【新宿駅30分以内】家賃相場が安い駅ランキング2024年! TOP4は5万円台、新宿駅周辺の半額以下に

2040年代をめどに、周辺一帯で大規模な再開発が計画されている東京都・新宿駅。現在も大いににぎわっている駅周辺の、さらなる発展が期待されている。JR各線をはじめ京王線、小田急線、東京メトロ丸ノ内線、都営地下鉄の新宿線と大江戸線が乗り入れる一大ターミナルでもあり、交通の利便性のよさもピカイチだ。そんな新宿駅周辺のシングル向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場は、12万3000円と都内でも高め。便利な新宿駅にアクセスしやすく、家賃を抑えて住むにはどこがいいのだろう? 新宿駅から電車で30分圏内でありながら、家賃相場が安い駅のランキングをチェックしていこう。

新宿駅まで電車で30分以内の家賃相場が安い駅TOP19(20駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/新宿駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 京王よみうりランド 5.44万円(京王相模原線/東京都稲城市/30分/1回)
2位 西国分寺 5.8万円(JR中央線/東京都国分寺市/28分/1回)
2位 読売ランド前 5.8万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
4位 朝霞 5.9万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/29分/1回)
5位 生田 6.0万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/22分/1回)
5位 田無 6.0万円(西武新宿線/東京都西東京市/28分/1回)
5位 西武柳沢 6.0万円(西武新宿線/東京都西東京市/28分/1回)
8位 京王稲田堤 6.05万円(京王相模原線/神奈川県川崎市多摩区/28分/1回)
9位 稲田堤 6.1万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/29分/1回)
10位 和泉多摩川 6.4万円(小田急小田原線/東京都狛江市/22分/1回)
10位 百合ヶ丘 6.4万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市麻生区/26分/1回)
10位 西調布 6.4万円(京王線/東京都調布市/28分/1回)
10位 飛田給 6.4万円(京王線/東京都調布市/29分/1回)
14位 中野島 6.5万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/26分/1回)
14位 久地 6.5万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/28分/1回)
14位 京王多摩川 6.5万円(京王相模原線/東京都調布市/26分/1回)
14位 宿河原 6.5万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/26分/1回)
14位 狛江 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/20分/1回)
19位 向ヶ丘遊園 6.6万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/19分/1回)
19位 蕨 6.6万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県蕨市/26分/1回)
※21位以降は記事末に掲載

家賃相場12万円超の新宿駅から30分離れると5万円台で住める!

新宿駅から30分圏内にある駅のうち、徒歩15分圏内のシングル向け物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が最も安かったのは、京王相模原線・京王よみうりランド駅で家賃相場は5万4400円。京王相模原線の快速で調布駅へ出て、京王線の特急に乗り換えると新宿駅までは計約30分。京王線に直通の京王相模原線区間急行を利用すれば、乗り換え0回・約39分で行くこともできる。

京王よみうりランド駅(写真/PIXTA)

京王よみうりランド駅(写真/PIXTA)

京王よみうりランド駅が位置する東京都稲城市は1965年に決定された多摩ニュータウン計画により都市開発されたエリアで、同駅周辺も都心のベッドタウンとして発展してきた。駅の北側を中心に住宅地が広がり、徒歩5分ほどの場所にはスーパーやドラッグストア、100円ショップ、書店などを備えたショッピングセンターも。コンビニも点在しているため、日ごろの買い物には困らないだろう。駅前にサッと食べられるような飲食店は多くないがが、駅から北へ15分ほど歩いて府中街道沿いに行くと増えてくる。府中街道を超え、駅から17分ほど歩けばJR南武線・矢野口駅も利用可能だ。

駅の南側に目を向けると、上空にゴンドラが見える。駅前の乗り場からゴンドラで10分弱、そこは遊園地「よみうりランド」だ。この遊園地の西側、駅から見ると南西方面のエリア一帯では現在、再開発が進行中。「TOKYO GIANTS TOWN(東京ジャイアンツタウン)」構想が掲げられ、読売巨人軍の新球場が2025年3月にオープン予定だ。そして「よみうりランド」が手がける水族館をはじめ、飲食店などの関連施設を含めたグランドオープンは2026年度中を目指している。周辺の区画整理により幹線道路の整備も進められているので、周辺住民の暮らしやすさもアップしそう。

西国分寺駅前の様子(写真/PIXTA)

西国分寺駅前の様子(写真/PIXTA)

2位には家賃相場が同額の5万8000円となった2駅がランクイン。その一つは東京都国分寺市に位置するJR中央線・西国分寺駅だ。JR中央線の快速で国分寺駅に行き、通勤特快に乗り換えると約28分で新宿駅へ。西国分寺駅から快速1本でも約33分で到着する。新宿駅の先にあるJR中央線沿線の四ツ谷駅や東京駅にもアクセスしやすいほか、埼玉県の南浦和駅や千葉県の新松戸駅・西船橋駅方面と結ばれたJR武蔵野線も乗り入れている。そんな西国分寺駅には駅ビル「nonowa(ノノワ) 西国分寺」が併設され、飲食店を中心とした店舗が改札内外で営業している。駅周辺には複数のスーパーやドラッグストアがあるほか、100円ショップやインテリア用品店、飲食店などが並ぶショッピングモールがあるのも便利。駅から南東へ7分ほど歩くと芝生広場や池が広がる「都立武蔵国分寺公園」があるので、息抜きに訪れてもいいだろう。

都立武蔵国分寺公園(写真/PIXTA)

都立武蔵国分寺公園(写真/PIXTA)

読売ランド前駅(写真/PIXTA)

読売ランド前駅(写真/PIXTA)

2位になったもう一つの駅は小田急小田原線・読売ランド前駅。神奈川県川崎市多摩区に位置しており、通勤準急で登戸駅に出て、快速急行に乗り換えると計約24分で新宿駅へ。乗り換えずに各駅停車1本で向かうと、新宿駅まで約42分だ。駅名からわかるように、読売ランド前駅は「よみうりランド」の最寄り駅の一つ。しかし「よみうりランド」から見て1位・京王よみうりランド駅は北側に、読売ランド前駅はバスで10分ほど離れた南側にあり、両駅間は直線距離で2km少々離れているので間違えないように注意したい。読売ランド前駅の北側には日本女子大学の附属中学・高校が佇む丘があり、住宅街は丘の周囲と、駅の南側。商店があるのは駅南側が中心で、駅舎の南口側にスーパーが併設されているほか、手づくりソーセージが評判の精肉店をはじめ鮮魚店やベーカリーといった個人商店や、ドラッグストア、コンビニなどが並んでいる。

上位に多くランクインした路線は小田急小田原線とJR南武線

ここまでピックアップした上位3駅には京王相模原線、JR中央線、小田急小田原線という3路線の駅が並んだが、上位20駅を見てみると最多となった路線は6駅がランクインした小田急小田原線だ。新宿方面に向かって、10位・百合ヶ丘駅(家賃相場6万4000円)~2位・読売ランド前駅(同5万8000円)~5位・生田駅(同6万円)~19位・向ヶ丘遊園駅(同6万6000円)~上位20駅外の1駅(登戸駅、同6万9000円)をはさんで10位・和泉多摩川駅(同6万4000円)~14位・狛江駅(同6万5000円)という順に並んでいる。最も新宿駅寄りに位置するのは準急と各駅停車が停まる14位・狛江駅だが、新宿駅までの所要時間が最短なのは急行や通勤急行、通勤準急も停車する19位・向ヶ丘遊園駅だ。「新宿駅まで近い駅」を探す際は地図上の位置を参考にしがちだが、距離的な近さではなく時間的な近さを重視する際は、急行や準急といった駅に停車する列車種別にも目を向けるとよさそうだ。

向ヶ丘遊園駅(写真/PIXTA)

向ヶ丘遊園駅(写真/PIXTA)

さて19位・向ヶ丘遊園駅から新宿駅に最短所要時間で向かうには、通勤急行で登戸駅に出てから快速急行に乗り換えるルートで計約19分。通勤急行1本でも、新宿駅まで約21分で到着できる。向ヶ丘遊園駅は神奈川県川崎市多摩区に位置し、かつては駅名の由来となった遊園地の最寄り駅として活躍していた。その遊園地は2002年に閉園したため、現存しない施設名を冠した珍しい駅となっている。駅の南方には豊かな緑を残した都市計画緑地「生田緑地」があり、広大な敷地内には美術館や科学館、「ばら苑」、「藤子・F・不二雄ミュージアム」などの施設が点在する。そうした自然や文化・観光施設を背景にして住宅地が広がる、落ち着いた街並みだ。

生田緑地ばら苑(写真/PIXTA)

生田緑地ばら苑(写真/PIXTA)

そんな向ヶ丘遊園駅周辺では現在、大規模な再開発が進行中。同駅の北口周辺から隣駅の登戸駅にかけての一帯では区画整理事業が進められ、新たな道路整備に向けて中央銀座商店街通りの廃道・建物解体が行われるなど街並みが大きく様変わりしている。その一環として、2023年4月には商業・賃貸住宅の複合施設「GINZA FOREST」がオープン。駅前広場の工事も2025年度中の完了を目指して進められ、バスロータリーの広さが既存の約3倍に拡張される計画だ。さらに駅前広場をはさんだ一角には、商業店舗スペースを含む25階建てのマンションが2025年内に完成予定だそう。

駅南側の街並みも変化の過程にある。駅から徒歩5分ほど、1万1000平米超の敷地で商業・住宅複合開発が行われ、2024年7月のマンション入居開始に先立って4月にはスーパーや家電量販店など14店舗を備えた商業施設「クロス向ヶ丘」がオープンした。また生田緑地の敷地内東部、かつてあった遊園地「向ヶ丘遊園」跡地を「商業施設エリア」「温浴施設エリア」「自然体験エリア」の3つのゾーンに分けて開発する計画も発表されている。コロナ禍の影響もあってか2023年度竣工としていた当初計画から大きな遅れが発生しているようだが、今後の進捗に期待したい。

上位20駅で小田急小田原線に次いで多かった路線は、4駅がランクインしたJR南武線。沿線には9位・稲田堤駅(家賃相場6万1000円)、14位の中野島駅と久地駅と宿河原駅(同6万5000円)がある。そのうち家賃相場が最も安かった9位・稲田堤駅の様子を見てみよう。

京王稲田堤駅前の風景(写真/PIXTA)

京王稲田堤駅前の風景(写真/PIXTA)

神奈川県川崎市多摩区に位置する9位・稲田堤駅から新宿駅までは、まず登戸駅に出てから小田急小田原線の快速急行に乗って計約29分。8位にランクインした京王相模原線・京王稲田堤駅と徒歩5分ほどの位置関係にあり、両駅間を乗り換える人も多く利用している。かつての稲田堤駅はJR南武線の線路の北側にしか改札口がなく、朝のラッシュ時などは踏切に足止めされた人々や乗り換え客で駅周辺が非常に混雑していた。その解消に向けて工事が進められてきた橋上駅舎が、2023年8月についに完成。橋上駅舎および自由通路南側(南口)ができたことで、駅の利用しやすさがアップしたと好評だ。自由通路北側(北口)の工事も進行中で、完成後は線路をはさんだ北側・南側の行き来がしやすくなり利便性がより向上する。

駅周辺にはスーパーやドラッグストアのほか、飲食店も立ち並ぶ。ラーメン店も複数あり、豚骨系、家系、国産小麦麺などそれぞれ特徴的なので食べ歩きも楽しそうだ。京王稲田堤駅前にもスーパーや飲食店があるので、買い物にも食事にも便利な環境と言えるだろう。

●21位~45位

21位~45位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている新宿駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、築年数35年未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2023/8~2024/2
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2024年4月22日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

「東京建築祭」レポート。名建築の意外な裏側など12件の詳細や参加者の声まで、特別公開プログラムを追体験! 来年の予習にも

2024年5月26日に終了した「東京建築祭」では2通りの楽しみ方がある。ひとつは、限定イベントに参加して深く楽しむ方法だが、申し込むタイミングが合わなかったり抽選に外れてしまったりで、必ずしも参加できるとは限らない。そこで、予約なしで誰もがその日に見学できる、18の「特別公開」プログラムをどう楽しめるかレポートしたい。

「東京建築祭」の特別公開で好きな建築を選んで見て回ろう

公開日時であれば、予約なしに無料で見学できるのが「特別公開」プログラムだ。今回は、「日本橋・京橋」「大手町・丸の内・有楽町」「銀座・築地」「神田周辺」のおおむね4つのエリアに点在する18の建築が対象だ。

まず、ライブ配信「東京建築祭の歩き方」が公開された。YouTubeで見逃し配信もされていたので、最初にこれを見ておけば、各建築の見どころを東京建築祭実行委員長で建築史家である倉方俊輔さんの解説で理解できる。そのうえで、見学するコースを決めたり、見どころをメモして出向いたりすればよいのだ。

出典:東京建築祭公式サイトより

出典:東京建築祭公式サイトより

さらに、「東京建築祭オーディオガイド」も用意されている。公式サイトの特別公開のそれぞれの概要説明の下部に「オーディオガイド」の情報が掲載されている。すべてではないが、おおむね「外観」と「内観」について1分程度の倉方さんの解説が聞ける。これを事前に聞いてもよいし、アプリ「まいまいポケット」をスマホにダウンロードしておき、その場でオーディオガイドを聞くこともできる。アプリには地図もあるので便利だ。

建築の専門知識があまりない場合、「見学に行ったけど、どこを見たらよいのかよくわからなかった」ということもありがちだが、こうした解説を利用すると楽しめるだろう。

そして、最後にSNSに投稿するという楽しみ方もある。自身の感想を書いたり、ほかの人はどこを見学してどこに着目したかを探してもよい。知らない人たちだが、建築祭という枠で何となくつながっているというのもよいものだ。

出典:筆者のFacebookより

出典:筆者のFacebookより

■関連記事:
https://suumo.jp/journal/2024/06/11/202967/

平日に先行公開の建築を3つ見学、ちらほら見かけた建築祭の見学者

さて、特別公開のメインは5月25日(土)26日(日)の週末だが、先行して5月21日(三越劇場)や5月23日~25日(国際ビルヂング・新東京ビルヂング・明治生命館)に公開したものもあった。筆者は5月23日に大手町で仕事があったので、立ち寄ることにした。

平日の午後ということもあって、ビルを利用する人の出入りが多く、東京建築祭の見学者が押し寄せるという状況ではなかった。が、筆者が滞在している間に何組かが熱心に撮影したり、建築資料の解説ボードを熱心に見たりしていた。これは東京建築祭の見学者に違いないと、何人かに声をかけた。

国際ビルヂングのエレベーターホール(筆者撮影)

国際ビルヂングのエレベーターホール(筆者撮影)

新東京ビルヂングのエントランスホール(筆者撮影)

新東京ビルヂングのエントランスホール(筆者撮影)

明治生命館(丸の内 MY PLAZA)外観(筆者撮影)

明治生命館(丸の内 MY PLAZA)外観(筆者撮影)

国際ビルヂングで話を聞いた人は、建築好きなので東京建築祭にとても興味があるが、週末や三越劇場の21日には予定があって来られないので、23日に3つのビルを見学しようと思ってやってきたという。来年実施されたら、もっと多くを見学したいとも。

また、新東京ビルヂングで話を聞いた建築関係の仕事をしている男性は、夫婦で開催期間中に9つを回る予定だという。9つを選んだ基準は、まだ見ていないもの、通常非公開部分が見られるもの、そして今後見られない可能性のあるものだそうだ。たしかに、国際ビルヂングは帝劇と一体的に建て替えることになっているし、有楽町周辺のビルで建て替え予定のものも多い。今のうちに見ておくべきだろう。

本番当日、レンタサイクルでホンキモードの見学

5月25日は別の記事にまとめたガイドツアーの取材もあったので、カメラマンに同行してもらい、終日見て回れるだけ見学することにした。移動しやすいのはレンタサイクルだと思い、自転車に乗るのは20年ぶりと渋るカメラマンの内海さんにも自転車を借りてもらった。

特別公開の最初の見学先は「堀ビル」と決めていた。新橋で気になる外観のビルであったことに加え、古い住宅を見に行くと、錠前や建具の金物に堀商店の金物がよく使われているので、堀商店のビルということへの関心もあった。行ってみると入場待ちの列ができていたが、あまり待たずに入場できた。

スクラッチタイルと窓がつくる水平線が特徴の堀ビルの外観(撮影/内海明啓)

スクラッチタイルと窓がつくる水平線が特徴の堀ビルの外観(撮影/内海明啓)

堀ビル(goodoffice新橋)は、竹中工務店が堀ビルのオーナーからマスターリース契約で長期間借りて、シェアオフィスとして改修し、それをグッドルームが運用している。スタッフの方に声をかけると、建築祭のスタッフだけでなく、竹中工務店のCOT-Lab(共創拠点)やグッドルームの人たちもスタッフとして参加しているという。受け入れる側のホンキ度もかなりのものだ。

シェアオフィスの1階部分が今回の特別公開エリア。青銅製の両開きドアは堀商店ならでは(撮影/内海明啓)

シェアオフィスの1階部分が今回の特別公開エリア。青銅製の両開きドアは堀商店ならでは(撮影/内海明啓)

さらに、事前の抽選による予約が不要なサプライズツアー(先着順の予約が必要)を4回実施するという。オープン前にすでに140人ほどが並んでいたということで、1時間ほどでサプライズツアーの予約が埋まってしまったのだそうだ。そこで、サプライズツアーを取材させてもらうことにした。

サプライズツアーのガイドはCOT-Lab新橋代表の杉本照彦さん(撮影/内海明啓)

サプライズツアーのガイドはCOT-Lab新橋代表の杉本照彦さん(撮影/内海明啓)

堀ビルが完成した後に、道路の下を地下鉄銀座線が通ったこともあって、地盤沈下の跡が見られるといった話に始まり、屋上から地下1階まで各階を案内してもらった。特に4階は堀家が住まいとして使っていたこともあり、和室の趣きが残る部屋や寝室の暖炉が残る部屋など個性的な部屋が多かった。また、2階の共用廊下では、もともとオフィスのドアの前に設置されていた金物格子扉を取り外して、天井の照明として使っている。

堀ビル2階の金物格子扉を活用した天井照明(撮影/内海明啓)

堀ビル2階の金物格子扉を活用した天井照明(撮影/内海明啓)

エレベーターがないので、戦後GHQに接収されなかったという点も、建物の保存にプラスに働いた。竹中工務店が、使ってきた建物の歴史を残すように、外観をそのまま維持できるように、さまざまに工夫して改修したことが伝わる解説だった。

さて、サプライズツアーに参加した後は、再び自転車で新橋から銀座を抜け、日本橋方面へ。次に寄った「旧宮脇ビル(川崎ブランドデザインビルヂング)」も、その次の「日証館」も、いずれも入場の行列ができていた。ただ日証館では、エントランスホールの混雑具合と行列の長さを見て、東京建築祭スタッフが柔軟に入場人数を調整したようで、長い割には列が動いて、それほど待つことはなかった。

解体を免れて改修された旧宮脇ビル(川崎ブランドデザインビルヂング)(撮影/内海明啓)

解体を免れて改修された旧宮脇ビル(川崎ブランドデザインビルヂング)(撮影/内海明啓)

品格のある外観の日証館(撮影/内海明啓)

品格のある外観の日証館(撮影/内海明啓)

日証館ではQRコードでオーディオガイドにアクセスできるようになっていた(撮影/内海明啓)

日証館ではQRコードでオーディオガイドにアクセスできるようになっていた(撮影/内海明啓)

次は、川を越えて「三井本館」へ。ここはかなり長い行列ができていた。

アメリカン・ボザール・スタイルの三井本館(撮影/内海明啓)

アメリカン・ボザール・スタイルの三井本館(撮影/内海明啓)

三井本館は、東西と南の三方が道路に面しているが、今回は西側の日銀通りに面した合名玄関が特別公開された。筆者が行ったときには、西側から南側までびっしりと列ができ、東側に折れるところまで続く長さだった。建築祭スタッフに聞いたところ、午後になるほど列が長くなったという。

三井本館の次はさらに北上して、「丸石ビルディング」へ。行列がわずかだったのは、内部の撮影が禁止だったため、入退場の回転が速いからだろう。天井のレリーフや照明、床のタイルなど、撮影できないのが残念なくらいに美しかった。それでも、ロマネスク様式の外観を多くの見学者が近くから遠くから、何枚も撮影していた。

この外観の魅力は、異なる素材でさまざまな表情を見せたり、入り口の両脇にねじり柱やライオン像があったりして、親しみやすさを感じさせることだ。と、偉そうに書いてみたが、「まいまいポケット」アプリの倉方さんのオーディオガイドの受け売りだ。解説が具体的でわかりやすいのも、活用を勧めたい点だ。

ロマネスク様式の丸石ビルディング(撮影/内海明啓)

ロマネスク様式の丸石ビルディング(撮影/内海明啓)

スマホのアプリでオーディオガイドを聞く筆者(撮影:内海明啓

スマホのアプリでオーディオガイドを聞く筆者(撮影:内海明啓

さて、本日の最後は「江戸屋」に決めて移動した。老舗の店舗だけに、入場できるキャパは少ない。行ってみると行列はできていたが、10人程度を入れ替える形で混乱なく見学していた。建築祭のスタッフが、次の入場グループを店舗前に誘導し、注意事項を説明して待機させたり、それ以外の人たちを別の場所に並ばせるなど、適切な誘導とルールを守る見学者の様子に感心した。

看板建築の好事例。軒先から突き出た6本のラインは刷毛を表現しているという(撮影/内海明啓)

看板建築の好事例。軒先から突き出た6本のラインは刷毛を表現しているという(撮影/内海明啓)

江戸屋の見学者に今日はどこを見学してきたか聞いてみた。年配の女性二人組は、「カトリック築地教会」でハルモニウムの演奏を聴くのが楽しみだったので、最初に演奏時間に合わせてカトリック築地教会に行き、近くの「築地本願寺」「井筒屋」「三井本館」「江戸屋」と回ったという。残念ながら、井筒屋は入場制限で入れず、三井本館は行列が長すぎて断念したが、ハルモニウムの演奏が聴けたので良かったという。

このように、特別公開は自由に見学できるが、行列が長いこともあれば入場制限がかかることもある。井筒屋はキャパオーバーになって入場制限がされて、そのことをX(旧ツイッター)で知らせていたが、気づかずに行った人も多いようだった。

まだまだ見学、リノベーションビル3連チャン

5月26日も神田周辺のビルを3つ見学した。事前にXをチェックして、それほど混雑していないことを確認して出かけた。共通するのは、いずれも既存のビルをリノベーションして活用していること。まず行ったのが「神田ポートビル」だ。

神田ポートビル外観(筆者撮影)

神田ポートビル外観(筆者撮影)

印刷会社の旧社屋をリノベーションして、地下は「サウナラボ神田」、1階は写真とデザインの「ゆかい」、2・3階は「ほぼ日の學校」、4~6階が印刷会社という文化複合ビルに生まれ変わった。

地下1階のサウナラボのフロア(筆者撮影)

地下1階のサウナラボのフロア(筆者撮影)

サウナラボで枯葉の束を見ていたら、サウナで使うヴィヒタだと教えてくれた、サウナ好きの大学生に出会った。建築学部ではなく政治経済学部だが、都市経済学を勉強しているので、都市の発展や構造という観点で東京建築祭に興味を持ったという。そして、特別公開の神田ポートビルに来てみたら、かつて利用したサウナがあるビルだと知ったという。目的があるとそこにしか目が行かないが、改めて建築という視点で見ると違うものが見えてくるだろう。

また、事前に前日の状況をXで調べて、三井本館は朝イチで行くのがよさそうで、築地本願寺はランチタイムが空いていそうだと、予定を立てて回っているという人もいた。SNSは、情報収集に有効に使えるという面もあるので、上手に活用したい。

次に行ったのが「岡田ビル」。現在の法規制に合わなくなった古いビルを、大胆に「減築」することで生まれ変わったビルだ。1・2階は日本初出店のthink coffee、3~6階はオフィスだが、減築により光と風が通るようになり、快適な空間になっている。

左:岡田ビル外観 右:吹き抜けになった減築部分(筆者撮影)

左:岡田ビル外観 右:吹き抜けになった減築部分(筆者撮影)

減築という珍しい手法ということもあってか、屋上で出会った3人組は大学院の修士課程で建築を学んでいる院生だった。法規制をどのようにクリアしたか、既存の躯体をどのように使っているかなどに興味を持って、見学に来たという。

そして筆者が建築祭の最後に訪れたのは、「安井建築設計事務所 東京事務所」だ。築約60年のオフィスビルをリノベーションし、その中に東京事務所を移転。「美土代クリエイティブ特区」と名づけた、まちにひらき人とつながる空間をデザインした、ユニークなオフィスだ。

(筆者撮影)

(筆者撮影)

ここで16時から20分程度の設計者による特別プレゼンテーションがあるというので参加したが、立ち見も多くてざっと200人を超えるほどの人が集まっていたと思う。熱心にメモをしたりプレゼンの画面を写メしたりする人もいたので、建築に関心の高い人が集まったようだ。

そういえば、25日(土)に見て回った際には、6~7割が女性、しかも若い人から年配の人まで幅広いというのが筆者の印象だった。建築好きの女性がここまで多いのかと、驚いたものだ。ところが、26日(日)に見た神田周辺の3つのリノベーションビルに限れば、明らかに若い人が多い。リノベーションによる活用という点で、建築知識のある人や学んでいる人がより興味を持つテーマなのだろう。

このように、建築の知識がそれほどない人でも、専門性のある人でも、それぞれで楽しめるというのが建築祭の魅力なのだと思う。今回改めて分かったことは、建築にはとてつもなくパワーがあるということだ。

クロージングイベントもあると聞いて、のぞいてみた。キックオフで倉方さんは、やってみないとどれだけ人が集まるかわからないので、「不安半分・期待半分」と言っていたのが、クロージングでは「都心の風景を変えるほどの人が集まった」と表現した。つまり、東京初の建築祭として大成功だったようだ。来年以降も継続すると宣言してもらったのが、なによりうれしい。

クロージングイベントの様子(筆者撮影)

クロージングイベントの様子(筆者撮影)

さて、建築祭が終わってしまったのに、いまさら楽しみ方の記事を読んでも……と思う人もいるかもしれない。でも、東京の都心には、まだまだ魅力的な建築が数多くある。三井本館で行列に並んだ人は、隣の三越日本橋本店の美しさに気づくだろうし、公開された玄関の向かいの日本銀行も名建築で知られている。日本銀行本店では解説付きで見学ができるし、三越劇場も劇場主催で有料のガイドツアーをたまに開催している。

また、ガイドツアーに漏れてもその外観を見学することはできるし、東京建築祭で得られた情報は、自身で見て回る際にも役立つだろう。秋には大阪や京都、神戸でも建築祭が開催される。こうして建築見学に慣れていくうちに、来年の東京建築祭がやってきて、さらに楽しめるようになる。そのように考えて記事を見ていただけるとうれしい限りだ。

●関連サイト
東京建築祭公式サイト

【東京建築祭】「教文館・聖書館ビル」アントニン・レーモンドの戦前の名建築ガイドツアーに潜入レポート! 文人に愛されたモダニズム建築を追体験 東京都・銀座

東京で初開催となる建築祭が、大盛況のうちに2024年5月26日に終了した。「東京建築祭」の概要や見どころなどは、開催前から多くのメディアで紹介されていたので、ここでは実際に、建築祭はどんな内容で行われ、どんな人たちが参加して楽しんだのか、その実態を2回に分けてレポートしたい。

「東京建築祭」の楽しみ方は2通り。限定イベントに参加するには?

建築祭に参加して楽しむ方法としては、主に2パターンがある。ひとつは、通常は非公開のエリアが公開される「特別公開」の建築物を見学するパターン。もうひとつは、参加人数が限定されるイベントに参加するパターンだ。人数限定のイベントは、クラウドファンディングまたはガイドツアー(多くは有料)により提供される。

「東京建築祭」を主催するのは、東京建築祭実行委員会だ。倉方俊輔実行委員長(大阪公立大学教授)をはじめ、8人の実行委員により構成される。実行委員たちが手弁当で活動し、スタッフをボランティアで集めたとしても、建築祭を魅力的に告知する専用サイト・パンフレット等の作成費用や事務局の運営費用などがかかる。協賛パートナーを募って支援してもらうほかに、一般の方からクラウドファンディング(以下、クラファン)の手法で資金を集めるスタイルを取った。

出典:「東京建築祭」クラウドファンディングのサイトより

出典:「東京建築祭」クラウドファンディングのサイトより

クラファンには、純粋に開催を応援して資金を提供するだけでなく、用意されたリターンを選択して資金提供する方法もある。東京建築祭のクラファンでも、建築家の藤本壮介さんのスケッチによる東京建築祭2024トートバッグや、建設工事中のGinza Sony Park 特別見学会、三越劇場での東京建築祭キックオフイベントへの招待などのいくつかのリターンが用意された。今回のクラファンには、337人から計約624万円の協賛が集まった。ただし、クラファンのリターンの場合は先着順となるので、希望のリターンを選ぶには早期の情報入手も必要だ。

一方、東京建築祭のガイドツアーは44プログラム(同じツアーが複数回開催される場合もある)が用意された。一部に無料のガイドツアーもあるが、多くは有料で、申込者の中から抽選で参加者が決まる。ガイドを務めるのは、その建物の設計者や建築に関わる人であったり、建物の所有者や使用者であったりと多様な顔ぶれだ。面白いところでは、テレビドラマ『名建築で昼食を』の原案者である甲斐みのりさんの案内で、実際に名建築でランチを楽しむツアーなどもあった。

ガイドツアーで最も申し込みが多かったのは、帝国劇場の「建替え工事直前、谷口吉郎の名作・劇場内特別ツアー」だったという。閉館が決まっている名建築を倉方さんの案内で見学できることに加え、例外的に帝国劇場側の希望を受けた無料ツアーであったこともあり、申し込みが殺到したという。当選確率はおそらく数%というほどの激戦だったのではないか。

三越劇場での「東京建築祭キックオフイベント」に潜入

さて、クラファンで最も多い87人が選んだリターンが、トートバッグ付きの「東京建築祭キックオフイベント」への招待だ。そこで、キックオフイベントを取材させてもらった。

キックオフイベントは創建当時のロココ調の装飾が残る三越劇場で開催された(筆者撮影)

キックオフイベントは創建当時のロココ調の装飾が残る三越劇場で開催された(筆者撮影)

キックオフイベントは、まず、豪華な装飾に彩られた三越劇場の副支配人・齊木由多加さんによる、建築解説で始まった。日本初の百貨店として「デパートメント宣言」を表明し、日本橋に最先端の設備を採用したルネッサンス様式の本店を建築したものの、関東大震災で被災し、残った躯体を活かして修復した際に、三越劇場(当時は三越ホール)が誕生したことや、天井を飾る美しいステンドグラスは実は4段構成になっていること、至るところに隠し絵があることなどを解説してくれた。

副支配人の齊木さんによる三越劇場の建築解説もあった(筆者撮影)

副支配人の齊木さんによる三越劇場の建築解説もあった(筆者撮影)

次いで、実行委員長の倉方さんから東京建築祭の狙いが説明され、キックオフの特別プログラムへ。まず、ゲストの建築家・藤本壮介さんが、自身の設計した建築物を紹介しながら、建築の可能性を語るミニ講演。最初の事例として紹介された、フランス南部のモンペリエに建築した集合住宅「L’Arbre Blanc」に驚いた。恥ずかしながら筆者は、この集合住宅を初めて知ったのだが、木から枝が伸びるように躯体から張り出した奥行きのあるバルコニーの写真を見て度肝を抜かれた。ほかにも、前橋の白井屋ホテルなど多数の建築物が事例として紹介された。

次に、ジンズホールディングス代表取締役CEOの田中仁さんが登壇。経営者という顔のほかに、前橋市の街の再生者という顔もお持ちで、市のビジョンをつくり、白井屋ホテルに始まるまちの活性化にどう取り組んできたかという話をされた。

最後に三人によるトークセッションがあり、会場の参加者を含めた撮影会を経て、キックオフイベントは終了した。キックオフには、協賛パートナー事業者の方やボランティアスタッフの方もいたので、クラファンによる招待客が誰かわからなかったのだが、撮影会の際に事務局からの「トートバッグをかざしてください」という呼びかけに応じて、多くの方がトートバッグを取り出してかざしていた。その顔はちょっと誇らしげに見えた。

登壇した三人によるトークセッション。左から倉方さん、藤本さん、田中さん(筆者撮影)

登壇した三人によるトークセッション。左から倉方さん、藤本さん、田中さん(筆者撮影)

ガイドツアー「【教文館・聖書館ビル】A.レーモンドの名建築へ、非公開エリアに潜入」

次に、ガイドツアーをレポートしよう。取材をさせてもらったのは、銀座の「教文館・聖書館ビル」だ。日本近代建築の父ともいわれる、アントニン・レーモンドが手掛けたビルというから、申込者も多かっただろう。集合場所の1階エントランスホールに、当選した15人が集まってきた。

参加者にこのガイドツアーを申し込んだ理由を聞いてみると、このビルの前をよく通っていたり、書店でよく本を買っていたりして、馴染みのあるビルの非公開の場所が見られると聞いて、申し込んだという声が多かった。

教文館・聖書館ビルの1階エントランスに集合。東京建築祭スタッフがガイドの2人を紹介(撮影/内海明啓)

教文館・聖書館ビルの1階エントランスに集合。東京建築祭スタッフがガイドの2人を紹介(撮影/内海明啓)

さて、ガイドツアーは、建築祭のスタッフから見学時の注意事項などの説明があった後、ガイドを紹介して始まった。教文館代表取締役社長の渡部満さんと専務の森岡新さんが、今回のガイドだ。「今では創建当時の建物をそのまま保存するという考え方が浸透しているが、かつてはそこまでの意識はなかった。そのため、外壁など改修された部分も多いが、まだ当時のものも残っている。エントランスの天井のレリーフもその一つで、今回、そうしたものを中心に見学する」という。

教文館ビル側のショーケースに、東京建築祭のためのさまざまな資料が展示されていたが、写真の右側の模型は都立大崎高校のペーパージオラマ部がレーモンドの設計図を基に作成したもの。当時は屋上にアール・デコ様式の塔が2つあったが、左の模型のように広告塔を建てるために1つを撤去してしまったという。ただ、もう1つの塔の台座はまだ屋上に残っている。

エントランスのショーケースに東京建築祭のための展示が並ぶ(撮影/内海明啓)

エントランスのショーケースに東京建築祭のための展示が並ぶ(撮影/内海明啓)

このビルの特徴は、教文館ビルと聖書館ビルが隣接して1つのビルになっていることだ。エントランスやエレベーターホールを共有しているが、階段室を見ると壁を隔ててそれぞれのビルに行く階段が分かれている。実は、当時の階段が地下に残されていて、それを見ると教文館側は2色になっていることが分かる。

1階部分の階段室(撮影/内海明啓)

1階部分の階段室(撮影/内海明啓)

地下の階段室を見ると色の違いが分かる(撮影/内海明啓)

地下の階段室を見ると色の違いが分かる(撮影/内海明啓)

さて、ツアーは1階から屋上、5階、地下へと移動し、またエントランスに戻るという流れだったが、5階には床の大理石や階段室の仕切り、室内に入るドア部分など当時のものが多く残っている。ほかにも、今は使われていないが、メールシューターやダストシュート、消防用の送水口(1階)が残っている。

床の大理石や日本聖書協会側のドア枠などは当時のもの(撮影/内海明啓)

床の大理石や日本聖書協会側のドア枠などは当時のもの(撮影/内海明啓)

メールシューターは手紙を入れるとそのまま下に落ちて集められる仕組みだった(撮影/内海明啓)

メールシューターは手紙を入れるとそのまま下に落ちて集められる仕組みだった(撮影/内海明啓)

エントランスに戻ると、社長の渡部さんが当時のエピソードをいくつか紹介した。教文館ビルの1階と地下に、当時では珍しい「富士アイス」というモダンなレストラン・パーラーがあったこと。まだコーヒーに馴染みがない時代だったので、ブラジル大使の依頼を受けたレーモンドが、聖書館ビルの1階に、「ブラジルコーヒー」を設計した。そこには、レーモンドと親しかった画家の藤田嗣治の「大地」という壁画があったが、閉鎖に伴い壁画はブラジルに渡り、今は広島のウッドワン美術館が所蔵しているという。

なお、聖書館側の外壁に4つのレリーフがあったが、今もその1つが残っている。ぐるりと回れば見つけられるので、読者の方も探して当時の面影を感じてほしい。

ガイドツアーが終わった後、参加者に感想を聞いた。「ダストシュートなど当時のものがまだ残っているのが、素晴らしい」といった声や、「社長さんからじかに、建物の歴史を聞くことができてよかった」という声があった。レーモンド設計の建築を長く見守り続けた人が、ガイドとして解説してくれるだけに、単なる解説にとどまらない思いも伝わってくる。それが、こうした企画の魅力だろう。

さて、こうした解説付きで建築について学べる機会、ましてや、通常は非公開の部分に入り込んで解説してもらえる機会というのは、そう多くはない。東京建築祭ならではの限定企画は、そうした機会を得られる場でもある。キックオフイベントやガイドツアーを追体験していただこうと記事にまとめたものの、情報が多すぎてすべてを盛り込めないことが残念だ。

限定企画に参加するには、早期に情報を入手したり、強運で当選を引き当てたりする必要もある。来年に東京建築祭が開催されたら、ぜひ早めに動いてほしい。それでも、限定となると、機会を得るのはなかなか難しいかもしれないが、一方、東京建築祭では事前申し込みが不要な「特別公開」が多数ある。それをどう楽しむかについては、別の記事で紹介したい。

●関連サイト
東京建築祭公式サイト

「東京建築祭」18の名建築を無料で特別公開! 東京駅や三越日本橋本店などの普段は見られないエリアも開放。実行委員長・倉方俊輔さんが見どころ語る

今年、2024年5月、東京の日本橋、丸の内、銀座エリアを中心に、「東京建築祭」なるイベントが開催されることをご存知でしょうか。建築の祭りと聞いてすぐにイメージが湧かない方も多いのではないかと思いますが、その実態は普段関係者しか中に入れない建築を一般公開し、自由に見学ができるようにするというもの。過去にSUUMOジャーナルでも取り上げた、京都・神戸の「モダン建築祭」や約10年の歴史がある大阪の「生きた建築ミュージアムフェスティバル」で行われてきた建築公開イベントが、5月25日・26日を中心に待望の東京初開催となります。
どのような建築が公開されるのか、そしてイベントの見どころを、実行委員長の倉方俊輔さんにお聞きしてきました!

建築空間に身を置く、だけでいい!?東京建築祭のプログラム一覧(提供/東京建築祭実行委員会)

東京建築祭のプログラム一覧(提供/東京建築祭実行委員会)

■京都モダン建築祭、神戸モダン建築祭のレポートはこちら
参加者3万人「京都モダン建築祭」を建築ライターがめぐってみた! 明治・大正時代の名建築の内部を限定公開
「神戸モダン建築祭」港湾都市の名建築を一斉に公開! 建築ライターが歩いて触れる街のアイデンティティ

東京建築祭では専門家や建物の運営に携わる”中の人”による有料ガイドツアーも用意されていますが、注目したいのが東京を代表する18の建築が無料で特別公開されるプログラム。
知る人ぞ知る名建築や、東京駅や三越日本橋本店といった誰もが知る建築の、普段は見ることのできない姿を見ることができます。この期間だけの特別公開、どうせなら目一杯楽しみたいですよね。倉方さんに、建築を見学する際に注目すべきポイントをお聞きしました。

スクラッチタイルの立面が美しい、堀ビル。1階の共用ラウンジが見学できる(写真提供/東京建築祭実行委員会)

スクラッチタイルの立面が美しい、堀ビル。1階の共用ラウンジが見学できる(写真提供/東京建築祭実行委員会)

三越日本橋本店では、ふんだんに装飾が施された「三越劇場」が公開される(写真提供/東京建築祭実行委員会)

三越日本橋本店では、ふんだんに装飾が施された「三越劇場」が公開される(写真提供/東京建築祭実行委員会)

「特別な知識や経験は必要ありません。とにかくその空間に身を置いて、自分がどう感じるか、それが第一です。歴史や設計者の意図を知りたければ、本を読めば済むわけですから」

なんと、大学で建築史を教えている建築史家とは思えない意外な答え。でもそれくらいの気持ちで臨んで良いのであれば、無料かつ事前の申し込みも不要なイベントでもありますし買い物のついでに少し寄ってみようかなと気楽に参加できそうです。

「好奇心を働かせて、隅々まで観察したり、なぜそのようなデザインになっているのか、自分なりに考えてみたり。優れた建築の優れた空間で、ゆったり時を過ごしてみる、そんな楽しみ方もおすすめです。建築祭で特別公開となる建築も、エントランスホールなど普段から一般に開かれた建築の通常非公開部分が公開されるものも含まれています。これをきっかけに、東京のお気に入りスポットを見つけてみる、そんな機会としても活用してほしいです」

倉方さんがその代表的な例として推すのが築地本願寺。かまぼこ型の屋根が特徴的な寺院建築ですが、本堂には普段から自由に出入りできること、ご存知でしたか? 宗教建築ということもあり、足を踏み入れることに抵抗があるという方もいらっしゃるかもしれません。これを機会に訪れてみて、その不思議な魅力に触れてみてはいかがでしょうか。東京建築祭では通常非公開の貴賓室や講堂、本堂裏の廊下が公開されます。

築地本願寺外観。古代インドの仏教寺院、西洋建築、日本を含むアジア各国の要素を複雑に組み合わせたここでしか見られない独特な建築(写真提供/東京建築祭実行委員会)

築地本願寺外観。古代インドの仏教寺院、西洋建築、日本を含むアジア各国の要素を複雑に組み合わせたここでしか見られない独特な建築(写真提供/東京建築祭実行委員会)

「築地本願寺は設計者の伊東忠太による独創的な装飾や空間が注目されがちですが、実はあの時代に複合ビルとして建てられた点が革新的なんです。当時の寺院建築では分棟で建てられていた本堂、講堂、貴賓室といった各機能が統合されてひとつの建築としてつくられています。従来の木造ではなく、鉄筋コンクリートが登場したからこそ可能になった形式ですね。
今回の特別公開で、本堂以外の空間も一度にひとつの建物の内部で経験することで、その前提知識がなくても伝統的なお寺とは違う面白さを感じてもらえるのではないかと思います。加えて、ここがすごいのは結婚式や法事など、宗教的な行事が行われているときでも変わらず一般の参拝者を受け入れているというところです。本堂で催事が行われている後ろを仏教徒でもない一般人が出入りしている様子はほかではなかなか見られない大らかさがありますね。ここまで場を開くことに意識的な建築は、宗教建築でも珍しいと思います」

革新的な寺院建築の形式は、施主である西本願寺の決断なくしては実現し得なかったアイデアです。関東大震災を経て木造から鉄筋コンクリート造の建物に転換していった社会状況も、構造形式の選択に影響しているでしょう。そうした要件の上に、建築家が心血を注いで設計された建築が、その時々の状況に応じて手を加えながら90年近くも使われ続けている。個人の才能だけでは実現しない、社会との関わりによって初めて成立する創作物である点が、建築ならではの面白さだと倉方さんは言います。

築地本願寺内部。手すり部分をはじめ、随所に動物の像が据えられている(写真提供/東京建築祭実行委員会)

築地本願寺内部。手すり部分をはじめ、随所に動物の像が据えられている(写真提供/東京建築祭実行委員会)

(写真提供/東京建築祭実行委員会)

(写真提供/東京建築祭実行委員会)

建築を介して人や社会とつながる

「建築の面白さは、人の面白さに尽きます。面白い建築の裏には、それを必要としたクライアントがいて、クライアントの要求に応えた建築家がいて、そのアイデアをかたちにした技術者がいて、工夫しながら使っている人たちがいて、その皆が面白い。今回、ガイドツアーをいろいろな立場で建築に関わっている方々にお願いしています。建築を支える人たちとの出会いも楽しんでほしいです」

建築を見学する上でのポイントとなる情報は、オーディオガイドでも提供される予定です。
ただ、それもあくまで取っ掛かりとして使ってもらえれば、と倉方さん。

「面白い、という心の動きの基本は、自分が今まで知らなかった、新しいものに出合うことだと思います。それまで外観は見たことがあったけれど内部がどうなっているか知らなかった建物に、入ってみるだけでワクワクしたり、楽しいと思えるのではないでしょうか。知らないものと出合う喜びは、旅にも通ずるところがありますね。建築を面白がれるようになると、普段の街歩きから旅をしているような体験を得られるようになりますよ」

オフィスビルをリノベーションした「安井建築設計事務所 東京事務所」。改修プランは社内コンペによって案が選ばれた(写真提供/東京建築祭実行委員会)

オフィスビルをリノベーションした「安井建築設計事務所 東京事務所」。改修プランは社内コンペによって案が選ばれた(写真提供/東京建築祭実行委員会)

また、建築祭で建築を楽しむことを知った人に、ぜひその楽しみを一歩進めてほしいといいます。

「楽しい、という気持ちを自分のなかで留めずに、なにかアクションを起こしてもらえたら嬉しいですね。面白い建築を使ってお店を開いているところがあれば訪れてみるとか、自分が興味深かったことをSNSでシェアするとか。誰かの感想を見ることで、そういう見方もあるのかと楽しみが広がっていきます。そのようにして建築を気にする人が増えていくと、せっかく建てるなら今までにないものにしようとか、今ある貴重な建築を大切に使っていこうとか、人びとの想いが街を豊かにすることにつながっていくと思うんです。面白い、という感情はそれだけで社会的行為につながっていくんだということは、これまで建築公開イベントの運営に携わるなかで実感することですね。一人の熱い想いが社会を変えていく原動力になるんだ、社会は変えていけるものなんだ、ということは僕自身がこのイベントを通して皆さんに共有したいことでもあります」

東京建築祭は、5月25日(土)26日(日)を中心に開催されます。有料のガイドツアーの申し込みは締め切っていますが、25日・26日の特別公開はどれも無料・申し込み不要で見ることができますので、ぜひ公式のWEBサイトで詳細をチェックしてみてください!

●取材協力
東京建築祭実行委員会

【東京駅30分以内】中古マンション価格相場が安い駅ランキング2024年。シングル向け、カップル・ファミリー向け、それぞれ1位は?

東京を代表する駅と言えば東京駅。東海道新幹線や東北新幹線をはじめ、山形・秋田・上越・北陸・北海道に向かう新幹線、JR各線に加えて東京メトロ丸ノ内線も発着する一大ターミナル駅だ。駅周辺は日本最大と言えるビジネス街でもあり、通勤客から旅行客まで日々多くの人が利用している。さらに複数の再開発事業が進行中でもあり、今後もますますの発展が見込まれる。そんな東京駅まで電車で30分以内の近さでありつつ、リーズナブルな中古マンションがそろう街はどこだろう? 徒歩15分圏内にある「シングル向け(専有面積20平米以上~50平米未満)」と「カップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満駅)」それぞれの、中古マンションの価格相場が安い駅ランキングをご紹介しよう。

東京駅まで電車で30分以内にある中古マンションの価格相場が安い駅ランキング

【シングル向け トップ11(16駅)】
順位/駅名/価格相場(主な路線名/駅の所在地/東京駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 西馬込 2790万円(都営浅草線/東京都大田区/28分/2回)
2位 方南町 2980万円(東京メトロ丸ノ内線/東京都杉並区/30分/1回)
2位 鶴見 2980万円(JR京浜東北・根岸線/神奈川県横浜市鶴見区/25分/1回)
4位 板橋区役所前 3180万円(都営三田線/東京都板橋区/28分/0回)
5位 大山 3200万円(東武東上線/東京都板橋区/27分/1回)
6位 京急川崎 3240万円(京急本線/神奈川県川崎市川崎区/30分/0回)
7位 南千住 3280万円(JR常磐線/東京都荒川区/15分/0回)
8位 川崎 3330万円(JR東海道本線/神奈川県川崎市幸区/18分/0回)
9位 雑司が谷 3380万円(東京メトロ副都心線/東京都豊島区/25分/1回)
10位 王子神谷 3385万円(東京メトロ南北線/東京都北区/29分/1回)
11位 三ノ輪 3480万円(東京メトロ日比谷線/東京都台東区/19分/1回)
11位 三河島 3480万円(JR常磐線/東京都荒川区/12分/0回)
11位 亀戸 3480万円(JR総武線/東京都江東区/12分/1回)
11位 板橋本町 3480万円(都営三田線/東京都板橋区/30分/0回)
11位 王子 3480万円(JR京浜東北・根岸線/東京都北区/22分/0回)
11位 赤羽 3480万円(JR東北本線/東京都北区/17分/0回)
※17位以下は記事末に掲載

【カップル・ファミリー向け トップ14(15駅)】
順位/駅名/価格相場(主な路線名/駅の所在地/東京駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 松戸 3380万円(JR常磐線/千葉県松戸市/27分/0回)
2位 六町 3399万円(つくばエクスプレス/東京都足立区/27分/1回)
3位 堀切菖蒲園 3480万円(京成本線/東京都葛飾区/29分/1回)
3位 蕨 3480万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県蕨市/29分/1回)
3位 青井 3480万円(つくばエクスプレス/東京都足立区/24分/1回)
6位 西船橋 3523万円(JR京葉線/千葉県船橋市/29分/0回)
7位 五反野 3540万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
8位 四ツ木 3580万円(京成押上線/東京都葛飾区/30分/1回)
9位 下総中山 3650万円(JR総武線/千葉県船橋市/26分/1回)
10位 小菅 3665万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/25分/1回)
11位 西川口 3690万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/26分/1回)
12位 扇大橋 3740万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/30分/1回)
13位 綾瀬 3755万円(東京メトロ千代田線/東京都足立区/25分/1回)
14位 梅島 3880万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/29分/1回)
14位 鐘ケ淵 3880万円(東武伊勢崎線/東京都墨田区/28分/1回)
※16位以下は記事末に掲載

東京駅までわずか約12分の駅も「シングル向け」上位にランクイン

「シングル向け」の1位は東京都大田区の都営浅草線・西馬込駅で価格相場は2790万円。都営浅草線で新橋駅に出て、JR東海道本線に乗り換えると東京駅に到着する。最短所要時間の約28分を狙う場合は、新橋駅より手前の泉岳寺駅で途中下車して行き先違いの都営浅草線へと乗り継ぐため「乗り換え2回」と記載したが、新橋駅まで1本で行ってJR東海道本線を利用する「乗り換え1回」のルートでも、東京駅まで30分以内に行くことが可能だ。

西馬込駅周辺(写真/PIXTA)

西馬込駅周辺(写真/PIXTA)

1位・西馬込駅は都営地下鉄の駅では最南端に位置し、都営浅草線の始発駅でもあるので混雑する朝も座って乗車しやすいのがうれしいところ。地下にある駅から地上に向かうと、国道1号・第二京浜沿いに出る。大通り沿いにスーパーやコンビニ、ドラッグストアが点在し、脇道に入れば飲食店や和菓子店、ベーカリーなどがあるのどかな商店街も。静かな住宅街を通って駅から南へ13分ほど歩けば、五重塔がシンボルの「池上本門寺」へ。その隣には緑豊かな「本門寺公園」があり、住民の憩いの場として親しまれている。

■関連記事:
大田区「池上」が進化中!リノベで街の魅力を再発掘

続く2位には価格相場が同額2980万円となった、東京メトロ丸ノ内線の方南町駅とJR京浜東北・根岸線の鶴見駅がランクイン。方南町駅は東京都杉並区、鶴見駅は神奈川県横浜市鶴見区に位置している。

方南町駅前(写真/PIXTA)

方南町駅前(写真/PIXTA)

方南町駅から東京駅まで30分以内で行く場合は、東京メトロ丸ノ内線で新宿駅に出て、JR中央線快速で東京駅を目指すため「乗り換え1回」となる。しかし丸ノ内線に乗ったままでも東京駅まで31~32分ほどなので、実際は乗り換え0回のルートを利用する人も多いだろう。沿線の新宿駅や東京駅に行きやすいアクセス性のよさに加え、駅周辺の買い物環境が整っている点も魅力の一つ。方南通りと環七通り沿いにスーパーやドラッグストア、ホームセンターなどの大型店舗が点在しているほか、ファミレスやファストフード店、ラーメン店など気軽に利用できる飲食店も豊富にそろっている。

JR鶴見駅(写真/PIXTA)

JR鶴見駅(写真/PIXTA)

鶴見駅から東京駅までは、JR京浜東北・根岸線で川崎駅に出て、JR東海道本線に乗り換えるルートだと約25分。もう少し時間がかかっても構わなければ、JR京浜東北・根岸線1本でも東京駅まで約34分でたどり着く。東京駅とは反対方面に乗車すれば、横浜駅まで3駅・約9分で行くことが可能だ。また、鶴見駅前には京急本線の急行停車駅である京急鶴見駅もあるので、横須賀や三浦半島方面に行く際はこちらを利用すると便利だろう。そんな鶴見駅は駅ビル「シァル鶴見」に直結。生鮮食品やフード、ドラッグストアのフロアから、ファッション、雑貨、飲食店のフロアまでそろい、気軽に食事や買い物が楽しめる。駅周辺にもスーパーや飲食店、ディスカウントストアなどの商店が充実し、暮らしやすそうな街並みだ。

4位以下にも東京都または神奈川県にある、さまざまな路線の駅が並んだ。トップ11(16駅)のうち東京駅までの所要時間が最短だったのは、価格相場が同額3480万円で11位にランクインしたJR常磐線・三河島駅とJR総武線・亀戸駅。両駅から東京駅までは、約12分という近さだ。三河島駅から東京駅は、JR上野東京ライン直通の常磐線を利用すると乗り換え0回で行ける。亀戸駅から東京駅までは、JR総武線の普通列車と快速を乗り継いで向かうため乗り換え1回だ。

三河島駅周辺の様子(写真/PIXTA)

三河島駅周辺の様子(写真/PIXTA)

三河島駅は東京都荒川区にあり、JR常磐線の日暮里駅と南千住駅に挟まれた立地。1つしかない駅改札を出るとすぐ前を尾竹橋通りが南北に走っており、駅から南下していくと商店街が続いている。牛丼や回転寿司などのチェーン店から、ネパール料理やグルメバーガー、イタリアンなど個性豊かな飲食店も豊富なので、ぶらぶら歩きながら店選びをするのも楽しそう。また、駅の北側地区では再開発が進行中。住宅と商業施設、多目的アリーナからなる地上43階建てのビル建設が計画されおり、着工は2024年12月、竣工は2028年3月の予定だそう。

亀戸駅周辺の様子(写真/PIXTA)

亀戸駅周辺の様子(写真/PIXTA)

亀戸駅は東京都江東区に位置し、JR総武線のほかに東武亀戸線が乗り入れている。三河島駅と同様に駅周辺に飲食店が豊富なほか、地下1階から8階屋上まで多彩な店舗が並ぶ駅ビル「アトレ亀戸」が駅北口側にあるのも便利なところ。同店舗は2024年秋の完成を目指して、大規模増床リニューアルが進められているのも楽しみだ。また、駅東口側には2022年に複合商業施設「カメイドクロック」がオープンしている。大型スーパーを核とする食のマルシェや、下町のにぎわいを感じる飲食店横丁と9店舗が並ぶフードコートなどがあり、近所に住んだ際はぜひ訪れたい。

「カップル・ファミリー向け」トップ15のうち4駅は東武伊勢崎線松戸駅前(写真/PIXTA)

松戸駅前(写真/PIXTA)

「カップル・ファミリー向け」の1位は千葉県松戸市にあるJR常磐線・松戸駅で、価格相場は3380万円。JR上野東京ライン直通の常磐線に乗ると、約27分で東京駅に到着する。駅周辺は江戸時代から水戸街道の宿場町として栄えた歴史があり、現在は松戸市の中心地。駅ビル「アトレ松戸」や複合商業施設「キテミテマツド」をはじめ大小の商店がひしめく、にぎわいある街並みだ。また、新京成線も乗り入れる松戸駅は現在、駅改良工事が進められている。東西通路の拡張や改札口周辺の改良は2026年春ごろに完成予定で、2027年春ごろには駅南側に駅ビルも誕生予定だそう。

六町駅(写真/PIXTA)

六町駅(写真/PIXTA)

2位には東京都足立区にある、つくばエクスプレス・六町(ろくちょう)駅が価格相場3399万円でランクイン。東京駅までは、まず南千住駅に出てからJR上野東京ライン直通の常磐線に乗り換える。すると1位・松戸駅と同じ所要時間の約27分でたどり着く。駅周辺に大型商業施設はなく、落ち着いた住宅街。ただ、駅の出入口すぐ近くに24時まで営業のスーパーがあるほか、周辺にはコンビニやホームセンターもあるので日々の買い物には困らないだろう。また、駅から南へ10分ほど歩いた環七通り沿いに出ると、うどんや回転寿司、ラーメンなどの飲食店も利用できる。

3位には価格相場3480万円となった3駅が並んだ。京成本線の堀切菖蒲園駅、JR京浜東北・根岸線の蕨(わらび)駅、つくばエクスプレスの青井駅だ。東京都足立区にある青井駅は、2位の六町駅から乗り換え駅である南千住駅方面に向かって1駅目。東京駅まで約24分という所要時間は、トップ15の駅では最短だ。駅は都営住宅・都民住宅の団地に囲まれたような立地で、住宅街だけあって徒歩10分圏内に複数のスーパーやドラッグストアが点在している。サッと食べられるような飲食店が駅の近くには見当たらないものの、北へ10分ほど歩くと六町駅の紹介部でも記述した環七通りに出るので、そのあたりで食事をしてもいいだろう。

堀切菖蒲園(写真/PIXTA)

堀切菖蒲園(写真/PIXTA)

青井駅の2.8kmほど南には、同額3位の京成本線・堀切菖蒲園駅がある。東京都葛飾区に位置するこの駅は、駅名からわかるように「堀切菖蒲園」の最寄り駅。駅から南に10分ほど歩いた荒川近くに広がる園内では、例年6月上旬~中旬にハナショウブが美しく咲き誇る。駅周辺にはスーパーやコンビニのほか、飲食店も多彩。実は町中華を含めてラーメンが味わえる店が多い街でもあるので、自分好みの一杯を探し歩くのも楽しそうだ。東京駅までは、まず日暮里駅に出てからJR上野東京ライン直通の常磐線快速に乗り換えると計29分で到着できる。

蕨駅周辺の様子(写真/PIXTA)

蕨駅周辺の様子(写真/PIXTA)

3位に入った残る1駅、JR京浜東北・根岸線の蕨駅についても見てみよう。赤羽駅に出てからJR上野東京ライン直通の高崎線に乗ると、東京駅まで約29分。JR京浜東北・根岸線1本でそのまま向かっても、東京駅まで約37分だ。蕨駅の所在地である埼玉県蕨市は、面積がわずか約5.1平方キロと全国の市のなかで最も狭く、人口密度は最も高い市として知られている。そんな市の玄関口である蕨駅の西口側では、2024年1月に再開発事業が着工。駅前広場の再整備とともに、商業施設や公共公益施設、住宅として利用される地下1階・地上28階建てのビル2棟の建築が進められている。竣工は2027年7月の予定だ。現在の駅周辺の様子はというと西口・東口のどちらにも多彩な飲食店があり、スーパーやドラッグストアも複数。東口から自転車で10分ほど走ると、「ニトリ」や「ユニクロ」など160店舗以上が営業する「イオンモール河口前川」もある。

さて「カップル・ファミリー向け」のトップ15を見てみると、千葉、東京、埼玉の各地にある駅が並んでいる。路線もさまざまだが、東武伊勢崎線が最多で4駅ランクイン。そのうち最も価格相場が安いのは、3540万円で7位になった五反野駅だ。

7位・五反野駅は東京都足立区に位置し、北千住駅に出てからJR上野東京ライン直通の常磐線に乗り換えると計約27分で東京駅にたどり着く。五反野駅にも停車する東武伊勢崎線の普通列車は東京メトロ日比谷線との直通運転が行われており、上野駅や銀座駅、中目黒駅にも1本で行ける点も便利だろう。駅周辺には住宅街が広がり、複数のスーパーが点在。駅前通りの商店街にはファストフード店や個性的な飲食店、精肉店に青果店、持ち帰りおでんのお店まで約50店舗が連なっている。駅から南へ15分ほど歩くと、荒川の河川時にへ。のどかな川辺の景色を眺めながら、ジョギングや散歩をしてリフレッシュできる環境なのも魅力だろう。

●「シングル向け」17位~48位

「シングル向け」17位~48位

●「カップル・ファミリー向け」16位~50位

「カップル・ファミリー向け」16位~50位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京駅まで電車で30分圏内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数40年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2023/8~2024/2
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2024年3月25日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

孤独を癒す地域の食堂、ご近所さんや新顔さんと食卓を囲んでゆるやかにつながり生む 「タノバ食堂」東京都世田谷区

5月は「孤独・孤立対策強化月間」。「孤独ですか?」と聞かれたら、あなたは何と答えるでしょうか。現在、働いていても、家族がいても、友人がいても、内心、孤独を感じている人、将来、孤立するのではという怖れを抱いている人は多いことでしょう。今回はそんな「孤独の解消」を目的に掲げて活動する「タノバ食堂」の講演会と食事会に参加してきました。

地域ですれちがったときに会釈できる。ゆるやかなつながりが孤独を救う

TanoBa(タノバ)合同会社は、「望まない孤独をなくす」を目的に、2023年3月にヤフー・ジャパンの卒業生3名が共同出資してできました。事業の1つ「コミュニティ事業」として毎月、実施しているのが、食事をともにすることでゆるくつながりをつくる「タノバ食堂」です。タノバ食堂が実施されるのは、東京都世田谷区にある野沢龍雲寺の別館・龍雲寺会館。完全予約制で、2023年10月より毎月最終土曜日に行われており、通算5回、約100人の参加があったといいます。料金は参加者が思い思いの金額を支払う自由価格制をとっています。

左から宮本桃子さん、宮本義隆さん、多田大介さん(写真撮影/内海明啓)

左から宮本桃子さん、宮本義隆さん、多田大介さん(写真撮影/内海明啓)

2024年3月30日、TanoBa合同会社の設立を記念して、「望まない孤独を解消するための処方箋~自己責任社会からの脱却~」というイベントが開催されました。
トークイベントに先立ち、まず、TanoBa代表社員である宮本義隆(みやもと・よしたか)さんが、日本の社会の変化や孤独の背景にあるもの、タノバの設立と活動について紹介。誰もが起こり得る身近な問題「孤独」の解決の処方せんになり得ると話すのが「道端ですれ違ったときに会釈できる程度のゆるいつながり」だといいます。そこをつなぐのが、タノバ食堂の役割です。

宮本義隆さんの挨拶(写真撮影/内海明啓)

宮本義隆さんの挨拶(写真撮影/内海明啓)

確かにごはんをいっしょに食べると、「知らない人」から「見たことがある人」「話したことがある人」になります。そうしたゆるいつながりこそが、孤独を癒やし、生きやすい社会をつくってくれる、とのこと。また、この「タノバ食堂」で得た経験値を全国に広げて還元していきたいと話してくれました。

お寺の本堂に約70名の参加者がいます。なかなか見慣れない光景のようにも思えますが、お寺本来の使われ方なのかなとも思います(写真撮影/内海明啓)

お寺の本堂に約70名の参加者がいます。なかなか見慣れない光景のようにも思えますが、お寺本来の使われ方なのかなとも思います(写真撮影/内海明啓)

孤独問題の第一人者と名物編集者の対談は、笑いあり、学びあり、気づきあり

続いて開催されたのが、トークセッションです。登壇者は、24時間365日、無料かつ匿名で相談を受け付けているNPO法人「あなたのいばしょ」の理事長・大空幸星(おおぞら・こうき)さんと新潮社の名物編集者でもあり、出版部部長(現執行役員)中瀬ゆかり(なかせ・ゆかり)さんという異色かつ豪華な2人。会場となった龍雲寺の本堂に老若男女約70名が集まりました。

中瀬ゆかりさん(左)と大空幸星さん(右)(写真撮影/内海明啓)

中瀬ゆかりさん(左)と大空幸星さん(右)(写真撮影/内海明啓)

2020年に相談開始してから、多い時で1日に3000件、累計100万件近く、多くの人の相談に乗ってきた大空さんが、なぜ孤独が問題なのか、その背景にある風潮や思想を紹介します。

「日本では『孤独を愛せ』などというように、孤独が肯定的な文脈で使われることがあります。もちろん望んで孤独になっているという人もいますが、望んでいないのに孤独に陥っている人もいます。問題なのは、この望まない孤独・社会的な孤立です。また、孤独で苦しい、助けて、と言い出せない背景には、新自由主義的な考え方、どこか懲罰的な自己責任論、自業自得的な考え方があるように思います。非正規雇用が増え続けたこの30年間、コロナ禍を経て、ますます人々が置き去りにされ、追い詰められているのではないでしょうか(大空さん)

望まない孤独の背景には、自己責任論、新自由主義的価値観の影響があるという大空さん(写真撮影/内海明啓)

望まない孤独の背景には、自己責任論、新自由主義的価値観の影響があるという大空さん(写真撮影/内海明啓)

続けて、メディアにもたびたび登場する中瀬ゆかりさんが、文学と孤独、人との関係について話します。

「文学と孤独は切っても切れない関係です。陽気で“ウェーイ!”という人に向けての本はあまりなくて(笑)、なにか人によりそう、生きにくさや孤独を抱えた人によりそうのが本であり、文学なんですね。「人生論ノート」などで知られる哲学者・三木清は『孤独は山にない、街にある。一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の「間」にあるのである。』といいましたが、つながっているように見えても誰にでも孤独は訪れます。自己責任論で片付けるにはあまりにも創造力がないし、短絡的だなと思います」(中瀬さん)

自身の体験を交えながら、孤独や食事、文学について話す中瀬さん(写真撮影/内海明啓)

自身の体験を交えながら、孤独や食事、文学について話す中瀬さん(写真撮影/内海明啓)

そのうえで二人は、孤独の解消に必要なのは、ゆるいつながり、おせっかい、聞く力だといいます。

大空さん「孤独は普遍的な問題で、みなが経験するもの。対処法はひとつではないですし、それぞれの立場でできることをすればいいと思います。ただ、やっぱり、おせっかいも大事なんですね。『どうした?困っている?』という地域の人の声がけられるのは、大きいですよね。また、できることでいうと、私達はとにかく相手の話を聞くこと。肯定すること。ほめてあげることを徹底しています。予防という意味では、やはりゆるいつながりをたくさんもっているのがいいですよね。
また、『僕は本気の他人事』という提唱をしていて。とにかく、人を助けたいという人はがんばりすぎて、自分を犠牲にしてしまうことが多いんです。すると自分の人生を大事にできなくなってしまう。自分を大事にして、余白ができたら手を貸す。その姿勢でよいと思います」

中瀬さん「私自身、パートナーの喪失、愛猫の介護などが押し寄せ、地獄のような日々を送っていました。特にパートナーを失ってからの2年間は、毎日、誰かとご飯を食べる約束をしていたんです。誰かと食事をするとその日、1日は生きていくことができる。こうして2年くらい過ごしたら、生きている人同士だけでなく、死者ともつながりをもてるんだなということに気がついて。遺骨をネックレスにしていたんですが、パートナーの好きだった競馬場にこのネックレスを身に着けていき、競馬を見ていたらつながっているなあと実感しました。
あと、下ネタは話題や人にもよりますが、最強なのではないかと(笑)。すごいラクなんですよ、聞いているほうも話しているほうも。笑った分は救われるではないですが、しょーもない話をしていることで、気持ちがラクになる。難しく追い詰めずに笑うのが力になると思います」

時折、笑いも交えたトーク内容に、多くの人がうなずき、そしてメモをとっていました。

住職からみた「寺」とまち、孤独、つながり。普遍的な宗教の役割とは

トークイベントの最後は、タノバ食堂の場所を提供し、サポートしている野沢龍雲寺 の住職・細川晋輔さんの話です。

人へのあたたかくやわらかなまなざしが印象的な細川住職(写真撮影/内海明啓)

人へのあたたかくやわらかなまなざしが印象的な細川住職(写真撮影/内海明啓)

「タノバ食堂の取り組みというのは、寺院や私たち僧侶にとっても、とても大事な問題だと捉えています。孤独で、苦しみのただ中にいると『死』という選択が光・希望に見えるというお話がありました。そうでなくて、タノバ食堂が提供するようなつながり、孤独でないという思いが『光』になれたらいいなと思います。つらく悲しい選択をしなくてよいように、私たちができることからコツコツと笑顔になっていければと思います」とやさしく語りかけます。

実は、このタノバ食堂、創業者の多田大介さんが野沢龍雲寺のご近所に住んでいたこと、多田さんのいとこが細川住職と知り合いだったことから、「場所を提供する」という話がまとまったといいます。トークイベント終了後、その経緯と手応えを細川住職に聞いてみました。

「タノバ食堂のお話を聞いたときに、まず1回やってみようという話になりました。場所は無料でお貸し出ししていますが、お願いしたことはただ一つ、場所を来たとき以上にキレイにしてください、ということだけです。
本日、参加者が通算100人を超えるということでしたが、まず何千人という数の話ではなく、ムリのない範囲で背負わない程度にやっていけたらいいですよね。これを10カ所でやったら1000人になりますし、100カ所でやったら1万人になりますよ。そうしてゆっくりと、孤立の解消につながればいいですね」といい、できるペースで続けていくことが大切だと話します。

そして、寺院を広く開放するようになった背景をこう話してくれました。

「私が京都の修行を終え、お寺に戻ってきた時のことです。雪の日に子どもたちが雪だるまをつくっていたんですが、声をかけようとしたら子どもは怒られると思ったようで、話ができなくて。お寺には入っていけないと言われているし、声がけをしたら怪しまれる。時勢柄、今の社会はよいようで、やはりこれではよくない。そこで境内にベンチを置いて、花見とライトアップ、盆踊り、ヨガや座禅会なども行っています。昔のお寺にあった地域に開かれた場所というのを今、意識的に行っているんです。みなさんもカフェを訪れる感覚で、お寺を訪れてもらえたらうれしいです。東京にもたくさん寺院はありますので」(細川住職)

寺院、お寺、宗教というと、閉ざされた神聖な場所をイメージしますが、もともとは行政や病院、学校、裁判のような多数の人に開かれた場所でもありました。細川住職が理想として思い描くのは、やはり開かれて、ゆるくつながる場所としての「寺院」の存在です。

トークイベント終了後には参加者と記念撮影(写真撮影/内海明啓)

トークイベント終了後には参加者と記念撮影(写真撮影/内海明啓)

「タノバ食堂さんが目指すように、やはりご近所さんとは会ったら挨拶できる関係がよいかなと思います。散歩している人には結構、喋りかけることも多いですね。もちろん返してくれない人、嫌がる人もいますけど(笑)。この根底にあるのは、『まわりに迷惑をかけていけない』という考え方なんでしょう。でも、いいんです、迷惑をかけて。生きるっていうことは迷惑をかけることなんです。迷惑をかけてもいいと思えば、みなさん少しラクになるのではないでしょうか」と、細川住職。

私たちの多くは、小さなころから何度も「まわりに迷惑をかけるな」といわれて育ちます。だからこそ、迷惑をかけずにひっそりと暮らさなくてはいけない、苦しくても助けてといえない、「静かな圧力」になっている側面もあるのでしょう。ご住職の「そもそも人は迷惑をかけるもの」という捉え方に、肩の力が抜ける思いがします。

老若男女が食事を楽しむ。会話が苦手な参加者も自然になじむ

トークイベント終了後、場所を「龍雲寺会館」に移し、「タノバ食堂」が17時30分から開店しました。今回は常連さんから初参加者に加え、大空さんと中瀬さんを含め、老若男女で食卓を囲みます。メニューはちらし寿司など春を感じさせるもので、今回はアルコールはなしですが、アルコールが飲めることもあります。

ボランティアの料理人さんを紹介。海外出身の方もおり、会場からは驚きの声が上がっていました(写真撮影/内海明啓)

ボランティアの料理人さんを紹介。海外出身の方もおり、会場からは驚きの声が上がっていました(写真撮影/内海明啓)

タノバ食堂の約束をまとめた「タノバ食堂の憲章」。9番目の「来た時よりも美しく、残すものは感謝のみ」は、会場を提供する細川住職の唯一のお願い(写真撮影/内海明啓)

タノバ食堂の約束をまとめた「タノバ食堂の憲章」。9番目の「来た時よりも美しく、残すものは感謝のみ」は、会場を提供する細川住職の唯一のお願い(写真撮影/内海明啓)

今回の献立は、ちらし寿司に筑前煮など。「取り分け」があるので、コミュニケーションのきっかけにもなります(写真撮影/内海明啓)

今回の献立は、ちらし寿司に筑前煮など。「取り分け」があるので、コミュニケーションのきっかけにもなります(写真撮影/内海明啓)

「いただきます!」の挨拶をしたら、参加者は思い思いの会話をし、盛り上がっていました。参加していたのは40人ほどで、年齢性別、属性も異なり、講演会に参加していた人からさらにバラエティー豊かな顔ぶれに。その様子はまるで古くからの友人のよう。初対面の人に話しかけたり、名前と顔を覚えたりするのが苦手な筆者からすると、「みなさん、コミュニケーション能力高すぎでは?」と思っていました。ただ、食事会にも参加した大空さんによると、そうでもないようです。

食事会の様子。年齢・性別もばらばらですが、会話が弾んでいます(写真撮影/内海明啓)

食事会の様子。年齢・性別もばらばらですが、会話が弾んでいます(写真撮影/内海明啓)

発起人である多田さんも、もちろん参加します(写真撮影/内海明啓)

発起人である多田さんも、もちろん参加します(写真撮影/内海明啓)

食事会にも参加した大空さん。箸を進めつつ、会話をしていきます(写真撮影/内海明啓)

食事会にも参加した大空さん。箸を進めつつ、会話をしていきます(写真撮影/内海明啓)

「僕と同じテーブルになった方は、実はコミュニケーションが苦手で今日、ここに来るかどうかもすごい迷ったらしいんです。ただ、ここは食べるのがメインだから、あんまり重く受け止めなくていいと言っていました」と大空さん。会話が苦手な人はおかずを取り分けたり、会話の聞き役にまわったりとなじんでいるよう。みなさん会話が得意な人というわけではなく、あくまでも「食事メインだから」というのがよいようです。

途中、今回が2回目の参加という30代女性に話を聞きました。
「前回が楽しかったので、2回目の参加です。1カ月に一度というペースもちょうどよいですし、孤独というテーマにも興味があって。手づくりの食事を食べて盛り上がるだけなので、がんばらずに参加できるのがいいなと。リアルのつながりと、オンラインのつながり、どちらも大切。居場所があるといいなと思います」と感想を教えてくれました。

にこやかな中瀬さん。昔からの友人かのように盛り上がっていました(写真撮影/内海明啓)

にこやかな中瀬さん。昔からの友人かのように盛り上がっていました(写真撮影/内海明啓)

会話が苦手という人もいて、勇気をふりしぼって参加したという方も。みんながみんな会話上手、盛り上げ上手というわけではないようです(写真撮影/内海明啓)

会話が苦手という人もいて、勇気をふりしぼって参加したという方も。みんながみんな会話上手、盛り上げ上手というわけではないようです(写真撮影/内海明啓)

また、地元町内会で、毎回、「タノバ食堂」に参加しているという70代女性によると、この世田谷区野沢という地域は「まだつながりが残っている」とのこと。

「ご住職さんともつながりがあるし、近隣での声がけもまだ残っている地域です。ただ、この数年、コロナ禍で人と会えなくなり、だいぶ寂しかったですね。高齢だと人と会わず、話さなかったことで、気持ちも足腰も弱まり、元気を失ってしまった人もたくさんいるんです。タノバ食堂のように、地域の人、そして普段会わない人が集えるのはとてもいい。いつものメンバーだと会話もあきてしまうでしょ(笑)。新鮮な気持ちになるし、元気をもらえる。続けて参加して応援できたらと思います」といい、地域の協力・理解も得られているようです。

第二次世界大戦後から高度経済成長期、バブル経済崩壊などを経て、家族のあり方、ご近所付き合い、親戚づきあい、自治会や町内会、学校やPTA、会社の社員同士など、今まであったつながりも急速に衰えてしまいました。助けて、と言えない「孤独」「孤立」は、まさに誰もが陥るのだと思います。ただ、一方で、「ご近所と仲良くなりましょう」「助け合い」「絆」といわれてしまうと、「合わない人がいるかも」と気が引けてしまいます。「月1度、ご飯を食べるだけ」そんな気楽な会であれば、きっとつながれる人もいることでしょう。

仏教に由来する言葉のひとつに、「袖振り合うも多生の縁」という言葉があります。「多生」は仏教語で前世を意味し、袖が触れ合うようなちょっとした出会いも、過去の縁によって起きるという考え方です。自分も大事にしながら、人や人との縁を大事にしていけたら。そう考えれば、未来は今より少しだけ生きやすいものに変えていけるのかもしれません。

●取材協力
タノバ食堂

女子中高生が竹中工務店のオフィスツアーへ!東京都が力を入れるSTEM分野の魅力発信事業とは?

東京都では、STEM分野の魅力発信事業「オフィスツアー」を実施している。令和5年度事業の第3弾として、建設分野から竹中工務店のオフィスツアーが開催された。筆者は、女子中高生向けのツアーと聞いて、彼女たちはどんな目的で参加し、どんなことを感じるのか興味を持った。そこで、オフィスツアーを取材することにした。

科学・技術・工学・数学の4分野の職場を訪問するオフィスツアー

まず「STEM」とは何か説明しよう。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の4分野の総称だ。いわゆる理系分野と言ってよいのだろうか、こうした分野で女性が働くことの魅力を発信する事業ということだ。

東京都では、令和5年度事業として、第1弾は大日本印刷/SCSK/NTTデータ、第2弾は日本マイクロソフトのオフィスツアーを実施した。そして今回の第3弾は、建設分野の竹中工務店。現場見学があるからか、参加人数は20人とこれまでよりも少ない人数の募集枠だった。

竹中工務店オフィスツアーのチラシ

竹中工務店オフィスツアーのチラシ

抽選で選ばれた女子中学生&高校生が集合

当日はまず、竹中工務店の会議室に、かなり多くの応募から抽選で選ばれた女子中高生が集合した。集まってきた女子中高生は、友達と2人で参加する生徒も何組かいたが、多くは1人で参加しているようだった。5人ずつの4グループに分かれて着席するが、初対面でもすぐに打ち解けて、学校の話などをしてにぎやかになっていた。

少し話を聞いてみると、学校に掲示したポスターを見て応募した人もいれば、母親や知人が教えてくれた、アプリ広告を見たという人もいた。高校生の場合は、すでに理系専攻を決めていて建築にも興味を持っているというケースがあったが、中学生の場合は文理専攻のどちらにするか迷っていて、その参考になればと思って参加したというケースもあった。

4グループに分かれて主催者からオフィスツアーの趣旨説明を聞く。周りにいる女性は竹中工務店の女性社員(筆者撮影)

4グループに分かれて主催者からオフィスツアーの趣旨説明を聞く。周りにいる女性は竹中工務店の女性社員(筆者撮影)

○オフィスツアーのプログラム
開会のあいさつ(東京都・竹中工務店)
イントロダクション
社員とトークタイム(個別質問会)
館内見学・質疑応答
 ~バス移動~
作業所見学・質疑応答
閉会の挨拶(日本建設業連合会)

最初に、東京都生活文化スポーツ局 女性活躍推進担当部長の樋口 桂さんから、開催趣旨の説明があった。日本の場合は、STEM分野の大学に進学する女子生徒が少なく、就職先に選ぶ人も少ないが、その理由のひとつに性別による「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」があるという。つまり、女性は文系に進学するもの、理系の職場は女性には向かないといった無意識の思い込みが、進学や就職先を決定する場でも働いてしまう。そこで、東京都ではSTEM分野での女性活躍推進を目的に、オフィスツアーによって将来のイメージを持つことで、進路の選択肢が広がることを期待しているのだ。

女子中高生とゼネコンで働く女性社員のホンネのトークタイム

さて、まずイントロダクションとして、設計部の藤田沙織さんから、建設業について、どんな仕事でどんな領域があるのかなどについて説明があった。竹中工務店は総合建設業者(ゼネコン)なので、建築主から依頼を受けて仕事が始まるが、一緒にモノづくりをするパートナー会社が数多くいること、建物づくりの全工程(企画開発から設計、施工、維持管理まで)のとりまとめをすることなどの説明があり、それぞれの工程の役割についても詳しい説明があった。

また、竹中工務店の女性の従業員比率は年々増加傾向にあり、現在は18.2%が女性で、その約4割が技術職だという。おそらく、参加した中高生が就職する頃には、その比率ももっと高まっていることだろう。

総合建設業について分かりやすく説明をする竹中工務店の藤田さん(筆者撮影)

総合建設業について分かりやすく説明をする竹中工務店の藤田さん(筆者撮影)

次に、竹中工務店の女性社員8人が2人1組になって、全グループを回ってトークをする「トークタイム(個別質問会)」となった。女性社員は、設計本部、設計部、設備部、営業部、総務部から、年次も入社2年目から15年目までと、多様な部署・社歴からの参加で、ワーキングマザーもいた。

女性社員2人が各グループを回って、質問を受ける(筆者撮影)

女性社員2人が各グループを回って、質問を受ける(筆者撮影)

筆者はいくつかのグループのトークタイムを見て回ったが、さまざまな質問がされていた。まだ中高生ということもあって、理系に進学した理由や大学で建築を専攻した場合の教室の雰囲気など、まずは進学に関する質問が多かった。また、竹中工務店に就職した理由や異動はどうやって決まるのかなどの質問もあり、先ほどの藤田さんは「東京タワーや東京ドームなどの誰もが知っている建物を作っていたことがきっかけ」と答えていた。

驚くような場所も。最先端のオフィスを見学

次のプログラムは、竹中工務店の館内見学。7階建てのオフィスに約2400人が働いているという。東京本店のオフィスは、米国・健康建築性能評価制度「WELL Building Standard TM」※1の「ゴールド」ランクを取得している。
※1「WELL Building Standard」(WELL認証)とは、空間のデザイン・運用に「人間の健康」という視点を加え、より良い居住環境の創造を目指し、アメリカの公益企業であるIWBI (International WELL Building Institute)が制定した評価システム。

1階のカフェ&ダイニングには、野菜充実のサラダバーもあった。6階にはKOMOREBIというワークラウンジがあり、植物があちこちに配置され、水盤もあった。4階にはIZUMIという図書ラウンジ、BIMスタジオがあり、そこでは「BIM」※2の説明もあった。
※2「BIM」とは、Building Information Modelingの略で、建築物をコンピューター上の3D空間で構築し、企画・設計・施工・維持管理に関する情報を一元化して活用する手法

ワークラウンジKOMOREBI(筆者撮影)

ワークラウンジKOMOREBI(筆者撮影)

BIMスタジオで「BIM」についての説明があった(筆者撮影)

BIMスタジオで「BIM」についての説明があった(筆者撮影)

建設現場の作業所を見学、工事中のビルの内部にも

館内見学後は、報道陣も含めて全員がバスで移動し、都心部のとあるビルの建設現場を見学。(ただし、建築主の所有物なのでビルの撮影は禁止)。はじめに、作業所で働く女性社員から、ここで竹中工務店がどんな仕事をしているか説明があった。パートナー会社の多くは男性が中心となるが、日本建設業連合会の「けんせつ小町」の活動もあって、女性専用のトイレや更衣室が整備されているなど働きやすい職場になっているという。

作業所の仕事の説明をする清水きさらさん・渡邉桃子さん(筆者撮影)

作業所の仕事の説明をする清水きさらさん・渡邉桃子さん(筆者撮影)

女子中高生は2グループに分かれて、全員がヘルメットと軍手を着用し、工事用エレベーターに乗り込んで、工事現場のフロアを見学した。下層階は外装工事に加えて内装工事、設備工事も始まっていて、工事内容の違いなどの説明もあった。なお、参加者は事前に保険に加入している。

最後に質疑応答の時間があり、「一日どこで何時間くらい仕事をしているのか」、「現場事務所にいた人は何人でどの仕事をしているのか」といった作業所に関する質問もあったが、「学生時代にこれをやっておいて仕事に活かされたものはあるか」、「この仕事で良かったと思うことはあるか」といった質問もあった。清水さんは、「学生時代に学んだことは仕事の基礎になっているが、ゼネコンは関わる人が多い仕事なので、学生時代に多くの人とコミュニケーションを取ったことが最も活きている」、渡邉さんは「まだ建物が竣工したところを見ていないが、昨日なかったものが今日はできている変化が見られることにやりがいを感じる。竣工したらすごく感動すると思う」と答えていた。

さて、最後に参加者数人にツアーの感想を聞いた。「植物があるなどオフィスの工夫も印象に残っているが、人とのコミュニケーションが大切だという話が強く印象に残っている」、「建設というとデザイン(設計)しか思いつかなかったが、知らなかった役割がたくさんあって、役割によって携わり方が違うことが分かった」、「トークコーナーで直接いろいろ質問できたし、他の人の質問の答えも聞けてよかった」といった声があった。

また、「自分の仕事に誇りを持っているのがよく分かった。自分も誇りに思える仕事につきたい」、「大人は楽しそうではないから、大人になりたくないと思っていた。それが、仕事を楽しそうにしている姿を見て、興味を持った仕事をやりたいと思うようになった」という感想もあった。

筆者が思うに、オフィスツアーで最も大きな情報発信になったのは、そこで働く女性社員たちが仕事に誇りを持って生き生きとしている姿なのだろう。そうした姿を見れば、女子中高生たちも後に続きたいと思うにちがいない。

●関連サイト
東京都/STEM分野魅力発信事業「オフィスツアー」ー令和5年度 第3弾竹中工務店ー
東京都/STEM分野魅力発信事業「オフィスツアー」(開催結果)

「SUUMO住みたい街ランキング2024」秋葉原が20位も急上昇! 空前のエンタメブームにおしゃれ・個性派店舗の充実で「暮らせる街」大進化

リクルートが、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・茨城県)在住の20歳~49歳の男女9335人を対象に実施した「SUUMO住みたい街ランキング2024」を発表。今回は、前回から20位と脅威のジャンプアップを果たした「秋葉原」にフォーカスし、街の魅力を探ります。

「働く街」としての評価が上昇

過去最高位の29位にランクインした秋葉原。昨年の49位から20も順位を上げ、昨年から「得点ジャンプアップした街(駅)」のランキングでも2位と飛躍しました。

得点ジャンプアップ(駅)ランキング

性別、年代別、ライフステージ別の内訳では、男性の支持が8割と圧倒的。特に30代男性、シングル男性から多くの支持を集めています。また、前回調査に比べ「子どものいない共働き夫婦」からの得票も増加しました。

「秋葉原」性年代別・ライフステージ別得票シェアの推移

秋葉原といえば、やはり「サブカルチャーの街」というイメージ。しかし、今回の調査で秋葉原を支持した人が挙げた「街の魅力(住みたい理由)」を見てみると、現在のアキバの意外な一面も浮かび上がってきました。

街の魅力の1位は「仕事のできる施設がある(コワーキングスペースやカフェなど)」、2位は「魅力的な働く場や企業がある」と、いずれも秋葉原のビジネス環境が高く評価されていることが分かります。

「秋葉原」街の魅力(住みたい理由)TOP10

秋葉原

秋葉原

一方で、5位「文化・娯楽施設が充実している(映画館、劇場、美術館、博物館など)」、6位「学びや、趣味の施設がある(稽古事・カルチャースクールなど)」など、サブカルの街らしい項目も上位に。また、7位は「周囲の目を気にせず自由な生活ができる」。オタクやインバウンド(訪日客)まで幅広く受け入れる、街の懐の深さがうかがえます。

秋葉原駅徒歩10分圏内にスーパーが充実

仕事、遊び環境の充実ぶりに対し、生活の場としてのイメージは薄い秋葉原ですが、じつは秋葉原駅周辺はたくさんのスーパーがあり、静かな住宅地が点在しています。

たとえば、「肉のハナマサ秋葉原店」(24時間営業)や「ライフ神田和泉町店」(9:30~24:00)、「オリンピック淡路町店」(9:00~21:00)、「ピーコックストア神田妻恋坂店」(8:00~23:00)は、いずれも秋葉原駅から徒歩10分程度。小型食品スーパー「まいばすけっと」も各所に点在しています。

秋葉原駅周辺はたくさんのスーパーがあり、静かな住宅地が点在

秋葉原駅周辺はたくさんのスーパーがあり、静かな住宅地が点在

JR高架下の商業施設「CHABARA」には、“食のテーマパーク”がコンセプトの「しょくひんかん」があり、全国から厳選した約4000のご当地グルメアイテムがそろっています。なお、同じ高架下には、クリエイターのアトリエやギャラリー、ものづくりをテーマにしたショップなど全52店舗からなる「2k540 AKI-OKA ARTISAN」、オーディオ、カメラ、ホビーなどのショップが集まる「SEEKBASE」も。日常使いのお店だけでなく、趣味の世界を探求できる場所、ひとひねり加えた個性豊かなショップが充実しているのもアキバの魅力です。誰もが知る商業施設ではなく、サブカルチャーや職人の街といわれてきたルーツにちなんで独自のコンセプトを打ち出した空間は、ここに来なければ得られない体験ができ、遊びに来る人・働く人・暮らす人をも飽きさせません。

「2k540 AKI-OKA ARTISAN」。高架下にショップ、アトリエ、ギャラリー、飲食施設が並ぶ

「2k540 AKI-OKA ARTISAN」。高架下にショップ、アトリエ、ギャラリー、飲食施設が並ぶ

2023年4月、JR山手線・秋葉原駅の高架下に誕生した「キャンプ練習場」。都心の高架下でテント設営やキャンプ飯など、キャンプの練習体験ができる

2023年4月、JR山手線・秋葉原駅の高架下に誕生した「キャンプ練習場」。都心の高架下でテント設営やキャンプ飯など、キャンプの練習体験ができる

「SEEKBASE AKI-OKA MANUFACTURE」。ここでしか出会えないプロダクトや食の専門店が集結

「SEEKBASE AKI-OKA MANUFACTURE」。ここでしか出会えないプロダクトや食の専門店が集結

アニメ・トレカ、空前のブームにより子どもも楽しめる街に

そして今、秋葉原を熱くしているのが、アニメとトレーディングカード。アニメ産業市場(ユーザーが支払った金額を推定した広義のアニメ市場)は2017年に初めて2兆円を突破し、2022年は2兆9277億円と5年で約1.5倍の市場規模に成長(出典/一般社団法人日本動画協会「アニメ産業レポート2023」)。また、「カードゲーム・トレーディングカードゲーム」も2022年の市場規模は前年比32.2%増で2348億9100億円となりました。

一般社団法人日本玩具協会調べ「玩具市場規模調査結果」より

一般社団法人日本玩具協会調べ「玩具市場規模調査結果」より

もともと人気のあった『ポケモンカードゲーム』に加え、『ONE PIECEカードゲーム』など新しいゲームも登場し、秋葉原にはこれらトレカを扱うショップが月に複数軒のペースで開店しています。これらのコンテンツにより、秋葉原は子どもたちにも楽しめる場所に変貌しつつあります。

成人男性のイメージが強かったメイド喫茶にも、子どもに人気のキャラメニューと子ども料金を設け、家族連れで楽しめる場所も誕生。オタク・マニアと呼ばれたアキバは、尖りつつも裾野を広げ、さまざまな人を受け入れる街に変貌していく過程といえるかもしれません。

駅前にはオフィスビルも増え、「働く街」としてのイメージも定着しつつある

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「mAAch ecute 神田万世橋」。ショップ、カフェ、アート空間が並ぶ

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秋葉原という街は戦後の闇市からはじまり、電気街、サブカルの発信地と、変化を繰り返しつつ発展を遂げてきました。そして、改めて今の街を見つめてみると、驚くほど多彩な顔を持っていることに気付かされます。次々と新しい魅力を備え、アップデートされ続ける。そんな秋葉原の、これからにも注目です。

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SUUMOリサーチセンター「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」プレスリリース

「SUUMO住みたい街ランキング2024」で北千住の注目度がアップ! 「穴場の街」7年連続1位から人気タウンへ、背景に大学連携の取り組み

リクルートが、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・茨城県)在住の20歳~49歳の男女9335人を対象に実施した「SUUMO住みたい街ランキング2024」を発表。今回は、7年連続で「穴場の街」1位に君臨し、今回は総合順位アップも果たした「北千住」にフォーカスし、人気の秘密を探ります。

「穴場の街」7年連続トップ

「穴場な街」ランキング7年連続1位の北千住。「住みたい街」の総合順位も昨年の28位から23位に上昇しました。特に、「20代(18位)」「シングル男性(15位)」「夫婦のみ世帯(15位)」から多くの支持を集め、前回調査に比べて「共働き夫婦世帯」「夫婦+子ども世帯」の得票も増えるなど、幅広い層から推されていることが分かります。

北千住駅前

北千住が穴場たる所以は、交通利便性、生活利便性が高いわりに住宅コストを抑えられる点。たとえば、築40年未満のファミリー向け中古マンションの価格相場は4980万円。東京駅から15km圏内の駅では圧倒的に手頃で、住みたい街ランキング上位30位までのなかでは断トツの安さです。

中古マンション 築40年未満の カップル・ファミリー向けの価格相場ランキング

【調査対象物件】駅徒歩15分以内、築40年未満の40平米以上、80平米未満の物件(敷地権利は所有権のみ)
【データ抽出期間】2023年8月1日~10月31日
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンションの物件価格(3億円以下)の中央値を算出

一方、賃貸物件もシングル向けの家賃相場が7万8000円、カップル・ファミリー向けは14万7000円で、こちらも住みたい街ランキング上位50位までで東京駅まで10km圏内で比較してみると、かなり割安です。

住みたい街50位以内かつ 東京駅から10km圏内の駅の家賃

【調査対象物件】 駅徒歩 15 分以内 シングル :築年数35年以内の10 平米以上~40 平米未満(1R,1K,1DK)の物件(定期借家を除く) ファミリー:築年数35年以内の50 平米以上~80 平米未満の物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】 2023/8/1~2023/10/31
【家賃の算出方法】上記期間で SUUMO に掲載された賃貸物件(マンション/アパート)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出

また、商店街には激安の惣菜店、駅前の飲み屋横丁には、いわゆる「せんべろ」の居酒屋が点在しているほか、駅周辺には日常使いのスーパーも多いなど、あまりお金をかけずに生活できる環境は大きな魅力です。

駅前の飲み屋横丁

12年間で5つの大学が開校

北千住の街が大きく変わるきっかけになったのが、大学の誘致。足立区では2000年に放送大学が綾瀬から北千住にある「学びピア21」へ移転したのを皮切りに、2006年に「東京藝術大学」の千住キャンパス、2007年に「東京未来大学」、2010年に「帝京科学大学」、2012年に「東京電機大学」と12年間で5つの大学が誕生。現在では、北千住駅周辺で合計1万5000人(※)の学生が通っています。

※谷塚駅が最寄りの文教大学東京あだちキャンパス 学生約2000名を加えると足立区では約1万7000人

実は、現在の東京電機大学がある場所はもともとマンションの建設が検討されていたといいます。しかし、一過性でない人の流入を目指し、計画を変更して大学の誘致へと舵を切りました。その結果、駅周辺には大学生を中心に常に若者たちの活気が生まれ、そこから少し離れた川沿いの自然豊かな環境に住宅が整備されるという、バランスの良いまちづくりがなされています。

大学のチカラを街のチカラに

特筆すべきは、大学を誘致して終わりではなく、大学と区が積極的に連携し街の活性化につなげている点。足立区役所のシティプロモーション課では、大学側との窓口になる担当者を複数配置し、6つの大学全てと連携事業を実施しています。たとえば、大学構内で小・中学生向け講座を実施したり、大学生と未就学児、小中学生がコミュニケーションをとれる機会をつくることで、子どもたちの大学や研究への関心を高めたり。他にも、街の人が参加できる大人向けの講座を開いたり、芸大コンサートに地域の人を招待したり、帝京科学大学で高齢者向けの認知症に関する講座を実施したりと、全ての年代にフィットする講座を用意。2023年は153の連携授業を実施しています。

また、東京藝大と足立区、NPOによる「昔まち千住の縁」は、十数年前から続く街中アートプロジェクト。”音”をテーマとした多種多様なプログラムを展開していて、これをきっかけに複数のアートスポットが区内に誕生。「千住=アートの街」をイメージづけると同時に、アーティストと学生、住民同士の交流につながるなど、さまざまな波及効果が生まれています。

【せんつく】……「つくる」と「学ぶ」がテーマの交流拠点。建築家の青木公隆さんを中心に2つの空き家をリノベーションし、飲食店やパン教室、整体、学習塾などが活動するほか、イベントやハンドメイドなどのワークショップも行われている

【せんつく】……「つくる」と「学ぶ」がテーマの交流拠点。建築家の青木公隆さんを中心に2つの空き家をリノベーションし、飲食店やパン教室、整体、学習塾などが活動するほか、イベントやハンドメイドなどのワークショップも行われている

【仲町の家】……千住大橋の建設に尽力した石出掃部介吉胤(いしでかもんのすけよしたね)の子孫が守ってきた日本家屋と庭を活かした文化サロン。展覧会や音楽イベントなどが行われる

【仲町の家】……千住大橋の建設に尽力した石出掃部介吉胤(いしでかもんのすけよしたね)の子孫が守ってきた日本家屋と庭を活かした文化サロン。展覧会や音楽イベントなどが行われる

10年以上におよぶ「教育」への取り組み

ここ10年あまり、足立区が特に力を注いできたのが「教育」への取り組み。全国でも珍しい「学力定着推進課」を設置し、「誰一人取り残さない」をキーワードに子どもたちの学習を手厚くサポートしてきました。個々の学力に合わせたフォローはもちろん、成績上位でありながら家庭の事情等で塾に行けない中学3年生を対象に民間教育事業者を活用した「足立はばたき塾」を開校するなど、子どもが学ぶ機会を失わないための取り組みに注力しています。

その際たるものが、2023年度からスタートした「返さなくていい奨学金」。成績優秀でも家計的に進学が難しい子どもに対し、大学等に在学する期間(正規の修業年限)について、返済不要の奨学金を給付するというものです(40人まで)。他にも、中学1年生を対象にした勉強合宿、放課後や夏休み期間を利用し前年度のつまずきを解消する個別補習なども。

これら、区独自の学力向上支援策は着実に実を結びつつあります。2023年の「学習定着度調査(※前学年における学習内容の定着状況を把握するための調査)」では、中1、中2の英語と中3の数学を除く、ほとんどの学年・科目で全国平均を上回りました。

荒川・隅田川沿い

もともとの住みやすさ、荒川・隅田川沿いの環境の良さに加え、十数年にわたる区の取り組みが実り始めたことで、じわじわと人気が高まってきた北千住。今回の「住みたい街」の総合順位でも23位と、TOP20以内をうかがう位置にまできています。もはや「穴場の街」ではなく、その魅力が多くの人に認知されつつあることの証といえるかもしれません。

●関連サイト
SUUMOリサーチセンター「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」プレスリリース

【2024年】JR山手線、家賃相場が安い駅ランキング。目白駅と田端駅が8万8000円で同額1位に

先日発表された「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」にて、1都4県に走る鉄道路線のうち「住みたい沿線ランキング」の人気1位に輝いたJR山手線。都心の30駅を環状に結んで走る沿線には東京を代表する駅がずらりとそろい、他の路線に接続するターミナル駅も豊富。さらに日中ならほぼ5分間隔で次々と運転されていて、アクセス性のよさは抜群といえる。そんな便利なJR山手線沿線に住まいを借りるなら、家賃はどれくらい必要なのだろう? 沿線の各駅から徒歩15分圏内にある一人暮らし向け賃貸物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場を調べたところ、全30駅でその相場には最大4万9000円の開きがあることが判明! 気になる調査結果を見ていこう。

JR山手線の家賃相場が安い駅ランキング(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

JR山手線の家賃相場が安い駅ランキング

■関連記事:
・【2024年】JR山手線、中古マンションの価格相場が安い駅ランキング。シングル向け、カップル・ファミリー向け、それぞれ1位は?
・【2024年】東京23区の家賃相場が安い駅ランキング 。トップ3はすべて江戸川区で6万5000円以下!

目白駅と田端駅が、家賃相場8万8000円の同額1位に

JR山手線の家賃相場が安い駅ランキングの1位には、家賃相場8万8000円の目白駅と田端駅の2駅がランクイン。目白駅は豊島区、田端駅は北区に位置しているが、それぞれどんな駅なのか見てみよう。

目白駅(写真/PIXTA)

目白駅(写真/PIXTA)

目白駅は山手線以外のJR線や他社の路線が乗り入れていない単独駅。JR山手線としては珍しく、全30駅のうち単独駅は新大久保駅(11位・家賃相場9万8500円)と、ここ目白駅の2駅だけだ。そんなこともあってか、両隣に位置する4位・高田馬場駅(家賃相場9万1500円)と8位・池袋駅(同9万3000円)に比べると駅周辺は落ち着いた雰囲気。高校や大学、専門学校など教育機関が多いのも特徴で、駅東側には学習院大学のキャンパスが広がっている。

目白駅は日本初の橋上駅としても知られ、駅出入口は目白通りに面した1カ所。目白通り沿いには複数のコンビニ、飲食店やスーパーなどが入ったショッピングモール「トラッド目白」などが点在している。大通り沿いを離れると閑静な住宅地が広がり、静かな暮らしを求める人によさそうだ。一方で、多彩な商業施設でにぎわう高田馬場や池袋の駅前にも歩いて15分ほどで行くこともできる。

田端駅 南口(写真/PIXTA)

田端駅 南口(写真/PIXTA)

1位になったもう一つの駅、田端駅はJRの山手線に加え京浜東北線が利用可能。駅の北西部には何本もの線路が並行する車両基地が広がり、駅前の橋梁の上や車両基地のフェンス越しに新幹線や機関車、貨物列車が眺められる。駅南口はJR山手線の駅舎とは思えない小ぢんまりとした造りで、どこかのローカル線の駅のよう。2023年にJR東日本が開催したスタンプラリー「東京23区内秘境駅ラリー」のチェックポイントにも選ばれており、都内でありながら「秘境駅」とJR自らが太鼓判を押すひなびた雰囲気は一見の価値アリといえるかも。

田端駅 北口(写真/PIXTA)

田端駅 北口(写真/PIXTA)

一方で田端駅北口には駅ビル「アトレヴィ田端」が併設され、電車を降りてすぐにコンビニやスーパー、ドラッグストア、飲食店などが利用できる便利な環境だ。駅周辺にはショッピングモールなどの大型商業施設はないが、コンビニやスーパーは複数ある。JR山手線の中では知名度は低いかもしれないが、2路線が利用できて日々の買い物には困らず、家賃相場も低めとあって、田端駅は「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」では「穴場だと思う街(駅)ランキング」の16位に選ばれている。

西日暮里駅(写真/PIXTA)

西日暮里駅(写真/PIXTA)

田端駅南口から線路沿いを南へと10分ほど歩けば、荒川区に位置する3位・西日暮里駅へ。家賃相場8万9000円の西日暮里駅にはJRの山手線と京浜東北線、日暮里・舎人ライナー、さらに大手町駅や霞ケ関駅、表参道駅を通る東京メトロ千代田線も乗り入れている。JR駅構内のコーヒーショップやそば店が朝から晩まで営業していたり、駅周辺にも気軽に利用できる飲食店が多数あるのは、あまり料理をしない人にうれしいところ。コンビニやスーパー、ドラッグストアも点在しているほか、駅から南へ10分ほど歩くと約170メートルの通りに60軒ほどの商店が連なる「谷中銀座商店街」も。食料品店や飲食店、雑貨店など多彩な店舗があり、地元の人のみならず食べ歩きを楽しみに来る観光客もいる人気の商店街が近所にあるのは魅力だろう。

谷中銀座商店街(写真/PIXTA)

谷中銀座商店街(写真/PIXTA)

そんな西日暮里駅の駅前では、2030年度の竣工を目指して地上47階建程度の住宅棟と地上11階建程度の商業棟の建築計画が進められている。これが完成するとさらなる街のにぎわいが予想され、家賃相場の上昇もあり得る。リーズナブルに住むなら、今のうちが狙い目かもしれない。

4位以降を見てみると、4位は1位・目白駅に隣接する高田馬場駅、5位は1位・田端駅の隣の駒込駅、6位には3位・西日暮里駅の隣の日暮里駅……と近接する駅が上位に並んだ。なんとトップ11には新大久保駅~鶯谷駅間の連続する11駅がランクインするという結果に。そして12位以降になると家賃相場が10万円以上に突入するので、家賃を10万円未満に抑えたいと考える人は、JR山手線でも北側に位置するこの11駅に狙いを定めて住まい探しをするとよさそうだ。

(図/SUUMOジャーナル編集部)

(図/SUUMOジャーナル編集部)

1駅しか離れていなのに新宿駅より家賃相場が2万円以上も低い駅とは……?

ランキング上位の駅はJR山手線内の北側にある11駅に集中していた。しかし、「家賃は安いほうがいいけれど、どちらかというとJR山手線内でも南側に住むほうが都合がいい」という人もいるだろう。そんな人におすすめなのは、目黒駅~高輪ゲートウェイ駅間の5駅。この区間にランキング12位~16位が集中しているのだ。そのうち最も家賃相場が低い、12位・大崎駅をピックアップしよう。

大崎駅周辺の様子(写真/PIXTA)

大崎駅周辺の様子(写真/PIXTA)

12位・大崎駅は品川区に位置し、家賃相場は10万3000円。山手線や湘南新宿ラインなどのJR各線に加え、お台場エリアの東京テレポート駅や新木場駅に向かう、りんかい線も乗り入れている。駅の北口と南口の改札を結ぶ通路沿いには駅ナカ商業施設「Dila(ディラ)大崎」があり、ユニクロやドラッグストア、飲食店が営業中だ。そして改札を出て駅東側のペデストリアンデッキを進むと、ショッピングモールとオフィスビルからなる「ゲートシティ大崎」や「大崎ニューシティ」へ。駅西側にも同様にオフィス棟と商業棟を備えた「ThinkPark」がある。

このほかにも大崎駅周辺には近年の再開発で誕生したオフィスビルや複合ビルが立ち並び、古くからの住宅街はその外周に広がるような街並みだ。また駅西側では2025年度内の竣工を目標に、住宅や事務所、店舗、保育所などを備えた地上37階・地下3階建てのビルを建設中。この先も発展が期待できる街といえそうだ。

ここまで見てきたように、隣り合う駅同士の家賃相場は上下しつつも似たような価格帯となっている。距離的に近いエリアなのだから当然とも言える一方で、ランキングを見ると隣接する駅と比べて家賃相場が大きく下がる駅も判明。最もその開きが大きいのは、24位・新宿駅(家賃相場12万1000円)に隣接する11位・新大久保駅。家賃相場は新宿駅と比べて2万2500円も低い、9万8500円だ。新宿駅~新大久保駅間は直線距離で約1.3km、歩いても20分ほど。近距離でありながら新宿駅よりも家賃相場がグッとリーズナブルな新大久保駅は、どんな駅なのだろうか。

新大久保駅(写真/PIXTA)

新大久保駅(写真/PIXTA)

11位・新大久保駅は新宿区にあり、前述の通り1位・目白駅同様にJR山手線しか通っていない単独駅。この点も立地のわりには家賃相場が低い理由の一つかもしれない。とは言え新大久保駅から西へ5分も歩くとJR中央線・大久保駅があり、周辺住民は2路線が利用可能だ。駅周辺はさまざまな商店が立ち並んでいる。日本屈指のコリアンタウンの一つでもあり、2000年代の韓流ブームをきっかけに韓国のグッズやグルメを求めて観光客が訪れる街として知られるようになった。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

新大久保駅は桜美林大学の新宿キャンパスや早稲田大学の西早稲田キャンパスに近いこともあって現在も多くの若者でにぎわい、人気店に行列ができることも珍しくない。韓国以外もアジア諸国を中心にさまざまな国の店があって国際色豊か。観光客向きのお店だけではなく、スーパーやドラッグストアといった日常生活を支える店舗もそろっている。駅前の喧騒を離れ、10分ほど歩けば「東京都立戸山公園」へ。都心でありつつ緑に囲まれた憩いの場へふらりと行ける点も魅力だ。そして先ほど述べたように、新宿駅までも歩いて20分ほど。「新宿に住みたいけど予算オーバーだな……」というときは、新大久保駅周辺で住まいを探すという手もアリだろう。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されているJR山手線沿線の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)、築年数35年以内
【データ抽出期間】2023/7~2023/12
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

【2024年】JR山手線、中古マンションの価格相場が安い駅ランキング。シングル向け、カップル・ファミリー向け、それぞれ1位は?

東京都を走る鉄道路線は合計するとなんと80以上! そのなかでも東京を代表する路線といえば、JR山手線だろう。都心の主要エリアを囲むように全30駅を結んで環状に線路が続き、東京駅や新宿駅をはじめ都心から各方面へと向かう路線に接続するターミナル駅も数多い。便利な暮らしを求めるならJR山手線沿線で住まいを探すのがうってつけではある一方で、都心部だけあり住宅価格が高いことが予想される。そこで今回は、JR山手線沿線の中古マンションの価格相場を調査! 専有面積20平米以上~50平米未満の「シングル向け」と、専有面積50平米以上~80平米未満の「カップル・ファミリー向け」について、価格相場が安い駅をランキング。さっそく結果を発表しよう。

JR山手線の中古マンション価格相場が安い駅ランキング(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

シングル向け

※東京(千代田区)、有楽町(千代田区)、高輪ゲートウェイ(港区)、原宿(渋谷区)の各駅は調査対象物件数が20件以下のためランク外

カップル・ファミリー向け

※東京(千代田区)、有楽町(千代田区)、神田(千代田区)の各駅は調査対象物件数が20件以下のためランク外

リーズナブルな物件を探すなら新大久保駅~秋葉原駅間を狙おう山手線の中古マンション価格相場が安い駅ランキング シングル向け

(図/SUUMOジャーナル編集部)

山手線の中古マンション価格相場が安い駅ランキング シングル向け カップル・ファミリー向け

(図/SUUMOジャーナル編集部)

「シングル向け」中古マンション(専有面積20平米以上~50平米未満)の価格相場が最も安かったのは、荒川区にある西日暮里駅で価格相場は3770万円。「カップル・ファミリー向け」(専有面積50平米以上~80平米未満)の価格相場は5798万5000円で、2位にランクインしている。

西日暮里駅(写真/PIXTA)

西日暮里駅(写真/PIXTA)

西日暮里駅にはJRの山手線に加えて京浜東北線も停車するほか、日暮里・舎人ライナーと東京メトロ千代田線も通っている。東京メトロ千代田線1本で大手町駅や霞ケ関駅、表参道駅に行けるうえ、代々木上原駅から先は一部列車が小田急小田原線と直通運転されているのも便利なところ。西日暮里駅の駅周辺を見ると細い路地が入り組んでいるが、この街並みがガラリと変わる計画が持ち上がっている。JRや千代田線の駅と日暮里・舎人ライナーの駅に挟まれた区間に、地上47階建て程度の住宅棟と地上11階建て程度の商業棟が建設され、文化交流施設や保育施設も設置される予定だそう。2024年夏に再開発の組合設立・事業計画の認可、着工は2025年度末ごろ、竣工は2030年度内を目指しており、少々先ではあるものの大きな転換期を迎えた街といえる。今後は物件の価格相場も上がっていくかもしれない。

そんな西日暮里駅から飲食店が並ぶ商店街を抜けつつ南東へ7~8分も歩くと、「シングル向け」2位の日暮里駅へ。両駅間の距離はJR山手線で最も短くわずか500mほど、価格相場も大きくは変わらず日暮里駅は西日暮里駅から20万円アップの3790万円という結果に。ちなみに「カップル・ファミリー向け」では価格相場6680万円で5位となった。

日暮里駅(写真/PIXTA)

日暮里駅(写真/PIXTA)

日暮里駅にはJRの山手線と京浜東北線、常磐線が停車するほか、日暮里・舎人ライナーと、成田空港にダイレクトアクセスも可能な京成本線が乗り入れている。駅ナカ商業施設「エキュート日暮里」が併設され、弁当や総菜、お菓子など食品関係のショップやカフェ、雑貨店が営業中。また、駅西側には約170mの通りに60軒ほどのさまざまな商店が連なる「谷中銀座商店街」が広がっている。この商店街を含む谷中・根津・千駄木一帯は「谷根千エリア」と呼ばれ、古い建物や下町情緒が残る街並みが人気。歴史ある神社や文化施設も点在しているので、街歩きを楽しんではいかがだろう。

谷中銀座商店街(写真/PIXTA)

谷中銀座商店街(写真/PIXTA)

さて、西日暮里駅から日暮里駅とは反対の北西へ15分ほど歩くと、JRの山手線・京浜東北線が通る田端駅に到着する。価格相場は「シングル向け」が3905万円で4位に、「カップル・ファミリー向け」だと5740万円で1位にランクインした。北区にある田端駅は武蔵野台地の東端部に位置し、周囲には起伏にとんだ台地と平坦な低地で構成された高低差のある街並みが広がる。駅前にはスーパーやコンビニ、ファストフード店はあるが繁華街といった雰囲気ではなく、静かな住宅街。しかし、3フロアにわたる駅ビル「アトレヴィ田端」にはスーパーやドラッグストア、飲食店などがあるので、日頃の買い物には困らなそうだ。

田端駅前(写真/PIXTA)

田端駅前(写真/PIXTA)

「シングル向け」「カップル・ファミリー向け」のランキングを見てみると、両ランキングともトップ10の駅は環状に走るJR山手線の北側半分に位置する新大久保駅~秋葉原駅間の14駅に収まっていた。14駅のうち唯一、トップ10に漏れた池袋駅も「シングル向け」「カップル・ファミリー向け」で各11位にランクインしている。JR山手線内でも安い物件を探したいなら、新大久保駅~秋葉原駅間を狙うとよいだろう。

「住みたい沿線」1位のJR山手線沿線のなかでも人気の駅をチェック!

JR山手線は「SUUMO住みたい街ランキング2024(首都圏版)」で調査した「住みたい沿線」の1位に輝いている。今回調査で上位にランクインした「安い」駅も軒並み価格帯が高めなのは、さすが人気の路線といえる。例えば先日ご紹介した「東京23区内の中古マンション価格相場ランキング」の調査結果と比べてみたところ、今回の「シングル向け」1位の西日暮里駅は23区内の安い駅ランキングだと40位(=価格相場が23区内で40番目に安い駅)で、「カップル・ファミリー向け」1位の田端駅にいたっては何と23区内の安い駅ランキングでは142位! こうして見ると、住宅価格が日本屈指の高さである東京23区のなかでも、JR山手線沿線は特別なエリアだと改めてわかる。

そんな人気の路線、JR山手線の全30駅のなかでも特に人気の駅はどこか。「SUUMO住みたい街ランキング2024(首都圏版)」によると、住みたい街トップ3の横浜駅・大宮駅・吉祥寺駅に続いて4位に恵比寿駅、5位に新宿駅、6位に目黒駅、7位に池袋駅、8位に品川駅、9位に東京駅、11位に渋谷駅、とJR山手線の駅がランクインしていた。恵比寿駅は今回調査した「シングル向け」では24位(価格相場7280万円)、「カップル・ファミリー向け」では25位(同1億2690万円)。1億円の大台を突破すると住まいを購入する人はだいぶ限られてくるだろうが、さてどんな街なのか見てみよう。

恵比寿駅前(写真/PIXTA)

恵比寿駅前(写真/PIXTA)

恵比寿駅は渋谷区に位置し、両隣にある渋谷駅と目黒駅と比べても「シングル向け」「カップル・ファミリー向け」ともに価格相場が突出して高くなっている。乗り入れ路線はJR各線のほかに、霞ケ関駅や銀座駅などを通る東京メトロ日比谷線があって便利。駅ビル「アトレ恵比寿」は本館が7階、西館が地下1階から地上8階まであり多彩な店舗がそろっている。この恵比寿駅は現・サッポロビールが製造した「ヱビスビール」の出荷専用の貨物駅として1901年に開業したそうで、駅名もビール名に由来するのだとか。ビール工場の跡地に1994年誕生したのが商業・文化施設や住居、ホテル、オフィスの大型複合施設「恵比寿ガーデンプレイス」で、2022年11月の大型リニューアルでまた注目度がアップ。商業棟の地下2階から地上2階が一新されたほか、一時休館していた映画館も再オープンしている。駅周辺には各国の大使館が多く、商業施設が多いわりに大通り沿いを外れると静かな住宅街が広がるのも特徴。便利さと静かな暮らしが両立できる点が、街の人気につながっているのだろう。

前出の「住みたい街」に挙がっていたJR山手線の駅からもう1駅、ピックアップしてみよう。新宿駅、目黒駅、池袋駅、品川駅、東京駅、渋谷駅のうち「シングル向け」「カップル・ファミリー向け」ともに価格相場が最も安かったのは、池袋駅だ。両ランキングとも11位に入っており、価格相場は「シングル向け」が4399万円、「カップル・ファミリー向け」が7480万円だ。

池袋駅前(写真/PIXTA)

池袋駅前(写真/PIXTA)

豊島区にある池袋駅はJR各線と東武東上線、西武池袋線、東京メトロ丸ノ内線・有楽町線・副都心線が乗り入れる一大ターミナル駅。駅周辺に大型商業施設が立ち並ぶ都内屈指の繁華街であり、さらに今後は大型の再開発が計画されている。東武百貨店や池袋センタービル、西口公園などがある駅西口地区を4つの街区に分け、A街区には地上41階・地下4階、B街区には地上50階・地下5階、C街区には地上33階・地下6階の高層複合施設を建設し、D街区には公園を整備するという壮大なプロジェクトだ。早ければ2027年度に既存建物の解体に着手し、全体竣工は2043年度ごろだという。約20年後とまだまだ完成は先だが、ほかにも駅東口側では2026年度竣工を目指して文化体験施設を備えた地上33階・地下3階の複合施設の開発事業が進行中だったりと、さまざまな再開発が計画されている。さらなる発展が見込まれる街・池袋に、今のうちによい物件を入手しておくのもよいかもしれない。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されているJR山手線沿線の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数40年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2023/7~2023/12
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

【2024年】東京23区の家賃相場が安い駅ランキング 。トップ3はすべて江戸川区で6万5000円以下!

東京都内でも特に利便性が高い暮らしを望むなら、23区内に住みたいところ。交通網が充実していて商業・文化施設も豊富、さらに賃貸物件の数も多いので気に入る住まいを探しやすい。一方で、首都圏でも飛び抜けて家賃が高い点はネックではある。とはいえ探せば、予算内で住める物件はあるはず! そこで、東京23区内にある駅ごとの家賃相場を調査。駅から徒歩15分圏内にある賃貸物件(専有面積10平米以上~40平米未満のワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が安い駅トップ20をご紹介しよう。

東京23区内の家賃相場が安い駅TOP20

順位/駅名/家賃相場(主な路線/駅の所在地)
1位 江戸川 6.40万円(京成本線/江戸川区)
2位 一之江 6.50万円(都営新宿線/江戸川区)
2位 篠崎 6.50万円(都営新宿線/江戸川区)
4位 上井草 6.55万円(西武新宿線/杉並区)
4位 京成小岩 6.55万円(京成本線/江戸川区)
6位 谷在家 6.60万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
7位 瑞江 6.65万円(都営新宿線/江戸川区)
7位 六町 6.65万円(つくばエクスプレス/足立区)
9位 小岩 6.70万円(JR総武線/江戸川区)
9位 新柴又 6.70万円(北総線/葛飾区)
9位 大師前 6.70万円(東武大師線/足立区)
9位 竹ノ塚 6.70万円(東武伊勢崎線/足立区)
9位 舎人公園 6.70万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
14位 喜多見 6.80万円(小田急小田原線/世田谷区)
14位 五反野 6.80万円(東武伊勢崎線/足立区)
14位 柴又 6.80万円(京成金町線/葛飾区)
14位 西新井 6.80万円(東武伊勢崎線/足立区)
14位 扇大橋 6.80万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
14位 高野 6.80万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
20位 梅島 6.85万円(東武伊勢崎線/足立区)
※21位~45位は記事末に記載

江戸川区にあるトップ3の駅なら家賃相場が6万5000円以下!

1位は江戸川区の京成本線・江戸川駅で、家賃相場は6万4000円。1駅隣は4位にランクインした京成小岩駅(家賃相場6万5500円)だ。江戸川駅は高架駅で、出入口正面の高架下にはドラッグストア併設のスーパーがあって便利。周辺の住宅街にもミニスーパーやコンビニが点在しているので、日常の買い物には困らないだろう。駅のすぐ東側には江戸川が流れ、河川敷に広がる「小岩菖蒲園」は例年5月~6月に約5万本のハナショウブが咲き誇る。江戸川を越えると、千葉県市川市というロケーションだ。

江戸川駅(写真/PIXTA)

江戸川駅(写真/PIXTA)

小岩菖蒲園(写真/PIXTA)

小岩菖蒲園(写真/PIXTA)

江戸川駅は夏の風物詩・江戸川区花火大会の最寄駅の一つでもあり、夏は多くの人で混雑するが、近所で花火が見られるのはうれしいところ。また、駅前から西へ自転車で10分弱も走ると9位・小岩駅(家賃相場6万7000円)にたどり着き、JR総武線が利用できる。江戸川駅から京成本線に乗れば日暮里駅まで約24分、京成上野駅まで約30分。京成本線で2駅目の京成高砂駅や3駅目の青砥駅から、都営浅草線直通の京成各線に乗り換えて浅草駅や新橋駅に行きやすいのも魅力だ。

江戸川区花火大会(写真/PIXTA)

江戸川区花火大会(写真/PIXTA)

2位には家賃相場6万5000円の一之江駅と篠崎駅がランクイン。どちらも江戸川区に位置し、都営新宿線が通っている。1位・江戸川駅から江戸川沿いを自転車で南下して20分ほどで篠崎駅に着き、さらに20分弱も走ると一之江駅に到着。そして篠崎駅と一之江駅に挟まれて、7位・瑞江駅(家賃相場6万6500円)があるという位置関係だ。この3駅のうち最も新宿駅寄りなのは一之江駅で、都営新宿線に乗れば岩本町駅まで約20分、市ヶ谷駅まで約28分、新宿駅までは約35分でたどり着く。

一之江駅(写真/PIXTA)

一之江駅(写真/PIXTA)

そんな一之江駅の東口側には2021年、「コメダ珈琲店」や100円ショップ、スーパーがオープン。徒歩10分弱の場所にはドラッグストアも誕生し、便利さがアップした。駅西口側にもスーパーやコンビニ、ドラッグストアがある。駅の周辺にはハンバーガーや牛丼、回転寿司などの気軽に入れる飲食店も点在しているので、料理するのが面倒な仕事帰りにもサッと食事ができるだろう。駅西側を通る環七通り沿いにはラーメン店も豊富なので、食べ比べするのも楽しそう。

一之江駅と同じ2位・篠崎駅の様子も見てみよう。一之江駅よりも新宿駅から電車で5分ほど遠ざかるものの、都営新宿線の始発駅・本八幡駅の次の駅なので通勤時間帯でも比較的座りやすいのはいいところ。駅ホームは篠崎駅北口と直結する交通会館篠崎ビルの地下にあり、ビル上階ではスーパーや100円ショップ、ベーカリーや牛丼店が営業している。駅周辺にも複数のスーパーやドラッグストアがある他、チェーン系の飲食店や居酒屋も豊富だ。駅の北側にある2軒の銭湯はサウナも備えているので、疲れを癒やしに行くのもいいだろう。1位・江戸川駅同様に江戸川に近く、花火大会の最寄駅でもあるので、窓辺から花火が見られる物件も探せば見つかるかもしれない。

篠崎駅(写真/PIXTA)

篠崎駅(写真/PIXTA)

4位以降は日暮里・舎人ライナーと東武伊勢崎線の駅が多数ランクイン

トップ3の駅はいずれも江戸川区に位置していたが、4位以下を見てみると17駅中の10駅が足立区という結果に。そして6位・谷在家(やざいけ)駅(家賃相場6万6000円)、9位・舎人公園(とねりこうえん)駅(同6万7000円)、14位の扇大橋駅と高野駅(同6万8000円)の4駅は、日暮里駅~見沼代親水公園駅を結ぶ日暮里・舎人ライナーの沿線にある。4駅のうちでJR線と接続する日暮里駅に最も近い、扇大橋駅の様子を見てみよう。

扇大橋駅(写真/PIXTA)

扇大橋駅(写真/PIXTA)

14位・扇大橋駅の駅名を聞いて、首都高の料金所を思い浮かべる人もいるだろう。その扇大橋料金所のほど近く、日暮里駅から北に5駅・約10分走って荒川に架かる扇大橋橋梁を渡った先のすぐそばに駅はある。尾久橋通り上空に設けられた高架駅で、駅北側は江北橋通りとの交差点。この2つの大通り沿いを中心に複数のスーパーやコンビニ、飲食店やホームセンターが点在している。ショッピングモールなどの大型商業施設はないが日常の買い物に困ることはなく、脇道に入ると静かな住宅街なので落ち着いた暮らしを求める人にはよさそうだ。荒川沿いを散策したり、遠くに東京スカイツリーを望む河川敷のゴルフ練習場で汗をかいたりと、気軽にリフレッシュできる環境でもある。

日暮里・舎人ライナーと同じく、東武伊勢崎線もトップ20に4駅ランクイン。9位・竹ノ塚駅(家賃相場6万7000円)~14位・西新井駅(同6万8000円)~20位・梅島駅(同6万8500円)~14位・五反野駅(同6万8000円)の順に連続する駅で、いずれも足立区に位置している。都心部寄りの浅草駅に最も近いのは五反野駅だが、4駅のうちで唯一、急行や準急も停車する西新井駅の様子をピックアップしよう。

西新井駅(写真/PIXTA)

西新井駅(写真/PIXTA)

14位・西新井駅は前述の扇大橋駅の北東2.3kmほどの位置にある。東武伊勢崎線の他に東武大師線も通っているが、この路線は関東厄除け三大師の一つ「西新井大師(総持寺)」の最寄駅・大師前駅と西新井駅の2駅のみなので、活用する機会は少ないかもしれない。西新井駅から浅草駅までは、東武伊勢崎線の急行と区間急行を乗り継いで約21分、区間急行1本だと約25分。東武伊勢崎線の普通列車は東京メトロ日比谷線、急行と準急は東京メトロ半蔵門線との直通運転が行われているので、日比谷線の霞ヶ関駅や銀座駅、半蔵門線の大手町駅や永田町駅、渋谷駅へも1本で行くことができる。

そんな西新井駅、下り線ホームに立ち食いラーメン店があるのもちょっとした名物だ。駅東口には駅直結のショッピングモール「西新井トスカ」があり、その先には家電や生活用品の専門店も備えた大型スーパーも。駅西口側にもディスカウントストアやショッピングモールがあり、にぎわっている。さらに西口駅前では再整備計画が進行中で、交通広場が2030年に完成予定だそう。あわせて駅ビルの建て替えや新たな商業施設の誘致も見込まれ、西新井は今後さらなる活性化が期待されている。

住まい探しをする際は家賃相場に加えて、学校や会社など日常的に通う目的地へ訪れやすい路線の沿線であるかどうかを重視する人も多いだろう。トップ20には日暮里・舎人ライナーと東武伊勢崎線の駅が多かったが、21位~45位を見てみると西武新宿線の駅も複数ランクインしている。21位以降のランキング一覧は下記にあるので、あわせてチェックしてはいかがだろう。

●21位以降のランキング

21位以降のランキング

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京23区内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2023/7~2023/12
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

【2024年】東京23区の中古マンション価格相場が安い駅ランキング。シングル向け、カップル・ファミリー向け、それぞれ1位は?

全国のなかでも群を抜いて人口が多い東京都。多少の増減はありつつも増加傾向が続き、総務省によると2023年の1年間で東京都への転入者数は転出者数を約6万8000人も上回っていたそう。そんなニーズの高さも反映し、東京23区内の住宅価格は他地域に比べて高め。利便性のよさや仕事の都合から都内に住みたい、でも費用はなるべく抑えたい……と考える人も多いだろう。そこで今回は、東京23区内に位置する駅から徒歩15分圏内にある、中古マンションの価格相場を調査。シングル向け(専有面積20平米以上~50平米未満)とカップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満)、それぞれの中古マンションの価格相場が安い駅ランキングをご紹介しよう。

東京23区内の中古マンション価格相場が安い駅ランキング

【シングル向け/TOP18(24駅)】
順位 駅名 価格相場(主な路線/駅の所在地)
1位 千鳥町 2980万円(東急池上線/大田区)
1位 方南町 2980万円(東京メトロ丸ノ内線/杉並区)
3位 武蔵新田 2989.5万円(東急多摩川線/大田区)
4位 池上 2990万円(東急池上線/大田区)
4位 西馬込 2990万円(都営浅草線/大田区)
6位 成増 3039.5万円(東武東上線/板橋区)
7位 地下鉄成増 3080万円(東京メトロ有楽町線/板橋区)
8位 板橋区役所前 3180万円(都営三田線/板橋区)
9位 大山 3280万円(東武東上線/板橋区)
10位 両国 3310万円(JR総武線/墨田区)
11位 新井薬師前 3330万円(西武新宿線/中野区)
12位 練馬 3340万円(西武池袋線/練馬区)
13位 八幡山 3380万円(京王線/杉並区)
13位 三ノ輪橋 3380万円(都電荒川線/荒川区)
15位 南千住 3430万円(JR常磐線/荒川区)
16位 東十条 3435万円(JR京浜東北線/北区)
17位 三ノ輪 3440万円(東京メトロ日比谷線/台東区)
18位 赤羽 3480万円(JR京浜東北線/北区)
18位 板橋本町 3480万円(都営三田線/板橋区)
18位 王子 3480万円(JR京浜東北線/北区)
18位 落合南長崎 3480万円(都営大江戸線/新宿区)
18位 十条 3480万円(JR埼京線/北区)
18位 三河島 3480万円(JR常磐線/荒川区)
18位 雑司が谷 3480万円(東京メトロ副都心線/豊島区)
※25位~50位は記事末に記載

【カップル・ファミリー向け/TOP20】
順位 駅名 価格相場(主な路線/駅の所在地)
1位 谷在家 3024.5万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
2位 京成高砂 3180万円(京成本線/葛飾区)
3位 竹ノ塚 3220万円(東武伊勢崎線/足立区)
4位 柴又 3280万円(京成金町線/葛飾区)
5位 青井 3285万円(つくばエクスプレス/足立区)
6位 新柴又 3340万円(北総線/葛飾区)
7位 北綾瀬 3380万円(東京メトロ千代田線/足立区)
7位 西新井大師西 3380万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
9位 お花茶屋 3394.5万円(京成本線/葛飾区)
10位 見沼代親水公園 3398万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
11位 舎人 3423.5万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
12位 大師前 3480万円(東武大師線/足立区)
12位 堀切菖蒲園 3480万円(京成本線/葛飾区)
12位 六町 3480万円(つくばエクスプレス/足立区)
15位 四ツ木 3499万円(京成押上線/葛飾区)
16位 京成立石 3499.5万円(京成押上線/葛飾区)
17位 五反野 3580万円(東武伊勢崎線/足立区)
18位 小菅 3650万円(東武伊勢崎線/足立区)
19位 扇大橋 3700万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
20位 綾瀬 3739.5万円(東京メトロ千代田線/足立区)
※21位~48位は記事末に記載

「シングル向け」物件は大田区・板橋区・北区に注目を!

「シングル向け(専有面積20平米以上~50平米未満)」のランキング1位には、価格相場が2980万円の2駅がランクイン。東急池上線・千鳥町駅と東京メトロ丸ノ内線・方南町駅だ。千鳥町駅は23区南端の大田区、方南町駅は23区西端の杉並区に位置している。

千鳥町駅(写真/PIXTA)

千鳥町駅(写真/PIXTA)

まずは千鳥町駅の様子から見てみよう。住宅街にある駅周辺は、落ち着いた雰囲気。スーパーやコンビニ、ファストフード店や居酒屋などの飲食店のほか、ベーカリーや精肉店などの個人商店、さらにポップコーン専門店があるのも気になるところ。駅前の通りを西に5分ほど歩くと環八通り、東へ8分ほど歩くと国道1号・第二京浜にぶつかり、そうした大通り沿いにはホームセンターやファミレスなども立っている。千鳥町駅から環八通りを越えつつ西へ8分ほど歩くと東急多摩川線・下丸子駅があり、行き先に応じて2路線を使い分けられるのは便利だろう。千鳥町駅から東急池上線に乗ると、JR京浜東北線が通る蒲田駅まで約7分。JR山手線や都営浅草線が通る五反田駅までは、約20分で行くことができる。ちなみに蒲田方面に進んで1駅目の池上駅は、価格相場2990万円で4位にランクインしている。

方南町駅前(写真/PIXTA)

方南町駅前(写真/PIXTA)

同じく1位になった方南町駅は、中野坂上駅で二股にわかれる東京メトロ丸ノ内線の分岐線の終着駅。丸ノ内線沿線の新宿駅や東京駅、池袋駅に1本で行けるのはもちろん、始発駅のため混雑する朝でも座りやすいのも魅力だ。駅出口近くの方南通りと環七通り沿いには商店も充実。スーパーやドラッグストアにホームセンターなどの大型店舗のほか、青果店や精肉店、ベーカリーも元気に営業している。ファミレスやファストフード店、ラーメン店など気軽に利用できる飲食店も多彩にあるので、自炊をしない人も気分に応じて食事ができるだろう。クラフトビール醸造所や、古びた一軒家を活用したお化け屋敷など個性的な施設もあるので、休日の街歩きも楽しそうだ。

武蔵新田駅前の様子(写真/PIXTA)

武蔵新田駅前の様子(写真/PIXTA)

3位は東急多摩川線・武蔵新田駅で価格相場は2989万5000円。1位の千鳥町駅と同じ大田区にあり、両駅間は歩いて10分弱という近さだ。駅周辺の環境も似ているが武蔵新田駅のほうが環八通りに近く、駅周辺のスーパーや飲食店は千鳥町駅周辺以上に豊富かもしれない。駅から南へ15分ほど歩くと、多摩川の河川敷へ。対岸の神奈川県川崎市側を眺めつつ、春の桜並木も美しい河川敷をのんびり散策するのもいいだろう。駅から東急多摩川線に乗ると、蒲田駅までは約5分。蒲田とは反対方面の終点・多摩川駅までは約8分で、そこから東急目黒線と東急東横線に乗り換えることができる。

前出の池上駅と並んで4位になった、都営浅草線・西馬込駅も大田区に位置。トップ4の5駅のうち4駅が大田区からランクインしたわけだ。価格相場2990万円の4位・西馬込駅は地下鉄駅で、3カ所ある地上出入口はいずれも国道1号・第二京浜沿いにある。その大通り沿いにスーパーやドラッグストアがあるほか、国道から東西に延びる脇道に入った住宅地にも飲食店や和菓子店、ベーカリーなどがぽつぽつと立ち並ぶのどかな商店街が続く。駅から南へ13分ほど歩くと、現存するものでは関東最古の五重塔がそびえる「池上本門寺」が佇んでいる。隣接地には緑豊かな「本門寺公園」が広がっているので、息抜きに訪れたい。

6位~18位の19駅を見てみると、いずれも埼玉県に隣接する板橋区と北区の駅が最多タイとなる4駅ずつランクインしている。1位~4位に4駅並んだ大田区は神奈川県に隣接することを考えると、23区内で費用を抑えつつ一人暮らし向け物件を見つけたいなら、都県境に接する区にある駅をチェックするとよさそうだ。

「カップル・ファミリー向け」はトップ20のうち13駅が足立区という結果に

「カップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満)」ランキングの1位は、日暮里・舎人(にっぽり・とねり)ライナーの谷在家(やざいけ)駅で価格相場は3024万5000円。日暮里・舎人ライナーは全13駅・総延長9.7kmの比較的、短い路線だが、トップ20には谷在家駅に隣接する西新井大師西駅(7位・価格相場3380万円)をはじめ全5駅がランクイン。リーズナブルな物件探しの際は、要チェックの路線だろう。

谷在家駅(写真/PIXTA)

谷在家駅(写真/PIXTA)

都立 舎人公園(写真/PIXTA)

都立 舎人公園(写真/PIXTA)

さて、1位・谷在家駅は足立区に位置しており、駅西側には12棟からなる都営谷在家アパートが立っている。この集合住宅は建築から50年を超えているため、建て替え工事計画が進行中。新たな建物が完成した際には街が活気づきそうだ。現在の駅周辺も多くの人が住む住宅地で、徒歩約15分圏内に複数のスーパーやドラッグストアが点在している。駅から北へ歩いて10分ほど、1駅隣の舎人公園駅前には敷地面積約65ヘクタールの「都立 舎人公園」が広がり、豊かな緑や大きな池に囲まれて気軽に自然に親しめる環境だ。

京成高砂駅(写真/PIXTA)

京成高砂駅(写真/PIXTA)

続く2位には葛飾区の京成本線・京成高砂駅が、価格相場3180万円でランクイン。京成金町線と京成成田空港線、北総線も乗り入れるターミナル駅であり、京成高砂駅から京成金町線に乗って1駅目が4位の柴又駅(価格相場3280万円)、北総線に乗って1駅目が6位の新柴又駅(価格相場3340万円)という位置関係だ。京成線はさまざまな路線との直通運転もされているため、京成高砂駅から日暮里・上野方面に向かえるのはもちろん、日本橋駅や新橋駅といった都営浅草線内の各駅、京急線内の品川駅や羽田空港第1・第2ターミナル駅までも、乗り換えることなく1本で行くことが可能。京成成田空港線の特急に乗れば、京成高砂駅から成田空港駅(成田第1ターミナル)まで約41分で行けるのも便利だろう。

そんな京成高砂駅の周辺には、駅前のイトーヨーカドーをはじめ複数のスーパーやドラッグストア、食品系の個人商店が点在し、買い物には困らない環境。飲食店が多いのも特徴で、日常使いしたい食堂や行列のできるラーメン店、親子3代で続けてきた中国料理店などバラエティー豊か。休日ごとにいろんなお店を訪れるのも楽しそうだ。

竹ノ塚駅周辺の様子(写真/PIXTA)

竹ノ塚駅周辺の様子(写真/PIXTA)

3位は東武伊勢崎線・竹ノ塚駅で、価格相場は3220万円。1位と同じ足立区に位置しており、両駅間は直線距離だと2kmほどと割と近い立地だ。竹ノ塚駅周辺はかつて「開かずの踏切」による交通渋滞が問題視されていたが10年ほど前から高架化工事が進められ、ついに2022年3月から上下線ともに高架橋上での運行が開始して踏切も廃止に。駅舎も新しくなり、利便性がアップした。線路をはさんだ街の東西の分断も高架化により解消された駅周辺には商店街が広がり、スーパーやファストフード店などの飲食店のほか、青果店や鮮魚店、豆腐店などもあって地元の人々でにぎわっている。また、現在は駅の高架下スペースの開発が進行中。2024年度上期には、飲食店や物販店など約25店舗からなるアーケード商店街が誕生する予定なので、楽しみに待ちたい。

さて、トップ20の駅の所在地を見てみると13駅が足立区、7駅が葛飾区。なんとランクインしたのは足立区または葛飾区にある駅のみという結果に! 最も多くの駅がランクインした足立区は、子育て支援に力を入れていることでも注目を集めている自治体だ。妊娠期から出産・子育て期まで切れ目のない支援を行う「あだちスマイルママ&エンジェルプロジェクト」という独自の支援制度があったり、3歳までの子どもとその保護者が利用できる「子育てサロン」が地域の拠点や商業施設内、児童館に計65カ所もあったりと、安心して子どもが育てられる環境を整備している。子どものいるファミリーが住まい探しをする際は、こうした自治体の取り組みも考えあわせて、どの物件にするかを決めると新居での生活がより充実しそうだ。

●21位以降のランキング
【シングル向け】

シングル向け

【カップル・ファミリー向け】

カップル・ファミリー向け

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京23区内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数40年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2023/7~2023/12
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

「住みたい街ランキング」2024、東京勢弱体!? 1位、2位は東京外、吉祥寺はまさかの3位に退く

リクルートが、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・茨城県)在住の20歳~49歳の男女9335人を対象に実施した「SUUMO住みたい街ランキング2024」を発表した。ランキング上位は常連が顔をそろえる中、あの吉祥寺を抑えて2位になった街がある。ランキングがアップした街を中心に、その背景をさぐってみよう。

【今週の住活トピック】
「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」を発表/リクルート

住みたい街ランキング2024、1位は横浜、2位には吉祥寺を抜いた大宮

では、2024年の住みたい街(駅)ランキングの結果を紹介しよう。「横浜」が首位を、しかも得点を伸ばしてナンバー1になった。2位には、得点を落とした「吉祥寺」を抑えて「大宮」がその座に就いた。その結果、「北の大宮・南の横浜」が1・2位を占め、中に当たる東京勢の街は3位以下へと退く形になった。

住みたい街(駅)ランキング[1位~10位]

住みたい街(駅)総合ランキングトップ10(首都圏全体/3つの限定回答)(出典:リクルート)

詳しく見ていこう。今回2位の「大宮」は、2018年の9位から順位を4位、3位と上げて、ついに2位に至った。2018年に2位だった「恵比寿」は、吉祥寺、大宮に抜かれた後は4位をキープ、2018年に3位だった「吉祥寺」は恵比寿を抜いて2位をキープしていたが、今回は3位に退いた。

2018年に4位だった「品川」は2023年には11位までランクダウンしたが、今回はTOP10に返り咲いた。おおむねランキング14位くらいまでは、常連の街が調査時期によって入れ替わりながら、上位を維持している形だ。

住みたい街(駅)ランキング[11位~25位]

住みたい街(駅)総合ランキング11位~25位(首都圏全体/3つの限定回答)(出典:リクルート)

11位~25位までを見ると、「流山おおたかの森」「舞浜」「桜木町」「みなとみらい」などが、過去最高の順位になるなど、人気のある郊外の街の中で、ランキングの入れ替わりが見られた。さらに上位50位までを見ると、つくばエクスプレスのような新しい沿線の街がランクアップし、かつて人気を誇った東急田園都市線の街がランクダウンしたという印象を受けた。

また、SUUMOが2023年との得点を比較して、得点ジャンプアップしたランキングを分析したところ、1位は「横浜」(+123点)で、2位「秋葉原」(+91点)、3位は「北千住」(+57点)、4位「巣鴨」(+49点)、5位「練馬」(+48点)と東京駅より北側の駅が上位を占めたという。

「横浜」が大横綱ぶりを見せた理由は?

TOPの座を守っただけでなく、得点も伸ばした「横浜」。まさしく、大横綱という感じだが、その理由はどこにあるのだろう?

SUUMOの分析によると、「子育て世帯」での得点が伸びていることが大きな要因だという。近年、横浜市は、子育て支援を強化している。子どもを預かるサービスについて無料クーポンを配布(2023年6月~)したり、中学生まで医療費の無料化を所得制限なしで実施(2023年8月~)したりと、子育て施策に力を入れていることが影響したのかもしれない。

同じ横浜市にある「桜木町」と「みなとみらい」もランクアップしているが、みなとみらい地区で企業本社、研究施設等を誘致が進んでいるため、「働く」場としても注目されている。また、2023年に音楽特化型アリーナ「Kアリーナ横浜」、バーベキュー施設なども備えた「ザ・ワーフハウス山下公園」などのスポットもオープンし、「遊ぶ」場としての魅力も増している。こうした総合力が、横浜の強みなのだろう。

「横浜」の性別・ライフステージ別・年代別の順位と得点

SUUMO住みたい街ランキング2024首都圏版 記者発表会資料(出典:リクルート)

「大宮」と「吉祥寺」、天下分け目の鍵は?

大宮が人気を維持し、吉祥寺が人気を落とした形での入れ替わりとなったが、その要因はどこにあるのだろう?

おしゃれな街、公園のあるクリーンな街の印象が強い「吉祥寺」は、女性や夫婦+子ども世帯、40代に人気はあるが、「大宮」は男性や夫婦のみ世帯、20代・30代に人気が高かった。つまり吉祥寺は、大宮の人気に押されて、男性や20代・30代などから支持を得られにくくなったということだ。

2024年の属性別「大宮」「吉祥寺」の順位

2024年の属性別「大宮」「吉祥寺」の順位(出典:リクルート)

では、大宮が男性や20代・30代などに支持された理由はなんだろう?
その一つ目が、「働く」環境だ。「魅力的な働く場や企業がある」「コワーキングスペースなど仕事のできる施設がある」といった理由が高いのだ。近年は、東京都からの企業移転も多く、オフィス賃料も手ごろなため空室率も低くなっているという。今後、大型のオフィスビルの計画もあり、働く場としての魅力が街の人気を高めているのだろう。

二つ目は、商業施設の充実ぶりだ。「大宮」に住みたい理由として目立ったのは、「買う」と「遊ぶ」の環境(文化・娯楽施設の充実、ショッピングモールやデパートなどの大規模商業施設、街の賑わい)の高さだ。大宮駅周辺に店舗数が1000店を超える7つの商業施設があり、散歩デートもできる氷川神社参道の先には、NACK5スタジアム大宮を擁する大宮公園がある。

ちなみに、SUUMO編集長の池本さんは、TOP2・横浜と大宮の人気の要因として、それぞれ県内における「コンパクト東京」の価値にある、と指摘している。直径2km圏というコンパクトなエリアに、東京都心の街の魅力が凝縮しているからだ。これなら、わざわざ東京都内の街まで出かける必要はないということだろう。

大宮と横浜は「コンパクト東京」

SUUMO住みたい街ランキング2024首都圏版 記者発表会資料(出典:リクルート)

ジャンプアップの街、「秋葉原」と「練馬」の魅力とは?

