断熱等級6以上が標準装備の”スーパー工務店”に脚光。「時代の2歩先」モットーに30年前から樹脂製サッシやペアガラス、気密測定、全館暖房も採用の超高性能な家づくり 埼玉「夢・建築工房」

住まいの気密性・断熱性を高める重要性は、徐々に周知されつつあります。しかし、その一方で、高性能住宅を施工する工務店の中でも、意識や技術には差があるというのが現状です。

2025年にはすべての新築住宅に省エネ基準の適合が求められますが、新築住宅の着工数は減少傾向にあり、既存住宅の割合は増えるばかり。さらに、新築住宅は高騰を続けていることから、消費者ニーズを満たし、カーボンニュートラル達成のためには、新築住宅のみならず既存住宅の性能向上が不可欠だといえるでしょう。

そこで今回は、いち早く気密・断熱改修に力を入れている埼玉県の工務店「夢・建築工房」を取材。代表取締役の岸野浩太(きしの・こうた)さんに、今の日本の課題や高性能リノベーションの効果についてお聞きしました。

30年前から超高性能な家づくりに取り組む理由(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

夢・建築工房は1995年、埼玉県東松山市で創業しました。今でこそ、住まいの断熱、気密の重要性が認知され始めていますが、約30年前の当時の家は、夏は暑く、冬は寒いのが当たり前。窓は単板ガラスが一般的で、1992年の省エネ法改正により徐々に断熱性能の重要性が高まりだしたころ、同社ではすでに樹脂製のサッシやペアガラスを取り入れ、気密測定や全館暖房などの仕組みを導入していたといいます。

「創業者の土居は、空調換気の仕事やハウスメーカーの現場監督を経て独立したと聞いています。おそらく、何か変わったことをやりたかったんじゃないですかね。当時、うちでつくっていた住まいは、UA値でいうと0.5前後くらい(ZEH水準以上)です。時代に先駆けてここまでやるのは『バカ』ですよ(笑)でも、その『バカ』たちが日本の住宅性能を上げてきたのだと思います」(岸野さん、以下同)

岸野さんが代表に就いたのは、2013年のこと。その前年には東京都でドイツ認定のパッシブハウスを2棟施工し、UA値0.3を切る家(断熱の最高レベル)を建築していたといいます。とはいえ、当時はまだまだ高断熱・高気密の重要性やその言葉自体もあまり認識されていない時代だったため、同社の現場に見学に来る工務店も多かったのだとか。

「営業も発信もせず、ただただ性能の高い住まいづくりをしていたら、自ずと高性能住宅として評判が上がっていきました。一般の方より先に目をつけてくれたのは、全国のメーカーさんや工務店さんです。当時、興味津々でうちの現場を見に来ていた業者さんは、今では断熱等級7の住宅しかつくっていないですよ」

夢・建築工房 代表取締役 岸野浩太さん(写真提供/夢・建築工房)

夢・建築工房 代表取締役 岸野浩太さん(写真提供/夢・建築工房)

日本の家づくりはようやく「スタートライン」に立ったところ

高性能住宅は、単に高性能な建材や設備を使うだけでなく、高い設計力や施工技術を要します。同社では、高い品質を維持・管理するため社内に住宅管理部を置き、同社専属の8名の大工のみが施工しているそうです。

「大工さんを増やすときは、しばらく他の大工さんと一緒に現場に入ってもらいます。先進的な家づくりをしている他国に学びに行くこともありますし、うちみたいに他とは違うことをやっている工務店の現場にお邪魔して学ばせていただくこともあります。モットーは『2歩先を行く』こと。他と同じことをしていないで、常にバカなことをやっていきたいと思っています」

建築業界には、以前から他社と切磋琢磨し、学び・学ばれる文化があるようです。しかし、そのような交流が見られるのは一部であり、日本の建築技術は決して高いとはいえないと岸野さんは言います。

「ゆめけんの家 コンセプトハウス」(写真提供/夢・建築工房)

「ゆめけんの家 コンセプトハウス」(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

「2025年からすべての新築住宅に省エネ基準適合が義務付けられますが、いくら机上で高性能な住宅を設計しても、それが実現できるかどうかは現場の意識や技術次第です。また、たとえ高気密・高断熱であっても、空調や換気の入れ方、使い方によってはすごく寒い家になってしまうこともあります。断熱材の入れ方によっては、数年でカビが見られるようになってしまうこともあるでしょう」

省エネ基準適合義務化に先駆け、2024年4月には「省エネ性能表示制度」がスタートしました。これにより、消費者の意識も徐々に高まっていくことが予想されます。岸野さんによれば、日本の家づくりはようやくスタートラインに立ったところ。高品質の家をつくるには知識や技術が求められますが、それ以前に「住宅の性能を高めよう」という意識が必要だといいます。

「知識や技術の差は、わずかなものだと思います。やろうとしなければ、できるようにはなりません。とはいえ、北海道、東北、関東圏……と徐々に施工技術の高まりは南下してきていて、近年は近畿圏で盛り上がりを見せています。まだまだ高気密・高断熱の施工がしっかりできる職人さんは少ないですが、これから徐々に増えていくことに期待したいですね」

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築古住宅でも高気密・高断熱を実現! リフォーム・リノベーション事例総住宅数及び増加率の推移-全国(1978年~2023年)

注)単位未満を含む数値で計算しているため、表章数値による計算とは一致しない場合がある

2024年4月に総務省から発表された令和5年住宅・土地統計調査の住宅数概数集計の速報値によれば、2023年10月時点の日本の住宅総数は6,502万戸。2018年からの5年間で4.2%増加しました。このうち900万戸が空き家で、空き家率は13.8%と過去最高となりました。

2025年から省エネ基準適合が義務付けられるのは、新築住宅のみです。しかし、近年の新築住宅着工戸数は年間80万戸程度にとどまることから、カーボンニュートラルの推進や空き家問題の解消のためには、6,500万戸以上存在する既存住宅の性能向上と流通促進が不可欠だといえるでしょう。

昨今では新築住宅の高騰が見られることもあり、同社でもリフォームやリノベーションに力を入れているといいます。

「我々は、より多くの方に断熱等級6や7の住まいの良さを体感していただきたいんです。新築でここまで高性能な住宅となると、一般の人にはなかなか手が届きません。しかし『中古住宅+リノベーション』であれば、新築住宅を買うより500~1,000万円ほど価格を抑えられます。断熱等級4の新築戸建と断熱等級7の築30年の住宅が同じ金額で取得できるのであれば、圧倒的に後者のほうが”買い”だと思います。30年という差は、リノベーションで埋められますからね」

築30年の木造戸建てを高性能住宅に既存建物調査で施主の要望を確認。さらに改修範囲と断熱性能気密性能をどこまで高めるか相談

既存建物調査で施主の要望を確認。さらに改修範囲と断熱性能気密性能をどこまで高めるか相談

既存リビング

既存リビング

左/既存洗面所、右/既存浴室

左/既存洗面所、右/既存浴室
(写真提供/夢・建築工房)

同社がフルリノベーションした築30年の木造住宅は、一見すると綺麗な外観ですが、内部の壁面表層は黒カビが目立ち、壁内はかなり腐食が進んでいたといいます。床下には、シロアリ被害も見られました。

「中古住宅探しからサポートさせていただくときは、新耐震基準かつ延べ床面積が80~100平米程度のお住まいをご提案させていただきます。この程度の広さであれば、長期優良住宅の認定を取得することも可能で、リノベーション費用も抑えられるからです。加えて、今は瑕疵(かし)保険を付帯することもできるので、新築と遜色ない安心感が得られると思います」

解体後(写真提供/夢・建築工房)

解体後(写真提供/夢・建築工房)

このお住まいは、基礎補強が必要になり、気密性・断熱性もできる限り最新の状態にしたいという施主さんの要望もあったことから、床・壁・天井を全面的に解体したのだとか。かなり大掛かりな工事となったようですが「ここまで解体するからこそ安心できる」と岸野さんは言います。

「工事の際は必ず中か外をすべてスケルトンにしますので、基礎・柱・梁が健全である証拠を写真に収めることができます。中古住宅に不安を抱くのは『見えない』からです。いっそ、すべてむき出しにしてしまったほうが安心できるんですよね。シロアリ被害があっても、腐食が見られていても、丁寧に補修します」

リノベーションデータ

高断熱工事熱損失係数UA値0.45W/m2Kへ改修(既存時UA値2.1W/m2K)天井:熱貫流率0.12W/m2Kへ改修(既存時4.48W/m2K)壁:熱貫流率0.42W/m2Kへ改修(既存時0.81W/m2K)床:熱貫流率0.37W/m2Kへ改修(既存時2.54W/m2K)サッシ:オール樹脂アルゴンガス入りペアへ入替え(既存時アルミ単板ガラス)玄関ドア:熱貫流率0.9W/m2K超高断熱木製ドア高気密工事気密測定C値1.7cm2/m2、合板気密工法・シート気密工法による冷暖房工事暖房:エアコン冷房:エアコン換気工事第1種熱交換型換気システム:パナソニック製を使用「部分断熱リフォーム」でLDKを断熱気密空間に(画像提供/夢・建築工房)

(画像提供/夢・建築工房)

部分断熱リフォームとは、寝室だけ・LDKだけなど、部分的に断熱改修を実施するリフォームを指します。床・壁・天井に加え、窓も改修することで、一部分だけ完全な断熱気密空間に仕上げるといいます。

「総断熱改修をするほど予算をかけられない方に選ばれているリフォームです。この事例の施主様は、60代のご夫婦。2階に上がることが億劫になってきたということで、1階の和室を洋間に変えて、将来的には1階だけで生活できるようにしたいと希望されていました。私たちが気になったのは『でも、寒いのよね』のひと言。家全体を断熱改修することができなくても、長く過ごす場所が快適であれば暮らしの満足度は高まることから、部分断熱リフォームをご提案しました」

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

部分リフォームとはいえ、床、壁、天井を解体し、窓は樹脂サッシに交換。床断熱・壁断熱・天井断熱に加え、床下・外周部・隣室との間には気流止めを施工しました。

リフォーム後のLDKは、冬でも無暖房で17~18度ほどで、夏は冷房の効きが格段に上がり、電源をOFFにしてもしばらく涼しい状態が続くのだとか。岸野さんは、家中の窓を高性能なものに替えるのなら、部分断熱リフォームをおすすめしたいと言います。

「窓を替えれば暖かくなりますし、冷暖房効率も上がりますが、それは『輻射(ふくしゃ)』による効果ではありません。この事例はLDKのみの断熱リフォームなので、冬場は廊下が一桁の温度になることもあります。しかし施主さんは、寒い廊下に出ても寒さを感じづらいとおっしゃっていました。高気密・高断熱の家は暖房で無理やり空気を暖めるのではなく、床・壁・天井からの輻射熱によって体が温まるため、芯までぽかぽかになります」

完成(写真提供/夢・建築工房)

完成(写真提供/夢・建築工房)

買取再販事業の先に見据える「暖かいまちづくり」

夢・建築工房は、リフォーム・リノベーションに加え、買取再販事業にも積極的に取り組んでいます。

「リノベーションに力を入れるのは、工務店にとっても良いことだと思うんですよ。新築の設計や施工に比べて、時短になるからです。さらに、買取再販事業は自社の意思で物件購入からリノベーションまで施工できます。新築やリノベーションを受注しながら2~3棟でも買取再販事業に時間と労力を割くことができれば、タイムパフォーマンスは一層高くなると思います」

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

現在、同社で施行中の買取再販住宅「鳩山町楓ケ丘の家」は、築45年の在来軸組2階建住宅。改修後のUA値0.26で、断熱等級は日本の現行制度の最高等級にあたる「7」、C値は世界でもトップレベルの「0.8以下」となる予定です。

岸野さんは、買取再販事業で「暖かいまちづくりを目指したい」と語ります。このため、現在は、埼玉県の鳩山町に絞って買取再販事業を推進しているのだと言います。「2歩先に行くこと」をモットーとするからには、気密性・断熱性の追求だけでなく、工務店としての新たなステージを見据えているようです。

性能向上リノベーションは「三方良し」の住まいの選択肢

性能向上リノベーションは、人手不足や土地不足、空き家問題などの課題も解決できるとともに、消費者は取得費も抑えられることから、工務店、国、消費者にとってメリットの大きい三方良しの選択肢ともいえます。岸野さんによれば、まだまだ高気密・高断熱の施工がしっかりできる職人さんは多くないとのことですが「新木造住宅技術研究協議会」や「パッシブハウス・ジャパン」など、技術の習得に熱心な工務店が加盟する団体もあるようです。

性能向上リノベーションを実施するには、リノベーションによってどのように生まれ変わるのか、リノベーションにいくらかかるのか、補助金制度は利用できるのか、長期優良住宅の認定は取得できるのか……など幅広い知識と経験が必要です。物件選びの段階で意識が高く、技術力のある工務店に相談することで、住まいの選択肢は格段に広がるのではないでしょうか。

●取材協力
夢・建築工房(スーモサイト)
●画像出典
総務省「令和5年住宅・土地統計調査 住宅概数集計(速報集計)結果」

住まいと学校の断熱事情の最前線、夏は教室が危ない! 住宅は断熱等級6以上が必要、2025年4月からの等級4以上義務化も「不十分」 東京大学・前真之准教授

近年“住宅の省エネ”、中でも“断熱”への関心が高まっています。2022年の建築物省エネ法の改正を受け、2025年4月以降に着工するすべての新築住宅・非住宅で「断熱等級4」以上が義務化されることの影響も大きいでしょう。
そもそも断熱はなぜ住宅に必要なのでしょうか? また断熱によって住まいはどう変わるのでしょうか? エコハウス研究の第一人者、東京大学 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん(工学系研究科 建築学専攻)に聞きました。

そもそも「断熱」とは?住まいの断熱はどうすべき?

そもそも「断熱」とはどのようなものでしょうか?

