人気の花火職人が山里で始めたカフェ兼宿。コロナ禍で気づいた豊かさや幸せの答え 「山の家」福岡県みやま市

コロナ禍によって人々の価値観が変わった。大切なことが明確になった、という人も多いかもしれない。今回紹介する筒井良太、今日子夫妻がカフェ兼宿「山の家」(福岡県みやま市)を始めたのも、コロナがきっかけだった。「足元に目を向ける」「地元のものを生かす」と口でいうのは簡単だが、誰かに提供するには形にしないとならない。お土産品、飲食店、カフェやゲストハウス……さまざまな形があるけれど、筒井夫妻が始めたのは、みやまの宝を集結した家だった。なぜ宿を?山の家を訪れて話を聞いた。

趣のある「山の家」

福岡県の南に位置するみやま市。福岡の繁華街からわずか車で1時間ほどだが、まるで風景が変わる。道脇には清流が流れ、小高い山々や田畑が広がる。今年3月、ここに「山の家」と呼ばれるカフェ兼宿がオープンした。築100年以上の屋敷を改修して店を始めたのは、同じみやま市で玩具花火をつくってきた「筒井時正玩具花火製造所」の筒井良太、今日子夫妻だ。

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

山の家に到着すると、お屋敷、といっていいような風格ある古民家が、緑の茂るなかに立っていた。山の家という名から、標高の高い場所にあるのかと想像していたが、思っていたより平地からすぐの場所にある。

中へ入ると思わず声が漏れた。「うわぁ素敵ですね」。
年月を経た家の重厚な空気感に、ラインの美しいカウンターや洗練された椅子とテーブル。ショーケースには美味しそうなケーキが並び、レジ向こうは座敷になっていて、女性スタッフが座って花火づくりの作業をしていた。

古い壁から出てきた竹格子はあえて残してある。窓際のカウンター上部には長崎の陶器ブランド「JICON」のオレンジ色の照明が存在感を放っている。(写真撮影/藤本幸一郎)

古い壁から出てきた竹格子はあえて残してある。窓際のカウンター上部には長崎の陶器ブランド「JICON」のオレンジ色の照明が存在感を放っている。(写真撮影/藤本幸一郎)

玄関から向かって左半分のスペースが「カフェ・フイユ」。右ののれんをくぐった先が宿「山の家」になる。

「カフェフイユ」のフイユとはフランス語で「葉っぱ」のこと。「葉っぱに「予約席」の文字(写真撮影/藤本幸一郎)

「カフェフイユ」のフイユとはフランス語で「葉っぱ」のこと。「葉っぱに「予約席」の文字(写真撮影/藤本幸一郎)

「じつはすごく贅沢な暮らしをしていた」

筒井夫妻は、ここから車で5分ほどの場所で「筒井時正玩具花火製造所」兼ギャラリーを営んできた。なぜ、宿を?

「コロナ禍で何がほんとうに贅沢で豊かなのか。幸せって何だろうって考え直した時、「みやま」ってなんていいところなんだろうって改めて思ったんです。

今まではお金を稼いでいいもの買って、というのが贅沢だったけど、明らかに以前とは考え方が変わった。ここでは採れたての野菜が食べられたり、週末には炭でパンを焼いて青空の下で食べたりして」

川はきれいで緑は豊か。夜には星も見える。子どもたちはのびのびと花火もできるし川遊びもできる。周囲には優しい地元の人たち。それまで当たり前に享受してきたあれこれが、いかに贅沢であるかに気づいた。

「この豊さを、都会から訪れる人たちにも楽しんでもえたらいいなと思ったんですね。地元のいいものを集めた場所がつくれたらいいなって」

そうして昨年2021年、導かれるように知人に紹介されたのがこの物件だった。

筒井今日子さん。夫の良太さんとともに「筒井時正玩具花火製造所」を営む(写真撮影/藤本幸一郎)

筒井今日子さん。夫の良太さんとともに「筒井時正玩具花火製造所」を営む(写真撮影/藤本幸一郎)

