「東急東横線」沿線、家賃相場が安い駅ランキング 2023年版

渋谷や中目黒、武蔵小杉など多数の人気エリアが沿線にある東急東横線は、「SUUMO住みたい街ランキング2022 首都圏版」の「住みたい沿線ランキング」でも3位にランクインしている人気路線。東京都渋谷区から神奈川県横浜市まで21駅を結んでおり、駅ごとに特徴もさまざまだ。そんな東急東横線の沿線で、リーズナブルに賃貸物件に住むならどこがいいのか? 駅から徒歩15分圏内にある、シングル向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が安い駅を調査した。全21駅のランキングをご紹介しよう。

東急東横線の家賃相場が安い駅ランキング

順位/駅名/家賃相場/駅の所在地
1位 白楽 5.85万円 神奈川県横浜市神奈川区
2位 妙蓮寺 5.95万円 神奈川県横浜市港北区
3位 東白楽 6.00万円 神奈川県横浜市神奈川区
4位 日吉 6.60万円 神奈川県横浜市港北区
5位 大倉山 6.93万円 神奈川県横浜市港北区
6位 反町 7.00万円 神奈川県横浜市神奈川区
7位 菊名 7.10万円 神奈川県横浜市港北区
8位 元住吉 7.20万円 神奈川県川崎市中原区
9位 綱島 7.50万円 神奈川県横浜市港北区
10位 多摩川 7.90万円 東京都大田区
11位 新丸子 8.00万円 神奈川県川崎市中原区
12位 武蔵小杉 8.20万円 神奈川県川崎市中原区
13位 横浜 8.39万円 神奈川県横浜市西区
14位 田園調布 8.50万円 東京都大田区
15位 自由が丘 8.80万円 東京都目黒区
16位 祐天寺 9.00万円 東京都目黒区
17位 学芸大学 9.20万円 東京都目黒区
18位 都立大学 9.40万円 東京都目黒区
19位 中目黒 11.10万円 東京都目黒区
20位 渋谷 12.50万円 東京都渋谷区
21位 代官山 12.60万円 東京都渋谷区

TOP3は横浜駅まで電車で10分以内の近さで家賃相場6万円以下

全21駅ある東急東横線のうち最も家賃相場が安かった駅は、白楽駅で家賃相場5万8500円。2位は妙蓮寺駅で家賃相場5万9500円、3位は東白楽駅で家賃相場6万円という結果に。ちなみにこの3駅は横浜方面に向かって2位・妙蓮寺駅~1位・白楽駅~3位・東白楽駅と連続しており、東白楽駅から2駅先に横浜駅がある。

1位・白楽駅は2021年春に駅舎が増築され、24時間営業のフィットネスジムと「タリーズコーヒーKU白楽駅店」がオープンしている。このタリーズコーヒーは白楽駅から徒歩約15分の場所に横浜キャンパスがある神奈川大学とのコラボカフェで、大学や地域の情報発信基地としての役割も担っているんだとか。学生が多い街だけあって、駅周辺にはリーズナブルな飲食店も豊富。駅西口側の「六角橋商店街」にはスーパーやドラッグストアはもちろん、食料品や生活用品の個人商店も立ち並びにぎやかな雰囲気だ。

六角橋商店街(写真/PIXTA)

六角橋商店街(写真/PIXTA)

「六角橋商店街」を抜けると県道12号・横浜上麻生道路の六角橋交差点にぶつかる。交差点から神奈川大学の横浜キャンパス方面にかけては「六角橋協栄会」、交差点を左折した横浜上麻生道路沿いには「にしかな商店街」と商店街がさらに続く。そのまま横浜上麻生道路を7分ほど歩くと3位・東白楽駅にたどり着く。

3位・東白楽駅の駅前に商店街はなく、個人商店やコンビニ、ミニスーパーが点在する程度。白楽駅と比べると静かな雰囲気といえる。駅の東側は県立高校、西側は仏教寺院の敷地が広がり、それ以外は住宅地となっている。しかし買い物に不便な環境ということもなく、東白楽駅から南へ8分ほど歩くとショッピングモール「イオンスタイル東神奈川」へ。さらにそこから徒歩約3分でJR東神奈川駅の西口に到着。東神奈川駅は東口側にもショッピングモールがあるなど大いににぎわっており、駅前広場をはさんで京急本線の京急東神奈川駅も。東白楽駅周辺に住むと、東急東横線とJR、そして京急本線の3路線が利用できるというわけだ。

2位・妙蓮寺駅の様子も見てみよう。妙蓮寺駅は1位・白楽駅から北に歩いて15分ほど。駅東側には駅名の由来であるお寺「妙蓮寺」の境内が広がっている。駅西側にはスーパーやドラッグストアなどが立ち並ぶ商店街があり、その先には春のお花見名所としても愛される「菊名池公園」が広がる。商店街にはラーメン店やファストフード店、こぢんまりとしたカフェも。手軽に食事を済ませたい場合や息抜きしたいときにも商店街が役立ちそう。

菊名池公園(写真/PIXTA)

菊名池公園(写真/PIXTA)

トップ3の駅周辺にはいずれも大型の商業施設はないけれど、東急東横線に乗ると2位・妙蓮寺駅から1位・白楽駅と3位・東白楽駅を経由して一大繁華街の横浜駅まで約7分。みなとみらい線直通の東急東横線でそのまま横浜駅の先にある人気エリア、みなとみらい駅や元町・中華街駅に行くこともできる。ちなみに横浜駅は13位にランクインしており、家賃相場は8万3900円。トップ3との価格差が2万3000円以上あると考えると、家賃相場が低い白楽駅などに住んで、用事があるときはサクッと横浜駅に出る……という暮らし方もアリだろう。

