高齢者も障がい者も“ごちゃまぜ”に暮らす。空き家を活用した街「輪島KABULET」

社会福祉法人「佛子園(ぶっしえん)」が手掛けるまちづくりの特徴は、温泉やカフェ、レストラン、農園など、地域住民が集える場所をつくり、高齢者、障がい者が地域と自然に交われるよう、多様性に富んでいること。なかでも、既存の空き家や空き地を再利用した「輪島KABULET(わじまかぶーれ)」は、全国どの地方でも直面する人口減に対する解決策のひとつとして注目されている。
今回は、「佛子園」理事長の雄谷良成さんに、その経緯や開発の裏側、今後の展開についてお話を伺った。

「生涯活躍のまち」モデルで福祉の街×空き家対策を目指す

「輪島KABULET」が展開するエリアは、室町時代からの歴史がある石川県輪島市の中心部。かつてから漆器の輪島塗を生業としていた家も多い街だ。輪島塗の小売店や漆ギャラリー、輪島朝市など観光名所も多い。しかし郊外の大型ショッピンモールに車で出掛ける生活スタイルの増加から、最盛期に比べると人口は2万人弱が減少。かつてはにぎわいのあった街の中心部でも増加する空き家が課題となっていた。 

伝統的な街並みが美しい輪島市街。朝の連続ドラマ小説『まれ』の舞台にも(写真撮影/イマデラガク)

伝統的な街並みが美しい輪島市街。朝の連続ドラマ小説『まれ』の舞台にも(写真撮影/イマデラガク)

そこで、雄谷さんがアプローチしたのは、ハブとして新たに大型の施設をつくるのではなく、既存の建物を活かして福祉施設+地域住民が集う場を街なかにいくつもつくりだす手法。具体的には、大正から昭和にかけてつくられた既存の木造住宅を改修し、高齢者ケアハウス、障がい者グループホーム、ママカフェ、温泉、蕎麦屋さん、ゲストハウスへと次々と生まれ変わらせた。
費用は復興庁の交付金、国土交通省の空き家対策の交付金などを活用。「高齢者、障がい者、子育て世代、若者、観光客、誰もが行き交う、ごちゃまぜの街にする」という社会福祉法人「佛子園」のコンセプトはそのままに、既存の街を生まれ変わらせるプロジェクトに。2018年には、内閣府による「生涯活躍のまち」モデルの先駆けとして全国に紹介され注目を浴びている。

温泉、食事処、住民自治室、生活介護、放課後等デイサービスが入っている拠点施設「B’s WAJIMA」。中庭を挟んだ向かい側には高齢者デイサービスと訪問介護ステーションもあり、街の中心になっている(写真撮影/イマデラガク)

温泉、食事処、住民自治室、生活介護、放課後等デイサービスが入っている拠点施設「B’s WAJIMA」。中庭を挟んだ向かい側には高齢者デイサービスと訪問介護ステーションもあり、街の中心になっている(写真撮影/イマデラガク)

「GUEST HOUSEうめのや」は、築70年余りの町家をリノベーションしたもの。漆や白漆喰などを活かしたノスタルジックな空間に(写真撮影/イマデラガク)

「GUEST HOUSEうめのや」は、築70年余りの町家をリノベーションしたもの。漆や白漆喰などを活かしたノスタルジックな空間に(写真撮影/イマデラガク)

(写真撮影/イマデラガク)

(写真撮影/イマデラガク)

空き地だった場所に、温泉・レストランを開設。写真は近隣住民が自由に使える住民自治室での「肌に優しい洗い方」教室の一コマ(写真撮影/イマデラガク)

空き地だった場所に、温泉・レストランを開設。写真は近隣住民が自由に使える住民自治室での「肌に優しい洗い方」教室の一コマ(写真撮影/イマデラガク)

既存の街だからこそ、「街の記憶」を尊重したまちづくりに

ちなみに社会福祉法人「佛子園」といえば、この「輪島KABULET」以前から、「生涯活躍のまち」政府認定モデルとして、1万坪超の敷地にイチからダイナミックな街づくりをした金沢市の「シェア金沢」が有名だ。では「輪島KABULET」のような既存の街の枠組みを活かしたまちづくりとの違いは何だろうか?

「シェア金沢のような大掛かりなものをつくるのは、土地の確保や資金面などクリアする課題は多く、どこでもできるわけではありません。一方、すでに街にあるものを再利用し、福祉の施設だけでなく地域の人に求められる場所を点在させる手法なら、少しずつ手掛けることができ、その取り組みを街全体に拡大させられます」(雄谷さん)

社会福祉法人「佛子園」理事長の雄谷良成(おおや・りょうせい)さん。住職という一面も持つ(写真提供/佛子園)

社会福祉法人「佛子園」理事長の雄谷良成(おおや・りょうせい)さん。住職という一面も持つ(写真提供/佛子園)

