賃貸住宅トレンド2024は個性強め! 注目4キーワードは趣味特化・店舗兼用・省エネ性能・デジタル化

賃貸住宅というと、画一的なプランを思い浮かべる人も多いでしょう。でも、そんな思い込みを裏切る個性的な賃貸物件が日本各地で少しずつ増えています。お店が開けたり、相撲部屋付きだったり、農園付きだったりとその顔ぶれもさまざま。では、次に賃貸物件にやってくる新しい風とは? お部屋を借りる側にはどんなメリット・注意点があるのでしょうか。SUUMO副編集長でSUUMOリサーチセンター研究員でもある笠松美香氏に話を聞きました。

リサーチ期間や内見件数など、お部屋の探し方に変化が

まず前提として、賃貸住宅は間取りやデザインなどについては大きな変化が起きにくい構造になっています。それにはいくつか要因がありますが、
(1)既に多数のストックがあり、新築物件は多くない
(2)家を借りる人と建てる人が別である
(3)デザイン・間取りも大多数の人に嫌われないことが大切

というのが大きな理由です。借り手がどんな人になるかわからない以上、特別好かれなくても「嫌われない」お部屋づくりを基本にするのは、わかるような気がします。とはいえ、物件や大家さん側の意識にも少しずつ変化があり、また家を探す側、お部屋の探し方や意識が変わってきているため、個性的な物件が出やすい土壌になってきたといいます。

「今、お部屋を借りて住み替えたいと思う人は、物件情報を収集・検討する期間が長くなっています。ルームツアー動画も人気がありますし、引越す気がなくともスマホで日常の合間合間に『物件を見ている』という感じで、お部屋探しの情報にふれる期間が長くなっているんですね。ネットに載る物件情報もひとつひとつが詳しくなっており、いわゆる『コンセプト賃貸』のような、個性ある物件についても差別化され、借りたいと思う人とマッチングしやすくなっているんです」と笠松氏。

DIYし放題の賃貸。住民みんなで使えるピザ窯や住民のための図書館をつくった大家さんも「キタノアパート」(東京都八王子市)(写真撮影/田村写真店)

DIYし放題の賃貸。住民みんなで使えるピザ窯や住民のための図書館をつくった大家さんも「キタノアパート」(東京都八王子市)(写真撮影/田村写真店)

全9部屋でゴルフ、陶芸、ボルダリング、ピアノ演奏などコンセプトが異なるユニークなコンセプト賃貸も(写真は千葉県柏市にある「ガルガンチュア」)(写真撮影/内海明啓)

全9部屋でゴルフ、陶芸、ボルダリング、ピアノ演奏などコンセプトが異なるユニークなコンセプト賃貸も(写真は千葉県柏市にある「ガルガンチュア」)(写真撮影/内海明啓)

ただ、ネット上で決めてしまい、リアルには物件見学しないというわけではなく、訪問や内見「現地でしか見られない状況を確かめる」「入居前の最終確認」という位置づけになっているそう。

また、お部屋を借りる人が長く情報収集・物件の資料を見続けることで、目が肥え、「防音設備が整っていてYOUTUBEでオンライン実況ができる」「大型犬が飼える」「入居者同士のコミュニティがある」「菜園がある」といった特色ある物件が差別化され、「ニーズを捉えていれば、借り手が見つかる」「そのような特別な特徴に強く惹かれた入居希望者が何年も入居待ちしている」という状況も生まれています。これは「入居者に愛される賃貸をつくりたい」「マッチした人に長く住んでほしい」と考える大家さん、「似たような部屋しかない」と不満に思う借り手、双方にとって幸せな流れといえるでしょう。

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初期費用は抑え気味、家賃債務保証会社利用、デジタル化が進む

笠松氏の話をまとめると、これからお部屋探しをする人は「ゆるゆると情報を集めて、ここぞというときは決断する」と行動を想定しておくのが、良いお部屋探しの大原則といえそうです。また、もうひとつ、お部屋を借りる側としてうれしい傾向が初期費用にあるといいます。

「近年、大家さんが空室を極力減らしたいという意向もあり、礼金が減少傾向にあります。さらに日本各地で家賃債務保証会社の利用が一般化しています。そのため、家賃回収できなかったときのために多めに設定されてきた『敷金』も1カ月分、もしくは0カ月とし、ルームクリーニング代を実費で精算するなどして抑える傾向も。つまり、敷金や礼金といった初期費用が下がっているため、住み替えのハードルが下がっているんです」(笠松氏)といい、賃貸の魅力である「ライフスタイルの変化」にあわせた住み替えができるようになっているのが昨今の特徴だといいます。

共同住宅の入居募集看板

(写真/PIXTA)

コロナ禍では、「テレワークができる広めの郊外のお部屋」、収入減少に対応して「家賃が低めのお部屋」といった大きく変わった生活環境に合わせた選択をする人も見られたそう。これは変化に柔軟という賃貸のメリットを生かせるという意味でとてもいい傾向といえるのではないでしょうか。もうひとつ、コロナ禍を経た変化として不動産業界のデジタル化を教えてくれました。

「オンラインで重要事項説明を受けることも可能になりました。希望すれば不動産会社の担当者とはリアルで対面しないまま契約も可能になっています。現時点では一部ですが、こうしたデジタル化の流れは今後も廃れるとは思えないですし、じょじょに一般化するのではないでしょうか」(笠松氏)

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賃貸住宅も省エネ性能がマストの時代に。住み心地は大きく変わる

また、賃貸だけに限りませんが、新築マンション、新築一戸建てなど、すべての新築住宅に影響する制度がスタートし、賃貸にも好影響が期待されます。

「2024年4月から『省エネ性能表示制度』がスタートし、2025年には、断熱等級4が、さらに遅くとも2030年には等級5(ZEH基準並みの水準)が新築住宅においては義務化されます。すでに「長期優良住宅」の条件は2022年から等級5となっており、新築の賃貸住宅は省エネ性能も向上することが見込まれます」と解説します。

もちろん、賃貸住宅のなかでも新築といえば総数は多くありませんし、家賃も高めに設定されています。いきなり大多数の物件の省エネ性能が向上するわけではありませんが、義務化された以上、今後は大きな流れになっていくのは間違いありません。

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

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「賃貸住宅の建築を請け負っているハウスメーカー各社も当然、この制度に対応していて、各社注力しています。2025年には等級4が最低基準になりますが、海外の基準を見ていると省エネ等級6や7をとるべきですよという流れになっていくはずです。住宅の省エネ性能が高まると、使用するエネルギー量が節約できるほか、住む人の健康にも良い影響を与えることもわかっているので、賃貸住宅を借りる側にとってはよいことだと思います」(笠松氏)

埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」(埼玉県和光市)(写真撮影/片山貴博)

埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」(埼玉県和光市)(写真撮影/片山貴博)

北海道ニセコ町にある“最強断熱”賃貸住宅

超高断熱・高気密の外壁と窓を採用しているため、冬季に使用する暖房は、建物全体を温める共用廊下のエアコン2台。このエアコンだけで外がマイナス14度でも、部屋の温度は19~20度を下回ることはないという、北海道ニセコ町にある“最強断熱”賃貸住宅(画像提供/ニセコまち)

副産物として、賃貸住宅の根強いニーズであった遮音性の向上も見込めるといいます。

「物件を借りる側のアンケートでは、収納や防音/遮音、省エネ性というニーズが高いことがわかっています。断熱性能の高い住まいは気密性も高く遮音性もよいことが多いので、賃貸住宅の住み心地そのものが向上していくのではないでしょうか」と期待を寄せます。

確かに「収納」「遮音」「断熱」は住み心地に大きく影響しますが、なかなか見てわかる「徒歩分数」「家賃」「差別化できる要因」とはなりにくく、今までは後回しにされてきました。今後はこうした「住み心地」に直結する基本性能がよくなっていくことでしょう。

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シェアハウスやコミュニティ。賃貸も顔の見える関係が大切に

もう一つ、東日本大震災以降、じわじわと増えているのが「コミュニティ型」賃貸住宅だといいます。

「日本各地で災害が頻繁に発生していることもあり、近所に見知った顔がほしいというニーズが根強くあるため、コミュニティ形成を助ける賃貸住宅は一定の支持を集めてきました。パルコカーサ、青豆ハウス、ハラッパ団地、高円寺アパートメントなどは代表的な例ですよね。コミュニティ賃貸だけでなく、人とつながって暮らすというのは、シェアハウスに住んだ経験者が多い、今の若い世代にとっては当たり前なんです。ずっとではないけれど、人生の一時期はシェアハウス暮らしでさまざまな人との出会いを楽しみたいという声もよく聞きます」と笠松氏。

賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

“育つ賃貸住宅”というコンセプトを掲げ、2014年に誕生した「青豆ハウス」(東京都練馬区)。住む人と青豆ハウスを訪れる人が一緒に育む新感覚の共同住宅だ(画像提供/青豆ハウス)

保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」(埼玉県草加市)(写真撮影/片山貴博)

保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」(埼玉県草加市)(写真撮影/片山貴博)

なるほど、コミュニティ賃貸は「ご近所づきあい」、シェアハウスは「節約目的」ばかりだと思っていましたが、ともに「人とのつながり」「体験」をシェアするという側面もあるのですね。また、いわゆる賃貸住宅の一角で商売をする「ナリワイ」をはじめられる賃貸住宅も同様だといいます。

「ナリワイって、そこで儲けようとか、起業して成功しようという目的ばかりではなく、人とつながったりとか、人との会話や関係性ができたり、誰かの役に立ちたいという目的が多いように思います。大家さんとしても、やっぱり商売する人が入居してくれれば、なかなかその場を離れないというのもあって、大家さん、借り手、地域住民の三方良しの仕組みなんですよね」とその背景を解説します。

「なりわい賃貸住宅」、「暮らしの町あい所」として話題になった「hocco(ホッコ)」(東京都武蔵野市)(撮影/片山貴博)

「なりわい賃貸住宅」、「暮らしの町あい所」として話題になった「hocco(ホッコ)」(東京都武蔵野市)(撮影/片山貴博)

令和は、賃貸住宅でしかできない経験や体験が重視されているのかもしれません。

「大家さんとしても、知らない人同士が住んで、どんどん入れ替わって、顔が見えなくてという不安な状態よりは、やっぱり同じ街に暮らす人同士が助け合いたい、そこに自分の資産である賃貸住宅を組み込んでほしいという思いはあります。大家さんは代々その地に根付いた人だからこそ、街に愛着を持ち、よくしていきたいという人が多いのです。土地や住んでいる人がいてこその大家さんなので」と笠松氏。

賃貸といえば「借り住まい」「帰って寝るだけの場所」という側面もありましたが、今は「家で過ごす時間がいちばん楽しい」「自分がいたいと思える家」という物件が次々と登場しているということなんでしょうか。2024年はより「愛ある賃貸住宅」「思いを込めてつくった家」が輝き、魅力を放つ一年になるかもしれません。

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土間や軒下をお店に! ”なりわい賃貸住宅”「hocco」、本屋、パイとコーヒーの店を開いて暮らしはどう変わった? 東京都武蔵野市

●取材協力
SUUMO副編集長・SUUMOリサーチセンター
笠松美香氏

土間や軒下をお店に! ”なりわい賃貸住宅”「hocco」、本屋、パイとコーヒーの店を開いて暮らしはどう変わった? 東京都武蔵野市

「なりわい賃貸住宅」、「暮らしの町あい所」として話題になった「hocco(ホッコ)」。13戸の賃貸住宅のうち5戸は居住者がなりわいとしてお店を開ける店舗兼用住宅だ。誕生から1年が経過し、「グッドデザイン賞」も受賞した。いま、そこに住む人はどんな暮らし方をしているのだろうか? 再び、訪れることにした。

2022年度グッドデザイン特別賞を受賞した「hocco(ホッコ)」は今?

2021年10月に筆者は「武蔵野市に店舗兼用の『なりわい賃貸住宅』が誕生!住宅街に顔の見える交流拠点を」という記事を書いた。東京都武蔵野市に、小田急バスが自社のバス折返場に建設した複合施設「hocco(ホッコ)」を取り上げたものだ。

hoccoは2022年10月に、2022年度グッドデザイン特別賞・グッドフォーカス賞[地域社会デザイン]を受賞した。「住宅地の真ん中にあるバスターミナルを地域交流拠点として開発した新しい取り組み」として評価されたものだ。審査員のコメントを見てみよう。

「駅から離れた立地のバスターミナルに店舗併用の賃貸住宅を建てることで、住む人の『なりわい』が地域の人々の新しい交流を生む魅力的な場となっている。中庭に面して店舗が並び、店舗は土間と軒先の空間を通じて中庭へと繋がる。軒下があることで人は気持ちよくお店の前でたたずみ、住む人とその『なりわい』に出会うことができる。個性あふれる『なりわい』が魅力となり、地域の人が自然に集まれる場ができている」

1年前、hocco誕生の際には、その仕掛けが面白いと思い、取材して記事にした。それが、入居が始まって1年経った今、実際にはどんな「なりわい」や「地域の人との出会い」が生まれているのだろうか? hoccoの建築設計・賃貸管理をしているブルースタジオの広報・平尾美奈さんに案内してもらった。

全13戸の賃貸住宅『hocco』(撮影/片山貴博)

全13戸の賃貸住宅『hocco』(撮影/片山貴博)

hocco配置図(画像提供/ブルースタジオ)

hocco配置図(画像提供/ブルースタジオ)

hoccoは、13戸の賃貸住宅が中庭を囲むように建ち、バスターミナルに近い5戸が店舗兼用住宅となっている。その特徴は、中庭に開かれた土間だ。「土間」と玄関前の「軒下」で“なりわい”を行うことができる。

04S号室「rn press + RIGHT NOW BOOKSTAND」(撮影/片山貴博)

04S号室「rn press + RIGHT NOW BOOKSTAND」(撮影/片山貴博)

※04S号室の間取り(画像提供/ブルースタジオ)

※04S号室の間取り(画像提供/ブルースタジオ)

現在は、次のような店舗が営業されている。
01S号室「l’atelier de nature(ラトリエ ド ナチュール)」:パンと焼き菓子の店
03S号室「玉草屋」:庭・外構・室内観葉のデザイン施工の店で、店舗で植物を販売
04S号室「rn press + RIGHT NOW BOOKSTAND」:新書古本を扱う書店
05S号室「オーブン屋」:オーブン料理のテイクアウト専門店。弁当販売も
13S号室「The Pie Hole LA 小金井公園」:パイとコーヒーの店

店長は猫のモリオ。本を買うためだけでないコミュニケーションが生まれる店

なりわい賃貸の居住者の一人、株式会社rn press代表取締役の野口理恵さん(41歳)が切り盛りする、書店「RIGHT NOW BOOKSTAND」(04S号室)を訪れた。この書店の店長は猫のモリオだ。

エキゾチックショートヘアのモリオ(1歳10カ月)。人懐っこいので、店長に任命された!?(撮影/片山貴博)

エキゾチックショートヘアのモリオ(1歳10カ月)。人懐っこいので、店長に任命された!?(撮影/片山貴博)

そもそもここに入居を決めたのは、猫のモリオが発端だった。コロナ禍で野口さんとパートナーが家にいるようになってから二人とも外出すると、高齢の猫・うなぎが鳴くようになり、新しく子猫のモリオを飼うようになった。元気がよすぎるモリオのために、ペットが飼える階段のあるメゾネットの賃貸住宅を探していた時に出合ったのが、hoccoだ。土間を自由に使ってよいと聞き、編集の仕事を長くしていることから、土間を書店にしたらどうかと思いついた。

04S号室「rn press + RIGHT NOW BOOKSTAND」1階の事務所。2階がプライベート空間。テーブルの上の籠の中にいるのが6歳のうなぎ。ここに引越してから生後10カ月のマニも飼い始めた(撮影/片山貴博)

04S号室「rn press + RIGHT NOW BOOKSTAND」1階の事務所。2階がプライベート空間。テーブルの上の籠の中にいるのが6歳のうなぎ。ここに引越してから生後10カ月のマニも飼い始めた(撮影/片山貴博)