都内の駅は軒並み家賃相場が高めだが、割安に思える駅も

トップ3のほかにも注目の駅をいくつかピックアップしたい。まずは家賃相場6万6000円で4位にランクインした日吉駅。通勤特急に乗れば、横浜駅まで2駅・約11分、横浜と反対方面の渋谷駅までは4駅・約20分で行ける。日吉駅には東急目黒線と横浜市営地下鉄グリーンラインも乗り入れているほか、2023年3月にはさらにアクセス性が向上。日吉駅と相鉄本線・西谷駅を結ぶ連絡線となる東急新横浜線が開業を迎えるのだ。日吉駅~西谷駅間には新横浜駅もあるため、同駅に停車する東海道新幹線への乗り換えもグッと楽になる。

日吉駅(写真/PIXTA)

日吉駅(写真/PIXTA)

そんな新線開業に沸く4位・日吉駅は慶應義塾大学のお膝元。東口駅前にイチョウ並木が印象的な日吉キャンパスが広がり、多くの学生に利用されている。駅には「日吉東急アベニュー」が併設され、地下1階から地上3階にかけて食料品やファッション・雑貨、家電まで多彩な店舗がそろっている。西口駅前には学生にも愛用されるリーズナブルな飲食店が多数あり、自炊をあまりしない人も飽きずに毎日いろんなものが味わえるだろう。

さて、東急東横線沿線にせっかく住むなら「交通面でも買い物面でも便利な横浜駅がいい」と考える人もいるかもしれない。しかし家賃相場は専有面積10平米以上~40平米未満で8万3900円と思うと悩ましい。そんなとき狙い目は、6位・反町(たんまち)駅。横浜駅の隣駅であり歩いても15分弱という立地ながら家賃相場は7万円で、横浜駅よりも1万3900円低いのだ。反町駅周辺は住宅街で、暮らす街としてはにぎやかな横浜駅よりもこちらが落ち着くと思う人もいるだろう。精肉店や青果店などの個人商店やドラッグストア、安さがウリのスーパー、ファストフードなどのリーズナブルな飲食店もあるため、日常生活に困らない。のんびり散歩できる「東横フラワー緑道」や「反町公園」といった憩いの場も駅近くにあり、落ち着いた暮らしと横浜駅の便利さをイイトコどりできる環境だ。

ここまで見てきた駅はいずれも神奈川県横浜市内なので、東京都内に位置する駅もチェックしよう。都内の駅は10位・多摩川駅をのぞいて家賃相場が8万5000円以上。渋谷駅に近づくとやはり家賃相場もはね上がるようだ。そうしたなかでも注目は16位・祐天寺駅。渋谷方面の隣駅である中目黒駅は家賃相場11万1000円(19位)、横浜方面の隣駅である学芸大学駅は家賃相場9万2000円(17位)なのに対し、両駅の間にある祐天寺駅は家賃相場が9万円にとどまっている。

祐天寺駅前(写真/PIXTA)

祐天寺駅前(写真/PIXTA)

16位・祐天寺駅は各駅停車しか停まらないためか知名度は低めかもしれないが、渋谷駅までは3駅・約7分の近さ。東急東横線の高架化にともなって2018年に誕生した駅ビル「エトモ祐天寺」が併設され、スーパーやドラッグストア、飲食店などが利用可能だ。駅周辺にはチェーン系から個性派までさまざまな飲食店や、人気の洋菓子店、しゃれた古着店など多彩な店舗が並んでいる。一方で活気あふれる通りを少し外れると静かな住宅地に。のんびりした暮らしと生活に便利な街並み、渋谷までの近さを兼ね備えつつ家賃相場9万円というのは、環境のよさの割には狙い目とも言えるかもしれない。2021年には駅周辺の整備計画が策定され、今後数年間をかけてより住みやすい街へと進化していく点も楽しみだ。

家賃相場ランキング

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東横線沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/8~2022/10
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

シングルが住み続けたい街ランキング(家賃8万円以下)を世田谷線沿線が席巻! ローカル感がエモい街

リクルートは10月「SUUMO住民実感調査2022首都圏版」と、「SUUMO住民実感調査2022首都圏版 家賃水準別住み続けたい駅ランキング」の2つを発表した。前者は、首都圏に住む20代以上の男女に、現在住んでいる街に住み続けたいかを聞き、その希望度が高い駅・自治体をランキングしたもの。後者は、その上位の中から、賃貸物件の家賃相場が一定の基準をクリアする駅だけでエリア別にランキングしたものだ。今回、紹介するのは後者の方、住民が今後も住み続けたいと感じていて、かつ賃貸物件も手が届きやすい街のランキングとなる。「東京23区シングル家賃8万円以下住み続けたい駅ランキング」のトップ10に、東急世田谷線(以降、世田谷線)、山下、上町、宮の坂、松陰神社前、松原の5駅がランクインした。
世田谷線は、下高井戸駅と三軒茶屋駅(全ての駅は世田谷区内)を結ぶ軌道線で、新宿駅や渋谷駅といった主要ターミナルを起点としない、比較的マイナーな路線といってよいだろう。なぜ、世田谷線の街が多数ランクインしたのだろうか?

高度成長期に「取り残された」のが都内の数少ない軌道線である世田谷線松陰神社前駅に停車する世田谷線の車両。小ぶりの車体の2両編成。うち1編成は、沿線の名所・豪徳寺の「招福の招き猫」が車体にあしらわれている。車内のつり革も猫型だ(写真撮影/村島正彦)

松陰神社前駅に停車する世田谷線の車両。小ぶりの車体の2両編成。うち1編成は、沿線の名所・豪徳寺の「招福の招き猫」が車体にあしらわれている。車内のつり革も猫型だ(写真撮影/村島正彦)

世田谷線は、軌道を走るトラム型車両で運行されている。同様の軌道電車には、都内ではもう一つ、三ノ輪橋と早稲田を結ぶ都電荒川線(東京さくらトラム)がある。

歴史を紐解けば、明治後期(1907年)に近代化・都市開発のため必要な砂利を多摩川から調達するため、渋谷と玉川(現在の二子玉川)の間に軌道(道路上に電車などが走るために設けた線路)が開業した。大正14年(1925年)に三軒茶屋から下高井戸の間に新設軌道の支線、下高井戸線が設けられた。