ただし、金銭面でのメリットがある一方、すでに地域住民がいて「街が変わること」に誰もが賛成ではない難しさもある。街の開発には賛成でも、自分の家を貸す、改修することには抵抗感のある人も少なくない。
そんな時、雄谷さんが実践しているのは、一軒一軒、1人1人の話に耳を傾けること。
「例えば、空き家でも事情はそれぞれ。息子さん夫婦が年に数回帰省するための家だったり、今は使っていないけれど思い入れがあったり。この路地、あの家で昔はよく遊んだもんだと話してくれる住民の方がいたり……。既存の街の再開発は、街の在りようがすでに自分事で、当事者意識がある。実は、それは強みでもあるんです。だから、当初は一番反対していた住民の方が、のちに一番の応援団になってくださることも多いですよ。反対しているということは、自分に暮らす街に思い入れがあるということですから。当初は空き家を貸すことを断られた方も、時とともに承諾してくださることもあります」

既存の街だからこその苦労もある一方、うれしさもある。
例えば、現在はカフェとなった建物は、元は診療所。「ここを訪れた若いママさんが“私が子どものころ熱を出して夜遅くに駆け込んだんです”という思い出を話してくれました。ひと言で“空き家”といっても、その土地、家には歴史があり、街の人の想いがあるということ。そのひとつひとつが宝物。その街の記憶を継承していく大切さを実感しました」

ママカフェ『カフェ・カブーレ』。「“生涯活躍のまち”というと、どうしても高齢者向けの施設と思いがちですが、意外と子育て世代も多く、こうした施設が必要と考えました」(写真撮影/イマデラガク)

ママカフェ『カフェ・カブーレ』。「“生涯活躍のまち”というと、どうしても高齢者向けの施設と思いがちですが、意外と子育て世代も多く、こうした施設が必要と考えました」(写真撮影/イマデラガク)

親子で楽しめるクッキング教室やパパ・ママ同士が集まるイベントも実施している(画像提供/佛子園)

親子で楽しめるクッキング教室やパパ・ママ同士が集まるイベントも実施している(画像提供/佛子園)

子どもからお年寄り、障がいの有無に関わらず利用できる「ゴッチャ!ウェルネス輪島」。地域に密着し、誰もが顔見知りだからこそ、一般的なジムに比べて退会する人が少ない、地域のたまり場のひとつに(写真撮影/イマデラガク)

子どもからお年寄り、障がいの有無に関わらず利用できる「ゴッチャ!ウェルネス輪島」。地域に密着し、誰もが顔見知りだからこそ、一般的なジムに比べて退会する人が少ない、地域のたまり場のひとつに(写真撮影/イマデラガク)

街は現在進行形。ガレージの改修が“気軽なリノベ”のモデルケースに

事業がスタートして2年。蔵を改造したコワーキングスペースや、軒先で無添加の中華そばを食せるお店も開業。さらに、佛子園が手掛ける施設以外にも、体験や見学のできる輪島塗の工房ができるなど、相乗効果が生まれている。「輪島周辺は小さなゲストハウスが増えたので、シーツの洗濯を一気に引き受けるクリーニング店があってもいいねという話から事業化につながったり、拠点の近所の割烹のご主人が食事を終わった後、お客さんをまとめてうちの温泉に連れてきてくださったり、街全体でいい影響をもらいあっています」

ゲストハウス「umenoya」内にあるコワーキングスペース。ワーケーションに利用する人も多いそう(写真撮影/イマデラガク)

ゲストハウス「umenoya」内にあるコワーキングスペース。ワーケーションに利用する人も多いそう(写真撮影/イマデラガク)

空き家になっていた民家を活かした「蕎麦やぶかぶれ」。みんなが気軽に集える場所で、蕎麦はフェアトレードによってブータン蕎麦を輸入したもの(写真撮影/イマデラガク)

空き家になっていた民家を活かした「蕎麦やぶかぶれ」。みんなが気軽に集える場所で、蕎麦はフェアトレードによってブータン蕎麦を輸入したもの(写真撮影/イマデラガク)

そして、最近新しく加わったのが、空き店舗を改修したオートバイや自転車専用のガレージだ。「このあたりはツーリングをする人が多いので、自分の愛車をとことんメンテナンスできる場所があってもいいのでは、というアイデアから生まれました。工事期間は2週間ほど。無理のない範囲で新しいことができるという、モデルケースになったと思います。基本は無人で、鍵は隣のゲストハウスが管理しているので、ランニングコストもさほどかからない。今後は、せっかくなら、愛車を眺めながらお酒でも飲みたいねって、お洒落な冷蔵庫を置く計画も話しています。お金をかけてカフェバーをつくらなくても、これなら気軽にできるでしょう」

輪島市は、2019年「ライダーを笑顔で歓迎する都市」を宣言。この「うめのやガレージハウス」は能登へのツーリング客の拠点のひとつに(写真撮影/イマデラガク)

輪島市は、2019年「ライダーを笑顔で歓迎する都市」を宣言。この「うめのやガレージハウス」は能登へのツーリング客の拠点のひとつに(写真撮影/イマデラガク)

(写真撮影/イマデラガク)

(写真撮影/イマデラガク)