「断熱とは、熱の出入りを断ち、部材の表と裏に温度差を作り出す技術です。次の画像は断熱材としてよく使用されるグラスウールをホットプレートで熱したときの表裏の温度差を計測したときのものです。ホットプレートに接する下部の面は加熱されて150度以上になっていますが、反対側である上部の面は30度に保たれており、120度以上の温度差が生じています。断面には温度分布のグラデーションができていて、熱を遮断していることがわかりますね」(前さん、以下同)

断熱材であるグラスウールをホットプレートで熱したときの温度差を実証したときの様子。断熱材によって下側のホットプレートの熱が上部では断たれていることがわかる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

断熱材であるグラスウールをホットプレートで熱したときの温度差を実証したときの様子。断熱材によって下側のホットプレートの熱が上部では断たれていることがわかる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

「この断熱材の性能を活かして断熱・気密をしっかりしていれば、エアコン1~2台で住まいの全空間を冬も夏も快適な状態に保つことができます。実はエアコンを使用するとき、各部屋に1台ずつ4~6畳用のエアコンを同時に稼働させて低負荷運転を続けるのはエネルギー効率が悪く、電気代が余計にかかります。自動車が渋滞にはまると燃費が悪くなるのと同じです。それよりも家全体を1台で空調することでエアコンにうまく負荷をかけたほうがずっとエネルギー効率が良く、電気代を抑えられるのです」

冬にエアコン1台で暖房の効き具合を比較したときの様子(左が写真、右が遠赤外線カメラで撮影して温度分布を表したもの)。断熱等級6以上になると床の温度が22度を超え、エアコン1台で広いLDKスペースや隣接する部屋も含めた全体が暖まっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

冬にエアコン1台で暖房の効き具合を比較したときの様子(左が写真、右が遠赤外線カメラで撮影して温度分布を表したもの)。断熱等級6以上になると床の温度が22度を超え、エアコン1台で広いLDKスペースや隣接する部屋も含めた全体が暖まっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

断熱が必要なのは、冬だけじゃない!「夏の断熱」が大事な理由

部屋の温度差について考えるときには、近年「ヒートショック(急激な気温の変化によって血圧や脈拍が変動することで心筋梗塞や不整脈、脳出血・脳梗塞などの発作を起こすこと)」による事故の報道などを通じて、住宅内の気温差が問題になっていることを思い起こす人もいるでしょう。この住宅内で暖房している場所と暖房していない場所の間で極端な温度差が生じるのは、まず第一に断熱・気密の不足、次に家全体を暖める空調ができていないことが原因です。建物の断熱・気密をしっかり確保して、暖房の熱を家中にしっかり届ける仕掛けが必要なのです。

ヒートショックとは、部屋間の寒暖差によって血圧や脈拍の変動が体に悪影響を与えること(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

ヒートショックとは、部屋間の寒暖差によって血圧や脈拍の変動が体に悪影響を与えること(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

ヒートショックは冬に起こることが多いのですが、前さんは「これからは、夏を健康・快適に過ごすためにも断熱が非常に重要」だと言います。

「一日の最高気温が35度を超える猛暑日の発生日数を見てみると、1980年代・ 90年代は年間でほぼゼロ日だったのが、2023年には40日を超える地域が出てきています。北海道や東北地方でも熱中症になって救急搬送される人が2023年には2022年の10倍に急増しました。日本はエアコンを使わずにガマンすることが省エネだと考える風潮もあり、暑さ・寒さに耐えて命を脅かす事件が多発しています。すでに温暖化の影響は明らかですが、今後さらに夏の暑さは厳しくなることが予想されます」

(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/日本気象協会推進「熱中症ゼロへ」プロジェクト)

(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/日本気象協会推進「熱中症ゼロへ」プロジェクト)

さらに深刻なのは、子どもたちが長い時間を過ごす小・中学校です。

「学校建築は本来、換気が命。大きな窓を開けて空気を入れ替え、風を通すことで快適に過ごせるように設計されています。ところが、近ごろは夏期の外気温が高すぎて、窓を開けると室内が熱くなるため、開けられません。断熱が十分に施されてない学校施設では、外の熱がそのまま室内に侵入するため、どんなに冷房を入れても涼しくならない。結果、子どもたちが学習に集中できないばかりか、中には熱中症にかかってしまう子も出ています。子どもたちを過酷な暑さと汚れた空気から救うため、最近では教室を断熱改修する取り組みが広がっています」

築40年以上の建物も多い小・中学校は換気する前提で設計されているため、断熱性能が低く、子どもたちの日常が危険にさらされている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

築40年以上の建物も多い小・中学校は換気する前提で設計されているため、断熱性能が低く、子どもたちの日常が危険にさらされている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

学校の断熱改修前後における冷房時の温度変化。いずれも冷房1台を稼働させているが、天井断熱を施すことで、同じ冷房器具でも教室全体の温度を下げられるようになる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

学校の断熱改修前後における冷房時の温度変化。いずれも冷房1台を稼働させているが、天井断熱を施すことで、同じ冷房器具でも教室全体の温度を下げられるようになる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

この状況に対して、強い危機感を抱いた前さんは、2023年の夏に、学校改修を求める2万6千人の署名を集めた上で、当時の文部科学大臣に小・中学校の断熱改修について提言をしたこともあるそう。ところが当時は「通常の建物改修で十分に対策できる」との返答で、納得のいくものではありませんでした。

「自治体によっても学校の断熱改修などの対応には差があります。例えば、ある都道府県では積極的に対策がとられているが、隣の県では全く断熱改修に取り組まれていなかったりします。自治体によって子どもたちの教育環境が大きく異なっている実態はあまり知られていません」

積極的に取り組みが行われている自治体の例として、東京・葛飾区では、区内の小・中学校で児童・生徒とワークショップ等を行いながら断熱改修し、その効果検証をしています。同じく東京・杉並区でも今後、断熱改修に取り組んでいく予定だそうです。

「文部科学省も、2024年3月に公開した『学校施設のZEB化の手引き』において、『まずは断熱改修から!』ということで、予防改修+屋根断熱を緊急で行うことを提言しています。日本中の教室が一刻も早く、すべて断熱改修されることを期待しています」

2025年4月から「断熱等級4」が義務化! 省エネ性能の表示制度も始まる

建築物省エネ法の改正(正式名称:脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律)を受け、2025年4月以降に着工するすべての新築住宅・非住宅で「断熱等級4」「一次消費エネルギー4」以上であることが義務化されます。これに先駆けて2024年4月に開始した建築物の省エネ性能表示制度は、新築住宅の販売時や賃貸住宅の入居募集時に住宅性能を明示することを販売・賃貸する事業者の努力義務としたもの。省エネ性能ラベルに記載される住宅性能の中で最も重要なのは、家マークの数で表されている「断熱性能」です。

前さんは「住宅の省エネ性能表示がようやく開始されたこと自体は一歩前進」と評価しながらも、「住宅も商品である以上、性能がきちんと表示され、それを買う側・借りる側が確認をして購入・賃借するのは当たり前のこと。今回ははじめの一歩であり、今後は中古住宅も含めて、住宅の性能が買う人・借りる人のすべてに提供されていくことが肝心です」と言います。

東京大学 工学系研究科 建築学専攻 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん。「Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室」を主宰し「みんなが快適で豊かに暮らせる住まいのあり方」を追究している(写真撮影/片山貴博)

東京大学 工学系研究科 建築学専攻 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん。「Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室」を主宰し「みんなが快適で豊かに暮らせる住まいのあり方」を追究している(写真撮影/片山貴博)

2025年から義務化されることが決まっている「断熱等級4」も、もはや十分な断熱性能とはいえません。国土交通省は「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」にもとづき、断熱性能に1~7の等級をつけており、数字が大きいほど断熱性能が高いことを示します。ところが、前さんによれば「義務化される断熱等級4は、世界標準と比べると低すぎる」そう。

「断熱性能は、UA値(外皮平均熱貫流率)で判断されます。これは外気に触れる住宅の壁や屋根、窓などから室内の熱がどれくらい外に逃げやすいかを表したもので、数値が小さいほど断熱性能が優れていることを示します。地域の気候に応じて、断熱等級ごとにUA値の上限(基準値)が定められています。日本で2025年に義務化される断熱等級4という基準は、25年も前の1999年に設定されたものであり、同じ程度の寒さの諸外国のと比較してもUA値がはるかに大きく、断熱性能が不足しています」(前さん、以下同)

「断熱等級4」は1999年時点の他国の水準と比べても大きく劣る(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/国土交通省「今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方(第三次報告案)及び建築基準制度のあり方(第四次報告案)について」)

「断熱等級4」は1999年時点の他国の水準と比べても大きく劣る(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/国土交通省「今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方(第三次報告案)及び建築基準制度のあり方(第四次報告案)について」)

日本の断熱基準には抜け穴も!? 断熱性能はどう見るといい?

さらに前さんは適正な基準であるべき指標が「日本では住宅を建てる側が達成しやすくするために、基準があえて緩められているのでは」と指摘します。

「次の図は日本の住宅・建材生産者団体の有志が20年先を見据えて設けた『HEAT20』という断熱等級と国交省が定める先の断熱等級とを比較したものです。日本の断熱等級は8つの地域区分に応じて各等級ごとのUA値(※1)を設定しています。上位の断熱等級である5~7はHEAT20(※2)のG1・G2・G3の指標を参考に定められたはずなのですが、なぜかHEAT20のUA値と比べると準寒冷地である4地域(代表都市:秋田)や5地域(代表都市:仙台)のUA値が大きい、断熱性能が劣るほうに緩和されているのです。また、国交省が2030年までに義務化するとしている『ZEH水準」の等級5では、準寒冷地の4地域(代表都市:秋田)や5地域(代表都市:仙台)が、温暖地の6地域(代表都市:東京)や7地域(代表都市:鹿児島)と同じ基準値でよいとされています。本当にこれでいいの?と疑いたくなる基準です」

※1:UA値…外皮平均熱貫流率。住宅の熱の出入りのしやすさを表す
※2:HEAT20…「20年先を見据えた日本の高断熱住宅研究会」のこと。住宅外皮水準のレベル別にG1~G3と設定し、提案している

等級5では、準寒冷地である秋田や仙台などを代表とする地域が、東京や鹿児島と同じUA値になっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

等級5では、準寒冷地である秋田や仙台などを代表とする地域が、東京や鹿児島と同じUA値になっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

このような基準になっている背景について、前さんは「建設会社が全国で建築物を建てるときに、建築物の着工数が多い首都圏の6地域に基準を寄せることで、準寒冷地である4地域や5地域の建築物でも同じ断熱で仕様基準を達成できるようにしているのではないか」と疑念を向けます。

さらにこのような基準設定の違和感は、マンションの断熱性能の評価方法や太陽光発電の搭載など、さまざまなところで見られ「国交省が2025年から義務化する断熱等級4、2030年までに義務化予定の断熱等級5を満たすから、十分な住宅性能がある」とはいえないと言います。
それでは、一般の人が省エネ性能ラベルなどで判断するときには何を基準に判断すればいいのでしょうか?

「先の表で断熱等級4と5のUA値を比較して見ると分かりますが、その差は大きくありません。実際に住んで体感できるほどの断熱効果が感じられ、暖冷房のコストも抑えられるのは、HEAT20のG2相当である断熱等級6以上だと考えています。もうちょっと断熱を頑張ると、温度と電気代のバランスが十分に良くなります。こうした断熱等級6+αの断熱は国交省の規定にはありませんが、断熱等級6.5とか呼んだりしています。
温度と電気代のバランスを取るには等級6以上が必要、等級5はZEHレベルといえどもまだ十分ではなく、等級4ともなると23年前の基準で不十分といって良いレベル、等級3以下だと実質無断熱といっていいと思います。残念ながら日本の住宅ストックの多くはこうした実質無断熱のため、今後はリフォーム時に断熱改修を行うことも重要になります」

前さんが注目する、全国の断熱の取り組み

「住宅の性能を高めるためには、国、さらには自治体の努力が不可欠です。住宅の性能向上に関する施策で、とくに進んでいるのは鳥取県です。今の欧米基準と比べても遜色のない住宅性能評価基準として、新築では『NE-ST(ネスト、とっとり健康省エネ住宅)』、既存改修では『Re NE-ST(リネスト、とっとり健康省エネ改修住宅)』を設け、断熱はもちろん、気密性能についても基準を設けています。県内で生産された建材を使うことを条件に、新築住宅の性能に応じた補助金を出して導入を促進。また、中古住宅に対しても『T-HAS(ティーハス、とっとり住宅評価システム)』という独自の住宅性能査定エンジンをつくり、中古住宅の性能やリフォームの状況を適正に評価できるようにしました。この仕組みによって高い評価を受けた住宅は、中古住宅として売買する際もその価値に応じた銀行の融資が可能になるはずです」

鳥取県では独自に「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を設け、基準を満たす新築住宅に補助金を出すなどしている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/鳥取県)

鳥取県では独自に「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を設け、基準を満たす新築住宅に補助金を出すなどしている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/鳥取県)

他には山形県でも「やまがた省エネ健康住宅」として独自に認証する仕組みがあるほか、長野県も類似の制度を導入しようとしているようです。また、断熱への取り組みは自治体だけではありません。地域でがんばっている、家の作り手がたくさんいるのです。

「近年、小さな工務店などでも『基本的な住宅性能を満たす家を建てることが、住む人の快適で健康な生活につながる』と考えて、懸命に断熱に取り組んでいる会社が全国にたくさんあります。ぜひそのような物件や会社に注目してほしいですね」

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これからも快適に住み続けるために、私たちが考えたいこと

最後に前さんに、これから私たちが住まいの省エネや断熱をどのように考えていくかべきかについてメッセージをもらいました。

「近年、デザイン性の高いものや3Dプリンターを使った技術など、建築手法に凝ったものなどさまざまな建築が話題にのぼりますが、私は本来、建築は手段であり、目的そのものではない。建築は『器』であり、その中で営まれる人びとの生活がメインのコンテンツだと考えています。なので、中で暮らす人を幸せにすることこそが、建築の第一の使命のはずです。住む人を幸せにするためには、当然に快適で安心で安全な家でなければなりません。寒い、暑い、電気代が高いなどといった問題は、今や設計や技術によって容易に解決できるわけですから、早急に解決しなければならない問題です。今の日本の低い住宅性能基準に合わせて住宅をつくっていては、到底、数十年後の将来に評価される、つまり資産としても価値のある家にはなりません。

断熱の効果は一度体験してみれば全く快適性が異なることを感じていただけるものです。最近ではいろいろなところで、断熱ワークショップやオープンハウス、宿泊体験などをやっているのを見るようになりました。目にされる機会があればぜひ実体験をしてその効果と『暮らしが変わる』可能性を実感してほしいと思います」

「断熱の効果は体験してみないとわからないが、一度体験すると断熱なしの生活には戻れない」と言う前さん(写真撮影/片山貴博)

「断熱の効果は体験してみないとわからないが、一度体験すると断熱なしの生活には戻れない」と言う前さん(写真撮影/片山貴博)

工学部の建物の屋上には、断熱効果を実験するためのハウスを設置。土台が回転するようになっており、あらゆる方角に窓の向きを変えることで日照条件を変更しながら日射取得や暖冷房熱負荷などの測定ができる(写真撮影/片山貴博)

工学部の建物の屋上には、断熱効果を実験するためのハウスを設置。土台が回転するようになっており、あらゆる方角に窓の向きを変えることで日照条件を変更しながら日射取得や暖冷房熱負荷などの測定ができる(写真撮影/片山貴博)

前さんは「1回施工すれば効果が数十年という長いスパンで続くのが、建築の良いところ」だと言います。さらに「2100年に暮らす人から『建てておいてくれて、ありがとう』と言ってもらえる住宅を増やしていきたいと思いませんか?」と投げかけます。

日々の自分と家族の生活を快適で安心なものにするために、そして日本の住環境全体をより良いものにしていくためにも、断熱に興味をもち、その良さを実感する機会を積極的に探してみることが「幸せな暮らし」への第一歩になるかもしれません。

●取材協力
東京大学 Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室

内窓DIYで室温10度も断熱できる省エネ対策。ホームセンターで買えるお手軽キットでも可能

「夏暑く、冬寒い」「結露ができて不快」、こうした住まいの問題を解決するには、どうやら「窓」の改修がいいらしい、ということが知られるようになりました。とはいえ、どのくらい効果があるの?DIYで手軽にできない?などの疑問はつきないはず。そうした疑問や悩みを解消してくれる「断熱改修はじめの一歩」ワークショップが長野県で開催されました。子どもも参加OK、ホームセンターで買える簡易的な内窓キットと最低限の工具だけを使って内窓のDIYをしよう! という一見お手軽な内容にも関わらず完成した内窓をつけたところ、なんと10度も表面の温度差が生まれるという驚きの結果に。その様子をレポートします。

内窓をDIYで自作してみたい!長野県全域から希望者殺到!

「断熱改修はじめの一歩」という講演会とDIYワークショップが開催されたのは、長野県上田市。二部構成で、一部は断熱推進イニシアチブ合同会社の木下史朗さんによる講演、現役の建具職人でもある有限会社クボケイの窪田智文さんのミニレクチャー、二部は市販されている内窓キットを使ってのDIYワークショップというもの。主催は長野県上田地域振興局で、運営にあたるのがNPO法人上田市民エネルギーです。

近年、内窓をDIYで作成できる「内窓キット」がホームセンターなどで購入できるようになっています。今回のワークショップではこの「内窓キット」を用いて、建具職人を講師に招いて、内窓を実際につくるという試みです。ちなみに、必要な道具は差し金や鉛筆、カッターなどの身近なものばかり。DIYの心得がなくとも誰でもできるといいます。

一部の講演会には上田市在住の方だけでなく、長野県内各地から約60名が参加し、二部のワークショップの定員20名はわずか数日で満員になったとか。想像以上の関心の高さに圧倒されますが、長野県上田市は冬の寒さはもちろん、夏はびっくりするほど暑くなるそう。

「全国的に暑かった2023年ですが、上田では全国最高の38.4度を記録したこともあるほど。とにかく夏は暑いんです。さらに冬は寒いため、二酸化炭素削減にも健康面でも、建物の省エネ性能向上が必須なんです」と話すのは上田市民エネルギーで理事長を務める藤川まゆみさん。

長野県はこうした自然の厳しさを背景に、住まいや建物の省エネルギー性向上を推進しており、上田高校や白馬高校など複数の県立高校で高校生が企画運営する断熱ワークショップを支援しています。また、こうした学生の断熱に関する取り組みがニュースになることも多く、それを見聞きした保護者をはじめ、一般世帯にも関心が広がっているようです。すばらしい流れですね。

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断熱改修の初心者に向けて。講演会でしっかりと知識を身に付ける!