“ユミちゃんのケーキ”が食べられる店

今年の春には、まず「カフェ・フイユ」を先行してオープン。メニューには地元の美味しいものが詰まっている。切り盛りするのは、「ユミちゃん」の愛称で呼ばれる、パティシエの高巣由美(たかす・ゆみ)さん。もともと地元で「ランコントル」という予約制のケーキ屋を営んでいた。

カフェをやるなら、ユミちゃんにお願いできないかと今日子さんはまず思ったのだそうだ。

パティシエで、カフェフイユのオーナー、高巣由美さん(写真撮影/藤本幸一郎)

パティシエで、カフェフイユのオーナー、高巣由美さん(写真撮影/藤本幸一郎)

「ユミちゃんのケーキはほんとに人気で、でも予約して数日待たないと食べられない。それがこのカフェでいつでも食べられればみんな喜ぶだろうなと思ったんです。蓋を開けてみると、思ったとおりでした(笑)」(今日子さん)

ショーケースにはチーズケーキやガトーショコラなど美味しそうなケーキが並び、持ち帰りもできる。看板商品はレーズンサンド。クリームには近くの酒蔵の甘酒や酒粕を使用。それとは別に、酒粕パンも販売している。

ケーキの並ぶショーケースの横には、筒井時正玩具花火製造所の線香花火をはじめ、びわの葉茶や九州の工芸品も並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)

ケーキの並ぶショーケースの横には、筒井時正玩具花火製造所の線香花火をはじめ、びわの葉茶や九州の工芸品も並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)

ランチのスープセット。今は食事のメニューはホットサンドとスープセットのみだが、カレーも近く提供する予定(写真撮影/藤本幸一郎)

ランチのスープセット。今は食事のメニューはホットサンドとスープセットのみだが、カレーも近く提供する予定(写真撮影/藤本幸一郎)

11時の開店時間を過ぎると、カフェはお客さんでいっぱいになった。若者や女性が多いのだろうと想像していたのだが、年配者も多い。地元の人らしいお母さんたちが少しお洒落した装いで集まっている。「パン買いに来たよ~」とにこにこ声をかける女性もいる。

「お店をオープンする前に、地元の人たち先行でお披露目会をしたんです。そうじゃないとなかなか接点がもてないんじゃないかと思って。地元が元気になったらいいなと始める店でもあるから」(今日子さん)

「ユミちゃん、ユミちゃん」とお客さんが楽しげに声をかけているのが聞こえてきた。

おしゃべりに興じるご近所さん(写真撮影/藤本幸一郎)

おしゃべりに興じるご近所さん(写真撮影/藤本幸一郎)

長いこと、地域には背を向けてきた

もともと「筒井時正玩具花火製造所」は、少し変わった花火メーカーでもある。

花火の国産メーカーは、安い海外品におされて数が減っている。なかでも線香花火をつくる会社は、いま全国に4軒しかない。一時期は残り一社となった製造所が廃業し、絶滅寸前に陥った。このままでは線香花火は日本でつくられなくなってしまうぞという時に、筒井時正玩具花火製造所3代目の筒井良太さんが廃業前の製造所へ出向いて修行をし、技術を引き継いだのだった。

国産の線香花火は、海外産に比べて火花が大きく、長く火が落ちない。その質の良さを生かして、二人は自社の線香花火をギフトや雑貨として「一箱40本で1万円」の高価なオリジナル商品として発表した。

「そんな高い花火が売れるはずない」と周囲に反対されながらも、インテリアライフスタイル展などに出展し、販路を増やしてきた。花火を製造する工房横には、線香花火を試せるギャラリーも設けた。新しい花火のあり方を切り開いてきた10年間だった。

筒井時正玩具花火製造所の線香花火。火花が大きく長くもつ(提供/筒井時正玩具花火製造所)

筒井時正玩具花火製造所の線香花火。火花が大きく長くもつ(提供/筒井時正玩具花火製造所)

