コペンハーゲンは2人に1人が自転車通い! 環境先進国デンマークの自転車インフラはさらに進化中、専用高速道路も

環境先進国として有名なデンマーク。その先進性の一翼を担っているのが、自転車です。古くから最も人間にとって身近な移動手段であった自転車の存在が、デンマークでますます輝きを増しています。コペンハーゲンなど都市部の人にとっては、もはやなくてはならない生活ツール。今回は、デンマーク人がなぜ、これほど自転車に魅了され続けているのかについて、探求してみたいと思います。

そこのけ、そこのけ!自転車が通る!!

コペンハーゲンで街歩きをしていて、信号待ちをしたり、バスの乗降をしようとするとき、猛スピードの自転車にぶつかりそうになったり、ベルを激しく鳴らして通り過ぎていく自転車に呆然とすることがあります。特に、自転車専用道路の存在に慣れていない私たち日本人にとっては、歩道と車道の間に広がるかなり大きめなその空間を、つい歩道だと勘違いしてしまいがち。

ブルーの塗装が施された部分が自転車道。何台も並走できるほどの幅がある(写真撮影/ニールセン北村朋子)

ブルーの塗装が施された部分が自転車道。何台も並走できるほどの幅がある(写真撮影/ニールセン北村朋子)

カーゴバイクも人気。自転車レーンは車道と同じ幅やそれよりも広い幅の通りも増えている(写真撮影/ニールセン北村朋子)

カーゴバイクも人気。自転車レーンは車道と同じ幅やそれよりも広い幅の通りも増えている(写真撮影/ニールセン北村朋子)

The inner harbour bridgeは、自転車と歩行者専用橋。これができてクリスチャンハウンや運河の向こう側のエリアへの移動が楽ちんに(C)Troels Heien

The inner harbour bridgeは、自転車と歩行者専用橋。これができてクリスチャンハウンや運河の向こう側のエリアへの移動が楽ちんに(C)Troels Heien

デンマークでは誰でも、どんな天気でも自転車に乗ります。大人も、子どもも、王室の方も、政治家も。通勤、通学、子どもの送り迎え、買い物、レジャー、引越し。自転車の霊柩車もあるほどです。とにかく、自転車はみんなのものなのです。そして、いつもとても感心するのが、誰もが、停まるときや曲がるときに手信号で合図すること。そして、自分の体型や乗り方に合ったサドルやハンドルの高さにきちんと調整していること(デンマークで自転車に乗っている人はとても姿勢が良いのです。これは、学校で低学年で正式に公道デビューするときにサドルやハンドルの高さが自分と合っているかを確認することを教わるから)。これは、自分も相手も守る、自転車のルールの基本。当たり前のことを、きちんと当たり前にやっています。

ちなみに、コペンハーゲン市の自転車に関するデータを最新の情報から拾ってみると、全市民が平日にコペンハーゲンを走る自転車の総距離は約140万km。コペンハーゲン市で登録されている自転車の数は約74万5千台で、市の人口(約63万3千人)を上回ります。コペンハーゲン市の自転車専用道路の総距離数は約380kmで、市内を網の目のように結ぶ自転車や歩行者の専用橋は24箇所。もちろん、自転車専用信号も各交差点に設置され、現在では、自転車道の幅が自動車道の車線の幅と同じくらい広くなっているところも多く存在します。

コペンハーゲン市民の通勤通学の手段。55%の人が、自転車を利用している(「Mobilitetsredegoerelse 2023」より)

コペンハーゲン市民の通勤通学の手段。55%の人が、自転車を利用している(「Mobilitetsredegoerelse 2023」より)

思い思いのファッションで自転車に乗る人たち。自転車専用レーンの幅も車道と同じくらいのサイズ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

思い思いのファッションで自転車に乗る人たち。自転車専用レーンの幅も車道と同じくらいのサイズ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマークでは、私が移住した20数年前もすでに自転車が多いなと感じる国でしたが、ここ15年ほどはさらにそれに拍車がかかり、特にコペンハーゲンやその近郊、オーデンセ、オーフスなどの大きな都市では、上記のように、自転車と徒歩の人にとって暮らしやすく、車では移動しにくい街づくりへとどんどん「進化」しているのが感じられます。私は時折、日本のメディアの撮影をコーディネートすることがあるのですが、そのときにも、例えばコペンハーゲン市や、現地のカメラマンなどには、車ではなく、自転車で取材をすることを勧められることがあります。実際に、カーゴバイクを数台借りて、その荷台から撮影したことも何度かあります。

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車の便利さを取るか、自転車&歩きやすい憩いの街を取るか、それが問題だ

そうは言っても、デンマークもずっと昔から自転車国家だったわけではありません。世界的にも車が増えはじめた1970年代には、コペンハーゲンでも車があふれ、高速道路の建設や駐車場の増設が次々に計画されていました。しかし、1980年代~90年代にかけて、コペンハーゲン市で都市エンジニアをしていたイェンス・ロアベックさんは、こうした市議会の決定に疑問を投げかけます。
「コペンハーゲンに住むみなさんや、コペンハーゲンを訪れる人たちは、たくさんの車を見るためだけにそこにいるのですか?」
「街中に高速道路を通したり、そんなにたくさんの駐車場をつくることが本当に必要で、そんな街を私たちは求めているのでしょうか?」

1970~80年代にかけて、コペンハーゲンは車との向き合い方を考えなくてはならなくなった(画像提供/Jens Roerbech)

1970~80年代にかけて、コペンハーゲンは車との向き合い方を考えなくてはならなくなった(画像提供/Jens Roerbech)

そこから、市民の間に街のあり方や車との付き合い方の議論が活発になり、その勢いを受けて、コペンハーゲン市のアーバンデザインと自転車インフラを司る専門家としてまちづくりを主導していたロアベックさんは次々にコペンハーゲンの街角を車から解放して、人が徒歩や自転車で街をめぐり、憩うことができる広場や場所を取り戻すまちづくりを進めていき、今のコペンハーゲンの姿に近づいていったのです。

例えば、みなさんもよく知っている、コペンハーゲンの運河沿いにあるカラフルな街、ニューハウン。今は、通りに面したレストランやカフェにテーブルや椅子が所狭しと並べられ、食事やビールを楽しむ人でにぎわう一大観光地のひとつです。でも、実はここも70年代はすべて車で埋め尽くされた駐車場だったのです。当時、議会の決定ではさらに駐車場を増やす予定でしたが、その決定を覆して逆に駐車場を取っ払い、人々の憩いの場にするという当時の思い切った決断のおかげで、今はすっかりデンマークを代表するランドマークとなって、一年中、徒歩や自転車で訪れる人が絶えません。

1970年代のニューハウン。川べりはかつてぎっしり駐車場だったが……(画像提供/Jens Roerbech)

1970年代のニューハウン。川べりはかつてぎっしり駐車場だったが……(画像提供/Jens Roerbech)

1980年代の議論によって、駐車場をなくして人気の観光地となったニューハウン(画像提供/Jens Roerbech)

1980年代の議論によって、駐車場をなくして人気の観光地となったニューハウン(画像提供/Jens Roerbech)

「こんなのがあったらいいな」を次々に形に!

デンマークでは、90年代から、環境や気候変動への意識の高まりから、国と都市が連携して、市民の一般車両を利用しての移動を減らし、徒歩、自転車、公共交通の利用を促す政策が打ち出されるようになりました。

コペンハーゲン市では1996年以来、2年ごとに「自転車会計白書」を発行して、市の自転車政策や目標に対して、どれくらい実現できているかを調査・公表。2011年には、2025年に世界一の自転車都市を目指して、自転車政策を発表し、ここ10年間で約2億ドル(約287億円)を自転車インフラに投資しています。

デンマーク政府も2014年に「デンマーク、自転車に乗ろう!」という国の自転車政策を打ち出し、ツール・ド・フランスの開幕地を務めた昨年は、今後の新たな全国規模の自転車インフラ構築のために4億5800万ドル(約658億円)の拠出を決定しています。

こうした予算を投じてつくられてきたユニークで便利なインフラの数々の代表的な例をいくつかご紹介しましょう。

まずはバイシクル・スネイク。ビルの合間を縫うように運河を越えて走る、自転車専用の高架橋です。くねくね曲がったその様子がヘビのようだからと、こんな名前がついています。この橋が2014年にできたおかげで、その先の自転車と歩行者専用のBrygge橋にスムーズにつながり、HavneholmenエリアとIslands Bryggeエリアが、あっという間に行き来できる場所になりました。

バイシクル・スネイク (C) Ewell Castle DT

バイシクル・スネイク (C) Ewell Castle DT

バイシクル・スネイク。大きな運河もあっという間に渡れる便利さと快適さ((c)Cykelslangen (2014) - Dissing+Weitling. Photographer: Kim Wyon)

バイシクル・スネイク。大きな運河もあっという間に渡れる便利さと快適さ((c)Cykelslangen (2014) – Dissing+Weitling. Photographer: Kim Wyon)

そして、サイクル・スーパーハイウェイも特徴的なインフラのひとつ。コペンハーゲンとその近郊の29自治体を結ぶ、850km強の自転車専用高速道路です。住宅エリアと通勤、通学エリアを、ほとんど途中で止まることなく、通過する自治体に関係なく同じクオリティ(走行速度や自転車レーンの幅、交差点での信号の設置など)の走りができるのが大きな特徴です。日本でも、車専用の高速道路は、自治体をまたいでも同じクオリティですよね。そうでなければ、利用しにくいし、事故も起きやすい。その考えをすっぽり自転車に応用したのが、このサイクル・スーパーハイウェイなのです。コペンハーゲン市内の多くの職場も、サイクル・スーパーハイウェイを利用した通勤を奨励しているところも多く、職場には移動後に服を乾かす部屋やシャワーやサウナが併設されているという話もよく聞きます。

サイクル・スーパーハイウェイ。長距離の通勤通学やレジャーにも、スムーズに早く安全に目的地にたどり着ける((C) Supercykelstisamarbejdet, hovedstadsregionen)

サイクル・スーパーハイウェイ。長距離の通勤通学やレジャーにも、スムーズに早く安全に目的地にたどり着ける((C) Supercykelstisamarbejdet, hovedstadsregionen)

最近は、自転車専用レーンを走る乗り物の種類もさまざま。一般的な二輪の自転車に加え、市民の自転車での走行距離が延びていることもあり、E-バイク(電動自転車)も急増。そして、二輪や三輪で前に荷台がついているカーゴバイクや電動カーゴバイクも人気です。電動キックボードだけでなく、デンマークではスクーターも自転車専用レーンを走るのがルールです。自転車も、街の要所要所にレンタサイクルや電動シティバイクがあり、シティバイクはナビゲーションもついていてとても便利です。

お天気がくるくる変わりやすいデンマークですが、それでもやはり便利な自転車に乗りたい人は多く、ファッションも四季折々、みな工夫をこらして、おしゃれに乗りこなしています。

デンマークでは、たいていのホテルで自転車をレンタルしているので、みなさんにもぜひ一度、自転車で街を巡る体験をしてほしいと思っています。自転車に乗って実際に整備された自転車専用レーンを走ってみると、いかに快適で、安全に、車よりも早く目的地に着けるのが実感できますし、風を切って走りながら、気になったところでさっと自転車を降りて散策できるという自由さも、自転車と自転車インフラは叶えてくれます。もし、いきなり自分だけでまわるのが難しいかな、と感じる人は、例えば自転車でコペンハーゲンのGXを体感するツアーや、デンマークを代表する建築を回るツアーなどもあるので、ぜひ参加してみてくださいね。きっと、デンマークという国が、もっとわかる、ワクワクする体験になるはずです!

●取材協力
・コペンハーゲン市
・Jens Roerbech
●参考資料
「Mobilitetsredegoerelse 2023」

タイならでは塀囲みのまち「ゲーテッド・コミュニティ」って? クリエイター夫妻がリノベ&増築したおしゃれなおうちにおじゃまします 

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや音楽、文化などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺います。

第2回は、タイ人で帽子ブランド「Palini」デザイナー&オーナーと、バンコクの超人気ヴィンテージ&アート&クラフトイベント「Made By Legacy」のベンダーリノベーション担当という二足の草鞋を履いた、Benzさん(ベンツさん・34歳)を訪ねました。

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

緑豊かなゲーテッド・コミュニティゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク出身のBenzさんは、ガールフレンドのAui(ウイ)さん、犬のKaleとともに、郊外のゲーテッド・コミュニティ(タイ人はムーバーンと呼ぶ。Villageの意)内の一戸建てで暮らしています。Benzさんが築18年で広さ213平米の中古一戸建て(2LDK)を500万B(※当時のレートで約1700万円)で購入したのは2年前のこと。タイでは一般の住宅は建物や土地に手を入れることに対する自由度が比較的高く、購入後に敷地内に2階建ての離れを建てました。

中古一戸建ての母屋はおもに住居で、1階はLDKとトイレ、2階は寝室とバスルーム、ショールームがあります。離れの1階は自身が運営している帽子ブランド「Palini」のアトリエとして使用しています(2階は現在使用していません)。

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティは、バンコク近辺でよく見るスタイルの住居です。一定区画を管理会社などが買い取ってぐるりと塀で囲み、出入口にセキュリティブースを設置。出入りする人や車を監視・管理する、私設の村のようなものです。

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんらが住まうバンコク北東部にあるゲーテッド・コミュニティは、敷地内を駆けまわるリスの姿を見かけるほど緑豊か。約400世帯が生活していて、プールやジムもあり、近所の方々との交流もさかん。ゲート内で、ひとつのコミュニティが確立しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

利便性より心地よさを重視して

都市部に住む若い二人の住居としては、多くの選択肢があります。若者ならば利便性を優先して、バンコク中心部のコンドミニアムやアパートを購入したり、借りたりして住むイメージがあります。なぜ、落ち着いた郊外の一戸建てを選んだのでしょうか。

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

「かつてサトーンエリア(※バンコク中心部。オフィス街に近く、大使館などが集まる閑静な高級住宅地)にあった実家は、4階建てのタウンハウスでした。通っていた小学校や病院は近かったものの、構造上、家の中が暗いのが好きじゃなかった。だから、どうしても明るい家に住みたかったのです。

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

それで家を買おうと思い立って、6カ月で50軒ほど内見しました。人生で一番の買い物ですね。なぜ新築にしなかったかというと、この家の外観と構造が好きだと思ったから。タイの一戸建ては、一般的に建物の前面に庭がありますが、この家は庭が建物の後ろにあって、そこも良かった。ゲーテッド・コミュニティは緑が多く、自分で木を植えなくていいのも気に入った点でした。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

もう少しバンコク中心部に近い場所にも同じ会社のゲーテッド・コミュニティがありましたが、そちらは値段がもっと高くて、タウンハウス(*長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な建物)で、周囲の道路の渋滞が酷かったため選びませんでした」

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

少し脱線しますが、タイの人は多くが持ち家で、住居を購入する動機は、
1. 学校や子どもの生活環境に合わせて引越す
2. 経済的に余裕ができると、狭い家から住み替える
3. 人に貸したり民泊にするなどビジネスのため
終の棲家という感覚は希薄なのだそうです。

さて、話を戻しましょう。
「ここはバンコクの中心部から、高速道路も使って車で40分。将来電車が通る計画があり、そうするとより便利になります。
この家を紹介してくれたのは、私が働いていたストリートファッション誌『Cheeze Magazine』で広告の仕事をしている先輩で、その人自身やミュージシャンなど、クリエイティブ系の有名な人も住んでいます。仕事柄、しょっちゅう外に出ないから、郊外でOKというのもありますね」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家での同居を経て、アトリエを兼ねた一戸建てへ

Benzさんはもともと、有名ストリートカルチャー誌『CHEEZELOOKER』で4年間ファッションコラムニストとスタイリストをしていて、そこで会計の仕事をしていたAuiさんと出会いました。その後、8年前に2人でブランドを立ち上げました。

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

今の家に住む前は、Benzさんのお兄さんが結婚して他の家に移ったため、Benzさんの実家の3階をオフィス・4階を倉庫にし、AuiさんもBenzさん一家とともに実家に住んでいました。でも、イベントなどに出店するたびに上階から荷物を下ろすのは大変で。住まいとワークプレイスを整えるために、家探しを始めたそうです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「ゲーテッド・コミュニティに母屋となる一戸建てを購入し、別棟を建てて、母屋と別棟の2階をベランダで繋げました。家の中は400万B(※当時のレートで約1370万円)を費やして丸ごとリノベーション。私たちは10年一緒にいて考えも似ているから、家づくりでぶつかることはなかったです。でも、リフォームを担当してくれた、ホテルなどのインテリアデザインの仕事をしている弟とは、時には意見が合わなかったりもしました」

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家にあった家具をリメイクシャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

シャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんもとてもお気に入りだというバスルームは、私がこれまで見たバスルームの中で一番と思えるほど美しいデザインでした。では、インテリアについてはどうでしょう。
「服や雑貨などは、中にしまわれている状況が自分には好ましい。だから、服もたくさん持っているけど、全てクローゼットにしまってあります。服がカラフルな分、インテリアはシックな色合いがいいですね。

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの古いテーブルは、キッチンの天板と素材をそろえてリメイクしました。椅子もジム・トンプソン(※タイの老舗高級シルクメーカー)の生地に張り替え。革張りのソファも置いています。家具はどれも、実家で使っていたものです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

特にヴィンテージラバーというわけではなくて、デザインが好きなら買う、という感じです。その時の変化に従って、選ぶものも変わっていきます。インテリアも自分と同じで、一緒に育っていくものだから。

敷地内にオフィスを建てて、リノベーションにもお金をかけたから、この先もずっと住み続けたいと思っています。

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

複数の仕事の切り替えと時間配分

美しい建物と、すっきりした心地いいインテリア。クリーンであたたかみのある家自体にも惹かれますが、複数の仕事を持っているBenzさんの、時間配分や気持ちの切り替えにも興味を持ちました。
「私は1日のスケジュールを、かなりしっかり計画するタイプで、ルーティンを決めています。朝と午後2時半にコーヒーを淹れるのが私たちの日課で、淹れるのは私が担当。彼女が料理をつくって、掃除は二人でやります。

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

1週間の計画も立てていて、まず火~木曜は自宅アトリエで『Palini』の仕事をします。ビジネスタイムは10~16時。イマジネーションに関する仕事なので、5時間で十分です。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

アトリエには2人のスタッフThipさんとGiftさんが出入りしていて、なぜ2人かというと、私たちと毎回車で昼食を食べに出るから計4人が都合いい。そして、仕事を終えたらジョギング。時にはそれが犬の散歩を兼ねていたりもします。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金・土は、大人気イベント『Made By Legacy』(バンコクのお洒落な人がこぞって訪れる年1回開催のイベントで、ヴィンテージの家具や洋服の販売や、ライブも。そのほかに『Madface Food Week』、『the MBL Worldwide Open House』といったイベントもオーガナイズしている)の仕事でオフィスへ。オフィスへの所要時間は車と電車で50分ほどです。

二つの仕事を持っていますが、ブランドはこれからどうしていくかという方向性も含めて、自分が考えることが多い。そして、イベントは大人数グループの一員。それぞれ役割が違うから、自然と切り替えができています」

家族との時間も大切に(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「日・月曜が休日で、日曜は家にいて掃除や片付けをする。そして、月曜は車で30分のブンノンボンガーデンへ行きます。湖もある大きな公園で、通常バンコク中心部の公園は犬は入れませんが、ここはペット可なうえにキャンプもできる。イスだけ持参して、コーヒーを淹れたりしています。

そのほか、週に1回、仲間とフットボールやバスケットボールをしたり、飲みに行ったりします。親とは日曜日に会っていますね。私は三人兄弟の真ん中で、兄はバンコク東側にある新興住宅地のバンナー地区に、弟はこの近くに新築の一戸建てを持っていて、親はタウンハウスを売却して弟のところに同居しています。だから、日曜日は弟の家で食事したり、家族がここに来たり、レストランに行ったり、家族と一緒にすごしていますね」

タイの方は家族や親しい人とのつながりがとても濃いと聞いていましたが、若いお二人も例外ではなく、ご家族との時間をしっかり取っていました。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

・お気に入りのYou Tube(インテリア):Open Space
・日本人のモーニングルーティーンの動画を見るのも好き。

そして、Benzさんは高校生のころから、現在・将来の展望や計画表まで、ノートにあらゆることを書き出しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「でも、書いてあることは単なる計画だから、お酒を飲んだりして守れなくてもOK。人生は変化するから、計画も変わることもあるよね」
きちんと決めつつ、変化には柔軟に対応する。すぐに真似したい、物事や人生への向き合い方ですね。

●取材協力
・Benzさん
・Auiさん
・Palini

タイならでは塀囲みのまち「ゲーテッド・コミュニティ」って? クリエイターカップルがリノベ&増築したおしゃれなおうちにおじゃまします 

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや音楽、文化などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺います。

第2回は、タイ人で帽子ブランド「Palini」デザイナー&オーナーと、バンコクの超人気ヴィンテージ&アート&クラフトイベント「Made By Legacy」のベンダーリノベーション担当という二足の草鞋を履いた、Benzさん(ベンツさん・34歳)を訪ねました。

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

BenzさんとAui(ウイ)さん、そして愛犬のKale(ケール)(写真撮影/Yoko Sakamoto)

緑豊かなゲーテッド・コミュニティゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの内部(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク出身のBenzさんは、ガールフレンドのAui(ウイ)さん、犬のKaleとともに、郊外のゲーテッド・コミュニティ(タイ人はムーバーンと呼ぶ。Villageの意)内の一戸建てで暮らしています。Benzさんが築18年で広さ213平米の中古一戸建て(2LDK)を500万B(※当時のレートで約1700万円)で購入したのは2年前のこと。タイでは一般の住宅は建物や土地に手を入れることに対する自由度が比較的高く、購入後に敷地内に2階建ての離れを建てました。

中古一戸建ての母屋はおもに住居で、1階はLDKとトイレ、2階は寝室とバスルーム、ショールームがあります。離れの1階は自身が運営している帽子ブランド「Palini」のアトリエとして使用しています(2階は現在使用していません)。

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋2階のショールームスペース (写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

大量にある帽子類は、スタッキングできるコンテナを使って収納(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティは、バンコク近辺でよく見るスタイルの住居です。一定区画を管理会社などが買い取ってぐるりと塀で囲み、出入口にセキュリティブースを設置。出入りする人や車を監視・管理する、私設の村のようなものです。

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ゲーテッド・コミュニティの入口。ガードマンが常駐している(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんらが住まうバンコク北東部にあるゲーテッド・コミュニティは、敷地内を駆けまわるリスの姿を見かけるほど緑豊か。約400世帯が生活していて、プールやジムもあり、近所の方々との交流もさかん。ゲート内で、ひとつのコミュニティが確立しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

子どもが遊べる公園やバスケットボールコートもある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

利便性より心地よさを重視して

都市部に住む若い二人の住居としては、多くの選択肢があります。若者ならば利便性を優先して、バンコク中心部のコンドミニアムやアパートを購入したり、借りたりして住むイメージがあります。なぜ、落ち着いた郊外の一戸建てを選んだのでしょうか。

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

直線的なラインが美しい建物外観 (写真撮影/Yoko Sakamoto)

「かつてサトーンエリア(※バンコク中心部。オフィス街に近く、大使館などが集まる閑静な高級住宅地)にあった実家は、4階建てのタウンハウスでした。通っていた小学校や病院は近かったものの、構造上、家の中が暗いのが好きじゃなかった。だから、どうしても明るい家に住みたかったのです。

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

たっぷり光が入るリビング(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

各部屋のあちこちに窓が配されている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンにも陽の光がたっぷり(写真撮影/Yoko Sakamoto)

それで家を買おうと思い立って、6カ月で50軒ほど内見しました。人生で一番の買い物ですね。なぜ新築にしなかったかというと、この家の外観と構造が好きだと思ったから。タイの一戸建ては、一般的に建物の前面に庭がありますが、この家は庭が建物の後ろにあって、そこも良かった。ゲーテッド・コミュニティは緑が多く、自分で木を植えなくていいのも気に入った点でした。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

もう少しバンコク中心部に近い場所にも同じ会社のゲーテッド・コミュニティがありましたが、そちらは値段がもっと高くて、タウンハウス(*長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な建物)で、周囲の道路の渋滞が酷かったため選びませんでした」

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

玄関外にヴィンテージのロッカーを置き、シューズボックスに (写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

少し脱線しますが、タイの人は多くが持ち家で、住居を購入する動機は、
1. 学校や子どもの生活環境に合わせて引越す
2. 経済的に余裕ができると、狭い家から住み替える
3. 人に貸したり民泊にするなどビジネスのため
終の棲家という感覚は希薄なのだそうです。

さて、話を戻しましょう。
「ここはバンコクの中心部から、高速道路も使って車で40分。将来電車が通る計画があり、そうするとより便利になります。
この家を紹介してくれたのは、私が働いていたストリートファッション誌『Cheeze Magazine』で広告の仕事をしている先輩で、その人自身やミュージシャンなど、クリエイティブ系の有名な人も住んでいます。仕事柄、しょっちゅう外に出ないから、郊外でOKというのもありますね」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家での同居を経て、アトリエを兼ねた一戸建てへ

Benzさんはもともと、有名ストリートカルチャー誌『CHEEZELOOKER』で4年間ファッションコラムニストとスタイリストをしていて、そこで会計の仕事をしていたAuiさんと出会いました。その後、8年前に2人でブランドを立ち上げました。

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ガラスをはめて、階段や廊下にも採光を(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ショールームスペースの一角にはミシンも置かれている(写真撮影/Yoko Sakamoto)

今の家に住む前は、Benzさんのお兄さんが結婚して他の家に移ったため、Benzさんの実家の3階をオフィス・4階を倉庫にし、AuiさんもBenzさん一家とともに実家に住んでいました。でも、イベントなどに出店するたびに上階から荷物を下ろすのは大変で。住まいとワークプレイスを整えるために、家探しを始めたそうです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

手前が増築したアトリエ棟。ちょうどいい距離感です(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「ゲーテッド・コミュニティに母屋となる一戸建てを購入し、別棟を建てて、母屋と別棟の2階をベランダで繋げました。家の中は400万B(※当時のレートで約1370万円)を費やして丸ごとリノベーション。私たちは10年一緒にいて考えも似ているから、家づくりでぶつかることはなかったです。でも、リフォームを担当してくれた、ホテルなどのインテリアデザインの仕事をしている弟とは、時には意見が合わなかったりもしました」

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

母屋二階と離れはベランダを通じてつながっている。奥はいまだ開発中の土地(写真撮影/Yoko Sakamoto)