モータリゼーションの高まりとともに、昭和44年(1969年)現在の国道246号上の軌道線・渋谷~玉川の路線が廃止され、道路と共用しない専用軌道であり残った三軒茶屋~下高井戸の支線は「世田谷線」と改称された。

ほとんどの駅に改札はなく、全線150円の均一料金(2022年現在)。低いプラットフォームから乗降可能な、通常の鉄道車両より小ぶりな2両編成で、三軒茶屋と下高井戸間の5.0kmを17~18分かけてゆっくりとしたスピードで運行されている。

20代後半~30代の「大人のシングル」に人気の松陰神社前(出典/リクルート「SUUMO住み続けたい街ランキング2022」)

(出典/リクルート「SUUMO住み続けたい街ランキング2022」)

特筆すべきは、8位に松陰神社前。

地元で不動産仲介サイト「せたがやクラソン」を運営している(株)松陰会舘の山下勇樹さんは「都心に近いことを重視して、東急東横線の祐天寺~中目黒駅あたりや、田園都市線の池尻大橋~三軒茶屋駅あたりで部屋を探していた人が、家賃の兼ね合いもあるでしょうが、少し踏み込んで世田谷線で物件を探してみて、ゆったりとした街の雰囲気に魅せられて住み始めた人が多いように思います。20代後半から30代の単身者、職業は多種多様ですが、広告業界やライター、デザイナーといった自分のスタイルを持った人が多い印象です」と話してくれた。

週末にはカフェ巡りなど来街者も増えて、いまではすっかり世田谷線を代表する駅として認知されている松陰神社前だが、そうした動きはいつからだろうか。

(株)松陰会舘代表の佐藤芳秋さんは、生まれも育ちもこのエリアだ。佐藤さんによると「2010年ごろは世代交代などで空き店舗が目立っていました。それが、大きく変わったのが2014~15年ごろです。若い人たちがカフェやバルなど出店し始めて街に活気と華やぎが戻ってきました」と話す。「自社では、仲介のほか不動産も所有しているので、世田谷線に面した自社所有の老朽化した木造アパートを、用途転用・リノベーションして物販ができるテナントとして企画したのが松陰 PLAT です。新しい店が飲食店に偏っていたので、地域の人が手土産や日々の生活に彩りを加える雑貨などを売る物販のテナントも意識的に呼び込みました」と打ち明ける。地元で50年前からガス事業と不動産業を営む松陰会舘の3代目として、当時は取締役であった佐藤さんが事業を主導した。

松陰神社前駅のほど近くに2014年にオープンしたスイーツ店「MERCI BAKE(メルシーベイク)」。気取らないオシャレなフランス菓子は、手づかみで食べられる。このころから、松陰神社前駅の商店街に若い感覚のお店の開店ラッシュとなった(写真撮影/村島正彦)

松陰神社前駅のほど近くに2014年にオープンしたスイーツ店「MERCI BAKE(メルシーベイク)」。気取らないオシャレなフランス菓子は、手づかみで食べられる。このころから、松陰神社前駅の商店街に若い感覚のお店の開店ラッシュとなった(写真撮影/村島正彦)

ぷらっと寄れる街のプラットホーム「松陰PLAT」は、2016年に佐藤さんが自社物件の築50年の木造アパートを8つの商業施設にリノベーションした。物販店や飲食店が入居する(写真撮影/村島正彦)

ぷらっと寄れる街のプラットホーム「松陰PLAT」は、2016年に佐藤さんが自社物件の築50年の木造アパートを8つの商業施設にリノベーションした。物販店や飲食店が入居する(写真撮影/村島正彦)

「自社で仲介など行う範囲と重なりますが、世田谷区のなかでも、環七と環八の間、甲州街道と国道246号で挟まれたエリアを『世田谷ミッドタウン』と勝手に呼んで、2015年に『せたがやンソン』というお店を紹介するウェブメディアを立ち上げました」と話す。

佐藤さんは、環七と環八の間、甲州街道と国道246号で挟まれたエリアを『世田谷ミッドタウン』と命名した。世田谷線沿線がまさにこのエリアだ(作成/SUUMOジャーナル)

佐藤さんは、環七と環八の間、甲州街道と国道246号で挟まれたエリアを『世田谷ミッドタウン』と命名した。世田谷線沿線がまさにこのエリアだ(作成/SUUMOジャーナル)

このころには、松陰神社前は若い出店希望者が殺到したが、空き店舗が見つからず、上町・宮の坂・山下などに新しい店が少しずつ広がっていったという。こうした、新しい店を応援し紹介し、地域の価値を高めるメディアとして立ち上げたのが、『せたがヤンソン』だ。店主のこだわりや店を開くに至った動機や人となりについて記事に盛り込むことを心掛けている。

この地域は都心に近いながら、ある意味あまり知られていない穴場エリア。「サイトの月間のPVは約3万とそれほど多くはありません。でも、サイトを見て、お客さんが店主の背景を知り、店主との会話のきっかけになっているという話をよく聞きます。あまり流行りすぎもせず、ゆったりとコミュニケーションがつくられる状況は、ちょうど良いと思っています」と話す。

佐藤さんは、2015年から「せたがやンソン」という世田谷ミッドタウンの情報サイトを立ち上げた。2022年6月にはサイトで紹介したお店100軒を載せた「せたがやンソン MY SETAGAYA100」を出版(HPより)

佐藤さんは、2015年から「せたがやンソン」という世田谷ミッドタウンの情報サイトを立ち上げた。2022年6月にはサイトで紹介したお店100軒を載せた「せたがやンソン MY SETAGAYA100」を出版(HPより)

昭和の商店街に新感覚のお店が混在。エモい街!

