6月使用分から電気料金引き下げ措置がなくなる!?電気代高騰について、みんなどう思っている?

電気代が6月使用分から高くなる。値上げではなく、経済対策による値引きの終了だ。一条工務店の調査によると、このことを7割以上が「知らなかった」と回答している。物価高に加え、生活インフラともいえる電気代の値引き終了で、家計を圧迫することになりそうだ。消費者は、どう思っているのだろうか?

【今週の住活トピック】
「家庭の電気料金に関する意識調査 2024」結果を発表/一条工務店

「電気・ガス価格激変緩和対策」により2024年5月まで電気料金が値引き

さて、電気料金が値引きされていた理由は「電気・ガス価格激変緩和対策」が実施されていたからだ。

まず、ロシアによるウクライナ侵略などの世界情勢により、燃料価格が上昇したことなどの影響を受けて、電気・ガス料金の単価から一定額を値引きする措置を、2023年1月の使用分から12月の使用分まで行っていた。この措置の継続が2023年11月に閣議決定され、2024年4月の使用分まで継続、5月の使用分については激変緩和の幅を縮小して実施されていた。つまり、5月使用分ですでに値引き幅が縮小されていたわけだ。

■電気・ガス価格激変緩和対策による値引き単価(沖縄電力を除く)

適用期間電気(低圧)電気(高圧)都市ガス※2024年1月使用分(2月検針分)から3.5円/kWh1.8円/kWh15円/m32024年4月使用分(5月検針分)まで2024年5月使用分(6月検針分)1.8円/kWh0.9円/kWh7.5円/m3※家庭及び年間契約量1,000万m3未満の企業等が対象
電気・ガス価格激変緩和対策事業について/資源エネルギー庁 より筆者作成

手元にある筆者の自宅の「電気・ガス使用料のお知らせ」に、たしかに「請求金額は政府支援ガス15円/m3電気3.5円/kWhを値引きしています」と記載されていた。

請求金額は、5月使用分で上がり、6月使用分以降はそれがさらに上がるということだ。筆者は自宅で仕事をしているので、電気をたくさん消費するため、特にこれからの電気代の請求金額が気になるところだ。

7割以上が、電気料金の引き下げ措置が終了することを知らない!

一条工務店が、2024年3月に全国の男女897名を対象に「家庭の電気料金に関する意識調査」を実施した。「政府が実施している『電気・ガス価格激変緩和対策事業』による電気料金の引き下げが2024年5月使用分で終了することを知っていますか?」と聞いたところ、実に72.9%が「知らない」と回答した。

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

知らないという人たちは、6月以降の電気代やガス代を見て、驚くことだろう。この調査で、「電気料金の引き下げが行われなくなる2024年6月以降、家計に不安を感じていますか?」と聞いたところ、「とても感じる」が60.1%、「やや感じる」が34.3%で、合わせて9割以上が家計に不安を感じるという結果になった。

家計を圧迫する電気代の高騰、節電はしているけれど…

実は、一般家庭で値上がりによる家計の影響を最も受けているのは、ガス代よりも電気代だ。調査で「物価上昇によって、家計で最も影響を受けているのは何ですか?」と聞いた結果を見ると、ガス代の7.5%よりも、食費の36.8%よりも、電気代の42.3%が一番多いのだ。

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

その結果、「冷房や暖房を使うのを我慢」したり(「とても我慢する」10.9%「やや我慢する」49.6%)、「日常的に節電」したり(「している」70.0%)、しているのだ。

具体的には、過半数の人が「照明をこまめに切る」、「衣類で温度調節をする」、「エアコンの設定温度・角度を調整する」といったことをしていた。

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

出典:一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」

電気代を節約するために、住宅でできることとは?

節電のためのさまざまな工夫をしている家庭が多いことが分かったが、工夫だけではなかなか節約できない場合もあるだろう。一時的に費用はかかっても、住宅のほうを変えることで、より多くの節電ができる場合もある。

まずは、「省エネ住宅」や「ゼロエネルギー住宅」への改修だ。住宅を断熱材でしっかり覆い、熱の出入りが激しい窓まわりの省エネ性を高めると、エアコンの冷暖房の効果が高まる。さらに費用はかかるが、太陽光発電などの設備を搭載し、それを蓄電池に溜めるなどして、電力会社の電気にあまり頼らない生活をするという方法もある。

調査結果でも、「省エネ住宅」(70.1%)、「太陽光発電」(67.7%)、「蓄電池」(67.9%)のそれぞれにとても興味があると回答していた。

もっと手軽にできるのが、家電を省エネ性の高いものに買い替えることだ。実は筆者もエアコンの買い替えを検討している。なぜいま検討しているかというと、補助金が出るからだ。

たとえば、東京都では、省エネ性の高いエアコン、冷蔵庫、給湯器、LED照明器具に買い替えた都民にポイントを付与する「東京ゼロエミポイント」を実施している。現行のゼロエミポイントは、2024年9月30日までが対象だが、10月以降はさらに拡充される予定となっている。ポイント付与から、登録店舗で直接購入額から値引きされる形になり、使い勝手も変わる予定だ。

現行の東京ゼロエミポイント(2023年4月~2024年9月対象)では、対象商品であれば、エアコンで9000ポイント~2万3000ポイント、冷蔵庫で1万4000ポイント~2万6000ポイント、給湯器で1万2000ポイント、LED照明器具で4000ポイントなどが付与される。ポイントは、商品券とLED割引券に交換できる。

こうした補助金は東京都に限ったことではない。ヤマダ電機の「省エネ補助金制度対象市区町村一覧」というサイトを見ると、多くの自治体で、省エネ家電の買い替えに対する補助金の制度があることが分かる。今はカーボンニュートラルが求められているので、家電だけでなく、太陽光発電などの発電設備、エネファームなどの家庭用燃料電池、節水トイレや節水シャワーヘッドなどの節水設備、処理場の焼却時の省エネになる生ごみ処理機などに対する補助金などもあることが分かる。

補助金の制度は、予算枠に達すると申請受付が打ち切りになったり、制度内容が変わったりするので、自分が住む自治体に省エネに対するどんな補助金があるか、自分で調べることをおススメする。

古い家電を使い続けるよりも、省エネ性の高いものに買い替えたほうが、電気代が削減できることも多いし、新しいものほどさまざまな機能が搭載されているので、使い勝手もよくなる。同様に、古い住宅に住み続けるよりも、省エネ性を高める改修をするほうが、省エネでかつ快適に過ごせることも多い。

一時的に費用がかかるうえ、家電販売店やリフォーム会社に行って詳細を決める手間がかかったりはするが、長期的に節電になるという効果もあるので、電気代高騰への対応策として一度検討してはいかがだろう。

●関連サイト
一条工務店「家庭の電気料金に関する意識調査2024」結果を発表
東京都「東京ゼロエミポイント」
ヤマダ電機「省エネ補助金制度対象市区町村一覧」

中古マンションをリノベーションでZEH水準に!買取再販物件の広告では初の「省エネ性能ラベル」を表示

2024年4月から、新築住宅などを広告する際に「省エネ性能ラベル」を表示する制度がスタートした。新築住宅および事業者が再販売などをするリノベ物件に対して、ラベルの表示を努力義務としている。すでに、新築住宅ではSUUMOなどのポータルサイトでも、省エネ性能ラベルの表示をしている事例が増えているが、リノベ物件でも表示する事例が登場している。

【今週の住活トピック】
積水化学工業とリノベるが協業するすべての ZEH 水準リノベ物件にて「省エネ性能ラベル」の表示をスタート

2024年4月から努力義務となった「省エネ性能ラベル」とは?

「省エネ性能ラベル」の目的は、「販売・賃貸事業者が建築物の省エネ性能を広告などに表示することで、消費者が建築物を購入・賃借する際に、省エネ性能の把握や比較ができるようにする」ためだ。

例えば、家電製品を買おうとするときに販売店に行くと、パンフレットや店頭商品に、省エネ性能が★の数などで表示されるラベルが掲示されている。同じように、新築住宅やリノベ物件を販売するか賃貸するときに、その事業者が省エネ性能表示ラベルを掲示することで、住宅の検討者が省エネ性を比較しやすいようになる。

住宅の省エネ性能表示ラベルの特徴は、次の3つを表示して性能の違いが分かるようになっていることだ。
(1)エネルギー消費性能が星の数で分かる
(2)断熱性能が数字で分かる
(3)目安光熱費が金額で分かる (任意項目なので表示されない場合もある)

このほか、太陽光発電などの「再エネ設備の有無」と「ZEH水準」、「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー)」に該当するかが表示される。

住宅の省エネ性能ラベルについては、このサイトの「2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?」に詳しく説明しているので、合わせて見てほしい。

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

また、「省エネ性能ラベル」が表示されている物件は、合わせて「エネルギー消費性能の評価書」が発行される。この評価書は、省エネ性能ラベルの内容を詳しく解説した書類だ。

「ZEH水準」と「ZEH」の違いは?

積水化学工業とリノベるが協業するのは、「ZEH 水準リノベ」だ。また、省エネ性能ラベルにも、ZEH水準やZEHのチェック欄がある。では、どこが違うのだろうか?

ZEH(ゼッチ)は、Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)を略した呼び方で、住宅で消費するエネルギーをゼロにしようというものだ。そのためには、(1)住宅の骨格となる部分を断熱化して、エネルギーを極力使わないようにし、(2)給湯や冷暖房などの設備を高効率化して、エネルギーを効率的に使う。ただし、消費するエネルギーをプラスマイナスゼロにするには、(3)太陽光発電設備などでエネルギーをつくり、消費したエネルギーを補う必要がある。

ところが、太陽光発電設備については、雪国では太陽光を十分に得られなかったり、マンションなどの高層住宅では、戸数が多いわりに屋上の面積が広くなくて、必要な数の太陽光発電設備を設置できないといった制約を受ける。

「ZEH水準」は、地域や住宅の形状によって制約を受ける(3)の再エネ設備を必須としない基準で、(1)と(2)については、住宅性能表示制度の「断熱等性能等級5」かつ「一次エネルギー消費量等級6」という基準を設けたものだ。

既存のマンションでZEH水準のリノベーションを実現

このように、政府は住宅の省エネ化を加速させている。2025年4月にすべての新築住宅で、現行の省エネ基準の適合を義務化するとともに、その省エネ基準を遅くとも2030年までには「ZEH水準」に引き上げようとしている。

一方で、既存のマンションの多くは現行の省エネ基準の水準を満たしておらず、それをZEH水準にまで引き上げるのはハードルが高いと思われてきた。ところが、いくつかの事業者が、既存マンションのZEH水準リノベを実現するようになってきた。

今回の積水化学工業とリノベるの協業もそのひとつで、どうやってZEH水準にリノベーションをするかは、当サイトの「既存のマンションでもZEH水準にリノベが可能に!?国が推進する省エネ性能「ZEH水準」についても詳しく解説」で紹介している。

両社によるZEH水準リノベの省エネ性能ラベルの表示、第1号が「東急ドエル・アルス千住」だ。

「省エネ性能ラベル」の発行・表示1号案件「東急ドエル・アルス千住」 

「省エネ性能ラベル」の発行・表示1号案件「東急ドエル・アルス千住」 

不動産ポータルサイトでも「省エネ性能ラベル」を表示

この制度のスタートに合わせて、主要な不動産ポータルサイトでも、省エネ性能ラベルの表示ができるようになっている。今回の物件についても、例えばSUUMOでは次のように表示されている。

「SUUMO」に表示された、東急ドエル・アルス千住の省エネ性能ラベル(2024年4月25日時点)

「SUUMO」に表示された、東急ドエル・アルス千住の省エネ性能ラベル(2024年4月25日時点)

なお、「ネット・ゼロ・エネルギー」にチェックがついているが、厳密にいうと「ネット・ゼロ・エネルギー」ではなく、「ZEH Oriented」であると記載されている。

国土交通省の「建築物省エネ法に基づく建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度 ガイドライン」では、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)について、「ZEH 水準以上の省エネ性能を有し、さらに再生可能エネルギーなどの導入により、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した住宅について、その削減量に応じて、(1)『ZEH』(100%以上削減=ネット・ゼロ)、(2)Nearly ZEH(75%以上100%未満削減)、(3)ZEH Oriented(再生可能エネルギー導入なし)」と、定義されている。

なお、マンションの住棟に関するラベルでは、ZEH-M、Nearly ZEH-M(75%以上100%未満削減)、ZEH-M Ready(50%以上75%未満削減)、ZEH-M Oriented(再生可能エネルギー導入なし)の4種類になる。

この物件は、(3)ZEH Orientedを満たす住宅であり、かつ、自社による「自己評価」ではなく、「第三者評価※」を取得して、第三者評価機関からZEH水準よりも高い性能を有することが確認できた場合という条件を満たしたことで、「ネット・ゼロ・エネルギー」にチェックがついている。

※第三者評価機関が、省エネルギー性能に特化した評価・表示制度である「BELS(ベルス)」を使って評価するもの。

一般ユーザーには、理解が難しいところなので、販売している事業者に詳細を確認しよう。

平成30年(2018年)の総務省「住宅・土地統計調査」で、全国の住宅総数(持ち家、借家、空き家含む)は約6241万戸とデータがある。その大半が現行の省エネ基準を満たしていない一方、新築住宅の省エネ性能はZEH水準に向かっている。性能格差は広がるばかりだが、既存の住宅でもZEH水準への改修が進めば、良質な住宅ストックになっていく。健康で快適な暮らしにもつながるものなので、さらなる増加に期待したい。

●関連サイト
積水化学工業とリノベるが既存マンションのZEH水準リノベーションを提供開始

国土交通省もおすすめの、断熱性の高い住宅のカシコイ住み方とは?

省エネ性能の高い住宅への関心が高まっている。2050年のカーボンニュートラルに向けて、政府が省エネ住宅を推進していることなども、その背景にある。国土交通省では、省エネ住宅を推進する一方で、そうした住宅を住みこなすための25のポイントをまとめ、公開した。そのポイントを詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド ~高機能な住宅の性能を発揮させる25のポイント~」を公開/国土交通省

前提となる断熱性能の高い家とは、断熱等性能等級6以上

国土交通省がまとめた住まい方ガイドでは、断熱性能の高い住宅を、日中の日射しなども活用して、効果的に住みこなす工夫をまとめている。その前提となる「断熱性能の高い住宅」については、住宅性能表示制度における「断熱等性能等級6以上」の住宅を対象としている。

「断熱等性能等級」とは、国が定める「住宅の品質確保の促進等に関する法律」にて明示されているもので、住宅の多様な性能のなかで断熱性能を示す指標のことだ。現在は1等級~7等級まであり、等級が高いほど、高い断熱性能を有していることになる。

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

なお、政府が2025年にすべての新築住宅に適合を義務づける「省エネ基準」のレベルは、「断熱等性能等級4」かつ「一次エネルギー消費量等級4」だ。一般的に、省エネ住宅といえば、この「省エネ基準適合住宅」を指す。政府はさらに、この省エネ基準を2030年までに「ZEH水準」に引き上げようとしているが、ZEH水準のレベルは「断熱等性能等級5」かつ「一次エネルギー消費量等級6」だ。

今回のガイドは、それよりもさらに高い断熱性能を有する、「断熱等性能等級6以上」の住宅を前提としている。この等級になると、省エネだけでなく、住宅内に温度差がない健康的で快適な生活が送れるレベルになる。かなり高い断熱性能を前提としていることになるのだが、住まい方の25のポイントは、そこまで高い性能を有していなくても効果はある内容なので、ぜひ知っておいてほしい。

ちなみに、「断熱等性能等級」は住宅そのものの断熱性を測るもので、「一次エネルギー消費量等級」は住宅で使うエアコンや給湯器などの効率性や太陽光発電設備などのエネルギー量を総合的に測るものとなっている。

住まい方の25のポイントを一挙に紹介

それでは、ガイドに掲載された25のポイントを紹介しよう。

視点1:熱が逃げない断熱性が高い住宅は季節に応じた日射しのコントロールが大切
①(夏)日射しは冷房の大敵!窓からの日射しをしっかり遮りましょう
②(夏)外出する際は日除けを閉めて熱を入れないようにしましょう
③(冬)日射しは暖房の助っ人!窓からの日射しの熱で家中を暖めましょう
④(春・秋)室温に合わせて窓からの日射しを調整しましょう

視点2:暖冷房機器を適切に運転することで少ない暖冷房エネルギーでも快適に
⑤在宅時、暖冷房設備は風量「自動」で「連続」運転しましょう
⑥断熱性の高い住宅では暖冷房の設定温度を控えめにしましょう
⑦暖冷房機器の定期的なメンテナンスで効率を向上させましょう
⑧冷房運転時に設定温度に到達して除湿機能が働かない場合には除湿モードに切り替えたり除湿機を活用しましょう
⑨外の湿度が高い時には窓を閉めておくようにしましょう
⑩乾燥が気になる場合には適度に加湿しましょう

視点3:断熱性が高い住宅では空間をつなげて気持ち良い空気を家中に
⑪各室の内部ドア等を開けて家中を暖冷房しましょう
⑫扇風機やサーキュレーター等で冷気を家中に回しましょう
⑬サーキュレーターや小さな暖房器具を併用することで家中を暖めましょう
⑭24時間換気設備は常時運転させましょう
⑮外気が快適な場合は窓を開けましょう
⑯室内に熱がこもったら窓を開けましょう

視点4:災害時でも日常生活を維持するために高性能な機能をもしもの備えに
⑰電気・ガスなどのインフラが止まっても在宅避難ができます
⑱太陽光発電の電気を利用しましょう
⑲蓄電池を利用しましょう
⑳エネファーム(家庭用燃料電池)を活用しましょう
㉑給湯機を活用しましょう

断熱性が高い住宅を住みこなすもうひと工夫
㉒室内外の温湿度を確認しましょう
㉓カーテンの設置の仕方、開け閉めで調整しましょう
㉔季節に応じた服装で調整しましょう
㉕植栽で日射しを調整しましょう

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

断熱性能の高さを活用するための4つの視点

まず、断熱性能の高い住宅は外への熱の出入りが少ないことから、「季節に応じて日射しをコントロールする」というのが第1の視点だ。特に注目したいのは、窓の内側でカーテンなどによって日射しを遮る(約60%の日射熱が入る)よりも、窓の外側でブラインドなどによって日射しを遮る(約20%の日射熱が入る)ほうが、効果が大きいということ。また、窓の前の地盤面に植栽などを配置して照り返しを防ぐものも、効果があるということも覚えておきたい。

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

第2の視点は、断熱性能の高い住宅では、「暖冷房機器を適切に運転する」というもの。夏や冬になると、エアコンの効果的な使い方について、マスメディアやSNSで多くの情報が流れていることからも、よく知られている工夫といえるだろう。

第3の視点は、断熱性能の高い住宅ならではだろう。少ない台数のエアコンでも、住宅内全体を暖冷房できるからだ。「空間をつなげて気持ち良い空気を家中に」という視点になっている。その際に、サーキュレーターや扇風機(夏)、小さな暖房器具(冬)を使うことも効果的だという。

夏は、エアコンの冷気と同じ風向きにサーキュレーターや扇風機を置くと、室内の下に溜まった冷気を循環させるので、室内全体を冷やすことができるといわれている。冬も、暖気が循環するようにサーキュレーターを置いたり、暖気が回っていない場所に小さな暖房器具を置いたりして、住宅全体を暖めると良いという。

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

第4は「高性能な機能をもしもの備えに」という視点。つまり、高機能の設備などを設置している場合は、災害時などで在宅避難に役立つ使い方ができるというものだ。太陽光発電設備や蓄電池、エネファーム(家庭用燃料電池)、貯湯ユニットがある給湯器(エコキュートなど)があれば、停電や断水でも一定の電気や水が使えるからだ。

そのほか、「もうひと工夫」として、カーテンの設置方法や服装、植栽などによる工夫と、室内外の温度や湿度を確認することの重要性を紹介している。

たとえ住宅自体の断熱性能が高いとしても、夏の暑い日射しや冬の冷気をそのまま取り込んだり、エアコンの設定温度を適切にしていなかったりすると、無駄なエネルギーを使ってしまうことになりかねない。せっかく備わった住宅の性能なので、住み方を工夫してより省エネ性を高めることを考えたいものだ。ガイドはネットで無料公開されているので、より詳しい情報を知りたい人は、ホームページからダウンロードしてはいかがだろうか。

●関連サイト
国土交通省「断熱性の高い住宅でのオススメの住まい方、紹介します」
令和5年度 国土交通省補助事業「省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド」

最高水準の省エネ住宅をDIY! 光熱費4分の1以下、ZEH水準超えの断熱等級6の住みごこちを聞いてみた

住まいの省エネ性能に関心が高まるなか、ハーフビルドで省エネ性能の等級6というハイスペックな家づくりにチャレンジした夫妻がいます。等級6とは7と合わせて2022年に新たに設定された最高水準クラス。ほとんどの新築住宅で、まだそのレベルのものは搭載されていません。2023年には2人が主催するワークショプにも参加させてもらいましたが、無事、建物が引き渡しとなり、すでに半年ほど暮らしを営んでいるそう。ではその住み心地とは? 得られたものと、その幸せな暮らしぶりをご紹介します。

■関連記事:
ZEH水準を上回る省エネ住宅をDIY!? 断熱等級6で、冷暖房エネルギーも大幅削減!

省エネ等級6の家をハーフビルド。健康に暮らせる家ができた!

2023年1月、省エネルギー等級6の家を職人さんたちの手を借りつつ、ハーフビルドでつくるというワークショプに参加してきました。午前は壁や床の断熱性を高める施工、午後は焼き杉づくり&お餅つきという大変濃い内容でしたが、その楽しそうな様子は筆者の心に強く印象に残っています。2023年も終わりになり、住まいと暮らしが落ち着いてきたということで、この度、お邪魔してきました。

ワークショップ時の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショップ時の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプ時の建物外観。あれから約1年が経過(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプ時の建物外観。あれから約1年が経過(写真撮影/桑田瑞穂)

まず、森川さんのお家について整理しておきましょう。
神奈川県の山間に夫妻と2人のお子さんで暮らしています。完成した住まいは平屋建て、間取りは大きな1LDK、建物面積は約60平米、上部にロフトが30平米というもの。

南に大きなリビング。中央にキッチン・洗面などを配置。無駄のないシンプルな間取り(間取図提供:森川さん)

南に大きなリビング。中央にキッチン・洗面などを配置。無駄のないシンプルな間取り(間取図提供:森川さん)

2024年春の時点で上のお子さんは4歳、下のお子さんは2歳。夫は現在、子育てをしながら地域の仕事をしたり、自宅で養蜂をしてはちみつの販売をしており、妻は育休から仕事に復帰、現在リモートワーク中心に働き、週1回ほど都心部まで通勤しています。

正真正銘の自家製はちみつ。一部を販売しています(写真撮影/桑田瑞穂)

正真正銘の自家製はちみつ。一部を販売しています(写真撮影/桑田瑞穂)

住まいの断熱性能は、省エネ地域区分5(※)の省エネルギー等級6(外皮熱貫流率UA値0.46W/平米K)、気密値はC値0.3という、ZEH以上の高性能住宅です。給湯はエコキュート(ヒートポンプ技術で空気の熱でお湯を沸かす)を採用、空調は6畳用エアコン2台、熱効率80%の第一種熱交換システム、太陽光発電パネルを搭載し、発電した電気は、自宅で使うエネルギー(給湯含む)のほか、電気自動車の充電にも使っています。窓はLow-Eトリプルガラスの樹脂窓(遮熱タイプ)。建物はシンプルでありながらも、実に環境に配慮した、高性能なハイスペックなお住まいです。設計・施工したのはプロの3人、プラス、夫妻とお友達。この性能をハーフビルドで建てられるんだから、すごすぎる……!

※省エネルギー基準地域区分。国内を「1~8」の8つの地域に指定しており、どの地域区分かによって、求められる断熱性能、達成すべき基準値が異なる

太陽光発電の発電・消費・売電状況がリアルタイムにわかります(写真撮影/桑田瑞穂)

太陽光発電の発電・消費・売電状況がリアルタイムにわかります(写真撮影/桑田瑞穂)

樹脂のトリプルサッシ。価格は高くなっても窓はお金のかけどころです(写真撮影/桑田瑞穂)

樹脂のトリプルサッシ。価格は高くなっても窓はお金のかけどころです(写真撮影/桑田瑞穂)

山の中にある建物。外壁に使われた焼き杉!! 日差しを浴びて超絶かっこいい!!(写真撮影/桑田瑞穂)

山の中にある建物。外壁に使われた焼き杉!! 日差しを浴びて超絶かっこいい!!(写真撮影/桑田瑞穂)

建物の引き渡しは2023年3月で、その後も夫妻でDIYしつつ、アップデートして暮らしています。実に暑かった2023年の夏もこの住まいで過ごしました。

南側から建物を見たところ。ちょっと鋭角な切妻屋根が愛らしい!(写真撮影/桑田瑞穂)

南側から建物を見たところ。ちょっと鋭角な切妻屋根が愛らしい!(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは、入居して半年経過した現在の気持ちから聞いていきましょう。

「朝昼晩といつも快適で体調がすこぶる良くなりました。特に夫は、冬は寒いと布団から出られず元気がなかったのですが、今は毎日元気。必要以上にエネルギーを使ったり、暑い・寒い・冷たいに気を使うストレスから解放されました。また、(自分たちの手でハーフビルドをして)構造や仕組みがわかっているから、何かあった時にどうしたらいいかわかる安心感もあります。エネルギーに依存しない暮らしはシンプルに気持ち良い。断熱性能の低い家に住んでいたころは、環境に配慮した暮らしがしたいと思いながらも、大量にエネルギーを使わなければ快適に過ごせない毎日に違和感がありました。今は、地球環境や次の世代に対してもやもやしていた気持ちが、少し晴れました」と妻は話します。

省エネ性能を高めた住宅にお住まいの人からよく聞くのが「健康になった」という話。室内の寒暖差によるストレス、ヒートショックは高齢者のみの問題のように思われがちですが、実はかかっている負荷は若い人でも同じ。慶應義塾大学の伊香賀 俊治(いかが・としはる)研究室では、「室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる」のほか、「暖かな住まいでは風邪をひく子どもの数が減る」などの研究結果もあります。年齢や性別関係なく、あたたかい家は快適だといえるのでしょう。

■関連記事:
室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマトな理由は省エネだけじゃなかった

リビングの様子。現し仕上げで見える県産材。壁は漆喰。友人の左官職人に協力してもらい、みなで塗りました。その仕事ぶりにも感動!(写真撮影/桑田瑞穂)

リビングの様子。現し仕上げで見える県産材。壁は漆喰。友人の左官職人に協力してもらい、みなで塗りました。その仕事ぶりにも感動!(写真撮影/桑田瑞穂)

上部にあるロフトの様子。屋根裏ってどうしてこうワクワクするんでしょう(写真撮影/桑田瑞穂)

上部にあるロフトの様子。屋根裏ってどうしてこうワクワクするんでしょう(写真撮影/桑田瑞穂)

妻の仕事の様子。出社することもありますが、在宅で仕事するにはちょうどよいスペース(写真撮影/桑田瑞穂)

妻の仕事の様子。出社することもありますが、在宅で仕事するにはちょうどよいスペース(写真撮影/桑田瑞穂)

冬でも室温は常に20度前後。光熱費は1/4以下に! 建築費は2810万

「朝昼晩いつも快適」というのは、データでも裏付けられています。森川さん宅には家の内外室内あわせて9の温度計をつけていますが、最も暑かった日も最も寒かった日も、室温がほぼ一定しているのがわかります。エアコンは2台設置していますが、動いているのはほぼ1台のみ!

◆もっとも暑かった日と寒かった日の室温の変化

最も暑かった2023年7月30日のグラフ。外気温40度を超えている(!)のに対し、室内は温度差にムラがなくどこも28度程度(データ提供:森川さん)

最も暑かった2023年7月30日のグラフ。外気温40度を超えている(!)のに対し、室内は温度差にムラがなくどこも28度程度(データ提供:森川さん)

最も温度差があった2023年11月24日のグラフ。外気温3度から20度まで上昇しているのに室温はおよそ20~25度で安定している(データ提供:森川さん)

最も温度差があった2023年11月24日のグラフ。外気温3度から20度まで上昇しているのに室温はおよそ20~25度で安定している(データ提供:森川さん)

特筆すべきは、建物の中、どこの箇所でも温度差がほとんどないことでしょうか。以前は断熱性能の低い賃貸一戸建てで、厳冬期は電気代が最大3万6000円を記録。さらに給湯のガス代が1万円、灯油ストーブの灯油代が5000円、山の暮らしで車移動が多かったためガソリン代は月2万円と高め。光熱費+ガソリン代で合計月7万円を超える時期もありましたが、今は日の短い冬でも電気代が月1万円程度(給湯、電気自動車充電分含む)まで下がりました。日の長い夏なら売電収入で月々のエネルギーコストはプラスになります。エネルギーを使わないのは節約になるわけですから、高性能住宅は、健康で、エネルギーを使わず、家計にもやさしいということがいえるのがわかります。

換気口。常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、心地よさも抜群です(写真撮影/桑田瑞穂)

換気口。常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、心地よさも抜群です(写真撮影/桑田瑞穂)

第一種空調換気で、室内の温度と湿度の調整を行います(写真撮影/桑田瑞穂)

第一種空調換気で、室内の温度と湿度の調整を行います(写真撮影/桑田瑞穂)

取材に訪れた日も12月で外気温は8度ほどでしたが、室内はエアコン1台で十分にあたたかくなります。お子さんたちは裸足でしたし、人が発する熱もあり、「少々窓をあけましょうか」という話にもなるほどの心地よい温度になります。また、第一種空調換気により常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、家の一番のお気に入りは「温度と湿度の快適さ!」と胸を張ります。

ロフトからキッチン・リビングを見下ろす。日差しがたっぷりと注いでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフトからキッチン・リビングを見下ろす。日差しがたっぷりと注いでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

「もう以前のような寒い家には戻れないなと思います。夏も冬も快適なのはもちろん、春と秋も超気持ちいい! ちなみに2番目のお気に入りは、廃材をたくさん使ったこと。ご近所に廃材があるのでもらってきて、棚やキッチンに使いました。『そこにあるものを活かす』はエネルギーもコストもかけてない、シンプルだし心地よい。自分で集めた廃材が家になってめっちゃ嬉しいです!」とにこやかに話します。

リビングからキッチンをのぞむ。キッチンカウンターの正面は、外壁の焼き杉の端材を加工し「浮造り」にした板を張りました(写真撮影/桑田瑞穂)

リビングからキッチンをのぞむ。キッチンカウンターの正面は、外壁の焼き杉の端材を加工し「浮造り」にした板を張りました(写真撮影/桑田瑞穂)

地元で廃材などももらえるそう。棚をつくるのもお手の物(写真撮影/桑田瑞穂)

地元で廃材などももらえるそう。棚をつくるのもお手の物(写真撮影/桑田瑞穂)

ここまで来ると気になるのが、価格です。総工費(本体価格に加え、キッチンなど設備費)2810万円ほど。これに設計費や外構工事含めた付帯費用を加算し、総額で3500万円ほど。この性能でこの価格というのは、設計や施工に携わったみなさんも「リーズナブル!!」と評するほどのコスパです。

家づくりで見えてきた、職人への敬意と新しい人生

設計と施工に携わったHandiHouse projectの中田りえさんは、この価格について、「高性能な住まいは『高い』と思われがちですが、この家は断熱と気密、窓や玄関など、後からリノベやリフォームでは変えにくい機能面に『全振り』しています。反対に室内の建具、仕切り、設備は最小限にし、あとでDIYしたり発注したり、暮らしにあわせて可変できるようにしています」といいます。

ワークショプで建築面での解説をしてくれたHandiHouse projectの中田りえさん(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプで建築面での解説をしてくれたHandiHouse projectの中田りえさん(写真撮影/桑田瑞穂)

収納も扉を設けずに節約し、布でゆるく仕切ることでコストダウン(写真撮影/桑田瑞穂)

収納も扉を設けずに節約し、布でゆるく仕切ることでコストダウン(写真撮影/桑田瑞穂)

高性能な躯体をつくり、コンテンツはのちのち充実させていくという考え方ですね。また、ハーフビルドしたことで夫はDIYスキルを獲得。棚づくりなどはお手のものとなり、現在では最も大変だった黒い外壁として使用している「焼き杉づくり」にはまり、“株式会社焼き杉”をつくりたいというほど。今も友人宅の焼き杉づくりを手伝いに行くこともあるそうです。

「焼き杉は西日本でよく使われている手法で、防虫、防腐、調湿効果などがあります。我が家では外壁に使うため杉を焼いたのですが、その数約230本! 全部で1カ月くらい、朝から夕方まで焼き続けた(笑)。毎日50点~80点くらいを行き来して試行錯誤しながら、最後のほうは毎回98点のクオリティーに。上達していくのがとにかく面白かった」と夫。

大量の杉を焼くためにご近所の仲間(初対面の人も)、旧友、元会社の先輩などなど総勢30人くらいが参加し、焼杉をきっかけにいろんな人との出会い、再会もあったそう。

焼き杉づくりの様子。めっちゃ盛り上がりました(写真撮影/嘉屋恭子)

焼き杉づくりの様子。めっちゃ盛り上がりました(写真撮影/嘉屋恭子)

外壁をよく見るとシックスパックのような凸凹があります。一つとして同じものがない(写真撮影/桑田瑞穂)

外壁をよく見るとシックスパックのような凸凹があります。一つとして同じものがない(写真撮影/桑田瑞穂)

焼き杉以外にも「図面、設備以外はほぼ決まっていない状態で、細かいところは現場で決めながら進めた」というライブ感も貴重な体験になったようです。

「図面だけだとイメージがつかないことばかりで、毎日、現場でリアルに想像しながら仕様や細かい部分を決められたので、家の満足度がとても高いんです。休憩タイムにアイディア出しをしたり、家をつくってる感があって楽しかった。こういう家づくりがもっと広まったら、新居に引っ越して後悔する人、家づくりの工程でストレスを感じる人も減るんじゃないかな。家を買うというモノ消費から、家をつくるという『コト消費』ですね」と夫はその手応えを話します。

3人の多能工と協働作業をするなかで「来世は大工になりたい!」というほど職人の身のこなしの美しさ、手際のよさに感動したとか。わかります、職人さんってカッコいいですよね……。こうして得た「家づくり」の知見を活かし、夫は今、会社勤めとは異なる、人生を歩みはじめています。

もう1棟建てるなら? ハーフビルドでおすすめする工程は?

