環境先進国デンマークのゴミ処理施設は遊園地みたい! 「コペンヒル(Copenhill)」市民の憩いの場に行ってみた

デンマークといえば、世界的な環境先進国。80年代から再生可能エネルギーの利用へシフトを進め、大気や水のクリーン化や廃棄物の資源化、持続可能な社会への移行に早くから取り組んでいます。
なかでも特徴的なのが、ゴミ処理施設「コペンヒル(Copenhill)」。ゴミ処理施設にもかかわらず、人が毎週こぞって集まるのです。なぜなのでしょうか? 今回は現地から、その秘密に迫ります。

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

ゴミ処理施設=スキー場&ハイキングコース!?

ゴミ処理施設といえば、なんだかに嫌なニオイがしそうだし、煙突から汚れた排気も出そうだし……という人が多く、NIMBY(Not in my backyard. うちの裏庭にはお断り)というイメージでしょうか? いえいえ、それも今は昔。

デンマークでは近年、ゴミ処理施設の環境改善が進み、排ガス中の有害物質やフライアッシュの除去が高度に行われています。また、巨大な空気の吸込口をつくることでゴミ処理施設特有のニオイが建物の外に漏れないようになっています。さらに、施設の建物自体のデザインもスッキリした美しいデザインを採用しているところが多く、市民や子どもたちに向けた勉強会や見学会などのプログラムも豊富なので、ゴミ処理施設は市民にとってより身近な場所となっています。

コペンヒル(C)Daniel Rasmussen

コペンヒル(C)Daniel Rasmussen

2019年10月にオープンしたゴミ処理施設「コペンヒル」。その名の通り、銀色に光る、高さ85mの小高い丘のようなその建築物のてっぺんからはコペンハーゲンの街を一望できます。近くにはコペンヒルの建設と同時期にできたアパート群が立ち並び、世界的に有名なレストラン「noma」(食を提供するという文化の新たな形を模索するため、2024年末を持って惜しまれつつも閉店予定)からもそれほど遠くない場所です。海に面した方に目を向ければ、コペンハーゲンのミデルグルン洋上風力発電所や、スウェーデンへと続くオアスンブリッジも見えます。

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

デンマーク・コペンハーゲンの街並み(写真撮影/ニールセン北村朋子)

(c)SLA

(c)SLA

コペンヒルは、コペンハーゲン近郊の5つの自治体で運営するゴミ処理施設、アマー・リソース・センターに位置します。ルーフトップはなんとスキー場! グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデが広がり、一年中スキーを楽しむことができます。

(C)Astrid Maria Rasmussen

(C)Astrid Maria Rasmussen

 グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデでは、一年中スキーを楽しむことができる(画像提供/Press/CopenHill)

グリーンの人工スノーマットで覆われた幅60m、長さ450 mのゲレンデでは、一年中スキーを楽しむことができる(画像提供/Press/CopenHill)

スキースロープデザインは、世界有数のデザイナーであり、新潟県妙高市の新井スキー場も手掛けた米国International Alpine Design in Colorado (IAD)のほか、冬季オリンピックで近年トラックデザインを担当しているScandinavian Shapersのデイヴィッド・ナイや、デンマークを代表するハーフパイプとスロープスタイル・チャンピオンのニコライ・ヴァンが手掛けました。

ルーフトップは自然が豊かでミツバチの姿も見かける。海に面した方はミデルグルン洋上風力発電所も見える(画像提供/ニールセン北村朋子)

ルーフトップは自然が豊かでミツバチの姿も見かける。海に面した方はミデルグルン洋上風力発電所も見える(画像提供/ニールセン北村朋子)

さらには、500mのハイキングトレイルやランニングコース、世界で最も高いクライミングウォールも併設され、それぞれ、思い思いにスポーツアクティビティを楽しむ人でいつもにぎわっています。
エレベーターもしくはリフトで上まで上がると、ルーフトップカフェで絶景を楽しみながら休憩したり、スキーを下りた後は、スキーカフェでゆっくり飲食を楽しむこともできます。

スキーのほかにもさまざまなスポーツアクティビティを楽しめる(画像提供/Press/CopenHill)

スキーのほかにもさまざまなスポーツアクティビティを楽しめる(画像提供/Press/CopenHill)

(画像提供/Press/CopenHill)

(画像提供/Press/CopenHill)

(C)Daniel Rasmussen

(C)Daniel Rasmussen

コペンハーゲンは古くから自然との共存が大切にされてきた街。近年は生物多様性や気候変動による都市の高温化やゲリラ雷雨対策、自然環境が身近にあることでの心身両面へのポジティブな作用をより重要視して、建築物の屋上をフラットな形状にして緑化を奨励したり、車の車線を減らしてできたスペースや既存の公園に都市型水害対策のため、雨水を受け止めることができる緑地スペースを施したりと、都市計画にもさらにさまざまな工夫を凝らしています。

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境界線をファジーに。デザインでデンマークの都市が促す「つながり」

コペンヒルのあるアマー・リソース・センターは、ゴミ処理施設であると同時に、ゴミを燃やす熱を利用して年間3万世帯分を発電し、7万2千世帯分の熱供給を行うエネルギー施設でもあります。

デンマークでは、1970年代のオイルショック後から、中東のオイルに頼りきりだったエネルギー資源を、自国で自給自足できるように方向転換しました。その結果、それ以前から行われていた熱供給も、ゴミ処理時に発生する熱や、麦ワラなどのバイオマスを利用する方向へと転換していきました。コペンハーゲンでは、ほぼ100%の世帯や公共施設に地域熱供給(※)が導入されていますし、デンマーク国内全体では、どの自治体でもゴミ処理の熱は必ずエネルギーに転換され、地域の住宅に供給されています。

※地域熱供給(地域冷暖房)とは、冷水や温水などを一箇所でまとめてつくり、街や個々の建物に供給する仕組み。個々の場所に設備を設置して行う「個別熱源方式」に比べ、省エネ性や防災性の面で優れており、その導入が期待されている

燃料となるワラ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

燃料となるワラ(写真撮影/ニールセン北村朋子)

地域熱供給をまかなう太陽熱パネル(写真撮影/ニールセン北村朋子)

地域熱供給をまかなう太陽熱パネル(写真撮影/ニールセン北村朋子)

家庭で暖房の役割を担うラジエーター(写真撮影/ニールセン北村朋子)

家庭で暖房の役割を担うラジエーター(写真撮影/ニールセン北村朋子)

2011年、老朽化したアマー・リソース・センターのゴミ処理施設の建て替えコンペで選ばれたのは、建築界のスター的存在であるビャルケ・インゲルス率いる建築事務所BIG。ゴミ処理施設兼エネルギー施設の屋上をスキー場にするという、他の誰も考えつかなかったアイデアの実現に挑むことになりました。

通常、ゴミ処理施設やエネルギー施設は、一般の人にとって直接訪れることのない場所かもしれません。でもビャルケ・インゲルスという建築家にとって、こうした「境界線」はいつも問いのテーマであり続けているようです。

例えば、彼がコペンヒルに先駆けて、2010年にコペンハーゲンの新開発地域オレスタッドに建設した「8ハウス」。これは、8の字の形をして、なだらかな傾斜のあるユニークな建物で、1階が商業施設、2階以上が住居になった複合施設ですが、ここも、建物の通路が歩道からひと続きになっていて、そのまま居住者じゃなくても歩道のように上がって建物の一番上まで上がることができるようになっています(6人以上のグループは別途有料の見学ツアー申し込みが必要)。

8ハウス(写真撮影/ニールセン北村朋子)

8ハウス(写真撮影/ニールセン北村朋子)

通常なら、アパートはそこに住む人だけに入ることが許されるのが普通ですが、歩道からプライベート空間につながり、そのまま動線がつながるという考え方は、公と私をゆるやかに、ファジーにつなぐという、新しい価値を生み出しています。このユニークな建物と、そこから見える絶景を、そこを日常的に使う人だけでなく、もっと多くの人と共有したい。そんな思いが感じられます。

「普段は直接縁のない人たちでも、せっかく新しくつくるインフラだもの、可能な限りとことん使い、楽しんでほしい」。8ハウスに通ずる思想を、コペンヒルにも見ることができます。

山のような傾斜を、自然を少しでも感じながら登るという体験、スキーやスノーボードの体験をするには、山のないデンマークでは不可能だから、海外に行くほかなかった。そんなこれまでの当たり前が、コペンヒルというアイデアを実現したことで、「学校の帰りにスキーに行く」「週末に友達や家族とちょっとスキー」という当たり前にアップデートされたのです。

コペンヒルでスキーを楽しむ人々。装備はレンタルできる(画像提供/Press/CopenHill)

コペンヒルでスキーを楽しむ人々。装備はレンタルできる(画像提供/Press/CopenHill)

社会に必要なことも、もっと楽しく

ゴミ処理施設のような、今の時点では社会にとって必要なもの(将来的にはゴミという概念すらなくなるかもしれないけれど)は、これまでは私達のような一般市民にとっては、お世話になってはいるものの、直接その場所に出向いたりして関わる場所ではありませんでした。ただ、法に則って、きちんとそこにある、という価値だけが求められていたのかもしれません。

ところが、コペンヒルの誕生で、その概念は覆されました。ゴミ処理エネルギー施設が、誰にとっても必要な場所であるだけでなく、誰でも気軽に行って楽しめるという、ひとつでいくつもの役割を果たせる施設に進化したのです。

スキーやトレッキング、ランニングを楽しむためにそこへ来る人が増えれば、その場所の本来の機能や役割にも関心が向くのは自然なことです。こうして、関わる人を直接的に増やしていくことが、毎日を楽しく、かつ、地域社会のあり方へ気持ちを向ける人を自然に増やしていくことにつながっているのが、コペンヒルの大きな価値の一つと言えそうです。

あなたの街には、ゴミ処理施設がありますか? そこに行ったことがありますか? その施設と、あなたが直接関われることはありそうですか? 自分の街のあり方にも、思わず目を向けたくなってきませんか?

(C)Daniel Rasmussen

(C)Daniel Rasmussen

(画像提供/Press/CopenHill)

(画像提供/Press/CopenHill)

スキーやスノーボードをやらない人も、コペンハーゲンに来たらバスに乗って、コペンヒルを訪ねてほしい。ルーフトップカフェでコーヒーを飲んで眼下に広がる景色を眺めていたら、ひょっとして、これまで自分が一所懸命線引きしていた何かの境界線が、実はいらないかもしれないと気づけるかもしれません。

(C)Visit Copenhagen

(C)Visit Copenhagen

●取材協力
COPENHILL

白馬村から雪が消える?! 長野五輪スキー会場も直面の気候変動問題、子ども達の行動で村も変化

スキーやスノーボードをする人、山を愛する人はもちろん、そうでない人にもおなじみのリゾート地、長野県白馬村。長野五輪も開催されたこの村は、サーキュラーエコノミー(循環経済)に本気で取り組み、2021年にはグッドデザイン賞も受賞しました。人口1万人弱の小さな村で今、何が起きているのでしょうか。現地で取材してきました。

スノーリゾートで人気の街が雪不足の年も。気候変動を体感し、危機感連休明けの5月、白馬の人たちは「今が一番いい季節」と口をそろえていました(写真撮影/嶋崎征弘)

連休明けの5月、白馬の人たちは「今が一番いい季節」と口をそろえていました(写真撮影/嶋崎征弘)

“白馬村とサーキュラーエコノミー”と聞いて、その関係にすぐにピンとくる人は少ないかもしれません。また、大変お恥ずかしい話ですが、筆者は「サーキュラーエコノミー」を正しく理解しておらず、「環境問題に関することでしょ?」などとぼんやり捉えていましたし、正直に話すと、環境問題に特に意識の高い人達にしかまだ定着していない言葉なのかなと思っておりました。

植えられたばかりの稲が風にそよいでいます。山の近さがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/嶋崎征弘)

植えられたばかりの稲が風にそよいでいます。山の近さがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/嶋崎征弘)

サーキュラーエコノミーとは、日本語に直訳すると「循環型経済」で、廃棄されてきた製品や原材料を資源ととらえ、限りなく循環させていく経済の仕組みのことをいいます。今まで製品は生産、消費、廃棄が一方通行で大量生産大量消費を繰り返すことで経済を発展させてきましたが「サーキュラーエコノミー」では、使用が終わった製品を廃棄せずに資源と捉えて循環させ、廃棄物と汚染を発生させずに、環境と経済を両立するという考え方です。

欧州を中心に今、急速に世界中に広まりつつある考え方ですが、では、なぜ日本のリゾート地である白馬村でいち早く取り組んでいるのでしょうか。その背景を聞いてみました。

お話を聞かせてくださった白馬村観光局の福島洋次郎さん。真冬でも日課である犬散歩が大好きな愛犬家です(写真撮影/嶋崎征弘)

お話を聞かせてくださった白馬村観光局の福島洋次郎さん。真冬でも日課である犬散歩が大好きな愛犬家です(写真撮影/嶋崎征弘)

「そもそものはじまりは地元の高校生のアクションなんです。この数年、雪不足の年があったと思ったら、ドカ雪の年があったり。『気候変動の影響かね』『スノーリゾートなのに雪がないなんて笑えないよね』なんて私たちも話していたんですが、子どもたちは自分ごととして捉え、2019年、気候変動危機を訴える『グローバル気候マーチ』を起こしたんです」と話してくれたのは、白馬村観光局で働く福島 洋次郎さん。

子どもたちの真剣な意思表示を、白馬村の大人たちは無視しませんでした。2019年、『白馬村気候非常事態宣言』を白馬村の村長が打ち出し、白馬村では持続可能社会のあり方を考える「サーキュラーエコノミー」に取り組むようになったのです。雪の減少による観光客減という背に腹は代えられない面もあったのかもしれませんが、山を愛し、気候変動を肌に感じるからこそのスピード感といえるかもしれません。

5月の白馬の峰々。圧倒的に尊く、「これは次世代に引き継ぐべき宝だ!」という思いに駆られます(写真撮影/嶋崎征弘)

5月の白馬の峰々。圧倒的に尊く、「これは次世代に引き継ぐべき宝だ!」という思いに駆られます(写真撮影/嶋崎征弘)

取材で訪れたのはウィンターシーズンが終わり、新緑が眩しい5月でした。大きく美しい空と山に残る雪、緑に圧倒され、「環境問題はファッションやきれいごとではないんだ」と胸に迫ってきます。「意識高い」などと思っていた自分の浅はかさ、愚かさが心底恥ずかしくなりました。

雪解け水が地下を通り、湧水となってできた青木湖。夏のアクティビティとしてサップ体験が人気です(写真撮影/嶋崎征弘)

雪解け水が地下を通り、湧水となってできた青木湖。夏のアクティビティとしてサップ体験が人気です(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

湧水ならではの透明感と美しさ。都会で薄汚れた心を浄化してくれました(写真撮影/嶋崎征弘)

湧水ならではの透明感と美しさ。都会で薄汚れた心を浄化してくれました(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

断熱改修、自然エネルギー由来の導入など、行動が早い

そこからの動きは素早く、2020年夏には白馬村で初めての「GREEN WORK HAKUBA」が開催されました。これは、白馬村の事業者や村外のパートナー企業がカンファレンス、ワークショップを重ねながら、白馬村の課題を掘り出し、持続可能なリゾートへと変化するために、解決法や取り組みを考えるプロジェクトです。広告会社の新東通信内に設置された「CIRCULAR DESGIN STUDIO.」と協力して立ち上げました。

過去の「GREEN WORK HAKUBA」開催時の様子(写真提供/CIRCULAR DESGIN STUDIO.)