自分がセレクトした本を置けたらよいと思い、いろいろな本屋のレイアウトをリサーチしたが、最終的には知り合いの元木大輔さん主宰のデザインスタジオDaisuke Motogi Architecture (現DDAA)に本棚の造作を依頼した。本のサイズはそのジャンルによっても変わるので、どんなジャンルの本を何冊ほど置きたいとイメージを固め、それに合わせて本棚をつくってもらった。

野口さんのご自慢の“本が浮いているように見える”ようデザインされた本棚(撮影/片山貴博)

野口さんのご自慢の“本が浮いているように見える”ようデザインされた本棚(撮影/片山貴博)

本業の編集の仕事を続けながら、副業の本屋の仕事も加わり、かなり大変ではないかと心配になったが、「むしろ本業がはかどるようになった」という。月曜~水曜は本屋を休んで本業に充て、木曜~日曜は本屋を営業するスタイルを取っている。本屋の営業日は1階の事務所にいる必要があるので、事務作業や執筆業務を集中してでき、以前よりメリハリがついてはかどるのだとか。本屋営業日に編集の仕事が入ることもあるので、営業は不定期となるが、インスタグラムやツイッターで営業時間を告知している。

では、本屋の営業状況はどうだろう? 以前の賃貸住宅の家賃との差額分を稼げればいいという程度に考えていたが、それを十分に超える収入になっているという。よく売れるのは「料理本」と「絵本」だ。近くに小さな子どものいる家庭が多いからだが、子どもたちは本よりも猫のモリオやマニがお気に入りだ。閉店時でもガラス越しにモリオを呼ぶ子どもの声が聞こえることもあるという。

年配の方が多いのもこの地域の特徴だ。縄文文化の研究をしていたというように、得意分野をもつ高齢者がその分野の本についていろいろ教えてくれることもある。読んだ本の感想を教えてくれる人もいて、野口さんのほうでも、この作家が好きならこちらの作家も好きだと思うと、本を紹介することもある。知的な会話を楽しみたいために通ってくる常連さんもいるとか。

地元の街の小さな本屋さんは、単に本を買いに来る場所ではなく、本に関する会話を楽しんだり、店長猫たちと遊んだりできる、交流の場になっているようだ。

なりわいの入居者は商店街ではなく、地域の人とふれあえる場所での開店を選んだ

次に訪れたのが、「The Pie Hole LA 小金井公園」。2022年7月にオープンしたパイとコーヒーの店だ。この店のY・Hさんが入居を決めたのは、バスターミナルからOPENの看板がよく見える13S号室だ。

13S号室「The Pie Hole LA 小金井公園」(撮影/片山貴博)

13S号室「The Pie Hole LA 小金井公園」(撮影/片山貴博)

The Pie Hole LAは、ロサンゼルス発の焼き立てパイとオーガニックコーヒーを提供するブランドだ。西麻布、軽井沢に店舗があり、期間限定で百貨店などに出店することもある。

東京都武蔵野市にずっと住んでいるHさんは、開催されていたhoccoのイベントに訪れて、地域の人たちと交流できる場所であること、なりわいができることを知った。もともと地域の人たちとのコミュニティーを作ることに興味があったHさんはhoccoに魅力を感じた。

店内にはハンドメイドのパイが並べられたショーケースやエスプレッソマシンが並んでいる(撮影/片山貴博)

店内にはハンドメイドのパイが並べられたショーケースやエスプレッソマシンが並んでいる(撮影/片山貴博)

ハンドメイドのパイは、Hさん自身が工場で手づくりしたものを、店に運んで販売している。13S号室は角地なので軒下が広く、椅子とテーブルを置くことができるが、店舗兼用住宅の中では土間が狭いので、レイアウトに苦労したという。

中心に据えられたショーケースには、おいしそうな総菜パイとデザートパイが並ぶ。パイはグランドメニューに加えて季節ごとのパイの展開もしているので、常に新しいパイに出合える。

人気のパイは、奥の「シェパーズパイ」(挽き肉とポテトを使ったミートパイ)と手前の「マムズアップルクランブルパイ」(りんごとクランブルのデザートパイ)。筆者も買ってみた(撮影/片山貴博)

人気のパイは、奥の「シェパーズパイ」(挽き肉とポテトを使ったミートパイ)と手前の「マムズアップルクランブルパイ」(りんごとクランブルのデザートパイ)。筆者も買ってみた(撮影/片山貴博)

名物のアップルパイには、長野県産のりんごを使っている。東京では購入できない、その農家より仕入れる珍しい品種のりんごの販売や、近所の農家と共同して野菜の販売もはじめた。近所の農家の野菜を使ったおかずなどの商品を今後考えていきたいという。

地域の農家の野菜の販売も試している(撮影/片山貴博)

地域の農家の野菜の販売も試している(撮影/片山貴博)

パイやコーヒーは、hoccoの居住者はもちろん、地域に暮らす人や近くの小金井公園に訪れる人が買いにきてくれる。開店してからまだ5カ月なので、いまは店を知ってもらうために火曜の定休日以外は毎日オープンしているという。

地域の交流拠点を目指して、定期的にイベントも開催

「なりわい賃貸住宅」では、野口さんの本屋や「玉草屋」(03S号室:庭・外構・室内観葉のデザイン施工の店)のように、本業とは別に店舗を営業している入居者もいれば、Hさんのパイとコーヒーの店や「オーブン屋」(05S号室:オーブン料理のテイクアウト専門店)のように、本業として店舗を営業している人もいる。どちらも成り立つのがhoccoの魅力だろう。

03S号室:玉草屋(画像提供/玉草屋)

03S号室:玉草屋(画像提供/玉草屋)

建築設計・賃貸管理をするブルースタジオによると、店の業種が重ならないように配慮しているという。店舗だけでなく、キッチンカーなども呼び込むようにしているので、取材した日には移動販売の花屋「ena to nico(エナトニコ)」がクリスマス用の商品も並べて営業をしていた。

クリスマス向けの商品も数多く用意されていた(撮影/片山貴博)

クリスマス向けの商品も数多く用意されていた(撮影/片山貴博)

店主の林実和さんは、2022年2月からhoccoに毎週(現在は毎週金曜)出店している。毎週出店しているのは、hoccoの環境がとても気に入っているからだ。hoccoの住民で毎週花を買っていく人もいるし、周辺の住民がランチを買いにきたときや犬の散歩の途中で寄って花を買っていく。林さんは、常連さんがいるので市場で花を選ぶ際にとても悩むという。

「ena to nico」はフラワーカーによる移動販売専門の花屋だ(撮影/片山貴博)

「ena to nico」はフラワーカーによる移動販売専門の花屋だ(撮影/片山貴博)

ほかにも、年に1~2回は、地域に開かれたイベントを開催している。2022年は桜咲く4月と10月にイベントを開催した。最新の10月10日に開催した「hoccoの秋祭り」では、hoccoの住民が主体となり、入居者の知り合いやなりわい賃貸店舗が出店し、当日限定の商品などを販売したり、ワークショップを行ったりした。

入居者がハロウィーンのデコレーションを行い、「玉草屋」とその知り合いの「アトリエ自作自演」が、カボチャのペイントなどのワークショップを行い、ハロウィーンムードを盛り上げた。取材をした野口さんは知り合いの「大福書林」に、Hさんは知り合いの「cafe247」に出店を呼び掛けた。

2022年10月に「秋祭り」を開催。時期的にハロウィーンの飾りつけで盛り上げた(画像提供/ブルースタジオ)

2022年10月に「秋祭り」を開催。時期的にハロウィーンの飾りつけで盛り上げた(画像提供/ブルースタジオ)

手芸用品の販売を行った「アトリエ自作自演」。デコレーションパーツは玉草屋のワークショップにも使われた(画像提供/ブルースタジオ)

手芸用品の販売を行った「アトリエ自作自演」。デコレーションパーツは玉草屋のワークショップにも使われた(画像提供/ブルースタジオ)

05S号室「オーブン屋」は特別メニューを提供(画像提供/ブルースタジオ)

05S号室「オーブン屋」は特別メニューを提供(画像提供/ブルースタジオ)

この地域には、古い団地もあれば新しいマンション群もあり、年配の人や子育て家族が多く住んでいる。こうしたイベントは、hoccoの常連客だけでなく、地域の人たちに広くhoccoを知ってもらい、地域交流の場となるようにという狙いがある。イベントには小田急バスやブルースタジオもスタッフを派遣して、当日の設営・片付けや交通整理などを行ったが、いずれは入居者たちだけでイベントが開催できるようになるとよいと考えているという。

現在、hoccoに入居募集中の住戸はないが、店舗兼用住宅への関心は高く、入居待ちの人もいるという。暮らしの延長でなりわいができること、地域の人たちの顔が見えるコミュニケーションができることなど、ほかにはない魅力を感じてのことだろう。新時代を感じさせる拠点だと思う。

●関連サイト
hocco物件専用WEBサイト

地元の北本団地が高齢化。生まれ育った子どもたちが住居付き店舗をジャズが流れるコミュニティスペースに 埼玉県

総戸数2000戸を超える巨大な団地「北本団地」(埼玉県北本市)。しかし、高齢化や少子化に伴って入居数は年々減り、団地中心部の商店街もシャッター通りと化していた。そこで2021年に発足したのが「北本団地活性化プロジェクト」だ。北本団地出身・在住のまちづくりチーム「暮らしの編集室」を主体に、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構の5者が連携し、団地の活性化に取り組んできた。

どうにかして“ふるさとの団地”と関わりたかった

その最初の取り組みが、団地内にある商店街の活性化だ。商店街にある20の建物は全てが住居付店舗(1階店舗、2階住宅)になっているが、その一つをジャズが流れるコミュニティスペース「中庭」として再生。1階は「暮らしの編集室」が改装し、2階の住居部分はMUJIHOUSEとUR都市機構がリノベーションした。なお、2階部分には中庭を運営する夫妻が暮らしている。商店街の住居付店舗を再生し、そこに住みながら地域活性化に取り組むという、全国的にも珍しい試み。その背景や目的、これからについて「暮らしの編集室」メンバーの江澤勇介さん、岡野高志さんに伺った。

「暮らしの編集室」のメンバー江澤勇介さん(左)と岡野高志さん(右)。2人は中学校の同級生(写真撮影/松倉広治)

「暮らしの編集室」のメンバー江澤勇介さん(左)と岡野高志さん(右)。2人は中学校の同級生(写真撮影/松倉広治)

――2021年にスタートした「北本団地活性化プロジェクト」ですが、その主体である「暮らしの編集室」設立の経緯から教えてください。

岡野高志(以下、岡野):私は北本市の観光協会に勤めているのですが、2019年に埼玉県と北本市から「街を活性化するために、商店街や中心市街地で何かできないか」と相談を受けました。そこで、まずは北本駅前周辺にある空き店舗を活用して何かを始めようと考え、地元の友人だったカメラマンの江澤と建築家の若山に声をかけ「暮らしの編集室」を立ち上げたんです。

江澤勇介(以下、江澤):暮らしの編集室のコンセプトは、地元・北本に暮らしながら楽しめる街をつくっていくこと。北本市って典型的な郊外のベッドタウンで、手付かずの自然や田畑のほかには「何もない街」なんです。でも、何もないからこそ、何か新しいことをやるためのフィールドや余白が残っていると思いました。

――まずは、どんな活動からスタートしましたか?

岡野:はじめは、「市民がチャレンジできる場所」をつくりたいと思い、「暮らしの編集室」の拠点を兼ね、1日からレンタルできるシェアキッチン「ケルン」をつくりました。立ち上げから2年半が経ちますが、延べ35組の方々にご利用いただき、現在は1カ月のうち平均20日くらいは稼働しており、地元野菜を使った、さまざまな美味しい料理が食べられる場になっていますよ。

「暮らしの編集室」の拠点でもある「ケルン」(画像提供/暮らしの編集室)

「暮らしの編集室」の拠点でもある「ケルン」(画像提供/暮らしの編集室)

――その後、2021年には「北本団地活性化プロジェクト」を発足させていますが、そもそも北本団地に目を向けた理由というのは?

江澤:北本団地は僕が生まれ育った場所なんです。団地を出た後も「団地祭」という夏祭りには毎年訪れていたのですが、年々衰退していくのを目の当たりにしてきました。とはいえ、自分も今は住んでいないし、関わりしろもない。仕方ないと思いつつも、団地内の商店街がシャッター通りになったままなのは寂しくて。地元の同級生とも「どうにかしたいね」と話していたんです。

岡野:私も団地には7年ほど住んでいます。北本団地は北本町が市になった1971年に完成し、総戸数2000戸を超える巨大な団地として注目を集めました。しかし、次第に高齢化が進み、団地内の商店街の店舗も少しずつシャッターを下ろすようになっていったんです。2021年3月には、団地の子どもたちが通うためにつくられた小学校も閉校してしまいました。

北本駅から車で15分の北本団地商店街(写真撮影/松倉広治)

北本駅から車で15分の北本団地商店街(写真撮影/松倉広治)

江澤:僕も岡野も昔の活気ある商店街の風景を覚えているだけに、非常に寂しい気持ちでした。そして、せっかく「暮らしの編集室」をつくったのだから、北本団地の空き店舗を活用して何かできないかと考えたんです。それから、「ケルン」の運営と並行して、その可能性を模索するようになりました。

――まずは「ケルン」と同様に、自分たちで北本団地の空き店舗を借りたと伺いました。

岡野:そうですね。そこは「ケルン」の成功体験が大きかったと思います。一般的なお店ではなく、ケルンのシェアキッチンのような入り口があれば、その場所を使いたい人が集まってくる。そして、そのコミュニティをきっかけにさまざまな展開が起こる流れを体験していたので、団地でも同じことができるのではないかと考えました。

団地活性化のカギは「住居付店舗の再生」

――「北本団地活性化プロジェクト」には「暮らしの編集室」に加え、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構が参加しています。連携することになった経緯を教えてください。

岡野:もともと、北本市とは地域づくりの事業を進めてきた実績がありました。また、良品計画には私の知人がいて、北本団地についても相談していたんです。良品計画も団地の活性化には課題感を持っていて、これから団地や商店街に活気を呼び起こすには「住宅付店舗」(1階が店舗、2階が住宅)のような、職住隣接の暮らし方がキーになるということでした。ぜひ北本団地でも敷地内の商店街にある既存の住居付店舗を積極的に活用したいと考え、団地を管理するUR都市機構へ提案しにいきました。

北本団地(画像提供/暮らしの編集室)

北本団地(画像提供/暮らしの編集室)

シャッター商店街となっていた北本団地(写真撮影/松倉広治)

シャッター商店街となっていた北本団地(写真撮影/松倉広治)

――それが採択され、大きなプロジェクトへ発展していったわけですね。プロジェクトのなかで「暮らしの編集室」はどんな役割を担っているのでしょうか?

江澤:僕らは現場でプロジェクトを主導するプレイヤーですね。街づくりでありがちなのは、支援者は多いのに、実際にそこで何かをやる人、現場を動かす人がいないことです。特に少子高齢化が進んでいる団地はネガティブなものとして捉えられ、進んでやりたがる人は多くありません。でも、ここは僕らの地元ですし、発起人としての責任もある。そこで、「暮らしの編集室」のメンバーが実際に現場で動くプレイヤーとなり、北本市・良品計画・MUJIHOUSE・UR都市機構にバックアップしてもらう体制をとっています。

――では、「住宅付店舗」を再生させる取り組みを進めるにあたり、最初に何から始めたのでしょうか?

