図書館のあるシェアハウス。ご近所さん、夢追い中の人、疲れた人などが多様に学び・癒やされる場所「Co-Livingはちとご」管理人・板谷さんに聞いた 茨城県水戸市

茨城県水戸市に、「Co-Livingはちとご」(以下「はちとご」)という小さな図書館を併設した住み開きシェアハウスがある。「住み開き(すみびらき)」とは、住居などのプライベートな空間の一部を開放し、さまざまな人が集う場所として共有する活動や運動、それらに使用される拠点のこと。「はちとご」や、まちに開いたコミュニティスペース「はちとご文庫」には、近隣の人だけでなく、遠方からも、多様な人が集う。「はちとご」の何が人を引き寄せるのか。この場を立ち上げ、現在も管理人として運営する板谷隼(いたや はやぶさ)さんに、話を聞くため現地を訪れた。

部屋の一部をまちに開いたシェアハウス「Co-Livingはちとご」「はちとご」誕生後、初めて住民全員が集合した日(画像提供/板谷隼さん)

「はちとご」誕生後、初めて住民全員が集合した日(画像提供/板谷隼さん)

2022年当時の「はちとご文庫」(画像提供/板谷隼さん)

2022年当時の「はちとご文庫」(画像提供/板谷隼さん)

筆者が「はちとご」の存在を知ったのは、とあるプラットフォームの「はちとご」に通う大学生の投稿だった。彼が「心あたたまる空間」と表現した「はちとご」でインターネット検索をすると、関わった人たちがさまざまに語っていた。長野と東京で二拠点生活をする女性、多拠点で活動する映像クリエイター、「はちとご」在住の大学生……。共通するのは、「はちとご」が、「大切な場所」であり、「生き方に影響をもたらす場所」だったこと。

現地を訪ねると、「はちとご」は、住宅地の中にあった。「はちとご」を立ち上げた板谷隼さん(以下隼さん)は、自らシェアハウスに住みながら「はちとご」を運営している。「はちとご」が今の場所に引越してきたのは、2023年12月。もともと、「はちとご」は、同じ水戸市内の住宅で始まった。そこが手狭になり、引っ越し先を探し始め、近所のゲストハウスオーナー宮田悠司さんの紹介で、現在の物件に出会う。木造2階建ての一軒家には、かつて診療所として使われていた建物が隣接していた。「ここも使えるかも!」と一目ぼれした隼さんだったが、「もう誰にも貸す気持ちはない」と大家さんに断られてしまう。そこで、大家さんに「はちとご」を見に来てもらうことで理解を深めてもらい、宮田さんの頑張りもあって、無事承諾を得ることができた。今では、大家さんは、隼さんの良き理解者だ。

初代「はちとご」の住居で行われた絵本と短編をテーマにした「はちとご文庫」「(画像提供/板谷隼さん)

初代「はちとご」の住居で行われた絵本と短編をテーマにした「はちとご文庫」「(画像提供/板谷隼さん)

引越し作業では、「はちとご」住民や仲間で庭の草刈りやDIYもした(画像提供/板谷隼さん)

引越し作業では、「はちとご」住民や仲間で庭の草刈りやDIYもした(画像提供/板谷隼さん)

板谷隼さん。「はちとご文庫」のお店番もする(写真撮影/内田優子)

板谷隼さん。「はちとご文庫」のお店番もする(写真撮影/内田優子)

住宅部分をシェアハウス「はちとご」が使い、旧診療所の一部を私設図書館「はちとご文庫」として地域に開放している。シェアハウスには、現在、板谷さんを含む大学生や社会人ら住民6人が暮らしている。そのほか、「月5日住民」「月10日住民」など短期で暮らす住民が4人。足しげく通ってきて時にリビングに泊まっていく人もいる(2024年5月5日現在)

花見弁当づくりの真っ最中。キッチンの窓越しに「一緒におにぎりにぎってよ」と声がかかる(写真撮影/内田優子)

花見弁当づくりの真っ最中。キッチンの窓越しに「一緒におにぎりにぎってよ」と声がかかる(写真撮影/内田優子)

料理長は、普段はカメラマンとして活動している石川大地さん。「はちとご」住民ではないがふらっと来て、お掃除やお料理をしてくれる(写真撮影/内田優子)

料理長は、普段はカメラマンとして活動している石川大地さん。「はちとご」住民ではないがふらっと来て、お掃除やお料理をしてくれる(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らすことで広がった生きる選択肢

大学2年生の時、引越し前の「はちとご」を知った熊谷真輝さん(大学生・22歳)は、「はちとご」で、「自分がこれから進むであろうと思われる道の外で生きている」大人たちに出会い、最初は驚いたという。

「学校生活の枠組みで生きてきたから、大人の印象は、親か先生ぐらいでした。知識を教えようとする大人が多い中、『はちとご』で出会った大人たちは、ぼくらの意見を汲み取って話を聞いてくれました」と熊谷さん。
「いろんな大人がいたんですけど、理学療法士や調理師の資格があるのにあえて定職に就いてない人だったり、大学を4年間で卒業しないで休学して自分と向き合っている先輩がいたり。大人も意思を持って、道を模索しているんだなと。何歳になってもチャレンジする姿勢を『はちとご』の12畳のスペースから、感じ取ることができて、住人になろうと思いました」(熊谷さん)

以前の「はちとご」の「はなれ」と呼ばれていた12畳ほどのコミュニティスペースで本を読む熊谷さん(画像提供/板谷隼さん)

以前の「はちとご」の「はなれ」と呼ばれていた12畳ほどのコミュニティスペースで本を読む熊谷さん(画像提供/板谷隼さん)

「隼さんは、見返りを求めない人。人に施すことに生きがいを感じている人だなと思います」(熊谷さん)(写真撮影/内田優子)

「隼さんは、見返りを求めない人。人に施すことに生きがいを感じている人だなと思います」(熊谷さん)(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らして約2年になる菱田えりかさん(大学生・22歳)さんが、大学へ入学したころはコロナ禍の真っ最中で、授業のほとんどはオンラインだった。

「一人暮らしで寂しい思いをしたので、2年生からは人と関わりたいなと思って。友達から『はちとご』を教えてもらいました」(菱田さん)

しかし、当時、シェアハウスには、男性しか住んでいなかったこともあり、親に反対されてしまった。「それまで周りの期待に応えようとしてきた」という菱田さんだが、気持ちは揺るがなかった。

「どうしても住みたかったので親を説得しました。『はちとご』の人たちは、自分のやりたいことをどんどんやっていて刺激を受けられたし、自分もやってみたいという気持ちがあって。ここに住んだら、わくわくすることが起きるんじゃないかって思えたんです」(菱田さん)

「隼さんは、シェアハウス全体のことを考えている人。気が付くと、誰もやってくれない家事とかゴミ出しとか、掃除をしているのは隼さん」(写真撮影/内田優子)