佐藤さんと同じく、このエリアが故郷の吉澤卓さんは「国士舘大学や駒澤大学、日本大学(文理学部)などが近くて、学生のころから住み慣れ親しんだ人が、そのまま気に入って住み続けている面もあるのでは」と話す。

吉澤さんは、2021年に親が所有する松陰神社駅前のビル2階に、コワーキングスペース「100work」と個人オーナーが小さな書棚で本を売る「100人の本屋さん」、イベントスペース「100cube」を開設した。約130平米の空間に3つの機能がシームレスに混在している。
「新型コロナでステイホームになった近隣の住民が、家では集中できないときや人と話したいと思った際に利用してもらえるような、街の小さな文化・交流拠点になればと思いました」と意図を語ってくれた。

「100人の本屋さん」(松陰神社前)にて、吉澤卓さん(左)と佐藤芳秋さん(右)に話しを聞いた(写真撮影/村島正彦)

「100人の本屋さん」(松陰神社前)にて、吉澤卓さん(左)と佐藤芳秋さん(右)に話しを聞いた(写真撮影/村島正彦)

世田谷線エリアの生まれ育ちで、地域に詳しい佐藤さん・吉澤さんに、この地域にシングルが住み続けたいと感じる魅力について尋ねた。2人の意見を総合すると以下のようなものだ。

・個性的なほかの街にないような飲食店・物販店がある。
・商店街の古くからのお店と、若い人たちが新しく開いたお店が適度に混じり合うことで重層的魅力をつくっている(下町感のある商店街に洒落た店が点在)。
・駅が小さく、また道路が狭いから大きな建物がない。テナントも10坪程度の狭い物件ばかりで、ナショナルチェーンでは採算が合わず出店しないから、街が画一的にならない。逆に若者が小規模な資金で店を開きやすい。
・商店街、道が狭いく緩やかに蛇行するなど(クルマ通りが少なく)歩く人が中心で知り合いと顔を合わせやすい。
・招福の招き猫で有名な豪徳寺、世田谷城址、世田谷八幡、ぼろ市通り、代官屋敷、松陰神社などプチ名所を散歩(世田谷線)で巡って楽しい街。自転車があると最強。
・住民は古くからの地域の老人やファミリー、シングルが混在しており多様な人間模様。気取らない普段着で外出することができる。
・世田谷線を使わなくても、田園都市線や、小田急線・京王線などの駅から歩けなくはない。都心への時間距離はさほどではない(近い)が、賃料は安め。
・上町からは渋谷までバス便が便利。国道246号には通勤時はバスレーンがありスムース。本数も多い。

といったところだ。

これを聞いていた、仲介の山下さんからは「この間、案内した20代後半のシングルの方は、初めて世田谷線エリアを歩くらしく『エモいっすねー』と連発して感激していたのが印象的でした」という。昭和から続く商店街のゆったりした古風な佇まいに、いま風のお店が混じり合って、老いも若きも気取らずに生活を楽しんでいる風景が「エモい」という表現になったようだ。
言い換えてみるなら、大都会・東京にあって、人と人の距離が近い「田舎感」にあふれるエリアということだろうか。

以下、世田谷線沿線の雰囲気を感じていただけるスポットを紹介する。

松陰PLATの一角「good sleep baker」は、クラフトビール(3種の樽を常時開栓)を楽しめる。焼きたてパンも売っており、店内で食べることも持ち帰りも可。店主の小林由美さんによると「仕事を終えた後に美味しいビールを飲んで、明日の朝食のパンも調達できるお店」というコンセプトだ(写真撮影/村島正彦)

松陰PLATの一角「good sleep baker」は、クラフトビール(3種の樽を常時開栓)を楽しめる。焼きたてパンも売っており、店内で食べることも持ち帰りも可。店主の小林由美さんによると「仕事を終えた後に美味しいビールを飲んで、明日の朝食のパンも調達できるお店」というコンセプトだ(写真撮影/村島正彦)

上町駅の近くの包丁と砥石のお店「ひとひら」。店主の相澤北斗さんは「包丁は、研いでメンテナンスしながら長く使って欲しい」という。世田谷・上町に店を開いたのは「生活・食をきちんと楽しんでいる人が多く住んでいるから」という理由だった。販売だけでなく、包丁研ぎのサービスも行っている(写真撮影/村島正彦)

上町駅の近くの包丁と砥石のお店「ひとひら」。店主の相澤北斗さんは「包丁は、研いでメンテナンスしながら長く使って欲しい」という。世田谷・上町に店を開いたのは「生活・食をきちんと楽しんでいる人が多く住んでいるから」という理由だった。販売だけでなく、包丁研ぎのサービスも行っている(写真撮影/村島正彦)

宮の坂駅近く、モダンな設えの和菓子屋さん「まほろ堂蒼月」。山岸史門さんは「オーソドックスな和菓子はもちろんオリジナルにもこだわりたい」という。店内には喫茶スペースもあり、窓からはゆっくりと走る世田谷線を眺めながら、お茶とお菓子を楽しめる(写真撮影/村島正彦)

宮の坂駅近く、モダンな設えの和菓子屋さん「まほろ堂蒼月」。山岸史門さんは「オーソドックスな和菓子はもちろんオリジナルにもこだわりたい」という。店内には喫茶スペースもあり、窓からはゆっくりと走る世田谷線を眺めながら、お茶とお菓子を楽しめる(写真撮影/村島正彦)

豪徳寺・山下駅近くの青果店「九百屋 旬世(くおや しゅんせ)」。鮮度抜群の野菜が手頃な値段とあっていつも店頭は人だかりが。仕入れた野菜・果物でスムージーやボリューム満点のサンドウィッチを店内で製造販売し、地元の人に人気だ(写真撮影/村島正彦)

豪徳寺・山下駅近くの青果店「九百屋 旬世(くおや しゅんせ)」。鮮度抜群の野菜が手頃な値段とあっていつも店頭は人だかりが。仕入れた野菜・果物でスムージーやボリューム満点のサンドウィッチを店内で製造販売し、地元の人に人気だ(写真撮影/村島正彦)

