デンマークといえば、世界的な環境先進国。80年代から再生可能エネルギーの利用へシフトを進め、大気や水のクリーン化や廃棄物の資源化、持続可能な社会への移行に早くから取り組んでいます。
なかでも特徴的なのが、ゴミ処理施設「コペンヒル(Copenhill)」。ゴミ処理施設にもかかわらず、人が毎週こぞって集まるのです。なぜなのでしょうか? 今回は現地から、その秘密に迫ります。

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)
ゴミ処理施設=スキー場&ハイキングコース!?ゴミ処理施設といえば、なんだかに嫌なニオイがしそうだし、煙突から汚れた排気も出そうだし……という人が多く、NIMBY(Not in my backyard. うちの裏庭にはお断り)というイメージでしょうか? いえいえ、それも今は昔。
デンマークでは近年、ゴミ処理施設の環境改善が進み、排ガス中の有害物質やフライアッシュの除去が高度に行われています。また、巨大な空気の吸込口をつくることでゴミ処理施設特有のニオイが建物の外に漏れないようになっています。さらに、施設の建物自体のデザインもスッキリした美しいデザインを採用しているところが多く、市民や子どもたちに向けた勉強会や見学会などのプログラムも豊富なので、ゴミ処理施設は市民にとってより身近な場所となっています。

コペンヒル(C)Daniel Rasmussen
2019年10月にオープンしたゴミ処理施設「コペンヒル」。その名の通り、銀色に光る、高さ85mの小高い丘のようなその建築物のてっぺんからはコペンハーゲンの街を一望できます。近くにはコペンヒルの建設と同時期にできたアパート群が立ち並び、世界的に有名なレストラン「noma」(食を提供するという文化の新たな形を模索するため、2024年末を持って惜しまれつつも閉店予定)からもそれほど遠くない場所です。海に面した方に目を向ければ、コペンハーゲンのミデルグルン洋上風力発電所や、スウェーデンへと続くオアスンブリッジも見えます。

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

(c)SLA
コペンヒルは、コペンハーゲン近郊の5つの自治体で運営するゴミ処理施設、アマー・リソース・センターに位置します。ルーフトップはなんとスキー場! グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデが広がり、一年中スキーを楽しむことができます。

(C)Astrid Maria Rasmussen

グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデでは、一年中スキーを楽しむことができる(画像提供/Press/CopenHill)
スキースロープデザインは、世界有数のデザイナーであり、新潟県妙高市の新井スキー場も手掛けた米国International Alpine Design in Colorado (IAD)のほか、冬季オリンピックで近年トラックデザインを担当しているScandinavian Shapersのデイヴィッド・ナイや、デンマークを代表するハーフパイプとスロープスタイル・チャンピオンのニコライ・ヴァンが手掛けました。

ルーフトップは自然が豊かでミツバチの姿も見かける。海に面した方はミデルグルン洋上風力発電所も見える(画像提供/ニールセン北村朋子)
さらには、500mのハイキングトレイルやランニングコース、世界で最も高いクライミングウォールも併設され、それぞれ、思い思いにスポーツアクティビティを楽しむ人でいつもにぎわっています。
エレベーターもしくはリフトで上まで上がると、ルーフトップカフェで絶景を楽しみながら休憩したり、スキーを下りた後は、スキーカフェでゆっくり飲食を楽しむこともできます。

スキーのほかにもさまざまなスポーツアクティビティを楽しめる(画像提供/Press/CopenHill)

(画像提供/Press/CopenHill)

(C)Daniel Rasmussen
コペンハーゲンは古くから自然との共存が大切にされてきた街。近年は生物多様性や気候変動による都市の高温化やゲリラ雷雨対策、自然環境が身近にあることでの心身両面へのポジティブな作用をより重要視して、建築物の屋上をフラットな形状にして緑化を奨励したり、車の車線を減らしてできたスペースや既存の公園に都市型水害対策のため、雨水を受け止めることができる緑地スペースを施したりと、都市計画にもさらにさまざまな工夫を凝らしています。
関連記事:
・「喫茶ランドリー」誕生から1年で地域に変化。住民が見つけた新たな生き方とは?
・サウナ付き賃貸・築100年超は当たり前!? 念願のフィンランドに移住した『北欧こじらせ日記』作者chikaさんが語る異文化住宅事情
コペンヒルのあるアマー・リソース・センターは、ゴミ処理施設であると同時に、ゴミを燃やす熱を利用して年間3万世帯分を発電し、7万2千世帯分の熱供給を行うエネルギー施設でもあります。
デンマークでは、1970年代のオイルショック後から、中東のオイルに頼りきりだったエネルギー資源を、自国で自給自足できるように方向転換しました。その結果、それ以前から行われていた熱供給も、ゴミ処理時に発生する熱や、麦ワラなどのバイオマスを利用する方向へと転換していきました。コペンハーゲンでは、ほぼ100%の世帯や公共施設に地域熱供給(※)が導入されていますし、デンマーク国内全体では、どの自治体でもゴミ処理の熱は必ずエネルギーに転換され、地域の住宅に供給されています。
※地域熱供給(地域冷暖房)とは、冷水や温水などを一箇所でまとめてつくり、街や個々の建物に供給する仕組み。個々の場所に設備を設置して行う「個別熱源方式」に比べ、省エネ性や防災性の面で優れており、その導入が期待されている