「隼さんは、シェアハウス全体のことを考えている人。気が付くと、誰もやってくれない家事とかゴミ出しとか、掃除をしているのは隼さん」(写真撮影/内田優子)

忘れられない思い出は、鍋パーティのこと。寒い日に「鍋が食べたい。誰かつくってくれないかな」とつぶやいた菱田さんに、隼さんは、「自分で声かけてやっちゃえばいいんだよ、そういうのは」と声をかけた。

「今までやってもらうのが当たり前だったので、周りの人を巻き込んで、何かをやったのは初めて。新しいことをやるハードルが低くなった感覚はありました。今は、ちゃんと周りを説得して、努力をすれば、全て叶えられるわけじゃないけど、返ってくる分もあるのかなと思っています」(菱田さん)

「はちとご」の住民でお祝いした菱田さんの誕生日パーティ(画像提供/板谷隼さん)

「はちとご」の住民でお祝いした菱田さんの誕生日パーティ(画像提供/板谷隼さん)

学びや気づきがあって回復できる場所でありたい

「はちとご」には、地元の大学生や社会人らが暮らし、近隣の人のほか、隼さんを訪ねてさまざまな年代の人がやってくる。

子どもたちとつくった段ボールハウス「はちとご」(画像提供/板谷隼さん)

子どもたちとつくった段ボールハウス「はちとご」(画像提供/板谷隼さん)

隼さんがどんな思いで「はちとご」を立ち上げたのかをたずねると、意外な答えが返ってきた。

「地域活動と見られることもありますが、自分としての軸は『地域』というより『人』。ただその人が地域にいるから、結果的に地域活動っぽく見えるのかもしれません。また、『はちとご』は僕にとって『やりたいこと』ではなく『見たい景色』だと思っています。みんなが楽しげにしていて、学びや気づきがあって、回復できる場所。誰かが自分から何かを『やってみたい』と言って、それが形になるのを見ているのが好きです。その景色を作るのに、ぼくが手を出す必要があるなら喜んで!というスタンスです」(隼さん)

Instagramの写真は、ほとんどが隼さん撮影。「見たい景色なので僕がその中に入ってなくていい」と隼さん(画像提供/板谷隼さん)

Instagramの写真は、ほとんどが隼さん撮影。「見たい景色なので僕がその中に入ってなくていい」と隼さん(画像提供/板谷隼さん)

引越し前の「はちとご」で行われた絵本イベントの風景(画像提供/板谷隼さん)

引越し前の「はちとご」で行われた絵本イベントの風景(画像提供/板谷隼さん)

勝手に楽しんで勝手に学べる状態を構築する

隼さんの本業は、サッカークラブ「水戸ホーリーホック」のアカデミーコーチ(子どもたちのコーチ)。日々、一緒にボールを蹴りながら、子どもたちに向き合っている。

「場づくりをするときの理想は、ぼくがいなくてもいい状態にすること。『自分で考えさせたいんですけど、どうすればいいですか?』と聞かれることがあるんですが、それだと、自分で考えているって言わないですよね。何もしなくても子どもたちが勝手に学んで勝手に楽しんでいる状態を構築するにはどうしたらいいんだろうっていつも考えています」(隼さん)

現在の「はちとご」。木造2階建て部分がシェアハウス(写真撮影/内田優子)

現在の「はちとご」。木造2階建て部分がシェアハウス(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らす人、通ってくる人の、なんてことのない日常の風景(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らす人、通ってくる人の、なんてことのない日常の風景(写真撮影/内田優子)

隼さんが「場づくり」や「まちづくり」にはじめて触れたのは、筑波大学大学院生のころ。大学のサッカー部のコーチをしたり、スポーツ心理学の研究室で活動する傍ら、大学の近くにできたコワーキングスペースに通うようになった。

「さまざまな背景を持つ人が来ていて、仕事をしたり、休憩したり、遊んだり。勉強している中学生の横で、お酒を飲みながらギターを弾いているおとながいて、それぞれが居心地よさそうにしている。ぼくにとって、コワーキング(Co-working)じゃなくて、コリビング(Co-Living)でした」(隼さん)

その後、2020年の春に水戸に引越してきたものの、コロナ禍の真っ最中。「このままでは街に友達ができないかも」と焦った隼さんは、もともと水戸で催されていた「あさみと!」というイベントを引継いで、運営することにした。

毎週月曜に開催していた朝活イベント「あさみと!」(画像提供/板谷隼さん)

毎週月曜に開催していた朝活イベント「あさみと!」(画像提供/板谷隼さん)

「あさみと」は、毎週月曜日の朝、コミュニティスペースやカフェに集まって、隼さんが淹れたコーヒーを飲みながらおしゃべりする会。そこで、イラストレーターのふじのさきさんに出会った。転勤で横浜に引っ越すことになったふじのさんから、『水戸の地を離れがたい』という思いを聞いた隼さん。以前よりシェアハウスの暮らしに興味があったので、「これは自分でつくれということか」と直感。ふじのさんが二拠点目として使えるようなシェアハウスを構想した。家を探し始めてほどなく茨城大学そばに5LDKの物件と出会う。そこが、「Co-Livingはちとご」のはじまりだった。

誕生してから引越しまでの2年間、たくさんの人が訪れた(画像提供/板谷隼さん)

誕生してから引越しまでの2年間、たくさんの人が訪れた(画像提供/板谷隼さん)

シェアハウスやコミュニティ運営する上で苦労したり、時には傷ついたり、怒りを感じることはないのだろうか。

「生活をしていて、あまり人に怒るってことがないんです。寛容でいたいと思っています。例えば台所が散らかっていてイライラが湧いたらふと『誰かがなんとかしてくれると期待してたんだな』と気づいたりしますね。そもそも気になったんなら自分でやるなり、なんとかしようよって自分から発信すればいいんです。そんな雰囲気をつくりたいなと思って、はちとごでは僕のこだわりで掃除当番を決めていません。当番をつくると、掃除しなかった人が責められるんですけど、当番をつくらなかったら、掃除した人が褒められるんじゃないかと思って。立ち上げた頃から当番を作らずどこまでいけるかなと実験しているところです」隼さん)

ただし、その場にいる人が困ってしまうような人が現れた場合、隼さんが間に入って「チューニング」をすることもあるという。

「例えば、年上というだけでえらそうにしたり、自分の話をしゃべり続けたりする人には、ぼくから言います。『いつも自慢話するんだからー』って。ぼくを生意気だと思う人は来なくなるし、それでも来てくれる人はそのうち馴染める人なんだろうなと。自分の力不足で誰かが傷ついたり、悲しい思いをすると、ひどく落ち込みますね」(隼さん)

「もやっとしてそうだなって顔をできるだけ見つけるようにしたい」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

