対策進まぬ高齢者の住まい問題。福祉の視点から居住支援協議会の立ち上げに奮闘、民間連携の好例に 愛媛県宇和島市

愛媛県宇和島市の保健福祉部では、生活困窮者の住まい確保に向けて不動産会社との連携を必要としています。しかし、福祉分野(厚生労働省管轄、以下厚労省)と不動産関係者(国土交通省管轄)との連携構築に困難を感じていたため、2021年度、市役所内でそれらを結ぶ居住支援協議会の設立を提起するためのヒアリングを実施。しかしまさかの「不要」との結論に……。そこで利用したのが、厚労省が居住支援に本格的に取り組もうとしている自治体や団体を支援する「高齢者住まい・生活支援伴走支援事業」です。

宇和島市のこれまでの動きと今後の展望について、宇和島市福祉課・包括支援センターの岩村正裕さん、大江仁志さんに話を聞きます。

高齢化が進む宇和島市。住まいの確保における課題は?

愛媛県宇和島市は、宇和島城を中心に発展した旧城下町。観光や県外からの移住にも力を入れています。しかし、総人口が減少する中、高齢化率は年々増加傾向にあり、2023年12月時点で40.7%とのこと。市民の健康と生活をサポートする地域包括支援センターで、相談員8人とともに、岩村さん、大江さんが市民から受けるさまざまな相談の件数は、年間3000件にのぼります。

海や山などの自然と、観光名所である宇和島城とその城下町が調和する美しい街並み。観光や移住に注力しているが、現在の高齢化率は4割を超える(画像/PIXTA)

海や山などの自然と、観光名所である宇和島城とその城下町が調和する美しい街並み。観光や移住に注力しているが、現在の高齢化率は4割を超える(画像/PIXTA)

住まいの問題にフォーカスすれば、過疎による空き家の増加、公営住宅の老朽化なども問題になっている一方、「民間の賃貸住宅の家賃は若干高めで、高齢者や低所得者など事情のある人を受け入れる物件は、数が足りていない」と大江さんは言います。

「不動産会社などに適切に働きかけができれば、空き家の問題と入居者の受け入れ、両方の解決ができてお互いにwin-winの妥結点があるはずです。しかし、私たち福祉課の職員は、住宅に関するスキルやノウハウ、知識がありません。住まいに関する適切なアドバイスを私たちはできず、手詰まりになってしまいます」(大江さん)

また、宇和島市にはもう一つ、組織の問題もありました。
それぞれの部署で住宅問題に取り組んでいても、同じ保健福祉部内で高齢者の支援は高齢者福祉課、障がい者や生活困窮者は福祉課、生活保護を受けている人は保護課と担当部署がとても細かく分かれているために「隣の課がどのような問題を抱えているのか、居住支援を必要としている人が全体でどのくらいいるのかといった状況の把握もままならない」のだそうです。

支援を必要とする人によって、市役所内の担当部署が分かれている(画像提供/宇和島市)

支援を必要とする人によって、市役所内の担当部署が分かれている(画像提供/宇和島市)

「市役所内に限らず、『住宅』というキーワードで支援団体や専門職をコーディネートする役割を担う部署がないこと、そして情報や知識を共有できる場がないことも大きな課題です」(岩村さん)

「居住支援協議会は不要」と結論された、その背景とは

それでも住まいを必要としている人たちの住宅確保、生活の安定のためには、他部署や不動産会社など民間団体との連携が不可欠です。そこで岩村さんと大江さんは、2021年に市の社会福祉協議会とともに、居住支援を行う団体の連携を図る組織「居住支援協議会」を宇和島市でもつくれないかと考え、市役所の各部署に居住支援の実態を調査しました。

果たしてその結果は……市民は住まいの問題を市役所に相談しようとはあまり考えないのか、相談件数も少なく、市役所内の各部署では、居住支援協議会設置の必要性をあまり感じていない状況でした。

「しかし、実際の現場では、認知症を発症して生活保護を受けている高齢者や、公営住宅に入居している無職のひとり親家庭など、起因する問題を管轄する部署と、対応する部署がいくつも絡んだ複合的な問題となっているケースも。高齢者福祉課の地域包括支援センターと保護課、建設部の建築住宅課と地域包括支援センターなど、部署をまたいだ支援を要することが多くなっています。

