“子育てに人気の街”弊害も。テレワークが変える郊外の子育て

前回の記事「テレワーク導入に900社が理解示さず。流山市の民間シェアオフィスが挑む高い壁」では、千葉県流山市で子育て世代の母親・父親などのテレワークを実現するシェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」の立ち上げについてお伝えした。

流山市のような郊外でテレワークが求められている背景には、「子育てに人気の街」ゆえの悩みがある。尾崎さんによると、子育て世代が多く流入する地域は子育て関連サービスのニーズがあまりにも多く、働きやすさや子育てのしやすさを向上させるためのサービスの供給が追いついていない。そのため通勤時間の長い郊外ほど、仕事と家庭の両立は難しいという。
テレワークを始めると父親・母親たちの生活はどう変わるのか? トリスト利用者の出(いで)梓さんと梁瀬(やなせ)順子さんに話を聞いた。

子どもが増えても有給は増えない。3人目の出産で迎えた限界写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

現在3人の子どもを育てながらトリストでテレワークをする梁瀬さんは10年前、結婚を機に子育て環境を求めて流山市に引越してきた。

当時は時短勤務で埼玉県の企業に通勤していたが、子どもの体調不良で何度も保育園から呼び出された。さらに学校の行事や面談の数は子どもの数に応じて増えるのに、有給の日数は変わらない。「子どもが2人の時点でいっぱいいっぱいだったので、これは無理だと思い、3人目を産む前に思いきって退職しました」

それからは専業主婦としての生活を始めたが、子どもたちと一日中過ごす生活は想像以上にハードだった。「働いている方がイライラしないし、自分にとってバランスがいい」と気づき、地元でアルバイトを探し始めた。ところがどんなにやる気をアピールしても、土日のシフトに入れないことを理由に一向に採用されない。梁瀬さんは「一度正社員を捨てると、アルバイトですら働くことは難しいんだと思い知らされました」と当時を振り返る。

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

そんななか、子どもの保育園が一緒だった尾崎さんに悩みを相談してみたところ、運よく尾崎さんの仕事をトリストで手伝わせてもらうことに。3人目の子どもが保育園に入ってからは都内のベンチャー企業にテレワーク前提で採用され、現在はバックオフィス業務を担う週3日勤務の正社員としてトリストで働いている。

テレワークを始めてから「生活の自由度が増した」と語る梁瀬さん。「以前は何か用事が一つあると、有給を半日から1日は取らないといけませんでした。でも今は地元で働いているので、3人分の行事も習い事も面談も働きながら全て対応できます。通勤時間がない分、時間を効率的に使えている実感があります」

有給を消化しなくとも、子どもたちとの時間を大切にできるし、自分の時間も確保できる。テレワークがなければ決して実現しなかった生活について、梁瀬さんは朗らかな表情で語ってくれた。

「一度辞めると、同じポジションに戻るのは難しい」トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

2人目は、アパレルや雑貨メーカー向けの刺繍を企画製造する会社で働いてきた出(いで)さん。専門的な仕事に就きながら、保育園児と0歳児の2人の子どもを育てている。もともとは都内で暮らしていたが、子育て環境を求めて3年前に流山市に移り住んできた。

「アパレルの仕事は忙しくて時間が不規則ですし、トレンドの変化が激しいので、『一度辞めると、同じポジションで復職するのは難しい』と言われています。実際に私の会社で育休復帰した人は一人もいなかったのですが、仕事が大好きだったので、出産してもなんとか続けたかったんです」

流山から職場まで、通勤途中での保育園への送り迎えを含めると往復3時間。時短勤務にするだけでも、迷惑をかけているという負い目を感じてしまうはずなのに、子どもが熱を出して保育園に呼び出されるようなことが続けば、きっと仕事が手につかなくなる。そんな不安から、出さんは「私は会社に必要ないのだろか?」とまで考えたという。

出さんは第一子の出産後、たまたま手に取ったフリーペーパーでトリストの存在を知り、すぐに尾崎さんに連絡をとった。アパレル業界でのテレワークは非常にレアケースであるため、利用したいが会社を説得できる自信がないと相談すると、尾崎さんは出さんと一緒に会社に出向き、社長を説得してくれた。トリストでのテレワークが認められたおかげで、出さんは会社史上初の育休復帰を果たし、仕事を続けることができた。