「もやっとしてそうだなって顔をできるだけ見つけるようにしたい」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

回復には、ふらっと入れて、距離を保てる場所が必要

まちライブラリーの仕組みを使った私設図書館「はちとご文庫」は、引越し先で再開し、今では、訪れた人が持ち寄った本で少しずつ蔵書が増えている。

隼さんのお気に入りは、田尻久子さん、塩谷舞さんのエッセイ(写真撮影/内田優子)

隼さんのお気に入りは、田尻久子さん、塩谷舞さんのエッセイ(写真撮影/内田優子)

「本があると、来る言い訳にはなっているんじゃないかな」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

「本があると、来る言い訳にはなっているんじゃないかな」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

常連さんがお店番することも(写真撮影/内田優子)

常連さんがお店番することも(写真撮影/内田優子)

ある時、はちとご文庫に、近所の引きこもりの女性がふらっと訪れた。隼さんや他の人が思い思いに作業したり、本を読んでいる空間で、3~4時間ソファでひとり本を読み、「また来ます」と帰っていく。ふとしたきかっけでおしゃべりするようになり、次第に打ち解け合い、ついには「はちとご文庫まで歩く日記」というZINEを発行。今では、はちとご文庫の常連さんのひとりだ。

「地域活性化の取り組みって、元気な人が集まるのが前提なのかな、と時々思います。でも、まちには元気じゃない人ももちろんいて、そういう人にも開いた場でありたいと思っています。ここにはちょっと元気じゃない人も来たりしますが、僕が躍起になってどうこうしようとはあまりしませんね。相談されたら一緒に考えるけど、こちらからは。元気がなくてもふらっと入れて、人といい距離感でいて、徐々に、自分の本来のありように戻っていけるような場になればいいなと思っています 」(隼さん)

「書き手の姿が表れているものが好き」と隼さん(写真撮影/内田優子)

「書き手の姿が表れているものが好き」と隼さん(写真撮影/内田優子)

本をたくさん持っていたので、「自分の本棚をオープンにする感じ」で始めたという(写真撮影/内田優子)

本をたくさん持っていたので、「自分の本棚をオープンにする感じ」で始めたという(写真撮影/内田優子)

「はちとご」は、元気じゃなくても居られる場所

「はちとご」がスタートした時から隼さんと一緒に暮らしてきたむらたゆうきさん(映像クリエイター・24歳)も、「はちとご」で「回復」したひとりだ。

「『はちとご』は、一般的な世間のシェアハウスのイメージと乖離がある気がします。シェアハウスっていわゆるパーティ好きみたいな人がいっぱいワーッていそうなだと思っている人もいると思うんですが、『はちとご』の場合は、一見そうは見えなくても寂しそうな人、人生に疲れている人が多いような気がしてます」(むらたさん)

「『はちとご』に住んだことで、対人関係がより滑らかに進められるようになったと思います」(むらたさん)(写真撮影/内田優子)

「『はちとご』に住んだことで、対人関係がより滑らかに進められるようになったと思います」(むらたさん)(写真撮影/内田優子)

むらたさんは、インターンのため、茨城から東京に出て、合わない仕事を続けたことで、落ち込んでしまい、とても辛い時期があったという。東京から帰って、ふさぎこんでいたむらたさんを心配した隼さんたちは、ある日、むらたさんの部屋に勝手に乗り込んで餃子を焼き始めたという。

「弱ってるときって、きっかけがあると、精神的にすごく距離が縮まると思うんです。それで、家族に近い感覚が上がりました。弱い面も見せていいんだって。ここは、すごく居心地がいいです。2年間ぐらい、全然、違和感なく暮らしています。実家にいるのとあまり変わらないし、隼さんは、親っていうよりは兄弟が増えたみたいな感じです。役職的には管理人なんですけど、お兄ちゃんが一番イメージ近いのかなと思ってますね」(むらたさん)

部屋にこもって動画編集することも。リラックスできるように間接照明にこだわっている(写真撮影/内田優子)

部屋にこもって動画編集することも。リラックスできるように間接照明にこだわっている(写真撮影/内田優子)

隼さんが、「最近、優しくなったと思うよ。より人のために動けるようになった。本当に頼りにしてるよ」と言葉をかけると、むらたさんは、「あまり褒められないんで。毎月取材に来てください(笑)」とはにかんだ。

隼さんからむらたさんに相談したりお願いすることも増えた(写真撮影/内田優子)

隼さんからむらたさんに相談したりお願いすることも増えた(写真撮影/内田優子)

場と人をつなぐと自然と交流が生まれる

「はちとご文庫」に滞在していると、ふらっと訪れる人がいる。必ずしも一緒に何かするわけではなく、思い思いの場所で、本を読んだり、パソコンを開いたりしている。

目線の高さが変わるように椅子やテーブルを配置しているから、一人一人お気に入りの場所が見つかる(写真撮影/板谷隼さん)

目線の高さが変わるように椅子やテーブルを配置しているから、一人一人お気に入りの場所が見つかる(写真撮影/板谷隼さん)

座敷のスペースには絵本が置かれている。隼さんのイチオシは、「うどんのうーやん」(写真撮影/板谷隼さん)

座敷のスペースには絵本が置かれている。隼さんのイチオシは、「うどんのうーやん」(写真撮影/板谷隼さん)

プラットフォームに文章を投稿した横山黎さん。「はちとご」は、「きっかけと思わないきっかけをくれる場所」(写真撮影/内田優子)

プラットフォームに文章を投稿した横山黎さん。「はちとご」は、「きっかけと思わないきっかけをくれる場所」(写真撮影/内田優子)

玄関から見える窓辺に隼さんが灯したライト。「ここにいるよ」と伝わるように(写真撮影/内田優子)

玄関から見える窓辺に隼さんが灯したライト。「ここにいるよ」と伝わるように(写真撮影/内田優子)

隼さんは、「人と人を繋いでるんですね」と言われると「少しもやっとする」という。

「意識しているのは、場と人をどう繋ぐか。それぞれが場と繋がってリラックスすれば、自然と交流が生まれると思っています。『居場所づくり』とも言わないようにしています。通ってくれる人が『ここは自分の居場所だ』と思ってもらう分にはいいんですが、そう思う人が増えてくると初めての人に優しくない場になると思っていて。『居場所づくり』ではなく『場づくり』として、人の流動性が生まれればいいなと思っています」(隼さん)

隼さんは、2024年4月に、新しいチャレンジを始めた。地域の人が自由に利用できる私設図書館とコワーキングやイベントに使えるシェアリビングとを合わせた複合施設の計画だ。私設図書館には、「一箱本棚オーナー」という自分専用の本棚を借りて本を並べる仕組みを取り入れる予定。シェアリビングは、イベントやワークショップを開催できる場所に。それには、地域の人や友達の「ちょっとやってみたい」を応援したいという隼さんの思いがある。物件の改修費用に充てるため、4月10日~5月13日に初めてのクラウドファンディングに挑戦中だ。

