【東京駅30分以内】家賃相場が安い駅ランキング2024年。1位・2位はどちらも千葉の商業施設充実の駅

東北や北陸、東海・関西方面に向かう新幹線をはじめ、JR各線や東京メトロ丸ノ内線も通る東京駅は、名前通りに東京都の玄関口。駅周辺は一大ビジネス街として発展しているうえ複数の再開発事業も進行し、いまなお進化し続ける街と言える。仕事にもおでかけにも便利なターミナル駅だけあり、周辺の家賃相場は高め。駅徒歩15分圏内にある一人暮らし向け物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)であっても、家賃相場は11万4000円となっている。東京駅に近いほうがいい、でももっとリーズナブルな物件を探したい……という人もいるだろう。そこで、東京駅から30分圏内にまで範囲を広げ、同条件の一人暮らし向け物件の家賃相場を調査! 東京駅にアクセスしやすく、家賃相場が安い駅のランキングを見ていこう。

東京駅まで電車で30分以内にある家賃相場が安い駅TOP15

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/東京駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 南船橋 6.4万円(JR京葉線/千葉県船橋市/30分/0回)
2位 津田沼 6.55万円(JR総武線快速/千葉県習志野市/30分/0回)
3位 一之江 6.6万円(都営新宿線/東京都江戸川区/27分/1回)
3位 扇大橋 6.6万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/30分/1回)
3位 瑞江 6.6万円(都営新宿線/東京都江戸川区/30分/1回)
3位 蕨 6.6万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県蕨市/29分/1回)
7位 松戸 6.68万円(JR常磐線/千葉県松戸市/27分/0回)
8位 六町 6.7万円(つくばエクスプレス/東京都足立区/27分/1回)
8位 小岩 6.7万円(JR総武線/東京都江戸川区/19分/1回)
8位 新子安 6.7万円(JR京浜東北・根岸線/神奈川県横浜市神奈川区/30分/1回)
11位 下総中山 6.75万円(JR総武線/千葉県船橋市/26分/1回)
12位 五反野 6.8万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
12位 小菅 6.8万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/25分/1回)
12位 西新井 6.8万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
15位 梅島 6.85万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/29分/1回)
※16位以降は巻末に掲載

1位&2位は、どちらも商業施設が充実した千葉県内の駅南船橋駅(写真/PIXTA)

南船橋駅(写真/PIXTA)

1位はJR京葉線・南船橋駅で家賃相場は6万4000円。千葉県船橋市に位置し、西船橋・新松戸方面に向かうJR武蔵野線も乗り入れている。東京駅までは、JR京葉線に乗って10駅・約30分だ。南船橋駅の北側には船橋競馬場やショッピングモールの「ららぽーとTOKYO-BAY」と「ビビット南船橋」が広がり、その先に住宅街が続く。住宅街を通りつつ、駅から20分も歩くと京成本線・船橋競馬場駅へ。こちらの駅前に来ればホームセンターが利用できる。

南船橋駅に戻って南側を見てみると、駅に直結して2023年11月にオープンしたショッピングモール「ららテラスTOKYO-BAY」、駅南西側には「IKEA Tokyo-Bay」がある。さらにその隣接地には、収容人数1万人規模の大型多目的アリーナ「LaLa arena TOKYO-BAY」が2024年4月17日に竣工したばかり。プロバスケチーム「千葉ジェッツ」のホームアリーナとして使用されるほか、7月にはこけら落とし公演となるMr.Childrenのコンサートが予定されている。このように駅周辺には大型商業施設が豊富にあり、買い物に便利な環境。そのぶん、駅の徒歩15分圏内の住宅の選択肢は多くはないので、徒歩20分圏内くらいに範囲を広げて探すのもいいかもしれない。

津田沼駅(写真/PIXTA)

津田沼駅(写真/PIXTA)

2位には家賃相場6万5500円でJR総武線・津田沼駅がランクイン。JR総武線の快速に乗って7駅・約30分で東京駅に到着する。JR総武線の各駅停車に乗ると、4駅目が11位・下総中山駅(家賃相場6万7500円)、7駅目が8位・小岩駅(同6万7000円)という位置関係だ。津田沼駅は千葉県習志野市にあり、1位・南船橋駅とは直線距離で2.5kmほどしか離れていない。さらに津田沼駅から5分も歩けば新京成線の新津田沼駅があり、西南方面へ徒歩20分少々で京成本線・谷津駅、東南方面へ徒歩15分ほどで京成本線・京成津田沼駅にも行けるという、駅が密集するエリアに位置している。

習志野市の中心地と言える津田沼駅には、改札の内外に飲食店や食品系ショップなどが並ぶ駅ビル「ペリエ津田沼」が併設されている。南口側にはショッピングモール「モリシア津田沼」や、どちらも大型スーパーを核とする複合商業施設「Loharu津田沼」と「奏の杜フォルテ」、北口側にもショッピングモールの「津田沼ビート」や「ミーナ津田沼」、さらにイオンモールやイトーヨーカドーも。駅周辺には飲食店も多く、食事にも買い物にも困らないだろう。

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東京駅からたった19分離れるだけで、家賃相場は4万7000円ダウン!

3位には家賃相場6万6000円となった4駅がランクインした。都営新宿線の隣接駅である一之江駅と瑞江駅、日暮里・舎人ライナーの扇大橋駅、JR京浜東北・根岸線の蕨(わらび)駅だ。この4駅のうち、東京駅までの所要時間が最短である一之江駅をピックアップしよう。

一之江駅(写真/PIXTA)

一之江駅(写真/PIXTA)

東京都江戸川区に位置する都営新宿線・一之江駅から東京駅に向かうには、まず馬喰横山駅に出てから徒歩で馬喰町駅へ行き、JR総武線快速に乗り換える必要がある。しかし、都営新宿線1本で、市ヶ谷駅まで約28分、新宿駅までは約34分で行くことができるのは魅力だろう。地下にある駅から直結するビルでは、コンビニや持ち帰り弁当店が営業中。東口側にはスーパーや100円ショップがあるほか、バスロータリーを囲むようにハンバーガーや中華料理などの気軽に入れる飲食店やコンビニも。東口側と環七通りをはさんだ西口交通広場の周辺には、スーパーやドラッグストア、日常遣いできる飲食店があり、暮らしやすそうな街並みだ。

小岩駅(写真/PIXTA)

小岩駅(写真/PIXTA)

続いてトップ15で東京駅までの所要時間が最短の駅を見てみよう。それは東京駅よりも4万7000円低い家賃相場、6万7000円で8位にランクインしたJR総武線・小岩駅。JR総武線の各駅停車で新小岩駅へ行き、快速に乗り換えると約19分で東京駅に行くことができる。駅の高架下には、地上1階~地下1階にまたがるショッピングセンター「シャポー小岩」がある。1階部分は改札をはさんで千葉側と東京側に分かれており、千葉側は2023年3月に、東京側は2024年3月にリニューアルされた。今春のリニューアル完了により、飲食やスイーツ、ファッション、雑貨のお店など30店舗が加わり、千葉側の地下1階には生鮮市場もあるので日々の買い物に役立つだろう。

小岩フラワーロード商店街(写真/PIXTA)

小岩フラワーロード商店街(写真/PIXTA)

小岩駅から南に約800mも続く「小岩フラワーロード商店街」をはじめ、駅周辺にも複数のスーパーやコンビニ、飲食店があり、にぎやかな雰囲気。また、小岩駅の北口側・南口側ともに大規模な再開発事業が段階的に進められており、2021年には複合商業ビル「FIRSTA Ⅰ」が、2022年には店舗や住宅からなる「FIRSTA Ⅱ」が誕生。今後もさらなる発展が見込まれている。

新子安駅(写真/PIXTA)

新子安駅(写真/PIXTA)

さて、トップ15にはさまざまな街の駅が並んでいるが、東京駅の北側~東側に集中していた。唯一、東京駅の南側に位置しているのが、小岩と同じ家賃相場6万7000円で8位になったJR京浜東北・根岸線の新子安駅。神奈川県横浜市神奈川区にあり、川崎駅に出てからJR東海道本線に乗り換えると計約30分で東京駅にたどり着く。JR京浜東北・根岸線1本でも、東京駅まで40分弱だ。駅の南側すぐ近くには歩道橋で結ばれた京急本線・京急新子安駅があり、さらに南側の臨海部には工業地帯が広がる。住宅街は駅北側が中心。駅前には商業・オフィス・住宅の複合施設「オルトヨコハマ」があり、スーパーやドラッグストア、100円ショップと飲食店が営業している。駅から5分ほど歩いた場所にもスーパーがあり、日々の買い物には困らないだろう。また、駅前に大型商業施設がある川崎駅(家賃相場8万5000円)や横浜駅(同8万7500円)までそれぞれ2駅というロケーションの割に、家賃相場がリーズナブルな点も魅力だ。

トップ50にまで範囲を広げて見てみると、千葉、東京、埼玉、神奈川の各方面にある駅が並んでいる。そのうちランクインした駅が最多となった街は、東京都足立区。トップ15には6駅、16位~50位にも6駅が選ばれている。以下に一覧表を掲載するので、どの駅がランクインしたのかチェックしてみてはいかがだろう。

●16位~50位

16位~50位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、築年数35年未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2023/8~2024/2
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2024年3月25日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

住宅購入検討者の4割近くが将来的な売却や賃貸を検討!柔軟に住み替えるスタイルが広がるか?

リクルートのSUUMOリサーチセンターが「『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)」を公表した。この調査では、住宅の買い時感や住宅検討状況、住宅に関する意識などを聞いている。調査結果の推移を見ると、消費者の意識の変化がうかがえるので、詳しく見ていくとしよう。

【今週の住活トピック】
「住宅購入・建築検討者』調査(2023年)」公表/リクルート

検討している一戸建てとマンション、新築と中古が同率に

調査は、2023年12月に、首都圏、東海圏、関西圏と政令指定都市のうち札幌市、仙台市、広島市、福岡市に住む、20歳から69歳の男女で、過去1年以内に住宅の購入・建築、リフォームについて具体的に検討した人を対象に行われた。

検討している住宅の種別(複数回答)は、「注文住宅」が過半数の56%で、「新築一戸建て」31%、「中古一戸建て」31%、「新築マンション」30%、「中古マンション」30%、「リフォーム」16%となっている。一戸建てもマンションも、経年で見ると中古検討率がじわじわと上がっており、新築と中古が同率となっているのが、今回の特徴だ。

「一戸建てか、集合住宅(マンション)か」を聞く(単一回答)と、「ぜったい」と「どちらかといえば」の合計で、「一戸建て派」が58%、「集合住宅派」が22%と一戸建て派が優勢に。「どちらでもよい」は20%だった。

48%が「買い時と思っていた」と回答、その理由は?

さて、住宅購入環境にさまざまな変化が生じている。都心部のマンションを中心に価格が上昇していることに加え、長期固定型の住宅ローンの金利がじわじわと上昇している。集計対象数6007人のうち、住宅購入・検討者は4240人(賃貸検討者が1767人)。この人たちは、「買い時」と思っているのだろうか?

調査で「買い時だと思っていたかどうか」聞いたところ、48%が「思っていた」(とてもそう思っていた12%+ややそう思っていた36%)、20%が「思っていなかった」(まったくそう思っていなかった6%+あまりそうは思っていなかった14%)となり、買い時の割合が前年(2022年調査)の44%から48%に増加した。

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

ちなみに、「買い時だと思った理由」については、「これからは、住宅価格が上昇しそう」がTOPの45%だった。2位は「いまは、住宅ローン金利が安い」の33%、3位は「いまは、いい物件が出ていそう」の30%だった。

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

買い時と思う理由について、少し考えてみよう。2024年3月に日銀がマイナス金利を解除するなど、調査時点よりも金利のある時代が近づいている。金利について、いま調査をしたら、「金利が上がりそうだから」といった理由が上位に入るのかもしれない。また、住宅価格が高くなっているので、住宅の売り時と判断している人が多いと考えられる。中古の物件が市場に出回ることで、「いい物件が出ていそう」という環境になるかもしれない。

では、今後の住宅価格についてはどうだろうか?価格が上がり続けているのは都心部の住宅なので、それほど上がっていない地域と上がり続けている地域がある状況なのだが、残業時間を規制する2024年問題が拍車をかけて、建設業界の人手不足による建設費の上昇が続いている。流通業界も同様なので、建築資材を運送する費用も上がるなど、住宅の建設費用に下がる要因が見当たらない。したがって、「住宅価格が上昇しそう」な環境は、まだ続くといえるだろう。

住み続けるよりも柔軟に住み替える考え方に変化?

今回の調査の特徴といえるのが、「買い替え」層が増えていることだ。「初めての購入、建築」が63%と最も多いものの、持ち家を売却して新しい家を購入、建築する「買い替え」が年々増えて、2023年調査で29%に達した。もちろん、住宅価格が高くなっているため、売りやすい市場になっていることもあるが、どうやらそれだけではないようなのだ。

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

次に特徴的なのが、「将来的に売却を検討している」層が増えたことだ。「永住意向」が44%と半数近くを占めるものの、売却を検討したり、賃借を検討している層が合わせて38%になっている。購入、建築を検討しているときから、いずれキャッシュ化しようと考えている人が増えているわけだ。

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)※2021年以前は調査なし

では、そう考えている人たちが、売却や賃貸に出すタイミングをどう考えているのだろう?
「土地や不動産の価格が上がったら」、「家が老朽化したと感じたら」、「他に欲しい物件が出たら」といったタイミングを想定している人が増えた一方、「定年退職」などは減っている。

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)

出典:『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)※2021年以前は調査なし

かつては、マイホームが老朽化したらリフォームして住み続け、家族構成の変化など状況が変わったときに売却するという流れだったが、近年は、価格が上がったり、欲しい物件が出たりしたタイミングや、老朽化でリフォームをする前のタイミングで、売却するという考え方に変わっているようだ。

住宅購入を取り巻く環境にも変化が生じているが、住宅を購入、建築する消費者側の意識にも変化が生じている。住み続けることにこだわらず「柔軟に住み替える」スタイルが広がりつつあるので、住宅の流通市場をより整備して、売り買いのしやすい環境をつくっていくことが求められるだろう。

●関連サイト
リクルート「『住宅購入・建築検討者』調査(2023年)」

築30年賃貸マンションの地下に”秘密基地”をつくった!地元を愛する大家兄弟が入居者や地域住民と相模大野で住み続けたい街めざす キチカ「パークハイム渋谷」神奈川県相模原市

楽しそうな人の輪ができていたり、行列ができていたりすると、何があるんだろうと気になるもの。にぎわいは、人と人との出会い、会話、つながりをもたらしてくれます。今回は、賃貸物件を親と2世代で運営している渋谷洋平さん、純平さん兄弟が、相模大野駅近くににぎわいの場・コミュニティスペースをつくり、人の輪を生み出したストーリーをご紹介します。

地下のコミュニティスペース「キチカ」がマルシェに古本市の場に

新宿駅から約30分、小田急小田原線と江ノ島線の分岐で、交通の要衝(ようしょう)の相模大野駅。駅周辺には商業施設が集まり、現在進行型で大規模マンションが建設されている人気の街です。この相模大野駅から徒歩2分、公園に隣接した「パークハイム渋谷」の地下にあるのが、コミュニティスペース「kichika(キチカ)」。週末に古本市やマルシェなどが開催されていたりで、その際は多くの人が足を留めて集まり、会話や交流が生まれています。

相模大野北口公園に隣接。写真中央の11階建ての建物が「パークハイム渋谷」(写真撮影/相馬ミナ)

相模大野北口公園に隣接。写真中央の11階建ての建物が「パークハイム渋谷」(写真撮影/相馬ミナ)

その「パークハイム渋谷」の地下、階段を降りたところにコミュニティスペース「キチカ」があります(写真撮影/相馬ミナ)

その「パークハイム渋谷」の地下、階段を降りたところにコミュニティスペース「キチカ」があります(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

取材時には青木純さんの新刊『PUBLIC LIFE』の出版記念イベントが開催されていました(写真撮影/相馬ミナ)

取材時には青木純さんの新刊『PUBLIC LIFE』の出版記念イベントが開催されていました(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

「キチカ」にはキッチンもあるので、イベント時にはドリンクやフードの提供もできます(写真撮影/相馬ミナ)

「キチカ」にはキッチンもあるので、イベント時にはドリンクやフードの提供もできます(写真撮影/相馬ミナ)

「キチカ」には、イベントスペースのほか、大きな本棚があります。腰掛けスペースもあり、心地よい空間。空間づくりはプロのサポートを受けつつ、兄弟と地域の人や入居者などでつくったものです(写真撮影/相馬ミナ)

「キチカ」には、イベントスペースのほか、大きな本棚があります。腰掛けスペースもあり、心地よい空間。空間づくりはプロのサポートを受けつつ、兄弟と地域の人や入居者などでつくったものです(写真撮影/相馬ミナ)

本棚の一角には住人の本のスペースもあります(写真撮影/相馬ミナ)

本棚の一角には住人の本のスペースもあります(写真撮影/相馬ミナ)

駅前のいわば一等地をひらき、街にあたたかなにぎわいをもたらしているのは、この物件を管理する(有)ミフミの渋谷洋平さん、純平さん兄弟。ともに青木純さんが2016年に開校させた「大家の学校」の一期生です。この賃貸物件のほかに、駐車場、都市農地と遊休不動産の活用実験「畑と倉庫と古い家」などを手掛けています。では、どうして管理している賃貸物件の地下にコミュニティスペースをつくったのか、まずはそのきっかけから聞いていきましょう。

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親とともに経営する大家業。青木純さんがこぼした「人がいないね」に衝撃を受ける

「兄弟ともに別の会社で仕事をしていましたが、2012年に私が、2013年に弟が、ミフミに参画しました。大家業や賃貸業はこれからどうすべきか試行錯誤していたとき、賃貸のイベントで出会ったのが青木純さんでした。全体的に真面目な雰囲気だったのに、青木さんがいる一角だけくだけた雰囲気で、服装もカジュアルで、すごく印象に残っています。そのとき、勇気を振り絞って話しかけたところ、初対面にも関わらず気さくにお話ししてくださいました。

その後、青木純さんが「大家の学校」という学びの場を始めると知り、さっそく一期生として参加させてもらいました。
その際に、思い切って自分たちの物件のサイトを見てもらったら、『人が居ないね』とすぐにひと言、返されて。……今思うと、デザイン性を意識するというか、やっぱりカッコつけていたんでしょうね(笑)」と振り返る洋平さん。

大家業とはなにか、地域や次世代の景観、子どもたちにむけ自分たちはなにができるのか、青木純さんのアドバイスを受けつつ、兄弟で模索がはじまります。

「まず、手掛けたのが、小学校に隣接している自分たちが生まれ育った家。『畑と倉庫と古い家』と名付けて、ちょっとだけ地域にひらくこと。ここは、周囲に畑、倉庫があり、開発と変化が著しい相模原の原風景をかろうじてとどめています。草木生い茂って畑があって、道端でちょっとおしゃべりをして……。何気ない風景ですが、『すごくいいよね』と青木さんにも言ってもらって、とても貴重な場であることに気づきました。次世代に残していくにはどうしたらいいかと思い、周囲になじむように畑を軸に耕していったんです」(純平さん)

畑と倉庫と古い家で話す、青木純さんと渋谷兄弟(写真撮影/相馬ミナ)

畑と倉庫と古い家で話す、青木純さんと渋谷兄弟(写真撮影/相馬ミナ)

小学校に隣接する、渋谷さん兄弟が生まれ育った実家にある畑と芝生。緑が心地よい、ご近所のみなさんの貴重な憩いの場になっています(写真撮影/相馬ミナ)

小学校に隣接する、渋谷さん兄弟が生まれ育った実家にある畑と芝生。緑が心地よい、ご近所のみなさんの貴重な憩いの場になっています(写真撮影/相馬ミナ)

畑の手入れは、渋谷兄弟とはたけ部として携わってくれている知人、地域の知り合いでやっています。メンバーにはパークハイム渋谷の住人もいます(写真撮影/相馬ミナ)

畑の手入れは、渋谷兄弟とはたけ部として携わってくれている知人、地域の知り合いでやっています。メンバーにはパークハイム渋谷の住人もいます(写真撮影/相馬ミナ)