まず一部は「断熱改修はじめの一歩」と題して、断熱推進イニシアチブの木下史朗さんが、自宅のサーモグラフィ画像をあげつつ、自宅や軽井沢の高性能賃貸「六花荘」を建てたこと、軽井沢の空き家を性能向上リノベさせたエピソードを紹介。

木下さんが断熱に目覚めるきっかけとなった家の寒さ。室内だが窓枠の表面温度は1度(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

木下さんが断熱に目覚めるきっかけとなった家の寒さ。室内だが窓枠の表面温度は1度(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

高性能賃貸「六花荘」をサーモグラフィカメラで撮影。もっとも冷たいのは牛乳。室温は20度程度に保たれており、裸足でも大丈夫な暖かさに(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

高性能賃貸「六花荘」をサーモグラフィカメラで撮影。もっとも冷たいのは牛乳。室温は20度程度に保たれており、裸足でも大丈夫な暖かさに(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

木下さんが実際に性能向上リノベをした物件。改修前はUa値0.94でしたが改修後は Ua値0.28と大幅に性能向上(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

木下さんが実際に性能向上リノベをした物件。改修前はUa値0.94でしたが改修後は Ua値0.28と大幅に性能向上(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

加えて、日本の既存住宅のうち、1999年の省エネ基準(2025年義務化予定)に達しているのがわずか1割程度しかないこと、建築物が断熱されていないため多くのエネルギーを無駄にしていること、断熱性能をあげるにはまず「窓」が大切であることを説明していきます。実体験+データを交えての話はリアリティがあるうえ、建築士ではなく、ひとりの住まい手としての体験から得た話となっており、非常にわかりやすいものとなっていました。

また、現在は「先進的窓リノベ事業」「長期優良住宅リフォーム推進事業」「信州健康ゼロエネ住宅(リフォーム)」といった助成制度があること、省エネ性能が高いものほど補助額が高いこと、今ある窓の内側にもう一枚窓をつくる工法、今ある窓枠を壊さず新しい窓に交換する工法があることなども紹介されていました。

上田高校の断熱改修ワークショップの施工前

上田高校の断熱改修ワークショップの施工前と施工後(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

上田高校の断熱改修ワークショップの施工前と施工後(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

断熱材を入れたところはオレンジで15度になっているが、入っていないところは紫色で7.6度。表面の温度差7.4度!(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

断熱材を入れたところはオレンジで15度になっているが、入っていないところは紫色で7.6度。表面の温度差7.4度!(画像提供/断熱推進イニシアチブ)

参加者には子育て世帯が多いのかと思いきや、年配世代も多数参加していました。築年数が経過した住まいは無断熱、または断熱性の低い住まいが多いので、当たり前といえば当たり前かもしれません。講演のあとには、断熱材の主な材質とその特徴の違いについての質問が飛び出すなど、講演者・参加者のみなさんの本気度合いに圧倒されます。

建具職人によるDIYのコツ。成否の鍵を握るのは採寸と裁断

その後、二部でも登場する現役の建具職人・窪田智文さんが登壇し、ホームセンターで販売されている内窓キットを使って内窓を作成するコツを話してくれました。窪田さんは2012年の技能五輪全国大会家具部門で銅メダルに輝き、現在でも建具と家具を担当する現役の建具職人です。今までも上田高校などの断熱ワークショップを手伝っているそうですが、地元にこうしたトップクラスの職人さんがいて、協力を得られるのは大変貴重です。

窪田さんによるDIYのミニレクチャー。みなさん熱心にメモをとっていらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

窪田さんによるDIYのミニレクチャー。みなさん熱心にメモをとっていらっしゃいます(写真撮影/嘉屋恭子)

窪田さんによると、ホームセンターでも内窓のDIYキットの取り扱いは増えているとのこと。DIYキットの内容は(1)窓枠に貼るレール、(2)サッシにあたるフレームのセットで、価格は2000~4000円程度。これに加えて、窓ガラスに相当するポリカーボネートを購入し、1窓約1万円程度でできるそう。

既存の窓に加えて、内窓を1枚つけると空気層ができます。空気は熱を伝えにくい性質をもっているため、冬は暖かく、夏は涼しくなる、これが内窓での断熱性が向上する理由です。
内窓のDIYを成功させるにはいくつかコツがあるそうですが、要約すると以下になります。

(1)既存の窓枠をしっかり採寸する
・定規はしっかりした材質で、まっすぐ良いものを使う
・レーザー計測器もあるが、自分でもしっかり確認を
・幅や高さだけでなく、真ん中の高さ、斜めもしっかり測る
(築年数が経過した物件はたわんでいることがあるため、たわんでいたら要補正)

(2)窓にあたるポリカーボネート板をまっすぐ裁断する
・ポリカーボネート板を、計測したサイズどおりに、まっすぐ切ること
・一度に切ろうとするのではなく、表面に筋をつけていき、徐々に裁ち落とす
・自分で切るのが難しい人はホームセンターのカットコーナーで依頼するとよい(ホームセンターにもよるが、1カット100円以内)

また、窓が大きいほど採寸・裁断が難しくなるため、まずは小さな窓からはじめてみて、成功したら次の窓をすすめるとよい、とアドバイスしていました。

温度差10度! 部屋の体感はぐっと暖かくなった

そしていよいよ二部のワークショップへ。今回は上田地域振興局が入る上田合同庁舎3階の会議室の内窓合計14枚を作り、その後も使っていく計画です。市民参加で公共建築物の断熱性が向上できるのは、とても有意義な取り組みですよね。何しろ(1)ワークショップの場として活用でき、(2)設計施工費用を抑えることができる、(3)建物の省エネ性能が高まる、(4)内窓を知らなかった人も目にすることができ、興味が湧く、など一石四鳥にもなるからです。

講師となる窪田さんに加え、木下さん、小さなお子さんはもちろん、高校生、大人など幅広い世代の参加者がいっしょに作業をしていきます。まずは安全のためにラジオ体操を行いますが、同じ空間で体操をするとぐっと気持ちの距離が縮まり、和やかな雰囲気になります。

また、SUUMOジャーナル編集部員も人生初のDIY体験で参加しましたが、「取材じゃなければ、人生で一度もDIYをしないと思う」というタイプだそう。興味はあるものの、なかなか腰が重い。これは、多くの人が同じ気持ちになるのではないでしょうか。

そんなDIYスキルも事情も異なる参加者が力を合わせ、完成したのが14枚の内窓です。まずは完成したところからご覧ください。下の写真でいうと、右の白枠が設置した内窓、左の結露しているのが既存の窓です。

窓にさわって温度の違い感じるお子さん。既存の窓は冷たく結露していますが、内窓はひんやりとせず温かい!(写真撮影/嘉屋恭子)

窓にさわって温度の違い感じるお子さん。既存の窓は冷たく結露していますが、内窓はひんやりとせず温かい!(写真撮影/嘉屋恭子)

完成した14枚の内窓をはめこんだ様子。内窓と既存の窓、その表面温度差10度にも(写真撮影/嘉屋恭子)

完成した14枚の内窓をはめこんだ様子。内窓と既存の窓、その表面温度差10度にも(写真撮影/嘉屋恭子)

内窓をつけたところ。サーモグラフィカメラで撮影すると17度と温かくなっています(写真撮影/嘉屋恭子)

内窓をつけたところ。サーモグラフィカメラで撮影すると17度と温かくなっています(写真撮影/嘉屋恭子)

既存窓を撮影するとなんと7度。そばによるとひんやりとした冷気を感じます(写真撮影/嘉屋恭子)

既存窓を撮影するとなんと7度。そばによるとひんやりとした冷気を感じます(写真撮影/嘉屋恭子)

取材日は最高気温5度、外はみぞれ交じりの天気でしたが、内窓はつけるとその表面温度は17度に。手のひらでさわるとより温かさを実感します。約2時間でここまででき、さらに直後で冷やされていないとはいえ表面温度にこんな変化があるとは。まさに感動!のひとことです。

内窓DIYするなら、ホームセンターのカットサービスを活用すると簡単に!

ここであらためて、どのようなプロセスで進められていったのか紹介します。

<使う道具>
内窓キット 14枚分
ポリカーボネート板 14枚分
軍手、差し金、鉛筆、カッターなど

<ワークショップの流れ>
(1)窓レールにあたるパーツの切り落とし
(2)窓レールにあたるパーツを貼る
(3)フレームパーツを切り落とし
(4)ポリカーボネート板を切り落とす
(5)フレームをはめ、フィルムを剥がす
(6)完成した窓を窓枠にはめる

こうしてみると、特別な道具は使わず、材料を切断して貼ったり、枠にはめていったりと、難しい作業はしていません。ただ、やっぱりそこは初対面の人との共同作業になるので、談笑しつつ手探りで作業を進めていきます。

(1)指示にしたがって窓枠になるパーツを指定のサイズに裁ち落とす(写真撮影/嘉屋恭子)

(1)指示にしたがって窓枠になるパーツを指定のサイズに裁ち落とす(写真撮影/嘉屋恭子)

(2)カットした窓枠を両面テープで貼って固定しているところ(写真撮影/嘉屋恭子)

(2)カットした窓枠を両面テープで貼って固定しているところ(写真撮影/嘉屋恭子)

既存の窓枠の手前、白い樹脂が貼り付けた内窓のレール部分になります(写真撮影/嘉屋恭子)

既存の窓枠の手前、白い樹脂が貼り付けた内窓のレール部分になります(写真撮影/嘉屋恭子)

(4)ポリカーボネート板を規定のサイズに裁断していきます(写真撮影/嘉屋恭子)

(4)ポリカーボネート板を規定のサイズに裁断していきます(写真撮影/嘉屋恭子)

カットできたポリカーボネート板にフレームをはめこんでいきます(写真撮影/嘉屋恭子)

カットできたポリカーボネート板にフレームをはめこんでいきます(写真撮影/嘉屋恭子)

最後にフィルムを剥がして完成(写真撮影/嘉屋恭子)

最後にフィルムを剥がして完成(写真撮影/嘉屋恭子)

白いフレームがDIYで作った内窓です。1面ですが、達成感と充実感が湧き上がります(写真撮影/嘉屋恭子)

白いフレームがDIYで作った内窓です。1面ですが、達成感と充実感が湧き上がります(写真撮影/嘉屋恭子)

参加されたみなさんに感想を聞きましたが、「実際にできるか不安だったが、楽しかった」「プロの技がすごいなと思った」などの感想が。なかには「DIYはあきらめてプロに依頼しようと思いました」「ホームセンターで切断してもらって、はめるだけならできるかも」との声も。確かにホームセンターで「裁断」までしてもらえていれば、ぐっと家庭でも取り入れやすいと思いました。

筆者は窪田さんのキズをつけないコツ、四隅のサイズを少しずつ調整していく仕事の確かさ、身のこなしなどが印象に残りました。なかなか見られない建具職人の仕事ぶりは、まさに眼福です。

さらに今回、DIY初体験だった編集部員はDIYに開眼したらしく、黙々とポリカーボネート板を切り落としていました。「無心になれていい。モノをつくる達成感がふつふつと湧いてくる」とのこと。DIYは無縁と思っていても、目の前で一つの形になっていく、クリエイトする喜びはやっぱり人の心に訴えかけるものがあるようです。

主催した長野県上田地域振興局環境課の上原さんによると、企画の背景を「地球温暖化対策として、やはり窓がよいということを聞いて、今回のワークショップを企画しました。想像以上に反響があり、関心の高さを実感しました。また、実際に手を動かすなかで得られたものは大きいですし、何よりみなさん進むとにこにこしてらして。身近なところから環境負荷を減らすとともに、住まいが快適になればうれしいですね」と話していました。

今回の講演とワークショップ、大きな反響もあったようなので今後、上田だけでなく、長野県全域に広がっていくかもしれません。こうした「断熱改修」の流れが、日本全国の津々浦々に広がっていったらいいのに、そう願わずにはいられません。

●取材協力
・長野県上田地域振興局環境課
・NPO法人上田市民エネルギー
・断熱推進イニシアチブ
・有限会社クボケイ

“高温多湿”の沖縄でも断熱リフォームは必要? 地域の気候と文化の難題向き合い光熱費42%削減!?

光熱費の値上げが家計の大きな問題になっている昨今。電気の価格は、各地の電力会社によって差があります。2023年6月に国内の大手電力会社7社がいっせいに電気料を値上げしたなか、沖縄県は33.3%と7社の中でも2番目に高い上昇率。冬も暖かい沖縄県内はこれまで「断熱」「省エネ」の認識が低かったのですが、いよいよ無視できない状況になっています。リノベーション会社アーキラボラフィット(RENOBEES)(沖縄県沖縄市)は高断熱性能の賃貸&全館空調マンションに挑んでいますが、「ひと筋縄ではいかない」といいます。

モデルルームとしてリノベーションをした、沖縄市にある2LDK・55平米の中古マンションで沖縄の断熱最新事情のお話をうかがいました。

全館空調システムを1室からリノベーションで実現

モデルルームで出迎えてくれたのは、代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでから・れいこ)さんです。

代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでかる・れいこ)さん(写真撮影/島袋常貴)

代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでかる・れいこ)さん(写真撮影/島袋常貴)

「ここ沖縄県でも、多くのご家庭が光熱費の高騰に頭を悩ませています。しかし、寒冷地域とは異なり、断熱に目を向けるご家庭は多くありません」。2級建築士資格を持つ徳里さんはそう話します。

たしかに、沖縄県に住んでいる筆者の周りでも「断熱」という言葉を耳にしたことは皆無です。よく耳にするのは、台風時の豪雨や強風による浸水、雨漏り、破損などをいかに防ぐか。沖縄独特の瓦や、石造りの家などがこれに当たります。もしくは、湿度の高い沖縄で、カビを防ぐためにいかに風通しを良くするか、などです。

また、夏の気候が長く続く沖縄では、時に10月、11月になっても冷房つけているご家庭も。当然ながら、その時期は電気代が跳ね上がります。

しかしこうした冷房も、実は断熱住宅のほうが機密性が高く、長く涼しさが続くとされています。

「マンション1室まるごとを全館空調で管理する場合は、通常の家で使う部屋だけにクーラーをつけているよりも光熱費が安くなるケースも多いのです」(嘉手苅さん)

いったいどういうことなのか、さっそく室内を拝見してみましょう。

オープンクローゼットなど沖縄ならではの工夫も

モデルルームになったのは沖縄県沖縄市にあるマンション。沖縄は冬でも20度前後で過ごしやすい日もあるのですが、この日は2023年で1番といってもいいほど冷え込んでおり、外気温は15度前後。長袖を一枚はおらないと肌寒さを感じる日でした。

玄関ドアを開けると、まず三和土の先はフローリングが張られ、リビングへ続く廊下はまたドアで仕切られています。

「外気やそこに含まれる湿気がリビングに流れ込まないようにするためです」(德里さん)

室内に一歩足を踏み入れた瞬間、思わず「暖かい!」と声が出てしまうほど。室内は、全館空調で室温22度前後、湿度約60%に保たれています。

全館空調のメリットを最大限引き出すには、気密性の高さがとても大切です。ドアは曇りガラスになっているため、リビングの窓から入る光を通し、玄関は薄暗さを感じられません。

玄関とリビングはすりガラスが入ったドアで仕切られていますが、それでも全館空調の威力を感じます(写真撮影/島袋常貴)

