注文住宅トレンド2024! 注目は、平屋・ヌック・タイパ・省エネ・ランドリールームなど7キーワード

ハウスメーカーや工務店、建築家とイチから自分好みの住まいをつくれる「注文住宅」。マンション・建売一戸建てより自由度が高く、住まいにこだわりたい人の「究極の家づくり」といっていいでしょう。また、注文住宅は間取りや設備をイチから設計できるため、時代の価値観や好み、トレンドを色濃く反映します。では今、これから注文住宅を建てたい人がおさえておくべきポイントとは? 住まい情報誌『SUUMO注文住宅』の編集長を務める服部保悠氏に話を聞きました。

建築費や資材費の上昇を受け、小さくても満足度の高い家をめざす

2023年にSUUMOリサーチセンターが発表した調査(2023年注文住宅動向・トレンド調査)によると、建築費は全国平均で3186万円、土地代2145万円で、ともに直近8年では最高値となっています。自由に選べる「究極の家づくり」ではありますが、予算を潤沢につぎ込めるという人は多くないはず。では2024年、価格はどのように動くのでしょうか。

「近年、建築価格、土地価格ともに右肩上がりが続いていましたが、ここにきて一服感はあります。ただ、2024年以降、人件費・資材費ともに残念ながら下がる要素はなく、横ばいが続くと思われます」と服部氏。このところ増えてきた「平屋」も、住みやすいという側面とともに、建築面積を抑えられることで、建築費が節約でき、増えてきました。こうした「コンパクトで住みやすい家」というのは、まだまだ増えていく兆しがあるそう。

(写真撮影/北島和将)

(写真撮影/北島和将)

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「注文住宅は無限の選択肢がある分、土地にかけるお金と建物の費用調整が肝心になるわけですが、土地価格も下落しないとなれば、建築費で調整するという考え方もあります。つくり方にもよりますが、比較的建築費も抑えられ、なおかつ暮らしやすい、そんな平屋はまだまだ支持を集めるのではないでしょうか」(服部氏)

また、建物の面積をコンパクトにした分、家具と設備を一体にする(家具化)、ミニマム化するというトレンドもあげています。
「家具を買い替えて流行を追い続けるのではなく、デザイン性の高い内装・設備に家具の機能も持たせるようになってきており、例えばキッチン設備も家具のようなデザイン性にすぐれたものが登場しています。床や室内ドア、収納を含め、トータルコーディネートで空間を広く見せるデザインが好まれており、印象的なのは男性・女性ともに北欧デザインが好きという人が多いこと。流行に左右されず、インテリアのスタイルとして定着したと思っています」(服部氏)

家づくりにも「タイパ」の波。規格住宅もトレンドに

もう一つ、無限に選択肢がある、言い換えれば決断コストが無限にかかる注文住宅の中で、『タイパ』という傾向がじわりと見てとれるといいます。

「注文住宅は依頼先からはじまって、土地、住宅ローンといった大きなことから、それこそ壁紙や取っ手ひとつまで、本当に決断の連続です。とはいえ時間も体力も限られている。そこで選択肢の一つとして考えたいのが『タイパ』にすぐれた規格住宅です。規格住宅とは、ハウスメーカーや工務店があらかじめ用意した間取り、内装、設備のなかから選ぶ建て方のこと。もちろん、オプションを加えたり、内装材を選んだりなど注文住宅ならではの自由度もあります。ハウスメーカーや工務店の構法やデザイン、考え方が好き・合うという人であれば、こんなにしっくりくる家の建て方はありません。比較検討する時間や手間が省けますし、金額面でもお手ごろ感があり、増えている印象です」(服部氏)

確かに、「自由に建てられるのが注文住宅の魅力じゃないのか」という考え方もできますが、自由すぎるとどうしていいかわからない、自分が選んでデザインや世界観を壊してしまったらイヤだという人もいることでしょう(筆者もそのタイプです)。そのためある程度、パッケージ化されていて、そこからカスタマイズしていくほうが早いというのは合理的です。

ケイアイスター不動産グループのIKI株式会社が販売する、規格型平屋注文住宅IKI。施主夫妻は、間取りはいくつか用意されていたパターンのうち3室が南に面した2LDK、壁紙の色は3タイプから白ベースのカラーを選んだ(写真撮影/片山貴博)

ケイアイスター不動産グループのIKI株式会社が販売する、規格型平屋注文住宅IKI。施主夫妻は、間取りはいくつか用意されていたパターンのうち3室が南に面した2LDK、壁紙の色は3タイプから白ベースのカラーを選んだ(写真撮影/片山貴博)

また、家づくりだからこそ、「失敗したくない」「失敗できない」というマインドも規格住宅に有利だといいなす。

「規格住宅といっても、ハウスメーカーや工務店が過去のデータを蓄積し、家事ラクの間取り、家族の団らんをつくる間取りなどといった、ノウハウを含めて提案しています。テイストも北欧風、カフェ風、インダストリアルデザインなど、各社さまざまなテイストがありますし、好みとマッチするのであれば賢い方法だと思います」(服部氏)

「無数にあるからこそ楽しい」と思うのか「規格があるからこそ選べる」と思うのか、人によって考え方は異なりますが、自分や家族にあった選択をしたいですよね。

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アフターコロナ、人気を集める間取りや設備は?

間取りや設備では、どのような流行があるのでしょうか。コロナ禍では、「エントランス入ってすぐの手洗いポーチ」「ワークスペース」などが好まれましたが、アフターコロナの今、家づくりではどのような間取りや設備が好まれているのでしょうか。

「玄関近くの手洗い、全館空調、非接触スイッチのような『おうち衛生』はブームを経て、定着しそうです。手洗いポーチは玄関近くにあると、子どもの手洗いの習慣づけにもなり、ゲストにも使ってもらいやすいという声をよく聞きます。今後、断熱等性能等級5、いわゆるZEH水準が義務化されることを考えても(※詳細は後述)、定番化していくのではないでしょうか」(服部氏)

玄関のすぐ近くに配した洗面台(写真撮影/片山貴博)

玄関のすぐ近くに配した洗面台(写真撮影/片山貴博)

玄関に入って右手側に洗面台が(写真撮影/片山貴博)

玄関に入って右手側に洗面台が(写真撮影/片山貴博)

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一方で、費用や面積が限られているなか、こんな傾向も。

「リビングとは別のくつろぎスペースを設けておく、ヌック(※)や窓際のベンチが増えている気がします。ベンチなので、日差しを浴びながらごろんと寝転んでもいいし、子どもと遊んでもいい。本を読んでもいいし、机があれば仕事スペースにもなる。リビングでソファーに座ってテレビを見る場所とは別に、こうした余白のあるスペースが好まれていますね」(服部氏)

※ヌックは小ぢんまりとした居心地のいい空間。リビング脇・片隅に設けられるケースが多い

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

もう一つ、今らしい家づくりの特徴として、「バルコニーをつくらない家」があるといいます。

「共働きのため、日中外に干せない代わりに、夜洗濯をして室内で干す人が増えています。室内は全館空調にしていれば窓はあけなくても空気はキレイ。だとすれば室内干しスペースを確保して、逆にバルコニーはいらないという考え方で、その分、建築コストを下げようという発想です。こちらも今後、一定の支持を集めるのではないでしょうか」と分析します。

洗濯や乾燥は、ドラム式洗濯乾燥機を使う、ガス乾燥機を入れる、サンルームや室内干しスペースをつくるなど、さまざまなやり方があります。自分たちのライフスタイルに合わせて間取りを最適化していくのであれば、いままでの当たり前にとらわれず、バルコニーナシ間取りも自然な結論ですよね。これは注文住宅ならではの良さといえるでしょう。

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建材、設備でも環境性能は欠かせない指標に

新築マンション、賃貸住宅ともに「環境への配慮」という点があがっていましたが、注文住宅も同様です。

「2024年4月からは『省エネ性能表示制度』がスタートし、2025年から『断熱等性能(外皮性能)等級4以上』かつ『一次エネルギー消費量等級4以上』への適合が必要になります。また、2030年を予定していた新築住宅のZEH基準の水準並み義務化(断熱等性能 等級5)についても、地球温暖化の急激な進行から前倒しされる可能性も出てきています。今後、そういった性能の高い住宅が世の中の平均となる中、義務化水準だけを守った家を建てるのでは、みすみす自分の家の市場価値を下げていくことにもつながります。ハウスメーカーによってはZEHが標準であるなど、ほぼこの性能を満たしていますし、それ以上の住宅も登場しています。設備でいえば、断熱性能にすぐれた窓、エコキュート、節水節電トイレ、断熱浴槽、太陽光発電システムなどは、導入時にコストがかかりますが、補助金やランニングコストで回収しやすくなっています。提案するハウスメーカーや工務店も、『この設備を入れるとこの期間で回収できる想定です』と説明し、納得して導入されているようですね」と服部氏。

断熱性にすぐれた樹脂サッシ(写真提供/LIXIL)

断熱性にすぐれた樹脂サッシ(写真提供/LIXIL)

大開口でも断熱性を高めたハイブリッド窓(写真提供/LIXIL)

大開口でも断熱性を高めたハイブリッド窓(写真提供/LIXIL)

確かにコストとベネフィットが明確になり、回収期間がわかれば導入を検討しやすいことでしょう。また、環境に配慮した点では、廃プラスチックから生み出された外装材、バイオエタノール暖炉、国産の木材をつかった建材など、さまざまな取り組みがなされていて、注目を集めています。

再資源化が困難だった廃プラスチックと廃木材を活用した「レビアペイブ」。木彫のような自然な仕上がり(写真提供/LIXIL)

再資源化が困難だった廃プラスチックと廃木材を活用した「レビアペイブ」。木彫のような自然な仕上がり(写真提供/LIXIL)

(写真提供/LIXIL)

(写真提供/LIXIL)

「住宅設備メーカー含めて、省エネ技術の開発は活発に行われていますし、新しい建材、設備が次々と登場しています。もちろん、建設コストとの兼ね合いになるので、いきなり普及する、ビッグヒットになるとは思いませんが、潮流として確実にサステナブルな家づくりというのはあると思います」(服部氏)

コロナ禍を経て、家で過ごす時間への関心が高まっている今。家づくりは時間、お金、体力のすべてが必要ですが、その分、自分たち家族にあった空間が手に入るのであれば効果は抜群です。家に暮らしをあわせるのではなく、自分たちの暮らしに合わせた家づくり。やはり人生に一度でいいからやってみたいですし、やる価値はありそう!ですね。

●取材協力
住まい情報誌『SUUMO注文住宅』編集長
服部保悠氏
『SUUMO注文住宅』

9月に多く発生する大型台風。その大雨から雨漏りを防ぐには?チェックすべき項目を紹介

2023年も、異常気象が猛威を振るっている。世界的な海面水温の上昇との関連も指摘され、酷暑の一方で大型台風や線状降水帯などによる被害も生じている。9月は、大型台風が発生するリスクが高まる時期でもある。住宅リフォーム・紛争処理支援センターでは、「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」をホームページに掲載し、注意を呼び掛けている。

【今週の住活トピック】
「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」を掲載/住宅リフォーム・紛争処理支援センター

頻発する線状降水帯への危機感は感じるが、対策はしないという人も

「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」を見る前に、一条工務店が発表した「防災に関する意識調査2023」の結果を見ていこう。地震に関する調査と水害に関する調査をまとめているが、“水害”については、どんな結果が出ているのだろうか。

まず、「線状降水帯による大雨の可能性がある場合、大雨警報などに先駆けた発表で、早期の備えを促すために、半日程度前から 6 時間前までに気象情報で発表しているのを知っていますか」と聞いたところ、49.1%、約半数が「知らない」と回答した。

気象庁のホームページには、“「顕著な大雨に関する気象情報」の発表基準を満たすような線状降水帯による大雨の可能性がある程度高いことが予想された場合に、半日程度前から、気象情報において、「線状降水帯」というキーワードを使って呼びかけます。”とあり、呼び掛け例として以下のようなものを紹介している。

出典:気象庁「線状降水帯に関する各種情報」より転載

出典:気象庁「線状降水帯に関する各種情報」より転載

次に調査で、「お住まいの地域で線状降水帯が発生すると予報された場合、危機感を感じて何らかの対策を取りますか」と聞くと、「危機感を感じるが対策はしない」という人が38.8%、「危機感を感じない」という人が6.1%いることが分かった。

出典:一条工務店「防災に関する意識調査2023」

出典:一条工務店「防災に関する意識調査2023」

長時間の大雨が予測される場合には、まず自宅から出ないこと、一戸建ての場合は2階以上で崖や斜面から離れた部屋に移動すること、「避難指示」などの避難情報が出された場合は早めに避難所へ行くなどが求められる。

住宅には雨漏りのリスクがあるが、後から対策することが難しい

さて、長時間の大雨で自宅に留まったとして、雨漏りがするようであれば心もとない。

住宅リフォーム・紛争処理支援センターが掲載した「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」によると、「住宅は、屋根や壁の部材、窓(サッシ)、玄関扉など、いろいろな部材・部品が集まってできており、それぞれ素材が異なる部材・部品を組み合わせているため、継ぎ目の雨水侵入対策がしっかりしていないと雨漏りが生じる場合がある」という。特に近年は、局地的な大雨などの発生回数が増加傾向にあるため、さらに雨漏りへの注意が必要だとしている。

一方で、雨漏りが発生した場合の原因の特定が難しいことから、住宅を建築したり取得したりする段階で、雨漏りリスクを意識することが大切だと強調している。

では、雨漏りはどこで発生するのだろうか?同センターが、木造新築住宅での「瑕疵保険の事故情報※」を分析したところ、サッシまわりなどの「外壁開口部」、「外壁面」、「勾配屋根や天窓」からが多くなっている。
※瑕疵保険(かしほけん)とは、住宅の検査と保証がセットになった保険制度。保険対象となる部分に起因する事故情報のデータベースを利用

出典:住宅リフォーム・紛争処理支援センター「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」住宅取得者向け資料より転載

出典:住宅リフォーム・紛争処理支援センター「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」住宅取得者向け資料より転載

サッシや天窓の枠の部分は外壁や屋根との継ぎ目ができる部分であり、外壁自体は常に雨にさらされる部分だ。こうした部分に雨漏りリスクがあることをまずは知っておこう。

「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」で詳しくチェック

「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」の住宅取得者向け資料には、雨漏りリスクの高い6カ所について、リスク低減のアイデアを紹介している。その6カ所とは、(1)モルタルの外壁、(2)窓(サッシ)、(3)片流れ屋根の頂部、(4)屋根の側端部、(5)屋根と外壁が接する部分、(6)天窓(トップライト)。例えば、(1)のモルタルの外壁については、次のように説明している。

出典:住宅リフォーム・紛争処理支援センター「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」住宅取得者向け資料より抜粋転載

出典:住宅リフォーム・紛争処理支援センター「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」住宅取得者向け資料より抜粋転載

それぞれの箇所については専門的になるので、ぜひ直接資料を確認してほしい。自身で雨漏りのリスクと防ぐアイデアを理解することのほか、住宅の設計者や販売事業者などに、この資料の内容を見せて、きちんと設計施工されるか説明を求めるという使い方もあるだろう。

マンションなら雨漏りはしないかというと、そうでもない。筆者が住むマンションで、大雨の翌日、1階で共用廊下を見上げたら、廊下のコンクリートの下部(見上げた階からは天井部)がふくらんでいた。雨水がたまった証だ。ただし、大規模修繕工事の際に防水工事を行って修復された。

このようにマンションであれば、管理組合が建物診断や大規模修繕を行うが、一戸建ての場合は自身でチェックして補修する必要がある。建てたときに注意を払うだけではなく、雨どいが落ち葉などでつまらないように掃除をしたり、住宅の窓まわりの継ぎ目のシーリング材に破損が見られたら修復したりといった、メンテナンスを行うことも忘れないようにしたい。

●関連サイト
住宅リフォーム・紛争処理支援センター「雨漏りを防ぐために(安全確認シート)」住宅取得者向け資料
一条工務店「防災に関する意識調査2023」

「平屋の多い都道府県」ランキング1位は沖縄じゃない!? TOP10を九州が席巻、新築半分以上が平屋の県とは?