過去の「GREEN WORK HAKUBA」開催時の様子(写真提供/CIRCULAR DESGIN STUDIO.)

「サーキュラーエコノミーを発信する日本のトップ研究者、SDGsに力を入れていて環境保全にも取り組む企業関係者などが白馬村に滞在・宿泊しながら、持続可能な経済、白馬村のあり方について、ディスカッションしたりアイデアを出し合ったりします。山の目の前、大自然・屋外でワークショップするとね、普段は出ないようなアイデア、素直な議論ができるんですよ」と福島さんは続けます。

GREEN WORK HAKUBAのワークショップ会場「白馬岩岳マウンテンリゾート」(写真撮影/嶋崎征弘)

GREEN WORK HAKUBAのワークショップ会場「白馬岩岳マウンテンリゾート」(写真撮影/嶋崎征弘)

自然に囲まれてワークショップをする「GREEN WORK HAKUBA」、今年も7月に開催予定です(写真撮影/嶋崎征弘)

自然に囲まれてワークショップをする「GREEN WORK HAKUBA」、今年も7月に開催予定です(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬三山に向かって漕ぎ出すブランコは、ゼロ・カーボンだけど体験したくなるアクティビティ。発想がすごい(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬三山に向かって漕ぎ出すブランコは、ゼロ・カーボンだけど体験したくなるアクティビティ。発想がすごい(写真撮影/嶋崎征弘)

すごいのはアイデアを出して終わりだけではなく、行動まで進めてしまうところ。たとえば、課題としてあげられていたのが、白馬南小学校をはじめとした校舎や建物の断熱性能の低さ。2021年秋には、企業やプロの協力をとりつけ、小学生のDIYによって断熱改修が行われたそう。

「企業に断熱材を提供してもらい、建築士の先生、地元の工務店のプロに手ほどきを受けながら、小学生自身が校舎の断熱改修を実施しました。すると教室が大幅に暖かくなり、今まで昼にはなくなっていた灯油が午後まで残り、驚くほど暖かくなったそうです」(福島さん)

(写真提供/白馬村観光局)

(写真提供/白馬村観光局)

「建物の断熱性を高めてエネルギー消費量を減らし、二酸化炭素の排出量を削減しつつ、教室も暖かくなって健康・快適になる」、そんな経験、お金を払ってでもしてみたいです。しかも小学生のうちから経験できるなんて、うらやましい……。そして何よりすばらしいのが、絵に描いた餅だけでなく、行動をしているところ。すばやい取り組みを見ると、みなさん本気なんですね。

リフトは自然エネルギー由来の電力へ切り替え、照明もLED化するなど、省エネや環境への負荷を低くするための投資・修繕を現在進行形で実施中(写真撮影/嶋崎征弘)

リフトは自然エネルギー由来の電力へ切り替え、照明もLED化するなど、省エネや環境への負荷を低くするための投資・修繕を現在進行形で実施中(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

(写真撮影/嶋崎征弘)

岩岳マウンテンリゾートの自動販売機で販売しているのは瓶入りのコーラ!(写真撮影/嶋崎征弘)

岩岳マウンテンリゾートの自動販売機で販売しているのは瓶入りのコーラ!(写真撮影/嶋崎征弘)

瓶のほうが再利用は容易です。そしてなぜでしょう、大変美味しく感じます(写真撮影/嶋崎征弘)

瓶のほうが再利用は容易です。そしてなぜでしょう、大変美味しく感じます(写真撮影/嶋崎征弘)

エコなスキー場、ゴミ削減、ゼロ・カーボンの移動など、やりたいこと山積み!

とはいえ、サーキュラーエコノミーの取り組みははじまったばかり。やりたいことばかりが出てきて、実現できるものもあれば、追いつかないものもあると、福島さんは苦笑します。

村を見下ろすこの特等席。よい風景があれば実は何もいらないのかもしれません(写真撮影/嶋崎征弘)

村を見下ろすこの特等席。よい風景があれば実は何もいらないのかもしれません(写真撮影/嶋崎征弘)

「白馬も基本的に車社会なので、旅行者もレンタカーを借りる人が多いんです。でも、サーキュラーエコノミーをうたっているのに、自動車頼みでいいの? という意見があって、『人力車で村をめぐる』というアクティビティがうまれました。しかも引き手は白馬在住のプロ山岳ランナー。白馬でしかできない体験です。ただ、選手なので遠征のときは利用できないんですよ(笑)」と明かします。

また、白馬には約500件の宿泊施設があり、年間250万人が訪れているそう。当然、排出されるゴミの量も半端ではなく、当然、人口約9000人の村では処理しきれないので、周辺自治体と広域で運営する焼却施設に廃棄しています。

「排出ゴミの削減は切実な課題なんです。1つのホテル、1つのスキー場だけは限界があるので、連携してなにかできないかという取り組みもはじまっています。たとえば、ホテルのアメニティを協同のブランドにするなどですね。脱プラを進めるためにも、容器がプラスチックの液体ではなく石鹸のように固体のアメニティにしたいなど、アイデアはたくさんでています」といいます。

白馬ノルウェービレッジのカフェでは、出た食品廃棄物をコンポストで肥料にしています。できた肥料を畑で使い、夏には立派な野菜ができます(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬ノルウェービレッジのカフェでは、出た食品廃棄物をコンポストで肥料にしています。できた肥料を畑で使い、夏には立派な野菜ができます(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬ノルウェービレッジ(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬ノルウェービレッジ(写真撮影/嶋崎征弘)

こちらはコンポストでつくった肥料を使って夏野菜を育てている畑。ナス、きゅうり、トマトなどは併設のカフェでも出しているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

こちらはコンポストでつくった肥料を使って夏野菜を育てている畑。ナス、きゅうり、トマトなどは併設のカフェでも出しているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬村は耕作放棄地が少なめ。畑や水田を利用希望者へと受け渡すマッチングも促進しているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

白馬村は耕作放棄地が少なめ。畑や水田を利用希望者へと受け渡すマッチングも促進しているそう(写真撮影/嶋崎征弘)

また、スキー場の設備の劣化やメンテナンス、季節ごとの閑散期と繁忙期の差や、各施設の収益力アップも課題になっているそう。
「いくら環境にやさしくても雇用を維持できなければ、持続可能とはいえません。白馬のスキー場は高度経済成長期につくられた設備も多いので、当然、メンテナンス・新しい設備投資も必要になる。夏のアクティビティのバリエーションを増やしたり、テレワークの場所としてアピールしたり。リゾートとして注目されるための新規の設備を設けたり、中長期で必要な設備投資をしつつ、暮らしている人の満足度や幸せ度を上げていけたらいいですよね」(福島さん)

将来的には「カーボンニュートラル(二酸化炭素の排出を全体としてゼロにする)」から一歩進んで、「カーボンネガティブ(二酸化炭素を排出せずに、他地域の二酸化炭素を吸収している)」という構想もあるとか。

地球温暖化は世界の問題で、一つの地域で取り組んでも、その効果は限定的かつ、努力した地域に効果が変えるというものでもありません。白馬村のような先進的的取り組みがさらに様々な地域で展開されていく必要があります。環境と地方の観光、経済を両立する。小さな村ではじまった本気の取り組みが、他の町や村にもよい競争として波及し、さらなる好循環(まさにサーキュレーション!)を生み出すことを期待したいです。

●取材協力
白馬村観光局
GREEN WORK HAKUBA
CIRCULAR DESGIN STUDIO.

木造住宅や建築が地球を救う!? 法改正で住まいの潮流は変わる?

2021年10月に木材利用に関する法律が改正された。もっと建築物に木材を利用しましょう、というものだが、なぜ今、国は木材利用を促進するのか。その背景には、単に脱炭素社会を進めるためだけでなく、森林を健全に保つことで人々の生活を豊かにし、地域経済を活性化しようという目標があった。今後の住宅やまちの建築物はどうなっていくのだろうか。具体的に見てみよう。

日本の人工林の半数以上がすでに利用期を迎えている

2021年10月に改正された法律は「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」。要はもっと木材を利用しましょう、利用しやすい環境も整えます、という法律なのだが「改正」という通り、もとの法律は10年以上前の平成22年に制定された「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」だ。

「戦後復興による木材需要の高まりを受けて、日本全国で植林活動が盛んに行われるようになりました。それにより現在では約54億立方メートルという豊かな森林資源を保有するまでになりました。植林から50年以上が経って大きく育ち、本格的な利用期を迎えた人工林がたくさんあるのです」と林野庁の林政部木材利用課、櫻井知さん。

平成29年(2017年)時点で利用期を迎える51年生以上の人工林が全体の50%に達している。なお「齢級」とは、植林からの年数を5年の幅でくくった単位。植林した年を「1年生」として、「11齢級」なら51年~55年生となる(資料提供/林野庁)

平成29年(2017年)時点で利用期を迎える51年生以上の人工林が全体の50%に達している。なお「齢級」とは、植林からの年数を5年の幅でくくった単位。植林した年を「1年生」として、「11齢級」なら51年~55年生となる(資料提供/林野庁)

高性能林業機械による伐採の様子(写真提供/林野庁)

高性能林業機械による伐採の様子(写真提供/林野庁)

樹木は高齢になると成長量が減少し、CO2吸収量も減少するため、森林サイクルを回して若い森林を増やすことが重要だ。森林サイクルを回すメリットは、CO2削減だけではない。このサイクルを回すことで下記図の通り、全国各地の山間部の経済や雇用、生物の多様性、国土や水資源の保全、豊かな海の創出、健康の促進……多様なSDGsにも貢献することになる。「森林」にはそれだけたくさんの産業や、それに伴う人々が関わっていることになる。

人工林を伐って、使って、植えて、育てるという森林サイクルが回ることで、様々なSDGsに貢献することができる(資料提供/林野庁)

人工林を伐って、使って、植えて、育てるという森林サイクルが回ることで、様々なSDGsに貢献することができる(資料提供/林野庁)

木材は国外依存度が高く、安定的な供給が課題

そこで平成22年(2010年)に公共建築物での木材利用を促進する「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が定められた。さらに木材の利用量を増やすため、2021年に入って公共建築物等だけでなく民間の建築物での利用も促す法律に改定されたというわけだ。

木材の利用事例。江東区立有明西学園(写真提供/ウッドデザイン賞運営事務局)

木材の利用事例。江東区立有明西学園(写真提供/ウッドデザイン賞運営事務局)

木材の利用事例。東急池上線戸越銀座駅(写真提供/ウッドデザイン賞運営事務局)

木材の利用事例。東急池上線戸越銀座駅(写真提供/ウッドデザイン賞運営事務局)

改定内容の大きな特徴は、対象物を単に民間建築物に広げただけでなく、建築主などの事業者による木材利用の取組を国や地方自治体が後押ししたり、川上から川下まですべからく見通しをよくし、お互いの信頼関係をつくることができるよう「建築物木材利用促進協定制度」が新設されたことにある。

木材の流通経路は、川の流れに例えて、よく「川上」「川中」「川下」と呼ばれる。「川上」は森林所有者や丸太の生産者、造林などの林業従事者など、主に原材料としての木材を供給する立場のこと。「川中」は木材の流通に関わる業者や、単板・合板、チップ等の加工業者、プレカット(施工前にあらかじめ使用サイズや形状に加工しておくこと)業者などが当てはまる。「川下」は住宅メーカーなどの施工会社、家具製造会社、バイオマス事業者、建築主や消費者など、木材の最終利用者や最終製品の提供者や利用者を指す。

「山に木が植えられてから、住宅などに使用される間には、たくさんの人々が関係しています。そのため川上からは川下の、逆に川下から川上も、それぞれが抱えている課題が見えにくくなっています」。また間に多くの人々が絡むということは、お互いの信頼関係が築きにくいということもある。

特に信頼関係が重要だということは、最近のウッドショックで例えるとわかりやすい。新型コロナウイルス感染症拡大により、アメリカでは一時期経済が落ち込んだ一方で、急速に新築戸建需要が高まり、木材の供給が需要に追いつかなくなった。そのため木材の価格が世界的に高騰。また、コンテナ不足によって、欧州、北米の現地サプライヤーは、アメリカ向けの供給を増やしたことなどにより、日本向けの供給量は減少。これがウッドショックだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

先述の通り森林資源が豊かな日本は、一見ウッドショックと無縁かと思われがちだが、日本でも木材価格が高騰した。これまで多くの木材を輸入していた日本は、そもそもウッドショックを受けやすい。だからといって豊富なはずの国内に目を向けても、蛇口をひねるように木材は増えないからだ。例えば製材事業者ひとつとっても、これまで以上の製材を行うためには設備投資が必要になる。「投資後も木材の利用が進むようなら製材事業者としても投資するでしょうが、一時の需要だけで投資するのはリスクが高いのです」と櫻井さん。

投資の難しさを理解するために、もう1つ加えるならば、木は植えて50年後にようやく伐採できるということ。春に植えて秋には収穫できる稲作とはタイムスケールが大きく異なるのだ。ウッドショックで言えば「伐れば植えなければならないが、植えた木を50年後に買ってくれるんですか?」と懐疑的になってもおかしくはない。林野庁では、中期的な戦略として、サプライチェーン・マネジメントの構築によるハウスメーカー等からの国産材の安定需要の獲得、加工流通施設の整備等による国産材製品の供給量の増大や競争力の強化、ICTを活用した生産流通管理等による原木の供給量増大を図っていくこととしている。そこで「建築物木材利用促進協定制度」にも、国や地方自治体が川上・川中・川下の三者の信頼関係の構築に一役買うことが期待されている。