だからこそ相談者が高齢者か、障がいのある人か、ひとり親か、また管轄が厚労省なのか国交省なのか、さらにどちらにも当てはまらないのかによって、市役所内でたらい回しのようになることは避けたい。『住宅(の確保に困っている人)』という括りで支援を協議する場の必要性を強く感じていました。それこそが居住支援協議会ではないかと思ったのです」(岩村さん)

居住支援協議会設立の提案に、市の回答は「必要なし」だった。しかし現場では複合的な問題を解決するための協議の場が必要だと感じている(画像/PIXTA)

居住支援協議会設立の提案に、市の回答は「必要なし」だった。しかし現場では複合的な問題を解決するための協議の場が必要だと感じている(画像/PIXTA)

厚労省のプロジェクトを活用し、理解や学びを深める

そこで市役所内外の関係者に連携の重要性を理解してもらうために、岩村さんと大江さんは、厚労省の「高齢者住まい・生活支援伴走支援プロジェクト」(以下、伴走支援プロジェクトまたはプロジェクト)に応募しました。このプロジェクトは、住まいの確保や、その後の生活に支援を必要とする人たちをサポートする団体の連携の場として、居住支援法人協議会を立ち上げようとしている自治体や団体を専門家が応援・アドバイスするというものです。

プロジェクトに手を挙げたことで、2022年12月には研修会を開催。すでに積極的に居住支援に取り組んでいる自治体から講師を招き、宇和島市の各部署の支援に携わる職員のほか、社会福祉協議会、伴走支援チームのメンバーや厚生労働省職員も出席して、居住支援の基礎から学ぶことができたそうです。

「居住支援法人の必要性についての理解が参加者に浸透しつつあるので、継続しながら居住支援協議会立ち上げの機運を高めていけたらと考えています。

研修会以外にも、個々に居住支援法人の補助金や補助制度、不動産会社へのアプローチの方法など、講師の方に居住支援の仕組みづくりのノウハウを教えてもらいながら、居住支援協議会立ち上げに向けて準備を進めているところです」(岩村さん)

NPOや不動産会社など、民間団体とのつながりも

これまで福祉部門では接点を持てなかった民間団体や不動産関係者とのつながりができたことも、このプロジェクトでの大きな成果といえるでしょう。

実は、宇和島市には居住支援法人(都道府県が居住支援を行う団体を指定するもの)がないものの、精神科を退院した患者さんが自立して暮らすための住まい探しを以前からサポートしている病院があり、市内の不動産会社の間ではその活動がよく知られていました。そのため、行政が居住支援に力を入れていくことについては、概ね好意的な感触を得られているそうです。

「プロジェクトに参加して初めて、病院のスタッフの方がNPO法人を立ち上げて活動を行っていることを知りました。また、今まであまり接点のなかった不動産会社ともつながり、意見交換を重ねています。このきっかけをさらに強いパイプにしていくため、2023年12月には2回目の研修会を開催しました」(大江さん)

研修会を通じて「居住支援とは何か」を学ぶことで、市役所内のいろいろな部署においても居住支援協議会についての理解が進みつつある(画像提供/宇和島市)

研修会を通じて「居住支援とは何か」を学ぶことで、市役所内のいろいろな部署においても居住支援協議会についての理解が進みつつある(画像提供/宇和島市)

居住支援を推進、継続していくために必要なモノとは?

居住支援協議会の設立に向けて奮闘する岩村さんと大江さん。しかし、2人が中心となって市役所内で居住支援協議会を立ち上げ、不動産会社と関係を持ちつつ運営、居住支援活動を行うとなると、人手も足りず無理があるといいます。

「宇和島市に居住支援法人が自主的に立ち上がって、行政と連携をとりながら、居住に関する問題のコーディネートに当たるという体制ができるのが理想です。将来的には、社会福祉協議会や社会福祉法人、不動産会社などがその役割を担ってくれればと期待しています。私たちはその活動を推進・サポートするために心血を注ぎます」(岩村さん)