玄関とリビングはすりガラスが入ったドアで仕切られていますが、それでも全館空調の威力を感じます(写真撮影/島袋常貴)

向かって右側には、オープン式のシューズラックが設けられています。

「多湿な沖縄では、引き出しや戸棚の中のものにカビが生えやすいことから、オープン式のシューズラックや洋服掛けなどが好まれます。まれに、ドア付きのクローゼットのドアをわざわざ開け放しておく方もいるほどです」(同)

確かに、個室に設けられたクローゼットもオープン式です。

個室のオープン式クローゼットは、通気性の高さで沖縄の人々に人気(写真撮影/島袋常貴)

個室のオープン式クローゼットは、通気性の高さで沖縄の人々に人気(写真撮影/島袋常貴)

全館空調システムは、キッチンの天井裏にはめ込まれています。ケィ・マックインダストリー社の24時間換気システムで、導入費は200万円ほど。リビングを通ったダクトから外気を室温に近づけて給気する仕組みです。

キッチン天井裏に取り付けられた全館空調システム(写真撮影/島袋常貴)

キッチン天井裏に取り付けられた全館空調システム(写真撮影/島袋常貴)

キッチンの天板はステンレス、それ以外の部分はホーロー製(写真撮影/島袋常貴)

キッチンの天板はステンレス、それ以外の部分はホーロー製(写真撮影/島袋常貴)

全ての居室の室温や湿度、換気などをキッチンで一元管理できます(写真撮影/島袋常貴)

全ての居室の室温や湿度、換気などをキッチンで一元管理できます(写真撮影/島袋常貴)

外気を取り入れるビングのダクトは白色にして圧迫感を減らしています(写真撮影/島袋常貴)

外気を取り入れるビングのダクトは白色にして圧迫感を減らしています(写真撮影/島袋常貴)

寝室の様子。リノベーションして内廊下に面した窓があるため光が入って開放的(写真撮影/島袋常貴)

寝室の様子。リノベーションして内廊下に面した窓があるため光が入って開放的(写真撮影/島袋常貴)

「エアコンの室外機を1つずつ設置しなくてよいので、意匠的にも優れています」(同)

全館空調の効果を最大限に発揮するために、壁と床にはそれぞれ厚さ2.5cmの断熱材を使用しています。

断熱材が入ることで、外から沖縄の太陽で照り付けられても熱が室内にこもることがなく、冷房で冷やされた室温を維持しやすいのです。また、外部の湿気が内部に侵入しにくという効果もあります。

コンクリートの建物で、このように室内の壁と床に断熱材を入れることは珍しいといいます。

断熱工事の様子。壁をはがして、厚さ2.5cmの断熱材を入れていきます(写真撮影/島袋常貴)

断熱工事の様子。壁をはがして、厚さ2.5cmの断熱材を入れていきます(写真撮影/島袋常貴)

リビングに面した窓も、二重サッシで防音もバッチリ。部屋は大通りに面していて、日中は車通りもありましたが、音はほとんど気になりませんでした。樹脂製の内窓は、室内の木目調のインテリアともマッチしています。

居室は全てフローリング材で統一されていますが、この床材は本州で使われるものと同じ木材です。

開放的なリビングの床もフローリングで、気温と湿度が完全にコントロールされているため快適に過ごすことができます(写真撮影/島袋常貴)

開放的なリビングの床もフローリングで、気温と湿度が完全にコントロールされているため快適に過ごすことができます(写真撮影/島袋常貴)

内窓を取り付けて二重窓に。金属性よりも断熱性が高い樹脂製を採用(写真撮影/島袋常貴)

内窓を取り付けて二重窓に。金属性よりも断熱性が高い樹脂製を採用(写真撮影/島袋常貴)

「通常、沖縄では湿気に強いチークやメルバウなどをフローリングに使用します。反ったり膨張したりしにくいのですが、独特の赤みがでてしまうんです。しかし、全館空調であれば湿度も管理されていますから、そういった心配もありません。床材の選択肢が広がると、選択できるインテリアの幅も広がりますよね」(同)

気になる光熱費について、全館空調・断熱の導入前後を比較してみましょう。

アーキラボラフィット(RENOBEES)の試算によると、導入前の年間の光熱費は月額平均約3万7,067円(年間44万4,804円)。導入後は月額平均2万1,615円(年間25万9,378円)と、約42%の削減効果が見込まれるそうです(平均外気温22.9℃で計算)。

アーキラボラフィット(RENOBEES)の試算

一方、断熱工事を含め、かかったリノベーション費用は1300万円。全館空調システムの200万円を合わせて、計1500万円の初期投資が必要です。

今回は自社施工だったため、補助金などを活用することはできませんでした。

一般の方が同じリノベーションに取り組む場合には、国の制度である「住宅省エネ2024キャンペーン」の中の①質の高い住宅ストック形成に関する省エネ住宅への支援(仮称)の「住宅の省エネ改修」に該当する場合は1戸あたり上限20~30万円(30万円は子育て世帯・若者夫婦世帯)。子育て世帯・若者夫婦世帯が既存住宅購入を伴う場合には、1戸あたり上限60万円の補助が受けられます。

窓については、同補助金「先進的窓リノベ2024」の要件に該当した場合は、工事内容に応じて定める額(補助率1/2相当等、上限200万円まで)、また「子育てエコホーム」の要件に該当する場合は、最大20~60万円の補助が受けられます。

また、沖縄市在住の場合は「沖縄市住宅リフォーム支援事業補助金」の中の「バリアフリー・省エネ等改修工事」で施工金額のうち、最大25%の補助金を受け取ることができる可能性があります。

気密性の高さは沖縄で受け入れられるか

沖縄ではまだ目新しい全館空調・断熱リノベマンション。ほこりや排気ガスの侵入や、騒音なども防ぐことができ一石二鳥なのですが、沖縄の文化になじむか否かはこれから検証が必要です。

沖縄では風水を重視する傾向などから、ドアや窓を開け、通気性がよいことを好む人々も少なくありません。夏場であっても玄関や窓を開け放しているご家庭も見受けられるのですが、全館空調を取り入れた物件で同じことをしてしまうと、空調が効かなくなるだけでなく、外気からの湿度の影響を受けてフローリングや家具などにカビやたわみなどの影響が出てくることも考えられます。

一方で、中国本土の一部や香港などでは、通年でエアコンをかけ、気密性が高い居室を好む地域もあります。これはSARSや大気汚染などの影響で、頻繁に換気で外気を取り入れるよりも、同じ空気を、フィルターを通して循環させたほうが清潔である、という考え方があるためです。沖縄の物件は外国人にも人気。全館空調・断熱の家はこうした地域出身の外国人には好まれるかもしれません。

「弊社でも初めての試みですが、今後も上がり続けるであろう光熱費に対する、1つの提案になればと思っています」(德里さん)

新たな試みは沖縄の人々に受け入れられるのか、注目していきたいと思います。

●取材協力
アーキラボフィット(RENOBEES)

高温多湿の沖縄でも断熱リフォームは必要? 地域の気候と文化の難題向き合い光熱費42%削減!?

光熱費の値上げが家計の大きな問題になっている昨今。電気の価格は、各地の電力会社によって差があります。2023年6月に国内の大手電力会社7社がいっせいに電気料を値上げしたなか、沖縄県は33.3%と7社の中でも2番目に高い上昇率。冬も暖かい沖縄県内はこれまで「断熱」「省エネ」の認識が低かったのですが、いよいよ無視できない状況になっています。リノベーション会社アーキラボラフィット(RENOBEES)(沖縄県沖縄市)は高断熱性能の賃貸&全館空調マンションに挑んでいますが、「ひと筋縄ではいかない」といいます。

モデルルームとしてリノベーションをした、沖縄市にある2LDK・55平米の中古マンションで沖縄の断熱最新事情のお話をうかがいました。

全館空調システムを1室からリノベーションで実現

モデルルームで出迎えてくれたのは、代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでかる・れいこ)さんです。

代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでかる・れいこ)さん(写真撮影/島袋常貴)

代表取締役の德里政俊(とくざと・まさとし)さんと取締役/プランナーの嘉手苅麗子(かでかる・れいこ)さん(写真撮影/島袋常貴)

「ここ沖縄県でも、多くのご家庭が光熱費の高騰に頭を悩ませています。しかし、寒冷地域とは異なり、断熱に目を向けるご家庭は多くありません」。2級建築士資格を持つ徳里さんはそう話します。

たしかに、沖縄県に住んでいる筆者の周りでも「断熱」という言葉を耳にしたことは皆無です。よく耳にするのは、台風時の豪雨や強風による浸水、雨漏り、破損などをいかに防ぐか。沖縄独特の瓦や、石造りの家などがこれに当たります。もしくは、湿度の高い沖縄で、カビを防ぐためにいかに風通しを良くするか、などです。

また、夏の気候が長く続く沖縄では、時に10月、11月になっても冷房つけているご家庭も。当然ながら、その時期は電気代が跳ね上がります。

しかしこうした冷房も、実は断熱住宅のほうが機密性が高く、長く涼しさが続くとされています。

「マンション1室まるごとを全館空調で管理する場合は、通常の家で使う部屋だけにクーラーをつけているよりも光熱費が安くなるケースも多いのです」(嘉手苅さん)

いったいどういうことなのか、さっそく室内を拝見してみましょう。

オープンクローゼットなど沖縄ならではの工夫も

モデルルームになったのは沖縄県沖縄市にあるマンション。沖縄は冬でも20度前後で過ごしやすい日もあるのですが、この日は2023年で1番といってもいいほど冷え込んでおり、外気温は15度前後。長袖を一枚はおらないと肌寒さを感じる日でした。

玄関ドアを開けると、まず三和土の先はフローリングが張られ、リビングへ続く廊下はまたドアで仕切られています。

「外気やそこに含まれる湿気がリビングに流れ込まないようにするためです」(德里さん)

室内に一歩足を踏み入れた瞬間、思わず「暖かい!」と声が出てしまうほど。室内は、全館空調で室温22度前後、湿度約60%に保たれています。

全館空調のメリットを最大限引き出すには、気密性の高さがとても大切です。ドアは曇りガラスになっているため、リビングの窓から入る光を通し、玄関は薄暗さを感じられません。

玄関とリビングはすりガラスが入ったドアで仕切られていますが、それでも全館空調の威力を感じます(写真撮影/島袋常貴)

玄関とリビングはすりガラスが入ったドアで仕切られていますが、それでも全館空調の威力を感じます(写真撮影/島袋常貴)

向かって右側には、オープン式のシューズラックが設けられています。

「多湿な沖縄では、引き出しや戸棚の中のものにカビが生えやすいことから、オープン式のシューズラックや洋服掛けなどが好まれます。まれに、ドア付きのクローゼットのドアをわざわざ開け放しておく方もいるほどです」(同)

確かに、個室に設けられたクローゼットもオープン式です。

個室のオープン式クローゼットは、通気性の高さで沖縄の人々に人気(写真撮影/島袋常貴)

個室のオープン式クローゼットは、通気性の高さで沖縄の人々に人気(写真撮影/島袋常貴)

全館空調システムは、キッチンの天井裏にはめ込まれています。ケィ・マックインダストリー社の24時間換気システムで、導入費は200万円ほど。リビングを通ったダクトから外気を室温に近づけて給気する仕組みです。

キッチン天井裏に取り付けられた全館空調システム(写真撮影/島袋常貴)

キッチン天井裏に取り付けられた全館空調システム(写真撮影/島袋常貴)

キッチンの天板はステンレス、それ以外の部分はホーロー製(写真撮影/島袋常貴)

キッチンの天板はステンレス、それ以外の部分はホーロー製(写真撮影/島袋常貴)

全ての居室の室温や湿度、換気などをキッチンで一元管理できます(写真撮影/島袋常貴)

全ての居室の室温や湿度、換気などをキッチンで一元管理できます(写真撮影/島袋常貴)

外気を取り入れるビングのダクトは白色にして圧迫感を減らしています(写真撮影/島袋常貴)

外気を取り入れるビングのダクトは白色にして圧迫感を減らしています(写真撮影/島袋常貴)

寝室の様子。リノベーションして内廊下に面した窓があるため光が入って開放的(写真撮影/島袋常貴)

寝室の様子。リノベーションして内廊下に面した窓があるため光が入って開放的(写真撮影/島袋常貴)

「エアコンの室外機を1つずつ設置しなくてよいので、意匠的にも優れています」(同)

全館空調の効果を最大限に発揮するために、壁と床にはそれぞれ厚さ2.5cmの断熱材を使用しています。

断熱材が入ることで、外から沖縄の太陽で照り付けられても熱が室内にこもることがなく、冷房で冷やされた室温を維持しやすいのです。また、外部の湿気が内部に侵入しにくという効果もあります。

コンクリートの建物で、このように室内の壁と床に断熱材を入れることは珍しいといいます。

断熱工事の様子。壁をはがして、厚さ2.5cmの断熱材を入れていきます(写真撮影/島袋常貴)

断熱工事の様子。壁をはがして、厚さ2.5cmの断熱材を入れていきます(写真撮影/島袋常貴)

リビングに面した窓も、二重サッシで防音もバッチリ。部屋は大通りに面していて、日中は車通りもありましたが、音はほとんど気になりませんでした。樹脂製の内窓は、室内の木目調のインテリアともマッチしています。

居室は全てフローリング材で統一されていますが、この床材は本州で使われるものと同じ木材です。

開放的なリビングの床もフローリングで、気温と湿度が完全にコントロールされているため快適に過ごすことができます(写真撮影/島袋常貴)

開放的なリビングの床もフローリングで、気温と湿度が完全にコントロールされているため快適に過ごすことができます(写真撮影/島袋常貴)

内窓を取り付けて二重窓に。金属性よりも断熱性が高い樹脂製を採用(写真撮影/島袋常貴)

内窓を取り付けて二重窓に。金属性よりも断熱性が高い樹脂製を採用(写真撮影/島袋常貴)

「通常、沖縄では湿気に強いチークやメルバウなどをフローリングに使用します。反ったり膨張したりしにくいのですが、独特の赤みがでてしまうんです。しかし、全館空調であれば湿度も管理されていますから、そういった心配もありません。床材の選択肢が広がると、選択できるインテリアの幅も広がりますよね」(同)

気になる光熱費について、全館空調・断熱の導入前後を比較してみましょう。

アーキラボラフィット(RENOBEES)の試算によると、導入前の年間の光熱費は月額平均約3万7,067円(年間44万4,804円)。導入後は月額平均2万1,615円(年間25万9,378円)と、約42%の削減効果が見込まれるそうです(平均外気温22.9℃で計算)。

アーキラボラフィット(RENOBEES)の試算

一方、断熱工事を含め、かかったリノベーション費用は1300万円。全館空調システムの200万円を合わせて、計1500万円の初期投資が必要です。

今回は自社施工だったため、補助金などを活用することはできませんでした。

一般の方が同じリノベーションに取り組む場合には、国の制度である「住宅省エネ2024キャンペーン」の中の①質の高い住宅ストック形成に関する省エネ住宅への支援(仮称)の「住宅の省エネ改修」に該当する場合は1戸あたり上限20~30万円(30万円は子育て世帯・若者夫婦世帯)。子育て世帯・若者夫婦世帯が既存住宅購入を伴う場合には、1戸あたり上限60万円の補助が受けられます。

窓については、同補助金「先進的窓リノベ2024」の要件に該当した場合は、工事内容に応じて定める額(補助率1/2相当等、上限200万円まで)、また「子育てエコホーム」の要件に該当する場合は、最大20~60万円の補助が受けられます。

また、沖縄市在住の場合は「沖縄市住宅リフォーム支援事業補助金」の中の「バリアフリー・省エネ等改修工事」で施工金額のうち、認められれば最大25%の補助金を受け取ることができる可能性があります。

気密性の高さは沖縄で受け入れられるか

沖縄ではまだ目新しい全館空調・断熱リノベマンション。ほこりや排気ガスの侵入や、騒音なども防ぐことができ一石二鳥なのですが、沖縄の文化になじむか否かはこれから検証が必要です。