だからこそ、これまではほとんど地元に関心を向けてこられなかったのだという。

「花火を売れるようにするのに必死やったんで。どうしてもそっちが先になってしまって」と良太さん。

けれど、自社のギャラリーを訪れたお客さんにリピーターが少ないことに気付く。

「自分のところだけ頑張っていてもダメだなって。お客さんにとっては、ここへ来た後、あそこでお昼を食べて、最後ここに寄って帰ろうなどいくつか立ち寄れる場所があるといいですよね。だからみんなでまちを盛り上げていけたらいいなと思ったんです」(今日子さん)

筒井さんたちは山の家を始める前にもう一軒、「川の家」という宿を近くで運営している。花火をできる場所がどんどん限られていることも宿を始めるきっかけだった。

「今、3割の子どもたちは花火をしたくてもできないまま、大人になってしまうと知ったんです。それがショックで。公園も浜辺もどこも禁止、禁止でしょう。川沿いなど屋外であればいくらでも花火を楽しめますから」(今日子さん)

筒井時正玩具花火製造所の線香花火(写真撮影/藤本幸一郎)

筒井時正玩具花火製造所の線香花火(写真撮影/藤本幸一郎)

びわプロジェクト

山の家をオープンするに至るには、これまでに筒井さんが地元の人たちと進めてきたいくつもの活動が背景にあった。

そのひとつが、「びわプロジェクト」だ。

ある時、筒井さんたちに、びわ畑を引き取ってもらえないかと相談があった。広さ1500坪の畑は、そう簡単に「はい」と引き受けられる規模ではなかったが、調べてみると、びわにはさまざまな活用法があることがわかった。びわの葉を使ったお茶、お灸、びわ染め。

今日子さんは、すぐに営利目的で活用するのは難しいけれど、地域のみんなとびわ畑で新しいことを始めるのにはいいと考えた。

「山の家」宿側の縁側から見える庭(写真撮影/藤本幸一郎)

「山の家」宿側の縁側から見える庭(写真撮影/藤本幸一郎)

「びわプロジェクト」を立ち上げるのに造園家、農家、市役所の職員など有志約20名が集まり、みやま市の地域ブランドをつくろうと活動が始まったのが2020年6月。それから月に一度、みんなで楽しみながら作業を続けていて、現在は約50名のプロジェクトメンバーがいる。

昨年の6月には立派な実がたくさん収穫できて、道の駅などで販売した。

(提供/びわプロジェクト)

(提供/びわプロジェクト)

びわプロジェクトの活動の様子(提供/びわプロジェクト)

びわプロジェクトの活動の様子(提供/びわプロジェクト)

「ゆくゆくはびわを活用して商品化、ブランドにしてお金をまわしていくことも考えているんですけど、いま動いてくれる人たちはほとんどがボランティア。それじゃあ長続きしないと思って、びわコインという地域通貨を発行しています。でもベースはみなさんの地元がよくなるようにって気持ち、郷土愛によるものなんです。

みやまには、誰かが何かを始めるんやったら、よっしゃ一緒にやってやろうと関わってくれる人がたくさんいる。そんな人が50人もいるってすごいじゃないですか」(今日子さん)

このびわプロジェクトは、2年目からウコンも含めた「薬草研究会」として発展。びわゼリー、びわ大福、びわフローズンを試作したり、びわやウコンの効能、加工、商品開発に向けての意見交換をして、収穫から活用まで考えている。

その、地元の人たちと活動してきたひとつの出口として「山の家」がある。近々、ウコン(ターメリック)とびわ茶、みやまの特産品であるセロリを用いたカレーも新しいメニューとして、カフェで提供される予定。宿で出すお茶もびわ葉。部屋着やのれんもびわ染めした。

宿「山の家」は、人とのつながりで生まれた

年内には宿「山の家」もオープンする予定。全面に庭の緑が見える広々としたお座敷と、現代風にアレンジされた中の間の二部屋、屋敷の右半分が貸切で使用できる。

座敷(写真撮影/藤本幸一郎)

座敷(写真撮影/藤本幸一郎)

中の間(写真撮影/藤本幸一郎)

中の間(写真撮影/藤本幸一郎)