「家と保育園とトリストがとても近いので、保育園からの急な呼び出しにも対応できますし、病後児保育を利用したり家で看病したりしながら仕事を再開できます。有給がなくなる不安もありません。通勤時間がない分、時間を有効活用できています。もしテレワークができていなかったら、仕事を諦めていたかもしれません」

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

仕事を続けるために必要なのは「地域コミュニティ」

梁瀬さんや出さんのように、「地元でやりがいのある仕事をしながら、家族との時間も大切にしたい」と願う人たちが1つのワークスペースに集うことで、仕事と家庭だけではない第3の場所として“地域コミュニティ”を同時に築くことができる。

「子どもを迎えに行けないときは、トリストのメンバーにお迎えを頼むことができるのでとても助かっています。困ったときにお互いに助け合えますし、地域の生の情報を得られるのもありがたいです。予防接種の受付が始まったとか、いいお店があるとか」と梁瀬さんは語る。

トリスト発起人の尾崎さんによると、「流山市は子育てを目的に引越してくる人が多いので、もともと地域には縁もゆかりもない人が多い」。香川県出身の尾崎さんもその一人だ。

尾崎さんは最初、「会社の理解があり、家族で家事分担ができていれば、仕事と育児の両立は容易」と思っていた。しかし現実はそうではなかった。「都内の企業に通勤していたのですが、子どもが熱を出して保育園からはしょっちゅう呼び出されますし、私が体調を崩して家族に頼れないときは、ご飯を買いに行くことすらできませんでした」

「このままでは仕事を続けられない」。そう思った尾崎さんは、香川県の実家から季節ごとに送ってもらったうどんやみかんを、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにおすそ分けした。何かあったら助けてもらえるよう、日常からコミュニケーションをとるようにしたのだ。その甲斐あって、地域のシニアは困ったときに子どもを預かってくれるなど、尾崎さんがヘルプを出した際に快く手を貸してくれるようになった。

その一方で、尾崎さんは地域のシニアのためにお米などの買い物を進んで引き受けている。「時間のあるシニアとパワーのある子育て層が互いにないものを補い合うことで、地域がうまく連携できる」と尾崎さん。「郊外で暮らす子育て世代が仕事を継続できるかどうかは、地域ネットワークがあるかどうかにかかっています」

しかし都内に働きに出ていると、忙しい子育て世代は地域と関わる時間を持つことは難しい。お金で買えない地域コミュニティは、時間をかけて構築することが必要だ。「働きながら地域コミュニティと繋がれて、家族との時間も大切にできる、この3つを同時進行できる場所」の必要性を認識した尾崎さんは、トリストを通じて地域との関わりが生まれるよう、さまざまな工夫をしている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたり、高校生にカフェを運営してもらったり。トリストの近くに住むシニアには防犯見守りや託児の協力も得ている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

今では次のような助け合いが自然とできる関係が生まれているという。

「ある日トリストで働くお母さんが乗って帰って来るはずだった飛行機が遅延して、3人の子どもたちを保育園に迎えに行けなくなってしまいました。そのとき、SNSの入居者グループでそのお母さんがヘルプを出した瞬間、トリストのお母さんたちが役割分担をして動き始めたんです。あるお母さんは子どもたちをそれぞれの保育園に迎えに行き、あるお母さんはご飯を用意して子どもたちを受け入れました。当然金銭のやり取りは発生していません。普段時間をかけて人間関係を築いているからこそ、いざというときにチームプレーが生まれるんです」

父親・母親の働き方が変われば、子どものキャリア観も変わる

トリストは父親・母親の働き方を変えるだけでなく、子どものキャリア観を育むことも目指していると尾崎さんは語る。

「子どもたちがいかに地域において広いキャリア観を持てるかが、これからの日本に求められています。そのためにはどの親の子どもであれ、いろんなネットワークや仕事を地域の中で知る機会が必要です」