「はちとご」住民だったイラストレーターふじのさきさんが描いた私設図書館の利用イメージ(画像提供/板野隼さん)

「はちとご」住民だったイラストレーターふじのさきさんが描いた私設図書館の利用イメージ(画像提供/板野隼さん)

その場所の名前は、「シェアベースmigiwa」。汀(みぎわ)とは、水際や波打ち際のこと。隼さんは、この場所にやってくる人やモノ、情報を、波や風に例えた。

「migiwa」の名は、田尻久子さんのエッセイ集「みぎわに立って」から頂いた(写真撮影/内田優子)

「migiwa」の名は、田尻久子さんのエッセイ集「みぎわに立って」から頂いた(写真撮影/内田優子)

「流動性の中で、訪れる人に学びや回復のきっかけが生まれればいいなと。『あまねく人』が入れる場所が理想ですが、人がやっていることなので相性もありますし、合わない人もいるはずです。だけど、ぼくみたいなことをやる人が地域に増えていけば、その数だけ多くの人をカバーできるんじゃないかと。場を地域にひらく時に理想だと思っているのは、その場に来る人と近隣住民の属性の比率が近くなることですね。私設の公民館を作りたいのかもしれません。将来何か問題が起きても、『ここ大事だから維持しようよ』と皆で話せるといいですね。しかもそれが僕を介さずに起きたら最高です」(隼さん)

取材後に届いたお花見の風景(画像提供/板谷隼さん)

取材後に届いたお花見の風景(画像提供/板谷隼さん)

隼さんが見ている景色を見つめ、思いを辿る中で、コミュニティは、「みんな」の場所である前に、「ひとり、ひとり」の場所なんだと感じた。コミュニティでは近づこう近づこうとしてしまうが、大切なのは距離感。「はちとご」は、コミュニティに「関わりたい人」「つくってみたい人」双方に気づきと学びを与えてくれる。

●取材協力
・はちとご
・クラウドファンディング「水戸で私設図書館&シェアリビング『migiwa』をつくりたい!」

「住みたい街ランキング」2024、東京勢弱体!? 1位、2位は東京外、吉祥寺はまさかの3位に退く

リクルートが、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・茨城県)在住の20歳~49歳の男女9335人を対象に実施した「SUUMO住みたい街ランキング2024」を発表した。ランキング上位は常連が顔をそろえる中、あの吉祥寺を抑えて2位になった街がある。ランキングがアップした街を中心に、その背景をさぐってみよう。

【今週の住活トピック】
「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」を発表/リクルート

住みたい街ランキング2024、1位は横浜、2位には吉祥寺を抜いた大宮

では、2024年の住みたい街(駅)ランキングの結果を紹介しよう。「横浜」が首位を、しかも得点を伸ばしてナンバー1になった。2位には、得点を落とした「吉祥寺」を抑えて「大宮」がその座に就いた。その結果、「北の大宮・南の横浜」が1・2位を占め、中に当たる東京勢の街は3位以下へと退く形になった。

住みたい街(駅)ランキング[1位~10位]

住みたい街(駅)総合ランキングトップ10(首都圏全体/3つの限定回答)(出典:リクルート)

詳しく見ていこう。今回2位の「大宮」は、2018年の9位から順位を4位、3位と上げて、ついに2位に至った。2018年に2位だった「恵比寿」は、吉祥寺、大宮に抜かれた後は4位をキープ、2018年に3位だった「吉祥寺」は恵比寿を抜いて2位をキープしていたが、今回は3位に退いた。

2018年に4位だった「品川」は2023年には11位までランクダウンしたが、今回はTOP10に返り咲いた。おおむねランキング14位くらいまでは、常連の街が調査時期によって入れ替わりながら、上位を維持している形だ。

住みたい街(駅)ランキング[11位~25位]

住みたい街(駅)総合ランキング11位~25位(首都圏全体/3つの限定回答)(出典:リクルート)

11位~25位までを見ると、「流山おおたかの森」「舞浜」「桜木町」「みなとみらい」などが、過去最高の順位になるなど、人気のある郊外の街の中で、ランキングの入れ替わりが見られた。さらに上位50位までを見ると、つくばエクスプレスのような新しい沿線の街がランクアップし、かつて人気を誇った東急田園都市線の街がランクダウンしたという印象を受けた。

また、SUUMOが2023年との得点を比較して、得点ジャンプアップしたランキングを分析したところ、1位は「横浜」(+123点)で、2位「秋葉原」(+91点)、3位は「北千住」(+57点)、4位「巣鴨」(+49点)、5位「練馬」(+48点)と東京駅より北側の駅が上位を占めたという。

「横浜」が大横綱ぶりを見せた理由は?

TOPの座を守っただけでなく、得点も伸ばした「横浜」。まさしく、大横綱という感じだが、その理由はどこにあるのだろう?

SUUMOの分析によると、「子育て世帯」での得点が伸びていることが大きな要因だという。近年、横浜市は、子育て支援を強化している。子どもを預かるサービスについて無料クーポンを配布(2023年6月~)したり、中学生まで医療費の無料化を所得制限なしで実施(2023年8月~)したりと、子育て施策に力を入れていることが影響したのかもしれない。

同じ横浜市にある「桜木町」と「みなとみらい」もランクアップしているが、みなとみらい地区で企業本社、研究施設等を誘致が進んでいるため、「働く」場としても注目されている。また、2023年に音楽特化型アリーナ「Kアリーナ横浜」、バーベキュー施設なども備えた「ザ・ワーフハウス山下公園」などのスポットもオープンし、「遊ぶ」場としての魅力も増している。こうした総合力が、横浜の強みなのだろう。

「横浜」の性別・ライフステージ別・年代別の順位と得点

SUUMO住みたい街ランキング2024首都圏版 記者発表会資料(出典:リクルート)

「大宮」と「吉祥寺」、天下分け目の鍵は?

大宮が人気を維持し、吉祥寺が人気を落とした形での入れ替わりとなったが、その要因はどこにあるのだろう?