実家にあった家具をリメイクシャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

シャワースペースの床材もおしゃれ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

Benzさんもとてもお気に入りだというバスルームは、私がこれまで見たバスルームの中で一番と思えるほど美しいデザインでした。では、インテリアについてはどうでしょう。
「服や雑貨などは、中にしまわれている状況が自分には好ましい。だから、服もたくさん持っているけど、全てクローゼットにしまってあります。服がカラフルな分、インテリアはシックな色合いがいいですね。

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室のバスルームに近い壁一面には、しっかり収納量があるクローゼットが(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの作業台下にうつわや水を入れて(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家電類をソファ裏など見えないところに置いて生活感を排除(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

テレビ類のリモコンも、定位置を決めつつ隠してある(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンの古いテーブルは、キッチンの天板と素材をそろえてリメイクしました。椅子もジム・トンプソン(※タイの老舗高級シルクメーカー)の生地に張り替え。革張りのソファも置いています。家具はどれも、実家で使っていたものです。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

特にヴィンテージラバーというわけではなくて、デザインが好きなら買う、という感じです。その時の変化に従って、選ぶものも変わっていきます。インテリアも自分と同じで、一緒に育っていくものだから。

敷地内にオフィスを建てて、リノベーションにもお金をかけたから、この先もずっと住み続けたいと思っています。

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

寝室(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

複数の仕事の切り替えと時間配分

美しい建物と、すっきりした心地いいインテリア。クリーンであたたかみのある家自体にも惹かれますが、複数の仕事を持っているBenzさんの、時間配分や気持ちの切り替えにも興味を持ちました。
「私は1日のスケジュールを、かなりしっかり計画するタイプで、ルーティンを決めています。朝と午後2時半にコーヒーを淹れるのが私たちの日課で、淹れるのは私が担当。彼女が料理をつくって、掃除は二人でやります。

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コーヒーは一日二回淹れます(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

1週間の計画も立てていて、まず火~木曜は自宅アトリエで『Palini』の仕事をします。ビジネスタイムは10~16時。イマジネーションに関する仕事なので、5時間で十分です。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

アトリエには2人のスタッフThipさんとGiftさんが出入りしていて、なぜ2人かというと、私たちと毎回車で昼食を食べに出るから計4人が都合いい。そして、仕事を終えたらジョギング。時にはそれが犬の散歩を兼ねていたりもします。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

スタッフが母屋二階で撮影中(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金・土は、大人気イベント『Made By Legacy』(バンコクのお洒落な人がこぞって訪れる年1回開催のイベントで、ヴィンテージの家具や洋服の販売や、ライブも。そのほかに『Madface Food Week』、『the MBL Worldwide Open House』といったイベントもオーガナイズしている)の仕事でオフィスへ。オフィスへの所要時間は車と電車で50分ほどです。

二つの仕事を持っていますが、ブランドはこれからどうしていくかという方向性も含めて、自分が考えることが多い。そして、イベントは大人数グループの一員。それぞれ役割が違うから、自然と切り替えができています」

家族との時間も大切に(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「日・月曜が休日で、日曜は家にいて掃除や片付けをする。そして、月曜は車で30分のブンノンボンガーデンへ行きます。湖もある大きな公園で、通常バンコク中心部の公園は犬は入れませんが、ここはペット可なうえにキャンプもできる。イスだけ持参して、コーヒーを淹れたりしています。

そのほか、週に1回、仲間とフットボールやバスケットボールをしたり、飲みに行ったりします。親とは日曜日に会っていますね。私は三人兄弟の真ん中で、兄はバンコク東側にある新興住宅地のバンナー地区に、弟はこの近くに新築の一戸建てを持っていて、親はタウンハウスを売却して弟のところに同居しています。だから、日曜日は弟の家で食事したり、家族がここに来たり、レストランに行ったり、家族と一緒にすごしていますね」

タイの方は家族や親しい人とのつながりがとても濃いと聞いていましたが、若いお二人も例外ではなく、ご家族との時間をしっかり取っていました。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

・お気に入りのYou Tube(インテリア):Open Space
・日本人のモーニングルーティーンの動画を見るのも好き。

そして、Benzさんは高校生のころから、現在・将来の展望や計画表まで、ノートにあらゆることを書き出しています。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「でも、書いてあることは単なる計画だから、お酒を飲んだりして守れなくてもOK。人生は変化するから、計画も変わることもあるよね」
きちんと決めつつ、変化には柔軟に対応する。すぐに真似したい、物事や人生への向き合い方ですね。

●取材協力
・Benzさん
・Auiさん
・Palini

『海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』著者・早さんに初心者もできるおしゃれインテリアのコツを聞いてみた! マンションリノベのエピソードも

中野区にある約75平米の中古マンションを購入し、リノベーションした早(さき)さん。海外のインテリアを中心に自宅をコーディネートしてInstagramやブログを中心に発信しています。2022 年には書籍『海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』(大和出版)を出版。インテリアコーディネーターの資格を持つ早さんならではの空間作りを伺います。

リビング

(写真提供/早さん)

リノベーション前の情報収集はPinterestで

IT企業に勤務する早さん。夫の岑(みね)康貴さんと2022年8月に生まれたお子さんの3人で暮らしています。夫婦ともに在宅勤務のため、ワークスペースはそれぞれが集中して過ごせるよう、2カ所設置。室内窓のある部屋を康貴さん、リビングの一角を早さんが仕事場所として使っています。

海外のインテリアを参考にコーディネートした色鮮やかな空間で、仕事をしながらもお互いの気配を感じられる家になっています。

康貴さんの仕事部屋

康貴さんの仕事部屋(写真提供/早さん)

康貴さんの仕事部屋(写真提供/早さん)

一口に「海外インテリア」と言っても幅広く、ネット検索しようにも自分好みの検索ワードがわからないもの。早さんはまず、自分の方向性を確かめるために写真を中心としたSNS「Pinterest」を使ったそう。

「はじめはPinterestで『海外』『インテリア』など普通のワードで検索していました。そこからハッシュタグやソース元を辿るうちに、『こういうテイストはボヘミアンっていうんだ』など、スタイルごとのキーワードがだんだんわかってきたんです。そのうちに英語で書かれた情報も読むようになり、自分好みの検索ワードを少しずつ増やしながら知識を固めていきました」

Pinterestで集めた情報は、部屋のコーナーごとに仕分けし、リノベーション会社にテイストを相談する際に利用しました。

リノベーションは「苦手な事例がない」会社へ依頼

物件探しでは、もともと注文住宅を検討していた早さん。金銭面や立地条件などから戸建ての中古物件、中古マンション……と、徐々に切り替えて探していきました。

「家の広さや交通の便も大切ですが、何よりも自分たちが好きになれる街に住みたいという希望がありました。そして、家の中は風通しや日当たり、抜け感のある居心地のよさを重視することに。最初は『自分の好きなように作れる注文住宅がいい』と思っていましたが、調べていくうちに『私たちはまだ、そのフェーズじゃないのかも』と思い直して、中古マンションをリノベーションすることに決めました」

夫妻ともに在宅勤務で家にいる時間も長いため、縦に大きくワンフロアが狭い戸建てよりもマンションで横の開放感を重視しました(写真提供/早さん)

夫妻ともに在宅勤務で家にいる時間も長いため、縦に大きくワンフロアが狭い戸建てよりもマンションで横の開放感を重視しました(写真提供/早さん)

リノベーション会社は物件を探している途中に決めたそうです。「過去の施工例を見たときに、『すごく好きな事例がひとつある』よりも、『事例の中に苦手なところがない』方が大事だと思いました。デフォルトの仕様が気に入るところだと、オプションをつけなくても話し合いがスムーズに進みます」

物件購入時は、希望通りの施工が可能かリノベーション会社に同行してもらう方法がありますが、都心のように人気があって物件の動きが多い場合、日程調整をしている間に別の人に決まってしまうこともあります。

早さんはリノベーションに関わる本を事前に読み、「この物件ならこういう改装ができそう」と自分である程度見極めてからリノベーション会社に確認したと言います。

理想の内装を実現する鍵は、コストをかける場所の優先順位を明確にすること

「リノベーション予算の中で、一番奮発したのが格子の室内窓です。ずっと憧れでした」

リビングと康貴さんの仕事部屋を仕切る大きな室内窓(写真提供/早さん)

リビングと康貴さんの仕事部屋を仕切る大きな室内窓(写真提供/早さん)

室内窓はガラス製で、開放感と光をよく通すことを重視したそうです。「防音性には欠けるため、互いに会議が重なるとちょっと大変です。今回は空間の広がりを優先させたので満足していますが、もしまたリノベーションをする機会があれば、別の区切り方を考えるかもしれません」

一方、浴室などはシンプルに、メーカー既存品のユニットバスを選択しました。「自分たちのライフスタイルとの相性を考えて、浴室乾燥機はつけませんでした。壁もただのシンプルな白にして、いらない機能を省いたら、結果的に見積もりよりもコストは下がりました」

都心の中古物件ではリセールを意識して万人に受けるリノベーションをすることも多いですが、早さんはあまり気にしていないそう。「何年か暮らしたら、住み替えも検討する予定。でも家を買う理由の一つが『自分の好きな空間をつくりたい』だったので、リセールを気にしすぎると方向性が変わってしまうんですよね。だから趣味費と割り切ることにしています」

海外風インテリアのカラーコーディネートはコーナーごとに2~3色以上を取り入れるのがコツ

インテリアで多くの方が悩むのが、部屋全体の色味とバランスです。早さんは、写真を撮って考えることが多いのだとか。「全部一つの色で統一するとスッキリ見えますが、異物が混ざりにくくなり、逆に難しいんです。我が家は各コーナーをなるべく2~3色のテーマカラーで合わせながらも、あまりきっちり揃えすぎずに複数の色が散らばるようにしています。実は色や柄を多く取り入れたほうがモノが多くてもあまり散らかって見えないし、カラフルな雑貨などを置いても馴染みやすいですね」

また、インテリアは部屋ごとではなく、コーナーごとでコーディネートを考えているそう。

「同じ画角に入らないところは違うテイストでも大丈夫。部屋には写真映えするコーナーをいくつもつくるイメージで広げていきます。

インテリアに悩んでしまう方は、まず憧れる部屋の写真を見つけて、そのコーナーだけ真似してみるのが簡単です。お気に入りスペースを1カ所つくると、別の場所も飾りたくなって、そのうちに気に入ったテイストが部屋全体に広がっていく。初心者は、まずは色柄のラグから挑戦してみるのがおすすめです。部屋の雰囲気がガラッと変わりますよ」

インテリアの金具類はゴールドかアイアンで統一している早さん。色や素材がひとりぼっちにならないように、小物などで色を拾って部屋のいろいろな場所に配置することで、ものがたくさんある状態でも馴染むようにしています。

アトリエスペースは糸を見せる収納。「糸がカラフルなので、部屋で何色使ってもなんとなく馴染むようになっています」(写真提供/早さん)

アトリエスペースは糸を見せる収納。「糸がカラフルなので、部屋で何色使ってもなんとなく馴染むようになっています」(写真提供/早さん)

ゴールドとアイアンの金具を使った洗面台(写真提供/早さん)

ゴールドとアイアンの金具を使った洗面台(写真提供/早さん)

ぬいぐるみのモンチッチも、よだれかけの赤が壁の色となじんでいます(写真提供/早さん)

ぬいぐるみのモンチッチも、よだれかけの赤が壁の色となじんでいます(写真提供/早さん)

お気に入りのポイントは、あらゆる場所を後から塗装できるようにしたことです。「『これ!』というイメージがわかない状態であれば、とりあえず白に塗ってもらう。後からでも、壁や枠、扉は自分で塗れますから」

一方、収納に関してはもっと気を配るべきだったと反省しているそう。「都内のマンションは狭いから、収納はもっと必要だったかな。でも、それとトレードオフで開放感をつくったので、結局は何を優先させるかですね。あんばいは難しいです」

フローリングは、リノベーション会社からの提案でパイン材を塗装した素材を選択。「おしゃれな人がラフに住んでいるような部屋が理想なので、リラックス感や手づくり感を出したかった」とのこと(写真提供/早さん)

フローリングは、リノベーション会社からの提案でパイン材を塗装した素材を選択。「おしゃれな人がラフに住んでいるような部屋が理想なので、リラックス感や手づくり感を出したかった」とのこと(写真提供/早さん)

窓際のスペースは、ひとりがけの椅子を置くように意識。「窓際って日本は通り道にしがちですが、くつろぐスペースにすることで海外っぽい配置に」(写真提供/早さん)

窓際のスペースは、ひとりがけの椅子を置くように意識。「窓際って日本は通り道にしがちですが、くつろぐスペースにすることで海外っぽい配置に」(写真提供/早さん)

後悔しないリノベーションの秘訣は「水回りと照明を妥協しない」

「室内窓のほかにこだわったのは、水回りと照明です」と語る早さん。「部屋の壁紙などは後からでも簡単に変えられるけれど、洗面台やタイル、壁付けの照明は後からどうにもできない部分です。リノベーションする時に理想を追求するしかありません」

キッチンはIKEAでそろえました。水栓はタッチすれば水が出てくるタッチレス水栓。タイルは白のサブウェイタイルに黒い目地。早さんのやりたかったデザインです(写真提供/早さん)

キッチンはIKEAでそろえました。水栓はタッチすれば水が出てくるタッチレス水栓。タイルは白のサブウェイタイルに黒い目地。早さんのやりたかったデザインです(写真提供/早さん)

洗面台のスツールは、蓋を開けると中に収納スペースが(写真提供/早さん)

洗面台のスツールは、蓋を開けると中に収納スペースが(写真提供/早さん)

「椅子を置いたのは、メイクをするときに座りたいからです。その分、収納スペースは減ったので、洗剤などの買い置きは最小限にしています」

生活感をできるだけ削ぎ落とす工夫も白の塗装を施した木の扉。色を変えたくなったら塗装できるようにしています(写真提供/早さん)

白の塗装を施した木の扉。色を変えたくなったら塗装できるようにしています(写真提供/早さん)

扉にも注目を。「日本の扉は表面にシートを張った仕上げのものが一般的。扉の種類はたくさんあるけれど、シートの扉は日本っぽいテイストに部屋が引っ張られてしまいます。海外っぽい部屋づくりがしたかったら、扉だけは天然の素材をセレクトしたほうがいいと思いました」

また、部屋の内装で現実感が出やすいのがインターホンまわりです。早さんは、海外のサイトでアートポスターを購入して、IKEAのフレームに入れて飾りました。複数のアートがセットで売っているものもあるので、そういうものを選ぶと初心者でもバランスを考えやすいそうです。

アートの額縁でインターホンが馴染みます。照明は海外のデザイン。「日本のインテリアは四角が主流ですが、海外インテリアは丸いフォルムが最近のトレンド。意識して取り入れています」(写真提供/早さん)

アートの額縁でインターホンが馴染みます。照明は海外のデザイン。「日本のインテリアは四角が主流ですが、海外インテリアは丸いフォルムが最近のトレンド。意識して取り入れています」(写真提供/早さん)

ピアノの置き方も工夫が凝らされています。Pinterestで検索して、本棚にピアノが収納されている写真を見た早さん。リノベーション会社に相談して、つくってもらいました。「設計の途中でピアノの調律のために余白が必要であることに気が付き、あわてて棚の高さを変更してもらいました(笑)」

当初はピアノと棚の間がもっと狭い予定でした(写真提供/早さん)

当初はピアノと棚の間がもっと狭い予定でした(写真提供/早さん)

理想の家を目指し続ける、余白のある家

お子さんが動き回るようになると、床に置いている植物や小物類は一時的に撤去する必要がありそうとのこと。「今はまだ寝てばかりなのでそのままにしていますが、今後は低い位置にものを置きにくくなるかもしれませんね。でも、子どもがいても自分好みの空間はつくれると思うんです。壁などの高いところは飾り放題ですし。工夫をしながらインテリアと向き合っていきたいです」

子どもの遊び道具を入れるカゴは、赤ちゃん時代のクーファン(写真提供/早さん)

子どもの遊び道具を入れるカゴは、赤ちゃん時代のクーファン(写真提供/早さん)

今後はダイニングにL字ソファーをDIYで作りたいと語る早さん。「自宅はまだ、未完成です。私にとって家作りのテーマは、『つくり続けられる家』だったのかもしれません」と、笑顔で振り返ります。自分好みの空間で過ごす理想の家づくりはこれからも続くようです。

『カラフル&モダンポップ 海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』(大和出版)●取材協力
早[SAKI]
10年間で7回の引っ越しを経て、海外みたいにカラフルモダンポップなインテリアを日本で再現する方法を試行錯誤するインテリアオタク。2020年インテリアコーディネーター資格を独学で取得。本業はIT企業勤務の会社員、たまにドレスもつくる人。毎週土曜日に海外インテリア情報をお送りするニュースレターを配信中。
Instagram @sakihaya515

著書『カラフル&モダンポップ 海外みたいにセンスのある部屋のつくり方』(大和出版)

<取材・編集:小沢あや(ピース株式会社) 構成:結井ゆき江>

タイの賃貸は家具付き、知人紹介が基本! バンコク中心部サトーン地区、移住歴15年の日本人のおしゃれアパートにおじゃまします

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや映画、音楽や雑誌などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺いました。
初回はアートディレクター・グラフィックデザイナーで日系企業の会社員、金野芳美さん(40歳)を訪ねました。

タイの首都、バンコクの住宅事情(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク。面積は1,569 平方kmで、東京都の4分の3ほどでしょうか。タイ全土の約1.5%の広さにもかかわらず、経済規模ではタイ全体の約半分を占めています。交通網の整備が進み、おしゃれなショップやカフェも続々とできて、トレンドに敏感な街として勢いを感じるものの、他の国の首都と比べると地価は上がりすぎておらず、比較的手ごろな印象です。

はじめに、タイの住宅の種類について少しお話させてください。タイの住宅は、マンションのような建物の「アパート」「コンドミニアム」「サービスアパート」と、長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な「タウンハウス」、そして日本と同様に「戸建」があります。

タイのアパート(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイのアパート(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「アパート」「コンドミニアム」「サービスアパート」は、建物のグレードによって呼び名が異なるのではなく、所有形態や付帯サービスが違います。「アパート」は、建物全体を一人のオーナーが所有している賃貸マンション。「コンドミニアム」は、部屋ごとにオーナーが異なる賃貸マンション。「サービスアパート」は、家事サービス付きでホテルのように住めるマンションです。

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

また、タイの賃貸物件は家具付きが一般的で、新しめの物件にはおおかた家具がついています。その設備は、一棟全部同じか、部屋のオーナーによってさまざまな場合も。そして、家電がついていることもあります。

それもあってか、わざわざ家具をそろえるのは相当お金に余裕があるか、自分らしく暮らしたいと願うひと握りの人で、その多くはクリエイターや外国人。また、タイブランドの家具は非常に高価なため、若い世代はIKEA率が高いそうです。

日本人女性が住む70平米の1LDKアパート

さて、今回紹介するのは金野芳美さん、40歳。アートディレクター・グラフィックデザイナーで、現在は日系企業の会社員(企画職)です。

金野さんが住んでいるのは、バンコク中心部の大使館などが集まる「サトーン」エリア。オフィス街に近く新しいコンドミニアムが多い、閑静な高級住宅地です。

雰囲気のいい築古のアパート。緑も多い(写真撮影/Yoko Sakamoto)

雰囲気のいい築古のアパート。緑も多い(写真撮影/Yoko Sakamoto)

住まいは築30年のビンテージのアパート。道路に面した手前側の棟には30部屋ほど、奥に位置する低層棟には全6部屋があり、金野さんの部屋は低層棟の1室。70平米のたっぷりゆとりのある1LDKで、さらに部屋の周囲にベランダがついています。金野さんによると、もともと軍などに勤務する西洋人が住んでいたそう。部屋の天井も家具も高さがあって、平米数以上の広さに感じられます。

ひろびろ、ゆったり。天井が高くて窓も大きく開放感があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ひろびろ、ゆったり。天井が高くて窓も大きく開放感があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金野芳美さん。大学卒業後にワーキングホリデーでオーストラリアに1年間住んだあと、バンコクへ移住(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金野芳美さん。大学卒業後にワーキングホリデーでオーストラリアに1年間住んだあと、バンコクへ移住(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「タイに来たのは2007年、23歳の時です。タイのフリーペーパー制作会社にグラフィックデザイナーとして入社したんです。ここで3年間勤務したのちに、2年間のフリーランスを経て、29歳でタイ人の友達と一緒にデザイン会社を設立しました。

「お酒を飲んでいるときがいちばん幸せ!」LEOはタイの有名ビールブランド(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「お酒を飲んでいるときがいちばん幸せ!」LEOはタイの有名ビールブランド(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイに来たばかりの当時は物価も家賃も安くて、アパートで一人暮らしをしていました。タイに根付くつもりはなくて、いつでも次の国に行けるようにスーツケースに入るくらいの荷物しか持っていなかったんです。

会社を立ち上げた当初は軌道に乗せるのが最重要項目で、家にお金をかけたくなかったので、友達の家の一室にシェアハウス的に住んだりもしていました。その後数年間がむしゃらに働いて、会社が安定したので、そろそろ住まいにもこだわって、インテリアや持ち物も増やそうと考えたときに出会ったのがこの部屋です」
ここは金野さんがタイに来て、10軒目に出会った住まいでした。

室内にもグリーンがふんだんに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

室内にもグリーンがふんだんに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

物件選びは、大家さんへの直接交渉や友人知人の紹介も

70平米の1LDKは家族3人でも住めるくらいの広さで、一人暮らしには十分すぎるほど。どうしてこの物件を選んだのでしょうか。

「このアパートをあえて選んだのは、立地と広さと家賃、部屋の雰囲気の良さ、大家さんとの相性など、すべてが魅力的だったから。特に広さに関しては、当初はここまで広いところに住むつもりはなかったです。
タイでは、賃貸の住まい選びの際に、不動産会社の仲介を入れないケースも多いです。私は建物のエントランスにいるスタッフを通じて大家さんとやりとりしましたし、そこに住んでいる友人知人に紹介してもらうケースも少なくありません。条件面はすべて大家さんとの話し合いが必要になりますが、外国人でも保証人が不要ということもあり、引越しのハードルは低いですね。不動産会社が仲介するのは駐在の方が住むような高級物件くらいです」

エントランスに常駐しているスタッフとも良い関係(写真撮影/Yoko Sakamoto)

エントランスに常駐しているスタッフとも良い関係(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイ人の多くは築浅でモダンな物件を好むため、このように築古でビンテージ感ある雰囲気の物件は、同エリアの同じ広さの物件と比べてお得に借りられるそう。センスのいい外国人や、タイ人クリエイターなどに人気です。

コロナで家ごもりをしていた間に、ベランダにハンモックを設置(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コロナで家ごもりをしていた間に、ベランダにハンモックを設置(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ちなみに、年間の最高気温が35℃で最低気温が22℃のタイ(バンコク)では、南向きと西向きの部屋は「暑すぎる」「電気代がかかる」という理由で不人気だとか。この部屋も、開口部が広くて陽光がたっぷり入るものの、南向きではありません。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

さて、気になる家賃は……?
「お給料も物価も、15年前と比べて1.5倍になりました。現在、日本人現地採用の月給目安は60,000~80,000B(23.3万円~31万円)で、そこから保険料などが引かれます。たとえば家賃が15,000B~20,000B(5.8万円~7.7万円)の部屋を借りると、3分の1が住居費で生活がカツカツになるので、家賃は10,000B~15,000B(3.9万円~5.8万円)が理想でしょうか。この部屋は家賃が13,000B(5万円)で、電気代は高くても2,000B(7760円)。とてもコスパがいい物件です」

古いアパートならではの愛らしいディティールがそこかしこに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

古いアパートならではの愛らしいディティールがそこかしこに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家賃が手ごろなうえに、このアパートは職場までバイクで15分の立地。バンコク在住の人には珍しい、職住近接な環境です。

交通量の多いバンコク市内。表通りは賑やかで活気があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

交通量の多いバンコク市内。表通りは賑やかで活気があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「タイ人は家族と一緒に住みたい人が多いので、バンコクっ子は、たとえ実家がバンコク郊外でも、わざわざ実家から車や電車などで職場に通っています。
また、貯金はしない・投資が好きという傾向があり、少し前までは就職したらすぐローンを組めたことから、若い人も家や車などをバンバン買っていました。
不動産購入の目的は、貸して家賃収入を得られたり、さらには将来へ投資のため。お金持ちはローンを組まずに一括で買い、賃貸に出したり、のちに手放すなどして、利益を得ています。でも、一般の人が後先を考えずにローンで購入して、立ち行かなくなるケースも多々あって。もらったお給料で1カ月やりくりするという概念を持っていない人も、比較的多いように感じます。ちなみに、タイには相続税はありません」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

現在、バンコクの地価は東京のおよそ4分の1と聞きました。たしかにその価格であれば、若い世代も不動産を手に入れる夢が持てますね。金野さんも、まわりの人からこれだけタイに長くいるのだから不動産を買ったらいいのにとよく言われますが、外国人は土地の所有が認められていなくて、購入できるのはコンドミニアムのみだそうです。

キッチンや水まわりはタイル貼りで清潔な印象(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンや水まわりはタイル貼りで清潔な印象(写真撮影/Yoko Sakamoto)

譲ってもらった家具や旅で出合った小物で部屋を飾る

この部屋の床材は風合いのある木材ですが、タイの物件の床はタイル貼りが主流です。タイでは玄関扉周辺で靴を脱ぎ、室内では靴下やスリッパは履かずに裸足で生活します。タイルは冷たくて気持ち良く、水拭きできるというメリットもあるそう。バンコク以外の地域では、タイル床にゴザを敷いて床生活をしている家が多いのだとか。

キッチンユニットとコンロ、冷蔵庫、カウンターは元々ついていたもの(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンユニットとコンロ、冷蔵庫、カウンターは元々ついていたもの(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「一般的な賃貸物件と同様に、この部屋にももともといくつかの家具や家電がついていました。リビングのテーブルとキッチンのカウンター、テレビ台、クイーンサイズのベッド、冷蔵庫などですね。タイの賃貸住宅についているベッドがたいていクイーンかキングサイズなのは、部屋が大きいからベッドも大きいのでは、と思います」

クイーンサイズのベッドもついていた。ベッドは大きいサイズが一般的(写真撮影/Yoko Sakamoto)

クイーンサイズのベッドもついていた。ベッドは大きいサイズが一般的(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「この物件のキッチンにはガスコンロがついていました。新しい物件はIHが主流なので、この点も古い物件ならではです。ちなみに、安い物件にはキッチンがついていないことも少なくありません。タイは屋台文化が発達していて、家で料理をせずに外で食べたり、買ってきたりすることも多いですからね。でも最近は、おしゃれだからとかヘルシーという理由で料理をする若い人も増えてきました」

新しい物件ではほぼ見かけない4口のガスコンロ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

新しい物件ではほぼ見かけない4口のガスコンロ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「そして、お金持ちの家にはメイドさんがいて、料理・掃除・洗濯等の家事をすべてまかせています。このアパートにも掃除してくれるスタッフがいて、普通の会社員も頼める金額でやってもらえますよ。たしか1回あたり400B(1552円)か600B(2328円)くらいです」

タイ人と日本人のアーティストの作品を飾って(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイ人と日本人のアーティストの作品を飾って(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家具付きの部屋と聞くと、自分らしさを出しにくいのではと感じますが、とんでもない。譲ってもらった家具をゆったりと置き、壁にタイのアーティストの絵を飾り、ミャンマーなど近隣諸国で買ってきたアジア雑貨を足す。ひとつひとつ見ると個性の強いカラフルな家具や小物も、床が濃い茶色だからか、絶妙なバランスでまとまっています。

イエローのソファも部屋にしっくり馴染んでいる(写真撮影/Yoko Sakamoto)

イエローのソファも部屋にしっくり馴染んでいる(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「家具はタイを離れる友人から譲ってもらったり、本帰国する人のガレージセールで手に入れたり。このソファも、タイを離れた日本人から2000Bで譲ってもらいました。
タイは気温も湿度も高いためラグではなくゴザが普及していますが、ゴザは本来安価なもの。それをおしゃれにリデザインしたのがタイの『PDM』というブランドで、Facebookで見てこれだ!と柄にひと目ぼれ。すごく派手だから、テーブルで一部を覆って派手さを薄めています」

個性の強いゴザは、テーブルを置いて分量を調節(写真撮影/Yoko Sakamoto)

個性の強いゴザは、テーブルを置いて分量を調節(写真撮影/Yoko Sakamoto)

まるで守り神のようなミャンマーの置物(写真撮影/Yoko Sakamoto)

まるで守り神のようなミャンマーの置物(写真撮影/Yoko Sakamoto)

気づいたら在タイ期間も長くなって。「何か月か、住んでみたらいい」

外に出かけるのが好きで、コロナ禍前は外食がほとんどだった金野さん。10人単位の来客もよくありました。でも、コロナ禍で出掛けられなくなって家にいる時間が長くなったときは、空間にこだわって居心地よくしていて良かったと思ったし、家で料理もしていたそう。そして今、ふたたび出かける楽しさを満喫しています。これからの住まい計画はどうでしょうか。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「実は、私はタイに住みたくて来たわけではなくて、根付くつもりはなかったのになぜか今に至っていて。面白いもので、バンコクはそういう人のほうが長く居ついているんです。かれこれ15年以上住んでいるので、タイにいる日本人の中では中堅くらいでしょうか。でも、コロナ前には別の国へ赴任する話もあったので、この先もしかすると他の国に移住するかもしれません」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

強い意志を持って、よほど勇気を出さないと海外移住はできないという思い込みがありましたが、意外と住んでから考えることもできるのですね。働き方の自由度が上がった今、まわりでも海外移住を検討している人が何人もいて、もちろんタイを目指している人もいます。
「何か月か、住んでみたらいいのよ」(金野さん)という言葉が、こんなにもリアルに響いたのは初めて。ふらっと行って住んでみる、という可能性を教えていただきました。

●取材協力
金野芳美さん
Instagram @kinnokinno

1バーツ=3.88円(2023年4月10日現在)

世界で5番目に高額なシンガポールの不動産。一方で高い持ち家率、その理由は?