「初めは接客のプロを雇ってお任せしようと思っていたんです。でも知人に、老舗旅館と勝負しても勝てないのではと言われて、そうだなって。私たちはあくまで花火屋。サービスレベルなどで勝負しても、長年旅館をやっていらっしゃるところにはかないっこない。であれば、せめて私たち自身が直接お客さんと話したり、最大限のもてなしをする方が私たちらしいやり方なんじゃないかと思うようになりました」

泊まらなくても「山の家」を気軽に体験できるよう、カフェと宿の定休日である水曜限定の、ジビエ料理「Nuit」と「山の家鍼灸所」をオープンした。

「地元の人たちにも楽しんでもらえるといいなと思って。この家は格子から漏れる光がきれいで、夜の雰囲気がすごく素敵なんです」

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

さらに今年、筒井さんたちは「有明月」という名前の一般社団法人を設立した。地元の人たちとのつながりも増え、より機動力のある形で動けるようにとの思いから。お寺の住職さんと朝のお勤めを体験するツアーを実施したり、元商工会の職員さんと事業計画づくりのサポートをする仕事をしたり。

「行政にしかできないことはもちろんあると思いますが、小さくても自分たちでできることはどんどんやろうって気持ちなんです。役場の職員さんも、個人的に関わってくれていたりします」

山の家を始めるうえで協力してくれた人たちは数えきれない。今日子さんの話に登場する人たちはみんな、個性的で魅力的で聞いていて飽きない。ジビエ料理にしたのも、ハンティングから手がける若きシェフとの出会いがあったから。カフェの器を依頼したのは海外に暮らす作家さん。びわの栽培を教えてくれた佐賀のおじいさんの話。

「私たちがやっていることって、結局すべて人とのつながりから始まってるんです。ああ、この人と一緒に何かしたいなって思ったら一緒にやる。そうしてひとつひとつ、つながってきた結果が山の家かもしれない」(今日子さん)

そんな山の家の成り立ちを聞いていると、田舎の未来像が見えるようだった。

(写真撮影/藤本幸一郎)

(写真撮影/藤本幸一郎)

●取材協力
山の家
カフェ・フイユ

福岡・旧博多スターレーン跡地に複合施設

NTT都市開発(株)と大成建設(株)は、「(仮称)博多駅東1丁目開発計画」(福岡県福岡市)を共同で実施すると発表した。

同計画は、博多駅より徒歩4分、旧博多スターレーン(ボウリング場)跡地において行われる。詳細については協議・検討中だが、2022年の竣工を目指し、オフィスと低層部を賑わいの空間とした複合施設を計画している。

福岡市では、博多駅周辺の活力と賑わいを周辺につなげていくプロジェクト「博多コネクティッド」を推進。2社は同計画を通じて、周辺地域と連携した街づくりを行っていく。

ニュース情報元:NTT都市開発(株)

ローカルで長屋暮らし。福岡県八女市で賃貸住宅「里山ながや・星野川」を選んだ人たちに起きたこと

福岡の山どころとも呼ばれる八女市。お茶の産地として有名だが、特によい茶葉が取れるエリアとして人気の高い上陽町に2018年7月に誕生したのが、この賃貸住宅「里山ながや・星野川」だ。自然あふれるローカルエリアに突如できた長屋にどのような人たちが移り住み、生活しているのだろうか。現地の暮らしぶりをリサーチしてきた。
民間企業が運営。移住前のお試し居住として、長屋の暮らしを提供

上陽町久木原は近隣にスーパーなど日用品をそろえる施設がなく、八女の市街地からも車で20分と、ローカル中のローカル、という声が地元でもちらほら聞こえるエリアだ。

もともと小学校跡地のグラウンドを民間会社が土地を借り利活用、建築設計事務所アトリエ・ワンの塚本由晴氏が設計を手掛けている。施工は地元の若手大工が行い、全8戸がつながった長屋様式の建物は、ほぼ全てが八女産の木材を使用して造られている。

この場所に賃貸の長屋を構えることを決めたのは、この住宅の管理会社でもある八女里山賃貸株式会社。自然資源の活用と、無理のない移住生活へのステップを創出しようという想いから、あえてこの田舎で長屋建築を計画実行した。