「今、平家が空前のブーム」この言葉にピンときますでしょうか? SUUMOでは、2023年のトレンドワードとして、「平屋回帰」「コンパクト平屋」という言葉を発表しました。比較的地価の高い都会に暮らす人には、平屋が建てられるような条件はなかなかそろうわけもなく、その人気は実感しようもありません。ところが、全都道府県の新築一戸建て(※注)の平屋率を調査してみると、都会暮らしの人には想像もできないような意外な事実が……。都道府県別であまりにも違う平屋事情を見ていきましょう。

九州で高い平屋率。宮崎県、鹿児島県では新築一戸建ての半分以上が平屋

SUUMOが2023年のトレンドワードとして「平屋回帰」「コンパクト平屋」という言葉を発表した背景には、最近の平屋のニーズの大きな変化があります。現在ブームになっている平屋は、建物面積で15坪(約50平米)から25坪(約83平米)くらい、間取りは1LDK~2 LDK位のコンパクトなもの。適度な大きさで動線が効率化されていること、価格の手ごろさから、子どもが独立して2階部分を持て余しているシニア夫婦、一人暮らしや一人親世帯など、さまざまな世帯で平屋が選ばれており、2022年に着工された新築の一戸建て住宅(※注)のうち、約7件に1件は平屋になっています。
それでは、気になるランキングはどのような結果になっているのでしょうか。

※注 記事中の「一戸建て」と「平屋率」の定義=国土交通省が発表している建築着工統計調査より、居住専用住宅の建築物の地上階数1階~3階の総棟数のうち、地上階数1階の棟数の割合を集計し「平屋率」としている。構造は木造・鉄骨造など全構造の合計。3階建てまでの居住専用住宅には、アパートやマンションなどの集合住宅も含むため、すべてが一戸建てではないが、本記事では便宜上一戸建てとしている。1階建ての集合住宅は非常に出現率が低いため、実際の新築一戸建ての平屋率は本記事の試算より高くなると考えられる(本記事内共通)

都道府県別平屋率1位~20位

都道府県別色見表

都道府県別平屋率21位~47位

出典:国土交通省 『建築着工統計調査 / 建築物着工統計』※注に記載の通り

なんと、1位の宮崎県、2位の鹿児島県は2022年に着工された3階建て以下の新築住宅のうち、過半数以上が1階建て、つまり平屋です。九州地方は福岡県を除くすべての県で平屋率3割を超え、上位10位以内にランクイン。続く平屋率が20%を超える20位までの上位グループには、香川県、愛媛県などの四国勢、群馬県、茨城県、栃木県の北関東勢が並びます。全国最下位の東京は1.4%と、新築約71件に1件の割合。そりゃ都内では見かけないはずです。上位の地域はもともと平屋率が高かったことに加え、前述の世帯の少人数化や、家事動線の良さ、冷暖房がワンフロアで完結するため光熱費が低く済むこと、さまざまなメリットが認知され、この8年の間に平屋率は150%~250%ほど上がっています。

■関連記事:
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熊本地震をきっかけに、揺れに強い平屋の関心が増加。地域独特の気候も影響

では、どうしてこんなに九州で平屋率が高いのか?熊本県で注文住宅を中心に手掛ける工務店、グッドハート株式会社の営業・宮本紬麦さんに聞いてみました。

「同じ九州地方でも地価が高い福岡が上位に入っていないことからも、まず、土地が比較的安く手に入ることが大きいと思います。さらに九州は日常の移動はほとんどが車で平置き3台の駐車場を希望される方がとても多く、ご家族で3台乗るケース、ご家族2台に来客用、という方も多くいらっしゃいます。それから、熊本では、2016年の熊本地震をきっかけに、平屋を希望される人がぐっと増えました。建物が自らの重みでつぶれている様子を目の当たりにして、2階の重みがなく、地震の揺れに強い平屋に、より注目が集まったのです。家が倒壊して建て替えが必要になった人だけでなく、初めてマイホームを持たれる方も、これから建てるなら地震に強い構造がとりやすい平屋がいいと希望される方が増えました」

(写真提供/グッドハート)

(写真提供/グッドハート)

実際、熊本県で震災後に平屋を希望する人が増えたことは話題になっていたそうです。一方、災害といっても、近年多い水害においては、高い建物に避難する必要があり平屋は不利です。ただ、いつ来るかわからない地震に比べ、水害は何日か前から予測でき、早めに避難をすれば命は守れることを考えると、まずは日常の生活のしやすさと、予測不能な有事を優先するというのは合理的です。

台風・火山噴火、地域独特の気候が平屋率にも影響

また、宮崎県、鹿児島県を中心に注文住宅・分譲住宅を手掛ける万代ホームのハウジングアドバイザー西原礼奈さんは、以下のように話します。

「宮崎、鹿児島は、以前から建売住宅やモデルハウスも平屋で建てることが多く、2階建にする場合でも総2階(※1)でなく、一部分だけや、中2階(※2)を取り入れる程度です。これには台風や桜島の噴火などの影響があると思います。壁面は低いほど台風の強風に耐えられます。火山灰が降ってくる地域では、屋根に積もった灰の掃除なども雨どいを守るためには必要で、平屋は高い建物に比べ対処しやすいのです」

(写真提供/万代ホーム)

(写真提供/万代ホーム)

熊本大学 大学院で建築構造・防災建築を研究している友清衣利子教授も、「台風が多い九州は、耐風性の観点から、住宅の高さや屋根の勾配を低く設計する傾向にあります」とコメント。

「九州では、屋根の対策のほかにも、雨戸やシャッターなどで窓やドアなどの開口部を守る建築上の工夫がされているのが一般的です。
さらに、2018年と2019年の台風被害をきっかけに、住宅の耐風性が着目されるようになったと実感しています。国土交通省が屋根の留め付けなどの対策を発表していますが、それらが世の中で反映され、変わっていくのはこれからだと思います」(友清教授)

では、台風と平屋の関係について、気象庁が発表している1951年以降の都道府県別、台風の上陸数上位ランキングを見てみましょう。

※1.総2階/1階部分と2階部分がほぼ同じ面積となる建て方。直方体のような形になる
※2.中2階/階と階の中間に設けられる床部分のことで、スキップフロアともいう。平屋の場合の中2階は、2階がなくロフトのような形状となる

台風の上陸が多い都道府県ランキング

出典/気象庁ホームページ 台風の統計・資料より 統計期間:1951年~2023年第1号台風まで

最も台風の上陸数が多かったのは平屋率2位の鹿児島県、続いて長崎県、宮崎県、熊本県も平屋率が高く、台風の影響を受けやすい地域で平屋率が高いことは明らかです。

ここで疑問が。台風といえば、沖縄県が上位のランキングに入っていないのはどうしてでしょう。気象庁の解説をよく見ると、「上陸」の定義は台風の中心が「北海道、本州、四国、九州の海岸線に達した場合」。小さい島や半島を横切って短時間で再び海に出る場合は「通過」、そして、沖縄県、鹿児島県の奄美地方のいずれかに近づいた(各気象官署等から300 km以内)場合は「沖縄・奄美に接近」と、「接近」という分類になるため、この地域には台風の「上陸」と定義される事象が存在しないようです。

そんな台風の通り道、沖縄といえば、イメージするのは低く構えた赤瓦屋根の平屋に風よけの石垣やブロック塀、屋敷林の伝統的な家。さぞかし平屋率は高かろうと見てみると全国3位。ただ、2014年から2022年の8年の間に平屋率は47.4%から41.7%にダウンしています。ほとんどの都道府県が8年間で平屋率が大きくアップする中、これは何故なのでしょうか。

沖縄の住宅(写真/PIXTA)

沖縄の住宅(写真/PIXTA)

台風接近の多い沖縄県の平屋率がダウンしている理由には、独自の住宅文化とその変化があった!

前出の都道府県別平屋率を全国と沖縄県について住宅の建て方(構造)別に集計してみました。

全国と沖縄県の構造別着工棟数の割合(2014年と2022年の比較)

全国と沖縄県の構造別平屋割合(2014年と2022年の比較)

構造別の着工棟数割合を見ると全国では圧倒的に木造の比率が高く約9割。これはどの都道府県でも同じ傾向です。ところが、沖縄は鉄筋コンクリート造(RC造)、コンクリートブロック造の比率が高く、木造比率は2014年時点で14% と低い、独特な住宅文化を持っています。沖縄県は全国の中でも比較的森林比率が低く、特に木材の生産目的で苗木を植えるなどして人が手を加えている「人工林」の割合は全国一低いのです。

そのため、貴重な木材を再利用しながら家を住み継いでいく「貫木屋(ぬちやー)」という独特の工法が古くから受け継がれてきました。戦後の復興では伝統的な工法でない木造住宅が一時的に増えますが、多湿な気候に合わず白アリ被害が拡大したこと、度重なる台風被害を受けたことからRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)やコンクリートブロック造のニーズが高まっていったことがこの独特な住宅文化の背景です。

ところが近年、コンクリート価格の高騰、本州からのハウスメーカーの進出、木造住宅の工法や建材、防蟻処理の進化などにより木造住宅の割合が急速に増えてきました(2014年14.0%→2022年38.6%)。これら、増加してきた木造住宅が平屋ではなく2階建て以上で建てられていること(木造の平屋率2014年30.9%→2022年16.5%)が、沖縄県の平屋率ダウンの要因です。

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岩手・宮城でも平屋率ダウン、福島県で横ばいとなっている背景には東日本大震災の影響が

沖縄と同じく、平屋率が2014年より下がっている県がほかにもあります。
岩手県 2014年 16.0% →2022年 15.7%
宮城県 2014年 13.6% →2022年 8.8%
また、福島県も 2014年 14.7% →2022年 15.4%と、平屋率はほぼ横ばいです。

市区町村別の人口や着工戸数の変化を見てみると、東日本大震災直後は、被害の大きかった地域の住宅再建が進み、それらの地域は比較的土地区画が広く平屋が建てやすかったのに対し、近年は人口も住宅需要も都市部に集中してきており平屋という形態がとりにくくなっていること、また、宮城県の都市部では新築マンション供給が増加しており、平屋志向が強い高齢者がそれらも選択肢に入れていること等の要因が考えられます。

割高とされていた平屋の価格は2階建て並に。メンテナンスしやすさも魅力(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

このように、都道府県によって事情は違えど、全国的にはますますシェアが高まる平屋は、その家事動線の良さ、地震や風などへの強さ、コンパクトなことで光熱費を抑えられることなど時代に合った魅力が多く、検討してみたいと思っている人も多いかと思います。ただ、私がかつて工務店に取材した際には、例えば100平米の平屋を、1階50平米、2階50平米の総2階建てと比べた場合、建築コストは1.2倍程度と割高になる、と聞いたことがあります。理由は、平屋は基礎部分や屋根の面積が大きいことによる材料費や施工費の増加。実際今もそうなのでしょうか?

「施工方法や工務店によって一概には言えませんが、当社の場合では、同じ面積ならば平屋も2階建てもほとんど坪単価は変わりません。確かに屋根や基礎の大きさは平屋の方が大きいのですが、平屋の場合、工事用の足場が低く済むこと、高所作業が減ることで建物の施工費が安く済むんです。メンテナンスにおいても、約10年ごとに必要な壁の塗り替えも大きな足場作りは不要ですし、屋根修理にも同じことが言えます。また近年注目が集まっている太陽光パネルは、床面積に対して屋根が広い平屋は広く置くことができ、発電できる量において有利です」とグッドハート宮本さん。

建設作業現場での事故を無くすために建設現場には「労働安全衛生規則」という詳細なルールを守ることが義務付けられているのですが、墜落・転落防止のための足場の作り方や管理については法改正がたびたび行われており、今後もさらに強化される予定です。
このような変化がある中で、平屋は割高とは限らなくなってきているんですね。

ちなみに、SUUMOジャーナルの人気記事ランキングでも、4月~6月は平屋の実例記事の数々が上位を占拠しました。東京にいると、平屋の人気は実感しがたく、実例紹介を始めてからの反響の多さには本当に驚きました。地域独特の住宅文化は気候や時代の影響も強く受けていることがわかり、私たちもさまざまな情報をアップデートしていかねばと強く実感した取材でした。

●取材協力
・グッドハート
・万代ホーム
・熊本大学大学院 先端科学研究部 物質材料科学部門 建築構造・防災分野 友清 衣利子教授

●関連サイト
・林野庁ホームページより都道府県別森林率・人工林率(平成29年3月31日現在)

4人家族で平屋79平米のコンパクトな暮らし。「リビングを通る動線」で思春期の子ども、夫婦ともに仲良しな距離にこだわりました

“家族4人が暮らす一戸建てマイホーム”と聞けば、多くの人が、2階建て・3LDK以上をイメージするのではないでしょうか。それより狭く、最近需要が伸びている約70平米前後の“コンパクト平屋”は、実はこのような子どものいるファミリーのマイホームとしても選ばれているようです。今回訪れたのは、40代のご夫妻と小学生・中学生が暮らす79平米の平屋。家族それぞれのプライバシーは? 部屋数は十分とれるの? 収納は? 家族4人平屋暮らしのリアルを取材しました。

広すぎた築40年超の家から、コンパクトな平屋に住み替え

5月の陽射しの強い日、千葉県の石井さん宅を訪ねました。住宅街に現れたのは、広々とした芝生の向こうに建つカバードポーチ(屋根付き玄関ポーチ)が印象的な平屋。ブルーグレーの外壁に白い枠の窓が映えます。アメリカの映画に出てくるさまざまな色の外壁やファサードにデッキやテラスのある家が並ぶ住宅街を訪れたような気持ちになる佇まいです。

もともとは北米で開発されたアスファルトシングルという屋根材を使用。瓦と比較して薄い素材で、アメリカの住宅に使われている。軒先がカバードポーチの庇(ひさし)と一体のデザイン(写真撮影/北島和将)

もともとは北米で開発されたアスファルトシングルという屋根材を使用。瓦と比較して薄い素材で、アメリカの住宅に使われている。軒先がカバードポーチの庇(ひさし)と一体のデザイン(写真撮影/北島和将)

「リビング・ダイニングは、落ち着いた雰囲気にしたかったので吹き抜けなど開放感のあるデザインは求めませんでした」と正美さん(妻)(写真撮影/北島和将)

「リビング・ダイニングは、落ち着いた雰囲気にしたかったので吹き抜けなど開放感のあるデザインは求めませんでした」と正美さん(妻)(写真撮影/北島和将)

迎えてくれた正美さん(妻:46歳)に導かれて中に入ると、開放的な外観から一転して、リビング・ダイニングは、隠れ家カフェのような佇まいです。正美さんは、夫(46歳)と、長女(13歳)、長男(10歳)の4人家族。平屋は、築40年以上の中古住宅を建て替えたものです。

「もともと住んでいた中古住宅は築40年を超えていて、雨漏りや隙間風に悩まされていました。木造2階建てで約83平米、1階は二間続きの和室になっており、奥の部屋を居間として使っていたため、手前の部屋は通り道としか使っていませんでした。2階の部屋数は2部屋でしたが1つは物置と化しており、あまり人が出入りすることがなかったんです。階段のスペースも、無駄だなと感じていました」(正美さん)

庭の芝生や敷石は家族皆で敷いたもの。もともとの庭にあったサルスベリの木が、庭のシンボルに(写真撮影/北島和将)

庭の芝生や敷石は家族皆で敷いたもの。もともとの庭にあったサルスベリの木が、庭のシンボルに(写真撮影/北島和将)

「子ども2人が過ごす時間はわずか20年ほど。その後のふたり暮らしを考えると広い家は必要ない」と考えていた夫妻。建て替えるなら平屋にしようと決めていました。将来を見越して建て替えをする上で、いちばん大切だったのは、家族と距離が生まれないこと。子どもが独立するまで家族の時間を大切に過ごせる家へ……。2016年、下の子どもが3歳になったのを機に、石井さんの家づくりがスタートしました。

関連記事:2023年住宅トレンドは「平屋回帰」。コンパクト・耐震性・低コスト、今こそ見直される5つのメリットとは?