上位以外で注目の街として、「秋葉原」と「練馬」を挙げておこう。

秋葉原は、先に挙げた「得点がジャンプアップした街(駅)ランキング」で横浜に次ぐ2位で、総合順位も過去最高位の29位になった。人気を押し上げたのは、男性、なかでも30代男性が支持したからだ。

と聞くと、秋葉原は“オタクの街”だからと思いがちだが、そればかりとはいえないようなのだ。街の魅力(住みたい理由)項目の上位を見ると、「コワーキングスペースなど仕事のできる施設がある」「魅力的な働く場や企業がある」と「働く」環境がカギになっているのだ。

オタクの街を想起させる、「メディアに取り上げられて有名」「街に賑わい」「文化・娯楽施設が充実」といった項目は、その次に来ている。また、特徴的だと思った項目は「周囲の目を気にせず自由な生活ができる」。オタクや外国人などを受け入れる懐の広さが、街の魅力になっているようだ。

「秋葉原」街の魅力(住みたい理由)項目TOP10

「秋葉原」の街の魅力項目TOP10(出典:リクルート)

練馬区は、東京23区の中でも自然が豊かな区だ。その中心にあるのが、練馬駅だ。筆者は電気系に弱いので秋葉原にはそれほど行く機会がないが、練馬文化センターの落語会にはよく足を運んでいる。練馬駅周辺には行政の施設が集約しており、賑わいもあって便利な街だ。近くにできた、ハリーポッターのスタジオツアー東京にはぜひ行きたいと思っている。

この練馬が、得点がジャンクアップした街(駅)ランキング5位、総合順位も過去最高位の48位になった。SUUMOの分析では、男性20代・女性40代で支持が伸びたというのも意外だった。子育て世帯向きの街だと思っていたからだ。

これは、遊園地「としまえん」跡地に、魅力的なテーマパークと東京都の都市計画公園である「練馬城址公園」ができることが大きいのではないか。公園内を貫く石神井川沿いに桜などの樹木が並び、防災井戸などもある場所だ。

練馬城址公園は、今後、広域防災拠点となるほか、緑と水の空間、交流活動が行われる空間などが誕生する予定。段階的に整備される計画だが、テーマパーク開園と合わせて一部が開園している。

もちろん、4路線が利用できる利便性の高さの割には23区の中でも賃料などが安く、コスパが良い街という点は、人気となる大きな理由だ。

「練馬」街の魅力(住みたい理由)項目TOP10

「練馬」の街の魅力項目TOP10(出典:リクルート)

さて、再び総合順位の上位を見ていこう。SUUMOでは、首都圏の都県別にもランキングを出している。東京都民ランキングでは、1位「吉祥寺」、2位「恵比寿」、3位「新宿」、神奈川県民ランキングでは、1位「横浜」、2位「武蔵小杉」、3位「桜木町」、埼玉県民ランキングでは、1位「大宮」、2位「浦和」、3位「さいたま新都心」、千葉県民ランキングでは、1位「船橋」、2位「流山おおたかの森」、3位「千葉」、茨城県民ランキングでは、1位「つくば」、2位「水戸」、3位「研究学園」、と、それぞれの街が上位を占めている。

一方で、「横浜」は東京都民で11位、埼玉県民で5位、千葉県民で6位など、広範囲からの支持を得ている。また、「横浜」は神奈川県民で得点が932点、「大宮」は埼玉県民で775点と、県内で圧倒的な得点を得ている。人気が分散する東京勢の街と比べると、“わが街”感が大きいというのも強みだろう。

●関連サイト
・SUUMOリサーチセンター「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」プレスリリース

名建築ホテルの実測スケッチがエモいとSNSで話題! 朝食やアメニティも実測する遠藤慧さんの制作現場に密着 「all day place shibuya」東京都渋谷区

ホテルの実測スケッチがSNSで人気を集め、2023年8月に『東京ホテル図鑑』(学芸出版社)として書籍化が実現した一級建築士・カラーコーディネーターの遠藤慧さん。実測スケッチとは、建築物などの対象物を観察しメジャーなどでそのさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んだもの。初の著書には、「アマン東京」「帝国ホテル」など人気の名建築ホテルがたっぷり収録されています。どのような視点で実測スケッチを描いているのか? ホテルの実測スケッチに密着し、建築スケッチに込めた思いをたっぷり語ってもらいました。

遠藤慧さん。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中(写真撮影/池田礼)

遠藤慧さん。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中(写真撮影/池田礼)

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名建築ホテルを実測スケッチで味わう。「アマン東京」「LANDABOUT TOKYO」「hotel hisoca」など 一級建築士 遠藤慧さん

水彩スケッチ集『東京ホテル図鑑』で楽しむ名建築『東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社)(画像提供/遠藤慧さん)

『東京ホテル図鑑 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社)(画像提供/遠藤慧さん)

「HOTEL K5」「アマン東京」「K5」「山の上ホテル」「hotel Siro」など東京・近郊で人気のホテルを収録(画像提供/遠藤慧さん)

「HOTEL K5」「アマン東京」「山の上ホテル」「hotel Siro」など東京・近郊で人気のホテルを収録(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんは、建築事務所に勤めていたころ、設計のリサーチとしてホテルの実測スケッチを描きはじめました。デザインの勉強のためにホテルを実際に訪れ、建築家が建てた空間を体験しながら描いたスケッチは、現在までに30枚以上! 丁寧に描き込まれた実測スケッチからは、建築を慈しむ遠藤さんの眼差しや感動が伝わってきます。初の著書となる『東京ホテル図鑑』には、2020~2023年、宿泊して描いた23のホテルの実測スケッチを収録。見開きに1つのホテルの要素を詰め込んだ図鑑のような仕上がりです。

見開きページでホテルの1ルームの空間を表現。左ページにはパース(遠近法で描いた線画)、右ページに平面図、中央付近にアメニティを描いた例(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン:乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

見開きページでホテルの1ルームの空間を表現。左ページにはパース(遠近法で描いた線画)、右ページに平面図、中央付近にアメニティを描いた例(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

実測したホテルの写真と解説、スケッチの参考にした色や素材のリストも掲載(アマン東京 設計:大成建設、インテリアデザイン:ケリー・ヒル・アーキテクツ)(画像提供/遠藤慧さん)

実測したホテルの写真と解説、スケッチの参考にした色や素材のリストも掲載(アマン東京 設計:大成建設、インテリアデザイン:ケリー・ヒル・アーキテクツ)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんが図鑑的なスケッチを描くようになったきっかけは、東京藝術大学美術学部建築科の授業「建築と表現」の課題でした。

その時試みたのは、建築の空間を表現する際、1つの側面だけではなく、断面や置いてある植物など空間を構成している全てを1枚に収めたスケッチを描くことでした。指導担当の中山英之教授から「君がやりたいのは図鑑なんだよ」と指摘され、遠藤さんはハッとしたと言います。子どものころ、図鑑が好きだったことを思い出したのです。例えば、小学館の図鑑シリーズでは、「タンポポ」のページを見ると、花の断面や蕾から開いていく様子、植物学的な分類、タンポポの花を使った草遊びまで、あらゆる事象がタンポポを説明するものとして、1ページに収められています。幼い遠藤さんにはそれがとても美しく思えたのです。

遠藤さんの実測スケッチには、真上から見た平面図、建物を縦に切った時の断面図、立体的に表現されたパースなどが1枚に収められ、さまざまな角度からホテルの魅力を伝えています。シャンプーや歯ブラシなどのアメニティやフードを描いたマニアックなスケッチも! 情報量が多く、見飽きることがありません。

限られたスペースに機能とデザインを両立させた収納や洗面台は必ずスケッチ。タオル入れやコンセントの配置も描いたスケッチ(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

限られたスペースに機能とデザインを両立させた収納や洗面台は必ずスケッチ。タオル入れやコンセントの配置も描いたスケッチ(The AOYAMA GRAND Hotel 建築設計:三菱地所、インテリアデザイン:乃村工藝社A.N.D)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんの琴線に触れたものは描かれる運命。ルームキーや部屋に飾ってある花も(山の上ホテル 建築設計:ヴォーリズ建築事務所ウィリアム・メレル・ヴォーリズ/現一粒社ヴォーリズ建築事務所)(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さんの琴線に触れたものは描かれる運命。ルームキーや部屋に飾ってある花も(山の上ホテル 建築設計:ヴォーリズ建築事務所ウィリアム・メレル・ヴォーリズ/現一粒社ヴォーリズ建築事務所)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ(設計・施工:UDS)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチ(設計・施工:UDS)(画像提供/遠藤慧さん)

「hotel hisoca」の実測スケッチを描いた縁で、ホテルのコンセプトブックのイラストを担当。美しい絵本をめくっているよう(写真撮影/池田礼)

「hotel hisoca」の実測スケッチを描いた縁で、ホテルのコンセプトブックのイラストを担当。美しい絵本をめくっているよう(写真撮影/池田礼)

遠藤さん、一体どうやって描いているんですか!? そこで、実際に宿泊して実測スケッチする過程を見せてもらうことに。著書にも登場する「all day place shibuya」実測スケッチに同行。書籍に収録されているのは、2022年12月、ダブルルームに宿泊し、実測スケッチしたものです。今回は、スイートルームの実測スケッチを行います。

使われている色や素材から設計者の意図を探る

JR渋谷駅から徒歩5分、高低差のある道路に挟まれた角地に立つ「all day place shibuya」。2階のレセプションに、小さなジュラルミンのキャリーケースをひいて現れた遠藤さん。「初めて泊まるお部屋を描けるのがとっても楽しみ!」とにっこり。2回目の来訪ですが、初めて訪れた時のホテルの印象はいかがでしたか。

「一番魅力的に感じたのは、道路との高低差を段状のベンチや花壇で上手く調整しながら、屋外空間をつくっているところです。誰でもするっと入っていけるポケットパークのよう。街にとっても素敵なことだと思います」(遠藤以下略)

街に開きながら囲われた感もあり、ベンチには、コーヒーやビールを手に語り合う人々の姿がありました。

高低差のある道路に囲まれているがレベル差を活かしたエントランス(写真撮影/池田礼)

高低差のある道路に囲まれているがレベル差を活かしたエントランス(写真撮影/池田礼)

床やベンチ、花壇の立ち上がりには緑色のタイルを使用(写真撮影/池田礼)

床やベンチ、花壇の立ち上がりには緑色のタイルを使用(写真撮影/池田礼)

2022年にダブルルームに宿泊した時描いたスケッチ(all day place shibuya 企画・設計・運営:UDS、客室インテリアデザイン:DDAA)(画像提供/遠藤慧さん)

2022年にダブルルームに宿泊した時描いたスケッチ(all day place shibuya 企画・設計・運営:UDS、客室インテリアデザイン:DDAA)(画像提供/遠藤慧さん)

「とても素敵なのは、エントランスに入った時の体験が途切れずに2階まで続いていくこと! 1階のカフェの床に使われている緑色のタイルは、屋外やエレベーターの中まで連続していて、内外が繋がっているんです。多治見の美濃焼を使ったオリジナルのタイルは、色むらが本当にきれいで、街とホテルをグラデーショナルに繋いでくれています」

植栽と相まってイメージカラーの緑が強調されている(写真撮影/池田礼)

植栽と相まってイメージカラーの緑が強調されている(写真撮影/池田礼)

色むらが美しい緑色のタイルがエレベーターの床まで連続している(写真撮影/池田礼)

色むらが美しい緑色のタイルがエレベーターの床まで連続している(写真撮影/池田礼)

建物のインテリアデザインは、DDAA。ホテルのレセプションがある2階のレストランはPuddleによる設計です。

「素材の使い方などデザインコードが似ているので、建物全体に共通言語があると感じます。2階は土色のタイルを床と壁面の一部に用いたデザインですが、エントランスも、床と花壇の立ち上がり部分にタイルを使用していました。レセプションに置かれたアクリル板と金メッキの単管パイプを使った造作のテーブルがすごくカッコイイです!」
※デザインコード
「配置」「色」「形」「素材」など、空間の秩序を構成する「視覚的な約束事」

スタッフが常駐するコミュニケーションテーブルや季節のディスプレイを展示するテーブルは、DDAA・元木大輔さんによるオリジナル(写真撮影/池田礼)

スタッフが常駐するコミュニケーションテーブルや季節のディスプレイを展示するテーブルは、DDAA・元木大輔さんによるオリジナル(写真撮影/池田礼)

一級建築士でありカラーコーディネーターでもある遠藤さんだからこそ気づける視点はハッとすることばかり。解説をしながら壁やテーブルにそっと触れる遠藤さんは、物言わぬ建物と語り合っているように見えます。

「建築は、とても雄弁なんですよ。事前に資料も調べますが、訪れないとわからないことの方が多いんです。設計は箱だけつくるわけじゃなくて、過ごす人のことを考えて雰囲気も含め、トータルにデザインされています。滞在して、その場に身を置くことで、設計者の思いを辿っていきたいと思っています」

2階にあるピッツァ・ダイニング「GOOD CHEESE GOOD PIZZA」では、毎朝、清瀬の農場から届く新鮮な牛乳からつくったチーズを提供(写真撮影/池田礼)

2階にあるピッツァ・ダイニング「GOOD CHEESE GOOD PIZZA」では、毎朝、清瀬の農場から届く新鮮な牛乳からつくったチーズを提供(写真撮影/池田礼)

モーニングで選べる「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」は、もちもちとしたチーズとサーモン、アボカドのコンビネーション(写真撮影/池田礼)

モーニングで選べる「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」は、もちもちとしたチーズとサーモン、アボカドのコンビネーション(写真撮影/池田礼)

描くことで、ものをよく見ることができる

今回、実測スケッチをするのは、「Weekend Suite」(広さ53.7平米・定員2名)です。入室するやいなやドアに貼ってある避難経路図をまじまじと見る遠藤さん。

「フロアにある部屋の並びを確認しているんです。宿泊する部屋が、このフロアで一番多いタイプなのか特殊な位置づけなのか把握することから始めます」

ゆったりとしたソファスペース。22時までならゲストを呼んでパーティ等も可能(写真撮影/池田礼)

ゆったりとしたソファスペース。22時までならゲストを呼んでパーティ等も可能(写真撮影/池田礼)

感嘆の声をあげながら、メモをとったり、収納をのぞいたり、楽しそうな遠藤さん(写真撮影/池田礼)

感嘆の声をあげながら、メモをとったり、収納をのぞいたり、楽しそうな遠藤さん(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

ベッドルームから水回り、収納を見て回ります。ベッドとソファスペースの間にあるユニークな形のオブジェは、オリジナルデザインの照明でした。

「ホームページの写真で見た時は何だろう?と思っていましたが、ベッドとソファスペースの仕切りとしてとても良いですね。金属ブラインドの透け感が良い感じ。ぐにゃぐにゃ柔らかそうな照明でとてもかわいいです」

ベッドルームの壁には首都高をモチーフに制作されたアート(作:安田昴弘氏)が飾られています。以前遠藤さんが宿泊したダブルルームと同様に本棚などの什器には緑色のメラミン化粧板が使われていました。

コーヒーにまつわる本が置かれたシェルフには、コーヒー豆やミルも用意されている(写真撮影/池田礼)

コーヒーにまつわる本が置かれたシェルフには、コーヒー豆やミルも用意されている(写真撮影/池田礼)

積層合板を小口に現したメラミン化粧板の棚。右は壁や床の色や素材を示したもの(画像提供/遠藤慧さん)

積層合板を小口に現したメラミン化粧板の棚。右は壁や床の色や素材を示したもの(画像提供/遠藤慧さん)

「部屋に使用されているメラミン化粧板の緑色は、共用部のタイルの緑色とは印象も実際の色味も違いますが、他の素材がグレーや黒などの無彩色系なので、テーマカラーのグリーンがとてもきれいに伝わってきます。広いお部屋で見ると深い色に見え、本棚の天板が外の光やアートの色をほのかに反射して美しいです。入り巾木や造作家具の収まり、カーテンの見せ方など、ものとものとの取り合いが良いですね。壁面が真っ白ではなくてほんの少しグレーで、自然光を柔らかく広げていて、とても良い見え方になっています」

ホテルの担当者から、ひととおり、部屋の説明を受けたあと、実測がスタート。キャリーケースから次々と道具を取り出します。実測に使うのは、レーザー距離計と金属製のメジャー、色見本帳のほか見慣れない道具も。

左回りに、レーザー距離計、三角スケール、スコヤ(直定規)、コンベックス(金属製メジャー)、色見本帳(写真撮影/池田礼)

左回りに、レーザー距離計、三角スケール、スコヤ(直定規)、コンベックス(金属製メジャー)、色見本帳(写真撮影/池田礼)

「レーザー距離計は部屋の外形など長い距離を測る時に便利です。椅子の高さなど中距離はメジャー、小さな厚みなどはノギス。コップなどの厚みや丸いものの径を測る時に使います」

慣れた手つきでレーザー距離計を壁にあてる遠藤さん。ベッドルームとソファスペースの長辺の長さは7m以上! 実測すると部屋の端から端まで想像以上の距離があり、どうりで広いはずだ!と納得。

「空間を何となく見ているだけでは描けないんです。構造がどうなっているのか理解するために、さまざまな角度からよく見るようにしています」

「後ろが窓になっているのが清々しくてとても良いですね」と遠藤さんお気に入りの洗面所(写真撮影/池田礼)

「後ろが窓になっているのが清々しくてとても良いですね」と遠藤さんお気に入りの洗面所(写真撮影/池田礼)

実測したら、最終的なレイアウトをイメージしながら、スケッチブックにおおよそのレイアウトや気になった家具などを描き、寸法を入れていきます。部屋の規模にもよりますが、その後の下書きやペン入れ、水彩による着彩は自宅で行うことが多いそうです。

(写真撮影/池田礼)

(写真撮影/池田礼)

今回は、スケッチブックにひと晩でこんなに描き込んだというから驚きです(画像提供/遠藤慧さん)

今回は、スケッチブックにひと晩でこんなに描き込んだというから驚きです(画像提供/遠藤慧さん)

描きたいのは、コップではなくコップが置かれた空間編集部に届いた実測スケッチ。設計者やデザイナーの思いと遠藤さんの感動が響き合い、生まれた1枚(画像提供/遠藤慧さん)

編集部に届いた実測スケッチ。設計者やデザイナーの思いと遠藤さんの感動が響き合い、生まれた1枚(画像提供/遠藤慧さん)

完成した実測スケッチを見た瞬間、思わず、ため息がこぼれました。紙面を大胆に使ってソファスペースからベッドルームのパースが描かれています。1階のクラフトビールバーのグラスには高さや幅のサイズが書かれ、「使ってみて欲しくなった!」という備えつけのソーダサーバーまで事細かに描かれています。

左下は、「カッコ良すぎる」と遠藤さんが感じたローテーブル。古材とアクリル板、荷紐のベルトなど素材についてのメモも(画像提供/遠藤慧さん)

左下は、「カッコ良すぎる」と遠藤さんが感じたローテーブル。古材とアクリル板、荷紐のベルトなど素材についてのメモも(画像提供/遠藤慧さん)

壁と床の間にある巾木の素材や壁や家具の足まわりなども事細かに。神は細部に宿るとはまさにこのこと!(画像提供/遠藤慧さん)

壁と床の間にある巾木の素材や壁や家具の足まわりなども事細かに。神は細部に宿るとはまさにこのこと!(画像提供/遠藤慧さん)

チーズのとろとろが見事に描写された「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」。ピンクペッパーがピリッ(画像提供/遠藤慧さん)

チーズのとろとろが見事に描写された「つくりたてストラッチャテッラ オンザブレッド」。ピンクペッパーがピリッ(画像提供/遠藤慧さん)

遠藤さん、こんな目線で見ていたんだ……と驚くと共に、自宅のようにくつろいだ部屋の印象が蘇りました。

「空間の雰囲気が伝わったなら、とても嬉しいです。例えば、コップがあった時、私が描こうとしているのは、コップそのものじゃなくて、コップが置かれている空間です。何となくこの部屋いいなと思う時、その理由が1つだけということはあまりないと思います。コップのそばに置いてある食べ物だったり、その後ろにある窓からの光だったり、全部ひっくるめて、良いなと感じているはず。部屋を訪れた時の印象をどうやったら表現できるんだろう? と思って辿り着いたのが、図鑑的にいろんな断面を見せる実測スケッチだったのです」

カーテンを開けた時の感動が伝わってくる(帝国ホテル東京 設計:高橋貞太郎/本館、インテリアコーディネート:ジュリアン・リード/本館インペリアルフロア)(画像提供/遠藤慧さん)

カーテンを開けた時の感動が伝わってくる(帝国ホテル東京 設計:高橋貞太郎/本館、インテリアコーディネート:ジュリアン・リード/本館インペリアルフロア)(画像提供/遠藤慧さん)

実測スケッチ風ホテルステイの楽しみ方

最後に、『東京ホテル図鑑』をもっと楽しむ方法や自分に合ったホテルを選ぶポイントを教えてください。

「SNSには『本は、汚さないように大切にします!』と言ってくださる方もいて有難いのですが、自分で訪れたホテルの感想を書き込んだりして使い込んでもらっても嬉しいです。建築資料として参照できるつくりにこだわったので、自分もとても役立っています。『どうやってホテルを見つけていますか?』という質問もよく受けますが、私は、素敵だなと思ったホテルに巡り合ったら、設計者やデザイナー、運営会社をチェックして、同じ系列のホテルに行ってみたりすることもあります」

表紙カバーの裏には、遠藤さんからのサプライズが。本の中で紹介したホテルの平面図が同じスケールで、入り口の向きをそろえて面積順にズラリ(写真撮影/池田礼)

表紙カバーの裏には、遠藤さんからのサプライズが。本の中で紹介したホテルの平面図が同じスケールで、入り口の向きをそろえて面積順にズラリ(写真撮影/池田礼)

本に紹介されている部屋と同じ部屋に泊まって、遠藤さんが感じたことを追体験したり、スケッチとの違いを感じたりしても楽しそう! 逆に実測スケッチされていない部屋に泊まるのもアリ。こういうパターンのデザインもあるんだ!など気づきがありそうです。

遠藤さんが実測スケッチを描くモチベーションは、「行ってめちゃくちゃ良かった!」という自分の感想を伝えたいというシンプルな思いです。

「こういう風に描いたら良さが伝わるんじゃないかと思いつくと、ワクワクするんですよ。スケッチを見た人から『行ってみたくなった!』というコメントが届くとすごく嬉しいですね」

建築をよく見て思いを込めて描くからこそ、遠藤さんは、設計者やデザイナーが建物に込めた物語を見つけることができるのでしょう。

『東京ホテル図鑑』のスケッチからは、街とホテル、雰囲気や居心地のデザインなど当たり前に過ごしていた空間がどのようにつくられているのかを学ぶことができます。「いつか海外のホテルを実測スケッチして本を出したい」と語った遠藤さん。以前、「all day place shibuya」の担当者が、レセプションで『東京ホテル図鑑』を展示したところ、海外のお客さんに大反響だったそう。夢が叶う日はそう遠くないかもしれません。

●取材協力
・遠藤慧(X:Twitter)
・all day place shibuya

”養育費未払い”に苦しむひとり親家庭の入居困難。”養育費保証”の家賃保証会社がサポート Casa

ひとり親、とりわけシングルマザーの住まい探しにおいて、収入面の不安から賃貸の審査に通らず、希望する物件に入居できないことがあります。とくに何らかの理由で就労できていない、または働いていても低所得の場合などにおいては、離婚した元夫からの養育費が貴重な収入源となります。この養育費を受け取れていないことがひとり親家庭が入居に困難を抱える原因の一つであることを知った家賃債務保証会社の株式会社Casa(以下、Casa)は、養育費保証サービスを始めました。

ひとり親の現状と養育費の受け取り状況、同社の取り組みなどについてCasa養育費相談室の赤池藍夏さん、長澤芳美さん、江藤慎介さんにお話を聞きました。

ひとり親、特にシングルマザーが住まい探しで抱える問題は?

ひとり親、特にシングルマザーになった場合、収入面で不安が生じます。厚生労働省の「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」「2021年国民生活基礎調査」によれば、一般的な子育て世帯の平均世帯年収が814万円に対し、父子家庭は606万円、母子家庭においては373万円となっています。シングルマザーになるまで専業主婦で十分な仕事の経験を積めなかった場合、より収入が少ない、仕事に就けないといった問題は起こりやすく、元パートナーと共働きだった場合でも一人分の稼ぎが減れば生活に余裕はなくなります。そして、収入面の不安は住まい探しにも影響します。

子どもを抱えるシングルマザーの収入面の不安は、住まい探しにも影響する(写真/PIXTA)

子どもを抱えるシングルマザーの収入面の不安は、住まい探しにも影響する(写真/PIXTA)

離婚する前に持ち家がある場合は元夫の名義であることが多く、財産分与で家が夫のものとなり、妻が子どもを育てていくとなった場合には、新たに住まいを確保する必要が生じます。つまり離婚と住まい探しはセットになっているといえます。

また、子どもの生活への影響が少なく済むよう「同じ学区内で探したい」、子どもの将来を考えて特定の学校に通わせたいと希望する人も多いのですが、その場合は特にハードルが上がります。
Casaで住み替えのサポートを行なっている江藤さんはリアルな状況を教えてくれました。

「親子が暮らせる広さで、これまでよりも家賃を抑え、さらにエリアを絞るとなると物件がかなり限られてきます。家賃は一般的に収入の3割くらいまでが適正だと言われていますが、地価が高い地域の物件は家賃も高く、条件に当てはまる物件を探すと収入の4割~5割の家賃を無理して払うしかない、ということも少なくありません。

大家さんや管理会社に『家賃を払い続けられるのだろうか』という不安が生じると、入居審査に通らない、ということが起こります」(江藤さん)

ここで、ひとり親の就労収入だけではなく、毎月安定した「養育費」が確保できていれば、その分を収入に組み入れることができ、借りられる物件の幅も広がり、審査にも通りやすくなると言います。

取り決めをしても、養育費が受け取れていないことが多い

子どものいる夫婦が離婚した場合、親権者ではなくなった親も子どもの親であることに変わりないため、養育費の支払義務が生じます。親権を持たない(子どもと離れて暮らす)ほうの親が、ひとり親家庭に養育費を支払うことになります。

ところが、ここに大きな問題があります。

「厚生労働省の『2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告』によれば、離婚に至る際に養育費の取り決めをした母子世帯は46.7%。さらに現在も養育費を受け取れている母子世帯はわずか28.1%ということですから、問題は深刻です」(赤池さん)

このような問題に対し、兵庫県明石市では、3カ月間月額5万円までを市が立て替えたり、養育費を受け取るべき人が裁判所でする差押え等の手続の費用を補助したりする事業を始めました。このような養育費を受け取る事業を始める自治体は増えてきていますが、まだまだ多くはありません。

養育費を確保して、希望の物件へ入居する準備を整えたいものです。

養育費の取り決め・受取状況。養育費を受け取れていないケースが多い(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」をもとに編集部作成)

養育費の取り決め・受取状況。養育費を受け取れていないケースが多い(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」をもとに編集部作成)

ほかには離婚前提で別居して一人で子育てをしている場合に、児童手当が配偶者に支給され、子どもと自身の生活に役立てられないというケースもあるそうです。

家賃保証会社が養育費保証サービスをスタートしたワケ

「家賃保証サービスを提供していくなかで、以前は普通に家賃の支払いができていたのに、急に家賃を滞納するようになる家庭があることに気づきました。理由を聞いてみると、ひとり親で『養育費が支払われなくなったため』という答えが多数挙がったのです」(江藤さん)

このような声を聞き、何とかして社会の役に立てないか、とCasaが2020年9月にスタートさせたのが養育費保証サービスです。Casaが元パートナーの代わりに毎月養育費を立て替えて支払うことで、ひとり親家庭が家賃を滞納せずに済みます。養育費の支払い義務を負う相手側への支払いの催促はCasaが行うため、ひとり親家庭の経済的な不安だけでなく、精神的な負担も軽減されると言います。

養育費保証の仕組み。養育費受取者はCasa(保証会社)と保証契約を結ぶことで、Casaが立て替えた養育費を毎月受け取ることができる(画像提供/Casa)

養育費保証の仕組み。養育費受取者はCasa(保証会社)と保証契約を結ぶことで、Casaが立て替えた養育費を毎月受け取ることができる(画像提供/Casa)

養育費保証サービスを利用するには「養育費に関する取り決めがあること」「サービスに申し込んだ時点で未払いがないこと」という条件がありますが、条件に合致しない場合でもCasaが相談に乗り、民間の調停機関などの窓口紹介を行っています。

「離婚してひとり親になることを考えたときには、養育費の取り決めをしておくのと一緒に、将来受け取れなくなることも想定して養育費保証サービスへの加入をおすすめしています」(赤池さん)

家賃保証会社が「居住支援法人」に。他団体や自治体とも協業

Casaは東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の居住支援法人として指定されています。居住支援法人とは、2017年に改正された住宅セーフティネット法に基づき、住宅の確保に配慮が必要な人が賃貸住宅にスムーズに入居できるよう、居住支援を行う法人として都道府県が指定するものです。2023年9月時点では全国で700以上の法人が指定されていますが、NPOや福祉関係団体、不動産会社などが多く、家賃保証会社で登録しているところは珍しいそう。

「居住支援法人になることで、入居を希望する方に必要な支援を提供できるようになったことはもちろん、提携先の不動産会社とも一層連携しやすくなりました。最近は、ひとり親を支援している不動産会社と協業してセミナーを開き、情報発信にも努めています」(江藤さん)

現在は、大阪市、知立市、飯塚市の3自治体と連携協定を結び、養育費保証サービスを受ける人に保証料の一部を助成する仕組みを提供したり、シングルマザーの就労支援を行っている一般社団法人日本シングルマザー支援協会と連携し、シングルマザーの部屋探しだけではなく、その後に自立した生活ができるようサポートもしています。

「当社では、『ママスマ』というネットメディアを自社で運営しています。これは、主にシングルマザーの自立を促すことを目的に、子育てやお金について情報発信するメディアです。

このような活動を通じて、現在約4,000人のシングルマザーから反響があるほか、離婚アプリを開発している会社や、ひとり親を支援している団体などとの協業も行っており、つながりが広がってきました」(赤池さん)

Casaが運営するネットメディア「ママスマ」(画像提供/Casa)

Casaが運営するネットメディア「ママスマ」(画像提供/Casa)

「不安」が「安心」に変わり、自身のキャリアの支えにもなる

Casaで養育費の相談窓口を担当する長澤さんによると、離婚前から離婚後まで、さまざまな状況の人がおり、皆が不安を抱えているそうです。

「離婚の手続きはやったことがない、公正証書など言葉が難しい、仕事は、家は、子どもの預け先は……とやることが多過ぎてパニックになる人もいるので、まず話を聞いて、何から手を付けるべきかを整理し、不安をできるだけ取り除くようにしています」(長澤さん)

Casaがシングルマザーを対象に実施したアンケートで養育費保証に興味を持ったきっかけを聞くと、『不安だったから』という回答が80%にも上りました。

「そのような不安を抱えて相談された方が、サービスを受けた後には皆さん『安心』と言ってくれます。印象に残っているのは『離婚するときに、いろいろな人に助けてもらったから、私も誰かの助けになる仕事をしたい』と連絡をくれたシングルマザーの声です。その方は、離婚を機に資格を取得して専門職に就いたのだとか。養育費保証が心の安定につながり、キャリアに対する支えにもなったのだと思います」(長澤さん)

電話でシングルマザーの相談を受ける長澤さん。Casaの養育費相談室には離婚前の不安や離婚後に養育費が受け取れなくなったなど、さまざまな声が寄せられる(画像提供/Casa)

電話でシングルマザーの相談を受ける長澤さん。Casaの養育費相談室には離婚前の不安や離婚後に養育費が受け取れなくなったなど、さまざまな声が寄せられる(画像提供/Casa)

赤池さんによれば、養育費保証サービスの課題は「周知」だと言います。

「養育費の取り決めが交わされていなかったり、未払いが発生してしまってから養育費保証サービスの存在に気づいたりする人も多いのですが、そうなると私どもでできることは限られてしまいます。『あの時に知っていれば』がないように周知することが重要です」(赤池さん)

ひとり親世帯の住まい探し、養育費保証、そして就労支援団体への取次対応と、ワンストップで3本柱に対応するCasa。赤池さんは、「多くのシングルマザーが抱いている『養育費をもらえなくなったらどうしよう』という不安を解消するだけで、いきいきと暮らせて、生活が安定し、自分自身の収入アップのために時間を割くこともできる」「お母さんが笑顔になれば、子どもも自然と笑顔になるはず」と語ります。

ひとり親は就労・育児・住まいの全てが揃わなければ、生活を続けていくことができません。Casaの養育費保証のようなさまざまなサービスをうまく活用しながら、ひとり親と子どもたちがよりよい暮らしを実現できる社会になっていくことを願ってやみません。

●取材協力
・株式会社Casa
・ママスマ

賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

「青豆ハウス」は”育つ賃貸住宅”というコンセプトを掲げ、2014年に誕生した。住む人と青豆ハウスを訪れる人が一緒に育む新感覚の共同住宅として注目され、その年のグッドデザイン賞を受賞。多数のメディアに紹介されてきた。設立9年目を迎えた青豆ハウスを訪ね、運営する株式会社まめくらしの青木純さんに、地域と溶け合うコミュニティ創出やその背景にある思いを取材。大家さんしかできない役割や賃貸住宅の可能性をたっぷり語ってもらった。

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

“住む人集う人で育てる賃貸住宅”「青豆ハウス」

青豆ハウスは、東京都練馬区平和台にある。副都心線平和台駅から5分歩くと住宅街の中に突如大きな農園が現れて驚く。練馬区が管理する田柄一丁目区民農園だ。青豆ハウスは、その農園に隣接して建っている。3階建てのメゾネットが2階にあるデッキを介して繋がる様子は、まさに豆の木が絡まるよう。畑を一望できる青豆ハウスは、農園を見守っているようにも見える。

9年前の建築当時に苗木で植えた木々が育ち建物を包む(写真撮影/桑田瑞穂)

9年前の建築当時に苗木で植えた木々が育ち建物を包む(写真撮影/桑田瑞穂)

「畑を見下ろす風景を住民に見せたかったんですよ」と青木さんは、白菜や大根の葉っぱで青々とした畑を指さす。門を入り、2階デッキへと上る階段から眺める235区画もの区民農園は壮観。東京とは思えないほど空が広く感じる。

「これだけの自然環境の中で暮らすことに価値を感じてもらえる住宅にしたかったんです。デッキに面しているのは各住戸のリビングダイニング。食卓には、朝昼晩だいたい同じ時間に灯りがともるでしょう? 人の営みを感じながら同じ時間を共有することを大事にしていますね」(青木さん以下同)

「いつも誰かが土を耕しているのが見えますよ」と青木さん。夕立ちのあとには虹がかかるという(写真撮影/桑田瑞穂)

「いつも誰かが土を耕しているのが見えますよ」と青木さん。夕立ちのあとには虹がかかるという(写真撮影/桑田瑞穂)

門を入ったところにある階段をのぼって2階デッキへ。デッキの下には各住戸用の収納庫がある(写真撮影/桑田瑞穂)

門を入ったところにある階段をのぼって2階デッキへ。デッキの下には各住戸用の収納庫がある(写真撮影/桑田瑞穂)

青木さんは、住み手と大家が一緒につくる「カスタマイズ賃貸」をはじめるなど日本の賃貸文化の変革者として知られ、公民問わず講演の依頼が絶えない。ジェイアール東日本都市開発と組んだ高円寺アパートメントや南池袋公園など公共空間活用も公民連携で実践してきた。それらの活動の原点が青豆ハウスだ。

「2011年ごろは、東京のシェアハウスブームがはじまって10年くらい経ったタイミングでした。当時シェアハウスは、単身世帯用の独身寮をコンバージョン(※)していた背景がありましたので、そこで出会って結婚すると卒業しなきゃいけない、ということが少なくありませんでした。シェアハウス卒業組が、シェアハウス時代と同じ感覚で誰かと繋がりながら住めるところが賃貸にない。これはおかしいなという思いが、青豆ハウスの構想につながりました」
※コンバージョン/用途変更

自然環境や天然素材を活かし「暮らしの価値」を創造する

青木さんが青豆ハウスで試みたのは、建物などハードだけでなく、暮らしの価値にお金を払ってもらうこと。いわゆるポータルサイトでの不動産広告はせずに、賃貸住宅では珍しい、物件専用ウェブサイトをつくり、パーススケッチやコンセプトを掲載。ブランディングデザイナーの土屋勇太さんや素描家のshunshun(しゅんしゅん)さんと会話を重ねながら、コンセプトに沿ったロゴや未来の暮らしがイメージできるイラストを作成した。出来上がったロゴは、「青」という文字をモチーフにしたものだった。

「コンセプトは、『住む人集まる人が育む賃貸住宅』。青という漢字にはもともと育つと言う意味合いがあるそうです。8枚の葉っぱの形が違うのは、それぞれの個性を尊重するって意味を込めて。それぞれの暮らしが実って、共用デッキに人が集うことによって、大きな木になる。建築過程は、『そらと豆』という成長日記のブログに公開しました」

イチョウやモミジなど葉っぱの種類がそれぞれ違う(写真撮影/桑田瑞穂)

イチョウやモミジなど葉っぱの種類がそれぞれ違う(写真撮影/桑田瑞穂)

shunshunさんが1本のペンで描いた青豆ハウスの未来予想図。「運営側の色に染めたくない」と色はつけなかった(画像提供/青豆ハウス)

shunshunさんが1本のペンで描いた青豆ハウスの未来予想図。「運営側の色に染めたくない」と色はつけなかった(画像提供/青豆ハウス)

建築途中に青豆ハウスの世界観を伝えるための一歩目として行われた上棟式。左にいるのが青木さん(画像提供/青豆ハウス)

建築途中に青豆ハウスの世界観を伝えるための一歩目として行われた上棟式。左にいるのが青木さん(画像提供/青豆ハウス)

建物の設計は、ブルースタジオに依頼。「目の前でむくむく緑が育つ農園と、のびのびと広がる空にインスピレーションを得て」企画された。内装も外装も天然素材にこだわった。外壁や床などには天然木を、中庭などの外構には古くから使われてきた大谷石(おおやいし)がふんだんに用いられている。いずれも年月を経ると変色などが発生する。一般的には「経年劣化」と言われてしまうが、青木さんは「経年変化」と呼んで慈しむ。

ピザ窯のある中庭に敷き詰めた大谷石。年月を経て白から青緑色に変化する(写真撮影/桑田瑞穂)

ピザ窯のある中庭に敷き詰めた大谷石。年月を経て白から青緑色に変化する(写真撮影/桑田瑞穂)

「豆の木にならうからには」と、構造も木にこだわり、木造三階建てに。外壁の天然木も時を経るごとに渋い味わいを増す(写真撮影/桑田瑞穂)

「豆の木にならうからには」と、構造も木にこだわり、木造三階建てに。外壁の天然木も時を経るごとに渋い味わいを増す(写真撮影/桑田瑞穂)

「日本だと築年数が経つほど価値が毀損されて原状回復しきゃいけないって考え方があるけど、欧米の賃貸市場では、築年数が古ければ古いほど、関係性ができればできるほど建物の価値が上がっていく。日本もスクラップアンドビルドじゃなくて、いいものを大切に使って無駄をなくしていく方がいいと思います。建った瞬間はゼロ歳で一歳、二歳、三歳となるうちに暮らしも豊かになるし、建物の雰囲気、味わいも出ていくのだから」

コミュニティづくりは、無理しない、無理強いしない初期から続く年始の恒例行事「新年会」(画像提供/青豆ハウス)

初期から続く年始の恒例行事「新年会」(画像提供/青豆ハウス)

青豆ハウスの世界観を理解してくれる人に入居してほしいと、建築中から募集を開始し、1組1組丁寧にコミュニケーション取りながら面接を重ねること3カ月。青豆ハウスの家賃は、当時の練馬区の賃料相場の1.5倍ほどだったが、オープンする時には満室に。青豆ハウスには、青木さん夫妻も入居している。コミュニティづくりでいちばん大切なことをたずねると、「正直であること」と青木さん。

「僕も正直です。なんでも正直にしゃべる。言いにくいことも『言いにくいんだけど』ってちゃんと話します。虚勢を張ったり無理しているとどこかで破綻してしまいますから。あとは、自分ファーストじゃなくて、相手の感情、相手の状況を思いやることが大事かな。青豆ハウスに管理規約はないけど、『無理せず気負わず楽しむ』という家訓があります。住民同士の食事会などのイベントの参加は、無理しない、無理強いしない。自分の意志で集うことを大事にしています」

毎年夏、地域に開放して催される夏祭り。住民同士の家族のような関係を子どもたちは「仲間」と表現する(画像提供/青豆ハウス)

毎年夏、地域に開放して催される夏祭り。住民同士の家族のような関係を子どもたちは「仲間」と表現する(画像提供/青豆ハウス)

住居の玄関に掲げられた葉っぱの看板には、“hana(花豆)”や“hiyoko(ひよこ豆)”など豆の名前がつけられている(写真撮影/桑田瑞穂)

住居の玄関に掲げられた葉っぱの看板には、“hana(花豆)”や“hiyoko(ひよこ豆)”など豆の名前がつけられている(写真撮影/桑田瑞穂)

中庭のピザ窯を使ったガーデンパーティや地域の人も参加できる夏祭り、区民農園での野菜づくりなどコミュニケーションをとる機会が多く、居住者は皆家族ぐるみのつきあいだ。

苦しいことも分かち合ったコロナ禍を経て再び街に開く

9年の間には、設立時からいた住民の卒業も経験した。青木さんに、筆者がどうしても聞かなければと考えていたことがあった。青木さんのブログのトップに固定されている2020年8月に書かれた記事のことだ。「実家、のようなもの。」というタイトルがつけられた記事の文章は、青木さんの決意表明のようにみえた。記事に登場する「けんけんさん、くにーさん」のことを問いかけると、青木さんは、ふたりが暮らし、今は居住者がいないlens(レンズ)という住居へ案内してくれた。

lensは、レンズ豆からとった名前(写真撮影/桑田瑞穂)

lensは、レンズ豆からとった名前(写真撮影/桑田瑞穂)

けんけんさん、くにーさん家族が過ごした部屋。今は共有スペースとして使っている(写真撮影/桑田瑞穂)

けんけんさん、くにーさん家族が過ごした部屋。今は共有スペースとして使っている(写真撮影/桑田瑞穂)

「ふたりともクリエイターで、部屋の名前に惹かれて、青豆ハウスありきで練馬に引越してくれました。青豆ハウスに来てから、はなちゃん、うたちゃんという双子の女の子も生まれました。彼ら“レンズファミリー”は住民にとても愛されていたんです。はなちゃん・うたちゃんは未熟児で大変でしたが無事に成長してよかったと思っていたところ、お母さんのくにーが重い肺の病気を患ってしまったんです。僕はけんけんからこの話を聞いたとき、皆には僕から話すって言いました。皆が大好きな家族がこういう状況にあると。全員、できる限りの支援をしたいという気持ちでした」

lens入居当初のけんけんさん(左)と、くにーさん(画像提供/青豆ハウス)

lens入居当初のけんけんさん(左)と、くにーさん(画像提供/青豆ハウス)

はなちゃんうたちゃんの話になると自然と笑みがこぼれる(写真撮影/桑田瑞穂)

はなちゃんうたちゃんの話になると自然と笑みがこぼれる(写真撮影/桑田瑞穂)

生まれも育ちも青豆ハウスなふたり(画像提供/青豆ハウス)

生まれも育ちも青豆ハウスなふたり(画像提供/青豆ハウス)

住民の皆で、子どもたちのお守りや食材の買い出しを手伝い、面白い動画や写真を撮影して励ましのメッセージをくにーさんに届けた。

「そうしたら、肺移植が必要なほど悪かった病気がお医者さんもびっくりするくらい回復して退院できたんです。皆で大喜びしました。ところが、今度はコロナがやってきたんですよ。肺の疾患だったのでコロナに感染したら致命的。レンズファミリーは、緊急事態宣言中に群馬の実家に戻ったまま帰京することなく、ぼくはオンラインで退去したいと連絡を受けました。『悩みに悩んだし、ずっとここに暮らしたいと思ってたけど、一緒に暮らすことで、誰かからコロナをもらってしまうかもしれない。自分も相手も傷つけちゃうから。それだけは嫌だ』って。パソコン越しに泣く泣く。僕もとっても辛かった」

別れのとき、はなちゃん・うたちゃんが「絶対嫌だ、ここで皆と暮らす!」と泣き叫ぶのを聞いて、青木さんはひとつの決断をする。

「ぼくは、大家として一連のやり取り見ていて、他の人にlensを貸したくなくなったんですよ。じゃあ、ここは、はなうたの実家だ、残すよってふたりに約束したんです」

レンズファミリーの旅立ちの日にも、祝福するような虹が出ていた(画像提供/青豆ハウス)

レンズファミリーの旅立ちの日にも、祝福するような虹が出ていた(画像提供/青豆ハウス)

こうして、lensは、欠番の部屋になった。レンズファミリーが帰った時に使うだけでなく、コロナ禍で住民たちのもうひとつの部屋として活用されることに。テレワークをする人たちがスケジュールを共有し合うことで、こどもの面倒を交代でみたり、英語の先生に出張してもらって英会話教室をしたり。それぞれの部屋に人を受け入れるのは抵抗がある中、lensのおかげでコミュニケーションをとることができた。

現在、lensの1階部分はまちのキオスク「まめスク」として活用されている。コロナ禍で疎遠になってしまった地域の人とキヨスクのように気軽に関わりを持てるスペースとして活用され、植栽さんや洋裁屋さんなどが出店する日は近所の人でにぎわっている。

悲しい別れもあれば、出会いもある。イラストレーターの熊谷奈保子さんは、初期住民以外の引越し組第一号だ。まめスクで個展中だというので青豆ハウスの暮らしをたずねてみた。

lensを店舗併用住宅に変更し、1階をまめスクに(写真撮影/桑田瑞穂)

lensを店舗併用住宅に変更し、1階をまめスクに(写真撮影/桑田瑞穂)

小さな個展「甘い毎日」では、童話とお菓子をモチーフにしたイラストを展示(会期終了)(写真撮影/桑田瑞穂)

小さな個展「甘い毎日」では、童話とお菓子をモチーフにしたイラストを展示(会期終了)(写真撮影/桑田瑞穂)

近所で賃貸暮らしをしていた熊谷さんは、建築中から青豆ハウスが気になっていたという。決め手になったのは?

「建物に良い素材を用いていること。単純に高級ということではなく、以前から惹かれるものだった、ということが大きいです。大家さんが心地よく感じるものと自分のそれがフィットした感じでしょうか。『住む人に心地よく過ごして欲しい』という大家さんの思いを感じました」(熊谷さん)

すでにあるコミュニティに入る不安もあったが、内覧会で住民の人と話が盛り上がり、心配は吹き飛んだという。「今回の個展の設営や告知も手伝ってもらったんですよ」と嬉しそう。

ご自宅を訪ねるとどこを切り取ってもおしゃれな空間! 緑の壁やキッチンのタイルは先住者が選んだものだが、もともと大好きな色なので、お気に入り。在宅で仕事をしているので、「窓越しに隣の人の気配を感じると、ほっこりした気持ちになる」と話してくれた。

農園を借景にした明るいリビングダイニング(写真撮影/桑田瑞穂)

農園を借景にした明るいリビングダイニング(写真撮影/桑田瑞穂)

熊谷さんがひと目ぼれした紺色のタイルが貼られたキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

熊谷さんがひと目ぼれした紺色のタイルが貼られたキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

壁から天井まで余すところなく素敵なインテリアで飾る(写真撮影/桑田瑞穂)

壁から天井まで余すところなく素敵なインテリアで飾る(写真撮影/桑田瑞穂)

毎年販売される熊谷さんのイラストを使ったカレンダー。来年のカレンダーはすでに完売(写真撮影/桑田瑞穂)

毎年販売される熊谷さんのイラストを使ったカレンダー。来年のカレンダーはすでに完売(写真撮影/桑田瑞穂)

居住者にはクリエイティブな仕事をしている人が多いので、助け合ったり、一緒に仕事をすることも多い。「売り切れないようにカレンダーの印刷部数を増やさなきゃ」と熊谷さんにアドバイスする青木さん(写真撮影/桑田瑞穂)

居住者にはクリエイティブな仕事をしている人が多いので、助け合ったり、一緒に仕事をすることも多い。「売り切れないようにカレンダーの印刷部数を増やさなきゃ」と熊谷さんにアドバイスする青木さん(写真撮影/桑田瑞穂)

住む人の暮らしをつくる大家さんの仕事は面白い!

青木さんは、住民として大家として、居住者に向き合い続ける中で、疲れたり、いやになってしまうことはないのだろうか。

「初めのうちは力みがありましたね。大家さんとして、こうしてほしい、こうなったらいいなって押し付けてしまったり。最初は、緊張感を持っていたけど、段々と気を緩ませ始めて。壁を自分が取っ払ってありのままでいることを意識し始めたらすごくうまく回ったんですね。ぼくのダメな部分は、皆が知ってます。例えば酔っ払って寝ちゃうとか、承認欲求が強そうとか、意外と根暗とか(笑)。ぼくも、それぞれのいい部分、悪い部分、ぜんぶ知っています。家族みたいなものです。共同で暮らすのは、楽しいことばかりじゃない。でも、辛いこと、苦しいことも分かち合えることが、コロナの時によくわかりました」

青木家にはひとり息子がいる。思春期で親とは話さなくても住民の人に話を聞いてもらっていたそうだ(画像提供/青豆ハウス)

青木家にはひとり息子がいる。思春期で親とは話さなくても住民の人に話を聞いてもらっていたそうだ(画像提供/青豆ハウス)

青木さんは、「大家さんの仕事は、皆が考えているより、ずっと楽しい!」と力説する。青木さんが不動産業界に関わることになった時、感銘を受けたのが、リクルート住宅総研(当時)のレポート「愛ある賃貸住宅を求めて」だった。

「『日本の大家さんへ』という島原万丈さんからのメッセージを今でもおぼえています。『あなたが建てたアパートやマンションの部屋で毎日眠り目覚め、食事を摂り勉強したり、仕事にでかけたり、時に友と語らい、時に恋をして、社会人として成長していく若者のことを、自分の物件にふさわしいとあなたが選んだ若者の人格を慈しみ、その暮らしを思いやることはできる。いやそれはあなたにしかできない仕事だ。』って書いてあったんですね。家だったり、共同住宅は、街の前にある一番最初の単位。そこでいい関係性をつくって、ちょっとはみ出して、街に幸せを広げていきたい。地方都市で移住者と先住者が対立する問題があるけど、大家さんが地域とその人をちゃんと繋いであげて関係性つくってあげたらうまくいくと思うんです」

話を聞いていると、大家さんはなんて面白い仕事だろう。自分も大家になってみたい!と思えてくる。自ら校長を務める「大家の学校」や池袋東口グリーン大通りで開催するイベント「池袋リビングループ」など、青豆ハウスの経験やノウハウを未来に繋ぐ活動も取り組んでいる。

青豆ハウスの住民たちで区民農園を残す活動もしてきた(写真撮影/桑田瑞穂)

青豆ハウスの住民たちで区民農園を残す活動もしてきた(写真撮影/桑田瑞穂)

自宅では窓辺で過ごすことが多い青木さん、どんぐりの木が窓いっぱいに見えてツリーハウスにいる気分(写真撮影/桑田瑞穂)

自宅では窓辺で過ごすことが多い青木さん、どんぐりの木が窓いっぱいに見えてツリーハウスにいる気分(写真撮影/桑田瑞穂)

思い出の詰まった絵や写真が壁一面に(写真撮影/桑田瑞穂)

思い出の詰まった絵や写真が壁一面に(写真撮影/桑田瑞穂)

プリンの絵の後ろにインターホンが隠れている。遊び心がニクイ(写真撮影/桑田瑞穂)

プリンの絵の後ろにインターホンが隠れている。遊び心がニクイ(写真撮影/桑田瑞穂)

最後に、青木さんの夢を聞いた。

「青豆ハウスが、百年後も続いていることですね。きっと建物も僕も残っていないだろうけど、地域の人に『青豆ハウスがここにあったよね』って言われたい。子どもたちが成長して、自分に子どもが出来た時にここに来てくれたら嬉しいなあ」

真ん中にいるのは青木さんの長男。今年、高校の寮に入るため青豆ハウスを巣立つ際に住民がイラストを描いてくれた(画像提供/青豆ハウス)

真ん中にいるのは青木さんの長男。今年、高校の寮に入るため青豆ハウスを巣立つ際に住民がイラストを描いてくれた(画像提供/青豆ハウス)

ポイ捨てがなくなればいいねと花壇に置くようになった黒板。日々交代で住民が描くかわいいイラストが評判でファンレターが置かれていたことも(写真撮影/桑田瑞穂)

ポイ捨てがなくなればいいねと花壇に置くようになった黒板。日々交代で住民が描くかわいいイラストが評判でファンレターが置かれていたことも(写真撮影/桑田瑞穂)

取材が終わった時、朝、入口で見つけた小さな看板のことを思い出していた。迎えてくれたのは、住民の方が描いたというスーモ君の絵。取材は、皆で相談して引き受けることを決めたという。さりげない歓迎の印が嬉しくて、少しの時間、青豆ハウスの仲間に含まれた気持ちがした。いつか青豆ハウスがなくなっても、だれかの心にきっと残り続ける。そんな思いを胸に青豆ハウスを後にした。

●取材協力
・青豆ハウス
・大家の学校
・池袋リビングループ

【JR中央線】中古マンション価格相場が安い駅ランキング2023年版(東京-高尾32駅)。吉祥寺が新宿よりも高額に

東京の主要路線の一つ、JR中央線。中央線自体は「中央本線」と呼称を変えながら東京駅を出てから神奈川県、山梨県、さらに長野県へとつながる長い路線だ。そのうち東京都内に位置する駅は、東京駅から高尾駅までの全32駅。そんなJR中央線・東京都内32駅の中古マンションの価格相場を調査した。専有面積50平米以上~80平米未満のカップル・ファミリー向け物件の、価格相場を安い駅順にランキングした結果がこちら!

JR中央線沿線(東京都内)の中古マンション価格相場が安い駅ランキング

順位/駅名/価格相場/駅所在地
1位 西八王子 2824.5万円(東京都八王子市)
2位 日野 2980万円(東京都日野市)
3位 豊田 3930万円(東京都日野市)
4位 八王子 3950万円(東京都八王子市)
5位 国立 4480万円(東京都国立市)
6位 西国分寺 4730万円(東京都国分寺市)
7位 国分寺 4980万円(東京都国分寺市)
7位 立川 4980万円(東京都立川市)
9位 武蔵小金井 5499万円(東京都小金井市)
10位 東小金井 5540万円(東京都小金井市)
11位 高円寺 5985万円(東京都杉並区)
12位 西荻窪 6515万円(東京都杉並区)
13位 武蔵境 6630万円(東京都武蔵野市)
14位 阿佐ケ谷 6980万円(東京都杉並区)
15位 三鷹 7195万円(東京都三鷹市)
16位 大久保 7280万円(東京都新宿区)
17位 中野 7680万円(東京都中野区)
18位 東中野 7698万円(東京都中野区)
19位 荻窪 7780万円(東京都杉並区)
20位 新宿 8500万円(東京都新宿区)
21位 吉祥寺 8635万円(東京都武蔵野市)
22位 御茶ノ水 8990万円(東京都千代田区)
23位 水道橋 1億180万円(東京都千代田区)
24位 飯田橋 1億890万円(東京都千代田区)
25位 信濃町 1億980万円(東京都新宿区)
26位 四ツ谷 1億990万円(東京都新宿区)
27位 代々木 1億1360万円(東京都渋谷区)
28位 市ケ谷 1億1500万円(東京都千代田区)
29位 千駄ケ谷 1億2700万円(東京都渋谷区)
※東京駅、神田駅、高尾駅は調査条件に満たないため除外

トップ3には八王子市~日野市より3駅がランクイン

東京駅や新宿駅など、東京を代表する駅が沿線に並ぶJR中央線。毎年調査する「SUUMO住みたい街ランキング 首都圏版」でも、2018年より6年連続で「住みたい沿線ランキング」の4位に輝く人気の路線でもある。それだけに沿線の物件価格も高そう……。東京駅から離れると価格も下がりそうだが、果たしてリーズナブルに住まい探しができる駅はどこなのかを調査してみた。

西八王子駅北口(写真/PIXTA)

西八王子駅北口(写真/PIXTA)

最も中古マンション(専有面積50平米以上~80平米未満)の価格相場が安かったのは、八王子市に位置する西八王子駅で価格相場は2824万5000円。JR横浜線やJR八高線も乗り入れる八王子市の中心地、4位・八王子駅(価格相場3950万円)に比べると、西八王子駅周辺は落ち着いた住宅街の趣がある。とはいえ線路を挟んで北側にも南側にもスーパーやドラッグストア、気軽に利用できるチェーン系の飲食店が複数あり、暮らしやすそうな街並みだ。

西八王子駅から歩いて20分弱の場所に八王子市役所があるのも何かと便利だろう。1駅隣の八王子駅に出れば大型のショッピングモールも利用できるほか、駅から北に車で15分ほどの場所に「イオンモール八王子インターチェンジ北(仮)」が2025年春に開業予定という嬉しい情報も。また、通勤時間帯の7時台~8時台はJR中央線快速が10分未満の間隔で運行されており、新宿駅まで約56分、東京駅まで約1時間11分で行くことができる。新宿駅の価格相場(20位・8500万円)と見比べると、この程度の所要時間であれば都心部に通勤する人にとっても西八王子駅は住まいの候補地としてアリではないだろうか。

市民の森スポーツ公園(写真/PIXTA)

市民の森スポーツ公園(写真/PIXTA)

2位には日野市の中心部にある、日野駅が価格相場2980万円でランクイン。駅周辺には市役所や市立図書館、広々とした「市民の森スポーツ公園」、トレーニングルームを備えた「市民の森ふれあいホール」といった市の施設が点在。新選組の副長・土方歳三の出身地としても知られ、駅から徒歩15分圏内には「新選組のふるさと歴史館」や、新選組の隊員たちが稽古に励んだ剣術道場があった甲州街道・日野宿本陣の建物も。そうした歴史を伝える施設を抱える街ではあるが、駅前には複数のスーパーやドラッグストアもあり住宅地らしい雰囲気。駅から北に10分ほど歩くと多摩川の河川敷に出るので、息抜きにのんびりと散歩をするのも気持ちよいだろう。

豊田駅北口(写真/PIXTA)

豊田駅北口(写真/PIXTA)

3位にランクインしたのは、1位・西八王子駅と2位・日野駅の間に位置する豊田(とよだ)駅。こちらも日野市に位置しているが、価格相場は日野駅よりもグッと上がって3930万円。豊田駅南口側では街の再整備が進行中で新築マンションも誕生しており、そうしたことも価格相場に影響しているかもしれない。駅の北口側には、食料品店はもちろんグルメやファッション、生活雑貨、家電など多彩なショップがひしめく「イオンモール多摩平の森」があり、たいていの買い物はここで済ませられるだろう。大規模な新築マンションも登場している。また、東京方面行きのJR中央線快速は豊田駅始発の便もあり、座って通勤・通学できる点も魅力。新宿駅まで50分弱、東京駅までは1時間少々で行くことが可能だ。

実は新宿駅より武蔵野市のアノ駅のほうが価格相場が高いと判明

JR中央線で最も東京駅から離れている高尾駅は今回ランク外となったが、高尾駅から東京方面に進むと西八王子駅(1位)~八王子駅(4位)~豊田駅(3位)~日野駅(2位)という順で駅が続いている。つまりトップ4には高尾駅に近い4駅がランクインしており、「東京駅から遠いほど価格相場が安そう」というイメージ通りの結果だろう。5位以下もおおむね価格相場は高尾駅に近い駅ほど安く、東京駅に近づくほど高くなっている。そんな傾向があるなかで異色の存在と言えるのが、21位の吉祥寺駅だ。

吉祥寺駅(写真/PIXTA)

吉祥寺駅(写真/PIXTA)

武蔵野市に位置する21位・吉祥寺駅は高尾駅から13駅目、東京駅からだと18駅目。にもかかわらず価格相場は8635万円で、東京駅から10駅目の20位・新宿駅(価格相場8500万円)よりも高い結果となったのだ。吉祥寺駅は「SUUMO住みたい街ランキング2023 首都圏版」では前年調査に引き続いて2位に選ばれており、JR中央線沿線の駅では一番人気の街。特に「夫婦+子ども世帯」からの支持が高く、まさに今回調査した「カップル・ファミリー向け物件(専有面積50平米以上~80平米未満)」の購買層に人気があると言えよう。そんな需要の高さが、価格相場にも表れたようだ。

吉祥寺駅にはJR中央線のほかに京王井の頭線が乗り入れ、駅周辺は東京多摩地区でも屈指の繁華街。駅ビル「アトレ吉祥寺」をはじめとする大型商業施設からアーケード商店街の「吉祥寺サンロード商店街」「吉祥寺ダイヤ街」、さらに細い路地にまで多彩なショップや飲食店がひしめき、多くの人でにぎわっている。一方で駅から南に5分も歩けば「井の頭恩賜公園」へ。ボートが浮かぶ池をたたえた園内は緑豊かで、駅前の喧騒を忘れる憩いの空間。隣接地には動物園や遊具広場がある「井の頭自然文化園」や、「三鷹の森ジブリ美術館」もある。商業エリアや公園の周辺には静かな住宅街が広がり、都会的な便利さも、のどかな環境も兼ね備えている点が吉祥寺の人気の理由かもしれない。

もう1駅、杉並区にある11位・高円寺駅にも注目したい。駅の立地としては14位・阿佐ヶ谷駅(価格相場6980万円)と17位・中野駅(同7680万円)に挟まれているが、高円寺駅の価格相場は5985万円と両隣の駅と比べてだいぶリーズナブル。JR中央線の快速は平日のみ停車する駅ではあるが、それは阿佐ヶ谷駅も同様だ。JR中央線快速に乗れば新宿駅まで約7分、東京駅まで約22分という近さでありながら、周辺駅よりも価格相場が安い高円寺の駅周辺の様子を見てみよう。

高円寺駅前、高円寺純情商店街(写真/PIXTA)

高円寺駅前、高円寺純情商店街(写真/PIXTA)

高円寺は駅周辺で毎年8月に「東京高円寺阿波おどり」が開催される街として知られ、駅の発車メロディーも阿波おどりのおはやしをアレンジしたもの。北口の「高円寺純情商店街」、南口の「高円寺パル商店街」をはじめ駅周辺には複数の商店街が広がり、食料品店から若者に人気の個性的なお店まで多彩な店舗が軒を連ねている。2020年には高円寺駅~阿佐ヶ谷駅間の高架下に「al:ku(アルーク)阿佐ヶ谷」が誕生。カフェやベーカリーのほかに幼児園や体操教室など子ども向けの施設も入っているのは、ファミリー層が暮らす街らしいところだろう。

人出も多くにぎわいがあるが、大型の商業ビルではなく小規模店舗が並ぶ街なので親しみやすい下町風情が漂う。都心に近いわりには価格相場が控えめで、地元民に親しまれる商店街が元気な高円寺はJR中央線沿線の穴場駅と言えそうだ。

さて今回調査したJR中央線では、東京駅~大月駅(山梨駅)間を走る快速列車に2階建てグリーン車を導入する計画が進行中。2024年度末以降の導入予定で、現状の10両編成にグリーン車2両を連結するのだとか。運賃とは別にグリーン車料金が必要だが、先ごろ報道公開された車両内部を見るとリクライニングシートにコンセントも付いてなかなか快適そう。JR中央線快速は混雑率が高い路線だが、グリーン車を利用すれば確実に着席できるのが嬉しいところ。導入後はさらに、「住みたい街」としてJR中央線沿線の人気が高まりそうだ。

●駅順の価格一覧

駅順の価格一覧

※東京駅、神田駅、高尾駅は調査条件に満たないため除外

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている中央線沿線の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2023/4~2023/9
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

「入居条件はパン屋さん」大家さんの狙いとは? 入居者も街の人もハッピーになる賃貸1階の”小さな商店街”化が進行中 東京・蒲田

おいしいパン屋さんのある街は、きっと素敵な街。そんな印象を持っている人も多いのでは。パンブームが続く昨今、おいしいパン屋さんは地元はもちろん遠方からも人を呼ぶ求心力を持ち、さらには「引越すならパン屋さんのご近所に!」なんてケースも少なくない。蒲田(東京都大田区)の住宅街にある「SONGBIRD BAKERY」は、実は大家さんが「パン屋さん限定」で募集した物件なのだ。その背景にある思いや、開店後の住宅街の変化について、大家の茨田禎之(ばらだ・よしゆき)さんと店主の本藤正敏(ほんどう・まさとし)さんに伺った。

こだわりのパン屋さんを呼び込めば、街の魅力も上がると考えて

JR・東急 蒲田駅前のにぎわいを抜け、小さな川沿いを10分ほど歩いた先にある「SONGBIRD BAKERY(ソングバードベーカリー)」。周辺はのんびりとした住宅街で、近くを流れる呑川の反対岸の児童公園の緑が目を和ませる。2021年7月、ここでベーカリーをオープンさせたのは本藤正敏さん。国産小麦を使った高加水のもちもちパンがパン好きの間でも評判となり、オープン以来、地元はもとより遠方からもお客が訪れる人気ぶりだ。

パンは約25種類。1~2人で食べきりやすい小ぶりな食パンも2種そろう(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

パンは約25種類。1~2人で食べきりやすい小ぶりな食パンも2種そろう(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

看板メニューは、水分たっぷりで小麦の甘味豊かな「うるる」(右下)。「明太フランス」(左)など定番のほか、季節で具材が変わる「フリュイ」(右上)など期間限定パンも(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

看板メニューは、水分たっぷりで小麦の甘味豊かな「うるる」(右下)。「明太フランス」(左)など定番のほか、季節で具材が変わる「フリュイ」(右上)など期間限定パンも(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

店があるのは「カマタ_ブリッヂ」という4階建てマンション。1階は「SONGBIRD BAKERY」を含む3軒のテナント用スペース、上階は1~2人用の賃貸物件だ。テナント募集にあたり、オーナーである不動産会社「仙六屋」代表の茨田禎之さんは「パン屋さん限定」という条件を設定した。

1976年築の「カマタ_ブリッヂ」。2015年に全館フルリノベーション(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1976年築の「カマタ_ブリッヂ」。2015年に全館フルリノベーション(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「オーナーとして、1階に何の店が入ると魅力的な物件になるかを考えてのこと。1階においしいパン屋があったら、入居者さんも街の人もハッピーでしょう?」
からっと笑う茨田さん。そのアイデアは、彼がこの界隈で行ってきた街づくりの活動がベースにある。

「当社はこのエリアにいくつか物件を所有していますが、街に波及効果のあるテナントに絞ったリーシング(商業用不動産の賃貸サポート)を行っています。この『カマタ_ブリッヂ』1階はもともと中華料理店でしたが、2015年の耐震リノベーションの際に、店は継続しつつ、残り2区画をクリエイター向けの工房併設型シェアオフィスとして開発。町工場の多いこのエリアと親和性の高いモノづくりスペースを通して、地域とつながりつつ物件の付加価値を高めようと考えたのです」

「仙六屋」代表の茨田禎之さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「仙六屋」代表の茨田禎之さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

多彩なイベントやプロジェクトを創出したシェアオフィスは2019年に京急梅屋敷駅高架下「梅森プラットフォーム」に移転が決定。そこに中華料理店閉業のタイミングが重なり、「カマタ_ブリッヂ」1階を再開発することに。そこで掲げたコンセプトは”小さな商店街”だ。

「シェアオフィスのクリエイティブな雰囲気は引き継ぎつつ、より対象を広げたい。職人さんがこだわってつくるパンならば、幅広い世代が日常的に親しめるし、隣の2店舗との相乗効果によって街に活気を生み出せる。物件としての魅力も上がり、住居部分の入居率向上にもつながると考えました」

「仙六屋」では周辺エリアを独自にリサーチ。競合ベーカリーの存在や、前と横の道路の通行量とその年齢層などを調べ、いかにこの物件がパン屋の新規出店に有利かをデータ化した。

「仙六屋」が作成した「周辺パン屋マップ」。半径500m以内に競合店がないことが明らかに(画像提供/仙六屋)

「仙六屋」が作成した「周辺パン屋マップ」。半径500m以内に競合店がないことが明らかに(画像提供/仙六屋)

「1分間通行量リサーチ」。人通りが多い時間帯や年齢層の変化が分かる(画像提供/仙六屋)

「1分間通行量リサーチ」。人通りが多い時間帯や年齢層の変化が分かる(画像提供/仙六屋)

「しかしコロナ禍も重なり、なかなか応募はなく……。そこで当社メンバーがそのデータをまとめた冊子を手づくりし、イメージに近いパン屋さんを回って営業も行いました」(茨田さん)

「仙六屋」の不動産チームが自作したパン屋さん募集用パンフレット(画像提供/仙六屋)

「仙六屋」の不動産チームが自作したパン屋さん募集用パンフレット(画像提供/仙六屋)

営業先では好反応もありつつ、やはり動きはないまま約1年が経過したころ、ベーカリー予定地の隣にカフェ開業希望者から申し込みが。

「当時はコロナ禍真っ最中でしたので、本当にいいの?という感じで。でも店主の30歳になるまでに独立したいとの決意を伺い、心意気を感じました。カフェとパン屋さんは相性がいいし、パン屋さんが出店を検討する時に、すでにカフェがあることが『ここで新しいお店がやっていけている』と説得力にもなるので、ありがたくて」と茨田さん。

そうして2020年6月にカフェ&バー「SSYET」が誕生。店主のセンスあふれるこのカフェはすぐ人気店に。そこから半年が経過したころ、ついにパン屋さんから応募が! それが本藤さんだった。

「住宅街で、地域の人たちに愛されるパンを」との店主の想いに合致

独立を考え、都内と神奈川県で物件を探しこちらを発見した本藤さん。「最初に内見した物件だったんですが、魅力的だったのですぐ申し込みました」と驚きの発言!

「SONGBIRD BAKERY」オーナーシェフの本藤正敏さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「SONGBIRD BAKERY」オーナーシェフの本藤正敏さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「物件の条件はいくつか考えていましたが、ここはすべてを満たしていて。家賃も想定内だし、住宅街にあって、公園も近くて、隣に素敵なカフェもある。『周辺パン屋マップ』などの資料もすごく助かりました。でも最終的な決め手は直感ですね。ここで自分がお店を開いているところをイメージできたんです」と本藤さん。

川の反対岸にある児童公園(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

川の反対岸にある児童公園(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本藤さんが申し込みを急いだのは、ほかにも希望者がいるからでもあった。茨田さんは当時をこう振り返る。
「ずっと動きがなかったのになぜか同時に3件の申し込みをいただいて。ほかのお二方も素敵だったので悩みましたが、社内で協議を重ね、本藤さんに決めました。決め手は、実績はもちろん試食でいただいたパンがおいしかったこと。お人柄もパンも、優しくて柔らかい。この街にファンがついて、長く店をやっていただけそうだなと、いち住民としてイメージができました」

両者の「街に根付くパン屋さん」というイメージがぴたりと合致したのだ。そこに到達するまで時間はかかったが、茨田さんは「不動産は、ニーズが合うただ一人が見つかればいい。対象を絞ることで多少労力はかかっても、テナントが何度も入れ替わるよりずっと苦労は少ない」と確信している。

物件は駅から離れているが人通りが絶えない。「蒲田駅、梅屋敷駅、池上駅の3駅からアクセスできる立地も利点です」と本藤さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

物件は駅から離れているが人通りが絶えない。「蒲田駅、梅屋敷駅、池上駅の3駅からアクセスできる立地も利点です」と本藤さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

地域に愛されつつ、遠方から人を呼び込み街の認知を高める存在に

とうとう待望のパン屋さん「SONGBIRD BAKERY」がオープン。長い間「ここにパン屋さんが入ります」と「仙六屋」のSNSなどでも告知してきたこともあり、オープン日は雨の中行列ができる反響が。

「SONGBIRD BAKERY」オープン初日の様子(画像提供/仙六屋)

「SONGBIRD BAKERY」オープン初日の様子(画像提供/仙六屋)

本藤さんはもともと蒲田にゆかりはなかったそうだが、「お客様から『パン屋さんができてうれしい』『この街に来てくれてありがとう』とのお声をオープン以来たくさんいただいて、地域とのご縁が育っています」と微笑む。「上階にお住まいの方々もよく買いに来てくださって、懇意にしていただけています。付近は住宅やマンションが多く、30~40代の子育て中のお客様が中心。対象にしたかった層とも合致しています」

最新製法を採りつつ、住宅街の立地を考慮し、菓子パンや惣菜パン中心の親しみやすいラインアップに(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

最新製法を採りつつ、住宅街の立地を考慮し、菓子パンや惣菜パン中心の親しみやすいラインアップに(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

茨田さんも「パパ友やママ友、いろんなところで評判を聞くんですよ」とうれしそう。「上の階に『パン屋さんがあるから入居したい』という直接的な影響はまだないですが、空き部屋が出てもすぐ埋まるように」。マンション1階に毎日通いたい素敵なお店があることが、入居者の生活の質の向上にもつながっている。

「SONGBIRD BAKERY」「SSYET」ともに遠方から訪れる人が多く、彼らにこの街を知ってもらえることも茨田さんはうれしいという。「蒲田=飲み屋街の印象を持っている人には、この界隈はギャップを感じてもらえるのでは。蒲田も駅から少し離れるとこんなに落ち着いていて、新しい素敵なお店もある。発見する喜びがここにはあります」

波及効果あるテナントを集めて、街の魅力をさらに高めていく

連日行列ができる人気の「SONGBIRD BAKERY」。週末などはお昼すぎに売り切れ閉店することも。「買えない方には申し訳ないし、経営者としてもったいないとも思うので、難しい部分もありますが、生産量や商品ラインアップを少しずつ増やしていけたら」と本藤さん。

将来的には新たな展開も視野に。「イートインができるカフェも併設できたら。今のお店では少ないですが、個人的にはカンパーニュのようなハード系をもっとつくりたい。食事とともに出せば、そんなパンも受け入れられやすいかなと」

「サワードゥ」などハード系のパンも並ぶ(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

「サワードゥ」などハード系のパンも並ぶ(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

一方の茨田さんは、現在空き店舗の「カマタ_ブリッヂ」の3つめのスペースに入るお店を見つけることが目下の課題。

「現状の2店舗さんとの相性も考えつつ、長く地域に根付いて成長してくれそうなお店を探し、お互いの希望をすり合わせる。そこをしっかりやらないと」と茨田さんが言うと、「茨田さんは入居前から親身になってくださって、信用金庫に融資を受ける際も一緒に来て口添えしてくださったりも」と本藤さん。

茨田さんは照れつつも「テナントさんは運命共同体。でも口うるさいオーナーにはなりたくないから、最初にしっかりセッティングしたら、その先は口出しなし!」ときっぱり。

茨田さんは、こんなふうに影響力あるテナントを地域に点在する自社物件に呼び込むことで、街の価値を上げていくことに取り組んでいる。「大規模な都市開発ではなく、個人単位の小さな点と点をつなげる”マイクロデベロップメント”。仲間とともにまちづくりとものづくりの企画開発を行う『@カマタ』を立ち上げて活動しています」。将来的には、この取り組みによる経済的効果も実証し、他エリアにも広めたいと茨田さんは考えている。

梅屋敷駅から続く商店街(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

梅屋敷駅から続く商店街(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

京急梅屋敷駅高架下「梅森プラットフォーム」は「@カマタ」が京急電鉄に働きかけ、クリエイターと町工場が協働するモノづくり施設が実現。「仙六屋」はカフェとして入居して新たな不動産業を模索している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

京急梅屋敷駅高架下「梅森プラットフォーム」は「@カマタ」が京急電鉄に働きかけ、クリエイターと町工場が協働するモノづくり施設が実現。「仙六屋」はカフェとして入居して新たな不動産業を模索している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「SONGBIRD BAKERY」のように魅力ある個人商店や、「梅森プラットフォーム」のようなクリエイターの創造拠点の存在は、街を変える種火となる。その種火が連なり、燃え広がってこの街にどんな上昇気流をもたらすのか。俄然おもしろくなっていく蒲田~梅屋敷に、ぜひ注目したい。

●取材協力
茨田禎之さん
・仙六屋 
・@カマタ
本藤正敏さん
・SONGBIRD BAKERY 

東京を”食べられる森”に! 渋谷や新宿などに農園が続々登場している理由「トーキョーアーバンファーミング(Tokyo Urban Farming)」

「アーバンファーミング」という言葉をご存じでしょうか。一般的には、農地ではなく、都市の空きスペースを利用して行う都市型農業を指し、SDGsの観点やコミュニティ創出の場として、世界的に注目されています。ここ数年、東京都内に鑑賞用のグリーン(植物)だけでなく、ビルの屋上や駅構内などのちょっとしたスペースで小さな畑を見かけるようになっています。その背景では、何が起きているのでしょうか?2023年5月に事例をまとめた書籍も発売されました。「Tokyo Urban Farming」の発起人で書籍を監修した近藤ヒデノリさんに、最新事情やその魅力を教えてもらいました。

都市で農的に暮らす「Urban Farming Life」とは武蔵野大学有明キャンパスの屋上菜園(画像提供/Tokyo Urban Farming)

武蔵野大学有明キャンパスの屋上菜園(画像提供/Tokyo Urban Farming)

最近、都内では、さまざまな場所にコミュニティファームができ、 “農”的体験ができるイベントが開催されています。駅で野菜苗が無料配布されていたり、渋谷や新宿の街中で野菜を育てる小さなファームを目にしたことがあるかもしれません。「Tokyoを食べられる森にしよう!」をテーマに掲げた「Tokyo Urban Farming」は、2021年4月に開設されたオープンプラットフォームで、アーバンファーミングをもっと楽しく、美しく、あたりまえにすることをミッションに、コミュニティファームの設置やイベントの実施、情報発信を通じて都市の再生型ライフスタイルの普及を目指しています。

5月に発売された新刊『Urban Farming Life』を読むと、ビルの谷間で野菜を収穫し、土に触れる人たちの姿が。子どもも大人もとっても楽しそう!

新宿駅東口前にあるSinjuku Farmと運営するJR新宿駅の駅員さん(画像提供/Tokyo Urban Farming)

新宿駅東口前にあるSinjuku Farmと運営するJR新宿駅の駅員さん(画像提供/Tokyo Urban Farming)

金融の街、茅場町のEdible Kayabaenは、子どもたちの食育の場に(画像提供/Tokyo Urban Farming)

金融の街、茅場町のEdible Kayabaenは、子どもたちの食育の場に(画像提供/Tokyo Urban Farming)

世田谷区が所有する遊休地を活かしたタマリバタケ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

世田谷区が所有する遊休地を活かしたタマリバタケ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「駅前に畑があったり、オフィスビルの屋上に大きな農園ができたり、少し前だったら想像もしなかった風景が東京に広がっています。田舎では昔から当たり前だったことが都会に入ってきて、ウェルビーイングにつながるものとして定着し始めているのです」(近藤さん)

2023年5月に発売された「Urban Farming Life」(画像提供/Tokyo Urban Farming)

2023年5月に発売された「Urban Farming Life」(画像提供/Tokyo Urban Farming)

東京23区内12の事例とキーパーソン、アーバンファーミングの文化や方法をまとめた1冊(画像提供/Tokyo Urban Farming)

東京23区内12の事例とキーパーソン、アーバンファーミングの文化や方法をまとめた1冊(画像提供/Tokyo Urban Farming)

『Urban Farming Life』の冒頭では、アーバンファーミングを、「農家による野菜生産や販売を目的とした農業ではなく、誰もが自宅や市民農園、コミュニティファーム等で仲間と野菜を育てたり、食べたり、学んだりできる農的ライフスタイル」と定義しています。食べ物を共に育てることを通じて都会の人と人、自然をつなぐほか、生ごみをコンポストで堆肥にするなどと都市を再生する役割も。アーバンファーミングの社会的メリットとして以下が挙げられています。

都市に住む人に農的体験の場を提供気候危機を解決していくための意識変革持続可能な街づくり(コミュニティ・防災や治安の向上)地産地消やフードロス解消アーバンファーミング 6つの役割(画像提供/Tokyo Urban Farming)

アーバンファーミング 6つの役割(画像提供/Tokyo Urban Farming)

住宅街の中にある「たもんじ交流農園」は、地域のコミュニティの場(画像提供/Tokyo Urban Farming)

住宅街の中にある「たもんじ交流農園」は、地域のコミュニティの場(画像提供/Tokyo Urban Farming)

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誰でも収穫して食べてOKな農園も!? 公園の一角やビル屋上などに都市型農園が増加中! 『まちを変える都市型農園』新保奈穂美さんに聞く3事例

ニューヨークやロンドンなど世界で都市型農園が拡大中

さまざまなイベントは、近藤さん自らプロデュースするだけでなく交渉、広報、SNSなどほぼすべてを行っています。広告を手掛ける博報堂が、アーバンファーミングのオープンプラットフォームを自ら立ち上げ、イベントを運営しているのは意外な気もしますが、きっかけを教えてください。

「博報堂には、創造性を研究しているUNIVERSITY of CREATIVITY(以下UoC)という機関があります。僕はサステナブル領域のディレクターをしていますが、UoCが立ち上がったのは、ちょうどコロナの時期。地球環境や社会の状況、都市の課題を調べたり、有識者などとトークセッションをする中で見えてきたのが、アーバンファーミングという再生型のライフスタイルだったんです」

近藤さんは、自宅を「地域共生のいえ」KYODO HOUSEとしてアーバンファーミングや様々な文化活動を実践している(画像提供/Tokyo Urban Farming)

近藤さんは、自宅を「地域共生のいえ」KYODO HOUSEとしてアーバンファーミングや様々な文化活動を実践している(画像提供/Tokyo Urban Farming)

コロナ禍やそれにより普及が進んだリモートワークの影響で、屋外の庭や貸農園で野菜を育てる需要が世界的に高まっていました。近藤さんが感銘を受けたのは、ニューヨークにあるブルックリン・グランジという世界最大の屋上農園。国際展示場の2つの屋上に、サッカー場が2つ入るくらいの広さの農場が広がっています。

「ブルックリンに住んでいたことがあるので、あそこに素敵な農園ができたんだ!と驚きました。もともとドイツにはクラインガルテンという都市型農園がありますし、イギリスのロンドンでも次々と創設されていました。日本でも広がりつつあったので、これから来るんじゃないかと。日本では草の根的な個別の活動が多かったので、博報堂が企業や行政を繋いで大きなうねりにできないかなと思って始めたのがきっかけです」

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コロナ禍のドイツは園芸がブームに。農園でつながりづくり進む

下北沢の駅前や大手町のオフィスビルの屋上にも緑豊かな「のはら」。管理するのは、地元の参加者で構成されたシモキタ園藝部の部員たち(画像提供/Tokyo Urban Farming)

緑豊かな「のはら」。管理するのは、地元の参加者で構成されたシモキタ園藝部の部員たち(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「Urban Farming Life」では、行政や企業、大学などが主体となったモデルケースとなる事例がピックアップされています。例えば、小田急線の地下化に伴い空いた敷地を活用した広場「のはら」は、下北沢の駅前に広がる里山の野原のような畑です。レモングラスなどのハーブ類やズッキーニなどの野菜を栽培し、養蜂も行っています。千代田区大手町一丁目にある大手町ビルの屋上にも農園ができました。2022年5月に開設されたThe Edible Park OTEMACHI by growです。巨大ビルの屋上にプランターが並び、ビルの就業者や近隣の人で野菜を育てています。オフィス街で、ウィークデーに土に触れて自然を体感できる場所があるなんて今までは考えられなかったことです。

オフィスビルの屋上にコンテナを並べたThe Edible Park OTEMACHI by grow。木製の棚には植物の種や書籍が並ぶ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

オフィスビルの屋上にコンテナを並べたThe Edible Park OTEMACHI by grow。木製の棚には植物の種や書籍が並ぶ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

区民農園の隣にある家族向けシェアハウス「青豆ハウス」。地域の人を招いたお祭りも催される(画像提供/Tokyo Urban Farming)

区民農園の隣にある家族向けシェアハウス「青豆ハウス」。地域の人を招いたお祭りも催される(画像提供/Tokyo Urban Farming)

近藤さんが監修する際、意識したのは、今までバラバラに存在していた活動をまとめることで、アーバンファーミングの役割や価値、その魅力を広く伝えることでした。

「取材を進める中で、同じような思いを持っている人が増えていると実感しました。たくさんの仲間に出会えてさらにアーバンファーミングの可能性を感じたし、東京だけでなく、都市とそのライフスタイルを再生型に変えていくバイブルにできればと考えてつくりました。集合住宅での始め方も掲載しているので興味を持った人が真似できるネタ本として使ってもらえたら嬉しいです」

左は、渋谷に4つのコミュニティファームを持つNPOの代表理事小倉崇さん。右は、The Edible Park OTEMACHI by growを運営する三菱地所の担当者。さまざまな人たちがアーバンファーミングで繋がっていく(画像提供/Tokyo Urban Farming)

左は、渋谷に4つのコミュニティファームを持つNPOの代表理事小倉崇さん。右は、The Edible Park OTEMACHI by growを運営する三菱地所の担当者。さまざまな人たちがアーバンファーミングで繋がっていく(画像提供/Tokyo Urban Farming)

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都市に住む人の琴線に触れる粋なデザインを

「Tokyo Urban Farming」のプラットフォームや書籍のデザインは、スタイリッシュで、今までの牧歌的な“農”のイメージとは異なる印象を受けます。

「もちろん、牧歌的な農的表現も素敵だし、美しいと思うんですけど、それだと都会の人たちは、距離を感じちゃうかもしれない。ぼくらは、農家ではないし、農業の専門家でもないから、いかに創造性で農的文化をわくわくさせるものにできるかを意識しています」

「Tokyo Urban Farming」のプラットフォーム(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「Tokyo Urban Farming」のプラットフォーム(画像提供/Tokyo Urban Farming)

UoCでは単管パイプとLED照明を用いて陽のあたらない屋内空間でも野菜やハーブを栽培できるMicro Farmを実験している(画像提供/Tokyo Urban Farming)

UoCでは単管パイプとLED照明を用いて陽のあたらない屋内空間でも野菜やハーブを栽培できるMicro Farmを実験している(画像提供/Tokyo Urban Farming)

近藤さんがキーワードに掲げているのは、「粋」という江戸時代の美意識です。

「江戸の人は、粋か野暮かを判断基準にしていたそうです。それを現代の東京でアップデートできないかなと。例えば、ゴミを分別しないのは間違っている! と言われるより、ゴミをちゃんと捨てないのは野暮だよねと言われた方が響くような。そうした現代における粋な美意識を育てていけたらなと思っているんです」

「都市の食と農の未来」をテーマに東京駅でフェス「TOKYO ART FARM」を開催

「Tokyo Urban Farming」は、東京の地場に発する国際芸術祭「東京ビエンナーレ2023|に「TOKYO ART FARM」という名の祭典を企画・プロデュースするなどアートシーンにも活動の場を広げています。

(画像提供/Tokyo Urban Farming)

(画像提供/Tokyo Urban Farming)

不要なスーツケースを活用したMOBILE FARMワークショップも開催(画像提供/Tokyo Urban Farming)

不要なスーツケースを活用したMOBILE FARMワークショップも開催(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「テーマは、都市の食と農の未来。野菜を通じたアートの力で人工的な東京駅を、繋がりを生み出す場に変えようと。不要なスーツケースを活用したMOBILE FARMであったり、首都圏の水源の森の間伐材で、東京駅グランルーフ2Fに長さ22mのLONG TABLEを制作したり。11月の3、4日には、そこで、食べられるアート体験を行いました。現代美食家のソウダルアさんのイベントで、22mのテーブルに白い紙をブワーッとひいて、その上に東京野菜から作ったソースや料理が広がる。東京のど真ん中で、そんな50人以上での特別な食のアート体験を2回開催しました」

10月8日には、アーティストの諏訪綾子(food creation主宰)さんなどによるイベントやマルシェ・ワークショップ・トークが夜更けまで行われた(画像提供/Tokyo Urban Farming)

10月8日には、アーティストの諏訪綾子(food creation主宰)さんなどによるイベントやマルシェ・ワークショップ・トークが夜更けまで行われた(画像提供/Tokyo Urban Farming)

アーティストの岩切章悟と大丸東京店VMDチームの協働で古着やプラスチックハンガーなどの廃棄物を活用して制作されたKAKASHI ART(画像提供/Tokyo Urban Farming)

アーティストの岩切章悟と大丸東京店VMDチームの協働で古着やプラスチックハンガーなどの廃棄物を活用して制作されたKAKASHI ART(画像提供/Tokyo Urban Farming)

TODOが廃棄野菜を漉き込んだ和紙によるポップアップ茶室でアートユニット花信風が「再生」をテーマにもてなす「東京野菜茶会」も開催(画像提供/Tokyo Urban Farming)

TODOが廃棄野菜を漉き込んだ和紙によるポップアップ茶室でアートユニット花信風が「再生」をテーマにもてなす「東京野菜茶会」も開催(画像提供/Tokyo Urban Farming)

アーティストの山本愛子さんがN高生と共に野菜から染めてつくった人と自然の共生社会を象徴する旗(画像提供/Tokyo Urban Farming)

アーティストの山本愛子さんがN高生と共に野菜から染めてつくった人と自然の共生社会を象徴する旗(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「展覧会のフィナーレとなる11月5日には、15人のダンサーがテーブルの上で躍りました。野菜に扮装したり、キャベツに電極をつないで楽器にしたり、駅という移動の場が、東京の食と農の未来を感じる体験に変わる特別な日になりました」

アーバンファーミングの先にあるポジティブな未来

近藤さんは、自らアーバンファーミングを実践し、活動を続ける中で、「未来をポジティブに捉えられるようになった」といいます。

「物価上昇や、異常気象など明るいニュースがあまりない中で、人生100年時代と言われても、先行きが不安になりますよね。環境問題を身近に感じて、何かしたいと思っても、何をしたらいいかわからない。そんな人が多いのではないでしょうか。活動を通じてたくさんの人に会いましたが、皆、希望的な未来を見ていました。やれることをやらないで未来に臨んでいくと、人生後悔しそうだし、自分に嘘つくことになると思うんです。何もしないでいるよりもやれることをやろうと。そういう風に始める人たちが着実に増えています。アーバンファーミングに関わるとマインドがすごくヘルシーで気持ち良くなります。環境にも良いし、いろんな友達ができるし、幸せへの道なのかなと思います」

活動を通じて消費者から生産者へ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

活動を通じて消費者から生産者へ(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「The Edible Park OTEMACHI by grow」で開催された「Night Farm」の参加者。DJ HIROの音楽とともに、収穫した野菜を素揚げにして食べたり、ハーブを使ったカクテルが提供された(画像提供/Tokyo Urban Farming)

「The Edible Park OTEMACHI by grow」で開催された「Night Farm」の参加者。DJ HIROの音楽とともに、収穫した野菜を素揚げにして食べたり、ハーブを使ったカクテルが提供された(画像提供/Tokyo Urban Farming)

最後に、「Tokyo Urban Farming」の活動をはじめて2年。今、近藤さんが思う「アーバンファーミング」とは?

「自然農法家の川口由一さんの著書の中に、『命の道・人の道・わが道』という言葉があります。別の言い方をすると、環境問題、人間社会、自分の生き方なんですよね。それらが重なっていくのが、アーバンファーミングだと感じています。もちろん、さまざまな課題を解決するすべての答えがアーバンファーミングにあるかといえば、そんなわけでもないし、そう言うと逆に嘘くさいと思いますが、誰でも入りやすいし、意識を変えるきっかけとしては、すごくいいなと思っています」

2050年までには人類の80%が都市に住むといわれています。大量のゴミを排出する消費型の都市から循環型の都市へ転換するためにも、アーバンファーミングの果たす役割は大きいと感じました。スーパーに並んでいるものを買うのではなく、自分で育てて、収穫し、いただく。命の根源ともなる体験は、社会的メリット以上に人生で大切なものを教えてくれそうです。

●取材協力
株式会社博報堂
「UNIVERSITY of CREATIVITY」サステナビリティフィールドディレクター
近藤ヒデノリさん

一橋大卒24歳女子、スナックのママになる。若者も女性も楽しめる「街の社交場」に、全国展開も視野 「スナック水中」東京都国立市

スナックは不思議だ。カフェで初対面の知らない人といきなりおしゃべりすることはないのに、狭い空間、お酒の力、そしてママのアシストで、いつもより社交性2、3割増しの自分が出てくる。
とはいえ、一見さんにはハードルが高いのも事実。担い手と顧客の高齢化、コロナ禍の影響で廃業が相次ぐ業界のなか、「一橋大学を卒業してすぐスナックを引き継いだ」という現在25歳のママがいる(継業時は24歳)。スナックを“おじさん”だけでなく、若者も女性も楽しめる「街の社交場」に――そんな想いで「スナック水中」(東京都国立市)をスタートし、「目指せ!100店舗展開」という野望を持つ彼女にインタビューをした。

スナック=常連の男性客だけの場にするのはもったいない

その、少し毛色の違うスナックは、国立市、南武線谷保駅から徒歩4分にある。その名も「スナック水中」。
「水の中を漂うように楽しんで、明日に向かって再浮上していく場所」という願いを込めたという、ママの坂根千里さん。例えば、うまくいかない事があった時、なんとなく家に帰りたくない時、少しだけ誰かと話したい時――そんな時に気軽に立ち寄れる場所をつくりたいと思ったのだ。
変わっているのは、「スナックは地元の常連の男性客がほとんど」という常識を覆し、遠方からも訪れる方、ふらっと訪れる新規のお客さんも、女性客も多いこと。

取材時には、埼玉在住の常連さん、国立在住数十年の地元の方、たまたまふらっと足を運んだ初めてのお客さんなどでいっぱい(写真撮影/片山貴博)

取材時には、埼玉在住の常連さん、国立在住数十年の地元の方、たまたまふらっと足を運んだ初めてのお客さんなどでいっぱい(写真撮影/片山貴博)

「そもそも、スナックって外から見えず、重い扉を開ける勇気って、なかなかないですよね。通りかかった人がふらっと入りやすく感じてほしいという想いから、外から室内が見える造りに改装しました」
ほかにも、会計システムがよく分からない、ボトルと乾きものしかない、そもそも遊び方が分からない――そんなハードルを解消する店づくりを意識している。

外からみた店内。「当初は、常連さんが嫌がるかなぁと思ったんですが、意外とみんな嫌がらなかったんです」(写真撮影/片山貴博)

外からみた店内。「当初は、常連さんが嫌がるかなぁと思ったんですが、意外とみんな嫌がらなかったんです」(写真撮影/片山貴博)

価格明記のメニュー表。話のきっかけになるよう、スタッフのプロフィールも。「スナック初心者」のための「楽しみ方」ガイドもついている(写真撮影/片山貴博)

価格明記のメニュー表。話のきっかけになるよう、スタッフのプロフィールも。「スナック初心者」のための「楽しみ方」ガイドもついている(写真撮影/片山貴博)

ドリンクやフードメニューにも力を入れている。谷保でとれたての新鮮なミントを使ったモヒート(900円・税込・写真右)が看板のほか、季節限定の「バタフライピーのジンソーダ」(800円・写真左)(写真撮影/片山貴博)

ドリンクやフードメニューにも力を入れている。谷保でとれたての新鮮なミントを使ったモヒート(900円・税込・写真右)が看板のほか、季節限定の「バタフライピーのジンソーダ」(800円・写真左)(写真撮影/片山貴博)

決して即決ではなかった。新卒でスナックを引き継いだ理由

そもそもどうしてスナックを引き継いだのだろう。
「一橋大学を卒業したら、“バリキャリ”になって丸の内あたりで働くイメージでした」という坂根さんがスナックを継いだ経緯は、不思議な縁でもあり、必然でもあった。
大学3年の時、知り会いに連れられて入店した「すなっく・せつこ」(スナック水中の前身)で人生が変わった。そこは70代のママが切り盛りする不思議な空間。昭和歌謡を歌う、見知らぬ人としゃべる、そんな様子を観察しながらお酒を飲む――。
「なんだ、これは。この混沌は!って驚きました。楽しくて自由で、気を遣い過ぎない、カッコつけなくていい、こんな桃源郷が地元にあったんだと感動したんです」

坂根千里さん。東日本大震災後に街の再生や地域のために働く人々に憧れ、大学では都市政策を専攻。海外で旅をして宿主や旅人同士で交流。国立市ではゲストハウスをつくるべく学生団体を立ち上げるなど、もともと街とコミュニティの在り様に興味があった(写真撮影/片山貴博)

坂根千里さん。東日本大震災後に街の再生や地域のために働く人々に憧れ、大学では都市政策を専攻。海外で旅をして宿主や旅人同士で交流。国立市ではゲストハウスをつくるべく学生団体を立ち上げるなど、もともと街とコミュニティの在り様に興味があった(写真撮影/片山貴博)

スナック初体験で、すっかりその楽しさに魅了される坂根さんに、突然ママから「あなた来週から、働いてみない? なんか、楽しそうに飲んでるから」と声をかけられた。それがスタートだ。
それからすっかりスナックの沼に。大学を休学して暮らしたカンボジアでは、屋台を買って即席スナックを始めたこともある。
そしてママから「うちの店を継いでくれない?」という打診を受けた。大学3年生、就職活動を始めだしたころだ。決して即決ではなかった。周囲は絶賛就職活動中。しかし、友人たちが厳しい就職活動のなか疲弊していくのを目の当たりにし、かえって「そんな彼女たちが気持ちを少し打ち明けて、気持ちを軽くできるような、そんな場所をつくりたい」と思うようになったそう。

先代のママ、せつこさんと(写真提供/坂根千里さん)

先代のママ、せつこさんと(写真提供/坂根千里さん)

スナックを縁に、地元知り合いが増え、愛着が増していく

お店の準備資金は、銀行の融資や行政の補助金、さらにはクラウドファンディングで募った。もともと地元でゲストハウスを運営していたこともあり、坂根さんの人となりを知る地域の人々の協力もあった。
「SNSを使ってDMでたくさんお願いしました。スナックでは珍しいでしょう」
さらに、「一橋大学を卒業したばかりの23歳の女の子がスナックを引き継ぐ」――その物語性、話題性からたくさんの取材も受けた。話題になり、遠方から訪れる人も、初めてスナックで遊ぶという人もいた。

都内で働く、埼玉県在住の会社員Tさんは、クラウドファンディングがきっかけに常連さんになった一人。
「メルメガだったかな? 坂根さんの記事を読んで、若い世代が頑張っているのを応援したくなったんです。クラファンきっかけにボトルをキープして、今は月に3、4回来てます。もともと、あまりスナックで飲むタイプではなかったのに(笑)。しかも谷保も、どこ?でした。不思議な縁ですよね」

一方、国立が地元のTさんは、坂根さんがゲストハウスを運営していたころからのお付き合い。料理上手で、ちょっとした惣菜を手土産に店を訪れることもある。「帰っても一人なので、ココで若い子たちとおしゃべりする時間が楽しいんです」

坂根さんはこう話す。
「ほかにも、このあたりに引越してきたけれど、知り合いがまったくいない方が、このスナックでどんどん知り合いができていくのはよく目にします。単身赴任の方は特にそうですね。子どもがいたら子どもを通して地元の知り合いができるんでしょうけど、単身者は帰って寝るだけになりがちじゃないですか。街との接点がない。知り合いが増えればそれだけ街に愛着がわくと思います」

混み始めると席を移動したり、満員時に「あ、もう今日は帰ります」「あ、すみません。ありがとうございます」と、初対面でも少しだけ「近い」コミュニケーションがとれるのもスナックらしさ(写真撮影/片山貴博)

混み始めると席を移動したり、満員時に「あ、もう今日は帰ります」「あ、すみません。ありがとうございます」と、初対面でも少しだけ「近い」コミュニケーションがとれるのもスナックらしさ(写真撮影/片山貴博)

お客さまのカラオケセレクトは昭和歌謡中心(写真撮影/片山貴博)

お客さまのカラオケセレクトは昭和歌謡中心(写真撮影/片山貴博)

力強い味方のスタッフはバックグランドも多様

もちろんすべてがスムーズだったわけではない。新しいお客さんを受け入れていく過程で、先代の常連さんが離れていった例もある。
「社会人経験ゼロのまま、いきなり経営者になったので、本当に手探り状態。今思えば非効率なことばかりしていたような気もします」
ただし、「人にだけは恵まれました。オープン当初から良いスタッフがいっぱい来てくれたんです」と坂根さんは誇らしげだ。
まず21名(店舗14名、バックオフィス専業スタッフ7名)いるスタッフは20代が中心と、ほかのスナックに比べて圧倒的に若い。男女一人ずつのスタッフがカウンターに立つのは、どんなお客さまもウェルカムの証だ。大学生も多いが、さまざまな生業を持つ社会人が副業としてカウンターに立つのも「水中」のユニークさ。いわゆる接客だけでなく、デザイン、SNS運営、PR、財務など、+αの業務も担当してもらうこともある。

例えば取材日にスタッフで入っていたかれんさんは、本業は外資系企業でマーケティングに携わるキャリア女子。「もともと人と話すのが好き。会社の飲み会も好きだったんですけど、スタートアップ企業に転職したら、そういう付き合いがなくなって。スナックで働いてみるのも面白いなぁと思っていたところ、知人の紹介で始めてみました」。以前は埼玉から通っていたが、今は通勤先にも電車1本、スナックにも通いやすい街へと引越したほど。

だいごさんはフリーのデザイナー。名刺やメニューのプロダクトデザインは彼の手によるもの。「在宅で仕事をしているので、基本あまり人と話さない生活。だからココでの時間が気分転換になるんです」

初対面で打ち解けるのが得意なかれんさん(写真左)と、じっくり話を聞くのが得意なだいごさん(写真中央)。スタッフの顔ぶれ、組み合わせで店の雰囲気が変わるのも面白さ(写真撮影/片山貴博)

初対面で打ち解けるのが得意なかれんさん(写真左)と、じっくり話を聞くのが得意なだいごさん(写真中央)。スタッフの顔ぶれ、組み合わせで店の雰囲気が変わるのも面白さ(写真撮影/片山貴博)

メディアやSNSで新規客は増加中。目下の課題は女性客

現在、常連さんは7割、新規のお客様は3割。ほかのスナックと比べると新規客が多い。
撮影時も、「いつもこのあたりをウォーキングするんだけれど、いつも気になってたんだよね。だけどいつも混んでて、今日は入れるかもってのぞいてみました」というスナック好きの新規のお客さんがふらり。

常連さんも増え、ボトルキープの棚がいっぱい(写真撮影/片山貴博)

常連さんも増え、ボトルキープの棚がいっぱい(写真撮影/片山貴博)

初対面だから、知らない者同士だから、かえって弱音を吐けたり、話せてしまうこともある。年代も立場も属性も違う、普段は接点のない人だから、ちょっとしたアドバイスが身に染みることもある。スナック初体験の若者にも女性にもそんな価値を体験してもらいたい。そんな坂根さんの挑戦が、少しずつ実を結びつつある。

さらに坂根さんと出会ったことで「自分もスナックを準備中」と、次なる野望を抱いた20代女子も友人を連れて来店。人が人を呼び、常連さんに。インパクトのあるメディア露出に加え、noteやSNSで坂根さんが普段感じていること、スナック水中の様子、目指すものを絶えず情報発信していることで、坂根さん自身とスナック水中のファンをつくっているのも強みだ。

「とはいえ、本当は当初の目的を考えると、現在は2割程度の女性がもっと増えてほしいなぁと思っています。だって男性だけが疲れて、ちょっと飲みたいと思っているわけじゃないはずでしょう。スナック=男性の夜の社交場のイメージを脱して、女性が一人でお店に入ってきたときに、“はっ、場違いだった“って思わせないようにするためにはどうしたらいいかって、ずっと考えています」

「奥の席は、女性優先席。ココは洗いものをしながら、一番マンツーマンで話せるからなんです」(写真撮影/片山貴博)

「奥の席は、女性優先席。ココは洗いものをしながら、一番マンツーマンで話せるからなんです」(写真撮影/片山貴博)

2号店を計画中。後継者不足の店舗を継ぐモデルを広げたい

そして今後はさらに事業を拡大するつもりだ。
2号店として、国立駅近く、22年続くミュージックバー「NO TRUNKS」を、スナック&ミュージックバーとして受け継ぐプロジェクトを進行中。経営権は坂根さんが引き継ぎ、音楽とお酒を媒体にした社交場へリニューアルする予定。

ミュージックバー「NO TRUNKS」オーナーと坂根さん(写真提供/スナック水中)

ミュージックバー「NO TRUNKS」オーナーと坂根さん(写真提供/スナック水中)

「“お店を引き継いでもらいたい”と、オーナーから打診があったのも、“街に欠かせない場所を残し、新たな人の流れを呼び込む”というスナック水中の事例を知ってのことだったので、うれしかったです。私、間違えていなかったんだなって」

 ゆくゆくは全国のスナック・バーを100店舗承継することを目標としている。
「スナックは全国に10万件 あると言われていて、コンビニより断然多い。それくらい、どの場所でも成り立ちうるビジネスモデルではあるんですね。ですが、今はスナックママの担い手が高齢化していて担い手が減少しているのでお店も減っています。私の役割は、スナックママという職業を始めるハードルを下げながら魅力を発信し、素敵な担い手を増やすこと。スナックがこれからも街に残ることです。
街の価値につながるお店が、後継者がいないことで閉店してしまうのってもったいない。このフォーマットなら、街の社交場が残り、自分でお店をやりたい若者も、既存の財産を再利用してビジネスができるはずでしょう。
スナックの条件は、大きすぎず20席ぐらいが理想的。ふらっと入れる路面店がいいですね。高い家賃の一等地で利益を出すために客数を稼ぐよりも、二等地、三等地でいい。お店そのものの価値を上げて、そのお店目当てでやって来る常連さんとゆっくり関わりたい。そんなふうに考えています」

――バリキャリ女子を目指していたけれど、スナックのママになったという坂根さんだが、自分のやりたいことに頑張った結果が、自分自身だけでなく、周囲の人へ良い影響を及ぼし、さらには社会に還元していってほしい。そう願う坂根さんは、もしかしたら、自分自身が憧れていたバリバリ働く女性の姿なのかもしれない。

実は、現在妊娠8カ月(23年10月時点)。夫と協力し合いながら、本当のママ業とスナックのママ業の両立を目指す。「お店に立てない時期はオンラインスナックなんていうのも計画しています」(写真撮影/片山貴博)

実は、現在妊娠8カ月(23年10月時点)。夫と協力し合いながら、本当のママ業とスナックのママ業の両立を目指す。「お店に立てない時期はオンラインスナックなんていうのも計画しています」(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
スナック水中
Instargam

「東京ビエンナーレ」で市民全員がアーティスト! ゴミ分別をアート化、道路も交流の舞台に、街にもたらしたものとは?

東京ビエンナーレとは、千代田区、中央区、文京区、台東区を中心とする、東京の街を舞台にした芸術祭。国内外からクリエイターが集結し、街に深く入り込み、地域住民の方々と一緒に作り上げていく芸術祭だ。本格的な開催は今年で2回目となり、テーマは「リンケージ つながりをつくる」。東京ビエンナーレの総合ディレクターを務める、東京藝術大学絵画科教授の中村政人さんに、アートが地域にできることは何なのか、お話を伺った。

街で偶然出合うアートで心のスイッチがオンになる

最近は日本各地で芸術祭が開催され、その土地ならではの自然、景色、歴史を活かした著名な作家によるアート作品が置かれている。国内外の観客がアート目的で訪れ、その経済効果は計り知れない。街の活性化にもつながっている。
「それもとても意義のあることだと思いますが、もともと人の多い、東京ビエンナーレは少し目的が違うのかもしれません。もっと日常的で、もっと偶発的です」と、総合ディレクターの中村政人さん。

東京ビエンナーレ総合ディレクターの中村政人さん。アートを介してコミュニティと産業を繋げ、文化や社会を更新する都市創造のしくみをつくる社会派アーティスト。東京藝術大学絵画科教授でもある(写真撮影/片山貴博)

東京ビエンナーレ総合ディレクターの中村政人さん。アートを介してコミュニティと産業を繋げ、文化や社会を更新する都市創造のしくみをつくる社会派アーティスト。東京藝術大学絵画科教授でもある(写真撮影/片山貴博)

というのも、東京ビエンナーレでは、街のあちこちで、アートな仕掛けがあるからだ。
飲食店で出されたおしぼり。広げてみると刺繍がある。実はこれ、日本の文化「おしぼり」を白いキャンパスに見立てて、アーティストの作品を刺繍にしたもの。思わぬ場面でアートに出合うとともに、リユースする「おしぼり」のおもてなし文化を再確認するきっかけになるものだ。

会田誠氏、マイケル・アムターなど25組のアーティストが描いた原画をもとに刺繍を施した。レストランで無地のおしぼりに混ざってランダムに提供され、期間中にいろんな人と出会い、戻ってくる。同じ絵柄の左側の少し小さくなったおしぼりが、何度も洗いを繰り返し、旅をしてきたもの(写真撮影/片山貴博)

会田誠氏、マイケル・アムターなど25組のアーティストが描いた原画をもとに刺繍を施した。レストランで無地のおしぼりに混ざってランダムに提供され、期間中にいろんな人と出会い、戻ってくる。同じ絵柄の左側の少し小さくなったおしぼりが、何度も洗いを繰り返し、旅をしてきたもの(写真撮影/片山貴博)

「アートを美術館で観賞するものと考えている方は多いでしょう。でも、それはあくまでの他人の創作物を見ている。距離があるんです。でも街の中で偶然出会って、『なんだろう? 面白そう』とワクワクする。そんな感情のスイッチが押される。そんな仕掛けが街のいろんな場所にあればいいと思うんです。そうした感情は、大人でも子どもでも内在しているはず。自分自身がアートの当事者になることで、自分の日常に変化が生まれるはずです。東京は不特定多数の多くの人が行き交い、そんな偶然性が期待できる場所じゃないでしょうか」
そのため東京ビエンナーレの会場は、商業施設やホテル、寺院のほか、緑道の仮囲いの中、地下鉄出口からの通路、電車の高架下と、あらゆる場所が舞台だ。

例えば丸の内周辺のストリートやビルのすき間で行われる「Slow Art Collective」によるプロジェクトは、カラフルなロープや紐が結びつき、有機的に広がる作品。これは道行く人が「つくって参加」するもの。
「平日はランチや休憩の合間、仕事帰りに、丸の内で働く会社員が立ち寄ってつくっています。“無心になれるのがいいみたいです。休日は親子連れが多く、特別なイベントもあります」

オーストラリア・メルボルン在住の加藤チャコとディラン・マートレルが主宰する芸術グループ「Slow Art Collective」によるもの。竹やロープなどの自然素材、街で拾い集めた素材を用いた市民参加型のアートプロジェクトだ。写真は東京サンケイビルにて(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

オーストラリア・メルボルン在住の加藤チャコとディラン・マートレルが主宰する芸術グループ「Slow Art Collective」によるもの。竹やロープなどの自然素材、街で拾い集めた素材を用いた市民参加型のアートプロジェクトだ。写真は東京サンケイビルにて(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

丸の内の新国際ビルの裏手、オフォスビルの「すき間」でも展開。近くを通勤している人でも気づかない、都会の中の路地を、アートで誘い込み、アートを目にすることになる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

丸の内の新国際ビルの裏手、オフォスビルの「すき間」でも展開。近くを通勤している人でも気づかない、都会の中の路地を、アートで誘い込み、アートを目にすることになる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

訪れる人が自由に編み込み、自分の作業がそのままアートの一部になる。リリアン編みが得意という近所に暮らす女性が緻密な作品を残して行ったり、たまたま通った男子学生がボランティアスタッフに教えてもらいながら「生まれて初めての三つ編み」に挑戦したり(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

訪れる人が自由に編み込み、自分の作業がそのままアートの一部になる。リリアン編みが得意という近所に暮らす女性が緻密な作品を残して行ったり、たまたま通った男子学生がボランティアスタッフに教えてもらいながら「生まれて初めての三つ編み」に挑戦したり(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3日間のみ丸の内仲通りで出張型ワークショップが開催され、コンテンポラリーダンスなども披露された。撮影時は土曜日で、小さな子どものいる家族連れも多い。次回開催は10月28日予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3日間のみ丸の内仲通りで出張型ワークショップが開催され、コンテンポラリーダンスなども披露された。撮影時は土曜日で、小さな子どものいる家族連れも多い。次回開催は10月28日予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

海外アーティストが東京に暮らしながら制作

東京ビエンナーレでは、プロセスも重視している。立ち上げた構想段階から、当時、千代田区のアート拠点だった「3331 Arts Chiyoda」で、2018年は構想展、2019年は計画展として一般公開されていた。2020年にはコロナ禍に遭い、2020年ー21年として開催をスタート。今年は2回目だ。

海外からもアーティストを公募。街に暮らしながらリサーチ・作品制作をする「アーティスト・イン・レジデンス」を実施した。一定期間、東京で暮らしたからこそのインスピレーション、魅力を自分の作品に投影している。外からアーティストの視点で東京を切り取ることで、地元で暮らす人々が魅力に気づく効果もある。
「正直、生活コストの高い東京なので、条件は厳しかったのに、たくさんの応募をいただきました。最長1カ間暮らしながら、東京の街を歩き、交流し、東京をテーマに創作や活動をしてくれました」

例えば、海外作家ペドロ・カルネイロ・シルヴァ&アーダラン・アラムの「フリーシート」なる作品は、へッドフォンをつけると、その人だけに向けた音楽をその場で奏でてくれるというもの。
「偶然居合わせた人の心の中まで入り込み、その場でしか起こらない感情を共創するようなプロジェクトです。私も体験しましたが、その街の環境音と電子ピアノの音色が体に入り込んでくるのがわかり、何故か目の前の都心の風景に郷里の原風景が脳裏に見えてきたんです。感情がこみ上げてきてきました。サイトスペシフィック(その場所の特性を活かした)な音が他者によって自分の心の中だけに生まれます。アーティスト自身が東京に滞在制作したからこそ実現できたプロジェクトかと思います」

ドロ・カルネイロ・シルヴァ&アーダラン・アラムの「フリーシート」。中央区京橋のアーティゾン美術館前にて(画像提供/東京ビエンナーレ)

ドロ・カルネイロ・シルヴァ&アーダラン・アラムの「フリーシート」。中央区京橋のアーティゾン美術館前にて(画像提供/東京ビエンナーレ)

長い期間、多くの人が関わる、そのプロセスこそが重要

プロセスを重視するため、長い期間に及ぶプロジェクトもある。「超分別ゴミ箱2023」はその代表例だ。テーマは「プラスティックのゴミの分別を極端に進めていったらどうなるか」で、東京都立工芸高等学校の学生やPTAの協力を得て、ゴミの収集、記録を実施。さらにコンビニ3社と、プラスティック容器を製造する企業の協力を得て、商品パッケージを一挙並べた展示は圧巻だ。来場者はここにゴミを持ち込み、分別することもできる。自分が普段利用している商品があちこちに見つかり、「生きることはゴミを出すこと」と否応なく実感することになる。

メイン会場であるエトワール海渡リビング館の1階に展示されている「藤幡正樹:超分別ゴミ箱 2023 プロジェクト」のひとつ。自分たちが普段使いしている商品パッケージがずらりと並んでいることで、「自分が食べた後にでたゴミはどうなる?」と当事者にならざるをえない (写真撮影/片山貴博)

メイン会場であるエトワール海渡リビング館の1階に展示されている「藤幡正樹:超分別ゴミ箱 2023 プロジェクト」のひとつ。自分たちが普段使いしている商品パッケージがずらりと並んでいることで、「自分が食べた後にでたゴミはどうなる?」と当事者にならざるをえない (写真撮影/片山貴博)

東京都立工芸高等学校でのワークショップ自体は夏から開始(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

東京都立工芸高等学校でのワークショップ自体は夏から開始(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

市民がアーティストともに当事者になる

「アート×コミュニティ」も東京ビエンナーレの主な目的だ。
例えば賛助会員は、さまざまな会議やイベントに参加でき、クリエイター、研究者や専門家など、普段接点のない人々との交流も得られる。
ほか、会場の受付、広報やイベントなどサポートのほか、アーティストの作品制作やプロジェクト準備の手伝いもボランティアの手によるものだ。

ボランティアの年齢層は幅広く、さまざまなバックグラウンドを持つ人たち。美術鑑賞が趣味という会社員、街のコミュニティに興味のある社会学を学ぶ学生、まったく縁のない世界だからこそ覗いてみたかったという公務員など。「気分転換、癒されたいという方、経験を通してアートを楽しみたいという方たちがほとんどです。しかしなかには、何度も、それこそ毎週のように参加される方もいて、そうなってくると、もう当事者なんですよね。アーティストや主催者と同じモチベーションに近くなります。協働制作者のような関係なんです」

「Slow Art Collective」のワークショップに参加する正則学園の高校生(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

「Slow Art Collective」のワークショップに参加する正則学園の高校生(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

なかでも天馬船プロジェクトは、最も規模の大きく、関わり方もさまざまだ。
ミニの天馬船一万艘で、常盤橋→日本橋まで日本橋川を流すタイムトライアルのイベントだ。1艘1口1000円の寄付金でミニ天馬船に好きな名前を登録してみるのものも良し、日本橋川を流れるミニ天馬船の眺めを愛でるのもよし、ボランティアとして準備、当日の運営、後片付けなどに関わるのもあり。
「天馬船プロジェクトは、実行委員会から日々の作業まで全てがボランティアの方によって支えられているといっても過言ではありません」
NPO法人、町内会、デベロッパーの担当者――同じ街づくりという同じ分野で違う立場で活動するメンバーがまるで文化祭のようにプロジェクトを盛り上げる経験は、今後の街の未来にも大きな強みになるだろう。参加費用は活動費の助成とともに、河辺の活性化、浄化活動を行う団体への寄付に活用している。

今年の開催は10月29日(日)8時から。写真は去年のプロジェクトの様子。1万のミニチュア和船が流れる様子に、道行く人も足を止める。水運や物流の要だった日本橋川が注目されるきっかけにもなる(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

今年の開催は10月29日(日)8時から。写真は去年のプロジェクトの様子。1万のミニチュア和船が流れる様子に、道行く人も足を止める。水運や物流の要だった日本橋川が注目されるきっかけにもなる(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

「このミニ天馬船にタグを付ける手作業は、地域に暮らす女性たちが手伝いにくれているのですが、おしゃべりしたり、すごく楽しそうですよ」(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

「このミニ天馬船にタグを付ける手作業は、地域に暮らす女性たちが手伝いにくれているのですが、おしゃべりしたり、すごく楽しそうですよ」(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

アートとコミュニティで、社会的課題にアプローチする

アートに触れることで、今直面する社会的課題に気づく契機にもなる。
「コミュニティ・アートやソーシャリー・エンゲイジド・アートと呼んでいますが、美術館という場を飛び出して、観客を巻き込みインタラクティヴな実践を行うことで、社会的な課題に感じることができるはず。見る人が一方的に鑑賞するのではなく、参加者が心を開いて受け止める、その一連のプロセスがアートなんです」
前述の「超分別ゴミ箱2023」では当然、そのゴミの量に圧倒されるだろうし、「天馬船プロジェクト」では、川の汚れ、ゴミの多さに衝撃を受けるだろう。

単発のワークショップだけでなく、それ以前の準備段階からもそれは始まっている。
「そもそも、コミュニティの形成をプロジェクトの主眼とする場合、アイディアや活動そのものを、アートは専門外の参加者が決めていく場合もあります。アーティストが全ての意思決定になるわけではありません。
主導する意思を大切にファシリテートするのがアーティストの役割なんです」

2023年11月3日に神田の路上で開催される「なんだかんだ」。神田錦町の路上を封鎖して道路全面に畳を敷き、「縁日」に。畳があると、のんびり寛いでしまうもの。ワークショップや演劇も開催され、通常では行えないコトが可能になった空間で、普段あまり設定のない人たちとの交流が体験できる。写真は昨年の様子(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

2023年11月3日に神田の路上で開催される「なんだかんだ」。神田錦町の路上を封鎖して道路全面に畳を敷き、「縁日」に。畳があると、のんびり寛いでしまうもの。ワークショップや演劇も開催され、通常では行えないコトが可能になった空間で、普段あまり設定のない人たちとの交流が体験できる。写真は昨年の様子(画像提供/東京ビエンナーレ事務局)

街の歴史をアートで刻み、街の文化を保存する

「歴史と未来」もテーマのひとつ。東京の「記憶」を呼び覚ますことは、未来の可能性を考えることに不可欠だからだ。その舞台となるのが、再開発がどんどん進む東京において、歴史を感じさせてくれる建造物だ。

例えば、もともとは紳士服のディーラーだった海老原商店は関東大震災後の復旧時期に建てられた建物。今年の展示のテーマは「パブローブ:100年分の服」。関東大震災から現在まで100年の間に着られた服を募集し、見るだけでなく「着ることができる」体験型の展示だ。1930年代から2000年代までの服がずらりと並び、本人だけでなく、母や祖母が大切に保管していた服もある。
そして、服にはそれぞれ、その服にまつわる逸話が記されている。その文章をひとつひとつ読むだけで、その服の時代性と、個人個人の物語が浮かび上がってくる。男女雇用機会均等法の黎明期に働きだした女性のスーツ、祖母が祖父のために縫った浴衣、晴れのシーンに特別に誂えたワンピース、曾祖父が戦中に着ていた国民服……。
美術館に飾られているのではなく、実際に袖に手を通すことで、その物語がずっとリアルに感じられる。
職人によって丁寧に縫製されたワンピースは50年以上たった今も現役。ファストファッション中心の廃棄の多いファッション業界を少しだけ見直すきっかけにもなるかもしれない。

一部の展示のみの服を除けば、実際に着ることができる。着たまま街に出かけることもできるので、レトロな街並みと一緒に撮影をする若い世代が多いそうだ(写真撮影/片山貴博)

一部の展示のみの服を除けば、実際に着ることができる。着たまま街に出かけることもできるので、レトロな街並みと一緒に撮影をする若い世代が多いそうだ(写真撮影/片山貴博)

提供してくださった方の祖母が子どものころ、1920年代に着ていた着物、戦中の国民服から、1980年代に大流行していたブルゾンまで(写真撮影/片山貴博)

提供してくださった方の祖母が子どものころ、1920年代に着ていた着物、戦中の国民服から、1980年代に大流行していたブルゾンまで(写真撮影/片山貴博)

千代田区が指定した景観重要建造物である海老原商店(写真撮影/片山貴博)

千代田区が指定した景観重要建造物である海老原商店(写真撮影/片山貴博)

スクラップ&ビルドで変化し続ける東京の街並みのなか、かろうじて残っている歴史的建築物を舞台に、「記憶をつなげる」アートも展開している。
例えば、巨大な顔看板が目立つ「顔のYシャツ」。元は紳士服のオーダー店だが、この看板は60年以上も前から、この神田の街にあるもの。ただ、実はすでに解体が決まっている。

オフィスビルの多い神田の街に突如現れる看板。初代店主の青年時代の似顔絵が元だとか(写真撮影/片山貴博)

オフィスビルの多い神田の街に突如現れる看板。初代店主の青年時代の似顔絵が元だとか(写真撮影/片山貴博)

「目立つでしょう。ここに昔から住んでいる人にとっては、あって当たり前の存在なんですよね。子どものころの思い出に強力に結びついているんです」。取り壊しまでの期間、こうして「誰でも訪れることができる」ギャラリーに。Tシャツやワッペンなどグッズも販売している。実際に使っていた包装紙をモチーフにしたアイテムもおしゃれだ。
古い建物が壊されてしまう流れは止めようもない。しかし、いきなり解体、瓦礫の山になるのではなく、ゆっくり時間をかけて、お別れを言う。そんな猶予を与える役目もあるだろう。

室内は、自分の人生を振り返るような、ひとつずつ言葉を巡るギャラリーに(写真撮影/片山貴博)

室内は、自分の人生を振り返るような、ひとつずつ言葉を巡るギャラリーに(写真撮影/片山貴博)

この「顔」をモチーフにしたTシャツやステッカーなどグッズ化するほか、そっくりコンテストやお面をつけたパーティなども企画(写真撮影/片山貴博)

この「顔」をモチーフにしたTシャツやステッカーなどグッズ化するほか、そっくりコンテストやお面をつけたパーティなども企画(写真撮影/片山貴博)

「とはいえ、“アートに興味がある”人が限定されているのも事実です。ただ、前回ボランティアで参加した方の多くが今回も参加していることから、少しずつ広がっていくんじゃないでしょうか。当初は懐疑的だった協賛企業の方も、実際に利用者の反響を聞いたことで、ぐっと今年は前向きに参加してくださっているケースもあります」
アートは、言葉や年齢を超える力があり、ただ鑑賞する、だけではなく、体験する、参加する行為は、より能動的だ。これらの活動が継続されれば、それだけ街の文化として定着し、アートを媒体としたコミュニティは街の魅力になるだろう。

●取材協力
東京ビエンナーレ

これが図書館? 全面ガラス張りの開放的な空間。大企業が始めたコミュニティ型図書館「まちライブラリー」を見てきました 西東京市

地縁型のつながりが薄れ、都会では近隣に暮らす人たちと接点をもつのが難しくなっています。そこで、地域密着のゆるやかなコミュニティの入口として、全国に増えているのが「まちライブラリー」です。本を介して気軽に人と関わることができるコミュニティ型の図書館。自宅やお店の一角に本を置いて、誰もが気軽に始められるというので人気があり、今や登録数は1000件以上にのぼるのだとか。

そんなまちライブラリーのひとつが、新たに6月末、東京都西東京市に誕生しました。資本力のある大企業がバックアップすることで、これまでとはまた違う、市民にとって嬉しい空間が生まれている。そんな先行事例を見てきました。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)が始めた「まちライブラリー@MUFG PARK」です。

広大な芝生広場の中に建つ「まちライブラリー@MUFG PARK」(写真撮影/田村写真店)

広大な芝生広場の中に立つ「まちライブラリー@MUFG PARK」(写真撮影/田村写真店)

まちライブラリーとは?

五日市街道から一歩入ると、都会の喧騒を離れ、すっぽりと木々に囲まれた緑豊かな空間が広がります。気持ちのいい芝生奥に見えてきたのは、屋根の大きい低層の建物。

2023年6月下旬にオープンしたばかりの「まちライブラリー@MUFG PARK」です。すでに休日は1000人以上が訪れるというこの図書館。一体どんな場所なのでしょう。

「まちライブラリー@MUFG PARK」入ってすぐの雰囲気(写真撮影/田村写真店)

「まちライブラリー@MUFG PARK」入ってすぐの雰囲気(写真撮影/田村写真店)

もともと東京都西東京市のこの場所には、三菱UFJ銀行の福利厚生施設、約6ヘクタールほどの広い敷地がありました。敷地内のスポーツ施設、芝生の広場がリニューアルして一般市民向けに開放されるのと同時に新設されたのが「まちライブラリー@MUFG PARK」です。

まちライブラリーは、蔵書や寄贈の本を貸し出す形で、個人がどこでも気軽に始められる図書館のしくみ。自宅やお店の一角に少数の本を置くだけもよし、固定した拠点がなくてもピクニックのように本を囲んで集まる場さえあれば始められます。2014年に始まって以来、これまでに登録された数は1026件。そのうち800件がいまもアクティブに活動しています。

館内の様子。壁一面に設置された本棚は全長35m。日々新たな本が持ち込まれ、蔵書は増えている。本の貸し出しは2週間3冊まで(写真撮影/田村写真店)

館内の様子。壁一面に設置された本棚は全長35m。日々新たな本が持ち込まれ、蔵書は増えている。本の貸し出しは2週間3冊まで(写真撮影/田村写真店)

この取り組みを始めた一般社団法人「まちライブラリー」代表の礒井純充さんは、理由をこう話します。

「まちのことって、みんな関心があるようで、意外と関心をもちにくいですよね。周りが『いいまちをつくりましょう』と言っても、みんな自分の生活のほうが大事。でも、地域で活動を始めてみると、自然とまちを意識するようになるんじゃないかと思ったのです。

例えば小さな図書館を始めれば、利用するのは必然的に地域の人たちになります。子どもの居場所になったり、シニアの人たちが協力してくれたり。自分は一人で生きているのではなく、まちの一員として生きていることが実感としてわかってくる。すると初めて、まちのことを考え始めます」

まちライブラリーの創設者である礒井純充さん。もとは森ビルに勤め、まちづくりに携わってきた方(写真撮影/田村写真店)

まちライブラリーの創設者である礒井純充さん。もとは森ビルに勤め、まちづくりに携わってきた方(写真撮影/田村写真店)

もう一つの理由は、個人の力でできることの大きさを提示したかった、というもの。

「私たちは組織や資本がないと何もできないと思いがちですが、個人のできることって意外と大きいと思うんです。例えば家庭で親が子どものお弁当をつくるのは、家族にとって大事な役割ですが、あくまで個人の思いでやっていることです。そこには組織も資本も貨幣も必要ない。そんな我々の日常的な行動が、じつは社会全体のインフラをつくっている面があるのではないかと思うんです」

話してもOK、飲食もOKのライブラリー

中へ入って驚いたのは、一般の図書館と違って、館内で自由に話をしてもいいし、飲食もOKなこと。お茶を飲みながら本を読む人がいたり、打ち合わせをする人がいたり、子どもたちが走り回って遊んでいたり。本が介在しながら、異なる世代が自由に時間を過ごせるコミュニティスペースなのです。

どのまちライブラリーもそうではないですが、ここでは十分なスペースが確保できるため、自由に遊びまわる子どもたちと、静かに本を読みたい人たちとが同じ空間を共有できています。おしゃれなカフェに近い雰囲気。

広く明るい空間。本棚のほかにゆっくり腰掛けられる椅子とテーブル、奥には子どもたちが遊べるスペースも(写真撮影/田村写真店)

広く明るい空間。本棚のほかにゆっくり腰掛けられる椅子とテーブル、奥には子どもたちが遊べるスペースも(写真撮影/田村写真店)

「小学校が終わると子どもたちがわーっとやってきて、ただいま~なんて言う子もいるんです(笑)。宿題をやる子や、そのまま芝生に出て行って遊ぶ子などいろいろですけど、子どもたちだけで訪れても、安心して過ごすことができる居場所になっています」

一般社団法人「まちライブラリー」のスタッフであり、マネージャーの藤井由紀代さんはそう教えてくれました。

一般社団法人「まちライブラリー」のスタッフであり、マネージャーの藤井由紀代さん(写真撮影/田村写真店)

一般社団法人「まちライブラリー」のスタッフであり、マネージャーの藤井由紀代さん(写真撮影/田村写真店)

スタッフの数も充実しているため、お客さんとの交流も丁寧にできる。一般的な図書館では本の貸し出し手続きのときしか接しませんが、好きな本の話で盛り上がったり、世間話をしたり。

そのコミュニケーションに一役買っているのが、本につけている感想カードです。カードには、まず本の寄贈者が自分自身のことや本の感想を記入します。その後、借りて読んだ人が一言感想を書き入れて、また次へ。一冊の本が人と人をつないでいく流れが、カードによって可視化されます。

「はじめは、古い本が多いわね、なんて言っていらした方が、メッセージカードを見て、『この本、亡くなった奥さんが大事にしていらした本なんですって。私読んでみるわ』と言って借りていかれたり。スタッフが、カードの感想を紹介しながら本をお勧めすることもあります。自然と話が弾みます」(藤井さん)

感想カード。本の寄贈者が本の感想を記入し、その後、借りた人たちが一言ずつ感想を書き入れるようになっている(提供:まちライブラリー)

感想カード。本の寄贈者が本の感想を記入し、その後、借りた人たちが一言ずつ感想を書き入れるようになっている(提供:まちライブラリー)

子どもたちが遊べるスペースも(写真撮影/田村写真店)

子どもたちが遊べるスペースも(写真撮影/田村写真店)

なぜ金融機関がコミュニティの場を?

本を寄贈するのはまちの人たち。運営するのは一般社団法人「まちライブラリー」ですが、「まちライブラリー@MUFG PARK」は、MUFGという大企業により設立されました。ここまで大きなまちライブラリーはこれまでにも多くはありません。

MUFG経営企画部ブランド戦略グループの松井恵梨さんは、こう話します。

「2019年ごろから、弊社でも社会貢献への考え方に変化がありました。世の中でSDGsといったことが言われ始めて、社員のエンゲージメント(会社や組織に対する愛着心)が重視されるようになって。

社会貢献活動の一環として、もともと自社でもっていたこの場所を活かすことができないかと考えたんです。いろいろ検討するなかで、まちライブラリーの取り組みを知りました」

MUFG経営企画部ブランド戦略グループの松井恵梨さん(写真撮影/田村写真店)

MUFG経営企画部ブランド戦略グループの松井恵梨さん(写真撮影/田村写真店)

このライブラリーを新設するのはもちろん、維持していくにもそれなりのコストがかかります。ですが、額面の話だけでなく、本件はMUFGの社会貢献としても大きなチャレンジだったといいます。

「新しくハードをつくっただけではなく、オープンより2年前から、社員全員に呼びかけて、ここをどんな場所にしていくかを話し合うワークショップを行ってきました。地域の人もお招きして、月に2~3度集まってフィードバックをし合いながら。結果的に、全社員の中から約300名がボランティアで参加してくれました」

こうしたワークショップを通して、オープン後にライブラリーで開催するイベントの企画を考案。すでに地産の野菜を販売するマルシェの開催や、星空観察会などの企画が進んでいます。一方、地域の人たちや、市民団体が主催するイベントをこの場所でも積極的に提供していく予定です。

館内からの眺めもいい(写真撮影/田村写真店)

館内からの眺めもいい(写真撮影/田村写真店)

同じく同社のブランド戦略グループの森川貴博さんが、活動の背景を教えてくれます。

「当グループでは自社のブランドをどう変えていくかを考えているわけですが、最近は外に対してだけでなく、社内でのイメージ、社員の働き甲斐や誇りといったことがとても重要になっています。

4年前から社員が誰でも社会貢献の企画を出せる取り組みが始まりました。一人一人が地域に何ができるのか、自分の身近でできることがないかを考えて提案する。

その提案が社会貢献として意義あるものであれば、1件あたり最大50万円の予算をつけます。2022年度はグループ内で240件ほどの申請があり、約3500人の社員参加がありました。こうした試みを通して地域に対する活動がかなり増えているんです」

MUFGでは「業務純益の約1%」をビジネスでアクセスしにくい社会課題に対して社会還元すると公表しています。(2021年度の社会貢献活動費の実績は81.5億円)

子ども食堂でクリスマスパーティーを開く企画や、地域の人たちを巻き込んで清掃活動を行うといった公共性の強いものなど、社員が身近なところで関心をもち、社会課題の解決につながることを後押し。その内容は多岐にわたります。

MUFG経営企画部ブランド戦略グループの森川貴博さん(写真撮影/田村写真店)

MUFG経営企画部ブランド戦略グループの森川貴博さん(写真撮影/田村写真店)

もともと日本の企業は、地域に寄り添う社会的な存在だった

まちライブラリーの礒井さんは、こうした企業の姿勢を、日本企業がかつてもっていた、本来あるべき姿ではないかと話します。

「近江商人の三方よしではないですが、もともと日本の企業は、社員や家族、地域に寄り添って社会的なものであろうとしてきた企業文化があったと思うんです。僕が社会に入った40年ほど前はまだそうでした。

それが変わったのはバブルが弾けて、ここ20~30年のことだと思います。景気が後退して日本企業が自信を失いつつあったところにアメリカ流の金融資本主義や合理性第一主義の考え方が入ってきた。

でもいま、そうしたアメリカ式の企業のあり方は限界を迎えていて、再び日本式の企業のあり方が注目されています。日本的な企業がもっていた公共性が再評価されて、本来あるべき形に企業が戻ろうとしているのではないでしょうか」

本の上段に並ぶのはカラフルな「タイムカプセル本箱」。「思い出や、何年後かの自分への手紙を入れるなど人それぞれに楽しんでもらえたら」と礒井さん(写真撮影/田村写真店)

本の上段に並ぶのはカラフルな「タイムカプセル本箱」。「思い出や、何年後かの自分への手紙を入れるなど人それぞれに楽しんでもらえたら」と礒井さん(写真撮影/田村写真店)

一方で、大きな組織だけでなく、個人の変容が大事。礒井さんが書かれた『まちライブラリーのつくりかた』(学芸出版社 刊)の一説が印象的です。

「いまの社会は、大きな火力を使って、大きな鍋でシチューやカレーを煮ているようなものだと感じています。…大きなものを力ずくで変えるのではなく、中にいる一人一人が変わっていくことで、いいものに変えていくという方法があると思います」

おいしいカレーをつくるには鍋の中の具材一つ一つがおいしくなる必要がある。つまり社会にとっても一人一人が大事。その流れに大企業の資本が入ることで、個人の力がより大きな力になったりする。まちライブラリー@MUFGは、まさにそんな企業が個人の力をエンパワーしている例かもしれません。

(左から)森川さん、松井さん、礒井さん、藤井さん(写真撮影/田村写真店)

(左から)森川さん、松井さん、礒井さん、藤井さん(写真撮影/田村写真店)

●取材協力
まちライブラリー@MUFG

【渋谷駅30分以内】家賃相場が安い駅ランキング2023年。1位・2位は5万円代の小田急小田原線の駅

近年の大規模再開発により大型商業施設が次々と誕生し、幅広い世代が楽しめる街へと変ぼうしている渋谷駅。JR各線をはじめ東急電鉄の東横線・田園都市線、京王井の頭線、東京メトロの銀座線・半蔵門線・副都心線が乗り入れており、日々多くの人が利用するターミナル駅でもある。そんな渋谷駅の近くに住まいがあれば、渋谷にふらっと出かけやすいのはもちろん、乗り入れ路線を利用して各方面へ向かうのも便利だろう。そこで渋谷駅まで30分以内にある駅の家賃相場を調査した。シングル向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が安い駅トップ15を紹介しよう。

渋谷駅まで電車で30分以内にある家賃相場が安い駅TOP16

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/渋谷駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 生田 5.6万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/27分/2回)
1位 読売ランド前 5.6万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/30分/2回)
3位 宿河原 6.4万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/26分/1回)
4位 久地 6.48万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/24分/1回)
5位 向ヶ丘遊園 6.5万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
5位 和泉多摩川 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/25分/2回)
5位 戸田公園 6.5万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/28分/0回)
5位 狛江 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/23分/2回)
9位 武蔵浦和 6.6万円(JR埼京線/埼玉県さいたま市南区/29分/0回)
10位 大倉山 6.65万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/30分/1回)
11位 和光市 6.7万円(東京メトロ有楽町線/埼玉県和光市/30分/0回)
11位 日吉本町 6.7万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/29分/1回)
11位 青葉台 6.7万円(東急田園都市線/神奈川県横浜市青葉区/28分/0回)
14位 井荻 6.8万円(西武新宿線/東京都杉並区/30分/2回)
14位 喜多見 6.8万円(小田急小田原線/東京都世田谷区/21分/2回)
14位 日吉 6.8万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/21分/0回)
※17位~30位は記事末に記載

1位&2位には小田急小田原線の隣り合う駅がランクイン

今回、調査の基点にした渋谷駅周辺にあるシングル向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場は13万300円。そんな渋谷駅の30分圏内にある駅のうち、家賃相場が最も安かったのは生田駅と読売ランド前駅。小田急小田原線の隣り合うこの2駅が、家賃相場5万6000円で同額1位に並んだ。

読売ランド前駅(写真/PIXTA)

読売ランド前駅(写真/PIXTA)

読売ランド前駅から小田急小田原線の各駅停車に乗ると次が生田駅、そこから2駅目の登戸駅で快速急行に乗り換えて下北沢駅へ。そして京王井の頭線に乗ると渋谷駅まで計約27分~30分。両駅ともに、小田急小田原線の通勤準急~快速急行を乗り継ぐと新宿駅まで25分以内で行くことも可能だ。この2駅は直線距離で1.3kmほどしか離れておらず、所在地はどちらも神奈川県川崎市多摩区。住環境はさほど大きく違いはないが、読売ランド前駅の北側一帯は日本女子大学のキャンパスを含む丘陵地が広がり、住宅地は駅の南側が中心となっている。一方の生田駅は明治大学や専修大学の最寄り駅でもあり、駅周辺で学生の姿を見かけることがより多いだろう。

読売ランド前駅、生田駅ともに駅周辺にはスーパーやコンビニ、ドラッグストア、100円ショップなど日常生活を支える店舗がそろっている。学生が多い街にしてはリーズナブルな飲食店が豊富というほどにはないが、ラーメン店やファストフード店など気軽に利用できるお店も両駅の間に点在している。家賃相場がリーズナブルで大学に近いことから、このエリアは学生が一人暮らしする街としてニーズが高く、一人暮らし向け物件も豊富。時期によっては空き物件数が少ないこともあるだろうが、物件数が多いだけに自分好みの住まいを探しやすいかもしれない。

3位にはJR南武線・宿河原駅が家賃相場6万4000円でランクイン。1位の読売ランド前駅・生田駅と同じ神奈川県川崎市多摩区に位置している。渋谷駅に向かうには、JR南武線で3駅目の武蔵溝ノ口駅から東急田園都市線・溝の口駅に乗り換える。すると計約26分で渋谷駅にたどり着く。ちなみに4位のJR南武線・久地駅(家賃相場6万4800円)は、宿河原駅から武蔵溝ノ口方面行きに乗って1駅目だ。

宿河原駅(写真/PIXTA)

宿河原駅(写真/PIXTA)

さて、宿河原駅と言えば「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」の最寄り駅の一つ。1駅隣の登戸駅のほうが最寄り駅として知られているが、宿河原駅からも歩いて15分ほど。そんなご縁から、駅の発車メロディは藤子作品のアニメ曲が使用されている。ミュージアムがある駅南側には、『ドラえもん』や『パーマン』のキャラクターが看板や店内を彩る特別仕様の「ローソン 宿河原駅前店」などのコンビニやスーパーがある。駅の北側にもコンビニやスーパーがあり、さらに北に進むと多摩川の河川敷へ。息抜きに川沿いを散歩やジョギングするのもいいだろう。

渋谷・池袋・新宿まで30分以内で行ける駅もランクイン

ここまで見てきた読売ランド前駅、生田駅、宿河原駅の3駅と、5位・向ヶ丘遊園駅(家賃相場6万5000円)は、いずれも川崎市多摩区にある。そして4位・久地駅が位置するのはその隣町、川崎市高津区。さらに向ヶ丘遊園駅と同額5位となった和泉多摩川駅と狛江駅は、川崎市多摩区と多摩川を挟んで隣接する東京都狛江市の駅。つまり上位7駅は多摩川にほど近いエリアに集中しているわけだ。この7駅から気になる物件をいくつかピックアップして、まとめて下見のために物件めぐりをするのもよさそうだ。

トップ15の駅のうち、渋谷駅まで乗り換え0回だったのは5駅。そのうち家賃相場6万6000円で9位にランクインした、JR埼京線・武蔵浦和駅について見てみよう。同駅は埼玉県さいたま市南区に位置し、JR埼京線の通勤快速に乗ると渋谷駅まで約29分。途中の停車駅である池袋駅までは約19分、新宿駅までは約24分で行くことができ、都心部までのアクセスのよさが魅力だ。

武蔵浦和駅(写真/PIXTA)

武蔵浦和駅(写真/PIXTA)

9位・武蔵浦和駅には改札内外に多彩な店舗を備えた駅ビル「ビーンズ武蔵浦和」が併設されているほか、食品フロアや飲食店街がある「マーレ」が直結。また、駅周辺はさいたま市の副都心に位置付けられており、近年の再開発により高層マンションや大型施設も林立している。その一つ、駅西口とペデストリアンデッキでつながる複合公共施設「サウスピア」には、区役所や図書館が入っているのも便利なところ。駅周辺の再開発は現在も進行中で、2024年夏には西口側に「商・住・職」一体型の大規模複合施設が開業予定。さらに駅東口側でも再開発が検討されており、今後もさらなる発展が見込まれる。

渋谷駅まで乗り換え0回、かつトップ15で渋谷駅までの所要時間が最短と言う便利な駅も14位にランクイン。それは東急東横線の通勤特急に乗ると渋谷駅まで4駅・約21分で行ける日吉駅で、家賃相場は6万8000円だった。この駅には東急目黒線と横浜市営地下鉄グリーンラインも通っているほか、2023年3月に開業した東急新横浜線の停車駅としても注目を集めた。同路線の開業にともなって日吉駅の約2.2km南方には、新たに新綱島駅も誕生。この新路線・新駅の誕生を契機に日吉駅~新綱島駅間のエリアでは再開発ラッシュを迎え、大型マンションも誕生している。そうした背景もあってかここ数年の家賃相場は上昇傾向にあるが、駅前に慶應義塾大学の日吉キャンパスがあることから学生の一人暮らし向け物件が豊富な街でもある。

日吉駅前の様子(写真/PIXTA)

日吉駅前の様子(写真/PIXTA)

14位・日吉駅には地下1階~地上3階に多彩な店舗が展開する駅ビル「日吉東急アベニュー」が併設されており、駅前にも商店が立ち並んでいる。飲食店も豊富で、「ラーメン激戦区」と言われるほど個性的なラーメン店が多いのは学生の街らしいところだろう。また、日吉駅を通る東急東横線は東京メトロ副都心線と直通運転されているため、新宿三丁目駅や池袋駅にも1本で行ける。同様に東急目黒線は目黒駅から先で都営三田線または東京メトロ南北線と直通運転される列車に分岐し、三田線沿線の大手町駅や神保町駅、南北線沿線の永田町駅や市ケ谷駅など、都心の各方面に乗り換えせずに行くことができるのも日吉駅の魅力と言えるだろう。

17位~30位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている渋谷駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/11~2023/5
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2023年5月29日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

日本橋兜町がウォール街からおしゃれタウンに大変貌! 「BANK」「K5」など旧銀行跡のカフェ、レストラン、ホテル、バーなど勢ぞろい

東京都の日本橋兜町・茅場町は、「日本のウォール街」とも呼ばれ、江戸時代から続く金融街として知られていますが、東京証券取引所「立会場」の閉鎖(1999年)を受け、一時期、街の活気が失われていました。ところが、近年は、新しいオフィスビルや商業施設が建設ラッシュ! 金融系スタートアップ企業が集積し、金融の街として復活しただけでなく、個性的な飲食店などにぎわいが生まれ、活気のある街へ生まれ変わりました。再活性化プロジェクトの経緯や話題のスポットを取材しました。

「日本のウォール街」日本橋兜町、再開発で新しい金融・ビジネス・文化の発信地に

日本橋兜町・茅場町は、東京都中央区にある歴史的な「証券・金融の街」です。東京メトロ日比谷線「茅場町駅」の10番出口を出て、平成通りを東京証券取引所へ向かうと、徒歩約1分のところに、日本橋兜町の新しいランドマークである大規模複合用途ビル「KABUTO ONE」があります。

街には歴史的建造物も残っている。右は、大正12年に建てられた旧第一銀行(写真撮影/池田礼)

街には歴史的建造物も残っている。右は、大正12年に建てられた旧第一銀行(写真撮影/池田礼)

日本橋兜町は日本ではじめて株式取引所がつくられた場所。写真は現在の東京証券取引所ビル(写真撮影/池田礼)

日本橋兜町は日本ではじめて株式取引所がつくられた場所。写真は現在の東京証券取引所ビル(写真撮影/池田礼)

KABUTO ONE。地上15階、地下2階、高さ82メートル(画像提供/平和不動産)

KABUTO ONE。地上15階、地下2階、高さ82メートル(画像提供/平和不動産)

KABUTO ONEには、オフィス、商業施設などが設けられ、金融機関や証券会社、IT企業などが多数入居し、約2千人が勤務しています。「日本の食文化と生産者を応援する食堂」をコンセプトにした「KABEAT(カビート)」やカフェ「KNAG(ナグ)」、スリランカレストラン「HOPPERS(ホッパーズ)」があり、平日でもにぎわいを見せています。

カフェ「KNAG」は、コミュニティスペースとしても利用できる(画像提供/平和不動産)

カフェ「KNAG」は、コミュニティスペースとしても利用できる(画像提供/平和不動産)

「KABEAT」。店内は、200坪、220席の広々とした大空間(写真撮影/池田礼)

「KABEAT」。店内は、200坪、220席の広々とした大空間(写真撮影/池田礼)

「KABEAT」ではお酒も提供(写真撮影/池田礼)

「KABEAT」ではお酒も提供(写真撮影/池田礼)

永代通りと平成通りの交差点に面するKABUTO ONEのガラス張りの大空間(アトリウム)には、世界最大規模のキューブ型大型LEDディスプレイThe HEARTがあります。「金融の心臓」を象徴して設けられたもので、マーケットの動向に連動して色が変わり、視覚的にマーケットを感じることができます。

高さ約14m、3層吹き抜けのアトリウム。見上げると巨大なThe HEARTがある(写真撮影/池田礼)

高さ約14m、3層吹き抜けのアトリウム。見上げると巨大なThe HEARTがある(写真撮影/池田礼)

株価が上昇すると赤に変わる(画像提供/平和不動産)

株価が上昇すると赤に変わる(画像提供/平和不動産)

現在の活況からは想像がしにくいですが、長年日本経済の中心地として発展してきた日本橋兜町・茅場町が、衰退の危機を迎えた時期があります。1999年、株券の電子化やインターネット取引などにより、東京証券取引所株券売買の立会場が閉鎖された影響で、多くの証券会社が移転し、活気を失ってしまったのです。

このような状況を打開するため、平和不動産は、2014年から現在に至るまで、日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクト(以後、再活性化プロジェクト)を進めています。プロジェクトの第一弾として建設されたのが、KABUTO ONEでした。KABUTO ONEは、金融関連の情報発信や人材育成のためのオフィス、投資家と企業の対話・交流促進を図るための施設。東京都が掲げる「国際金融都市・東京」構想の一翼を担っています。

KABUTO ONEには、ホールや飲食店があり、周辺には、2020年に開業したホテル「K5」のほか、飲食店を設けた複合施設「BANK」などが続々オープンしています。日本橋兜町・茅場町は、今まさに、東京の新しい金融・ビジネス・文化の拠点として、生まれ変わろうとしているのです。

KABUTO ONEを中心に店舗などが次々と建設されている(画像提供/平和不動産)

KABUTO ONEを中心に店舗などが次々と建設されている(画像提供/平和不動産)

新たに金融人材育成や起業を支える機能を街にプラス

当初から再活性化プロジェクトに携わっている平和不動産ビルディング事業部の伊勢谷俊光さんに経緯を伺いました。

「日本橋兜町は、明治時代、東京実業界の有力者であった渋沢栄一らにより、東京株式取引所がつくられ、その後も為替会社や通商会社などが設立されてきた歴史のある街です。再活性化プロジェクトのために行った有識者の座談会では、証券の街、金融の街というアイデンティティを守りながら、渋沢栄一の新しいことにチャレンジするマインドを継承しようと話し合いました。具体的には、金融人材の育成や海外からのスタートアップ企業受け入れ、投資家と企業の対話交流促進など、起業の拠点となる取り組みを推進しています」(伊勢谷さん)

取り組みの一環として、2017年に、資産運用を行う国内のスタートアップ企業や、海外から日本に進出する資産運用企業等を対象にしたサービスオフィス「FinGATE」シリーズをスタートしました。

FinGATE KAYABAを皮切りに、FinGATE KABUTO、FinGATE BASE、FinGATE TERRACE、FinGATE BLOOMの計5施設を展開しています。

FinGATE BLOOMの会議スペース(画像提供/平和不動産)

FinGATE BLOOMの会議スペース(画像提供/平和不動産)

「FinGATEシリーズは、FinTech(フィンテック)など金融ベンチャー企業や金融専門サービス事業者の発展への貢献にフォーカスした施設で、2023年6月現在、計5施設に約60社が入居しています。FinGATE KAYABAは、資産運用を中心とした金融ベンチャー企業を集めた施設。FinGATE KABUTOは、海外から運用会社として日本に来る企業を受け入れるためのもので、支援にあたる東京都の執行機関も入居しています」(伊勢谷さん)

※FinGATE……金融と技術を組み合わせた造語で、金融サービスと情報技術を結びつけた革新的な動きを指す。

FinGATEシリーズでは、金融サービスの立ち上げや経営に必要なオフィスなどのインフラ設備のみならず、起業家同士が交流できるスペースなど、コミュニティ機会の創出や行政連携支援などを充実させていることが特徴です。

1923年竣工の旧第一国立銀行をリノベした「K5」

再開発の目的は、金融の発展効果だけではありません。街の課題を解決し、さらに、にぎわいを生み出そうと、リニューアルとリノベーションを並行して進めてきました。

「再開発前は、細分化された土地に老朽化した建物が密集して立ち並び、地震や火事などの災害に弱いという課題がありました。KABUTO ONEは、中間層免震構造を取り入れ、The HEARTでNHK放送など災害情報を発信します。災害時の帰宅困難者受け入れ施設として指定を受けました」

街を盛り上げるために、飲食を中心とした店舗の誘致にも力を入れてきました。建物のリノベーションや内装含めて好評で、訪れた人からは、「街づくりにポリシーを感じる」「センスのいい街だね」という感想が寄せられているといいます。オリジナリティのある飲食店が多く、「どうやって個性的な店舗を集めることができたの?」という質問も多いそうです。

「もともと、日本橋兜町は、建物の1階部分が店舗ではなく証券事務所になっているビルが多かったため、外から人が来て回遊するような場所がありませんでした。店舗がないということは、マーケットがないということなので、店舗を集めるのは難しいエリア。街にはオフィスワーカーが多くて、夜は他のところへ飲みに行ってしまう。新しい人材を街に呼ぶためには、居たくなるような環境をしっかり整える必要があると考えました。クリエイティブな店舗を集めることができたのは、2020年2月に開業したK5の存在が非常に大きかったですね」(伊勢谷さん)

1923年に竣工した歴史的建造物、旧第一銀行の外観を残してリノベーション(写真撮影/池田礼)

1923年に竣工した歴史的建造物、旧第一銀行の外観を残してリノベーション(写真撮影/池田礼)

K5は、旧第一銀行の外観、躯体はそのままに、内部をリノベーションしたホテルと4つの飲食店からなる複合施設です。

石造りで重厚な雰囲気をまとう外観(写真撮影/池田礼)

石造りで重厚な雰囲気をまとう外観(写真撮影/池田礼)

「建物に魅力があり、人を惹きつけたのだと思います。印象深かったのは、米国の代表的なクラフトビールメーカーであるブルックリン・ブルワリーが、『自分たちが街の拠点をつくるんだ』という思いで一緒に取り組んでくれたことです。ブルックリン・ブルワリーは、元気がなかったブルックリンの街にブルックリン・ブルワリー酒造所ができ、そこを拠点に人が集まり、街が盛り上がったという歴史を持っているそうです。ブルックリン・ブルワリーのおかげで、『彼らがいるならやってみよう』という人も増えてきて、エネルギッシュでクリエイティブな方々に興味を持っていただけました」(伊勢谷さん)

K5の地下1階にあるブルックリン・ブルワリー世界初のフラッグシップ店「B(ビー)」(画像提供/平和不動産)

K5の地下1階にあるブルックリン・ブルワリー世界初のフラッグシップ店「B(ビー)」(画像提供/平和不動産)

K5の2~4階を占めるのが、ブティックホテルHOTEL K5です。ストックホルムを拠点に活動する建築家パートナーシップCLAESSON KOIVISTO RUNE(クラーソン・コイヴィスト・ルーネ)が、リノベーションしました。高級インテリアブランドとのコラボレーションも手掛けるデザインチームが、築97年のレトロな趣を活かしながらデザインした内装は、海外の方にも好評です。

「ホテルの利用者は8、9割が海外の方です。リノベーション物件や建物、デザインが好きな方が多いですね。カジュアルに利用したい方は、ビアホールやバーを使ってくださっています」(伊勢谷さん)

客室ごとにタイルが異なり、廊下のタイルと響き合うように一部同じタイルを使用している(写真撮影/池田礼)

客室ごとにタイルが異なり、廊下のタイルと響き合うように一部同じタイルを使用している(写真撮影/池田礼)

ベッドは藍染のカーテンで囲まれ、オリジナルの北欧家具が配されている(写真撮影/池田礼)

ベッドは藍染のカーテンで囲まれ、オリジナルの北欧家具が配されている(写真撮影/池田礼)

図書館とライブラリーが一体化したバーAo。館内だけでなく街の滞在を楽しめるように、宿泊客には兜町のお店で使用できる2000円のクーポンを配っている(無期限)(写真撮影/池田礼)

図書館とライブラリーが一体化したバーAo。館内だけでなく街の滞在を楽しめるように、宿泊客には兜町のお店で使用できる2000円のクーポンを配っている(無期限)(写真撮影/池田礼)

内観は、山梨拠点の造園家「Yard Works」が手掛けたグリーンでいっぱい(写真撮影/池田礼)

内観は、山梨拠点の造園家「Yard Works」が手掛けたグリーンでいっぱい(写真撮影/池田礼)

日本橋兜町・茅場町の見どころは? 話題のスポット「BANK」を紹介

「再活性化プロジェクトの前と後で、明らかに街を歩く人の姿が変わりました」と伊勢谷さん。以前は、スーツを着た人が多かったですが、最近では、私服の人や若い女性も増えていると言います。

話題のスポットをたずねると、2022年12月にオープンした複合施設「BANK」を紹介してくれました。商業施設フロアには、レストラン、カフェ、インテリアショップ、フラワーショップなど、さまざまな店舗が入居しています。注目は、Bakery bank(ベーカリー バンク)。水分量と粉の種類にこだわったパンを提供する人気店です。

Bakery bankの入口(写真撮影/池田礼)

Bakery bankの入口(写真撮影/池田礼)

お店のおすすめは、オリジナル熟成発酵バターを使用したクロワッサン。パリパリサクサクで、中はフンワリもっちり(写真撮影/池田礼)

お店のおすすめは、オリジナル熟成発酵バターを使用したクロワッサン。パリパリサクサクで、中はフンワリもっちり(写真撮影/池田礼)

お店の名前を冠した「BANK」(パンの種類:サワードゥ)も人気。季節変わりで数種類を提供(写真撮影/池田礼)

お店の名前を冠した「BANK」(パンの種類:サワードゥ)も人気。季節変わりで数種類を提供(写真撮影/池田礼)

フラワーショップFlowers fete(フラワーズ フェテ)。ドライフラワーブーケやポプリ、アロマディフューザーを販売(写真撮影/池田礼)

フラワーショップFlowers fete(フラワーズ フェテ)。ドライフラワーブーケやポプリ、アロマディフューザーを販売(写真撮影/池田礼)

「日本橋兜町には、歴史的な建物やそれをリノベーションしたものも多く、非常に見ごたえのある街だと思います。昔の植木市をモチーフにした体験型のグリーンフェスや、個性的な出店を飲みながら街歩きする兜町夜市など、イベントもたくさん開催していますので、日本橋兜町を知る機会として参加してみてください」(伊勢谷さん)

再活性化プロジェクトは、2023年現在も進行中で、2025年には、ハイアットの最新ライフスタイルホテルブランド「キャプション by Hyatt 兜町 東京」が竣工予定。さらに多くの海外のお客さんが街にやってきます。日本橋兜町・茅場町は、金融の街として再生しただけでなく、新たなビジネス・文化の発信地、東京の新しい観光地となりつつあると感じました。発展を続ける街は、海外からやってくる人だけでなく、今まで日本橋兜町・茅場町を訪れることがなかった新しい層の人たちも惹きつけています。個性的なカフェやレストランを巡りながら、金融の昔と今を感じに出かけてみませんか。

●取材協力
・平和不動産株式会社
・KABUTO ONE
・FinGATE
・K5
・BANK

相撲部屋付き賃貸を押尾川親方がプロデュース。朝稽古を見学、ちゃんこを力士と一緒に楽しめる生活って? 墨田区「クリエイティブハウス文花」

“1階が相撲部屋のシェアハウス”というユニークな形態の賃貸マンションが昨年2022年4月、墨田区に誕生しました。朝稽古の見学会やちゃんこ会など住民を招いてのイベントもあるというこのユニークな物件について、親方の思いのほか、管理会社、入居者に話を聞きました。

1階に相撲部屋がある賃貸マンションとは?

1階にコンビニなどの商業施設やクリニックが入っているマンションはよく目にします。「1階に自分の好きな店や、よく使う施設が入っていること」は、物件探しの際にも意外と重要な要素ともいえるでしょう。他にはなかなかない「1階に相撲部屋がある」物件に住んでいるというのは、ちょっと得難い体験ができるのでは?と、思うのですが、実際はどうなのでしょうか?

