開発している会社や、ひとり親を支援している団体などとの協業も行っており、つながりが広がってきました」(赤池さん)

Casaが運営するネットメディア「ママスマ」(画像提供/Casa)

Casaが運営するネットメディア「ママスマ」(画像提供/Casa)

「不安」が「安心」に変わり、自身のキャリアの支えにもなる

Casaで養育費の相談窓口を担当する長澤さんによると、離婚前から離婚後まで、さまざまな状況の人がおり、皆が不安を抱えているそうです。

「離婚の手続きはやったことがない、公正証書など言葉が難しい、仕事は、家は、子どもの預け先は……とやることが多過ぎてパニックになる人もいるので、まず話を聞いて、何から手を付けるべきかを整理し、不安をできるだけ取り除くようにしています」(長澤さん)

Casaがシングルマザーを対象に実施したアンケートで養育費保証に興味を持ったきっかけを聞くと、『不安だったから』という回答が80%にも上りました。

「そのような不安を抱えて相談された方が、サービスを受けた後には皆さん『安心』と言ってくれます。印象に残っているのは『離婚するときに、いろいろな人に助けてもらったから、私も誰かの助けになる仕事をしたい』と連絡をくれたシングルマザーの声です。その方は、離婚を機に資格を取得して専門職に就いたのだとか。養育費保証が心の安定につながり、キャリアに対する支えにもなったのだと思います」(長澤さん)

電話でシングルマザーの相談を受ける長澤さん。Casaの養育費相談室には離婚前の不安や離婚後に養育費が受け取れなくなったなど、さまざまな声が寄せられる(画像提供/Casa)

電話でシングルマザーの相談を受ける長澤さん。Casaの養育費相談室には離婚前の不安や離婚後に養育費が受け取れなくなったなど、さまざまな声が寄せられる(画像提供/Casa)

赤池さんによれば、養育費保証サービスの課題は「周知」だと言います。

「養育費の取り決めが交わされていなかったり、未払いが発生してしまってから養育費保証サービスの存在に気づいたりする人も多いのですが、そうなると私どもでできることは限られてしまいます。『あの時に知っていれば』がないように周知することが重要です」(赤池さん)

ひとり親世帯の住まい探し、養育費保証、そして就労支援団体への取次対応と、ワンストップで3本柱に対応するCasa。赤池さんは、「多くのシングルマザーが抱いている『養育費をもらえなくなったらどうしよう』という不安を解消するだけで、いきいきと暮らせて、生活が安定し、自分自身の収入アップのために時間を割くこともできる」「お母さんが笑顔になれば、子どもも自然と笑顔になるはず」と語ります。

ひとり親は就労・育児・住まいの全てが揃わなければ、生活を続けていくことができません。Casaの養育費保証のようなさまざまなサービスをうまく活用しながら、ひとり親と子どもたちがよりよい暮らしを実現できる社会になっていくことを願ってやみません。

●取材協力
・株式会社Casa
・ママスマ

制度の狭間で住宅支援から取り残される人をなくしたい。社会福祉協議会が不動産会社・NPOらとあらゆる手段で連携する菊川市の凄み 静岡県

静岡県菊川市では、既存の福祉制度の狭間にある人や複合的な問題を抱えた人たちへの支援策を検討する場として2011年から「セーフティネット支援ネットワーク会議」を設置し、さまざまな情報共有をしています。ここでは寄せられる相談一件いっけんに対し、連携する多くの機関と協働することで具体的な支援を可能としているそうです。

菊川市における、居住支援活動について、菊川市社会福祉協議会の堀川直樹(ほりかわ・なおき)さん・後藤瑞希(ごとう・みずき)さん・上村ユカ(かみむら・ゆか)さん・野崎恭子(のざき・きょうこ)さんに話を聞きました。

支援の多様化と、制度の狭間で支援の対象とならない人たち

高齢者、子育て世帯、低所得者、障がい者など、住居を確保することが難しい人たちの入居を促進するよう、2017年にセーフティネット住宅法が改正されました。そして住まい探しに困難を抱える人たちをサポートする居住支援法人の登録数が増え、「居住支援」という言葉も少しずつ認知されつつあります。

しかし、支援を必要としている人たちのうち、ただ住居問題だけで困っている人というのは実は少ないのです。
例えば、身体的に問題があるわけではないけれど引きこもりで働くことができなかったり、障がいのある外国人で家賃が払えなくなり、住むところがなくて困っていたり。複数の問題を抱えている場合や、困っているけれども、制度の対象から外れてしまって支援が受けられないという人もいます。

このような人たちに対して、どのような支援ができるのでしょうか。

複合的な問題を抱えている人や、制度の狭間にいる人を支援するにはどうすれば良いのか(画像提供/PIXTA)

複合的な問題を抱えている人や、制度の狭間にいる人を支援するにはどうすれば良いのか(画像提供/PIXTA)

菊川市の「セーフティネット支援ネットワーク会議」とは

この問題に一つの答えとなり得る支援を行っている自治体があります。

静岡県菊川市では、2011年から制度の狭間の問題や複合的な課題を抱えている事例を検討する場として「セーフティネット支援ネットワーク会議」(以下、ネットワーク会議)を設置しています。
菊川市社会福祉協議会(以下、菊川市社協または社協)が相談窓口となり、支援団体に繋ぐ体制をとっているものの、複雑な相談内容は、既存の制度に当てはめて解決できるものばかりではありません。

「福祉の支援をしていると、よく『制度の狭間の問題』にぶつかります。国土交通省や厚生労働省といったように分野別に制度ができているからです。そこで、ネットワーク会議で地域の福祉法人やNPOなどの各支援団体と問題を共有し、どう解決していくかを協議していくことが必要でした」(菊川市社協のみなさん、以下同)

多様化・複雑化・そして複合化する生活相談に、社協やそのほかの居住支援団体が単独で解決するのはとても難しいことだといえるでしょう。そして、これらの問題は決して個人やその家族だけの問題ではなく、地域全体の問題として捉え、市民・行政・支援団体が向き合っていく必要があると、菊川市社協は考えています。

菊川市の概況。人口の1/4ほどを65歳以上の高齢者で占め、人口に対する外国人の割合も高い。生活相談の内容も多岐にわたるが、その相談窓口となっているのが社会福祉協議会だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

菊川市の概況。人口の1/4ほどを65歳以上の高齢者で占め、人口に対する外国人の割合も高い。生活相談の内容も多岐にわたるが、その相談窓口となっているのが社会福祉協議会だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

ネットワーク会議には、菊川市の福祉団体が多く参加し、協働が実現しています。堀川さんいわく「信念をもって取り組む多くの福祉法人の存在と、支援団体が連携する場をつくっていくことが大事」だそうです。

「ネットワーク会議は現場で相談業務に関わる職員さんが集まって事例を共有していく会議ですが、それ以前にも、2008年ごろから『地域福祉研究会」という、ネットワーク会議の前身のような集まりがありました。

さまざまな福祉法人の代表者と菊川市の地域課題について話し合い、2010年に「菊川市における『地域福祉推進』への提言」として7つにまとめた提言を市長に対して行った経緯もあり、そのころから連携していく土壌ができ上がっていたといえます。課題を通して社協と法人が同じ方向を向けたのが体制としてうまくいった要因でしょう」

この言葉からも菊川市はほかの地域に先駆けて、かなり早い時期から協働で支援に取り組んでいたことが伺えます。

複雑化する相談をネットワーク会議の場で支援団体全員が認識し、それぞれ何ができるかを話し合い、役割を分担することで制度の狭間にいる人たちを継続的に支援する(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

複雑化する相談をネットワーク会議の場で支援団体全員が認識し、それぞれ何ができるかを話し合い、役割を分担することで制度の狭間にいる人たちを継続的に支援する(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

できることを分担すれば継続した「伴走型支援」も可能に

現在、ネットワーク会議で複合的な支援を提供するために経過を共有しているのは30数件ほど。これらの支援は、継続的に行っていく必要があるといいます。

「支援とは、一つ解決すれば終わりというものではありません。サポートがあって自立できている人は、支援が途切れたら社会との接点がなくなり、孤立してしまう恐れがあります。そういう人たちの存在を地域の皆さんと一緒に認識し、向き合っていくことが地域福祉につながっていくのではないでしょうか。支援を必要としているなら、できる限り全ての問題が解決するまで寄り添って見守っていこう、というのが菊川市社協の考えです」

現在、社協で居住支援にあたっているのは、堀川さんたち4人です。全ての支援を同時進行で続けていくとなると、担当者に負担がかかるのではないか、と心配になります。しかし堀川さんによると、一つの機関で支援するのではなく、いくつもの団体ができることを分担してサポートするので、困っていること、大変なことは支援団体みんなで対応にあたるそう。そのため、今のところ、どこか1カ所に負担がかかりすぎたり、支援の手が回らなかったりすることは起きていないとのこと。支援する側も「大変だから助けて!」と言える環境があるのです。

問題を共有することで、一つの団体に負担がかかりすぎることを回避できる。どうやって継続していくかを話し合うことも大事だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

問題を共有することで、一つの団体に負担がかかりすぎることを回避できる。どうやって継続していくかを話し合うことも大事だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

社会福祉協議会が居住支援法人に登録したわけ

社協としては全国でも珍しく、2021年に菊川市社協は居住支援法人に登録されました。居住支援法人となった経緯についても、複合的な課題を解決するための一つの手段だったといいます。

「菊川市の市営住宅に入居するには2名の身元保証人が必要です。そのため、これまでは身寄りのない人の入居は難しいと諦めていたのです。しかし、福岡市の社協に話を聞く機会があり、いろいろな団体を巻き込んだネットワークで居住支援を支えていることにとても共感できました。

そして任意後見制度などを活用しながら、居住支援法人として身元保証サポートや死後事務委任などの支援を提供できることを知り、登録に踏み切った次第です」

居住支援法人となったことで、これまで福祉関係の団体としか関わりのなかった社協が、市内の不動産会社と繋がりました。入居可能な物件がないかなどをざっくばらんに相談できるようになったことは大きな前進だったといえるでしょう。身元の保証や万一亡くなられたあとの手続きが事前に明確化されていることで民間の賃貸オーナーも身寄りのない人に部屋を貸すことのハードルは低くなります。

いろいろな相談を受けるなかで、特にここ3年で居住に関する問題に直面することが増えたという。居住支援法人に登録することは、それらの問題を解決するための手段だった(資料提供/菊川市社会福祉協議会)

いろいろな相談を受けるなかで、特にここ3年で居住に関する問題に直面することが増えたという。居住支援法人に登録することは、それらの問題を解決するための手段だった(資料提供/菊川市社会福祉協議会)

「居住支援」という言葉を知ってもらうことからのスタート

しかし、最初から不動産会社と良好な協力関係が築けたわけではありません。2021年に居住支援法人に指定されてから市内の不動産会社を回り、アンケートを実施したところ「居住支援法人を知っていますか」という問いに対し「知っている」という回答はなんとゼロだったとか。まずは居住支援について知ってもらうところから始めました。その甲斐あってか、この2年で市内の不動産会社7社のうち、地元の会社を中心に5社が協力してくれるまでに。

「最初に訪問した時から比べると関係性もできてきて、こちらからの相談はもちろん、不動産会社の方も困ったことがあれば社協に相談してくれます。また直接不動産会社に相談に行った人で居住支援が必要な場合は社協に繋がるルートができていますね」

結果、居住支援法人として2022年度に社協が受けた相談は1年間で292件にのぼりました。

「今では、『菊川市の住まいの相談なら社協が乗ってくれる』とみなさんに認識していただいている感触があります。ご本人だけでなく地域包括支援センターや障がいのある方の支援事業所、民生委員さんなどが社協に繋いでくださっています」

まずは知ってもらうことから。居住支援法人となった菊川市社協は支援内容をわかりやすく伝えるチラシやホームページをつくって市内の不動産会社やオーナーに理解を促した(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

まずは知ってもらうことから。居住支援法人となった菊川市社協は支援内容をわかりやすく伝えるチラシやホームページをつくって市内の不動産会社やオーナーに理解を促した(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

菊川市の伴走型支援のこれから

そして、2023年には菊川市にも居住支援協議会が発足。居住支援協議会とは、住まい探しに配慮が必要な人たちを支援する団体が連携して、より円滑な入居を可能にしていくための組織です。市内の協力不動産会社5社のほか、福祉医療関係団体や市の関係部署も参加して、居住支援に関わる勉強会を開催しています。

参加者へのアンケートで「菊川市社会福祉協議会が居住支援法人となり、居住支援の取組みを始めたことで協議会参加者が解決した問題や助かったことがあるか?」との問いには、約6割の人が「はい」と回答しています。

「地域の中でいろいろな支援機関が見守りの網を張って、入居中も孤立しそうな人たちがSOSを発したときにすぐに対応できる体制を整えておくことが、取り組みの目的です」と話す堀川さん。

入居前の相談だけではなく、入居後も生活に困難を抱える人たちが孤立しないよう取り組みを続ける(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

入居前の相談だけではなく、入居後も生活に困難を抱える人たちが孤立しないよう取り組みを続ける(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

今は、「施設ではなくて地域の中で共同生活をしたい」と話す障害のある人の人生の夢を叶えるため、不動産会社や支援団体と連携を取りながら、どのような応援ができるかを探っている最中とのこと。
少しずつ、そして確実に、居住支援法人としての社協の存在が浸透していっているようです。

いくつもの要因が重なった複雑な問題や制度の狭間にいる人たちを、一つの支援団体だけで支援するのではなく、みんなで認識し共有する仕組みが、菊川市の問題が解決するまで寄り添う伴走型支援を継続可能にしているポイントでしょう。
制度に人を当てはめるのではなく、一人ひとりにどう寄り添うか、そのためにはどうすれば良いか。当たり前のことのようですが、これこそが本来のあるべき支援の姿なのだと感じました。

●取材協力
社会福祉法人・菊川市社会福祉協議会

「外国人入居可」物件が2割→7割に! 外国人スタッフの採用、専門店の設置まで、社会課題に挑む不動産会社 神奈川・エヌアセット

神奈川県・溝の口エリアを拠点とする不動産会社、エヌアセットは、外国人対応専門店を設置するなど、外国人の賃貸探しに力を入れている不動産会社です。まだまだ全国的には外国人入居可の物件が少ない中、オーナーへの啓蒙や提案によって、エヌアセットの管理物件では5年前の2割から7割へと飛躍的に増えました。この成果は外国人スタッフの能動的な活躍によるところが大きいようです。

そこでエヌアセット 営業部部長の上野謙さん、そして国際営業チーム チーム長の林同財(りん どうざい)さんに外国人スタッフの採用や育成のポイントについて話を聞きました。

外国人スタッフ第1号を採用、外国人専門店舗ができるまで

エヌアセットが初めて外国人スタッフを採用したのは、2017年のこと。通常のポータルサイトへの広告掲載による賃貸の集客に限界を感じて、新たな集客ターゲットを探していた時でした。そのタイミングで同社に入社してきた外国人スタッフ第1号が林さんです。

日本の大学の国際学部で学んだ林さんは、来日当初は日本語がうまく話せなかったり、住まい探しで外国人だからと断られたりしたことも。いろいろな国から来た同級生も同じような経験をしていたため、自分が同じような人たちの頼りになれないかという思いがあったそうです。

「大学4年生の秋ごろに、ほかの日本人大学生と同じように就職活動をしました。エヌアセットにたどり着いたのは、募集する文章に『国際的』『外国人』というキーワードがあり、多言語を話す能力を活かせると思ったからです。面接で社長から直接、『一緒に外国人事業をやっていきましょう』と言っていただいたのが決め手となり、この会社に入社しました」(林さん)

林さんが入社したことで、新たに外国人をターゲットとした事業が本格的に動き出した(画像/PIXTA)

林さんが入社したことで、新たに外国人をターゲットとした事業が本格的に動き出した(画像/PIXTA)

林さんは、入社して1年目はほかの日本人スタッフと同様に日本人のお客さまからの電話を取ったり、来店者の対応をしたりしていました。2年目になり、ついに外国人事業に本格的に着手することに。2022年9月に外国人専用店舗ができたことで、外国人のお客さまに特化した対応ができるようになりました。外国語での物件紹介や資料作成、日本の商慣習や生活に必要なルールの説明など、外国人スタッフのもつスキルを活かせる業務に時間を割けるようなったと林さんは感じているそうです。

アメリカの大学の日本校でのハウジングフェアの様子。この大学がエヌアセットの営業エリア内に移転してから、職員や学生の住まい探しも増えている(画像提供/エヌアセット)

アメリカの大学の日本校でのハウジングフェアの様子。この大学がエヌアセットの営業エリア内に移転してから、職員や学生の住まい探しも増えている(画像提供/エヌアセット)

「外国人入居可」の物件を、5年で2割から7割に引き上げた取り組み

不動産賃貸の市場全体においては、日本に住む外国人の数に対して、入居が可能な物件の数はまだまだ少ないのが現実です。しかし、エヌアセットでは、5年前には管理物件の2割程度に過ぎなかった「外国人入居可」物件が、今は約7割程度にまで増えたとのこと。それに伴い、外国籍の顧客を仲介する件数も飛躍的に伸びています。

多言語のホームページ作成、SNSやGoogleの口コミ活用など、積極的な施策で外国人入居者の仲介件数は5年間で10倍以上に(画像提供/エヌアセット)

多言語のホームページ作成、SNSやGoogleの口コミ活用など、積極的な施策で外国人入居者の仲介件数は5年間で10倍以上に(画像提供/エヌアセット)

外国人の受け入れが可能な物件を増やすために、林さんたちはオーナーに対するセミナーを開催したり、外国人スタッフ自らオーナーの説得を行ったりしてきました。時には実際に入居希望者をオーナーや物件の管理会社に引き合わせ、その人自身を見て納得してもらうことも。

さらに、入居者に対してのサポートも欠かせないといいます。日本で暮らしていくには、例えば電気・ガス・水道といったライフラインの開通は、日本の電話番号がなければできません。このような行政手続きをサポートし、水漏れなど緊急を要するときは、林さんたちスタッフが連絡を受けて対応することもあるそうです。

「入居希望者の中には、日本語がうまく話せない人もいます。海外では馴染みのない敷金・礼金など日本独特のルールについても、事前に母国語で理解できるまで説明をすることで、これまでに大きなトラブルはほとんど起きていません」(林さん)

「賃料面・入居後のサポートについて、自社だけでなくアウトソースでも対応ができるよう、外国人専用の家賃保証会社とパートナー関係を結びました。家賃滞納の不安を解消すると同時に、入居者も困ったことやトラブルがあったときに24時間コールセンターを利用できるようになったのです」(上野さん)

エヌアセットでは、定期的に外国人入居者同士の交流会も企画している。日本で新しい友人や知人ができることで、相談もしやすくなる。結果的にトラブルが起きにくくなる一面も(画像提供/エヌアセット)

エヌアセットでは、定期的に外国人入居者同士の交流会も企画している。日本で新しい友人や知人ができることで、相談もしやすくなる。結果的にトラブルが起きにくくなる一面も(画像提供/エヌアセット)

入居中のサポートを充実させることで入居者も安心でき、オーナーの理解を得られるようになったことが外国人可の物件の増加につながったのでしょう。

変化をもたらしたのは、オーナーや管理会社だけではありません。自社内においても変化が見られたといいます。かつてエヌアセットの管理部門の中には、オーナーの気持ちに寄り添うがゆえに、外国人の入居をポジティブに捉えられない空気も少なからずあったのだとか。

「一番変化を実感しているのは、自社の管理部門に所属するスタッフの対応です。私が入社する以前は、日本語が話せないお客さまは基本的にお断りしていたそうです。それが今では外国人の入居促進に向け、管理部門の責任者が積極的に賃貸物件のオーナーへの説明に同行してくれます」(林さん)

「営業部門において、外国人の入居は普通のことになってきています。取引数においても外国籍のお客さまは、全体の約2割を占める重要な顧客層です。このことを社内外へ絶えず発信し続けることが必要と考えています」(上野さん)

外国人スタッフに聞く、日本企業で働く苦労は?

今では敬語の使い方も上手で、流暢な日本語を話す林さんですが、最初のころは、やはり言語の壁があったと言います。

「日本で日本語を勉強して、基礎的な日本語はある程度理解できましたが、職場や接客での敬語の使い方は難しかったです。ネイティブの日本語ではないため、お客さまから、日本人スタッフに担当を変えてほしいと言われたこともありました」(林さん)

しかし、そんな林さんの助けとなったのは同期入社の仲間たちでした。同期は林さんを含め5人。ほかの4名は日本人でしたが、休みの日には一緒にスキーを楽しむほど、みんな仲が良いそうです。

「周りの中国人の知り合いからは、なかなか職場に馴染めないという話を聞いていましたが、良い人に囲まれて私はラッキーでした。外国人だからと言って特別扱いもされず、だからこそ早く慣れることができたのだと思います」(林さん)

外国人スタッフ採用と育成のポイントは?

林さんの入社後、外国籍のスタッフの採用は続いており、現在は4名の中国人スタッフが、日本語、英語、北京語、広東語、韓国語にも対応していて2024年度は新たにベトナム人スタッフも加わる予定。

現在、日本語のほか、英語、中国語、韓国語に対応する外国人スタッフ4名が在籍している(画像提供/エヌアセット)

現在、日本語のほか、英語、中国語、韓国語に対応する外国人スタッフ4名が在籍している(画像提供/エヌアセット)

外国籍の顧客対応に注力するためには、外国人スタッフは必要不可欠な存在です。外国人スタッフは顧客がコミュニケーションをとりやすい母国語で話せるだけでなく、日本に来て入居希望者と同じような経験をしているので、顧客が何に困っていて何を欲しているのかを的確に掴むことができます。

林さんは、外国人スタッフの採用に際し、一次面接も行っているそう。そこで、どのような点を重視しているのかを聞いてみました。

「まずは言語力です。日本語と英語は最低限必要で、さらに他言語も話せればなお良いですね。ほかに見るのはこの仕事に合うかどうか。いろいろな文化や国の人と話す仕事なので、人と話すことが好きであることもポイントです」(林さん)

そして今後ますます増えると見込まれる外国人スタッフの育成や定着については、外国人スタッフ用の接客マニュアルを作成しようと検討している最中とのこと。また普段から定期的にスタッフ同士で飲食の機会を持つなど、アットホームな雰囲気づくりを心掛けているそうです。

「私が新たに入社する外国人スタッフに対していつも心がけていることは、『会社にとってあなたがいかに大事な存在か』を伝えるということです。外国人スタッフはみんな最低でも3言語は話せて優秀ですし、その分プライドも高い。それぞれの意見を尊重し合うよう、私もチームリーダーとして勉強中です」(林さん)

より多くの外国籍の入居希望者を受け入れていくために

これからは賃貸市場において、外国籍の顧客層は今以上に増加していくと考えられます。エヌアセットのように外国人の住まい探しを推進しようとしている不動産会社も多いはず。先駆者としてのアドバイスはあるのでしょうか。

「外国人のほとんどは、慣れない土地での暮らしで、ある種の孤独感を抱えています。周囲の人たちは普段からの声がけや表情の変化に気づけるように様子をうかがう必要があるでしょう。それと忘れてはならないのは、日本で働く多くの外国人は自国でもトップクラスのエリート層だということです。よく言えば芯があり、ネガティブに捉えると頑固な一面があるので、そのようなことを理解して接すると良いと思います」(上野さん)

しかしその一方で、林さんは現場のスタッフが入居中のトラブルに対応したり、相談に乗ったりと日本人のお客さまへの入居後対応と比べて手間がかかるため、負担が大きくなっていることも指摘します。事業として継続していくためには、外国人スタッフが長く働ける環境を整えることも考えなくてはなりません。外国人専用の家賃保証会社とのパートナーシップは、オーナーや入居者だけでなく、外国人スタッフの負担を減らし、長く働いていくための一つの解決策となっているようです。

そして、最後に林さんから全国のオーナーさんへのメッセージです。

「『外国人を受け入れたことがない』『日本語が得意な人でないとうまくコミュニケーションが取れないのではないか』といった不安はあると思いますが、やってみなければわからないことがあります。外国人専用の家賃保証会社の活用で365日対応を任せることができるサービスもありますし、当社のように仲介会社がサポートできることもありますので、まずは最初の一歩を踏み出していただきたいです」(林さん)

日本賃貸物件管理協会でのプレゼン。これからの日本の賃貸市場で、外国人は無視することができない。オーナーの理解を得るための活動も積極的に行っている(画像提供/エヌアセット)

日本賃貸物件管理協会でのプレゼン。これからの日本の賃貸市場で、外国人は無視することができない。オーナーの理解を得るための活動も積極的に行っている(画像提供/エヌアセット)

賃貸物件の空室問題がクローズアップされる中、これからは外国籍の入居希望者も重要な顧客層と捉えていくことが、問題解決の鍵となるでしょう。そのために、日本で同じような経験をし、入居希望者の気持ちを汲み取れる外国人スタッフは、なくてはならない存在です。

林さんは3年以内の目標として、賃貸だけでなく外国人を対象にした不動産売買、投資売買などへの進出も考えているそう。外国人市場は今後ますます拡大していくかもしれません。会社として本腰を入れた外国籍のスタッフの雇用・育成、そして一部のスタッフだけに負担をかけすぎない、組織としてのバックアップ体制を整えていくことが必要になってきていると感じました。

●取材協力
株式会社エヌアセット

元厚労省・村木厚子さんら「全国居住支援法人協議会」設立で“住まいの差別”はなくなったのか? 4年の活動で見えた現実と課題

元厚生労働事務次官で津田塾大学客員教授の村木厚子さんを中心に、三好不動産代表取締役社長の三好修さん、NPO法人抱樸理事長の奥田知志さんらが中心となって立ち上げた「全国居住支援法人協議会」。住まいの確保に困っている人たちを支援する団体として都道府県から指定されている居住支援法人の活動を促進するために、ノウハウやスキームなどの情報を共有し、縦横のつながりを強化することを目的とした組織です。2019年の設立から4年が経ち、居住支援の形はどのように変化したのでしょうか。会長の村木さんと共同代表の三好さんに話を聞きます。

官庁の垣根を越えた居住支援法人協議会とは?