今、家づくりを終えてみての感想、夫妻ともに得たものはあるのでしょうか。

「本当の意味での建築の民主化は、ただ作業に参加するだけでなく、できなくてもいいからとにかく自分でやってみることだと思いました。今回、私たちは知り合いの山の杉やヒノキを使いたくて地元の林業会社、製材所に直接相談に行ったんですが、急峻で狭い山道から木材を運び出すのが難しく、搬出コストの問題で断念しました……。結果的に地域の製材所に津久井産材などの地元の木材を発注しましたが、日本の山が放置される理由と原因がわかり、山を見る目が変わりましたね」と収穫と課題感を口にします。

眼の前に建材適齢期の杉があるのに使えない、もどかしさ、苦しさ。顔の見える関係で建材を調達して家づくりをしたいと思っても、そう簡単にはいかないのには理由があるんですね。

「今回、自分たちでフローリングの製材(伐採した木を角材、板材として加工すること)もやってみて、いかに既製品が使いやすく、なぜ普及しているのかがよくわかったんです。仕上がりの精度や施工のしやすさがまったく異なるので。“仕上がりのラフさ”の許容範囲は人によって違うと思いますが、私たちは高い精度を追求するのではなく、本来の木の性質を活かした風合いが残っていてもいいし、施工時に多少の手間がかかっても、そこには人の手触りが残ってるからいいのでは、という結論に落ち着きました。画一化された商品以外の選択肢も含め、一般の消費者が自分の好みや許容度によって選べるようになればいいなと思います」と妻。

知っているのと体験したことがある、この2つには雲泥の差がありますが、まさに森川夫妻にとってはそんな家づくりとなったようです。

家族の寝室として使っている部屋。こちらにも無駄がありません!(写真撮影/桑田瑞穂)

家族の寝室として使っている部屋。こちらにも無駄がありません!(写真撮影/桑田瑞穂)

では、ハーフビルドやDIYでおすすめする工程があるとしたら、どのようなものがあるのでしょうか。

「工程を区切ってポイントで参加するのではなく、薄くてもいいからできるだけ広い範囲の工程に参加するのがいいと思う。毎週末土日に差し入れを持って見学するだけでもいいし、基礎から引き渡しまでの全工程が家づくりなので、とにかく多くの工程に関わるのが面白いです。もしDIYで参加するなら、土台組み、断熱施工、構造用合板を組むなどの完成後、目に見えない構造部分に関わるのがいいと思う。石膏ボードを張ったあとは、あとからリノベしたり塗り替えたりできるけど、石膏ボード張るより前の、構造に関わる部分はハーフビルドでしか経験できない領域だから。興味が湧いた方にはぜひおすすめです」(妻)

聞けば聞くほどに濃い「ハーフビルド体験」ですが、今、もう一軒、建てるとしたらどんな家を建てたいでしょうか。

「新築じゃなくて、中古を断熱改修して快適に住めるようにしたい。そのノウハウが広まればもっと快適な家が増えるはず。新築現場ではとにかく大量のゴミが出ます。もっと空き家が流通して、断熱改修でストック活用が必要だと、改めて思いました」といいます。

HandiHouse projectの中田りえさんは、今ある中古住宅の断熱改修にも携わっていますが、コストや施工といった面での難しさを痛感しているといいます。だからこそ、「せめて新築をつくるときは、断熱・気密ともに高性能な住宅にこだわってほしい」とアドバイスします。

2023年のワークショプ、そして今回の完成後の様子を見て、筆者の印象はとにかく、「『家づくり』ってこんなに楽しいものだったんだ!」という事実です。とかく家は「買う」「借りる」という意識でしたが、もしかしたら近代化・工業化、大量生産の時代に、本来、あったはずの「家を作る喜び」を手放してしまったのではないか、とすら思います。

総人口が減り、工業的な家と人のあり方、地球環境を含め、潮目が大きく変わる今、施主も施工する人も、周囲の人も巻き込んだこんな楽しい家づくりを、取り戻せたらいいなあと切に願います。

今回のプロジェクトに携わったみなさんと(写真撮影/桑田瑞穂)

今回のプロジェクトに携わったみなさんと(写真撮影/桑田瑞穂)

青空に映える……(写真撮影/桑田瑞穂)

青空に映える……(写真撮影/桑田瑞穂)

●取材協力
森川屋
ハンディハウスプロジェクト

「脱炭素問題」が企業も国も淘汰する時代へ。予断を許さぬ気象環境と日本の対策遅れ、住宅事情など最新情報  COP28

2023年は、世界各地で異常気象が相次ぎました。異常高温、大雨やサイクロンなど多数の死者を伴う気象災害により、多くの住宅やインフラが甚大な被害を受けました。日本も年平均気温は過去最高で、記録的な豪雨が発生。地球温暖化によって引き起こされる異常気象は、今後もさらに頻発する見込みで、各国は地球温暖化を抑制する脱炭素に向けた取り組みを加速しています。

NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーとして「脱炭素」を追ってきた堅達京子さんに最新事情を聞きました。2023年11月30日から12月13日にかけて、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された、COP28※の成果や課題、住宅業界の脱炭素の動きを解説します。

※COPは、地球温暖化の影響緩和や適応策、炭素排出削減目標などに焦点を当て、国際社会の協力を促進する国際会議です。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

『化石燃料からの脱却』の合意は画期的な一歩堅達さんの著書『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』(山と渓谷社 刊)(画像提供/堅達京子)

堅達さんの著書『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』(山と渓谷社 刊)(画像提供/堅達京子)

2020年10月、菅前首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」により、地球温暖化対策の「脱炭素」に対する日本全体の関心が高まりました。カーボンニュートラルとは、地球温暖化を進めないように、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること。政府は、これを2050年までに達成する目標を掲げています。これは、日本が脱炭素社会の実現に向けて、産業構造や社会システムの転換を進めていくことを意味しています。2021年に開催されたCOP26について堅達さんを取材した際、「この8年が地球温暖化を食い止める正念場」という強いメッセージがありました。それから2年、脱炭素の観点から世界はどのように変わったのでしょうか。

堅達さんは、「温暖化の危機は加速しているのに、人間は戦争や紛争に明け暮れ、結束が弱まっている。そういう2年間だったと思います」と話します。

「温暖化の悪影響が一層顕在化してきています。リビアの砂漠地帯やイタリアの洪水、アマゾン川流域の干ばつ、ハワイの山火事などがニュースで報じられました。海氷や陸地の氷が驚くほどの速さで溶け、特に西南極の氷床が大きく減少しているという科学者たちの報告があります。太平洋島嶼国は、海面上昇による国土消失が懸念されています。そして、ウクライナ戦争やガザ侵攻が勃発しました」

世界中で洪水や山火事、干ばつなどが続発(PIXTA)

世界中で洪水や山火事、干ばつなどが続発(PIXTA)

そうして2023年11月30日~12月13日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された「COP28」。気候変動の悪影響を受けやすい途上国の損失と損害(ロス&ダメージ)を支援する「ロス&ダメージ基金」や各国の脱炭素対策の進捗を評価する「グローバル・ストックテイク」などについて議論されましたが、なかでも大きな成果は「『化石燃料からの脱却を10年間で加速する』という合意が採択されたこと」だと言います。
「近年のCOPでは、『化石燃料の段階的廃止』という文言が合意文書に盛り込まれるのかが焦点でした。化石燃料の燃焼は、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスを排出する主な原因で、大気中に蓄積することで、地球温暖化が引き起こされます。
化石燃料の廃止は、地球温暖化を抑えるために必要不可欠ですが、COP26、COP27では、化石燃料への依存度が高い国々からの反発があり、見送られました。
COP28では、『化石燃料からの脱却を10年間で加速する』という合意が採択されました。190を超える世界の国と地域の合意文書に盛り込まれたことは歴史的な進展であり、2023年が、石油や石炭に依存する『化石燃料時代の終わりの始まり』だと言えるでしょう」

化石燃料とは、石炭・石油・天然ガスなど。火力発電などで燃焼する際、温室効果ガスを排出する(PIXTA)

化石燃料とは、石炭・石油・天然ガスなど。火力発電などで燃焼する際、温室効果ガスを排出する(PIXTA)

一方で、「『廃止』という強い言葉が最初の案から消えて、『脱却』という解釈の余地を残す言葉になってしまった点は残念」と堅達さん。

「『phase-out(段階的廃止)』には、『全面的に無くす』という強い意味がありますが、『transitioning away(脱却)』は、『移行』と訳されることもあります。玉虫色だからこそ合意できた面もあるでしょうが、訳し方次第で都合よく解釈できる余地が残ってしまいました」

とはいえ、そんな中でも、化石燃料からの脱却を「10年間で加速する」と期限を明記できたことは大きい成果と言えるでしょう。

ビジネス界で加速する再生可能エネルギーの活用再生可能エネルギー(再エネ)とは、太陽光、水力、風力、地熱、バイオマスなどの、枯渇せずに繰り返して永続的に利用できるエネルギーのこと(PIXTA)

再生可能エネルギー(再エネ)とは、太陽光、水力、風力、地熱、バイオマスなどの、枯渇せずに繰り返して永続的に利用できるエネルギーのこと(PIXTA)

また、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、ロシア産パイプラインガスへの依存度が高い欧州などで天然ガス価格が高騰したこともここ数年での大きな出来事のひとつ。日本に住む私たちも、日々影響を実感しています。

「脱炭素化」が停滞、後退するのではという見方もありました。それでも、堅達さんは「脱炭素なくしてビジネスはできない時代に突入します」と話します。

「最新の研究では、想定されていたほどウクライナ戦争による化石燃料への揺り戻しは起きなかったと捉えられています。むしろ、ロシアの天然ガスに依存するのは危険だという認識が強まり、再生可能エネルギーへの転換が一層加速しました。
その流れは、ビジネス界も同様で、例えば、アップルは、2030年までに、販売されるすべての製品をカーボンニュートラルにすることを目指すと宣言。再生可能エネルギーに移行するサプライヤー(商品やサービスを供給する人・企業)の数を大幅に増やしただけでなく、製品に使用するリサイクル素材の量を増やしています」

液化天然ガスのパイプライン。ロシア の ウクライナ 侵攻 で 世界的 に 需給が逼迫した(PIXTA)

液化天然ガスのパイプライン。ロシア の ウクライナ 侵攻 で 世界的 に 需給が逼迫した(PIXTA)

ビジネス界が脱炭素に向けた取り組みを加速させている背景には、世界各国でカーボンプライシングの導入が進んでいることがあります。

「カーボンプライシングとは、温室効果ガスの排出に価格を付ける仕組みで、例えば、炭素税は、温室効果ガスの排出量に応じて課税する制度。
1トンあたりの値段が1万円を超える国もある中、日本のカーボンプライシング(『地球温暖化対策のための税』)は、石炭火力発電の排出量に1トンあたり306円と世界各国と比較して低い水準にとどまっています(2024年1月8日時点)」

欧州連合(EU)は、2023年5月に、炭素税に匹敵する「炭素の国境調整メカニズム」を施行。温室効果ガス排出量の多い国から、排出量の少ない国への輸入品に対して、炭素価格相当の費用を課す制度です。さらに、2023年7月から「デジタルプロダクトパスポート」の導入を義務付け、製品の製造者、販売者、消費者、そしてリサイクル業者などが製品の持続可能性に関する情報を電子的に記録したものを共有できるようにしました。
温室効果ガス排出量の多い国から輸入される製品の競争力を低下させ、排出量の少ない国から輸入される製品の競争力を高める施策で、日本企業への影響も少なくはありません。
もはやビジネス界は、「脱炭素なくして商いができない」時代に突入しているというのです。

脱炭素ビジネスで世界をリードする中国に対抗するため、アメリカは国内の脱炭素産業育成に多額の資金を投入している(PIXTA)

脱炭素ビジネスで世界をリードする中国に対抗するため、アメリカは国内の脱炭素産業育成に多額の資金を投入している(PIXTA)

現在、脱炭素ビジネスは、欧州・アメリカと中国が牽引していますが、アメリカでは、2017年6月、ドナルド・トランプ大統領のもと、地球温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定からの離脱を表明したのは印象的なできごとでした。
ジョー・バイデン大統領により2021年2月に復帰しましたが、その間に何があったのでしょうか。

「アメリカが離脱を宣言する中、2017年にドイツのボンでCOP23が開催されました。アメリカのビジネス界はどうするのか注目されましたが、アメリカの大手企業100社以上が連名で、『ウィーアースティルイン(We are still in)』の声明を発表し、『我々はまだパリ協定にいる』と表明したんです。企業には、アップル、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックなどアメリカを代表する企業が名を連ねていました。2024年アメリカ大統領選挙で、たとえドナルド・トランプ氏が再選されたとしても、ビジネス界の脱炭素の動きは止まらないでしょう」

脱炭素と住まいの新潮流、世界の最新事情

住宅業界の脱炭素の動きについて、堅達さんは「世界各国で新築住宅への太陽光発電の義務化が進むこと」に注目しています。

「COP28では、『化石燃料からの脱却』を実現するために、2030年までに再生可能エネルギーを3倍にして、エネルギー効率を2倍にすることが目標になりました。
具体的な政策としては、新築住宅の太陽光発電の義務化が注目されています。既に、アメリカのカリフォルニア州やハワイ州では、新築住宅に太陽光発電を設置することが義務化されていましたが、日本でも、東京都が2025年4月から、新築住宅への太陽光発電設置の義務化を決定しました」

太陽光発電や電機自動車の充電ステーションが街の当たり前の風景に(PIXTA)

太陽光発電や電機自動車の充電ステーションが街の当たり前の風景に(PIXTA)

「化石燃料を廃止するには、石炭だけではなくて、石油と天然ガスからも脱却しなければいけません。
ニューヨーク市で2021年12月に可決された『新たな建築物での天然ガス使用を禁じる法案』は、その先駆けとなる政策です。2024年1月から7階建て未満の新築建物、2027年7月から7階建て以上の新築建物に対して、暖房、給湯、調理などのすべての用途で天然ガスの使用を禁止するもの。ニューヨーク市の新築建物は、すべて電気で暖房や給湯、調理を行うことになります。ガスをひねって調理する時代が終わりを迎えているのです」

街づくりや住宅にもEVシフトの動きが出てきており、こちらも見逃せないと言います。

「ここ数年で大きく進んだ分野は、EVです。ガソリン車やディーゼル車などの内燃機関車から、電気自動車(EV)への転換が急速に進んでいます。
世界におけるEV車の普及率は2023年には14%を超え、欧州では20%と5台に1台がEVの時代に突入しています。欧州、中国、アメリカでは、EVシフトを加速させるために、住宅へのEV充電設備の設置義務化を進める動きが広がっています。
日本では、東京都が、全国に先駆けて、2025年4月から、賃貸住宅を含む新築の住宅すべてにEV充電設備の整備義務化を施行。日本におけるEV車の普及率は世界水準を大きく下回っています。今後、EVシフトを加速させると同時に、全国へ充電ステーションの整備が急がれます」

自宅のガレージにEV充電設備を備えた住宅(PIXTA)

自宅のガレージにEV充電設備を備えた住宅(PIXTA)

また、堅達さんは「日本が一番遅れている既存住宅の断熱化が急務」と警鐘を鳴らします。

「『エネルギー効率2倍』を達成するためには、建物の省エネ性能を高めることが重要です。欧米では、住宅の断熱化は、エネルギー消費量の削減や、室内環境の改善、快適性の向上などの目的で、広く普及しています。それに比べると、日本では、特に既存住宅における省エネ診断や断熱工事の普及が進んでおらず、省エネ性能向上が遅れています」

既存住宅の性能表示については、2025年4月から義務化される予定。リクルートでは、2024年4月より、不動産情報サイト『SUUMO』に掲載される新築住宅の省エネ性能表示を開始します。「SUUMO」では、エネルギー消費性能を星の数で表示(国土交通省HPより)

既存住宅の性能表示については、2025年4月から義務化される予定。リクルートでは、2024年4月より、不動産情報サイト『SUUMO』に掲載される新築住宅の省エネ性能表示を開始します。「SUUMO」では、エネルギー消費性能を星の数で表示(国土交通省HPより)

ドイツでは、2002年に「省エネルギー建築法(EnEV)」が施行され、新築住宅の省エネ性能を一定の基準に満たすことが義務付けられ、既存住宅についても、2020年より、一定の基準に満たない住宅の売買や賃貸の際に、省エネ診断を実施することが義務化されました。

「国土交通省では、新築住宅の断熱性能を『ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)』の基準まで引き上げる目標を掲げています。また、2022年度から、『既存住宅における断熱リフォーム支援事業』により、窓やドアなどの断熱改修に対する補助金制度が拡充されました。
努力義務だけでは遅々として進みません。義務化と補助金等をセットにして導入するアプローチが効果的です」

「都市(まち)の木造化推進法」(国土交通省2022年施行)にともない、大型の木造建築が続々と登場していることにも注目しているとのこと。「木材を大規模建築に大量に使うことで炭素を貯留し、温室効果ガス排出量の削減につなげようと、『木造化』への期待が非常に高まっているのです」(堅達さん)(画像提供/三井不動産・竹中工務店)

「都市(まち)の木造化推進法」(国土交通省2022年施行)にともない、大型の木造建築が続々と登場していることにも注目しているとのこと。「木材を大規模建築に大量に使うことで炭素を貯留し、温室効果ガス排出量の削減につなげようと、『木造化』への期待が非常に高まっているのです」(堅達さん)(画像提供/三井不動産・竹中工務店)

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日本の課題と求められる取り組み

現在、日本では国全体としての排出量取引制度は実施されていません。日本政府は2026年度の本格稼働に向けて準備を進めている段階です。岸田首相は、2022年1月に「アジア・ゼロエミッション共同体構想」を提唱していますが、課題もあります。
世界では日本の脱炭素政策は、どう見られているのでしょうか。

「残念ですが、日本の温暖化対策は、世界から評価されていないのが現状です。
COP28の会場では、日本は、脱炭素で間違った方向に進んでいるとして、環境NGOから『化石賞』に選ばれました。化石賞とは、気候変動対策に対して足を引っ張った国や企業に与えられる不名誉な賞です。
また、脱炭素化の手段として、アンモニアを燃料として利用することに注力していますが、これについても冷ややかな目を向けられています。確かに、アンモニアは、燃焼時にはCO2は排出しませんが、現状では生成する時にCO2を排出しますから、差し引きでいえば効果が低いと言われるのは当然です」

日本は、化石燃料に多額の公的資金を投じていると非難されている(PIXTA)

日本は、化石燃料に多額の公的資金を投じていると非難されている(PIXTA)

「もはやマイボトルやエコバッグの自助努力だけで温暖化は止まりません」と堅達さん。

「まず、政府が、ルールや期限を決めてシステムを変える必要があります。『衣食住』の『住まい』は、地球環境の問題を身近に感じる入り口。断熱性能のいい住宅なら、快適に暮らせて地球環境にも優しい。太陽光や蓄電池を搭載すれば、防災にもなり、一石二鳥三鳥になります。省エネ性能表示を確認するなど、消費者として、環境に配慮した商品を選ぶことが地球の未来を変えると思います」

世界では、脱炭素化によるパラダイムシフトで、今までの思想や社会全体の価値観などが、革命的に、劇的に変化しています。日本でも2019年に風力発電の再エネ海域利用法が施行され、洋上風力発電の導入が本格化。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、脱炭素技術の研究開発に2兆円の「グリーンイノベーション基金」を創設するなど、脱炭素社会の実現に向けた投資を拡大しています。百点満点のエネルギーはなく、課題はありますが、堅達さんのように建設的な視点でとらえることが大切だと感じました。

●取材協力
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
堅達 京子(げんだつ・きょうこ)さん 
1965年、福井県生まれ。早稲田大学、ソルボンヌ大学留学を経て、1988年、NHK入局、報道番組のディレクター。2006年よりプロデューサー。NHK環境キャンペーンの責任者を務め、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組を放送。NHKスペシャル『激変する世界ビジネス “脱炭素革命”の衝撃』 『2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦』、NHK民放の6局連動特番『1.5℃の約束 いますぐ動こう、気温上昇を止めるために』はいずれも大きな反響を呼んだ。
2021年8月、株式会社NHKエンタープライズに転籍。日本環境ジャーナリストの会副会長。環境省中央環境審議会臨時委員。文部科学省環境エネルギー科学技術委員会専門委員。世界経済フォーラムGlobal Future Council on Japanメンバー。東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。福井県立大学客員教授。
主な著書に『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』『脱プラスチックへの挑戦 持続可能な地球と世界ビジネスの潮流』。

2024年も3省連携で住宅省エネキャンペーンを実施。省エネで補助金がもらえるのは?内容を詳しく解説

住宅の省エネ化を推し進めている政府は、さまざまな優遇制度を設けている。国土交通省・経済産業省・環境省の3省連携による住宅省エネキャンペーンが2023年にスタートしたが、2024年も同様のキャンペーンを展開することが決まり、昨年末に2024キャンペーンのホームページが公開された。キャンペーン内容を見ていこう。

【今週の住活トピック】
住宅省エネ2024キャンペーン開始/国土交通省

「住宅省エネ2024キャンペーン」とは3つの補助事業の総称

「住宅省エネ2024キャンペーン」とは、国土交通省、経済産業省、環境省の3省連携により行う「住宅の省エネリフォーム支援」と国土交通省が行う「長期優良住宅及びZEH住宅の取得への支援」に関する支援事業の総称だ。具体的には次の事業となり、2023年の同様の事業よりも予算額を増やしている。

先進的窓リノベ2024事業(環境省) 給湯省エネ2024事業(経済産業省) 子育てエコホーム支援事業(国土交通省)

なお、賃貸集合住宅を対象とした給湯省エネ事業もあるが、賃貸オーナー向けのものなのでここでは割愛する。

省エネリフォームに対する補助制度は3つ

省エネリフォームに対する補助制度は3つある。高断熱窓の設置=「先進的窓リノベ2024事業」、高効率給湯器の設置=「給湯省エネ2024事業」、開口部・躯体の省エネ改修を含むリフォーム=「子育てエコホーム支援事業(リフォーム)」だ。省エネならなんでもよいわけではなく、それぞれに指定された部材や機器を使用する必要がある。

住宅の省エネリフォームへの補助制度

※1 断熱窓への改修促進等による住宅の省エネ・省CO2加速化支援事業(環境省)による支援(令和5年度補正予算)
※2 高効率給湯器の導入を促進する「家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金」 (経済産業省)及び既存賃貸集合住宅の省エネ化支援事業(経済産業省)による支援(令和5年度補正予算)
※3 子育てエコホーム支援事業 (国土交通省)による支援(令和5年度補正予算、令和6年当初予算案)
※4 ①1)、3)及び②については、経済対策閣議決定日(令和5年11月2日)以降にリフォーム工事に着手したもの、①2)については、経済対策閣議決定日(令和5年11月2日)以降に対象工事に着手したものに限る(いずれの場合にも、交付申請までに事業者登録が必要)
国土交通省報道発表「住宅省エネ2024キャンペーンはじまります!」の資料より

1つ目の「先進的窓リノベ2024事業」は、既存の住宅のリフォームが対象で、内窓を設置したり、外窓や窓ガラスを断熱性の高いものに交換したり(窓リノベと同時に行う高断熱ドアの交換含む)した場合、リフォーム工事の内容に応じた所定の補助額の合計金額を、1戸当たり200万円を上限に還元する事業だ。

2つ目の「給湯省エネ2024事業」で、対象となる高効率の給湯器と1台当たりの補助額は、次の通り。台数制限があり、一戸建てはいずれか2台まで、マンションなどの共同住宅はいずれか1台まで、となっている。

「ヒートポンプ給湯器(エコキュート)」:補助額(基本額)8万円
性能加算額A:2万円、B:4万円、A+B:5万円「電気ヒートポンプ・ガス瞬間式併用型給湯器(ハイブリッド給湯器)」:補助額(基本額)10万円
性能加算額A:3万円、B:3万円、A+B:5万円「家庭用燃料電池(エネファーム)」:補助額(基本額)18万円
性能加算額C:2万円

※「性能加算額」とは、さらに高い性能A~Cを満たす給湯器の場合に基本額に加算される額
※工事内容によっては「撤去加算額」が対象となる場合がある

3つ目の「子育てエコホーム支援事業(リフォーム)」では、例えば小さな窓のガラス交換で3000円/枚など実施した工事内容ごとに定められた額を足し合わせて上限20万円/戸まで補助するもの。ただし、以下の場合は上限額が変わる。

子育て世帯・若者夫婦世帯の場合:上限30万円/戸子育て世帯・若者夫婦世帯が既存住宅購入を伴う場合:上限60万円/戸長期優良リフォームを行う場合:上限30万円/戸長期優良リフォームを行う場合で子育て世帯・若者夫婦世帯の場合:上限45万円/戸

※子育て世帯とは18歳未満の子を有する世帯、若者夫婦世帯とは夫婦のいずれかが39歳以下の世帯

住宅省エネキャンペーンの特徴は、これら3つの補助制度の省エネ改修を行った場合、同時に行うその他の改修(住宅の子育て対応改修、バリアフリー改修、空気清浄機能・換気機能付きエアコン設置工事等)についても、ワンストップで子育てエコホーム支援事業の対象になることだ。

新築住宅の省エネで利用できる支援制度は2つ

まず、「給湯省エネ2024事業」については、指定された高効率給湯器を設置する「注文住宅の新築」、「新築分譲住宅の購入」、「買取再販物件の購入」(買取再販事業者が給湯器を交換して販売することを条件に既存住宅を購入した場合に限る)についても補助対象となる。

長期優良住宅またはZEH住宅の新築住宅については、「子育てエコホーム支援事業」の対象となる。ただし、子育て世帯・若者夫婦世帯の場合に限られる。補助上限額はそれぞれ次の通り。

長期優良住宅の場合:100万円/戸

※長期優良住宅とは、国が定めた「長期優良住宅認定制度」の基準を満たす住宅

ZEH住宅の場合:80万円/戸

※ZEH住宅とは、強化外皮基準かつ再エネを除く一次エネルギー消費量▲20%に適合する住宅
なお、住宅の新築が抑制される所定の区域に立地する場合は補助上限額が半減となる。

登録事業者が工事を行うなどの注意点がある

工事内容や部材・機器が補助対象となるか判断したり、求められる書類等をそろえて補助金の交付申請をしたりなど、専門的な知識が求められることもあって、補助事業ごとに事務局に登録した事業者が工事を行うことが条件となっており、登録事業者が補助金の申請手続きも行う。したがって、住宅の購入や工事の発注を行う前に、利用したい補助制度の登録事業者かどうか(または登録する予定かどうか)を確認することが大切だ。

また、対象期間などスケジュールについても注意が必要。2024年12月31日までが申請期間となっているが、補助事業ごとの予算枠に達すると申請受付が打ち切られる。2024年の「子育てエコホーム支援事業」では予算が増えているが、2023年の「こどもエコすまい支援事業」は申請受付が早期に終了した。どの補助事業も早期に予算枠に達する可能性がある点に留意したい。

補助金の交付申請は3月中下旬(具体的な日程は未定)からとなっているが、それより前に工事に着手した場合も対象となる。令和5年度補正予算が閣議決定した、2023年11月2日以降に着工した場合などが対象になるからだ。また、対象となる機器などが今後追加されることになっているので、最新情報を確認する必要もある。

政府は住宅の省エネ化に力を入れている。こうした制度を上手に活用して、省エネ性の高い住まいを手に入れてほしい。「もらえると思っていた補助金をもらえなかった」ということのないように、細かい条件までしっかり確認し、登録事業者と綿密に相談することがポイントだ。

●関連サイト
〇国土交通省報道発表「住宅省エネ2024キャンペーンはじまります!」
〇住宅の省エネリフォーム支援「住宅省エネ2024キャンペーン」のホームページ
〇「子育てエコホーム支援事業」のホームページ

注文住宅トレンド2024! 注目は、平屋・ヌック・タイパ・省エネ・ランドリールームなど7キーワード

ハウスメーカーや工務店、建築家とイチから自分好みの住まいをつくれる「注文住宅」。マンション・建売一戸建てより自由度が高く、住まいにこだわりたい人の「究極の家づくり」といっていいでしょう。また、注文住宅は間取りや設備をイチから設計できるため、時代の価値観や好み、トレンドを色濃く反映します。では今、これから注文住宅を建てたい人がおさえておくべきポイントとは? 住まい情報誌『SUUMO注文住宅』の編集長を務める服部保悠氏に話を聞きました。

建築費や資材費の上昇を受け、小さくても満足度の高い家をめざす

2023年にSUUMOリサーチセンターが発表した調査(2023年注文住宅動向・トレンド調査)によると、建築費は全国平均で3186万円、土地代2145万円で、ともに直近8年では最高値となっています。自由に選べる「究極の家づくり」ではありますが、予算を潤沢につぎ込めるという人は多くないはず。では2024年、価格はどのように動くのでしょうか。

「近年、建築価格、土地価格ともに右肩上がりが続いていましたが、ここにきて一服感はあります。ただ、2024年以降、人件費・資材費ともに残念ながら下がる要素はなく、横ばいが続くと思われます」と服部氏。このところ増えてきた「平屋」も、住みやすいという側面とともに、建築面積を抑えられることで、建築費が節約でき、増えてきました。こうした「コンパクトで住みやすい家」というのは、まだまだ増えていく兆しがあるそう。

(写真撮影/北島和将)

(写真撮影/北島和将)

■関連連載:平屋回帰

「注文住宅は無限の選択肢がある分、土地にかけるお金と建物の費用調整が肝心になるわけですが、土地価格も下落しないとなれば、建築費で調整するという考え方もあります。つくり方にもよりますが、比較的建築費も抑えられ、なおかつ暮らしやすい、そんな平屋はまだまだ支持を集めるのではないでしょうか」(服部氏)

また、建物の面積をコンパクトにした分、家具と設備を一体にする(家具化)、ミニマム化するというトレンドもあげています。
「家具を買い替えて流行を追い続けるのではなく、デザイン性の高い内装・設備に家具の機能も持たせるようになってきており、例えばキッチン設備も家具のようなデザイン性にすぐれたものが登場しています。床や室内ドア、収納を含め、トータルコーディネートで空間を広く見せるデザインが好まれており、印象的なのは男性・女性ともに北欧デザインが好きという人が多いこと。流行に左右されず、インテリアのスタイルとして定着したと思っています」(服部氏)

家づくりにも「タイパ」の波。規格住宅もトレンドに

もう一つ、無限に選択肢がある、言い換えれば決断コストが無限にかかる注文住宅の中で、『タイパ』という傾向がじわりと見てとれるといいます。

「注文住宅は依頼先からはじまって、土地、住宅ローンといった大きなことから、それこそ壁紙や取っ手ひとつまで、本当に決断の連続です。とはいえ時間も体力も限られている。そこで選択肢の一つとして考えたいのが『タイパ』にすぐれた規格住宅です。規格住宅とは、ハウスメーカーや工務店があらかじめ用意した間取り、内装、設備のなかから選ぶ建て方のこと。もちろん、オプションを加えたり、内装材を選んだりなど注文住宅ならではの自由度もあります。ハウスメーカーや工務店の構法やデザイン、考え方が好き・合うという人であれば、こんなにしっくりくる家の建て方はありません。比較検討する時間や手間が省けますし、金額面でもお手ごろ感があり、増えている印象です」(服部氏)

確かに、「自由に建てられるのが注文住宅の魅力じゃないのか」という考え方もできますが、自由すぎるとどうしていいかわからない、自分が選んでデザインや世界観を壊してしまったらイヤだという人もいることでしょう(筆者もそのタイプです)。そのためある程度、パッケージ化されていて、そこからカスタマイズしていくほうが早いというのは合理的です。

ケイアイスター不動産グループのIKI株式会社が販売する、規格型平屋注文住宅IKI。施主夫妻は、間取りはいくつか用意されていたパターンのうち3室が南に面した2LDK、壁紙の色は3タイプから白ベースのカラーを選んだ(写真撮影/片山貴博)

ケイアイスター不動産グループのIKI株式会社が販売する、規格型平屋注文住宅IKI。施主夫妻は、間取りはいくつか用意されていたパターンのうち3室が南に面した2LDK、壁紙の色は3タイプから白ベースのカラーを選んだ(写真撮影/片山貴博)

また、家づくりだからこそ、「失敗したくない」「失敗できない」というマインドも規格住宅に有利だといいなす。

「規格住宅といっても、ハウスメーカーや工務店が過去のデータを蓄積し、家事ラクの間取り、家族の団らんをつくる間取りなどといった、ノウハウを含めて提案しています。テイストも北欧風、カフェ風、インダストリアルデザインなど、各社さまざまなテイストがありますし、好みとマッチするのであれば賢い方法だと思います」(服部氏)

「無数にあるからこそ楽しい」と思うのか「規格があるからこそ選べる」と思うのか、人によって考え方は異なりますが、自分や家族にあった選択をしたいですよね。

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アフターコロナ、人気を集める間取りや設備は?