大都会のなかのローカル線、といった趣のある東武亀戸線小村井駅から歩いて5~10分ほどの住宅街のなかに、モダンなマンションがあります。よく見ると1階の入口に「押尾川部屋」の立派な看板が見えます。これが、相撲部屋のある賃貸マンション「クリエイティブハウス文花」です。

遠目には普通の現代的なマンションに見えるが……(写真撮影/片山貴博)

遠目には普通の現代的なマンションに見えるが……(写真撮影/片山貴博)

相撲部屋の看板が目を引く(写真撮影/片山貴博)

相撲部屋の看板が目を引く(写真撮影/片山貴博)

緊張感漂う相撲の朝稽古を見学

朝8時、朝稽古の様子を見学できるということなので、実際にお伺いしてみました。

この日の見学者は20名ほどいましたが、そのほとんどが外国人です。外国人に交じって稽古場がオープンするのを待ちます。

稽古場は、土俵がすっぽり入るのはもちろん、土俵の横にはすこし広めの板間もあります。力士は、稽古が終わると板間でちゃんこを食べるわけです。

土俵だけでなく、テッポウをするためのテッポウ柱(鏡の前の柱)なども備え付けされている(写真撮影/片山貴博)

土俵だけでなく、テッポウをするためのテッポウ柱(鏡の前の柱)なども備え付けされている(写真撮影/片山貴博)

稽古が始まると、力士はすり足、四股といった基礎練習を黙々とこなします……ふだんテレビで見るような取り組みとは違った迫力があり、力士の真剣さがダイレクトに伝わってきます。

四股を踏む力士たち(写真撮影/片山貴博)

四股を踏む力士たち(写真撮影/片山貴博)

驚嘆したのは、力士たちの股割りの角度です。股割りは、ケガを防止するための、いわゆるストレッチですが、どの力士もほぼ180度の信じられない角度で足を広げて床に突っ伏します。椅子から立ち上がるだけでも体がガクガクするほど運動不足の僕にとってはまさに異次元の世界です。さすが力士です。

基礎練習が終わると、ぶつかり稽古が始まります。真剣に稽古を行う力士の掛け声が真新しい稽古場に響きます。親方や先輩力士が後輩力士に対し、丁寧かつ真剣にアドバイスする様子など、見学者は身動きせず、固唾をのんでその様子を見守っています。

稽古と言えども、迫力はすごい(写真撮影/片山貴博)

稽古と言えども、迫力はすごい(写真撮影/片山貴博)

おそらく、外国人観光客の方には、どんなことがやりとりされているのかは、わからないかもしれません。しかし、その真剣な雰囲気は、十分に感じ取ることができたでしょう。

朝稽古の見学は、8時からスタートし、1時間半ほど見学することになります。誰でも無料で見学することは可能ですが、ふらりと行って見られるわけではなく、開催日と定員が決まっており、事前に申し込みが必要です。時間厳守の上で途中での入退場ができませんので、見る方も本気で見に行かなければいけません。

力士への真剣で丁寧なアドバイス(写真撮影/片山貴博)

力士への真剣で丁寧なアドバイス(写真撮影/片山貴博)

張り詰めた雰囲気の稽古が終わると、一挙に緊張がほぐれます。親方が海外からの見学者に「ウェアーアーユーフロム?」とフランクに声を掛けると、にこやかに「Hong Kong」だとか「France」という答えが。
そうこうするうちに、見学者たちと記念撮影の時間が和やかに始まります。本物の力士さんと写真が撮れるという機会、日本人でもなかなかありません。

ちなみに、昔から「お相撲さんに赤ちゃんをだっこしてもらうと健康で丈夫になる」という言い伝えがありますが、押尾川部屋では、力士に赤ちゃんをだっこしてもらって写真を撮影できる『赤ちゃんだっこ体験会』も開催しています。

戦災を受けずに残った町に相撲部屋が来た

押尾川部屋は、元関脇の豪風だった押尾川親方が2022年に独立し、17年ぶりに再興した相撲部屋です。そのため、稽古場を新しくつくることになり、墨田区の文花に、賃貸マンション付きの相撲部屋を新築しました。

押尾川親方がこの墨田区文花に相撲部屋をつくることを決断したのは、両国国技館からの近さもあるそうですが、地域との交流、地域に愛される相撲部屋を目指すためという目的もあったとのこと。
地域住民ファーストのため、朝稽古の見学は、近隣の方が最優先となっています。実際、取材の日も近隣からの見学者も何名かいらっしゃったようです。

クリエイティブハウス文花と道を挟んだ向かい側は、墨田区京島三丁目の趣のある町並みが広がります。京島二丁目と三丁目は、戦災での空襲を受けなかったため、大正時代の古い町並みが今でも残り、築100年を超えるような長屋もいくつかあります。

大正時代から続く古い住宅が残る趣ある町並み(写真撮影/片山貴博)

大正時代から続く古い住宅が残る趣ある町並み(写真撮影/片山貴博)

珍しい「1階に相撲部屋があるシェアハウス」

クリエイティブハウス文花を管理する不動産会社「エイゼン」は、墨田区のこの地域に物件をいくつか所有していますが、築年数の古い住宅や長屋をシェアハウスとして再生したり、創作活動を行うアーティストや美大生のための住居兼アトリエにリノベーションするなどの物件を、展開しています。

今、押尾川部屋のあるマンションも、数年前までは築90年以上の古い長屋建築でしたが、容積率の関係で、すこし大きめの建物が建てられることから、今回建て替えし、下層階に相撲部屋、上層階にワンルームとシェアハウスというちょっと珍しい形態のマンションとなりました。

元々、墨田区のこの地域に「相撲部屋をつくりたい」と考える親方は多かったようですが、今回はたまたま押尾川親方と、古い建物の建て替えを検討していたエイゼンを地元の銀行が仲介し、この「相撲部屋のある賃貸マンション」が誕生しました。
建物自体はエイゼンが管理し、そこに押尾川部屋が力士の住居も含めて家賃を払って入居する、という形ですが、相撲部屋部分の内装は特別仕様となっており、風呂場やトイレなどのサイズは力士仕様の大きいサイズのものが設置されているそうです。

なお、入居者はエイゼンが運営する近所のトレーニングジムが使い放題になります。もちろん、このジムは力士も使うため、力士用のサイズの大きなトレーニング装置を設置したとのこと。力士と一緒にジムで体を鍛えられるというのも、他にはない魅力のひとつでしょう。

シェアハウスの部屋は、ベッド、机、冷蔵庫などの家具はすでに備え付けされている(シェアハウス平米数:9.56~11.78平米 写真の部屋は9.72平米)(写真撮影/片山貴博)

シェアハウスの部屋は、ベッド、机、冷蔵庫などの家具はすでに備え付けされている(シェアハウス平米数:9.56~11.78平米 写真の部屋は9.72平米)(写真撮影/片山貴博)

シェアハウス部分の共用スペース。キッチン、ダイニングテーブルなど入居者は自由に使える(写真撮影/片山貴博)

シェアハウス部分の共用スペース。キッチン、ダイニングテーブルなど入居者は自由に使える(写真撮影/片山貴博)

窓も大きく、部屋が明るい(ワンルーム)(1K平米数:25.27~25.74平米 写真の部屋は25.27平米)(写真撮影/片山貴博)

窓も大きく、部屋が明るい(ワンルーム)(1K平米数:25.27~25.74平米 写真の部屋は25.27平米)(写真撮影/片山貴博)

賃貸部分の部屋が、普通のファミリータイプの部屋ではなく、ワンルームとシェアハウスという形になっているのは、このマンションのすぐ近くに、大学が2つもあるためです。ただし、実際に入居者を募集したところ、学生よりも相撲が好きな社会人からの問い合わせが多く、なかには、いわゆる“スー女”と呼ばれる相撲好きの女子や、かつて学生相撲などをやっていた会社員など、相撲に関心のある人が入居するなどし、これに関しては、「嬉しい誤算だった」とエイゼンの片桐社長はいいます。

学生だけでなく、相撲好きの人にも人気の物件となったのは結果としてはよかった(写真撮影/片山貴博)

学生だけでなく、相撲好きの人にも人気の物件となったのは結果としてはよかった(写真撮影/片山貴博)

実際に、入居されている島田(仮名)さんは、SNSで「1階が相撲部屋のマンションがある」という情報を知り「なんだか面白そう」ということで、入居しました。入居して間もないため、朝稽古の見学にはまだ行ったことがないそうですが、それよりも先に、押尾川部屋の後援会が主催するちゃんこ鍋食事会には参加されたそうです。

ちゃんこ鍋食事会の様子(写真提供/エイゼン)

ちゃんこ鍋食事会の様子(写真提供/エイゼン)

片桐社長は、「押尾川部屋の力士たちは、人数は少ないものの、健闘している力士たちばかりで、場所が始まると、エイゼンの事務所では相撲中継で押尾川部屋の力士を応援している」といいます。
大相撲の力士は、同じ県出身の力士というだけでも、なんだか気になったり、応援したくなる存在です。ましてや、自分の住んでいるマンションの1階で、いつも稽古をしている力士が、相撲をとっている、しかもその姿がテレビで中継されると思うと、マンション住人の応援の熱の入り方は、ただ事じゃないでしょう。
クリエイティブハウス文花は、住むだけで大相撲中継に対する見方がエキサイティングになるという。なかなかに面白い物件といえます。

マンション住人や地域との交流を促進人の人の繋がりは、力士にとっても力になると語る押尾川親方(写真撮影/片山貴博)

人の人の繋がりは、力士にとっても力になると語る押尾川親方(写真撮影/片山貴博)

押尾川親方によると、感染症対策のため、人の集まるようなイベントは控えていたということですが、今年より、マンション入居者同士や、近隣の住民などを招いた交流会はいくつか計画しているといいます。

マンションからは東京スカイツリーが目の前に大きく見えます。文花周辺は、あまり高い建物がないため、非常に見通しがよく、夜景などは実にきれいだそうです。「でもまあ、見慣れちゃうけどね」と、親方は謙遜しますが、夏には隅田川の花火が大変よく見える位置にあるそうです。
交流会の一環として、7月29日(土)には、押尾川部屋特製のちゃんこを食べたあと、4年ぶりに復活開催される隅田川花火大会をマンション屋上から観覧するイベントが開催されるそうです。

見晴らしが素晴らしいマンション屋上(写真撮影/片山貴博)

見晴らしが素晴らしいマンション屋上(写真撮影/片山貴博)

押尾川親方によると、できれば地域のお祭などへの参加も考えており、地域との交流に関しては可能な範囲で積極的に行っていきたい……とのこと。

当初、親方としては、クリエイティブハウス文花のすぐ近くにある2つの大学に通う学生が、シェアハウスに入居し、若い力士との交流を持ってくれればという思いもあったようです。
親元を離れ、相撲部屋に住み込み、相撲の世界で研鑽を積む若い力士は、どうしても人とのつながりが狭くなってしまいがちだといいます。同じマンションの住人として、境遇の全く異なる同年代の人たちと交流することができると、力士にとっても大変心強いことであり、また、マンションに住む人にとっても得難いものになる……というわけです。
ところが、コロナ禍による行動制限があったためそういった交流もままなりませんでした。
行動制限が解除された今年からは、入居している学生だけでなく、所属力士と住民との交流を積極的に行うことによって、地域に根差した相撲部屋を目指したいとしています。

近所に掲示されていた押尾川部屋のチラシ(写真撮影/片山貴博)

近所に掲示されていた押尾川部屋のチラシ(写真撮影/片山貴博)

ゆくゆくは、押尾川部屋の力士が活躍し、いつかは大関、そして横綱となる日が来ると、マンション住人はもちろん、地域住民も含めて歓喜することになるのは確実です。
マンション住人だけでなく、地域の人々も巻き込んだ相撲部屋の交流が活発になれば、地域全体の盛り上がりにも繋がるでしょう。

●取材協力
クリエイティブハウス文花
押尾川部屋

【東京駅30分以内】中古マンション相場が安い駅ランキング2023年。シングルとファミリー向けの顔ぶれの違いは?

日本を代表するターミナル駅・東京駅。周辺には多数のオフィスや商業施設が林立し、仕事にショッピングにと利用する人も多いだろう。そんな東京駅周辺に住めば便利なのは確かだろうが、住宅価格や生活費が高かったり人出が多かったり、暮らす街としてはネックになる面も。そこで、便利な東京駅までアクセスしやすく、かつリーズナブルな物件が探しやすい駅を調査した。東京駅まで電車で30分圏内にある、シングル向け(専有面積20平米以上~50平米未満)、カップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満)それぞれの中古マンションの価格相場が安い駅トップ15を紹介しよう。

東京駅まで電車で30分以内にある中古マンションの価格相場が安い駅TOP15

【シングル向け】
順位/駅名/価格相場(主な路線名/駅の所在地/東京駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 平間 1580万円(JR南武線/神奈川県川崎市中原区/30分/1回)
1位 鹿島田 1580万円(JR南武線/神奈川県川崎市幸区/29分/1回)
3位 新子安 1935万円(JR京浜東北・根岸線/神奈川県横浜市神奈川区/30分/1回)
4位 船橋 1980万円(JR総武線快速/千葉県船橋市/26分/0回)
4位 青井 1980万円(つくばエクスプレス/東京都足立区/25分/1回)
6位 綾瀬 1989万円(JR常磐線各駅停車/東京都足立区/25分/1回)
7位 小岩 2030万円(JR総武線/東京都江戸川区/19分/1回)
8位 氷川台 2189.5万円(東京メトロ有楽町線・副都心線/東京都練馬区/30分/1回)
9位 川口 2319万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/23分/1回)
10位 国道 2370万円(JR鶴見線/神奈川県横浜市鶴見区/30分/2回)
11位 亀有 2380万円(JR常磐線各駅停車/東京都葛飾区/28分/1回)
11位 八丁畷 2380万円(JR南武線/神奈川県川崎市川崎区/30分/2回)
13位 四ツ木 2410万円(京成押上線/東京都葛飾区/30分/1回)
14位 五反野 2450万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
15位 西新井 2480万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)

【カップル・ファミリー向け】
順位/駅名/価格相場(主な路線名/駅の所在地/東京駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 六町 3299万円(つくばエクスプレス/東京都足立区/27分/1回)
2位 小菅 3380万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/25分/1回)
2位 足立小台 3380万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/27分/1回)
2位 青井 3380万円(つくばエクスプレス/東京都足立区/25分/1回)
5位 西船橋 3435万円(JR京葉線/千葉県船橋市/29分/0回)
6位 松戸 3485万円(JR常磐線/千葉県松戸市/27分/0回)
7位 堀切菖蒲園 3490万円(京成本線/東京都葛飾区/29分/1回)
8位 梅島 3499万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/29分/1回)
9位 五反野 3580万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
9位 四ツ木 3580万円(京成押上線/東京都葛飾区/30分/1回)
9位 西新井 3580万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
12位 扇大橋 3599万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/30分/1回)
13位 蕨 3680万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県蕨市/29分/1回)
13位 西川口 3680万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/26分/1回)
15位 下総中山 3780万円(JR総武線/千葉県船橋市/26分/1回)
※シングル向け、カップル・ファミリー向け、それぞれの16位~30位は記事末に記載

昨年のランキング:
東京駅まで30分以内、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2022年版

「シングル向け」1位にはJR南武線の2つの駅がランクイン

東京駅から30分圏内の駅のうち、シングル向け中古マンション(専有面積20平米以上~50平米未満)の価格相場が最も安かったのは平間駅と鹿島田駅。どちらもJR南武線の駅で、価格相場は1580万円だった。平間駅は神奈川県川崎市中原区、鹿島田駅は川崎市幸区に位置するものの、両駅は隣り合っており直線距離だと1kmほどしか離れていない。平間駅から東京駅に向かう際は、2駅先の武蔵小杉駅でJR横須賀線に乗り換えると計約30分で到着する。鹿島田駅から武蔵小杉駅までは3駅なので東京駅までの所要時間は30分を超えそうだが、別のルートを通ればOK。武蔵小杉とは逆方面に3駅目の川崎駅からJR東海道本線に乗り換えると、計約29分で東京駅にたどり着く。

平間駅(写真/PIXTA)

平間駅(写真/PIXTA)

1位にランクインした2駅の、駅周辺の様子を見てみよう。平間駅周辺には商店街が続いており、コンビニやスーパー、ドラッグストアのほかに青果店や精肉店などの個人商店、ふらっと入りやすいラーメン店や牛丼店をはじめ多彩な飲食店が点在している。高層ビルや大型商業施設はないけれど、のどかで暮らしやすそうな街並みだ。夏は商店街のサマーフェスティバルが開かれ、名物のサンバパレードや出店を楽しむ人で通りが埋め尽くされる。

鹿島田駅周辺はというと、高層マンションがそびえており平間駅とは違った印象を受けるだろう。駅ビル「エキスト鹿島田」にはドラッグストアやファストフード店があり、駅を出てペデストリアンデッキを進むとショッピングモール「サウザンド・モール」へ。1階にはスーパー、2階にはドラッグストアや書店などがあり、電車を降りてすぐ買い物ができる環境だ。駅周辺には多彩な飲食店もあり、にぎやかな雰囲気。また、駅から西方面に屋根付きのペデストリアンデッキを進み、スーパーや100円ショップ、飲食店などを備えた「新川崎スクエア」を通り過ぎるとJR横須賀線・新川崎駅に到着! 2駅利用できる点や買い物環境を考えると、価格相場は同じでも平間駅よりも鹿島田駅のほうが便利そうではある。

続く3位はJR京浜東北・根岸線の新子安駅で価格相場は1935万円。神奈川県横浜市の神奈川区に位置し、2駅隣の川崎駅からJR東海道本線に乗り換えると計約30分で東京駅にたどり着く。川崎とは逆方面に乗車すると、2駅・約6分で横浜駅へ。新子安駅前の広場を挟んで京急本線・京急新子安駅があり、2路線を利用できる点も魅力だろう。駅北側には住宅・業務・商業の複合施設「オルトヨコハマ」がそびえ、商業エリアではスーパーやドラッグストア、飲食店が営業中。駅南側にも普段使いしやすい飲食店が点在している。また、駅近くには首都高速横羽線の子安ランプがあり、車で遠出するにも便利なロケーションだ。

新子安駅の周辺(写真/PIXTA)

新子安駅の周辺(写真/PIXTA)

トップ15のうち、東京駅までの所要時間が最短なのは7位にランクインしたJR総武線・小岩駅で価格相場は2030万円。JR総武線の各駅停車のみが停まる駅だが、1駅隣の新小岩駅でJR総武線の快速に乗り換えると東京駅まで計約19分で行くことができる。東京都江戸川区に位置する小岩駅の高架下には、地上1階・地下1階からなるショッピングセンター「シャポー小岩」がある。2023年3月にリニューアルオープンした同施設の地下1階では主に食料品関係の店舗、1階では生活雑貨やファッションのお店や書店など計44店舗が営業中だ。駅南側には200店舗ほどが軒を連ねる「小岩フラワーロード商店街」も。昔ながらの親しみやすい商店街が魅力的なこの街では、大規模な再開発が進行中で2030年までに複数の複合ビルの建設が予定されている。街の注目度が高まるにつれて、今後は中古マンションの価格相場が高騰することも考えられる。

小岩フラワーロード商店街(写真/PIXTA)

小岩フラワーロード商店街(写真/PIXTA)

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・JR中央線(東京都内)、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2022年版

「カップル・ファミリー向け」TOP15の過半数は足立区の駅に

ここからはカップル・ファミリー向け中古マンション(専有面積50平米以上~80平米未満)のランキングをチェックしていこう。1位は東京都足立区にある、つくばエクスプレス・六町(ろくちょう)駅で価格相場は3299万円。つくばエクスプレス区間快速で北千住駅に出てからJR上野東京ライン直通のJR常磐線快速に乗り換えれば、計約27分で東京駅に到着する。つくばエクスプレスで6駅目の秋葉原駅で、山手線などJR各線や東京メトロ日比谷線に乗り換えができる点も便利。4駅目の浅草駅では、少々地上を歩く必要があるが東京メトロ銀座線、東武伊勢崎線、都営地下鉄浅草線の浅草駅に乗り継ぐこともできる。

六町駅(写真/PIXTA)

六町駅(写真/PIXTA)

2005年の六町駅開業に合わせて大規模な区画整理事業が行われたため、駅周辺には築浅の住宅も目立つ新しい街並みが広がっている。駅前広場に面して児童公園が整備されているほか、2021年には「まちの防犯拠点」として警察官OBが常駐する「六町駅前安全安心ステーション(ろくまる)」が開設された。区画整理・再開発事業は現在も続いており、駅前広場に面した一角に駐輪場とにぎわい施設の機能を兼ね備えた商業・公益複合施設をつくる計画や、駅東側の綾瀬川沿いに公園を整備する計画もあるのだそう。現在は駅前にスーパーと数軒のコンビニや飲食店、徒歩10分ほどの範囲に別のスーパーやドラッグストアがあるような状況。駅を中心にしたにぎわいには欠けるが、今後の発展を見越していまのうちに物件を入手するのもアリだろう。

2位には価格相場が同額の3380万円で、小菅駅、足立小台駅、青井駅の3駅がランクイン。いずれも1位同様に東京都足立区の駅であり、「東京23区の中でも足立区はリーズナブルな物件が探しやすい街」という印象を受ける結果となった。

青井駅前(写真/PIXTA)

青井駅前(写真/PIXTA)

2位の3駅のうち青井駅は1位・六町駅に隣接するつくばエクスプレスの駅で、「シングル向け」ランキングでも4位に入っている。青井駅からはまず南千住駅に行き、そこからJR上野東京ライン直通のJR常磐線に乗り換えると計約25分で東京駅にたどり着く。青井駅の開業は六町駅同様に2005年だが、それ以前より都営住宅などが建ち並ぶ住宅地だったためか駅北側に古くからある商店街が続いている。毎月第4日曜には花火を合図に朝市が開かれ、第2土曜にも夕市が開催されているのも楽しそう。駅周辺にはまとめ買いに便利なスーパーもあるほか、春と秋にバラが見頃を迎える「清和ばら公園」をはじめとする公園が多い点は子どもがいるファミリーに嬉しいところだろう。

トップ15の大半は東京駅まで乗り換えが1回必要な駅だったが、乗り換え0回の駅も5位と6位にランクインした。そのうち5位の西船橋駅は千葉県船橋市に位置し、価格相場は3435万円。JR京葉線1本で東京駅まで約29分だ。JRの総武線(各駅停車)と武蔵野線、東京メトロ東西線、東葉高速鉄道も乗り入れる西船橋駅は、JR総武線で1駅目の船橋駅と並んで船橋市を代表するターミナル駅といえる。ちなみに15位・下総中山駅(価格相場3780万円)は、船橋駅と逆方面のJR総武線に乗って1駅目だ。西船橋駅直結の「ペリエ西船橋」には食品やファッション、生活雑貨のお店からスーパーにドラックストア、飲食店までがずらり。駅北側から国道14号・千葉街道に至るまでのエリアには多種多様な飲食店が軒を連ね、街道を越えたあたりから住宅街に。駅南側にも住宅街が広がっており、日常の買い物は複数のスーパーが点在するこちら側のほうが便利そうだ。

西船橋駅前(写真/PIXTA)

西船橋駅前(写真/PIXTA)

価格相場が同額の3680万円で13位にランクインした蕨駅と西川口駅の2駅は、JR京浜東北・根岸線の隣り合う駅であり埼玉県に位置している。そのうち西川口駅は川口市にあり、5階建ての駅ビル「ビーンズ西川口」を併設。スーパーなど食品関係のお店にドラッグストア、100円ショップ、飲食店が入っており、電車を降りてすぐに買い物や食事ができる。駅周辺もスーパーやディスカウントストア、飲食店などの商店が充実し、徒歩6分ほどの場所にはインテリア用品店「ニトリ」も。徒歩20分圏内に「アリオ川口」「ララガーデン川口」という2つのショッピングモールがあるのも便利なところ。こうした暮らしやすい環境や都心部までのアクセスのよさから西川口駅周辺は住宅地として人気があり、2023年にも複数の新築マンションが誕生予定だ。中古マンションも競争率が高そうなので、気に入るものを見つけたら長考しすぎないほうがよいかもしれない。

シングル向け 16位~30位

カップル・ファミリー向け 16位~30位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京駅まで電車で30分圏内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2022/4~2023/3
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2023年4月24日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

【東京駅30分以内】家賃相場が安い駅ランキング2023年。1・2位は驚きの5万円台

この春から東京都内への通勤・通学が始まり、新たな街で生活をスタートさせた人も多いだろう。そして都心近辺で賃貸物件を探した際に、家賃の高さに驚いた人も多いはず。しかし、たとえば東京屈指のターミナル駅である東京駅を基点にしても、そこから電車で30分圏内にまで住まいの候補地を広げれば意外とリーズナブルな物件はあるものだ。そこで今回は東京駅から30分圏内にある、一人暮らし向け物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が安い駅を紹介したい。ちなみに東京駅の家賃相場は11万5000円。ランクインした駅との価格差を念頭に置きつつ、トップ15を見ていこう。

東京駅まで電車で30分以内にある家賃相場が安い駅TOP15

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/東京駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 南船橋 5.4万円(JR京葉線/千葉県船橋市/30分/0回)
2位 葛西臨海公園 5.8万円(JR京葉線/東京都江戸川区/13分/0回)
3位 蕨 6.4万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県蕨市/29分/1回)
4位 一之江 6.5万円(都営新宿線/東京都江戸川区/27分/1回)
4位 津田沼 6.5万円(JR総武線快速/千葉県習志野市/30分/0回)
6位 扇大橋 6.55万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/30分/1回)
7位 下総中山 6.6万円(JR総武線/千葉県船橋市/26分/1回)
7位 小岩 6.6万円(JR総武線/東京都江戸川区/19分/1回)
9位 五反野 6.65万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
10位 新子安 6.7万円(JR京浜東北・根岸線/神奈川県横浜市神奈川区/30分/1回)
10位 松戸 6.7万円(JR常磐線/千葉県松戸市/27分/0回)
10位 瑞江 6.7万円(都営新宿線/東京都江戸川区/30分/1回)
13位 小菅 6.8万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/25分/1回)
13位 新浦安 6.8万円(JR京葉線/千葉県浦安市/20分/0回)
13位 梅島 6.8万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/29分/1回)
※16位~30位は記事末に記載

昨年のランキング:
「東京駅」まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

トップ3には千葉、東京、埼玉それぞれの駅がランクイン

1位は千葉県船橋市にあるJR京葉線・南船橋駅で家賃相場は5万4000円。東京駅までは乗り換え0回、約30分で到着できる。船橋市のなかでも臨海部の埋め立て地に位置し、駅北側には船橋競馬場やショッピングモールの「ららぽーとTOKYO-BAY」と「ビビット南船橋」、駅南側にはインテリア用品店「IKEA Tokyo-Bay」のほかに2020年に誕生した一年中遊べるアイススケートリンク「三井不動産アイスパーク船橋」も。また、駅の北側と南側両方にUR賃貸住宅と分譲住宅からなる大規模団地があり、首都圏のベッドタウンとして機能しているエリアでもある。

ららぽーとTOKYO-BAY(写真/PIXTA)

ららぽーとTOKYO-BAY(写真/PIXTA)

1位・南船橋駅の南口には2022年8月に駅前広場が誕生したほか、現在は広場周辺の市有地活用に向けた整備が進行中。2023年内にはスーパーや飲食店、クリニックモールなど約40店舗をそろえた商業施設が開業予定で、翌2024年冬の完成を目指してマンションの建設も進められている。また、「ららぽーと」と線路を挟んだ向かい側には大型多目的アリーナ「(仮称)LaLa arena TOKYO-BAY(ららアリーナ 東京ベイ)」が2024年春に開業予定であり、今後数年間で街はさらなる発展が見込まれている。

2位には南船橋駅からJR京葉線で東京方面に5駅目の、東京都江戸川区にある葛西臨海公園駅が家賃相場5万8000円でランクイン。東京駅まではJR京葉線で5駅、所要時間はトップ15で最短の約13分だ。東京駅までのアクセスがよいわりに家賃相場は安いけれど、駅周辺に住宅が少ない点はネックだろう。駅南側の臨海部は「葛西臨海公園」が広がり、駅北側には物流倉庫群が建ち並んでいる。物流倉庫の先にも都の中央卸売市場やゴルフ練習場があり、住宅街は駅から徒歩15分以上のエリアがメインなのだ。駅周辺にはコンビニが数軒ある程度でスーパーは駅を基点にすると徒歩15分以上かかるが、住宅街の中にあるので住民にとっての利便性は悪くない立地だ。2021年には駅高架下に複合商業施設「Ff(エフエフ)」がオープンし、駅を出てすぐにバーガー店やラーメン店でサッと食事をすることが可能だ。

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

葛西臨海公園(写真/PIXTA)

葛西臨海公園(写真/PIXTA)

3位はJR京浜東北・根岸線の蕨(わらび)駅で家賃相場は6万4000円。3駅隣の赤羽駅からJR上野東京ライン直通のJR高崎線に乗ると、計約29分で東京駅にたどり着く。駅がある埼玉県蕨市は全国の「市」のなかで最も面積が狭く、5.11平方kmに7万5000人超が暮らす全国一の人口密度を誇る都市なんだとか。

蕨駅前の様子(写真/PIXTA)

蕨駅前の様子(写真/PIXTA)

「コンパクトシティ蕨」を将来ビジョンに掲げる蕨市では蕨駅周辺を「都市機能の核」と位置づけており、駅西口地区の再開発計画を進めている。西口に先行整備された地上30階建て分譲マンションの隣接地には、地上28階建てのビル2棟が2025年8月に竣工予定だ。同ビルには住宅や商業施設のほか、公共公益施設の図書館と行政センターが入る予定だという。現在も駅前にはスーパーやドラッグストア、コンビニ、多彩な飲食店が集まっており、コンパクトな範囲で日常生活が送れそうな街並み。駅から徒歩20分ほどで「イオンモール川口前川」に行けるのも便利な点だ。

ここまで見てきたトップ3には東京駅の東南方面にある南船橋駅と葛西臨海公園駅、北西方面にある蕨駅がランクイン。四方八方へさまざまな路線が延びる東京駅らしく、30分圏内の駅の立地も多彩であることがわかる結果と言えるだろう。

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大規模再開発で注目の駅や、暮らしに便利な商業施設がそろう駅もトップ15入り

4位以下にもさまざまな街・路線の駅が並んでいる。7位には東京駅の北東方面にあるJR総武線・小岩駅が、家賃相場6万6000円でランクイン。東京都江戸川区にある小岩駅から東京駅に向かう際は、隣の新小岩駅からJR総武線快速に乗り換えると計約19分で到着する。高架駅の下側は地上1階・地下1階のショッピングセンター「シャポー小岩」となっており、改札を挟んで千葉側エリアが2023年3月にリニューアルオープンしたばかり。地下1階には主に食料品関係の店舗、1階には生活雑貨やファッションのお店や書店など、計44店舗が営業中だ。改札を挟んだ東京側エリアは現在、改装のため閉鎖中なので今後どうなるか楽しみだ。

小岩駅(写真/PIXTA)

小岩駅(写真/PIXTA)

小岩駅南側の約800mにわたるアーケード下に200店舗ほどが軒を連ねる「小岩フラワーロード商店街」をはじめ、駅周辺も多彩な商業施設でにぎわっている。そんな小岩駅周辺では、大規模な再開発が計画されている点も注目したい。駅北口側では地上30階・地下1階建ての住宅や商業施設、保育所などの複合ビル建設が着工され、2027年1月の竣工を目指している。さらに駅南側の南小岩六丁目地区には商業棟や商住複合ビルなど3棟が2025年中に完成予定であることに加え、駅北口と南口の駅前広場や道路の整備、駅南側の南小岩七丁目地区での商業・住宅複合ビルの建設も計画。2030年までには大きく街並みが変わっている予定だ。

10位にはトップ15で唯一の神奈川県内の駅である、JR京浜東北・根岸線の新子安駅がランクイン。東京駅の南西方面、横浜市神奈川区に位置しており家賃相場は6万7000円。まず2駅隣の川崎駅に出てからJR東海道本線に乗り換えると計約30分で東京駅へ。川崎とは逆方面に乗車すると、2駅・約6分で横浜駅に行くことができる。また駅前広場の向かい側には京急本線・京急新子安駅があり、2路線を利用することが可能だ。駅北側には住宅・業務・商業の複合施設「オルトヨコハマ」があり、スーパーやドラッグストア、飲食店が利用できる。駅南側にも普段使いしやすい飲食店が点在しているので、自炊が面倒なときに役立ちそうだ。

新子安駅(写真/PIXTA)

新子安駅(写真/PIXTA)

新子安駅と同じ家賃相場で10位には都営新宿線・瑞江駅もランクインした。駅は東京駅の東方面、東京都江戸川区に位置。都営新宿線で馬喰横山駅に出て、そこから歩いて馬喰町駅に行ってJR総武線快速に乗り換えると東京駅までは計約30分だ。瑞江駅前は商店が充実し、駅ビル内の「ライフ」をはじめとする複数のスーパーやドラッグストアにコンビニ、ディスカウントストア「ドン・キホーテ」や多彩な飲食店などがずらり。駅から北に10分弱も歩くと「ユニクロ」も。瑞江駅から都営新宿線1本で、神保町駅や市ケ谷駅を経由して都内屈指の繁華街を抱える新宿駅まで約35分で行ける点も便利だろう。

今回の基点駅にした東京駅の家賃相場は11万5000円。ランキングのトップ15は東京駅まで20分以上かかる駅がほとんどだったが、家賃相場が4万円以上も下がるなら20分程度の時間なら許容範囲にも思えるかも。ランクインした駅周辺も日常生活を送るには十分な街並みだったり今後の発展が見込まれていたりとそれぞれに魅力があるので、「都心に近い駅は高すぎる」と諦めずに自分に合う街を探してほしい。

16位~30位

16位~30位ランキング

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/4~2023/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2023年4月24日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

総勢150名「シモキタ園藝部」が下北沢の植物とまちの新しい関係を育て中。鉢植え、野原など、暮らしと共にあるグリーンがあちこちに

小田急電鉄は東北沢駅~世田谷代田駅間の地上に生まれた1.7kmのエリアを「下北線路街」として整備してきました。2022年5月に全面開業して1年。個性的なショップが並ぶ商店街は雑木に囲まれ、駅前には土管のある空き地や草が茂る原っぱも! かつての“サブカルのまち・下北”から記憶がアップデートされていないならば、その変わりように驚くかもしれません。そんな下北沢で、いま、街の緑の維持管理を行っているのが、地域コミュニティ「シモキタ園藝部」です。

下北線路街の緑のコンセプトづくりと「シモキタ園藝部」の企画と立ち上げに携わった、株式会社フォルク代表のランドスケープ・デザイナー三島由樹さんに、下北沢に生まれた新しい街の緑について伺いました。

街の人が鉢植えを持ち寄り緑を育む「下北線路街空き地」

三島さんは、東京やアメリカでランドスケープデザインを学び、帰国後は大学で研究と教育に携わりました。その後、2015年に設立した株式会社フォルクで、ランドスケープデザインと街づくりのプロジェクトに携わってきました。小田急電鉄から依頼を受けて下北線路街の計画に携わっていたUDS株式会社から、「ランドスケープデザインのコンセプトを一緒に考えてほしい」とお願いされ、2018年から下北沢のまちづくりに関わることになりました。

最初に緑の場所づくりをしたのは、「下北線路街空き地」です。冒頭の写真の土管が印象的な「下北線路街空き地」は、「みんなでつくる自由な遊び場」がコンセプトの屋外イベントスペース。小田急線下北沢駅東口から、下北沢交番方面へ徒歩4分のところにあります。

「下北線路街空き地」入口を入ると、街の人が持ち寄った鉢植えが出迎えてくれる(画像提供/フォルク)

「下北線路街空き地」入口を入ると、街の人が持ち寄った鉢植が出迎えてくれる(画像提供/フォルク)

イベントに訪れた人は、草花に触れあえる楽しみもある(画像提供/フォルク)

イベントに訪れた人は、草花に触れあえる楽しみもある(画像提供/フォルク)

入口を入ると、右手に「空き地カフェ&バー」、「空き地キッチン」、左手にはイベント時にキッチンカーの並ぶエリアがあります。中央にあるレンタルスペースAは、土管のある芝生エリアで、ステージがあり、屋外映画上映会やサウナ体験会などさまざまなイベントを開催。レンタルスペースBでは頻繁にマルシェが行われています。

右から、入口、飲食スペース、レンタルスペースA、レンタルスペースBに分かれている(画像提供/フォルク)

右から、入口、飲食スペース、レンタルスペースA、レンタルスペースBに分かれている(画像提供/フォルク)

芝生エリアでは、ライブやフェス、縁日などさまざまなイベントが催される(画像提供/フォルク)

芝生エリアでは、ライブやフェス、縁日などさまざまなイベントが催される(画像提供/フォルク)

最近見かけるおしゃれなイベントスペースかと思いきや、ミミズコンポストがあったり、鉢植えの並んだ棚があったり……。ただのイベント会場とはちょっと違うことがわかります。

「棚にたくさん並んでいる鉢植えは、下北沢の街の人が持ち寄ったもの。下北線路街で皆で緑を育てていったり、緑を通じて交流する仕組みづくりの試みは、ここからスタートしました」(三島さん)

緑の少なかった下北沢に現代の雑木林「シモキタマチバヤシ」をつくる

そもそも再開発前の下北沢の街は緑が少なく、小田急電鉄には、「再開発が行われる時には緑をたくさんつくってほしい」という地元の声が寄せられていたそうです。そこで、下北線路街全体の緑のコンセプトとして三島さんたちが提案したのが、「シモキタマチバヤシ」でした。

「開発で生まれるグリーンは、『美しい緑』『かっこいい緑』であることが多いですが、触っちゃいけない緑が多いですよね。下北線路街の緑のコンセプトは、言ってみれば現代の都市における雑木林みたいな感じです。下北沢も昔は雑木林がたくさんあったそうです。人が植物を暮らしに役立てていた、人と植物が共に支え合って生きていた時代があったんですね。植物が少なくなってしまった下北沢という街に、人と植物が関わり合う新しい文化をつくろうという意味を込めました」(三島さん)

下北線路街にできた商店街「BONUS TRACK」は、あちこちに株立ちの木々が葉を揺らし、道を歩くと、雑木林を通り抜けていくようです。

野山に生えるような木々をできるだけ自然樹形で管理しているから、本物の林の中にいるみたい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

野山に生えるような木々をできるだけ自然樹形で管理しているから、本物の林の中にいるみたい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北沢駅南西口エリアの植栽は、大きな石のある築山が見所。石に座って草木を感じてもいい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北沢駅南西口エリアの植栽は、大きな石のある築山が見所。石に座って草木を感じてもいい(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「『下北線路街空き地』ができ、これから下北線路街の中にたくさん緑が生まれていく中で、緑をどうやって管理していくか。普通だったら小田急電鉄さんの関連会社が植栽の維持管理をしますが、現代の雑木林みたいな人の暮らしに役立つような緑をつくっていくのであれば、緑を必要とする人が街の緑を育てていくやり方の方がいいんじゃないかと。そこで、緑を育て、活用するコミュニティづくりを提案しました」(三島さん)

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地域の緑をみんなでつくり育てていく「シモキタ園藝部」

小田急電鉄の賛同を得て、2019年秋からワークショップを始め、2020年春にシモキタ園藝部の前身である下北線路街園藝部を発足。人が苗木を土に植え込む形に由来する「藝」という字をあえて使いました。コミュニティのミッションは、緑を通じた循環型地域社会の担い手となること。メンバーは、駅にポスターを張ったりSNSで一般公募しましたが、最初に集まったのは、20名ほどでした。

2019年に駅に張られた下北線路街第1回目の園芸ワークショップのチラシ(画像提供/フォルク)

2019年に駅に張られた下北線路街第1回目の園芸ワークショップのチラシ(画像提供/フォルク)

「半年間、ワークショップを開催しながらどんなコミュニティにしていきたいか、一人一人がそこで何がやりたいかを話し合うことから始めました。用意した企画に乗ってもらうんじゃなくて、皆で園藝部の企画をゼロからつくっていったのです」(三島さん)

その後、2021年に法人化され、シモキタ園藝部という名称に。小田急電鉄から委託され、世田谷区の北沢、代沢、代田地域を主なフィールドに、街の植栽管理を行っています。雑草や剪定後の枝や葉を廃棄するのではなく、コンポストを使ったり、剪定枝をリースとして提供するなど、なるべくゴミを出さずにすべてを循環させる取り組みをはじめました。

植物や様々な生き物と触れ合える、住宅街の中の原っぱ「シモキタのはら広場」

その後、2022年4月、下北沢駅のすぐ近くに、シモキタ園藝部の拠点がオープン。事務所である「こや」、ワイルドティーと天然ハチミツの店「ちゃや」、そして「シモキタのはら広場」ができました。コンセプトは、循環をつくる街の圃場です。憩いの場所であると同時に、土や枝葉の回収や育苗を行い、植物の循環をつくり出す場所。広場にはワイルドフラワーが咲き、虫たちが集まり、動植物が混然一体となって、街の中に原っぱが生まれました。

住宅街に出現した原っぱにもともと住んでいた地元の人も驚いた(画像提供/フォルク)

住宅街に出現した原っぱにもともと住んでいた地元の人も驚いた(画像提供/フォルク)

種を蒔いた草花が入り混じって共存している(画像提供/フォルク)

種を蒔いた草花が入り混じって共存している(画像提供/フォルク)

園藝部の拠点と広場づくりは、園藝部のコミュニティメンバーと連携し、一緒に議論してつくっていきました。地域コミュニティであるシモキタ園藝部を、どう運営していくか? ただのボランティアでなく事業として経営していけるか? 今では、一人一人の興味をもとに様々な事業が立ち上げられています。コンポストをつくるキットの商品化が進行中だったり、養蜂の事業、緑の担い手を育てるシモキタ園藝學校という人材育成事業も行っています。

落ち葉・雑草コンポスト。草刈りや剪定で出た枝葉に、コーヒーパルプなどを加え、堆肥をつくり、土に還す(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

落ち葉・雑草コンポスト。草刈りや剪定で出た枝葉に、コーヒーパルプなどを加え、堆肥をつくり、土に還す(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北線路街や下北の住宅地からミツバチが集めた蜂蜜「シモキタハニー」が、新しい世田谷土産に(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

下北線路街や下北の住宅地からミツバチが集めた蜂蜜「シモキタハニー」が、新しい世田谷土産に(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

ほかには、「古樹屋」という下北沢らしいネーミングのビジネスも。洋服の古着屋の植物版で、街の人が育てきれなくなってしまった植木や鉢植えを引き取って、仕立て直し、新しい引き取り手にマッチングしています。

古樹屋に並べられた植物は、枝が曲がったり、ひょろっと伸びすぎていたり。それがむしろ味なのは、古着と同じ(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

古樹屋に並べられた植物は、枝が曲がったり、ひょろっと伸びすぎていたり。それがむしろ味なのは、古着と同じ(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「緑を誰かの所有物ではなく、地域のコモンズ、地域で共に生きるパートナーとしてみてほしいんです。街の緑は、自治体だったり、個人だったり、誰かのものになりがちなんですけど、緑は、人間だけでなく全ての生き物が生きていく上で不可欠な存在なんだという意識を持ってもいいのではないかと思うんです。『古樹屋』は園藝部の事業ですが、金額は買い手の人につけてもらうんですよ。子どもはお小遣いで、園藝部の活動を応援したい人は、普通のお店で買うよりも高く出してくださるとか。植物をたくさん売って稼ぐことが目的ではなくて、植物は街で生きる全て誰もにとって欠かせないパートナーなのだというこれからの新しい社会をつくるためにやっている事業というイメージです」(三島さん)

シモキタのはら広場も、見た目の美しさではなく、いかに街の人がいきいきと活動する場所になるかにフォーカスし、住宅街の中の静かな原っぱをつくっていこうとしています。「こんな雑草だらけでいいのか」という声もたまにあるそうですが、「街中にワイルドな野原をつくってくれてありがとう」「子ども達をこういう所で遊ばせたかった!」という声が多いそうです。夏休みには、子ども達が虫取り網を持ってうろうろしている光景が毎日のように見られたそうです。

緑が増えるにつれて、下北沢の街の人にも変化が。20名から始まったシモキタ園藝部のコミュニティメンバーの数は大人から子どもまでの地元の人やプロの造園家など約150人ほどに増え、一人一人のやりたいことを事業の企画にして、みんなで少しずつ実現しています。街の風景が変わるだけでなく、街の緑に対してアクティブに関わる人がどんどん増えているのです。

シモキタ園藝學校の授業風景。1年間の講座終了後には、園藝部認定の「エコガーデナー」になれる(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

シモキタ園藝學校の授業風景。1年間の講座終了後には、園藝部認定の「エコガーデナー」になれる(画像提供/一般社団法人シモキタ園藝部)

「植物は手入れが必要ですが、手間のかかることを面白くして、楽しみながら緑に関わる人を増やしていきたい」と三島さん。新たに生まれた緑の空間が、下北の街にインパクトを与え、ビジネスやイベントが生まれる場所になっています。昔からある街の緑を引き継ぎ、育て、新しいものを生み出す緑の街づくり。学生時代、古着を買いに通った下北沢を久しぶりに訪れてみたくなりました。

●取材協力
・株式会社フォルク
・シモキタ園藝部
・下北線路街空き地

100年先の社会を考えた大家さんが、ご近所や友人みんなの力をあわせて小さな家をつくる理由。人の力で大槌を上げ下ろし地固めする伝統構法”石場建て”の現場にヨイトマケが響く 世田谷区

都会のなかにある農地が、ある日、マンションや駐車場となっているのを見かけたことはありませんか? 日本全体で人口が減り始めているのに、どんどん住宅をつくって大丈夫なのだろうか、他人事ながら心配になる人もいることでしょう。そんな都市や住まいのあり方に一石を投じるプロジェクトが、世田谷区大蔵の「三年鳴かず飛ばず」です。しかも石場建てという昔ながらの工法を使うとか。開催された「ヨイトマケ」ワークショップの様子とともにご紹介します。

はじまりは相続と都市計画道路の建設。分断された土地をどうする?

都市部はもちろん、地方であっても、農家さんの家の跡地や農地がアパートや駐車場に変わっていくのは珍しい光景ではありません。背景には、
(1)土地所有者が農業だけで生計をたてるのは厳しく、現金収入の必要がある
(2)相続税を含めた納税のため、土地を売却して現金化する必要がある
(3)不動産会社は建物を建設し、金融機関は融資をし、活用をすすめたい
(4)建物を建てることで固定資産税を減らしたい
といった背景があり、アパートや駐車場建設が積極的にすすめられてきました。

人口が増え続けた高度成長期であれば、この方法は有効でしたが、時代は変わり、地方はもちろん、都市部でも人が減り始めています。すると、駅から距離のある物件、バス便などの物件はたちまち不人気となり、空室となってしまいます。このプロジェクトの仕掛人である安藤勝信さんは、そんな入居者募集に苦労する祖父母の姿を見てきました。

今回のプロジェクト仕掛人であり、施主でもある安藤勝信さん(写真撮影/片山貴博)

今回のプロジェクト仕掛人であり、施主でもある安藤勝信さん(写真撮影/片山貴博)

「この周辺は1950年代の人口増加にともない団地建設の計画があり、都市農家だった私の家族は団地開発に明け渡し、結果農地がバラバラに点在した経緯があります。単独で農業ができない面積になってしまった家族は残地に事業として賃貸住宅を建てていったのですが、徐々に時代のニーズに遅れ空室を増やしていきました。
都市農家は、ある時はこれからは住宅や道路が必要だと言われ、ある時は農地は大切だから守れと、時代に翻弄されてきたのです」

畑とその奥は道路予定地(写真撮影/片山貴博)

畑とその奥は道路予定地(写真撮影/片山貴博)

祖父母がなくなったあと、安藤さんは土地や不動産事業を引き継ぐことになりましたが、その土地はすでに都市計画道路予定地として収用が決定されていました。祖父母が住んでいた建物は取り壊しとなるほか、継承した土地も2つに分断されることに。冒頭に紹介したように、定番であれば、「アパート建設」か「駐車場」ですが、安藤さんはそうは考えませんでした。

100年続く風景をつくるにはどうしたらいい? 答えは時代とともに「変われる家」

「母屋を壊したときに、建物をつくった当時のいろいろなものが出てきて、長い間置物だと思っていた物の後ろに“初代のお家の大黒柱の一部”と彫ってあるものがありました。現代の住宅は、30~40年経ったら取り壊して建てるサイクルになりがちですが、昔のひとの時間軸は個人を超えた100年スパンのものなのだと気がつきました。
とはいえ、これから先、人口も減るし、時代はもっと大きく変わっていく。不確定な世の中で大きくて立派で、変わらないものをつくることにも一定の不安やリスクを感じていました。では変えずに守るのではなく変えながら守ろうと。世代や周辺の風景の変化にあわせて、その時代を生きる人が変えていったらいい、変えながら守っていくしかない。そんな計画を立てました」と安藤さん。

そもそも安藤さんは、アパートをコンバージョン(用途変更)して、デイサービス施設にしたり、賃貸の1室をシェアスペースにしたりして認知症の人を見守るといった、新しい賃貸のあり方を模索してきました。

関連記事:
・高齢の母が住む賃貸の1室がシェアスペースに? 住人の交流や見守りはじまる
・駅遠の土地が人気賃貸に! 住人が主役になる相続の公募アイデアって?

そのため、以前から知り合いだったビオフォルム環境デザイン室と一緒にプロジェクトをつくり、1カ所を「長屋プロジェクト」、1カ所を「小屋プロジェクト」とする計画を立てました。長屋プロジェクトは、子育て世代向けの賃貸シェアハウス。1階は地域にひらいているので、気軽にいろんな人が立ち寄れて、子育てや暮らし、毎日のできごとをシェアできます。名前の通り、昔ながらの「長屋」に現代の快適さを組み込んで懐かしくも新しい暮らしを思い描いています。

建築模型図。中央に道路があり、右奥が「長屋プロジェクト」、画面の左手前が「小屋プロジェクト」(写真撮影/片山貴博)

建築模型図。中央に道路があり、右奥が「長屋プロジェクト」、画面の左手前が「小屋プロジェクト」(写真撮影/片山貴博)

そして、かつて安藤さんの祖父母宅があった場所に計画されているのが、「小屋プロジェクト」です。左上にシェアスペース機能のある真四角なお家(母屋)、隣接する小屋はまず1棟つくり、今後3棟程度を少しずつつくっていきます。この母屋、子どもたちと環境教育活動をしている地域住民が引越してくる予定。住人みずからが住みびらきをすることで、シェアスペース兼1階は地域の人や子どもたちが集える場所となる予定です。

画面の右奥に建てられているのが、母屋。1階は地域にひらかれた場所になります(写真撮影/片山貴博)

画面の右奥に建てられているのが、母屋。1階は地域にひらかれた場所になります(写真撮影/片山貴博)

母屋の脇には、4棟の小屋が建つ予定です。一方はトイレ・キッチン付きで、主にシングルの住まいとして使われます。可変・移動が可能なので、将来、小屋が不要になっても移動ができるほか、ユニット設計なので増築も可能です。小さく建てて、空いた敷地に緑や畑をのこす。まさに「変えながら守る設計」になっているんです。ちなみに最初の住人は高齢一人暮らしの女性が住む予定です。

大蔵小屋図面

一方で、小屋であっても住まいですから、地面と建物をつなぐ「基礎」はつくらなくてはいけません。一般的には一戸建てをつくる場合、コンクリートで基礎を打設し、建物と基礎はしっかりとつながっています。が、この現代の工法では、家の移動や可変は難しくなりますし、取り壊す時にも時間・手間がかかります。もちろん、環境への負荷は少なくはありません。

そこで、小屋の基礎を昔ながらの「石場建て」という工法を用いることにしたのです。寺社仏閣、あるいは民家園などに残る家を思い浮かべてもらうとわかりますが、みな立派な石の上に柱を建てる伝統構法の「石場建て」で建てられています。石の上に柱を載せている構造になるので、移動や増改築も容易です。しかも建物と石をどかせば畑や森に戻すことができる。環境への負荷も少なく、都市農業との組み合わせも良い。そんなメリットを考え、今回、「石場建て」のうえに「小屋」をつくることになったのです。伝統的な工法と現代の技術がミックスされた小屋の家、というわけです。

すべては人の暮らしと信頼から。建物や約束はあとからついてくる

「石場建て」にはもうひとつのメリットがあります。それは、地域の共同作業になるということ。石の基礎をつくる「ヨイトマケ」はごく平たくいうと、約100kgの重しで、基礎になる石を大地に打ち据えていく作業です。作業自体は単純ですが、人手と労力が必要になります。そのため、昔は “ヨイトマケ”の歌にあわせて縄でひっぱり、打ち据えていく重労働だったといいます。安藤さんは、昔の重労働も、今となっては地域の人たちの参加と交流の機会と考え、2023年3月のある土曜・日曜、このワークショップ形式で「ヨイトマケ」を開催することに。

石場建てと歌で作業する「ヨイトマケ」を告知する看板。コミュニティアーティストによるイラストが目を引きます(写真撮影/片山貴博)

石場建てと歌で作業する「ヨイトマケ」を告知する看板。コミュニティアーティストによるイラストが目を引きます(写真撮影/片山貴博)

当日、参加者は安藤さんの知人や友人、近隣の住民とビオフォルム環境デザイン室の友人知人、合計100名が集まりました。SNSなどで広く参加者を募るのではなく、「プロジェクトに関心を持ってくださる地域内外の知人友人と散歩ついでにふらっと寄ってくれる地域の方々」にしぼったそう。「同じマルシェに行くのなら、ただ美味しいものを買って帰るより、知り合いがいたほうが楽しくすごせたりしますよね」と安藤さんは例えます。

今回、石場建ての指揮を執るのは、伝統構法を行う杢巧舎(もっこうしゃ)。コンクリートの基礎が当たり前になった今、「石場建て」ができる貴重な工務店です。

参加者はそれぞれ好きな食べ物を持ち寄り、各自あいさつをしながら談笑していました。自然に交流できる仕掛けをつくるあたり、安藤さんの気配りが光ります。「あの◯◯さん、お会いしたかったんです」「初めまして」といいながら会話がはずんでいました。

肝心のヨイトマケの作業ですが、各日の朝からはじまり、昼ごはんやおのおの歓談をしながら、夕方まで、計2日間で行われました。会話ははずんでいますが、一歩間違えば事故になりかねないことから、作業がはじまるとどこかピリッとした緊張感が漂います。これは、棟梁の声のなせる技でしょう。

ヨイトマケで地固めする石は約30カ所。おもりは100kgほどで、数え唄にあわせながら、みんなで綱をひいていきます(写真撮影/片山貴博)

ヨイトマケで地固めする石は約30カ所。おもりは100kgほどで、数え唄にあわせながら、みんなで綱をひいていきます(写真撮影/片山貴博)

作業中にくちずさむ数え歌。言葉遊びになっていて、遊び心を感じます(写真撮影/片山貴博)

作業中にくちずさむ数え歌。言葉遊びになっていて、遊び心を感じます(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

紐をひくのは全員で10人ほど。人数がいるので1人1人はそんなに力が必要ではありません(写真撮影/片山貴博)

紐をひくのは全員で10人ほど。人数がいるので1人1人はそんなに力が必要ではありません(写真撮影/片山貴博)

地域の老若男女、なかにはお子さんも参加していました(写真撮影/片山貴博)

地域の老若男女、なかにはお子さんも参加していました(写真撮影/片山貴博)

地固めした石、水平かどうか調べています(写真撮影/片山貴博)

地固めした石、水平かどうか調べています(写真撮影/片山貴博)

畑の片隅には、この土地の土からつくったアースオーブン(ピザ窯)も。このオーブンも移動可能です(写真撮影/片山貴博)

畑の片隅には、この土地の土からつくったアースオーブン(ピザ窯)も。このオーブンも移動可能です(写真撮影/片山貴博)

オーブンで焼かれたピザも来場者にふるまわれました。美味しい!(写真撮影/片山貴博)

オーブンで焼かれたピザも来場者にふるまわれました。美味しい!(写真撮影/片山貴博)

自分のできることやりたいことを持ち寄る。コーヒーをふるまってくれる人もいました(写真撮影/片山貴博)

自分のできることやりたいことを持ち寄る。コーヒーをふるまってくれる人もいました(写真撮影/片山貴博)

筆者もヨイトマケに参加しましたが、作業自体それほど力は必要としません。ただ、食事をして歌を歌いなら労働をしていると、なんともいえない高揚感と一体感が湧いてきます。参加しているみなさんも本当に楽しそうで、子どもも大人も、高齢の方も、みなさん飽きずに綱をひいていました。

実は、今回参加した近隣住民には工事の音を心配していた方がいたそうです。ところが、なんと当日、ヨイトマケ作業に飛び入り参加し、安藤さんや周辺のみなさんと交流を深めていました。工事を騒音、意見をクレームとみなすこともできますが、お互いの顔が見えることで関係性が生まれ、暮らしをつくる人同士だと思うと、見える風景が変わって見えるのかもしれません。

地域で活躍するコミュニティアーティストも参加し、ヨイトマケの様子をスケッチ。貴重な様子を残していきます(写真撮影/片山貴博)

地域で活躍するコミュニティアーティストも参加し、ヨイトマケの様子をスケッチ。貴重な様子を残していきます(写真撮影/片山貴博)

絵という形で、地域の記憶、記録を残していきたい、と話してくれました(写真撮影/片山貴博)

絵という形で、地域の記憶、記録を残していきたい、と話してくれました(写真撮影/片山貴博)

杢巧舎(もっこうしゃ)の棟梁による締めのあいさつ。不思議と背筋が伸びる気持ちになります(写真撮影/片山貴博)

杢巧舎(もっこうしゃ)の棟梁による締めのあいさつ。不思議と背筋が伸びる気持ちになります(写真撮影/片山貴博)

母屋に住む人、小屋に住む人1名はすでに決まってます。ただ、賃料はまだ未定で、契約書もまだだとか。何事も契約、契約という現代ルールを考えると、驚きしかありません。

「これまでにもいくつかのプロジェクトをやってきましたが、ひとの暮らしを先に、構造をあとにすることで関係性に流れが生まれて、続いていきます。今回設計のビオフォルム環境デザイン室さん、頼んでいないのに実物大のモックアップをつくったんです。やりたいひとがやりたいときにやりたいことができる。状況を上位下達でコントロールするよりも不確実な中でともに考える。そんなことを繰り返してきました」(安藤さん)

休日に労働したのに、なんともいえない達成感が湧いてきます。共同作業って尊いですね(写真撮影/片山貴博)

休日に労働したのに、なんともいえない達成感が湧いてきます。共同作業って尊いですね(写真撮影/片山貴博)

多くの住まいは条件で検索され契約したのちに、暮らしがはじまります。思いや暮らしの一部を共有することはありません。でも本来、人がいて地域の暮らしがあり、必要があるから家を建て、そして地域の人と家をつくる順番だったんだよな、と思い知らされます。

プロジェクト名の「三年鳴かず飛ばず」は、「将来の活躍に備えて行いを控え、三年間鳴かず飛ばずにいる鳥は、ひとたび飛ぶと天まで上がり、ひとたび鳴けば人を驚かす」という故事成語に由来します。あちこちで再開発が進む大都市東京にあって、この開発規模、戸数は小さなものかもしれません。人によっては「鳴かず飛ばず」、つまり、活躍することもなく、人から忘れられたようにみえることでしょう。ただ、日本の賃貸や住まいのあり方、100年後のまちづくりや開発に必要なものとは何か、とても大きな問いかけ、挑戦をしているのではないか、私にはそう思えてなりません。

●取材協力
ビオフォルム環境デザイン室
安藤勝信さん
三年鳴かず飛ばずプロジェクト

100年先の社会を考えた大家さんが、ご近所や友人みんなの力をあわせて小さな家をつくる理由。人の力で大槌を上げ下ろし地固めする伝統構法・石場建ての現場にヨイトマケが響く 世田谷区

都会のなかにある農地が、ある日、マンションや駐車場となっているのを見かけたことはありませんか? 日本全体で人口が減り始めているのに、どんどん住宅をつくって大丈夫なのだろうか、他人事ながら心配になる人もいることでしょう。そんな都市や住まいのあり方に一石を投じるプロジェクトが、世田谷区大蔵の「三年鳴かず飛ばず」です。しかも石場建てという昔ながらの工法を使うとか。開催された「ヨイトマケ」ワークショップの様子とともにご紹介します。

はじまりは相続と都市計画道路の建設。分断された土地をどうする?

都市部はもちろん、地方であっても、農家さんの家の跡地や農地がアパートや駐車場に変わっていくのは珍しい光景ではありません。背景には、
(1)土地所有者が農業だけで生計をたてるのは厳しく、現金収入の必要がある
(2)相続税を含めた納税のため、土地を売却して現金化する必要がある
(3)不動産会社は建物を建設し、金融機関は融資をし、活用をすすめたい
(4)建物を建てることで固定資産税を減らしたい
といった背景があり、アパートや駐車場建設が積極的にすすめられてきました。

人口が増え続けた高度成長期であれば、この方法は有効でしたが、時代は変わり、地方はもちろん、都市部でも人が減り始めています。すると、駅から距離のある物件、バス便などの物件はたちまち不人気となり、空室となってしまいます。このプロジェクトの仕掛人である安藤勝信さんは、そんな入居者募集に苦労する祖父母の姿を見てきました。

今回のプロジェクト仕掛人であり、施主でもある安藤勝信さん(写真撮影/片山貴博)

今回のプロジェクト仕掛人であり、施主でもある安藤勝信さん(写真撮影/片山貴博)

「この周辺は1950年代の人口増加にともない団地建設の計画があり、都市農家だった私の家族は団地開発に明け渡し、結果農地がバラバラに点在した経緯があります。単独で農業ができない面積になってしまった家族は残地に事業として賃貸住宅を建てていったのですが、徐々に時代のニーズに遅れ空室を増やしていきました。
都市農家は、ある時はこれからは住宅や道路が必要だと言われ、ある時は農地は大切だから守れと、時代に翻弄されてきたのです」

畑とその奥は道路予定地(写真撮影/片山貴博)

畑とその奥は道路予定地(写真撮影/片山貴博)

祖父母がなくなったあと、安藤さんは土地や不動産事業を引き継ぐことになりましたが、その土地はすでに都市計画道路予定地として収用が決定されていました。祖父母が住んでいた建物は取り壊しとなるほか、継承した土地も2つに分断されることに。冒頭に紹介したように、定番であれば、「アパート建設」か「駐車場」ですが、安藤さんはそうは考えませんでした。

100年続く風景をつくるにはどうしたらいい? 答えは時代とともに「変われる家」

「母屋を壊したときに、建物をつくった当時のいろいろなものが出てきて、長い間置物だと思っていた物の後ろに“初代のお家の大黒柱の一部”と彫ってあるものがありました。現代の住宅は、30~40年経ったら取り壊して建てるサイクルになりがちですが、昔のひとの時間軸は個人を超えた100年スパンのものなのだと気がつきました。
とはいえ、これから先、人口も減るし、時代はもっと大きく変わっていく。不確定な世の中で大きくて立派で、変わらないものをつくることにも一定の不安やリスクを感じていました。では変えずに守るのではなく変えながら守ろうと。世代や周辺の風景の変化にあわせて、その時代を生きる人が変えていったらいい、変えながら守っていくしかない。そんな計画を立てました」と安藤さん。

そもそも安藤さんは、アパートをコンバージョン(用途変更)して、デイサービス施設にしたり、賃貸の1室をシェアスペースにしたりして認知症の人を見守るといった、新しい賃貸のあり方を模索してきました。

関連記事:
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・駅遠の土地が人気賃貸に! 住人が主役になる相続の公募アイデアって?

そのため、以前から知り合いだったビオフォルム環境デザイン室と一緒にプロジェクトをつくり、1カ所を「長屋プロジェクト」、1カ所を「小屋プロジェクト」とする計画を立てました。長屋プロジェクトは、子育て世代向けの賃貸シェアハウス。1階は地域にひらいているので、気軽にいろんな人が立ち寄れて、子育てや暮らし、毎日のできごとをシェアできます。名前の通り、昔ながらの「長屋」に現代の快適さを組み込んで懐かしくも新しい暮らしを思い描いています。

建築模型図。中央に道路があり、右奥が「長屋プロジェクト」、画面の左手前が「小屋プロジェクト」(写真撮影/片山貴博)

建築模型図。中央に道路があり、右奥が「長屋プロジェクト」、画面の左手前が「小屋プロジェクト」(写真撮影/片山貴博)

そして、かつて安藤さんの祖父母宅があった場所に計画されているのが、「小屋プロジェクト」です。左上にシェアスペース機能のある真四角なお家(母屋)、隣接する小屋はまず1棟つくり、今後3棟程度を少しずつつくっていきます。この母屋、子どもたちと環境教育活動をしている地域住民が引越してくる予定。住人みずからが住みびらきをすることで、シェアスペース兼1階は地域の人や子どもたちが集える場所となる予定です。

画面の右奥に建てられているのが、母屋。1階は地域にひらかれた場所になります(写真撮影/片山貴博)

画面の右奥に建てられているのが、母屋。1階は地域にひらかれた場所になります(写真撮影/片山貴博)

母屋の脇には、4棟の小屋が建つ予定です。一方はトイレ・キッチン付きで、主にシングルの住まいとして使われます。可変・移動が可能なので、将来、小屋が不要になっても移動ができるほか、ユニット設計なので増築も可能です。小さく建てて、空いた敷地に緑や畑をのこす。まさに「変えながら守る設計」になっているんです。ちなみに最初の住人は高齢一人暮らしの女性が住む予定です。

大蔵小屋図面

一方で、小屋であっても住まいですから、地面と建物をつなぐ「基礎」はつくらなくてはいけません。一般的には一戸建てをつくる場合、コンクリートで基礎を打設し、建物と基礎はしっかりとつながっています。が、この現代の工法では、家の移動や可変は難しくなりますし、取り壊す時にも時間・手間がかかります。もちろん、環境への負荷は少なくはありません。

そこで、小屋の基礎を昔ながらの「石場建て」という工法を用いることにしたのです。寺社仏閣、あるいは民家園などに残る家を思い浮かべてもらうとわかりますが、みな立派な石の上に柱を建てる伝統構法の「石場建て」で建てられています。石の上に柱を載せている構造になるので、移動や増改築も容易です。しかも建物と石をどかせば畑や森に戻すことができる。環境への負荷も少なく、都市農業との組み合わせも良い。そんなメリットを考え、今回、「石場建て」のうえに「小屋」をつくることになったのです。伝統的な工法と現代の技術がミックスされた小屋の家、というわけです。

すべては人の暮らしと信頼から。建物や約束はあとからついてくる

「石場建て」にはもうひとつのメリットがあります。それは、地域の共同作業になるということ。石の基礎をつくる「ヨイトマケ」はごく平たくいうと、約100kgの重しで、基礎になる石を大地に打ち据えていく作業です。作業自体は単純ですが、人手と労力が必要になります。そのため、昔は “ヨイトマケ”の歌にあわせて縄でひっぱり、打ち据えていく重労働だったといいます。安藤さんは、昔の重労働も、今となっては地域の人たちの参加と交流の機会と考え、2023年3月のある土曜・日曜、このワークショップ形式で「ヨイトマケ」を開催することに。

石場建てと歌で作業する「ヨイトマケ」を告知する看板。コミュニティアーティストによるイラストが目を引きます(写真撮影/片山貴博)

石場建てと歌で作業する「ヨイトマケ」を告知する看板。コミュニティアーティストによるイラストが目を引きます(写真撮影/片山貴博)

当日、参加者は安藤さんの知人や友人、近隣の住民とビオフォルム環境デザイン室の友人知人、合計100名が集まりました。SNSなどで広く参加者を募るのではなく、「プロジェクトに関心を持ってくださる地域内外の知人友人と散歩ついでにふらっと寄ってくれる地域の方々」にしぼったそう。「同じマルシェに行くのなら、ただ美味しいものを買って帰るより、知り合いがいたほうが楽しくすごせたりしますよね」と安藤さんは例えます。

今回、石場建ての指揮を執るのは、伝統構法を行う杢巧舎(もっこうしゃ)。コンクリートの基礎が当たり前になった今、「石場建て」ができる貴重な工務店です。

参加者はそれぞれ好きな食べ物を持ち寄り、各自あいさつをしながら談笑していました。自然に交流できる仕掛けをつくるあたり、安藤さんの気配りが光ります。「あの◯◯さん、お会いしたかったんです」「初めまして」といいながら会話がはずんでいました。

肝心のヨイトマケの作業ですが、各日の朝からはじまり、昼ごはんやおのおの歓談をしながら、夕方まで、計2日間で行われました。会話ははずんでいますが、一歩間違えば事故になりかねないことから、作業がはじまるとどこかピリッとした緊張感が漂います。これは、棟梁の声のなせる技でしょう。

ヨイトマケで地固めする石は約30カ所。おもりは100kgほどで、数え唄にあわせながら、みんなで綱をひいていきます(写真撮影/片山貴博)

ヨイトマケで地固めする石は約30カ所。おもりは100kgほどで、数え唄にあわせながら、みんなで綱をひいていきます(写真撮影/片山貴博)

作業中にくちずさむ数え歌。言葉遊びになっていて、遊び心を感じます(写真撮影/片山貴博)

作業中にくちずさむ数え歌。言葉遊びになっていて、遊び心を感じます(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

紐をひくのは全員で10人ほど。人数がいるので1人1人はそんなに力が必要ではありません(写真撮影/片山貴博)

紐をひくのは全員で10人ほど。人数がいるので1人1人はそんなに力が必要ではありません(写真撮影/片山貴博)

地域の老若男女、なかにはお子さんも参加していました(写真撮影/片山貴博)

地域の老若男女、なかにはお子さんも参加していました(写真撮影/片山貴博)

地固めした石、水平かどうか調べています(写真撮影/片山貴博)

地固めした石、水平かどうか調べています(写真撮影/片山貴博)

畑の片隅には、この土地の土からつくったアースオーブン(ピザ窯)も。このオーブンも移動可能です(写真撮影/片山貴博)

畑の片隅には、この土地の土からつくったアースオーブン(ピザ窯)も。このオーブンも移動可能です(写真撮影/片山貴博)

オーブンで焼かれたピザも来場者にふるまわれました。美味しい!(写真撮影/片山貴博)

オーブンで焼かれたピザも来場者にふるまわれました。美味しい!(写真撮影/片山貴博)

自分のできることやりたいことを持ち寄る。コーヒーをふるまってくれる人もいました(写真撮影/片山貴博)

自分のできることやりたいことを持ち寄る。コーヒーをふるまってくれる人もいました(写真撮影/片山貴博)

筆者もヨイトマケに参加しましたが、作業自体それほど力は必要としません。ただ、食事をして歌を歌いなら労働をしていると、なんともいえない高揚感と一体感が湧いてきます。参加しているみなさんも本当に楽しそうで、子どもも大人も、高齢の方も、みなさん飽きずに綱をひいていました。

実は、今回参加した近隣住民には工事の音を心配していた方がいたそうです。ところが、なんと当日、ヨイトマケ作業に飛び入り参加し、安藤さんや周辺のみなさんと交流を深めていました。工事を騒音、意見をクレームとみなすこともできますが、お互いの顔が見えることで関係性が生まれ、暮らしをつくる人同士だと思うと、見える風景が変わって見えるのかもしれません。

地域で活躍するコミュニティアーティストも参加し、ヨイトマケの様子をスケッチ。貴重な様子を残していきます(写真撮影/片山貴博)

地域で活躍するコミュニティアーティストも参加し、ヨイトマケの様子をスケッチ。貴重な様子を残していきます(写真撮影/片山貴博)

絵という形で、地域の記憶、記録を残していきたい、と話してくれました(写真撮影/片山貴博)

絵という形で、地域の記憶、記録を残していきたい、と話してくれました(写真撮影/片山貴博)

杢巧舎(もっこうしゃ)の棟梁による締めのあいさつ。不思議と背筋が伸びる気持ちになります(写真撮影/片山貴博)

杢巧舎(もっこうしゃ)の棟梁による締めのあいさつ。不思議と背筋が伸びる気持ちになります(写真撮影/片山貴博)

母屋に住む人、小屋に住む人1名はすでに決まってます。ただ、賃料はまだ未定で、契約書もまだだとか。何事も契約、契約という現代ルールを考えると、驚きしかありません。

「これまでにもいくつかのプロジェクトをやってきましたが、ひとの暮らしを先に、構造をあとにすることで関係性に流れが生まれて、続いていきます。今回設計のビオフォルム環境デザイン室さん、頼んでいないのに実物大のモックアップをつくったんです。やりたいひとがやりたいときにやりたいことができる。状況を上位下達でコントロールするよりも不確実な中でともに考える。そんなことを繰り返してきました」(安藤さん)

休日に労働したのに、なんともいえない達成感が湧いてきます。共同作業って尊いですね(写真撮影/片山貴博)

休日に労働したのに、なんともいえない達成感が湧いてきます。共同作業って尊いですね(写真撮影/片山貴博)

多くの住まいは条件で検索され契約したのちに、暮らしがはじまります。思いや暮らしの一部を共有することはありません。でも本来、人がいて地域の暮らしがあり、必要があるから家を建て、そして地域の人と家をつくる順番だったんだよな、と思い知らされます。

プロジェクト名の「三年鳴かず飛ばず」は、「将来の活躍に備えて行いを控え、三年間鳴かず飛ばずにいる鳥は、ひとたび飛ぶと天まで上がり、ひとたび鳴けば人を驚かす」という故事成語に由来します。あちこちで再開発が進む大都市東京にあって、この開発規模、戸数は小さなものかもしれません。人によっては「鳴かず飛ばず」、つまり、活躍することもなく、人から忘れられたようにみえることでしょう。ただ、日本の賃貸や住まいのあり方、100年後のまちづくりや開発に必要なものとは何か、とても大きな問いかけ、挑戦をしているのではないか、私にはそう思えてなりません。

●取材協力
ビオフォルム環境デザイン室
安藤勝信さん
三年鳴かず飛ばずプロジェクト

世田谷区でも高齢者世帯増の波。区と地元の不動産会社が手を組み、安否確認、緊急搬送サービスなど入居後も切れ目ない支援に奔走

住宅確保が難しい人の住まい探しやその後の生活をサポートするため、行政をはじめ、NPO 法人や企業など、さまざまな団体・組織が連携をとりながら支援を行う動きが見えつつあります。問題に対して本質的な解決を行うためには、包括的なサポート、主体的なアプローチ、関係組織との連携は欠かせません。そこで各所で新しい動きが見られる東京都世田谷区の取り組みについて、連携する不動産会社の1社であるハウジングプラザの対応も含めて紹介します。

あらゆる人が気軽に相談できる場を。「住まいのサポートセンター」の開設

「SUUMO住みたい街ランキング首都圏版」(リクルート調査)の住みたい自治体ランキングでは2018年から先日発表された最新の2023年までずっと2位にランクインしていて、東京都23区の中でも人気の高い街の世田谷区。しかし、区内在住の高齢者の割合は、2020年が20.4%なのに対し2042年は24.2%になる見込みで、全国平均よりは低いものの、高齢化が進んでいます。高齢者のみの世帯も増加傾向にあり、ほかにも障がい者やひとり親など、住宅選びの際にサポートを必要としている人も多くいます。

世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)

世田谷区が行った2017年の調査によると、区内の高齢者数は増加傾向にあり、高齢者のみの世帯も同様に増える見込み(画像提供/世田谷区)

一方で、このような住宅確保要配慮者に対し、賃貸物件のオーナーや管理会社が入居を拒むことも少なくありません。近隣住民等とトラブルが起きるのではないか、という不安や万が一の際の残置物処理の負担への懸念があるからです。区では、住宅の確保に配慮が必要な人向けに区営住宅も提供していますが、戸数には限りがあるため、民間の賃貸住宅を活用していくことが必要です。

このような状況を見越して、世田谷区では2007年4月に住まいの確保が困難な人を支援する「住まいのサポートセンター」を開設。民間の組織と協働して住宅の確保や入居を円滑に進めていくことを目指して、高齢者、障がいのある人、ひとり親世帯など住宅の確保に配慮が必要な人たちの支援を行っています。

センターが提供する「お部屋探しサポート」は、区と不動産店団体とが連携協定を結び、区内の民間賃貸住宅の空き室情報を提供する事業です。センターに来訪する人に約1時間、センターの職員と不動産会社の担当者が一緒に相談に乗り、物件探しや内覧の手配など、相談者のサポートにあたります。

住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)

住まいのサポートセンターは、企業やNPO法人と連携して、家探しに困っている人を支援する区の窓口。世田谷区在住の高齢者・障がい者・ひとり親世帯・LGBTQ・外国人が利用できる(画像提供/世田谷区)

世田谷区によると「相談者は、建物取り壊しのため立ち退きを余儀なくされたものの、高齢を理由に転居先が見つからない人や、体調を崩して働けなくなり、生活保護を受給するにあたって賃料の安い住宅に引越す必要が生じた人など、さまざま」だと言います。多様な背景を抱えながら住まいの確保に困難を感じる人が窓口を訪れ、2021年度は261名の人がお部屋探しサポートを利用したそうです。

関連記事:百人百通りの住まい探し

生活保護を受給する人の住まいの選択肢を広げた、地域の不動産会社ハウジングプラザの取り組み例

住まいサポートセンターで職員と一緒に窓口相談を担当する不動産会社の一つ、ハウジングプラザ 福祉事業部の波形孝治さんと小林慶子さんは、月に1回、3~4人の相談を受けています。区から「生活に困っている人に部屋を紹介してほしい」と相談を受けるようになったのがおよそ7~8年前。以来、ハウジングプラザでは住まい探しに困っている人、特に生活保護を受けている人への支援に注力するようになり、2021年8月に社内に福祉事業部を設置しました。

「当社では『入居を希望する全ての人のお部屋探しをお手伝いする』ことを不動産会社の社会的使命としています。同時に『困っている人のニーズに応える』ことは企業が収益を上げていくための当然の営業活動でもあります。福祉事業部を設置したことで、時間やノルマなどにとらわれず、より積極的な支援活動が可能となりました」(ハウジングプラザ波形さん)

ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)

ハウジングプラザ福祉事業部の小林さん(左)と波形さん(右)(画像提供/ハウジングプラザ)

相談に来る人は、これまでの経緯から心を閉ざしたり、メンタル的に疲れてしまったりしている人も多いといいます。

「オーナーさんに安心して入居者を迎え入れていただくためにも、ご相談を受ける際には『どのような事情で支援を必要としているのか』など、いろいろな話を伺いながら、一人ではなく私たちも一緒に住まい探しをしていくことを理解していただき、信頼しあえる関係を築いていくことを大切にしています」(ハウジングプラザ波形さん)

また、2021年12月からは家賃保証会社と業務提携して、生活保護を受けている人を対象とした独自の家賃保証プランを提供しているそうです。

「当社と業務提携をしている家賃保証会社と契約してもらうことで、生活保護を受けている人が入居審査を通る幅は大きく広がりました。区役所からの代理納付ができれば家賃保証会社の審査はほぼ通りますし、その仕組みによって家賃の未払いが発生するリスクをかなり減らすことができます」(ハウジングプラザ小林さん)

それでも、生活保護を受給している人が入居可能な物件はまだまだ少なく、1件ごとに入居を希望する人の背景や家賃保証会社の審査が通っていることを説明して、オーナーに働きかける努力は欠かせません。

問題は「入居困難」だけじゃない!「住んだ後」も必要になるサポート

住まいの確保が困難な人に必要なサポートは、住まい探しだけにとどまらず、入居中や入居後にも及びます。特に高齢者や障がいのある人は、住んだ後の生活においても支援の手が必要となるからです。

「物件が見つかったとしても、それで支援が終わりというわけではありません。その後も住まいサポートセンターの職員が相談された方に連絡し、住まい探しの状況確認や相談に乗るなど、アフターケアをしています」(世田谷区)

また、高齢者や障がいのある人の入居で不安視されるのが、孤立による事故や孤独死です。そこで世田谷区は、誰もが住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるよう、公的なサービスの充実や支えあい活動など、住民や企業と協働した多様な取り組みを積極的に行なっています。

例えば、希望する高齢者や障がい者には、見守りサービスや救急通報システムを、認知症や障がいで福祉サービスの利用が困難な人にはサービスを利用するときの援助や日常的な金銭管理の支援サービスを提供しています。

高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)

高齢者の見守りサービスを提供するホームネットとの連携による「見まもっTELプラス」は、入居者の見守りと万が一のときの補償がセットとなったサービス。世田谷区はサービス利用者が要件を満たす場合には初回登録料を補助している(画像提供/世田谷区)

これらの包括的なサポート体制は、住居の確保に配慮が必要な人への支援であるとともに、孤独死や死後の残置物処理、近隣住民等とのトラブルなどを懸念するオーナーや管理会社に対する配慮でもあるのだそう。

「入居中・退去後等のサービスを充実させ、居住支援事業を積極的に紹介することで、オーナーさんの不安を和らげ、住宅の確保に配慮が必要な方が入居を拒まれることを減らす一助となれば、と考えています」(世田谷区)

「みんなに安心できる住まいを」各分野のプロが連携しながら地域全体で支える

高齢者などが入居を拒まれない民間の賃貸住宅を増やすため、区では国のセーフティネット制度を活用して一定の条件を満たした住宅を“居住支援住宅”として認証し、オーナーに補助金を出しているそうです。

また、前述した「見守っTELプラス」などの高齢者の見守り・生活支援サービスの提供を行うホームネットとの包括連携協定も民間企業と連携した取り組みの一つ。一定の条件を満たす利用者には区が初期登録費用を全額補助しています。

さらに不動産会社やオーナーへの働きかけも欠かせません。住宅セーフティネット法に基づいて世田谷区が設置した居住支援協議会には2023年度から、都が指定するNPOや民間企業などの居住支援法人のうち、区内に拠点のある5法人と、協定を結んでいる1法人からなる6社が参画するように。専門的知見をもとにした意見をもらったり、居住支援協議会セミナーに登壇してもらったりしています。

「民間の賃貸住宅の活用には、不動産会社、オーナーさんたちの協力と理解をいただくことも欠かせません。居住支援協議会では、不動産団体やオーナーへ向けた情報提供なども積極的におこない、居住支援法人である民間組織の方が具体的にどんな取り組みをおこなっているのかを紹介してもらいました」(世田谷区)

各分野の専門家との連携も不可欠です。区役所内の福祉部門や生活困窮者自立相談支援センター「ぷらっとホーム世田谷」、地域包括支援センター「あんしんすこやかセンター」などの外部機関と連携して、互いの知識の向上のための講習会などを開催しながら包括的な支援を目指しています。

高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)

高齢者向けの見守りサービス。高齢福祉課や保健福祉課などの福祉部門をはじめ、さまざまな企業や団体と連携して、包括的な支援を行なっている(画像提供/世田谷区)

独自の補助金制度の設計など、事業者とともに「これから」をつくる

世田谷区にこれからの取り組みについて聞いたところ、第四次住宅整備方針の重点施策として上げているのは「居住支援の推進による安定的な住まいと暮らしの確保」だといいます。

その一例として、2013年に区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」で、回答者の約半数が「家計を圧迫している支出」として上げているのは「住居費」でした。

ひとり親世帯の家計を圧迫している費用

2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)

2013年に世田谷区が実施した「ひとり親家庭アンケート調査」では、家計を圧迫している費用として、住宅費が育児・教育費に次いで多くなっている(資料提供/世田谷区)

そこで区は、ひとり親世帯に対して対象となる住宅に転居する場合に、国の住宅セーフティネット制度を活用して家賃の一部を補助する「ひとり親家賃低廉化補助事業」を実施しています。また、対象住宅を増やす策として、制度に協力したオーナーに1戸あたり10万円の世田谷区独自の協力金制度を設けているそう。

家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)

家賃補助だけでなく、世田谷区は、ひとり親世帯家賃低廉化事業の対象住宅を増やす方策として、制度に協力した賃貸人に対する協力金制度を独自に設置している(資料提供/世田谷区)

「支援をさらに押し進めていくには、単独で行うのではなく、居住支援協議会の場で、区・不動産団体・オーナーさんの団体・居住支援法人などの協力を得て進めることが大切です。今後も居住支援法人などが提供するサービスの利用促進や効果的な支援策について連携しながら検討していきたい」と世田谷区はいいます。

住宅セーフティネット法によって、各地方自治体が住宅の確保に配慮が必要な人たちへの支援に試行錯誤する中、世田谷区は、民間との連携がうまくいっている例ではないでしょうか。

居住困難の問題を解決するには、オーナーや不動産会社も安心して取り組める状況をつくり出し、理解と協力を得ることが大事です。しかし民間でできること、行政だけでできることには、それぞれ限界があります。実際に現状に即した施策を進めていくには、行政が、住民からどのような居住支援を必要とされているかを知る努力と、支援を実施するために必要な知識やノウハウを民間と共有することに躊躇しない姿勢が大事だと感じました。

住まいの確保が困難な人への取り組みは、地方自治体によってもかなり違いがあります。自分の住む自治体の制度や取り組みに興味をもち、見直してみることも、これらの取り組みを推進する一つのきっかけになるかもしれません。

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●取材協力
・株式会社ハウジングプラザ福祉事業部
・世田谷区「住まいに関する支援」

新宿駅から電車で30分以内、家賃相場安い駅ランキング! 2023年版

東京都を代表する巨大ターミナル・新宿駅が、2023年2月にリクルートが発表した「SUUMO住みたい街ランキング2023(首都圏版)」にて住みたい街(駅)ランキングで5位に輝いた。同調査で「住みたい理由」として挙げられたのは、「魅力的な働く場や企業がある」「文化・娯楽施設が充実」「いろいろな場所に電車・バス移動で行きやすい」「大規模商業施設がある」など、働くにも遊ぶにも便利であり交通の利便性も高いという点だ。そんな便利で人気の街・新宿までアクセスしやすい、家賃相場が安い駅を調査してみた。駅から徒歩15分圏内にある、一人暮らし向け物件の家賃相場が安い駅を早速チェック!

新宿駅まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅TOP15(22駅)

順位/駅名/家賃相場(沿線名/駅の所在地/新宿駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 京王よみうりランド 5.5万円(京王相模原線/東京都稲城市/30分/1回)
2位 生田 5.6万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/25分/1回)
3位 読売ランド前 5.7万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/27分/1回)
4位 西国分寺 5.9万円(JR中央線/東京都国分寺市/28分/1回)
5位 京王稲田堤 6.0万円(京王相模原線/神奈川県川崎市多摩区/28分/1回)
5位 朝霞 6.0万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/30分/1回)
5位 稲田堤 6.0万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/29分/1回)
8位 田無 6.04万円(西武新宿線/東京都西東京市/28分/1回)
9位 百合ケ丘 6.1万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市麻生区/26分/1回)
10位 中野島 6.15万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/27分/1回)
11位 京王多摩川 6.3万円(京王相模原線/東京都調布市/26分、1回)
11位 宿河原 6.3万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/25分/1回)
11位 飛田給 6.3万円(京王線/東京都調布市/29分/1回)
14位 西調布 6.4万円(京王線/東京都調布市/30分/1回)
15位 久地 6.5万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/28分/1回)
15位 向ヶ丘遊園 6.5万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/19分/1回)
15位 和泉多摩川 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/22分/1回)
15位 国分寺 6.5万円(JR中央線/東京都国分寺市/23分/0回)
15位 戸田公園 6.5万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/23分/0回)
15位 東小金井 6.5万円(JR中央線/東京都小金井市/25分/0回)
15位 狛江 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/20分/1回)
15位 蕨 6.5万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県蕨市/26分/1回)

関連記事:新宿駅まで電車で30分以内、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2023年版

1位の家賃相場は新宿の2分の1以下で5万円台!

JR各線をはじめ小田急線や京王線など、さまざまな路線が乗り入れる新宿駅。アクセス性が高いうえにビジネス街としても繁華街としても発展しており、この街に住めたらさぞかし便利だろう。ただ、ネックなのは人気の街だけあり家賃相場が高いこと……。今回の調査では、新宿駅の徒歩15分圏内にある一人暮らし向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満のワンルーム・1K・1DK)の家賃相場は12万円という結果に。そこで「新宿駅が最寄駅」とはいかなくても、新宿駅にアクセスしやすい30分圏内にある駅の家賃相場を調査、ランキングにしたものがこちらだ。

1位は東京都稲城市に位置する京王よみうりランド駅で、家賃相場は5万5000円だった。京王相模原線で調布駅に出て、京王線に乗り換えると新宿駅まで計約30分で到着する。3位・読売ランド前駅と名前が似ていて混同されがちだが両駅は直線距離で2km以上離れており、路線も異なる別の駅。レジャー施設「よみうりランド」を間に挟んで南側に3位の読売ランド前駅、北側にあるのが1位の京王よみうりランド駅だ。

よみうりランド(写真/PIXTA)

よみうりランド(写真/PIXTA)

そんな京王よみうりランド駅の周辺の様子を見てみると、駅南側はよみうりランドのほかに読売ジャイアンツの球場やゴルフ場、東京ヴェルディのサッカーグラウンドに利用されているため、住宅街は駅の北側が中心。駅から北に5分も歩くと、スーパーや100円ショップ、書店や衣料品店が入ったショッピングセンターへ。そのまま名産の果物直売所も点在するのどかな住宅街を北に進み、駅から15分ほど歩くとJR南武線・矢野口駅にたどり着く。周辺住民は行き先に応じて京王相模原線とJR南武線の2路線を利用できるわけだ。そして矢野口駅の北側には多摩川が流れ、河川敷は地域の憩いの場としてジョギングや散歩に利用されている。

続いて2位は神奈川県川崎市多摩区にある生田(いくた)駅で、家賃相場は5万6000円。小田急小田原線の通勤準急と快速急行を乗り継ぐと、新宿駅までは乗り換え1回・約25分。駅から徒歩10分ほどで明治大学の生田キャンパスに行けるほか、周辺には専修大学や聖マリアンナ医科大学のキャンパスもあるため、学生が住む街としても親しまれている。大型のショッピングビルがあるような繁華街ではないけれど、駅周辺には複数のコンビニやスーパー、ドラッグストアがあり、日用品や雑貨を扱うホームセンターも。日常遣いしやすいリーズナブルな飲食店がそろっている点も、一人暮らしには嬉しいところ。

生田緑地のばら園(写真/PIXTA)

生田緑地のばら園(写真/PIXTA)

生田駅から東南方面に10分ほど自転車を走らせると生田緑地へ。雑木林や湿地など貴重な自然が残され、初夏にはホタルも観察できるので、息抜きに訪れてもよさそう。ちなみに生田駅から下りで1駅目が3位・読売ランド前駅(家賃相場5万7000円)、2駅目が9位・百合ヶ丘駅(同6万1000円)という位置関係になっている。

新宿に加え「住みたい街(駅)」2位の吉祥寺にも好アクセスな駅も上位入り

上位には新宿駅まで乗り換え1回の駅が続くが、15位までくると国分寺駅のように乗り換え0回の駅もランクインした。国分寺駅は家賃相場6万5000円で、JR中央線の通勤特快に乗ると約23分で新宿駅へ。国分寺駅の1駅隣に位置する4位・西国分寺駅(家賃相場5万9000円)は乗り換え1回・約28分との調査結果になったが、これは通勤特快が停車しないため。新宿駅まで30分以内の到着を目指すとまず快速で国分寺駅へ行き、そこから通勤特快への乗り換えが必要となるのだ。とはいえ快速1本でも西国分寺駅から新宿駅まで約34分とその差6分。実際に暮らすならば、乗り換えずに1本で行くことになるだろう。

国分寺駅(写真/PIXTA)

国分寺駅(写真/PIXTA)

さて15位・国分寺駅はどんな街だろうか。駅南口側には9階建ての駅ビル「セレオ国分寺」が併設され、食料品からファッション、雑貨、レストランまで多彩なショップが営業中。そして北口側には西武国分寺線と西武多摩湖線の駅があり、駅前は賑やかな雰囲気。なかでも目を引くのはツインタワーだろう。これは半世紀も前に計画された再開発事業が実を結んだ再開発ビルで、2018年に誕生を迎えた。上層部は住居で、下層階が商業施設「cocobunji(ココブンジ) WEST」「cocobunji EAST」。ビル内には市の施設やショッピングモール「ミーツ国分寺」があり、飲食店からクリニックまで多彩な店舗が充実している。ほかにも駅周辺にはさまざまな商業施設が並び、緑豊かな公園「殿ヶ谷庭園」でほっと息抜きすることもできる。

ちなみに国分寺駅を通るJR中央線沿線には、「SUUMO住みたい街(駅)ランキング2023(首都圏版)」5位の新宿駅だけではなく、同ランキング2位の吉祥寺駅もある。吉祥寺駅は国分寺駅から新宿方面に5駅目で、家賃相場は今回の調査によると8万円。住みたい街上位に輝く新宿駅にも吉祥寺駅にもアクセスしやすいわりに両駅と比べて家賃相場が低く、駅周辺の商業施設も充実した国分寺駅は穴場の街と言えるかもしれない。

関連記事:「住みたい街ランキング2023」発表! 大宮と浦和で明暗、新宿が注目の理由とは?

さて、家賃相場が6万5000円の同額で8駅が並んだ15位からもう1駅、和泉多摩川(いずみたまがわ)駅をピックアップしよう。東京都狛江市に位置する和泉多摩川駅は小田急小田原線の駅であり、新宿駅までの所要時間は約22分でトップ15のうち3番目に早い。新宿駅に加えて小田急小田原線沿線の下北沢駅や、そこから京王井の頭線に乗り換えて4駅目の渋谷駅、さらに小田急小田原線と直通運転されている東京メトロ千代田線沿線の表参道駅などにもアクセスしやすいロケーションだ。

和泉多摩川駅(写真/PIXTA)

和泉多摩川駅(写真/PIXTA)

和泉多摩川駅の高架下にはスーパーやハンバーガー店があり、駅西口側には青果店やドラッグストア、ミニスーパーなどが並ぶ商店街も。2022年には駅南側にベンチなどを設置した広場が整備され、この春には緑地や公園がある多摩川河川敷へと続く緑道も誕生した。都内の人気の街にも楽に行けるうえ、日ごろは自然を身近に感じつつのんびり暮らせる点もこの街の魅力の一つだろう。

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いま北千住でシェアハウスがアツい! 海外協力隊・アート・共同書店などおもしろ住人がつながるまちづくり、仕掛け人はR65山本遼さん

北千住(東京都足立区)の街に面白いシェアハウスが増えているという。アーティストが集う「アサヒ荘」、JICA海外協力隊らが集う「チョイふるハウス北千住」……。シェアハウスを運営するのは65歳以上向けの賃貸情報サイトを運営するR65不動産の代表として不動産業界では知られる山本遼さんです。実は山本さんは、自らも特定の家を持たず場所を転々としながら生活するシェアハウスホッパーという側面も持っています。身軽に住みたい場所に住めて住民同士の交流が魅力の暮らし方です。さらに、共同書店も運営。それらを通じて、北千住にどのような新しい関係が生まれているのでしょうか。シェアハウスと共同書店「編境」を訪ねました。

山本さん。65歳以上向けの賃貸情報サイトを運営する「R65不動産」の代表でありながら、自ら賃貸するシェアハウスを転々として暮らす(写真撮影/片山貴博)

山本さん。65歳以上向けの賃貸情報サイトを運営する「R65不動産」の代表でありながら、自ら賃貸するシェアハウスを転々として暮らす(写真撮影/片山貴博)

山本さんの街づくりは、自分ひとりで決めず皆で考えながらつくり上げていくスタイル(写真撮影/片山貴博)

山本さんの街づくりは、自分ひとりで決めず皆で考えながらつくり上げていくスタイル(写真撮影/片山貴博)

海外協力隊らが住むシェアハウス「チョイふるハウス北千住」

JR常磐線北千住駅の改札を出ると目の前に大型ファッションビル。しかし、駅の近くには、庶民的な宿場町通り商店街が。少し歩くと、お団子屋さんや八百屋さん……生活を支える小さな商店街もあります。通り抜け禁止の看板がある路地もあちこちに。この街に、山本さんが運営する5棟のシェアハウスと共同書店「編境」、が点在しています。5棟のシェアハウスは、R65不動産で借り上げ、契約や賃貸費用の回収を行い、管理人は住民が務めています。

駅に近い宿場町通り商店街。個性的な飲食店や銭湯がある(写真撮影/片山貴博)

駅に近い宿場町通り商店街。個性的な飲食店や銭湯がある(写真撮影/片山貴博)

住宅街の曲がりくねった路地に山本さんが運営する5棟のシェアハウスのひとつ「チョイふるハウス北千住」はありました。ここは、海外協力隊や国際支援に関心のある人が集うシェアハウスです。

迎えてくれたのは、管理人の栗野泰成さん。栗野さんも、海外協力隊としてエチオピアで2年間、情操教育やスポーツ教育の普及活動に携わった経験があります。「チョイふるハウス北千住」の立ち上げから運営に至るまで行っています。

海外から持ち帰ったお土産が飾られた玄関(写真撮影/片山貴博)

海外から持ち帰ったお土産が飾られた玄関(写真撮影/片山貴博)

「もともと国際協力に関心のある人たちを集めるコンセプトのシェアハウスをやってみたかった」という栗野さん。栗野さん自身、当時は、シェアハウスを転々として暮らしていたシェアハウスホッパーでした。つくば市に住んでいたころ、山本さんのTwitter投稿を見て北千住に興味を持ちました。「ショウガナイズ北千住」というシェアハウスで、コンセプトは、新陳代謝。なんと半年ごとに家賃が5000円ずつ値上がりすることがあらかじめ決まっていて、退去を促す不動産会社の経営面からはあり得ないシステムです。

「この人面白いなあと。面白い人の周りには面白い人が集まるので、すぐにDMを送って入居しました。それが5年前。海外協力隊のためのシェアハウスをつくりたいと山本さんに話したら、やってみたらと物件を紹介してくれたんです。『ショウガナイズ北千住』の家賃が値上がるのに追い立てられながら(笑)、シェアハウスを立ち上げ、ぼくも引越しました」(栗野さん)

開業するとすぐにコロナ禍になり、海外に派遣された隊員が緊急帰国することになりました。3カ月で帰国を余儀なくされた人も。日本に戻って来ても家がないので困るだろうと、栗野さんはTwitterでシェアハウスを告知。緊急性、ニーズがあり、隊員に一時的な住まいを提供できました。その後も国際協力や栗野さんが携わる子ども支援の活動に関心のある人たちが集まるシェアハウスとして認知されるようになったのです。

スパイスやハーブを使ったカレーづくり、アメ横で購入した面白い食材を使って料理をつくる会など、さまざまなイベントがシェアキッチンで催され、住民やその友人でにぎわう(写真撮影/片山貴博)

スパイスやハーブを使ったカレーづくり、アメ横で購入した面白い食材を使って料理をつくる会など、さまざまなイベントがシェアキッチンで催され、住民やその友人でにぎわう(写真撮影/片山貴博)

「現在の住民は5人。海外協力隊でケニアに行っていた人や、子ども支援の活動に長年携わっているフリーター、海洋ゴミの問題に取り組むNPOの理事などです。人を助けたいという思いでつながっているので、話が盛り上がるし、交友関係も広がります」(栗野さん)

縛られず行きたい場所へすぐ行けるシェアハウスホッパーという選択

取材当日、シェアハウスの共用スペース(畳スペース)でテレワークをしていた西山大貴さんと成田彩花さんに、住み心地や住んで良かったことを伺いました。

シェアキッチン横の畳スペースで談笑する成田さん(左)と西山さん(右)。「今どんな仕事しているの?」お互いの仕事に興味津々(写真撮影/片山貴博)

シェアキッチン横の畳スペースで談笑する成田さん(左)と西山さん(右)。「今どんな仕事しているの?」お互いの仕事に興味津々(写真撮影/片山貴博)

途上国の農村開発に携わる西山さんは、「チョイふるハウス北千住」が5カ所目のシェアハウス。北千住の別のシェアハウスから引越してきました。「海外協力隊経験者が集まっているので、住みながら、海外の情報が入って来ますし、自分が活動する国以外の支援者とつながれるのが良さですね」といいます。

WEBマーケティングの仕事をしている成田さんは、大学時代からシェアハウス暮らしで、「チョイふるハウス北千住」は10カ所目。「アサヒ荘」のアートイベントに遊びに行き、ここを知りました。

「国際協力に興味があったのですが、今の仕事では経験者となかなか知り合う機会がなくて。実際に活動している人とつながれるのが嬉しいです」(成田さん)

部屋の中で目につくのは布団とスーツケースひとつだけ。いつでも行きたい所へ行くため荷物は最小限(写真撮影/片山貴博)

部屋の中で目につくのは布団とスーツケースひとつだけ。いつでも行きたい所へ行くため荷物は最小限(写真撮影/片山貴博)

管理人として特別なことは何もしていないという栗野さん。2021年2月に貧困の子ども支援の一般社団法人チョイふるを立ち上げました。「チョイふる」は、choicefullの略。生まれた環境で選択肢が限られてしまう子どもたちに、食事や居場所を提供し、親の生活相談を行っています。住人がボランティアに参加してくれたり、クラウドファンディングを応援してくれたり、人のつながりに助けられていると言います。

「集客的には入れ替わりが激しいので、大変な面はあります。4カ月ほどで退去する人が多いんです。成田さんも去年の12月に入居して4月にはカンボジアへ行くために退去しますしね。でも、抜けたり入ったりが多いからこそ、面白い人がどんどん集まって関係が広がっていく。日本に帰国したときの一時滞在の場所として今後も使ってもらえるといいんじゃないかな」(栗野さん)

海外の伝統工芸の絵が廊下に飾られていた(写真撮影/片山貴博)

海外の伝統工芸の絵が廊下に飾られていた(写真撮影/片山貴博)

シェアハウスや共同書店「編境」で街の中に街をつくる

北千住の街の中にコンセプトの異なる5つのシェアハウスをつくった理由を山本さんにたずねるため、共同書店「編境」に伺いました。共同書店とは、本を売りたい人(棚主)で売り場(棚)をシェアするタイプの書店。古い一軒家を改装したお店は、通り過ぎても気づかないくらいです。ところが、扉を開けると、どこか懐かしい本屋さん。椅子もあって、つい長居をしてしまいそう。

一見、書店とわからない「編境」。オープンするのはお店番がいるときだけ。開いているときに来た人はラッキー(写真撮影/片山貴博)

一見、書店とわからない「編境」。オープンするのはお店番がいるときだけ。開いているときに来た人はラッキー(写真撮影/片山貴博)

椅子がいくつもあるので、子どもが絵本を読みふけることも(写真撮影/片山貴博)

椅子がいくつもあるので、子どもが絵本を読みふけることも(写真撮影/片山貴博)

本の売れ行きを左右する自筆のポップから棚主の人柄を感じる。「積読(つんどく)書店」と名付け、読まなかった本を販売(写真撮影/片山貴博)

本の売れ行きを左右する自筆のポップから棚主の人柄を感じる。「積読(つんどく)書店」と名付け、読まなかった本を販売(写真撮影/片山貴博)

なぜシェアハウスや共同書店を運営しているのでしょう?

「シェアハウスも、共同書店も街に仕事以外のつながりをつくれないか、そんな思いで始めました」と山本さん。

山本さんが北千住の街に関わるようになったのは、65歳以上向けの不動産サイト「R65不動産」の事業を法人化した2016年ころ。北千住にある中古住宅を活用してほしいと依頼を受け、以前運営したことのあるシェアハウスを北千住にもつくろうと考えました。シェアハウスは、当時、騒音問題や、部屋をきれいに使ってくれないのではというネガティブなイメージが大家さんにあり、別のエリアで経営したときは、周囲の風当たりが強かったと山本さん。

「でも、北千住の人たちは、『若い人で集まってるの? 楽しそうだね』と受け入れてくれました。東京芸大(東京藝術大学)千住キャンパスがあって街に学生やアーティスト、クリエイターが多く、もともと挑戦を受け入れてくれる街なんです。北千住は、今、バズワード的に盛り上がっていて、若い人が外からどんどん入ってきますが、再開発が進んで家賃の値上がりが著しく、だんだん窮屈な街になってきているなあと感じていました」(山本さん)

そこで、山本さんが考えたのは、街の中に1km圏内くらいの嗜好が近い人同士でつながる小さな街をつくること。その拠点となるのが、シェアハウスでした。運営するシェアハウスはそれぞれコンセプトが異なり、入居者のタイプも違います。

アーティストが集う「アサヒ荘」(画像提供/R65不動産)

アーティストが集う「アサヒ荘」(画像提供/R65不動産)

アサヒ荘のイベント時の1枚。とっても楽しそう!(画像提供/R65不動産)

アサヒ荘のイベント時の1枚。とっても楽しそう!(画像提供/R65不動産)

「賃貸住宅は住民同士が過度に干渉しない良さがありますがが、趣味や嗜好が近い人でつながるのも面白いんじゃないかと思ったんです。北千住ではありませんが、世田谷ではじめたのが、日替わり店長が開く『スナックニューショーイン』です。コロナ禍で閉店しましたが、世田谷の街に住んでいる劇作家、ライター、デザイナー、学生が店長になってくれました。ご近所の人との関わりって面倒くさいんだけど、つながりたい人とつながりたいっていう欲はすごくあるんだなと実感したんです。喋らなくてできるもので、北千住でやるなら何がいいだろう? と考えた末に生まれたのが、共同書店『偏境』でした」(山本さん)

「スナックニューショーイン」。店長の友人や知人が集いにぎわった(画像提供/R65不動産)

「スナックニューショーイン」。店長の友人や知人が集いにぎわった(画像提供/R65不動産)

共同書店には、40名(2023年3月末現在)の棚主がリンゴ箱や木箱に選りすぐりの本を販売しています。棚主は、この街に住むアーティストや近くにある芸大の関係者、近所の人などさまざま。ポップを読むだけで楽しい気持ちになります。

棚主ひとりに木の棚やりんご箱ひとつ。皆でブックフェアも。訪れた3月のテーマは「旅立ち」(写真撮影/片山貴博)

棚主ひとりに木の棚やりんご箱ひとつ。皆でブックフェアも。訪れた3月のテーマは「旅立ち」(写真撮影/片山貴博)

山本さんの棚。「自分の頭の中を見られているようでちょっと恥ずかしい」(写真撮影/片山貴博)

山本さんの棚。「自分の頭の中を見られているようでちょっと恥ずかしい」(写真撮影/片山貴博)

見せたいけど売りたくない本も並んでいる。売れないように高値をつけるけど、そういう本に限って売れてしまう(写真撮影/片山貴博)

見せたいけど売りたくない本も並んでいる。売れないように高値をつけるけど、そういう本に限って売れてしまう(写真撮影/片山貴博)

年代問わず挑戦を応援する場所をつくっていきたい

シェアハウス、共同書店、今後予定しているギャラリーすべてを束ねるコンセプトはあるのでしょうか。

「あえてつくっていないんです。同じコンセプトだとつまらなくなるし、ぼくを嫌いな人は入って来にくくなる。シェアハウスで、コンセプトを決めたのは、『ショウガナイズ北千住』だけ。ぼくは、5棟のシェアハウスのいずれかに住んでいますが、満室になるとほかのシェアハウスへ移ります。一緒に住んでいると住民のやりたいことを応援するきっかけになるので楽しいですよ」(山本さん)

R65不動産の収入源は、賃貸物件を一括で借り上げ、入居者に転貸するサブリースによるもの。共同書店での収益にはこだわっていないといいます。

「共同書店は、一つの棚がひと月で3000円。1回お店番をすると1000円安くなるので、学生は月3回店番をして無料で使っている人もいます。シェアハウスもサブリースです。若い人で始めたい人はけっこういるのですが、自分でゼロからだとハードルが高いんです。初期費用は中古物件でも100万円以上、空き部屋が出ると賃貸料が持ち出しになるので無理になる。大家さんから見てみてもよくわからない人がシェアハウスをするのは受け入れられない。ぼくらが会社として間に入ることで実現できます」(山本さん)

大義名分はなく、「ぼくらの楽しいことをしているだけ」と山本さん(写真撮影/片山貴博)

大義名分はなく、「ぼくらの楽しいことをしているだけ」と山本さん(写真撮影/片山貴博)

インテリア小物にもセンスが光る。現在、「編境」の2階にギャラリーを企画中(写真撮影/片山貴博)

インテリア小物にもセンスが光る。現在、「編境」の2階にギャラリーを企画中(写真撮影/片山貴博)

R65不動産は、65歳以上の入居希望者に物件を紹介する事業がメイン。ゆくゆくは、年齢に関係なく挑戦できる場所を北千住に増やしたいと考えています。

「だんだん5棟のシェアハウスそれぞれが村のようになってきました。一棟で6人ほど住民がいるので全員で32人。住民の友人で遊びに来る人も含めると80人を超えて関わり合っています。80人いれば、小さい飲食店が成り立つ購買力がある。月に一回ひとり3000円で飲みに行けば、24万円になりますから」

北千住の拠点全部をひっくるめて、オンラインでもリアルでもつながれる仮想の街「北千住浪漫シティ」をつくるのが山本さんの今の夢。浪漫は、挑戦を意味しています。

「祖母が76歳まで自営の薬局で働いていて元気だったんですよ。背筋が伸びて接客してる姿がすごくかっこよくて。そういう挑戦ができる小さな場所をつくっていきたいです」(山本さん)

点在するシェアハウスが拠点となり、つながりあって、街の中の小さな街へ。「北千住に来ると、夢が叶う」。受け入れる文化と新しい挑戦が、街の可能性を広げています。

●取材協力
R65不動産

【2023年】東京23区の家賃相場が安い駅ランキング。1位は東京駅から15分・5万円台の穴場駅!

東京都内に住む際、交通面や買い物など生活の利便性から23区内を候補に考える人が多いだろう。ただ問題は、家賃相場が高いこと……。なるべく家賃を抑えられる住まいを探すなら、どの駅がいいのか? 23区内でも特に家賃相場が低めな区はどこだろう? そこで今回は、東京23区内に位置する駅それぞれの、徒歩15分圏内にある賃貸物件(専有面積10平米以上~40平米未満のワンルーム・1K・1DK)の家賃相場をランキング。家賃相場が安い駅TOP20をチェックしていこう。

東京23区内の家賃相場が安い駅TOP20(21駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線/駅の所在地)
1位 葛西臨海公園 5.60万円(JR京葉線/江戸川区)
2位 一之江 6.40万円(都営新宿線/江戸川区)
2位 新柴又 6.40万円(北総線/葛飾区)
4位 京成小岩 6.50万円(京成本線/江戸川区)
4位 京成金町 6.50万円(京成金町線/葛飾区)
4位 江戸川 6.50万円(京成本線/江戸川区)
7位 竹ノ塚 6.55万円(東武伊勢崎線/足立区)
7位 金町 6.55万円(JR常磐線/葛飾区)
9位 小岩 6.60万円(JR総武線/江戸川区)
9位 柴又 6.60万円(京成金町線/葛飾区)
9位 瑞江 6.60万円(都営新宿線/江戸川区)
9位 篠崎 6.60万円(都営新宿線/江戸川区)
13位 堀切菖蒲園 6.70万円(京成本線/葛飾区)
13位 小菅 6.70万円(東武伊勢崎線/足立区)
13位 船堀 6.70万円(都営新宿線/江戸川区)
16位 谷在家 6.75万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
17位 上井草 6.80万円(西武新宿線/杉並区)
17位 五反野 6.80万円(東武伊勢崎線/足立区)
17位 喜多見 6.80万円(小田急線/世田谷区)
20位 梅島 6.85万円(東武伊勢崎線/足立区)
20位 青井 6.85万円(つくばエクスプレス/足立区)
※22~44位は記事末

1位に選ばれたのは、家賃相場5万円台で東京駅まで15分以下の駅

1位は家賃相場がトップ20で唯一の5万円台、5万6000円だったJR京葉線・葛西臨海公園駅。駅高架下には2021年1月、アウトドアブランドのショップをはじめ飲食・物販エリアやイベントスペースを備えた複合商業施設「Ff(エフエフ)」がオープンしてる。開業3年目を迎えた現在はリニューアル工事中で休業区画も多い状態だが、今後は新たなショップのオープンも見込まれるので楽しみにしたい。

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

そんな1位・葛西臨海公園駅は江戸川区の南端に位置し、駅南側の出口を出ると「葛西臨海公園」が目の前に。東京湾に面した園内には水族館や大観覧車があり、海も一望できる。一方の駅北側には青果と花を扱う都の中央卸売市場と、物流倉庫街が広がっている。そのため駅付近に住宅はさほどなく、住宅街らしくなるのは駅から徒歩15分以上のエリア。そのあたりまで出ると、幹線道路の環七沿いにファミレスが点在していたり、住宅の合間にスーパーやコンビニがあったりと日常使いできる商店も。駅から徒歩35分ほど離れるとショッピングセンターやホームセンターがあるので自転車や車が使えると生活の幅が広がるだろう。交通の面を見てみると、東京駅までJR京葉線1本で5駅・約13分の近さ。東京駅とは逆方面に乗ると1駅目が舞浜駅で、ディズニー好きにはたまらない立地でもある。

葛西臨海公園(写真/PIXTA)

葛西臨海公園(写真/PIXTA)

2位は同じく江戸川区にある、都営新宿線・一之江駅で家賃相場は6万4000円。両隣は9位・瑞江駅(家賃相場6万6000円)と13位・船堀駅(家賃相場6万7000円)で、瑞江駅の1駅先は家賃相場6万6000円で同額9位の篠崎駅、という位置関係だ。この4駅では最も家賃相場が安かった一之江駅の様子はというと、4階建ての駅ビルにスーパーや持ち帰り弁当店、中華レストランがあって便利そう。2021年9月に東口駅前広場の正面に誕生したスーパー「マルエツ」をはじめ、駅周辺にもスーパーやコンビニ、ハンバーガーや牛丼などの気軽に入れる飲食店があり、一人暮らしに嬉しい環境だろう。都営新宿線に乗ると、神保町駅まで約23分、市ケ谷駅まで約27分、新宿駅までは約33分だ。

一之江駅前(写真/PIXTA)

一之江駅前(写真/PIXTA)

一之江駅よりもやや家賃相場が高い、両隣の瑞江駅と船堀駅はどんな街だろう? 9位・瑞江駅の駅前にはディスカウントストア「ドン・キホーテ」やスーパー、100円ショップが入った商業ビルがある。ほかにも多彩な飲食店やコンビニなどが立ち並び、一之江駅よりもにぎわっている様子。また、13位・船堀駅の駅前には、都内を見渡す展望塔や映画館を備えた江戸川区のシンボルタワー「タワーホール船堀」が立っている。さらに船堀駅前では再開発が計画され、2028年度の供用開始を目指す地上20階建ての区の新庁舎と、地上27階建ての複合ビルの建設が発表された。駅周辺地区はほかにも開発計画が目白押しで、今後の船堀駅は江戸川区の中心エリアとしての存在感を高めていくだろう。

さて、2位には同額6万4000円で葛飾区にある北総線・新柴又駅もランクインした。柴又と聞くと9位の京成金町線・柴又駅(家賃相場6万6000円)を思い浮かべる人もいるだろう。映画『男はつらいよ』の主人公・寅さんの生まれ故郷としてロケ地にもなった柴又駅周辺は観光地としてもにぎわっているが、そこから歩いて10分ほどの新柴又駅周辺は静かな住宅街。スーパーやドラッグストア、コンビニはあるが繁華街といった雰囲気ではないので、落ち着いた生活ができそうだ。北総線は京成本線~京成押上線~都営浅草線~京急本線へと直通運転されているため、新柴又駅から乗り換えずに日本橋駅や新橋駅に行けるのも魅力。品川駅までも電車1本、約45分で到着する。

新柴又駅(写真/PIXTA)

新柴又駅(写真/PIXTA)

TOP20には東京23区東部の江戸川区、足立区、葛飾区の駅がずらり

2位・新柴又駅と9位・柴又駅のように、名称が似通った駅は4位以下にもランクインしている。4位・京成小岩駅と9位・小岩駅、同じく4位・京成金町駅と7位・金町駅だ。

4位・京成小岩駅は京成本線の駅で家賃相場6万5000円、9位・小岩駅はJR中央・総武線(各駅停車)の駅で家賃相場6万6000円。駅名が似ていてどちらも江戸川区内、そして住宅街にある点は同様だが、両駅間は徒歩20分弱ほど離れている。4位・京成小岩駅前はスーパーやコンビニ、飲食店があり、暮らしやすそうな街並み。2駅先の青砥駅から都営浅草線直通の京成押上線に乗り換えられるので、浅草駅や新橋駅にも行きやすい。また、京成小岩駅から京成本線で約21分の日暮里駅に出ると、山手線や常磐線などJR各線に乗り換え可能だ。

そんな京成小岩駅以上に駅前がにぎわっているのが9位・小岩駅だ。JR中央・総武線(各駅停車)に乗ると、秋葉原駅や市ケ谷駅を経由しつつ新宿駅まで約38分。隣の新小岩駅でJR総武線快速に乗り換えれば、東京駅まで約19分で行ける。駅にはショッピングセンター「シャポー小岩」が直結され、食品関係のお店や飲食店が営業中。改札を挟んだ千葉側エリアは改装工事中で、3月下旬にリニューアルオープンを予定している。改札直結の1階部分は約100mの通路沿いにファッション雑貨店やカフェなどが並ぶアーケード街に、地下1階部分は生鮮食料品街になるという。

小岩駅(写真/PIXTA)

小岩駅(写真/PIXTA)

小岩駅を出ても、約170店舗がひしめき区内最大の商店街と言われる「小岩フラワーロード商店街」をはじめ、線路の北側にも南側にも活気ある商店街が広がる。さらに注目は、駅周辺で大規模再開発が進行中ということ。北口側には住宅や商業の複合ビルと駅前広場が2031年度に完成予定。南口側にはすでに再開発エリア「ファスタ小岩」の商業施設棟とマンションが誕生しており、さらに地上33階建ての商業・住宅複合ビルも2026年度中に竣工予定だ。

小岩フラワーロード商店街(写真/PIXTA)

小岩フラワーロード商店街(写真/PIXTA)

名前が似ているもう1組の駅、葛飾区にある4位・京成金町駅と7位・金町駅もチェックしてみよう。この2駅は駅前広場をはさんで南側に京成金町線の京成金町駅、北側にJR常磐線の金町駅が位置し、周辺住民は2路線が利用できる環境。家賃相場が京成金町駅は6万5000円、金町駅は6万5500円と若干の違いが出たものの、「どちらの駅により近いか」という点にはあまりこだわる必要はないだろう。東西に走るJR常磐線の線路をはさんで、北側のほうに飲食店が多く、南側のほうがより住宅街らしい街並みではあるが、どちら側にも日常生活を支えるスーパーやコンビニは備えている。

ここまで紹介してきた通り、トップ20には近接しあう駅も多くランクインしている。改めて見てみると、トップ20全21駅の所在地は、江戸川区が8駅、足立区が6駅、葛飾区が5駅。いずれも東京23区の東部に位置しているため、リーズナブルな賃貸物件を探したいならまずこのエリアをチェックするとよさそうだ。とはいえ江戸川区をはじめ東部エリアも近年は再開発が進められ、街の様子も変わりつつある。住みやすい街として人気が高まると、家賃相場も上昇しがち。来年、同様の調査を行った際は違った顔ぶれの駅がランキングに並ぶかもしれない。

■22-44位

東京23区家賃相場22位44位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京23区内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/1~2022/12
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

【2023年】東京23区の家賃相場が安い駅ランキング。1位は東京駅から15分・5万円台の穴場駅!

東京都内に住む際、交通面や買い物など生活の利便性から23区内を候補に考える人が多いだろう。ただ問題は、家賃相場が高いこと……。なるべく家賃を抑えられる住まいを探すなら、どの駅がいいのか? 23区内でも特に家賃相場が低めな区はどこだろう? そこで今回は、東京23区内に位置する駅それぞれの、徒歩15分圏内にある賃貸物件(専有面積10平米以上~40平米未満のワンルーム・1K・1DK)の家賃相場をランキング。家賃相場が安い駅TOP20をチェックしていこう。

東京23区内の家賃相場が安い駅TOP20(21駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線/駅の所在地)
1位 葛西臨海公園 5.60万円(JR京葉線/江戸川区)
2位 一之江 6.40万円(都営新宿線/江戸川区)
2位 新柴又 6.40万円(北総線/葛飾区)
4位 京成小岩 6.50万円(京成本線/江戸川区)
4位 京成金町 6.50万円(京成金町線/葛飾区)
4位 江戸川 6.50万円(京成本線/江戸川区)
7位 竹ノ塚 6.55万円(東武伊勢崎線/足立区)
7位 金町 6.55万円(JR常磐線/葛飾区)
9位 小岩 6.60万円(JR総武線/江戸川区)
9位 柴又 6.60万円(京成金町線/葛飾区)
9位 瑞江 6.60万円(都営新宿線/江戸川区)
9位 篠崎 6.60万円(都営新宿線/江戸川区)
13位 堀切菖蒲園 6.70万円(京成本線/葛飾区)
13位 小菅 6.70万円(東武伊勢崎線/足立区)
13位 船堀 6.70万円(都営新宿線/江戸川区)
16位 谷在家 6.75万円(日暮里・舎人ライナー/足立区)
17位 上井草 6.80万円(西武新宿線/杉並区)
17位 五反野 6.80万円(東武伊勢崎線/足立区)
17位 喜多見 6.80万円(小田急線/世田谷区)
20位 梅島 6.85万円(東武伊勢崎線/足立区)
20位 青井 6.85万円(つくばエクスプレス/足立区)
※22~44位は記事末

1位に選ばれたのは、家賃相場5万円台で東京駅まで15分以下の駅

1位は家賃相場がトップ20で唯一の5万円台、5万6000円だったJR京葉線・葛西臨海公園駅。駅高架下には2021年1月、アウトドアブランドのショップをはじめ飲食・物販エリアやイベントスペースを備えた複合商業施設「Ff(エフエフ)」がオープンしてる。開業3年目を迎えた現在はリニューアル工事中で休業区画も多い状態だが、今後は新たなショップのオープンも見込まれるので楽しみにしたい。

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

そんな1位・葛西臨海公園駅は江戸川区の南端に位置し、駅南側の出口を出ると「葛西臨海公園」が目の前に。東京湾に面した園内には水族館や大観覧車があり、海も一望できる。一方の駅北側には青果と花を扱う都の中央卸売市場と、物流倉庫街が広がっている。そのため駅付近に住宅はさほどなく、住宅街らしくなるのは駅から徒歩15分以上のエリア。そのあたりまで出ると、幹線道路の環七沿いにファミレスが点在していたり、住宅の合間にスーパーやコンビニがあったりと日常使いできる商店も。駅から徒歩35分ほど離れるとショッピングセンターやホームセンターがあるので自転車や車が使えると生活の幅が広がるだろう。交通の面を見てみると、東京駅までJR京葉線1本で5駅・約13分の近さ。東京駅とは逆方面に乗ると1駅目が舞浜駅で、ディズニー好きにはたまらない立地でもある。

葛西臨海公園(写真/PIXTA)

葛西臨海公園(写真/PIXTA)

2位は同じく江戸川区にある、都営新宿線・一之江駅で家賃相場は6万4000円。両隣は9位・瑞江駅(家賃相場6万6000円)と13位・船堀駅(家賃相場6万7000円)で、瑞江駅の1駅先は家賃相場6万6000円で同額9位の篠崎駅、という位置関係だ。この4駅では最も家賃相場が安かった一之江駅の様子はというと、4階建ての駅ビルにスーパーや持ち帰り弁当店、中華レストランがあって便利そう。2021年9月に東口駅前広場の正面に誕生したスーパー「マルエツ」をはじめ、駅周辺にもスーパーやコンビニ、ハンバーガーや牛丼などの気軽に入れる飲食店があり、一人暮らしに嬉しい環境だろう。都営新宿線に乗ると、神保町駅まで約23分、市ケ谷駅まで約27分、新宿駅までは約33分だ。

一之江駅前(写真/PIXTA)

一之江駅前(写真/PIXTA)

一之江駅よりもやや家賃相場が高い、両隣の瑞江駅と船堀駅はどんな街だろう? 9位・瑞江駅の駅前にはディスカウントストア「ドン・キホーテ」やスーパー、100円ショップが入った商業ビルがある。ほかにも多彩な飲食店やコンビニなどが立ち並び、一之江駅よりもにぎわっている様子。また、13位・船堀駅の駅前には、都内を見渡す展望塔や映画館を備えた江戸川区のシンボルタワー「タワーホール船堀」が立っている。さらに船堀駅前では再開発が計画され、2028年度の供用開始を目指す地上20階建ての区の新庁舎と、地上27階建ての複合ビルの建設が発表された。駅周辺地区はほかにも開発計画が目白押しで、今後の船堀駅は江戸川区の中心エリアとしての存在感を高めていくだろう。

さて、2位には同額6万4000円で葛飾区にある北総線・新柴又駅もランクインした。柴又と聞くと9位の京成金町線・柴又駅(家賃相場6万6000円)を思い浮かべる人もいるだろう。映画『男はつらいよ』の主人公・寅さんの生まれ故郷としてロケ地にもなった柴又駅周辺は観光地としてもにぎわっているが、そこから歩いて10分ほどの新柴又駅周辺は静かな住宅街。スーパーやドラッグストア、コンビニはあるが繁華街といった雰囲気ではないので、落ち着いた生活ができそうだ。北総線は京成本線~京成押上線~都営浅草線~京急本線へと直通運転されているため、新柴又駅から乗り換えずに日本橋駅や新橋駅に行けるのも魅力。品川駅までも電車1本、約45分で到着する。

新柴又駅(写真/PIXTA)

新柴又駅(写真/PIXTA)

TOP20には東京23区東部の江戸川区、足立区、葛飾区の駅がずらり

2位・新柴又駅と9位・柴又駅のように、名称が似通った駅は4位以下にもランクインしている。4位・京成小岩駅と9位・小岩駅、同じく4位・京成金町駅と7位・金町駅だ。

4位・京成小岩駅は京成本線の駅で家賃相場6万5000円、9位・小岩駅はJR中央・総武線(各駅停車)の駅で家賃相場6万6000円。駅名が似ていてどちらも江戸川区内、そして住宅街にある点は同様だが、両駅間は徒歩20分弱ほど離れている。4位・京成小岩駅前はスーパーやコンビニ、飲食店があり、暮らしやすそうな街並み。2駅先の青砥駅から都営浅草線直通の京成押上線に乗り換えられるので、浅草駅や新橋駅にも行きやすい。また、京成小岩駅から京成本線で約21分の日暮里駅に出ると、山手線や常磐線などJR各線に乗り換え可能だ。

そんな京成小岩駅以上に駅前がにぎわっているのが9位・小岩駅だ。JR中央・総武線(各駅停車)に乗ると、秋葉原駅や市ケ谷駅を経由しつつ新宿駅まで約38分。隣の新小岩駅でJR総武線快速に乗り換えれば、東京駅まで約19分で行ける。駅にはショッピングセンター「シャポー小岩」が直結され、食品関係のお店や飲食店が営業中。改札を挟んだ千葉側エリアは改装工事中で、3月下旬にリニューアルオープンを予定している。改札直結の1階部分は約100mの通路沿いにファッション雑貨店やカフェなどが並ぶアーケード街に、地下1階部分は生鮮食料品街になるという。

小岩駅(写真/PIXTA)

小岩駅(写真/PIXTA)

小岩駅を出ても、約170店舗がひしめき区内最大の商店街と言われる「小岩フラワーロード商店街」をはじめ、線路の北側にも南側にも活気ある商店街が広がる。さらに注目は、駅周辺で大規模再開発が進行中ということ。北口側には住宅や商業の複合ビルと駅前広場が2031年度に完成予定。南口側にはすでに再開発エリア「ファスタ小岩」の商業施設棟とマンションが誕生しており、さらに地上33階建ての商業・住宅複合ビルも2026年度中に竣工予定だ。

小岩フラワーロード商店街(写真/PIXTA)

小岩フラワーロード商店街(写真/PIXTA)

名前が似ているもう1組の駅、葛飾区にある4位・京成金町駅と7位・金町駅もチェックしてみよう。この2駅は駅前広場をはさんで南側に京成金町線の京成金町駅、北側にJR常磐線の金町駅が位置し、周辺住民は2路線が利用できる環境。家賃相場が京成金町駅は6万5000円、金町駅は6万5500円と若干の違いが出たものの、「どちらの駅により近いか」という点にはあまりこだわる必要はないだろう。東西に走るJR常磐線の線路をはさんで、北側のほうに飲食店が多く、南側のほうがより住宅街らしい街並みではあるが、どちら側にも日常生活を支えるスーパーやコンビニは備えている。

ここまで紹介してきた通り、トップ20には近接しあう駅も多くランクインしている。改めて見てみると、トップ20全21駅の所在地は、江戸川区が8駅、足立区が6駅、葛飾区が5駅。いずれも東京23区の東部に位置しているため、リーズナブルな賃貸物件を探したいならまずこのエリアをチェックするとよさそうだ。とはいえ江戸川区をはじめ東部エリアも近年は再開発が進められ、街の様子も変わりつつある。住みやすい街として人気が高まると、家賃相場も上昇しがち。来年、同様の調査を行った際は違った顔ぶれの駅がランキングに並ぶかもしれない。

■22-44位

東京23区家賃相場22位44位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京23区内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/1~2022/12
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

【2023年】東京23区の中古マンション価格相場が安い駅ランキング。シングル向け、カップル・ファミリー向け、それぞれ1位は?

東京23区の地価や住宅価格は、全国でも群を抜いた高さで知られている。世界でも屈指のビジネスやエンタメが集約した都市と考えると妥当とも言えるが、住まい探しの際は価格に驚くことも。そんなとき、新築よりも比較的に手が届きやすいのが中古物件。なかでもリーズナブルな中古マンションが多いのはどの駅だろう? そこで、東京23区内に位置する駅から徒歩15分圏内にある、中古マンションの価格相場を調査してみた。シングル向け(専有面積20平米以上~50平米未満)とカップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満)、それぞれの中古マンションの価格相場が安い駅トップ10をご紹介しよう。

東京23区内の中古マンション価格相場が安い駅TOP10

【シングル向け】
順位/駅名/価格相場(主な路線/駅の所在地)
1位 青井 1950万円(つくばエクスプレス/東京都足立区)
2位 五反野 1980万円(東武伊勢崎線/東京都足立区)
2位 北綾瀬 1980万円(東京メトロ千代田線/東京都足立区)
2位 綾瀬 1980万円(東京メトロ千代田線/東京都足立区)
5位 小岩 2080万円(JR総武線/東京都江戸川区)
5位 志村三丁目 2080万円(都営三田線/東京都板橋区)
7位 氷川台 2199万円(東京メトロ有楽町線/東京都練馬区)
8位 西新井 2220万円(東武伊勢崎線/東京都足立区)
9位 お花茶屋 2280万円(京成本線/東京都葛飾区)
9位 京成立石 2280万円(京成押上線/東京都葛飾区)

【カップル・ファミリー向け】
順位/駅名/価格相場(主な路線/駅の所在地)
1位 新高島平 2780万円(都営三田線/東京都板橋区)
2位 西高島平 2789.5万円(都営三田線/東京都板橋区)
3位 見沼代親水公園 2941万円(日暮里・舎人ライナー・/東京都足立区)
4位 舎人 2980万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
5位 足立小台 2990万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
6位 竹ノ塚 3180万円(東武伊勢崎線/東京都足立区)
7位 柴又 3230万円(京成金町線/東京都葛飾区)
8位 京成高砂 3280万円(京成本線/東京都葛飾区)
8位 北綾瀬 3280万円(東京メトロ千代田線/東京都足立区)
10位 六町 3290万円(つくばエクスプレス/東京都足立区)
10位 谷在家 3290万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
※11位以降(20位まで)は記事末に記載

「シングル向け」は浅草駅まで10分以内の駅が1位。再開発中の駅が2位に

シングル向け中古マンションの価格相場が最も安かったのは、つくばエクスプレス・青井駅で価格相場は1950万円。つくばエクスプレスで浅草駅まで約8分、秋葉原駅までは約14分で行くことができる。駅周辺は住宅地で、徒歩10分圏内に複数のスーパーやドラッグストアがある便利な環境。駅北側の「青井兵和通り商店街」には食料品店や飲食店が並び、毎月第4日曜の朝市で有名だ。朝7時の花火を合図に開催される朝市は1978年から続いているそうで、さらに2020年からは毎月第2土曜の16時より夕市の「まんぞく市」も開催されている。日ごろは静かな街も朝市や夕市のときは多くの人でにぎわい、お祭り気分で買い物や買い食いが楽しめる。

青井駅(写真/PIXTA)

青井駅(写真/PIXTA)

2位には価格相場が共に1980万円だった、東武伊勢崎線・五反野駅と東京メトロ千代田線・北綾瀬駅がランクイン。まずは五反野駅について見てみよう。この駅に停車する東武伊勢崎線はほぼ日比谷線直通となっており、乗り換えずに日比谷線の上野駅や銀座駅、霞ケ関駅、恵比寿駅に行くことが可能だ。五反野駅の高架下にはスーパーや100円ショップが店を構えるほか、駅前にはさまざまな飲食店がある。駅北側には50店舗ほどが軒を連ねる商店街が続き、途中にはドラッグストアやスーパーも。また、駅から北へ20分弱も歩くと足立区役所があるのも何かと便利だろう。さらに北へ数分歩くと幹線道路の環七にぶつかり、大通り沿いには「ニトリ」をはじめディスカウントストアや家電量販店などの大型店舗も見える。

同額2位の北綾瀬駅は東京メトロ千代田線の終点駅。大手町駅や霞ケ関駅、表参道駅など都心部まで乗り換えずに行けるうえ、北綾瀬駅が始発駅のため通勤時間帯でも座って乗車できる点も魅力だろう。そんな北綾瀬駅前は現在、大規模な開発事業が進められている。すでに2021年~22年には駅の高架下と駅ビルを活用した商業施設「M’av北綾瀬Lieta(マーヴ北綾瀬リエッタ)」がオープン。駅舎も新しくなり、久しぶりに訪れた人は印象がガラリと変わったことに驚くかもしれない。現在は2024年度の完成を目指して、駅北口側に駅前広場とペデストリアンデッキの整備が進行中。同時期には大型商業施設も開業予定というから楽しみだ。

北綾瀬駅(写真/PIXTA)

北綾瀬駅(写真/PIXTA)

ここまで見てきた3駅はいずれも足立区の駅だった。さらに同額2位の五反野駅と北綾瀬駅は、直線距離で2.4kmほど。1位の青井駅はその直線上のほぼ中間地点にあるという、近い範囲の駅がトップ3を飾る結果となった。4位以下はというと、足立区のほかに江戸川区、板橋区、練馬区、葛飾区の駅がランクイン。このトップ10はいずれも東京駅よりも北側にあり、5位・志村三丁目駅と7位・氷川台駅を除く8駅は東京23区のなかでも北東部に位置している。さらに言うと、その8駅は荒川よりも北側にある。「都内でも荒川を越えると中古マンションの価格相場がリーズナブルになる」という傾向は、シングル向け中古マンションに限ったことなのか? 続いて、「カップル・ファミリー向け」のランキングを見ていこう。

「カップル・ファミリー向け」TOP10のうち7駅は足立区の駅に

「カップル・ファミリー向け」ランキングの1位は、板橋区にある都営三田線・新高島平駅。価格相場は2780万円だった。2021年度の一日平均乗降人員は8235人で、これは都営三田線27駅のうち2番目に少なく、都営地下鉄計106駅の中でも3番目の少なさ。駅南側には高島平団地が広がり、駅北側も住宅地のため住民は多いのだが、電車を使って通勤や買い物に多くの人が訪れるような街ではないためかもしれない。

新高島平駅(写真/PIXTA)

新高島平駅(写真/PIXTA)

1位・新高島平駅周辺には野鳥が訪れる自然林やバーベキュー場を備えた「赤塚公園」や、ポニーやモルモットとふれあえる「こども動物園 高島平分園」、東南アジアの熱帯雨林を再現した「熱帯環境植物館」があり、子どもがいるファミリーには魅力的な環境だろう。食料品の買い物には、駅前にある団地の1階部分を利用した昔ながらの商店街「ファミリー名店街」の青果店や鮮魚店、精肉店が活躍する。ただ、スーパーとなると1駅隣の高島平駅前に行く必要がある。高島平駅は今回の調査では価格相場3480万円で18位にランクインしており、駅前の商店は新高島平駅よりも充実している。こうした生活の便利さが価格差に表れたとも考えられる。とはいえ、新高島平駅~高島平駅間は歩いても10分ほどなので、自転車も活用すれば不便というほどではなさそうだ。

赤塚公園(写真/PIXTA)

赤塚公園(写真/PIXTA)

2位は価格相場2789.5万円で、1位・新高島平駅から都営三田線で高島平駅と逆方面に1駅進んだ、西高島平駅がランクイン。新高島平駅とは徒歩10分ほどしか離れてないため、両駅の生活環境はほぼ同様だ。駅北側には物流倉庫街や都の浄水場の敷地が広がり、新高島平駅前にはちらほらとある飲食店も西高島平駅前には見当たらない。日ごろの買い物は、新高島平駅前の商店や2駅先の高島平駅前のスーパーが頼りとなるだろう。また、西高島平駅は都営三田線の最西端であり、始発駅ゆえに朝の混雑時間帯も沿線の神保町駅や大手町駅まで座って向かうことが可能だ。

西高島平駅(写真/PIXTA)

西高島平駅(写真/PIXTA)

3位は足立区にある、日暮里・舎人ライナーの見沼代親水公園駅で価格相場は2941万円。日暮里・舎人ライナーは日暮里駅から北に向かってほぼ直線に延びる路線で、全13駅中の最北端が見沼代親水公園駅。さらにこの駅は東京23区内にある最北端の駅でもあるのだ。北に5分も歩けば都県境を越えて埼玉県に入り、もう1~2分ほど歩くとホームセンターに到着する。スーパーやフードコート、家電やファッションの売り場も併設されているので、あれこれとまとめ買いができそう。駅南側にも複数のスーパーやドラッグストアがあり、買い物には困らないだろう。あまり耳慣れない日暮里・舎人ライナーの沿線で、しかも最北端の駅だと聞くと、都心部まで遠そう……と思いきや、日暮里駅からJR線に乗り換えれば東京駅や新宿駅まで見沼代親水公園駅から50分ほどでたどり着ける。

見沼代親水公園駅(写真/PIXTA)

見沼代親水公園駅(写真/PIXTA)

さて、トップ3には板橋区と足立区の駅が並んだが、4位以下はというと……。なんと4位~10位の8駅のうち6駅は足立区で残る2駅は葛飾区、つまりトップ10の全11駅中7駅は足立区という結果に。では、「シングル向け」のトップ10に見られた「都内でも荒川を越えると中古マンションの価格相場がリーズナブルになる」という傾向は、「カップル・ファミリー向け」にも当てはまるのか。地図を見てみると、トップ10の11駅のうち8駅は荒川の北側に位置していた。都心から遠くなる分、相場が安くなるのは当たり前のことでもあるが、今回の調査結果で言えば、23区内でリーズナブルな中古マンションを探す際は「シングル向け」「カップル・ファミリー向け」を問わずに「荒川越え」が一つの目安となると言えそうだ。

ちなみに、東京23区それぞれの区内で、最も安い駅はどこなのかも気になるところ。区ごとに「シングル向け」「カップル・ファミリー向け」ランキングで最も中古マンションの価格相場が安い駅も以下にピックアップしたので、住まい選びの参考にしてみてほしい。

20位以下のランキング
【シングル向け】

20位以下のランキング シングル向け

【カップル・ファミリー向け】

20位以下のランキング カップル・ファミリー向け

●東京23区それぞれの価格相場が最も安い駅一覧
※調査条件に満たない駅は除外
区名(シングル向け最安駅の価格相場/カップル・ファミリー向け最安駅の価格相場)
千代田区(神田と東京が同額4680万円/岩本町7130万円)
中央区(茅場町4500万円/浜町7585万円)
港区(高輪ゲートウェイ4095万円/お台場海浜公園7780万円)
新宿区(落合南長崎3180万円/落合南長崎5555万円)
文京区(護国寺と千駄木が同額3980万円/本駒込6799万円)
台東区(三ノ輪3199.5万円/三ノ輪4999万円)
墨田区(鐘ヶ淵2780万円/鐘ヶ淵3980万円)
江東区(大島2825万円/東大島4490万円)
品川区(大森海岸3134万円/大井競馬場前5350万円)
目黒区(洗足3485万円/洗足7280万円)
大田区(雑色2580万円/大鳥居4480万円)
世田谷区(上北沢2910万円/松陰神社前5780万円)
渋谷区(笹塚3790万円/笹塚7280万円)
中野区(新江古田2900万円/都立家政と野方が同額4980万円)
杉並区(荻窪と八幡山が同額3480万円/上井草4935万円)
豊島区(千川2999万円/東長崎5280万円)
北区(飛鳥山2539.5万円/梶原3930万円)
荒川区(町屋2740万円/小台3380万円)
板橋区(志村三丁目2080万円/新高島平2780万円)
練馬区(氷川台2199万円/光が丘4398.5万円)
足立区(青井1950万円/見沼代親水公園2941万円)
葛飾区(お花茶屋2280万円/柴又3230万円)
江戸川区(小岩2080万円/瑞江3990万円)

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京23区内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2022/1~2022/12
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

シングルが住み続けたい街で阿佐ケ谷界隈が席巻中! “じわじわ”良さがわかる街の魅力を探ってみた

リクルートが首都圏在住の20歳以上の男女を対象に調査し、2022年10月に発表した「東京23区シングル家賃8万円以下住み続けたい駅ランキング」(「SUUMO住民実感調査2022首都圏版 家賃水準別住み続けたい駅ランキング」より)が、なかなか面白い結果になっている。
ポイントは「住みたい」ではなく「現在、住んでいる人が今後も住み続けたい」というところ。そうなると、ちょっと事情が違う。決して“派手”ではない駅が上位を独占したのだ。

1位に南阿佐ヶ谷、6位に阿佐ヶ谷がランクイン

まずは、下のTOP10を見てほしい。

住み続けたい街ランキング2022

「SUUMO住民実感調査2022首都圏版 家賃水準別住み続けたい駅ランキング」は、首都圏に住む20歳以上の男女に、現在住んでいる街に住み続けたいかを聞き、その希望度が高い駅・自治体をランキングした「SUUMO住民実感調査2022首都圏版」の上位の中から、賃貸物件の家賃相場が一定の基準以下の駅だけでエリア別にランキングしたもの(出典/リクルート「SUUMO住み続けたい街ランキング2022」)

奇しくも杉並区と世田谷区の駅ばかりだが、純粋に23区内の駅でアンケートを取った結果がこれだ。

1位に南阿佐ヶ谷、6位に阿佐ヶ谷がランクイン。阿佐ヶ谷には昨年末のM-1グランプリ2022で優勝したウエストランドが所属する事務所、タイタンもある。

筆者は高円寺に長く住んでいたので、お隣の阿佐ヶ谷も好きな街。馴染みの飲み屋も何軒かある。しかし、この結果は正直、意外だった。決して派手ではなく、都内に住んでいてもどんな街か知らない人も多そうだ。なぜ、住み続けたいのか。人気の理由を探るために街に繰り出した。

目と鼻の先に杉並区役所がある南阿佐ヶ谷駅

まずは、堂々1位の南阿佐ヶ谷駅。

新宿駅から丸ノ内線で10分ちょっとという近さ(撮影/石原たきび)

新宿駅から丸ノ内線で10分ちょっとという近さ(撮影/石原たきび)

ケヤキ並木が美しい中杉通りが青梅街道に突き当たる場所で、目と鼻の先には杉並区役所がある。

さまざまな手続きにも便利なエリア(撮影/石原たきび)

さまざまな手続きにも便利なエリア(撮影/石原たきび)

ここをスタート地点にして、6位に食い込んだJR中央線の阿佐ヶ谷駅周辺までを歩いてみたい。

「パールセンター」は日々の生活に根差した商店街南阿佐ヶ谷と阿佐ヶ谷を結ぶパールセンター商店街(撮影/石原たきび)

南阿佐ヶ谷と阿佐ヶ谷を結ぶパールセンター商店街(撮影/石原たきび)

60年以上の歴史をもち、全長は約700m。常に活気があり、アーケードの商店街なので雨の日ものんびりと買い物ができる。

ほどなくして見えてきたのは、たい焼き専門店の「たいやき ともえ庵」。この場所で営業を始めたのは9年前だが、ひっきりなしにお客さんがやってくる。商店街の中でもかなり大きな存在感を放っているのだ。

店長の安部 翔さん(30歳)にご挨拶。

手にしているのは一番人気の「白玉たいやき」(350円)(撮影/石原たきび)

手にしているのは一番人気の「白玉たいやき」(350円)(撮影/石原たきび)

人の流れを見ていてどんなことを感じますか。

「阿佐ヶ谷の住人は老若男女のバランスが取れています。スーパーや青果店が価格競争をするので、肉も魚も野菜も安いし、日用品の買い物にも事欠きません。1日2万人ぐらいの人通りがありますが、よく見ていると毎日同じ方たちが歩いているんです。この商店街に来るのが日課になっているんでしょうね」

確かに、同じ中央線の中野、高円寺、吉祥寺にもアーケード商店街はあるが、いずれも他から遊びに来る人も多い場所。しかし、パールセンターは地元の住民が毎日のおかずを買いに来る人がほとんどという、生活に根差した商店街なのだ。

自慢のたい焼きは、一匹ずつ焼く「一丁焼き」にこだわる(撮影/石原たきび)

自慢のたい焼きは、一匹ずつ焼く「一丁焼き」にこだわる(撮影/石原たきび)

アーケード商店街の中にトークライブハウス

続いて、すぐ近くのトークライブハウス、「阿佐ヶ谷LOFT A」へ。阿佐ヶ谷はアニメスタジオや映画館、古書店など、エンタメやカルチャーを楽しめるスポットも多い。そんな中でも特に「阿佐ヶ谷LOFT A」は阿佐ヶ谷のエンタメを支えている存在だ。

オープンは2007年。マンガ、アニメ、アイドル、お笑い、映画、などさまざまなジャンルのトークやアコースティック演奏などが楽しめる。

テーマは「コミュニケーションを主体とした空間」(撮影/石原たきび)

テーマは「コミュニケーションを主体とした空間」(撮影/石原たきび)

「新宿ロフト」を中心に各地でライブハウスを運営する「ロフトプロジェクト」の一員だが、それにしても、なぜ阿佐ヶ谷に出店したのだろうか。店長の齋藤 航さん(42歳)に聞いてみた。

「物件を決めるにあたって、にぎやかな商店街の中という立地がよかったんです。自分は一昨年からここの店長になりました。それまでは新宿の歌舞伎町や渋谷の円山町といった夜の繁華街ばかりで働いてきたので、子どもやお年寄りの姿はほとんど見ませんでした。阿佐ヶ谷はそうではなく、安心感というか、人が住んでいる街だなと思います」

「芸人さんがたくさん住んでいるので、お笑いライブもよくやります」と齋藤さん(撮影/石原たきび)

「芸人さんがたくさん住んでいるので、お笑いライブもよくやります」と齋藤さん(撮影/石原たきび)

「スターロード」、「一番街」という2つの飲み屋街

さて、パールセンターを抜けてJR阿佐ヶ谷駅南口に着いた。いつの間にか「スターバックス」や「コメダ珈琲店」ができている。

スタバは2017年、コメダは2021年にオープン(撮影/石原たきび)

スタバは2017年、コメダは2021年にオープン(撮影/石原たきび)

南口には人々が思い思いに休息する広場がある。

街には人も鳩もくつろげる空間が必要なのだ(撮影/石原たきび)

街には人も鳩もくつろげる空間が必要なのだ(撮影/石原たきび)

阿佐ヶ谷駅周辺には「スターロード」、「一番街」という飲み屋街が放射線状に広がっており、いずれも個人店が頑張っている。

「スターロード」のに「立呑風太くん」(撮影/石原たきび)

「スターロード」の「立呑風太くん」(撮影/石原たきび)

ここは筆者が気に入っている立ち飲み屋で、明るいうちから大勢のお客さんでにぎわっている。オーダーごとに「カーン」というゴングを威勢よく鳴らしてくれる趣向も面白い。

新宿ゴールデン街の風情にも似た「一番街」(撮影/石原たきび)

新宿ゴールデン街の風情にも似た「一番街」(撮影/石原たきび)

この2つの通りでは、毎夜さまざまな交流が生まれる。

約1500人を集客する「阿佐ヶ谷飲み屋さん祭り」

とはいえ、よほどの酒好きでもない限り、知らない店にふらっと入るのはハードルが高い。そこで、2019年に誕生したのが立ち飲みスタイルの「アサガヤアンナイジョ」だ。

阿佐ヶ谷の飲み屋事情に詳しい店長が、お客さんにマッチしそうな店をいくつか紹介してくれるというのが売り。いわば、飲み屋のコンシェルジュだ。意外にも、訪れる客の7割が女性だという。

共同オーナーの左・鈴木伸弥さん(39歳)、右・森口剛行さん(46歳)(撮影/石原たきび)

共同オーナーの左・鈴木伸弥さん(39歳)、右・森口剛行さん(46歳)(撮影/石原たきび)

阿佐ヶ谷には飲み屋が数多くあり、店同士の結びつきも強い。この“文化”を広く周知させ、店の扉を開けるのを躊躇していたお客さんとともに街全体を盛り上げていこうという思いから森口さんが立ち上げたのが「阿佐ヶ谷飲み屋さん祭り」。

10年前から始まった、このイベント。回数券を購入すれば、3日間の開催期間に格安料金で飲み歩ける。2022年秋の時点で参加店舗は107軒。コロナ禍で参加者は一時減ったが、昨年11月の開催では約1500人の酒好きを集客した。

祭りの日に「アサガヤアンナイジョ」で乾杯する人々(画像提供/アサガヤアンナイジョ)

祭りの日に「アサガヤアンナイジョ」で乾杯する人々(画像提供/アサガヤアンナイジョ)

ここで、鈴木さんが面白いことを言った。

「住み続けたい街に選ばれる理由ですか? 阿佐ヶ谷は中杉通りのケヤキ並木の空気感も含めて気がいいと思います。街全体のバランスがいいというか。僕、そういうのに敏感なんですよ。帰省後に阿佐ヶ谷に戻ると田舎より落ち着きます」

ジブリ作品『猫の恩返し』の舞台にもなった中杉通りのケヤキ並木(撮影/石原たきび)

ジブリ作品『猫の恩返し』の舞台にもなった中杉通りのケヤキ並木(撮影/石原たきび)

森口さんも言う。

「マイナスの理由で街を出て行く人は少ない印象ですね。同棲したり結婚したりで、2DKの高い家賃が払えないから引越すというケースはあると思います。阿佐ヶ谷で一人暮らしをするなら、物件は5万円台からありますし」

阿佐ヶ谷は「じわじわと良さがわかる街」

さらに向かったのは南口に事務所を構える会社「エヌキューテンゴ」。ここでは、近所や地域とつながりながら暮らす不動産の企画や、街と関わりながら暮らすためのプロジェクトなどを手がけている。

阿佐ヶ谷は「じわじわと良さがわかる街」だと代表の齊藤志野歩さん(43歳)は言う。

「派手なものはないけど、日常的に楽しい暮らしはできる街。駅前に人が集まるというよりは、周辺エリアに手づくりのお菓子屋さんや小さいものづくりの工房があるんですよね。あとは、若い店主が多いので、そういう人たちと仲よくなると住み続けたいという気持ちも強くなるでしょう」

JRの協力のもと、駅ビル内に季節ごとのイベント情報を掲示している齊藤さん(撮影/石原たきび)

JRの協力のもと、駅ビル内に季節ごとのイベント情報を掲示している齊藤さん(撮影/石原たきび)

大勢で街を歩きながら齊藤さんがセレクトした物件の内見もできる「ディスカバリーツアー」も企画している。

周辺環境も含めて、住む場所を選んでほしいという趣旨(画像提供/まち暮らし不動産)

周辺環境も含めて、住む場所を選んでほしいという趣旨(画像提供/まち暮らし不動産)

「阿佐ヶ谷は商業地と住宅地がつながっていて、緑も多く、散歩には最適な街。『神社の裏側の道は夏でも涼しい』、『道に迷ったら鉄塔を目印にする』など、知っているとすぐに阿佐ヶ谷民の仲間入りができるようなスポットも案内しています」

阿佐ヶ谷の賃貸物件事情について、齊藤さんはこう言う。

「7万円台とかでちょっと小ぎれいな1R、1Kが多いので、シングルには住みやすい街でしょうね。ただ、5万円代となるとあまりないので、そういう物件を希望する人は西武新宿線沿いの井荻、鷺宮寄りに住む傾向があります。丸ノ内線の南阿佐ヶ谷駅の向こう側、成田エリアも緑が多くて家賃もリーズナブルですね」

さらに、7年前に南阿佐ヶ谷駅から徒歩5分の場所にできた「プラウドシティ阿佐ヶ谷」についても言及する。

「プラウドシティ阿佐ヶ谷」は5街区、全575戸の巨大分譲マンション(撮影/石原たきび)

「プラウドシティ阿佐ヶ谷」は5街区、全575戸の巨大分譲マンション(撮影/石原たきび)

「あの物件ができてから、各媒体が発表する『住みたい街』といわれるランキングで南阿佐ヶ谷が上位に来るようになりました。青梅街道の向こう側にも店が増えています。また、中杉通りが南側に延伸するという計画もあって、それが実現すると街の重心がもう少し変わってくるかもしれません」

青梅街道を右に進むと「プラウドシティ阿佐ヶ谷」に着く(撮影/石原たきび)

青梅街道を右に進むと「プラウドシティ阿佐ヶ谷」に着く(撮影/石原たきび)

お客さんの多くが阿佐ヶ谷在住という喫茶店

お次は北口へ。

まずは、2020年にスターロードの入り口にオープンしたばかりの喫茶店、「喫茶天文図舘」を訪れた。店内は宮沢賢治の世界をイメージしたノスタルジックな空間だ。

喫茶店好きのオーナー、山城隆輝さん(28歳)が言う。

「駅の1日の乗降客数は、荻窪が約24万人、高円寺が約10万人、そして阿佐ヶ谷が9万人なんです。外から入って来る人の数が少ないことが、住みやすさにつながっているのかもしれません。あまりわちゃわちゃしていないし、駅からちょっと離れると夜はめちゃくちゃ静かですよ」

山城さんはお隣の荻窪育ちなので、阿佐ヶ谷にも土地勘がある(撮影/石原たきび)

山城さんはお隣の荻窪育ちなので、阿佐ヶ谷にも土地勘がある(撮影/石原たきび)

お客さんの多くが阿佐ヶ谷在住。店に入って来た瞬間に、地元の人なのか外から来たのかがなんとなくわかるという。

一番人気のクリームソーダ(750円)は空と海の色をイメージしている(撮影/石原たきび)

一番人気のクリームソーダ(750円)は空と海の色をイメージしている(撮影/石原たきび)

「阿佐ヶ谷で好きなお店ですか? たくさんありますよ。喫茶店なら『パーラーエル』や『ヴィオロン』、割烹料理と居酒屋の中間みたいな『將』(はた)の料理もすごく美味しいです」

会社を辞めて日本中をヒッチハイクで周っていた山城さん。第二の人生の舞台に阿佐ヶ谷を選んだ。

国内外の準新作や旧作を上映するアットホームなミニシアター

スターロードを少し北上すると、住宅地の中に2022年7月にオプーンしたミニシアター、「Morc阿佐ヶ谷」が見えてくる。

支配人代行の趙 子男さん(33歳)は中国の遼寧省出身。国際基督教大学(ICU)入学を機に来日した。

「こんなに長く日本にいるつもりじゃなかったんですけど」と趙さん(撮影/石原たきび)

「こんなに長く日本にいるつもりじゃなかったんですけど」と趙さん(撮影/石原たきび)

ここは名画座でかけるような作品を上映する、いわゆる二番館。作品は自分で実際に見て選んでいるという。

「ミニシアターなので自由に実験できるのが利点。持ち込みにもなるべく応えたいと思っています。例えば、女子高生が消費税増税反対を訴える青春ドラマ、『君たちはまだ長いトンネルの中』は予想を超えて満席に。いろんな作品を積極的に受け入れることも重要だなと思いました」

住宅地にあるせいか、午前中は年配の客が多い。作品によっては若い人であふれる。一方で、通りすがりにふらっと入って来る客もいるそうだ。

阿佐ヶ谷の印象について聞いてみた。

「街全体の文化度が高くて、ほかの駅とは違う落ち着いている感じ。駅の近くに豆腐屋さんが3軒あるんですが、そういう街は今あまりないのでは。取引先のところに訪問する際は老舗和菓子店、『うさぎや』さんのどら焼きを持参します。こういう、昔の雰囲気を残す個人経営のお店が愛され続けているのが阿佐ヶ谷の貴重なところではないでしょうか」

客席数は41、1日に4~6本が上映される(撮影/石原たきび)

客席数は41、1日に4~6本が上映される(撮影/石原たきび)

映画館は文化の象徴。「Morc阿佐ヶ谷」の使命は大きい。

レンガ通りの道沿いには個性的な店が並ぶ

ここからは、松山通り(旧中杉通り)を進む。ゆるやかに下る道沿いには、駅周辺とはちょっと毛色が違う個性的な店が立ち並ぶ。

松山通り商店街では特売やフリーマーケットが定期的に開催される(撮影/石原たきび)

松山通り商店街では特売やフリーマーケットが定期的に開催される(撮影/石原たきび)

レンガ敷きの道をのんびり歩いていると、気になる路地が数多く目に入る。

路地を覗くと何かを待っているかのように、その場から動かない野良猫(撮影/石原たきび)

路地を覗くと何かを待っているかのように、その場から動かない野良猫(撮影/石原たきび)

阿佐ヶ谷のカルチャーを支える気鋭の古書店

通りの途中でお邪魔したのは「古書コンコ堂」。店名の由来は「玉石混交」から。音楽、文学、漫画、美術、絵本など、幅広いジャンルの古書を取りそろえる。

2011年にオープンしたコンコ堂(撮影/石原たきび)

2011年にオープンしたコンコ堂(撮影/石原たきび)

「独立するにあたって中央線沿いでいろいろと探していたんですが、阿佐ヶ谷の場合、パールセンターは賃料が高いし、線路沿いは飲み屋街。店を出すなら松山通りだなと。意外と夜遅い時間まで人が歩いているんですよ」

客層は老若男女さまざまで、ほぼ地元の人。古書店にしては平均年齢が低いそうだ。

約20年間住んだ西荻窪から阿佐ヶ谷に引越してきたコンコ堂店主の天野さん(撮影/石原たきび)

約20年間住んだ西荻窪から阿佐ヶ谷に引越してきたコンコ堂店主の天野さん(撮影/石原たきび)

「観光客が来る街じゃないけど、面白い個人店がたくさんあります。ご飯も美味しいし、居心地はいいですね」

取材終わりに天野さんが「そういえば、阿佐ヶ谷はいま古着屋さんが増えているんですよ」と言っていた。

ここ1、2年で急激に増えた古着屋は現在10店舗

阿佐ヶ谷に古着屋のイメージはなかったが、そのまま松山通りを下っていくと古着屋を発見。

ずいぶんと洒落た外観(撮影/石原たきび)

ずいぶんと洒落た外観(撮影/石原たきび)

こちらは、すべて一点物の古着を扱う「JUDEE」。オーナーの高塚草太さん(28歳)に話を聞いた。

「2018年にこの店をオープンしました。高円寺で出すか阿佐ヶ谷で出すか、ずっと迷っていたんですが、激戦区の高円寺よりは、阿佐ヶ谷でもうちょっとゆったり伸び伸びやりたいなと思って」

専門学校を卒業後、高円寺の古着屋で働いたのちに独立した高塚さん(撮影/石原たきび)

専門学校を卒業後、高円寺の古着屋で働いたのちに独立した高塚さん(撮影/石原たきび)

阿佐ヶ谷の古着屋は、以前は2店舗ぐらいしかなかったが、今は10店舗ほど。ここ1、2年で急激に増えたという。

「阿佐ヶ谷はみんなマイペースで、人の流れがゆっくり。個人商店が多いから街歩きが楽しいですね。うちには日が暮れてから食材などの買い物のついでに寄ってくださるお客さんがいます」

お気に入りの焼肉店についても教えてくれた。

「高架下にある『清香苑』という小さなお店で、入り口も目立たない奥まったところにある街の焼肉屋さん。ここは本当に美味しくて雰囲気も好きです」

来たことがなかった阿佐ヶ谷の雰囲気に一目惚れ

松山通りをさらに奥へ。ラストは昨年7月にオープンしたばかりのカフェ、「エムベイクハウス」だ。

オーナーの内田 萌さん(29歳)は総合電機メーカーで働きながら、好きなお菓子の勉強を始めた。現在、店ではこだわりのドリンクと季節の焼き菓子を提供している。

エムベイクハウス内田さん(撮影/石原たきび)

エムベイクハウス内田さん(撮影/石原たきび)

「じつは阿佐ヶ谷に来たことがなかったんです。物件は目黒区、大田区あたりで探していました。でも、たまたまこの街を訪れたとき、感覚的に好きだなと思いました。特に北側はざわざわしていないし、落ち着いた雰囲気が好きだなと」

そんな折、この物件に出合って契約する。

「お客さんは地元に住んでいる20代から40代ぐらいの女性が多いですね。あとは、バスの乗り換えが阿佐ヶ谷だからといって帰りに寄ってくれる方や、インスタグラムを見て遠くから来てくれる方もいます」

内田さんオススメのドリンクと焼き菓子もお願いした。

「ロンドンフォグラテ」と「レイヤーキャロットケーキ」(セットで1650円)(撮影/石原たきび)

「ロンドンフォグラテ」と「レイヤーキャロットケーキ」(セットで1650円)(撮影/石原たきび)

冬シーズンの人気ドリンク、「ロンドンフォグラテ」はアールグレイティーをベースに、ラベンダーとバニラで香り付けしている。レイヤーキャロットケーキに入っているクルミもいいアクセントになっていた。

「最近、大田区から阿佐ヶ谷に引越して来ましたが、初めて降り立ったときの感覚と変わりません。チェーン以外のお店が多いのが都心にしては珍しいですよね。安くて美味しい手づくりのお店もたくさん見つけました」

「住み続けたい」理由が判明した気がする

かくして、阿佐ヶ谷に店を構える9人に街の魅力について話を聞いた。印象的だったのは「派手なものはないけど楽しく暮らせる」「落ち着いているから住みやすい」「店同士、店と客の結びつきが強い」といったキーワード。

つまりは、「じわじわと良さがわかる街」。シングルが「住み続けたい」理由は、そこに集約されそうだ。一人暮らしのシングルにとっては、街の人々が家族のように感じるのかもしれない。

これまで阿佐ヶ谷はほとんど飲み屋にしか行かなかったが、今回巡ってみると、さまざまな顔をもつ街だとわかった。しかも、どの店も非常に個性的。「エヌキューテンゴ」の齊藤さんが言っていた「若い店主が多いので、そういう人たちと仲よくなると住み続けたいという気持ちも強くなる」という言葉の意味がよくわかる。もし住んだ場合は店主と親しくなって、じわじわと街に溶け込みたい。

阿佐ヶ谷の住民にとってはおなじみ、区役所前のブロンズ像(撮影/石原たきび)

阿佐ヶ谷の住民にとってはおなじみ、区役所前のブロンズ像(撮影/石原たきび)

●取材協力
たいやき ともえ庵
阿佐ヶ谷LOFT A
アサガヤアンナイジョ
エヌキューテンゴ
喫茶天文図舘
Morc阿佐ヶ谷
古書コンコ堂
JUDEE
エムベイクハウス

都民の約7割が東京に定住意向あり。交通利便性、住み慣れていること以外にカギとなる魅力とは?