岡野:「きたもと未来会議」というワークショップを開きました。「団地の活性化」とか「街の未来」といっても漠然としているし、描くものは人によって違うじゃないですか。ですから、まずはみんなが「この場所をどうしたいか」について話し合い、共通言語をつくる必要があると考えたんです。会議には団地の自治会の人、商店街の人、UR都市機構の人、地元の友人などを招き、団地や街に対する思いをぶつけてもらいました。

江澤:従来の団地の自治会でも会議は行われていましたが、これまではそこで出た住民の要望をUR都市機構に伝えるだけでした。でも、今は自治会とUR都市機構、そして僕たちも含めたプロジェクトのメンバーがともに顔を付き合わせて、団地の未来について考えています。直接コミュニケーションをとることでアイデア出しや意見交換も活発に行われるようになり、例えば自治会からはコロナ禍で2年間開催できていない「団地祭」についての相談が出たり、UR都市機構からは「団地の広場を防災のために活用してはどうか」という提案が出たりしています。

「きたもと未来会議」の様子(画像提供/暮らしの編集室)

「きたもと未来会議」の様子(画像提供/暮らしの編集室)

――みんなで一丸となって「団地や暮らしを良くしていこう」という気概が感じられますね。

岡野:もちろん、それまでにも多くの人が良くしようという気持ちは抱いていたと思います。でも、それがうまく形にできていなかったし、そもそも思いをぶつけられる場がなかった。「暮らしの編集室」では“コミュニケーションを軸とした編集”を基本にしています。だから、みんながフラットに話せる場はとても重要なんです。

――今回の住居付店舗再生の取り組みにあたって苦労した点はありますか? 5者が連携するとなると、足並みをそろえるのも大変だと思うのですが。

江澤:みなさん同じ目線で考えてくださったので、その部分での苦労はありませんでした。しいて言えば、資金繰りですね。「住宅付店舗」を再生させる上で、2階の住宅部分はMUJI×URで改装を行い、1階の店舗部分は「暮らしの編集室」が改装を行ったのですが、僕たちは資金力が豊富にあるわけではありませんでしたから。

岡野:改装には初期投資だけで約350万円かかったんですが、その資金集めはかなり大変でしたね。ふるさと納税型クラウドファンディングで200万円は集まりましたが、足りない部分は会社からの持ち出しによって工面しました。

――どこまで自分たちで改修されたんですか?

江澤:入り口の建具、水回り、電気は工務店にお願いしましたが、その他は自分たちで改修しています。UR都市機構はスケルトン貸し、スケルトン返しが基本なので、例えば天井のほこり留めは塗り直したものの、色はもとのままです。あとは、棚やカウンター、入り口の壁などもDIYしました。

1階部分を改修(画像提供/暮らしの編集室)

1階部分を改修(画像提供/暮らしの編集室)

「一緒に面白がれる人」に住んでほしかった

――そこに住む人はどう選定しましたか?

岡野:実は、そこが一番のネックでした。プロジェクトは順調に進み1階を「飲食を軸とした交流スペース」にすることまで決定していたものの、肝心の「誰に住んでもらうか」というところが、なかなか決まらなかったんです。初めての試みだけにどういう形になるか分からなかったし、「誰でもいいから住んでほしい」という類いのものでもない。できれば、私たちと一緒にこの場所を“面白がれる”人に来てほしいと思い、慎重に候補を探していました。

江澤:最終的には、僕の知人である落合夫妻が住んでくれることになりました。1階はただのお店ではなく「みんなの居場所」になるようなスペースにしたいと考えていたところ、夫がジャズミュージシャン、妻が喫茶店を営む落合夫妻が「それならジャズ喫茶をやってみたい」と言ってくれたんです。それで、西荻窪(東京)から引っ越していただき、2021年の5月末に「ジャズ喫茶 中庭」がオープンしました。

北本団地「住宅付店舗」の第一号でもある「ジャズ喫茶 中庭」(写真撮影/松倉広治)

北本団地「住宅付店舗」の第一号でもある「ジャズ喫茶 中庭」(写真撮影/松倉広治)

妻のカナコさんは喫茶店を営みながら、縫い物のワークショップを開いている(写真撮影/松倉広治)

妻のカナコさんは喫茶店を営みながら、縫い物のワークショップを開いている(写真撮影/松倉広治)

――当初の狙い通り、人が集まる場になっていますか?

江澤:そうですね。現在では落合夫妻だけでなく、地元の人が投げ銭ライブを開催したり、週一でジャズライブを行ったりしています。毎回ライブに来ているお客さんもいて「中庭でのライブ鑑賞が私の趣味になった」と楽しんでくれていますよ。

岡野:お店の1周年記念の時には自治会の人が街宣車を出して、「本日は中庭が1周年です」と告知して回ってくれたんです。「こういうことは、ちゃんと言わなきゃダメだよ」って。自治会のみなさんには本当にいろいろと協力していただいて、感謝しきれません。

グランドピアノ、レコード、オーディオなどは落合夫妻の知人から譲り受けたものだそう。また、店内で使用している中華椅子は以前この商店街で49年営んでいた「大盛食堂」のもの。いろんなものが混在しているのが面白いと2人は語る(写真撮影/松倉広治)

グランドピアノ、レコード、オーディオなどは落合夫妻の知人から譲り受けたものだそう。また、店内で使用している中華椅子は以前この商店街で49年営んでいた「大盛食堂」のもの。いろんなものが混在しているのが面白いと2人は語る(写真撮影/松倉広治)

地域のお客さんからのプレゼント(写真撮影/松倉広治)

地域のお客さんからのプレゼント(写真撮影/松倉広治)

「ジャズ喫茶 中庭」を営みつつ、2階で暮らす落合さん。住み心地については「とても良いです。長く住む方々からの視線は感じますが『面白いことをやっているな!』と来てくださる方も多いので救われています。まだまだこれからですが、徐々になじんできていると思います」と話す(写真撮影/松倉広治)

「ジャズ喫茶 中庭」を営みつつ、2階で暮らす落合さん。住み心地については「とても良いです。長く住む方々からの視線は感じますが『面白いことをやっているな!』と来てくださる方も多いので救われています。まだまだこれからですが、徐々になじんできていると思います」と話す(写真撮影/松倉広治)

江澤:正直、団地の人たちとの関わり方は大変だと思います。でも、この2人だからうまくやれていると感じますし、こちらとしても非常に助かっています。実は一度、生音を出した際にクレームが入り、シャッターに生卵をぶつけられたこともあったんですよ。でも、落合夫婦は自粛するのではなく「調整しよう」って言うんです。やりたいことはやりながらも、もしヤダと言われたら折衝していく。疲れるけれど、この場所で新しいことを受け入れてもらうためには欠かせないことなのかなと思います。

「郊外団地」再活性化のモデルケースに

――現在、商店街に「住居付店舗」は20戸あるということですが、他の建物も「中庭」のように再生していくのでしょうか?

「商店街だけでなく、団地にも人が入るサイクルも考えていきたい」と岡野さん(写真撮影/松倉広治)

「商店街だけでなく、団地にも人が入るサイクルも考えていきたい」と岡野さん(写真撮影/松倉広治)

岡野:そうですね。現在、1階のテナント部分にはスーパーや接骨院、診療所などが入っていますが、2階に暮らしながら運営しているのは「中庭」だけです。せっかくの住居付店舗ですから、やはりそこに暮らしながら地域を盛り上げてくれる人を増やしていきたいと思っています。また、今年5月には同じ商店街内に「まちの工作室 てと」がオープンし、2階部分をシェアアトリエとして活用しています。今までとは異なる、新たな商店街の使い方が広がると、もっと面白くなっていくんじゃないでしょうか。

江澤:「まちの工作室 てと」は、もともとケルンで展示販売をやってくれていた作家さんが、ギャラリー兼シェアアトリエが欲しいということでスタートしました。他にも、この商店街へ遊びに来て「私たちも借りたい」と言ってくれる方は多いので、今後も増やしていきたいですね。

「まちの工作室 てと」。羊毛の手芸家、洋裁師、天然石とビーズでアクセサリーデザイナーの3人の女性が入居

「まちの工作室 てと」。羊毛の手芸家、洋裁師、天然石とビーズでアクセサリーデザイナーの3人の女性が入居

「てと」でワークショップ終わりに「中庭」でランチする人は珍しくないそう(画像提供/暮らしの編集室)

「てと」でワークショップ終わりに「中庭」でランチする人は珍しくないそう(画像提供/暮らしの編集室)

岡野:実は今、「多肉植物と陶芸のお店を開きたい」という人と交渉中です。私たちには想像もつかない活用法ですが、こうして商店街を訪れる人が「こんなふうに使いたい」と可能性を見いだしてくれるのは、とても面白いですし、いい傾向だと思います。

江澤:また、「中庭」でも空いている日はシェアキッチンとして貸し出しを行っています。この間は川越(埼玉)の台湾料理店が借りてくれましたし、お店を持っていない人たちも間借りなら気軽にトライできる。これまでに例えば、お弁当屋さん、タップダンス教室、坊主カフェなど、いろんなお店が開かれましたよ。あとは、社会福祉協議会の方々と一緒に手話で注文できるカフェも月に1回オープンしています。手話を使う人って、注文の手間だったり、周囲の目線など一般的なお店に入るのを躊躇するそうなんです。それもあってか、毎回大盛況で外に人があふれていますね。

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

岡野:ほかにも、ピザのキッチンカーが来たり、JAが野菜を売りに来たりしています。実は、キッチンカーは団地出身の人がやってくれているんですよ。この場所なら、採算を度外視してでも毎月出たいと言ってくださっています。私たちがそうだったように、なんとかこの思い出の場所に関わりたいという人たちは意外と多いのだと思います。だから、関わりしろさえあれば惜しみなく協力してくれる。クラウドファンディングをやった時も、北本団地ではないですが「昔、団地に住んでいました」という支援者からのコメントが多かったですし、団地って愛着がわきやすいんでしょうね。

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

(画像提供/暮らしの編集室)

――それにしても、決して利便性が高いとはいえない団地に、これだけ多くの人が関わりたいと思っているというのは意外でした。

江澤:そうですね。実際、これまでのMUJI×URのプロジェクトも都内近郊で、都心に通うような人たちをターゲットにしてきたところがあると思います。一方で、北本団地のような場所って言い方は悪いですが、「中途半端な郊外」なんですよね。だけど、日本中にはそんな「中途半端な郊外」の団地の方が多いんじゃないでしょうか。今まで放って置かれがちだった「中途半端な郊外」の団地に、思いを持つ人が集まり再生の道を探るというのは、これまでになかったこと。新しい郊外団地の在り方として、可能性を示していけたらいいですね。

「今後、団地に住んでいたころに感じた“楽しい”と思える場所の選択肢を増やしていきたい」と江澤さん(写真撮影/松倉広治)

「今後、団地に住んでいたころに感じた“楽しい”と思える場所の選択肢を増やしていきたい」と江澤さん(写真撮影/松倉広治)

●取材協力
暮らしの編集室

京都の細長すぎる家に思わず二度見!1階は立ち飲み兼古本屋、2階は自宅の”逆うなぎの寝床” バヒュッテ

京都にある「細長ぁ~い」お店が話題です。間口がおよそ18mあるのに対し、奥行きはたったの2~3m。この悪条件のなか、なんと住居兼店舗を実現。狭小な敷地の有効活用が高い評価を受け、2021年度「グッドデザイン賞」を受賞しました。

連日にぎわうこの店には、未利用地の活用に頭を痛める人々を救うヒントがあるはず。古書、雑貨、立ち呑みの三つの商いを一堂で行う「バヒュッテ」の清野郁美さんに運用の秘訣をうかがいました。

狭い? 広い? 思わず二度見してしまう不思議な建物

「グッドデザイン賞」を受賞したウワサのお店は、叡山(えいざん)電鉄「修学院」駅を下車し、徒歩およそ5分のところにあります。

駅前のアーケード商店街「プラザ修学院」を抜けると、そこは白川通りという名の車道。ここに築かれた建物こそが、目指すお店「ba hütte.(バヒュッテ)」です。オープンは2019年5月30日。2022年で4年目を迎えます。

あなたは、きっと二度見するでしょう。木立のなかに現れたその建物を。あまりにも、あまりにも「細い」。いや、「細い」を通り越して、「薄い」のです。

白川通りに面して立つ、思わず二度見してしまう細長い建物。これがグッドデザイン賞を受賞した「バヒュッテ」(写真撮影/吉村智樹)

白川通りに面して立つ、思わず二度見してしまう細長い建物。これがグッドデザイン賞を受賞した「バヒュッテ」(写真撮影/吉村智樹)

しかし、通りの反対側から眺めてみると、今度は「ひ、広い!」。間口はなんと、およそ18mにも及ぶといいます。

広いのか、はたまた狭いのか。見る角度によって印象が大きく変わる、まるでトリックアートのような建物。隣接する大学施設や神社の樹木と相まって、とてもファンタジックな印象を受けます。

白川通をはさんで反対方向から眺めると、とても大きな建物に見える(写真撮影/吉村智樹)

白川通をはさんで反対方向から眺めると、とても大きな建物に見える(写真撮影/吉村智樹)

しかし、横から見ると窓サッシと同じサイズの奥行きしかない。神社の石碑もあり、神秘的なムードが漂う(写真撮影/吉村智樹)

しかし、横から見ると窓サッシと同じサイズの奥行きしかない。神社の石碑もあり、神秘的なムードが漂う(写真撮影/吉村智樹)

間口が広く、奥行きが浅い「逆・うなぎの寝床」

「うちの店はよく“逆・うなぎの寝床”と呼ばれますよ」

そう語るのは「バヒュッテ」店主、清野(せいの)郁美さん(38歳)。

古本・雑貨・立ち呑み「バヒュッテ」店主、清野郁美さん(写真撮影/吉村智樹)

古本・雑貨・立ち呑み「バヒュッテ」店主、清野郁美さん(写真撮影/吉村智樹)

「逆・うなぎの寝床」とは言い得て妙。「うなぎの寝床」といえば間口が狭く、反面、奥行きが深い建物のこと。江戸時代、京都は間口の広さに比例して税金の額が決められていました。そのため、住民はこぞって間口を狭くし、奥行きが深い家を建てたのです。京都の建築様式が「うなぎの寝床」と呼ばれているのは、そのためです。

バヒュッテは、うなぎの寝床の正反対。間口は驚くほど広く、しかしながら奥行きはたったの2.2~3.7mしかありません。間口が約18mもありながら、建坪はなんと、わずか8.7坪しかないのです。

清野「自分は見慣れているので日ごろはなんとも思わないのですが、たまに旅から帰ってきて、改めて自分の店を見てみると、『ほそっ!』と思います(笑)。江戸時代だったら、うちの店はものすごくたくさんの税金を払わなきゃいけませんね」

細長い店内には古本と雑貨がひしめく。とはいえ天井が高く、意外と閉塞感がない(写真撮影/吉村智樹)

細長い店内には古本と雑貨がひしめく。とはいえ天井が高く、意外と閉塞感がない(写真撮影/吉村智樹)

細長いだけではありません。敷地は、実はきれいな長方形になっていない不整形地。ご近所の人が言うには、以前この場所には小屋のように簡素な造りの魚屋さんがあったのだとか。さらにそれ以前は水車小屋が立っていました。代々、“地元に根付く小屋がある場所”だったようです。

更地にした状態。細長いうえに台形の不整形地。最南端の奥行きは驚きのわずか2.2m(画像提供/バヒュッテ)

更地にした状態。細長いうえに台形の不整形地。最南端の奥行きは驚きのわずか2.2m(画像提供/バヒュッテ)

かつてはここで鮮魚店が営まれていた(画像提供/バヒュッテ)

かつてはここで鮮魚店が営まれていた(画像提供/バヒュッテ)

清野「偶然なのですが、バヒュッテの『ヒュッテ』も小屋という意味なんです」

なんと、この地のさだめに引き寄せられたかのように、新たな小屋(ヒュッテ)が誕生していたのでした。ではバヒュッテの「バ」とは?