おしゃれな街、公園のあるクリーンな街の印象が強い「吉祥寺」は、女性や夫婦+子ども世帯、40代に人気はあるが、「大宮」は男性や夫婦のみ世帯、20代・30代に人気が高かった。つまり吉祥寺は、大宮の人気に押されて、男性や20代・30代などから支持を得られにくくなったということだ。

2024年の属性別「大宮」「吉祥寺」の順位

2024年の属性別「大宮」「吉祥寺」の順位(出典:リクルート)

では、大宮が男性や20代・30代などに支持された理由はなんだろう?
その一つ目が、「働く」環境だ。「魅力的な働く場や企業がある」「コワーキングスペースなど仕事のできる施設がある」といった理由が高いのだ。近年は、東京都からの企業移転も多く、オフィス賃料も手ごろなため空室率も低くなっているという。今後、大型のオフィスビルの計画もあり、働く場としての魅力が街の人気を高めているのだろう。

二つ目は、商業施設の充実ぶりだ。「大宮」に住みたい理由として目立ったのは、「買う」と「遊ぶ」の環境(文化・娯楽施設の充実、ショッピングモールやデパートなどの大規模商業施設、街の賑わい)の高さだ。大宮駅周辺に店舗数が1000店を超える7つの商業施設があり、散歩デートもできる氷川神社参道の先には、NACK5スタジアム大宮を擁する大宮公園がある。

ちなみに、SUUMO編集長の池本さんは、TOP2・横浜と大宮の人気の要因として、それぞれ県内における「コンパクト東京」の価値にある、と指摘している。直径2km圏というコンパクトなエリアに、東京都心の街の魅力が凝縮しているからだ。これなら、わざわざ東京都内の街まで出かける必要はないということだろう。

大宮と横浜は「コンパクト東京」

SUUMO住みたい街ランキング2024首都圏版 記者発表会資料(出典:リクルート)

ジャンプアップの街、「秋葉原」と「練馬」の魅力とは?

上位以外で注目の街として、「秋葉原」と「練馬」を挙げておこう。

秋葉原は、先に挙げた「得点がジャンプアップした街(駅)ランキング」で横浜に次ぐ2位で、総合順位も過去最高位の29位になった。人気を押し上げたのは、男性、なかでも30代男性が支持したからだ。

と聞くと、秋葉原は“オタクの街”だからと思いがちだが、そればかりとはいえないようなのだ。街の魅力(住みたい理由)項目の上位を見ると、「コワーキングスペースなど仕事のできる施設がある」「魅力的な働く場や企業がある」と「働く」環境がカギになっているのだ。

オタクの街を想起させる、「メディアに取り上げられて有名」「街に賑わい」「文化・娯楽施設が充実」といった項目は、その次に来ている。また、特徴的だと思った項目は「周囲の目を気にせず自由な生活ができる」。オタクや外国人などを受け入れる懐の広さが、街の魅力になっているようだ。

「秋葉原」街の魅力(住みたい理由)項目TOP10

「秋葉原」の街の魅力項目TOP10(出典:リクルート)

練馬区は、東京23区の中でも自然が豊かな区だ。その中心にあるのが、練馬駅だ。筆者は電気系に弱いので秋葉原にはそれほど行く機会がないが、練馬文化センターの落語会にはよく足を運んでいる。練馬駅周辺には行政の施設が集約しており、賑わいもあって便利な街だ。近くにできた、ハリーポッターのスタジオツアー東京にはぜひ行きたいと思っている。

この練馬が、得点がジャンクアップした街(駅)ランキング5位、総合順位も過去最高位の48位になった。SUUMOの分析では、男性20代・女性40代で支持が伸びたというのも意外だった。子育て世帯向きの街だと思っていたからだ。

これは、遊園地「としまえん」跡地に、魅力的なテーマパークと東京都の都市計画公園である「練馬城址公園」ができることが大きいのではないか。公園内を貫く石神井川沿いに桜などの樹木が並び、防災井戸などもある場所だ。

練馬城址公園は、今後、広域防災拠点となるほか、緑と水の空間、交流活動が行われる空間などが誕生する予定。段階的に整備される計画だが、テーマパーク開園と合わせて一部が開園している。

もちろん、4路線が利用できる利便性の高さの割には23区の中でも賃料などが安く、コスパが良い街という点は、人気となる大きな理由だ。

「練馬」街の魅力(住みたい理由)項目TOP10

「練馬」の街の魅力項目TOP10(出典:リクルート)

さて、再び総合順位の上位を見ていこう。SUUMOでは、首都圏の都県別にもランキングを出している。東京都民ランキングでは、1位「吉祥寺」、2位「恵比寿」、3位「新宿」、神奈川県民ランキングでは、1位「横浜」、2位「武蔵小杉」、3位「桜木町」、埼玉県民ランキングでは、1位「大宮」、2位「浦和」、3位「さいたま新都心」、千葉県民ランキングでは、1位「船橋」、2位「流山おおたかの森」、3位「千葉」、茨城県民ランキングでは、1位「つくば」、2位「水戸」、3位「研究学園」、と、それぞれの街が上位を占めている。

一方で、「横浜」は東京都民で11位、埼玉県民で5位、千葉県民で6位など、広範囲からの支持を得ている。また、「横浜」は神奈川県民で得点が932点、「大宮」は埼玉県民で775点と、県内で圧倒的な得点を得ている。人気が分散する東京勢の街と比べると、“わが街”感が大きいというのも強みだろう。

●関連サイト
・SUUMOリサーチセンター「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」プレスリリース

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全国的な知名度はないけれど、局地的に絶大な支持を受ける「ローカル飲食チェーン」が今、注目されています。その理由とは? 元『秘密のケンミンSHOW』 リサーチャーであり、全国7都市を取材した新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』の著者・辰井裕紀さんに、愛される秘訣を伺いました。

なぜ今「ローカル飲食チェーン」が注目されるのか

このところ、「ローカル飲食チェーン」がアツい盛り上がりを見せています。「ローカル飲食チェーン」とは、全国展開をせず限定したエリアのなかだけで支店を広げる飲食店のこと。マクドナルドや吉野家のように全国的な知名度はありません。けれども反面「地元では知らぬ者なし」なカリスマ的人気を誇ります。

この局地的なフィーバーぶりは人気テレビ番組『秘密のケンミンSHOW 極』(読売テレビ・日本テレビ系)でたびたびとりあげられ、紹介されたチェーン店はもれなくSNSでトレンド入り。さらに注目度が高まり、雑誌はこぞって「全国ローカル飲食チェーンガイド」を特集するほど。

(画像/イラストAC)

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そのような中、ついに決定打とおえる書籍が発売されました。それが『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』(PHPビジネス新書)。豚まんやカレーライス、おにぎりなどなど、創意工夫を積み重ねた味とサービスで地元の期待に応え、コロナや震災などの逆境にも耐え抜いた全国7社の経営の秘密を明らかにした注目の一冊です。

地元に愛される7社を解剖した話題の新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』(PHPビジネス新書)(写真撮影/吉村智樹)

地元に愛される7社を解剖した話題の新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』(PHPビジネス新書)(写真撮影/吉村智樹)

著者はライターであり、かつてテレビ番組「秘密のケンミンSHOW」のリサーチャーとして全国各地のネタを集めた千葉出身の辰井裕紀さん(40)。

話題の新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』著者、辰井裕紀さん(写真撮影/吉村智樹)