東京都がこのほどまとめた「都民生活に関する世論調査」の結果によると、約7割が東京に定住意向があることが分かった。その理由となるのは、第一に発達した交通網なのだが、こうした利便性とは違う項目も上位に挙がっている。その理由とは……。

【今週の住活トピック】
「都民生活に関する世論調査」結果を発表/東京都

調査結果に表れる「住めば都」の実態

「都民生活に関する世論調査」は、東京都全域に住む満18歳以上の男女を対象に郵送やインターネットで実施し、1883人の有効回収を得たもの。

今住んでいる地域の住みよさを聞いたところ、「住みよいところだと思う」は81.5%、「住みよいところだと思わない」は8.8%と、8割を超える人が住みよいと思っている。さらに、今住んでいる地域に今後も住みたいと思うか聞いたところ、「住みたい」は69.5%、「住みたくない」は11.3%となり、約7割が今の地域に住み続けたいと思っている(=地域定住意向あり)ことが分かった。

一方、「東京は、全般的に見て住みよいところか」を聞くと、「住みよい」は58.0%、「住みにくい」は6.6%と、約6割が住みよいと思っており、これは地域の住みよさより低い結果となった。さらに、東京に今後もずっと住みたいと思うかを聞くと、「住みたい」は69.7%、「住みたくない」は9.1%となり、約7割が東京に住み続けたいと思っている(=東京定住意向あり)という結果に。「東京は住みよい」と回答した割合よりも、東京定住意向ありの割合のほうが高い点が興味深い。

次に、それぞれの定住意向を分析すると、いずれも、そこに「長く住んでいる」人ほど定住意向が高まる傾向が見られる。東京定住意向については、さらに「東京生まれであるかないか」で、約15ポイントの開きがあった。生まれた地域、長く住んでいる地域には、今後も住み続けたいと思う、つまりは「住めば都」となることがうかがえる結果だ。

地域定住意向(地域居住年数別)

東京定住意向(東京生まれか否か/東京居住年数別)

出典/東京都「都民生活に関する世論調査」の結果より抜粋転載

定住したいのは、「住み慣れているから」「利便性が高いから」のほかにも…

次に、それぞれの定住意向あるなしの理由を見ていこう。

「地域定住意向あり」の1308人にその理由を聞いた結果を見ると、次のような項目が上位に挙がった。
1. 買物など日常の生活環境が整っているから          66.3%
2. 自分の土地や家があるから                 43.0%
3. 地域に愛着を感じているから(住み慣れているから)     41.4%
4. 通勤・通学に便利なところだから              40.3%

また、「東京定住意向あり」の1313人にその理由を聞いた結果を見ると、次のような項目が上位に挙がった。
1. 交通網が発達していて便利だから              79.2%
2. 東京に長く暮らしているから                53.7%
3. 医療や福祉などの質が高いから               36.7%
4. 文化的な施設やコンサート・スポーツなどの催しが多いから  28.6%

住み慣れていることに加えて、地域の生活利便性や東京の交通網の発達などが住みたいと思う大きな理由になっているが、東京定住意向では、「医療や福祉の質の高さ」や「文化的な環境のよさ」など、利便性以外の要因もその理由として挙がっている点に注目したい。

東京定住意向の理由をさらに、東京生まれか否かで見ると、「交通の便利さ」はどちらも最多であるが、東京生まれの人は「長く暮らしている」ことが圧倒的に多い。これに対して、東京生まれでない人では、「文化的な環境のよさ」と「人間関係がわずらわしくない」が多くなっている。つまり、文化的な環境や地域の人間関係などは、東京生まれでない人の定住意向に影響を与える要因になっている、と言えそうだ。

東京に住みたい理由(東京生まれか否か別)

出典/東京都「都民生活に関する世論調査」の結果より抜粋転載

なお、地域定住意向がない理由は「地域に愛着を感じないから」(27.7%)「家賃などの住居費が高いから」(同率27.7%)、東京定住意向がない理由は「生活費が高いから」(62.2%)が最多となった。

文化的な活動への興味関心は高いが、楽しんでいるのは若い世代?

では、文化的な活動について、どう思っているのだろうか?
「東京には美術館や劇場、映画館など文化施設が集中し、さまざまな展覧会や公演が行われているが、こうした文化的な環境を楽しんでいるか」と聞いたところ、「楽しんでいる」(楽しんでいる+まあ楽しんでいる)が49.8%、「楽しんでいない」(楽しんでいない+あまり楽しんでいない)が48.8%と拮抗する結果となった。

東京の文化的な環境を楽しんでいるか

出典/東京都「都民生活に関する世論調査」の結果より転載

「楽しんでいる」という回答は、若い世代ほど多い傾向が見られる。20代男性では64.9%だったものが、60代男性では34.9%に、20代女性では77.9%だったものが、60代女性では51.2%になるなど、年齢が上がるにつれて「楽しんでいる」という回答が減っている。

なお、男性(全体平均44.6%)より女性(54.1%)のほうが「楽しんでいる」回答が多い傾向も見られた。また、東京都区部(53.2%)のほうが市町村部(43.1%)より「楽しんでいる」割合が高いが、これは都心部に文化施設が多いことが影響しているのだろう。

次に、「芸術や文化を鑑賞したり、文化イベントに参加したりすることに興味関心があるか」と聞いたところ、興味関心が「ある」(ある+少しある)は71.5%に達した。興味関心については「楽しんでいる」回答の内訳ほどには、年代や地域の差が見られなかった。

文化鑑賞・文化イベント参加への興味関心

出典/東京都「都民生活に関する世論調査」の結果より転載

また、どのような文化鑑賞や文化イベントに参加したいのかは、「映画」(58.5%)、「展覧会(美術・歴史・写真・文芸など)」48.3%、「コンサート(ポップスなど)」41.6%などが上位だった。

総務省が発表した「2022年の住民基本台帳人口移動報告」によると、「東京都は、2020年に減少した転入者数が3年ぶりに増加に転じ、増加を続けていた転出者数が減少に転じており、東京都への移動の動きが活発になりつつある」という。コロナ禍で感染拡大が激しかった東京都は、他県への転出が増加したものの、2022年には転入超過数が大幅に上昇した。

「東京一極集中」の要因として、東京に就業の機会が多いことを挙げることが多いのだが、今回の調査結果を見ると「仕事を見つけやすい、事業を起こしやすい」といった理由で、今後も住みたいと思う人はそれほど多くはなかった。住み続けたいと思わせるには、文化的な環境のよさなども大きな要因になることを、再認識した次第だ。

●関連サイト
東京都「都民生活に関する世論調査」結果

【早稲田大学】周辺のオススメ賃貸情報&家賃相場ランキング2023年版! 早稲田キャンパス(一人暮らし向け)

来春から大学に進学し、初めての一人暮らしをスタートさせる人もいるだろう。そんな新入生や、これから入学を目指す人の参考になるように、今回は早稲田大学・早稲田キャンパス(東京都新宿区)の周辺駅にアクセスしやすく、家賃相場が安い駅を調査。さらに不動産会社「ハウスメイトショップ新宿店」店長の林宏さんから、早稲田キャンパスに通う学生が住む街としておすすめの駅を教えてもらった。どんな駅がラインナップされたのか、さっそくご紹介しよう。

早稲田キャンパス最寄駅(高田馬場駅、早稲田駅、西早稲田駅)いずれかまで20分以内の家賃相場が安い駅TOP11

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数/到着駅)
1位 東伏見 6.6万円(西武新宿線/東京都西東京市/18分/0回/高田馬場駅)
2位 上井草 6.75万円(西武新宿線/東京都杉並区/19分/1回/高田馬場駅)
3位 上石神井 6.9万円(西武新宿線/東京都練馬区/14分/0回/高田馬場駅)
4位 井荻 6.98万円(西武新宿線/東京都杉並区/15分/1回/高田馬場駅)
5位 江古田 7.0万円(西武池袋線/東京都練馬区/18分/1回/高田馬場駅)
6位 下井草 7.1万円(西武新宿線/東京都杉並区/14分/1回/高田馬場駅)
6位 小竹向原 7.1万円(東京メトロ副都心線/東京都練馬区/11分/0回/西早稲田駅)
8位 武蔵関 7.2万円(西武新宿線/東京都練馬区/16分/0回/高田馬場駅)
8位 野方 7.2万円(西武新宿線/東京都中野区/13分/0回/高田馬場駅)
10位 新江古田 7.3万円(都営大江戸線/東京都中野区/17分/1回/高田馬場駅)
11位 阿佐ケ谷 7.4万円(JR総武線/東京都杉並区/11分/0回/高田馬場駅)
11位 鷺ノ宮 7.4万円(西武新宿線/東京都中野区/9分/0回/高田馬場駅)
11位 成増 7.4万円(東武東上線/東京都板橋区/19分/1回/高田馬場駅)
11位 都立家政 7.4万円(西武新宿線/東京都中野区/14分/0回/高田馬場駅)
11位 南阿佐ケ谷 7.4万円(東京メトロ丸ノ内線/東京都杉並区/20分/1回/高田馬場駅)
11位 氷川台 7.4万円(東京メトロ有楽町線・副都心線/東京都練馬区/13分/0回/西早稲田駅)
―――
「ハウスメイトショップ新宿店」林さんおすすめの駅
ランク対象外 朝霞台 5.7万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/28分/1回/高田馬場駅)
ランク対象外 朝霞 5.93万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/26分/1回/高田馬場駅)
ランク対象外 和光市 6.6万円(東武東上線/埼玉県和光市/23分/1回/高田馬場駅)

複数の駅に囲まれた早稲田キャンパス周辺は学生が集う街

2022年に創立140周年を迎えた早稲田大学を代表するキャンパスといえば、国の重要文化財に指定された大隈講堂が建つ東京都新宿区の早稲田キャンパス。6つの学部生が通うキャンパスは、JR山手線と西武新宿線、東京メトロ東西線が通る高田馬場駅から東へ歩いて20分ほど。駅から早稲田キャンパスに向かう通りは「早稲田通り」と呼ばれている。数多くの飲食店に加えて古書店も立ち並んでいる点は、さすが大学お膝元の街といった趣だ。またこの一帯には早稲田大学に加えて学習院女子大学もあるほか、高校や専門学校、学習塾も多いので、学生らしき若者の姿もよく見かける。

早稲田通り(写真/PIXTA)

早稲田通り(写真/PIXTA)

早稲田キャンパスのすぐ近くにはサークル活動の拠点である学生会館を備えた戸山キャンパスがあり、高田馬場駅から徒歩15分ほどの場所には西早稲田キャンパスも。各キャンパスの近くには東京メトロ東西線・早稲田駅や東京さくらトラム(都電荒川線)早稲田駅、東京メトロ副都心線・西早稲田駅もあり、そちらを利用する学生も少なくない。

そこで今回は高田馬場駅をはじめ、早稲田駅(東京メトロ・東京さくらトラム(都電荒川線))、西早稲田駅のいずれかの駅から20分圏内にある駅を調査対象とし、それぞれの駅から徒歩15分圏内にある学生向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK。以下同)の家賃相場が安い駅を順位付けした。その結果が上記のランキングだ。

ちなみに高田馬場駅の家賃相場は9万1000円。同じくキャンパス最寄駅の東京メトロ東西線・早稲田駅は9万2000円、都電荒川線・早稲田駅は9万円で、西早稲田駅は9万3000円。都心部だけあって学生には手ごろとは言いがたい金額だが、早稲田大学の学生たちは実際、どんな場所に住んでいるのだろう。早稲田大学の学生にも利用されている、「ハウスメイトショップ新宿店」店長の林宏さんにお話を伺った。

「特に早稲田大学の学生さんは、キャンパスまで歩ける範囲で物件を探していらっしゃる方が多い印象です」と話す林さん。「どこに住むとよいかは人それぞれで、例えば学業に専念したいなら移動時間を極力減らすために早稲田駅周辺、大学以外にもアクセスしやすいほうがよければJR山手線も通る高田馬場駅周辺や、高田馬場駅まで2駅のターミナル駅・新宿駅周辺などがよいでしょう」。早稲田駅の周辺は高田馬場駅ほどの繁華街ではないので、落ち着いて暮らせる住環境のよさを求める人にもおすすめだという。

高田馬場駅前(写真/PIXTA)

高田馬場駅前(写真/PIXTA)

通学時間を短く、家賃も抑えたい場合はランキングを活用しよう

通学時間をなるべく短縮するなら、大学の近くに住むのがベストだろう。とはいえ、予算もあるし近さだけを重視して住まいを決めるのは難しいことも。そんな場合は、今回調査した家賃相場が安い駅のランキングを参考にするのもいいだろう。ランキングトップ11の駅は家賃相場が6万円台~7万円台なので、家賃相場が9万円台だった早稲田キャンパスの徒歩圏内と比べるとだいぶ負担を抑えることができる。

最も家賃相場が低かったのは、西武新宿線・東伏見駅で家賃相場は6万6000円。西東京市に位置し、早稲田キャンパスの最寄駅の一つである高田馬場駅までは準急で約18分だ。駅名や周辺の地名である東伏見は、駅から徒歩10分少々の場所にある「東伏見稲荷神社」に由来するそう。また、この地は早稲田大学とも縁が深く、南口駅前には東伏見キャンパスが広がっている。早大生が部活動に励む野球場や馬場、サッカー場や体育会系の合宿所や学生寮もあり、大正時代から現在まで多くの学生が汗を流してきたのだ。

東伏見駅(写真/PIXTA)

東伏見駅(写真/PIXTA)

東伏見キャンパスの左右には「都立東伏見公園」「区立武蔵関公園」という緑豊かな2つの公園とアイススケートリンクがあり、その他の駅周辺は静かな住宅地といった趣。スーパーやコンビニ、ドラッグストアは駅の北と南どちらにもあり、駅前通りと交差する新青梅街道の周辺にはファミレスや「ユニクロ」も。また、東伏見駅や2位・上井草駅を含む西武新宿線の井荻駅~西武柳沢駅間では立体交差化事業が進行中。高架化に合わせて東伏見駅前広場の再整備や商業施設の誘致も計画されているので、今後はより暮らしやすい街になると期待されている。

1位・東伏見駅のほかにもトップ10には西武新宿線の駅が多数ランクイン。高田馬場方面に向かって、東伏見駅(1位)~武蔵関駅(8位)~上石神井駅(3位)~上井草駅(2位)~井荻駅(4位)~下井草駅(6位)と連続しており、そこから2駅はさんで野方駅(8位)という位置関係だ。残る駅は5位の西武池袋線・江古田駅、6位の東京メトロ副都心線・小竹向原駅、10位の都営大江戸線・新江古田駅。実はこの3駅は路線こそ違うものの位置としては近く、江古田駅を基点にすると南に徒歩約8分で新江古田駅へ、北に徒歩約12分で小竹向原駅へと行くことができる。この3つの駅のうち中間にある、江古田駅周辺の様子も見てみよう。

5位・江古田駅は練馬区に位置し、家賃相場は7万円。西武池袋線で池袋駅まで約8分、さらにJR山手線に乗り換えて約4分で高田馬場駅にたどり着く。早稲田キャンパスがある高田馬場駅に加え、都内有数の繁華街・池袋にアクセスしやすい点も魅力だろう。そんな江古田駅の近くには日本大学芸術学部と武蔵大学、武蔵野音楽大学のキャンパスがあり、学生の街として知られている。駅の北口側にも南口側にも商店街があり、狭い道沿いに多彩な商店がひしめく活気ある街並みだ。学生街だけありリーズナブルな飲食店も豊富で、早朝から深夜まで時間帯を気にせず買い物できるスーパーやコンビニも。同年代の若者も多く住む江古田の街は、学生の一人暮らしによさそうだ。

高田馬場駅から25分前後の東武東上線沿線なら家賃相場は5万円台~6万円台に

トップ11にランクインした駅の家賃相場は早稲田キャンパス周辺に比べるとリーズナブル。しかし、「もっと安さを追求したい、でも通学しやすさも担保したい」という人もいるだろう。そこで「ハウスメイトショップ新宿店」店長・林さんに、家賃を抑えたい人向けのおすすめの街を聞いてみると……。「東武東上線の和光市駅や朝霞駅、朝霞台駅です」と教えてくれた。

和光市駅(写真/PIXTA)

和光市駅(写真/PIXTA)

おすすめ駅の一つ、和光市駅の家賃相場は6万6000円。東武東上線の準急で池袋駅まで約17分、そこからJR山手線に乗り換えると約4分で高田馬場駅へ。「東武東上線の準急と急行に加えて快速急行の停車駅でもあり、快速急行なら池袋駅まで1駅・最短約12分です。さらに和光市駅は東京メトロの有楽町線・副都心線の始発駅でもあり、副都心線1本で早稲田大学近くの西早稲田駅までも約24分で到着できます」

そんな和光市駅は埼玉県和光市にあり、東京メトロの駅としては最北端かつ最西端。2020年3月に全面開業した駅ナカ施設&駅ビル「エキア プレミエ和光」には、改札階である地下1階から地上3階にかけてレストランや食料品店、「ユニクロ」など多彩な店舗がずらり。4階~7階部分は「和光市東武ホテル」となっている。また、駅南口には書店や飲食店、家電量販店を併設した「イトーヨーカドー和光店」もあるなど、スーパーも点在。駅北口エリアでは再開発が進められており、駅直結型の複合施設の新設も検討されているとか。今後の発展にも期待できる街だ。

さらに家賃を抑えたいなら、埼玉県朝霞市にある朝霞台駅と朝霞駅に注目。朝霞台駅は東武東上線の急行停車駅で、家賃相場は5万7000円。「急行なら池袋駅まで3駅、最短約17分で到着。東京メトロ副都心線直通の東武東上線に乗れば、乗り換えせずに西早稲田駅まで約31分で行くことができます」。また、「朝霞台駅の駅前ロータリーをはさんでJR武蔵野線の北朝霞駅があり、2つの路線を利用できる点も便利ですよ」と話す林さん。高田馬場駅までは池袋駅からJR山手線に乗り換え、計約28分で行ける。朝霞台駅は改札前コンコースにファストフード店やベーカリー、書店などがあり、駅前には複数のコンビニや気軽に入れる飲食店も。すぐ近くにスーパーもあるので、日常の買い物には困らない環境だ。

北朝霞・朝霞台 駅前広場(写真/PIXTA)

北朝霞・朝霞台 駅前広場(写真/PIXTA)

朝霞駅は朝霞台駅の隣に位置しており、家賃相場は5万9300円。「こちらは準急が利用でき、池袋駅まで3駅・最短約16分です」と林さん。朝霞台駅と同様に池袋駅で乗り換えて、高田馬場駅までは約26分。また、副都心線直通の東武東上線に乗ると、西早稲田駅まで約28分だ。朝霞駅には駅ビル「エキア朝霞」が併設され、ラーメン店やハンバーガー店、カフェといった飲食店に、服飾雑貨店、書店やドラッグストアなど20店以上が並んでいる。駅前にも複数の飲食店が点在するほか、安さを売りにしたスーパーもあるので自炊派で食費を節約したい人にもいいだろう。

さて、林さんがおすすめしてくれた和光市駅と朝霞台駅は「Fライナー」の停車駅でもある。このFライナーは東武東上線~東京メトロ副都心線~東急東横線~みなとみらい線を結ぶ急行の一種で、朝霞台駅や和光市駅から池袋駅、渋谷駅、横浜駅、元町・中華街駅などへも1本で行くことが可能だ。また、東武東上線は池袋と逆方面に進むと、川越や東松山といった埼玉県内の駅を通っている。だからたとえば、たびたび通いたいほど横浜が好きだったり、実家が川越にある場合、通学以外の面でも東武東上線沿線に住むと便利だろう。そんなふうに、通学で利用する駅以外に沿線にはどんな街があるのかもチェックしつつ住む街を探すと、より充実した学生生活が送れるかもしれない。

●取材協力
ハウスメイトショップ

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている高田馬場駅、西早稲田駅、早稲田駅(東京メトロ、都電)まで20分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/2~2022/10
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※早稲田駅については、メトロ、都電を最寄りとする物件両方の中央値を掲載しています
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年11月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が1回までの駅を掲載

高円寺の愛され純喫茶を訪ねて。『純喫茶コレクション』著者・難波里奈さんと、私語禁止の名曲喫茶や老舗店で昭和レトロを味わう

住んでいる街、住みたくなる街の要素はいろいろありますが、「好きなお店がある」のも大事なポイントです。中でも、 “純喫茶” (※1)は街のオアシス的な存在。散歩の途中にひと休みしたいときや、集中して読みたい本があるとき、居心地の良い空間とおいしい飲み物を出してくれる……。そんなお気に入りのお店があると、日常がもっと豊かになるはずです!
今回は、「日常をもっと素敵にしてくれる純喫茶」をテーマに、自分に合った純喫茶を見つけるコツや、その魅力を探ります。案内してくれるのは、純喫茶を愛するあまりほとんど毎日のように通っているという、東京喫茶店研究所二代目所長(※2)の難波里奈さん。
難波さんが好きな街、東京・高円寺を一緒にめぐりながら、「街に好きな純喫茶がある暮らし」を追体験してみましょう。

※1 純喫茶・・・お酒を出す「カフェー」と区別して、珈琲や軽食のみを提供した店を呼ぶ際に、昭和初期より使われるようになった言葉。本文中では90年代のカフェブーム以前の、昭和レトロな喫茶店を「純喫茶」としています(インタビューにおこたえいただいた方による呼称は、発言による)
※2 東京喫茶店研究所二代目所長・・・研究所は架空の存在。その一代目所長は写真家・詩人の沼田元氣さん

難波里奈さん流、好きな純喫茶の探し方

難波里奈さんは今まで日本全国2000件以上の純喫茶を訪ねたという、純喫茶の探究者。『純喫茶コレクション』(河出書房新社)や『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ)、『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)など著書も多数あり、純喫茶を語るスペシャリストとして知られています。

難波さんの著書

難波さんの著書

難波さんの著書を見ると、数えきれない程の素敵な純喫茶が紹介されています。難波さんはどうやって、それらの純喫茶を見つけているのでしょうか。

東京喫茶店研究所二代目所長 難波里奈さん。各地の純喫茶を訪ね歩き、愛する店の記憶を残す活動は、多数の著書としてまとめられている(写真撮影/相馬ミナ)

東京喫茶店研究所二代目所長 難波里奈さん。各地の純喫茶を訪ね歩き、愛する店の記憶を残す活動は、多数の著書としてまとめられている(写真撮影/相馬ミナ)

「今は、喫茶店に行く前に、おそらくスマートフォンで調べると思います。でも私が純喫茶通いを始めた頃は、スマートフォンはまだなくて。だから『街ありき』だったんです。

気になった駅で電車を降りて、その街をひたすら3時間ぐらい歩き回る。途中でたまたま見つけた喫茶店に入って、そのお店が好きだと街にまた行く理由ができる……という感じの散歩を繰り返しています。

もちろん失敗することもあります。でもそれは悪い事ではなくて。何で好きじゃないのかと掘り下げることで『好き』を探る理由にもなるので」(難波さん)

今は誰でも事前に、お店の評価が点数化されたサイトを確認することができます。でも、それはあくまで他人の評価。

「喫茶店も相性。だから正解というものはないのかもしれません。まずは行ってみて、自分の好みを自分で知るしかないですね」(難波さん)

難波さんは好きな喫茶店を見つけたら、その空間に身をゆだねつつ、自らの感覚に頼って観察するそうです。

「ひとつのお店でも、何度か通って違う席に座って、さまざまな角度から見える風景を観察します。あるいはいろいろなお店を訪れて、全ての店でレモネードを頼んで、その違いに注目してみたり、ランプのデザインや明度をチェックして比べてみたり、など定点観測的な楽しみ方もあります。切り口は無限です」(難波さん)

Instagramのアカウント「純喫茶コレクション」には日々の記録が。難波さんの探究の一端を知れる、純喫茶好きならフォロー必須のアカウント(写真提供/難波里奈)

Instagramのアカウント「純喫茶コレクション」には日々の記録が。難波さんの探究の一端を知れる、純喫茶好きならフォロー必須のアカウント(写真提供/難波里奈)

純喫茶めぐりの達人、難波里奈さんによる高円寺案内

各地へ旅をするのはいつも純喫茶訪問が目的だという難波さんに、今回その魅力を伝えるべく案内してもらうのは、学生の頃から好きで頻繁に訪れている中央線の高円寺駅周辺。この街でお気に入りの純喫茶で憩ったり、店主の方と語らったりといったことが、生活の一部だそうです。

何より、高円寺は注目すべき純喫茶が多い街でもあります。
特に思い入れがあるという2店舗、名曲喫茶「ルネッサンス」、「カフェ ブーケ」に伺いました。
純喫茶は高円寺の街でどのように愛され、そしてどんな物語をつむいできたのでしょうか。

高円寺のパル商店街。高円寺には純喫茶はもちろん、いたるところに昭和レトロなテイストが宿っている(写真撮影/相馬ミナ)

高円寺のパル商店街。高円寺には純喫茶はもちろん、いたるところに昭和レトロなテイストが宿っている(写真撮影/相馬ミナ)

昭和20年代の香りを残す、名曲喫茶「ルネッサンス」高円寺の名曲喫茶「ルネッサンス」(写真撮影/相馬ミナ)

高円寺の名曲喫茶「ルネッサンス」(写真撮影/相馬ミナ)

まず、難波さんが案内してくれたのは、高円寺のパル商店街の横道にある名曲喫茶「ルネッサンス」(※3)。「このお店があるからますます高円寺を好きになった」と思うほど、お気に入りの純喫茶です。

扉を開けるとそこはまるで異世界でした。蓄音機や、すりガラスのランプ、そして歩くとギシギシと音を立てる板張りの床。いつの時代のどこの国にいるのか分からなくなるようなエキゾチックなインテリアは、実は1945年から中野にあった伝説の名曲喫茶「クラシック」から引き継いだものだそうです。

※3 名曲喫茶「ルネッサンス」は普段は店内の撮影、会話は制限されています。今回は撮影のために、特別に許可を取っています

「ルネッサンス」の若き店主、檜山真紀子さんは「クラシック」で働いていた元スタッフ。二代目のオーナーが亡くなり、店の全てが処分されようとしていたところを、調度品やレコードを引き継いで、この「ルネッサンス」を開店したという経緯があります。

「『クラシック』のインテリアを処分してしまうという選択肢を選ばなかった檜山さんに、本当に感謝しています。当時、このお店がオープンする噂を聞いてから、ずっと楽しみに待っていました。そして、初訪問のときに嗅いだ匂いまで『クラシック』と同じで、驚いたと同時に言葉にならないほど感激しました」(難波さん)

「匂いのこと、みなさん言いますね。この場所はもともとお米屋さんの倉庫だったので、喫茶店とはほど遠い場所だったのですが『クラシック』のものを運び入れたら、不思議なことに同じ匂いになりました」(檜山さん)

フロアに段差をつけたり、椅子の向きを変えたりして、客同士が視線を合わせずに一人の時間が楽しめるように配慮されている(写真撮影/相馬ミナ)

フロアに段差をつけたり、椅子の向きを変えたりして、客同士が視線を合わせずに一人の時間が楽しめるように配慮されている(写真撮影/相馬ミナ)

曲のリクエストは、聴きたい人が自分で黒板に書いてゆくスタイル。これも前身の「クラシック」時代からの伝統を引き継いでいる(写真撮影/相馬ミナ)

曲のリクエストは、聴きたい人が自分で黒板に書いてゆくスタイル。これも前身の「クラシック」時代からの伝統を引き継いでいる(写真撮影/相馬ミナ)

純喫茶の魅力の一つが、昭和のカルチャーを肌で感じることができるところ。

「ルネッサンス」の前身「クラシック」は、1945年から2005年まで中野で60年間続いた名曲喫茶です。画家であり、数々の純喫茶の内装を手掛けた「クラシック」の創業者、美作七朗マスター手づくりのオリジナリティーあふれる調度品や、昭和初期からの古いレコードコレクションを引き継いだ店内には、形だけでなく、そこに醸成された空気が、匂いとして漂っています。

「ここ『ルネッサンス』や、かつての『クラシック』は、その最たるものですが、店主のセンスがインテリアの細部にまで宿っています。

純喫茶に伺うときは、創業者の好きなものやその時代に流行ったものたちを想像し、『だからこそこういう世界をつくったんだな』と思いをめぐらせています。100店舗あったら100人の店主の好きなものが詰まった、宝箱のようなもので、一つとして同じものはないのです」(難波さん)

難波さんが「宝箱」だという、純喫茶の空間。珈琲1杯の値段で、その空間に包まれる贅沢が味わえるのは、貴重ですね。

純喫茶の歴史を守る、店主との触れ合いも貴重

「ルネッサンス」のオーナー檜山真紀子さん(写真撮影/相馬ミナ)

「ルネッサンス」のオーナー檜山真紀子さん(写真撮影/相馬ミナ)

純喫茶では、その店を守る店主の人柄に触れることも楽しみの一つ。お店を守る人の一人ひとりにドラマがあります。

「私が前身の『クラシック』(中野)にお邪魔していたのは、喫茶店を好きになったばかりの頃でした。数回しか行けていなかったので、閉店したと知ったときはショックを受けました。しかし、しばらくしてから風の噂で、『働いていた方たちが、あの家具たちを丸ごと引き継いで新たにお店を開くらしい』と聞いて、心待ちにしていました」(難波さん)

「ルネッサンス」前身の中野の「クラシック」が閉店したのは2005年1月。初代オーナーの美作七朗さん亡き後、お店を切り盛りしていた娘の美作良子さんが亡くなったことに伴う閉店でした。

「私は高校生の頃から『クラシック』でアルバイトとして働いていたんです。初代の美作七朗オーナーは、私が働きだしてからすぐに亡くなってしまって、娘さんの美作良子ママの下でずっと働いてきました。

途中でケンカ別れしていた時期もあるんですけど、でも楽しくて。ケンカして飲みに行って、またケンカして飲みに行って……という感じで、ママが亡くなるまで一緒に居ましたね。最後は私が看取りましたから」(檜山さん)

檜山さんがアルバイトをしていた1990年代から2000年代にかけては、日本にスターバックスが展開されたり、渋谷近辺の音楽文化とリンクするようなカフェのブームがあったりした時代。その時期に高校生の檜山さんは純喫茶でアルバイトをし、人生を懸けて守りたいと思える空間や、思いを引き継ぎたい人に出会っていたのです。

とはいえ、純喫茶の空間を引き継ぐことは簡単ではなかったようです。
 
「ママが亡くなってから、お店にあった借金を売り上げから返済するまで3年かかりました。その間に中野の『クラシック』のお店を継続しようと、私だけではなく『ヴィオロン』のマスターや遠い親族の方も尽力したのですが、相続権の問題があってダメでした。結局お店のものを、全て処分しなければならない状況になりました。

じゃあどうしようか、というところで。いったん、私の実家や兄宅でレコードや調度品など引き取って、新たな場所で開店する時期をうかがっていたんです。あの空間が全てなくなってしまうことは、私には考えられませんでしたから」(檜山さん)

その苦労の甲斐あり、かつての「クラシック」の匂いまで引き継いだ「ルネッサンス」が高円寺に誕生したのです。

店内は基本的に私語禁止。メニューはドリンク(珈琲、紅茶、オレンジジュース)のみ。それは、お金をかけずにゆっくり音楽を楽しんでほしいという、「クラシック」時代から続く心遣い(写真撮影/相馬ミナ)

店内は基本的に私語禁止。メニューはドリンク(珈琲、紅茶、オレンジジュース)のみ。それは、お金をかけずにゆっくり音楽を楽しんでほしいという、「クラシック」時代から続く心遣い(写真撮影/相馬ミナ)

「美作さんの『クラシック』は、一度入るまではかなりハードルの高い場所でした。一方で『ルネッサンス』は檜山さんが美作さんの美意識を引き継ぎつつ、門戸を開いてくれて、入りやすくなったと思います」(難波さん)

「名曲喫茶というと、ちょっと怖い男性のマスターがいるイメージですけれど、私自身が女性なので、若い女性でも安心して一人で過ごせて、ゆっくり音楽を楽しめる場所にしたいですね」(檜山さん)

初代の美作七朗オーナー。その娘さんであり二代目オーナーの美作良子ママ。そして今、高円寺の「ルネッサンス」にその空間を受け継ぎ、守っている檜山真紀子さん。店内の調度一つ一つに、美作さんの美意識と、それを愛して受け継いで来た人々の思いがこもっています。

新しいビルの地下なので、通り過ぎそうになるかも。黄色の看板を目印に、階段を下りるとルネッサンスの扉がある(写真撮影/相馬ミナ)

新しいビルの地下なので、通り過ぎそうになるかも。黄色の看板を目印に、階段を下りるとルネッサンスの扉がある(写真撮影/相馬ミナ)

ルネッサンス
営業時間:12:00~20:00  定休日:12:00~19:30[水・木・金]12:00~21:30[土・日・祝]月曜日、火曜日(祝日の場合は営業、翌日休み)*営業時間・定休日は変更となる場合があるので、来店前に店舗電話やTwitterにてご確認ください
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南2-48-11 堀萬ビルB1F
TEL:03-3315-3310 Twitter:@renaissance2007

高円寺の街の歩みを記憶する「カフェ ブーケ」

次に難波さんに紹介していただいた純喫茶は、地下鉄新高円寺駅2番出口からすぐのところにある「カフェ ブーケ」。昭和43年のクリスマスイブにオープンし、創業54年目になる老舗です。

難波さんは高円寺散策の際によく立ち寄っていたそうで、こちらのムーディーな照明が特にお気に入りとのこと。

「このお店の好きなところは、なんといっても紫色のランプシェードです。カーテンの黒のレースが、ちょっと妖艶な感じもあって。
一番奥の席に座って、レモンスカッシュ越しに窓の方を見ると、それがすごくきれいなんですよ。特に雨や雪が降っている日は格別です」(難波さん)

新高円寺の駅前とは思えない落ち着いた空間は漫画『天国堂喫茶店~アラウンド・ヘヴン~』(双葉社)のモデルにもなっている(写真撮影/相馬ミナ)

新高円寺の駅前とは思えない落ち着いた空間は漫画『天国堂喫茶店~アラウンド・ヘヴン~』(双葉社)のモデルにもなっている(写真撮影/相馬ミナ)

落ち着きのある紫色のランプシェードや黒いレースのカーテンの向こう側には、新高円寺の駅前の風景があります。半世紀以上の歴史があるこの店で、店主の岩田さんは街を眺めてきました。

「この場所で親父が新聞屋をやっていて、その場所を引き継いで僕が喫茶店にしました。昭和40年代当時は、喫茶店で独立する人が、結構多かったんです。

昔は『阿佐ヶ谷は七夕祭りがある、中野にはブロードウェイがある、でも高円寺には何もない』という状態だったのが、僕の親父の代に『高円寺にも何か特色を出そう』と、高円寺ばか踊り(現在の高円寺阿波おどり)を始めたんですよ。
今ではイベントが大きくなりすぎてNPOに運営を任せていますけど、もともとは、発案も運営も商店街が行っていました。そう考えると、親父の代の高円寺の商店主は、頑張っていたよね」(岩田さん)

「カフェ ブーケ」店主の岩田郁也さん(写真撮影/相馬ミナ)

「カフェ ブーケ」店主の岩田郁也さん(写真撮影/相馬ミナ)

開店以来50年以上カウンターに立ってきた岩田さんですが、一度も苦痛に思うことはなかったといいます。

「僕は店の上の階に住んでいますけれど、店に立つのが嫌だと思って階段を下りてくることはないですね。店に出れば、人と話せるから。
僕は中野坂上の(都立)富士高校に通っていた頃は落語をやっていたくらい、喋るのが好き。だからお店の設計もオープンカウンターにして、お客さんと会話ができるようにしました」(岩田さん)

長い歴史のなかでは、地元の人をはじめいろいろな人が常連となり、入れ替わってきました。岩田さんはそれぞれのお客さんを、今でも懐かしく思い出すそうです。

この席でいただくレモンスカッシュが、難波さんのお気に入り(写真提供/難波里奈)

この席でいただくレモンスカッシュが、難波さんのお気に入り(写真提供/難波里奈)

「とにかくいろんな人が来ていたね。ビジネスパーソンはもちろん、漫画家さんやら、舞台衣装をつくっている子やら。息子ぐらいの年齢だけれど、趣味の釣りがきっかけで意気投合して、休みのたびに一緒に釣りに行っていた男の子もいました。

僕はずっと店の中に居て、入口から入ってくれる人を受け入れるだけ。でも普段だったら出会えないような人と出会えるから、楽しい仕事です。
また、昔の常連さんがひょっこり来てくれたりすることもあって。そんなときは、嬉しいですね」(岩田さん)

その土地のランドマークのように長く続く純喫茶の常連になると、街の歴史の一部になれたような気がしますよね。幾年も変わらない店内から街を眺めれば、今まで知らなかった街の表情が発見できるかもしれません。

新高円寺駅から徒歩0分にあるオアシス(写真撮影/相馬ミナ)

新高円寺駅から徒歩0分にあるオアシス(写真撮影/相馬ミナ)

カフェ ブーケ
営業時間:9:00~19:00
定休日:水曜日 
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南2丁目20−2
TEL:03-3315-2578

昭和を知らない世代のための、純喫茶の作法

純喫茶の魅力を普及する難波さんの活躍もあってか、近頃は昭和を知らない若い世代の純喫茶好きも増えているそう。

純喫茶という文化が、世代を超えて愛されていくのは素晴らしいことです。とはいえ、長く守って来たお店の雰囲気を壊したくはないもの。純喫茶ならではのお作法があれば、知りたいところです。

難波さんは「気構えしすぎる必要はない」といいます。

「もしも純喫茶での振る舞いを自分の憧れの人に見られたときに、恥ずかしいことはしないように……と意識しておけば、いいのではないでしょうか。例えば、撮影するときはお店の方の許可を取る、ほかのお客さんが写りこまないようにする、立ち上がって撮影しないなど、周りの人を不快にさせない最低限のルールを守ることかと思います。 
純喫茶の空間を一時的に飲み物1杯分のお金で借りていると考えて、周りの人と共有する時間や空間でもあることを忘れずに。誰かに見られているという意識を持つことが大切だと思います」(難波さん)

ゆっくりとひとりの時間を楽しむか、じっくりと会話を重ねるか。用途によって最適なお店を選ぶことも、純喫茶の嗜み(写真撮影/相馬ミナ)

ゆっくりとひとりの時間を楽しむか、じっくりと会話を重ねるか。用途によって最適なお店を選ぶことも、純喫茶の嗜み(写真撮影/相馬ミナ)

ではお店のオーナーの立場としてはどうなのでしょう。

「お店に合う楽しみ方、というのはあると思いますね。うちの店は、以前は私語禁止ではなかったんです。でもすごく騒がれる方がいて、仕方なくそんな決まりを設けました。
やっぱり一人で楽しむ感じの方が、この店には合っているのかなあ、と思います。
常連さん半分と、ご新規さん半分。なんとなくうまい具合にミックスしてくれて、常連さんの振る舞いから『ああ、こういう楽しみ方があるんだ』ということを、来た方が徐々に分かって、自然に馴染んでいってくれるというのが、理想ではあります」(「ルネッサンス」檜山さん)

「時々スマートフォンから目を離して、会話を楽しんでほしいですね。それは僕とでなくてもいいんです。一緒に来た方と会話して、その時間を楽しんでほしいと思います。
後は、僕らのお店は飲食してもらうことで成り立っているので、飲食はしてほしいかな。本当に時々だけれど、飲み物を持ち込む若い人がいるので、それは丁寧にお断りしています」(「カフェ ブーケ」岩田さん)

一人を楽しむお店、おしゃべりを楽しむお店。お店ごとに楽しみ方が違うのも、純喫茶の醍醐味。場所が違えば「そこに馴染む振る舞い」は違います。でも作法は、お店のマスターやマダム、常連さんたちから徐々に学んでいけるもの。最初からスマートに行動できなくてもいいのです。

お店に宿る店主の個性をリスペクトして、そこにしっかりと向き合う。そんな気持ちを持っていれば大丈夫! 純喫茶はあなたを温かく迎えてくれます。

高円寺の純喫茶+α、難波さんのお気に入り散策スポット

純喫茶以外にも見どころの多い高円寺。難波さんに「ルネッサンス」「カフェ ブーケ」以外の高円寺のお気に入りスポットも、紹介してもらいました。

ルネッサンスと同じビルにある小さな本屋さん「蟹ブックス」
「実はオーナーの花田さん主催のイベントに呼んでいただいたことがあって。こちらでお会いしてびっくりしました。ここで本を買って、『ルネッサンス』で読むのも素敵ですね」(難波さん)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

蟹ブックス
営業時間:12:00~20:00
定休日:水曜日 
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南2丁目48−11 堀萬ビル 201
TEL:03-5913-8947
Twitter:@kanibooksclub

純情商店街でレトロなインテリアを買うなら「古道具 権ノ助」
「自宅には、棚や椅子など権ノ助さんで購入したものがたくさんあります。店主の遠藤さんは明るくて人懐っこくて、遊びに行くとつい話し込んでしまうのが常です」(難波さん)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

古道具 権ノ助
営業時間:12:00~19:00 土日、日曜祭日は12:00~20:00
定休日:水曜日 
住所:〒166-0002 東京都杉並区高円寺北2-9-8 コーセイドーハイツ101
TEL:03-5373-8355 
Twitter:@koenjigonnosuke

純喫茶の魅力は、個人経営が基本ゆえに、チェーン店とは違って、その内装にも、飲み物や食べ物にも、店主の個性が表れていること。だからこそ、自分と波長の合うお店を見つければ、喜びもひとしおです。

あなたが住んでいる街、よく行く街にも、きっと素敵な純喫茶があるはず。ぜひ探してみてくださいね。

難波さんの部屋

前編では、難波里奈さんのお部屋をご紹介。純喫茶に通うようになった理由も伺いました。
純喫茶から譲り受けた家具でつくったお部屋「喫茶 あまやどり」東京喫茶店研究所二代目所長・難波里奈さんの昭和レトロあふれるおうち拝見

難波里奈さん 
東京喫茶店研究所二代目所長。日々の隙間に訪れた純喫茶は2000軒以上。現在は様々なメディアでその魅力を発信中。『純喫茶コレクション』(河出書房新社)『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ) 『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)など著書多数。

純喫茶コレクション
Instagram:@retrokissa2017 
Twitter:@retrokissa

著書

著書

【慶應義塾大学】周辺のオススメ賃貸情報&家賃相場ランキング2023年版! 日吉&三田キャンパス(一人暮らし向け)

間もなく訪れる新年度より、大学進学を機に一人暮らしをスタートさせる人も多いはず。そんな人の参考になるように、今回は慶應義塾大学で学部数の多い日吉キャンパス(神奈川県横浜市)と三田キャンパス(東京都港区)に通いやすく、家賃相場が安い駅を調査! 各キャンパスの最寄駅である、日吉駅まで電車で15分圏内、または田町駅・三田駅・赤羽橋駅いずれかまで電車で20分圏内に位置し、家賃相場が安い駅のランキングをご紹介する。さらに不動産会社「ハウスメイトショップ」武蔵小杉店店長の加瀬舞子さん、目黒店店長の山本泰史さんに聞いた、各キャンパス周辺にある学生が住む街としておすすめの駅についても見ていこう。

日吉キャンパス最寄り:日吉駅まで15分以内の家賃相場が安い駅TOP14(15駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 白楽 6.0万円(東急東横線/神奈川県横浜市神奈川区/11分/0回)
2位 高田 6.2万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/5分/0回)
2位 妙蓮寺 6.2万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/9分/0回)
4位 大口 6.3万円(JR横浜線/神奈川県横浜市神奈川区/12分/1回)
5位 東白楽 6.4万円(東急東横線/神奈川県横浜市神奈川区/13分/0回)
6位 東山田 6.65万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市都筑区/7分/0回)
7位 小机 6.7万円(JR横浜線/神奈川県横浜市港北区/14分/1回)
8位 日吉本町 6.8万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/2分/0回)
9位 日吉 6.9万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/0分/0回)※起点駅
10位 中川 7.0万円(横浜市営地下鉄ブルーライン/神奈川県横浜市都筑区/15分/1回)
11位 菊名 7.1万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/5分/0回)
11位 大倉山 7.1万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/4分/0回)
13位 綱島 7.35万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/1分/0回)
14位 元住吉 7.4万円(東急東横線/神奈川県川崎市中原区/1分/0回)
14位 鹿島田 7.4万円(JR南武線/神奈川県川崎市幸区/13分/1回)
―――
「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」加瀬さんおすすめの駅
13位 綱島
14位 元住吉
ランク外 武蔵小杉 8.35万円(東急東横線/神奈川県川崎市中原区/2分/0回)

三田キャンパス最寄り駅(田町駅、三田駅、赤羽橋駅)いずれかまで20分以内の家賃相場が安い駅TOP14(15駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数/到着駅)
1位 流通センター 8.2万円(東京モノレール/東京都大田区/18分/1回/田町駅)
2位 糀谷 8.3万円(京浜急行空港線/東京都大田区/19分/0回/三田駅)
3位 武蔵小杉 8.35万円(東急目黒線/神奈川県川崎市中原区/18分/1回/田町駅)
4位 川崎 8.4万円(JR東海道本線/神奈川県川崎市幸区/16分/1回/田町駅)
5位 大森町 8.45万円(京浜急行本線/東京都大田区/19分/1回/三田駅)
6位 昭和島 8.5万円(東京モノレール/東京都大田区/19分/1回/田町駅)
6位 西馬込 8.5万円(都営浅草線/東京都大田区/15分/0回/三田駅)
6位 田園調布 8.5万円(東急目黒線/東京都大田区/20分/0回/三田駅)
6位 平和島 8.5万円(京浜急行本線/東京都大田区/14分/0回/三田駅)
10位 京急蒲田 8.6万円(京浜急行本線/東京都大田区/17分/0回/三田駅)
10位 大井競馬場前 8.6万円(東京モノレール/東京都品川区/16分/1回/田町駅)
12位 旗の台 8.7万円(東急大井町線/東京都品川区/18分/1回/田町駅)
12位 千駄木 8.7万円(東京メトロ千代田線/東京都文京区/20分/1回/三田駅)
14位 蒲田 8.8万円(JR京浜東北・根岸線/東京都大田区/14分/0回/田町駅)
14位 洗足 8.8万円(東急目黒線/東京都目黒区/17分/0回/三田駅)
―――
「ハウスメイトショップ目黒店」山本さんおすすめの駅
14位 洗足
ランク外 武蔵小山 9.2万円(東急目黒線/東京都品川区/12分/0回/三田駅)
ランク外 中延 9.3万円(都営浅草線/東京都品川区/11分/0回/三田駅)

慶應義塾大学を代表する2つのキャンパス周辺の環境&家賃相場は?

慶應義塾大学のキャンパスは各地にあるが、メインとなるのは多くの学部の1・2年生が通う日吉キャンパスと、同様に複数の学部の2~4年生や大学院生が通う三田キャンパスだ。

日吉キャンパス(写真/PIXTA)

日吉キャンパス(写真/PIXTA)

神奈川県横浜市港北区に位置する日吉キャンパスの最寄駅は、東急東横線と東急目黒線、横浜市営地下鉄グリーンラインが乗り入れる日吉駅。2023年3月に開業予定の東急新横浜線の乗り入れも始まる、注目の駅だ。東口駅前には見事なイチョウ並木が延びており、そこはもう敷地面積約10万坪という広大な日吉キャンパス。駅西口側には食料品街からユニクロなどの服飾・雑貨店、家電量販店までそろう「日吉東急アベニュー」があるほか、リーズナブルな飲食店も豊富な商店街が広がっている。

日吉駅(写真/PIXTA)

日吉駅(写真/PIXTA)

今回お話をうかがった「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」店長・加瀬舞子さんは、「日吉キャンパスに通うのは単位取得のため学校に通う機会が多い1・2年生が多数。そのため最寄りの日吉駅や、近隣駅にお住まいになる学生さんが多いですね」と教えてくれた。そんな日吉駅は9位にランクインしており、学生向け賃貸物件の家賃相場(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK、駅から徒歩15分圏内。以下同)は6万9000円。さらに家賃を抑えたいなら、ランキング上位の6万円台前半の駅もチェックしたい。加瀬さんからは「近すぎると友人のたまり場になり、遠すぎると通学が面倒になるので、学校から20分ほどの範囲で探すのもいいですよ」とのアドバイスも。その点からも、あえて最寄りの日吉駅ではない街に住むのもアリだろう。

続いて三田キャンパス周辺の様子を見てみよう。東京都港区にある三田キャンパスは慶應義塾の原点といえる地だ。最寄駅である田町駅にはJRの山手線や京浜東北・根岸線が乗り入れ、駅周辺はビジネス街として発展。駅から大学へと向かう通り一帯はリーズナブルな飲食店がひしめく学生街としても愛されている。田町駅のすぐ近くには都営地下鉄の三田線・浅草線が通る三田駅が位置。キャンパスから北へ徒歩8分ほどの場所にある都営大江戸線・赤羽橋駅とあわせて、この3駅が主に大学の最寄駅として利用されている。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

田町駅前の様子(写真/PIXTA)

田町駅前の様子(写真/PIXTA)

田町駅周辺の学生向け賃貸物件の家賃相場は11万6000円、三田駅の家賃相場は11万5500円、赤羽橋駅の家賃相場は12万円。大学への通いやすさなら最寄駅周辺に住むのが一番だろうが、学生にとってこれだけの家賃を払うのは厳しそう……。「ハウスメイトショップ目黒店」の山本泰史さんも、「三田周辺は家賃が高めのため、電車を使ってドア・トゥ・ドアでキャンパスまで30分以内にある物件を探す方が多い印象です」とのこと。上記ランキングで記載している所要時間は「電車の乗車時間(乗り換え時間含む)」であり「物件~駅/駅~大学間の所要時間」は含まないので、その点は物件探しの際に考慮したい。とはいえ家賃相場に注目するとトップ14の駅は8万円台で、田町駅や三田駅、赤羽橋駅の周辺よりもだいぶ費用を抑えることができる。

家賃の安さで住まいを選ぶ際は、上記のランキングをぜひ参考にしてほしい。しかし安さばかりではなく、住みやすい街かどうかも気になるところ。そこで先に登場したお2人に、日吉・三田の各キャンパスに通う学生の住む街としておすすめの駅を教えてもらった。

日吉キャンパスに通う1・2年生が住むなら、東急東横線沿線がおすすめ!

まずは日吉キャンパスに通う学生も利用する、「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」店長の加瀬さんにおすすめの街をうかがおう。先述したように、日吉キャンパスに通う学生は日吉駅や近隣駅に住むことが多いのだそう。「日吉駅や日吉近隣の東急東横線沿線は、飲食店をはじめ商業施設が充実している駅も多く、初めての一人暮らしでも安心して住める環境ですよ」と加瀬さん。なかでも特におすすめの駅を3つ、教えてくれた。

元住吉駅前の商店街(写真/PIXTA)

元住吉駅前の商店街(写真/PIXTA)

おすすめ度1位は日吉駅の隣、東急東横線と東急目黒線が通る元住吉駅。上記の日吉キャンパス周辺の家賃相場が安い駅ランキングでは、家賃相場7万4000円で14位に。「駅を挟んで東西2つの商店街があり、チェーン系の店舗や地元の個人商店も含めて約270店舗の商店が立ち並んでいます。主にファミリー層が住むエリアなので、落ち着いた住環境を求められる方には非常におすすめできる駅です」。また、駅から徒歩7分ほどの場所に広大な「川崎市中原平和公園」があったり、駅前を流れる渋川沿いに約2kmにわたる桜並木が続いていたりと、自然を感じられる環境なのも魅力だという。

武蔵小杉駅周辺の様子(写真/PIXTA)

武蔵小杉駅周辺の様子(写真/PIXTA)

次なるおすすめは東急東横線と東急目黒線、JRの南武線など各線が乗り入れる武蔵小杉駅。日吉駅までは東急東横線でも東急目黒線でも2駅・3分前後、家賃相場は8万3500円だ。「家賃の価格帯は少し上がりますが、住みたい街ランキングでも上位に入る、人気が高いエリアです。『ららテラス 武蔵小杉』や『グランツリー武蔵小杉』など大型商業施設も充実。乗り入れ路線も多く、都内への玄関口として非常に利便性が高い駅です」

「SUUMO住みたい街ランキング2022 首都圏版」(リクルート調べ)で14位にランクインした武蔵小杉駅は神奈川県川崎市にあるが、駅東側を流れる多摩川を越えると東京都大田区に。東急東横線の通勤特急に乗れば、自由が丘駅まで1駅・約5分、渋谷駅まで3駅・約16分で行くことができる。日吉キャンパスまでの近さはもちろんのこと、せっかく進学で上京するならば都内までの近さも重視したい人には、うってつけだろう。また、武蔵小杉駅は今回調査した「三田キャンパス」周辺の家賃相場が安い駅ランキングだと3位。1・2年次は日吉キャンパス、3年次以降は三田キャンパスに通う予定の学生なら、進級後も引越しせず住み続けられる点も便利そう。

加瀬さんおすすめの3つ目の駅は、日吉キャンパス周辺の家賃相場が安い駅ランキングで13位の東急東横線・綱島駅。元住吉駅とは逆側、日吉駅から下り方面へ1駅目に位置しており、家賃相場は7万3500円。「スーパーやドラッグストア、飲食店など、駅周辺には幅広いジャンルの店舗がとても豊富。2023年3月には東急新横浜線の新綱島駅が開業予定で、ますます利便性が高まる点も注目です!」と加瀬さん。

新綱島駅のイメージ(写真/PIXTA)

新綱島駅のイメージ(写真/PIXTA)

東急新横浜線は日吉駅~新横浜駅を結ぶ路線として開業予定で、同じく開業準備が進む新横浜駅~羽沢横浜国大駅・西谷駅を結ぶ相鉄新横浜線とともに、相鉄・東急直通線の連絡線としての役割を担う。開業したあかつきには相鉄線と東急線との相互直通運転が可能に。新しく誕生する新綱島駅は綱島駅から100mほどの位置なので、この辺りに住むと2駅2路線が利用できるわけだ。新駅開業にあわせて道路の整備などの再開発も進められ、より住みやすい街へと進化しているところだ。

三田キャンパスに通う学生の住まいとして、おすすめの駅3選

三田キャンパスへの通学にも便利な街は、「ハウスメイトショップ目黒店」山本泰史さんにうかがった。住む街を選ぶ際のポイントは、「交通の利便性が高い駅であること」と話す山本さん。「三田キャンパスを利用する3・4年生は、アルバイトや就職活動など学校外での活動が増えてくる時期。そのため学校への行きやすさをふまえたうえで、別の場所へのアクセスの利便性も高い駅を選ぶのがよいでしょう」

三田キャンパスは最寄駅が多く、どの路線がよいのかも迷うところ。その点をうかがうと、「特におすすめは東急目黒線の沿線。都営三田線と相互直通運転されていてキャンパスがある三田駅まで乗り換えせずに行けること、目黒駅に出れば都内の主要駅に行きやすいJR山手線に乗り換えられる点が魅力です」と教えてくれた。

武蔵小山駅前(写真/PIXTA)

武蔵小山駅前(写真/PIXTA)

なかでも山本さんイチ押しは、急行停車駅でもある東急目黒線・武蔵小山駅。大学最寄りの三田駅までは都営三田線直通の東急目黒線なら約12分で行くことができる。家賃相場は9万2000円と少々高め。「開発が進み、近年は家賃相場が上がった点はネック。ですが、東京で最も長いアーケード商店街があって、買い物や外食にたいへん便利な環境です。にぎわいのある街なだけに適度に人目があり、一人暮らしの学生さんも安心して暮らせるでしょう」。都内最長だというアーケード商店街「武蔵小山商店街パルム」は、全長約800mで店舗数は約250軒にものぼる。商店街の東側駅前エリアには、再開発で2019年に開業したショッピングモール「パークシティ武蔵小山ザモール」や、品川区役所の出張所や商業施設も備える2021年7月竣工の複合施設も。駅周辺の再開発は現在も進行中なので、今まさに街が生まれ変わりゆく様子を見られる点も魅力だ。

武蔵小山商店街パルム(写真/PIXTA)

武蔵小山商店街パルム(写真/PIXTA)

もう少し家賃相場を抑えたいなら、「東急目黒線の東京都区間内では比較的に家賃相場が安い、洗足(せんぞく)駅もおすすめです」と山本さん。洗足駅の家賃相場は8万8000円で、三田キャンパス周辺の家賃相場が安い駅ランキングで14位に。三田駅までは都営三田線直通の東急目黒線に乗ると約17分だ。

「駅前にスーパーやドラッグストアがそろっていて買い物に便利な環境。駅周辺は閑静な住宅街で落ち着いた印象です。ただ、人通りが少ない点が心配なら、住まい探しの際に駅までの道のりチェックも忘れずにしましょう」

この洗足駅前には美しいイチョウ並木が続き、並木通り沿いを中心に商店街が広がっている。日々の食事に役立つ惣菜店や、神保町に本店がある欧風カレーの名店「ボンディ」の支店、自家焙煎にこだわるコーヒーショップなど個性的な店が豊富でめぐり歩くのも楽しそう。また、洗足駅から徒歩10分弱に位置する東急大井町線・北千束駅を利用することも可能だ。

洗足駅前の風景(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

洗足駅前の風景(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山本さんがもう1駅、おすすめしてくれたのが都営浅草線・中延(なかのぶ)駅。家賃相場は9万3000円で、三田駅までは約11分。

「都営浅草線と東急大井町線が利用できて便利。若者に人気の自由が丘駅までも1本で行くことができます。駅近くには商店街が3つあり、八百屋さんや精肉店などが並んでいるので食費を抑える助けにもなるかも。駅前にユニクロがあるのもうれしいところです」

商店街のなかでも注目は、「なかのぶスキップロード」と呼ばれる中延商店街。中延駅から北に延びており、東急池上線の荏原中延駅まで約330mも続くアーケード商店街だ。買い物に利用できる商店街独自のポイントシステムも用意されているので、ポイントを貯めつつお得に買い物ができる。

なかのぶスキップロード(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なかのぶスキップロード(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

さて今回はランキング調査に加え、これまで多くの学生を新生活へと送り出してきた不動産会社のお話を参考に、学生におすすめの街をご紹介した。住む街によって生活の充実度は変わってくるし、学生時代に暮らした街は卒業後も大事な思い出の地になるだろう。しっかりと自分の好みにあった街を選び、ぜひ楽しい新生活を送ってほしい。

●取材協力
ハウスメイトショップ

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている田町駅、三田駅、赤羽橋駅まで20分以内、日吉駅まで電車で15分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/2~2022/10
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年11月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が1回までの駅を掲載

東京都23区のファミリータイプの賃貸住宅が活況。就業環境や働き方の変化が影響?

三菱UFJ信託銀行が、資産運用会社や不動産管理会社などの24社に対して、「2022年度 賃貸住宅市場調査」(2022年秋時点)を実施し、その結果を発表した。それによると、「東京23区ではファミリータイプのリーシングが好調」だという。詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
【新レポート発行】独自調査「2022年度 賃貸住宅市場調査」を発行/三菱UFJ信託銀行

ファミリー向け賃貸住宅の需要が高まる!?

2023年1月17日の日経新聞の「ニュースぷらす」欄で、「分譲高騰 ファミリー向け賃貸に需要」という見出しが躍った。ファミリー向け(広さ50~70平方メートル以下)の賃貸住宅の平均募集賃料が上昇しているのだという。

同じ週にリリースされた、三菱UFJ信託銀行の「2022年度 賃貸住宅市場調査」でも、ファミリータイプの好調ぶりが指摘されている。東京23区や首都圏において、ファミリータイプのリーシング(不動産の賃貸を支援する業務)のDI【=(ポジティブな回答の割合-ネガティブな回答の割合)×100)】が大きくプラスになっているからだ。

エリア別のリーシング環境

(注) 1. 本調査におけるDIは、「(ポジティブな回答の割合-ネガティブな回答の割合)×100」と定義します。
2. 「ダウンタイム」とは、前テナントの契約終了から新テナントの契約開始までの空室期間を指します。
エリア別のリーシング環境(出典/三菱UFJ信託銀行「2022年度 賃貸住宅市場調査」より転載)

東京23区のファミリータイプの稼働率DIは41.0、テナント入れ替え時の賃料DIは28.7、半年後の予想でも稼働率DIは30.1、入れ替え時の賃料DIは24.8と大きくプラスとなり、ポジティブな回答が多かったことがわかる。東京23区を除く首都圏でも、同様の傾向が見られ、好調ぶりがうかがえる。ただし残念ながら、名古屋市のファミリータイプでは大きくマイナスになっている。

同行では、テレワークの普及等によって広い間取りを求める動きも影響してか、23区のファミリータイプの稼働率や賃料、ダウンタイム(空室期間)が改善し、半年後もその傾向が続くと見ている。一方、名古屋市では、エリアや物件による差があるものの、入れ替え時の賃料が低下、ダウンタイムが長期化し、広告費を増やしてリーシングを強化する市場が当面続くとしている。

ファミリー向け賃貸住宅に需要が高まる理由

では、特に首都圏でファミリータイプの賃貸住宅需要が高まる要因はなんだろう?考えられる要因はいくつかある。まず、マンションの価格が上昇しているため、購入を考えた場合に手が届きにくいことがあげられる。不動産経済研究所が公表した「首都圏マンション市場予測」によると、2022年1月~11月の新築マンションの平均価格は、首都圏で6465万円、東京23区に至っては8230万円となっている。中古マンションでも価格は上昇し、東日本レインズが公表した「首都圏不動産流通市場の動向(2022年)」によると、2022年の首都圏の成約平均平米価格は67.24万円(70平米換算で4707万円)、23区では100.32万円(70平米換算で7022万円)だった。

さらに、当サイトでも何度か記事にしたが、コロナ禍で自宅にいる時間が長くなり、住まいに多くの機能を求めるようになり、ユーザーの志向が住宅の広さや部屋数を求めるようになったこともあげられる。その結果、一戸建て志向が高まったといわれているが、賃貸物件で一戸建ては数が少なく、購入する場合は駅から離れた場所や郊外に供給が多いため、利便性を重視するとファミリータイプの賃貸マンションなどに落ち着く、といったこともあるだろう。

また、コロナ禍で雇用環境が悪化するなど、収入安定への不安なども、購入に待ったをかける要因になり、まずはより広い、あるいは性能の高い賃貸住宅へ引越すという流れも考えられる。

日本の若者は都心志向が強い?

一方、シングルタイプについては、東京23区でもファミリータイプほどの大きなプラスはなかったものの、半年後の予想で稼働率のDIが20.8となっている。コロナ禍で東京都からの転出者が増えて一時的に人口が減少したが、「東京都における就業環境の回復や人口の転入超過拡大への期待等が影響」して、稼働率の改善を見込む回答者が多い可能性があるという。

さて、シービーアールイーが、「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」という特別レポートを公表した。それによると、他の国と比較した場合に日本では賃貸志向が強いものの、その一方で、引越し頻度は他国より低い傾向にあるという。また、日本では「若い世代ほど引越しの意向が強く(Figure13)、『他の都市の中心部』に行きたい(Figure14)と考えている」という。特に、Z世代(18~25歳)でこの傾向は顕著だ。このレポートでは、都心志向が強いのは「就労機会が都市部、特に首都圏に集中していることがその理由だと考えられる」と分析している。

出典:シービーアールイー「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」

出典:シービーアールイー「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」

就業環境や働き方が賃貸住宅市場に影響

また、三菱UFJ信託銀行の調査では「今後1年間のリーシングマーケット全体に与える影響が大きいと考える項目」についても聞いている。「個人の就業環境や収入の増減」が最多となり、「テレワーク等の働き方の変化」、「新型コロナウイルス等の感染拡大の状況」が続く結果となった。感染状況はもちろんだが、それよりも就業環境や働き方が、賃貸住宅市場に大きく影響するということだ。

今後1年間のリーシングマーケット全体に与える影響が大きいと考える項目

(注) 1位:2pts 2位:1ptsとして計算し、合計値を集計しました。合計ptsは68ptsでした。
今後1年間のリーシングマーケット全体に与える影響が大きいと考える項目(出典/三菱UFJ信託銀行「2022年度 賃貸住宅市場調査」より転載)

こうして見ていくと、就業環境や働き方は、人が移動したり、マイホームを購入するか賃貸にするか分かれたりといった、生活拠点となる住宅に与える影響が大きいことがわかる。住宅市場を見るうえでは、住宅の賃料や価格、住宅ローンの金利だけでなく、労働環境にも注意を払う必要がありそうだ。

●関連サイト
三菱UFJ信託銀行【新レポート発行】独自調査「2022年度 賃貸住宅市場調査」
シービーアールイー「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」

JR中央線(東京都内)、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

JR山手線と並んで東京を代表する路線といえるJR中央線。そのうち東京都内に位置する駅は、東京駅から高尾駅まで全32駅ある。沿線には大学のキャンパスも多く、東京駅や新宿駅といった都心のビジネス街もあるため、学生やビジネスマンの一人暮らしにも人気の路線だ。そんなJR中央線のシングル向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場を調査! 東京都内32駅の家賃相場が安い駅ランキングを見ていこう。

JR中央線(東京都内)の家賃相場が安い駅ランキング

順位/駅名/家賃相場(駅の所在地)
1位 高尾 4.60万円(東京都八王子市)
2位 西八王子 5.10万円(東京都八王子市)
3位 日野 5.30万円(東京都日野市)
4位 西国分寺 5.50万円(東京都国分寺市)
5位 国立 5.60万円(東京都国立市)
6位 東小金井 6.00万円(東京都小金井市)
6位 豊田 6.00万円(東京都日野市)
8位 国分寺 6.10万円(東京都国分寺市)
9位 八王子 6.30万円(東京都八王子市)
9位 武蔵小金井 6.30万円(東京都小金井市)
11位 武蔵境 6.70万円(東京都武蔵野市)
12位 三鷹 7.10万円(東京都三鷹市)
13位 阿佐ケ谷 7.15万円(東京都杉並区)
14位 吉祥寺 7.60万円(東京都武蔵野市)
14位 西荻窪 7.60万円(東京都杉並区)
16位 立川 7.70万円(東京都立川市)
16位 荻窪 7.70万円(東京都杉並区)
16位 高円寺 7.70万円(東京都杉並区)
19位 中野 8.20万円(東京都中野区)
19位 東中野 8.20万円(東京都中野区)
21位 大久保 9.40万円(東京都新宿区)
22位 御茶ノ水 11.00万円(東京都千代田区)
22位 東京 11.00万円(東京都千代田区)
24位 四ツ谷 11.30万円(東京都千代田区)
25位 代々木 11.49万円(東京都渋谷区)
26位 市ケ谷 11.70万円(東京都千代田区)
27位 水道橋 11.80万円(東京都千代田区)
28位 神田 11.90万円(東京都千代田区)
29位 信濃町 12.10万円(東京都新宿区)
30位 新宿 12.40万円(東京都新宿区)
31位 飯田橋 12.50万円(東京都千代田区)
32位 千駄ケ谷 13.25万円(東京都渋谷区)

ランキング上位は東京西部の駅がずらり。都内最西端の高尾駅が1位に

JR中央線は「中央本線」と呼称を変えながら東京都から神奈川県、山梨県、長野県……と続く長い路線。東京駅~高尾駅間の東京都内だけでも走行距離は53km以上におよび、沿線の家賃相場もさまざまだ。シングル向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が最も安かったのは、八王子市に位置する高尾駅で家賃相場は4万6000円だった。

高尾駅(写真/PIXTA)

高尾駅(写真/PIXTA)

1位・高尾駅はJR中央線のうち東京都内の最西端。しかし通勤特快に乗れば新宿駅まで4駅・約47分、東京駅まで8駅・約1時間1分と、思いのほか早くたどり着く。ほとんどの便が高尾駅始発なので、座りやすい点も魅力だ。高尾駅には京王高尾線も乗り入れており、駅にはスーパーや書店、飲食店などを抱えるショッピングモールが併設されている。駅南口を出て東に進むと、100円ショップやスーパー、ホームセンターがあり、さらにその先には多彩な店舗がそろうショッピングモール「イーアス高尾」も。ファストフード店やリーズナブルな食堂など、一人でふらりと入りやすい飲食店が駅周辺に点在している点もうれしいところ。駅の南口側と北口側を行き来するには大きく迂回する必要がある点がネックだが、南北を通り抜けできる自由通路の整備計画もあるそう。当初計画より進ちょくは後ろにずれ込んでいるようだが、完成すればより便利になるだろう。

2位は高尾駅の1駅隣にある西八王子駅で、家賃相場は5万1000円。駅には「セレオ西八王子」が併設され、食料品店やドラッグストア、飲食店が営業中。駅の北口側と南口側どちらにも複数のコンビニが点在し、南口から徒歩3分ほどの場所にはスーパーや100円ショップなどを備えた「コピオ西八王子駅前」がある。一人暮らしの日常の買い物には十分な環境と言えるだろう。また、駅周辺はファストフード店や居酒屋など気軽に行ける飲食店も充実しているうえ、「ラーメン激戦区」とも言われるラーメン店の密集地域でもある。刻み玉ねぎのトッピングが特徴的な「八王子ラーメン」の人気店をはじめ個性豊かなラーメン店が豊富なので、休日ごとに食べ歩いても楽しそうだ。

西八王子駅前の風景(写真/PIXTA)

西八王子駅前の風景(写真/PIXTA)

3位は家賃相場5万3000円の日野駅がランクイン。かつては甲州街道の宿場町として栄えた街で、現在は日野市を代表する駅の一つでもある。南北に走る線路の東側と西側に複数のスーパーやコンビニ、ドラッグストアがあり、日常使いできる飲食店も。バス乗り場やタクシープールがある駅前には交番もあり、安心感を高めてくれる。大型商業施設はないものの、ショッピングモールや家電量販店、映画館もある立川駅(16位・家賃相場7万7000円)まで1駅。平日は自然を感じられる多摩川の河川敷にも近くて落ち着いた街並みの日野で過ごし、休日はお隣の立川で遊ぶ……という暮らし方もいいだろう。JR中央線の快速と通勤特快を乗り継げば、日野駅から新宿駅まで約36分、東京駅までは約50分で行くことが可能だ。

日野駅前(写真/PIXTA)

日野駅前(写真/PIXTA)

都心に近いほど家賃は高め。安く住むには「人気駅の近隣駅」に注目!

JR中央線沿線には都内でも知名度の高い駅が数々あるが、なかでも住む街として人気なのは武蔵野市に位置する14位・吉祥寺駅だろう。リクルート住まいカンパニーが毎年調査する「SUUMO住みたい街ランキング(首都圏版)」では、2018年~2021年は3位、2022年は2位に輝いている。商業施設が充実し、少し歩けば緑豊かな井の頭恩賜公園もある吉祥寺は人気なのも納得だ。しかし家賃相場は7万6000円と、ランキングトップ3に比べるとやはり高め。そんなときは便利な街の恩恵にあずかりつつも家賃が抑えられる、吉祥寺にほど近い駅に住むのも一案だ。たとえば吉祥寺駅から高尾方面へ2駅目、武蔵境駅などいかがだろう。

武蔵境駅前(写真/PIXTA)

武蔵境駅前(写真/PIXTA)

武蔵野市にある武蔵境駅は、家賃相場が6万7000円で11位にランクイン。吉祥寺駅まではJR中央線快速で約5分、自転車でもほぼ平坦な道を走って15分ほど。さらに新宿駅まで約24分、東京駅までは約37分で行くことができる。そんなアクセスのよさだけではなく、武蔵境駅周辺の街並みも魅力的。駅にはスーパーやドラッグストア、飲食店が店を構える「nonowa 武蔵境」が併設され、駅西側高架下の「ののみちサカイ」にも店舗が軒を連ねている。また、武蔵境駅には西武多摩川線も乗り入れており、そちらの駅側には飲食店やスーパーを備えた「エミオ 武蔵境」がある。さらに南口にはショッピングモール「イトーヨーカドー武蔵境」、北口には武蔵野市役所の出張所や屋上にグランピングBBQ施設が入った官民連携の複合施設「QuOLa」も。個人商店が並ぶ商店街も広がる暮らしやすい環境でありながら、家賃相場は吉祥寺駅より9000円も低いのだ。

さて「人気の駅の近くに住み、家賃を抑えつつ便利に暮らす」方式を新宿駅にも応用してみよう。新宿駅は30位にランクインしており、家賃相場は12万4000円。ここからなるべく近くて家賃相場が低い駅としては、19位・東中野駅をピックアップしたい。家賃相場は8万2000円で、新宿駅よりも4万2000円も安いとの調査結果が出ている。新宿駅まではJR中央・総武線(各駅停車)で2駅・約4分、自転車なら12分ほどでたどり着く。この程度なら、ぶらりと出かけやすい距離感と言えるだろう。東中野駅には都営大江戸線も通っており、駅から北へ5分ほど歩くと東京メトロ東西線・落合駅を利用することも可能だ。

東中野駅周辺(写真/PIXTA)

東中野駅周辺(写真/PIXTA)

東中野駅にはスーパーやカフェ、書店などが入った駅ビル「アトレヴィ東中野」が併設されている。駅西口には再開発により2015年に誕生した駅前広場が広がり、27階建てのマンションがそびえ立つ。そして東口側に見えるのは、2005年に誕生した再開発エリア「ユニゾンスクエア」にある高層マンションだ。駅前には高層ビルばかり建ち並ぶかというとそんなことはなく、昔ながらの親しみやすい商店街もあるのが東中野の魅力。あれこれとまとめ買いできるスーパーも点在しているが、フランス料理の惣菜店など個性豊かな個人商店をめぐるのもおすすめだ。映画やテレビのロケ地にもなった昭和レトロな飲食店街「東中野ムーンロード」で、ちょっとディープな夜を過ごすのも楽しそう。そんな新旧の街が融合した東中野にはここ数年でも大型マンションが複数誕生しており、2024年にも25階建てマンションが竣工予定。今後も魅力ある街として、さらに発展していきそうだ。

●JR中央線(東京都内)の家賃相場が安い駅ランキング ※駅の並び順
JR中央線(東京都内)の家賃相場が安い駅ランキング

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている中央線沿線(東京都内)の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/8~2022/10
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

マンション住民の高齢化で防災どう変わる? 孤立を防ぐ「つつじが丘ハイム」の取り組みが話題 東京都調布市

全国で、マンションの築年数の経過とともに、居住者の高齢化が進んでいます。管理組合役員の担い手が不足し、運営がままならなかったり、管理が消極的になったりするほか、コミュニティの衰退による高齢者の孤立も問題になっています。東京都調布市のつつじが丘ハイムは、コミュニティの再構築と自主防災力の強化に取り組み、その活動が「マンション・バリューアップ・アワード2021」防災部門の部門賞に加えグランプリを受賞しました。管理組合に取り組みの経緯や成功のポイントを伺いました。

高齢化が進むマンションで、自主防災活動が機能する組織をつくる!敷地内の植栽スペースはきれいに掃き清められ、管理が行き届いていることがうかがえた。「ゴミひとつないきれいなマンション」と近隣で評判だという(写真撮影/田村写真店)

敷地内の植栽スペースはきれいに掃き清められ、管理が行き届いていることがうかがえた。「ゴミひとつないきれいなマンション」と近隣で評判だという(写真撮影/田村写真店)

高台に立つつつじが丘ハイムの屋上からの眺め。富士山をはじめ箱根や丹沢の山々が一望でき、晴れた日は、榛名山や赤城山、筑波山も見える(写真撮影/田村写真店)

高台に立つつつじが丘ハイムの屋上からの眺め。富士山をはじめ箱根や丹沢の山々が一望でき、晴れた日は、榛名山や赤城山、筑波山も見える(写真撮影/田村写真店)

調布市郊外にあるつつじが丘ハイムは、1972(昭和47)年に建設された、築50年の大規模分譲マンションです。

受賞理由となったコミュニティの再生と自主防災体制の構築に奮闘したのは、第49期の理事会メンバーです。自主防災会を組織し、活動内容をまとめた自主防災会組織活動マニュアルと、居住者用の防災マニュアルの作成に取り組みました。当時、理事長を務めた久保田潤一郎さんと現理事長の大谷浩彦さんに伺いました。

左は、マニュアルの原案を起草し、活動を率いた49期理事長の久保田さん。50期の理事長大谷さん(右)は、調布市の防災安全課と協力して自主防災会規約の制定に尽力した(写真撮影/田村写真店)

左は、マニュアルの原案を起草し、活動を率いた49期理事長の久保田さん。50期の理事長大谷さん(右)は、調布市の防災安全課と協力して自主防災会規約の制定に尽力した(写真撮影/田村写真店)

つつじヶ丘ハイムには4棟に443世帯が入居している。コミュニティの再生と自主防災体制の構築のための取り組みは、49期の22名の理事会メンバーを中心に行われた(写真撮影/田村写真店)

つつじヶ丘ハイムには4棟に443世帯が入居している。コミュニティの再生と自主防災体制の構築のための取り組みは、49期の22名の理事会メンバーを中心に行われた(写真撮影/田村写真店)

理事会が最初に取り掛かったのは、先代の理事長が発案した「安否確認マグネット」の配布です。「安否確認マグネット」は、大規模地震の発生時に、居住者の安否状況を把握するための表示板で、マグネットの表面には「無事です」、裏面には「救助求む」と書かれています。

「居住者がドアに貼ることで安否を知らせるものですが、配っただけでは機能しないのでは? と理事会で議論になったんです。安否確認マグネット以前にも防災の備えはしてきましたが、それらをつなぐ方針や活動マニュアルがありませんでした。自主防災組織と支援組織をつくり、安否確認マグネットと連動させようと取り組みがスタートしました」(久保田さん)

居住者は、家族全員の安全確認ができた段階で、玄関ドアの外側に「安否確認マグネット」を貼って状況を伝える(写真撮影/田村写真店)

居住者は、家族全員の安全確認ができた段階で、玄関ドアの外側に「安否確認マグネット」を貼って状況を伝える(写真撮影/田村写真店)

防災対策と同時に課題となっていたのは、つつじが丘ハイムのコミュニティの衰退です。1990年代までは、住民サークルや子ども会などのコミュニティ活動が盛んでしたが、2010年代から高齢化が進み、住民同士の交流が減少。久保田さんも、顔見知りが少なくなり、敷地内で挨拶しても名前がわからない人が増えたと感じていました。

「支援活動を継続させるには、居住者が共に支え合えるコミュニティの再構築が必要でした。お互いに困ったとき声をかけあうハイムに戻したいという思いでした」(久保田さん)

しかし、居住者名簿の情報は、ほとんどが入居時に提出されたまま。そこで、2020年9月に、安否確認マグネットの配布と共に、組合情報誌「ハイムエコー」で、居住者名簿を更新することを告知。10月に居住者名簿の整備を行いました。

「結果は、75歳以上の占める割合が18.4%と予想以上に高齢化が進んでいました。同時に、災害時に支援が必要か確認したところ、支援要望が115件あり、災害時の支援が重要課題になったんです。募集した災害支援ボランティアには、18名が登録してくれて、居住者が共に支え合うコミュニティづくりの第一歩となりましたが、登録してもらっただけでは機能しませんから、支援活動組織をつくり、マニュアルづくりを開始しました」(久保田さん)

自主防災会を設置し、支援活動マニュアルを作成

2021年4月から、久保田さんは、災害時の支援活動マニュアルと居住者用のマニュアルの原案を作成し、検討会のメンバーと議論を重ねました。

「毎月3回ほど、皆の知恵を集めて話し合いました。東京都や調布市の防災マニュアルを参考にしようとしましたが、当マンションは、支援を受ける方もする方も高齢者。対応が難しい人命救助活動や、細分化した班分けは、当マンションの実情に合わないので、そのままは使えません。支援活動に携わる人たちの安全を確保しながら居住者を1~2週間ケアできる体制づくりに努めました」

6月に理事会の合意を経て、自主防災会を設置。原案に理事会での意見を加えた自主防災会支援活動マニュアルが完成しました。組織は、自主防災会本部のほか安全確認グループ、物資グループ、情報グループの4班で構成されています。

「つつじが丘ハイム自主防災会組織活動マニュアル」。平常時の活動をはじめ、震災発生時から復旧時までの各グループの活動内容が書かれている(資料提供/つつじが丘ハイム管理組合)

「つつじが丘ハイム自主防災会組織活動マニュアル」。平常時の活動をはじめ、震災発生時から復旧時までの各グループの活動内容が書かれている(資料提供/つつじが丘ハイム管理組合)

居住者名簿をもとに、被災時に支援メンバーが各戸を見まわり、確認シートに安否を記入。緑色は、名簿更新時に支援を要望した住戸で、特に丁寧に確認することになっている(写真撮影/田村写真店)

居住者名簿をもとに、被災時に支援メンバーが各戸を見まわり、確認シートに安否を記入。緑色は、名簿更新時に支援を要望した住戸で、特に丁寧に確認することになっている(写真撮影/田村写真店)

苦労したのは、管理組合として前例のなかった災害ボランティア保険への加入です。

「マニュアルを作成する過程で、災害支援メンバーが安心して活動するためには、傷害保険は不可欠と判断して加入を検討しましたが、大変苦労しました。まず、東京都社会福祉協議会のボランティア保険に問い合わせましたが、マンションの管理組合は対象外。次に、複数の保険会社に該当する保険を調べてもらいましたが、天災時のボランティア保険はないという回答でした」(久保田さん)

それでも管理事務所を通じて粘り強く複数の損害保険会社と交渉を重ね、その中の1社と特約で「災害ボランティア保険」に一人当たり400円で加入することができました。この保険加入で、支援メンバーに安心して支援活動に参加してもらえるベースができました。

災害対応自動販売機の設置や防災用品、備蓄品の見直しを行う

自主防災会の設置や支援活動マニュアル完成後、理事会で進めたのは、災害対応自動販売機(※)の設置です。2020年度の理事会でも議題に上がっていましたが、「空き缶やペットボトルが散乱するのではないか」「居住者以外の利用者が敷地内に入るのは物騒では」と否定的な意見が多く、設置が見送られていました。

※別名「ライフライン自動販売機」ともいわれ、災害や緊急事態で停電になった場合でも、一定の操作により、被災者に飲料を無償提供することができる。

「2021年度は、とにかく居住者の声を聞いてみようと。お試し設置期間を設けて、居住者の意見を募ることにしました。期間中にアンケートを実施したところ、91名から回答があり、『設置してもよい』が87%で、理事会メンバーが想定していた否定的な意見はほとんどありませんでした。この結果をもとに総会に提案し、設置の承認を得ることができました。また、ハイムエコー(組合情報誌)には、賛成・反対両方の意見を掲載し、設置に至るまでの過程を知ってもらえるように工夫しました。普段は普通の自動販売機ですが、災害時には、管理事務所にある鍵で開けられるようになっており、内蔵している600本の飲料を居住者に無料で配布します」(久保田さん)

利用率は高く、電気代はまかなえている。「敷地内にあり便利」という声のほかに「夜間の灯りが防犯上いい」という予想外のメリットも(写真撮影/田村写真店)

利用率は高く、電気代はまかなえている。「敷地内にあり便利」という声のほかに「夜間の灯りが防犯上いい」という予想外のメリットも(写真撮影/田村写真店)

さらに、防災用品と防災備蓄品の見直しを行い、自主防災会組織用の防災用品と、全居住者用の防災備蓄品を購入し保管しました。

「防災用品には、被災時に携帯電話やメールが使用できない状況を想定して、800m先まで声が届くメガホンを加えました。『支援のボランティアができる人は、集まってください』、『飲料水と食料を配ります』とメガホンで知らせます。居住者用には、2Lの保存飲料水3本とアルファ米2食分、羊羹1箱を用意しました。買い替えは、賞味期限前に行い、古いものは、全戸に配布して災害時の支援活動内容をPRして理解を深めてもらう計画です」(久保田さん)

自主防災会組織用の防災用品20品目。ソーラ発電機・バッテリーのほか、800m通達できるメガホンや支援メンバーが見回りの際使用するハンディメガホンも用意(写真撮影/田村写真店)

自主防災会組織用の防災用品20品目。ソーラ発電機・バッテリーのほか、800m通達できるメガホンや支援メンバーが見回りの際使用するハンディメガホンも用意(写真撮影/田村写真店)

倉庫に保管されている飲料水と携帯トイレ。A棟B棟の倉庫で2Lのペットボトルをそれぞれ600本ずつ備蓄(写真撮影/田村写真店)

倉庫に保管されている飲料水と携帯トイレ。A棟B棟の倉庫で2Lのペットボトルをそれぞれ600本ずつ備蓄(写真撮影/田村写真店)

既存の防災用品を検討する中で、新たにわかったこともありました。つつじが丘ハイムには、敷地内の洗車場3カ所に井戸水が給水されていますが、井戸が掘られた理由は誰も知りませんでした。ところが調べてみると、「阪神・淡路大震災が起きた後、1996年に水道停止時の給水用として井戸が掘られた」という記録があったのです。その際購入された井戸水給水用の非常用発電機も見つかりました。

「20年以上も前に諸先輩が用意してくれた財産がすぐそばにあったんだと皆で感謝しました。非常用発電機を整備し、井戸水が水質検査に合格していることを確認して、被災時の生活水として利用することにしました」(久保田さん)

ポータブルの非常用発電機。停電時は、非常用発電機に切り替え、井戸から水をポンプアップする(写真撮影/田村写真店)

ポータブルの非常用発電機。停電時は、非常用発電機に切り替え、井戸から水をポンプアップする(写真撮影/田村写真店)

非常用発電機で送水した井戸水を非常用浄水器に通して浄化し、生活水として支給する(写真撮影/田村写真店)

非常用発電機で送水した井戸水を非常用浄水器に通して浄化し、生活水として支給する(写真撮影/田村写真店)

防災設備の見直しで新たにAEDを2カ所に設置した(写真撮影/田村写真店)

防災設備の見直しで新たにAEDを2カ所に設置した(写真撮影/田村写真店)

自助・共助の活動が見開きでわかる居住者向けの防災マニュアルが完成

その後、2021年6月から、「つつじが丘防災マニュアル」の作成に着手し、10月に居住者が自らの命を守る行動(自助)と自主防災組織の支援活動(共助)をまとめた冊子が完成。全戸に配布されました。

防災活動の要となる居住者用の「つつじが丘ハイム防災マニュアル」と支援者用の「自主防災会組織活動マニュアル」(写真撮影/田村写真店)

防災活動の要となる居住者用の「つつじが丘ハイム防災マニュアル」と支援者用の「自主防災会組織活動マニュアル」(写真撮影/田村写真店)

大規模地震発生時の初動活動は、次のように想定しています。

・自主防災会本部を立ち上げ、理事会メンバーと災害支援ボランティアメンバーを招集。
・安全グループの支援メンバーが、ドアに貼られた安否確認マグネットを確認し、被害状況や支援依頼内容を把握する。
・情報グループは、安全確認グループから受けた被害情報、支援内容などをまとめ、本部へ報告する。
・本部の指示の下に、要支援者に支援を行い、飲料水や非常食などの配分や配布を行う。

「つつじが丘ハイム防災マニュアルには、被災状況や支援依頼内容を把握するための『支援依頼シート』『お困りごとシート』『留守宅への連絡依頼シート』が切り離して使えるようになっています。マグネットに挟んでもらい、安否確認時に回収し、居住者全員の状況を把握します。また、危険な支援活動や二次災害を防ぐために、支援可能な活動と支援が難しい活動を明記しています。例えば、消火器で対応できない規模の消火活動や倒れた家具に挟まれた住民の救出活動は、支援が難しいと明記しています。居住者からは『どんな支援があるのかわかりやすい』、支援ボランティアからは『支援活動時にどう対応すればよいか理解できた』という声が寄せられました」(久保田さん)

時系列で、居住者が自らの命を守るための行動(自助)と自主防災組織の支援活動(共助)が見開きでわかりやすく書かれている(写真撮影/田村写真店)

時系列で、居住者が自らの命を守るための行動(自助)と自主防災組織の支援活動(共助)が見開きでわかりやすく書かれている(写真撮影/田村写真店)

災害支援ボランティアメンバーについては、防災マニュアル配布時に2回目の募集をして合計28名の方が登録されました。そして、登録者を対象とした説明会を開催した際の参加者の声が今後の支援メンバーを募るうえで発想の転換になりました。

「高校生の娘さんがいる50代の男性から、『娘は、ボランティア登録や説明会の参加は苦手だけど、災害時には手伝うよと言ってくれていますよ。そういう若い人はもっといるのでは』という意見をいただいて、なるほどと思いました。現在の登録メンバーに加えて、被災時には、広く支援活動に参加できる人を募るつもりです。実際、昨年雪が降った際、若い人たちがスコップを借りて自主的に除雪をしてくれたんです。つつじが丘ハイムのコミュニティも捨てたものではないなあと思いました。被災時にメガホンで『支援活動が可能な人は、ぜひ集会室に集まってください』と呼び掛けてみます」(久保田さん)

「マンション・バリューアップ・アワード」の受賞をきっかけに、ほかのマンションの管理組合から、これらの資料や取り組みノウハウを活用したいという問い合わせが多数寄せられています。メール以外にも、滋賀県から飛び込みで話を聞きにやってきた人もいたそうです。「防災組織やマニュアルが整備されていないマンションで、つつじが丘ハイムの防災マニュアルが、ひな形として役立ててもらえたら嬉しいですね」と久保田さん。大谷さんは、頷きながら、「今後は、マニュアルを検証していきたい」と続けます。

11月にはコロナ禍で中止していた防災訓練が再開され、46人の居住者が参加。いずれは、避難訓練を行い、被災時の動きをシミュレーションしたいと考えています。

自主防災力の強化を行い、組織づくりを通じて、コミュニティが再生しつつあるつつじが丘ハイム。はじまりは、「自分たちの住むマンションをより良くしたい」という思い。理事会からのトップダウンではなく、居住者のニーズに真摯に向き合うこと、活動を継続していくことが、コミュニティを育んでいくのだと痛感しました。

●取材協力
マンション・バリューアップ・アワード

JR中央線(東京都内)、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2022年版

JR山手線と並んで東京を代表する路線といえるJR中央線。中央線自体は「中央本線」と呼称を変えながら東京駅を出てから神奈川県、山梨県、さらに長野県へとつながる長い路線だ。そのうち東京都内に位置する駅は、東京駅から高尾駅の全32駅。そんなJR中央線・東京都内32駅の中古マンションの価格相場はどんなものか? 専有面積50平米以上~80平米未満の中古マンションの価格相場ランキングをご紹介しよう。

中央線(東京都内)沿線の中古マンション価格相場が安い駅ランキング

順位/駅名/価格(駅所在地)
1位 西八王子 2730万円(東京都八王子市)
2位 日野 3930万円(東京都日野市)
3位 八王子 3939万円(東京都八王子市)
4位 豊田 3998万円(東京都日野市)
5位 国立 4725万円(東京都国立市)
6位 立川 4880万円(東京都立川市)
7位 東小金井 4980万円(東京都小金井市)
8位 武蔵小金井 5390万円(東京都小金井市)
9位 西国分寺 5580万円(東京都国分寺市)
10位 国分寺 5680万円(東京都国分寺市)
11位 武蔵境 5980万円(東京都武蔵野市)
12位 三鷹 5990万円(東京都三鷹市)
13位 阿佐ケ谷 6698万円(東京都杉並区)
14位 高円寺 6880万円(東京都杉並区)
15位 西荻窪 6980万円(東京都杉並区)
16位 荻窪 7130万円(東京都杉並区)
17位 大久保 7190万円(東京都新宿区)
18位 中野 7380万円(東京都中野区)
19位 東中野 7494.5万円(東京都中野区)
20位 新宿 8080万円(東京都新宿区)
21位 御茶ノ水 8199万円(東京都千代田区)
22位 神田 9140万円(東京都千代田区)
23位 代々木 9180万円(東京都渋谷区)
24位 信濃町 9480万円(東京都新宿区)
25位 水道橋 9830万円(東京都千代田区)
26位 四ツ谷 1億480万円(東京都千代田区)
27位 千駄ケ谷 1億500万円(東京都渋谷区)
28位 市ケ谷 1億980万円(東京都千代田区)
29位 飯田橋 1億1000万円(東京都千代田区)
※東京、吉祥寺、高尾の各駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外

TOP3には自然も感じられる多摩地域の3駅がランクイン

リクルート住まいカンパニーが毎年調査する「SUUMO住みたい街ランキング(首都圏版)」では、JR中央線は2018年から5年連続で「住みたい沿線ランキング」の4位に輝く人気の路線。人気が高いと沿線にある物件の価格もアップしがちだが、広範囲にわたる路線だけあって駅ごとの価格相場の開きが大きいことが調査により判明した。

最も安かったのは八王子市にある西八王子駅で、価格相場は2位より1200万円も安い2730万円だった。中央線の都内最西端の駅である高尾駅の一つ手前に位置し、JR中央線の快速と通勤特快を乗り継ぐと新宿駅まで約48分、東京駅までは約1時間2分で到着する。

西八王子駅(写真/PIXTA)

西八王子駅(写真/PIXTA)

1位・西八王子駅には生鮮食料品を扱う「市場館」と飲食店やドラッグストアなどが並ぶ「生活館」からなる「セレオ西八王子」が併設されている。駅周辺には多彩な飲食店が点在し、深夜1時まで営業するスーパーがあるのも便利なところ。また、駅南口から徒歩3分ほどの場所には、スーパーをはじめ100円ショップやドラッグストア、ベーカリーやクリニックなどを備えた「コピオ西八王子駅前」が2021年10月にオープンした。駅北口から7~8分も歩けば、南浅川の河川敷へ。川沿いには散策やサイクリングにぴったりな「浅川ゆったりロード」が整備され、春は桜並木が沿道を美しく彩ってくれる。日常の買い物に便利な施設がそろい、自然も身近に感じて暮らせるうえに価格相場も安い西八王子は、穴場の駅と言えそうだ。

2位は日野駅で、価格相場は3930万円。日野市を代表する駅の一つであり、駅の約15分圏内には市役所や市立図書館、広々とした「市民の森スポーツ公園」、トレーニングジムを備えた「市民の森ふれあいスポーツホール」といった市の施設が点在している。かつては甲州街道の宿場町として栄え、駅から10分ほど歩くと都内に現存する唯一の本陣である「日野宿本陣」の見学も可能だ。また、新選組の副長・土方歳三の出身地としても知られ、「新選組のふるさと歴史館」もあるなど歴史好きにはそそられる街だろう。

日野宿本陣(写真/PIXTA)

日野宿本陣(写真/PIXTA)

日野駅前に目を向けると飲食店が並んでいるほかスーパーやドラッグストアも複数あり、日常の買い物にも困らない。駅から北へ10分ほど歩くと、のどかに流れる多摩川が見えてくる。土手には緑が茂り、西方を見ると遠くに奥多摩の山影も見える。休日にぶらりと散歩をして、自然あふれる風景を眺めつつ気分転換するのもいいだろう。

3位には、1位・西八王子駅よりも1駅東京方面にある八王子駅がランクイン。価格相場は3939万円だった。八王子市はもちろん東京多摩地域を代表する駅であり、町田・横浜方面と結ばれたJR横浜線も乗り入れている。八王子駅から徒歩5分ほどの場所には京王線・京王八王子駅もあり、駅周辺は大にぎわい。JRと京王線の駅舎ともに商業施設が入った駅ビルがあるほか、ショッピングモールをはじめとした大型商業ビルが駅前に建ち並んでいる。一方で駅前の喧騒を離れると、西八王子駅周辺から「浅川ゆったりロード」が延びる浅川や、湧水が流れる谷や森と遊具広場を備えた「小宮公園」も。都市部の便利さと多摩地域らしい自然が共存する街並みと言える。JR中央線の通勤特快の停車駅なので、新宿駅まで約40分、東京駅まで約54分で行ける点も魅力だ。

八王子駅北口(写真/PIXTA)

八王子駅北口(写真/PIXTA)

浅川ゆったりロード(写真/PIXTA)

浅川ゆったりロード(写真/PIXTA)

再開発で街が様変わりしつつある、あの駅は何位?

続いて4位以下の注目の駅も見ていこう。まずは3998万円で4位にランクインした、日野市に位置する豊田(とよだ)駅。先行して再整備された駅北側に続き、現在は駅南側で街の再整備が進行している。駅の南側を流れる浅川手前までの約87haにわたる土地の区画整理を行い、歩道の幅を広げるなどの生活主要道路の整備や、公園の整備などが行われている状況だ。

豊田駅周辺(写真/PIXTA)

豊田駅周辺(写真/PIXTA)

豊田駅南の土地区画整理事業の完了は2028年度の予定だが、すでに整然とした街並みへと変化がみられ、2023年度には南口駅前広場の本整備も予定されるなど着々と生まれ変わりつつある。現状でも駅北側に「イオンモール多摩平の森」や市立の総合病院があって暮らしやすいが、今後はより魅力的な街になると期待できそう。

もう1駅、18位にランクインした中野区の中野駅をピックアップ。中野駅は「SUUMO住みたい街ランキング2022(首都圏版)」で「住みたい街」19位、「穴場だと思う街」22位に選ばれている。価格相場は7380万円とトップ3に比べるとグッとアップ。しかし「穴場=街の利便性のよさを考えると物件価格が割安に思える」として名前が挙がるだけに、住みやすい様子。どんな街か見てみよう。

18位・中野駅はJR中央線快速の停車駅で、朝8時台はほぼ2~3分間隔で東京方面行きの快速が発車。新宿駅まで約5分、東京駅までは約19分で行くことができる。また、東京メトロ東西線の始発駅でもあり、飯田橋駅や大手町駅、葛西駅へもアクセスしやすい。駅周辺には個性的なテナントが軒を連ねる「サブカルの聖地」として知られる商業施設「中野ブロードウェイ」や、220m以上続くアーケード商店街「中野サンモール」などの商業施設が豊富で、生活する街・遊ぶ街として愛されてきた。

中野ブロードウェイ(写真/PIXTA)

中野ブロードウェイ(写真/PIXTA)

また、ここ10年ほどは働く街としての注目度も上昇。2012年に駅北西側に再開発エリア「中野四季の都市(なかのしきのまち)」が街びらきを迎え、オフィスビルの中野セントラルパークや大型公園、大学のキャンパスなどが誕生した。そして駅周辺の再開発はまだまだ進行中だ。中野四季の都市の一角では区の新庁舎が建設中で、2023年度内に完成予定。駅北側に建つ街のランドマーク「中野サンプラザ」は2023年7月に閉館の後、オフィスやホテルなどの複合施設に建て替えが予定されている。さらに駅南側でも駅前広場の整備、業務・商業・住宅の複合ビルの建設などを計画。2029年度の完了を目指す街づくり事業により、中野駅周辺は一大転換期を迎えているのだ。

中野サンプラザ周辺(写真/PIXTA)

中野サンプラザ周辺(写真/PIXTA)

さて、今回のランキングを振り返ってみると、東京駅から近い順に神田駅~代々木駅の9駅が21位~29位、新宿駅~武蔵境駅の10駅が11位~20位、東小金井駅~西八王子駅の10駅が1位~10位にランクインしている(※調査条件を満たさない東京、吉祥寺、高尾の各駅を除外)。「東京駅から遠いほど価格相場が安い」という、大方の予想を裏切らない結果と言えるだろう。

ちなみに東京駅に最も近い22位・神田駅は価格相場9140万円で、ランキング中で最も遠い1位・西八王子駅は2730万円と、その差は6410万円。しかし遠いと言っても西八王子駅~東京駅は1時間少々で、前述の通り西八王子駅周辺の生活環境も整っている。都心部への近さばかりにとらわれないほうが、自分の暮らしにあった住まいが見つかるかもしれない。

●駅順の価格一覧
※東京、吉祥寺、高尾の各駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外

※東京、吉祥寺、高尾の各駅は調査対象物件数が10件以下のためランク外

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている中央線(東京都内)沿線の駅掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ、専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2022/8~2022/10
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

昭和街角の情緒を伝える名物賃貸群「大森ロッヂ」。コロナ禍経て深まる住人同士の“ゆるやかなつながり” 東京都大田区

昭和の趣が残る「大森ロッヂ」(東京都大田区)は、住む人や地域の人がゆるやかにつながり、コミュニティが醸成される場所です。2009年以降に順次リノベーションされた8棟の住宅のほか、長屋式店舗兼用住宅「運ぶ家」が竣工・営業開始したのが、2015年6月。当時の様子はSUUMOジャーナルでも紹介しました。今年(2022年)4月には、新たに、一戸建てをリノベーションした「笑門の家」(しょうもんのいえ)が完成。コロナ禍を経て変わったこと、時流が変化しても変わらない思いについて、住民の皆さんや大家さんに伺いました。

石畳の路地の脇に黒壁の長屋が並ぶ。ドアやサッシは一部差し替えたが、中にはもう手に入らない昭和のガラス戸もある(画像撮影/桑田瑞穂)

石畳の路地の脇に黒壁の長屋が並ぶ。ドアやサッシは一部差し替えたが、中にはもう手に入らない昭和のガラス戸もある(画像撮影/桑田瑞穂)

縁台に飾られた鉢植の草花。緑が黒壁に映える(画像撮影/桑田瑞穂)

縁台に飾られた鉢植の草花。緑が黒壁に映える(画像撮影/桑田瑞穂)

コロナ禍に深まる閉塞感への疑問から生まれた、人とつながる「笑門の家」

京急線・大森町駅から歩いて2分、にぎやかな往来から一本入ると、右側に懐かしい佇まいの木塀と木戸でできた大森ロッヂの「ともしびの門」が見えてきます。前で迎えてくれたのは、大家の矢野一郎さんと住民で管理人もしている山田昭二さん。木戸を開けてもらうと、敷地内には昭和の風情を感じる路地があり、路地を挟んで、黒壁の長屋が並んでいます。昭和30~40年代に建てられた木造アパート群の古いものを活かしてリノベーションした賃貸住宅です。

矢野さん(左)と山田さん(右)。大森ロッヂの玄関口である「ともしびの門」の前で(画像撮影/桑田瑞穂)

矢野さん(左)と山田さん(右)。大森ロッヂの玄関口である「ともしびの門」の前で(画像撮影/桑田瑞穂)

大森ロッヂに新しく加わった「笑門の家」は、通りに面したところにあり、温室のような吹抜けの窓が特徴的です。

通りから見える「笑門の家」。古谷デザインに依頼し、木造2階建ての古い住宅をリノベーションした(画像撮影/桑田瑞穂)

通りから見える「笑門の家」。古谷デザインに依頼し、木造2階建ての古い住宅をリノベーションした(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」の計画は、2020年春、コロナ禍ではじまりました。

「コロナ禍では、人の自由が奪われて非常に孤立化してしまったという印象を受けました。テレワークもはじまりましたが、感染流行が拡大するなかで、世の中がどんどん閉鎖的になっていくことに疑問を感じていました。人間が生活する上でいちばん大切なものは、社会の状況に影響されない根源的な部分にあるはずです。それは、家に帰ったらリラックスしてゆったりした気持ちでいたいこと。必要なのは、家族や職場以外の誰かとのふれあいだと思いました。高気密で狭いところへ人を押し込めずに、誰かと接しようとすれば接することのできる機会を提供したいという思いがありました」(矢野さん)

「ゆるやかに人と交流できる家に」というコンセプトで、敷地に立っていた昭和の民家をリノベ―ション。設計を担当した古谷デザインから提案されたのは、一部をガラス張りの吹抜けにして半外部化するアイデア。「開いていく・創造していく場所にふさわしい」と考えた矢野さんは採用を決め、2022年4月に「笑門の家」が完成しました。

建物の一部が吹抜けのガラス張りで温室のような構造になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

建物の一部が吹抜けのガラス張りで温室のような構造になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

人を招きよせる「笑門の家」。地域とつながる交流拠点に

「笑門の家」に入居し、事務所兼住居として使っているのは、デザイン会社「グラグリッド」の三澤直加さんと尾形慎哉さんです。もともと恵比寿を拠点に仕事をしてきましたが、会社の移転を考えていたころ、新型コロナウイルス感染症の流行が重なりました。

「笑門の家」に引越して「地に足がついた生活ができている」という三澤さん(左)の言葉に頷く尾形さん(右)(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」に引越して「地に足がついた生活ができている」という三澤さん(左)の言葉に頷く尾形さん(右)(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」に引越して「地に足がついた生活ができている」という三澤さん(左)の言葉に頷く尾形さん(右)(画像撮影/桑田瑞穂)

古い欄間や梁を活かしてリノベーション。アール型の小上がりを見たとき「どう使うかワクワクしました」と三澤さん。すぐにワークショップのイメージが膨らんだ(画像撮影/桑田瑞穂)

「コロナ禍の影響で、人と繋がりたくてもリモートワークが増えて、知っている者同士しか会えなくなってしまいました。恵比寿のオフィスビルから離れて、大きく生活を変えたいと思うようになったんです。面白い場所に住み替えたいと探していたところ、『笑門の家』に出合い、『これだ!』と思いました」(三澤さん)

「笑門の家」で生まれたアイデアの数々。「関わりしろはどこまで大きくできるのか?」という発想からオープンなザクロ収穫祭の企画へとつながった(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」で生まれたアイデアの数々。「関わりしろはどこまで大きくできるのか?」という発想からオープンなザクロ収穫祭の企画へとつながった(画像撮影/桑田瑞穂)

「ビルの四角い部屋では出ない発想ができるかもしれないと感じたんです。大森ロッヂにコミュニティがあることを知り、住民の方や地域とのつながりで、ワークショップをするなどして、一緒にデザイン活動ができるのではないかというイメージが湧いて。交流(ワークショップ)ができる温室と、集中して仕事ができる2階があり、ほしかった条件がそろっていました。地域の人とつながりあって、実験しながら、やりたいことを実現できるのではないかと思いました」(尾形さん)

2022年6月に引越してから、庭にあったザクロを収穫し、ジュースをつくるイベントを開催。大森ロッヂに住んでいる人や近隣の子ども達も参加しました。尾形さんが非常勤講師を務める専修大学の学生たちと、大森に昔からある産業の廃材を使ってランタンをデザインするワークショップも行い、手ごたえを感じた二人は、いずれテーマを決めて語り合う「笑門の会」をつくりたいと夢を語ってくれました。

引越したとき、庭の隅に咲いていたザクロの花が実ったので催した収穫祭(画像提供/グラグリッド)

引越したとき、庭の隅に咲いていたザクロの花が実ったので催した収穫祭(画像提供/グラグリッド)

「見たことのなかった赤い花がザクロの実に変わっていくのに感動しました」と三澤さん(画像撮影/桑田瑞穂)

「見たことのなかった赤い花がザクロの実に変わっていくのに感動しました」と三澤さん(画像撮影/桑田瑞穂)

ルビーのような実を取り出し、つぶして、ジュースに(画像提供/グラグリッド)

ルビーのような実を取り出し、つぶして、ジュースに(画像提供/グラグリッド)

ふすま屋さんの廃材を使ったランタンづくりのワークショップ(画像提供/グラグリッド)

ふすま屋さんの廃材を使ったランタンづくりのワークショップ(画像提供/グラグリッド)

ふすま紙などを再利用して独創的なランタンが生まれた(画像提供/グラグリッド)

ふすま紙などを再利用して独創的なランタンが生まれた(画像提供/グラグリッド)

「『笑門の家』というネーミングが絶妙なんですよね。人を招くような、不思議な言葉の力があります。名を体現するような使い方ができればいいな。我々のつながりから、周辺の人もつながって、集まった人の話の中から、プロジェクトやイベントのアイデアが自然に発生する。新しいことが生まれるエンジンとしてこの場所を使っていきたいです」(尾形さん)

ワークショップのあとは、小上がりが語らいの場になる(画像提供/グラグリッド)

ワークショップのあとは、小上がりが語らいの場になる(画像提供/グラグリッド)

アトリエ付住宅「ひらめきの家」や店舗兼用住宅「運ぶ家」のその後

大森ロッヂには、長屋群のほか、通りに面したアトリエ・中庭付の2階建て集合住宅「ひらめきの家」や前回の取材時(2015年)に新築された店舗兼用住宅「運ぶ家」があります。

「ひらめきの家」は、店舗として使えるアトリエが通りに面してあり、奥が住居になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

「ひらめきの家」は、店舗として使えるアトリエが通りに面してあり、奥が住居になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

「旅する茶屋」を訪ねると、吹抜けの明るい空間に、茶香炉から良い香りが漂っています。オーナーで日本茶ソムリエの津田尚子さんは、もともと大森ロッヂに住んでいましたが、「ひらめきの家」に空室が生じることになり、住み替えをして、店舗を構えました。

中庭の緑が見える店内でお茶を淹れる津田さん(画像撮影/桑田瑞穂)

中庭の緑が見える店内でお茶を淹れる津田さん(画像撮影/桑田瑞穂)

美しい茶器に注がれるのは八女の白折という日本茶。体調に合わせたおすすめ茶をオーダーすることもできる(画像撮影/桑田瑞穂)

美しい茶器に注がれるのは八女の白折という日本茶。体調に合わせたおすすめ茶をオーダーすることもできる(画像撮影/桑田瑞穂)

「『旅する茶屋』という名前のとおり、店舗を持たず旅先でお茶をたてるワークショップをメインに活動していたのですが、まわりの人に勧められて、タイミングも合ったのでやってみようと思いました。近くの小学生が『ただいま』と声をかけてくれたり、旅で留守にしていて帰ると『閉まっていたけど、どうしていたの?』近所の人が心配してくれたり。地域の風景になりつつあるのかな」(津田さん)

「旅する茶屋」のお隣さんは、2020年から絵画工房と絵画教室を営む「アトリエウォボ」。講師を務めるのは、写実絵画の描き手である油彩画家の宮原俊介さんです。

「住居と一体でありながら、居住スペースとは別に絵を描く場所がほしかったので、条件に合う物件を探して『ひらめきの家』にたどり着きました。教室には、年代も職業もさまざまな人が通ってきます。いずれ、大森ロッヂのギャラリーで生徒たちのグループ展をしたいです」(宮原さん)

写真のように見たまま描いている印象のある写実絵画だが、宮原さんは「見た時の印象を誇張して表現しているので印象画だと思っています」と語る(画像撮影/桑田瑞穂)

写真のように見たまま描いている印象のある写実絵画だが、宮原さんは「見た時の印象を誇張して表現しているので印象画だと思っています」と語る(画像撮影/桑田瑞穂)

壁にかけられた宮原さんの作品。描かれた人物や動物の目力に圧倒される(画像撮影/桑田瑞穂)

壁にかけられた宮原さんの作品。描かれた人物や動物の目力に圧倒される(画像撮影/桑田瑞穂)

「アトリエ ウォボ」の中庭から隣にあるタイル工房「fuchidori」の作業風景が見えていた。クリエイター同士の距離が近いのもお互いの刺激になるのかもしれない(画像撮影/桑田瑞穂)

「アトリエ ウォボ」の中庭から隣にあるタイル工房「fuchidori」の作業風景が見えていた。クリエイター同士の距離が近いのもお互いの刺激になるのかもしれない(画像撮影/桑田瑞穂)

タイルでつくった「fuchidori」の看板がかわいい。「世界の街角を彩る装飾タイルの楽しさを多くの方と共有したい」という思いから、絵付けワークショップを不定期で開催している(画像撮影/桑田瑞穂)

タイルでつくった「fuchidori」の看板がかわいい。「世界の街角を彩る装飾タイルの楽しさを多くの方と共有したい」という思いから、絵付けワークショップを不定期で開催している(画像撮影/桑田瑞穂)

前回の取材時(2015年)に建築された店舗兼用住宅「運ぶ家」は、その後、どのように使われているでしょうか。「運ぶ家」は、貸駐車場借主の退去で空いたスペースに新築されましたが、「ただ建てるのではなく、住む人と建築家とみんなで一緒につくりあげたい」という矢野さんの思いが強く反映された建物です。

「運ぶ家」の2階で蚤の市(不定期)が開かれたときの様子(画像提供/大森ロッヂ)

「運ぶ家」の2階で蚤の市(不定期)が開かれたときの様子(画像提供/大森ロッヂ)

「借主は、建築費や設計料がいくらかわからないまま、家賃が決められていますよね。事業収支をオープンにして、設計段階から入居者、設計者、施主が、あたかも自宅を建てるようなプロセスを踏んだら、きっと場所への愛着も増すのではという気持ちもありました」(矢野さん)

「運ぶ家」に建築当時から関わった入居者のうち、コムロトモコさんはカフェ兼カバンのギャラリー「yamamoto store」を、もうひとりは、「たぐい食堂」を営んでいます。入居者が職住一体でなりわいをもつことができる「ひらめきの家」と「運ぶ家」。「地域に開かれた場所になって、街や大森ロッヂの活性化につなげたい」という矢野さんの思いを体現する場所になっています。

「運ぶ家」1階の「たぐい食堂」では、和定食やおにぎりが食べられる(画像提供/大森ロッヂ)

「運ぶ家」1階の「たぐい食堂」では、和定食やおにぎりが食べられる(画像提供/大森ロッヂ)

日替わりのプレートランチなどを提供するyamamoto store。店内には、店主が手掛けるカバンブランド「aof-kaban-shop」も営業している(画像提供/大森ロッヂ)

日替わりのプレートランチなどを提供するyamamoto store。店内には、店主が手掛けるカバンブランド「aof-kaban-shop」も営業している(画像提供/大森ロッヂ)

場が人を呼び、人とのつながりが価値になる門を入った路地に面してあるノスタルジックなポスト(画像撮影/桑田瑞穂)

門を入った路地に面してあるノスタルジックなポスト(画像撮影/桑田瑞穂)

大森ロッヂの案内図。住居のなかに「かたらいの井戸端」や「はぐくむ広場」など交流できる場所が設けられている(画像提供/大森ロッヂ)

大森ロッヂの案内図。住居のなかに「かたらいの井戸端」や「はぐくむ広場」など交流できる場所が設けられている(画像提供/大森ロッヂ)

現在、大森ロッヂには、15世帯が暮らしています。入居者募集に関しても、矢野さんは、不動産会社任せにするのではなく、自分で入居希望者に会って話を聞くことにしています。入居基準は、「大森ロッヂが好きな人」。長屋の家賃は新築並みで設備も古いですが、納得してくれる人が集まっています。矢野さん主催のイベントは、餅つきや新酒を楽しむ会など年2回ほどですが、住民発案で路地の広場で飲み会が催されることも。イベントは、コロナ禍のため中断していましたが、この11月にやっと再開することができました。

「借りて住む価値はひとりではつくり出せないものなんですよ。お金さえあれば、家は買えますが、周辺は買うことができません。人とのつながりが価値になる。場が人を呼び、自然と街に開かれていけばいいと思っています」(矢野さん)

大家業を通じ、入居者の人生に関わってきた矢野さん。「この仕事は、人間を愛する気持ちが大事」と話す時の優しいまなざしが印象に残っています。これからも、大森ロッヂは、古き良きものを活かしながら、新しいものを生み出す場として育まれていくのでしょう。

●取材協力
・大森ロッヂ
・株式会社グラグリッド
・旅する茶屋
・アトリエウォボ
・fuchidori
・たぐい食堂
・yamamoto store

31歳女子、2棟目の大家になる。屋上農園や喫茶店付きで住民と地域がつながる賃貸「ロジハイツ」荒川区

2022年2月の記事、「24歳女子、大家になる。築40年超エレベーターなしマンションが人気物件になるまで 東京都荒川区」で「トダビューハイツ」を取材させていただいた戸田江美さん。
その際に「荒川区町屋に新たに賃貸住宅を建てます!」とお話を伺ったのだが、今年2月完成。入居が開始して半年経過し、「その後、どうだったのか」を伺うべく、新物件「ロジハイツ」へ。「まったく当初の予定通りにはいかなくて大変だった!」という戸田さんと、入居者や地域住民の方々にお話を伺った。

空き地のまま活用する想像建築プロジェクト。想定外な出来事が

そもそもこの「ロジハイツ」は、戸田さんの祖母が所有し、長く借地として貸し出していた土地が更地になって戻ってきたことを契機に、新たな活用法を考えるところから始まったプロジェクト。
すぐに建物を建てずに、空き地のまま残し、マルシェ、街歩き、トークイベントなどを開催。「想像建築プロジェクト」と名付けられたこの試みは、荒川区の土地にまったく地縁のない人でも、この場所に興味を持ってもらえる仕掛けとしてスタートした。

ロジハイツを建てる前の空き地で行われたマルシェイベント(画像提供/戸田さん)

ロジハイツを建てる前の空き地で行われたマルシェイベント(画像提供/戸田さん)

商店街をめぐる街歩きは人気イベント。戸田さん作成の『街歩きのしおり』を手に、「はっぴいもーる熊野前」と「おぐ銀座商店街」と、地元の人でにぎわう2つの商店街をめぐり、荒川区の暮らしをシミュレーション(画像提供/戸田さん)

商店街をめぐる街歩きは人気イベント。戸田さん作成の『街歩きのしおり』を手に、「はっぴいもーる熊野前」と「おぐ銀座商店街」と、地元の人でにぎわう2つの商店街をめぐり、荒川区の暮らしをシミュレーション(画像提供/戸田さん)

最終的には、小さな賃貸住宅ながら、屋上にシェア菜園、1階に喫茶店を設け、地元の人との接点となる”場”を用意することに。

扉からのぞいている鳥はハクセキレイ。物件近くの尾久の原公園で元気に走り回っている野鳥をモチーフに。どこかレトロで丸みのあるデザインで、新築だが昔ながらの住宅街になじむ、温かみのある住まいに (写真撮影/片山貴博)

扉からのぞいている鳥はハクセキレイ。物件近くの尾久の原公園で元気に走り回っている野鳥をモチーフに。どこかレトロで丸みのあるデザインで、新築だが昔ながらの住宅街になじむ、温かみのある住まいに (写真撮影/片山貴博)

「こんなことしながら、“面白い街、面白い物件”って興味を覚えた方々が、物件のスペック以外の、この独特さにひかれて引越してくれたら、すごく面白いな、って思ってたんです」(戸田さん)。1階の店舗物件を除けば、賃貸住戸は単身者向けの2住戸のみ。ロジハイツの”特別さ”を愛してくれる、たった2名の入居者がいればいい。そして、実際、街歩きなどのイベントを通して、まったく地縁のないけれども「ここに絶対住みたい」方が現れた。
ところが! 「家庭や仕事の事情で、この方たちが2人とも東京を離れることになったんです。その時点ですでに住み替えの繁忙期が終わっており、本当に焦りました。建築用木材の供給が需要に追いつかない“ウッドショック“の影響でコストが上がる、納期は遅れると、タイミングも悪かったですね。『(空き地でイベントなど開かず)さっさと賃貸住宅を建てていればよかったのに』と言われたこともありました」

大家の戸田江美さん。祖母の跡を過ぎ、大家業を継いだのは24歳の時。現在は結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/片山貴博)

大家の戸田江美さん。祖母の跡を過ぎ、大家業を継いだのは24歳の時。現在は結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/片山貴博)

「物件のビハインドに触れて決めた」――Sさんの場合

そんななか、どうにか2人の入居者が現れた。

一人は、転職をきっかけに実家を出て一人暮らしを始めようとした女性、Sさん。「いろんな物件サイトをみていても、どんな物件も金太郎飴みたいに同じに見えちゃうんです。ストーリーのあるもの、付加価値のあるもの、個性のあるもの、ネットの検索条件を入れても見つけられない部屋と出会えないかなと思ったんです。エリアは、23区内であれば、実家からの通勤に比べれば通勤時間が短縮されるだろうと、絞り込めないでいました。公園はもちろん、海や川など水辺が近くにあるといいな、図書館もほしいな。そんな漠然とした感じだったので、まずエリアを入れて、というネット検索ができないでいたんです」(Sさん)

そんな中、たまたま出会ったのが、戸田さんの「大家女子になる」というWebの連載記事。
「ああ、こんな想いで大家さんをされているんだ、新しい物件もすごく面白そうって思って、見学を予約して。そうしたら、戸田さんご本人が物件を案内してくださって、街歩きも一緒にしてくださったんですよね」
すると戸田さんが、「そういえば、Sさんは川は近くにありますか?ってすぐ聞かれましたよね。最初、川近くは嫌なのかと思ってましたよ」
「そうそう(笑)。なんだか、面白そうだなって思ったんです」(Sさん)

Sさんがロジハイツに決めた理由である、徒歩1分の位置にある尾久の原公園。広い原っぱは、地元住民の憩いの場(写真撮影/片山貴博)

Sさんがロジハイツに決めた理由である、徒歩1分の位置にある尾久の原公園。広い原っぱは、地元住民の憩いの場(写真撮影/片山貴博)

「物件よりも、どんな街に暮らすかを大切にしたい」――新社会人のY君の場合

一方、新卒で就職とともに上京した社会人1年目のY君。「大学で卒業制作しているうちに、部屋探しに完全に出遅れてしまったんですよ。でも、初めての東京暮らしは、どんな物件に暮らすというより、どんな街に住みたいかが大事という想いがあって。東京の下町っぽいところに憧れもあり、見つけたのがこの物件のサイトでした。手書き風のデザインや、その物件に至るストーリーに興味を覚えてたんです。東京に行く時間もなくて、オンライン上での内見でしたけど、当初イメージしていた”不動産会社で部屋探し”と全然違ってました(笑)」

Y君が興味をそそられたロジハイツのサイトのデザインは、デザイナーでもある戸田さんの手によるもの(画像提供/戸田さん)

Y君が興味をそそられたロジハイツのサイトのデザインは、デザイナーでもある戸田さんの手によるもの(画像提供/戸田さん)

2人ともエリア×予算のスペックでだけでは探しきれない、言語化しにくい価値観に魅了されて、この「ロジハイツ」に行きついたのだ。

さらに、ロジハイツのきょうだい物件(もともと戸田さんが祖母から大家を任された物件)である「トダビューハイツ」の入居者とも交えた食事会も開かれた。Sさんはロジハイツ屋上のシェア菜園も利用登録し、同じメンバーと顔見知りに。Y君はトダビューハイツ入居者で同業者の男性と知り合い、すっかり意気投合。地元の居酒屋や銭湯に連れて行ってもらうなど、住まいを拠点として、街に知り合いが増えている。

「トダビューハイツとロジハイツの入居者の希望する人だけでライングループをつくっているんです。とはいうものの、食事会といっても2カ月に1度ぐらいのものですよ。あとは個別に。程よい距離感も大切です」(戸田さん)

ロジハイツの住人さん歓迎会をきょうだい物件・トダビューハイツと合同開催。商店街のお店も紹介しながら。「その後、住人同士で交流もあるようでうれしいです」(戸田さん、写真提供も)

ロジハイツの住人さん歓迎会をきょうだい物件・トダビューハイツと合同開催。商店街のお店も紹介しながら。「その後、住人同士で交流もあるようでうれしいです」(戸田さん、写真提供も)

1階の喫茶店はゆるやかに人と街がつながる場に

入居者と地元民の憩いの場となっているのが1階の喫茶店「ふくか」。店主の竹前さんは、荒川区に生まれ育ち、戸田さんの大学時代の同級生。「下町の飲食店のオーナーって、とにかく人柄が大事。彼女なら、おじいちゃんおばあちゃんと仲良くできるだろうし、私の想いを共有してくれているのが心強いです」(戸田さん)

「早朝は近くの公園でラジオ体操をした帰り、ちょっと朝食を食べながらおしゃべりしたいね」という地元の人向けに平日は朝6時半から(土日は9時~)営業している。メニューも豊富だ。トースト、ピザ、サンドイッチ、カレー、焼きそば、パスタ、ケーキ類。開店から10時半まではモーニングがあり、お酒類もひと通りある。

「元気がなくなったら営業終了」という喫茶店「ふくか」。「だいたい17時ぐらいが目安でしょうか(笑)」(竹前さん)(写真撮影/片山貴博)

「元気がなくなったら営業終了」という喫茶店「ふくか」。「だいたい17時ぐらいが目安でしょうか(笑)」(竹前さん)(写真撮影/片山貴博)

スィーツ類も充実。緑茶付きクリームあんみつは750円(写真撮影/片山貴博)

スィーツ類も充実。緑茶付きクリームあんみつは750円(写真撮影/片山貴博)

「この辺りは、小さな子どもを連れて入れるお店が少ないということで、昼間は子連れのママさんたちが多いですね。夕方4時になったら必ず現れる常連さんもいます」(竹前さん)。
ちなみに、入居者は月2回の無料ドリンク付き。朝は少しのんびり出勤というY君は、ここでモーニングを食べてから出勤することも。Sさんもリモートワーク時はお昼ご飯にと活用していた。

竹前さんとお店を手伝っている竹前さんのお母さん、入居者の2人。「そうそう、引っ越し当初は、Y君のWi-Fi使わせてもらったよね」(Sさん)。「ボードゲームしませんでしたっけ」(Y君)、「そうそう、『はぁって言うゲーム』だよ」と戸田さん。「大家とテナントのオーナーと入居者たち」で連想される立場より、「もっと近い」。この温度感が微笑ましい(写真撮影/片山貴博)

竹前さんとお店を手伝っている竹前さんのお母さん、入居者の2人。「そうそう、引っ越し当初は、Y君のWi-Fi使わせてもらったよね」(Sさん)。「ボードゲームしませんでしたっけ」(Y君)、「そうそう、『はぁって言うゲーム』だよ」と戸田さん。「大家とテナントのオーナーと入居者たち」で連想される立場より、「もっと近い」。この温度感が微笑ましい(写真撮影/片山貴博)

屋上のシェア菜園に参加した地元民の理由とは?

屋上には小さなシェア菜園「ロジガーデン」があり、ここは地域住民にも開かれており、現在は満席。「三鷹の農家・冨澤ファームさんに、土の入れ方からタネの植え方、水の撒き方など、ビギナーにとっては知らないコツや知識をレクチャーしてもらっています」(戸田さん)

今回はプレ時期から利用登録している方おふたりにお話を伺った。

契約期間は半年ごと。「メンバー限定のチャットで冨澤ファームさんに相談にのってもらえるので、“すぐ植物を枯らしてしまう”という初心者も心強いです」(戸田さん)(写真撮影/片山貴博)

契約期間は半年ごと。「メンバー限定のチャットで冨澤ファームさんに相談にのってもらえるので、“すぐ植物を枯らしてしまう”という初心者も心強いです」(戸田さん)(写真撮影/片山貴博)

Hさんは、もともとこの場所は空き地だった時からイベント参加をしていたご近所さん。「街歩きやマルシェなどのイベントがとても楽しくて。だからこの場所に賃貸住宅ができると聞いて、形になって良かったと思う反面、ああ、暮らす人だけの場所になるんだと、寂しくなったのも本音でした。だけど、戸田さんが屋上に小さな菜園をつくる、それは私たちにも借りられる、と聞いて、すぐ手を上げました」(Hさん)
「Hさんの”借ります”っていう言葉はすごく心強かったです。正直、本当に借りてくれる人いるのかな、私の考え、合っているのかな、って不安でしたから。実はHさんはご自宅のお庭も菜園にしている経験者で、とても頼りにしています」(戸田さん)。

一方Dさんは荒川区に暮らして7年目というものの、多忙な会社員生活で、ほとんど荒川区の住まいは帰って寝るだけの場所。地元の付き合いはまったくなかったそう。
「ところがコロナ禍で生活が激変。在宅ワークとなり、否応なく、地元で過ごす時間が増えたんです。せっかくなら地元のお店をいろいろ開拓してみよう、新しいことに挑戦してみようと思ったんです」(Dさん)
そんな時、たまたま地元のウェブマガジンで、このロジハイツ1階の『喫茶ふくか』やシェア菜園の事を知り、挑戦してみることに。
「私はサボテンも枯らすような人間なんですけど、プロの先生もいて、気兼ねなくいろいろ聞けるので頼りにしています」

ご近所のHさん(左)、在宅ワークを機に地元生活を満喫し始めたDさん(右)。これまで接点のなかった者同士が一緒におしゃべりしながら作業して、1階の喫茶店でお茶して、と楽しい時間になっている(写真撮影/片山貴博)

ご近所のHさん(左)、在宅ワークを機に地元生活を満喫し始めたDさん(右)。これまで接点のなかった者同士が一緒におしゃべりしながら作業して、1階の喫茶店でお茶して、と楽しい時間になっている(写真撮影/片山貴博)

夏には収穫祭も。くびれていたり、巨大だったり。スーパーではお目にかかれない野菜に愛着もひとしお (写真提供/戸田さん)

夏には収穫祭も。くびれていたり、巨大だったり。スーパーではお目にかかれない野菜に愛着もひとしお (写真提供/戸田さん)

「正直、入居希望者が白紙になったときは本当にどうしようと思いましたが、空き地のイベントや物件完成に至るプロセスに価値を見つけてくれた2人が入居者になってくれたし、そのイベントを通してHさんも私を応援してくれた。Dさんもこうした取材で、生活が楽しく変わったとお聞きすると、ああ、私の選んだ道は間違えてなかったと思いますね」(戸田さん)

10月には収穫した野菜を使った料理やオススメの一品を持ち寄り、屋上で夕涼み会も (写真提供/戸田さん)

10月には収穫した野菜を使った料理やオススメの一品を持ち寄り、屋上で夕涼み会も (写真提供/戸田さん)

この荒川区に全く地縁のない人でも、住まいを通して、知り会いが増え、街に愛着を持てるようになる。そんな「関わりしろのある物件」で、自分が生まれ育った街を愛してくれる人を増やしたい――戸田さんが思い描いていた世界が始まっている。

戸田さん、竹前さん、入居者のY君、菜園メンバーのHさん夫妻、Dさん(写真撮影/片山貴博)

戸田さん、竹前さん、入居者のY君、菜園メンバーのHさん夫妻、Dさん(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
ロジハイツ

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あと2年半で東京の新築住宅の太陽光発電設置が義務化! メリット・デメリットを解説

東京都が2025年4月から新築住宅に太陽光発電の設置を義務づけるという基本方針を決めた。このニュースはかなり話題になり、都民の声は賛否両論だった。都内で新築住宅を建てたり買ったりする場合、必ず太陽光発電を設置しなければならなくなるかというと、そういうわけではない。詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「カーボンハーフ実現に向けた条例制度改正の基本方針」の策定について/東京都

東京都は、なぜ太陽光発電の設置義務化に踏み切ったのか?

東京都では、「2050年ゼロエミッション東京」の実現に向け、「2030年カーボンハーフ」を表明している。2030年までに温室効果ガス排出量を50%削減(2000年比)=「カーボンハーフ」するために、さまざまな施策を打ち出している。今回、東京都が策定した「カーボンハーフ実現に向けた条例制度改正の基本方針(案)」に盛り込まれたのが、2025年4月からの新築住宅への太陽光発電の設置義務化だ。

都内のCO2排出量の32.3%を家庭部門(住宅)が占めているが、単身世帯の増加により都内の世帯数が増えていることもあって、業務部門や運輸部門等ではエネルギー消費が減っているのに対し、家庭部門だけは増え続けている。

そこで、住宅の省エネ化を推進しようと考えられたのが、「東京ゼロエミ住宅」。東京の地域特性などを踏まえて、都が独自に定めた高い断熱性能をもった断熱材や窓を使って、省エネ性能の高い家電製品などを取り入れた住宅だ。東京ゼロエミ住宅を支援する補助金の制度なども設けてきた。

一方で、都内の建物の屋根にも着目した。都内には、住宅の敷地が狭くて屋根が小さかったり、住宅が密集して隣家の陽当たりを確保するために屋根が変則的な形になったりする場合も多い。そうなると太陽光発電設備を設置しても、十分な発電量が得られないことから、「東京ソーラー屋根台帳(ポテンシャルマップ)」を公開するなどしてきた。地図上のどの建物の屋根に太陽光発電を設置すれば、どの程度の発電量が見込めるかわかるというものだ。ただし、設置に適しているとする建物のうちの4.24%しか設置されていないのが実情だ。

そのため、太陽光発電の搭載に適した建物には極力設置しようと考えて、新築住宅への義務化に舵を切ったのだ。

設置の義務を負うのは誰?すべての新築住宅に設置しなければならない?

太陽光発電の設置義務化について、さまざまな疑問が湧くだろう。1つずつ詳しく見ていこう。

疑問1:設置する義務があるのは誰か?
注文住宅の建設事業者や建売住宅を新築分譲する事業者が対象で、都内に一定以上(年間の都内供給延床面積が合計2万平米以上)の建物を供給する50社程度が義務化の対象となる見込みだ。

疑問2:日当たりの悪い住宅や狭小な住宅でも設置しなければならない?
義務化の対象となる大手の住宅供給事業者には、供給棟数に応じた再エネ発電量の総量が求められる。各事業者は、その総量を達成するために、新たに供給するどの建物に太陽光発電を設置するかを判断していく。設置に適さない住宅(算出対象屋根面積 20 平米未満など)については、設置基準算定から除外可能としている。

疑問3:太陽光発電設備を設置するとどんなメリットがある?
東京都の資料によると、4kWの太陽光パネルを設置した場合、初期費用98万円が10年(現行の補助金を活用した場合6年)程度で回収可能。30年間の支出(※)と収入を比較すると、119万円程度(現行の補助金を利用した場合は159万円程度)の経済効果がある計算になる、という。

※専門業者による「点検」や発電した電気を家庭で使えるように変換するための「パワーコンディショナーの交換」などの費用を支出に加算。ただし、設備をリサイクルする際には、別途30万円程度の費用が発生。

住宅供給事業者が太陽光発電に適していると判断した住宅については、事業者が設置のメリットなどを丁寧に説明して、注文住宅の施主や新築分譲住宅の購入者は納得したうえで建てたり買ったりすることになるだろう。

住宅所有者のメリット・デメリットと今後の課題

さて、義務化により太陽光発電設備が設置された住宅の所有者は、原則として、その設置費用や使用する間のメンテナンス費用、最終的に廃棄(またはリサイクル)する際の費用などを負担することになる。売電収入で補う方法が先ほどの東京都の試算だ。

一方、固定価格買取制度による電力の買取価格は下がっている。逆に、さまざまな要因で電力会社の電気代は上がっている。そのため現状は、発電した電気を売るよりも自宅で使うことで節約する人の方が多い。自宅で使う場合には、発電しない夜間に電気を使えるように家庭用蓄電池も設置する必要があり、それには別途の費用もかかる。

ただし、災害などで停電になった場合でも、日中は太陽光発電により、夜間や雨天は蓄電池により、自宅で電気を使うことができる。いわゆる災害に強い住宅になるわけだ。

環境省の「太陽光発電設備の導入意向に関するアンケート調査」(2018年10月実施)の結果を見ると、太陽光発電設備を導入したい理由としては、「発電された電力を自宅で使用することで電気料金を節約するため」が最も多く、「地球環境への貢献」と「売電収入」が続き、「災害、停電時の非常用の電源とするため」の順となった。

一方、導入を希望しない理由としては、「初期投資費用が高いため」が最も多く、「投資回収年数が長い」と「設備が壊れたり修理やメンテナンスで高額な費用がかからないか不安」が続き、「買取価格が下がるなどでどれくらいの年数で投資が回収できるか不安」の順となった。

いずれにしても、投資回収期間が長くなるので、その間の電力買取の仕組みを安定させること、初期投資費用を抑えられるように支援制度を用意すること、設備の廃棄・リサイクルの仕組みを整備することなどが必要となる。初期費用を抑える方法として、補助金などのほかに、都ではリースや屋根貸しなどの手法も推し進めたい考えだ。

出典:東京都「カーボンハーフ実現に向けた条例制度改正の基本方針(案)」より転載

出典:東京都「カーボンハーフ実現に向けた条例制度改正の基本方針(案)」より転載

東京都は2022年12月の第4回都議会定例会で条例改正案を提出し、議決後2年程度の準備・周知期間を設けたうえで、2025年4月の施行を目指すとしている。支援制度などの詳細はその間に決まるだろう。

一方、政府も「2030 年において新築戸建住宅の6割に太陽光発電設備が設置されることを目指す」としている。太陽光発電設備などの設置を推し進める方針なので、家庭で発電した電力を安定して買い取る仕組みづくりに力を入れてほしい。

●関連サイト
東京都:「カーボンハーフ実現に向けた条例制度改正の基本方針」の策定について
東京都:カーボンハーフ実現に向けた条例制度改正の基本方針等の制度改正に関する情報
東京都:「東京ソーラー屋根台帳」(ポテンシャルマップ)

昭和レトロの木造賃貸が上池袋で人気沸騰! 住民や子どもが立ち寄れる憩いの場、喫茶店やオフィスにも活用 豊島区

東武東上線の北池袋駅(東京都豊島区)から徒歩10分ほどの場所で活動する「かみいけ木賃文化ネットワーク」。活動の中心は昭和に建築された3つの木造賃貸建築物。コミュニティづくりやアートワーク、オフィス、住居などに利用し、訪れる人や住まう人たちがゆるやかに活動をする繋がりをつくり上げています。
そのようななか、2022年1月に新たなスペースとして「喫茶売店メリー」をオープン。まちなかに住む人々とのつながりが変化したそうです。一体どのように変わったのでしょうか。

木造賃貸アパートをもっと面白く活用したい

巨大ターミナル駅・池袋駅の1つ隣にある、東武東上線の北池袋駅。周辺には低層住宅が所せましと並び、大都会である豊島区・池袋とは思えぬ穏やかな時間が流れます。駅から住宅街を10分ほど歩いていくと、昔ながらの木造の建物「山田荘」「くすのき荘」「北村荘」が見えてきます。戦後、「木賃(もくちん)」と呼ばれる、狭い木造賃貸アパートが多く建築されたこのまちで、ネットワークをつくりながら”木賃文化”を盛り上げているのは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」を運営する、山本直さん・山田絵美さん夫妻。

実家である「山田荘」について、思いを話す山田絵美さん(写真撮影/片山貴博)

実家である「山田荘」について、思いを話す山田絵美さん(写真撮影/片山貴博)

「かみいけ木賃文化ネットワーク」は木造賃貸アパートをどう面白く活用するかを徹底的に考える活動。活動のきっかけは、山田さんが両親から受け継いだ「山田荘」でした。

「『山田荘』は、もともと私の実家が、賃貸アパートとして運営していた建物です。とはいえ、狭くて古い建物を住まいとして貸し続けることには限界があると感じていて。私が受け継ぐ時に、この建物を『もっと良く活用ができないものか』と考え始めたんです」(山田さん)

1979年築の木造賃貸アパート「山田荘」は、昔ながらの風呂なし・トイレ共同で、4畳半の部屋が並ぶ6室構成。随所に古き良き面影を残しながらも、綺麗にリフォームされています。入口では愛らしい人形がお出迎えする(写真撮影/片山貴博)

1979年築の木造賃貸アパート「山田荘」は、昔ながらの風呂なし・トイレ共同で、4畳半の部屋が並ぶ6室構成。随所に古き良き面影を残しながらも、綺麗にリフォームされています。入口では愛らしい人形がお出迎えする(写真撮影/片山貴博)

「山田荘もそうですが、かなり築年数の進んだ木造アパートなどは、現代の建物と比べると機能も足りてないところが多いんですよね……。風呂なし、トイレ共同、洗濯機置き場がないというのがおおむねスタンダードです。でも暮らしの全てを、自分の住むスペースでまかなうのではなく、まち全体を1つの『家』に見立てれば、いろんな暮らし方ができるんじゃない?と思うのです。台所がないなら食堂へ。お風呂がないならば、銭湯へ。アトリエがないならばガレージへ。庭がないならば公園へ――古き良き木造建築物を楽しんで生かし、”足りないことはまちなかで補い、まちの人や暮らしとゆるく繋がろう”ということを目指しています」(山田さん)

アーティストの拠点として、木造賃貸アパートの居室を利活用

こうした活動に至ったのは、山田さん自身が、豊島区内で実施していたアートイベントとの出合いも影響していたようです。2011年ごろから、東京都や豊島区は「としまアートステーション構想」という、地域資源を活かした「アート」につながる活動をする場づくりをしていました。その一環で山田荘のアパートの一部を、美術家である中崎透さんの滞在制作場所として提供しました。

アーティストなどに賃貸している山田荘1階の入口部分(写真撮影/片山貴博)

アーティストなどに賃貸している山田荘1階の入口部分(写真撮影/片山貴博)

「山田荘をプロジェクトで活用してもらえることはうれしかったですね。この建物は、古い木造建築物で、当時の建築基準法に沿ってつくられており、現行法では既存不適格です。そのため、これを壊すことなく同じ形で、建物そのものが持つ良さを文化として残したいという思いもあったので、これはチャンスだと感じました」(山田さん)

3つの拠点を行き来することで、新たな出会いと交流が生まれる

「山田荘」の、居住する以外の活用方法を通じて、おもしろさを実感した山本さん・山田さん。

「そうしたら、自然と空き物件が目に入るようになったんです(笑)」(山田さん)

その後、2016年に「山田荘」から徒歩5分ほどの位置にある「くすのき荘」を借り、2020年には「北村荘」を借りることとなりました。

運送会社が使用していた建物を改修した「くすのき荘」。右横にはくすのき公園があり、まるで庭のよう(写真撮影/片山貴博)

運送会社が使用していた建物を改修した「くすのき荘」。右横にはくすのき公園があり、まるで庭のよう(写真撮影/片山貴博)

運送会社の名残を残す「くすのき荘」は、1975年築の2階建て事務所兼住居建物です。隣にはくすのき公園があり、あたりには気持ちの心地の良い穏やかな時間が流れています。

運送会社時代に倉庫として使用されていた天井の高い1階スペースは、メンバー制のシェアアトリエとして利用。2階は、山本さん・山田さん夫妻の居住スペースのほか、メンバーのシェアリビング、シェアキッチンとしても開放。時折開かれるイベントには、近所に住むメンバー外の人も訪れることもあり、まさに「まちのリビング」として、思い思いの時間を過ごしています。

1階にあるメンバー制のシェアアトリエ。大学生がアート作品の制作をしたり、アーティストがワークショップを開いたりと、それぞれの活動を繰り広げている(写真撮影/片山貴博)

1階にあるメンバー制のシェアアトリエ。大学生がアート作品の制作をしたり、アーティストがワークショップを開いたりと、それぞれの活動を繰り広げている(写真撮影/片山貴博)

2階のシェアスペースは、勉強に使ってよし、食事してよし、と使い道は自由自在。時折イベントやワークショップも実施されている(写真撮影/片山貴博)

2階のシェアスペースは、勉強に使ってよし、食事してよし、と使い道は自由自在。時折イベントやワークショップも実施されている(写真撮影/片山貴博)

看板猫がのんびりと同居中(写真撮影/片山貴博)

看板猫がのんびりと同居中(写真撮影/片山貴博)

一方、2020年に活動開始した「北村荘」は一見すると一軒家のようですが、1階・2階にそれぞれ玄関があり、スペースが区切られている2階建ての木造賃貸アパート。1階は住人たちのコミュニティスペース、2階はシェアハウスになっています。

「1964年築のこの建物は、山田荘と同じく、旧耐震基準の建物です。やはり一度壊したら同じ形での再建築は不可です。私たちが山田荘に対して感じていたことと同じように、不動産屋さんからも『この建物を壊すことなく活かす方法を探している』と相談をいただき、引き受けることにしました」(山田さん)

その後、耐震改修を加え、内装をDIYで改装し、「北村荘」は再生されたのです。

「北村荘」への入口は昔ながらの細路地(写真撮影/片山貴博)

「北村荘」への入口は昔ながらの細路地(写真撮影/片山貴博)

1階のコミュニティスペース、2階のシェアハウス(居住スペース)にはそれぞれに別の玄関がある(写真撮影/片山貴博)

1階のコミュニティスペース、2階のシェアハウス(居住スペース)にはそれぞれに別の玄関がある(写真撮影/片山貴博)

DIYのワークショップを行いながら改装した「北村荘」1階のコミュニティスペース。”日常生活の中で探求する場”として研究活動や、ワークショップなどが行われている(写真撮影/片山貴博)

DIYのワークショップを行いながら改装した「北村荘」1階のコミュニティスペース。”日常生活の中で探求する場”として研究活動や、ワークショップなどが行われている(写真撮影/片山貴博)

「3つの建物は、コンセプトも用途も異なりますが、利用者は居住者やご近所さんだけでなく、遠方から”何か楽しい集まり”や”出会い”を期待して足繁く通う人もいます。また、それぞれの拠点を行き来する使い方もあります。そうすることで新たな出会いや交流が生まれますね」(山田さん)

コロナ禍で、半径500m圏内のご近所付き合いを実感

「開けたまちのスペース・まちの人同士をつなぐ場でありたい」という願いがありながらも、「メンバーシップ制」のため、どうしても仲間うちの閉じた活動になりやすいことが悩みだったそうです。

「活動をするメンバーは、”アート”をきっかけに興味を持った人のほか、豊島区近郊ではなく、首都圏内広くから、さらにはそれより遠方から通うクリエイターさんもいて。特に『くすのき荘』はガレージの奥が深く、常にオープンしていたわけではないので、近所の人たちからは『一体あそこで何をやっているのだろう?』と思われがちだったんです」(山本さん)

子どもが気軽に楽しめるようにと、駄菓子やおもちゃも販売(写真撮影/片山貴博)

子どもが気軽に楽しめるようにと、駄菓子やおもちゃも販売(写真撮影/片山貴博)

隣にあるくすのき公園で遊ぶ人も(写真撮影/片山貴博)

隣にあるくすのき公園で遊ぶ人も(写真撮影/片山貴博)

そんななか、2020年からのコロナ禍で状況が大きく変化しました。

区外の離れた場所からコミュニティスペースに通えなくなる人が増加した一方で、人々の活動範囲が狭められ、半径500m圏内の生活濃度が上がったのを実感したそうです。

これを機に、『くすのき荘』を、地域の人たちと繋がるためのもっと”開けた場”にし直そうと決意。いつでも誰でもふらっと足を運び、気軽におしゃべりしたり、交流する” 半径500m圏内の憩いの場”にするべく、リニューアルすることにしたのです。

特別な店ではない 日常の延長にある「喫茶売店メリー」をオープン

山本さんは、リニューアルにあたって「喫茶売店メリー」を設けることを決めます。

「喫茶というよりも、イメージは『公園にある売店』といった感じのものを考えていました。ガレージを開放した状態だと、隣にあるくすのき公園と地続きになり、自由に行き来ができる。そういうつくりにして、『喫茶売店メリー』が”街の一角である”ことをイメージさせたかったのです」(山本さん)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

正面の通りからも、ガレージ側からも購入ができる開放的なキッチンカウンター(写真撮影/片山貴博)

正面の通りからも、ガレージ側からも購入ができる開放的なキッチンカウンター(写真撮影/片山貴博)

やはり、まちの人にとって「こんな開放的な場所があるのね!」と知ってもらい、いつでも足を延ばしてほしい、という思いがあるゆえなのでしょう。

「このエリアにはお年を召した方も多く住んでいます。若い単身者や外国にルーツを持つ人も多く、まさに多種多様です。さまざまな人にとって魅力的に感じ、いつでも気軽に訪れることができるコンテンツは何か?と考えた結果、カフェという答えに行きつきました。でも僕自身は今までカフェなんてやったことなかったんですよ。だから本当にイチから勉強で、試行錯誤もいいところです(笑)。

最初はレシピやメニューをつくるにも、何からすればいいか分からなかったんです。なので、近所に住む台湾人の料理人のおじさんに教えてもらい、看板メニューであるルーローハンをつくったんですよ。おかげさまで彼はよく顔を出してくれます」(山本さん)

看板メニューのルーローハンとアイスコーヒー(写真撮影/片山貴博)

看板メニューのルーローハンとアイスコーヒー(写真撮影/片山貴博)

カフェを増築するにあたっては、山本さんと旧知の関係である建築事務所「チンドン」主宰、建築家の藤本綾さんが設計を担当しました。

設計を担当した藤本綾さん。施主である山本・山田さん夫妻の想いや願いを聞きながら一緒につくり上げていくことが新鮮かつ楽しかったそう(写真撮影/片山貴博)

設計を担当した藤本綾さん。施主である山本・山田さん夫妻の想いや願いを聞きながら一緒につくり上げていくことが新鮮かつ楽しかったそう(写真撮影/片山貴博)

「中をのぞけば楽しそうにしている方たちがたくさんいるのに、外部から中の様子が見えづらいことで、入りづらさを感じて。開放的な場所づくりを意識し、建物の大きな扉を開けるとコンパクトな売店が出現する設計にしました。テイクアウトで使えるような小さな窓口を設けることで、通りを歩く人との接点がつくりやすいようにしています」(藤本さん)

通りからフラッと入れる入口ゆえ、この日も台湾人のおじさんが顔を出す(写真撮影/片山貴博)

通りからフラッと入れる入口ゆえ、この日も台湾人のおじさんが顔を出す(写真撮影/片山貴博)

ゆるく交わるオープンスペースの連続性で、都心の街並みは変わる

2022年1月に「喫茶売店メリー」がオープンしてから、半年以上が経過。内輪感のある空気にひそかに頭を悩ませていた山田・山本さん夫妻は「顔ぶれに変化が生まれた」と話します。

開放的なガレージ部を利用した喫茶スペースに開店と同時に人が集う(写真撮影/片山貴博)

開放的なガレージ部を利用した喫茶スペースに開店と同時に人が集う(写真撮影/片山貴博)

「ワンちゃん連れのお客さんが散歩の途中でコーヒーを買ってくれたり、ベビーカーで赤ちゃんを連れたファミリーが公園に寄る途中で訪れてくれたりすることが増えましたね。あと、たまに小学生がフラっとガレージに紛れ込んでくるんです。何気なくベンチで休憩していて(笑)。そういうのが楽しいですよね。まちの居場所として思ってもらえているんだなと」(山本さん)

これまでに「かみいけ木賃文化ネットワーク」の活動にアドバイスしてきた、「まちを編集する出版社」千十一編集室の代表・編集者の影山裕樹さんは、今回「喫茶売店メリー」オープンに伴い、クラウドファンディングの立ち上げから、コピーライティング、コンセプトの考案などのディレクションに携わりました。その時のことを思い出しながら、こう話します。

まちのコミュニティについて研究を続ける影山さんは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」を支える重要な存在の一人(写真撮影/片山貴博)

まちのコミュニティについて研究を続ける影山さんは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」を支える重要な存在の一人(写真撮影/片山貴博)

「昔は、角のタバコ屋のようにちょっとした憩いの場ってありましたよね。いまでも都市公園にある、気の抜けた売店みたいな場所があり、そこに集う人々は飲食や休憩、遊具の購入などいろいろな目的を持って訪れています。ですが、現代の都市空間においては、経済合理性が優先され、お店の機能が限定されてしまっています。複数の機能を持ったゆるいスペースがなくなっているんです。そういう場所をつくりたかったので、今回のプロジェクトは渡りに船だなと感じました。また、東京の人たちは、自分の足元の半径500mのコミュニティとの繋がりがほとんどなく、せいぜいコンビニや居酒屋とかしか行かない。こうした狭い範囲で暮らす人が多様な人と関われる場所にもしたくて、”公園の売店のようなお店”だとか、”開けっぱなしの客席”というコンセプトにつながりました」(影山さん)

上池袋のまちを中心とした、「木賃文化」のことやご近所付き合いについても、続けてこう話します。

「このエリアは木造密集エリアとして知られ、火事などの災害に弱い反面、木貸アパートが持つゆるやかなご近所づきあいという、文化的遺伝子を持つエリアでもあります。都市開発において、木造賃貸アパートは次第に淘汰されていく運命ですが、高度成長期は地方都市からの上京組が、その時代を経て、日本へやってきた外国人や単身者が暮らし、家族とは違うコミュニティを形成してきました。こうしたご近所さんとのゆるやかなつながりを生み出す仕組みを、現代に引き継ぐというのが木賃アパートの価値だと思います。こうしたソフト面でのまちづくりは現代の東京に必要な視点だと思いますね」(影山さん)

くすのき荘オープン時に募ったクラウドファンディングのリターンの1つ、中崎透制作の看板たち。地域の応援でこの場所は支えられている(写真撮影/片山貴博)

くすのき荘オープン時に募ったクラウドファンディングのリターンの1つ、中崎透制作の看板たち。地域の応援でこの場所は支えられている(写真撮影/片山貴博)

「カフェができることによって、出入り自由のオープンな雰囲気がより強くなったと思います。こうした空気感のある中で生まれる小さなつながりが、徐々に広がっていくと、きっと住みやすい街になっていきそうですよね」(山本さん)

「かみいけ木賃文化ネットワーク」内にもたらされた、「喫茶売店メリー」オープンという変化は、都市のソーシャルな課題を解決するために多くの人に知ってほしい、”小さくも大きい出来事”だったのではないでしょうか。

●取材協力
・かみいけ木賃文化ネットワーク

渋谷駅まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

東京屈指の繁華街である、渋谷駅。大規模な再開発が進行中で、7月に東急百貨店本店跡地の複合ビルの計画概要が発表され「都心のオアシス構築」を目指すという。新しい顔を次々と見せてくれる渋谷までアクセスが良い場所に住むなら、どこがねらい目か。ワンルーム・1K・1DK(10平米以上~40平米未満)を対象にした、家賃相場が安い駅ランキングの最新版から考えてみた。

渋谷駅まで電車で30分以内、一人暮らし向け物件の家賃相場の安い駅TOP13

順位 駅名 家賃相場(主な路線/駅所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 生田 4.98万円(小田急線/神奈川県川崎市多摩区/27分/2回)
2位 読売ランド前 5.35万円(小田急線/神奈川県川崎市多摩区/30分/2回)
3位 妙蓮寺 5.90万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/30分/1回)
4位 和泉多摩川 6.05万円(小田急線/東京都狛江市/25分/2回)
5位 和光市 6.10万円(東武東上線/埼玉県和光市/29分/1回)
5位 宿河原 6.10万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/28分/1回)
5位 青葉台 6.10万円(東急田園都市線/神奈川県横浜市青葉区/28分/0回)
8位 つつじヶ丘6.20万円(京王線/東京都調布市/27分/1回)
8位 向ヶ丘遊園6.20万円(小田急線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
8位 新百合ヶ丘6.20万円(小田急線・多摩線/神奈川県川崎市麻生区/30分/1回)
8位 狛江 6.20万円(小田急線/東京都狛江市/23分/2回)
8位 高田 6.20万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/30分/1回)
13位 久地 6.30万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/26分/1回)
13位 喜多見 6.30万円(小田急線/東京都世田谷区/21分/2回)
13位 戸田公園6.30万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/29分/0回)

1位と2位は川崎市多摩区のベッドタウン、生田駅と読売ランド前駅

1位と2位は、ともに川崎市多摩区に位置する駅がランクインした。多摩区は北に多摩川、南には多摩丘陵が広がる緑豊かなエリア。かつては多摩川梨の栽培で知られた農村地帯だったが、都心へのアクセスのよさから宅地開発が進んだベッドタウンだ。

川崎市多摩区(写真/PIXTA)

川崎市多摩区(写真/PIXTA)

1位の生田駅は小田急線の沿線駅で、準急や通勤準急の停車駅。新宿駅へも約20分で行くことができ、ランキング中で唯一、家賃が5万円を切っている。

生田駅は明治大学の生田キャンパスや聖マリアンナ医科大学の最寄駅で、専修大学生田キャンパスなども近い。そのため、学生を対象にした手ごろな家賃の単身者用物件が充実しているのもランキングに影響しているかもしれない。

駅周辺には大規模な商業施設があるというわけではないが、学生街らしく、手軽に行ける飲食店やドラッグストアなどは数多い。大学を中退した青年の引きこもりの葛藤を描いた滝本竜彦の人気小説やアニメ『NHKにようこそ!』の舞台になった街でもある。

少し行くと一戸建てが目立つ住宅街が広がっており、近年はファミリー層の住民も増えている。アットホームな雰囲気のこぢんまりした商店街があり、野菜の直売所を見かけることも。付近には遊歩道や、天候に恵まれた日には東京スカイツリーまで望める展望広場などもある。

3位の妙蓮寺駅は、人気の東急東横線の駅。各駅列車のみの停車駅だが、横浜駅へ約6分で行けるほか、特急停車駅の菊名駅は隣駅で、駅間距離は約1.5km。菊名駅は新幹線の新横浜駅へのアクセスも良く、物件の立地によっては手ごろな家賃と交通利便性の両方がねらえそうだ。

妙蓮寺駅(写真/PIXTA)

妙蓮寺駅(写真/PIXTA)

駅前には駅名の由来となった日蓮宗のお寺「妙蓮寺」がある。そのためか緑豊かで、街並みもどこか閑静な印象。昔ながらの個人商店が散在するノスタルジックな路地などは、街歩きも楽しそうだ。

駅の近くには、2万8000平米の敷地を持つ菊名池公園がある。桜並木や広場などのほか、夏に猛暑が続く昨今には嬉しい流水プールなどの施設も備えており、小さな子どもがいる家庭にとっても魅力的なエリアかもしれない。

渋谷まで直通の和光市駅、駅直結の施設開業でより便利に

5位の和光市駅は、ランキング中唯一、東武東上線・東京メトロ有楽町線・副都心線の沿線駅。副都心線は渋谷駅まで直通しているため、時間を気にしなければ座って乗り換えなしで行ける。東武東上線は池袋駅まで約13分、有楽町線は有楽町駅や銀座駅まで乗り換えなしで移動できるのもうれしいところだ。

和光市駅は所在地である埼玉県和光市の中心部にある、市の玄関口。駅南側を中心に大型スーパーやドラッグストア、飲食店は充実しているが、大きな繁華街へのアクセスがよいだけに、以前は足元の駅付近は日常以上の買い物施設も十分、とまでいえなかったかもしれない。しかし2020年に東武ホテルなどが入った駅直結の商業施設「エキアプルミレ和光」が開業したことで、仕事などの帰宅途中に家の近くで寄れる選択肢が増えた。

和光市駅(写真/PIXTA)

和光市駅(写真/PIXTA)

駅前広場では毎月2回、野菜の直売会も開催されている。和光市内は郊外を中心に農家も数多く、地元の農家の手による新鮮な農産品の直売所も市内各地にあり、店頭では目にしないような珍しい野菜や、地元特産のブランドいちごなども販売されている。駅近くにはそんないちご狩りができる農園があるほか、市が農地を貸し出して菜園体験ができる市民農園などもある。

整備された駅周辺の景色からベッドタウンとしてのイメージが強いが、和光市は江戸時代には川越街道の宿場の一つ、白子宿(しらこじゅく)としてにぎわった歴史を持つ。そのため古くから住んでいる住民も多く、地域のつながりが密接で、地域のお祭りやイベントの開催も盛ん。また市をあげて、日本中のご当地鍋の日本一を決めるコンテスト「ニッポン全国鍋グランプリ」を開催しており、観光客の殺到する名物イベントになっている。

駅北口は周辺道路が狭く住宅が密集しているが、新たな駅前広場や公園の整備、道路を拡充する再開発が推進中。安全で災害に強い街づくりが進められている。

同率5位の青葉台駅は、神奈川県横浜市青葉区に位置する。東急田園都市線の駅で、急行や準急が停車する。平日は渋谷駅からの深夜急行バスも運行しており、帰宅が遅くなりがちな多忙なビジネスパーソンから重宝されている。

青葉台駅(写真/PIXTA)

青葉台駅(写真/PIXTA)

駅から直結する商業施設「青葉台東急スクエア」はスーパーやドラッグストアのほか、書店やカルディコーヒーファーム、インテリアショップの「Francfranc」、生活雑貨の「ナチュラルキッチン」など、近場にあったら便利な店舗がひと通りそろっている。カルチャーセンターやコンサートホールも入っており、クラシックコンサート会場としての評価も高い。

駅周辺も「成城石井」や「明治屋」などの買い物施設や商店街、チェーン系からこだわりの飲食店まで充実しておりにぎやか。安売り店の「MEGAドン・キホーテ青葉台店」や業務スーパーもあり、買い物には不自由することはなさそうだ。

道路の幅も広く整備されており、住みやすさがうかがえる。駅から少し行くと、桜台公園がある。自然な環境が残された池や、森の中に散策路が設けてあり、都心の中とは思えない豊かな緑を満喫できるもの心地よい。ただ、住宅街は一戸建てが大半で、集合住宅も大規模建築が目立つ。子ども向けの教育施設も多く、どちらかというファミリー向けのエリアだが、ライフステージが変わっても満足して住み続けられる場所、ともいえるかもしれない。

8位の新百合ヶ丘駅は、小田急多摩線の始発駅。快速急行や急行、特急ロマンスカーも停車する。

駅には「小田急アコルデ新百合ヶ丘」「小田急マルシェ新百合ヶ丘」の2つの商業施設が直結。付近のスーパーなども大型の施設が多い。少し行くと飲食店が充実した商店街「マプレ専門店街」もある。

マプレ専門店街(写真/PIXTA)

マプレ専門店街(写真/PIXTA)

新百合ヶ丘は芸術啓発に力を入れている街であり、駅周辺には映画館やホールなどの文化施設が多い。南口の駅前には大作映画をチェックできるシネコン「イオンシネマ新百合ヶ丘」だけでなく、北口から徒歩3分の「川崎市アートセンター」には名画の上映が行われる「アルテリオ映像館」、演劇公演、イベントなども行われる「アルテリオ小劇場」などがある。また、日本で唯一の映画の単科大学である日本映画大学や昭和音楽大学も、新百合ヶ丘駅が最寄駅。昭和音楽大学では一般向けのコンサートも開催されている。そうしたホールなどが共催し、地域が主体となった芸術イベントや映画祭などの開催も数多い。

住宅街は閑静で、あちこちに中規模の公園や緑道を見かける。また所在地である麻生区は、区域の約4分の1が農地や山林だが、川崎市は緑地保全を推進しているため、穏やかな環境が急変することもなさそうだ。

巨大繁華街である渋谷駅へのアクセスの良さでピックアップしたランキングだが、自然豊かな街で閑静な街が多いため、部屋探しの際の選択肢の多彩さや奥深さが感じられる。ゆったりした生活と、繁華街での仕事や遊びのメリハリがつく、充実した日々の拠点になる部屋が、きっと見つかるはずだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている渋谷駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/4~2022/6
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年6月27日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

「サブカルのシモキタ」開発で再注目。熱気と個性が下北沢に戻ってきた!