まずはじめたのが、私有地を示す境界物・看板の撤去です。ただ、母屋ではご両親が今も暮らしているので、誰も彼もが入ってきていいわけではありません。

「なので、プランターを置いたり、畑の畝のデザインで、ここからはなんとなく入らないでね、というあいまいな線をつくることで、ゆるやかな区切りを設けています。あくまでも、畑をとおして、周囲や住民さんとゆる~くつながる。ときどき集まり、食べたりできたらいいな、という場にしていければ」(純平さん)

渋谷純平さん。奥の桜が咲いているのが小学校。敷地はプランターでゆるく境界であることを示しています(写真撮影/相馬ミナ)

渋谷純平さん。奥の桜が咲いているのが小学校。敷地はプランターでゆるく境界であることを示しています(写真撮影/相馬ミナ)

つくり込みすぎずに余白をつくることで、愛犬家や子どもたちの憩いの場になるように。するとこれが人と人をつなげ、思わぬ出会いにつながることもありました。

「今、うちにはウサギがいるんですが、このコはもともと隣の小学校で飼育されていたんです。学校で、小屋を取り壊すことになってうちで引き取ることに。そのため、小学校の子どもたちがウサギに会いに来てくれることも多いんです。また、私の同級生が親になり、子どもといっしょに会いに来てくれることもありました」(純平さん)

小学校から引き取られたウサギちゃんはみんなのアイドル(写真撮影/相馬ミナ)

小学校から引き取られたウサギちゃんはみんなのアイドル(写真撮影/相馬ミナ)

年齢を重ねていますが元気そのもの。見ているこちらが幸せになります(写真撮影/相馬ミナ)

年齢を重ねていますが元気そのもの。見ているこちらが幸せになります(写真撮影/相馬ミナ)

味わいがある古屋。青緑瓦(せいろくがわら)がたまりません(写真撮影/相馬ミナ)

味わいがある古屋。青緑瓦(せいろくがわら)がたまりません(写真撮影/相馬ミナ)

母屋のワークショップから「さがみはら100人カイギ」へ。つながりの輪がさらに広がる

次に行ったのが、マンション一室のリノベーションです。プロの力を借りつつ、パークハイム渋谷の住民、地域の人とでワークショップでリノベーションしました。人が集まるのだろうかと心配していたものの、予想以上に集まったそう。こうして畑の活動もしながらワークショップを繰り返していると、思いがけないところから声がかかりました。

リノベーション前(写真提供/ミフミ)

リノベーション前(写真提供/ミフミ)

リノベーション後(写真提供/ミフミ)

リノベーション後(写真提供/ミフミ)

リノベーションのワークショップ中リの様子(写真提供/ミフミ)

リノベーションのワークショップ中リの様子(写真提供/ミフミ)

「地元の相模女子大学教授から『100人カイギ』というのがあるから、相模原でもやってみませんか?と声をかけてもらったんです。どうしようかなと思ったんですが、地元のつながりがほしいと、主催者として関わることになったんです」(洋平さん)

「100人カイギ」とは、「毎回、地元で面白い活動をしている5名のゲストのプレゼンを聞き、ゲストが100名に達したら解散する」というコミュニティ活動のこと。今でこそ日本各地で展開されていますが、そのころはまだ、2箇所目の渋谷区ではじまったばかりでした。

「大変なことも多かった」というさがみはら100人カイギ(写真撮影/相馬ミナ)

「大変なことも多かった」というさがみはら100人カイギ(写真撮影/相馬ミナ)

「2017年だったかな、相模原のシビックプライドが多くの項目で最下位になっていたことを知りました。相模原って広くて、なかなか街の歴史や人のことを知らなかったり、つながりが限定的だったり。自分たちはもちろん、住んでいる人が愛着を持つにはどうしたらいいのか、というのがはじまりです。運営は大変でしたが、ここでかなり知り合いが増えました。ただ、もっと人が集まれる場所があればいいのに……という思いが芽生えてきたんです」(洋平さん)

渋谷家は従来からある大地主ではなく、祖父が曳家業(※)をしていて、少しずつ土地や建物を買い増していたのがはじまりだそう。渋谷兄弟の父の代になり曳家業はたたみ、不動産賃貸業へと形をかえましたが、兄弟ともに地元・相模原への愛着があり、なにか地元のためにしたい、という思いがあったそう。

※建築業の一種。建物を解体せずにそのまま移動する仕事

「2019年の6月末で、『パークハイム渋谷』の地下に入っていた飲食店が撤退することになったんです。かなり迷ったんですが、『地域に開くスペースがほしいよね』『人が集まれ気軽にチャレンジできる場があれば!!』『100人カイギでなかよくなったメンバーと、これからもつながっていきたい。それには場所が必要だよね』という結論にいたりました」(純平さん)

ここまで決めた二人は、パークハイム渋谷の居住スペースと同様、地下スペースもワークショップでリノベーションを実施。ついに「キチカ」が誕生したのです。

本棚だけでなく、腰掛けられるスペースも設置。手を動かすワークショップのなかで入居者から出てきたアイデアだそう(写真撮影/相馬ミナ)

本棚だけでなく、腰掛けられるスペースも設置。手を動かすワークショップのなかで入居者から出てきたアイデアだそう(写真撮影/相馬ミナ)

コロナ禍ということもあり、なかなか人が集めにくい時期もありましたが、大きな達成感はあったそう。
「とにかく場が持てたことで。広がりができたのがうれしかったですね。自分たちだけじゃなくて、いろんな人がいろんな使い方をしてくださる。するとそのことで縁が広がっていく。昔、こうしたらいいねという話をしていたのがこの2~3年でわっと形になっていった感じ。それはすごく感じます」(洋平さん)

穏やかな雰囲気の二人、急がず焦らず、慌てずだからこそ、周囲が助けたくなる、いっしょに何かをしたくなるのかもしれません。こうしてできたコミュニティスペース「キチカ」は、現在、「パークハイム渋谷」の入居者が主催するボードゲームのイベント会場になったり、マルシェになったり、地域の活動場所として活用されています。

英会話学校からマルシェまで。相模原のタテとヨコのつながりをつくる

では、「パークハイム渋谷」の入居者は、どのように感じているのでしょうか。現在、「パークハイム渋谷」で暮らし、ワークショップを開催していることもあるYさんご夫妻、同物件で英会話教室を開いているご夫妻にインタビューしてみました。

まずは、ワークショップを開催したり、畑のお手入れにもよく参加するというご夫妻に話を聞いてみました。

ご夫妻が暮らしている住まいもリノベのお部屋。無垢床なので、はだしで歩くのが気持ちいいそう(写真提供/ミフミ)

ご夫妻が暮らしている住まいもリノベのお部屋。無垢床なので、はだしで歩くのが気持ちいいそう(写真提供/ミフミ)

「二人で暮らすための新しい住まいを探していたところ、渋谷兄弟に出会いました。私が不動産が好きで、リノベしたお部屋とキチカの構想を聞いて『おもしろそう!』と感じたんです。利便性が高い立地とほどよい住民同士の交流が心地よく、入居後も楽しく過ごしています。今はキチカで、『さがみはら一箱古本市』を開いています。一箱古本市とは、箱1つ程度の古本を持ち寄り、交流しながら販売するというもの。コーヒースタンドも出店するほか、まちあるきのイベントも行っています。地域に輪が広がっていく感じがよいですね」(妻)

「さがみはら一箱古本市」開催時の様子(写真提供/ミフミ)

「さがみはら一箱古本市」開催時の様子(写真提供/ミフミ)

(写真提供/ミフミ)

(写真提供/ミフミ)

「自分は東海大学出身で、相模大野の雰囲気の良さは以前から印象にあり、こちらに引越してきました。また、地域のコミュニティ活動にも興味があって、キチカでボードゲームのイベントを実施したり、『畑と倉庫と古い家』の畑のお手入れにも時々携わらせていただいています。
そんな感じで渋谷兄弟との関わり方も程よい距離感となり、ますます相模大野が気に入りました。それが私たち夫婦の今後の人生を変えるきっかけとなりまして、このたび相模大野に家を買うことにもなりました。ですので残念ですが部屋を退去することも決まっています。でも、これからも渋谷兄弟との関係やアクティビティは、ここ相模大野でずっと続いていくと思っています」(夫)

古本市のイベント告知。キチカのイベントはいつも「パークハイム渋谷」のエントランスに貼っておきます(写真撮影/相馬ミナ)

古本市のイベント告知。キチカのイベントはいつも「パークハイム渋谷」のエントランスに貼っておきます(写真撮影/相馬ミナ)

もう一組、一部屋でTSE ACADEMYを営むマーフィートラビスさん、美紀さんご夫妻にも話を聞いてみました。

「TSE ACADEMY」のお二人(写真撮影/相馬ミナ)

「TSE ACADEMY」のお二人(写真撮影/相馬ミナ)

「相模大野駅近くのレンタルスペースで英会話教室をしていたのですが、突然、閉鎖することになり、教室の場所を探していたんです。もともと渋谷兄弟のお父様を存じ上げていたので、『パークハイム渋谷』が居住スペースというのはわかっていたんですが、ダメ元でお願いし、1部屋お借りして、今、教室を開いています。英会話の生徒さんには地元の未就学のお子さんから年配の方もいらっしゃいます。

実は『キチカ』でマルシェも開いているんです。幼稚園のバザーをした時にすごく楽しくて、『キチカ』でもマルシェをやろうと思ったんです。2023年夏と2024年春に開催しました。子どもたちがつくったお店だけでなく、ケータリングカーを誘致したり、ワークショップを実施したり。びっくりするほど人が集まってくれて、こんなにもワクワクできる場所ってほかにないって感動しています」と美紀さんは話します。

マルシェ開催時の様子(写真提供/ミフミ)

マルシェ開催時の様子(写真提供/ミフミ)

賃貸や大家業についてアドバイスをしていた青木純さんはこう話します。
「兄弟二人が自分たちのペースで、少しずつ賃貸を変化させたこと、入居者さんたちの楽しそうな様子を見ていてとてもあたたかな気分になりました。これは予言といってもいいんですが、次は自分たちの賃貸物件にとどまらず、パブリック、外の場所をもっと面白くしていくんじゃないかな、そう思っています」

渋谷兄弟はもともと、「新しい大家業のスタイルを確立する」というような大望を抱くタイプではないと言います。「自分たちが大家として、住民さんと心地よく暮らしていけるにはどうしたらいいか」「住んでいる相模原を好きになるにはどうしたらいいか」を考え、ちょっとずつ、ちょっとずつ試みを行い続けた結果、自分たちも住民たちも、心地よい今があります。まるで渋谷家が代々営んできた「曳家」のように、「ゆっくりと、力強く、着実に」が二人のDNAに刻まれているからかもしれません。

●取材協力
ミフミ
Instagram
さがみはら100人カイギ
大家の学校 ※第11期の締切は5月31日(金)まで。定員に達し次第終了

【京都】再建築不可の路地裏の長屋が子育てに理想すぎる住まいに! 子育て家族の家賃優遇、壁に落書きし放題など工夫もユニーク

都市部に多い路地物件は再建築不可とされているものが多い。リフォームはできても新築ができず、利便性の良い土地なのにうまく活用されていない場合がある。その問題に官・民・専が一体となって取り組み、子育てファミリーに向けて新しく建築した、京都の長屋プロジェクトを取材。実際に路地裏で子育てをしているファミリーにも話を伺った。

再建築不可の物件は実はポテンシャルが高い

再建築不可物件とは、建っている建物を解体して更地にしてしまうと、新たに建物を新築することができない土地のこと。主に建築基準法上の道路と2m以上接道していない場合や、路地や通路(非道路)のみにしか接していない場合も、原則、再建築不可となる。全国的にいうと総戸数6240万7400戸のうち、道路に接していない住戸は129万5500戸、幅員2m以内が292万3600戸あり(総務省統計局 平成30年度調査)、約7%近くが更地にしてしまうと新たに建物を建てることができない。

再建築不可物件の概念

再建築不可物件の概念

路地裏(写真/PIXTA)

路地裏(写真/PIXTA)

ところが基本的に再建築不可物件があるのは都市計画区域内、しかも昔から人々が暮らしていた都市部が中心で、今も人気の高いエリアが多い。再建築不可の物件を上手に活用することは、そのまちの魅力を保つ大きな要素になるはずだ。

東京では、一帯を大規模開発して、まったく違う景色にしてしまう手法が中心だが、京都では路地文化を活かしたまま再構築している例が見られる。リノベーションの技術が進み、どんなに古くても柱や梁など必要な建物の基礎さえ残っていれば、修繕・改修することは可能だが、火事などで建物自体が残っていない場合は、この手法が使えない。

しかし、乗り越えなければならないハードルも高い。京都では、この問題に官・民・専が三位一体となって取り組んでいると聞いた。一部が火事で焼失してしまい残されていた路地(袋路)を他の物件と一緒に再建することを可能にした例は、非常に興味深く、同様の課題に悩む街にとっても参考になると思う。

官・民・専が三位一体となって進める路地再生プロジェクト

京都の魅力の1つに、幅員の狭い細街路と約4,300本以上もあるといわれる行き止まりの通路、袋路(ふくろじ)の存在がある。もともとは人々の生活のために誕生した路地だが、隠れ家のような雰囲気と、京都のローカルな生活を感じられて、最近では、わざわざそういった場所に店舗を持つ場合も増えている。

門や扉がある路地も多い(画像提供/八清)

門や扉がある路地も多い(画像提供/八清)

ところが安全面や市場性という点では、課題を抱えていることが多い。路地奥の家は再建築不可の場合が多く、リフォームはできても、原則建て替え・増改築はできない。プロジェクトを進めるにあたり、山積する問題をひとつずつ解決していく必要がある。

現在、京都市では再建築不可物件の再生を図るために「路地カルテ」という取り組みを行っている。いわゆる再建築不可の敷地であっても、建築基準法の許可を受けることで建て替え等ができる場合があるが、接道許可を受けるまで許可の可否は判断できない。そのため「路地カルテ」を発行すれば事前に許可が可能な路地であることが確認でき、流通の促進になり、早い段階から住宅ローン審査にも応じてもらえる環境づくりを目指せるというものだ。

くわえて驚くことに、京都では「路地の再活用」という取り組みに、官・民・専が三位一体となって一緒に取り組んでいる。1994年に誰もが住みやすい京都のまちづくりをめざしてスタートした建築、不動産、建築行政等専門家のネットワークで構成する「都市居住推進研究会(都住研)」の存在が大きい。

30年以上、まちづくりの観点から路地再生に取り組んできた都市居住推進研究会

都市居住推進研究会(以下、都住研)が主体として「袋路内子育て支援住環境事業」に取り組んできたのが、下京区中堂寺前田町路地長屋再生プロジェクトだ。

今回お話を伺った都住研のメンバーは、京都美術工芸大学教授・京都大学名誉教授の髙田光雄氏(会長)、京都光華女子大学准教授でスーク創生事務所代表の大島祥子氏(事務局)、不動産会社 八清の会長の西村孝平氏(以下、運営委員)、京都女子大学准教授の是永美樹氏、京都美術工芸大学教授の森重幸子氏だ。

(前列左より)運営委員の西村孝平氏、会長の髙田光雄氏、(後列左2番目より)運営委員 森重幸子氏、事務局 大島祥子氏、運営委員 是永美樹氏(画像提供/八清)

((前列左より)運営委員の西村孝平氏、会長の髙田光雄氏、(後列左2番目より)運営委員 森重幸子氏、事務局 大島祥子氏、運営委員 是永美樹氏(画像提供/八清)

「もともとは2014年ごろに京都市から『20 数年前の火災で空き地になっている土地の焼け跡の始末・撤去に持ち主の相談に乗ってほしい』と相談されたことから始まりました。すでに消失しているのでリノベーションで再生するという手法は使えません。問題の解決には、周辺の建物の所有者との協働、さらに行政と一緒になった取り組みが不可欠でした」(運営委員 西村氏)

空き家化が進んでいた袋路内の6区画の土地を集約し、長屋建て住宅4戸を供給する取り組み。4戸の住宅は子育て世帯が快適に住めるように、住戸内、路地空間をその仕様で計画・デザインした。

「2016年から行政も交えて研究を重ね、2018年から国のモデル事業に採択。2方向避難が確保できるなら、特例許可により建設が可能ではないかという話になりました。子育て空間として再生・継承することが、都市課題を緩和することもできるとモデル事業として実施、その知見を他の路地の再生でも使えるようにしたいと考えました」(事務局 大島氏)

しかし、プロジェクトを進めるにあたり、山積する問題をひとつずつ解決していく必要があった。

「所有者が不明になっている土地や国有地(水路跡)も含まれていました。行政との協働なしには進められなかったと思います。また特例許可に必要な『路地・まち防災まちづくり整備計画』の作成や近隣の方々の通路の維持に関するご理解も必要でした。そのために新しく居住する子育て世帯、そして近隣住民が安心して快適に暮らせるための協定書も締結しました」(事務局 大島氏)

このような路地裏がどのように変身するのか(画像提供/八清)

このような路地裏がどのように変身するのか(画像提供/八清)

なぜ路地空間が子育てに適しているかも聞いてみた。

「もともと日本の都市ではいろいろな生活行為が道空間で行われてきました。道がコミュニケーションの場だったのです。私が子どものころだって道で遊ぶのはあたりまえでした。モータリゼーションが進んだ現在、路地は子育ち、子育てという点からも極めて重要な存在だと思っています」(会長 髙田氏)

建築行政というのは自治体がそれぞれカスタマイズしていることが多いが、京都では再建築不可物件を含めすべての建物に手を入れられる可能性がある状況だそう。

「行政の手も届き始め、うまく住みこなす人たちも増えてきました。その人たちに聞くと『路地空間に住んでみたら、結構いいと感じる』と評価が高いのです。子どもが家の前で遊べるのは、目が届くし、他の人にあいさつもできる、意外に使い勝手がいいという意見も聞かれました」(運営委員 森重氏)

「2012年に東京から京都に引越してきて、まず驚いたのは、路地の再活用という取り組みに、行政だけでなく研究者や建築家といった専門家と不動産業者が一緒に取り組んでいることです。東京ではあまり見られない気がします。一般的に路地を活かした事業は大規模にならないので、そんなに収益性がいいわけではありません。八清さんのような地元密着型の事業者さんだからこそ可能となる期待感があります」(運営委員 是永氏)

■関連記事:
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完成した「あさひ長屋」は子育てに適した工夫がいっぱいの空間あさひ長屋。LDKと路地が一体になる設計。格子の扉が美しい(画像提供/八清)

あさひ長屋。LDKと路地が一体になる設計。格子の扉が美しい(画像提供/八清)

下京区中堂寺前田町路地長屋再生プロジェクトは「あさひ長屋」として、2024年完成した。そこで路地空間がどう活かされているか見せてもらった。入口はまったく目立たないが、小さな通路をくぐると驚くほど開放的な空間が広がっている。もともと6軒の家が建っていたという場所は、各住戸が建っていた位置から大きくセットバックしたことで3mの幅員を確保した明るく開放感のある路地に生まれ変わった。

あさひ長屋の敷地配置図(画像提供/八清)

あさひ長屋の敷地配置図(画像提供/八清)

外観は4棟の長屋として設計されているが、それぞれの柱は独立しているので、柱を共有している長屋と比べると強度と防音性が高い構造。これはリノベーションではなく新築物件だから実現した大きなポイントだ。

一角には、住人用の駐輪スペースが設けられているうえに、宅配ボックスも設置され、現代生活に対応した設備も整えられている。

あさひ長屋のA号地。LDKから見た路地空間(画像提供/八清)

あさひ長屋のA号地。LDKから見た路地空間(画像提供/八清)

あさひ長屋のB号地。LDKはタイル貼りで床下暖房が設置されている(画像提供/八清)

あさひ長屋のB号地。LDKはタイル貼りで床下暖房が設置されている(画像提供/八清)

各住戸の間取りは、引戸による大開口が用意されていることがまず第一の特徴だ。1階には風通しが良く路地に開けたLDK(DK)があり、家族だけではなくご近所とのつながりが生まれやすい設計になっている。

1階部分の床はA・C号地が暖かみのある木のフローリングで設えられ、B・D号地がスタイリッシュなタイルと2パターンで仕上げられている。タイルの場合は床暖房を設置しており、冬の底冷え対策もされている。

また2階は和室と洋室を要したプライベートな空間、和室のふすま紙は各戸によって色を変えており、個性を楽しめるようになっている。

更に全戸モニター付インターフォンにすることで、安心して子どもと過ごすことができるように防犯性にも配慮している。

B号地の2階の和室。襖の色は各住戸で異なる(画像提供/八清)