清野「世代を超えた交流の“場(バ)”になったらいいな、と思い……というのは後付けで、本当は“バ!”というパワーがある語感が好きなので名づけました」

本、雑貨、お酒。どれもはずせない要素だった

パワフルな語感のバヒュッテは、建物の細長さのみならず、業態もインパクト強め。コンセプトは「古本と雑貨と立ち呑みのお店」。壁一面に本棚があり、シブめなセレクトにうならされます。

殿山泰司、田中小実昌、深沢七郎、色川武大など「風来坊」「無頼派」と呼ばれた作家や役者の本が数多く並ぶ。風変わりな店の雰囲気とよく合っている(写真撮影/吉村智樹)

殿山泰司、田中小実昌、深沢七郎、色川武大など「風来坊」「無頼派」と呼ばれた作家や役者の本が数多く並ぶ。風変わりな店の雰囲気とよく合っている(写真撮影/吉村智樹)

2016年に結婚した清野郁美さん。パートナーの清野龍(りょう)さん(42)は20年以上にわたり大手書店にお勤めのベテラン書店員です。清野さんも同じ書店に10年以上働いていており、二人はかつての同僚でした。

夫妻ともども本が大好き。バヒュッテで販売している本はほぼすべて、ご両人の私物。センスのいい本ばかりと思ったのもどうりで。二人は二階で暮らし、夫の龍さんは、書店の勤務が休みの日はバヒュッテを手伝うのだそうです。

京都の大手書店で店長を務め、休日になるとバヒュッテを手伝う夫の龍さん。本とともに生きる日々(写真撮影/吉村智樹)

京都の大手書店で店長を務め、休日になるとバヒュッテを手伝う夫の龍さん。本とともに生きる日々(写真撮影/吉村智樹)

雑貨は、ポーチやペン、ノート、手ぬぐいと、バリエーション豊か。

手ぬぐい、靴下、ステーショナリーなど雑貨の品ぞろえも豊富(写真撮影/吉村智樹)

手ぬぐい、靴下、ステーショナリーなど雑貨の品ぞろえも豊富(写真撮影/吉村智樹)

そして注目すべきは、L字になった魅惑の立ち呑みスタンド。背徳の昼呑みが楽しめます。建築物としてのユニークさにばかり目を奪われがちですが、古書店で飲酒ができる点もかなり希少でしょう。

L字の立ち呑みスタンドで午後2時からお酒が楽しめる。意外とない“チョイ呑み”スポットだ(写真撮影/吉村智樹)

L字の立ち呑みスタンドで午後2時からお酒が楽しめる。意外とない“チョイ呑み”スポットだ(写真撮影/吉村智樹)

清野「私自身、本が好きで雑貨が好きで、そしてお酒が大好きだったんです。だから本、雑貨、お酒、三つともそろえました。狭いスペースで欲張りすぎなんですけれど、どれ一つ、はずせなかったですね」

清野さんの朗らかなキャラクターに惹かれ、夕方から続々とお客さんが呑みにやってきます。語感で選んだという「バヒュッテ」の「バ」は、コミュニティーの「場」として根付き、成熟していったようです。

南側の出入口には「外呑み」できるスペースが設けられている(写真撮影/吉村智樹)

南側の出入口には「外呑み」できるスペースが設けられている(写真撮影/吉村智樹)

「理想の物件に出会えないのならば土地を買って建てよう」

住居兼店舗である「バヒュッテ」は店舗としても住居としても非凡な、言わば珍建築のハイブリット。その発想は、どこから生まれたのでしょうか。

清野「結婚するタイミングで、夫と『家を借りようか。それとも買おうか』と話し合っているなかで、『お店もやれたらいいね』という気持ちが芽生えてきたんです」

本好きの二人は、「古本の販売を基本とした、自分たちらしいお店を営みたい」という夢を共有するようになりました。しかしながら、物件探しは簡単にはいきません。

清野「はじめは、『住むマンションは買って、店はテナントを借りる』という方針で動いていました。とはいえ、いいなと感じる住居、面白いと思えるテナント、二つを同時に探すのがものすごく大変で」

「自分たちらしい店がやりたいと思い、はじめは居住とテナントを別々に探していたが、なかなかいい物件に巡り合えなかった」と語る清野さん(写真撮影/吉村智樹)

「自分たちらしい店がやりたいと思い、はじめは居住とテナントを別々に探していたが、なかなかいい物件に巡り合えなかった」と語る清野さん(写真撮影/吉村智樹)

なかなか理想郷にたどり着けない清野さん夫妻。そこで、大胆な発想の転換を試みたのです。

清野「だったら、『いっそ思いきって土地を購入して、拠点を新たに建てたほうが、自分たちにあったかたちにできるんじゃないか』って、考え方が変わってきたんです」

店舗兼住居を借りるのではなく、「建てる」。言わば一世一代の大勝負に出た清野さん。そうしてたどり着いた場所が、「逆・うなぎの寝床」。ユニーク極まりない、尻込みする人が多い不整形地ですが、画期的な業態の店舗を開こうとする二人の新しい門出として、むしろ適していたのです。この土地に出会うまでに、「およそ3年もの月日を要した」と言います。

清野「長かったですね。やっと出会えた、そんな気がしました。私も夫も一目惚れ。『ここ、ここ!』って即決しました。並木道なので緑が豊富。散歩コースだから人通りもそれなりにある。隣接している建物がなく、たとえ少々音をたてたとしてもご近所に迷惑が掛からない。すぐそばに商店街があり、さらにスーパーマーケットがあって、病院があって、銀行があってと、至れり尽くせり。『住む』と『商売をする』の両立を可能とする唯一の物件だったんです」

レアな土地に誕生した、レアな城。遂にバヒュッテは完成し、細長さを逆手に取った仕様がたちまち話題になりました。そうして遂に「グッドデザイン賞」の受賞に至ったのです。

木材を斜めにとりつける大胆な構造。建築のプロたちも驚いた

バヒュッテがグッドデザイン賞に輝いた大きな理由の一つが「筋交い(すじかい)」。筋交いとは建物を強くするために、柱の間などに斜めに交差させてとりつけた木材のこと。とはいえ、実際に筋交いが空間を堂々と斜めに横切る店舗はそうそうありません。バヒュッテのシンボルともいえる武骨な筋交いは、何度見ても驚かされます。

バヒュッテのシンボルといえる、大胆に設えられた「筋交い」。初めて見た人はギョッとする(写真撮影/吉村智樹)

バヒュッテのシンボルといえる、大胆に設えられた「筋交い」。初めて見た人はギョッとする(写真撮影/吉村智樹)

清野「筋交いをしなきゃいけない理由は、通りに面した柱を減らすためです。『間口は全面ガラス張りにする』という設計士さんのアイデアがあり、そのために壁面に大きな筋交いが必要となったんです。これだけ大きいと、隠しようがない」

集成材でできた筋交いで壁側をしっかり固め、揺るぎない構造に。これにより間口の開放感がグンと増しました。

では、そもそも間口を全面ガラス張りにした理由は、なんなのでしょう。それは、「歩道すら建築の一部だと錯覚させるため」。狭いゆえに、外の景色も店内に採り入れようという発想なのです。筋交いは功を奏し、抜群の採光と眺望を手に入れました。視覚的効果がこれほどの爽快感をもたらすとはと、感心してしまいます。

筋交いが建物をしっかり支え、間口の全面ガラス張りを可能にしている。ガラス張りによって店内にいながら屋外の街路樹など眺望を楽しめる。おかげで狭さを感じない(写真撮影/吉村智樹)

筋交いが建物をしっかり支え、間口の全面ガラス張りを可能にしている。ガラス張りによって店内にいながら屋外の街路樹など眺望を楽しめる。おかげで狭さを感じない(写真撮影/吉村智樹)

地面を掘って天井を高く見せる効果は絶大

もう一つ、バヒュッテの構造には大きな特徴があります。それは古本や雑貨が並ぶ店舗部分の地面を掘り下げていること。その深さは約600mm。

清野「地面を掘ったのも設計士さんのアイデアです。掘って床を下げ、天井を高く見せ、狭さを感じなくさせているんです」

書籍や雑貨のコーナーは600mm掘り下げ、それによって天井を高く見せた(写真撮影/吉村智樹)

書籍や雑貨のコーナーは600mm掘り下げ、それによって天井を高く見せた(写真撮影/吉村智樹)

確かに掘られた床に立っていると、窮屈さをまるで感じません。天井が高く、ガラス戸から陽光が差し込み、まるで教会にいるような敬けんな気持ちにすらなってきます。

とはいえ、それは怪我の功名ともいえます。実はこの敷地、かたちがいびつなだけではなく、南北で高低差もある難物だったのです。地面を掘って店舗に床高の変化をつけたのは、やっかいな敷地を店舗として成立させる苦肉の策でもありました。そしてこの店内の起伏が、グッドデザイン賞を受賞したポイントとなったのです。

不整形かつ南高北低の傾斜地というなかなか難易度が高い立地。店内の床を掘り、地面をフラットにせざるをえなかった。最高で地上440mmの基礎を設け、雨の侵入を防いでいる(写真撮影/吉村智樹)

不整形かつ南高北低の傾斜地というなかなか難易度が高い立地。店内の床を掘り、地面をフラットにせざるをえなかった。最高で地上440mmの基礎を設け、雨の侵入を防いでいる(写真撮影/吉村智樹)

工事の様子(画像提供/バヒュッテ)

工事の様子(画像提供/バヒュッテ)

細長い店舗兼住居が「新時代の町家建築」と高評価に

2021年度「グッドデザイン賞」に選ばれたこの類まれなる店舗併用住宅「バヒュッテ」を設計したのは京都市北区にある「木村松本建築設計事務所」。

公益財団法人「日本デザイン振興会」は、バヒュッテを「京都に出現した新時代の町家建築だ。働くことと暮らすことが混ざり合った都市住宅の新しい在り方を示すことに成功している。街の本屋がどんどんと閉店していく中で、古本屋がこうやって暮らしと溶け合うのは、大変に現代的な現象であるとも言える。時代の流れを生む重要なデザインである」と評価しました。それが受賞の理由。

設計者の一人である木村吉成さんはバヒュッテを、「クライアント、構造家、施工者が一丸となってつくった建物」と語りました。自分たちでも会心の作だったという熱い想いが伝わってきます。木村松本建築設計事務所はさらにバヒュッテの設計を高く評価され、日本建築家協会が主催する「JIA新人賞」も同年に受賞。いっそう箔をつけたのです。

グッドデザイン賞の受賞を機に、特殊な構造を一目見ようと、バヒュッテには設計士、建築関係者、大学教授、建築を勉強する学生たちが続々とやってくるようになりました。なかには他府県からわざわざ見学に訪れる人もいるのだとか。

世代や国籍を問わず、建築に関心がある人たちが集まり、交流が始まるという(画像提供/バヒュッテ)

世代や国籍を問わず、建築に関心がある人たちが集まり、交流が始まるという(画像提供/バヒュッテ)

清野「みんな怪訝な表情で10分ほど写真を撮っていかれます。そして居合わせた見学者さん同士でビールを飲んで盛りあがる場合もしばしばあるんです。そんなときはいつも、『こういう仲をとりもてたのが、この構造の一番の効果かな』と思うんです。ただ、ここを設計してくれた木村さんは、『ここまで立ち呑み屋として発展するとは自分でも意外だった。酒がすすむ効果までは考えていなかった』とおっしゃっていましたね」

間口をガラス張りにして閉塞感を拭い去り、筋交いを隠すことなくさらけだした構造には、設計士すらも気がつかなかった、飾らずに楽しく会話させる効能があったのかもしれません。

立ち呑みコーナーには続々と人がやってきて、会話に花が咲く。「立ち呑み屋としてここまで機能するとは」と設計士自身も驚いたという(写真撮影/吉村智樹)

立ち呑みコーナーには続々と人がやってきて、会話に花が咲く。「立ち呑み屋としてここまで機能するとは」と設計士自身も驚いたという(写真撮影/吉村智樹)

珍しい日本酒やクラフトビールがそろう。BGMはアナログレコード。やさしい音色が穏やかな空間に溶け込む(写真撮影/吉村智樹)

珍しい日本酒やクラフトビールがそろう。BGMはアナログレコード。やさしい音色が穏やかな空間に溶け込む(写真撮影/吉村智樹)

不整形地もアイデア次第で活用できる

さて、気になるのは居住部分。さまざまな仕掛けで狭さを感じさせないように設計されたバヒュッテですが、家となるとさすがに「細長すぎるのでは」と心配になります。

間取図。「店を通らずに居住スペースへ行ける」点にこだわったという(画像提供/バヒュッテ)

間取図。「店を通らずに居住スペースへ行ける」点にこだわったという(画像提供/バヒュッテ)

建築模型。周辺の木立は当初から大切な要素だった(画像提供/バヒュッテ)

建築模型。周辺の木立は当初から大切な要素だった(画像提供/バヒュッテ)

清野「お客さんからよく、『本当に夫婦で二階に住んでいるの?』『人が住めるんですか?』と聞かれます。確かによその家よりも細長いので、友達を数人呼ぶと、横一列に並んで座る感じになりますね。『ちょっと、どいて』って言わないと通れませんし。でも、不便を感じるのはそれくらいかな。ロフトになっていて、狭さを感じないです。総面積だと小さめのマンション一部屋ぶんくらい十分にありますよ」

居住スペース。陽当たり良好。西日が強いため厚さが異なる2枚のカーテンで光の量を調節する(写真撮影/吉村智樹)

居住スペース。日当たり良好。西日が強いため厚さが異なる2枚のカーテンで光の量を調節する(写真撮影/吉村智樹)

それを聞いて安心しました。そして、いよいよ核心である「お値段」について踏み込まねばなりません。バヒュッテの建築には、いったいいくらかかったのでしょう。

清野「土地だけで2680万円。魚屋さんの建物を撤去する費用に10万円。そして店舗兼住居の建築費に3000万円。計およそ6000万円ですね。借入は35年の住宅ローンです。35年じゃないとローンが組めなかったので」

人気の京都市左京区内で、しかも駅から徒歩5分ほど場所の土地が2680万円とは安い。さらにもとあった鮮魚店店舗の撤去費用がわずか10万円とは破格にお得。不整形地でも固定観念を覆し、冴えたアイデアさえあれば存分に活かせるのだと、バヒュッテは教えてくれます。

お客さんに寄り添いながら流動してゆく店に

いまや修学院駅周辺エリアのランドマークであり、大切なコミュニティーの「バ」となったバヒュッテ。今後はどんなお店にしたいと考えているのでしょう。

清野「自分たちでこうしたいというより、お客さんに寄り添いながら流動してゆく店でありたい。もともとは古本と雑貨をメインに考えていて、午前11時オープン、夜は早く閉まるお店でした。けれども立ち呑みコーナーが人気となって、現在は昼下がりの午後2時から午後8時までになったんです。お酒の品ぞろえもお客さんの好みに合わせて変わってきました。そんなふうにニーズを探りつつ、自分たちがやりたいことをすり合わせて、変化させていく。そんなお店にしたい。現状維持はつまらないですしね」

夜になるとさらに存在感が増すバヒュッテ。全面ガラス張りの間口から漏れる灯りが街の治安にも貢献している(写真撮影/吉村智樹)

夜になるとさらに存在感が増すバヒュッテ。全面ガラス張りの間口から漏れる灯りが街の治安にも貢献している(写真撮影/吉村智樹)

開店して4年。いまや地元のコミュニティーの場として欠かせない存在となった(写真撮影/吉村智樹)

開店して4年。いまや地元のコミュニティーの場として欠かせない存在となった(写真撮影/吉村智樹)

街角に現れた、見る角度によって大きさが変わる不思議な小屋。そこは、人間の多様性や多面性を受け入れるやさしさがありました。

●取材協力
ba hütte.(バヒュッテ)
住所 京都府京都市左京区山端壱町田町38番地
営業時間 14:00 ~ 20:00
定休日 火曜日 水曜日 臨時休業あり
電話 075-746-5387
地上2階 /敷地面積:52.60平米 /建築面積:29.00平米 /延床面積:53.64平米

自宅の1階に酒屋&角打ちを誘致!会社員が夢をかなえた店舗付き住宅

「自宅の1階に好きなお店があったらいいのに」「家賃収入のある大家さんになりたい」、そんな妄想や夢想をした人もいるのではないでしょうか。今回は、賃貸でも購入でもなく、自宅の1階に好きな酒店「いまでや清澄白河」を誘致するという夢と愛のある「大家暮らし」を叶えた小島雄一郎さんにインタビューしました。

分譲も賃貸も経験。行き着いたのは好きな街・清澄白河で「店舗併用住宅」

コーヒーとアートの街として知られる清澄白河(東京都江東区)。この街の一角に今年2021年8月、酒屋「いまでや 清澄白河」が誕生しました。店のコンセプトは「はじめの100本」。お酒に詳しくない人でも、日本各地の日本酒やワインなどに詳しくなっていけるという、お酒のセレクトショップです。10月22日から「角打ち」(酒を酒屋の一角で立ち呑みすること)もできるようになりました。