法改正により川上から川下まで、信頼関係が築ける環境をつくる

「建築物木材利用促進協定制度」とは、建築主となる民間の事業者等が、安心して木材の利用に取り組めるようにするため、国や地方公共団体、そしてその先の川中や川上サイドと結ぶ協定だ。主に下記のような形態が考えられている。国や地方公共団体が協定に関わることで、事業者等による取組が社会的に認知されやすくなったり、川上から川下までの関係する各者がお互いの信頼関係を構築しやすくなる。

建築物木材利用促進協定制度による協定のイメージ例。建築主となる事業者は、木材供給事業者等と本協定を締結することで、木材の安定的な供給を受けやすくなる。一方で木材を供給する側も安心して供給できる(資料提供/林野庁)

建築物木材利用促進協定制度による協定のイメージ例。建築主となる事業者は、木材供給事業者等と本協定を締結することで、木材の安定的な供給を受けやすくなる。一方で木材を供給する側も安心して供給できる(資料提供/林野庁)

川下である建設事業者側から見れば、これまで製材を販売する川中までは知っていたとしても、森林所有者など木材を供給する川上の事情まではあまり把握していなかった。しかしこの協定制度によって、利用する木材の産地にこだわることができたり、川上では今どんな種類・樹齢の木材が供給可能であるか、再造林は確実に行われているかなど、全体の流れを隅々まで把握できるようになるから、事業計画を立てやすい。逆に川上の木材供給側は川下の考えを直接聞けるようになるため、木材の供給や植林計画が立てやすくなる。その信頼関係は国や地方自治体等が入ることで裏付けもされる。

新設された「木材利用促進本部」は、いわばこの協定制度の旗振り役といったところ。建築物での木材利用促進に関する基本方針の策定や、実施の推進を行う。これまでは農林水産大臣や国土交通大臣の役割だったが、民間企業を広く巻き込む今回の改正後は環境大臣、経済産業大臣、総務大臣、文部科学大臣といった、関係するすべての大臣が加わっている。

さらに官民協議会「民間建築物等における木材利用促進に向けた協議会」(通称「ウッド・チェンジ協議会」)が昨年9月に立ち上がった。これには日本経済団体連合会(日本経団連)、経済同友会、日本商工会議所の経済3団体をはじめ、日本建設業連合会など建築サイド、全国森林組合連合会や全国木材組合連合会など木材供給サイド、全国知事会など行政サイド……という具合に、川上から川下までの各界の関係者が一堂に会する協議会だ。「法改正を契機として、経済3団体を含む幅広い団体に参画いただくことができました」と櫻井さん。今回の法改正は、木材の利用促進にオールニッポンとして一丸となって取り組もうという意思の表れともいえる。

環境問題への取り組みは、もはや企業の至上命題

実際に、民間企業が木材利用を進めている事例も出てきている。例えば三井ホームは国産材も用いて木造マンション「モクシオン」を建設。また三菱地所は建材用の木材の製造から販売までのビジネスフローを統合することで、中間コストを抑制し、新たな建材の生産や、プレファブ化を行う新会社「MEC Industry」を設立。通常の一戸建てでの商品力・供給力を高めるだけでなく、中高層建築・大規模建築物においても木材利用を推進していくことを目指している。

昨年10月に竣工した東京都中央区銀座の「HULIC &New GINZA 8」(ヒューリック アンニュー ギンザエイト)も民間企業による木材利用促進事例の一つだ。

HULIC &New GINZA 8。約60mという高さのうえ、細長いため先進的な技術が必要だった。設計施工は竹中工務店、基本デザイン監修を隈研吾建築都市設計事務所が担当した。

HULIC &New GINZA 8。約60mという高さのうえ、細長いため先進的な技術が必要だった。設計施工は竹中工務店、基本デザイン監修を隈研吾建築都市設計事務所が担当した。

日本初の耐火木造12階建て商業ビルで、木造+鉄骨造のハイブリッド建築。内装では木材を利用した柱や梁、天井が現し(構造材が見える状態のまま仕上げる方法)となっていて、外装材にも木材が利用されている。しかもこの建築で使用された木材と同等量の、約1万2000本が福島県白河市で植林され、森林サイクルを回している。

貸室内観。外観には天然木のルーバーをあしらい、内装では耐火集成材の柱や梁、CLT(直交集積板)の天井が現しとなっている

貸室内観。外観には天然木のルーバーをあしらい、内装では耐火集成材の柱や梁、CLT(直交集積板)の天井が現しとなっている

ヒューリックプロパティソリューション(株)の浦谷健史副社長は「きっかけは2018年の、経済同友会で提言としてまとめられた『地方創生に向けた“需要サイドからの”林業改革~日本の中高層ビルを木造建築に!~』。主に都心における建築での木材利用を促進し、それにより林業の活性化を図り、地方の創生に繋げていこうという趣旨です。もともと当社は約10年前からCO2削減に着目して事業を展開してきましたが、これに地方創生を加えた方針に賛同し、自ら第一号のビル(HULIC &New GINZA 8)を建てて世の中に木造利用の促進を訴えようと考えたのです」

CO2削減に以前から着目していたというが、それはなぜか? 「ESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行なう投資)が注目されているように、これからの企業にとって、企業価値を高めるために環境問題に取り組むことはもはや必須だからです」

実際、同社は約7年前から太陽光発電事業に参入し、全国各地にメガソーラーを建設。そこで発電した電力を、本社ビルをはじめグループ全体で活用している。2024年までに自社で使用する電力を再生可能エネルギーへ100%転換、2030年には同社が保有する全ての建物において 電力由来のCO 2 排出量ネットゼロ化を達成するという目標も掲げられた。ちなみに、このメガソーラーのひとつが福島県にあり、それが縁で今回の福島県白河市の森林サイクル活動につながったそうだ。

太陽光発電施設(埼玉県加須市)。ヒューリックのメガソーラー。他に福島県等にもある。同社はメガソーラー以外にも自社ビル屋上に太陽光発電パネルを設置している(写真提供/ヒューリック)

太陽光発電施設(埼玉県加須市)。ヒューリックのメガソーラー。他に福島県等にもある。同社はメガソーラー以外にも自社ビル屋上に太陽光発電パネルを設置している(写真提供/ヒューリック)

法改正によって森林サイクルが回りやすくなってきた

今回の法改正について浦谷さんは「改正の目的である『民間建築物に木材利用を広げよう』ということは、まさに当社がHULIC &New GINZA 8で身をもって示そうとしたこと。改正の趣旨や改正点は、当社が取り組んでいる姿勢と同義だと考えています」という。

加えて、実際に手がけたからこそわかる、木材利用の課題についても教えてくれた。それはコストだ。高層化や耐火に対応できる木材は最近の技術で、まだ広く普及していないこともあって、現状では高層化・耐火建築物に木材を利用しようとすると、鉄筋コンクリート造よりもコストが高くなるという。

ただし浦谷さんは同時に、この法律によって日本の木材の生産者(川上)や製造者(川中)の活動が促進されれば、市場が活性化されてコストが下がるだろうと期待していている。また「建築物木材利用促進協定制度」などで、福島県白河市とのような関係が他地域とも築けることに期待を寄せる。「やはり国産材を使いたいですし、建物によってそれぞれ特徴にあった木材を利用したいと思います。そのために全国の様々な木材生産者等とつながりやすくなることはとても有効だと思います」

同社は今後も、現在計画中の新宿区の老人ホーム建設をはじめ木材利用を推進していくという。「これを一時のブームで終わらせてはいけません。木材利用は継続的にやること、森林サイクルを回すことに意味があるのですから」

森林サイクルを回すことで脱炭素化が図れるだけでなく、地域経済も潤い、雇用が増え、森や海が保全されて私たちの生活まで豊かになる。今回の法改正では木材利用を国民運動として展開するため「木材利用促進の日」(10月8日)と「木材利用促進月間」(10月)が法定された。私たちもまずは家を建てる際に、利用する木材に思いをはせることから森林サイクルについて考えてみてはどうだろう。

●取材協力
林野庁
ヒューリック

日本は「プラスチック大国」。海洋プラスチックごみは本当は何が問題なのか? 最新事情を聞いてみた

「海洋プラスチックごみ」問題の国際的な動向に合わせ、2020年7月からレジ袋の有料化がスタート。SDGsにも「海の豊かさを守ろう」の目標があり、ここ数年特に関心が高まっています。
そもそも、海洋プラスチックごみをめぐる問題や、レジ袋有料化から1年たった現在の現状、日本での取り組みは、どうなっているのでしょうか。海のごみ問題の解決に向けて活動する一般社団法人JEAN(ジーン)の小島あずささんと吉野美子さんに話を伺いました。

世界的に高まる「海洋プラスチックごみ」への問題意識

「海洋プラスチックごみ」とは、地上から海に流れ出たプラスチックのごみのこと。「G7エルマウ・サミット」(2015年6月)でG7サミットとして初めて世界中で向き合うべき課題として取り上げられ、その後、実効的なアクションを取らなければ2050年までに魚の量を上回ると警鐘を鳴らした「世界経済フォーラム」(2016年1月)、2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにすることを共有した「G20大阪・サミット」(2019年6月)など、近年、国際枠組みへの議論が高まっています。

「こうして聞くと最近の問題のようですが、決してそうではありません。プラスチックが生まれた100年以上前から始まっていたのです」と話すのは、30年以上、海洋ごみ問題の解決のためにさまざまな取り組みを行ってきた一般社団法人JEANの小島あずささんと吉野美子さんです。

小島あずささん(左)と吉野美子さん(右)。小島さんは友人と日本で初めてのエコバッグをつくったのを機に本格的に活動をスタート。吉野さんは川の環境に関する活動をしていたことがきっかけでこの仕事を始めました(写真提供/一般社団法人JEAN )

小島あずささん(左)と吉野美子さん(右)。小島さんは友人と日本で初めてのエコバッグをつくったのを機に本格的に活動をスタート。吉野さんは川の環境に関する活動をしていたことがきっかけでこの仕事を始めました(写真提供/一般社団法人JEAN )

「プラスチックに関係なく、『海のごみ』問題は昔からあったのですが、『海岸の景色を台無しにしている』『拾えばなんとかなる』としか見られていませんでした。その傍らで1900年代のはじめに世界初のプラスチック『フェノール樹脂』が誕生。安価で成形しやすい夢の物質として先進国を筆頭に技術開発がされ、たくさんの種類と量が市場に出回るように。人々が使い捨てることで、ごみが一気に増えていきました。そんななか、約10年前から『マイクロプラスチック』が人体や環境に影響があるのではと懸念されるようになり、研究者たちが注目し始めたんです」(小島さん)

生活の場から意図せず海に流出するプラスチックの現状

マイクロプラスチックとは直径5mm以下の微小なプラスチックのことで、もとから小さくつくられ、洗顔料や歯磨き・化粧品・柔軟剤などに含まれる「一次マイクロプラスチック」のほか、プラスチックごみが劣化して砕けた「二次マイクロプラスチック」があります。プラスチックは自然に還ることはないため、いったん、処理されずに環境中に出ると、空気中や海洋中に漂い、半永久的に蓄積するといわれています。

「マイクロプラスチック」は北極や南極でも観測されていて、2020年、オーストラリアの研究者が「世界の深海の底に推定1400万トン以上、堆積している」と発表しました(写真/PIXTA)

「マイクロプラスチック」は北極や南極でも観測されていて、2020年、オーストラリアの研究者が「世界の深海の底に推定1400万トン以上、堆積している」と発表しました(写真/PIXTA)

「グラウンドやショッピングモール、玄関マットなどで使われる『人工芝』は、足でこすれて千切れてしまうと、雨風で移動してごみになっていきます。靴底や自動車のタイヤなどは摩耗すると『マイクロプラスチック』に。駐車場などに置きっぱなしになったカラーコーンの欠片が雨風にさらされて川に流出することもあります。
また、区市町村のルールを守ってごみを出しても、カラスに散らかされることがあるでしょう。道で前を歩いている人が、ポケットやバッグから何かを取り出すときに一緒にしまってあった飴の空き袋などを落とすのを見たことはありませんか。

このように、私たちの暮らしから意図しないプラスチック散乱ごみが生まれているんです。

1人が出す量は少なくても、これが10人・1000人・日本・世界まで広がり、さらに何十年も続いてきたのを考えれば、とてつもなく大量だと分かるはずです」(吉野さん)

私たちが日常で“燃えるごみ”“燃えないごみ”等と仕分けて集積場に出すものについては各自治体で処理されます。しかし、ごみとなるプラスチックが存在する限り、どうしても“意図しない散乱ごみ”は生まれてしまいます。

「道路の排水用の側溝には、タバコの吸い殻など道端のごみも雨に流されて入り込みますが、下水道の方式によっては処理場を通らずそのまま川に放流されます。汚水と合流して下水処理場を通る方式でも、流量が増える大雨のときには、処理場の能力を超える分の下水は手前でオーバーフローさせて直接川に流す仕組みになっていますので、ごみも一緒に川から海へということになります」(吉野さん)

日本の海辺で多いのは、国内のごみ。日本のごみが海流に乗って北西ハワイなどを経て北米西海岸の方へと流れていき、数年後に南太平洋の島に流れ着くということも(写真/PIXTA)

日本の海辺で多いのは、国内のごみ。日本のごみが海流に乗って北西ハワイなどを経て北米西海岸の方へと流れていき、数年後に南太平洋の島に流れ着くということも(写真/PIXTA)

便利な生活の果てに出たプラスチックごみが、たくさんの生物を傷つけている

2019年3月、フィリピンの海岸にクジラが打ち上げられ、胃から40キロものビニール袋が見つかったニュースが記憶に残っている人もいると思います。「日常生活から出た意図しないごみが『海洋プラスチックごみ』になっていることを考えると、遠く海外のクジラのお腹から見つかったプラスチックの破片が、自分に関係あるものではないと誰も言えない」と吉野さんは話します。

ある研究者の推計によると海洋に出るプラスチックごみは年間800万~1300万tともいわれていて、汚染は深刻。前述のクジラの事例だけでなく、海鳥がエサと間違えてライターやペットボトルのフタを飲み込んだり、漁網にウミガメが絡まったり、魚のお腹から「マイクロプラスチック」が見つかったりしています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「ウミガメが漁網に絡まって死んでしまうこともあるんです。海で使う道具類もすっかり天然材料からプラスチックに置きかわりました。一度、絡まると簡単には外れません。アザラシも海洋プラスチックごみが原因で死んでしまうこともあります。実は1960年代から一部の研究者の間でこうした被害の報告があったんです。注目されなかった月日を『失われた50年』と受け止めています」(小島さん)