前回の記事では、シンガポールの生活環境について触れたが、今回は不動産事情についてフォーカスしてみたい。世界の主要都市の中で5番目に高いというデータもあるシンガポールの不動産価格。シンガポールで家を購入して住みたい、賃貸で暮らしたい、と考えたことがある人はもちろん、そうでない人も興味深い最新の現地の不動産事情をご紹介する。

シンガポールの不動産価格の推移

シンガポールの住宅の価格は総じて高額だといわれている。不動産コンサルティング会社・ナイトフランク社の「2020年ウェルスレポート」によると、100万ドルで購入できる世界の一等地の面積ランキングでシンガポールは狭い方から5番目、約35平米の広さしか買えない。東京は12位にランクインしており、約64平米(100万ドルあたり)なので、同価格でシンガポールの約2倍の広さは確保できる。

アジアの国々の中には、不動産を購入する際、外国人には特別な条件を課して、自国民を優先する政策を取っている場合が多い。シンガポールもその1つ、外国人が購入できる居住用物件はコンドミニアムと呼ばれる、高額な集合住宅に限られている。

またシンガポールの不動産価格は上昇を続けている。下記はHDB(政府系集合住宅。日本でいえば、かつての住宅・都市整備公団が分譲する集合住宅の総称。住宅・都市整備公団は現在UR都市機構)の再販価格の推移だが、26カ月連続で上昇している。コンドミニアムの価格はさらに高額だが、やはり同じように上昇を続けているようだ。

HDBの再販価格推移(2022年現在)

HDBの再販価格推移(2022年現在)

2009 年の第1四半期を 100 としたら、2022年第1四半期のHDB再販価格指数は159.5だ。つまりHDB再販アパートの価格は2009年よりもほぼ60%も高くなっている。

シンガポール政府は住宅価格を抑えるためにさまざまな冷却策を導入しているが、大枠で見ると価格は上がり続けているということが分かる。

日本人に人気の住宅エリアは?

シンガポールは東京23区と同じ位の広さなので、どこに住んだとしてもアクセスは便利だ。買い物施設や教育施設によって人気のエリアがある。以下は代表的な住宅エリアである。

●オーチャード・サマセットエリア
日本人に人気があるのが、オーチャード・ロードを中心とするエリア。オーチャード・ロードには、日系のデパートの高島屋や伊勢丹、日本人医師が在籍する病院や歯科もあるので、日本人にとって住みやすい。また学習塾もこのエリアに集中している。

日本でいうと「銀座」のような場所で、ブランドショップからドン・キホーテ、ハンズ、ダイソー、ユニクロまで、日系のお店が充実しているので欲しい物で手に入らないものはほぼない。

日本でいうと銀座のようなショッピングエリア。南北にコンドミニアムが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

日本でいうと銀座のようなショッピングエリア。南北にコンドミニアムが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

●リバーバレーエリア
シンガポール川とリバーバレー通沿いを中心に街が広がるエリア。オーチャードエリアについで、日本人に人気が高い。オーチャードにも近いが、家賃がオーチャードと比べると少し割安感がある。

ローカルの大手スーパーや大きなフードコートがある。大規模なショッピングモール、グレートワールドシティ周辺は高層の物件が立ち並んでいる。

川沿いのロバートソン・キーやクラーク・キーにはおしゃれなレストランやカフェがそろっている。

グレートワールドシティには明治屋やインテリアショップが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

グレートワールドシティには明治屋やインテリアショップが並ぶ(写真撮影/四宮朱美)

●チョンバルエリア
Tiong Bahru (チョンバル) エリアは低層のHDB(公団団地)が多く、のんびりとした雰囲気をもつ昔ながらの住宅街だ。低層のHDBは非常に人気で実際に住むのは難しいが、周辺の高層住宅に住んで、街の雰囲気を楽しむことはできる。

最近では、おしゃれなカフェやショップが増えていて、日本の代官山のような雰囲気だ。鮮度のよい魚介類、野菜、肉がそろうチョンバルマーケットがあり、食材の入手が簡単。またMRT駅構内、そして駅周辺に地元のスーパーがあるので生活も便利。

チョンバルの低層住宅街。緑も多くゆったりした街並み(写真撮影/四宮朱美)

チョンバルの低層住宅街。緑も多くゆったりした街並み(写真撮影/四宮朱美)

おしゃれなカフェやショップが多いチョンバルエリア(写真撮影/四宮朱美)

おしゃれなカフェやショップが多いチョンバルエリア(写真撮影/四宮朱美)

●イーストコーストエリア
海沿いの眺めの良い物件が多い。中心部に比べ比較的リーズナブルで築浅の物件を借りることが可能だ。またチャンギ空港へのアクセスもいいので海外出張の多い人には便利。

海岸線沿いに広い公園があり、サイクリングやジョギングを楽しむこともできる。バイリンガル教育を実施している日系幼稚園、日本人小学校のチャンギ校があり子どものいる家庭に人気。日本食品を取り扱うお店も充実していて住みやすい。

●ウエストコーストエリア
日本人小学校のクレメンティ校、日本人幼稚園、早稲田渋谷シンガポール校のあるエリアで、子どもの学校に近い場所に住みたいという日本人に人気のエリア。East Coast Park同様に、海岸の公園には、大きなアスレチック遊具や砂場スペースがあり、子どもの遊ぶ場所も多い。

閑静な住宅街が多く、予算も比較的抑えられるので、単身の方にも人気。

シンガポールの住宅は主に3タイプ

シンガポールでは大まかに3つのタイプの住宅様式がある。政府系集合住宅(HDB)、民間集合住宅、一戸建ての3種類だ。

またシンガポールの国土の大半は国有地であるため、ほとんどが99年や999年といった長期間のリースホールド(定期借地権)型で売買される。永久的に不動産を所有することができるフリーホールド型の物件は限られている。

また、政府系集合住宅や土地付き一戸建ては、外国人は購入できない。つまり購入する場合は、日本と異なり買える物件と買えない物件があるということだ。

●政府系集合住宅(HDB)
シンガポール国民の80%以上が暮らすといわれているHDBは日本の公団住宅のような住宅だ。The Housing & Development Boardという機関が建築・販売しているため、物件自体がHDBと呼ばれている。

シンガポール国民の住居として販売されている物件なので、民間が分譲するコンドミニアムといわれる比較的高級な物件に比べて価格は抑えられている。外国人は購入することはできないが、借りることはできる。

以前は民間住宅のコンドミニアムに比べて、共用部などがシンプルだったが、最近建てられたものは、コンドミニアムに比べてデザイン性も遜色のないモノが建設されている。建物の中に食堂が集まるホーカーズセンターがあったり、買い物施設があったり、生活するための施設は整っている。

リトルチャイナにあるHDB。駅の近くにあるので便利(写真撮影/四宮朱美)

リトルチャイナにあるHDB。駅の近くにあるので便利(写真撮影/四宮朱美)

●民間集合住宅
民間集合住宅は、プールやジムなどの付帯設備のあるコンドミニアムと呼ばれる豪華な集合住宅と、設備の少ないアパートメントに分類される。

日本人や欧米の駐在員が、主に多く住んでいるのはコンドミニアム。共用部にプールやフィットネスジムなどの設備が整い、セキュリティーがしっかりしている。シンガポール人の富裕層あるいは外国人の住居として利用されている。海外からの不動産投資の対象ともなっており、外国人のオーナーの比率が高い。高額だといわれている理由の1つは、外国人がコンドミニアムを購入する例が多いからだろう。

ユニークな外観のコンドミニアム(写真撮影/四宮朱美)

ユニークな外観のコンドミニアム(写真撮影/四宮朱美)

●一戸建て
シンガポールは国土が狭いため、広い土地を必要とする一戸建ては少ない。数少ない一戸建て住宅の家賃はひときわ高く、住めるのは一部の富裕層に限られている。一般的に外国人は買うことができない。ただしセントーサ島(レジャー施設が多数の観光スポット)の住宅開発地区の物件は、外国人の購入が認められている。

間取りや設備、シンガポールの住まいの特徴は?

次にシンガポールの住宅の特徴について見てみたい。日本とは間取りや設備に違いがある。

●間取り
シンガポールでは単身者は結婚するまで家族と暮らすことが多く、HDBにしろ、コンドミニアムにしろ、ファミリー向けの広い間取りが中心でシングル向けの小さな部屋は少ない。つまり買うにしても借りるにしても高額になりがちだ。そのため単身者の人は広い部屋をシェアすることが多いそうだ。

シンガポールの一般的な間取りは、リビング、キッチン、ダイニング以外に個室が2~3部屋あるタイプが多く、主寝室に1つ、共用部分に1つの計2箇所のシャワールームが標準装備されている。また、それ以外にお手伝いさんのための小さなメイドルームが付いている物件も多い。

シェアハウスに利用される場合、その中のバストイレ付きの一番大きい部屋はマスタールーム、残りのバストイレが共有の部屋をコモンルームと呼び、どこを借りるかで家賃が多少異なるようだ。日本でこのように1つの住居をシェアするのは、知り合い同士で一緒に契約して借りるということが多いが、シンガポールの場合は別々の賃貸契約として提供されていて、知らない人が入居してくるという欧米などでよく見られるスタイルになっている。

シェアハウス・イメージ図(画像提供/pixta)

シェアハウス・イメージ図(画像提供/pixta)

●室内の設備
高い確率でバスタブがないことが多い。熱帯の国ではバスタブを必要としない国は多い。日本人や外国人向けに作られたコンドミニアムではバスタブが設置されているが、バスタブのない物件が主流だ。

日本の物件ではおなじみのシャワー付きトイレもない。取り付けることは可能だが、電気配線工事が必要になるので、簡単には設置できない。

室内や同じフロアのエレベーターホールなどにダストシュートが付いていることが多いので、わざわざゴミ捨て場に行かなくても、24時間いつでもすぐにごみが捨てられるのは便利だ。

天井にシーリングファンが設置されていることが多い。日本でも最近はインテリアの一部のようにシーリングファンが設置されていることがあるが、シンガポールではリビング以外に各個室にも設置されている。しかもかなり大きくパワフルだ。大きな風がゆったりと動くので、個人的にはこの設備が非常に快適だった。夜間などはエアコンがなくても十分に涼しい。

HDBのリビングに設置されたシーリングファン(画像提供/Matthew)

HDBのリビングに設置されたシーリングファン(画像提供/Matthew)

HDBの水回り。バスタブはなくシャワーブースがある(画像提供/Matthew)

HDBの水回り。バスタブはなくシャワーブースがある(画像提供/Matthew)

●共用部
コンドミニアムや新しいHDBは敷地内の施設が充実している。プールは大人用と子ども用が別々に用意されている物件もある。また設備の整ったジムも設置されている。ファミリー向けのコンドミニアムはプレイ・グランドやBBQスペース、貸出しのイベントルームもが設置されているものもある。

コンドミニアムはセキュリティーがしっかりしていて、ほとんどが24時間体制のセキュリティーガードが常駐している。カードキーを持っていないと敷地にも入れないし、エレベーターにも乗れない仕組みになっている。

コンドミニアムの中庭。噴水があるなどリゾートホテルのような雰囲気だ(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムの中庭。噴水があるなどリゾートホテルのような雰囲気だ(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムに設置されているプール。大人用と子ども用のプールが設置されていて広い(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムに設置されているプール。大人用と子ども用のプールが設置されていて広い(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムの敷地の入り口にはセキュリティーガードが常駐している(写真撮影/四宮朱美)

コンドミニアムの敷地の入り口にはセキュリティーガードが常駐している(写真撮影/四宮朱美)

不動産購入に不可欠な保険や税金のシステム

最後に、暮らしに欠かせないお金事情もチェックしておきたい。

シンガポールでは、年金と健康保険を組み合わせたようなCPF(Central Provident Fund)と呼ばれる、シンガポール人と永住権保持者のみ加入できる、強制積立制度がある。

日本の年金は、現在の現役世代から集めた金を現在のリタイヤ世代への支払いに充当する制度だが、CPFは積立方式なので、自分が現役世代に支払った年金が積み立てられ、将来、自分で受け取ることになるということが大きく異なる。

CPFは雇用主である会社と被雇用者である従業員の両方から,それぞれ一定額を強制的に積み立てさせ,それを中央年金庁(CPFB: CPF Board)が運用し,老後の年金として支給する制度。以下の3つの口座に分けられ、預金,債権,不動産など安定的な資産に再投資されている。

引き出すにはそれぞれの口座ごとの引き出し条件等を満たす必要があるため、実質的に国民等の老後の生活資金として機能している。住宅購入の際は下記の積み立てを利用できるうえに、政府からの援助もあるので、持ち家率が非常に高い。

〇普通口座(Ordinary Account) :住宅の購入,保険,投資,教育のために使われる口座
〇特別口座(Special Account):老後の年金,緊急時の支出のために使われる口座
〇保険口座(Medisave Account) :医療費や特定の医療保険のために使われる口座

しかし外国人が不動産購入する場合は税金が高い。2021年12月に、2軒目の住宅購入および外国人の住宅購入には、より高い印紙税を支払う制度ができた。不動産を購入する場合は最高30%の印紙税が課税されることになる。購入意欲を上げすぎず不動産価格の高騰を防ぐための政策だ。

所得税の面から見ると、シンガポールも日本のように累進課税だが、高所得者でも現状22%という低水準、今後24%にまで引き上げられる予定だが、日本の所得税は、住民税も入れれば最高55%にもなるので、高所得者にとってはシンガポールに住むことは有利になる。

永住権を取得すると効率のよいCPFが使え、税金の控除も利用できるので、メリットが多い。シンガポールに長期滞在を希望している方や移住を真剣に検討している人たちが、シンガポールでの永住権の取得を考えているのもうなずけるだろう。

シンガポールの不動産価格は高い水準でキープされている。しかし現地の人たちは政府機関が運営するHDB に住むことができるので持ち家率は高い。コンドミニアムは外国人やシンガポールの富裕層の投資対象となっているが、近年はシンガポール政府の政策で購入のハードルが上がっている。

部屋を借りるときは、シングルの場合はシェアハウスという選択が多い。ファミリーの場合はコンドミニアムだけではなく、HDBを借りるという選択肢も視野に入れておくと、比較的リーズナブルに住むことができる。

物価が高いといわれるシンガポールだが、現地の情報をアップデートしていけば、かしこく住むことも可能だ。

●関連情報
IRAS |追加の購入者印紙税(ABSD)

スマートシティ指数1位のシンガポール。最新事情や日常生活のリアルをレポート

新型コロナウイルスのパンデミックから日常に戻ろうとする世界の動きのなか、そろそろ海外へ、と思っていたとき、シンガポール在住の友人から遊びに来ないかと誘いがあった。“スマートシティ”と呼ばれ、世界スマートシティランキング(※1)で2019年~2021年の3年連続1位のAAA(トリプルA)を取る国だ。納税手続きなどもオンライン化、医療でもほとんどの病院でオンラインでの診察予約ができるなど次々と新しい公共サービスが生まれている。以前から興味のあったシンガポール。観光だけでは分からない、現地での暮らしを体験しに行ってみた。ローカルの人たちの生活も含めてレポートする。

※1 国際経営開発研究所(IMD)とシンガポール工科大学(SUTD)は共同で発表

日本からの海外移住者も多いシンガポール

マレー半島の先端に位置し、インド洋と南シナ海・太平洋の両大海を結ぶマラッカ・シンガポール海峡に面したシンガポールは、東京23区より少し広い程度の小さな国土に、中華系、マレー系、インド系と多民族が約569万人暮らしている(外務省データ・2020年現在)。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

1年中、高温多湿な熱帯雨林気候で、平均気温は26~29度(国土交通省気象庁データ)。真夏の日本と比べても、とても過ごしやすい。特に朝と夜は快適で、ほとんどエアコンも不要なほど。

日本から飛行機の直行便で約6~7時間、時差わずか1時間のシンガポールは、日本人が海外移住を考えるときに頭に浮かびやすい国の一つだろう。シンガポールで暮らす日本人は36,797名(外務省データ・2019年10月)。周囲でもシンガポールに長期滞在したことがあるという人はけっこういる。その理由は何だろうか。

シンガポール・チャンギ空港直結のJEWEL(ジュエル)は2019年にできた新施設。地上5階、地下5階の建物には屋内植物園や巨大な人工滝がある。スカイトレインが横断し、レストラン・ホテルも完備(写真撮影/四宮朱美)

シンガポール・チャンギ空港直結のJEWEL(ジュエル)は2019年にできた新施設。地上5階、地下5階の建物には屋内植物園や巨大な人工滝がある。スカイトレインが横断し、レストラン・ホテルも完備(写真撮影/四宮朱美)

デジタルで生活の効率化進む。世界的“スマートシティ”の実力

最近、注目されているITC化(Information and Communication Technology、情報通信技術を活用してコミュニケーションを円滑化し、サービス向上などに活かすこと)の点で見ると、国際経営開発研究所(IMD)が公表する2020年のデジタル競争力ランキングでは、米国が3年連続1位で、シンガポールが2位、日本はなんと27位という成績だ。狭い国土に限られた人口で発展するために、すべてにわたって効率化が進められた結果だろう。

2014年8月、リー・シェンロン首相が演説で掲げたSmart Nation(スマート国家)構想により、シンガポールでは、さまざまなプロジェクトが同時並行で進んでいる。日本のマイナンバーカードのような国民デジタル認証(NDI:National Digital Identity)システムがすでに普及していて、行政サービスのオンライン化も進んでいる。実際に住所変更や婚姻届などの手続きも市役所などに足を運ぶことなくできるので効率的だ。キャッシュレス決済を推進するために、電話番号や個人番号を知っていれば送金ができるシステムの開発や、各キャッシュレス決済事業者が定めている規格を共通化して、小さな個人商店でも普及しやすくしている。

入国の際も、日本で事前に入国カードや健康申告書もオンラインで申請でき、とてもスムーズで驚いた。また、政府が無料Wi-Fiを提供していて、「Wireless@SG」というステッカーが貼られた場所で使える。街中のいたるところに貼られていて、日本のように無料Wi-Fiが飛んでいる場所を探してさまようこともない。

さらに公共交通機関もかなりデジタル化が進んでいる。MRT「Mass Rapid Transit(大量高速交通機関)」という電車や路線バスが市内をくまなく網羅していて、日本に比べて安価な運賃で移動することができるうえ、交通省のデータを活用した無料アプリでバスの到着時間を1分単位の精度で確認できる。

MRTの駅。切符を買わなくてもクレジットカードや電子決済可能なスマートフォンでMRTに乗車することができるシステムもある(写真撮影/四宮朱美)

MRTの駅。切符を買わなくてもクレジットカードや電子決済可能なスマートフォンでMRTに乗車することができるシステムもある(写真撮影/四宮朱美)

全国規模のセンサーネットワーク(SNSP:Smart Nation Sensor Platform)の構築で、人や車の動き、気象情報といったデータを集めて渋滞解消や災害防止などに役立てているのも特徴的だ。一方で、街中に設置されているカメラで犯罪防止になるのはいいが、監視されているようだとの意見もある。

生活必需品などの物価は安いが、嗜好品などは高額。その理由は……

モノの価値観もかなり日本と異なっている。1シンガポールドルは約100円程度(101.21円※10月10日時点)と円安の影響を受けているが、それを抜きにしても住居費、教育費、医療費、保険料は日本からの移住者にとっても高額だと感じるようだ。シンガポールには日本のような国民健康保険制度はなく、ローカルの人は強制積立制度に入る。日本では3000円程度でできる歯科検診(歯の掃除と検診) は95シンガポールドルと高額だ。

実は道路渋滞を回避させるための政府の戦略の一つとして、車もかなり高額。トヨタ カローラ セダンが東京では約232万円なのに対し、シンガポールでは約1277万円と5倍以上(NUMBEO調べ)。一方で、公共交通機関の利用料は日本と比べて安く設定されている。

観光客の多いマリーナベイサンズのモール。カジノもあって高級ブランドが並んでいる(写真撮影/四宮朱美)

観光客の多いマリーナベイサンズのモール。カジノもあって高級ブランドが並んでいる(写真撮影/四宮朱美)

City Hall駅から近いフナンモール。時間によって自転車で通り抜けできる。地下2階から地上2階までのボルダリング施設もある(写真撮影/四宮朱美)

City Hall駅から近いフナンモール。時間によって自転車で通り抜けできる。地下2階から地上2階までのボルダリング施設もある(写真撮影/四宮朱美)

また、外食もとてもリーズナブルに楽しめるのも特徴だ。
ホーカーズセンターというローカル向けのフードコートは約500円程度。生鮮食材はさまざまなスーパーがそろっているが、全体的にシンガポールの物価は日本より高い。現地に住む友人は、現地の人が利用するウェットマーケットやホーカーズをうまく活用すれば、日本の都市部での生活と同程度の予算で切り盛りできると話していた。

ストールとよばれる屋台がたくさん並ぶホーカーズセンター。多民族国家らしく食文化も多彩。中国由来のご飯を鶏のスープで炊き、鶏肉を乗せてたれで食べる「チキンライス」や、マレー系由来の「シンガポールラクサ」、インド由来なら南インドのスパイスと中国でよく食べられる魚の頭を合わせてできた「フィッシュヘッドカレー」などが楽しめる(写真撮影/四宮朱美)

ストールとよばれる屋台がたくさん並ぶホーカーズセンター。多民族国家らしく食文化も多彩。中国由来のご飯を鶏のスープで炊き、鶏肉を載せてたれで食べる「チキンライス」や、マレー系由来の「シンガポールラクサ」、インド由来なら南インドのスパイスと中国でよく食べられる魚の頭を合わせてできた「フィッシュヘッドカレー」などが楽しめる(写真撮影/四宮朱美)

自炊をする場合でも、高級店から庶民向けの店、インターナショナルでオーガニックな食材を扱う店など、いろいろなタイプのスーパーマーケットがそろっている。明治屋やドンドンドンキ(日本のドン・キホーテ)など日系のスーパーも店舗を拡大している(写真撮影/四宮朱美)

自炊をする場合でも、高級店から庶民向けの店、インターナショナルでオーガニックな食材を扱う店など、いろいろなタイプのスーパーマーケットがそろっている。明治屋やドンドンドンキ(日本のドン・キホーテ)など日系のスーパーも店舗を拡大している(写真撮影/四宮朱美)

シンガポールのローカルの人たちはほとんどお酒を飲む習慣がない。また、たばこの路上喫煙も厳しく制限されている。しかもアルコールやたばこといった嗜好品については日本に比べてかなり高額。嗜好品など必要不可欠ではないものに関しては税金を高くして、公共交通機関や外食費のような日常生活に必要なものは価格を抑えるということだろう。

シンガポールの暮らしに欠かせない「メイドさん」

上記で街中のことについて触れてきたが、ここからはシンガポールならではの家庭事情について触れていきたい。シンガポールの暮らしで欠かせないのが、メイドさんの存在だ。

日本ではあまり一般的ではないシステムだが、シンガポールでは、5世帯に1組ほど利用しているそうだ。フィリピン人、インドネシア人、ミャンマー人といった外国人メイドさんが多く働いている。メイドさんに子どもを預けて復職する人や、メイドさんを雇いつつ、保育園に子どもを預けている人もいる。現地に住む友人のコンドミニアムにもメイド用の小さな部屋がついていて、まさに「メイド文化」が社会に溶け込んでいると感じた。

メイドを雇うことは、シンガポール政府が政策として積極的に取り組んできた。費用は、税金や食費も含め1カ月8万~10万円程度。エージェントから紹介してもらい、面接をしてから雇うのだが、雇用主はエージェントではなく、あくまでも一般人である。もちろん他人と同じ家で暮らしていくのは簡単ではない。言葉の問題もあるが適切なマネージメント能力も必要だ。

そのため政府からメイドの雇用に関して雇用主側の規則や責任、健康管理などについて雇用主の向けの講座を受けなければならない。受講費は30~40シンガポールドルほどで、実際に足を運ぶか、オンラインでも受講できる。それに加えて毎月300シンガポールドル(約3万円)の“Levy”という税金を政府に支払う必要がある。

メイドさんはスイカも食べやすいカタチに切って出してくれる。心配りがうれしい(写真撮影/四宮朱美)

メイドさんはスイカも食べやすいカタチに切って出してくれる。心配りがうれしい(写真撮影/四宮朱美)

現地の友人の家ではフィリピン人のメイドさんを雇っている。食事の用意、洗濯、掃除だけではなく、子どもたちの面倒も見てくれている。彼女は自分の子どもの学費のためにシンガポールに出稼ぎに来ているそうだ。料理は上手なうえに友人の子どもたちを叱ってもくれる頼りになる存在だ。

友人は最初、メイドさんの手を借りずに仕事と子育てに頑張っていたが、今はベテランのメイドさんが一緒に暮らしてくれるようになって、ずいぶんと楽になったそうだ。これはフィリピンに滞在したときも感じたが、仕事をする女性が他人の「手」を借りることに抵抗を感じる日本と大きく違う感覚だ。

メイドさんとの関わり方は大きく2つあるようで、雇用主と労働者としてドライな関係にするか、雇用関係がありつつもフレンドリーに接するか。友人の家ではある程度家族の一員のように暮らしている。

滞在中、建国記念日のホームパーティーにはメイドさんのボーイフレンドも参加していた。みんなで食事をしたり、花火を見たり。家事の合間の時間には彼女のアテンドでオーチャードストリートまで買い物にも出かけた。シンガポールのおすすめスポットも彼女からいろいろ教えてもらった。

日本では人材不足やコストの問題もあり、メイドさんを雇うのは容易でない。しかし、共働き家庭が増え、忙しい生活を送る人が多いなかで、生活にゆとりが生まれるというメリットは大きい。もし安心できるサービスや人が見つかるなら、試しに取り入れてみるのもいいのかもしれない。

滞在中にちょうどシンガポールの建国記念日に立ち会うことができた。ローカルの人たちの建国祝いパーティーではゲームをしたり、歌を歌ったり、みんなで一緒に楽しむ(写真撮影/四宮朱美)

滞在中にちょうどシンガポールの建国記念日に立ち会うことができた。ローカルの人たちの建国祝いパーティーではゲームをしたり、歌を歌ったり、みんなで一緒に楽しむ(写真撮影/四宮朱美)

住宅街のなかにある海鮮料理が美味しいレストラン。料理がどれも美味しいのに、決して高額ではない。ローカルの人と出かけるといろいろ地元情報を教えてくれる(写真撮影/四宮朱美)

住宅街の中にある海鮮料理が美味しいレストラン。料理がどれも美味しいのに、決して高額ではない。ローカルの人と出かけるといろいろ地元情報を教えてくれる(写真撮影/四宮朱美)

教育環境を求めてシンガポール移住する人は多いが、実態は?