話題の新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』著者、辰井裕紀さん(写真撮影/吉村智樹)

夢かうつつか幻か。わが街にはいたるところにあるのに、一歩エリア外へ出れば誰も知らない。反対に自分の県には一軒もないのに、お隣の県へ行けば頻繁に出くわす、不思議なローカル飲食チェーン。この謎多き業態の魅力とは? 地元に愛される秘訣とは? 著者の辰井さんにお話をうかがいました。

前代未聞。 「ローカル飲食チェーン」の研究書が登場

――辰井さんが初めて上梓した新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』は実際に自らの足で全国を巡って取材した労作ですね。この書籍の企画が生まれたいきさつを教えてください。

辰井裕紀(以下、辰井):「以前からTwitterで“飲食チェーンに関するツイート”をよくしていたんです。『こんなにおいしいものが、こんなに安く食べられるなんて』など、外食にまつわる喜びをたびたびつぶやいていました。それをPHP研究所の編集者である大隅元氏がよく見ていて、『ローカル飲食チェーンの本を出さないか』と声をかけてもらったんです」

――Twitterで食べ物についてつぶやいたら書籍の書き下ろしの依頼があったのですか。夢がありますね。しかし全国に点在する飲食チェーンですから、実際の取材や執筆は大変だったのでは。

辰井:「大変でした。資料を参考にしようにも、ローカル飲食チェーンについて考察された本が、過去にほぼ出版されていなかったんです。あるとすればサイゼリヤや吉野家のような全国チェーンにまつわる本ばかり。類書どころか先行研究そのものが少ないので引用ができず、苦労しました」

――確かに全国のローカル飲食チェーンだけに絞って俯瞰した書籍は、私も読んだ経験がありません。では、どのように事前調査を行ったのですか。

辰井:「国会図書館やインターネットで文献や社史にあたったり、取り寄せたり。地元でしか得られない文献は現地まで行って入手しました」

一次資料を得るためにわざわざ全国各地へ足を運んだという辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

一次資料を得るためにわざわざ全国各地へ足を運んだという辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

――現地まで行って……。ほぼ探偵じゃないですか。骨が折れる作業ですね。

辰井:「調べられる限り、ぜんぶ調べています」

自ら選んだ「強くてうまい!」7大チェーン

――新刊『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』では北海道の『カレーショップインデアン』 、岩手『福田パン』、茨城『ばんどう太郎』、埼玉『ぎょうざの満洲』、三重『おにぎりの桃太郎』、大阪『551HORAI』、熊本『おべんとうのヒライ』の計7社にスポットライトがあたっています。この7社はどなたが選出なさったのですか。

 『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』に選ばれた全国7社(写真撮影/辰井裕紀)

『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』に選ばれた全国7社(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「自分で選びました。【お店として魅力があるか】【行けばテンションが上がるか】【独自のサービスを受けてみたいか】、そういった『秘密のケンミンSHOW』で取り上げるようなポップな面と、ビジネス的に注目できる面とがうまく両輪で展開している点で、『この7社だ』と」

――メニューやサービスのユニークさと経営の成功を兼ね備えた、まさに「強くてうまい!」企業が選ばれたのですね。

辰井:「その通りです」

客が鍋持参。 「車社会」が生みだした独特な食習慣北海道・十勝でチェーン展開する『カレーショップインデアン』(写真撮影/辰井裕紀)

北海道・十勝でチェーン展開する『カレーショップインデアン』(写真撮影/辰井裕紀)

――この本を読んで私が特にビックリしたのが、北海道・十勝を拠点とする『カレーショップインデアン』(以下、インデアン)が実施している「鍋を持ってくればカレーのルー※1が持ち帰られる」サービスでした。どういういきさつで生まれたサービスなのですか。

※1……インデアンではカレーソースのことを「ルー」と呼ぶ

『カレーショップインデアン』のカレー。年間およそ280万食が出るほどの人気(写真撮影/辰井裕紀)

『カレーショップインデアン』のカレー。年間およそ280万食が出るほどの人気(写真撮影/辰井裕紀)

鍋を持参すればカレーのルーをテイクアウトできる(写真撮影/辰井裕紀)

鍋を持参すればカレーのルーをテイクアウトできる(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「鍋持参のテイクアウトは約30年前から始まったサービスです。お客さんから『容器にくっついたカレーのルーがもったいないから鍋を持参してもいいか』と要望があったのがきっかけだとか。加えて当時はダイオキシンが社会問題となり、なるべくプラスチック容器を使わない動きがありました。そこで誕生したのが、インデアンの鍋持参システムです」

――鍋持参のテイクアウトは30年近くも歴史があるんですか。十勝にそんな個性的な習慣があったとは。

辰井:「おそらく、十勝が鍋を持っていきやすい車社会だから、定着したサービスなのでしょうね」

農地が広がる十勝は車社会。だからこそ「鍋持参」の習慣が定着したと考えられる(写真撮影/辰井裕紀)

農地が広がる十勝は車社会。だからこそ「鍋持参」の習慣が定着したと考えられる(写真撮影/辰井裕紀)

――なるほど。さすがに電車やバスで鍋を持ってくる人は少ないでしょうね。そういう点でも都会では実践が難しい、ローカルならではの温かい歓待ですね。

辰井:「インデアンはほかにも『食べやすいようにカツを小さくして』と言われたカツカレーが、極小のひとくちサイズになって定番化するなど、お客さんの声を吟味して取り入れます。ローカル飲食チェーンは商圏が狭いからこそ、お客さんに近い存在ですから」

総工費1億5000万円の屋敷で非日常体験お屋敷のような造りの『ばんどう太郎』。駐車場も広々(写真撮影/辰井裕紀)

お屋敷のような造りの『ばんどう太郎』。駐車場も広々(写真撮影/辰井裕紀)

店内にはなんと精米処があり、炊きあげるぶんだけ毎日精米している(写真撮影/辰井裕紀)

店内にはなんと精米処があり、炊きあげるぶんだけ毎日精米している(写真撮影/辰井裕紀)

――車社会といえば、茨城の『ばんどう太郎』にはド肝を抜かれました。ロードサイドに忽然と巨大なお屋敷が現れ、それが和食のファミレスだとは。

辰井:「『ばんどう太郎』の建物は車の運転席からも目立つ造りになっています。総工費は一般的なファミレスの倍、およそ1億5000万円もの巨費を投じているのだそうです。さらに店の中に精米処があり、新鮮なごはんを食べられますよ」

――夢の御殿じゃないですか。

具だくさんな看板商品「坂東みそ煮込みうどん」(画像提供/ばんどう太郎 坂東太郎グループ)

具だくさんな看板商品「坂東みそ煮込みうどん」(画像提供/ばんどう太郎 坂東太郎グループ)