働く場としての多様性も。そこにあるのは原始的な幸せ

もちろん、福祉の街としての役割もある。「障がい者のなかには突発的に声を上げたりする人もいます。それにはひとつひとつ理由があるわけなのですが、街の人は慣れていて、振り返りもしないくらいです。認知症、障がい者が身近に自然にすごしていることで、懐の広い街になっていると思います。毎日のやり取りの中で化学反応が起こり始めています」

障がい者も、ウェルネスの受付、インストラクター、機器の清掃、点検など多岐にわたって活躍している(写真撮影/イマデラガク)

障がい者も、ウェルネスの受付、インストラクター、機器の清掃、点検など多岐にわたって活躍している(写真撮影/イマデラガク)

頼りになるのは、“かぶれ人”という何でも屋のスタッフ。福祉事業に携わりながら、それぞれの得意分野を活かして、まちづくりをサポート。雄谷さんが会長を勤める青年海外協力協会のOB・OGたち「JOCA」のメンバーも多い。「まちづくりは想定外、問題発生の連続。常に手探り状態。そんなとき、JOCAの面々は、発展途上国に赴き、それこそ”なんでも屋”であったわけで、なんでもやるマルチタスクに慣れています。そのうち、地域の人たちに頼りにされたり、彼らが頼りにしたり、つながりが生まれ、街を盛り上げてくれています」

“かぶれ人”と呼ばれるスタッフたち。青年海外協力隊を経験したメンバーや輪島出身メンバーなどさまざま。それぞれ専門分野もありつつ、フレキシブルに働いている(写真撮影/イマデラガク)

“かぶれ人”と呼ばれるスタッフたち。青年海外協力隊を経験したメンバーや輪島出身メンバーなどさまざま。それぞれ専門分野もありつつ、フレキシブルに働いている(写真撮影/イマデラガク)

「多様性に満ちた自主的なまちづくり。理想的ですね」という筆者の感想に、「いえいえ理想じゃないですよ。喧嘩もするし、大変なことも多いですから」と雄谷さん。「まちづくりには、そもそもゴールも100点満点も完成品もないんです。それでも、誰かに相談事をしていると、人が人をつなげれてくれたりするし、こんな角度の考えがあるんだと気づくことも多いです。最初から完成品を目指すわけじゃなくて、想定外の出会いが想定外のものをつくり出していくための“場”を提供するのが我々の役目です」

いろんな人を巻き込みながら、変化し続ける「輪島KABULET」。「蔵に眠ったままの輪島塗を使ってみようとか、輪島移住を考えている女優の中尾ミエさんとなにかできないだろうかとか、実はたくらみもまだまだあるんです」と雄谷さんは楽しそう。既存の空き家などを利用しながら取り組みを拡大していくというスタイルは、同様の状況にある自治体は多く、横展開もしやすい。今後の展開が楽しみだ。

●取材協力
雄谷良成(おおや りょうせい)さん
社会福祉法人佛子園理事長。幼少のころから、家業のひとつとして運営されていた障がい者施設で、障がい者とともに暮らし、大学では障がい者心理を研究。青年海外協力隊員としてドミニカ共和国にも赴き、現在は公益社団法人 青年海外協力協会 会長、日蓮宗 普香山 蓮昌寺住職も務める。
佛子園
輪島カブーレ

コロナ禍で失われた高齢者の居場所。豊島区で「空き家を福祉に活かす」取り組み始まる

空き家増加が日本の社会問題として取り上げられる一方、高齢者、障がい者、低額所得者など、住宅の確保が困難な人たちが増加しています。これら2つの問題を一緒に解決する方策として豊島区で市民有志が立ち上げたのが「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」です。

一体どんなプロジェクトなのか、企画・運営する一般社団法人コミュニティネットワーク協会の理事長、渥美京子さんにお話を聞きました。

コロナで高齢者の居場所がなくなった!

2020年4月の緊急事態宣言以降、休校・休園、自宅待機、店舗の営業自粛など、多くの人が行動制限されました。それは若い世代、子育て世代のみならず、高齢者や障がいをもつ人も一緒です。渥美さんによると「それまで高齢者のお出かけ先となっていた百貨店や大型電機店などの商業施設、地域センターなどの公共施設に行きづらくなり、自宅に引きこもる高齢者が増えた」と言います。

池袋駅前の大型電器店などは、豊島区の高齢者にとって憩いの場でもあった(画像/PIXTA)

池袋駅前の大型電器店などは、豊島区の高齢者にとって憩いの場でもあった(画像/PIXTA)

「特に定年退社まで仕事一筋で頑張ってきた男性は、仕事以外に趣味がない、会社関係以外の人づき合いが少なく、歳をとると同時に引きこもりがちになる傾向があります。

そうでなくても高齢者の多くの人、特に一人暮らしをしている人は『将来介護が必要になったらどうしよう』『孤独死したらどうしよう』という不安を抱えています。それでも『住み慣れた街を離れたくない』『都心は家賃が高いが住み続けたい』という人が多いのです」(渥美さん、以下同)