最後に教育についてもぜひ触れておきたい。シンガポールへの海外移住を検討する人々のなかには、英語だけではなく中国語も習えると、子どもの教育を目当てとする人も多いからだ。

シンガポール政府は経済競争力を高めるために、「人的資源が重要」と教育に力を入れてきた。世界各国の子どもの学力を測る代表的なPISA(ピサ Programme for International Student Assessment)では2015年に72か国中、シンガポールは1位、2018年は2位だ。
一方で、実はシンガポールの大学進学率は30%程度、日本の54%に比べてかなり低い。その代わりに能力や技術に応じて得意分野を伸ばすべき他のコースが用意されている。

小学校入学時には、ローカル校、インターナショナル・スクール、そして日本人学校という選択があるが、特にローカル校は世界的に学力が高いので有名だ。

しかし実際は外国人がローカル校に入るのは至難の業のようだ。シンガポール市民と永住権取得者に優先権があり、外国人は残されたわずかな枠に入ることしかできない。学費もシンガポール国民は安いが、永住権保持者、帯同査証保持者とだんだん高くなる。また入学できたとしても、第一言語を英語、第二言語を母国語として学ぶことが義務化されている。

(写真撮影/四宮朱美)

(写真撮影/四宮朱美)

シンガポールでは小学校6年(プライマリー)までが義務教育。その後、中学校4~5年(セカンダリー)、大学進学課程2年、大学3~4年と、中学校修了後に進学するポリテクニック(実務教育を行う3年制の専門学校)とよばれる学校がある。

特に小学校卒業の際に行われる、PSLE(Primary School Leaving Examination)という全国統一試験の結果により、どのセカンダリースクールに入学できるかが決まる。さらにどのセカンダリースクールに入学するかどうかで大学入学までの進路が決まるといわれているため、小学校入学時点で大学入学までの受験戦争が始まっているといわれているそうだ。

このように、かなり熾烈な競争を生き抜く必要がある。子どもにエリート教育を受けさせたいという人たちが集まっているだけに、物心両面で覚悟が必要なようだ。

シンガポールは建国以来、人民行動党が議会の議席の大部分を占め、事実上、一党独裁体制を採っているので、効率的で合理的な政策が実現しやすい国だ。地下鉄の飲食禁止、路上のポイ捨て・唾はき禁止、ガムの持ち込みは違法など、厳しい罰金制度があるが、街を安全できれいに保つためだと思えば負担にはならないだろう。物価は高いといわれるが、ローカルの人たちの暮らし方を学べば生活費も抑えられそうだ。またデジタル利用を活用したインフラが整い、清潔で安全な環境は日本人にとっても暮らしやすい国といえそうだ。

NY「ビリオネア通り」の不動産が活況! 億万長者だらけの最新マンションに潜入

ニューヨークには、世界の億万長者が好んで住んでいる通りがいくつかあります。その最たる通りの名は、「Billionaires’ Row(ビリオネアズ・ロウ)」。「億万長者の並び」という意味で、世界の名だたる実業家や投資家など選ばれし者が注目するストリートです。

なぜここがそのように富裕層の人々から関心を向けられているのでしょうか。この通りの一角に今年新築されたばかりのマンションを特別に内見させてもらいながら、不動産専門家に話を聞きました。

NYのビリオネア通り(億万長者通り)って?

ニューヨーク・マンハッタンのセントラルパークからほんの2ブロック南にある東西に延びる通り、「ビリオネアズ・ロウ(億万長者通り、ビリオネア通り)」は、実業家や投資家、セレブなど世界中の富裕層が好んで売買する高級物件が集まっており、富の象徴となっています。

(写真提供/7w57)

(写真提供/7w57)

この通りには以前より、お金持ち御用達の高級老舗デパート「Bergdorf Goodman(バーグドルフ・グッドマン)」や「Nordstrom(ノールドストローム)」、ルイ・ヴィトン、シャネルなど世界を代表するハイブランド店が点在しています。この通りが住居や投資物件としてビリオネアや投資家の関心を集め始めたのは、かれこれ13年ほど前にさかのぼります。

2009年、当時としては市内でもっとも高層のコンドミニアム「One57 (ワン57)」が この通りに着工しされ、14年に完成しました。これに続けとばかりに、11年には、それよりもさらに高層(当時、市内で一番高い住居用)ビルとして85階建ての「432 Park Ave.(432パークアベニュー)」もこの通りに着工され、15年 に完成。それを機にビリオネアズ・ロウはゆうに80フロアを超える縦に細長い超高層ビルの建設ラッシュが続き、「Race to the Sky(空に向かった競争)」として活気付きました。現在は8棟ほどの超高層タワーマンションが立ち並んでいます 。

「432 Park Ave.」(写真撮影/安部かすみ)

「432 Park Ave.」(写真撮影/安部かすみ)

縦に細長いビルが立っている通りが、ビリオネアズ・ロウになる(写真撮影/安部かすみ)

縦に細長いビルが立っている通りが、ビリオネアズ・ロウになる(写真撮影/安部かすみ)

「マンハッタンの57丁目は、不動産市場の動きを注視する目の肥えた(実業家や投資家などの)世界中のバイヤーたちを魅了する超高層のラグジュアリーなコンドミニアムが集合したことで『ビリオネアズ・ロウ』という称号(呼び名)で呼ばれるようになりました。ここ10数年以上にわたって販売記録を更新し続けています」と説明するのは、米不動産大手コーコラン社のライセンス・セールスパーソン、ジョアンナ・パッシュビー(Joanna Pashby)さん。

432パークアベニューには一時期、女優のジェニファー・ロペス氏が当時の婚約者、アレックス・ロドリゲス氏と共にペントハウスを購入し話題になるなど、セレブも多くこの通りに物件を所有するようになりました。

またほかにも、イギリスの歌手スティング(Sting)ほか、デル(DELL)の創設者、マイケル・デル(Michael Dell )氏、アリババの共同創設者、ジョセフ・ツァイ(Joe Tsai)氏、HGTVネットワークの創設者、ケニス・ロウ(Kenneth Lowe)氏、日本の女優、松居一代氏など世界のそうそうたる富裕層がビリオネアズ・ロウに物件を購入したことが、メディアなどで報じられています。

特にデル氏が2015年に購入したワン57の最上階2フロアにわたるペントハウスの価格は、100.47ミリオンドル(1ドル130円計算で130億円超え)。市内で販売された最も高額なアパートとして話題をかっさらいました。

57丁目には、超高級の老舗デパート「Bergdorf Goodman」(写真)や「Nordstrom」、世界のハイブランド店などが軒を連ねる(写真撮影/安部かすみ)

57丁目には、超高級の老舗デパート「Bergdorf Goodman」(写真)や「Nordstrom」、世界のハイブランド店などが軒を連ねる(写真撮影/安部かすみ)

ビリオネアズ・ロウの5分圏内には、広大で緑豊かなセントラルパークが広がり、四季折々のレクリエーションが楽しめる(写真撮影/安部かすみ)

ビリオネアズ・ロウの5分圏内には、広大で緑豊かなセントラルパークが広がり、四季折々のレクリエーションが楽しめる(写真撮影/安部かすみ)

新築の「7w57」にいざ潜入

パッシュビーさんが次に注目するのは、ビリオネアズ・ロウの五番街と六番街の間に新築されたコンドミニアムの「7w57」です。

7w57は今年春に完成したばかりの、20階建て高級アパートメント(コンドミニアム)です。

「15戸のコンドミニアム(15家族分の住居物件)があり、ペントハウスは2フロア(この2フロアもカウントすると、ビル自体は22階建てということになる)で、セントラルパークを望む屋外スペースもあるんです」とパッシュビーさんは案内してくれます。

米コーコラン社のライセンスセールス、パッシュビーさん(写真撮影/安部かすみ)

米コーコラン社のライセンスセールス、パッシュビーさん(写真撮影/安部かすみ)

7w57の外観(写真提供/7w57)

7w57の外観(写真提供/7w57)

ロビー。当地の高級物件では言わずものがなの、24時間ドアマンサービス(写真提供/7w57)

ロビー。当地の高級物件では言わずものがなの、24時間ドアマンサービス(写真提供/7w57)

パッシュビーさんは、まず6階の2ベッドルームのお部屋から案内してくれました。

ニューヨークの高級物件で、特にコロナ禍以降の需要が高いプライベートエレベーターが、このアパートメントにも備えられています。プライベートエレベーターを降りると、アート作品が飾られたギャラリー風の長くてゆったりとした廊下の向こうに、広々とした豪華なリビングルームが広がっています。全面ガラス一面に映し出された57丁目の通りの景色自体が、まるで「アート作品」のようです。

窓全体がアート作品のような、6階のリビングルーム(写真提供/7w57)

窓全体がアート作品のような、6階のリビングルーム(写真提供/7w57)

リビングルームから57丁目のビリオネアズ・ロウを見下ろす(写真撮影/安部かすみ)

リビングルームから57丁目のビリオネアズ・ロウを見下ろす(写真撮影/安部かすみ)

(写真撮影/安部かすみ)

(写真撮影/安部かすみ)

窓側から見た6階リビングルーム(写真撮影/安部かすみ)

窓側から見た6階リビングルーム(写真撮影/安部かすみ)

6階の住居スペースは、1723スクエアフィート(約160平米)の面積に2ベッドルーム(寝室)、2.5バスルーム(浴室とトイレ)、リビング兼ダイニングルーム、キッチンエリアなどを含む5部屋が完備されています。

(画像提供/7w57)

(画像提供/7w57)

6階のキッチンスペース。洗浄機が備えられているのはもちろん、「料理の煙を換気扇がすぐにキャッチし吸い取ってくれ、キャビネットには指紋が付きにくいんですよ」と、使い勝手がいいように細かい部分まで配慮されています(写真提供/7w57)

6階のキッチンスペース。洗浄機が備えられているのはもちろん、「料理の煙を換気扇がすぐにキャッチし吸い取ってくれ、キャビネットには指紋が付きにくいんですよ」と、使い勝手がいいように細かい部分まで配慮されています(写真提供/7w57)

キッチンスペース(写真提供/7w57)

キッチンスペース(写真提供/7w57)

ホテルのような、バスルーム(写真提供/7w57)

ホテルのような、バスルーム(写真提供/7w57)

(資料提供/7w57)

(資料提供/7w57)

ベッドルーム(写真提供/7w57)

ベッドルーム(写真提供/7w57)

もう一つのベッドルーム(写真提供/7w57)

もう一つのベッドルーム(写真提供/7w57)

また最上階の2フロアと屋上テラスで展開するペントハウスは、2801スクエアフィート(約260.2平米)の面積に、2ベッドルーム(寝室)やリビング兼ダイニングルーム、キッチンエリアなどを含む5部屋に、2.5バスルーム(浴室とトイレ)などに加え、セントラルパークを眼下に望む広い屋外スペース(北と南の2カ所、1017スクエアフィート(約94.4平米)なども完備されています。

ローワーレベル(下階)(画像提供/7w57)

ローワーレベル(下階)(画像提供/7w57)

アッパーレベル(上階)(画像提供/7w57)

アッパーレベル(上階)(画像提供/7w57)

テラス(屋外スペース)(画像提供/7w57)

テラス(屋外スペース)(画像提供/7w57)

ペントハウスのリビングルーム(写真提供/7w57)

ペントハウスのリビングルーム(写真提供/7w57)

ペントハウスのベッドルーム(写真提供/7w57)

ペントハウスのベッドルーム(写真提供/7w57)

ペントハウスのベッドルーム(写真提供/7w57)

ペントハウスのベッドルーム(写真提供/7w57)

ペントハウスのキッチン(写真提供/7w57)

ペントハウスのキッチン(写真提供/7w57)

ペントハウスのバスルーム(写真提供/7w57)

ペントハウスのバスルーム(写真提供/7w57)

ペントハウスの2フロアをつなぐ階段(写真撮影/安部かすみ)

ペントハウスの2フロアをつなぐ階段(写真撮影/安部かすみ)

ペントハウスの北側に位置する屋外スペース。ここと別に南にも屋外スペースがあり、専用のキッチンやお手洗いスペース、ストレージ(倉庫)などを完備(写真提供/7w57)

ペントハウスの北側に位置する屋外スペース。ここと別に南にも屋外スペースがあり、専用のキッチンやお手洗いスペース、ストレージ(倉庫)などを完備(写真提供/7w57)

目の前は豪華なセントラルパークとアイコンビルのザ・プラザ(プラザホテル)。四季折々の季節がここから楽しめる(写真提供/7w57)

目の前は豪華なセントラルパークとアイコンビルのザ・プラザ(プラザホテル)。四季折々の季節がここから楽しめる(写真提供/7w57)

問い合わせは国内外の富裕層からきているとのこと。コロナ禍3年目でさらに不動産市場が活気付いているニューヨークで、このような超高級物件の需要は相変わらず高いようです。

住居用としてもそうですが投資先としてもますます目が離せないビリオネアズ・ロウ。「Race to the Sky(空に向かった競争)」は、今後もさらに活気付いていきそうです。

●取材協力
7w57
※記事中の部屋情報

6階
$3,950,000(1ドル130円計算で約5億1000万円)
5Rooms, 2 Bedrooms, 2.5baths
約1723 平方 ft(約160平米)

ペントハウス
$12.5 million(1ドル130円計算で約16億円)
2 Bedrooms, 2.5 baths

屋内スペース
約2801平方 ft(約260.2平米)

屋外スペース
約1017 平方 ft(約94.4平米)

●関連URL
One57(ワン57)
432 Park Ave.(432パークアベニュー)

ニューヨーカー、日本に魅了され自宅を「Ryokan(旅館)」にリノベ! 日本の芸術家は滞在無料

ニューヨーク・マンハッタンの繁華街にある、8階建てのビル。エレベーターで上階に上がるまで、このビルの中に「和の空間」が存在しているなんて誰が想像できるでしょう?
持ち主は、26年前の訪日以降、日本の大ファンになり日本の文化に敬意を表すニューヨーカーの男性です。一体彼はなぜ、自宅を和室空間にリノベーションしたのでしょうか? お部屋を見せてもらいました。

訪日で日本文化に魅了され、自宅を和の空間に大改造

ニューヨーク・マンハッタンのダウンタウン地区。地下鉄ユニオンスクエア駅から徒歩5分の便利な場所に、煉瓦造りのコンドミニアム(日本でいう分譲マンションにあたるもの)があります。この辺ではよく見かける 歴史的なヨーロッパ建築の8階建てビルです。

エレベーターで7階に上がり、廊下の奥のドアを開けると、なんと2間の「和室」が広がっています!

京都から取り寄せた畳以外の和の素材は、アメリカ現地で調達したもの。全部で約700スクエアフィート(65平米)(写真撮影/安部かすみ)

京都から取り寄せた畳以外の和の素材は、アメリカ現地で調達したもの。全部で約700スクエアフィート(65平米)(写真撮影/安部かすみ)

持ち主は、スティーブン・グローバス(Stephen Globus)さんというマンハッタン生まれ・育ちの生粋のニューヨーカーです。彼は26年前、出張で初めて日本を訪れ、京都・龍安寺の冬景色の美しさに息を呑んだと言います。その後も、東京・新宿の友人の日本家屋に滞在する機会が幾度かあり、「畳の生活」に魅了されたそうです。

ニューヨークに戻ってからも「畳の間が恋しい」と思うようになり、当地にある日系の施工会社、MiyaSに相談したところ、ニューヨークでも和の空間をつくることができると知り、早速自宅の大改築を依頼。2004年に完成したのが、この和室空間なのです。

茶会用に水屋も備わっている(写真撮影/安部かすみ)

茶会用に水屋も備わっている(写真撮影/安部かすみ)

床の間(写真撮影/安部かすみ)

床の間(写真撮影/安部かすみ)

「日本人はチェックアウトの際、必ず来た時よりも綺麗に掃除して出発しますね」と感心する、家主のグローバスさん。お気に入りの浴衣を羽織って(写真撮影/安部かすみ)

「日本人はチェックアウトの際、必ず来た時よりも綺麗に掃除して出発しますね」と感心する、家主のグローバスさん。お気に入りの浴衣を羽織って(写真撮影/安部かすみ)

構想の段階では、ただ「自分のために和室を」いうコンセプトでしたが、完成すると噂は瞬く間に広がっていき、「茶室として利用できないか?」という周囲のリクエストが多く集まったそうです。それに応え、せっかくなので茶室として一般向けに、スペースの提供を始めました。そうして茶会イベントが徐々に増え、日本人や日系の人々、日本文化が好きな地元の人の間で「話題の場所」になりました。

ただ、ここはそもそも茶室専用に つくったわけではなかったため、茶道口(点前をするときの亭主用の出入り口)や炉(ろ)がない状態です。本格的な茶会イベントが頻繁に行われると、どうしても不便が生じてしまうようになりました。

そこでグローバスさんは、今度は8階の別の自室スペースとペントハウスのスペースを利用して、本格的な茶室にリノベをしたのです。そうして誕生したのが「グローバス和室」(憩翠庵)でした。

現在は、7階を「グローバス旅館」としてアーティスト向けのゲストハウスにし、8階とペントハウスの「グローバス和室」を、当地在住の茶の講師(表千家流、上田宗箇流)に使ってもらい、一般向けに茶会を定期的に催しています。

8階は茶室スペースの「グローバス和室」。写真は昨年12月に行われた着物の展示イベント(写真撮影/安部かすみ)

8階は茶室スペースの「グローバス和室」。写真は昨年12月に行われた着物の展示イベント(写真撮影/安部かすみ)

「グローバス旅館」について特筆すべきは、ここはアーティストであれば「無料」で滞在できる場所ということです。その理由をグローバスさんに聞いてみると、「私は芸術が好きなので、日本とアメリカの文化交流の場をつくりたいのです。才能ある日本人アーティストにニューヨークで夢を叶えてほしい」と言います。

「予算が限られた中で活動をしている芸術家が多く、いざニューヨークでアート活動と言っても滞在費用はかさみますから、才能ある芸術家のサポートができたら嬉しいです」。つまり、ここで芸術活動をしてもらう代わりに、無料でこの和室空間を彼らの滞在先として提供したい、ということなのです。

これまで滞在したアーティストやパフォーマーの数は100人を優に超え、茶会、絵の展示会やライブ・ドローイング・パフォーマンス、生け花、舞踊、琴や三味線などの演奏会、着物の展示会などさまざまなイベントが行われてきました。

例えば2016年、当地在住の日本人カップルのために、福岡県の宮地嶽神社から宮司や巫女を招き、神前結婚式を行っています。「その時は6人の巫女さんが当旅館に滞在しました」(グローバスさん)。

グローバス旅館の奥の部屋(写真撮影/安部かすみ)

グローバス旅館の奥の部屋(写真撮影/安部かすみ)

2部屋にある布団は3人分なので、それ以上のグループでは過去に、寝袋で滞在した人もいたそうです。「私の提供しているものは、カルチュラル・グッドウィル(文化に絡んだ親善活動)です。つまり私がトップアーティストを支援したいという気持ちによるものですから、(通常の)ホテルやホテルのようなサービス、アメニティがここにあるわけではないことをご理解ください」。そして、「ニューヨークで夢を叶えてもらって、私が日本に行った時に彼らのプログレス(進化)を見るのを楽しみにしているんですよ」と、目を輝かせながらグローバスさんは言います。

ここでの芸術イベントおよび滞在に興味があれば、下のウェブサイトの「Contact」から問い合わせてみてください。

障子の外は、ニューヨークの日常の景色が広がっている。室内は外界の音が遮断され、ここがマンハッタンというのを忘れてしまうほど静か(写真撮影/安部かすみ)

障子の外は、ニューヨークの日常の景色が広がっている。室内は外界の音が遮断され、ここがマンハッタンというのを忘れてしまうほど静か(写真撮影/安部かすみ)

2年に及ぶコロナ禍。年の大半をビーチで過ごす

普段はベンチャー・キャピタリストとして活動するグローバスさん。2020年春、ニューヨークで新型コロナウイルスの感染が大拡大し、人々の間ではリモートワークがニューノーマルとなりました。これを機に州外や国外に居住地を移した人も多いです。

グローバスさんも人口密度が高く、ウイルスが蔓延する市内に留まることをやめ、2020年と2021年はそれぞれ5月から11月の間、セカンドハウスのある郊外のロングアイランド(ニューヨーク州南東部に広がる 地域)にある、車の通行が禁止されている島、ファイアーアイランドのビーチハウスで生活しました。

また今年頭まで、家族の住むフロリダやヨーロッパ、そしてハワイにも滞在。「仕事をしている以外は、人の密度が低いビーチを散歩するような生活でした」と、すっかり大自然の中で充電してきた模様です。

州民の大多数がワクチン接種を完了し、感染状況が落ち着きつつあるニューヨークには、2月に戻ってきたばかりです。避難生活中も着物の展示イベントなどを開催し、そのようなイベントを行うたびに、スーツケースを抱えて、戻って来ていました。

久しぶりに故郷であるニューヨークに戻り、アメリカ用につくられたやや深めの堀ごたつに腰掛けてくつろぐグローバスさん。「やっぱり和の空間は心が落ち着きますね」と言いながら、心底リラックスしているようでした。

●取材協力
グローバス和室
グローバス旅館(ゲストハウス)
889 BroadwayNew York, NY 10003

コロナ禍のNYで高級物件ニーズ高まる!「4億円超アパート」に潜入 米国ニューヨークよりレポート

新型コロナウイルスによるパンデミックで、一時は冷え込んだニューヨーク(アメリカ)の不動産業界も、昨年春から再び以前のような活気が市場に戻ってきました。今、新築物件もどんどん建設されています。
そんななか、マンハッタンの高所得者が多く住むアッパーウエストサイド地区で建設が進められている新築物件をのぞいてみる機会がありました。ニューヨークの高級アパートメント(日本でいう高級マンション)での暮らしってどんな感じなのでしょうか?「4億円超」の新築物件を特別に内見させてもらいました 。

国内外から注目されている高級エリアの新規物件

高級エリアであるアッパーウェストサイド地区は、ニューヨークの中でも比較的治安が良いとされています。同地区は、コロンビア大学やアメリカ自然史博物館があるなど文化的施設に恵まれ、落ち着いた雰囲気です。

今回内見に来たブティックビルディング「212 West 93rd Street」は93丁目で現在建設が進められていて、最寄りの地下鉄駅から徒歩1分。セントラルパークやリバーサイドパークまで数ブロック。もし近くに住んだら毎朝早起きして、セントラルパークにジョギングや犬の散歩をしに行ってみたい、そんな想像が膨らみます。

また、近所には日本食レストランや人気スーパー、Trader Joe’sやWhole Foods Marketなどもあり、都心から地下鉄で15分と少し離れた落ち着い生活、楽しく充実したニューヨーク生活が送れそうです。