山下駅・豪徳寺駅から徒歩5分の住宅地に2022年2月にオープンした「七月堂古書部」。詩歌を中心とした新本と古書の書店だ。明大前から引っ越してきた。古書部部長の後藤聖子さんは「のんびりとした住宅地ですが、お客様が探してたどり着いて下さいます」と話す(写真撮影/村島正彦)

山下駅・豪徳寺駅から徒歩5分の住宅地に2022年2月にオープンした「七月堂古書部」。詩歌を中心とした新本と古書の書店だ。明大前から引っ越してきた。古書部部長の後藤聖子さんは「のんびりとした住宅地ですが、お客様が探してたどり着いて下さいます」と話す(写真撮影/村島正彦)

世田谷線沿線は散歩コースも充実

世田谷線沿線には、ささやかな観光スポットが点在している。住んでみれば、日常的な散歩コースに組み入れて、仕事や雑事をしばし忘れることができそうだ。

豪徳寺(山下駅・宮の坂駅) 彦根藩主・井伊家の江戸における菩提寺。招き猫が多数奉納されていることで観光スポットにもなっている。墓所には、幕末・桜田門外の変で暗殺された井伊直弼の墓も(写真撮影/村島正彦)

豪徳寺(山下駅・宮の坂駅) 彦根藩主・井伊家の江戸における菩提寺。招き猫が多数奉納されていることで観光スポットにもなっている。墓所には、幕末・桜田門外の変で暗殺された井伊直弼の墓も(写真撮影/村島正彦)

世田谷八幡宮(宮の坂駅)(写真撮影/村島正彦)

世田谷八幡宮(宮の坂駅)(写真撮影/村島正彦)

世田谷城址公園(上町駅・宮の坂駅)(写真撮影/村島正彦)

世田谷城址公園(上町駅・宮の坂駅)(写真撮影/村島正彦)

松陰神社(松陰神社前)(写真撮影/村島正彦)

松陰神社(松陰神社前)(写真撮影/村島正彦)

世田谷代官屋敷(上町駅)(写真撮影/村島正彦)

世田谷代官屋敷(上町駅)(写真撮影/村島正彦)

世田谷ボロ市(上町駅・世田谷駅) 代官屋敷前の通りで400年続く「市」。毎年12・1月15・16日に開催される(写真撮影/村島正彦)

世田谷ボロ市(上町駅・世田谷駅) 代官屋敷前の通りで400年続く「市」。毎年12・1月15・16日に開催される(写真撮影/村島正彦)

それから、山下さんからは「沿線で人気の地域スーパー、オオゼキの存在も大きいかもしれません」という話が飛び出した。
「世田谷線沿線での住み替えを案内することがありますが、“オオゼキがある街”という希望もよく聞きます」
日常的に使う、スーパーマーケット・オオゼキは地域密着で、エリアの魅力に貢献しているのだという。

オオゼキは売り場に、仕入れ・販売の権限を任せることで地元民の絶大な支持

オオゼキは、世田谷線の松原駅の近くで乾物屋を営んでいたが、1965年にスーパーマーケットに業態変更した。以来、世田谷区を中心とした東京、そして神奈川・千葉に合計41店舗を展開するスーパーだ(2022年現在)。

(株)オオゼキのコミュニケーション統括本部の内田信也さんにお話を聞いた。
「オオゼキは、松原駅の至近に本店の松原店があります。また世田谷線沿線では、上町店があります。この2店舗は、41ある当社の店舗のなかでもとりわけ床面積が大きい旗艦店となります」と説明する。「創業の地である世田谷線エリアは、昔からのお客様、そして地域柄、進学や就職で上京した方が多く住む地域です。ファミリー層から単身者まで幅広い方にご利用いただいています」

松原駅・上町駅の最寄りには地元密着スーパーで地元民に絶大な人気を誇る「オオゼキ」がある。(写真は松原店)品ぞろえ豊富で店員さんは親しみもあり、オリジナルお総菜・弁当や寿司の美登利も店内で製造販売。シングルの味方だ(写真撮影/村島正彦)

松原駅・上町駅の最寄りには地元密着スーパーで地元民に絶大な人気を誇る「オオゼキ」がある。(写真は松原店)品ぞろえ豊富で店員さんの親しみもあり、オリジナルお総菜・弁当や寿司の美登利も店内で製造販売。シングルの味方だ(写真撮影/村島正彦)

上町店(写真撮影/村島正彦)

上町店(写真撮影/村島正彦)

地域のシングル層にオオゼキが訴えるポイントについて「当社は、各店舗・売り場毎に担当者が仕入れから販売まで責任を持つ方針を創業以来とっています。お客様から、このこだわりの商品を入れて欲しいと担当者が聞いて、できる限り対応しています」と内田さん。

例えば、味噌や醤油など、日本全国を網羅し地域性豊かに50~60種類を常時置いている。地方から上京した単身者にとって、近所で手軽に故郷の味が手に入るわけだ。

以下のように続ける。
「全国展開の大手スーパーであれば、社員は管理部門に少数を配置し、多くをパートでまわしています。対して、当社は、レジ担当を含めてスタッフの7割を正社員として採用しています。これが、仕入れと売り場に責任を持って回してくれること、社員ひとり一人に権限を与えているので、お客様のニーズをダイレクトに聞き仕入れ、店頭に並べる商品に反映することに繋がっています。また、地方から上京してきた高卒社員も積極的に採用し、若いうちから売り場を担当してもらっています。若い子は、最新の流行に敏感ですから、新しい・流行っている商品をすぐに仕入れて売り場に並べてくれます。こうしたことも、シングルの若い方に好感をもっていただけるポイントなのではないでしょうか」

また、鮮魚・肉など生鮮食料品売り場で、若い男女のグループが買い物をしているシーンを見かけるという。
「友達をアパートに呼んで、ふだんはやらない鍋でもしようかというときに、オオゼキなら一人暮らしではふだん買えない珍しい食材をみんなでわいわい買うことができて楽しい、という声を聞きます」