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の渥美京子さん(撮影/片山貴博)

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の渥美京子さん(撮影/片山貴博)

空き家を福祉に活用「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」

そのような高齢者や障がいをもつ人、生活困窮者に住まいと居場所、就労できる場所を提供する目的で始められたのが「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」です。

「豊島区の空き家率は2018年で13.3%と23区内で最も高い数字です。一方で高齢者等への大家さんの入居拒否感は根強く、日本賃貸住宅管理協会の調査では、高齢者世帯の入居に拒否感がある大家さんが70.2%、障がい者がいる世帯の入居に対しては74.2%にものぼります。空き家と住宅確保が困難な人びとをマッチングすることで、双方が抱える問題を一緒に解決できないかと考えたのです」

豊島区の空き家率は2018年で13.3%と23区内で最も高く、約9割が賃貸用(画像提供/豊島区住宅課)

豊島区の空き家率は2018年で13.3%と23区内で最も高く、約9割が賃貸用(画像提供/豊島区住宅課)

「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」は空き家を活用したセーフティーネット住宅を中心に、見守り拠点・交流拠点を通じて地域住民と福祉支援を行う(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」は空き家を活用したセーフティーネット住宅を中心に、見守り拠点・交流拠点を通じて地域住民と福祉支援を行う(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

プロジェクトのポイントの1つ、空き家を活用した共生ハウス西池袋では、2017年にできた住宅セーフティーネット制度をもとにした豊島区の家賃補助制度が利用できます。家賃補助を受けることで家賃月額4万9000円で住むことも可能です(水道・光熱費等を含む共益費は別途1万円)。

「加えて共生ハウスから徒歩圏内に『共生サロン南池袋』という地域交流・見守り拠点を設けています。新型コロナウイルスの感染防止対策をしながら、日がわりで健康講座やスマホ・パソコン講座、卓球、麻雀カフェなどを企画運営することで、入居者や地域の人々が交流・相談・学習できる居場所づくりを目指しています。お酒がないとなかなか外に出ない男性たちが交流できるようにお酒や料理を持ち寄って『おたがいさま酒場』なども開催しているんですよ」

「共生サロン南池袋」で行われるスマホ・パソコン講座の様子(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生サロン南池袋」で行われるスマホ・パソコン講座の様子(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

夜には地域の人びとが日がわり店長として「おたがいさまサロン」や「おたがいさま酒場」を開催(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

夜には地域の人びとが日がわり店長として「おたがいさまサロン」や「おたがいさま酒場」を開催(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生ハウス西池袋」から徒歩圏内に、「共生サロン南池袋」がある(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生ハウス西池袋」から徒歩圏内に、「共生サロン南池袋」がある(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

人と人とのつながりが、不可能を可能に

空き家の福祉への活用は、全国のさまざまな自治体で試みられていますが、まだまだ本当に成功事例といえるものが少なく、採算性をはじめとして多くの問題を抱えているようです。共生ハウス西池袋ができるまでにも、いろいろな困難があったのではないでしょうか。

「最も難関だったのが、空き家を貸してくださる方と出会えるかということでした。実は今回のプロジェクトは物件が決まるより前に国土交通省の令和元年度・住まい環境整備モデル事業に認定されたのですが、事業モデルをつくったものの、実際に活用できる空き家がなかなか見つからずに困っていたとき、力を貸してくださったのが民間の不動産会社の人たちでした」

空き家を見つけるのに苦労していたとき、協力して物件を探してくれたのが地域の不動産業界の人々だった(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

空き家を見つけるのに苦労していたとき、協力して物件を探してくれたのが地域の不動産業界の人々だった(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

協会の主催するセミナーに講師として登壇した不動産会社の人が、地元の不動産会社に声をかけて見つかった空き家が今回の物件でした。

「もともとは夫をなくされてお一人になった高齢者女性のご自宅でした。ご本人が介護施設に入居されてからは甥御さんが管理をされ、ファミリー向けに賃貸に出す方向で検討されていたそうです。その矢先に今回の『高齢になっても住み慣れた池袋で安心して暮らし続けられるようにする』というプロジェクトの趣旨に共感し、ぜひ協力したいと言ってくださったのです」

築35年の空き家が『共生ハウス西池袋』としてシェアハウスに生まれ変わった(撮影/片山貴博)

築35年の空き家が『共生ハウス西池袋』としてシェアハウスに生まれ変わった(撮影/片山貴博)

高齢者や障がいをもつ人にも配慮してリフォーム

7年間、住む人がいなかった空き家がリフォームを経て、シェアハウス型のセーフティネット専用住宅(高齢者、障がい者、低額所得者など、住宅確保が困難な人の入居を拒まない賃貸住宅)に生まれ変わりました。高齢者や障がいをもつ人が住むことを想定しているので、リフォームをするときも細やかに配慮されたそうです。