子育て世帯や高齢者、障がいのある人、生活保護受給者など、さまざまな事情から住まいを確保することが困難な人たちに対して、民間の賃貸住宅や空き家などを有効活用することで供給促進を図ろうと「住宅セーフティネット法」が改正されたのは2017年のこと。

この法律に基づいて設けられたのが住宅セーフティネット制度で、主な施策の一つが、住まい探しやその後の生活をサポートする団体として各都道府県が民間企業やNPO法人などを「居住支援法人」として指定する仕組みです。

「この制度は、住宅施策を管轄する国土交通省と福祉の施策を管轄する厚生労働省が省庁の間に落ちていた居住支援を制度化するという、当時としては画期的なものでした。しかし、組織の体制が違う省庁の協働なので、省庁間や各地方自治体の部局間、民間との連携がうまくいかなかったり、支援を必要としている人たちに的確な支援が行き届かなかったりする懸念がありました。

そこで、全国の居住支援法人が、互いの居住支援に関する情報やノウハウを共有、関係を強化し、また、複数の省庁との連携をスムーズに行い、政策提言もすることによって、より的確な居住支援を行っていくために2019年に組織化したのが、全国居住支援法人協議会(以下、全居協)です」(村木さん)

全居協の主な活動内容。居住支援法人の研修や情報の共有のほか、新たな居住支援法人の育成やアドバイス、政府への提言も行って、より充実した居住支援を必要とする人に届けるための活動をしている(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の主な活動内容。居住支援法人の研修や情報の共有のほか、新たな居住支援法人の育成やアドバイス、政府への提言も行って、より充実した居住支援を必要とする人に届けるための活動をしている(画像提供/全国居住支援法人協議会)

「福祉領域を担う厚労省は継続的なソフトの支援が得意で、住宅領域を担う国交省はハードの支援が得意。制度についても、福祉は支援対象者ごとに支援を充実するように『縦』に発展してきましたが、住宅の制度は『横』割りで、全国を網羅する形で住宅の分類ごとに制度が設けられています。この異質なもの同士をどうやって有機的に機能させていくかがポイントです」(村木さん)

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コロナ禍で見えた、潜在していた課題とは

設立から4年の間に、社会の情勢はコロナ禍やウクライナ侵攻、世界的な物価変動など大きな変化がありました。例えば、コロナ禍で住宅確保給付金の支給額が格段に増えたことについて村木さんはこう話します。

「企業の社宅など、仕事と住宅がセットになっている形で生活していた人たちが、コロナ禍のもと、企業の業績悪化により仕事と住居の両方を同時に失うケースが多くありました。社会全体で見れば近年の経済状況は比較的良く、人手不足といわれる状況の中では、このような問題は見えにくかっただけで、解決していなかったということを再認識させられたコロナ禍の3年間でした。

ホームレスの方の存在は目に見えますが、車上生活をする人、ネットカフェや友人・知人の家を転々とする人など、見えにくい形で住まいの不安定な人たちがたくさんいることがわかってきました」(村木さん)

特に煽りを受けたのは非正規雇用の人たち。そして在宅時間が長くなったことで家庭内の問題や虐待が増加し、女性や若者の自殺率が急増しました。

コロナ禍の2019年以降、女性の各年代と男性の若年層の自殺率の線が盛り上がるように増えている(資料/厚生労働省)

コロナ禍の2019年以降、女性の各年代と男性の若年層の自殺率の線が盛り上がるように増えている(資料/厚生労働省)

「非正規雇用の多い女性や働き盛りの若者たちは自立して働けると見られてしまい、支援の網(セーフティネット)からすり抜けてしまいます。高齢者や生活保護受給者など、社会的に弱い立場にあると認識される人たちに対して整えられてきたサポートの手厚さと比べ、福祉の弱い部分です。このような潜在化した問題が見えてきたことは、コロナ禍で学んだことの一つでしょう」(村木さん)

3年間で物件数・団体数は格段に伸び、「死後事務委任」のルールづくりも

現在、住まい探しに困難を抱える人たちを受け入れる住宅「セーフティネット住宅」の登録件数は11万件、86万戸を超え、居住支援法人の登録数は718法人、うち全居協会員は278団体にまで増えました。

「ここまで増えたのは大きな成果です。ですが、80万戸におよぶセーフティネット住宅の多くは一般の人も入居できるもので、住まいに困っている人のみを対象とした『専用住宅』は5000戸ほど。全く数が足りない状況です。

居住支援法人の数も増えていますが、全居協に参加している団体は5割を切っています。より多くの団体が参加して協力し合うことで救える人たちも増えていくので、まずは半数以上、6割を目指したいですね。そのためにも私たち全居協は居住支援法人立ち上げのお手伝いと活動を続けていくための体制づくりに力を入れていきたいと考えています」(村木さん)

「居住支援」という言葉も徐々に世の中に認知されつつあります。

「国交省、厚労省、法務省などの施策の中でも『居住支援』というワードが自然に出てくるようになったことは大きな変化です。例えば、法務省が今年3月に策定した第2次再犯防止推進計画には、居住支援法人との連携強化といった施策が登場します」(村木さん)

元厚生労働事務次官で全国居住支援法人協議会会長を務める村木厚子さん(画像提供/全国居住支援法人協議会)

元厚生労働事務次官で全国居住支援法人協議会会長を務める村木厚子さん(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の共同代表であり副会長を務める三好さんは、「国交省が、高齢の入居者が万が一、孤独死したときのために、死後に必要な事務処理を第三者に任せられる『死後事務委任』『残置物処理』などのルールづくりを法務省とともに示したことで、居住支援法人が担える役割の範囲が大きく広がった」と評価しています。

これまで死後の手続きは相続人でなければできなかったため、居住支援法人やオーナー、不動産管理会社などの第三者が残置物などを勝手に処分することができませんでした。そのため部屋を原状回復し、次の人に貸せるようになるまでに時間がかかるので、オーナーや管理会社が高齢者の受け入れに難色を示すことの一因となっていたのです。

「現在、住まいを探している高齢の方だけでなく、入居当時は高齢ではなかった人も、年月の経過とともに高齢化してきています。全国の管理会社が同じように入居者の高齢化問題を抱えているのではないでしょうか。生前に死後事務委任の手続きができるようになったことで、もしもの事態にも居住支援法人や管理会社が速やかに対応できるようになりました」(三好さん)

福岡で積極的に居住支援を行っている三好不動産の代表取締役社長で、全居協の共同代表・副会長でもある三好修さん。入居者が認知症などを発症したり倒れたりした場合を想定して、家族信託を勧めるなど元気なうちに対策を練りながら老後を送る提案も行っているそう(画像提供/全国居住支援法人協議会)

福岡で積極的に居住支援を行っている三好不動産の代表取締役社長で、全居協の共同代表・副会長でもある三好修さん。入居者が認知症などを発症したり倒れたりした場合を想定して、家族信託を勧めるなど元気なうちに対策を練りながら老後を送る提案も行っているそう(画像提供/全国居住支援法人協議会)

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支援が必要な人のニーズに応えるため、地域ごとの拠点とリーダーを

全居協がスタートした当初、村木さんたちは、セーフティネット住宅の登録数が増えたことを素直に喜んでいたそう。しかし、登録物件数のうち、実際にどれだけの住宅が支援を必要とする人に供給できているかが重要だということに気づきます。

「大きな課題は、そもそも各地域にどんな物件がどれくらい必要なのか、その条件を満たす物件がどれくらいあるのかが見えていないことです。物件が豊富にあっても家賃や勤務先までの距離など、住宅に対する個別のニーズに見合った家を提供できなければ本当の意味で『入居可能な物件』とはいえません。実態を把握するためにもまず『地域ごとのニーズ調査』が行われることが重要です」(村木さん)

支援を必要とする人が実際に入居できる住宅を増やすには、物件の数を増やすだけではなく、そのニーズを掴むことが必要(画像提供/PIXTA)

支援を必要とする人が実際に入居できる住宅を増やすには、物件の数を増やすだけではなく、そのニーズを掴むことが必要(画像提供/PIXTA)

ニーズに合った支援を提供していくには、支援を必要としている人と複数の居住支援法人とをそれぞれの地域で繋ぐ、拠点や“つなぎ役”の存在も不可欠です。

「地域で十分な支援を受けられる状態にするためには、居住支援法人がその地域の人たちに『うちの地域の居住支援法人はここ』『このサービスを提供してくれるのはここ』と認知される必要があります」(村木さん)

「部屋を貸すといっても、地域によって必要な住まい・生活の支援は異なります。全てが東京発信ではなく、地域ごとのニーズとノウハウを集約して支援体制を築くべきでしょう。そのために地域の拠点となる場所を設ける必要があると考えています」(三好さん)

地域ごとの居住支援を牽引する、中核となる居住支援法人が求められている(画像提供/PIXTA)

地域ごとの居住支援を牽引する、中核となる居住支援法人が求められている(画像提供/PIXTA)

居住支援活動を持続していくために必要なものとは

全居協では、居住支援法人の育成のために、個別の法人にアドバイスするアドバイス事業を始めています。しかし、このような全居協の活動や、各地域の居住支援法人が支援活動を継続するためにはある程度の資金も必要です。

自治体では居住支援法人の活動資金として補助金などを用意しています。ところが、ある自治体では、補助金の予算総額が変わらないまま居住支援法人の数が増えたことにより、1法人あたりに支給できる補助金の額が減ってしまったというのです。

「居住支援法人事業を本業とするのは非常に難しく、どうしても別の事業から資金をまわすなど、企業自身がリスクを負うしかないのが現状です。

各地域に居住支援法人の拠点をつくるべく育成に力を入れても、受給できる助成金の額が減れば、活動を停止せざるを得ない居住支援法人が増えるのではないかと心配しています」(三好さん)

「居住支援法人が、居住支援事業で食べていけるようになる仕組みをつくっていくことは、次に残された課題といえるでしょう。それには各法人が得意分野を活かし、地域のニーズを把握したうえで役割分担をしながら連携していくことが大事になってくると思います。また、行政への働き掛けも必要です。持続可能な絵が描けるかどうか、勝負の時が来ているのかもしれません」(村木さん)

全居協の総会の様子。支援を継続していくために、居住支援事業だけで成り立つ仕組みづくりが今後の課題(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の総会の様子。支援を継続していくために、居住支援事業だけで成り立つ仕組みづくりが今後の課題(画像提供/全国居住支援法人協議会)

立ち上げから4年が経ち、これからの数年間は居住支援がこの国に根を張っていくための、全居協の真価を問われる正念場となるのかもしれません。お二人の話からは、地域ごとの拠点づくりとリーダーの育成に力を入れていこうとする全居協の「本気」を感じました。
この実現のためには、資金の調達を含め、継続可能な体制をどう組み立てていくかが鍵。その仕組みづくりや国への働きかけも、今後の全居協の役割として期待されそうです。

●取材協力
・一般社団法人全国居住支援法人協議会
・株式会社三好不動産

「外国人の入居受け入れに壁を感じる」広島県ならではの賃貸事情。外国人専門店舗つくり不動産会社が奮闘 良和ハウス

2020年に外国人専門店舗を構え、広島県で居住支援を行っている良和ハウス。外国人専門店舗では、それまで複数の店舗に配属されていた外国人スタッフが集まり、母国語で外国人の住まい探しや入居のサポートをしています。専門店舗として新しい体制になったことで、外国人の住まい探しにどのような変化がもたらされたのか、また新たに見えてきた課題とは? 広島ならではの事情や、その中での奮闘について良和ハウス 広島賃貸営業部の熱田健輔さんに話を聞きました。

人口減が止まらない広島県、賃貸市場にも影響が

広島県は厳島神社、平和公園など海外からも人気の高い観光名所があり、2023年5月に開催された先進国首脳会議「G7広島サミット」でも注目された地です。外国人居住者の数もコロナ禍で一時は減ったものの、ここ最近は増えているそう。しかし、日本人も含めた広島県の人口は、ここ数年、転出者の数が転入者を上回る年が続き、このままではどんどん人口が減り続ける懸念があります。

広島県の総人口は、令和5年(2023年)5月現在、274万人。平成10年(1998年)以降減少を続けているが、外国人の数だけを見ると、令和2年(2020年)以降コロナの影響で一時減少したものの、再び増加している(出典/2023年広島県人口移動統計調査)

広島県の総人口は、令和5年(2023年)5月現在、274万人。平成10年(1998年)以降減少を続けているが、外国人の数だけを見ると、令和2年(2020年)以降コロナの影響で一時減少したものの、再び増加している(出典/2023年広島県人口移動統計調査)

熱田さんは「人口の減少は、賃貸市場にも少なからず影響を与えている」と言います。
人口減少にともない、バブルのころに建てられた築30年以上の物件、特に当時流行したワンルームにバス・トイレが一緒の3点ユニットバスの部屋などは、日本人の単身者にはあまり人気がなくなり、空室が増えているそうです。

1980年代に流行ったバス・トイレが一緒のワンルームは時代の流れと共に空室が目立つそう(画像提供/PIXTA)

1980年代に流行ったバス・トイレが一緒のワンルームは時代の流れと共に空室が目立つそう(画像/PIXTA)

一方、広島には介護・福祉関係の専門学校が複数存在し、外国人留学生が多い一面も。「外国人留学生を積極的に受け入れることは、広島の人口減少を食い止め、街に活性化をもたらすことにもなる」と、熱田さんは期待をしています。

「私たちだからこそできること。例えば、住まいをスムーズに確保する体制を整えたり、住まいを探す人たちが住みやすい環境をつくったりすることを、広島に本社を置く不動産会社の社会的使命として捉えています」(熱田さん、以下同)

外国人居住支援に立ちはだかる困難。広島ならではの事情も……

しかし、空室に悩まされる状況があるにもかかわらず、言葉や文化の違いからトラブルになることを懸念するオーナーや管理会社の意向で、外国人の入居を拒むケースが広島ではまだまだ多いそうです。このことは、外国人の住まい探しを難しくする要因の一つとなっています。

熱田さんによると、広島県民は他県の人から「よそ者に冷たいと言われてしまうことがある」のだとか。また、賃貸物件のオーナーも高齢の人が増えている中、今なお欧米人に対して抵抗のある人もいるそうです。そのような事情を十分理解したうえで、良和ハウスはそのような高齢者の気持ちにも寄り添いながら、外国人受け入れの必要性を根気強く伝え続けています。

「転出超過が続き、少子高齢化が進む中、このままでは経済が回らなくなり、生活基盤自体が危うくなるでしょう。生まれ育った街で過疎化が進むのは、やるせない気持ちになります。

広島を元気にするには、外国人の受け入れが一つのポイントになる、というのが私たちの考えです。人口減少に立ち向かうためにも、私たちは特に外国人の入居に特化していきたいと思います」

さらに、良和ハウスは、広島市や廿日市市などの行政とも協力して、オーナーさんや不動産会社向けにセミナーを開催して講演するなど、外国人を受け入れるための啓蒙活動を積極的に行っているそうです。

外国人入居者の受け入れを促進するため、セミナー講演などの活動にも力を注いている(画像提供/良和ハウス)

外国人入居者の受け入れを促進するため、セミナー講演などの活動にも力を注いている(画像提供/良和ハウス)

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

外国人専門の楠木店設立の背景は

現在、良和ハウスでは、楠木店を外国人専用店舗として、英語、中国語、ネパール語、ベトナム語、スペイン語、ヒンズー語のできる外国人スタッフ5名が住まい探しのサポートにあたっています。

きっかけは、2016年のこと。広島市内に中国からの留学生が増え、その問い合わせに対応するために中国人スタッフ1人を雇用したことが始まりでした。

「そもそも、私たちは、外国人だからといって特別扱いをするのではなく、どのお客さまにも同じように、ご希望の暮らしを叶えるために精いっぱいお手伝いをするのがモットーです。しかし、日本人スタッフだけの対応では、言葉や日本の習慣がうまく伝わらないことによるトラブルが起こりやすくなります。

そのために中国人スタッフが新たに加わったのですが、母国語でコニュニケーションを取れることや母国と日本の生活習慣の違いを理解したうえで説明できることで、トラブルが格段に減りました。結果、口コミで来店する中国人のお客さまの数が飛躍的に伸びたのです」

その後もベトナム人、ネパール人、アメリカ人と外国人スタッフを雇用するたび、同じ国の人からの相談が2倍以上に増えました。同郷の人同士のコミュニティやネットワークの力を実感した熱田さんたちは、外国人専門店を開店することになったというわけです。

外国人スタッフが働く楠木店では、7カ国語に対応している。日本語が流暢でない外国人にとっては頼もしい住まい探しのパートナーだ(画像提供/良和ハウス)

外国人スタッフが働く楠木店では、7カ国語に対応している。日本語が流暢でない外国人にとっては頼もしい住まい探しのパートナーだ(画像提供/良和ハウス)

外国人専門店だからできるようになったこと

熱田さんは「外国人専門店に外国人スタッフを集約したことで得られるメリットも大きかった」と言います。

「それまでは外国人スタッフは別々の支店に勤務していたのですが、日本人のお客さまが多かったため、外国人スタッフは日本人スタッフのサポートに回ることが多く、能力をフルに活かせていませんでした。外国人専門店をつくってそこに勤務してもらうようにしたことで、外国人のお客さまからの相談に集中して、効率よく業務に当たれるようになったのです。日本語がよくわからないお客さまも、安心してご相談いただける場所になったと思います」

さらに2021年には、外国人が入居できる日本の物件情報を検索できるサイトを立ち上げ、海外からでもアクセスしやすいよう、英語・中国語・ベトナム語で展開しています。このサイトを利用して来日前からメールやビデオチャットでコンタクトを取り、物件案内や電子契約の締結などを行えるようになりました。日本に来てすぐ、入居当日に全ての手続きを終えることも可能だそうです。

YouTube動画でも、ゴミ出しなどの日本のルールをわかりやすく説明している。契約時などには外国人スタッフが母国語で説明するが、言い忘れや、担当によって話す内容が異なるなどのミスを避けられる(画像提供/良和ハウス)

また、外国人からの問い合わせを受ける窓口を一つの店舗に集約したことで、新たなビジネスチャンスにつながったとか。

「専門学校や技能実習生を受け入れている会社などは、大勢の外国人留学生や外国籍の従業員を受け入れる前にあらかじめ住まいを確保しなければなりません。担当者が一つひとつ物件を見に行って探すのは大変です。良和ハウスがその業務を代行することによって、学校や企業の担当者が抱える業務の負担を大きく減らせます。

さらに、物件の紹介や入居手続きといった仲介会社としての業務だけではなく、入居後のトラブルまで対応できるのが弊社の強みです」

居住支援法人としてのあり方と今後の課題

外国人を含む住まいの確保に困難を感じている人たちの居住支援に、より注力していくために、良和ハウスは、現在、住まい探しに困っている人に賃貸住宅に関する情報の提供や相談を受ける団体として、都道府県が指定する居住支援法人に登録申請中です。

また、熱田さんは社内の組織体制について「物件を紹介して契約する仲介部門と、入居後の物件や入居者の管理を行う管理部門との連携は不可欠」だと言います。

「外国人入居者には、入居後も習慣の違いによる困りごとやトラブルに対応するため、外国語でのサポートが必要です。外国人入居者の数が増えれば、おのずと管理部門の負担も増えるわけですが、当社では外国人スタッフのいる仲介部門と管理部門が文書の作成や通訳などの業務を連携しています。そうすることで入居後のトラブルに対応する管理業務でも母国語で対応でき、オーナーさんを悩ます問題を減らせると考えています」

会社以外の組織との連携だけでなく、社内の横の連携も大事。各方面との理解と体制を整えていくことが重要ということですね。

行政や民間、また同じ企業内でも、組織を超えた理解と連携が必要(画像提供/良和ハウス)

行政や民間、また同じ企業内でも、組織を超えた理解と連携が必要(画像提供/良和ハウス)

さらに、熱田さんは「手厚いサポートを行うには、マンパワーの問題もある」とも指摘します。
日本で暮らしたことのない外国人にとって、家具の手配や電気・ガス・水道といったインフラ周りの手続きや銀行の振込などは、簡単なことではありません。良和ハウスの外国人スタッフは代わりに手続きをしたり、一緒にATMまでついて行ってサポートしたりもするそう。

楠木店で取り扱う物件紹介数は年間で400~500件ほど。それを5人の外国人スタッフで行い、さらにさまざまな相談や困りごとにも、頼まれれば支援の手を惜しみません。

「母国の事情がわかる外国人スタッフは、日本人スタッフよりは効率的に説明等行える一面はあるものの、相談や疑問に対応していると、スタッフ一人ひとりにかかる負担はどうしても多くなってしまいます。外国人スタッフの頑張りに頼るだけでなく、会社全体でうまく分担させながら改善していくことが今後の課題です」

母国語を話す外国人スタッフは、外国人利用者にとって頼れる存在であることは間違いない。日本の暮らしへの不安が理解できるので、業務以外でも頼まれると手を差し伸べるという(画像提供/良和ハウス)

母国語を話す外国人スタッフは、外国人利用者にとって頼れる存在であることは間違いない。日本の暮らしへの不安が理解できるので、業務以外でも頼まれると手を差し伸べるという(画像提供/良和ハウス)

外国人が日本で住まい探しをするときは、言葉や文化を理解する外国人スタッフがいることで、うまくコミュニケーションができ、トラブルを防げることが多くあります。

良和ハウスの外国人専門店や外国語サイトは、外国籍の入居検討者にとってわかりやすく、安心して住まい探しができる場所になっています。さらに、外国人スタッフにとっても効率的に仕事ができるようになり、外国人の居住支援策を考えるうえで、一つのモデルケースになるのではないでしょうか。

そして、居住支援を継続していくには、そこに携わる人たちへの負担をかけすぎない努力や仕組みも必要だと感じました。

●取材協力
良和ハウス
・English
・中文
・Tiếng Việt

居住支援少ない男性にもシェルターを。犯罪歴ある人の身元引受けなど、金沢市の不動産会社エリンクが支援つづける理由とは

金沢のまちは、観光地としても名高く、冬は雪深い土地。この石川県金沢市で居住支援を行っている不動産会社、エリンク代表の谷村麻奈美さんは、生活保護受給者や障がいのある人に住まいの斡旋だけでなく、一時的な避難シェルターや入居した後の継続的な支援、見守りを提供しています。エリンクの不動産会社としての活動のほか、NPOの設立や金沢における居住支援の課題などについて聞きました。

住まい確保に困っている人たちを断るのが辛かった

石川県金沢市。北陸新幹線が通り、県庁所在地でもあるこの地に、エリンクという不動産会社があります。従業員4人という規模ながら、子育て世帯・ひとり親世帯・高齢者・生活保護受給者・障がい者・犯罪歴のある人など、賃貸住宅への入居に困難を抱えている人たちに物件を紹介し、2022年には住まい探しをサポートする居住支援法人として登録されました。

金沢市にある不動産会社エリンク。子育て世帯・ひとり親世帯・高齢者・生活保護受給者・障がい者・犯罪歴のある人などを中心に、賃貸物件の仲介や管理を行っている(画像提供/エリンク)

金沢市にある不動産会社エリンク。子育て世帯・ひとり親世帯・高齢者・生活保護受給者・障がい者・犯罪歴のある人などを中心に、賃貸物件の仲介や管理を行っている(画像提供/エリンク)

住まい探しが困難な人たちは、さまざまな事情を抱えています。生活保護を受給するために自治体の定めた家賃以下でなければ入居できなかったり、生活支援や見守りといった入居後の暮らしに継続的な配慮やサポートが必要な場合があります。また、家賃の滞納や孤独死などを懸念するオーナーや管理会社が、入居を敬遠することも。居住支援では、それらの課題を一つひとつ乗り越えていかなければなりません。

代表の谷村さんがエリンクを立ち上げたのは、2017年のこと。
それまでは会社員として別の不動産会社に勤めていましたが、会社の収益を上げるため、効率の良い仕事が優先されることに違和感を感じていたと言います。

「通常よりも手間がかかる案件に時間をかけることについて十分理解されていませんでした。個人の思いとは裏腹に、住まい探しに困っている人が来ても断らざるを得なかったのです。相談に来た人が残念そうに店を後にする姿を見るのは、とても辛いものでした」(エリンク 谷村さん、以下同)

組織の中にいては思い通りにできない。どんな人でも受け入れられる不動産会社をつくろう、と立ち上げたのがエリンクでした。

「時間をかけて入居者との関係を築いていく」エリンクの居住支援

現在、谷村さんを含むスタッフ4名のうち、普段から住宅の確保に配慮が必要な人たちの居住支援を行っているのは、谷村さんと従業員2人の3名。この記事のインタビューの最中も、ひっきりなしに電話がかかってくる忙しさです。

賃貸物件の紹介だけでなく、入居後、連絡が取れなくなったときには様子を確認しに行ったり、「体調が悪くて家賃の振り込みに行けない」と連絡があれば谷村さんたちが部屋まで集金に行ったりします。時には「給付金の申請をするのに書き方がわからない」と電話がきて書き方を教えに行くなど、頼まれれば入居者を訪ねることも日常なのだそう。

居住支援には、谷村さんともう2人の3人体制であたっている。社員4人の小さな街の不動産屋さんだ(画像提供/エリンク)

居住支援には、谷村さんともう2人の3人体制であたっている。社員4人の小さな街の不動産屋さんだ(画像提供/エリンク)

また、ある時は上の階に住む人とけんかをした入居者が警察に連れて行かれ、ほかに身寄りがないため、谷村さんが身元の引き受けに行ったこともあります。「なんでお前が来たんだ」と怒鳴られ、すかさず谷村さんも「オーナーさんの迷惑になることを考えて!」 と大声で言い返したのだとか。谷村さんは「『なんでも相談所』のようでしょう?」と笑いながら話します。

「大事なのは入居者と信頼関係を築くこと。大げんかしたその入居者とも、1年以上の時間をかけて、時には人生相談にも乗り、関係をつくり上げてきました。だからこそ、本音でぶつかり合えるのだと思います」

入居者とは、時に言い合いになることもあるけれど、その分、笑い合うことも多い。「(日常的な声掛けをすることなどを)しつこいと言われたこともあります。でも途中で諦めたくはないんです」と谷村さん(画像提供/エリンク)

入居者とは、時に言い合いになることもあるけれど、その分、笑い合うことも多い。「(日常的な声掛けをすることなどを)しつこいと言われたこともあります。でも途中で諦めたくはないんです」と谷村さん(画像提供/エリンク)

経営的にはギリギリ。それでも達成感を感じている

それでも経営は赤字ギリギリの状態です。居住支援法人に登録した理由の一つには、助成金がないと居住支援事業を継続するのが難しいという背景もありました。

「会社や事業には、それぞれの客層やターゲットというものがあります。低所得者など住まい探しに困っている人に重点を置いている不動産会社がなかったので、私は逆にそこに事業としてのチャンスがあるのではないかと思ったのです。何より、さまざまな問題を解決していかなければならないことは、むしろ楽しそうだと感じました。

私自身が、そういう性分なんです。普段の仕事はもちろん大変ですけど、達成感があるので忘れちゃう。嫌なことも楽しいことも波があることを楽しんでいます。経営は厳しくても、私がやりたかったことを実行できているという点では『成功』だと思っています」

現在、エリンクのホームページに掲載している物件の中で、生活保護受給者が入居できる家賃のものは1200件以上。それ以外の物件数は600件ほどなので、住まいに困っている人の支援にいかに力を入れているかがわかります。しかしそれぞれの物件で入居に必要な条件が異なるため、どうしても入居できない場合は、谷村さんが保有している3室を含め、160室ほどのエリンクの管理物件から紹介しているそう。

これらのエリンクが管理する部屋は、長年空室で悩むオーナーさんが、エリンクの取り組みをメディアを通して知ったり、別のオーナーさんからの紹介で「空室にしておくよりは、困っている人に貸してほしい」と託されたもの。オーナーさんの理解も得て、エリンクでは2022年中に住まい探しに困難をかかえる人から相談があった約95件のうち、67件が入居に至っているのだそうです。

エリンクの管理物件は、理解のあるオーナーさんから預かったもので、管理物件を獲得するための営業は一切していないという(画像提供/エリンク)

エリンクの管理物件は、理解のあるオーナーさんから預かったもので、管理物件を獲得するための営業は一切していないという(画像提供/エリンク)

緊急で住まいを必要とする人には男性が多い!? 石川県・金沢市の事情とは

エリンクを訪れる相談者の特徴は、30~60代の男性が圧倒的に多いということ。
その理由は、ちょうど一般的に「働き盛り」とされるこの年代で、行政には住まいに困っている男性を受け入れる受け皿がないためだと、谷村さんは分析しています。

「石川県には、住まいに困っている女性や子どもに対しては『女性センター』や『母子寮』など、行政で受け入れる場所があるのですが、住まいを失った男性向けの一時的な避難場所となる『シェルター』のような施設がありません。職を失って社宅や寮を出なくてはならなくなった人が、ネットカフェや車中生活をせざるを得ない状況が多いのです」

そこで普段はNPO法人「安心生活ネットワークいち」(活動内容については後述)の事務所として利用している店舗の2階を、緊急用の民間シェルターとして確保しています。しかし一度に1名しか利用できないので、いつでも空いているわけではありません。「もっと一時的に避難するシェルターとなる場所が必要」だと、谷村さんは訴えています。

普段は事務所として使用している2階をシェルターとして使用できるように家具家電などを配置。さまざまな事情を抱えた人の中には、緊急で一時的に避難できる場所を必要とする人がいる(画像提供/エリンク)

普段は事務所として使用している2階をシェルターとして使用できるように家具家電などを配置。さまざまな事情を抱えた人の中には、緊急で一時的に避難できる場所を必要とする人がいる(画像提供/エリンク)

金沢における居住支援法人の活動、行政との連携は?