住宅街の一角にできた「いまでや 清澄白河」(写真撮影/相馬ミナ)

住宅街の一角にできた「いまでや 清澄白河」(写真撮影/相馬ミナ)

日本酒やワインを知るための「はじめの100本」がコンセプト(写真撮影/相馬ミナ)

日本酒やワインを知るための「はじめの100本」がコンセプト(写真撮影/相馬ミナ)

「これはどんなお酒?」と手に取りやすく、会話もうまれやすい仕掛けがしてある(写真撮影/相馬ミナ)

「これはどんなお酒?」と手に取りやすく、会話もうまれやすい仕掛けがしてある(写真撮影/相馬ミナ)

店舗付き住宅の場合、オーナーが自宅で商売をする、または、不動産会社にテナント誘致を任せることが多いのですが、今回の家はそれとはまったく事情が異なります。この家の所有者は、広告代理店に勤務し、「若者研究」などで知られる小島雄一郎さん。自身で酒店を口説いて誘致し、「自分の家の1階に大好きな酒屋が入る」という酒飲みの夢のような家を建てた、というのがそのあらましです。とはいえ、いきなり店舗併用住宅という結論に至ったのではなく、実は「賃貸or購入」という、30代の住まいの「命題」について考え抜いた結果だったといいます。

「もともと、清澄白河近くの賃貸住宅で暮らしていましたが、コロナ騒動前は年間100日ほど出張があって、自宅にいないのに家賃を支払うという状況だったんです。だったら、買うにしても借りるにしても、『家』に“働いて”もらったほうがいいんじゃない?というのがそもそものはじまりなんです」と話します。

キッチンからリビングをのぞむ。どこを切りとってもスタイリッシュ(写真撮影/相馬ミナ)

キッチンからリビングをのぞむ。どこを切りとってもスタイリッシュ(写真撮影/相馬ミナ)

ただ、賃貸物件であっても、分譲物件であっても、集合住宅ではAirbnbなど民泊の時間貸し、部屋の貸し出しは、規約で禁じられていることが多いもの。「集合住宅で家に働いてもらう」のは、すぐに厳しいと気がついたそうです。

「次に考えたのが中古物件+リノベです。ただ、下町で流通する中古物件は、建ぺい率(敷地面積に対する建物の建築面積)がオーバーしているなど、現在の法律だと違法建築だったり、既存不適格だったりするため、住宅ローンが使えないこともあるようです。そのため、結果として新築の注文住宅、しかも店舗併用住宅という発想に至りました」といいます。こうして小島さんの「借りるor買う」からはじまった住宅問題は、「大家になって稼ぐ家をつくる」という判断になったのだといいます。

小島さん宅の間取り1、2階(画像提供/須藤剛建築設計事務所)

小島さん宅の間取り1、2階(画像提供/須藤剛建築設計事務所)

小島さん宅の間取り3、PH階(画像提供/須藤剛建築設計事務所)

小島さん宅の間取り3、PH階(画像提供/須藤剛建築設計事務所)

建築、食、酒、アートなどに触れる暮らし。家を建てたことで、「自分の文化度」が上がった

ただ、東京の人気エリアで、土地を買って、新築で店舗併用住宅を建てるとなれば、金額的にも大きな決断になることには違いありません。

「土地を買ってこの建物を建てたのですが、建物の建築面積は90平米程度、建物は3階建てで、2階と3階、屋上が住まいになります。東京都内の新築マンション価格はあがる一方なので、結果としては新築マンションを買ったのと同程度の価格帯におさまりました」といいます。毎月の住宅ローン収支でいうと、家賃収入を返済額に充てれば、ご自身で支払う返済額は賃貸に住んでいたころの賃料の半額程度といいます。ただ、自宅にはサウナがあったり、屋上でバーベキューや流しそうめんができたりと、暮らしの満足度、充実度は比較になりません。

リビングを横から。つるされたグリーン&ギターが素敵(写真撮影/相馬ミナ)

リビングを横から。つるされたグリーン&ギターが素敵(写真撮影/相馬ミナ)

2階の寝室&仕事スペース。手持ちの和箪笥もなじんでいます(写真撮影/相馬ミナ)

2階の寝室&仕事スペース。手持ちの和箪笥もなじんでいます(写真撮影/相馬ミナ)

2階にはサウナも! 建築家もサウナ好きだったそう(写真撮影/相馬ミナ)

2階にはサウナも! 建築家もサウナ好きだったそう(写真撮影/相馬ミナ)

屋上。目の前は寺社で、遮るものがなく、大きな空が広がる(写真撮影/相馬ミナ)

屋上。目の前は寺社で、遮るものがなく、大きな空が広がる(写真撮影/相馬ミナ)

「建築家と建てた家なので、インテリアをはじめ、好みのテイストで統一できていて、暮らしの満足度は比べ物になりません。ただ、電気配線工事の依頼や各種手続きなどは自分ですべてやらなくてはいけなくて、手間はかかりました。新築マンションや賃貸だと、ぜんぶセットアップされているので、決められた手続きをしていけば暮らしがはじめられますが、注文住宅なので一つひとつ自分がやらなくてはいけない。大変でしたが、家を建てるなかで、建築やインテリア、食、地域やコミュニティへの理解など、自分の暮らしの『文化度』があがった気がします」と家を建てた経験を振り返ります。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

また、家について考えていたこの1年は、コロナ禍でリモートワークが導入され、働き方や家の価値、街との関わり方について考えることも増えたといいます。

「在宅時間が増え、家や街のことをより考えるようになり、単なる収入ではなく、大家として自分にも、街や地域にもよい影響があったらいいなと考えるようになりました。当初、店舗部分はワークシェアスペースやレンタルスペースも考えましたが、コロナ禍で先が見えないし、カフェやギャラリーはすでにある店と競合する……と考えを整理していき、最終的に酒屋、しかも角打ちもできる店がよいだろうと。そこまで考えたあとで、自分で酒店を見学してまわり、誘致することにしたんです」といいます。

大家として土地や不動産を所有し、テナントや店子の管理はすべて不動産管理会社にまかせて「収入を得るだけ」という人はたくさんいますが、企画から開発まで、自分で考え、行動に移すのはさすがとしかいいようがありません。

勝ち馬に乗るのではなく、街を盛り上げた結果としての「資産」に

とはいえ、自宅の1階を店にするには、やはり覚悟と手間が必要だったといいます。

「自宅の一部で店をはじめるので、街や周辺住民との関わり方、当事者意識がまったく異なります。周辺にも、はじめる前もあいさつをしに行きました。清澄白河は、下町ということもあり、飲食店や商店、町内会などの横のつながりがあります。地域との関わりは、今までの賃貸や分譲マンションでは考えられないほど、深くなりましたね」と小島さん。

夕方、暗くなりはじめて明かりが灯ると、独特の風情が漂う(写真撮影/相馬ミナ)

夕方、暗くなりはじめて明かりが灯ると、独特の風情が漂う(写真撮影/相馬ミナ)

無事に開店。近所の人がふらりと立ち寄っていくのがおもしろい(写真撮影/相馬ミナ)

無事に開店。近所の人がふらりと立ち寄っていくのがおもしろい(写真撮影/相馬ミナ)

いわゆる不動産を所有することで、「資産を形成する」「所得を得る」だけということは、したくなかったといいます。
「清澄白河は今、盛り上がっている街ですが、だからといって何をやってもうまくいくわけではありません。自分が当事者として地域や街を盛り上げていった結果として、地価や資産が守られたらいいなとは思いますが、勝ち馬に乗って売り抜けるようなことは考えていませんでした」といいます。自分が当事者として地域に関わり、地元愛が盛り上がった結果として、資産が維持できたらいいというのは、不動産本来のあり方といえるでしょう。

今回、小島さんが声をかけたことで、住宅街の一角に店を出すことになった、株式会社いまでやの専務取締役の小倉あづささんは、どのように考えているのでしょうか。

小島さんもこの1年でだいぶお酒に詳しくなったとか(写真撮影/相馬ミナ)

小島さんもこの1年でだいぶお酒に詳しくなったとか(写真撮影/相馬ミナ)

左がいまでやの小倉さん、右が小島さん。大家と店子って本来、こんな感じだったのでしょうか(写真撮影/相馬ミナ)

左がいまでやの小倉さん、右が小島さん。大家と店子って本来、こんな感じだったのでしょうか(写真撮影/相馬ミナ)

「昨年の秋ごろでしょうか、突然、出店しないかというメールが会社に来て、おもしろそうな人だから会ってみようというのが、はじまりでしたね。当初は店を出すつもりはなくて、2回目に会ったときも出店する意向はなかったのですが、小島さんが家賃を含めて、本気で関わろうという姿勢を見せてくれたんですよね。そこではじめて覚悟や思いを感じたというか。何度も場を設けて、弊社の社員にはない知識や経験をもらって……を繰り返していくうちに、結局、出店することになりました」と1年を振り返ります。

小島さんがはじめにIMADEYAさんに送ったプレゼン資料(画像提供/小島雄一郎さん)

小島さんがはじめにIMADEYAさんに送ったプレゼン資料(画像提供/小島雄一郎さん)

ただ、この1年はお酒や外食産業にとって、先の見通せないつらい時期でもありました。緊急事態宣言が続き、お酒を飲み交わす場はすっかり精彩を欠いていたように思います。

「弊社は酒を販売するだけでなく、飲食店にも卸しているのですが、まさかこんなに長くコロナ禍が続くとは思ってなかったな」とぐちる小倉さん。
「ご近所の人は暖かくて、店の工事をしていると『今度は何屋ができるの?酒屋?楽しみだね』と言ってもらったり、『酒器も売っているんだね、今度来るから』と言ってもらえたり。期待度や関心度を実感していました」(小倉さん)

一方で、家飲み需要が高まっているという手応えもあり、小島さんと小倉さんとで店のコンセプト「はじめの100本」の完成度を高めていったそう。そして、デジタルを活用しつつ、お酒が好きな人も、すでに詳しい人も楽しめる仕掛けをして、今年8月、無事、お店がオープンとなりました。

「この酒をオススメする人の名前、顔、理由」がおもしろい。全部飲みたい(写真撮影/相馬ミナ)

「この酒をオススメする人の名前、顔、理由」がおもしろい。全部飲みたい(写真撮影/相馬ミナ)

グラスにいれると色がわかって、またきれい(写真撮影/相馬ミナ)

グラスにいれると色がわかって、またきれい(写真撮影/相馬ミナ)

お酒って話ながら選ぶのがおもしろいんですよね。貴重な交流の場に(写真撮影/相馬ミナ)

お酒って話ながら選ぶのがおもしろいんですよね。貴重な交流の場に(写真撮影/相馬ミナ)

「お酒は川の流れと同じで、常に人の暮らしに寄り添ってきたんです。今回、感染症対策で、飲食店で呑むのは難しい時期が続きましたが、だからこそ家では、美味しいお酒を飲んでほしいという思いは強くなりました。それと、美味しいものはなぜ美味しいのか、知識があるともっと楽しくなる。また、お酒の知識は人との会話で得るのが一番、記憶に残るんです。角打ちは、そういうお酒の楽しさを学ぶ場であり、サロンにもなる。人とお酒とが盛り上がる、豊かな場所にしていけたらいいですよね」と小倉さん。

「『お店なんて、よくできたね』と言われるんですが、3階建てのうち1階を自動車の車庫にしている家はよくありますよね。それと同じ感覚で、車庫部分にお店を誘致してきただけ。会社員でも、十分、ありえる方法だと思いますよ」と小島さん。1階に車庫があれば交流は生まれませんが、酒屋があることで、お客さんや地域と交流がうまれます。小島さん自身は、まだ家を所有している感覚はないといいますが、暮らしや地域に根ざしている感覚があるといいます。これも家の完成までに、多くの人とやりとりしたからこそかもしれません。

単に住む街、眠る街から、商いの当事者として関わる街へ。関わりが増えれば、手間や煩わしさも増えることでしょう。でも、それ以上に豊かに、得るものはきっとあるはず。買うor借りる、の発想を超えて、新しい暮らし方へ。すでに流れは変わっているのかもしれません。

静かに光る「いまでや」の看板。新しい光ですね(写真撮影/相馬ミナ)

静かに光る「いまでや」の看板。新しい光ですね(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
小島雄一郎さん
・note
・Twitter
IMADEYA(いまでや 清澄白河)

いま話題の「商い暮らし」って? 自宅でお店を開いて地元とつながる2家族の物語

コロナ禍で暮らし方を見直し、テレワークや副業を始めたという人が増えている。そんななか、店舗付き住宅や、自宅に店舗機能を持たせた物件などの住まいの選択肢が注目を集めているようだ。店舗付き物件に特化した不動産Webサイト「商い暮らし」を2016年から正式に運営を始めた建築不動産業・株式会社G.U.style代表の小薬順法さんに、最新事情や”商い暮らし”をする人々の話を聞いた。
1階で商いをして2階に住む、昔からある暮らし方

小薬さんが言う「商い暮らし」とは、1階の土間で小さな商いをして、2階で暮らすライフスタイルのこと。
「商いの場で暮らし、暮らしの場で商うという意味で、いわゆる店舗付き住宅の賃貸物件や売買物件を集めて約5年前からWebに掲載してきました。商いをしながら暮らす店舗付き住宅というのは昔からありますが、今は一周回って、若い人が注目しているのかもしれませんね」と話す。

店舗付き住宅というと、通勤時間の短縮や賃料・交通費の節約、空いた時間の有効活用、家族との時間を長くとれることなどがメリットとして考えられる。そういえばテレワークのメリットにも通じる。

一級建築士、宅地建物取引士である小薬順法さん(写真提供/G.U.style)

一級建築士、宅地建物取引士である小薬順法さん(写真提供/G.U.style)

このサイトを立ち上げたきっかけは、建築士である小薬さんが独立を考えていたある日、目に止まった勤務先近くの店舗付き住宅の空き物件だった。

「眺めていて、ふと想像したんです。こういった物件を自宅兼事務所にしたら、当時小学生だった僕の子どもが帰ってくるのが窓から見えて、手を振って出迎えたり、事務所兼カフェにして近所の人を招いたり……そんなライフスタイルが送れるかも、って」

しかしいざ動き出してみると、希望条件に合う物件も、それを貸してくれるオーナーも、探すための情報も見つからなかった。

「自分以外にもきっとニーズがある。ないなら自分で情報発信の場をつくろうと思ったんです」

ニーズに対して情報が少ない。店舗付き物件の現状

5年経った今も、依然として店舗付き物件を見つけるのは難しいという。

「管理会社の理解不足や物件の状態の関係などで、情報が公開されにくいことや、店舗付き物件にはお風呂がないケースが多く、改装費にオーナー側がハードルを感じることなどが理由です。

「商い暮らし不動産」と「カフェいろは堂」が入る店舗付き住宅の改装前の様子(写真提供/G.U.style)

「商い暮らし不動産」と「カフェいろは堂」が入る店舗付き住宅の改装前の様子(写真提供/G.U.style)

改装後の外観。1階の「カフェ いろは堂」はキッチン付きのレンタルスペースに(写真提供/G.U.style)

改装後の外観。1階の「カフェ いろは堂」はキッチン付きのレンタルスペースに(写真提供/G.U.style)

この5年ほど、貸す側の意識はあまり変わっていないのが現状で、供給は不足しています。不動産会社やオーナーが物件の価値を高めるためにイチから建て替えたり、店舗か住宅のどちらかにしてしまったりと、店舗付き住宅の個性が理解されていないうちは、物件数が増えるどころか減ってしまいます」

一方で「ここ数年で、借りる側から『具体的なことは決まっていないけど、何かできそうな余白のある物件はある?』という問い合わせが増えてきました。さまざまな住まい方を知り始めたことが背景にあるように思います」と小薬さん。

このコロナ禍ではどんな変化があったのだろうか。

人や地域との繋がりに重きを置く生活へ

「コロナ禍の初期は少し問い合わせが増えましたが、現在は特に伸びているわけではないです。ただ、身近な人と気軽に会えなくなったこの期間に、家族や仲間、地域の人との繋がりをより大切にしたいという空気は感じます。
店舗開業にまでは至っていなくても、『”商い暮らし”のようなスタイルっていいね』と、共感してくれる人が増えたように思います」