「前回の介護保険の改正で、要支援1、2は介護給付から予防給付に代わり、住民による自助努力が強化されました。また、介護認定は厳しくなる方向にあり、今後も介護予防に比重がおかれていくといわれています。『共生ハウス西池袋』では、そのような人が入居できるように配慮してリフォームを行いました。例えば、居室の入口は開け閉めがしやすいようにすべて引き戸に。1階と2階を行き来する階段やお風呂、トイレには手すりを取り付けています」

「共生ハウス西池袋」はシェアハウス型で居室は4つ。豊島区の家賃低廉化補助制度の対象者は、家賃4万8000円~4万9000円で入居できる(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

「共生ハウス西池袋」はシェアハウス型で居室は4つ。豊島区の家賃低廉化補助制度の対象者は、家賃4万8000円~4万9000円で入居できる(画像提供/一般社団法人コミュニティネットワーク協会)

4つある居室の入口はすべて、出入りがしやすくプライバシーを守る鍵付きの引き戸になっている(撮影/片山貴博)

4つある居室の入口はすべて、出入りがしやすくプライバシーを守る鍵付きの引き戸になっている(撮影/片山貴博)

階段やお風呂、トイレには入居者の安全を守る手すりが取り付けられている(撮影/片山貴博)

階段やお風呂、トイレには入居者の安全を守る手すりが取り付けられている(撮影/片山貴博)

実際に筆者も「共生ハウス西池袋」の中を見学させてもらいました! 新築同様にリフォームされた各居室はすべて二面採光でとても明るい雰囲気、クローゼットやベッドの下などに収納もしっかり確保されています。高齢者や障がいのある人だけではなく、若い単身世帯にもこの家賃は十分に魅力的です。

「家賃低廉化補助制度は、豊島区に引き続き1年以上居住、月額所得15万8000円以下などの条件を満たせば、若い単身世帯の人も活用できます。特定の人たちだけではなく、健康な若い世代も共生ハウスに入居することで、多世代交流など多くの区民に開かれた場所になれば、と考えています」

各居室はすべて二面採光で明るく清潔な印象。収納付きのベッドが既に備え付けられている(撮影/片山貴博)

各居室はすべて二面採光で明るく清潔な印象。収納付きのベッドが既に備え付けられている(撮影/片山貴博)

住民の交流の場にもなる共用部、キッチン・ダイニング(撮影/片山貴博)

住民の交流の場にもなる共用部、キッチン・ダイニング(撮影/片山貴博)

地域包括ケアと「福祉×福祉」の取り組みへ

住まい(セーフティネット住宅)と地域交流拠点(共生サロン)の整備がセットになったこのプロジェクト。ところが、渥美さんたちの構想はそれだけにとどまりません。

「これから先、少子高齢化が“待ったなし”で進み、介護保険財政は厳しくなると言われています。障がい者事業には民間の株式会社などの参入が相次いでおり、補助金頼みの展開は厳しくなることが予想されます。
こうしたなかで、持続可能な仕組みをつくるために考えているのが、『福×福』連携です。具体的には、介護事業と障がい者の就労支援事業を組み合わせます。例えば『農福連携』は『農産物の加工を施設を利用する障がい者が担う』ことですが、『介護保険事業(福祉)』と『障がい者の就労支援事業(福祉)』を掛け合わせたのが『福福連携』です。例えば、デイサービスの利用者が共生サロンのプログラムを楽しむときに、就労支援B型の利用者が準備や掃除、ときには卓球コーチなどをする。これによって、賃金を得るシステムを新たに取り入れたいと考えています。福祉の問題を本質的に解決していくためには、このようないくつもの横の連携が必須なはずです」

高齢者や障がいをもつ人が安心・安全に住み続けるためには、住まいそのものだけではなく、医療・介護などの付帯サービスが欠かせない(写真/PIXTA)

高齢者や障がいをもつ人が安心・安全に住み続けるためには、住まいそのものだけではなく、医療・介護などの付帯サービスが欠かせない(写真/PIXTA)

これまでサービス付き高齢者向け住宅である「ゆいま~る」シリーズの展開をはじめ、全国で高齢者や障がい者の支援を行ってきた協会だからこそできたこともあるのでしょう。渥美さんたちは現在、栃木県那須町でも廃校を活用し、高齢者の居住・介護・交流を目的とした複数の施設を有するまちづくりを行っているそうです。

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の那須支所が取り組む「小学校校舎を活用した、那須まちづくり広場プロジェクト」(画像提供/那須まちづくり株式会社)

一般社団法人コミュニティネットワーク協会の那須支所が取り組む「小学校校舎を活用した、那須まちづくり広場プロジェクト」(画像提供/那須まちづくり株式会社)

自身の親のことや、また自分が歳をとって1人になったり、障がいをもったりする可能性を考えたときに、住み慣れた地域で、地域の人とともに住み続けられる支援策があればとても心強く感じることでしょう。

このプロジェクトでは、資金調達においても多くの市民の力を借りようと11月27日までクラウドファンディングを行っているそうです(「共生サロン南池袋」のキッチン設置が資金の用途)。サロンや酒場の名前の通り「おたがいさま」の気持ちで地域の人びとが支え合い、つながり続ける社会のモデルとして、このプロジェクトの成功を願わずにいられません。