海外映画に出てくる家に憧れ。デザインはアメリカンハウスを希望

アメリカ映画に出てくるようなカバードポーチ(屋根付き玄関ポーチ)に憧れていた夫妻。インターネットでアメリカンハウスの施工例が多い建築会社を見つけ、建築中の家を見学した上で、依頼することにしました。

希望したのは、板を横に重ねて張り上げていくラップサイディングの壁と、瓦より薄くて軽いアスファルトシングルの屋根。いずれも伝統的なアメリカンハウスに用いられているものです。

アメリカンハウスの特徴のひとつラップサイディングの外壁。色は悩みに悩んで落ち着いたブルーグレーに。建築会社の「よりアメリカンハウスらしい」という提案でポーチの柱は太め(写真撮影/北島和将)

アメリカンハウスの特徴のひとつラップサイディングの外壁。色は悩みに悩んで落ち着いたブルーグレーに。建築会社の「よりアメリカンハウスらしい」という提案でポーチの柱は太め(写真撮影/北島和将)

間取りと動線でこだわったのは、帰宅した家族がリビングを通って自室に行けること。

「家事がしやすいのも大事ですが、家族がリビングを通る動線は絶対条件でした。子どもが思春期になっても、お母さんの顔を見ずに部屋に行くのは、嫌だなあと」(石井さん)

完成したアメリカンハウスは、玄関を入ってダイニング・リビングを通り、主寝室、子ども部屋に行く動線です。「家の中に使わないスペースがあるのはもったいない」と、家族4人にとって広すぎず狭すぎずの79平米にしました。

延床面積79平米・3LDK。DKは、約28平米。ウォークインクローゼットのある洋室が夫妻の寝室で、玄関側の2室はもともとつながっていたが、点線部分にDIYで壁を新設し、別々の部屋として使っている(写真撮影/JKホーム)

延床面積79平米・3LDK。DKは、約28平米。ウォークインクローゼットのある洋室が夫妻の寝室で、玄関側の2室はもともとつながっていたが、点線部分にDIYで壁を新設し、別々の部屋として使っている(写真撮影/JKホーム)

長女の部屋。右側がDIYで新設した壁。ベニヤに部屋の雰囲気に合う木目調の壁紙を張った(写真撮影/北島和将)

長女の部屋。右側がDIYで新設した壁。ベニヤに部屋の雰囲気に合う木目調の壁紙を張った(写真撮影/北島和将)

長男の部屋。お気に入りは、「窓が大きくて開放的」なところ。以前の家には、断熱材が全く入っておらず寒かったが、断熱材と二重サッシの窓で、冬も快適(写真撮影/北島和将)

長男の部屋。お気に入りは、「窓が大きくて開放的」なところ。以前の家には、断熱材が全く入っておらず寒かったが、断熱材と二重サッシの窓で、冬も快適(写真撮影/北島和将)

来客時は、カウンターテーブルが活躍。友人家族の計20名以上が集まることもあるそう。普段は、カウンターと高さをそろえて夫がDIYしたテーブルを食卓として使用(写真撮影/北島和将)

来客時は、カウンターテーブルが活躍。友人家族の計20名以上が集まることもあるそう。普段は、カウンターと高さをそろえて夫がDIYしたテーブルを食卓として使用(写真撮影/北島和将)

正美さんのお気に入りは、キッチンです。

「料理や洗い物をしながら、家族の様子がよくわかります。『玄関から必ずリビングを通る間取りにしてよかったね』と夫と話しています。個室はあるのに、家族全員リビングにずっといるんですよね」と笑います。

子どもたちからも、「どこからでもリビングに行きやすい」「どこにいても家族の声が聞こえる」と好評です。

思い思いに過ごす石井さんファミリー。ソファに4人でぎゅうぎゅうに座って一緒にテレビを見ることも(写真提供/正美さん)

思い思いに過ごす石井さんファミリー。ソファに4人でぎゅうぎゅうに座って一緒にテレビを見ることも(写真提供/正美さん)

「部屋がつながっているから、エアコンを各自がつけなくても、家中が快適な温度です。このあたりは、プロパンガスで、ガス代が高いのですが、エコキュートを設置し、夜間割安のプランにして、オール電化にしたこともあり、光熱費が格段に安くなりました。家が完成したあと、高齢の愛犬が寝たきりになってしまったんです。大型犬を抱っこしてトイレをさせていたので、そのまま出られて掃除しやすいカバードポーチに助けられました。犬を介護しながら、自分の将来を考えても平屋でよかったなあって思っていました」(石井さん)

ポーチのタイルは、アンティークの雰囲気があるものをセレクト。汚れも目立ちにくい(写真撮影/北島和将)

ポーチのタイルは、アンティークの雰囲気があるものをセレクト。汚れも目立ちにくい(写真撮影/北島和将)

コストを抑えるため、洗面台やライトは施主支給に

平屋は、2階建てに比べて、基礎や屋根の面積が広いため坪単価が高くなりがち。石井邸では、設備や材料でコストを削減していますが、デザイン性にできるだけこだわるため、洗面台やライトはインテリアに合わせて石井さん自ら購入し、建築会社に支給(通称、施主支給)して取りつけてもらいました。もともと、ダイニングとリビングの床には、無垢材を使おうと考えていましたが、コスト面から傷・汚れに強いラミネートフロアを薦められイメージに近い木目調のデザインを選びました。

洗面台は正美さんが予算内でイメージに近いデザインを探した(写真撮影/北島和将)

洗面台は正美さんが予算内でイメージに近いデザインを探した(写真撮影/北島和将)

さまざまなタイプの照明を設置しているが、色味をそろえることで統一感が出ている(写真撮影/北島和将)

さまざまなタイプの照明を設置しているが、色味をそろえることで統一感が出ている(写真撮影/北島和将)

ニューヨークの街角で見かけるような両面の壁掛け時計(写真撮影/北島和将)

ニューヨークの街角で見かけるような両面の壁掛け時計(写真撮影/北島和将)

建築会社の提案で取り入れたアーチ壁(Rの垂れ壁)(写真撮影/北島和将)

建築会社の提案で取り入れたアーチ壁(Rの垂れ壁)(写真撮影/北島和将)

各部屋をまわると気になることが。家族4人に対して、収納が少ないのでは?

「主寝室にある3畳足らずのウォークインクローゼットに、家族全員の洋服を収納しています。もともとミニマムな暮らしをしてみたかったんです。以前の2階建てから平屋にする際に、物を捨てました。空間があるといらないものも残してしまいますが、これしかないと思えば、減らせるものです。すっきりして気持ちがいいですよ」(正美さん)

主寝室にある3畳足らずのウォークインクローゼットに1年分の家族4人の服を収納(写真撮影/北島和将)

主寝室にある3畳足らずのウォークインクローゼットに1年分の家族4人の服を収納(写真撮影/北島和将)

玄関には十分なシューズクロークを設けたので、靴だらけになる心配なし。リビングのアーチ壁と響き合うニッチ(壁をくぼませてつくった飾り棚)に鍵を吊るして。何気ないけどおしゃれ!(写真撮影/北島和将)

玄関には十分なシューズクロークを設けたので、靴だらけになる心配なし。リビングのアーチ壁と響き合うニッチ(壁をくぼませてつくった飾り棚)に鍵を吊るして。何気ないけどおしゃれ!(写真撮影/北島和将)

最後に、平屋にしなければよかったと思うことはありますか?と直球な質問をぶつけると、「私がひとりになれないことかな」と苦笑する正美さん。

「リビングで家族がずっとしゃべっているので、静かになりたい時になれない(笑)。思春期の子どもだと距離が近すぎて嫌がるかもしれないけれど、今のところ、子どもたちから不満は出ていません。二人暮らしの両親も『掃除や移動が楽そう。うちも平屋がいいなあ』ってうらやましがっています」(正美さん)

コンパクトな平屋は4人家族には狭いのでは?と思っていましたが、家族が自然と集えるなどのメリットもあるのですね。子どもが独立したあとの二人暮らしを想定して建てた平屋ですが、子どもたちは「ずっと住みたい!」と話しているそうです。

●取材協力
株式会社リビングライフ・イノベーション

共働き夫婦が建てた67平米コンパクト平屋。エアコン1台で夏冬も家中快適なアメリカンハウス

家を建てるとなれば、かつては「2階建て3LDK以上」が一般的でしたが、最近では約70平米前後のコンパクトな平屋の需要が見られるようになりました。子どもが巣立ったのをきっかけに2LDK・約67平米の平屋を新築したTさんご夫妻の住まいの事例から、“コンパクト平屋”の魅力を探ります。

子育てを終えたのをきっかけに、夫婦2人の家づくりをスタート

賃貸住宅に住んでいたTさんご夫妻(夫30代・妻40代)は、お子さんが巣立ち、2人だけの生活になったのを機にマイホームを検討しはじめます。

大きな壁になったのは資金計画。2人は新築のために貯蓄してきたわけではなかったため、当初は「無理かもしれない」と思っていたそう。しかし偶然、依頼した建築会社が不動産業も営んでいたため、「夫の年齢であれば十分な融資が下りること」「収入に見合った予算の立て方」などのアドバイスを受け、家づくりが現実のものになります。

Tさんご夫妻(写真撮影/片山貴博)

Tさんご夫妻(写真撮影/片山貴博)

家を建てるにあたり、Tさん(妻)にはある譲れない思いがありました。

「私が思春期のとき、実家が2階建てで、2階の子ども部屋にこもりがちになっていました。それもあって、家のつくり次第で家族の過ごし方が変わることを、身をもって知っていたのです。現に子育て期間を過ごした賃貸アパートはワンフロアだったので、子どもたちと料理をしたり気さくに会話したり、コミュニケーションが取れて本当によかったなと。夫婦2人にはなりますが、こうした背景から“コンパクトな平屋”にすることは外せませんでした」

年齢を重ねて体が思うように動かなくなったとき、平屋であれば負担が少ないはず。また、夫は車いじりが大好きで、ガレージでメンテナンスをするほか、屋外で食事や庭づくりをしたいとも思っていました。建坪を抑えれば、庭のスペースを最大限に確保できる。さまざまな点で小サイズの平屋は理にかなっていたと言います。

妻の意見に夫は大賛成。
2年かけていくつかのエリアを見て回り、埼玉県内にある約120坪の土地を購入しました。

ブルーを利かせたリラックス感あふれるアメリカンハウスが完成

夫が元来、車好きだったことや、妻のインテリアの嗜好から“アメリカンハウス”に惹かれていた2人。2021年10月に2LDK・約67平米の平屋を完成させました。

本体価格1000万台前半。2LDK・約67平米。竣工年月2021年10月(画像提供/デザインハウス・エフ)

本体価格1000万台前半。2LDK・約67平米。竣工年月2021年10月(画像提供/デザインハウス・エフ)

アメリカンハウスの世界に忠実に屋根やポーチをデザインしたT邸。敷地は農地転用されたばかりで周辺が静かだったことが決め手に。植樹したヤシの木もこだわり。外構、ヤシの木の植樹はヤシの木を販売している会社「ザルゲートガーデン」に依頼(写真提供/Tさん)

アメリカンハウスの世界に忠実に屋根やポーチをデザインしたT邸。敷地は農地転用されたばかりで周辺が静かだったことが決め手に。植樹したヤシの木もこだわり。外構、ヤシの木の植樹はヤシの木を販売している会社「ザルゲートガーデン」に依頼(写真提供/Tさん)

照明もこだわり。夜は昼間と違った趣に(写真提供/Tさん)

照明もこだわり。夜は昼間と違った趣に(写真提供/Tさん)

「今まで子育てに忙しくて暮らしにあまり手をかけられなかったので、新居には理想を込めました」(妻)

室内はブルーや白の壁・ブラウンの床を基調にした明るく穏やかな空間。LDKを吹き抜けにし、窓を大きく取ったことで、ミニマムな平屋とは思えない開放感が広がります。
リビングのソファに腰掛けると、窓の外にはやさしく葉を揺らすヤシの木が。まるでアメリカ西海岸を訪れたかのようなムードです。

T邸では将来、体が思うように動かせなくなったときに備えて床をフラットにしていますが、部屋ごとに床に異なる素材を使い、アクセントウォールを取り入れるなどして、各スペースの印象が変わるようにしています(写真撮影/片山貴博)

T邸では将来、体が思うように動かせなくなったときに備えて床をフラットにしていますが、部屋ごとに床に異なる素材を使い、アクセントウォールを取り入れるなどして、各スペースの印象が変わるようにしています(写真撮影/片山貴博)

庭を望むリビングのソファは、とくに夫が気に入っている場所(写真撮影/片山貴博)

庭を望むリビングのソファは、とくに夫が気に入っている場所(写真撮影/片山貴博)

高低差をつけてバランスよく配された植物が、くつろぎのムードを演出。スペースごとの色調に合わせ、ダイニングには木製ブラインド、リビングにはブルーのカーテンを採用しました(写真撮影/片山貴博)

高低差をつけてバランスよく配された植物が、くつろぎのムードを演出。スペースごとの色調に合わせ、ダイニングには木製ブラインド、リビングにはブルーのカーテンを採用しました(写真撮影/片山貴博)

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別々のことをしていても近くに感じられる心地よさは平屋ならでは

T邸では玄関に入るとすぐに洗面室・トイレ・脱衣室があります。とくに洗面室には直接、玄関からアクセスできる通路が設けられていて、帰ってきてすぐ手洗い・うがいをし、そのまま脱衣室で汚れた服から着替えることが可能。もちろん、LDKには掃き出し窓があるので、こちらからも屋外に気軽に行き来することが。
庭でたくさんの時間を過ごす2人ならではの間取りと動線です。

「家中を滞りなく動き回れるよう、2つの個室以外は極力、区切りをなくしました。どこでもつながりを感じられて、逃げ場がないのがよいところ。喧嘩しても、いつまでも口を利かないわけにはいきませんから(笑)」(妻)

「2階建てよりは関わりを持ちやすいと感じている」と語るご夫妻。
休日はソファでくつろぐ夫の傍らで、妻がダイニングのテーブル席で副業のアーティフィシャルフラワーの作品づくり。別々のことをしながらひとつの空間で過ごす心地よさを、この平屋に住むようになってますます実感していると言います。

玄関に入ると右手に洗面室への出入口とシューズクローク。向かいの2つのドアは、右がトイレで左が脱衣室。畑仕事などの後、LDKに入る前に汚れを落とせます(写真撮影/片山貴博)

玄関に入ると右手に洗面室への出入口とシューズクローク。向かいの2つのドアは、右がトイレで左が脱衣室。畑仕事などの後、LDKに入る前に汚れを落とせます(写真撮影/片山貴博)

身支度の時間が重なると洗面台が取り合いになるため、カウンターを長めに取って鏡を2人分配置。「玄関のすぐ近くに洗面台を配したプランは、とくにコロナ禍で役立ちました」(妻)(写真撮影/片山貴博)

身支度の時間が重なると洗面台が取り合いになるため、カウンターを長めに取って鏡を2人分配置。「玄関のすぐ近くに洗面台を配したプランは、とくにコロナ禍で役立ちました」(妻)(写真撮影/片山貴博)

風が強い日が多い地域のため、脱衣室(兼ランドリールーム)を広めにしてたくさん部屋干しをできるよう工夫(妻)(写真提供/デザインハウス・エフ)

風が強い日が多い地域のため、脱衣室(兼ランドリールーム)を広めにしてたくさん部屋干しをできるよう工夫(妻)(写真提供/デザインハウス・エフ)

アーティフィシャルフラワーの作品は、妻が試しに手づくりしたことから虜になり制作しているもの。将来は家のガレージで教室を開きたいと考えています(写真撮影/片山貴博)

アーティフィシャルフラワーの作品は、妻が試しに手づくりしたことから虜になり制作しているもの。将来は家のガレージで教室を開きたいと考えています(写真撮影/片山貴博)

作業部屋もつくりました(写真撮影/片山貴博)

作業部屋もつくりました(写真撮影/片山貴博)

屋内外をつなぐミニマムな平屋は、ご近所づき合いにも好影響

引越してきて約1年半、ドライガーデンに挑戦したり、庭で食事をしたり、自分たちらしく暮らしを満喫している2人。アメリカンハウスの外観が目を引くこともあってか、その光景を見てよく道行く人が声をかけてくれるのだそう。

「子どもがいないと地域に溶け込みにくいイメージがありましたが、そんなことはまったくなくて、BBQに飛び入りで参加してもらって仲良くなり、プライベートでご飯を食べに行ったり、古くから住むお年寄りに家庭菜園で育てた野菜をおすそ分けしてもらったり。豊かな交流を広げています」(夫)

庭から玄関・LDKそしてまた庭へ。屋内外を行き来しやすい“コンパクト平屋”だからこそ、人との距離が縮まっていく――。その好循環も、ここに住む魅力のひとつと言えるでしょう。

軒先には英字の標識を立てた愛らしいドライガーデンが。手前の花壇には、季節ごとに異なる花々を植えています(写真撮影/片山貴博)

軒先には英字の標識を立てた愛らしいドライガーデンが。手前の花壇には、季節ごとに異なる花々を植えています(写真撮影/片山貴博)

フラットな床で将来の備えも万全。一方で防犯対策は念入りに

Tさん(妻)は長年、看護師をしてきたことから、さまざまな介護の現場を見てきたそう。そのため「将来の万一のときに備えて」というのも、平屋を選んだ大きな理由です。仮に車椅子になったとき、平屋だと上り下りがない分、2階建てより負担が少ないと言えますが、床の段差をなくし、さらにスムーズに移動できるようこだわりました。

キッチンの壁は掃除しやすい人造大理石を採用。現在ゴミ箱を収めているカウンター下の空洞は、将来、車椅子を入れて座ったまま料理ができるようにするためのアイデア(写真撮影/片山貴博)

キッチンの壁は掃除しやすい人造大理石を採用。現在ゴミ箱を収めているカウンター下の空洞は、将来、車椅子を入れて座ったまま料理ができるようにするためのアイデア(写真撮影/片山貴博)

「過ごしやすさの話で言うと、エアコンはLDKに1台備えただけ。部屋数を最小限にとどめた分、光熱費を抑えられていますし、掃除もラクにできます。また、意図的に収納スペースを少なくし、ものを目に届きやすくし、管理しやすくする工夫もしました」(夫)

平屋のメリットを享受しているご夫妻ですが、懸念している点がひとつあると言います。

「『平屋は防犯面で気をつけた方がいい』と聞くため、セキュリティサービスに入るほか、窓に防犯フィルムを貼る、フェンスを装備するなどして対策を徹底しています」(夫)

平屋は今後の2人の暮らしを魅力的なものにする、ベストな選択

「屋外との一体感を得られ、家中を移動するときに負担が少なく、ご近所ともつき合いやすくて。これ以上ないくらい自然体でいられるのが、平屋のよさかなと。
今後はガレージとウッドデッキを完成させたいです」(夫)

「何か地域のために役立つことができたらとも考えている」と笑顔を見せる2人。
妻は、幸運にも迎えられた新しい日常をこう話します。

「思えば私の小さいころからの夢は、看護師になって平屋を建てることでした。それが実現したのは夫のおかげ。とても感謝しています。
今は子どもが手を離れ、時間的なゆとりができていますが、そのことと平屋とが融合し、いい状態で過ごせていると感じます。
リビングからヤシの木を眺めては、夫婦で『いいね、うちは』と話しているんです(笑)」(妻)

2人だけの生活になってたどり着いたTさんご夫妻の平屋。
自分たちらしい解である小さな住まいからは、予想を上回る幸せが生まれているようです。

あたたかい季節は週1・2回、庭に出て音楽やお酒を楽しんでいるご夫妻。「夜、家から見る庭があまりにきれいで、自宅にいることが信じられない気持ちになります」と話します(写真撮影/片山貴博)

あたたかい季節は週1・2回、庭に出て音楽やお酒を楽しんでいるご夫妻。「夜、家から見る庭があまりにきれいで、自宅にいることが信じられない気持ちになります」と話します(写真撮影/片山貴博)

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・50代人気ブロガーRinさんがコンパクト平屋に住み替えた理由。暮らしのサイズダウンで夫婦円満に

●取材協力
デザインハウス・エフ

2023年住宅トレンドは「平屋回帰」。コンパクト・耐震性・低コスト、今こそ見直される5つのメリットとは?