小薬さんの事務所はタバコ屋を改装し、1階をカフェ、2階を事務所に(写真提供/「商い暮らし」)

小薬さんの事務所はタバコ屋を改装し、1階をカフェ、2階を事務所に(写真提供/「商い暮らし」)

サイトには、「美容室+暮らし」「DJ bar+半暮らし」などの事例が並ぶが、問い合わせ内容の多くは飲食。「『本業が休みの日に、好きなコーヒーと本を置いたお店を始めたい』などの相談もありました」

お店を通して好きなことで自己実現をしながら、自分が住む地域に貢献したいという思いも感じられるそうだ。

「問い合わせは単身者か子どもがいない夫婦が大半で、お子さんがいる方は家の近くで空き店舗物件を探すことが多いですね。
はじめは下に店舗があって上に住まいがあることを”商い暮らし”と定義していましたが、さまざなな声を聞いているうちに、家の近くに店舗を構え、その地域で商売をしながら暮らしていたら、それも”商い暮らし”だなと思うようになりました」

「商い暮らし」を始めた人たちの声

ここで、実際に”商い暮らし”をしている人たちを紹介しよう。

1組目は、自宅の1階で「カナバカリズ建築設計事務所」(埼玉県戸田市)を経営する下田さん・正木さんご夫妻。

1階の土間オフィスで横並びで作業する「カナバカリズ建築設計事務所」の4名。スタッフ2名は大学時代からの仲間で、ここに通勤してくる。左から2人目が正木さん、一番右側が下田さん(写真提供/「商い暮らし」)

1階の土間オフィスで横並びで作業する「カナバカリズ建築設計事務所」の4名。スタッフ2名は大学時代からの仲間で、ここに通勤してくる。左から2人目が正木さん、一番右側が下田さん(写真提供/「商い暮らし」)

建築会社(サンクジャパン株式会社)の本社事務所だった建物にユニットバスを新設するなどして改装して貸しに出していたところ、夫妻が物件とオーナーの魅力に惹かれて入居を決断。

2階の自宅スペース。しっかり補強された小屋組で、壁面にはマガジンラックが。奥は寝室(写真提供/「商い暮らし」)

2階の自宅スペース。しっかり補強された小屋組で、壁面にはマガジンラックが。奥は寝室(写真提供/「商い暮らし」)

もともと浴室と洗面台、洗濯機置き場がなかったが、新設した(写真提供/「商い暮らし」)

もともと浴室と洗面台、洗濯機置き場がなかったが、新設した(写真提供/「商い暮らし」)

(写真提供/「商い暮らし」)

(写真提供/「商い暮らし」)

二人とも、通勤していた時よりも自分の時間が増え、自由に仕事の時間を設定できるところにも魅力を感じている。

夫の下田さんは、商い暮らしならではのこんな楽しみ方も見出したようだ。
「1階の仕事場の道路に面する窓に、ショーウィンドウのように建築模型や趣味の植物を並べているのですが、朝の通勤時間や昼過ぎの下校時間、夕方の帰宅時間などに、いろいろな層の人が通りすがりに見て行ったり感想をつぶやいたりする様子が、毎日楽しみなんです」。妻の正木さんも、「道路や歩道から中が見えるので、これまで以上に家をきれいにしなければならないのですが、通りすがりの方にも私たちの仕事に興味を持ってもらえるように、仕事関係のものをディスプレイして、逆にメリットになるように工夫しています」と続ける。

「コロナ禍前後での生活の変化も驚くほどありません。そういう意味では、さまざまな社会の変化に柔軟に対応できる生活であり、働き方のかたちかもしれません」(下田さん)

もとは施工会社の事務所だった2階の手前の部屋に自作の家具を配し、落ち着いた雰囲気のリビングダイニングに。既存の壁面収納は本棚として活用(写真提供/「商い暮らし」)

もとは施工会社の事務所だった2階の手前の部屋に自作の家具を配し、落ち着いた雰囲気のリビングダイニングに。既存の壁面収納は本棚として活用(写真提供/「商い暮らし」)

ベッド側にはオープンクローゼットが。正木さんが自作した作業台は趣味のミシンのスペースでもある(写真提供/「商い暮らし」)

ベッド側にはオープンクローゼットが。正木さんが自作した作業台は趣味のミシンのスペースでもある(写真提供/「商い暮らし」)

また、通常の賃貸物件を探すこととは「勝手が違ってくる」と二人は声をそろえる。
「自宅としてだけでなく仕事場としても使う上で、オーナーや仲介の方と、何かあったときに相談できる関係性をつくっておくのは大きな安心になります。実際に会って話す機会を大切に」と正木さん。
下田さんは「最低限必要な広さや賃料、エリアなどの条件もきちんと整理を。とはいえ、条件に多少合わない物件でも『キッチンが素敵』『土間の感じが気に入った』『この間取りはこう使えるかも』などの魅力が見つかる場合があります。僕たちも当初は東京都内で探していたのに、この物件に決めましたから」と教えてくれた。

2組目は、実家の庭の一角にある古い小屋を改装し、カフェとレンタルスペース「YOICHI(ヨイチ)」(東京都大田区)を始めた主婦の吉澤さん。

吉澤さん(右から2人目)。39.75平米の平屋をカフェとレンタルスペースにした「YOICHI」。約14平米(8畳)の土間と、キッチンを含む約21平米(13畳)の床の間がある(写真提供/YOICHI)

吉澤さん(右から2人目)。39.75平米の平屋をカフェとレンタルスペースにした「YOICHI」。約14平米(8畳)の土間と、キッチンを含む約21平米(13畳)の床の間がある(写真提供/YOICHI)

リノベーションを小薬さんに相談し、吉澤さん自身も塗装をしたり、知人のアーティストが絵を描いたりと、自分たちでも多くのDIYをしてつくりあげた。現在、金・土曜は料理が得意な吉澤さんがカフェとしてランチやドリンクを提供し、その他の曜日はレンタル古民家&キッチンとして貸し出す。日曜にはマルシェなども開催。

吉澤さんが小薬さんに予算や手順を相談しながら、専門的な設備関係以外は仲間と一緒にDIYした(写真提供/YOICHI)

吉澤さんが小薬さんに予算や手順を相談しながら、専門的な設備関係以外は仲間と一緒にDIYした(写真提供/YOICHI)

日曜にはマルシェも(写真提供/YOICHI)

日曜にはマルシェも(写真提供/YOICHI)

「祖母の持ち物だった、この築70年近い木造の平屋は、ずっと物置として使われていました。住居として使用できる状態ではありませんでしたが、取り壊すのはもったいない、自分の新たな人生にも繋がるのではという想いから改築を決めました。父も『壊す前に何かチャレンジしたら』と背中を押してくれました」(吉澤さん)

現在は自転車で通っているが、いつかは庭を挟んだ母屋に暮らすことを視野に入れている。

「実家の敷地内なので、いつか家族と同居した時、無理のない範囲でやりたいことを叶える場所にできればと、ゆるゆると実験的に始めました。時が来たら、自分が暮らす街を楽しめるように、よりアンテナを張ることもできるでしょう」

1957年に祖父母が購入した木造の平屋を改装。庭では柚子や椿など、祖母が植えた四季折々の植物が花を咲かせ実を結ぶ(写真提供/YOICHI)

1957年に祖父母が購入した木造の平屋を改装。庭では柚子や椿など、祖母が植えた四季折々の植物が花を咲かせ実を結ぶ(写真提供/YOICHI)

現在でも、地域とのつながりを日々感じている。

「狭い店内なので、いつの間にかお一人さま同士が会話をしていることがあります。みなさん、家に遊びに来たお友達のような感覚になるのか、心の壁が取り払われるようです。
またこのコロナ禍では、休まずお店を開けていたことで、お客さまから『久々に人と話せた』などと言ってもらって、皆さんの息抜きの場所をつくることができたとうれしく思いました。昨年末からは、このエリアに関する情報を書き込む『大鳥居情報交換ノート』を始めました。まだまだひよっこですが、地域を育て、地域に育てられていけたらと考えています」

昭和期の建物で趣があり、天井や梁、土壁など見どころが多い(写真提供/YOICHI)

昭和期の建物で趣があり、天井や梁、土壁など見どころが多い(写真提供/YOICHI)

吉澤さんがつくるスパイスカレーランチを目当てにする人も多い(写真提供/YOICHI)

吉澤さんがつくるスパイスカレーランチを目当てにする人も多い(写真提供/YOICHI)

週1度の「商い暮らし」スタイルもおすすめ

「“商い暮らし”をするみなさんには、多くのドラマが生まれています。暮らしの中に商いがプラスされることで、会話ややりとりが生まれ、居場所が確立するものです」とにこやかに話す小薬さん。紹介する側としても、借主と密なやり取りが派生しやすく、また、お互いに共感しやすいため、末永いお付き合いになりやすいのだという。

「賃貸アパートやマンションに住んでいても、街とのつながりがなく、挨拶をする人もいないというケースは多いと思います。都会であればなおさら、商い暮らしでご近所との繋がりを変えることができるはずです」

また小薬さんは、「一気に何かを変えるのは難しくても、副業のように、週1度だけやりたいことにトライするライフスタイルは、アリなのでは」と提案する。

「借金と脱サラをして、いきなり知らない土地でお店を始めるのは少し怖い。一歩手前で商い暮らしを試し、商売や地域のことを知るのもいいでしょう。ファンをつくってから本格始動することもできますから。その間、時間貸しや曜日貸しなどの多様な物件を用意して、グラデーションを埋める場を提供するのが、我々の仕事なのではないかと感じます」

小薬さん自身も、今年8月に「商い暮らし不動産」の事務所の移転を予定。大田区東雪谷から池上の店舗付き物件へと移る。

「商い暮らし不動産」が移転予定の、大田区池上にある三角角地の建物(写真提供/「商い暮らし」)

「商い暮らし不動産」が移転予定の、大田区池上にある三角角地の建物(写真提供/「商い暮らし」)

「これまでも店舗付き物件の2階を事務所にして、1階を『いろは堂』というレンタルカフェを運営していました。次は、2階を事務所として1階はシェアキッチンに。菓子製造業の許可を取得し、曜日極めで7人に貸し出して、自分たちを入れた8チームで運営します。副業をしたい方や、空き時間だけ働きたい主婦・主夫の方など、みんなが共有できるスペースをつくりたいと思います」

自分にできることで収入を得て、住む地域に貢献する。そして、毎日挨拶する人が増えていく。「商い暮らし」のスタイルがある街は面白くなりそうだ。

子どものころ、自宅が喫茶店などで「商い暮らし」だった同級生に憧れたのは、地域と関わりながら働く、その子の親が眩しかったからかも。子どもがいる家庭なら、仕事をする大人の姿を見せられる場でもある。

私が貸しスペースを借りられるなら、週末に子ども向けの作文教室を開きたいな……。夢が膨らむ。

「働く」と「暮らす」を繋ぐ商い暮らしは、一周回って今、新しい可能性を秘めている。

●取材協力
・商い暮らし
・カナバカリズ建築設計事務所
・YOICHI(ヨイチ)

「家賃だけでお店が持てる」! 夢を叶えた3人のユニーク賃貸暮らし

コロナ禍の影響で、副業や、テレワークが普及しつつある昨今、住まいと職場がともにある“職住融合”な暮らしに興味を持つ人も多いのではないでしょうか。今回は、住まいの中にお店も持てる賃貸物件「ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace」(東京都練馬区)でお店を始めた3人にインタビュー。別にも仕事を持ちながら、本業や副業として夢を叶えた、その暮らしぶりを拝見しました。
自分の店を持ちたい! ゆる~く夢を叶えた「はと工房。」 

東京都練馬区の住宅街の一角に建つ「ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace」(以下、欅の音terrace)は、住まいと生業(商い)が一体となった職住融合の住まいです。かつて日本の住まいでよく見られた軒先が店舗、奥が住居という暮らし方を現代版にアップデートし、築38年の鉄骨造2階建てアパートを、2018年、リノベーションして誕生しました。1階は店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」、2階は商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の全13戸。よりお店感が強い1階、不定期で営業する店舗やギャラリーがある2階というとイメージがつかめるかもしれません。

店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」の1階の間取り。軒先が店舗、奥が住居。画像提供/つばめ舎建築設計)

店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」の1階の間取り。軒先が店舗、奥が住居。画像提供/つばめ舎建築設計)

商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の2階の間取り(画像提供/つばめ舎建築設計)

商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の2階の間取り(画像提供/つばめ舎建築設計)

まず1階の「はと工房。」さんを訪れてみました。フェルトでつくったバッジやヘアゴム、雑貨などを販売しているほか、クリームソーダやこどもアイス、コーヒーやホットサンドなどの軽食もあり、子どもも大人もうれしい雑貨屋さんです。近所にあったらぜったいうれしい、こんなお店……。

見るからに楽しそうな店構えの「はと工房。」さん(写真撮影/片山貴博)

見るからに楽しそうな店構えの「はと工房。」さん(写真撮影/片山貴博)

ユーモアたっぷり手芸作品が並んでいます(写真撮影/片山貴博)

ユーモアたっぷり手芸作品が並んでいます(写真撮影/片山貴博)

クリームソーダは300円。めっちゃかわいい(写真撮影/片山貴博)

クリームソーダは300円。めっちゃかわいい(写真撮影/片山貴博)

「もともと手芸をずっとやってきていて作品をイベントやネットで販売をしていたんですが、どうしてもお店がやりたくて。でも、お店を持つのはお金も手間もかかる。それに私はとても面倒くさがり屋だから、出勤したくなくなると思っていたんです。そんなときに、店舗+住居というものがあると知ったんです。これなら家だから面倒くさくならないし!かかるのは家賃だけだし!と思ってはじめました。賃貸だから、成り立たなかったら引越せばいい!って。最初は自分の好きな街から動きたくなかったんですが、いざ引越してきたら『まあ楽しい!!!』と思いながら生活しています」と、はと工房。店主(30代女性)は話します。

お店のディスプレイも手づくり(写真撮影/片山貴博)

お店のディスプレイも手づくり(写真撮影/片山貴博)

店内の天井にはカラーボールが250個も吊るしてあります(写真撮影/片山貴博)

店内の天井にはカラーボールが250個も吊るしてあります(写真撮影/片山貴博)

長年の夢である「お店」を叶えた店主(写真撮影/片山貴博)

長年の夢である「お店」を叶えた店主(写真撮影/片山貴博)

始まる前から「家とお店が別だと出勤したくなくなる」や「成り立たなかったら引越せばいい」などと、考えるあたりがとてもリアルです!! 引越してからの一番の変化は、“ご近所づきあい”だとか。

「東京での一人暮らしだと、ご近所づきあいはほとんどないですよね。ここの欅の音terraceは入居1カ月後のタイミングで入居者が集まる食事会があって、みんなでご飯を食べてすぐになじみました。コロナが流行する前は、共同のシェアスペースでたこ焼きとか、チーズフォンデュとか、焼き肉とか、プロジェクターでライブ映像を観たりといったゆるいパーティーを毎週のようにしている感じです。飲んで帰ってきて、10秒で家に着けるってサイコーじゃないですか。友だちと仲良くなって一緒に暮らしている感じです。一人になりたいときは家にいればいいだけなので、気が楽です」

(写真提供/はと工房。)

(写真提供/はと工房。)

ああ、大人が夢を叶え、のびやかに暮らしているってそれだけで楽しそうでいいですね。人間関係が重くなく心地よいのが、やはり一番なのかもしれません。こうした職住融合の住まい、楽しそうですが、向いていない人はいるのでしょうか。

「仕事と暮らしのオン・オフを入れたいという人は向かないと思います。あと、駄菓子を販売していて思ったのですが、ほとんど利益が出ない(笑)。家賃などはもう一つの別の仕事でまかなっている感じです」といい、二足三足のわらじを履いていることがメリットになっている様子。とにかく無理せず、力まず、やりたい延長上で商いを始めてみる。「はと工房。」さんはそんな暮らしをしているようです。