沖縄では風水を重視する傾向などから、ドアや窓を開け、通気性がよいことを好む人々も少なくありません。夏場であっても玄関や窓を開け放しているご家庭も見受けられるのですが、全館空調を取り入れた物件で同じことをしてしまうと、空調が効かなくなるだけでなく、外気からの湿度の影響を受けてフローリングや家具などにカビやたわみなどの影響が出てくることも考えられます。

一方で、中国本土の一部や香港などでは、通年でエアコンをかけ、気密性が高い居室を好む地域もあります。これはSARSや大気汚染などの影響で、頻繁に換気で外気を取り入れるよりも、同じ空気を、フィルターを通して循環させたほうが清潔である、という考え方があるためです。沖縄の物件は外国人にも人気。全館空調・断熱の家はこうした地域出身の外国人には好まれるかもしれません。

「弊社でも初めての試みですが、今後も上がり続けるであろう光熱費に対する、1つの提案になればと思っています」(德里さん)

新たな試みは沖縄の人々に受け入れられるのか、注目していきたいと思います。

●取材協力
アーキラボラフィット(RENOBEES)

築40年超も2000万円リノベで耐震等級3相当・断熱等級6以上と国内最高レベルにできた! 実家も新築並に性能向上

最近のリノベーションブームを受けて、実家を、あるいは中古一戸建てを購入してリフォームすることを視野に入れている人も多いのではないでしょうか。しかし、気をつけてほしいことがあります。それは住宅の性能向上です。その名も「性能向上リノベの会」を立ち上げた、YKK AP 住宅本部 リノベーション事業部の西宮貴央さんにお話を伺いながら、その理由を紐解いていきましょう。

耐震性能や断熱性能が心もとない中古一戸建てがたくさんある古い中古一戸建てをライフスタイルに合わせてリノベーションすると、あわせて「耐震」「断熱」性能も高めることができる(写真提供/YKK AP)

古い中古一戸建てをライフスタイルに合わせてリノベーションすると、あわせて「耐震」「断熱」性能も高めることができる(写真提供/YKK AP)

中古一戸建てをリフォーム/リノベーションすれば、たいていは新築一戸建てを建てるよりも費用を抑えられます。注文住宅同様に自分たちのライフスタイルに合わせた間取りや仕様にできるのが魅力。

そんな中古一戸建てのリフォーム/リノベーションで注意したいのが、「耐震」と「断熱」性能の向上です。

リノベーション前(写真提供/YKK AP)

リノベーション前(写真提供/YKK AP)

レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)

レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)

窓の周りの壁(写真では見えないが)にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入り、さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームが入った施工事例(写真提供/YKK AP)

窓の周りの壁(写真では見えないが)にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入り、さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームが入った施工事例(写真提供/YKK AP)

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

特に、耐震性能については令和6年能登半島地震で改めてその重要性を感じていることでしょう。耐震性能について簡単におさらいすると、建物の地震に対する強さの評価基準は耐震等級1~3の3段階あり、等級1でも、数百年に一度程度の地震(震度6強から7程度)に対しても倒壊や崩壊しないとされています(しかし“いちおう”であり、大破も有り得る)。現在の建築基準法ではこの等級1が最低基準です。

これは2000年6月に施行された建築基準法の改正に基づくものです。そのため、これ以前に建てられた一戸建ては現行の耐震性能を満たしていない可能性があります。特に1981年5月以前に建てられた(建築確認を取得した)旧耐震基準時代の一戸建てについては、自治体が補助金制度を設けてまで耐震診断を促すほど、耐震性能に不安があります。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

また断熱性能については、昨今の光熱費の高騰を受けて、何とかしたいと思っている人もたくさんいるでしょう。脱炭素化社会に向けて新築一戸建ては2025年から省エネ基準への適合が義務化され、断熱等級4以上が求められます。さらに遅くとも2030年までには断熱等級5以上が義務化される予定です。断熱等級4は現在の省エネ基準(平成28年(2016年)基準)、断熱等級5はZEH水準をクリアしていることを示します。

そもそも省エネ基準は昭和55年(1980年)に初めて制定され、この時の基準は現在の断熱等級2に相当します。以降省エネ基準は随時改訂されてきましたが、基準への適合は義務ではなかったため、断熱性能が心もとない一戸建てが非常に多く存在しているのが現状です。現在、断熱等級の最高は7。日本における等級6相当の断熱性能が当たり前になっている中、極めて遅れをとっています。

耐震・断熱性能の向上を明確な数値等で示すプロジェクト

では、このような構造自体に性能が不十分な一戸建てを高性能な新築並かそれ以上の耐震性能、断熱性能まで高めることはできるのでしょうか。結論から言えば、技術的には十分可能です。しかし、その性能はリフォーム施工例によってバラツキがあるのが現状です。

バラツキがある理由は後述しますが、そんな状況下で、明確な耐震性能、断熱性能の数値を掲げて2017年から取り組んできたのがYKK APによる「戸建性能向上リノベーション実証プロジェクト」です。同プロジェクトについては、以前「おしゃれだけじゃない!最先端の“性能向上リノベ“で新築以上の耐震性や断熱性を手に入れる」で取材したので、そちらも参考にしてください。

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

このプロジェクトでは耐震性能は最高等級の耐震等級3(上部構造評点1.5以上)、断熱性能はHeat20のG2(断熱等級6相当)を目標に中古一戸建ての性能を向上させてきました。

耐震等級3とは、倒壊・崩落することなく災害復興の拠点として機能し続けられるだけの高い耐震性があることを示します。消防署や警察署等に義務づけられている耐震レベルです。

自治体が補助金制度によって耐震工事を促している1981年5月以前の旧耐震基準時代の一戸建てでも、しかるべき耐震工事を行えば、耐震等級3基準にまで高めることができます。

「先日の令和6年能登半島地震でもそうですが、やはり耐震性能が低い、特に築40年以上の旧耐震だと命の危険があります。そればかりか、倒れた建物が隣家を壊したり、道を塞いでしまって緊急車両が先に進めないことが多々あります」と、同プロジェクトを立ち上げたYKK AP 住宅本部リノベーション事業部の西宮さん。緊急車両が通れなければ、救える命も失われてしまう可能性があります。

■耐震等級の区分(2000年基準)

耐震等級耐震性対象等級3耐震等級1の1.5倍の耐震性消防署や警察署など。長期優良住宅の対象等級2耐震等級1の1.25倍の耐震性避難場所に指示されている学校や病院など。
長期優良住宅の対象等級1震度5程度で損壊せず、震度6強程度でも即時に倒壊・崩壊しない木造の場合、2000年の改正建築基準法以降に建てられた一戸建て(それ以前に建てられたものがすべて等級1を満たしていないわけではない)

一方、断熱性能がHeat20のG2とは、断熱先進国であるヨーロッパとほぼ同じ世界トップレベルということです。G2は断熱等級6に相当します。

■断熱等級の区分

断熱等級等級7Heat20のG3レベル等級6Heat20のG2レベル等級5ZEH水準。遅くとも2030年までには新築住宅に義務化予定等級42016年の省エネ基準。2025年から新築住宅に義務化等級3平成4年(1992年)基準等級2昭和55年(1980年)基準。1980年の省エネ基準と同等等級1等級2未満

また「Heat20のG2(断熱等級6相当)」は、ZEH水準(断熱等級5)以上ですから、太陽光発電等を備えればエネルギー収支が実質ゼロ以下になります。

昨今の光熱費の高騰に頭が痛いという人も多いでしょう。しかしそれでも今は国が電気や都市ガスの小売事業者に対して補助金を交付することで、一般家庭や企業等の光熱費が値引きされているのです。

この「電気・ガス価格激変緩和対策事業」は、消費者が直接補助金を受けるわけではないので実感しにくいのですが、とはいえ私たちの光熱費が抑えられているのは確かです。ところが同事業は2024年4月末までに終了し、5月以降は激変緩和の幅が縮小される予定です。もしこの事業が終わったら……と思うとゾッとしませんか。しかし、G2レベルに高めて太陽光発電を備えれば光熱費の悩みをスッキリと解消できそうです。

戸建性能向上リノベーションの費用は約2000万円

では「耐震等級3」と「断熱等級6(Heat20のG2相当)」にリノベーションする費用は、一体どれくらいかかるのでしょうか。

一から計算して設計できる新築と違い、中古一戸建ては1棟ごとに立地や間取り等が異なります。さらに古い一戸建ては部屋が細かく分かれているなどするので、やはり現代の暮らしに合わせた間取りに変更しなければなりません。

三重の事例(写真提供/YKK AP)

三重の事例(写真提供/YKK AP)

三重の事例(写真提供/YKK AP)

三重の事例(写真提供/YKK AP)

だからといって、性能向上も間取り変更も、ある意味“思う存分に”やってしまうと費用がうなぎ上りに。いくら耐震や断熱性能が向上するからといって、費用があまりにもかかるのであれば誰もやりたいと思わないでしょう。

「性能を向上させつつ、いかに費用を抑えるかも、我々のプロジェクトでは重要な要素でした。プロジェクトを経た結論として、新築の基準を大きく超える性能に向上させて、かつ暮らしやすい間取り等に変えるための費用は、規模に大きく左右はされますが、概ね2000万円前後だとわかりました」と西宮さん。

「これなら同性能の新築一戸建てを、同じ場所に建てるよりは安く抑えられます。それに、今から新築一戸建てを建てる場合、駅から徒歩15分などの立地が多いのですが、中古一戸建てなら徒歩2~3分の空き家が見つかることも。これからは新築よりも立地条件が良くて、性能の高い一戸建てにリノベーションできる中古物件が増えてくると思います」

また、親族の残した一戸建ての性能を向上させた人は“愛着”がある分、2000万円以上の費用をかける傾向があるそうです。

さらに最近は、生活の中心になるゾーンだけ断熱を行う「ゾーン断熱」を選択する人も増えているのだとか。「住宅全体の耐震&断熱向上リノベーションを図る方々は、だいたい30代~50代です。対して70代以上は断熱のみ “ゾーン断熱”を選ぶ傾向があります」

■ゾーン断熱のイメージ

日常的に長い時間を過ごす場所、行き来することでヒートショックなど健康リスクの高い水まわり・廊下などを含めた生活空間を断熱リフォームする

日常的に長い時間を過ごす場所、行き来することでヒートショックなど健康リスクの高い水まわり・廊下などを含めた生活空間を断熱リフォームする

子育てを終えた二人暮らしの高齢者が、2階建ての住宅全体を断熱するよりも、生活の中心である1階部分のみなどを“ゾーン断熱” するというイメージです。これなら費用を抑えつつ、人生最後の時間のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めることができます。

まずは耐震性能や断熱性能についての知識を得ることから始めよう

ところで、先述のようにリフォームの施工例によってバラツキがあるのはなぜでしょうか。

理由の1つは、施主側が耐震や断熱についてあまり詳しくないことがあります。施主側から具体的な数値等を求めず、施工会社も、例えば断熱で言えば「冬は暖かく夏は涼しくなります」など方針に合意できればスムーズに商談が進んでいくことでしょう。施主の示した予算内で最大限の性能向上を図ればいいので施工する側も、あまり詳しくなくても商売になります。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「あるいは、事業者としては性能向上の技術は知っていても、“そうなれば費用が膨らむが、どうやって施主に説明すればいいのかわからない”など、勧める際のさまざまな課題があります。そこで私たちは、事業者向けに2021年10月に“性能向上リノベの会”を立ち上げました」(西宮さん)

この会では性能向上リノベーションを行いたいと思う事業者に対して、次の4つの役割を果たします。

①技術サポート。対象となる住宅の築年数と目指す性能を入力することで、コストイメージと工事内容が一目でわかる早見表や、現場調査で漏れがないようにするチェックリストといったツールの提供です。

②業務サポート。耐震性能、断熱性能の計算、補助金申請、太陽光発電設置など、専門知識が必要になる業務のサポートです。施工会社が、必要に応じて専門企業とスムーズに業務提携できる仕組みを提供しています。

③営業サポート。施主側に対する同会の取り組みを周知することです。一例として、同会に参画している事業者が自慢の「性能向上リノベ物件」をエントリーする「性能向上リノベ デザインアワード」があります。評価された施工事例は性能を数値化して1冊の本にまとめられ、販売されています。

④ネットワーク。大学教授や専門家によるセミナーを通じて知識のアップデートを通じて会員の知識をアップデートしてもらうための取り組みです。また会員の手がけた施工事例を訪れて、質問できる見学会などもあります。

事業者同士の交流や、技術的ノウハウの習得などに役立ててもらえるように、同会では現場見学会を適宜開催している(写真提供/YKK AP)

事業者同士の交流や、技術的ノウハウの習得などに役立ててもらえるように、同会では現場見学会を適宜開催している(写真提供/YKK AP)

現在、この「性能向上リノベの会」に参画している事業者は約500社。“性能向上リノベ”に賛同したのは施工会社だけでなく、断熱材をつくっているメーカーや「いくら性能を高めても、白アリに喰われたらお終い、と防蟻会社も参画してくれました」

今後は高齢者の屋内事故を減らすための取り組みや、既存の賃貸物件の性能向上にも取り組みたい、と西宮さん。また「高性能な中古一戸建てを一般消費者に勧めるために、買取再販などを手がける不動産会社の参画を促していきたいですね」
このように、「性能向上リノベの会」の活動が進むほど、全国各地に「性能向上リノベ」された一戸建てが増えていくはずです。

確かに現状は、耐震性能や断熱性能が新築に劣る一戸建てで暮らしても、目に見える不具合は感じないかもしれません。しかし悲惨な地震の映像から目をそらして、光熱費の請求書を見てため息を漏らしているなら、まずは「性能向上リノベの会」などの施工事例を見たり、遅くとも2030年までに義務化が予定されている断熱等級5とは?を調べてみることから始めてみませんか。

●取材協力
YKK AP

”ひと部屋だけ断熱リフォーム”のススメ。室温18度以上で健康リスク大幅減少にコストも最小。住みながらできて実家にも最適

2025年から断熱等級4以上が義務化されるのは“新築”の住宅。「既に建てたわが家は関係ないし、今さら断熱リフォームするのはお金がかかる。暑さ寒さも今までどおり我慢すれば……」と思わずに、部分的でも断熱リフォームしませんか。人生100年時代といわれるように、思いのほか先は長い。それにひと部屋だけのプチ断熱でも、光熱費の削減はもちろん、生活習慣病をはじめ、さまざまな病気からあなたや家族を守ってくれるのですから。

断熱住宅にすれば老若男女を問わず健康になれる!?家族みんなが過ごすことの多い21.8畳のLDKを断熱リフォームした事例。暮らしやすい間取りになったのに合わせて、健康的な暮らしも手に入れることに(写真提供/スペースマイン)

家族みんなが過ごすことの多い21.8畳のLDKを断熱リフォームした事例。暮らしやすい間取りになったのに合わせて、健康的な暮らしも手に入れることに(写真提供/スペースマイン)

「断熱住宅は省エネだけでなく、健康に資する」ことが、最近になって次々とわかってきました。それも高齢者のヒートショックを防ぐだけではありません。子どもたちも働き盛りの男性も女性も、「暖かい家」は老若男女を問わず私たちの健康にたくさんのメリットがあることが判明してきているのです。

詳しくは「室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった」をご覧いただきたいのですが、かいつまんでお話しすると、“暖かい家”には例えば下記のような健康メリットがあります。

・高血圧症のリスクを抑える
・脂質異常症の発症を抑制する
※脂質異常症とはいわゆる悪玉コレステロールや中性脂肪などの血中濃度が異常な状態
・夜間頻尿を抑える
・住宅内でのつまずきを減らす
・子どもの風邪や病欠が減る
・女性の月経前症候群(PMS)が減る
・女性の月経痛が減る
・在宅ワークの効率が上がる
・断熱改修するだけで血圧を約3mmHg下げられる