また、もう一つ、谷村さんが課題として挙げるのが、居住支援に携わる人たちや組織が連携するためのネットワークや体制づくりです。

住まい探しに困っている人たちに居住支援を行う各地方自治体の住宅部門は、福祉部門との連携がうまく取れていないことが課題になっているところも少なくありません。かつてエリンクの存在は、石川県や金沢市の住宅部門・福祉部門いずれの担当者にも知られておらず、住まいと福祉の連携もありませんでした。

「生活保護を受けている人が提出する賃貸借契約書などの書類にエリンクの名前がたびたび上がるのを知った金沢市の社会福祉協議会の方が当社を訪ねてくださって。2019年ころから、家賃を支払えず困って社会福祉協議会に相談に来る人の紹介を受けたり、こちらから給付金が利用できないかを尋ねたりというつながりができました」

今では、金沢を地盤にしている福祉関係団体や弁護士から多くの問い合わせが来るようになったそうです。

「ただし、今は何かトラブルや問題が起きた時にその都度、担当者同士の個人的なつながりを頼りに連絡をとって対応しているので、スムーズに支援ができている状態とは言えません。支援を必要とするより多くの人たちを的確にサポートしていくためにも、ネットワークづくりや連携の仕組みが必要です」

現状は図のとおり不動産会社であるエリンクがそれぞれに連絡を取っている状況。「住まいに困っている人には、不動産会社が中心となって行政や民間企業・団体が連携して支援するネットワークやスキームが築けるはず」だと谷村さんは考えている(画像提供/エリンク)

現状は図のとおり不動産会社であるエリンクがそれぞれに連絡を取っている状況。「住まいに困っている人には、不動産会社が中心となって行政や民間企業・団体が連携して支援するネットワークやスキームが築けるはず」だと谷村さんは考えている(画像提供/エリンク)

「入居後の孤立を無くしたい」谷村さんの新たな一歩

協力してくれるオーナーさんも増えて入居まではサポートできるようになったものの、谷村さんは「入居した後も人や社会とつながりを持てない、孤立している人をどうにかしなければ」との思いを強くしたそうです。

不動産事業のオプションとしてではなく、本腰を入れて入居後の生活までサポートする必要があると考え、2022年12月にオーナーさんや司法書士、引越し業者や特殊清掃業者など、応援してくれている人たちを会員としてNPO法人「安心生活ネットワークいち」を設立しました。

NPO法人「安心生活ネットワークいち」を立ち上げ、入居前の住まい探しから、入居後の暮らしや職探しなどトータルのサポートに本格的に乗り出した(画像提供/エリンク)

NPO法人「安心生活ネットワークいち」を立ち上げ、入居前の住まい探しから、入居後の暮らしや職探しなどトータルのサポートに本格的に乗り出した(画像提供/エリンク)

孤立を防ぐために谷村さんたちが早速始めたのは、金沢市社会福祉協議会の事務所を会場として開催する「おむすびの会」。

「支援者も受益者も関係なく、ごちゃ混ぜで『みんなで楽しくおむすびをつくっておしゃべりをしよう』という趣旨の会で、誰でも参加できて、しかも無料です。不要な食べ物をもらいに行って、それを欲しい人に届けるフードバンクの活動も行っていて、今は車1台のみで配っていますが、もっと増やしていきたいと考えています」

入居前のサポートから入居後の見守り、そして引きこもりがちな高齢者や障がい者、犯罪歴のある入居者などが社会とつながるサポートを目指す谷村さんたちの活動は、前へ前へと進んでいるようです。

誰でも参加OKで参加費無料のおむすびの会。気軽に参加しておしゃべりを楽しむことで、引きこもりがちな人が社会とつながるきっかけに(画像提供/エリンク)

誰でも参加OKで参加費無料のおむすびの会。気軽に参加しておしゃべりを楽しむことで、引きこもりがちな人が社会とつながるきっかけに(画像提供/エリンク)

不要となった食べ物を集め、必要としている人に届ける。外に出たくないと自宅にこもりがちな人も多いので、それならこちらからいけばいい!という発想。安否確認もできる(画像提供/エリンク)

不要となった食べ物を集め、必要としている人に届ける。外に出たくないと自宅にこもりがちな人も多いので、それならこちらからいけばいい!という発想。安否確認もできる(画像提供/エリンク)

「孤軍奮闘」。谷村さんと周囲の人たちの活動を知り、そんな言葉が頭をよぎりました。

最後に谷村さんは、「ライバルをつくることになるかもしれないですが、私たちのような不動産会社がもっと増えればいいと思っています。それだけ、困っている人がいるということです」と話してくれました。

金沢市内には他にも居住支援や生活支援に携わる団体や企業が存在するでしょう。しかしネットワークや仕組みが未だできてない理由の一つは、金沢にはとても奥ゆかしい人が多い風土だからなのだそうです。「『やれたらいいよね』という人はいても『よし、やろう』という人がいない」と谷村さんは打ち明けます。

谷村さんのようなリーダーが増え、その人たちが繋がることができれば、金沢の居住支援は大きく前進するのかもしれません。そして、住まいに困っている人たちを包括的に支援するためには行政の協力も欠かせません。現状の周知と連携強化を訴え、谷村さんたちは今日も活動を続けています。

●取材協力
株式会社エリンク
特定非営利活動法人安心生活ネットワークいち

”障がい者も入居可”ではなく”入居したい”部屋の選択肢を。賃貸の負に挑む小さな不動産屋さん エステートイノウエ・岡山県倉敷市

家とは、生活の拠点であり、自分の心と体を休める場所。誰にでも住まい探しにはいろいろな要望があります。住まい探しに苦労が多い住宅確保要配慮者と呼ばれる人たちのサポートに積極的に取り組む岡山県倉敷の街の小さな不動産屋さん、LIXIL不動産ショップエステートイノウエでは、住まい探しに加え、自立・社会復帰のサポートにも力を入れています。支援を必要とする人に「入居できる」という最低限の選択肢ではなく「入居したいと思える」ような部屋を(複数の選択肢の中から)紹介する取り組みとその意義とは? 同店の曽我敬子さんに、話を聞きました。

「入居できる」ではなく、「入居したい」家に至ったきっかけとは

LIXIL不動産ショップエステートイノウエは、桃や白壁が多い街としても知られる岡山県倉敷市にある、従業員4名の小さな不動産屋さん。そして住まい探しに困っている人たちに賃貸物件を紹介して、地域社会に貢献している会社でもあります。

きっかけは、およそ10年前に地域の生活支援センターから依頼を受け、住まい探しに困っている人のお部屋探しをサポートしたことでした。住宅確保要配慮者とは、障がい者や高齢者、一人親世帯、外国人など、住まい探しで不当な偏見や差別を受けたり、住宅そのものに特別な配慮が必要だったりと、一般の人に比べ、住まい探しに大変な思いをすることが多いのです。担当の曽我さんは月に約60件以上の相談をほぼ一人で対応しているそう。そして、2012年以来、住宅の確保に配慮が必要な人たちに住まいを仲介した実績は600件以上に上ります。

(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

LIXIL不動産ショップエステートイノウエで居住支援を担当している曽我さんが、何人もの入居希望者と話していて感じたのは、「あなたに貸せる部屋はここしかない」と言われるのと、いくつかの選択肢の中から自分が選んだ部屋に住むのでは、入居した後の暮らし方が全然違うということです。

「住まい探しに困って相談にいらっしゃる人が希望されることは、例えば『職場に近い部屋が良い』だったり『ウォシュレット付きのトイレがある物件が良い』だったり。一般の人と変わりはありません。自分で気に入って選んだ部屋ならば、そこに長く住みたいと思うので、近隣とのトラブルは起きにくくなります。ですから、希望の部屋を選べるよう、少なくとも2件以上の物件をご紹介することを心掛けています」(LIXIL不動産ショップエステートイノウエ 曽我さん、以下同)

2023年には、地域の協力者とともに行うLIXIL不動産ショップエステートイノウエの居住支援スキームが高く評価され、国土交通省の「第1回 地域価値を共創する不動産業アワード」で優秀賞を受賞しました。住みたいと思える部屋の提供を目指すとともに、生活の立ち上がりの支援なども行って入居者の負担を軽減することが、高い入居率やトラブル発生防止につながると、曽我さんは話しています。

国土交通省の第1回地域価値を共創する不動産業アワードの居住・生活支援部門で優秀賞を獲得したLIXIL不動産ショップエステートイノウエの曽我さん(右から二人目)(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

国土交通省の第1回地域価値を共創する不動産業アワードの居住・生活支援部門で優秀賞を獲得したLIXIL不動産ショップエステートイノウエの曽我さん(右から二人目)(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

低家賃でも「住みたい部屋」を叶えるための支援

多くの場合、住まい探しに困っている人たちが払える家賃には上限があります。その中で入居したいと思えるような、設備が充実した部屋を紹介するのは、なかなか困難です。

「倉敷市では、築浅の賃貸物件はハウスメーカー施工・管理のものが多いのですが、生活保護を受けている人の入居がOKなものがほとんどありません。オーナーさんがOKだとしても、入居後のトラブルを懸念する管理会社の判断でNGとなってしまうケースがあるのです。オーナーさんや管理会社に対して、支援者によるサポート体制があることやトラブルのリスクが一般の入居者と変わらないことを何度も説明し、お願いしていますが、どうしても受け入れてもらえないことがあります」

そのような人たちも入居でき、さらに快適に暮らせるよう、同社では自社で物件を購入してリフォームを施し、入居を希望する人に選択肢をつくる取り組みもしているとのこと。所有している物件は現在では9棟になるそうです。

自社でオーナーとなってリフォームを行い、外壁塗装など手を加え、見た目もキレイに(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

自社でオーナーとなってリフォームを行い、外壁塗装など手を加え、見た目もキレイに(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

「私たちのような小さな会社が自社で物件を購入して保有し続けるには、多額のお金も必要になるため勇気のいることです。しかし、これだけ理解を得られるよう頑張って説明しても入居が難しい人たちに住まいを提供するには、もう私たちがオーナーになるしかないと社長が決断しました。

低所得の人が多く、家賃を低く設定せざるを得ない分、利益は少なくなるかもしれませんが、気に入っていただければ長期で借りていただけることが多いので、事業として成立しています」

実際、購入時は30室中10室が空室だった中古の1棟物件が3カ月で満室に。そして全9棟(計80室)のうち、現在、空室はわずか2室のみだとか。その2部屋も、急きょ入居が必要な人が現れたときのための戦略的空室なのだそうです。

家賃を抑えつつ、住宅確保要配慮者が住みたいと思える部屋を実現。選択肢を増やす取り組みを行っている(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

家賃を抑えつつ、住宅確保要配慮者が住みたいと思える部屋を実現。選択肢を増やす取り組みを行っている(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

家財道具を持たない人にも設備の充実した住まいを。その仕組みとは

支援を必要としている人たちは、さまざまな事情を抱えています。なかには家財道具を一切持たず、着の身着のままで部屋を探す人も。そのような状況でも入居者が安心して暮らせるよう、曽我さんたちはいろいろな工夫をしながら支援を充実させています。

その一つが、家財道具の提供です。入居する物件によっては、カーテンや照明器具がついていない部屋もあります。同社では、事業の一環で残置物(※)をそのままの状態で家ごと買取をすることがあり、ある一定の手順を踏んで、有用なものを社会福祉法人に声掛けをして、使えるものを渡したり、生活支援を必要とする入居者に提供したりしているそうです。

※入居者が貸主の許可のもと自らの負担で設置した設備や、家を売却する際に家具など使用していたものをそのまま撤去せず残していったもの

リユース可能な残置物や不要品は、社会福祉施設への寄付や生活保護者への再販のほか、社内で保管をして、必要な入居者に提供することもあるという(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

リユース可能な残置物や不要品は、社会福祉施設への寄付や生活保護者への再販のほか、社内で保管をして、必要な入居者に提供することもあるという(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

その手順とは、以下のとおり。
1. 残置物のうち売主(物件のオーナー)や親族が引き取れるものは引き取ってもらう
2. 古物店やリサイクルショップを紹介して買い取ってもらう
3. 最終的に誰もいらないとなったものを支援団体に渡す

この方法は、それぞれの関係者によってニーズが異なることがポイントです。支援で必要としているのは、カーテンやタオル、石鹸など日々の生活で使うもので、売主や親族が必要とする貴金属類などではありません。また、古物店はアンティークのものを探していて、リサイクルショップは使用年数が約3年以内の比較的新しい中古品のみを引き取ってくれます。それ以外の中古品は引き取ってくれないので、結果的に残ったもののなかに支援に使えるものがあるというわけです。

オーナーや売主から不要なものを引き取り、活用していく仕組み。電気店や古物店など、協力者の存在も大きい(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

オーナーや売主から不要なものを引き取り、活用していく仕組み。電気店や古物店など、協力者の存在も大きい(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

「例えば、中古のエアコンを素人が取り外すのは大変です。そこで、協力してくれる電気店に依頼して取り外してもらって、必要とする人に提供します。基本的に現在ご協力いただいている電気店さんはその作業を無償でやってくださるのですが、生活保護を受けている人は家具什器(じゅうき)代が倉敷市から支給されます。そのため、必要とする人に安く再販売することで、そこから電気店にわずかでも費用を支払うことができるという仕組みです」

支援が必要な人とオーナー、両面からのアプローチが必要

曽我さんのところには、社会生活に困難を抱えている人たち(生活困窮者やひきこもりなど)の相談窓口である倉敷市の「生活自立相談支援センター」や、一時的避難施設であるシェルターを運営する「倉敷基幹相談センター」のほか、数々のNPO法人や同業の不動産会社からも入居できる物件がないか、相談が寄せられるそう。

居住支援では、支援が必要な人の不安を取り除くことと、オーナーや管理会社の不安を取り除くことの両面からのアプローチが必要だと、曽我さんは話します。

「支援が必要な人の不安を取り除くためには『気持ちに配慮した距離感』が必要です。住まいのご希望や転居理由などについては詳しくヒアリングしますが、住まいのマッチングに必要のないことにはできるだけ触れないようにしています。ヒアリングでは必ず各センターの支援員さんを通して話すようにし、直接相談者さんに連絡することはありませんし、お申し込みに至るまで、私から相談者のお名前や障がいの内容、借金の有無などを聞くこともありません」

親身に住まいの希望を聞くが、プライベートな話には立ち入らないように配慮して、相談者の不安を和らげることが大切(画像/PIXTA)

親身に住まいの希望を聞くが、プライベートな話には立ち入らないように配慮して、相談者の不安を和らげることが大切(画像/PIXTA)

「一方、入居後の近隣とのトラブルや滞納などを不安視するオーナーさんや管理会社に対しては、きちんと説明をしないと、後からだまされたと感じてしまわれたり、一度でもトラブルなどの対処で失敗してしまったりすると、二度と協力していただけない可能性があります。安心して任せていただくためにも、家賃保証会社の利用は必須です。そして、Face to Faceのコミュニケーションを大事にしています」

正しい知識を持ってより詳細な情報を伝えられるよう、曽我さん自身、FP(ファイナンシャルプランナー)や不動産コンサルティングマスターの資格を取得して知識向上にも努めてきたそうです。

「私がやらなければ困る人がいる」10年以上にわたる支援で見えてきた成果

街の小さな不動産会社が住まいだけでなく、家財道具やメンタル面にも踏み込んだ居住支援を行うのは簡単なことではないでしょう。曽我さんは「私がやらなければ、誰もやる人がいない。私がやらなければ、困る人たちがいる」という思いに突き動かされ、気がつけば10年以上が過ぎていたと言います。そして、曽我さんの周りの支援環境は少しずつ変わってきているようです。

「ここ数年で大きな支援団体だけでなく、大小さまざまな団体や、市の職員の方から直接お問い合わせをいただくことが多くなっています。支援は私一人ではとてもできることではありません。行政や地域の企業、オーナーさんなどさまざまな方たちとの連携によって、住宅確保が困難な人たちにも住み心地に配慮した住まいの提供が持続的に可能となったのです」

支援者やオーナーと密に連絡を取り、要支援者の暮らしをサポートしている(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

支援者やオーナーと密に連絡を取り、要支援者の暮らしをサポートしている(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

さらに、ほかにもいろいろな成果があると曽我さんは話します。

「オーナーさんへの説得や不安解消にと勉強したことが、今とても役立っていると思います。
建築の知識が身につき、お部屋を見に伺ったときにアドバイスなどもするようになった結果、自社管理物件以外の物件のオーナーさんにも顔を覚えていただき、直接、外壁塗装やリフォーム工事の依頼を受けるようになりました。2022年にはリフォームだけでおよそ1000万円を売り上げています。不動産売買のご相談も増え、自社所有物件については、ほぼ満室が続く状態です」

居住支援を継続していくには、収益についても考えていかなくてはなりません。
「そこが本当に大変なのですが、これら居住支援以外の事業収益とトータルでなんとかバランスをとっている」そうです。

「私がやらなかったら誰もやる人がいない、私がやらなければ困る人たちがいる」という想いに突き動かされて、10年以上居住支援に携わってきたという(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

「私がやらなかったら誰もやる人がいない、私がやらなければ困る人たちがいる」という想いに突き動かされて、10年以上居住支援に携わってきたという(画像提供/LIXIL不動産ショップエステートイノウエ)

2012年に生活困窮者への住まい斡旋(あっせん)を始め、2019年には家財道具の提供や自社物件への入居と居住支援に幅を持たせてきたLIXIL不動産ショップエステートイノウエ。街の不動産屋さんや電気屋さん、古物商など、私たちの近くにもありそうな普通のお店がタッグを組むことで「ここまでできるんだ」ということを見せられた気がします。

そもそも、入居できる部屋がなかなか見つからないからといって、どんな部屋でもいいわけではないのは当然のこと。入居を検討する人の希望が叶う「住みたいと思える部屋」は長期入居につながり、空室の解消や近隣とのトラブル回避だけでなく、入居する人の前向きな気持ちを引き出すことにも大きく貢献できるのだと感じました。

●取材協力
LIXIL不動産ショップエステートイノウエ

高齢化率30%の北九州市が居住支援のフロントランナーに。官民連携の理想モデルが全国で話題 市&NPO抱樸インタビュー

高齢者や生活困窮者の住宅確保と自立支援を一体的に進めるため、厚生労働省と国土交通省が連携して取り組む『地域共生社会づくりのための「住まい支援システム」構築に関する調査研究事業』実施自治体として、2022年度まで選定された全国5市の1つ、福岡県北九州市。かつて北九州工業地帯の中核として繁栄したこの街は、今は全国の政令指定都市の中で最も高い30%を超える高齢化地域となりました。同時に単身・高齢世帯は、オーナーや不動産会社が物件の提供を拒否する対象となりやすいことから、住宅確保問題の課題先進地域となっています。

事業実施自治体として選出された背景には、ホームレスや居住困難を抱える人たちに寄り添い尽力してきたNPO法人や困窮者問題に取り組む民間の不動産会社の存在と、行政との連携・協働体制がありました。全国から注目されるようになるまでの軌跡や北九州市における居住支援の今、そして今後の課題を当事者の皆さんに聞きました。

高齢化とともに拡大した「住まいの確保に困難を抱える人たち」

北九州市 建築都市局 住宅計画課の尋木さやかさんと樋口泰輔さん(取材当時、現在は別部署に異動)によると「北九州市において住まいの確保に配慮が必要な人の中でも特に増加しているのが、高齢者」だと言います。高齢者の単身世帯や夫婦のみで暮らしている世帯は市内に11万世帯を超え、高齢者のいる世帯の60%以上に達し、今後も増加が見込まれます。

「また、障がいがある人のうち、知的障がいと精神障がいのある人が2017年以降はおよそ2万6000人を数え、少しずつ増加傾向にあります。その一方で、市営住宅の世帯数に占める割合は2022年度末現在で全国の政令市平均の約2倍、管理戸数にして約3万2000戸程度あるものの、将来的な世帯数の減少予測などを踏まえ、2055年までに約2万戸まで減らす計画が進行中です」(北九州市 樋口さん)

北九州市の高齢者は年々増え続け、特に単身世帯や夫婦のみの世帯が増加している。また、障がいのある人の数自体は横ばいだが、知的障がいのある人、精神障がいのある人は増加傾向にある(資料提供/北九州市)

北九州市の高齢者は年々増え続け、特に単身世帯や夫婦のみの世帯が増加している。また、障がいのある人の数自体は横ばいだが、知的障がいのある人、精神障がいのある人は増加傾向にある(資料提供/北九州市)

市営住宅を減らしていくためには、すでに十分存在している民間の賃貸住宅への入居を増やしていくことも必要です。しかし、賃貸オーナーや管理会社の中には、孤独死や近隣トラブルなどを懸念し、高齢者や障がい者などの受け入れに消極的なところも少なくありません。市営住宅に安価で入居できていた人たちが、新たに居住困難に陥ることがないよう、貸し手の不安を軽減しながら、民間の賃貸住宅に入居しやすくなるような支援がますます必要です。

国のモデル事業に指定された、北九州市の居住支援とは

北九州市は、厚生労働省と国土交通省が行う『地域共生社会づくりのための「住まい支援システム」構築に関する調査研究事業』実施自治体に選定されています(他に2022年度までに選定されたのは神奈川県座間市、兵庫県伊丹市、宮城県岩沼市、石川県輪島市)

「2012年には、北九州市・居住支援団体・不動産関係団体からなる『北九州市居住支援協議会』を設立し、居住支援の体制をつくってきました。さらに市内の不動産会社に呼びかけ、高齢者や障がいのある人が安心して賃貸住宅を探せるよう協力する不動産会社を『住まい探しの協力店』として登録しています。住まい探しの協力店は高齢者世帯・障がい者世帯であることを理由に入居を拒むことはありません」(北九州市 尋木さん)

住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るために、2012年に北九州市・居住支援団体・不動産関係団体からなる北九州市居住支援協議会が設立された(資料提供/北九州市)

住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居の促進を図るために、2012年に北九州市・居住支援団体・不動産関係団体からなる北九州市居住支援協議会が設立された(資料提供/北九州市)

さらに北九州市では、居住支援協議会と居住支援法人とがより密接に連絡・連携を図るため、2022年2月に「居住支援法人連絡協議会」を設置しており、2022年度から会長及び副会長が委員として正式に居住支援協議会に参加しています。

北九州市では、居住支援法人の存在をより多くの不動産会社やオーナーに届け、理解を深め、住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居に協力を得られるよう、動画やリーフレットによる普及啓発活動も行っている(画像提供/北九州市)

北九州市では、居住支援法人の存在をより多くの不動産会社やオーナーに届け、理解を深め、住宅確保要配慮者の民間賃貸住宅への円滑な入居に協力を得られるよう、動画やリーフレットによる普及啓発活動も行っている(画像提供/北九州市)

NPOが行政に提言。「行政がやるべきこと」と「民間がやるべきこと」

市民協議会の発足などを先導してきた NPO法人の抱樸は、低所得層や高齢者への支援活動を行ってきました。

しかし、かつては、低所得者や高齢者、障がい者などへの福祉的な支援や対応について、抱樸と北九州市の福祉部門の間で意見がぶつかることもあったそう。転機となったのは、2003年に抱樸から「行政がやるべきこと」と「民間がやるべきこと」を提言書としてまとめて行政(北九州市)に提出したことだったといいます。

これを機に、行政と民間の協働が本格的に始まります。

「私たち抱樸は、最初にアパート5部屋を借り上げて、低所得者や障がいのある人が社会への自立を目指していくための『自立支援住宅』をつくりました。民間の団体がスピードをもって実践してみせた結果、その3年後に北九州市は自立支援住宅を参考に、50床を有し、24時間支援員を配置し、朝・昼・夕の3食を提供する『ホームレス自立支援センター』を立ち上げたのです。

民間だけでこれだけの規模の施設をつくることはとてもできません。行政ができることと民間ができることは違うので、これからの住宅問題においても、その間をどう繋げていくかの議論が重要になってくると思います」(抱樸 奥田さん)

北九州市が立ち上げたホームレス自立支援センター。抱樸に委託する形で運営されているが「ここまでの規模の支援施設を民間だけの力で立ち上げることは難しい、行政との協働が必要だ」と奥田さんは語る(資料提供/抱樸)

北九州市が立ち上げたホームレス自立支援センター。抱樸に委託する形で運営されているが「ここまでの規模の支援施設を民間だけの力で立ち上げることは難しい、行政との協働が必要だ」と奥田さんは語る(資料提供/抱樸)

2017年以降、支援の実務を担う抱樸は、居住支援の枠組みを作る組織「北九州市居住支援協議会」に、居住支援法人としてオブザーバー参加。行政と民間の繋ぎ役として、新しい一歩を踏み出します。さらに2019年ごろからは福祉部門だけでなく、北九州市の住宅部門とも協働するようになりました。北九州市内の居住支援法人の代表として行政と民間を繋ぐ役割を果たし、現在、奥田さんは先に紹介した「北九州市居住支援法人連絡協議会」の会長としても活動を続けています。

地域の不動産会社との連携で、民間の賃貸住宅を提供しやすくなる仕組みづくり

さらに抱樸は、先で紹介した「自立支援住宅」を皮切りに、社会生活に困難を抱える人たちの状況に応じたさまざまな形態の住まいを提供してきました。自分で生活できる人に対しては入居できる住宅の提供を、生活の支援が必要な人には24時間生活支援付きの共同居住施設を運営しています。

しかし、奥田さんは「高齢者や障害のある人、ひとり親家庭など、住まいを必要とする人が多様化するなか、多くの人に必要なのは、ただ家を提供するのではなく、社会とのつながりを支援する住宅と暮らしの一体型支援」だと考えています。そこで行き着いたのが、「地域居住型」の居住支援でした。

抱樸が行っている居住支援。利用者の状況によって提供する支援も変わるが、図のBのような、住宅と一部見守りや互助支援で社会参加を支える「地域居住型」のニーズが高まっているという(画像提供/抱樸)

抱樸が行っている居住支援。利用者の状況によって提供する支援も変わるが、図のBのような、住宅と一部見守りや互助支援で社会参加を支える「地域居住型」のニーズが高まっているという(画像提供/抱樸)

地域居住型の住宅支援は、住まいの確保に困難を抱える人たちが一般の民間賃貸住宅に入居し、地域に見守られながら支援を受けて暮らしていくものです。この形態を維持しながら運営し続けるためには、人手もお金も必要です。また、民間企業の理解や協力も欠かせません。

北九州市で不動産業を営んでいる田園興産は、1981年ごろから北九州市内でワンルームマンションを中心に住宅を供給している会社です。田園興産の代表・田園直樹さんは、抱樸から「住宅の確保に配慮が必要な人が入居できる住宅を提供してもらえないか」との相談に、自社の所有する築30年超えのマンション60室を「家賃は通常家賃の6割、入居者が入ってからの家賃支払い」という条件で、抱樸にサブリース(一括借り上げ)形態で物件を貸すことにしました。

「本来、サブリースは、管理者が複数の住戸を一括で借り上げてオーナーに定額の家賃を支払う方式なので、空き部屋が出ると管理者(このケースでは抱樸)がリスクを負うことになります。田園さん(オーナー)が居住支援に対して理解があり、抱樸にとってリスクの小さい条件設定をしてくれたおかげで、公的な資金に頼らずに支援費を出すことができるようになりました。3万円の家賃の物件を抱樸が2万円で借り上げ、その差額が入居者の生活支援を行うスタッフの人件費などに充てられています」(抱樸 奥田さん)

これにより抱樸では、性別や年齢、収入などにかかわらず、多様な人たちを受け入れることができるようになりました。

プラザ抱樸など借上型支援付住宅は、抱樸が家主(オーナー)からマンションを借り受け、入居者に部屋を提供するサブリース型。入居者が支払う家賃から、見守りなどの支援費用が充てられる(画像提供/抱樸)

プラザ抱樸など借上型支援付住宅は、抱樸が家主(オーナー)からマンションを借り受け、入居者に部屋を提供するサブリース型。入居者が支払う家賃から、見守りなどの支援費用が充てられる(画像提供/抱樸)

しかし、この破格の条件は、企業の事業として成立するのでしょうか。

「奥田さんから物件を貸してほしいとお話をいただいたのはちょうど、建設時の融資の返済が終わった時期です。マンションが古くなり空室も多くなっていたため、そのままで部屋の状態が悪くなっていくよりも、どなたかに住んでもらったほうが良いと考えました。借金の返済が終わっていたので、『6割の家賃』でも『入居してから家賃発生』でも当社が損をすることはなく、事業として問題はなかったのです」(田園興産 田園さん)

ただし「田園興産のような会社は稀有」だと奥田さんは話します。一般的な物件の管理契約では、オーナーの考えや、すでに入居している人たちへの配慮などにより、入居できる人が限られてしまう可能性もあります。そのため抱樸は、一括借り上げのマスターリースという方法を選択することで、審査を自分たちで行い、オーナーの意志に大きく影響されずに住まいを必要とする人が入居できるようにしたのです。

見守り支援付き住宅「プラザ抱樸」は、先の画像で「B2.借上型支援付地域居住」として運営しているもの。抱樸が一括で借り上げて管理することで、オーナーの意志に影響されることなく、どのような人でも入居できるようになった(画像提供/抱樸)

見守り支援付き住宅「プラザ抱樸」は、先の画像で「B2.借上型支援付地域居住」として運営しているもの。抱樸が一括で借り上げて管理することで、オーナーの意志に影響されることなく、どのような人でも入居できるようになった(画像提供/抱樸)

今後は「支援付き住宅」ではなく、「住宅付き支援」が必要

奥田さんは、今後の居住支援は、福祉と住宅の連携がますます必要になってくるといいます。

「福祉に携わっている人は、不動産の取引や法制度についてよく知らない人が多く、不動産業界の人は福祉のことをほとんど知りません。お互いの領域を勉強していかないと、理解し合うことができずに話が進まなくなってしまいます。

そして、机上の会議や勉強会を行うのではなく、いま目の前の困っている人にどう対応するか、実際に動いていくことが大事です」(抱樸 奥田さん)

また、日本の社会保障制度は、家族がいてその支えがあることが前提となっていますが、実際は総世帯のおよそ40%が、いざというときに支える家族や相談できる相手がいない単身世帯です。

日本の医療や介護といった社会保障制度は家族がいることが前提だが、現在は40年前とは違い、総世帯数のおよそ40%が単身世帯というのが現実(画像提供/抱樸)

日本の医療や介護といった社会保障制度は家族がいることが前提だが、現在は40年前とは違い、総世帯数のおよそ40%が単身世帯というのが現実(画像提供/抱樸)

この現状を踏まえ、奥田さんは今後の居住支援のあり方に関しても提言します。

「これからの居住支援は、身内に頼れない単身者を社会とどうつなげていくかを真剣に考えなければなりません。これまで当たり前のように家族が担ってきた機能をこれからは社会が担う『家族機能の社会化』を目指すべき、というのが私の考えです。これからは私たちのような第三者が単身者と社会とをつなぐ役目を果たしながら、新しい民間のあり方や制度が必要とされています」(抱樸 奥田さん)

家族や企業の支援が前提の従来の日本型社会保障制度では成り立たなくなっている。家族や企業の支援が受けられない人たちを取りこぼさない、新しい支援や制度が必要(画像提供/抱樸)

家族や企業の支援が前提の従来の日本型社会保障制度では成り立たなくなっている。家族や企業の支援が受けられない人たちを取りこぼさない、新しい支援や制度が必要(画像提供/抱樸)

「住まいにおいては、これまでのように生活支援と住宅をセットにした『支援付き住宅』だけではなく、切れ目のない伴走型の支援の中でその時々に合わせた住まいを提供する『住宅付き生活支援』という考え方へのシフトが必要です。その実践のためにはより多くの低廉な民間賃貸住宅が必要で、先のサブリース形態やオーナーさんが福祉部分をアウトソースするような形が有効に働くと考えます。不動産会社、とくに管理会社にとってこれはビジネスチャンスにもなり得るのではないでしょうか」(抱樸 奥田さん)

奥田さんの言葉に、居住支援と福祉は決して別々に考えることはできないことを改めて認識しました。

住まいの確保に困難を抱える人たちの支援を定めた住宅セーフティネット法を、空き家や空室を活用し減らすための法律と捉える自治体も多いようですが、居住支援とは、住まいを提供するだけのものではありません。社会的な孤立や孤独をどう防ぐかが、奥田さんが目指す「助けを必要としている人が『助けて』と言える、助け合える街。誰もが一人にならない、誰もが安心して暮らせる街」を実現する鍵となるのではないでしょうか。

そのためには行政がつくる土台を前提に、支援が必要な人たちに寄り添い、継続して支援するNPO法人や民間企業が果たす役割は大きいと感じました。

特に高齢化と単身化が進む日本で、これまで身内が担ってきたケアを支援や制度でどうカバーしていくのか、住宅付き生活支援型の居住支援が全国規模で実現する日が来るのか、北九州市の居住支援、今後の展開にも目が離せません。

●取材協力
・北九州市
 北九州市居住支援協議会
 居住支援法人に関する情報提供
・NPO法人 抱樸
・株式会社田園興産

シェアハウス等でシングルマザーや障がい者に伴走する、まちの不動産屋さん。農園や食堂併設で支え合い、雇用創出も 神奈川県伊勢原市・めぐみ不動産コンサルティング

めぐみ不動産コンサルティングは、まちの不動産屋さんでありながら、社会生活が困難な状況にある人の住居・福祉・仕事を包括的にサポートできるようにと、シングルマザー向けシェアハウスの運営や障がい者グループホームの運営をしています。まちの不動産屋さんが、なぜ生活に困難を抱える人たちを支える取り組みをしているのでしょうか。そこには「自身の原体験がある」と話す創業者の竹田恵子さん。これまでの事情や、事業の現在、これから取り組むべきことについて話を聞きました。