自分やつくり手のペースで暮らしを彩るものを届けたい「ちゃらっぽこ」

次に訪れたのは2階にある「ちゃらっぽこ」さんです。こちらは日本各地の暮らしの雑貨を集めたお店で、器や染織物などが並んでいます。アート作品もよいですが、日々使うもの、暮らしから生まれた手仕事の品って、本当に心を豊かにしますよね。店舗は2019年に誕生し、現在は不定期で営業中。オープン日は看板が下がっているので、ひと目で分かるようになっています。でも、なぜ今、リアルな店舗なのでしょうか。

2階で「ちょこっとナリワイ」を営む「ちゃらっぽこ」さん。お店にならぶ商品も店主も「素敵」のひとことです(写真撮影/片山貴博)

2階で「ちょこっとナリワイ」を営む「ちゃらっぽこ」さん。お店にならぶ商品も店主も「素敵」のひとことです(写真撮影/片山貴博)

「もともとネットで店舗を構えていて、商品を実物で見たい、話を聞いてみたいという声を多くちょうだいしていました。どこかで実店舗をできたらいいなというときに、ここを知り、自分のペースで営業している感じです。実店舗という固定したくくりではなく、アトリエショップとして、あくまでも自分のペースとつくり手の製作ペースに合わせて営業できることが一番の魅力です」と話します。

「はと工房。」さんも言っていましたが、ここでかかるのは家賃のみです。固定費を最低限に抑えられることで、自分やつくり手のペースで商いができるというのは、大きなメリットといえるでしょう。もう一つ、暮らしの品を扱っていることならではの良さもあるようです。

ひとつずつ表情の異なる手編みのかご(写真撮影/片山貴博)

ひとつずつ表情の異なる手編みのかご(写真撮影/片山貴博)

店主の私物のこけしさんも愛らしい!(写真撮影/片山貴博)

店主の私物のこけしさんも愛らしい!(写真撮影/片山貴博)

「商品は基本的に自分で使ってみて、体感してから販売しています。だから、実際に自分が使用しているものの経年変化や使い方、シチュエーションなど、すぐにお客様の目の前で提案できるのは強みですね。店舗と同じ空間に私物や生活のものを取り入れることで、自分自身が心地よく過ごすことができます」

作家・ツキゾエハルさんのヘリンボーン スープマグは大きめのサイズで、具だくさんスープやたっぷりカフェオレなどを楽しむのにぴったり(写真提供/ちゃらっぽこ)

作家・ツキゾエハルさんのヘリンボーン スープマグは大きめのサイズで、具だくさんスープやたっぷりカフェオレなどを楽しむのにぴったり(写真提供/ちゃらっぽこ)

看板は店主お手製(写真提供/ちゃらっぽこ)

看板は店主お手製(写真提供/ちゃらっぽこ)

確かに店舗とはいえ、お部屋にお邪魔したような心地よさ、マネしたくなるようなセンスのよさ。インテリアとも一体になっているのは、扱っている商品の特性にも合っているのでしょう。また、コロナ禍以前では、全戸が一体となって地元の住民の方に喜んでもらえるようなイベントなどを企画するなど、集客力も高められるのも、魅力として感じていたそう。

一方で、注意点として教えてくれたのは、「はと工房。」さんと同様に、オン・オフの切り替えがつきにくいこと、決めごとや他の住居への配慮が必要となる点でした。集合住宅では、ほどよい温度感を保つための配慮は大なり小なり、必要なもの。ここでは住人同士、顔が見えるからこそ、より大切にしたいと思うのかもしれません。

“住み開き”を実践し、本を届ける「tsugubooks」

最後に訪れたのは、「個人で本をお届けする活動」をしている「tsugubooks」さん。そういえば、以前取材をした「読む団地」の選書にも携わっていらっしゃいました。 現在は新型コロナウイルスの影響もあり、自宅の一部を開ける活動を行っていませんが、もともとカフェや美容院の本棚を間借りし本を販売する「間借り本屋」をしていて、「欅の音terrace」は自宅の一部が、ちいさな本屋さんになっています。

本が並んでいるお部屋が目印ギャラリーのよう(写真撮影/片山貴博)

本が並んでいるお部屋が目印ギャラリーのよう(写真撮影/片山貴博)

背表紙を見ているだけでも楽しいですよね、本って(写真撮影/片山貴博)

背表紙を見ているだけでも楽しいですよね、本って(写真撮影/片山貴博)

今回は、取材で本屋さんにおじゃましましたが、ずらりとならんだ本を見ると、やっぱりいいなって思います。「tsugubooks」さんは「住み開き」を実践したいという思いでここで暮らすことになりました。でも、なぜ住み開きだったのでしょうか。

「社会人として働くようになって、一人暮らしをすると、家と会社との往復で地域とまったく接点を持たないんですよね。これじゃ良くないと思っていたところ、自宅の一部を開放して地域と交流する『住み開き』を知って、実践してみたくて。清澄白河に住んでいたころはオートロックの物件で自宅を地域に開けなかったので、カフェの本棚を借りて『間借り本屋』をしていました。この物件を知って、私が暮らしたかったのはココだ! と引越してくることにしました。住人同士も仲良く、今は漫画の貸し借りが流行っているんですよ(笑)」

同年代の女性が多いということもあり、まるで学校のような伸びやな環境で暮らしているとのこと。個人的には住み開きというと、とても活発な人・アクティブな人という先入観があったのですが、「tsugubooks」さんは、おだやかで、はじめましてですがここにいても良いよ、受け入れるよ、という優しい空気で迎えてくれました。

本棚の反対側の壁はキッチンになっています(写真撮影/片山貴博)

本棚の反対側の壁はキッチンになっています(写真撮影/片山貴博)

お店からは見えないようになっている居住スペース(写真撮影/片山貴博)

お店からは見えないようになっている居住スペース(写真撮影/片山貴博)

「商いと住まいが一体というと、特別な印象はあるかもしれませんが、それらは別々のものではないと思うんです。いいなと思う本を置いてみる。それを“いいね”と受け取ってくれる地域の人たちがいる。そうすると、こんな本も好きかも?とその人たちを思い浮かべて選書する。その繰り返しです。
本屋という商いをしているけど、自分だけなら出合えなかった本や物事を知ることができて、世界が少しずつ広がっている気がします。自身の本棚も住まいも少しずつ変わってきて豊かになっているのを感じます。商いと住まいはつながっているんです」(tsugubooks)さん。

「本も面白いけど、お客さんから聴くその本の感想がもっと面白いんです」tsugubooksさん(写真撮影/片山貴博)

「本も面白いけど、お客さんから聴くその本の感想がもっと面白いんです」tsugubooksさん(写真撮影/片山貴博)

なるほど、お店といっても暮らしと切り離されたものではなく、どちらも“自分”の延長にあると思うと、とても自然な流れなのかもしれません。

今回、ご登場いただいた3人は別にも仕事を持っており、本業、あるいは副業として“生業、商い”を成立させていますが、三者三様、魅力的な暮らし方・生き方をされています。また、本来、生きることと働くことに境目はなかったことを再発見しました。欅の音terraceは、練馬で後続のプロジェクトが予定されています。そこではどんな暮らしが実現して、どんな才能が花開くのか。今から楽しみで仕方がありません。

庭にはたくさんのみかんがなっていて、入居者におすそわけも(写真撮影/片山貴博)

庭にはたくさんのみかんがなっていて、入居者におすそわけも(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace

「家賃だけでお店が持てる」! 夢を叶えた3人のユニーク賃貸暮らし

コロナ禍の影響で、副業や、テレワークが普及しつつある昨今、住まいと職場がともにある“職住融合”な暮らしに興味を持つ人も多いのではないでしょうか。今回は、住まいの中にお店も持てる賃貸物件「ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace」(東京都練馬区)でお店を始めた3人にインタビュー。別にも仕事を持ちながら、本業や副業として夢を叶えた、その暮らしぶりを拝見しました。
自分の店を持ちたい! ゆる~く夢を叶えた「はと工房。」 

東京都練馬区の住宅街の一角に建つ「ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace」(以下、欅の音terrace)は、住まいと生業(商い)が一体となった職住融合の住まいです。かつて日本の住まいでよく見られた軒先が店舗、奥が住居という暮らし方を現代版にアップデートし、築38年の鉄骨造2階建てアパートを、2018年、リノベーションして誕生しました。1階は店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」、2階は商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の全13戸。よりお店感が強い1階、不定期で営業する店舗やギャラリーがある2階というとイメージがつかめるかもしれません。

店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」の1階の間取り。軒先が店舗、奥が住居。画像提供/つばめ舎建築設計)

店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」の1階の間取り。軒先が店舗、奥が住居。画像提供/つばめ舎建築設計)

商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の2階の間取り(画像提供/つばめ舎建築設計)

商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の2階の間取り(画像提供/つばめ舎建築設計)

まず1階の「はと工房。」さんを訪れてみました。フェルトでつくったバッジやヘアゴム、雑貨などを販売しているほか、クリームソーダやこどもアイス、コーヒーやホットサンドなどの軽食もあり、子どもも大人もうれしい雑貨屋さんです。近所にあったらぜったいうれしい、こんなお店……。

見るからに楽しそうな店構えの「はと工房。」さん(写真撮影/片山貴博)

見るからに楽しそうな店構えの「はと工房。」さん(写真撮影/片山貴博)

ユーモアたっぷり手芸作品が並んでいます(写真撮影/片山貴博)

ユーモアたっぷり手芸作品が並んでいます(写真撮影/片山貴博)

クリームソーダは300円。めっちゃかわいい(写真撮影/片山貴博)

クリームソーダは300円。めっちゃかわいい(写真撮影/片山貴博)

「もともと手芸をずっとやってきていて作品をイベントやネットで販売をしていたんですが、どうしてもお店がやりたくて。でも、お店を持つのはお金も手間もかかる。それに私はとても面倒くさがり屋だから、出勤したくなくなると思っていたんです。そんなときに、店舗+住居というものがあると知ったんです。これなら家だから面倒くさくならないし!かかるのは家賃だけだし!と思ってはじめました。賃貸だから、成り立たなかったら引越せばいい!って。最初は自分の好きな街から動きたくなかったんですが、いざ引越してきたら『まあ楽しい!!!』と思いながら生活しています」と、はと工房。店主(30代女性)は話します。

お店のディスプレイも手づくり(写真撮影/片山貴博)

お店のディスプレイも手づくり(写真撮影/片山貴博)

店内の天井にはカラーボールが250個も吊るしてあります(写真撮影/片山貴博)

店内の天井にはカラーボールが250個も吊るしてあります(写真撮影/片山貴博)

長年の夢である「お店」を叶えた店主(写真撮影/片山貴博)

長年の夢である「お店」を叶えた店主(写真撮影/片山貴博)

始まる前から「家とお店が別だと出勤したくなくなる」や「成り立たなかったら引越せばいい」などと、考えるあたりがとてもリアルです!! 引越してからの一番の変化は、“ご近所づきあい”だとか。

「東京での一人暮らしだと、ご近所づきあいはほとんどないですよね。ここの欅の音terraceは入居1カ月後のタイミングで入居者が集まる食事会があって、みんなでご飯を食べてすぐになじみました。コロナが流行する前は、共同のシェアスペースでたこ焼きとか、チーズフォンデュとか、焼き肉とか、プロジェクターでライブ映像を観たりといったゆるいパーティーを毎週のようにしている感じです。飲んで帰ってきて、10秒で家に着けるってサイコーじゃないですか。友だちと仲良くなって一緒に暮らしている感じです。一人になりたいときは家にいればいいだけなので、気が楽です」

(写真提供/はと工房。)

(写真提供/はと工房。)

ああ、大人が夢を叶え、のびやかに暮らしているってそれだけで楽しそうでいいですね。人間関係が重くなく心地よいのが、やはり一番なのかもしれません。こうした職住融合の住まい、楽しそうですが、向いていない人はいるのでしょうか。

「仕事と暮らしのオン・オフを入れたいという人は向かないと思います。あと、駄菓子を販売していて思ったのですが、ほとんど利益が出ない(笑)。家賃などはもう一つの別の仕事でまかなっている感じです」といい、二足三足のわらじを履いていることがメリットになっている様子。とにかく無理せず、力まず、やりたい延長上で商いを始めてみる。「はと工房。」さんはそんな暮らしをしているようです。

自分やつくり手のペースで暮らしを彩るものを届けたい「ちゃらっぽこ」

次に訪れたのは2階にある「ちゃらっぽこ」さんです。こちらは日本各地の暮らしの雑貨を集めたお店で、器や染織物などが並んでいます。アート作品もよいですが、日々使うもの、暮らしから生まれた手仕事の品って、本当に心を豊かにしますよね。店舗は2019年に誕生し、現在は不定期で営業中。オープン日は看板が下がっているので、ひと目で分かるようになっています。でも、なぜ今、リアルな店舗なのでしょうか。

2階で「ちょこっとナリワイ」を営む「ちゃらっぽこ」さん。お店にならぶ商品も店主も「素敵」のひとことです(写真撮影/片山貴博)

2階で「ちょこっとナリワイ」を営む「ちゃらっぽこ」さん。お店にならぶ商品も店主も「素敵」のひとことです(写真撮影/片山貴博)

「もともとネットで店舗を構えていて、商品を実物で見たい、話を聞いてみたいという声を多くちょうだいしていました。どこかで実店舗をできたらいいなというときに、ここを知り、自分のペースで営業している感じです。実店舗という固定したくくりではなく、アトリエショップとして、あくまでも自分のペースとつくり手の製作ペースに合わせて営業できることが一番の魅力です」と話します。

「はと工房。」さんも言っていましたが、ここでかかるのは家賃のみです。固定費を最低限に抑えられることで、自分やつくり手のペースで商いができるというのは、大きなメリットといえるでしょう。もう一つ、暮らしの品を扱っていることならではの良さもあるようです。

ひとつずつ表情の異なる手編みのかご(写真撮影/片山貴博)

ひとつずつ表情の異なる手編みのかご(写真撮影/片山貴博)

店主の私物のこけしさんも愛らしい!(写真撮影/片山貴博)

店主の私物のこけしさんも愛らしい!(写真撮影/片山貴博)

「商品は基本的に自分で使ってみて、体感してから販売しています。だから、実際に自分が使用しているものの経年変化や使い方、シチュエーションなど、すぐにお客様の目の前で提案できるのは強みですね。店舗と同じ空間に私物や生活のものを取り入れることで、自分自身が心地よく過ごすことができます」

作家・ツキゾエハルさんのヘリンボーン スープマグは大きめのサイズで、具だくさんスープやたっぷりカフェオレなどを楽しむのにぴったり(写真提供/ちゃらっぽこ)

作家・ツキゾエハルさんのヘリンボーン スープマグは大きめのサイズで、具だくさんスープやたっぷりカフェオレなどを楽しむのにぴったり(写真提供/ちゃらっぽこ)

看板は店主お手製(写真提供/ちゃらっぽこ)

看板は店主お手製(写真提供/ちゃらっぽこ)

確かに店舗とはいえ、お部屋にお邪魔したような心地よさ、マネしたくなるようなセンスのよさ。インテリアとも一体になっているのは、扱っている商品の特性にも合っているのでしょう。また、コロナ禍以前では、全戸が一体となって地元の住民の方に喜んでもらえるようなイベントなどを企画するなど、集客力も高められるのも、魅力として感じていたそう。

一方で、注意点として教えてくれたのは、「はと工房。」さんと同様に、オン・オフの切り替えがつきにくいこと、決めごとや他の住居への配慮が必要となる点でした。集合住宅では、ほどよい温度感を保つための配慮は大なり小なり、必要なもの。ここでは住人同士、顔が見えるからこそ、より大切にしたいと思うのかもしれません。

“住み開き”を実践し、本を届ける「tsugubooks」

最後に訪れたのは、「個人で本をお届けする活動」をしている「tsugubooks」さん。そういえば、以前取材をした「読む団地」の選書にも携わっていらっしゃいました。 現在は新型コロナウイルスの影響もあり、自宅の一部を開ける活動を行っていませんが、もともとカフェや美容院の本棚を間借りし本を販売する「間借り本屋」をしていて、「欅の音terrace」は自宅の一部が、ちいさな本屋さんになっています。