そしてもう一つの懸念は、居住支援を継続していくための財源です。
居住支援を単独の事業として成立させるのはなかなか難しいのが現実。補助金は受けられますが、毎年申請する必要があるため、常に財源の心配をしなくてはなりません。

一方、全国の居住支援法人は増え続けています。それは歓迎すべきことなのかもしれませんが、居住支援法人が増えすぎて財源が不足し、受けられる金額が少なくなって共倒れすることも大江さんが危惧する点です。

「居住支援に取り組む団体が安心して活動に専念するためにも、介護保険法によって介護サービスが提供されるように、国全体で居住支援の制度化が進むといいなと願っています」(大江さん)

宇和島市のメンバーと厚労省のプロジェクトの伴奏支援チームとが次のステップへ向けた協議を行っているときの様子。支援を必要としている人を取りこぼさない、持続可能な支援体制をつくることが大切(画像提供/宇和島市)

宇和島市のメンバーと厚労省のプロジェクトの伴奏支援チームとが次のステップへ向けた協議を行っているときの様子。支援を必要としている人を取りこぼさない、持続可能な支援体制をつくることが大切(画像提供/宇和島市)

宇和島市では、居住支援を行っていく支援体系の構築が始まったばかり。さまざまな課題に直面する現場職員の苦悩が伺えました。おそらく、市役所内のそれぞれの部署でも住まいに関する課題を抱えていて、なんとか解決したいという思いがあるものの、情報共有や連携体制がうまく取れていないために、解決できないもどかしさがあるのでしょう。

自治体内の横の連携はもちろんのこと、不動産会社などの民間企業やNPO法人などの外部団体との関係づくりも居住支援体制の構築には欠かせません。
「福祉」や「住宅」、「民」と「官」といった枠にとらわれず、目の前にいる困っている人たちを支援していくには何が必要か、同じ方向を見据えて皆で考える場として、居住支援協議会のような組織がもっと機能していく必要性を感じました。

●取材協力
宇和島市

コロナ禍で増える自転車のマナー違反! まちづくりと人に警鐘

コロナ禍で公共交通機関を避け、通勤も含めて自転車を利用する人が増えているようだ。一方で、近年の自転車ブームもあり事故も増加傾向に。安心して自転車に乗れる街づくりのために、何が必要なのか? 自宅から会社まで直接自転車で通勤する人を「自転車ツーキニスト」と呼び、そのスタイルを提唱。自転車に関する著述活動を行っている疋田智さんに話を伺った。
駐輪場や自転車通行帯等の整備は進んでいるのだが……

自転車産業復興協会によれば2020年6月の1店舗あたりの新車平均販売台数は前年同月比で+8.1台。1店舗につき前年同月より平均8台以上も売れているということ。コロナ禍で満員電車をはじめ公共交通機関を避ける動きが現れている一例だろう。

疋田智さん(写真提供/疋田智さん)

疋田智さん(写真提供/疋田智さん)

「確かに、日ごろから自転車通勤している私の体感として、自転車ユーザー(サイクリスト)は少し増えているように思います。それに比例するように、交通ルールを守らない人も目立つようになりました。これは、今まで自転車に乗っていなかった人が増えたからではないでしょうか」

そもそも2011年の東日本大震災を機に、サイクリストがグンと増えたと疋田さん。それを受けるかのように、2012年から警視庁(管轄は東京都)が「自転車ナビマーク・自転車ナビライン」の設置を開始するなど、自転車の通行帯を整備する動きが加速している。多くの人が車道の路肩や歩道内に、自転車が通行できることを示すマーク等を見かけるようになったのではないだろうか。

自転車の通行帯は、地方独自のものもあり、さまざまな種類がある。写真は警視庁(東京都)の「自転車ナビマーク・自転車ナビライン」(写真/PIXTA)

自転車の通行帯は、地方独自のものもあり、さまざまな種類がある。写真は警視庁(東京都)の「自転車ナビマーク・自転車ナビライン」(写真/PIXTA)