燃料となるワラ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

地域熱供給をまかなう太陽熱パネル(写真撮影/ニールセン北村朋子)

家庭で暖房の役割を担うラジエーター(写真撮影/ニールセン北村朋子)
2011年、老朽化したアマー・リソース・センターのゴミ処理施設の建て替えコンペで選ばれたのは、建築界のスター的存在であるビャルケ・インゲルス率いる建築事務所BIG。ゴミ処理施設兼エネルギー施設の屋上をスキー場にするという、他の誰も考えつかなかったアイデアの実現に挑むことになりました。
通常、ゴミ処理施設やエネルギー施設は、一般の人にとって直接訪れることのない場所かもしれません。でもビャルケ・インゲルスという建築家にとって、こうした「境界線」はいつも問いのテーマであり続けているようです。
例えば、彼がコペンヒルに先駆けて、2010年にコペンハーゲンの新開発地域オレスタッドに建設した「8ハウス」。これは、8の字の形をして、なだらかな傾斜のあるユニークな建物で、1階が商業施設、2階以上が住居になった複合施設ですが、ここも、建物の通路が歩道からひと続きになっていて、そのまま居住者じゃなくても歩道のように上がって建物の一番上まで上がることができるようになっています(6人以上のグループは別途有料の見学ツアー申し込みが必要)。

8ハウス(写真撮影/ニールセン北村朋子)
通常なら、アパートはそこに住む人だけに入ることが許されるのが普通ですが、歩道からプライベート空間につながり、そのまま動線がつながるという考え方は、公と私をゆるやかに、ファジーにつなぐという、新しい価値を生み出しています。このユニークな建物と、そこから見える絶景を、そこを日常的に使う人だけでなく、もっと多くの人と共有したい。そんな思いが感じられます。
「普段は直接縁のない人たちでも、せっかく新しくつくるインフラだもの、可能な限りとことん使い、楽しんでほしい」。8ハウスに通ずる思想を、コペンヒルにも見ることができます。
山のような傾斜を、自然を少しでも感じながら登るという体験、スキーやスノーボードの体験をするには、山のないデンマークでは不可能だから、海外に行くほかなかった。そんなこれまでの当たり前が、コペンヒルというアイデアを実現したことで、「学校の帰りにスキーに行く」「週末に友達や家族とちょっとスキー」という当たり前にアップデートされたのです。

コペンヒルでスキーを楽しむ人々。装備はレンタルできる(画像提供/Press/CopenHill)
社会に必要なことも、もっと楽しくゴミ処理施設のような、今の時点では社会にとって必要なもの(将来的にはゴミという概念すらなくなるかもしれないけれど)は、これまでは私達のような一般市民にとっては、お世話になってはいるものの、直接その場所に出向いたりして関わる場所ではありませんでした。ただ、法に則って、きちんとそこにある、という価値だけが求められていたのかもしれません。
ところが、コペンヒルの誕生で、その概念は覆されました。ゴミ処理エネルギー施設が、誰にとっても必要な場所であるだけでなく、誰でも気軽に行って楽しめるという、ひとつでいくつもの役割を果たせる施設に進化したのです。
スキーやトレッキング、ランニングを楽しむためにそこへ来る人が増えれば、その場所の本来の機能や役割にも関心が向くのは自然なことです。こうして、関わる人を直接的に増やしていくことが、毎日を楽しく、かつ、地域社会のあり方へ気持ちを向ける人を自然に増やしていくことにつながっているのが、コペンヒルの大きな価値の一つと言えそうです。
あなたの街には、ゴミ処理施設がありますか? そこに行ったことがありますか? その施設と、あなたが直接関われることはありそうですか? 自分の街のあり方にも、思わず目を向けたくなってきませんか?

(C)Daniel Rasmussen

(画像提供/Press/CopenHill)
スキーやスノーボードをやらない人も、コペンハーゲンに来たらバスに乗って、コペンヒルを訪ねてほしい。ルーフトップカフェでコーヒーを飲んで眼下に広がる景色を眺めていたら、ひょっとして、これまで自分が一所懸命線引きしていた何かの境界線が、実はいらないかもしれないと気づけるかもしれません。

(C)Visit Copenhagen
●取材協力
COPENHILL