トリストでは、入居者のキャリアを活かした子ども向けのワークショップを開催している。アパレル業界で働く出さんは、子どもたちにミシンの使い方を教え、アニメキャラクターの衣装をみんなでつくったところ大評判だったそうだ。

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

こうしたスキル面だけでなく、「好きなことをして働く背中を子どもたちに見せることが、子どもたちにとって一番のキャリア教育になる」と尾崎さんは話す。

「どんなに学校がキャリア教育を施しても、結局子どもたちのキャリア観は親がつくるものです。父親・母親が自分の未来を信じて、自分自身が楽しむ姿を子どもに見せてほしい。お父さん、お母さんたちの働き方を変えることが、遠回りに見えて、実は子どもたちのキャリア観を一番広くしてあげられることなんです」

テレワーク人口が増えれば、日本は面白くなる

「テレワークがなければ仕事を辞めていたかもしれない」という言葉を聞くたびに、今までどれほど多くの母親たちが地元でキャリアを活かして働くことを諦めてきたのかと思う。父親・母親は子どものために仕事を諦めるのではなく、子どものためにこそ仕事を続けてほしい。そのためには、テレワークなどの働き方の支援や、地域との助け合いが必要だ。父親・母親のためだけでなく日本のために、この動きが全国に広がっていくことが望まれる。

●取材協力
Trist(トリスト)

“子育てに人気の街”弊害も。テレワークが変える郊外の子育て

前回の記事「テレワーク導入に900社が理解示さず。流山市の民間シェアオフィスが挑む高い壁」では、千葉県流山市で子育て世代の母親・父親などのテレワークを実現するシェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」の立ち上げについてお伝えした。

流山市のような郊外でテレワークが求められている背景には、「子育てに人気の街」ゆえの悩みがある。尾崎さんによると、子育て世代が多く流入する地域は子育て関連サービスのニーズがあまりにも多く、働きやすさや子育てのしやすさを向上させるためのサービスの供給が追いついていない。そのため通勤時間の長い郊外ほど、仕事と家庭の両立は難しいという。
テレワークを始めると父親・母親たちの生活はどう変わるのか? トリスト利用者の出(いで)梓さんと梁瀬(やなせ)順子さんに話を聞いた。

子どもが増えても有給は増えない。3人目の出産で迎えた限界写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

写真左から、出梓さん、尾崎えり子さん、梁瀬順子さん(撮影/片山貴博)

現在3人の子どもを育てながらトリストでテレワークをする梁瀬さんは10年前、結婚を機に子育て環境を求めて流山市に引越してきた。

当時は時短勤務で埼玉県の企業に通勤していたが、子どもの体調不良で何度も保育園から呼び出された。さらに学校の行事や面談の数は子どもの数に応じて増えるのに、有給の日数は変わらない。「子どもが2人の時点でいっぱいいっぱいだったので、これは無理だと思い、3人目を産む前に思いきって退職しました」

それからは専業主婦としての生活を始めたが、子どもたちと一日中過ごす生活は想像以上にハードだった。「働いている方がイライラしないし、自分にとってバランスがいい」と気づき、地元でアルバイトを探し始めた。ところがどんなにやる気をアピールしても、土日のシフトに入れないことを理由に一向に採用されない。梁瀬さんは「一度正社員を捨てると、アルバイトですら働くことは難しいんだと思い知らされました」と当時を振り返る。

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

トリストのエントランスとミーティングスペース(写真/片山貴博)

そんななか、子どもの保育園が一緒だった尾崎さんに悩みを相談してみたところ、運よく尾崎さんの仕事をトリストで手伝わせてもらうことに。3人目の子どもが保育園に入ってからは都内のベンチャー企業にテレワーク前提で採用され、現在はバックオフィス業務を担う週3日勤務の正社員としてトリストで働いている。

テレワークを始めてから「生活の自由度が増した」と語る梁瀬さん。「以前は何か用事が一つあると、有給を半日から1日は取らないといけませんでした。でも今は地元で働いているので、3人分の行事も習い事も面談も働きながら全て対応できます。通勤時間がない分、時間を効率的に使えている実感があります」

有給を消化しなくとも、子どもたちとの時間を大切にできるし、自分の時間も確保できる。テレワークがなければ決して実現しなかった生活について、梁瀬さんは朗らかな表情で語ってくれた。