伊香賀先生たちによる調査データより。断熱改修する前と後で、居住者の血圧が平均で3.1mmHg低下しました(出典:慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さんの資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

伊香賀先生たちによる調査データより。断熱改修する前と後で、居住者の血圧が平均で3.1mmHg低下しました(出典:慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さんの資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

「高血圧症のリスクを抑える」について、少しだけ説明すると、住宅に断熱改修をするだけで血圧が平均で3.1mmHg低下することがわかりました。これは住宅と健康の関係についての第一人者である慶應義塾大学教授の伊香賀俊治(いかが・としはる)先生をはじめ、建築と医療の研究者80名のチームによる調査と研究の成果です。

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生(写真提供/伊香賀先生) 

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治先生(写真提供/伊香賀先生)

「厚生労働省は国民の健康のために血圧を4mmHg下げる数値目標(健康日本21(第二次))を掲げていますが、食事の工夫や運動といった生活習慣を改めなくても、住宅の断熱改修だけで目標の約8割を達成できることになります」(伊香賀先生)
このように、“住宅の断熱性能”は “健康”と密接な関係があると判明してきたのです。

これまで日本では「住宅」と「健康」の関係について、あまり注目されることがありませんでした。しかしWHO(世界保健機関)は6年前の2018年11月、「住宅と健康に関するガイドライン」の中で「冬は室温18度以上にすること」を各国に強く勧告。「冬の室温が18度以上あると、呼吸器系や心血管疾患の罹患・死亡リスクを低減する」とし、特に子どもや高齢者には「もっと暖かい環境を提供するように」と言葉が添えられています。

WHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」

出典:WHOウェブサイト 2018.11.23公表

断熱性が高い家でもそうでない家でもエアコンの温度設定が同じならば、室内環境も同じでは?と思うかもしれません。しかし、断熱性の低い家では、常に壁面や床面など外と接している部分から冷気が伝わり、ムラがあるため温度が一定で快適な環境はつくれないのです。そんな暖かい家にするために、住宅の断熱性能の向上が欠かせません。とはいっても、住宅の断熱リフォームにはそれなりの費用がかかります。特に古い住宅だと、断熱に加えて耐震補強も必要な場合が多く、費用が膨らんでしまいがちです。そこでオススメしたいのが、住宅の一部だけでもいいので断熱する「部分断熱」という方法です。

例えば子育てを終えた二人暮らしなら、ほとんど使わなくなった2階を省き、普段よく過ごす1階部分だけ断熱をするといった「生活の中心エリアに絞って断熱する」というやり方です。もちろん理想は住宅全体の断熱リフォームですが、健康のことを考えると、費用面で諦めて何もしないよりは「部分的にでも断熱して、そこで生活するようにしたほうがよいでしょう」と伊香賀先生も言います。

「部分断熱」を行って夏も冬も快適に、光熱費も削減できた

では、実際に「部分断熱」を実践した人は、どのように感じているのでしょうか。奈良県で部分断熱と耐震補強工事を行ったAさんに話を伺いました。

・築38年の日本家屋をリフォーム

色のついた部分が今回のリフォーム個所。耐震性能は耐震等級2まで高められました

色のついた部分が今回のリフォーム個所。耐震性能は耐震等級2まで高められました

・部分的な断熱リフォームでも健康的に暮らしやすくなる

Aさん宅の場合、外壁の土壁をそのまま残すことにしたので、その内側に断熱材を入れました。その分、工事前より室内が少し狭くなっています(写真提供/スペースマイン)

Aさん宅の場合、外壁の土壁をそのまま残すことにしたので、その内側に断熱材を入れました。その分、工事前より室内が少し狭くなっています(写真提供/スペースマイン)

(写真提供/スペースマイン)

(写真提供/スペースマイン)

夫の実家である築38年という日本家屋をリフォームしたAさん。夫の母とAさん夫妻、それに2人の子どもの5人で暮らしています。

「子どもが成長したのを機に、リフォームをすることにしました。義父が亡くなる前に『この家は耐震性が心配だ』と言っていましたから、まず耐震性をどうしても高めたいと思いました。また、外壁が土壁の古い日本家屋ですから、冬は外の冷気が入ってきて、とても寒かったんです。しかも、床がとても冷たくなるほど家の中が冷えるのに、2階の寝室にはエアコンもないし……」とAさん。

・窓には樹脂製サッシの高断熱窓を内窓として設置

断熱材を入れたこともあり、厚くなった壁を利用して樹脂サッシの高断熱窓を内窓に設置(写真提供/スペースマイン)

断熱材を入れたこともあり、厚くなった壁を利用して樹脂サッシの高断熱窓を内窓に設置(写真提供/スペースマイン)

しかし、耐震工事に加えて断熱工事や間取り変更を行うと、どうしても予算をオーバーしてしまいます。また約10年前に浴室やトイレなどをリフォームしたばかりだったので、フルリフォームするのは少し抵抗感もありました。そこで施工を担当した「スペースマイン」の矢島一(やじま・はじめ)さんは「建物全体の耐震工事をした上で、普段よく過ごす部屋だけでも断熱工事することを提案しました」

断熱工事を行う場所は、家族が一緒に過ごす21.8畳という広いLDKと、2階の寝室4つに限定。土壁を解体して外壁を新設すると費用がかかるので、矢島さんは土壁を残し、該当部分の内側に厚い断熱材を入れて、窓は樹脂サッシの高断熱窓に入れ替えました。

このように部分的な断熱リフォームした新しい“わが家”の住み心地について、「もちろん夏は涼しく、冬は暖かくなりました。それはエアコンの使い方でも明らかです」とAさん。

「21.8畳のLDKは、もともと洋室と広いキッチンに分かれていて、それぞれに10畳用のエアコンが設置されていました。今回LDKとして1つの空間にまとめた際に、この2台のエアコンは備えたままにしたのですが、結局リフォーム後に使っているのは1台だけです」。これまで約20畳の空間を温めるには10畳用のエアコンが2台必要でしたが、断熱性を高めたら1台で済むようになったというわけです。

BEFORE→AFTER(写真提供/スペースマイン)

BEFORE→AFTER(写真提供/スペースマイン)

しかも、今回のリフォームに合わせて太陽光発電システムと蓄電池を備えたこともあり「電気代が以前より大きく減ったのは当然ですが、昨年の夏はあれだけ暑かったのに、太陽光発電だけで家じゅうのほぼすべての電気をまかなえました」。部分的に断熱リフォームするだけでも、光熱費の削減になるという証左です。家をコンパクトに建て替えなかったことで、屋根面積を広く保てたことも、太陽光発電のメリットをたっぷり受けられることにつながりました。

Aさんの施工例からも「部分断熱」でも快適に暮らすことができ、光熱費の削減につながることがわかります。もちろん、WHOが勧告している「室温18度以上」も、普段過ごしている部屋では容易に達成できる、つまり健康的な暮らしを送れることになります。

「部分断熱」の場合、ヒートショック対策が欠かせない

一方で「部分断熱」となると、ヒートショック対策が心配だという人もいるでしょう。ヒートショックとは、温度の急激な変化で血圧が上下に大きく変動することによって、心筋梗塞や脳卒中などを引き起こす健康被害のこと。特に断熱性能の低い住宅では、冬に暖かいリビングを出て、寒い脱衣場を経由してから、熱いお風呂に入るのでリスクが高まります。住宅をまるごと断熱リフォームすれば、部屋や廊下等の温度差が少なくなりますが、それら日常行き来するスペースが動線的に離れている場合、「部分断熱」では住宅内の温度差が解消されないため、ヒートショックの危険性は消えません。

お風呂のイメージ

(写真/PIXTA)

そこで矢島さんは「特に衣服を脱ぐ脱衣場などには人感センサー付きの電気ストーブの設置をオススメしています。また暖かい部屋から廊下に出る時は、1枚羽織れるように、ドアの外に衣類を掛けられるようにしておくと便利です」

つまり、部分断熱をするなら、ヒートショックのリスクを十分理解した上で暮らしたほうが良いということ。その上で、予算ができたらさらに追加の断熱リフォームを、できれば住宅をまるごと行うようにすることが理想的です。

単に寿命を延ばすのではなく、断熱住宅で健康的な長寿を目指そう

気になる費用ですが、矢島さんの会社の場合、「部分断熱」をする場合の目安として「10畳の広さで150万~200万円」と説明しているそうです。

「また、断熱工事には補助金制度があるので、それも有効に使うようにするといいでしょう。今なら国土交通省と地方自治体とで費用の最大8割・70万円まで補助する制度が利用できます」(矢島さん)

それでも「老い先が短いから」と躊躇する高齢者もいるかもしれません。しかし、先述したように、人生は意外と長いもの。人生100年時代だからといって、皆が皆100歳まで元気でいられるとは言いませんが、日本人の平均寿命は明治時代の40歳台からほぼ2倍の80歳台に延びています。

・断熱住宅は健康寿命を延ばす

伊香賀先生たちによる調査データより。冬の居室の平均室温が14.7度の「寒冷住まい群」に比べて、同17.0度の「温暖住まい群」の高齢者の要介護認定になる年齢は、約3歳後ろ倒しになることがわかりました(出典:中島侑江、伊香賀俊治ほか:地域在住高齢者の要介護認定年齢と冬季住宅内温熱環境の多変量解析 冬季の住宅内温熱環境が要介護状態に及ぼす影響の実態調査 その2. 日本建築学会環境系論文集 84(763), p.795-803, 2019.)

伊香賀先生たちによる調査データより。冬の居室の平均室温が14.7度の「寒冷住まい群」に比べて、同17.0度の「温暖住まい群」の高齢者の要介護認定になる年齢は、約3歳後ろ倒しになることがわかりました(出典:中島侑江、伊香賀俊治ほか:地域在住高齢者の要介護認定年齢と冬季住宅内温熱環境の多変量解析 冬季の住宅内温熱環境が要介護状態に及ぼす影響の実態調査 その2. 日本建築学会環境系論文集 84(763), p.795-803, 2019.)

さらに、伊香賀先生たちの調査研究によって、断熱住宅にすると介護が必要になる年齢が遅くなる、つまり健康寿命が延びるという結果も出ています(上記グラフ)。健康寿命が延びれば、もちろん子どもにとっても負担が減ります。もしも読者が両親の暮らす実家等の断熱リフォームを勧めても、「老い先が……」と遠慮するようであれば、「部分断熱」だけでも行うように勧める、あるいは費用を負担してあげてはいかがでしょうか。

●取材協力
スペースマイン
慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さん

「脱炭素問題」が企業も国も淘汰する時代へ。予断を許さぬ気象環境と日本の対策遅れ、住宅事情など最新情報  COP28

2023年は、世界各地で異常気象が相次ぎました。異常高温、大雨やサイクロンなど多数の死者を伴う気象災害により、多くの住宅やインフラが甚大な被害を受けました。日本も年平均気温は過去最高で、記録的な豪雨が発生。地球温暖化によって引き起こされる異常気象は、今後もさらに頻発する見込みで、各国は地球温暖化を抑制する脱炭素に向けた取り組みを加速しています。

NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーとして「脱炭素」を追ってきた堅達京子さんに最新事情を聞きました。2023年11月30日から12月13日にかけて、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された、COP28※の成果や課題、住宅業界の脱炭素の動きを解説します。

※COPは、地球温暖化の影響緩和や適応策、炭素排出削減目標などに焦点を当て、国際社会の協力を促進する国際会議です。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

『化石燃料からの脱却』の合意は画期的な一歩堅達さんの著書『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』(山と渓谷社 刊)(画像提供/堅達京子)

堅達さんの著書『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』(山と渓谷社 刊)(画像提供/堅達京子)

2020年10月、菅前首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」により、地球温暖化対策の「脱炭素」に対する日本全体の関心が高まりました。カーボンニュートラルとは、地球温暖化を進めないように、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること。政府は、これを2050年までに達成する目標を掲げています。これは、日本が脱炭素社会の実現に向けて、産業構造や社会システムの転換を進めていくことを意味しています。2021年に開催されたCOP26について堅達さんを取材した際、「この8年が地球温暖化を食い止める正念場」という強いメッセージがありました。それから2年、脱炭素の観点から世界はどのように変わったのでしょうか。

堅達さんは、「温暖化の危機は加速しているのに、人間は戦争や紛争に明け暮れ、結束が弱まっている。そういう2年間だったと思います」と話します。

「温暖化の悪影響が一層顕在化してきています。リビアの砂漠地帯やイタリアの洪水、アマゾン川流域の干ばつ、ハワイの山火事などがニュースで報じられました。海氷や陸地の氷が驚くほどの速さで溶け、特に西南極の氷床が大きく減少しているという科学者たちの報告があります。太平洋島嶼国は、海面上昇による国土消失が懸念されています。そして、ウクライナ戦争やガザ侵攻が勃発しました」

世界中で洪水や山火事、干ばつなどが続発(PIXTA)

世界中で洪水や山火事、干ばつなどが続発(PIXTA)

そうして2023年11月30日~12月13日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された「COP28」。気候変動の悪影響を受けやすい途上国の損失と損害(ロス&ダメージ)を支援する「ロス&ダメージ基金」や各国の脱炭素対策の進捗を評価する「グローバル・ストックテイク」などについて議論されましたが、なかでも大きな成果は「『化石燃料からの脱却を10年間で加速する』という合意が採択されたこと」だと言います。
「近年のCOPでは、『化石燃料の段階的廃止』という文言が合意文書に盛り込まれるのかが焦点でした。化石燃料の燃焼は、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスを排出する主な原因で、大気中に蓄積することで、地球温暖化が引き起こされます。
化石燃料の廃止は、地球温暖化を抑えるために必要不可欠ですが、COP26、COP27では、化石燃料への依存度が高い国々からの反発があり、見送られました。
COP28では、『化石燃料からの脱却を10年間で加速する』という合意が採択されました。190を超える世界の国と地域の合意文書に盛り込まれたことは歴史的な進展であり、2023年が、石油や石炭に依存する『化石燃料時代の終わりの始まり』だと言えるでしょう」

化石燃料とは、石炭・石油・天然ガスなど。火力発電などで燃焼する際、温室効果ガスを排出する(PIXTA)

化石燃料とは、石炭・石油・天然ガスなど。火力発電などで燃焼する際、温室効果ガスを排出する(PIXTA)

一方で、「『廃止』という強い言葉が最初の案から消えて、『脱却』という解釈の余地を残す言葉になってしまった点は残念」と堅達さん。

「『phase-out(段階的廃止)』には、『全面的に無くす』という強い意味がありますが、『transitioning away(脱却)』は、『移行』と訳されることもあります。玉虫色だからこそ合意できた面もあるでしょうが、訳し方次第で都合よく解釈できる余地が残ってしまいました」

とはいえ、そんな中でも、化石燃料からの脱却を「10年間で加速する」と期限を明記できたことは大きい成果と言えるでしょう。

ビジネス界で加速する再生可能エネルギーの活用再生可能エネルギー(再エネ)とは、太陽光、水力、風力、地熱、バイオマスなどの、枯渇せずに繰り返して永続的に利用できるエネルギーのこと(PIXTA)

再生可能エネルギー(再エネ)とは、太陽光、水力、風力、地熱、バイオマスなどの、枯渇せずに繰り返して永続的に利用できるエネルギーのこと(PIXTA)

また、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、ロシア産パイプラインガスへの依存度が高い欧州などで天然ガス価格が高騰したこともここ数年での大きな出来事のひとつ。日本に住む私たちも、日々影響を実感しています。

「脱炭素化」が停滞、後退するのではという見方もありました。それでも、堅達さんは「脱炭素なくしてビジネスはできない時代に突入します」と話します。

「最新の研究では、想定されていたほどウクライナ戦争による化石燃料への揺り戻しは起きなかったと捉えられています。むしろ、ロシアの天然ガスに依存するのは危険だという認識が強まり、再生可能エネルギーへの転換が一層加速しました。
その流れは、ビジネス界も同様で、例えば、アップルは、2030年までに、販売されるすべての製品をカーボンニュートラルにすることを目指すと宣言。再生可能エネルギーに移行するサプライヤー(商品やサービスを供給する人・企業)の数を大幅に増やしただけでなく、製品に使用するリサイクル素材の量を増やしています」