B号地の2階の和室。襖の色は各住戸で異なる(画像提供/八清)

C号地の2階。ロフトスペースもあり、季節外のものなどを置ける(画像提供/八清)

C号地の2階。ロフトスペースもあり、季節外のものなどを置ける(画像提供/八清)

子育て家族には家賃を安くするシステム。実際に路地空間で子育てをしている方に話を伺った

「路地が子育てに向いている」というテーマで開発された中堂寺前田町の「あさひ長屋」。同じように八清プロデュースで路地奥を改修した「さらしや長屋」で暮らしているSさんに、路地でのくらしについて聞いてみた。

さらしや長屋に設置された黒板ボード。子どもたちが思いきり落書きできる(画像提供/八清)

さらしや長屋に設置された黒板ボード。子どもたちが思いきり落書きできる(画像提供/八清)

さらしや長屋の路地にはパーゴラ(※)のあるスペースも(画像提供/八清)※ツタや籐などのつる植物をからませるためにつくられた、棚形あるいはトンネル形の構築物のこと(画像左奥)

さらしや長屋の路地にはパーゴラ(※)のあるスペースも(画像提供/八清)
※ツタや籐などのつる植物をからませるためにつくられた、棚形あるいはトンネル形の構築物のこと(画像左奥)

さらしや長屋は入口の扉をリノベーション後も残している(画像提供/八清)

さらしや長屋は入口の扉をリノベーション後も残している(画像提供/八清)

「マンション住まいのときには経験できなかったような、ご近所とのおつきあいができました。路地の入口には扉があり、そのため用事のない人は立ち入ることはありません。中に入ると顔見知りの人しかいないので、子どもも安心して遊んでいます。子育てを一人でしているのではない、という気持ちになれました。自分の家族だけでなく、周りの方に見守られながら子どもたちが育つのはいいことだと思いますし、私自身、以前よりストレスを感じなくなりました。」

路地裏の長屋には、入口に扉があることもある。リノベーションで取り払ってしまわずに残している。子育て中の家族には、毎月の家賃を抑えるシステムもオーナーの協力で導入している。

「うれしいシステムですね。路地部分には、子どもたちが好きに落書きしてもいいお絵かきスペースがあって、のびのびと落書きができます。賃貸でこんなに子育てのことを考えて作られた物件は他にないと思い、すぐに入居を決めました」

Sさんは入居から約7年、路地空間での子育てに満足して暮らしているようだ。

路地に多い再建築不可物件は、都市部の利便性のいい場所に存在することが多い。その隠れた価値に日を当ててて再活用することは、京都だけではなく全国的に必要とされているはず。今回のプロジェクトは地域に合ったカタチでの解決策を探す、いいきっかけになると思う。

図書館のあるシェアハウス。ご近所さん、夢追い中の人、疲れた人などが多様に学び・癒やされる場所「Co-Livingはちとご」管理人・板谷さんに聞いた 茨城県水戸市

茨城県水戸市に、「Co-Livingはちとご」(以下「はちとご」)という小さな図書館を併設した住み開きシェアハウスがある。「住み開き(すみびらき)」とは、住居などのプライベートな空間の一部を開放し、さまざまな人が集う場所として共有する活動や運動、それらに使用される拠点のこと。「はちとご」や、まちに開いたコミュニティスペース「はちとご文庫」には、近隣の人だけでなく、遠方からも、多様な人が集う。「はちとご」の何が人を引き寄せるのか。この場を立ち上げ、現在も管理人として運営する板谷隼(いたや はやぶさ)さんに、話を聞くため現地を訪れた。

部屋の一部をまちに開いたシェアハウス「Co-Livingはちとご」「はちとご」誕生後、初めて住民全員が集合した日(画像提供/板谷隼さん)

「はちとご」誕生後、初めて住民全員が集合した日(画像提供/板谷隼さん)

2022年当時の「はちとご文庫」(画像提供/板谷隼さん)

2022年当時の「はちとご文庫」(画像提供/板谷隼さん)

筆者が「はちとご」の存在を知ったのは、とあるプラットフォームの「はちとご」に通う大学生の投稿だった。彼が「心あたたまる空間」と表現した「はちとご」でインターネット検索をすると、関わった人たちがさまざまに語っていた。長野と東京で二拠点生活をする女性、多拠点で活動する映像クリエイター、「はちとご」在住の大学生……。共通するのは、「はちとご」が、「大切な場所」であり、「生き方に影響をもたらす場所」だったこと。

現地を訪ねると、「はちとご」は、住宅地の中にあった。「はちとご」を立ち上げた板谷隼さん(以下隼さん)は、自らシェアハウスに住みながら「はちとご」を運営している。「はちとご」が今の場所に引越してきたのは、2023年12月。もともと、「はちとご」は、同じ水戸市内の住宅で始まった。そこが手狭になり、引っ越し先を探し始め、近所のゲストハウスオーナー宮田悠司さんの紹介で、現在の物件に出会う。木造2階建ての一軒家には、かつて診療所として使われていた建物が隣接していた。「ここも使えるかも!」と一目ぼれした隼さんだったが、「もう誰にも貸す気持ちはない」と大家さんに断られてしまう。そこで、大家さんに「はちとご」を見に来てもらうことで理解を深めてもらい、宮田さんの頑張りもあって、無事承諾を得ることができた。今では、大家さんは、隼さんの良き理解者だ。

初代「はちとご」の住居で行われた絵本と短編をテーマにした「はちとご文庫」「(画像提供/板谷隼さん)

初代「はちとご」の住居で行われた絵本と短編をテーマにした「はちとご文庫」「(画像提供/板谷隼さん)

引越し作業では、「はちとご」住民や仲間で庭の草刈りやDIYもした(画像提供/板谷隼さん)

引越し作業では、「はちとご」住民や仲間で庭の草刈りやDIYもした(画像提供/板谷隼さん)

板谷隼さん。「はちとご文庫」のお店番もする(写真撮影/内田優子)

板谷隼さん。「はちとご文庫」のお店番もする(写真撮影/内田優子)

住宅部分をシェアハウス「はちとご」が使い、旧診療所の一部を私設図書館「はちとご文庫」として地域に開放している。シェアハウスには、現在、板谷さんを含む大学生や社会人ら住民6人が暮らしている。そのほか、「月5日住民」「月10日住民」など短期で暮らす住民が4人。足しげく通ってきて時にリビングに泊まっていく人もいる(2024年5月5日現在)

花見弁当づくりの真っ最中。キッチンの窓越しに「一緒におにぎりにぎってよ」と声がかかる(写真撮影/内田優子)

花見弁当づくりの真っ最中。キッチンの窓越しに「一緒におにぎりにぎってよ」と声がかかる(写真撮影/内田優子)

料理長は、普段はカメラマンとして活動している石川大地さん。「はちとご」住民ではないがふらっと来て、お掃除やお料理をしてくれる(写真撮影/内田優子)

料理長は、普段はカメラマンとして活動している石川大地さん。「はちとご」住民ではないがふらっと来て、お掃除やお料理をしてくれる(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らすことで広がった生きる選択肢

大学2年生の時、引越し前の「はちとご」を知った熊谷真輝さん(大学生・22歳)は、「はちとご」で、「自分がこれから進むであろうと思われる道の外で生きている」大人たちに出会い、最初は驚いたという。

「学校生活の枠組みで生きてきたから、大人の印象は、親か先生ぐらいでした。知識を教えようとする大人が多い中、『はちとご』で出会った大人たちは、ぼくらの意見を汲み取って話を聞いてくれました」と熊谷さん。
「いろんな大人がいたんですけど、理学療法士や調理師の資格があるのにあえて定職に就いてない人だったり、大学を4年間で卒業しないで休学して自分と向き合っている先輩がいたり。大人も意思を持って、道を模索しているんだなと。何歳になってもチャレンジする姿勢を『はちとご』の12畳のスペースから、感じ取ることができて、住人になろうと思いました」(熊谷さん)

以前の「はちとご」の「はなれ」と呼ばれていた12畳ほどのコミュニティスペースで本を読む熊谷さん(画像提供/板谷隼さん)

以前の「はちとご」の「はなれ」と呼ばれていた12畳ほどのコミュニティスペースで本を読む熊谷さん(画像提供/板谷隼さん)

「隼さんは、見返りを求めない人。人に施すことに生きがいを感じている人だなと思います」(熊谷さん)(写真撮影/内田優子)

「隼さんは、見返りを求めない人。人に施すことに生きがいを感じている人だなと思います」(熊谷さん)(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らして約2年になる菱田えりかさん(大学生・22歳)さんが、大学へ入学したころはコロナ禍の真っ最中で、授業のほとんどはオンラインだった。

「一人暮らしで寂しい思いをしたので、2年生からは人と関わりたいなと思って。友達から『はちとご』を教えてもらいました」(菱田さん)

しかし、当時、シェアハウスには、男性しか住んでいなかったこともあり、親に反対されてしまった。「それまで周りの期待に応えようとしてきた」という菱田さんだが、気持ちは揺るがなかった。

「どうしても住みたかったので親を説得しました。『はちとご』の人たちは、自分のやりたいことをどんどんやっていて刺激を受けられたし、自分もやってみたいという気持ちがあって。ここに住んだら、わくわくすることが起きるんじゃないかって思えたんです」(菱田さん)

「隼さんは、シェアハウス全体のことを考えている人。気が付くと、誰もやってくれない家事とかゴミ出しとか、掃除をしているのは隼さん」(写真撮影/内田優子)

「隼さんは、シェアハウス全体のことを考えている人。気が付くと、誰もやってくれない家事とかゴミ出しとか、掃除をしているのは隼さん」(写真撮影/内田優子)

忘れられない思い出は、鍋パーティのこと。寒い日に「鍋が食べたい。誰かつくってくれないかな」とつぶやいた菱田さんに、隼さんは、「自分で声かけてやっちゃえばいいんだよ、そういうのは」と声をかけた。

「今までやってもらうのが当たり前だったので、周りの人を巻き込んで、何かをやったのは初めて。新しいことをやるハードルが低くなった感覚はありました。今は、ちゃんと周りを説得して、努力をすれば、全て叶えられるわけじゃないけど、返ってくる分もあるのかなと思っています」(菱田さん)

「はちとご」の住民でお祝いした菱田さんの誕生日パーティ(画像提供/板谷隼さん)

「はちとご」の住民でお祝いした菱田さんの誕生日パーティ(画像提供/板谷隼さん)

学びや気づきがあって回復できる場所でありたい

「はちとご」には、地元の大学生や社会人らが暮らし、近隣の人のほか、隼さんを訪ねてさまざまな年代の人がやってくる。

子どもたちとつくった段ボールハウス「はちとご」(画像提供/板谷隼さん)

子どもたちとつくった段ボールハウス「はちとご」(画像提供/板谷隼さん)

隼さんがどんな思いで「はちとご」を立ち上げたのかをたずねると、意外な答えが返ってきた。

「地域活動と見られることもありますが、自分としての軸は『地域』というより『人』。ただその人が地域にいるから、結果的に地域活動っぽく見えるのかもしれません。また、『はちとご』は僕にとって『やりたいこと』ではなく『見たい景色』だと思っています。みんなが楽しげにしていて、学びや気づきがあって、回復できる場所。誰かが自分から何かを『やってみたい』と言って、それが形になるのを見ているのが好きです。その景色を作るのに、ぼくが手を出す必要があるなら喜んで!というスタンスです」(隼さん)

Instagramの写真は、ほとんどが隼さん撮影。「見たい景色なので僕がその中に入ってなくていい」と隼さん(画像提供/板谷隼さん)

Instagramの写真は、ほとんどが隼さん撮影。「見たい景色なので僕がその中に入ってなくていい」と隼さん(画像提供/板谷隼さん)

引越し前の「はちとご」で行われた絵本イベントの風景(画像提供/板谷隼さん)

引越し前の「はちとご」で行われた絵本イベントの風景(画像提供/板谷隼さん)

勝手に楽しんで勝手に学べる状態を構築する

隼さんの本業は、サッカークラブ「水戸ホーリーホック」のアカデミーコーチ(子どもたちのコーチ)。日々、一緒にボールを蹴りながら、子どもたちに向き合っている。

「場づくりをするときの理想は、ぼくがいなくてもいい状態にすること。『自分で考えさせたいんですけど、どうすればいいですか?』と聞かれることがあるんですが、それだと、自分で考えているって言わないですよね。何もしなくても子どもたちが勝手に学んで勝手に楽しんでいる状態を構築するにはどうしたらいいんだろうっていつも考えています」(隼さん)

現在の「はちとご」。木造2階建て部分がシェアハウス(写真撮影/内田優子)

現在の「はちとご」。木造2階建て部分がシェアハウス(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らす人、通ってくる人の、なんてことのない日常の風景(写真撮影/内田優子)

「はちとご」に暮らす人、通ってくる人の、なんてことのない日常の風景(写真撮影/内田優子)

隼さんが「場づくり」や「まちづくり」にはじめて触れたのは、筑波大学大学院生のころ。大学のサッカー部のコーチをしたり、スポーツ心理学の研究室で活動する傍ら、大学の近くにできたコワーキングスペースに通うようになった。

「さまざまな背景を持つ人が来ていて、仕事をしたり、休憩したり、遊んだり。勉強している中学生の横で、お酒を飲みながらギターを弾いているおとながいて、それぞれが居心地よさそうにしている。ぼくにとって、コワーキング(Co-working)じゃなくて、コリビング(Co-Living)でした」(隼さん)

その後、2020年の春に水戸に引越してきたものの、コロナ禍の真っ最中。「このままでは街に友達ができないかも」と焦った隼さんは、もともと水戸で催されていた「あさみと!」というイベントを引継いで、運営することにした。

毎週月曜に開催していた朝活イベント「あさみと!」(画像提供/板谷隼さん)

毎週月曜に開催していた朝活イベント「あさみと!」(画像提供/板谷隼さん)

「あさみと」は、毎週月曜日の朝、コミュニティスペースやカフェに集まって、隼さんが淹れたコーヒーを飲みながらおしゃべりする会。そこで、イラストレーターのふじのさきさんに出会った。転勤で横浜に引っ越すことになったふじのさんから、『水戸の地を離れがたい』という思いを聞いた隼さん。以前よりシェアハウスの暮らしに興味があったので、「これは自分でつくれということか」と直感。ふじのさんが二拠点目として使えるようなシェアハウスを構想した。家を探し始めてほどなく茨城大学そばに5LDKの物件と出会う。そこが、「Co-Livingはちとご」のはじまりだった。

誕生してから引越しまでの2年間、たくさんの人が訪れた(画像提供/板谷隼さん)

誕生してから引越しまでの2年間、たくさんの人が訪れた(画像提供/板谷隼さん)

シェアハウスやコミュニティ運営する上で苦労したり、時には傷ついたり、怒りを感じることはないのだろうか。

「生活をしていて、あまり人に怒るってことがないんです。寛容でいたいと思っています。例えば台所が散らかっていてイライラが湧いたらふと『誰かがなんとかしてくれると期待してたんだな』と気づいたりしますね。そもそも気になったんなら自分でやるなり、なんとかしようよって自分から発信すればいいんです。そんな雰囲気をつくりたいなと思って、はちとごでは僕のこだわりで掃除当番を決めていません。当番をつくると、掃除しなかった人が責められるんですけど、当番をつくらなかったら、掃除した人が褒められるんじゃないかと思って。立ち上げた頃から当番を作らずどこまでいけるかなと実験しているところです」隼さん)

ただし、その場にいる人が困ってしまうような人が現れた場合、隼さんが間に入って「チューニング」をすることもあるという。

「例えば、年上というだけでえらそうにしたり、自分の話をしゃべり続けたりする人には、ぼくから言います。『いつも自慢話するんだからー』って。ぼくを生意気だと思う人は来なくなるし、それでも来てくれる人はそのうち馴染める人なんだろうなと。自分の力不足で誰かが傷ついたり、悲しい思いをすると、ひどく落ち込みますね」(隼さん)

「もやっとしてそうだなって顔をできるだけ見つけるようにしたい」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

「もやっとしてそうだなって顔をできるだけ見つけるようにしたい」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

回復には、ふらっと入れて、距離を保てる場所が必要

まちライブラリーの仕組みを使った私設図書館「はちとご文庫」は、引越し先で再開し、今では、訪れた人が持ち寄った本で少しずつ蔵書が増えている。

隼さんのお気に入りは、田尻久子さん、塩谷舞さんのエッセイ(写真撮影/内田優子)

隼さんのお気に入りは、田尻久子さん、塩谷舞さんのエッセイ(写真撮影/内田優子)

「本があると、来る言い訳にはなっているんじゃないかな」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

「本があると、来る言い訳にはなっているんじゃないかな」(隼さん)(写真撮影/内田優子)

常連さんがお店番することも(写真撮影/内田優子)

常連さんがお店番することも(写真撮影/内田優子)

ある時、はちとご文庫に、近所の引きこもりの女性がふらっと訪れた。隼さんや他の人が思い思いに作業したり、本を読んでいる空間で、3~4時間ソファでひとり本を読み、「また来ます」と帰っていく。ふとしたきかっけでおしゃべりするようになり、次第に打ち解け合い、ついには「はちとご文庫まで歩く日記」というZINEを発行。今では、はちとご文庫の常連さんのひとりだ。

「地域活性化の取り組みって、元気な人が集まるのが前提なのかな、と時々思います。でも、まちには元気じゃない人ももちろんいて、そういう人にも開いた場でありたいと思っています。ここにはちょっと元気じゃない人も来たりしますが、僕が躍起になってどうこうしようとはあまりしませんね。相談されたら一緒に考えるけど、こちらからは。元気がなくてもふらっと入れて、人といい距離感でいて、徐々に、自分の本来のありように戻っていけるような場になればいいなと思っています 」(隼さん)

「書き手の姿が表れているものが好き」と隼さん(写真撮影/内田優子)

「書き手の姿が表れているものが好き」と隼さん(写真撮影/内田優子)

本をたくさん持っていたので、「自分の本棚をオープンにする感じ」で始めたという(写真撮影/内田優子)

本をたくさん持っていたので、「自分の本棚をオープンにする感じ」で始めたという(写真撮影/内田優子)

「はちとご」は、元気じゃなくても居られる場所

「はちとご」がスタートした時から隼さんと一緒に暮らしてきたむらたゆうきさん(映像クリエイター・24歳)も、「はちとご」で「回復」したひとりだ。

「『はちとご』は、一般的な世間のシェアハウスのイメージと乖離がある気がします。シェアハウスっていわゆるパーティ好きみたいな人がいっぱいワーッていそうなだと思っている人もいると思うんですが、『はちとご』の場合は、一見そうは見えなくても寂しそうな人、人生に疲れている人が多いような気がしてます」(むらたさん)

「『はちとご』に住んだことで、対人関係がより滑らかに進められるようになったと思います」(むらたさん)(写真撮影/内田優子)

「『はちとご』に住んだことで、対人関係がより滑らかに進められるようになったと思います」(むらたさん)(写真撮影/内田優子)

むらたさんは、インターンのため、茨城から東京に出て、合わない仕事を続けたことで、落ち込んでしまい、とても辛い時期があったという。東京から帰って、ふさぎこんでいたむらたさんを心配した隼さんたちは、ある日、むらたさんの部屋に勝手に乗り込んで餃子を焼き始めたという。

「弱ってるときって、きっかけがあると、精神的にすごく距離が縮まると思うんです。それで、家族に近い感覚が上がりました。弱い面も見せていいんだって。ここは、すごく居心地がいいです。2年間ぐらい、全然、違和感なく暮らしています。実家にいるのとあまり変わらないし、隼さんは、親っていうよりは兄弟が増えたみたいな感じです。役職的には管理人なんですけど、お兄ちゃんが一番イメージ近いのかなと思ってますね」(むらたさん)

部屋にこもって動画編集することも。リラックスできるように間接照明にこだわっている(写真撮影/内田優子)

部屋にこもって動画編集することも。リラックスできるように間接照明にこだわっている(写真撮影/内田優子)

隼さんが、「最近、優しくなったと思うよ。より人のために動けるようになった。本当に頼りにしてるよ」と言葉をかけると、むらたさんは、「あまり褒められないんで。毎月取材に来てください(笑)」とはにかんだ。

隼さんからむらたさんに相談したりお願いすることも増えた(写真撮影/内田優子)

隼さんからむらたさんに相談したりお願いすることも増えた(写真撮影/内田優子)