セントラルパークもすぐ近く(写真撮影/Kasumi Abe)

セントラルパークもすぐ近く(写真撮影/Kasumi Abe)

人気スーパーの、Trader Joe's(写真撮影/Kasumi Abe)

人気スーパーの、Trader Joe’s(写真撮影/Kasumi Abe)

最寄りの駅もすぐ近く(写真撮影/Kasumi Abe)

最寄りの駅もすぐ近く(写真撮影/Kasumi Abe)

「212 West 93rd Street」は14階建てで、中には20のコンドミニアム(20家族分の住居)があります。

ロビーには24時間ドアマンが常駐し、ペット可の物件です。犬や猫を飼っているニューヨーカーはとても多いので、大切なポイントでしょう。またほかにもこの物件の「あるポイント」が高く評価され、現在多くの問い合わせが国内外からきているということです。

(写真撮影/Kasumi Abe)

(写真撮影/Kasumi Abe)

コロナ禍で専用エレベーターや屋外テラスへの需要高まる

「コロナ禍を乗り切りパンデミックから何とか抜け出そうとしているニューヨークではこの数カ月、高級不動産物件の需要が非常に高まり、市場は再び活気に満ちています」と説明するのは、ヘンリー・ハーシュコウィッツさん。この物件の独占販売およびマーケティングエージェントをしている米大手不動産情報サイト「Compass」の不動産ブローカーです。

「物件購入者は新たな優先順位を設けて物件を探しています。この5階にある5Bのコンドミニアムのような、専用エレベーターや屋外テラスが完備した物件です」とハーシュコウィッツさん。これらはコロナ以前は「贅沢なプラスアルファ」だったのが、パンデミックで『必要なもの』という評価が付くようになったそうです。一時はロックダウンしたニューヨーク。感染拡大防止のため、密を避けソーシャルディスタンスが求められる中、そのようなプライベートが守られた自分専用のエレベーターや、テラス、バックヤードなど自分専用の「屋外スペース」の需要が高まっているとのことです。

さっそく、5Bの物件を見せてもらいました。

5Bは、2048スクエアフィート(約190平米)の面積に、4ベッドルーム(寝室)、3バスルーム(浴室とトイレ)、リビング兼ダイニングルーム、キッチンエリアなどを含む全8室が完備されています。

5Bの間取り(画像提供/212 West 93rd Street)

5Bの間取り(画像提供/212 West 93rd Street)

(写真撮影/Kasumi Abe)

(写真撮影/Kasumi Abe)

ロビーから専用エレベーターに乗ると、5階の5Bで止まりました。専用エレベーターと言えば、フロア直結のタイプや住居直結のタイプなどがありますが、この物件の5Bのタイプはエレベーターと居住スペースが直結していて、扉が開くと目の前に「ギャラリー」と呼ばれる、広くて長いスペースが広がります。壁にお気に入りのアートを飾ると、お招きしたゲストに鑑賞してもらいながら奥のリビングルームにご案内できる素敵なウェルカムスペースになりそうです。

お気に入りの絵を飾ったりアートを置いたりできそうなギャラリースペース(写真撮影/Kasumi Abe)

お気に入りの絵を飾ったりアートを置いたりできそうなギャラリースペース(写真撮影/Kasumi Abe)

リビング兼ダイニングルームや、それぞれのベッドルームは自然光で明るく、天井も高く広々とした印象です。大きなカウチやキングサイズのベッドを置いてもゆとりがあるスペースで、「おうち時間」をゆっくりくつろげそうです。

ビルの設計はODA、内装や家具、照明などのインテリアはGRADE New Yorkによるもの(※モデルルームのため、インテリアは販売物件についてきません)(写真撮影/Kasumi Abe)

ビルの設計はODA、内装や家具、照明などのインテリアはGRADE New Yorkによるもの(※モデルルームのため、インテリアは販売物件についてきません)(写真撮影/Kasumi Abe)

以下の写真が、コロナ禍で需要が伸びている、リビング兼ダイニングルームに隣接したテラススペースです。このビルの70%のコンドミニアムに、このような広々とした屋外テラスを完備されています。「中には、平均的なマンハッタンのスタジオアパートよりも広いテラスもありますよ」とハーシュコウィッツさん。

また、このような屋外テラス付き物件はマンハッタンではそれほど多くないということ。確かに街中を見て回っても、自分の住宅にテラスやベランダがあるのは「ほんの一部の特別な物件」ということがわかります 。

テラスだけで250スクエアフィート(約23.2平米)あり、大きなチェアやテーブルを     置いても十分ゆとりがあるほど(写真撮影/Kasumi Abe)

テラスだけで250スクエアフィート(約23.2平米)あり、大きなチェアやテーブルを置いても十分ゆとりがあるほど(写真撮影/Kasumi Abe)

向かいには高層ビルが立っていますが、大きな通りを挟んでいるのでご近所との圧迫感などは感じません(写真撮影/Kasumi Abe)

向かいには高層ビルが立っていますが、大きな通りを挟んでいるのでご近所との圧迫感などは感じません(写真撮影/Kasumi Abe)

5Bの気になるお値段ですが、販売価格は419万5000ドル(約4億8000万円超)。これに加えて3288ドル(約33万円)の共益費と3148ドル(約32万円)の税金が毎月かかります。共益費はドアマンや共有部の清掃、光熱費などで、この物件だけが特別なわけではなく、ニューヨークの高級物件を購入した場合は通常これくらいになります(支払い方法は、契約内容次第)。

ピンからキリまでさまざまな物件があるニューヨークでは数億円単位の物件は決して珍しくありませんが、その中でもこのビルは、(設備や周りの環境も含めた)物件自体の価値を総合的に判断すると、かなりラグジュアリーな物件と言えるでしょう。

また5Bの隣のユニット、5Aも同様に専用エレベーターがついています。

(写真撮影/Kasumi Abe)

(写真撮影/Kasumi Abe)

1562スクエアフィート(約145平米)の面積に、3ベッドルーム(寝室)、2.5バスルーム(浴室とトイレ)、リビングルーム、ダイニングルーム、キッチンエリアなどを含む全6室が完備されています。

5Aの購入価格は290万ドル(約3億3000万円超)。こちらの物件にも共益費と税金が毎月かかります。

5Aのベッドルーム(写真撮影/Kasumi Abe)

5Aのベッドルーム(写真撮影/Kasumi Abe)

バーベキューグリルも完備の眺望の良い屋上(完成予想図)。私だったらラップトップ(ノートパソコン)を持参し、マンハッタンの景色を見ながら執筆仕事をしたり、天気の良い日は日向ぼっこしたり、友人を招待してバーベキューパーティーをしたりしたいです(写真提供/212 West 93rd Street)

バーベキューグリルも完備の眺望の良い屋上(完成予想図)。私だったらラップトップ(ノートパソコン)を持参し、マンハッタンの景色を見ながら執筆仕事をしたり、天気の良い日は日向ぼっこしたり、友人を招待してバーベキューパーティーをしたりしたいです(写真提供/212 West 93rd Street)

そのほか、住民専用のスポーツジム、ビル自体にキッズルーム、ロッカーや倉庫スペースなども完備されています。ロビーなどの共有部分は2020年に工事がスタートし、今年の第1クオーター(1~3月)にすべての共有部分が完成予定です。

お問い合わせは、プライベートをより重視した人、中心地ではなく少し離れた落ち着いた環境をお求めになられている高所得者層の人(国内、国外)からあるようです。内見を終え、コロナ以降もこのようなプライベート空間が充実したアパートの需要が高まっていくと思いました。

■取材協力
212 West 93rd Street

※記事中の部屋情報
#5B – 212 West 93rd Street
$4,195,000 ↓
8 rooms, 4 beds3 baths約190平米

#5A – 212 West 93rd Street
$2,900,000 6 rooms, 3 beds2 baths, 1 half bath
約145平米

「3Dプリンターの家」2021年最新事情! ついにオランダで賃貸スタート、日本も実用化が進む

以前、3Dプリンターの家づくりが進んでいるという記事をご紹介した。あれから2年。今年4月にオランダで世界初の3Dプリンターハウスの賃貸住宅が登場し、入居者が決まったというニュースが飛び込んできた。手掛けたのはオランダの不動産管理会社Vesteda(ヴェステダ)で、94平米、2LDKの平屋の家賃は、月800ユーロ(約10万円)から。
ほかにも、米国では3Dプリンターで建設した建売住宅が登場したり、コミュニティ(複数戸の住宅から成る小さな共同体)が続々と登場したりしているという。Vestedaの担当者と、この分野に詳しい建設ITジャーナリストの家入龍太さんにも3Dプリンターハウスの最新事情を聞いた。

目指すは3Dプリンターのコミュニティ! オランダの英知を集めた共同プロジェクト

オランダといえば、3Dプリンター先進国のひとつ。前回は政府が積極的に3Dプリンター技術を採用しようと資金面の補助を行い、橋づくりが盛んに行われていることに触れた。
今回ご紹介する3Dプリンターの賃貸住宅を手掛けた不動産管理会社Vestedaは、公的資金である年金貯蓄や保険料を、サステナブル(持続可能)なオランダの住宅用不動産に投資している民間企業。

SUUMOジャーナルの取材にオランダから応じてくれたVesteda社のステファン・デ・ビーさん(撮影/寺町幸枝)

SUUMOジャーナルの取材にオランダから応じてくれたVesteda社のステファン・デ・ビーさん(撮影/寺町幸枝)

「オランダの先進技術で、サステナブルで、手ごろに提供できる住宅環境を世界に提案していきたいと考えています。私たちが目指すのは、最新技術により、廃棄物を減らし、より手ごろな価格の住宅を実現することです。その住宅の完成形として、全5戸から成る3Dプリンターハウスのコミュニティづくりをつくることにしました。今回完成したのは記念すべき第1戸目です。この『プロジェクト・マイルストーン』では、自治体や大学、民間企業などと連携して取り組んでいきます」と話すのは、この共同イノベーションプロジェクトの旗振り役である、同社のサステナビリティ担当者のステファン・デ・ビーさん。

プロジェクトメンバーは、今回の3Dプリンターハウスが建てられたMunicipality of Eindhoven(アイントホーフェン市)、先端技術を研究するEindhoven University of Technology(アイントホーフェン工科大学)、建設会社のVan Wijnen(ヴァンウィーネン)、材料会社のSaint-Gobain Weber Beamix(サンゴバン・ウェーバー・ビーミックス)、エンジニアリング会社のWitteveen + Bos(ウィットヴェーン+ボス)。

3Dプリンターハウスは多くのSDGsの可能性を秘めている

今回完成した1戸目は、全てのパーツを工場でつくり、建築現場で組み立て作業を行った。しかし今後は少しずつ「オンサイト(現場)」での作業へシフトし、最終的な5戸目の家は、必要な機材を持ち込み、パーツの作成から組み立てまですべての工程を“現場で”建てる予定だという。

未来を感じさせる3Dプリンターハウスのフォルム。今回完成した住宅は94平米、2LDKの平屋で、月800ユーロ(約10万円)から(画像提供/Vestas、写真撮影/Bart van Overbeeke Fotografie)

未来を感じさせる3Dプリンターハウスのフォルム。今回完成した住宅は94平米、2LDKの平屋で、月800ユーロ(約10万円)から(画像提供/Vestas、写真撮影/Bart van Overbeeke Fotografie)

「3Dプリンターを使って家のパーツをつくるためにかかる時間は、合計で120時間(5日間)ほどです。3Dプリンターハウスの魅力は、曲線を描けるなどのデザイン面での<自由度>と、材料の無駄が出にくいことです。サステナビリティを追求した住宅として、3Dプリンターハウスにはたくさんの新しい可能性が秘められています」(デ・ビーさん)

さらに今回使用されたセメントは、3Dプリンターハウスのために特別に開発されたもので、従来のセメントよりもCO2排出量を削減することができるという。

建築基準が厳しい“オランダクオリティ”、海外輸出も視野

たった5日ほどの建築期間だが、耐久面や快適性、機能性はどうなのだろうか。
「オランダの建築基準は世界的に見ても非常に厳しい。この3Dプリンターハウスも、もちろん全ての基準を満たしています」とデ・ビーさん。

たった5日でできあがったとは思えないほど美しい仕上がり。オランダの厳しい建築基準もクリアしている(画像提供/Vestas、写真撮影/Bart van Overbeeke Fotografie)

たった5日でできあがったとは思えないほど美しい仕上がり。オランダの厳しい建築基準もクリアしている(画像提供/Vestas、写真撮影/Bart van Overbeeke Fotografie)

今回完成した家は、今年8月から賃貸住宅として6カ月間の試住が始まる。一般公募から選ばれたのはリタイアしたカップルで、一戸建てやマンションなどいろんなタイプの住宅に住んできた経験をふまえ、住み心地のフィードバックが期待されている。その結果を、今後の3Dプリンターハウスに反映していくとのことだ。ちなみに4月下旬にすでに渡されているカギは“アプリ”だという。

来年5月までに2戸、2025年までに全5戸の建築を目指す。2戸目は2階建てになる予定。今後、さらに価格を抑えるための素材や技術の研究が続けられ、プロジェクトを通して確立された技術とノウハウは、オランダ国内だけでなく、特に住環境の厳しい日本やシンガポールといった海外への輸出も視野に入れているそうだ。

基礎工事を行ったあと、あらかじめ作成したいくつかのパーツを現場に持ち込んで3Dプリンターで溶接するように接合し、家をつくりあげていく。5日間で本体工事まで終了。あとは電気工事や内装工事などを加えれば、すぐに住むことができる

日本でもコロナ禍で実用化が加速

一方、建設ITジャーナリストの家入龍太さんによれば、日本でも3Dプリンターを利用した建築物の実用例が続々と登場しているという。

例えば、北海道札幌市では市の基準に沿って建設された公共トイレが、オランダ製の大型3Dプリンターを用いてつくられた。またインド輸出用として3Dプリンターならではの曲線美を利用した「ハイテク型トイレ」の生産も進んでいるという。

家入さんは、「コロナ禍で、ますます3Dプリンターのニーズが高まり、導入が進むだろう」と話す(写真提供/株式会社建設ITワールド)

家入さんは、「コロナ禍で、ますます3Dプリンターのニーズが高まり、導入が進むだろう」と話す(写真提供/株式会社建設ITワールド)

さらに、ゼネコン各社は本格的に建造物への3Dプリンター製のパーツの導入を進めている。清水建設が都内の「(仮称)豊洲六丁目4-2・3街区プロジェクト」で使用した埋設型の枠はその一例だ。家入さんは「建築業界では、より人手不足が厳しくなるうえ、このコロナ禍で“3密を避ける”必要が出てきました。そのため、現場作業のテレワーク化や、機械による部品生産というイノベーションが進んでいるのです」と話す。

3Dプリンターをオートメーション部品として組み合わせた工場用のロボットの導入も進んでいる。例えば、溶接アームにコンクリートノズルをつけるだけで、3Dプリンター機能を持つロボが完成するのだ。「(設備投資の面で)導入しやすい価格のものが出てきたうえ、質も担保できる製品がつくれるようになった」と家入さん。日本の建築業界における3Dプリンター研究もいよいよ加速度を増し、実用化はさらに進みそうだ。

また、日本で始めての国内の住宅基準を満たした3Dプリンター製の住宅づくりに取り組む企業も登場している。2021年12月には日本初の3Dプリンター住宅が完成する計画で、2022年には30坪300万円で2階建ての住宅デザインも既に意匠出願済とのこと。

セレンディクスパートナーズ株式会社が、兵庫県を拠点に3Dプリンターで30坪300万円の住宅をつくる「Sphere(スフィア)プロジェクト」が2019年12月からスタート(写真/セレンディクスパートナーズ © Clouds Architecture Office)

セレンディクスパートナーズ株式会社が、兵庫県を拠点に3Dプリンターで30坪300万円の住宅をつくる「Sphere(スフィア)プロジェクト」が2019年12月からスタート(写真/セレンディクスパートナーズ © Clouds Architecture Office)

「私たちは住み心地の良い家を追求しています。それを3Dプリンターでつくっただけ」というデ・ビーさんの言葉が印象に残っている。

特に災害の多い日本では、現状では3Dプリンターの家に対して耐久面や機能面を不安視する声も少なくない。しかし、それらを担保できるだけの技術が進歩した暁には、「住み心地さ」や「自分らしい暮らしのデザインができる」家として、3Dプリンターハウスが積極的に選ばれていく時代が訪れるかもしれない。

3Dプリンターハウスの未来への期待は増すばかりだ。

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3Dプリンターで家をつくる時代に! 日本での導入は?

●取材協力
・Vesteda 
・セレンディクスパートナーズ

建築ITジャーナリスト・家入龍太(いえいり・りゅうた)
BIM/CIMやロボット、AIなどの導入により、生産性向上、地球環境保全、国際化といった建設業が抱える経営課題を解決するための情報を「一歩先の視点」で発信し続ける建設ITジャーナリスト。新しいことへのチャレンジを「ほめて伸ばす」のがモットー。公式サイト「建設ITワールド」を中心に積極的に情報発信を行っている。「年中無休・24時間受付」の精神で、建設・IT・経営に関する記事の執筆や講演、コンサルティングなどを行っている。
>建設ITワールド

ベルリンの巨大墓地が農園に!プリンツェシンネン庭園に見る素敵なドイツの墓地文化

私たちが住むドイツの農園の営みについて寄稿した前回、ベルリンのコミュニティ農園「プリンツェシンネン庭園」について紹介した。実はその活気あふれる庭園は、もともと荒廃した墓地だったというのだ。日本の嫌悪施設のひとつである墓地が、ドイツのライフスタイルの変化と共に、どのように役割を変化させていったのか。これからの都市での生活やコミュニティ形成において、魅力的でユニークな公共空間の活用事例として、ご紹介したいと思う。
東京ドームの約1.6個分?都市型農園は、まるで巨大な市民公園

プリンツェシンネン庭園は、ベルリンのノイケルン地区ヘルマン通り(Hermannstrasse)駅から徒歩1~2分で、ふらりと立ち寄れる場所にあるコミュニティ農園。農地面積は、7.5ha。基本的に誰でも参加でき、自然に触れ合いながら時間を過ごし、知らない人との共同作業を楽しめる都市の公園のような場所だ。アーバンファーミング(都市型農園)とも言われ、ドイツにはなじみのある光景だ。

さて実際に取材時、農園を利用している人の声を聞いてみた。「野菜を育てることや、知らない人と一緒に作業する点が気に入ってます」、 「近所に住んでいますが、公園のように気軽に足を運べるのがいい。毎日変わる畑の様子を見るのは子どもにとっても面白い」など、暮らしの一部になっているようだ。またこの庭園には、近所の小学校や幼稚園の子どもたちが農作業を体験できる専用プランターも設置されている。

大通りに面しているプリンツェシンネン庭園。庭園の中に入ると、街の喧騒を忘れてしまうほどの、緑と静寂に包まれる (写真撮影/Shinji Minegishi)

大通りに面しているプリンツェシンネン庭園。庭園の中に入ると、街の喧騒を忘れてしまうほどの、緑と静寂に包まれる (写真撮影/Shinji Minegishi)

自宅で植物を育てることはできるが、「収穫する」体験ができるのはここならではの醍醐味。「子どもの時から、自分が食べるものに関心を持つことは大事なこと」と、利用者のリサ(Lisa)さんは語る(写真撮影/Shinji Minegishi)

自宅で植物を育てることはできるが、「収穫する」体験ができるのはここならではの醍醐味。「子どもの時から、自分が食べるものに関心を持つことは大事なこと」と、利用者のリサ(Lisa)さんは語る(写真撮影/Shinji Minegishi)

まず注目したいのは、人々が気軽に農作業を共同で行える場所が、ベルリンのど真ん中にあるということだ。これを日本の首都東京で例えると、中野駅あるいは下北沢駅から歩いて1~2分の場所に、誰でも参加できる面積7.5ha(東京ドーム約1.6個分)のコミュニティ農園がある、ということになる。さすがに東京で似たような例はないだろう。

なぜ、そうしたことがベルリンでは実現できたのだろう? 取材に応じてくれたプリンツェシンネン庭園の広報担当ハンナ・ブルックハルト(Hanna Burckhardt)さんから興味深い話を聞けた。なんと、プリンツェシンネン庭園はかつて、墓地であったということだ。

撮影当日は、畑で共同作業をする日。入れ替わり立ち替わり、20名以上のメンバーが農作業に参加していた。水やり、土おこし、草むしりや収穫などの作業を分担し、終始活気が感じられた(写真撮影/Shinji Minegishi)

撮影当日は、畑で共同作業をする日。入れ替わり立ち替わり、20名以上のメンバーが農作業に参加していた。水やり、土おこし、草むしりや収穫などの作業を分担し、終始活気が感じられた(写真撮影/Shinji Minegishi)

土葬から火葬へ~ライフスタイルの変化による墓地の荒廃

ここでドイツにおける墓地事情について見てみよう。ベルリンの街を散歩していると、都市中央部でもドイツ語でフリードホフ(Friedhof)と呼ばれる墓地を、多く見つけることができる。試しにGoogle Mapsでベルリンの都市部、東京の山手線に相当するリングバーン圏内で「Friedhof」を検索、加えて東京の山手線圏内で「墓地」を検索してみてほしい。東京の検索結果よりも、ベルリンでは墓地がより多く点在していることが視覚的に分かるだろう。

これはヨーロッパ全土におけるキリスト教教会による過去の都市管理のなごりでもあるのだろうが、ベルリンにおける人々の居住区と墓地の距離感は、東京における距離感よりもはるかに近いようだ。例えば、ドイツ人同士のカップルにデートコースを尋ねたら、「今日は一緒に墓地を散歩した。あそこの墓地、とても綺麗なの。行ってみたら?」って答える人も少なくない。また、緑が多く静かで気持ちいい墓地の散歩コースを楽しむドイツ人家族も少なくない。

こうした墓地との距離感は、日本人にとって多少、驚きかもしれない。そこで、今回の記事においてドイツの墓地風景を紹介するため、私たちはベルリン出身の大女優/歌手、マレーネ・ディートリヒのお墓があるシェーネベルク第3市営墓地を訪れた。この墓地は、ベルリンの山手線、リングバーンのブンデスプラッツ(Bundesplatz)駅から徒歩6分、居住区と密接して立地する墓地だ。

日本でいう地下鉄・JRの2本の線が交差する大きな駅から徒歩6分。おしゃれなカフェも隣接する閑静な住宅地に、緑地として静かにたたずんでいる(撮影/Shinji Minegishi)

日本でいう地下鉄・JRの2本の線が交差する大きな駅から徒歩6分。おしゃれなカフェも隣接する閑静な住宅地に、緑地として静かにたたずんでいる(撮影/Shinji Minegishi)

十分に手入れが行き届いた公営墓地。撮影当日も2名の庭師が水やりや落ち葉拾いなどの作業をしていた (撮影/Shinji Minegishi)

十分に手入れが行き届いた公営墓地。撮影当日も2名の庭師が水やりや落ち葉拾いなどの作業をしていた (撮影/Shinji Minegishi)

「ここは、この子とよく来るお気に入りの散歩コース」と話してくれた女性。ここ以外にも家族でゆっくり散歩に行くという、ベルリンのお気に入りの墓地も教えてくれた(写真撮影/Shinji Minegishi)

「ここは、この子とよく来るお気に入りの散歩コース」と話してくれた女性。ここ以外にも家族でゆっくり散歩に行くという、ベルリンのお気に入りの墓地も教えてくれた(写真撮影/Shinji Minegishi)

緑が多いドイツの墓地では、墓地を自由に走りまわる野生のリスに出会うことも(撮影/Shinji Minegishi)

緑が多いドイツの墓地では、墓地を自由に走りまわる野生のリスに出会うことも(撮影/Shinji Minegishi)

1930年のドイツ映画『嘆きの天使』で一世を風靡、第二次世界大戦ではナチス党に反発してドイツを去り、アメリカ市民となりハリウッドで女優兼歌手として活躍。波乱万丈な人生を送ったマレーネ・ディートリヒの遺骸は、彼女の故郷ベルリンの墓地に眠っていた。

さて、欧米における典型的なお葬式として、個人の遺骸を棺に納めて土に埋める土葬のシーンを、数々の欧米映画で見た人は多いだろう。過去、宗教上(キリスト教、特にカトリック)の理由からヨーロッパでは土葬が一般的だった。しかし現在ヨーロッパでは、葬儀方法において、土葬から火葬へのシフトが進みつつあるのだ。

特にドイツではそのシフトは急速で、ある土葬/火葬率の比較統計では1960年代、土葬90%、火葬10%であったのに対して、火葬率が急増、2009年には土葬49%に対して火葬が51%と火葬が逆転、2019年時点では火葬が70%、土葬が30%となっている。「個人の遺骸を棺に納めて土に埋める土葬のシーン」は、もう“旧式の文化”となりつつある。実際に私たちがマレーネ・ディートリヒのお墓参りをしたシェーネベルク第3市営墓地にも、ウルネ(Urne、日本の“骨壺”に相当)だけを納めた火葬用の墓もあった。

さて、土葬から火葬への葬儀方法の変化はなぜ、加速しているのか? 火葬して墓地を利用する場合、長期の埋葬に耐えうる高価な棺を買う必要もなく、墓地の利用面積も少ないため遺族にとって経済的。また、墓地を利用しないドイツ人も増えている。これらはドイツ人の教会離れ、キリスト教離脱者の増加とシンクロしている。教会離れの原因のひとつには、キリスト教信者ならば払わなければならない教会税の負担がある。良し悪しは別として、ドイツ人も日本人も、人々が“合理的”に生きざるを得ない世界に生きている。

こうして昨今、利用者の減少にともなう墓地の空き地化/荒廃、墓地の運営者にとって墓地区画の維持コストの負担が、ドイツ全土で問題となっているのである。

ベルリンの名誉墓碑(Ehrengrab)とされるマレーネ・ディートリヒが土葬されているお墓。その近くには写真家のヘルムート・ニュートンのお墓も(撮影/Shinji Minegishi)

ベルリンの名誉墓碑(Ehrengrab)とされるマレーネ・ディートリヒが土葬されているお墓。その近くには写真家のヘルムート・ニュートンのお墓も(撮影/Shinji Minegishi)

ウルネ(骨壺)が納められている、れんが造りの建物。扉はなく、自由に入ってお参りをすることができる(撮影/Shinji Minegishi)

ウルネ(骨壺)が納められている、れんが造りの建物。扉はなく、自由に入ってお参りをすることができる(撮影/Shinji Minegishi)