冬は、多品種の魚介類をパックにした寄せ鍋セットや、ボリュームたっぷりのアンコウの切り身・肝などを売っている。
「また、各店舗に店内でお総菜・お弁当を作って販売しています。それから、近傍の梅ヶ丘の有名店・寿司の美登利に、松原店・上町店などでは専従スタッフを置いてもらい、できたてのお寿司を買うことができるのも、地域の方には重宝してもらっているのでは」と話してくれた。

オオゼキの生鮮品の品ぞろえ豊富で、飲食店を営むプロの仕入れの場でもあるという。トマトは常時15種類程度の品ぞろえ 、魚介類も穴子や鮎、のどぐろ、ツブ貝、ドジョウなどなど普通のスーパーではなかなか見かけないものまで多品種をそろえる(写真撮影/村島正彦)

オオゼキの生鮮品の品ぞろえ豊富で、飲食店を営むプロの仕入れの場でもあるという。トマトは常時15種類程度の品ぞろえ 、魚介類も穴子や鮎、のどぐろ、ツブ貝、ドジョウなどなど普通のスーパーではなかなか見かけないものまで多品種をそろえる(写真撮影/村島正彦)

醤油、味噌なども全国のメーカーの「レアもの」がそろう。味噌だけで約60種類。東京にいながら、出身地の味が手ごろに入れられる(写真撮影/村島正彦)

醤油、味噌なども全国のメーカーの「レアもの」がそろう。味噌だけで約60種類。東京にいながら、出身地の味が手ごろに入れられる(写真撮影/村島正彦)

世田谷線は、新宿や渋谷といったターミナル駅に直結しておらず、地元密着の個人店やスーパーもあいまって、大都会東京にあって「田舎感」や「地元感」にあふれているように見受けられた。一度住み始めたシングルには、適度に街のお店や人たちとの繋がりを感じて、住み続けたい街として高い評価を獲得しているようだ。

●取材協力
100人の本屋さん
松陰会舘
せたがやンソン
オオゼキ

大田区「池上」が進化中!リノベで街の魅力を再発掘

日蓮宗の大本山「池上本門寺」が13世紀に建立されて以来、門前町としてにぎわってきた東京都大田区池上。2019年ころから、地域の持続的な発展を推進する「池上エリアリノベーションプロジェクト」が進行中で、歴史ある街の各所に新たな感性が芽吹いている。大田区と共同で同プロジェクトに取り組む東急株式会社の磯辺陽介さんの案内で、魅力を増す池上の街歩きをしてみよう!
街リノベは目的ではなく手段、プロジェクトで池上のポテンシャルを引き出す

3両編成の電車がコトンコトンと行き交う東急池上線。五反田と蒲田という二つの繁華街を繋いでいるにも関わらず、沿線はローカル感が漂う。もともと池上本門寺の参拝客のために生まれた路線で、池上はその中心的存在だ。

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

池上のシンボル、池上本門寺。宗祖日蓮聖人の命日に行われる法要「お会式(おえしき)」は毎年10月11~13日の3日間執り行われ、30万人にも及ぶ参詣者で街がにぎわう(写真撮影/相馬ミナ)

池上のシンボル、池上本門寺。宗祖日蓮聖人の命日に行われる法要「お会式(おえしき)」は毎年10月11~13日の3日間執り行われ、30万人にも及ぶ参詣者で街がにぎわう(写真撮影/相馬ミナ)

2020年7月に生まれ変わった池上駅構内には、木がふんだんに使われ、電車を降りると木の香りがする。池上本門寺の参道に繋がるようなイメージでデザインされたという自由通路を抜け、駅北口から池上本門寺方面に向かおう。駅前には、池上名物・くず餅の老舗「浅野屋 」が店を構える。

「池上は、くず餅発祥の地とも言われていて、老舗のくず餅屋さんが何軒もあるんですよ」と磯辺さんが教えてくれた。池上が地元の方には当たり前の風景かもしれないが、コンパクトなこの街の中に数百年続くお店が点在しているのは、すごいことではないだろうか。

池上駅前。駅舎は構内踏切がある平屋から、地上5階建てのビルに生まれ変わった。駅ビルのエトモ池上は2021年春に開業予定(写真撮影/相馬ミナ)

池上駅前。駅舎は構内踏切がある平屋から、地上5階建てのビルに生まれ変わった。駅ビルのエトモ池上は2021年春に開業予定(写真撮影/相馬ミナ)

「池上は「池上本門寺」に約700年寄り添ってできた街です。もともと街はありますし、 “まちづくり”という単語がおこがましいと思っているんですが……」と磯辺さんは前置きしつつ、「『池上エリアリノベーションプロジェクト』は、人や場所、歴史、文化などの地域資源を、再発掘・再接続・再発信によって活かすまちづくりの取り組みです」と説明してくれた。

2017年3月、池上で東急主催のリノベーションスクール(※)を実施したことをきっかけに、プロジェクトが始動した。数ある東急線沿線の街の中から池上を選んだ理由を尋ねると、「池上駅をリニューアル予定だったこともあるのですが、池上のヒューマンスケールというか、こぢんまりとしていて血が通っている感じが、リノベーションスクールの世界観と合いそうだと感じたんです」と磯辺さん。

※全国各地で開催される、まちなかに実在する遊休不動産を対象とし、エリア再生のためのビジネスプランを提案し実現させていく実践型スクール

場をつくって終わりではなく、まちづくりに取り組む人をサポート池上駅北口から池上本門寺へ向かって延びる池上本門寺通り商店会。旧参道にあたり、「SANDO(サンド)」(写真右側の建物)はその入り口にある(写真撮影/相馬ミナ)

池上駅北口から池上本門寺へ向かって延びる池上本門寺通り商店会。旧参道にあたり、「SANDO(サンド)」(写真右側の建物)はその入り口にある(写真撮影/相馬ミナ)