「一度辞めると、同じポジションに戻るのは難しい」トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

トリストでテレワークをする様子(写真/片山貴博)

2人目は、アパレルや雑貨メーカー向けの刺繍を企画製造する会社で働いてきた出(いで)さん。専門的な仕事に就きながら、保育園児と0歳児の2人の子どもを育てている。もともとは都内で暮らしていたが、子育て環境を求めて3年前に流山市に移り住んできた。

「アパレルの仕事は忙しくて時間が不規則ですし、トレンドの変化が激しいので、『一度辞めると、同じポジションで復職するのは難しい』と言われています。実際に私の会社で育休復帰した人は一人もいなかったのですが、仕事が大好きだったので、出産してもなんとか続けたかったんです」

流山から職場まで、通勤途中での保育園への送り迎えを含めると往復3時間。時短勤務にするだけでも、迷惑をかけているという負い目を感じてしまうはずなのに、子どもが熱を出して保育園に呼び出されるようなことが続けば、きっと仕事が手につかなくなる。そんな不安から、出さんは「私は会社に必要ないのだろか?」とまで考えたという。

出さんは第一子の出産後、たまたま手に取ったフリーペーパーでトリストの存在を知り、すぐに尾崎さんに連絡をとった。アパレル業界でのテレワークは非常にレアケースであるため、利用したいが会社を説得できる自信がないと相談すると、尾崎さんは出さんと一緒に会社に出向き、社長を説得してくれた。トリストでのテレワークが認められたおかげで、出さんは会社史上初の育休復帰を果たし、仕事を続けることができた。

「家と保育園とトリストがとても近いので、保育園からの急な呼び出しにも対応できますし、病後児保育を利用したり家で看病したりしながら仕事を再開できます。有給がなくなる不安もありません。通勤時間がない分、時間を有効活用できています。もしテレワークができていなかったら、仕事を諦めていたかもしれません」

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

出さんがデザイン・制作したトリストのワッペン(写真/片山貴博)

仕事を続けるために必要なのは「地域コミュニティ」

梁瀬さんや出さんのように、「地元でやりがいのある仕事をしながら、家族との時間も大切にしたい」と願う人たちが1つのワークスペースに集うことで、仕事と家庭だけではない第3の場所として“地域コミュニティ”を同時に築くことができる。

「子どもを迎えに行けないときは、トリストのメンバーにお迎えを頼むことができるのでとても助かっています。困ったときにお互いに助け合えますし、地域の生の情報を得られるのもありがたいです。予防接種の受付が始まったとか、いいお店があるとか」と梁瀬さんは語る。

トリスト発起人の尾崎さんによると、「流山市は子育てを目的に引越してくる人が多いので、もともと地域には縁もゆかりもない人が多い」。香川県出身の尾崎さんもその一人だ。

尾崎さんは最初、「会社の理解があり、家族で家事分担ができていれば、仕事と育児の両立は容易」と思っていた。しかし現実はそうではなかった。「都内の企業に通勤していたのですが、子どもが熱を出して保育園からはしょっちゅう呼び出されますし、私が体調を崩して家族に頼れないときは、ご飯を買いに行くことすらできませんでした」

「このままでは仕事を続けられない」。そう思った尾崎さんは、香川県の実家から季節ごとに送ってもらったうどんやみかんを、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにおすそ分けした。何かあったら助けてもらえるよう、日常からコミュニケーションをとるようにしたのだ。その甲斐あって、地域のシニアは困ったときに子どもを預かってくれるなど、尾崎さんがヘルプを出した際に快く手を貸してくれるようになった。

その一方で、尾崎さんは地域のシニアのためにお米などの買い物を進んで引き受けている。「時間のあるシニアとパワーのある子育て層が互いにないものを補い合うことで、地域がうまく連携できる」と尾崎さん。「郊外で暮らす子育て世代が仕事を継続できるかどうかは、地域ネットワークがあるかどうかにかかっています」