間取りや設備では、どのような流行があるのでしょうか。コロナ禍では、「エントランス入ってすぐの手洗いポーチ」「ワークスペース」などが好まれましたが、アフターコロナの今、家づくりではどのような間取りや設備が好まれているのでしょうか。

「玄関近くの手洗い、全館空調、非接触スイッチのような『おうち衛生』はブームを経て、定着しそうです。手洗いポーチは玄関近くにあると、子どもの手洗いの習慣づけにもなり、ゲストにも使ってもらいやすいという声をよく聞きます。今後、断熱等性能等級5、いわゆるZEH水準が義務化されることを考えても(※詳細は後述)、定番化していくのではないでしょうか」(服部氏)

玄関のすぐ近くに配した洗面台(写真撮影/片山貴博)

玄関のすぐ近くに配した洗面台(写真撮影/片山貴博)

玄関に入って右手側に洗面台が(写真撮影/片山貴博)

玄関に入って右手側に洗面台が(写真撮影/片山貴博)

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一方で、費用や面積が限られているなか、こんな傾向も。

「リビングとは別のくつろぎスペースを設けておく、ヌック(※)や窓際のベンチが増えている気がします。ベンチなので、日差しを浴びながらごろんと寝転んでもいいし、子どもと遊んでもいい。本を読んでもいいし、机があれば仕事スペースにもなる。リビングでソファーに座ってテレビを見る場所とは別に、こうした余白のあるスペースが好まれていますね」(服部氏)

※ヌックは小ぢんまりとした居心地のいい空間。リビング脇・片隅に設けられるケースが多い

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

(写真/明野設計室 一級建築士事務所)

もう一つ、今らしい家づくりの特徴として、「バルコニーをつくらない家」があるといいます。

「共働きのため、日中外に干せない代わりに、夜洗濯をして室内で干す人が増えています。室内は全館空調にしていれば窓はあけなくても空気はキレイ。だとすれば室内干しスペースを確保して、逆にバルコニーはいらないという考え方で、その分、建築コストを下げようという発想です。こちらも今後、一定の支持を集めるのではないでしょうか」と分析します。

洗濯や乾燥は、ドラム式洗濯乾燥機を使う、ガス乾燥機を入れる、サンルームや室内干しスペースをつくるなど、さまざまなやり方があります。自分たちのライフスタイルに合わせて間取りを最適化していくのであれば、いままでの当たり前にとらわれず、バルコニーナシ間取りも自然な結論ですよね。これは注文住宅ならではの良さといえるでしょう。

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建材、設備でも環境性能は欠かせない指標に

新築マンション、賃貸住宅ともに「環境への配慮」という点があがっていましたが、注文住宅も同様です。

「2024年4月からは『省エネ性能表示制度』がスタートし、2025年から『断熱等性能(外皮性能)等級4以上』かつ『一次エネルギー消費量等級4以上』への適合が必要になります。また、2030年を予定していた新築住宅のZEH基準の水準並み義務化(断熱等性能 等級5)についても、地球温暖化の急激な進行から前倒しされる可能性も出てきています。今後、そういった性能の高い住宅が世の中の平均となる中、義務化水準だけを守った家を建てるのでは、みすみす自分の家の市場価値を下げていくことにもつながります。ハウスメーカーによってはZEHが標準であるなど、ほぼこの性能を満たしていますし、それ以上の住宅も登場しています。設備でいえば、断熱性能にすぐれた窓、エコキュート、節水節電トイレ、断熱浴槽、太陽光発電システムなどは、導入時にコストがかかりますが、補助金やランニングコストで回収しやすくなっています。提案するハウスメーカーや工務店も、『この設備を入れるとこの期間で回収できる想定です』と説明し、納得して導入されているようですね」と服部氏。

断熱性にすぐれた樹脂サッシ(写真提供/LIXIL)

断熱性にすぐれた樹脂サッシ(写真提供/LIXIL)

大開口でも断熱性を高めたハイブリッド窓(写真提供/LIXIL)

大開口でも断熱性を高めたハイブリッド窓(写真提供/LIXIL)

確かにコストとベネフィットが明確になり、回収期間がわかれば導入を検討しやすいことでしょう。また、環境に配慮した点では、廃プラスチックから生み出された外装材、バイオエタノール暖炉、国産の木材をつかった建材など、さまざまな取り組みがなされていて、注目を集めています。

再資源化が困難だった廃プラスチックと廃木材を活用した「レビアペイブ」。木彫のような自然な仕上がり(写真提供/LIXIL)

再資源化が困難だった廃プラスチックと廃木材を活用した「レビアペイブ」。木彫のような自然な仕上がり(写真提供/LIXIL)

(写真提供/LIXIL)

(写真提供/LIXIL)

「住宅設備メーカー含めて、省エネ技術の開発は活発に行われていますし、新しい建材、設備が次々と登場しています。もちろん、建設コストとの兼ね合いになるので、いきなり普及する、ビッグヒットになるとは思いませんが、潮流として確実にサステナブルな家づくりというのはあると思います」(服部氏)

コロナ禍を経て、家で過ごす時間への関心が高まっている今。家づくりは時間、お金、体力のすべてが必要ですが、その分、自分たち家族にあった空間が手に入るのであれば効果は抜群です。家に暮らしをあわせるのではなく、自分たちの暮らしに合わせた家づくり。やはり人生に一度でいいからやってみたいですし、やる価値はありそう!ですね。

●取材協力
住まい情報誌『SUUMO注文住宅』編集長
服部保悠氏
『SUUMO注文住宅』

賃貸住宅トレンド2024は個性強め! 注目4キーワードは趣味特化・店舗兼用・省エネ性能・デジタル化

賃貸住宅というと、画一的なプランを思い浮かべる人も多いでしょう。でも、そんな思い込みを裏切る個性的な賃貸物件が日本各地で少しずつ増えています。お店が開けたり、相撲部屋付きだったり、農園付きだったりとその顔ぶれもさまざま。では、次に賃貸物件にやってくる新しい風とは? お部屋を借りる側にはどんなメリット・注意点があるのでしょうか。SUUMO副編集長でSUUMOリサーチセンター研究員でもある笠松美香氏に話を聞きました。

リサーチ期間や内見件数など、お部屋の探し方に変化が

まず前提として、賃貸住宅は間取りやデザインなどについては大きな変化が起きにくい構造になっています。それにはいくつか要因がありますが、
(1)既に多数のストックがあり、新築物件は多くない
(2)家を借りる人と建てる人が別である
(3)デザイン・間取りも大多数の人に嫌われないことが大切

というのが大きな理由です。借り手がどんな人になるかわからない以上、特別好かれなくても「嫌われない」お部屋づくりを基本にするのは、わかるような気がします。とはいえ、物件や大家さん側の意識にも少しずつ変化があり、また家を探す側、お部屋の探し方や意識が変わってきているため、個性的な物件が出やすい土壌になってきたといいます。

「今、お部屋を借りて住み替えたいと思う人は、物件情報を収集・検討する期間が長くなっています。ルームツアー動画も人気がありますし、引越す気がなくともスマホで日常の合間合間に『物件を見ている』という感じで、お部屋探しの情報にふれる期間が長くなっているんですね。ネットに載る物件情報もひとつひとつが詳しくなっており、いわゆる『コンセプト賃貸』のような、個性ある物件についても差別化され、借りたいと思う人とマッチングしやすくなっているんです」と笠松氏。

DIYし放題の賃貸。住民みんなで使えるピザ窯や住民のための図書館をつくった大家さんも「キタノアパート」(東京都八王子市)(写真撮影/田村写真店)

DIYし放題の賃貸。住民みんなで使えるピザ窯や住民のための図書館をつくった大家さんも「キタノアパート」(東京都八王子市)(写真撮影/田村写真店)

全9部屋でゴルフ、陶芸、ボルダリング、ピアノ演奏などコンセプトが異なるユニークなコンセプト賃貸も(写真は千葉県柏市にある「ガルガンチュア」)(写真撮影/内海明啓)

全9部屋でゴルフ、陶芸、ボルダリング、ピアノ演奏などコンセプトが異なるユニークなコンセプト賃貸も(写真は千葉県柏市にある「ガルガンチュア」)(写真撮影/内海明啓)

ただ、ネット上で決めてしまい、リアルには物件見学しないというわけではなく、訪問や内見「現地でしか見られない状況を確かめる」「入居前の最終確認」という位置づけになっているそう。

また、お部屋を借りる人が長く情報収集・物件の資料を見続けることで、目が肥え、「防音設備が整っていてYOUTUBEでオンライン実況ができる」「大型犬が飼える」「入居者同士のコミュニティがある」「菜園がある」といった特色ある物件が差別化され、「ニーズを捉えていれば、借り手が見つかる」「そのような特別な特徴に強く惹かれた入居希望者が何年も入居待ちしている」という状況も生まれています。これは「入居者に愛される賃貸をつくりたい」「マッチした人に長く住んでほしい」と考える大家さん、「似たような部屋しかない」と不満に思う借り手、双方にとって幸せな流れといえるでしょう。

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初期費用は抑え気味、家賃債務保証会社利用、デジタル化が進む

笠松氏の話をまとめると、これからお部屋探しをする人は「ゆるゆると情報を集めて、ここぞというときは決断する」と行動を想定しておくのが、良いお部屋探しの大原則といえそうです。また、もうひとつ、お部屋を借りる側としてうれしい傾向が初期費用にあるといいます。

「近年、大家さんが空室を極力減らしたいという意向もあり、礼金が減少傾向にあります。さらに日本各地で家賃債務保証会社の利用が一般化しています。そのため、家賃回収できなかったときのために多めに設定されてきた『敷金』も1カ月分、もしくは0カ月とし、ルームクリーニング代を実費で精算するなどして抑える傾向も。つまり、敷金や礼金といった初期費用が下がっているため、住み替えのハードルが下がっているんです」(笠松氏)といい、賃貸の魅力である「ライフスタイルの変化」にあわせた住み替えができるようになっているのが昨今の特徴だといいます。

共同住宅の入居募集看板

(写真/PIXTA)

コロナ禍では、「テレワークができる広めの郊外のお部屋」、収入減少に対応して「家賃が低めのお部屋」といった大きく変わった生活環境に合わせた選択をする人も見られたそう。これは変化に柔軟という賃貸のメリットを生かせるという意味でとてもいい傾向といえるのではないでしょうか。もうひとつ、コロナ禍を経た変化として不動産業界のデジタル化を教えてくれました。

「オンラインで重要事項説明を受けることも可能になりました。希望すれば不動産会社の担当者とはリアルで対面しないまま契約も可能になっています。現時点では一部ですが、こうしたデジタル化の流れは今後も廃れるとは思えないですし、じょじょに一般化するのではないでしょうか」(笠松氏)

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賃貸住宅も省エネ性能がマストの時代に。住み心地は大きく変わる

また、賃貸だけに限りませんが、新築マンション、新築一戸建てなど、すべての新築住宅に影響する制度がスタートし、賃貸にも好影響が期待されます。

「2024年4月から『省エネ性能表示制度』がスタートし、2025年には、断熱等級4が、さらに遅くとも2030年には等級5(ZEH基準並みの水準)が新築住宅においては義務化されます。すでに「長期優良住宅」の条件は2022年から等級5となっており、新築の賃貸住宅は省エネ性能も向上することが見込まれます」と解説します。

もちろん、賃貸住宅のなかでも新築といえば総数は多くありませんし、家賃も高めに設定されています。いきなり大多数の物件の省エネ性能が向上するわけではありませんが、義務化された以上、今後は大きな流れになっていくのは間違いありません。

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

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「賃貸住宅の建築を請け負っているハウスメーカー各社も当然、この制度に対応していて、各社注力しています。2025年には等級4が最低基準になりますが、海外の基準を見ていると省エネ等級6や7をとるべきですよという流れになっていくはずです。住宅の省エネ性能が高まると、使用するエネルギー量が節約できるほか、住む人の健康にも良い影響を与えることもわかっているので、賃貸住宅を借りる側にとってはよいことだと思います」(笠松氏)

埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」(埼玉県和光市)(写真撮影/片山貴博)

埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」(埼玉県和光市)(写真撮影/片山貴博)

北海道ニセコ町にある“最強断熱”賃貸住宅

超高断熱・高気密の外壁と窓を採用しているため、冬季に使用する暖房は、建物全体を温める共用廊下のエアコン2台。このエアコンだけで外がマイナス14度でも、部屋の温度は19~20度を下回ることはないという、北海道ニセコ町にある“最強断熱”賃貸住宅(画像提供/ニセコまち)

副産物として、賃貸住宅の根強いニーズであった遮音性の向上も見込めるといいます。

「物件を借りる側のアンケートでは、収納や防音/遮音、省エネ性というニーズが高いことがわかっています。断熱性能の高い住まいは気密性も高く遮音性もよいことが多いので、賃貸住宅の住み心地そのものが向上していくのではないでしょうか」と期待を寄せます。

確かに「収納」「遮音」「断熱」は住み心地に大きく影響しますが、なかなか見てわかる「徒歩分数」「家賃」「差別化できる要因」とはなりにくく、今までは後回しにされてきました。今後はこうした「住み心地」に直結する基本性能がよくなっていくことでしょう。

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シェアハウスやコミュニティ。賃貸も顔の見える関係が大切に

もう一つ、東日本大震災以降、じわじわと増えているのが「コミュニティ型」賃貸住宅だといいます。

「日本各地で災害が頻繁に発生していることもあり、近所に見知った顔がほしいというニーズが根強くあるため、コミュニティ形成を助ける賃貸住宅は一定の支持を集めてきました。パルコカーサ、青豆ハウス、ハラッパ団地、高円寺アパートメントなどは代表的な例ですよね。コミュニティ賃貸だけでなく、人とつながって暮らすというのは、シェアハウスに住んだ経験者が多い、今の若い世代にとっては当たり前なんです。ずっとではないけれど、人生の一時期はシェアハウス暮らしでさまざまな人との出会いを楽しみたいという声もよく聞きます」と笠松氏。

賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

“育つ賃貸住宅”というコンセプトを掲げ、2014年に誕生した「青豆ハウス」(東京都練馬区)。住む人と青豆ハウスを訪れる人が一緒に育む新感覚の共同住宅だ(画像提供/青豆ハウス)

保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」(埼玉県草加市)(写真撮影/片山貴博)

保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」(埼玉県草加市)(写真撮影/片山貴博)

なるほど、コミュニティ賃貸は「ご近所づきあい」、シェアハウスは「節約目的」ばかりだと思っていましたが、ともに「人とのつながり」「体験」をシェアするという側面もあるのですね。また、いわゆる賃貸住宅の一角で商売をする「ナリワイ」をはじめられる賃貸住宅も同様だといいます。

「ナリワイって、そこで儲けようとか、起業して成功しようという目的ばかりではなく、人とつながったりとか、人との会話や関係性ができたり、誰かの役に立ちたいという目的が多いように思います。大家さんとしても、やっぱり商売する人が入居してくれれば、なかなかその場を離れないというのもあって、大家さん、借り手、地域住民の三方良しの仕組みなんですよね」とその背景を解説します。

「なりわい賃貸住宅」、「暮らしの町あい所」として話題になった「hocco(ホッコ)」(東京都武蔵野市)(撮影/片山貴博)

「なりわい賃貸住宅」、「暮らしの町あい所」として話題になった「hocco(ホッコ)」(東京都武蔵野市)(撮影/片山貴博)

令和は、賃貸住宅でしかできない経験や体験が重視されているのかもしれません。

「大家さんとしても、知らない人同士が住んで、どんどん入れ替わって、顔が見えなくてという不安な状態よりは、やっぱり同じ街に暮らす人同士が助け合いたい、そこに自分の資産である賃貸住宅を組み込んでほしいという思いはあります。大家さんは代々その地に根付いた人だからこそ、街に愛着を持ち、よくしていきたいという人が多いのです。土地や住んでいる人がいてこその大家さんなので」と笠松氏。

賃貸といえば「借り住まい」「帰って寝るだけの場所」という側面もありましたが、今は「家で過ごす時間がいちばん楽しい」「自分がいたいと思える家」という物件が次々と登場しているということなんでしょうか。2024年はより「愛ある賃貸住宅」「思いを込めてつくった家」が輝き、魅力を放つ一年になるかもしれません。

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懐かしさ感じる”リノベ団地”に広がる人の輪! 保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」を訪ねた
団地はどう変わっていく?「ハラッパ団地・草加」に見る新しい暮らし

【高円寺アパートメント】
災害時、賃貸でお隣さんは助けてくれる? 住民同士で防災計画をつくる「高円寺アパートメント」
デュアルライフ・二拠点生活[21] 高円寺と別府。意外と似ている2つの街を楽しむ暮らし

【hocco】
土間や軒下をお店に! ”なりわい賃貸住宅”「hocco」、本屋、パイとコーヒーの店を開いて暮らしはどう変わった? 東京都武蔵野市

●取材協力
SUUMO副編集長・SUUMOリサーチセンター
笠松美香氏

省エネ先進県・鳥取、中古住宅の省エネ性能を資産価値として評価! 「築22年以上の住宅も価値がゼロにならない」評価法を来年4月スタート

住宅は築22年以上になると価値がゼロになる――。そんな古い慣習を日本からなくしてしまうかも知れない委員会が今、鳥取県で開かれています。その名は「鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会」。高気密・高断熱の住宅価値が高まる評価プログラムづくりを目的にしたもので、別に古い慣習を打ち破ってやろうという、血気盛んな人々の集まりではありません。鳥取県が、県民の豊かで健康な暮らしのために、設置した委員会です。

始まりは国の基準より高い高断熱・高気密の住宅促進から

同委員会を紹介する前に、まずは鳥取県がこれまでに取り組んできた住宅に関する施策について説明しておく必要があります。

令和2年(2020年)から、鳥取県は「とっとり健康省エネ住宅普及促進事業」をスタートさせました。独自に国の基準より高い、家の「断熱」と「気密」の性能基準「NE-ST」を設け、NE-STを満たす家づくりを推奨・助成するという事業です。

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ちなみに「寒い北海道や東北地方でもない鳥取県がなぜそこまで?」と思う人もいるかもしれませんが、同県のシンボルである大山(だいせん)にスキー場があるように、冬になれば雪が積もる地域です。そして2014年時点(※)では、冬季の死亡増加率割合が全国の都道府県でワースト16位だったのです。

※慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出(出典/慶應義塾大学 伊香賀研究室提供資料)

だいせんホワイトリゾート(写真/PIXTA)

だいせんホワイトリゾート(写真/PIXTA)

死因のすべてが、冬に多いヒートショックによって引き起こされる心疾患や脳血管疾患等とはいいませんが、少なくとも家の断熱・気密性能を高めれば、こうした疾患を防ぎやすくなります。

こうして始まった新築住宅へのNE-STの認定制度。「国の基準より高い」と述べましたが、ではどれくらい高いのかというと、下記表のとおりです。

(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

※断熱性能(UA値):建物内の熱が外部に逃げる割合を示す指標。値が小さいほど熱が逃げにくく、省エネ性能が高い
※気密性能(C値):建物の床面積当たりの隙間面積を示す指標。値が小さいほど気密性が高い
※ZEHは、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの略。断熱化による省エネと太陽光発電などの創エネにより、年間の一次消費エネルギー量の収支をプラスマイナス「ゼロ」にする住宅をいう

令和2年7月からNE-ST認定住宅の助成が始まりましたが、鳥取県住宅政策課企画担当の槇原章二さんによれば「初年度である令和2年(2020年)度は、新築の木造一戸建てにおけるNE-ST認定住宅の割合は約14%でした。それが令和4年度(2022年4月~2023年3月)には約31%まで伸びています」。つまり、施主の3人に1人はNE-STを建てたことになります。

またNE-STを建てるには県に登録された工務店等に依頼しなければなりませんが、「現在は県内の住宅供給者の約8割がNE-STの登録事業者です」(槇原さん)。要するに、認定されていない事業者を探すほうが難しいほどになっています。

新築だけでなく既存住宅に対しても認定&補助金制度を拡充

もちろん、住宅は新築ばかりではありません。既存住宅に対してもNE-ST同様の高断熱・高気密化のリフォームを促す「とっとり健康省エネ住宅改修支援事業補助金」制度が令和4年(2022年)7月から始まりました。

こちらは、上記「NE-ST」の「T-G1」基準同等の断熱リフォームを行った既存住宅を「Re NE-ST」認定住宅として助成するだけでなく、住宅の一部のみ「T-G1」基準同等の断熱リフォーム(ゾーン改修)を施したり、国の省エネ基準をクリアする断熱リフォーム(国省エネ基準改修)を行った場合のみでも、県が助成してくれる制度です。

工事費および補助金額の高い順に“「Re NE-ST」>ゾーン改修>国省エネ基準改修”となる(出典/鳥取県庁住宅政策課)

工事費および補助金額の高い順に“「Re NE-ST」>ゾーン改修>国省エネ基準改修”となる(出典/鳥取県庁住宅政策課)

「住宅全体をRe NE-ST基準まで引き上げるには、やはり家全体を改修すると費用がそれなりにかかります。そこで、予算やライフスタイルに応じた省エネ改修がしやすいようにしました」(槇原さん)

例えば「子育てを終えて今は夫婦2人で暮らしているので、2階はあまり使っていない」といった場合などは、老後の快適な暮らしを考えて、普段生活をする1階だけRe NE-ST基準まで改修して費用を抑える「ゾーン改修」を選ぶことができます。

さらに賃貸住宅についても、NE-STの基準を満たせば、新築・改修を問わず賃貸住宅のオーナーに対して助成が施されます。

「健康的な暮らし」の好サイクルを「古い慣習」が阻んでいた!?

確かに、こうやっていけば鳥取県民が豊かで健康的に暮らせそうです。とはいっても、新築でもリフォームでも、性能の高い家を建てようとするとそれなりに費用はかさみます。施主にとっては、この先の暮らしに“投資”することになります。

ところが現状の建物の評価方法では、木造住宅の場合、築22年で価値がゼロになってしまいます。税法上の木造住宅の減価償却年数が22年なのですが、この数字が建物の評価にも慣習的に使われるようになったためだといわれています。

つまり、せっかくお金をかけて快適な自宅を建てた(あるいはリフォームした)としても、22年たてば何もしていない住宅と価値が同じだと評価されてしまうのです。これでは費用のかかるNE-STを建てたり、Re NE-ST改修を行おうという意欲を削ぎかねません。

「従来の建物の評価方法は、築年数と床面積で評価され、性能や改修が評価されにくかったのですが、例えばアメリカでは、改修などの投資が資産価値に反映されます。」(槇原さん)

国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル平成25年度報告書」より。アメリカでは住宅投資額の累計(グラフの赤い折れ線グラフ)と住宅資産額(青い棒グラフ)が比例しているのに対し、日本では比例していないことが一目瞭然。アメリカと日本の差額を国土交通省は「失われた500兆円」と表現している(出典/国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル 平成25年度報告書(案)」)

国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル平成25年度報告書」より。アメリカでは住宅投資額の累計(グラフの赤い折れ線グラフ)と住宅資産額(青い棒グラフ)が比例しているのに対し、日本では比例していないことが一目瞭然。アメリカと日本の差額を国土交通省は「失われた500兆円」と表現している(出典/国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル 平成25年度報告書(案)」)

上記の国土交通省がまとめた報告書「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル平成25年度報告書」の資料では、アメリカでは「大規模なリフォーム投資も住宅投資・資産額に反映」されているのに対し、日本はリフォームしてもそれが「住宅投資・資産額に織り込まれ難い」と指摘しています。

「これでは、何をやっても築22年で価値がゼロになる住宅を建てるために、多くの人が35年ローンを組んでいることになってしまいます」(槇原さん)

費用をかけただけ住宅の価値を高める「鳥取県版評価法」

NE-ST/Re NE-STを推進したい鳥取県としては、こうした現状の評価方法を何とか変えられないかと考えるのは当然の流れ。そこで集められたのが冒頭の、「鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会」というわけです。

(写真提供/鳥取県)

(写真提供/鳥取県)

委員長には、NE-ST基準の設定以来携わっている慶応義塾大学の伊香賀俊治教授が就任。また優良住宅部品(BL部品)認定事業や、住宅の部品・部材等の評価・試験などを行っているベターリビング住宅・建築評価センターの斉藤卓三氏といった面々が加わっています。

なかでも注目したいのは、鳥取県宅地建物取引業協会長の長谷川義明氏と全日本不動産協会鳥取県本部長の細砂修二氏というように、実際に住宅の売買を担う不動産業界の大手2団体からも参画を得ていることです。せっかく評価プログラムを作成しても、それを使ってもらわなければ意味がありません。その点、大手2団体が委員会として推進していく立場であることは、大きな意味を持っているといえます。

同委員会が鳥取県とともに目指すのは、下記のような独自の「鳥取県版評価法」です。

従来評価法と鳥取県版評価法の比較

鳥取県版では、従来は評価されにくかったリフォームや住宅の性能についても評価できるようにしようと考えている

上記表内にある「目標使用年数」とは、従来の減価償却年数に変わるものと捉えるとわかりやすいでしょう。例えば木造(木造軸組工法)の場合、旧耐震基準で建てられた住宅の躯体の目標使用年数を40年とし、新耐震基準なら50年、2000年耐震基準(※)なら60年、という具合に、耐震性の高い住宅は資産価値が高いことを示す「目標使用年数」を定めていくのです。

※2000年耐震基準とは、阪神・淡路大震災で多くの木造住宅が倒壊したことから、特に木造軸組工法に関して厳しい基準を設けた耐震基準のこと。現行の耐震基準とよく呼ばれている。

従来評価法と鳥取県版評価法の経年による評価の違いのイメージ

上記は、従来の評価法なら22年で価値がゼロになるが、新築時に性能の高い住宅を建てれば60年で価値がゼロになることを示す。またリフォームやインスペクション(建築士や住宅診断士などの専門家が、住宅の劣化レベルなどを診断すること)によってはさらに価値が長く残る(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

上記は、従来の評価法なら22年で価値がゼロになるが、新築時に性能の高い住宅を建てれば60年で価値がゼロになることを示す。またリフォームやインスペクション(建築士や住宅診断士などの専門家が、住宅の劣化レベルなどを診断すること)によってはさらに価値が長く残る(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

また上記を見れば、住宅の性能を高める投資(初期投資費用やリフォーム費用)を行うほど、資産の“延命”が図られることがわかると思います。

下記を見れば「お金をかけて性能・品質のよい家を建てると、資産価値が高まる」ことがよりイメージしやすいでしょう。

評価のイメージ(築12年の木造住宅(木造軸組工法)の場合)

上記表のように、水まわり設備や電気設備なども評価の対象だ。また台所設備に表の普及品より性能の高い高級品を備えていると、住宅の価値に反映される仕組みになっている(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

上記表のように、水まわり設備や電気設備なども評価の対象だ。また台所設備に表の普及品より性能の高い高級品を備えていると、住宅の価値に反映される仕組みになっている(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

上記表内の「残存年数」とは、「目標年数(目標使用年数)」から築年数を引いた数字になります。例に取り上げられているのは、2000年耐震基準で建てられた築12年の木造住宅ですから、目標使用年数60年-築年数12年=48年が「残存年数」となります。

また「グレード補正率」とは、グレードの高い装備の場合は価値が高いと評価されるようにした指標で、例えば表内では壁に普及品のビニルクロスが使用されているので、グレード補正率は100%ですが、高級な壁クロスの場合は割増しするなどして、その価値の高さが評価額に反映されるようになります。

ちなみに、実際にある住宅を鳥取県でシミュレーションしてみたところ、下記のように実勢価格と大きなズレはないものの、微妙な差がありました。

実勢価格との差額

いずれも仕様は中級品とし、リフォーム履歴はなしとしてシミュレーションした場合

この差額について槇原さんはこう話します。「実際に取引される価格は建物だけでなく、周囲環境など立地の条件や、これまでの販売実績などから建物価格が算出されるでしょから、鳥取県版評価法よりも高かったり、低かったりしているのだと思います」

別の見方をすれば、現状は築22年以上の建物の価値はゼロ、あとは立地と、ここならこれくらいで売れるだろうという、買い手と売り手の間に立つ不動産会社の“長年の経験値”から価値が決まっているということ。ですから売り手も買い手も、本当にこの金額が適正なのか、判断しようがありません。

しかし鳥取県版評価法を使うと、しっかりと建物の価値を売り手/買い手が理解した上で、立地条件を考慮して、両者も納得の、少なくとも売り手としてはわが家の価値を把握した上で売りに出すことができます。

今後の鳥取県版評価法を定める流れとしては、建築や不動産などの関係団体と鳥取県でコンソーシアムを組織し、実務者によるワーキングを開催して、そこで評価の指針や評価プログラムなどを詰めていきます。それを元に今度は先の委員会に諮り、最終的にコンソーシアムが定めていくというイメージです。

また、こうした鳥取県版評価法を実際に不動産会社に使ってもらえるよう、なるべく簡単に操作できる評価システムを用意しなければなりませんが、それは一般社団法人建物評価研究機構の「THK住宅査定システム」をベースに同機構と県及び関係団体の協働により製作します。

県民が健康に暮らすようになれば鳥取県は実入りが増える!?

こうして見てくると、鳥取県の取り組みは、国が行っても不思議ではない内容です。確かに県民のために性能の高い住宅を普及させたい、そのためには性能の高い住宅をきちんと評価できる仕組みが必要だ、というのはわかりますが、だからといって、なぜ鳥取県がここまで行うのでしょうか。

「まず1つは、NE-ST/Re NE-STが普及することで地場産業が活性化するため、県としては税収の増加につながります。リフォームでいうと、従来は100万~200万円のリフォーム費用が多いイメージでしたが、Re NE-ST認定住宅の平均工事費はだいたい2000万円くらいです。昨年から始まったばかりなので、まだ事例件数は10件ほどですが、こういった大規模なリフォームにより市場が拡大してきていることは大きいと思います」(槇原さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

しかも、新築と比べてリフォームに携わる事業者は県内企業が多いので、より地場産業の活性化につながりやすいそうです。それに、高断熱・高気密の住宅で多くの県民が暮らせるようになれば、長い目でみると医療費の削減にも繋がるのではないでしょうか。

「また、空き家問題の解消にもなるのではないかと期待しています。現在は、子どもが成長して家を離れても、たいていは夫婦2人であまり使わない2階を抱えたまま、最後まで暮らします。なぜなら従来の評価方法では、たとえNE-ST認定住宅だったとしても思うような金額にならないので、移り住むことは難しいからです」(槇原さん)

しかし、鳥取県版評価法によって資産価値が高まれば、自宅の売却益を元手に老後の2人の生活に合った住宅に移り住むことができるかもしれません。

「一方の買い手としては、新築住宅はハードルが高いといった若い世代が考えられます。これから子育てなどでお金がかかるため、なるべく出費を抑えたい彼らが、NE-STの中古住宅の購入や、中古住宅を買ってRe NE-STするなら、と考えてくれるかもしれません」(槇原さん)

そんな風に、ライフステージに応じた住み替えが進んで行くのでは、と槇原さんは期待しています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「さらに、こうして住宅の寿命が延びることで、解体による廃棄物の抑制につながれば、SDGsでもあると思います」(槇原さん)

こうした鳥取県の取り組みに対し、既に全国の工務店などから問い合わせが多数あるそうです。「やはり性能の高い住宅をつくっている事業者は、自分たちの仕事をしっかりと評価してほしいと思っているのではないでしょうか」(槇原さん)

なかには「指針にはこんなことを盛り込んでほしい」など、メッセージを寄せる工務店もあるのだとか。これを機に各地で工務店レベルからのボトムアップが起これば、他県でも鳥取県同様の施策が行われるかもしれません。「他県で鳥取県版評価法を使いたい場合は、建物評価研究機構のシステムが使用できます」(槇原さん)。そうなれば、全国から「築22年以上だから価値はゼロになる」という古い慣習が消える日も近いのではないでしょうか。

鳥取県では来年の4月から鳥取県版評価法の運用を開始する予定。果たして古い慣習の消滅が始まるのでしょうか? 期待を込めて注目しましょう。

●取材協力
鳥取県
●関連サイト
鳥取県建築物環境総合性能評価システム「CASBEEとっとり」

賃貸住宅、省エネ性能が高いと”住み続けたい・家賃アップ許容”ともに7割超! 大家などの理解進まず供給増えない課題も 横浜市調査

猛烈に暑かった2023年の夏。過去126年でもっとも暑い夏だったという気象庁の発表を憶えている人も多いことでしょう。季節は移ろい、秋へと進んでいますが未だに暑く、「夜もエアコンつけっぱなし」という人もいるのでは。一方で、寒さ対策が不可欠な冬もあっという間にやってきます。そこで、今こそ大事になるのが「住まいの断熱化」。少しずつ世間の意識は高まっているものの、なかでも賃貸住宅における省エネ性能には課題がいっぱい。なかなか思うように進まない賃貸住宅の省エネ化、横浜市建築局住宅政策課の杉江知樹さん、横浜市住宅供給公社街づくり事業課の都出祐司さんらに話を聞くとともに、神奈川県横浜市が実施したデータとモニター調査などから実情を探ります。

暑さ寒さ対策には住まいの「省エネ性能」が大事。でも賃貸では普及せず

そもそも、住まいの「省エネ性能」といっても、ピンとくる人は少ないかもしれません。省エネ性能が高い家とは、断熱性や気密性が高いということ。それらが高いと、住む人にどのようなメリットがあるのでしょうか。

住まいの省エネ性能が高いと……
(1)少量のエネルギーで室温を保ちやすい →夏涼しく、冬暖かい
(2)使用エネルギーが少ないので省エネになる →電気代が抑えられる、二酸化炭素排出量を抑制できる

さらに、以下のようなメリットがあることが近年の研究でわかっています。

(3)結露が起きにくくなるためカビやダニの繁殖が抑えられアレルギーを軽減する
(4)部屋間の温度差が少なくなることで健康を維持しやすくなり、ヒートショックも抑制
(5)防音性能が高まり、生活音に悩まされることが減る

ほかにもいくつかあるのですが、端的にいうと、住む人が健康・快適で、エネルギー量が抑えられ、家計面、二酸化炭素排出量削減にも貢献できるというものです。近年はこうしたメリットが知られるようになり、持ち家の省エネ化は進んでいますし、なかでも注文住宅ではパッシブハウスのような超高気密・高断熱の住まいも増えつつあります。

断熱性を高めたうえ、太陽光発電などを備えた住まいが増えている(写真撮影/新井友樹)

断熱性を高めたうえ、太陽光発電などを備えた住まいが増えている(写真撮影/新井友樹)

■関連記事:
世界基準の超省エネ住宅「パッシブハウス」を30軒以上手掛けた建築家の自邸がスゴすぎる! ZEH超え・太陽光や熱エネルギー活用も技アリ

とはいえ、省エネ化が進んでいるのは「持ち家」が中心で、借りて住む、いわゆる「賃貸」では進んでいるとはいえない状況です。

理由はいくつかありますが、主には
(1)借り手・大家・金融機関ともに省エネ住宅のメリットを知らない
(2)住まいの省エネ化を進めなくても、入居者が決まる
(3)住まいを省エネ化するために、建築費が割高になる
(4)割高な建築費をかけて省エネ化しても、賃料に反映できるか不透明

要は賃貸住宅の高性能化、省エネ化のメリットが「知らない」「知られていない」のです。こうした背景があることから、建築費をかけてわざわざ高性能化、省エネ化をしなくともいい、と思われているのが現状です。

横浜市は「省エネ賃貸住宅モニター」事業を実施。でも、なんで?