一戸建てのマイホームといえば、2階建て、3LDK以上というのがこれまでの既定路線。いま、家族のあり方やライフスタイルの多様化にともない、70平米前後までのコンパクトな平屋が今需要を伸ばしています。ミニマムな広さと価格で自分らしい平屋暮らしを楽しむ人たちの声をもとに、マイホームの選択肢として注目が高まる「コンパクト平屋」の魅力を探ります。

なぜ今、コンパクト平屋が人気なのか

ここ数年、住宅資材や土地価格の高騰で、従来よりもコストダウンした住宅が関心を集めるようになりました。また、子育てファミリー世帯から、単身や高齢者夫婦、ひとり親世帯(シングルファーザー・シングルマザー)といった多様な世帯が増えたことにより、住宅ニーズも変化してきています。さらに、災害で資産を失うことや、終活、実家じまいなどでモノを多く持つことへの課題に直面し、“ミニマルな暮らし”が注目されています。
そうした背景から、年々需要を伸ばしているのが、コンパクトな平屋です。新しいマイホームの選択肢として、平屋住まいを選んだ方たちの事例取材を進めると、平屋が支持される5つのポイントが見えてきました。

平屋が支持される5つのポイント
1 上層階の重さがかからず、地震に強い構造がつくりやすい
2 施工コストが安く、購入できる人の幅が広がった
3 ランニングコストが安く、高性能な家が実現できる
4 アメリカンテイスト、ログハウスなど、デザインバリエーションの増加
5 ミニマリスト、終活など、モノを持たない暮らしへのシフト

それでは、具体的に見ていきましょう。

ポイント1 熊本地震以降、地震に強い平屋の需要が急増

熊本地震以降、全国と比較して熊本での平屋の需要が急増したことは、平屋の耐震性に着目する人が増えたことを物語っています。

2016年、震度6と震度7を立て続けに観測した熊本では、木造2階建て住宅の1階部分が上階に押し潰される形での倒壊が数多く見られました。こうした経験から、再建築や新築の際需要が増加したのが、シンプルで安定した構造の平屋の住まいでした。

全国と熊本の平屋棟数・着工割合

2016年以降、全国と比較して、熊本の平屋の割合が増加したことがわかります(データ/国土交通省より)

熊本県熊本市の工務店、グッドハート株式会社の営業・宮本紬麦さんにお話をうかがうと、「熊本地震から5年以上経っても、震災後の家づくりとしてやはり耐震性を気にかける方は多い印象です。当社で2022年度に完工した26棟のうち、10棟が平屋でした。セールスポイントであるローコストや自由設計という点にまず着目して来られる方からも、耐震性能の話は確実に出てきます」
地震に強い構造がつくりやすいということが、平屋を選ぶ大きな理由のひとつになっているようです。

外観と内観

(写真提供/グッドハート)

平屋が耐震性に優れているのは、バランスが取りやすい安定した構造であること、また建物の重心が低いため揺れにくいことが挙げられます。家にかかる重量という点でも、2階建て以上の建物と比べて軽いことから、倒壊のリスクは軽減されるといえます。
加えて、玄関や窓から屋外に逃げやすいという点も、平屋のメリットでしょう。

子どもが巣立ったのを機に、2階建ての家からリフォーム済み中古の平屋に移り住んだSさん夫妻(栃木県・夫60歳、妻52歳)。以前は福島県にお住まいで、東日本大震災で大きな地震も経験しています。「前の家では小さな地震でも2階にいると揺さぶられるように感じることがありましたが、平屋に住んでからはそこまでの揺れを感じたことがありません。いざ大きな地震や火災が起きても、足腰に負担をかけずすぐに外に逃げ出せると思うと、安心感があります」と言います。

中古の平屋をリフォーム

中古の平屋をリフォームし、夫妻と愛犬で第二の人生を楽しんでいるSさん宅(写真撮影/masaru tsurumi)

関連記事:50代から始めた終活でコンパクト平屋を選択。家事ラク・地震対策・老後の充実が決め手、築42年がリフォームで大変身

ポイント2 施工コストが低いから、多くの人の手に届きやすい

一般的に、階段や2階トイレの確保、建築中の足場代などがより必要な2階建て住宅と比べ、施工コストが抑えられる平屋。太陽光発電、高断熱といった機能性を追求しつつ、70平米前後で1500万円を切るローコスト新築住宅も登場しています。手元に老後資金を残したいシニア世帯や、住宅ローンの借入額に不安を感じていたシングル世帯、ひとり親世帯など、さまざまな人に手が届きやすい価格帯といえます。

夫と2人、マンションから住み替えたRinさん(千葉県・50代)の平屋は、約60平米で建築費は1600万円台。子どもが就職し、教育費がかからなくなったタイミングでの購入でした。「夫が住宅ローンを組める年齢だったので、10年で完済する予定で住宅ローンを組みました」と話します。

Rinさん宅

夫と二人暮らしをしているRinさん宅。面積は以前のマンションより2割ほど小さくなりました(写真提供/Rinさん)

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前出のSさん夫妻(栃木県・夫60歳、妻52歳)は、老後を見据えた終活のひとつとして平屋での暮らしを選択。「平均寿命である80歳まで、住むのは20年。手元にもお金を残しておきたかったし、金銭面では無理をしないでおこうと思いました」と、元の家の売却金額をスライドして支払いに充て、住宅ローンを組まずに購入しました。

Sさん夫妻

平屋で、愛犬と一緒に二人暮らししているSさん夫妻(写真撮影/masaru tsurumi)

両親の介護を終え、実家で一人暮らしをしていたTさん(埼玉県・60代)は、実家の敷地の半分を売却し、その資金で65平米の平屋を新築しました。「必要最低限のほどよいサイズで、シンプルなつくりが気に入っています。女性単身で『家を建てるなんて無理』と思われるかもしれませんが、私にもできました」。庭では家庭菜園を楽しみ、広いウッドデッキは地域の憩いの場にもなっています。

自宅の敷地に平屋を新築したTさん。愛猫と一緒に一人暮らしを満喫しています(写真撮影/片山貴博)

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ポイント3 ランニングコストが安く、高性能な家に住める

この1年余りでエネルギー高に直面し、ランニングコストを下げたいという希望も高まってきました。コンパクトな平屋は冷暖房効率が高く、家中の温度を一定にしやすいのが特徴。高齢になるほど心配なヒートショック対策にもなります。また、同じ床面積の2階建てと比較して平屋は屋根面積が大きいため、より多くの太陽光パネルを設置することができます。発電効率がよく、メンテナンスがしやすいことも、注目したいポイントです。

80代の母と同居するため、2階建ての実家を約50平米の平屋に建て替えたHさん(千葉県)。「冬は朝起きる前に1時間ほどエアコンをつけておき、日中は灯油ストーブとリビングのホットカーペットだけ。廊下もないので、家中の温度差はほとんどありません」と、気密性の高いコンパクト平屋の快適さを実感しているそうです。

Hさん宅

モダンな土間キッチンのあるHさん宅。格子戸で仕切れる和室を母との2人の寝室に(写真提供/木のすまい工房)

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子どもが社会人になり独立、夫婦二人暮らしになるにあたり、67平米の平屋を新築したTさん(埼玉県・夫30代、妻40代)は、「小さい住まいは断熱性能がとてもよく、夏も冬もエアコン1台で快適に過ごせました」。電気料金が値上がりしても、使用電力が以前より少なく済んだため、電気代は抑えられたといいます。

Tさん宅

Tさん宅にはエアコンがリビングに1台のみ(写真撮影/片山貴博)

夫婦二人暮らしの久保田さん(群馬県・40代)の住まいは、約73平米、2LDKの平屋。「エアコンは3室に設置してありますが、この冬はリビングにある24畳用のエアコンだけ稼働させて、十分暖かかった。寝室に入ったときも寒さは感じませんでした」と言います。屋根には太陽光パネルを搭載。「今後メンテナンスが必要になったときも、足場が最小限で済むから費用は抑えられるはず」と話します。

久保田さん夫妻

開放的なリビングでストレスなくのびのび暮らす久保田さん夫妻(写真撮影/片山貴博)

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ポイント4 アウトドア風などデザインのバリエーションも豊富に

カリフォルニアの風を感じるようなガレージ付きのアメリカンスタイルの家に、ぬくもりあふれるログハウスなど、コンパクトな平屋にも多彩なデザインが続々登場。好みや趣味によりフィットした、豊かな暮らしが叶います。テレワーク用の部屋やアウトドアなど趣味を楽しむ拠点として、敷地内に建てる“離れ”感覚のタイニーハウスも人気が高まっています。

前出のTさん夫妻(埼玉県・夫30代、妻40代)は、車をメンテナンスできる大きなガレージがほしいと、67平米のアメリカンハウスの平屋に住み替えました。「西海岸をイメージした、吹き抜けのある白いリビングが気に入っています。庭にはドライガーデンと、季節の花を植えた花壇を作りました。のんびり庭いじりしたり、デッキでお酒を飲んだりする時間が楽しいです」

Tさん夫妻

庭にガレージを建てるのが目標と話すTさん(夫)(写真撮影/片山貴博)

自宅の敷地内に約10平米のログハウスをセルフビルドした桑原さん(長野県・40代)は、10代のときから集めていたビンテージ雑貨や自転車、バイクなどを並べ、趣味の空間をつくり上げました。「6畳だけの空間は、湯船みたいな“おこもり感”もあり、サッシを開け放てばデッキの先につながる庭が見渡せて、視界が広がり開放感もあります」。ログのぬくもりも心地いい、秘密基地のようなサードプレイス平屋です。

桑原さんの小屋

ログ小屋のキットを購入してセルフビルドした桑原さんの小屋。薪ストーブもあります(撮影/窪田真一)

関連記事:10平米以下のタイニーハウス(小屋)の使い道。大人の秘密基地や、住みながら車で日本一周も! ステキすぎる実例を紹介

ポイント5 ミニマリスト、終活など、ものを持たない暮らしが実現

終活や実家じまいなどを通じて、ものを多く持つことで見えてくる課題にふれ、この先はシンプルに暮らしたいと考える人が増えてきました。コンパクトな平屋の住まいは、余計なものを持たないミニマム志向の暮らしにマッチします。

約60平米の平屋に住む前出のRinさん(千葉県・50代)はこう言います。「収納は、扇風機のような季節家電が入るくらいの奥行きがあれば十分。洋服も若いときほど多くなくていい。クロゼットもパントリーも、何があるか一目でわかるように収納しています」。必要なものだけを厳選し、家事動線を整えた小さな平屋暮らしでは、家事ストレスが減って夫婦仲も円満になったそうです。

キッチンとパントリー

写真右はキッチン横のパントリー。奥行きが浅く、全部見渡せるので、何があるのか忘れません(写真提供/Rinさん)

母娘2人で暮らす前出のHさん(千葉県)は、実家を約50平米の平屋に建て替えるのを機に、ものをすっきりと処分。「実家は使っていないものであふれていました。今の家に持ってきたのは本当に必要なものだけ。収納場所も限られていますが、手の届く範囲に収納できて、どこに何があるかきちんと把握できています」

Hさん宅

2階建ての実家を平屋に建て替えたHさん宅。ものを減らしてすっきり暮らしています(写真提供/木のすまい工房)

ライフスタイルの変化に合わせて、ものを減らし、スムーズな動線で快適に心地よく暮らす。地震に強く、広さも価格もミニマム。そんなコンパクト平屋は、世代を問わず、これからの理想の住まいとして、ますます広がりを見せていきそうです。

●関連ページ
「SUUMOトレンド発表会 2023」プレスリリース
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●取材協力
・グッドハート株式会社/ペンギンホーム
・株式会社カチタス
・Rinさん ブログ「Rinのシンプルライフ」
・ヒロ建工
・木のすまい工房
・古川工務店
・ケイアイスター不動産株式会社
・BESS(株式会社アールシーコア)

40代共働き夫婦、群馬県の約70平米コンパクト平屋を選択。メダカ池やBBQテラスも計画中で趣味が充実

自分のライフスタイルに合った暮らしを実現できると、家選びの際に平屋を選ぶ人たちが増えています。40代の久保田さん夫妻も、家を新築する際、迷わず決めたのが平屋の一戸建てでした。タイルのテラスから庭とつながる、約22坪(約73平米)のコンパクトな家。その住み心地と、「多くの人に平屋をすすめたい」という理由をうかがいました。

2階はなくていい。コンパクトなワンフロアが理想

群馬県在住の久保田さん夫妻がお住まいなのは、22坪のコンパクトな平屋の家です。以前住んでいたのも、同程度の広さの平屋の賃貸住宅だったというご夫妻。「趣味で飼っているメダカが増えてしまって、今1000~2000匹くらいいるんです。以前の賃貸の家は古く、庭もなかったので、メダカの水槽を置ける庭付きの家に住み替えよう、と思ったのがきっかけでした」(久保田さん夫)

メダカがみるみる増えてしまったのが住み替えのきっかけだったといいます。庭先に置いたプレハブの小屋には、メダカに関連する道具がいっぱい(写真撮影/片山貴博)

メダカがみるみる増えてしまったのが住み替えのきっかけだったといいます。庭先に置いたプレハブの小屋には、メダカに関連する道具がいっぱい(写真撮影/片山貴博)

当初、中古の2階建ての家を見学したおふたり。そこは1階にキッチン、リビングと1部屋、2階に2部屋ある間取りでした。「内覧して、正直、2階はいらないなと思いました。ずっとふたり暮らしだから、部屋数があっても使わないですし。何十年か先、足腰が弱ってきたら、きっと2階には行かなくなって物置になってしまいそう。それなら、ワンフロアでコンパクトな平屋がいいなと思ったのです」(久保田さん妻)

その後、スマホで家探しをしていたところ、近所でモデルハウスを販売するという情報を見つけました。
「見学してみて、ひと目惚れ。廊下もない平屋のワンフロアで、吹き抜けで家中が明るく、住みやすそうだなと感じました。ロフトがあって、なんだか遊び心もあるなぁと」(妻)
ただ、その家は予算に合わなかったこと、完成品ゆえ仕様や色などが選べなかったため、改めて新築を依頼。土地探しから始めました。

22坪、2LDK。南側に3室ある、明るく開放的な住まい

ほどなくして、おふたりの仕事先から近い住宅地に約83.4坪の土地を見つけ、840万円で購入しました。「建物は、17坪、19坪、24坪、27坪の4つのプランのうち、19坪プランを選びました。ただ、住宅ローンは【フラット35】を使いたかったのですが、22坪以上でないと適用にならないとのこと。だけど24坪プランではうちには部屋が多すぎる。そこで相談して、19坪プランの居室部分を3坪分広げるかたちで、22坪の家を建てることにしたのです」(夫)