地域おこし協力隊で八女移住。夢を形にする助走期間として住まう山内淳平さん(28歳)は、福岡県小郡市出身。新卒で大手家電メーカーに就職後、2018年9月から八女の地域おこし協力隊に就任。地元企業のIT指導や広報支援を行う(写真撮影/加藤淳史)

山内淳平さん(28歳)は、福岡県小郡市出身。新卒で大手家電メーカーに就職後、2018年9月から八女の地域おこし協力隊に就任。地元企業のIT指導や広報支援を行う(写真撮影/加藤淳史)

まずお話をお聞きしたのは、会社員時代は営業職を担当していたという山内淳平さん。東京、大阪、福岡と転勤を繰り返すなかで、今はローカルが時代の最先端だと感じ、地域おこし協力隊の求人を一年かけて探したという。全国的にも珍しい、商工会に配属されるという募集要項を見て、八女への移住を決めた。「この建物はSNSで見て一目惚れ。地域資源を使って地元の若手大工がつくったというコンセプトもとても良くて、絶対ここに住もうと思っていました」と、協力隊就任とともに入居を開始した。大学時代を含めると、ひとり暮らしは4拠点目になるが、今が最も心にゆとりがあるという。

部屋はメゾネットタイプの2階建て。天井、柱、家具、格子などは全て八女杉を使用。1階は土間空間で、ひんやりと涼しい空気が流れる。写真はモデルルーム。どの部屋も同じ間取りとなる(写真撮影/加藤淳史)

部屋はメゾネットタイプの2階建て。天井、柱、家具、格子などは全て八女杉を使用。1階は土間空間で、ひんやりと涼しい空気が流れる。写真はモデルルーム。どの部屋も同じ間取りとなる(写真撮影/加藤淳史)

同じく八女杉を使ったキッチン。通常、八女杉を素材に使ったキッチンはほぼないそう。木の良い香りが漂う(写真撮影/加藤淳史)

同じく八女杉を使ったキッチン。通常、八女杉を素材に使ったキッチンはほぼないそう。木の良い香りが漂う(写真撮影/加藤淳史)

キッチン裏は浴室とトイレ、ランドリースペースと水まわりが1カ所にまとめられている。小屋の先には元ランチルームがあり、それが程よい目隠しに。日光が差し込んで開放感あふれる空間が広がる(写真撮影/加藤淳史)

キッチン裏は浴室とトイレ、ランドリースペースと水まわりが1カ所にまとめられている。小屋の先には元ランチルームがあり、それが程よい目隠しに。日光が差し込んで開放感あふれる空間が広がる(写真撮影/加藤淳史)

「室内は木材がいっぱいで、玄関をくぐるたびにふわっと森林の香りがします。朝には鳥のさえずりが聴こえます。星野川は星が綺麗な地域なので、空を見上げると満天の星空が望めますし、目の前にある清流の音も心地いい。空間や家具に木が使われていることでおだやかな気持ちになり、料理や入浴の時間とかも、ひとつひとつを丁寧に過ごせるようになりましたね」と話すように、飲み会の多かった会社員時代と比べて自宅でゆっくりと過ごす時間が増えたそうだ。

当初は、八女でなくてもどこでも構わないと思っていたが、至るところに野菜の直売所があり、どれを食しても美味しいことや、長屋暮らしを通じて隣人や地元の人たちとも程よい交流ができたおかげで、暮らしを通じて、この土地に住む人のあたたかさや生活環境の良さが分かってきた山内さん。特に八女の星空と山の景色に魅せられ、地域おこし協力隊の任期を終えたあとは、この地形を活かし体験型のアクティビティをメインにした事業を起こそうと計画中だ。

「地域を盛り上げることを目標とするより、八女にいる自分がどう幸せになれるかを考えた方が地域にとって良くなりそうな気がするんです」と語る。自分の生活像も将来のことも八女に来た当初はぼんやりとしか持っていなかったが、自分の環境を変えたことで少しずつ考えがクリアになってきたそうだ。