実はこの状況、地方自治体にとって看過できるものではありません。なぜかといえば、日本は2050年までに「2050年カーボンニュートラル」を国際公約として掲げているからです。また、直近の目標として国では、「2030年の温室効果ガス排出削減目標 2013年度比46%削減」とし、横浜市では、これを上回る「2030年の温室効果ガス排出削減目標 2013年度比50%削減」を宣言しています。二酸化炭素排出量の削減は短期では実現できるものではありませんし、むしろ、あと7年と考えると「今、取り組まなければマズイ」という極めて厳しい状況といえます。

そのため、どこの地方自治体でも二酸化炭素排出量の削減に取り組んでいますが、なかでもベッドタウンとして発展し、多くの住宅ストックを抱える横浜市は住宅、とりわけ賃貸住宅の省エネ性能の低さに着目しました。

横浜市では家庭から出る二酸化炭素排出量が最多という衝撃のデータ(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

横浜市では家庭から出る二酸化炭素排出量が最多という衝撃のデータ(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

「グラフを見てもらうと一目瞭然ですが、横浜市で最も二酸化炭素を排出しているのは家庭部門(住宅)からで、約3割にものぼっています。これは全国の他の市町村と比べても高い割合なんですね。また今ある住宅の課題として、耐震性やバリアフリー、省エネ性を高めていく試みをしていますが、二酸化炭素の排出量を見たときに、住宅から出る量を抑制しないことには、2050年のカーボンニュートラルは難しい。そのため、賃貸住宅の省エネ性能を高めることが本市の喫緊の課題となっているのです」(横浜市建築局住宅政策課・杉江知樹さん)

バリアフリー・省エネのいずれも満たす住宅は、持家4%に対して借家0.5%。耐震を満たしていない物件は17%にも(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

バリアフリー・省エネのいずれも満たす住宅は、持家4%に対して借家0.5%。耐震を満たしていない物件は17%にも(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

そのために、まず「省エネ性」を高めると「住む人にはどのようなメリット」があるのか、あらためて可視化し、周知徹底をする必要があると考えたそう。周知するにしても、まずは確実なデータが必要ということで、横浜市の賃貸住宅のなかでも断熱等級4以上の省エネ性能の高い賃貸住宅で生活する人を対象にして、モニターを募集。約1年間かけて「横浜市省エネ賃貸住宅モニター事業」を実施したのだとか。モニターには、年4回のWEBアンケート、1年分の室温の測定と記録、電気とガスの使用量の提供をお願いしたそう。いわゆる「室温と光熱費の可視化」になります。

「現時点で、市内で省エネ性能が高い賃貸物件は多くはないのと、自宅がどの程度の省エネ性能かを知らない・関心がないという人も多い中、どの程度、協力を得られるか未知数だったのですが、地道にモニターにご参加いただける方を探し、結果として42組にご参加いただきました。総数としては多くはありませんが、電気代の記録や満足度など、得られたデータは非常に貴重で、大きな手応えがありました」(横浜市建築局住宅政策課・杉江さん)

きっかけはコロナ禍での在宅時間の増加。温熱環境で改善されストレス軽減

横浜市鶴見区の賃貸住宅に住む稲子さん(40代女性)も、このモニター調査に協力した一人です。欧米の断熱基準と比較しても見劣りしない断熱等級6、HEAT20でいうとG2グレードに該当し、賃貸住宅ではレア中のレア物件。2021年から入居し、室内温度や防音性などに満足していて、今後も住み続ける予定だといいます。ただ、もともと住まいの省エネ性能に関心があったわけではなく、暮らしてみてはじめてその「快適さ」に驚きました。

「以前は東京都内の賃貸に暮らしていましたが、光も入らない狭い空間で、圧迫感があって。コロナ禍で外出もままならなかったので、とにかく住環境をアップグレードさせたいという思いで住まい探しをはじめました。ここはデザインに惹かれて見学しにきたんですが、すぐにピンときて。その場で申し込みました」(稲子さん)

最寄り駅は東急東横線の綱島駅ですが、まったく土地勘もなかったそう。バス便で、さらに周辺の家賃相場と比較すると1.2~1.3倍ほど高い賃料設定ですが、十分に満足しているといいます。

「性能がよいためか、窓が大きいのに室温はおどろくほど安定しています。真夏も真冬も経験しましたが、こんなにも違うのか、とびっくりしました。音も気にならず、家に感じていたストレスがかなり軽減されました」(稲子さん)

稲子さんが住む賃貸住宅は、2020年築の木造、31平米。窓辺のグリーンや器などで暮らしを楽しんでいます(写真撮影/片山貴博)

稲子さんが住む賃貸住宅は、2020年築の木造、31平米。窓辺のグリーンや器などで暮らしを楽しんでいます(写真撮影/片山貴博)

今回、横浜市の賃貸モニターに参加したことで、ガス代や電気代を記録するようになり、現在もその習慣を続けているそう。昨今、電気料金の高騰が叫ばれている中、連日35度を超えていた7月でも4000円弱、使用量にしても123kWでした。

横浜市のモニター調査に協力したことで、記録する習慣がついたそう(写真撮影/片山貴博)

横浜市のモニター調査に協力したことで、記録する習慣がついたそう(写真撮影/片山貴博)

「シングルの家って手狭だからエアコンをつければすぐに涼しくなるので、あまり省エネなどを気にしたことはなかったんですね。ただ、もともとエアコンが好きじゃないから、この家でも窓を開けて暮らしていたんですが、そうすると外の音がうるさくって、湿度も高くなってしまって。そこで、ためしに窓を閉めて生活をしてみたんです。するとエアコンは入れずとも、室温はずっと快適に保たれて、午前中はつけなくてもいいくらいでした」といい、快適さに驚いたといいます。

外気温35度を上回る灼熱の日。窓はもちろん、省エネ性能の高い複層ガラス&樹脂サッシ!!(写真撮影/片山貴博)

外気温35度を上回る灼熱の日。窓はもちろん、省エネ性能の高い複層ガラス&樹脂サッシ!!(写真撮影/片山貴博)

さすがに窓の温度は33度でしたが(写真撮影/片山貴博)

さすがに窓の温度は33度でしたが(写真撮影/片山貴博)

床の温度は26度(写真撮影/片山貴博)

床の温度は26度(写真撮影/片山貴博)

室温はだいたい26度に保たれていて、気密性も高いので室内も本当に静かです(写真撮影/片山貴博)

室温はだいたい26度に保たれていて、気密性も高いので室内も本当に静かです(写真撮影/片山貴博)

住宅好きだからこそ見つけた家。平均値で「断熱等級4」になってほしい

今回、もう1組、モニターとして協力してくれたHさんご家族にも話を聞きました。

Hさん一家が住む賃貸住宅は2019年築の鉄骨造、45平米。(写真撮影/片山貴博)

Hさん一家が住む賃貸住宅は2019年築の鉄骨造、45平米。(写真撮影/片山貴博)

横浜市神奈川区にあり、こちらは日本の持ち家では一般的な断熱等級4に相当します。この4とは2025年にはすべての新築住宅に適合が義務化される基準ですが、現時点の既存住宅では満たしていないのがほとんどです。Hさんご夫妻は結婚をきっかけに住まいを探し始めました。

こちらのお住まいも複層エコガラス(R)&アルミと樹脂の複合サッシ。断熱性能が高く、早春の朝でも寒さを感じなかったそう(写真撮影/片山貴博)

こちらのお住まいも複層エコガラス(R)&アルミと樹脂の複合サッシ。断熱性能が高く、早春の朝でも寒さを感じなかったそう(写真撮影/片山貴博)

省エネは家探しの条件にはありませんでしたが、妻はもともと間取りを見ることや家探しが好きで、SUUMOなどを日常的に閲覧していたとのこと、夫は大学で建築について学んでいたことで窓や構造に関する知識があったそう。

「住んだあとから変えられない、周辺環境、窓や壁、動線を重点的に確認しました。省エネや温熱環境について言うと、正直、今回のモニターに協力するまであまり意識しませんでした。ただ、印象に残っているのが、引越してきてすぐのときに感じた室内の暖かさでしょうか。3月だったのですが、前の家だと朝暖房を使って帰ってきたとき室内が寒かったのが、ここでは帰ってきても暖かかった。それはすごく印象に残っています」(夫)

湿度が高いと感知する息子くん。子どもが泣いているときに、その理由がわかるのは心強いですね(写真撮影/片山貴博)

湿度が高いと感知する息子くん。子どもが泣いているときに、その理由がわかるのは心強いですね(写真撮影/片山貴博)

「1年間、モニターをしてみて、すべてつじつまがあったな、というのが実感です。なんとなく暖かいね、寒いね、というのが数字でクリアに現れたのでびっくりしました。子どもが泣くのでどうしたんだろうと思ったら暑かったりとかして。あとは窓の性能がしっかりしているのか、周辺の生活音が聞こえてこなくて、静かなのでびっくりしています」(妻)

8月のエアコンのついていない部屋でも28度。ちょっと暑いが過ごせないほどではない(写真撮影/片山貴博)

8月のエアコンのついていない部屋でも28度。ちょっと暑いが過ごせないほどではない(写真撮影/片山貴博)

サッシ部分は30度超(写真撮影/片山貴博)

サッシ部分は30度超(写真撮影/片山貴博)

8月19日の13時ごろ。外気温は36度を超える猛暑日でしたが、ガラス部分で30度弱。省エネはやはり窓からですね(写真撮影/片山貴博)

8月19日の13時ごろ。外気温は36度を超える猛暑日でしたが、ガラス部分で30度弱。省エネはやはり窓からですね(写真撮影/片山貴博)

今回の家探しは、2人の今までの賃貸での失敗や経験、知識を活かしましたが、感想としては、「賃貸住宅のアベレージ(平均値)でこれくらいの住まいになってほしい」と夫。

今回2組に取材しましたが、声をそろえて「当たり前になってほしい」「もう、以前のような(断熱性能に配慮されていない)賃貸住宅には住めない」とおっしゃっていました。住宅探し時の条件には入っていないけれど、省エネ性能の高い住まいに暮らしてしまうと、もう元の住まいには戻れない、それくらい心地がよいようです。

満足度と居住意向の高さはデータでも! では、大家さんの意見は?

こうした満足度の高さは、アンケート結果ではより鮮明になっています。
「省エネ賃貸住宅全体で、住んでいる人の満足度が高いことがわかっていますし、長く住み続けたいという意向も明らかになっています。大家さんからみたときには、物件の差別化ができ経営が安定することにつながります。住んでいる人にとっても、大家さんにとってもメリットが大きいということが改めて把握できました」(横浜市住宅供給公社街づくり事業課・都出さん)

省エネ賃貸住宅は、遮音、断熱、室内の暖かさに満足している結果に

省エネ賃貸住宅は、遮音、断熱、室内の暖かさに満足している結果に

遮音、断熱性、部屋の暖かさといった点で、一般的な賃貸住宅と省エネ賃貸住宅で圧倒的な差がついています(一般賃貸5割強、省エネ賃貸住宅9割超)(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

意外!? 光熱費が抑制できれば家賃がアップしてもかまわない結果も!

意外!? 光熱費が抑制できれば家賃がアップしてもかまわない結果も!

光熱費が抑制できる分、家賃が高くなっても許容できると答えた人が73.2%も。「知り、体感する」ことで納得度が増すのでしょう(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から加工))

省エネ賃貸住宅は「ずっと住みたい」と思える家!大家さんがもっとも嫌う空室リスクを低減

省エネ賃貸住宅は「ずっと住みたい」と思える家!大家さんがもっとも嫌う空室リスクを低減

省エネ賃貸住宅ではなんと75%の人が住み続けたいという。劇的な差ですね(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

では、大家側さん、物件を所有する人からみたときには、省エネ性能を高めるには、どのような課題があるのでしょうか。賃貸住宅「パティオ獅子ヶ谷19号館」を手掛けた、岩崎興業地所の岩崎さんにお話を伺いました。

「弊社は横浜市内と東京都内に不動産を抱え、賃貸経営や不動産企画・管理業をしており、バス便立地、築年数30~40年の物件を多数抱えています。物件の差別化、または付加価値という意味で、リノベなども手掛けきており、以前から省エネ性・断熱性について関心がありました。新築の物件を建てるにあたり、建築家の内山章先生に相談して手掛けたのが、パティオ獅子ヶ谷19号館です。ただ、大家の視点でいうと、省エネ性だけで訴求するのはまだまだ難しいというのが正直な感想です。内山先生のデザイン性、住みたいと思う人のプロフィールや背景を想像して、丁寧に戦略を立てたことが奏功しました」(岩崎さん)

と率直に話します。また物件は2021年築ですが、まだまだ「最新事例」として紹介されます。クルマなどであれば例年のように新モデルが登場しますが、住宅、なかでも賃貸住宅では、断熱等級の高いものは「レア」な存在です。裏を返せば、圧倒的な競争優位性を保っていることになります。

「ただ、正直にいえば、ワンルームや一人暮らし用の賃貸では、ある程度立地条件が良ければ省エネ性を高めなくとも入居者が決まるというのが、現実だと思います。それほど省エネ性能の認知度や重要度はやはり高くないのです。あと、個人的にいえば、ネックになっているのは金融機関ではないでしょうか。省エネ性能を高めた結果、建築費が2~3割割高になりますが、競争優位性も高まります。しかし、それで金融機関の融資がおりるかというと、実際はかなり厳しい。手間も時間もかかりますよね」(岩崎さん)といい、よほどの使命感か情熱がある人でないと、まず難しいというのが省エネ賃貸住宅を建てる側のホンネのようです。

お金を持っているところが強いというのは、いつの時代も真実ですよね。ただ、これは制度や世の中の流れという後押しがあれば、変わることも十分ありえます。

ひとつは2025年、省エネ性能に関わる断熱性能が義務化されるようになり、新築住宅では「等級4」(Hさん一家宅と同水準)が最低基準になります。賃貸住宅であっても、「等級4」を満たさない水準の住まいは建てられなくなります。競争優位性を保つために等級5や等級6(稲子さん宅と同水準)の事例が出てくれば、賃貸物件も徐々に高性能化が進むことでしょう。

もう一つは、若い世代の台頭です。SNSでも、住まいについての情報収集が容易になった今、Hさん夫妻のように、住宅についての知識を蓄えた人が、「住まいの選別」をはじめています。また、若い世代ほど、環境についての問題意識は高いもの。クルマや家電に省エネ性能が求められるように、賃貸住宅も「省エネ性能が高くないと戦えない」という時期に近づいていると感じます。

また。金融機関もESG投資(環境や社会に配慮して事業を行っていて、適切なガバナンス(企業統治)がなされている会社への投資)のひとつとして、「省エネ賃貸住宅」に積極的に融資を行うようになるかもしれません。

夏の暑さ、冬の寒さ、電気代の高騰に振り回されないために。また、2050年カーボンニュートラルという大きな目標のために。今こそ大人世代の行動や決断が問われているときなのかもしれません。

●取材協力
横浜市建築局住宅政策課
横浜市住宅供給公社
岩崎興業地所株式会社

世界基準の超省エネ住宅「パッシブハウス」を30軒以上手掛けた建築家の自邸がスゴすぎる! ZEH超え・太陽光や熱エネルギー活用も技アリ

夏涼しく冬暖かい快適さと、世界基準の超省エネを両立した、ドイツ発祥の「パッシブハウス」。これまで30軒以上のパッシブハウス計画に携わってきたパッシブハウス・ジャパン代表理事の森みわさんが、長野県軽井沢町に自ら設計したセカンドハウスをつくったと聞き、お邪魔してきました。
高次元な断熱性能と、斬新な熱供給システム、自然素材や自然のエネルギーを取り入れたデザイン……パッシブハウスの最新の取り組みを見ていきましょう。

似ているようで異なる、パッシブハウスと省エネ住宅軽井沢町追分に完成した「信濃追分の家」。資料が整い次第、パッシブハウス認定の申請を行う予定(写真撮影/新井友樹)

軽井沢町追分に完成した「信濃追分の家」。資料が整い次第、パッシブハウス認定の申請を行う予定(写真撮影/新井友樹)

ルームツアーの前に、パッシブハウスは日本でいう省エネ住宅と何が違うのか、改めて整理してみましょう。
まず、省エネ住宅とは、高断熱・高気密につくられ、エネルギー消費量を抑える高効率設備を備えた住宅のこと。対してパッシブハウスは、太陽や風など自然の持つ力を建物に取り入れて、必要とするエネルギーを最小化。さらに高断熱・高機密、熱ロスの少ない換気システムなどを駆使してエネルギー消費量を抑える、というアプローチの違いがあります。

「ヨーロッパでは、ゼロエネルギーハウス(エネルギー収支をゼロ以下にする家)・プラスエネルギーハウス(プラスにする家)への足掛かりとして、パッシブハウスがあります。少ないエネルギーで快適に暮らせるパッシブハウスの普及がまずあって、その先に創エネハウス(※)があるという位置付けです」と森さん。

※創エネハウス…太陽光パネルなどでエネルギーをつくり出すことができる住宅

省エネルギーを実現するために、高い断熱性能が必要ということは、共通事項です。
国が定める省エネ基準は、2025年以降すべての新築住宅に「平成28(2016)年基準」の適合が義務づけられます。2030年頃までには、さらにZEH(ゼッチ/エネルギー収支をゼロ以下にする家)基準(断熱等級5、一次エネルギー消費量等級6)まで引き上げるとしていますが、それだけでは不十分だと森さんは言います。

パッシブハウス・ジャパン代表の森みわさん。セカンドハウスの場所は、外気温が低くても日射量が豊富で、移住者が多くコミュニティが形成しやすい軽井沢町を選んだ(写真撮影/新井友樹)

パッシブハウス・ジャパン代表の森みわさん。セカンドハウスの場所は、外気温が低くても日射量が豊富で、移住者が多くコミュニティが形成しやすい軽井沢町を選んだ(写真撮影/新井友樹)

「ZEHで地域ごとにUA値(外皮平均熱貫流率)を定めて断熱性能を高めようというのは、家を魔法瓶化するという意味で良い方向に向かっています。ただ、例えば同じ地域にあっても家を180度回してみれば全然条件が違うはずなのに、家の向き、近隣に住宅や樹木があるか、樹木は落葉樹か常緑樹か、夏と冬で日射量がどれだけ違うかは考慮されません。

『太陽と風に素直に設計する』ということを大切にするパッシブハウスでは、PHPP(Passive House Planning Package)というシミュレーションソフトを使って、建設する場所の標高、気象条件、月ごとの日射量、周辺環境、家族構成に給湯需要まで、あらゆる個別の条件を入力して温熱計算をしています。それはもうシビアに。そうやって建物のエネルギー収支を厳密に予測しながら設計して、入居後の実測値とのギャップをなくしているのです」

日本の省エネ基準の数倍もの温熱性能・省エネ性能が求められるパッシブハウスは、その土地の条件に合わせてオーダーメイドで設計され、冷暖房に頼らずとも年中快適に過ごすことができる“究極のエコハウス”というわけです。

階段まわりのアースカラーが木のぬくもりのアクセントに(写真撮影/新井友樹)

階段まわりのアースカラーが木のぬくもりのアクセントに(写真撮影/新井友樹)

今回訪問した森さんの別邸「信濃追分の家」は、これまで森さんが設計を手掛けてきた中での発見を踏まえ、パッシブハウスの進化形をめざしたといいます。コンセプトである「パッシブハウス+α」を実現するための、具体的なメソッドを6つ教えてもらいました。

メソッド1 南から45度振れた敷地で、太陽光を最大限に味方につけるコーナーガラス真南に向いた大きなコーナーガラス。この家の象徴的存在でもある(写真撮影/新井友樹)

真南に向いた大きなコーナーガラス。この家の象徴的存在でもある(写真撮影/新井友樹)

まずリビングに入ると、斜めに向いた階段が目に飛び込みます。実はこの敷地、南から45度振れたロケーション。そこで、階段室を真南に向けて、2階のコーナーガラスの大開口から各方向に光が差し込むようにレイアウトしています。建物角からの日射によって、冬の暖房エネルギーを積極的に取得する工夫です。

階段室の吹き抜けには、照明作家・鎌田泰二さん制作の大きなペンダント照明を。ブラインドがなくても、ほどよい目隠しになった(写真撮影/新井友樹)

階段室の吹き抜けには、照明作家・鎌田泰二さん制作の大きなペンダント照明を。ブラインドがなくても、ほどよい目隠しになった(写真撮影/新井友樹)

蜜蝋仕上げの鉄の手すりがシンプルでかっこいい(写真撮影/新井友樹)

蜜蝋仕上げの鉄の手すりがシンプルでかっこいい(写真撮影/新井友樹)

2階の間取りはこの階段室を中心に、東西にシンメトリーになるよう居室を配しています。1階には間仕切りの壁はなく、軸がずれたようなこの階段室が、玄関、和室、キッチン、リビングといった領域をやんわりと区画し、視線を切る役割を担っています。おかげで、開放的でありながら落ち着いた、居心地のいい空間になっているのですね。

「軽井沢の冬の厳しい外気温にも関わらず、この向きの敷地を選んだのは、“エコハウスの意匠は自由である”というメッセージを放つための挑戦だったかもしれません」と森さん。真南向きじゃなくてもパッシブハウスはつくれるし、自由で堅苦しくないデザインも叶う。そんな証となった実例です。

リビングの大きな開口部は敷地の向きに素直につくり、階段室を真南にレイアウト(写真撮影/新井友樹)

リビングの大きな開口部は敷地の向きに素直につくり、階段室を真南にレイアウト(写真撮影/新井友樹)

メソッド2 バイオマス燃料と太陽熱、太陽光とEV車でエネルギーを地産地消森さんによるスケッチ「信濃追分の家リニューアブル(再生可能エネルギー)・マックスな設備計画」。冷暖房は熱交換換気装置に内蔵され、1台のヒートポンプで全館空調が完結しているため、ペレットストーブは給湯器として位置付けられている(画像提供/KEY ARCHITECTS)

森さんによるスケッチ「信濃追分の家リニューアブル(再生可能エネルギー)・マックスな設備計画」。冷暖房は熱交換換気装置に内蔵され、1台のヒートポンプで全館空調が完結しているため、ペレットストーブは給湯器として位置付けられている(画像提供/KEY ARCHITECTS)

この家の最大の特徴といえるのが、ペレットストーブと太陽熱集熱器による熱供給を取り入れて、給湯と補助暖房に充てていること。ガス給湯器は設置していません。太陽光発電パネルは搭載しているものの、電気を熱に変える割合は大幅に減らしています。

イタリア製のペレットストーブは、玄関スペースにビルトイン(写真撮影/新井友樹)

イタリア製のペレットストーブは、玄関スペースにビルトイン(写真撮影/新井友樹)

Wi-Fi経由で着火操作が可能。冬、太陽熱が足りない場合は夕方着火するようタイマーを入れると、2~3時間でお風呂のお湯が沸き、余力で壁暖房としても放熱(写真撮影/新井友樹)

Wi-Fi経由で着火操作が可能。冬、太陽熱が足りない場合は夕方着火するようタイマーを入れると、2~3時間でお風呂のお湯が沸き、余力で壁暖房としても放熱(写真撮影/新井友樹)

信州らしい熱源を、と選んだペレットストーブ。炎の揺らぎは見ているだけでほっとする。燃料は地域で購入することで、地域内でのエネルギー自活が可能に(写真撮影/新井友樹)

信州らしい熱源を、と選んだペレットストーブ。炎の揺らぎは見ているだけでほっとする。燃料は地域で購入することで、地域内でのエネルギー自活が可能に(写真撮影/新井友樹)

外気温の影響を受けにくい太陽熱集熱器。集熱管の外側が真空になっていて断熱効果に優れている。なかなかインパクトのある佇まい(写真撮影/新井友樹)

外気温の影響を受けにくい太陽熱集熱器。集熱管の外側が真空になっていて断熱効果に優れている。なかなかインパクトのある佇まい(写真撮影/新井友樹)

玄関にビルトインされたペレットストーブは、16畳用エアコン並みのパワーがあり、温水出力に対応。燃焼エネルギーの8割を温水に、残り2割が輻射暖房として放熱されます。庭に設置した太陽熱集熱器は、真空ガラス管内のヒートパイプが太陽光により加熱され、不凍液を温め循環させるもの。
木質バイオマスと太陽光という再生可能エネルギーを温水という熱エネルギーに変えて、キッチンにある300Lのタンクに熱を貯湯していく仕組みです。

ペレットストーブと太陽熱集熱器からの温水を集める貯湯タンク。この家ではあえて見えやすいよう、キッチンに設置(写真撮影/新井友樹)

ペレットストーブと太陽熱集熱器からの温水を集める貯湯タンク。この家ではあえて見えやすいよう、キッチンに設置(写真撮影/新井友樹)

左奥のドアの先が貯湯タンクのスペース。シンクには95℃まで対応の熱湯栓も付いていて、煮炊きに必要なお湯は一瞬で沸いてしまう(写真撮影/新井友樹)

左奥のドアの先が貯湯タンクのスペース。シンクには95℃まで対応の熱湯栓も付いていて、煮炊きに必要なお湯は一瞬で沸いてしまう(写真撮影/新井友樹)

田舎暮らしに欠かせない車は、電気自動車を導入。V2H(Vehicle to Home)を実現している(写真撮影/新井友樹)

田舎暮らしに欠かせない車は、電気自動車を導入。V2H(Vehicle to Home)を実現している(写真撮影/新井友樹)

もうひとつ注目したいのが、電気自動車を蓄電池に見立てていること。屋根の東西に載せた3.8kWの太陽光パネルで発電した電気は、主に照明と冷蔵庫、換気システムに使用します。「それらの消費電力はだいたい400Wとして、15時間で6kWh。EV車のバッテリー40kWhのうち6kWhをまわせばいいのですから、夜間に車から家に送る量としては大した量ではありません」と森さん。冬の夜間に仮に暖房を切っても、翌朝の室温は1~2℃も下がらないパッシブハウスだからこそ実現できるライフスタイル。
「ただし、オフグリッド仕様にはしていません。数日間曇りの日が続けば、発電量は低下します。そういうときは電力会社に頼る。逆に発電して余った分は渡すこともできる」

太陽光・熱エネルギーを最大限活用し、電力系統ともつながりながら、無理のない範囲でエネルギー自立している家なのです。

メソッド3 高性能の家は床暖不要!土壁暖房パネルを日本初導入無垢のフローリングが素足に心地いい(写真撮影/新井友樹)

無垢のフローリングが素足に心地いい(写真撮影/新井友樹)

建物自体の性能が高いパッシブハウスは、床暖房がなくても、窓辺も頭上も室温がほぼ同じ、温度ムラがないのが特徴です。「もう床から温める必要がそもそも無いですし、実は木の床は、床下から温めようとしても断熱してしまうのです。ここはヨーロピアンオークの無垢フローリングを使っていて、木は熱伝導率が低い。だから床暖房にすると放熱の効率が悪いんです」と森さん。
かわりに導入したのが、ドイツ製の土壁暖房パネルによる輻射式暖房です。給湯がメインのペレットストーブですが、余ったお湯はこの土壁暖房の熱源として使われます。パネルは厚みのある自然素材のため、調湿性、蓄熱性も期待できそうです。

立てかけてあるオブジェのようなものは、土を高圧でプレスして製造されたドイツ製の土壁暖房パネル。温水配管を効率よく巡らせるよう掘り込みがついているのが特徴で、これを補助暖房として壁面に埋め込んでいる(写真撮影/新井友樹)

立てかけてあるオブジェのようなものは、土を高圧でプレスして製造されたドイツ製の土壁暖房パネル。温水配管を効率よく巡らせるよう掘り込みがついているのが特徴で、これを補助暖房として壁面に埋め込んでいる(写真撮影/新井友樹)

暖房パネルは1階の北側にある和室と2階の洗面脱衣所の漆喰塗り壁内部に設置。ゲストが宿泊する部屋と、服を脱ぐ脱衣室の室温を、冬場にほんの少し上げられるようにと配慮した設計(写真撮影/新井友樹)

暖房パネルは1階の北側にある和室と2階の洗面脱衣所の漆喰塗り壁内部に設置。ゲストが宿泊する部屋と、服を脱ぐ脱衣室の室温を、冬場にほんの少し上げられるようにと配慮した設計(写真撮影/新井友樹)

メソッド4 信州カラマツのサッシ+仏・サンゴバン社製のガラスで美しく窓断熱トリプルガラスに、信州カラマツの木製サッシ。かなりの厚みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

トリプルガラスに、信州カラマツの木製サッシ。かなりの厚みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

リビングの大きな窓の先はウッドデッキ。軒の長さも日射に合わせて緻密に計算されている(写真撮影/新井友樹)

リビングの大きな窓の先はウッドデッキ。軒の長さも日射に合わせて緻密に計算されている(写真撮影/新井友樹)

断熱性に優れた木製サッシは、長野県千曲市の山崎屋木工製作所によるもの。長野県産材のカラマツの美しい木目がぬくもりを感じさせます。ガラスは、仏・サンゴバン社製のトリプルガラスECLAZを採用。一般的なトリプルガラスより熱貫流率が低く高断熱、さらにペアガラス並みに日射熱取得率が高い、高性能ガラスです。
「しかも高透過なミュージアムガラスのため、非常に景色が良く見えるという特徴もあります」(森さん)。映り込みの少ないクリアな窓からは、軽井沢のみずみずしい緑が鮮やかに眺められます。

コーナーガラスの左右はサンゴバン社製のトリプルガラス、中央は安曇野市の丸山硝子の技術で実現したガラスコーナーだが、諸事情により日本板硝子のトリプルガラスとなった。中央のガラスだけ少し室内の映り込みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

コーナーガラスの左右はサンゴバン社製のトリプルガラス、中央は安曇野市の丸山硝子の技術で実現したガラスコーナーだが、諸事情により日本板硝子のトリプルガラスとなった。中央のガラスだけ少し室内の映り込みがあるのがわかる(写真撮影/新井友樹)

木製サッシが絵画のフレームのよう(写真撮影/新井友樹)

木製サッシが絵画のフレームのよう(写真撮影/新井友樹)

ドイツのヘーベ・シーベ金物の技術により隙間なくぴったり閉まるエアタイトサッシ。空気や熱、音をシャットアウト(動画撮影/塚田真理子)メソッド5 田舎暮らしをより豊かにする“パッシブセラー”ワインや食料の保管庫として活用できるセラーは、待望のスペース(写真撮影/新井友樹)

ワインや食料の保管庫として活用できるセラーは、待望のスペース(写真撮影/新井友樹)

高い断熱性と気密性により、夏季は25℃、冬季は20℃前後と、家中の温度ムラがないのがパッシブハウスのメリットですが、実は保存食の保管が難しいところでした。漬物や味噌などの食品を保管したくても、室温だと傷みが早いので冷蔵庫に入れないといけないと以前クライアントに言われてしまったのです。

でも、田舎暮らしをするとなれば、自分で仕込んだ発酵食品を置きたいとか、たくさん採れた野菜を保管したいという声は多い、と森さんは言います。そこで、基礎の断熱材をあえて取って、自然の温度変化にまかせた“パッシブセラー”を階段下に設けたのが、今回の新たなチャレンジ。

「軽井沢は凍結深度が80cmでこの家は基礎も深いので、建物直下の土中の温度変化が少ないという特徴があります。昔ながらの床下空間のような感覚ですね」。エアコンで温度管理せずとも、室内よりも7℃ほど低い空間が完成しました。ワインセラーとしても活用できそうです。

メソッド6 防音して空気は逃す。プライバシーと換気を叶える、革新的な室内ドアドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

ドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

2階の寝室と洗面室のドアには、通気機能を持つ革新的なドア「VanAir」を導入しました。従来の室内ドアは、閉めた状態でも換気ができるよう、ドアの下部に1cmほどの隙間を設けているのが一般的。このドアは、表と裏で互い違いに縦のスリット(通気口)があり、空気はドアの芯を経由して反対側へと流れる仕組み。24時間、空気は一定の方向に流れ、においや淀みもしっかり排気してくれるのです。かつ、防音性能を備えており、音漏れの心配もありません。

ドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

ドア下に隙間はなく、かわりに縦のスリットから一定方向に空気を逃す(写真撮影/新井友樹)

洗面脱衣室、バスルームの空気もスムーズに排気され、一年中結露やカビとも無縁(写真撮影/新井友樹)

洗面脱衣室、バスルームの空気もスムーズに排気され、一年中結露やカビとも無縁(写真撮影/新井友樹)

クローゼット上の木ルーバーのうしろは、熱交換換気から新鮮空気を各部屋に供給する給気グリル。ここから供給された空気は脱衣室等のウェットエリアの排気口へと流れる(写真撮影/新井友樹)

クローゼット上の木ルーバーのうしろは、熱交換換気から新鮮空気を各部屋に供給する給気グリル。ここから供給された空気は脱衣室等のウェットエリアの排気口へと流れる(写真撮影/新井友樹)

なお、換気システムには、室内の熱をリサイクルしながら室内と室外の空気を入れ替える「Zehnder CHM200」を使用。換気ユニットにヒートポンプを組み込んだもので、熱交換換気、冷暖房、除湿、空気清浄が1台で行えます。
基本的には自動制御ですが、タッチ式パネルで操作も可能です。

取材時(6月下旬)の室温は24.5℃、湿度53%。真価が問われる冬が楽しみ(写真撮影/新井友樹)

取材時(6月下旬)の室温は24.5℃、湿度53%。真価が問われる冬が楽しみ(写真撮影/新井友樹)

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世界基準の“超省エネ住宅”パッシブハウスの高気密・高断熱がすごい! 190平米の平屋で空調はエアコン1台のみ

家族が集う家、ずっといたくなる家新しい挑戦がたくさん詰め込まれた家(写真撮影/新井友樹)

新しい挑戦がたくさん詰め込まれた家(写真撮影/新井友樹)

大きな窓がもたらす開放感、気持ちのよさは、何ものにも変え難い(写真撮影/新井友樹)

大きな窓がもたらす開放感、気持ちのよさは、何ものにも変え難い(写真撮影/新井友樹)

信濃追分の家の設計期間は約1年、施工工事は10ヵ月ほど。初挑戦の取り組みも多く、建築費はおよそ5,500万円。一般的には、パッシブハウスの建築費は新築住宅+1.5~2割というのが目安だそうです。毎月の光熱費は月1万円以内と、ランニングコストはかなり抑えられる見込み。ただ、目に見える数字以上に一年中過ごしやすく、その快適さはプライスレスなもの、と森さんは言います。

「パッシブハウスに住んでいる方のお話を聞くと、朝スッと布団から出られるようになった、冷え性が治ったという声が多いですね。あとは、家があまりにも快適だから家にずっといたくて、会社を辞めて自宅でできる仕事を始めたとか、孫がしょっちゅう遊びに来るようになった、という声も。家族が集う家、といえるかもしれません」
パッシブハウスが心身にいい影響を与えてくれたり、大袈裟ではなく人生が変わったりすることもあるのですね。

信濃追分の家は、今後体験宿泊も受け入れていく予定だそうです。パッシブハウスを検討したい方は、一度この心地よさを体感してみてはいかがでしょうか。

明るいリビングで仕事をすることも多い森さん(写真撮影/新井友樹)

明るいリビングで仕事をすることも多い森さん(写真撮影/新井友樹)

さらに近い将来、太陽光でつくる余剰電力を分解してメタンガスをつくる、Power to Gasにも着目しているという森さん。こちらはまずパッシブタウン(富山県黒部市の集合住宅)での挑戦を見守りたいとのことですが、次々と新たな可能性を追求する森さんの取り組みに注目したいと思います。

●建物概要
在来木造2階建て
【フラット35】S適合(耐震等級3)
建築面積:88.04平米
延床面積:129.58平米
敷地面積:519.61平米

現在、2012年竣工の福岡パッシブハウスでは新オーナーを募集中。価値のわかる方にぜひ引き継いでほしい、と森さんは言う(画像提供/KEY ARCHITECTS)

現在、2012年竣工の福岡パッシブハウスでは新オーナーを募集中。価値のわかる方にぜひ引き継いでほしい、と森さんは言う(画像提供/KEY ARCHITECTS)

(画像提供/KEY ARCHITECTS)

(画像提供/KEY ARCHITECTS)

●取材協力
パッシブハウス・ジャパン
KEY ARCHITECTS

無印良品の小屋ズラリ「シラハマ校舎」に宿泊体験。災害時に強い上下水道・電気独立のオフグリッド型住宅の住みごこちって? 千葉県南房総市

シラハマ校舎は、千葉県南房総市白浜町の小学校跡地を活用してできた複合施設です。無印良品の小屋がずらりと並んだその一角に、2022年、上下水道、電気も既存インフラに頼らない「オフグリッド小屋」が誕生したといいます。省エネが注目される昨今、以前よりも耳にする機会が増えた「オフグリッド小屋」、一体どのように活用されるのでしょうか。可能性を探るため、シラハマ校舎に話を聞きました。

タイニーハウス(小屋)人気は健在。ウェイティングリストは27組も!