間取りは、いくつか用意されていたパターンのうち、3室が南に面した2LDKを選択。価格は1000万円台前半でした。

黒×茶色の外壁がシックな平屋。屋根にはソーラーパネルを設置しています。庭の右側、カバーをかけているのがメダカの水槽(写真撮影/片山貴博)

黒×茶色の外壁がシックな平屋。屋根にはソーラーパネルを設置しています。庭の右側、カバーをかけているのがメダカの水槽(写真撮影/片山貴博)

ずらりと並んだメダカの水槽(写真撮影/片山貴博)

ずらりと並んだメダカの水槽(写真撮影/片山貴博)

玄関ドアは明るいブルー。玄関ホールから居室につながり、廊下はありません(写真撮影/片山貴博)

玄関ドアは明るいブルー。玄関ホールから居室につながり、廊下はありません(写真撮影/片山貴博)

玄関脇はアウトドアグッズなどがしまえる土間状の収納スペース。ここにもメダカの鉢が(写真撮影/片山貴博)

玄関脇はアウトドアグッズなどがしまえる土間状の収納スペース。ここにもメダカの鉢が(写真撮影/片山貴博)

完成した住まいは、玄関ホールから洋室とLDKにつながっていて、リビングの奥に和室、キッチンの先に洗面脱衣室と浴室。廊下がなく、無駄なくまとまった間取りです。
「コンパクトなんだけど、キッチンも広いし、脱衣所もゆったりしていて着替えるのも楽です。洋室は寝室として使っていて、和室は今のところなにも置いたりせず、親や友人が泊まりにきたときに使えたらいいかなと思っています」(妻)

客間として使う予定の和室。物干しポール(オプション)もあり、室内干しもここで(写真撮影/片山貴博)

客間として使う予定の和室。物干しポール(オプション)もあり、室内干しもここで(写真撮影/片山貴博)

洗面脱衣所もゆったり広々(写真撮影/片山貴博)

洗面脱衣所もゆったり広々(写真撮影/片山貴博)

コンパクトだからとにかく家事が楽!のびやかな天井高は平屋ならでは。ロフトもプラスしました。テーブルを置かず、ダイニングスペースを広く使っています(写真撮影/片山貴博)

のびやかな天井高は平屋ならでは。ロフトもプラスしました。テーブルを置かず、ダイニングスペースを広く使っています(写真撮影/片山貴博)

当初のプランより広げたというLDKは18.5畳(30.63平米)とゆったり。天井が高く、オプションで2畳ほどのロフトもプラスしたそう。「実家ではロフトが自分の部屋だったので。でも、下で事足りてしまうし、ハシゴの上り下りが大変なので、今は使っていません」(夫)
壁紙の色は用意されていた3タイプから白ベースのカラーを選んだこともあり、明るくすっきり、広々と感じます。

白を基調にしたキッチン。リビングからカウンターの手元が見えないのですっきり(写真撮影/片山貴博)

白を基調にしたキッチン。リビングからカウンターの手元が見えないのですっきり(写真撮影/片山貴博)

「天井が高いのは憧れでした。以前住んでいた賃貸と広さはそんなに変わらないのに、おかげでここは開放的だなと感じます。ダイニングテーブルを置くと動線の邪魔になりそうだったので、食事はリビングのテーブルで。それもあって空間が広々と使えています。収納スペースも限られているけど、本当に使うものだけにして、すっきりさせています。いちばん気に入っているのは、家事が楽なところ。特に掃除は、お互い仕事をしているので週末に掃除機をかける程度ですが、10分もかからないで終わってしまうのがうれしい」と久保田さん(妻)は笑います。

シンプルな洋室はふたりの寝室に(写真撮影/片山貴博)

シンプルな洋室はふたりの寝室に(写真撮影/片山貴博)

動線も無駄がありませんよね。
「そこも便利だと感じています。うちの実家は3階建てで、私の部屋は3階にあったので、忘れ物をするといちいち3階まで階段を上がって取りに行かないといけなくて、それが本当に大変でした。今は車に乗ってから、『あ、アレ忘れた』と家に取りに戻っても、探すのは1階だけだからささっと(笑)。とても楽ちんです」(妻)
家の中の温度差がないのもよかった点。各部屋にエアコンは設置してありますが、この冬はリビングにある24畳用のエアコンのみ稼働させ、家中快適に過ごせたといいます。

休日はリビングでひたすらごろごろ

ふたりともテレビを見るのが大好きで、リビングのソファでまったり、お酒を飲みながら過ごすのがなによりの楽しみだといいます。
「せっかく庭もあるので、これから活用していきたいですね。先日、暖かい日に七輪を出して焼肉をしたんです。春にはBBQするのもいいな」と妻。

ソファでテレビを見ながら過ごすのが楽しみというふたり(写真撮影/片山貴博)

ソファでテレビを見ながら過ごすのが楽しみというふたり(写真撮影/片山貴博)

夫は「以前鯉を飼っていた知人が、ひょうたん型の大きな生簀をくれたので、庭に置いてメダカを放したんです。ここに屋根を付けたり、自然池みたいにしたい」と夢がふくらみます。
両親が遊びに来たときも、「ここはふたりにちょうどいい広さだね!」と絶賛したという住まい。ストレスなくのびのび過ごしているおふたりの姿が印象的でした。

大きな生簀にたくさんのメダカが。いずれは屋根も付ける予定(写真撮影/片山貴博)

大きな生簀にたくさんのメダカが。いずれは屋根も付ける予定(写真撮影/片山貴博)

久保田さんがこの家で暮らして半年ほど。今後どんな方に平屋ライフをおすすめしたいですか?
「もう、みんなにすすめたいです。土地が狭いとどうしてもスペースが足りず2階建て、3階建てになってしまうと思うんですけど、ある程度土地の広さがあれば、平屋ってとても便利ですよ、と伝えたいです。普段の家事も、メンテナンスや将来的にリフォームするのも楽だと思います。うちは屋根に太陽光発電をのせているんですが、いつか劣化して交換するときも、2階建てより平屋の方が便利ですよね」(妻)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

ふたり世帯、シニア世帯のニーズを捉えるコンパクト平屋

平屋商品に注力するIKI株式会社(ケイアイスター不動産グループ)によると、平屋の販売数は年々増加傾向にあるといいます。特に契約者の割合が高いのは、夫婦/パートナーとのふたり世帯、次いでシニアで、年齢でいうと40~50代の関心を集めているようです。

まさしく久保田さん夫妻のように、ふたり世帯からの注目が高まる平屋暮らし。一戸建てといえば、部屋数を確保した2階建てをイメージしがちですが、自分たちの暮らし方によりフィットした、シンプルでミニマルな平屋、そんな選択肢も定着しつつあるのだなと実感しました。

●取材協力
ケイアイスター不動産株式会社
規格型平屋注文住宅IKI(イキ)
※ひら家IKIは、ケイアイスター不動産グループのIKI株式会社が販売する商品です

50代から始めた終活でコンパクト平屋を選択。家事ラク・地震対策・老後の充実が決め手、築42年がリフォームで大変身

70平米前後までのコンパクトな平屋が、新しいマイホームの選択肢として、じわじわと需要を伸ばしている。子どもが巣立ったあとのシニア世帯の住まいとして、多彩な価値観をもつファミリー世帯の成長の場として、趣味や余暇をたのしむ一人暮らしの個性を表現する場として……。住人の属性や選択の理由もさまざまだ。ここでは、6LDKの戸建てを売却し、県外の平屋に移り住んだシニア世帯を取材した。

両親の介護を経験し、老後を見据えて転居を計画

夫が50代半ば、妻は40代のころに、「自分たちの老後を見据えて終活を始めた」と話すSさん夫妻(夫60歳、妻52歳)。約2年前からコンパクトな平屋を検討していたという。

もともとの住まいがあったのは福島県中部の市。結婚当初に新築した2階建て6LDKの日本家屋に36年間住み、夫の両親と同居しながら、子どもを2人育てた。現在は子ども達が独立し、親は高齢者向け施設へ入居したので、夫妻と愛犬との生活。
「両親を自宅で介護していたころは、金銭面も体力面も大変でした」と振り返る。

「これまで両親の世話した苦労があるからこそ、自分たちは、県外で暮らしている息子や娘に面倒をかけないようにしようと決めました」

そんななか、まず平屋を検討した理由は、「年齢的に2階へ上がるのが億劫になり、コンパクトに暮らしたいと思ったから」。もとの家の2階には3部屋とクローゼットがあったが、子どもが巣立ち、どの部屋も物置同様となって、荷物がホコリをかぶっていたのが気になった。

第二の人生を歩む引越し先には、娘夫婦が住む栃木県那須塩原市を選んだ。「息子は東京に住んでいますが、自分たちは都会に住みたいとは思わなくて……。栃木なら、東京からでも、車や新幹線で来やすい距離ですから、親族が集まりやすいなと思いました」

和室4室と勝手口付きの食堂があった平屋を中古で購入。開放的なLDKがある現代的な住まいへリフォームした(写真撮影/masaru tsurumi)

和室4室と勝手口付きの食堂があった平屋を中古で購入。開放的なLDKがある現代的な住まいへリフォームした(写真撮影/masaru tsurumi)

リフォーム後はリビングに(写真はリフォーム前)(写真提供/カチタス)

リフォーム後はリビングに(写真はリフォーム前)(写真提供/カチタス)

30軒紹介されても、条件に合う平屋が見つからない

Sさん夫妻は平屋の中古物件に候補を絞り、現地のメーカーや不動産業者に依頼した。

「金額面で無理はしないでおこうと、価格は土地込みで1000万円から1500万円くらいを考えていました。今60歳で、平均寿命である80歳まで20年しか住まないのですから、そこで無理をしていい家に住んでも仕方がない。手元にもお金を残したかったので」とにこやかに話す。
並行して、住んでいた一戸建ての売却を地元の不動産業者に依頼した。

しかし、平屋の物件は思った以上に見つからなかったという。立地や価格面で候補となる家は約30軒見学したが、どれも2階建てだった。

「現地の不動産会社さんから、『実際には平屋の空き家もあるけれど、家庭の事情などで売りに出されていない』と聞きました。途中で1軒だけ平屋を紹介されたのですが、敷地が狭く、駐車場が1台分だけ。夫婦ともに通勤するためすでに車を2台持っているし、娘が車で遊びに来るので、3台分は欲しいと思って、断りました」

平屋探しを始めてから1年が経過した。
「あまりに見つからないので、2階建てに住んで、1階部分だけを平屋のように使おうか?」と考え始めていた。

日当たりのいい南側は、LDKに隣接した和室に。ゴロンとくつろげるのがいいところ(写真撮影/masaru tsurumi)

日当たりのいい南側は、LDKに隣接した和室に。ゴロンとくつろげるのがいいところ(写真撮影/masaru tsurumi)

リフォーム内容と金額の打ち合わせを経て、契約へ

現在の物件を紹介したのは、群馬県に本社を置き、全国120店舗以上ある拠点で中古住宅を買取り、リフォームして販売する会社だった。

「やっと出てきた平屋で、『やった!』と思いました。それも、娘夫婦の家と車で10分たらずの立地で、駐車場が4台分に部屋が4部屋。ほどよいサイズ感だと思いました。ただ、リフォーム前の段階で見学したので、内装が古く庭が荒れていて、『うわっ、汚いな』とも思いましたが(笑)」

(画像提供/カチタス)

(画像提供/カチタス)

この平屋は築42年、71.21平米の3LDKだった。空き家状態で同社が買い取ったので、中の家具などはそのままで、仏壇まで残っていたという。会社が買い取って荷物を整理した後に連絡があり、Sさんが見学した。

「その後会社からリフォームについての打ち合わせがあり、『だいたいこのようなリフォームをしてこれくらいの金額になりますが買いますか?』と。それを聞いて、ここに決めますと話しました」と夫。一昨年の10月に平屋購入の契約をした。

「2022年の2月か3月ごろに引き渡しの予定でしたが、昨今の世界情勢から建材の搬入が先延ばしになり、引き渡しは昨年の5月の連休明けでした。銀行でお金のやり取りをして、荷物を積んで、鍵を持ってすぐに入居しました」

慌しくなったのは、時を同じくして、福島県にある自宅の購入希望者が現れたからだった。

「急だったけれど、これを逃すといつ売れるか分からないので、夫婦2人で引越しの作業をしました。平屋の手付金を払ってから1週間で前の家が売れるというタイミングだったので、引越し会社も呼べず、すべて自分たちで行い、バタバタでした。ただ、家が売れる前から、終活として荷物の整理を少しずつ始めていたので、引き渡し時には何も残っていない状態にできました」

金額面は、元の家を売却した金額が平屋の値段とほぼ同じだったことから、そのままスライドして支払うことができた。

コンパクトな住まいなのでコミュニケーションが取りやすく、和やかな雰囲気(写真撮影/masaru tsurumi)

コンパクトな住まいなのでコミュニケーションが取りやすく、和やかな雰囲気(写真撮影/masaru tsurumi)

和室2室を日当たりのいいLDKへ大幅リフォーム

とはいえ、6人家族時代からある36年分の荷物を、軽トラックで何往復もして運ぶのは大変だったという。

「まだ着られる洋服はリサイクルショップへ。鉄屑は鉄の業者さんに持っていき、できるものは千円くらいだとしても換金しました。物を捨てるのにもお金がかかりますから」と、Sさん夫妻は合理的かつ行動的。

「昔の家なので、湯呑みなどの食器類や座布団、布団なども多かったですね。処分した布団だけで2tトラック1台分ありました。タンスは全部処分して、軽くて中身が見やすいプラスチックケースに変えました。持ち物は半分以下に減らして引越しましたが、こっちに来てから、やっぱりいらないと思って捨てたものもあります」。処分した荷物は軽トラック2台分になった。

購入した平屋は、畳の和室4つに食堂付きという造りだったが、間取りを変更して大幅にリフォーム。会社から提案されたプランをベースに、Sさん夫妻も意見を出した。

「大きな変更は、キッチンの形をI型からL型に変更してもらったことです。これによりキッチンの作業スペースが広がり、リビングに開放感が生まれました。壁になる予定だったリビングと和室の間を取っ払って、和室と一体型のLDKにしてもらったんです。この間取り変更は大正解。もともと設置してもらう予定だったI型のシステムキッチンですと私たちの生活動線では作業スペースが足りないと感じ、さらに出入りがしにくくなりそうでしたから。また、会社がもともと予定していたリフォームは、元食堂の勝手口を防犯面の観点から塞ぎ、そこにトイレをつくるというものでした。リフォーム後の間取りは、キッチンだけでなく玄関やトイレの位置までパーフェクトです」

新設したトイレに窓をつけることは妻が、浴室の壁の一面と洗面所にモダンなブラウンのシートを使用することなどは二人で提案した。

L字型のシステムキッチンに、ダイニングとの間仕切りと収納を兼ねてカラーボックスを設置(写真撮影/masaru tsurumi)

L字型のシステムキッチンに、ダイニングとの間仕切りと収納を兼ねてカラーボックスを設置(写真撮影/masaru tsurumi)

リフォーム前のキッチン(写真提供/カチタス)

リフォーム前のキッチン(写真提供/カチタス)

コンパクトな暮らしに加え、日当たりと静けさを手に入れた

生活が変わった部分は、「最近、階段を上っていないこと」と話す夫。2階に上がらなくていいのは本当にラクですね」と、平屋の良さをしみじみと話す。

「住まいがコンパクトなので動きやすく、足の運びがいいですね。家の真ん中に押入れを造ったので、その周りをぐるりと1周すれば、LDKも水回りも玄関もあり、動くことや片付けが億劫ではなくなりました。また以前は、地震の際に2階にいると、揺れを大きく感じることがありましたが、こちらに引越してからは、まだ感じたことがありません。これも平屋の良さかもしれません」

廊下沿いに押入れと物入れがあり、クローゼットとして使用。周囲をぐるりと回遊できる(写真撮影/masaru tsurumi)

廊下沿いに押入れと物入れがあり、クローゼットとして使用。周囲をぐるりと回遊できる(写真撮影/masaru tsurumi)

また、「ここは静かで日当たりがいい」と口をそろえる二人。
「以前の住まいは、建てたころは静かな場所でしたが、新興住宅地になってしまい、集合住宅が300棟くらい建ちました。庭の前にも家があり、私たちの暮らしにとっては騒がしかったんです。また、最近建てられた住宅は背が高いので、私たちの2階建てには、南側からの日が当たらなくなってしまって。今は一日中、日が当たりっぱなしで嬉しいです」
愛犬も家の中を走り回っている。