辰井:「看板商品の『坂東みそ煮込みうどん』は旅館のように固形燃料で温められた一品です。生たまごを入れ、黄身や卵白に火が通ってゆく過程を楽しみながら味わえます。旬の野菜から肉、キノコまでたっぷりの具材が入っていて、褐色のスープですから『鍋の底にはなにがあるんだろう?』と、闇鍋のように掘り出す楽しさまであります」

――ファミレスというより、非日常を体感できるテーマパークのようですね。

辰井:「駐車場が広くて停めやすく、店内のレイアウトがゆったりしていますし、接客のリーダー『女将さん』がいるのもプレミアム感があります。広々と土地を使えるロードサイド型のローカル飲食チェーンならではのお店ですね」

割烹着姿の「女将さん」と呼ばれる接客のリーダーが客に安心感を与える(写真撮影/辰井裕紀)

割烹着姿の「女将さん」と呼ばれる接客のリーダーが客に安心感を与える(写真撮影/辰井裕紀)

――『ばんどう太郎』で食事する経験自体がドライブ観光になっているのですね。楽しそう。ぜひ訪れてみたいです。

辰井:「坂東みそ煮込みうどんは関東人に合わせた絶妙な味わいで、私は何度でも食べたいです」

お弁当屋さんの概念をくつがえす店内の広さ

――ロードサイド展開といえば、熊本『おべんとうのヒライ』にも驚きました。お弁当屋さんとは思えない、大きなコンビニくらいに広い店舗で、スーパーマーケットに迫る品ぞろえがあるという。この業態は駐車場があるロードサイド型店舗でないと無理ですよね。

コンビニなみに品ぞろえ豊富な『おべんとうのヒライ』(写真撮影/辰井裕紀)

コンビニなみに品ぞろえ豊富な『おべんとうのヒライ』(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「自家用車での移動がひじょうに多い街に位置し、広いお総菜コーナーがあります。なので、『ついでに買っていくか』の買い物需要に応えられるんです。さらに店内にはその場で調理したものが食べられる食堂もあります。地方には実はこんな中食(なかしょく)※2・外食・コンビニが三位一体となった飲食チェーンが点在しているんです」

※2中食(なかしょく)……家庭外で調理された食品を、購入して持ち帰る、あるいは配達等によって、家庭内で食べる食事の形態。

――お弁当屋さんの中で食事もできるんですか。グルメパラダイスじゃないですか。

辰井:「特に『おべんとうのヒライ』の食事は安くてうまいんですよ。なかでも“大江戸カツ丼”がいいですね。一般的なカツを煮た丼と違い、揚げたてのカツの上に玉子とじをのせるカツ丼で。衣がサクサク、玉子はトロトロで食べられます。『この価格で、こんなにもハイクオリティな丼が食べられるのか』と驚きました。たったの500円ですから」

カツを煮込まず玉子とじをのせる独特な「大江戸カツ丼」(写真撮影/辰井裕紀)

カツを煮込まず玉子とじをのせる独特な「大江戸カツ丼」(写真撮影/辰井裕紀)

――安さのみならず、独特な調理法で食べられるのが魅力ですね。

辰井:「そうなんです。小さなカルチャーショックに出会えるのがローカル飲食チェーンの醍醐味ですね。どこへ行っても同じ食べ物しかないよりも、『あの県へ行ったら、これが食べられる』ほうが、おもしろいですから」

「あの県へ行ったら、これが食べられる」。このエリア限定感がローカル飲食チェーンの醍醐味だと語る辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

「あの県へ行ったら、これが食べられる」。このエリア限定感がローカル飲食チェーンの醍醐味だと語る辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

旅先で出会える「小さなカルチャーショック」が魅力愛らしい桃太郎のキャラクターが迎えてくれる『おにぎりの桃太郎』。ただいまマスク着用中(写真撮影/辰井裕紀)

愛らしい桃太郎のキャラクターが迎えてくれる『おにぎりの桃太郎』。ただいまマスク着用中(写真撮影/辰井裕紀)

混ぜごはんのおにぎり、その名も「味」(写真撮影/辰井裕紀)

混ぜごはんのおにぎり、その名も「味」(写真撮影/辰井裕紀)

――カルチャーショックを受けた例はほかにもありますか。

辰井:「ありますね。たとえば三重県四日市の飲食チェーン『おにぎりの桃太郎』には『味』という名の一番人気のおにぎりがあります。『味』は当地で“混ぜごはん”を意味しますが、そのネーミングがまず興味深いですし、地元独特の味わいが楽しめました」

――おにぎりの名前が「味」ですか。もうその時点で全国チェーンとは大きな感覚の違いがありますね。

辰井:「ほかにも『しぐれ』という、三重県北勢地区に伝わるあさりの佃煮を具にしたおにぎりも、香ばしくて海を感じました」

ご当地の味「あさりのしぐれ煮」のおにぎり(写真撮影/辰井裕紀)

ご当地の味「あさりのしぐれ煮」のおにぎり(写真撮影/辰井裕紀)

――ローカル飲食チェーンが「地元の食文化を支えている」とすらいえますね。

辰井:「そんな側面があると思います」

ローカル飲食チェーンに学ぶ持続可能な社会

――カルチャーショックといえば『おべんとうのヒライ』の、ちくわにポテトサラダを詰めて揚げた「ちくわサラダ」は衝撃でした。

ちくわの穴にポテトサラダを詰めた「ちくわサラダ」(写真撮影/辰井裕紀)

ちくわの穴にポテトサラダを詰めた「ちくわサラダ」(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「もともとはポテトサラダの廃棄を減らす目的で生まれた商品ですが、いまでは熊本で愛されるローカルフードになりましたね。ワンハンドで食べやすく、一本でも充分満足感があります」

――おいしそう! 自分でもつくれそうですが、それでもやはり熊本で食べたいです。食品の廃棄を減らすため、一つの店舗のなかで再利用してゆくって、ローカル飲食チェーンはSDGsという視点からも学びがありますね。

辰井:「ありますね。たとえば大阪の『551HORAI』ではテイクアウトで売れる約65%が豚まん、約15%が焼売なんです。どちらも“豚肉”と“玉ねぎ”からつくるので、2つの食材があれば合計およそ80%の商品ができます。一度に大量の食材を仕入れられるからコストが抑えられる上に、ずっと同じ商品をつくっているので食材を余らせません」

『551HORAI』の看板商品「豚まん」(写真撮影/辰井裕紀)

『551HORAI』の看板商品「豚まん」(写真撮影/辰井裕紀)

「豚まん」に続く人気の「焼売」(写真撮影/辰井裕紀)

「豚まん」に続く人気の「焼売」(写真撮影/辰井裕紀)