かつては墓地だったプリンツェシンネン庭園

ここで、プリンツェシンネン庭園の広報担当ハンナさんの話に戻ろう。彼女の話によると、この庭園が造られた背景には、墓地荒廃問題に悩む教会と、都市部に緑地を造りたいという庭園創始者であるロバート・シャウ(Robert Shaw)さんの願いとの幸せな出会いがあったということだ。

1865年、教会が墓地としての利用を目的に、ベルリンの、当時まだ発展していない地域の農地であったこの土地を購入した。しかし2000年代に入り、この教会でも、墓地利用者の減少に伴う墓地荒廃が問題となっていた。
いまやベルリンの人気地区となったノイケルンのこの土地は、商業目的での利用が認められておらず、デパートやオフィスなどが建設できないという制約もあった。そのため、学校や緑地など、非営利の公共空間として運営維持する必要があり、土地の活用に教会は頭を悩ませていた。

一方ロバートさんは、2009年から別の場所で、「アーバンファーミング」コンセプトの市民公園のような農園を運営していた。当時はベルリン中心部の農業に適さない空き地を使っており、プランターのみで農作業をしていた。当時から、空き地活用の新しいアイデアとして、メディアでも注目を集めていた。すでに数千人規模の利用者がいたにも関わらず、土地の契約は2019年末までで、その後予定されている土地の再開発に伴い、契約更新ができないという苦境に立たされていた。

創始者のロバート・シャウ(Robert Shaw)さん。都市の真ん中で、農作業を通してお互いに教えあったり助け合ったりしながら、自然と人が共存できる場所をつくりたかったと語る(撮影/Shinji Minegishi)

創始者のロバート・シャウ(Robert Shaw)さん。都市の真ん中で、農作業を通してお互いに教えあったり助け合ったりしながら、自然と人が共存できる場所をつくりたかったと語る(撮影/Shinji Minegishi)

2017年、こうした両者が出会い、ロバートさんの市民庭園を現在の場所へ誘致することが決まった。2019年末に移転が行われ、敷地は6000平方mから7.5haに拡大された。移転後、農作業に関する専門知識を持った大学の研究者もパートナーとして加わり、ともに協力して土の質を調べた。このことによって、地植えも可能となった。土壌を汚さないよう使用する農薬なども限定している。

さて、この農園利用者は特に参加費用を支払う必要もない。いったいこの庭園はどのように収益を得ているのだろうか? 「私たちは非営利団体であり、行政支援は受けていません」とハンナさんは答えた。

主な収入源は、屋上農園を設置したいというオフィスビルや、コミュニティ形成を目的とした都市内/外の農園を設置/運営する際のサポート費用から来ているという。農園を設置した後の維持管理には専門知識も必要なため、2週間に一度訪問し、農園所有者にコンサルティングを実施する。

庭園の17名のメンバーはフルタイムの社員ではなく、コンサルティング、広報活動や農園運営などの仕事をワークシェアしている。

7.5haの敷地全体の完成は2035年を目指している。「農地拡大のスピードと、コミュニティーの広がるスピードの歩調をあわせてこそ、サスティナブルな開発ができる」、というハンナさんの言葉が印象的だ(撮影/Shinji Minegishi)

7.5haの敷地全体の完成は2035年を目指している。「農地拡大のスピードと、コミュニティーの広がるスピードの歩調をあわせてこそ、サスティナブルな開発ができる」、というハンナさんの言葉が印象的だ(撮影/Shinji Minegishi)

大量生産をする必要がないため、栽培する品種には多様性を楽しめる工夫している。現在はトマトだけでも17種類を育てているという(撮影/Shinji Minegishi)

大量生産をする必要がないため、栽培する品種には多様性を楽しめる工夫している。現在はトマトだけでも17種類を育てているという(撮影/Shinji Minegishi)

撮影当日は、フランスからのインターン生も農作業に参加していた。一般の参加者とも談笑しながら作業を楽しんでいる(撮影/Shinji Minegishi)

撮影当日は、フランスからのインターン生も農作業に参加していた。一般の参加者とも談笑しながら作業を楽しんでいる(撮影/Shinji Minegishi)

プリンツェシンネン庭園のサービスについて尋ねた。
「現時点では、売店、カフェ、野外ワークショップスペースなどを提供しています。今後、採れた野菜を調理したランチの提供も予定しています。

そのほか、使われていない墓石を使ってオブジェを制作する芸術家や、リサイクル・マテリアルで編み物をしている人、本当にいろんな人々、アーティストが活動しています」(ハンナさん)

売店では、ガーデニングに関するグッズや、この庭園で有機栽培された野菜の苗や、プランター栽培で用いられるオーガニック堆肥が配合された土も販売されている(写真撮影/Shinji Minegishi)

売店では、ガーデニングに関するグッズや、この庭園で有機栽培された野菜の苗や、プランター栽培で用いられるオーガニック堆肥が配合された土も販売されている(写真撮影/Shinji Minegishi)

農作業を手伝いながら、空きスペースでリサイクル素材を使って機織りをしているテキスタイルアーティスト(写真撮影/Shinji Minegishi)

農作業を手伝いながら、空きスペースでリサイクル素材を使って機織りをしているテキスタイルアーティスト(写真撮影/Shinji Minegishi)

使われなくなった墓石は、石畳用の石として再利用されるのが一般的。新しい使い道を模索する、一般公開のワークショップも開催されている(写真撮影/Shinji Minegishi)

使われなくなった墓石は、石畳用の石として再利用されるのが一般的。新しい使い道を模索する、一般公開のワークショップも開催されている(写真撮影/Shinji Minegishi)

墓地から農園へ。プリンツェシンネン庭園の目指すもの

ハンナさんは、スウェーデンとオーストリアで、人間生態学(Human ecology)を学んだ。大学のケーススタディでこの庭園を取材する機会があり、人間と自然、社会のつながりのあり方を発信する場として魅力を感じ、広報担当となった。

「こういった空間で得られる経験や人間関係が、これから社会における豊かさのひとつかもれしれない」と語るハンナさん(写真撮影/Shinji Minegishi)

「こういった空間で得られる経験や人間関係が、これから社会における豊かさのひとつかもれしれない」と語るハンナさん(写真撮影/Shinji Minegishi)

「この庭園は、わざわざ商業的な広告や宣伝をして、より多くの人々に活動に参加してもらう場所ではありません。口コミで存在を知って、自然と近所の人が集まればいい。コミュニティというものは、自然につくられるものだと思うのです。厳しいルールを設けず、時間や場所、作業と農作物をオープンにシェアできればいい、と考えています。

共同作業の日に収穫した野菜は、参加者が持って帰っていいことになっています。農作業に参加せず、野菜だけを取っていく人もいないわけではありません。公共の場所である以上、ある程度はそうしたことも起こるでしょう。しかし、たいていの場合、欲張る人はいないし、みんな必要な分だけ、少しずつ分け合って持ち帰っています。

こういった作業で得られる充足感と喜びを感じ、自律的に畑を運営できるコミュニティが形成できればいいのです。そのための機会と場所を提供し、サポートをするのが、社会における私たちの役目だと考えています」

厳密な作業シフトもなく、自由に作業に参加したり、休憩したり、おしゃべりをしたりしている。まるで公園で過ごすように思い思いの時間を楽しんでいる(写真撮影/Shinji Minegishi)

厳密な作業シフトもなく、自由に作業に参加したり、休憩したり、おしゃべりをしたりしている。まるで公園で過ごすように思い思いの時間を楽しんでいる(写真撮影/Shinji Minegishi)

「ここで取れた野菜は、一緒に農作業をした人と分け合います。農作業の日にぜひ一緒に作業しましょう!」と書かれた看板(写真撮影/Shinji Minegishi)

「ここで取れた野菜は、一緒に農作業をした人と分け合います。農作業の日にぜひ一緒に作業しましょう!」と書かれた看板(写真撮影/Shinji Minegishi)

墓地から農園としての土地再生というアイデアを実現したプリンツェシンネン庭園。創始者が11年前にアーバンファーミングを始めたとき、「なんて、おかしなアイデアだ」と言う人も少なく無かった、とハンナさんは語った。思えば、かつて農地であった土地が、都市部の拡大、墓地の荒廃という歴史を経て、再び農地に戻ったのである。今や、この墓地は、暗く荒れた、悲しい雰囲気の漂う場所ではない。

お墓に供えられる美しい切り花もある。一方では、お墓で新たに育てられた野菜が小さな花をつけている。手入れされ、人でにぎわい花咲く農園の様子を見た墓地参拝者たちにとっても、プリンツェシンネン庭園の誘致は素敵なアイデアであったようだ。

(写真撮影/Shinji Minegishi)

(写真撮影/Shinji Minegishi)

(文/Masataka Koduka)

●取材協力
・Prinzessinnengarten Kollektiv Berlin

コロナ禍のドイツは園芸がブームに。農園でつながりづくり進む

コロナ禍の日本で“おうち時間”を大切にするなどの価値観やライフスタイルの変化があるなか、ベランダ菜園などがちょっとしたブームとなっている。筆者が住むドイツでも同様だが、その動きは少し異なる。コミュニケーションのきっかけづくりを目的に、農園や園芸活動を通して、時間や想いの共有を図ろうという気運が高まっているのだ。その様子をお伝えする。
1. コロナ禍でのドイツでは園芸が生活の楽しみに

“ハムスターの買い物”(Hamsterkauf)。「食べ物が品切れになるかも……」という不安から、人々が食料品/生活用品に買いだめに走る様子を、ドイツ語でそう呼ぶ。コロナ禍、ロックダウン中のドイツにて、最も売れ行きが伸びた商品は、第1位がトイレットペーパー、第2位が園芸用土という。

ベルリンのコミュニティ農園のひとつ、プリンツェシンネン庭園 (写真撮影/Shinji Minegishi)

ベルリンのコミュニティ農園のひとつ、プリンツェシンネン庭園 (写真撮影/Shinji Minegishi)

ドイツの自然食品チェーンであるBIO COMPANYのイベントマネジメントリーダーのアニカ・ヴィルケ(Anika Wilke)さんは「園芸用土の売れ行きは25パーセントほどアップしました。ロックダウン中、皆さん、庭作業をする時間とゆとりがあったからでしょうね。あるいは、バルコニーで野菜を育てたり。花のタネはもちろん、果物のタネも沢山売れましたよ」と語る。

自宅待機の人にできることは日本もドイツも変わらない。ただ、クラインガルテン発祥の地・ドイツでは、園芸が人々にとって日本よりも身近な存在 だ。(クラインガルテンとは貸し農地のことで、なかには滞在可能な小屋付きのものも。日本では2019年時点で市民農園は2750、”クラインガルテン”などと呼ばれる宿泊可能な滞在型市民農園は66ある(農林水産省HPより))

それに加えてコロナ禍、ベルリンのロックダウン中の行動規制では、飲食店の営業や演劇/音楽活動の制限は厳しかったものの、園芸活動は規制対象に含まれなかった。これらが、園芸用土や果実のタネの売り上げ増の背景となったようだ。

ベルリンの人気地区ノイケルンの住宅街に位置するプリンツェシンネン庭園は、市民公園のように無料開放され、近所の人がふらりと訪れて農作業に参加することができる (写真撮影/Shinji Minegishi)

ベルリンの人気地区ノイケルンの住宅街に位置するプリンツェシンネン庭園は、市民公園のように無料開放され、近所の人がふらりと訪れて農作業に参加することができる (写真撮影/Shinji Minegishi)

コミュニティ農園はビギナー向けの共同農作業デーや養蜂ワークショップ、収穫した野菜を用いた野外ディナーなどのさまざまなイベントも企画・運営し、多くの人が集いにぎわう。コミュニティ農園は、自宅に庭を持たない人々に、趣味としての園芸活動を提供する場所であるが、その他にも園芸を行える選択肢が、ドイツにはふんだんに用意されている。

農家が経営する畑に、一般の人々が参加費を支払いつつ、農家と消費者の垣根なくみんな一緒に土にまみれ、農園で発生するさまざまな問題もみんなで解決する、共同農園もその一つ。これは、趣味的な園芸だけでなく、より自然と触れ合え、かつ食品の自給自足ができるスタイルだ。

2. 自分で野菜をつくり、人とのつながりも広がる

突然だが筆者が所属する会社ASOBU GmbHはドイツでの建築設計に携わっているが、庭などの共用スペースを設計する場合、アスファルトでできた鑑賞用の庭よりも、野菜をつくれる「アクティブな庭」をつくることの方が好まれる。先に書いた共同農園のように、アクティブな庭において育まれる近所付き合いやコミュニティが尊重されているからだ。

誰でも立ち寄れるコミュニティ農園では、物心つかないうちから虫や草花に触れ合う貴重な経験ができる (写真撮影/Shinji Minegishi)

誰でも立ち寄れるコミュニティ農園では、物心つかないうちから虫や草花に触れ合う貴重な経験ができる (写真撮影/Shinji Minegishi)

さて、ドイツに住む人々は具体的に、農園とどのように親しんでいるのだろうか? その事例をいくつかご紹介したいと思う。例えば、共同農園に参加する筆者の友人は、農園でのアブラムシ対策にさんざん苦労した。そして害虫問題の解決のため、てんとう虫の幼虫を購入したという。

「薬品を使わないアブラムシ対策をいろいろ試したのですが、効果がなかったのです。そこで、生物農薬としての益虫販売サイトを探して、てんとう虫の幼虫を買いました。効果は抜群でした」

農園のてんとう虫 (写真提供:Natur Pur)

農園のてんとう虫 (写真提供:Natur Pur)

ドイツでは、てんとう虫がインターネット販売されているのだ。化学農薬の利用の拒否感から、生物農薬の購入を決めた。さらには、生態系保護のために、どのてんとう虫を購入すべきか、という点にも十分配慮し、議論したという。

「生態系の保護は、生物多様性を守ることだと思います。てんとう虫を買うといっても、てんとう虫であればなんでもいいわけではないのです。今、ドイツ国内でも、従来は日本とアジアに自生していたナミテントウが外来種として拡大しており、問題になっています。

そのため、ナナホシテントウの幼虫の購入を決めました。ナナホシテントウは、古くからヨーロッパに広く分布しているからです」

木の上にある蜜蜂の巣。近年、蜜蜂の数が少なくなっていることが世界中で問題となっており、自然な状態を維持したまま飼育する工夫が行われている (写真撮影/Shinji Minegishi)

木の上にある蜜蜂の巣。近年、蜜蜂の数が少なくなっていることが世界中で問題となっており、自然な状態を維持したまま飼育する工夫が行われている (写真撮影/Shinji Minegishi)

さらに友人は、自宅の庭でも生物多様性を守るために、さまざまな工夫を凝らしているという。

「てんとう虫をはじめとして、いろんな生物や植物が暮らしたり、冬を越したりできるようにしています。前の自宅の所有者は、庭に砂利を敷き詰めて、石庭と芝生の構成にしていました。まさに、観賞用のお庭ですね。

これを土と、地域に自生する植物に戻したことで、鳥が地面で餌を見つけやすくなりました。こうした鳥が、また一部の害虫を減らすことにもつながります。

「私の子どもが大きくなった時代にも、豊かな自然環境を残したい。多様な生き物の営みが感じられる農園を一緒につくり、楽しみ、大切にする経験から、その目的を理解できる子どもたちが増えると思うのです。この環境で育った子どもたちは、虫を怖がったり気持ち悪がったりしないでしょう」

収穫された野菜に興味津々の子どもたち (写真撮影/Shinji Minegishi)

収穫された野菜に興味津々の子どもたち (写真撮影/Shinji Minegishi)

3.”脱サラ”して農業を始めたドイツ人男性も

人の価値観も変えるアクティブな農園。こうしたドイツの農園を起点としたコミュニティーに魅せられ、他の仕事を辞めて、実際に農業を始めてしまう人もいる。

日本人観光客にとってドイツ観光の定番コースの一つ、ロマンチック街道の起点となるヴュルツブルクから西に40kmほど離れたカールバッハという街で、Natur Purという農家を営むトーマス・ガロス(Thomas Garos)さんもその一人だ。

Natur PurのFacebookページ (画像提供/Natur Pur)

Natur PurのFacebookページ (画像提供/Natur Pur)

ガロスさんは平日、土にまみれて農園で野菜を育てる。そして週末には、その野菜たちや自然食品を屋台(Hofladen)に積み込んで車で近郊の街に出向き、販売して生計を立てている。
そんなガロスさんは、農業を始めたきっかけや、その魅力をこう語る。

ガロスさんの屋台に積み込まれた野菜たち (写真提供/Natur Pur)

ガロスさんの屋台に積み込まれた野菜たち (写真提供/Natur Pur)

「私が住んでいる地域では、野菜を有機栽培する農家が少なかったのです。ですので、自分自身で栽培することに決めました。インターネットやフォーラムで勉強してから、とにかく、始めてしまったのです」とガロスさん。

「農業を営むことの一番の喜びは、自然との一体感ですね。それと、有機野菜を育て、販売する過程で、同じ価値観を持つ人々とのネットワークができたこと。この地球と自然を愛している人たちとのつながりです」

ガロスさんの農園で、野菜づくりに参加する子どもたち (写真提供/Natur Pur)

ガロスさんの農園で、野菜づくりに参加する子どもたち (写真提供/Natur Pur)

しかし、実際に農業を本業とするのは、そんなに簡単ではないだろう。例えば、野菜を海外から輸入し、どんな季節でも豊富な品ぞろえを誇るスーパーマーケットの野菜売り場などは、ガロスさんの商売の競合のはず。だが、この点については、うまく棲み分けができているようだ。

「曲がった野菜、完璧には見えない野菜をお客さんに買っていただいた経験が、私にはあります。私の農園とお店に来る人々は、食べ物を台無しにしたくない人たちですから」

野菜をつくるプロセスや、野菜を販売するマーケットで人々が交わり、有機野菜や環境に関する考え方、価値観を共有できる場所がつくられていることが分かる。

プリンツェシンネン庭園にはカフェが併設され、散歩で訪れた人もおしゃべりを楽しみながら、時間を過ごすことができる(写真撮影/Shinji Minegishi)

プリンツェシンネン庭園にはカフェが併設され、散歩で訪れた人もおしゃべりを楽しみながら、時間を過ごすことができる(写真撮影/Shinji Minegishi)

4. コロナ禍だからこそ農業が人と人をつなぐ

ドイツの農園は人と人をつなぐ。このことは、コロナ禍にも顕著に示された。

ロックダウン状況下、ドイツでも多くのコンサート会場は閉鎖されていたが、記事冒頭で登場したBIO COMPANYのヴィルケさんは、チェーン店各店のビストロ・エリアにて、5月初旬から店内コンサートを実施した。「厳しいロックダウン状況だからこそ、お客様に幸せな気持ちと、コミュニティー感覚を体験できる機会を、少しでも提供したかったのです」と、ヴィルケさんは語る。

Natur Purのガロスさんも同様に、屋台販売するマーケットおよび農園で、6月ベルリンからミュージシャンを招いてコンサートを開催した。自分の野菜を楽しみにしてくれる人たちのために、ロックダウン状況におけるコミュニケーション閉塞感を、いち早く打ち破ろうとした。

ガロスさんが参加するマーケットでのコンサートの様子_(写真提供/Natur Pur)

ガロスさんが参加するマーケットでのコンサートの様子_(写真提供/Natur Pur)

ドイツでもコロナ禍をきっかけに変化したライフスタイルにおいて、住居を中心としたコンパクトな生活圏、「働く・暮らす・半自給型の生活」へのリビングシフトが加速していくのではないかと考えている。アクティブな庭は、“箱庭”としての農園を用意すれば事足りるものではない。アクティブな人と人とのつながり、小さなコミュニケーションの積み重ね、そして価値観を共有できるコミュニティーがアクティブな庭をつくる。

今回紹介したガロスさんは、有機栽培の野菜がないから自分でつくろう、というシンプルな動機から出発し、同じ想いを持つ人々とつながることで農業を自分の仕事にした。このように、個人で農園をコミュニティの場所にしてしまう人も、ドイツでは少なくない。

●取材協力
・Prinzessinnengarten Kollektiv Berlin
・BIO COMPANY
・Natur Pur ‐ Hofladen

自動車、自転車ではなく、キックボードをシェア? 世界各国で広がる最先端の移動手段

自動車や自転車ならぬ「電動キックボード」のシェアサービスが欧米を中心に広がりを見せている。気軽に利用でき、かつ環境にやさしい移動手段としても注目を集めるこのサービス。仕組みやリスク、日本での普及可能性などについて、乗車した経験や事業者への取材などをもとに考えた。
エコで気軽に利用できる電動キックボード

電動キックボードは、キックボードにバッテリーとモーターが取り付けられた、電気を動力とする乗り物だ。右ハンドルに付いているレバーを押す(親指でレバーを押し込むイメージ)と加速する仕組みが一般的で、ブレーキも付いている。日本で目にすることは少ないが、海外では広がりを見せている。なぜなら、電動キックボードのシェアリングサービスが普及しているからだ。

シェアサービスの利用に際しては、スマートフォンにアプリを入れておく必要がある。アプリを起動すると、周辺で利用可能な電動キックボードが表示される。電動キックボードのハンドル付近には、QRコードが明示されており、同じアプリ上でQRコードをスキャンすれば鍵が外れ、利用可能となる仕組みだ。アメリカ発の「Lime(ライム)」や「Bird(バード)」といったサービス(アプリ)がよく知られている。

気軽に利用できることやタクシーと比較して割安であることなどが評価され、今やサービスは世界中に広がっている。2019年7月、南米ペルーの首都リマを訪問した際に電動キックボードを見つけた際は、「ここまで広がっているのか」と驚いた。当時は、まだそこまで浸透しているわけではなかったようで、ローカルの若者4人組が恐る恐る乗っていたのが印象に残っている。南米だけではない。東南アジアや東アジアでも電動キックボードのシェアサービスが始まっている。日本では見られない、日本人が知らない光景が、世界中に広がっているのだ。

南米ペルー・リマの街角で見かけた電動キックボード。地元の若者らが恐る恐る乗っていた(写真撮影/田中森士)

南米ペルー・リマの街角で見かけた電動キックボード。地元の若者らが恐る恐る乗っていた(写真撮影/田中森士)

実際に使ってみた感想は「便利。そして、楽しい」

実際の使用感はどうなのか。筆者は2019年4月、米国西海岸サンノゼにおいて何度か利用する機会があった。サンノゼには、筆者が専門とするマーケティングのカンファレンス参加のため滞在していたのだが、宿から会場まで1マイル(約1.6キロ)近く離れていた。もちろん歩いても行けるが、カンファレンスの朝は早い。終日みっちりプレゼンを聴講して、へとへと状態で宿に戻ると、時差の関係でそこから日本の仕事がスタート。この生活が会期中続く。少しの時間でも惜しかった。

アプリを開くと周辺で利用可能な電動キックボードが表示される(Limeのサービスページより)

アプリを開くと周辺で利用可能な電動キックボードが表示される(Limeのサービスページより)

選択肢としてはタクシーや配車サービス「Uber(ウーバー)」も当然あるが、利用には距離が短すぎる。そこで電動キックボードが選択肢として浮上する。筆者が利用したのは先に述べた「Lime」というサービス。電動キックボードは街中いたるところに乗り捨ててあり、アプリで探さずとも交差点を見渡せばすぐ目に飛び込んでくる。初乗り1ドル(2020年3月27日時点で、約108円)。そこから利用時間に応じて課金される。10分弱で2ドルちょっと。アプリで「終了」ボタンを押し、道に停めた電動キックボードをスマホで撮影すれば、決済完了となる。

ハンドルの近くにQRコードが表示されている(写真撮影/田中森士)

ハンドルの近くにQRコードが表示されている(写真撮影/田中森士)

「なんと便利な乗り物なのだろう」と率直に感じた。タクシーより安い。所要時間は徒歩の半分以下。そして利用者の多くが口にすることだが「乗っていて楽しい」。公共交通機関で長距離移動したあと、目的地までの「ラストワンマイル」を埋める移動手段は何か、という議論が起こって久しいが、電動キックボードはまさに「ぴったり」の移動手段であると感じる。

無事カンファレンス会場に付き、電動キックボードを停めたところ、それを通りすがりのスーツ姿の男性がおもむろにスキャン。颯爽とダウンタウン方面に消えていった。さすがシリコンバレー。キックボードが人々の生活に深く浸透していることがうかがえる。

米国サンノゼではいたる場所に電動キックボードが置かれており、市民生活に深く浸透していることがうかがえる(写真撮影/田中森士)

米国サンノゼではいたる場所に電動キックボードが置かれており、市民生活に深く浸透していることがうかがえる(写真撮影/田中森士)

日本への普及のハードルは、法律と道路事情

便利な電動キックボードだが、日本で広がる可能性はあるのか。個人的な見解であるが、現時点ではいくつかのハードルがある。ポイントは、法律と道路事情だ。

まず、法律。日本において、電動キックボードは「原動機付自転車」の位置付けとなる。運転する場合、ヘルメットと免許携帯が必須。ナンバー登録が義務付けられており、ナンバープレートの設置も必要だ。バックミラーや方向指示器などの装着も義務で、これらが欠けると法律違反となる。一方、筆者が米国で利用した際、年齢制限はあるものの免許は必要なかった。業界関係者によると、国によってこうしたルールは異なる。18歳以下はヘルメットの着用が必須であったり、歩道の走行が認められていたりと、各国が試行錯誤の末にルールを整備していっているという。シェアサービスとして普及してからまだ2年ほどしか経過していないため、今後も各国が検討を進めていくと考えられる。

続いて道路事情。長距離移動というより先述のとおり「ラストワンマイル」のための交通手段であるため、場合によっては細く、入り組んだ道を走るケースもあるだろう。特に米国などと比較して日本はこうした道が多い。乗車については力を抜き気味に乗るなどのコツも必要で、筆者も最初はバランスを取るのに苦労した。電動キックボードは、米国のように広々とした道であれば非常に使いやすいが、日本では道が入り組んだ場所など、エリアによっては道路事情とマッチしない可能性もある。

広々とした米国サンノゼの通り。米国は日本と比較して道が広い(写真撮影/田中森士)

広々とした米国サンノゼの通り。米国は日本と比較して道が広い(写真撮影/田中森士)

同時に、先述の通り日本では電動キックボードが原付バイクの扱いであるため、当然歩道の走行は禁じられている。車道を走る必要があるが、乗った感想としては自転車と原付バイクの中間のスピード(実際に走行する際は時速15キロ程度であることが多い)であり、現時点では幹線道路など場所によっては交通に混乱をきたす恐れもあると感じる。これらの理由から、日本で導入する場合は利用可能エリアを絞ったほうがいいのかもしれない。