●取材協力
・としま・まちごと福祉支援プロジェクト
・一般社団法人コミュニティネットワーク協会
・共生サロン南池袋クラウドファンディング (Readyfor)

“知的障害”への先入観を福祉×アートで超えていく。「ヘラルボニー」の挑戦

「異彩を、放て。」をミッションに、知的障害のある方のアート作品を、さまざまなアプローチでモノ・コト・バショに展開する福祉実験ユニット「ヘラルボニー」。出発点は自閉症の兄だったという、双子の松田文登さん・崇弥さんに、会社を立ち上げた経緯や、現在の事業展開、今後挑戦してみたいこと、そして「”障害”という言葉のイメージを取り払いたい」という想いについて、お話を伺いました。
障害のあるアーティストの作品を身近なプロダクトに

「ヘラルボニー」では、全国の福祉施設とマネジメント契約を結び、知的障害のある方々が手掛けたアートを使ったプロダクト、プロジェクトを手掛けている。それらは、職人技を駆使したアパレル、工事現場の仮囲いや駅舎を使ったソーシャル美術館、アートと福祉をつなげるワークショップなど多岐にわたる。

最初に手掛けた「ART NECKTIE」。すべてアーティストの名前を冠し、創業明治の紳士洋品の老舗「銀座田屋」の自社工房で織られたもの(写真提供/ヘラルボニー)

最初に手掛けた「ART NECKTIE」。すべてアーティストの名前を冠し、創業明治の紳士洋品の老舗「銀座田屋」の自社工房で織られたもの(写真提供/ヘラルボニー)

普段、なにげなく目にすることが多い建設現場の仮囲いを、期間限定の「ミュージアム」として捉え直す試み「全日本仮囲いアートミュージアム」(写真提供/ヘラルボニー)

普段、なにげなく目にすることが多い建設現場の仮囲いを、期間限定の「ミュージアム」として捉え直す試み「全日本仮囲いアートミュージアム」(写真提供/ヘラルボニー)

茨城県つくば市の福祉施設「自然生クラブ」とコラボし、南青山の「NORA HAIR SALON」を丸ごとギャラリーにしてしまうプロジェクト(写真提供/ヘラルボニー)

茨城県つくば市の福祉施設「自然生クラブ」とコラボし、南青山の「NORA HAIR SALON」を丸ごとギャラリーにしてしまうプロジェクト(写真提供/ヘラルボニー)

知的障害がアートの絵筆になる。そこに弱者のイメージはない

活動内容のすべてに共通するのは、福祉×クリエイティブ。「アート」を入り口に、知的障害のある人のイメージを変えたい想いだ。
「どうしても知的障害の話って重くなるでしょう。講演会なんかでも、”これから重い話が始まるぞ~”と身構えられてしまう。僕たちには、先天性の自閉症の兄がいて、こうした障害に対する可哀想とか大変といったネガタィブな世間のイメージにずっと違和感があるんですよね。彼らが描いた作品には、突き抜けたパワーがある。そこからリスペクトが生まれる。彼らのアートを身近なものに落とし込むことで、世間のネガティブな目線を少しずつ変容させていきたいんです」(文登さん)

実際、知的障害のある方たちの作品は特長的だ。何度も現れるモチーフ、驚くほどの集中力で描いたと思われる緻密さ、自由な発想、独特な世界観。絵のモチーフやタッチを見れば、〇〇さんの作品と分かる。そこにあるのは、“障がい者”とひと括りされがちな人たちの、1人1人の強烈な個性だ。

「多くの自閉症やダウン症の方々に見られる共通項として挙げられる、強いこだわりは、日々のルーティンとなり、それがアートになると、ずっと丸や四角を描くなど、繰り返しの表現に。それは唯一無二の個性になるんです。つまり、”障害”があるからこそ描ける世界があると思います」(崇弥さん)

もちろん創作活動をするのは知的障害のある一部の人たち。急に描くのを辞める人もいれば、突然描き始める人もいる。描く世界が突然変わってしまうこともあるそうだ (写真提供/ヘラルボニー)

もちろん創作活動をするのは知的障害のある一部の人たち。急に描くのを辞める人もいれば、突然描き始める人もいる。描く世界が突然変わってしまうこともあるそうだ (写真提供/ヘラルボニー)

(写真提供/ヘラルボニー)

(写真提供/ヘラルボニー)

(写真提供/ヘラルボニー)

(写真提供/ヘラルボニー)

最初は社会的実験からスタート。高品質に振り切ったプロダクトで勝負

ヘラルボニー設立の直接のきっかけは、崇弥さんが故郷の岩手に帰省した際に立ち寄った「るんびにい美術館」。知的障害や精神障害のある作者のアート作品を多く展示している美術館だ。「ものすごい衝撃を受けました。こういう世界があるんだ、僕のやりたいことはこれじゃないかと、興奮気味に文登に電話したことを覚えています」(崇弥さん)