「自身のステップの場としてこの環境があることに満足しています」と最後、爽やかに答えていただいた。

「長屋暮らしだからか周囲に人がいなくて寂しいと感じたことはないです。地域の方とは年に数回、近くの公民館で親睦会を開いてお酒を飲みながら交流するのが楽しいです」(写真撮影/加藤淳史)

「長屋暮らしだからか周囲に人がいなくて寂しいと感じたことはないです。地域の方とは年に数回、近くの公民館で親睦会を開いてお酒を飲みながら交流するのが楽しいです」(写真撮影/加藤淳史)

夫婦生活のはじまりの場として。職場は変わらずとも気持ちに変化が桜木愼也・有希子さんご夫妻。お互い理学療法士で、同じ病院に就職したことがきっかけで知り合い、昨年結婚。初めての同居生活をこの里山賃貸でスタートさせた。仕事は結婚後も継続中(写真撮影/加藤淳史)

桜木愼也・有希子さんご夫妻。お互い理学療法士で、同じ病院に就職したことがきっかけで知り合い、昨年結婚。初めての同居生活をこの里山賃貸でスタートさせた。仕事は結婚後も継続中(写真撮影/加藤淳史)

次にお話を聞いたのは、里山賃貸住宅の利用者第一号となった桜木愼也・有希子さんご夫妻。「八女のロマン」という地元の移住ポータルサイトを見て竣工式から完成まで何度も足を運び、入居開始と同時に二人暮らしを始めた。
お互いアウトドア好き、また、夫が柳川、妻が筑後から職場のある八女の中心街まで通っていたということもあり、もともと3,40分の通勤時間が発生していたことから、星野川から勤務地まで車で20分という距離もさほど気にならず、それよりも自然に囲まれた環境が良いということで、長屋生活を選んだ。

「最初は、キャンプのコテージに泊まっているような気分でしたね。春は家の窓から桜並木を眺めたり、夏は目の前にある川に足を浸して涼んだり、冬はストーブで暖をとったりと、四季を生活のなかで楽しんでいます」

そう話す愼也さんは、この物件に移り住んでからドライフラワーの制作に目覚めて、趣味でつくった花々を壁に吊るして飾っている。

ドライフラワーは愼也さんの趣味。「いつの間にか始めてましたね」とコメント。中には結婚式のブーケで使った花もあるそう(写真撮影/加藤淳史)

ドライフラワーは愼也さんの趣味。「いつの間にか始めてましたね」とコメント。中には結婚式のブーケで使った花もあるそう(写真撮影/加藤淳史)

日用品などの買い物については市街地の病院で働いていることもあり、仕事帰りに済ませているので田舎暮らしに不便は感じていない。むしろ、周囲に店が少ないことで、なるべく自宅にあるもので済ませるうちに、物を買うことへの意識が変わってきたとのこと。ひとつひとつを吟味して買うようになったので、無駄遣いがなくなり貯金ができるようになったそうだ。また、家庭菜園を始めたことで、病院に来るおじいちゃん、おばあちゃんと肥料の種類など、野菜の栽培についての話が盛り上がるようにったという。

「接客業という仕事柄、ストレスを溜めることもあります。しかし、夫への悩み相談は通勤中にするようになったので、家に帰ると自然とスイッチが切り替わって、全く仕事のことは考えなくなりますね」とにこやかに話す有希子さん。外出してもすぐに家に帰りたくなるくらい、自分の住まいが好きなんだそう。

(写真撮影/加藤淳史)

(写真撮影/加藤淳史)

(写真撮影/加藤淳史)

(写真撮影/加藤淳史)

「以前は、せかせかして時間にゆとりが持てていなかったんだろうな、と思うときがあります。自分たちは、職場は変わらず、ただ住環境を変えただけなのですが、木のお風呂に浸かったり、2階のスペースで横になって休んだり、そういう暮らしが手に入ったことで変わってきたような気がしますね」と有希子さん。場所の力をひしひしと感じているようだ。