日本で進む実証実験九州大学伊都キャンパスで実施されている実証実験の様子。私有地だが、バス、自動車、バイク、自転車、歩行者が通行。また、信号機、横断歩道が設けられているなど公道に近い環境となっている(モビー社提供)

九州大学伊都キャンパスで実施されている実証実験の様子。私有地だが、バス、自動車、バイク、自転車、歩行者が通行。また、信号機、横断歩道が設けられているなど公道に近い環境となっている(モビー社提供)

仮に電動キックボードが自転車と同じ扱いになれば、普及は一気に進む可能性がある。福岡市は、国に規制緩和を提案。九州大学伊都キャンパス内で実証実験を開始すると発表した(2019年11月~2020年4月で実施)。シェアサービスとしての電動キックボードの公道走行を目指すもので、実証実験の実施事業者は電動キックボードシェアリングサービス「mobby(モビー)」を提供する株式会社mobby ride(以下、モビー社)。福岡市のホームページによると、走行に関するデータを取得し、「安全性や利用ニーズについて検証する」という。

実証実験に参加したモビー社(同社Webサイトを画面キャプチャ)

実証実験に参加したモビー社(同社Webサイトを画面キャプチャ)

実は、海外で電動キックボードの普及が進む半面、規制の動きもある。利用に広がりを見せていたシンガポールでは2019年11月、事故が相次いでいることを受けて事実上禁止となった。筆者が以前、シンガポールで歩道を歩いていたところ、電動キックボードに追い抜かれヒヤッとした経験がある。最大速度は25キロにもなるため、歩行者に接触すれば双方けがにつながりかねない。ちょうど禁止になった直後にシンガポールに滞在していたのだが、どこでも目にしていたキックボードの姿は一切なかった。福岡市が安全性について検証するとしているのは、事故のリスクが背景としてあるとみられる。

一方フランスでも2019年、電動キックボードなどに関する新しい法律が公布された。2人乗りや歩道での走行を禁止するとともに、年齢と最高時速を制限するなどしたものだ。将来的にはライトなどの装備も義務付けられるという。

米国サンフランシスコでも電動キックボード(写真右の車脇)は当たり前の光景だ(写真撮影/田中森士)

米国サンフランシスコでも電動キックボード(写真右の車脇)は当たり前の光景だ(写真撮影/田中森士)

普及が進むと同時に、問題が顕在化した時点で規制が入る――というサイクルが繰り返され、中長期的に見ると世界中でゆるやかに普及が進んでいくと個人的に考える。特に観光地や都市部においては、渋滞緩和や回遊性向上が期待できるため、こうした地域を中心に世界的な潮流としては普及が進むのではないだろうか。

日本での普及には法改正が大前提となるだろう。同時に、自転車と共用の専用レーン設置などの安全対策も不可欠だ。安全を担保しなければ、そもそも法改正はかなわない。

モビー社で電動キックボードシェアサービスのビジネスを担当する安宅秀一氏は、「シェアサービスという形態を取ることで安全性を確保できる」と強調する。車体をサービス事業者が管理することで、個人所有の自転車で起こるような、整備不良や不正改造による事故を防ぐことができる。また、車体に内蔵されたGPSにより、道路環境に応じて利用エリアを限定できる。安宅氏は「われわれのサービスにおいて、電動キックボードは自転車と同じか、それ以上に安全性が高いと考えている。実証実験のフィールドを拡大するなどして、制度を変えるためのデータをできる限り多く集めたい」と話している。

人々のライフスタイルを変える、かつ「ラストワンマイル」を埋めるソリューション。日本で進む実証実験の推移を注意深く見守りたい。

●取材協力
株式会社mobby ride

海外レポート(2)ベルリンの博物館島、サンスーシ宮殿、クヴェートリンブルクが世界遺産の理由

世界遺産フリークで世界遺産検定2級の筆者は、2020年2月に念願のドイツ世界遺産の旅に出た。デッサウのバウハウス、ベルリンのモダニズム公共住宅に続き、ここではベルリンの博物館島やポツダムのサンスーシ宮殿などの世界遺産に登録された建築物について紹介していきたい。
モダニズム建築につながるドイツ新古典主義の博物館群。会いたい人にも……

ベルリンには、世界遺産が3つある。その1つがすでに見学した、ブルーノ・タウトやバウハウス初代校長のワルター・グロピウスなど当時の一流建築家による「モダニズム公共住宅」(6団地が登録)。次に時代を遡って、「ムゼウムスインゼル(博物館島)」。さらに遡って、「ポツダムとベルリンの宮殿群と庭園群」の3つだ。

時代によってそれぞれ、建築様式が異なる点がとても興味深い。では、詳しく見ていくことにしよう。
筆者がとても楽しみにしていたのが、博物館島だ。5つの博物館を見ることに加えて、会いたい人がいるからだ。

博物館島の大きな特徴は、建築順に旧博物館、新博物館、旧ナショナルギャラリー(国立美術館)、ボーデ博物館、ペルガモン博物館が林立すること。1830年に旧博物館が建設されたのを皮切りに、以降100年の間に博物館や美術館が建設されてきた。しかも、シュプレー川の中州の中にだ。

博物館内にあった模型で見ると、下の画像のような配置になる。こうした複合文化施設の先駆けであるとともに、近代博物館建築の歴史を示すことが評価されて、1999年に世界遺産に登録された。

博物館島の模型。以下、写真撮影は全て筆者

博物館島の模型。以下、写真撮影は全て筆者

フリードリヒ・ヴィルヘルム3世が旧博物館を建設し、後を継いだ4世が旧博物館のある中州を「芸術と科学の聖域」と定めて複数の博物館の建設を始めた。しかし、第2次世界大戦による被害を受け、ベルリンの壁の崩壊後に大規模な修復やコレクションの再編などが行われ、今に至っている。

○旧博物館 (Altes Museum)
1830年築。建築家カール・フリードリッヒ・シンケル設計
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○新博物館 (Neues Museum)
1859年築。シンケルの弟子の一人であるアウグスト・シュテューラ設計
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○旧ナショナルギャラリー(Alte National Gallerie)
1876年築。アウグスト・シュテューラとハインリッヒ・ストラック設計
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○ボーデ博物館 (Bode Museum)
1904年築。エルンスト・イーネ設計
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○ペルガモン博物館 (Pergamon Museum)※建物を改修中のため一部のみ見学可能
1930年築。アルフレッド・メッセルとルードウィッヒ・ホフマン設計。5つの中では最大規模。
外観(改修中)と博物館内に再建されたイシュタル門

外観(改修中)と博物館内に再建されたイシュタル門

博物館島の建築様式は、19世紀~20世紀に全盛だったドイツの「新古典主義」。グリークリバイバルといわれる、古代ギリシャの神殿のようなデザインが多く見られる。ただし、前述のシンケルの幾何学的で端正なデザインは、その後のモダニズム建築にも影響を与えたといわれている。

博物館としては、古代都市ペルガモンの大祭壇(訪問時は展示されていなかった)を擁するペルガモン博物館が最も有名だが、建築物としては旧ナショナルギャラリーが素晴らしかった。ドーム天井の緑色と降り注ぐ日差しの組み合わせは、心奪われるものだった。

旧ナショナルギャラリーの内部(ドーム型の天井とホールの階段)

旧ナショナルギャラリーの内部(ドーム型の天井とホールの階段)

さて、筆者が会いたかった人には、新博物館の片隅で会うことができた。その人とはエジプトの「王妃ネフェルティティ」。彼女の胸像が収められた一角は、ここだけ撮影が禁止され、厳重に守られていた。

王妃ネフェルティティの胸像のレプリカ

王妃ネフェルティティの胸像のレプリカ

新博物館の2階、一番奥の部屋に実物が展示されている

新博物館の2階、一番奥の部屋に実物が展示されている

新古典主義が装飾過剰と批判したバロック・ロココ様式とは?

さて、「新古典主義」とは、それ以前の「バロック建築・ロココ建築」の反動から、建築の本質をギリシャやローマに求めたもの。次は、装飾過剰と批判された、その建築様式を見ていこう。

バロックの語源はポルトガル語の「歪んだ真珠(バローコ)」といわれている。バロック建築ではルネサンス時代の端正な形よりも曲線や歪んだ形など動きのある形が好まれ、強烈な印象を与えようとするデザインになっていく。教会や絶対王政の国王などに富と権力が集まり、室内の天井・壁、家具、絵画・彫刻から庭園まで一体となって装飾するのが特徴だ。

旅の最初に訪れたがドレスデン。2004年に「ドレスデン・エルベ渓谷」として世界遺産に登録されたが、保存すべきエルベ川沿岸の文化的景観の川に橋を架けたため、2009年に世界遺産登録が抹消されてしまった。その景観を構成するひとつである「ツヴィンガー宮殿」は、ドイツバロック建築の傑作といわれている。フリードリヒ・アウグスト1世(アウグスト強王)が、それまでの木造建築から石造りの宮殿を建築しようと、建築家ダニエル・ペッペルマンに命じて1728年に建設された。

ドイツバロック建築のツヴィンガー宮殿。王冠の載った門なども有名

ドイツバロック建築のツヴィンガー宮殿。王冠の載った門なども有名

一方、ロココの語源はフランス語の「岩石(ロカイユ)」といわれ、貝殻や植物などをモチーフとした室内の浮彫装飾や家具・調度品の装飾に特徴がある。バロックの劇的な演出から和やかな演出を好むようになり、フランスではバロックからロココへと移っていき、ドイツに波及した。

ドイツロココ様式の代表例が、ドイツ・ポツダムの「サンスーシ宮殿」だ。世界遺産として登録された「ポツダムとベルリンの宮殿群と庭園群」の構成要素になっている。サンスーシ宮殿は、1745年フリードリヒ2世により、王の意向を反映して友人の建築家クノーベルスドルフが建設したもの。

サンスーシ宮殿の外観(庭園側)

サンスーシ宮殿の外観(庭園側)

部屋は12室とかなり小規模な宮殿だが、装飾は華麗だ。音楽の間では天井の中央に蜘蛛の巣、周辺の天井や壁には植物文様の装飾が施され、曲線が美しい長椅子なども置かれている。一方、大王の書斎では天井に曲線があるものの比較的直線が多いのは、後に古典主義様式に改装されたためだという。

(左)音楽の間 (右)書斎

(左)音楽の間 (右)書斎

生粋の軍人王だった父親と対立したフリードリヒ2世は、芸術をこよなく愛したそうだ。サンスーシとは、「憂いのない」を意味するフランス語。オーストリアとの戦いの最中に建てられた宮殿は、激務を忘れ、友と語らう場として和むための居城だった。サンスーシ宮殿に自然をモチーフにしたデザインが多いのは、フリードリヒ2世が自然を住まいに取り入れようとしたとも見られるという。

世界遺産のロマネスク建築やハーフティンバー様式の街並みも

この旅で筆者が訪れた世界遺産のある都市はいくつかあるので、さらに時代を遡ってみよう。サンスーシ宮殿の「バロック・ロココ様式」から「ルネサンス様式」→「ゴシック様式」→「ロマネスク様式」と遡れる。

宗教改革の現場となったとして、1996年に世界遺産に登録されたのが、「アイスレーベンとヴィッテンベルクのルター記念建造物群」だ。関連する教会はいくつかあるが、ルターが洗礼を受けた聖ペトリ・パウリ教会は「ゴシック建築」だ。天井の頭が尖ったアーチや交差して支える「リヴ・ヴォールト」などが見られる。

1483年11月11日にルターが洗礼を受けた聖ペトリ・パウリ教会の外観と内部

1483年11月11日にルターが洗礼を受けた聖ペトリ・パウリ教会の外観と内部

さらには、ドイツ発祥の地といわれるクヴェードリンブルク。10世紀前半にザクセンをひきいたハインリヒ1世は、この地に城を構え、政治、教育、文化の中心地と位置付け、国家統一の礎を築いた。

このハインリヒ1世と王妃マティルデが眠っているのが、城の中にある聖セルヴァティウス教会(聖堂参事会教会)だ。この教会は1129年(教会の日本語資料には、「平清盛11歳の時」と説明があった(笑))に4回目の建て直しがされたもので、「ロマネスク建築」の代表例とされる。その特徴は厚い壁、てっぺんが丸い小さな窓、重厚感のある柱と支柱で、円柱2本ごとに角柱を置く「ニーダーザクセン風の支柱」だという。

聖セルヴァティウス教会外観

聖セルヴァティウス教会外観

「ニーダーザクセン風の支柱」が見られる教会内部

「ニーダーザクセン風の支柱」が見られる教会内部

クヴェートリンブルクは、教会や城のほか、その街並みにも大きな特徴がある。

ザクセン王家の庇護の下、クヴェートリンブルクは商業の街として発展する。14~19世紀には、商人の邸宅やギルドハウスが、ハーフティンバー様式の木組みの家で建てられた。なんでも、庶民には石造り建築が許されなかったからだという。

そのおかげというか、ハーフティンバー様式の家が建ち並ぶ旧市街は、「木組みの家博物館」として有名になった。この旧市街は、二度の世界大戦の戦禍を免れ、その姿をそのまま残している。この旧市街と城山や教会の一体地域は、ザクセン王朝の歴史と密接なかかわりをもつ建築様式の重要性なども評価され、「クヴェートリンブルクの旧市街と聖堂参事会教会、城」として、1994年に世界遺産として登録された。

旧市街の中心「マルクト広場」

旧市街の中心「マルクト広場」

木組みの家が連なる街並み

木組みの家が連なる街並み

さて、旧市街を歩いて驚いたのは、多くの家々に文化財のマークが掲示されていることだ。木組みの家の街並みを維持していくには、街の住民の高い保存意識が背景にあるのだろう。こうした努力がないと、住宅がそのまま維持保存されるのは難しいことだ。

丸の中が文化財指定のマーク

丸の中が文化財指定のマーク

旧東ドイツエリアの世界遺産を例に、モダニズム建築からロマネスク建築(ルネサンス建築を除く)に至る建築様式を見てきたが、建築物が時代に応じてどんどん進化していくことが分かる。だからこそ、面白いのが建築物だ。

ところで、この旅をプランニングしてくれたのは、NPO法人世界遺産アカデミーの客員研究員・目黒正武さんだ。筆者は、目黒さんによる明治大学リバティアカデミー「旅する世界遺産~ヨーロッパ建築の歴史を訪ねて~」講座を一年間受講した。

目黒さんによると、「外観も内装もシンプルなモダニズム建築(バウハウス等)と重厚な外観と派手な内装のバロック建築(サンスーシ宮殿)では、真逆な印象を持つだろうが、住む人、使う人のための空間設計という点においては共通している」という。

富も権力もない筆者はサンスーシ宮殿で和むことはできないが、権威を誇示する必要がある人にとっては心地よく過ごせる空間だったのだろう。建築物はいつの時代も、暮らす人のために造られるべきということだ。

参考資料:NPO世界遺産アカデミー客員研究員目黒正武さん作成資料や現地ガイドの説明、現地で入手した資料等のほか、NPO世界遺産アカデミー監修「すべてがわかる世界遺産大事典」などを参考資料としています。なお、ドイツ語を日本語表記する場合「マルティン・ワーグナー/マルティン・ヴァーグナー」など、いくつかの表記方法がある点に留意ください。

海外レポート(1)ドイツのモダニズム建築は住宅ジャーナリストを興奮させる?

実は筆者は世界遺産フリークで、国内外の世界遺産を見に行くのが大好きだ。それが高じて、かなり前に世界遺産検定2級を取得した。住宅を専門とするからには行ってみたい都市や建築にまつわる世界遺産があり、ようやくそれが実現した。2020年2月に訪れたのは、ドイツ・デッサウのバウハウスとベルリンの博物館島を含む世界遺産の数々だ。
「バウハウス」の象徴、デッサウの校舎に興奮しきり

そもそも「バウハウス」とは、1919年にワイマールに、建築家ワルター・グロピウスを初代校長として開設された総合造形学校のこと。1925年にデッサウへ移転し、1932年にベルリンへと移転するが、ナチスの弾圧によりわずか14年で廃校となった。

画家のバウル・クレーやヴァシリー・カンディンスキーなど当時を代表する芸術家が教授を務め、その理念は現代にもさまざまな形で受け継がれている。デッサウ移転の際にグロピウスが設計して建てたのは、この校舎のほかに教授用住宅「マイスターハウス」があり、ほかにも3都市にまたがってバウハウスの関連の遺産が多く残っている。

建築物として優れた景観を見せるだけでなく、以降の建築・デザインなどの発展に多大な影響を与えたことなどが評価されて、「バウハウスと関連遺産群」は1996年に文化遺産として、世界遺産に登録された(2017年に対象を拡大)。

1919年から100年たった2019年には、バウハウス設立100年を記念したイベントが日本を含め、数多く開催され、話題になった。

さて、筆者は、バウハウスと言えば必ず紹介されるモダニズム建築の代表作「デッサウのバウハウス校舎」が目に入ったときに、「ついに出会えた!」とかなり興奮した。建物の一部は開放されていて、定期的にガイド付きツアーも催されている。

デッサウのバウハウス校舎。中央に見えるのが工房棟。以下、写真撮影は全て筆者

デッサウのバウハウス校舎。中央に見えるのが工房棟。以下、写真撮影は全て筆者

当時としては斬新なガラスのカーテンウォールや半地下により浮いているかのように見える「工房棟」は、今の時代にも美しさを感じるだろう。で、まずカフェテリアにお邪魔してランチをいただき、その後館内を見学した。

赤い扉が工房棟の玄関

赤い扉が工房棟の玄関

工房棟の玄関ホールの左側に、講堂やカフェテリアなどを備えた低層の「祝祭スペース」が続き、その奥の「アトリエ棟」(学生寮)と接続している。玄関ホールから講堂に入る部分を見ると、扉の取っ手が壁の穴に収まるようになっていて(画像の朱色の部分)、美しくかつ機能的なデザインになっている。天井の照明のほか、机や椅子などの備品等もバウハウス工房で制作されたものだ。

講堂の入口部分。白い扉の奥が講堂

講堂の入口部分。白い扉の奥が講堂

大きな中央階段も特徴的で、カーテンウォールから入る日差しが気持ちよい。自然換気用に一部が開閉できるようになっていて、ハンドルを回すと連続する回転窓が動くようになっている。この仕掛けは教室など多くの場所にも見られた。
ちなみに、中央階段の踊り場を照らす吊り下げ照明(画像の朱色丸内)は、バウハウス女性マイスターのマリアンネ・ブラントのデザインによるもので、見学した各所で同じデザインのものが数多く見られた。

工房棟の中央階段(窓の外に見えるのは北棟の玄関)と換気窓

工房棟の中央階段(窓の外に見えるのは北棟の玄関)と換気窓

工房棟には、家具工房や金属加工、塗装、壁画などの部屋があった。最も広い部屋が染織の部屋。かなり開放的な空間で、スポットライト風の照明もなかなかおしゃれだ。カーテンウォールによって、仕事したり休憩したりする姿が外から見えるようになっていた。

工房棟1階(日本でいう2階)の「染織」の部屋

工房棟1階(日本でいう2階)の「染織」の部屋

「工房棟」から工芸職業学校であった「北棟」に向かうために、「橋」となる2階建ての建物を通る。

正面が「橋」の部分、左手前が講堂・カフェテリアのある「祝祭スペース」、右奥が「北棟」

正面が「橋」の部分、左手前が講堂・カフェテリアのある「祝祭スペース」、右奥が「北棟」

「橋」の建物の廊下脇の部屋は、1階が事務所、2階がバウハウス建築学科で、グロピウスが執務した部屋も残されていた。

工房棟から橋状の建物を通って北棟へ。窓の外(奥)に見える北棟は窓の水平ラインが特徴的

工房棟から橋状の建物を通って北棟へ。窓の外(奥)に見える北棟は窓の水平ラインが特徴的

北棟は教室が多く設けられ、廊下に収納も配されている。実は収納が教室内とつながっていて、廊下側から荷物を入れて、教室の内部から取り出せるようになっていた。

北棟の教室。この教室には室内に手洗い場もあった

北棟の教室。この教室には室内に手洗い場もあった

なお、バウハウス校舎の室内は白を基調としているが、ところどころに「赤」「青」「黄」のポイントカラーが配されている。今の時代で考えても、オシャレな印象を受けた。

住める世界遺産「ベルリンのモダニズム公共住宅」はめちゃカッコイイ

バウハウスと同じころ、モダニズム建築がベルリンに建設された。こちらは、1910年から1933年にかけてつくられた集合住宅群で、低所得者向けに住宅供給政策として建設された公共住宅だ。ベルリンは19世紀末から急速に発展し、それに伴って人口も増えていき、なかでも労働者の住宅が不足していた。ベルリン市の住宅政策によって供給される集合住宅群を手掛けたのが、ブルーノ・タウトを中心とする、ワルター・グロピウスなど当時の一流建築家だった。

限られた予算のなかでも、都市計画に基づく近代的で機能的に設計された公共住宅は、洗練された姿を見せるとともに、以降の公共住宅のモデルにもなった点が評価され、2008年に文化遺産の世界遺産として登録された。登録されたのは、6つの集合住宅群で、そのうち2つを見学できた。

まず「グロースジードルング・ブリッツ」を訪ねた。建築家はブルーノ・タウトとマルティン・ワーグナーで、現地の資料によると建築期間1925年~1930年、人口3100人とある。世界遺産に登録されたのは、約29ヘクタールで6段階の開発が行われて供給された、集合住宅1285戸、一戸建て(連棟式住戸)679戸だ(なお、別の資料には総戸数1963戸とある)。

通称「フーファイゼンジードルング(蹄鉄集合住宅)」と言われ、馬蹄形の建物を中心に据えているのが大きな特徴。街の看板にその全景が見られ、緑豊かな広大な集合住宅群だと分かる。その馬蹄形の建物はかなり大きい(350メートルの長さがある)ので、パノラマ撮影をしてみた。

中心地にあった看板の写真

中心地にあった看板の写真

馬蹄形の建物(パノラマ撮影)

馬蹄形の建物(パノラマ撮影)

周辺には、横長の住宅が数多く並んでいるが、それぞれ建物の色や形状が異なり、街並みに変化を見せている。

「レッド フロント」と呼ばれる集合住宅

「レッド フロント」と呼ばれる集合住宅

建物の中を見学することもできた。
家族人数に応じて部屋数の異なる複数のタイプが用意されていて、低所得者用住宅といえどもキッチンとバスルームを付けて、衛生的で快適な生活ができるようになっている。

(左)バスルーム、(右)キッチン

(左)バスルーム、(右)キッチン

居室

居室

次に訪れたのが、「グロースジードルング・ジーメンスシュタット」だ。ジーメンスは、日本ではシーメンスという名前で知られる会社で、もとは電信、電車、電子機器のメーカーだった。ここには、ジーメンスの工場の労働者の住宅として提供され、工場から通勤する電車も通っていた(今は廃線だが、再建する計画もあるとか)。

資料によると、建築家はオットー・バルトニング、フレッド・フォルバート、ワルター・グロピウス、フーゴー・ヘーリング、パウル・ルドルフ・ヘニング、ハンス・シャロウンの6人、建築時期は1929年~1931年、1933年/1934年、人口は2800人とある。

世界遺産に登録された6つの公共住宅団地の中では最後に完成したことになるが、マルティン・ワーグナー総指揮の下、ハンス・シャロウンのマスタープランにより、それぞれの建築家の個性的な総計1370戸の集合住宅が建設されている。

ハンス・シャロウンの集合住宅

ハンス・シャロウンの集合住宅

ワルター・グロピウスの集合住宅

ワルター・グロピウスの集合住宅

フーゴー・ヘーリングの集合住宅

フーゴー・ヘーリングの集合住宅

オットー・バルトニングの集合住宅

オットー・バルトニングの集合住宅

どちらの世界遺産も、住宅として居住することができる稀有なものだ。

以上、世界遺産となったドイツのモダニズム建築を見てきた。そもそもモダニズム建築とは、産業革命以降に登場した鉄やガラス・コンクリートなどの工業化された素材や材料を使って、合理主義的精神に立脚してつくられたもの。装飾を排し、機能性を高めた建築物が多い。

近年は、モダニズム建築が世界遺産に登録される事例が増えてきた。その事例を挙げると、日本でも国立西洋美術館が登録対象となって注目された、7カ国17の建築群からなる「ル・コルビュジエの建築作品」。8つの建築作品からなる「フランク・ロイド・ライトの20世紀の建築作品」。ドイツの建築家ミース・ファン・デル・ローエの「ブルノのトゥーゲントハート邸」。ブラジルの建築家オスカー・ニーマイヤーの「パンプーラの近代造物群」と新首都「ブラジリア」(ニーマイヤー設計の国会議事堂や聖堂などを含む)などがある。

建築物は遺産として残るものが多く、歴史をたどったり比較したりできるのも面白い。

●参考資料
NPO世界遺産アカデミー客員研究員目黒正武さん作成資料や現地ガイドの説明、現地で入手した資料等のほか、NPO世界遺産アカデミー監修「世界遺産大事典」などを参考資料としています。なお、ドイツ語を日本語表記する場合「マルティン・ワーグナー/マルティン・ヴァーグナー」など、いくつかの表記方法がある点に留意ください。

4人家族で50平米台? ワールドカップ開催地ロシアの住宅事情

サッカーのワールドカップ開催で盛り上がるロシア。テレビでも連日報道されていますね。街中のインタビューをみると、街並みがきれいだなとか、ロシアの住まいってどんな感じなんだろう? 広いのかな? 共産圏だったから何か違うのかな? などいろいろ気になりますよね。というわけで、ロシアの住宅事情を調べてみました。
ロシアの家は4人家族で50平米台。なぜ狭い?

まずロシアといえば「広い」という印象ですよね。そう、世界で一番広い国は、ロシアです。 面積は1710万平方km、日本の約45倍の広さがあります。これだけ国土が広かったら家も広いのだろう、軽井沢みたいな広大な敷地の木立の隙間から一軒家が見える、そんなイメージかと想像していました。ところが、そんなことはないようです。都市部は基本的に集合住宅、そして面積は家族4人の住まいで50平米台が主流だとか。意外に狭いのです。

どうしてなのでしょうか?