下北沢は「サブカルチャーの聖地」「若者のまち」として1970年代から人気を集めてきた。しかしここ20年はチェーン店が増加し、「かつての熱気が失われたのでは」ともささやかれていた。しかし現在、再び脚光を浴びているのだ。
京王井の頭線と小田急線が通る下北沢エリア(東京都世田谷区)は2013年から在来線の地下化や高架化が行われ、ここ数年は「下北線路街」「ミカン下北」などさまざまな複合施設のオープンラッシュ。大規模開発で駅前も整備された。現在はどのような進化を遂げているのだろうか。

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

開発から10年、まちやカルチャーの専門家3人の目線から現在の下北沢はどう見えているのか

SUUMOジャーナルでは、2021年8月にも下北沢の開発の様子をお伝えした。あれから1年、新しい商業施設も増え、さらなる進化を遂げている。
そこで今回は、2022年6月30日にTSUTAYA BOOKSTORE下北沢のSHARE LOUNGE(シェアラウンジ)で開催された「書店から考える〈ウォーカブルな街「下北沢」を支える新施設と人〉」をテーマにしたトークイベントに登壇した、下北沢に縁の深い3名に下北沢のまちの現在についてインタビューを行った。

左からB&B/BONUS TRACKの内沼晋太郎さん、CCC門司孝之さん、『商店建築』編集長の塩田健一さん(写真撮影/嶋崎征弘)

左からB&B/BONUS TRACKの内沼晋太郎さん、CCC門司孝之さん、『商店建築』編集長の塩田健一さん(写真撮影/嶋崎征弘)

「商業施設」を通じてまちの移り変わりを追い続ける雑誌『商店建築』編集長の塩田健一さん、下北沢を代表する本屋B&Bの共同経営者で商業施設「BONUS TRACK」を運営する散歩社の取締役・内沼晋太郎さん、TSUTAYA BOOKSTORE下北沢の物件開発担当のカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)門司孝之さん、それぞれの目から今の下北沢はどう見えているのだろうか。

開発が始まった当初の10年前、下北沢のまちを大手チェーン店が席巻していた(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

10年前に内沼さんらが「本屋B&B」をオープンした時、「こういう店ができたのは久しぶりだ」と言われたという。

下北沢が長年「サブカルチャーのまち」「若者のまち」として愛されてきた背景には、個性派個人店が多く存在していたことがある。

しかし、まちの人気にともない、店舗の賃料が上昇。潰れた個人店の跡には、高い賃料が弊害となり小さな個人店は入ることができず、大手チェーン店ができる……という流れが生まれ、下北沢の特色を生む個性派個人店がオープンする「余白」がなくなりつつあったのだという。

こうして大手チェーン店が席巻するなか、内沼さんらがオープンさせた「本屋B&B」には、「チャレンジできる場所」としての下北沢らしさがあったようだ。

「本屋B&B」は2回の移転を経て、現在は「BONUS TRACK」内にある(写真撮影/嶋崎征弘)

「本屋B&B」は2回の移転を経て、現在は「BONUS TRACK」内にある(写真撮影/嶋崎征弘)

毎日イベントを開催する、店内でビールが飲めるなど、当時から書店として型破りの挑戦をしてきたこともあって、「本屋B&B」は今や下北沢を代表する存在になった。

「本屋B&B」が個人店復活の先駆けとなったこと、時を同じくして下北沢の大規模開発で個人店の入居を想定した商業施設づくりが始まったことから、現在では、特色ある個人店が再び活気を生んでいる。

一方、TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢は今回の開発で新規参入した “大手チェーン”だが、他の地域と同じ店づくりはしていない。店舗開発を担当した門司さんは、下北沢のカラー、個性に寄り添った展開を心掛けたようだ。

もともとTSUTAYAや蔦屋書店は地域の特性に合わせた店舗づくりをしているが、「本屋B&B」をはじめ、個性派書店が数多くある下北沢だからこそ、逆に「本のラインナップは個性を打ち出すのではなく、総合書店として話題の本やコミックをしっかりとそろえる」ことにしたという。

その代わり、地域の人々が横のつながりを持つことができる場所に、とSHARE LOUNGEを設けた。

「TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢」。「これまで下北沢の書店には、意外と文芸書やコミックなどの売れ筋を扱うところが多くはなかったんです」と内沼さんは振り返る(写真撮影/嶋崎征弘)

「TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢」。「これまで下北沢の書店には、意外と文芸書やコミックなどの売れ筋を扱うところが多くはなかったんです」と内沼さんは振り返る(写真撮影/嶋崎征弘)

SHARE LOUNGEではビールサーバーや軽食を用意している(写真撮影/嶋崎征弘)

SHARE LOUNGEではビールサーバーや軽食を用意している(写真撮影/嶋崎征弘)

既存の個人店との役割を分けながら、新しい地元の場所を創出したかたちだ。

そんな“大手チェーン店”の参入を、「本屋B&B」の内沼さんは当初は「脅威を感じた」一方で、実際にできた店を訪れて「TSUTAYAという新しいこのピースが入ったことで、下北沢というまち全体で、本を買うことが楽しくなる環境がより整った」と感じた。

「本屋というのは、まちに住む人や訪れる人の影響を受けて品ぞろえをするため、まちの特色を代弁する存在になりやすいです。現在の下北沢は、全国どこを見渡しても稀有な、本屋めぐりが楽しい特別なまちになっていると思います」(内沼さん)

「本屋B&B」と「TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢」は、現在の下北沢における個性派個人店と大型チェーン店の新たな関係性を表しているようだ。本屋だけでなく、今やほかのジャンルにおいても、同様の動きが生まれつつある。

7月号で下北沢を特集した『商店建築』編集長の塩田さんは、取材を通じて「いずれの商業施設も、『個人商店が集まった、顔が見える商業施設づくり』をテーマにしていたことが印象的だった」と話す。

「下北沢に新しい商業施設がオープンするたびに取材をしてきました。新しいアイデアが結集してできあがったまちという印象がある一方で、すごく懐かしい、昔の商店街のような要素を感じます。昔の商店街にあった、お店をやっている人が奥に住んでいて、その人たちの生活やお茶の間が見えていた世界観が、ここ最近で続々とオープンした施設に入っているお店にも垣間見られるんです。顔の見える個人商店が集まっているような雰囲気です」(塩田さん)

下北沢は、歩きまわって楽しい仕掛けが散りばめられたまちに生まれ変わった

下北沢の魅力は、“特色のある個人店が多いこと”だけではない。
塩田さんは、下北沢が「ますます歩いて楽しい“ウォーカブルなまち”になった」と感じたという。
「下北沢にはもともとたくさんの路地があり、特色ある店がここかしこに存在していました。しかし近年、まちが整備されたことで、ますます“歩き回って面白い”仕掛けがたくさん散りばめられました」(塩田さん)

『商店建築』7月号「変貌する『下北沢』」特集(写真提供/商店建築社)

『商店建築』7月号「変貌する『下北沢』」特集(写真提供/商店建築社)

まず、2020年4月にオープンした商業施設「BONUS TRACK」の存在は大きいという。「BONUS TRACK」には、書店や発酵食品の店、コワーキングスペースなど13のテナントが立ち並んでいる。

「訪れた人が、歩いたり、溜まったり、そこでの過ごし方を自由に選べる。そういった“回遊性”を楽しめる、絶妙な構成でつくられているんです」(塩田さん)

「BONUS TRACK」。「本の読める店 fuzkue」や、全国の発酵食品を販売する「発酵デパートメント」など13テナントが立ち並ぶ。(写真撮影/嶋崎征弘)

「BONUS TRACK」。「本の読める店 fuzkue」や、全国の発酵食品を販売する「発酵デパートメント」など13テナントが立ち並ぶ。(写真撮影/嶋崎征弘)

施設内は、路地裏を歩いているような感覚を楽しめる「余白」を意識したつくり。食事をしたり、知り合いや店の人と立ち話をしたり。時には広場でポップアップイベントも開催される(写真撮影/嶋崎征弘)

施設内は、路地裏を歩いているような感覚を楽しめる「余白」を意識したつくり。食事をしたり、知り合いや店の人と立ち話をしたり。時には広場でポップアップイベントも開催される(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

「その後に誕生した『reload(リロード)』や『ミカン下北』などの商業施設のつくりもユニークです」と塩田さん。
「外観からはわからないのですが、建物の中に入ると、まるで路地に迷い込んだ感覚になります。商業施設のなかに、路地が張り巡らされた小さなまちがあるようです。こういった施設が増えたことで、下北沢の“歩いて楽しいまち”のイメージが広がったように思います」

2021年6月に小田急線線路跡地にオープンした「reload」(写真撮影/嶋崎征弘)

2021年6月に小田急線線路跡地にオープンした「reload」(写真撮影/嶋崎征弘)

「reload」は、“店主の顔が見える個店街”がコンセプト。下北沢で長年ビジネスを営んできた店から、下北沢初出店の店舗まで個性豊かな顔ぶれ。「歩くたびに見える景色が違う」と塩田さん。テナントは路地や階段で結ばれ、ちょっとした迷路探索気分(写真撮影/嶋崎征弘)

「reload」は、“店主の顔が見える個店街”がコンセプト。下北沢で長年ビジネスを営んできた店から、下北沢初出店の店舗まで個性豊かな顔ぶれ。「歩くたびに見える景色が違う」と塩田さん。テナントは路地や階段で結ばれ、ちょっとした迷路探索気分(写真撮影/嶋崎征弘)

従来の商業施設は、どの施設にも同じような店が並んでいたり、画一的なレイアウトだったりして、歩き回る楽しさよりも動線の効率化が優先されているものが多い。そのため、施設内に入ると、せっかくのまち歩きの楽しさが分断されてしまっていた。

しかし、新しく登場した商業施設の回遊性を大切にしたつくりは、楽しいまち歩きの延長線上となり、下北沢が施設内を含めて“歩いて楽しいまち”に昇華された形だ。

また、塩田さんは「下北沢駅からまちに出る方法にも、複数の選択肢があるのもおもしろい」と言う。駅を上るとカフェや居酒屋が並ぶ「シモキタエキウエ」へ、井の頭線・中央口改札、小田急線・東口改札から出て右手側に歩くとすぐに「ミカン下北」があり、駅を出た瞬間からそれぞれに違ったまち歩きがスタートする。

2022年3月に高架下に誕生した「ミカン下北」は、外側からはズラリと並ぶテナントが見えるが、中に入るとストリートが登場する(写真撮影/嶋崎征弘)

2022年3月に高架下に誕生した「ミカン下北」は、外側からはズラリと並ぶテナントが見えるが、中に入るとストリートが登場する(写真撮影/嶋崎征弘)

「ミカン下北」のストリート。レトロな提灯街を思い起こさせるショップの数々、歩く人との距離の近さが、下北沢の路地感をそのまま表現しているかのようだ(写真撮影/嶋崎征弘)

「ミカン下北」のストリート。レトロな提灯街を思い起こさせるショップの数々、歩く人との距離の近さが、下北沢の路地感をそのまま表現しているかのようだ(写真撮影/嶋崎征弘)

新しさと懐かしさが同居する

国土交通省は今、「『居心地が良く歩きたくなる』空間づくり」を推進し、全国で支援などを行っている。そんななか、塩田さんは「下北沢の開発はこれから他の地域のモデルになる」と断言する。

「他に類を見ない最先端の商業施設がここにできあがりました。一方で、全国で商業施設をつくりたいと考えている人が理想とするものが、今、下北沢に出そろっているということになるのではないでしょうか。だから、今後は規模の大小はあるとしても、下北沢を参考にして、日本中にたくさんの個性的な商業施設ができあがってくると思うし、できてほしい」

新しい商業施設が続々とできる一方で、居酒屋や古着屋などが雑多に立ち並ぶ以前から変わらない風景も。昔ながらの路地裏巡りも、下北沢の変わらない醍醐味のひとつ(写真撮影/嶋崎征弘)

新しい商業施設が続々とできる一方で、居酒屋や古着屋などが雑多に立ち並ぶ以前から変わらない風景も。昔ながらの路地裏巡りも、下北沢の変わらない醍醐味のひとつ(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

ここも駅前で整備されたエリア。誕生した商業施設を緩やかに新たな道で繋ぎ、まちがより一層ウォーカブルになった(写真撮影/嶋崎征弘)

ここも駅前で整備されたエリア。誕生した商業施設を緩やかに新たな道で繋ぎ、まちがより一層ウォーカブルになった(写真撮影/嶋崎征弘)

まち全体で課題を共有していく必要がある

「本屋B&B」「BONUS TRACK」を手掛けてきた内沼さんは現在、下北沢と長野県御代田町で二拠点生活を送っている。「BONUS TRACKという場所に20年間かかわる覚悟を決めたので、東京という場所、下北沢というまちを客観視するために、住まいを移しました」と話す。

そうして見えてきたのは、「それぞれの店が、自分の店のことだけを考えるのではなく、課題を共有しながら運営していくことが大切」ということ。

下北沢が「歩くのが楽しいウォーカブルなまち」となり、個人店が再び集う「若者たちが挑戦できるまち」として復活しつつある今、以前よりもまちの一体感は高まっているのではないか。かつては個人店という点同士がまちをかたちづくっていた。しかし今後はまち全体としてお互いを高め合い、より魅力的なまちをつくっていく予感を感じた。

●取材協力
BONUS TRACK
本屋B&B
TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢
ミカン下北
reload
商店建築

子育てや家事もシェアする「シェアハウス日日」。孤育てや強制ない距離に共感、学生や会社員の入居者も

住まいを探すときの選択肢として、すっかり定着したシェアハウス。家賃をおさえるため、趣味を共有したい、異文化交流したい、など目的に合わせてさまざまなタイプがありますが、多いのは20代から30代のシングル向けの、大人がほどよい距離を保ちながら暮らすという物件です。ただ、今回はそんな物件とはちょっと趣が異なる、子育てやDIYなど、暮らしを分け合うシェアハウスをご紹介します。

築90年の古民家に子育て中の夫妻、入居者4人が暮らす階段から玄関を見たところ。建物全体に年を経た味わいがあります(写真撮影/相馬ミナ)

階段から玄関を見たところ。建物全体に年を経た味わいがあります(写真撮影/相馬ミナ)

DIYや食事、子育てといった日々の営みを“シェア”する「シェアハウス日日(にちにち)」は、北千住駅から少し歩いた住宅街の一角にあります。長年、空き家となっていましたが、所有者が活用方法を模索するため行政主催の空き家活用コンペにこの物件を提供。Tさんたちの企画が採用され、シェアハウスになることが決まったといいます。現在、暮らしているのは、管理人ご夫妻とそのお子さん、入居者4名の計7名です。管理人のTさん、Kさん夫妻はシェアハウスの運営をしつつ、古民家をリノベーションした日用品と喫茶の店「KiKi北千住」を営んでいます。

「シェアハウスの運営を通じて、暮らし方や建築、不動産のあり方を考えています」(管理人のTさん)といいます。

口コミや紹介などで自然と次の人が決まっているとのことで、「常に満室フル稼働」というよりは、住まいや暮らしの価値観の合う、理解のある人を求めているそう。
建物の築年数は古いものの、基本的な内装とバスやトイレなどの水回り、キッチンはプロの手によって改修されています。間取りは1階にキッチン、リビング、バストイレ、ご夫妻の居室、2階に寝室があり、家賃は5万円、共益費が1万4000円。1階のLDKのほか各部屋もDIY可能で、共有部分にはDIY道具も置いてあります。
基本的に入居者は自炊して暮らしていますが、時間が合う時には食材を持ち寄ってパーティをしたりします。

共有部に置かれたDIY用品。「私達にはDIYスキルがあるので、入居者に経験がない場合でも、教えることも可能だと思ったんです」と妻のKさん。KiKi北千住をセルフリノベーションした経験があるほか、「大工インレジデンス」(大工技術を提供する代わりに家賃や食費を提供してもらえる)という仕組みがある九州のシェアハウスで、住み込み大工をしていたこともあるそう(写真撮影/相馬ミナ)

共有部に置かれたDIY用品。「私達にはDIYスキルがあるので、入居者に経験がない場合でも、教えることも可能だと思ったんです」と妻のKさん。KiKi北千住をセルフリノベーションした経験があるほか、「大工インレジデンス」(大工技術を提供する代わりに家賃や食費を提供してもらえる)という仕組みがある九州のシェアハウスで、住み込み大工をしていたこともあるそう(写真撮影/相馬ミナ)

取材前、シェアハウスで子育て、食事を分け合っていると聞いて、あまりイメージがわかなかったのですが、実際に和やかにランチをともにしている様子を拝見していると、とても自然な様子です。まるで昔からの友人や親戚のようなあたたかさに驚きます。

娘ちゃんを囲んでランチの様子。みんなのアイドルです!(写真撮影/相馬ミナ)

娘ちゃんを囲んでランチの様子。みんなのアイドルです!(写真撮影/相馬ミナ)

“孤育て”やイライラとは無縁! シェアハウスでの子育て

ご夫妻で決めた上でシェアハウスで子育てをしているわけですが、まずはその成り立ちから聞いてみました。

妻のKさんはこう言います。「シェアハウスの運営を通じて、子育てを夫婦以外の第三者も巻き込んで、ゆるやかなコミュニティの中でする方が、親にとっても子どもにとってもよい環境なのではないかと思い、試してみたかったんです」

そのため、シェアハウスの企画が立ち上がり、夫のTさんからシェアハウスで子育てしようという話が持ちかけられたとき、ここで子育てをするというのは実に自然な流れだったといいます。

左が妻のKさん、右がTさん。(写真撮影/相馬ミナ)

左が妻のKさん、右がTさん。(写真撮影/相馬ミナ)

入居時、建物は未完成の状態でしたが、その後、入居者といっしょに壁を塗ったり、床を貼ったり、棚をつくったりと、DIYを続け、現在のかたちに落ち着いています。夫妻は共働きのため、現在、娘さんは保育園に通っていますが、まだまだ手がかかる年齢です。シェアハウスでの子育ては、まわりに気を使って大変ではないんでしょうか。

「子どもがいることに理解をして入居してもらっているので、寧ろ子ども好きな人が多いですね。ごはんづくりやお風呂、トイレといったちょっとした時間も、入居者のだれかが娘の面倒を見ていてくれることもあります。小さなことかもしれないけど、ストレスがなくて助かっています。親以外の大人が、子どものことを可愛がってくれると、子育ての喜びも増しますし、逆に大変なことも笑いあえる環境というのがとても有難いです」とKさん。

おそうじの当番表。ありがとうと書き込まれているので、はげみになります(写真撮影/相馬ミナ)

おそうじの当番表。ありがとうと書き込まれているので、はげみになります(写真撮影/相馬ミナ)

娘さんは入居者みんなのアイドル、かわるがわるに遊んでもらったり、抱っこしてもらったりと、可愛がられています。親戚のような、きょうだいのような、「ゆるい親戚」という言葉が実にしっくりきます。

「夫が料理好きで、食いしん坊なんです。ふるまうのが好きで、それで突然、パーティがはじまることも多いですね」とKさん。Tさんが自然と続けます。
「近所に足立市場があるんですが、お刺身にしたり、鍋にしたり。新鮮な魚が近くにあって、市場に行くだけでもイベント感があるので楽しめます」とにこやかです。ほかにも味噌をつくったり、たこ焼きパーティをしたり、誕生日を祝ったりしています。

キッチンのタイルは入居者みんなで貼ったもの(写真撮影/相馬ミナ)

キッチンのタイルは入居者みんなで貼ったもの(写真撮影/相馬ミナ)

料理をしているといい香りが漂います(写真撮影/相馬ミナ)

料理をしているといい香りが漂います(写真撮影/相馬ミナ)

この日はみんなが大好きなパスタをつくってくれました(写真撮影/相馬ミナ)

この日はみんなが大好きなパスタをつくってくれました(写真撮影/相馬ミナ)

配膳はみんなで分担。カウンターもDIYで造作しました(写真撮影/相馬ミナ)

配膳はみんなで分担。カウンターもDIYで造作しました(写真撮影/相馬ミナ)

完成した料理。サラダも盛り付けて、みんなでいただきます(写真撮影/相馬ミナ)

完成した料理。サラダも盛り付けて、みんなでいただきます(写真撮影/相馬ミナ)

「東京にあるもう一つの実家」。居心地の良さに出たくないほど

では、入居者はどのように感じているのでしょうか。大学生のAさんは、半年ほど前に別のシェアハウスからこのシェアハウスへ引っ越してきた住人です。通学にかかる時間は増えてしまいましたが、居心地のよさから「第二の実家」とまで言い切ります。

「前に暮らしていた知人のデザイナーさんから、お部屋を引き継いで暮らしているのですが、あまりにも居心地良すぎて、大人になってもずっとここに住んでいたいです(笑)」とおっとりと話します。前の住人が壁を白く塗ってくれていた部屋の雰囲気に合わせて、フローリングシートを張ったり、ロフトの壁を塗ったりお部屋をAさんらしくアレンジしています。

Aさんのお部屋の入り口にあるサイン。アートバーで制作したそう(写真撮影/相馬ミナ)

Aさんのお部屋の入り口にあるサイン。アートバーで制作したそう(写真撮影/相馬ミナ)

お気に入りのお部屋で。広さもインテリアも「すべてがいい感じ」だそう(写真撮影/相馬ミナ)

お気に入りのお部屋で。広さもインテリアも「すべてがいい感じ」だそう(写真撮影/相馬ミナ)

「室内の白い壁は前の入居者さんががんばってDIYして、白いまま残してくださりました。インテリアは私の好みのものを揃えたのですが、白い壁の雰囲気とよくマッチしていて、すべてがいい感じなんです」といいます。あまりにも暮らしが快適なため、「欲しい物もあまりないかな」と話すほどで、その満足度の高さが伺えます。Tさん夫妻の娘とも仲良しです。

「年の離れたお姉さんというよりも、純粋に友達という感じでしょうか。いっしょになって遊んでいます。めちゃくちゃかわいくて毎日癒やされてます。」といい、子どものいる暮らしがとても楽しいよう。

意地悪な質問ですが、シェアハウスにありがちな生活音やトラブル、暮らしでいやな経験をしたことはないのでしょうか。
「管理人夫妻がいっしょに住んでいらっしゃるので、何かあっても感情的になるのではなく、冷静に『指摘』してくれるので助かっています。通勤してくる管理人、清掃スタッフだとまた違うのではないでしょうか。トラブルや困りごとはないですね」といいます。このあたり、入居前に顔をあわせていたり、紹介を経由して人が集まったりすることで、「入居者同士の感覚が近い」のもあるのかもしれません。

Aさんの個室。シンプルですが個性が出ていてすてき(写真撮影/相馬ミナ)

Aさんの個室。シンプルですが個性が出ていてすてき(写真撮影/相馬ミナ)

もうひとり、1カ月ほど前からここで暮らしはじめたFさんにもお話を伺いました。

「出身は千葉ですが、以前は福岡で一人暮らしをしていました。この春に東京に戻ってくることが決まり、家具家電をそろえる費用がかからないシェアハウスを探していたんです。管理人Tさんが私の大学の先輩というご縁もありましたし、勤務先の近くにあるので、通勤にも便利ということで、入居を決めました」と立地や実用性も重視しての入居となったそう。入居して間もないものの、すでにシェアハウスに馴染んでおり、前出のAさんのことはまるで妹のようと話すなど、気持ちのよい関係が築けています。 

「入居前に心得をブログにまとめてくれていたので、共通理解ができているのは大きいと思います。共有部分の掃除や汚れが気になることもないし、分担も自然とできています」。なるほど、管理人夫妻の人柄やシェアハウスでつくりたい「暮らし」のイメージが明確だからこそ、大きくぶれないのかもしれません。

自分の好きな作品をディスプレイ(写真撮影/相馬ミナ)

自分の好きな作品をディスプレイ(写真撮影/相馬ミナ)

トイレには、元住人が作った作品の姿も(写真撮影/相馬ミナ)

トイレには、元住人が作った作品の姿も(写真撮影/相馬ミナ)

今後の展望についてTさんに聞いてみました。
「昨今、北千住の人気が出てきてしまったので、なかなかいい物件と出会いにくくなっているというか。ただ、空き家活用や建築のお悩みごとや街への想いは地元のみなさん、お持ちなんですね。物件との出会いは人との出会いでもあるので、不動産や建築を通して、この街にもっと根ざしていけたらいいなと思います」とTさん。

この建物ができた今から90年ほど前の日本では、長屋暮らしが一般的でしたし、家族や親類縁者、住み込みの従業員でいっしょに食事をしたり、建物の普請や手直しをすることが多かったはずです。シェアハウス日日の暮らしがなんとなく懐かしいのは、新しいようでいて、実は古くからある暮らしそのものだからなのかもしれません。

入居者ごとにマステが決められていて、貼っておけば誰のものかわかる仕組み。賢い!(写真撮影/相馬ミナ)

入居者ごとにマステが決められていて、貼っておけば誰のものかわかる仕組み。賢い!(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
シェアハウス日日

「東京駅」まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

東京駅は、日本を代表するターミナル駅。仕事や遊びにかかわらず、すべての移動の起点となる東京駅へのアクセスは、部屋探しの際に気になる人は多いだろう。東京駅へ電車で30分以内に到着するシングル向け物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)を対象にした最新の家賃相場ランキングから、ねらい目の駅を探してみたい。

東京駅まで30分以内の家賃相場が安い駅TOP16駅

順位/駅名/家賃相場/(沿線名/駅の所在地/東京駅までの所要時間(乗り換え時間・駅から駅への徒歩移動時間を含む)/乗り換え回数)
1位 蕨6.00万円(JR京浜東北線/埼玉県蕨市/29分/1回)
2位 一之江 6.18万円(都営新宿線/東京都江戸川区/27分/1回)
3位 南船橋 6.20万円(JR京葉線など/千葉県船橋市/30分/0回)
4位 津田沼 6.35万円(JR総武線/千葉県習志野市/30分/0回)
5位 竹ノ塚 6.45万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/30分/2回)
6位 堀切菖蒲園6.50万円(京成本線/東京都葛飾区/28分/1回)
6位 小菅 6.50万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/25分/1回)
6位 新子安 6.50万円(JR京浜東北線/横浜市神奈川区/30分/1回)
6位 瑞江 6.50万円(都営新宿線/東京都江戸川区/30分/1回)
6位 船堀 6.50万円(都営新宿線/東京都江戸川区/25分/1回)
11位 小岩 6.55万円(JR総武線/東京都江戸川区/19分/1回)
12位 下総中山 6.60万円(JR総武線/千葉県船橋市/26分/1回)
13位 五反野 6.70万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
13位 国道 6.70万円(JR鶴見線/横浜市鶴見区/30分/2回)
13位 舞浜 6.70万円(JR京葉線/千葉県浦安市/16分/0回)
16位 小竹向原 6.80万円(東京メトロ副都心線/東京都練馬区/27分/1回)
16位 新浦安 6.80万円(JR京葉線/千葉県浦安市/20分/0回)
16位 松戸 6.80万円(JR常磐線・新京成線/千葉県松戸市/27分/0回)
16位 梅島 6.80万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/29分/1回)
16位 青井 6.80万円(つくばエクスプレス/東京都足立区/25分/1回)

首位は“時代の先端”をいく、埼玉の蕨駅

トップ3には、埼玉県、都内、千葉県がバランスよく分散した。1位は、埼玉県蕨市にある蕨駅だ。

蕨駅前(写真/PIXTA)

蕨駅前(写真/PIXTA)

蕨市は面積が5.11平方kmと、全国で一番小さな市として知られている。端から端までは約4kmのコンパクトさで、蕨駅は市の玄関口であるとともに唯一の駅でもある。東京駅までの所要時間短縮のためには乗り換えが効果的ではあるが、路線のJR京浜東北線は首都の大動脈のひとつであり、乗り換えなしでの利用も可能だ。

近年は、都市機能の活性化をかかげた「コンパクトシティー」構想が推奨されていて、蕨市は小さな市域の中に40以上の医療機関や保育園児童館、商業施設などがぎゅっと凝縮している。駅周辺を核に、駅前広場や商業施設、公共複合施設の整備などの再開発も進めている。そうした機能の要となる市役所は耐震化などのため建て替え中で、現在は駅から少し離れた場所にあるが、今後はいざというときの災害拠点にもなる機能をもたせるという。

また蕨市といえば、外国人の住民が増えており、なかでも在住クルド人が多いことでも知られる。彼らによるお祭りや、地元住民も一緒に参加できる料理教室が開催されるなど、地に足の着いた国際交流も盛んだ。海外の珍しい食材を扱う商店を見かけることも少なくなく、ダイバーシティを体現している街ともいえる。

そういた“時代の先端”をいく一方で、市内にはいくつもの人情味あふれる商店街も残る。蕨市は江戸時代、中山道の「蕨宿」として栄え、また江戸から昭和にかけては織物の生産地としても名をはせていた。市内には今でも、かつての風情を感じさせる歴史ある建物が点在。商店街の中を散策していて、そんな歴史の息吹を思わせる店舗にふらっと出合うこともある。

商業施設が充実の南船橋駅は、大規模施設の開業控える

3位は千葉県船橋市の南船橋駅。京葉線の快速列車の停車駅で、スウェーデン発の人気家具店IKEAの日本1号店「IKEA Tokyo-Bay」や大型商業施設の「ららぽーとTOKYO-BAY」のほか、深夜まで営業しているスーパーなどもあり、必要なものはなんでも近場でそろいそうな便利さが魅力だ。

ららぽーと(写真/PIXTA)

ららぽーと(写真/PIXTA)

2020年末には通年型のアイススケートリンク「三井不動産アイスパーク船橋」がオープン。国際スケート連盟基準を満たしたリンクで、競技大会なども開かれている。また2024年には、船橋市を拠点にする男子プロバスケットボールBリーグの「千葉ジェッツふなばし」のホームアリーナ「LaLa arena TOKYO-BAY(仮称)」が完成予定。1万人規模が収容でき、スポーツだけでなくコンサートや企業イベントなどにも対応する予定とのこと。スポーツファンだけでなく、足を運ぶ機会が増えそうだ。

同率6位の新子安駅、船堀駅、瑞江駅、ライフスタイル別でどこを選ぶ?

同率6位には5駅がランクインしている。そのうちの一つの新子安駅は神奈川県の駅でランキング最上位、JR京浜東北線で、蕨駅同様に、東京駅まで乗り換えなしでも利用できる。

新子安駅(写真/PIXTA)

新子安駅(写真/PIXTA)

横浜駅、川崎駅へはともに2駅で、10分以内で行くことができる。また京急本線沿線の京急新子安駅がすぐそばにあるため、羽田空港などへのアクセスもいいほか、少し行けばJR横浜線の大口駅があり、新幹線が停車する新横浜駅へも直通で利用できる。遠隔地への出張が多いビジネスパーソンには心強い穴場スポットかもしれない。

駅北側の丘陵地にかけて、閑静な雰囲気の住宅街が広がっている。駅前にはスーパーやファミリーレストラン、郵便局などが入った商業施設「オルトヨコハマ」や、深夜1時半まで営業しているスーパーがあり、日常の買い物に不自由することはなさそうだ。少し足を延ばせば、映画やドラマの撮影地などにもなっている、横浜の名物のひとつの六角橋商店街もある。

六角橋商店街(写真/PIXTA)

六角橋商店街(写真/PIXTA)

駅の南側、港湾部は京浜工業地帯の工場や倉庫が集まっており、やや無骨な印象もあったが、近年は再開発で高層マンションも建てられている。周辺住民も利用できる広場や、防災対策にも活用できる空き地が整備されたマンションなどもある。

駅から近いキリンビールの横浜工場や日産自動車の横浜工場は、大人にも人気の高い工場見学も受け付けている。なかでもキリンビールは敷地内に芝生広場やレストランなども併設し、限定グッズも販売しており、散策だけでも楽しめる。工業地帯の偏ったイメージだけでは見逃すにはもったいないかもしれない。

同じく6位の船堀駅と瑞江駅は、都営新宿線の沿線駅。間に2位の一之江駅をはさんだ隣駅になる。都営新宿線は日中、新宿―本八幡間で急行運転しているが、船堀駅は急行が停車。そのため新宿駅までは約20分で行くことができる。

船堀駅は駅すぐに24時間営業のスーパーがあり、低価格が売り物の大型スーパーなども目に付く。チェーン系の飲食店も多いので、自炊したくない日などにはありがたいところだ。ファミリー層も多いため駅前はにぎやかだが、少し行けば一戸建て住宅の目立つ住宅街が広がる。

駅そばには、所在地である江戸川区が水資源に恵まれていることにちなみ「区民の乗合船」をコンセプトに建てられた「タワーホール船堀(江戸川区総合区民ホール)」がある。著名アーティストのコンサートも開催されるほか、こだわりのアート作品からハリウッド大作映画まで上映される映画館「船堀シネパル」などが入っており、知的好奇心を満たしてくれそう。一般公開されている展望台からは、江戸川区花火大会も望むことができる(2022年は中止された)。

江戸川区花火大会(写真/PIXTA)

江戸川区花火大会(写真/PIXTA)

瑞江駅は各駅停車のみの駅ながら、駅付近の施設は船堀駅よりも充実している。すぐ近くにはディスカウントストアの「ドン・キホーテ」や業務スーパー、深夜まで営業しているスーパーなどと豊富で、家計の賢いやりくりのためには選択肢の上位にあがりそうだ。書店も駅すぐそばにあり、夜10時まで営業している。

駅周辺は再開発されているため、雰囲気自体はすっきりしておりチェーン系飲食店が目立つ。少し行くと、おしゃれな飲食店も点在。江戸川区は50年以上にわたって緑化運動をすすめており、親水公園や親水緑道の整備をしている。瑞江駅周辺も親水緑道を見かけることが多く、公園もあちこちにあり、近場で自然を感じることができる。

また、江戸川区役所へは区内のあちこちの駅からバスが主な経路になるが、瑞江駅は分所の東部事務所の最寄駅。公的手続きの手間を少し省けるのはありがたい。ファミリー層の人気も高いエリアだ。

16位も同率で5駅がランクインしている。このうちの松戸駅はJR常磐線の沿線だが、同線は東京メトロ千代田線と乗り入れているため、東京駅だけでなく大手町や赤坂などのビジネス街や、表参道や原宿などの繁華街へも乗り換えなしで行くことができる。また新京成線も利用できる。

松戸駅周辺(写真/PIXTA)

松戸駅周辺(写真/PIXTA)

駅に直結した商業施設や大きなスーパーなどが多く、非常に栄えているが、駅周辺は再開発が進行中で、2027年までには新しい駅ビルもできる予定。生活する上ではとても便利なことは間違いないだろう。また、松戸はラーメン激戦区としても知られており、頑固店や知る人ぞ知る名店まで充実している。“おひとりさま”の生活も楽しめそうだ。

大都会・東京の真ん中へのアクセスと考えると、都心を連想しがちだが、東京駅は乗り込む路線が多いだけに、部屋探しの選択肢も多種多様。ライフスタイルにあわせた部屋も、きっと見つかることだろう。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/2~2022/4
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年5月30日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

「新宿駅」まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

日本屈指の繁華街、新宿駅。2022年4月には高層オフィスビル建設を含むグランドターミナル再編を目指した再開発計画の概要も発表されている。その新宿駅へ30分以内で行ける駅はどこだろうか。ワンルーム・1K・1DKを対象にした家賃相場が安い駅の最新ランキングから、狙い目の街を探してみよう。

新宿駅まで電車で30分以内、家賃相場の安い駅TOP12

順位/駅名/家賃相場(沿線名/駅の所在地/新宿駅までの所要時間(乗り換え時間を含む)/乗り換え回数)
1位 京王よみうりランド 5.00万円(京王相模原線/東京都稲城市/29分/1回)
2位 生田 5.20万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/22分/1回)
3位 花小金井 5.30万円(西武新宿線/東京都小平市/30分/1回)
4位 読売ランド前 5.35万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
5位 朝霞台 5.40万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/28分/1回)
6位 西国分寺 5.50万円(JR中央線・武蔵野線/東京都国分寺市/29分/1回)
7位 田無 5.60万円(西武新宿線/東京都西東京市/28分/1回)
8位 京王稲田堤 5.80万円(京王相模原線/神奈川県川崎市多摩区/28分/1回)
9位 朝霞 5.90万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/27分/1回)
9位 百合ヶ丘 5.90万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市麻生区/26分/1回)
9位 稲田堤 5.90万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/29分/1回)
12位 中野島 6.00万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/27分/1回)
12位 京王多摩川6.00万円(京王相模原線/東京都調布市/26分/1回)
12位 南浦和 6.00万円(JR京浜東北線・武蔵野線/埼玉県さいたま市/30分/1回)
12位 向ヶ丘遊園6.00万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/19分/1回)
12位 和泉多摩川6.00万円(小田急小田原線/東京都狛江市/22分/1回)
12位 柴崎 6.00万円(京王線/東京都調布市/27分/1回)
12位 蕨 6.00万円(JR京浜東北線/埼玉県蕨市/26分/1回)
12位 西調布 6.00万円(京王線/東京都調布市/28分/1回)

自然豊かな地域で農作所の直売所も

1位は東京都稲城市にある京王よみうりランド駅だった。京王相模原線の快速と区間急行の停車駅で、駅名のとおり遊園地の「よみうりランド」の最寄り駅だ。

よみうりランド(写真/PIXTA)

よみうりランド(写真/PIXTA)

稲城市は、多摩ニュータウンに含まれる東京都内のベッドタウンで、緑豊かな地域。農業が盛んで、市と同名の品種「稲城」などのブランド梨の栽培でも知られる。そのため、駅付近は閑静な住宅地だが、周囲には畑も目立ち、市内のあちこちで農家の直売所も見かける。駅近くには百円均一店などが入るスーパーもあるが、市外からも買いに訪れる人の多い梨をふくむ新鮮な農産物が手軽に入手できるのは魅力だ。

少し行けば、大露天風呂を備えた温泉施設や、よみうりランドで遊ぶ際にも利用できる大規模なバーベキュー施設などもある。郊外ならではの週末の楽しみも満喫できそうだ。

3位の花小金井駅は西武新宿線の沿線駅。急行と準急が停車する。7位の田無駅とは隣駅で、こちらは快速急行と急行、通勤急行と準急の停車駅。駅間距離は約2.6kmなので、価格と交通利便性のバランスをとってうまく物件を選びたいところだ。

周囲には市立の図書館や、世界一に認定されたプラネタリウムのある体験型ミュージアム「多摩六都科学館」など教育設備が点在しているため、子育て世帯が多い印象を受けるが、駅周辺は単身者向けの物件も目立つ。西武新宿線は早稲田大学の最寄駅の高田馬場駅にも乗り入れて、花小金井駅には早稲田大生も多く住んでいる。また法政大の小金井キャンパスもほど近い。

駅の近くには24時間営業のスーパーなども充実しており、100軒以上の飲食店などが並ぶ商店街「花小金井商栄会」もある。自然が豊かな地域で、うつくしく整備された長い緑道沿いには、野菜の直売所をみかけることも。桜の名所として知られる約80haの「小金井公園」もすぐそば。サイクリング専用コースやドッグランなどの施設のほか、墨田区にある江戸東京博物館の分館として開設された屋外博物館「江戸東京たてもの園」もある。文化的価値の高い歴史的建造物を移築、復元して展示している博物館で、地元の多摩地域の歴史に関する展示も豊富だ。

小金井公園(写真/PIXTA)

小金井公園(写真/PIXTA)

また7位の田無駅は、駅直結の複合商業施設や成城石井などのスーパーのほか、少し行けばホームセンターもある。便利なチェーン系飲食店も数多いが、駅の南側にはレトロな雰囲気のある個人経営店も点在している。所在地である西東京市の市役所も近く、日常の生活には全方位的に便利な場所、といえそうだ。

複数路線利用駅や再開発進行中の駅もランクイン

5位の朝霞台駅は、東武東上線の急行や快速の停車駅。新宿と同様に都内屈指の繁華街である池袋駅までも乗り換えなしで約20分で行ける、利便性抜群の駅だ。JR武蔵野線の北朝霞駅と直結しているため、複数路線利用できるのもうれしいところ。

駅前はチェーンの飲食店や深夜2時まで営業しているスーパーがあるが、少し行くと落ち着いた住宅街が広がる。9位の朝霞駅とは東武東上線の隣駅だが、朝霞駅は準急と普通の停車駅。交通の便がよく、駅周辺がよりにぎやかなのも朝霞台駅だが、朝霞市役所や朝霞税務署、ハローワーク朝霞などの公的機関は朝霞駅が最寄りだ。

両駅の所在地の朝霞市は埼玉県の南東側に位置し、東京都と隣接している。地名を冠した陸上自衛隊の朝霞駐屯地が有名だが、敷地は実は練馬区や和光市、新座市にまたがっていて、大半は朝霞市ではない。しかし広報センターは朝霞市にあるため、納涼祭などのイベントが開かれ、地域に親しんでいる。また市民まつりでは、県外からの参加者もいる大規模なよさこいが開催される。

ランキング中、唯一所要時間が20分を切ったのが、同率12位の向ケ丘遊園駅。向ケ丘遊園駅は渋谷駅まで電車で30分以内の家賃相場が安い駅ランキングの2021年版でも3位にランクインしている。

向ケ丘遊園駅(写真/PIXTA)

向ケ丘遊園駅(写真/PIXTA)

周辺は専修大学生田キャンパスや明治大学生田キャンパスなど大学が多いため、そうした学生向けの物件が充実している。深夜まで営業しているスーパーや飲食店が多く、特にラーメン店が充実しており、学生でなくても単身者には心強い。所在地である多摩区役所の最寄り駅でもある。また、近くには漫画家の藤子・F・不二雄氏の描いた原画などが展示された「藤子・F・不二雄ミュージアム」や、川崎市生まれの芸術家、岡本太郎氏と、その両親で漫画家の岡本一平氏、小説家の岡本かの子氏の作品を顕彰する「岡本太郎美術館」など複数の美術館がある。

駅名の由来となった向ヶ丘遊園の広大な跡地は再開発が進められており、23年度には新たなシンボルとして温泉や商業施設、自然体験ができるキャンプ場などを備えた施設が完成する予定という。なかでも温泉施設は、周囲の自然豊かな環境を楽しみながら都心まで望める露天風呂や、貸し切り個室風呂、昨今ブームになっているサウナ施設なども設ける予定で、近い将来に、新しい魅力をみせてくれそうな街といえそうだ。

ランキングは東京、神奈川、埼玉を各方面がバランスよく混在し、路線も非常にバラエティー豊か。新宿駅というターミナルの大きさを実感するとともに、家探しの選択肢の無限さにも思いをはせてしまう。自分の求めるライフスタイルや生活の中で重視するものは何かをしっかり見極めて、最適な部屋を見つけたいものだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている新宿駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/1~2022/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年3月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

”池袋の隣の地味な駅=大塚”が4年で大変貌! 星野リゾート進出など地元不動産屋7代目の軌跡

「最近、大塚がアツいらしい」。そんな話を耳にすることが増えてきた。きっかけは、2018年に、あの星野リゾートが都市型ホテル「OMO」東京第1号を大塚で開業したこと。「東京大塚のれん街」も同時に登場し、大きな話題になった。
その旗振り役は、行政でも大手デベロッパーでもない、地元・大塚の山口不動産。
今回は、代表取締役CEOの武藤浩司さんに、大塚のこれまでとこれからどうなっていくのか、個人的な心のうちを含めて、お話を伺った。

仕掛け人は社員7名の不動産会社

2022年4月に大塚で街イベント「ba fes.(ビーエーフェス)」が開催されると聞き、足を運んだ。本格クラフトビールを楽しめるビアフェスのほか、ステージパフォーマンス、フリーマーケット、「OMO5東京大塚by星野リゾート」でのDJイベントなど、さまざまな催しが大塚の街のあちこちで開催され、おおいににぎわっていた。

4月22日(金)~24日(日)に行われた「北東京を象徴するビアフェス」。地元、南大塚のビアバー「TITANS」が厳選する、東京北部のマイクロブリュワリーと海外のブリュワリーのビールが集合(写真撮影/相馬ミナ)

4月22日(金)~24日(日)に行われた「北東京を象徴するビアフェス」。地元、南大塚のビアバー「TITANS」が厳選する、東京北部のマイクロブリュワリーと海外のブリュワリーのビールが集合(写真撮影/相馬ミナ)

会場は、東京大塚のれん街の隣、山口不動産が管理する駐車場にて開催(写真撮影/相馬ミナ)

会場は、東京大塚のれん街の隣、山口不動産が管理する駐車場にて開催(写真撮影/相馬ミナ)

フェス専用のリサイクルカップを使用するなど、環境に配慮も(写真撮影/相馬ミナ)

フェス専用のリサイクルカップを使用するなど、環境に配慮も(写真撮影/相馬ミナ)

ba01ビル地下1階の「ping-pong ba」では、地元民が出品するフリーマーケットも(写真撮影/相馬ミナ)

ba01ビル地下1階の「ping-pong ba」では、地元民が出品するフリーマーケットも(写真撮影/相馬ミナ)

街の景色を変えた仕掛人は山口不動産の代表、武藤さん。所有するビルに「ba(ビーエー)」と名付け、駅前のロータリーや分電盤にも「ba」のロゴが施されている。大塚駅に降り立った人に「これはなんだろう」と思わせる仕掛けだ。
「そもそも、山口不動産は、この辺りに広い土地を持っていた地主である山口家が、自分の土地・不動産を管理する会社。祖母が山口家の13代目でした。他のどの街でもあるような、不動産を保有して賃料収入を得るだけの会社でした」。親族経営ゆえに冒険はしないのが基本。テナント収入で利益を得ることが優先され、銀行から多額の融資を受けてまで新事業を推進することには消極的になりがちな体質だ。
「でも、それだけでは、面白くないし、小さな会社だからこそ、意思決定はスピーディに行えることも利点なんです」

開発前の大塚(写真提供/山口不動産)

開発前の大塚(写真提供/山口不動産)

現在の風景。大塚駅北口には、ba01、ba02、ba03、ba05、ba06、ba07と6つの建物が点在(写真撮影/相馬ミナ)

現在の風景。大塚駅北口には、ba01、ba02、ba03、ba05、ba06、ba07と6つの建物が点在(写真撮影/相馬ミナ)

baのロゴ(写真提供/山口不動産)

baのロゴ(写真提供/山口不動産)

山口不動産は、この駅前広場のネーミングライツ(命名権)を取得して、2021年3月に「ironowa hiro ba」と命名。豊島区は、支払われた命名権料を広場の維持管理に充てる、という仕組み。その向こうに見えるのは、「OMO5東京大塚by星野リゾート」(写真撮影/相馬ミナ)

山口不動産は、この駅前広場のネーミングライツ(命名権)を取得して、2021年3月に「ironowa hiro ba」と命名。豊島区は、支払われた命名権料を広場の維持管理に充てる、という仕組み。その向こうに見えるのは、「OMO5東京大塚by星野リゾート」(写真撮影/相馬ミナ)

山口不動産代表取締役CEO武藤浩司さん。東京大学を卒業後、メガバンク、大手監査法人を経て、同社へ入社。2018年より現職。インタビュー取材に同席した会社の看板犬・Naluちゃんと一緒に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山口不動産代表取締役CEO武藤浩司さん。東京大学を卒業後、メガバンク、大手監査法人を経て、同社へ入社。2018年より現職。インタビュー取材に同席した会社の看板犬・Naluちゃんと一緒に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「星野リゾート」誘致からスタートした「baプロジェクト」

「ba」とは「場」の意味。「魅力ある『場』を提供していける会社になりたい」という想い、「b」は『being』で「いること」、「a」は『association』で「つながり」という意味合いもある。
この「ironowa ba project(いろのわ・ビーエー・プロジェクト)」は、2018年に、星野リゾートの都市型ホテルが入るビルを「ba01」、賃貸マンションの建物を「ba03」として同時に竣工したことから始まった。さらに、カフェや飲食店が入居している駅前のビルを「ba06」、その向こう側にあるオフィスビルを「ba07」と改名した。

狙いは「“大塚”のまちの体温をあげたい」。

星野リゾート側も、都市観光ホテルブランドを立ち上げるにあたって、観光地ではないけれど滞在すれば、その街の魅力を暮らすように体験できる立地を想定しており、下町情緒の残る「大塚」はまさにぴったりだった経緯もある。
「これまで大塚といえば『池袋の次の駅』といったイメージくらいしかなく、わざわざ降りる場所ではなかったでしょう。それを何とかしたかったんです。『どこに住んでいるの? 』 って聞かれて『大塚』って答えたら、『すっげぇ、いいなぁ 』って憧れられる。それが目標です」と武藤さん。

「寝るだけでは終わらせない、旅のテンションを上げる都市観光ホテル」をコンセプトにした「OMOブランド」。都内初となった「OMO5東京大塚by星野リゾート」は、単に宿泊するだけでなく、「ご近所を楽しむ」という視点でユニークなサービスを展開(写真撮影/相馬ミナ)

「寝るだけでは終わらせない、旅のテンションを上げる都市観光ホテル」をコンセプトにした「OMOブランド」。都内初となった「OMO5東京大塚by星野リゾート」は、単に宿泊するだけでなく、「ご近所を楽しむ」という視点でユニークなサービスを展開(写真撮影/相馬ミナ)

縦空間や壁面を有効活用した櫓(やぐら)寝台のような造りで、秘密基地気分で楽しめるゲストルーム(写真提供/山口不動産)

縦空間や壁面を有効活用した櫓(やぐら)寝台のような造りで、秘密基地気分で楽しめるゲストルーム(写真提供/山口不動産)

同時オープンでインパクト。積極的なテナント誘致で街の顔を変えていく

そのための戦略は、ある意味シビアだ。
注目度の高い星野リゾートと、内装や賃料などの厳しい交渉の末、誘致に成功。この誘致が決定されたことで、飲食店プロデュースの株式会社スパイスワークスの下遠野亘さんを巻き込むことができた。昭和の風情の居酒屋が並ぶ「東京大塚のれん街」と星野リゾートのホテルの同時オープンにこぎつけたことで、大いに話題になり、各メディアに取り上げられた。
「星野リゾートの都市型ホテルの都内一号店でなければ、さらには同時オープンでなければ、インパクトは与えられないと考えました」

昭和の佇まいを残しながら改築した居酒屋の集合体「東京大塚のれん街」(画像提供/山口不動産)

昭和の佇まいを残しながら改築した居酒屋の集合体「東京大塚のれん街」(画像提供/山口不動産)

さらに、入るテナントも「このお店が大塚にあったらイメージがよくなるはず」という観点を優先。さらに食通が足繁く通うことで知られる目黒にある焼鳥店「やきとり阿部」の阿部友彦氏が手がける「やきとり結火」の出店を自ら打診。武藤さん自身が、求心力のあるテナントを仕掛けている。

「やきとり結火」は、焼鳥の名店「鳥しき」で修業し独立した店主の阿部友彦氏の3店舗目になる。ソムリエによるワインのセレクトと焼鳥のマリアージュを楽しめる (画像提供/山口不動産)

「やきとり結火」は、焼鳥の名店「鳥しき」で修業し独立した店主の阿部友彦氏の3店舗目になる。ソムリエによるワインのセレクトと焼鳥のマリアージュを楽しめる(画像提供/山口不動産)

「採算性だけを考えれば、コンビニやドラッグスストア、飲食のチェーン店のテナントを入れるのが正解なのかもしれません。だけど、それではどこでもある街になるでしょう。大塚だからこそ出会える味、経験を提供したいんです。メガバンクや監査法人で働いたこともあるので、数字がいかに大事かは理解しています。しかし、数字だけみていても楽しくない。クリエイティブなこと、アイデアフルなことに投資したい。要はバランスですね」

持続性のあるイベント開催で、大塚を知ってもらうのが第一歩

こうして、「ironowa ba project」の発足を皮切りに、さまざまな分野の人を巻き込み、大塚の街を盛り上げる試みにもトライしている。前出のフェスもそのひとつ。山口不動産グループが直接経営する、星野リゾートのOMO5が入るba1の1階「eightdays dining」では、休日には店外のデッキで小さなイベントを開催することもある。

山口不動産グループが経営するカフェダイニング「eightdays dining」(写真提供/相馬ミナ)

山口不動産グループが経営するカフェダイニング「eightdays dining」(写真提供/相馬ミナ)

ビアフェスでは、「eightdays dining」デッキ部分にお店が出店していた(写真提供/相馬ミナ)

ビアフェスでは、「eightdays dining」デッキ部分にお店が出店していた(写真提供/相馬ミナ)

当初は社員のみの活動だった清掃活動も、お揃いのユニフォームや軍手を身に着けて認知度を上げたことで、テナントで働く人、賃貸マンションに暮らす人なども巻き込んでいき、インスタ等を通してたくさんの人が参加する清掃活動「#CleanUpOtsuka」へと発展した。

「#CleanUpOtsuka」は週2回開催。日常活動のほか、100人規模のゴミ拾いイベントを定期的に開催している。 (画像提供/山口不動産)

「#CleanUpOtsuka」は週2回開催。日常活動のほか、100人規模のゴミ拾いイベントを定期的に開催している(画像提供/山口不動産)

「定期的に開催することで顔見知りが増えたり、大塚という街に愛着を持ってもらえます。コロナ禍で変更を余儀なくされましたが、持続的に開催すれば、『大塚ってなんか面白いな』と興味を持ってもらえる方が増えるはず。実際に、大塚駅のあちこちにある『ba』ロゴに興味を覚え、ネット検索から、僕のnoteにたどり着いた方が、当社の物件を契約してくださったんです」

とはいえ、「まちづくりの仕掛け人」という紹介のされ方には違和感があるという武藤さん。
「おこがましい気がして (笑)。まちを『つくっている』という意識なんて僕にはないですし、僕がしたいのは、“大塚に来てみたら、住んでみたら楽しいな”と思ってもらうこと。僕は、“大塚のまちの体温をあげたい”というのが一番近いかなと思っています」

駅南口は開発が進む北口と雰囲気が異なる。サンモール商店街では趣のある路地散策を楽しめる(写真撮影/相馬ミナ)

駅南口は開発が進む北口と雰囲気が異なる。サンモール商店街では趣のある路地散策を楽しめる(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

都電荒川線が走る、大塚おなじみの風景(写真撮影/相馬ミナ)

都電荒川線が走る、大塚おなじみの風景(写真撮影/相馬ミナ)

「あくまでも個人的な思い」もモチベーションのひとつに

純粋に「育った街を盛り上げたい」という想いとは別に、武藤さん個人の「自分の人生もなんとかしたい」という切実な事情も動機になっている。
そもそも、山口不動産は、元地主の親族経営の会社。武藤さんの祖母は、外孫である武藤さんに期待し、いずれは会社を継がせたいという、未来予想図があった。武藤さんは、東京大学を卒業後、メガバンクへ入行し、大手監査法人へ。ただ、ほどなくしてうつを患ってしまい、退職。当初描いていたよりずっと早く、祖母の会社の山口不動産に入社することになった。

「冒険をせずとも、粛々と日常の業務をこなしていけば、食べてはいけるんですよね。でも、それで本当にいいのかとずっと自問していました。私自身、友人たちの活躍に置いて行かれた気分にもなっていたんです。祖母の想いはあれど、自分が社長職を継げるかどうか、保証も何もなかった。親族内でも社内でも認めてもらうのは、実績が必要だ。そういう自分自身の焦燥感も、モチベーションになっていたと思います」
 
「今後の目標は? 」という質問に、「SUUMOの『住みたい街ランキング』で大塚が上位になること」と答えてくださった武藤さん。このプロジェクトを通して、同じ志を共にする人材も雇用でき、良い循環が生まれているという。武藤さん自身が、自分のうつのこと、親族間の確執、決して成功だけでははない失敗のアレコレなど、「通常なら隠しておいても普通のこと」を、note「僕はまちづくりなんてしてない~大塚からまちの体温を上げる」で発信していることも注目されている。

「noteで赤裸々に語ったおかげで、僕個人に興味を持ってくださったメディアから取材を受けることが多く、大きなPRになっています」(画像提供/山口不動産)

「noteで赤裸々に語ったおかげで、僕個人に興味を持ってくださったメディアから取材を受けることが多く、大きなPRになっています」(画像提供/山口不動産)

「発信を始める前に比べて、僕たちの取組みに共感してくださる方、協力の意思表示をしてくださる方が目に見えて増えたのが、何よりも嬉しい変化でした」。
こうした「あくまでも個人的なエモーション」が、人々を巻き込み、街を変える原動力になる。そんなある意味、原始的なうねりのようなものを「大塚」という街は生み出しているのかもしれない。

●取材協力
ironowa ba project | 山口不動産株式会社
note「僕はまちづくりなんてしてない~大塚からまちの体温を上げる」

「新宿駅」まで30分以内、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2022年版

多数の路線が乗り入れ、世界で最も1日の乗降客数が多い駅としてギネス世界記録にも認定された新宿駅。渋谷駅や池袋駅と並んで東京都内3大繁華街にも数えられ、さまざまな企業があるビジネス街でもある。そんな新宿駅までアクセスしやすい、中古マンションの価格相場を調査した。新宿駅まで30分圏内にある、専有面積20平米以上~50平米未満の「シングル向け」と、専有面積50平米以上~80平米未満の「カップル・ファミリー向け」、それぞれの価格相場が安い駅トップ15をご紹介しよう。

新宿駅まで30分以内の価格相場が安い駅TOP15

【シングル向け】
順位/駅名/価格相場(路線/駅所在地/新宿駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 大森 2480万円(JR京浜東北・根岸線/東京都大田区/24分/2回)
2位 西川口 2498万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/23分/1回)
3位 ときわ台 2500万円(東武東上線/東京都板橋区/20分/1回)
4位 西馬込 2535万円(都営浅草線/東京都大田区/28分/1回)
5位 川口 2580万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/20分/1回)
6位 本蓮沼 2780万円(都営三田線/東京都板橋区/24分/1回)
7位 平和島 2880万円(京浜急行本線/東京都大田区/30分/2回)
8位 南千住 2980万円(つくばエクスプレス/東京都荒川区/30分/2回)
8位 町屋 2980万円(東京メトロ千代田線/東京都荒川区/26分/1回)
10位 調布 2985万円(京王線/東京都調布市/22分/0回)
11位 馬込 2990万円(都営浅草線/東京都大田区/25分/1回)
12位 新井薬師前 2998万円(西武新宿線/東京都中野区/15分/1回)
13位 下板橋 3030万円(東武東上線/東京都豊島区/13分/1回)
14位 大山 3080万円(東武東上線/東京都板橋区/16分/1回)
15位 板橋本町 3085万円(都営三田線/東京都板橋区/22分/1回)

【カップル・ファミリー向け】
順位/駅名/価格相場(路線/駅所在地/新宿駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 読売ランド前 2639万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
2位 京王稲田堤 2700万円(京王相模原線/神奈川県川崎市多摩区/28分/1回)
3位 百合ヶ丘 2730万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市麻生区/26分/1回)
4位 中野島 2830万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/27分/1回)
5位 戸田 2980万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/25分/0回)
6位 生田 3089万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/22分/1回)
7位 北戸田 3365万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/27分/0回)
8位 京王多摩川 3480万円(京王相模原線/東京都調布市/26分/1回)
8位 朝霞 3480万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/27分/1回)
10位 久地 3510万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/29分/1回)
11位 戸田公園 3580万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/23分/0回)
11位 西川口 3580万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/23分/1回)
11位 西調布 3580万円(京王線/東京都調布市/28分/1回)
14位 朝霞台 3665万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/28分/1回)
15位 蕨 3680万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県蕨市/26分/1回)

予想外!?「シングル向け」トップ15のうち13駅は都内からランクイン

「シングル向け」の1位は東京都大田区に位置するJR京浜東北・根岸線の大森駅で、価格相場は2480万円。JR京浜東北・根岸線で品川駅に出て、JR山手線に乗り換えて大崎駅へ、さらにJR埼京線に乗り換えると新宿駅まで乗り換え2回・約24分。品川駅からJR山手線で恵比寿駅に向かい、JR湘南新宿ラインに乗り換える行き方もある。また、JR京浜東北・根岸線で大井町駅へ行き、JR埼京線直通のりんかい線に乗ると新宿駅まで乗り換え1回で済み、計約26分で到着する。

大森駅(写真/PIXTA)

大森駅(写真/PIXTA)

1位・大森駅は1876年開業という歴史ある駅で、路線は1本のみだが駅ビル「アトレ大森」が併設され、駅北側にも「大森駅ビルRaRa」があるなど駅周辺には商業施設が充実。大森銀座商店街「Milpa(ミルパ)」をはじめ商店街も駅の東口側・西口側の両方に広がっている。マンションなどの住宅は駅西口側に多く、古くからのお屋敷街・山王地区もこちら側に。東口側は商業施設やオフィスビルが多く見られ、東へ10分ほど歩くと京浜急行本線・大森海岸駅へ。さらに東に向かうと東京湾に続く運河沿いに「しながわ水族館」が見えてくる、多彩な顔を持つ街並みだ。こうした暮らしやすそうな環境でありながら、中古マンションの価格相場は4780万円だった新宿駅のおよそ2分の1、差額は2300万円。こう考えるとお得感のある相場に思えるだろう。

2位は1位と同じJR京浜東北・根岸線の西川口駅で、価格相場は2498万円。駅がある埼玉県川口市は県を代表する中核市の一つで、東京との都県境に位置している。新宿駅までは乗り換え1回・計約23分でたどり着く。西川口駅は5位にランクインした川口駅に隣接し、川口駅ほどには大規模に発展していないものの、5フロアにまたがる駅ビル「ビーンズ西川口」が併設されている。電車を降りてすぐに食料品の買い出しや食事、100円ショップで買い物もできる便利な環境だ。駅周辺にはスーパーや「ドン・キホーテ」があるほか、店舗が軒を連ねる商店街も複数。駅西口側を中心に広がる、「西川口チャイナタウン」があるのも楽しいところ。中国料理店を中心に中国食材のお店やカフェなど60店舗以上があり、あまり観光地化されていないため異文化ムードをひしひしと感じられるだろう。

3位は東京都板橋区にある東武東上線・ときわ台駅で価格相場は2500万円。東武東上線に乗ると5駅・約9分で池袋駅に行くことができ、JR埼京線に乗り継げば新宿駅まで計約20分だ。ときわ台駅は1935年の開業当時の様子を再現して2018年にリニューアルされた、レトロなスペイン瓦屋根の北口駅舎がシンボル。駅舎の隣接地には2019年に5階建て商業ビル「EQUiAときわ台」がオープンした。同ビルには飲食店やクリニックのほか、「成城石井」も出店しているので駅を出てすぐ買い物ができる。駅周辺は駅の開業とあわせて宅地分譲された住宅地で、景観ガイドラインが定められたエリアには美しい街並みが広がる。2000年代に入るとマンション建設も相次ぎ、古くからの住民だけではなくシングル層や若いファミリー層も流入。また、駅南口側には70以上の店舗が並ぶ「常盤台銀座商店街」があり、住民の暮らしを支えている。

ときわ台駅(写真/PIXTA)

ときわ台駅(写真/PIXTA)

さて、今回調査の基点駅にした新宿駅はJR各線をはじめ多数の路線が乗り入れている。しかしその割にランクインしたのは、乗り換えが必要な駅がほとんど。唯一、乗り換え0回だったのは、10位にランクインした東京都調布市にある京王線・調布駅だ。新宿駅までは京王線の特急で4駅・約22分で、価格相場は新宿駅よりも1795万円低い、2985万円となっている。

そんな調布駅は2012年に地下化されたことにともない、駅前の再整備が進められた。地域住民を困らせた「開かずの踏切」がなくなり駅の北側と南側の分断が解消されたほか、2017年には線路や地上駅があったスペースも活用して「トリエ京王調布」が誕生。この商業施設はA・B・C館からなり、地下1階で改札階に接続するA館には食品やファッション、レストランフロアがあり、B館には家電量販店が、C館にはシネマコンプレックスと飲食店が入っている。このほかにも駅周辺には「調布パルコ」などの商業施設が充実し、駅南側には市役所や、市立の図書館や文化センターといった公共施設が集結。駅から車で15分も走れば緑豊かな「神代植物公園」があるなど、自然が身近に感じられる環境なのもうれしいところ。現在は駅前広場の整備も進められており、2025年度末を目標とする完成を楽しみに待ちたい。

調布駅(写真/PIXTA)

調布駅(写真/PIXTA)

「カップル・ファミリー向け」トップ15は軒並み新宿駅の価格相場の半額以下

続いて「カップル・ファミリー向け」ランキングを見ていこう。ちなみに調査の基点にした新宿駅の中古マンション価格相場は7980万円。そしてトップ15にランクインした駅の価格相場は、いずれも新宿駅の2分の1以下となっていた。なかでも最も価格相場が低かったのは小田急小田原線・読売ランド前駅で、新宿駅の3分の1以下である2639万円だった。

読売ランド前駅(写真/PIXTA)

読売ランド前駅(写真/PIXTA)

1位・読売ランド前駅は神奈川県川崎市多摩区に位置し、小田急小田原線の通勤準急で登戸駅に出た後、快速急行に乗り換えると約24分で新宿駅に到着する。また、駅前からバスに乗ると約10分で遊園地「よみうりランド」に行くことができる。遊園地の隣接地にはフラワーパーク「HANA・BIYORI」や日帰り入浴施設「丘の湯」、ゴルフ練習場もあるので、子どものみならず家族みんなの休日のお出かけ先として活用できそう。読売ランド前駅周辺に目を向けてみると、北口側には日本女子大のキャンパスがあるため商業施設はあまりないが、駅前に郵便局や交番が見える。南口駅前には100円ショップを併設したスーパーやドラッグストア、ファストフード店があるほか、自家製ハム・ソーセージが人気の精肉店などが店を構える商店街が広がっている。この商店街には多摩区による「子育て支援パスポート」の協賛店も。18歳までの子どもがいる住民に発行されるパスポートを提示すると、代金が割引になるなど子育て世代にうれしいサービスが用意されている。

2位は京王相模原線・京王稲田堤駅で、価格相場は2700万円だった。新宿駅までは、京王相模原線の快速で調布駅に出て、京王線特急に乗り換えると計約28分。京王線直通の京王相模原線特急に乗れば、新宿駅まで乗り換えせずに30分前後で行くこともできる。京王稲田堤駅は1位・読売ランド前駅と同じ川崎市多摩区にある。読売ランド前駅から北に向かい、日本女子大のキャンパスを越えつつ車で10分ほど走ると京王稲田堤駅という位置関係だ。こちらの駅前に広がる商店街にも「子育て支援パスポート」協賛店がある点は要チェック。京王稲田堤駅から歩いて5分ほどのJR稲田堤駅まで続く商店街では、青果店や手作り豆腐店、ベーカリーなどが元気に営業中。駅前にはスーパーや100円ショップもあるほか、多摩区の行政サービスを担当する出張所があるのも何かと便利だろう。駅北口から北へ10分ほど歩くと多摩川の河川敷へ。河川敷にはのびのび過ごせる広場があり、多摩川を越えたほど近くには8位・京王多摩川駅がある。

3位は川崎市麻生区にある小田急小田原線・百合ヶ丘駅で、価格相場は2730万円。新宿方面に進んで1駅目が1位・読売ランド前駅、2駅目が6位・生田駅だ。百合ヶ丘駅南口のバスロータリー沿いにはドラッグストアや100円ショップを併設したスーパーや、持ち帰り弁当店、コーヒーショップなどの飲食店が立ち並ぶ。ロータリーを過ぎ、URの賃貸集合住宅を囲むように弧を描く道を歩けば、約10年前に新校舎が建てられた小学校やスーパーが見えてくる。周辺には児童館や複数の保育園もあり、子育て世代も多く住む街のようだ。また、新宿とは逆方面に1駅進むと駅前にショッピングモールや映画館がある新百合ヶ丘駅へ。百合ヶ丘駅前から歩いても15分ほどでたどり着く。ちなみに新百合ヶ丘駅の価格相場は4880万円と、百合ヶ丘駅よりも2150万円もアップ。駅前の商業施設は確かに新百合ヶ丘駅のほうが充実しているが、徒歩15分ほどでそうした商業施設の便利さを享受できるならば、住まいは百合ヶ丘駅周辺に構えるという選択も十分にアリだろう。

百合ヶ丘駅前付近の様子(写真/PIXTA)

百合ヶ丘駅前付近の様子(写真/PIXTA)

「カップル・ファミリー向け」トップ15で新宿駅まで乗り換え0回だったのは3駅。いずれもJR埼京線沿線で、新宿方面に向かって北戸田駅(7位、価格相場3365万円)~戸田駅(5位、同2980万円)~戸田公園駅(11位、同3580万円)の順に連続して並んでいる。3駅中で最も新宿駅寄りかつ価格相場が高かった11位・戸田公園駅は、スーパーやドラッグストア、100円ショップや無印良品などが入った駅ビル「ビーンズ戸田公園」を併設。徒歩10分圏内に総合病院やホームセンターもある、便利な環境だ。

しかし3駅中で最も価格相場が安かった5位・戸田駅も、商業施設の充実度は戸田公園駅に引けを取らない。駅前にスーパーや100円ショップ、書店や家電量販店が出店するショッピングビルがあり、ホームセンターや戸田市役所も徒歩10分圏内。また、7位・北戸田駅も2021年12月に駅高架下にスーパーが誕生したほか、駅から10分ほど歩くと「イオンモール北戸田」がある点も魅力的だ。この3駅に関しては「最寄り駅がどこにあたるか」にあまりこだわりすぎず、3駅の周辺エリアに広く目を向けて物件探しをし、自分好みの住まいに決めてもよさそうだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている新宿駅まで電車で30分圏内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2022/1~2022/3
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年3月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

築50年の古アパートに入居希望殺到? 高円寺・小杉湯コラボの“銭湯付き物件”が話題 「湯パートやまざき」

若者に人気の街、高円寺(東京都杉並区)。この街に全国に名を馳せる銭湯、「小杉湯」がある。1日の利用者数は500人前後。電車を乗り継いでやってくる熱狂的ファンもいるのだ。

ミルク風呂やフルーツ風呂などの日替わり湯が人気で、さまざまなイベントも行っている。しかし、最新のホットニュースは、小杉湯が連携する築50年の空き家だったアパートを活用した「湯パートやまざき」のオープンだ。都内の銭湯で使える1カ月分の入浴券付きで家賃は5万円~6万円程度。

プロジェクトのきっかけは? 室内の雰囲気は? どんな人が住んでいる? さっそく取材に行ってきました。

「終電で帰ってきても利用できる」銭湯

JR新宿駅から中央線快速で2駅、6分で高円寺に着いた。北口には高円寺の代名詞ともいえる純情商店街のアーチ。「キングオブコント2021」で空気階段が優勝した際は、「高円寺芸人 鈴木もぐらさん おめでとう!!」という横断幕が掲げられた。

高円寺は芸人が多く住む街でもある(写真撮影/片山貴博)

高円寺は芸人が多く住む街でもある(写真撮影/片山貴博)

駅から歩くこと5分。昭和8年創業の老舗銭湯、小杉湯が見えてきた。玄関には社寺にみられる丸みを帯びた「唐破風(からはふ)」、屋根には三角形の「千鳥破風(ちどりはふ)」が施されている。

2021年1月には国の登録有形文化財(建造物)に登録された(写真撮影/篠原豪太)

2021年1月には国の登録有形文化財(建造物)に登録された(写真撮影/篠原豪太)

「終電で帰ってきても利用できるように」という思いから、営業時間は深夜1時45分まで。待合では漫画が読み放題で、壁にはアート作品や著名人の色紙も飾られていた。

風呂上がりにのんびりと過ごせるスペース(写真撮影/篠原豪太)

風呂上がりにのんびりと過ごせるスペース(写真撮影/篠原豪太)

ペンキ絵はいまや日本に3人しかいない銭湯絵師、中島盛夫氏によるもの。ペンキ絵は定期的に描き換えられ、現在の絵は2020年11月に上書きされた。

鮮やかな色使いで富士山と海辺の風景が描かれている(写真撮影/篠原豪太)

鮮やかな色使いで富士山と海辺の風景が描かれている(写真撮影/篠原豪太)

高円寺に新風を吹き込むシェアスペース

さらに、2020年3月にオープンしたのが「小杉湯となり」という会員制の銭湯付きシェアスペース。文字通り、小杉湯の隣で銭湯まで徒歩3秒という立地だ。

建て主は小杉湯、建築設計は東京を拠点に活動するT/Hが担当した(写真撮影/片山貴博)

建て主は小杉湯、建築設計は東京を拠点に活動するT/Hが担当した(写真撮影/片山貴博)

エントランスの脇には緑が映える中庭も(写真撮影/片山貴博)

エントランスの脇には緑が映える中庭も(写真撮影/片山貴博)

1階は食堂のような場所で、シェアキッチンとテーブル席を自由に使える(写真撮影/片山貴博)

1階は食堂のような場所で、シェアキッチンとテーブル席を自由に使える(写真撮影/片山貴博)

Tシャツやスウェットなどの小杉湯となりオリジナルグッズも販売中(写真撮影/片山貴博)

Tシャツやスウェットなどの小杉湯となりオリジナルグッズも販売中(写真撮影/片山貴博)

2階はWi-Fi、電源、プリンター完備のお座敷。ここで仕事をするもよし、ゴロゴロするもよし(写真撮影/片山貴博)

2階はWi-Fi、電源、プリンター完備のお座敷。ここで仕事をするもよし、ゴロゴロするもよし(写真撮影/片山貴博)

スタッフや会員が選書している大きな本棚もある(写真撮影/片山貴博)

スタッフや会員が選書している大きな本棚もある(写真撮影/片山貴博)

こちらは「1話だけ読んでも面白いエッセイ」という棚(写真撮影/片山貴博)

こちらは「1話だけ読んでも面白いエッセイ」という棚(写真撮影/片山貴博)

「湯パートやまざき」のキーパーソンたち

さて、ここからが本題だ。

3階の個室で「湯パートやまざき」についての話を聞かせてくれたのは、「小杉湯となり」発起人で株式会社銭湯ぐらし代表の加藤優一さん(34歳)、株式会社まめくらしに所属し、「高円寺アパートメント」の女将として住人や地域の人たちとの関係性を育む宮田サラさん(28歳)、そして、「湯パートやまざき」の住人1号となった勝野楓未さん(23歳)の3人。

加藤さんと勝野さんは定休日以外は毎日小杉湯に通う。宮田さんも週に1、2回は訪れるという小杉湯愛に満ちた面々だ。

右から加藤さん、宮田さん、勝野さん(写真撮影/片山貴博)

右から加藤さん、宮田さん、勝野さん(写真撮影/片山貴博)

旧国鉄の社宅を株式会社ジェイアール東日本都市開発がリノベーションした賃貸住宅、「高円寺アパートメント」(写真提供/株式会社まめくらし)

旧国鉄の社宅を株式会社ジェイアール東日本都市開発がリノベーションした賃貸住宅、「高円寺アパートメント」(写真提供/株式会社まめくらし)

「この『小杉湯となり』が立つ場所には、もともと風呂なしアパートがあったんですが、取り壊しが決まった後、1年間は空いた状態でした。そこで、僕を含めた多様なクリエイターで共同生活を始めることになったんです。その生活で気付いたのが、街全体を家のように楽しむ豊かさでした。風呂なしアパートが寝室で、銭湯が浴室、台所は近くのお店と考えると、暮らしの選択肢が広がります。その考え方を実現したのが『小杉湯となり』であり、『湯パートやまざき』もプロジェクトの一つです」(加藤さん)

(画像提供/加藤優一)

(画像提供/加藤優一)

「小杉湯となり」ができる前にあった、風呂なしアパート。当時、期間限定の新住人で外壁に絵も描いた(写真提供/加藤優一)

「小杉湯となり」ができる前にあった、風呂なしアパート。当時、期間限定の新住人で外壁に絵も描いた(写真提供/加藤優一)

きっかけは空き家活用のための勉強会

「湯パートやまざき」は、前述の「小杉湯となり」から徒歩7分ほど離れた場所にある。「湯パートやまざき」プロジェクト発足のきっかけは、空き家を活用して高円寺を盛り上げるための勉強会だった。対象は空き家を持っているが活用に悩んでいる大家さんたち。

「去年の6月に第一回の勉強会を開催したら、10人ぐらいの方が参加してくれました。みなさん、空き家のまま放置しておくのはもったいないし、街のために活用できたらと思っていらっしゃる方々でした」(宮田さん)

同年8月に開催した第二回勉強会の様子(写真提供/加藤優一)

同年8月に開催した第二回勉強会の様子(写真提供/加藤優一)

この勉強会には現「湯パートやまざき」の大家・山崎さんのご家族が参加しており、「10年ぐらい空き家になっているアパートを何とか活用できないか」という相談を受ける。そこで、「じゃあ、みんなで物件を見に行きましょう」となった。

現「湯パートやまざき」に向かう参加者たち(写真提供/加藤優一)

現「湯パートやまざき」に向かう参加者たち(写真提供/加藤優一)

住人募集の告知から3日間で応募が殺到

「最初に外観を見た感想は、『一般的な風呂なしアパートだなあ』というもの。でも、中に入るとレトロな家具の雰囲気が良くて、随所に大工さんの技巧も凝らしてある。ここに銭湯を組み合わせることで“湯パート”としてリブランディングしようと思いました」(加藤さん)

去年の11月ぐらいから「銭湯ぐらし」にかかわり始めた勝野さんは、東京大学大学院で建築を学んでいる学生。加藤さんと宮田さんが「湯パートやまざき」のリブランディングとなるコンセプトや企画を考え、彼女がより具体的なイメージ図を描いた。

現在、大家さんは住んでいないが部屋は残してある(イラスト/勝野楓未)

現在、大家さんは住んでいないが部屋は残してある(イラスト/勝野楓未)

勝野さんがnoteに描いたイメージ図とともに、住人募集の告知をTwitterにアップしたのが2022年1月30日。すると3日間で50人の応募があり、あわてて募集を締め切ったという。

「『シェアハウスほど近すぎず、普通のアパートほど遠くない、ほどよい関係』がみなさんに刺さったのでは」と加藤さんは振り返る。個室はあるが1階にシェアスペースもあり、価値観の近い人が入居することもイメージできる。また、「近所に小杉湯があることも大きかったと思います。ほかには、大家さんの顔が見えることや、DIYができること、そして、1人ではできないけど誰かとはやってみたいという“小さな暮らしが実現できる”という点に魅力を感じていただけたと思います」と話す。

以前は家賃3万円だったが、小杉湯を起点に「街を家と捉える」プロジェクトの一つとして生まれ変わらせるにあたり、家賃に入浴券1カ月分を組み込んだ家賃5~6万円の「銭湯付きアパート」へ(頭が出た分の金額は、大家さんと株式会社銭湯ぐらしで按分している)。入浴券は都内共通入浴券なので都内の銭湯ではどこでも使えるが、ご近所にある小杉湯のファンが集う結果となったようだ。

「応募してくれたのは20歳から30代後半の方で、6割ぐらいが女性でした。職業はいろいろ。高円寺に住んでいないけど、高円寺が好きという人もいれば、コロナ禍で1人で暮らすのが寂しいという人もいました。必ずしも小杉湯ファンだけではなかったですね」(勝野さん)

共有スペースには螺鈿細工のたんすやレトロなテーブル

内見会やオンラインでのヒアリングを経て、勝野さんを含む3名の住人が決まった。勝野さんは2月の半ばから、残りの2名も3月中旬から住み始めている。

コンセプトは「暮らしの要素をシェアする、懐かしくて新しい共同生活」。というわけで、さっそく物件を案内してもらった。

「ようこそ、『湯パートやまざき』へ!」(写真撮影/片山貴博)

「ようこそ、『湯パートやまざき』へ!」(写真撮影/片山貴博)

高円寺駅から徒歩9分、小杉湯から徒歩7分。防犯上の理由から詳しい場所は書けないが、閑静な住宅地にある木造2階建てのアパートだった。

まずは、1階の共有スペースを拝見。

螺鈿細工のたんすやレトロなテーブルが雰囲気たっぷり(写真撮影/片山貴博)

螺鈿細工のたんすやレトロなテーブルが雰囲気たっぷり(写真撮影/片山貴博)

ホワイトボードには住人らによる「今後やりたいこと」が貼ってあった(写真撮影/片山貴博)

ホワイトボードには住人らによる「今後やりたいこと」が貼ってあった(写真撮影/片山貴博)

このキッチンも共同で使用する(写真撮影/片山貴博)

このキッチンも共同で使用する(写真撮影/片山貴博)

「湯パートやまざき」での暮らしを選んだ理由

次に2階の勝野さんの部屋へ。

階段には収納用の隠し棚があった(写真撮影/片山貴博)

階段には収納用の隠し棚があった(写真撮影/片山貴博)

入口のドアの上には今やなかなかお目にかかれない電気メーターが(写真撮影/片山貴博)

入口のドアの上には今やなかなかお目にかかれない電気メーターが(写真撮影/片山貴博)

「ここが私の部屋です」と勝野さん(写真撮影/片山貴博)

「ここが私の部屋です」と勝野さん(写真撮影/片山貴博)

間取りは6畳プラス、ミニキッチン(写真撮影/片山貴博)

間取りは6畳プラス、ミニキッチン(写真撮影/片山貴博)

張り替えたばかりの青畳が香る。

「布団は押入れに入れてあって、寝るときに出します。日当たりが良いので外に干すとすぐに乾くんですよ。設計の勉強に使う金尺は置き場所がないので柱に掛けました」

実は勝野さん、ここに住む前は隣駅の阿佐ケ谷に住んでいた。風呂トイレ付きで床はフローリングというアパート。しかし、銭湯ぐらしやまめくらしの「街を大きな家と捉えて大きく暮らす」という考え方に共感したことと、コロナ禍で家に全部そろっている必要はないと考え方が変わったことから、「湯パートやまざき」への転居を決めたそうだ。

共同作業の第一歩はバルコニーのペンキ塗り

勝野さん以外の住人2名にもオンラインで話を聞いた。

そのうちの1人は転職で大阪から上京したばかりの27歳の女性。たまたま、加藤さんのツイートを目にし、応募した。東京に知り合いが1人もいない状態での共同生活は楽しく、初めて訪れた高円寺を徐々に開拓したいそうだ。

彼女の部屋はこんな感じ。裸電球がいい味を出している(写真撮影/本人)

彼女の部屋はこんな感じ。裸電球がいい味を出している(写真撮影/本人)

もう1人は建築設計事務所で働く28歳の男性。彼もまたTwitterでの告知を見てすぐに応募したという。多忙のため終電で帰ることが多い生活だが、会ったら「オッス」というぐらいの距離感がちょうどいいと言っていた。

現在入居者の住居となっている部屋には、図書館司書として働いている大家さんの親族がセレクトしたセンスあふれる本の数々が置いてあった。

住人も本好きな人たちなので、いずれは共有スペースをミニ図書館にする予定(写真撮影/宮田サラ)

住人も本好きな人たちなので、いずれは共有スペースをミニ図書館にする予定(写真撮影/宮田サラ)

そして、生活を豊かにしてくれそうなのが通りに面した広いバルコニー。勝野さんのイメージ図には望遠鏡のイラストとともに「流星群や満月を観察」と書かれていた。

机とテーブルを置けばコーヒータイムも楽しめる(写真撮影/片山貴博)

机とテーブルを置けばコーヒータイムも楽しめる(写真撮影/片山貴博)

「今度、みんなで柵にペンキを塗るんですよ。いずれは菜園もやりたいです」

取材後、3人の予定が合った日にペンキ塗りを実行(写真撮影/宮田サラ)

取材後、3人の予定が合った日にペンキ塗りを実行(写真撮影/宮田サラ)

大家さんの思いとともにそれぞれのスタイルで暮らす

築50年とはいえ、必要最低限の補修のみで大がかりなリノベーションはしていない。つまり、長く住んだ大家さんの思いを残した形だ。3人は今後、大家さんの思いとともに「暮らしの要素をシェアする、懐かしくて新しい共同生活」を送る。それぞれのスタイルで、街を取り込みながら。

老舗銭湯の「小杉湯」を軸に新しい風は吹き続ける。スタートしたばかりの「湯パートやまざき」の試みが軌道に乗れば、高円寺にまだまだたくさんあるという空き家アパートの活用が一層進むだろう。

●取材協力
小杉湯となり
銭湯ぐらし
まめくらし
湯パートやまざきSNSアカウント
Instagram:@yupart_yamazaki
Twitter:@yupart_yamazaki

会話はNG、読書したい人限定の店「フヅクエ」お酒やコーヒー片手に長居も 西荻窪など

家でもカフェでもなく、ただゆっくり一人で本を読むことができたら。自宅で過ごす時間が増えた今、外へ出てほどよい緊張感のある場所で読書に浸る。そんな贅沢を叶えてくれるのが「本の読める店fuzkue」(以下、フヅクエ)だ。おしゃべりはもちろん、仕事も勉強もNG。シャットアウトされた空間で、飲物を片手に好きなだけ本に没頭する。本好きにとっては至福の時間だろう。「好き」を共有するお客さんの心をとらえ、ニッチでも特定のニーズに振り切るフヅクエは、今後のお店のあり方を示唆しているようでもある。

どんなお店か?

JR西荻窪駅から歩いて約10分。「fuzkue西荻窪」(東京都杉並区)は通りから一歩奥まったところに入り口がある。大きな窓からはゆったりしたソファが見える。

中に入ると洗練された空間に、静謐な空気が流れていた。図書館よりずっと澄んだ静けさ。中途半端な時間帯のせいか、お客さんは2人。背筋の伸びる思いで一番手前のソファに腰かけた。

ガラスの向こうに店内が見える。階段を数段降りた、半地下の位置にある入口からしてフヅクエの雰囲気。(写真撮影/古末拓也)

ガラスの向こうに店内が見える。階段を数段降りた、半地下の位置にある入口からしてフヅクエの雰囲気。(写真撮影/古末拓也)

まず運ばれてきたのは普通のメニューより少し厚めの「案内書きとメニュー」。
最初にこうある。

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「本の読める店」とは
愉快な読書の時間のための店です

「本の読める店」は、「愉快な読書の時間を過ごしたい」と思って来てくださった方にとっての最高の環境の実現を目指して設計・運営されています。この店が考える「たしかに快適に本の読める状態」は、大きく分けて2つの要素から成り立っています。ひとつは穏やかな静けさが約束されていること、もうひとつは心置きなく過ごせること。
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そのあとに、店で過ごすための細やかな決まりごとが続く。たとえば「勉強、仕事、作業」は禁じられていること。「ペンの取り扱い」について。パソコンは見るのもNG。スマホはOKだが動画視聴はNG、といった具合。でも語り口がとてもやわらかで、嫌な感じは一切しない。お店の主旨を知って訪れるお客さんは、読書のための雰囲気を保つためだと理解している。

50ページ近くある「案内書きとメニュー」(写真撮影/古末拓也)

50ページ近くある「案内書きとメニュー」(写真撮影/古末拓也)

西荻窪店は、フヅクエの3店舗目として2021年6月にオープンした。一号店は2014年に初台に、二号店は2020年に下北沢で開店。創業者の阿久津隆さんは、まちにじっくり本が読める場所が少ないと感じて、8年前にフヅクエを始めた。

「カフェで読もうとしても、隣のお客さんが複数人でおしゃべりしたり、勉強する人のせわしない気配やパソコンのキーボードを叩く音が気になったりと不確定要素が多いですよね。家には家族がいたり、一人だとだれてしまったり。とにかくじっくり読書を楽しむ、そこに特化した店をつくりたいと思ったんです」

初台店ができたときのフヅクエのウェブサイトには、チェーン店の片隅では味わえない、「なんとなくほっとできる、なんだかよくわからないけれど人間味みたいなものを、 親密さみたいなものを感じられる、そんな場所で本を読みたい」と書かれている。

そうした阿久津さん自身の願いを叶えるための店であり、ほかにないから自分がつくろうという提案でもある。

初台でフヅクエを始めた阿久津隆さん(写真撮影/古末拓也)

初台でフヅクエを始めた阿久津隆さん(写真撮影/古末拓也)

「本を読みたい人」に振り切る

一号店がオープンしたころは、まだ100%読書をするための店ではなかった。読書目的のお客さんを含む「一人の時間を応援する」という、より広い主旨で、仕事も勉強もOKだった。それ以降、店のしくみをブラッシュアップするたびに、フヅクエはどんどん「本を読みたい人のための店」に特化していった。

たとえば料金体系も、お客さんが気兼ねなくゆっくり過ごせるように、を第一に考えられている。長時間滞在を前提に、ドリンクやフードをオーダーするごとに、席料が小さくなる。コーヒー一杯700円を注文した場合は席料が900円だが、コーヒーを2杯オーダーすると席料は300円に。2杯のコーヒーにケーキなんて頼むと、席料はゼロ。2年ほど前から1000円前後で1時間だけ利用することもできる「1時間フヅクエ」も始まった。

こうしたしくみは「どれだけ居ても大丈夫ですよ、そのためのお店です」という店側からの意思表示でもある。

(写真撮影/古末拓也)

(写真撮影/古末拓也)

ただし「こうしたお客さんに向けた店です」という姿勢をはっきりさせるほど、裏を返せば、それ以外のお客さんを排除してしまうことにもなるだろう。

「世の中にはいいお店と悪いお店があるわけではなくて、For Meのお店かNot For Meのお店があるだけだと思うんです。どれだけクオリティの高い店でも肩身を狭く感じればNot For Meだろうし、どれだけ汚かったり怖かったり評判が悪かったりする店でも、For Meに感じる人にとっては尊い場所のはずで。大事なのは、For You、つまりどんな人にFor Meの店だと感じてもらいたいのかを決めて、とにかくその人に届けようとすることじゃないかと思います。フヅクエにとってのYouは気持のいい読書の時間を過ごしたいと思う人なんです」

相当ニッチにも思えるフヅクエだが、SNSでは「こんなお店があってよかった」といった声、反応が多く届いた。紛れもなく、そうした声がフヅクエと阿久津さんを支えてきた。

(写真撮影/古末拓也)

(写真撮影/古末拓也)

「お客さんに読書の時間を楽しんでほしいなと考える店はたくさんあると思います。でもなかなかそこに100%振り切るのは勇気というか、覚悟がいりますよね。そもそも自分の店をおしゃべりできない空間にしたいと思う人なんて滅多にいないはずで(笑)そこを愚直に追求してきたのがフヅクエかなと」

今も、そうした特殊なお店とは知らずに入ってくるお客さんもいる。そのことがわかると、必要に応じてスタッフが店の主旨を説明するのだそうだ。

「『そうなんだ、じゃあやめとこうか』とか『じゃあまたゆっくり一人で来ます』といって帰られる方ももちろんいます。それはむしろ嬉しいことで、ミスマッチが起きなくてよかったと安堵する感じがあるんです。過ごしたくもない時間を過ごして不満を持って帰られるのが一番避けたいことなので」

今は100%「読書を楽しむ」ための空間として、お客さんを守るためのルールがしっかり確立している。

まちにひらかれた店

西荻窪店はフヅクエにとって初のフランチャイズ店。店長は、阿久津さんの本を読んで共感したという、酒井正太さん。

「お店のしくみもうそうですが、フヅクエの考え方が何より面白いと思ったんです。もともとは西荻窪界隈で本屋をやりたいと思っていたんですが、フヅクエを知って、自分がやりたいのはこっちかもなって思って。それで阿久津さんにお会いして物件を探して」(酒井さん)

右が西荻窪店の経営者、酒井正太さん(写真撮影/古末拓也)

右が西荻窪店の経営者、酒井正太さん(写真撮影/古末拓也)

西荻窪には、個人経営の小さな本屋がいくつもある。今野書店、旅の本屋のまど、本屋ロカンタン、BREW BOOKS……と新刊書店も古本屋もそろっていて、お隣の荻窪の本屋Titleもフヅクエから徒歩10分圏内。近所の本屋で本を買ってフヅクエでじっくり読む。そんな休日の過ごし方をまるごと提案できるのも、西荻窪ならでは。

さらに、店の周囲は住宅街。

「学生さんからご年配の方まで、比較的近所の方が利用してくださっているような印象です。オープン当初から通ってくれているおばあさんもいらして。こんなお店が欲しかったってすごく喜んでいただいて、それはすごく嬉しいですね」(酒井さん)

(写真撮影/古末拓也)

(写真撮影/古末拓也)

「初台や下北沢店のときは、まちに対してちゃんと挨拶をできなかったな、という反省があったんです。とくに初期はあまり多くの人目に触れたくないとさえ思っていたので。でもお客さんを守り切るためのルールを整えることもできましたし、西荻窪はもっとまちに開かれた場にしたいねと酒井さんとも話していたんです」(阿久津さん)

初めての人でも入りやすいよう、店の手前はゆったりした開放感のある空間に。相席できる広いソファを置き、店の奥へ行くほど一人で深く読書に浸れるような設計になっている。

西荻窪店では、地元のラム酒専門店とのコラボレーションにより、他店よりラム酒の種類が豊富に置いてあったり、近所のケーキ屋「Kequ」の焼き菓子を持ち込むお客さんもいたりする。近所の本屋ロカンタンにはフヅクエコーナーもあり、オリジナルグッズやショップカードを置いてくれているそうだ。同じまちに仲間が多いことがうかがえる。

本棚の本は、お客さんが自由に読むことができる。メニューにはビール、ウィスキー、カクテルなどアルコールも豊富(写真撮影/古末拓也)

本棚の本は、お客さんが自由に読むことができる。メニューにはビール、ウィスキー、カクテルなどアルコールも豊富(写真撮影/古末拓也)

ゆかいなミスマッチを

これまでは「いかにフヅクエでゆっくり過ごしてもらうか」ばかりを考えてきたという阿久津さん。だが、ルールがかたまったことでお客さんの幅を広げても大丈夫かもしれないと、2年前から全店舗で「1時間フヅクエ」を始めた。

「西荻窪店を始める前の冬に、1000円ちょっとで過ごせるライトな1時間用プランをつくったのは、6年目にして大きな変化でした。あるときふと、短時間の読書に対応できない状態は本の読める店としておかしいんじゃないか、とやっと気づいて。長時間を前提にしていたのはお客さんを守るためでもあったのですが、そもそも読書以外、何もできない店になったので、短い時間用の過ごし方を用意しても今の雰囲気を損なわれることはないと判断して導入しました」

あくまでお客さんの読書の時間を守るために、フヅクエは存在する。だが「1時間フヅクエ」を導入したことで利用者の幅も広がった。

「今は愉快な事故がもっと起きたらいいなと思っていて。たとえば、そうとは知らずに来た人が、帰るのもなんだしそれなら1時間本を読んで過ごしていくかとなって、いざ過ごしてみたら案外気に入っちゃって、たまには読書もいいものだな、みたいなことを起こせたらすごく楽しいですね。1時間フヅクエをつくったことで、偶然の読書の時間を生めるようになった感じですね」

実際に、フヅクエを訪れる前までは全然本を読んでいなかった人が「今月は6冊読んだ」なんてツイートを見かけることもあって、それは阿久津さんにとってとても嬉しいことだという。

店内には本を読むのに邪魔にならないような音楽が流れている(写真撮影/古末拓也)

店内には本を読むのに邪魔にならないような音楽が流れている(写真撮影/古末拓也)

「幸せな読書の時間の総量を増やす」

トークイベントなどは行わないフヅクエだが、これまで店で不定期に開催してきたのが「会話のない読書会」。お客さんが集まって同時に同じ本を読む。

「感想を述べ合うわけでもなく、それぞれの世界に入っているんですが、同じ空間で全員同じものを読んでいるという。あれはまたやりたいですね。映画と同じで、一人で読むのとは明らかに違う体験になります」

なぜあえて、その時間を共有するのだろう。

「たとえば映画も、映画館で見る方が“体験”になって記憶に残りやすいと思うんです。家では、できることの可能性がひらかれすぎていて、一時停止したり、見るのをやめることもできちゃうし。ある意味、半強制的にでも集中できる状態に自分を閉じ込めるのは大事なことなんじゃないかなと思って。今そういう時間が圧倒的に減っているので。スマホから離れられるのも大きい」

シャットアウトされる時間の貴重性。わざわざ電波の入らない「秘境」に行かずとも、読書に没頭する以外にない店があれば、日常からすっとスイッチオフできる。

「削ぎ落としたほうが贅沢。いまはそういう部分があるんじゃないですかね」と阿久津さんは言う。

店の敷居の奥には、一人でこもることのできるスペースも(写真撮影/古末拓也)

店の敷居の奥には、一人でこもることのできるスペースも(写真撮影/古末拓也)

一方で、いまフヅクエのミッションとして掲げているのが「幸せな読書の時間の総量を増やす」。

店舗を訪れるだけでなく、どこに居ても本を読む人が増えたらという思いから「#フヅクエ時間」というサービスを始めた。サイトを開くと、いまこの瞬間に本を読んでいる人の投稿が、日本地図上に点灯して示される。いまこの時も日本のどこかで本を楽しんでいる人がいる。そのことを誰かと共有していると思うだけでなぜだかほっとする。

フヅクエのウェブサイトで、こんな言葉が心に残った。

「より安心して何かを好きでいられる社会をつくる」

自分の「好き」に忠実であることは、ときに難しい。だがフヅクエは、こと読書に関してはとことん追求することを許容し背中を押してくれる。

「好き」が起点にあるお店は、お客さんからもこれほど愛されるのだなということが店の空気から伝わってきた。フヅクエの存在は、読書に限らず、誰かの「好き」を肯定することの、心強い味方になるのではないかと思えた。

(写真撮影/古末拓也)

(写真撮影/古末拓也)

●取材協力
本の読める店「fuzkue」

漫画家・山下和美さん「世田谷イチ古い洋館の家主」になる。修繕費1億の危機に立ち向かう

東京都世田谷区豪徳寺にある、推定およそ築130年の洋館。「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる政治家・尾崎行雄の旧居と伝えられてきた邸宅だ。1年前、取り壊しの危機にあった洋館は、保存を望む有志によって買い取られ、今なお往時の姿を留めている。ただ、一時的に解体を免れたものの今後も建物を維持し続けるための課題は山積み。当面の補修費用だけでも、およそ1億円がかかるという。

そうまでして、なぜこの洋館を守りたいのか? その思いやこれまでの紆余曲折、これからについて、2019年にスタートした「旧尾崎邸保存プロジェクト」発起人の漫画家・山下和美さん、笹生那実さんに聞いた。

世田谷イチ古い洋館に惹かれて

――山下さんが最初に洋館に出合った時のことを教えてください。

山下和美(以下、山下):13年前、家を建てる土地を探していた時に豪徳寺を訪れ、初めてこの洋館を見ました。水色の外観は清里高原(山梨県)にあるペンションみたいなかわいらしさがありながら、時を重ねた建物にしか出せない品のある古さが感じられる。一目で惹かれましたね。この街に家を建てたのも、洋館の存在があったからです。近くに住み始めてからはより愛着が湧き、散歩をする度に眺めていました。

山下和美さん。漫画家。『ランド』『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』『数寄です!』『寿町美女御殿』など、数々の作品を発表。現在は、洋館の保存活動の経緯を描いた『世田谷イチ古い洋館の家主になる』をグランドジャンプ(集英社)で連載中(写真撮影/相馬ミナ)

山下和美さん。漫画家。『ランド』『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』『数寄です!』『寿町美女御殿』など、数々の作品を発表。現在は、洋館の保存活動の経緯を描いた『世田谷イチ古い洋館の家主になる』をグランドジャンプ(集英社)で連載中(写真撮影/相馬ミナ)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

――それがじつは、世田谷区内に現存する「最も古い洋館」だったと。

山下:界隈では「旧尾崎行雄邸」と呼ばれていましたが、建てたのは尾崎行雄の妻テオドラの父親である尾崎三良男爵で、明治21年築という説が有力のようです。つまり、築130年以上。鹿鳴館(明治16年築)とあまり変わらない時期に建てられ、世田谷区に移築された洋館と知った時には、なおさら残す価値があると思いました。ちなみに、三良男爵の日記には、新築時に伊藤博文ら政府要人を招いたという記述もあります。

――笹生さんは、この洋館の存在をどうやって知りましたか?

笹生那実(以下、笹生):山下さんが洋館の保存活動をしていることを知って興味を持ち、一人でこっそり見に行ったんです。想像以上に大きくて、風格があって圧倒されました。また、立派だけどかわいくもあり、とても魅力的な建物だなと感じましたね。

笹生那実さん。漫画家。主な作品に『薔薇はシュラバで生まれる』『すこし昔の恋のお話』『25月病』などがある(写真撮影/相馬ミナ)

笹生那実さん。漫画家。主な作品に『薔薇はシュラバで生まれる』『すこし昔の恋のお話』『25月病』などがある(写真撮影/相馬ミナ)

――笹生さん、山下さんはもともと洋館がお好きだったのでしょうか?

笹生:洋館には子どものころから憧れがありました。私は横浜出身で、山手の西洋館エリアを見て育ちましたから。きれいな建物と広い庭、大きな犬を連れて散歩している住人。とても華やかで、本当に外国にいるような気持ちになりましたね。

――山下さんも、多くの古い洋館が残る小樽で幼少期を過ごしたそうですね。

山下:小樽(北海道)には明治維新のころにたくさんの洋館が建てられて、私が暮らしていた1960年代にはあちこちにまだ残っていました。その一部は父が勤めていた小樽商科大学の宿舎としても使われていて、職員であれば安く住むことができたんですよ。実際、私が赤ん坊のころに円柱形の不思議な洋館に住めることになり、母と姉が見学にも行ったらしいんですけど、「押入れがないと布団が仕舞えない」と母が反対して断念したそうです。当時はベッドを買うという発想がなかったみたいで。残念ながら、憧れの洋館に住むチャンスを失いました。ちなみに、今はもうその建物は取り壊されてしまったそうです。

世田谷の静かな住宅街に建つ洋館。周囲の緑と水色の外観が調和している(写真撮影/相馬ミナ)

世田谷の静かな住宅街に建つ洋館。周囲の緑と水色の外観が調和している(写真撮影/相馬ミナ)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

解体工事の2週間前に始めた「ネット署名」が流れを変える

――現在は山下さんたちが所有し、保存されている洋館ですが、一時期は取り壊し寸前までいったそうですね。

山下:3年前に近所の人から「洋館が取り壊されるらしい」という話を聞きました。跡地に建売住宅を作る計画があって、すでに土地と建物は不動産会社を通じて工務店に売却済みという状況だったんです。私たちが買い戻すとなると、3億円はかかるという話でした。

正直、私も借金して自宅を建てたばかりで、とてもそんなお金はない。それでも、何とか残す手はないかと2019年に保存プロジェクトを始めたんです。

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』1巻より(集英社)

――お金のこと以外に、何が特に大変でしたか?

山下:不動産会社との交渉がうまく進まず、1年近くも膠着状態になってしまったのは辛かったですね。不動産会社の言い値や契約内容に不明瞭な点があっても、私たちにそれを確かめるすべはありません。その時には前オーナーである家主さんとの接触も、不動産会社側によって完全にシャットアウトされていましたから。そうこうしているうちに解体工事の日程も決まってしまい、もはや絶望的な状況でした。

洋館の内部。洋館として「きばりすぎていない」シンプルなつくりに惹かれたと山下さん(写真撮影/相馬ミナ)

洋館の内部。洋館として「きばりすぎていない」シンプルなつくりに惹かれたと山下さん(写真撮影/相馬ミナ)

1階と2階をつなぐ手すり付きの階段(写真撮影/相馬ミナ)

1階と2階をつなぐ手すり付きの階段(写真撮影/相馬ミナ)

館内随所に130年の年月を重ねた風格がにじみ出ている(写真撮影/相馬ミナ)

館内随所に130年の年月を重ねた風格がにじみ出ている(写真撮影/相馬ミナ)

――そんな絶望的な状況から、潮目が変わったきっかけは何だったのでしょうか?

山下:解体工事の予定日まで2週間を切ったギリギリのタイミングで(保存を求める)ネット署名を集め始めたのですが、そこから少しずつ流れが変わっていきました。たくさんの賛同者が集まってくれて、多くの人に保存プロジェクトのことを知ってもらえたんです。

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

『世田谷イチ古い洋館の家主になる』2巻より(集英社)

また、世田谷区議会議員の神尾りささんからもご連絡をいただき、協力してもらえることになりました。神尾さんはもともとワシントンを拠点に仕事をしていて、尾崎行雄に対して特別な思い入れがあったというんです(※編集部注:尾崎行雄は東京市長時代、ワシントンD.C.のポトマック河畔に3000余本の桜の苗木を寄贈し、日米友好に努めた)。

――それは心強い。

山下:神尾さんは、私たちが立ち上げたネット署名を海外に発信することを提案してくれました。アメリカ側からも“日米友好の象徴”である旧尾崎行雄邸保存の動きを起こそうと、英訳までやってくれたんです。

それからは本当に目まぐるしく、短期間でいろんなことが起こりましたね。さまざまなメディアにもこの一件が取り上げられ、世間的な関心が高まったこともあって、解体工事だけは延ばしてもらえました。

――工事を延ばしつつ交渉を進め、最終的には強力な支援者が現れて一時的に洋館を買い取る形になったそうですね。

笹生:はい。金額が金額だけに大変でしたが、、最終的には「取り壊しを防ぐための一時所有なら」ということで支援してくれたんです。

3つの部屋が連なる不思議な間取り。1階と2階を合わせて7つの部屋がある(写真撮影/相馬ミナ)

3つの部屋が連なる不思議な間取り。1階と2階を合わせて7つの部屋がある(写真撮影/相馬ミナ)

1億円の補修費用、どう捻出?

――所有が保存プロジェクトに移り、取り壊しは回避されました。ただ、このまま維持していくのは大変ですよね?

笹生:そうですね。一時的に解体は免れましたが、次はこれをどう維持・活用していくかという問題があります。当初は洋館を曳家(ひきや/建物をそのままの状態で移動させる手法)で移動し、広くなった土地を分譲して資金を得ることも考えましたが、なかなか買い手は見つかりませんでした。

山下:それに、既存の建物として今の場所にあるぶんには仕方ないけど、場所を移動するなら現在の建築基準法等の法令に合わせなくてはいけないんです。その後、世田谷区にも相談してさまざまなアイディアもうまれましたが、時間がかかりそうでした。

現在は、洋館を使いたい民間企業とテナント契約を結び、収益を得ながら有効活用する道を探っています。

窓ひとつとっても味わい深い。ただ、つくりが複雑なため、補修できる業者を見つけるのも一苦労だという(写真撮影/相馬ミナ)

窓ひとつとっても味わい深い。ただ、つくりが複雑なため、補修できる業者を見つけるのも一苦労だという(写真撮影/相馬ミナ)

――現時点での手応えはいかがですか?

山下:さまざまな企業が興味を示してくれましたが、最終的には都内の有名コーヒー店が本店を洋館に移したいと名乗り出ていただきました。しかも、洋館自体はそのままにして、昔の建物の雰囲気を大事にしたいと言ってくれて。厨房などは、洋館の横にある朽ちかけた小屋を改装してつくるということでした。今は具体的な詰めやスケジュールの調整を行なっているところです。

2階の洋室。かつてはここに6家族が間借りし、暮らしていたこともあったそう(写真撮影/相馬ミナ)

2階の洋室。かつてはここに6家族が間借りし、暮らしていたこともあったそう(写真撮影/相馬ミナ)

テレビのアンテナ。戦後、一部の部屋は賃貸住宅として活用され、現代の暮らしが営まれてきた(写真撮影/相馬ミナ)

テレビのアンテナ。戦後、一部の部屋は賃貸住宅として活用され、現代の暮らしが営まれてきた(写真撮影/相馬ミナ)

――ただ、築130年の建物は老朽化も進んでいて、補修費用だけでも莫大な額になると思います。家賃収入だけで賄うことは難しいのでは?

山下:当面の補修費用だけでも、およそ1億円はかかります。大家となるからには耐震工事は必須ですし、現在の古い建物のままでは寒すぎるので、暖房器具も入れなくてはいけない。ただ、普通にエアコンを入れてしまうと、せっかくの雰囲気が台無しになってしまいます。外観だけでなく中身も明治を感じさせる趣を残すには、通常よりさらにハイレベルな工事や技術が必要になるんです。他にも、窓のつくりがものすごく複雑だったりするので、修繕できる業者も限られてきます。そうなると、どうしても費用はかさんでしまう。

笹生:正直、家賃収入だけではとても足りません。そこで、保存プロジェクトでクラウドファンディングによる寄付を募り、約1800万円のご支援をいただくことができました。他にも、知人の漫画家など支援の声を挙げてくださる方がいますので、当面はお借りできるところからお借りして、家賃収入で少しずつ返していければと考えています。

取材時に洋館を案内してくれた山下さんと笹生さん。一部のスペースはお二方のギャラリーとしても活用する予定(写真撮影/相馬ミナ)

取材時に洋館を案内してくれた山下さんと笹生さん。一部のスペースはお二方のギャラリーとしても活用する予定(写真撮影/相馬ミナ)

――とりあえず取り壊しを免れたものの、保存への取り組みはまだまだ続いているわけですね。

山下:そうですね。ずっと進行中です。一番の悩みは、私たちがこの世からいなくなった後のことです。その時には絶対にまた同じ問題が起こりますよね。私たちの願いは洋館を後世にも残し続けることなので、いずれは永続的に所有してもらえるところに譲りたいと考えています。

笹生:いくつか目星はつけているので、私たちが元気なうちに何とか道筋をつけたいです。これからテナントが入り、洋館が活用されている様子を発信できれば、周囲の見方も変わってくると思います。ですから、まずは目の前の計画をしっかり進めていきたいですね。

山下さんの『世田谷イチ古い洋館の家主になる』。保存プロジェクトの詳細な経緯が描かれている(写真撮影/相馬ミナ)

山下さんの『世田谷イチ古い洋館の家主になる』。保存プロジェクトの詳細な経緯が描かれている(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
旧尾崎邸保存プロジェクト(Twitter)
旧尾崎行雄邸保存プロジェクト(Facebook)
『世田谷イチ古い洋館の家主になる』(グランドジャンプ)※試し読みあり

谷根千エリアを地元目線で取材! 街の見方が変わるローカルメディア「まちまち眼鏡店」がスタート

谷根千「谷中・根津・千駄木」を拠点に、活動を続ける一級建築事務所HAGI STUDIOが、2022年3月末に谷根千のローカルWebメディア「まちまち眼鏡店」をローンチした。おもしろいところは、情報を発信するだけでなく、谷根千に住んでいる人、この街を愛する人なら誰でも参加できるという、街全体を巻き込もうとしているところ。メディアを通じて、どのようにコミュニティをつくっていくのか、その想いや背景を取材した。

地元密着の建築事務所だからこそ、メディア発信が必要左から、千十一編集室の影山裕樹さん、『まちまち眼鏡店』店長の坪井美寿咲さん、副店長の柳スルキさん、HAGI STUDIO代表取締役の宮崎晃吉さん(写真撮影/片山貴博)

左から、千十一編集室の影山裕樹さん、『まちまち眼鏡店』店長の坪井美寿咲さん、副店長の柳スルキさん、HAGI STUDIO代表取締役の宮崎晃吉さん(写真撮影/片山貴博)

「HAGI STUDIO」は、ちょっと変わった建築事務所だ。例えば「宿(まちやど hanare)」を運営しているし、「教室・イベント(まちの教室KLASS)」も開く。さまざまなジャンルの「食(HAGI CAFE、TAYORI等)」のお店や、カフェやギャラリーなどの「複合施設(HAGISO)」も運営している。ただし、場所は谷根千エリアが主軸。活動範囲は狭く、そして深い。
「事務所から自転車で行ける範囲で7件ほどの拠点があります。それらの運営をするなかで、自然と街の人々と関わることが増え、自分たちで発信するローカルメディアの必要性を感じていたんです」と代表取締役の宮崎晃吉さん。とはいえ、本業が忙しく、なかなか重い腰を上げられなかったという。
「そんななかコロナ禍で、遠くに行けない事態になり、地元への関心が高まりました。谷根千は、観光地であり住宅街であり、寺町であり職人の街であり、商業地でもあります。生まれも育ちもココという人もいれば、最近はマンションが増え、新しい住民も増えています。同じ街でも、違う人が見れば、違ったふうに見える。人の目線を借りることで、街の魅力を再発見するのは、街の豊かさにつながる。それでメディアをつくろうと思いました」(宮崎さん)。

HAGI STUDIO代表取締役の宮崎晃吉さん。学生時代に住んでいた木造アパート「萩荘」を改修し2013年『最小文化複合施設HAGISO』として生まれ変わらせる。以来、谷根千エリア内での建物再生と運営、全国での建築設計を手掛ける(写真撮影/片山貴博)

HAGI STUDIO代表取締役の宮崎晃吉さん。学生時代に住んでいた木造アパート「萩荘」を改修し2013年『最小文化複合施設HAGISO』として生まれ変わらせる。以来、谷根千エリア内での建物再生と運営、全国での建築設計を手掛ける(写真撮影/片山貴博)

背景にはステレオタイプな谷根千イメージへの危機感が

こうしたローカルメディアを考えた背景には、既存メディアで谷根千が「昭和」「レトロ」というステレオタイプに扱われていることに、一種の危機感があったそう。
「あまりにもイメージが定着しすぎると、街がそれを追いかけるようになる。“昭和レトロな店しかこの街らしくない”とか。それでは街の解像度が粗い。実際はもっと複雑です。分かりやすいほうが消費しやすいのも分かりますが、複雑さは街の豊かさにつながるもの。複雑なものをそのまま享受するのは、分かりやすさを優先する既存のメディアでは難しいだろうと思ったんです」(宮崎さん)

では、手掛けるローカルメディアの柱とはなんだろうか?
「まず、観光客向けではなく、暮らす人に軸足を置くこと。読み手もつくり手になるような参加するメディアであること。このメディアを媒体にして、さまざまな属性を持つ人々のコミュニティ化が出来たら理想的だと考えました。これは単身者、ファミリー、高齢者、暮らす人働く人と、多様性のある谷根千ご近所エリアだからこそできることです」とはメディア監修を行う、千十一編集室の影山裕樹さん。

千十一編集室代表の影山裕樹さん。全国各地でローカルメディアや地域プロジェクトのディレクション、コンサルティング、制作を行う。今回はメディアのプロとして監修を行う(写真撮影/片山貴博)

千十一編集室代表の影山裕樹さん。全国各地でローカルメディアや地域プロジェクトのディレクション、コンサルティング、制作を行う。今回はメディアのプロとして監修を行う(写真撮影/片山貴博)

誰かの目線の「眼鏡」に見立てたウェブメディアがコンセプト

メディア名は「まちまち眼鏡店」。といっても眼鏡を売っているのではない。「誰かの目線で暮らしが深まるローカルメディア」をコンセプトに。多様な視点を”眼鏡”に見立て、まちを紹介する試みだ。
いわゆる観光客向けの情報サイトではない。具体的には、Web上で特集や、インタビュー、エッセイ、動画、ラジオ音源を掲載し、まちに関わる人たちが、どんな見方でまちを見ているのかを追体験できるメディアを考えている。「眼鏡店」と名付けたWebだから、運営するスタッフは「店長」「副店長」と、ちょっと変わった肩書にした。

「まちまち眼鏡店」という名は「ひとの数だけまちの見方がある」という気づきをもとに、まちを見る目を眼鏡に見立てたことから(画像提供/HAGI STUDIO)

「まちまち眼鏡店」という名は「ひとの数だけまちの見方がある」という気づきをもとに、まちを見る目を眼鏡に見立てたことから(画像提供/HAGI STUDIO)

コンテンツ例(画像提供/HAGI STUDIO)

コンテンツ例(画像提供/HAGI STUDIO)

軒先、塀の上などで思い思いに園芸を楽しむ路地裏の風景は谷根千ではおなじみ。「“路上園芸鑑賞家”の村田あやこさんとまち歩きをした際、その家の個性、最近の流行まで分かったんです。その気づきがメディアづくりのきっかけにもなりました」(宮崎さん)(写真撮影/片山貴博)

軒先、塀の上などで思い思いに園芸を楽しむ路地裏の風景は谷根千ではおなじみ。「“路上園芸鑑賞家”の村田あやこさんとまち歩きをした際、その家の個性、最近の流行まで分かったんです。その気づきがメディアづくりのきっかけにもなりました」(宮崎さん)(写真撮影/片山貴博)

読み手がつくり手にもなる。制作過程が目的にもなるメディア

収益面でも挑戦がある。
通常のメディアは、媒体でもWebでも、広告収入でまかなうのが普通だ。しかしローカルメディアは対象が限られているため、こうしたマスメディアの広告ありきのスキームは限界がある。
そこで、目指すのは「当事者たちによる自立した収益モデル」。地域の事業者で構成されるパートナー会員に加え、個人のメンバー会員も募集。「編集会議」と「まちの作戦会議」に参加する権利が得られる。メンバーについては現状、オープン記念につき10月末まで無料で登録ができるとのこと。

読み手がつくり手も担うことで、制作物であるWebメディアとその制作過程(ビハインド)の両方がコミュニティの場となるのだ。

「毎月の編集会議はリアルとオンラインの併用を想定。未定ですが、それぞれの興味あるものをフックに、地域に関われるリアルな場を設けたいと考えています。イメージは部活。例えば写真部、カレー部、猫部、お茶部など。引越して、いきなり町内会はハードルが高いけれど、例えば、一見では入りにくいお店に、地元の常連さんと一緒に入ってみるのが、地元での関わりのきっかけになるかもしれません」(宮崎さん)

編集会議の様子(画像提供/HAGI STUDIO)

編集会議の様子(画像提供/HAGI STUDIO)

メディアを活用することで、リアルの場の活性化も期待

ローカルメディアの登場によって、現在実施している「リアルな場」も良い影響を与えることも期待を寄せている。

例えば、「HAGI STUDIO」が手掛ける「まちの教室 KLASS」は、地域の方が教え、教わることができる学び場だ。
「ただし多くは単発で、なかなか継続的な流れにならないのが残念でした。集客がままならないケースもありました。コロナ禍でオンラインも試みたのですが、“初めまして”でいきなりネット上は難しいと感じていました」と、HAGI STUDIOのKLASS担当、柳スルキさん。
「例えば、メディアが発信し続けることで、ゆるくつながる場になります。また、部活的なチームのようなものができれば、先生役も希望者がリレーでまわすこともできます。知り合いの中でなら、教える側になるのもハードルが低く、継続的な活動ができやすくなります。またチームとして顔見知りになればオンライン上のやり取りもスムーズになると思います」(柳さん)

柳スルキさん。韓国生まれ日本育ち。KLASS担当のスタッフで、ローカルメディア『まちまち眼鏡店』副店長(写真撮影/片山貴博)

柳スルキさん。韓国生まれ日本育ち。KLASS担当のスタッフで、ローカルメディア『まちまち眼鏡店』副店長(写真撮影/片山貴博)

コロナ前のKLASSの教室の風景。アイランドカウンターのキッチンがあり、料理教室が人気。地域の方を講師に迎え、近所の大工さんによる箸づくりや金継ぎ教室なども(画像提供/HAGI STUDIO)

コロナ前のKLASSの教室の風景。アイランドカウンターのキッチンがあり、料理教室が人気。地域の方を講師に迎え、近所の大工さんによる箸づくりや金継ぎ教室なども(画像提供/HAGI STUDIO)

また、取材をするという名目の上、普段つながりがないような街の人々から思わぬ話が聞け、街への理解が深まる面も。『まちまち眼鏡店』店長の坪井美寿咲さんは、宿泊施設「まちやど hanare 」では、ゲストの要望に合わせた街の情報を提供したり、案内したりする「まちのコンシェルジュ」としても働いている。
「私は、生まれも育ちも谷中。だからよく知っていると思っていたのですが、取材となると、消費者の私では気付けない面を知る機会を得ます。例えば、子どものころからよく買い物にいった魚屋さんに思わぬ物語があることを知ったり、寺の住職からは“こんな話、聞かれるまで忘れていた”なんてエピソードを聞いたり。逆に、ホテルの宿泊ゲストと街歩きを一緒にしたときは、自分がまったく気付いていなかった街頭ランプの美しさを教えてもらいました。メディアでの取材と、コンシェルジュの両方の業務で、街への解像度が上がってきたことを実感しています」

坪井美寿咲さん。「私は、地元、谷中の工務店の娘で、今も街のあちこちに知り合いが(笑)。街の皆さんに見守っていただきながら幼少期を過ごしました」(写真撮影/片山貴博)

坪井美寿咲さん。「私は、地元、谷中の工務店の娘で、今も街のあちこちに知り合いが(笑)。街の皆さんに見守っていただきながら幼少期を過ごしました」(写真撮影/片山貴博)

どこか懐かしいモダンなデザインの街灯ランプ。「ホテルのお客様が写真を撮られていました。私はいつもこの下を通っているのに、特別視をしたことがなかった。人の数ほど、街の見方があると実感した出来事でした」(坪井さん)(写真撮影/片山貴博)

どこか懐かしいモダンなデザインの街灯ランプ。「ホテルのお客様が写真を撮られていました。私はいつもこの下を通っているのに、特別視をしたことがなかった。人の数ほど、街の見方があると実感した出来事でした」(坪井さん)(写真撮影/片山貴博)

取材したのは4月の発行前の3月初旬。地元の人、編集者・ライターといった書くプロ、音楽家や料理家の専門家による「寄稿」をベースとして考えているとのこと。街の目利きによる、編集のプラットフォームだ。 
「通常、広告で成り立つネットの世界では、“PV(ページビュー)をいくら稼げるか”みたいなことが重要視されますが、今や単体でメディアを成立するにはもう難しい時代にきているのかなと。このローカルメディアは、地域に関わりたい人たちにとって、この街で暮らす上で必要なツールになることができれば成功だと思っています」(影山さん)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
・まちまち眼鏡店
・HAGI STUDIO

山手線の中古マンション価格相場ランキング 2022年版【シングル、カップル・ファミリー向け】

東京を代表する路線・JR山手線は全30の駅を結ぶ環状線。沿線には都内の主要駅が並び、東京のなかでも地価や物件価格はおおむね高め。そしてJR山手線の内側ほど都心とみなされているため、都内の地価や家賃を語るときに「JR山手線の内側か外側か」というのが一つの基準にもなっている。そんなJR山手線の駅の中でも、比較的リーズナブルに中古マンションが探せる駅はどこなのか? 専有面積20平米以上~50平米未満の「シングル向け」と、専有面積50平米以上~80平米未満の「カップル・ファミリー向け」に分け、それぞれの物件の価格相場が安い駅をランキング。その調査結果がこちら!

JR山手線の中古マンションの価格相場が安い駅ランキングJR山手線の中古マンションの価格相場が安い駅ランキング【シングル向け】

※東京(千代田区)、有楽町(千代田区)、高輪ゲートウェイ(港区)は調査対象物件11件以下のためランク外

JR山手線の中古マンションの価格相場が安い駅ランキング【カップル・ファミリー向け】

※東京(千代田区)、有楽町(千代田区)は調査対象物件11件以下のためランク外

山手線で安く中古マンションを探すなら「北半分」に注目!(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

中古マンションの価格相場が安い、JR山手線の駅はどこなのかを調べた今回のランキング。まずは気になる1位を見てみよう。「シングル向け」(専有面積20平米以上~50平米未満)で最も安かったのは田端駅。価格相場は3190万円で、「カップル・ファミリー向け」では2位にランクインしていた。

田端駅南口(写真/PIXTA)

田端駅南口(写真/PIXTA)

田端駅北口(写真/PIXTA)

田端駅北口(写真/PIXTA)

北区にある唯一のJR山手線の駅である田端駅は、北口と南口で印象が大きく異なる点がおもしろい。南口は小さな駅舎がぽつりと佇むのみで、商業施設などは見当たらない。線路を見下ろしながら坂道を上っていくと、一戸建てが多い閑静な住宅地へと入る。少々地味なこの南口、2019年公開の映画『天気の子』(新海誠監督)の舞台になったことで知ったという人もいるだろう。一方の北口には駅ビル「アトレヴィ田端」が併設され、スーパーやドラッグストアに雑貨店、カフェ、レストランなどが3フロアに並んで賑わっている。駅前に出てみるとスーパーが点在するほか、線路の北側にも南側にも小学校や保育園がありファミリー層が住む住宅地といった印象だ。また、田端には明治後期から昭和初期にかけて文士や芸術家が多く住んだという一面も。駅から徒歩5分ほどのところにある芥川龍之介旧居跡に、記念館を開設する計画もあるのだそう。

「カップル・ファミリー向け」(専有面積50平米以上~80平米未満)で価格相場が最も安かったのは、台東区にある鶯谷(うぐいすだに)駅で価格相場は5380万円。「シングル向け」では3位になっている。鶯谷駅は小ぢんまりとした無人駅で、1日の乗車人員はJR山手線では高輪ゲートウェイ駅に次いで2番目に少ない(JR東日本「各駅の乗車人員 2020年度」より)。JR山手線の内側にあたる南口側には寛永寺の敷地が広がり、その先には東京国立博物館や国立科学博物館、上野の森美術館を抱える上野公園といった文化施設が集まっている。駅北口側には飲み屋街があり、そこを抜けると浅草へと続く言問通りにぶつかる。スーパーやコンビニ、飲食店が並ぶ通りを越えると、小学校や幼稚園もある住宅街へ。昔ながらの一戸建ても多いが、中層~低層マンションも点在。博物館や美術館が目当ての人は1駅隣の上野駅を利用することが多いため、駅の乗車人員が少なく駅前も賑やかな雰囲気という感じではないが、落ち着いて暮らしたい人にはよさそうだ。

鶯谷駅(写真/PIXTA)

鶯谷駅(写真/PIXTA)

「シングル向け」「カップル・ファミリー向け」のトップ10に注目してみると、ある傾向が見えてくる。それはトップ10の駅の立地が、環状になったJR山手線の北半分に集中しているということ。JR山手線のなかでも、よりリーズナブルに物件を探したいならまずは北半分にある駅を狙うとよさそうだ。ただし、両ランキングトップ10のうち1駅のみ、この傾向から外れて南半分に位置していた。「シングル向け」8位となった田町駅だ。

「JR山手線」30駅の中古マンションの価格相場が安い駅ランキング 2022年版

「JR山手線」30駅の中古マンションの価格相場が安い駅ランキング 2022年版

田町駅前(写真/PIXTA)

田町駅前(写真/PIXTA)

田町駅は港区に位置し、駅東側には芝浦ふ頭やレインボーブリッジなど湾岸エリアが広がっている。駅周辺には大手企業の本社をはじめとするオフィスビルが多く、イタリアやボツワナ共和国などの大使館も点在。近年は高層マンションも増えている。街の雰囲気からすると物件の価格相場は高そうなので、「シングル向け」8位になったのは意外に思える。「カップル・ファミリー向け」だと17位で特別にリーズナブルではないので、「シングル向け」物件に限ってお得感がある価格相場になっていると言えそうだ。

また、田町駅のすぐ前にある東京工業大学・田町キャンパスの再開発が2021年に発表された点にも注目したい。同敷地には2030年の開業を目指して、産官学連携施設に商業施設、ホテルなどからなる地上36階建ての複合施設が建設されるという。ますます街の価値が高くなりそうなので、価格相場にお得感がある「シングル向け」物件を探すなら今のうちが狙い目かもしれない。

広さにこだわらなければ都心湾岸エリアにも手に届く価格帯の物件アリ!?

「シングル向け」「カップル・ファミリー向け」のランキングを見比べてみると、順位は多少入れ替わりつつも、おおむね同様の結果となっていた。しかしなかには「シングル向け」と「カップル・ファミリー向け」で価格相場に大きな開きがある駅も。一つは先ほど取り上げた田町駅、もう一つは浜松町駅だ。浜松町駅は「シングル向け」18位(価格相場4740万円)、「カップル・ファミリー向け」27位(価格相場1億480万円)となっており、「シングル向け」と「カップル・ファミリー向け」の価格相場の開きは5740万円も! これは他の駅と比べても圧倒的に差が大きい。一体、どういうわけなのだろう?

浜松町(写真/PIXTA)

浜松町(写真/PIXTA)

SUUMO掲載物件をのぞいてみたところ、「シングル向け」(専有面積20平米以上~50平米未満)の物件は、広さが40平米未満だと価格はおおむね2000万円台後半~3000万円台前半だった。しかし40平米を超えると一気に価格帯がはね上がる。4000万円台のものもあるが大半は7000万円以上で、9000万円台後半のものも! 厳密に言うと本稿執筆時点とランキング調査時期でSUUMO掲載物件は同一ではないが、同様の傾向はみられると考えられる。つまり浜松町駅の40平米未満の物件は特に割安な傾向があり、「シングル向け」全体の価格相場(中央値)が引き下げられた。結果として「カップル・ファミリー向け」(有面積50平米以上~80平米未満)の価格相場との開きが大きくなったのだろう。

40平米を境に物件価格が大きく異なるこの状況が引き起こされた理由は何なのか? そんな疑問をSUUMO副編集長・笠松美香氏にぶつけてみた。
「浜松町にある専有面積40平米以下の狭い間取りのマンションは築古のものが多いため価格が安くなっていて、広い間取りのマンションは、単に広いから高いだけでなく築浅が多いため高い傾向がみられるのです」

浜松町の中古マンションは狭いタイプだと築古が多く、広いタイプだと築浅が多い。これは時代による生活環境の変化と、それにともなって建築されるマンションの傾向も移り変わったことが背景にあるのだそう。
「20年ほど前までは今ほど共働き世帯率が高くなく、ファミリー層はゆったりとした子育て環境を求めて比較的郊外に住む傾向がありました。そのため浜松町のようにオフィス街のマンションは、賃貸にも出せるような20平米~40平米のシングルタイプが多かったのです。都心ゆえにマンション用地にできる土地が限られる点も、こうした間取りが増えた一因ですね。
ところが、この20年余りで共働き世帯が増えたこと、都心部でもカップルや子どものいるファミリーが住みやすい環境が整ったことで、カップル・ファミリー層を狙った広い間取りのマンションも増加していきました。また、浜松町駅にも近い芝浦や海岸、汐留といった湾岸部の比較的広い土地がマンション用地として開発されるようになり、必然的に規模の大きなタワータイプが増えることにつながりました」

広さにより価格相場に大きな開きがあったもう一つの駅、田町駅でも同様の傾向がみられるのだとか。こうした時代背景を心にとめながらランキングを見ていくのもなかなか興味深い。ともあれ、浜松町駅でお得に中古マンションを探すなら、「広さ40平米未満」をキーワードにするとよさそうだ。

そんな浜松町駅の様子はというと、羽田空港へ向かう東京モノレールが乗り入れており、駅から少し歩くと都営浅草線・大江戸線の大門駅もある便利な立地。駅周辺は都内有数のオフィス街で、駅東側には旧浜離宮恩賜庭園という憩いの場も。庭園のさらに東側には東京湾が広がり、西側に目を向けると東京タワーが目に入る。このあたりのマンションには東京タワービューやベイビューを自慢とする物件もあり、価格相場が高めなのもうなずけるところ。広さにこだわらなければ2000万円台の物件もありそうなので、都心らしい暮らしを望む人は探してみるといいだろう。

旧浜離宮恩賜庭園(写真/PIXTA)

旧浜離宮恩賜庭園(写真/PIXTA)

また、浜松町駅西側では再開発も進行中で、浜松町のランドマークだった「世界貿易センタービル」の建て替え工事が2021年より始まっている。将来的には地上46階建てと地上8階建てのビルに、モノレール駅舎をはじめ商業施設やホテル、インバウンドを見据えた観光情報発信施設や都市型MICEの拠点(カンファレンスセンター)の整備が計画されている。2029年度の竣工予定とのことで、完成時には駅周辺の広場や歩道も整備されるそう。これからの浜松町駅の進化に期待したい。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されているJR山手線沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2021/10~2021/12
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

山手線の全30駅、家賃相場ランキング2022年版!最も高いのは原宿、最安は?

東京都内で交通利便性を重視して部屋を探すなら、真っ先に思い浮かぶのがJR山手線沿線だろう。人気と知名度の高さゆえに、家賃も高い印象が強いが、あえてそのなかでねらい目な駅を探すならどこだろうか。ワンルーム・1K・1DKの物件を対象とした、山手線全30駅の家賃相場の最新ランキングから考えてみた。

JR山手線30駅の家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

JR山手線30駅の家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

1位に高田馬場駅が急上昇、沿線内での価格差はせばまる傾向に

最新の2022年版のランキングの家賃相場は2021年版に比べ、全体的に家賃が上昇している。しかし13位の有楽町駅が2.50万円下落したのを筆頭に、下位グループ、つまり家賃の高い駅に限定すると、半数近くが下落。山手線沿線内での価格差はせばまっているようだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

1位だったのは高田馬場駅で、2021年版の5位、2020年版の7位から急上昇。上位の駅は軒並み家賃が上がっているなかで唯一の値下げ駅であり、22年にまさにねらい目といえそうだ。所在地の新宿区は都内でも家賃相場の高い方に分類されるが、新宿駅から少し離れれば価格帯も幅広くなる。

高田馬場駅前(写真/PIXTA)

高田馬場駅前(写真/PIXTA)

高田馬場といえば代名詞ともいえるのが、早稲田大学の存在だろう。創立者である大隈重信の像や大隈記念講堂がある早稲田キャンパスや文学部などがある戸山キャンパス、理工学術院のある西早稲田キャンパスの最寄り駅の一つ。東京メトロ東西線や西武新宿線が乗り入れるターミナル駅でもある。

周辺には学習院女子大学など他にも大学や教育機関が多く、一大学生街が広がっている。そのため、進学や就職で初めて一人暮らしを経験する人に心強い飲食店も数多い。近年はラーメン激戦区としてや、エスニック料理店の充実ぶりなどが話題になり、食の街としても人気エリアだ。歴史ある学生街らしく、名画座や小劇場なども点在している。

2位の田端駅は、山手線唯一の北区にある駅。山手線と同様に東京の交通の大動脈である、JR京浜東北線の快速停車駅だ。

田端駅前(写真/PIXTA)

田端駅前(写真/PIXTA)

都心部を通るイメージのある山手線だが、田端駅周辺は落ち着いた住宅街。すぐそばに大きな施設が立ち並ぶというわけではないが、駅直結の商業施設「アトレヴィ田端」があり、飲食店などのほかドラッグストアや成城石井なども入っている。また、駒込駅方面へいけば、昔ながらの情緒が残る商店街などもあり、ちょっとした日々の買い物も楽しい。田端は大正時代、芥川龍之介や室生犀星などの文学者たちが集って執筆活動にいそしんだ文学の街という一面を持ち、駅北口すぐの「田端文士村記念館」では、彼らの貴重な資料なども展示されている。

消滅可能性解消の豊島区、大塚駅や池袋駅は再開発で魅力向上

同率5位の大塚駅と池袋駅は隣駅で、駅間距離は約2km。ともに所在地である豊島区は2014年に23区で唯一、少子化や人口移動などにより将来消滅する可能性がある「消滅可能性都市」だと指摘された。しかし近年、解決のための取り組みが実を結んできており、官民あげた魅力的なまちづくりが進められている。

池袋駅(写真/PIXTA)

池袋駅(写真/PIXTA)

大塚駅周辺も、地元住民とともに再開発が行われている。駅周辺は、「アトレヴィ大塚」や星野リゾートが運営する都市型ホテル「OMO5東京大塚」が入る「ba01」など商業施設が整備され、女性の夜の一人歩きも安心できる明るい街並みになっている。スーパーも商店街も数多い。

山手線で唯一、路面電車(都電荒川線<さくらトラム>)が停車するという下町情緒を生かし、空き家だった古民家をリノベーションした昭和レトロな飲食店が軒を連ねる「東京大塚のれん街」は、話題のスポットにもなっている。また、昔ながらの喫茶店もあちこちに見かけ、ノスタルジックな雰囲気が漂う。駅から少し行った住宅地も区画整理が進み、広い敷地に小さな森や池を備えた「大塚台公園」などが点在。憩いや癒しの場を、そこかしこで楽しむことができる。

東京大塚のれん街(写真/PIXTA)

東京大塚のれん街(写真/PIXTA)

池袋駅は、住宅街である大塚駅と同じ家賃で大繁華街に住めると考えれば、都心らしい暮らしを楽しみたい人にはお得感がより増すだろう。東京の主要な繁華街である渋谷駅、新宿駅が12万円前後であることに比べると、9万円以下の池袋駅のねらい目度もわかりやすい。

豊島区は持続発展する都市「国際アート・カルチャー都市づくり」を推進し消滅可能性都市の危機を脱したが、その世界を視野に置いた街づくりの中心が池袋駅。旧庁舎跡地を活用した「Hareza池袋」など新しい施設が開業したほか、南池袋公園を中心に街全体が人が交流できる開放的な公園のようにしていく取り組みが次々と行われている。

南池袋公園(写真/PIXTA)

南池袋公園(写真/PIXTA)

アニメなどのカルチャー拠点が注目されるが、池袋は駅西口の東京芸術劇場を筆頭に、大物演出家が手掛ける大作から宝塚歌劇団の公演、ネクストブレイクの若手劇団が上演する小劇場まで幅広く上演される、劇場街としての顔も持つ。一方で、少し行けばこじんまりしたスーパーや個人商店がのんびりと営業する住宅街があり、便利な都心と住みやすい街の双方の発展が両立した街といえる。

高値な駅は値下げ傾向、最も「お得」なのは有楽町駅

13位の有楽町駅の相場は10万円、前述したが今回のランキング内で最も「お得」になったといえそうだ。21年は27位で12.50万円、20年は24位で11.80万円から大幅にランクアップしている。

有楽町駅(写真/PIXTA)

有楽町駅(写真/PIXTA)

東京駅から徒歩圏内の隣駅で、皇居や帝国ホテル、銀座も歌舞伎座もすぐそばにある、ビジネス街で繁華街。住む場所としてのイメージが薄く、選択肢から外してしまいそうだが、足を延ばせば銀座三越のデパ地下や、駅前の「ルミネ有楽町」の中に成城石井が入っており、スーパーが皆無というわけでもない。すぐそばの東京交通会館では産地直送の野菜や米、果物などの食材がならぶ「交通会館マルシェ」を実施、平日は5店舗、週末は20~30店舗も出店している。自炊派にとっても満足な買い物環境にあるといえそうだ。

16位の目黒駅も、ランキングこそ21年と同じものの、家賃が下がった駅。東急目黒線と東京メトロ南北線、都営三田線が乗り入れている。

目黒駅前(写真/PIXTA)

目黒駅前(写真/PIXTA)

駅直結の商業施設は規模も大きく、アトレ目黒1には「ザ・ガーデンズ自由が丘 目黒店」ほか地下にも魚屋、肉屋、八百屋が、さらにアトレ目黒2には「プレッセ目黒店」も入っておりスーパーはかなり充実している。駅のすぐそばには小規模な商店街もあるが、中目黒方面まで足を延ばせば、約900mに個性豊かな170の専門店が並ぶ「目黒銀座商店街」も。昭和レトロな店舗からおしゃれな雑貨屋まで、散策も楽しい。

繁華街の印象が強いが、駅すぐそばには結婚式場としても人気のミュージアムホテル「ホテル雅叙園東京」がある。美術工芸品の展示や豪華な内装は有名だが、落ち着いた庭園も非常に魅力がある。その庭園の存在もあり、意外なほど緑豊かで落ち着いた雰囲気も感じられる。花見の名所で知られる目黒川もほど近い。

春の目黒川(写真/PIXTA)

春の目黒川(写真/PIXTA)

都心部を選ぶときに気になるのが、手近に大きなホームセンターがあるとは限らないという点だが、目黒駅から少し離れてはいるものの、22年夏に目黒通り沿いに家具・インテリア雑貨の「ニトリ」の大型店舗の開業が予定されている。

人気のある路線は、各駅がそれぞれ違った吸引力にあふれている。どれも魅力的で目移りしてしまうが、そこから厳選するのも、また部屋探しの楽しみの一つだろう。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されているJR山手線沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/10~2021/12
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

賃貸で内装をオーダーメイド&DIYで自分好みに! 夏水組プロデュース「西荻北ホープハウス」

オーダーメイドで自分好みの内装が決められる賃貸住宅があるという。東京都杉並区・JR西荻窪駅からほど近く(徒歩4分)の西荻北ホープハウスだ。オーダーメイドのみならず、入居後にDIYも可能で「原状回復」の縛りもないのだという。女性を中心に魅力的なインテリアを提案している「夏水組」の坂田夏水さんにお話を聞いた。

憧れのウィリアム・モリスの壁紙で、おうち時間も快適に

リビングの壁と玄関ドアにウィリアム・モリスの壁紙を選んだAさんは「好みのインテリアに囲まれているから一日家にいても飽きません」と話す。昨年に会社員からフリーランスに転じた女性で、在宅の仕事でほぼ一日を家で過ごすことから、この部屋の居心地の良さに満足そうだ。

オーダーメイドで壁紙が選べることに魅力を感じ、物件を内見してすぐにこの部屋に決めたという。いくつか壁紙のサンプルを見せてもらったなかから、モリスの柄から2種類を選んだ。
モリスは、19世紀後半の英国で産業革命による粗悪な工業製品を嫌って、生活と芸術の調和を目指したアーツ・アンド・クラフツ運動を興した。工業製品に対して、中世の美意識や手仕事に重きを置いた。これは遠く日本の柳宗悦らによる民芸運動にも影響を与えた。
「古い物件でも、手を入れてリニューアルされることに共感をおぼえます。37平米とひとり暮らしに広さも十分で、キッチン周りも広く使いやすく改修されていて料理が楽しくなりました」と話してくれた。

壁紙などオーダーメイドのマテリアルは、夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyoでコーディネートの相談にのってくれる(画像提供/夏水組)

壁紙などオーダーメイドのマテリアルは、夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyoでコーディネートの相談にのってくれる(画像提供/夏水組)

Aさんが入居の際に選んだウィリアム・モリスの壁紙を貼ったドア(画像提供/夏水組)

Aさんが入居の際に選んだウィリアム・モリスの壁紙を貼ったドア(画像提供/夏水組)

築古の賃貸にかかわらず、魅力的なリニューアルによって人気物件に

西荻北ホープハウスのリノベーションを5年前から任っているのは、空間デザインやリノベーションを手がける夏水組(武蔵野市)の坂田夏水さんだ。デザイン事務所・夏水組のほか、東京・吉祥寺と大阪・梅田でDecor Interior Tokyoというインテリアマテリアルショップも経営していて、自分らしい豊かな空間をつくる提案をしている。

不動産投資家のオーナーBさんと夏水組の坂田夏水さん。リニューアルを終えた西荻北ホープハウスの部屋で。現オーナーは、1年ほど前に前のオーナーから購入した(写真撮影/村島正彦)

不動産投資家のオーナーBさんと夏水組の坂田夏水さん。リニューアルを終えた西荻北ホープハウスの部屋で。現オーナーは、1年ほど前に前のオーナーから購入した(写真撮影/村島正彦)

「こちらのマンションは1975年に建築されて、築年数も40年以上と老朽化が進んでいて、私がご相談を受けたときには、総戸数42戸のうち空き室が30%以上ありました」と話す。

この空き室について、夏水組プロデュースにてリニューアル工事を進めて、ほどなく満室に導いたという。
築古のマンションだけに、入居者が長く住んでいた部屋、入れ替わりがそれなりにあった部屋などあり、入居者が代わるタイミングで行われるリフォーム工事によって、部屋の状態にはバラつきがあった。そこで、坂田さんは、3つのリニューアルプランを提示したという。

もとの間取りには手を入れずトイレやお風呂など水回りを中心にリニューアルする「スタンダードプラン」。2つ目は、キッチンを使い勝手の良い間取りにする「キッチンプラン」。そして、3つ目は間仕切り壁を無くして開放感のあるお部屋にする「フリープラン」という3タイプだ。いずれのプランにおいても、エントランス正面のクロスやバスルームのタイルなどは、部屋ごとに違うものとして、費用を抑えつつも個性をもたせたという。

玄関周りの壁紙は部屋ごとに違うものをあしらい個性を持たせた(画像提供/夏水組)

玄関周りの壁紙は部屋ごとに違うものをあしらい個性を持たせた(画像提供/夏水組)

「賃貸住宅のリニューアルは、オーナーさんの負担が原則です。オーナーさんの資金も限られているなかで、部屋ごとの老朽化の具合やこれまでのリフォーム投資を無駄にしないよう、リニューアルの仕方も選択性にしました」と坂田さん。

西荻北ホープハウスのオーナーのBさんは「提案していただいたリニューアルは、空き部屋が出ても次の入居者がすぐに決まり、オーナーとしてもリニューアルへの投資の面からも不安がありません」と話してくれた。

西荻北ホープハウスでは、壁紙だけでなく、DIYも楽しんで欲しい

夏水組にリニューアルを依頼しているのは、5年前から西荻北ホープハウスの管理を請け負っている地元の不動産会社・リベスト(武蔵野市)だ。

リベスト・中道通り店の店長代理・荒井康友さんは「当社で管理をさせていただく以前は、建物の築年数がそれなりに経過していることもあり、空室率が高い状況でした」と話す。

そこで西荻北ホープハウスの管理の請け負いと同時に、築年数の経過にも調和したデザイン力のある夏水組にリニューアルを依頼するようになったという。また、部屋が空いて内装のリニューアルを行っている途中であれば、壁紙やタイル等の入居者が選べる箇所も多く、「期間限定・内装を自分好みにオーダーメイド可能」と記した間取り図付きのチラシを出せば、すぐに次の入居者が決まることも多いという。
荒井さんは、「西荻北ホープハウスは、こうしたインテリアにできるということが評判をよび、空き室待ちが発生することもあります」と話してくれた。

坂田さんは、国交省が賃貸住宅の流通促進の一環として取り組む「DIY型賃貸の普及」にも共感して、住まい手の啓発につとめているという。「西荻北ホープハウスでも、DIYができることをアピールしています。築古の物件でオーナーさんの理解があれば、住まい手が自分の住まいを自分でつくる楽しみを実現できます」と話す。

西荻北ホープハウスでは、オーナーの意向もあり「DIY可能」な賃貸物件だ。坂田さんは「住まい手自身、住みながら家に手を入れて愛着を持ってもらいたい」と話す(画像提供/夏水組)

西荻北ホープハウスでは、オーナーの意向もあり「DIY可能」な賃貸物件だ。坂田さんは「住まい手自身、住みながら家に手を入れて愛着を持ってもらいたい」と話す(画像提供/夏水組)

坂田さんが経営するインテリアマテリアルショップDecor Interior Tokyoでは、壁紙などインテリア商品の販売だけでなく、壁紙の貼り方や小物のデコレーションなどワークショップも積極的に行って、自分の住まいを自分でアレンジする楽しみの輪を広げているという。

夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyo(吉祥寺店・梅田店)では定期的にインテリアワークショップを行っている(画像提供/夏水組)

夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyo(吉祥寺店・梅田店)では定期的にインテリアワークショップを行っている(画像提供/夏水組)

坂田さんは「ヨーロッパでは、古い建物を、住まい手自らがインテリアにこだわりを持って修復やDIYしながら、豊に暮らしています。そんな文化を若いときに暮らす賃貸住宅でトライして楽しみを知ってもらうことで、日本にも根付かせていきたい」と語ってくれた。

画一的でなく、部屋ごとに個性の感じられる西荻北ホープハウスを見ると、住まい手が自由に楽しんで暮らしていることがうかがえる。最近ではリノベーションへの注目から、築古の賃貸住宅を中心に、借り手が好みのインテリアにできるDIY可能な賃貸が増えてきている。こうした流れを受けて、国土交通省では、貸主と借主のトラブルを未然に防ぐためにDIY型賃貸借に関する契約書式例やガイドブックを作成して公開している。参考にしてもらいたい。

●取材協力
・夏水組
・Decor Interior Tokyo
・リベスト
・国土交通省 DIY型賃貸

災害時に雨水タンクが活躍!? 家庭設置には補助金、スカイツリーや国技館にも設置 東京都墨田区

実は貴重な水資源である「雨」を活用する方法として、じわりと広がりつつあるのが雨水タンクです。話を聞いた墨田区だけでなく、さまざまな自治体で購入補助などの助成制度を設けています。今回は雨水活用の方法と水資源、住まいでの導入方法について取材しました。

30年以上前から雨水活用に取り組む東京都墨田区。その理由は?