場と人をつなぐと自然と交流が生まれる

「はちとご文庫」に滞在していると、ふらっと訪れる人がいる。必ずしも一緒に何かするわけではなく、思い思いの場所で、本を読んだり、パソコンを開いたりしている。

目線の高さが変わるように椅子やテーブルを配置しているから、一人一人お気に入りの場所が見つかる(写真撮影/板谷隼さん)

目線の高さが変わるように椅子やテーブルを配置しているから、一人一人お気に入りの場所が見つかる(写真撮影/板谷隼さん)

座敷のスペースには絵本が置かれている。隼さんのイチオシは、「うどんのうーやん」(写真撮影/板谷隼さん)

座敷のスペースには絵本が置かれている。隼さんのイチオシは、「うどんのうーやん」(写真撮影/板谷隼さん)

プラットフォームに文章を投稿した横山黎さん。「はちとご」は、「きっかけと思わないきっかけをくれる場所」(写真撮影/内田優子)

プラットフォームに文章を投稿した横山黎さん。「はちとご」は、「きっかけと思わないきっかけをくれる場所」(写真撮影/内田優子)

玄関から見える窓辺に隼さんが灯したライト。「ここにいるよ」と伝わるように(写真撮影/内田優子)

玄関から見える窓辺に隼さんが灯したライト。「ここにいるよ」と伝わるように(写真撮影/内田優子)

隼さんは、「人と人を繋いでるんですね」と言われると「少しもやっとする」という。

「意識しているのは、場と人をどう繋ぐか。それぞれが場と繋がってリラックスすれば、自然と交流が生まれると思っています。『居場所づくり』とも言わないようにしています。通ってくれる人が『ここは自分の居場所だ』と思ってもらう分にはいいんですが、そう思う人が増えてくると初めての人に優しくない場になると思っていて。『居場所づくり』ではなく『場づくり』として、人の流動性が生まれればいいなと思っています」(隼さん)

隼さんは、2024年4月に、新しいチャレンジを始めた。地域の人が自由に利用できる私設図書館とコワーキングやイベントに使えるシェアリビングとを合わせた複合施設の計画だ。私設図書館には、「一箱本棚オーナー」という自分専用の本棚を借りて本を並べる仕組みを取り入れる予定。シェアリビングは、イベントやワークショップを開催できる場所に。それには、地域の人や友達の「ちょっとやってみたい」を応援したいという隼さんの思いがある。物件の改修費用に充てるため、4月10日~5月13日に初めてのクラウドファンディングに挑戦中だ。

「はちとご」住民だったイラストレーターふじのさきさんが描いた私設図書館の利用イメージ(画像提供/板野隼さん)

「はちとご」住民だったイラストレーターふじのさきさんが描いた私設図書館の利用イメージ(画像提供/板野隼さん)

その場所の名前は、「シェアベースmigiwa」。汀(みぎわ)とは、水際や波打ち際のこと。隼さんは、この場所にやってくる人やモノ、情報を、波や風に例えた。

「migiwa」の名は、田尻久子さんのエッセイ集「みぎわに立って」から頂いた(写真撮影/内田優子)

「migiwa」の名は、田尻久子さんのエッセイ集「みぎわに立って」から頂いた(写真撮影/内田優子)

「流動性の中で、訪れる人に学びや回復のきっかけが生まれればいいなと。『あまねく人』が入れる場所が理想ですが、人がやっていることなので相性もありますし、合わない人もいるはずです。だけど、ぼくみたいなことをやる人が地域に増えていけば、その数だけ多くの人をカバーできるんじゃないかと。場を地域にひらく時に理想だと思っているのは、その場に来る人と近隣住民の属性の比率が近くなることですね。私設の公民館を作りたいのかもしれません。将来何か問題が起きても、『ここ大事だから維持しようよ』と皆で話せるといいですね。しかもそれが僕を介さずに起きたら最高です」(隼さん)

取材後に届いたお花見の風景(画像提供/板谷隼さん)

取材後に届いたお花見の風景(画像提供/板谷隼さん)

隼さんが見ている景色を見つめ、思いを辿る中で、コミュニティは、「みんな」の場所である前に、「ひとり、ひとり」の場所なんだと感じた。コミュニティでは近づこう近づこうとしてしまうが、大切なのは距離感。「はちとご」は、コミュニティに「関わりたい人」「つくってみたい人」双方に気づきと学びを与えてくれる。

●取材協力
・はちとご
・クラウドファンディング「水戸で私設図書館&シェアリビング『migiwa』をつくりたい!」

13代続く湘南の地主・石井さん、地域の生態系や風景まもる賃貸住宅で”100年後の辻堂の風景”を住まい手とつくる 「ちっちゃい辻堂」神奈川県藤沢市

コミュニティ賃貸のはしり、賃貸住宅に革命を起こしたといわれる「青豆ハウス」の誕生から10年。タネが芽吹くように、ゆるやかな人と人、人と地域がつながりを持つ個性的な賃貸が静かに増えつつあります。では、どんな人が共感し、どのような暮らしが行われているのでしょうか。湘南にある「ちっちゃい辻堂」を訪ね、その暮らしぶりを取材しました。

13代続く地主の石井光さん。100年後の辻堂の風景をつくりたい

2016年、青豆ハウスをつくった青木純さんは、「大家の学校」を開校しました。これは、日本全国の大家さんや希望者を対象に、「大家業」の実践と学び、出会いの場です。「愛のある大家さんになるにはどうしたらいいか」という視点にたち、「選ばれる場づくり」「関係性のデザイン」を学びつつ、「大家という仕事を描き直す地図」を手に入れる。今までにない学校といっていいでしょう。

■関連記事:
賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

「大家の学校」校長である青木純さんは、「大家として大切にしている6つの向き合い方(①そこにいる、②愛し続ける、③決めすぎない、④気を遣わせない、⑤一人ひとりの居心地を大切にする、⑥場が育つ触媒になる)というのがあるのですが、そのすべてをていねいに実行している方です」と話すのが、大家の学校1期生の、石井光さん。湘南・辻堂で13代続く地主の家系で、現在、小さな村のような賃貸住宅「ちっちゃい辻堂」のほか、コミュニティ農園の代表や田んぼにも携わり、「半農半大家」をしています。

「ちっちゃい辻堂」の大家である石井光さん(左)とお母さま(右)(写真撮影/相馬ミナ)

「ちっちゃい辻堂」の大家である石井光さん(左)とお母さま(右)(写真撮影/相馬ミナ)

ちっちゃい辻堂は、JR東海道線辻堂駅から海側に徒歩13分、平屋3棟と二階建て1棟、集合住宅、畑やみんなで使うコモンハウス「shareliving縁と緑」で構成されています。駅からも近いながら、敷地内にはふんだんに緑が植えられており、鳥のさえずりが心和ませてくれる、サンクチュアリのよう。住民はみな、口をそろえて「とにかく気持ちがいい」と話します。

手前が平屋、右奥には二階建て。建築設計はビオフォルム環境デザイン室(写真撮影/相馬ミナ)

手前が平屋、右奥には二階建て。建築設計はビオフォルム環境デザイン室(写真撮影/相馬ミナ)

取材時はまだ少なかった緑も、5月はこのように(写真提供/石井さん)

取材時はまだ少なかった緑も、5月はこのように(写真提供/石井さん)

竣工は2023年春、相場の賃料より高めの設定ですが、半年かけて満室に。2024年には少し離れた場所にできる第二期の募集をはじめますが、すでに15件ほどの問い合わせが寄せられているといい、着実に注目を集めているのがわかります。

大学では景観生態学を学んでいた石井さんは、地域の生態系や風景、生き物を大切にしたいとの思いを持っていたそう。そのため、プロジェクトのコンセプトは「ゆるやかに集まってつくる土とつながった暮らし」としました。建物には神奈川県産木材を使っているほか、敷地内には井戸が2カ所(どちらも手掘り)、さらに雨水タンク、コンポスト、サウナ、にわとり小屋があり、駐車場と通路はコンクリートではなく、微生物舗装(有機物や炭、石などの資源でつくる舗装の手法のこと)、敷地内の植栽は博覧会開催のため伐採予定だった木々を貰い受けて植えるなど、とにかくエピソードが満載です。

奥が雨水タンク、手前にあるのが井戸。草木や野菜の水やりや防災にもつながります(写真撮影/相馬ミナ)

奥が雨水タンク、手前にあるのが井戸。草木や野菜の水やりや防災にもつながります(写真撮影/相馬ミナ)

コモンハウスの室内。こたつが心地いいですね(写真撮影/相馬ミナ)

コモンハウスの室内。こたつが心地いいですね(写真撮影/相馬ミナ)

敷地内を散歩するメスのにわとりたち。産んだ卵は住民と分け合っているそう。奥には黒いテントサウナ(写真撮影/相馬ミナ)

敷地内を散歩するメスのにわとりたち。産んだ卵は住民と分け合っているそう。奥には黒いテントサウナ(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

完成から1年、住民たちと実験のような遊びを繰り返しながら現在のかたちに。つくり込み過ぎないのも魅力のひとつです(写真撮影/相馬ミナ)

完成から1年、住民たちと実験のような遊びを繰り返しながら現在のかたちに。つくり込み過ぎないのも魅力のひとつです(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

もともとは、築約60年の平屋4軒(最後は2軒)とアパートが立っていましたが、祖父に代わって光さんが経営を担うことになり、この「ちっちゃい辻堂」が誕生しました。他になかなかないコンセプトですが、家族からの理解はすぐに得られたのでしょうか。

「この地域は古くからの地主さんたちが土地を持っていて、相続が発生するごとに、土地が切り売られていき、また相続対策としてのマンション建設もあり、どこにでもある風景になっていっているような気がしていました。それと同時にまちから緑が少なくなり、生き物の居場所も減っていると感じていました。。わが家も相続対策をしないといけなかったのですが、先代にあたる祖父がとにかく借金が嫌だ、何もしない、と意地になっていて、どうにも話が進まない。そのため、ちっちゃい辻堂のコンセプトはできたものの、数年ほどお休み期間もありました」と光さん。

ただ、祖父が年齢を重ね、転倒が続くなどしたことから遺言書と家族信託を急いで作成。祖父の見送りなどもあり、当初の構想から7年ほど時間はかかってしまったものの、「ちっちゃい辻堂」は完成しました。

一方で、光さんのお母様は、先代の娘でもあります。世代的にも立場的にも板挟み、新しい価値観との出合いで、やや複雑な思いで見守っていたそう。

先代の娘でもあり、光さんの母でもある。心配しつつも「ちっちゃい辻堂」を見守り、応援しています(写真撮影/相馬ミナ)

先代の娘でもあり、光さんの母でもある。心配しつつも「ちっちゃい辻堂」を見守り、応援しています(写真撮影/相馬ミナ)

「私の父がしてきた『大家業』と、光のすることはイチから十までぜんぶ逆。父は昔ながらの感覚で、とにかく強烈な人。土地を守っていくことが第一、家は建てたらあとは管理会社にまかせておけばいい。でも光は、住民の引越しの手伝いから、段ボールをまとめて軽トラで公民館に持って行ったり……。よくやっているなあと思っています。ただ、事業にともなって借金をしていますし、不安はありました。そこである時、聞いたんです。『本当に大丈夫なの』って。そしたら光が『ここまでやってうまくいかないなら、この世界は生きている意味がない』ということを言ったんです。ああ、ここまでの覚悟ならもう支えるしかないと腹が決まりました」といいます。

光さんは光さんで、自分にしかできないことを、という覚悟を持っていました。

「地主の家系に生まれ、引き継いだ土地は都市部でも田舎でもなく、しかも離婚していて父親がいないので一代飛ぶ。このポジションにあるので、人が住めば住むほど生態系が回復していくというモデルを社会に広めやすい、そういうお役目があると思っています」(光さん)

大学で生態学を学び、コミュニティデザインやパーマカルチャーなどにも興味があり、コミュニティ農園の代表をしていて、しかも実家は地主業。確かにここまでの条件はなかなかそろわないもの。石井光さんらしいミッション、それが「ちっちゃい辻堂」なんですね。

虫や鳥、植物、微生物を含めた多様な生き物を守るため、除草剤や殺虫剤は基本使用しません。ふかふかの土が心地いい(写真撮影/相馬ミナ)

虫や鳥、植物、微生物を含めた多様な生き物を守るため、除草剤や殺虫剤は基本使用しません。ふかふかの土が心地いい(写真撮影/相馬ミナ)

昔からあった平屋は1棟残し、光さんと大工さんの手でリノベし、共用スペースにしています。2週間に1回の住民の食事会、ヨガ教室、来客の宿泊などに使われています(写真撮影/相馬ミナ)

昔からあった平屋は1棟残し、光さんと大工さんの手でリノベし、共用スペースにしています。2週間に1回の住民の食事会、ヨガ教室、来客の宿泊などに使われています(写真撮影/相馬ミナ)

続いて、実際に暮らしている人に話しを聞いてみましょう。

「住体験を創造したい」。50歳を過ぎて見つけたノイズのない暮らし

浦川貴司さんは、現在、夫妻とお子さん3人の5人家族で「ちっちゃい辻堂」にお住まいです。住民でもありますが、現在は仕事としても「ちっちゃい辻堂」プロジェクト全般に携わっています。

浦川さんの、引越しと転職という大きな変化のきっかけは、子ども達が成長し、賃貸/分譲/注文住宅などのくくりにとらわれず、「次の暮らし、住体験の創造をしたい」と漠然と思い描いていたことにはじまります。

「SNSで『ちっちゃい辻堂』を知り、前に住んでいた家も近くなので、ふらっと行ってみたら光さんがいて、立ち話をしたんです。そこで出た言葉が『100年後の辻堂の風景をつくる』というフィロソフィー(哲学)でした。これは、この1年で聞いた話でいちばんいい話だなと感銘をうけて、2023年秋に引越してきました。ついでにいうと転職もしました(笑)」

浦川さんと石井光さん。ちっちゃい辻堂には、「どこよりも楽しい体験と人生がある」(浦川さん)(写真撮影/相馬ミナ)

浦川さんと石井光さん。ちっちゃい辻堂には、「どこよりも楽しい体験と人生がある」(浦川さん)(写真撮影/相馬ミナ)

「前の住まいを手放すと言ったら、家族はまさに青天の霹靂(へきれき)で『何を言っているんだ』という感じでした。以前の住まいに比べると広さは3分の2 程度、モノもだいぶ処分しましたが、結果からいうと、家族全員ハッピーで満足していますね。朝起きてから就寝するまで敷地内には視界にノイズを感じず気持ちがいい。人との関係、あり方なども含めて、本当に心地いいです」

浦川さんのお住まい。土間と続くリビングを上手に住みこなしています。大人が憧れる空間です(写真撮影/相馬ミナ)

浦川さんのお住まい。土間と続くリビングを上手に住みこなしています。大人が憧れる空間です(写真撮影/相馬ミナ)

「今まで自身の事業のなかでも自分自身も何度も 住宅をつくってきましたが、住まいを買う事は目的ではなく、賃貸でも分譲でも、住まい手の美意識や自己表現を通してどんなライフスタイルを過ごしたいのかという事に向かい合うことがより大切。コロナ禍を経て、新しい、本質的な人生の豊かさに向かい合った住まい方、価値観の変異が起き始めているように思います。美しい暮らし、生き方のセンスというのかな、大きな転換期がはじまっているように思います。

一方で、現在進行系で『ちっちゃい辻堂』で得られた知見というのはとても貴重なものですし、『100年先の辻堂の風景』のためには、より多くの地主さんや大家さんに知ってもらわないといけない。賃料が相場よりプラス設定だとしても、豊かな体験がある住宅には人が集まりエリア相場以上に収益を出していけることを知ってもらいたいですね」

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

浦川さんの書斎スペース。庭に面しているので、自然光が入ってくる設計。当初は小さな商いもできる前提(写真撮影/相馬ミナ)

浦川さんの書斎スペース。庭に面しているので、自然光が入ってくる設計。当初は小さな商いもできる前提(写真撮影/相馬ミナ)

家賃ではなく、新しい暮らし方への投資、共同出資のような感覚

20代のKさんは、デザイナーのパートナーと二人暮らし。前は都内の賃貸住宅で暮らしていましたが、オーナーの事情で退去を迫られ、新たな住まいを探していたそう。

“個”を保ちながら会話が生まれる。ちょうどよい距離感(写真撮影/相馬ミナ)

“個”を保ちながら会話が生まれる。ちょうどよい距離感(写真撮影/相馬ミナ)

「家と仕事をともに振り回されることが続いて、これから”どこに住むか(where to live)を考えるよりどのように生きるのか?(how to live) “ を話し合いこの物件に出合いました。マイクログリッドなどにも興味がありましたが、自分たちでイチからつくるにはムリがある。この物件は、2人で話していた『生き方の実験』にドンピシャなところがいっぱいあって、ゆるくつながりながら、東京にもアクセスできる、それに共鳴したという感じです」(Kさん)

Kさん(左)とYさん(右)の住まい。「ちっちゃい辻堂」の第一印象である、「とにかく心地いい」という言葉が印象的です(写真撮影/相馬ミナ)

Kさん(左)とYさん(右)の住まい。「ちっちゃい辻堂」の第一印象である、「とにかく心地いい」という言葉が印象的です(写真撮影/相馬ミナ)

パートナーのYさんは、以下のように話します。
「建物、敷地の第一印象はすごく気持ちがいい、ということ。光とか風とか、五感に働きかけるところがあって。建築・ランドスケープデザインの人と話しをしたら、すべて理由があって納得しました。コミュニティや共有という概念は、正直、苦手だなと思っていたんです。でも、実際、暮らしてみると誰も何も強制しないし、自発的な交流が生まれる仕掛けがあって、居心地がいい。庭の手入れをしていたら、ワイン片手に食事がはじまったりしてね。住まいは独立しているけれど、それぞれの境界線から色がにじみでる感じ。また新しい色ができているのが、未来的といえるかもしれません」

中央のペンダントライトは浦川さんが持っていたもの。よいものがないか探していたところ、「借してあげるよ」といわれ、借りているのだそう。これもシェアのひとつですね(写真撮影/相馬ミナ)

中央のペンダントライトは浦川さんが持っていたもの。よいものがないか探していたところ、「借してあげるよ」といわれ、借りているのだそう。これもシェアのひとつですね(写真撮影/相馬ミナ)

「自分は3DプリンターやDIYツールをたくさん持っているんですけれど、それを光さんのスペースに置かせてもらう代わりに、他の住民にも使っていいよ、としています。所有ではなく完全な共有でもない。モノや知恵をシェアする暮らし、所有すること、私有と共有についてもよく二人で話あっています。ほかにも、なんでお金が必要なんだっけ、なんの仕事をしたいんだっけなど、豊かさや暮らし、都市やアートについて考え直すことが多く、あらためて人生を見つめ直している感じです」(Kさん)

花やアートのあしらいが上手なお二人。「ちっちゃい辻堂」の暮らしは触発されることが多く、話し合うことも多いのだそう(写真撮影/相馬ミナ)

花やアートのあしらいが上手なお二人。「ちっちゃい辻堂」の暮らしは触発されることが多く、話し合うことも多いのだそう(写真撮影/相馬ミナ)

「引越してきて3~4カ月ですが、得られたものが大きいですね。親には家賃の割には空間は狭いよね、と言われることがあったんですが、単純に空間に家賃を払っているわけではない。生きることやつながりに対しての対価ですよね。暮らしのなかでも、畑をつくる、みそをつくるなど、動詞がすごく増えました。自然との共存という大きな挑戦や、可能性という、大きなものにお金を払っている。そんな感覚があります」(Yさん)

室内にもたくさん自然光が入ってくる間取りです(写真撮影/相馬ミナ)

室内にもたくさん自然光が入ってくる間取りです(写真撮影/相馬ミナ)

アーティストカップルだからこそ、コミュニティに助けられる

もう一組、フラワーアーティストのお二人にも話を聞きました。以前は東京都立川市在住、こちらも引越して半年になります。パーマカルチャー講座で光さんと知り合い、SNSで入居者募集を知ったのがきっかけでした。アーティストである二人にとって、この「ちっちゃい辻堂」はプラスしかない、といいます。

フラワーアーティストのお二人の住まい。写真左の花のオブジェが作品(写真撮影/相馬ミナ)

フラワーアーティストのお二人の住まい。写真左の花のオブジェが作品(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