「海洋プラスチック」は私たちの健康にも悪影響を及ぼす可能性があるといいます。プラスチックにはもともと化学物質が添加されていることもありますし、後から吸着する性質もあり、マイクロプラスチックを誤飲した生き物を経て、化学物質も人体にめぐってくることになるといわれています。

大切なのは無駄な消費を減らし、長く使えるものを熟考して買うこと

お二人は「レジ袋有料化は海外に比べれば遅まきの政策でしたが、人々の意識を変えるきっかけをつくった一面はあるのでは」と言います。この“意図しないプラスチックごみの散乱”が日常にあふれている状況を変えるには「シンプルにプラスチックの“消費”を減らすことが大切」と小島さんが言うように、レジ袋の有料化はプラスチックの絶対数を減らし、プラスチックの使い方への関心を高めていく意味では、長い目で見たときに有効な効果を発揮していくように思えます。有料化から4カ月経った11月時点では、環境省や経産省が行ったWEB調査で「1週間、レジ袋をつかわない人」が3割から7割に増加したというデータも。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

レジ袋に限らず、「便利だからと使い捨てしないことも必要です。長く大切にできるものを選びたいですね」と小島さんは続けます。

また、プラスチック製品といえば、「竹ストロー」や「蜜蝋ラップ」といった代替品もありますが、小島さんと吉野さんは、そもそも「使わない派」なのだそう。なるほど、代替品を探すのではなく、使わないというのも選択肢です。

「飲みものはストローなしで飲める場合も結構ありますし、残った食べものはフタつきの耐熱ガラス容器に入れておくと温めなおしてそのまま食卓にも出せますし、食べ切ってしまえばラップをかけてしまう必要はありません。完ぺきを目指すと窮屈になるので、『こうすれば必要なくなる』というのをゲーム感覚で探すと面白いのではと思います」(吉野さん)

日本と海外の意識の違いに目を向け、これからのあり方を考える

日本は世界に類を見ない“プラスチック大国”。
「街の至るところに自動販売機やコンビニがあるのは日本ぐらい。袋の中でわざわざ個包装されたお菓子は、そうした習慣のない海外の人からは不思議な光景にさえ見えるでしょう」(吉野さん)

「『海洋プラスチックごみ』問題は世界共通ですが、日本は新しい素材によってどれほどごみが生まれ、どう処理していくかを、予防原則にのっとって考えてこなかったのではと思います。
このような状況で、日本は年間約150万トンもの廃プラスチックを再生材料として海外に輸出していましたが、2017年に主な輸出先だった中国が輸入制限を打ち出し、廃プラスチックの行き先が大きく狭まりました。急ぎ対応を迫られるなか、同じように廃プラスチックを輸出していた先進各国の中で、EUがいち早く『サーキュラー・エコノミー(循環型経済)におけるEUプラスチック戦略』を発表しました」(小島さん)

アメリカの環境NGOが主宰する活動を契機に始まったJEAN。世界中で一斉に展開される国際海岸クリーンアップを日本で取りまとめています。海のごみには食品の包装・容器類がとても多いそう(写真提供/一般社団法人JEAN)

アメリカの環境NGOが主宰する活動を契機に始まったJEAN。世界中で一斉に展開される国際海岸クリーンアップを日本で取りまとめています。海のごみには食品の包装・容器類がとても多いそう(写真提供/一般社団法人JEAN)

EUでは企業が製品開発をする際にそもそも地球に負荷をかけないという視点で開発が行われており、消費者も、商品が環境配慮がされているものであるという点に魅力を感じるといいます。

「日本でも企業はほとんどが何らかの形で海外との接点をもっていますので、プラスチックに関しては企業活動の基準を国際基準にシフトすることはいまや必然です。使用量の削減、品質を低下させない水平リサイクル、使い捨てにしないことと温室効果ガス排出削減とを両立させるリサイクルの実用化など、今まで脇に置いてきたことに対し、企業は枠を超えた挑戦を始めています」(吉野さん)
「JEANが行う講義やワークショップにも、『自分たちの問題』と石油・プラスチック系の企業から申し込みをいただくこともあります。最近では、同業他社が連携してSDGsに取り組むことも増えています。産業界全体でSDGsの気運が高まっていて、旧来のあり方から脱却しはじめているといえそうです」(小島さん)

JEANでは小中高の学校や大学のほか、自治体や企業から依頼を受けて海洋ごみ問題についての講義・ワークショップ・海辺のクリーンアップを実施。とくに子どもからは活発な意見が聞かれます。写真は国際海岸クリーンアップのごみ調査(写真提供/一般社団法人JEAN)

JEANでは小中高の学校や大学のほか、自治体や企業から依頼を受けて海洋ごみ問題についての講義・ワークショップ・海辺のクリーンアップを実施。とくに子どもからは活発な意見が聞かれます。写真は国際海岸クリーンアップのごみ調査(写真提供/一般社団法人JEAN)

レジ袋有料化、環境に配慮した商品開発、SDGsの気運の高まり……少しずつ海洋プラスチックごみをめぐる状況は変化しつつあります。そうしたなかで吉野さんは、プラスチックの代替品として注目を浴びている多種多様な「生分解性プラスチック」は、何に使うかを注意深く見極める必要がありそうだと言います。「分解までの間の環境負荷はなくならないのに、分解するからポイ捨て可になってしまった失敗例もありますし、リサイクル可能な分解しないプラスチックとの混在は双方に不利になります。ごみになってからの分別や、種別の回収処理ルートは誰が担うのでしょう。何より根本の問題が解決しないまま『使い捨て』に頼り続けるのは、本末転倒だと思うのです」。対策として打ち出したものが、新たな環境汚染につながる可能性を秘めている。一つ一つ、慎重に選択肢を選び取っていく必要がありそうです。

先のことまで考えてものを買うこと・無駄に使っているものを見直すことは、少し面倒に見えますが、日本が便利さに甘え忘れていた本来のあり方といえるでしょう。小島さんと吉野さんのお話は、私たちが見過ごしてきたことへの戒めと、シンプルで心地よい暮らしへのメッセージのようでした。

●取材協力
一般社団法人 JEAN

フランスは食品ロス対策の最先端! コロナ禍で大流行のアプリ「Too Good To Go」を4店舗で使ってみた

環境問題に関心が高いヨーロッパ、食品ロスは日本よりもずっと以前から問題視されてきましたが、コロナ禍でさらに関心が高まっています。外出規制やマスク着用という不自由で不安な生活がすでに1年3カ月続いているなかで、自分の生き方や地球環境に目を向ける時間が増えたからです。そんななか、ヨーロッパ全土で食品レスキューアプリ「Too Good To Go」が大流行中。筆者が暮らすフランスから、食品ロス対策の最前線をお伝えします。
地球温暖化を身をもって体験したパリジャン&パリジェンヌが動き始めた!

10年前、パリの住宅にはクーラーはほとんどありませんでした。毎年夏でも寝苦しい日は数日、日差しは強くても日陰は涼しく心地が良かったのです。しかし、数年前から30度以上の暑い日が続き、扇風機の売り上げがグッと伸び、冷風機(水を機械に入れて冷風を出す仕組みで、エアコン・クーラーのように室外機を設置しなくて良いタイプ)というものまで販売されるようになりました。さらに、去年の冬は雪がほとんど降らなくなり、12月になってもダウンジャケットを着なくても過ごせるように。パリの人々も身をもって地球温暖化を体験しています。
そんな危機感を募らせるフランスの人々が起こした行動が、本来食べられる食品が捨てられてしまう「食品ロス問題」に立ち向かうこと。現在、生産された食品の3分の1が廃棄されているといわれ、これは世界規模で膨大なコストがかかるだけでなく、気候変動にも大きな影響を与えているのです。自分たちの毎日の生活に深く結びついている「食」からならなんとかしていけるかも!と考えたのです。

フランス政府が世界でいち早くしたこと

2016 年 2 月、フランス政府は世界でいち早くスーパーマーケットの食品廃棄を禁止する法律をつくりました。スーパーマーケットはこれらの食品を慈善団体やフードバンクに提供をすることで、食べることに苦労している人々に毎年さらに何百万もの無料の食事を提供できるようになりました。SDGs(持続可能な開発目標)の「目標2:飢餓をゼロに」にも効果を発揮しています。

本来ならスーパーマーケットの食品は賞味期限が切れたら次の日には捨てられてしまう(写真撮影/松永麻衣子)

本来ならスーパーマーケットの食品は賞味期限が切れたら次の日には捨てられてしまう(写真撮影/松永麻衣子)

ほかにも、こんなことも行われています。

■国連気候変動会議COP 21は、約 100 のレストランに 対して100,000 個の「持ち帰り用」ボックスを配布し、客が食事の残り物を持ち帰ることができるように。SDGsの「目標12:つくる責任、つかう責任」を推進

■フランスでは、学校の食堂で準備された食事の 3 分の 1 は食べられないままです(フランスの給食はビュッフェスタイルなため、子どもたちは好きなものだけをよそいます)。この無駄をなくすためにパリ市では学校に対して、「学校それぞれでドレッシングを手づくりにすることでサラダをもっと美味しく食べられるようにしたり、果物を切り分けて食べやすくしたりするなど、子どもたちに給食を好きになってもらう努力が必要」と食品管理を呼びかけています。

■パリ市は、家庭での食品廃棄物をリサイクルすることを推奨しています。リサイクルボックスを配布するなどし、分別ゴミとして収集された後は、肥料に変換されるか、熱と電気、またはバス用のバイオ燃料に変換されます。

フランスのスーパーマーケットやマルシェでは、以前からエコマインドがあった

日本ではレジ袋が有料化したのは昨年7月からですが、フランスは数年前からすでに取り組んでおり、スーパーオリジナルのエコバッグの販売に力を入れています。特に、「MONOPRIX」のエコバッグは、定期的に新作を出しており、コレクターアイテムにもなっています。

1~1.5ユーロのMONOPRIXのエコバッグ。日本でも大人気。お土産にも喜ばれています(写真撮影/松永麻衣子)

1~1.5ユーロのMONOPRIXのエコバッグ。日本でも大人気。お土産にも喜ばれています(写真撮影/松永麻衣子)

食品ロスが話題になる前から日常的に行われていたことも、食品ロスを減らすのに効果的だと見直されるようになりました。
例えば、パリのマルシェでは1ユーロプレートをよく目にします。屋台の端に、まだ美味しく食べられるけれど鮮度がこれから落ちてしまう野菜や果物が1ユーロプレートに並べられています。例えば、ラディッシュ2束1ユーロ/葉は枯れてしまっているけれど、実はまだまだ美味しい。ライム6個1ユーロ/皮の部分がちょっとしぼんできているけれど、果汁は十分美味しい。キウイ8個1ユーロ/熟して柔らかいけれど、ジャムにしたりジュースにするには美味しい。などなど。

店頭でも食品ロス削減運動。見た目は悪いけれど、まだまだ美味しく食べられる食品の“福袋“(写真撮影/松永麻衣子)

店頭でも食品ロス削減運動。見た目は悪いけれど、まだまだ美味しく食べられる食品の“福袋“(写真撮影/松永麻衣子)

フランスの食品を量り売りするシステムは、パックやブーケなどとは違って余分に買いすぎてしまうことを避けられます。フランスの値札はほとんどが<1kgいくらか>と表示されていますし、マルシェではもちろんスーパーでもバナナ1本から買うことができます。

ヨーロッパで食品レスキューアプリ「Too good To Go」が大流行! 使ってみました

フランス政府がスーパーマーケットの食品廃棄を禁止する法律をつくった2016年と同年3月、「too bood to go」 というフードレスキューのアプリがリリースされました。2015年にデンマークで創業、現在15カ国で展開され、3900万人以上のユーザーを抱えています。2016年から今までに7650万食がレスキューされました。
レストランやスーパーマーケットなどで賞味期限切れ間近だったり、パッケージが破損してしまったりといった“捨てるにはもったいない食品/食べるには問題ない食品”が元の販売価格の3分の1程度で手に入ります。

食品レスキュー・アプリ「Too good To Go」の画面(写真/アプリ画面より)

食品レスキュー・アプリ「Too good To Go」の画面(写真/アプリ画面より)

アプリをインストールしたら、国を選び、自分がいる場所から加盟店を表示し、食品ロスのある店舗を探します。半径3km以内、5~30kmなど範囲を指定して検索できます。筆者は徒歩圏内で利用したいということで、3km半径に設定しました。

レスキューして欲しい食品があると“緑の●”、残り1袋だと“黄色い●”、ないときは”グレーの●”と一目瞭然。お気に入りのお店をまとめて見られたり、アプリがオススメしてくれたり、とても使いやすいです。
予約をした後はネット支払い、指定時間に店で受け取り、アプリで受け取り確認をして終了。“食品ロス福袋”は何が入っているか分からないので、サプライズ感もあって楽しかったです。
ただ、中身はヨーグルト4個パックなど一人暮らしでは食べきるのが難しいものもあり、食品ロスにつながってしまう可能性がある点は注意が必要です。筆者は5人家族、食べ盛りの子どもが3人いるので3分の1の価格で食品が手に入るのはとてもありがたいです。何が入っているか分からなくても、週に1回の利用なら、さまざまなメニューに工夫して使ってみることができ、楽しみながら食品ロス削減に貢献できそうだと思いました。

お気に入りのお店の”今日のレスキュー”のオファー画面。12ユーロ相当の食品が3.99ユーロだったり、とにかくオトク。決められた時間帯に取りに行きます(写真撮影/松永麻衣子)

お気に入りのお店の”今日のレスキュー”のオファー画面。12ユーロ相当の食品が3.99ユーロだったり、とにかくオトク。決められた時間帯に取りに行きます(写真撮影/松永麻衣子)

この様に”●”でお店が表示されます。高齢者も多く使っているそう(写真撮影/松永麻衣子)

この様に”●”でお店が表示されます。高齢者も多く使っているそう(写真撮影/松永麻衣子)

4店舗で“食品レスキュー”した結果は?