しかし都内に働きに出ていると、忙しい子育て世代は地域と関わる時間を持つことは難しい。お金で買えない地域コミュニティは、時間をかけて構築することが必要だ。「働きながら地域コミュニティと繋がれて、家族との時間も大切にできる、この3つを同時進行できる場所」の必要性を認識した尾崎さんは、トリストを通じて地域との関わりが生まれるよう、さまざまな工夫をしている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたり、高校生にカフェを運営してもらったり。トリストの近くに住むシニアには防犯見守りや託児の協力も得ている。

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリスト利用者の子どもたち向けにプログラミング講座を開いたときの様子(写真提供/梁瀬さん)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

トリストのお掃除や託児をしてくださっている女性(写真提供/トリスト)

今では次のような助け合いが自然とできる関係が生まれているという。

「ある日トリストで働くお母さんが乗って帰って来るはずだった飛行機が遅延して、3人の子どもたちを保育園に迎えに行けなくなってしまいました。そのとき、SNSの入居者グループでそのお母さんがヘルプを出した瞬間、トリストのお母さんたちが役割分担をして動き始めたんです。あるお母さんは子どもたちをそれぞれの保育園に迎えに行き、あるお母さんはご飯を用意して子どもたちを受け入れました。当然金銭のやり取りは発生していません。普段時間をかけて人間関係を築いているからこそ、いざというときにチームプレーが生まれるんです」

父親・母親の働き方が変われば、子どものキャリア観も変わる

トリストは父親・母親の働き方を変えるだけでなく、子どものキャリア観を育むことも目指していると尾崎さんは語る。

「子どもたちがいかに地域において広いキャリア観を持てるかが、これからの日本に求められています。そのためにはどの親の子どもであれ、いろんなネットワークや仕事を地域の中で知る機会が必要です」

トリストでは、入居者のキャリアを活かした子ども向けのワークショップを開催している。アパレル業界で働く出さんは、子どもたちにミシンの使い方を教え、アニメキャラクターの衣装をみんなでつくったところ大評判だったそうだ。

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

出さんにミシンの使い方を習う子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

自分でつくった衣装を着てポーズを決める子どもたち(写真提供/トリスト)

こうしたスキル面だけでなく、「好きなことをして働く背中を子どもたちに見せることが、子どもたちにとって一番のキャリア教育になる」と尾崎さんは話す。

「どんなに学校がキャリア教育を施しても、結局子どもたちのキャリア観は親がつくるものです。父親・母親が自分の未来を信じて、自分自身が楽しむ姿を子どもに見せてほしい。お父さん、お母さんたちの働き方を変えることが、遠回りに見えて、実は子どもたちのキャリア観を一番広くしてあげられることなんです」

テレワーク人口が増えれば、日本は面白くなる

「テレワークがなければ仕事を辞めていたかもしれない」という言葉を聞くたびに、今までどれほど多くの母親たちが地元でキャリアを活かして働くことを諦めてきたのかと思う。父親・母親は子どものために仕事を諦めるのではなく、子どものためにこそ仕事を続けてほしい。そのためには、テレワークなどの働き方の支援や、地域との助け合いが必要だ。父親・母親のためだけでなく日本のために、この動きが全国に広がっていくことが望まれる。

●取材協力
Trist(トリスト)

テレワーク導入に900社が理解示さず。流山市の民間シェアオフィスが挑む高い壁

テレワーク(リモートワーク)の導入が推進されてはいるものの、まだ十分に普及しているとは言えない。企業におけるテレワークの導入率はわずか19.0%(総務省「平成30年 通信利用動向調査」)。「会社に制度はあっても、実際に使っている人はいない」という話を耳にすることも多い。

そんななか、テレワークを千葉県流山市で定着させようとしている人がいる。都内(または全国)の企業に所属しながら流山で働くことを実現するシェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」を運営する、尾崎えり子さんだ。トリスト立ち上げまでの道のりを聞くと、日本でのテレワークの定着が難しい現状が見えてきた。

「キャリアを消さないと地元で働けないなんて」

ワーキングスペースを提供するだけではなく、テレワークを初めて実施する企業や従業員をサポートするトリスト。通勤時間を理由に一度は仕事をあきらめた母親たちなどの再就職を含め、50名以上がTrist(トリスト)を活用している。