2016年、千葉県の房総半島の先に誕生した「シラハマ校舎」は、廃校となった長尾小学校・幼稚園の敷地と建物を用途変更してできた施設です。敷地内には18ある小屋が立つほか、レストラン(完全予約制)、シェアオフィス、コワーキングスペース、宿泊施設で構成されています。ちなみに小屋の1棟の広さは12平米で、バスやキッチン、トイレなどの水回りは共用で使います。運営しているのは、妻がこの町の出身者という多田夫妻。

小屋は発売当初、「どんな人が買うんだろう?」という声もありましたが、現在、ワーケーションやシェアオフィス、2拠点生活の場所として活用されていて、2019年に完売、2023年現在はウェイティングリストに27組もいるという人気物件です。(関連記事:コロナ禍で「小屋で二拠点生活」が人気! 廃校利用のシラハマ校舎に行ってみた 千葉県南房総市)

シラハマ校舎の夜景(写真提供/シラハマ校舎)

シラハマ校舎の夜景(写真提供/シラハマ校舎)

「今、1棟、販売されているんですが、見学にいらっしゃる方も多いですね。人気があるため、中古価格も崩れていません。
ただ、比較的大きな畑付きで、ほぼ毎週末、手入れが必要になるんです。週末くらいはゆっくりしたいというニーズが強いので。となると、当然、人を選んでしまう。やはり小屋でゆったりしたいという人は多いので」と話すのは、シラハマ校舎の企画から管理、運営までをご夫妻で行っている多田朋和さん。

また、コロナ禍で広まったアウトドア人気やキャンプ人気は未だに衰えず、特に房総半島では次々とキャンプ場が誕生しているよう。キャンプのようでもあり、別荘のようでもある、シラハマ校舎の「小屋」は、手堅い需要があるようです。

平時はキャンプ場、非常時は避難場所。小屋を柔軟に活用する

この大人気のシラハマ校舎の敷地の一角がさらに進化して、2022年には「オフグリッド」の小屋ができました。オフグリッドとは、電力などの送電網につながっていない独立型電力システムのこと。このシラハマ校舎では、電力だけでなく、なんと上下水道も既存のインフラに頼らず、自立して運営できる仕組みをつくったそう。一体なぜなのでしょうか。

「きっかけは、2019年の台風です。送電網が停止し、白浜町一帯も停電、陸の孤島となりました。避難場所となったコミュニティセンターの受け入れ可能人員は最大で80人ほど。そのため、150人近い人が避難できない状態になりました」と多田さん。また停電したことで9月の残暑が住民を直撃したほか、浄化槽も稼働できず、衛生状態もよくなかったといいます。

2022年末の取材時も、一角に残されていた井戸。今回のプロジェクトでは、こちらも活用(撮影/ヒロタ ケンジ)

2022年末の取材時も、一角に残されていた井戸。今回のプロジェクトでは、こちらも活用(撮影/ヒロタ ケンジ)

小屋はそもそもサイズが小さいため、使う電気エネルギーは最小限ですみます。そのため、生活に使う電力は太陽光発電でも十分まかなえるのです。いわば、「小屋の利点」を活かして、平時と非常時の二段階活用を実践したかっこうです。誰もが空想したり、アイデアとしては浮かびますが、民間の試みでさらりと行ってしまうところが、多田さん夫妻のすごいところ。

新しい小屋の内観。こうしてみると普通のホテルですね(写真提供/シラハマ校舎)

新しい小屋の内観。こうしてみると普通のホテルですね(写真提供/シラハマ校舎)

新しい小屋の内観。電気なので、キッチンはIHです(写真提供/シラハマ校舎)

新しい小屋の内観。電気なので、キッチンはIHです(写真提供/シラハマ校舎)

「もともと下水道はなく、浄化槽(※)を利用する地域なので、非常時でも電気と水さえあれば機能します。また小学校の敷地内には古い井戸があったので、これを吸い上げて配水に利用することに。太陽光発電と水を確保できることで、いざというときも下水も稼働するんです。電気だけなら、オフグリッドでまかなえる施設はたくさんありますが、上下水が既存インフラから独立して稼働するのは、日本でもシラハマ校舎くらいじゃないかな」と多田さん。

※敷地内に設ける小規模な汚水処理設備で微生物の働きなどを利用して汚水を浄化する古くからある仕組み

万一のことを考え、シラハマ校舎そのものは送電線とはつながっていますが、いざというときは電力を買わなくても稼働するとのこと。

今のところ大きなトラブルはナシ。課題は冬場の発電量。

実際に稼働してみて、課題はないのでしょうか。
「シラハマ校舎は、南向きの土地なので、夏であれば十分に発電できるのですが、問題は冬ですね。日照時間が短いので発電した電気を一日で消費してしまうんです。そのため、オフグリッド小屋に宿泊していただくお客様には、連泊してもらう場合、別の小屋に移動してもらっています(笑)」

小屋の裏側。太陽光発電した電力を蓄えておける蓄電池が設置されている(写真提供/シラハマ校舎)

小屋の裏側。太陽光発電した電力を蓄えておける蓄電池が設置されている(写真提供/シラハマ校舎)

なるほど、運用でカバーできる範囲の課題なんですね。エネルギーの地産地消というか、オフグリッドで建物を運営するのは、もう「リアル」にできることなんだなと実感します。使うエネルギーとつくるエネルギーのプラスマイナスゼロの住まいを「ZEH(ゼッチ)」(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)といいますが、まさに小屋もZEHの時代なんですね。

「今は小屋1棟でお貸ししていますが、2棟つなげて1つにキッチンとお風呂、トイレをつくり、1つをベッドルームにした宿泊棟もつくろうかと思っています。こちらもZEHで、使うエネルギーとつくるエネルギーはプラスマイナスゼロにする予定です」と多田さん。

シラハマ校舎のアップデートはまだまだ止まりそうにありません。
「水でいうと、エアコンから出た排水や汚水などをあわせてフィルターで濾過(ろか)し、真水にして循環利用できる技術もあるのですが、商業施設や複数人が利用することを考えて、導入を見送っています。技術的に問題ないといっても、気分的に嫌悪感を抱く人がいるのは理解できるので」(多田さん)。水の技術にも興味があるほか、海岸沿いに所有する農地に小型風力発電設備を設置する計画も進めています。

白浜町はその土地柄、強い海風が吹いています。これを活用し、小規模事業でも環境に貢献していきたいとのこと。こうした施策に興味を持ち、企業や自治体の視察希望者が次々とやってくるそう。

小学校らしさを残してリノベ。オフィスやレストランなどが入っています(撮影/ヒロタ ケンジ)

小学校らしさを残してリノベ。オフィスやレストランなどが入っています(撮影/ヒロタ ケンジ)

「どこの自治体や企業も環境への取り組みが欠かせません。自社の勝機はどこにあるのか、意識の高まりを感じますね。また、日本国内では廃校が毎年約400~500ほどあるので、どこも地方自治体は活用方法に頭を悩ませています。校舎は廃校して他用途で活用しようとすると、耐震補強工事や用途変更に手間がかかるんです。シラハマ校舎の場合、校舎をワーケーションオフィスとして活用しつつ、小屋を宿泊場所にしています。これは他の自治体でも有効な『パッケージ』として輸出できないかなと考えているんですが、なかなか運用が難しいようで。あとは韓国でも少子化によって同様の問題が起こると予想されているので、『廃校活用パッケージ』として輸出できたらおもしろいですよね」(多田さん)

外観も学校らしさを残している(撮影/ヒロタ ケンジ)

外観も学校らしさを残している(撮影/ヒロタ ケンジ)

キッチンや水回りなどの共用施設がある建物(撮影/ヒロタ ケンジ)

キッチンや水回りなどの共用施設がある建物(撮影/ヒロタ ケンジ)

さらに昨年には農業法人を立ち上げ、ワイナリー+ソーラーシェアリング(太陽をシェアし太陽光発電とパネルの下で農産物を生産する取り組み)も現在計画しているとのこと。これが可能になると、天候関係なく果実ができたり、収穫できたりするようになるのだとか。なんでしょう、房総半島の先にある民間の施設なのに、どこよりも新しい試みをはじめています。

強い風を利用した風力発電も計画中(撮影/ヒロタ ケンジ)

強い風を利用した風力発電も計画中(撮影/ヒロタ ケンジ)

小屋に注目が集まっている昨今ですが、オフグリッドやソーラーシェアリングなどと組み合わせ、どこよりもユニークな挑戦を続けるシラハマ校舎。小屋や環境、これからの暮らしに興味がある人なら、ぜひ一度、訪れてソンはないと思います。

●取材協力
シラハマ校舎

9割超が「省エネ住宅を選びたい」、背景に光熱費高騰。2025年省エネ基準義務化前に【フラット35】も適用要件を改定

物価高、とりわけ光熱費の高騰が家計に大きな影響を与えている。電気代が2倍以上になった家庭もあるといった調査結果もある。その影響からか、省エネ住宅への関心が高まっているという。詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「環境と住まいに関する意識調査」結果を発表/一条工務店

電気代の高騰が家計を圧迫している現状

一条工務店が、2023年2月に全国の男女750名を対象に「環境と住まいに関する意識調査」を実施した。「現在、電気代の高騰が家計を圧迫していると感じますか?」と聞いたところ、実に96.9%が「感じる(とても感じる65.6%+やや感じる31.3%)と回答した。電気代の高騰が、ほとんどの家庭の家計に影響を与えていることになる。

MILIZEとTEPCO i-フロンティアズが合同で、2023年2月に実施した「家計の管理に関する調査」(調査時期:2023年2月、調査対象:20~59歳の男女2000名)の結果を見ても、「値上がりを実感したもの」として挙がったのは、「食品」(66.6%)や「ガス」(45.0%)を抑えて、「電気代」が70.6%と1位になった。

日本トレンドリサーチとナチュラルハウスが共同で、2023年3月に実施した「電気代に関するアンケート」では、「2023年1月と昨年1月を比べて、電気代がどうなったか」を聞いている。

2人暮らしの回答結果では、最も多かったのが「昨年より1.1~1.3倍ほど高い」、次いで「昨年より1.4~1.7倍ほど高い」だった。「2倍以上」という回答も一戸建てで4.6%、マンションで2.9%おり、電気代の高騰ぶりがうかがえる結果となった。

出典:日本トレンドリサーチとナチュラルハウスの共同で実施した「電気代に関するアンケート」(調査時期:2023年3月、調査対象:一戸建てまたはマンションに住んでいる男女1341名)

出典:日本トレンドリサーチとナチュラルハウスの共同で実施した「電気代に関するアンケート」(調査時期:2023年3月、調査対象:一戸建てまたはマンションに住んでいる男女1341名)

電気代が家計を圧迫する結果、冷暖房を我慢するようなことがあると、ヒートショックなどの健康被害につながってしまう。一条工務店の調査で、「電気代が高すぎるために冷暖房を我慢する等、快適さを犠牲にすることがありますか?」と聞いた結果、79.2%がある(「よくある」30.1%+「時々ある」49.1%)と回答した。由々しき事態だ。

出典:一条工務店「環境と住まいに関する意識調査」

出典:一条工務店「環境と住まいに関する意識調査」

97.5%もの人が、省エネ住宅を選びたいと思うと回答

実は、光熱費の高騰により、省エネ住宅への関心が高まっている。一条工務店の調査で、「今後、新たに家を購入する場合、省エネ住宅(※)を選びたいと思いますか?」と聞いた結果、77.5%が「とてもそう思う」と回答しており、「ややそう思う」(20.0%)を加えた97.5%が省エネ住宅を選びたいと思っていることになる。
※調査では、省エネ住宅を「家庭の消費エネルギーを抑えるための設備の設置や施工を行った住宅」と定義

出典:一条工務店「環境と住まいに関する意識調査」

出典:一条工務店「環境と住まいに関する意識調査」

なかでも、20代と30代でその割合が高くなっている。では、省エネ住宅を選びたいと思う理由はどういったことだろう。

省エネ住宅を選びたいと回答した人に、次のグラフ図の4つの項目がそれぞれどの程度、省エネ住宅を選びたい理由として当てはまるか答えてもらったところ、「昨今、光熱費が高くなったから」が最も強い理由で、次いで「夏は暑く冬は寒いなど、住環境の面で今の家が快適に過ごせないから」となった。

出典:一条工務店「環境と住まいに関する意識調査」

出典:一条工務店「環境と住まいに関する意識調査」

2025年には、省エネ住宅が当たり前になる

さて、省エネ住宅と一口に言っても、きちんと定義がある。

住宅の省エネ基準については、「建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律(建築物省エネ法)」で定められている。この基準に適合した住宅を「省エネ基準適合住宅」といい、省エネ住宅とは、原則としてこの省エネ基準適合住宅を指すことになる。

建物の天井や壁・床を断熱材でしっかりおおうことで、住宅の断熱性が上がる。この断熱性能は、法律の改正によって次第に引き上げられている。住宅の性能を統一基準で示すのが「住宅性能表示制度」で、法改正により省エネ基準が引き上げられるごとに、新築時に求められる最低限の「断熱性能等級」も2→3→4と引き上げられてきた。

一方、住宅で生活すると冷暖房設備を使ったり給湯器を使ったりして、エネルギーを消費する。エネルギーをできるだけ消費しない、効率の良い設備を使うことでも、住宅の省エネ性が高まる。そこで加わった住宅の性能が「一次エネルギー消費量等級」で、現行の省エネ基準では等級4が求められている。

どういった仕様なら等級4を達成するかは、東京と北海道のような寒冷地とでは異なる。その地域に応じた「断熱性能等級4」と「一次エネルギー消費量等級4」を満たす住宅が、省エネ基準適合住宅となる。

実は、住宅のような小規模な建築物は、今現在は省エネ基準に適合させることを推奨しているものの、義務とまではされていない。ただし、2025年には義務化される予定で、そうなると新築住宅はすべて省エネ住宅ということになる。

注意したいのが、これに先駆けて、全期間固定金利型の住宅ローンである【フラット35】の適用要件が変わることだ。2023年4月以降の設計検査申請分から【フラット35】の新築住宅の技術基準が省エネ基準適合住宅となる。つまり、省エネ基準を満たしていない新築住宅は【フラット35】が使えなくなる。そうはいっても、今の新築住宅の大半は省エネ基準を満たしているので、使えないという新築住宅はかなり限定されるはずだが、注意したい点だ。

新築住宅と中古住宅で省エネ性に差が生じる

新築住宅では、省エネ基準を満たす省エネ住宅が当たり前になる一方で、すでに建築された中古住宅は、建築当時の省エネ基準を満たせばよかったので、現行の省エネ基準を満たす住宅はあまり多くはないと言えるだろう。

省エネ基準は、実は2030年までに「ZEH(ゼッチ)基準」(断熱性能等級5と一次エネルギー消費量等級6)に引き上げられる予定だ。新築住宅を供給するデベロッパーは、すでにZEH基準への取り組みを始めているので、今後はますます新築と中古の省エネ性に差が出ることになる。

となると、先の調査のように「省エネ住宅を選びたい」と思う人は、新築住宅を選ぶか、中古住宅を省エネ改修することを選ぶか、といった選択をすることになる。省エネ性の高い住宅にするには一定のコストもかかるが、光熱費の削減や夏は涼しく冬は暖かい住環境になるというメリットが得られるので、長い目で見て考えてほしい。

●関連サイト
一条工務店「環境と住まいに関する意識調査」
MILIZE・TEPCO i-フロンティアズ「家計の管理に関する調査」
日本トレンドリサーチ・ナチュラルハウス「電気代に関するアンケート」
ナチュラルハウス 会社HP

ZEH水準を上回る省エネ住宅をDIY!? 断熱等級6で、冷暖房エネルギーも大幅削減!

電気代の値上がりが続き、住まいの省エネ性能に関心が高まっています。そんななか、施主がプロの力を借りつつ、「断熱性の高い施工方法を学びながら、自分たちで省エネで環境にやさしい住まいをつくる」というワークショップが開催されました。子どもたちや周辺住民も加わりつつ行われた、楽しい模様をレポートします。

ハーフビルドで断熱等級6相当の省エネ住宅を建てる!……って、できるの?

高騰が続く光熱費を背景に、住まいの断熱性能、省エネ性能が急速に注目を集めています。そんなさなか、プロの力を借りて施主が自邸を建てるという「ハーフビルド」方式で、あたたかい家をつくるというワークショップが開催されました。その住まいの舞台となったのは、神奈川県相模原市緑区、旧藤野町の里山。東京と神奈川、山梨の県境にあり、東京駅まで1本でアクセスできるものの、のどかな環境です。

断熱ワークショップの舞台となる住まい。神奈川県内とはいえ、里山ののどかな雰囲気(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱ワークショップの舞台となる住まい。神奈川県内とはいえ、里山ののどかな雰囲気(写真撮影/桑田瑞穂)

この住まいの施主は、30代の森川夫妻。妻は会社員、夫は今、退職して家づくりに全力投球しています。設計と施工を担当するのはHandiHouse projectのみなさん。SUUMOジャーナルでも、「施主も“一緒に”つくる住まい」という連載を続けていましたが、今回はその試みがバージョンアップし、「5地域の断熱等級6」(※1)相当の住まいをつくるのだといいます。相模原市は6地域にあたりますが、お住まいのある山間部は山梨にも近く、冬にはマイナスになることも多々あるため、山梨市と同等の5地域の断熱性能を求めることにしたといいます。
※1 日本は地形の気候に合わせて省エネ基準地域が8区分されています。数字が小さいほど寒い地域で、首都圏の都市部は多くが6地域に該当します。その地域区分によって、等級の評価基準が異なるので、同じ等級6の評価でも、6地域より、5地域の方がより高いものが求められます

「住宅省エネルギー基準」による地域区分(一般財団法人住宅・建築SDGs推進センターHPより)

「住宅省エネルギー基準」による地域区分(一般財団法人住宅・建築SDGs推進センターHPより)

断熱等級6と7は2022年10月に新設されたばかりですが、等級6はこれからの日本の住宅が目指すべき断熱のスタンダード暮らす、等級7は世界基準のトップクラスに相当します。とはいえ、今までは最高等級が4だったことを考えると、ハーフビルドでつくるには十分にハイレベルな水準でもあります。では、どのようにしてこのプロジェクトがはじまったのかを、施主の森川夫妻に聞きました。

「家をつくるにあたり、まずできる限り、自分たちの手でつくりたいという希望がありました。また、夫妻ともに寒がりで、一方で化石燃料や石油エネルギーをできるだけ使いたくない、減らしたいとの考えから、高断熱・高気密の家がいい。加えて、私たちには2人の子どもがいるのですが、現在、深刻化する気候変動に対し、未来の世代に自分たちなりの『解』を示しておきたい。加えて、地域の建材や廃材を使いたい、また太陽光パネルを搭載、将来的に電気自動車を購入してV2H(※2)にしてほぼすべてのエネルギーを太陽光で賄うプランを考えていたんです。そんな理想もりもりの家づくりがはたしてできるのか、依頼先を探していたところ、設計事務所HandiHouse projectの中田さん夫妻を紹介されて。コレだ! とすぐに決まりました」とその理由を明かします。

※2 V2H 自動車(Vehicle)から家(Home)へという意味。電気自動車に蓄えられた電力を、家庭用に有効活用する考え方。

「パーマカルチャー」(持続可能な循環型の農業をもとに、人と自然がともに豊かになるような関係性を築いていくためのデザイン手法)に加えて、地域や将来の環境のことを考えて家づくりをしたいと考えていた夫妻と、共感できる設計事務所の出合いは、まさに奇跡&運命ともいえるものでしょう。それが、今回のワークショップ開催の運びとなりました。

ワークショップ参加者やご近所さんの見学も。断熱への関心は高い

2023年1月中旬、断熱ワークショップが開催されました。2022年のうちに家づくりのプランが確定し、地鎮祭と基礎工事、棟上げ、屋根の防水や外壁張り、窓設置が完了しているので、見た目はほぼ「家」になっています。また、天井や床には発泡プラスチック系の断熱材10cmがプロの手によってすでに入っている状態です。

ワークショップ前には準備体操。本日もご安全に!(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショップ前には準備体操。本日もご安全に!(写真撮影/桑田瑞穂)

施工する前にまず住まいの断熱性能についての説明、使う断熱材やその理由、性能をHandiHouse projectメンバーから説明してくれました(写真撮影/桑田瑞穂)

施工する前にまず住まいの断熱性能についての説明、使う断熱材やその理由、性能をHandiHouse projectメンバーから説明してくれました(写真撮影/桑田瑞穂)

今回ワークショップを開催したHandiHouse projectの中田りえさんは、この試みについて、「施主だけでなく、参加者、ご近所の方などに、住まいの断熱の大切さを知ってもらえるいい機会になりますよね。あと、住まいの建築のプロセスにはいろいろとありますが、断熱って特別なスキルはいらず、ていねいに施工することが大切なんです。ウレタンスプレーで吹き付けるのも楽しいし。それこそお子さんやママ、パパも参加しやすいし、もっとこの輪を広げていけたら」と話します。

ワークショップの開催はHandiHouse projectのフェイスブックページや施主の森川さんがブログで告知したこともあり、筆者のSUUMOチームとはまた別に4名の取材チームがいらっしゃいました。ハーフビルドのワークショップは何度も参加しているという人もいれば、初めてという人も。いずれにしても「断熱や気密に関心がある」「DIYで家づくりがしてみたい」と、住まいそのものへの関心の高さが伺えます。

森川邸の断面図。断熱材を10.5cm入れる図面になっています(写真撮影/桑田瑞穂)

森川邸の断面図。断熱材を10.5cm入れる図面になっています(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは施工する建物の前にて、自己紹介とあいさつ、そして準備体操をします。楽しそうではありますが、やはり事故や怪我をするわけにはいきません。その後、場所を建物内にうつし、「なぜ、今、断熱が大事なのか」「高気密が大切な理由」「今日の作業手順」を説明してもらいました。ここで断熱等級6は外皮性能レベル(いわゆるUA値)では0.46で、省エネ等級4の北海道と同水準あること、施工しやすさから発泡系断熱材を使うこと、断熱材は価格と性能がほぼ比例すること、住まい完成時には気密測定を行い、住宅の隙間総量を表すC値は実測で0.4をめざすという話が出ていました。ちなみに、C値は数値が低いほど気密性にすぐれるというもので、現時点で一般的な住まいでは1以下、世界基準のパッシブハウスで0.6以下だといわれています。0.4というのは、細部にわたって隙間なくていねいな施工が求められる水準のため、ハーフビルドでこの数字を本当に実現できるの?と筆者は驚きが隠せません。

ちなみに断熱ワークショップの作業そのものはとてもシンプルで、間柱(まばしら)に合わせてあらかじめカットされている断熱材(発泡プラスチック系)をはめこんでいくというもの。

断熱材を入れる前の壁の様子。柱と間柱(まばしら)の間は38cm(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材を入れる前の壁の様子。柱と間柱(まばしら)の間は38cm(写真撮影/桑田瑞穂)

柱と柱の間に、断熱材(発泡プラスチック系)を埋め込んでいます。手で押すだけで施工できるので、めちゃくちゃシンプル(写真撮影/桑田瑞穂)

柱と柱の間に、断熱材(発泡プラスチック系)を埋め込んでいます。手で押すだけで施工できるので、めちゃくちゃシンプル(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材は幅に合わせてカットされていますが、さらに現場で長さをカットします。カットするのは施主の森川さん(妻)。ちゃんとまっすぐサイズに合わせてカットできるか、ドキドキします(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材は幅に合わせてカットされていますが、さらに現場で長さをカットします。カットするのは施主の森川さん(妻)。ちゃんとまっすぐサイズに合わせてカットできるか、ドキドキします(写真撮影/桑田瑞穂)

カットした断熱材を埋め込んでいきます。隙間があってはいけないので、最後は押す力が必要です(写真撮影/桑田瑞穂)

カットした断熱材を埋め込んでいきます。隙間があってはいけないので、最後は押す力が必要です(写真撮影/桑田瑞穂)

手で押すと凹んでしまうため、木槌と板を使ってはめていきます(写真撮影/桑田瑞穂)

手で押すと凹んでしまうため、木槌と板を使ってはめていきます(写真撮影/桑田瑞穂)

隙間を見つけては、発泡ウレタンスプレーで埋めていきます。金具の周辺も同様に行います(写真撮影/桑田瑞穂)

隙間を見つけては、発泡ウレタンスプレーで埋めていきます。金具の周辺も同様に行います(写真撮影/桑田瑞穂)

説明をうけると、みんな夢中になって断熱材を加工したり、はめていく作業に入りました。また、発泡ウレタンスプレーで隙間を埋めていくのも楽しいよう。パズルがぴったりはまってく感覚、プチプチをつぶすのにも似た、おもしろさがあります。

森川さん(夫)の仕上げによって、壁一面に断熱材が入りました(写真撮影/桑田瑞穂)

森川さん(夫)の仕上げによって、壁一面に断熱材が入りました(写真撮影/桑田瑞穂)

県産材を施主が用意する。文字通り地域に根ざした家づくり

ワークショップは午前10時にはじまりましたが、途中、森川夫妻と中田さんのお子さん、ご近所のお子さん、近隣の方も顔を出すなど、なんともにぎやか。あっという間に終わった印象です。家のなかに資材を置かずに安全には十分配慮し、断熱材を充填する作業そのものは釘などをほとんど使わないので、部屋の片すみで子どもが遊んでいました。なんとも幸せで楽しげな施工風景です。家づくりってこんなにも楽しいんですね。

HandiHouse project中田さん夫妻のお子さんたち。断熱材を机にして、ぬり絵をしています(写真撮影/桑田瑞穂)

HandiHouse project中田さん夫妻のお子さんたち。断熱材を机にして、ぬり絵をしています(写真撮影/桑田瑞穂)

今回の住まい、床のフローリングや外壁などに使う木材は、すべて神奈川県内の地元のものを使っているとのこと。また自身の手で製材所に運び、なんと自身で製材も行った森川さん。インターネットでクリックひとつで海外のものも安く手に入る時代ですが、「輸送にかかる環境負荷を考えたら、地域の木材を使う方がいい。今回、使っているのはこの近郊、家からなるべく近い山で採れた木材です」と言います。

住まいの広さは4人家族にはコンパクトな60平米ほどの平屋。自分たちで施工をすることもあり、躯体は凸凹がなく、シンプルな長方形です。ロフトがありますが、それ以外のところは将来に仕切りを自由に変更できるなど、可変性のある間取りにしています。窓は樹脂サッシでトリプルガラスを採用、断熱や窓など、住んでから手を入れにくい箇所にお金をかけているのがわかります。

施主である森川夫妻とご両親、さらにはご近所のお子さんたちと一緒に(写真撮影/桑田瑞穂)

施主である森川夫妻とご両親、さらにはご近所のお子さんたちと一緒に(写真撮影/桑田瑞穂)

ちなみに、森川夫妻、妻は出産をして現在育休中、まだ頻回授乳もある時期です。また、夫はこの住まいづくりに合わせて会社を退職し、現在はフルタイムの大工見習いをしているとのこと。まだまだ手のかかるお子さんがいるのに、このチャレンジ精神と取り組み、夫妻ともにパワフルすぎる!

「ほぼ毎日、現場に来て家づくりに携わっているので家のつくりを理解できています。将来、多少の不具合が出ても自分たちで修正していけます。この家づくりで身につけたことを、これからの家族の変化に合わせた家づくりにも活かしていきたい」と夫。本当の意味で、「持続可能な家づくり」をめざしているんですね。

そしてこのワークショップ、何よりの特色は楽しいこと!! 
「この前ね、子どもに『お父さんとお母さんは、家ができるたびに友達が増えている』って言われたんですよ」と中田りえさん。施主も一緒につくるという価値観に惹かれて依頼するので、施主と工務店・建築士という間柄ではなく、友達になるのは当たり前といえば当たり前かもしれません。

お昼にはほうとうをつくって食べます。みんなで食べるともっと美味しい(写真撮影/桑田瑞穂)

お昼にはほうとうをつくって食べます。みんなで食べるともっと美味しい(写真撮影/桑田瑞穂)

ちなみに、午前に断熱材がひと通り充填されたところで、午後は焼き杉づくりに挑戦。焼き杉とは、杉の表面を焼き焦がして、耐久性や耐火性を高めたもの。知識としては知ってはいましたが、実際に焼く作業なんてめったにない貴重な機会なので、体験させていただくことに。

神奈川県産材の杉。3枚の板を三角形にして紐で固定します(写真撮影/嘉屋恭子)

神奈川県産材の杉。3枚の板を三角形にして紐で固定します(写真撮影/嘉屋恭子)

下の七輪に火を入れて焼いていきます。右のように煙と火が上がったら完成!(写真撮影/嘉屋恭子)

下の七輪に火を入れて焼いていきます。右のように煙と火が上がったら完成!(写真撮影/嘉屋恭子)

できた焼き杉は、外壁材として使用するため、全部で200枚以上焼く計算(写真撮影/嘉屋恭子)

できた焼き杉は、外壁材として使用するため、全部で200枚以上焼く計算(写真撮影/嘉屋恭子)

冒頭に紹介した通り、今年は電気代が高くなっていること、寒さが厳しいこの地域では、建物の高断熱化はとても注目度の高いトピックスになっています。ふらりと立ち寄ったご近所の方からも「高気密・高断熱の家って~?」「窓はトリプルサッシで~?」と会話が盛り上がっていました。そもそも、人って楽しそうにしていると集まってきますよね。もちろん、森川夫妻の人柄もある気がしますが、家って単なる建物ではなくて、人と人とをつなぐ特別なものなのだなと実感します。

森川家の住まいは今年3月、竣工の予定です。汗と思い出がつまった住まいは、一見すると小さな、普通の家に見えるかもしれません。ただ、断熱性や持続可能性、つくり手と住まい手のつながりなどは今までにない「新しい家」への試みがつまった住まいでもあります。これからの住まいは、コンパクトであたたかく、長持ち、地域や自然と一体となっている。こんな「森川さんち」のような家が増えていったらいいなあと思います。

●取材協力
森川家
ハンディハウスプロジェクト
●参考サイト
「住宅の省エネルギー基準」一般財団法人住宅・建築SDGs推進センター

2023年は省エネ住宅がお得!補助が出る優遇制度、活用方法を解説。「住宅省エネ2023キャンペーン」はじまる

住宅の省エネ化を推し進めている政府は、さまざまな優遇制度を設けている。そこで、国土交通省・経済産業省・環境省の3省連携により行う「住宅の省エネリフォーム支援」および国土交通省が行う「ZEH住宅の取得への支援」について、共通ホームページを開設した。どんな優遇制度なのか、見ていくとしよう。

【今週の住活トピック】
「住宅省エネ2023キャンペーン」開始/国土交通省

「住宅省エネ2023キャンペーン」とは3つの補助事業の総称

「住宅省エネ2023キャンペーン」という名称は、住宅の省エネ化を推進する次の3つの補助事業の総称だという。いずれも2022年度補正予算で成立して間もない補助事業だ。

1. 先進的窓リノベ事業(予算1000億円:経済産業省・環境省)
2. 給湯省エネ事業(予算300億円:経済産業省)
3. こどもエコすまい支援事業(予算1500億円:国土交通省)

省それぞれで補助事業を個別に進めるだけでなく、3省連携によりワンストップで利用可能にするなどで使い勝手を良くしている。では、それぞれどんな事業なのか見ていこう。

断熱性の高い窓に交換することで最大200万円までを補助

「先進的窓リノベ事業」とは、経済産業省の「住宅の断熱性能向上のための先進的設備導入促進事業」と環境省の「断熱窓への改修促進等による家庭部門の省エネ・省CO2加速化支援事業」をまとめたもの。既存の住宅のリフォームが対象で、内窓を設置したり、外窓やガラスを断熱性の高いものに交換したりした場合、リフォーム工事の内容に応じた所定の補助額の合計金額を、1戸当たり200万円を上限に還元する事業だ。

省エネ効率の高い給湯器の設置で5万円~15万円/台を還元

「給湯省エネ事業」とは、「高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金」のこと。対象となる高効率の給湯器と1台当たりの補助額は、次の通り。台数制限があり、一戸建てはいずれか2台まで、マンションなどの共同住宅はいずれか1台までだ。

・「ヒートポンプ給湯機(エコキュート)」:補助額5万円
・「ヒートポンプ・ガス瞬間式併用型給湯器(ハイブリッド給湯機)」:補助額5万円
・「家庭用燃料電池(エネファーム)」:補助額15万円

「先進的窓リノベ事業」とは違って、新築住宅や賃貸住宅などの設置についても、補助金の対象となる。

■申請者(補助対象者)
高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金の概要

※ 新築住宅とは、完成(完了検査済証の発出日)から1年以内で、人の居住の用に供されたことのない住宅をいいます。既存住宅とは新築住宅以外の住宅をいいます。
経済産業省資源エネルギー庁「高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金の概要」より転載

ZEH水準の新築住宅に100万円を補助する「こどもエコすまい支援事業」

「こどもエコすまい支援事業」は、ZEH住宅の新築、または一定の住宅リフォームを対象とする補助事業だ。まず、新築への補助については、ZEH水準の住宅の新築で100万円の補助が出る。ただし、子育て世帯あるいは若者夫婦世帯に限られる。なおZEHとは、一般的にネットゼロエネルギーハウスを指すが、この事業では所定の条件が定められている。

次に、住宅のリフォームへの補助について見ていこう。まず住宅の省エネリフォームが必須条件で、併せて行うそれ以外の一定のリフォームについても補助対象になる。必須の省エネリフォームとは、「外壁や屋根、天井、床の断熱改修」「窓の断熱改修」「エコ住宅設備の設置」だ。

補助額は、リフォーム工事の内容に応じた所定の補助額の合計金額を、30万円を上限に還元する。ただし、子育て世帯あるいは若者夫婦世帯については、上限額が上乗せされて最大で60万円になる。

なお、子育て世帯とは18歳未満の子どもがいる世帯、若者夫婦世帯とはいずれかが39歳以下の夫婦世帯であるが、工事の着工時期によっていつ時点の年齢かが異なるので注意が必要だ。

■こどもエコすまい支援事業のリフォームへの補助
【リフォーム】
(1)対象工事
 1.(必須)住宅の省エネ改修
 2.(任意)住宅の子育て対応改修、防災性向上改修、バリアフリー改修、空気清浄機能・換気機能付きエアコン設置工事等

(2)補助額
リフォーム工事内容に応じて定める上限補助額は下表の通り
高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金の概要

※1 売買契約額が100万円(税込)以上であることとします。
※2 令和4年11月8日(令和4年度補正予算(第2号)案閣議決定日)以降に売買契約を締結したものに限ります。
※3 自ら居住することを目的に購入する住宅について、売買契約締結から3ヶ月以内にリフォームの請負契約を締結する場合に限ります。
※4 自ら居住する住宅でリフォーム工事を行う場合に限ります。
※5 法人、管理組合を含みます。
経済産業省資源エネルギー庁「高効率給湯器導入促進による家庭部門の省エネルギー推進事業費補助金の概要」より転載

3省連携により補助事業の併用も可能に

「こどもエコすまい支援事業」のリフォームの対象となる工事には、窓の省エネ改修やエコ住宅設備が含まれる。窓の省エネ改修は「先進的窓リノベ事業」と、エコ住宅設備のうち高効率給湯器については「給湯省エネ事業」と重なる。

基本的に国の補助事業は、対象が重なる他の補助事業と併用ができないが、3省連携により補助対象が重複しない場合に限り併用を可能としている。省エネリフォームについて、3省の制度をまとめたのが下表だ。

令和4年度第2次補正予算省エネ支援策パッケージ

経済産業省資源エネルギー庁「令和4年度第2次補正予算省エネ支援策パッケージ」より転載

いずれの補助事業も補助対象の条件が細かく定められているので、利用を検討する場合は確認してほしい。なお、いずれの補助事業も、申請を行うのは工事を行う事業者(国の登録事業者であることが必須)で、事業者から消費者に還元される仕組みとなっている。

国は「2050年カーボンニュートラル」に向けて、住宅の省エネ化に力を入れている。補助事業の対象となる省エネ性が次第に引き上げられているが、補助金制度により促進しようとしている。こうした制度を上手に活用して、住宅のリフォーム費用を軽減することを考えるとよいだろう。ただし、補助金ほしさに不要な工事まで行うのは本末転倒。必要な工事は何かを優先することをお忘れなく。

●関連サイト
国土交通省「住宅省エネ2023キャンペーンはじまります!」
住宅省エネ2023キャンペーンについて

省エネになる「木製内窓」に熱視線! 後付けもOK、樹脂や金属の窓枠と何が違う?