娘夫婦以外、知り合いがいない県に移り住んだが、近所付き合いもうまくいっているという。
「ご近所さんが自家製の野菜を分けてくれるなど、仲良くしてもらっていますね。ここでは、自分たちは若い方なんです」と笑う。
また、Sさん夫妻は引越してから共に転職し、自宅から車で15分ほどの職場にそれぞれ通い、地域に馴染んでいる。

娘夫婦も頻繁に遊びにくるという。
「いくら準備をしたって、歳を取れば少なからず身内に迷惑をかけることになるけれど、遠くで迷惑をかけるよりは、近い距離で迷惑をかけた方が、精神的にも金銭的にも楽ですね」

周辺には行楽地があり、今後も楽しみが増えたという。
「ここまで忙しかったので、まだあまり出かけていないけれど、温泉なども近いので、夫婦でこれからの生活を満喫したいですね。住まいの計画としては、庭をいじって変えていきたいと思います。愛犬のためのドッグランと、幅2mくらいのウッドデッキを造りたいという計画があります」

「こちらに移り住んでから、白髪を染めるのをやめました」と自然体な夫と、共に夫の両親を介護した盟友でもある妻。平屋で愛犬との静かな暮らしを楽しむ(写真撮影/masaru tsurumi)

「こちらに移り住んでから、白髪を染めるのをやめました」と自然体な夫と、共に夫の両親を介護した盟友でもある妻。平屋で愛犬との静かな暮らしを楽しむ(写真撮影/masaru tsurumi)

シニアが平屋ライフを楽しむには……

Sさん夫妻に、シニアが充実した平屋ライフを送るコツを聞いてみた。
「やはり、早くから『何歳でこうする』というプランを立てておくといいと思います。私たちは、次は墓地を買って自分たちのお墓を建てる計画があり、お葬式のことも話し合っています。また、『どちらかが1人になったらホームに入ろう』とも決めています。歳をとると、一日一日が速いもの。予定を立てずにダラダラと過ごしてしまうと、周りの人に迷惑をかけることになりかねません。何より、計画を立てておくことで、自分たちが安心して暮らすことができます」

コンパクトな平屋暮らしは、年配者2人などのシニア世帯にはピッタリだと話す夫。
「平屋は、シニア世帯にすごくおすすめです。いざ、火災や地震があった時も、足腰に負担をかけず、すぐに外に逃げ出せますから。また、病気などで万が一という状態のときに、救急車が家の前まで付けられることもいいですね。例えば、一分一秒を争う脳梗塞のように、体が動かせないような状況の時に、2階から大人を担架に乗せて降ろすのは、大変だと思います。私たちにとってはあらゆる面で、安心して暮らすことができるのが、コンパクトな平屋です」

4台分ある駐車場。度々遊びに来る娘夫婦をはじめ、来客がある時も安心。お手製のドッグランを造る計画もある(写真撮影/masaru tsurumi)

4台分ある駐車場。度々遊びに来る娘夫婦をはじめ、来客がある時も安心。お手製のドッグランを造る計画もある(写真撮影/masaru tsurumi)

まだまだ現役の50代前後で「終活」に取り掛かり、荷物を処分して一戸建てを売り、県外の平屋に住み替え、転職もしているSさん夫妻の鮮やかな人生設計に脱帽。

71.21平米の3LDKなら、マンション住まいとあまり変わらない。その上、生活音をあまり気にしなくてもよく、ドアを開けたらすぐ庭や駐車場という一戸建ての良さが付いてくるのは魅力的だと思う。

誰でも歳をとるのだから、なるべく暮らしをコンパクトにして、毎日を楽しみたい。それにはやはり事前の計画が大事……! 2人の若々しくスッキリとした表情に、考えさせられることが多かった。

●取材協力
株式会社カチタス

2階建て実家をコンパクト平屋に建て替え。高齢の母が過ごしやすい動線、高断熱に娘も満足

70平米前後コンパクトな平屋が、新しいマイホームの選択肢として需要を伸ばしています。今回お話を伺ったのは、ひとり暮らしの母と住むために、2階建ての実家を平屋に建て替えたHさん(50代)。その広さは約50平米。実家にあふれていた不要なものもすっきり処分し、高齢の母が過ごしやすいコンパクトな動線で、シンプルな二人暮らしを叶えています。

高齢の母との二人暮らし。小さな平屋が“ちょうどいい”

多様なライフスタイルに合わせて、それぞれが豊かな暮らしを実現できる時代。一戸建てのマイホームといえば「2階建て、3LDK以上」という規定路線は、すべての人には当てはまりません。子どもが巣立ったあとのシニア世代の終の棲家として、サスティナブルな価値観をもつファミリー世帯の成長の場として、また趣味や余暇を楽しむDINKS世代の個性を表現する場として、ミニマムな広さと価格で自分らしい暮らしが叶う小さな平屋が、今注目されています。
Hさんが選んだ平屋ライフは、コンパクト平屋の新しい可能性を見せてくれるものでした。

(写真提供/木のすまい工房)

(写真提供/木のすまい工房)

千葉県に住むHさんの家は、玄関からそのままキッチンに続く土間のある一戸建て。床面積50.30平米、2LDKのコンパクトな平屋です。
もともとこの土地は、Hさんが育った実家があった場所。ひとり暮らしをしていた母が高齢になり、これまでの2階建ての家では生活が不便に感じたことから、建て替えて一緒に住むことを決意したといいます。
「母は80歳を超えたということもあり、私が一緒に住んで面倒を見ながら暮らそうということになったのです。でも、実家は築50年ほどであちこち傷んでいましたし、収納とか間取りとか、そのままでは何かと暮らしづらい。実家の間取りは、1階に2部屋とキッチン、2階は何度か建て増しをして、3部屋ありました。ほとんどが当時使っていない部屋で、物も増え、どこの押し入れに何が置いてあるのかわからず、探すのも一苦労な状態。もちろん、高齢の母が階段を上り下りするのも大変でした」とHさん。

間取り図

(画像提供/木のすまい工房)

当初はリフォームも検討したそうですが、部分的な改装を重ねてもコストはかさみます。
「老後って意外と長いんですよね。無駄な部屋があったり、物であふれていたり、そういう家で母があと10年、20年と暮らしていくのは大変なこと。私が手伝いながら、母もできるだけ長く自分で自分のことができるような、快適で暮らしやすい家に住み替えたいと考えました」

リビングから見た土間キッチン(写真提供/木のすまい工房)

リビングから見た土間キッチン(写真提供/木のすまい工房)

母と二人でシンプルに暮らすことを念頭に、「平屋」というキーワードで検索して見つけたのが、千葉県を中心に自然素材の家づくりを行う工務店でした。モデルハウスを見学し、土間のある間取りが気に入ったというHさん。
二人暮らしなのでコンパクトな家がいい、階段を使わずに済むよう平屋のワンフロアで完結したい、モデルハウスにあった和モダンな土間キッチンを取り入れたい、という要望を伝え、家づくりがスタートしました。

平屋だからこそ天井は高く。以前とは比べ物にならないほど明るく、開放感も

玄関を開けると、Hさんが憧れていた土間とつながるキッチンが目に飛び込みます。その目の前には、漆喰の白壁がシンプルなリビングダイニング。DK部分が勾配天井になっていて、高窓が数カ所に設けられ、とても明るく開放的です。こんなふうにのびやかな空間がつくれるのも、上階がなく、天井の高さに自由度がある平屋ならではです。

101.18平米の敷地は、実は住宅密集地。実家だった住まいは、お隣に2階建ての建物ができて以来、1階部分にあまり日が入らず、日中も薄暗い感じだったといいます。
「だから今回平屋にするのにあたり、そこがいちばんの心配点だったんです。いざ完成してみたら、高窓の効果で以前とは比べものにならないほど明るくて。家にいて本当に気持ちがいいんです」とHさんは声を弾ませます。

漆喰の白い壁に梁が映えるLDK。上階がないため、開放感を生み出す勾配天井も自由につくれます(写真提供/木のすまい工房)

漆喰の白い壁に梁が映えるLDK。上階がないため、開放感を生み出す勾配天井も自由につくれます(写真提供/木のすまい工房)

通常の天井よりも高さを設けたことで、視線にも奥行きが生まれ、実際の面積以上の広がりも感じられます。
「キッチンの背面収納の上にも明かり取りの窓をつくってもらいました。隣のお宅の屋根に太陽が反射して、そこからすごく明るい光が入ってくるんです。設計ではその反射までは計算されていなかったようですが、とても気に入っています。リビングから見える玄関もガラスの引き戸なので、圧迫感みたいなものもありません」

玄関から続く土間キッチン(写真提供/木のすまい工房)

玄関から続く土間キッチン(写真提供/木のすまい工房)

背面収納ですっきり(写真提供/木のすまい工房)

背面収納ですっきり(写真提供/木のすまい工房)

間取りは2LDKで、LDKから和室と洋室にフラットにつながる、実に無駄のないレイアウトです。Hさんがキッチンで作業しているときも、リビングや和室にいる母の気配が感じられるといいます。
「二人で住むには、ワンフロアのこのコンパクトさがちょうどいい、と感じています」

和モダンな格子の引き戸で仕切れる和室は、母とHさんの寝室として使っています。廊下もないため、洗面室やトイレ、浴室への動線も短くとてもスムーズ。一方、洋室は、親族などが泊まりに来たときのための客間として使用しているとか。ウォークインクローゼットもあります。
「収納場所は限られていますが、この家にあるのは本当に必要なものだけ。手の届く範囲に収納できて、どこに何があるかきちんと把握できている。建て替えでとにかく大変だったのは、実家にたくさんあった物の処分で、1~2カ月ほどかかりました。それを乗り越えてこうしてシンプルに住み替えできて、気持ち的にもすっきり。これも、思い切って建て替えてよかった点です」

キッチンからは家全体が見渡せます。右の引き戸の先は洗面室と浴室(写真提供/木のすまい工房)

キッチンからは家全体が見渡せます。右の引き戸の先は洗面室と浴室(写真提供/木のすまい工房)

家中の温度差がなく快適なのは、コンパクトな平屋の大きなメリット

また、断熱性能も格段によくなりました。以前の家は、冬、暖房を入れてもなかなか暖まらなかった、とHさん。
「今は、母が起きたときに寒くないよう、朝起きる前にエアコンを1時間ほどかけておきます。昼から夜は灯油ストーブ1台とリビングのホットカーペットで十分暖かく、家中どこにいても温度差もほぼありません。夏は、日中は扇風機で過ごすことが多く、夜は防犯上窓を閉めてエアコンをつけて寝ています。気密性が高いのは新しい家だからというのもありますが、小さな平屋の快適さを実感しています」

断熱性能も以前の住まいよりもアップ。家中どこにいても温度差もほぼないとのこと(写真提供/木のすまい工房)

断熱性能も以前の住まいよりもアップ。家中どこにいても温度差もほぼないとのこと(写真提供/木のすまい工房)

リビング隣の和室は、現在は母とHさんの寝室として使っています(写真提供/木のすまい工房)

リビング隣の和室は、現在は母とHさんの寝室として使っています(写真提供/木のすまい工房)

6畳ほどの洋室は客間に(写真提供/木のすまい工房)

6畳ほどの洋室は客間に(写真提供/木のすまい工房)

建築費は1500万円。ローンは組まず、母の預貯金で支払ったそうです。平屋に建て替えるにあたって、まわりの人の意見はどうだったのでしょうか。
「きょうだいに報告したところ、『この年齢で建て替えだなんて。お金は取っておくべきだ』と反対の声しかありませんでした。でも、当時80歳の母があと10年暮らすことを考えたら、このままではいろいろな問題が出てくるはず、と、思い切って決めてしまったんです」

(写真提供/木のすまい工房)

(写真提供/木のすまい工房)

格子の引き戸は閉めても視界に広がりが(写真提供/木のすまい工房)

格子の引き戸は閉めても視界に広がりが(写真提供/木のすまい工房)

今は明るいリビングのソファでテレビを見てくつろぐのが、お母さまの楽しみになっているそう。
「私自身も、母がデイサービスに行っているときなどはソファでごろごろ寝転んだりして、明るいリビングで心地よく過ごしています」

子育て世代の住まいは広さや部屋数が必要ですが、子どもが独立したら、家の中で過ごす空間は限られてきて、物もスペースも持て余してしまいがち。また複雑な動線は体力的にもつらくなってきます。ですが、Hさんが冒頭で話していたように、そこからの人生もまた長く続くのです。今のライフスタイルに合った、暮らしやすい住まいを見つめ直すと、無駄のないコンパクトな平屋という選択肢は大きな魅力に感じました。

●取材協力
木のすまい工房

平屋を愛しすぎて東京・福岡で二拠点生活&専門誌を自費出版。賃貸平屋を渾身DIYしたアラタ・クールハンドさんの暮らし

全ての暮らしがコンパクトに収まり、毎日の生活で上下移動が必要のない「平屋」。今、世代を問わず平屋を選ぶ人たちが増えています。そんな平屋を愛しすぎたゆえ、東京と福岡の二拠点生活で異なる平屋暮らしを楽しんでいる人がいます。平屋暮らしの提唱者として知られている、文筆家・イラストレーターのアラタ・クールハンドさんです。二拠点生活×平屋、一体どのような暮らしをしているのでしょうか。お話をうかがいました。

東京の平屋はDIY可賃貸。自分好みにカスタム中

平屋暮らしの魅力を伝えている文筆家・イラストレーターのアラタ・クールハンドさん。
アラタさんは戦後建てられた木造平屋を「FLAT HOUSE」と命名し、自身の審美眼で捉えた全国各地の平屋たちを紹介する活動をしています。2009年以降に出版した『FLAT HOUSE LIFE1+2』、自費出版による一冊一軒の『FLAT HOUSE style』、九州地方のフラットハウスを紹介した『FLAT HOUSE LIFE in KYUSHU』といった本の数々は、多くの平屋ファンの心をくすぐっています。

アラタさんが執筆した著書の数々(写真撮影/桑田瑞穂)

アラタさんが執筆した著書の数々(写真撮影/桑田瑞穂)

そんなアラタさん、2013年から東京と福岡の二拠点生活をしています。

アラタさんが東京の拠点を構える場所は、郊外にある閑静な住宅街。駅から徒歩で15分くらいはある距離でしょうか。一戸建てが建ち並ぶエリアの一角に、こぢんまりとした平屋が見えてきます。

「いらっしゃい~」と近くまで迎えにきてくれたアラタさん。

白壁が可愛らしい、アラタさんが借りている東京の文化住宅。文化住宅とは、大正時代中期以降から流行した、庶民向けの洋風の住宅のこと(写真撮影/桑田瑞穂)

白壁が可愛らしい、アラタさんが借りている東京の文化住宅。文化住宅とは、大正時代中期以降から流行した、庶民向けの洋風の住宅のこと(写真撮影/桑田瑞穂)

真っ白な柱や壁が印象的な平屋。なんとDIY可能な賃貸住宅なのだそう。これまで都内で平屋を転々としてきたアラタさんは、家を探す際に必ずDIY可能な平屋を探していたそうです。もちろん今回の家に引越した際もDIY可能な平屋というのが条件。この家は、知人から紹介してもらい、決めたそうです。

「もちろんDIYは大家の了解があってこそ、というところは気をつけるべきところですね。クオリティの高いDIYをほどこせば自分が退去する際にも次に借り手がつきやすいんです。それは貸し手・借り手双方にとってメリットがありますよね」と、アラタさんは話します。

平屋の中には部屋が3室あり、全体で50~60平米ほどの広さ。1LDKくらいの規模感です。

「僕にとってはどこに何の物があるかがちゃんと分かることや掃除が簡潔にできるというのが結構重要なポイントで。このフラットハウスの気に入っているところは、ひと目で見渡せるコンパクトさですかね。窓辺からは景色もよく見えるし気持ちいいですよ。仮に大金持ちになったとしても、お手伝いさんを雇わないと暮らせない家には住みたくないなあ。自分で自分のことができないサイズの家には興味がないということも、平屋暮らしをしている理由かもしれませんね」(アラタさん)

入居1ヶ月半前に壁と天井を抜き、スケルトン状態にしてから施工を開始。完成後は採光率も上がって窓辺のデスクで手を動かす時間が何よりの至福だそう(写真撮影/桑田瑞穂)

入居1ヶ月半前に壁と天井を抜き、スケルトン状態にしてから施工を開始。完成後は採光率も上がって窓辺のデスクで手を動かす時間が何よりの至福だそう(写真撮影/桑田瑞穂)

写真右部分の窓は壁を抜いて、自身でカスタム。玄関からリビング、キッチン、作業場、寝室まで見渡せるつくり(写真撮影/桑田瑞穂)