シングルマザーにとって、家を探すことが困難だと気づいた

神奈川県伊勢原市。都心から電車で1時間ほど、田畑が目の前に広がるのどかな住宅街です。この街にあるのが「めぐみ不動産コンサルティング」。伊勢原市近郊にて不動産の賃貸や売買を行う会社です。不動産事業以外にも、シングルマザーをサポートするシェアハウスや社会福祉施設の運営サポート、就業支援、農園の運営や食事支援など、「困った人の拠り所」となる取り組みを行っています。

創業者の竹田恵子さんは、「もちろん不動産の賃貸や売買もしますが、半分は人と人をつなげるボランティアのような感じ。人との距離が近くなって家族が増えているように感じるのが嬉しい」と笑います。竹田さんの優しさは、住居や仕事、社会復帰に悩みを抱える人たちにとって、あたたかい布団にくるまったかのような温もりが感じられるのでしょう。

めぐみ不動産コンサルティングが母子シェアハウス事業を始めたのは、2016年のこと。始まりはニュースを見て母子家庭の貧困がこんなにも切実だという事実を知ったことでした。折しも自身もシングルマザーとして、不動産会社を経営しながら必死に子育てをしている最中。

大家族の母のような優しくあたたかな雰囲気の竹田さん(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

大家族の母のような優しくあたたかな雰囲気の竹田さん(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「困っている人たちが支え合い、少しでも安らぐことができるあたたかな環境をつくりたい」。そう考え、ひらめいたのがシングルマザー向けのシェアハウスでした。しかし当時、市内にはシェアハウスが一つも存在しませんでした。専用物件の購入を検討しても、シェアハウスの運営に対して事業の持続性や、家賃収入をコンスタントに得ることができるのか、というリスクや不安を感じている銀行から融資が下りない日々。

そこで恵子さんは子育てに理解のある幼稚園経営者の知人から一軒家をマスターリース(一括賃貸)し、シェアハウス運営を始めます。

多様なタイプのシェアハウスがそろう

運営するシェアハウスは2種類。女性専用の「めぐみハウス東大竹I」と、男女共に入居可能で、上下階で暮らしが別世帯に分かれた「めぐみハウスたからの地」です。現在子どもを含めて8世帯13人が暮らします。

「めぐみハウス東大竹I」外観。およそシェアハウスとは思えないゆとりのある姿(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」外観。およそシェアハウスとは思えないゆとりのある姿(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

各世帯が利用できる収納、キッチン、浴室など一般的なシェアハウスよりもゆとりのある設計ながら、家賃は月額38,000円~46,000円(同居する子どもの家賃費用は人数当たりで別加算)。50,000円のデポジット(保証金・一時預かり金)は必要ですが、保証人は不要です。

「めぐみハウス東大竹I」の間取図。1階・2階合わせて8室に共用スペースが備わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」の間取図。1階・2階合わせて8室に共用スペースが備わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

入居する人たちには、離婚や未婚、独身や独居で誰かと共に暮らしたいなど、さまざまな事情があります。以前は「家賃が割安で住めるから」と選択されることが多かったシェアハウスの価値が、最近では変化をしているそう。特にコロナ禍で、人との関わりが欲しいとあえてシェアハウスに入居を希望している人が増えたそうです。入居希望者の中には、「一人っ子のためにシェアハウスで兄弟体験をさせたい」という人も。

「2016年のシェアハウス開業当時は、伊勢原という土地柄からか、仕組みに対して認知度がなく、『シェアハウスって見知らぬ人との共同生活だし、安全面など大丈夫なの?』と不安に感じるようで。入居してもらうのに苦労しました。ひとり親は収入が低かったり、DVで逃げてきた場合は連帯保証人になってくれる人がいないなど、家賃保証面がクリアできず、借りることができる賃貸住宅の選択肢がなく、仕方がなくシェアハウスに入居したという人も。しかし徐々にシェアハウスの認知も上がり、これまでにシングルマザー20組弱が入居してくれています」(竹田さん、以下同)

「めぐみハウス東大竹I」のエントランス。シューズボックスの収納量にも複数の世帯が生活できる余裕を設けている(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「めぐみハウス東大竹I」のエントランス。シューズボックスの収納量にも複数の世帯が生活できる余裕を設けている(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

一方で、シェアハウスが合わないといって退去していった人も。共同生活を営むため、それぞれの人に雰囲気や生活スタイルに合う・合わないがあるのはやむを得ないことです。そのため、竹田さんは事前に必ず面談をすると話します。

「入居する前に必ず2時間ほどかけて面談をして、互いの信頼関係をつくっていきます。面談を通してお断りすることも。社会でしっかり自立した生活を営んでいきたい、仕事に復帰したいという人の背中を押したいからです」

こうやって信頼関係をつくることで、家賃は6年間未払いなしだというから驚きです。

「家賃の支払いが遅れるなら事前に言ってね、と声がけをするようにしています。またお仕事をしておらず支払能力を獲得しようと励むお母さんには『お仕事どう?』と声がけして様子をうかがうことも。信頼をしているからこそ、家賃の支払いについてはじっと待つスタンスを保つように心がけています」(竹田さん)

誰もが孤立しない、安心した暮らしとつながり

ある日、神奈川県の行政担当者から竹田さんに連絡がありました。話を聞くと、シェアハウスの取り組みがメディアに取り上げられたことをきっかけに、めぐみ不動産コンサルティングの存在を知ったそう。この出会いからめぐみ不動産コンサルティングは「住宅確保要配慮者の居住支援法人」としての推薦を受けることになりました。

そして、竹田さんは居住支援法人としての活動を通じて「ひとり親だけではなく、高齢者や障がいを抱える人も複合的に住居や暮らしに困っている状況」ということを知るのです。「家だけではなく総合的に支援できる環境をつくれたらいいのでは?」と思い立ったのが、複合的なビジネスを始めるきっかけに。

「『社会に出てみてうまくいかなかったら、またうちに帰ってきたらどう?』そう言える安心の材料や、場所をつくってあげたかったんです」

その後、竹田さんは障がい者支援のため、パートナーと一般社団法人ワンダフルライフを立ち上げ、グループホームを9棟(うち1棟はリフォーム中)と無農薬野菜を栽培する「めぐみ農園」を開設します。さらに今後2023年7月には障がい者の就労継続支援B型作業所「ワンダフルワークス」の開設と子ども食堂「めぐみキッチン」をオープンする予定です。

グループホーム「ワンダフルワークス」外観(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

グループホーム「ワンダフルワークス」外観(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

めぐみ不動産コンサルティングの事務所前では「めぐみ農園」でつくった季節の野菜を販売している。グループホームの食材としても使用(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

めぐみ不動産コンサルティングの事務所前では「めぐみ農園」でつくった季節の野菜を販売している。グループホームの食材としても使用(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

グループホームで助け合いながら暮らす。そしてそこで仕事をしながら、併設の食堂や畑では就労や食事、交流もできる。暮らす×働く×食べる×交流、というお互いの仕組みが混ざり合い、補完をする循環型の仕組みになりました。
理想的なスタイルである一方、特にシェアハウス事業は、単体では事業収支的にも大きく利益が出るとは言い難い状況です。さらに入居者であるひとり親世帯を継続的に集客し続けることや新たな建物・施設の確保が資金条件的に難しかったり、DV被害や精神疾患などハードな状況で入居するお母さんも多くてサポートしきれない、といった理由で撤退をしていく事業者も。

障がい者グループホーム「ワンダフルライフ」のリビングダイニング。広々とゆとりのある空間です(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

障がい者グループホーム「ワンダフルライフ」のリビングダイニング。広々とゆとりのある空間です(写真提供/一般社団法人ワンダフルライフ)

竹田さんも「ある意味、薄利多売な感じ。複数の棟を所持するから成り立っているし、どうしても拡大するまではしばらく経営が苦しいのです。ここを乗り切れなくて事業閉鎖をする人も多いです」と居住支援の現実について話します。

また、オーナーから建物をマスターリース(一括賃貸)する際、シェアハウス利用という点に「大勢の入居者が同居することで室内が荒らされたりしないか、近隣に迷惑がかからないよう生活の統率が取れるのか、と難色を示されがち」と課題を指摘します。それゆえに竹田さんは所持するシェアハウスと、グループホームのほとんどを自社で購入して賃貸しています。

あの時の自分の苦しみがよぎる

それでもなお社会生活に困難を抱える人たちを支援する事業を続けているのはどうしてなのでしょう。不動産事業だけを行うほうが順調なのかもしれません。竹田さんは「困っている人をほっとけなかった。あの時に自分が感じた言いようのない不安が重なってしまい……」と振り返ります。

自身が離婚をしてシングルマザーになった時代。「とにかく自分の子どもを食べさせていくために稼がなきゃ」とがむしゃらに働いていました。市や国の補助やサポート制度などを探す余裕もない状況です。

そんなある日、ちょっとした身体の違和感を感じて病院で検査をします。ことなきを得ましたが、こうした経験を経て「私が死んだら子どもたちはどうなる?」という不安を色濃く感じることに。初めてその時に住まいの確保、家があることの重要性について深く考えることになります。

シェアハウスに居住するメンバーとスタッフで野菜収穫イベントなども行う(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

シェアハウスに居住するメンバーとスタッフで野菜収穫イベントなども行う(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「もし自分がもっと助けてもらえる手段があると知っていたら。そして手を差し伸べてくれる場所や人とのつながりがあったら、困らなかっただろうな。と今になって思うのです。だからこそ誰かを助けたい。それが私の原動力です」

このような竹田さんの取り組みに助けられ、シェアハウスを卒業して一般賃貸住宅に移り住んでいった人もいます。「安心して寝られて、相談できる相手がいて、自分の将来が描けるようになると、みんなだんだん強くなる」そう。もちろん一般賃貸住宅を探すときも竹田さんが不動産会社として仲介し、相談に乗り続けているので、卒業した後も農園のイベントやお手伝いに卒業したひとり親世帯が遊びに来ることも。

「私にとって、シェアハウスに居住する人たちはみんな子どもや孫のような存在。彼ら彼女らが社会に巣立ち、そして互いに助け合える関係であることが、今望んでいることです」

竹田さん自身も積極的に子どもたちに関わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

竹田さん自身も積極的に子どもたちに関わる(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

しかしシェアハウス事業の中でも、特にシングルマザー専用のシェアハウスは、日本の中でも普及の速度が鈍重な印象です。特に竹田さんが開設した2016年当初はほとんど周囲にそうした事例がありませんでした。だからこそ全国の限られたシェアハウス運営事業者は、お互いにつながりを持ち、互いの知見を交換しながら今日まできたそうです。

季節のイベントも事業主や入居者主体で実施。この日は豆まきを行った(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

季節のイベントも事業主や入居者主体で実施。この日は豆まきを行った(写真提供/めぐみ不動産コンサルティング)

「同じことで困っている人たちはちゃんと共感しているし、連携しています。ここ数年は、居住支援協議会やNPOの仲間を通じて、困っていることを事業者からも相談ができるようになったので、志を持って担っている事業者の運営状況が少しずつ明るくなっていくことを願っています」と竹田さんは力強く語りました。

これまで竹田さんが話してくれたように、住まいの確保だけでなく、社会生活に困難を抱えるのは母子だけではありません。立場や年齢によらず、困っている人が存在することは確かな事実でした。

竹田さんは「だからこそ今後、福祉との連携がより必要です」と話します。今後は「シングル」だから「高齢者だから」「障がい者だから」と区切るのではなく、さまざまな社会的困難を抱える人もそうでない人も、みんなが支え合える環境が理想だと感じます。それこそが誰もが生きやすい社会なのでしょう。めぐみ不動産コンサルティングの取り組みはこれからの暮らし方、住まいのあり方として、一つのモデルを見せてくれているようです。

●取材協力
株式会社めぐみ不動産コンサルティング

障がい者の部屋探しの苦労を知るからこそ伴走したい、社長・従業員の家族が障がいのある不動産会社。病院付き添いなど入居後もサポート 足立区・メイクホーム

障がいのある人(精神障がいのある人や車椅子の人)が賃貸物件に入居したいと考えたときには、物件探し、入居手続き、そして入居後の生活にも多くの壁があるようです。これらの壁を乗り越えるため、住まい探しから、保証人対応、物件の改修、病院の付き添いまでさまざまなサービスを提供する不動産会社があります。メイクホーム(東京都足立区)の障がいのある人への取り組みについて紹介します。

障がいのある人がぶつかる壁とは

障がいのある人とひと言で言っても、その状態は人によってさまざま。住まい探しには、その人の特徴に合った条件が求められます。視覚障がいのある人であれば、駅から近く、歩いていても事故に遭う心配がないよう歩道があり、道幅の広い道路に面した物件が良いでしょう。また、聴覚障がいのある人であれば、玄関のインターホンの音が聞こえないので、来訪者があることを目で確認できるライトなどの機器を設置する必要があります。

「車椅子でも暮らせるバリアフリーの物件は、場所や条件によりますが、都心であれば最低でも14万円ほどすることが多いです。しかしその家賃が払える人ばかりではありません。障がいのある人で、家族もおらず、生活保護を受けている人は、家賃補助の上限金額である53,700円(東京都一人世帯の場合、また車椅子利用者など特別に部屋探しが困難と認められた場合は69,800円)よりも低い家賃で借りられる物件を探さなくてはならないので、物件は限られます」(メイクホーム石原幸一さん、以下同)

ほかにも内見の際、車椅子を利用する人は一人もしくは二人の介助者が必要だったり、車椅子が物件の床や壁を傷つけないように養生をしなければならなかったりと手間がかかります。障がい者が暮らしていくには、オーナーや近隣に住む人の理解も必要で、一つひとつ状況を説明していくことも欠かせません。
必要とされる対応を知らないことでトラブルに発展する可能性がある上に、仲介手数料や管理費は法や相場から外れた金額にはできないため、対応できる不動産会社が限られているのが現状です。

障がいがある人も、その特徴はさまざま。住まい探しも、その人に合った物件を探す必要がある(画像/PIXTA)

障がいがある人も、その特徴はさまざま。住まい探しも、その人に合った物件を探す必要がある(画像/PIXTA)

社長自身や従業員の家族に障がいがあるからこそ、親身になれる

石原幸一さんが代表を務めるメイクホームは、障がい者や高齢者など、住まい探しが困難な人たちの住まい探しに特化した不動産会社。利用者は約50%が障がいのある人たち、そして残りの50%は高齢者や低所得者など、住宅確保に何かしらの困難を抱えた人たちです。

「不動産会社を始める前から別の事業で障がい者を雇用していたのですが、事業の縮小に伴い、従業員の次の仕事や住まいを探す必要がありました。仕事はすぐに見つかっても、障がいのある従業員が住めるところを見つけるのは大変でした。それがきっかけで障がい者や住宅確保に配慮が必要な人たちの住宅事業に取り組むようになったのです」

石原さん自身も、3年ほど前から視覚障がいがあります。そしてメイクホームで働くスタッフのなかには、石原さんのSNSでの発信や講演会で話を聞いて、集まってきた人も。小さいころから弟に障がいがある人や親戚が発達障がいでなかなかグループホームが見つからない人、また自身ががんを患っていたり、外国人だったりなど、メイクホームに相談に来る人たちと近い立場にいるスタッフが多いそうです。だからこそ、相談者の痛みがわかるのだと、石原さんは言います。

石原さん(左)と盲導犬を連れてメイクホームを訪れた視覚障がいのあるお客さま(右)。自身や家族との体験があるからこそ、抱える痛みや必要なサポートがわかり、相談に来る人たちに寄り添うことができる(写真提供/メイクホーム)

石原さん(左)と盲導犬を連れてメイクホームを訪れた視覚障がいのあるお客さま(右)。自身や家族との体験があるからこそ、抱える痛みや必要なサポートがわかり、相談に来る人たちに寄り添うことができる(写真提供/メイクホーム)

「楽な仕事ではないし、私も従業員に厳しいことも言いますよ。でも辞める人はほとんどいません。障がいによってできることが限られていてもいいんです。人を憎んだり、暴言を吐いたりするような人でないこと。そしてコツコツと努力をする人であれば、仕事はできます」

「壁を乗り越えるには」を追求して広がったサービス

石原さんは「メイクホームの事業の中心は不動産業ではなく、福祉や生活支援」だと言います。自立したいと願う障がい者や、住まい探しに困っている人、一人ひとりに対応していくためにできることをやっていった結果、不動産、リフォーム、引越し、トラブル解決……と、さまざまな事業につながっていったそうです。

居住支援法人でもあるメイクホームは、生活保護を受ける人にも必要なサービスをワンストップで受けられる事業を展開している(画像提供/メイクホーム)

居住支援法人でもあるメイクホームは、生活保護を受ける人にも必要なサービスをワンストップで受けられる事業を展開している(画像提供/メイクホーム)

「私たちが大事にしていることは、何か連絡があったら、断らずに必ず駆けつけるということです」

例えば、DV被害者の人が大阪から東京に逃げてきても、東京に住民票がないので東京都のDV被害センターでは受け入れができません。そこで、石原さんたちが一時的に受け入れをしたこともあったそう。国や地方自治体が法律に縛られてできないことにも支援の手を差し伸べています。

「入居者が倒れて動けなくなったときに備え、室内に赤外線システムを活用した機器を取り付けたり、従業員が1都3県の管理物件を定期的に回ったりするなど、早期発見の策を講じています。家賃保証会社を利用する際に必要になる緊急連絡先のなり手がいない人には、家族などの代わりに連絡を受けて対応する『緊急連絡先協会』も立ち上げました。また、有料で葬儀保険や万一の場合の残置物処理も行っています」

家賃の連帯保証人に代わり、家賃保証会社を利用するケースが増えているが、緊急連絡先が必須となることがほとんど。頼める家族がいない人の入居促進のために、緊急連絡先協会の立ち上げが必要だった(画像提供/メイクホーム)

家賃の連帯保証人に代わり、家賃保証会社を利用するケースが増えているが、緊急連絡先が必須となることがほとんど。頼める家族がいない人の入居促進のために、緊急連絡先協会の立ち上げが必要だった(画像提供/メイクホーム)

そして今後は行政とも協力し、入居者が倒れる前に人感センサーで異常を察知して救出する仕組みをつくろうと準備をしている最中。メイクホームの事業はますます広がりを見せていくようです。

事業として成立させるため、リスク回避のために

数多くのサポートやサービスを整え、必要な居住支援を行うには手間もかかります。会社として事業は成り立つのでしょうか。

「私たちが居住支援を行う不動産会社として事業を継続するために取り入れている特徴的なスキームは『完全管理システム』です。築古などで空室になっているアパートを、投資家から預かった資金でバリアフリーにしたり、手すりを付けたりしてリフォームし、住まいを必要としている人に提供します。

入居者から家賃を回収したり、何かトラブルがあったとしても全ての対応は当社が行い、オーナーさんには入居者がどのような人か、障がいの内容や詳しい事情については一切伝えません。その代わり、確実に家賃としての収入を確保するというものです」

住宅の確保に配慮が必要な人たちは、ひんぱんに引越すことは少なく、一度入居したら長く住み続けることが多いそう。例え空室が出ても、住まいを確保できずに困っている人はたくさんいるので、すぐに次の入居者が見つかるのもオーナーにとってのメリットだと石原さんは言います。

半面、家賃滞納や孤独死、近隣とのトラブルなど、オーナーが不安に思うリスクは全てメイクホームが負います。この方法で、空室率は2%以下を保っているそうです。

「一見、サブリース(不動産会社などが、土地や建物のオーナーから不動産を一括して借り上げて事業展開する形態)のように見えますが、サブリース物件はほとんどありません。事業者が収益をコントロールしやすいサブリース契約よりも管理費のみをいただく管理委託契約のほうが、一般的にはオーナーの収入が増えることが多く、ひいてはより多くの入居者を受け入れることにつながると考えています」

メイクホームの完全管理システム。メイクホームが利用者とオーナーの間に入り、入居者の募集と契約、家賃回収、建物の原状回復やリフォーム、さまざまなトラブルの解決と管理業務の全てを代行する(画像提供/メイクホーム)

メイクホームの完全管理システム。メイクホームが利用者とオーナーの間に入り、入居者の募集と契約、家賃回収、建物の原状回復やリフォーム、さまざまなトラブルの解決と管理業務の全てを代行する(画像提供/メイクホーム)

住宅・不動産業界全体に支援の輪を広げる

メイクホームは、1都3県を対象エリアとして事業を展開していますが、全国のあらゆる地域でこのようなサポートを望む声は多くあります。そこでより多くのエリアに取り組みを広げるため、志を同じくする仲間を募集し、フランチャイズ事業を始めました。研修を行った上で、行政から直接相談を受けられる体制を整え、メイクホームが提供してきたサービスを展開します。石原さんによれば「必要なのは、優しさとお客さまを思いやる気持ち、そして共感する心」だそう。

一方、地方では空室率が30%を超える地域もあり、このままではアパート経営が続けられなくなるかもと不安を抱えるオーナーも増えています。今や3人に1人は高齢者という時代。さらに高齢化は進むと考えられ、高齢者や障がい者など、これまでオーナーが入居を敬遠しがちだった人たちをも受け入れることが必要になっていくでしょう。

「今後、住まいは箱、ハードとしての問題よりも、入居する人たちを支える福祉などのサービス、ソフトの問題が大きくなってくる」と石原さんは考えます。介護・看護や見守りが必要な人たちへのケアと不動産事業が合体したメイクホームのような事業展開が全国規模で必要なのです。

自治体からの要望を受け、オーナー向けの講演を行うことも。石原さんは「これまで培ってきたノウハウを積極的に広めていきたい」と話す(写真提供/メイクホーム)

自治体からの要望を受け、オーナー向けの講演を行うことも。石原さんは「これまで培ってきたノウハウを積極的に広めていきたい」と話す(写真提供/メイクホーム)

そして、石原さんの訴えは、少しずつ社会にも変化をもたらしているようです。

「各メディアから出演依頼が定期的にあり、地方自治体のセミナーの参加者も年々増えています。オーナーさまからもどのようなリフォームをしたら障がい者の受け入れがしやすくなるのか、などの質問が多く寄せられるようになりました。私たちの居住支援の取り組みを知り、自分も取り組もうという意志のある方や活動に共感していただける方が増えてきていると感じます」

これまでにメイクホームに相談して住まいを見つけた人は、精神疾患のある人、聴覚障がい者、視覚障がい者、車椅子生活者など、さまざま。「多くの不動産会社から断られたが、メイクグループに相談をして希望通りの部屋を見つけてもらった」「携帯電話や住民票の手続きをサポートしてくれ、引越しも引き受けてくれた」「車椅子で生活できるよう、段差の少ない物件を探してくれた。内見の際も毎回車椅子を積んで病院まで迎えにきてくれた」など、感謝の声がたくさん寄せられています。

相談した人たちの「寄り添って共に取り組んでくれた。本当に心強い味方だ」という言葉に、メイクホームの居住支援の本質が表れているのでしょう。

メイクホームでは、SUUMOと協力して視覚・聴覚障がい者がネットで内見できる動画を作成するなどして新しい物件紹介の方法を模索したり、スマートウォッチの装着によって入居者に異常があった際に自動通知を行う仕組みづくりを検討したりしています。さらに大手企業や行政とも連携してバリアフリーや点字ブロックの設置を進めるなど、障がい者や高齢者も暮らしやすいコンパクトな街づくりを目指していきたいと考えているそうです。

しかし、住まいの確保には物理的な問題、何かトラブルが起きた際の対応だけでなく、未だ差別や偏見も存在するとのこと。石原さんは、子どものころから、障がいのある人とそうでない人が一緒に学べる、インクルーシブ教育が必要だと言います。人間の多様性を尊重し、障がいがある人もない人も、自然に近くにいることが当たり前だと思える社会をつくることこそが真のバリアフリーな社会につながるのかもしれません。

「広く大勢を助けることは難しくとも、せめて目の前にいる困った人は助けたい」。これが石原さんが常に持ち続ける思いです。私たち一人ひとりがこのような思いを少しずつでも共有できれば、世の中はもっと優しくなれるのではないでしょうか。

●取材協力
メイクホーム株式会社

世田谷区でも高齢者世帯増の波。区と地元の不動産会社が手を組み、安否確認、緊急搬送サービスなど入居後も切れ目ない支援に奔走

住宅確保が難しい人の住まい探しやその後の生活をサポートするため、行政をはじめ、NPO 法人や企業など、さまざまな団体・組織が連携をとりながら支援を行う動きが見えつつあります。問題に対して本質的な解決を行うためには、包括的なサポート、主体的なアプローチ、関係組織との連携は欠かせません。そこで各所で新しい動きが見られる東京都世田谷区の取り組みについて、連携する不動産会社の1社であるハウジングプラザの対応も含めて紹介します。

あらゆる人が気軽に相談できる場を。「住まいのサポートセンター」の開設

「SUUMO住みたい街ランキング首都圏版」(リクルート調査)の住みたい自治体ランキングでは2018年から先日発表された最新の2023年までずっと2位にランクインしていて、東京都23区の中でも人気の高い街の世田谷区。しかし、区内在住の高齢者の割合は、2020年が20.4%なのに対し2042年は24.2%になる見込みで、全国平均よりは低いものの、高齢化が進んでいます。高齢者のみの世帯も増加傾向にあり、ほかにも障がい者やひとり親など、住宅選びの際にサポートを必要としている人も多くいます。

世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)

世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)

一方で、このような住宅確保要配慮者に対し、賃貸物件のオーナーや管理会社が入居を拒むことも少なくありません。近隣住民等とトラブルが起きるのではないか、という不安や万が一の際の残置物処理の負担への懸念があるからです。区では、住宅の確保に配慮が必要な人向けに区営住宅も提供していますが、戸数には限りがあるため、民間の賃貸住宅を活用していくことが必要です。

このような状況を見越して、世田谷区では2007年4月に住まいの確保が困難な人を支援する「住まいのサポートセンター」を開設。民間の組織と協働して住宅の確保や入居を円滑に進めていくことを目指して、高齢者、障がいのある人、ひとり親世帯など住宅の確保に配慮が必要な人たちの支援を行っています。

センターが提供する「お部屋探しサポート」は、区と不動産店団体とが連携協定を結び、区内の民間賃貸住宅の空き室情報を提供する事業です。センターに来訪する人に約1時間、センターの職員と不動産会社の担当者が一緒に相談に乗り、物件探しや内覧の手配など、相談者のサポートにあたります。

住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)

住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)

世田谷区によると「相談者は、建物取り壊しのため立ち退きを余儀なくされたものの、高齢を理由に転居先が見つからない人や、体調を崩して働けなくなり、生活保護を受給するにあたって賃料の安い住宅に引越す必要が生じた人など、さまざま」だと言います。多様な背景を抱えながら住まいの確保に困難を感じる人が窓口を訪れ、2021年度は261名の人がお部屋探しサポートを利用したそうです。

関連記事:百人百通りの住まい探し

生活保護を受給する人の住まいの選択肢を広げた、地域の不動産会社ハウジングプラザの取り組み例

住まいサポートセンターで職員と一緒に窓口相談を担当する不動産会社の一つ、ハウジングプラザ 福祉事業部の波形孝治さんと小林慶子さんは、月に1回、3~4人の相談を受けています。区から「生活に困っている人に部屋を紹介してほしい」と相談を受けるようになったのがおよそ7~8年前。以来、ハウジングプラザでは住まい探しに困っている人、特に生活保護を受けている人への支援に注力するようになり、2021年8月に社内に福祉事業部を設置しました。

「当社では『入居を希望する全ての人のお部屋探しをお手伝いする』ことを不動産会社の社会的使命としています。同時に『困っている人のニーズに応える』ことは企業が収益を上げていくための当然の営業活動でもあります。福祉事業部を設置したことで、時間やノルマなどにとらわれず、より積極的な支援活動が可能となりました」(ハウジングプラザ波形さん)

ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)

ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)

相談に来る人は、これまでの経緯から心を閉ざしたり、メンタル的に疲れてしまったりしている人も多いといいます。

「オーナーさんに安心して入居者を迎え入れていただくためにも、ご相談を受ける際には『どのような事情で支援を必要としているのか』など、いろいろな話を伺いながら、一人ではなく私たちも一緒に住まい探しをしていくことを理解していただき、信頼しあえる関係を築いていくことを大切にしています」(ハウジングプラザ波形さん)

また、2021年12月からは家賃保証会社と業務提携して、生活保護を受けている人を対象とした独自の家賃保証プランを提供しているそうです。

「当社と業務提携をしている家賃保証会社と契約してもらうことで、生活保護を受けている人が入居審査を通る幅は大きく広がりました。区役所からの代理納付ができれば家賃保証会社の審査はほぼ通りますし、その仕組みによって家賃の未払いが発生するリスクをかなり減らすことができます」(ハウジングプラザ小林さん)

それでも、生活保護を受給している人が入居可能な物件はまだまだ少なく、1件ごとに入居を希望する人の背景や家賃保証会社の審査が通っていることを説明して、オーナーに働きかける努力は欠かせません。

問題は「入居困難」だけじゃない!「住んだ後」も必要になるサポート

住まいの確保が困難な人に必要なサポートは、住まい探しだけにとどまらず、入居中や入居後にも及びます。特に高齢者や障がいのある人は、住んだ後の生活においても支援の手が必要となるからです。

「物件が見つかったとしても、それで支援が終わりというわけではありません。その後も住まいサポートセンターの職員が相談された方に連絡し、住まい探しの状況確認や相談に乗るなど、アフターケアをしています」(世田谷区)

また、高齢者や障がいのある人の入居で不安視されるのが、孤立による事故や孤独死です。そこで世田谷区は、誰もが住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるよう、公的なサービスの充実や支えあい活動など、住民や企業と協働した多様な取り組みを積極的に行なっています。

例えば、希望する高齢者や障がい者には、見守りサービスや救急通報システムを、認知症や障がいで福祉サービスの利用が困難な人にはサービスを利用するときの援助や日常的な金銭管理の支援サービスを提供しています。

高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)

高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)