また駐輪場の整備も進んでいる。なかには定位置に自転車を置いて、ボタンを押すだけでそのまま地下に吸い込まれていく機械式駐輪システムもあり、「日本はハイテクだ!」と海外でも話題になったほどだ。東京都だけを見ると、山手線の駅はほぼ全てに地下駐輪場が設けられ、駅前の違法駐輪が随分と解消されている。

品川駅港南口(東口)にある地下駐輪場(こうなん星の公園自転車駐車場)。5基あり1020台収納可能。自転車に取り付けるICタグを機械に読み込ませて入庫させ、出庫時はICカードで操作する(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

品川駅港南口(東口)にある地下駐輪場(こうなん星の公園自転車駐車場)。5基あり1020台収納可能。自転車に取る付けるICタグを機械に読み込ませて入庫させ、出庫時はICカードで操作する(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「京都市も中心街の地下に大きな駐輪場を設置しています。過去には雨でも傘を差さず安全に運転できるよう100円でカッパを買えるような試みもしていて(現在は撤去済み)、現在も自転車ユーザーが快適に利用できるような施策を常に模索しています」。このように日本の駐輪環境は、進化しつづけていると言っていいだろう。

御射山自転車等駐輪場(写真提供/疋田智さん)

御射山自転車等駐輪場(写真提供/疋田智さん)

かつて雨具を販売する試みも行っていた(写真提供/疋田智さん)

かつて雨具を販売する試みも行っていた(写真提供/疋田智さん)

コロナ禍で見えてきた、日本の自転車環境の問題

一方で、ここ数年の自転車事故が全事故に占める割合は増加傾向にある。「サイクリストや車のドライバーを含め、日本人があまり自転車走行のルールをよく分かっていないことが原因だと思います」と疋田さん。
そこには日本人の「自転車観」が大きく影響しているという。そもそも自転車は「軽車両」。リヤカーや人力車などと同じカテゴリーの「車両」の1種であり、道路交通法では自動車などと一括りに「車両等」と表記される。また「車両等」であるから、原則は車と同様、車道の左側に寄って走ることと、道路交通法にも定められている。「世界的にも、車と自転車は同一方向を走ることが義務付けられています」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

ところが多くの人は、「自転車は自動車と同じカテゴリーではなく、歩行者に近い存在の乗りものだと捉えています」。この認識のズレが、歩道を走ったり車道の右側を走るサイクリストが絶えない原因であり、交通事故を増やす要因の一つになっているのだ。

「え、でも自転車は歩道を走れるでしょ?」と思うかもしれないが、実は「一定の条件下」と道路交通法では定められているのだ。その一定の条件とは1.道路標識などにより通行できることが示されている歩道2.自転車の運転手が、児童や幼児、高齢者、障碍者など、車道を通行すると危険だと政令で定められた者であるとき3.政令で定められた場合以外でも、安全に走るためには歩道を走行してもやむを得ないと認められるとき、の3つ。しかも全ての場合で徐行が義務づけられている。とはいえ、あまり知られていないのが実情だ。

「まずは、自転車は車道を走る“車両”であるという認識から再スタートしないと、いつまでたっても事故は減らないのではないでしょうか」と疋田さんは警鐘を鳴らす。

京都市から見えてきた「自転車の乗りやすい街づくり」のヒント

ここまで見てきたように、日本のサイクリスト人口は確実に増え、駐輪環境は整備されつつあるものの、交通ルールの徹底がまだまだ行き届いていない。だからこそ自転車が関わる事故が、今後も増えてしまう危険がある。

もちろん、誰もが手をこまねいているわけではない。例えば京都市。2014年度を「自転車政策元年」と位置付け、さまざまな自転車の走行環境整備などを進めている。車道や歩道内の自転車の通行帯の多くは、例えば渋谷駅から六本木駅を結ぶ国道246号の路肩など、A地点からB地点を結ぶ“線”で設置されることが多いが、京都市の場合は「まずは〇〇通と〇〇通に囲まれた街区」というように、“面”で設置していると疋田さん。

京都の道路(写真提供/疋田智さん)

京都の道路(写真提供/疋田智さん)

(写真提供/疋田智さん)

(写真提供/疋田智さん)

色のついたエリアが京都市の自転車走行の環境が整備された箇所。このように「面展開」されている(画像出典:「京都市サイクルサイト」より)