写真右部分の窓は壁を抜いて、自身でカスタム。玄関からリビング、キッチン、作業場、寝室まで見渡せるつくり(写真撮影/桑田瑞穂)

明日は何が起きるか分からない。ひとつの場所に留まる息苦しさ

二拠点で、かつそれぞれ一戸建ての平屋暮らしと聞くと、なんだか費用がかさみそうなイメージです。しかし、アラタさんは「二拠点生活に踏み切れたのは、やはり賃貸住まいだったことが大きいでしょうね。もちろん今住むどちらの家も貸家です」と、秘訣を教えてくれました。

元のキッチン設備は激しい老朽化から全撤去。ユニットも採寸して一から再製作しています(写真撮影/桑田瑞穂)

元のキッチン設備は激しい老朽化から全撤去。ユニットも採寸して一から再製作しています(写真撮影/桑田瑞穂)

「古い平屋暮らしは自分で暮らしをカスタマイズすることができるプラットフォームなんです。特に築年数が古い平屋の賃貸は、DIYが可能な物件が多いんです。家賃が低廉なので自費投入しても懐の痛みも少ない。ここも一般の工務店に頼んだら400~500万円はかかるけど、自分で作業をすれば材料費だけ。そういう楽しみがあるところが古い賃貸平屋の魅力ですね」(アラタさん)

窓辺にあるワークスペースでは、執筆作業やイラスト制作をしています。この日は、福岡でのイベントに向けたフライヤーの制作をしていました(写真撮影/桑田瑞穂)

窓辺にあるワークスペースでは、執筆作業やイラスト制作をしています。この日は、福岡でのイベントに向けたフライヤーの制作をしていました(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークスペースからすぐに庭のデッキへと出ることができます。季節の移ろいをすぐに感じることができるのは、コンパクトな平屋の魅力(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークスペースからすぐに庭のデッキへと出ることができます。季節の移ろいをすぐに感じることができるのは、コンパクトな平屋の魅力(写真撮影/桑田瑞穂)

海外ネットオークションで購入したオールド・トイ(写真撮影/桑田瑞穂)

海外ネットオークションで購入したオールド・トイ(写真撮影/桑田瑞穂)

2011年に起きた東日本大震災。人々はみな、こんなにも予測不可能なことが起きるのかと、大きな衝撃を受けました。アラタさんもそのひとり。さらに2020年以降コロナ禍になり、人生はますます1年先のことが分からないと思ったそうです。

「両親とも東京出身なので自分にとって、いわゆる“田舎”がなかったんです。そういう拠点と呼ばれる場所に憧れがあった。そういう時に震災が起きまして。家族全員が東京にいると、何かあった時に避難する場所がないということに震災で気付かされました。それを解決するためにも、フリーになったときから憧れていた地方との多拠点生活に挑んでみようと。インフラの拡充など利便性が向上している今なら、そう難しくはない。そんなとき好条件の平屋が東京と福岡同時に見つかって、踏み切りました。九州は以前から一度住んでみたいと思っていたので、迷う理由はありませんでしたね」(アラタさん)

こうして、アラタさんは新たな拠点として福岡に家を借りることを決断します。

「周囲には完全移住したものの、溶け込めずに引き返してくる例も。東京に拠点を残しておけば焦る気持ちも半減するし、仮にうまくいかなかったとしても引き返すことができると思っていました」(アラタさん)

福岡県の新たな拠点 出会いは人の縁だった

南のエリアにもう一つの拠点を設けたいと思っていたアラタさんは、知り合いを通じて福岡県へ訪れることになります。

「13年の春、福岡の不動産業の友人から米軍ハウスが売りに出ていると聞き、九州旅行ついでに物件を見に行ったんです。現地に着いて偶然目にした別の空き家もまた米軍ハウスで、そっちにひと目惚れしてしまいます。首尾よくオーナーと連絡が取れましたが、面接があると聞いてこれは無理だなと諦めたものの、友人の尽力もあってご縁をいただきました。その夏にめでたく入居し、現在に至ります」(アラタさん)

福岡県のある海辺の町。徒歩数分で美しい景色が望めるといいます(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

福岡県のある海辺の町。徒歩数分で美しい景色が望めるといいます(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

こうして福岡にも拠点を見つけ、二拠点暮らしが始まったアラタさん。

「海辺のこぢんまりとした町は、暮らしてみると、とても快適。天神までは船に乗る必要があるけれど、その距離は15分くらい。天神に出てしまえばなんでもそろうし、空港も近いからどこへ行くにも不便がないんですよ。チェーン店が少なく、個人の商店が多くて、自然な賑わいがあるんですよね。スピード感のある東京とは違い、穏やかで豊かな文化圏を築いているように見えます。東京との違いを味わえるところが魅力です」(アラタさん)

福岡県にある自宅。築年数は約70年だそう(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

福岡県にある自宅。築年数は約70年だそう(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

東京と福岡。平屋だからこそ実現できたミニマムな暮らし

現在、1年の3分の1を東京で過ごし、残りは福岡で暮らすアラタさん。

南の方に憧れがあって拠点を設けたものの、もちろん福岡には知り合いが多くいたわけではありませんでした。しかし暮らしていく中で、アラタさんの著書の読者や、近隣に住まう人とコミュニケーションをとるようになり、徐々に知り合いが増えていったといいます。

米軍ハウスに入居の際、アラタさん自身が床を張り替えたそう(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

米軍ハウスに入居の際、アラタさん自身が床を張り替えたそう(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

「こちらで出会った方と、日々の暮らしを通してゆるやかにつながっていったんですよね。観光局の人と地域活性化につながるマーケットや街歩きなど、一緒に面白いことができないかなと、話もしていますよ」(アラタさん)

お気に入りのアンティーク家具や食器、インテリアに囲まれて(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

お気に入りのアンティーク家具や食器、インテリアに囲まれて(画像提供/アラタ・クールハンドさん)

「東京か福岡か。自分の拠点をどちらか一つに絞らないとかなって時々思うことも。とはいえ両方にコミュニティがあるってすごくいいなと思って。自分にとってのサードプレイスなのでしょうね」とアラタさんは話します。

「今、時代が大きく変わっている。10年前と比べると、生き方も暮らし方もずいぶん多様ですよね。いつ暮らし方が変化するか分からないから、身軽に過ごしたいと思う人も多いと思うのです。そういう人に、僕は平屋暮らしはおすすめしたいですね。身の丈に合わせた暮らしに変えてみると、心地よく過ごすことができるんじゃないかな」(アラタさん)

今回紹介したような、「コンパクトな賃貸の平屋で、リーズナブルに暮らす」ということを思い浮かべると、狭そうなイメージが先行して、実際に暮らすイメージが湧かない人もいるかもしれません。しかし、アラタさんのように拠点を複数持ちたい人、さらにDIY可物件であれば暮らしをカスタマイズしてみたい人には、とてもメリットがありそうです。何より持ち物や暮らしのサイズをミニマムにする人が増えている今、「足るを知り、余白を感じる」ことができる毎日は、平屋で実現できそうだと感じますね。

●取材協力
・アラタ・クールハンド
・再評価通信

50代人気ブロガーRinさんがコンパクト平屋に住み替えた理由。暮らしのサイズダウンで夫婦円満に

50代でマンションから平屋に住み替え、人気ブログ「Rinのシンプルライフ」で暮らしを発信しているRinさん。
“一戸建てマイホーム”といえば、「2階建ての3LDK以上」といった既定路線があったが、70平米前後のコンパクトな平屋がじわじわ需要を伸ばしている。ミニマムな広さと価格で、自分らしい豊かな暮らしを実現できる「コンパクト平屋」の可能性とは?
Rinさんが平屋を選択した理由と6年ほど経ったいまの暮らしを聞いてみると、介護に携わってきたRinさんならではの賢い選択が見えてきた。

Rinさん 介護支援専門員・介護福祉士・防災士の資格を持ちながら、シンプルな暮らしを実践し発信する人気ブロガー。2018年6月に完成した千葉県の平屋で夫婦二人暮らし(写真提供/Rinさん)

Rinさん
介護支援専門員・介護福祉士・防災士の資格を持ちながら、シンプルな暮らしを実践し発信する人気ブロガー。2018年6月に完成した千葉県の平屋で夫婦二人暮らし(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

子育て時期は、通学・通勤に便利なマンション暮らしを選択

娘の高校進学をきっかけに、Rinさん夫妻が購入したのは駅に近い約80平米のマンションだった。結婚当初は賃貸暮らしだったが、娘の通学の便を考え住宅購入を検討することに。一戸建てかマンションか悩んだそうだが、共働きなので駅、銀行、スーパーなど商業施設、病院が徒歩圏内にあることが必須、そして、娘の個室も確保できる広さを求めるとなると、一戸建てはそもそも3人に便利な地元駅近くになく、「予算的にもマンションの選択肢しかありませんでした」

「夫の実家が一戸建てで、長男なので将来帰ることになりそうでしたし、そのとき売ることも考えると、当時はマンションがベストでした」(Rinさん)

以前住んでいたマンションは2LDK(約80平米)(写真提供/Rinさん)

以前住んでいたマンションは2LDK(約80平米)(写真提供/Rinさん)

やがて子どもが独立。整理整頓後の理想は「小さな住まい」に

10年ほど住んだころ、子どもが就職し独立した。
その間にRinさんは整理収納アドバイザーの資格を取得していて、「子ども部屋の片付けや使わないモノの整理整頓をしていくうちに、ムダなスペースが見えてきました」

使わないスペースにもホコリが溜まるし、冷暖房費もかかる。何より日常の家事動線がスムーズではなくストレスになる。
「10年住むと水回りなど設備交換がしたくなります。リフォームも検討しましたが結構な費用がかかることがわかったので、いっそのこと小さな家に住み替えたいと思いました」

夫の実家には義妹が同居することになったことも、住み替えへの追い風となった。

住み替え先としてマンションも候補になったが、当時住んでいたエリアのほとんどはファミリー用のマンションで、それまでの家よりコンパクトなマンションは探せなかったそう。

整理収納アドバイザーの資格を取得しているRinさん、キッチン収納も美しい(写真提供/Rinさん)

整理収納アドバイザーの資格を取得しているRinさん、キッチン収納も美しい(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

3駅ずらして郊外へ。土地と平屋を予算内で購入

小さなマンションが無理なら「ずっと夢だった平屋を建てたい」気持ちが高まったという。

「実は、生まれ育ったのが平屋でした。子どものときは階段のある2階建てを羨ましく思ったこともありましたが、振り返ると洗濯物干しや居室とリビングでの上下移動がなくて暮らしやすかったんです。マンションも便利ですが、平屋なら駐車スペースまで玄関から数歩の距離。買い物が重くてもオッケー。ゴミ出しも近いです。
マンション住まいは管理組合の規則に従うのがルールです。大規模修繕になったらバルコニーの植木鉢を運び入れたりしなければなりませんが、年をとったら自力では無理だと思っていました」
そして「階段がないと動線がラクで『平屋は過ごしやすかったよね』と実姉とよく話していたんです」とRinさんは振り返る。

「予算内だったら建てるのもいいよね」と夫も賛同した。
土地探しから始めたRinさんだったが、最初は本当に建てられるという自信はなく軽い気持ちだったそう。この後どのぐらい稼げるか、老後にいくら必要か、ある程度予測をつけられるのが50代。夢だったとはいえ、予算は限られる。
「でも、マンションを試しに査定してみたら、予想より1,000万円くらい高く売れそうだとわかってびっくり。なんとかなりそうだと思いました」

当時は夫妻とも通勤の必要があった。駅から歩けること、商業施設が豊富、といった生活利便性への条件は変わらなかったが、最寄り駅を2、3郊外にずらせば予算内で一戸建て用地を探せることがわかってきた。
「運よく50坪(約165平米)ほどの土地を見つけられて、購入することができました。自宅マンションもスムーズに売却できました」(Rinさん)

外観パース。徹底してシンプル(画像提供/Rinさん)

外観パース。徹底してシンプル(画像提供/Rinさん)

建築面積約60平米、建築費1,600万円台。以前のマンションより2割ほど狭くなった。夫の社用車と自家用車の2台分の駐車スペースが必要だったのも、一戸建てを選んだ理由のひとつ。「でも、夫の退職後は社用車がなくなり、高齢になったら自家用車も手放します。そのときのためにも駅から歩ける場所にこだわりました」(Rinさん)(画像提供/Rinさん)

建築面積約60平米、建築費1,600万円台。以前のマンションより2割ほど狭くなった。夫の社用車と自家用車の2台分の駐車スペースが必要だったのも、一戸建てを選んだ理由のひとつ。「でも、夫の退職後は社用車がなくなり、高齢になったら自家用車も手放します。そのときのためにも駅から歩ける場所にこだわりました」(Rinさん)(画像提供/Rinさん)

広さと豪華さはいらない。家事がラクな住まいを追及

家事がラクにできる住まいを熱望したRinさんが選んだのは、全国に展開し、平屋タイプも積極的に展開しているハウスメーカーだった。

「モデルルーム見学は楽しかったです! ですが、家事にムダのないシンプルな平屋が建てたい、という希望を理解してもらえるハウスメーカーさんは少なくて。『この広さならもっと広い家が建てられます』『坪あたり建築費もおトクになります』って各社さんが言うなかで、担当者が要望に沿ったプランを提案してくれたのが印象に残りました」

「介護士の経験から、室内で温度差が生まれにくい全館空調を推奨しているのも決め手でした。高血圧の夫のヒートショック現象が心配でしたし、寒がりな私にも魅力的なポイントでした」

建築時の様子(画像提供/Rinさん)

建築時の様子(画像提供/Rinさん)

キッチンからリビングと和室が見渡せる。「夫は家づくりにノータッチ。設計の打ち合わせは全面的に任せてくれました」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

キッチンからリビングと和室が見渡せる。「夫は家づくりにノータッチ。設計の打ち合わせは全面的に任せてくれました」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

「小上がりにした和室を気に入ってくれて、いつも寛いでいますよ」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

「小上がりにした和室を気に入ってくれて、いつも寛いでいますよ」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

天井に埋め込まれたエアコンが家全体の排気と給気をコントロールしている(写真提供/Rinさん)

天井に埋め込まれたエアコンが家全体の排気と給気をコントロールしている(写真提供/Rinさん)

老後が身近になる50代。何もかもめんどうになる前に最後の家づくり

早ければ40代後半から、多くの場合は50代になると、親の老いが身近になってくる。
元気だった両親も徐々に体力が衰える。気力が萎えてくる。片付けがおっくうになる。新しいことに手が出せない。そんな両親の変化が、やがて来る自分の未来と重なってくる。

さらに介護の仕事に携わるRinさんにとって、老後は現実世界だ。
「住み替えの決断をできて、引越しという大仕事をやり遂げられる50代が最後のチャンスになると思いました」と、夢だった平屋の建築に取り掛かった。

「年をとると書類1枚書くのも面倒になるんですよ。不動産購入契約、建築請負契約、住宅ローン締結……、ややこしい手続きや書類に立ち向かう気力が50代ならまだあります」

「子育て世代ための住まいには、老後には不向きなこともある。たとえば子どものオモチャやスポーツ道具をたくさん収納できる大きな納戸。奥から重いものを持ち運ぶなんてできなくなります。扇風機のような季節家電が入るくらいの奥行きがあれば十分。洋服も若いときほど多くなくていい。洋服全部が一目でわかるように収納できると厳選できます」

「かっこいいインテリアであふれた住まいも、私の希望にはありませんでした。光いっぱいの大きな窓にドレープたっぷりのカーテン、メンテナンスに気を遣えるうちはいいのですが、ガラス窓の掃除は大変です。カーテンの洗濯と干す作業も重労働。できなくなると湿気でカビが生えて健康被害の原因になります。そんなお家をたくさん見てきました」

寝室からつながる夫婦のクローゼット。左右を夫、妻それぞれで使用している。寝室→クローゼット→洗面所→ランドリースペースまで洗濯動線一直線。引き戸なので、ドアが邪魔になることもない(写真提供/Rinさん)

寝室からつながる夫婦のクローゼット。左右を夫、妻それぞれで使用している。寝室→クローゼット→洗面所→ランドリースペースまで洗濯動線一直線。引き戸なので、ドアが邪魔になることもない(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

(写真提供/Rinさん)

キッチン横のパントリー。奥行きが浅く、全部見渡せるので何があるのか忘れない(写真提供/Rinさん)

キッチン横のパントリー。奥行きが浅く、全部見渡せるので何があるのか忘れない(写真提供/Rinさん)