これらの包括的なサポート体制は、住居の確保に配慮が必要な人への支援であるとともに、孤独死や死後の残置物処理、近隣住民等とのトラブルなどを懸念するオーナーや管理会社に対する配慮でもあるのだそう。

「入居中・退去後等のサービスを充実させ、居住支援事業を積極的に紹介することで、オーナーさんの不安を和らげ、住宅の確保に配慮が必要な方が入居を拒まれることを減らす一助となれば、と考えています」(世田谷区)

「みんなに安心できる住まいを」各分野のプロが連携しながら地域全体で支える

高齢者などが入居を拒まれない民間の賃貸住宅を増やすため、区では国のセーフティネット制度を活用して一定の条件を満たした住宅を“居住支援住宅”として認証し、オーナーに補助金を出しているそうです。

また、前述した「見守っTELプラス」などの高齢者の見守り・生活支援サービスの提供を行うホームネットとの包括連携協定も民間企業と連携した取り組みの一つ。一定の条件を満たす利用者には区が初期登録費用を全額補助しています。

さらに不動産会社やオーナーへの働きかけも欠かせません。住宅セーフティネット法に基づいて世田谷区が設置した居住支援協議会には2023年度から、都が指定するNPOや民間企業などの居住支援法人のうち、区内に拠点のある5法人と、協定を結んでいる1法人からなる6社が参画するように。専門的知見をもとにした意見をもらったり、居住支援協議会セミナーに登壇してもらったりしています。

「民間の賃貸住宅の活用には、不動産会社、オーナーさんたちの協力と理解をいただくことも欠かせません。居住支援協議会では、不動産団体やオーナーへ向けた情報提供なども積極的におこない、居住支援法人である民間組織の方が具体的にどんな取り組みをおこなっているのかを紹介してもらいました」(世田谷区)

各分野の専門家との連携も不可欠です。区役所内の福祉部門や生活困窮者自立相談支援センター「ぷらっとホーム世田谷」、地域包括支援センター「あんしんすこやかセンター」などの外部機関と連携して、互いの知識の向上のための講習会などを開催しながら包括的な支援を目指しています。

高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)

高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)

独自の補助金制度の設計など、事業者とともに「これから」をつくる

世田谷区にこれからの取り組みについて聞いたところ、第四次住宅整備方針の重点施策として上げているのは「居住支援の推進による安定的な住まいと暮らしの確保」だといいます。

その一例として、2013年に区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」で、回答者の約半数が「家計を圧迫している支出」として上げているのは「住居費」でした。

ひとり親世帯の家計を圧迫している費用

2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)

2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)

そこで区は、ひとり親世帯に対して対象となる住宅に転居する場合に、国の住宅セーフティネット制度を活用して家賃の一部を補助する「ひとり親家賃低廉化補助事業」を実施しています。また、対象住宅を増やす策として、制度に協力したオーナーに1戸あたり10万円の世田谷区独自の協力金制度を設けているそう。

家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)

家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)

「支援をさらに押し進めていくには、単独で行うのではなく、居住支援協議会の場で、区・不動産団体・オーナーさんの団体・居住支援法人などの協力を得て進めることが大切です。今後も居住支援法人などが提供するサービスの利用促進や効果的な支援策について連携しながら検討していきたい」と世田谷区はいいます。

住宅セーフティネット法によって、各地方自治体が住宅の確保に配慮が必要な人たちへの支援に試行錯誤する中、世田谷区は、民間との連携がうまくいっている例ではないでしょうか。

居住困難の問題を解決するには、オーナーや不動産会社も安心して取り組める状況をつくり出し、理解と協力を得ることが大事です。しかし民間でできること、行政だけでできることには、それぞれ限界があります。実際に現状に即した施策を進めていくには、行政が、住民からどのような居住支援を必要とされているかを知る努力と、支援を実施するために必要な知識やノウハウを民間と共有することに躊躇しない姿勢が大事だと感じました。

住まいの確保が困難な人への取り組みは、地方自治体によってもかなり違いがあります。自分の住む自治体の制度や取り組みに興味をもち、見直してみることも、これらの取り組みを推進する一つのきっかけになるかもしれません。

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●取材協力
・株式会社ハウジングプラザ福祉事業部
・世田谷区「住まいに関する支援」

岡山の不動産屋さん母娘、障がい者の住宅確保に奔走! 住まい探しの難しさに挑む責任と覚悟

社会生活に困難を抱える人たちに対し、住まいや暮らしのサポートをする不動産会社として全国的にも注目されている会社があります。創業者である母・阪井ひとみさんと、娘の永松千恵さんが共に運営する、阪井土地開発(岡山県岡山市)です。障がいがある人をはじめ、住宅確保に配慮が必要な人たちの住まい探しの難しさ、住まいにかかわる者が担うべき責任や覚悟について、娘の千恵さんに話を聞きました。

みんなに“住む家”を。困難を抱える人へ住まいを提供してきた母・ひとみ

岡山駅前の中心部からほど近い場所にある、阪井土地開発。母の阪井ひとみさんを代表として、娘の永松千恵さんとともに、少人数で営んでいます。主に市内のマンションやアパート、一戸建ての仲介や管理をする創業32年の不動産会社で、社会的に住宅の確保が難しいとされる人に、住宅のあっせんや賃貸提供をしています。

(画像提供/阪井土地開発)

(画像提供/阪井土地開発)

ひとみさんが住宅困窮者のサポートを始めることになったきっかけは、26年前。管理をしている物件に長く入居していた人がアルコール依存症を患ったことに始まります。その人をサポートする精神科医と接するようになり、社会的に生活が困難な人たちの住宅確保問題を知ったそうです。

「健康で仕事に恵まれた人は稼ぎがあって、連帯保証人の確保ができる。けれども、社会生活に困難を抱える人たちには連帯保証人の確保が難しい人が多い。そうなると住宅を借りること自体が一気に難しくなるということを母は知ったそうです」(千恵さん、以下同)

そこでひとみさんは、自社で管理する賃貸物件をあっせんして、住宅確保に困難を抱える人たちが段階的に自立した生活ができるようにサポートし始めます。しかし入居できる物件を探すなかで、オーナーさんの理解を得ることにハードルの高さを感じ、とうとう自社で1棟のマンションを購入し、貸主となって賃貸する決断をします。

「社会的に困窮している人たちに入居してもらい、自分たちが日々のくらしをサポートすることで、彼らの社会復帰につなげたい。自分らしく人生を生きた末に、自分の布団の上で最後の幕引きができるように、という母の使命感でした」

阪井土地開発が所有する、住まいの確保に困難を抱える人たちが入居するマンション「サクラソウ」(画像提供/阪井土地開発)

阪井土地開発が所有する、住まいの確保に困難を抱える人たちが入居するマンション「サクラソウ」(画像提供/阪井土地開発)

当初は精神障がいのある人のサポートから始まりましたが、現在、入居する人たちの幅は広くなっています。高齢者、避難先を必要としているDV被害者などの入居も受け入れるようになりました。

しかし、ひとみさんたちは不動産会社であるため、できることにも限界があります。例えば、当事者の権利擁護や、お金の工面法などについては弁護士さんや福祉事務所と連携してサポートをしているそう。さまざまな困難を抱える人たちを支えるために、相談支援専門員やケースワーカー、ケアマネジャーなどさまざまな人がかかわり、互いに協業をしているのです。

阪井土地開発をはじめとした、社会的困窮にある当事者の暮らしを支えるネットワーク(画像提供/阪井土地開発)

阪井土地開発をはじめとした、社会的困窮にある当事者の暮らしを支えるネットワーク(画像提供/阪井土地開発)

「その人の抱える課題の背景や程度に応じて、かかわる専門家や支援員が変わってきます。多くの方の支援をしていくなかで “住宅確保要配慮者”とひと言にいっても、それぞれのニーズがあり、一概には括ることができない、と感じました」

住まいに限らない、当事者たちを包括的に支えるネットワークをつくりたい

そのことに気づいたひとみさんは、住まいに直接関係する支援だけではなく、より包括的な支援を行うため、2015年にNPO法人「おかやまUFE(ウーフェ)」を立ち上げました。疾患や障がいがある人びとが安心して暮らせる地域づくりを目指し、障がいなどがある人や家族のためのカフェ「よるカフェうてんて」の運営や、シェルター事業などを始めます。

現在「よるカフェうてんて」は「うてんて」と名を変え、障がいのある人や生活困窮者などがサポーターとともに自ら運営する拠点となった。フードバンク拠点事業や「おかず」配布事業などを行っている(画像提供/NPO法人おかやまUFE)

現在「よるカフェうてんて」は「うてんて」と名を変え、障がいのある人や生活困窮者などがサポーターとともに自ら運営する拠点となった。フードバンク拠点事業や「おかず」配布事業などを行っている(画像提供/NPO法人おかやまUFE)

さらに、2017年には岡山県内にある空き家の活用と、住宅確保要配慮者を支援する機能を担う「住まいと暮らしのサポートセンターおかやま」の運営を始めました。

「社会生活に困難を抱える人たちは住まいを確保するだけではなく、自分らしく生きていくためにも、自立した生活をしていかなければなりません。そのために働く場所、地域の人たちと交流する場所が必要です。NPOではこの場所や機能を提供しています」

「“いいこと”をしているとわかっていても」葛藤する娘の気持ち

ここまで紹介したように、これまでひとみさんが行ってきたことは、社会生活に困難を抱える人たちの人生にかかわることであり、並大抵の想いや覚悟でできることではないでしょう。さらにいえば、ひとみさんが住宅確保要配慮者のサポートを始めた30年近く前の日本は、“普通”から外れた人に社会がもっと厳しかった時代。多様性を謳うここ数年の社会と比較すると、ひとみさんの取り組みはいっそう理解されにくかったことが想像できます。

幼いころからひとみさんの活動を目の当たりにしてきた千恵さんは、当時の日本で“普通”とされてきたことから離れた想いや行動に、娘として葛藤を感じていたといいます。

「知り合いの不動産屋さんに『お前のオカン、大丈夫なんか』って心配されるのです。そのことで、母にとっての当たり前は普通じゃないんだって知りました。不動産屋ならば、いわゆる“普通”のお客さんだけを入居させればいいのに何で?という思いでしたね」(千恵さん)

時には「やりすぎ」と感じた母・ひとみさんの取り組みを今は「やりたいならやればいいよ、と一歩引いて見ながら一緒に活動している」と語る千恵さん(写真撮影/SUUMO編集部)

時には「やりすぎ」と感じた母・ひとみさんの取り組みを今は「やりたいならやればいいよ、と一歩引いて見ながら一緒に活動している」と語る千恵さん(写真撮影/SUUMO編集部)

やがて千恵さんは社会人となり、さまざまな経験と社会の実情を知ることで、なぜ母が熱意を込めて住宅確保に配慮が必要な人たちのサポートをしてきたのか、理解を深めていきます。そして”母の取り組みは社会に必要なことなんだ”と感じて、ひとみさんの手伝いをするようになりました。

「一緒に活動をする弁護士や社会福祉士、行政組織などから『ひとみさんの活動は、さまざまなところで必要なんだよ』と言ってもらえることも多く、社会的に間違ってないんだな、と自信になりました」

“誰か”の突出した取り組みではなく、“誰でも”できるように展開する

今後、ひとみさんの情熱的な思いはどのように受け継がれていくのか。千恵さんはまだ先のことはわからないといいます。ただ一つだけはっきりと話してくれたことがありました。

「私たちの取り組みは、“ひとみさんだからできる”で終わりにしちゃダメなんです。岡山に限らず、全国にはたくさんの社会的困窮者がいて、住まいの確保に悩んでいます。さらに多様な時代になり、高齢化が進むなかで、困難を抱える人の数は増えています。多くの要配慮者への支援を継続していくためには、支援の選択肢を増やすべきであり、私たちの活動をもっと伝えていく必要があると思っています」

こうした思いから、現在千恵さんはこれまでの事例や自社の取り組みをより多くの人たちに知ってもらうため、全国で講演を行っています。また、入居者が家賃を支払えなくなった際に、保証会社が一定の家賃を立て替える「家賃債務保証」。住宅確保要配慮者の契約においても、多くの不動産会社がこの仕組みを導入できるよう保証の“平準化”を期待しながら具体的な活用例を伝えているといいます。

住宅確保要配慮者の入居までに必要な支援において、家賃債務保証の果たす役割は大きい(画像提供/NPO法人おかやまUFE)

住宅確保要配慮者の入居までに必要な支援において、家賃債務保証の果たす役割は大きい(画像提供/NPO法人おかやまUFE)

なにより、居住後の入居者支援やコミュニケーションにおいては「手を出さないで、目をかける」を合言葉に、管理会社として携わることの距離感を探っているそうです。

「のちのち大事にならないよう、入居する人たちのシグナルを初期の段階でキャッチするためのコミュニケーションは大切です。しかしながら、全てに手を出していては当事者の自立を妨げてしまいます。より多くの人・企業にサポートの輪を展開していくためにも、不動産会社が本当にやるべきことのラインを見極め、支援する度合いのベストな位置を探っていくことは大切だと思います」

住宅の確保が困難な人への居住支援を継続していくことは簡単なことではありません。収益や利回りを確保する視点だけでは行えない事業であることは確かです。

「いま、住宅確保要配慮者への支援に乗り出したいと考える会社からお声掛けいただく機会が増えています。私たちが提供できる情報やノウハウを惜しむことなくお伝えします。その人の生活を支える覚悟を持って取り組んでほしいです。住宅供給の担い手である不動産会社は、住まいを求めるすべての人がお客さんであり、すべての人が住まいを確保できるようにサポートしていく必要があると思います」

●取材協力
・阪井土地開発株式会社
・NPO法人おかやまUFE

外国人の賃貸トラブルTOP3「ゴミ出し・騒音・又貸し」、制度や慣習がまるで違う驚きの海外賃貸実情が原因だった!

日本に暮らす外国人は多くいるにもかかわらず、外国人が入居できる賃貸物件が少ないことが問題になっています。文化や生活習慣の違いから、トラブルになることを危惧して、外国人に部屋を貸したがらないオーナーや管理会社の担当者もいるようです。

今回は、外国人への入居サポートを行っている不動産会社イチイ 代表取締役の荻野政男さんと、グローバルトラストネットワークスの外国人住まい事業部 グローバル賃貸部 部長・尾崎幸男(崎は旧字体、以下同)さんに、外国人入居者との間に起こりやすいトラブルとその解決方法ついて話を聞きました。

日本に住む外国人の賃貸住宅事情は?

外国人が日本で家を借りようとするとき、さまざまな困難が存在します。
まずは、物件情報の取得が困難であること。

「ネットで物件を探せるサイトは複数ありますが、多言語で情報提供されているものはほとんどありません。日本語で物件を探そうとすると、日本語が得意でない外国人は得られる情報が限られてしまいます」と家賃保証をはじめとして、15年以上外国人に特化したさまざまな生活支援事業を展開しているグローバルトラストネットワークスの尾崎幸男さんは話します。

また、海外では通常、保証金として家賃1~2カ月分を支払えば契約できることがほとんどですが、日本では入居に際して家賃保証会社との契約が必要で、そのための審査があります。オーナーや管理会社によっては日本の現住所や電話番号がなければ借りられなかったり、緊急連絡先は日本人でなければダメだったり、留学生など仕事を持たない人は断られてしまうケースもあるようです。

「そもそも、海外では入居希望者がオーナーと直接やりとりすることが多く、不動産会社を介して契約を結ぶということ自体が不慣れです」と、韓国・中国・アメリカなどの外国人スタッフとともに外国人の入居サポートを行っていて、日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会 会長も勤める荻野政男さんは説明します。

何ページにも及ぶ契約書の内容を理解するのは、たとえ説明を受けたとしても、外国人が母国語以外の言葉で理解するのは困難でしょう。

さらに日本では敷金・礼金・仲介手数料・保証料などの費用が通常、家賃の5~6カ月分ほどかかります。初期費用があまりに高すぎて、家を借りること諦めざるを得ない人もいるのだとか。海外では電気・ガス・水道やインターネットなどのインフラ使用料は家賃に含まれていることが多いため、それらの契約を自分でやるのは初めてという人も多く、日本の慣れないルールや慣習に戸惑うことが多いのです。

日本での家探しでは、物件情報や日本独特のルールについて、日本語以外の情報が少ない。日本語が得意でない外国人には情報格差が生まれる可能性も(画像/PIXTA)

日本での家探しでは、物件情報や日本独特のルールについて、日本語以外の情報が少ない。日本語が得意でない外国人には情報格差が生まれる可能性も(画像/PIXTA)

外国人入居者に起こりやすいトラブルTOP3

イチイの荻野さんによると、入居後の外国人のトラブルトップ3は、「ゴミ出し」「騒音」「又貸し」だといいます。

「“ゴミ出し”は、日本のように細かくゴミの分別をしている国は意外と少なく、ゴミの分別に慣れていない人が多いです。日本より細かく分別する習慣があるのは、ドイツくらいではないでしょうか」(イチイ荻野さん)

「中国では、2019年から上海市を手始めにゴミを分別するようになりましたが、主にリサイクルゴミ、有害ゴミ、生ゴミ、乾燥ゴミの4種類のみ。ベトナムでも昨年ゴミを分別するルールができたそうですが、まだ馴染みがないようです」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

さらに、分別の仕方や回収日など、ルールが地域によって違う点もわかりづらく、ゴミ出しトラブルになる要素をはらんでいます。

ゴミ出しの仕分けやルールは複雑。自治体では日本語だけでなく、母国語で説明できるような資料の作成や、配布する仕組みが必要かもしれない(写真/PIXTA)

ゴミ出しの仕分けやルールは複雑。自治体では日本語だけでなく、母国語で説明できるような資料の作成や、配布する仕組みが必要かもしれない(写真/PIXTA)

“騒音”については、文化の違いや家のつくりが関係しているようです。日本人は自宅を「ゆっくり静かに過ごす場所」と考えている人が多いようですが、海外では自宅を社交場の一つとして「友人や知人を招いて楽しくおしゃべりする場所」だとする考え方が一般的である国も少なくありません。

「日本の家は外国の家に比べて壁が薄く音が漏れやすいんです。しかし、彼らはそんなことは知りません。これまでと同じようにしゃべっているだけでもトラブルになってしまうのです。また、母国にいる家族と電話で話そうとすると時差があるため、夜遅い時間に電話をして『声がうるさい』とトラブルになったケースがありました」(イチイ荻野さん)

日本の家の壁は薄くて音が漏れやすい。自宅に友人・知人を招いて楽しくおしゃべりのはずが、騒音トラブルになってしまうことも(写真/PIXTA)

日本の家の壁は薄くて音が漏れやすい。自宅に友人・知人を招いて楽しくおしゃべりのはずが、騒音トラブルになってしまうことも(写真/PIXTA)

日本では賃貸する期間を限定する定期借家契約よりも更新や中途解約が可能な普通借家契約が多く、「又貸し(転貸)」は契約で禁止される場合がほとんど。一方、外国では定期借家契約が多いために、移転などの理由で契約期間が残ってしまう場合、知り合いに又貸しすることが当たり前の国や地域もあるので、やってはいけないことだと知らない人も多いそうです。イチイの荻野さんによれば、かつては契約者以外の人がたくさん同居してしまうことなどもありましたが、今は少なくなってきているといいます。

「昔は日本の初期費用や家賃が外国人には高くて部屋を借りにくいという金銭的な問題が大きな背景としてありました。近年は母国の国力が上がってきたため、前ほどお金に困る人が少なくなっていることが理由として考えられます」(イチイ荻野さん)

さらに入居審査があることや、何ページにも及ぶ契約書の締結、日本人の連帯保証人が必要な場合や緊急連絡先の確保など、日本独特の習慣もあり、国内に知り合いのいない外国人にはハードルの高いものなのです。

他にもこんなトラブルが……

トップ3以外にもよくあるトラブルとしてグローバルトラストネットワークスの尾崎さんが挙げるのが「無断解約」です。
日本では、退去のときの「解約予告」や「原状回復」は当たり前のことですが、海外では、借家に家具や家電が備わっていることが多く、処分しなければならないことを知らずに置いたままにして帰ってしまう人もいるのだそう。

また、「家賃の入金確認ができない」トラブルも多いといいます。
尾崎さんによると、外国人が日本の銀行口座を開設しようとすると、入国後、半年間待たなければいけないことが多いそうです。銀行口座を持っていないと、振り込み手続きや送金手続きができず、家族や知り合いの口座から振り込んだりするケースが多いのだとか。

「家賃引き落としの場合でも口座がなければ、都度振り込んでもらうしかありません。その場合でも、他人の口座を借りて振り込みをして、振込名義人の名前が入居者と一致しないなどといったトラブルはよくあることです」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

いずれも金融機関の口座開設の審査が外国人に対して厳しすぎることが大きな原因の一つとなっているようです。

外国人が日本で銀行口座を開こうとすると、日本人よりも時間がかかる。本人名義で口座引き落としや振り込みができず、トラブルになることも(写真/PIXTA)

外国人が日本で銀行口座を開こうとすると、日本人よりも時間がかかる。本人名義で口座引き落としや振り込みができず、トラブルになることも(写真/PIXTA)

外国人の入居トラブルを回避する事前の策は?

このようなトラブルに対して、どのような解決策が検討できるのでしょうか。

「日本と母国の習慣の違いやルールを、事前にしっかりと説明して理解してもらうことに尽きます。日本語では伝わらないこともあるので、母国語の資料を用意しておく必要があるでしょう。加えて、文化や意識の違いを理解している外国人スタッフによる母国語の説明やサポートも大事です」(イチイ荻野さん)

尾崎さんは、家賃滞納や、無断解約などに対してリスクヘッジをするために、母国の家族と連絡を取るようにしているといいます。

「私たちは、審査段階で母国の家族の連絡先を取得し『保証人の代行をする、万が一何かあったときは弊社を頼ってください』と電話連絡をしています。こうすることで何かあってもお客様と連絡を取る手段を残すことができ、さらにご家族にも安心していただけます」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

グローバルトラストネットワークスが運営している外国人向けの不動産情報サイト。日本語や英語だけでなく、外国人が母国語で読める情報や母国語によるサポートを提供することで理解を深めてもらい、トラブルを回避することができる(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

グローバルトラストネットワークスが運営している外国人向けの不動産情報サイト。日本語や英語だけでなく、外国人が母国語で読める情報や母国語によるサポートを提供することで理解を深めてもらい、トラブルを回避することができる(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

また、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会でも、14カ国にわたる「部屋探しのガイドブック」(国土交通省/公益財団法人日本住宅管理協会 あんしん居住研究会 ほか)を作成して住まい探しをする外国人向けに配布しています。オーナー向けにも外国人受け入れのためのガイドブック作成し、利用促進を図っているそうです。

さらに、オーナーや管理会社にとっては、グローバルトラストネットワークスのように外国人専門の家賃保証会社を活用することも有効でしょう。同社では、多言語によるホームページやSNSで物件情報や初期費用などの情報提供や24時間ダイヤルサポート設置など、情報を得られる環境を用意することにも力を入れているそうです。

グローバルトラストネットワークスが提供する外国人に特化した家賃保証サービス。外国人の対応に不慣れな管理会社を多言語でサポートし、入居者、オーナー、管理会社、全てにとって安心できるサービスとなっている(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

グローバルトラストネットワークスが提供する外国人に特化した家賃保証サービス。外国人の対応に不慣れな管理会社を多言語でサポートし、入居者、オーナー、管理会社、全てにとって安心できるサービスとなっている(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

誤解と偏見をなくすために必要なことは?

これからの日本社会では、経済においても労働者問題に関しても、外国人の存在なくしては成り立ちません。生活習慣や言葉の違いを解決できれば、外国人に部屋を貸すことはリスキーではないとイチイの荻野さんはいいます。トラブルをなくすために、事前の説明や情報を届けること、生活面のサポートなどが重要です。

「外国人に丁寧に説明しようとすると当然時間がかかります。重要事項説明においても、適当に日本語で済ませてしまう不動産会社も多いのではないでしょうか。しっかり説明をしていないから、入居する外国人が理解できずにトラブルが起こるのです」(イチイ荻野さん)

公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会が実施した「外国人入居受入れに係る実態調査(2021年)」では、「契約内容について説明してもらっており、かつ内容を理解できた」人は67.3%だったという結果が出ています。

外国人入居者への賃貸借契約内容の説明状況

不動産会社から契約内容を説明してもらったか

契約内容はどのように説明されたか

外国人のうち約1割は、賃貸借契約の内容の説明を受けていないか覚えておらず、説明を受けた人でも1割は契約内容を理解できていない(資料/公益財団法人日本賃貸住宅管理協会「外国人入居受入れに係る実態調査報告書(2021年)」)

しかし、その問題の根本には、日本人のなかには外国人への差別意識がある人が少なくないことも否めません。例えば、仲介会社が管理会社に問い合わせをしても、入居者が外国人というだけで断られてしまうこともあるそうです。「そもそも外国籍であることを理由に入居を拒否するのは差別であり、人権に関わる問題だ」と荻野さんはいいます。

「外国人の入居は、空室対策のマーケットとして注力すること以上に、グローバル化に向けて外国人に対しての接し方や受け入れ方をもっと真剣に考えていく必要があると思います」(イチイ荻野さん)

「SDGsが注目されていますが、環境に関することだけでなく『不平等が発生しない』『誰一人取り残さない』という目標も意識して、多様性を理解する環境づくりがあっても良いのではないでしょうか」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

制度の構築とともに、ルールだけでなく、外国人を理解しようとする環境づくりも大事でしょう。

外国人入居者のトラブルは、情報が届かないことによる「知らない」「わからない」が原因となっているケースが多いということでした。また、管理会社をはじめ、私たちのなかにある、古い時代からアップデートされていない外国人に対するイメージが、根拠のない偏見や誤解を生んでいるようです。

日本の習慣やルールを外国から来た人にわかりやすく伝えるための工夫や、外国人を受け入れやすくするための仕組みや制度を整えることで、トラブルは回避可能です。そして、私たちにはトラブルを外国人のせいにするのではなく、自ら文化や習慣の違いを知って理解しようとする努力が必要とされています。そうすることが、オーナーや管理会社はもちろん、国際社会のなかで私たちが外国人と共存していくことにつながるのではないでしょうか。

●取材協力
・株式会社イチイ
・株式会社グローバルトラストネットワークス

今も残る「外国人に部屋を貸したくない」。偏見と闘う不動産会社や外国人スタッフに現場のリアルを聞いた

外国人が日本で暮らすには、住居を確保する必要があります。しかし、言葉の問題や文化の違い、偏見などもあり、必ずしも入居までの道のりは容易ではありません。
一方で、そのような外国人の入居希望者に対し、外国人スタッフが自らの体験も含めて賃貸オーナーとの間を取り持つ不動産会社もあります。取り組みや課題について、外国人を雇用する不動産会社2社、イチイ代表取締役の荻野政男さん、ランドハウジングのタイ事業部(海外事業)責任者である橋本大吾さん、そしてランドハウジングで働くタイ人スタッフのカナさんに聞きました。

外国人が日本で入居先を探すときに困っていることは?

外国人が日本で住まいを探すとき、最初にぶつかる壁は、言葉や文化の違いでしょう。日本語がわからなければ、契約書の内容や行政の情報、例えば細かいところでは燃えるゴミを何曜日に出せばいいのかなど、さまざまな情報が得づらく、掲示されていたとしても読んで理解をすることが困難になります。

母国ではここまでゴミを細かく分別する習慣のない場合もある。地域によってもゴミを出す日は異なるので、日本語を読めない外国人は、きちんとした説明がないと、どのゴミをいつ出したら良いか理解するのは難しい(画像/PIXTA)

母国ではここまでゴミを細かく分別する習慣のない場合もある。地域によってもゴミを出す日は異なるので、日本語を読めない外国人は、きちんとした説明がないと、どのゴミをいつ出したら良いか理解するのは難しい(画像/PIXTA)

公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会が2021年に実施した「外国人入居受入れに係る実態調査」では、「契約内容について説明してもらっており、かつ内容を理解できた」人は67.3%だったという結果が出ています。契約内容は日本語で説明されたと回答した人が半数以上なので、内容を理解できずに契約している外国人が3割以上いることも当然かもしれません。また、契約内容を説明されていないのであれば、それは宅建業法違反になります。

大前提として、賃貸物件を借りようとする外国人は、初めて日本に住む人がほとんどでしょう。

「トラブルが起こるのは『外国人だから』ではなく、『初めて経験することだから』ではないでしょうか。『初めての人か、経験者か』による違いと見る必要があると思います」と、1978年から外国人向けの賃貸住宅事業を始め、現在は韓国・中国・アメリカなどの外国人スタッフとともに外国人の入居サポートを行うイチイ代表取締役の荻野政男さんは話します。

さらにオーナーはじめ、近隣住民や他の入居者など、日本人の接し方にも、問題があるようです。

「『日本人は接してくれない』という話を留学生からよく聞きます。海外では近隣の住人同士、挨拶したり、話しかけたりして相手を知ることが不審者対策になるという考えがありますが、日本では知らない人に声をかけることは稀です」(荻野さん)

どうしても最初に心を開くまでに時間がかかってしまう日本人は少なくありません。せっかく日本に来ても、日本人との交流をなかなかもてず、情報を得にくいのも外国人にとっては戸惑う要因になっているようです。

日本が好きで来日しても、日本人とコミュニケーションを取れず、戸惑ったり、孤独を感じたりする外国人も多い(画像/PIXTA)

日本が好きで来日しても、日本人とコミュニケーションを取れず、戸惑ったり、孤独を感じたりする外国人も多い(画像/PIXTA)

外国人の入居者希望者に対する賃貸オーナーの印象は?