尾崎さんがトリストを立ち上げた背景には、自身が子育て中に思うような仕事に就けなかった経験がある。第一子を出産後、流山市から都内の企業に通勤していた尾崎さんは、子どもの体調不良で保育園に呼び戻されることが多く、思うように仕事ができない日々が続いた。「こんな状況では仕事と子育ての両立は厳しい」と思い、第二子の出産を機に退職を決意する。

シェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」を運営する尾崎えり子さん(撮影/片山貴博)

シェアサテライトオフィス「Trist(トリスト)」を運営する尾崎えり子さん(撮影/片山貴博)

地元で就職先を見つけようとするが、選択肢は少なく、コンビニやファストフード店のアルバイトの面接にも出向いた。しかし、その扉が開くことはなかった。

「都内の企業で経営コンサルティングの仕事をしたり、企業内起業で社長をしていた私は『キャリアがありすぎる』と言われたんです。それで、他のお母さんたちはどうやって仕事を見つけているんだろう?と思ってママ友に聞いてみると、かつて外資系金融機関で営業をしていた友人は、そのキャリアを履歴書には書かずに、大学時代のカフェバイトの経歴だけを書いてやっと小売店でのアルバイトに採用されたそうなんです」

「キャリアを消さないと働けないなんておかしい」。そう思った尾崎さんは現状を変えるべく、地元でキャリアを活かして働ける場所をつくる決意をした。「日本の労働人口は、今後ものすごい勢いで減少していきます。ママを救いたいという気持ちではなく、今まで労働に参加できていなかった人たちが働きやすい環境をつくってこの国をなんとかしなければという気持ちでした」

「ママなんてバイトで満足でしょ」テレワークに理解を示さない企業

トリストではワーキングスペースの提供だけでなく、テレワークの教育プログラムを企業と個人双方に行っている。日本マイクロソフト社とともにEmpowered JAPANというテレワーク教育プログラムを立ち上げた。テレワーカーとしての姿勢や心構えを尾崎さんが直接指導するのに加え、労務管理やセキュリティ、クラウドでの共同作業なども各専門家がレクチャーする。講座の中にはテレワーカーの採用を希望する企業へのテレワークインターンも組み込まれている。その後、希望企業にはTristで採用説明会を開催。採用に至った場合の紹介料は発生せず、ワーキングスペースの席料のみ企業から支払われる仕組みだ。

トリストで働くには、テレワークを前提に新たに雇用してもらう方法と、流山から都心の企業に通勤している人が会社にテレワークを許可してもらう2つの方法がある。後者の場合は尾崎さんが必要に応じて打ち合わせに同席し、責任者を説得するサポートをしてくれるというから心強い。

トリストで教育プログラムを受講している様子(写真提供/Trist)

トリストで教育プログラムを受講している様子(写真提供/Trist)

トリストのシステムに賛同してくれる企業を増やすべく、尾崎さんが営業した企業は実に960社。ところが、そのうち共感してくれた企業はたったの60社だった。

「一体いつの時代の人権教育の影響なんだろうと思ってしまうくらい、信じられないような発言をする方がたくさんいらっしゃいました。次の言葉は、私が実際に企業の担当者の方からかけられた言葉です」

「あなたが3人目、4人目を産めば少子化は解決するんじゃないですか?」
「あなたたちみたいに働く女性が多いからこんな社会になってしまったんですよ」
「お母さんなんて3時間パン屋さんでバイトすれば満足でしょ?」

尾崎さんは「悔しくて、噛み締めた唇から血が出るほどだった」と当時を振り返る。テレワークの必要性を認めてもらえないどころか、自分自身が見下されている。このままでは日本は変わらないのに、どうして分かってくれないのか。

「今後日本は大介護時代に突入します。そのとき、マネジメント層の人たちもテレワークが必要な状況に陥ります。そうなる前に企業は今から試行錯誤して、自分たちに合ったテレワークのやり方を見つけなくてはなりません。本当に必要になってから慌てふためいても遅いんです」

日本でテレワークが浸透しない3つの理由トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのエントランス(写真/片山貴博)

トリストのミーティングスペース(写真/片山貴博)