本が並んでいるお部屋が目印ギャラリーのよう(写真撮影/片山貴博)

本が並んでいるお部屋が目印ギャラリーのよう(写真撮影/片山貴博)

背表紙を見ているだけでも楽しいですよね、本って(写真撮影/片山貴博)

背表紙を見ているだけでも楽しいですよね、本って(写真撮影/片山貴博)

今回は、取材で本屋さんにおじゃましましたが、ずらりとならんだ本を見ると、やっぱりいいなって思います。「tsugubooks」さんは「住み開き」を実践したいという思いでここで暮らすことになりました。でも、なぜ住み開きだったのでしょうか。

「社会人として働くようになって、一人暮らしをすると、家と会社との往復で地域とまったく接点を持たないんですよね。これじゃ良くないと思っていたところ、自宅の一部を開放して地域と交流する『住み開き』を知って、実践してみたくて。清澄白河に住んでいたころはオートロックの物件で自宅を地域に開けなかったので、カフェの本棚を借りて『間借り本屋』をしていました。この物件を知って、私が暮らしたかったのはココだ! と引越してくることにしました。住人同士も仲良く、今は漫画の貸し借りが流行っているんですよ(笑)」

同年代の女性が多いということもあり、まるで学校のような伸びやな環境で暮らしているとのこと。個人的には住み開きというと、とても活発な人・アクティブな人という先入観があったのですが、「tsugubooks」さんは、おだやかで、はじめましてですがここにいても良いよ、受け入れるよ、という優しい空気で迎えてくれました。

本棚の反対側の壁はキッチンになっています(写真撮影/片山貴博)

本棚の反対側の壁はキッチンになっています(写真撮影/片山貴博)

お店からは見えないようになっている居住スペース(写真撮影/片山貴博)

お店からは見えないようになっている居住スペース(写真撮影/片山貴博)

「商いと住まいが一体というと、特別な印象はあるかもしれませんが、それらは別々のものではないと思うんです。いいなと思う本を置いてみる。それを“いいね”と受け取ってくれる地域の人たちがいる。そうすると、こんな本も好きかも?とその人たちを思い浮かべて選書する。その繰り返しです。
本屋という商いをしているけど、自分だけなら出合えなかった本や物事を知ることができて、世界が少しずつ広がっている気がします。自身の本棚も住まいも少しずつ変わってきて豊かになっているのを感じます。商いと住まいはつながっているんです」(tsugubooks)さん。

「本も面白いけど、お客さんから聴くその本の感想がもっと面白いんです」tsugubooksさん(写真撮影/片山貴博)

「本も面白いけど、お客さんから聴くその本の感想がもっと面白いんです」tsugubooksさん(写真撮影/片山貴博)

なるほど、お店といっても暮らしと切り離されたものではなく、どちらも“自分”の延長にあると思うと、とても自然な流れなのかもしれません。

今回、ご登場いただいた3人は別にも仕事を持っており、本業、あるいは副業として“生業、商い”を成立させていますが、三者三様、魅力的な暮らし方・生き方をされています。また、本来、生きることと働くことに境目はなかったことを再発見しました。欅の音terraceは、練馬で後続のプロジェクトが予定されています。そこではどんな暮らしが実現して、どんな才能が花開くのか。今から楽しみで仕方がありません。

庭にはたくさんのみかんがなっていて、入居者におすそわけも(写真撮影/片山貴博)

庭にはたくさんのみかんがなっていて、入居者におすそわけも(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace

台所道具店とキッチンが一体となった土切敬子さんの一軒家 その道のプロ、こだわりの住まい[7]

井の頭公園近くの住宅街にある「だいどこ道具ツチキリ」は、店主の土切敬子さん一家が暮らす自宅でもある。1階を改装して一部を店舗にしていて、すぐ横にはキッチンとダイニングがあるというつくり。キッチンは、商品の使い心地を確かめながら、日々の食事をつくる場所。また、ダイニングは、商品を包んだり会計をしたりすることもあれば、毎日のご飯を食べるスペースでもある。仕事柄、決して物が少ないわけではないが、きちんと整理されて動きやすい空間になっている。それは、長年培ってきた道具を選ぶ目があってこそ。その秘訣を教えてもらった。【連載】その道のプロ、こだわりの住まい
料理家、インテリアショップやコーヒーショップのスタッフ……何かの道を追求し、私たちに提案してくれるいわば「プロ」たちは、普段どんな暮らしを送っているのだろう。プロならではの住まいの工夫やこだわりを伺った。店のすぐ隣にある生活の場所

土切さんの冷蔵庫には、タイマーが4つも貼り付けてある。ガス台の下の収納には、たくさんの鍋やフライパンが置かれていて、ツール立てには、さまざまな形状のおたまや菜箸、トングなどの調理道具がある。
「自分で使い勝手を試しているから、同じ道具が増えてしまって。でも、使いやすい重さや長さかどうかはもちろん、台所で目にして気持ちのいいデザインかどうか、確かめているものもあるし、気に入って使い続けているものもあるんです。どうにかしたいけれど、こればっかりは仕方ないですね。楽しいんですよ」と笑いながら教えてくれる。
土切さんが営むのは台所道具を専門とした店。主婦として日々の食事をつくりながら、ひとつひとつの道具の使い勝手を確かめ、合格と思えたものを店に並べている。キッチンは、店のすぐ横にあって、店に訪れたお客さんもまた、そこで実際に使い込んだ道具を目にしたり、試しに使ったりもできるという。

扉を開けた先が店としてのスペース。左手にダイニング、さらに左奥にキッチンがあり、柱と段差で緩やかに区切っている(写真撮影/嶋崎征弘)

扉を開けた先が店としてのスペース。左手にダイニング、さらに左奥にキッチンがあり、柱と段差で緩やかに区切っている(写真撮影/嶋崎征弘)

「家で使う道具も、店に並べる道具も、使い勝手がいいことはもちろん、毎日目にして嫌にならない、すっきりしたデザインのものを選んでいます」と土切さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「家で使う道具も、店に並べる道具も、使い勝手がいいことはもちろん、毎日目にして嫌にならない、すっきりしたデザインのものを選んでいます」と土切さん(写真撮影/嶋崎征弘)

二度のリフォームで一軒家を住居兼店に

お店のスペースは、以前はリビングだった場所だ。この一軒家は2003年に購入した中古住宅。購入後にすぐリフォームをして、天井を抜いて広さを感じさせるようにしたり、使いやすい大きさのキッチンスペースを確保したりと暮らしやすく整えていた。
もともと土切さんは、デザイナーとしてテキスタイル業界や紅茶店などで働きながら、家事を切り盛りしていた。娘が成長して手が離れ、仕事を辞めて自宅でできることはないかと考えるようになったという。そして、もともと好きだった台所道具を扱う店をやりたいと考え、2016年に1階の一部をリフォームをして翌年にオープンしたというわけだ。

築23年だった一軒家を、購入時にまずは左の状態にリフォーム。店舗を構えるため、2016年に再度一部を右の状態にリフォームした

築23年だった一軒家を、購入時にまずは左の状態にリフォーム。店舗を構えるため、2016年に再度一部を右の状態にリフォームした

キッチンは、最初のリフォーム時からそれほど変化はしていないという。大きなシンクとステンレス製の調理台があって、料理も掃除もしやすいつくりになっている。「本当はガス台横のオーブンを置いているスペースもステンレス製にしたかったけれど、予算を考えて断念したんです。もともと使っていた木製の棚を組み込んでさらに大きな天板を乗せたらこれはこれでいいかな、と」
木製の棚は使いやすい高さにカットし、棚板の間隔も調整して、鍋や大皿を収納している。下にはワイン箱に手を加えた収納ケースもあり、食材や日用品のストックを入れていて収納力は抜群だ。

ガス台の横にある棚は高さをカットしてオーブンの使いやすい高さに。窓にも木製棚を取り付けて収納スペースに(写真撮影/嶋崎征弘)

ガス台の横にある棚は高さをカットしてオーブンの使いやすい高さに。窓にも木製棚を取り付けて収納スペースに(写真撮影/嶋崎征弘)

重さのある鍋類は、出し入れしやすいようスライド式の棚板に。リフォーム時に伝えてつくってもらったもの(写真撮影/嶋崎征弘)

重さのある鍋類は、出し入れしやすいようスライド式の棚板に。リフォーム時に伝えてつくってもらったもの(写真撮影/嶋崎征弘)

毎日使う道具も、試す商品もあるキッチン

たくさんの道具がしっかりと収まるように工夫されたキッチンは、窓から奥まった場所にあるにもかかわらず、明るい。ここには天窓が設置されているからだ。そこから光が差し込んでキッチン全体を明るくしているうえに、さらには道具にとってもいい環境を生み出している。

「ちょうど光の当たる場所に、せいろやざるなどを掛けるようにしました。しっかり乾かしたい道具の定位置にしているんです」

天然素材のものは、手にもほかの道具にもあたりがやわらかい。とはいえ、洗った後には水分を蒸発させなければカビの元になってしまう。風通しが良く、光の当たる場所が定位置なら安心というわけだ。

天窓からの光が当たる収納棚の横を、せいろやざる、カッティングボードなどの定位置に。乾かしやすく、取り出しやすい状態(写真撮影/嶋崎征弘)

天窓からの光が当たる収納棚の横を、せいろやざる、カッティングボードなどの定位置に。乾かしやすく、取り出しやすい状態(写真撮影/嶋崎征弘)

調理台の上に並ぶ調味料入れは、店で扱っている商品でもあり、かねてから愛用しているというアウトドア商品だ。「中身が見えてすぐ手に取れるし、アウトドアで使うためのものだから、軽いうえに密閉性も高い。出しっ放しになるものだからできるだけシンプルなデザインもいいですよね。口が広くて洗いやすいのも主婦にとってはありがたいし」と教えてくれる。その言葉には、一人の使い手としての視点をもって選んでいることがしっかり伝わってくる。「今はこっちの鍋を試しているところ。パッと持った感じは軽くていいなと思っているけれど、使い続けているうちに不便なところが出てこないか検証中」と話す。

透明のボトルは「ナルゲン」のキッチンキャニスター。「プラスチックの匂いもしないし、冷凍も煮沸もできるんですよ」。土切さんは焙煎麦と小豆を入れている(写真撮影/嶋崎征弘)

透明のボトルは「ナルゲン」のキッチンキャニスター。「プラスチックの匂いもしないし、冷凍も煮沸もできるんですよ」。土切さんは焙煎麦と小豆を入れている(写真撮影/嶋崎征弘)

使い続けたらどう変化していく道具なのか。液だれせずに使える調味料入れなのか。鍋を重ねたら収納スペースはどれくらい必要なのか。実際に使うとなったときに湧き出る疑問の答えが、土切さんのキッチンには詰まっている。
ただ、あえてオープンにしているからこその悩みもあるだろう。

「キッチンもダイニングも家族が使う場所です。オープンしたばかりのころは、お客さんがいるときに飲み物を取りに来るのにも躊躇していました。私もお昼ご飯をどこで食べたらいいのかむずかしかったりして。でも、お互いに少しずつ慣れてきたし、解決法をいろいろ試しながら、なんとかなっています」

キッチンの奥にある洗面所。白いタイルと大きな洗面で海外のような雰囲気。掃除用のスポンジやクロスなどを試して使っている(写真撮影/嶋崎征弘)

キッチンの奥にある洗面所。白いタイルと大きな洗面で海外のような雰囲気。掃除用のスポンジやクロスなどを試して使っている(写真撮影/嶋崎征弘)

経験に基づいて選んだ台所道具

お店スペースは、住居スペースよりも一段低くなっていて段差がある。お客さんがそこに腰掛けてゆっくり話すことができ、昔の商店のような雰囲気だ。すぐ目の前がキッチンだから、土切さん自身が使い込んだ商品を持ってきて、どういう状態になるか見せることもできる。もちろん、希望すればキッチンに入って実際に使うこともできるというおおらかさにびっくりする。
「場所柄お子さん連れのお母さんも多いので、ここに絵本も置いておくようにしました。子どもが退屈しないでいられれば、ゆっくり見られるかなと思って」と、さすがの気配りもある。

オープン時から少しずつ棚が増えて、商品も幅広くなってきた。企画展やイベントを行うことも多い(写真撮影/嶋崎征弘)

オープン時から少しずつ棚が増えて、商品も幅広くなってきた。企画展やイベントを行うことも多い(写真撮影/嶋崎征弘)

取材時、新しい鍋を買おうかと悩むスタッフに、土切さんは雪平鍋について教えてくれた。
一般的に雪平鍋としての定番は、アルミの打ち出しのものが多い。しかし、見せてくれたのは、さらに内側にテフロン加工を施したものだった。

「こびりつきにくいし、手入れが楽なんです。野菜をさっと炒めてそのまま煮込んだりできて使いやすいし、持ち手が熱くなりにくい構造なのもいい。容量目盛りもあるし。それに出しっぱなしでも嫌じゃないすっきりしたデザインなのもいいですよ」

さらにもう一種類を取り出して説明は続く。

「これは、ステンレス製の多重構造のタイプ。アルミよりもちょっと重くなるけれど、保温性は高いから、じっくり煮込む料理には向いていますよね。これはこれですごくおすすめ。どんな料理をつくりたいかで選べばいいと思いますよ」

どちらも蓋のない鍋だが、横にはセットのように蓋が並んでいる。土切さんがサイズもデザインもぴったり合うものを探した。自身が使ってみて、あったほうが便利だと思ってのことだ。

鍋一つとってみても、土切さんの言葉にはリアリティがある。生活のなかで実際に使い、それぞれのメリットだけでなくデメリットも確認したうえで教えてくれる。使い手と売り手、二つの視点を大切にして道具と向き合っていることが伝わってきた。

土切さん自身も愛用している片手鍋。商品にはどれも実体験に基づいた丁寧な解説が書かれていて分かりやすい(写真撮影/嶋崎征弘)

土切さん自身も愛用している片手鍋。商品にはどれも実体験に基づいた丁寧な解説が書かれていて分かりやすい(写真撮影/嶋崎征弘)

「これで目玉焼きをつくるとおいしいし、スルンと取れて気持ちいい!」と教えてくれたエッグベーカー。卵以外にちょっとした野菜を蒸したりできて便利(写真撮影/嶋崎征弘)

「これで目玉焼きをつくるとおいしいし、スルンと取れて気持ちいい!」と教えてくれたエッグベーカー。卵以外にちょっとした野菜を蒸したりできて便利(写真撮影/嶋崎征弘)

変化していく、家と店ダイニングにある食器棚には、海外で買い付けてきたものなどこれから店に置く予定の商品がスタンバイしている(写真撮影/嶋崎征弘)

ダイニングにある食器棚には、海外で買い付けてきたものなどこれから店に置く予定の商品がスタンバイしている(写真撮影/嶋崎征弘)

店とキッチンが隣り合っていることで、夏には冷たい麦茶をお客さんに出せることもあるし、冬にはストーブに置かれた鍋からおでんのいい匂いに満たされることもある。土切さんのキッチンは、道具を試す場所でもあり、毎日のご飯をつくる場所。それがお客さんにもきっと伝わるに違いない。
最近、キッチンに小ぶりのダイニングテーブルが導入された。お店からは見えないので気兼ねなくお昼を食べることができるし、家族も使いやすいスペースになってきたという。店の棚は少しずつ増えてきて、土切さんが紹介したい商品も、試していきたい道具もまだまだたくさんありそうだ。

ダイニング側から見たキッチン。カウンターの下も収納になっていて、普段の食事に使う食器が並んでいる(写真撮影/嶋崎征弘)

ダイニング側から見たキッチン。カウンターの下も収納になっていて、普段の食事に使う食器が並んでいる(写真撮影/嶋崎征弘)

●取材協力
土切敬子
テキスタイルの企画デザインや紅茶店でのデザイン、アートディレクションの仕事を経て、2017年に自身の店「だいどこ道具 ツチキリ」をオープン。確かな道具選びの目と暮らしぶりが注目され、さまざまな媒体で紹介されている。●店舗情報
だいどこ道具 ツチキリ
三鷹市井の頭5-2-28
0422-46-8759
11:00~18:00
火、水曜定休