「まずは、土間があって創作活動の作業がしやすい、水が使いやすい。そして外も緑が多くて気持ちがいい。軒先にドライフラワーを飾ってもいいし、使いきれなかったお花は、まわりのお宅に渡すと喜ばれます。周囲に大工さん、デザイナー、エンジニアがいるので相談できるし、さらに道具まであって。自分が表現したい世界や幅が広がるので、アーティストとしてはプラスしかないです。

アーティスト二人で暮らしていると、それはぶつかることもありますから。でも縁側にいて、誰か来るとおしゃべりして、すっと気が晴れることもあります」

土間があり、水をたくさん使える間取り、そういえばなかないですよね(写真撮影/相馬ミナ)

土間があり、水をたくさん使える間取り、そういえばなかないですよね(写真撮影/相馬ミナ)

「あと、人同士の距離がね、ほんとうに心地いいんです。光さんの考えや価値観を理解したうえで暮らしているので、違和感がないというか。濃密過ぎず、薄いわけでもない。これが新しい暮らしというものなのかな、と思います」

どこを切り取っても絵になります(写真撮影/相馬ミナ)

どこを切り取っても絵になります(写真撮影/相馬ミナ)

縁側のドライフラワー。さり気なくつるしてあるのがかわいい(写真撮影/相馬ミナ)

縁側のドライフラワー。さり気なくつるしてあるのがかわいい(写真撮影/相馬ミナ)

定例の食事会。顔の見える距離感ってこんなに心地いいんですね(写真撮影/相馬ミナ)

定例の食事会。顔の見える距離感ってこんなに心地いいんですね(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

最後に、2週間に1回、開催されている食事会に少しだけお邪魔しました。訪れてみると、住民のみなさんはそれぞれのおうちでつくったご飯とアルコールを持ち寄り、すでに盛り上がっていました。出会って数カ月とは思えないほどですが、とにかくムリなく、自然に、ゆるりと背伸びしない関係ができているようです。石井光さんと仲間たちが耕しはじめた、未来の暮らしはまだまだはじまったばかり。時間がたつほどに味わいを増して、「みんなの居場所」として心地よくなっていく気がします。

●取材協力
ちっちゃい辻堂
大家の学校 ※第11期の締切は5月31日(金)まで

自社物件の孤独死で社会的孤独の課題を痛感。賃貸空室の無料貸出など居住支援活動を大家に広める活動も 岡野不動産合同会社

大学の博士課程で学生として「空き家と居住支援」について研究をしている岡野傑(おかの・すぐる)さんは、アパートやマンション、倉庫を所有するオーナーでもあります。その研究から、高齢者や外国人、低所得者など住まいの確保に配慮が必要な人たちへの支援の必要性を感じ、所有する物件を無料で貸し出すこともあるそうです。ただ、そのようなボランティア的な精神で続けているだけでは世の中にムーブメントは起きないと、同じ志の大家さんを集めるための啓蒙活動も行っているとのこと。

岡野さんがなぜ大家として配慮が必要な人たちの支援に携わるようになったのか、その活動と志についてお話を聞きました。

収益のために始めた大家業。孤独死が発生したことが転機に

岡野さんが初めて大家になったのは2010年のこと。当時はまだ企業に勤めており、自身の成長のためにFP(ファイナンシャルプランナー)の資格を取得しました。ある日、参加しているFPサークルで、財務省が国有地を売却するという話を聞きます。大家をしている友人の影響もあり、貸家業に興味を持った岡野さんは、自己資金で格安の土地と建物を購入。自分でリフォームしながら貸し出し、大家としての第一歩を踏み出したのでした。

転機は、所有物件が100室を超えるくらいまで大家業が軌道に乗ってきたころです。岡野さんは44歳で会社を退職し、専業大家となりました。さらにその翌年から三重大学大学院地域イノベーション学研究科博士前期課程に入学することに。大家として今後の収益を確保していくため「空き家問題」の研究を始めていました。ところが入学してすぐ、岡野さんが貸している物件で立て続けに2件の孤独死が発生したそうです。うち1件は死後1カ月以上も発見されなかったため、片付けに入った岡野さんはゴミ屋敷のようになった部屋や強烈な臭いに衝撃を受けました。

岡野さんの所有するアパートで孤独死が発生したときの部屋の中。孤独死の現場は想像を絶するもので、岡野さんの関心は「空き家」から「住まいに困っている人」へと移っていった(画像提供/岡野さん)

岡野さんの所有するアパートで孤独死が発生したときの部屋の中。孤独死の現場は想像を絶するもので、岡野さんの関心は「空き家」から「住まいに困っている人」へと移っていった(画像提供/岡野さん)

「社会的孤立という現実を目の当たりにして、関心が『空き家』から『人』へと移りました。社会には困っている人が大勢いるということを認識したのは、この時からです。さらに福祉関係の仕事をしている同じ社会人のゼミ生から、精神障がいのある人を支援する中で家を探したところ、全ての物件で入居を断られてしまったという話を聞きました。ゼミ生は、その人のために自ら中古住宅を購入して大家になったそうです。

私はそれまで収益を上げることを目的として大家業をやっていたので、大きな刺激を受けました。そこから『空き家問題』と『住宅に困っている人の問題』を組み合わせた問題解決が、私のライフワークとなったのです」(岡野さん、以下同)

空室を「無料」で貸し出し。論文として発表することで、問題提起も

岡野さんが入った大学院の指導教官は、資源循環やごみ問題などを研究しており、フードロスやフードバンクなどの事例を授業で扱っていました。フードバンクを実際に見てみようと思った岡野さんは、三重県にあるフードバンクを見学した際に、フードバンクと一緒に活動していた市民団体から話を聞くことになります。

当時、その市民団体の事務所はワンルーム。支援のための食料がいっぱいでスペースがないほどでしたが、どこにも行き場のない外国人がそこで寝泊りしたり、付近の川に入って魚を取って生活しているなど、外国人の悲惨な状況を知ることになりました。

「そこで『タダでうちのアパートの空室を1部屋使ってみてください』と提案してみたのです。空室は放っておいてもタダで、貸さなくても収益は0円。物件数100戸程度にまで事業が成長すれば、その1%=1戸を無料で貸し出しても収益に大きな影響はありません。もともと空き家問題の関心から大学院に入ったので、自分の空き家活用の研究にもなると考えました。

市民団体は最初は遠慮されていましたが、いざ借りてもらうと住まいが必要な人が何人も出てきて大助かりだったということでした。さらに食料支援や生活支援の活動から、住居という支援ができるようになって外国人を助けられる幅が広がった、という言葉をもらいました」

岡野さんが行った空き家の無料貸し出しの仕組み。住居の提供は大家である岡野さんが行い、それ以外の生活支援を市民団体が行った(画像提供/岡野さん)

岡野さんが行った空き家の無料貸し出しの仕組み。住居の提供は大家である岡野さんが行い、それ以外の生活支援を市民団体が行った(画像提供/岡野さん)

岡野さんはこの取り組みを論文「民間大家による住宅確保要配慮者に対する家賃無料住宅についての考察」として発表。不動産投資メディアなどでも紹介され、多くの人が知ることになったわけです。

「事業が成長してこそできる」岡野さん流、住まいに困っている人への関わり方

これらの経験を経ながら大家業を始めて13年以上が経ちました。現在、岡野さんが大家として注力している活動は3つあります。

「ひとつは『住まい探しに困っている人の入居申込を断らない』こと。人が暮らしていくには最低限、家が必要です。家賃債務保証会社の審査を通ることが前提ではありますが、基本的に入居を希望する人を断りません。

2つ目は引き続き市民団体と協力し、空室を緊急で住むところを必要とする人のためのシェルターとして活用してもらうこと。現在、私の所有する物件215室のうち、アパートの4室を提供しています。特に外国人は見知らぬ土地で頼る人もいないうえ、ここ三重県では工場で働いている非正規労働者が多く、会社都合で短期に職を失うことも日常茶飯事です。言葉の壁や必要な手続きがわからず、十分な社会保障も受けられていないので、住まいの確保ができません。かなり危機的状況にあるといえるでしょう。

そして3つ目として、高齢者の多い物件で交流会を実施して、住民同士のつながりをつくっています。同じ敷地内に住んでいるにもかかわらず、住人間の関係は希薄でした。時にそれは孤立を生み、孤独死にもつながります。そこで住民同士が仲良く話し合えるきっかけを提供することで、自分たちで協力しあってお隣同士で助け合う関係をつくろうとしています」

定期的に入居者同士の交流会を開催。交流を持つことで入居者の孤立を防ぎ、孤独死や近隣とのトラブル防止にもなる(画像提供/岡野さん)

定期的に入居者同士の交流会を開催。交流を持つことで入居者の孤立を防ぎ、孤独死や近隣とのトラブル防止にもなる(画像提供/岡野さん)

住まいに困る人の受け入れは「不安」「リスク」よりも「メリット」が大きい

当然ながら、高齢者や外国人など、入居に配慮が必要な人たちに物件を貸し出すには、家賃滞納や孤独死など、大家にとってのリスクも考えなくてはなりません。しかし、岡野さんは自身の事業を「住宅セーフティネット業」と位置づけ、困っている人を助けることが仕事だと考えています。このように考えられるようになったのは、所有物件が100戸を超えたころから。収入的にも時間的にも余裕を持てるようになったことも大きいといいます。

「大家は、入居する人たちが暮らし続けるためにしっかりと修繕を行い、税金を払い、金融機関に借りたお金を返済していかなくてはなりません。そうやって成長することで、さらに多くの住まいを求める人たちを受け入れられるのです」

加えて、住まいに困っている人を受け入れることは、社会的な意義だけではなく、オーナーとしての利益につながるとも。

「三重県では空き家率が20%を超える地域もあり、今後も人口減少や新築アパートの増加を考えると賃貸業を継続していくのも難しくなる一方です。ところが、私の所有する物件では入居する人の約20%がいわゆる『住宅確保要配慮者』といわれる住まいに困っている人たち。積極的に受け入れることで、入居率はほぼ95%を維持しており、リスクを考慮しても空室にするより貸し出す方がメリットは大きいと考えています。

さらに物件周辺の整備を含めた地域貢献は、結果的に『入居率が上がり、業績が良くなる』ことにつながり、『融資を受けやすくなって物件を増やすことができる』という好循環をもたらします。そして何よりも、住まいに困っている人たちに住居を提供して社会問題に取り組むことで、社会に役立っているという幸福感を得られるのです」

「空室にしておくなら無料で貸しても収益は変わらない。市民団体にシェルターとして貸し出すことで銀行の非財務項目評価がアップして融資に有利に働くこともある。何より、社会に役立っているという幸福感を得られる」と岡野さんはいう(画像提供/岡野さん)

「空室にしておくなら無料で貸しても収益は変わらない。市民団体にシェルターとして貸し出すことで銀行の非財務項目評価がアップして融資に有利に働くこともある。何より、社会に役立っているという幸福感を得られる」と岡野さんはいう(画像提供/岡野さん)

目指すのは江戸時代の大家さんと店子(たなこ)の関係。同志を増やすための活動も

しかし、岡野さんが行っているような居住支援の活動に興味を持つオーナーは、10人に1人いれば良い方だといいます。

「支援の輪を広げていくためには、社会貢献に興味がないオーナーに『収益アップ』『空室の減少』『空室が少ないことで高く売れる』といったメリットを強調する必要があると思います。そして、管理や滞納などトラブルのデメリットを克服できる方法があることを伝えるべきでしょう」

実際に岡野さんが気をつけていることは「管理をしっかりと行って問題を減らす」ことです。例えば、ゴミの分別がわからない外国人入居者のために日本語と母国語でゴミの出し方を貼り付け、分別できていない入居者を特定できる場合は、直接指導もするのだそう。頻繁に物件に通い、清掃をして入居者に挨拶したり、道路の草を刈ってゴミ拾いをしたりして入居者との間に関係をつくりあげると、トラブルが減り、何かあったときにも対応しやすくなると岡野さんは実感しています。

「私が参考にしているのは、江戸時代の大家さんです。喧嘩の仲裁や仕事や結婚の斡旋など、昔の大家さんは入居者と深く関わり合っていました。現代は業務の細分化や効率化が進み、管理会社に任せっきりなど、経営もドライになりがちです。しかし大家が直接働きかけることで、入居者に寄り添った経営ができると考えています」

週に2回、自ら建物の周りを清掃して、道路のゴミを拾い、入居者に挨拶をする。大家が直接働きかけることで入居者との距離が縮まり、建物や周辺環境が整えば入居が増えるという好循環に(画像/PIXTA)

週に2回、自ら建物の周りを清掃して、道路のゴミを拾い、入居者に挨拶をする。大家が直接働きかけることで入居者との距離が縮まり、建物や周辺環境が整えば入居が増えるという好循環に(画像/PIXTA)

さらに岡野さんのライフワークは、同じような考えを持った大家仲間を増やしていくことにも及びます。敷地内で実施する交流会やパーティーに大家仲間やその家族を呼び、自分の活動を見てもらったり、講演会に呼ばれれば話をしにいくとのこと。これから貸家業をやってみたいと考えている人には、決算対策や運営方法などについて無料で相談に乗ることもあるのだそうです。

海外の大学で発表をしたときの様子。講演会に呼ばれると、岡野さんは時間の許す限り話をしにいくという(画像提供/岡野さん)

海外の大学で発表をしたときの様子。講演会に呼ばれると、岡野さんは時間の許す限り話をしにいくという(画像提供/岡野さん)

いずれの取り組みも「困っている人に住まいを提供するかどうか、最終的に決められるのは物件を持っている『大家』であって、その母数を増やすためにアプローチすることが居住支援の取り組みを広げる近道」だとの思いから。

「私はきっかけをつくるだけ。こういう世界もあるよ、と全国の大家さんの世界を広げることができればいいと考えています」

岡野さんは「今は、賃貸運営で収益を得るよりも『大家さん、ありがとう』の言葉が嬉しい、住まいがなくて困っている人の役に立てることが喜び」だと言います。しかし、岡野さんのように、居住支援を継続できる状態まで、事業を成長させることは、簡単ではありません。そのためには「まずはきちんと貸家業を軌道に乗せ、入口の動機は収益であっても、このような取り組みが必要なことを知ってもらうことが大事」だという岡野さんの考えが、全国の大家さんにも届くことを願います。

●取材協力
岡野不動産合同会社 代表社員 岡野 傑さん

東京の私大新入生の仕送り額、平均額は低水準でも住居費は増加。家賃は8割近く!?

東京私大教連が公表した「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」によると、私大生への仕送りの額は低水準にとどまっている一方で、家賃などの住居費の負担は増えているという。入学にかかる費用も上がりつつあるというので、調査結果を詳しく見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」を公表/東京地区私立大学教職員組合連合(東京私大教連)

「受験から入学までの費用」は過去最高を更新

東京私大教連の調査の対象は、首都圏(1都3県)の私立大学・短期大学13校に2023年度に入学した新入生の家庭。受験から入学までの費用は、自宅通学者が162万3181円(前年度比で1万901円増額)、自宅外通学者が230万2181円(前年度比で4万6801円増額)となり、いずれも過去最高額となった。

特に自宅外通学者では、物価高による「生活用品費」の支出増が大きく、「家賃」や「敷金・礼金」の住居費も上昇している。一方、「受験費用」は1万1500円減額となり、受験校数を減らすなどで費用を抑えていることがうかがえる。

■受験から入学までの費用(住居別)

受験から入学までの費用(住居別)

(出典:東京私大教連「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」より転載)

仕送りの平均月額は8万9300円、家賃の平均月額は6万9700円

自宅外通学の場合、「仕送り額」の平均月額は8万9300円。最近はおおむね横ばいで推移している。(5月は入学直後の新生活や教材の準備で費用がかさむため、6月以降の仕送り額で平均を算出している。)

ところが、「家賃」は上がり続けている。平均月額は6万9700円で、前年より2400円増え、過去最高となった。その結果、年々「仕送り額」と「家賃」の差が縮まり、仕送り額から生活費に充てられる金額が減少する形となっている。平均月額の差額は1万9600円なので、30日で割ると約653円となり、おおむね1日653円で生活することになる。なかなか厳しい状況だ。

■「6月以降の仕送り額(月平均)と「毎月の家賃」の推移 ~月平均の仕送り額は8万9300円

「6月以降の仕送り額(月平均)と「毎月の家賃」の推移 ~月平均の仕送り額は8万9300円

(出典:東京私大教連「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」より転載)

さらに、仕送り額の平均月額に占める家賃の平均月額の割合を見ると、実に78.1%を占め、過去最高の比率になった。

■「6月以降の仕送り額(月平均)に占める「家賃の割合」の推移 ~仕送り額に占める家賃の割合は8割に迫る

「6月以降の仕送り額(月平均)に占める「家賃の割合」の推移 ~仕送り額に占める家賃の割合は8割に迫る

(出典:東京私大教連「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」より転載)

筆者はこのコーナーで、2016年にも同じ調査結果を取り上げた(「首都圏の私大生の平均家賃は6万1200円、どんな物件がある?」)が、2015年度の調査結果(70.6%)について書いていたので、「仕送り額に占める割合は初めて7割を超えることとなった。」としている。それからさらに上昇して、2023年度には8割近くにまで達しているのだ。

では、家賃の平均月額6万9700円で東京の賃貸を探すことを考えてみよう。SUUMOで東京都の家賃相場情報を見てみる(2024年4月10日更新情報)と、ワンルームなら23区内でも家賃相場が7万円を切る区があることがわかった。中野区、杉並区、北区、板橋区、練馬区、足立区、葛飾区、江戸川区だ。このほかの区でも、築年数が古かったり駅から距離があったりする物件なら、7万円を切る家賃のものが見つかるかもしれない。1K/1DKの広さで家賃相場が7万円を切るとなると、23区にはなかったが、立川市、武蔵野市、三鷹市、調布市を除いた東京都下の地域が該当した。

都心部から少し離れれば、希望の家賃や広さの賃貸が探せる状況ではあるようだ。ただし、セキュリティーがしっかりしているとか、宅配ボックスが欲しいなどの条件をつけていくと家賃は上がっていく。物件探しには、優先順位をしっかりつける必要があるだろう。

●関連サイト
東京地区私立大学教職員組合連合(東京私大教連)「2023年度 私立大学新入生の家計負担調査」

入居者のための食堂、昼・夕食500円、朝食はなんと100円! 「トーコーキッチン」開店から9年目。入居者希望増、書籍化など、さらにすごいことになってた!