コロナ禍での経済活動の再開、おうち時間が増え、住環境の見直しをする人が増えています。住まいの省エネには窓のリフォーム、特に高性能な内窓の取り付けが効果的と言われています。そんななか、YKK APが木材・木建具事業者による木製内窓の商品化の支援を2021年に開始し、話題になっています。樹脂やハイブリッド(アルミと樹脂の複合)などとの違い、取り組みの背景などについて紹介します。

YKK APの窓の部材・部品を使って木製・建具事業者が自社ノウハウで製品化

今すでにある窓の内側に、もう一つの窓を取り付ける「内窓」。工事も簡易で、グリーン住宅ポイント制度や自治体の補助金などができるたびに話題になっていますが、昨今は光熱費の高騰などを背景に、「省エネになるらしい」「家の光熱費の節約にいいらしい」などとして、興味や関心を持つ人が増えています。

左はアルミ樹脂複合窓、右は樹脂窓(写真提供/YKK AP)

左はアルミ樹脂複合窓、右は樹脂窓(写真提供/YKK AP)

窓のサッシ(枠)の素材といえば、樹脂またはハイブリッド(アルミと樹脂の複合)が主流ですが、国産木材を使った、「木製内窓」にも関心が集まっています。高い断熱性能を持つ木製内窓を取り付けることで、元からある窓と付けた内窓の間に断熱効果のある空気層ができ、さらに木材のサッシは金属性に比べ熱を伝えにくいことから、より断熱効果を高めてくれます。木製内窓のメリットは大きく4つで、(1)断熱性が高まる(2)結露の軽減、(3)光熱費の節約、(4)木製素材ならではのあたたかみ、デザイン性があげられます。一方で、(1)価格が高くなる、(2)窓に求められる断熱や耐候性、おさまり(部材が美しく取りつけられた状態)などを確保するのが難しいといった難点があり、なかなか普及に至りませんでした。

今回、木製内窓を開発・発売したのは岐阜県岐阜市にある後藤木材で、その商品化を支援したのがYKK APです。YKK APといえば超大手、高性能な樹脂サッシを取り扱っていて、過去には木材を使った窓を生産していたこともあるといいます。今回、自社での開発でなく、木製内窓の商品化を支援する立場として“木製・木材加工のプロ”へ専用の部材・部品を開発し提供することに至った背景には、どのような理由があるのでしょうか。

木製内窓(写真提供/凰建設 森亨介さん)

木製内窓(写真提供/凰建設 森亨介さん)

「日本は森林資源も豊富にあり、木材は再生可能な材料でもあります。弊社でも活用を図ってきましたが、木材の調達加工、品質を確保しつつ製品化となるとやはり難しい。窓のことならすこしは得意なんですが(笑)、木材加工のプロである後藤木材さんに相談にいき『木材サッシ、木製の製品化にどうやって取り組むのがよいか』とヒアリングをしていたところ、『後付できる内窓をつくってみませんか?』という話になりました。こうした取り組みは初めてですので、お互いに手探りではじまったんです」と話すのはYKK APの住宅本部 住宅事業推進部商品企画部部長でもある山田司さん。

3年ほどの試行錯誤の末、YKK APが窓に必要な複層ガラスや部品や部材、ノウハウを提供し、後藤木材は独自の圧密技術(圧力をかけて木の強度を高める)の強みを活かして木材の調達や加工、組み立て、取り付けまでを行うという事業の枠組みができあがりました。
「YKK APが表にでるのではなく裏方になって、地方にたくさんある木材を扱う会社と組み、ネットワークを広げることが木製内窓にとってもよいのでは、という結論になりました」(山田さん)

木製内窓の提供イメージ。窓に必要な部品、部材、情報提供はYKK APが行い、木材加工ノウハウをもつ木材建具事業者が製品化する(画像提供/YKK AP)

木製内窓の提供イメージ。窓に必要な部品、部材、情報提供はYKK APが行い、木材加工ノウハウをもつ木材建具事業者が製品化する(画像提供/YKK AP)

木材・建具会社など13社から問い合わせ。試作品を製作した会社も

最近では伝統工芸×おもちゃなど、異なる業種・業態のコラボ商品やサービスを目にすることが増えましたが、今回の木製内窓は、「それぞれのプロフェッショナルが得意分野を活かす」という、ある意味で、「王道のコラボ」といえるかもしれません。YKK APは今回のビジネスモデルを後藤木材だけでなく、全国の木材加工・建具企業にも応用していきたいと考えているそう。

「2021年7月にプレスリリースを発表しましたが、13社から問い合わせがあり、6社が商品化を検討、1社が試作品の段階に来ています」と前出の山田さん。
驚いたのは、木材加工だけでなく、建具や家具といったいわゆる工芸品の会社からの問い合わせがあったことだそう。確かに欧米のインテリアと比較した場合、窓のデザイン面では現在の内窓は物足りなさを感じてしまうのが現状です。さまざまな木材加工のノウハウを持つ会社が木製内窓に参入することで、技術面や価格面でも新しい発見があることでしょう。

窓次第で部屋の雰囲気はぐっと変化する(写真提供/YKK AP)

窓次第で部屋の雰囲気はぐっと変化する(写真提供/YKK AP)

「窓辺を美しくしたいという潜在的な需要はありそうですし、何より日本には豊富な森林資源があります。1社で完結するのではなく、他社と強みを活かしつつ、窓の高性能化、断熱化を図っていけたらいいですね」と続けます。

10cmあれば取り付け可能。極薄で高性能な「木製サッシ」

一方、部材の提供を受け、木製内窓の開発にあたった後藤木材の後藤栄一郎社長と内外装事業部上條武さんは、地元の工務店である凰建設の森亨介専務とともに、数年前から木製サッシの製品化に興味を持っていたといいます。

「弊社は杉・ひのきという柔らかい木を複数層重ねて圧縮して強度を増す独自の技術を持っており、床材、テーブルカウンターなど幅広い用途で商品展開をしてきました。また、ユーザーと接点を持つ工務店の意見を聞きたいと、数年前から森さんとも懇談・勉強を重ねてきました。以前に木製窓をつくったこともあったんです」(後藤社長)。

とはいえ、木製サッシを自社のみでつくるのは容易ではなく、風圧や遮音、気密、断熱といった性能については、森さんにリスクを負ってもらうかたちとなり、性能面でもしっかりとしたものを世に送り出したいという思いを抱いていたそう。

「今回、内窓の製品化にあたっては、富山県にあるYKK APの技術施設に行き、木製内窓の試作品確認会や検証試験を行い、強度、施工のしやすさ、おさまり、断熱、防音など徹底的に試験でき、樹脂の内窓と同程度の性能が担保できました」(上條さん)といい、胸を張って送り出せる「木製内窓」が完成したそう。

驚くべきはその薄さで、なんと10cm! 自然素材である木材は節などがあるため、薄くて強度を出すのは容易ではないそう。一方で、10cmという薄さを担保したことで、既存のマンションや一戸建ての窓に施工しやすく、多くの窓に取り付けることができ、見た目にも美しく収まります。

断熱性や気密性といった性能面、薄さを両立(写真提供/後藤木材)

断熱性や気密性といった性能面、薄さを両立(写真提供/後藤木材)

「完成した内窓を今回、我が家で取り付けましたが、施工時間や手間などは樹脂の内窓とほぼ変わりません。なれてくれば1窓1時間あれば施工可能になりそうです」(森さん)

木製内窓を組み立てる様子。10cmと薄いため、マンション/戸建てともにおさまりのよい商品に。木枠ってやっぱり見ていて惚れ惚れします……(写真提供/後藤木材)

木製内窓を組み立てる様子。10cmと薄いため、マンション/戸建てともにおさまりのよい商品に。木枠ってやっぱり見ていて惚れ惚れします……(写真提供/後藤木材)

欧米の高性能窓に遜色なし。日本の技術を集めた窓に木製内窓を取り付けたところ。YKK APが誇る高性能樹脂窓「APW430」と遜色ない断熱性の数値を出せるそう(写真提供/凰建設 森亨介さん)

木製内窓を取り付けたところ。YKK APが誇る高性能樹脂窓「APW430」と遜色ない断熱性の数値を出せるそう(写真提供/凰建設 森亨介さん)

左側が内窓を取り付けていない箇所、右側が内窓を取り付けた箇所のサーモ画像。左側の窓は青みが強く、右側の窓は緑色になっていて、温度に差があることがわかります。「暮らしがてきめんに変わったということはありませんが、気がつくと快適」(森さん)といいます(写真提供/凰建設 森亨介さん)

左側が内窓を取り付けていない箇所、右側が内窓を取り付けた箇所のサーモ画像。左側の窓は青みが強く、右側の窓は緑色になっていて、温度に差があることがわかります。「暮らしがてきめんに変わったということはありませんが、気がつくと快適」(森さん)といいます(写真提供/凰建設 森亨介さん)

木製内窓の第一号は、ともに研究をしてきた森さん宅の住まいに設置。もとから木のぬくもりを感じる住まいでしたが、木製内窓が違和感なくなじみ、「元からこのような住まいだったのでは?」と見紛うほど。

「住んでしまうとすぐに慣れてしまい以前との差が分かりにくいのですが、朝晩の冷えは気にならなくなりましたし、やはり常に快適です。また、既存の窓と内窓をあわせるとYKK APさんのトリプルガラスのAPW430を上回る熱貫流率0.84w/(平米・K)の性能が出せるように。木製の内窓でここまで性能値を出している商品はないので、自信をもっておすすめできます」と森さん。

ちなみに、森さんがこの木製内窓と相性がよいと考える住まいは、(1)既存~新築マンション、(2)2005年~最近に建てられた一戸建て、(3)防火地域に建てる新築一戸建てだそう。

「特に(1)マンションの場合、窓部分は共用部のため、個人で簡単には窓を取り換えることができませんが(新築・中古ともに)、こうした内窓であれば取り付けやすいでしょう。マンションは躯体自体の断熱性は高いものの、北側は底冷えしたり、直射日光を強く受ける夏場は冷房効率も悪くなるので、弱点ともいえる窓の部分を対策するのにお金をかける価値は十分にあることでしょう」

(写真提供/凰建設 森亨介さん)

(写真提供/凰建設 森亨介さん)

「現在13社から問い合わせがありますが、木製内窓の商品化支援を進め、もっとつながりをつくっていきたいですね。後藤木材様をはじめ、今後、商品化される事業者の技術やノウハウを蓄積・共有することで、生産性向上やコストダウンにもつなげていただきたいと思います。また、森林資源の活用をして、地域活性化にもつなげていただきたいと思います」(山田さん)

後藤木材の後藤さんも、地域活性、森林資源の活用を課題に挙げます。
「戦後に植林された木材は今、使い時を迎えています。1本の丸太からさまざまな製品をつくりたいですし、地域で使って、地域にお金を落としていきたい。今回のように業界や会社の垣根を超えて、知恵を出していけたら」といいます。

森さんは、「今回の内窓のように大勢の人が集まっていいものをつくっても、住まいに採用されなかったとしたらあまりにさみしいので(笑)、まず知ってもらうこと、そして体感してもらうことが大切だと思います。日本の住まいの高断熱化は、本当に窓がカギとなっているので」と力説します。

今年は、「こどもみらい住宅支援事業」がはじまり、記事で紹介した内窓「ゴトモクのウチマド」を使ったリフォームも補助対象となっています。もし、「家が寒い」「光熱費が高い」と気になっているのであれば、この木製内窓、ぜひ検討してみてはいかがでしょうか。ちなみに我が家は2012年築、省エネ等級4ですが、この冬の電気代は3万円を超えました。今、真剣に検討中です。

●取材協力
YKK AP
後藤木材
凰建設 

家を建てるなら知るべき8年後のリスク。ZEH基準未満の住宅は市場価値が下がる!?

2020年10月に菅前首相が宣言した「2050年までに脱炭素社会の実現」。でも、あと約30年あるなあ、なんてぼんやり思っている場合ではなかった。この宣言を受け、国はまるでせきを切ったかのように一気に動き出したのだ。それに伴い、私たちの住宅環境がこの10年で激変するかもしれない。脱炭素化社会実現に向けて具体的な施策を話し合う「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対象等のあり方検討会」はじめ、政府の政策動向に詳しい自然エネルギー財団の西田裕子さんに、今後の住宅に関する施策のポイントと、家の買い方やリフォーム等の注意点を伺った。

あと8年後にはZEH基準が最低の省エネ基準になる

2021年10月に第6次エネルギー基本計画が閣議決定された。当然、2050年までに脱炭素社会の実現に向けた計画なのだが、電気自動車の普及促進くらいでは全く足りなかった。その内容はもう明日明後日の私たちの考え方を大きく変えなければならないような方針がびっしりと詰まっていたのだ。

「例えば2050年までにゼロカーボンにするために2030年、つまりあと8年で2013年度から46%削減する目標が掲げられました。この46%削減目標は2021年10月31日~11月13日に開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)に向け、国連に日本の目標として提出されています」と西田さん。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

あと8年で約半減。岸田首相も宣言時に2030年までを「勝負の10年」と言ったとおり、「これまでの削減方法の積み上げでは難しい数値」だと西田さんはいう。そこで「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」では、具体的な施策が話し合われた。

まず決められたのが2050年と2030年それぞれで目指すべき姿だ。私たちの住む家を含む「住宅・建築物」では下記のような目標が掲げられている。

※1/ZEHとは使うエネルギーを減らして、太陽光発電等でエネルギーをつくり、1年間で消費する一次エネルギー量をおおむねゼロ以下にする住宅のこと。ZEBはこのビル版 ※2/ストック平均で住宅については一次エネルギー消費量を省エネ基準から20%程度削減、建築物については用途に応じて30%または40%程度削減されている状態 ※3/住宅・強化外皮基準および再生可能エネルギーを除いた一次エネルギー消費量を現行の省エネ基準から20%削減。建物も同様に用途に応じて30%削減または40%削減(小規模は20%削減)

※1/ZEHとは使うエネルギーを減らして、太陽光発電等でエネルギーをつくり、1年間で消費する一次エネルギー量をおおむねゼロ以下にする住宅のこと。ZEBはこのビル版
※2/ストック平均で住宅については一次エネルギー消費量を省エネ基準から20%程度削減、建築物については用途に応じて30%または40%程度削減されている状態
※3/住宅・強化外皮基準および再生可能エネルギーを除いた一次エネルギー消費量を現行の省エネ基準から20%削減。建物も同様に用途に応じて30%削減または40%削減(小規模は20%削減)

「2050年にはストック、つまり既存の建物全てを平均するとZEH基準になるということです。平均ですからZEH基準に満たないものも少しはあるでしょうが、基準以上もあるという状態。これを実現するためにもまず、2030年には新築の住宅全てにZEH基準を義務化しなければなりません」

2020年に現行の省エネ基準でさえ義務化が見送られ、代わりに基準に適合しているかどうか“説明”することが“義務化”された。それと比べて省エネ基準より高いZEH基準があと8年で義務化されるというのは、かなり“今までのツケを払う”感がある。しかし、そうまでしないと「2030年に46%削減」「2050年にゼロ」を達成することは不可能なのだ。いつかはやろうと後回しにしてきた姿勢が、世界中で異常気象を起こしている。もう待ったなしだ、ということだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

さらに2030年のZEH基準義務化を達成するために、2025年には現行の省エネ基準がついに義務化される。「つまりあと3年で現行の省エネ基準が、あと8年でZEH基準が最低限の基準となるわけです」

一方、再生可能エネルギー(基本的には太陽光発電)は、2030年には新築の6割に導入するという具体的な目標も掲げられた。「2021年10月に第6次エネルギー基本計画が閣議決定されました。これには2030年までに日本の電源構成における再生可能エネルギーの割合を、2019年の18%から36~38%に引き上げる目標が定められています。これを達成するのに、荒廃した農地での太陽光発電利用や洋上風力の導入が間に合うかどうか。制度改革が必要になるなどリードタイムがかかり過ぎるからです。一番可能性があるのは住宅等建築物に太陽光発電を載せることです」

要は8年後には、ZEH基準の断熱・省エネ性を備え、太陽光発電を載せた住宅が“最低基準”になるということなのだ。

(写真/PIXTA)

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8年後を待たず、今すぐZEH基準以上で建てないと資産価値が下がる

だから今ZEH基準以下の住宅を建ててしまうと、8年後の2030年には家の価値が自動的に下がってしまうことになる。何しろ周りはZEH基準以上の住宅ばかりになるのだから。

そうはいっても「急にZEH基準の家を建てろと言われても……」と戸惑う人も多いだろう。それは私たち消費者だけでなく、住宅メーカーや工務店、さらに窓や建材のサプライヤーも同じだ。しかし「2030年にZEH基準が最低基準」と目標が明確になったことは「ZEH基準以下の商品は今後つくっても売りにくくなるということです」。そのためZEH基準以上の商品マーケットが活性化するだろうと西田さんは指摘する。

「例えばZEH基準以上の断熱に必要な高断熱窓はすでに販売されています。ただ現状はZEH基準以下でも家を建てることができるため、マーケットとしては小さく、そのため価格も思うように下がりませんでした。しかしこれからはZEH基準に満たない住宅に使われる性能の窓をつくっても売れないわけですから、ZEH基準以上の住宅に合った高断熱窓が多く生産されることになります。既に高断熱窓は生産量の増加に伴い、価格が下がってきていますから、さらに量産効果による価格低下が期待できます」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

太陽光発電についても、先述の通り2030年には新築の6割に搭載される目標だ。FIT制度(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)による売電価格が下がって、太陽光発電の設置をためらう人もいるだろうが、太陽光発電システムの価格も10年前に比べてかなり安くなってきている。発電した電力を自宅で使って光熱費を抑えたり、安いとはいえ売電して収入を得ることで初期費用は今なら約10年で回収可能だという。もちろんその先はプラスになるだけだ。さらに災害時にも活用できる可能性もある。何より周囲に太陽光発電が搭載された住宅が建つようになれば、備えていない家の価値が目減りしてしまう。

「設備が今後さらに安くなることを見越して、今はまだ搭載しないでおくにしても、将来的にどこに搭載するか検討しておいて、屋根のスペースを空けておいたり、配線等を家に引き込む準備だけでもしておいたほうがいいでしょう」

脱炭素社会に向けて、既に地域格差が生まれている

一方で、国のこうした施策より先に住宅の省エネ化を進めてきた自治体もある。例えば既に京都府京都市や鳥取県は、現状の省エネ基準より高い独自の基準を設け、脱炭素社会に向けた住宅の推進を図っている。東京都もその一つだ。

東京都では2019年から現在の省エネ基準より高い断熱・省エネ性能の基準を設け、クリアした住宅を「東京ゼロエミ住宅」と認定する「東京ゼロエミ住宅新築等助成事業」を開始。「それをさらに強化する方向で動いています。東京都の考え方としては、簡単にいえば国より早くZEH基準以上の住宅を普及させようというものです」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

さらに、年間2万平米以上供給するような住宅メーカー等に、ZEH基準以上の住宅を一定割合建てることを義務化する検討も始まった。先日、小池知事が「新築住宅へ太陽光発電の設置を義務化することを検討」と発言したことはニュースにもなった。

太陽光発電については、東京都のように住宅密集地の場合、発電効率の劣る住宅もあるから義務化は難しいのではないかと西田さんに尋ねると「義務化されるのは住宅メーカー等、建てる側に対してです。ですから、ある住宅は2kWhの小さな太陽光発電だけど、別の住宅では8kWhとか、その住宅メーカーが手掛ける住宅のトータルで何kWh以上というように義務化されるでしょう」

このように自治体によって既に温度差がある。今後は脱炭素住宅が建てやすい・建てにくいという「自治体格差」がより見えやすくなりそうだ。脱炭素化に向けて積極的な自治体ほど、補助金制度等が充実していく。何しろあと8年でZEH基準が最低基準になる。住んでいる自治体はどう考えているのか、近隣はどうか、今のうちに確認しておくことが必要だ。

既存住宅や賃貸住宅でもZEH化が必須になりそう

以上はこれから新築住宅を建てることを検討している人に向けた心構えだが、とはいえ既存住宅や賃貸住宅で暮らす人が無関係でいられるはずはない。

国土交通省が試算した「住宅・建築物の新築・ストックの省エネ性能別構成割合(~2050)」を見てみよう。

BEIとは一次エネルギー消費量のこと。簡単にいえば数値が小さいほど断熱性能が高い。2030年に新築に義務化される「ZEH基準以上」とは、BEIの数値でいえば0.8以下、ということになる

BEIとは一次エネルギー消費量のこと。簡単にいえば数値が小さいほど断熱性能が高い。2030年に新築に義務化される「ZEH基準以上」とは、BEIの数値でいえば0.8以下、ということになる

ご覧のように図1の新築戸建のグラフは目標通りにいくと仮定して2030年以降は全てがZEH基準以上となっている。その一方で図2のストック、つまり既存住宅のほうは2050年でも約40%しか達成していない。

「現在は、新築に関する政策は固まってきましたが、既存住宅に関してはこれからという状況。既存住宅は基準に適合しないから壊すということはできませんから、改修リフォームの誘導施策や省エネ性能表示の義務化など、やらなければならないことがたくさんあります。それは今後の課題です」

何しろここまで見てきたように、今年に入って急にあれこれが決まってきている状況。既存住宅への対応が後回しになったのは致し方ないというべきか。しかし既存住宅についても避けて通れない問題だけに、今後新築同様に矢継ぎ早に施策が決まっていく可能性はある。実際、新築・リフォームとも省エネに対する多額の補助予算が決定しています。

少なくともZEH基準以上の住宅が増えるほど、そうではない既存住宅の価値は下がる。それにZEH基準以上ということは、断熱性能がとても高いため結露は発生しないし、ヒートショックの心配もほとんどないなど健康にも良く、光熱費も削減できるので住む人にとってはメリットが多い。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「その家の事情に合ったリフォーム方法を提案してくれる省エネコンサルタントなどがもっと重要になってくるでしょう。それだけのマーケット規模があるのですから。例えば積水ハウスは、自社で建てた住宅のリフォームで、子どもが巣立って2階はあまり使わないという施主に対し、1階部分のみZEH基準の改修を行うというような改修提案も始めています。内側に高断熱窓を備えるといった応急措置から根本的な改修まで、今何をしたらいいか省エネのコンサルティングをできるような人が、今後は求められると思います」

賃貸住宅についても、現在検討されている省エネ性能表示が義務化されれば、どの賃貸住宅が快適か一目でわかるようになる。もう「家を買えば快適だけど、賃貸だから我慢」という時代ではないのだから、賃貸住宅でもZEH基準以上が入居者から求められるようになるだろう。賃貸住宅のオーナーからしても、ZEH基準に達していないと賃料の値引きの材料にされやすくなる。それでは賃料収入が先細るばかりだ。

振り返れば「2050年までに脱炭素社会の実現」宣言が号砲となり、あっという間にあれこれ決まってきた住宅にまつわるさまざまな施策。西田さんは「世界的な動きに対して遅かったが、それでもギリギリ間に合うタイミング」だという。30年後だから子どもたちの問題だなと思っていたら、実は自分に突きつけられていた課題。唐突ではなく、今までは霧が多くてよく見えなかっただけのようだ。

●関連情報
経済産業省「第6次エネルギー基本計画が閣議決定されました」

●取材協力
シニアマネージャー(気候変動)西田 裕子さん
シニアマネージャー(気候変動)
西田 裕子さん
専門は、都市再開発や再開発についての調査研究、都市のサスティナブルデベロップメント(環境建築/都市づくり)関連の政策。2017年まで、東京都において気候変動、ヒートアイランド対策の政策立案および国際環境協力を担当。世界の大都市ネットワークであるC40と連携して、都市の建築の省エネルギー施策集「Urban Efficiency」を取りまとめるなど、世界の都市をサポートする活動をしてきた。早稲田大学政治経済学部卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院卒、行政学修士。
自然エネルギー財団では、中長期戦略の策定、建築部門のエネルギー転換とともに、自治体やビジネスセクターなど非政府アクターの気候変動対策を支援する

家庭用蓄電池はもはや必須!? 防災や節電でニーズ増、選び方は?

災害時に役立つなど話題になっている家庭用蓄電池。少し前までは蓄電池のある家は珍しかったが、防災目的だけでどれだけ増えているのか?どんな蓄電池が売れているのか?……それらを探るうちに、家庭用蓄電池がこの先、必須になる可能性がわかってきた。家庭用蓄電池の現在を見てみよう。

9年で約60倍に! 災害による停電時ニーズが高まっている

電気をためて必要なときに使える蓄電池。2011年度には約2000台だった蓄電池の出荷台数は、2020年度には約12.7万台に増えた(日本電機工業会「JEMA蓄電システム自主統計2020年度出荷実績」)。この数字には家庭用と商業・産業用も含まれているが、その約90%は10kWh未満だから、多くは家庭用と考えられる。とはいえ2019年度の新築住宅の着工数に占める蓄電池の導入割合はまだ約9%(経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」)。それでも今後の私たちの暮らしに、蓄電池は欠かせなくなるようだ。

家庭・商業・産業用「定置用リチウムイオン蓄電システム」の出荷台数の推移 (出典:一般社団法人日本電機工業会※2021年11月4日時点)

家庭・商業・産業用「定置用リチウムイオン蓄電システム」の出荷台数の推移(出典:一般社団法人日本電機工業会※2021年11月4日時点)

幅広いメーカーの家庭用蓄電池を販売しているゴウダの合田純博さんは「特に2019年の台風15号による千葉県内での大規模な停電以降、お問い合わせが増えました」という。残暑の厳しい時期に約1週間もエアコンが使えなくなる様子がニュースで流れたことで、検討する家庭が増えたのだろう。

その少し前から、いわゆる「卒FIT需要」により蓄電池は注目を集めるようになってきたという。卒FITとは太陽光発電など再生可能エネルギーの余剰電力を、一定期間固定価格で国が買い取る制度(FIT制度)の買取期間が満了したことを指す。太陽光発電の買取期間は10年間で、この制度が2009年11月に始まったことから、最初に満了者が発生する2019年の直前くらいから「売れる単位が約6分の1に下がるならためて使おう」と蓄電池が注目されるようになったというわけだ。

このように家庭用蓄電池のメリットとしてはまず災害による停電の際に、家の中で電気を使うことができる、つまり停電してもしばらくは普通に生活ができるということ。また太陽光発電システムと蓄電池があれば、停電時に便利なだけでなく、天気のよい昼間の間に太陽光発電で得た電力を夜中や雨の日に使うことで節電=光熱費を削減できる。さらに、電気料金の安い深夜電力を蓄電池にためておき、料金の高くなる日中に使うことで電気代を節約することも可能だ。特に昨今は原油価格の高騰などもあり、電気料金が高くなっているので、蓄電池のメリットは大きい。

(画像提供/ゴウダ株式会社)

(画像提供/ゴウダ株式会社)

メリットをまとめると次のようになる。
■太陽光発電との併用で効果をアップできる(余った電気をためたり、売ったりできる)
■高騰が懸念される電気代の大幅削減ができる
■災害時の安心を確保できる(停電時にも電気製品を使うことができる)

「蓄電池には家中の電気製品をまとめて使える全負荷型と、リビングなど特定の場所のみ使える特定負荷型がありますが、最近よく売れているのは全負荷型で10kWh前後の大容量タイプです」と合田さん。また卒FIT組を含め、従来はリフォームの際に合わせて蓄電池と太陽光発電システムをセットで設置したいという消費者からの問い合わせが多かったが、最近は新築を手掛ける工務店等からも増えているという。

「2020年に、菅元首相が2050年までに脱炭素社会を実現すると宣言してから、工務店等への消費者からのお問い合わせが増えたようです」(合田さん)。大手ハウスメーカーでは太陽光発電や蓄電池の標準化が進んでいるものの、中小工務店ではまだまだ。それでもオプションで用意するようになってきているなど、蓄電池に対する世の中の関心は増しているようだ。

ゴウダでの太陽光発電システム設置の施工事例(写真提供/ゴウダ株式会社)

ゴウダでの太陽光発電システム設置の施工事例(写真提供/ゴウダ株式会社)

施主は停電に備え、シャープの太陽光パネル3.39kWと6.5kWhの蓄電池を同時設置(写真提供/ゴウダ株式会社)

施主は停電に備え、シャープの太陽光パネル3.39kWと6.5kWhの蓄電池を同時設置(写真提供/ゴウダ株式会社)

さらに「今後は太陽光発電システム+蓄電池が各家庭に必須アイテムになる」というのはプライム ライフ テクノロジーズの小島昌幸さん。同社はテクノロジーを駆使し、未来志向の「まちづくり事業」の展開を目指すパナソニックとトヨタなどが設立した会社だ。

「2050年カーボンニュートラル達成とこれからの脱炭素化社会に向けて、国はEV(電気自動車やハイブリッドカーなどの電動車)の普及を促進していますが、街中にEVがあふれるようになれば、当然今より電力需要が高まります。住宅でEV充電すると消費電力が2~4割も増えるという試算があるほどです。だからといって石炭や石油を燃やして電力を増やすのでは本末転倒。やはり太陽光発電など再生可能エネルギーでEVを走らせるのが望ましいシナリオです」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

太陽光で発電した電気を受け止められるよう、自宅にEVを置いて充電できればよいが、太陽光発電が発電する日中にずっとEVに乗らないなんて非現実的だ。ここは蓄電池に電気をためて、後でEVに充電するほかないだろう。

そもそも脱炭素化社会には太陽光発電などの再生可能エネルギーは欠かせないが、自然は人間の思った通りに発電したり、止めたりしてくれない。つまり再生可能エネルギーの普及には、そのエネルギーをためておき、自由に使えるようにする蓄電池が欠かせないのだ。

海外と比べても日本は意外と蓄電池の普及が進んでいる

一方、海外と比べると日本は意外と家庭用蓄電池の普及が進んでいる。環境対策が進んでいるイメージのあるドイツや、蓄電池工場の多い中国よりも実は累計導入量は多いのだ。

経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」資料より、SUUMOで作成

経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」資料より、SUUMOで作成

また再生可能エネルギー(太陽光発電システム+風力発電)の導入量はドイツの約56%でしかないが、別の見方をすればこの先再生可能エネルギーの導入が増えれば、その受け皿となる家庭用蓄電池も増える余白が大きいといえるだろう。

こうした家庭用蓄電池の普及は、先ほど述べたメリット以外にも、新しい社会インフラの構築面でも役に立つ。その一例がコミュニティZEH(ゼッチ)だ。これは太陽光発電や蓄電池、電気自動車や住宅設備などを、特定の地域でまとめて管理することで、災害時にその地域の安定的な電力供給を図るというもの。そうしたまちづくりが既にいくつも始まっている。

プライム ライフ テクノロジーズグループが手掛ける愛知県みよし市の分譲地「MIYOSHI MIRAITO」もコミュニティZEHVの一例。経済産業省の「コミュニティZEHによるレジリエンス強化事業」に採択された。(写真提供/プライム ライフ テクノロジーズ)

プライム ライフ テクノロジーズグループが手掛ける愛知県みよし市の分譲地「MIYOSHI MIRAITO」もコミュニティZEHVの一例。経済産業省の「コミュニティZEHによるレジリエンス強化事業」に採択された(写真提供/プライム ライフ テクノロジーズ)

コミュニティZEHは蓄電池・EV×戸数という大容量の電気をエリア内で融通し合えるので、外部からの電気の供給が断たれても(停電しても)そのエリアの各住戸はより長い間電気を自給自足しやすくなる。ほかにも、頻発する自然災害に対して住民同士で助け合う地域社会の醸成に役立つ。

家庭用蓄電池の選び方や、選ぶ際の注意点とは?