長屋の住人たちとの軽い挨拶や日常会話は毎日。「さっきイタチを見たよ」など気軽に話せる相手が近くにいることが生活の安心・安定感にもつながっている(写真撮影/加藤淳史)

長屋の住人たちとの軽い挨拶や日常会話は毎日。「さっきイタチを見たよ」など気軽に話せる相手が近くにいることが生活の安心・安定感にもつながっている(写真撮影/加藤淳史)

愼也さんも「もともと意識下にあった自分の好きなことや物が引き出された感じがありますね」というように、住まいによってご夫婦それぞれの行動や心境にポジティブな変化が生まれたようだ。

「子どもが生まれても生活的に問題なければずっとここにいたいですね。それ位この自然環境と木の生活は気に入ってます」と話す桜木さんご夫婦は最後、顔を見合わせて穏やかに微笑みあっていた。

シンプルに心地よい暮らしを求めたら、たまたま移住につながった(写真撮影/加藤淳史)

(写真撮影/加藤淳史)

今回取材した山内さん、桜木さんはともに都市部からの移住。一般的にはそのように環境の大きく異なる地域への移住は、うまく生活していけるかなどの不安で、ハードルが高く感じるものだ。しかしこの2組の場合は、いきなり完成形を求めるのではなく、まずは里山賃貸住宅の暮らしに惹かれてコンパクトな長屋暮らしを始め、そこから少しずつ自分たちの好きなことや、やってみたいことに出会え、将来的にもここに住み続けるという「移住」という思いに至った。

全く違う環境に飛び込んでいく「移住」を大げさにとらえずに、こんな暮らしをしてみたいな、とか、単に住まい環境を変えたい、他者のコンセプトや物に惹かれた、という心のままにローカルでの暮らしを始めるのもいいのかもしれない。特にこの八女里山賃貸住宅では、同じ感覚で集まった人同士がつながることによって、それぞれが良い方向へと進んでいるようだった。

継続的な生産性は、無意識レベルでの「好き」から始まるのかもしれない。

取材当日に地域住民の有志で植えた芝生。今後はここでBBQや星空観察などを計画中だ(写真撮影/加藤淳史)

取材当日に地域住民の有志で植えた芝生。今後はここでBBQや星空観察などを計画中だ(写真撮影/加藤淳史)

●取材協力
>八女里山賃貸住宅ホームページ

博多駅から15分圏内! 家賃相場が安い駅ランキング

新幹線をはじめとしたJR線に加え、福岡市地下鉄空港線が乗り入れる一大ターミナル・博多駅。九州各地や本州へ向かう拠点として活躍し、九州のJR駅では最大の乗車人員を誇っている。そんな人気エリア・博多駅まですぐ行けて、家賃相場も安いところに住めたら申し分ないだろう。そこで博多駅の15分圏内にあるワンルーム・1K・1DKの家賃相場が安い駅を調べてみた。●博多駅まで15分以内にある家賃相場が安い駅TOP13駅
順位/駅名/家賃相場(主な路線/所在地/博多駅までの所要時間)
1位 九産大前 3.4万円(JR鹿児島本線/福岡県福岡市/約14分)
1位 二日市 3.4万円(JR鹿児島本線/福岡県筑紫野市/約15分)
3位 香椎 3.5万円(JR鹿児島本線・香椎線/福岡県福岡市/約10分)
3位 福工大前 3.5万円(JR鹿児島本線/福岡県福岡市/約14分)
5位 千早 3.7万円(JR鹿児島本線/福岡県福岡市/約7分)
5位 西鉄千早 3.7万円(西鉄貝塚線/福岡県福岡市/約11分)
7位 南福岡 3.8万円(JR鹿児島本線/福岡県福岡市/約6分)
8位 笹原 4.0万円(JR鹿児島本線/福岡県福岡市/約6分)
8位 大野城 4.0万円(JR鹿児島本線/福岡県大野城市/約10分)
8位 博多南 4.0万円(JR博多南線/福岡県春日市/約10分)
8位 西新 4.0万円(福岡市地下鉄空港線/福岡県福岡市/約13分)
8位 名島 4.0万円(西鉄貝塚線/福岡県福岡市/約15分)
13位 福岡空港 4.1万円(福岡市地下鉄空港線/福岡県福岡市/約5分)