加盟店には大型スーパーの「カルフール」や「モノプリ」、人気パン屋の「ポール」や「エリックカイザー」、Bioショップの「ナチュラリア」などのチェーン店が多いのも魅力です。

今回はスーパーを2軒、新しいスタイルのデリバリー専門スーパー1軒、Bioショップ1軒の計4軒で“食品レスキュー”を試してみました。

まずは食品レスキューを率先して行っている「カルフール」。我が家から徒歩圏内になんと5軒もあるので、使い勝手も抜群です。

レジに並ぶことなくレジでスマホを見せると担当者が奥へ。5分ほど待ち、福袋をゲットしました(写真撮影/松永麻衣子)

レジに並ぶことなくレジでスマホを見せると担当者が奥へ。5分ほど待ち、福袋をゲットしました(写真撮影/松永麻衣子)

(写真撮影/松永麻衣子)

(写真撮影/松永麻衣子)

15ユーロ相当の食品を3.99ユーロで購入できました。
中身は、賞味期限ギリギリのお菓子、鶏ささみ(下味をつけて次の日に調理)、マーシュ(サラダにするとおいしい野菜・次の日に完食)、食パン、クロワッサン、パン・オ・ショコラ、ブレッツェル(全て次の日に完食)。ちょっと乾いたフヌイユ(野菜・冷蔵庫で保管して1週間以内に完食)、傷のあるりんご(当日美味しく食べました)、ちょっと傷んだメロン(当日食べましたが美味しくなかった)という結果でした。

次は我が家のお気に入りのスーパー「SUPERU」。行くたびに、店員がレスキュー商品らしきものをマジックバッグにかなりの品目を詰めているのが気になっていました!

シンプルな袋は、持つとずっしり重かった(写真撮影/松永麻衣子)

シンプルな袋は、持つとずっしり重かった(写真撮影/松永麻衣子)

(写真撮影/松永麻衣子)

(写真撮影/松永麻衣子)

15ユーロ相当の食品が3.99ユーロ。25ユーロ分あるのでは?と思う充実の内容でした。
全てが賞味期限ギリギリで、ハム2パック(次の日に完食)、七面鳥(当日スープに)、生ソーセージの盛り合わせ(冷凍して3日後に白いんげんと煮込みました)、キッシュ(冷凍して後日完食)、ムサカ(東地中海沿岸の伝統的な野菜料理・当日完食)、サンドイッチ(次の日に完食)、ヨーグルト類(次の日完食)。肉類が多かったのでとても満足でした。

3軒目は、新しいスタイルのデリバリー専門スーパー「Dija(ディジャ)」。通常は商品を購入すると配達人が商品を届けてくれますが、食品レスキュー商品は消費者が特定の場所に取りに行きます。倉庫のようなところに自転車が数台、配達人が待機していました。

紙袋にはあらかじめパンドゥカンパーニュと食パンが入っていて、お客が来るとそこに冷蔵食品を詰めて渡してくれます。受け渡しがとてもスピーディーです!(写真撮影/松永麻衣子)

紙袋にはあらかじめパンドゥカンパーニュと食パンが入っていて、お客が来るとそこに冷蔵食品を詰めて渡してくれます。受け渡しがとてもスピーディーです!(写真撮影/松永麻衣子)

(写真撮影/松永麻衣子)

(写真撮影/松永麻衣子)

こちらも15ユーロ相当の食品が3.99ユーロ。賞味期限当日だったリヨンソーセージ(冷凍庫で保管し、週末のバーベキューで完食)とフムス(ひよこ豆のペースト状の中東の料理・3日間ぐらいで完食)、と前述のパンが入っていました。パンは賞味期限ギリギリということもありかなり硬く、手を加えないと食べられない状態でした。

ラスト4軒目は、食への意識が高いBioショップ「ナチュラリア」です。Bioショップは全体的にアプリと提携しているお店が多いようです。また、以前からレジ袋や野菜の包みに再生紙を使ったり、ジュースなどの瓶を返却すると瓶代が返金されたりと、食品ロス削減とゴミを減らす呼びかけがされていました。ドライフルーツの量り売りのために入れ物を持参するお客さんも多く、カルチャーが根付いているように感じます。

再生紙のバッグにズッシリと入っていました。買い物客と同じように列に並び、順番が来たらレジでスマホを見せます。“福袋”はレジの横の冷蔵庫に保管してありました(写真撮影/松永麻衣子)

再生紙のバッグにズッシリと入っていました。買い物客と同じように列に並び、順番が来たらレジでスマホを見せます。“福袋”はレジの横の冷蔵庫に保管してありました(写真撮影/松永麻衣子)

(写真撮影/松永麻衣子)

(写真撮影/松永麻衣子)

15ユーロ相当の食品が3.99ユーロ。エシャロット(まだまだ美味しく食べられる状態)、パン(硬くて食べるのを諦めました)、バナナ(ケーキに使いました)のほか、賞味期限切れ当日の鶏肉(次の日にオーブン焼きにして完食)、カマンベールチーズ(1週間ぐらいで完食)、フルーツ入りヨーグルト(2日間で完食)、プリン(次の日に完食)が入っていました。Bio食品は価格が高いので、これだけのものが入っていたら週に1回ぐらいの割合でレスキューしたいと思いました。

デリバリーショップも食品

食品レスキューは、デリバリー業界にも浸透しつつあります。

今パリは、コロナ禍による外出制限解除の2段階目の状態です(6月4日現在)。夜の帰宅は19時から21時に伸び、商店と映画館や美術館は全て開き(入場制限があります)、カフェとレストランはテラスのみ営業可能になりました。

コロナ禍でUber Eatsの利用がうなぎ上り、個人事業主登録したドライバーが街にあふれました。しかし、人気レストランの前ではUber Eatsのドライバーがたむろしている雰囲気だったり、ヘルメットをかぶらずに事故を起こしたり、保冷バッグが使い古されて汚かったりと、なんとも雑なイメージが定着してしまっています。

そんな中、「gorillas(ゴリラ)」は“オーダーしてから10分以内でお届け!”を謳い文句にした新しいスタイルのデリバリー専門スーパーです。オーダーが入ったら倉庫で待機している職員が商品を袋詰めし、オールブラックの制服(転んだときのための膝などのプロテクト付き)にヘルメットをかぶり自転車でデリバリーします。

筆者がオーダーしてみると、4分後に商品が届きました。23時までやっているので、21時の外出制限のときに買い忘れなどあっても安心。一人暮らしで病気のとき、ご老人の買い物、などこれからも需要は伸びそうです。
そんな「ゴリラ」の食品ロス削減へのアプローチは、ただ賞味期限切れや鮮度が少々落ちた野菜や果物を安く販売するのでなく、福袋にしたり、素敵なおまけにしてみたりと、ちょっとした工夫で食品ロス削減に楽しく参加できる、というものです。

今回は、バナナとりんご(ゴリラにちなんで(?))でした。

手書きの「ご注文ありがとうございます」カードとエコバッグが付いてきました。こんなスタイルもかっこいいのです(写真撮影/松永麻衣子)

手書きの「ご注文ありがとうございます」カードとエコバッグが付いてきました。こんなスタイルもかっこいいのです(写真撮影/松永麻衣子)

このように、フランス内で食品ロスをめぐる対策はどんどん広がってきています。我が家では、子どもたちと話し合った結果、週に一度はこのアプリを利用して食品ロスを無くすことに貢献しようということになりました。日本でも、食品ロスアプリが登場してきています。みなさんもぜひ使ってみてください!

「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由

在宅勤務が増えた人も多いだろうが、そうなると気になるのが今年の夏の冷房費。さらに今冬の暖房費もきっと……? そんななか、山形県が2018年に、鳥取県が2020年に国の省エネ基準のほぼ倍となる厳しい断熱基準を打ち出し、それに適合する省エネ住宅を推進している。なぜ国より厳しい基準を設けたのか、家を建てる私たちにどんなメリットがあるのか? 各県の担当者に話を聞いた。
ヒートショックによる死亡者数が交通事故の約4倍!?

国民が健康的な生活を送れるようにと定められているのが、省エネルギー基準(以降、省エネ基準)だ。この省エネ基準をクリアすることは家を建てる際の義務ではないが、例えば金利の優遇を受けられ【フラット35】S 金利Bプランの利用条件の1つに、「断熱等性能等級4」がある。これは現在の国の省エネ基準に相当する。また住宅ローン控除や固定資産税優遇制度などが受けられる長期優良住宅の「省エネルギー対策」も断熱等性能等級4が条件となる。

このように省エネ基準を満たす家づくりが推奨されている中、山形県は国の基準よりも高い「やまがた健康住宅基準」を2018年に定めた。これには同県ならではの切実な理由があった。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「実は山形県でヒートショックによる死亡者数の推計値は年間200名以上。これは交通事故による死亡者数の4倍にもなります」と山形県県土整備部建築住宅課の永井智子さん。しかも山形県といえば寒い東北地方、というイメージだが、実は山形市や米沢市は盆地にあり、寒い地方だけれど夏は暑いという、寒暖差の大きい地域。大きな寒暖差は、体に悪影響を与える。ちなみに2007年に岐阜県多治見市に抜かれるまでは、74年間も1933年に山形市が記録した40.8度が日本一の最高気温だった(現在は2018年に記録した埼玉県熊谷市の41.1度が最高)。

では「やまがた健康住宅基準」が国の基準と比べてどれくらい高いのか。比較したのが下記図だ。

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較(編集部作成)
※「国の地域区分」…国が省エネ基準を定める際、地域の気候に合った基準を定めるために全国を8つの地域に分けた区分のこと
※「UA値(外皮平均熱貫流率)」…住宅の断熱性能を示す。1平米あたりどれだけの熱が中から外へ逃げるのかを示しており、数値が低いほど断熱性能は高い
※「相当隙間面積(C値)」…住宅の隙間がどれだけあるかを示すもので、これも数値が低いほど気密性が高いことを示す

表内の「地域区分」は市区町村単位で決められていて、山形県の場合、地域区分は3~5に分かれているが、「やまがた健康住宅基準」は地域区分ごとに断熱性能の高低レベルとしてI~IIIの3つを設定している。一番低いレベルIIIでも、国の基準はもとより、ZEH(年間の一次エネルギー消費量がゼロ以下)の基準をも上回る。一番高いレベルIは、ZEHの約2倍という高い数値だ。

暖房を切って寝ても翌朝室温10度を下回らない家

もともと山形県は省エネ活動に積極的で、以前から学識経験者や県内の住宅関係者、環境や森林部門など各部署の人々から成る「山形県省エネ木造住宅推進協議会」を設けていた。この協議会の会長で、省エネ住宅に詳しい山形県東北芸術工科大学の三浦教授をはじめたとした学識経験者の方々に意見をうかがいながら「HEAT20」の基準を参考に「やまがた健康住宅基準」を定めることにしたのだという。

「HEAT20」が推奨するUA値は3つのレベルがあり、それが下記の数値だ。一番低いレベルの「G1」の数値を見ると、地域区分3では0.38、4なら0.46、5は0.48(いずれも単位はW/m2・k)。そう、山形県のレベルI~IIIの基準値と同じなのだ。

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較(編集部作成)。ちなみに「HEAT20」とは地球温暖化やエネルギー問題に対応するため2009年に発足した「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」の略称。住宅の省エネルギー化を図るため、研究者や住宅・建材生産者団体の有志によって構成されている

ちなみに「HEAT20」では、「G1」レベルの家で地域区分3~5(山形県の全域が該当)の場合、冬の最低の体感温度が概ね10度を下回らない断熱性能があるとしている。「ヒートショックを防ぐためには、最も寒い時期でも就寝前に暖房を切り、翌朝室温が10度を下回らないように」(永井さん)という断熱の目的に合致した基準というわけだ。

「やまがた健康住宅基準」と認定された住宅を建てた場合は、県による「山形の家づくり利子補給制度」の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」として補助金を受け取ることができる。

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度。所得1200万円以下の県内在住者を対象に、住宅ローンの当初10年間が対象。年度末に利子補給金が1年分振り込まれ、10年間で最大約80万円が交付される

上記表の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」は「やまがた健康住宅基準」の認証を受けることが条件だが、認証制度を開始した2018年度で21件、2019年度で35件と着実に伸びている。「やはり暑さ寒さが身に染みている県民だからこそ、多少初期費用が高くても断熱性能の高い家を求めるのではないでしょうか」と永井さんは分析する。

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

鳥取県は山形県よりもヒートショックの危険が高い!? 

一方、同じ日本海側とはいえ山形県よりずっと西に位置する鳥取県も、同様に国の基準より高い「HEAT20」の基準を参考に、「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を定めた。西の方だからさほど寒くないのでは?と思いがちだが、同県のシンボルの一つである大山(だいせん)にはスキー場もあるなど、冬になれば雪が積もる。鳥取県住まいまちづくり課の槇原章二さんによれば「国のスマートウェルネス事業にも携わっている慶応大学の伊香賀先生の調査によれば、鳥取県は全国の冬季の死亡率割合がワースト16位だったんです」という。

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの(出典/慶應義塾大学伊香賀研究室提供資料)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

すべての死因がヒートショックによるものかどうかまで精査するのは難しいが、冬の心疾患や脳血管疾患といえば、ヒートショックにより引き起こされる疾患の代表格。その数が寒冷な北海道や青森県よりずっと多いのだ。また上記グラフをよくみれば、死亡増加率の高い県は、意外と比較的温暖な地域がずらりと並んでいることに気づくだろう。「ヒートショックは寒い時期に起こりやすい→だから寒くない地域はそこまで心配する必要はない」という油断が、この結果を招いているのだと思われる。

一方で、上記の考え方に沿えば「寒い地域だからこそ、家の断熱性は高くしよう、家を暖かくしよう」と考える人が多いからこそ、寒冷な地域は数が少ないのかもしれない。とはいえ、上記表でベスト9位という山形県でも、先述の通り交通事故の4倍がヒートショックで亡くなっている。そう考えると東西南北を問わず、日本全体がヒートショックの危機にさらされているということになる。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

そもそも日本は昔から高気密高断熱の真逆、通気性を重視する家づくりが盛んだった。吉田兼好は「家つくりやうは、夏をむねと すべし」と、夏のジメジメした気候に合う、通気性のよい家づくりをと、徒然草に書いたほどだ。日本人の多くは、断熱性の低い住まいが当たり前だったことから、室内温度は外気に左右されやすいもので、家にいても「夏は暑い、冬は寒い」「北は寒い、南は暖かい」のは当たり前、という考えが根付いたのだと思われる。なにしろ高気密高断熱の住宅という考えが日本に知られるようになったのは、西洋風の住宅が広まりだした1960~70年あたりからと、日本の歴史から見れば、つい最近の話なのだ。