話は旧ソ連時代にさかのぼります。当時は国が無償で国民に住居を提供していました。共産圏の国だったので「公平性」を重んじます。また「効率性」も重んじます。その結果、効率よく暮らせる集合住宅で、最低限の生活ができる広さということでこの形になったのだとか。

また暖房とお湯も関係しています。ロシアの冬はとても寒いので、各住戸にお湯や暖房をひく必要があります。このときに広大な敷地の一戸建てにそれぞれお湯やガスの配管を回すのは非効率です。日本でも空き家が増えてこのインフラの維持が問題になっています。だからロシアでの原則は「都市部に集まって暮らす」という形になっているようです。

百聞は一見に如かず――ということでさっそく家庭訪問してみました。訪問した街は、サッカーワールドカップ日本代表のキャンプ地、カザンです。

1970年代~1980年代の日本の団地を彷彿(ほうふつ)とさせる。どの集合住宅も戸数が多い(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1970年代~1980年代の日本の団地を彷彿(ほうふつ)とさせる。どの集合住宅も戸数が多い(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

さて、到着してまず感じたのは、規模の大きさ。正確な戸数は聞きそびれてしまいましたが、イメージはURの高島平団地です(東京都板橋区にあるUR団地、総戸数は約8000戸)。さっそく部屋に案内してもらいます。あれ? 玄関ドアが2枚ある? さすが寒い国ロシア、玄関ドアは2枚仕立てが多いようです。そしてバルコニーも日本とは趣が異なります。サンルーム仕様になって窓が付いているのです。日本でも日本海側の家にはこのサンルームが多いと聞きます。

写真左:2枚ある玄関ドア 写真右:窓付きのバルコニー(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真左:2枚ある玄関ドア 写真右:窓付きのバルコニー(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして室内に。通されたのはダイニング・キッチン。決して広くはないのですが、日本よりも暖かい感じがします。なぜそう感じるのかといえばそれは壁紙とファブリックでした。他の居室もそうですが、白い壁がひとつもありません。部屋ごとに好みの壁紙が張られ、テーブルにはクロスが掛けられています。

キレイな柄に包まれたダイニング・キッチン(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

キレイな柄に包まれたダイニング・キッチン(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

この壁紙はこの家の妻が張ったそうです。ロシアでは壁紙は自分で張るのがフツーだそうです。ある意味料理をつくるのと同じ感覚だとか。平均月収が7万円(ホワイトカラーエリートでその倍)で家賃と光熱費で3万円くらい。支出に占める住居費比率は高い。だから内装などは自分たちでやるというのもありそうです。キッチンは入居時に自分で設置することも多いそう。天井や床や壁も未仕上げが普通。天井壁床で40万円くらい払うと仕上げてくれますが自分でやる人も多いのだとか。

これは別の部屋を訪問したときの写真ですが、全部自分でつくったのよと誇らしげに教えてくれました。ちなみにこの部屋の住人はシングル女性です。すごい。

シングル女性が造作したバスルーム。日本の銭湯のようだ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シングル女性が造作したバスルーム。日本の銭湯のようだ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「こっちも見て! 狭いから天井吊りの収納つくったのよ」「次は貯めたお金で古くなった窓を断熱性の高いものに変えるのよ」と次から次へとやりたいことがあるそう(日本の集合住宅と違い窓も玄関ドアも個人の判断で変えてOK)。日本でもDIYが流行っていますが、ここはレベルが違います。住んでから少しずつ暮らしをよくしていくことは、ここロシアでは当たり前のようです。

次の2枚の写真は少し郊外にある一戸建ての子ども部屋。どちらの部屋も個性的な壁紙が張られ、ファブリックも装飾品もかわいい。日本のマンションモデルルームのようです。

カザン市郊外にある一戸建ての子ども部屋。モデルルームではありません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

カザン市郊外にある一戸建ての子ども部屋。モデルルームではありません(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ロシアの一戸建て事情はどうなっているの?

ロシアは市内中心部が都市計画上、ほぼ集合住宅しか建てられません。しかも広さは40~60平米と狭い。やはりこの生活にストレスを感じる人もいるようです。またカザンのようにやや裕福な層が出始めている都市では、郊外の戸建住宅を買い始める動きも出てきています。そう、公団住宅が羨望のまなざしだった時代から、郊外の一戸建てへあこがれがシフトした日本の30~40年前と似たような状況です。

そんなロシアでの一戸建てはどんなものかというと……写真(下)のようなレンガの家です。子どものころに読んだ『3匹の子ぶた』にに出てくるあのレンガの家です。

ロシアの一戸建てはレンガブロックを積んだものが多い(写真撮影/IIDA SANGYO RUS)

ロシアの一戸建てはレンガブロックを積んだものが多い(写真撮影/IIDA SANGYO RUS)

ロシアの一戸建てにはいくつか課題があるそうです。おもなものを4つほど挙げます。
ひとつは施工精度。未仕上げで引き渡す文化があることも影響してか、大工さんの仕上げの精度が日本と全然違うそうです。大げさな比喩になりますが、日本はミリ単位の仕上げ水準ですが、ロシアはセンチ単位くらいの差があるとか。

もうひとつはその構造と断熱。レンガ造りが標準で、これだけ寒いのに断熱材が使われていません! 推定50cm以上ある分厚いレンガが断熱材になってます。見た目は頑丈ですが壁の断熱は課題があります。

そして3つ目は引き渡しの水準。キッチン、バス、トイレ、内装仕上げは含みません。内装はホームセンターで買ってきて自分で取り付ける、あるいはそれをプロに別で依頼する方法が一般的。ただ、ロシアでも日本でいうパワーカップル(共働き夫婦で二人とも高収入)が登場してきており、この若い世代からすると、ある程度内装仕上げもお任せしたいというニーズも出てきているとか。

4つ目として品質保証がないこと。日本では住宅品質確保促進法(品確法)というのがあって、第三者の専門機関が住宅の性能を評価し、購入者に分かりやすく表示したり、、引き渡し後10年以内に瑕疵が見つかった場合は、売主が無償補修などをしなくてはならないという制度がありますが、それがロシアにはありません。

ロシアに一戸建て住宅の日本代表が進出!?

さて、そのロシアに、日本の住宅会社、飯田グル―プホールディングスが進出します。日本の分譲一戸建ての3割のシェアをもつ一戸建て業界の日本代表です。

先に書いたように(1)レンガ造り (2)造りがやや雑 (3)未仕上げ引き渡し (4)品質保証がない というロシアの一戸建ての課題に対し、(1)日本の木質在来工法 (2)日本品質 (3)内装仕上げ済み  (4)第三者評価をつける というチャレンジです。その最初の家、モデルハウスが完成し、事業の正式なオープニングセレモニーが開催されました。

写真左:当日のレセプションでは日本式で鏡割りが行われた  写真右:第一号物件を購入されたミハイルさん(写真/IIDA SANGYO RUS)

写真左:当日のレセプションでは日本式で鏡割りが行われた  写真右:第一号物件を購入されたミハイルさん(写真/IIDA SANGYO RUS)

本来はモデルルームとして使いたかったのに、「ぜひ売ってほしい」という方が現れて、既に契約もしたとのこと。この住宅は構造材のみシベリア鉄道で運び、残りの資材は現地調達(将来は現地での建材生産も見込む)。日本の大工がロシア大工を指導しながらつくった家。第三者の専門機関による住宅の性能評価も付いてます。

第一号物件の外観と内装。見た目は日本のものと似ているが、トリプルガラスのサッシなど完全に現地仕様(写真提供/IIDA SANGYO RUS)

第一号物件の外観と内装。見た目は日本のものと似ているが、トリプルガラスのサッシなど完全に現地仕様(写真提供/IIDA SANGYO RUS)

感銘を受けたのは「MADE WITH JAPAN」という思想。これは“MADE IN JAPAN=日本製”とは少しニュアンスが違います。木造在来工法や建築の仕上げ精度、建物に第三者評価を付けるなどは日本のものを導入するのですが、あくまでも仕組みや技術をもっていくだけ。WITHとは一緒にやっていきましょう、現地の資材を使って、現地の大工さん、現地の販売員のみなさんと一緒にいうことなんです。なんだかすてきではありませんか。

もう少し細かくみてみましょう。木材は、森林大国であるロシアの地域木材を活用します。その木材を精度高く施工するために日本のプレカット技術を導入します。プレカットとは、設計図に基づいて建材を工場でカットしてから現地に運び大工は現場では組み立てるだけにする仕組みのことで、これにより工期を短縮し、現場での施工の精度向上もできるというものです。同社が長年磨き続けてきた技術・ノウハウを惜しみなく現地のプレカット工場、マシンに注ぎ込んでいます。

さらに飯田産業のエース大工である上杉学氏をロシアに駐在させ、日本並みの施工精度を実現する現場施工技術をロシアの大工に教えています。日本の木造建築技術・ジャパンウッド・テクノロジーを駆使して、ロシアの一戸建て品質を上げ、日本と同じくローコストで提供します。そしてなるべくそのお金がロシア内部に落ちるように現地生産・現地雇用にもこだわっているのです。

写真左:ロシアの大工に技術を教える上杉氏 写真右:ロシアのプレカット工場。日本式に細かくチューニング・教育を行った(写真提供:IIDA SANGYO RUS)

写真左:ロシアの大工に技術を教える上杉氏 写真右:ロシアのプレカット工場。日本式に細かくチューニング・教育を行った(写真提供:IIDA SANGYO RUS)

「MADA WITH JAPAN」は売り方にも反映。ロシア事業の実行責任者である大河龍也氏は「ご案内の仕方、接客の仕方もおもてなしの心で日本流にこだわりたい」と、接客も日本水準にしようと現地の従業員に発破をかけています。

「誰もが当たり前に一戸建てが買える社会にしたい」を掲げる同社、そのビジョン実現に向けて挑む壮大なチャレンジがFIFAワールドカップの日本のキャンプ地カザンで始まったことに、なんだか奇遇で運命的なものを感じます。

●取材協力
飯田グループホールディングス

ミラノサローネ2018リポート!キッチンもインスタレーションも“JAPANESE”が注目の的

今年で57回目を迎える【ミラノサローネ国際家具見本市/Salone del Mobile.Milano (以下、ミラノサローネ) 】は1841社の企業が出展し、4月17日―22日に開催。6日間で188カ国以上から43万4509人と、過去最高の来場者数を記録した(前年比 26%増。隔年開催のキッチン・バス見本市2016年比17 %増)。同時開催される街中イベント(【Fuorisalone(フォーリサローネ)】1372イベント)は、基本無料の公開なので子どもから大人までさらに多くの参加者でにぎわった。
例年以上に暑い日が続いたミラノの現地取材。人山をかき分けながら撮った筆者の写真を交え、隔年開催のキッチン見本市などをレポートします!
前夜祭から圧倒!街全体がインテリア・デザインに染まる

史上最高の来場者数となったミラノサローネ。同イベントのプレジデント、クラウディオ・ルーティ氏は
「産業と行政が協力し合い、文化と企業がイタリアを牽引し、唯一無二のイベントを生み出している」と、イタリア家具業界と、ミラノ市など自治体行政との友好な関係性を成功の秘訣に挙げた。

ミラノ市長ジュゼッペ・サラ氏(左から4番目)とミラノサローネ社長クラウディオ・ルーティ氏(同5番目)。市内中心地の王宮前に建てられた特別企画展示『リビングネイチャー/ La natura dell’abitare』のオープニング・テープカットの様子(写真撮影/藤井繁子)

ミラノ市長ジュゼッペ・サラ氏(左から4番目)とミラノサローネ社長クラウディオ・ルーティ氏(同5番目)。市内中心地の王宮前に建てられた特別企画展示『リビングネイチャー/ La natura dell’abitare』のオープニング・テープカットの様子(写真撮影/藤井繁子)

『リビングネイチャー/ La natura dell’abitare』展は、建築家のカルロ・ラッティによる500平米のガーデンパビリオン。春・夏・秋・冬4つのゾーンに分けて、その気候を再現。夏の日差しや冬の寒さを、太陽光発電エネルギーによって生成し、ゾーン間で熱交換を制御した。「クリーンエネルギーによって、どのように自然を都市に戻すことができるか」に挑戦する企画展示だ。

春のゾーンには桜が咲き、冬のゾーンではヒマラヤ杉に雪が積もる。秋は「霧のミラノ」の情景だったが……うまく写真を撮れなかった!23種類の樹木や植物をイタリア家具と共に展示(写真撮影/藤井繁子)

春のゾーンには桜が咲き、冬のゾーンではヒマラヤ杉に雪が積もる。秋は「霧のミラノ」の情景だったが……うまく写真を撮れなかった!23種類の樹木や植物をイタリア家具と共に展示(写真撮影/藤井繁子)

『リビングネイチャー/ La natura dell’abitare』パビリオンがあるのは、大聖堂ドゥオモと右の王宮の間の広場(写真撮影/藤井繁子)

『リビングネイチャー/ La natura dell’abitare』パビリオンがあるのは、大聖堂ドゥオモと右の王宮の間の広場(写真撮影/藤井繁子)

その後、ミラノ王宮で行われたミラノサローネ前夜祭ガラ・ディナーに筆者も出席。

素晴らしいクラッシックな大広間の天井に繰り広げられたのは、四季をテーマにしたプロジェクションマッピング。「Spettacolo(スペクタクル)!」(写真撮影/藤井繁子)

素晴らしいクラッシックな大広間の天井に繰り広げられたのは、四季をテーマにしたプロジェクションマッピング。「Spettacolo(スペクタクル)!」(写真撮影/藤井繁子)

ミラノサローネのプレス、国際担当のヴェントゥーラ女史(左)と日本担当の山本幸さん(右)と共に。右写真の椅子はKartell(カルテル)社の『マスターズ』(フィリップ・スタルク)(写真撮影/筆者友人)

ミラノサローネのプレス、国際担当のヴェントゥーラ女史(左)と日本担当の山本幸さん(右)と共に。右写真の椅子はKartell(カルテル)社の『マスターズ』(フィリップ・スタルク)(写真撮影/筆者友人)

こんな風に前夜祭パーティーから、インテリアの祭典らしく完璧な演出!翌日からの見本市会場オープンへ、期待が高まっていく。

キッチン見本市【EuroCucina(ユーロクッチーナ)】ガラス・ショーケースが印象的

ミラノサローネではメインの家具に加え、キッチン・バスと照明・オフィスの見本市が隔年で開催される。今年はキッチン・バス見本市の年、来場者数は照明の年より多くなるのが常だ。

【EuroCucina(ユーロクッチーナ)】には世界から111社が出展。【FTK】と呼ばれる設備機器メーカー47社の見本市も併催(写真撮影/藤井繁子)

【EuroCucina(ユーロクッチーナ)】には世界から111社が出展。【FTK】と呼ばれる設備機器メーカー47社の見本市も併催(写真撮影/藤井繁子)

キッチンパビリオンは朝からどこも大にぎわい。直ぐに行列ができて入場制限するブースも。
Scavolini(スカヴォリーニ)社は、ファッションブランド『Diesel(ディーゼル)』とコラボしたキッチンや日本の『nendo(ネンド)』がデザインしたキッチンなど話題が多いキッチン&バス・メーカー。
今年はイタリア人ミシュランスターシェフのCarlo Cracco(カルロ・クラッコ)がデザインしたキッチン『MIA』を発表。

プロフェッショナル志向のユーザーが好むステンレス仕上げ。シンプルデザインのなかにクラッコ・シェフが提案する気の利いた機能が、アイランド本体だけでなく、壁面のオープンシェルフや収納にも盛り込まれていた(写真撮影/藤井繁子)

プロフェッショナル志向のユーザーが好むステンレス仕上げ。シンプルデザインのなかにクラッコ・シェフが提案する気の利いた機能が、アイランド本体だけでなく、壁面のオープンシェルフや収納にも盛り込まれていた(写真撮影/藤井繁子)

例えば、こちらは収納を引き出すと、ちょっとしたものがカットできるまな板がビルトイン。横から包丁収納が引き出せ、カットした野菜ゴミなどがサッと捨てられる穴があいている(下がゴミ箱収納)。

確かに、生ゴミを捨てる穴は便利!でも、引き出しでなくカウンターに付いているほうが有難いかな……(写真撮影/藤井繁子)

確かに、生ゴミを捨てる穴は便利!でも、引き出しでなくカウンターに付いているほうが有難いかな……(写真撮影/藤井繁子)

今年、キッチンを見て回ったなかで印象的だったのが、ガラス・キャビネット。
キッチンにこだわる人は、食器だけでなくキッチン家電などもデザインの良いものを選ぶので
見せる収納として扉をガラスにするキッチンキャビネットが増えていた。
単にオープンシェルフ化するより、収納しながらもライティングでショーケースのように美しく飾る。

Scavolini社クラッコ・シェフの提案は、一部をガラス・ショーケースにして魅せる。収納の中には電源も(写真撮影/藤井繁子)

Scavolini社クラッコ・シェフの提案は、一部をガラス・ショーケースにして魅せる。収納の中には電源も(写真撮影/藤井繁子)

Dada(ダーダ)社は家具ブランドMolteni&C(モルテーニ)社のグループ、洗練されたデザインのガラスキャビネットはモルテーニ社の得意な分野。

Molteni&C社との家具パビリオンで展示されたDada社のキッチン。両者のアートディレクターであるVincent Van Duysen(ヴィンセント・ヴァン・ドゥィセン)がブース全体を家として構成し美しくまとめ上げた(写真撮影/藤井繁子)

Molteni&C社との家具パビリオンで展示されたDada社のキッチン。両者のアートディレクターであるVincent Van Duysen(ヴィンセント・ヴァン・ドゥィセン)がブース全体を家として構成し美しくまとめ上げた(写真撮影/藤井繁子)

【EuroCucina】会場でもDada社のキッチンは複数展示されていたが、やはり魅力的だったのはガラス使い。
レンジフードも、ゴールドメタルを挟んだガラスで囲んだデザイン。遠目に見るとメタルなのに、レースのような質感がきれいだった。

Dada社デザインの新作ガラス・キャビネット。ファッションブランド『アルマーニ』のキッチンもDada社製だが、今回新作は無かった(写真撮影/藤井繁子)

Dada社デザインの新作ガラス・キャビネット。ファッションブランド『アルマーニ』のキッチンもDada社製だが、今回新作は無かった(写真撮影/藤井繁子)

設備メーカーからも、ショーケース的に見せる収納を発見。
「ワインセラーの中に、コレクションで一番見せたいボトルを飾るラックをつくりました。スポットライトのような照明で演出します」(GAGGENAU(ガゲナウ)社)

ドイツGAGGENAU社の新製品、ビルトイン冷蔵庫やオーブンと並びで構成されるシステム。吸い込まれるようにフォーカスされる2本の高級シャンパン(写真撮影/藤井繁子)

ドイツGAGGENAU社の新製品、ビルトイン冷蔵庫やオーブンと並びで構成されるシステム。吸い込まれるようにフォーカスされる2本の高級シャンパン(写真撮影/藤井繁子)

世界の中で注目を浴びたのは、日本企業のキッチン展示!

今年サローネ開催前から話題に上がっていたのは、イタリアのキッチン&バス・デザインをリードするBoffi(ボッフィ)社の27年ぶりの出展だった。傘下の家具ブランド、De Padova(デ・パドバ)社・ MA/U Studio社と合同で家具パビリオンに登場。

Boffi社の新作『COMBINE(コンビン)』(Piero Lissoni(ピエロ・リッソーニ)デザイン)(写真撮影/藤井繁子)

Boffi社の新作『COMBINE(コンビン)』(Piero Lissoni(ピエロ・リッソーニ)デザイン)(写真撮影/藤井繁子)

『COMBINE』その名のとおり、“組み合わせる”ことが自由にできるシステム。
単体ではコンパクトキッチンに、2つ並べるとI型キッチン、こんな風にZ型に組み合わせて可動式のテーブルも合わせるなど、スペースに合わせてデザインできる。
カウンタートップの高さがそれぞれ違うので、組み合わせるとリズム感のあるデザインに。

キッチン扉材は石・木など形状・素材バリエーションを豊富に用意、テーブルなど組み合わせアイテムもそろう(写真では正方形テーブルを、少し動かして離してみてくれた)(写真撮影/藤井繁子)

キッチン扉材は石・木など形状・素材バリエーションを豊富に用意、テーブルなど組み合わせアイテムもそろう(写真では正方形テーブルを、少し動かして離してみてくれた)(写真撮影/藤井繁子)

キッチンで最後に紹介したいのが、【ミラノサローネ・アワード/Salone del Mobile.Milano Award】を受賞した日本のサンワカンパニー社。
この賞は展示商品だけでなく、その展示空間・コンセプトなどを総合的に審査し、最も優れた出展社を表彰するもの。今年は見本市会場に出展した1841社のなかから、サンワカンパニーとCC-tapis(CC-タピス)、Magis(マジス)の3社が選出された。

角地で目立つロケーション、ひときわシンプルで“間”が取られた空間は“ZEN(禅)”を彷彿とさせ、いかにも日本的な美しさの展示だった(広さ320平米)。審査員からは「混雑する会場の中で、オアシスのような場を提供」「空間が製品を引き立たせ、ストーリー性をもっている」と評価された(写真撮影/藤井繁子)

角地で目立つロケーション、ひときわシンプルで“間”が取られた空間は“ZEN(禅)”を彷彿とさせ、いかにも日本的な美しさの展示だった(広さ320平米)。審査員からは「混雑する会場の中で、オアシスのような場を提供」「空間が製品を引き立たせ、ストーリー性をもっている」と評価された(写真撮影/藤井繁子)

サンワカンパニーは前回に続き2度目の出展。前回評価が高かったコンパクトキッチンに絞って、サンワカンパニーのデザインコンセプトである『ミニマリズム』を8種の新作で体現した。

『PATTINA COMPACT』キッチンを演出するのは、イタリア・Davide Groppi(ダビデ・グロッピ)の照明(写真撮影/藤井繁子)

『PATTINA COMPACT』キッチンを演出するのは、イタリア・Davide Groppi(ダビデ・グロッピ)の照明(写真撮影/藤井繁子)

今年、イタリアデザインの巨匠であるAlessandro Mendini(アレッサンドロ・メンディーニ)事務所によるキッチン『AM01』も発表したサンワカンパニー。そのメンディーニ氏も審査にかかわったコンテスト【サンワカンパニーデザインアワード2016】最優秀賞のデザインも製品化して展示した。

『AC01』受賞者のデザイン事務所YutoRieの伊藤優理恵さん。「テーブルにもなるキッチンカウンターは高さが調節でき、車椅子でも利用できるデザインです」(写真撮影/藤井繁子)

『AC01』受賞者のデザイン事務所YutoRieの伊藤優理恵さん。「テーブルにもなるキッチンカウンターは高さが調節でき、車椅子でも利用できるデザインです」(写真撮影/藤井繁子)

このように日本的なシンプルで、気配りのあるデザインがミラノサローネ・アワードの受賞につながったようだ。

昨年からのパステル・ナチュラル系に、プリントがアクセントなカラートレンド

広大な見本市会場の中、モダン・デザインの人気パビリオンを回って今年目についたのは、植物系などのプリントデザイン。

クッションに一つ、アクセント使い。これは刺繍も入って素敵@Poltrona Frau(ポルトローナ・フラウ)(写真撮影/藤井繁子)

クッションに一つ、アクセント使い。これは刺繍も入って素敵@Poltrona Frau(ポルトローナ・フラウ)(写真撮影/藤井繁子)

ファッションブランドの家具では、プリント柄がより大胆に!
今年、Kartell(カルテル)では、J.J.マーティンが手がけるミラネーゼに人気のファッション『La Double J(ラ・ダブル・ジェイ)』とのスペシャル・コラボレーションが誕生した。『La Double J』のヴィンテージ・プリントで彩られたKartellのプロダクトが新鮮。
Moroso(モローゾ)から出ている『Diesel』(ディーゼル)の家具は、アパレルのイメージ同様アバンギャルドなデザイン。ここでも珍しく、緑のプリント柄がソファに使われていた。

(左) @『La Double J』by Kartell  (右)@『Diesel』by Moroso(写真撮影/藤井繁子)

(左) @『La Double J』by Kartell (右)@『Diesel』by Moroso(写真撮影/藤井繁子)

キッチン見本市開催年なので、家具パビリオンでもダイニングテーブルに注目して回っていたら……
無垢木を扱わせたら世界一のRiva1920(リーヴァ)で、こんな面白いテーブルに遭遇!

テーブルの脚が、バレリーナの足!? Fabio Novembre(ファビオ・ノベンブレ)デザイン@Riva1920(写真撮影/藤井繁子)

テーブルの脚が、バレリーナの足!? Fabio Novembre(ファビオ・ノベンブレ)デザイン@Riva1920(写真撮影/藤井繁子)

家具ブランドで今年は、何と言ってもMinotti(ミノッティ)の70周年に合わせた新デザイナーの起用が話題をさらった。
新しく迎えたデザイナー3人のうちの1人がなんと、日本のデザインオフィス、佐藤オオキのnendo(ネンド)。意外な抜擢に、業界関係者もプロダクトを見るのを楽しみにしていた。

nendoによる『TAPE』(ソファ&チェアのシリーズ、写真右のようにテープで止めたようなデザイン。皮テープのバージョンもある)『RING』『WAVES』(テーブルのシリーズ)(写真撮影/藤井繁子)

nendoによる『TAPE』(ソファ&チェアのシリーズ、写真右のようにテープで止めたようなデザイン。皮テープのバージョンもある)『RING』『WAVES』(テーブルのシリーズ)(写真撮影/藤井繁子)

期待を裏切らないデザインで新境地を開拓したnendo。市内トルトナ地区では、日本企業7社とコラボした個展「forms of movement」を行うなど今年も精力的なnendoのミラノサローネだ。

このほか、街中イベント【Fuorisalone】1372イベントのなかから表彰される【Milano Design Award 2018】(5部門賞)にも、「Best Playfulness Award」にSONYの “Hidden Senses” 、「Best Technology Award」にPanasonicの “Transitions” が選出されるなど、Milan Design Week全体でのJapanese Designの存在感が目立った年だった。

歩き回って疲労困憊(こんぱい)の筆者。ジェラートで一服……太陽の日差しと街中人の熱気で、ジェラートも溶けそう!

歩き回って疲労困憊(こんぱい)の筆者。ジェラートで一服……太陽の日差しと街中人の熱気で、ジェラートも溶けそう!

次回ミラノサローネは、隔年開催の照明見本市EuroLuce(ユーロルーチェ)とWorkplace 3.0(オフィス家具)と共に2019 年4月9日(火)~14日(日) 開催予定。インテリア好きの皆様、刺激と感動を求めてミラノサローネへ来年出かけてみてはいかがでしょう!

●参考
・ミラノサローネ国際家具見本市日本公式サイト