トリストのミーティングスペース(写真/片山貴博)

地元でテレワークができれば、これまでのキャリアを活かして働きながら、家族との時間も大切にできる。いいことばかりのように思えるが、なぜ日本でテレワークは浸透しないのだろうか。

尾崎さんによると3つの理由がある。1つ目は「法律」の問題。特に中小企業にとっては、労働法上テレワークを使いづらい環境になっているという。

2つ目は「マネジメント」の問題。今マネジメント層にいる人たちは、会社に通勤することで成功してきた人たち。そのため、部下が目の前にいないと、「マネジメントができなくなるんじゃないか」「結果を出してもらえないんじゃないか」「サボるんじゃないか」といった不安を感じてしまう傾向にある。

3つ目は「セキュリティ」の問題。例えば人事の仕事は「セキュリティレベルが高いからテレワークはできない」と言われるが、解決の糸口は業務を棚卸しすることで見えてくる。具体的には、「評価」の業務はセキュリティレベルが高いとしても、「スカウトメールの送信」や「媒体への求人情報の掲載」といった業務はそこまで高くはないはずだ。その場合、週2日は本社で評価業務を行い、週3日はテレワークでその他の業務を行うといった対応が検討できる。

尾崎さんは「今まで『テレワークは難しい』と言われていた業界や職種でこそ挑戦したい」と力強く語る。

往復3時間の通勤から解放され「心の余裕が全然違う」写真左からトリスト利用者の出梓さん、梁瀬順子さん(写真/片山貴博)

写真左からトリスト利用者の出梓さん、梁瀬順子さん(写真/片山貴博)

実際にトリストでテレワークをしている利用者の話を聞いた。1人目は3人のお子さんを育てる梁瀬(やなせ)順子さん。子育て環境を求めて流山市に引越す前は、埼玉県の企業で正社員として働いていた。2019年4月からトリストでスタートアップ企業のバックオフィス業務をしている。

「テレワークを始めた当初は、相手の雰囲気が分からないことに戸惑いはありました。でも実際に会うことは少なくても、相手の顔が見えて話を聞くことができれば、お互いの温度感は十分伝わります。言葉だけのコミュニケーションで足りない場合は気軽にテレカン(電話会議)をしています」

さらに梁瀬さんの働く会社では全てのプロジェクトの情報がオープンにされており、通勤している社員とテレワークの社員との間の情報格差はない。そのため、「会社に行っていないからといって、置いてかれているという感覚はありません」

アパレル企業で働きながら2人の子どもを育てる出梓(いで あずさ)さんも、「必要な場合はオンライン会議ができるので、現場との時差は感じない」と話す。

「トリストでテレワークを始める前は、流山から会社に往復3時間かけて通勤していました。毎日疲労困憊でしたが、今は通勤時間がなくなったので時間が生まれ、大好きな仕事を続けられています。その分夫にも子どもにも、余裕を持って接することができています」

またテレワーカーを雇う企業からも、トリストを評価する声が上がっている。尾崎さんは「テレワークがうまくいっていない」という声をランチ会などで拾い上げると、「いまトリストではこうした問題で悩んでいる方がいます。もしお心当たりがあるようでしたら改善をお願いします」というように、発言者の名前を伏せて企業に対応を促している。企業からは「尾崎さんがアドバイスしてくれるので、まるでテレワークのコンサルを導入しているよう。テレワーカーの退職防止にも役立ち助かっている」という言葉をもらったこともあるそう。

尾崎さんのお話を聞いて思ったのは、日本でテレワークが普及しない根本的な要因の1つに、企業の古い価値観があるということ。これを変えていくのは相当難しいように思えるが、実際にテレワークを導入してみると、労使ともに心地よさを感じる事例がトリストからいくつも生まれている。尾崎さんの言葉で動かなかった900社にも、大切な社員を辞めさせない手段の一つとして、テレワークがあるという認識を持ってほしいと願う。

次回は、今回トリストの利用者としてご登場いただいた梁瀬さんと出さんのお二人が感じたテレワークの必要性と、テレワークを始めて感じた変化について、具体的にお伝えする。

●取材協力
Trist(トリスト)