乾燥して寒~い冬が終わり、空気がゆるみはじめると雨の日が増えます。「春の長雨」といわれるように春、そして梅雨になれば雨の日が続くことも少なくありません。近年では、「ゲリラ豪雨」のように短時間に激しく降ることも珍しくなくなりました。そんな身近な雨を、官民挙げて「水資源」として活用をしているのが墨田区です。でも、なぜ墨田区なのでしょうか。特定非営利活動法人「雨水市民の会」の笹川みちる理事に聞きました。

「雨水市民の会」の笹川みちる理事

「雨水市民の会」の笹川みちる理事。墨田区の取り組みは世界中から視察が来るそう(写真撮影/片山貴博)

雨水市民の会が運営する雨水カフェ

事務所では淹れたてのコーヒーを楽しめる「雨カフェ」も営業中。※現在は不定期営業のため営業日については雨水市民の会にお問い合わせください(画像提供/雨水市民の会)

「墨田区は海抜ゼロメートル以下の場所が区内のあちこちにある地帯なんです。また、40年以上前から豪雨と水被害に悩まされてきました。錦糸町駅前なども一面、水びたしになったこともあったとか。都市で起きる浸水には、降った雨が河川に排水できずに発生する『内水氾濫』、河川から水が堤防をこえて発生する『外水氾濫』があります。下水道は都市に降った『内水の排除』という役割を果たしていますが、近年では、この下水道の排水能力を超えてしまうゲリラ豪雨が頻発しています。浸水被害を防ぐために、貯留浸透施設、つまり小さなダムを街なかに造る必要がある。その小さなダムこそ、『雨水タンク』なんです」とその背景を教えてくれました。

墨田区の公園にある海抜マイナス表記の案内板

墨田区の公園では海抜のマイナス表記が。ひとたび河川が氾濫すれば被害は甚大(写真撮影/片山貴博)

東京の下水道は、高度経済成長期の急速な都市化に伴って整備されたもの。現在のような人口密度や豪雨、コンクリート化が想定されておらず、昨今のゲリラ豪雨に見舞われると下水道では処理しきれないといいます。そのため、ダムのように一時的に雨水を貯め、ゆるやかに流す取り組みが必要なのです。雨水処理のバッファを大規模なダムだけでなく、地上のあちこちにつくると思うとイメージがつかみやすいかもしれません。

「現在、墨田区では条例を制定し、大規模な建造物やマンションなどには雨水タンクの設置を義務付けています。例えば、両国国技館、墨田区役所、東京スカイツリータウン®、オリナス錦糸町などにも大規模な雨水タンクが設置されていますし、大規模な分譲マンションにも地下に雨水タンクが設置されているはず。現在、区内には大小あわせて731カ所のタンクがあるんですよ」

こうしてタンクで雨の流出抑制を行うことで、下水道への負荷を軽減し、内水氾濫を防いでいるのです。また、墨田区では、一般家庭が雨水タンクを設置する際にも助成金(価格の半分まで、最大5万円)を出しているそう。言われてみないと気がつきませんが、街を守るための地道な取り組みがなされてきたんですね。

墨田区の路地にある路地尊(ろじそん)

墨田区の路地にある路地尊(ろじそん)は、建築家の隈研吾氏が「新・東京八景」として選んだ、風景のひとつ。隣接する建物の屋根に降った雨を地下タンクに貯め、災害時の水資源として手押しのポンプと組み合わせている。地域のシンボル(写真撮影/片山貴博)

貯めた雨水は散水、洗車や掃除、打ち水、非常時のトイレ用水に

では、貯めた雨水はどのようにして活用できるのでしょうか。

「貯めた雨水は、木々に散水したり、洗車などに使ったり、トイレ用水として活用する人が多いですね。規模の大きい建物ほど水も貯まりますので、マンションでは緑地の散水に使ったり、スーパーではトイレ用水として活用しているところもあります。また災害発生時には初期消火に役立ちますし、生活用水、手を加えれば飲水としても活用できるんですよ」

なるほど、日常、災害時と雨水が利用できる幅は思ったより広いようです。一般家庭で設置しやすいサイズは140~200L程度、金額にして5万~6万円程度で、さらに自治体によっては助成金を設けていることもあるとか。ただ、日本の水道代は非常に安いだけに、コスト面だけでメリットがあるかというと悩ましいところだそう。一方で、近年、災害が頻発していることや、普段の掃除に使えるとあれば、導入を考える人も多いことでしょう。

「洗車に使うのであれば、車庫やカーポートの屋根の雨を集められる場所、ガーデニングに使うのであれば庭に近い竪樋にタンクを接続すると使いやすいでしょう。ただ、タンクで貯めた水をトイレ用水にする場合は、屋外からだと配管やポンプの設置が必要だったり、雨水が足りなくなったときには水道水を補給する設備が必要なので、かなり大掛かりなリフォームになります」

市販されている外付けの雨水タンクはドラム缶程度の大きさです。トイレ用水に使用する場合はさらに容量の大きなものがオススメです。雨水タンクを置きたい場合は、新築時やリフォーム時にあらかじめ設置場所を考えておくのがよさそうです。

一般的なサイズ(200L)の雨水タンク。通常の色は紺色ですが、外壁にあわせて色を塗れば目立ちません(写真撮影/片山貴博)

一般的なサイズ(200L)の雨水タンク。通常の色は紺色ですが、外壁にあわせて色を塗れば目立ちません(写真撮影/片山貴博)

雨樋と鉢を組み合わせた雨水活用のイメージ

とある軒先の雨水活用の例。雨樋と鉢を組み合わせることで、貯水機能を果たしています。雨水タンクの貯水量は80L~500Lと幅がありますが、一戸建てでは120~200Lがひとつの目安に(写真撮影/片山貴博)

気になるのは雨水タンクを設置すると虫、特にボウフラなどが湧きそうなことです。注意点などはあるのでしょうか。
「虫対策としては、(1)フタをすること、(2)竪樋から直接雨水を取水すること、(3)雨水を日常的に使って回転させること、を徹底すれば問題ありません。雨水は純水に近いため栄養分が少なく、もともと虫が湧きづらいですしね」。どうやら虫は十分に対策できそうです。

公園に設置された雨水タンク

公園に設置された雨水タンク(左)。上部にあるフタをはずしたところ(右)。竪樋から直接雨を貯めているため不純物が入りにくく、虫が湧くことはありません(写真撮影/片山貴博)

成熟した都市に必要なのは雨水タンクのようなグリーンインフラ

一つ、気になるのが雨のきれいさです。飲料として活用することはできるのでしょうか。
「雲から降る雨って、天然の蒸留水ですごくきれいな状態なんです。ただ、混じり気の少ない超軟水なので大気中の窒素化合物などの汚れを吸収して大地に降りてきます。よく雨水は汚いといわれますが、汚れているのは都市の空気なんです。ただそうやって汚れを吸収して降ってくるため、残念なことにそのままでは飲み水には適さないといわれています」

雨上がりの空がきれいなのは、雨が大気中の汚れを拭ってくれるからだそう。また、もともと空気がきれいなエリアでは、雨を飲水としている地域は少なくないそうで、オーストラリアでは「ピュアレインウォーター」として発売しているところもあるといいます。都市だからこそ、雨が飲水にならないというのは少し寂しい気もしますが、仕方がないことなのかもしれません。

雨水タンクに貯まったきれいな水

雨水タンクの水は見た目は驚くほどきれいで生活用水には十分。汚れているのは都市の大気……(写真撮影/片山貴博)

ここまでの話を整理すると、雨水タンク普及のカギとなりそうなのは、費用というより認知拡大や設置場所といえそうです。では、なぜ今、雨水活用なのでしょうか。

「日本は水道料金も安いですし、降雨量も多いので、水資源が豊かな国という印象の人は多いと思いますが、1人あたりの水資源は、世界平均よりも少ないんです。都市部に人口が密集している、川の勾配が急で滝のように流れていく、というのがその理由です。また、高度成長期に整備された上下水道のインフラは老朽化しつつあり、かつてのように大規模なダムや、貯水池をつくるということも難しくなっています。自然の持つ機能を活用して、地域の魅力・居住環境の向上や防災・減災につなげる取り組みを『グリーンインフラ』といいますが、雨水活用はその一つ。災害が頻発する今こそ大切な取り組みだと思っています」

確かに高齢化が進み、人口が減り始めている現在の日本では、今までの上下水道や貯水ダム、貯水池のような巨大なインフラを新たにつくるどころか、維持するのが精一杯でしょう。ただ、ゲリラ豪雨が頻発していることを考えると、既存にある住まいの一部に工夫を加えて対応するのがいちばんリアルで、有効な対策なのかもしれません。

「いきなり大きな雨水タンクを導入する必要はないので、少しずつ、できることからやってみよう、の精神で始めてみるのがいいと思います。雨水タンクがあると、雨が降るのも楽しみになりますし、台風がくるからタンクを空にしておこう、など意識するようになります。何より雨が貯まるのは楽しいですよ」と話します。

白鬚神社に設置された雨水タンク

白鬚神社にも雨水タンクがありました(写真撮影/片山貴博)

そういえば、神社仏閣など、昔ながらの日本建物には、鎖樋(くさりとい)と水鉢といった工夫があります。雨水を排水しつつ、水の流れを風景として楽しみ、貯まった水は打ち水として使う。日本の暮らしになじみ、受け継がれてきた智慧、それが雨水活用。今こそ、取り入れてみてはいかがでしょうか。

●取材協力
雨水市民の会

「吉祥寺かるた」の地元愛がすごい!「中央特快とまってよ~」「サンロード 猛ダッシュしたら60秒」など

2021年度グッドデザイン賞を受賞した「吉祥寺かるた」。「中央特快とまってよ~」「吉祥寺というお寺はありません」の吉祥寺あるあるネタに加え、「どれだけあるの?三舟のメニュー」「漬物バーでうずらのキムチ」など、SNSで集まった、地元民しかわからない読み札が大きな話題に。今回はその仕掛人に「吉祥寺かるた」が生まれた経緯や目的、新たな試みについてお話を伺った。

自分たちがつくるラブレター。送る相手は慣れ親しんだ「吉祥寺」

「吉祥寺かるた」の仕掛け人、徳永健さん。本業はクリエイティブディレクターだ。

吉祥寺のデザイン会社・クラウドボックスの代表でもある徳永さん。「吉祥寺かるた」は2021年度グッドデザイン賞を「コミュニティづくりの取り組み・活動」カテゴリーで受賞。写真は吉祥寺駅北口のサンロード前にて(写真撮影/片山貴博)

吉祥寺のデザイン会社・クラウドボックスの代表でもある徳永さん。「吉祥寺かるた」は2021年度グッドデザイン賞を「コミュニティづくりの取り組み・活動」カテゴリーで受賞。写真は吉祥寺駅北口のサンロード前にて(写真撮影/片山貴博)

「長年、僕たちは多くのお客様の広告をはじめとした、“表現”のお手伝いをしてきました。それを僕たちは“ラブレターの代筆屋”と呼んでいて、ユーザーに思いを届けることを念頭においています。吉祥寺にオフィスを構えて10年経ったタイミングで、“自分たちのラブレターを書こうよ。その相手は吉祥寺がいいよね”という話になったんです」
吉祥寺に関するプロダクトはどんなものがいいか考えていた2019年の秋、たまたまご当地かるたで遊ぶイベントを開催。
「ご当地かるたをすると、そこに旅したくなるよね、だったら吉祥寺を題材にしたかるたもいいんじゃない、って話になったんです。そこに地元のタウン新聞の編集長がいて、“来年の正月号の見開きで特集しましょうか?”って言ってくれたことで、急遽、制作スケジュールが決まりました(笑)」

「吉祥寺の魅力」「吉祥寺の名所・名物」「吉祥寺あるある」などを46枚の言葉とイラストで表現した、吉祥寺の「ご当地かるた」(2200円 送料・税込)(写真撮影/片山貴博)

「吉祥寺の魅力」「吉祥寺の名所・名物」「吉祥寺あるある」などを46枚の言葉とイラストで表現した、吉祥寺の「ご当地かるた」(2200円 送料・税込)(写真撮影/片山貴博)

読み札はSNSで募集。偏愛にあふれたネタが300超集まる

ご当地かるたは読み札が肝心だ。
「吉祥寺のみんなでつくって、みんなで遊びたい」という思いもあり、広くSNSで募集することに。応募方法は「#吉祥寺かるた」をつけるだけでOK。匿名で良し、とした。
「かるたって日本人なら誰でも知っているゲームじゃないですか。だからひと言”かるたの読み札を考えて”っていうだけで説明できちゃうのが強かったですよね。文字数のイメージもつきやすい。ネタは300以上集まりました。これがもう面白くて。めちゃくちゃニッチだけど絶妙に面白い“それ君だけの経験だろ”みたいな投稿もあって(笑)。これって、採用された人には謝礼とか、大賞に賞金、という設定にしてしまうと誰もが正解を書こうと狙ってしまうから、ここまでバリエーション豊かなネタにならなかったと思うんです。とにかく参加のハードルを下げたことで、偏愛に満ちたネタがいっぱい届きました」
また「かるたの札を考えること」は自分のなかにある地域愛に向き合うこと。それを言語化することで、その愛がはっきりして、深まっていく。「46の読み札によって、街の姿が46面体で浮かび上がってくる。他にはない、リアルで個性的な街のガイドブックになるんです」

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

選ぶときに気をつけたのは、取り上げる対象に優劣をつけず、偏愛を大事にすること。そして自虐はあってもいいが、それを読んで傷つく人がいないことだ。
「例えば、吉祥寺からかなり離れた場所に住む人も『吉祥寺在住です』と言いがち、というネタを描いた”ええじゃないか関町南も吉祥寺”という読み札があるんですが、これがもし”関町南は吉祥寺とは呼べないでしょ”みたいな札だったら、そこに住む吉祥寺大好きな人はがっかりするじゃないですか。そういうところは誰でも笑える表現になるよう気をつけました」

さらに選定した読み札は、内容が真実かどうかの検証実験も。
例えば「サンロード 猛ダッシュしたら60秒」は、早朝の誰もいない商店街を走って検証。「まゆげスワンが一羽だけ」は実際に井の頭池まで行き、スワンボートを確認。「闇太郎のシメは大将がくれるリンゴ」は、実際のお店で飲み食いをして実証した。

採用するネタは可能な限り、調査、実証。「ただし商店街ダッシュは真似しないでください」(写真撮影/片山貴博)

採用するネタは可能な限り、調査、実証。「ただし商店街ダッシュは真似しないでください」(写真撮影/片山貴博)

吉祥寺好きなら一度は疑問に思うアレコレも読み札に(写真撮影/片山貴博)

吉祥寺好きなら一度は疑問に思うアレコレも読み札に(写真撮影/片山貴博)

ハモニカ? ハーモニカ?(写真撮影/片山貴博)

ハモニカ? ハーモニカ?(写真撮影/片山貴博)

誰もがルールのわかる「かるた」は、世代を超えて遊べる強み

そうして2019年の年末に「吉祥寺かるた」が完成。翌年にはイベントも開催した。
「かるた」は、老若男女問わず参加できるのが強みだ。かるたで遊ぶと、世代を超えて「吉祥寺が好き」という共通の感情で場が盛り上がり、ある意味「ファンミーティング」状態が生まれる。また、吉祥寺をよく知らない人が参加しても問題はない。「これってどういうこと?」「へー、面白い」と会話のきっかけにもなるからだ。

吉祥寺のスペインバル「PEP」で開催された新年会の様子。吉祥寺在住の人も、ほとんど吉祥寺を知らない人も、かるたによって吉祥寺の話題で盛り上がっていたそう(画像提供/吉祥寺かるた製作委員会)

吉祥寺のスペインバル「PEP」で開催された新年会の様子。吉祥寺在住の人も、ほとんど吉祥寺を知らない人も、かるたによって吉祥寺の話題で盛り上がっていたそう(画像提供/吉祥寺かるた製作委員会)

しかし、すぐにコロナ禍になってしまい、予定していたイベントはほとんどが中止になった。
「残念ですが、なかなか会えないので、かえってリアルで早く会ってしゃべりたい、まるで“早くライブに行きたい”みたいな高揚感が生まれています。ステイホームで大好きな吉祥寺に行けないから、日めくりカレンダーのように毎日かるたをめくって楽しんでいるという方もいらっしゃいました」

街の変化とともに「かるた」も進化する

さらに、この「吉祥寺かるた」の大きな特徴は変化すること。例えば閉店する飲食店がでたら、その場合はその札だけ変えられるよう、読み札と取り札のペアを1音分だけでも販売している。そのネタも再度SNSで募集した。
「街が変わるのは当たり前。だったら街の変化に合わせてかるたも進化していくべきかなと。人によっては”ゆ”の札は2セットあるわけです。こうした上積みが街の時間軸になっていくのもいいなと思っています」

吉祥寺かるた進化パック2021 ゆの札セット400円(送料・税込)。「でも実はまた閉店してしまったお店もあるので、また募集しなきゃいけないんですよね……」(写真撮影/片山貴博)

吉祥寺かるた進化パック2021 ゆの札セット400円(送料・税込)。「でも実はまた閉店してしまったお店もあるので、また募集しなきゃいけないんですよね……」(写真撮影/片山貴博)

「吉祥寺かるた」の手法を活用した「企業かるた」も手掛けている。写真は、ナッツ&ドライフルーツの「小島屋かるた」。ECで人気を集めるショップが、3万件のショップのレビューとメルマガ会員の応募、店員のウンチクをもとにかるたをつくった。ファンの愛が集まるところならなんでも「かるた」になりうる(写真撮影/片山貴博)

「吉祥寺かるた」の手法を活用した「企業かるた」も手掛けている。写真は、ナッツ&ドライフルーツの「小島屋かるた」。ECで人気を集めるショップが、3万件のショップのレビューとメルマガ会員の応募、店員のウンチクをもとにかるたをつくった。ファンの愛が集まるところならなんでも「かるた」になりうる(写真撮影/片山貴博)

新たな試み「まちカタルカ」。初対面同士のトークを手助け

一方で、「『住みたい街ランキング』(リクルート)で毎年1位、2位を争う吉祥寺みたいな街だからファンがいて、ネタが集まるんでしょ?うちの街じゃとても」といった意見も多く聞こえてきた。

それに対する答えのひとつとして新しく手掛けたのが「まちカタルカ」。「まち」についておしゃべりする「トークテーマカード」だ。

はじめにどこの「まち」についておしゃべりをするかを決めて、「〇〇(街の名前)で~」といいながらカードを引き、そこに書かれたトークテーマでおしゃべりするというもの。いわば「お題」カード。カードに書かれているのは「いちばんよく行くお店」「美味しいパンが食べられるところ」などのスポット情報や「このまちに住んだ(来た)理由」などパーソナルなこと、さらには「市長(町長・村長)になったらこれをやる!」などちょっと想像力が必要なものなど多岐にわたる。

「まちカタルカ」1520円(送料・税込)。トランプとしても使え、ババ抜きでひと組揃って捨てるときに、そのカードのどちらかのテーマについてひと言話してから捨てるなど、トランプとトークテーマを組み合わせることもできる(写真撮影/片山貴博)

「まちカタルカ」1520円(送料・税込)。トランプとしても使え、ババ抜きでひと組揃って捨てるときに、そのカードのどちらかのテーマについてひと言話してから捨てるなど、トランプとトークテーマを組み合わせることもできる(写真撮影/片山貴博)

想定しているシチュエーションは、はじめましての保護者会、プレママ学級、移住を考える人と地元民の交流の場、大規模マンションの入居時のウェルカムパーティ、学校の寮に入るときの歓迎会、地元のスナック、同窓会など「地域」を共有するさまざまなコミュニティ。
「いきなり初対面の人にあれこれ質問するのって難しいでしょう。でもこのカードを引くことで、半ば強制的にトークテーマが決められるので、お互いはじめましての場面でも自然と会話が生まれます。地域の情報交換の場になるし、知らない者同士でも地域を共有しているという実感がもてて連帯感が生まれるんです。これなら吉祥寺以外でも展開できます」

「まちカタルカ」のカードを使って、それぞれ「自分ならどう答えるか」を付箋に書いて貼ってもらうという参加型イベントを開催。暮らす街、好きな街なら、おのずと自分なりの答えをもっているもの (画像提供/吉祥寺かるた製作委員会)

「まちカタルカ」のカードを使って、それぞれ「自分ならどう答えるか」を付箋に書いて貼ってもらうという参加型イベントを開催。暮らす街、好きな街なら、おのずと自分なりの答えをもっているもの (画像提供/吉祥寺かるた製作委員会)

「吉祥寺かるた」も「まちカタルカ」も、共通するのは地域に対する「愛」だ。
「このフォーマットはあらゆる街で対応可能ですよね。例えば、街づくりのワークショップで自己紹介を兼ねて「まちカタルカ」で遊んでもいいし、自分が暮らす街や働く会社でかるたの読み札を考えるのも面白い。一見何の特徴がないように感じる街や会社でも、かるたひとつ分くらいの語れることはあるものです。ただ条件は、そのコミュニティに対して愛があること。まあ実は、愛憎入り混じってる感情のほうが面白かったりもするんですが(笑)」

どんな街でも、そこに暮らす人にはなにかしら理由、愛着があるはず。そして世代や性別、属性も違う人々が、かるたやカードというプラットフォームの上で「地域愛」を語り合える世界は、きっと多幸感に満ちているはず。そんな幸せな「場」が生まれる街には、きっと誰もが住み続けたいと思うはずだ。

●取材協力
株式会社クラウドボックス
ぺろきち商店(「吉祥寺かるた」販売サイト)
吉祥寺かるた製作委員会 公式ツイッター

東京23区の家賃相場が安い駅ランキング 2022年版! 2位は金町、1位は?

部屋探しの際、利便性や交通アクセスの良さを重視するなら、東京23区内はぜひ候補に入れたいもの。家賃との兼ね合いを意識するなら、押さえておくべき街はどこだろうか。東京23区内の家賃相場が安い駅の最新ランキングから、ワンルーム・1K・1DKの物件を対象にリサーチしてみた。

東京23区内の家賃相場が安い駅TOP34駅

東京23区内の家賃相場が安い駅TOP34駅

緑豊かな江戸川区の葛西臨海公園駅や篠崎駅はアウトドア派に嬉しい街

ランキング10位までに、江戸川区の駅が6つ入っている。江戸川区は23区の東の端にあたり、東京湾に面した比較的自然が豊かなエリア。近年は夏になると猛暑が話題になることが多いが、江戸川区は豊かな水自然の影響もあり、23区内では最高気温の平均値が低い。

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

1位だったのは、JR京葉線の葛西臨海公園駅。23区と千葉県の境界の駅だが、東京駅や新橋駅、秋葉原駅などのビジネス街や繁華街へ電車で30分以内へ行くことができ、交通利便性は高い。駅の目の前には東京湾が広がり、駅と同名の葛西臨海公園や葛西海浜公園といった、バーベキューなどができる広々とした敷地の公園があるため、ドライブなどで訪れたことのある人もいるかもしれない。また、隣駅の舞浜駅は、東京ディズニーリゾートの最寄り駅だ。

ただ葛西臨海公園駅は、駅の南側はほぼ公園で北側は倉庫などが多く、住宅街は駅から離れている。徒歩10分圏内にはほとんど物件はなく、15分圏内まで広げると多少見つかる程度。本記事の相場は徒歩15分以内の物件を集計しているが、実際に多いのは、駅から20分以上や、ほかの駅からのバス便物件のようだ。駅からの利便性を求める人にはあまりおすすめしないが、車を利用する人には、だからこそ穴場な街、といえるだろう。

篠崎駅前(写真/PIXTA)

篠崎駅前(写真/PIXTA)

同じ江戸川区にある篠崎駅は昨年のランク外から急上昇して4位に。付近は静かな住宅街で、ファミリー向けのマンションも多い。24時間営業のスーパーなどもあり、落ち着いた生活がおくれそうな雰囲気がある。

駅から少し行くと野球のグラウンドやテニスコート、ドッグランなどがある広大な篠崎公園がある。また、江戸川区花火大会の会場になっている江戸川の河川敷も近い。河川敷は普段から散歩やジョギングをする人でにぎわっており、スポーツが趣味のアウトドア派には魅力的だろう。

再開発が進む金町駅の周辺エリア、住みやすさ向上も期待

2位の金町駅、3位の京成金町駅を含む6駅がランク入りした葛飾区は、23区の中でも野菜の生産が盛ん。区内では、とれたての野菜を手軽に購入できる野菜の直売所をあちこちで見かけることができる。

金町駅と京成金町駅は、路線こそが違うが約150mと至近距離にあり、ほぼ同じエリアといえる。金町駅のJR常磐線は東京メトロ千代田線と直通運転しているため実質3路線が利用可能。日比谷駅や大手町駅などのビジネス街へ、30分ほどで乗り換えなしで行けるのはポイントが高いだろう。

金町駅周辺(写真/PIXTA)

金町駅周辺(写真/PIXTA)

駅周辺は商店街のほかスーパーも充実しており、単身者には心強い飲食店も数多い。下町風情の漂う街だが、近年は再開発が進められており、2021年には駅前に図書館やワーキングスペース、商業施設などが入った新しい高層複合施設も開業。今後は道路の拡張や混雑解消なども計画されており、住みやすさや街の魅力の向上も期待できそうだ。

お手ごろな家賃と交通利便性の両立が狙える竹ノ塚駅と梅島駅

ランクインした駅の所在地が一番多かったのは足立区だった。最上位にきたのは、12位の竹ノ塚駅だ。東武伊勢崎線の普通列車のみの停車駅だが、同線は東京メトロ日比谷線や東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線と直通している。日比谷線は六本木駅や恵比寿駅などのおしゃれな街や、美術館や博物館の多い上野駅や歌舞伎座と直結している東銀座駅などの文化的なエリアも沿線にあり、半蔵門線は東京を代表する繁華街のひとつである渋谷駅がある。どこへ遊びに行くにも便利で、休日の充実度が増しそう。18位の小菅駅、19駅の梅島駅、22位の五反野駅も同様だ。

中でも竹ノ塚駅と梅島駅は、東武伊勢崎線の急行や区間急行などすべての列車が停車する西新井駅のそれぞれ隣駅になる。ちなみに西新井駅は6.9万円と家賃が一段高くなるので、こういった急行停車駅の周辺に着目するのはお手ごろな物件を探すテクニックだ。

竹ノ塚駅付近は歓楽街の存在が取りざたされることもあるが、そのぶん深夜や24時間営業をしているスーパーなども多く、帰宅が遅くなる多忙なビジネスパーソンでも買い物に不自由することはなさそう。地元密着の味のある飲食店なども数多いので、にぎやかな空気の好きな人には楽しいエリアだろう。

ベルモント公園(写真/PIXTA)

ベルモント公園(写真/PIXTA)

一方、梅島駅は、少し行くと落ち着いた住宅街が広がっている。駅近くの梅島駅前通り商店街は町中華などの飲食店や総菜屋などが並ぶ。駅から徒歩5分ほどにあるベルモント公園は、オーストラリアのベルモント市との友好親善のシンボルとしてつくられ、1.3haの敷地の中に同市から贈られた工芸品などが展示されている瀟洒な赤レンガの陳列館などがある。

勉強に打ち込めそうな学生街と、昭和風情満喫な街もランクイン

22位には同率で7駅がランクインしているが、目を引くのは杉並区にある西武新宿線の上井草駅。各駅停車のみの駅だが、東京を代表する繋華街のひとつである新宿まで直通で約20分なのは便利だ。

西武新宿線内でターミナル機能をはたす高田馬場駅が最寄り駅である早稲田大学を筆頭に、沿線の学校に通う学生向けのリーズナブルな物件が充実しており、落ち着いた学生街の顔を持つ。付近は閑静な住宅街で目立った商業施設などはないが、プールやジム、アーチェリー場などが備えられた上井草スポーツセンターがあり、プロサッカークラブのFC東京による教室が開かれることも。浮かれず勉強にも運動にも打ち込める街、ともいえそうだ。

上井草駅(写真/PIXTA)

上井草駅(写真/PIXTA)

同じく22位の大泉学園駅は、練馬区に位置している。練馬区は23区で一番新しい区で、江戸川区と同じく自然が豊か。また区の特産品である練馬大根の存在で知られるように、葛飾区同様、野菜の生産も盛んだ。もっとも、現在最も生産されているのは大根ではなくキャベツとのこと。
大泉学園駅は西武池袋線の各駅列車のみの停車駅だが、東京メトロ有楽町線や副都心線、東急東横線などと直通。吉祥寺や阿佐ヶ谷などへ一本で行けるバスも充実している。駅直結の商業ビルなどがあり、買い物施設も数多い。付近の住宅街が整備されたのは実は戦前からで、区画もすっきりしている。その中を、おしゃれな飲食店が点在している。

大泉学園駅前(写真/PIXTA)

大泉学園駅前(写真/PIXTA)

また、人気アニメ漫画『ワンピース』などを手がける東映アニメーションのスタジオは、大泉学園駅が最寄り。そのため、「ジャパンアニメーション発祥の地」とも呼ばれている。

同率29位で6駅ランクインしているうち、京成本線沿線の堀切菖蒲園駅もチェックしたい。上野駅まで約15分で、下町の雰囲気が色濃く残るエリアだ。駅付近は大型スーパーもあるが、お手軽価格の惣菜などが売っている商店街や個人経営の飲食店、また焼き肉の食材を売る直売センターといった個性的な店なども点在。昭和の風情が好きな“大人”には、散策だけでも楽しい街でもある。

堀切菖蒲園駅前(写真/PIXTA)

堀切菖蒲園駅前(写真/PIXTA)

少し行くと、落ち着いた住宅街。また駅と同名の花菖蒲園があり、見ごろを迎える6月には多くの人出でにぎわう。梅や藤など、四季折々で楽しめる花も植えられており、季節の変化が待ち遠しくなりそうだ。

堀切菖蒲園(写真/PIXTA)

堀切菖蒲園(写真/PIXTA)

新型コロナウイルス禍でテレワークやリモートワークが普及し“都心離れ”もささやかれていて「家賃や距離だけで生活の質は決まらない」と考える人も増えてきているように感じられる。しかし東京23区はなににつけても便利で、依然として人気が高い。そんななかで、自分のスタイルにあった部屋を見つけることは、充実した日々への近道であることは間違いない。23区内の部屋といえば、とかく高額な点が気になってしまうが、範囲も広い。その中にはきっと、自分にフィットする部屋があるはずだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京23区内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/10~2021/12
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

東京23区の中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2022年版

通勤不要なテレワークの広がりを背景に、住まい探しにおいて「都心離れ」の傾向も見られる。とはいえ、やはり何かと便利な東京23区も人気が高いことに変わりはない。都心のマンションの価格高騰が報じられるなか、住まい相場は現在どうなっているのかを探るため、23区内に位置する駅の徒歩15分圏内にある中古マンションの価格相場を調査した。シングル向け(専有面積20平米以上~50平米未満)とカップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満)、それぞれの価格相場が安い駅トップ10はこちら!

東京23区内の価格相場が安い駅TOP10

【シングル向け】
順位/駅名/価格相場(主な路線/駅の所在地)
1位 お花茶屋 1999万円(京成本線/東京都葛飾区)
2位 北綾瀬 2339.5万円(東京メトロ千代田線/東京都足立区)
3位 新小岩 2365万円(JR総武線快速、他/東京都葛飾区)
4位 平和島 2490万円(京急本線/東京都大田区)
5位 中板橋 2640万円(東武東上線/東京都板橋区)
6位 ときわ台 2680万円(東武東上線/東京都板橋区)
6位 亀戸水神 2680万円(東武亀戸線/東京都江東区)
8位 本蓮沼 2780万円(都営三田線/東京都板橋区)
9位 とうきょうスカイツリー 2785万円(東武伊勢崎線/東京都墨田区)
10位 護国寺 2799万円(東京メトロ有楽町線/東京都文京区)

【カップル・ファミリー向け】
順位/駅名/価格相場(主な路線/駅の所在地)
1位 西高島平 2569.5万円(都営三田線/東京都板橋区)
2位 竹ノ塚 2785万円(東武伊勢崎線/東京都足立区)
3位 見沼代親水公園 2989.5万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
4位 舎人 2999万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
5位 扇大橋 3049万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
6位 京成立石 3080万円(京成押上線/東京都葛飾区)
6位 柴又 3080万円(京成金町線/東京都葛飾区)
8位 谷在家 3090万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
9位 高野 3099万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区)
10位 大師前 3135万円(東武大師線/東京都足立区)

シングル向け上位には、再開発進行で今後の発展が期待大の駅も

東京23区にある中古マンションの価格相場は全国でもトップクラスで高いイメージがあり、実際はどれくらいの予算を考えればいいのか気になるところ。駅から近く(徒歩15分圏内)、それでいてなるべく予算は抑えて中古マンションを探しやすいのはどこなのか、今回のランキングから見ていきたい。

シングル向け(専有面積20平米以上~50平米未満)で最も価格相場が安かった駅は、京成本線・お花茶屋駅で価格相場は1999万円だった。

お花茶屋駅(写真/PIXTA)

お花茶屋駅(写真/PIXTA)

1位になったお花茶屋駅は東京東部、葛飾区に位置している。駅北側には真っすぐ伸びる商店街があり、スーパー、100円ショップやドラッグストアなどがあるほか、周囲にはラーメン店など普段使いできる飲食店も点在。持ち帰り弁当店もあるので、料理をしたくない日にも便利だ。駅の南側にもスーパーやドラッグストアがあるので、駅のどちら側に住んでも買い物には困らないだろう。京成本線で日暮里駅まで行き、JR山手線に乗り換えると東京駅まで計約30分となかなかの好立地。日暮里駅~東京駅間に位置する上野駅や秋葉原駅、神田駅を通勤で利用する人にとっても、お花茶屋駅は住まいの候補地になるだろう。

お花茶屋駅前(写真/PIXTA)

お花茶屋駅前(写真/PIXTA)

2位は表参道駅や赤坂駅、大手町駅などへ1本で行ける東京メトロ千代田線・北綾瀬駅で、価格相場は2339万5000円。2019年からリニューアルが進められてきた駅には、2021年に「マーヴ北綾瀬リエッタ」が誕生した。高架下を利用したスペースにスーパーやコンビニ、100円ショップ、そしてファストフード店や持ち帰り弁当店といった食関係のお店など、日々の暮らしに役立つ商業施設が並んでいる。ほかにも北綾瀬駅前では再開発が計画されているので、今後は街の人気上昇と共に物件の価格相場も上がるかも。街の将来の計画を見て、発展が期待できるところを選ぶというのも不動産選びのセオリーの一つの手だ。

3位はJR総武線快速・新小岩駅で、価格相場は2365万円。JR総武線快速に乗ると、東京駅までは4駅・約15分で行くことができる。そんな新小岩駅では工事が進められており、2023年冬には南口に駅ビルが完成予定。1~2階は商業施設、3~5階はスポーツ施設、6階には葛飾区の行政サービス施設が入る予定だという。加えて南口駅前では、商業施設や住宅からなる大型複合施設を建築する計画も進行中。竣工は2028年度の予定とのことで少々先だが、2位の北綾瀬駅同様に街の人気・価値上昇に期待大! 新小岩駅で中古マンションの購入を検討しているなら、価格相場を見ながら早めの決断が吉かもしれない。

新小岩駅北口(写真/PIXTA)

新小岩駅北口(写真/PIXTA)

ここまで見てきたトップ3の駅を1位のお花茶屋駅を基点に見ると、直線距離で北に約3.3km行くと2位・北綾瀬駅があり、直線距離で南へ4km弱のところに3位・新小岩駅がある。いずれも荒川の東側に位置しており、南北に整列するように点在する駅がトップ3にランクインしたことになる。

1位~3位を含むトップ10の駅の立地は、4位の京急本線・平和島駅を除く9駅はいずれも東京駅より北側にあり、東京23区でも北東部に位置していた。シングル向け物件をなるべく安く探したい場合、まずは大きな目安として「東京23区北東部」を意識するとよさそうだ。とはいえ、今回ランクインした駅の価格相場がこの先、たとえば来年以降もずっと都内屈指の安さだとは限らない。実際、2021年も同様の調査を行ったのだが、今回トップ10入りしたのは昨年15位だったときわ台駅のみで、残る9駅はガラリと入れ替わっていた。再開発をはじめとしたさまざまな要因で価格相場は移りゆくので、今回の調査結果も鮮度が高いうちにぜひ活用してほしい。

カップル・ファミリー向けなら日暮里・舎人ライナー沿線に注目

続いてカップル・ファミリー向け(専有面積50平米以上~80平米未満)のランキングをチェックしていく。

1位は東京の地下鉄では最北端の駅でもある、都営三田線・西高島平駅で価格相場は2569万5000円。板橋区の最北部に位置し、10分ほど歩けば埼玉県和光市へ。西高島平駅から都心部へのアクセスは、池袋駅まで乗り換え1回・30分少々、新宿駅まで乗り換え1回・約40分、大手町駅なら都営三田線1本で約40分。この程度の所要時間なら、通勤圏内と考えられるだろう。駅周辺の様子はというと、北東方面には物流倉庫街が続いており、住宅地は駅の南~西側。駅徒歩15分圏内にコンビニや総合病院はあるが、生鮮食品を扱うお店は西高島平駅から歩いて10分少々の新高島平駅前にミニスーパーがあるくらい。物件の立地によっては日常の買い物に困るかもしれないが、2位と比べても200万円も価格相場が低い点は大きな魅力だろう。

西高島平駅の駅前(写真/PIXTA)

西高島平駅の駅前(写真/PIXTA)

2位は東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)・竹ノ塚駅で価格相場は2785万円。ここ数年間にわたり駅改良工事が進められてきた結果、2022年3月にはついに上下線の急行・普通列車ともに高架に切り替えられ、新駅舎の供用が始まる予定だ。この高架化により駅付近の踏切がなくなり、悩みの種だった渋滞が解消されて暮らしやすさがアップするだろう。そんな駅周辺は東口側にも西口側にもスーパーがあるほか、銀行や郵便局、ディスカウントストアに飲食店とさまざまな施設が揃っている。児童公園や保育園、幼稚園、小中学校も点在しており、子育て世代も多く住んでいる様子。竹ノ塚駅を通る東武伊勢崎線は東京メトロ日比谷線と直通運転の便もあるため、上野駅や銀座駅、六本木駅、中目黒駅に乗り換えせずに行くことが可能だ。

3位は日暮里・舎人(にっぽり・とねり)ライナーの見沼代親水公園駅で価格相場は2989万5000円。駅名になった公園は、かつて農業用水に使われていた水路沿いに約1.7kmにわたって整備されたもの。春は約70本の桜がほころぶ憩いの場となっている。足立区に位置するこの駅は東京23区最北端の駅で、少し北へ歩くと埼玉県草加市に入り、駅から西へ7分ほど歩くと埼玉県川口市というロケーション。駅周辺には住宅地が広がり、多くの住民の暮らしを支えるスーパーやホームセンターが点在している。こうした商業施設は当然ながら居住地に関係なく利用できるが、子どもが通う公立学校や受けられる住民サービスなどはどの自治体の住民かによって変わってくる。見沼代親水公園駅は前述のように東京都足立区、埼玉県の草加市・川口市の境界近くにあるので、駅周辺で住まい探しをする際は、物件がある自治体の特徴も考慮して選ぶのがよさそうだ。

見沼代親水公園駅(写真/PIXTA)

見沼代親水公園駅(写真/PIXTA)

見沼代親水公園(写真/PIXTA)

見沼代親水公園(写真/PIXTA)

さてトップ10を見てみると、3位の見沼代親水公園駅をはじめ日暮里・舎人ライナーの駅が半数を占めていた。耳慣れない人もいるかもしれないが、こちらは日暮里駅~見沼代親水公園駅の13駅・約9.7kmを結ぶ路線。沿線の西日暮里駅からは東京メトロ千代田線に、西日暮里駅と日暮里駅からはJRの山手線や京浜東北線に乗り継ぐことができる。見沼代親水公園駅~日暮里駅間は約25分、日暮里駅からJR山手線に乗ると東京駅まで約13分。つまり日暮里・舎人ライナー沿線のいずれの駅からでも、東京駅まで乗り換えを含めて約45分以内には行けることに。ちなみに西日暮里駅経由で向かう池袋駅や新宿駅も、見沼代親水公園駅から40分~50分ほど。

トップ10入りを果たした日暮里・舎人ライナーは、都内屈指の物件相場の安さと、都内主要駅にもそこそこアクセスしやすいという特徴を兼ね備えた注目すべき路線と言えるだろう。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京23区内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2021/10~2021/12
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

24歳女子、大家になる。築40年超エレベーターなしマンションが人気物件になるまで 東京都荒川区

東京都荒川区東尾久の下町。エレベーターなしの築44年の賃貸マンション「トダビューハイツ」。
実は現在は常に満室の不思議物件で、しかも、当時24歳のデザイナーの女性が、祖母の跡を継いで大家になり、10カ月で満室にしたというから驚きだ。
人気の秘密は何なのか? さらに彼女が大家になる決意をした理由、満室にするまでの道のり、今後の展望など、あれこれお話を伺った。

左から、入居者の安谷屋貴子さん、大家の戸田江美さん、新しい賃貸住宅「ロジハイツ」のカフェオーナーになる竹前さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

左から、入居者の安谷屋貴子さん、大家の戸田江美さん、新しい賃貸住宅「ロジハイツ」のカフェオーナーになる竹前さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

24歳のとき祖母の跡を継ぎ、「トダビューハイツ」の大家に

大学生のころに母を亡くし、祖母と2人暮らしだった戸田江美さんが、「トダビューハイツ」の運営を祖母から引き継いだのは6年前、24歳の時だ。

6年前当時の部屋の様子(写真提供/戸田江美さん)

6年前当時の部屋の様子(写真提供/戸田江美さん)

「当時、周囲にマンションが増え、だんだん空き室が目立つようになったんです。もろもろトラブルがあったこともあり、祖母は元気をなくしていきました。もっと祖母のそばにいようと、多忙だった会社を辞め、転職を考えました。そんなとき、フリーのデザイナーとして単発の仕事を受けるようになり、フリーランスのデザイナーとして在宅で仕事をするなら、大家業も兼業できるのではと思ったんです。もちろん素人なので祖母の助けをもらいながら。“これはどうするの”“誰にお願いすればいいの?”と頼りにすることで、祖母も元気になってきました」

現在は30歳の戸田さん。結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

現在は30歳の戸田さん。結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、美大を出てデザイナーとして働いてきた自分だからこそのスキルを活かした「デザイン×不動産」の掛け合わせも面白そうだとも感じていた。最初に取り掛かったのが、物件のサイトづくり。「築年数の古さ」がネックになり集客できないなら、自分でやってみようと思ったのだ。

現在のトダビューハイツのサイトからも、その工夫が伝わってくる。
トダビューハイツを「築40年のおっちゃん物件」と擬人化しつつ、街の様子もレポート。

クリエイティブな大家が自ら手掛ける主観と愛あるサイトは読みものとしても秀逸(HPより)

クリエイティブな大家が自ら手掛ける主観と愛あるサイトは読みものとしても秀逸(HPより)

(HPより)

(HPより)

築年数の古さを逆手にとって「DIY可能」も打ち出した。壁棚の造作や壁の塗装など、内容や箇所を事前に相談しておけば、原状回復義務はないというもの。
さらに、また次の入居者のためにリフォームするならと、「ふすま紙とトイレの床を無料でリフォームサービス」を実施。その相談もフォトショップを使って提案できるのもデザイナー大家ならではだ。

過去のDIY例(写真提供/戸田江美さん)

過去のDIY例(写真提供/戸田江美さん)

入居者の方が好きな本の装丁に合わせた色を職人技で再現してもらって塗ったドアの色(写真提供/戸田江美さん)

入居者の方が好きな本の装丁に合わせた色を職人技で再現してもらって塗ったドアの色(写真提供/戸田江美さん)

襖の柄や色は事前に戸田さんがPC上で再現。家具や好みに合わせて提案している(画像提供/戸田江美さん)

襖の柄や色は事前に戸田さんがPC上で再現。家具や好みに合わせて提案している(画像提供/戸田江美さん)

(画像提供/戸田江美さん)

(画像提供/戸田江美さん)

「顔の見える」大家女子として、自ら広報活動。それが功を奏した

とはいえ、順調だったわけではない。当初は12部屋のうち3室が空室。サイトから見学を申し込む人は若い人が多いが、古さや設備など、いわゆるスペックで評価されがちなことがネックになり、なかなか契約に至らなかったのだ。
そんななか、「20代女子の大家さん」という目新しさから、Webサイト「物件ファン」に取り上げられた。そのサイトから内見メールがいくつも届いた。大家である戸田さんが自ら案内をする。街や物件に愛着を持つ「顔の見える」大家――。特に意識したわけではなく、自分ができることをしていたら、そうなっていた。

24歳のときにふすま貼りを習いに行ったときの写真。その後、「大家女子の日記」という連載も開始し、問い合わせも増えた(画像提供/戸田江美さん)

24歳のときにふすま貼りを習いに行ったときの写真。その後、「大家女子の日記」という連載も開始し、問い合わせも増えた(画像提供/戸田江美さん)

入居者に聞いた「トダビューハイツの魅力とは?」

サイトを通して、新たな入居者となってくれた1人が、福島県でコミュニティ支援の仕事をしていた安谷屋貴子さんだ。
「もう帰って寝るだけの1人暮らしは嫌だなと思ったんです。そんなとき、大家さんに直接内覧を申し込めるこの物件に、ピンとくるものがありました。江美さんには、入居前にふすま紙とトイレの床を何にするか一緒に選んでもらったり、街案内をしてもらったり、まったく地縁のない私には、ありがたかったんです」(安谷屋さん)

戸田さんにとって、のちに単に入居者という以上のサポーターになってくれたという安谷屋貴子さん(写真撮影/ジャーナル編集部)

戸田さんにとって、のちに単に入居者という以上のサポーターになってくれたという安谷屋貴子さん(写真撮影/ジャーナル編集部)

とはいえ、入居後半年間は最低限の連絡事項のやり取りで、頻繁なお付き合いがあったわけではなかった。そのあたりのこと戸田さんに質問してみた。
「私、大家業をしているので勘違いされがちなのですが、人見知りなんですよ。安谷屋さんが入居したころはまだ入居者の方との距離感を探っていたところでもありました。また、シェアハウスではないので、ほどよい距離感は必要だなと思っているんです」
入居1年後に、安谷屋さんは戸田さんの地元の知り合いとの花見に参加。顔見知りができたことで、その後の街歩きやワークショップなどのイベントにも参加しやすくなり、自然と安谷屋さんの尾久コミュニティの輪は広がった。

2018年、当時のお花見の様子。最初は6人だったけれど、ご近所さんが声をかけてみんなで集合写真。「江美さんのお友達の輪に入れてもらえたようで、すごく楽しかったです」(安谷屋さん)(写真提供/戸田江美さん)

2018年、当時のお花見の様子。最初は6人だったけれど、ご近所さんが声をかけてみんなで集合写真。「江美さんのお友達の輪に入れてもらえたようで、すごく楽しかったです」(安谷屋さん)(写真提供/戸田江美さん)

「子どもがいたら別でしょうけど、地縁のない独身の社会人にとって地元に知り合いをつくるってなかなかハードルが高いもの。でも大家の江美さんを通じて、人とまちと少しずつ知り合える実感がありました。特にコロナ禍はそれを実感しましたね。買い物途中に知り合いと立ち話をしたり、江美さんと偶然会って一緒にお弁当を買いに行ったり。知り会いがいない街で、一人暮らしで在宅ワークになっていたら、誰とも会話しないままだったかも」(安谷屋さん)

また戸田さんのほうも、社交的な安谷屋さんというサポーターを得たことで、新しい入居者の方とのウェルカムごはん会なども企画し、ゆるやかにつながれるように。

「いきなり大家とサシでごはん……ちょっと抵抗感あるでしょう。でも入居者の安谷屋さんがいてくれたら、誘いやすい。入居者の数人で韓流ドラマ『愛の不時着』を観たこともありました」(戸田さん)
その後、入居者でもある落語家さんによる落語会も開催。昔から暮らしている入居者と新しい入居者が自然と知り合う、またとない機会になった。

落語会の前には、戸田さんのお知り合いが三味線で出囃子を弾く贅沢さ(画像提供/戸田江美さん)

落語会の前には、戸田さんのお知り合いが三味線で出囃子を弾く贅沢さ(画像提供/戸田江美さん)

入居者の交流の場となる部屋は、戸田さんの仕事場でもある。一部DIYを行い、トダビューハイツの「レトロで和む」雰囲気の味わい場所に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

入居者の交流の場となる部屋は、戸田さんの仕事場でもある。一部DIYを行い、トダビューハイツの「レトロで和む」雰囲気の味わい場所に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

共用廊下には回覧板とともに、庭でとれた柿をおいて。「どうぞ自由にもっていってください」とメッセージ付き。みんなで干し柿をつくる小さなイベントも(写真提供/戸田江美さん)

共用廊下には回覧板とともに、庭でとれた柿をおいて。「どうぞ自由にもっていってください」とメッセージ付き。みんなで干し柿をつくる小さなイベントも(写真提供/戸田江美さん)

新たなプロジェクト始動。その名も「想像建築」

そして、このトダビューハイツとは別に祖母が所有し、長く借地として貸し出していた荒川区町屋の土地が、住人が退去して更地になって戻ってきたことを契機に、新たな活用法を考えることに。
そこに何を建てようか想像することから始めようというのが、「想像建築」プロジェクト。

「売却したり、業者さんに丸投げして賃貸マンションを建てれば簡単だって分かっているんですけど、それは祖母が大切にしてきた地域との関わりを絶つような感じがして、違うかなと。もっと街に愛着が持てるような場所にしたかったんです」
そこで戸田さんがとった方法は「すぐに住宅を建てない」方法だ。
「荒川区が古い建物を取り壊し、更地にして空き地を保全している間は固定資産税を安くする制度があったんです。だったらまず空き地であれこれ利用しているうちに、方向性が出てくるかなと考えたんです」
例えば、屋台村は保健所からのNGが出て実現できなかったが、マルシェ、街歩き、トークイベントを開催し、この場所に興味を持ってもらえるような仕掛けだ。

2019年に行った、路地裏マルシェ&トークイベント。「ご近所の大好きなお店に出店して頂き、さらに発起に至った経緯や、個人的に感じている荒川区の課題などを話しました」(戸田さん。画像提供も)

2019年に行った、路地裏マルシェ&トークイベント。「ご近所の大好きなお店に出店して頂き、さらに発起に至った経緯や、個人的に感じている荒川区の課題などを話しました」(戸田さん。画像提供も)

地元の建築家を招いて荒川区の街歩きイベントも(画像提供/戸田江美さん)

地元の建築家を招いて荒川区の街歩きイベントも(画像提供/戸田江美さん)

そのうち、荒川区役所に勤める人、荒川好きのご夫妻、荒川区に住みたい区外の人、ご近所の人など、自然につながりが生まれた。
「そうしているうちに、やっぱり売るはナシだなと実感。街を愛してくれる人が増えてくれる住まいにしたい。よし賃貸住宅を建てようと思うようになりました」

さらにワークショップを行い、地元住民やこの土地に興味のある未来の住人さんたちにアイデアをプレゼンし、方向性は間違えていないかを探った。
 
その結果、「屋上菜園」と「カフェ」を持つ賃貸住宅を新築することに。コンセプトは“この街に長く住みたくなる賃貸マンション”だ。
会員制の「屋上菜園」は地域住民も登録可能。1階に「カフェ」を設けることで、地域に開かれた住まいを目指している。

新しい賃貸住宅「ロジハイツ」の模型。東京スカイツリーの見える屋上には菜園を設ける予定。「すでに近隣住民の方から申し込みがあり、地域と住民のゆるやかな交流の場になったらいいですね」(戸田さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

新しい賃貸住宅「ロジハイツ」の模型。東京スカイツリーの見える屋上には菜園を設ける予定。「すでに近隣住民の方から申し込みがあり、地域と住民のゆるやかな交流の場になったらいいですね」(戸田さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なかでもキーポイントとなるカフェのオーナーは、なんと戸田さんの大学時代の同級生の竹前さん。同じ荒川区に生まれ育ち、「いずれお店を持ちたい」と喫茶店で働いていた。物件が建つエリアは周囲に飲食店が少ないため、地域住民度の期待は大きい。

「荒川区のような下町の飲食店のオーナーって、とにかく人柄がすごく大事なんですよ。老若男女と仲良くできて、程よい距離感が保てる人。単にテナントとして貸すのではなく、人柄もよく分かっていて信頼している彼女にお願いすることで、暮らす人、地域の人から愛される、そんな気持ちのいい物件を目指したいんです」(戸田さん)

「モーニング営業もしたいし、大きな公園も近いので、ピクニックができるようなメニューも考えたいって夢が広がっています」(竹前さん)。カフェは今年4月オープン予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「モーニング営業もしたいし、大きな公園も近いので、ピクニックができるようなメニューも考えたいって夢が広がっています」(竹前さん)。カフェは今年4月オープン予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「大家さん」は大好きな街に人を呼び込むシゴト

戸田さんのこうした活動のモチベーションは、子どものころの記憶とも紐づいている。
「トダビューハイツができた当初から40年以上住んでいるご夫婦もいて、“江美ちゃん、すっかり大きくなって”と毎回言われる(笑)。ほぼ親戚のような存在ですよね」

戸田さんの好きな落語の世界では、「大家と言えば親も同然、店子(たなこ)と言えば子も同然」が決まりセリフで、大家は困ったことがあれば顔を出してくる中心的存在だ。

「祖母もそうでしたね。大変だけど面白いですよ。この前、テレビが映らなくなったって、1階の外で入居者さんと話していたら、他の方も上のベランダから、”ウチも映らないよ“って顔だしてきて(笑)。 “どーしても日本シリーズが観たいんだ”っていう入居者さんがいて、慌てて近所の電気屋さんに電話したら、“気持ちが分かる、大変だ”ってすぐ自転車でやって来てくれたんです。街を歩いていると、誰かから、”おかえり”って言われて、”ただいま”って答えるし(笑)。地図を見ながら歩いていたトダビューハイツに遊びに来たご夫妻が、自転車で通りかかったおじさんに声をかけられて美味しい中華屋さんを教えてもらったって言っていました(笑)」

そんな下町らしい距離感の住まいに、付加価値を感じて入居を決めてくれる人は多い。
築年数や設備などのネット検索でははじかれてしまうかもしれない物件でも、そこに大きな愛がある。
「ちょっと窮屈に感じることはあっても、街全体が自分のホームタウン。そんな大好きな街に新たに人を呼びこめる”大家”という仕事はとっても面白いと思います」

「もしランチ営業で人手が足りなかったら手伝いにいくよ」「グループラインでヘルプ出したらいいんじゃない」と、大家さん、入居者、新物件のテナントのオーナーと立場の違う3人が楽しく話す雰囲気が、トダビューハイツの魅力を証明しているかもしれない(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「もしランチ営業で人手が足りなかったら手伝いにいくよ」「グループラインでヘルプ出したらいいんじゃない」と、大家さん、入居者、新物件のテナントのオーナーと立場の違う3人が楽しく話す雰囲気が、トダビューハイツの魅力を証明しているかもしれない(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

トダビューハイツ(写真提供/戸田江美さん)

トダビューハイツ(写真提供/戸田江美さん)

●取材協力
トダビューハイツ
想像建築

指先ひとつで渋谷を変える! アプリで参加「shibuya good pass」

100年に一度と言われる大規模な再開発が進む「渋谷」。筆者はそんな街に暮らして20数年が過ぎた。新しいビルが次々に建ち、駅へのアプローチが変わり、その変化についていけない気持ちになることがある。街のイメージと住民の間に大きなギャップが生まれそうだった。
そこに博報堂と三井物産が共同で進める、生活者を中心としたまちづくり構想「生活者ドリブン・スマートシティ」が進んでいると聞いた。すでにスタートしている、渋谷エリア向けに開発したデジタルサービス「shibuya good pass」について博報堂ミライの事業室の大家雅広さんと三井物産エネルギーソリューション本部New Downstream事業部の寺西五大さんに話を聞いた。

デジタル活用で生活者の声を集め、まちづくりに活かす「生活者ドリブン・スマートシティ」

筆者は東京都内でいろいろな区に住んでみたが、渋谷が一番長くなってしまった。渋谷に住んでいると言うと「あんなにぎやかなところに住めるの?」と言われることもある。おまけに渋谷駅前は再開発中だ。住む街としてのイメージはつきにくいかもしれない。

ところが都心のまん中なのに、意外に住み心地がいい。町内会の活動もしっかりしている。ただ大きなビルがどんどん建って、毎週のように駅までの道のりが変わるので、少し取り残されそうな不安があった。

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

そんななか、生活者を中心としたまちづくり構想「生活者ドリブン・スマートシティ」を実現するために、博報堂が渋谷エリア向けに開発したデジタルサービス「shibuya good pass」がスタートしたらしい。これは博報堂と三井物産が共同で進めるまちづくり構想で、テクノロジーが主役ではなく生活者が主役のスマートシティだそうだ。

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

「渋谷エリアにおける暮らしをより良くしていくために、デジタルアプリサービスを通じて、生活者の声や応援を集めます。その声を、さまざまな都市サービスに反映させていくとともに、みんなの声を可視化することで、生活者共創によるまちづくりのモデルをつくっていきます。モビリティ、エネルギー、ワークプレイス、都市農園、スポーツなど、さまざまな都市サービスとの連携も予定しています。生活者が主体的に関わる創造的なまちづくりを通じて、次世代の持続可能なスマートシティモデルの実現を目指したいと思っています」(大家さん)

渋谷でできるgoodな体験のための「shibuya good pass」

「今回、私たちが開発したshibuya good passは、行政、企業、生活者が力を合わせてよりよい渋谷の街をつくっていくことを実現するサービスです。『みんなでつくる、goodな渋谷』がキーメッセージ。スマートフォンで利用できるデジタルサービスとして、2021年夏よりベータ版の提供を始め、すでにいくつかのプロジェクトがスタートしています」(大家さん)

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

登録は無料で、会員になると渋谷で展開される活動やプロジェクトに参加したり応援したりできるほか、渋谷エリアでのさまざまな提携サービスを利用することができる。カフェのメニューを試したり、クーポンを利用できたり、「ありのママカフェ」というママたちの座談会や料理講座やピラティス教室などイベントに参加したりといったサービスが受けられる。

なかでも昨年実施された“388 FARM β”(ササハタハツファームベータ)は代表的なイベントだ。「ササハタハツ」とは、京王線笹塚駅・幡ヶ谷駅・初台駅のそれぞれ頭文字を採ったエリアのこと。エリア内にある、玉川上水旧水路緑道は、渋谷区の事業として再整備計画が進められている。再整備コンセプトは「FARM」。地域の人々で食と暮らしを楽しみ、こどもから大人、年齢や障がいの有無に関係なく、誰もが参加できる場所に生まれ変わろうとしている。その再整備コンセプトを体現する実験イベントが“388 FARM β”(ササハタハツファームベータ)だ。

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

農・食・コミュニティに関する社会課題や地域課題を解決するために、生産者直売マルシェ・体験イベント・ワークショップなどが企画された。注目すべきは「みんなの声”でつくるGOODなideaギャラリー」というテーマで、緑道沿いに渋谷の街に対する“みんなの声”が書かれたポスターを設置したこと。さらに当日来場した方たちの声として、これから再整備が進む緑道やこの町でやってみたいことを集めた。設置されたポスターのビジュアルはshibuya good passのInstagramにも連動していて、いいね!の数に応じて、近くのデジタルサイネージにも“みんなの声”が可視化された。

こういったカタチで、一般の人々の意見が行政やプロジェクトで届くのはわかりやすいし、オープンな意見交換の場にもなる。すでに「仮設FARM」を設置して一定期間利用してくれる人の募集も始まっている。今後どのように活用していくか、また住民自身がどのようにかかわっていくか、注目していきたいと思う。

「花やハーブを育てる菜園で、コミュニティを広げたい!」と「ササハタハツの原風景をみんなで考えたい」が同率1位だった(画像提供/shibuya good pass)

「花やハーブを育てる菜園で、コミュニティを広げたい!」と「ササハタハツの原風景をみんなで考えたい」が同率1位だった(画像提供/shibuya good pass)

新しい地域交通「shibuya good mobi」など、エネルギーやインフラからも考える

またイベント参加だけではなく、地域のエネルギーやインフラについても、一般の人が意見を出し、どのシステムを利用するか選択できるシステムを生み出している。

「三井物産のエネルギーソリューション本部は2020年4月に発足。グローバルな社会課題である気候変動問題の産業的解決をビジネス成長の機会と捉え、さまざまな事業領域において蓄積した知見、事業基盤、ならびに顧客・パートナー基盤を結集しました。三井物産ならではの複合的かつ機動的な取り組みで次世代領域における新事業創出にチャレンジしています」(寺西さん)

「good energy」は地球環境にやさしい再生可能エネルギーを地域で共同購入し、まちづくりに還元するサービスだ。電力の共同購入希望者が一定数集まったところで、新電力をはじめとする電力会社が参加のもと、一番安い電力供給者を決めるリバースオークションを行う。共同購買によって、電気代を安くするとともに、コストダウンが図れた部分の一部で地域の活動を援助することが出来る、
例えば、「シブヤ大学」(誰もが参加できる学び場づくり)、「TEN-SHIP アソシエーション」(高齢者の方々の困りごと支援)、「stride」(障害を抱える方々の就労支援)、「渋谷の遊びを考える会」(子どもたちの遊び場づくりを通じた子育て支援)などのNPO法人や一般社団法人、コミュニティ運営のために寄付されるといったことだ。地域コミュニティ単位での電力共同購入をサポートするリバースオークションのシステムも導入しており、多くの人が利用するほど安く利用できる可能性も高まる。

ささはたまちのお手伝いマネージャー「TEN-SHIPアソシエーション」(画像提供/TEN-SHIPアソシエーション)

ささはたまちのお手伝いマネージャー「TEN-SHIPアソシエーション」(画像提供/TEN-SHIPアソシエーション)

「shibuya good mobi」は、WILLERと連携した月額定額乗り放題で半径約2kmのエリア内を回遊できるモビリティサービスで、すでにサービスを開始している。
渋谷は比較的交通の利便性が高い街だが、エリア内を自由に回遊できるような移動サービスがなく、同サービスを利用することで行動範囲が広がったり、お子さんの送迎が快適になったり、自分時間が増えるなどライフスタイルが変わり、より生活が豊かになる。アプリで車両を呼び出すと、好きな時間に好きな目的地まで移動でき、月額定額料金のためおサイフを気にすることなく何度でも利用できる。同時にどのような人がどのようなニーズで移動しているかを継続的に把握できるため、そのニーズを汲み取って走行ルートやサービスが最適化していくこともできる。交通事業者から一方的に提供されるのではなく、地域に暮らす人々の共創によってブラッシュアップされていくモビリティサービスだ。

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

どちらのサービスも提供されるだけでなく、自分が参加・利用することで地域に貢献できたり、自分の暮らしをより快適に変えていくことができる点が注目だ。

「shibuya good pass」がこれから目指すもの

現在の会員は女性が多く、特に30代40代が中心だそうだ。渋谷区はもともと住民の女性の割合が多い。2021年のデータで、男性が約11万716人、女性が11万9790人と、女性が9000人多い。それだけ女性に暮らしやすい環境が整っているかも知れない。現に私自身も都内での暮らしは渋谷が一番長くなった。今後、それがどのように発展していくかも見守りたい。

このほか、渋谷に住む人や通う人、働く人、事業者や行政など渋谷に関わるすべての人々が、好きなオフィスを、好きな時に、選んで使えるワークプレイスサービス「shibuya good place」など、約 10 カテゴリーの連携サービスの実証実験を開始。また市民参加型の活動として、市民の声をまちづくりや政策に反映させるためのオープンプラットフォーム「decidim」を活用した「shibuya good talk」の実証実験と、地域の企業活動・市民活動を応援するクラウドファンディングの取り組み「shibuya good idea fund」も開始している。

博報堂と三井物産は、こうしたアイデアをまず渋谷で実装し、その後は国内の複数の都市に展開する計画だそうだ。どんな都市でも、働く人、住む人、遊びに訪れる人や企業、行政がうまく連携を取れるようになるのはテーマの1つだろう。どんなに大規模な開発が進もうとも、そこには人間同士のコミュニケーションは必要だ。官民一体となった双方向のつながりが生まれることに期待したい。

●取材協力
shibuya good pass

住民主体で渋谷を変える! アプリで参加「shibuya good pass」

100年に一度と言われる大規模な再開発が進む「渋谷」。筆者はそんな街に暮らして20数年が過ぎた。新しいビルが次々に建ち、駅へのアプローチが変わり、その変化についていけない気持ちになることがある。街のイメージと住民の間に大きなギャップが生まれそうだった。
そこに博報堂と三井物産が共同で進める、生活者を中心としたまちづくり構想「生活者ドリブン・スマートシティ」が進んでいると聞いた。すでにスタートしている、渋谷エリア向けに開発したデジタルサービス「shibuya good pass」について博報堂ミライの事業室の大家雅広さんと三井物産エネルギーソリューション本部New Downstream事業部の寺西五大さんに話を聞いた。

デジタル活用で生活者の声を集め、まちづくりに活かす「生活者ドリブン・スマートシティ」

筆者は東京都内でいろいろな区に住んでみたが、渋谷が一番長くなってしまった。渋谷に住んでいると言うと「あんなにぎやかなところに住めるの?」と言われることもある。おまけに渋谷駅前は再開発中だ。住む街としてのイメージはつきにくいかもしれない。

ところが都心のまん中なのに、意外に住み心地がいい。町内会の活動もしっかりしている。ただ大きなビルがどんどん建って、毎週のように駅までの道のりが変わるので、少し取り残されそうな不安があった。

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

そんななか、生活者を中心としたまちづくり構想「生活者ドリブン・スマートシティ」を実現するために、博報堂が渋谷エリア向けに開発したデジタルサービス「shibuya good pass」がスタートしたらしい。これは博報堂と三井物産が共同で進めるまちづくり構想で、テクノロジーが主役ではなく生活者が主役のスマートシティだそうだ。

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

「渋谷エリアにおける暮らしをより良くしていくために、デジタルアプリサービスを通じて、生活者の声や応援を集めます。その声を、さまざまな都市サービスに反映させていくとともに、みんなの声を可視化することで、生活者共創によるまちづくりのモデルをつくっていきます。モビリティ、エネルギー、ワークプレイス、都市農園、スポーツなど、さまざまな都市サービスとの連携も予定しています。生活者が主体的に関わる創造的なまちづくりを通じて、次世代の持続可能なスマートシティモデルの実現を目指したいと思っています」(大家さん)

渋谷でできるgoodな体験のための「shibuya good pass」

「今回、私たちが開発したshibuya good passは、行政、企業、生活者が力を合わせてよりよい渋谷の街をつくっていくことを実現するサービスです。『みんなでつくる、goodな渋谷』がキーメッセージ。スマートフォンで利用できるデジタルサービスとして、2021年夏よりベータ版の提供を始め、すでにいくつかのプロジェクトがスタートしています」(大家さん)

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

登録は無料で、会員になると渋谷で展開される活動やプロジェクトに参加したり応援したりできるほか、渋谷エリアでのさまざまな提携サービスを利用することができる。カフェのメニューを試したり、クーポンを利用できたり、「ありのママカフェ」というママたちの座談会や料理講座やピラティス教室などイベントに参加したりといったサービスが受けられる。

なかでも昨年実施された“388 FARM β”(ササハタハツファームベータ)は代表的なイベントだ。「ササハタハツ」とは、京王線笹塚駅・幡ヶ谷駅・初台駅のそれぞれ頭文字を採ったエリアのこと。エリア内にある、玉川上水旧水路緑道は、渋谷区の事業として再整備計画が進められている。再整備コンセプトは「FARM」。地域の人々で食と暮らしを楽しみ、こどもから大人、年齢や障がいの有無に関係なく、誰もが参加できる場所に生まれ変わろうとしている。その再整備コンセプトを体現する実験イベントが“388 FARM β”(ササハタハツファームベータ)だ。

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

農・食・コミュニティに関する社会課題や地域課題を解決するために、生産者直売マルシェ・体験イベント・ワークショップなどが企画された。注目すべきは「みんなの声”でつくるGOODなideaギャラリー」というテーマで、緑道沿いに渋谷の街に対する“みんなの声”が書かれたポスターを設置したこと。さらに当日来場した方たちの声として、これから再整備が進む緑道やこの町でやってみたいことを集めた。設置されたポスターのビジュアルはshibuya good passのInstagramにも連動していて、いいね!の数に応じて、近くのデジタルサイネージにも“みんなの声”が可視化された。

こういったカタチで、一般の人々の意見が行政やプロジェクトで届くのはわかりやすいし、オープンな意見交換の場にもなる。すでに「仮設FARM」を設置して一定期間利用してくれる人の募集も始まっている。今後どのように活用していくか、また住民自身がどのようにかかわっていくか、注目していきたいと思う。

「花やハーブを育てる菜園で、コミュニティを広げたい!」と「ササハタハツの原風景をみんなで考えたい」が同率1位だった(画像提供/shibuya good pass)

「花やハーブを育てる菜園で、コミュニティを広げたい!」と「ササハタハツの原風景をみんなで考えたい」が同率1位だった(画像提供/shibuya good pass)

新しい地域交通「shibuya good mobi」など、エネルギーやインフラからも考える

またイベント参加だけではなく、地域のエネルギーやインフラについても、一般の人が意見を出し、どのシステムを利用するか選択できるシステムを生み出している。

「三井物産のエネルギーソリューション本部は2020年4月に発足。グローバルな社会課題である気候変動問題の産業的解決をビジネス成長の機会と捉え、さまざまな事業領域において蓄積した知見、事業基盤、ならびに顧客・パートナー基盤を結集しました。三井物産ならではの複合的かつ機動的な取り組みで次世代領域における新事業創出にチャレンジしています」(寺西さん)

「good energy」は地球環境にやさしい再生可能エネルギーを地域で共同購入し、まちづくりに還元するサービスだ。電力の共同購入希望者が一定数集まったところで、新電力をはじめとする電力会社が参加のもと、一番安い電力供給者を決めるリバースオークションを行う。共同購買によって、電気代を安くするとともに、コストダウンが図れた部分の一部で地域の活動を援助することが出来る、
例えば、「シブヤ大学」(誰もが参加できる学び場づくり)、「TEN-SHIP アソシエーション」(高齢者の方々の困りごと支援)、「stride」(障害を抱える方々の就労支援)、「渋谷の遊びを考える会」(子どもたちの遊び場づくりを通じた子育て支援)などのNPO法人や一般社団法人、コミュニティ運営のために寄付されるといったことだ。地域コミュニティ単位での電力共同購入をサポートするリバースオークションのシステムも導入しており、多くの人が利用するほど安く利用できる可能性も高まる。

ささはたまちのお手伝いマネージャー「TEN-SHIPアソシエーション」(画像提供/TEN-SHIPアソシエーション)

ささはたまちのお手伝いマネージャー「TEN-SHIPアソシエーション」(画像提供/TEN-SHIPアソシエーション)

「shibuya good mobi」は、WILLERと連携した月額定額乗り放題で半径約2kmのエリア内を回遊できるモビリティサービスで、すでにサービスを開始している。
渋谷は比較的交通の利便性が高い街だが、エリア内を自由に回遊できるような移動サービスがなく、同サービスを利用することで行動範囲が広がったり、お子さんの送迎が快適になったり、自分時間が増えるなどライフスタイルが変わり、より生活が豊かになる。アプリで車両を呼び出すと、好きな時間に好きな目的地まで移動でき、月額定額料金のためおサイフを気にすることなく何度でも利用できる。同時にどのような人がどのようなニーズで移動しているかを継続的に把握できるため、そのニーズを汲み取って走行ルートやサービスが最適化していくこともできる。交通事業者から一方的に提供されるのではなく、地域に暮らす人々の共創によってブラッシュアップされていくモビリティサービスだ。

(画像提供/shibuya good pass)

(画像提供/shibuya good pass)

どちらのサービスも提供されるだけでなく、自分が参加・利用することで地域に貢献できたり、自分の暮らしをより快適に変えていくことができる点が注目だ。

「shibuya good pass」がこれから目指すもの

現在の会員は女性が多く、特に30代40代が中心だそうだ。渋谷区はもともと住民の女性の割合が多い。2021年のデータで、男性が約11万716人、女性が11万9790人と、女性が9000人多い。それだけ女性に暮らしやすい環境が整っているかも知れない。現に私自身も都内での暮らしは渋谷が一番長くなった。今後、それがどのように発展していくかも見守りたい。

このほか、渋谷に住む人や通う人、働く人、事業者や行政など渋谷に関わるすべての人々が、好きなオフィスを、好きな時に、選んで使えるワークプレイスサービス「shibuya good place」など、約 10 カテゴリーの連携サービスの実証実験を開始。また市民参加型の活動として、市民の声をまちづくりや政策に反映させるためのオープンプラットフォーム「decidim」を活用した「shibuya good talk」の実証実験と、地域の企業活動・市民活動を応援するクラウドファンディングの取り組み「shibuya good idea fund」も開始している。

博報堂と三井物産は、こうしたアイデアをまず渋谷で実装し、その後は国内の複数の都市に展開する計画だそうだ。どんな都市でも、働く人、住む人、遊びに訪れる人や企業、行政がうまく連携を取れるようになるのはテーマの1つだろう。どんなに大規模な開発が進もうとも、そこには人間同士のコミュニケーションは必要だ。官民一体となった双方向のつながりが生まれることに期待したい。

●取材協力
shibuya good pass

駅遠の土地が人気賃貸に! 住人が主役になる相続の公募アイデアって?

祖父がなくなり不動産を相続することになった相続人の安藤勝信さんは、納税のため所有する賃貸アパートの隣地を売却。土地を継承し、地域のために活用してくれる売却先をプロポーザルで公募し、結果もともとの賃貸アパートの住人と新たな住人が温かなコミュニティでつながる地域になった。現地で話を聞いた。

借りる人の希望を聞きながら建築する新スタイル「賃貸コーポラティブ」

最寄駅から徒歩30分、バス便の立地に2戸の一戸建てと11戸の長屋住宅から成る13戸の賃貸コーポラティブ区画が、2021年5月に東京都世田谷区に誕生した。

コーポラティブハウスとは、入居予定者が建設組合をつくり、主体となって建築する集合住宅のこと。通常は事業主が集合住宅の概要を計画し、購入予定者が区分所有部分のプランを建築士とつくりあげていく形態で、賃貸での例はほとんどない。

「賃貸なのだけど、持ち家のような不思議な感覚です」と話してくれたのは、ここの賃貸コーポラティブに住む川浪さん。一戸建ての室内は、デザインを仕事とする川浪さんのこだわりにあふれている。

(写真撮影/片山 貴博)

(写真撮影/片山 貴博)

玄関ドアを開けるとモルタル仕上げの土間、そこに大きなテーブルを置いて仕事用のスペースにしている。本棚も川浪さんのオーダー(写真撮影/片山 貴博)

玄関ドアを開けるとモルタル仕上げの土間、そこに大きなテーブルを置いて仕事用のスペースにしている。本棚も川浪さんのオーダー(写真撮影/片山 貴博)

「コロナ禍になって、できる限り自分にとって居心地の良い空間で過ごしたいと思うようになりました。でもこの変化の時代に、一生の選択をして家を持っても同じ場所に住み続けるかはわかりません。賃貸は気軽だけれど、空間の自由度が低くて限界があるし、事務所利用可能な住居物件自体がほとんどないんですよ。そんなとき、カスタマイズ可能な戸建て賃貸を見つけたんです」(川浪さん)

オーナーの田畑至誠(たばた・しじょう)さんが用意していた建物オプションは壁紙や床材の選択などだったが、「エアコンを埋め込んでもらったり、床はオプション外の少し特殊な素材でお願いしたり。できる限りの希望を聞いてもらえました」(川浪さん)
基本計画以上のコストアップは、入居者が負担することになっている。「工期の期限と躯体への影響がない範囲で、と限度があるとはいえ、一般的な賃貸では考えられないことです」と川浪さんは笑顔で話す。

夫妻とふたりの子どもとの4人家族。1階は仕事用スペースとキッチンダイニング、2階は居室(写真撮影/片山 貴博)

夫妻とふたりの子どもとの4人家族。1階は仕事用スペースとキッチンダイニング、2階は居室(写真撮影/片山 貴博)

賃貸にDIYとコミュニティを解放したら好循環が生まれた

この賃貸コーポラティブ区画の敷地一帯には、もともと賃貸アパートと駐車場があった。誕生するまでは、「奇跡のような出会いがあった」と祖父の土地の相続人だった安藤勝信(あんどう・かつのぶ)さん。賃貸コーポラティブの隣地の、賃貸アパートの経営者でもある。

安藤さんの祖父母は、世田谷区で都市農場と賃貸アパートを経営していた。
「祖父は賃貸アパートの入居募集に苦労していました。東京では駅から遠い物件は人気がなく、さらに古くなるごとに賃料を下げざるを得ない。下げても満室になるとは限りません」(安藤さん)
そんな状況を見かねて、賃貸アパートの経営を安藤さんが法人をつくって買い受けたのが8年ほど前。一度内装を取り壊し、入居者の希望を内装に反映する形で募集を開始したところ、あっという間に満室になった。
さらに、敷地でのBBQや家庭菜園、焚き火台を使った小さな焚き火といった住民の要望を叶えるうちにコミュニティも深まり、居心地のいい人気物件として生まれ変わらせることができたのだ。

住人共用の菜園(写真撮影/片山貴博)

住人共用の菜園(写真撮影/片山貴博)

「賃貸経営はよくクレーム産業と言われがちです。設備不具合のクレームや住民同士のトラブルにオーナーや管理会社が追われがちなのです。ですが本当は、少しだけお互いを知る機会があれば、生活音が『苦情』から『お疲れさま』に変わることもあるのではないでしょうか。
DIYもできますから、好きな壁紙を貼ればいいし、前の住人と好みが合えば新しい人にそのまま入居してもらうこともできる。前に住んでいた住人と次に住む住人が会うこともあります。募集して待っている立場から、入居者を探せるようになりました」(安藤さん)

相続発生。プロポーザルで売却後も土地の継承を図る

アパート経営から8年ほど経ち、祖父の相続を経験した安藤さん。アパートが建つ敷地の一部、駐車場部分を納税のために手放さざるを得なかった。
「土地は先祖から授かったものではなく未来から預かったもの。亡くなった祖父がよく言っていた言葉です。
アパートのコミュニティの延長でもある土地を、将来にも良い形でバトンを渡したい」と安藤さんが相談したのは、不動産コンサルタントの田中歩(たなかあゆみ)さん。購入希望者から土地利用についてプロポーザル(提案)を受けた上で、共感できる人に売却することを提案してくれたのだそう。

安藤さんは田中さんの伴走のもと「未来へのバトンプロポーザル説明会」を開催し、思いを共有してくれる売却先を探すこととなった。

未来へのバトンプロポーザル説明会(写真提供/安藤勝信)

未来へのバトンプロポーザル説明会(写真提供/安藤勝信)

開催場所は安藤さんが納税資金を借り入れた東京中央農業協同組合のホール。銀行勤務の経験がある田中さんが「通常、相続税は10カ月内に納めねばなりません。プロポーザルからの売却では間に合わないので、納税資金を借り入れる提案をしたんです。延滞税より金利が低いですから」と教えてくれた。
「農協は地域の事業を協同組合の立場で助けてくれる仲間です。とはいえ、担当の安藤也侑(あんどう・あつむ)さん(以降、也侑さん)が自分達に共感して頑張ってくれなかったら、この協同事業に行き着けなかったかもしれません。説明会から売却、融資返済までを上司に取り付けてくれたんですから」(安藤さん)

元の敷地図。左側の駐車場部分が説明会の対象だった(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

元の敷地図。左側の駐車場部分が説明会の対象だった(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

売却部分と所有部分を一体化。コミュニティが繋がる区画に

説明会には不動産会社や投資家など数十人が集まった。

その中でもうひとり、この土地の未来に熱くなる人物が現れた。分譲コーポラティブマンションの企画やコンサルティングに携わる藤田弘之(ふじた・ひろゆき)さんだ。
「同業者から説明会の情報を得て参加したのですが、説明を聞いてびっくり。自宅の近所で、なんと借りている駐車場の売却計画でした。駐車場がなくなると困る、という思いもあって計画にのめり込みました(笑)」

説明会は、一方的に安藤さんが説明するのではなく、参加者がアイデアを出し合うワークショップの体をなした。
借りる人の好みを反映する賃貸アパートの成功例を知り、地域コミュニティへの思いを聞いた藤田さんは「入居予定者と一緒に建物仕様を決めていく、コーポラティブの手法がぴったりだと思いました」と語る。
「当初想定されていた一戸建ての分譲ではなく、中長期でオーナーの思いを引き継ぎやすい賃貸にすべき、とも提案して採用されました。先にコミュニティが醸成されていたアパート部分との繋がりも大事にしたかった。そのため、以前から信頼していた不動産投資家の田畑さんに購入を持ちかけました」(藤田さん)

敷地配置は、右上のアパート敷地と一体で書き換えられた。A、Bの一戸建てとC1~D1までの長屋が新築された賃貸コーポラティブ。「道を通して区画全体に統一感を持たせたいと、そのために売却部分を変更してもらいました。借入先の農協の也侑さんは大変だったでしょうし、新オーナーの田畑さんの共感がなければ実現できませんでした」(藤田さん)(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

敷地配置は、右上のアパート敷地と一体で書き換えられた。A、Bの一戸建てとC1~D1までの長屋が新築された賃貸コーポラティブ。「道を通して区画全体に統一感を持たせたいと、そのために売却部分を変更してもらいました。借入先の農協の也侑さんは大変だったでしょうし、新オーナーの田畑さんの共感がなければ実現できませんでした」(藤田さん)(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

田畑さんは全国で不動産を運用している投資のプロフェッショナル。賃貸物件であれば利益のためコスト効率を重視するところだが、藤田さんから紹介された安藤さんのコミュニティ重視型の賃貸経営に深く共感した。

田畑さんが土地の購入を決め、入居募集を始めてみると多くの応募があった。田畑さんは、「初期費用がかかっても好きに住みたいというニーズ」「転職歴などでローンが組めない高収入層」「オフィスと自宅を賃貸住宅で併用したい個人事業者」の多さに改めて気付かされたという。

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

安藤さんが経営する賃貸アパート(右側)と田畑さんが新オーナーとなった賃貸コーポラティブD棟(左上)。小道と植栽の統一で区画に一体感が生まれている(写真撮影/片山 貴博)

安藤さんが経営する賃貸アパート(右側)と田畑さんが新オーナーとなった賃貸コーポラティブD棟(左上)。小道と植栽の統一で区画に一体感が生まれている(写真撮影/片山 貴博)

コーディネーターの立場からプロジェクトを担当したのは、渡邉友紀(わたなべ・ゆうき)さん。「用意していたオプションは限られたものでしたが、実際は分譲コーポラティブと同じようにこだわる人が多く、キッチンセットだけで100万円かけた人もいました」(渡邉さん)

賃貸コーポラティブの契約は、一般的な賃貸借契約と同様の2年で更新。原状回復については住戸ごとの仕様に合わせて入居者と話し合い、詳細に取り決めている。
「住みながらのDIYも原則自由です。こだわりがある入居者によるリフォームは、建物の劣化ではなく価値アップに繋がりますし。また、普通の賃貸にはないようなコミュニケーションが入居者とも生まれて、経営のモチベーションにもなっています」(田畑さん)

前列左から安藤さん(アパート経営者・土地の相続人)、川浪さん(入居者)、田畑さん(隣地新オーナー) 後列から也侑さん(農協)、田中さん(不動産コンサルタント)、渡邊さん(コーポラティブコーディネーター)、藤田さん(コーポラティブコンサルタント)(写真撮影/片山 貴博)

前列左から安藤さん(アパート経営者・土地の相続人)、川浪さん(入居者)、田畑さん(隣地新オーナー)
後列左から也侑さん(農協)、田中さん(不動産コンサルタント)、渡邊さん(コーポラティブコーディネーター)、藤田さん(コーポラティブコンサルタント)(写真撮影/片山 貴博)

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

「自分好みの家はとても快適。家族もこの家と環境にすっかり馴染んでいます。初期費用もかけているので、愛着も湧きますし、その分長く丁寧に住みたいと思うようになります」という川浪さんの言葉に、笑顔になった田畑さん。
「考え方の近い人と暮らせることで、監視しあうような緊張感が生まれにくくて、むしろお互いにより豊かになるようなアイデアを持ち寄れるようなオープンな雰囲気があります」(川浪さん)

「今回大変なこともありましたが、やってみて本当によかったです。このような形が今後どこかで、ゆっくり広まってくれたらいいなと思っています」(安藤さん)

自分に合う住まいで暮らすこと、隣人を大切にできること。この事例をヒントに、理想に叶う賃貸がもっと増えることを期待していきたい。

●取材協力
安藤勝信さん(株式会社アンディート)、田中歩さん(あゆみリアルティーサービス)、藤田弘之さん(トライク・コンサルティング)、田畑至誠さん(グレープEQ)、渡邉友紀さん(NENGO)、安藤也侑さん(東京中央農業協同組合)、川浪さん(入居者)

「ひばりが丘団地」50年の歴史に新展開! マルシェなど住民主体の新しいエリアマネジメント

高度経済成長期に建設された団地の建て替えが続くなか、旧ひばりが丘団地エリア(東京都西東京市/東久留米市)でのUR都市機構(以下、UR)と民間事業者間の垣根を超えた住民主体のエリアマネジメントに注目が集まっています。まちづくりからエリアマネジメントまで取組む日本初の事例として団地再生事業を機にスタート、2014年にエリアマネジメント組織「(一社)まちにわ ひばりが丘」(以下、まちにわ)が発足し、関係事業者でエリアマネジメントを実施してきましたが、2020年6月末からは活動主体が住民主体に移行しました。
2014年から今まで、特に住民主体になってからの様子について、ひばりが丘のエリアマネジメントをリードしてきた「まちにわ」の岩穴口康次(いわなぐち・こうじ)さん、若尾健太郎さん、渡邉篤子さんにお話を聞きました。

「街全体ににぎわいを」と複数のスポットでイベント開催団地の西側、「ひばりテラス118」脇の公園では「にわマルシェ」が開催された(写真撮影/片山貴博)

団地の西側、「ひばりテラス118」脇の公園では「にわマルシェ」が開催された(写真撮影/片山貴博)

2021年12月11日と12日、ひばりが丘パークヒルズ(建て替え後の団地名称)では「STAY HIBARI(ステイひばり)」というイベントが行われました。もともと33.9ha、184棟もの公団住宅が立っていた広大な敷地。団地内の北集会所エリア、南集会所エリア、5番街広場、ひばりテラス118エリアの4カ所それぞれでマルシェやフリーマーケット、ボーネルンド社の提供する屋外の遊び場「PLAY BUS(プレイバス)」などが展開されたのです。その中の1つ「にわマルシェ」をステイひばりの主催者であるURとともに企画・運営したのが住民主体のエリアマネジメント組織、まちにわです。

2日間で飲食店やハンドメイド雑貨を扱う店など約30店が出店(写真撮影/片山貴博)

2日間で飲食店やハンドメイド雑貨を扱う店など約30店が出店(写真撮影/片山貴博)

団地の南集会所近くにはキッチンカーが出現(写真撮影/片山貴博)

団地の南集会所近くにはキッチンカーが出現(写真撮影/片山貴博)

マルシェのほか、集会所内では団地自治会が主催する親子で楽しめる「むかしあそび」コーナーも(写真撮影/片山貴博)

マルシェのほか、集会所内では団地自治会が主催する親子で楽しめる「むかしあそび」コーナーも(写真撮影/片山貴博)

青空の下、数々の商品が広げられたマルシェやフリーマーケット、広大な芝生の上に現れた遊び場には、子ども連れの家族を中心に多くの人びとが集まっていました。また各スポットを巡るスタンプラリーが行われ、団地内を回遊する子どもたちの姿を目にすることができました。

当日、団地の北集会所前で開催されたフリーマーケット「たんぽぽマーケット」の様子(写真撮影/片山貴博)

当日、団地の北集会所前で開催されたフリーマーケット「たんぽぽマーケット」の様子(写真撮影/片山貴博)

団地中央に広大な芝生が広がる5番街広場ではボーネルンド社の「PLAY BUS(プレイバス)」の遊具に多くの家族連れが集まった(写真提供/UR都市機構)

団地中央に広大な芝生が広がる5番街広場ではボーネルンド社の「PLAY BUS(プレイバス)」の遊具に多くの家族連れが集まった(写真提供/UR都市機構)

ひばりが丘団地は近年、どう変わった?

ひばりが丘団地は、約60年前の1959年、東京都市圏の住宅難に対応するため、全184棟、2714戸を有する首都圏初の大規模住宅団地として建設されました。建設から数十年の歳月を経て、緑豊かな団地へと成長した一方で、生活スタイル・居住者ニーズの変化への対応が求められるようになりました。そこで、URは1999年から団地の再生事業に着手したのです。

1960年代のひばりが丘団地の空撮画像(資料提供/UR都市機構)

1960年代のひばりが丘団地の空撮画像(資料提供/UR都市機構)

江戸東京博物館で復元展示されたひばりが丘団地の一室(資料提供/UR都市機構)

江戸東京博物館で復元展示されたひばりが丘団地の一室(資料提供/UR都市機構)

4階建てと2階建てだった団地の建物を高層化して建て替えたことで生まれた広大な土地には、高齢者や子育てを支援する公共公益施設を誘致した他、約7haは、民間の事業者に住宅を整備してもらうことにしました。その際、URと民間事業者の開発エリアが分断されることがないように、開発からエリアマネジメントまで継続的にまちづくりを進めるため、URで初めて取り入れられたのが「事業パートナー方式」です。エリア全体の価値を向上させるために、URと連携・協議しながら開発を進められる民間事業者を募ったのです。

開発後(2017年)のひばりが丘団地の土地利用状況(資料提供/UR都市機構)

開発後(2017年)のひばりが丘団地の土地利用状況(資料提供/UR都市機構)

この街はURの建物と民間事業者の開発した建物が混在する形で美しく整備されており、一見してどちらの建物かは素人目には簡単に判別できません。民間事業者の発想・ノウハウを活用しながら、調和したまちづくりを目指したというURの意図がしっかりと反映された結果と言っていいでしょう。

左手前がUR、右手側が民間事業者の集合住宅。エリア全体で一体感が出るように調和が図られている(写真提供/UR都市機構)

左手前がUR、右手側が民間事業者の集合住宅。エリア全体で一体感が出るように調和が図られている(写真提供/UR都市機構)

ランドマークとして残された当時の建物も

建て替えによって誕生したURの新しい賃貸住宅は、「ひばりが丘パークヒルズ」と名付けられました。近年のライフスタイル・ライフステージに合わせて選択できる広さや間取りの住宅は全部で1504戸、30棟に。ペットと快適に暮らせるよう、足洗い場やエレベーターにペットボタンなどを設けたペット共生住宅も1棟あります。

ひばりが丘パークヒルズ一帯の様子(写真撮影/片山貴博)

ひばりが丘パークヒルズ一帯の様子(写真撮影/片山貴博)

一方で、ひばりが丘団地の団地再生にあたっては、古い建物を全て解体して建て替えるのではなく、歴史を継承し、資源を有効活用する観点から、3つの異なるタイプの住棟を1棟ずつ残す形で活用が図られています。

例えば、三方に広がる星型の形状をした「スターハウス」は、管理サービス事務所として使用。前面の広場には上皇ご夫妻が皇太子・皇太子妃時代に訪問したバルコニーが移設され、ウッドデッキと一緒にメモリアル広場として整備されました。

上空から見ると星型をした「スターハウス」は団地のシンボル。写真右下に見えるバルコニーや広場は、当時の皇太子ご夫妻が立ったバルコニーを移設してメモリアル広場としたもの(写真撮影/片山貴博)

上空から見ると星型をした「スターハウス」は団地のシンボル。写真右下に見えるバルコニーや広場は、当時の皇太子ご夫妻が立ったバルコニーを移設してメモリアル広場としたもの(写真撮影/片山貴博)

また、「にわマルシェ」の舞台となった「ひばりテラス118」はもともと6世帯が住むことができた長屋形式の2階建て住宅(テラスハウス)。リノベーションされたこの建物は、現在、カフェやコミュニティースペース、お花屋さんや近隣で創作活動を行う作家が作品を販売するシェアスペースになっています。

「ひばりテラス118」は長屋形式のテラスハウスだった旧118号棟をエリアマネジメントセンターとしてリノベーション(写真撮影/片山貴博)

「ひばりテラス118」は長屋形式のテラスハウスだった旧118号棟をエリアマネジメントセンターとしてリノベーション(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

2014年から本格的にスタートしたひばりが丘団地の「エリアマネジメント」

さらにURが開発計画を練るなかで、注力したポイントが「エリアマネジメントの推進」でした。地域の環境やエリア全体の価値向上に向けて住民が主体的に取り組む組織をつくるため、事業パートナーと共にエリアマネジメントの仕組みを考え、2014年に「一般社団法人まちにわ ひばりが丘」を設立したのです。

現在、事務局長を務める若尾さんは、設立当初から関わってきました。「当時の事務局長が人を巻き込むのが上手な人で、イベントに参加しているうちに手伝うように言われて運営側にまわるようになった」(若尾さん)のだそう。代表理事の岩穴口さん、スタッフの渡邉さんも最初はボランティアとして2015年ごろからまちにわの活動に参加するようになりました。

以来、地域の文化祭的なイベント「にわジャム」や、ハンドメイド雑貨とフード・ドリンクを提供するお店が集まる「にわマルシェ」といったイベント、講座・サークル活動などを定期的に行ってきました。そしてコロナ禍でイベントの開催が難しくなった最中の2020年、それまでは民間の開発事業者と開発街区の各管理組合を正会員として運営してきたまちにわは、住民主体の組織へと生まれ変わったのです。既存のUR賃貸住宅の自治会や地域の関係者とは、設立当初から連携して活動しています。

住民主体になる前、2017年のまちにわの組織図。正会員は開発事業者と地域住民からなり、理事会は開発事業者の社員で構成、UR職員が監事を務めていた。(資料提供/UR都市機構)

住民主体になる前、2017年のまちにわの組織図。正会員は開発事業者と地域住民からなり、理事会は開発事業者の社員で構成、UR職員が監事を務めていた。(資料提供/UR都市機構)

コロナ禍を経て、住民主体のエリアマネジメント組織へ

「まちにわは、もともと設立後5年を目処に住民主体の組織となることを目指して設立されたので、組織変更は決まっていたのです。予定外だったのは新型コロナウィルス感染症の流行・拡大。当初から人と人との接点をどうつくっていくか、ということを目的に活動してきた中で、接すること自体がNGになり、戸惑いもありました。
コロナ以後の2年間はイベント等の開催ができなくなり、それまでの5年間で培ってきたつながりをどうつなぎとめていくか、ということを一生懸命に考えてきました」(岩穴口さん)

2018年には2~3カ月に1回の頻度で開催していたマルシェも、2019年の緊急事態宣言発令以後は中止に。2020年は10月下旬から12月中旬まで9週間、毎週末の土日に芝生入口にゲートを設け、3~4店舗ずつ、入場制限を行いながら開催したそう。

今回、URが主催する「STAY HIBARI(ステイひばり)」と同時開催された「にわマルシェ」は1年ぶりの開催。「URと調整しながら一緒に企画・開催できたことが嬉しい」(岩穴口さん)と語る(写真撮影/片山貴博)

今回、URが主催する「STAY HIBARI(ステイひばり)」と同時開催された「にわマルシェ」は1年ぶりの開催。「URと調整しながら一緒に企画・開催できたことが嬉しい」(岩穴口さん)と語る(写真撮影/片山貴博)

「ひばりが丘のエリアマネジメントに主体的に関わる人(まちにわ師)を育てる『まちにわ師養成講座』の開催なども経て、住民が自ら何かをやる空気が少しずつできていました。例えば『ひばりンピック』というスポーツ大会を住民発のイベントとして開催しようと準備していました。結果的にはコロナで開催中止となってしまいましたが、住民が発案したものを実行に移せる土壌が整ったのです」(渡邉さん)

「まちにわ師養成講座」の様子(写真提供/UR都市機構)

「まちにわ師養成講座」の様子(写真提供/UR都市機構)

他にも、住民がつくった「まちにわ組」というLINEのオープンチャットには、現在110人ほどが登録しているそう。誰でも入れて、個人アカウントを明かさなくても入れるが、「いざというときのためにも、できれば本名で登録してほしい」と投げかけています。

「先日、地震があったときにもオープンチャット内で頻繁にやりとりがありました。『インターネットがつながらない』『ガスが止まりました。どうしたらいいですか』といったSOSに対し、詳しい人が具体的な解決方法を示してくれました。普段は『この店おいしいよ』という、他愛ないコミュニケーションにも使われています」(若尾さん)

今後まちにわでは、LINE等がうまく使えない人のために、スマホ講座なども企画しているそうです。

住民の「やりたいこと」を支援する場所として

このような広がりを受け、岩穴口さんは「これまではまちにわが水先案内人として先導する役目だったが、これからは住民の方がやりたいことを後押し、支援をしていく立場へと変わっていく」と言います。

「僕たちが施す、ということではなく、やりたい人たちができる場所を用意する、ということに主眼を置きつつあります。少しずつコロナとの付き合い方が見えてきて、今後リアルなつながりが増えてくると思いますし、やはり『つながりづくり』を重視したい。

一方で、一部の人だけが集まる状態では、他の方を阻害してしまうことになりかねません。これまでは新しいマンションの住人に向けての取り組みが多かったのですが、今後は高齢者の方も含めて、どのように取り組んでいくか、そのバランスが重要だと思います。社会問題はこれからもどんどん出てくると思うので」(岩穴口さん)

2019年まで、3000人を超える人が集まるバルやマルシェを出店した「にわジャム」は今年、オンライン形式でつながりづくりを意識した交流会やワークショップを実施(写真提供/UR都市機構)

2019年まで、3000人を超える人が集まるバルやマルシェを出店した「にわジャム」は今年、オンライン形式でつながりづくりを意識した交流会やワークショップを実施(写真提供/UR都市機構)

(写真提供/UR都市機構)

(写真提供/UR都市機構)

実際に、昔から住まわれているUR賃貸住宅の自治会から「まちにわと一緒に取り組みを考えさせてほしい」といった連携のオファーも出てきたのだそう。

「僕たちは昔のひばりが丘団地エリアで民間事業者が開発したマンションに住む各世帯から月300円をいただいて運営をしています。その対価をどういう風に提供していくか、それは常に考えるべきことです。子育て世帯、高齢者と、世代も異なる全ての人が、小さな取り組み一つひとつに全て賛成をしてくれるという状態は現実的にはありえません。ただ、まちにわの大きな世界観に共感してもらい、まち全体がよくなっていくことを一緒に目指せればいい。そのためにコンセプト、ビジョン、ミッションといったものを共有できるよう常に発信しています」(若尾さん)

今回お話を聞かせてくれたまちにわ事務局長の若尾健太郎さん(左)、代表理事の岩穴口康次さん(中央)、渡邉篤子さん(右)(写真撮影/片山貴博)

今回お話を聞かせてくれたまちにわ事務局長の若尾健太郎さん(左)、代表理事の岩穴口康次さん(中央)、渡邉篤子さん(右)(写真撮影/片山貴博)

「普段は楽しく、いざというとき助け合える」がまちにわのコンセプトだそう。普段から住民の「やりたいこと」を支援しながら、付き合いのある関係、顔が見える関係を築いておくことで、非常時の助け合いにもつながる、という考えがそこにはあります。

「みんなで情報共有しながら、つくり上げる過程こそが面白い」と言う若尾さんの言葉通り、人と人とのつながりこそが、まちが生む最大の価値なのかもしれません。

●取材協力
・UR都市機構
・一般社団法人まちにわ ひばりが丘

築62年の松陰神社「共悦マーケット」が取り壊しに。街ぐるみで見送った昭和のアーケードの最期

東京都世田谷区、松陰神社通り商店街。2021年10月末「共悦マーケット」は、62年の歴史の幕を閉じた。この昭和のマーケットが取り壊されることを知ったひとりの写真家が、1年前からこの場を劇場に見立ててゲリラ的にパフォーマンス上演を開催してきた。そして、10月には、子どもたちによる「共悦マーケットの人々」と題した演劇が上演され、まちぐるみでマーケットに別れを告げた。

老朽化と耐震性能の不足からマーケットの取り壊しが決まった

東急世田谷線の二両編成ののんびりとした電車に乗って三軒茶屋駅から5分あまり。松陰神社前駅の周辺は、昔ながらの八百屋や魚屋といったお店と、今どきのカフェやスイーツ店が混在する、暮らしてよし散歩してよしの楽しい商店街がある。クルマ通りもほとんどない、まちの人たちが安心して歩ける雰囲気も魅力だ。
その商店街に面して「共悦マーケット」はあった。1959年に建築された4軒の2階建て木造建物の間に通路が設けられ、小規模ながら屋根掛けされた私設アーケードが、この共悦マーケットだ。このマーケットには、居酒屋、定食屋、古本屋兼シェアオフィス、レコード屋、アパレルショップ、整体院、ハチミツ屋、フランス料理店……昔ながらのお店と新しいお店が混在して商店街の魅力の中核を担っていた。
ところが、築60年を過ぎて建物が老朽化し耐震性に劣ること、大家さんの高齢化などの理由から、建て替えられることになった。大家さんは2年ほど前に「取り壊し」を、賃借しているお店に伝えたのだという。

松陰神社通り商店街に面する共悦マーケット。右手前は古書店のnostos books、左端には居酒屋のマルショウアリクが見える。木造2階建ての建物とその間に屋根のかかったアーケードで共悦マーケットは構成されている(2021年3月頃撮影)(写真/村島正彦)

松陰神社通り商店街に面する共悦マーケット。右手前は古書店のnostos books、左端には居酒屋のマルショウアリクが見える。木造2階建ての建物とその間に屋根のかかったアーケードで共悦マーケットは構成されている(2021年3月頃撮影)(写真/村島正彦)

写真家がマーケットを劇場に見立てパフォーマンス公演を企画

「無くなるものを、何かかたちにして残したい」と、共悦マーケットの一角、牡蠣専門居酒屋「マルショウアリク」の常連、写真家・加藤孝さんは、取り壊しまで1年を控えて、そう考えた。加藤さんは、舞台の役者や演劇公演のポスターの写真撮影を得意とする写真家だ。「アリクの店主、廣岡好和さんと相談し、ボクにやれることはなんだろうと考えて、本業の写真、そして多くのパフォーマーに知り合いがいるので、想い出をつくるイベントの企画を考えました」と話す。
マーケットには屋根付きのアーケードが設えられており、60年にわたって道行く街の人やお客さんが雨に濡れないように守ってくれていた。わずか30m程のアーケードは短いがゆえに親密な空間をつくりだしていた。そこで、加藤さんは、友人・知人の様々なジャンルのパフォーマーに声をかけて、このアーケードを劇場に見立て、月に一回「共悦劇場」というゲリラ型の路上イベントを企画した。
2020年9月の第一回は講談、第二回は江戸大神楽、その後は、薩摩琵琶、パントマイム、紙芝居、タップダンス……と続いていく。加藤さんは、自ら撮影機材などを持ち出して撮影、YouTubeでライブ動画配信するとともに、それらパフォーマンス動画を「共悦劇場」と題してアーカイブ化していった。

写真家・加藤孝さんが企画・撮影・配信・アーカイブをつくったYouTubeチャンネル「共悦劇場」(画像/YouTube)

写真家・加藤孝さんが企画・撮影・配信・アーカイブをつくったYouTubeチャンネル「共悦劇場」(画像/YouTube)

地元の小学生がマーケットを題材にした演劇づくりの仲間集め

そんななか、「マルショウアリク」が定期的に行っている軒先マルシェで、店主の廣岡さんが2021年6月に「このマーケットは10月末でなくなるんだ」と「子どものお店」を出していた顔なじみの地元の小学生たちに話した。これを聞いて、「共悦マーケットの人たちの話を聞いて劇をつくりたい」と言った子どもがいた。
近くの小学校に通うわたくん(4年生)だ。わたくんは、2021年3月、世田谷区の世田谷パブリックシアターが行っていた「小学生のためのえんげきワークショップ+発表会「下馬のゆうじさんをめぐる冒険」に演劇ワークショップに参加した経験があり、人から話を聞いて演劇をつくる、というイメージを持っていた。同じく世田谷パブリックシアターのさまざまな演劇ワークショップに参加していたFUMIさん(3年生)など数名の仲間を集めて、「共悦マーケット子どもプロジェクト」のキックオフミーテングを行った。そこで、「演劇チーム」「新聞チーム」「紙芝居チーム」ができ、10月中旬の発表を目指すことになった。
まず共悦マーケットの人にインタビューをはじめた。
インタビューの中で、廣岡さんから「共悦マーケットのお店の人たちに『好きな言葉』『大切にしている言葉』を聞いてみるといいんじゃないかな」とヒントをもらった。廣岡さんは「子どもたちが、ここで商売をしている大人たちの思いや考えを知ってもらうのに良いアイディアだと思いました」と打ち明ける。
また、それと並行して、さらなる仲間集めをはじめた。役立ったのは学校の学習で使っているタブレットだ。さっそく、共悦マーケットについての演劇をつくりたいこと、一緒に演劇をつくる仲間を集めたいこと、その内容を盛り込んだチラシをつくった。そのチラシを見て5~6人の賛同者が集まった。

わたくん(左)、FUMIさん(右)は、共悦マーケットは遊び場としてなじみ深かった。マルショウアリクの廣岡さんのことは「ヨッシー」と愛称で呼んでいる(写真/村島正彦)

わたくん(左)、FUMIさん(右)は、共悦マーケットは遊び場としてなじみ深かった。マルショウアリクの廣岡さんのことは「ヨッシー」と愛称で呼んでいる(写真/村島正彦)

わたくんが見せてくれたタブレットでつくった演劇仲間を募集するチラシ(写真/村島正彦)

わたくんが見せてくれたタブレットでつくった演劇仲間を募集するチラシ(写真/村島正彦)

周りの大人たちもサポート。仲間はどんどん増えていった

「共悦マーケット子どもプロジェクト」と名付けられたこの取り組みは、子どもたちが主体であるものの、周りの大人たちのサポートもあった。二人の通う地元小学校のPTAサークル「IBASHO」は、子どもたちがすこやかに自立に向かっていける「放課後」の過ごし方について考え、実践しながら、その課題を地域と共有している。今回の子どもたちもIBASHOの活動に参加していたため、IBASHOメンバーたちは「劇をつくりたい」という声にすぐに反応し、多岐にわたるサポートを行った。

脚本づくりや稽古の場所は、共悦マーケットの店舗で一足先に空き家になっていた古書店「nostos books」(世田谷区砧に移転)の跡を大家さんにお願いして貸してもらった。大家さんも創立間もなかった地元小学校の卒業生だ。かわいい「後輩たち」の申し出に、喜んで貸し出してくれたという。
商店街に面するガラス張りのスペースだったことから、通りがかりにその作業風景を見かけた小学生の友達がどんどん参加してくれることになった。
学校でも校長先生が協力してくれて、校長室の前にポスターを貼らせてもらった。最終的に19~20人で演劇を行うことになった。学年も1年生から5年生まで幅広い年代の子どもたちが参加したという。「年は違うけど、みんなため口でしゃべりあう友達になりました」とわたくん。わたくんとFUMIさんは、劇のタイトルを「共悦マーケットの人々」と決めた。

共悦マーケットを愛する人たちの街角ギャラリー写真展

その一方、写真家の加藤さんは月1の「共悦劇場」に加えて、取り壊しが目前に迫った9月末から、共悦マーケット内のお店の人たち、利用する街の人たちのポートレートを撮り始めた。本業の写真家として、無くなりゆく共悦マーケットに対する思いを込めた。「KYO-ETSU MARKET April.1959~November.2021」と書き入れたポスターを自らデザインして、モノクロのポートレートを1点ずつあしらった。そして、これらポスターを「nostos books」跡のショーウィンドウにできた順に貼っていった。

「共悦劇場」の企画・動画配信、共悦マーケットの店主や街の人々のポートレート撮影、ポスター制作を行った写真家の加藤孝さん(写真/村島正彦)

「共悦劇場」の企画・動画配信、共悦マーケットの店主や街の人々のポートレート撮影、ポスター制作を行った写真家の加藤孝さん(写真/村島正彦)

このポスターを見た街の人たちが、次々と自分も撮って欲しいということになり、加藤さん撮影のポスターが増えていった。それとともに「nostos books」跡のショーウィンドーはどんどん隙間無く埋められていった。マーケットを愛する人たちの街角ギャラリー写真展の様相を帯びてきた。
「これは何?」とポスターに足を止めて興味深く眺め入る人も多くいた。加藤さんは「10月末に共悦マーケットが建物の役目を終えて、11月には取り壊されるんです。KYO-ETSU MARKETという字が下に行くほど薄くなっているのは、この建物が無くなることをあらわしています」と説明していた。

加藤さんはSNSで告知、道行く人に声掛けするなどして、共悦マーケットを愛する街の人々の姿を写真に収めた(写真/村島正彦)

加藤さんはSNSで告知、道行く人に声掛けするなどして、共悦マーケットを愛する街の人々の姿を写真に収めた(写真/村島正彦)

「共悦マーケットの人々」はみんなで一緒に踊って別れを告げた

10月16日(土)・17日(日)は、子ども劇「共悦マーケットの人々」発表の本番だ。

10月17日(日)の夕方、共悦マーケットを見送る子ども劇に多くの街の人々が足を止めた(写真/村島正彦)

10月17日(日)の夕方、共悦マーケットを見送る子ども劇に多くの街の人々が足を止めた(写真/村島正彦)

最初に、「紙芝居チーム」による「未来の商店街」の上演。
その後には、子どもたちによるギター、キーボード、ピアニカ、縦笛の演奏に併せて、観客も含めて「カントリー・ロード」の唄を。
いよいよ、共悦マーケットのお店の人たちに取材した劇「共悦マーケットの人々」の上演だ。
お店の人たちの大切にしている言葉「一期一会」「夢じゃなくて目的を大切にしている」「やればできる」「先義後利(道義を優先して利益を後回しにする)」「天は人の上に人をつくらず、天は人の下に人をつくらず」といった言葉が披露されていく。取材した食堂で、美味しいきんぴらゴボウと卵焼きを食べさせてもらったことまで劇中で紹介してくれた。
共悦マーケットの大家さんから聞いたたくさんのお話の中で、子どもたちは自分が伝えたいことを選んで朗読した。その内容は「12軒のお店があって、かつては店子さんと親子のような関係だったこと」「『共悦』は共に喜ぶという意味であること。ご近所同士が仲良くなれればという思いを込めたこと」「好きな言葉は”フィリア”、ギリシャ語で愛を表すこと」「安全のために建て替えること」「子どもたちが共悦マーケットをみんなで見送ってくれることに感謝していること」などだった。
そして劇の締めくくりには、観覧していた大人も招き入れてオリジナルの盆踊りを踊った。踊り終えた後には、みんなで共悦マーケット全体を仰ぎ見て「さようなら」と手を振り、アーケードを走り抜けた。アーケードの未来を予感させるこの演出は、子どもたちの演劇をカメラを通して見守っていた加藤さんによるものだ。

子ども劇『共悦マーケットの人々』は、マーケットの店主や大家さんの好きな言葉や思いを取材して、それを題材に子どもたち自身で演劇をつくった(写真/村島正彦)

子ども劇『共悦マーケットの人々』は、マーケットの店主や大家さんの好きな言葉や思いを取材して、それを題材に子どもたち自身で演劇をつくった(写真/村島正彦)

子ども劇の上演後には、加藤さん撮影のポスターの前に、多くの人たちが、共悦マーケットへの思いや演劇の感想を付箋に書いて貼っていった(写真/村島正彦)

子ども劇の上演後には、加藤さん撮影のポスターの前に、多くの人たちが、共悦マーケットへの思いや演劇の感想を付箋に書いて貼っていった(写真/村島正彦)

大人たちをまねて、居酒屋を貸し切って「打ち上げ」

共悦マーケットの狭い間口の入り口に、街の人たちが鈴なりに詰めかけて、子どもたちの演劇を見守った。子どもたちの「共悦マーケット」への思いに、胸を打たれた大人たちは多かったのではないだろうか。劇の終わりには、盛大な拍手が寄せられた。
上演を無事終えると、子どもたちは、演劇づくりのきっかけをつくってくれた居酒屋「マルショウアリク」の席を陣取った。みんなで、ジュースで乾杯だ。大人たちが大きな仕事が終わると「打ち上げ」と称して居酒屋で乾杯する姿を見ていたので、子どもたちも、ジュースで打ち上げの乾杯をしてお菓子を食べて、みんなで「共悦マーケット子どもプロジェクト」の成功をお祝いした。

子どもたちは、ジュースとお菓子で「打ち上げ」だ。共悦マーケットの一角、居酒屋「マルショウアリク」はこの日は子どもたちで埋め尽くされた。カウンターの中には、店主の廣岡さん、IBASHOの岡田さん(写真/村島正彦)

子どもたちは、ジュースとお菓子で「打ち上げ」だ。共悦マーケットの一角、居酒屋「マルショウアリク」はこの日は子どもたちで埋め尽くされた。カウンターの中には、店主の廣岡さん、IBASHOの岡田さん(写真/村島正彦)

大人たちもそれを取り囲んで、子どもたちと一緒に「共悦マーケット子どもプロジェクト」の成功を祝福して、街ぐるみで温かな空気をつくりだしていた。
後日、わたくんとFUMIさんに話を聞いた。演劇づくりは本番の3~4週間前からが佳境だったという。子どもによっては塾や習い事との兼ね合いもあり全員は揃わないので、放課後の演劇づくりはたいへんだった。土日には、演劇づくりに6時間も費やすこともあったという。
劇の仕上がり、満足度を聞いたところ、FUMIさんは「99点……98点かなぁ」、わたくんは「100点!」と満足いく出来だった。二人とも「また、演劇づくりをやりたい」と話してくれた。
上演当日のチラシ(協力:IBASHO)には「この共悦マーケットは、その名のとおり喜びを共にする小さなアーケードでした。ただの通路ではなく、抜け道であり、ときには傘になり、井戸端会議の場、遊び場で子どもたちにとっては異次元へのトンネル、まちの行燈でもありました。古きも新しきも、思い出を残す存在でした。子どもたちが『ここでやりたい』と発想したのも、ここから受けてきた有形無形の恵みを感じ取っていたからではないかと想像します」とある。
IBASHO代表の岡田陽子さんは「私たちは、街の力と、子どもたちの見えないものをつかみとる力と、まだ見ぬものを形にしていく演劇の力によって、たくさんの奇跡のかけらを見ました。それは、私たちの地域がすでに持っている力に気づく時間でもありました。日常の地続きにあるその力こそ未来の街をつくる原動力です。子どもたちの『放課後』はその可能性を秘めているという点でも大変貴重な時間です。子ども×街×PLAYは足し算ではなく掛け算ですね。閉幕のあとも、きらめくような記憶のかけらが街を彩っている気がしています」と、語ってくれた。
残念ながら11月になり共悦マーケットは取り壊しが進められ、そのかつての姿はもう見ることができない。
ただし、写真家の加藤さんが撮影・配信・アーカイブされた「共悦マーケットの人々」は、いまもYouTubeで見ることができる。そして、加藤さんによる、共悦マーケットを見送る街の人たちのポートレートは、1冊限りの写真集が作られた。松陰神社前駅のほど近く「100人の本屋さん」に納本・常備されているので、気になった方は見に訪れていただきたい。
これからも、松陰神社前駅の街の人々の心のなかに「共悦マーケット」は、生き続けていくのだろう。

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●取材協力
・加藤孝・写真家
・YouTubeチャンネル「共悦劇場」
・マルショウアリク・廣岡好和
・IBASHO

築62年の松陰神社「共悦マーケット」が取り壊しに。街ぐるみで見送った昭和のアーケード

東京都世田谷区、松陰神社通り商店街。2021年10月末「共悦マーケット」は、62年の歴史の幕を閉じた。この昭和のマーケットが取り壊されることを知ったひとりの写真家が、1年前からこの場を劇場に見立ててゲリラ的にパフォーマンス上演を開催してきた。そして、10月には、子どもたちによる「共悦マーケットの人々」と題した演劇が上演され、まちぐるみでマーケットに別れを告げた。

老朽化と耐震性能の不足からマーケットの取り壊しが決まった

東急世田谷線の二両編成ののんびりとした電車に乗って三軒茶屋駅から5分あまり。松陰神社前駅の周辺は、昔ながらの八百屋や魚屋といったお店と、今どきのカフェやスイーツ店が混在する、暮らしてよし散歩してよしの楽しい商店街がある。クルマ通りもほとんどない、まちの人たちが安心して歩ける雰囲気も魅力だ。
その商店街に面して「共悦マーケット」はあった。1959年に建築された4軒の2階建て木造建物の間に通路が設けられ、小規模ながら屋根掛けされた私設アーケードが、この共悦マーケットだ。このマーケットには、居酒屋、定食屋、古本屋兼シェアオフィス、レコード屋、アパレルショップ、整体院、ハチミツ屋、フランス料理店……昔ながらのお店と新しいお店が混在して商店街の魅力の中核を担っていた。
ところが、築60年を過ぎて建物が老朽化し耐震性に劣ること、大家さんの高齢化などの理由から、建て替えられることになった。大家さんは2年ほど前に「取り壊し」を、賃借しているお店に伝えたのだという。

松陰神社通り商店街に面する共悦マーケット。右手前は古書店のnostos books、左端には居酒屋のマルショウアリクが見える。木造2階建ての建物とその間に屋根のかかったアーケードで共悦マーケットは構成されている(2021年3月頃撮影)(写真/村島正彦)

松陰神社通り商店街に面する共悦マーケット。右手前は古書店のnostos books、左端には居酒屋のマルショウアリクが見える。木造2階建ての建物とその間に屋根のかかったアーケードで共悦マーケットは構成されている(2021年3月頃撮影)(写真/村島正彦)

写真家がマーケットを劇場に見立てパフォーマンス公演を企画

「無くなるものを、何かかたちにして残したい」と、共悦マーケットの一角、牡蠣専門居酒屋「マルショウアリク」の常連、写真家・加藤孝さんは、取り壊しまで1年を控えて、そう考えた。加藤さんは、舞台の役者や演劇公演のポスターの写真撮影を得意とする写真家だ。「アリクの店主、廣岡好和さんと相談し、ボクにやれることはなんだろうと考えて、本業の写真、そして多くのパフォーマーに知り合いがいるので、想い出をつくるイベントの企画を考えました」と話す。
マーケットには屋根付きのアーケードが設えられており、60年にわたって道行く街の人やお客さんが雨に濡れないように守ってくれていた。わずか30m程のアーケードは短いがゆえに親密な空間をつくりだしていた。そこで、加藤さんは、友人・知人の様々なジャンルのパフォーマーに声をかけて、このアーケードを劇場に見立て、月に一回「共悦劇場」というゲリラ型の路上イベントを企画した。
2020年9月の第一回は講談、第二回は江戸大神楽、その後は、薩摩琵琶、パントマイム、紙芝居、タップダンス……と続いていく。加藤さんは、自ら撮影機材などを持ち出して撮影、YouTubeでライブ動画配信するとともに、それらパフォーマンス動画を「共悦劇場」と題してアーカイブ化していった。

写真家・加藤孝さんが企画・撮影・配信・アーカイブをつくったYouTubeチャンネル「共悦劇場」(画像/YouTube)

写真家・加藤孝さんが企画・撮影・配信・アーカイブをつくったYouTubeチャンネル「共悦劇場」(画像/YouTube)

地元の小学生がマーケットを題材にした演劇づくりの仲間集め

そんななか、「マルショウアリク」が定期的に行っている軒先マルシェで、店主の廣岡さんが2021年6月に「このマーケットは10月末でなくなるんだ」と「子どものお店」を出していた顔なじみの地元の小学生たちに話した。これを聞いて、「共悦マーケットの人たちの話を聞いて劇をつくりたい」と言った子どもがいた。
近くの小学校に通うわたくん(4年生)だ。わたくんは、2021年3月、世田谷区の世田谷パブリックシアターが行っていた「小学生のためのえんげきワークショップ+発表会「下馬のゆうじさんをめぐる冒険」に演劇ワークショップに参加した経験があり、人から話を聞いて演劇をつくる、というイメージを持っていた。同じく世田谷パブリックシアターのさまざまな演劇ワークショップに参加していたFUMIさん(3年生)など数名の仲間を集めて、「共悦マーケット子どもプロジェクト」のキックオフミーテングを行った。そこで、「演劇チーム」「新聞チーム」「紙芝居チーム」ができ、10月中旬の発表を目指すことになった。
まず共悦マーケットの人にインタビューをはじめた。
インタビューの中で、廣岡さんから「共悦マーケットのお店の人たちに『好きな言葉』『大切にしている言葉』を聞いてみるといいんじゃないかな」とヒントをもらった。廣岡さんは「子どもたちが、ここで商売をしている大人たちの思いや考えを知ってもらうのに良いアイディアだと思いました」と打ち明ける。
また、それと並行して、さらなる仲間集めをはじめた。役立ったのは学校の学習で使っているタブレットだ。さっそく、共悦マーケットについての演劇をつくりたいこと、一緒に演劇をつくる仲間を集めたいこと、その内容を盛り込んだチラシをつくった。そのチラシを見て5~6人の賛同者が集まった。

わたくん(左)、FUMIさん(右)は、共悦マーケットは遊び場としてなじみ深かった。マルショウアリクの廣岡さんのことは「ヨッシー」と愛称で呼んでいる(写真/村島正彦)

わたくん(左)、FUMIさん(右)は、共悦マーケットは遊び場としてなじみ深かった。マルショウアリクの廣岡さんのことは「ヨッシー」と愛称で呼んでいる(写真/村島正彦)

わたくんが見せてくれたタブレットでつくった演劇仲間を募集するチラシ(写真/村島正彦)

わたくんが見せてくれたタブレットでつくった演劇仲間を募集するチラシ(写真/村島正彦)

周りの大人たちもサポート。仲間はどんどん増えていった

「共悦マーケット子どもプロジェクト」と名付けられたこの取り組みは、子どもたちが主体であるものの、周りの大人たちのサポートもあった。二人の通う地元小学校のPTAサークル「IBASHO」は、子どもたちがすこやかに自立に向かっていける「放課後」の過ごし方について考え、実践しながら、その課題を地域と共有している。今回の子どもたちもIBASHOの活動に参加していたため、IBASHOメンバーたちは「劇をつくりたい」という声にすぐに反応し、多岐にわたるサポートを行った。

脚本づくりや稽古の場所は、共悦マーケットの店舗で一足先に空き家になっていた古書店「nostos books」(世田谷区砧に移転)の跡を大家さんにお願いして貸してもらった。大家さんも創立間もなかった地元小学校の卒業生だ。かわいい「後輩たち」の申し出に、喜んで貸し出してくれたという。
商店街に面するガラス張りのスペースだったことから、通りがかりにその作業風景を見かけた小学生の友達がどんどん参加してくれることになった。
学校でも校長先生が協力してくれて、校長室の前にポスターを貼らせてもらった。最終的に19~20人で演劇を行うことになった。学年も1年生から5年生まで幅広い年代の子どもたちが参加したという。「年は違うけど、みんなため口でしゃべりあう友達になりました」とわたくん。わたくんとFUMIさんは、劇のタイトルを「共悦マーケットの人々」と決めた。

共悦マーケットを愛する人たちの街角ギャラリー写真展

その一方、写真家の加藤さんは月1の「共悦劇場」に加えて、取り壊しが目前に迫った9月末から、共悦マーケット内のお店の人たち、利用する街の人たちのポートレートを撮り始めた。本業の写真家として、無くなりゆく共悦マーケットに対する思いを込めた。「KYO-ETSU MARKET April.1959~November.2021」と書き入れたポスターを自らデザインして、モノクロのポートレートを1点ずつあしらった。そして、これらポスターを「nostos books」跡のショーウィンドウにできた順に貼っていった。

「共悦劇場」の企画・動画配信、共悦マーケットの店主や街の人々のポートレート撮影、ポスター制作を行った写真家の加藤孝さん(写真/村島正彦)

「共悦劇場」の企画・動画配信、共悦マーケットの店主や街の人々のポートレート撮影、ポスター制作を行った写真家の加藤孝さん(写真/村島正彦)

このポスターを見た街の人たちが、次々と自分も撮って欲しいということになり、加藤さん撮影のポスターが増えていった。それとともに「nostos books」跡のショーウィンドーはどんどん隙間無く埋められていった。マーケットを愛する人たちの街角ギャラリー写真展の様相を帯びてきた。
「これは何?」とポスターに足を止めて興味深く眺め入る人も多くいた。加藤さんは「10月末に共悦マーケットが建物の役目を終えて、11月には取り壊されるんです。KYO-ETSU MARKETという字が下に行くほど薄くなっているのは、この建物が無くなることをあらわしています」と説明していた。

加藤さんはSNSで告知、道行く人に声掛けするなどして、共悦マーケットを愛する街の人々の姿を写真に収めた(写真/村島正彦)

加藤さんはSNSで告知、道行く人に声掛けするなどして、共悦マーケットを愛する街の人々の姿を写真に収めた(写真/村島正彦)

「共悦マーケットの人々」はみんなで一緒に踊って別れを告げた

10月16日(土)・17日(日)は、子ども劇「共悦マーケットの人々」発表の本番だ。

10月17日(日)の夕方、共悦マーケットを見送る子ども劇に多くの街の人々が足を止めた(写真/村島正彦)

10月17日(日)の夕方、共悦マーケットを見送る子ども劇に多くの街の人々が足を止めた(写真/村島正彦)

最初に、「紙芝居チーム」による「未来の商店街」の上演。
その後には、子どもたちによるギター、キーボード、ピアニカ、縦笛の演奏に併せて、観客も含めて「カントリー・ロード」の唄を。
いよいよ、共悦マーケットのお店の人たちに取材した劇「共悦マーケットの人々」の上演だ。
お店の人たちの大切にしている言葉「一期一会」「夢じゃなくて目的を大切にしている」「やればできる」「先義後利(道義を優先して利益を後回しにする)」「天は人の上に人をつくらず、天は人の下に人をつくらず」といった言葉が披露されていく。取材した食堂で、美味しいきんぴらゴボウと卵焼きを食べさせてもらったことまで劇中で紹介してくれた。
共悦マーケットの大家さんから聞いたたくさんのお話の中で、子どもたちは自分が伝えたいことを選んで朗読した。その内容は「12軒のお店があって、かつては店子さんと親子のような関係だったこと」「『共悦』は共に喜ぶという意味であること。ご近所同士が仲良くなれればという思いを込めたこと」「好きな言葉は”フィリア”、ギリシャ語で愛を表すこと」「安全のために建て替えること」「子どもたちが共悦マーケットをみんなで見送ってくれることに感謝していること」などだった。
そして劇の締めくくりには、観覧していた大人も招き入れてオリジナルの盆踊りを踊った。踊り終えた後には、みんなで共悦マーケット全体を仰ぎ見て「さようなら」と手を振り、アーケードを走り抜けた。アーケードの未来を予感させるこの演出は、子どもたちの演劇をカメラを通して見守っていた加藤さんによるものだ。

子ども劇『共悦マーケットの人々』は、マーケットの店主や大家さんの好きな言葉や思いを取材して、それを題材に子どもたち自身で演劇をつくった(写真/村島正彦)

子ども劇『共悦マーケットの人々』は、マーケットの店主や大家さんの好きな言葉や思いを取材して、それを題材に子どもたち自身で演劇をつくった(写真/村島正彦)

子ども劇の上演後には、加藤さん撮影のポスターの前に、多くの人たちが、共悦マーケットへの思いや演劇の感想を付箋に書いて貼っていった(写真/村島正彦)

子ども劇の上演後には、加藤さん撮影のポスターの前に、多くの人たちが、共悦マーケットへの思いや演劇の感想を付箋に書いて貼っていった(写真/村島正彦)

大人たちをまねて、居酒屋を貸し切って「打ち上げ」

共悦マーケットの狭い間口の入り口に、街の人たちが鈴なりに詰めかけて、子どもたちの演劇を見守った。子どもたちの「共悦マーケット」への思いに、胸を打たれた大人たちは多かったのではないだろうか。劇の終わりには、盛大な拍手が寄せられた。
上演を無事終えると、子どもたちは、演劇づくりのきっかけをつくってくれた居酒屋「マルショウアリク」の席を陣取った。みんなで、ジュースで乾杯だ。大人たちが大きな仕事が終わると「打ち上げ」と称して居酒屋で乾杯する姿を見ていたので、子どもたちも、ジュースで打ち上げの乾杯をしてお菓子を食べて、みんなで「共悦マーケット子どもプロジェクト」の成功をお祝いした。

子どもたちは、ジュースとお菓子で「打ち上げ」だ。共悦マーケットの一角、居酒屋「マルショウアリク」はこの日は子どもたちで埋め尽くされた。カウンターの中には、店主の廣岡さん、IBASHOの岡田さん(写真/村島正彦)

子どもたちは、ジュースとお菓子で「打ち上げ」だ。共悦マーケットの一角、居酒屋「マルショウアリク」はこの日は子どもたちで埋め尽くされた。カウンターの中には、店主の廣岡さん、IBASHOの岡田さん(写真/村島正彦)

大人たちもそれを取り囲んで、子どもたちと一緒に「共悦マーケット子どもプロジェクト」の成功を祝福して、街ぐるみで温かな空気をつくりだしていた。
後日、わたくんとFUMIさんに話を聞いた。演劇づくりは本番の3~4週間前からが佳境だったという。子どもによっては塾や習い事との兼ね合いもあり全員は揃わないので、放課後の演劇づくりはたいへんだった。土日には、演劇づくりに6時間も費やすこともあったという。
劇の仕上がり、満足度を聞いたところ、FUMIさんは「99点……98点かなぁ」、わたくんは「100点!」と満足いく出来だった。二人とも「また、演劇づくりをやりたい」と話してくれた。
上演当日のチラシ(協力:IBASHO)には「この共悦マーケットは、その名のとおり喜びを共にする小さなアーケードでした。ただの通路ではなく、抜け道であり、ときには傘になり、井戸端会議の場、遊び場で子どもたちにとっては異次元へのトンネル、まちの行燈でもありました。古きも新しきも、思い出を残す存在でした。子どもたちが『ここでやりたい』と発想したのも、ここから受けてきた有形無形の恵みを感じ取っていたからではないかと想像します」とある。
IBASHO代表の岡田陽子さんは「私たちは、街の力と、子どもたちの見えないものをつかみとる力と、まだ見ぬものを形にしていく演劇の力によって、たくさんの奇跡のかけらを見ました。それは、私たちの地域がすでに持っている力に気づく時間でもありました。日常の地続きにあるその力こそ未来の街をつくる原動力です。子どもたちの『放課後』はその可能性を秘めているという点でも大変貴重な時間です。子ども×街×PLAYは足し算ではなく掛け算ですね。閉幕のあとも、きらめくような記憶のかけらが街を彩っている気がしています」と、語ってくれた。
残念ながら11月になり共悦マーケットは取り壊しが進められ、そのかつての姿はもう見ることができない。
ただし、写真家の加藤さんが撮影・配信・アーカイブされた「共悦マーケットの人々」は、いまもYouTubeで見ることができる。そして、加藤さんによる、共悦マーケットを見送る街の人たちのポートレートは、1冊限りの写真集が作られた。松陰神社前駅のほど近く「100人の本屋さん」に納本・常備されているので、気になった方は見に訪れていただきたい。
これからも、松陰神社前駅の街の人々の心のなかに「共悦マーケット」は、生き続けていくのだろう。

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共悦マーケットが取り壊される際に入居していた店舗の図面。IBASHOメンバーで建築士の久米良寛さんが作成した(写真/吉澤卓)

●取材協力
・加藤孝・写真家
・YouTubeチャンネル「共悦劇場」
・マルショウアリク・廣岡好和
・IBASHO

JR中央線(東京都内)32駅の家賃相場が安い駅ランキング 2021年版

東京駅から日本最大級の繁華街・新宿を経て、住みたい街人気の高い駅の数々を経由していくJR中央線。長野を経て愛知まで延びる沿線のうち、東京都内にある32駅の最新の家賃相場ランキングをリサーチ。ワンルーム・1K・1DKの物件を対象に、ねらい目の駅やエリア、その特徴を探ってみた。

JR中央線、都内32駅の家賃相場が安い駅ランキング

順位/駅名/駅の所在地/家賃相場
1位 高尾(八王子市) 4.30万円
2位 西八王子(八王子市) 4.50万円
3位 日野(日野市) 5.10万円
4位 豊田(日野市)5.20万円
5位 西国分寺(国分寺市)5.30万円
6位 八王子(八王子市)5.50万円
6位 国立(国立市)5.50万円
8位 国分寺(国分寺市)5.90万円
9位 東小金井(小金井市)6.20万円
9位 武蔵小金井(小金井市)6.20万円
11位 武蔵境(武蔵野市)6.90万円
12位 三鷹(三鷹市)7.20万円
12位 阿佐ヶ谷(杉並区)7.20万円
14位 西荻窪(杉並区)7.40万円
15位 吉祥寺(武蔵野市)7.50万円
16位立川(立川市)7.70万円
16位高円寺(杉並区)7.70万円
18位荻窪(杉並区)7.75万円
19位中野(中野区)8.00万円
20位東中野(中野区)8.30万円
21位大久保(新宿区)9.50万円
22位信濃町(新宿区)10.95万円
23位代々木(渋谷区)11.00万円
24位飯田橋(千代田区)11.30万円
25位御茶ノ水(千代田区)11.40万円
25位新宿(新宿区)11.40万円
25位東京(千代田区)11.40万円
25位水道橋(千代田区)11.40万円
29位神田(千代田区)11.52万円
30位市ヶ谷(千代田区)12.00万円
31位千駄ヶ谷(渋谷区)12.10万円
32位四ツ谷(新宿区)12.20万円

ランキング上位駅が多い八王子市は、国際都市への飛躍が期待

JR中央線は、「SUUMO住みたい街(駅)ランキング関東版」住みたい沿線ランキングに2019年、2020年に続いて4位に入る人気の路線。沿線の吉祥寺、立川、三鷹は、住みたい街ランキングのそれぞれ3位、25位、27位にも入っている。

高尾駅(写真/PIXTA)

高尾駅(写真/PIXTA)

上位19駅はすべて快速が停車するが(一部平日のみ)、1位の高尾駅は通勤特快や成田エクスプレス、2位の西八王子駅は中央特快も停車する。所在地は、東京都の市部では最大の八王子市。6位にも市のターミナル駅である八王子駅がランクインしている。

高尾駅は、同名の人気観光地、高尾山の印象が強い。八王子市はそんな高尾山のイメージ同様、自然が豊かな地域だが、同市を中心にした地域は実は製造業も盛んだ。中央大学多摩キャンパスや東京薬科大学、創価大学など大学や大手企業の研究機関も多く、八王子駅前には都の産業振興やインバウンド振興策の一環であるMICE(※)を目的とした東京都立多摩産業交流センターが2022年10月に開業予定。国際会議・学会など世界から人が集まる国際的な都市としての飛躍が期待されている。
※MICEとは、Meeting( 会議やセミナー )、Incentive travel( 研修・報奨・招待旅行 )、Convention( 国際会議・学会 )、Exhibition または Event( 展示会・イベント )の総称。国際的な会議やイベントを観光と絡めて招致し、周辺の産業を活性化していく取り組み

3位の日野駅、4位の豊田駅はともに中央特快の停車駅で、所在地は日野市。多摩川などの河川や湧水といった水辺や自然環境に恵まれた日野市は、「水都日野」を掲げ、それらを生かした街づくりを目指している。市から社名をとった日野自動車やGEヘルスケア・ジャパンなど、同市に本社を置く大手企業も多いが、のどかな雰囲気もただよう。

日野宿本陣(写真/PIXTA)

日野宿本陣(写真/PIXTA)

日野駅近くにある市の指定文化財、江戸時代の宿場「日野宿本陣」は、都内に現存する唯一の本陣で一般公開もされている。また日野市は、土方歳三や井上源三郎など著名な新選組隊士の出身地であり、彼らが剣術を学んだのも、日野駅のすぐ近く。その縁で、「新選組のふるさと」としても知られている。

豊田駅は、東京方面への始発になる列車も運行されており、通勤や通学時に座って利用できるのが利点。駅周辺は飲食店なども多く、大型の商業施設「イオンモール多摩平の森」があり、日常生活の味方として心強いだろう。

住み続けたい自治体トップ武蔵野市の駅は

2021年10月に発表された、実際に住んでいる人に聞いた「SUUMO 2021年住み続けたい街(自治体/駅)ランキング関東版」によると、住み続けたい自治体のトップは武蔵野市だった。その武蔵野市にある駅は、11位に武蔵境駅、15位に吉祥寺駅がランクインしている。ちなみに12位の三鷹駅は、駅の南口は所在地が三鷹市だが、北口は武蔵野市と、出口で自治体が異なっている。

武蔵野市は、全域が市街化区域に区分されている一方で、吉祥寺を中心に文化や商業が集積している。成蹊大学や武蔵野美術大学吉祥寺校など大学が多いほか、センスの良い作品ラインアップで人気の吉祥寺シアターなどの劇場もある。また、武蔵野八幡宮など由緒ある寺社や歴史的建造物も数多い。

武蔵境駅(写真/PIXTA)

武蔵境駅(写真/PIXTA)

武蔵境駅はJR青梅線に乗り入れしており、西武多摩川線も利用できる。沿線の大学に通う学生に向けた物件も多いため学生街の面も持つ。クイーンズ伊勢丹などが入った駅直結の商業施設「nonowa武蔵境店」や、駅前にはカルディコーヒーファームなども入った大型スーパー「イトーヨーカドー武蔵境店」がある。駅北口にはチェーン系飲食店も充実した商店街もあり、日常の買い物には非常に便利だ。

駅前にある図書館「武蔵野プレイス」は、ミニコンサートなどのイベントも数多く開催。生涯学習支援なども行っており、カフェも併設。市民の出会いの場も提供している。

三鷹駅南口周辺(写真/PIXTA)

三鷹駅南口周辺(写真/PIXTA)

駅の立地がユニークな三鷹駅は、JR総武線や東京メトロ東西線も始発として乗り入れている。スタジオジブリの「三鷹の森ジブリ美術館」があることで知られているが、街並みも閑静だ。

駅前の中央通りでは、歩行者天国や、手づくり品を売る「M-マルシェ」などのイベントが定期的に開かれている。周辺には農業を営む人も多いため、街中で野菜などの直売所を見かけることもあり、ジブリ作品から連想される豊かな自然や穏やかな生活の期待を裏切らない街といえるだろう。

JR中央線はビジネス街や繁華街、少し“尖った”住みたい街などを経由するため、個性的なイメージもある。しかし沿線は都内であっても、自然豊かでのんびりした街も数多い。刺激的な生活と穏やかな日常を両立できる、素敵な部屋がみつけられそうだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている中央線沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/7~2021/9
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

東急東横線の家賃相場が安い駅ランキング 2021年版

SUUMO「関東 住みたい街ランキング」で、住みたい沿線ランキング上位の常連である東急東横線。渋谷駅から横浜駅までをつなぐ東急電鉄の基幹路線で、自由が丘駅や中目黒駅など魅力的な街が連なる。部屋探しの際には選択肢に入れる人も多い路線だが、なかでも穴場の駅を探すならどこがいいのだろうか。ワンルーム・1K・1DKの物件を対象にした東横線21駅の最新の家賃相場ランキングから考えてみよう。

東横線の家賃相場の安い駅ランキング

順位/駅名/家賃相場/駅の所在地
1位 白楽 5.70万円 神奈川県横浜市神奈川区
2位 妙蓮寺 5.95万円 神奈川県横浜市港北区
3位 東白楽 6.00万円 神奈川県横浜市神奈川区
4位 大倉山 6.50万円 神奈川県横浜市港北区
4位 菊名 6.50万円 神奈川県横浜市港北区
6位 日吉 6.60万円 神奈川県横浜市港北区
7位 綱島 6.75万円 神奈川県横浜市港北区
8位 元住吉 7.00万円 神奈川県 川崎市中原区
9位 反町 7.60万円 神奈川県横浜市神奈川区
10位 多摩川 7.80万円 東京都大田区
11位 武蔵小杉 8.10万円 神奈川県川崎市中原区
12位 新丸子 8.20万円 神奈川県川崎市中原区
13位 田園調布 8.30万円 東京都大田区
14位 横浜 8.50万円 神奈川県横浜市西区
15位 自由が丘 9.00万円 東京都目黒区
16位 祐天寺 9.20万円 東京都目黒区
17位 学芸大学 9.30万円 東京都目黒区
18位 都立大学 9.70万円 東京都目黒区
19位 中目黒 11.50万円 東京都目黒区
20位 渋谷 12.30万円 東京都渋谷区
21位 代官山 12.70万円 東京都渋谷区

上位の白楽駅と東白楽駅は横浜駅も生活圏

1位は白楽駅。所在地は横浜市神奈川区で、各駅停車のみの駅だ。
周辺はのんびりした住宅街だが、神奈川大学(横浜キャンパス)の最寄駅の一つであり、学生街としての顔ももつ。自炊がおっくうな単身者には心強いチェーン系の飲食店が充実している一方で、近くには昔ながらの個人商店や個性的な飲食店などが魅力的な六角橋商店街があり、散策するだけでも楽しそうだ。

白楽駅西口すぐにある六角橋商店街(写真/PIXTA)

白楽駅西口すぐにある六角橋商店街(写真/PIXTA)

横浜駅からは3駅で、所要時間は約5分。距離は約3kmなため、繁華街である横浜駅付近で夜遅くまで過ごしてしまってもタクシー代が安価で済んだり、健康目的で歩いて帰宅したりしても大きな負担ではない距離なのは魅力的だろう。地に足のついたゆったりした生活と、繁華街の生活圏という利便性の両立ができそうだ。

3位の東白楽駅は、白楽駅の横浜側方面の隣駅。横浜駅からの距離は約2kmで、前述の利点は東白楽駅も同様だ。さらに東白楽駅近辺は、徒歩圏内にJR東神奈川駅と京急本線の仲木戸駅がある。東神奈川駅からは新幹線の停車駅である新横浜駅までJR横浜線で直通、仲木戸駅も羽田空港への京急本線エアポート急行が運行しているので、各地への出張の多いビジネスパーソンにとっては狙い目だろう。

駅前はこぢんまりして見えるが、少し行くと、百円均一店や家電も扱う大規模スーパー「イオンスタイル東神奈川」店などがあり、大概の買い物は賄える。多忙な人もそれほどでもない人も、それぞれの目的をちゃんと満たしてくれる街かもしれない。

趣味を満喫できそうな大倉山駅、下町情緒が楽しい元住吉駅

4位の大倉山駅は横浜市港北区にある。各駅停車の駅だが、港北区役所の最寄駅だ。閑静な住宅街で、駅を中心に同様に落ち着いた雰囲気の複数の商店街がある。個人経営らしきカフェなどの飲食店も数多く、休日の地元散策が楽しそう。付近にはスーパーも充実している。

大倉山駅周辺(写真/PIXTA)

大倉山駅周辺(写真/PIXTA)

駅から少し行くと、梅の名所として知られる大倉山公園がある。毎年2月ごろには観梅会が催され、梅を観ながらお茶を楽しむ野点(のだて)なども行われている。公園内の大倉山記念館は、横浜市有形文化財に指定されており、地域密着のイベントも多数開催。映画などのロケ地としても人気だ。

また大倉山駅からは、新横浜駅までの距離が2.5kmほど。新幹線の利用はもちろんだが、スポーツイベントや大規模コンサートが開催される横浜アリーナや日産スタジアムは、新横浜駅が最寄り。部屋を選ぶエリアによっては、そうした会場も徒歩圏内になる。趣味を満喫させるにはもってこいかもしれない。

所在地が川崎市の駅で最上位は8位の元住吉駅。各停のみの停車駅だが、東京メトロ南北線や都営地下鉄三田線と直通している東急目黒線も乗り入れているため、日比谷や大手町など都内のビジネス街へのアクセスも良い。

元住吉駅周辺(写真/PIXTA)

元住吉駅周辺(写真/PIXTA)

大きな商業施設はないが、駅近くには深夜まで営業しているスーパーがある。また駅前のブレーメン通り商店街やモトスミ・オズ通り商店街は関東でもよく知られた商店街で、日々とてもにぎわっている。下町の雰囲気を残したリーズナブルな商店からスーパー、おしゃれな飲食店などが混在し、外食だけでなく、コロナ禍で需要が増えたテイクアウトでも、目移りしてしまいそうだ。

「東横線」という名称からイメージするのは主に、15位の自由が丘駅から19位の中目黒駅までの、目黒区に位置する駅だろう。いずれも有名な飲食店やおしゃれな衣服、雑貨店が集まる魅力的な街だが、この5駅の中では最上位の自由が丘駅は特急の停車駅。また、閑静な住宅環境であることも知られている。もちろん家賃は張るが東横線“らしさ”と家賃、交通の便のトータルバランスを取るなら、チェックを忘れずにしておきたい。

人気のある路線は駅もそれぞれの魅力が大きく、どこを選ぶか迷ってしまうものだ。部屋選びは自分が生活の中で何を重視するかが可視化されるものだが、東横線はそれがより明確になりそうだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東横線沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/7~2021/9
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

JR中央線(東京都内)の中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2021年版

東京を代表する路線の一つがJR中央線。中央線自体は「中央本線」と呼称を変えながら東京駅を出てから神奈川県、山梨県、さらに長野県へとつながる長い路線だ。そのうち東京都内に位置する駅は東京駅から高尾駅の全32駅で、市ケ谷駅や新宿駅など主要駅を多数抱えている。リクルート住まいカンパニーが毎年調査する「SUUMO住みたい街ランキング」でも、2019年から3年連続で「住みたい沿線ランキング」の4位に輝く人気の路線でもある。そんなJR中央線・東京都内32駅の中古マンションの価格相場を調査してみた。専有面積20平米以上~50平米未満の「シングル向け」と、専有面積50平米以上~80平米未満の「カップル・ファミリー向け」、それぞれの価格相場が安い駅トップ10をご紹介しよう。

JR中央線・東京都内沿線の価格相場が安い駅ランキングTOP10

【シングル向け】
1位 八王子 2190万円(東京都八王子市)
2位 荻窪 2780万円(東京都杉並区)
3位 三鷹 2899万円(東京都三鷹市)
4位 西荻窪 2985万円(東京都杉並区)
5位 東中野 3190万円(東京都中野区)
6位 高円寺 3250万円(東京都杉並区)
7位 中野 3280万円(東京都中野区)
8位 吉祥寺 3575万円(東京都武蔵野市)
9位 新宿 3980万円(東京都新宿区)
10位 阿佐ヶ谷 4080万円(東京都杉並区)

【カップル・ファミリー向け】
1位 西八王子 1998万円(東京都八王子市)
2位 八王子 3780万円(東京都八王子市)
3位 豊田 4080万円(東京都日野市)
4位 国分寺 4280万円(東京都国分寺市)
5位 立川 4370万円(東京都立川市)
6位 西国分寺 4535万円(東京都国分寺市)
7位 国立 4539.5万円(東京都国立市)
8位 東小金井 4599万円(東京都小金井市)
9位 武蔵小金井 4930万円(東京都小金井市)
10位 三鷹 5699万円(東京都三鷹市)

「シングル向け」ランキングは再開発が進む八王子駅が1位に

「シングル向け」ランキングの1位は八王子市にある八王子駅で、価格相場は2190万円だった。八王子駅は人口56万人におよぶ八王子市における中心的な駅であり、JRの駅を出て5分ほど歩くと京王線の京王八王子駅もある。両駅がある一帯はさまざまな商業施設が林立する繁華街。駅ビル「セレオ八王子」をはじめとする複数のショッピングモールや家電量販店などが建ち並び、その一部はペデストリアンデッキで駅と結ばれている。日常生活を支えるスーパーやディスカウントストアもあるので、買い物は駅前でまとめてできそうだ。

八王子駅(写真/PIXTA)

八王子駅(写真/PIXTA)

また、JR八王子駅と京王八王子駅の間にあるエリアでは再開発が進行中。2022年10月に多摩地区最大級の産業拠点として「東京都立多摩産業交流センター」の開業が予定されているほか、道路などの街並みや商業ゾーンの整備も進められている。今後の発展も楽しみな八王子駅は、JR中央線の通勤特別快速を利用すると新宿駅まで約43分、東京駅までは約59分。都内ビジネス街に勤める人たちの通勤圏内と言える距離感にあり、お得な中古マンションが探せるなら住まいの候補地の一つに十分なり得るだろう。

荻窪駅前(写真/PIXTA)

荻窪駅前(写真/PIXTA)

2位は杉並区にある荻窪駅で、価格相場は2780万円。4位・西荻窪駅(価格相場2985万円)と10位・阿佐ヶ谷駅(価格相場4080万円)の間に位置し、この3駅では最も価格相場がリーズナブルという結果に。JR中央線快速に乗ると新宿駅まで約13分、東京駅までは約27分。東京メトロ丸ノ内線の終着駅でもあり、赤坂見附駅や霞ケ関駅まで1本で行くこともできる。駅に直結して「ルミネ荻窪」とスーパーや郵便局が入った「荻窪タウンセブン」があるほか、駅前には飲食店が多数。ラーメン激戦区でもあるので、仕事帰りにいろんな店を食べ比べるのも楽しそうだ。

三鷹駅南口(写真/PIXTA)

三鷹駅南口(写真/PIXTA)

3位は三鷹市にある三鷹駅。都心方面に1駅進んだ8位・吉祥寺駅と距離はさほど離れていないが、価格相場は三鷹駅が2899万円、吉祥寺駅はそれより676万円高い3575万円となっている。三鷹駅には駅ビル「アトレヴィ三鷹」があり、電車を降りてすぐにスーパーやドラッグストア、書店での買い物や、多彩な飲食店での食事が楽しめる便利な環境。駅周辺にもショッピングモールなどの商業施設が充実し、その先には住宅街が広がっている。隣駅の吉祥寺駅と共に「井の頭恩賜公園」の最寄駅でもあり、バスや徒歩で緑豊かな公園や、園内の一角にある「三鷹の森ジブリ美術館」へ行ける点も魅力の一つだろう。そんな三鷹駅からJR中央線快速に乗ると、新宿駅まで約21分、東京駅までは約35分で到着する。

さて「シングル向け」ランキングでトップ10入りした駅は、東京都内にあるJR中央線の駅でも西側に位置する駅が大半。都心部で働く人にとっては東京駅方面である、東側寄りにある駅のほうが便利には感じるだろう。とはいえトップ10中で最西部の駅でもある1位・八王子駅であっても、新宿駅や東京駅は1時間以内に行ける距離。乗り換え不要な点も魅力的であり、リーズナブルかつ便利な住まいを探す際に今回のランキングが参考になりそうだ。

「カップル・ファミリー向け」は連続する3駅がトップ3を独占

続いて「カップル・ファミリー向け」ランキングを見ていこう。

西八王子駅 南口の様子(写真/PIXTA)

西八王子駅 南口の様子(写真/PIXTA)

1位は八王子市にある西八王子駅で、価格相場は2位以下よりグッと安い1998万円だった。2位・八王子駅とは1駅しか離れていないのに、価格相場の差は1782万円もある。駅前の様子を見ると、確かに市の中心駅と言える八王子駅とは違って西八王子駅周辺に大型商業施設はない。しかし駅には生鮮食品店やドラッグストアを備えた「セレオ西八王子」が併設されているほか、駅前にもスーパーや飲食店が点在していて暮らしやすそうな街並みだ。八王子駅のように周辺地域からも多くの人が集まってくる駅ではないので、落ち着いた住環境を求めるならむしろ西八王子駅のほうがよさそうだ。

豊田駅北口の様子(写真/PIXTA)

豊田駅北口の様子(写真/PIXTA)

2位は「シングル向け」の1位として紹介した八王子駅、そして3位は日野市にある豊田駅がランクイン。1位・西八王子駅~2位・八王子駅~3位・豊田駅の順に連続して並ぶ3駅がトップ3を占めた。豊田駅の価格相場は4080万円で、2位・八王子駅よりも300万円高いが、駅の造りは八王子駅に比べると小ぢんまりとした風情。駅周辺にあるコニカミノルタや富士電機で働く人の通勤駅としても利用されているためか、1日の乗車人数は西八王子駅よりも多くなっている。

豊田駅から北に5分ほど歩くと、「イオンモール多摩平の森」へ。生鮮食品店から服飾品店、飲食店に学習塾、郵便局まで集まっており、一度にいろんな用事が済ませられそう。駅周辺には保育園や幼稚園も複数点在しているため、子育て世代も多く暮らしているのだろう。豊田駅からJR中央線の快速と通勤特別快速を乗り継ぐと、新宿駅まで約44分、東京駅まで約58分。JR中央線快速1本でも、東京駅まで1時間4分ほどで到着する。豊田駅を始発とする東京方面への列車も通勤時間帯を中心に運行されているため、座って通勤できる点も魅力だ。

さて「シングル向け」ランキングでトップ10の駅は東京都内でも西側の駅が多いと述べたが、「カップル・ファミリー向け」ランキングはその傾向がより顕著。「カップル・ファミリー向け」のトップ10で最も東側(東京駅方面)にある駅は10位・三鷹駅だが、「シングル向け」トップ10は三鷹駅よりもさらに東京駅寄りにある駅が大半を占めている。やはり「カップル・ファミリー向け」のようにある程度の広さを求めつつリーズナブルさも願うなら、東京駅から離れた西側エリアを重点的に探すとよいのだろう。

JR中央線は高尾駅以西にも続く長い路線だが、東京駅~高尾駅間だけでも路線距離は53.1kmにもおよぶ。都内でありながら豊かな緑にふれられる高尾駅、「SUUMO住みたい街ランキング」で上位の常連である吉祥寺駅、都内屈指の繁華街・新宿駅……と、同じ路線でも駅前の表情がさまざまに移り変わる点も人気路線に選ばれる理由の一つかもしれない。沿線に住まいを構え、休日ごとにいろんな駅に降り立って街めぐりをするのも楽しそうだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されているJR中央線(東京都内)沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2021/7~2021/9
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

池袋がリビングに!? 大通りの電源付きベンチでテレワークやおしゃべりが日常に

ここ数年、「池袋」のまちが劇的に変わっていることに気がついている人も多いのではないでしょうか。2016年の南池袋公園のオープンを機に、4つの公園を核として、継続的にマルシェなどのイベントが行われるようになることでまちのイメージが変化してきました。そして今、イベントだけでなく日常的に屋外でリビングのように過ごすような動きが始まっています。
ポストコロナの新しい暮らし方に伴い、まちなかの風景はどのように変化していくのか、池袋グリーン大通り・南池袋公園を中心に「IKEBUKURO LIVING LOOP」というプログラムの企画運営を担っているnestの飯石藍(いいし・あい)さんに話を聞きました。また、取材陣も存分に楽しんだ当日の様子を画像とともに紹介します。

2017年から開催してきた「IKEBUKURO LIVING LOOP」

2017年から池袋駅の東口にあるグリーン大通りをメイン会場として年に1回開催されてきた「IKEBUKURO LIVING LOOP」。2021年は「スペシャルマーケット」という形で、11月5日から7日の3日間で開催されました。開始時刻となる午前11時、隣接する南池袋公園に私たち取材陣が着いたときには、すでに多くの人たちが秋空の下、思い思いに楽しんでいる姿が見られました。

当日午前中の南池袋公園の風景。取材が終わった午後にはさらに人が増えていた(写真撮影/相馬ミナ)

当日午前中の南池袋公園の風景。取材が終わった午後にはさらに人が増えていた(写真撮影/相馬ミナ)

当日は音楽隊が街を練り歩き、路上ライブなども開催され、音楽もまちを彩っていた(写真撮影/相馬ミナ)

当日は音楽隊が街を練り歩き、路上ライブなども開催され、音楽もまちを彩っていた(写真撮影/相馬ミナ)

訪れる人が、まるで自宅のリビングのようにくつろいだり、食事や会話を楽しむ風景を新しい日常にしていきたい。その想いで今年から『IKEBUKURO LIVING LOOP』という名前を、イベントの名称からプロジェクト全体のコンセプトへと昇華させる形で変更したそうです。

「毎年、このイベントを開催するなかで生まれてきた、まちで過ごすことの居心地の良さや、まちなかのあちこちでくつろぐ風景がとても印象的でした。こんな風にまちなかでの過ごし方を年に1度のイベントの時だけではなく、日常的なものにしていきたい、今年はそんな想いで企画をしてきました」(飯石さん、以下同)

実際にイベントの開催期間中だけではなく、10月から来年の1月まで、電源付きのストリートファニチャーをグリーン大通り内の3カ所に設置するという実験を行っています。飯石さんによれば、スーツを着た人がパソコンを開いて座っていたり、子どもを連れたお母さん同士がおしゃべりをしていたりと、少しずつ日常的に使われつつあると言います。

日常的に使われつつあるストリートファニチャー(写真提供/株式会社nest )

日常的に使われつつあるストリートファニチャー(写真提供/株式会社nest )

「何をしてもいい、ただいるだけでもいい、そんな風に感じられる空間の余白がまちの中あるといいな、と思っています。思い思いに過ごせる自分の居場所がある、ということがまちに暮らす人にとって大切なことなのかなと思うんです」

IKEBUKURO LIVING LOOPの看板の脇にはかわいいワーゲンバスのキッチンカー(写真撮影/相馬ミナ)

IKEBUKURO LIVING LOOPの看板の脇にはかわいいワーゲンバスのキッチンカー(写真撮影/相馬ミナ)

屋外リビングの家具の一つにはハンモックも。当日は多くの子どもたちが競い合って座っていた(写真撮影/相馬ミナ)

屋外リビングの家具の一つにはハンモックも。当日は多くの子どもたちが競い合って座っていた(写真撮影/相馬ミナ)

ストリートファニチャーには電源も設置。雨対策にコンセント部分には蓋がついている。区のWi-Fiも利用できるため、仕事中と思われる会社員風の人が利用する姿もよく見られるのだと言う(写真撮影/相馬ミナ)

ストリートファニチャーには電源も設置。雨対策にコンセント部分には蓋がついている。区のWi-Fiも利用できるため、仕事中と思われる会社員風の人が利用する姿もよく見られるのだと言う(写真撮影/相馬ミナ)

ここ数年で池袋が変わった!何がどう変わった?