では家庭用蓄電池はどうやって選べば良いのだろう。合田さんに教えてもらった。

(写真/ゴウダ株式会社)

(写真/ゴウダ株式会社)

「まずは先ほど述べた全負荷型か特定負荷型のどちらにするか」。災害による停電時を想定した上で、家中の家電をまかなえる全負荷型を、一部屋だけでも使えるようになればいいなら特定負荷型となる。

次に「200Vに対応するかどうか」。テレビやドライヤーなど、コンセントの口が2口の家電だけなら100Vで対応できる。しかし一部のエアコンやIHクッキングヒーター、エコキュートなどは200V仕様であることが多い。200Vの家電を使いたいなら、やはり200Vに対応した蓄電池を選ぶべきだろう。

ためられる容量も肝心だ。容量が多いほど使える電気の量も増える。停電時を想定すると「一家庭(4人家族を想定)の平均で1日13.1kW程度です。例えば容量13kWhだと1日はいつもどおりに電気を使うことができます」。あとは予算に応じて、どれくらいの容量にするか検討するといい。

「さらに忘れてならないのが『出力』です。容量を大きなバケツだとすると、出力はそこについている蛇口です。蛇口の口が小さければ、一気に取り出せる電気が少なくなります」。いくら200Vに対応しているとしても、出力が小さければエアコンとIHクッキングヒーターを同時には使えない。これも予算に応じてだが、どれくらいの出力(カタログには3kVA(キロボルトアンペア)などと書かれている)にするか考えておきたい。

まとめると、選ぶ際のポイントは以下のようになる。
・全負荷型か特定負荷型か
・200Vに対応するか
・容量をどれくらいにするか
・出力をどれくらいにするか

用途や予算に応じ、上記のポイントに注意しながら家庭用蓄電池を選ぶようにしたい。なお製品の保証期間については、現在主流になっているリチウムイオン電池を使うタイプであれば10年間が標準で、メーカーによってはプラス5年間の延長保証を用意しているところもあるという。

脱炭素化に向けて太陽光発電+蓄電池は各住戸1セットが必須になるかも

では現在の家庭用蓄電池の価格はどれくらいなのだろう。もちろんメーカーや容量等によってさまざまだが、経済産業省が公表している資料(経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」)によれば2019年度の家庭用蓄電池は1kWh当たり14.0万円(工事費を除く)だという。

経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」資料より。流通コストなども含むが、工事費は除いた価格

経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」資料より。流通コストなども含むが、工事費は除いた価格

これは2015年度の22.1万円と比べて約36%安い価格だ。家庭用蓄電池やEVの普及などにより、確実に価格は下がってきているようだ。国としてはさらに価格を下げようとしている。「工事費も含めた価格で2030年時点に7万円/kWh以下を目指しているようです」とプライム ライフ テクノロジーズの小島さん。

「7万円という数字は、家庭用蓄電池を導入した自家消費型住宅のほうが経済的に有利になる、簡単にいえば『元が取れる』と想定している価格です」。2019年度の約半分というかなり戦略的な価格に見えるが、小島さんは「不可能ではない数字です」と言う。

「太陽光発電システムもほんの10年前まで、4kWで200万円以上したが、今では100万円程度になっています」と小島さんはいう。確かに1kW当たりの太陽光発電システムの価格は、2012年に46.5万円/kWだったのが、2020年には29.6万円にまで下がっている(経済産業省「令和3年度以降の調達価格帯に関する意見」)。4kWだとすれば118.4万円ということだ。

一方で合田さんによれば、需要の高まりによって「リチウムイオン電池に使うレアメタルなど、材料の価格が高くなり、それが販売価格に反映されて最近は価格が高くなってきました」と言う。

そうした懸念材料もあるが、EVの急速な普及に対してレアメタルを使わないリチウムイオン電池や、従来と同じサイズでも容量が増えて劣化しにくい全固体電池の開発も進むなど、いつの時代も技術革新が私たちの生活を豊かにしてくれるはず。

そういうと、あまりにも楽観的過ぎるかも知れないが、2050年の脱炭素化社会に向けて国は2030年代に販売する全ての車を電動化(ハイブリッドも含む)を目指しアクセルを踏んでいるのは事実。東京都では太陽光発電システムを義務化するなんて話も聞こえてきた。

ともかく、地球温暖化防止に向けて脱炭素化はこれからも進んでいく。そのなかで、太陽光発電+蓄電池は1住戸1セットが必須といえるだろう。まずは今の自宅で停電が起こった際に、どんな家庭用蓄電池があればいいのか、それはいくらするのか。あるいは太陽光発電システムも搭載したら容量は多少少なくて済むかも!?など、検討してみることから始めてみてはどうだろうか。

●取材協力
プライム ライフ テクノロジーズ
ゴウダ
●関連資料
一般社団法人日本電機工業会「JEMA 蓄電システム自主統計 2020 年度出荷実績」
経済産業省「定置用蓄電システム普及拡大検討会 第4回」

集合住宅の省エネ対応、ZEHの普及は進んでる? メリット・デメリットは?

ZEH(ゼッチ ※ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの略称)とは、高断熱化と高効率設備の導入により、使うエネルギーを減らしつつ、太陽光発電等でエネルギーをつくり、1年間で消費する一次エネルギー消費量をおおむねゼロ以下にする住宅のことだ。これまで一戸建てを中心にZEHの普及が進んできたが、最近になって分譲マンションや賃貸住宅といった集合住宅のZEH化も始まっている。集合住宅がZEH化すると、入居者にはどんなメリットがあるのか? デメリットは?

そもそも「ZEH」って何? どんな種類やメリットがある?

集合住宅のZEHの状況について説明する前に、まずはZEH(Net Zero Energy House=ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)とは何か?について、おさらいしておこう。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

まず住宅の断熱性能を高め、高効率設備を導入することで、使用するエネルギーを減らす。さらに太陽光発電等の再生可能エネルギーでエネルギーをつくり、1年間で消費する住宅のエネルギー量から創エネルギー量を引くことにより、正味(net=ネット)でおおむねゼロ以下となる住宅のことである。

ちなみに、ここで言うエネルギー量とは一次エネルギー消費量のことで、住宅で使う電気等をつくり出すエネルギー(石油や石炭、天然ガスなど)の量を指す。また、創エネルギーの使い道は太陽光発電を設置した住宅の所有者等にまかされていることから、必ずしも光熱費がゼロになるわけではないが、既にZEHに暮らしている人の中には、1年間の光熱費が実質ゼロになっている人もいるものと考えられる。

ZEHは、屋根や壁、窓等の断熱性能を高め、照明やエアコンといった設備を省エネ性能の高いものにすることで、建築物のエネルギー消費性能基準から一次エネルギー消費量を20%削減することが要件。その上で、都市部狭小地域や多雪地域等の地域的な制約がある場合に限り、太陽光発電がなくても「ZEH Oriented」が認められている。一方、太陽光発電等の創エネ設備を設置して、更に一次エネルギー消費量を削減したものが『ZEH』や「Nearly ZEH」となる(画像提供/経済産業省)

ZEHは、屋根や壁、窓等の断熱性能を高め、照明やエアコンといった設備を省エネ性能の高いものにすることで、建築物のエネルギー消費性能基準から一次エネルギー消費量を20%削減することが要件。その上で、都市部狭小地域や多雪地域等の地域的な制約がある場合に限り、太陽光発電がなくても「ZEH Oriented」が認められている。一方、太陽光発電等の創エネ設備を設置して、更に一次エネルギー消費量を削減したものが『ZEH』や「Nearly ZEH」となる(画像提供/経済産業省)

ZEHで暮らすことには下記のようなメリットがある。
●住宅の省エネルギー化や創エネルギーの活用によって光熱費を抑えられる
●住宅の高断熱化によって、夏は涼しく、冬は暖かい快適な住環境を実現できる
●断熱化により室温を保ちやすくなるので、ヒートショックなどのリスクの低減が期待できる
●太陽光発電の設置によって災害による停電時でも一定程度の生活を営むことができる

このように、光熱費を抑えられて、一年中快適かつ安心安全に暮らせるのがZEHというわけだ。

一方デメリットとしては、高断熱化や太陽光発電等の導入などの初期費用がかかること。そこで国は補助金制度によりZEHの普及促進を図っている。現在は、地域的な制約や政策目的に応じて下記のZEHが普及促進の対象となっている。

一戸建て住宅のZEH

こうした様さまざまな種類のZEHがある理由は大きく二つある。一つは地域や周辺環境によって、どうしても太陽光発電による発電量が比較的少なくなるエリアがあることだ。例えば雪国などは冬の日射量や積雪の影響で発電量は見込めないし、ビルや家々がひしめくように立ち並ぶ都心部などは日陰になりがちだ。

こうしたエリアにおいてはエネルギー収支をゼロ以下にすることが困難であるが、これらのエリアにおいても可能な限り省エネルギー化を図り、再生可能エネルギーを導入していくことが重要であることから「Nearly ZEH」や「ZEH Oriented」が設けられた。これらのZEHもエネルギー収支こそゼロにはならないものの、外皮性能(屋根、天井、壁、開口部、床、基礎など)がZEH基準に達しているため、先に挙げたメリットを享受できる。

もう1つは、ZEHよりもさらに省エネルギー性能を高め、かつ再生可能エネルギーの自家消費率を高めたZEHの普及を政策的に促すためだ。いわばさらに高性能なZEHとして「ZEH+」や「次世代ZEH+」が設定されている。

集合住宅のZEH=ZEH-Mとは? 一戸建てのZEHと何が違う?

上記、一戸建て住宅におけるZEHに加えて、集合住宅のZEHについても説明しよう。集合住宅においても一戸建てのように種類が分けられているので、まずはそちらを見てみよう。

集合住宅のZEH

一戸建てのZEHと比べると、「Ready」という名称がつくZEH-Mが設けられていることがわかる。これは、一戸建てにはなかった「太陽光発電によって集合住宅全体の一次エネルギー消費量の50%以上を削減」しているもの。

なぜ“このようなZEH-Mが設けられているのか”といえば、一戸建てに比べて住戸数に対しての太陽光発電の設置面積が少ない集合住宅では、一次エネルギー消費量を100%以上削減することが現状の技術では難しいからだ。当然、高層になればなるほど難しくなる。

高層になるほど住戸数が増えるが、屋上に設置する太陽光発電の面積は同じ比率では増やせない。そのため高層の集合住宅になるほど太陽光発電による一次エネルギー消費量の削減が難しくなる(画像提供/経済産業省)

高層になるほど住戸数が増えるが、屋上に設置する太陽光発電の面積は同じ比率では増やせない。そのため高層の集合住宅になるほど太陽光発電による一次エネルギー消費量の削減が難しくなる(画像提供/経済産業省)

「集合住宅の場合、創エネルギーで全住戸の消費エネルギーをまかなうことが高層になるほど難しくなります」と資源エネルギー庁の鈴木さん。

とはいえ、外皮性能がZEH基準なら光熱費を削減しやすくなるし、一年中快適かつ安全に暮らしやすくなる。また、全住戸は無理だとしても、太陽光発電の電気を一部の住戸に分配することは可能だ。「集合住宅の場合、住棟単位のZEH-Mとしての評価に加えて、ZEHとして住戸単位で評価することも可能であり、分譲マンションの販売主や賃貸住宅のオーナーの方々にとっては、一部の住戸のみ一次エネルギー消費量を100%以上削減した『ZEH』として資産価値を差別化して販売や賃貸することも可能になっています」

高層の集合住宅における技術的課題については、太陽電池の発電換率の向上や、最近話題になっているフィルム状の太陽電池を壁面に設置するという方法により解消していくことが考えられるが、いずれもこれからの技術開発が待たれる分野だ。

集合住宅のZEH化は、入居者にどんなメリットがあるのか?

ではZEH-Mにすることで、分譲マンションの購入者や賃貸住宅の入居者にとってどんなメリットをもたらすのか。既にあるZEH-Mの中から、積水ハウスが手がけた賃貸住宅「シャーメゾンZEH」を例に見てみよう。

(写真提供/積水ハウス)

(写真提供/積水ハウス)

(写真提供/積水ハウス)

(写真提供/積水ハウス)

2020年度のシャーメゾンZEHの年間受注戸数は2976戸を記録した。これは「2022年までに年間受注数2500戸を達成」という同社の目標を2年前倒しでクリアしたことになる。それだけ賃貸住宅のオーナーからZEH-Mの注目度が高いといえるだろう。なお累計では2021年1月時点で3500戸を突破している。

上記の通りZEH-Mには「ZEH-M「Nearly ZEH-M」「ZEH-M Ready」「ZEH-M Oriented」があるが、シャーメゾンZEHはZEH-M Ready以上、つまり太陽光発電等で一次エネルギーの使用量を50%以上削減できる賃貸住宅となる。

積水ハウスの賃貸住宅「シャーメゾン」ZEH仕様の埼玉県さいたま市の実例。屋根に太陽光発電パネルが搭載されている以外、ZEHのために特殊な形にしているというわけではない(写真提供/積水ハウス)

積水ハウスの賃貸住宅「シャーメゾン」ZEH仕様の埼玉県さいたま市の実例。屋根に太陽光発電パネルが搭載されている以外、ZEHのために特殊な形にしているというわけではない(写真提供/積水ハウス)

住戸の断熱性能を高めるため、窓は全て高断熱窓が採用されている(写真提供/積水ハウス)

住戸の断熱性能を高めるため、窓は全て高断熱窓が採用されている(写真提供/積水ハウス)

各住戸には現在のエネルギー状況が一目でわかるHEMS(ヘムス※ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)の端末が置かれている(写真提供/積水ハウス)

各住戸には現在のエネルギー状況が一目でわかるHEMS(ヘムス※ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)の端末が置かれている(写真提供/積水ハウス)

同社が入居者に向けたアンケート結果によると、入居後の満足の理由に「光熱費が安くなるから」「太陽光発電があるから」「断熱性能が高いから」が上位にランクインした(下記表参照)。

積水ハウスが行ったシャーメゾンZEHの入居者アンケートより。入居前から大きくランクを、つまり満足度を上げたのはいずれもZEH由来のメリットであることがわかる(資料提供:積水ハウス)

積水ハウスが行ったシャーメゾンZEHの入居者アンケートより。入居前から大きくランクを、つまり満足度を上げたのはいずれもZEH由来のメリットであることがわかる(資料提供:積水ハウス)

いずれも入居前には入居者にとってあまり重要視されていなかったZEH-M化のメリットが、リアルな体験を通して満足度の順位をグンと上げたことになる。

確かに「あれ、今月の光熱費ってこれだけ?」とか「エアコンを切って寝ても朝まで暑くない(寒くない)」など快適な暮らしを体感したからこそ、満足度が高まったのだろう。ちなみに同社の調べでは、年間光熱費が約4割も削減できるという(下記グラフ参照)。

積水ハウスが試算した年間光熱費の比較。約4割の削減はかなり大きいと言えるだろう(資料提供:積水ハウス)

積水ハウスが試算した年間光熱費の比較。約4割の削減はかなり大きいと言えるだろう(資料提供:積水ハウス)

入居者の満足が上がることは、賃貸住宅のオーナーにとってもメリットがある。満足度が高ければ、それだけ長期入居が見込めるため、家賃収入の安定化が図れるからだ。またこれらの高付加価値があれば、周囲より高い家賃設定も可能になる。ZEH-Mの事例が増えるほど、ますます賃貸住宅オーナーからの注目が高まり、普及につながりそうだ。

ZEHの普及についてはまだまだこれから。その課題は?

では今後はどのようにZEHの普及が進んで行くのだろう。

国は、2014年の「エネルギー基本計画」において、「住宅については、2020 年までにハウスメーカー等が新築する注文戸建住宅の半数以上でZEHの実現を目指す」と掲げていた。

「『エネルギー基本計画』における『2020 年までにハウスメーカー等が新築する注文住宅の半数以上でZEH』というのは、数値目標としては新築一戸建ての50%をZEHにすることでした。その進捗ですが、2019年時点で見ると、大手住宅メーカーに限れば約50%ですが、全体ではまだ約20%と、達成とはいえない状況です」と資源エネルギー庁の鈴木さん。

ZEHロードマップフォローアップ委員会が令和3年3月31日に発表した資料より。一般工務店によるZEHがなかなか進んでいないことを示している(画像提供/経済産業省)

ZEHロードマップフォローアップ委員会が令和3年3月31日に発表した資料より。一般工務店によるZEHがなかなか進んでいないことを示している(画像提供/経済産業省)

「こうした状況を踏まえ、昨年8月に国土交通省、経済産業省、環境省の3省合同で開催した『脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方・進め方検討会』で検討が行われ、2030年に目指すべき住宅の姿が定められました」

まず省エネルギーについては「新築される住宅についてはZEH基準の水準の省エネルギー性能」を目指すとされた。一方の再生可能エネルギーについては「新築戸建住宅の6割において太陽光発電設備が導入されること」を目指すとしている。ZEH-Mで説明したように、集合住宅については、現状では太陽光発電の技術開発を待たなければならないということのようだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

これらの目標に対し、既にロードマップもつくられ、ZEH化の促進が図られているが、その際のポイントの一つは、「ZEHの周知」だという。ZEHやZEH-Mの認知度、認識がまだまだ不足しているのが実情だ。施主に求められなければ建てる側も建てようがない。

最後に資源エネルギー庁の鈴木さんは、「まずはZEH・ZEH-Mについて多くの人に知ってもらうことが重要だと考えています。そのためには光熱費の削減といった経済的メリットだけではなく、ZEH・ZEH-Mが快適に暮らせること、安心安全に過ごせること、災害による停電時でも自宅で過ごせるメリットを伝えていくことが大切です」と強調した。

世界的な脱炭素社会への潮流の中、昨年政府から「2050年カーボンニュートラル」が宣言され、その中で2030年代半ばまでに、新車販売で電動車100%を実現するとした。また東京都では新築住宅への太陽光発電の設置義務付けが検討されるという。ほかにも省エネ性能をさらに高めた家電の開発や、太陽光発電以外の再生可能エネルギーの検討など、さまざまな動きが今後もあると思われるが、大事なのは脱炭素社会になることで私たちがどんなメリットを享受できるのか、ということを改めて理解することではないだろうか。

電気自動車に乗ったり、太陽光発電を住宅に載せたりすることが私たちの「メリット」ではない。脱炭素化によって光熱費が抑えられ、暮らしが快適に、安心安全になり、それが地球温暖化の防止につながっていくということが「メリット」であるはずだ。そのメリットを手に入れるにはどんな住宅に暮らせばかなうのか。それを今一度問いなおしてみてほしい。今なら望みさえすれば、すぐに手に入るメリットなのだから。

●取材協力
経済産業省
積水ハウス

「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由

在宅勤務が増えた人も多いだろうが、そうなると気になるのが今年の夏の冷房費。さらに今冬の暖房費もきっと……? そんななか、山形県が2018年に、鳥取県が2020年に国の省エネ基準のほぼ倍となる厳しい断熱基準を打ち出し、それに適合する省エネ住宅を推進している。なぜ国より厳しい基準を設けたのか、家を建てる私たちにどんなメリットがあるのか? 各県の担当者に話を聞いた。
ヒートショックによる死亡者数が交通事故の約4倍!?

国民が健康的な生活を送れるようにと定められているのが、省エネルギー基準(以降、省エネ基準)だ。この省エネ基準をクリアすることは家を建てる際の義務ではないが、例えば金利の優遇を受けられ【フラット35】S 金利Bプランの利用条件の1つに、「断熱等性能等級4」がある。これは現在の国の省エネ基準に相当する。また住宅ローン控除や固定資産税優遇制度などが受けられる長期優良住宅の「省エネルギー対策」も断熱等性能等級4が条件となる。

このように省エネ基準を満たす家づくりが推奨されている中、山形県は国の基準よりも高い「やまがた健康住宅基準」を2018年に定めた。これには同県ならではの切実な理由があった。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「実は山形県でヒートショックによる死亡者数の推計値は年間200名以上。これは交通事故による死亡者数の4倍にもなります」と山形県県土整備部建築住宅課の永井智子さん。しかも山形県といえば寒い東北地方、というイメージだが、実は山形市や米沢市は盆地にあり、寒い地方だけれど夏は暑いという、寒暖差の大きい地域。大きな寒暖差は、体に悪影響を与える。ちなみに2007年に岐阜県多治見市に抜かれるまでは、74年間も1933年に山形市が記録した40.8度が日本一の最高気温だった(現在は2018年に記録した埼玉県熊谷市の41.1度が最高)。

では「やまがた健康住宅基準」が国の基準と比べてどれくらい高いのか。比較したのが下記図だ。

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較(編集部作成)
※「国の地域区分」…国が省エネ基準を定める際、地域の気候に合った基準を定めるために全国を8つの地域に分けた区分のこと
※「UA値(外皮平均熱貫流率)」…住宅の断熱性能を示す。1平米あたりどれだけの熱が中から外へ逃げるのかを示しており、数値が低いほど断熱性能は高い
※「相当隙間面積(C値)」…住宅の隙間がどれだけあるかを示すもので、これも数値が低いほど気密性が高いことを示す

表内の「地域区分」は市区町村単位で決められていて、山形県の場合、地域区分は3~5に分かれているが、「やまがた健康住宅基準」は地域区分ごとに断熱性能の高低レベルとしてI~IIIの3つを設定している。一番低いレベルIIIでも、国の基準はもとより、ZEH(年間の一次エネルギー消費量がゼロ以下)の基準をも上回る。一番高いレベルIは、ZEHの約2倍という高い数値だ。

暖房を切って寝ても翌朝室温10度を下回らない家

もともと山形県は省エネ活動に積極的で、以前から学識経験者や県内の住宅関係者、環境や森林部門など各部署の人々から成る「山形県省エネ木造住宅推進協議会」を設けていた。この協議会の会長で、省エネ住宅に詳しい山形県東北芸術工科大学の三浦教授をはじめたとした学識経験者の方々に意見をうかがいながら「HEAT20」の基準を参考に「やまがた健康住宅基準」を定めることにしたのだという。

「HEAT20」が推奨するUA値は3つのレベルがあり、それが下記の数値だ。一番低いレベルの「G1」の数値を見ると、地域区分3では0.38、4なら0.46、5は0.48(いずれも単位はW/m2・k)。そう、山形県のレベルI~IIIの基準値と同じなのだ。

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較(編集部作成)。ちなみに「HEAT20」とは地球温暖化やエネルギー問題に対応するため2009年に発足した「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」の略称。住宅の省エネルギー化を図るため、研究者や住宅・建材生産者団体の有志によって構成されている

ちなみに「HEAT20」では、「G1」レベルの家で地域区分3~5(山形県の全域が該当)の場合、冬の最低の体感温度が概ね10度を下回らない断熱性能があるとしている。「ヒートショックを防ぐためには、最も寒い時期でも就寝前に暖房を切り、翌朝室温が10度を下回らないように」(永井さん)という断熱の目的に合致した基準というわけだ。

「やまがた健康住宅基準」と認定された住宅を建てた場合は、県による「山形の家づくり利子補給制度」の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」として補助金を受け取ることができる。

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度。所得1200万円以下の県内在住者を対象に、住宅ローンの当初10年間が対象。年度末に利子補給金が1年分振り込まれ、10年間で最大約80万円が交付される

上記表の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」は「やまがた健康住宅基準」の認証を受けることが条件だが、認証制度を開始した2018年度で21件、2019年度で35件と着実に伸びている。「やはり暑さ寒さが身に染みている県民だからこそ、多少初期費用が高くても断熱性能の高い家を求めるのではないでしょうか」と永井さんは分析する。

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

鳥取県は山形県よりもヒートショックの危険が高い!? 

一方、同じ日本海側とはいえ山形県よりずっと西に位置する鳥取県も、同様に国の基準より高い「HEAT20」の基準を参考に、「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を定めた。西の方だからさほど寒くないのでは?と思いがちだが、同県のシンボルの一つである大山(だいせん)にはスキー場もあるなど、冬になれば雪が積もる。鳥取県住まいまちづくり課の槇原章二さんによれば「国のスマートウェルネス事業にも携わっている慶応大学の伊香賀先生の調査によれば、鳥取県は全国の冬季の死亡率割合がワースト16位だったんです」という。

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの(出典/慶應義塾大学伊香賀研究室提供資料)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

すべての死因がヒートショックによるものかどうかまで精査するのは難しいが、冬の心疾患や脳血管疾患といえば、ヒートショックにより引き起こされる疾患の代表格。その数が寒冷な北海道や青森県よりずっと多いのだ。また上記グラフをよくみれば、死亡増加率の高い県は、意外と比較的温暖な地域がずらりと並んでいることに気づくだろう。「ヒートショックは寒い時期に起こりやすい→だから寒くない地域はそこまで心配する必要はない」という油断が、この結果を招いているのだと思われる。

一方で、上記の考え方に沿えば「寒い地域だからこそ、家の断熱性は高くしよう、家を暖かくしよう」と考える人が多いからこそ、寒冷な地域は数が少ないのかもしれない。とはいえ、上記表でベスト9位という山形県でも、先述の通り交通事故の4倍がヒートショックで亡くなっている。そう考えると東西南北を問わず、日本全体がヒートショックの危機にさらされているということになる。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

そもそも日本は昔から高気密高断熱の真逆、通気性を重視する家づくりが盛んだった。吉田兼好は「家つくりやうは、夏をむねと すべし」と、夏のジメジメした気候に合う、通気性のよい家づくりをと、徒然草に書いたほどだ。日本人の多くは、断熱性の低い住まいが当たり前だったことから、室内温度は外気に左右されやすいもので、家にいても「夏は暑い、冬は寒い」「北は寒い、南は暖かい」のは当たり前、という考えが根付いたのだと思われる。なにしろ高気密高断熱の住宅という考えが日本に知られるようになったのは、西洋風の住宅が広まりだした1960~70年あたりからと、日本の歴史から見れば、つい最近の話なのだ。

全館空調システムを導入しても採算が取れる家

もともと県内で健康省エネ住宅の普及に取り組んできた民間団体であるとっとり健康省エネ住宅推進協議会(代表理事 谷野利宏)に県としても参加し、協議会で話し合いを重ねる中で、健康省エネ住宅の普及に向けて県としての省エネ住宅のモノサシをつくろうということになったという。

とっとり健康省エネ住宅性能基準

とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページより。ちなみに鳥取県のほとんどは国の定めた地域区分では、比較的温暖な地域の6にあたるが、同一市町村内でも標高差が大きい鳥取県では国の定めた地域区分も「実態に則していない」「消費者にとってわかりづらい」という課題があった(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

「ヒートショックを防ぐためには、廊下も含めて住宅の隅々まで同じ温度であることが必要になります。そうなると全館空調システムは必須。では全館空調システムの効果を高めるためには、住宅の断熱性能がどの水準にあればいいのか、光熱費の削減率や高気密高断熱住宅を建てるコストはいくらほどになるのか、をシミュレーションすることから始めました」と、鳥取県住まいまちづくり課長の遠藤淳さん。

その際に、山形県同様「HEAT20」の断熱基準を元にシミュレーションしてみたのだという。「HEAT20」の基準を元に計算した理由は、遠藤さんは以前から日本の基準がヨーロッパなど世界と比べ低いことに課題感を持っていて「HEAT20」の基準が欧米で義務化されている水準であることからだそうだ。

シミュレーションの結果「初期投資があまり高くなりすぎず、全館空調の効果を高める断熱性能の基準がUA値0.48であることがわかりました。UA値0.48は「HEAT20」の基準で地域区分が5のG1に相当します。鳥取県はほとんどが地域区分6ですが、県全体の共通基準としてシンプルに示すため地域区分5のUA値を採用しました」(槇原さん)。それが上記表の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」の「T-G1」にあたり、国の基準値で建てた場合と比べると、光熱費を約30%削減できるというシミュレーションの結果となった。さらに断熱性能の高い「T-G2」や「T-G3」であれば、それぞれ約50%、約70%の削減に繋がる。「T-G2なら15年で初期費用の増額分を回収できるくらいの光熱費削減効果があります」と槇原さんはいう。やはり断熱性能が高ければ、光熱費を大幅に削減できるのだ。

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

始まったばかりだが、省エネ住宅を建てられる施工会社は多い

先述のシミュレーション結果をもとに策定した健康省エネ住宅性能基準を軸に、鳥取県では令和2年(2020年)度から「とっとり健康省エネ住宅普及事業」をスタートさせた。上記表の通り、補助金制度も用意したが、まだその詳細が決まっていないころの2019年の年末の仕事納めの日に、遠藤さんたちは知事にこれらの事業について報告。さあ、年が明けたら忙しくなるぞ、と思っていたら知事が年頭の挨拶でこの「とっとり健康省エネ住宅普及事業」について発言したため、正月から各メディアに取り上げてもらえたという、うれしいサプライズがあった。

知事による発言の効果もあったのだろう、2月に行った施工会社等事業者向けの説明会には、想定を超える200名以上が参加。5月から6月にかけて事業者向けの技術研修にも271名もの参加者があったという。

この技術研修の最後に、平たくいえば試験が行われ、そこで合格した人が「とっとり健康省エネ住宅普及事業」の登録事業者になる。登録事業者が建てて、とっとり健康省エネ住宅性能基準を満たした住宅が「とっとり健康省エネ住宅」と認定される。7月末時点で登録事業者は設計が121人、施工が104人(両方取得した人もいる)。スタートしたばかりにも関わらず、いずれも想定以上の人数で、業界をあげて事業に積極的であることが伺える。

この状況に対して遠藤さんは「年頭の知事の発言で『県が本腰を入れて取り組む事業』と周知されたことで注目を集めたことと、事前説明会で、日本の基準が世界と比べてかなり低いということ、思いのほか無理のない費用で高気密高断熱の住宅が建てられること、光熱費の削減効果でゆくゆくは初期費用の増加分のもとが取れることを伝えたことで、事業者の方々にも魅力を感じていただけたのだと思います」

さらに「2021年から新築住宅に対して施主への省エネ基準の説明が義務化されたことも大きいのでは」と遠藤さんは指摘する。

実は、事前説明会に参加した事業者の約6割が、これまで建てた家のUA値を把握していなかったという。だとすれば、「とっとり健康省エネ住宅」の認定住宅を建てれば、この説明義務も果たせるし、商品として魅力的に映ると考えてもおかしくはない。

もちろん家を建てる側からすれば、難しい数字で説明されるより「国よりも厳しい基準の省エネ住宅で、T-G2というレベルなら15年で初期費用の増額分を回収できる」のほうが分かりやすく、しかも光熱費の削減の具体的な数字が見えるのはうれしい。

地方発の断熱性能向上革命は、成功するのか!?

先述のように、「とっとり健康省エネ住宅普及事業」は今年度に始まった事業で、事業者への研修も6月末でようやく終わったばかり。しかし、実は以前から「とっとり健康省エネ住宅性能基準」をクリアするほどの省エネ住宅を既に手がけている事業者もいるという。もちろん既に建てられた家は事業開始前ゆえ、補助金は支給されないのだが、中には「それでもいいから、認定だけ欲しい」という施主もいるという。

山形県同様、それだけ暑さ寒さが身に染みていた県民がいたという証でもある。そのなかで「T-G2」(経済的で快適に生活できる推奨レベル)のUA値0.34を超える0.32の家を建てたKさんは「冬の寒い時期の、2月に福山建築さんの見学会に参加したのですが、エアコンが1台しかないのに、家中どこでも暖かくて驚きました。住むならこんな断熱性能の高い家がいいと、お願いしました」という。同社は県の事業が始まる前から、積極的に高気密高断熱の家を手がけてきた地元の施工会社の一つだ。

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

実際に住んでみると「冬でも毛布1枚で眠れますし、日中はTシャツ1枚でも十分です。こたつなどの暖房器具を出す手間も減りました」とKさん。UA値やC値といった数字では、なかなか「暖かい」「涼しい」が見えないため、こうした“体験談”の口コミは貴重だ。

先述した山形県でも“体験型”による省エネ住宅の普及が期待されている。同県の飯豊町では2019年11月から、やまがた健康住宅基準の中で2番目に高い基準の、レベルIIの認証住宅を建てることを条件に分譲地を販売しているが、この一角に「6月5日にモデル住宅が完成し、今後は体験宿泊も検討されています」(山形県県土整備部建築住宅課 永井智子さん)。

エコタウン椿(写真提供/山形県)

エコタウン椿(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

徒然草に書かれるほど、2000年近くも高気密高断熱の家とは無縁の生活を送ってきた日本人。そこから障子や欄間など日本固有の文化が生まれたのは確かだが、しかし「残念ながら日本の現在の省エネ基準でも、健康的に暮らせるレベルではありません」と槙原さん。とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページに掲げた、上記の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」のグラフに、敢えて欧米の省エネ基準が併記されているのもその強い想いの表れだろう。では、本当に山形県や鳥取県のいう省エネ住宅なら、健康的に快適に暮らせるのか? 長年「夏は暑い、冬は寒いのは当たり前」という意識が身に染みている人にとってみれば、Kさんの「冬でもTシャツ」は本当なのか、Tシャツで「快適」と本気で思えるのか、と疑問も湧くだろうが、まずは山形県や鳥取県の省エネ基準をクリアした家の、見学会や宿泊を通して、身をもって体験してみるといいだろう。

●取材協力
鳥取県
山形県のエコ住宅

東京都、「東京ゼロエミ住宅」新築等の助成事業を開始

東京都は、東京の地域特性を踏まえた省エネ性能の高い住宅を普及させるため、新たに「東京ゼロエミ住宅」の新築等に対する助成事業を開始する。
「東京ゼロエミ住宅」とは、家庭部門のエネルギー消費量の削減を目的としたもので、断熱性能や省エネ性能に優れる住宅のこと。今年度から新たに「東京ゼロエミ住宅」を新築した建築主に対し、その費用の一部を助成する。

助成対象住宅は、都内の新築住宅(戸建住宅・集合住宅)で、床面積の合計が2,000m2未満。助成対象は新築住宅の建築主(個人・事業者)。助成金額は戸建住宅が70万円/戸、集合住宅が30万円/戸。

ほかにも、対象住宅に太陽光発電システムを設置する場合は、10万円/キロワットの追加補助もある(上限100万円)。

ニュース情報元:東京都

9月は“秋バテ”に注意? 家でできる予防策を紹介!