全館空調システムを導入しても採算が取れる家

もともと県内で健康省エネ住宅の普及に取り組んできた民間団体であるとっとり健康省エネ住宅推進協議会(代表理事 谷野利宏)に県としても参加し、協議会で話し合いを重ねる中で、健康省エネ住宅の普及に向けて県としての省エネ住宅のモノサシをつくろうということになったという。

とっとり健康省エネ住宅性能基準

とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページより。ちなみに鳥取県のほとんどは国の定めた地域区分では、比較的温暖な地域の6にあたるが、同一市町村内でも標高差が大きい鳥取県では国の定めた地域区分も「実態に則していない」「消費者にとってわかりづらい」という課題があった(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

「ヒートショックを防ぐためには、廊下も含めて住宅の隅々まで同じ温度であることが必要になります。そうなると全館空調システムは必須。では全館空調システムの効果を高めるためには、住宅の断熱性能がどの水準にあればいいのか、光熱費の削減率や高気密高断熱住宅を建てるコストはいくらほどになるのか、をシミュレーションすることから始めました」と、鳥取県住まいまちづくり課長の遠藤淳さん。

その際に、山形県同様「HEAT20」の断熱基準を元にシミュレーションしてみたのだという。「HEAT20」の基準を元に計算した理由は、遠藤さんは以前から日本の基準がヨーロッパなど世界と比べ低いことに課題感を持っていて「HEAT20」の基準が欧米で義務化されている水準であることからだそうだ。

シミュレーションの結果「初期投資があまり高くなりすぎず、全館空調の効果を高める断熱性能の基準がUA値0.48であることがわかりました。UA値0.48は「HEAT20」の基準で地域区分が5のG1に相当します。鳥取県はほとんどが地域区分6ですが、県全体の共通基準としてシンプルに示すため地域区分5のUA値を採用しました」(槇原さん)。それが上記表の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」の「T-G1」にあたり、国の基準値で建てた場合と比べると、光熱費を約30%削減できるというシミュレーションの結果となった。さらに断熱性能の高い「T-G2」や「T-G3」であれば、それぞれ約50%、約70%の削減に繋がる。「T-G2なら15年で初期費用の増額分を回収できるくらいの光熱費削減効果があります」と槇原さんはいう。やはり断熱性能が高ければ、光熱費を大幅に削減できるのだ。

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

始まったばかりだが、省エネ住宅を建てられる施工会社は多い

先述のシミュレーション結果をもとに策定した健康省エネ住宅性能基準を軸に、鳥取県では令和2年(2020年)度から「とっとり健康省エネ住宅普及事業」をスタートさせた。上記表の通り、補助金制度も用意したが、まだその詳細が決まっていないころの2019年の年末の仕事納めの日に、遠藤さんたちは知事にこれらの事業について報告。さあ、年が明けたら忙しくなるぞ、と思っていたら知事が年頭の挨拶でこの「とっとり健康省エネ住宅普及事業」について発言したため、正月から各メディアに取り上げてもらえたという、うれしいサプライズがあった。

知事による発言の効果もあったのだろう、2月に行った施工会社等事業者向けの説明会には、想定を超える200名以上が参加。5月から6月にかけて事業者向けの技術研修にも271名もの参加者があったという。

この技術研修の最後に、平たくいえば試験が行われ、そこで合格した人が「とっとり健康省エネ住宅普及事業」の登録事業者になる。登録事業者が建てて、とっとり健康省エネ住宅性能基準を満たした住宅が「とっとり健康省エネ住宅」と認定される。7月末時点で登録事業者は設計が121人、施工が104人(両方取得した人もいる)。スタートしたばかりにも関わらず、いずれも想定以上の人数で、業界をあげて事業に積極的であることが伺える。

この状況に対して遠藤さんは「年頭の知事の発言で『県が本腰を入れて取り組む事業』と周知されたことで注目を集めたことと、事前説明会で、日本の基準が世界と比べてかなり低いということ、思いのほか無理のない費用で高気密高断熱の住宅が建てられること、光熱費の削減効果でゆくゆくは初期費用の増加分のもとが取れることを伝えたことで、事業者の方々にも魅力を感じていただけたのだと思います」

さらに「2021年から新築住宅に対して施主への省エネ基準の説明が義務化されたことも大きいのでは」と遠藤さんは指摘する。

実は、事前説明会に参加した事業者の約6割が、これまで建てた家のUA値を把握していなかったという。だとすれば、「とっとり健康省エネ住宅」の認定住宅を建てれば、この説明義務も果たせるし、商品として魅力的に映ると考えてもおかしくはない。

もちろん家を建てる側からすれば、難しい数字で説明されるより「国よりも厳しい基準の省エネ住宅で、T-G2というレベルなら15年で初期費用の増額分を回収できる」のほうが分かりやすく、しかも光熱費の削減の具体的な数字が見えるのはうれしい。

地方発の断熱性能向上革命は、成功するのか!?

先述のように、「とっとり健康省エネ住宅普及事業」は今年度に始まった事業で、事業者への研修も6月末でようやく終わったばかり。しかし、実は以前から「とっとり健康省エネ住宅性能基準」をクリアするほどの省エネ住宅を既に手がけている事業者もいるという。もちろん既に建てられた家は事業開始前ゆえ、補助金は支給されないのだが、中には「それでもいいから、認定だけ欲しい」という施主もいるという。

山形県同様、それだけ暑さ寒さが身に染みていた県民がいたという証でもある。そのなかで「T-G2」(経済的で快適に生活できる推奨レベル)のUA値0.34を超える0.32の家を建てたKさんは「冬の寒い時期の、2月に福山建築さんの見学会に参加したのですが、エアコンが1台しかないのに、家中どこでも暖かくて驚きました。住むならこんな断熱性能の高い家がいいと、お願いしました」という。同社は県の事業が始まる前から、積極的に高気密高断熱の家を手がけてきた地元の施工会社の一つだ。

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

実際に住んでみると「冬でも毛布1枚で眠れますし、日中はTシャツ1枚でも十分です。こたつなどの暖房器具を出す手間も減りました」とKさん。UA値やC値といった数字では、なかなか「暖かい」「涼しい」が見えないため、こうした“体験談”の口コミは貴重だ。

先述した山形県でも“体験型”による省エネ住宅の普及が期待されている。同県の飯豊町では2019年11月から、やまがた健康住宅基準の中で2番目に高い基準の、レベルIIの認証住宅を建てることを条件に分譲地を販売しているが、この一角に「6月5日にモデル住宅が完成し、今後は体験宿泊も検討されています」(山形県県土整備部建築住宅課 永井智子さん)。

エコタウン椿(写真提供/山形県)

エコタウン椿(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

徒然草に書かれるほど、2000年近くも高気密高断熱の家とは無縁の生活を送ってきた日本人。そこから障子や欄間など日本固有の文化が生まれたのは確かだが、しかし「残念ながら日本の現在の省エネ基準でも、健康的に暮らせるレベルではありません」と槙原さん。とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページに掲げた、上記の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」のグラフに、敢えて欧米の省エネ基準が併記されているのもその強い想いの表れだろう。では、本当に山形県や鳥取県のいう省エネ住宅なら、健康的に快適に暮らせるのか? 長年「夏は暑い、冬は寒いのは当たり前」という意識が身に染みている人にとってみれば、Kさんの「冬でもTシャツ」は本当なのか、Tシャツで「快適」と本気で思えるのか、と疑問も湧くだろうが、まずは山形県や鳥取県の省エネ基準をクリアした家の、見学会や宿泊を通して、身をもって体験してみるといいだろう。

●取材協力
鳥取県
山形県のエコ住宅

資源ごみ「捨てられない時代」に!? 税金負担も左右するごみ処理知識

新型コロナウイルス対策下、自宅で過ごす時間が増え、家の掃除をしたり生活を見直したりする機会が増えているようです。また7月からはレジ袋の全面有料化が始まるので、改めてごみやリサイクルに対する知識をつけておきたいところですね。

そこで今回は、リサイクルの現場やごみの正しい出し方について、モノファクトリーの河西桃子さんにお話を聞きました。モノファクトリーでは、グループ会社の産業廃棄物処理業者であるナカダイに運びこまれた廃棄物を、ユニークな方法で利活用しているそうです! どんな方法があるのでしょうか?
コロナの影響で、家庭ごみが増えている!産業廃棄物の新たな使い方を提案するモノファクトリーの品川のショールーム(写真/モノファクトリー)

産業廃棄物の新たな使い方を提案するモノファクトリーの品川のショールーム(写真/モノファクトリー)

自宅にいる時間が増えると、家の中のいろいろなところが気になります。私も3月以降、これまで使っていた照明器具を買いかえたり、家の中の汚れが気になって頻繁に掃除をしたりするようになりました。

「コロナの影響は、ごみにおいてもさまざまなところで変化を与えています。まず、自宅でジュースやお酒などを飲む機会が増えたことで、アルミ缶がごみとして出される量が確実に増えました。また、資源ごみや粗大ごみの回収量も増えているといいます。

さらに、私たちの気持ちの変化も大きいでしょう。近年、ごみを減らすために、エコバックをはじめとしてものを繰り返し使うことや、一つのものをシェアするなど、ものの有効活用の意識が少しずつ浸透してきたと感じます。けれども、今回のコロナ対策下では、衛生面に配慮して感染リスクを避けることが最優先になりました。これもこの数カ月でごみが増えている原因の一つと言えるでしょう」(河西さん、以下同)

衛生面を第一に考えれば「使い捨て」が増え、ごみも増える(写真/PIXTA)

衛生面を第一に考えれば「使い捨て」が増え、ごみも増える(写真/PIXTA)

実は、日本のごみ処理は危機的な状況に!?

やはり、家庭ごみの量が増えているんですね。全国で同じようなことが起こっていそうで心配です……。

「コロナ対策の前から、廃棄物は国内でだぶつき始めています。実は、一昨年くらい前から中国が資源ごみの輸入をストップしていて、このニュースは業界内では話題になりました。それまで日本は中国にお金を払って資源ごみを処理やリサイクルしてもらっていたわけですが、以来、ごみの出し先がない状況です。私たち廃棄物処理業に携わる者は、そう遠くないタイミングで『捨てられない時代』になるのでは、と危機感を持っています。一般の家庭に影響が出ていないのが不思議なくらいなんです」

資源ごみの出し先となっていた中国が資源ごみの輸入をストップし、日本国内のごみ問題は深刻な状況(写真/PIXTA)

資源ごみの出し先となっていた中国が資源ごみの輸入をストップし、日本国内のごみ問題は深刻な状況(写真/PIXTA)

コロナの影響にかかわらず、すでに日本のごみ事情はかなり切迫している状況だったんですね。このような危機的な状況を回避するためにも、私たちが家庭でごみを出すときに気をつけることなどはありますか?

「まず、ご家庭でごみを出すときのベストな方法は、当たり前のようですが、本当に『自治体が指定する通りの方法で出すこと』なんです。自治体によってごみの処理方法は異なります。例えば、燃えるごみにプラスチックを入れていいかどうかが自治体によって異なりますが、それは各自治体がもっている焼却炉のスペックが異なるからです。つまり、プラスチックを焼却する際に発生する有毒ガスを浄化できる機能を持った焼却炉があれば、プラスチックも燃えるごみとして出すことができます。自治体の提示するごみの出し方は、それぞれ最も効率よくごみを利活用または処理できる方法になっているので、ぜひその通りに出してください」

資源ごみのさまざまな疑問・質問に回答!

やはり、ごみの出し方の指定にもそうすべき理由があるんですね。
私もここ最近、自治体から配布されているごみの捨て方の冊子を開いてみたんですが、一つひとつ確認しながらその通りに出すのは結構大変です。これだけ労力を使うと、ごみが一体どのように活用されているのかが気になります……。そこで、河西さんにいくつかの質問を投げかけて、答えてもらえました。

●資源ごみとして紙を出すとき、縛る「ひも」も、紙のひもでないとダメ?
「基本的にはガムテープでもビニール紐でも大丈夫なはずです。紙はリサイクルの過程で一度水に溶かして不純物はすくい取ってしまうので、別の素材で縛ってもそれほど大きな問題になりません。ただ、リサイクルする機械のスペックにもよるので、最終的には住んでいる自治体に確認をしましょう」

河西さんによると、ナカダイで回収している古紙を縛る「ひも」の素材は必ずしも紙である必要はないそうだ(写真/PIXTA)

河西さんによると、ナカダイで回収している古紙を縛る「ひも」の素材は必ずしも紙である必要はないそうだ(写真/PIXTA)

●蛍光灯は資源ごみ? どんな形でリサイクルされるの?
「蛍光灯はちゃんと分解すれば100%リサイクルができます。ガラスの部分はグラスウールに、両端の金属部分はアルミとして、中の水銀もリサイクルされます。ただし、蛍光灯が割れると水銀の取り扱い上、資源ごみとして出せなくなるので、割らないように注意してください」

蛍光灯は割らずに分解できれば100%リサイクル可能な素材でできている(写真/PIXTA)

蛍光灯は割らずに分解できれば100%リサイクル可能な素材でできている(写真/PIXTA)

●古着の回収があるが、どのように使われるの?
「素材や服として再利用できるものは、国内の寄付団体などを通じて、海外へ輸出されることが多いようです。また、綿100%の衣類は国内でもウェス(油や汚れなどを拭き取るための布)として工場や工事現場などで利用されています」

古着などの布類は、工場や工事現場などで油や汚れを拭き取るウェスとして再利用される(写真/PIXTA)

古着などの布類は、工場や工事現場などで油や汚れを拭き取るウェスとして再利用される(写真/PIXTA)

「発想はモノから生まれる」モノファクトリーの取り組み

ごみの行き先や使い道を教えてもらったことで、俄然、ごみやリサイクルに興味が湧いてきました! モノファクトリーさんでは、近年の社会的なニーズの高まりに応じて産業廃棄物を利活用されているそうですが、その取り組みについても詳しく教えてください。

「当社グループ会社のナカダイが、産業廃棄物処理業者です。産業廃棄物は大きく4つのルートを辿ります。1つはマテリアルリサイクルと呼ばれるもので、単一の素材にして資源として再利用します。代表的なものには鉄やペットボトルをイメージしていただくと分かりやすいでしょう。2つ目はサーマルリサイクルと言って、リサイクルできないものがある場合に、燃やして灰にするだけでなく、燃料等に加工して熱源などに活用します。3つ目は家具や家電など、まだ使えるものをリユースすること、そして最後は焼却などの適切な方法で処理して埋め立て処分等することです」

プラスチック製品の原料になる「ペレット」などもモノファクトリーのショールームで購入できる(写真提供/モノファクトリー)

プラスチック製品の原料になる「ペレット」などもモノファクトリーのショールームで購入できる(写真提供/モノファクトリー)

ナカダイで産業廃棄物として回収したものを、モノファクトリーで加工したり、活用している、ということでしょうか?