外国人が入居すると、言葉や文化、生活習慣の違いからトラブルになるのでは、と考えるオーナーや管理会社が一定数いるようです。

例えば、「家に上がる際には靴を脱ぐ」「ゴミの分別」などがきちんとできるのか、友人や知人を呼んで大騒ぎをして周辺への「騒音」が問題になるのでは、と考える人もいるとのこと。しかしそれらのほとんどは「先入観にすぎない」とランドハウジングのタイ事業部(海外事業)責任者である橋本大吾さんは言います。ランドハウジングでは外国(タイ)に支社を設置し、現地採用のタイ人スタッフと日本の本社で勤務する日本人・タイ人スタッフが連携して、日本への留学や転勤で移住することになるタイの人たちの住まい探しから入居後の生活をサポートしています。

「これまで接した外国のお客さまは、ルールを知っていれば、きちんと守りたいという人がほとんどです。もちろん、ルールや日本の慣習を知らずにトラブルになることはゼロではありませんが、日本人でもきちんとゴミを分別する人もいれば、そうでない人もいます。『外国人だから』という括りは当てはまりません」(橋本さん)

ランドハウジング では、年間300~400人の外国人に賃貸物件を仲介していますが、そのうち実際にトラブルが起こる割合は1~2%程度。日本人の賃貸トラブルとそう変わらない肌感覚だそうです。

公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会が2021年に実施した「外国人入居受入れに係る実態調査」では、実際に「外国人入居者が問題を起こしたことがある」と答えた家主は1.5%でした。実際はトラブルが多いわけではない外国人を受け入れない理由として最も多いのが「コミュニケーションや文化の違いに不安がある」という不安や偏見からなのです。

実際に「入居者が問題を起こしたことがあるため」と回答した家主はわずか1.5%に過ぎない(資料/公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会「外国人入居受入れに係る実態調査報告書(2021年)」)

実際に「入居者が問題を起こしたことがあるため」と回答した家主はわずか1.5%に過ぎない(資料/公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会「外国人入居受入れに係る実態調査報告書(2021年)」)

外国人がスムーズに入居するための鍵となるのは「外国人スタッフ」

外国人がスムーズに入居できるようにするために今回取材した2社が取り組んでいる対策は、いずれも「しっかりとした事前説明」と「母国語の通じる外国人スタッフ」の存在でした。

「トラブルを起こさないようにするためには、事前に説明することにつきます。トラブルが起こったときも、外国人の立場や考え方を理解しつつ、母国と日本の習慣の違いを説明できる外国人スタッフの存在は大きいですね」(荻野さん)

外国人の入居検討者にとって外国人スタッフは、初めて日本に来た時に同じような苦労をしている「先輩」です。母国語の通じる人がサポートしてくれるのは心強いに違いありません。

外国人スタッフが母国語で日本の生活習慣や文化の違い、煩雑な手続きの方法などをサポートすることが異国での生活の不安を払拭し、トラブル回避につながる(画像提供/ランドハウジング)

外国人スタッフが母国語で日本の生活習慣や文化の違い、煩雑な手続きの方法などをサポートすることが異国での生活の不安を払拭し、トラブル回避につながる(画像提供/ランドハウジング)

ランドハウジングで働いているタイ人スタッフのカナさんは、こう話します。
「日本語が話せない人や日本のことを知らないお客さまへの物件紹介や、日本での暮らしについて説明・アドバイスできることが私のやりがいです。『ありがとう』という言葉をいただくと、私が日本とタイの架け橋になりたいという気持ちが強くなります」

話を聞かせてくれたタイ人スタッフのカナさん(写真1番左)。留学生として日本の大学で学ぶために来日し、帰国・卒業後にランドハウジングのタイ支社に入社。現在は日本の本社で働く(画像提供/ランドハウジング)

話を聞かせてくれたタイ人スタッフのカナさん(写真1番左)。留学生として日本の大学で学ぶために来日し、帰国・卒業後にランドハウジングのタイ支社に入社。現在は日本の本社で働く(画像提供/ランドハウジング)

一方で荻野さんによると、管理会社やオーナーに物件について問い合わせをする際、入居希望者が外国人だと伝えるだけで10件のうち9件は断られてしまい、中には、問い合わせをした外国人スタッフの日本語アクセントが少し違うだけで、詳しい話を聞いてもらえないこともあるそうです。

「このような日本の不動産会社の対応の中で、これまで志のある外国人スタッフが、心折れて辞めていくこともありました」(荻野さん)

私たち日本人が、外国人スタッフの尽力によるチャンスを、差別や偏見で潰してしまっているのかもしれません。さらに、外国人入居者への差別的考え方は日本の賃貸業にとってマイナスになる可能性も。

「日本では今後ますます空室が増えると考えられる中で、空室対策としても外国人入居者の受け入れは重要です。しかし、そのためには不動産会社自体が外国人に対する差別的な考えを改める必要があります」(荻野さん)

母国語の資料作成や、外国人の多岐にわたる要望に応える

外国人にとって、日本の賃貸借契約書や複雑な手続きは、とても難しいものです。役所で説明書などを用意していても、日本語や英語・中国語などの限られた言語のものしかありません。説明には時間も手間もかかりますが、正しく理解してもらうために母国語に翻訳した資料を作成したりもしているそうです。

「入居前に日本の住まい探しの流れについて説明する書面を見せて案内したり、契約する際に母国語のしおりを作成して、入居後のゴミの分別や解約の仕方・解約ルール・違約金などについて説明したりします。さらに契約後も困ったことがあれば、いつでも連絡できるよう連絡先を伝えるようにしています」(カナさん)

タイ人スタッフがつくったタイ語の日本の住まい探しの説明書。タイではオーナーが自ら賃借人を探すのが一般的で、日本のような入居審査や詳細な契約書はない。日本とタイの違いを理解してもらうことも大事(資料提供/ランドハウジング)

タイ人スタッフがつくったタイ語の日本の住まい探しの説明書。タイではオーナーが自ら賃借人を探すのが一般的で、日本のような入居審査や詳細な契約書はない。日本とタイの違いを理解してもらうことも大事(資料提供/ランドハウジング)

公益財団法人日本賃貸住宅管理協会でも、居住支援のガイドラインについてハンドブックをつくって渡す、トラブル回避のために多言語で入居や生活のルールに関する動画をつくり公開する、などの取り組みをしています。ホームページではさまざまな参考資料や多言語に対応したガイドブックのダウンロードが可能です。

また、「3カ月間だけ借りたい」「家具・家電を新たに購入すると大変なので家具・家電付きがいい」という外国人の多様なニーズに応えるため、不動産会社はそれに応じたサービスを提供する必要があります。今回取材した2社も、一般賃貸物件の紹介だけではなく、シェアハウスやマンスリータイプ、留学生寮や留学生会館などを自社で管理したり、所有・運営したりするなどして対応しているそう。

以前は日本人の連帯保証人が必須でしたが、最近は外国人入居者を対象とする家賃保証会社などもあり、連帯保証人を付けなくても家賃保証会社を利用することで契約ができるようになってきています。

外国人の入居問題は改善している?現場の「リアル」を聞いた

外国人の住居問題に携わるようになって20年以上という荻野さんに、問題は改善しているかを率直に聞いてみました。

「私が取り組みを始めた当時と比べると、日本人が外国人と接する機会も増え、オーナーも代が変わって、かなり理解を得られるようになってきていると感じます。とはいえ、外国人を取り巻く現在の環境は、理想とする状態を10とすると半分くらい、まだ道半ばです」(荻野さん)

イチイの荻野さんは、1978年から外国人向けの賃貸住宅事業を開始。近年は日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会 会長として関係する制度の普及や外国人入居者に関する研究などを行ってきた。日本における外国人居住支援のパイオニア的存在(画像提供/イチイ)

イチイの荻野さんは、1978年から外国人向けの賃貸住宅事業を開始。近年は日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会 会長として関係する制度の普及や外国人入居者に関する研究などを行ってきた。日本における外国人居住支援のパイオニア的存在(画像提供/イチイ)

それでもここ10年ほどで、外国人スタッフの雇用によって、トラブルは事前の対応で十分回避が可能であることが、オーナーにも理解されるようになってきたそう。賃貸物件の空室が増えるなどの外的要因も相まって、外国人の入居に前向きなオーナーや管理会社も増えてきました。

例えばランドハウジングの橋本さんは「ランドハウジングでは、管理部門と連携して、取引のある大家さんに対して外国人入居の啓蒙活動を積極的に行った結果、自社の管理物件約1万戸のうち、8割は外国人の入居に理解を得られるようにまでなった」と言います。先ほどの、10件に9件断られる賃貸業界全体の実情と比べるとその差は歴然です。

しかし新たな課題も見えてきました。海外の“当たり前”と、日本の賃貸物件の設備のスタンダードが大きく異なっていることもその一つ。海外では賃貸住宅には家具や家電、インターネット環境が付いていているのが一般的になっています。外国人の入居を増やし、空室を少なくしていくためには、このような設備面を検討していくことも必要でしょう。

外国人の居住支援では、以下の2点が非常に重要なようです。オーナーや管理会社の、外国人への偏見や誤解を解くこと。そして、外国人の入居希望者に対して、母国と日本の違いを理解できるよう説明し、入居後もわからないことや困ったことを相談できる場所をつくること。

外国人入居者の中には、日本人から注意されると、差別されていると感じてしまう人もいるそうです。そのような場合も、同じ国出身のスタッフが話せば、心を開き、よく理解してくれるといいます。外国人スタッフのきめ細かいサポートがオーナーさんや管理会社、そして、外国人の入居者を結びつける鍵となっているようです。

コロナが少しずつ落ち着きを見せる中、外国人の訪日が回復し、住む人も増えることが想像されます。日本に魅力を感じて「住んでみたい」と思ってくれた外国人が入居しやすい環境づくり、もっと言えばカナさんのような橋渡し役を担ってくれている、想いのある外国人スタッフが働きやすい社会にすることが大事です。そのためには、私たち自身の意識改革も必要ではないでしょうか。

●取材協力
・株式会社イチイ
・株式会社ランドハウジング

保証人がいなくても賃貸探しに選択肢を。入居困難の壁にぶつかった人同士、互いに見守り、一人にしない「やどかりサポート鹿児島」の取り組み

やどかりサポート鹿児島は、住まい探しのなかで保証人の確保ができないために入居が困難となった人たちに保証を提供しているNPO法人です。さらに2019年からは保証制度の利用者で互いに支え合う仕組みを提案し、居住支援を続けています。これらの支援はどのようにして成り立っているのか、また始めた背景などを、やどかりサポートの理事長である芝田淳さん、社会福祉士の中芝あすかさん、そして実際にこの新しい連帯保証制度を利用する人に話を聞きました。

やどかりサポート鹿児島が取り組む「地域ふくし連帯保証」とは

入居の際に必要な「連帯保証人の確保」は、賃貸借契約に必ず必要なことです。昨今は多くの物件が、「家賃保証会社」を使用することが入居の条件となっていて、入居者は保証会社に一定の料金を支払う代わりに滞納等があった場合は、保証会社が立て替えるという仕組みになっています。

個人で連帯保証人を立てる必要は少なくないのですが、高齢者・外国人・低所得者・障がい者・ひとり親世帯などにおいては、保証会社の審査に通りにくかったり、自身で連帯保証人を立てようにも、頼める親族や知人がいなかったりで、さらに困難な問題に直面することが少なくありません。

「居住支援とは、全ての人がその人らしい生活を営むための拠点となる住居を確保できるよう支援を提供するものです。私たちは、保証人となってくれる親類や知人がいない、審査で保証会社に断られてしまう人たちも入居できるよう、連帯保証を提供しています」(芝田さん)

特徴的なのは、ただ保証を提供するだけでなく、それぞれの利用者に支援者を配置して、生活全般について見守り、何か困ったことがあれば相談に乗る支援を一緒に行っていること。

「連帯保証とともに必要なのは、困っている人たちを社会から孤立させない支援です。そこで、私たちは、保証と同時に地域で福祉に関わっている人たちが『支援者』として制度利用者の日々の生活を継続的に見守る『地域ふくし連帯保証(地域ふくし連携型連帯保証提供事業)』のスキームを考えました」(芝田さん)

やどかりサポート鹿児島は、鹿児島県全域で、支援者の配置と2年間で2万円の利用料を支払うことを条件に、収入や過去を問うことなく連帯保証しています。スタッフ数21名(連帯保証部門11名、相談支援部門10名)の NPO法人ですが、行政や協力機関と連携し、2022年現在、年代も事情もさまざまな約400名の利用者がいるそうです。

ただ保証するだけでなく、支援者が見守り、支援することで利用者が「つながり」のなかで安定した地域生活を送れるようにすることを目指す。滞納などの金銭や法的問題が起こった場合の保証はやどかりサポート鹿児島が担うのが特徴(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

ただ保証するだけでなく、支援者が見守り、支援することで利用者が「つながり」のなかで安定した地域生活を送れるようにすることを目指す。滞納などの金銭や法的問題が起こった場合の保証はやどかりサポート鹿児島が担うのが特徴(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

利用者が互いに助け合う、当事者主体の居住支援

連帯保証するということは、何かあったら債務を負うことでもあります。利用者が孤独死してしまったり、仕事が続かずに家賃を滞納してしまったりするケースもありますが、「支援者による利用者の暮らしの見守りで、事前に防ぐことができる」と芝田さんは言います。

「保証すると同時に支援者による見守りや支援を基本としていますが、どうしても支援者が見つからない場合があります。そこで、利用者が同じような境遇の者同士、支え合っていく『やどかりライフ』というスキームを考えました。これに応える形で、利用者の方々が互助会を作ってくれました」

利用者が企画した交流会をやどかりサポート鹿児島のスタッフがサポートする。利用者が互いを支え合う「やどかりライフ」(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

利用者が企画した交流会をやどかりサポート鹿児島のスタッフがサポートする。利用者が互いを支え合う「やどかりライフ」(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

役所への手続きをサポートしたり、病院の入退院に付き添ったり、足の悪い人の買い物を手伝ったりと、日々の暮らしを、同じ利用者内でできる人が助けます。また、身寄りのない人も多いので、亡くなったときにはほかの利用者が見送りもするそうです。

やどかりサポート鹿児島と互助会のメンバーで行った、亡くなった利用者の初盆の様子(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

やどかりサポート鹿児島と互助会のメンバーで行った、亡くなった利用者の初盆の様子(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

トラブルは当然起こる。それでも同じ目線で見守ることが大事

当事者同士で見守る仕組みはとても画期的なものに思えますが、人と人との付き合いのなかでトラブルが起こることなどはないでしょうか。

「トラブルはたくさん起こります。しかし、トラブルを恐れてつながることができないのなら、トラブル覚悟でつながったほうがいいというのが、私の考えです」(芝田さん)

難しいのは、どこまで関わればよいのか。なかにはプライベートなことにあまり関わってほしくない人もいます。考えの違いから利用者同士で揉めることもあるのだそう。5人程度のグループならコミュニケーションが取れても、10人以上の規模になるとうまくまとまらないことも。「ルールで縛るのではなく、自主性を重んじるほうがうまくいく」というのは、互助会メンバーの感想です。

1日に1回、ラインで発言することで、見守られるだけでなく、見守る役目をそれぞれが担う。一方で人数が多くなると、発言しない人やプライベートに関わられることを嫌がる人もいて、うまくいかないという気付きも得られたそう(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

1日に1回、ラインで発言することで、見守られるだけでなく、見守る役目をそれぞれが担う。一方で人数が多くなると、発言しない人やプライベートに関わられることを嫌がる人もいて、うまくいかないという気付きも得られたそう(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

利用者同士が中心になって支え合うものの、やどかりサポートは困ったことがあればいつでも相談に乗り、バックアップしていく体制を取っています。

支援の考え方について、事務局スタッフの一員でもある社会福祉士の中芝さんは、こう話してくれました。

「社会福祉士としては、トラブルを起こさないために、あらかじめ対策を取るべきなのかもしれません。しかし、やどかりサポート鹿児島は、互助会の人たちと一緒に歩んでいく関係です。トラブルに対して、介入したり指導するのは違うと思うのです。相談されたことに対しては真摯に答えますが、相談を受けない限りはそばで見守るという距離感が大事で、そうすれば自ずと本人同士でトラブルを解決することが多いと感じます」
この言葉に、利用者と同じ目線で関わっていく、やどかりサポートの支援の本質が表れています。

やどかりサポートの連帯保証とやどかりライフがもたらした変化とは

やどかりライフの取り組みは、当事者同士の連帯感が生まれただけでなく、やどかりサポートの運営者と利用者の関係にも変化をもたらしました。利用者に別の利用者へのサポートをお願いすることで、支援する側と受ける側という関係から、共に支え合う対等な立場で向き合えるようになったといいます。

「あくまで私の意見ですが、役割をもち、活躍の場ができることで、前向きに生きる意欲を取り戻し、互助会も盛り上がっていくのだと思います。ですから、何かをしてあげるのではなく、時には、こちらから利用者に対して手伝ってほしいと頼むことも大事なんです」(芝田さん)

引きこもりがちな人や、人の温もりに触れたことがあまりなく尖っていた人も、根気強く接してくれた仲間とのふれあいを通じて心を開き、今では互助会に積極的に参加するまでになったそうです。

「自分は、役割ができたことがすごく嬉しかったです。仕事をしていない人も多いので、家に一人でいることが多くなるのですが、頼み事をされたり、頼られたりするとやる気が湧きました」(利用者)

役割をもつことで責任感が芽生え、利用者同士の連帯感も生まれる(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

役割をもつことで責任感が芽生え、利用者同士の連帯感も生まれる(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

連帯保証事業から賃貸管理へ。広がりを見せることで支援に幅ができる

やどかりサポート鹿児島は21名のスタッフで、さまざまなトラブルや問題にも対処しています。

「連帯保証事業では、過去に何かトラブルが起きた際に物件のオーナーとの連携が密でないと、私たちスタッフは何も動けないという事例が多くありました。解決方法の一つとして、よりオーナーから任される範囲の大きいサブリース型に興味をもったのですが、やどかりサポートはあくまでNPO法人。直接、サブリース業を営むことは難しいと判断しました」(中芝さん)

そこで、芝田さん個人が地元の不動産会社と組んで、賃貸管理業を行う合同会社を設立しました。

マンションの一般の入居者と建物の管理はプロの不動産会社が行い、空き部屋が出た場合のやどかりサポート利用者への貸し出しと、利用者が入居している部屋の管理は合同会社が行います。芝田さんの合同会社は利用者の継続的な見守りや相互の関わりなどをバックアップします。そしてその管理料がやどかりサポートの収入源となります。賃貸管理業ですが、やどかりサポート利用者にとっては「大家さん」みたいな役割です。

「さらに大家さんになることで、入居者との関係を密にすることができ、また、何かあった際には、シェルターとして部屋を提供するなど、支援の幅も広がりました。現在、管理会社として関わっているサブリースが約40件、管理物件は約120件。うち、やどかりサポートの利用者は60名ほどになりました」(芝田さん)

「やどかりライフ」に参加する仲間たちが、一人では手続きが難しい人のために、銀行に同行するなどのサポートも行っている(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

「やどかりライフ」に参加する仲間たちが、一人では手続きが難しい人のために、銀行に同行するなどのサポートも行っている(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

金銭的にも、マンパワー的にも、小さなNPO法人が居住支援を継続していくには多くの協力が必要です。支援したくとも、身近に支援者がいない、鹿児島市以外の地域の方は、断腸の思いで断らざるを得ないこともあるのだとか。

それでも、「より多くの入居の連帯保証に困っている人たちを支援するために「やどかりライフ」のような互助の取り組みを鹿児島市以外の地域でも志のある組織が行えるような流れをつくっていきたい」と話す芝田さん。このような取り組みを全国的に広めていくには、行政や公的機関、企業などとの連携も必須だと言います。

「支援をしてあげるのではない、共に考え、行動していくのだ」という芝田さんの言葉は、私たちに多くの気付きを与えてくれるのではないでしょうか。

●取材協力
やどかりサポート鹿児島

「ゲイは入居不可」という偏見。深刻な居住問題と“LGBTQフレンドリー”に取り組む不動産会社、そして当事者のホンネ

LGBTQと呼ばれるセクシュアル・マイノリティの人たちにとって、同性が二人で入居できる物件が限られたり、セクシュアリティへの偏見から審査で断られてしまったりと、住居探しはかなりハードルが高いこともあるようです。一方でそのような住まい探しの問題に積極的に取り組む不動産会社も存在します。LGBTQの当事者は、自身が抱える住まいの問題や支援の取り組みについてどのように感じているのでしょうか。LGBTQの人たちの居住支援を行うNPO法人カラフルチェンジラボの三浦暢久さんに聞きました。

セクシュアル・マイノリティの人たちが抱える居住問題

LGBTQの人たちの居住問題とは、主に二つあります。一つ目は外見と戸籍上の性の違いや、同性パートナーとの同居など、パーソナルな部分を明かす必要性と、それが理解されるかという不安やストレス。二つ目はそのことに対する偏見やサポート不足から、希望する物件が借りられない・買えないことです。

「通常では気づかないような、些細に思われることが、LGBTQ当事者の住まい探しの壁となることが多々あります。セクシュアル・マイノリティの当事者たちは、常に偏見に晒されてきました。自分たちがどのように見え、どう判断されるかに対して非常にセンシティブなんです。不動産会社に行くこと自体を怖いと感じる人が多く、それをどう解消するかが住まい探しの最初のハードルです」(三浦さん、以下同)

実際に、カラフルチェンジラボが行った「2021年セクシュアル・マイノリティーの居住ニーズに関するアンケート」によれば、多くのLGBTQの人たちが不動産会社に行くこと自体に不安を感じていることがわかります。

不動産会社に行くことに不安を感じたことのある人の割合(n=1,754)

特にL(Lesbian、レズビアン)やFB(Female Bisexual、女性のバイセクシュアル)など、不動産会社に行くことに不安を感じる人が多く、半数以上に上る(資料提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

またパートナーとの同居を希望する当事者にとって、二人の関係を根掘り葉掘り聞かれるのは、決して気持ちの良いものではありませんし、理解不足や偏見によって話が進まないこともあるそう。

「一般的な『二人入居OK』の物件は、夫婦や兄弟姉妹など、家族であることが前提です。同性カップルは家族とは認められず、物件の選択肢が極端に少なくなります。また、収入では特に問題が無いのに、同性カップルを理由に『ゲイの人が住んでいるとは近隣の住民に説明できないから』などといった、とんでもない偏見を理由に審査の段階で断られたというのも、実際にあった話です」

先の調査では、セクシュアル・マイノリティへの理解を得られず、大家さんには同居人がいることを告げず、隠れてパートナーと暮らさざるを得なかったという人の割合が60%以上にもなることが判明しました。これは同居人を申告していないことになるので、本来は契約違反にあたり、それを理由に退去を求められることも起こりえます。そのような不安な状況で生活をしていかざるを得ないのは大きな問題です。

大家に隠れてパートナーと暮らした経験がある人の割合(n=1,754)

パートナーと暮らすことを隠して、一人暮らしとして契約するケースも多いが、もし見つかれば契約違反で退去を求められることも(資料提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

LGBTQ当事者の住まい探しを支援する、カラフルチェンジラボの取り組み

住まいの問題を抱えているLGBTQの人たちに対して、三浦さんが居住支援を始めようと考えた一番のきっかけは「自分自身の住まい探しの経験だった」と語ります。三浦さん自身、セクシュアル・マイノリティの一人であり、男性パートナーと同居を始めるときに困難を感じた当事者でした。

「今のパートナーとは10年前から現在の賃貸物件に一緒に住んでいます。私自身は2015年ごろから『九州レインボープライド』というLGBTQを筆頭に、マイノリティの人たちが自分らしく生きられる社会の実現を目指すイベントを開催してきましたが、パートナーは今も自身がセクシュアル・マイノリティであることを公表していません。実際に住まい探しではとても苦労をしました。多くのLGBTQの人たちと出会い、生活の不安や不満を聞くなかで、最も深刻だと感じたのが住まいの問題だったのです」

カラフルチェンジラボが主催する、九州レインボープライド。たくさんの人や企業、各国の領事館も参加している(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

カラフルチェンジラボが主催する、九州レインボープライド。たくさんの人や企業、各国の領事館も参加している(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

三浦さんの住まいへの課題感を具体的な活動へと変えたのは、福岡市を代表する不動産会社、三好不動産の三好修社長との出会いでした。

「三好社長にこれまでの自分の活動やLGBTQ当事者の住まいの問題について話したところ『営業担当者たちに話をしてほしい』と講演の機会をもらいました。以降、三好不動産の各店舗でLGBTQの人たちへの居住支援の取り組みがスタートし、私たちがそれをサポートさせてもらっています」

三好不動産の各店舗の入り口にはもちろんLGBTQフレンドリーな企業であることを示す「レインボーマーク」が貼られています。また、三浦さんたちの取り組みもあり、レインボーマークを掲示する店舗や会社も少しずつ増えつつある様子です。

LGBTQ当事者が望む居住支援は「フレンドリーとうたっているが、接客は自然体で」

では、実際にLGBTQの人たちは、レインボーマークを掲げる不動産会社やその接客についてどのように感じているのでしょうか。先の調査によれば、当事者が「LGBTQフレンドリーをうたう企業に望むこと」として一番多かった意見は「フレンドリーとうたっているが自然に接してほしい(64.9%)」、次に多いものが「セクシュアリティは確認しないでほしい(42%)」でした。

そして、「レインボーステッカーが入り口に貼ってあると入店しやすい(41%)」「自分のセクシュアリティや二人の関係は自分のタイミングで言いたい(36.2%)」という意見が続きます。

どのような接客が嬉しいか(n=1,754)

LGBTQの人たちが不動産会社に最も求めていることは「フレンドリーとうたっているが接客は至って自然体で行ってほしい(64.9%)」(資料提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

「不動産会社が『LGBTQフレンドリーである』という意思表示をすることは、とても大事です。なぜなら、LGBTQ当事者の中には、自分たちを受け止めてくれる企業なのかどうかがわからないと、相談に訪れることすら躊躇(ちゅうちょ)してしまう人が多いからです。しかし一方で、特別扱いをしてほしいわけではない。これが当事者の最も切実な声です」

さらに、LGBTQの人たちの住まい探しの問題は入居申込みの手続きや審査の際にも生じます。トランスジェンダー(出生時の身体的な性別が、自身が認識している性と異なる人のこと)が本人確認書類を提示すると、外見との違いに驚きを隠さない担当者がいたり、管理会社の偏見によって審査が通らない同性カップルがいたりします。

LGBTQの人たちが本当に必要としている支援は、特別な何かではなく「当たり前に」入居できることです。

LGBTQの人たちへの支援は、まず「自分の偏見」について知ることから

三浦さんはまず、多くの人に「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み、偏見)」があること、そのために気づかないうちに相手を傷つけてしまう可能性があることを知ってほしい、と警鐘を鳴らします。

「例えばトランスジェンダーの方に『私より全然男(女)らしいですね』といった、良かれと思って発言した何気ない一言も、言った方は褒め言葉のつもりかもしれませんが、言われた本人は、自分はニセモノだと言われているように感じてしまうことがあります。

自然に接客するためには、LGBTQの人たちが置かれている環境や考え方を理解していないと難しいでしょう。不動産会社の担当者であれば、家賃滞納のリスクヘッジのために詳しくプロフィールや本人確認をすることも必要でしょうが、いきなり立ち入ったことまで聞かれるのは誰だって嫌なものです」

三浦さんたちは、LGBTQ当事者に関するイベント開催や「住まいのプロジェクト」実施のほか、不動産会社をはじめとする企業にもコンサルティングを行っています。企業向けの講演ではLGBTQの人たちについて最低限理解してもらうために、ハラスメント問題・法的問題・同性婚について、社会や世界全体の考え方がどのように進んでいるのかを詳しく話すそう。マイノリティの人たちの特徴だけでなく、取り巻く社会環境の両方についてよく知ることが、差別や偏見のない社会につながっていくことを示しています。

カラフルチェンジラボが企業を対象に講演を実施したときの様子。LGBTQフレンドリーな企業を増やしていくには、まずは事実を知ってもらうことが大切というスタンスで続けている(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

カラフルチェンジラボが企業を対象に講演を実施したときの様子。LGBTQフレンドリーな企業を増やしていくには、まずは事実を知ってもらうことが大切というスタンスで続けている(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

これからのLGBTQフレンドリー企業、そして社会に望むこと

三浦さんたちが実施する住まいプロジェクトの協力企業も数社に増えてきましたが、全国にある何万もの不動産会社の中では、まだまだLGBTQの人たちへの理解が広まっているとはいえません。

カラフルチェンジラボがコンサルティングを依頼される不動産会社にヒアリングをすると「LGBTQの人たちへの取り組みを特別に行う必要があるのか」「LGBTQ当事者だと言ってくれれば、配慮して対応するのに」といった回答も多いそうです。しかし、何が問題なのかを正しく理解して能動的に行動しなければ、いつまでも社会は変わらないし、解決しないのです。

「企業が積極的にLGBTQに歩み寄らなければ、偏見に晒されるリスクがあるため、住まい探しの相談もできない人はたくさんいます。そこを理解しなければ、LGBTQの人たちが安心して住める、暮らせる社会は実現しないでしょう。

私は、LGBTQの社会参画によるマーケットへの影響は大きいと思っています。電通ダイバーシティ・ラボの『LGBTQ+調査2020』では、理解が進まないことで機会を損失していたり、当事者が消費に消極的になっている商材・業界の規模は5兆円を超えるともいわれています。また、当事者ではない人においても、約45%がLGBTQフレンドリーな企業の商品やサービスを利用したいと回答しているのです」

さらに三浦さんは「LGBTQの人たちが晒されている問題に取り組むことは、差別や人権の問題に取り組むのと同じこと」だと続けます。

「コンサルをしている企業がLGBTQ当事者への取り組みを行うと、副産物として必ずといっていいほど『サービスの質が向上した』『コミュニケーションが活性化した』という評価をもらいます。自分を知り、他者への配慮を学ぶことはLGBTQの人たちに限らず、障害をもつ人、高齢者など、全ての人がその人らしく生きることが当たり前の社会となるために、必要なことだからです」