岩手県花巻市にある「るんびにい美術館」で撮影した写真。アトリエも併設され、作品の制作現場を実際に見て、アーティストたちと交流することもできる(写真提供/ヘラルボニー)

岩手県花巻市にある「るんびにい美術館」で撮影した写真。アトリエも併設され、作品の制作現場を実際に見て、アーティストたちと交流することもできる(写真提供/ヘラルボニー)

(写真提供/ヘラルボニー)

(写真提供/ヘラルボニー)

当時、文登さんはゼネコン、崇弥さんは広告代理店勤務。会社員生活をしつつ、お互い貯金を出しあって(「といっても、8割は僕ですよ(笑)」と文登さん)、始めたのが、前出のシルクのネクタイ制作だ。価格は2万円超えと決して安くはないが、細い絹糸を高密度で織り上げたネクタイは、その質感、艶、緻密さは、まるでアート作品のよう。

ネクタイは、通常の倍の密度で織り込まれたシルク100%のもの。これを持つことで、ちょっと背筋が伸びるような特別感のある品だ (写真提供/ヘラルボニー)

ネクタイは、通常の倍の密度で織り込まれたシルク100%のもの。これを持つことで、ちょっと背筋が伸びるような特別感のある品だ (写真提供/ヘラルボニー)

「気軽に手を出せない価格でも、最高品質のもの。障害うんぬんを外しても、純粋にほしいと思ってもらえるものをつくってみようと考えていました。例えば、福祉施設で障害のある方が5時間かけてつくったレザークラフト作品が500円で売られていたんです。それでは、材料費の方が高くなってしまう。やはり福祉だけの文脈ではなく、”ビジネス”の枠組みが必要だと感じていました」(崇弥さん)

とはいえ、最初は不安も。「銀行員の父からは”見通しが甘い”と言われてしまいました(笑)。でもこれは、福祉の現場から発信したらどうなるのか、意義のある社会的実験と考えればいいとも。もちろんビジネスとして成り立つことは大切だけれど、自分たちがワクワクしたいから、を軸に考えていましたね」(文登さん)

しかしリリースされてみると、メディアの各媒体に取り上げられ、思っていた以上に反響は大きかった。「本当にびっくりしました。もしかしたら、世の中がこういうのを求めていたのかもしれないと思いました」(文登さん)

ヘラルボニーの挑戦は、自閉症の兄の存在抜きには語れない

アクティブな両親のもと、物心付いたころから、療育の場や福祉の集まりに毎週のように出かけていたふたり。福祉はずっと身近な世界だ。「親以外の大人に遊んでもらって、けっこう楽しかったんですよね。小学校の卒業文集に、“将来の夢は特別支援学級の先生”って書いていましたから。小さな小学校で、僕たちが友達と遊ぶときも兄も一緒で。特に障害とかを大きく意識したことはなかったんです」(崇弥さん)

しかし、中学に入学すると状況は変わった。複数の小学校の学区からなるマンモス中学校で、兄のことを馬鹿にする同級生もいた。「正直、自分の弱さから、中学のときは兄の事を隠していた時期もありました。その時の想いは、今もずっと自分の中で残っています」(文登さん)

子どものころの松田三兄弟。小学生時代はどこへ行くにも一緒だったとか。今もお兄さんの話をするおふたりは楽しそう(写真提供/松田さん)

子どものころの松田三兄弟。小学生時代はどこへ行くにも一緒だったとか。今もお兄さんの話をするおふたりは楽しそう(写真提供/松田さん)

その時の世間の目線への違和感は、現在2人の活動の原動力のひとつといえる。「できないこと」を「できる」ようにするのではなく、障害を「特性」ととらえ、社会が順応していく。それが彼らの願いだ。

「僕たちは双子なので、障害のある兄弟がいることで我慢を強いられることの多い”きょうだい児”の悩みとは、わりと無縁でいられたんです。なんでも2人でシェアしているからでしょうか。僕は就職後も、なにかしら福祉に関わる仕事をするつもりだったし、やるなら文登と2人でと考えていました」(崇弥さん)

会社名となった「ヘラルボニー」は、お兄さんの翔太さんが子どものころ自由帳に書いていた言葉。ネット検索にもひっかからないナゾの言葉は、なぜか何度も登場する(写真提供/松田さん)

会社名となった「ヘラルボニー」は、お兄さんの翔太さんが子どものころ自由帳に書いていた言葉。ネット検索にもひっかからないナゾの言葉は、なぜか何度も登場する(写真提供/松田さん)

「障害=不幸ではない」出産を決めた妊婦さんも

ヘラルボニーへの反響は松田兄弟のモチベーションとなっている。
例えば「ヘラルボニーのネクタイを買ったから、作者に会いたくて、るんびにい美術館に行ってきました」という人がいる。常に応援してくれる福祉の現場のスタッフや熱狂的なファンでいてくれる自閉症を持つ親御さんたちの声も後押しになる。初めての講演会は、子どものころ兄や母と通った岩手の福祉協会。「”あの、翔太くんの双子の弟くんたちが大人になって帰ってきてくれました~”と紹介されました。まさにホームでしたね(笑)」(崇弥さん)。
なかでも、印象的だったのは、出生前診断でおなかの中の赤ちゃんにダウン症の可能性が分かった妊婦さん。「僕たちが取り上げられたテレビのニュースを見て、”この子を産んだら不幸になると考えていたけれど、こんな楽しい未来、素敵な出会いがあるのかもしれない。障害=悲しいことではなかった” という長文のメールをいただきました。産むことを決めた、とおっしゃっていました」(文登さん)