このような風景は、数年前に多くの人が描いていたと思われる“池袋のイメージ”とはちょっとギャップがあるかもしれません。今回のIKEBUKURO LIVING LOOPの会場にもなっている南池袋公園の魅力的な風景やその使われ方は、全国の自治体の中でも、民間と連携して取り組む公民連携事業のお手本としてたびたび紹介されるほど。

この数年で一体、池袋に何が起きたのでしょうか?

池袋を中心に位置づける豊島区に大きな衝撃が走ったのは、2014年5月のこと。東京23区内で唯一の「消滅可能性都市」に豊島区が選ばれてしまったのです! これは将来推計人口において、2040年には20~39歳の若年女性が半減し、人口を維持することができないということ。これを受け、豊島区は翌年の2015年には「豊島区国際アート・カルチャー都市構想」を策定、若い世代にも訴えるまちづくりがスタートしたのです。

2015年に策定された「豊島区国際アート・カルチャー都市構想」の図(資料/豊島区)

2015年に策定された「豊島区国際アート・カルチャー都市構想」の図(資料/豊島区)

以降、2019年にはサンシャイン通りに大型シネコン「グランドシネマサンシャイン」を擁する「キュープラザ池袋」が、11月には「東京建物ブリリアホール(豊島区立芸術文化劇場)」と「としま区民センター」がオープンしました。同年にはこれらのスポットを巡る「イケバス」も運行を開始。2020年7月の「ハレザタワー(オフィス棟)」と新ホール棟の開業により、8つの劇場を有するハレザ池袋として完成し、目覚ましく発展しました。

ハレザ池袋のオフィス棟(左)と新ホール棟(中央)、としま区民センター(右)(写真/PIXTA)

ハレザ池袋のオフィス棟(左)と新ホール棟(中央)、としま区民センター(右)(写真/PIXTA)

そして、もう一つの目玉が池袋駅周辺にある東西合わせて4つの公園の再整備事業です。
2016年の南池袋公園のリニューアルオープンを皮切りに、2019年には中池袋公園、劇場公園として生まれ変わった旧池袋西口公園もリニューアル。2020年には造幣局地区防災公園(IKE・SUNPARK(イケサンパーク))が完成し、4つ全ての公園がそれぞれ個性を持った公園として多くの人を惹きつける魅力を持った場所になったのです。

世界中から人を惹きつける国際アート・カルチャー都市のメインステージ(資料/豊島区)

世界中から人を惹きつける国際アート・カルチャー都市のメインステージ(資料/豊島区)

「オールとしま」でまちに関わっていくという想い

飯石さんが豊島区のまちづくりに関わるようになったのもそのころでした。

「2016年に南池袋公園がオープンするときに、公園内のカフェ『racines farm to park』を運営するグリップセカンドから相談をいただき、オープニングイベントを企画したのがこの公園に関わるようになった最初のきっかけです。

グリップセカンドが南池袋公園の活用提案をした際の企画書に「オールとしま」をコンセプトに掲げていて、まさにその空気が伝わるような1日にしたいと考えました。公園が完成したことがゴールではなく、これからこの場所がどう変わっていくかを提示できるイベントをやろう、この場所を起点にチャレンジが出来るような場所にしたいという思いを込めて、オープニングイベントを企画しました」

2016年のオープン時から南池袋公園とグリーン大通りの活性化に注力をしてきたnestの飯石藍さん(写真撮影/相馬ミナ)

2016年のオープン時から南池袋公園とグリーン大通りの活性化に注力をしてきたnestの飯石藍さん(写真撮影/相馬ミナ)

飯石さんによれば、まちに人が集まるためのきっかけづくりのために、多様な過ごし方、楽しみ方ができるような仕掛けを作っています。

「2021年の取り組みとして、このエリアにくると何らかのアクティビティが継続的にある状態を意識してラシーヌでは週1回、お花や野菜のマルシェ、月に1回はたくさんの出店者が集まるマルシェを開催、そして年に1回、大規模なスペシャルマーケットを開催しています。それに加えて、イベントがない時でも日常的に過ごせる場所を、というテーマでストリートファニチャーを数ヶ月の間設置しています。」

「池袋文化圏」のハブとしての役割

改めて飯石さんに池袋はどんなまちかと尋ねると、「乗降客数が世界でも上位に来るほどのターミナルシティである一方、池袋から1駅離れると、個性のあるお店が立ち並び、お店の人と会話が始まるような下町っぽさがあります。暮らしがすぐそばにある町ですね」という答え。ぐるっとまちをめぐり、屋台を覗いてきましたが、たしかに今回のスペシャルマーケットに出店をしている人たちもそんな池袋の面白さを表現しているような、個性にあふれた、明るく気持ちの良い方ばかりでした。

雑司が谷と早稲田に店舗がある「都電テーブル」の梶谷さん。「外で食事を提供することは提供側も本当に楽しい」と語る(写真撮影/相馬ミナ)

雑司が谷と早稲田に店舗がある「都電テーブル」の梶谷さん。「外で食事を提供することは提供側も本当に楽しい」と語る(写真撮影/相馬ミナ)

南池袋公園内にはけん玉の専門店「KENHOL(ケンホル)」が出店しており、多くの家族連れが体験中。定期的にけん玉ワークショップを開催しているそう(写真撮影/相馬ミナ)

南池袋公園内にはけん玉の専門店「KENHOL(ケンホル)」が出店しており、多くの家族連れが体験中。定期的にけん玉ワークショップを開催しているそう(写真撮影/相馬ミナ)

「マルシェへの出店について、出店要項にはマルシェをはじめとしたグリーン大通りでの取り組みで大切にしていること等を記載しているのですが、そこにはこのまちを一緒に面白がってくれるか、ということが出店の条件になるという案内をしています。単純に売上を上げられるかどうかということだけではなく、池袋東口というエリアを一緒に盛り上げていくという視点を持つ方と一緒にマルシェを育てていきたいと思っています。

池袋は多くの路線のハブになっている駅です。1駅行けば住宅街があり、さらにその沿線には練馬・埼玉のまちとつながり、そこにも個性的な農家やお店がたくさんあります。私たちは池袋をハブとした周辺エリアを「池袋文化圏」と呼んでいて、それぞれのエリアから面白い出店者が集まることで、沿線やエリアの情報をより多くの人に届けることができると考えています。池袋単体が盛り上がるということではなく、周辺エリアの人たちとも一緒に盛り上げていきたい。例えば池袋文化圏では『食の循環』を生み出せないかと考えています。池袋には畑がないのでできませんが、近郊の練馬や草加などには農地も多いし農家さんも多い。顔の見える人から作られたものを買うという循環が生まれてくると、関わる人がもっと豊かな暮らしを実感することができるんじゃないかなと考えています。」

草加市で農園を営む「Chavi Pelto(チャヴィペルト)」で働く山北泰功さん。地元産の安心で、おいしい採りたて野菜を販売している(写真撮影/相馬ミナ)

草加市で農園を営む「Chavi Pelto(チャヴィペルト)」で働く山北泰功さん。地元産の安心で、おいしい採りたて野菜を販売している(写真撮影/相馬ミナ)

その可能性を広げることに、豊島区とも密に連携しながら進めています。

腰ほどの高さがあった均一的な植栽を、背の低い寄せ植えに変更することで雰囲気のある一角に(写真撮影/相馬ミナ)

腰ほどの高さがあった均一的な植栽を、背の低い寄せ植えに変更することで雰囲気のある一角に(写真撮影/相馬ミナ)

消費する側も提供する側も、もっと役割が溶け合っていい

いま池袋では、この南池袋公園やグリーン大通り周辺に限らず、至るところでこのようなまちを盛り上げるイベントや取り組みが行われるようになったといいます。実際、このスペシャルマーケット開催期間中も、「サンシャインマルシェ」や「ひがいけマルシェ」「美久仁小路バル」「ファーマーズマーケット」「Visca!! IKEBUKURO -KAKULULU 7.5th Anniversary Live-」といったイベントが行われていました。

今年度は、nest、racines farm to parkほか数店舗を経営するグリップセカンド、良品計画、サンシャインシティの4社共同パートナーとして事業を進めています。このまちを地元とする会社が、それぞれの得意なことを持ち寄りながらまちに関わることが、まち全体としての広がりにつながっていくはず。そしてその取り組みがまた別の人たちに緩やかにつながっていくと感じています」

2021年にリニューアルしたIKEBUKURO LIVING LOOPのホームページ内でも、主催のイベントだけでなく、周辺のさまざまなイベントや取り組みを紹介できるような形にしました。

さらには、池袋にやってきてこれらの取り組みに触れて楽しんだ人が「自分もお店を出店してみたい」とマルシェ応募したり、近所に暮らす人がcast(ボランティア)として参加してくれたり、出店していた人が運営にも関心を持ってcastに回ったりと、利用する側、提供する側、どちらか一方ではないことも大切なポイントのようです。

IKEBUKURO LIVING LOOPには多くのロースターが出店しており、屋外リビングでゆったりとコーヒーを楽しむことができる(写真撮影/相馬ミナ)

IKEBUKURO LIVING LOOPには多くのロースターが出店しており、屋外リビングでゆったりとコーヒーを楽しむことができる(写真撮影/相馬ミナ)

この日はお得な料金で複数のロースターのコーヒー、ティーを飲み比べできるチケットを1000円で販売(写真撮影/相馬ミナ)

この日はお得な料金で複数のロースターのコーヒー、ティーを飲み比べできるチケットを1000円で販売(写真撮影/相馬ミナ)

「特に都会だとサービスの提供と消費って役割が明確に分かれていますよね。でもその役割が曖昧で、溶け合っていていいと思うんです。そうすることで関わりの余地が増えていく。それがまちへの愛着の高まりにつながると思います」

関わりの余地が広がっていくことを体感できた池袋のまち。これからももっと気持ちのいいまちになる予感(写真撮影/相馬ミナ)

関わりの余地が広がっていくことを体感できた池袋のまち。これからももっと気持ちのいいまちになる予感(写真撮影/相馬ミナ)

コロナ禍で一時イベントができなくなった時に、飯石さんはかつてのマルシェ出店者の販路を少しでも支えるためのオンラインマルシェやトークイベントの開催などを積極的にやっていたと言います。全国各地でマルシェをやっている人たちとも話し合いを重ねることで気づいたことが、「イベントとして大きく人を動かしたり大量消費をさせたりするようなものよりも、私たちがずっと大切にしてきた日常・暮らしの延長線上にあるもの、顔の見える関係性を構築していくことで、有事の時に支え合えるんだなぁと改めて気づけたし、そういった場やコミュニティを育みたいんだ」ということだったそう。

コロナで改めて屋外の価値が見直され、公共空間の活用の仕方にも注目が集まっていますが、屋外空間が多くの人にとって自分の居場所として過ごしやすい場所になれば、まちは魅力的になるでしょう。まさに住まいにおけるリビングのような空間が屋外にある、それが日常になっていく流れの発端を感じた1日でした。

●取材協力
・IKEBUKURO LIVING LOOP
・nest

サブスク「DOME住む」で東京ドームシティに住める! 定額でホテルや温泉、遊園地を使い放題

東京ドームを中心に遊園地や温泉、ホテルまでそろった東京ドームシティ。なんと、定額でホテル暮らしや温泉、遊園地で遊び放題のまるごと「住める」サブスクリプション(サブスク)プラン「DOME住む」が人気を集めています。三井不動産と東京ドームホテルが贈る、働く、遊ぶ、リラックスもまるごとできる、新しい暮らし方をご紹介しましょう。

東京ど真ん中で展開される「DOME住む」は破格の15泊15万円!

2021年は多くのホテルが「ホテルのサブスク」を打ち出しましたが、夏にはなんとホテルだけでなく周辺の遊園地や温泉、食事、ホテル宿泊も含めた、一大エンターテインメント”シティ”に住めるサブスクが登場しました。

「DOME住むプラン」は、東京ドームシティ内の東京ドームホテルに15連泊または30連泊できるというものです。
住むというだけあって、連泊中は敷地内の「東京ドーム天然温泉 スパ ラクーア」に入館無料でお風呂に入り放題、東京ドームシティ内のアトラクションは乗り放題、東京ドームホテルのレストランなどの施設を利用できるレジャーチケット「得10(とくてん)チケット」も付いてきて、東京ドームシティに暮らす楽しさを存分に満喫できます。当たり前ですが室内は清潔感があり、得10チケットを使えばホテルレストランで食事もできる(当たり前ですが調理も片付けも不要……!)それでいて15連泊で15万円、ちょっと贅沢すぎるのではないでしょうか。夏には30連泊プランを販売したところ、なんとあっという間に完売だったといいますが、それも納得です。

「DOME住む」で利用できる東京ドームホテルの客室(写真撮影/相馬ミナ)

「DOME住む」で利用できる東京ドームホテルの客室(写真撮影/相馬ミナ)

窓のむこうには都内の風景(写真撮影/相馬ミナ)

窓の向こうには都内の風景(写真撮影/相馬ミナ)

夜はこんな夜景が眼下に(写真提供/東京ドームホテル)

夜はこんな夜景が眼下に(写真提供/東京ドームホテル)

筆者は今まで「ホテルライク」を売りにしたマンションをたくさん見てきましたが、まさか本物のホテルに住める日がくるとは……。
テレワークが当たり前になった今、仕事もできて、遊べて、気分転換もできて、ホテルにこんな使い方があったのか!とまさに目からウロコです。

「ホテルライクなマンション」ならぬ、「リアルホテルライフ」でテレワーク(写真撮影/相馬ミナ)

「ホテルライクなマンション」ならぬ、「リアルホテルライフ」でテレワーク(写真撮影/相馬ミナ)

ホテル最上階にあるレストランからの眺め(写真撮影/相馬ミナ)

ホテル最上階にあるレストランからの眺め(写真撮影/相馬ミナ)

アーティスト カフェ「パノラマランチ」(写真提供/東京ドームホテル)

アーティスト カフェ「パノラマランチ」(写真提供/東京ドームホテル)

ホテルサブスクは好調、暮らし方の新しい選択肢に

東京ドームホテルがあるのは東京都文京区。「住み続けたい自治体ランキングTOP50」(2021年、SUUMOリサーチセンター)では3位にランクインしたほど人気の街ですが、分譲価格にしても家賃にしてもやはりお高く、なかなか手がでるエリアではありません。そんな文京区に住めるというのも、貴重な体験です。
では、このプランがはじまった経緯はどこにあるのでしょうか。

「ご存じのようにコロナ禍で暮らしが大きく変わり、ホテルの宿泊需要が蒸発してしまいました。そこでホテルの活用法としてサブスクリプションサービスを打ち出し、三井不動産グループが展開するザ セレスティンホテルズ、三井ガーデンホテルズ、sequenceで利用可能な『サブ住む HOTELどこでもパス』『サブ住む HOTELここだけパス』を2月に発売したところ、これが大好評でした。そこで早い段階で、連携している東京ドームホテルでもできないか企画を練っていました」と話すのは三井不動産ホテル・リゾート本部ホテルリゾート運営一部運営企画グループの江連沙織さん。

左から、東京ドームホテル総支配人室営業企画課広報 渡辺友紀さん、三井不動産ホテルリゾート本部の名塚旭さん(リモート参加)、江連沙織さん(写真撮影/相馬ミナ)

左から、東京ドームホテル総支配人室営業企画課広報 渡辺友紀さん、三井不動産ホテルリゾート本部の名塚旭さん(リモート参加)、江連沙織さん(写真撮影/相馬ミナ)

ちなみに、はじめに発売したホテルサブスク「サブ住む」には、全国各所にある三井不動産グループが展開しているホテルに連泊できる「HOTELどこでもパス」と、お気に入りのホテルにじっくり連泊できる「HOTELここだけパス」の2種類ありますが、それぞれ利用者の傾向が異なるといいます。

「どこでもパスのほうは、20~30代で、仕事もテレワーク中心で、仕事と旅がシームレスな方が多いですね。一方で、ここだけパスは40~60代で、自宅近くのホテル、または会社近くのホテルを確保し、出勤しつつ、仕事をするというスタイルが多いように見受けられます。また家の近くのホテルを借りて、ホテルを仕事部屋にしたり、会社近くに借りたホテルから出勤するという使われ方もされていました」(名塚さん)

東京ドームのすぐ隣に立つ東京ドームホテル。遊園地があるからでしょうか、どこか街全体にワクワク感が漂っています(写真撮影/相馬ミナ)

東京ドームのすぐ隣に立つ東京ドームホテル。遊園地があるからでしょうか、どこか街全体にワクワク感が漂っています(写真撮影/相馬ミナ)

セカンドハウスやホテルに缶詰仕事と聞くと、文豪や大金持ちという別世界の使われ方を想像してしまいましたが、今回のコロナ禍を受け、わりと身近に使えることがわかったように思います。東京ドームホテルの『DOME住む』は、この「サブ住む」での反響を受け、夏前に販売しましたが、それまでとは違った使われ方をしていたといいます。

ホテルと住まいはもっと気軽で近い存在に!

「夏に『DOME住む』を利用した方にアンケートを取りましたが、東京都内や近郊にお住まいのご利用者が多く、ご家族連れで30連泊している方もいらっしゃいました。周辺にはレジャー施設もたくさんあるので、お子さまは遊んで、大人は仕事をして、夜はゆっくりお食事を楽しむ、そのように自由に時間を使って過ごしていると30日があっという間なのではないでしょうか」(渡辺さん)

東京ドームシティのアトラクション。「DOME住む」なら乗り放題(写真撮影/相馬ミナ)

東京ドームシティのアトラクション。「DOME住む」なら乗り放題(写真撮影/相馬ミナ)

東京ドームシティは、いってみれば「遊園地」なわけで、「遊園地に住む」というのは子どもにとっても夢のよう。ホテル住まいなら親もごはんづくりなどの家事をお休みできますもんね。近くに美術館や博物館も多数あるので、勉強もできますし、コロナ禍で遠出はできないけれど「夏休みを楽しみたい」という使われ方をしていたようです。

アトラクションだけでなく、イベントやショップもたくさんあるので、15連泊できても時間は足りないだろうな(写真撮影/相馬ミナ)

アトラクションだけでなく、イベントやショップもたくさんあるので、15連泊できても時間は足りないだろうな(写真撮影/相馬ミナ)

現在も15連泊と30連泊のプランを販売していますが、好調とのこと。また、住まいと異なり、ホテルは契約が簡素で初期費用が不要といった実利的な点を評価されているといいます。

ただ、気になる今後ですが、どうなるかは未定だそうです。テレワークは普及しましたが、一方で、「定着するか」どうかは見えないところもあるため、確かにホテルとしては難しい判断になるのかもしれません。

とはいえ、今回のような“街のサブスク”が今後も展開されるとしたら、引越し前や移住を検討している地方など住んでみたい街のホテルでお試し居住をしてみたりするという使い方もできそうです。ほかにも、高齢になったので身軽にホテルで暮らしたり、テレワークで旅をしながら各地を巡って暮らす、なんていう使い方は大いにアリなのではないでしょうか。街のサブスクをきっかけに、新しい街との出合いや、暮らしに対する発見があるかもしれません。

2021年は帝国ホテルをはじめ、さまざまなホテルが「ホテルに住む」「ホテルでテレワーク」という新しい活用法を打ち出し、ホテルサブスクもいろんな種類が登場しています。これからの「ちょい住み」「気軽な住まい」の場所としての「ホテル」は、もっと普及していくかもしれません。

●取材協力
東京ドームホテル
三井不動産

自宅の1階に酒屋&角打ちを誘致!会社員が夢をかなえた店舗付き住宅

「自宅の1階に好きなお店があったらいいのに」「家賃収入のある大家さんになりたい」、そんな妄想や夢想をした人もいるのではないでしょうか。今回は、賃貸でも購入でもなく、自宅の1階に好きな酒店「いまでや清澄白河」を誘致するという夢と愛のある「大家暮らし」を叶えた小島雄一郎さんにインタビューしました。

分譲も賃貸も経験。行き着いたのは好きな街・清澄白河で「店舗併用住宅」

コーヒーとアートの街として知られる清澄白河(東京都江東区)。この街の一角に今年2021年8月、酒屋「いまでや 清澄白河」が誕生しました。店のコンセプトは「はじめの100本」。お酒に詳しくない人でも、日本各地の日本酒やワインなどに詳しくなっていけるという、お酒のセレクトショップです。10月22日から「角打ち」(酒を酒屋の一角で立ち呑みすること)もできるようになりました。

住宅街の一角にできた「いまでや 清澄白河」(写真撮影/相馬ミナ)

住宅街の一角にできた「いまでや 清澄白河」(写真撮影/相馬ミナ)

日本酒やワインを知るための「はじめの100本」がコンセプト(写真撮影/相馬ミナ)

日本酒やワインを知るための「はじめの100本」がコンセプト(写真撮影/相馬ミナ)

「これはどんなお酒?」と手に取りやすく、会話もうまれやすい仕掛けがしてある(写真撮影/相馬ミナ)

「これはどんなお酒?」と手に取りやすく、会話もうまれやすい仕掛けがしてある(写真撮影/相馬ミナ)

店舗付き住宅の場合、オーナーが自宅で商売をする、または、不動産会社にテナント誘致を任せることが多いのですが、今回の家はそれとはまったく事情が異なります。この家の所有者は、広告代理店に勤務し、「若者研究」などで知られる小島雄一郎さん。自身で酒店を口説いて誘致し、「自分の家の1階に大好きな酒屋が入る」という酒飲みの夢のような家を建てた、というのがそのあらましです。とはいえ、いきなり店舗併用住宅という結論に至ったのではなく、実は「賃貸or購入」という、30代の住まいの「命題」について考え抜いた結果だったといいます。

「もともと、清澄白河近くの賃貸住宅で暮らしていましたが、コロナ騒動前は年間100日ほど出張があって、自宅にいないのに家賃を支払うという状況だったんです。だったら、買うにしても借りるにしても、『家』に“働いて”もらったほうがいいんじゃない?というのがそもそものはじまりなんです」と話します。

キッチンからリビングをのぞむ。どこを切りとってもスタイリッシュ(写真撮影/相馬ミナ)

キッチンからリビングをのぞむ。どこを切りとってもスタイリッシュ(写真撮影/相馬ミナ)

ただ、賃貸物件であっても、分譲物件であっても、集合住宅ではAirbnbなど民泊の時間貸し、部屋の貸し出しは、規約で禁じられていることが多いもの。「集合住宅で家に働いてもらう」のは、すぐに厳しいと気がついたそうです。

「次に考えたのが中古物件+リノベです。ただ、下町で流通する中古物件は、建ぺい率(敷地面積に対する建物の建築面積)がオーバーしているなど、現在の法律だと違法建築だったり、既存不適格だったりするため、住宅ローンが使えないこともあるようです。そのため、結果として新築の注文住宅、しかも店舗併用住宅という発想に至りました」といいます。こうして小島さんの「借りるor買う」からはじまった住宅問題は、「大家になって稼ぐ家をつくる」という判断になったのだといいます。

小島さん宅の間取り1、2階(画像提供/須藤剛建築設計事務所)

小島さん宅の間取り1、2階(画像提供/須藤剛建築設計事務所)

小島さん宅の間取り3、PH階(画像提供/須藤剛建築設計事務所)

小島さん宅の間取り3、PH階(画像提供/須藤剛建築設計事務所)

建築、食、酒、アートなどに触れる暮らし。家を建てたことで、「自分の文化度」が上がった

ただ、東京の人気エリアで、土地を買って、新築で店舗併用住宅を建てるとなれば、金額的にも大きな決断になることには違いありません。

「土地を買ってこの建物を建てたのですが、建物の建築面積は90平米程度、建物は3階建てで、2階と3階、屋上が住まいになります。東京都内の新築マンション価格はあがる一方なので、結果としては新築マンションを買ったのと同程度の価格帯におさまりました」といいます。毎月の住宅ローン収支でいうと、家賃収入を返済額に充てれば、ご自身で支払う返済額は賃貸に住んでいたころの賃料の半額程度といいます。ただ、自宅にはサウナがあったり、屋上でバーベキューや流しそうめんができたりと、暮らしの満足度、充実度は比較になりません。

リビングを横から。つるされたグリーン&ギターが素敵(写真撮影/相馬ミナ)

リビングを横から。つるされたグリーン&ギターが素敵(写真撮影/相馬ミナ)

2階の寝室&仕事スペース。手持ちの和箪笥もなじんでいます(写真撮影/相馬ミナ)

2階の寝室&仕事スペース。手持ちの和箪笥もなじんでいます(写真撮影/相馬ミナ)

2階にはサウナも! 建築家もサウナ好きだったそう(写真撮影/相馬ミナ)

2階にはサウナも! 建築家もサウナ好きだったそう(写真撮影/相馬ミナ)

屋上。目の前は寺社で、遮るものがなく、大きな空が広がる(写真撮影/相馬ミナ)

屋上。目の前は寺社で、遮るものがなく、大きな空が広がる(写真撮影/相馬ミナ)

「建築家と建てた家なので、インテリアをはじめ、好みのテイストで統一できていて、暮らしの満足度は比べ物になりません。ただ、電気配線工事の依頼や各種手続きなどは自分ですべてやらなくてはいけなくて、手間はかかりました。新築マンションや賃貸だと、ぜんぶセットアップされているので、決められた手続きをしていけば暮らしがはじめられますが、注文住宅なので一つひとつ自分がやらなくてはいけない。大変でしたが、家を建てるなかで、建築やインテリア、食、地域やコミュニティへの理解など、自分の暮らしの『文化度』があがった気がします」と家を建てた経験を振り返ります。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

また、家について考えていたこの1年は、コロナ禍でリモートワークが導入され、働き方や家の価値、街との関わり方について考えることも増えたといいます。

「在宅時間が増え、家や街のことをより考えるようになり、単なる収入ではなく、大家として自分にも、街や地域にもよい影響があったらいいなと考えるようになりました。当初、店舗部分はワークシェアスペースやレンタルスペースも考えましたが、コロナ禍で先が見えないし、カフェやギャラリーはすでにある店と競合する……と考えを整理していき、最終的に酒屋、しかも角打ちもできる店がよいだろうと。そこまで考えたあとで、自分で酒店を見学してまわり、誘致することにしたんです」といいます。

大家として土地や不動産を所有し、テナントや店子の管理はすべて不動産管理会社にまかせて「収入を得るだけ」という人はたくさんいますが、企画から開発まで、自分で考え、行動に移すのはさすがとしかいいようがありません。

勝ち馬に乗るのではなく、街を盛り上げた結果としての「資産」に

とはいえ、自宅の1階を店にするには、やはり覚悟と手間が必要だったといいます。

「自宅の一部で店をはじめるので、街や周辺住民との関わり方、当事者意識がまったく異なります。周辺にも、はじめる前もあいさつをしに行きました。清澄白河は、下町ということもあり、飲食店や商店、町内会などの横のつながりがあります。地域との関わりは、今までの賃貸や分譲マンションでは考えられないほど、深くなりましたね」と小島さん。

夕方、暗くなりはじめて明かりが灯ると、独特の風情が漂う(写真撮影/相馬ミナ)

夕方、暗くなりはじめて明かりが灯ると、独特の風情が漂う(写真撮影/相馬ミナ)

無事に開店。近所の人がふらりと立ち寄っていくのがおもしろい(写真撮影/相馬ミナ)

無事に開店。近所の人がふらりと立ち寄っていくのがおもしろい(写真撮影/相馬ミナ)

いわゆる不動産を所有することで、「資産を形成する」「所得を得る」だけということは、したくなかったといいます。
「清澄白河は今、盛り上がっている街ですが、だからといって何をやってもうまくいくわけではありません。自分が当事者として地域や街を盛り上げていった結果として、地価や資産が守られたらいいなとは思いますが、勝ち馬に乗って売り抜けるようなことは考えていませんでした」といいます。自分が当事者として地域に関わり、地元愛が盛り上がった結果として、資産が維持できたらいいというのは、不動産本来のあり方といえるでしょう。

今回、小島さんが声をかけたことで、住宅街の一角に店を出すことになった、株式会社いまでやの専務取締役の小倉あづささんは、どのように考えているのでしょうか。

小島さんもこの1年でだいぶお酒に詳しくなったとか(写真撮影/相馬ミナ)

小島さんもこの1年でだいぶお酒に詳しくなったとか(写真撮影/相馬ミナ)

左がいまでやの小倉さん、右が小島さん。大家と店子って本来、こんな感じだったのでしょうか(写真撮影/相馬ミナ)

左がいまでやの小倉さん、右が小島さん。大家と店子って本来、こんな感じだったのでしょうか(写真撮影/相馬ミナ)

「昨年の秋ごろでしょうか、突然、出店しないかというメールが会社に来て、おもしろそうな人だから会ってみようというのが、はじまりでしたね。当初は店を出すつもりはなくて、2回目に会ったときも出店する意向はなかったのですが、小島さんが家賃を含めて、本気で関わろうという姿勢を見せてくれたんですよね。そこではじめて覚悟や思いを感じたというか。何度も場を設けて、弊社の社員にはない知識や経験をもらって……を繰り返していくうちに、結局、出店することになりました」と1年を振り返ります。

小島さんがはじめにIMADEYAさんに送ったプレゼン資料(画像提供/小島雄一郎さん)

小島さんがはじめにIMADEYAさんに送ったプレゼン資料(画像提供/小島雄一郎さん)

ただ、この1年はお酒や外食産業にとって、先の見通せないつらい時期でもありました。緊急事態宣言が続き、お酒を飲み交わす場はすっかり精彩を欠いていたように思います。

「弊社は酒を販売するだけでなく、飲食店にも卸しているのですが、まさかこんなに長くコロナ禍が続くとは思ってなかったな」とぐちる小倉さん。
「ご近所の人は暖かくて、店の工事をしていると『今度は何屋ができるの?酒屋?楽しみだね』と言ってもらったり、『酒器も売っているんだね、今度来るから』と言ってもらえたり。期待度や関心度を実感していました」(小倉さん)

一方で、家飲み需要が高まっているという手応えもあり、小島さんと小倉さんとで店のコンセプト「はじめの100本」の完成度を高めていったそう。そして、デジタルを活用しつつ、お酒が好きな人も、すでに詳しい人も楽しめる仕掛けをして、今年8月、無事、お店がオープンとなりました。

「この酒をオススメする人の名前、顔、理由」がおもしろい。全部飲みたい(写真撮影/相馬ミナ)

「この酒をオススメする人の名前、顔、理由」がおもしろい。全部飲みたい(写真撮影/相馬ミナ)

グラスにいれると色がわかって、またきれい(写真撮影/相馬ミナ)

グラスにいれると色がわかって、またきれい(写真撮影/相馬ミナ)

お酒って話ながら選ぶのがおもしろいんですよね。貴重な交流の場に(写真撮影/相馬ミナ)

お酒って話ながら選ぶのがおもしろいんですよね。貴重な交流の場に(写真撮影/相馬ミナ)

「お酒は川の流れと同じで、常に人の暮らしに寄り添ってきたんです。今回、感染症対策で、飲食店で呑むのは難しい時期が続きましたが、だからこそ家では、美味しいお酒を飲んでほしいという思いは強くなりました。それと、美味しいものはなぜ美味しいのか、知識があるともっと楽しくなる。また、お酒の知識は人との会話で得るのが一番、記憶に残るんです。角打ちは、そういうお酒の楽しさを学ぶ場であり、サロンにもなる。人とお酒とが盛り上がる、豊かな場所にしていけたらいいですよね」と小倉さん。

「『お店なんて、よくできたね』と言われるんですが、3階建てのうち1階を自動車の車庫にしている家はよくありますよね。それと同じ感覚で、車庫部分にお店を誘致してきただけ。会社員でも、十分、ありえる方法だと思いますよ」と小島さん。1階に車庫があれば交流は生まれませんが、酒屋があることで、お客さんや地域と交流がうまれます。小島さん自身は、まだ家を所有している感覚はないといいますが、暮らしや地域に根ざしている感覚があるといいます。これも家の完成までに、多くの人とやりとりしたからこそかもしれません。

単に住む街、眠る街から、商いの当事者として関わる街へ。関わりが増えれば、手間や煩わしさも増えることでしょう。でも、それ以上に豊かに、得るものはきっとあるはず。買うor借りる、の発想を超えて、新しい暮らし方へ。すでに流れは変わっているのかもしれません。

静かに光る「いまでや」の看板。新しい光ですね(写真撮影/相馬ミナ)

静かに光る「いまでや」の看板。新しい光ですね(写真撮影/相馬ミナ)

●取材協力
小島雄一郎さん
・note
・Twitter
IMADEYA(いまでや 清澄白河)

ご近所お抱え農家Vege House 。野菜の直販を“お客以上友だち未満”の距離感で

採れたて野菜を畑のすぐそばで購入できる野菜の直販サービス「Vege House」。始めたのは、小金井市の阪本農園の阪本さんはじめ幼馴染3人組。お客さんはLINEで注文しておいた野菜を農園でピックアップできる。24時間以内に収穫された新鮮な野菜が手に入るのが魅力で、まさに地産地消のサービスだ。

採れた野菜を、なるべく近所の方に食べてもらいたい

近所に畑があっても、そこで直接野菜を買えるわけじゃない。ああ立派なピーマンだな、里芋だなと気になっても、野菜はスーパーで買うのがあたりまえの社会に私たちは生きている。収穫された野菜は市場に出され、流通にのってまた地元のスーパーに並ぶ。その間、収穫からゆうに4~5日が経ってしまう。

「せっかく住宅街のそばで新鮮な野菜を収穫しているのに、直接お客さんに届けられないのはもったいないと思ったんです。採れた野菜を、なるべく近所の方に食べてもらいたい」と、農園のすぐそばで野菜を売り始めた人たちがいる。同級生3人組、阪本大悟さん、佐藤友樹さん、小嶋英郎さんによる野菜の直販サービス「Vege House」だ。

野菜は新鮮であるほどおいしい。畑のそばで買えるのであれば、それだけで嬉しいサービスになるはずだ。詳しい話を聞きに、新小金井にある阪本農園に向かった。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

住宅街の中に広がる農園

西武多摩川線の新小金井駅から徒歩8分。コンビニエンスストアの脇の道を入っていくと、阪本農園の畑が見えてくる。周囲はまさに住宅街。1ヘクタールほどの畑が広がり、ハウスも10ほど並んでいる。阪本大悟さんが迎えてくれた。

Vege Houseの阪本大悟さん(写真撮影/甲斐かおり)

Vege Houseの阪本大悟さん(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園は、この土地に350年も続いてきた農家。大悟さんのお父さんの啓一さんは早い時期から有機農法に取り組んできた熱心な農家だ。

主にサラダ野菜を5種類、スイスチャード、ルッコラ、サラダホウレンソウなどを栽培して、大手宅配サイトや飲食店に野菜を卸している。お母さんやお兄さんも一緒に働く家族経営で、ナスやキュウリ、ネギなどの一般的な野菜もつくっている。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

「Vege House」は、そんな阪本農園の野菜と、近隣の農家の野菜をご近所さんに直販するサービスだ。

しくみはこう。ほぼ毎日、阪本さんたちはインスタグラムやLINEで、登録者向けに販売できる野菜をお知らせする。お客さんは受取の2日前までにほしい野菜をLINEで注文。注文受けた野菜を阪本さんたちは収穫して、受取時間までに用意しておく。お客さんは農園に直接取りにくるか、もしくは配送料300円を支払って届けてもらうことができる(配達範囲は主に小金井市と武蔵野市の一部)。

「配送するより、取りに来てくださるお客さんの方が圧倒的に多いです。なので本当にご近所さん向けのサービスといった感じですね。いま登録数は600ほどですが、1日に取りに来られるのは多いときで20人くらい、少ない日は2人なんて時もあります」

基本、平日の9時半~13時、13~20時は毎日受取可能。買い物や仕事帰り、保育園の送り迎えついでにピックアップする人が多い。しかも注文を受けてから収穫するため、24時間以内に採れた野菜が食べられるのが、最大の嬉しいポイントだ。

Vege Houseのinstagram

Vege Houseのinstagram

「採れたての野菜ってこんなにうまいのか」

Vege Houseは昨年(2020年)の5月、阪本さんと子どものころから仲の良かった同級生、佐藤さん、小嶋さんと3人で始めた。当時はみなまだ大学生だった。
なぜこのサービスを始めることになったのだろう?

「僕は卒業したら農業を手伝うことを決めていました。うちの野菜の9割はずっと大地を守る会(現「オイシックスラ・大地」)に卸しているんです。なのでコロナ禍の影響はほとんどありませんでした。でも売り先が一つしかないのは不安だなと思うようになったんです。自然災害も増えているし、売り先はいくつかある方がいいのではと」

そこで通販プラットフォームを使って、オンラインでの販売を始めてみた。ところがそれほど数が出るわけでもなく、顔の見えないお客さんに野菜を送る仕事は面白く感じられなかった。

せっかく新しいことをやるなら、もっと面白いことができないかと、2人の友人に相談した。

「帰りにお土産にキュウリを渡したんです。それをかじった小嶋が『何これ!こんなうまいキュウリ、初めて食べた』って。採れたての野菜ってこんなにうまいのかって言うんです。野菜はスーパーで買うのが当たり前だと思っているから、東京でこんなおいしい野菜が食べられるってみんな知らないよねって話になって。だったら地元の人たちにアピールしてみたらどうだろうって」

友人2人が興味をもったことで、Vege Houseの構想が生まれた。ご近所さんが野菜を通じて農家や畑を身近に感じるようになる。そこに生まれるささやかな地域コミュニティ。そんな像をめざしてVege Houseは始まった。

その後3人とも大学を卒業し、佐藤さんと小嶋さんは会社員に。以前に比べると忙しくなり、毎日携わるのは難しくなったが、家も近いため月に2~3回は必ず3人で集まり相談し合っているという。

左から佐藤さん、阪本さん、小嶋さん(写真提供/Vege House)

左から佐藤さん、阪本さん、小嶋さん(写真提供/Vege House)

農園が身近な場所になっていく

オンラインでの広がりでお客さんは徐々に増えているが、お客さんというより友だちが増えていく感覚に近いと阪本さんはいう。子育て中の若いお母さんや働く主婦、年配者などさまざま。

「家族連れで取りに来られる方もいます。小さなお子さんが、公園公園っていう感覚で『のうえんのうえん』って言ってくれるらしくて。農園行こうねって。そう聞くとほんとに嬉しいんですよね」

子どもにとっては、スーパーに並ぶ野菜だけでなく、食べものの育つ現場を知る、いい機会なのかもしれないと思う。
だが農作業の合間に野菜を渡したり、配達にまわるのは負担ではないのだろうか。

「だいぶ慣れました。ただやっぱり、家族の理解は大きい。畑で作業していてもお客さんが受取にくる15分前には携帯のバイブが鳴るようにしていて、『行ってくるわ』っていうと『行ってらっしゃい』って言ってくれるので」

畑も受け渡し場所も同じ敷地内なので、それほど時間はかからない。ただし、お客さんの都合で受取時間が変わるなど、手間も多いだろう。

「そうですね。でも僕にとっては友だちみたいな感覚なので。ほぼ名前も覚えているし。『子どものお迎えを先に行ってきてもいいですか』と連絡がきて『はいじゃあ3時半にお待ちしますね』って感じのやり取りです。そのぶん野菜が美味しかったとか、ほかではもう買えないっていうような言葉をいただいて。その方がすごく嬉しい」

野菜の収穫体験をお客さんにプレゼントしたこともある。1000円以上買っていただいた方に、大根を1本直接畑から抜いてくださいというサービス。お客さんにとっては新鮮な遊びや体験になる。
そうしてどんどん近くの畑や農家が身近な存在になっていく。

(写真提供/Vege House)

(写真提供/Vege House)

仕入れ先もご近所さん

Vege Houseでは阪本農園だけでなく、近所の農家の野菜も合わせて販売している。各農家も注文に応じて収穫。それを阪本さんが毎朝集荷にまわる。

「車で10分かからないところばかりなので。例えば荻原農園さんに9時に仕入れにいって、ほかいくつかまわっても9時半にはうちに戻れます」

値段は各農家が決めるため、同じナスでもA農家とB農家で値段は違っていたりする。それはお客さんが選んでくれればいい。Vege Houseで多少の手数料を取っているが、値段は良心的。買う側からしても新鮮な野菜が安価に手に入る。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

新しいお客さんを獲得するための、ゲリラ販売も

8月中旬の土曜日には、ゲリラ販売が行われた。「インスタを見てはいるけどまだ試したことがない」という人たちに来てほしいと行われたイベントだった。

農作業の後、ということで開始は16時半。時間になると、農園の前にぞくぞくと人が集まり始めた。
軽トラックの荷台に野菜を広げて販売する。若い夫婦や、子ども連れのお母さん、年配者など20人ほどが列をつくった。

次々に野菜を手にするお客さんたち。阪本さんたちは必死で計算する(写真撮影/甲斐かおり)

次々に野菜を手にするお客さんたち。阪本さんたちは必死で計算する(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園と近隣の農家で採れた旬の野菜が並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園と近隣の農家で採れた旬の野菜が並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)

「ホウレンソウくださ~い」という子どもの声。「じゃあまた~」と笑顔で帰るお年寄り。そのたびに阪本さんは「ありがとうございます、またお願いします!」「とれたて野菜、楽しんでくださいね」と言葉を返す。

野菜がどんどん売れていく。これほどお客さんが訪れるとは思っていなかったそうだ。
30分もしないうちに野菜はほぼなくなり、わずか1時間ほどで完売。

この日は佐藤さん、小嶋さんに代わり、同じく同級生の赤村陽太郎さんが助っ人として参加。(写真撮影/甲斐かおり)

この日は佐藤さん、小嶋さんに代わり、同じく同級生の赤村陽太郎さんが助っ人として参加。(写真撮影/甲斐かおり)

この日訪れたお客さんの半分は、新規のお客だったそう。ほとんどがご近所さん。「その日の気分で買うので、なかなか数日前の予約は難しくて」と話すお客さんもいた。毎日、ここで販売する予定はないのだろうか。

「やっぱり予約して買っていただきたいんですよね。いつでも買えると八百屋と変わらなくなってしまう。欲しいから事前に頼む。お抱え農家みたいになりたいといいますか」

「売り手と買い手」である前に、「つくり手と買い手」の関係性が先にある。お客さんから見れば、阪本さんはあくまで“農家さん”。だからいい。それが違いかもしれない。
食べることはもっとも身近な行為。行きつけの美容院や飲食店と同じように、生活圏に“いつもの農家さん”がいるのは、安心で嬉しいことのように思う。

「自分の暮らす身近に農家があるといいですよね。都会にこそ、本当は農地が増えてほしい」

Vege Houseで扱う野菜はとくにオーガニックに限っているわけではないため価格も控えめ。「ただ新鮮でおいしい」に特化した直販サービスは珍しいかもしれない。

“お客以上友だち未満”の距離感で野菜を販売してくれるVege Houseのようなサービスが増えれば、畑や農業がもっと身近になるだろう。

●取材協力
Vege House
instagram:@vege_house_

ご近所お抱え農家Vege House 。野菜の直販を“お客以上友だち未満”の距離感で

採れたて野菜を畑のすぐそばで購入できる野菜の直販サービス「Vege House」。始めたのは、小金井市の阪本農園の阪本さんはじめ幼馴染3人組。お客さんはLINEで注文しておいた野菜を農園でピックアップできる。24時間以内に収穫された新鮮な野菜が手に入るのが魅力で、まさに地産地消のサービスだ。

採れた野菜を、なるべく近所の方に食べてもらいたい

近所に畑があっても、そこで直接野菜を買えるわけじゃない。ああ立派なピーマンだな、里芋だなと気になっても、野菜はスーパーで買うのがあたりまえの社会に私たちは生きている。収穫された野菜は市場に出され、流通にのってまた地元のスーパーに並ぶ。その間、収穫からゆうに4~5日が経ってしまう。

「せっかく住宅街のそばで新鮮な野菜を収穫しているのに、直接お客さんに届けられないのはもったいないと思ったんです。採れた野菜を、なるべく近所の方に食べてもらいたい」と、農園のすぐそばで野菜を売り始めた人たちがいる。同級生3人組、阪本大悟さん、佐藤友樹さん、小嶋英郎さんによる野菜の直販サービス「Vege House」だ。

野菜は新鮮であるほどおいしい。畑のそばで買えるのであれば、それだけで嬉しいサービスになるはずだ。詳しい話を聞きに、新小金井にある阪本農園に向かった。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

住宅街の中に広がる農園

西武多摩川線の新小金井駅から徒歩8分。コンビニエンスストアの脇の道を入っていくと、阪本農園の畑が見えてくる。周囲はまさに住宅街。1ヘクタールほどの畑が広がり、ハウスも10ほど並んでいる。阪本大悟さんが迎えてくれた。

Vege Houseの阪本大悟さん(写真撮影/甲斐かおり)

Vege Houseの阪本大悟さん(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園は、この土地に350年も続いてきた農家。大悟さんのお父さんの啓一さんは早い時期から有機農法に取り組んできた熱心な農家だ。

主にサラダ野菜を5種類、スイスチャード、ルッコラ、サラダホウレンソウなどを栽培して、大手宅配サイトや飲食店に野菜を卸している。お母さんやお兄さんも一緒に働く家族経営で、ナスやキュウリ、ネギなどの一般的な野菜もつくっている。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

「Vege House」は、そんな阪本農園の野菜と、近隣の農家の野菜をご近所さんに直販するサービスだ。

しくみはこう。ほぼ毎日、阪本さんたちはインスタグラムやLINEで、登録者向けに販売できる野菜をお知らせする。お客さんは受取の2日前までにほしい野菜をLINEで注文。注文受けた野菜を阪本さんたちは収穫して、受取時間までに用意しておく。お客さんは農園に直接取りにくるか、もしくは配送料300円を支払って届けてもらうことができる(配達範囲は主に小金井市と武蔵野市の一部)。

「配送するより、取りに来てくださるお客さんの方が圧倒的に多いです。なので本当にご近所さん向けのサービスといった感じですね。いま登録数は600ほどですが、1日に取りに来られるのは多いときで20人くらい、少ない日は2人なんて時もあります」

基本、平日の9時半~13時、13~20時は毎日受取可能。買い物や仕事帰り、保育園の送り迎えついでにピックアップする人が多い。しかも注文を受けてから収穫するため、24時間以内に採れた野菜が食べられるのが、最大の嬉しいポイントだ。

Vege Houseのinstagram

Vege Houseのinstagram

「採れたての野菜ってこんなにうまいのか」

Vege Houseは昨年(2020年)の5月、阪本さんと子どものころから仲の良かった同級生、佐藤さん、小嶋さんと3人で始めた。当時はみなまだ大学生だった。
なぜこのサービスを始めることになったのだろう?

「僕は卒業したら農業を手伝うことを決めていました。うちの野菜の9割はずっと大地を守る会(現「オイシックスラ・大地」)に卸しているんです。なのでコロナ禍の影響はほとんどありませんでした。でも売り先が一つしかないのは不安だなと思うようになったんです。自然災害も増えているし、売り先はいくつかある方がいいのではと」

そこで通販プラットフォームを使って、オンラインでの販売を始めてみた。ところがそれほど数が出るわけでもなく、顔の見えないお客さんに野菜を送る仕事は面白く感じられなかった。

せっかく新しいことをやるなら、もっと面白いことができないかと、2人の友人に相談した。

「帰りにお土産にキュウリを渡したんです。それをかじった小嶋が『何これ!こんなうまいキュウリ、初めて食べた』って。採れたての野菜ってこんなにうまいのかって言うんです。野菜はスーパーで買うのが当たり前だと思っているから、東京でこんなおいしい野菜が食べられるってみんな知らないよねって話になって。だったら地元の人たちにアピールしてみたらどうだろうって」

友人2人が興味をもったことで、Vege Houseの構想が生まれた。ご近所さんが野菜を通じて農家や畑を身近に感じるようになる。そこに生まれるささやかな地域コミュニティ。そんな像をめざしてVege Houseは始まった。

その後3人とも大学を卒業し、佐藤さんと小嶋さんは会社員に。以前に比べると忙しくなり、毎日携わるのは難しくなったが、家も近いため月に2~3回は必ず3人で集まり相談し合っているという。

左から佐藤さん、阪本さん、小嶋さん(写真提供/Vege House)

左から佐藤さん、阪本さん、小嶋さん(写真提供/Vege House)

農園が身近な場所になっていく

オンラインでの広がりでお客さんは徐々に増えているが、お客さんというより友だちが増えていく感覚に近いと阪本さんはいう。子育て中の若いお母さんや働く主婦、年配者などさまざま。

「家族連れで取りに来られる方もいます。小さなお子さんが、公園公園っていう感覚で『のうえんのうえん』って言ってくれるらしくて。農園行こうねって。そう聞くとほんとに嬉しいんですよね」

子どもにとっては、スーパーに並ぶ野菜だけでなく、食べものの育つ現場を知る、いい機会なのかもしれないと思う。
だが農作業の合間に野菜を渡したり、配達にまわるのは負担ではないのだろうか。

「だいぶ慣れました。ただやっぱり、家族の理解は大きい。畑で作業していてもお客さんが受取にくる15分前には携帯のバイブが鳴るようにしていて、『行ってくるわ』っていうと『行ってらっしゃい』って言ってくれるので」

畑も受け渡し場所も同じ敷地内なので、それほど時間はかからない。ただし、お客さんの都合で受取時間が変わるなど、手間も多いだろう。

「そうですね。でも僕にとっては友だちみたいな感覚なので。ほぼ名前も覚えているし。『子どものお迎えを先に行ってきてもいいですか』と連絡がきて『はいじゃあ3時半にお待ちしますね』って感じのやり取りです。そのぶん野菜が美味しかったとか、ほかではもう買えないっていうような言葉をいただいて。その方がすごく嬉しい」

野菜の収穫体験をお客さんにプレゼントしたこともある。1000円以上買っていただいた方に、大根を1本直接畑から抜いてくださいというサービス。お客さんにとっては新鮮な遊びや体験になる。
そうしてどんどん近くの畑や農家が身近な存在になっていく。

(写真提供/Vege House)

(写真提供/Vege House)

仕入れ先もご近所さん

Vege Houseでは阪本農園だけでなく、近所の農家の野菜も合わせて販売している。各農家も注文に応じて収穫。それを阪本さんが毎朝集荷にまわる。

「車で10分かからないところばかりなので。例えば荻原農園さんに9時に仕入れにいって、ほかいくつかまわっても9時半にはうちに戻れます」

値段は各農家が決めるため、同じナスでもA農家とB農家で値段は違っていたりする。それはお客さんが選んでくれればいい。Vege Houseで多少の手数料を取っているが、値段は良心的。買う側からしても新鮮な野菜が安価に手に入る。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

新しいお客さんを獲得するための、ゲリラ販売も

8月中旬の土曜日には、ゲリラ販売が行われた。「インスタを見てはいるけどまだ試したことがない」という人たちに来てほしいと行われたイベントだった。

農作業の後、ということで開始は16時半。時間になると、農園の前にぞくぞくと人が集まり始めた。
軽トラックの荷台に野菜を広げて販売する。若い夫婦や、子ども連れのお母さん、年配者など20人ほどが列をつくった。

次々に野菜を手にするお客さんたち。阪本さんたちは必死で計算する(写真撮影/甲斐かおり)

次々に野菜を手にするお客さんたち。阪本さんたちは必死で計算する(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園と近隣の農家で採れた旬の野菜が並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園と近隣の農家で採れた旬の野菜が並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)

「ホウレンソウくださ~い」という子どもの声。「じゃあまた~」と笑顔で帰るお年寄り。そのたびに阪本さんは「ありがとうございます、またお願いします!」「とれたて野菜、楽しんでくださいね」と言葉を返す。

野菜がどんどん売れていく。これほどお客さんが訪れるとは思っていなかったそうだ。
30分もしないうちに野菜はほぼなくなり、わずか1時間ほどで完売。

この日は佐藤さん、小嶋さんに代わり、同じく同級生の赤村陽太郎さんが助っ人として参加。(写真撮影/甲斐かおり)

この日は佐藤さん、小嶋さんに代わり、同じく同級生の赤村陽太郎さんが助っ人として参加。(写真撮影/甲斐かおり)

この日訪れたお客さんの半分は、新規のお客だったそう。ほとんどがご近所さん。「その日の気分で買うので、なかなか数日前の予約は難しくて」と話すお客さんもいた。毎日、ここで販売する予定はないのだろうか。

「やっぱり予約して買っていただきたいんですよね。いつでも買えると八百屋と変わらなくなってしまう。欲しいから事前に頼む。お抱え農家みたいになりたいといいますか」

「売り手と買い手」である前に、「つくり手と買い手」の関係性が先にある。お客さんから見れば、阪本さんはあくまで“農家さん”。だからいい。それが違いかもしれない。
食べることはもっとも身近な行為。行きつけの美容院や飲食店と同じように、生活圏に“いつもの農家さん”がいるのは、安心で嬉しいことのように思う。

「自分の暮らす身近に農家があるといいですよね。都会にこそ、本当は農地が増えてほしい」

Vege Houseで扱う野菜はとくにオーガニックに限っているわけではないため価格も控えめ。「ただ新鮮でおいしい」に特化した直販サービスは珍しいかもしれない。

“お客以上友だち未満”の距離感で野菜を販売してくれるVege Houseのようなサービスが増えれば、畑や農業がもっと身近になるだろう。

●取材協力
Vege House
instagram:@vege_house_

東京駅まで30分以内、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2021年版

首都・東京都を代表する駅と言えば、東京駅。JRの在来線各線に東北や北陸など各方面へ向かう新幹線、さらに東京メトロ丸ノ内線も通っており、まさに東京の玄関口と言える一大ターミナルだ。今年7月には東京駅日本橋口の新ランドマークとして、オフィスエリアと商業エリアからなる複合高層ビル「常盤橋タワー」がグランドオープンしたことも話題になった。そして東京駅は丸の内、日本橋、銀座などのオフィス街に囲まれており、旅行者はもちろんビジネスパーソンにとってもなじみ深い駅だろう。そんな東京駅まで30分圏内にある、中古マンションの価格相場が安い街を調査! 専有面積20平米以上~50平米未満の「シングル向け」と専有面積50平米以上~80平米未満の「カップル・ファミリー向け」、それぞれの価格相場が安い街をご紹介しよう。

●東京駅まで30分以内の価格相場が安い駅TOP10
【シングル向け】
順位/駅名/価格相場(主な路線/所在地/東京駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 新子安 2040万円(JR京浜東北・根岸線/神奈川県横浜市神奈川区/29分/1回)
2位 鶴見 2130万円(JR京浜東北・根岸線/神奈川県横浜市鶴見区/25分/1回)
3位 新高円寺 2150万円(東京メトロ丸ノ内線/東京都杉並区/29分/0回)
4位 お花茶屋 2184万円(京成本線/東京都葛飾区/30分/2回)
5位 尾久 2465万円(JR高崎線/東京都北区/12分/0回)
6位 東向島 2480万円(東武伊勢崎線/東京都墨田区/27分/2回)
7位 梅島 2490万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/29分/1回)
8位 新三河島 2580万円(京成本線/東京都荒川区/17分/1回)
8位 板橋本町 2580万円(都営三田線/東京都板橋区/30分/0回)
10位 三河島 2589.5万円(JR常磐線/東京都荒川区/12分/0回)

【カップル・ファミリー向け】
順位/駅名/価格相場(主な路線/所在地/東京駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 東船橋 2634万円(JR総武線/千葉県船橋市/30分/1回)
2位 六町 2800万円(つくばエクスプレス/東京都足立区/26分/1回)
3位 四ツ木 2824.5万円(京成押上線/東京都葛飾区/29分/2回)
4位 扇大橋 2839.5万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/30分/1回)
5位 西船橋 2880万円(JR京葉線/千葉県船橋市/29分/0回)
5位 足立小台 2880万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/27分/1回)
7位 青井 2990万円(つくばエクスプレス/東京都足立区/24分/1回)
8位 お花茶屋 2998万円(京成本線/東京都葛飾区/30分/2回)
9位 五反野 3080万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
10位 西新井 3130万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)

渋谷に好アクセスな駅も「シングル向け」トップ10にランクインJR新子安駅北側(写真/PIXTA)

JR新子安駅北側(写真/PIXTA)

「シングル向け」中古マンション(専有面積20平米以上~50平米未満)の価格相場が最も安かったのは、JR京浜東北・根岸線の新子安駅で価格相場は2040万円。JR京浜東北・根岸線で川崎駅に出て、JR東海道本線に乗り換えると30分以内で東京駅に到着する。乗り換えが面倒なら、30分少々かかるもののJR京浜東北・根岸線1本でも行くことができる。また、川崎・東京方面とは反対方面に向かう列車に乗ると、2駅目が横浜駅だ。新子安駅の改札を出てすぐの場所には京急本線・京急新子安駅があり、2路線を使い分けられる点も便利だろう。
そんな新子安駅周辺の様子を見てみると、駅南側の臨海エリアは主に工業地帯で住宅地はない。しかし工場や物流倉庫のほかに年中いちご狩りができる「東京ストロベリーパーク(10月22日時点で休園中)」や、自動車の歴史や技術にふれられる「日産エンジンミュージアム」もあるので、休日にめぐってみるのもいいだろう。駅北側には2001年にグランドオープンした再開発地区「オルトヨコハマ」が広がっている。オフィス・商業ゾーンにはスーパーやドラッグストアに100円ショップ、飲食店などがそろい、駅前で日常の買い物や食事を済ませられる便利な環境だ。
2位には、JR京浜東北・根岸線で新子安駅から東京駅方面へ1駅先の鶴見駅がランクイン。東京駅までのアクセスは新子安駅と同様で、価格相場は2130万円と新子安駅よりもわずかに高い。駅周辺は鶴見駅のほうがにぎわっているので、そのあたりも価格相場に影響しているのかもしれない。駅の東側には駅ビル「シァル鶴見」があり、生鮮食料品からファッション、雑貨、書籍にレストランまでさまざまな店舗が6フロアにわたってひしめいている。この「シァル鶴見」を出て駅前広場を通り過ぎると京急本線・京急鶴見駅があり、京急鶴見駅の東側にもスーパーや飲食店が並ぶ商店街が続いている。駅西側にも複数のスーパーや飲食店が点在し、仕事帰りにさっと買い物や食事ができそうだ。

JR鶴見駅東口(写真/PIXTA)

JR鶴見駅東口(写真/PIXTA)

また2021年9月23日には、鶴見駅から徒歩15分ほどの場所に「LICOPA鶴見」がオープン。これは旧「イトーヨーカドー鶴見店」を建物ごと一新した地域密着型の複合商業施設で、イトーヨーカドーをはじめ「無印良品」や「ニトリデコホーム」、100円ショップや回転寿司店などの店舗のほか、施設の一角には歯科医院や整形外科医院が集まる「クリニックモール」も。緑の芝装飾が色鮮やかな吹抜け空間や、屋上BBQエリアも備えているので、休日に訪ねてみてはいかがだろう。

1位2位ともに横浜市の駅だったが、3位以下には東京都内の駅が並んでいる。3位は杉並区にある東京メトロ丸ノ内線・新高円寺駅がランクイン。東京駅までは東京メトロ丸ノ内線1本で行くことが可能で、道中に停車する新宿駅や赤坂見附駅、霞ケ関駅などにも乗り換え不要だ。駅から北へ12分ほど歩くとJR中央線・高円寺駅があり、両駅を結ぶ通り沿いには「高円寺ルック商店街」や「高円寺パル商店街」といったにぎやかな商店街が続いている。ぶらぶら買い物に出歩くのも楽しいこの新高円寺駅、実は先日調査した「渋谷駅まで30分以内にある中古マンションの価格相場が安い街」のシングル向けランキングでも1位になっている。東京駅にも渋谷駅にも30分以内で行ける新高円寺駅は、「物件の広さはさほど求めないので安いほうがよいし、便利な立地がよい」という人は注目の街と言えそうだ。

高円寺ルック商店街(写真/PIXTA)

高円寺ルック商店街(写真/PIXTA)

「シングル向け」「カップル・ファミリー向け」両トップ10入りの駅も

「カップル・ファミリー向け」中古マンション(専有面積50平米以上~80平米未満)の価格相場が安い街ランキング1位は、JR総武線・東船橋駅で価格相場は2634万円。1駅隣の船橋駅でJR総武線快速に乗り換えると約30分で東京駅に到着する。東船橋駅の周辺は静かな住宅街で、駅前に大型商業施設はない。とはいえ24時間営業のスーパーや、ドラッグストア、飲食店は点在し、駅から15分弱歩いた大通り沿いにはホームセンターもあり、日常の買い物には困らない。また、両隣の船橋駅と津田沼駅はショッピングモールやデパートといった商業施設が充実しているので、休日の気分転換がてらに足を運ぶのもよいだろう。

つくばエクスプレス・六町駅(写真/PIXTA)

つくばエクスプレス・六町駅(写真/PIXTA)

2位はつくばエクスプレス・六町(ろくちょう)駅で価格相場は2800万円。六町駅から7位の青井駅、北千住駅を経て南千住駅に出て、JR上野東京ライン直通のJR常磐線に乗り換えると計約26分で東京駅に到着する。つくばエクスプレス1本で浅草駅や秋葉原駅に行くこともでき、秋葉原駅では都心の主要駅を沿線に抱えるJR山手線に乗り継ぐことも可能だ。そんな六町駅は2005年に開業した比較的新しい駅で、駅開業とともに周辺の街の整備も進められてきた。駅前にはバスロータリーと区立公園、スーパーやコンビニ、数軒の飲食店があるほかは静かな住宅街。商店街というほど店舗が軒を連ねる通りはないが、駅から徒歩10分圏内には別のスーパーやドラッグストア、コンビニなどが点在している。

3位は京成押上線・四ツ木駅で価格相場は2824万5000円。都営浅草線直通の京成押上線で浅草橋駅へ行き、そこからJR総武線で秋葉原駅、さらにJR山手線に乗り換えると約29分で東京駅にたどり着く。四ツ木駅はマンガ『キャプテン翼』の作者・高橋陽一氏の出身地という縁で、駅構内や下町情緒が残る街にキャプテン翼に関連する装飾や銅像があることでも人気だ。駅前のコンビニでは限定グッズも販売されているそうなので、のぞいてみてはいかがだろう。そんな駅の西南側には綾瀬川が流れており、街並みは駅北東側に広がっている。徒歩15分圏内には飲食店も併設した「イトーヨーカドー四つ木店」をはじめ複数のスーパーが点在するほか、ベーカリーや弁当店、飲食店などが集まる「まいろーど四つ木商店街」もある。

京成本線・お花茶屋駅(写真/PIXTA)

京成本線・お花茶屋駅(写真/PIXTA)

「カップル・ファミリー向け」トップ10からはもう1駅、8位の京成本線・お花茶屋駅もピックアップしたい。この駅は「シングル向け」ランキングでも4位になっているのだ。リーズナブルな物件がそろうこの街、いったいどんな環境なのだろう? 駅の立地は3位の四ツ木駅と直線距離で2km弱、東京都葛飾区に位置している。「お花茶屋」というちょっと気になる地名の由来は、「鷹狩り中に腹痛を起こした徳川8代将軍・吉宗が、茶屋の娘・お花に看病され快方した」という逸話によるものだとか。

現在のお花茶屋駅周辺に江戸時代の面影はないけれど、古くからの住民もいる下町らしい雰囲気の住宅街だ。駅前商店街「プロムナードお花茶屋」には、商店街の看板を掲げたアーチの両脇を固めるドラッグストアとたこ焼き・お好み焼き売店を皮切りに、鮮魚店や精肉店、青果店にスーパーなど、さまざまな商店が軒を連ねている。手づくり惣菜店や多彩な飲食店もあるので、忙しい時や外食をするときにもこの商店街が役立ちそうだ。

東京駅から30分圏内にある、中古マンションの価格相場が安い街を調査した今回のランキング。東京駅と聞くと、「便利な都心だけど住む場所としてはイメージが湧かないな……」という印象がある。しかしそこからわずか30分離れると、地域密着型の複合商業施設があったり下町らしさが残っていたりと、生活しやすい街がさまざまあることがわかる。東京駅へのアクセスのよさと暮らしやすさ、さらにリーズナブルな物件を兼ね備えた理想の住まい探しに、ぜひ今回のランキングを参考にしてほしい。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京駅まで電車で30分圏内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2021/5~2021/7
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2021年8月31日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

学生と地域住民が共助力で災害にそなえる。東京・神田「ワテラス」のエリアマネジメントがすごい!

若い世代、なかでもひとり暮らしだと、「近所にどんな人が住んでいるか知らない」という人は多いのではないでしょうか。しかし、災害時の「共助」という視点では不安ですよね。千代田区神田淡路町では、地域のコミュニティ活動をプロデュースするエリアマネジメント組織があり、学生と住人が一体となって地域活性化をはかっています。事務局の方と学生に話を聞きました。
「淡路エリアマネジメント」が中長期で街づくりに携わる

2013年、東京都千代田区神田淡路町の小学校統跡地を含む一帯が再開発され、区立公園に隣接する2棟構成の「ワテラス( WATERRAS )」が完成しました。テナント40店舗、オフィス入居約20社、分譲住宅333戸に加えて、コミュニティ施設と学生用住戸が36戸あるのが特徴です。ここでは、ワテラスの主要権利者である安田不動産が事務局を務める「淡路エリアマネジメント」が地域活動のプロデュースを担い、その会員として学生用住戸に暮らす学生や活動を支援する地域の法人・個人が参加。自治会などの地域団体や行政と連携してさまざまな活動を行っています。

近年、東京ではあちこちで大規模複合再開発が行われ、竣工後の地域活性化を目的にしたエリアマネジメント(※)が注目を集めています。淡路アリアマネジメントの成り立ちを、エリアマネージャーを務める堂前武さんに聞きました。

※エリアマネジメント/地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取り組み(国土交通省の定義)

新御茶ノ水駅と直結。2013年に竣工したワテラスタワー(写真撮影/嘉屋恭子)

新御茶ノ水駅と直結。2013年に竣工したワテラスタワー(写真撮影/嘉屋恭子)

「この再開発事業は1993年、少子化のために小学校が統廃合され、跡地をどう活用していくかからはじまりました。学校が閉校になった地域住民の危機感は強く、単なる開発行為ではなく、開発後の街づくりを見据え、長期的に施策を実施する事が重要であるとの考えのもと、開発段階よりエリアマネジメント組織による活動が構想されておりました」と振り返ります。

淡路エリアマネジメントの活動は、1地域交流活動、2学生居住推進活動、3地域連携活動、4環境共生/美化活動の主に4つにわけられます。2の学生居住については、1の地域活動に参加することが条件で、相場より割安の家賃でワテラスの「ワテラスアネックス」で暮らすことができます。全36戸ありますが、都心の好立地、手ごろな家賃ということもあってか、毎年希望者が殺到し、倍率は4~5倍(!)にもなるといいます。

2013年のワテラス完成以降、マルシェや音楽祭、防災フェア、江戸三大祭りのひとつである「神田祭」などさまざまなイベントに学生が参加することで、街に活気が生まれています。

「ワテラスに学生が住んでいて地域活動しているというのは、周囲の地域や町会の方々にもだいぶ知られるようになり、手を貸してほしいと依頼が来るようになりました。学生たちも受け身で地域活動をするのではなく、主体的に地域住民と交流する機会をつくるなど、方法もアップデートしています」(堂前さん)

地域活動に取り組むと「神田が好きになる」「街への解像度があがる」

学生のみなさんは、勉強に遊びにと、やりたいことが盛りだくさんの年代だと思うのですが、地域活動についてどのように考えているのでしょうか。

「私は現在入居4年目、大学3年次進級にともなって、ワテラスへ引越してきました。もともと子どもと交流するなどボランティア活動をしていたので、地域活動をしみたかったというのが入居理由の一つです。ワテラスに越してきてからも児童館でアルバイトしたり、その活動がワテラスでの地域活動に活きたりと、有意義に過ごせています」と話すのは大学院生の長谷大輔さん。ワテラスで暮らす学生は、長谷さんのように「家賃が安い」という理由だけではなく、明確に「地域活動がしたい」と意欲を抱いている人がほとんどだそう。

学生が企画して2019年から開催しているブックフェスの様子。子どもはもちろん、学生たちも楽しそう(写真提供/淡路エリアマネジメント)

学生が企画して2019年から開催しているブックフェスの様子。子どもはもちろん、学生たちも楽しそう(写真提供/淡路エリアマネジメント)

「ここに来る前ひとり暮らしをしていたころは、家は寝に帰るためのハコで、どの街に誰と暮らしているという意識は持ちづらかったです。でも、ここでの地域活動が楽しくて、街に対して、人に対して愛着がもてました。『神田に住んでいる』という実感が湧いて、一住民として街への解像度が上がり、日々、気づいた魅力や課題をエリアマネジメント活動に還元できています」と話すのは、赤尾将希さん。

若い世代でも、「街と関わりたい、でもきっかけがない」と思っている人は、実は多いのかもしれません。今年度、リーダーとして中心的に学生会員をまとめる井戸川茉央さんも、同じように感じていました。

「私も入居して4年目で、高校卒業後、大学進学にともなって上京し、初めてのひとり暮らしがココでした。勉強だけでなく、地域活動がしてみたい、他大学の人と交流したいというのが入居のきっかけです。1~2年生のときは楽しく活動に参加していましたが、年次が上がるにつれて関わり方も深いものとなりました。ここで暮らすみんなに神田を好きになってもらいたいと思いますし、私自身、ぐっと地域の人との距離が縮まったように思います」

ワテラスコモンでの打ち合わせの様子。学生たちもアイデア出し、企画から参加できるよう、進め方を変えたそう(写真提供/淡路エリアマネジメント)

ワテラスコモンでの打ち合わせの様子。学生たちもアイデア出し、企画から参加できるよう、進め方を変えたそう(写真提供/淡路エリアマネジメント)

属性も立場も異なる。だからこそ「防災に巻き込む」仕掛けが大切

ワテラスでは、年2回の防災訓練のほか、千代田区の帰宅困難者対応訓練も秋葉原協力会の一員として実施。災害時の共助の拠点として大きな役割を担っています。
もちろん学生会員も参加し、分譲マンション住人の避難誘導や安否確認訓練、広場でのトイレ設置訓練などを行います。

「複合施設なので、マンション住人、オフィスワーカー、管理組合、管理会社、行政とさまざまな人が関わっていますし、属性も違い、当然、温度差もあります。土日と平日では、滞在している人も異なりますし、防災への意識も異なります。ですから、神田消防署とも連携して、より多くの人が参加しやすいように遊び心を加えて、『防災フェア』『防災ワークショップ』などを開催し、「火の話(紙芝居)」や防災サバイバル術を紹介するなど工夫しています。こうした地道な活動が、帰宅困難者対応訓練のような、大規模な防災訓練の土台となっています」と堂前さん。

消防訓練に学生会員も参加。いざというときに備えます(写真提供/安田不動産)

消防訓練に学生会員も参加。いざというときに備えます(写真提供/安田不動産)

消防訓練の様子。平日昼間に行われているので、オフィスワーカーが中心になります(写真提供/安田不動産)

消防訓練の様子。平日昼間に行われているので、オフィスワーカーが中心になります(写真提供/安田不動産)

なるほど、関係者も規模も大きいだけに、「共助」のハードルが高いのは事実のようです。ただ、そこでいきてくるのが日ごろの活動、信頼関係です。

「地域住民の高齢化は進んでいて、青年会では50代が若手になっていることも(笑)。そこに20歳前後の学生が入ることで、潤滑油になっている側面もあります。今はコロナ禍で活動ができないですが、例えば飲み会に参加して顔をあわせているだけでかわいがってもらえる。地域の人から『スマホの使い方教えてよ』と盛り上がることだってあるんですよ」(堂前さん)というと、「自分たちには当たり前のことも、相手にとっては価値があることだったりする。そのギャップがおもしろいですよね」と赤尾さん。

こうした日々の活動を通し、学生たちには「神田が特別な街」という思いが育まれていくのでしょう。

普段からともに活動している仲間がいるから、助けにいける

学生住戸のあるフロアには共有ラウンジがあり、普段から共に地域活動に取り組んでいるため、単なる友人というよりも、「仲間」という結束・連帯感があるようです。

「例えば、災害発生時に自分ひとりで動くのは勇気がいる。1人だったら助けにはいけないと思う。でも、ここには日ごろからいっしょに活動している仲間がいる。仲間がいれば、一緒に地域の人を助けにいけると思う」と長谷さん。

その言葉通り、コロナ禍でコミュニティ活動が休止した昨年、街のために何か行動を起こしたいとリレームービーを企画。ワテラスに入居する企業や店舗で働く従業員、自治会長や住民など総勢60名に出演を依頼し、撮影から編集まで全工程を学生が行いました。動画サイトで公開されたムービーには、「会えなくてもつながっている」「思いはひとつ」というメッセージが込められています。それぞれの得意を活かして地域をつなぐ、学生ならではの活動といえるでしょう。

昨年作成した動画の一部。みなさん、自由に会える日を待ちわびています(写真提供/安田不動産)

昨年作成した動画の一部。みなさん、自由に会える日を待ちわびています(写真提供/安田不動産)

「お祭りができなくなり、飲食店が大変ななか、神田を元気づけたい、活性化したいという思いで動画製作をしました。コロナ禍で中止になったこと、できなかったことも多かったのですが、反対に動画はコロナ禍があったからできた。作業はすごく大変だったんですが……やってよかったです」と井戸川さん。

新型コロナという感染症の流行も、見方を変えれば、一種の災害のようなものです。そんななかで、人々を元気づけたいと仲間と一緒に行動できたのは、やはり今までの「淡路エリアマネジメント」の活動があってこそ。また、卒業していった学生会員のOB/OGのメンバーは、2021年時点ですでに100名近くいて、OB/OG会も年1回ほど実施しているとか。

「学生はそれぞれの大学を卒業して就職し、北海道から鹿児島まで幅広い場所で活躍していますが、年に1度『神田っ子』として集まり、思い出を語らっています。将来、またこの街にもどってきてくれたらうれしいですね」と堂前さん。

人と人の絆は一朝一夕にはできず、年々、紡がれて豊かになっていくものでしょう。若い世代が地域のエリアマネジメントに自主的に参加できる仕組みは、災害時の街全体の共助力を底上げしてくれるはず。この神田の取り組みは、他の街でもきっと参考になるのではないのでしょうか。

◆ワテラス
◆ワテラス ライン会員

築100年の長屋のまち「墨田区京島」にクリエイターが集結中! いま面白い東京の下町

戦時中、奇跡的に戦火を免れたことから長屋が多く残り、豊かな風景をつくっている東京都墨田区の京島。歴史ある建物と、下町のコミュニティに魅せられ、ここ10年ほどで定住するクリエイターが増えています。古い家屋を現代に生かし、2008年から人と人を結ぶ活動を続けてきたまちづくりの立役者と、このまちで活動する方々に話を伺いました。
築約100年の長屋と働く人たちに魅了され、地元に根差して奮闘

東武スカイツリーライン「曳舟駅」、京成電鉄「京成曳舟駅」の南東の50万平米に満たないエリアに、約6900の世帯が集まる東京都墨田区京島。もともと一帯は水田と養魚場でしたが、1923年の関東大震災を境に急速に宅地化。新潟からきた大工衆「越後三人男」が、家を失った人々に向けて長屋を建て、賃貸住宅にしていったのがその理由です。
戦時中は近隣の線路や川・道路が防火提の代わりになったのに加え、住人の懸命な消火活動もあって戦災を免れ、それらの家屋がそのまま残存。昔懐かしい風景を引き継いでいます。

至るところにある長屋はすべて関東大震災後に大工衆「越後三人男」が建てた築約100年のもの(写真撮影/内海明啓)

至るところにある長屋はすべて関東大震災後に大工衆「越後三人男」が建てた築約100年のもの(写真撮影/内海明啓)

奥は千葉大学の学生らが手がけたシェアハウス「すみだアカデミックハウス」。収益性を見込みにくい長屋の課題を払拭した画期的なケース(写真撮影/内海明啓)

奥は千葉大学の学生らが手がけたシェアハウス「すみだアカデミックハウス」。収益性を見込みにくい長屋の課題を払拭した画期的なケース(写真撮影/内海明啓)

映画制作をしていた後藤大輝さんがはじめて京島の魅力に触れたのは、知人から聞いて訪れた2008年のこと。味わい深い家屋はさることながら、木工・樹脂・板金・切削・プレス加工などあらゆる町工場が存在。地元に根差し、支え合いながら働く人たちのあり方に“ものづくりのまち”としてのポテンシャルを感じ、「とことん引き込まれた」と言います。

京島のまちづくりの立役者である後藤大輝さん。職人が話す文化的な言葉と“土着”する姿に惹かれたそう(写真撮影/内海明啓)

京島のまちづくりの立役者である後藤大輝さん。職人が話す文化的な言葉と“土着”する姿に惹かれたそう(写真撮影/内海明啓)

築96年になる後藤さんの事務所。向かいの建具屋の方が植樹してくれた葡萄のツルが風情を加えています(写真撮影/内海明啓)

築96年になる後藤さんの事務所。向かいの建具屋の方が植樹してくれた葡萄のツルが風情を加えています(写真撮影/内海明啓)

新しい住人と既存コミュニティがものづくりを通してつながる土壌

13年前から京島で暮らし、アートイベントの開催や空き家の発掘・再生・運営など、あらゆる京島のまちづくりに携わっている後藤さん。ものづくりをする人にとって、着想を得やすい環境や、近くに助け合える人がいることは何よりの財産。京島にそうした可能性を感じたクリエイターらが、徐々に集まるようになりました。古い家屋をDIYでアトリエにしたり、ギャラリー・ショップを開いたりと、動きが広がります。

軒先は格好の作業場であり作品の展示スペース。シェアアトリエ「京島共同木工所」の前で木材をカットする「すみだ向島EXPO」実行委員会の山越栞さん(写真撮影/内海明啓)

軒先は格好の作業場であり作品の展示スペース。シェアアトリエ「京島共同木工所」の前で木材をカットする「すみだ向島EXPO」実行委員会の山越栞さん(写真撮影/内海明啓)

作品づくりのために問屋や職人が近くにいる京島にアトリエを構えた「totokoko(トゥートゥーコッコ)」デザイナーの工藤智未さん。「何かをするときに協力してくれる人がたくさんいるのがいいですね」(写真撮影/内海明啓)

作品づくりのために問屋や職人が近くにいる京島にアトリエを構えた「totokoko(トゥートゥーコッコ)」デザイナーの工藤智未さん。「何かをするときに協力してくれる人がたくさんいるのがいいですね」(写真撮影/内海明啓)

地域に新しい人が来たとき、ともすると古くからいる人たちとの間で温度差ができそうですが、ここでは逆に職人たちが力を貸してくれるのだと言います。

「そのきっかけは、例えば展示会の準備でのこと。大抵のクリエイターは趣ある会場にしたいので、職人にそれを相談します。すると教えてもらいながら一緒につくることになるケースが少なくありません。自分たちの活動に関心を持ってもらえますし、コミュニケーションも取りやすい。完成した空間を喜んでもらえると、こちらもうれしさがこみ上げます」

午後の休憩中の建具職人の方々と後藤さんが談笑。「家屋は長く大事に使うもの」という共通の思いが、新旧の住人をつないでいます(写真撮影/内海明啓)

午後の休憩中の建具職人の方々と後藤さんが談笑。「家屋は長く大事に使うもの」という共通の思いが、新旧の住人をつないでいます(写真撮影/内海明啓)

ものづくりのまちでは自分の表現したいものをさらけ出すことが自己紹介になる――。
後藤さん自身も京島にきた当初、子どもたちの施設で撮影をしたり、ワークショップの手伝いをしたりして地元の人と親睦を深めてきたからこそ、実感を込めて言います。

空き家を知ったら大家のもとへ。防災性も備えた長屋を住人につなぐ

地域に新しい人が定着するには、受け皿となる住居が欠かせません。大家と住人をつなぐことが後藤さんのライフワークになっています。

「歴史を重ねた家屋には、入居者が建物にどう関わってきたかが現れているもの。使い込まれた床や梁・柱などにあたたかみが宿り、アイデンティティを感じます。
空き家が出たとき、黙っていると駐車場やマンションになってしまいかねません。『価値ある物件がまちで生かされて欲しい』その一心で大家に交渉します」

1925年に建てられたかつてのブリキ職人の家屋の内部(現後藤さんの事務所)。屋根裏の目隠しの屏風がユニーク(写真撮影/内海明啓)

1925年に建てられたかつてのブリキ職人の家屋の内部(現後藤さんの事務所)。屋根裏の目隠しの屏風がユニーク(写真撮影/内海明啓)

かつてのブリキ職人が洋風建築をモチーフに手がけた装飾的な雨どい(写真撮影/内海明啓)

かつてのブリキ職人が洋風建築をモチーフに手がけた装飾的な雨どい(写真撮影/内海明啓)

大家へのアプローチは、はじめこそ上手くいかなかったものの、2010年に長屋を一軒、リノベーションしてシェアカフェにしたのを足がかりに「まちで活用されるのなら」と、受け入れてくれるように。
今では大家が親しくしている不動産会社とも関係が築かれ、率先して空き家の情報を教えてもらえるまでになったそう。

「後々トラブルにならないよう、『こんなふうにDIYしたい』『家賃はこのくらいがいい』といった入居者の要望と、大家の許容範囲をすり合わせ、不動産会社にしっかり契約書をつくってもらっています」

日替わりでカレーや洋食などの飲食店が入るシェアカフェ「爬虫類館分館」。京島の長屋に興味のある方は後藤さんに直接、連絡を入れれば紹介してもらえることも(連絡先は記事末の取材協力リストに)(写真撮影/内海明啓)

日替わりでカレーや洋食などの飲食店が入るシェアカフェ「爬虫類館分館」。京島の長屋に興味のある方は後藤さんに直接、連絡を入れれば紹介してもらえることも(連絡先は記事末の取材協力リストに)(写真撮影/内海明啓)

長屋は現代の建築基準法に合わせて建てられていないため、耐震性や耐火性にも注力。墨田区の「木造住宅耐震改修促進助成」を利用したり、現場の施工会社の判断を仰いだりしながら、改修のタイミングで筋交い・柱・耐力壁を入れるなどして耐震補強。
防火のために古い配線や、既存のブレーカー・照明を撤去。耐火性能の高い石膏ボードを入れるなどの試みをしています。

仲間を迎えて古い家屋を現代に蘇らせ、さらに表現を楽しめるまちへ

「京島の長屋を借りた場合の家賃は、近隣の賃貸アパートとほぼ一緒。むしろ築古だからこそ、大家も住人も育てる気持ちで労力をかけていかないと、維持できないと言えるでしょう。たとえ面倒に思えても、この歴史的な建物がベースにあるからこそ、自己表現の場としての懐の深さ・創作の伸びしろ・地域のつながりが生まれるのだと。このまちで得られる豊かさを、多くの人に体験してもらいたいです」

これまでも自身で長屋を借り、レンタルスペースやシェアハウスなどを企画・運営してきた後藤さん。今後は、滞在制作の後押しなど、まちと表現したい人をつなげる活動を、さらに推し進めたいと考えています。

約2年前から京島のプロジェクトに関わるようになったヒロセガイさんは、大阪で住宅をリノベーションしたり、全国の芸術祭で企画・制作したりして活躍してきたアーティスト&ディレクター。

京島で建物の再生を手がけるヒロセガイさん。自身が芸術監督を務める街なか芸術祭「すみだ向島EXPO」がこの10月から開催(写真撮影/内海明啓)

京島で建物の再生を手がけるヒロセガイさん。自身が芸術監督を務める街なか芸術祭「すみだ向島EXPO」がこの10月から開催(写真撮影/内海明啓)

「もともと東京には“最先端”のイメージがありましたが、約20年前、アートプロジェクトをきっかけに向島エリア(京島を含む墨田・東向島などの地区)でものづくりをする人たちと出会い、よい意味で遠慮がない『下町つき合い』に触れ、『本当の東京って、こういうことでは』と心を打たれたんです」

以来、現代美術の分野で向島エリアの仲間とつながってきたヒロセさん。約2年前、後藤さんから声をかけられたのを機に、古い家屋と人々が連帯する京島に身を置き、活動していくことにしました。

今、手がけているのは「京島駅」と名づけたまちの駅。京島に来たら訪れるべきところで、旅立つところです。
ここはかつて米屋でしたが約2年前に店主が他界。相続した親族は当初、駐車場にする予定でしたが、後藤さんが「賃貸にして欲しい」とかけ合い、ヒロセさんが企画・監督。コミュニティづくりに役立つ施設へと蘇らせました。

もとは「小倉屋」という米屋だった「京島駅」。1階の一角にはネパールレストラン「Art & Nepal」(「すみだ向島EXPO」に合わせて10月1日に オープン予定)があります(写真撮影/内海明啓)

もとは「小倉屋」という米屋だった「京島駅」。1階の一角にはネパールレストラン「Art & Nepal」(「すみだ向島EXPO」に合わせて10月1日に オープン予定)があります(写真撮影/内海明啓)

一歩入ると懐かしい空気に包まれる「京島駅」ですが、それだけでなく、あちこちにアーティストの仕かけが隠されているのがポイント。1階は田舎に帰って家族とくつろぐ空間、2階は祭りを眺める客席をイメージし、レストランやイベントスペースを設けています。

「墨田の人たちには“江戸っ子”の気風があって、私からすると未だ江戸時代を生きているように見えるんです。この場所が、現代とは違う未来につながれば面白いなと思っています」

「京島駅」の壁をセメントモルタルで装飾するのは、左官アーティストの村尾かずこさん(写真撮影/内海明啓)

「京島駅」の壁をセメントモルタルで装飾するのは、左官アーティストの村尾かずこさん(写真撮影/内海明啓)

2階のイベントスペース。家屋に合わせて入れ替えた建具が雰囲気をアップ。天井にはタコとエビの絵を描いています(写真撮影/内海明啓)

2階のイベントスペース。家屋に合わせて入れ替えた建具が雰囲気をアップ。天井にはタコとエビの絵を描いています(写真撮影/内海明啓)

家屋の構造上、水道の配管が露出されること、昔の銅管の質感のよさに着目し、配管で文字を描いたアート作品を制作。「配管工がさながら伝統工芸士になり、その場を感じてこうした作品をつくったらいいなと思い、手がけました。“配管グラフィティ”と名づけています」(写真撮影/内海明啓)

家屋の構造上、水道の配管が露出されること、昔の銅管の質感のよさに着目し、配管で文字を描いたアート作品を制作。「配管工がさながら伝統工芸士になり、その場を感じてこうした作品をつくったらいいなと思い、手がけました。“配管グラフィティ”と名づけています」(写真撮影/内海明啓)

ヒロセさんにかかると廃材さえ場をつくるための材料。家屋のところどころで感じるエピソードに着想を得て、人々がワクワクとするものへと昇華させてゆきます。

「決して取り残されたものではなく、建物側から広がる風景を大事にしたいと思っています。お祭りのアイデアを浮かべるのも好きなので、商店街でも面白いことをしていきたいです」

京島を代表するスポット「キラキラ橘商店街」。コッペパン専門店「ハト屋パン店」をはじめ、趣あるお店が並びます(写真撮影/内海明啓)

京島を代表するスポット「キラキラ橘商店街」。コッペパン専門店「ハト屋パン店」をはじめ、趣あるお店が並びます(写真撮影/内海明啓)

下町文化の魅力は国籍を超えて。まだまだ進化する京島に期待

この5月には、京島にフランス出身のギヨームさんとクロエさんによるワインショップ「アペロ」がオープンしました。

ワインショップ「アペロ」は、京島の玄関ともいえる商店街入口にある長屋に(写真撮影/内海明啓)

ワインショップ「アペロ」は、京島の玄関ともいえる商店街入口にある長屋に(写真撮影/内海明啓)

東京都港区南青山で7年間、ワインバーを営んできた2人。以前から下町のコミュニティに親しみを感じていて、2号店の場所を京島に定めました。

「フランス人は、古いものやオールドスタイルだと感じられるものが大好き。旧来の価値観や伝統をどう“今”に生かすか、いつも考えているところがあって、その感覚とまちがリンクしたんです。いつかゆったりワインを楽しむ時間を、地域の人たちとつくっていけたらと思っています」

「アペロ」スタッフの猿田知子さん。ワインはビオがほとんど。フランスのあらゆる地域と種類をそろえます(写真撮影/内海明啓)

「アペロ」スタッフの猿田知子さん。ワインはビオがほとんど。フランスのあらゆる地域と種類をそろえます(写真撮影/内海明啓)

メキシコ出身の建築家、ラファエル・バルボアさんは約1年前からオフィス「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」を構え、一角にフリースペース「UNTITLED SPACE」を設けています。

「ここでは誰もが住む人の顔を知っていて、そのことで面白さが生まれている。コミュニティのセンスがあるまちだと感じます。
私はパブリックとプライベートスペースの役割に興味があって、週末にギャラリーとして使ったり、卓球台を置いたりして、仕事場を開放しているんです。今後はさまざまなクリエイターとのコラボレーションにも挑戦してみたいですね」

「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」を主宰する建築家のラファエル・バルボアさん。日本の建築に関心があったのが、来日のきっかけです(写真撮影/内海明啓)

「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」を主宰する建築家のラファエル・バルボアさん。日本の建築に関心があったのが、来日のきっかけです(写真撮影/内海明啓)

フリースペース「untitled space」兼オフィス「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」の入口。地元の人がくつろげるよう軒先にベンチを置き、週末は三角スペースまでをまちに開いています(写真撮影/内海明啓)

フリースペース「untitled space」兼オフィス「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」の入口。地元の人がくつろげるよう軒先にベンチを置き、週末は三角スペースまでをまちに開いています(写真撮影/内海明啓)

さまざまな動きのなかで、古さが今に生かされるまちへと進化していった京島。豊かさに触れるには、まず訪れてみるのが一番。それがこのまちとつながり、自分らしい表現をする一歩になるのかもしれません。

●取材協力
すみだ向島EXPO
キラキラ橘商店街
アペロワインショップ
STUDIO WASABI ARCHITECTURE

後藤大輝さん
090-4164-8383
info@himatoumejii.co.jp

生まれ育った町田山崎団地の駄菓子屋が閉店危機に! 継承を決意させた「心揺さぶられる光景」

東京都、町田山崎団地の商店街にある「ぐりーんハウス」は、1968年に創業したおもちゃ&駄菓子店。存続が危ぶまれるなか、インテリアデザイナーの除村千春(よけむら・ちはる)さんがお店を継ぎ、昨年6月にリニューアルオープン。新しい試みも功を奏し、子どもだけでなく大人にも親しまれるようになっているという。
原体験に刻まれた懐かしのお店の閉店を知り、引き継ぐことを決意

「町田山崎団地」は1968年から1969年にかけて建設された総戸数3920戸の大規模な住宅団地。空き店舗が点在する、ひっそりした商店街の中で、親子連れや小学生・近隣のビジネスパーソンなどが引っ切りなしに訪れ、にぎわいを見せているのが、おもちゃ&駄菓子店「ぐりーんハウス」です。

東京都町田市を代表する住宅団地「町田山崎団地」。丘陵地に116棟が建ち並びます(写真撮影/中村晃)

東京都町田市を代表する住宅団地「町田山崎団地」。丘陵地に116棟が建ち並びます(写真撮影/中村晃)

団地まではJR東日本・小田急電鉄「町田駅」からバスで約15分。商店街はバスを降りてすぐ。店舗には飲食店・接骨院・美容室などが入っています(写真撮影/中村晃)

団地まではJR東日本・小田急電鉄「町田駅」からバスで約15分。商店街はバスを降りてすぐ。店舗には飲食店・接骨院・美容室などが入っています(写真撮影/中村晃)

「ぐりーんハウス」の味わいのある看板は2代目が使っていたままのもの。面影を残しつつ、内外装はすべてリニューアルしました(写真撮影/中村晃)

「ぐりーんハウス」の味わいのある看板は2代目が使っていたままのもの。面影を残しつつ、内外装はすべてリニューアルしました(写真撮影/中村晃)

除村千春さんは、2020年6月に再オープンしたこのお店の3代目店主。本業は店舗やオフィス・住宅を手がけるインテリアデザイナーで、以前は神奈川県横浜市にオフィスを構えていましたが、今は町田山崎団地に拠点を移し、「駄菓子屋×設計事務所」を営んでいます。
一風変わったスタイルを取ることにした理由には、もともとこの団地で小学校2年生まで生まれ育った原体験があります。

「『ぐりーんハウス』は町田山崎団地が創設された当初からあって、私が小学生のころはまさに子どもたちの聖地。流行りのカードを買いにきたり、友だちの誕生日プレゼントを探したり。家族と商店街を訪れたときは用事がなくても立ち寄る、心のよりどころのようなお店でした。
店主はただ優しいだけでなく、子どもが悪さをしたときは叱ってくれる、懐の深い人だったのを覚えています」

店主の除村千春さん(写真撮影/中村晃)

店主の除村千春さん(写真撮影/中村晃)

その後、初代は2010年に閉店。同じ商店街で飲食店を営んでいた方が名乗りをあげ、2012年に2代目としてオープンします。

その間に社会人となり、関東圏で仕事をしていた除村さん。団地の近くにきたときはお店をのぞくなどして、いつも頭の片隅に存在がありました。そんなある日、ニュースサイトで2代目「ぐりーんハウス」が畳まれるのを知ります。

「そのときは『ああ、やめちゃうのか』くらいの気持ちで、閉店の日にお店に訪れたのも、たまたま予定が合ったからでした。しかしそこで目にした光景が、あまりに心を揺さぶるものだったんです」

店先でにぎわう子どもたちと、閉店を惜しみ、懐かしんでやってくる大人たち――。幸せに満ちた世界を目の当たりにして「ここを絶やしてはいけない」と強く思ったと言います。偶然、後継者を探していると聞き、数時間後には「3代目として受け継ぎたい」と、ほぼ思いを固めていました。

2代目「ぐりーんハウス」の店内。おもちゃと駄菓子のほか、ゲーム機も置かれていました(写真提供/除村さん)

2代目「ぐりーんハウス」の店内。おもちゃと駄菓子のほか、ゲーム機も置かれていました(写真提供/除村さん)

訪れる人の交流が促され、化学反応が起きるようコンセプトを一新

初代と2代目がお店を畳んだ背景には、おもちゃと駄菓子の販売だけで経営を続けていくことの壁がありました。除村さんの場合は設計士の顔を持つ強みがあるものの、やはりそこは重要な課題。
しかし長年、キャリアを重ね、あらゆる業態・業種の店舗を手がけてきたからこそ見えていたこともあったと言います。

「今は駅周辺の大型ショッピングモールを便利に使いながら、小さな個人商店の魅力も味わえる時代。2つが共生しているからこそ、ここにしかないことが光るし、それをしてみたいと思いました。
この商店街は車が入ってこないし、敷地にゆとりがあって、親御さんがお茶をしながら安心して子どもを遊ばせておける環境なんです。
ここに来たらあの人と話せる、くつろいで人と関われる。無理して何かをひねり出すのではなく、もともとあった景色に戻していけたらと思いました」

店舗の隣は広場。向かいにはベンチがあり、買いものの合間にホッとひと息つけます(写真撮影/中村晃)

店舗の隣は広場。向かいにはベンチがあり、買いものの合間にホッとひと息つけます(写真撮影/中村晃)

2020年3月にクラウドファンディングで資金を募り、2カ月後に目標の150万円に達成。入口の看板以外、すべてリニューアルした店舗は、創業時のスピリットはそのままに新しいコンセプトが息づいています。

「かつての自分がそうだったように、子どもたちの“サード・プレイス”にできたらと。しかし一方で、子どもと大人って、大人の心がけ次第では対等だとも思うんです。
そうした気持ちから『年齢に関わらずすべての人の交流が促され、化学反応が起きる場所』を意識しました」

まずポイントとなるのが、商品をゆったり陳列し、回遊できるようにした店内のレイアウト。クラウドファンディングで得た資金でコーヒースタンドにもなるオープンなシェアキッチンをつくり、ちょっとした休憩ができるテーブル席を設置しました。

以前はオープンでしたが、壁と窓を設けて居心地をアップ。内部が見えやすく、はじめてでも入りやすい雰囲気(写真撮影/中村晃)

以前はオープンでしたが、壁と窓を設けて居心地をアップ。内部が見えやすく、はじめてでも入りやすい雰囲気(写真撮影/中村晃)

メインの陳列台はお店の真ん中。商品数をぐんと減らし、回遊しながらゆっくり見られるように(写真撮影/中村晃)

メインの陳列台はお店の真ん中。商品数をぐんと減らし、回遊しながらゆっくり見られるように(写真撮影/中村晃)

店舗の面積の約半分はシェアキッチンとテーブル席。コロナにより現在、テーブル席は閉じていますが、ワークショップやミニ上映会・作家の展示会など構想を広げています(写真撮影/中村晃)

店舗の面積の約半分はシェアキッチンとテーブル席。コロナにより現在、テーブル席は閉じていますが、ワークショップやミニ上映会・作家の展示会など構想を広げています(写真撮影/中村晃)

知人のグラフィックデザイナーの力を借り、初代に使われていたテープや看板のロゴとキャラクターをブラッシュアップ。Tシャツやステッカー・マグカップといったオリジナルアイテムを制作しました。

右端は初代「ぐりーんハウス」で使われていたもので唯一、残っている貴重なテープ(写真撮影/中村晃)

右端は初代「ぐりーんハウス」で使われていたもので唯一、残っている貴重なテープ(写真撮影/中村晃)

お店が親しまれ、未来の懐かしい風景になってゆくよう制作したオリジナルアイテム。かつての常連が買って行くほか、お土産としても好評(写真撮影/中村晃)

お店が親しまれ、未来の懐かしい風景になってゆくよう制作したオリジナルアイテム。かつての常連が買って行くほか、お土産としても好評(写真撮影/中村晃)

気軽に使えるシェアキッチンが、地域参加への足がかりをつくる

様子が一変した3代目「ぐりーんハウス」に、最初は戸惑いを隠せない地域の方も多かったそう。それでも第一のお客さまである子どもたちに実直に向き合ううちに、顔なじみの子が母親と来るようになり、その母親が友だちを連れてきて、と認知が広がっていきました。

「おのずとシェアキッチンも活用されるようになり、仲のよいご家族が集まってクッキーをつくったり、『地域で何かしたい』と模索中の定年後の男性が、試しにチーズケーキを焼いたり。今は週一回、マフィンやスコーン・ドリンクをテイクアウトできる菓子店が出店しています」

「いろいろな方のチャレンジの場になってほしい」と、シェアキッチンは曜日替わりでさまざまな店舗に入ってもらいたいと考えています(写真撮影/中村晃)

「いろいろな方のチャレンジの場になってほしい」と、シェアキッチンは曜日替わりでさまざまな店舗に入ってもらいたいと考えています(写真撮影/中村晃)

今は週一回、ほぼ金曜に「ネコとコーヒーを愛するお菓子屋さん」が出店中。「お客さまの反応を見られるのが嬉しいです」と店主の永山裕子さん(写真撮影/中村晃)

今は週一回、ほぼ金曜に「ネコとコーヒーを愛するお菓子屋さん」が出店中。「お客さまの反応を見られるのがうれしいです」と店主の永山裕子さん(写真撮影/中村晃)

この6月にはこんなエピソードがありました。

「いつも娘さんと遊びにきてくれるお父さんがいたのですが、ふとした会話からラーメンをつくるのが趣味だと分かったんです。『やってくださいよ』と軽いノリから盛り上がり、1周年記念の『ぐりハfes』のときに出店することに。結果は長蛇の列ができるほどの大盛況でした」

何かをはじめるハードルを下げてくれるのが「ぐりーんハウス」のシェアキッチン。思いがけない発見と出会いをもたらしています。

子どもが主体のお店づくりを通して、マインドの大切さに気づく

「かつてはオフィスで独り図面を描くことが多かったのですが、日常的にお客さまと接するようになり、よりのびやかな気持ちでデザインができるようになりました。会話から発想のヒントを得ることも少なくありません」

オープンから1年2カ月、除村さんと子どもたちの関係も深まりを見せています。

「子どもたちの感性を育むような、文化的なお店であれたら」と除村さん。クラウドファンディングでは地域の方からも資金が寄せられたそう(写真撮影/中村晃)

「子どもたちの感性を育むような、文化的なお店であれたら」と除村さん。クラウドファンディングでは地域の方からも資金が寄せられたそう(写真撮影/中村晃)

「子どもたちから学ぶことは本当に多くて、それは端的に言えば『秩序』なのかなと。『ゴミは持ち帰ろう』『扉は閉めてね』など最低限のルールを示しつつ、後は自由でいいよという姿勢でいると、かえって節度が守られ、ざっくばらんに付き合える気がします。逆に急きょ、打ち合わせが入って休業すると次の日に『せっかくきたのに困るよ』などと言われ、背筋が正されることも。不特定多数の人が出入りする大型商業施設であれば、かなわなかったでしょう」

商品は大型店や量販店にないものや、心くすぐるデザインのものを意識して仕入れています(写真撮影/中村晃)

商品は大型店や量販店にないものや、心くすぐるデザインのものを意識して仕入れています(写真撮影/中村晃)

お店の奥の本棚の裏がオフィスですが「子どもの興味のきっかけになれば」と資料となる建築の専門書を店側に並べています(写真撮影/中村晃)

お店の奥の本棚の裏がオフィスですが「子どもの興味のきっかけになれば」と資料となる建築の専門書を店側に並べています(写真撮影/中村晃)

変わらぬ姿勢でお店を開け続けることが、まちづくりにつながる

昨年は、「コロナ禍でもできることを」と、お店への入場制限や手指の消毒など対策を取ったうえで「縁日」「ハロウィン」のイベントを実施。子どもが主体となるお店であることを何より大事にし、子どもたちの期待を裏切らないことを心がけています。

「愛されてきたお店を継ぐのは責任があるし、これからも地域に根差していきたい。そのためには相手に合わせることなく、店主としてのスタンスを保つことは、存続していくためにも必要なのかなと思っています」

お店を出た後にベンチでくつろぐ、微笑ましい親子の光景も(写真撮影/中村晃)

お店を出た後にベンチでくつろぐ、微笑ましい親子の光景も(写真撮影/中村晃)

最近では近隣の大学生がイベントを手伝ってくれたり、シェアキッチンを使いたいという人が増えてきたり。
強い思いと行動力がお店のクオリティを上げ、人々の輪を広げ、地域をどこまでも活気づけています。

●取材協力
ぐりーんハウス
マーチアンドストア
ネコとコーヒーを愛するお菓子屋さん

下北沢は開発でどう変貌した? 全長1.7km「下北線路街」がすごかった!

「サブカルの聖地」と呼ばれた下北沢。ここ数年、駅付近の開発が行われていた。注目は小田急線の地下化で生まれたスペースを利用した全長1.7kmの「下北線路街」。そこには新しいスタイルの商店街、互いに学び合う居住型教育施設、東京農業大学のアンテナショップ、水タバコ専門店も入る個店街などが続々とオープンしている。下北沢はどう変わったのか。そして、新しい顔とは? 注目のスポットをぐるりと巡ってみた。
「開かずの踏切」がなくなり、車の渋滞が解消された

小田急線の下北沢駅、世田谷代田駅、東北沢駅が地下化されたのは2013年3月。同エリアに9カ所あった「開かずの踏切」がなくなり、車の渋滞が解消された。

駅東側の踏切も今となっては懐かしい風景。写真は2013年3月のもの(写真提供/小田急電鉄)

駅東側の踏切も今となっては懐かしい風景。写真は2013年3月のもの(写真提供/小田急電鉄)

現在の下北沢駅(写真撮影/相馬ミナ)

現在の下北沢駅(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/石原たきび)

(写真撮影/石原たきび)

この街によく来ていた僕にとっては、駅が地下にあることも、踏切がないことも不思議な感覚だ。

下北沢駅の南口改札も廃止され、南口商店街という名称のみ残った(写真撮影/相馬ミナ)

下北沢駅の南口改札も廃止され、南口商店街という名称のみ残った(写真撮影/相馬ミナ)

その南口には僕がよく仕事をしている、お気に入りのカフェがあります。テラス席が心地いいのです(写真撮影/石原たきび)

その南口には僕がよく仕事をしている、お気に入りのカフェがあります。テラス席が心地いいのです(写真撮影/石原たきび)

5軒の飲食店を営むオーナーに下北沢の今昔物語を聞く

さて、今回の取材で最初に向かったのは、開放感のあるテラスが売りの飲食店、「ARENA 下北沢」。

カレーとチキンオーバーライスが名物(写真撮影/石原たきび)

カレーとチキンオーバーライスが名物(写真撮影/石原たきび)

テラスのベンチでは矢吹ジョーが出迎えてくれる(写真撮影/石原たきび)

テラスのベンチでは矢吹ジョーが出迎えてくれる(写真撮影/石原たきび)

なぜ、この店を訪れたかというとオーナーの山本秀教さん(48歳)に下北沢の今昔を聞きたかったからだ。

ここを含めて下北沢に5軒の飲食店を展開(写真撮影/相馬ミナ)

ここを含めて下北沢に5軒の飲食店を展開(写真撮影/相馬ミナ)

山本さんに初めて会ったのは、1号店の「BUDOKAN」だった。10年ぐらい前だろうか。

鈴なり横丁の向かいにある小さなバーだ(写真撮影/石原たきび)

鈴なり横丁の向かいにある小さなバーだ(写真撮影/石原たきび)

「古着屋、ラーメン屋、ガールズバーがめちゃめちゃ増えました」

というわけで、名物の「元祖シモキタカレー」と「シモキタラッシー」のセット(1100円)をいただきながら話を聞きましょう。

「下北沢カレー王座決定戦2019」で準優勝を獲得(写真撮影/相馬ミナ)

「下北沢カレー王座決定戦2019」で準優勝を獲得(写真撮影/相馬ミナ)

山本さんが「BUDOKAN」を出したのは13年前。それ以前から下北沢にはよく飲みに来ていたそうだ。

「当時のシモキタは、飲み屋の客がおっちゃんばっかり。今は本当に若者が多い。あと、鈴なり横丁のあたりはちょっと柄が悪かったんですが、平和になりました。さらに、古着屋、ラーメン屋、ガールズバーがめちゃめちゃ増えましたね」

山本さんは言う。

「懐かしい街が変わっていくのはちょっと寂しい部分はありますが、悲観的には考えてないですよ。むしろ、若者とかがいっぱい来てくれたら盛り上がるんで、僕としてはありがたいです」

そう言われてみれば増えた気がします(写真撮影/石原たきび)

そう言われてみれば増えた気がします(写真撮影/石原たきび)

東北沢、下北沢、世田谷代田の3つのエリアが「下北線路街」で繋がる

そんななか、小田急電鉄は東北沢駅~世田谷代田駅間の地上に生まれた1.7kmのエリアを「下北線路街」として整備してきた。

ほとんど交流がなかった3つのエリアが「下北線路街」で繋がる(画像提供/小田急電鉄)

ほとんど交流がなかった3つのエリアが「下北線路街」で繋がる(画像提供/小田急電鉄)

このエリアは道が狭く、入り組んでいるため、この直線による新しい動線は街の姿を大きく変えつつある。

山本さんと別れ、次に向かったのは下北沢駅の「南西口」改札方面。

今、駅のこちら側に注目が集まっている(写真撮影/石原たきび)

今、駅のこちら側に注目が集まっている(写真撮影/石原たきび)

というのは、こちらの方面に下北線路街で注目されている「BONUS TRACK」があるからだ。オープンは2020年4月で、緑に包まれた遊歩道沿いにユニークなテナントたちが入居している。

新しいスタイルの“商店街”が誕生した(写真撮影/石原たきび)

新しいスタイルの“商店街”が誕生した(写真撮影/石原たきび)

そのテナントとは、世界の発酵調味料を扱う「発酵デパートメント」、食材にこだわり抜いたコロッケが食べられる「恋する豚研究所 コロッケカフェ」、古今東西の日記関連本が購入できる「日記屋 月日」などの14店舗だ。

開放感に満ちた中庭を囲むように店舗が並ぶ(写真撮影/相馬ミナ)

開放感に満ちた中庭を囲むように店舗が並ぶ(写真撮影/相馬ミナ)

「『サブカルの街』というイメージは徐々に変わりつつあります」

下北沢の開発は、どのような想いのもと行われたのだろうか。ここの会議スペースで小田急電鉄の開発担当者、向井隆昭さん(31歳)に話を聞いた。

まず今の下北沢を、向井さんは「以前は若者の街、『サブカルの街』というイメージでしたが、徐々に変わりつつあります」と話す。
「実際に街に住んでいる人に着目すると、子育て世帯やシニア層も多く、文化が根付くだけでなく住宅街である側面が分かります。家賃の高騰もあり、住んでいる若い人の属性も変化しており、夢を追うアーティストというよりは、ちょっとお金に余裕がある学生や社会人にスライドしており、より多様な人々が街にいるイメージと捉えています」

週の半分は下北沢に通い詰める日々を送っている(写真撮影/相馬ミナ)

週の半分は下北沢に通い詰める日々を送っている(写真撮影/相馬ミナ)

線路跡地を活用しようという動きは2013年の時点で始まっていた。そして、2018年には現在の「下北線路街」としてのプランが明確になる。

「コンセプトは『BE YOU.シモキタらしく。ジブンらしく。』です。この街は低層の建物が多く、路地裏も歩きやすい。また、飲食、音楽、演劇、古着、雑貨、本、映画など、さまざまなジャンルで、いろんな個性を持った人が活動しています。それをさらに引き出すのが開発の役目だと思っています」

なお、「BONUS TRACK」に入居するテナントは30代のオーナーが多い。床面積は1、2階あわせて計10坪で2階は住居スペース。これで賃料は15万円とのことで、若い世代が挑戦しやすい設定にしたという。

今まで下北沢にはなかったようなテイスト。新しい潮流を感じた。駅からちょっと離れているだけに、下北沢という街のエリアが広がった気がする。

全寮制プログラムを受けられる「SHIMOKITA COLLEGE」

さて、ここからは街に出て向井さんが勧めてくれた“注目スポット”を巡ることにする。

まずは、2020年12月に下北線路街で開業した「SHIMOKITA COLLEGE」から。下北沢の街をキャンパスとして活用しながら、高校生、大学生、若手社会人らが暮らす居住型教育施設だ。

明るい光が差し込む1階の共用スペース(写真撮影/相馬ミナ)

明るい光が差し込む1階の共用スペース(写真撮影/相馬ミナ)

居室への動線上に食堂やラウンジなどの共用スペースを配置(写真撮影/相馬ミナ)

居室への動線上に食堂やラウンジなどの共用スペースを配置(写真撮影/相馬ミナ)

高校生は1学期間(3カ月)の共同生活体験プログラム、大学生・社会人は2年間の全寮制プログラムを受けられる。実際の入居者に話を聞いてみよう。

左から江口未沙さん(25歳)、州崎玉代さん(21歳)、岩田健太さん(27歳)(写真撮影/相馬ミナ)

左から江口未沙さん(25歳)、州崎玉代さん(21歳)、岩田健太さん(27歳)(写真撮影/相馬ミナ)

江口さんはIT企業の営業職。大学4年生のときから下北沢に住んでいたが、リモートワークになったこともあり、シェアハウスへの入居を考え始めた。

「たまたま小田急さんのリリースを見て、こんなに面白そうな学びの場があるのなら絶対に入りたいと思いました。ここでの生活はめちゃくちゃ楽しいです。専門分野や背景が違ういろんな人と話せるので、自分へのフィードバックが進みます」

江口さんのお気に入りの店「ADDA」

江口さんのお気に入りの店「ADDA」

カレーがおいしい

カレーがおいしい

「街も人も商店もエネルギーがすごいと感じています」と話す岩田さんは、まちづくり系の仕事をしている。

「私はいち消費者として街や人に関わることに興味がありました。シモキタにはあまり来たことがなかったんですが、実際に住んでみて街も人も商店もエネルギーがすごいと感じています。街を“自分ごと”として捉えている人が多いというか」

岩田さんが今気になっているのは、下北線路街の施設の一つとして2020年9月に開業した温泉旅館「由縁別邸 代田」。35室の客室、露天風呂付き大浴場、割烹、茶寮などを備えている(写真提供/小田急電鉄)

岩田さんが今気になっているのは、下北線路街の施設の一つとして2020年9月に開業した温泉旅館「由縁別邸 代田」。35室の客室、露天風呂付き大浴場、割烹、茶寮などを備えている(写真提供/小田急電鉄)

大浴場では箱根から運んだ温泉が楽しめる(写真提供/小田急電鉄)

大浴場では箱根から運んだ温泉が楽しめる(写真提供/小田急電鉄)

最後は洲崎さん。東京大学で都市計画を専攻している。大学に登校する日が激減した状況下で寮生活を満喫している。

「シモキタはたくさんのカルチャーが混じり合う街。いろんな人が歩いていますよね。『多様性が際立っているというイメージ』ですね。お気に入りのお店は『BONUS TRACK』の中の『恋する豚研究所』。店員さんと連絡先を交換したりして、人と人の距離が近いです」

「恋する豚研究所」

「恋する豚研究所」

「恋する豚研究所」のコロッケ

「恋する豚研究所」のコロッケ

東京農大の学生がつくった食品が買える「世田谷代田キャンパス」

続いて訪れたのは、2019年4月にオープンした「世田谷代田キャンパス」。同じ世田谷区内にメインキャンパスを持つ東京農業大学とのコラボでオープンカレッジが開講されている。

1階は農大ショップ(写真撮影/相馬ミナ)

1階は農大ショップ(写真撮影/相馬ミナ)

ここでは、農大の卒業生が醸造した日本酒や味噌などが購入できる。話を聞かせてくれたのは施設の統括マネージャー、土橋潤二さん(65歳)。

土橋さんも農大の卒業生なのだ(写真撮影/相馬ミナ)

土橋さんも農大の卒業生なのだ(写真撮影/相馬ミナ)

「私、以前は造り酒屋をやっていたんですが、この施設を出す際に『手伝ってくれ』と言われまして」

置いている商品はすべて東京農大関連のもの写真撮影/相馬ミナ)

置いている商品はすべて東京農大関連のもの写真撮影/相馬ミナ)

お勧めの商品はどれですか?

「農大の学生がつくったジャムが美味しいですよ。材料の栽培から製造までを一貫して担当しています」

さらに、「こんな面白いものもありますよ。うちでは一番人気です」と土橋さん。なんと、農大オホーツクキャンパスで育てたエミューの卵で生地をつくったどら焼きだという。

いただいてみましょう。

北海道産小豆の粒あんを使った餡はちょっとピンクがかっている。エミューどら焼き324円(税込)。後ろにあるのは農大生がつくったジャム(写真撮影/相馬ミナ)

北海道産小豆の粒あんを使った餡はちょっとピンクがかっている。エミューどら焼き324円(税込)。後ろにあるのは農大生がつくったジャム(写真撮影/相馬ミナ)

おお、生地がモチモチで美味しい!

2階はオープンカレッジスペース(写真撮影/相馬ミナ)

2階はオープンカレッジスペース(写真撮影/相馬ミナ)

2階では、定期的に市民講座、子ども向け講座が開催されるほか、サークル団体などに会議室やイベント会場としても貸し出している。

「地元の方もいらっしゃるし、ちょっと離れた下北沢駅から歩いて来る若者や家族連れも多いですね。農業を通じてさまざまな人が繋がる場になれば」と土橋さんは言う。

下北沢の穴場見つけたり、という感じだ。

個性的かつハイクオリティな店舗が並ぶ個店街「reload」

最後に訪れたのは、2021年6月、下北沢駅にほど近い立地にオープンした「reload」。全24店舗がが入居予定の個店街だ。

モダンなエントランス(写真撮影/相馬ミナ)

モダンなエントランス(写真撮影/相馬ミナ)

施設名には、もともと線路が走っていた場所が新しくなったので「リ・ロード」、また完成することなく変わり、更新し続ける場という2つの意味が込められている。

施設内には、京都の老舗“小川珈琲”のフラグシップ店「OGAWA COFFEE LABORATORY」、三軒茶屋から移転オープンしたセレクト文房具・雑貨の専門店「DESK LABO」など、個性的かつハイクオリティな店舗が並ぶ。

まず、我々が訪れたのはシーシャ、いわゆる水タバコの専門店「chotto」だ。

26歳の若きオーナー、小澤彩聖さん(写真撮影/相馬ミナ)

26歳の若きオーナー、小澤彩聖さん(写真撮影/相馬ミナ)

「こういう施設にシーシャ屋が入るのは、今までなかったはず。従来のイメージと違って、店の雰囲気を明るくしています。ちなみに、シモキタは日本におけるシーシャ発祥の地と言われているんです」

料金は専用のガラスボトル1台にオリジナルノンアルドリンクが付いて3000円(写真撮影/石原たきび)

料金は専用のガラスボトル1台にオリジナルノンアルドリンクが付いて3000円(写真撮影/石原たきび)

「うちは初心者や非喫煙者も吸いやすいノンニコチンのフレーバーを推しています。これを置いている店はあまり多くないんです」

左からオレンジ、ブルーベリー、ピスタチオのフレーバー(写真撮影/相馬ミナ)

左からオレンジ、ブルーベリー、ピスタチオのフレーバー(写真撮影/相馬ミナ)

「まるで心ときめく恋の味」(写真撮影/石原たきび)

「まるで心ときめく恋の味」(写真撮影/石原たきび)

小澤さんは「シーシャはひとつのコミュニケーションツール、会話の間を取り持ってくれるような存在」だと言う。

「仲間内でも初めましての人同士でも、ゆったりとのんびりと話せます。ボトル1台で2時間弱持つから、カフェとかより長く滞在できる。そこでの会話を通して、新しい縁も生まれます」

楽しそうに煙を吐く店長の航平さん(25歳)。(写真撮影/石原たきび)

楽しそうに煙を吐く店長の航平さん(25歳)。(写真撮影/石原たきび)

下北沢の人々の交流の場が、またひとつできた。「今までシモキタで遊んでたけど、大人になって遊ぶとこなくなったよねという人たちに来てほしい」と小澤さんは言っていた。

さあ、下北巡りラストの1軒は立ち飲みスタイルの「立てば天国」だ。

オーニングの下にはちょっとした外飲みスペースも(写真撮影/相馬ミナ)

オーニングの下にはちょっとした外飲みスペースも(写真撮影/相馬ミナ)

対応してくれたのはオーナーの福家征起さん(42歳)。これまで、下北沢に「下北沢熟成室」「カレーの惑星」「胃袋にズキュン」「胃袋にズキュン はなれ」という4つの飲食店を展開してきた。

かわいらしい店名は「10分で決めた」とのこと(写真撮影/相馬ミナ)

かわいらしい店名は「10分で決めた」とのこと(写真撮影/相馬ミナ)

「個店街の2階というロケーションが面白いし、広い空が見える立ち飲み屋もなかなかないでしょう」

フードメニューはひと捻りもふた捻りもあるものばかり(写真撮影/石原たきび)

フードメニューはひと捻りもふた捻りもあるものばかり(写真撮影/石原たきび)

お一人様にもうれしい小皿料理がメイン。居酒屋料理にアジアの調味料やハーブなどのフレイバーを加えているという。完全にニュースタイルの立ち飲み屋だ。ホッピーは三冷、ビールは赤星で酒飲みの心をガッチリと掴む。

「今のシモキタですか? 昔と変わって来たなあという感じはありますね。老舗のたこ焼きやさんとか、掘っ建て小屋みたいなとこでやってた居酒屋さんがなくなって、ここもそうですが、きれいな建物が増えましたね」

個人的には下北沢っぽくないお洒落な空間に、こういう本気の立ち飲み屋が入っているのはうれしい。

未来の下北沢を盛り上げる人々にバトンが渡った

かくして、“新生”下北沢ツアーは終了。随所にオシャレな要素が垣間見えたが、一方で“実力”も伴う施設、店舗ばかりだった。

以前は、駅の北口に戦後の闇市がルーツのレトロな一画が存在感を放っていた。その中に好きな飲み屋があり、下北沢に来ると必ず立ち寄ったものだ。もちろん、今はない。

寂しくもあるが、街は生きている。今回の「下北線路街」巡りでも感じたが、未来の下北沢を盛り上げる人々にバトンが渡ったというわけだ。

●取材協力
下北線路街

現代版「トキワ荘」に訪問! 漫画家志望35人の夢いっぱいのシェアハウス

『ワンピース』や『ドラゴンボール』『スラムダンク』、最近では『鬼滅の刃』『呪術廻戦』など、多くの作品が世界中の人々を夢中にさせてきた日本の漫画。その「漫画の聖地」といえば、1952年から1982年にかけて豊島区椎名町(現・南長崎)に存在した「トキワ荘」。手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫などの漫画家らが切磋琢磨しながら共同生活を送っていたアパートだ。

そんな「トキワ荘」に想いを託して始まったのが「トキワ荘プロジェクト」。漫画家を目指す若者たちに活動拠点となるシェアハウスを貸し出し、プロデビューのサポートを行う事業だ。シェアハウスに住む彼らはどんな暮らしを送っているのか。実際に見に行ってみた。

35人の漫画家志望者が切磋琢磨をしながら住んでいるりえんと多摩平内にある「多摩トキワソウ団地」。2011年のフルリノベーションを経て現在に至る。以前は小規模の「トキワ荘プロジェクト」のシェアハウスが最大で15棟が東京近郊に点在していたが、現在は棟数を6棟まで減らして、規模を大きくした(写真提供/NPO法人NEWVERY)

りえんと多摩平内にある「多摩トキワソウ団地」。2011年のフルリノベーションを経て現在に至る。以前は小規模の「トキワ荘プロジェクト」のシェアハウスが最大で15棟が東京近郊に点在していたが、現在は棟数を6棟まで減らして、規模を大きくした(写真提供/NPO法人NEWVERY)

今回訪れたのは、2021年6月に誕生した「多摩トキワソウ団地」。所在地は東京都日野市で、最寄駅のJR豊田駅には新宿駅から約35分。そこから徒歩5、6分で到着する。

入居者募集開始とともにすぐに満室になり、現在は計35人の漫画家志望者が切磋琢磨をしながら住んでいる。都市再生機構(UR)が手がける物件で、高度経済成長期の1960年に建てられた。奇しくも元祖「トキワ荘」の漫画家らがヒット作を連発していた時代だ。

いわゆる団地の一部を利用したシェアハウスで、もちろん一般の人も住んでいる。エントランスを入るとさっそく「トキワ荘」感満載のお出迎え。

35人が“仲間”として暮らしているということか(写真撮影/片山貴博)

35人が“仲間”として暮らしているということか(写真撮影/片山貴博)

漫画家になりたくても、どう動いていいか分からない人が多い

「トキワ荘プロジェクト」を運営するのは、NPO法人NEWVERY(ニューベリー)。2002年に設立後、中学生・高校生を対象にした文芸教室から活動をスタート。2006年に「トキワ荘プロジェクト」を立ち上げた。

取材に協力してくれたNEWVERYの菊池さんに「なぜ、漫画家を目指す若者を支援しようと思ったのか」と聞いてみた。

プロジェクトの責任者である菊池さん(写真撮影/片山貴博)

プロジェクトの責任者である菊池さん(写真撮影/片山貴博)

「じつは、私も漫画家を目指して専門学校に通っていたんです。小学生のころに毎週読んでいた『週刊 少年ジャンプ』では『封神演義』が好きでした。漫画を描き始めたきっかけは、雑誌に付いてきた漫画家セットの付録。とにかく早く家に帰って漫画が描きたかったですね(笑)」

菊池さんが専門学校時代に描いたという漫画も見せてもらった。

予想以上のクオリティです……(写真提供/菊池さん)

予想以上のクオリティです……(写真提供/菊池さん)

「いえいえ、出版社の方々にたくさんダメ出しをもらった作品なので。でも、久しぶりに読み返したら懐かしいです(笑)」

納得しました。同じ体験をしているから、漫画家志望の若者たちを本気でサポートしたいと思えるんですよ。

「そうでしょうね。私と同じで、漫画家になりたくても、どう動いていいか分からない人が多いんです。そんな若手漫画家のために住居の提供を軸に、漫画家として活躍するための支援ができればと思い始まったプロジェクトです」

この15年間で実績も出してきた。累計入居者565名のうち、プロ漫画家としてデビューした人が123人もいるというのだ(2021年8月4日時点)。その中には、現在『魔入りました!入間くん』がアニメ化している西修さん、『こぐまのケーキ屋さん』などの代表作で知られるカメントツさんなどもいる。

気になる家賃は3万7000円~4万2000円

いい話が聞けたところで、内部を見せてもらった。まずは、1階の共用ラウンジ。

入居者同士で漫画論を語るもよし、飲食を楽しむもよし(写真撮影/片山貴博)

入居者同士で漫画論を語るもよし、飲食を楽しむもよし(写真撮影/片山貴博)

集中してプロットを考えたり、ネームを描いたりするワークスペースもある。

一人暮らしの部屋では、なかなかこうはいかない(写真撮影/片山貴博)

一人暮らしの部屋では、なかなかこうはいかない(写真撮影/片山貴博)

漫画もいたるところに置いてあった。

こうした刺激をもらえるのも共同生活ならでは(写真撮影/片山貴博)

こうした刺激をもらえるのも共同生活ならでは(写真撮影/片山貴博)

「成長サポートとしては、プロの漫画家や編集者による講座を定期的に開催しています。最近はリモートが多いんですが」(菊池さん)

最近行った漫画講座には「多摩トキワソウ団地」からも数名が参加した(写真提供/NPO法人NEWVERY)

最近行った漫画講座には「多摩トキワソウ団地」からも数名が参加した(写真提供/NPO法人NEWVERY)

気になる家賃は3万7000円~4万2000円(居室による)。管理費は1万2000円。管理費が同レベルの家賃の賃貸に比べ、少々高いかなと思ったが、これには水道・光熱費、ネット代、消耗品の一部が込みとのことなので、都内で一人暮らしをするよりはずいぶん安いといえる(他のハウスは消耗品が込みではない)。

外に一歩出れば、シェア畑、食堂、レンタカーのある暮らし

訪れたときに感じたのは、空間が広々としていて、緑も豊富だということ。団地の周囲も案内してもらった。

「敷地内には住人が自由に使える『シェア畑』があって、専門スタッフが管理してくれるので、専門知識がなくても野菜をつくる楽しさが味わえます」

根を詰めて漫画を描いた後の息抜きにもってこいだろう(写真撮影/片山貴博)

根を詰めて漫画を描いた後の息抜きにもってこいだろう(写真撮影/片山貴博)

すぐ隣には「ゆいま~る食堂」。多摩の自然に囲まれながら食事ができる。

「からだに優しく美味しい食事を、心を込めて提供」がモットー(写真提供/NPO法人NEWVERY)

「からだに優しく美味しい食事を、心を込めて提供」がモットー(写真提供/NPO法人NEWVERY)

駐車場にレンタカーが停まっていたことにも驚いた。

料金は相場並だが、敷地内のためピックアップと返却がラクすぎる(写真撮影/片山貴博)

料金は相場並だが、敷地内のためピックアップと返却がラクすぎる(写真撮影/片山貴博)

小学4年生のときの作文で「将来の夢は漫画家」

さて、ここからはいよいよ入居者の部屋にお邪魔して、熱い漫画トークを聞くことにしよう。まずは、広島県安芸高田市出身の松村皇輝さん(21歳)。

おお、きれいじゃないですか(写真撮影/片山貴博)

おお、きれいじゃないですか(写真撮影/片山貴博)

いつごろから漫画家という職業を意識し始めたんですか?

「一番古い記憶は小学4年生のときに、将来の夢というテーマで書いた作文に『漫画家』と書いたこと。当時は『ワンピース』に夢中で、好きなキャラはウソップ。休み時間も授業中も、ずっと絵を描いていました」

本棚には『スラムダンク』や『僕のヒーローアカデミア』などのジャンプコミックがズラリ(写真撮影/片山貴博)

本棚には『スラムダンク』や『僕のヒーローアカデミア』などのジャンプコミックがズラリ(写真撮影/片山貴博)

本格的に漫画を描き始めたのは高校生のときからだという。担任の教師に「漫画家になりたい」と相談したところ、地方から東京に行くのが大変な人向けに集英社が「出張編集部」というのをやっていると教えてくれた。

「名刺をもらう=担当が付く」というセオリーを知らなかった

松村青年は気合いを入れて30ページの読み切り漫画を描き、岡山の会場に持参する。人生で初めて描いた漫画をプロに見てもらうわけで、ガチガチに緊張したそうだ。

こちらが初めて描いた漫画(写真提供/松村皇輝さん)

こちらが初めて描いた漫画(写真提供/松村皇輝さん)

おお、高校生の時点ですごい画力!

「いや、今見るとクッソつまんないです。たしか、飛行機を落とそうとしているテロリストの電波をハッキングして平和を守るという内容でした」

とはいえ、集英社の月刊漫画雑誌『ジャンプSQ.』の編集者からは「高校生でこれだけ描き切ったのはすごい」と褒められたそうだ。

「その人から名刺をもらったんですが、それが漫画界では『担当になること』というセオリーを知らなくて。のちに、上京してから住んでいた西高島平の『トキワ荘』で先輩から教えてもらいました。持ち込みは結局、それっきり」

松村さんは漫画を描くときにペンタブを使う派(写真撮影/片山貴博)

松村さんは漫画を描くときにペンタブを使う派(写真撮影/片山貴博)

部屋にテレビはないが、YouTubeなどからインスピレーションを得ているそうだ。

『少年マガジン』に持ち込んだ読み切り漫画が月例賞に

松村さんは高校卒業後、地元で働くか、漫画家になるために上京するかで迷った。最終的には、「貯金もないのに東京に行ったら、バイト生活で漫画がなあなあになる」という両親の意見に納得し、地元の野菜の選果場で働くことにした。

「地元の人がつくった野菜を工場に集めて、袋やダンボールに詰めてトラックに乗せて出荷するという作業です。100万円ちょい貯めてから上京。仕事はせずに、1年間ぐらい引き籠って漫画を描きました」

こうして描き上げた読み切り作品を講談社の『週刊少年マガジン』に持ち込んだところ、見事、月例賞を獲得する。

日々描き溜めた構想ノート(写真撮影/片山貴博)

日々描き溜めた構想ノート(写真撮影/片山貴博)

何気なく冷蔵庫の中を見せてもらった。「お茶とチョコレートしかないっすよ。キットカットとアルフォートが好きで」。ストイックな生活である(写真撮影/片山貴博)

何気なく冷蔵庫の中を見せてもらった。「お茶とチョコレートしかないっすよ。キットカットとアルフォートが好きで」。ストイックな生活である(写真撮影/片山貴博)

最後に松村さんが言った。

「昼前に起きて、夕方過ぎまで描いて、ご飯食べて、また深夜まで描いて寝る生活。
でも、シェアハウスのみんなでご飯に行ったり、銭湯に行ったり、映画を観に行ったりすることもあって、それは楽しいですね。また、いつでも漫画関係の話題が出るので、地元の友達と遊ぶのとは違った刺激があります。

いろんな作風、画風、思考の人と会えるので『それ面白いな、取り入れてみようかな』と次の作品に対するモチベーションがすごく上がります。一方で、『その年でこんな絵ぇ描くのかよ……』と衝撃を受けることもあるのですが、個人的にはその瞬間が一番ワクワクします。同世代がバケモンみたいな絵や漫画を描いていたら、負けたくないというスイッチが入って燃えるんです。

正直、25歳までにデビューできなかったら、あきらめようかなと思っています。でも、やれるだけ頑張りたい」

表札の苗字と番地が合っているかをチェックする仕事を副業に

次は近藤十和佳さん(21歳)。よく笑う人だ。

女の子らしい部屋だ(写真撮影/片山貴博)

女の子らしい部屋だ(写真撮影/片山貴博)

近藤さんは仕事をしながら漫画を描いている。

「地図の調査の仕事です。表札の苗字と番地が合っているかをチェックします。家って、なんかそれぞれの空気があるんです。すごく幸せそうな家とか、外観を見るだけで暮らしを妄想できます」

ナスのピエールが主人公の4コマ漫画がはじまり

というか、これDIYでつくる棚ですよね。すごい。

「5時間ぐらいかかりました」と笑う(写真撮影/片山貴博)

「5時間ぐらいかかりました」と笑う(写真撮影/片山貴博)

本棚のラインナップが渋すぎる。10年ほど前に人気が爆発した中国のSF、『三体』が目を引く(写真撮影/片山貴博)

本棚のラインナップが渋すぎる。10年ほど前に人気が爆発した中国のSF、『三体』が目を引く(写真撮影/片山貴博)

「子どものころから趣味が偏っていて。『聖☆おにいさん』は小学生のころに地元・山梨の図書館で読んで、面白いなと思いました。田舎なので、図書館の漫画が唯一の娯楽でしたね」

小学校3年生ぐらいのときから、将来の夢は漫画家だと公言していた。

「とくに好きだったのは、少女漫画家で心霊劇画家の黒田みのるさん。母がアシスタントの人と仲が良くてお会いできたんです。何も考えていない小学生だったので、ご本人に向かって『先生みたいになりたいです』とか言っちゃって(笑)」

当時の写真と先生の書は室内の一等地に飾ってあった(写真撮影/片山貴博)

当時の写真と先生の書は室内の一等地に飾ってあった(写真撮影/片山貴博)

小学生のころから絵を描くのが好きで、それを漫画にし始めたのは中学生から。

「最初は4コマ漫画から始めたんです。ナスのピエールというキャラクターが恋をしたりする話で。ちょこんと突起があるナスを見て、鼻みたいだなと思ってキャラクターにしました。実家にあるので撮影してきましょうか」

ぜひ、お願いします。ピエール見たい。

これがピエール。シュールな作風で続きが気になる(写真提供/近藤十和佳さん)

これがピエール。シュールな作風で続きが気になる(写真提供/近藤十和佳さん)

頭の上でぼーっとしているイメージをストーリーに落とし込む

漫画は完全に独学。iPadなどのデジタル機器を使ったこともあるが、サイズが大きい紙の方が伸び伸びと描きやすいという。

「今、構想を練っているのは、石像がたくさんある標高5000mぐらいにある世界遺産が舞台の作品。そこに暮らす姉妹の物語を描きたいんです」

近藤さんの場合は、頭の上でぼーっとしているイメージをストーリーに落とし込むというやり方だ。

ペン入れがうまくいったときが一番充実感がある(写真撮影/片山貴博)

ペン入れがうまくいったときが一番充実感がある(写真撮影/片山貴博)

「ラウンジに行ったら誰かしらいるので、たまにご飯の味見をさせてもらったり。皆さんがそれぞれ持っている癖とか表情とかキャラとか、そういうものが全部面白くて、漫画のキャラづくりに役立っています。

特に印象に残っている出来事は、すごくかわいがってくださった先輩が退居された時のことです。送別会のあと、その方が描いた漫画をたくさん見せていただいて、漫画のこともいろいろ教えてくれました。その方は社会人をしながら漫画を描いていて、仕事も大変そうなのに作品にかける熱意に刺激をもらいました。最後に、『徹夜するときはこれを飲んでね』とエナジードリンクをもらったのはいい思い出です。

入居者で連載が始まる方がいると聞くと、めでたい!と思う一方で、私も頑張らないと、と思います。以前は持ち込みはちょっと苦手だったのですが、積極的になりました。本当に、早くデビューして連載したいです!!」

シェアハウスとはひと味違う緊張感も伴う

2人のインタビューを終えてラウンジに戻ると、住人らによるたこ焼きパーティーの最中だった。

しかし、皆さん仲がいい(写真撮影/片山貴博)

しかし、皆さん仲がいい(写真撮影/片山貴博)

取材を終えて思ったこと。シェアハウスで暮らす面白さはもちろんある。しかし、ここトキワ荘プロジェクトは「漫画家になりたい」という共通の夢を、全員が持っていることが大きな違いだ。お互いがライバル、緊張感も伴う。それは、60年前にあった元祖「トキワ荘」も同じだったのではないだろうか。

●取材協力
トキワ荘プロジェクト
松村皇輝さん

「シェアキッチン」発の“濃いお店”で地元をおもしろく! コロナ禍で人気

東京都・東小金井の高架下に、洋菓子、パン、おにぎり・惣菜……いつも売っているモノが違うお店がある。実はこちら、複数のメンバーが店舗、厨房を共同で使う「シェアキッチン」。初期投資の費用を抑えられるメリットから、ここ数年、新たな形態として注目を集めている仕組みだ。さらにこのコロナ禍で、「シェアキッチン」を始めたい人が増加しているという。2014年に小平の「学園坂タウンキッチン」でシェアキッチンスタイルを確立し、今では都内4カ所に独自のブランド「8K」をはじめとしたシェアキッチンを運営する株式会社タウンキッチンの代表・北池智一郎さんにお話を伺った。
地域がつながる場づくりには、「食」が一番

「飲食業をしたいわけではない」と語る北池さんがシェアキッチンを始めたのは、「地域につながる場を提供したい」という想いから。
「例えば、昔は、お醤油が切れていたらお隣さんに借りに行ったりしていたんですよね。お互い助けあうことが、生活を円滑にすすめるために不可欠なことだったから。しかし、今はコンビニがあるから、そんなお願いをしなくていいでしょう。便利さと引き換えに失った、地域の『つながり』を再生したい。そのための『場』を提供するには、まず『食』を媒体とすることがいいと考えたことが始まりです」

株式会社タウンキッチン代表・北池智一郎さん(写真提供/タウンキッチン)

株式会社タウンキッチン代表・北池智一郎さん(写真提供/タウンキッチン)

保健所からの許認可を受けたキッチンを「所有」でなく、複数人で「共有」することで創業のハードルを低くできる。利用料は月額料金で、開業コストを大きく抑えられるのも特徴だ。食品衛生責任者の資格は必要だが、看板やショップカード、ラベルなどそれぞれのオリジナル屋号で営業できる。また、開業前からマーケティング、商品開発、経理、補助金などについて個別相談ができる仕組みや、先輩利用者にアドバイスをもらえるなど他の利用者と交流できる定期的な勉強会もある。

趣味を活かし、週に1度もしくは隔週なら子育てを優先しつつも挑戦できると始める人や、会社勤めの傍ら休日のみ営業する人など、自分なりのペースで営業が可能だ。土日は子育てで稼働できない人と、平日は本業がある人と、営業日も分散できているそう。現在、タウンキッチンが直接運営しているシェアキッチンは都内4カ所。商店街の空き店舗、住宅街、高架下、大規模マンションの敷地内など、立地条件は異なるが、近所のリピーター、遠方から来るファンなど固定客をつかんでいる。

第1号店は、西武多摩湖線一橋学園駅の商店街に面した「学園坂タウンキッチン」(写真提供/タウンキッチン)

第1号店は、西武多摩湖線一橋学園駅の商店街に面した「学園坂タウンキッチン」(写真提供/タウンキッチン)

シェアキッチンでは、厨房をシェアする店主同士のつながりも。お互い情報交換したり、イベントやコラボ商品などへ発展することも(写真提供/タウンキッチン)

シェアキッチンでは、厨房をシェアする店主同士のつながりも。お互い情報交換したり、イベントやコラボ商品などへ発展することも(写真提供/タウンキッチン)

2017年に開業した武蔵境のシェアキッチン「8K musashisakai」(写真撮影/Ryoukan Abe)

2017年に開業した武蔵境のシェアキッチン「8K musashisakai」(写真撮影/Ryoukan Abe)

「むさしの創業サポート施設開設支援事業」の選定を受け、女性をターゲットとした創業支援施設でもある (写真撮影/Ryoukan Abe)

「むさしの創業サポート施設開設支援事業」の選定を受け、女性をターゲットとした創業支援施設でもある (写真撮影/Ryoukan Abe)

東小金井にある「MA-TO」のシェアキッチンは現在16店舗がシェアしており、すでに満員。イートインスペースもある(写真撮影/本浪隆弘)

東小金井にある「MA-TO」のシェアキッチンは現在16店舗がシェアしており、すでに満員。イートインスペースもある(写真撮影/本浪隆弘)

西武池袋線ひばりヶ丘駅から徒歩17分、大規模マンションの敷地内にある「HIBARIDO」。シェアキッチンの他、ショップやワークスペースもある(写真撮影/Ryoukan Abe)

西武池袋線ひばりヶ丘駅から徒歩17分、大規模マンションの敷地内にある「HIBARIDO」。シェアキッチンの他、ショップやワークスペースもある(写真撮影/Ryoukan Abe)

10年前にオープン。しかし当初の目的とはずれてしまった現実

しかし、すべてが順調だったわけではない。

2010年11月に開設した「学園坂タウンキッチン」は、地域に住む女性たちが家庭料理を総菜として提供するお店としてスタート。“地域がつながるおすそわけ”がコンセプトで、一人暮らしの高齢者や、働くお母さんたちに喜ばれたとか。

しかし、いったん店をクローズし、2014年大幅な方向転換、リニューアルをすることになる。どうしてだろうか?