「モノファクトリーでは、『捨て方のデザイン』と『使い方の創造』を提案しています。捨て方のデザインについては、主に企業向けに大量に出る産業廃棄物をどのように回収すれば有効な資源として使えるか、コンサルティングやアドバイスを行っています。使い方の創造については、リサイクルの過程で出た素材を仕入れ、大量に集めて展示・販売しています。私たちは『発想はモノから生まれる』ことを伝えていますが、素材をいろいろ触ってみた結果、これに使えるかも、というアイデアが出ることを面白がっていただきたいのです」

「自由な発想」でモノが新しい価値を生む

どのような素材がどのように活用できるのか、素人にはなかなかすぐにイメージしづらいのですが、具体的に面白い事例があれば、ぜひご紹介ください!

「まずは、隈研吾さんが設計した三鷹駅前の『ハモニカ横丁ミタカ』です。放置自転車360台分の前輪を、外装や店舗什器に使用しています。素材を単品で考えるだけでなく、同じものがたくさん並ぶ、ということによってとてもインパクトのあるものになりますよね。特にインテリアやDIYなどが好きな人は、同じものを並べてディスプレイするなど、自由な発想で楽しんでいただきたいです」

隈研吾さん設計の「ハモニカ横丁ミタカ」。放置自転車360台分の前輪を並べた外観はインパクト大!(写真提供/モノファクトリー)

隈研吾さん設計の「ハモニカ横丁ミタカ」。放置自転車360台分の前輪を並べた外観はインパクト大!(写真提供/モノファクトリー)

さすが日本を代表する建築家の隈さんならではの活用法ですね。私たちが普段の生活に簡単に活かせるようなアイデアもありますか?

「先日、ショールームにいらした親子連れのお母さんが素材を見て口にしたひと言が印象に残っています。ゴムの細長い素材を見て『このゴムを使えば引き戸のドアがいつもバタンと大きな音を立てて閉まるのを防げるかも』と言って買っていかれたんです(笑)」

なるほど! まさに「発想はモノから生まれる」ですね。

モノファクトリーのショールームで展示・販売しているさまざまな形状・色とりどりの素材。見ているだけで心が弾む。写真は前橋市のショール―ムの様子(写真提供/モノファクトリー)

モノファクトリーのショールームで展示・販売しているさまざまな形状・色とりどりの素材。見ているだけで心が弾む。写真は前橋市のショール―ムの様子(写真提供/モノファクトリー)

快適で持続可能な生活のために、私たちがこれからできることは?

本日のお話を聞いて、楽しみながらごみをリサイクルしてまた活用する、という流れができるといいなと思いました。

「その通りです。近年、海外の商品を安く手軽に購入できるようになりました。将来的にごみが捨てられない状況になれば、国内で再利用する仕組みを考えていくほかありません。そのとき、ごみを処理するためにかかる費用は、税金やそのほかの形で一層私たちにのしかかってくることになるでしょう。本当は、商品をつくって販売する会社が責任をもって、商品を買った人からごみを回収して再活用する、という『循環』の体制ができればベストです。私たちもごみを扱う会社として、有効にごみをリサイクルできる方法を各企業に提案しています。

また、そのような事業を行っている会社を応援する意味でも、自分が消費者として購入する場合には、値段だけではなく、販売したものを循環させる仕組みや体制があるかどうかなど、各企業の取り込みにも興味を持って購入してほしいと思います」

ごみを捨てるときだけでなく、購入を検討するときからリサイクルは始まっているのかもしれない(写真/PIXTA)

ごみを捨てるときだけでなく、購入を検討するときからリサイクルは始まっているのかもしれない(写真/PIXTA)

河西さんのお話によれば「ごみは単一の素材として分類されていればリサイクルができる」といいます。その素材が複雑に絡み合っていたり、汚れたりしていると、きれいな単一の素材にするために分解をしたり、洗浄したり、といった作業が必要になるのだそうです。その作業費が膨れ上がれば、最後は私たちが税金やそのほかの形でその負担をすることになるわけです。

日々、商品の購入から使用、ごみの廃棄までちょっとしたケアをすることで、無駄なごみや無駄な費用を抑制できることが分かりました! 私たちの生活が快適で持続可能なものになるよう、商品の選び方やごみの捨て方にも意識して取り組みたいですね。

●取材協力
・株式会社モノファクトリー
・株式会社ナカダイ

レジ袋が全面有料化。プラごみ減らす「量り売りショップ」に注目

2020年3月から、ニューヨークでレジ袋の無料配布が禁止になりました。日本では7月からレジ袋の無料配布が禁止になりますが、“脱プラスチック”に率先して取り組んできた欧米に比べると、環境対策では大きな遅れを取っています。
「プラスチックごみを減らそう!」という声を耳にすることはあっても、その必要性をきちんと理解している自信がある人は少ないのではないでしょうか? 今回は改めて、プラスチックごみにまつわる現状と、これからどのようなライフスタイルにシフトするのがよいのかを知るべく、プラスチックをなるべく使わない生活を提案するWebサイト『プラなし生活』を運営する中嶋亮太さんと古賀陽子さんにお話を伺いました。

日本はプラスチック包装容器の個人消費量で世界2位

今、世界中で増え続ける「プラスチックごみ」が大きな環境問題になっています。

軽くて頑丈なプラスチックは生物に分解されないため、誤ってビニール袋を食べた動物が満腹だと勘違いして、餓死するケースがいくつも報告されているのです。

また、魚の体内からは大量のマイクロプラスチックが発見されています。プラスチックには生物に有害な添加剤が加えられていることが多く、巡り巡って魚を食べた人体にも影響を及ぼすことが懸念されています。

ゴミ置場からあふれ出したビニール袋やペットボトルは、風に飛ばされ、雨に流され、最終的には海に流れ着く(写真/Unsplash)

ゴミ置場からあふれ出したビニール袋やペットボトルは、風に飛ばされ、雨に流され、最終的には海に流れ着く(写真/Unsplash)

その一方で、1人あたりの使い捨てプラスチックの量は増え続けていて、その約半分が食料品の容器や、飲料ボトルなどのプラスチック包装容器です。日本は残念ながら、このプラスチック包装容器の個人消費量が世界で2番目に多い国なのです。

「プラスチックを取り巻く国内外の状況」 (UNEP 2018)より引用

「プラスチックを取り巻く国内外の状況」 (UNEP 2018)より引用

ごみ処理技術の進歩を待つだけでは、もはや手遅れになりかねません。この問題を解決するには、プラスチックの大量生産・大量消費に慣れてしまった私たちのライフスタイルを変えることが急がれます。

途上国でも進む「使い捨てプラスチック規制」

日本人はなぜ「使い捨てプラスチック」を大量生産・大量消費してしまうのでしょうか。『プラなし生活』運営者の2人はこう語ります。

「意識の高い低いというよりも、使い捨てプラスチックを使うことが当たり前になってしまっていることが問題だと思います。消費者はちょっとでも商品に傷がついていると買わないので、企業は商品を過剰に守ろうとする。だから何重にも包装するのが普通になってしまっているんです」(中嶋さん)

「プラスチックごみの問題はメディアで取り上げられているので、知っている人は多いと思うのですが、『自分はポイ捨てしないから関係ない』『ちゃんと分別していればいくら使っても大丈夫』と思っている人が多い気がします」(古賀さん)

左から『プラなし生活』運営者の中嶋亮太さんと古賀陽子さん(写真提供/中嶋さん・古賀さん)

左から『プラなし生活』運営者の中嶋亮太さんと古賀陽子さん(写真提供/中嶋さん・古賀さん)

ゴミをきちんと分別して捨てていても、プラスチックごみを減らさなくてはならないのはなぜでしょうか。

その理由の1つは、温暖化対策です。他のごみと同様、プラスチックは燃やせばCO2が発生するため、総量を抑える必要があります。

2つ目は、カンや瓶などに比べるとリサイクルが難しいためです。プラスチックは油がつきやすく落ちにくいので、きれいに洗浄できなかったプラスチックは燃やされてしまいます。また製品になる過程で、着色したり耐久性を持たせたりするための添加剤が加えられていることが多く、その場合もリサイクルは難しくなります。

なお、日本のプラスチックリサイクル率は82%と、諸外国に比べると高いのですが、これはプラスチックを燃やして発生した熱を再利用した分もリサイクル率に加えているためであって、純粋な日本国内でのリサイクル率は1割にも満たないと言われています。

3つ目は、落としたり、風に飛ばされたり、不法投棄されたりしたプラスチックが海に流れ着くことによって、生態系に悪影響を及ぼすためです。日本は廃棄物管理がきちんとしている国ではありますが、それでもゴミ置場からプラスチックごみが飛ばされたりすることは完全には防げません。また、日本は2018年1月に中国が廃プラスチックの輸入を停止するまで、自分たちのプラスチックごみの多くを中国に輸出してきました(年間約150万トン )。実際、海洋プラスチックごみのほとんどはアジアから流れ出ていることが分かっています。日本人の出したプラスチックごみが、海のごみになっている可能性は否定できません。

上勝町、亀岡市、鎌倉市など、プラごみ削減に積極的な自治体も

日本全体でのプラスチックごみ削減対策が遅れるなか、積極的な取り組みを進める自治体もあると、中嶋さんと古賀さんに教えてもらいました。

1.徳島県上勝町
人口約1300人の小さな町、徳島県上勝町は、日本で初めてゴミをゼロにすることを目指す「ゼロ・ウェイスト宣言」を2003年に発表しました。人口約1300人の小さな町の住民はゴミを34種類に分別し、その多くをリサイクルに回しています。レジ袋削減や、量り売りの推進にも積極的で、海外からも取材が来るほど注目を集めています。

2.京都府亀岡市
亀岡市は、使い捨てプラスチックごみゼロのまちとなることを目指して、2018年に「かめおかプラスチックごみゼロ宣言」を発表しました。2020年3月には「亀岡市プラスチック製レジ袋の提供禁止に関する条例」が成立し、市内で事業を行う法人、個人全てのレジ袋の提供が禁止になりました。「有料提供」も禁止する点で、国の取り組みよりも一歩踏み込んだ内容となっています。

3.神奈川県鎌倉市
鎌倉市が取り組んでいるのは、市内の公共施設に給水スポットとして「ウォータースタンド」を設置するという新しい試みです。2020年2月から市内の公共施設を中心に最大50台程度の設置を目指していて、市民や観光客にマイボトルの利用を呼びかけています。鎌倉市は2018年10月に「かまくらプラごみゼロ宣言」も行っており、市役所の自販機でのペットボトル飲料の販売廃止など、率先した取り組みが目立っています。

(写真/PEXELS)

(写真/PEXELS)

日本ではこうした一部の自治体が先進的な取り組みを行っていますが、海外では先進国・途上国問わず、多くの国ですでにレジ袋の無償配布は禁止されています。中嶋さんによると、日本よりもはるかに厳しい罰則を設けている国は多いとのこと。

「ケニアではレジ袋を持っているだけで警察に逮捕されます。レジ袋が排水溝に詰まって洪水が起きてしまったことがきっかけで、禁止になったんです。インドでも、神聖とされている牛がレジ袋を誤って食べてしまい、使い捨てプラスチックを使うと罰金刑が課されるなど、取り締まりが厳しくなりました。このようにゴミ処理の技術が未発達な国の一部は、使い捨てプラスチックが環境に及ぼす影響が顕著な分、日本よりも対策は一歩進んでいると言えます」(中嶋さん)

すぐに始められる「量り売りショップ」の利用

使い捨てプラスチックの使用量を減らすために、私たち一人ひとりができることは何でしょうか。簡単に始められるのが、「量り売りショップ」に行くことです。

「僕が住んでいたカリフォルニアでは、蜂蜜やコーンフレーク、ピーナッツバター、シャンプーやリンスが量り売りされていました」と中嶋さんは言います。海外ではプラスチックごみの問題が注目される前から、量り売りショップはわりと一般的だったそうです。

カリフォルニアでばら売りされている食材(写真提供/中嶋さん)

カリフォルニアでばら売りされている食材(写真提供/中嶋さん)

シャンプーの量り売り(写真/John Keane)

シャンプーの量り売り(写真/John Keane)

日本では、1つの店舗で多様な商品が量り売りされているお店はまだ少なく、食料品専門店が行っているケースが多いです。古賀さんにおすすめしてもらったのは、元住吉や新丸子で店舗を展開するバルクフーズ。ナッツやドライフルーツ、ピーナッツバターなどの食材をほしい分だけ購入できるお店です。

(写真提供/バルクフーズ)

(写真提供/バルクフーズ)

バルクフーズでは、瓶、缶、タッパーなど、好きな容器を持参すればその容器に商品を入れて購入できます。店舗にも備置きの容器がありますが、ビニールの小袋は紙袋へ、プラカップは瓶や紙カップへ、ビニールのレジ袋は生分解性の袋やエコバックヘと、切り替えを可能な範囲で進めているそうです。

店主の伊藤弘人さんは、量り売りを始めた理由を、「『身体にやさしいナチュラルな商品を日常的に摂取していただきたい』という思いのもと開店しましたが、そうした食品は高額なものが多く、継続的に摂取していただくためにはコストを抑える必要がありました。その手段として、量り売りは最も理に適ったやり方だったんです」と話します。店舗にとってはレジ袋を使わないことで、環境配慮だけでなくコスト削減の効果も期待できます。

またラッシュジャパンも、プラスチックごみの削減に向けて、多くの商品をパッケージ無しで販売しています。

容器不要の固形シャンプー「シャンプーバー」(写真提供/ラッシュジャパン)

容器不要の固形シャンプー「シャンプーバー」(写真提供/ラッシュジャパン)

バスボム、ソープ、シャンプーバーをはじめ、固形の商品は基本的に非包装の状態で販売しているほか、液体やクリーム状の商品のボトルやカップなどの容器には100%リサイクル可能な素材を使用し、可能な限りシンプルなデザインとしているとのこと 。

「ラッシュはビジネスを通して、社会の問題の根本をできるだけ解決したいと考えています。プラスチックの包装は、開封した途端にゴミになってしまいます。気候変動を無視することができなくなった昨今、『捨てること』を無くすことで、環境への負担を減らしたいと考えています」(ラッシュジャパン広報)