液化天然ガスのパイプライン。ロシア の ウクライナ 侵攻 で 世界的 に 需給が逼迫した(PIXTA)

液化天然ガスのパイプライン。ロシア の ウクライナ 侵攻 で 世界的 に 需給が逼迫した(PIXTA)

ビジネス界が脱炭素に向けた取り組みを加速させている背景には、世界各国でカーボンプライシングの導入が進んでいることがあります。

「カーボンプライシングとは、温室効果ガスの排出に価格を付ける仕組みで、例えば、炭素税は、温室効果ガスの排出量に応じて課税する制度。
1トンあたりの値段が1万円を超える国もある中、日本のカーボンプライシング(『地球温暖化対策のための税』)は、石炭火力発電の排出量に1トンあたり306円と世界各国と比較して低い水準にとどまっています(2024年1月8日時点)」

欧州連合(EU)は、2023年5月に、炭素税に匹敵する「炭素の国境調整メカニズム」を施行。温室効果ガス排出量の多い国から、排出量の少ない国への輸入品に対して、炭素価格相当の費用を課す制度です。さらに、2023年7月から「デジタルプロダクトパスポート」の導入を義務付け、製品の製造者、販売者、消費者、そしてリサイクル業者などが製品の持続可能性に関する情報を電子的に記録したものを共有できるようにしました。
温室効果ガス排出量の多い国から輸入される製品の競争力を低下させ、排出量の少ない国から輸入される製品の競争力を高める施策で、日本企業への影響も少なくはありません。
もはやビジネス界は、「脱炭素なくして商いができない」時代に突入しているというのです。

脱炭素ビジネスで世界をリードする中国に対抗するため、アメリカは国内の脱炭素産業育成に多額の資金を投入している(PIXTA)

脱炭素ビジネスで世界をリードする中国に対抗するため、アメリカは国内の脱炭素産業育成に多額の資金を投入している(PIXTA)

現在、脱炭素ビジネスは、欧州・アメリカと中国が牽引していますが、アメリカでは、2017年6月、ドナルド・トランプ大統領のもと、地球温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定からの離脱を表明したのは印象的なできごとでした。
ジョー・バイデン大統領により2021年2月に復帰しましたが、その間に何があったのでしょうか。

「アメリカが離脱を宣言する中、2017年にドイツのボンでCOP23が開催されました。アメリカのビジネス界はどうするのか注目されましたが、アメリカの大手企業100社以上が連名で、『ウィーアースティルイン(We are still in)』の声明を発表し、『我々はまだパリ協定にいる』と表明したんです。企業には、アップル、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックなどアメリカを代表する企業が名を連ねていました。2024年アメリカ大統領選挙で、たとえドナルド・トランプ氏が再選されたとしても、ビジネス界の脱炭素の動きは止まらないでしょう」

脱炭素と住まいの新潮流、世界の最新事情

住宅業界の脱炭素の動きについて、堅達さんは「世界各国で新築住宅への太陽光発電の義務化が進むこと」に注目しています。

「COP28では、『化石燃料からの脱却』を実現するために、2030年までに再生可能エネルギーを3倍にして、エネルギー効率を2倍にすることが目標になりました。
具体的な政策としては、新築住宅の太陽光発電の義務化が注目されています。既に、アメリカのカリフォルニア州やハワイ州では、新築住宅に太陽光発電を設置することが義務化されていましたが、日本でも、東京都が2025年4月から、新築住宅への太陽光発電設置の義務化を決定しました」

太陽光発電や電機自動車の充電ステーションが街の当たり前の風景に(PIXTA)

太陽光発電や電機自動車の充電ステーションが街の当たり前の風景に(PIXTA)

「化石燃料を廃止するには、石炭だけではなくて、石油と天然ガスからも脱却しなければいけません。
ニューヨーク市で2021年12月に可決された『新たな建築物での天然ガス使用を禁じる法案』は、その先駆けとなる政策です。2024年1月から7階建て未満の新築建物、2027年7月から7階建て以上の新築建物に対して、暖房、給湯、調理などのすべての用途で天然ガスの使用を禁止するもの。ニューヨーク市の新築建物は、すべて電気で暖房や給湯、調理を行うことになります。ガスをひねって調理する時代が終わりを迎えているのです」

街づくりや住宅にもEVシフトの動きが出てきており、こちらも見逃せないと言います。

「ここ数年で大きく進んだ分野は、EVです。ガソリン車やディーゼル車などの内燃機関車から、電気自動車(EV)への転換が急速に進んでいます。
世界におけるEV車の普及率は2023年には14%を超え、欧州では20%と5台に1台がEVの時代に突入しています。欧州、中国、アメリカでは、EVシフトを加速させるために、住宅へのEV充電設備の設置義務化を進める動きが広がっています。
日本では、東京都が、全国に先駆けて、2025年4月から、賃貸住宅を含む新築の住宅すべてにEV充電設備の整備義務化を施行。日本におけるEV車の普及率は世界水準を大きく下回っています。今後、EVシフトを加速させると同時に、全国へ充電ステーションの整備が急がれます」

自宅のガレージにEV充電設備を備えた住宅(PIXTA)

自宅のガレージにEV充電設備を備えた住宅(PIXTA)

また、堅達さんは「日本が一番遅れている既存住宅の断熱化が急務」と警鐘を鳴らします。

「『エネルギー効率2倍』を達成するためには、建物の省エネ性能を高めることが重要です。欧米では、住宅の断熱化は、エネルギー消費量の削減や、室内環境の改善、快適性の向上などの目的で、広く普及しています。それに比べると、日本では、特に既存住宅における省エネ診断や断熱工事の普及が進んでおらず、省エネ性能向上が遅れています」

既存住宅の性能表示については、2025年4月から義務化される予定。リクルートでは、2024年4月より、不動産情報サイト『SUUMO』に掲載される新築住宅の省エネ性能表示を開始します。「SUUMO」では、エネルギー消費性能を星の数で表示(国土交通省HPより)

既存住宅の性能表示については、2025年4月から義務化される予定。リクルートでは、2024年4月より、不動産情報サイト『SUUMO』に掲載される新築住宅の省エネ性能表示を開始します。「SUUMO」では、エネルギー消費性能を星の数で表示(国土交通省HPより)

ドイツでは、2002年に「省エネルギー建築法(EnEV)」が施行され、新築住宅の省エネ性能を一定の基準に満たすことが義務付けられ、既存住宅についても、2020年より、一定の基準に満たない住宅の売買や賃貸の際に、省エネ診断を実施することが義務化されました。

「国土交通省では、新築住宅の断熱性能を『ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)』の基準まで引き上げる目標を掲げています。また、2022年度から、『既存住宅における断熱リフォーム支援事業』により、窓やドアなどの断熱改修に対する補助金制度が拡充されました。
努力義務だけでは遅々として進みません。義務化と補助金等をセットにして導入するアプローチが効果的です」

「都市(まち)の木造化推進法」(国土交通省2022年施行)にともない、大型の木造建築が続々と登場していることにも注目しているとのこと。「木材を大規模建築に大量に使うことで炭素を貯留し、温室効果ガス排出量の削減につなげようと、『木造化』への期待が非常に高まっているのです」(堅達さん)(画像提供/三井不動産・竹中工務店)

「都市(まち)の木造化推進法」(国土交通省2022年施行)にともない、大型の木造建築が続々と登場していることにも注目しているとのこと。「木材を大規模建築に大量に使うことで炭素を貯留し、温室効果ガス排出量の削減につなげようと、『木造化』への期待が非常に高まっているのです」(堅達さん)(画像提供/三井不動産・竹中工務店)

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日本の課題と求められる取り組み

現在、日本では国全体としての排出量取引制度は実施されていません。日本政府は2026年度の本格稼働に向けて準備を進めている段階です。岸田首相は、2022年1月に「アジア・ゼロエミッション共同体構想」を提唱していますが、課題もあります。
世界では日本の脱炭素政策は、どう見られているのでしょうか。

「残念ですが、日本の温暖化対策は、世界から評価されていないのが現状です。
COP28の会場では、日本は、脱炭素で間違った方向に進んでいるとして、環境NGOから『化石賞』に選ばれました。化石賞とは、気候変動対策に対して足を引っ張った国や企業に与えられる不名誉な賞です。
また、脱炭素化の手段として、アンモニアを燃料として利用することに注力していますが、これについても冷ややかな目を向けられています。確かに、アンモニアは、燃焼時にはCO2は排出しませんが、現状では生成する時にCO2を排出しますから、差し引きでいえば効果が低いと言われるのは当然です」

日本は、化石燃料に多額の公的資金を投じていると非難されている(PIXTA)

日本は、化石燃料に多額の公的資金を投じていると非難されている(PIXTA)

「もはやマイボトルやエコバッグの自助努力だけで温暖化は止まりません」と堅達さん。

「まず、政府が、ルールや期限を決めてシステムを変える必要があります。『衣食住』の『住まい』は、地球環境の問題を身近に感じる入り口。断熱性能のいい住宅なら、快適に暮らせて地球環境にも優しい。太陽光や蓄電池を搭載すれば、防災にもなり、一石二鳥三鳥になります。省エネ性能表示を確認するなど、消費者として、環境に配慮した商品を選ぶことが地球の未来を変えると思います」

世界では、脱炭素化によるパラダイムシフトで、今までの思想や社会全体の価値観などが、革命的に、劇的に変化しています。日本でも2019年に風力発電の再エネ海域利用法が施行され、洋上風力発電の導入が本格化。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、脱炭素技術の研究開発に2兆円の「グリーンイノベーション基金」を創設するなど、脱炭素社会の実現に向けた投資を拡大しています。百点満点のエネルギーはなく、課題はありますが、堅達さんのように建設的な視点でとらえることが大切だと感じました。

●取材協力
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
堅達 京子(げんだつ・きょうこ)さん 
1965年、福井県生まれ。早稲田大学、ソルボンヌ大学留学を経て、1988年、NHK入局、報道番組のディレクター。2006年よりプロデューサー。NHK環境キャンペーンの責任者を務め、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組を放送。NHKスペシャル『激変する世界ビジネス “脱炭素革命”の衝撃』 『2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦』、NHK民放の6局連動特番『1.5℃の約束 いますぐ動こう、気温上昇を止めるために』はいずれも大きな反響を呼んだ。
2021年8月、株式会社NHKエンタープライズに転籍。日本環境ジャーナリストの会副会長。環境省中央環境審議会臨時委員。文部科学省環境エネルギー科学技術委員会専門委員。世界経済フォーラムGlobal Future Council on Japanメンバー。東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。福井県立大学客員教授。
主な著書に『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』『脱プラスチックへの挑戦 持続可能な地球と世界ビジネスの潮流』。

室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった

「もしナイチンゲールが日本で活躍していたら、今ごろ日本の住宅は夏も冬も快適だった!?」「しかも住宅が快適なら、日本の生活習慣病の患者はもっと少なかったかも知れない!?」。にわかに理解しがたい話ですが、世界と日本の住宅環境の差が分かってくるほどに、さもあらんと思えてくるのです。住宅と健康の関係についての第一人者である慶應義塾大学教授の伊香賀俊治先生のお話から、世界との違いや、住宅と健康との密接な関係を紐解いていきましょう。

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生(写真提供/伊香賀先生) 

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生(写真提供/伊香賀先生) 

WHOが「冬は室温18度以上にすること」と強く勧告

今から約5年前。2018年11月にWHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」を公表しました。その中で各国に「冬は室温18度以上にすること」を強く勧告しましています。特に子どもや高齢者には「もっと暖かい環境を提供するように」と言葉が添えられました。

・WHOは「温かい住まいと断熱」を勧告

WHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」

WHOは「冬の室温は18度以上」と強く勧告し、「子どもと高齢者にはもっと温かく」としています。また新築時と改修時の断熱対策や夏の室内での熱中症についても勧告しています。近年、ヒートショックによる健康被害はメディアでもよく取り上げられるようになりましたが、高齢者特有の問題と思われている人も多いのではないでしょうか。
出典:WHOウェブサイト 2018.11.27公表

なぜWHOは年齢を問わず「冬の室温18度以上」にこだわるのでしょうか? 伊香賀先生によれば「冬の室温が18度以上であれば、呼吸器系や心血管疾患の罹患・死亡リスクを低減することが、エビデンス(根拠)は中程度だとしながらも、確認できたからです」と言います。

またイギリスはWHOの勧告より前の、2011年に住宅法を改正し、室温を18度以上に保つことを賃貸住宅に義務づけました。達成できない賃貸住宅に対して行政は解体命令を出すこともできます。賃貸住宅を対象にしたのは、お金持ちではない人々の住宅環境を改善しようという狙いからです。

さらに、日本とは北半球と南半球の違いはあるものの、緯度がほぼ同じで、島国であるという共通点のあるニュージーランドでも住宅の断熱性能を高める施策が行われています。2009年~2014年にかけて断熱改修の補助金制度が実施されたのですが、その成果を検証したところ、断熱改修によって居住者の入院頻度が減少したそうです。

こうした流れの中、日本では2022年に住宅性能表示基準が一部改正され、従来1等級から5等級まであった住宅の断熱等級の、上位等級として6等級と7等級が新設されました。さらに2025年からはすべての新築住宅に、断熱等級4以上の適合が求められ、遅くとも2030年には、ZEH基準(※)の水準が義務化されます。これは、入居者の健康はもちろん、住まいでの消費エネルギーを抑え、地球温暖化を避けるカーボンニュートラルの観点から決められたロードマップによるものです。

足の血行と冷えを改善する断熱性の良い住まい

足元の温度が低いと健康被害につながる血流低下が起きる。等級6の高性能な住まいであればこの問題は大幅に低減されることがわかる。
出典:河本紗弥、伊香賀俊治ほか:住宅断熱性能の違いが生理学的反応及び在宅作業成績に及ぼす影響に関する被験者実験、日本建築学会環境系論文集Vol.87, No.798, 2022.8

なお「断熱等級4で室温を18度にしても、足元は16度くらいになるでしょう。それでは十分な効果は得られないんです。足元も18度にならないと。現在のZEH基準とほぼ同等の、断熱等級5でやっと足元も18度になりますから、私が推奨する断熱等級は5以上です」と伊香賀先生。「義務化」とは「最低でもここまで」というレベルということです。

※ZEH/ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスのこと。太陽光発電の搭載等により、生活で消費するエネルギー量を実質ゼロ以下にすることができる

日本で室温18度以上だった都道府県は北海道をはじめ、わずか4道県

では2025年以降の新築ではなく、日本の既存住宅の断熱性能はどうなっているでしょう。少し前ですが、国土交通省は2014年に「スマートウェルネス住宅等推進調査」を実施しました。この調査には伊香賀先生も参加しているのですが、調べてみると、冬に室温18度以上だった都道府県は20度だった北海道をトップに、わずか4道県に過ぎませんでした。一方で、比較的温暖と思われている地域ほど、住宅の室温が低いという結果が現れたのです。

・温暖地ほど住宅の中が寒いという傾向が見られる

温暖地ほど住まいが寒い

冬の在宅中の居室において、平均の室温を調査した結果が上記。比較的温暖な九州や四国でも16度以下の都道府県があることがわかります。
出典:海塩 渉、伊香賀俊治、村上周三ほか、冬季の室温格差~日本のスマートウェルネス住宅全国調査~、Indoor Air. 2020 Nov;30(6):1317-1328

そもそも、断熱を高める要の「窓」に対して、日本人の関心は薄いようです。窓は住宅の中で最も大きい “熱の出入り口”。二重窓や複層ガラス窓、樹脂製や木製など金属製でないサッシにすれば断熱性能を高められます。しかし日本の「二重サッシまたは複層ガラス窓の設置範囲」の平均は、約30%しかありません。