磯辺さんの案内でまず訪れたのが、「SANDO BY WEMON PROJECTS(サンド バイ エモン プロジェクツ、以下SANDO)」。池上エリアリノベーションプロジェクトの一環として誕生した、“コーヒーのある風景”をコンセプトに活動するアーティストユニット「L PACK.(エルパック)」と、建築家の敷浪一哉さんが運営する、カフェでありプロジェクトの拠点だ。

「『SANDO』のことを普段僕らは、“カフェを装っている”と言っているんです」と磯辺さん。どういうことか尋ねると、「お客さんとの会話から地域資源を見つけたり、外から訪れた人とマッチングをしたり、カフェ以外の役割も担っているんです」という答えが返ってきた。

「SANDO」の店内。カウンターではテレワークをする若者、テーブル席ではゆったり腰掛けて談笑する年配の方など、幅広い世代が思い思いに過ごしていた(写真撮影/相馬ミナ)

「SANDO」の店内。カウンターではテレワークをする若者、テーブル席ではゆったり腰掛けて談笑する年配の方など、幅広い世代が思い思いに過ごしていた(写真撮影/相馬ミナ)

「パウンドケーキセット」(900円・税込)でひと息(写真撮影/相馬ミナ)

「パウンドケーキセット」(900円・税込)でひと息(写真撮影/相馬ミナ)

「SANDO」は、東急と大田区による街づくり勉強会の会場にもなっている。ウィズコロナや事業継承などをテーマに、ゲストを招き、参加者である若手事業者へヒントや気づきの場になればと不定期に開催。場をつくって終わりではなく、池上エリアが持続的に発展するためのサポートの在り方を模索しているそう。

「SANDO」では、フリーペーパー「HOTSANDO」を月に1回発行。情報発信だけでなく、取材を通して地域資源を発掘する役割も(写真撮影/相馬ミナ)

「SANDO」では、フリーペーパー「HOTSANDO」を月に1回発行。情報発信だけでなく、取材を通して地域資源を発掘する役割も(写真撮影/相馬ミナ)

「池上エリアリノベーションプロジェクト」開始からわずか約1年半にも関わらず、すでにリノベーション物件が3事例開業。「ここまで早く事業が動いたのは、池上が歴史ある街であることが大きいのでは」と磯辺さんは分析する。続いてはその3事例を見せてもらおう。

多才な夫婦が目指す、地域と人とが繋がる拠点「つながるwacca」

1軒目は「池上本門寺通り商店会」を進んで、「つながるwacca」へ。介護福祉士の社交ダンサー・井上隆之さんと、管理栄養士のヨガインストラクター・千尋さん夫妻が運営する多目的スタジオだ。

池上本門寺通り商店会の様子。呉服店や煎餅店など、古くからあるお店が今も元気に営業している(写真撮影/相馬ミナ)

池上本門寺通り商店会の様子。呉服店や煎餅店など、古くからあるお店が今も元気に営業している(写真撮影/相馬ミナ)

地場の不動産会社が所有するスペースを題材に、街への思いを持つ開業希望の人たちとマッチングさせる企画「KUMU KUMU」に、自分・人・地域がつながる場として井上さん夫妻が提案。大人向けはもちろん赤ちゃん と一緒にできるヨガをはじめ、食イベントや親子カフェマルシェなどが行われている。

コインランドリー横の空きスペースをリノベーションして誕生した「つながる wacca」。取材に訪れた際は「ちょこっとカフェ」の営業中(写真撮影/相馬ミナ)

コインランドリー横の空きスペースをリノベーションして誕生した「つながる wacca」。取材に訪れた際は「ちょこっとカフェ」の営業中(写真撮影/相馬ミナ)

2020年春に開業予定だったが、コロナの影響で8月に延びた。それでも「その分ゆっくりしたペースで準備を積み上げられたかな」と隆之さん。「夫がポジティブなので私も前向きになれました」と千尋さんも笑う。

とにかく笑顔が素敵なお二人で、話しているとこちらも気持ちが明るくなる。そんな井上さん夫妻の元にふらっと集まるご近所さん同士が、自然と繋がれる、そんな空気感に包まれた場だ。

娘さんを抱っこする井上隆之さんと千尋さん。「池上の“人”が好きです。人と繋がりやすいのもいいですね」と千尋さん(写真撮影/相馬ミナ)

娘さんを抱っこする井上隆之さんと千尋さん。「池上の“人”が好きです。人と繋がりやすいのもいいですね」と千尋さん(写真撮影/相馬ミナ)

池上愛が偶然マッチして生まれたシェアスペース「たくらみ荘」

続いては、池上本門寺通り商店会の一本お隣、池上本通り商店会の乾物店「綱島商店」2階に入る「たくらみ荘」。探究学習塾を軸としたシェアスペースだ。新しい学びをプロデュースするa.school(エイ スクール)が運営している。

誕生のきっかけは、先ほどご紹介した「SANDO」が発行するフリーペーパー「HOTSANDO」の別企画で「綱島商店」を取材したことから。プロジェクトについて話す中で、「綱島商店」の方が「実はうちの2階が空いているから、街のためなら」と空間を提供してくれたのだそう。

(画像提供/東急)

(画像提供/東急)

「たくらみ荘」のビフォーアフター。天井や壁を取り払って、さまざまな使い方ができる開放的な空間に(画像提供/東急)

「たくらみ荘」のビフォーアフター。天井や壁を取り払って、さまざまな使い方ができる開放的な空間に(画像提供/東急)

「SANDO」の一角で時折開講していたしていたエイスクールが、池上で本格出店を検討していたところ、条件がマッチ。ある職業になりきりってさまざまなプロジェクトに取り組む「なりきりラボ」や仕事で使われる 生きた算数を学ぶ「おしごと算数」といった街を題材にした小学生向けの授業を中心に、多世代が学ぶ機会を提供している。

池上本門寺近くを流れる呑川。散歩コースや小学校の通学路になっていて、駅から少し距離があるものの人通りは多い(写真撮影/相馬ミナ)