アートワーク「まちといろのワークショップ in 軽井沢」開催時の写真(写真提供/ヘラルボニー)

アートワーク「まちといろのワークショップ in 軽井沢」開催時の写真(写真提供/ヘラルボニー)

いつか実現したいのは、“できない”前提の「変わったホテル」

現在は、コロナ禍でも新しいアートの体験ができるようにと、ZOOMを利用した双方向型のオンライン美術館を企画したほか、9月にはクラウドファンディングで高品質なマスクを販売する予定だ。2021年には岩手県盛岡市で、初のソーシャルホテルをプロデュースする事業も進んでいる。さらに、家で過ごす時間の増加とともに、「おうち消費」に注目。カトラリー、クッション、壁紙など、生活にアートをしのばせる「アートライフブランド」ヘシフトしていこうと計画中だ。“福祉×アート”がより身近になる。

「今後、マスクは眼鏡のように日常生活に不可欠なものになるはず。もっとお洒落になってもいいんじゃないかと考えました」。クラウドファンディングで資金を集めて実現(写真提供/ヘラルボニー)

「今後、マスクは眼鏡のように日常生活に不可欠なものになるはず。もっとお洒落になってもいいんじゃないかと考えました」。クラウドファンディングで資金を集めて実現(写真提供/ヘラルボニー)

少しでも接点をつくりたいと、アート作品をネット解説する「オンライン美術館」を開催。参加者は延べ1000名と大好評。定期的なコンテンツとする予定(写真提供/ヘラルボニー)

少しでも接点をつくりたいと、アート作品をネット解説する「オンライン美術館」を開催。参加者は延べ1000名と大好評。定期的なコンテンツとする予定(写真提供/ヘラルボニー)

無機質だった建設現場を彩る“仮囲いアート”を、リサイクルならぬアップサイクルしてトートバッグとして生まれ変わらせる(写真提供/ヘラルボニー)

無機質だった建設現場を彩る“仮囲いアート”を、リサイクルならぬアップサイクルしてトートバッグとして生まれ変わらせる(写真提供/ヘラルボニー)

そして、「いつかは、自分たちで福祉施設を手掛けてみたい」と考えているそう。
「イメージは、『注文をまちがえる料理店』(※)のホテル版。例えば、”ウチのフロントマンはあいさつができないんです”と言い切ってしまい、ゲストに“あ、本当にあいさつはしないんだ(笑)“って体験してもらうのもおもしろいかなぁって。その代わり、ベッドメイキングや掃除が本当にていねいな人もいる。最初にエクスキューズを入れておくことで、寛容な場となれば、1人1人の個性に合った、就労の形が実現できるんじゃないかと思っています」(崇弥さん)。

※「注文をまちがえる料理店」注文を取るスタッフが、みんな認知症で、頼んだ料理と違うメニューが届くこともある料理店

最後に「今、感じている課題は?」という問いに、迷いながら、「社会貢献がすばらしいと、称賛され過ぎてしまっていることに、とうしてもギャップを感じてしまう」と答えた文登さん。「それは、どうしても障がい者が社会的弱者という目線がぬぐいきれていないからかもしれません。その文脈から脱していくことも、ある意味、僕らの課題といえますね」(文登さん)

「”福祉”というと、どうしても”支援”というイメージが強いかもしれませんが、僕たちと障害をもっているアーティストたちはビジネスの対等なパートナー。今の福祉という場にプロデュースする機能がないゆえに埋もれてしまっているすごい才能に、対価を得る機会を提供するのが僕たちの役目。そのために、社会福祉法人やNPO法人ではなく、”株式会社”という形にこだわっています。福祉の世界でも、きちんと売り上げを上げていくことからできたら最高じゃないですか」(崇弥さん)

昨年夏には、日本の次世代を担う30歳未満のイノベーター「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」に選出されるなど、注目を集めているお二人。その注目のされ方にも戸惑いつつ、常に「ああ、楽しそう」「それ、ワクワクするね」と何度も質問に答えていた様子が印象的。穏やかで、ポジティブで、信念がある。彼ら「ヘラルボニー」の今後の展開に注目したい。

主にクリエイティブは広告代理店出身の崇弥(左)さん、営業や事業計画などビジネス面はゼネコン出身の文登さん(右)と役割分担

主にクリエイティブは広告代理店出身の崇弥(左)さん、営業や事業計画などビジネス面はゼネコン出身の文登さん(右)と役割分担

●取材協力
ヘラルボニー
「アートマスク」のクラウドファンディングページ