手づくりの食事を朝100円、昼・夕500円のワンコインで毎日提供する、賃貸物件の入居者のために不動産会社が運営する食堂「トーコーキッチン」。2015年のオープン以降、「街の一角に自分たち専用の食堂がある」という安心感を味わえる魅力的な仕組みによって、賃貸物件への入居希望者が増えるとともに、多くの注目を集め続けています。食堂「トーコーキッチン」のある淵野辺(神奈川県相模原市)を訪れ、8年間の変化について聞きました。

「きっかけは、ご家族から聞こえてきた食事への心配の声でした」

「トーコーキッチン」は、神奈川県相模原市の不動産会社・東郊住宅社が運営する入居者のための食堂。JR横浜線・淵野辺駅から徒歩2分ほどの商店街に立地しています。東郊住宅社は40年以上にわたりJR横浜線・淵野辺駅周辺にあるアパート、マンションなど賃貸物件を管理している、地域密着型のいわゆる「街の不動産屋さん」。

淵野辺には、3つの大学(青山学院大学、麻布大学、桜美林大学)が点在しており、東郊住宅社の管理する物件では1人暮らし用のワンルームが6、7割を占め、そのうちの8割ほどに学生が入居しています。

淵野辺駅から徒歩2分。トーコーキッチンはこんな商店街の一角にあります(写真撮影/片山貴博)

淵野辺駅から徒歩2分。トーコーキッチンはこんな商店街の一角にあります(写真撮影/片山貴博)

ガラス張りで、通りから店内が見えます(写真撮影/片山貴博)

ガラス張りで、通りから店内が見えます(写真撮影/片山貴博)

トーコーキッチン店内。午後のティータイム。大学は春休みに入り、普段、大勢来店する学生さんたちは数人見かけるだけでした(写真撮影/片山貴博)

トーコーキッチン店内。午後のティータイム。大学は春休みに入り、普段、大勢来店する学生さんたちは数人見かけるだけでした(写真撮影/片山貴博)

そうした学生を始めとする入居者のために、トーコーキッチンでは朝8時から夜8時まで毎日、朝食を100円、昼食・夕食を500円という格安価格で提供しています。朝・昼・夕食はそれぞれ栄養バランスを考えてつくられた日替わり&週替わり定食、カレーライス500円やキッズプレート300円、コーヒー・紅茶・ルイボスティー100円、サイドメニュー50円といったメニューがそろいます。

一番人気は「ハヤシ社長」500円。池田さん考案のハヤシライスです(写真撮影/片山貴博)

一番人気は「ハヤシ社長」500円。池田さん考案のハヤシライスです(写真撮影/片山貴博)

「カレー会長」は東郊住宅社を創業した先代社長がこよなく愛したスープカレー。先代の奥様のレシピだそうです(写真撮影/片山貴博)

「カレー会長」は東郊住宅社を創業した先代社長がこよなく愛したスープカレー。先代の奥様のレシピだそうです(写真撮影/片山貴博)

これが100円の朝食。しかも税込みです。「朝食はさすがに赤字です」と池田さん(写真撮影/片山貴博)

これが100円の朝食。しかも税込みです。「朝食はさすがに赤字です」と池田さん(写真撮影/片山貴博)

日替わり定食500円。この日はプルコギ定食でした。ご飯は白米と五穀米から選べます。特に豚汁が美味!(写真撮影/片山貴博)

日替わり定食500円。この日はプルコギ定食でした。ご飯は白米と五穀米から選べます。特に豚汁が美味!(写真撮影/片山貴博)

注文票を自分で記入してカウンターに渡すシステム(写真撮影/片山貴博)

注文票を自分で記入してカウンターに渡すシステム(写真撮影/片山貴博)

食堂を利用できるのは、東郊住宅社が管理している賃貸物件の入居者およそ3000人、物件オーナー約200人、関係協力者、同社社員など。借りている自分の部屋のカードキーで食堂に入るシステムで、鍵の保有者と同行すれば家族や友人も一緒に入店できます。部屋探し中の人も食堂の利用体験ができるほか、近隣に暮らす人も興味があれば1度は利用することが可能だそうです。

「ここを立ち上げたきっかけは、新たに一人暮らしを始める学生さんのご家族から聞こえてきた、食事に対する心配の声でした」と当時を振り返る東郊住宅社社長の池田峰さん。「初めての一人暮らし。偏らずにしっかり栄養をとれる食生活が送れるのか」という親心に対し、そうした心配や不安を入居者サービスの一つとして解決できないかと考え始めたことが第一歩だったそうです。

トーコーキッチンをつくるに至った経緯や思い、その後の影響、食堂での日常風景については、当サイトの記事(「入居者のための食堂」が魅力的すぎ!朝食100円、昼食・夕食が500円で食べられるワケ(2017年1月25日掲載))に詳しいので、ぜひご参照を。

トーコーキッチンの魅力的な仕組みに、「自分の家の近くにもこうした入居者向け食堂があればいいのに」「こんな不動産屋さんがあるなんて、淵野辺ってすてきな街だな」などと、記事の反響も大きかったことを覚えています。

「おかげさまで入居率99%超に」。8カ月も前に入居予約が入るほど!

トーコーキッチンは、入居希望者や物件オーナー、賃貸不動産業界にとどまらず、マスコミや世の中からも数多くの注目を集めました。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、WEBマガジンなど100を超えるメディアで紹介されたことがあり、目にした人も多いのではないでしょうか。

立ち上げから丸8年が経ち、この間にどんな反響や変化が起こったのか、池田さんに聞きました。

東郊住宅社社長・池田峰さん。東郊住宅社のオフィスから徒歩約10分のトーコーキッチンには1日数回訪れて、入居者との交流を図っています(写真撮影/片山貴博)

東郊住宅社社長・池田峰さん。東郊住宅社のオフィスから徒歩約10分のトーコーキッチンには1日数回訪れて、入居者との交流を図っています(写真撮影/片山貴博)

「トーコーキッチンの存在が物件選びの1つの動機となって、入居希望者が増え、おかげさまで今では入居率が99%を超えるまでになりました」と池田さん。

2018年時点の神奈川県の空室率が20.1%(※1)=入居率79.9%という数字から考えると、驚異的な高さです。
※1:公益社団法人全国賃貸住宅経営者協会連合会「民間賃貸住宅(共同住宅)戸数及び空き戸数並びに空き室率の推計」(2018年算出)より

トーコーキッチン以前から、同社管理物件の入居率は95~96%と他に比べて高かったそうですが、今や100%近い割合に。トーコーキッチンのない2015年以前にも高い入居率を保っていたのは、先代が社長時代に導入した「敷金0」「礼金0」「退去時の修繕義務なし(入居者の過失での修繕を除く)」「水漏れや鍵の紛失などの緊急事態に24時間対応」という、先進的な契約条件があったため。そこに食の提供という入居者サービスが加わったことで、「トーコーキッチンがあるから淵野辺に住みたい」「1人暮らしをする子どものために食事環境が安心な東郊住宅社の物件を選びたい」という人が増えたといいます。

「部屋が空いたらすぐに入居希望が入るというありがたい状況です。空く予定がなくても『空いたら入居したい』という方がたくさんいらっしゃいます。昨年はとうとう、引越しシーズンの8カ月も前の6月に、『大学入学で1人暮らしをするので、今から入居の予約はできますか』という問い合わせまで入ることに。新記録ですね。その時点で進学する大学が決まっていない状況だと思うのですが、実際には、淵野辺から片道1時間以上をかけて通学する学生さんもいらっしゃいます」(池田さん)

「学生の入居者さんに関していうと、以前は淵野辺にある3校が近いことから、その学生さんたちがほぼ10割を占めていました。しかし、トーコーキッチン開設以後は、他エリアの大学の学生さんも入居されるようになり、今では2割ほどを占めるまでになりました」と池田さん。

淵野辺駅は新宿や渋谷など都心へ行くには乗り換えが必要で、停車する電車は各駅停車のみ。決して交通アクセスが便利とはいえない街。「乗り換え必須なのにその2割の学生さんたちが、淵野辺に暮らすことを選んでくれたのは、トーコーキッチンがもたらす食の安心感を評価していただいているからなのでしょう」(池田さん)

淵野辺駅北口から見た駅前商店街の様子(写真撮影/片山貴博)

淵野辺駅北口から見た駅前商店街の様子(写真撮影/片山貴博)

桜美林大学のキャンパスは淵野辺駅に隣接(写真撮影/片山貴博)

桜美林大学のキャンパスは淵野辺駅に隣接(写真撮影/片山貴博)

「社会人の方もご高齢の方も、安心な淵野辺暮らしを選んでくれています」

学生以外の入居者も増えたそうです。
「リモートワークが一般化したことで、別の地域から淵野辺に拠点を移した社会人の方がとても増えました。オンラインでのつながりはあるけれど、やはりリアルなコミュニケーションの場があるのは良いということのようです。

また、ご高齢の親御さんを、淵野辺近辺に暮らす子世帯が自宅近くに呼び寄せて、という方々も増えました。たまに顔を合わせられるくらいの近居なら安心。さらに日々の食事はトーコーキッチンがあるからますます安心、というわけです」(池田さん)

入居希望の大きな動機と考えられるトーコーキッチンですが、すべての入居者が食堂を頻繁に利用するわけではなく、常連さんは3割くらいだそう。常連さんにとっても時々利用する人にとっても、「お茶1杯だけでもずっといていいですよ」という姿勢があることで、入居者にとってのサードプレイス(自宅でも職場でもない、居心地の良い第3の場所)的な場所として活用されています。

また、池田さんは1日数回顔を出して、「味はどう?」「部屋で困ったことはない?」と入居者と交流しています。「日本一『味はどう?』って聞いている不動産屋」と自負する池田さん。そうした日々のコミュニケーションも淵野辺で暮らす安心感につながっているのだと思います。

ランチ中の学生さんに気さくに話しかける池田さん(写真撮影/片山貴博)

ランチ中の学生さんに気さくに話しかける池田さん(写真撮影/片山貴博)

笑顔が素敵な食堂スタッフのみなさん(写真撮影/片山貴博)

笑顔がすてきな食堂スタッフのみなさん(写真撮影/片山貴博)

「賃貸物件はすべて自社管理。だからこそ入居者さんに喜んでいただける」

東郊住宅社は賃貸借契約の仲介に加え、取り扱うすべての物件管理及び入居者管理(家賃の入金管理をはじめ、共用部の清掃や不具合の修繕、植栽の手入れなど)を行っています。仲介だけお願いしたいというオーナーの要望には対応していません。「不動産は管理が重要だと考えています。専任で管理をさせていただくからこそ、入居者さんに喜んでいただける仕事がまっとうできると思っています」と池田さん。

以前は1600室ほどだった物件数が、この8年間で1900室に迫るまでになりました。
「当社の管理手数料は物件によって家賃の5~8%と、他の不動産管理会社に比べると安くはない費用をオーナーさんからいただいています。にもかかわらず、『自分の所有物件もトーコーキッチンが使える物件にしたい』と、今までお取引のなかった近隣の物件オーナーさんから興味や共感を持っていただき、管理のご依頼が増えました。さらに、『トーコーキッチンが使える賃貸物件を所有したい』という物件購入の相談も年々増え、現在30人以上のオーナー希望者さんがいらっしゃいます」

こうした動きは、食の提供サービスの存在によって安定した入居率の維持が保てるという、高い付加価値が得られることも含め、物件オーナーが東郊住宅社の物件管理に対する姿勢に大きな信頼を寄せていることをうかがわせます。

「ただ、対象となるのは当社から車で30分圏内の物件です。小さな不動産会社にとって、何かあれば夜中でも駆けつけられる距離の上限だからです。そのため、ご要望があっても場所によってはお断りせざるをえないこともあります」(池田さん)

入居者に寄り添う姿勢は緊急時だけではありません。
2020年には、入居者の困りごとを解決する家事代行サービス「ゴーヨーキーキー」もスタート。5分100円からという利益度外視の安心サービスです。こちらも当サイトの記事(不動産屋さんが家事代行!? 電球交換、虫駆除などのお悩みに5分100円で)に詳しいので、ご覧ください。

日常的に物件状態を把握し、入居者との交流を保ち、食事や家事のサポートの提供によって暮らしの安心を生み出していく。淵野辺で賃貸ライフを送る人にとって、東郊住宅社そのものが街の頼もしい存在となっている状況がわかります。

「入居者用食堂を導入した不動産会社も新たに登場!」

池田さんは以前の取材で「このビジネスモデルの特許取得を勧めてくださる方もいますが、アイデアで儲けるつもりはありません。皆さんの賃貸ライフを楽しくできたらうれしいので、逆に、どんどんまねして導入してくれる不動産屋があればいいと思いますね」と語っていましたが、その後、トーコーキッチンのような入居者向け食堂を立ち上げた企業は登場したのでしょうか。

「私の知る限りでは1社あります。その不動産会社から、同じシステムを取り入れたいと相談を受け、ノウハウをお伝えしたり食堂研修を受け入れたりとご協力させていただきました。現在、既に入居者専用食堂を運営されています」(池田さん)。

「どんどんまねしてもらえれば」という池田さんの言葉とは裏腹に、わかっている限りで同じサービスを導入した企業は1社だけということに意外な気がしました。他にも「実はわが社も」という会社もあるのかもしれませんが……。

しかし、逆に考えると、ここまで入居者・オーナー双方に喜ばれるサービスを追求し継続するというのは、実はとてもハードルが高いこと。誰もが真似できることではないとも感じます。利益度外視の入居者サービスとしての食堂運営、取り扱い物件はすべて自社で管理するなど、入居者が暮らしやすい環境をつくり出していく徹底した企業姿勢を持つからこそ、こうした全方位的に喜ばれるサービスが維持できているのでしょう。

「トーコーキッチンへようこそ!」

トーコーキッチンへの思いを綴った著書『トーコーキッチンへようこそ!』(虹有社)を昨年2023年10月に上梓した池田さん。「ご縁があってこうして1冊にまとめることができました。著書を手にしてくださることで淵野辺に興味を持っていただく機会もさらに増えました」(池田さん)

「お部屋探し帰りのお客様が手に取ってくださり、有隣堂淵野辺店のビジネス書ランキングで週間1位になったことも!」(写真撮影/片山貴博)

「お部屋探し帰りのお客様が手に取ってくださり、有隣堂淵野辺店のビジネス書ランキングで週間1位になったことも!」(写真撮影/片山貴博)

「以前、部屋探しに来られた大学進学予定のお客様から、『実は高校の進路の先生から、暮らすなら東郊住宅社のある淵野辺がいいと勧められて、今日ここに来ました』とお聞きして驚いたこともありました。遠く離れた地の方々にも広く認知されつつあることが、ものすごくありがたいです」(池田さん)

入居者の増加とともに利用者も増え、トーコーキッチンの売り上げも上がっているそうですが、売り上げが上がればその分の利益は良い食材を購入することに還元させているそう。「前年同月比で110%の売り上げアップを目標にしています。新型コロナが5類に移行した月は130%アップ、昨年著書を上梓した後は140%アップとなった月も。ありがたいことに徐々にお客様は増えています」

利益を追求しない入居者サービスの食堂が、それまで関心のなかった淵野辺に人を呼び寄せ、食堂利用者が増えることで食材やメニューが充実するという好循環。全方位に喜ばれるトーコーキッチンそのものが、ある意味広告としての機能を持ち、「住みたい街ランキング」に一度も登場したことのない街に人を引きつけているのです。

「トーコーキッチンを立ち上げてからずっと、毎日の仕事が楽しくて楽しくて。それに、入居者さんや離れて暮らすご家族、物件オーナーさん、そうした皆さんにこんなにも喜んでいただけるということは、トーコーキッチンをやっていなければわからないままだったでしょうね」と、ニコニコの笑顔で語る池田さん。

住む人の安心や喜びを常に考えている不動産屋さんの存在は、淵野辺という街を輝かせているのではないかと感じました。

8年でだいぶ年季が入りました(写真撮影/片山貴博)

8年でだいぶ年季が入りました(写真撮影/片山貴博)

小さなお客様からの「ごちそうさまでした」「おいしかったよ」の可愛いメッセージが(写真撮影/片山貴博)

小さなお客様からの「ごちそうさまでした」「おいしかったよ」のかわいいメッセージが(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
東郊住宅社「トーコーキッチン」
『トーコーキッチンへようこそ!』(虹有社)

【2024年】JR山手線、家賃相場が安い駅ランキング。目白駅と田端駅が8万8000円で同額1位に

先日発表された「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」にて、1都4県に走る鉄道路線のうち「住みたい沿線ランキング」の人気1位に輝いたJR山手線。都心の30駅を環状に結んで走る沿線には東京を代表する駅がずらりとそろい、他の路線に接続するターミナル駅も豊富。さらに日中ならほぼ5分間隔で次々と運転されていて、アクセス性のよさは抜群といえる。そんな便利なJR山手線沿線に住まいを借りるなら、家賃はどれくらい必要なのだろう? 沿線の各駅から徒歩15分圏内にある一人暮らし向け賃貸物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場を調べたところ、全30駅でその相場には最大4万9000円の開きがあることが判明! 気になる調査結果を見ていこう。

JR山手線の家賃相場が安い駅ランキング(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

JR山手線の家賃相場が安い駅ランキング

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目白駅と田端駅が、家賃相場8万8000円の同額1位に

JR山手線の家賃相場が安い駅ランキングの1位には、家賃相場8万8000円の目白駅と田端駅の2駅がランクイン。目白駅は豊島区、田端駅は北区に位置しているが、それぞれどんな駅なのか見てみよう。

目白駅(写真/PIXTA)

目白駅(写真/PIXTA)

目白駅は山手線以外のJR線や他社の路線が乗り入れていない単独駅。JR山手線としては珍しく、全30駅のうち単独駅は新大久保駅(11位・家賃相場9万8500円)と、ここ目白駅の2駅だけだ。そんなこともあってか、両隣に位置する4位・高田馬場駅(家賃相場9万1500円)と8位・池袋駅(同9万3000円)に比べると駅周辺は落ち着いた雰囲気。高校や大学、専門学校など教育機関が多いのも特徴で、駅東側には学習院大学のキャンパスが広がっている。

目白駅は日本初の橋上駅としても知られ、駅出入口は目白通りに面した1カ所。目白通り沿いには複数のコンビニ、飲食店やスーパーなどが入ったショッピングモール「トラッド目白」などが点在している。大通り沿いを離れると閑静な住宅地が広がり、静かな暮らしを求める人によさそうだ。一方で、多彩な商業施設でにぎわう高田馬場や池袋の駅前にも歩いて15分ほどで行くこともできる。

田端駅 南口(写真/PIXTA)

田端駅 南口(写真/PIXTA)

1位になったもう一つの駅、田端駅はJRの山手線に加え京浜東北線が利用可能。駅の北西部には何本もの線路が並行する車両基地が広がり、駅前の橋梁の上や車両基地のフェンス越しに新幹線や機関車、貨物列車が眺められる。駅南口はJR山手線の駅舎とは思えない小ぢんまりとした造りで、どこかのローカル線の駅のよう。2023年にJR東日本が開催したスタンプラリー「東京23区内秘境駅ラリー」のチェックポイントにも選ばれており、都内でありながら「秘境駅」とJR自らが太鼓判を押すひなびた雰囲気は一見の価値アリといえるかも。

田端駅 北口(写真/PIXTA)

田端駅 北口(写真/PIXTA)

一方で田端駅北口には駅ビル「アトレヴィ田端」が併設され、電車を降りてすぐにコンビニやスーパー、ドラッグストア、飲食店などが利用できる便利な環境だ。駅周辺にはショッピングモールなどの大型商業施設はないが、コンビニやスーパーは複数ある。JR山手線の中では知名度は低いかもしれないが、2路線が利用できて日々の買い物には困らず、家賃相場も低めとあって、田端駅は「SUUMO住みたい街ランキング2024 首都圏版」では「穴場だと思う街(駅)ランキング」の16位に選ばれている。

西日暮里駅(写真/PIXTA)

西日暮里駅(写真/PIXTA)

田端駅南口から線路沿いを南へと10分ほど歩けば、荒川区に位置する3位・西日暮里駅へ。家賃相場8万9000円の西日暮里駅にはJRの山手線と京浜東北線、日暮里・舎人ライナー、さらに大手町駅や霞ケ関駅、表参道駅を通る東京メトロ千代田線も乗り入れている。JR駅構内のコーヒーショップやそば店が朝から晩まで営業していたり、駅周辺にも気軽に利用できる飲食店が多数あるのは、あまり料理をしない人にうれしいところ。コンビニやスーパー、ドラッグストアも点在しているほか、駅から南へ10分ほど歩くと約170メートルの通りに60軒ほどの商店が連なる「谷中銀座商店街」も。食料品店や飲食店、雑貨店など多彩な店舗があり、地元の人のみならず食べ歩きを楽しみに来る観光客もいる人気の商店街が近所にあるのは魅力だろう。

谷中銀座商店街(写真/PIXTA)

谷中銀座商店街(写真/PIXTA)

そんな西日暮里駅の駅前では、2030年度の竣工を目指して地上47階建程度の住宅棟と地上11階建程度の商業棟の建築計画が進められている。これが完成するとさらなる街のにぎわいが予想され、家賃相場の上昇もあり得る。リーズナブルに住むなら、今のうちが狙い目かもしれない。

4位以降を見てみると、4位は1位・目白駅に隣接する高田馬場駅、5位は1位・田端駅の隣の駒込駅、6位には3位・西日暮里駅の隣の日暮里駅……と近接する駅が上位に並んだ。なんとトップ11には新大久保駅~鶯谷駅間の連続する11駅がランクインするという結果に。そして12位以降になると家賃相場が10万円以上に突入するので、家賃を10万円未満に抑えたいと考える人は、JR山手線でも北側に位置するこの11駅に狙いを定めて住まい探しをするとよさそうだ。

(図/SUUMOジャーナル編集部)

(図/SUUMOジャーナル編集部)

1駅しか離れていなのに新宿駅より家賃相場が2万円以上も低い駅とは……?