「当初は、どちらかというとボランティア的な、地元主婦によるお店でした。しかし、人前に立つことが苦手な方も多く、地域での窓口はだいたい私。私自身は地域に知り会いがたくさんできたけれど、それって、本来の目的とは違うなと違和感を持ち始めたんです。私が現場にいることも多く、店長とスタッフみたいな関係性になってしまうのでは意味がないんじゃないかなぁって。だったら、私みたいな人間がたくさんいることのほうが大切なんじゃないかと、思い切って方針を変えたんです」

2010年当時の「学園坂タウンキッチン」。「〇〇さんのサバの味噌煮」「□□さんの唐揚げ」などの家庭料理を提供しファンも多かったが、ひとつのお店として味を管理することの難しさも(写真提供/タウンキッチン)

2010年当時の「学園坂タウンキッチン」。「〇〇さんのサバの味噌煮」「□□さんの唐揚げ」などの家庭料理を提供しファンも多かったが、ひとつのお店として味を管理することの難しさも(写真提供/タウンキッチン)

リニューアル後は、主婦以外の人も含めて「個人がつくりたいものやこだわりのものを提供する」シェアキッチンへ。
「自分が本当にいいと思ったものを食べてほしい」――そんな強い思いをもった人たちは、当然、自分自身が発信者になり、横とのつながりも生まれる。
「自分で何かしたい、発信したいという人は、人を惹き付けるもの。自然とつながりも生まれますし、当事者意識が高い。そんな地域のハブとなるような人を増やすことが、地域の魅力につながるんじゃないかと思ったんです」

創業ハードルが低い分、自分の「好き」を突き詰めたコンセプトに

シェアキッチンでお店を営む利用者についても話を伺った。

意外にも、「飲食店勤務から独立して自分の店舗を持ちたい」という明確な目標があった人は少数派で、趣味・好きの延長線上にお店を始める人が多いという。

「例えば自分のお子さんがアレルギーだったことから、グルテンフリーのお菓子を手づくりしているうちに、ママ友から頼まれるようになり、週に1度ならできるかもと、シェアキッチンを始めた方もいます」

ほかにも、会社員の傍ら月に数日のみ焼き菓子のお店を始めた方、チョコ好きが高じてカカオ豆からチョコづくりをしている方など、経緯は千差万別。空いた時間を使って、自分のこだわりを貫きながら商品をつくっている利用者は多い。

例えば、学園坂タウンキッチン内の「やさしいオヤツ+ごはんmiel*(ミエル)」は、子育てをきっかけに、マクロビオティックを学んだ店主が、「アレルギーのある人やベジタリアンの人でも安心して食べられるお菓子やお惣菜を提供したい」という想いからスタート。化学調味料不使用、旬の野菜をたっぷり使ったデリやおやつは“身体にやさしく元気になれる“と大人気。天然色素中心のアイシングクッキーはオーダー販売もしている。

「やさしいオヤツ+ごはんmiel*(ミエル)」。「自分のお店を持つために卒業していく方もいますが、古き良き学園坂商店街が大好きなので、私はここでお店を続けています。赤ちゃん連れのママからご近所のお年寄りまで、おしゃべりが目的で来てくださる常連さんも多いです。地域のサードプレイスになれたら」と店主さん(写真提供/miel*)

「やさしいオヤツ+ごはんmiel*(ミエル)」。「自分のお店を持つために卒業していく方もいますが、古き良き学園坂商店街が大好きなので、私はここでお店を続けています。赤ちゃん連れのママからご近所のお年寄りまで、おしゃべりが目的で来てくださる常連さんも多いです。地域のサードプレイスになれたら」と店主さん(写真提供/miel*)

(写真提供/miel*)

(写真提供/miel*)

(写真提供/miel*)

(写真提供/miel*)

ただし、多くのお店が、1人体制で、仕込み・調理・販売まで手掛けるため、売り切れ次第閉店で、営業時間も限られる。「いつ開いているか分からない」という声も少なくない。
「自分のライフバランスを大切にしながら、本当に美味しいもの、自分がこだわったものを提供しようとするとおのずとそうなると思うんです。もちろんデメリットもある。でも、商品力があるから、twitterやインスタなどでフォローし、買いに来る固定客の方たちは多いんです」

MA-TOで人気のパン屋では開店前から行列も(写真提供/タウンキッチン)

MA-TOで人気のパン屋では開店前から行列も(写真提供/タウンキッチン)

個人のお店の充実が、街の魅力を底上げする

こうした“小さくとも濃い商い”は、飲食チェーンのいわばアンチテーゼだ。

飲食チェーンは、マーケティングに裏付けられた商品展開、徹底した商品管理、いつでもいつもの味を提供してもらえる安心感がある。
ただ、そのためには人通りの多い人気の場所に出店せざるを得ず、テナント料も高い。早朝から夜まで商品をつくって売り続けるには人件費もかかる。当然、利益を追求せざるを得ない。

「シェアキッチンは逆。駅から遠い立地も多く、店舗・厨房をシェア、人件費も最小限です。でも、商品にはこだわっている方ばかりで、正直、原価率は高い利用者さんが多いと思います」

また、最初は好き・趣味ベースでもシェアキッチンで営業を続ける中で手ごたえを感じ、シェアキッチンをやめて実店舗を開く“卒業生“も多い。

「普通に考えれば人気店がやめてしまうのは痛手ですけれど、当社ではウェルカム。いいお店がまた街に増えるわけですから。循環も大切です」

個人のお店が増えることは、その街の個性になり、暮らす人の愛着を生む。その循環こそが、地域を活性化させる理想形のひとつといえるだろう。

「日用品とお菓子の店 sofar」は、MA-TO卒業生が2020年11月に東小金井駅から徒歩2分の場所にオープン。2人の子育てをしながら、水曜と金曜、月1度の土曜に営業をしている(写真提供/sofar)

「日用品とお菓子の店 sofar」は、MA-TO卒業生が2020年11月に東小金井駅から徒歩2分の場所にオープン。2人の子育てをしながら、水曜と金曜、月1度の土曜に営業をしている(写真提供/sofar)

お店の空間は、カメラマンの夫のスタジオとしても活用。また、夫が取材先等で出会うつくり手さんのコトやモノも紹介・販売している(写真提供/sofar)

お店の空間は、カメラマンの夫のスタジオとしても活用。また、夫が取材先等で出会うつくり手さんのコトやモノも紹介・販売している(写真提供/sofar)

「街に開いたお店を目指して、今後は作家さんとのコラボやスタンドカフェなど、子どもたちの成長に合わせたお店でづくりを楽しんでいけたら」と店長(写真提供/sofar)

「街に開いたお店を目指して、今後は作家さんとのコラボやスタンドカフェなど、子どもたちの成長に合わせたお店でづくりを楽しんでいけたら」と店長(写真提供/sofar)

コロナ禍きっかけで「シェアキッチン」を始めたい人が増加

コロナ禍を受けて、地元で過ごす人が増え、シェアキッチンで買い物をする人が増加。さらにお店を始めたいという問い合わせも急増しているそうだ。

「例えば、普段は飲食店で働いているけれど、短縮営業になったことを機に、副業として休日にだけシェアキッチンでお店をやりたい、と考えている方からの問い合わせが増えました。今、飲食業は大変です。だからこそ、自分のやりたかったことをやってみようと、発想を変えてみるチャンスなのかもしれません」

さらに、タウンキッチンでは、シェアキッチン「8K」の開設をサポートするプロデュース事業をスタート。これまでのノウハウを活かし、企画から開設後の運用までトータルにサポートしていくという。例えば集合住宅、商業施設、オフィス、公共空間などにシェアキッチンが導入されることで、地域コミュニティの拠点となり、街ににぎわいが生まれる。こうした取り組みを通して、より広く、より深く、「地域のハブとなる場づくり」を目指していく。

東小金井高架下には、KO-TO、PO-TO、MA-TOの3つの創業支援施設が立ち並ぶ。オフィス・工房・教室・ショールーム等として利用できる場所も。コロナ前には、各スペースが連携したイベントも開催していた(写 真提供/タウンキッチン)

東小金井高架下には、KO-TO、PO-TO、MA-TOの3つの創業支援施設が立ち並ぶ。オフィス・工房・教室・ショールーム等として利用できる場所も。コロナ前には、各スペースが連携したイベントも開催していた(写真提供/タウンキッチン)

何でもそろう大型ショッピングモールは便利で快適だ。しかし、自分のホームタウンだと実感できるのは、その街でしか味わえない食、手に入らないモノ、体験できないコトだったりする。コロナ禍で、家の周りで過ごす時間が増え、暮らす地元を再発見しようという動きはさらに加速するはず。そんななか、オリジナリティを発信でき創業のハードルが低い「シェアキッチン」は、今後さらに期待が高まるはずだ。

●取材協力 
タウンキッチン
シェアキッチン「8K」
やさしいオヤツ+ごはんmiel*(ミエル)
日用品とお菓子の店 sofar(Instagram)

「中銀カプセルタワービル」2022年に取り壊しへ。カプセルユニット保存へ向けて挑戦はじまる

2021年夏。世界の建築ファンが注目する建築が、いま取り壊しへのカウントダウンを刻みつつあるという。東京都・銀座8丁目に建つ、建築家・黒川紀章の代表作「中銀カプセルタワービル」(1972年)だ。丸窓を有するキューブ状のユニット140個が塔状に張り付くユニークな建築は、世界ではじめてのカプセル型の集合住宅と言われている。その住戸であるカプセルユニットの保存を、クラウドファンディングの資金援助によって行おうとしているグループの代表いしまるあきこさんに話を聞いた。
目標150万円を大きく上回る400万円の支援金を獲得

「2カ月間のクラウドファンディングの期間(5月30日~7月28日)に、延べ300人を超える方々から、当初目標とした150万円を超えて、約400万円の支援をいただきました」と「中銀カプセルタワービルA606プロジェクト」代表のいしまるさんはその支援・共感の手応えを話してくれた。

「中銀カプセルタワービルA606プロジェクト」代表のいしまるあきこさん(写真:蔵プロダクション)

「中銀カプセルタワービルA606プロジェクト」代表のいしまるあきこさん(写真:蔵プロダクション)

「中銀カプセルタワービル(以下、中銀カプセル)は建築関係者だけでなく、一般の建築ファンやかつての未来感に共感を寄せる人々、しかも、若い方から建設された1970年代に子ども時代を過ごして懐かしむ方まで、幅広い世代に関心を寄せていただきました」(いしまるさん)と支援者の幅広さを強調する。

2カ月間のクラウドファンディングで、308人・406万円の支援を得た(画像提供/READYFOR)

2カ月間のクラウドファンディングで、308人・406万円の支援を得た(画像提供/READYFOR)

この独創的なカプセル建築は、建築家・黒川紀章(1934~2007年)の設計によるものだ。「中銀カプセル」は、黒川が参画した建築運動「メタボリズム」(※1)のもと、1969年に黒川が提唱した「カプセル宣言」に端を発し、1970年の大阪万博での未来型カプセル住宅の仮設パビリオンに続く、恒久的な建築として、銀座という一等地に燦然とその姿をあらわした。
日本はもとより世界で、黒川の建築思想と斬新な意匠とあいまって注目される建築となった。
ただし、黒川氏の構想ではカプセルをそれぞれ個別に25年毎に交換するアイデア(建築の新陳代謝)だったものの、現実的には建物の構造上これが難しく、結果的にカプセルはひとつも、一度も交換されないまま老朽化を迎えることになった。(※2)
また、その後には、カプセルホテルでおなじみのカプセルベッドの開発(1979年)という別の形のカプセルとしても実現した。黒川氏の60年代末に提唱した「カプセル」というコンセプトは、いまも私たちの暮らしの中の一隅に生き続けている。

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※注1:メタボリズムとは「新陳代謝」を意味し、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を目指すという、1960年代から70年大阪万博にかけての前衛建築運動だった。
※注2:建物の構造体となる階段室シャフトに対して、カプセルユニットを下から順番に引っかけて固定しており、また、カプセル同士の隙間が30cm程度しかないため、1つのカプセルを外すときに周囲のカプセルに干渉しやすく、設備配管を外すことも難しかった。棟ごとでカプセルを交換することで、ようやく実現できる。さらに、法的には一般的な分譲マンションと同様の区分所有建物であり、多くのカプセル交換は大規模修繕にあたるため所有者の大多数の合意がないと建物を改修できないという制約もカプセル交換を阻む壁となった。

黒川氏のカプセル建築は、50年のときを経て老朽化が進んでいる。
その一つ、別荘型モデルハウスとして計画された「カプセルハウスK」(1973年・長野県御代田町)は、黒川の子息である黒川未来夫氏が取得して、同じくクラウドファンディングで資金の一部を調達して改修され、21年秋ごろには民泊として、誰もが宿泊体験できる予定だ。(黒川紀章の「カプセル建築」が再注目される理由)

別荘型モデルハウスとして計画された「カプセルハウスK」(画像提供/カプセル建築プロジェクト)

別荘型モデルハウスとして計画された「カプセルハウスK」(画像提供/カプセル建築プロジェクト)

古い建物好きが高じて、中銀カプセルタワービルにたどり着く

「中銀カプセルタワービルA606プロジェクト」代表で一級建築士のいしまるさんは、大学の建築学科の学生のころから新しいピカピカの建築よりも、歴史を重ねて年月の深みを刻んだ住宅や建築に心を引かれてきたという。
例えば、関東大震災(1923年)の復興住宅である同潤会青山アパート(※3)について、解体前年の2002年から「同潤会記憶アパートメント展」を計7回主宰し開催してきたという。(2012年に「Re1920記憶」と改称したのちも、計5回開催)最初の開催時には、大学院生だった。
また、自ら古い住宅や店舗をデザイン・リノベーションする設計やDIY活動も行ってきた。
いずれも「古い建物を使うことで残すことにつなげたい、建築を体感してもらうことでその記憶を未来につくりたい」と取り組んできたのだという。

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※注3:震災義援金をもとに1924年に設立された財団法人同潤会が、34年までに東京・神奈川の16箇所に鉄筋コンクリート造の集合住宅、いわゆる同潤会アパートを建設した。青山アパートは1926-27年建築。2003年解体。現在跡地には安藤忠雄設計の表参道ヒルズが建つ

そんないしまるさんが、中銀カプセルにたどり着いたのは、2013年のことだという。偶然見つけたカプセルの賃貸だったが、「身軽なうちに名建築に住んでみたい」と思い、お湯も出ず、キッチンも洗濯機置き場もないが、借りて住むことにした。中銀カプセルは分譲マンションで、140個のカプセルそれぞれにオーナーがいる。当時から、建て替えや保存について管理組合で議論されていたが、保存派の所有者からB棟の1室を借りて1年ほど住み、2019年まではシェアオフィスにしていた。2017年からは、B棟のシェアオフィスでの取り組みが評価されて、保存派の所有者から別のカプセルA606号室を借り受け、シェアオフィスとして企画・運営することになったという。現在は、自身を含む8人の会員とともにA606号室を活用している。(シェアオフィスの利用は8月末で終了し、退去予定)

東京都・銀座8丁目に建つ中銀カプセルタワービル。2022年に取り壊される予定だ(写真撮影/村島正彦)

東京都・銀座8丁目に建つ中銀カプセルタワービル。2022年に取り壊される予定だ(写真撮影/村島正彦)

いしまるさんは「私が、中銀カプセルに住み始めた2013年には、すでにカプセルでさまざまなリフォームが行われていました。雨漏りや経年劣化で傷みがひどいところも多く、もとのカプセルのオリジナルパーツを残すのも難しかったようです。オリジナルが残っているものは、できる限りそのまま残したい、竣工時の空間をもっとちゃんと知りたいと思うようになりました」と語る。
「そこで私たちは、もともとオリジナルの棚などが多く残っていたA606を、1972年の建てられた当時の状態に“レストア”することにしました。レストア(restore)とは、クルマなどの古い乗り物を販売当初の姿に修復して使えるように復活させるときによく使われる言葉です。当初のカプセルユニットには、当時最先端の機器類がオプションで設置できました。ブラウン管テレビ、オープンリール、ラジオ、電卓、電話、冷蔵庫などです。これらを竣工時の状態にレストアして、A606号室では全て使えるように直しました。カメラマンの副代表が設備機器の修復、メンテナンスを担っています」(いしまる)と説明してくれた。円形のブラインドについては、竣工時の写真などをもとに工夫して復元したのだという。
いしまるさんは「セカンドハウスという位置づけでカプセルは生まれました。黒川紀章さんが1人1カプセルと謳った思想は現代にも通用すると思います。ユニットバスを含めた全部で10平米(壁芯で2.5m×4m)のコンパクトな空間ですが、直径1.3mの大きな丸窓のおかげで閉塞感も無く、過ごしているうちにちょうど良い大きさで快適だと感じていきます」と話してくれた。

カプセルの広さはユニットバスを含めて10平米。現在の標準的なビジネスホテルのシングルルームが約13平米という点からも、そのコンパクトさが分かるだろう(写真撮影/村島正彦)

カプセルの広さはユニットバスを含めて10平米。現在の標準的なビジネスホテルのシングルルームが約13平米という点からも、そのコンパクトさが分かるだろう(写真撮影/村島正彦)

ブラウン管テレビ、オープンリール、ラジオなどはレストアした。ブラウン管テレビに地デジやNetflixが映し出される念の入れようだ(写真撮影/村島正彦)

ブラウン管テレビ、オープンリール、ラジオなどはレストアした。ブラウン管テレビに地デジやNetflixが映し出される念の入れようだ(写真撮影/村島正彦)

いしまるさんによると、オプションの機器類で当時最も高価だったのは「電卓」だという。いまの電卓と入力方法が異なる。タイプライターの貸出もあったという。(写真撮影/村島正彦)

いしまるさんによると、オプションの機器類で当時最も高価だったのは「電卓」だという。いまの電卓と入力方法が異なる。タイプライターの貸出もあったという(写真撮影/村島正彦)

玄関脇に備えられた冷蔵庫。カプセルによってはミニシンクを備えるものもある(写真撮影/村島正彦)

玄関脇に備えられた冷蔵庫。カプセルによってはミニシンクを備えるものもある(写真撮影/村島正彦)

直径1.3mの丸窓。円形のブラインドは工夫してオリジナルに近いように作成した(写真撮影/村島正彦)

直径1.3mの丸窓。円形のブラインドは工夫してオリジナルに近いように作成した(写真撮影/村島正彦)

コンパクトに設計されたFRP製のユニットバス+トイレ。老朽化でお湯がでないので、バスタブを物置として使っている部屋が多いという。(写真撮影/村島正彦)

コンパクトに設計されたFRP製のユニットバス+トイレ。老朽化でお湯がでないので、バスタブを物置として使っている部屋が多いという(写真撮影/村島正彦)

トイレを納める角度に至るまで、コンパクト化への強いこだわりが見て取れる(写真撮影/村島正彦)

トイレを納める角度に至るまで、コンパクト化への強いこだわりが見て取れる(写真撮影/村島正彦)

ユニットバスから室内の見返し。丸いドア開口部が丸窓と呼応していてモダンに感じられる。洗面台の丸鏡もデザイン上合わせたものだろう(写真撮影/村島正彦)

ユニットバスから室内の見返し。丸いドア開口部が丸窓と呼応していてモダンに感じられる。洗面台の丸鏡もデザイン上合わせたものだろう(写真撮影/村島正彦)

クラウドファンディングを手がかりに「3つの保存」に取り組む決意

「わたしたちは、カプセルを借りているに過ぎないので、保存や解体などに直接的な権利はありません。このような意思決定は区分所有者の話し合いに委ねられています。解体に向けて2018年に大きく舵は切られ、私たちにA606号室を貸してくれていた保存派のオーナーも2019年には『買い受け企業』にA606を売却しました」ということだ。
いしまるさんは、その「買い受け企業」と弁護士を通しての粘り強い交渉の末、「1.A606住戸ユニットを譲り受けること、2.全カプセルの学術調査、3.それら費用のクラウドファンディング実施、4.見学会等の実施」を認めてもらうよう裁判所での調停で合意を取り付けたという。

7月28日に終了したクラウドファンディングを呼びかけのサイトから、いしまるさんたちの「保存」についての考え方を引用してみよう。

####(引用はじめ)
残念ながら、2022年3月以降に中銀カプセルタワービルの解体が予定されています。解体にあたって、私たちは「3つの保存」に取り組み、未来にカプセルをシェアしていきたいと考えています。

1. 記録保存  中銀カプセルタワービルの全戸調査による記録保存
2. カプセル保存 カプセル躯体とオリジナルパーツの保存
3. シェア保存  動くモバイル・カプセルとして多くの方とシェアして残す

1. 記録保存
中銀カプセルタワービル全戸の学術的調査(実測調査、写真撮影、Theta撮影、ドローン撮影など)をおこない、解体されたら消えてしまう中銀カプセルタワービルのさいごの姿を、記録を残すことで後世に伝えます。

2. カプセル保存
A606オーナーである中銀カプセルタワービルの「買い受け企業」から譲り受けるカプセルユニットと、取り外す予定のカプセルのオリジナル家具・機器類を、のちに組み合わせることでカプセルのオリジナルを保存します。オリジナルパーツが消えてしまう前に救って、再度オリジナルのカプセルユニットと組み合わせます。

3. シェア保存
「使うことで残す」ことを実践してきた私たちは、使い続けながらより多くの方とカプセルをシェアしていけるようにします。
カプセルを動かせるようにすることで、たとえば、建築学科のある大学や美術館・博物館に移動して、多くの方とオリジナルのカプセルユニットをシェアできるような仕組みをつくっていきたいと考えています。どこかに移築保存するやり方もあるとは思いますが、私たちはカプセルを移動できるようにすることがふさわしいと考えました。動くカプセルは黒川紀章氏の「カプセルは、ホモ・モーベンス(=動民)のための建築である」、「動く建築」の思想の実現でもあるからです。
####(引用終わり)

いしまるさんによると「カプセルの保存にあたって、一番問題なのはアスベスト(石綿)がカプセルに使われていることです。建設時には合法でしたが、壁の内側にある鉄骨の吹き付けアスベストと外壁にもアスベスト含有塗料が用いられています」。
かつてアスベストは柔軟性、耐熱性、耐腐食性などに優れ、さらに安価のため「夢の建材」と言われ、断熱材、耐火材、塗料などにあらゆる建材に多用された(※4)。現在では、吸入することで中皮腫・肺ガンの原因となり死に至る毒性が明らかになったことから、取り壊しなどの際には飛散防止など慎重な取り扱いが法的に義務づけられている。
建物解体時のアスベスト除去作業によって、オリジナルパーツが廃棄されてしまうのを避けるために、自分たちでアスベスト対策をした上で、オリジナルパーツを取り外して救い出すのだという。このため、いしまるさんらは自ら「石綿取扱作業従事者特別教育」を受け、更に「石綿作業主任者講習」などを受けてアスベスト関連作業を取り扱うことができるようになったという。自分たちで取り組むことでコストダウンになるが、それでもアスベスト環境下の内装解体作業だけで約100万円はかかりそうだという。そのためにクラウドファンディングを行っていた。
##
※注4:アスベストによる建材等は1990年ころまでは当たり前に使われており、日本では2006年全面禁止された

このほか、黒川氏は「カプセル宣言」のなかで、カプセルそのものを動かすことを謳っていることから、いしまるさんらは、移築保存ではなくこれを「牽引化(=車で引っ張って動かせるようにする)して動くモバイルカプセル」にすることで、動かして使いながらの保存を目標としている。
また、50年を経て傷んでいるカプセル外壁の処理などを考えると、牽引化のための特殊な台車と合わせてさらに約500万円がかかるだろうと試算している。

いしまるさんは「中銀カプセルタワービルが取り壊されるのは残念ですが、老朽化や修繕の費用負担を考えると致し方ない状況だと思っています。建物が解体されるのであれば、黒川紀章さんの当初の想いを継承して、1つのカプセルをオリジナルに近い状態で保存して、多くの方とシェアしながら使って残していくことが私たちのやるべきことだと考えています。どうやって、どこで使うのか……など、まだまだ決まっていないことだらけです。今回のクラウドファンディングで寄せられた支援金や、暖かい励ましのメッセージを受け止めて、私たちのやり方で、しっかり取り組みたいと思います」と決意を語ってくれた。

「買い受け企業」とはA606室のユニットを譲り受けることを合意した(写真撮影/村島正彦)

「買い受け企業」とはA606室のユニットを譲り受けることを合意した(写真撮影/村島正彦)

最後に筆者の個人的な思いについても、少し紹介しておきたい。
いしまるさんによる同潤会アパートの記憶の展示や、オリンピックの舞台となった新国立競技場近く千駄ヶ谷の古いRC造マンションをコツコツとセルフ・リノベーションしていたお住まい等でお会いしたのは、かれこれ10年以上前のことだ。筆者は、かつて、日本の近代建築を大学・大学院で専攻していたこともあって、いしまるさんの地に足がつき、なおかつ継続的な取り組みに共感するところは大きい。
このたびの取材においても、いしまるさんの小さな身体から、このエネルギーはどんなふうに湧いてでているのだろうと、お話しになる姿をたのもしく拝見したものだ。今後のカプセル保存までには幾つもの困難が待ち受けているだろうが、応援したい。

中銀カプセルタワービルA606プロジェクト代表のいしまるあきこさんと筆者(写真撮影/村島正彦)

中銀カプセルタワービルA606プロジェクト代表のいしまるあきこさんと筆者(写真撮影/村島正彦)

●取材協力
・中銀カプセルタワービルA606プロジェクト/カプセル1972 
・READYFOR中銀カプセルタワービルA606プロジェクト(クラウドファンディングは終了) 
・いしまるあきこWebサイト

アートで防災!? まちをつなげて災害にそなえる「東京ビエンナーレ」のプロジェクトがおもしろい!

2021年7月10日からスタートする「東京ビエンナーレ2020/2021」で進行中の「災害対応力向上プロジェクト」。一見、アートから遠いように思える防災に国際芸術祭が取り組むと言います。その理由などを建築家でこのプロジェクトチームの一色ヒロタカさんに伺いました。
江戸の町火消しに着目、アートで地域コミュニティを創出したい

東京を舞台に開催する国際芸術祭、東京ビエンナーレ(開催期間:2021年7月10日~9月5日)。世界中から60組を超える幅広いジャンルの作家やクリエイターが東京に集結し、市民と一緒につくり上げていく芸術祭です。

テーマの「見なれぬ景色へ」は、「アートの力で都市の街並みに変化を起こしたい」という思いが込められている。栗原良彰《大きい人》2020 千代田区丸の内 Photo by ただ(YUKAI)(画像提供/東京ビエンナーレ)

テーマの「見なれぬ景色へ」は、「アートの力で都市の街並みに変化を起こしたい」という思いが込められている。栗原良彰《大きい人》2020 千代田区丸の内 Photo by ただ(YUKAI)(画像提供/東京ビエンナーレ)

アーティストの力で、「あ、この景色は何だ?」と思わせる。セカイ+一條、村上、アキナイガーデン《東京型家》完成イメージ図 2019 ©セカイ(画像提供/東京ビエンナーレ)

アーティストの力で、「あ、この景色は何だ?」と思わせる。セカイ+一條、村上、アキナイガーデン《東京型家》完成イメージ図 2019 ©セカイ(画像提供/東京ビエンナーレ)

ビルの壁一面に描かれた絵画。古いオフィス街に出現した巨大なアートへの違和感は、街に対する意識の変化につながる。Hogalee《Landmark Art Girl》2020 神田小川町宝ビル Photo by YUKAI ©東京ビエンナーレ(画像提供/東京ビエンナーレ)

ビルの壁一面に描かれた絵画。古いオフィス街に出現した巨大なアートへの違和感は、街に対する意識の変化につながる。Hogalee《Landmark Art Girl》2020 神田小川町宝ビル Photo by YUKAI ©東京ビエンナーレ(画像提供/東京ビエンナーレ)

そのコンテンツのひとつ、「災害対応力向上プロジェクト」は、アートから災害にアプローチする新たな取組み。芸術祭で災害や防災をテーマしたのはなぜでしょうか。
「アートを通じて、新しい地域コミュニティを生み出すことが目的です。地域コミュニティは、災害時の コミュニティにつながります。『火事と喧嘩は江戸の華』と謳われたように、江戸の町は火事がとても多かったんです。火事の被害を食い止める消防組織である町火消しは、町人が自主的に設けたもの。江戸の防災は、地域コミュニティと深く関わっていたのです」(一色さん)

上左から時計回りに、一色ヒロタカさん、村田百合さん、渡邉莉奈さん、内藤あさひさん。2年間、街のフィールドワークや催事に参加し、住民の声を集めながら、プロジェクトに携わってきた(画像提供/オンデザイン)

上左から時計回りに、一色ヒロタカさん、村田百合さん、渡邉莉奈さん、内藤あさひさん。2年間、街のフィールドワークや催事に参加し、住民の声を集めながら、プロジェクトに携わってきた(画像提供/オンデザイン)

東京都が区ごとに作成しているハザードマップを見ると、地震だけでなく、洪水・浸水・土砂災害などさまざまな災害が予想されています。

さらに、2019年12月には新型コロナウイルスが発生し、東京ビエンナーレは2020年夏の開催が延期に。2018年の発足時から掲げてきた東京ビエンナーレのコンセプトのひとつである「回復力」が、より切実なテーマとしてアーティストに突き付けられたのです。

「地震・雷・火事・水害等を対象にしてきましたが、コロナという大災害をふまえて、現在もプロジェクトをアップデートしようと模索を続けています。コロナ禍で自分と向き合う時間が増え、リモートワークなどで生活環境も大きく変わりました。災害が起きたとき、住んでいる街で、自分がどう行動するのか意識されるようになったのです。ところが、街全体の防災計画はあっても、個人レベルの細かい対策は、分からないことが多いんですね。そこで住民一人ひとりの悩みや不安に向き合ったアプローチをしようと考えました」(一色さん)

アーティストの視点で、街の課題・関係性を「見える化」

このプロジェクトを統括する事務局は、一色さん、村田百合さん、渡邉莉奈さん、内藤あさひさんによるチームで企画・運営しています。4人は東京ビエンナーレの全会場計画を担当している設計事務所オンデザインに所属する建築家です。オンデザインでは、住宅や各種施設の設計のほか、街づくりにも積極的に取り組んできました。

なかでも3.11のあと宮城県石巻市のまちづくり団体ISHINOMAKI2.0の立ち上げに関わった経験は、今回のプロジェクトに活かされています。

ISHINOMAKI2.0は、2011年5月に設立。震災前より今より街をバージョンアップしようと活動を続けている(画像提供/オンデザイン)

ISHINOMAKI2.0は、2011年5月に設立。震災前より今より街をバージョンアップしようと活動を続けている(画像提供/オンデザイン)

「震災前の元の街に戻すのではなく、石巻を世界でいちばん面白くて新しい街にしよう! という思いで会社として取り組んでいます。地域住民と対話しながら、津波で閉じてしまったシャッター街を、新しい街につくり変えるなど10年間拠点づくりをしてきました。街は地域住民の生活の器です。建築物をつくるだけでなく、地域の課題や関係性をふまえて街全体を設計するのも建築家の役割だと考えています。地域住民の不安を発掘し、課題を『見える化』するプロセスは、アートを手掛かりに街の課題を考えていく今回のプロジェクトに通じます」(一色さん)

そこで、災害対応力向上プロジェクトでは、災害対策ではなく、「災害を受け止められる地域のコミュニティをつくる」ことを最終目標に挙げています。

2019年8月に、フィールドサーベイを神田エリアで実施し、地域住民とフィールドワークをしながら、災害につながる危険な場所をリサーチ。リスクを『見える化』する取組みがスタートしました。

一色さんほかプロジェクトメンバーが同行して行われた神田エリアフィールドサーベイの様子 2019年8月実施(画像提供/オンデザイン)

一色さんほかプロジェクトメンバーが同行して行われた神田エリアフィールドサーベイの様子 2019年8月実施(画像提供/オンデザイン)

「わたし」の不安に「わたしたち」が答えるVOICE 模型

東京ビエンナーレは千代田区・中央区・文京区・台東区を中心に、周辺の区へも滲み出しながら開催されますが、災害対応力向上プロジェクトは、千代田区を中心に展開します。住民やこのエリアを活動拠点としている方々から、ヒアリングによって拾い上げた声を視覚化した「VOICE模型&MAP」を展示の軸として制作が進んでいます。

VOICE模型&MAPには、ヒアリングから得られた課題を「 VOICE」として表出させ、展示を見に来たさまざまな方々からの「アンサー」により、参加型で課題解決を図るアプローチを試みる(画像提供/オンデザイン)

VOICE模型&MAPには、ヒアリングから得られた課題を「 VOICE」として表出させ、展示を見に来たさまざまな方々からの「アンサー」により、参加型で課題解決を図るアプローチを試みる(画像提供/オンデザイン)

「今はヒアリングの段階で、千代田区の社会福祉協議会や五軒町の町内会など、地域のさまざまな人から声を集めている最中です。個人の不安・課題(VOICE)に、地域の資産(人・スキル・物)を集め、シェアできる場になれば。どこにどんな声があるかMAPで分かるようにして、具体的な解決を模型で表現しています。例えば、『庭を囲んでいる塀が倒れたら?』という不安には、『避難路に崩れたブロックをどかす軍手が必要だ』『前回の地震で、夜間の避難は、懐中電灯があって助かった』というアドバイスが集まります。家の模型やグッズで示し、具体的に解決する手段を伝える試みです」(渡邉さん)

「地震で塀が壊れたらどうしよう」という一人の不安に対し、「歩行者を守る修繕なら区からの補助金で直せるよ」「もしもの時、足元が悪いから懐中電灯を備えておくと安全だよ」など皆からアドバイスが集まる(画像提供/オンデザイン)

「地震で塀が壊れたらどうしよう」という一人の不安に対し、「歩行者を守る修繕なら区からの補助金で直せるよ」「もしもの時、足元が悪いから懐中電灯を備えておくと安全だよ」など皆からアドバイスが集まる(画像提供/オンデザイン)

無印良品計画とのコラボ「いつものもしも、市ヶ谷」

開催中、神田五軒町と市ヶ谷に2カ所の仮設防災センターを設置する予定です。「いつものもしも、神田五軒町エリア」は、民設民営のアートセンター3331Arts Chiyoda前のビル1階のテナントスペースに期間限定の仮設拠点として設けられ、VOICE模型&MAPの展示や防災の知識を学ぶワークショップ等が行われる予定です。

「いつものもしも、神田五軒町エリア」は、空きテナントを利用し、会期中に設置される予定(画像提供/オンデザイン)

「いつものもしも、神田五軒町エリア」は、空きテナントを利用し、会期中に設置される予定(画像提供/オンデザイン)

神田五軒町と市ヶ谷の2拠点で開催(画像提供/オンデザイン)

神田五軒町と市ヶ谷の2拠点で開催(画像提供/オンデザイン)

「いつものもしも、市ヶ谷エリア」は、MUJI com武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス店内に特設します。 良品計画では、毎月11日から17日までを『くらしの備え。いつものもしも。』期間とし、防災に役立つ商品をコラムと共に紹介しています。そのノウハウを活かし、東京ビエンナーレと良品計画のコラボした防災セットの展示や販売を行います。

人によって必要な防災グッズは異なる。東京ビエンナーレと良品計画のコラボした防災セットの販売のほか、それぞれに合った防災セットのつくり方を提案する予定(画像提供/良品計画)

人によって必要な防災グッズは異なる。東京ビエンナーレと良品計画のコラボした防災セットの販売のほか、それぞれに合った防災セットのつくり方を提案する予定(画像提供/良品計画)

「いつものもしも、市ヶ谷エリア」は、良品計画の店舗内に設置が予定されている。市ヶ谷には、学校やオフィスが多い。店舗を訪れる様々な年齢層が参加できる場をつくろうと企画中(画像提供/良品計画)

「いつものもしも、市ヶ谷エリア」は、良品計画の店舗内に設置が予定されている。市ヶ谷には、学校やオフィスが多い。店舗を訪れる様々な年齢層が参加できる場をつくろうと企画中(画像提供/良品計画)

「個人の声にとことん向き合うことで、街を変えていきたい。マンションに住んでいて地域コミュニティへの参加が難しいなど、自分と同じような声と出会い、『わたし』から『わたしたち』へ街を見る目が変わっていきます。東京ビエンナーレのキャッチフレーズは、『見なれぬ景色へ』。当たり前だった街の景色を変えられたとしたら、それはアートの力です。関係性によって生まれる街の魅力は、不動産価値だけではかれない街の価値です。建築家としての視点で、人や都市にアプローチして、見えないものを表出していきたいと思っています」(一色さん)

オンデザインの自主メディア「BEYOND ARCHITECTURE」では、プロジェクトに携わる人へのインタビューなど活動内容を発信している(画像提供/オンデザイン)

オンデザインの自主メディア「BEYOND ARCHITECTURE」では、プロジェクトに携わる人へのインタビューなど活動内容を発信している(画像提供/オンデザイン)

東京ビエンナーレは、今後、2年に1度開催される予定です。アートで復元・出現した地域コミュニティに関わることで、新たな「わたし」を発見できる。アートのための催事に終わることなく、市民レベルの体験を生み出そうとチャレンジが続いています。

●関連記事
無印良品の“日常”にある防災、「いつものもしも」とは

●取材協力
・東京ビエンナーレ
・オンデザイン
・BEYOND ARCHITECTURE

「池袋駅」まで30分以内、中古マンション価格相場が安い駅ランキング 2021年版

JR各線をはじめ東武東上線、西武池袋線、東京メトロの丸ノ内線・有楽町線・副都心線が乗り入れる一大ターミナル・池袋駅。新宿や渋谷に並ぶ都内屈指の繁華街として知られ、駅周辺には多彩な商業施設がひしめいている。そんな池袋駅まで30分以内で行くことができるうえ、中古マンションの価格相場が安い駅を調査した。専有面積20平米以上~50平米未満の「シングル向け」と、専有面積50平米以上~80平米未満の「カップル&ファミリー向け」、それぞれの中古マンションの価格相場が安い駅TOP10をご紹介しよう。
●池袋駅まで30分以内の価格相場が安い駅TOP10

【シングル向け】
順位/駅名/価格相場(主な沿線/所在地/池袋駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 川口 1875万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/15分/1回)
2位 志村坂上 2080万円(都営三田線/東京都板橋区/18分/1回)
3位 ときわ台 2289.5万円(東武東上線/東京都板橋区/9分/0回)
4位 中板橋 2380万円(東武東上線/東京都板橋区/8分/0回)
4位 大山 2380万円(東武東上線/東京都板橋区/6分/0回)
6位 板橋区役所前 2390万円(都営三田線/東京都板橋区/13分/1回)
7位 荻窪 2440万円(JR総武線/東京都杉並区/21分/1回)
8位 下板橋 2474.5万円(東武東上線/東京都豊島区/3分/0回)
9位 板橋本町 2480万円(都営三田線/東京都板橋区/15分/1回)
9位 西川口 2480万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県川口市/18分/1回)

【カップル&ファミリー向け】
順位/駅名/価格相場(主な沿線/所在地/池袋駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 みずほ台 1730万円(東武東上線/埼玉県富士見市/26分/0回)
2位 柳瀬川 1980万円(東武東上線/埼玉県志木市/24分/0回)
3位 西浦和 2189万円(JR武蔵野線/埼玉県さいたま市桜区/27分/1回)
4位 新座 2190万円(JR武蔵野線/埼玉県新座市/27分/1回)
5位 鶴瀬 2330万円(東武東上線/埼玉県富士見市/29分/0回)
6位 扇大橋 2480万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/27分/1回)
6位 高野 2480万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/29分/1回)
8位 南与野 2539万円(JR埼京線/埼玉県さいたま市中央区/26分/1回)
9位 足立小台 2599万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/25分/1回)
10位 新高島平 2680万円(都営三田線/東京都板橋区/28分/1回)

「シングル向け」は池袋から15分前後で行ける街が上位に

シングル向け中古マンション(専有面積20平米以上~50平米未満)の価格相場が最も安かったのは、JR京浜東北・根岸線の川口駅。価格相場は1875万円で、トップ10で唯一の2000万円以下だった。1駅上り方面に位置する赤羽駅に出て、JR埼京線に乗り換えると計約15分で池袋駅に到着する。川口駅は名前通り埼玉県川口市を代表する駅で、埼玉県内でも大宮駅や浦和駅に次いで多くの人に利用されている。駅前には川口市の駅前行政センターや中央図書館といった公共施設と、スーパーや「無印良品」などの商業施設が集まった複合施設「川口キュポ・ラ」をはじめ、大型施設が建ち並んでいる。

川口駅前 キュポ・ラ広場(写真/PIXTA)

川口駅前 キュポ・ラ広場(写真/PIXTA)

川口駅周辺は2000年代に入って以降の再開発にともなってマンションの建設も進められ、商業の街としてのみならずベッドタウンとしても人気。そう考えるとランキング1位になるほど価格相場が安いのは意外な気も。川口駅に隣接し、価格相場2480万円でランキング9位になった西川口駅と比べても安い結果に。また、今回調査した専有面積50平米以上~80平米未満の「カップル&ファミリー向け」ランキングだと川口駅は価格相場3590万円(41位)で、特別に安いという印象ではない。物件の広さは20平米~50平米ほどでよい、と考える人にとっては、池袋までアクセスしやすく街の施設も充実した川口駅は注目の穴場と言えるだろう。

2位は都営三田線・志村坂上駅で価格相場は2080万円。都営三田線に乗って新板橋駅へ行き、そこから歩いて約8分の板橋駅でJR埼京線に乗り換えると1駅目が池袋駅だ。都営三田線は志村坂上駅から都心に向かって2駅目が9位・板橋本町駅、3駅目が6位・板橋区役所前駅という位置関係になっている。新板橋駅~板橋駅の徒歩移動を避けるならば、所要時間は少々増えるが志村坂上駅から都営三田線で巣鴨駅、そこからJR山手線に乗り換えて計約21分で池袋駅に行くことも可能だ。

さて志村坂上駅周辺の様子を見てみると、大型の商業施設は見当たらず住宅街といった雰囲気。ランドマークと言えるのは総合病院で、地域医療を支えてくれている。駅前にはコンビニが点在するのみだが、徒歩6分ほどの場所にショッピングモール「セブンタウン小豆沢」がある。スーパーとホームセンター、そしてドラッグストアや「ユニクロ」などが並ぶ専門店街で構成されており、ほとんどの日用品はここで買いそろえられるだろう。ショッピングモールを通り過ぎた先には新河岸川が流れ、水上バスの小豆沢発着所がある。ここから乗船すると浅草やお台場、葛西臨海公園に行くことができるので、休日にぶらりと水上散歩をするのも楽しそうだ。

ときわ台駅 北ロ周辺の様子(写真/PIXTA)

ときわ台駅 北ロ周辺の様子(写真/PIXTA)

3位は東武東上線・ときわ台駅で価格相場は2289万5000円。池袋駅までは乗り換えなし、約9分で到着する。駅北口には2019年にオープンした5階建ての商業施設「EQUiA(エキア)ときわ台」があり、駅を出てすぐにスーパーやレストランに立ち寄ることが可能だ。1935年の開業当初の姿へと2018年にリニューアルしたというレトロスタイルな駅舎を出た北口側は、昭和初期に宅地開発された古くからの住宅地。コンビニやスーパーがある駅前の区画を過ぎると商店はほぼなく、静かな住宅街が広がっている。一方で駅南口側には小さな商店がひしめく商店街が、約380m先の川越街道まで続いている。地域の人に愛用されている鮮魚店やベーカリー、ドラッグストアや飲食店などが並び、2021年秋には現在改装休業中のスーパー「よしや 常盤台店」もリニューアルオープン予定だ。

「カップル&ファミリー向け」は首都圏のベッドタウンがランクイン

次はカップル&ファミリー向け中古マンション(専有面積50平米以上~80平米未満)のランキングを見ていこう。1位は東武東上線・みずほ台駅で価格相場は1730万円。シングル向けランキング1位の川口駅は価格相場が1875万円だったので、みずほ台駅はそれよりも広くて安い物件に出合いやすいわけだ。池袋駅までの所要時間は川口駅が乗り換え1回で約15分、一方でみずほ台駅は約26分かかるものの乗り換え不要なので、一長一短というところか。

みずほ台駅周辺(写真/PIXTA)

みずほ台駅周辺(写真/PIXTA)

そんなみずほ台駅はどんな駅かというと、東口にも西口にもスーパーが入った駅ビルがある買い物に便利な環境。東口の駅ビルにはファストフード店やカフェ、西口の駅ビルには100円ショップもあるほか、駅周辺にもスーパーが点在している。住宅の合間には複数の小中学校や幼稚園、保育園、学習塾もあり、子育て世代のファミリーが多く住む街のようだ。水遊び場を備えた「みずほ台中央公園」をはじめ大小の公園が点在する街には農地も広がっており、喧騒を離れてのんびりと生活したいファミリーにはよさそうだ。

2位には1位のみずほ台駅よりも1駅、池袋方面に位置する東武東上線・柳瀬川駅がランクイン。価格相場は1980万円だった。駅北側には駅名の由来になった柳瀬川が流れている。春は土手の桜並木が咲き誇り、例年の夏は川を舞台にした花火大会やいかだラリー、冬は渡り鳥の飛来……、と四季折々に楽しめる憩いの場だ。駅西口側には大規模マンション街「志木ニュータウン」があり、柳瀬川駅はこの宅地開発に合わせて開業した歴史をもつ。ニュータウンが広がるエリアにはマンションあり、スーパーや飲食店などの商店あり、さらに小中学校や幼稚園、市立図書館に公園までそろっている。駅東口側は柳瀬川沿いに農地が広がり、商業施設はあまりない。こちら側にも小中学校が建っており、一戸建てを中心とした住宅地となっている。

新座団地と志木ニュータウン(写真/PIXTA)

新座団地と志木ニュータウン(写真/PIXTA)

3位はJR武蔵野線・西浦和駅で価格相場は2189万円。1駅隣の武蔵浦和駅でJR埼京線に乗り換えると、計約27分で池袋駅にたどり着く。駅の南側には現在はUR賃貸住宅である田島団地が広がり、団地が並ぶ区画にはスーパーや100円ショップ、郵便局や小学校などもある。駅の北側、東側にもスーパーがあるので、食料品の買い出しには困らないだろう。駅西側の国道17号・新大宮バイパス沿いには、埼玉県に本社を置く県民ご愛用のうどんチェーン「山田うどん」やファミレスも。バイパスの上には首都高が通っていて、南進するとほどなくして外環道に入ることもできる。マイカーがあると、より生活しやすい環境かもしれない。

ちなみに今回の調査の基点にした池袋駅の中古マンションの価格相場は、「シングル向け」が3385万円、「カップル&ファミリー向け」が5789万5000円。そんな池袋駅から30分圏内にもかかわらず、各ランキングトップ10の駅は価格相場がだいぶ抑えられていた。また、「シングル向け」「カップル&ファミリー向け」ともに、トップ10には池袋駅に乗り入れている東武東上線沿線の駅が多くランクイン。池袋駅から乗り換え不要で行ける駅であってもリーズナブルな物件が見つけやすいと分かる、うれしい調査結果と言えるだろう。

池袋駅までの所要時間をもう少し細かく見てみると、「シングル向け」だと池袋駅まで最短で約3分(8位・下板橋駅)、最長でも約21分(7位・荻窪駅)と、比較的に近隣の駅がトップ10入りを果たした。一方で「カップル&ファミリー向け」だと池袋駅まで30分圏内ギリギリである、所要時間約24分~29分の駅がランクイン。広さを求めるならやはり、池袋駅から遠のくことになりそうだ。しかし都心部から離れるぶん、「シングル向け」トップ10よりも物件の価格相場は低い傾向が見られる。

コロナ禍によって平日は在宅ワーク、休日も遠出せずに近所や家で過ごす……、といったように「おうち時間」が増加する生活スタイルへの変化がみられる。そのため「長く過ごすなら家は広いほうがよい、たまに行く程度の池袋など都心部までは30分くらいで行ければ十分だ」と考える人もいるはず。そんな場合は一人暮らしの人であっても、今回の「カップル&ファミリー向け」ランキングを参考にして住まい探しをするのもよいだろう。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている池袋駅まで電車で30分圏内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、物件価格相場3億円以下、築年数35年未満、敷地権利は所有権のみ
シングル向け:専有面積20平米以上50平米未満
カップル・ファミリー向け:専有面積50平米以上80平米未満
【データ抽出期間】2020/1~2021/3
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された中古マンション価格から中央値を算出
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2021年3月31日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

災害時、賃貸でお隣さんは助けてくれる? 住民同士で防災計画をつくる「高円寺アパートメント」

突然ですがこの1年、自宅で防災計画を考えたり、防災訓練をしたりしましたか? 学校で行っているならいざしらず、大人になり、特に賃貸住宅で暮らしていると防災訓練を一度もしたことがない……という人も珍しくないことでしょう。でも、賃貸で住民が主体となり、防災計画を立案しているところもあるとか。今回は「高円寺アパートメント」(東京都杉並区)のワークショップの様子を取材しました。
分譲マンションでは耳にするけれど、賃貸物件ではレアな「防災計画」

地震に台風や洪水、大雪など、災害大国・日本に暮らす私たちにとって、「防災訓練」「防災計画」はおなじみの存在です。ただ、住まいが「賃貸住宅」になると、住民の参加者が少ない、設備点検で終わってしまうなどと、とたんに手薄になりがちです。地域防災計画などに携わる百年防災社の葛西優香さんによると、同社に防災計画やコンサルティングを依頼する85%は分譲住宅、つまり住民が所有している物件だといいます。

そんななか、住民が主体となって避難訓練をしようと試みをはじめたのが「高円寺アパートメント」です。もともとはJR東日本の社宅でしたが、2017年にリノベーションして賃貸住宅に。全50戸、住宅だけでなく、1階部分は店舗にもなっている建物です。

高円寺アパートメント外観。もともとJR東日本の社宅をリノベーションして誕生(写真提供/高円寺アパートメント)

高円寺アパートメント外観。もともとJR東日本の社宅をリノベーションして誕生(写真提供/高円寺アパートメント)

ジェイアール東日本都市開発がオーナーのこの物件は、運営をまめくらしが行い、住人同士の交流など関係性が育まれている住宅です。物件のコンセプトに賛同して引越してきた住民が多く、また近隣住民も利用するショップがあるため住民同士の交流も盛んで、過去にはマルシェや流しそうめん、花見などのイベントも行ってきたといいます。

高円寺アパートメントで行われた花見会の様子。コロナ前の風景ですね、なんとも平和で涙が出てきます(写真提供/高円寺アパートメント)

高円寺アパートメントで行われた花見会の様子。コロナ前の風景ですね、なんとも平和で涙が出てきます(写真提供/高円寺アパートメント)

ただ、交流があっても、持ち家に比べ住民の入れ替わりが早い賃貸住宅で、住民が主体となって防災計画を立てるというのは非常にレア。前出の葛西さんも、「賃貸住宅で防災計画を立案するのは、独立行政法人が運営する団地などでしょうか。主体者も大家さん・管理会社などで、賃貸の住民が主体になるケースは非常に珍しいです」といいます。

はじまりは「地震、大丈夫だった?」。みんな防災に関心があった!

では、なぜ住民が主体となって防災に取り組もうと思ったのでしょうか。
「はじまりは、今年2月に起きた地震(東京都杉並区は震度4)でした。当日もLINEで『大丈夫だった?』と複数の人とやりとりして、後日、対面したときにも『地震は怖かったね、何かあったときに協力したいね』という声があがったんです」と同物件の住民であり、住民同士の交流サポートなどを行うまめくらしの宮田サラさん。

普通ならそこで話が終わってしまうところですが、住民の広瀬圭太郎・志津香夫妻が声をあげ、年間のイベントとして防災のワークショップを行うことを提案します。

任意の住民が参加した作戦会議の様子(写真提供/高円寺アパートメント)

任意の住民が参加した作戦会議の様子(写真提供/高円寺アパートメント)

志津香さん自身は、「もともと私個人として防災に興味・関心があり、社会人向けの講座に参加していました。サラさんに声をかけたら思いのほか感触もよく、ほかの住民の方も興味があるようだったので、『実はみんな気にしていたんだな』と思いました」と話します。そこで縁あって百年防災社の葛西さんに声をかけ、今年5月から全3回のワークショップを開催することになったそう。

第1回目となった5月2日には発災前の防災計画、第2回目となった5月22日は発災直後の防災計画をテーマとして話し合いをオンラインで実施。同じ建物内にいながらにして、オンラインミーティングというのも不思議な気もしますが、実になごやかに行われていました。

1回目と2回目のワークショップの様子をまとめた「グラレコ」。どんなことを話したのかはひと目で分かります(写真提供/高円寺アパートメント)

1回目と2回目のワークショップの様子をまとめた「グラレコ」。どんなことを話したのはひと目でわかります(写真提供/高円寺アパートメント)

筆者も住民のみなさんにご承諾いただき、オンラインで見学させていただきましたが、「普段からはゆるふわの付き合いが大事」「被災直後の初動をどうするか」「班長など、役割を考えておこう」「子どもたちは1カ所にいると安心なのでは」「フェーズにわけて考えよう」「地域との連携はどうするか」などとアイデアが次々と出てきてびっくり。こうやって考えておくだけでも、今から備えられること/課題などが浮き彫りになり、有意義だなと痛感します。

「とはいえ、参加した世帯でいうと3割程度です。仕事や用事があって参加できない人もいらっしゃいますが、ただ、興味関心があると答えてくれたのは約9割。住民のみなさんの関心度合いの高さがうかがえます」(宮田さん)

ワークショップに参加した住民のみなさん。同じ建物内にいるのにオンラインミーティング。今どき!(写真提供/高円寺アパートメント)

ワークショップに参加した住民のみなさん。同じ建物内にいるのにオンラインミーティング。今どき!(写真提供/高円寺アパートメント)

当たり前ですが、同じ建物に住んでいるもの同士、いざというときは助けたいし・助けてほしいという関係でありたいというのは自然な感情でしょう。

「義務感のない防災」が理想!住民の入れ替わりを前提にマニュアルに

葛西さんは、今回の高円寺アパートメントの防災計画のことをこう話します。「すごい点は、住民同士の関係ができていることです。どんな人が住んでいて、職業や得意なことを把握していらっしゃるので、『こうしたらいいんじゃない?』『○○さんはどう思います?』という会話が自然に出てくる。こうした普段の関係性が防災計画にも、非常時にも大きな差になると思います」

確かに人間関係ができているからこそ、一歩進んで「助け合いたい」という気持ちになるのかもしれません。もし、賃貸で防災計画を立案しようとなっても『めんどくさい』『誰が住んでいるかよく分かからない』といった気持ちの面でのハードルが高くなりがちですよね。今回、企画に携わった広瀬圭太郎さんもその点をよく考えていて、以下のように話します。

「防災訓練や防災計画って、大切だと思っていても、どうしても『受け身』で義務感や参加している感になりがちです。でも、マルシェや流しそうめんと同じようにお楽しみ企画のなかの一つとして、防災計画があれば参加しようかなという気持ちになるはず。特別なことではなく、みんなでいっしょに・ゆるふわで考えていこうよ、というスタンスで進めていけたら」

マルシェの様子(写真提供/高円寺アパートメント)

マルシェの様子(写真提供/高円寺アパートメント)

ちなみに、ワークショップの開催費用は、住民からの任意募金を充てているそう。なんでもそうですが、今はゆるく・楽しくないと続けられないですものね。今回のワークショップは6月に3回目を実施予定ですが、その後はマニュアル化も、見据えているとか。

「2017年の初期から住み続けている人も多いですが、やはり賃貸なので住民が入れ替わることを前提に、マニュアル化して誰がきても分かるようにしておきたい。幸い、住人にはイラストが描ける人や、ライティングができる人、建築に知見のある人がいるので、より分かりやすい形で自分たちでつくっていければ」と宮田さん。

もちろん、防災計画を考えたり、わざわざワークショップに参加したりするのは面倒くさいという人も多いことでしょう。今回の高円寺アパートメントのように、賃貸住宅でも義務感なく、明るく・スマートな防災計画・防災訓練がもっともっと広まったらなあと心から願っています。

●取材協力
高円寺アパートメント
百年防災社
まめくらし

「池袋駅」まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2021年版

東京の繁華街は数多い。近年はあちこちで再開発が進み、新しい顔をみせているが、池袋もそのひとつ。2020年には、ミュージカルや伝統芸能などが上演できるホールやサブカルチャーを楽しめる空間など8つの劇場を備えた複合商業施設「ハレザ(Hareza)池袋」などが開業。ほかにも大規模なオフィスビルの建築などが予定されている。そんな池袋駅の、徒歩15分圏内の家賃相場は9.1万円。では池袋へのアクセスが良く、もっとお手ごろ価格で住める場所はどこか。池袋駅へ電車で30分以内で行ける、ワンルーム・1K・1DKを対象にした家賃相場が安い駅ランキングを分析してみた。
池袋駅まで電車で30分以内、家賃相場の安い駅TOP10駅

順位/駅名/家賃相場/(主な沿線名/駅の所在地/池袋駅までの所要時間(乗り換え時間を含む)/乗り換え回数)
1位 東久留米5.20万円(西武池袋線/東京都東久留米市/21分/0回)
1位 柳瀬川 5.20万円(東武東上線/埼玉県志木市/24分/0回)
1位 清瀬 5.20万円(西武池袋線/東京都清瀬市/24分/0回)
4位 志木 5.30万円(東武東上線/埼玉県新座市/21分/0回)
5位 朝霞台 5.40万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/18分/0回)
5位 鶴瀬 5.40万円(東武東上線/埼玉県富士見市/29分/0回)
7位 みずほ台 5.50万円(東武東上線/埼玉県富士見市/26分/0回)
7位 北朝霞 5.50万円(JR武蔵野線/埼玉県朝霞市/22分/0回)
7位 朝霞 5.50万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/17分/0回)
10位 所沢 5.60万円(西武池袋線・新宿線/埼玉県所沢市/27分/0回)

豊かな湧き水に恵まれた自然豊かなベッドタウン

池袋駅は、JRのほかに東京メトロ、東武鉄道、西武鉄道の4社計8路線が乗り入れている。ランキング上位は西武池袋線と東武東上線の沿線駅が目立った。

1位の東久留米駅も西武池袋線の沿線駅。通勤急行や快速、通勤準急などの停車駅で、所在地である東京都東久留米市の玄関口だ。駅前には、漫画家の故・手塚治虫が晩年に同市に住んでいた縁から、代表作のひとつ『ブラック・ジャック』の主人公らの像が立っている。

東久留米駅(写真/PIXTA)

東久留米駅(写真/PIXTA)

都心へのベッドタウンである東久留米市は、落ち着いた住宅街が広がり、豊かな自然と豊富な湧き水にも恵まれている。市内の「落合川と南沢湧水群」は、都内で唯一「平成の名水百選」に選ばれており、そうした恵まれた環境を活かした農業も盛ん。駅周辺にも農家が多く、無人直売所があちこちで見られるほか、定期的に青空市が開かれており、新鮮な野菜の購入場所や機会には事欠かない。

南沢緑地(写真/PIXTA)

南沢緑地(写真/PIXTA)

東久留米市のメイン駅であることから、商業施設も充実しており、公共機関が集中。また付近には商店街も多いため、便利さとのどかな環境の両方が得られそうだ。

同じく1位の清瀬駅は、東久留米駅と西武池袋線の隣駅。こちらは快速、通勤準急、準急、各駅の停車駅だ。所在地は東京都清瀬市になるが、同市も東久留米市と同様、都内でありながら緑に恵まれている。

清瀬駅前の様子(写真/PIXTA)

清瀬駅前の様子(写真/PIXTA)

駅前は再開発が進み、近年は高層マンションも建てられている。23時まで営業しているスーパー(※)のほか、お手ごろ価格のお惣菜などが豊富な商店街があるが、比較的のんびりとした印象があるのは、一戸建て住宅が目立つ閑静な住宅街だからだろう。

駅から少し行くと畑もちらほらと見かける。駅からは少々距離があるが、同市最大の都市公園「清瀬金山緑地公園」では、整備された広場でバーベキューやピクニックが楽しめる。園内の池ではホタルも飼育されており、清瀬の緑と水資源の豊富さを満喫できそうだ。

また清瀬市は、古くから大規模な医療施設があり、いまでも医療機関や研究施設が数多い。国立看護大学校も清瀬駅が最寄駅で、「医療のまち」の顔も持っている。

東武東上線有数の繁華街もランクイン

4位の志木駅は東武東上線の急行や快速の停車駅。東武東上線は東京メトロ副都心線や東京メトロ有楽町線が乗り入れているため、池袋だけでなく、渋谷などへも乗り換えなしで利用できる。所在地は名前通りの埼玉県志木市ではなく、お隣に位置する同県新座市。また同県朝霞市との境界にも接している。

志木駅(写真/PIXTA)

志木駅(写真/PIXTA)

駅周辺はマルイや、カルディなどが入る「EQUiA」などの商業施設がある。東武東上線の沿線でも有数のにぎやかなエリアだ。少し行くと24時間営業(※)の安売りスーパーもあり、帰宅が遅くなった時や自炊が難しい日も心強いだろう。

また志木駅は、慶應義塾志木高校や、立教大学新座キャンパスなどの最寄駅。付近で学生の姿を目にすることも多い。こうした学校を目指す子どもたちのための学習塾なども充実しており、文教エリアの顔も持つ。

5位の朝霞台駅は志木駅の隣駅。反対側の隣駅は7位の朝霞駅だ。東武東上線の駅だが、同率7位のJR武蔵野線の北朝霞駅とは徒歩約1分の距離で、実質2路線が利用できる。

北朝霞・朝霞台 駅前広場(写真/PIXTA)

北朝霞・朝霞台 駅前広場(写真/PIXTA)

周辺は深夜2時まで営業しているスーパー(※)などがあるが、少し行くと静かな住宅街が広がる。陸上自衛隊の朝霞駐屯地があり、一般開放日などのイベントで地域の人たちにも親しまれている。少し行くと、広大な芝生の公園「朝霞の森」があるが、これはかつての米軍キャンプの跡地を活用したもの。ボール遊びやバーベキューなどをすることもでき、定期的にプレーパークなども開催されている。

いずれも都心への交通の便の良さがありながら、豊かな環境や日常生活の便利さも兼ね備えた駅がそろう。自身のライフスタイルに合わせた最適な部屋探しが、きっとかなうことだろう。

※コロナ禍で営業短縮の場合あり

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている池袋駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2020/1~2021/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2021年3月31日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

オーナー・建築家・入居者の3者が出資してリノベ。伝説のDIY賃貸「目白ホワイトマンション」の今

差別化できず空室になっている賃貸物件も多い中、入居者が費用を負担すれば好きなようにDIYができる代わりに、退去時に原状回復義務を負わなくていい「DIY型賃貸住宅」という新しい契約形態に注目が集まっています。しかしまだまだ実績は少なく定着というにはほど遠い状況。そんな中、「目白ホワイトマンション」はこれでほかの空室も、たちまち決まったそう。どんな背景があるのか、お話を伺いました。
レトロで味のある外観の路線のままに、ターゲットを定めることを提案

JR線・目白駅から住宅地を歩いていくと現れる「目白ホワイトマンション」。1970年の竣工当時は最新の設備がそろい、外観のハイカラさもあって順調に入居が途絶えませんでしたが、その後、近隣に似たような条件の賃貸マンションが次々と建設、築古になるほどに空室が出るようになり、オーナーの浅原賢一さんは頭を抱えていました。建築家の嶋田洋平さんに、「どうにかならないか」と約7年前に相談したのがことの始まりです。

船をモチーフに湾曲した手すり壁や甲板風の屋上を取り入れた「目白ホワイトマンション」。「ひと目見て、新しい建物にない価値があると感じました」(嶋田さん)(写真撮影/片山貴博)

船をモチーフに湾曲した手すり壁や甲板風の屋上を取り入れた「目白ホワイトマンション」。「ひと目見て、新しい建物にない価値があると感じました」(嶋田さん)(写真撮影/片山貴博)

「最初に空室を見せてもらった感想は、『どうにもチグハグだな』と。外観は思いを込めてつくったであろう個性的なマンションなのに、内装には競合と見劣りさせないように真新しいクロスやフローリングが採用されていて。“新品”感が好きな人はかえって古さが目につくし、ビンテージマンションに惹かれて来た人は、がっかりしてしまう。もったいないので『古さを理解してくれる人に届くよう考えませんか』とお話しました。

とはいえ、単に内と外のテイストを合わせてリノベーションしても、確実に空室が埋まるとは限りません。一番は『入居者の理想通りの部屋にカスタマイズできる物件にすること』。しかし一室、数百万もする費用を何室分もオーナーが負担していくのは、ハードルが高すぎるだろうと感じました。そこで『オーナーと設計事務所・入居者の3者が費用を負担する方法』を提案したんです」(嶋田さん)

オーナー・建築家・入居者の3者が出資する、新しいDIY型賃貸住宅

賃貸物件の住戸をリノベーションする場合、通常ならばオーナーは設計料と工事費を負担し、後に家賃収入を得ることでその投資分を回収していきます。この物件では、まずリフォーム費用をできるだけ圧縮しその工事費用(約200万円)を、オーナー100万円、入居希望者50万円、建築会社(嶋田さんが経営するらいおん建築事務所)50万円ずつ、合計200万円分を3者で折半、また全ての工事を施工会社に頼むのではなく可能な部分はDIY(入居者負担)でつくり上げることにしました。さらに本来ならばリノベーション費用の約20%、50万円程度を設計料としていただくことになるのですが、この時点では嶋田さんは受け取らず、入居者が支払っていく家賃から後で報酬として得られるような仕組みにしました。

具体的には、らいおん建築事務所がオーナーよりこの住戸を4年間、月額3万円で借り受け、入居者に5万円/月で転貸、差額の2万円(※)は初期投資の50万円の回収と、受け取っていなかった設計料にあたる報酬となっていきます(※3年目以降は7万円/月で転貸し、差額は4万円/月)。通常、設計士の役割は工事とともに終了、その後、入居者が決まらずオーナーが家賃収入を得られない時期がでたとしても責任は持ちません。そうではなく、設計者は工事が終わっても物件と関わり続けることで、入居者が絶えないようサポートしていけば投資や設計料が回収できるようにしたのです。オーナーも本来は約360万円必要だった初期投資が100万円で済み、その後の3万円/月で3年以内で投資が回収できます。さらに、入居者は自分の好みにリノベーションでき、当初負担した50万円は2年分の前家賃として機能することで、家賃の設定は同レベルの物件(家賃7万円)と比べ当初2年間は5万円と、月額約2万円低く抑えられています。

3者が出資するDIY型賃貸住宅の仕組み

オーナーの浅原賢一さん(左)と建築家の嶋田洋平さん(右)。「住んでもらえる限りは、建物を維持していきたい」と浅原さん(写真撮影/片山貴博)

オーナーの浅原賢一さん(左)と建築家の嶋田洋平さん(右)。「住んでもらえる限りは、建物を維持していきたい」と浅原さん(写真撮影/片山貴博)

嶋田さんは、“空き家再生と地域活性化”のプロフェッショナル。これまで建物をリノベーションするだけでなく、オーナーと借り手の間に立って転貸することで不動産事業のリスクを負い、まちづくりをしてきました。偶然、DIYできる賃貸物件を探している知人がいて、持ちかけると即OKの返事をもらえたという幸運も重なります。
予想外のプランを、浅原さんはどう受けとめたのでしょう。

「これまで関わってきた建築会社は、『どれだけ空室が改善するかまでは保障しない』というスタンス。それなのに嶋田さんは『目白ホワイトマンション』に魅力を感じてくれて、出資もする、すでに入居希望者もいます、とまで。当時、空室が7戸もあったので、借り手が1人でも決まり、回収を見越して出資できるのは願ってもないこと。二つ返事でしたね」(浅原さん)

それぞれの入居者に合わせた契約が、スムーズな管理・運営を導く

1人目の部屋は嶋田さんが設計し、ともに投資・転貸もしましたが、2人目からは入居者と浅原さんだけでのやり取りを始めます。

「オーナーであるこちらのスタンスはシンプルに言うと、『家賃は低めにするし、好きにDIYして構いません。その代わりDIY費用は入居者のあなた持ちになります』というもの。例えば本来、家賃7万円の部屋を3万円で貸すとします。そうすると入居者は2年間、住めば確実に96万円を得られる目処がつくため、これを資金としてオリジナルの部屋に変えられるのです。DIYで部屋の価値が上がれば退去後、家賃設定を有利にできるため、オーナーにもメリットがあるんです」(浅原さん)

といってもすべてが自由なわけではなく、DIYの内容を事前にオーナーと入居者とで擦り合わせ。この人ならやり遂げられると判断できた場合にOKを出し、かつ退去時の条件などの契約内容は個々に合わせて変えているそう。ごく普通の賃貸住宅だと何でも一律なので大変そうですが、

「入居者の人となりが見えると、おのずと対応の仕方が分かるため、トラブルが少なくなるんです。コミュニケーションが取れているので設備などに不具合が出ても、お互いに話をしてその時点で最適な対応がとれるんです。私もこうなって実感したのですが、こうして一人ひとりに合わせるのが、あるべきオーナーの姿なのかもしれません」(浅原さん)

またとない物件に、建築関係の仕事をするご夫婦やインテリアショップで働く一人暮らしの方など、住まいづくりに意欲の高い人たちが集まり、唯一無二の部屋へと変化を遂げていきました。

建築関係のご夫妻が住んでいた、床から棚・天井まで約150万円かけてDIYした部屋(写真撮影/片山貴博)

建築関係のご夫妻が住んでいた、床から棚・天井まで約150万円かけてDIYした部屋(写真撮影/片山貴博)

キッチン扉や縦長のスパイスラックも入居者のDIY。退去時、完璧に原状回復する必要はありませんが、ドアを外した場合など、次の住人が不便になりそうなところは戻してもらっています(写真撮影/片山貴博)

キッチン扉や縦長のスパイスラックも入居者のDIY。退去時、完璧に原状回復する必要はありませんが、ドアを外した場合など、次の住人が不便になりそうなところは戻してもらっています(写真撮影/片山貴博)

当初7戸あった空室はたちまち約4カ月で満室に。そのころの入居者たちが合作した自転車スタンドはコミュニティの象徴的な存在(写真撮影/片山貴博)

当初7戸あった空室はたちまち約4カ月で満室に。そのころの入居者たちが合作した自転車スタンドはコミュニティの象徴的な存在(写真撮影/片山貴博)

初代入居者の思いを受け継いで暮らすことで、自分の未来を育む

「目白ホワイトマンション」がDIY型賃貸住宅として踏み出した1件目は、入居者とDIY好きのメンバーが技術集団「HandiHouse project」と7年前につくり上げました。あたたかな雰囲気を醸し出すその部屋に、現在、2代目として住んでいるのが小林杏子さん(20代)です。

「部屋でのんびりしているときに入ってくる日差しや窓の向こうで揺れる葉が好きです」と小林さん。照明は唯一、新たに取り入れた設備(楽器は演奏不可)(写真撮影/片山貴博)

「部屋でのんびりしているときに入ってくる日差しや窓の向こうで揺れる葉が好きです」と小林さん。照明は唯一、新たに取り入れた設備(楽器は演奏不可)(写真撮影/片山貴博)

「もともと初代の入居者とは同僚の紹介で知り合った仲。4年前に引越し先を探していた当時、限られた条件下だとどこも味気ない『小さな箱』で。落胆していた矢先だったため、見た瞬間、悲鳴を上げるほど感動しました」(小林さん)

「DIYには欲しい未来を自分でつくる意味がある気がして惹かれます」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

「DIYには欲しい未来を自分でつくる意味がある気がして惹かれます」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

アパレル関係で仕事をしていた経験から、つくり手のこだわりが込められたものに強く惹かれるという小林さん。この部屋も随所に思いが宿っており、そこに愛着を感じて過ごすことが生活の豊かさになっていると言います。

「以前は日々、バタバタして地に足が着かない感覚があったのですが、寝転がって外を眺めたり、風の音を聞いたり、洗面台で落ち着いて髪を巻いたり。ここに来て“暮らしている”感覚をしっかり持てるように。友だちや同僚から『角が取れたね』『優しくなったね』と言われるようにも。きちんとした大人になるタイミングと重なったのかなと感じています」(小林さん)

「自分らしく素敵に暮らしてね」というのが、前入居者からのメッセージ。小林さんは「そのマインドごと引き継ぎたい」と、あえて自分では手を加えず、前入居者が残した部屋をそのまま享受しているそう。。満面の笑みからは、余すことなく住みこなしている様子が伝わってきます。

リビングに洗面コーナーがあることで、ゆったりくつろいだ気分に(写真撮影/片山貴博)

リビングに洗面コーナーがあることで、ゆったりくつろいだ気分に(写真撮影/片山貴博)

「自分らしく暮らして欲しい」という初代入居者の思いを大切に。「この部屋にいると背筋がぴんとします」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

「自分らしく暮らして欲しい」という初代入居者の思いを大切に。「この部屋にいると背筋がぴんとします」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

料理をして簡単なお菓子をつくったら、テーブルでほっと一息(写真撮影/片山貴博)

料理をして簡単なお菓子をつくったら、テーブルでほっと一息(写真撮影/片山貴博)

「無機質な部屋も格好良いですが、日常はさまざまなことが起きるもの。少し間が抜けていても人の手が加わったものの方が、気持ちを受けとめてくれて、内面が充実することがあると思うんです。それがDIYの魅力なのかなと。もう手垢のついていない新築には住めないですね(笑)」(小林さん)

この部屋で暮らすことで将来の住まいへの想像力が膨らんでいき、自分で家を買ってリノベーションしたいと思うようになったそう。もし3代目にバトンパスされれば、好循環が引き継がれることでしょう。

単なる入居者ではない、物件の価値を理解し高めてくれる協力者に変化

「入居を迷う方がいるとき、それまでは家賃を下げるくらいしかやり方がなかったのですが、DIY可能にしてから入居者への意識が『物件の価値を高めてくれる方』に変わり、つき合い方も前向きになりました。

もちろん、外観に特徴のある『目白ホワイトマンション』だからマッチしたのであり、すべてに通じる方法とは思いませんが、何をその物件のコンセプトにできるかを考えるのは無駄ではないと感じます」(浅原さん)

オーナー・建築家・入居者のめぐり会いで実現した新しいDIY賃貸住宅。発端は、浅原さんが相談相手を探し、嶋田さんの取り組みを受け入れたことからでした。こうした一歩が増えれば、賃貸住宅はもっと明るく変わっていきそう。そして、自分にぴったりの賃貸住宅との出会いは、確実に暮らしのクオリティを上げてくれることでしょう。

●取材協力
株式会社らいおん建築事務所
アサコーホーム株式会社
株式会社HandiHouse project

「私の庭に寄ってって」! 個人宅の『秘密の花園』を自由に楽しむ「こだいらオープンガーデン」

個人の庭を一般に公開する取り組み「オープンガーデン」。丹精込めた庭をお披露目し、庭を通して地域の人々、同じ趣味を持つ人々との交流を楽しむ場でもあり、英国の慈善団体がチャリティーの一環として始めたものとされている。
まだまだ日本では馴染みのないカルチャーだが、東京都小平市では14年前から、「こだいらオープンガーデン」としてまとめてPR、市がバックアップしている。 

個人宅とは思えないほどの規模のイングリッシュガーデン

今回は登録されている27カ所の庭のうち、市の取り組みがスタートする前からご自身の庭を開放していた「森田オープンガーデン」の森田光江さんにインタビュー。そもそもご自身がオープンガーデンを始めた経緯、どんな取り組みをしているのか、実際にお庭にお邪魔して、お話を伺った。

「森田オープンガーデン」を訪れると、その規模感に圧倒される。1000坪の庭には、カモミール、菜の花、コデマリ、つつじの花々が咲きみだれていた。テーブルやチェアも設置されているなど、まるでフランシス・ホジソン・バーネットの童話『秘密の花園』のよう。これが個人の庭なのが驚きだ。
イメージは“手入れしすぎない、日常の中のガーデン”。こぼれた種をそのままに、自然のサイクルを活かした庭づくりを心掛けている。とはいえ、小道の手前には背の低い花を、奥に行くにしたがって花・樹木の高さが高くなるよう植物を配置し、花々が咲く季節をずらしながら植えられており、散策が楽しくなるように計算もされている。

奥にある玉川上水の並木道も借景にするイングリッシュガーデン。どこからかピーターラビットが現れそうな雰囲気(写真撮影/片山貴博)

奥にある玉川上水の並木道も借景にするイングリッシュガーデン。どこからかピーターラビットが現れそうな雰囲気(写真撮影/片山貴博)

庭にはテーブルやイスがあちこちに。友人から“森田さんのお庭に似合うと思って”と譲り受けることもあるそう(写真撮影/片山貴博)

庭にはテーブルやイスがあちこちに。友人から“森田さんのお庭に似合うと思って”と譲り受けることもあるそう(写真撮影/片山貴博)

撮影は4月下旬。可憐なカモミールの花が満開な季節。「まだまだ、花のトップシーズンはこれから。もうすぐバラが満開になります」と、笑顔で案内してくれるオーナーの森田さん。まるで我が子のように、慈しみ育てている。
「春から秋まではほとんどお庭にいますね。水やり、草むしり、植え替えとやることはいっぱい。今日は朝4時半起きなんです。続けてこれたのは“とにかく花が好き”ということと、喜んでくれる人たちがいるということですね」

奥には家庭菜園もあり、トマトやエンドウ豆の苗が育ち、収穫の楽しさも(写真撮影/片山貴博)

奥には家庭菜園もあり、トマトやエンドウ豆の苗が育ち、収穫の楽しさも(写真撮影/片山貴博)

コデマリ、チューリップ、カモミール、シャクナゲと咲き誇る花々に癒やされる(写真撮影/片山貴博)

コデマリ、チューリップ、カモミール、シャクナゲと咲き誇る花々に癒やされる(写真撮影/片山貴博)

お手製の花時計も自慢の場所(写真撮影/片山貴博)

お手製の花時計も自慢の場所(写真撮影/片山貴博)

庭を開放し、花を愛でる喜びをみんなでシェア

幼いころからずっと花が好きだった森田さん。「14年前に亡くなった夫とはとっても仲良しで、唯一の揉めごとが私の花畑と夫の野菜畑の境界線争いだったほど(笑)。彼が亡くなって本当に悲しくて、泣いてばかりだったけれど、せっかく彼が残してくれた場所なんだからと、花づくりにどんどん精を出すようになったんです」
そして、丹精込めて育てた花々をご近所さんとも共有したいという想いから、庭園を開放するように。そのうち、「もっとゆっくり腰を落ち着けてお庭を見ていただきたい」とテーブルやイスを置いたり、お茶をふるまうように。
定期的に訪れるご近所の常連さんも多いが、玉川上水沿いの緑道に接しているため、「ウェルカム」の看板に誘われ、ふらっと足を運ぶ人も。花の話題で、初対面でも話が盛り上がることも多い。撮影は晴天の4月ということもあり、平日の午前中から、たくさんの人がお庭を散策。なかには森田さんの同級生たちの姿も。
「コロナ禍で、なかなかみんなで集まることが難しいけれど、屋外のこの場所ならと、友人たちが顔を出してくれるんです」

モッコウバラの棚の木陰でお茶をふるまう森田さん。ちょっとしたおしゃべりも気分転換に(写真撮影/片山貴博)

モッコウバラの棚の木陰でお茶をふるまう森田さん。ちょっとしたおしゃべりも気分転換に(写真撮影/片山貴博)

カモミールティーとクッキーのセット(200円)。売上はすべて福祉団体へ寄付している。「最初は無料でふるまっていたらお礼にお土産をいただくようになり、かえって申し訳なくなったんです」(写真撮影/片山貴博)

カモミールティーとクッキーのセット(200円)。売上はすべて福祉団体へ寄付している。「最初は無料でふるまっていたらお礼にお土産をいただくようになり、かえって申し訳なくなったんです」(写真撮影/片山貴博)

手づくりの花籠やボタニカルアートも友人の手によるもの。友人たちにとってもかけがえのない場所になっているのかもしれない(写真撮影/片山貴博)

手づくりの花籠やボタニカルアートも友人の手によるもの。友人たちにとってもかけがえのない場所になっているのかもしれない(写真撮影/片山貴博)

オーナーの森田光江さん。フレンドリーで明るい森田さんの人柄にも惹かれて訪問する人も多い。「今日はひ孫の幼稚園のお迎えに行ってきたばかりなんです」とアクティブ(写真撮影/片山貴博)

オーナーの森田光江さん。フレンドリーで明るい森田さんの人柄にも惹かれて訪問する人も多い。「今日はひ孫の幼稚園のお迎えに行ってきたばかりなんです」とアクティブ(写真撮影/片山貴博)

複数のオープンガーデンを包括することで“花の小平”をPR

こうした自分の庭園を個人的に開放していた森田さんだが、2007年、市から「小平市内のオープンガーデンとしてPRしたい」という打診があったときには、「もちろん大丈夫です」と即答。これまでは、ご近所さん限定だったのが、春には市内外から訪れる人気スポットに。オープンガーデンの登録数も当初12カ所から現在は27カ所となっている(コロナ禍で休園している場所もあり)。
そもそも「こだいらオープンガーデン」とは、それより先に開催されていた「花と緑のこだいらガーデニングコンテスト」から「年間通して展開できないだろうか」という発想から始まったもの。玉川上水、野火止用水、狭山・境緑道、都立小金井公園と、ぐるりと散歩道が一周する約21kmの「小平グリーンロード」とあわせて、散策したくなる街の魅力をPRすることも狙いだ。森田さんのようなイングリッシュガーデンもあれば、開放が期間限定のバラ園、日本庭園もある。

現在の運営団体である、一般社団法人こだいら観光まちづくり協会の若林さち代さんにも話を伺った。「肥料代などの補助金もなければ会費もない、ゆるやかなものです。こうしたマップやパンフレットを作成することで、すべてのお庭を知っていただけたら。登録者のみなさんで情報交換など横のつながりも生まれています。今後は専門家を呼んで勉強会をするなどの取り組みも考えていきたいです」
丹精こめた庭や花を、オーナーと訪れた人がシェアする。地元で過ごすのは週末だけという人が多かったなか、コロナ禍で地元での暮らしを見直す人たちにとって、「オープンガーデン」は格好の癒やしの場、繋がりの場となるはずだ。

「こだいらオープンガーデン」に参画している庭は、この看板が目印(写真撮影/片山貴博)

「こだいらオープンガーデン」に参画している庭は、この看板が目印(写真撮影/片山貴博)

ちなみに数あるオープンガーデンのうち、森田さんのお庭はかなり例外的。通常は飲食禁止、オーナーの対応はあるとは限らない。あくまでも「お庭を楽しむだけの場所」で、生活をしている方の邪魔にならないよう配慮が必要。敷地外からの見学のみの庭もある(写真撮影/片山貴博)

ちなみに数あるオープンガーデンのうち、森田さんのお庭はかなり例外的。通常は飲食禁止、オーナーの対応はあるとは限らない。あくまでも「お庭を楽しむだけの場所」で、生活をしている方の邪魔にならないよう配慮が必要。敷地外からの見学のみの庭もある(写真撮影/片山貴博)

個人のお宅以外にも、レストランの庭、教会の庭園なども「こだいらオープンガーデン」のひとつ。例えば、 教会であるベタニア館のバラ園では、テラスで一休みもできる(画像提供/一般社団法人こだいら観光まちづくり協会)

個人のお宅以外にも、レストランの庭、教会の庭園なども「こだいらオープンガーデン」のひとつ。例えば、
教会であるベタニア館のバラ園では、テラスで一休みもできる(画像提供/一般社団法人こだいら観光まちづくり協会)

自然派レストラン、カフェ・ラグラスの庭園もオープンガーデンのひとつ。店舗利用せずとも庭園を見学できる(画像提供/一般社団法人こだいら観光まちづくり協会)

自然派レストラン、カフェ・ラグラスの庭園もオープンガーデンのひとつ。店舗利用せずとも庭園を見学できる(画像提供/一般社団法人こだいら観光まちづくり協会)

ご夫妻ふたりで手掛けた庭「アトリエ絵・果・木(えかき)」。解体工事などで出る廃材などでプランターや椅子がつくられているのが特長 (画像提供/一般社団法人こだいら観光まちづくり協会)

ご夫妻ふたりで手掛けた庭「アトリエ絵・果・木(えかき)」。解体工事などで出る廃材などでプランターや椅子がつくられているのが特徴(画像提供/一般社団法人こだいら観光まちづくり協会)

●取材協力
一般社団法人こだいら観光まちづくり協会

転倒必至な床で「生きる!」を実感。賃貸物件『三鷹天命反転住宅』の暮らし

凸凹の床に傾斜した天井。球状の部屋があれば、まっすぐ立てない洗面所もある。一般的な住まいとはどこもかしこも違うが、れっきとした住居であり、芸術作品でもあるのが、ここ「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」(東京都三鷹市)だ。なぜ、このようなつくりなのだろう? 入居者はどんな暮らしをしているのだろうか?
足で踏み、手で触れ、音を聴く。感覚も身体も、楽しめる空間

「カラフル」という形容詞以上の言葉を探してしまうほど、色使いが目を引く建物。色だけではなく造形も独特で、円と角を組み合わせて積み上げた形に、一体、中はどうなっているのだろうかと好奇心が掻き立てられる。幹線道路に面していて、道ゆく人は二度見ならぬ三度見もするし、駅から歩いてくれば、かなり遠くからでもその存在が目に入るだろう。「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー(以下 三鷹天命反転住宅)」は、それくらい印象的な外観だ。

円と角が重なった外観。色使いはもちろん、窓の組み合わせからも楽しい雰囲気が伝わってくる(写真撮影/相馬ミナ)

円と角が重なった外観。色使いはもちろん、窓の組み合わせからも楽しい雰囲気が伝わってくる(写真撮影/相馬ミナ)

竣工は2005年。芸術家/建築家の荒川修作+マドリン・ギンズによって設計された。2人が手がけた作品は国内は岐阜県(『養老天命反転地』)と岡山県(『「太陽」の部屋 ≪遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体≫』)にも存在するが、ここが他と異なるのは「住居である」ということ。鑑賞や体感を目的とした作品とは違い、住まいとして使うことを考えられて設計された9戸の集合住宅なのだ。うち5戸は実際に賃貸であり、2戸は見学用や別の用途に使われているという。

共用部の廊下を歩いていくと、外部の配管や手すりまでこだわって色がつけられていることが分かる(写真撮影/相馬ミナ)

共用部の廊下を歩いていくと、外部の配管や手すりまでこだわって色がつけられていることが分かる(写真撮影/相馬ミナ)

外観や内装に使われているのは14色。
「よく色の意味について聞かれるのですが、例えば『窓枠にはこの色』というような単色には特別な意味がありません。どこから見ても一度に6色以上が視界に入るように計算されているので、視覚が色そのものを単体としてでなく、“環境”として認識するんです。身の回りの自然の風景を思い浮かべてほしいのですが、そこにはたくさんの色が使われていますよね。それと同じことなんです」と、支配人の松田剛佳さんが教えてくれる。

部屋は2LDKと3LDKがあり、3LDKの部屋の奥は和室。円形の畳が見える。左にははしごが備え付けられていて、どう使うかは住民次第。本棚にする人もいれば、棚の脚として活用する人も(写真撮影/相馬ミナ)

部屋は2LDKと3LDKがあり、3LDKの部屋の奥は和室。円形の畳が見える。左にははしごが備え付けられていて、どう使うかは住民次第。本棚にする人もいれば、棚の脚として活用する人も(写真撮影/相馬ミナ)

3LDKの間取図(画像提供/三鷹天命反転住宅)

3LDKの間取図(画像提供/三鷹天命反転住宅)

目を凝らし、視線を動かさないようにして色を数えてみれば、確かに9色認識できた。無秩序のように見えて、実は計算され尽くされていて、荒川+ギンズが考え出した仕掛けに、無意識のうちに影響されていることが分かってきた。見学用の部屋に入ると、その仕掛けの多さに圧倒されてしまう。

メインの床は凸凹になっていて、足裏をほどよく刺激する。あえて山を踏んだり、谷間を縫うように歩いたり(写真撮影/相馬ミナ)

メインの床は凸凹になっていて、足裏をほどよく刺激する。あえて山を踏んだり、谷間を縫うように歩いたり(写真撮影/相馬ミナ)

室内の中心にあるリビング部分はどこにも平らな場所がない。ざらりとしたコンクリートでランダムに凸凹(でこぼこ)がある。土踏まずをほどよく刺激される時もあれば、思わぬ出っ張りに足を取られることもある。中央には一段低くなったキッチンがあり、その周りを囲むように球状の部屋や、丸い畳と砂利が敷かれた和室が配され、どこも当たり前のようにカラフルだ。カプセル型のシャワーの手前には洗面台があり、「試しに顔を洗う動作をしてみてください」と松田さんに言われてやってみると、かなり踏ん張らなければならない。床が傾いていて、屈む姿勢を保つのが難しいのだ。見上げると天井にはたくさんのフックがついていて、ハンモックがかかっていたり、バーが吊るされていたりする。収納はこれで増やせばいいということだろう。

天井にはたくさんのフックが。長いS字フックをかければ簡易的な収納になる。ワイヤーで棚板を吊るすこともできれば、ブランコを設置することもできる(写真撮影/相馬ミナ)

天井にはたくさんのフックが。長いS字フックをかければ簡易的な収納になる。ワイヤーで棚板を吊るすこともできれば、ブランコを設置することもできる(写真撮影/相馬ミナ)

あちこち歩きながら細部の楽しさに夢中になっていると、「床に高低差があるのは気がつくと思うのですが、じつは天井も傾斜しているんです」と松田さんが教えてくれる。床が傾いているのは、歩き回ると実感できることだが、天井までとは分からなかった。実際、住民の中には、気がつかずに数年間過ごしていた人もいるという。

球状の部屋からの眺め。ここの中心で声を出すと、全方位からの不思議な響き方を体感できる(写真撮影/相馬ミナ)

球状の部屋からの眺め。ここの中心で声を出すと、全方位からの不思議な響き方を体感できる(写真撮影/相馬ミナ)

この空間に身を置いていると、なんとも不思議な気持ちになってくる。今、自分はどこにいるのか、ここはなんという場所なのか。そもそも、自分が思っていた「住まい」とは何だったのだろう。その疑問を見透かしたように松田さんが答えてくれる。「『押し入れはどこですか?』『どこで寝るのですか?』と聞かれることも多いです。どこに収納スペースをつくってもいいし、どこで寝てもいい。実際に球状の部屋で寝ていた人もいらっしゃるし、この凸凹の床が涼しくていいと教えてくれた方もいました。みなさまの自由な発想でお住まいいただきたいです」

室内のインターホンはあえて斜めに。どう映るかはあえて現場で確かめてみてほしい(写真撮影/相馬ミナ)

室内のインターホンはあえて斜めに。どう映るかはあえて現場で確かめてみてほしい(写真撮影/相馬ミナ)

「部屋は四角いもの」という既成概念は見事に打ち砕かれている。さらに凸凹の床を歩いているうちに、その感覚がクセになっているし、球状の部屋で聴く自分の声の響きに心地よくなってくる。身体がこの空間を楽しみ、おもしろがっているのだろう。

DIYを繰り返し、進化し続ける住まいと暮らし

実際に、ここでの暮らしを見せてもらうことになり、住民である岡本さんのお宅へお邪魔した。入った瞬間、見学用の部屋との違いに驚かされた。凸凹の床のはずが、そこにきちんと棚が置かれて収納場所になっているし、キッチンには天井から天板が吊るされ、グリーンや雑貨があってなんとも楽しい。球状の部屋はベッドが置かれ、居心地の良さそうな寝室に。他の部屋にもぴったりのサイズの棚や机があり、集中できそうな空間になっている。

岡本さん宅では、凸凹の床でも過ごしやすいようマットレスを自作。スピーカーやミラーボールが吊るされ、この空間を存分に楽しんでいる様子が伝わってくる(写真撮影/相馬ミナ)

岡本さん宅では、凸凹の床でも過ごしやすいようマットレスを自作。スピーカーやミラーボールが吊るされ、この空間を存分に楽しんでいる様子が伝わってくる(写真撮影/相馬ミナ)

そもそも、なぜ岡本さんはこの物件を選んだのだろう?
「東京だからこそ住める場所に、と思ったんです。こんな空間、他にはありませんよね。実際に住んでいる方に話を聞いていたこともあって、意外と住むのは大丈夫そうだなと思っていました」と笑う。

もともと備え付けられているはしごを活用して棚にし、音響機材をまとめている。下は食材などの収納に(写真撮影/相馬ミナ)

もともと備え付けられているはしごを活用して棚にし、音響機材をまとめている。下は食材などの収納に(写真撮影/相馬ミナ)

とはいえ、最初は大変だったとも振り返る。引越し当初、運んできた段ボールが壊れて崩れそうになってしまった。床が凸凹ゆえに、だ。「引越してから3カ月くらいは大変で、身体も部屋に慣れなくてきつかったですね。でも、少しずつ収納を増やし、マットレスを駆使し、あれこれ工夫することで暮らしやすくなってきたと思います。引越し当時はハイハイしていた娘も、今は元気に走りまわっています」

本棚を移動させて空いた壁には、愛娘の作品を。ランダムに貼り付けている様がこの空間にマッチしている(写真撮影/相馬ミナ)

本棚を移動させて空いた壁には、愛娘の作品を。ランダムに貼り付けている様がこの空間にマッチしている(写真撮影/相馬ミナ)

つい先日、寝る場所を和室から球状の部屋に移動させた。「移動」といっても、ただ布団を運べばいいわけではない。丸くくぼんでいる床部分を木材を駆使して水平にし、さらにスペースに合わせてマットレスを円形に切って縫ったという。「球状の部屋は丸いまま使うものだという思い込みをやめたんです。おかげでスペースが広い和室に本棚を移すことができて、部屋全体が広く感じられるようになりました。球体の部屋は夜は落ち着くし、東向きなので朝も気持ちがいいし」

球状の部屋に床を自作して寝室に。DIYでつくったという右奥の棚は、凸凹の床でも水平にできるよう、アジャスターで調整している(写真撮影/相馬ミナ)

球状の部屋に床を自作して寝室に。DIYでつくったという右奥の棚は、凸凹の床でも水平にできるよう、アジャスターで調整している(写真撮影/相馬ミナ)

引越してから、毎週末DIYで何かをつくり、試行錯誤しながら住みやすいように整え続けている。「常に進化している感じです」と岡本さんは笑う。工夫のしがいがあることだろうし、快適になるほどに唯一無二な空間になっていくのだろう。

空間に身を置き、体感するからこそ分かること

現在、賃貸部分は満室で募集はないが、定期的に見学会が開催され、宿泊できるプランもある。春にはテレワークプランも始まり、このなんともいえない不思議な空間を体験するにはまたとない機会が増えている。「この空間には、言葉では伝えきれないところがたくさんあります。説明できないからこそ、荒木とギンズはこの建物をつくったんですから」と松田さんは言う。

取材時に特別に屋上へ登らせてもらった。遠くに青い空や街並み、公園の緑などが見えると、確かにこの建物の色数の多さは気にならなくなる(写真撮影/相馬ミナ)

取材時に特別に屋上へ登らせてもらった。遠くに青い空や街並み、公園の緑などが見えると、確かにこの建物の色数の多さは気にならなくなる(写真撮影/相馬ミナ)

実際に、目で見て、歩いて、触れてほしい。足の感触や座り心地、歩いたときの身体の傾きや、部屋での声の響き方は、人それぞれだろう。身体が違えば、受け取る感覚も変わるからだ。
きっと、実感すれば、住まいについてさらに深く考えたくなるはずだ。自分の身体は今の住まいを楽しんでいるだろうか。楽しむために、もっと進化できる、工夫できることがあるように思えてくるのだ。

(C)2005 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.

●取材協力
三鷹天命反転住宅

銭湯がつないだ地域の絆を受け継いで。名物賃貸「パルコカーサ」の子育てコミュニティ

万人に受け入れられることが優先される賃貸住宅でも、あえて他と一線を画す個性や付加価値のある物件が増えてきました。その一つが東京・足立区の「PARCO CASA(パルコカーサ)」。その特色はコミュニティにあります。オーナーが「地域共同体としての賃貸住宅」という考え方のもと、入居者同士の交流、地域活動への参加などを打ち出し、人気物件となりました。2015年2月に完成してから約6年が経った今、あらためてその魅力を探りました。
〈50年以上続いた銭湯跡地に立つ6棟の賃貸住宅〉

「PARCO CASA」は、日暮里舎人ライナーの江北(こうほく)駅から徒歩10分、東武鉄道大師線大師前駅からは徒歩8分という静かな住宅地にあります。
もともとここは、大家さんの田口さん三兄弟(昌宏さん、順功さん、宗孝さん)の祖父が1965年(昭和40年)に開業、50年以上にわたって地域に親しまれてきた銭湯「たちばな湯」があった場所。祖父の後を父が引き継いで続けてきましたが、時代とともに銭湯の利用者も減り、父も高齢になったことから、銭湯を廃業し、跡地に賃貸住宅を建てることにしました。

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

長男の田口昌宏さんは「賃貸住宅をつくるなら、周辺に新しい物件ができても負けない魅力のあるものにし、安定的に長期経営したいと考えました。それには差別化が必要です。そこに地域コミュニティが活性化してほしいという気持がつながりました」と振り返ります。
 
古来、銭湯は地域の人々の交流の場という機能を果たしていました。そうした環境の中で、田口さん兄弟は幼いころから、銭湯の常連客など地域の人々と関わりながら成長し、その良さを実感していました。一方で近年、どの都市でも人間関係は希薄化し、地域の行事や活動に参加する住民も減っています。そこで田口さんたちは、賃貸住宅が一つのコミュニティであると同時に、入居者一人ひとりが地域コミュニティの一員という姿をめざしたのです。

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

田口さん兄弟は三人ともサラリーマンで、賃貸住宅経営の経験がなく、立ち上げ段階からハウスメーカーと賃貸管理会社の協力を仰ぎました。賃貸管理会社のハウスメイトパートナーズ(東東京支店)の支店長 伊部尚子さん(現・ハウスメイトマネジメント ソリューション事業本部 課長)は「新築物件は時間の経過とともに価値が下がるもの。そうならないことをめざしたコミュニティ重視型の賃貸住宅が、わずかながら出始めたころ、田口さんに出会いました。そして、この大家さんとならそうした賃貸が可能だと感じたのです」と語ります。
こうして2015年、敷地に6棟からなる賃貸住宅「PARCO CASA」が完成しました。

オーナーの田口昌宏さん(左)は町会の〇〇役も務める。ハウスメイトマネジメントの伊部尚子さん(右)は、“コミュニティ賃貸”の名付け親でもある。お二人の協力がPARCO CASAに結実した(写真撮影/内海明啓)

オーナーの田口昌宏さん(左)は町会の〇〇役も務める。ハウスメイトマネジメントの伊部尚子さん(右)は、“コミュニティ賃貸”の名付け親でもある。お二人の協力がPARCO CASAに結実した(写真撮影/内海明啓)

〈大家さんがきっかけをつくり、入居者に意識が生まれる〉

PARCO CASAは、基本的に子育て世帯を対象にしています。審査にあたっては、町会に参加し、地域社会との関係づくりに前向きであることが条件。実際、子どもや地域活動に関心がないという入居希望者を断ったケースもあるそうです。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

田口さんは、入居者同士の親交を深めるため、バーベキュー(春、秋の年2回開催)、子ども向けのビニールプール設置(夏)などを行っています。「入居者主導でないとコミュニティの活動は継続しないと思います。大家としてまずは、それを促すきっかけづくりに力を入れました」

田口さんの考え方は、町会費の集金の方法にも表れています。「PARCO CASAが完成してすぐ、入居者の皆さんの親睦を深めるためにバーベキューを開催しました。入居者の中には積極的にリーダーシップをとってくださる方がいます。その方に町会の集金を依頼し、以後、入居者が持ち回りで班長を務め、手渡しで集金してくださるようにお願いしました」(田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/ハウスメイト)

(写真提供/ハウスメイト)

一般的に町会費は家賃(共益費)に含めますが、あえて家賃とは別に支払ってもらい、しかも手渡しという形を取ったのは、コミュニティへの当事者意識を持ってもらうねらいがあります。このやりかたは今も続いています。
町会費は月500円、一般的な町会費よりも高めです。それでも地域に参加し、また見守られていることに入居者は満足しています。

こうした試みが奏功し、PARCO CASAは入居者が長く住み続ける人気物件となりました。
「なかなか部屋が空かないうえ、空いてもすぐ次の方が決まるため、仲介店にいるのに内部を見る機会のない社員も多いほどです」と仲介のハウスメイトショップ北千住店店長の牟田優作さんは言います
また、管理面でも利点は多く、「滞納やクレームがなく、管理の楽な物件です。入居者様にとってはオーナー様(大家さん)の顔が見え、普段からコミュニケーションが取れているため、相談しやすいようです」と同社東東京支店 管理担当・田中雄二さんも続けます。

PARCO CASAに隣接するたちばな公園。夏祭りや餅つき大会に利用されるなど、地域の共有スペースになっている(写真撮影/内海明啓)

PARCO CASAに隣接するたちばな公園。夏祭りや餅つき大会に利用されるなど、地域の共有スペースになっている(写真撮影/内海明啓)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

〈住んで初めてコミュニティを意識する〉

現在の入居者の方々はどのように感じているのでしょうか。
竣工間もない2015年5月に入居したKさんは4歳の娘さん、1歳の息子さんを持つ4人家族。「私も夫も都内の実家暮らしで、新居を持つとき、通勤のしやすさを考えて探しました。家賃も都内の他の地域より安いし、デザインにも引かれて直感的に決めました」(妻のM.Kさん)。
それまでコミュニティを意識することはなく、「面倒なのではないか」という思いも正直あったそうです。「しかし住んでみると、町会の方々が先導して地域の人々をつなげてくれる環境があり、ありがたいと感じましたね。オーナーの田口さんがバーベキュー、夏祭り、餅つき大会などを通じ、親子で地域に関われるようにしてくださったことにも、安心しました。お子さんのいる家族が近所にいるのでつながりは自然にできていきました」
以前住んでいて転居した人が、故郷を訪ねるかのように、バーベキューのときに来るといったこともあり、「自分が将来どこに住むにしても、ここが出発点と言える喜びがあります」(M.Kさん)

敷地内で遊ぶ娘さんとM.Kさん。公園が隣接していること、スーパーの近さも魅力だったと語る (写真撮影/内海明啓)

敷地内で遊ぶ娘さんとM.Kさん。公園が隣接していること、スーパーの近さも魅力だったと語る (写真撮影/内海明啓)

一方、最初から地域コミュニティとのつながりを知って、2018年7月に入居したのがCさんご一家。5歳の娘さんがいるほか、この4月に第二子の誕生予定です。夫は茨城、妻が群馬の出身。2011年に結婚してすぐ住んだのはPARCO CASAにほど近い1LDKのマンションでしたが、お子さんが成長するにつれ手狭になり、物件を探しました。
「子どもを育てる中で、地域やコミュニティへの意識が強まりました。自分も子どものころは地域の人々にかわいがってもらい、成長できたという思いがあり、自分の子どもたちにもそういう環境を与えたいと思いました。そこでネットで物件を探し、PARCO CASAを知りました。最初は空きがなく、諦めかけましたが、ちょうど空きが出たので翌日に申し込み、運良く入居できました」(夫のS.Cさん)

それまでごく近い場所に住んでいたにも関わらず、町会も、地域の祭もよく知らずに暮らしていたそうです。「若いころはコミュニティを意識できませんが、子どもを持ったことでそれが大きく変わりました。バーベキューやプールなどは子どもがすごく喜ぶだけでなく、親としては、いろいろな方が子どもの相手をしてくれることがうれしいですね」

Cさんのご家族。4月には家族が一人増える。夫のS.Cさんはリモートワークが増えたため、メゾネット形式を活かし、1階の一角を仕事スペースとし、家族との生活は主に2階にしている(写真撮影/内海明啓)

Cさんのご家族。4月には家族が一人増える。夫のS.Cさんはリモートワークが増えたため、メゾネット形式を活かし、1階の一角を仕事スペースとし、家族との生活は主に2階にしている(写真撮影/内海明啓)

夫婦二人とも地元(西新井)出身で、2020年の4月から入居しているのがSさんご夫妻。この4月に長男誕生の予定です。二人は結婚前から一緒に住む家を探していたのですが、縁あってPARCO CASAに入居でき、2020年9月に結婚しました。
「幼いころから町内の行事などにも参加していたので、町会の方々とも知り合いで、そのまま自然に溶けこんだ感じです」(妻のE.Sさん)。「私の場合は地域と深く関わってきたわけではないのですが、これから子どもを持つ身としては、周囲に見守ってもらえる安心感があります」(夫のH.Sさん)

2020年に入居したばかりのSさんご夫妻。4月に長男誕生の予定だ。地元出身の二人はコロナ禍ということもあり、知人・縁者の多い地域で暮らす安心感を重視した。PARCO CASAのフローリングはすべて無垢材製で、子育てに適した柔らかさと温もりが特色(写真撮影/内海明啓)

2020年に入居したばかりのSさんご夫妻。4月に長男誕生の予定だ。地元出身の二人はコロナ禍ということもあり、知人・縁者の多い地域で暮らす安心感を重視した。PARCO CASAのフローリングはすべて無垢材製で、子育てに適した柔らかさと温もりが特色(写真撮影/内海明啓)

PARCO CASAの1階洋間。E棟を除きメゾネット形式で、1階に洋間2部屋(4.5~6.5畳)が、2階にLDK(12.5畳~13.5畳)がある(写真撮影/内海明啓)

PARCO CASAの1階洋間。E棟を除きメゾネット形式で、1階に洋間2部屋(4.5~6.5畳)が、2階にLDK(12.5畳~13.5畳)がある(写真撮影/内海明啓)

広々とした浴室は、銭湯一家に育った大家さんのこだわり。親子で入浴しやすいように、賃貸住宅には珍しい一坪タイプを採用 (写真撮影/内海明啓)

広々とした浴室は、銭湯一家に育った大家さんのこだわり。親子で入浴しやすいように、賃貸住宅には珍しい一坪タイプを採用 (写真撮影/内海明啓)

〈災害に対し、強さを発揮するコミュニティ〉

新型コロナの影響はPARCO CASAにも及んでいます。入居者から好評のバーベキューはできず、集まること自体ができなくなっています。この夏はビニールプールを貸し出し、交代で利用するようにしましたが、大きなイベントはできないままです。それでも「自粛中も隣近所と会えば挨拶は交わしますし、そばに知り合いがいるのは心強い」(M.Kさん)とのことです。

田口さんは、コロナ禍に限らず、災害対策や防犯にコミュニティが果たす役割の大きさも感じています。信頼できる人間関係があり、人の目が多いことはセキュリティ向上につながります。ハードウェアの点でも、PARCO CASAの敷地内には監視カメラが3台設置され、「今後、災害時用の雨水貯水タンクを設置したい」(田口順功さん)など、拡充を計画しています。
「足立区の取り組みに『ながら見守り』があります。これは日常生活の中で不審な人物や車両がないか気にかけ、子どもや地域の安全を守ろうという活動で、有志が自由に申し込んで参加できるもの。こうした情報も入居者には提供しています」(田口さん)

もともと田口さんは、入居者のコミュニティを醸成するに当たり、「強制はせず、積極的に情報を提供し、自主性に任せる」という姿勢で取り組んできました。このことがコミュニティを、入居者にとって、より自由で、縛りの緩やかな、快適なものにしたと考えられます。
これは田口さんが大手メーカーに長く勤務してきたこととも関係があります。「30年以上、顧客満足を起点に仕事をしてきましたから、賃貸住宅経営にもその視点が活かされたと思います」(田口さん)。
かつての地縁社会の良さを残しつつ、現代の入居者が満足できるコミュニティ。それをつくり上げてきたからこそ、PARCO CASAは愛される物件になったと言えるでしょう。

●取材協力
パルコカーサ
株式会社ハウスメイト

イマドキ仮設住宅は快適?移動式コンテナや木造住宅が進化

東日本大震災から10年。その後も日本は多くの災害を経験してきた。避難所生活から新しい暮らしを再建するにあたり、重要な存在となるのが仮設住宅だ。従来プレハブのイメージが強かったが、最近はその形態も多様化してきているそう。
近年多くの災害を経験した熊本県、首都直下型地震に備える東京都、避難所や被災者用住宅に設備を提供しているLIXILの担当者へ話を聞いた。
トラックで移動できるコンテナサイズの住宅「トレーラーハウス」

2016年の地震、2020年の豪雨災害と、近年災害が続いた熊本県。2016年の地震ではプレハブ及び建設型の木造仮設住宅が活用されたが、2020年の豪雨災害では、仮設住宅として初めて球磨村でトレーラーハウスが導入された。

球磨村で導入したトレーラーハウス外観(写真提供/熊本県)

球磨村で導入したトレーラーハウス外観(写真提供/熊本県)

トレーラーハウスとは、工場で生産されるコンテナサイズの住宅だ。解体せずに基礎から建物を切り離してトラックで輸送することができる。既に建物としては完成しているため、準備期間を短縮できることが特徴だ。

背景として、被災規模が大きかった球磨村は、賃貸住宅がほとんどない地域だった。高齢者も多く、避難所での生活を長期間強いることは避けたいが、建設型の仮設住宅を建てるとなると1.5~2カ月ほどかかってしまう。
そこで、北海道胆振東部地震等で導入実績があるトレーラーハウスに目を付けた。発災から2週間で発注を決定し、さらにその2週間後には33戸のトレーラーハウスが球磨村に到着。その後追加で35戸が到着し、68世帯が新たな生活を開始した。

熊本県でトレーラーハウスを導入するのは初めてのこと。居住性がどの程度のものか判断しかねた健康福祉部健康福祉政策課すまい対策室 課長補佐 緒方雅一さん(以下、緒方(雅)さん)は、実際に使用されている岡山県倉敷市まで実物を見に行ったそう。
「もともと北海道でつくられたものということもあり、気密性・断熱性に優れており、温度が安定して保てること、遮音性も高く、まわりの音があまり聞こえないことなどが分かりました。
さらに室内はフラットで、バリアフリーに近い状態で使える。これは良い、と判断し、導入を決めました」(緒方(雅)さん)
実際に、利用者からは快適と声が届いているそうだ。

球磨村で導入したトレーラーハウス、内部の様子(写真提供/熊本県)

球磨村で導入したトレーラーハウス、内部の様子(写真提供/熊本県)

建設型木造仮設住宅の居住性も進化

2020年の豪雨災害では、現地でイチから組みたてる建設型の木造仮設住宅も740個用意された。スピード感を持って準備できるトレーラーハウスやフレームを工場生産するプレハブ住宅に対し、時間はかかるものの「居住性に優れている」と評価されているのが建設型の木造仮設住宅だ。
「県産の木材や畳を使用し、温かみがあるものになっています。木や畳の香りが良い、という評価も多くいただいています。そうした素材のぬくもりが、被災者の心の傷を癒やしてくれることを願ってつくっています」と土木部建築住宅局住宅課 主幹 緒方慎太郎さん(以下「緒方(慎)」さん)。

球磨村で建設された木造仮設住宅(写真提供/熊本県)

球磨村で建設された木造仮設住宅(写真提供/熊本県)

熊本県において、建設型の木造仮設住宅がつくられるのは3度目だ。2012年の熊本広域大水害、2016年の熊本地震、そして2020年の豪雨災害だ。災害のたびに知見を蓄積し、進化してきたという。

例えば、建設型の木造仮設住宅は「9坪でつくる」というルールがある。ゆえに収納スペースを取ることが難しい。そこで編み出されたのが「屋根裏収納」だ。専用のはしごがあり、屋根の裏側にモノを収納できる。

仮設住宅に設置された屋根裏収納。2016年、熊本地震の仮設住宅から導入された(写真提供/熊本県)

仮設住宅に設置された屋根裏収納。2016年、熊本地震の仮設住宅から導入された(写真提供/熊本県)

また、かつては洗濯機を置くスペースが屋内になく、玄関ポーチに設置し屋外で洗濯するしかなかった。そこで、玄関ポーチを屋内に取り込んだ設計とし、畳一畳分のスペースをつくることで、屋内で洗濯までできるようにした。

新たに生まれた洗濯機の設置スペース(写真提供/熊本県)

新たに生まれた洗濯機の設置スペース(写真提供/熊本県)

高齢者の多い地域での被災も続いた。バリアフリーに配慮し、現在では玄関~室内全ての部屋と水まわりまで、段差をなくしている。2020年の豪雨災害では、全戸数の1割には、車いすの方が入りやすいよう玄関横にスロープもつけた。今後、高齢者が多い地域で被災した場合はスロープつきの割合を増やす可能性が高いという。
こうした工夫によって、「もともと住んでいた家より良い」なんていう声まであるそうだ。

スロープつきの仮設住宅(写真提供/熊本県)

スロープつきの仮設住宅(写真提供/熊本県)

「適材適所」の配置と、避難所の密回避が課題

数多くの災害を乗り越えたからこそ、見えてきた課題や今後改善していきたい点についても聞いてみた。
「木造仮設住宅は、建設回数を重ね、一つの集大成ができたと感じています」と語る緒方(慎)さん。
熊本地震で使用された木造仮設住宅は、約4割がそのまま現地で被災者の一般住宅として使用されており、約3割が移設し別の場所で住宅や公民館等の施設として利活用されている。「雨が降るとスロープがすべりやすくなる」など、実際に建設して見えてきた細かな課題は今後も改善していく予定だが、既に完成形に近い、という手応えを感じている。

一般住宅として再活用されている仮設住宅(写真提供/熊本県)

一般住宅として再活用されている仮設住宅(写真提供/熊本県)

一方でトレーラーハウスについては、まだ工夫の余地があるという。
「例えば、現在の居室はトレーラーのような長方形ですが、正方形に近い形で仕切ることもできるので、通常の住まいに近い形とすることでより暮らしやすくできるのではないかと考えています」(緒方(雅)さん)
準備されている個数が少ない、という課題もある。設置する際の浄化槽整備や砂利の調達など基盤づくりもまだスムーズではない。地元業者との連携をスムーズにしていきたい、と語る。

「いち早く数を用意する意味では、従来からのプレハブ型も強いです。熊本地震のように被災者数の多い震災の場合は、やはりプレハブも活用しなくてはいけないでしょうね」と緒方(慎)さん。地域や災害規模を踏まえて、適材適所で使い分けていくことが求められるようだ。

コロナ禍においては、避難生活で「密」を避けることも重要だ。
「いちはやく密を解消するという意味では、今回、トレーラーハウスを早めに導入したのも対策のひとつです。
避難所については、段ボールや布での仕切りは熊本地震の際にも設置しており、プライバシーを守る観点での備蓄は進んでいますが、今後はテントのように1世帯ずつを囲むような設備も必要になりますね。
避難所の数自体も増やす必要があり、結果、対応する職員の数もより多く必要になります。そういった点は、今後の大きな課題です」(緒方(雅)さん)

球磨村の仮設住宅全体像(写真提供/熊本県)

球磨村の仮設住宅全体像(写真提供/熊本県)

ひとりひとりの自衛意識向上が最重要

人口密度、建物密度が高い都市部ではどうだろうか。首都直下型地震に備える東京都 住宅政策本部 住宅企画部にも話を聞いた。
「東京都の場合、大きな課題は、人数に対する『住戸数』の確保をいかに速く行うかということです。特にコロナ禍のような状況では、長期間、避難所で密をつくることは避けたい」と住宅施策専門課長の吉川玉樹さん。

熊本県と異なり、中心となるのは民間賃貸住宅を借り上げて仮設住宅とするスタイルだ。公的住宅を含め、現在も空き家がかなりの数存在するため、それらを有効活用していく想定だという。
「不足する場合には、建設型も適宜使用していきます。そのためにいくつかの団体と協定を締結しています。ただし、用地が限られるため、やはり空き家活用を中心とした対策が現実的ではあります」(吉川さん)

人口の多さに対し、仮設住宅を新たに建設できる用地は限られる。未曾有の災害となった場合、空き家の活用にも限界があるかもしれない。だからこそより重要なのが、ひとりひとりが自衛する意識だ。

「それぞれが自宅に留まれる状態が一番望ましく、自宅の耐震強化や防災意識を高める呼びかけも行っています」と吉川さん。大学と連携し、リーフレットなどを作成しているが、まだまだ平均的な都民の防災意識は高いとは言えず、課題も感じているという。

東京都が作成したリーフレット(写真提供/東京都)

東京都が作成したリーフレット(写真提供/東京都)

避難所の密を避け、プライベート空間をつくる設備も登場

メーカーが提供する住宅設備や避難所設備も年々進化している。
LIXILでは、2020年に熊本で発生した豪雨災害の際、避難所内でプライベート空間をつくることができる可動式ブース「withCUBE」を提供した。
夜泣きが続く乳児と保護者の宿泊スペースとして、また、発熱のあった幼児の療養室として活用され、避難所を管理する球磨村役場の職員から多くの感謝の言葉が届いたという。
避難生活で課題となるプライバシー確保が簡単に実現できるものとして、利用者からも高い評価を得た。
現在、災害支援を終え、熊本赤十字病院に移設されているが、球磨村役場職員から防災備蓄にしたいという要望も届いているそうだ。

被災者の避難先で活用されたwithCUBE(写真提供/LIXIL)

被災者の避難先で活用されたwithCUBE(写真提供/LIXIL)

役目を終えた仮設住宅建材の二次活用も進んでいる。東日本大震災から10年が経過し、多くの仮設住宅が解体されている。「仮設住宅に関わった方々の想いをつなぐ」という目的のもと、仮設住宅の窓などを再利用し、東京オリンピック・パラリンピックの聖火トーチやモニュメントへ生まれ変わらせる取り組みも行われた。

前述の熊本県のケースのように、解体するのではなく、建物そのものを恒久住宅や集会所として二次利用するケースもある。2011年に6000戸の木造仮設住宅が供給された福島県では、その一部を災害公営住宅として再構築した。躯体や間取りはそのままに、屋根・サッシ・設備などを一新、屋根や外壁に断熱材を補強するなどし、居住性を高めている。

設備の進化を活かしながら、ひとりひとりが「自衛」する

災害は、いつ起こるか分からない。各自治体等でもさまざまな準備が行われており、日々進化している。一方で、どれだけ進化しても、やはり一番重要なのはひとりひとりの自衛意識だ。
住宅・設備メーカーでも、震災の教訓を活かし、災害に強い商品が日々開発されている。各自治体の災害対策について知ると同時に、自身の住まいを選ぶ際には、そうした設備や地区の情報を調べながら、必要な備えをぜひ、行ってほしい。

●取材協力
熊本県
東京都
LIXIL

顔見知りになることで孤立・孤独をなくす防災を。渋谷でつながりの輪広がる【わがまち防災4】

2011年の東日本大震災、いわゆる「3・11」からちょうど10年。各地域で防災への関心が高まり、取り組まれるようになった。いま「地域の防災」はどうなっているのだろうか。
第4回にご紹介するのは、東京都渋谷区の「渋谷おとなりサンデー」。2017年から毎年6月を中心に開催される交流機会で、“ふだん話す機会の少ない近隣の人ともっと顔見知りになる”ことを目的にしている。こうした地域コミュニティの活性化は防災時にも役立つだろう。

世界で約800万人が参加するパリ発の「隣人祭り」

ヒントにしたのは1999年にパリで始まった「隣人祭り」。高齢者の孤独死を防ぐために住民たちがアパートの中庭に集まり、ワインやチーズを持ち寄って交流するというものだ。現在ではヨーロッパ29カ国、約800万人が参加する市民運動となっている。

渋谷区役所・区民部地域振興課の山口啓明さん(53歳)は言う。
「渋谷版の『隣人祭り』を開催しようと発案したのは現・長谷部健区長。渋谷区議時代から地域のいろんなコミュニティで“仲間を増やしたい”という共通課題があることを感じていたなかで、パリの『隣人祭り』を知り、地域内で交流の輪を広げる機会として導入したようです」

他の都心部のまちと同様、渋谷区も人口・世帯数が増加する一方で核家族化が進んでいる。転入者の多くは20代~40代で、そのほとんどが集合住宅(賃貸マンション・アパート)で暮らす。

(出典:東京都監察医務院で取り扱った自宅住居で亡くなった単身世帯の者の統計)

出典:東京都監察医務院で取り扱った自宅住居で亡くなった単身世帯の者の統計

いわば、周囲との繋がりがない状況で、結果として「家と会社との往復だけで身近に知り合いがいない若者」や「周りに相談できる知り合いがおらず、子育てに悩む夫婦」のような人々が増えているという。
「『渋谷おとなりサンデー』は、孤独死という悲しい出来事が起きる前段階の、孤独・孤立している人、もしくは孤独・孤立のリスクの高い人に向けて、まずは“誰かと知り合うきっかけを提供する”ことを目的に実施しています」(山口さん)

非常食のリゾットを食べながら防災について学ぶ

初年度は、6月第一日曜日にカフェでボードゲーム、公園でピクニック、オフィス前の道路でチョークアート、地域の清掃活動など、区内の39カ所で交流機会が開かれた。その後、年を経るごとに交流機会の数は増えている。

(写真提供/ファイヤー通りバーチャル町会)

(写真提供/ファイヤー通りバーチャル町会)

(写真提供/渋谷区役所・区民部地域振興課)

(写真提供/渋谷区役所・区民部地域振興課)

防災面では、東京消防庁や陸上自衛隊の協力のもとで災害体験や消化体験などをVRで体験できる「渋谷防災フェス」と連動する形で、「渋谷おとなりサンデー~防災編~」を開催。2019年度は非常食のリゾットを食べながら防災について学んだ。

(写真提供/渋谷区危機管理対策部防災課)

(写真提供/渋谷区危機管理対策部防災課)

しかし、2020年度は新型コロナウイルスの影響で人が集まるイベントは軒並み中止。代わりに、オンライン会議ツールZoomを通じて、子育て、高齢者福祉、グルメなどについての情報交換が行われた。

マルシェの開催を機に地域の飲食店を救う動きも

なお、渋谷区が主催するのは6月のみ。その他は「おとなりサンデー」の旗印さえ掲げれば誰でも自由に交流機会を主催できる。山口さんが強く印象に残っているのは、2019年度に開かれた「代々木深町フカマルシェ」だという。

(写真提供/代々木深町フカマルシェ実行委員会)

(写真提供/代々木深町フカマルシェ実行委員会)

「富ヶ谷の代々木深町小公園で、生産者とつながりを持つ地域のお店が出店し、住民が集うというマルシェで、子育て中の母親たちが『身近な地域でつながりをつくりたい』という思いから、地域のお店、子育てサークル、企業、町内会などに声をかけて実現した交流機会です」
渋谷区が行ったのは、企画内容の相談対応と、保健所や公園使用許可の申請サポートのみで、それ以外は主催者任せだ。

(写真提供/渋谷区役所・区民部地域振興課)

(写真提供/渋谷区役所・区民部地域振興課)

さらに、このマルシェの開催で“知り合いの輪“が広がり、コロナ禍で苦境に立たされている地域の飲食店を支えるための、代々木・富ヶ谷・上原エリアのテイクアウト・デリバリーMAPの立ち上げにもつながった。さまざまな意味で「渋谷おとなりサンデー」のモデルケースだと山口さんは振り返る。
「渋谷おとなりサンデーを実際に始めてみて、一番関心が高かったのが小さな子どもを持つ世帯。子育て世帯を中心に、いかに参加しやすい仕組みにしていくかが今後の課題ですね」

昨年末から長崎版「隣人祭り」もスタート

今年の6月はコロナを巡る状況を見ながら、リアルとオンライン両方の交流機会の開催を呼びかけるそうだ。いずれにせよ、集まって交流することがためらわれるなか、各地で「人とのつながりの希薄化」や「関係性の分断」が起きているのも事実。
「生活や子育ての悩みなどを誰にも相談できず、不安や孤独を感じる人がいる一方で、新しい生活様式に合わせて新たな活動を始める人もいます。『渋谷おとなりサンデー』では、コロナ禍におけるそのようなコミュニティ活動を引き続きサポートしていく予定です」
なお、今年で5年目を迎える「渋谷おとなりサンデー」だが、全国の自治体から問い合わせが来ている。その中のひとつ、長崎市では昨年から「ながさき井戸端パーティー」という長崎版「隣人祭り」を始めた。こうして、地域のコミュニティづくりのノウハウは広がっていく。
山口さんによれば、「渋谷区は意外と町内会の活動が盛んで、笹塚、初台、千駄ヶ谷あたりはイベントやお祭りがすごく盛り上がる」という。とくに千駄ヶ谷は商店街と町内会のタッグが強力で、オンラインで盆踊りを開催するなど、柔軟な思考でコロナ禍を乗り切ろうとしている。

(写真提供/千駄ヶ谷大通り商店街振興組合)

(写真提供/千駄ヶ谷大通り商店街振興組合)

渋谷区のような都心部はマンションに住む単身者や核家族が多く、人が孤立しやすいイメージがある。しかし、一方でつながりづくりへの感度も高いことが伝わってきた。どこに住んでいても、災害時に頼りになるのは“隣人”。自分が住む街でのつながりも、関わり方ひとつで見え方が変わってくるかもしれない。

●取材協力
渋谷区役所・区民部地域振興課

近所に雑貨店や包丁研ぎサービスなどが「やってくる」! 不動産に“移動”で価値付けする時代へ

新型コロナウイルスの影響で移動が制限されるようになり、早1年が経過しようとしています。一方、マンションの入居者向けに次世代モビリティサービス「MaaS(マース)」事業や、マンションの敷地や多種多様なスペースにさまざまな移動商業店舗がやってくるサービスなど、「移動」をカギにした暮らしをより豊かにする取り組みもスタートしようとしています。今回は、2021度中にこれらのサービスの本導入を予定している三井不動産に話を聞きました。
お出掛けを楽しく便利にする「MaaS(マース)」、近所にお店が来る「移動商業店舗」

「駅徒歩●分」などと言われるように、不動産と移動は密接な関係にあります。ところが、テクノロジーが発達したことで「働く」「学ぶ」「買い物」も自宅でできるようになりつつあり、「移動」そのものの考え方が大きく変わりそうです。 そんななか、“不動産デベロッパー”である三井不動産が、今、モビリティ構想を掲げています。不動産事業はいわば、出発地となる「住まい」や目的地となる「オフィスビル」「商業施設」などの開発が主な領域のはず。なぜ、モビリティ構想を掲げるのでしょうか。

「弊社は不動産会社ですが、時代が大きく変化、変貌している昨今、不動産という『箱』を提供しているだけでは、競争力を維持できないのではという危機感があります。マンションと商業施設、あるいは勤務先を結ぶ『移動』の新サービスを提供することによって、住む人や働く人に新たな価値を提供できればと思っています」と話すのは三井不動産 ビジネスイノベーション推進部の門川正徳さん。

「弊社のモビリティ構想は街と人、サービスをつなぐものです。お出かけ、つまり“行く”の『MaaS』サービス、お店が自宅近くに“来る”の『移動商業店舗』は、いわば“行く”と“来る“のセット、分かりやすく2本柱といってもよい存在です」とビジネスイノベーション推進部の後藤遼一さんも続けます。

なるほど、不動産まわりの“行く”と“来る“を楽しくするということですね。

20年9月から、柏の葉をはじめ日本橋、豊洲でMaaSの実証実験を実施。手応えは?

まず、“行く”の「MaaS」について解説してもらいましょう。

「MaaSは移動のために必要な検索、予約、決済をひとつのアプリケーションで完結する仕組みです。移動の利便性が格段にあがり、ライフスタイルに大きな変革をもたらすと言われています。今回、私どもの実証実験では、月額定額制(サブスクリプション)サービスで、カーシェアリングやシェアサイクル、バスなどを自由に組み合わせて簡単に利用できるようにしました。マンションから身近な目的地へのお出かけが手軽に、かつ楽しくなることを狙っています」門川さん。

三井不動産が始めたMaaSの実証実験のサービス概要。カーシェアリング、シェアサイクル、バス等の検索・予約・決済がまとめてできるというもの(図版提供/三井不動産)

三井不動産が始めたMaaSの実証実験のサービス概要。カーシェアリング、シェアサイクル、バス等の検索・予約・決済がまとめてできるというもの(図版提供/三井不動産)

MaaSによって、移動手段の検索、予約、決済ができ、なおかつサブスクだとしたら相当、便利&おトクですね。今回の実証実験では、カーシェアリングだけでなく、シェアサイクルやバス、タクシーと移動手段が多岐に渡っているため、時間や目的、気分にあわせて、サクサク選べるようになっているといいます。個人的には、子どもや高齢者などを連れての移動って、検索と下調べ、決済の一つひとつが大変なんですよね……。こうしたアプリが普及すれば、移動のストレスが軽減され、お出かけを楽しむ余裕もできそうです。

このMaaS、アプリの開発は数年前から行い、2020年9月から千葉県の柏の葉キャンパス、東京の日本橋、豊洲で実証実験を実施しています。新型コロナウイルスの影響下ではありますが、現在のところ、ポジティブな声が集まっているとか。

(写真提供/三井不動産)

(写真提供/三井不動産)

「日本橋は都心、豊洲は準都心、柏の葉キャンパスは都市近郊と、それぞれ利用者層が異なるのですが、概ね好評をいただいています。一番うれしいのは『下車したことのないバス停で降りて発見があった』『気軽に移動できるようになった』という声でしょうか」と門川さん。

エリアによって利用状況は異なるそうですが、日本橋や豊洲エリアではタクシーを利用する人が多かった一方で、柏の葉キャンパスではカーシェアリングの利用頻度が高く、「自分の車のように使える」と好評だったとか。確かに、移動で公共交通機関を利用するのは感染症対策を考えると少しナーバスになるもの。タクシーにしてもカーシェアリングにしても、気楽に利用できるのであれば「使ってみたい」という需要にマッチしているのでしょう。課題はあるのでしょうか。

マンションに住民専用のカーシェアリングやシェアサイクルを導入。稼働率が高く好評だったそう(写真提供/三井不動産)

マンションに住民専用のカーシェアリングやシェアサイクルを導入。稼働率が高く好評だったそう(写真提供/三井不動産)

「MaaSという言葉や仕組みがまだまだ知られていないので、知ってもらい、利用してもらって次につなげることが課題だと思っています。また今回の実証実験で得られた知見を活かして、他のエリアでどう展開するかは、今後の取り組みになりますね」と率直に教えてくれました。

リアルなお店があなたの近くに「来る」!移動商業店舗の実験とは

MaaSが住まいから移動するための“行く”試みであれば、住まいの近くに“来る”試みといえるのが、もうひとつのモビリティ構想の取り組みである「移動商業店舗」です。

移動商業店舗のプロジェクト概要。みなさんが生活する近く(住宅・ビル・公園等)に新しい店舗やサービスが来たら、楽しくなりますよね(図版提供/三井不動産)

移動商業店舗のプロジェクト概要。みなさんが生活する近く(住宅・ビル・公園等)に新しい店舗やサービスが来たら、楽しくなりますよね(図版提供/三井不動産)

移動商業店舗は購入率も高く、「また出店したいです!」と事業者、利用者ともに好意的な反応が多かったとか(写真提供/三井不動産)

移動商業店舗は購入率も高く、「また出店したいです!」と事業者、利用者ともに好意的な反応が多かったとか(写真提供/三井不動産)

12月に、掲載した記事、マンション×キッチンカーでは飲食を中心としたフードトラックがマンションに行くという試みをご紹介しましたが、この「移動商業店舗」は飲食に限らず、物販やサービスなどの全ての店舗を車両に乗せて、人々の身近な生活圏内に“来る”というものなのです。ちなみに展開するエリアは三井不動産が手がける施設や敷地内に留まらず、社外も含めた多種多様なスペースも活用し出店場所を広げていく予定。なぜまた、“来る”だったのでしょうか。

「社会の変化するスピードが早くなったことで周辺のニーズと提供コンテンツにギャップが生まれたり、人々の価値観も多様化しています。、さらに、利用者って時間帯や曜日によって、異なる買い物やサービスのニーズを抱いているはずなんです。だからこそお客さんのところに、週替りや日替わり、時間帯ごとに必要なリアル店舗が“来る”ようにすれば不動産では提供しきれなかった幅広く変化するコンテンツを提供できるのではないかと思ったのがはじまりです。これまで不動産会社は動かない床を貸してきましたが、今回は動く床を貸します。つまり『移動産』と言っています」(ビジネスイノベーション推進部の後藤遼一さん)

「不動産」ならぬ「移動産」! 確かに利用者から見れば、利用したい店は時間によって異なりますし、お店が「近くに来てくれるのであれば行きたいな」という店舗は多いもの。また、店舗事業者から見れば「出店コスト」がぐっと抑えられて、集客が見込めるのであれば、これはうれしいマッチングですよね。ちなみに、20年9月~12月に東京都の豊洲、日本橋、晴海、板橋、そして千葉市という5エリアで10業種11店舗の事業者とともにトライアルイベントを実施したそう。

マンション下にマッサージ店舗が来てくれたら行きたいですよね(写真提供/三井不動産)

マンション下にマッサージ店舗が来てくれたら行きたいですよね(写真提供/三井不動産)

包丁研ぎのお店も(写真提供/三井不動産)

包丁研ぎのお店も(写真提供/三井不動産)

「今回は包丁研ぎ、健康器具や雑貨、コスメ、お香、オーダースーツなどさまざまな店舗にご出店いただきましたが、特に包丁とぎやマッサージなどは予想通り好評で、色んな店舗で手ごたえを感じましたね」と話します。一方“移動”“屋外”ならではの大変さもあったとか。

「お天気がいい日は良いのですが、秋の台風シーズンだったものですから(笑)、屋外は大変で、これは今後の課題でもあります。自分もほぼ、イベント会場にいたので、テナントさんのスタッフとも仲良くなって、乗り切った達成感がありました」と振り返ります。

ちなみに、子育て世代は夕飯づくりが落ち着いてから自分の時間があるようで、物販のアクセサリーが夜7~8時に売れるなどの予想外の出来ごともあったとか。思わぬ時間帯に思わぬモノが売れたりするんですね……。今後は、こうした時間帯や曜日によって異なる店舗やサービスのマッチング精度を高めていきたいと思っているそう。

なんと缶詰の専門店も登場。確かに今、缶詰っておいしくておもしろいですもんね! (写真提供/三井不動産)

なんと缶詰の専門店も登場。確かに今、缶詰っておいしくておもしろいですもんね! (写真提供/三井不動産)

利用者からは、「共働きや子育てで忙しい日常の楽しみができた」「コロナ禍のなか、店舗が来てくれるのが便利」という声が寄せられているとか。それは、そうですよね。お店ってやっぱり単なる商売じゃなくて、コミュニケーションの場でもあるので、気持ちが落ち込みがちな時期だからこその「楽しみ」になったのではないかと推察します。

今回の「行く」と「来る」によって促されるのは、人やモノ、風景との「出会い」だと思っています。モビリティ構想というとなかなかイメージしにくいですが、人の「行く」とモノ・サービスの「来る」を楽しくする試みだというと、とても分かりやすいですよね。思うように出会えない・移動できないコロナ禍だからこそ、より価値ある実験となるのではないでしょうか。

●取材協力
三井不動産

愛する地元は自分たちで守る! 防災エキスパートの育成が亀有で始まる【わがまち防災2】

2011年の東日本大震災、いわゆる「3・11」からちょうど10年。このタイミングで「地域の防災」をテーマに具体的な活動事例を取材した。

第2回にご紹介するのは「亀有共助プロジェクト」。これは、葛飾区亀有エリアでアロマや健康や育児に関する講座を主宰していた小西昭美さん(37歳)が“防災エキスパートパパ・ママ”を育成しようと立ち上げたものだ。

本格的なスタートは今年の4月になるという。今回は、そんな小西さんに亀有への愛と「防災の輪」の広げ方について聞いた。

ママ向けの講座を始めたのは「子どもが大好きだったから」

今回のプロジェクトのテーマは100%、「防災」。小西さんは亀有エリアのママたちに向けてアロマや環境に関する講座を開いていたが、同時に多くの人から防災に対する不安の声も聞いていた。

小西さんがママたちを対象とした講座を始めたのは、「子どもが大好きだったから」。独身時代に「子育てアドバイザー」の資格を取るほどの情熱で、当時も子どもができた今も、人生のテーマは「子どもの発達と親子関係」だという。

西亀有にあるGreenroom&Kitchen茶々というカフェスペースで開催していたアロマ講座の様子(画像提供/亀有共助プロジェクト)

西亀有にあるGreenroom&Kitchen茶々というカフェスペースで開催していたアロマ講座の様子(画像提供/亀有共助プロジェクト)

そんなタイミングで出会ったのが、前回の記事にも登場した百年防災社代表の葛西優香さん(34歳)だ。地域の防災計画を推進する、いわば“防災のプロ”だ。

葛西さんは、かつしかFMの『かつぼうそなえチャオ!』という防災番組のパーソナリティーを務めている。この番組に小西さんが出演したのは昨年7月。

「番組の最後に、葛飾区民がリレー形式で感想を話す『防災の輪』という枠があって、私のお友達からバトンが回ってきたんです。それがきっかけで葛西さんと防災トークをするようになり、防災は地域との連携が大事だなと感じるようになりました」

ラジオで防災のプロとしてトーク中の葛西さん(画像提供/百年防災社)

ラジオで防災のプロとしてトーク中の葛西さん(画像提供/百年防災社)

避難所を運営するカードゲームを体験して気付いたこと

その後2020年12月に、小西さんは百年防災社が開発中のカードゲームの会に誘われた。

「内容は、みんなで協力し合って避難所を運営するというもの。まず、鍵がないのでいろんなツテをたどって町内会の会長から鍵を受け取るところから始まり、押し寄せる避難者に対応するんです。みなさんと一緒に頭をフル回転させてとても楽しかったです。同時に、地域や町内会と連携する『共助』の重要性にも気付かされました。その日のうちに『亀有deみんなで守る共助』というLINEグループをつくり、自分たちにできることは何かと考え始めることになりました」

カードゲームは今年の4月末に完成予定(画像提供/百年防災社)

カードゲームは今年の4月末に完成予定(画像提供/百年防災社)

自分たちにできること――それは例えば、備蓄。小西さんの防災に対する意識は高いものの、まだいざというときの備蓄態勢は整っていない。今後、葛西さんの備蓄品を参考にしながら買いそろえたいという。

現在の防災備蓄は水、食料、簡易トイレのみ(画像提供/亀有共助プロジェクト)

現在の防災備蓄は水、食料、簡易トイレのみ(画像提供/亀有共助プロジェクト)

一方、防災の専門家である葛西さんは「いつも鞄に入れて持ち歩くもの(ヘッドライト、ビニール袋、トイレ、マウスピース、非常笛など)」、「車での移動が多いので車載用」、「逃げる際のリュック(背負って走れる重さ)」と、いつ災害が起きても対応できる万全の態勢を取っている。

こちらは「鞄に入れて持ち歩く防災グッズ」(画像提供/百年防災社)

こちらは「鞄に入れて持ち歩く防災グッズ」(画像提供/百年防災社)

葛西さんとの出会いを機に、防災活動は地域との繋がりが大事だと気付いた小西さん。近い将来、地元の町会に入るつもりだ。

愛する町だからこそ、防災への意識を高めておきたい

小西さんは、地元・亀有を愛している。

「妊娠したタイミングで引越してきたんですが、本当に子育てがしやすい。遊具が充実している公園が近くにいっぱいあって、スーパーに行けば、素材にこだわったちょっと意識の高い商品が並んでいます(笑)」

亀有を代表する商店街「ゆうろーど」(画像/PIXTA)

亀有を代表する商店街「ゆうろーど」(画像/PIXTA)

災害時の広域避難所にも指定されている上千葉砂原公園(画像/PIXTA)

災害時の広域避難所にも指定されている上千葉砂原公園(画像/PIXTA)

お隣の足立区だが「お散歩圏内」の大谷田南公園(画像/PIXTA)

お隣の足立区だが「お散歩圏内」の大谷田南公園(画像/PIXTA)

また、同じエリアで出会ったパパ・ママたちは、自然派の子育て、現在の政治、そして防災について熱心に語り合える貴重な存在だ。

「防災について言えば、それぞれが問題意識を持って考えていましたが、それらを繋げる場所がなかった。さっきのLINEグループもそうですが、まずは顔見知りになっておくことが重要だと思います」

全講座を受講した人は「防災エキスパートパパ・ママ」に認定

4月からは「自助力」「共助力」という2つのテーマでさまざまな防災講座を開催する予定だ。申し込みは先着順で、密を避けるために1回あたり会場に5名ずつという制限も設けた。

ここに「公助力(行政との連携)」も加わる予定だ(画像提供/亀有共助プロジェクト)

ここに「公助力(行政との連携)」も加わる予定だ(画像提供/亀有共助プロジェクト)

小西さんの専門分野であるアロマ講座も(画像提供/亀有共助プロジェクト)

小西さんの専門分野であるアロマ講座も(画像提供/亀有共助プロジェクト)

「ママたちに向けてアロマ講座をやってきた経験から、例えば避難所でアロマを体験してもらえれば傷や火傷に対応できたり、除菌もできますし、リラックス効果もあるので、感情の切り替えもできる。6月から8月にかけて予定している講座は、そのシミュレーションなんです」

防災の準備に必要な備蓄品について知ることから始まり、最終的には町会や地域の高齢者も一緒になって避難所運営を学ぶプログラムとなっている。

1年をかけて全講座を受講した人は「防災エキスパートパパ・ママ」に認定。ここで培った「自助力」「共助力」のノウハウは別のパパ・ママたちに伝えられるとともに、そこからさらに拡散してゆく。

「テーマ縁」で形成されるパパ・ママ友コミュニティ

小西さんとともに講座を企画する百年防災社の葛西さんは言う。

(画像提供/亀有共助プロジェクト)

(画像提供/亀有共助プロジェクト)

「近所のコミュニティ、すなわち縁が生まれる背景には、地縁、テーマ縁、血縁、学校縁があると思います。小西さんの『亀有共助プロジェクト』は、まさに防災というテーマでつながる“テーマ縁”で形成されるパパ・ママ友コミュニティですね」

アロマ縁、環境縁、そして葛西さんのラジオに出演したことを機に生まれた防災縁。各エリアにいるというパパ・ママ友コミュニティに加えて、今後、町会との繋がりも深くなれば防災講座もより深く、実践的になるだろう。

いろんな縁を結んでいた小西さん。それが、結果的に地域を守る防災につながろうとしている。ちょっとした縁をきっかけに起こした行動から新しい防災の芽が生まれる。これは、どの地域にも起こり得ることかもしれない。

●取材協力
亀有共助プロジェクト
百年防災社

祖母の思い出の家を“住み開き”! 地域で子育て・防災できる住まいに

長らく住宅不足が続いてきた日本ですが、2010年代に入って住宅が余りはじめ、昨今は空き家が問題となっています。築年数の経過した祖父母・父母の思い出がつまった住まいをどうするのか、今から考えておきたい人も多いことでしょう。今回は東京・下町で思い出の場所を現代の暮らしにあわせて、コワーキングスペース&シェアキッチン付き住宅へと建て替えた鈴木亮平さんに話を伺いました。
まるで朝ドラ! 祖父母の行政書士・税理士事務所兼住まい

2020年4月、とうきょうスカイツリー駅のすぐそばに、コワーキングスペース・シェアオフィス、シェアキッチン、住居などが一体となった「PLAT295」が誕生しました。働く場所、勉強場所を探している人はもちろん、多目的に使えるキッチンがあり、動画撮影などのスタジオとしても活用されているとか。複合型の施設のため、地元の人はもちろん、検索してわざわざ訪れる人まで、さまざまな利用者がいるといいます。

PLAT295のコワーキングスペース。テレワークとして時間利用もできるほか、事務所登記もできるので、起業も可能に(撮影/片山貴博)

PLAT295のコワーキングスペース。テレワークとして時間利用もできるほか、事務所登記もできるので、起業も可能に(撮影/片山貴博)

2階(撮影/片山貴博)

2階(撮影/片山貴博)

「もともとこの場所は僕の祖父母が暮らしていた住まいがあったんです。1棟は築40年超、1棟は築60年超。建物が隣接していて、ベランダで行き来できるような建物でした」と話すのは、PLAT295の立案者であり、NPO法人バルーンでアーバン・デザイナーとして活躍する鈴木亮平さん。

聞くと、暮らしていたのは鈴木さんの母方の祖父母。祖母は東京大空襲で焼け野原となったこの場所で、6人の弟妹を養うために進駐軍の事務手続きの仕事をはじめ、その後、日本の女性ではまだ珍しかった行政書士の資格を取得。この場所で行政書士事務所を始めたそう。のちのち縁あって税理士の夫と結婚、税理士業とあわせて仕事を行うなかで土地と建物を買い増して、成功を収めていたといいます。

昭和40年ごろの写真(写真提供/鈴木さん)

昭和40年ごろの写真(写真提供/鈴木さん)

日ごろから「ちまちま稼いでも儲からない、不動産を買わないと」というような、下町っ子らしい毒舌(!)で気風のよい人だとか。とはいえ、築60年超の建物は老朽化し、ネズミが出る、漏電や耐震面でも不安があり、暮らしやすいとはいい難い状況でした。

左/建て替え前。1棟は築40年超、1棟は築60年超(写真提供/鈴木さん)、右/建て替え後(撮影/片山貴博)

左/建て替え前。1棟は築40年超、1棟は築60年超(写真提供/鈴木さん)、右/建て替え後(撮影/片山貴博)

建物の模型。1階・2階が地域に開いたスペース。3階からうえが賃貸ほか、鈴木さん家族の居住スペース(撮影/片山貴博)

建物の模型。1階・2階が地域に開いたスペース。3階からうえが賃貸ほか、鈴木さん家族の居住スペース(撮影/片山貴博)

安全性、防災、まちづくり、子育てなどを考慮して建て替えへ

建物の老朽化を懸念していたころ、この場所で暮らしてきた祖母が施設に入ることが決まりました。鈴木さん夫妻は、既存の建物を壊して、ここで建て替えることを決断します。

「建物の老朽化、子育てしやすい間取りで暮らしたいという理由もありますが、大きいのは、長くじっくりとまちづくりに関わっていきたいと考えたこと。仕事柄、地域活性化といっても2~3年でプロジェクトが終わってしまうのですが、もうすこし長いスパンでまちづくりに携わりたいと考えました。もう一つは防災面です。災害が起きたとき、近所の誰かに助けてもらえる、気にかけてもらえることが運命を大きく変える気がするんです。祖母は東京空襲に遭ったとき、近所のおじちゃんに火から身を守るため泥を全身に塗られて生き延びられたと言っていました。私は仕事柄、出張も多いので、不在にしていることも多い。そんなときに被災したら、妻と子どもを気にかけ、守ってくれるのは地域の人だなと思い、地域の人とつながれるスペースが必要だと感じました」(鈴木さん)

以前撮影した家族写真(写真提供/鈴木さん)

以前撮影した家族写真(写真提供/鈴木さん)

まさか戦争のエピソードが出てくるとはちょっとびっくりしますが、戦火をくぐり抜けた人が語るコミュニティの大切さは実感がこもっていて、言葉に重みがあります。

にこやかに話す鈴木亮平さん。福島や千葉でもまちづくりに携わるほか、東京大学大学院新領域創成科学研究科で非常勤講師も務める。若き才能という言葉がぴったりです(写真撮影/片山貴博)

にこやかに話す鈴木亮平さん。福島や千葉でもまちづくりに携わるほか、東京大学大学院新領域創成科学研究科で非常勤講師も務める。若き才能という言葉がぴったりです(写真撮影/片山貴博)

「本所吾妻橋駅周辺はアクセスも最高で、庶民的で本当に住みやすいんです。ただ、人口密集地域ですし、海抜ゼロメートル地帯。地震、台風など防災のことは常に考えておかないといけません。また、仕事柄、さまざまな人と出会って刺激を受けたいといった実利的な側面も考慮しました。この下町って、職住近接が当たり前なんですよ。印刷や建築、職人さんなど、路地から仕事の音やニオイ、気配がする。この土地で暮らすうちに、自然とこういう街並みを守っていきたいと思うようになりました」(鈴木さん)

東京は利便性が高く、日々、目まぐるしく変貌している街です。でも、経済合理性が優先されるがゆえに、その街ならではの良さがどんどん失われている側面もあります。鈴木さんが選んだのは、単に新しい住宅を建てることではなく、街の良さを活かすために、時代に合わせた設備を備えた建物にするという答えでした。

住まいから見上げる東京スカイツリー。子どもたちもご近所顔なじみに!

「PLAT295」の誕生と同時に、妻は転職し、現在はPLAT295などの管理や運営の仕事をしています。1階が仕事場、4・5階が鈴木さん一家の自宅というかたちになりました。暮らしはどのように変わったのでしょうか。

鈴木さん夫妻のご自宅。お子さん2人と家族4人暮らし。「今日(取材日)のために片付けました!」とおっしゃいますが美しいです(撮影/片山貴博)

鈴木さん夫妻のご自宅。お子さん2人と家族4人暮らし。「今日(取材日)のために片付けました!」とおっしゃいますが美しいです(撮影/片山貴博)

鈴木さん宅のベランダから見る東京スカイツリー。近すぎて全体がカメラに収まらない程の“足元”。ベランダではライムやハーブを栽培しています(撮影/片山貴博)

鈴木さん宅のベランダから見る東京スカイツリー。近すぎて全体がカメラに収まらない程の“足元”。ベランダではライムやハーブを栽培しています(撮影/片山貴博)

「ここで働くようになり通勤がなくなったので、子どもと過ごせる時間が増え、気持ちのうえでもゆとりが生まれました。子どもは4・5階の居室スペースだけでなく、1階のシェアオフィスも家だと思っているようで、よく訪れています。シェアオフィスがオープンした当初はそれこそ大人と一緒に店番していました(笑)」と妻のすみれさんは話します。

1階のシェアキッチンで遊ぶ子どもたち(写真提供/鈴木さん)

1階のシェアキッチンで遊ぶ子どもたち(写真提供/鈴木さん)

働く大人、働く親の姿を見られるのって貴重ですよね。子どもにとっては一番よい学びの場所になる気がします。

「そうですよね、1階にいれば誰かしらいて、アイスをもらったりと遊んでもらえて、親もうれしいですね。あとはシェアキッチンには大型オーブンを入れたので、本格的なピザなどが焼けるのが楽しいですね」といいます。キッチンのコーディネートを担当したのもすみれさんで、インスタグラムや動画撮影で使われることも意識し、照明のデザインなども工夫したのだとか。

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

「本当は小さいお子さんを連れたママたちの子ども会やパーティーなどにも使ってほしいんですが、コロナ禍でなかなかできず……、そこは今後に期待ですよね」。確かに。でも近所にこんなシェアキッチンがあれば、自然と持ち寄りパーティーなどもできそうですし、じわじわと利用も増えていくに違いません。

「下町はお祭りがあるので、地域のつながりが今もあるんですよ。ただ、それだけだと、いつものメンバーに偏ってしまう。会社員の人や単身赴任の人など、普段はワンルームに暮らしている人も、地元の人と顔なじみになれることが大事かなあと。シェアオフィスがあることで、そのきっかけになれたらいいなと思っています」と鈴木さん。

この場所のはじまりとなった祖母は、コロナの影響でまだ施設から外出することができず、建物を見ていないそう。

「この『PLAT295』という名前は、おばあちゃんの名前、ふくこ(295)から取りました。建物ができあがった姿を見たら? そうですね、儲からなそうだな、って言うんじゃないでしょうか(笑)」(鈴木さん)

もちろん、既存の建物を残す選択肢もありましたが、「建物の質がよくなかったこともあって、残せるものではなかったことを考えて」、建て替えを決断した夫妻。残すことだけが、住み継ぐことではありません。時代にあわせて変化をさせ、思いを残すにはどうしたらいいのか。「地域とつながる」「人をつなげる」場所にした夫妻の決断を、きっとおばあちゃんも誇らしく思うのではないでしょうか。

●取材協力
PLAT295

山手線30駅、家賃相場が安い駅ランキング! 2021年版

東京の大動脈といえば、JR山手線。交通利便性の高さもあいまって、部屋探しの際にはぜひとも検討したい路線だろう。よく知っているようでも、住まい選びとなると視点は変わってくるもの。そこで、ワンルーム・1K・1DKの物件を対象にした全30駅の最新の家賃相場をチェック。どんな駅があるのか、その特徴を、改めて考えてみた。山手線30駅の家賃相場が安い駅ランキング!2021年版
順位/駅名/家賃相場/(駅所在地)
1位 田端 8.50万円(北区)
1位 目白 8.50万円(豊島区)
1位 西日暮里8.50万円(荒川区)
4位 日暮里 8.60万円(荒川区・台東区)
5位 駒込 8.80万円(豊島区)
5位 高田馬場 8.80万円(新宿区)
7位 大塚 8.90万円(豊島区)
7位 池袋 8.90万円(豊島区)
9位 新大久保 9.10万円(新宿区)
9位 鶯谷 9.10万円(台東区)
11位 巣鴨 9.15万円(豊島区)
12位 大崎 9.60万円(品川区)
13位 五反田 9.90万円(品川区)
13位 高輪ゲートウェイ9.90万円(港区)
15位 品川 10.30万円(港区)
16位 目黒 10.70万円(品川区)
17位 上野 10.95万円(台東区)
18位 神田 11.00万円(千代田区)
19位 代々木 11.10万円(渋谷区)
20位 東京 11.20万円(千代田区)
21位 新宿 11.25万円(新宿区・渋谷区)
22位 田町 11.30万円(港区)
23位 秋葉原 11.40万円(千代田区)
24位 浜松町 11.65万円(港区)
25位 御徒町 11.70万円(台東区)
26位 恵比寿 12.40万円(渋谷区)
27位 有楽町 12.50万円(千代田区)
28位 新橋 12.55万円(港区)
29位 渋谷 12.80万円(渋谷区)
30位 原宿 13.50万円(渋谷区)

文学、緑豊か。都心であっても閑静な街、田端が同率1位に

1位は、山手線で唯一北区に所在する、田端駅。山手線と同じく東京の主要交通路線であるJR京浜東北線の、快速運転も停車する。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

山手線沿線というと都心の街並みを連想するが、田端は落ち着いた住宅街の印象が強い。5位の駒込駅との中間ほどに位置する「田端銀座商店街」は、昔ながらの下町情緒を感じることができる。

また田端は大正時代、まだ若いころの芥川龍之介や室生犀星、萩原朔太郎などの文人たちが集い、互いに刺激を受けあいながら執筆に精を出した文学の街という一面を持つ。駅北口すぐにある「田端文士村記念館」では、田端で活躍した文士や芸術家らの草稿など貴重な資料や作品が展示されており、講演会なども無料で開催されている。街中には彼らの邸宅跡の碑などが点在しており、文学ファンなら心にとどめておく価値がありそうだ。

同率1位の目白駅は、2020年の同率3位からランクアップした。学習院大学の所在地のイメージが強いが、ほかにも日本女子大学や川村学園女子大学の目白キャンパスの最寄駅で、文教地区に指定されているところも多いエリア。幼児教育などの進学塾が多いことでも知られる。

学生が多い地域であるが大きな商業施設などがなく、街の雰囲気は落ち着いていて、閑静な住宅街でもある。都会でありながら緑が多く、駅近くには大きな日本庭園の「目白庭園」がある。池の周囲を散策しながら自然に親しみ、数寄屋造りの庵では伝統文化にも親しむことができるスポットで、緑豊かな印象の一助になっている。

目白庭園(写真/PIXTA)

目白庭園(写真/PIXTA)

せっかく山手線沿線に住むならとにかく繁華街に住みたい、という人にとっても、意外だが目白はチェックしておきたい駅。東京の主要繁華街といえば渋谷、新宿、池袋。この中で7位の池袋駅だけが10万円を切る価格でねらい目といえそうだが、目白はその池袋とは隣駅で、駅間距離は1.5km弱。物件の場所によっては、両駅とも利用可能だろう。目白寄りのエリアで部屋を探してより家賃を抑え、穏やかな住宅環境とにぎやかな繁華街の両方を楽しむ、という工夫もしてみたい。

変化する街も見逃せない

13位の五反田駅は、東急池上線、都営地下鉄浅草線が乗り入れている。かつては歓楽街のイメージがあったが、近年はITベンチャーの街としての側面を強めている。

これまでITベンチャーやスタートアップの進出地といえば渋谷がよく知られていたが、小規模オフィスの家賃の高騰などから五反田に注目が集まった。その先陣を切った有力なITベンチャーらが協力して2018年には「一般社団法人五反田バレー」を設立、五反田や品川区など地域の活性化につながる事業も行っている。変化する街の雰囲気をリアルに体験できるのは、魅力といえるだろう。

2020年春には、JRの駅に直結した商業施設「アトレ五反田2」「JR東日本ホテルメッツ 五反田」が開業。東急線に直結した商業施設も「五反田東急スクエア」に改称し、新たな専門店業態になった。また、かつてはバレエ公演の一大拠点であり2015年に閉館したゆうぽうとホールの跡地に、地上21階建ての高層複合ビルが2023年以降開業予定。五反田エリア唯一の高層階ホテルになるほか、文化公演からビジネスまで利用できるホールも入る予定で、街並み自体も変わりつつある。

高輪ゲートウェイ駅(写真/PIXTA)

高輪ゲートウェイ駅(写真/PIXTA)

2020年3月に49年ぶりに山手線に開業した新駅、高輪ゲートウェイ駅は五反田と同率の13位だった。港区に所在する駅では最高位のランクイン。世界へ向けた国際拠点として再開発がすすむ品川エリアの象徴である駅だが、街の本開業は2024年ごろの予定で、周辺はまだ開発の真っ只中。新型コロナウイルスの影響もあり、街を楽しむ……というのはまだ少し先のことになりそうだが、その分、期待が募るとも言えそうだ。

人々が生活する以上、街も建物も変わりゆくもの。しかしその中でも、大事に守られ継がれ
てきたものもある。大都市・東京は移り変わりのスピードも速いが、部屋探しの際には、変わるものと変わらないもの、その未来を見越して決めることも大切なように思う。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている山手線沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2020/9~2020/11
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している