色のついたエリアが京都市の自転車走行の環境が整備された箇所。このように「面展開」されている(画像出典:「京都市サイクルサイト」より)

「細い路地の多い街区なので、みんなが左側通行を守り、速度も出さない(出せない)ため事故も減りました。それを隣の街区、さらに隣へという具合に面展開しているのです」。設置された街区で頭でも体でもルールを覚えたサイクリストたちは、エリアが広がっても同様にルールを守るようになる。「ここ10年間の自転車に関する施策の中で一番のヒットだと思います」

また世界中のサイクリストから人気の高い「しまなみ海道」を擁する愛媛県では、2015年から県立高校で自転車通学する生徒のヘルメット着用を義務化。ここまでは他地域でも昔からよくある話だが、その際に、かつての白くて丸いヘルメットではなく、ロードバイク用の安全性や空力性、デザイン性を考慮したヘルメットを無償提供したこともある(2015年度。2016、2017年度は購入費用の一部補助)。「だから学生が、田舎くさく見えない。爽やかだし、カッコいいんです」

こうしたヘルメットで自転車に乗ることを覚えた高校生は、大人になっても「ヘルメット=ダサい」いう感覚がないため、大人になっても被り続けるようになると疋田さん。実際、疋田さんも参加している「自転車ヘルメット委員会」の2020年7月に実施した全国調査によれば、47都道府県でヘルメット着用率の1位は29%で愛媛県がトップだった。以下長崎県の26%、鳥取県の18%と続く。

ヘルメット装着によって実際に死亡事故が防がれている。なかには、追突された衝撃で頭部がフロントガラスにぶつかり、フロントガラスが割れるなどの事故が起こったが、ヘルメットをきちんとかぶっていたために、命を守ることができたそう(写真提供/愛媛県教育委員会)

ヘルメット装着によって実際に死亡事故が防がれている。なかには、追突された衝撃で頭部がフロントガラスにぶつかり、フロントガラスが割れるなどの事故が起こったが、ヘルメットをきちんとかぶっていたために、命を守ることができたそう(写真提供/愛媛県教育委員会)

自転車先進国には「車の進入禁止」エリアもある

海外からヒントを学ぶ方法もある。「自転車先進国とよく言われるのはデンマーク、オランダ、ドイツです。これらの国々には“ゾーン30”と呼ばれるエリアがたくさん設定されています」

ゾーン30とは歩行者から車まで、すべてが30km/h以内で移動しなければならないエリア。「そこではウサイン・ボルト(ロンドンオリンピック決勝時の最高速度は約45km/h)も全速力で走ってはいけないんです(笑)」

30km/h以下ならお互いが衝突を避けやすく、万が一ぶつかっても死亡事故に至る確率も低い。「さらに自家用車の進入を禁止したゾーン30もあります。例えばドイツのミュンスターやフライブルクなどがそうです。エリア内に住む人々の自家用車の駐車場はゾーン30の外に設定し、中に入れるのは物流用トラックと公共機関のバスだけ。おかげで交通事故や渋滞が減ったのはもちろん、空気がきれいになり、住民の健康寿命が延びて医療費が抑えられたという話も。ゾーン30にしたおかげでいくつもの果実を得られた例です」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

ドイツ・ミュンスターにて。“ここから先は歩行者限定”ということを表す標識(写真提供/疋田智さん)

ドイツ・ミュンスターにて。“ここから先は歩行者限定”ということを表す標識(写真提供/疋田智さん)

日本にも住宅地を中心にゾーン30が設定されているエリアはいくつもあるが、自家用車まで規制しているところはない。

そもそも一定条件下とはいえ、歩道を通れるようになったのは、高度経済成長期の道路交通法の改正によるもの。当時の急激なモータリゼーションの高まりから、クルマの数が激増し、自転車との事故が増えた。このため自転車を緊急避難的に歩道に上げてしまった。要するに車道に自転車レーンを設けるインフラ整備が追いつかないための苦肉の策だったわけだ。