ランキング上位の駅はJR山手線内の北側にある11駅に集中していた。しかし、「家賃は安いほうがいいけれど、どちらかというとJR山手線内でも南側に住むほうが都合がいい」という人もいるだろう。そんな人におすすめなのは、目黒駅~高輪ゲートウェイ駅間の5駅。この区間にランキング12位~16位が集中しているのだ。そのうち最も家賃相場が低い、12位・大崎駅をピックアップしよう。

大崎駅周辺の様子(写真/PIXTA)

大崎駅周辺の様子(写真/PIXTA)

12位・大崎駅は品川区に位置し、家賃相場は10万3000円。山手線や湘南新宿ラインなどのJR各線に加え、お台場エリアの東京テレポート駅や新木場駅に向かう、りんかい線も乗り入れている。駅の北口と南口の改札を結ぶ通路沿いには駅ナカ商業施設「Dila(ディラ)大崎」があり、ユニクロやドラッグストア、飲食店が営業中だ。そして改札を出て駅東側のペデストリアンデッキを進むと、ショッピングモールとオフィスビルからなる「ゲートシティ大崎」や「大崎ニューシティ」へ。駅西側にも同様にオフィス棟と商業棟を備えた「ThinkPark」がある。

このほかにも大崎駅周辺には近年の再開発で誕生したオフィスビルや複合ビルが立ち並び、古くからの住宅街はその外周に広がるような街並みだ。また駅西側では2025年度内の竣工を目標に、住宅や事務所、店舗、保育所などを備えた地上37階・地下3階建てのビルを建設中。この先も発展が期待できる街といえそうだ。

ここまで見てきたように、隣り合う駅同士の家賃相場は上下しつつも似たような価格帯となっている。距離的に近いエリアなのだから当然とも言える一方で、ランキングを見ると隣接する駅と比べて家賃相場が大きく下がる駅も判明。最もその開きが大きいのは、24位・新宿駅(家賃相場12万1000円)に隣接する11位・新大久保駅。家賃相場は新宿駅と比べて2万2500円も低い、9万8500円だ。新宿駅~新大久保駅間は直線距離で約1.3km、歩いても20分ほど。近距離でありながら新宿駅よりも家賃相場がグッとリーズナブルな新大久保駅は、どんな駅なのだろうか。

新大久保駅(写真/PIXTA)

新大久保駅(写真/PIXTA)

11位・新大久保駅は新宿区にあり、前述の通り1位・目白駅同様にJR山手線しか通っていない単独駅。この点も立地のわりには家賃相場が低い理由の一つかもしれない。とは言え新大久保駅から西へ5分も歩くとJR中央線・大久保駅があり、周辺住民は2路線が利用可能だ。駅周辺はさまざまな商店が立ち並んでいる。日本屈指のコリアンタウンの一つでもあり、2000年代の韓流ブームをきっかけに韓国のグッズやグルメを求めて観光客が訪れる街として知られるようになった。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

新大久保駅は桜美林大学の新宿キャンパスや早稲田大学の西早稲田キャンパスに近いこともあって現在も多くの若者でにぎわい、人気店に行列ができることも珍しくない。韓国以外もアジア諸国を中心にさまざまな国の店があって国際色豊か。観光客向きのお店だけではなく、スーパーやドラッグストアといった日常生活を支える店舗もそろっている。駅前の喧騒を離れ、10分ほど歩けば「東京都立戸山公園」へ。都心でありつつ緑に囲まれた憩いの場へふらりと行ける点も魅力だ。そして先ほど述べたように、新宿駅までも歩いて20分ほど。「新宿に住みたいけど予算オーバーだな……」というときは、新大久保駅周辺で住まいを探すという手もアリだろう。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されているJR山手線沿線の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)、築年数35年以内
【データ抽出期間】2023/7~2023/12
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

高齢者、障がい者、外国人など、住まいの配慮が必要な人たちへの支援の最新事情をレポート。居住支援の輪広げるイベント「100mo!(ひゃくも)」開催

2023年11月30日、SUUMO(リクルート)では“百人百通りの住まい探し”をキャッチコピーとした居住支援の輪を広げるプロジェクト「100mo! (ひゃくも)」のイベントを開催しました。これまでもSUUMOでは当プロジェクトの一環として高齢者、外国人、障がい者、ひとり親、LGBTQなど、住まいの確保に配慮が必要な人たちへ向けた取り組みを行う団体や企業を特集記事で紹介してきました。

記念すべきその第1回目のイベントとなった今回は、賃貸住宅業界で居住支援をリードする4社の表彰を行い、各社の取り組みの共有や、パネルディスカッションを通じて「これからの居住支援」について考える会になりました。日々、取り組みを続ける人たちのアツい想いが渦巻いた当日の様子を、詳しく紹介します!

百人百通りのお部屋探しを。賃貸住宅業界が一丸となって目指すためのイベント

「100mo!」というプロジェクト名には、「あなたも。私も。みんなも。」、つまり部屋探しをする人も、部屋を提供する不動産会社も、賃貸オーナーさんも、住まいにかかわる全ての人が、満足のできる住まい探しを応援し、実現する社会を目指す、という想いが込められています。

「100mo!」のカラフルなロゴの上には、「あなたも。私も。みんなも。百人百通りの住まいとの出会いを♪」のキャッチコピー(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「100mo!」のカラフルなロゴの上には、「あなたも。私も。みんなも。百人百通りの住まいとの出会いを♪」のキャッチコピー(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

いまの日本の社会には「住宅確保要配慮者」といわれる、高齢者、外国人、障がい者、ひとり親世帯、LGBTQ、生活保護受給者など、住まい探しや入居中・入居後に配慮が必要な人たちがいます。家賃滞納や入居中・入居後のトラブルを懸念するオーナーさんや管理会社の判断によっては入居を断られたり、入居審査に通らないことがあります。また、入居してからもこれらの配慮が必要な人たちが安心して暮らせるように、管理会社やオーナーさんが安心して貸せるように、見守りや日々の生活におけるサポート、コミュニケーションが欠かせません。これらを避けずに、むしろ積極的に取り組んでいくことが「居住支援」です。

この「居住支援」を行う企業や団体のメンバーを中心として、当日のイベントの会場には約80名が出席。さらにオンラインでの参加も含め、多くの人がスピーカーの話に耳を傾け、言葉を交わしました!

当日の会場の様子。約80名の出席者以外にも多くの人がオンラインで参加した(撮影/唐松奈津子)

当日の会場の様子。約80名の出席者以外にも多くの人がオンラインで参加した(撮影/唐松奈津子)

住まいの確保に配慮が必要な人たちへの取り組みで業界をリードする、4社を紹介!

会の冒頭でイベント開催に込めた想いを共有した後は、「居住支援」をリードする4社の表彰と取り組み内容の紹介から始まりました。4社に共通するのは住まいを貸す側(オーナー)の偏見や不安を取り除き、借りる側(入居者)の暮らしに伴走し続けていること。仲介業や賃貸管理業という仕事において、私たちが見ている「貸す」「建物を管理する」という部分はほんの一部であることに気づかされます。

愛知県名古屋市で賃貸住宅の仲介と9万1000戸の管理を行うニッショーは、高齢者が安心できる見守りサービス「シニアライフサポート」を提供しています。2013年にサービス付き高齢者向け住宅が社会的な話題となり、建築ラッシュとなった際に、賃貸住宅を探す高齢者に紹介できる物件が少ないことに気づき、社内で起案。電話での安否確認やセンサーなどの機器も活用した見守りで、高齢者とその家族が安心して暮らせるサービスを提供しています。(関連記事)

ニッショーの佐々木靖也さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

ニッショーの佐々木靖也さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「シニアライフサポート」の紹介(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「シニアライフサポート」の紹介(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「入居者ファースト」で、あらゆる人の「入居を拒まない」取り組みを続ける京都府京都市の長栄。国内外から多くの観光客が訪れる京都市では提供できる賃貸住宅が限られ、身寄りのない高齢者や外国人は入居を断られるケースが多くありました。そこで、コールセンターやセキュリティー会社、家賃保証会社などとの連携により見守りや生活サポートサービスを提供。また、外国人スタッフを採用するなどして、外国人の入居や生活をサポートしています。(関連記事)

長栄の奥野雅裕さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

長栄の奥野雅裕さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

外国人向けの取り組みを紹介するスライド(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

外国人向けの取り組みを紹介するスライド(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

福岡県を中心に15店舗、4万4000戸を管理する三好不動産は、高齢者、外国人、LGBTQなど、あらゆる人の住まい探しに寄り添っています。それぞれの人たちが抱える問題や事情に違いはあっても「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という基本姿勢のもと、店舗を訪れる人たちのさまざまなニーズにいち早く応えてきました。NPO法人の設立や外国人スタッフの採用、LGBTQの専任担当者の設置など、その取り組みは賃貸住宅全体をリードしているといっても過言ではありません。(関連記事)

三好不動産の原麻衣さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産の原麻衣さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産では「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という想いで日々の業務に取り組んでいる(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

三好不動産では「すべての人に快適な住環境の提供をしたい」という想いで日々の業務に取り組んでいる(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

東京都足立区にあるメイクホームは、障がいのある従業員の部屋探しが難しかった原体験から、高齢者や低所得者、精神障がいのある人や車椅子の人などのお部屋探しに取り組むように。自身も視覚障がいのある社長や、障がいのある家族をもつスタッフが中心となって伴走しています。特徴的なのは、築古で空室になっているアパートなどを投資家から預かった資金でリフォームして提供する「完全管理システム」。日頃のサポートや万一のときの対応も、ノウハウのある同社が全て対応することでオーナーの不安とリスクを軽減しています。(関連記事)

メイクホームの石原幸一さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

メイクホームの石原幸一さん(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「完全管理システム」の仕組み(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「完全管理システム」の仕組み(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

居住支援の取り組みの裏側、収益化の方策も惜しみなく。真剣に本音を語るセッション

4社の代表者がそろって登壇したパネルディスカッションは、登壇者もその話を聞く参加者も、全員が真剣な面持ちで臨んだ時間になりました。サービス提供の裏側のリアルな話や、ビジネスとして成立、継続し続けるためにどのようにしているのかなど、ここでしか聞けない、率直な疑問への答えも。

当日のパネルディスカッションの様子。ゲストたちが真剣な面持ちで取り組みの裏側を語った(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

当日のパネルディスカッションの様子。ゲストたちが真剣な面持ちで取り組みの裏側を語った(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

「ソーシャルビジネスとしての位置づけで収益を追いかけていない。グループ会社10社の中で、儲かる会社で儲けて、儲からない会社はそのままでいい」(メイクホーム・石原さん)

「高齢化社会で入居する人が減る中で9万1000戸の管理物件をどう収益化するか、活用するかを考えた結果。高齢者の方にとって有益なサービスを追求したところ、仲介手数料に加え、空室率が上がれば管理収入も上がり、付帯サービスの手数料が加わった。さらには会社のブランド力や知名度も上がった」(ニッショー・佐々木さん)

さらに質問者からの「アイデアを具体的な一歩にするためのきっかけは?」という質問には、「チームのスタッフのマインドが一つの方向に向いていると、スタッフが自主的に動くようになり、お客さまからも感謝の声をもらったりすることで一層推進された」(長栄・奥野さん)、「最近ようやく、LGBTQのイベントなどで感謝の声をいただけるように。取り組みの効果を実感するまでには長い時間がかかる」(三好不動産・原さん)、「最初の説明会で『これはいいね』と良い反応をもらえたことで改めて社会に必要とされていることを認識し、プロジェクトを推進する後押しになった」(ニッショー・佐々木さん)など、温かいエピソードとともに笑顔がこぼれる場面もありました。

真剣な話の中でも、心が温まるエピソードに笑顔がこぼれる場面も(撮影/唐松奈津子)

真剣な話の中でも、心が温まるエピソードに笑顔がこぼれる場面も(撮影/唐松奈津子)

今日のイベントを起点に「大きなムーブメント」へ。これからに期待が高まる

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「民間の賃貸住宅ストックを活用する上で大家さんの不安はしっかりとらえた上で、どういう対応をすれば住まいを求める人とのニーズをマッチさせることができるのか、各地域でいわばwin-winの関係をつくっていくにはどうしたらいいか、国でも考え続けながら制度や予算を検討していきたい」と言います。

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「まだ具体的な話ができる段階ではないが、複数の省をまたいで検討を重ねているので、これからの国の動きも注視してもらえれば」と語った(撮影/唐松奈津子)

国土交通省 住宅局 安心居住推進課の津曲共和さんは「まだ具体的な話ができる段階ではないが、複数の省をまたいで検討を重ねているので、これからの国の動きも注視してもらえれば」と語った(撮影/唐松奈津子)

ゲストスピーカーとして登壇したNPO法人抱樸 代表、全国居住支援法人協議会 共同代表の奥田知志さんは「親子や親族が助け合って暮らす古い家族のモデルを前提とした現在の制度」と「単身世帯が38%を占める現状」との隙間やギャップを埋める仕組みとして、居住支援の必要性を訴え続けます。

奥田知志さんは、当日のゲストスピーチの中でも多くの課題の提起と解決策の提言をしていた(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

奥田知志さんは、当日のゲストスピーチの中でも多くの課題の提起と解決策の提言をしていた(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

参加者からは「マイノリティにしっかり目を向けていこうとする、住宅・不動産業界の姿勢みたいなものを感じた」「住まいは生活のスタートライン。一番大事な土台なので、このようなイベント・取り組み共有の場があることで、よりたくさんの人が生活しやすく、生きやすくなるといい」という社会や業界へ向けたエールの声が。会場参加者に一言を求めたメッセージボードにも、「今日のイベントから大きなムーブメントを」「より優しい業界の初めの一歩に」といった“これから”を感じさせる言葉が並んでいました。

会場に掲示された「100mo!」メッセージボードには、未来への期待を感じさせる言葉が並んだ(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

会場に掲示された「100mo!」メッセージボードには、未来への期待を感じさせる言葉が並んだ(画像/SUUMO「100mo!」プロジェクト)

ゲストスピーチの中で奥田さんは多くの提言をしていました。住宅確保要配慮者と呼ばれる、住まいの確保が困難な人たちへ向けた住宅の確保には、「セーフティネット住宅の基準の見直しによる拡大」「民間賃貸住宅だけではない、公営住宅など公的賃貸住宅の積極的な活用」「地域における居場所(サードプレイス)の確保」。大家さんがより貸しやすくするための「家賃債務保証制度の充実」や「住宅扶助の代理納付の原則化」や「残置物処理等の負担を軽減できる仕組み」の必要性などです。

登壇した4社も社会の抱える課題に一つひとつ向き合い、解決策を模索し続けた結果、ビジネスに結びつけています。日々、居住支援に取り組む人たちが集まった会、この場に集まる人たちの想いとアイデアを束ねて大きなムーブメントにしていくことで、国や自治体を巻き込んでより多くの人が安心して暮らせる住みやすい社会になる、そんな可能性を感じさせる時間でした。

●取材協力
・株式会社ニッショー
・株式会社長栄
・株式会社三好不動産
・メイクホーム株式会社
・全国居住支援法人協議会
・認定NPO法人抱樸
・国土交通省

【慶應義塾大学】一人暮らし賃貸の家賃相場ランキング2024年! 日吉&三田キャンパス周辺のクチコミ&オススメ情報

大学進学を機に、新年度から一人暮らしをスタートさせる人も多いはず。そんな人の参考になるように今回は慶應義塾大学で学部数が多い、日吉キャンパス(神奈川県横浜市)と三田キャンパス(東京都港区)に通いやすく、家賃相場が安い駅を調査! 各キャンパスの最寄駅である、日吉駅まで電車で15分圏内、または田町駅・三田駅・赤羽橋駅いずれかまで電車で20分圏内に位置し、家賃相場が安い駅のランキングをご紹介する。さらに不動産会社「ハウスメイトショップ」目黒店店長の山本泰史さん、武蔵小杉店店長の加瀬舞子さんに聞いた、各キャンパス周辺にある学生が住む街としておすすめの駅や、ランキング上位の街に住んだことがある人々の口コミも見ていこう。

日吉キャンパス最寄駅:日吉駅まで15分以内の家賃相場が安い駅TOP15(16駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 羽沢横浜国大 5.55万円(相鉄新横浜線/神奈川県横浜市神奈川区/11分/0回)
2位 片倉町 5.8万円(横浜市営地下鉄ブルーライン/神奈川県横浜市神奈川区/15分/1回)
3位 西谷 6万円(相鉄新横浜線/神奈川県横浜市保土ケ谷区/14分/0回)
3位 白楽 6万円(東急東横線/神奈川県横浜市神奈川区/12分/0回)
5位 妙蓮寺 6.2万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/10分/0回)
6位 岸根公園 6.3万円(横浜市営地下鉄ブルーライン/神奈川県横浜市港北区/13分/1回)
6位 大口 6.3万円(JR横浜線/神奈川県横浜市神奈川区/13分/1回)
6位 東白楽 6.3万円(東急東横線/神奈川県横浜市神奈川区/13分/1回)
9位 高田 6.85万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/5分/0回)
9位 小机 6.85万円(JR横浜線/神奈川県横浜市港北区/14分/1回)
9位 東山田 6.85万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市都筑区/7分/0回)
12位 日吉 6.9万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/※分/※回)※起点駅
12位 菊名 6.9万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/5分/0回)
12位 日吉本町 6.9万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/2分/0回)
15位 綱島 7万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/2分/0回)
15位 大倉山 7万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/4分/0回)
―――
「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」加瀬さんおすすめの駅
15位 綱島
ランク外 元住吉 7.6万円(東急東横線/神奈川県川崎市中原区/1分/0回)
ランク外 武蔵小杉 8.5万円(東急東横線/神奈川県川崎市中原区/2分/0回)

三田キャンパス最寄駅(田町駅、三田駅、赤羽橋駅)いずれかまで20分以内の家賃相場が安い駅TOP13(15駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数/到着駅)
1位 昭和島 7.5万円(東京モノレール/東京都大田区/19分/1回/田町駅)
2位 流通センター 7.9万円(東京モノレール/東京都大田区/18分/1回/田町駅)
3位 西馬込 8.2万円(都営浅草線/東京都大田区/15分/0回/三田駅)
3位 多摩川 8.2万円(東急目黒線/東京都大田区/20分/0回/三田駅)
5位 大森町 8.3万円(京浜急行本線/東京都大田区/20分/1回/三田駅)
6位 糀谷 8.4万円(京浜急行空港線/東京都大田区/20分/0回/三田駅)
7位 千駄木 8.5万円(東京メトロ千代田線/東京都文京区/20分/1回/三田駅)
7位 川崎 8.5万円(JR東海道本線/神奈川県川崎市幸区/16分/1回/田町駅)
7位 大岡山 8.5万円(東急目黒線/東京都大田区/15分/0回/三田駅)
7位 馬込 8.5万円(都営浅草線/東京都大田区/13分/0回/三田駅)
7位 武蔵小杉 8.5万円(JR横須賀線/神奈川県川崎市中原区/18分/1回/田町駅)
7位 平和島 8.5万円(京浜急行本線/東京都大田区/14分/0回/三田駅)
13位 荏原町 8.6万円(東急大井町線/東京都品川区/18分/1回/三田駅)
13位 京急蒲田 8.6万円(京浜急行本線/東京都大田区/18分/0回/三田駅)
13位 洗足 8.6万円(東急目黒線/東京都目黒区/16分/0回/三田駅)
―――
「ハウスメイトショップ目黒店」山本さんおすすめの駅
13位 洗足
ランク外 中延 9.1万円(都営浅草線/東京都品川区/11分/0回/三田駅)
ランク外 武蔵小山 9.2万円(東急目黒線/東京都品川区/12分/0回/三田駅)

慶應義塾大学を代表する2つのキャンパス周辺の環境&家賃相場は?