一方で、窓を二重窓や複層ガラス窓にした、いわゆる断熱住宅が普及している都道府県ほど、冬に死亡者数が増えないという傾向があります。それが下記のグラフです。

・断熱住宅普及県ほど冬に死者が増えない

断熱住宅普及県ほど冬に死者が増えない

ここで言う「断熱住宅」とは「二重サッシまたは複層ガラス窓のある住宅」を指す。断熱性能を高めるのは断熱材など窓以外の考慮も重要だが、窓に配慮がなされている、つまり断熱意識が高い住宅という点だけで見ても大きな差になることがわかる。
出典:総務省「住宅・土地統計調査2008」と厚生労働省「人口動態統計2014年」都道府県別・月別から伊香賀先生が分析グラフ化

冬に死亡者が増える理由としては、冬の寒さによって血圧が上昇し、高血圧性疾患のリスクが増えることがまず挙げられます。さらに寒さは、肺の抵抗を弱らせて肺感染症リスクを高めたり、血液を濃化することで冠状動脈血栓症リスクを増加させます。

しかし上記グラフから、冬の寒さに起因するこれらの3大リスクを、住宅の室温が高い「温かい家」なら抑えられると推測できるのです。

室温を18度に上げると生活習慣病が改善される

国土交通省は先述の調査に加え、「住宅の断熱性能を高めたら健康的になれるのか?」の継続調査や研究を行いました。伊香賀先生を含む建築と医療の研究者80名のチームは「断熱等級1~2の住宅を断熱改修(リフォーム)によって断熱等級3~4にすると、居住者の健康にどう影響するのか」を調査。すると「まだサンプル数が不足しているので、医学論文には出せませんが」としながらも「生活“習慣”病は生活“環境”病だと言い得る」ということがわかったと言います。

では、その具体的な結果を見ていきましょう。まずは「高血圧症のリスク」についてです。

一般的に寒いと血圧は高くなり、また高齢者ほど高血圧になります。高血圧症は脳梗塞などの脳血管障害や心臓病、腎臓病、動脈硬化を引き起こす要因になります。朝起きた時の室温と「血圧」との関係は下記の通りで、80歳の男性の場合、室温20度ではまだ薬が必要なほど高血圧の状態です。

・朝起きたときの室温と血圧の関係

朝起きたときの室温と血圧の関係

室温が寒い&年齢が高いほど血圧が高いことがわかります。80歳の男性の場合、室温20度でも血圧が140mmHg近くです。
出典:伊香賀先生の資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

「これが住宅の断熱改修をすると、血圧が平均で3.1mmHg低下するとわかったのです。厚生労働省は国民の健康のために血圧を4mmHg下げる数値目標を掲げていますが(健康日本21(第二次))、食事の工夫や運動といった生活習慣を改めなくても、住宅の断熱改修を高めるだけで目標の約8割を達成できまることになります」

さらに「脂質異常症の発症を抑制する」面でも断熱改修の効果が現れました。脂質異常症とは、血液中の脂質の値が基準値から外れた状態のこと。いわゆる悪玉コレステロールや中性脂肪などの血中濃度が異常だという状態です。

この脂質異常症の発症を改修前と改修から5年後に調査したところ、居住者の脂質異常症の発症するオッズ(発症した人の数を発症していない人で割って得られる値。数値が小さいほど発症が起きにくいことを示す)が約0.3倍(約7割減)まで下がったのです。

・コレステロール値と室温の関係

レステロール値と室温の関係

上記の通り、温かい寝室で過ごしている人ほど脂質異常症を発症するオッズが減ります(伊香賀先生の資料より)

私たちは高血圧症や循環器疾患という「生活習慣病」は食生活を見直して、適度な運動をし、飲酒や喫煙を抑え、十分休養することで改善できると考えてきました。しかし上記の伊香賀先生たちの調査によって、そういった日頃の摂生だけではなく、暮らしの環境を整えるだけでもこうした病気のリスクを減らすことができるというわけです。伊香賀先生が「生活習慣病は生活環境病でもある」と唱える意味がわかると思います。

・高血圧・循環器疾患は生活環境病でもある

高血圧・循環器疾患は生活環境病でもある

(伊香賀先生の資料より)

日本で断熱意識が欠落していた理由とは?

実は以前から欧米では、健康に対する住宅の重要性を説いていた、と伊香賀先生は言います。だからこそ先述の通りWHOの勧告があり、イギリスや、歴史的にイギリスと関係の深いニュージーランドで住宅に対する施策が行われたのです。

では、なぜ日本ではこれまで、欧米のような住宅の高断熱化に関心が集まらなかったのでしょうか。

その理由は、今から約700年前の1330年代に書かれた『徒然草』にもあるように、日本の住宅は昔から、夏の気温や湿度を重視して建てられてきたからです。徒然草には「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる」とあります。少なくとも700年も前から日本人は「家は夏の暑さに対してなんとかすれば、冬はなんとでもなる」という考えが“当たり前”だったと考えられます。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

一方イギリスでは、19世紀にナイチンゲールが活躍していました。彼女は「どうすれば病気に罹らないか」「どうすれば病気から快復させることができるか」といったことをまとめた『看護覚え書』を1860年に刊行します。同書は全13章で構成されているのですが、その第一章は「換気と暖房」。冒頭からもう、温かい環境について言及しています。しかも13章中、実に半分以上の7章が生活環境、つまり住宅にも関係することです。イギリスで国民の健康政策に住宅が含まれるのは、この『看護覚え書』の考えが影響しているのは想像に難くありません。

・ナイチンゲールの看護覚え書

ナイチンゲールの看護覚え書

第一章以外にも「きれいな空気や水」「物音」「よい環境の変化」「陽光」など、暮らしの環境について言及されていますが、それらを押さえて最初にナイチンゲールが伝えたかったのが「換気と暖房」だと言えるのではないでしょうか(伊香賀先生の資料より)

ですから冒頭で触れたように、日本でもしナイチンゲールが活躍していたら、日本の住宅は断熱性能が高くなり、それによって生活習慣病が今よりも抑えられていたかもしれない、というわけです。

室温を18度に上げると老若男女問わず健康的に暮らせる

WHOが強く推奨する「室温を18度以上」にすると、伊香賀先生たちの調査の通り、血圧の上昇や脂質異常症の発症を抑えやすくなります。しかしそれ以外にも健康に資することが調査でわかってきました。いずれも「まだ調査のサンプル数が足りないので、医学論文にできるほどではない」のですが、それでも住宅の室温と健康の密接な関係が見えます。

例えば「夜間頻尿」。夜中にトイレに何度も起きると眠りが浅くなり、翌日に疲労感が残りがちですが、断熱改修した5年後には夜間頻尿の発症が0.42倍(約6割減)に抑えられました。夜間頻尿は高齢になるほど増えると言われていますが、調査は改修前と改修の5年後。ですから、対象者は調査期間中に5つ歳を重ねたことになります。それでも夜間頻尿を抑えられたのです。

夜間頻尿発症モデル

就寝前室温18℃以上で5年後の夜間頻尿発症が 0.4倍に(伊香賀先生の資料より)

続いて「つまずき」が減ることもわかりました。65歳以上の高齢者にとって「つまずき」を含む「転倒・転落・墜落」は、不慮の事故による死因の中で交通事故の4倍(令和2年度)にものぼる死因です。しかし、これも断熱改修の5年後には0.5倍(約5割減)に低減されています。「その理由は足元の温度です。室温が18度以上になると、足元は少なくとも16度以上になりますから、足首などの血流がよくなり、つまずきが減るのだと考えられます」

暖かい住宅で5年後のつまずき・転倒が0.5倍

(伊香賀先生の資料より)

室温18度以上の「温かい家」では、高齢者だけでなく、子どもや女性も健康的になるようです。まず風邪をひく子どもが約0.64倍(約4割減)に、病欠も約0.76倍(約3割減)になるという結果が現れました。また女性では月経前症候群(PMS)が0.7倍(約3割減)に減り、月経痛は約0.5倍(約5割減)に。

暖かな住まいでは風邪をひく子どもが約0.64倍、病欠する子どもが約0.8倍

(伊香賀先生の資料より)

さらに、こんな実験も行われました。断熱等級2と4、6の3つに分けた部屋でそれぞれエアコンを使い、まず室温を18度にします。その上で各部屋の被験者に単純な計算等をしてもらったところ、断熱等級6の部屋の被験者が最も正解率が高いとわかりました。これは断熱等級が低いと室温を18度にしても、足元が寒くなり、足の血流が悪くなることが正解率に影響を与えたと考えられます。「つまり在宅ワークにも、住宅の断熱性能は欠かせないということです」

このように自宅を「寒い家」から「温かい家」に改修するだけで、格段に健康的に暮らせるのです。もちろん断熱性能が高まれば、今夏のような暑さの中でも我が家に逃げ込めば快適に過ごせます。

ちなみに、先ほどの断熱等級2/4/6に分けた実験では、それぞれの部屋の冬の電気代(エアコン)も試算されました。それによると断熱等級2が2万8000円だったのに対し、断熱等級4は1万3000円、断熱等級6は7000円。我が家の断熱性能を高めれば光熱費を抑えられて、仕事がはかどり、しかも健康的に暮らせるというわけです。
この冬、こたつや暖房の効いたリビングに家族で集まった折に、我が家の断熱性能について話し合ってみてはいかがでしょうか。

●取材協力
慶應義塾大学 理工学部 教授
日本建築学会 前副会長
伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生
1959年東京生まれ。1981年早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。(株)日建設計環境計画室長、東京大学助教授を経て、2006年慶應義塾大学理工学部教授に就任、現在に至る。日本学術会議連携会員、日本建築学会副会長、日本LCA学会副会長を歴任。主な研究課題は『住環境が脳・循環器・呼吸器・運動器に及ぼす影響実測と疾病・介護予防便益評価』。著書に『すこやかに住まう、すこやかに生きる、ゆすはら健康長寿の里づくりプロジェクト』『”生活環境病”による不本意な老後を回避するー幸齢住宅読本ー』など。

●関連ページ
WHO Housing and health guidelines

住まいの中での寒暖差による「寒暖差疲労」や「ヒートショック」に注意

LIXILが、20代~50代の男女4700人を対象に、冬(主に11月~2月)における「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」を実施した。近年は地球温暖化により「暖冬」になることもあるが、同社によると、暖冬の場合は急激な寒暖差が起こりやすく“寒暖差疲労”に注意が必要なのだという。調査結果を詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」を実施/LIXIL

特に「朝起きて布団から出る時」に寒暖差を感じる人が多い

これから本格的な冬の寒さが到来する。「冬、普段生活している自宅の中で過ごしている際に、場所や時間によって寒暖差を感じることがあるか」と尋ねたところ、寒暖差を感じるという回答が74.1%(「感じる」39.4%+「どちらかというと感じる」34.7%)だった。

寒暖差を感じると回答した人に「寒暖差を感じる瞬間」を尋ねると、ダントツで「朝、起床し布団から出る時」(69.5%)となった。2位の「脱衣所で服を脱ぐ時」(48.0%)、3位の「浴室から出た時」(40.8%)と比べてもかなり多い回答だ。

かくいう筆者も、この記事を執筆している日の朝は外の気温が1℃だったので、布団から出るのがつらかった。昼でも10℃なので、ひざ掛けをしてパソコンに向かっているありさまだ。

「寒暖差疲労」と「ヒートショック」に注意

LIXILによると、「一日の温度差が7℃以上あるときに寒暖差疲労は起こりやすいとされている」という。寒暖差疲労とは、「寒暖差による体温調節により多くのエネルギーを使用することで、体に疲労が蓄積し、疲労感やめまいといった症状を引き起こす」もの。

約7割が寒暖差を感じる「起床して布団から出る時」は、「温められた布団から冷えた室内に出ると、体が急激に冷やされることで血圧が上がり、ヒートショックを引き起こす危険がある」というのは、気になる点だ。住まいの断熱リフォームのビフォー/アフターで、起床時の血圧がかなり違うという研究結果(【画像1】)もあるのだ。「手の届く範囲に羽織れるものを用意しておく」、「暖房器具をタイマーセットし、朝方に部屋が暖かくなるようにする」、「寝室だけでも断熱リフォームを行い部屋の気温差を一定に保ちやすくする」などの対策を検討したい。

起床時の血圧の比較

【画像1】
※日本サステナブル建築協会 断熱改修等による居住者の健康への影響調査 中間報告(第3回)資料より
起床時の血圧の比較(出典: LIXIL「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」プレスリリース)

住宅内で寒さを感じる場所は、ヒートショックの発生リスクが高い

住宅内で「寒さを感じる場所」と「暖かさを感じる場所」を尋ねると、【画像2】のような結果となった。おおむね居室やお湯をたくさん使う場所は暖かく、居室でない場所は寒く感じるようだ。リビングや寝室は暖房器具で暖めるものの、トイレや脱衣所、廊下などは日当たりが悪く、暖房もしないということだろう。

冬の自宅で寒さを感じる場所、暖かさを感じる場所

【画像2】
冬の自宅で寒さを感じる場所、暖かさを感じる場所(出典: LIXIL「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」プレスリリース)

同社の「住まいStudio」にある、断熱性能の異なる3つの部屋で同じ0℃の環境下で比較したのが【画像3】だ。断熱性能の違いを説明すると専門的になるので、分かりやすく言うと、「左」の昭和55年省エネ基準は「昔の家」、「中央」の平成28年省エネ基準は「今の家」、「右」のHEAT20 G2は「断熱性能のかなり高い家」と考えてよいだろう。外気温0℃はかなり寒い環境なので、暖房のある「居間」でもサーモカメラで見ると昔の家や今の家では青い色が残っている。一方、断熱性能のかなり高い家では、暖房のない廊下やトイレでも居間の暖房が効いて青くなっていない。同じ外気温、同じエアコン設定でも、住宅の断熱性能によってかなり違うことが分かる。

「住まいStudio」の3つ部屋の温度の違い

【画像3】
「住まいStudio」の3つ部屋の温度の違い(出典:LIXIL「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」プレスリリース)

実は筆者は、住まいStudioを訪問してこの3つの部屋を体験したことがある。窓の断熱性能の違いもあって、暖房のある居間でも窓際にいるとかなり寒さが違ったと記憶している。断熱性能のかなり高い家では、暖房ではなく送風でも十分に暖かった。建築コストも異なるが、住む間の電気代も変わることだろう。

また、昔の家では居間とトイレの温度差は12.1℃、今の家でも温度差は9.6℃だったが、断熱性のかなり高い家では温度差は5.3℃とその差は縮まり、部屋の間を移動する際の身体への負担も小さくなるので、ヒートショックの発症リスクも軽減されるという。

窓まわりの断熱リフォームのススメ

住宅の断熱性能の違いが室温に大きく影響するわけだが、「これまでに断熱リフォームを検討、もしくはしたことがあるか」を尋ねている。「断熱リフォームをしたことがある」が6.7%、「断熱リフォームをしたことがないが、検討したいと思う(検討中である)」が9.5%で多いとはいえないが、昨年の調査結果と比べるとそれぞれ約1.4倍に増えたという。

「今後断熱リフォームを実施したい住まいの箇所」の1位は、56.9%の「断熱性の高い窓を設置/交換」だ。実は筆者も以前、窓の断熱リフォームを行った。冬の朝の窓ガラスの結露がひどかったので、それから解放されたのがうれしかった。工事は一日で終わったので、窓際が寒いという家の場合はぜひ窓の断熱リフォームを検討してはいかがだろう。

家の断熱性能を高めると、エコにつながることや光熱費が抑えられることが言われるが、最も大切なのは家の中にいる時の快適性が上がることだと思う。暑さ寒さの不快感が軽減し、寒暖差疲労やヒートショックのリスクも下げられるのは、日々の生活のなかで重要なことだ。家の断熱性能を高めていくと建築コストもかかるが、先進的窓リノベ事業(2024)などの補助金や減税などの優遇措置もあるので、上手に活用して冬を快適に過ごすことを考えてほしい。

●関連サイト
LIXIL「住まいの断熱と寒暖差に関する調査」