「我が家でラッキーだったのは、夫が年下で住宅ローンを組める年齢だったこと。娘の教育費がかからなくなったぶん、余裕が出てきたころでもあります」(Rinさん)。

多くの金融機関では70歳までに住宅ローン返済を終えることを理想としている。Rinさん夫妻は夫名義で10年で完済する予定で住宅ローンを組んだのだそう。

一方で、年齢を重ねると病気がちになり、住宅ローン締結に不可欠な団体信用生命保険が締結できないリスクも増えてくる。
「夫には成人病の不安がありましたが、無事に保険審査が通りました。考えたくもないですが、夫に何かあったあとも私の住まいが確保されるので子どもにも心配をかけなくて済むので安心ですね」と、Rinさんの笑顔は晴れやかだ。

宅配ボックスは大型のものをチョイス。個人宅用だからマンションの共用部の宅配ロッカーのように満杯なことがない。部屋まで運びやすいのも平屋ならでは(写真提供/Rinさん)

宅配ボックスは大型のものをチョイス。個人宅用だからマンションの共用部の宅配ロッカーのように満杯なことがない。部屋まで運びやすいのも平屋ならでは(写真提供/Rinさん)

マンションか一戸建てか!? 防犯・防災面では一長一短

年をとっても段差がなく安全に住めるという点は、マンションも平屋も同じ。
では、防犯・防災面ではどのように考えているのか、防災士資格も持つRinさんに尋ねてみた。

「多くのマンションはオートロックですし、上層階なら通行人が窓の前を通り過ぎることもありません。防犯面ではマンションの方が安心かもしれません」

「ですが、高齢者の住まいとしてはライフラインの確保が大事です。いったん災害が起こって水や電気ガスが止まったとき、特に高齢者には一戸建ての方が生活を維持しやすいと考えています。エレベーターを使えなくなったらマンション高層階住民は重い水や食料の買い出しが難しい。自宅のトイレが使えず地上まで降りなければならないような場合、水分を控える高齢者もいて、あっという間に体調が悪化してしまう。助けを呼びやすい点でも、一戸建ての方が優れているのではないでしょうか」

玄関ホール、トイレ、ランドリー室などは換気ができる滑り出し窓にした。ホコリが溜まるブラインドもなし。室内の様子がわからないようにくもりガラスを選択(写真提供/Rinさん)

玄関ホール、トイレ、ランドリー室などは換気ができる滑り出し窓にした。ホコリが溜まるブラインドもなし。室内の様子がわからないようにくもりガラスを選択(写真提供/Rinさん)

寝室や風呂場などにはFIX窓(はめ殺し窓ともいわれる開閉できない窓)。こちらも、くもりガラス(写真提供/Rinさん)

寝室や風呂場などにはFIX窓(はめ殺し窓ともいわれる開閉できない窓)。こちらも、くもりガラス(写真提供/Rinさん)

「マンションと一戸建て、それぞれ一長一短ありますが、我が家では防災時のリスク軽減も考えて平屋を選びました。防犯面も、侵入者が隠れられるような塀は建てない、侵入口になる大きな窓は最小限にする、など工夫をしています」。一般的に平屋は2階がない分、建物が安定するため支えやすい。地震が起きてもダメージが小さいので、東日本大震災や熊本地震後、平屋に注目する人は増えている。

「ご近所や友人、娘が来てくれて寛げるような空間作りも心掛けました」というRinさん。周囲の人の見守りも、セキュリティの一端を担うはずだ。

出入りできる大きな窓はリビングと和室のふたつだけ。カーテンが少ないと洗う手間が省ける(写真提供/Rinさん)

出入りできる大きな窓はリビングと和室のふたつだけ。カーテンが少ないと洗う手間が省ける(写真提供/Rinさん)

暮らしがシンプルになるコンパクト平屋は、夫婦円満のとっておきアイテム

平屋に暮らし始めて6年ほど。Rinさんが住まいに求めていた「家族仲良し」は現在進行形だ。

「いま思うと、前のマンションではイライラすることが結構あったなあって。だって、自分も働いているのに夫は家事にあまり協力してくれない。子どもがいたこともあってモノがあふれていて、必要なときにすぐ見つけられない。疲れちゃっていましたね」

必要なものだけを厳選し、家事動線を整えた平屋暮らしになったいま、夫婦の仲良しレベルがアップ。
「モノが少ないと、すぐ掃除できるんですよ。掃除機をかける前に、まず散らばっているモノを片付けたり、家具を移動しなきゃいけなかったりするから面倒になるんです。床面が広がっていたら掃除機もすんなりです。洗濯物干しも、洗濯機から出してすぐ掛けられるバーがあると楽ちん。家事ストレスが減ったので、夫に優しくなれた気がします」と笑うRinさん。
さらに、何をどうすればいいのか “家事の見える化”が進んだ結果「夫が自然に家事をできるようになりました。お互いの様子を感じ取れる住まいということもあるのでしょうね」

リビングと和室のテーブルを繋げると10人は楽に座れる。和室の段差は30cmほどで、腰掛けておしゃべりするのにちょうどいいそう。「段差があるとリビングのホコリが和室に入り込まない効果もあるんですよ」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

リビングと和室のテーブルを繋げると10人は楽に座れる。和室の段差は30cmほどで、腰掛けておしゃべりするのにちょうどいいそう。「段差があるとリビングのホコリが和室に入り込まない効果もあるんですよ」(Rinさん)(写真提供/Rinさん)

キッチン(写真提供/Rinさん)

キッチン(写真提供/Rinさん)

Rinさんの計算外だったのは「庭で野菜づくりを楽しむ自分」。当初、庭を全面コンクリートにするつもりだったが、外構工事の担当者に「いずれ土いじりをしたくなりますよ」とアドバイスされ、半信半疑ながら一部だけ花壇にしたのだそう。

「夫はまだ通勤していますが、自分は自宅での仕事が多くなりました。知人に教えられて花壇で野菜づくりを始めてみると、植物の成長がとても楽しい。時間に余裕が出てくると自然に触れたくなるものなんですね。そういう意味でも、平屋を選んでよかったです」

夫妻の暮らしはこれからも変わっていく。
「ゆくゆくは高齢者施設への入居も視野に入っています」とRinさん。50代からの暮らしに喜びをもたらし、ゆるやかな変化も包みこむコンパクト平屋には、理想の住まいの形があった。

●取材協力
Rinさん
ブログ「Rinのシンプルライフ」

3Dプリンターの家、日本国内で今夏より発売開始! 2023年には一般向けも。気になる値段は?

2022年3月、愛知県小牧市に完成した3Dプリンターの家が話題になっている。広さは10平米で、完成までの所要時間が合計23時間12分、300万円で販売予定とのこと。手掛けた兵庫県西宮市にある企業、セレンディクスCOOの飯田国大さんに、詳細や今後の展望について話を聞いた。

まずはグランピングでの利用として展開予定10平米のスフィアは、グランピングを想定して設計された建物(C)CLOUDS Architecture Office

10平米のスフィアは、グランピングを想定して設計された建物(C)CLOUDS Architecture Office

(C)CLOUDS Architecture Office

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完成したのは「Sphere(スフィア)」と名付けられたプロトタイプ。広さ10平米の球体状で、今後はこれをもとに改良されていく。最初に量産向けにつくられる10棟の用途はグランピング。10平米を超えない場合、現行の建築基準法外の建物と扱われ、水回りはない。今回は10棟が建設される予定だ。さらに2022年8月には、一般向けの販売もスタートさせるという。

スフィアは直感的に「未来」を感じさせるデザインで、スマートロックやヒューマンセンサーといったIoT、オフグリッドのシステム(電力を自給自足できるシステム)、ホームオーナーの要望に対応する個人ロボットなどといった最先端の技術も多数取り入れられている。

スフィアは未来を感じさせるデザイン。機能面でも、IoTなどの最新技術が投入される予定だという(C)CLOUDS Architecture Office

スフィアは未来を感じさせるデザイン。機能面でも、IoTなどの最新技術が投入される予定だという(C)CLOUDS Architecture Office

日本人の4割がマイホームを持つことができない

「ゴールは、3Dプリンターで家をつくることではない。未来の家、世界最先端の家をつくり、人類を豊かにすることが目的なんです」と飯田さん。そのために、最終的には「100平米で300万円の家を実現すること」を目指している。

「現在、日本人の住宅ローンの平均完済年齢は73歳といわれていることをご存知ですか?」

投げ掛けられた飯田さんの言葉にハッとした。

「2020年度の住宅金融支援機構の住宅ローン利用者の平均値から見ると、借入時の平均年齢は40.3歳、借入期間の平均は33.1年で、単純計算で、完済時の年齢は73歳となる。また、総務省『平成30年住宅・土地統計調査』によると、持ち家率は61.2%となっており、約4割の人は家を持ってはいないということになります」(飯田さん)

こうした大きな負債を長期にわたって抱える住宅ローンという問題を、既存の「家づくり」の常識にとらわれない手法で解決することにしたのだという。

(C)CLOUDS Architecture Office

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この「3Dプリンターの家」完成のニュースは、世界26カ国59媒体に翻訳され掲載された。それだけ、住宅に関する万国共通の問題は深刻で、多くの人の関心の的だと言えるだろう。

車を買い替えるように家を買い替えられるようにしたい

3Dプリンターの家は海外ではすでに提供され始めているが、それらとスフィアとはいくつかの違いがある。

1つ目は、「鉄筋などの構造体が必要ない」こと(べた基礎には躯体を接続するために鉄筋を使用してつないでいる)。そのため、自然災害に対して物理的な耐久性があるという“球体”のフォルムも実現できた。球体の安定性は、壁厚30cm以上、10平米で重さ22トンになるコンクリート構造により、頑丈さを確保している。

(C)CLOUDS Architecture Office

(C)CLOUDS Architecture Office

2つ目は、「家づくりに対する考え方」。「海外の3Dプリンター住宅のメーカーは、既存の家づくりの延長線上でしか考えていないと感じます。既存の家づくりにおけるパーツを3Dプリンターでつくる目的で利用していることが多いのです。そのため、『資材のコスト・人件費・施工時間』において抜本的な改革ができていなかったんです」と飯田さんは話す。

スフィアでは、3Dプリンターで出力した場合に最適な形を導入することで、施工時間計24時間以内を実現。単一素材(コンクリート)を利用することで資材のコストが低くすみ、3Dプリンターが自動ですべての作業を行うため人件費もかからない。こうした従来の家づくりとは違ったアプローチで既存の平均住宅価格の10分の1を目指している。

今回完成させたスフィアは、コロナ禍でプリンターの準備が遅延したため、最終的に海外で書き出し(印刷)・施工した。しかし今後は、建設予定地にプリンターを持ち込んで直接印刷していくことで、さらに時間や労力の面での負担を減らしていくという。

海外で書き出した家が、日本に届いた様子(C)CLOUDS Architecture Office

海外で書き出した家が、日本に届いた様子(C)CLOUDS Architecture Office

(C)CLOUDS Architecture Office

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「今回の住宅の壁の書き出しには12時間ほどかかっていますが、現在、私が最も信頼を置いている住宅用の3DプリンターメーカーのApis Cor(アピスコ社/米国)に改善ポイントを求めたところ、最終的には4時間でできるようになると言っていました」と飯田さん。

時間が短縮されれば、生産が効率化でき、人件費も下がり、その分販売価格も下げられる。
「将来的には、車を乗り換えるように、家を買い替えられるようにしたいと思っているんです」(飯田さん)

飯田さんは、住宅の価格を安くするだけでなく、都市部から離れた土地の価格が安い場所に建てることで、さらにコストダウンができないかと考えているという。未来には空飛ぶ車が一般的になっているかもしれない。そうすれば、今より移動も格段に便利になる。飯田さんは現在、政令指定都市である福岡市から車で90分かかる場所に住み、そのプロジェクトの実現を目指している。

データを共有することで世界中で同じスペックの家を建てることができる愛知県小牧市に建てられたスフィアの建設現場。壁の厚さがよくわかる(C)CLOUDS Architecture Office

愛知県小牧市に建てられたスフィアの建設現場。壁の厚さがよくわかる(C)CLOUDS Architecture Office

(C)CLOUDS Architecture Office

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スフィアの住宅性能面はどうだろう。写真の壁の厚さからわかるように、断熱性能は日本より厳しいヨーロッパの住宅基準をクリアし、耐震面では日本の最先端の耐震技術を採用している。

「壁厚が30cm以上、10平米で20トン以上の重さがあるコンクリート製の家です。ビルのような頑丈さで、住んでいても安心感をもってもらえるはずです」と飯田さん。

こうした高品質の住宅を、既存の住宅価格の10分の1で提供できれば、住宅価格が10年で2倍になっているカナダをはじめ、住宅価格の高騰といった先進国で進行しつつある住宅問題に対する課題解決につながると考えている。

世界中でデータを共有できるという点も3Dプリンターならではの大きな強みだ。データを共有すれば、同じスペックの家を世界中のどこでもつくることができる。

スフィアのデータ(C)CLOUDS Architecture Office

スフィアのデータ(C)CLOUDS Architecture Office

世界中の企業90社が開発に参加

日本では長年、建築基準法の関係や、技術的な点から「3Dプリンターの家づくりは不可能だ」といわれてきた。スフィアが構想から3年と驚異的なスピードで完成したことに対して、飯田さんは「コンソーシアム(共同事業体)による、オープンイノベーション(課題を共有し、意見やアイデアを取り込んで進める手法)だから実現できました」と話す。

コンソーシアムとは、同じ目的のもとに、異なる事業や専門をもった人・企業が集まった組織のこと。今回のプロジェクトには世界中の企業90社が参加。今後、参加を検討している企業を含めると150社を超えるという。

「セレンディクス1社で3Dプリンターの家をつくろうとしていたら、課題だらけだったでしょう」と飯田さん。スフィアのデザインをした、ニューヨークの曽野正之とオスタップ・ルダケヴィッチのデザインを、実際の図面に落とし込んだのは、ヨーロッパにいるチームで、さらに日本の耐震基準を通せる形に修正したのは、コンソーシアムに所属する日本の専門家たち、そして海外で書き出し(印刷)を行ったのは中国とカナダだったという。その上で、今回の施工時には、日本でコンクリート住宅を長年扱い、ノウハウをもった企業「百年住宅」が参画することで、1パーツ6トンにもなる壁を難なく取り扱えるようになった。

「コンソーシアムに参加してくださったのは、30年ローンで住宅が販売されている時代の限界を感じている人たちの集まり」とのこと。中には大手住宅メーカーなどの人もいて、未来の住宅にまつわる環境づくりに協力したいと考えているのだという。

スフィアを2つつないだ様子(C)CLOUDS Architecture Office

スフィアを2つつないだ様子(C)CLOUDS Architecture Office

「今回のスフィア開発に対して、実はセレンディクスは1円も出していないんです。コンソーシアムに関連する企業が、手弁当で協力してくれています」(飯田さん)。もちろんそれぞれの参加者や参加企業には、「技術を提供したい」「販売にかかわりたい」といった理由がある。

だがそれ以上に、同じ「課題を解決したい」という目的をもつことが、プロジェクトを一緒に動かす原動力になっていると話す。飯田さんは、オープンイノベーションの力強さを目の当たりにし、それぞれの力を結集させて新しいものをつくり出すことへの熱意と可能性を見出したと語った。

セレンディクスCOO飯田国大さん(写真提供/セレンディクス)

セレンディクスCOO飯田国大さん(写真提供/セレンディクス)

2023年春に3Dプリンターの家(49平米)を一般販売予定

「いきなり3Dプリンターハウスに住め、というと抵抗がある人も多いと思うので、まずは別荘やグランピング施設としてなじんでもらい、その次に一般の住宅にも導入していこうと考えています」と飯田さん。

一方で「プロジェクトを立ち上げて以来、300件以上の購入希望の問い合わせがある」という。特に、60歳以上のシニア層からの問い合わせが多いことに驚いたという。

シニアからの問い合わせの理由には、「家のリフォームが必要になったが、見積もりで1000万円以上だった」や「一生賃貸でいいと思っていたが、60歳を過ぎたら家が借りにくくなった」といったことなど。手ごろに手に入る終の住処を購入したいというニーズが改めて浮き彫りになっているという。

こうした背景から、建築基準法に準拠し、鉄筋構造を含めた49平米の平屋の建設へ舵を切った。慶應義塾大学の研究機関と一緒に開発を進めている通称「フジツボハウス」は、2023年春には500万円以下の価格で販売開始予定だ。

慶應義塾大学の研究機関と共同研究で進められている49平米の平屋住宅は、来年から販売開始予定(C)CLOUDS Architecture Office

慶應義塾大学の研究機関と共同研究で進められている49平米の平屋住宅は、来年から販売開始予定(C)CLOUDS Architecture Office

「2025年以降、すべての人から住宅ローンを無くしたいと思っている」と話す飯田さん。今、さまざまな企業が着目し、開発を進めている3Dプリンターの家。3Dプリンターの家によって世界中の住宅問題を解決できる日がくるのか、待ち遠しい。

●取材協力
セレンディクス