――永久機関のように無駄がないですね。

辰井:「一番人気の豚まんがとにかく強い。『強い看板商品』の存在が、多くの人気ローカル飲食チェーンに共通します。看板商品が強いと供給体制がよりシンプルになり、食品ロスも減る。質のいいものをさらに安定して提供できる。いい循環が生まれるんです」

地元が店を育て、人を育てる

――ローカル飲食チェーンには「全国展開しない」「販路を拡げない」と決めている企業が少なくないようですね。コッペパンサンドで知られる岩手の『福田パン』もかたくなに岩手から手を広げようとしないようですね。

多彩なコッペパンサンドが味わえる『福田パン』(写真撮影/辰井裕紀)

多彩なコッペパンサンドが味わえる『福田パン』(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「『福田パン』は岩手のなかでは買える場所が増えていますが、他県まで出店するつもりはないようです。これ以上お店を増やすと製造する量が増え、『機械や粉を替え変えなきゃならない』など、リスクも増えますから」

――全国進出をねらって失敗する例は実際にありますものね。

辰井:「とある丼チェーン店は短期間に全国へ出店したものの、閉店が相次ぎました。調理技術が行き渡る前にお店を増やしすぎたのが原因だといわれています。地元から着実にチェーン展開していった店は、本部の目が行き届くぶん、地肩が強いですね」

――『福田パン』のコッペパンサンド、とてもおいしそう。食べてみたいです。けれども、基本的に岩手へ行かないと買えないんですね。それが「身の丈に合ったチェーン展開」なのでしょうね。

『福田パン』は眼の前で具材を手塗りしてくれる(写真撮影/辰井裕紀)

『福田パン』は眼の前で具材を手塗りしてくれる(写真撮影/辰井裕紀)

ズラリ一斗缶に入って並んだコッペパンサンドの具材(写真撮影/辰井裕紀)

ズラリ一斗缶に入って並んだコッペパンサンドの具材(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「社長の福田潔氏には、『その場でしか食べられないものにこそ価値がある』というポリシーがあるんです。福田パンは一般的なコッペパンより少し大きく、口に含んだときに塩気と甘さが広がる。とてもおいしいのですが、目の前でクリームをだくだくにはさんでくれるコッペパンは現地へ行かないと食べられない。やっぱり岩手で食べると味わいが違います」

――ますます岩手へコッペパンを食べに行きたくなりました。反面、埼玉の『ぎょうざの満洲』は関西進出を成功させていますね。京都在住である私は『ぎょうざの満洲』の餃子が大好物でよくいただくのですが、他都市進出に成功した秘訣はあったのでしょうか。

「3割うまい!!」のキャッチフレーズで知られる『ぎょうざの満洲』(写真撮影/辰井裕紀)

「3割うまい!!」のキャッチフレーズで知られる『ぎょうざの満洲』(写真撮影/辰井裕紀)

餃子のテイクアウトにも力を入れる(写真撮影/辰井裕紀)

餃子のテイクアウトにも力を入れる(写真撮影/辰井裕紀)

辰井:「関西進出はやはり初めは苦戦したそうです。『ぎょうざの満洲』は関東に生餃子のテイクアウトを根付かせた大きな功績があるのですが、関西ではまだ浸透していなかった。加えて店員と会話せずスムーズに買えるシステムを構築したものの、その接客が関西では『冷たい』と受け取られ、なじまなかった。そこで、できる限り地元の人を雇用し、店の雰囲気を関西風に改めたそうです」

――やはり地元が店や人を育てるという答に行きつくのですね。いやあ、ローカル飲食チェーンって本当に業態が多種多彩で、かつ柔軟で勉強になります。

辰井:「企業ごとにいろんな考え方がありますから、それぞれから学びたいですね」

――そうですよね。私も学びたいです。では最後に、全国のローカル飲食チェーンの取材を終えられて、感じたことを教えてください。

辰井:「ローカル飲食チェーンは地元の人たちにとって、地域を形作る屋台骨であり、アイデンティティなんだと思い知らされました。私は千葉出身なんですが、私が愛した中華料理チェーン『ドラゴン珍來』を褒められたら、やっぱりうれしいですよ。もっと地元のローカル飲食チェーンを誇っていいんだって、ホームタウンをかえりみる、いい機会になりました。読んでくださった方にも、地元を再評価してもらえたらうれしいです」

――ありがとうございました。

「ローカル飲食チェーンを通じて、地元を再評価してもらえたらうれしい」と語る辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

「ローカル飲食チェーンを通じて、地元を再評価してもらえたらうれしい」と語る辰井さん(写真撮影/吉村智樹)

辰井裕紀さんが全国を行脚し、自分の眼と舌で確かめた「ローカル飲食チェーン」の数々。それぞれの企業、それぞれの店舗が、その土地その土地の地形や風習、地元の人々の想いに添いながらひたむきに営まれているのだと知りました。そこで運ばれてくる料理は「現代の郷土料理」と呼んで大げさではないほど地元LOVEの気持ちが込められています。

ビジネス書でありながら、故郷やわが街を改めて愛したくなる、あたたかな一冊。ページを閉じたとたん、当たり前に存在すると思っていたローカル飲食チェーンに、きっと飛び込みたくなるでしょう。

強くてうまい! ローカル飲食チェーン』(PHPビジネス新書)●書籍情報
強くてうまい! ローカル飲食チェーン
辰井裕紀 著
1,210円(本体価格1,100円)
PHPビジネス新書

水戸駅前「丸井」跡を再生、2019年秋に複合ビル誕生

複合商業施設のコンサルティングを行う(株)やまき(東京都港区)は、茨城県「水戸」駅前のマイムビルの再生事業に着手すると発表した。事業主体「合同会社やまき水戸開発」を設立し、複合型オフィス「M’s International(エムズインターナショナル)(仮称)」の開発を進める。
同ビルは、今年9月に閉店した「丸井水戸店」を複合オフィスビルとして再生するもの。常磐線・水郡線・鹿島臨海鉄道大洗鹿島線「水戸」駅徒歩1分に立地する地上10階・地下3階。延床面積は約3万7,681m2。

ビルの最大の特徴は最上階に位置するオフィスで、働くメンバーのための会員制サロンを設置すること。快適なオフィス生活をサポートするための「コンシェルジュサービス」をはじめ、「バー&レストラン」「ライブラリーラウンジ」、シアタースペースを設けた「カンファレンス」、「フィットネスジム」などを備える。

2Fは物販・サービスを中心とした商業フロアで、オフィスと連携した業務サービスやケータリング、仕事の疲れを癒すサービスを提供するテナントも誘致する。また、2階メインエントランスは、JR水戸駅直結のペデストリアンデッキを使用することで雨の日も濡れずにダイレクトインが可能。水戸駅前のランドマークタワーとして、2019年秋にグランドオープンを予定している。

ニュース情報元:(株)やまき