暑かった2018年、夏。ようやく少し気温が下がってきました。でも実は、この時期も体調管理に注意が必要。特に冷房を酷使した今年は、今ごろになって体調不良をおこしている人が多いのです。それが秋バテ。その原因を調査し、対処法を探りました。
自律神経が乱れることで起こる、秋バテの症状

2018年は猛暑を通り越した酷暑でしたね。7月23日、埼玉県熊谷市では最高気温が41.1度と、国内の観測史上最高気温を更新。

最近は少し暑さも落ち着いてきて一安心……と思いきや、身体のダルさを感じる方も多いのでは?暑さのピークは過ぎたのに、どうして? と不思議に感じるかもしれませんが、実はこの時期、秋バテに注意が必要なのです。

夏バテはよく聞くけれど、秋バテとは? 免疫やアレルギー疾患などに詳しい、医師の清益 功浩(きよます・たかひろ)氏によれば、秋バテの主な原因は、気温差による自律神経の乱れだといいます。

「暑い季節から涼しくなると交感神経が優位になり、逆に涼しかったのに暑くなると副交感神経が優位になります。ところが寒暖差が激しくなる秋には、気温による刺激が目まぐるしく入れ替わり、交感神経・副交感神経のバランスが崩れてしまいます。それがだるさにつながり、さまざまな体調不良が引き起こされるのです」(清益氏)

今年のような猛暑の後、秋口は気温差が大きく、例年より秋バテになる可能性も高そうです。さらに9月は依然残暑も厳しい季節。朝晩の気温が下がるものの、日中は真夏並みの30℃を超えることも多く、1日の寒暖差も激しくなります。

秋バテになりやすい気候の今、予防策はあるのでしょうか?

秋バテを防ぐために、エアコンで部屋が冷えすぎないよう注意する

秋バテの季節に追い打ちをかけるのが、強い冷房。夏の間に下げた設定温度のままだと、秋には低すぎます。冷えた室内環境が、体感する寒暖差を広げ、また朝まで冷房をつけっ放しにすることによって、睡眠中に体が冷えてしまうことも。

「エアコンの設定温度は本来であれば、28度ぐらいで十分。でも、エアコンの効きによっては、28度では暑すぎると感じる人もいるでしょう。そんな場合は設定温度を下げてもよいのですが、こまめに設定温度を変えたり、就寝時にタイマー機能をセットしたりして調節してください。部屋を冷やしすぎず、一定の温度を保つことが大切です」(清益氏)

今年の夏は冷房の設定温度を下げてもなかなか室温が下がらず、エアコンの設定を低めにしていた人も多いと思います。ところが夏の設定温度のままでは、秋になって室温が下がりすぎていたということになりがち。センサーやAIで室温を快適に保ってくれる高機能エアコンもありますが、一般的にはエアコン任せにしておくと、冷えすぎたり、蒸し暑いままになってしまったりと、なかなか適温になりませんよね。

「体が冷えると免疫力が下がるという問題もあります。睡眠をしっかりとって適度な運動をし、入浴時に湯船で体を温めるなど、免疫力アップの対策も必要です」(清益氏)

熱中症対策に必須の冷房。残暑が厳しいうちは活用するべきですが、寒暖差をつくりだしたり体を冷やしすぎたりという弊害もあるのですね。こまめに冷房をつけたり消したりすることも必要ですが、実はエアーコントロールが上手くいかない原因の一つに、家の構造問題があるようです。

夏に温度が上がりやすく、冷房が効きにくい。日本の住宅の問題点

実はエアコンの効き方には、家の構造も大きく関係しているそうです。「日本の住宅は断熱性能に問題があり、外気の影響を受けやすく、エアコンの効きも悪くなります」と指摘するのは、東北芸術工科大学の建築・環境デザイン学科教授で、設計事務所「みかんぐみ」の竹内 昌義(たけうち・まさよし)氏。省エネルギー住宅の専門家です。

「日本の住宅は、通気性を重視して断熱性を軽んじる伝統があります。『家の作りやうは、夏をむねとすべし』という『徒然草』の時代からの伝統があり、開放的な住宅が良しとされてきました。しかし現代日本の気候は、この文章が書かれた鎌倉時代に比べて格段に暑さが厳しく、夏も風通しがよいだけでは太刀打ちできません」(竹内氏)

断熱性の足りない家は、空気が常に家に入り込み、また逃げていきます。熱しやすく冷めやすく、またエアコンの空気が外に漏れるため、冷房も効きにくいそう。これでは、気温の高い日中は設定温度を低くしないと部屋が涼しくなりませんし、逆に外気が冷えると部屋が寒くなりすぎてしまう。つまり、家が秋バテを加速してしまうのです。

「断熱がしっかりした家は、外気の熱が侵入しにくいので、そこまで室内温度が上がりません。また室内の温度調節した空気をしっかりと保持してくれるので、冷房効率もよいのです。また夜間の冷房による寝冷え防止にも、断熱は有効です。日照がない夜に暑さがおさまらない原因は、コンクリートの蓄熱性。鉄筋コンクリート造の家は、昼間の熱射を溜め込んでしまうのですが、しっかりと断熱していればそんなことはありません。断熱性能の高い家は夏の夜の寝苦しさも、ぐっと緩和されます」(竹内氏)

温暖化が進んだ現代、地面をアスファルトに覆われた日本の気候には、昔ながらの家はフィットしない(画像提供/PIXTA)

温暖化が進んだ現代、地面をアスファルトに覆われた日本の気候には、昔ながらの家はフィットしない(画像提供/PIXTA)

今住んでいる家の断熱をアップして秋バテを防ぐ方法は?

冷房による冷やしすぎも防げて、さらにエネルギー効率も良い断熱住宅。しかしながら、日本の住宅は今のところ断熱住宅の基準を満たす住宅が少ないそう。

「国土交通省の資料によると、2020年に義務化が検討されている『改正省エネ基準』に達している家は、日本全体の5%程度です」(竹内氏)

つまり、今のところ日本の住宅のほとんどが、断熱性能が足りていないということ。一体どのようにすれば、現在住んでいる家の断熱性をアップして、上手に冷房と付き合えるのでしょうか。

「天井や窓から熱が入ってくるので、天井裏に断熱材を敷き詰めたり、二重窓にしたりするとよいですね。窓に関しては、断熱ブラインドを活用する方法もあります。その際は窓のサイズにぴったりと合ったものを選んでください。また、昔ながらの“よしず”*を立てかけるだけでも、効果はありますよ」(竹内氏)

*“よしず”とは、葦を編んだ日よけ。立てかけて使用する。

酷暑に冷房を使って熱中症を防ぐことは大切ですが、気候が変化する秋口にもエアコンを乱用する癖が抜けないと、今度は冷房のせいで体調を崩すこともあります。
冷房でのエアーコントロールに加えて、家の性能をアップする工夫や、免疫力を高める努力もして、健康的に新しい季節を迎えたいですね。

●取材協力
・All About 「医師 / 家庭の医学」ガイド 清益 功浩(きよます たかひろ)
・設計事務所「みかんぐみ」

環境省課長と突撃! 大規模マンション元理事長に聞く、断熱・省エネ修繕のメリット

住宅のリフォームが省エネルギーにつながることは分かっていても、なかなか進めづらいもの。自宅はもちろん、特にマンション全体でリフォームを進めようとすると住民間での調整が必要で、単世帯ごとで決められないだけに難易度が高いことがあります。SUUMOジャーナル編集部では今年9月、地球温暖化対策のために省エネ対策を推進する環境省 地球環境局 地球温暖化対策課の松澤課長に、住宅関係の地球温暖化対策について直撃取材。 松澤課長によると、「電球や家電の買い替えに加えて、住宅を改修することで省エネ目標を達成できる」というお話だったのですが、そうは言っても「言うは易く行うは難し」ということわざもあります。

地球温暖化対策の旗振り役である松澤課長宅は、果たして万全の対策をされているのか。編集部員Y(20代男性)がまずは松澤課長宅に押しかけ、家電から窓ガラス、サッシまで厳しくチェック! さらに、個人のリフォーム以上に難易度が高いと言われるマンションの省エネ改修工事はいったいどの程度大変なのか、お役所の方にも知っていただきたい。松澤課長と一緒に、とあるマンション管理組合の元理事長にお話を聞きに行きました。

ご自宅におじゃまします!環境省課長自宅の温暖化対策状況は!?

―― 本当に来てしまいました。本日はよろしくお願いします。

松澤課長「ほ、本当に来られたんですね。よろしくお願いします」

―― 先日の取材では、日本が温暖化対策の目標値(2030年度にマイナス26%削減)を達成するためには、各家庭では「電球をLEDに換える」「冷蔵庫を省エネ対応のものに換える」「エアコンを省エネ対応のものに換える」「窓ガラスをシングルガラスから複層ガラスに換える」の4つのうち、いずれか3つを対応すればよいとのことでした。ということはLED交換や家電の買い替えはもちろん対応ずみ、と(室内を見わたす)。

松澤課長「一応、普段使っているリビングの電球はLEDになっています。他の部屋は夜寝るだけなので使用頻度も低いですし、切れたタイミングで交換する予定です」

【画像1】 LEDに取り替えられているリビングの照明。口金が小さめなサイズを4つ使用している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

【画像1】 LEDに取り替えられているリビングの照明。口金が小さめなサイズを4つ使用している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

―― なるほど、まずは1つクリアですね。エアコンや冷蔵庫はどうでしょうか。

松澤課長「エアコンは去年の冬に買い替えました。やはり性能が上がっていて、夏場(8月)で電気代が1万5500円から7700円と半分程度に下がっています (室内で犬を飼っているので、夏は日中エアコンが稼動)。年間で2万6000円(約30%)電気代を節約できました。冷蔵庫は10年選手なので、そろそろ買い替えのタイミングかなと考えています」

―― あれ? この窓は、シングルガラスでアルミサッシ。推進する立場なのに、まさか自分では実行されてない、なんてことは……。

松澤課長「なかなか厳しいことをおっしゃいますね。確かにそのとおりです。窓は複層ガラスに交換していないですし、サッシも断熱性が高い樹脂素材ではなく、アルミです。検討はするのですが、マンションなので共用部の窓のリフォームとなると難易度が高くて――。でも冬場が寒いのに加えて、結露が多くて困っています。換気もしているのですが、レースカーテンがかびてしまっていて」

【画像2】課長宅の窓にかかっているレースカーテン。結露のせいか裾の部分がカビで汚れている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

【画像2】課長宅の窓にかかっているレースカーテン。結露のせいか裾の部分がカビで汚れている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

―― これはひどいですね。個人宅でもこうですから、マンション全体の省エネリフォームはもっと大変そうです。実は、私の知人に玄関や窓のリフォームを大規模マンションで実現した元理事長がいるのですが、その人に話を聞きに行きませんか。課長のお仕事の参考になるかもしれませんよ。

松澤課長「えっ、今からですか……。分かりました」

環境省課長と一緒に突撃! 大規模マンションの省エネ修繕、実態は?

心なしか元気がなくなった課長とやってきたのは、横浜市内の高台に位置する全105戸のとあるマンション。案内いただくのはこのマンションの管理組合で、以前理事長を務められていた岸一正(きし・かずまさ)さんです。

【画像3】松澤課長(左)にマンションを案内している岸さん(右)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

【画像3】松澤課長(左)にマンションを案内している岸さん(右)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

岸「本日はようこそいらっしゃいました。私が岸です」

―― 岸さんは理事長としてマンション大規模修繕を推進されたんですよね。どんな手順で実施されましたか?

岸「はい。私は当時管理組合の理事長だったのですが、修繕を始める前に、まず理事会内で、1回目の大規模修繕の振り返りから、マイナスをゼロに戻す修繕だけでなく「資産価値の向上」を目指していく、その具体的なあり方として「快適な住み心地」を高めていく、という基本方針を固めました。その上で、住民に対して、どんな修繕をしてほしいか、アンケートを実施し、その結果『窓の結露』『玄関の隙間風』に対する不満が多く寄せられました」

―― アンケートを踏まえ、どのような改修を実施したのでしょうか。

岸「全居室の、ドアや窓などの開口部に対するリフォームですね。玄関ドアの取り替えと、すべての窓に対する内窓の取り付け(内窓が取り付けられない窓は複層ガラスに交換)を実施しました」

―― 正直なところ、住民の追加負担費用は発生しなかったのですか ?

岸「修繕積立金を多めに取っておいたことに加え、足場のいらない工事は翌年以降に繰り延べるなど、資金調達の工夫をしました。また、当時は国からの補助金で、手続きを踏めば工事費の3分の1を負担してもらえるというのもあり、1住戸当たり玄関ドア交換14万円、内窓取り付け35万円の負担でした」

―― そのくらいの金額で実施できるものなんですね。 やってみて効果はどうでしたか。

岸「断熱性が高まったことは実感しました。冬、外気温が5℃ぐらいでも部屋の中は15℃から18℃までの間に保たれています。そのおかげか、マンションの各住戸平均で、電気の使用量が年間11.6%、ガスの使用量は10.3%減少しています。また、住民の不満として多く上げられていた結露も発生しなくなりました。ただし、こまめな換気は必要になります」

―― 窓と玄関を替えるだけでそこまで違うのですね。

岸「意外だったのは、遮音性が上がったことですね。近所に学校があり、以前は室内でもブラスバンド部の音が聞こえていたのですが、今は聞こえません。生活音についても、他の部屋で飼われている犬の声が聞こえなくなったり。音は窓を通じて出入りしていたことが分かりました。掃除機も夜に気にせずかけられるようになりましたね」

【画像4】バルコニーとリビングをつなぐ出入口には内窓が取り付けられ、二重窓になっている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

【画像4】バルコニーとリビングをつなぐ出入口には内窓が取り付けられ、二重窓になっている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

松澤課長「私も夜にトイレに行くときに気づいたのですが、玄関って意外と隙間風が入るんですよね」

岸「うちも以前は玄関のあたりが非常に寒かったのですが、今はまったく寒くないですね」

―― 二重窓にすると、窓の開け閉めが面倒ではないですか?

岸「おっしゃるとおり、手間は増えます。ただ、すべての窓を頻繁に開け閉めするわけでもないですし、日常的にはメリットのほうが大きいと感じます」

―― マンション全体で大規模改修を進めるにあたり、大変だったことはありますか。

岸「住民の合意形成ですね。管理規約上は2分の1の合意があれば進められますし、たいてい委任される方が多いので、進めようと思えば強引に進めることも可能でした。しかし、事前調査・施工と2回も各住戸に立ち入ることになるため、丁寧なコミュニケーションを心がけました」

―― 改修を進める上で、反対する方はいなかったのですか。

岸「住み慣れた高齢者など、気乗りがしない様子の方もいたことは確かです。私も高齢者と呼ばれる層に片足突っ込んでいるので気持ちは分かるのですが、『年を重ねてしかるべき施設に入るときに、保有している住宅の資産価値が重要になりますよ』というお話もして理解してもらいました」

マンションは社会の最小単位

―― このマンションには高齢の方から子持ち世帯まで、幅広い年齢層の方が住んでいるそうですね。

岸「そうですね。マンションというのはさまざまな人が暮らす“社会”の最小単位であり、管理組合というのはある意味自治体に近いと思っています。そういう意味では、大規模修繕は“公共政策”と言えるかもしれません。そういえば修繕後の変化として、マンションで実施している防災訓練の参加率が上がったというのがありました。自治の意識が高まったように思います」

―― “マンションは社会の最小単位”、ですか。その考え方はおもしろいですね。松澤課長、いかがでしたか。参考になりそうですか。

松澤課長「はい、マンションで生活する一人として、さらに地球温暖化対策の推進役としても、大変参考になりました。いち個人としても、マンション全体の修繕のタイミングで、窓や玄関のドアリフォームを管理組合に働きかけてみます」

―― 本日はありがとうございました。

●取材協力
・環境省
・元マンション管理組合理事長 岸一正さん

光熱費を抑えられ、一年中快適! 「エコな賃貸住宅」の今に迫る

地球温暖化が世界的な問題になっている中、国土交通省と環境省は合同でCO2(二酸化炭素)を削減する省CO2賃貸住宅を増やすために補助金制度を設けて推進している。このようなエコな賃貸住宅は、地球にやさしいだけでなく、入居者の暮らしにもメリットがあるようだ。省CO2賃貸住宅を手がける積水ハウスと、建て主であるオーナーに話を聞いた。
CO2を削減するエコな賃貸住宅とは?

温暖化の原因となる温室効果ガスにはCO2やメタン、フロン類などさまざまあるが、なかでもCO2は石油をはじめとした化石燃料の使用が急増したことで増加し、温暖化への影響が最も大きいと言われている。

このCO2を削減する賃貸住宅、つまり省CO2賃貸住宅が、今回取り上げる「エコな賃貸住宅」だ。具体的には高性能な断熱材や高断熱の窓、電力消費の少ないエアコンや照明、高効率な給湯器などを備え、使用するエネルギーを抑えることで省CO2を実現する。

家電の省エネマークのように、省CO2住宅かどうかを第三者機関が評価する制度「BELS(建築物省エネルギー性能表示制度)」があり、今回訪れた埼玉県の「グリーンガーデン稲荷山」も、省CO2住宅として認証された賃貸住宅だ。

【画像1】「グリーンガーデン稲荷山」のエントランスのドアには、省CO2住宅として認められた賃貸住宅を示すステッカーが貼られている(写真撮影/籠島康弘)

【画像1】「グリーンガーデン稲荷山」のエントランスのドアには、省CO2住宅として認められた賃貸住宅を示すステッカーが貼られている(写真撮影/籠島康弘)

グリーンガーデン稲荷山が竣工したのは2017年1月。18戸ある約45m2の1LDKはすぐに満室になったという。自分の住む部屋が「地球にやさしい」ことは入居者にとって誇らしいことではあるが、それだけで入居を決めるとは思えない。入居者のメリットはどんなところにあるのだろう。

光熱費が抑えられ、一年中快適に過ごせる

グリーンガーデン稲荷山の最寄駅は都心へのアクセスが良く、それゆえ競合する賃貸住宅も多い。しかし「入居希望者に省CO2であるメリットを伝えると、すぐに入居が決まります」と、グリーンガーデン稲荷山の管理を担当する積和不動産関東の佐野友洋さんは言う。

【画像2】「グリーンガーデン稲荷山」の一室。照明はLEDのダウンライト、エアコンや給湯器は省エネタイプを採用。また断熱窓や高断熱の壁や床が使用されている(写真提供/積水ハウス)

【画像2】「グリーンガーデン稲荷山」の一室。照明はLEDのダウンライト、エアコンや給湯器は省エネタイプを採用。また断熱窓や高断熱の壁や床が使用されている(写真提供/積水ハウス)

魅力としてまず、断熱性能を高めたことで光熱費を抑えられることが挙げられる。竣工して1年未満のため、平均の光熱費は算出できないそうだが「同規模の省CO2ではない一般的な賃貸住宅と比べると、抑えられていると思います」と、グリーンガーデン稲荷山を手がけた積水ハウス・永井秀人さんは言う。

実際、オーナーの横田さんは入居者の一人から「エアコンの効きがよくてビックリしました」と聞いたことがあるそうだ。断熱性や気密性が高いゆえ、約45m2の広さでもエアコン1台で、さほどフル回転しなくても快適な温度を保てるようだ。

また断熱性能が高いと、そもそもエアコンを使う頻度が減り、自然の風や太陽の恩恵を受ける時間が長くなる。断熱窓は冬なら日差しによる温かさを外に逃さず、逆に夏は日差しによる熱を遮る。風や太陽の気持ちよさを享受できるのも、省CO2賃貸住宅の入居者ならではないだろうか。

断熱性能が高いと結露も少なくなる。結露が少なければカビも生えにくいから、健康的に過ごすことができる。このように省CO2賃貸住宅は、光熱費の削減効果や健康的な暮らしを入居者にもたらしてくれるのだ。

なんとかできるうちに、温暖化対策に少しでも役立ちたい

一方建てる側のオーナーからすれば、省CO2化は一般的な賃貸住宅よりも建築費用がかかる。それでもグリーンガーデン稲荷山のオーナー・横田豊三郎さんはなぜ建てることにしたのだろう。

【画像3】「グリーンガーデン稲荷山」の夜景。室内だけでなく外構など共用部の照明もLED照明だ。「地域に溶け込むよう、温かみのある明かりを選びました」とオーナーの横田さん(写真提供/積水ハウス)

【画像3】「グリーンガーデン稲荷山」の夜景。室内だけでなく外構など共用部の照明もLED照明だ。「地域に溶け込むよう、温かみのある明かりを選びました」とオーナーの横田さん(写真提供/積水ハウス)

「自分たちで食べる程度の田畑を持っているのですが、種をまく時期や収穫時期が昔とずれてきているなど、温暖化の影響を実感していました」と横田さん。「自然災害のニュースも最近は増えてきたと感じています。なんとかできるうちに、一人ひとりが考えたり行動したりすることが必要なのだと思います」(横田さん)

【画像4】緑あふれるエントランスは、横田さん夫婦が自ら「どんな在来の木を植えようか」と散歩をしながら調べ、植栽(写真撮影/籠島康弘)

【画像4】緑あふれるエントランスは、横田さん夫婦が自ら「どんな在来の木を植えようか」と散歩をしながら調べ、植栽(写真撮影/籠島康弘)


また地元に愛着のある横田さんは、「地域の気候に合った自生種を外構に植栽するという『5本の樹』計画の提案も魅力的でした。これなら昆虫や鳥の生態系を守ることができるでしょうから」と話す。

現状、省CO2賃貸住宅の知名度は低いが、光熱費が削減できて一年中快適に暮らせると認知さえされれば、入居希望者はもっと増えるはずだ。そうなれば、省CO2賃貸住宅を建てるオーナーが増え、環境にも地域にもやさしい街が増えていくのではないだろうか。

●取材協力
・積水ハウス
・積和不動産
・横田豊三郎さん

部屋の寒さは窓次第!? 進化する「省エネ窓」の断熱効果に注目

寒い冬がやってきた。暖房を効かせた家に居ても、窓際ではダウンを着たくなったり、廊下に出るとブルっと震えたりするのがこの季節。日本人の死亡率が夏よりも冬のほうが高い(※)のも、家の中での寒暖差が血圧の急な上昇や変動を引き起こすヒートショックと無関係ではないだろう。そんな日本の家の寒さの解決のカギを握る断熱効果について、「窓」を手掛ける2つのメーカーに聞いてみた。
※厚生労働省「人口動態調査」(2016年)より

「廊下やトイレでブルルッ」がなくなる?

突然だが、皆さんの住まいは築何年だろうか。古い家は、冬になると寒さを感じることも……? 2017年10月にオープンしたばかりのLIXILの「住まいStudio」では、そんな“昔の家”と“今の家”、“これからの家”の寒さや暖かさの違いを体感できるというので、早速、行ってきた。

LIXILの「住まいStudio」の「冬体験ゾーン」では、外気温0度の巨大な冷蔵庫のような環境を人工的につくり出して、その中に断熱性能が異なる3段階の一戸建てを置き、それぞれの室内の暖かさや寒さを体感できるようにしている。

3種類の一戸建てのスペックは、下の表のとおり。私と編集スタッフのS女史は、このなかの“昔の家”から順に足を踏み入れてみた。

【画像1】LIXILによるシミュレーション図。LIXIL提供のデータのうち、暖房期間(12月1日~3月31日)4カ月間のエアコンの電気代を4で割ったもの。<試算条件:リビングの広さ8畳、東京エリア、室温20度の暖房設定で全日運転>

【画像1】LIXILによるシミュレーション図。LIXIL提供のデータのうち、暖房期間(12月1日~3月31日)4カ月間のエアコンの電気代を4で割ったもの。<試算条件:リビングの広さ8畳、東京エリア、室温20度の暖房設定で全日運転>

“昔の家”は、リビングのエアコンこそ20度に設定されているものの、スリッパを履いた足元がひんやりと冷たい。エアコンがついているリビングはまだましで、エアコンなしの廊下に出てみると「寒っ!」と私とS女史の両方とも思わず悲鳴をあげる始末。「そうそう、おばあちゃんの家がまさにこうで、トイレに行くのがおっくうだったんだよなあ」と思い出したものだった。

「リビングの室温は20度でしたが、廊下は8度。実家がちょうどこんな感じと言うお客様が多いですね。実際、日本の家の約7~8割はこの水準の断熱性能(※) 以下と言われています」(LIXIL ハウジングテクノロジージャパン販売推進部販売推進グループグループリーダー 古溝洋明さん)
※国土交通省による推計(2012年)

次に 断熱性能を高めた“今の家”に移動すると、リビングでは足元のひんやりはなくなり、廊下で感じる寒さのショックも和らいだ。さらに断熱性能の高い“これからの家”に移動したところ、リビングのエアコンはさほど頑張っていないのに実に快適な室温が保たれている。エアコンのない廊下に出たときも同様で、この家の構造が、エアコンの助けをほとんど借りずに、冷蔵庫のような寒さから室内の環境を守っていることが分かった。

同じ条件下でもこれほどまでに室内の環境が違うのは、住まいの断熱性を決定づける要素である壁の構造と窓のつくりがそれぞれ異なるため。特に窓は、壁よりも熱の出入りが多いことから、断熱性能に及ぼす影響がより大きいということになる。

【画像2】写真左:左から“これからの家”“今の家”“昔の家”。壁と窓の違いが分かる。 写真右:サーモカメラで見たリビングの室温。上の“これからの家”はオレンジ色と赤が基調で暖かく、左下の“昔の家”はエアコンの送風口しか赤い部分がない(写真撮影/日笠由紀)

【画像2】写真左:左から“これからの家”“今の家”“昔の家”。壁と窓の違いが分かる。 写真右:サーモカメラで見たリビングの室温。上の“これからの家”はオレンジ色と赤が基調で暖かく、左下の“昔の家”はエアコンの送風口しか赤い部分がない(写真撮影/日笠由紀)

【画像3】冬は室内の熱の58%が開口部から失われており、夏も73%もの熱が屋外から流入している。(画像提供/LIXIL データ出典/一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会)

【画像3】冬は室内の熱の58%が開口部から失われており、夏も73%もの熱が屋外から流入している。(画像提供/LIXIL データ出典/一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会)

家を建てるときは、断熱効果の高い窓を選ぼう

住まいの断熱の上で最も大きな役割を果たす「窓」。では、どんな窓なら、断熱性能が高いのだろうか。

さきほど体験した“昔の家”の窓は、単板、つまりガラスが1枚で、フレームは熱伝導率の高いアルミ。“今の家”に使われていた複層(ペア)ガラスのほうが、2枚のガラスの間に空気層を挟む分、断熱効果が高くなっていた。そして“これからの家”では、複層(ペア)ガラスの間に空気よりも断熱性の高いアルゴンガスが挟まれている分、さらに断熱効果が高まっていた。

また、“これからの家”に使われていた窓は、フレームがアルミと樹脂の組み合わせでできている「ハイブリッド窓」。樹脂の高い断熱性と、経年劣化しにくいアルミの耐久性とを併せ持った「いいとこ取り」の窓なのだ。

さらに、これらの上を行く「トリプルガラス」、つまりガラス3枚の窓もある。ガラスが3層になるとさらに性能や断熱効果が高まるようだ。

「これから家を新築する方なら、こうした断熱性の高い窓を選ぶことをお勧めします。建物面積36坪(約120m2)の一戸建ての場合、 “これからの家”を建てると、太陽光発電システムも含めて2550万円と、“今の家”よりもイニシャルコストは350万円高くなります。しかし35年間の光熱費や断熱性能による金利優遇(省エネルギー性の高い住宅に対して【フラット35】の金利を0.25%引き下げる『【フラット35】S』の適用)による差額が生じるため、トータルのコストは“これからの家”のほうが80万円安く済むことに。その上、暖かくて快適な生活が送れるわけですから、お得です」(古溝さん)

【画像4】建物面積36坪(約120m2)の一戸建ての設定で試算した図(データ提供/LIXIL)

【画像4】建物面積36坪(約120m2)の一戸建ての設定で試算した図(データ提供/LIXIL)

【画像5】冬を想定した温度の外気に面しているアルミ窓、ハイブリッド窓、樹脂窓2種。アルミ窓は結露していた(写真撮影/日笠由紀)

【画像5】冬を想定した温度の外気に面しているアルミ窓、ハイブリッド窓、樹脂窓2種。アルミ窓は結露していた(写真撮影/日笠由紀)

【画像6】冷たい疑似アイスクリームに挿したスプーン。材質は右から、金属、樹脂、金属と樹脂のハイブリッド。ハイブリッドは金属(強度に優れる)と樹脂(冷たさを伝えにくい)のいいとこ取りをしている(写真撮影/日笠由紀)

【画像6】冷たい疑似アイスクリームに挿したスプーン。材質は右から、金属、樹脂、金属と樹脂のハイブリッド。ハイブリッドは金属(強度に優れる)と樹脂(冷たさを伝えにくい)のいいとこ取りをしている(写真撮影/日笠由紀)

リフォームでも断熱性の高い窓に変えられる

では、当面、家を建てる予定がないという人は、足元ひんやり、廊下でブルブルな日々を今後も送り続けなければならないのだろうか? 実はそんなことはない。今住んでいる家の窓だけを、リフォームすることもできるからだ。

窓の断熱リフォームの方法は、主に3つ。
[1]二重窓にする(今ある窓に内窓をつける)
[2]窓交換(カバー工法)
[3]窓のガラスのみを替える

[1]は、今ある窓の内側にもう一枚、新しい窓を付けるやり方。実は筆者宅も家全体のリフォームのときに、この方式で内窓を付けた。既存の窓との間に空気層ができたことで、断熱性も防音性も高まり、結露も減ったが、その分、内側の空間が若干狭くなる点が残念といえば残念かもしれない。料金の目安は掃き出し窓2枚で10万~12万円(商品代+工事費/LIXIL「インプラス」の場合)。作業時間は1窓約1時間。

[2]は、壁を壊さずに今あるサッシの枠の上から新たに枠とサッシを取り付けるというやり方で、断熱性の高いサッシを付けることで、それまでよりも断熱性能が高まるというもの。料金の目安は、掃き出し窓2枚で約17万~23万円(商品代+工事費/LIXIL「リフレム リプラス」の場合)。作業時間は1窓最短1時間半だという。

「カバー工法は、立ち上がりの分、どうしても開口面積が狭くなってしまいますが、以前のカバー工法よりも立ち上がり部分を縮小してガラス面を広げて明るさを確保したこともあり、売り上げは約2倍に増えました」(LIXILハウジングテクノロジージャパンサッシ・ドア事業部サッシ・ドア商品部部付部長 石上桂吾さん)

[3]は、窓のガラス部分のみ断熱性の高いガラスに取り換えるというもの。後述する日本板硝子の真空ガラス「スペーシア」に取り換えた場合、掃き出し窓2枚で約14万~16万円(商品代のみ。工事費別)。作業時間は1窓30分程度。

ここで初めて「真空ガラス」が登場してきた。「真空ガラス」は、これまでに出てきたペアガラスやトリプルガラスとはどう違うのだろうか?

【画像7】既存の「今ある窓」(左)の内側にあらたに内窓(右)を設けた「二重窓」。間に空気層ができることで、断熱性能だけでなく防音性も高まる(画像提供/LIXIL)

【画像7】既存の「今ある窓」(左)の内側にあらたに内窓(右)を設けた「二重窓」。間に空気層ができることで、断熱性能だけでなく防音性も高まる(画像提供/LIXIL)

「窓」は進化を遂げ続けている

さきほど唐突に登場した「真空ガラス」は、日本板硝子が20年前に開発した複層(ペア)ガラス。一般的な複層(ペア)ガラスが、2枚のガラスの間に空気層やアルゴンガス層を設けるのに対して、こちらは特殊技術によって2枚のガラスの間を真空状態にするというものだ。

「断熱性は、空気<アルゴンガス<真空の順で高まるため、空気層やアルゴンガスの複層(ペア)ガラスは、通常18mmほどの厚さなのに対して、当社の真空ガラス『スペーシア』は6.2mmで十分な断熱性能を発揮します。既存の単板ガラスとほぼ同じ厚さなので、今、単板ガラスが入っているサッシにも問題なく入るという点で、実にリフォーム向きの商品です。断熱性能は単板ガラスの約4倍になります」(日本板硝子建築ガラス事業部門アジア事業部日本統括部営業部営業企画グループ担当課長 朝香寛さん)

この「スペーシア」。20年の歴史のなかで、どんどん進化を遂げてきており、つい最近も、一般的なトリプルガラスの半分の厚みで同等の断熱性をもつ新製品「スーパースペーシア」が発売されたばかりだ。厚み10.2mmと既存のサッシには入りにくいので、一戸建ての場合は、これから家を建てる人向きだが、マンションならリフォームでも使えるケースもあるとか。同社の複層(ペア)真空ガラス「スペーシア21」よりも薄く、コストも2割ほど抑えられるという。

【画像8】「スペーシア」の断面イメージ。真空層に加え、特殊金属膜をコーティングして遮熱・断熱効果を高めたLow-Eガラスを使用している(画像提供/日本板硝子)

【画像8】「スペーシア」の断面イメージ。真空層に加え、特殊金属膜をコーティングして遮熱・断熱効果を高めたLow-Eガラスを使用している(画像提供/日本板硝子)

【画像9】熱を伝えるマイクロスペーサーの間隔を広げることで数を半減、断熱性を高めた「スーパースペーシア」(画像提供/日本板硝子)

【画像9】熱を伝えるマイクロスペーサーの間隔を広げることで数を半減、断熱性を高めた「スーパースペーシア」(画像提供/日本板硝子)

取材を通じて、日本の窓は自分が思っていた以上に進化していることが分かった。LIXIL住まいStudioで、冷蔵庫の中にある”これからの家“の窓が結露していなかったこと。日本板硝子のショールームで裏側からコールドスプレーを吹き付けられた真空ガラスに触っても、冷たさを感じなかったこと。数字を並べるよりも、体感、体験することで、イマドキの窓のすごさを実感できたし、築40年の実家の単板ガラス+アルミ枠のサッシを今すぐ全部、高断熱仕様に替えたくなった(100万円近くかかるらしいけれど……)。

なお、断熱性の高い家を建てると、「フラット35S」など金利優遇のあるローンを利用できるなどの特典があるが、今の家の窓を断熱性の高いものに替えるだけでも、東京都をはじめ、多くの自治体が補助金を支給している。税制の優遇等も受けられるので、制度を上手に利用して住まいの断熱化を進めるのも一案。

今から腰を上げれば、1~2月の厳寒期到来前にポカポカなわが家が実現するかも!

●取材協力
・LIXIL快適暮らし体験「住まいStudio」※見学は完全予約制
・日本板硝子 住まいの窓ガラス情報サイト ガラスワンダーランド