一般的にバスルームや洗面台で使われる商品は、使い捨てプラスチックで包装されていることがほとんどです。しかしラッシュでは、プラスチック包装なしで商品をショップに並べることが商品開発の時点から意識されており、プラスチックごみ対策が徹底されています。

エコな生活は「お金も時間もかかる」は本当?ラップの代わりに洗って繰り返し使えるミツロウラップ(写真提供/プラなし生活)

ラップの代わりに洗って繰り返し使えるミツロウラップ(写真提供/プラなし生活)

合成繊維(プラスチック)の食器洗いスポンジの代わりに使える綿たわし(写真提供/プラなし生活)

合成繊維(プラスチック)の食器洗いスポンジの代わりに使える綿たわし(写真提供/プラなし生活)

「エコな暮らしには憧れるけど、忙しいから自分には無理」と思う人も多いかもしれません。ところが、忙しい人ほど『プラなし生活』を実践するメリットがあると古賀さんは言います。

「使い捨てプラスチックを減らすと、身の回りにガラスやステンレス、金属、ステンレスなどの自然素材が増えます。そうすると、プラスチックの消耗品 を買ってストックする必要がなくなるので、結果的に買い物が減って、節約にもなるんです。しかも天然素材の風合いは統一感が出るので、キッチンが驚くほどオシャレになりますよ」

レジ袋を貰わないようにしたり、量り売りショップを利用してみたり。使い捨てプラスチックが地球環境に与える影響を知ることによって、今までの消費行動をできるところから変えていこうと思う人も多いのではないでしょうか。

「でも、何も『環境のため』と気負う必要はないんです」と古賀さんは語ります。

「一番大事なことは「長く続けて行く」こと。環境を変えてやるぞ、と頑張りすぎると疲れてしまうことがあります。 ちょっとおしゃれで、楽しめることだと思って、身近なところから始めてみるのが良いと思います」

『プラなし生活』の2人が言うとおり、楽しみながら取り組むことが、ライフスタイルを長期的に変えていくヒントかもしれません。

●取材協力
中嶋亮太さん
生物海洋学者。2009年に博士号を取得。米国スクリップス海洋研究所の研究員を経て、現在、国内の海洋研究所・研究員。海洋プラスチック問題、とくに海底に沈んだごみについて研究を進めている。著書に『海洋プラスチック汚染: 「プラなし」博士、ごみを語る』(岩波書店)がある。

古賀陽子さん
プラなし生活実践中の主婦。2005年にパナソニック(株)に入社し10年に渡り技術職勤務。その間、出産・育児を経て現在は自宅でお仕事中。海洋プラスチック汚染の深刻な実態を知り、中嶋氏 と共にプラスチックフリーなアイテムやヒントを探し回っている。

>プラなし生活●関連サイト
バルクフーズ
ラッシュジャパン

空き家問題や環境問題の糸口に。古材が注目される理由

古い木材を使ったりエイジング加工が施されたりした木材を使ったリノベーションやインテリア・家具が人気になるなど、古材や古木(※)という素材に注目が集まっている。単純にかっこいいというのはもちろん理由のひとつだが、それらは空き家問題や環境問題などさまざまな社会問題の解決の糸口にもなっているのだという。住む人にも、集う人にも、環境にもやさしい古木という素材の魅力について、2人の古材・古木のプロフェッショナルである、山翠舎の山上浩明氏とリクレイムドワークスの岩西剛氏に話を聞いた。その魅力はもちろん、過去から未来へとつながる古木の可能性に満ちた対談となった。山翠舎の東京支社ショールームにて。(左)山翠舎 代表取締役社長・山上浩明氏。創業80年以上という老舗の木工所(建具屋)で、現在では古木を使った店舗デザイン・設計・施工や古民家の移築・再生事業までを手掛ける。 (右)リクレイムドワークス ディレクター・岩西剛氏。アメリカ西海岸から輸入した古木を使った家具の販売や住宅リフォーム、店舗・オフィスのプランニングを行う(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山翠舎の東京支社ショールームにて。(左)山翠舎 代表取締役社長・山上浩明氏。創業80年以上という老舗の木工所(建具屋)で、現在では古木を使った店舗デザイン・設計・施工や古民家の移築・再生事業までを手掛ける。 (右)リクレイムドワークス ディレクター・岩西剛氏。アメリカ西海岸から輸入した古木を使った家具の販売や住宅リフォーム、店舗・オフィスのプランニングを行う(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

歴史やストーリーが密に詰まった「古木」 長野県大町市にある山翠舎の倉庫兼工場。800坪/7階建相当の巨大な倉庫内には3500本もの古木が。写真で古民家40軒分なのだとか(画像提供/山翠舎)

長野県大町市にある山翠舎の倉庫兼工場。800坪/7階建相当の巨大な倉庫内には3500本もの古木が。写真で古民家40軒分なのだとか(画像提供/山翠舎)

岩西剛(以下、岩西):「古木(こぼく)・古材(こざい)・古材(ふるざい)、どう呼べばいいんですか?」ってよく聞かれるんですよね。

山上浩明(以下、山上):今度から「古木(こぼく)」って言いませんか? 「古材」だと、鉄など木以外のいろいろな材料も含まれてしまいますよね。古いものを敬遠する人もいるけれど、例えば「法隆寺にあった木」とか「善光寺のご神木の一部」とかいうストーリーがあるとありがたい感覚になる。そういうストーリー性のあるものを、私は「古木」と定義したいんです。

山翠舎の施工事例

山翠舎の施工事例

岩西:「古木」という言葉は、まさしく僕が感じていた違和感を正しく言い当ててくれています。アメリカでは「リクレイムド(reclaimed:再生利用する)」という資源に対して使う言葉があるので、古木に「リサイクル(recycle)」という言葉は使わないんです。そこにはリスペクトがあるんですよね。だから山上さんが「古木(こぼく)」という言葉のもつ意味にこだわっているのが素晴らしいと思うんです。アメリカには「リサイクル・ウッド」と「リクレイムド・ウッド」は違うというカテゴリがあるのに、日本はいまだに「廃材」「古材」。そこによってかかる手間やコストも全然違うのに、「古材」という言葉で一緒くたにされてお客様が分からなくなっている状態がある。

岩西さんがアメリカ・ポートランドに行った際に訪問した古材屋・Salvage Worksのオフィス(写真提供/リクレイムドワークス)

岩西さんがアメリカ・ポートランドに行った際に訪問した古材屋・Salvage Worksのオフィス(写真提供/リクレイムドワークス)

リクレイムドワークスでは、主にアメリカ西海岸から古木を輸入し、家具を制作している(写真提供/リクレイムドワークス)

リクレイムドワークスでは、主にアメリカ西海岸から古木を輸入し、家具を制作している(写真提供/リクレイムドワークス)

岩西:古材には歴史があって、それが木にインストールされているはずなのに、そこを蹴飛ばして全部「古材」と言ってしまっている。ただ、それはこちら側がちゃんとプレゼンしていないのがいけないんですよね。

山上:そうですね。山翠舎では古木を使った店舗づくりをしているんですけど、オーダーする人が「古木」か「古材」かにこだわっていることって少ないんですよね。古木は高価なものですし、予算の関係という現実もあるかもしれませんが、私たちの発信力も足りないという現実もあるんだと思います。

古木が生み出す、人のつながり

岩西:リクレイムドワークスのお客様はアメリカ好き、特に西海岸のテイストが好きな人が多いんです。その雰囲気を醸し出すには、現地の木が必要になってくるんです。古民家もそうだと思うんですけど、やはり木がもっているパワーってすごいんですよね。西海岸のスタイルを使いたかったら西海岸の木を使うのがいいし、日本のスタイルだったら日本の古木を使ったほうがいい。デザインだけでは醸し出すことができないんです。木の力によって雰囲気が大きく変わってくるんですよ。

リクレイムドワークスの家具を愛用しているTさん宅。「古木を使用した家具は独特な落ち着きがあり、見る角度や光の当たり具合でさまざまに表情が変わりとても素敵だなと感じました。家具が来てから、家の中が暖かく落ち着いた雰囲気になり、心地よい空間になりました」(Tさん)(画像提供/リクレイムドワークス)

リクレイムドワークスの家具を愛用しているTさん宅。「古木を使用した家具は独特な落ち着きがあり、見る角度や光の当たり具合でさまざまに表情が変わりとても素敵だなと感じました。家具が来てから、家の中が暖かく落ち着いた雰囲気になり、心地よい空間になりました」(Tさん)(画像提供/リクレイムドワークス)

山上:古木のパワーを極力活かすために、私たちは施工時には鉄の釘は使わず、古民家の梁や柱が年月を経て変化した形をもそのまま活かして手作業で組み立てます。
私は、古い木が人を呼ぶものになってほしいと思っているんです。例えば、あるお店でスタッフが来店されたお客様に「机の木は近くの小学校の廊下で使われていたものを利用しているんですよ」と言ったとする。もしかしたら、お客様はその小学校出身の人かもしれないですよね。すると、お客様との距離が縮まるじゃないですか。そういうストーリー性のあるものが建材に内包されていると、人が集まる可能性があるというときめきがある。

廃墟と化していたビルを古木を使ってリノベーションしたら、全室埋まるほどの反響を呼んだとか。写真は古木を贅沢に使用したレストラン(写真提供/山翠舎)

廃墟と化していたビルを古木を使ってリノベーションしたら、全室埋まるほどの反響を呼んだとか。写真は古木を贅沢に使用したレストラン(写真提供/山翠舎)

このようなケースもありました。
長野県で蕎麦屋「とみくら食堂」を経営していたおばあさまが、店舗でもあり、自身も住んでいた築89年の古民家に住む人がいなくなってしまったので、解体することにしたんです。ただ、先祖から引き継いできた大切な家なので、何とかしてもらえないかと相談を受けて。そこで弊社で熱海にある「竹林庵みずの」という旅館を引き合わせて、旅館側が解体費用込みでこの古民家の材を購入してくれて、移築したんです。移築後、息子さんがその旅館に行ったときに、柱に自分が子どものころの成長を刻んだ背比べの跡を見つけてすごく喜んでいて。経済的なうれしさだけではなく、精神的なうれしさもあるんだなあと、改めて感じた事例でした。これは空き家問題の新しい解決方法だと思うんです。

ただ単純にエイジングされていてかっこいいというだけではではなく、古木にはそのような意味合いがあるということをしっかりと伝えていきたいですね。

長野県飯山市の富倉集落に建っていた蕎麦屋「とみくら食堂」(写真提供/山翠舎)

長野県飯山市の富倉集落に建っていた蕎麦屋「とみくら食堂」(写真提供/山翠舎)

「竹林庵みずの」館内(写真提供/山翠舎)

「竹林庵みずの」館内(写真提供/山翠舎)

移築された蕎麦屋「とみくら食堂」で、幼き息子さんが背比べをした跡も旅館に残っている(写真提供/山翠舎)

移築された蕎麦屋「とみくら食堂」で、幼き息子さんが背比べをした跡も旅館に残っている(写真提供/山翠舎)

「古木」は、社会問題の解決の糸口になる

山上:現在、日本に空き家は約820万戸あるとされていて、その中で約21万戸が古民家。2033年までに2100万戸くらいまでに空き家が増えるという計算でいくと、古民家も54万戸くらいまで増えると言われています。私が古木を扱おうと思ったとき、使われていない古民家はたくさんあるので、単純に古民家で使われていない材をそのまま利用するのが一番いい気がしたんですよね。
木を伐採しないので環境にやさしいし、古民家をレスキューするという空き家問題の解決にもなる。次に事業者も利益が出る。そして、利用者も心地よく過ごすことができる。古木は、全方位的に社会問題や環境問題を解決する素材だと思うんです。

山翠舎の倉庫内にある古木には、解体した家があった場所などのラベルがつけられている(写真提供/山翠舎)

山翠舎の倉庫内にある古木には、解体した家があった場所などのラベルがつけられている(写真提供/山翠舎)

岩西:アメリカでは、よくセレブリティが古木を使うんですよね。例えば、ミュージシャンのジャック・ジョンソンの事務所でダグラス・ファー(ベイマツ)の古木を使っています。エコな商材はアメリカでは「グリーンマテリアル」と呼ばれていて、環境問題に自分が加担しているというのがひとつのステータスになる。FacebookやPatagoniaなどの企業も古木を使っているのはそこには理念があるから。ある世界的なアメリカの企業では、使っている古木すべてに、古木メーカーの名前が入るんですよ。

山上:なんと……!
岩西:木は人間と同じ生命というところで伝わってくるものがあるんですよね。以前、ある企業のミーティングルームに木や人工素材などさまざまな素材の天板を使ったテーブルをたくさん納めたんです。そして1年ぶりに行ってみたら、自然に古木のテーブルに人が集まっていたんですよ。色などほかの要因もあるかもしれませんが、古木には人が惹きつけられるというひとつの説得材料になりますよね。

山上:日本でも古木をグリーンマテリアルにしたいですよね。ただ、いまの日本は、海外のセレブリティのように環境問題に関心があることをアピールするような状況にはない。ただ単に、世界観・空気感という外見的なものがいいという人にとっては、すべて古材は一緒なんですよね。

古木を使ったポートランドの飲食店(写真提供/リクレイムドワークス)

古木を使ったポートランドの飲食店(写真提供/リクレイムドワークス)

岩西:やはり見た目で使っている人が多い。その性質を使う側が分かっていればいいんですけどね。

山上:知らないんですよね。だから、いずれ認定資格のようなものをやろうとも考えています。こういう古い木を扱うためには勉強が必要だと思うんですよ。

岩西:僕も各所にマテリアルのアドバイザーは必要だと思っていて。床の雰囲気を出すためには針葉樹なのか広葉樹なのかとか、なかなか分からないですよね。そのなかでも特異な古木というアイテムにはアドバイザーが必要だと思います。そうでないと、活きた使い方ができない。耐久性の問題もありますし、一番よく見える使い方もありますしね。

山上:先ほどのグリーンマテリアルという考え方には、はやく日本も追いつかなければならないですね。木材をリードしてきた国としていいところはたくさんある。昔は普通だった使い方を今することで、生活がさらに豊かになるというか。自宅に居心地のいい空間があると自分たちがハッピーになりますし、お店で使われていればお客様もハッピーになる。かっこいいという表面的な部分だけではない使い方をしてもらえればいいなと思います。

※「古木/こぼく/koboku」は山翠舎の登録商標です

●取材協力
山翠舎
リクレイムドワークス
Salvage Works