来場者数1万人を超えた九州レインボープライド2022のステージ(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

来場者数1万人を超えた九州レインボープライド2022のステージ(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

LGBTQの人たちへの居住支援においては無知や偏見が主な原因となるため、適切な知識を身に付けた上で取り組まなければ、個人や企業の自己満足になりかねません。また、LGBTQフレンドリーを示す店舗や会社があることは、LGBTQ当事者にとって相談しやすい指標となる一方で、それを表明した以上、LGBTQの人たちの気持ちを理解した対応をする責任がともないます。

三浦さんの言葉の通り、自分と他者への理解を深めることで、全ての人が生きやすく、住みやすい社会にしていきたいものですね。

●取材協力
NPO法人カラフルチェンジラボ

高齢者・外国人・LGBTQなどへの根強い入居差別に挑む三好不動産(福岡)、全国から注目される理由とは

日々の生活を送る上で、安心して暮らせる場所があることは重要です。しかし、高齢者や低所得者層、外国人など、住まいを探してもさまざまな事情により入居先を確保することが困難な人たちの問題が今も存在します。
福岡県を中心に活動している三好不動産は、持続可能な社会の実現に向けて、「すべての人に快適な住環境の提供を」のマインドを常に持ち続けています。三好不動産の川口恵子さんと原麻衣さんに取り組みや、その思いについて、話を聞きました。

「お客様が希望する住環境を提供できない」不動産賃貸業界における問題

福岡のまちには、企業や大学が多く存在します。また、地の利も良いことから、海外からの留学生や移住者、日本で仕事をする人も増え、投資の対象としても注目されてきました。

下図は福岡市が民間賃貸住宅事業者に対して行ったアンケート結果(「福岡市住宅確保要配慮者賃貸住宅供給促進計画(2019年3月)」より抜粋)です。2016年時点で実に67.5%の民間の不動産会社が「入居を断ることがある」と答えており、その対象として「外国人」「ホームレス」「高齢者世帯」では3割以上の会社で入居を制限しているという実態がありました。

家を探そうとしても、断られてしまう人たちがいる(画像提供/福岡市)

家を探そうとしても、断られてしまう人たちがいる(画像提供/福岡市)

「当社は『すべての人に快適な住環境の提供をしたい』という基本姿勢のもと、かねてより高齢者や外国人、DV被害者、災害時の住宅提供など、さまざまなニーズにいち早くお応えしてきました。住まい探しに困っている方がいるのであれば、なんとか力になりたいといった社風があります。どのような方がお部屋探しにいらっしゃっても、基本的にお断りすることはありません」(原さん)

すべての人に快適な住環境の提供を!三好不動産が舵を切った分岐点

三好不動産はもともと多様性には理解のある社風でしたが、中でも社員の意識が大きく変わったきっかけがあったといいます。それは、2008年にプロジェクトを立ち上げ、外国人の入居希望者を積極的に受け入れるようになったこと。原さんは、当時のことを「“ありとあらゆる人たちに住環境を提供するのだ”と、社員全員がはっきりと意識する分岐点になった」と感じているそうです。

外国人の従業員も採用するようになり、現在は中国、ベトナム、ネパール、韓国出身の13名が三好不動産で働いており、このうち9名が宅地建物取引士の資格を取得しています。

「2008年当時、福岡で外国人に物件を紹介していた不動産会社は、三好不動産だけだったような気がします。他社よりも外国人への理解はそれなりにあると思っていたのですが、新たに外国人スタッフが加わったことで、今まで当たり前と思っていたことに対して『私の国ではこうです』と指摘され、文化の違いを知ることもあり、お互いの凝り固まった見方とはまた違った考え方や“世界から見た日本”の視点に気付かされることが、たくさんありました」(原さん)

現在、三好不動産が支援する住宅確保に配慮が必要な人たちは、多岐にわたります。外国人や高齢者、LGBTQ、DV被害者、被災者など、抱える問題や事情に違いはあれど、対応していこうとする姿勢に変わりはありません。

「身寄りがないなどの理由で賃貸住宅を借りることが困難な高齢者など、通常の契約が難しいケースでは、自社で設立したNPO法人が、オーナーと借主の間に入って住宅を提供しています。身寄りのない方とも面談をして、一人で生活するのに支障がないことを確認した上でお部屋を紹介することが可能です」(川口さん)

三好不動産が設立した介護賃貸住宅NPOセンターを介したサービス。「身寄りがない」「高齢だから」などの理由で一般の住宅に入居しづらい人と、空室に悩むオーナーをつなぐ(画像提供/三好不動産)

三好不動産が設立した介護賃貸住宅NPOセンターを介したサービス。「身寄りがない」「高齢だから」などの理由で一般の住宅に入居しづらい人と、空室に悩むオーナーをつなぐ(画像提供/三好不動産)

「問題の根本は何なのか」「足りない点は何なのか」を勉強することから始めたLGBTQの居住支援

LGBTQの人たちも、不動産会社側の偏見や理解不足、知識不足から、部屋探しにはさまざまな壁があるようです。LGBTQの居住支援の担当者となった原さんと広報の川口さんは、まずLGBTQの人たちが抱える悩みごとや問題点は何なのか、勉強するところからスタートしました。

「LGBTQ専用のサービスの必要性や所得が低いために生じる問題はほとんどなく、多くは理解のないことや知識不足に起因します。知識と相互理解によって、齟齬のないようにしていくことが大事です」と話す原さん。よくある事例としては、パートナーと一緒に入居を希望した場合に、カミングアウトしていないため、親族に保証人を頼めないケースや、同性パートナーとの同居を、その関係性を打ち明けられず一人入居と偽って契約してしまうといったケースなどが挙げられます。

原さんたちは、まずは店舗にレインボーマークを掲げるなどLGBTQの方が相談しに来やすい環境づくりからはじめ、最近ではYouTubeチャンネルで情報を発信するなど、活動を広げていきました。そして、今では、どの店舗でもLGBTQの人の部屋探しに対応できるまでに。2016年10月~2022年10月の間の賃貸契約数は約120組、相談件数においては常時100件以上にのぼります。

社内勉強会の様子。「何が問題なのか」「何が足りないのか」、まずは知るところから取り組みが始まる(画像提供/三好不動産)

社内勉強会の様子。「何が問題なのか」「何が足りないのか」、まずは知るところから取り組みが始まる(画像提供/三好不動産)

店舗のドアに貼られたレインボーステッカーが、LGBTQフレンドリーである姿勢を示している(画像提供/三好不動産)

店舗のドアに貼られたレインボーステッカーが、LGBTQフレンドリーである姿勢を示している(画像提供/三好不動産)

行政や異業種とのタッグも!取り組みがもたらした変化

三好不動産では、住まいの確保に困難を感じている人たちと、オーナーさんが貸し出すことを承諾した管理物件とをつないで、契約を結んでいます。行政から相談を受けたり、調査や講演などへの協力を要請されたりすることも少なくないそう。

「LGBTQ支援をはじめ、さまざまな活動を通して、不動産業界以外の企業や団体から『三好不動産のLGBTQの取り組みを話してほしい』などの依頼をいただくこともあります。福岡市パートナーシップ宣誓制度の導入を受け、福岡市に後援いただいて当社が主催したセミナーも4回にわたりました」(原さん)

活動を通じて、同じ方向を見ている企業や行政とは、業種を超えて新たな取り組みにつながっていく、良い循環ができているようです。

福岡市高島市長より、LGBTQをはじめとする性的マイノリティ支援に取り組む企業として、ふくおかLGBTQフレンドリー企業登録証が直接手渡されたときの様子。行政から相談を受けることも多い(画像提供/三好不動産)

福岡市高島市長より、LGBTQをはじめとする性的マイノリティ支援に取り組む企業として、ふくおかLGBTQフレンドリー企業登録証が直接手渡されたときの様子。行政から相談を受けることも多い(画像提供/三好不動産)

他社でできないことが三好不動産ならできる、その理由は?

三好不動産で行っている、住まい探しに配慮が必要な人たちに寄り添う取り組みについては「取り組みを始めたけどなかなかうまくいかない」と話す会社も多いそうです。それはどうしてなのか、という疑問を原さんにぶつけてみました。

「何のためにやるのか、そもそもの方向性が違うのだと思います。住まいを求めるお客さまの目線から入っていくことに従業員一人ひとりの発見があるのです。世の中から評価されるために、例えば『SDGsが世の中で評価されているからやる』という視点で見てしまうと、見えるべきものも見えなくなるのではないかと感じます」(原さん)

原さんたちは「いつかは取り組まなくてはならないことだから」と、見切り発車でも、まずは動いてきたと言います。まだ先を完全に読みきれない不安もある中、「失敗を恐れて何もしないよりは」と行動することで取り組みを推し進めてきました。

また、三好不動産の各部署では、自主的に研修会や勉強会を企画・開催し、社内だけでなく社外向けに発信する機会も多くもあるそうです。一人ひとりが受け身ではなく、能動的に動くことこそが、他社ではできないことを可能にしているのではないでしょうか。

九州レインボープライドのブースにて(画像提供/三好不動産)

九州レインボープライドのブースにて(画像提供/三好不動産)

原さんは会社全体のプロジェクトとしてLGBTQやDV被害者のお部屋探しの推進を担当していますが、三好不動産ではそれぞれの店舗でも、高齢者や災害被害者、LGBTQといった住宅確保に困難を抱える人の、住まい探しを支援しています。

「お客さまの身になって」「一人ひとりに寄り添って」。言葉で言うのは簡単です。しかし、本当に困っている人たちと向き合うには、知識も必要ですし、多くの人に理解をしてもらうための手間暇を惜しんではいけないのだと改めて感じました。それは、ボトムアップで意見のできる風通しの良い社風、そして、会社の利益だけでなく“お客さまのために何ができるか”で行動できる環境がそろっているからこそできることなのかもしれません。

そして活動の効果を実感するまでには長い年月がかかるといいます。原さんたちが明らかな変化を感じたのが、2016年から参加している、性的少数者をはじめとするすべての人が自分らしく生きていける社会の実現を目指す啓発イベント「九州レインボープライド」にブースを出店したときの来場者の反応だそう。最初はLGBTQなどの当事者、行政、NPOなど、LGBTQの問題に直接的に関わる人や団体の参加が多く、「どうして不動産会社がここにいるの?」と不思議そうな顔をされたそうですが、2022年の開催では、来場者から「応援しています」「三好不動産の活動、知っていますよ」など、激励の言葉をたくさんもらったのだとか。地道な活動が、少しずつ形になり、実を結びつつあるということでしょう。

●取材協力
株式会社三好不動産

高齢者や外国人が賃貸を借りにくい京都市。不動産会社・長栄の「入居を拒まない」取り組みとは

国内外から多くの観光客を呼び込む京都のまちに、市内の賃貸管理物件数で多くのシェアを誇る株式会社長栄(以下、長栄)という不動産管理会社があります。長栄は長年にわたり、高齢者や外国人など、賃貸物件への入居が難しい人たちへのサポートを実施してきました。賃貸物件の入居や日々の生活に困難を感じる人を支援するためには、どのような体制や仕組みが必要なのでしょうか。長栄の奥野雅裕さんに話を聞きました。

観光地として国内外から注目を浴びる京都市ならではの住まい事情

奥野さんによれば、さまざまな理由で入居に困難を感じる人がいるなかで、特に京都のまちがもつ特徴から支援が必要だと感じられるのは、高齢者・子育て世帯・外国人の人たちだと言います。

「背景の一つとして、京都市の物件価格の高さが挙げられます。もともと盆地で人が住みやすい条件を満たす土地が限られる中、古くからの建造物や歴史的価値の高い建物も多く、新しい住宅を建てられる場所が、ごくわずかしかありません。提供できる住宅の数が少なければ価格が上がり、それに紐づいて市場が高騰するという悪循環が生じてきました」(奥野さん、以下同)

京都府内の賃料は高止まり状態が続いていて、住宅弱者の住まい探しをより困難にしている(画像提供/長栄)

京都府内の賃料は高止まり状態が続いていて、住宅弱者の住まい探しをより困難にしている(画像提供/長栄)

数が限られた住宅、特に賃貸物件においては、高齢による孤独死などのリスクを不安に思う大家さんが、高齢者の入居を断ることが多々ありました。

また、京都というまちのブランド力により、不動産投資の対象として外国人投資家などからの注目度が高いことも住宅価格を押し上げる要因です。それゆえ、一般の子育て世帯が住宅を購入しづらい点が指摘されています。

そして、京都には大学が多く存在し、留学生の積極的な受け入れに舵を切ったことから、海外からの学生が急激に増えました。ただでさえ賃貸物件数が限られる中、外国人が身寄りのない日本で住居を確保するのは、なかなか難しい状況になっているのです。

「コロナ禍で情勢が変わったのは間違いありませんが、京都市内の住まいの需要は減っていません。売買価格や賃料は高止まりしている状況です」

長栄が主催する外国人留学生に向けた、日本の慣習やルールの説明会。慣れない国での暮らしをスムーズに送るためのサポートを行なっている(画像提供/長栄)

長栄が主催する外国人留学生に向けた、日本の慣習やルールの説明会。慣れない国での暮らしをスムーズに送るためのサポートを行なっている(画像提供/長栄)

市内の不動産会社との連携で住宅弱者の問題に取り組む

このような背景をもとに、「京都の不動産会社には、協力して住宅確保の問題に取り組んで行こうとする会社が多い」と奥野さんは言います。

今回お話を伺った、奥野雅裕さん。賃貸管理部門で12年間経験を積んだ後、顧客サービス部門で日本人、外国人を問わない、入居者に喜ばれるサービスを構築。長期入居者の増加や入居者のニーズに沿ったスキーム、物件の改善に取り組んでいる(画像提供/長栄)

今回お話を伺った、奥野雅裕さん。賃貸管理部門で12年間経験を積んだ後、顧客サービス部門で日本人、外国人を問わない、入居者に喜ばれるサービスを構築。長期入居者の増加や入居者のニーズに沿ったスキーム、物件の改善に取り組んでいる(画像提供/長栄)

京都市は2012年に「すこやか住宅ネット」の愛称で居住支援協議会を立ち上げました。これは、住宅セーフティネット法(住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律)に基づき、住宅確保に配慮が必要な人が円満に民間の賃貸住宅へ入居できる環境を整えるため、行政と民間企業が一体となって取り組んでいく組織です。

京都市は、不動産会社や家主に対して高齢であったり障がいがあったりすることだけを理由に入居を拒否しないよう指導するなど、入居に困難を抱える人を受け入れていくよう説明する機会を積極的に設けています。

「協議会メンバーである不動産会社が中心となって、セキュリティー会社と連携したり、IoT機器を使ったりして、家主が安心して高齢者を受け入れられる環境を作り、高齢者の入居を受け入れてもらうことにも取り組んでいます。当社は協議会立ち上げ当初から関わり、ほかの不動産会社への情報共有や勉強会・セミナーなども行ってきました」

京都市の居住支援協議会、「すこやか住宅ネット」では行政と不動産会社が共に、高齢者や障がい者といった住宅弱者の住まい探しや、暮らしに寄り添う取り組みを行なっている(画像提供/京都市住宅支援協議会)

京都市の居住支援協議会、「すこやか住宅ネット」では行政と不動産会社が共に、高齢者や障がい者といった住宅弱者の住まい探しや、暮らしに寄り添う取り組みを行なっている(画像提供/京都市住宅支援協議会)

「入居を断らない」ことが、大家さんの収益最大化につながる

住宅確保に配慮が必要な人への支援を継続していくには、一時的なものではなく、事業として成り立たなくてはなりません。

「私たちが目指しているのは、家主さんの収益の最大化との両立です。当然のことながら、高齢者、外国人、低所得者だからと言って入居をお断りしていては、家主さんの収益の機会損失になります。入居のハードルが下がれば、入居者さんが増え、家主さんの収益にもつながるというのが、私たちの考えです」

基本的に「入居を希望する人を断らない」のが、長栄のスタンスだそう。だからと言って、やみくもに入居を推し進める訳でありません。

「家賃保証とそのための審査は、不動産の管理・運営をしていく上での肝となる業務です。当社の管理物件に入居される際はほとんどの場合、グループ内の保証会社が対応しています」

必要があれば、入居者と契約前に個別に面談を行って自分たちで審査することも。高齢者の孤独死をはじめ、大家さんにとってリスクの高い人には、「特約」を設けるなど個別対応し、リスクヘッジを図りながら入居を促進するのが長栄のやり方です。

また、高齢者には、セキュリティー会社と連携した見守りサービスの提供、外国人には、各種手続きのサポートやトラブルを避けるための説明会を開催するなどしています。万が一、家賃の滞納が続く場合は、入居者の母国語を話せる外国人スタッフが、事前に取得している母国の連絡先に連絡して対応するなどの解決策を講じています。

高齢者の見守りサービス「ベルヴィシルバーあんしんサポート」。70歳以上の人が単身で入居する際に加入することで、スムーズに入居ができる(画像提供/長栄)

高齢者の見守りサービス「ベルヴィシルバーあんしんサポート」。70歳以上の人が単身で入居する際に加入することで、スムーズに入居ができる(画像提供/長栄)

「入居者ファースト」のサービス会社であることが会社の“幹”

「今後の課題は、住宅確保に配慮が必要な方たちが安心して、長く住んでいただける状況をつくっていくことです」

入居者に長く住んでもらえば収益も安定するので、長栄は入居率を重視しています。現在管理している物件の入居率は、実に96.31%(2022年11月30日時点)と業界平均を大きく上回る状態です。しかし奥野さんは、目先の利益を上げるために、手数料収入さえもらえれば良いと考えている、“不動産屋さん”的な考え方の不動産管理会社が、まだまだ多いと感じているそうです。

「私たちの収益の源泉は入居者さんがお支払いいただく家賃です。入居者さんのために何ができるか、私たちの仕事はサービス業であるという考えが事業の『幹』にあります」

この考えは、長栄の全社員が入社した頃から叩き込まれているといいます。マニュアル通りにはいかないこともたくさんあり、それらにどう対応していくかは日々トレーニングだとも。

「入居者お一人おひとりが本当に困っていることが何なのかを丁寧にうかがって、私たちが解決のためにできることを、しっかりと構築していきたいと考えています」

京都は観光地としての知名度や学校が多いことから外国人も多く、土地や住宅の高騰で、高齢者やひとり親世帯の住宅弱者が多い土地柄。今後も居住支援を長く継続していくには、家主をはじめ周囲の理解と同時に不安を取り除くことが必要です。

そのためには、リスクヘッジをしっかりと行い、万が一のトラブルが起こっても対応できる、仕組みや体制を整えることが大事で、その幹となる心構えがあって初めて居住支援の輪が広がっていくのだと感じました。

●取材協力
株式会社長栄

障がい者と健常者がともに働き、助けあう草分け的存在「わっぱの会」。街のパン屋から多事業展開へ40年の軌跡

「障がいをもつ人も、もたない人も共に生き、働ける場を」というコンセプトを掲げ、1971年から活動を開始したわっぱの会。その事業の一つである「わっぱん」は共働事業所で働く人たちがつくる無添加のパンです。
わっぱの会が障がいのある人とない人が共に生きていく世界を目指し、活動を続ける理由やその取り組み、住まいに関わる支援について、わっぱの会の斎藤縣三さんに話を聞きました。

障がいのある人たちがつくる、無添加国産小麦のパン「わっぱん」って?

「わっぱん」とは、名古屋を拠点に展開しているパン屋さんです。手作業を重視し、材料にはなるべく添加物を使用せず、遺伝子組換えではないものなど、自主基準を設けこだわっています。

もちろん、使用するカスタードクリームやジャム、つぶあんなどもすべて手づくり。自分たちが信頼できるもの以外は入れない、お手ごろな価格で安心安全なおいしいパンを届ける。そんなパンに込めるつくり手の姿勢は、わっぱんの事業を開始して以来、地域の人々に支持され、愛され続けています。

体に悪いものは入れない。安心でおいしい「わっぱん」のパンは地域の人に長く愛されている(画像提供/わっぱの会)

体に悪いものは入れない。安心でおいしい「わっぱん」のパンは地域の人に長く愛されている(画像提供/わっぱの会)

わっぱんのもう一つの大きな特徴は、障がい者と健常者が一緒に働くパン屋であること。今ではそのような業態はたくさんありますが、わっぱんの事業を開始した1984年当時としては大変珍しく、先駆けでした。わっぱんの誕生について、経営母体である「わっぱの会」の斎藤さんはこう話してくれました。

「わっぱんの事業を始めるまでは内職や移動販売などの仕事をしていましたが、収入は限られたものでした。事業として成立する形で障がいのある人に仕事を提供したいと考えたとき、手作業を活かせて、自立して生活できるだけの収入を得られる仕事として行き着いたのがパン屋だったのです。当時は全国で初めて障がい者と健常者が一緒にパンをつくって地域の人たちに買ってもらうという、時代に先駆けた取り組みでした」

手仕事にこだわった丁寧なパンづくり(画像提供/わっぱの会)

手仕事にこだわった丁寧なパンづくり(画像提供/わっぱの会)

地域の中で地域と共に。「ソーネおおぞね」の誕生

わっぱの会では、これまでの福祉サービスの域を超えて、地元の人たちとの交流や社会参加を重視した、地域に根付いた取り組みを大切にしています。その一つのモデルケースとなる施設が「ソーネおおぞね」です。リサイクルセンター、ショップ、ダイニングカフェ、フリースペース、住まいをはじめ小さなことから相談できる「相談所」の五つの機能をもつ複合施設になっています。

ソーネおおぞね内のショップ。わっぱんのパンや愛知の特産品、有機野菜などの幅広い品揃え(画像提供/わっぱの会)

ソーネおおぞね内のショップ。わっぱんのパンや愛知の特産品、有機野菜などの幅広い品揃え(画像提供/わっぱの会)

大曽根団地の中にあったスーパーの跡地を利用してつくられたソーネおおぞね。団地の過疎化が進み、空き部屋がたくさんある状況下で、団地の荒廃を食い止め、地域の人たちも参加できる施設にしたいという思いがあった(画像提供/わっぱの会)

大曽根団地の中にあったスーパーの跡地を利用してつくられたソーネおおぞね。団地の過疎化が進み、空き部屋がたくさんある状況下で、団地の荒廃を食い止め、地域の人たちも参加できる施設にしたいという思いがあった(画像提供/わっぱの会)

ソーネおおぞねでは、地域と連携して、団地内の空き部屋を借り受けて改修を行い、住宅弱者に貸し出したり、障がい者のグループホームの運営も行っている(画像提供/わっぱの会)

ソーネおおぞねでは、地域と連携して、団地内の空き部屋を借り受けて改修を行い、住宅弱者に貸し出したり、障がい者のグループホームの運営も行っている(画像提供/わっぱの会)

地域住民が一緒に参加する夏祭りを開催したり、キッズスペースをつくって子育て世帯も気軽に訪れることができるようにしたりと工夫を凝らしました。リサイクルセンター「ソーネしげん」での資源の買取にはポイント制を導入し、敷地内のダイニングカフェでそのポイントを利用できるようにしたりしたところ、ソーネしげんの会員は現在4000人を超えるまでに増えています。遠くからも車でやってくるほど、地域を超えて多くの人に受け入れられるようになりました。

ソーネおおぞね内にあるリサイクルセンター「ソーネしげん」。分別した資源を持ち込んで買い取ってもらうことができる(画像提供/わっぱの会)

ソーネおおぞね内にあるリサイクルセンター「ソーネしげん」。分別した資源を持ち込んで買い取ってもらうことができる(画像提供/わっぱの会)

リサイクルセンターとカフェにポイント制を取り入れた仕組み(画像提供/わっぱの会)

リサイクルセンターとカフェにポイント制を取り入れた仕組み(画像提供/わっぱの会)

障がい者と健常者の共生・共働を目指し、「一人で暮らしたい」「働きたい」に寄り添う

障がい者の「自立して暮らしたい」「社会の一員として働きたい」という想いに寄り添いつつ、障がい者と健常者のスタッフの生活を成り立たせていくのは簡単ではありません。現在、わっぱの会は事業による収入のほか、寄付や助成金などで運営を持続している非営利法人組織となりました。展開する事業の数は33に及び、年間の事業高は15億円にのぼります。それらは全て、今困っている人たちには何が必要かを考えて、発展していった取り組みです。

ほかにも、企業への就労支援や職業訓練、生活支援、居住支援なども積極的に行ってきました。年間に200名以上の就職を実現し、その実績が評価されて、ハローワークから就職先を探す依頼を受けることも多いそう。

「障がい者は『働きに行く』という意識が芽生え、お金を稼ぐ実感を得られるようになり、一緒に働く健常者は、新たな気づきや生きがいを見出している人が多いようです」

障がい者と健常者がともに働く場はパン屋、リサイクルセンター以外にも多岐にわたる。障がいがあっても働けることを理解してもらい、就職先を開拓する取り組みも行っている(画像提供/わっぱの会)

障がい者と健常者がともに働く場はパン屋、リサイクルセンター以外にも多岐にわたる。障がいがあっても働けることを理解してもらい、就職先を開拓する取り組みも行っている(画像提供/わっぱの会)

生活・仕事・福祉のお悩みも気軽に相談できる地域の相談所を運営(画像提供/わっぱの会)

生活・仕事・福祉のお悩みも気軽に相談できる地域の相談所を運営(画像提供/わっぱの会)

障がい者だけにとどまらない、わっぱの会の居住支援

2010年代の後半には居住支援法人制度の認定を受け、住まい探しの専門センターを設立。障がい者以外の生活困窮者からも多くの相談が寄せられています。

児童養護施設を18歳で退所した若者や、家族関係によって自宅が安心できる環境にない学生に寮として提供している建物(画像提供/わっぱの会)

児童養護施設を18歳で退所した若者や、家族関係によって自宅が安心できる環境にない学生に寮として提供している建物(画像提供/わっぱの会)

「最初は住まいを紹介するだけでしたが、障がいのある人の入居は大家さんも二の足を踏むことが多く、今は連帯保証人がいても保証会社がつかないとなかなか貸してもらえません。そこで私たちは、債務保証会社と協定を結び、わっぱの会が支援する人には、保証会社を付けられるようにしました」

それでも、家賃の滞納や近隣へのトラブルがあるのではないかなど、障がい者への偏見から部屋を貸したがらないオーナーは未だ多く存在するそうです。対策として、わっぱの会がオーナーから部屋を借り受けてリフォームし、貸し出すことにも取り組んでいます。また、わっぱの会が間に入って身元の保証や定期的な安否確認、死後事務まで行うことで、オーナーさんの不安を軽減しているのです。

障がい者やサポートを必要とする人たちへの事業は多岐にわたっている(画像提供/わっぱの会)

障がい者やサポートを必要とする人たちへの事業は多岐にわたっている(画像提供/わっぱの会)

わっぱの会が目指すもの。地域共生の未来とは

斎藤さんが学生だった1970年ごろ、障がい者は山奥の施設など、まちなかとは離れて社会と接しにくい場に置かれるれることが多くありました。その現実に疑問と憤りを覚え、健常者も障がい者も共に暮らし、働ける場所をつくろうと立ち上げたのが、わっぱの会です。

「共生・共働という考え方は、以前と比べて普通に使われるようになってきました。しかし、世の中で広く使われている言葉の意味は、私たちが考えるものとはズレがあるように思います。介護福祉事業への企業参入も増えてきましたが、障がい者に寄り添うことが目的ではなく、行政から補助金を得たり、利益を生み出すための手段として利用しているのではと疑わざるを得ないケースが増えています。

私たちの地域相談窓口に来る人には、障がい者以外の人たちも増えていて、かつては地域の中の支え合いで解決していたことも回らなくなって、今まで以上に地域が疲弊していると感じます。障がい者、健常者、生活困窮者といった枠を超えた福祉が今こそ必要で、そのためには地域をつなぎながら新しく地域を再編していく覚悟が欠かせません」

わっぱんでは、健常者と障がい者合わせて70名近くが同じ仲間として働いている(画像提供/わっぱの会)

わっぱんでは、健常者と障がい者合わせて70名近くが同じ仲間として働いている(画像提供/わっぱの会)

わっぱの会では職員と利用者といった、提供する側と享受する側に分けるような、従来の福祉サービスからの脱却を目指しています。障がい者もただサービスを受けるのではなく、関わる誰もが等しく会費を負担し、共同運営していく、生活と共働を支えるような組合のような組織。そして、成果主義ではなく、みんなで成果を分かち合っていく関係の構築を考えているそうです。

さらに、今後も支え合いを実践しながら活動を持続していくには、障がい者も健常者も生活できる事業として成立するだけのお金が巡る仕組みも欠かせません。枠にとらわれない支援の仕組みづくりと普及が急務とされるなか、わっぱの会の取り組みは一つのモデルケースになりそうです。

●取材協力
わっぱの会
わっぱん
ソーネおおぞね

コロナ禍で住まい失ったシングルマザーを支えたい! 入居・生活支援で貧困の連鎖断ち切る「LivEQuality HUB」の挑戦 名古屋

コロナ禍における女性の非正規雇用の大幅減少の影響は、シングルマザーの経済的困窮を招き、最後の砦だった“住まい”を手放さなければならない人が増えました。さらにそこから始まる子どもへの貧困の連鎖。この連鎖を断ち切るために、母子家庭を対象とした、住まい探しから入居・生活支援までを行っているのが、NPO法人LivEQuality HUB(リブクオリティ ハブ)です。その立ち上げの経緯や、支援活動への思いなどを取材しました。

貧困へのスパイラルを断ち切るには、まず“住まい”から

緊急事態宣言が発出された2020年4月、前月に比べて就業者数が大幅に減少したことは、世の中に大きな影響を与えました(男女共同参画白書平成30年版より)。特に飲食サービス業や娯楽業などの非正規雇用への打撃は深刻で、半数近く(※)が非正規雇用のシングルマザーは「経済的なゆとりがない」と答えた人が75.4%にのぼるなど、厳しい生活環境を強いられている現実が明らかになっています(日本労働組合総連合会「非正規雇用で働く女性に関する調査2022」より)。