地震大国日本にとって自転車は強力な武器になる

しかも自転車環境を整備していくメリットは、事故を減らすだけはない。地震大国である日本にとって、自転車は減災の大きな武器になるようだ。「東京大学大学院(都市工学)にいたころ、構造計画研究所と共同で、宮崎県日南市を例に、地震による津波が発生した場合のシミュレーションを行ったのですが、自転車による避難がとても有効であることが分かりました」

日南市(写真提供/疋田智さん)

日南市(写真提供/疋田智さん)

日南市油津近くの海岸通り(写真提供/疋田智さん)

日南市油津近くの海岸通り(写真提供/疋田智さん)

それによると、25分以内に避難しなければならないと仮定した場合の避難完了率、つまり逃げ遅れが最も少ない順は、1位が欧州仕様の電動アシスト自転車(24km/h以上でもモーターがアシストしてくれる)で、次いで日本の電動アシスト自転車(24km/hまでモーターがアシストしてくれる)、普通の自転車、徒歩、車という順位になった。これは5つの手段の利用割合がいずれも20%としてシミュレーションした結果で、「車の利用率が十分低くて渋滞が起こらなければ一番早いのですが、渋滞が起こるほど交通量が増えると一番遅くなるのです」

シミュレーションの設定条件次第では上記の順位は変わるが、少なくとも自転車は徒歩より早く津波から逃げられる。地震大国日本の避難方法としては有効な手段だし、素早く避難するためにも、やはり交通ルールの徹底など自転車の利用環境の整備をすることは、減災に繋がると言えるではないだろうか。

それに自転車が走りやすくなれば、サイクリストも増えるだろう。それは健康な人が増える、ということでもある。疋田さんの例で言えば「84kgの体重が1年で67kgに減り、コレステロール値や中性脂肪値、尿酸値、空腹時血糖値などが、すべてC判定からA判定になりました」。健康な人が増えれば、医療費の抑制にも繋がる。

このように自転車環境を整えるということはメリットがたくさんある。では、今後日本で自転車環境を整えていくには、何が必要か。まずは、一見遠回りに思えるかもしれないが、自転車は車両である、という原点を再認識することから始めることではないだろうか。「そこから左側走行をはじめとした原則を再確認すれば、交通ルールの徹底や、自転車環境整備も進みやすくなり、事故も減ると思います」。自転車先進国だけでなく、日本にとって多くの果実を生む可能性のある自転車。丁寧にその環境を育てる時期にきているようだ。

●取材協力
疋田智さん
1966年生まれ。自転車で通勤する人=「自転車ツーキニスト」NPO法人自転車活用推進研究会理事、学習院生涯学習センター非常勤講師、某TV局プロデューサーも兼ねる。メールマガジン「週刊自転車ツーキニスト」は2006年の“メルマガオブザイヤー”総合大賞を受賞。
>疋田智の週刊自転車ツーキニスト

京都市
「京都市サイクルサイト」
愛媛県

愛媛・松山市「銀天街L字地区」で複合再開発

愛媛県松山市で市街地再開発事業の検討を進めている「湊町三丁目 C 街区地区市街地再開発準備組合」は、同事業に関する事業参加協定書を(株)大京、野村不動産(株)、三菱地所レジデンス(株)で構成されるグループと締結した。
同事業は、優れた住環境を整備し、魅力ある商業・公益施設を開発することによって、松山市の新たなランドマークとなる複合型施設の完成を目指すもの。伊予鉄道「松山市」駅徒歩5分に位置する約1.1haが施行予定区域。地権者、愛媛県、松山市および関係機関と共に事業化を目指している。

検討地区は、アーケード商店街の「銀天街」と「大街道」との中間地点である銀天街L字地区(1~10街区)の内、9・10街区に位置している。好立地である一方、低・未利用地や老朽化した建物が多くあることから都市防災上の課題を抱えており、官民一体となった街づくりが急務となっている地区でもある。

大規模駐車場、賑わいを生む広場空間・商業公益施設、都心居住を促進する住宅整備等を検討・具現化するため、2017年4月に準備組合が設立された。現在は都市計画決定手続きを進めているとともに、来年度以降の再開発組合設立(事業認可)に向け、準備を進めている。施設建築物の工事は2021年度~2023年度の予定。

ニュース情報元:野村不動産(株)