池上本門寺近くを流れる呑川。散歩コースや小学校の通学路になっていて、駅から少し距離があるものの人通りは多い(写真撮影/相馬ミナ)

本を媒介にした社交の場「ブックスタジオ」

最後に訪れたのは、呑川沿いの「ブックスタジオ」。池上に本屋がなかったことからつくられたシェア本屋で、本棚の一枠分をそれぞれひとつの小さな本屋と見立て、各棚店主が当番制のような形で店番も担当し運営にも関わる 仕組みだ。

池上エリアリノベーションプロジェクトでは、本を媒介にした地域の交流促進の場をつくろうと、吉祥寺にある「ブックマンション」でこのシステムを運営していた中西功さんに協力を依頼。
「ブックスタジオ」は、同時期に 立ち上げの動きがあった、「ノミガワスタジオ(ギャラリー&イベントスペース)」のコンテンツのひとつとしてオープンした。

ノミガワスタジオは、動画配信スタジオ「堤方4306」とランドスケープデザイン設計事務所「スタジオテラ」 の共同事業。堤方4306の安部啓祐さんとスタジオテラの石井秀幸さんが、「ブックマンション」の趣旨に賛同したために、マッチングに至った。

30cm×30cmの棚ひとつ一つが、店主の個性溢れる小さな本屋。運営を始めて2カ月ほど、お客さんや場に合わせて     本     を     セレクトする棚店主がいたり、棚店主同士の交流もあったりするそう(写真撮影/相馬ミナ)

30cm×30cmの棚ひとつ一つが、店主の個性溢れる小さな本屋。運営を始めて2カ月ほど、お客さんや場に合わせて 本 を セレクトする棚店主がいたり、棚店主同士の交流もあったりするそう(写真撮影/相馬ミナ)

2020年9月にオープンして、取材日時点では約2カ月が経過したところ。金・土曜日の週2回しか営業していないにも関わらず、40ある本棚の半分ほどが埋まり、すでにリピーターの姿が見受けられた。

「コロナの影響で準備期間が延びたんですけど、その間、お店の前を通る方が“ここはなんぞや”と気になっていてくれたようで」と、石井さん。客層は、お散歩されている年配の方がふらっと訪れたり、親子が中でゆっくり過ごしたりというのが多いそう。無料で気軽に利用することができるのが魅力だ。

左から、堤方4306の安部啓祐さん、スタジオテラの石井秀幸さん、野田亜木子さん。「地元の人間ではありませんが、地域の人からフラットに接してもらえますし、その緩さが住みやすさに繋がっていると思います」と石井さん(写真撮影/相馬ミナ)

左から、堤方4306の安部啓祐さん、スタジオテラの石井秀幸さん、野田亜木子さん。「地元の人間ではありませんが、地域の人からフラットに接してもらえますし、その緩さが住みやすさに繋がっていると思います」と石井さん(写真撮影/相馬ミナ)

「店番を担当している店主さんは、テーブルを使って展示や販売、ワークショップなど1DAYギャラリーとして利用していただけることもあって、本以外の表現の場となって楽しんでくれているんじゃないですかね 」(石井さん)

安部さんも「僕らは本業のデザイン、動画配信、建築設計事務所の傍「ブックスタジオ」を運営しています。100%営利目的での運営ではないことが、ここの空気感に繋がっているのかもしれません。また、長く続けられるように、自分たちもなるべく無理をしないように心がけています。合言葉は“無理をしない”です」と話す。

「ブックスタジオ」そして運営の皆さんもすっかり街に溶け込んでいて、インタビュー中も通りかかる人々から次々と声を掛けられていた。

取材日には棚店主の息子さんが子ども店長となり、好きな鉄道をテーマにした展示を開催(写真撮影/相馬ミナ)

取材日には棚店主の息子さんが子ども店長となり、好きな鉄道をテーマにした展示を開催(写真撮影/相馬ミナ)

子ども店長が制作した池上駅の変遷をまとめた本。彼の池上駅への愛に感動した磯辺さんが第1号の購入者に(写真撮影/相馬ミナ)

子ども店長が制作した池上駅の変遷をまとめた本。彼の池上駅への愛に感動した磯辺さんが第1号の購入者に(写真撮影/相馬ミナ)

「池上エリアリノベーションプロジェクト」にとても影響を受けたと話す石井さん。仕事でいろんな街の地域交流の場をつくったりしているものの、自分が住む街は平和で問題ないと思っていたというが、「住む街が楽しかったらもっといいんじゃないのと最近は思うようになりました。コロナ禍の影響と相まって、例えば街の歴史を学んだり、お店を開拓したりして”自分の街の解像度”をどう上げていくか、楽しさが長く続く方法などを同時に考えるようになって。磯辺さんたちは池上にどんな人がいるかというのを顕在化してくれていると思うんです。困ったらあの人と繋がろうかなと思えますし、この街で暮らす楽しさが増しました」

池上を案内してくださった磯辺さん。街歩きが大好きで、コロナの影響が出る前は、池上の街歩きを企画していたそう(写真撮影/相馬ミナ)

池上を案内してくださった磯辺さん。街歩きが大好きで、コロナの影響が出る前は、池上の街歩きを企画していたそう(写真撮影/相馬ミナ)

訪れた先々で感じたのは、利用者が子どもからお年寄りまで世代に偏りがなく、「池上エリアリノベーションプロジェクト」が幅広い層に受け入れられていること。ぽっとできた新しいものではなく、街の資源をパッチワークしてつくられたお店や施設なので、池上の人々に馴染んでいるのだと感じた。

そして何より重要なのは、街を想う人々の存在。紹介した「池上エリアリノベーションプロジェクト」のリノベーション事例以外にも、池上には街を愛する人々による古民家カフェなど 個性豊かな店が存在している。休日にふらりとまち歩きをしてみてはいかがだろうか。

●取材協力
・東急株式会社/大田区
・池上エリアリノベーションプロジェクト
・SANDO
・つながるwacca
・ノミガワスタジオ