トップ3には学生でにぎわう街2駅がランクイン

今回の基準駅にした博多駅は、調査時点の家賃相場が5万2000円。ランクインした駅との家賃の差も見比べながら、さっそく結果を見ていこう。

1位は家賃相場3万4000円のJR鹿児島本線・九産大前駅。名前どおり駅の南東部に九州産業大学のキャンパスが広がり、さらに駅南西部には福岡女子大学がある。学生ご用達の駅らしく、駅周辺には一人暮らし向きの賃貸物件や飲食店が点在。スーパー、コンビニなど、日々の暮らしに役立つ商店も駅のほぼ15分圏内にある。

JR鹿児島本線・二日市駅も家賃相場3万4000円という結果。博多駅からは各駅停車で約15分、特急なら約10分で到着する。駅前から観光名所の「太宰府天満宮」や「九州国立博物館」まではバスで約30分だ。また、二日市駅から徒歩約5分の位置に西鉄天神大牟田線・紫駅があり、周辺住民は2路線を使い分けることができる。

九産大前駅の両隣り、JR鹿児島本線の福工大前(ふっこうだいまえ)駅と香椎(かしい)駅はともに家賃相場3万5000円で3位にランクインした。福工大前駅は駅前に福岡工業大学の大学・短大・付属高校がある。駅ビルには飲食店やドラッグストア、各種クリニックに地域交流センターや図書館までそろっており、駅から徒歩約5分で大型スーパーもある便利な街並みだ。

香椎駅には駅ビル「えきマチ1丁目香椎」があり、4フロアにわたってフードやファッション、医療までさまざまな施設が入っている。駅周辺は福岡市東区の中心街で商店が多く、車で約10分も走るとイオンモールやエディオンアウトレットといった大型商業施設も。休日のショッピングも楽しめそうだ。

香椎駅周辺(写真/PIXTA)

香椎駅周辺(写真/PIXTA)

「東の副都心」エリアや、今後の発展が楽しみな街も

ランキング13駅のなかには、JR以外の路線も。その一つが家賃相場3万7000円で5位になった西鉄貝塚線・西鉄千早(ちはや)駅。駅舎はJR鹿児島本線・千早駅と一体化しており乗り換えも便利。また、この駅周辺から3位・香椎駅一帯にかけては「福岡の東の副都心」と位置付けられ、再開発により多くの大型マンションや住居が誕生。公園や道路も整備され、暮らしやすい街並みが広がっている。

家賃相場4万円の駅が5駅並んだ8位には、福岡空港と市内を結ぶ福岡市地下鉄空港線の西新(にしじん)駅がランクイン。駅前は商店街でにぎわっており、ドン・キホーテやスーパーもあるため日常の買い物は駅周辺で済ませられる。駅から車で約10分走れば、福岡タワーや、砂浜が広がる「シーサイドももち海浜公園」に着くのも魅力。また、地下鉄駅の直上にあった商業施設の再開発が進められ、商業棟と住宅棟からなる複合施設が建築中。2019年度中には商業棟が一部開業予定になっている。

福岡タワー(写真/PIXTA)

福岡タワー(写真/PIXTA)

さて、今回上位にランクインした顔ぶれを改めてみると、博多駅から乗り換えせずに行ける駅がほとんどだった。電車1本、数駅離れるだけで家賃が1万円以上も節約できるなら、ランクインした駅を住まい探しの選択肢に入れる価値はありそうだ。学生の街や再開発エリアなど街の雰囲気はさまざまなので、自分好みの街を探しにまずは訪ねてみてはいかがだろう。

●調査概要
【調査対象駅】博多駅から乗車15分圏内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10m2以上、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2017年9⽉1⽇~2017年11⽉30⽇
【家賃の算出⽅法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む⽉額賃料から中央値を算出
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、平日の日中時間帯の検索結果から算出(乗換回数は問わない。乗換有の場合は、乗換時間を含む)