※「パート・アルバイト等」43.8%(厚生労働省「平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果報告」)

このような社会情勢を背景に2022年1月26日、まさにコロナ禍での立ち上げとなったNPO法人LivEQuality HUB。“暮らしを豊かにするネットワーク”という意味を持つ法人名で、シングルマザーの支援が主な活動です。小さな子どもがいて頼れる人がいない。住まいも仕事もない。これが子どもの貧困への負の連鎖の始まりです。その連鎖を断ち切るにはまず「住まい」が必要だと考えたのが、代表の岡本拓也さんです。

NPO法人LivEQuality HUB 代表 岡本拓也さん。公認会計士の資格を持ち、企業再生アドバイザリーとして活躍後、複数のNPO法人で理事や事務局長を歴任。2018年より父が経営していた建設会社の代表取締役に就任。2022年LivEQuality HUBを設立(画像提供/LivEQuality HUB)

NPO法人LivEQuality HUB 代表 岡本拓也さん。公認会計士の資格を持ち、企業再生アドバイザリーとして活躍後、複数のNPO法人で理事や事務局長を歴任。2018年より父が経営していた建設会社の代表取締役に就任。2022年LivEQuality HUBを設立(画像提供/LivEQuality HUB)

「先に仕事を見つけるべき、という考えもありますが、この負のスパイラルを断ち切るためには、まず住まいじゃないかと思うんです。住まいがないと行政からの支援を受けるための書類や、仕事を探すための履歴書に記載する住所が書けません。支援も仕事もないとなると、大家さんとしては、家賃滞納などのリスクを負いたくないと考え、部屋の貸ししぶりが起きるのです。だからこそ、まずはシングルマザーの住まい探しから活動を始めました」(岡本さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

偶然は必然。異業界とのつながりが活動の軸を支えることに

岡本さんに転機が訪れたのは39歳の時。名古屋市内で建設会社を営んでいた父が急逝。父にとって家族同然だった30名の社員を路頭に迷わせるわけにはいかないと、父の跡を継ぐことになりました。岡本さんにとっては、これまでまったく関わりのなかった建設業界。引き継いだ後の事業運営に関しても、かなり悩んだと言います。

「あれこれ迷いながら手探りでやっていましたが、結局は自分がやりたい軸は変わらず、社会に貢献していくということこそが、自分の人生の本分だとわかりました。建設会社だからこそ、貧困問題に対して私にできることがあるんじゃないかと思い、立ち上げたのがLivEQuality HUBです。

名古屋市内に66室の自社物件を持っており、修繕も可能なため、いつでも快適に住める環境を提供できるんです。この部屋を離婚前や外国籍のシングルマザーに使ってもらい、サポートしていくことを決めました。家賃は、入居者によって異なります。収入によっては通常の家賃で入っていただいている人もいますが、いくらまで家賃を下げれば親子で食べていけるかを細かく計算して決めています。自社物件を持っているからこそできることで、最大の強みです」(岡本さん)

岡本さんが社長を務める建設会社の自社物件。名古屋市内でも利便性のいい場所にあり、母子家庭が住みやすい好条件がそろう(画像提供/LivEQuality HUB)

岡本さんが社長を務める建設会社の自社物件。名古屋市内でも利便性のいい場所にあり、母子家庭が住みやすい好条件がそろう(画像提供/LivEQuality HUB)

部屋の一例(画像提供/LivEQuality HUB)

部屋の一例(画像提供/LivEQuality HUB)

住まいだけではダメ。生きていくための“つながり”を重視

住まいさえあれば安心して生活できるわけではありません。例えばDVなどで他県から逃げてきた方は、地域とのつながりがまったくない場所に住むことになります。住まいはあっても、その後に孤立してしまう。誰かが“伴走”してあげることが大事になります。LivEQuality HUBでは、この伴走の役割を担っています。住居というハード面は建設会社で確保し、その後のソフト面はLivEQuality HUBで支援する、ハイブリッドな組織体制とチームをつくり上げました。

「“お節介の循環”をつくるのが私たちの役目なんです。まずは住まいを確保することが大事ですが、そこから地域とのつながりをつくっていくことがさらに重要になります。孤独な育児は結局貧困に陥り、ひいては虐待につながるというのが現状なんです。

知らない土地に引っ越ししてきても、私たちNPOの仲間を通じて、自分に必要なつながりをつくる支援団体や、地域の人とつながっていくきっかけになれればと思っています。ただ雨露をしのげればよいというものではないですからね」(岡本さん)

支援を必要とするシングルマザーが地域とのつながりを持てるよう、丁寧なヒアリングを行い、課題の解決への道を一緒に探っていく(画像提供/LivEQuality HUB)

支援を必要とするシングルマザーが地域とのつながりを持てるよう、丁寧なヒアリングを行い、課題の解決への道を一緒に探っていく(画像提供/LivEQuality HUB)

コレクティブインパクト勉強会時の様子(画像提供/LivEQuality HUB)

コレクティブインパクト勉強会時の様子(画像提供/LivEQuality HUB)

本当の意味での自立サポートとは?本人の前向きな意欲を引き出す

岡本さんたちの活動には、行政との二人三脚が必要になります。ただ日本の法律上、離婚が成立しているか否かで利用できる制度が異なります。扶養手当をもらうにしても、ひとり親家庭支援を受けるにしても、離婚が成立していることが前提です。離婚成立まで伴走し、成立後に使える制度があれば、本人に申し込んでもらう。その背中を押すのが岡本さんたちの役目なのです。

「行政はあくまでも情報を提供するのみ。私たちが、こういう制度だったらこんな時にありがたいよね、だから申し込んでみましょう、と具体的に話を進めながら、シングルマザーの方が利用してみよう!と思うまで、背中を押しています」(岡本さん)

「外国籍のお母さんの場合は、状況を通訳してあげることも重要です。本人が日本語を話せないことで精神的に不安定になると、自分の状況を整理して説明することが難しい場合もありますから。そんなときには行政に同行して説明しています。日本語の話せない外国籍のお母さんが、お子さんの小学校の入学説明会で渡されたのは日本語の資料でした。結局何を準備すればいいのかわからない。私たちは一緒に学校に行き、教務主任の先生からもう一度説明を聞いて、お母さんと一緒にショッピングモールに行って、必要なものを買いそろえました。伴走支援です。
学校にも日本語が話せないことを伝えると、通訳用の機器を導入してくれたり、英語ができる先生を担任にしてくれたりと、受け入れ態勢を整えてくれました」と、居住支援コーディネーターの神さん。

LivEQuality HUB事務局の神朋代さん。シングルマザーの生活支援を担当。支援を必要とするシングルマザーに寄り添い、自立のサポートを行っている(画像提供/LivEQuality HUB)

LivEQuality HUB事務局の神朋代さん。シングルマザーの生活支援を担当。支援を必要とするシングルマザーに寄り添い、自立のサポートを行っている(画像提供/LivEQuality HUB)

「未来は自分で切り開いていける」。そう思ってもらえるまで伴走する

現在、LivEQuality HUBの主な活動範囲は名古屋市内です。名古屋でやっていることに意義があると岡本さんは語ります。

「東京は課題も多い分、支援のためのリソースも圧倒的に多い。逆に言えばやりやすいんです。東京都とそれ以外の町と区別してもいいほど違いがありますから。名古屋でうまくいけば、おそらく他のどの都市でも展開できると思いますし、広げたいと思っています。私たちは今、そのためのモデルづくりを行っていると考えています」(岡本さん)

「何の地縁もない名古屋にやってきて、一人で子育てをしなければならない不安は、想像以上に大きなものです。そこからいろいろな団体とつながり、仕事も友達もでき、何より子どもが楽しそうに学校に通っている。それがお母さんの幸せなんです。頑張っているお母さんが孤立しないようにサポートし、地域とつながっていくことで、未来は自分自身で切り開いていけるんだと知ってもらえることが私たちのゴールなのかもしれません」(神さん)

LivEQuality HUBのフラッグシップ施設「ナゴヤビル」にある事務所兼イベントスペース。仲間との出会いの場であり、語らいの場でもあり、ここから新たな一歩が始まる(画像提供/LivEQuality HUB)

LivEQuality HUBのフラッグシップ施設「ナゴヤビル」にある事務所兼イベントスペース。仲間との出会いの場であり、語らいの場でもあり、ここから新たな一歩が始まる(画像提供/LivEQuality HUB)

実際に支援を受けた外国籍のシングルマザーは、「住むところ、仕事の紹介など、日本語の読み書きができない私に代わってサポートしてもらいました」と話してくれました。

「何か困りごとが起こったときに寄りかかれる存在があることで、どれほど救われているかわかりません。
シングルマザーになって、希望をなくしたこともありました。それでも頑張ってこられたのは子どもを守らなければならない!という使命感があったからです。LivEQuality HUBのみなさんのおかげで仕事も見つかりましたし、友達もできました。何より、一歩踏み出すことの大切さを教えてもらったことで、生活がガラリと変わりました。
“ひとり親家庭は苦労の多い人生ではなく、強くなるための旅”
そう思えるようになりました」

LivEQuality HUBが立ち上がって8カ月。地域に溶け込み、笑顔で働き、子育てを楽しんでいるシングルマザーが一人、また一人と確実に増えています。“お節介”な岡本さんたちの活動は、まだ始まったばかり。さまざまな困難を抱えたシングルマザーが「助けてほしい」と駆け込める場所であり、とことん伴走しながらも決して手を出しすぎない、真の支援に徹するスタッフがいます。

「本当に困っている方は、自分で検索する余裕もありませんから」(岡本さん)

まずは、LivEQuality HUBのような活動をしている団体の存在を、一人でも多く、その支援を必要とするシングルマザーはもちろん、連携団体や行政に知ってもらうことこそが、大きな課題解決への一歩につながると強く感じました。

●取材協力
LivEQuality HUB

生活保護を理由に入居差別。賃貸業界の負の解消に取り組む自立サポートセンター「もやい」の願い

長引くコロナ禍で、仕事を失ったり、家賃を支払えない人が増えています。また以前から、生活保護受給者を入居拒否する入居差別はありました。連帯保証人がいないなどの問題もあります。こういった生活困窮者の住まい探しのサポートを行っている自立生活サポートセンター・もやいに、生活困窮者の住まい探しの現状と入居支援などについて取材しました。

生活保護受給者の住まい探しは難しい。入居を希望しても断られる入居差別の実態コロナ禍で困窮が深まったため、2020年4月から臨時の相談会を開催。公的制度の利用のための支援や、宿泊費・生活費を提供するなどのサポートを行っている(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

コロナ禍で困窮が深まったため、2020年4月から臨時の相談会を開催。公的制度の利用のための支援や、宿泊費・生活費を提供するなどのサポートを行っている(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

自立生活サポートセンター・もやいの名前の由来は、「もやい結び」という船を港に係留するときや、登山や救助活動で安全を確保するときのロープの結び方を表す言葉です。“船と船をつなぎあわせること”“寄り添って共同でことをなすこと”という意味があり、「日本の貧困問題を社会的に解決する」という理念を表しています。2010年からもやいの活動に携わってきた理事長の大西連さんは、生活困窮者による問い合わせ件数がコロナ禍前に比べて1.5倍以上に増えているといいます。

メディアからのインタビューを受ける大西さん。2022年には、地方新聞46紙と共同通信社が選ぶ「地域再生大賞」の優秀賞にもやいが選ばれたが、「もやいが必要のない世界」を目指し発信を続けている(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

メディアからのインタビューを受ける大西さん。2022年には、地方新聞46紙と共同通信社が選ぶ「地域再生大賞」の優秀賞にもやいが選ばれたが、「もやいが必要のない世界」を目指し発信を続けている(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

生活困窮者とひとくくりにいっても、ネットカフェに泊まりながら派遣で働く若者や、パートナーのDVから避難してきた女性、低年金・無年金の高齢者などさまざまな人がいます。年代は、10代~70代と幅広く、男女比は6:4で男性が多いですが、年々女性の数も増えています。

「6000件/年の問い合わせには、『生活費が足りない』『仕事が見つからない』という生活に関する相談のほか『住むところが見つからない』という住まいに関する困りごとも寄せられます。賃貸住宅に入居を希望する場合、入居審査を受ける必要があります。もやいの設立当初、審査で重要視されていたのは、収入や支払い能力のある連帯保証人がいること。ホームレスで仕事がなかったり、連帯保証人が見つけられないと、審査に通りませんでした。近年では保証会社の利用が一般的なので連帯保証人は必須ではありませんが、親族等の緊急連絡先が必要です。緊急連絡先は連帯保証人とは異なり法的な責任を問われるものではありませんが、依頼できる先が見つからず物件申込ができないという相談は多く寄せられます。入居を希望しても、生活保護だからという理由で断られる入居差別もあります」(大西さん)

連帯保証人を引き受けるなど、生活困窮者の住まい探しをサポート

設立当初、野宿者支援を行うなかで、連帯保証人を見つけられず賃貸住宅に入居できない問題に直面したもやいは、連帯保証人を引き受ける入居支援「もやい保証」の取り組みをはじめました。今までに、もやいが連帯保証人になったのは、延べ2400世帯。宅建免許を取得した2018年以降は、仲介を行う「住まい結び」で生活困窮者の住まい探しをサポートしてきました。

入居支援チーム。左から川岸夕子さん、東あさかさん、伊藤かおりさん。入居者、大家さん、管理会社、それぞれの利害を調整しながら、支援の形を模索している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

入居支援チーム。左から川岸夕子さん、東あさかさん、伊藤かおりさん。入居者、大家さん、管理会社、それぞれの利害を調整しながら、支援の形を模索している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

全体の問い合わせのうち、住まいが見つからない相談者に対し、身分証や携帯電話がない場合の取得方法、収入がなくて家賃が払えない場合の生活保護の利用についてアドバイスしています。

仲介担当の東あさかさんは、入居差別があるなかで住まいを探す厳しさを実感しています。

「生活相談後に希望があれば、不動産情報サイトを使って物件を調べ、不動産会社に問い合わせをします。生活保護を利用している方だと伝えると、当初は7割断られる状況でした。『生活保護相談可』という物件でも『受給理由』によるというケースは多く、精神障害のある方は断られることが多いという二重の差別もあります。入居拒否の理由はさまざまですが、『無職だと生活サイクルがほかの居住者と合わない』と心配される大家さんもいます。明確な理由はなく『トラブルを起こすのでは』という先入観もあるようです。一般の人が、さまざまな不動産情報サイトにアクセスし、自分で住まいを選べるのに対し、生活困窮者の選択肢はとても少ないのです」(東さん)

都営住宅や市営住宅など公的な住宅は老朽化していたり供給戸数が限られており、エリアによっては選択肢にならない場合も多いのです。行政は、生活困窮者向けの居住支援として、住宅セーフティネット制度を2017年にスタート。高齢者、障害者、子育て世帯など住宅の確保に配慮が必要な人が今後増加すると見込み、民間の空き家・空き室を活用して供給を促す取り組みです。「セーフティネット住宅情報提供システム」から誰でも検索できるようになっています。さらに2021年7月には、住むところに不安を抱えている人の相談窓口「すまこま。」のサイトがオープン。最近では、住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律(通称:住宅セーフティネット法)に基づき、都道府県が指定した団体(居住支援法人)が居住支援を行えるようになりました。

もやいでは、2017年から毎年、厚生労働省に対して、「生活保護制度の改善および適正な実施に関する要望書」を提出している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

もやいでは、2017年から毎年、厚生労働省に対して、「生活保護制度の改善および適正な実施に関する要望」書を提出している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

「社会的意識の高まりという面での前進はあると思いますが、『セーフティネット住宅情報提供システム』は、登録件数も少なく相談現場での現実的な選択肢にはなりません。『すまこま。』は、電話・メールなどからの相談を受けて、最寄りの該当窓口へつなぐもの。仲介は行っていません。生活保護の住宅扶助内では、新宿区や千代田区など家賃が高いエリアで物件探しが難しい実態もあります」(東さん)

生活困窮者に向けた居住支援は少しずつ広がりを見せていますが、まだ課題が山積みです。

「制度があっても現実に即していない場合があるのです。住宅確保給付金は、離職・廃業や所得の減少が受給条件の一つとなっているので、慢性的貧困に陥っているワーキングプアは使えません。月々の家賃の支払い能力があっても、転居のための初期費用が用意できず、やむなくネットカフェ暮らしをしている人もいます。公的補助による転居支援が必要とされています」(大西さん)

サロンや誰でも入れる互助会「もやい結びの会」を運営。孤立しがちな生活困窮者を息の長い支援で支えるもやいの事務所内で、誰でも立ち寄れる交流サロン「サロン・ド・カフェ こもれび」を運営(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

もやいの事務所内で、誰でも立ち寄れる交流サロン「サロン・ド・カフェ こもれび」を運営(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

週替わりランチ・おやつ、飲み物を提供していた。現在はコロナ禍での活動を模索中(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

週替わりランチ・おやつ、飲み物を提供していた。現在はコロナ禍での活動を模索中(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

もやいでは、新たな取り組みとして、2020年に、住居がない人のためにシェルターの運営を開始。アパート型のシェルターに住民票をおいてマイナンバーカードなどの身分証明書を取得するなど態勢を整えた上で、賃貸住宅に移ってもらおうというものです。

期間限定のモデル事業としてスタートした「もやいシェルター」だが、コロナ禍で困窮が深まったと判断し、2022年度も継続している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

期間限定のモデル事業としてスタートした「もやいシェルター」だが、コロナ禍で困窮が深まったと判断し、2022年度も継続している(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

保証人の担当をしている伊藤かおりさんは、「相談者との付き合いは、入居後の方が長い」と言います。

「不動産会社とトラブルがあれば間に入って対応をしています。入居しても、その後、孤立してしまう相談者もいますので、契約更新時には面談をするなどコミュニケーションを図っています。バースデーカードや年賀状、年4回の会報も郵送しています。会報には、切手不要のハガキを添え、近況を返信してもらえるよう工夫しています。コロナ禍に送ったお米には感謝の声が寄せられました」(伊藤さん)

「助けられるだけでなく、もやいの活動に参画するひとり」だと感じてほしいと、連帯保証人・緊急連絡先の引き受けを行った相談者は、すべて、『もやい結びの会』という互助会に属しています。もやいの事務所を開放した『サロン・ド・カフェ こもれび』や農業活動も行ってきました。今後、コロナ禍での交流をどうしていくか検討を進めています」

2021年4月にはじまった「もやい畑@藤沢」。藤沢市と協働して行っている。2021年度の開催回数は53回、延べ390名が参加。畑づくりをきっかけに新たな目標を見つける参加者も(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

2021年4月にはじまった「もやい畑@藤沢」。藤沢市と協働して行っている。2021年度の開催回数は53回、延べ390名が参加。畑づくりをきっかけに新たな目標を見つける参加者も(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

「もやい畑@藤沢」で収穫したじゃがいも。休憩時間は、持ち帰った野菜の食べ方などの会話で盛り上がる(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

「もやい畑@藤沢」で収穫したじゃがいも。休憩時間は、持ち帰った野菜の食べ方などの会話で盛り上がる(画像提供/自立生活サポートセンター・もやい)

「サロンや農業は自由参加です。ゆるく長く見守り続けるのがもやい流。『ここに来れば安心できる居場所があるんだ』と思ってもらえたら」と大西さん。

生活困窮者は遠い存在ではなく、身近に困っている人がいるかもしれません。「生活保護に先入観のある人も、知らずに出会っていたら、その人に違った印象を持ったでしょう。一面だけで判断しないでほしいのです」という東さんのメッセージが心に残っています。皆が安心して住めるように、関心を持ち続け、自分の意識から変えていくことが大切だと感じました。

●取材協力
・自立生活サポートセンター・もやい

賃貸物件を「借りられない」。障がい者や高齢者、コロナ禍の失業など住宅弱者への居住支援ニーズ高まる

コロナの影響で失業して住まいを追われる人、引越しをしようにも賃貸住宅を借りられない人が増えていると言います。また、障がいや高齢など、さまざまな理由から住宅の確保が難しい人が年々増え、いわゆる『住宅弱者』が社会問題になっています。

例えば、家を借りたくても連帯保証人がたてられない場合や、家賃が払えずに滞納してしまった場合など、連帯保証人の代わりや立て替え払いなどのサービスを提供する組織として「家賃保証会社」があります。また、各都道府県では、国が定める「居住支援法人制度」に沿って冒頭の“住宅弱者”といわれる人たちを支援する団体を「居住支援法人」に指定。各法人の得意な分野で居住支援活動を行っており、家賃保証をはじめ、賃貸物件を借りるうえで困りごとを抱えている人と、家賃滞納のリスクを避けたいオーナーさんの双方をサポートし、「安心」を提供することで、居住支援を行う法人があります。

この家賃保証会社と居住支援法人の両方の顔を持ち、千葉県を拠点に活動している会社が船橋市にある株式会社あんどです。あんどの共同代表である西澤希和子さんと友野剛行さん、そして現在、あんどの提供する「居住支援付き住宅」に入居しているまっちゃんさん(仮名)にお話を聞きました。

月1回の訪問が「うれしい」。住まいの提供にとどまらない居住支援

千葉県内の駅から徒歩8分ほど、築35年のマンションの2階にまっちゃんさんは住んでいます。もともと軽度の精神障がいを抱えながら、会社員として勤めていました。ところが、父親が亡くなってから家庭内のDVトラブルが勃発。3年ほど前にあんどに相談し、「トラブル解決にはまず家族との別居が必要」との判断から、転居を決意。いくつかの物件見学を行い、あんどの居住支援付き住宅に住むようになりました。

まっちゃんさんの部屋はワンルームタイプ。3年以上住んでいるとは思えないほど、綺麗でこざっぱりとした明るい住まい(撮影/片山貴博)

まっちゃんさんの部屋はワンルームタイプ。3年以上住んでいるとは思えないほど、綺麗でこざっぱりとした明るい住まい(撮影/片山貴博)

「これまでのトラブルをふまえ、家族には、当日まで引越すことを知られないようにして入居しました。しばらくは家族と離れたことによる安心と不安とが入り混じった状態。あんどの相談員さんに『まずは自分のことを優先した方がいい』とアドバイスをもらい、毎日の生活を整えることに集中したことで最近はようやく落ち着いて過ごすことができています」(まっちゃんさん)

あんどの相談員は月に1回の訪問。まっちゃんさんは「来てもらえるのがうれしいから、ついいろいろな話をしてしまう」と言います。部屋の隅には「緊急」と「相談」の大きなボタンのあるインターホンのようなものを発見。これは「HOME ALSOKみまもりサポート」の機器で、緊急時のガードマンの出動依頼ボタンのほかに、いつでも相談できるヘルスケアセンターにも繋がるそう。さらに、面談の上あんどの福祉担当者(相談支援専門員資格保有者)が必要と判断した顧客には、より手厚い見守り機器プランを提案します。そのプランでは、トイレのドアにセンサーをつけ、一定期間ドアが開閉されなければホームセキュリティ会社(ALSOK)のスタッフが異常事態と判断し、駆けつける仕組みになっているのです。

まっちゃんさんの部屋の隅に取り付けている「HOME ALSOKみまもりサポート」の機器(撮影/片山貴博)

まっちゃんさんの部屋の隅に取り付けている「HOME ALSOKみまもりサポート」の機器(撮影/片山貴博)

「入居者さんの安心」と「オーナーさんの安心」の両方を守る

これらの見守りサービスが付いていることで「入居者さんの安心はもちろん、オーナーさんの安心も守られる」と西澤さんは言います。

「近年、ここ1年はコロナ禍の影響も重なって『借りられない人』が増えています。家賃の滞納や孤独死などのトラブルを回避するために、オーナーさんが家賃保証会社との契約を必須にしている物件が多いのです。借りたいと思って入居の申し込みをしても審査に通らない。私たちはそのような人に対して、家賃保証とセットで見守りなどのサービスを提供しています。このサービスがあることで、オーナーさんにも安心して貸していただけるのです」(西澤さん)

このように賃貸物件を借りづらい人のことを、国の制度などでは一言で「住宅確保要配慮者」と表現しますが、借りられない理由はさまざまです。障がいがあることや高齢であることが背景にあれば、それぞれの状況に応じて生活上のサポートが必要になることもあるでしょう。

「私たちは家賃保証や見守りとともに、身元保証などの引き受けや、場合によっては入居する方のお金の管理をお手伝いすることもあります。パルシステム生活協同組合連合会さんと連携し、食材の配達時に安否確認をしてもらったり、さらに今年の5月からは万一の孤独死などの際にオーナーさんが抱える家賃損失や残置物の撤去、原状回復などのリスクに対応する保険を提供します」(友野さん)

パルシステムの利用料金は家賃と一緒にあんどから引き落とし。週1回の配達時に配達員が安否確認を行う(画像/PIXTA)

パルシステムの利用料金は家賃と一緒にあんどから引き落とし。週1回の配達時に配達員が安否確認を行う(画像/PIXTA)

「家賃保証」から始まったあんどの取り組み

このように、貸す人・借りる人両方の安心のために、サービスを提供しているあんどですが、会社の設立には共同代表である西澤さんと友野さんのバックグラウンドが大きく関係しています。

「私は不動産会社を経営しており、認知症を抱える人のためのグループホームなどを運営してきました。そのなかで、意思決定に困難を抱えて入居する方の権利擁護のために『後見』が必要であることを感じたんです。地域後見推進プロジェクトの市民後見人講座を受講した後、講師として活動。家賃保証がネックで借りられない人が増えていることを年々感じて各所に相談していた時に、友野と出会いました」(西澤さん)

西澤さんはあんどのほか、不動産会社の役員や全国住宅産業協会の後見人制度不動産部会としても活動している(撮影/片山貴博)

西澤さんはあんどのほか、不動産会社の役員や全国住宅産業協会の後見人制度不動産部会としても活動している(撮影/片山貴博)

友野さんは20数年前から福祉の仕事に携わり、知的障がいや精神障がいを抱えているにも関わらず社会福祉法人の施設に入れない人、退去を余儀なくされてしまう人を無認可施設で支える活動をしてきました。

友野さんはふくしねっと工房の代表として、障がいのある人の自立・就労支援を行ってきた(撮影/片山貴博)

友野さんはふくしねっと工房の代表として、障がいのある人の自立・就労支援を行ってきた(撮影/片山貴博)

「本を何冊か出版した後、全国から相談を受けるようになり、施設の数を増やしても追いつかない状況にありました。そしていつの間にか、自分よりも若いお母さんに『この子のことをよろしくお願いします』と言われていることに気がついたんです。このままだと年長の自分の方が先に老いて死んでしまう、できるだけ『自立できる人』を増やさないと先がないぞ、と感じていた時に、西澤から住宅の確保が困難な人たちが住まいを借りられるよう、家賃保証会社をやらないかと誘われました」(友野さん)

友野さんが代表を務める別会社の障がい者のための就労支援施設(写真提供/ふくしねっと工房)

友野さんが代表を務める別会社の障がい者のための就労支援施設(写真提供/ふくしねっと工房)

全国の居住支援法人や、さまざまな企業との連携がカギ

不動産と福祉という、西澤さんと友野さんの専門分野を活かして連携することで、住宅確保要配慮者向けの家賃債務保証という全国初のあんどのサービスは生まれました。創業後、あんどは千葉県の指定する「居住支援法人」にもなりました。これは、住宅セーフティネット法に基づいて、住宅確保に配慮を要する人たちの支援を行う法人として各都道府県が指定するものです。

居住支援法人制度の概要(資料/国土交通省)

居住支援法人制度の概要(資料/国土交通省)

居住支援法人として、また家賃保証会社としてさまざまな相談を受けるなかで、必要なサービスを付帯する住宅を提供することにしました。それが先に紹介した居住支援付き住宅です。ALSOK千葉と提携した「みまもりサポート」、パルシステム生活協同組合連合会と「安否確認付きの食材配達」、東京海上日動火災保険(株)とはオーナーさんのリスクを回避する保険の提供。実験的な導入として、ソフトバンクロボティクス(株)と感情認識ヒューマノイドロボット「Pepper(ペッパー)」を使った見守りやコミュニケーションの共同研究にも携わっています。

居住支援付き住宅は、オーナーをはじめ、提携団体や企業、ケアマネジャーなど、多くの人の連携によって運営されている(資料/あんど)

居住支援付き住宅は、オーナーをはじめ、提携団体や企業、ケアマネジャーなど、多くの人の連携によって運営されている(資料/あんど)

さらに、西澤さんは全国居住支援法人協議会の研修委員会の委員長として、全国の居住支援法人同士をつなげる活動を行いながら、弁護士や司法書士・行政書士などの士業の人々や東京大学との共同研究にも着手し、一般社団法人全国住宅産業協会にて後見制度不動産部会委員長として不動産後見アドバイザー資格制度の普及に努めています。多くの団体・専門家と連携することで、入居者さん・オーナーさんが現場で本当に必要なサービスを提供し、自社の収益にも繋げて継続できる仕組みを整えてきたのです。

西澤さん(右)が市民後見人養成講座の講師も務めていることで、多くの専門家や団体とのネットワークが構築されている(写真提供/地域後見推進プロジェクト)

西澤さん(右)が市民後見人養成講座の講師も務めていることで、多くの専門家や団体とのネットワークが構築されている(写真提供/地域後見推進プロジェクト)

現在、あんどの活動は全国に広がり、岡山県などにも居住支援付き住宅があるそう。
冒頭で紹介したまっちゃんさんは「コロナが落ち着いたら、亡くなった父との思い出の場所に旅行したい」「いまは簿記2級を取得するために勉強中」だとこれからの希望を語ります。筆者も今回の取材を経て、多くの人が安心して借りる・貸すを実現できるよう、あんどのような取り組みが広がることを改めて強く願いました。

●取材協力
・あんど
・ふくしねっと工房
・地域後見推進プロジェクト