慶應義塾大学のキャンパスは各地にあるが、メインとなるのは多くの学部の1・2年生が通う日吉キャンパスと、同様に複数の学部の2~4年生や大学院生が通う三田キャンパスだ。

日吉キャンパス(写真/PIXTA)

日吉キャンパス(写真/PIXTA)

神奈川県横浜市港北区に位置する日吉キャンパスの最寄駅は日吉駅。東急東横線と東急目黒線、横浜市営地下鉄グリーンライン、さらに2023年3月開業の東急新横浜線が乗り入れている。東口駅前には見事なイチョウ並木が延びており、そこはもう敷地面積約10万坪という広大な日吉キャンパス。駅西口側には食料品街からユニクロなどの服飾・雑貨店、家電量販店までそろう「日吉東急アベニュー」があるほか、リーズナブルな飲食店も豊富な商店街が広がっている。

■学生時代に日吉駅の周辺に住んでいたことがある人のクチコミ
※コメント内容は住んでいた学生当時のモノです(以下、記事内すべて同)
・住んでいてよかったところ
「駅の周りに必要なものが大体そろっていて便利です。美味しい飲食店が多く、ランチなどはお手ごろなお店も多くて良いです。『アクイロット』(イタリアン)が好きです」(30歳女性)
「駅前の商店街は安い店が多くよく利用していた」(28歳女性)
・住んでいて困った点など
「夜に騒ぐ学生や若者が多い」(27歳男性)

今回お話をうかがった「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」店長・加瀬舞子さんは、「日吉キャンパスに通うのは単位取得のため学校に通う機会が多い1・2年生が多数。そのため最寄りの日吉駅や、近隣駅にお住まいになる学生さんが多いですね」と教えてくれた。そんな日吉駅は12位にランクインしており、学生向け賃貸物件の家賃相場(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK、駅から徒歩15分圏内。以下同)は6万9000円。さらに家賃を抑えたいなら、ランキング上位の5万円台~6万円台前半の駅もチェックしたい。加瀬さんからは「近すぎると友人のたまり場になり、遠すぎると通学が面倒になるので、学校から20分ほどの範囲で探すのもいいですよ」とのアドバイスも。その点からも、あえて最寄りの日吉駅ではない街に住むのもアリだろう。

三田キャンパスの慶應義塾図書館(写真/PIXTA)

三田キャンパスの慶應義塾図書館(写真/PIXTA)

続いて三田キャンパス周辺の様子を見てみよう。東京都港区にある三田キャンパスは慶應義塾の原点といえる地だ。最寄駅である田町駅にはJRの山手線や京浜東北・根岸線が乗り入れ、駅周辺はビジネス街として発展。再開発によりここ数年で大規模なオフィスビルや複合ビルが誕生し、今後も高層ビルの竣工が複数控えている。一方で駅から大学へと向かう通り一帯は、リーズナブルな飲食店がひしめく学生街でもある。また、田町駅のすぐ近くには2023年11月グランドオープンの商業エリアを備えた「田町タワー」に直結する、都営地下鉄三田線・浅草線の三田駅も。キャンパスから北へ徒歩8分ほどの場所にある都営大江戸線・赤羽橋駅とあわせて、この3駅が主に大学の最寄駅として利用されている。

田町駅周辺の学生向け賃貸物件の家賃相場は12万円、三田駅の家賃相場は12万1000円、赤羽橋駅の家賃相場は12万5000円。大学への通いやすさなら最寄駅周辺に住むのが一番だろうが、学生にとってこれだけの家賃を払うのは厳しそう……。「ハウスメイトショップ目黒店」の山本泰史さんも、「三田周辺は家賃が高めのため、電車を使ってドア・トゥ・ドアでキャンパスまで30分以内にある物件を探す方が多い印象です」とのこと。上記ランキングで記載している所要時間は「電車の乗車時間(乗り換え時間含む)」であり「物件~駅/駅~大学間の所要時間」は含まないので、その点は物件探しの際に考慮したい。とはいえ家賃相場に注目するとトップ13の駅は7万円台~8万円台なので、田町駅や三田駅、赤羽橋駅の周辺よりもだいぶ費用を抑えることができる。

家賃の安さで住まいを選ぶ際は、上記のランキングをぜひ参考にしてほしい。※上位駅の住みごこちに関するクチコミは記事末に掲載

しかし家賃相場はもちろんのこと、住みやすい街かどうかも大事だろう。そこで先に登場したお二人に、日吉・三田の各キャンパスに通う学生の住む街としておすすめの駅を教えてもらった。
あわせて、学生時代に、実際に紹介駅の周辺に住んでいた人たちのクチコミも紹介するのでぜひ参考にしてほしい。

日吉キャンパスに通う1・2年生が住むなら、東急東横線沿線をチェック!

まずは日吉キャンパスに通う学生も利用する、「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」店長の加瀬さんにおすすめの街をうかがおう。先述したように、日吉キャンパスに通う学生は日吉駅や近隣駅に住むことが多いのだそう。「日吉駅や日吉近隣の東急東横線沿線は、飲食店をはじめ、商業施設が充実している駅も多く、初めての一人暮らしでも安心して住める環境ですよ」と加瀬さん。なかでも特におすすめの駅を3つ、教えてくれた。

元住吉駅(写真/PIXTA)

元住吉駅(写真/PIXTA)

おすすめ度1位は日吉駅の隣、東急東横線と東急目黒線が通る元住吉駅。今回の調査では、家賃相場は7万6000円だった。「駅を挟んで東西2つの商店街があり、チェーン系の店舗や地元の個人商店も含めて約280店舗の商店が立ち並んでいます。主にファミリー層が住むエリアなので、落ち着いた住環境を求められる方には非常におすすめできる駅です」。また、駅から徒歩7分ほどの場所に広大な「川崎市中原平和公園」があったり、駅前を流れる渋川沿いに約2kmにわたる桜並木が続いていたりと、自然を感じられる環境なのも魅力だという。

■学生時代に元住吉駅の周辺に住んでいたことがある人のクチコミ
・住んでいてよかったところ
「駅を出たところに商店街があり、いつも人がいて温かい雰囲気が好きだった。ブレーメン通りは食品や日用品がそろうだけでなく、美味しいチーズが出てくるお店など飲食店も充実していた」(28歳女性)
「スーパーやカフェ、郵便局、区役所が近くにあるので何も困らない点は良かった」(29歳女性)
・住んでいて困った点など
「各停しか止まらない」(19歳女性)
「駅近くだとお店や人が多くてうるさいかも」(25歳男性)

武蔵小杉駅(写真/PIXTA)

武蔵小杉駅(写真/PIXTA)

次なるおすすめは東急東横線と東急目黒線、JRの南武線など各線が乗り入れる武蔵小杉駅。日吉駅までは東急東横線でも東急目黒線でも2駅・3分前後、家賃相場は8万5000円だ。「家賃の価格帯は少し上がりますが、住みたい街ランキングでも上位に入る、人気が高いエリアです。『ららテラス 武蔵小杉』や『グランツリー武蔵小杉』など大型商業施設も充実。乗り入れ路線も多く、都内への玄関口として非常に利便性が高い駅です」

「SUUMO住みたい街ランキング2023 首都圏版」(リクルート調べ)で14位にランクインした武蔵小杉駅は神奈川県川崎市にあるが、駅東側を流れる多摩川を越えると東京都大田区に。東急東横線の通勤特急に乗れば、自由が丘駅まで1駅・約6分、渋谷駅まで3駅・約17分で行くことができる。日吉キャンパスまでの近さはもちろんのこと、せっかく進学で上京するならば都内までの近さも重視したい人には、うってつけだろう。また、武蔵小杉駅は今回調査した「三田キャンパス」周辺の家賃相場が安い駅ランキングだと7位。1・2年次は日吉キャンパス、3年次以降は三田キャンパスに通う予定の学生なら、進級後も引越しせず住み続けられる点も便利そう。

■学生時代に武蔵小杉駅の周辺に住んでいたことがある人のクチコミ
・住んでいてよかったところ
「飲食店が多い、商業施設もある、交通の便がいい、メリットはたくさんあります」(24歳女性)
「JR線と東急線の両方にアクセスができて、とても便利」(20歳女性)
・住んでいて困った点など
「人が多いので駅が混雑する」(27歳女性)
「人があふれていて落ち着ける場所は少ないこと」(23歳女性)

綱島駅(写真/PIXTA)

綱島駅(写真/PIXTA)

加瀬さんおすすめの3つ目の駅は、日吉キャンパス周辺の家賃相場が安い駅ランキングで15位の東急東横線・綱島駅。元住吉駅とは逆側、日吉駅から下り方面へ1駅目に位置しており、家賃相場は7万円だ。「スーパーやドラッグストア、飲食店など、駅周辺には幅広いジャンルの店舗がとても豊富。2023年3月には東急新横浜線の新綱島駅がすぐ近くに開業しており、ますます利便性が高まっている点も注目です!」と加瀬さん。

東急新横浜線は日吉駅~新横浜駅を結ぶ路線で、同時期に開業した新横浜駅~西谷駅を結ぶ相鉄新横浜線とともに、相鉄・東急直通線の連絡線としての役割を担っている。相鉄線と東急線との相互直通運転が始まり、神奈川県央部~東京都心部間のアクセス性が向上したと話題だ。新しくできた新綱島駅は綱島駅から歩いて5分ほどなので、この辺りに住むと2駅2路線が利用できるわけだ。新駅開業にあわせて道路の整備などの再開発も進められ、より住みやすい街へと進化している。

■学生時代に綱島駅の周辺に住んでいたことがある人のクチコミ
・住んでいてよかったところ
「一人暮らし向けの飲食店が充実しており、東横線や目黒線で都心へのアクセスも良好なことからお勧めしたいです」(21歳男性)
「駅前にはスーパーや商店がそろっている。日常的な買い物には困らない街だと思う」(28歳男性)
・住んでいて困った点など
「意外とガヤガヤしてる」(28歳男性)

三田キャンパスに通う学生の住まいとして、おすすめの駅3選

三田キャンパスへの通学にも便利な街は、「ハウスメイトショップ目黒店」山本泰史さんにうかがった。住む街を選ぶ際のポイントは、「交通の利便性が高い駅であること」と話す山本さん。「三田キャンパスを利用する3・4年生は、アルバイトや就職活動など学校外での活動が増えてくる時期。そのため学校への行きやすさを踏まえたうえで、別の場所へのアクセスの利便性も高い駅を選ぶのがよいでしょう」

三田キャンパスは最寄駅が多く、どの路線がよいのかも迷うところ。その点をうかがうと、「特におすすめは東急目黒線の沿線。都営三田線と相互直通運転されていてキャンパスがある三田駅まで乗り換えせずに行けること、目黒駅に出れば都内の主要駅に行きやすいJR山手線に乗り換えられる点が魅力です」と教えてくれた。

なかでも山本さんイチ押しは、急行停車駅でもある東急目黒線・武蔵小山駅。大学最寄りの三田駅までは都営三田線直通の東急目黒線なら約12分で行くことができる。家賃相場は9万2000円と少々高め。「開発が進み、近年は家賃相場が上がった点はネック。ですが、東京で最も長いアーケード商店街があって、買い物や外食にたいへん便利な環境です。にぎわいのある街なだけに適度に人目があり、一人暮らしの学生さんも安心して暮らせるでしょう」

武蔵小山駅前の風景(写真/PIXTA)

武蔵小山駅前の風景(写真/PIXTA)

武蔵小山商店街パルム(写真/PIXTA)

武蔵小山商店街パルム(写真/PIXTA)

都内最長だというアーケード商店街「武蔵小山商店街パルム」は、全長約800mで店舗数は約250軒にものぼる。商店街の東側駅前エリアには、再開発で2019年に開業したショッピングモール「パークシティ武蔵小山ザモール」や、品川区役所の出張所や商業施設も備える2021年6月竣工の複合施設も。駅周辺の再開発は現在も進行中なので、今まさに街が生まれ変わりゆく様子を見られる点も魅力だ。

■学生時代に武蔵小山駅の周辺に住んでいたことがある人のクチコミ
・住んでいてよかったところ
「林試の森公園が近くにあり、土日はそこでゆったり過ごすことができた」(30歳男性)
「アーケード付き商店街があるので、雨の日でもお買い物が便利」(28歳女性)
・住んでいて困った点など
「学生が多く、うるさい」(30歳男性)
「土日は混んでる」(28歳女性)

もう少し家賃相場を抑えたいなら、「東急目黒線の東京都区間内では比較的、家賃相場が安い、洗足(せんぞく)駅もおすすめです」と山本さん。洗足駅の家賃相場は8万6000円で、三田キャンパス周辺の家賃相場が安い駅ランキングで13位に。三田駅までは都営三田線直通の東急目黒線に乗ると約16分だ。

洗足駅前の風景(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

洗足駅前の風景(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「駅前にスーパーやドラッグストアがそろっていて買い物に便利な環境。駅周辺は閑静な住宅街で落ち着いた印象です。そのぶん人通りが少なく心細く感じるかもしれないので、住まい探しの際に駅までの道のりチェックも忘れずにしましょう」

2023年に開業100周年を迎えた洗足駅の駅前には美しいイチョウ並木が続き、並木通り沿いを中心に商店街が広がっている。日々の食事に役立つ惣菜店や、自家焙煎にこだわるコーヒーショップなど個性的な店が豊富なのでめぐり歩くのも楽しそう。また、洗足駅から徒歩10分弱に位置する東急大井町線・北千束駅を利用することも可能だ。

■学生時代に洗足駅の周辺に住んでいたことがある人のクチコミ
・住んでいてよかったところ
「静かで、住人の方々も穏やかな人が多い印象。碑文谷公園などの広い公園もあるので運動したりなど健康面にも良い」(28歳女性)
「大きな駅まで数駅で行ける」(25歳女性)
・住んでいて困った点など
「飲食店、特にチェーン店が少ない。自炊しない人には、いい店がないかもしれない」(28歳男性)
「環状7号線がすぐ近くを通っているため、道路が近いと車の音が大きく、慣れるまで時間がかかりました」(28歳女性)

山本さんがもう1駅、おすすめしてくれたのが都営浅草線・中延(なかのぶ)駅。家賃相場は9万1000円で、三田駅までは約11分。

「都営浅草線と東急大井町線が利用できて便利。若者に人気の自由が丘駅までも1本で行くことができます。駅近くには商店街が3つあり、八百屋さんや精肉店などが並んでいるので食費を抑える助けにもなるかも。駅前にユニクロがあるのもうれしいところです」

商店街のなかでも注目は、「なかのぶスキップロード」と呼ばれる中延商店街。中延駅から北に延びており、東急池上線の荏原中延駅まで約330mも続くアーケード商店街だ。買い物に利用できる商店街独自のポイントシステムも用意されているので、ポイントを貯めつつお得に買い物ができる。

なかのぶスキップロード(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なかのぶスキップロード(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

■学生時代に中延駅の周辺に住んでいたことがある人のクチコミ
・住んでいてよかったところ
「浅草線と大井町線が通っており、都内の大体の場所には行きやすい。浅草線の隣駅にある戸越には、商店街にたくさんのお店が立ち並び、休日に食べ歩きをしたのがいい思い出になった」(30歳女性)
「地域密着で盛んな商店街がある。多路線を利用できて交通アクセスも便利。銭湯がたくさんある」(30歳男性)
・住んでいて困った点など
「大型のスーパーが近くになく、買い物に不便だった」(30歳女性)
「大通りは車通りが激しい」(26歳女性)

さて今回はランキング調査に加え、これまで多くの学生を新生活へと送り出してきた不動産会社のお話を参考に、学生におすすめの街をご紹介した。住む街によって生活の充実度は変わってくるし、学生時代に暮らした街は卒業後も大事な思い出の地になるだろう。しっかりと自分の好みにあった街を選び、ぜひ楽しい新生活を送ってほしい。

■日吉キャンパス最寄駅:日吉駅まで15分以内の家賃相場が安い駅3位までの駅周辺のクチコミ
1位 羽沢横浜国大
・住んでいてよかったところ
「のどかな場所。大通り沿いに美味しいラーメン屋があった」(30歳男性)
「大学に近くて楽 」(24歳女性)
・住んでいて困った点など
「道幅が狭いし坂が多い」(28歳男性)
「坂が多い。主要駅である横浜駅へのアクセスが悪い」(30歳男性)
2位 片倉町
・住んでいてよかったところ
「都心にアクセスしやすいが、駅から少し離れると程よい田舎なところが良い」(21歳女性)
「横浜駅が近く、遊びに行くのには便利だった」(26歳男性)
・住んでいて困った点など
「(自然豊かだが)虫が気になった」(29歳女性)
3位 西谷
・住んでいてよかったところ
「主要駅から離れているので家賃は安く、横浜まで一本なので交通の便がよい。スーパーなどにも困らないし、路線も増えたのでいろいろな場所へ出やすくなった」(29歳女性)
「交通の便が良い」(26歳男性)
・住んでいて困った点など
「周辺にお店が少なかったので、これからに期待」(27歳男性)
「スーパーなどが遠い」(26歳男性)
3位 白楽
・住んでいてよかったところ
「住みやすい、暖かみがある、安心感がある、スーパーやドラッグストア、病院などに困らない」(24歳女性)
「業務スーパーやドラッグストア等充実しているので日用品や食品(などの購入)に困らない。『焼肉屋わんこ』がとてもおいしい」(29歳男性)
・住んでいて困った点など
「学生が多かったので、夜などうるさかった」(28歳女性)
「坂が多い」(30歳男性)

■三田キャンパス最寄駅(田町駅、三田駅、赤羽橋駅)いずれかまで20分以内の家賃相場が安い駅3位までの駅周辺のクチコミ
2位 流通センター
・住んでいてよかったところ
「生活環境が整った街だと思った」(25歳)
「(近隣に)スパがいっぱいあります」(30歳男性)
・住んでいて困った点など
「便が少し不便」(27歳男性)
3位 西馬込
・住んでいてよかったところ
「始発駅なので確実に座れる、乗り過ごしがない」(30歳女性)
「都心へのアクセスが良い」(27歳女性)
・住んでいて困った点など
「駅付近の飲食店が少ない」(28歳女性)
「駅前にスーパーが一つしかない、住民の数の割に店が少ない」(30歳女性)
3位 多摩川
・住んでいてよかったところ
「1本で渋谷や池袋に出られるので交通の便はとても良い」(23歳女性)
「河川敷が近くて散歩ができる」(23歳女性)
・住んでいて困った点など
「近くにスーパーやコンビニがない、少ない。手軽に楽しめる飲食店がない」(23歳女性)
「水害が怖い」(28歳女性)
※1位 昭和島はクチコミなし

●取材協力
ハウスメイトショップ

●家賃相場ランキングの調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている明大前駅まで15分以内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2023/2~2023/10
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2023年11月27日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が1回までの駅を掲載
【家賃相場の調査】株式会社リクルート

●クチコミの調査概要
●調査実施時期:2024年1月17日~2024年1月22日
●調査対象者:現在東京・神奈川・埼玉にお住いの、学生時代(大学・大学院・専門学校問わず)、家賃相場ランキング記載の駅周辺の賃貸住宅で一人暮らしをしたことがある18~30歳までの男性219名、女性445名
●調査方法:インターネット調査
●有効回答数:664
●調査主体:株式会社リクルート、実査委託先:楽天インサイト株式会社

最強断熱賃貸、氷点下の北海道ニセコ町でも冷暖房費が月額5000円! 積雪2.3mまで耐える太陽光パネル搭載も3月に登場

ここ数年、夏の暑さも冬の寒さも厳しく、電気や灯油、ガス料金の高騰による冷暖房費のアップが家計を直撃している。そんな今、注目したいのが冷暖房費や光熱費が共益費に含まれ、一定額でまかなえてしまう賃貸・分譲集合住宅。しかも、その料金は一般の住宅に比べかなり安いそう。「来月のエアコン代はいったいいくらになるのだろう」という心配から解放される、住まいの仕組みについて取材した。

冬の平均気温が氷点下の北海道ニセコ町に、エアコン1台、一定額で暖房費がまかなえる賃貸集合住宅が誕生

スキーリゾートとして世界的に注目を集める北海道ニセコ町。冬季(12月~3月)の平均気温は氷点下で、1月は平均マイナス6度まで下がる。エアコンは暖房にはパワー不足。多くの家が灯油ファンヒーターを使用している。中には、冬のはじめに点火をしたら、春が来るまでスイッチは切らない、という家も。その結果、このエリアの一般的な木造一戸建てでかかる暖房費は月3万~4万円程度。広さや暮らし方などによっては月5万~7万円というケースもある。

冬のニセコ町(撮影/久保ヒデキ)

冬のニセコ町(撮影/久保ヒデキ)

そんな厳しい気候のニセコ町に、「家庭用のエアコン1台で住戸全体の室温・湿度を快適な状態に管理し、エアコン代は共益費に含まれる」、という賃貸集合住宅「NISEKO BOKKA(ニセコ ボッカ)」がある。なぜエアコン1台で済むのか。なぜ、共益費で冷暖房費がまかなえるのか。

世界水準の高断熱・高気密の集合住宅だから、少ないエネルギーで室温の快適性を保つ

この賃貸集合住宅の実現をサポートしたのは、まちづくり会社・ニセコまちだ。同社取締役の村上敦さんに話を聞いた。

「ニセコ町(ちょう)は2014年に環境モデル都市に認定、2018年にはSDGs未来都市にも選定され、早くから環境への負荷を低減するための取り組みを行っています。また、世界から移住先として人気を集める中、人口増に対して町営住宅や民間の賃貸・分譲住宅の供給が追いつかず、慢性的な住宅不足という課題もあります。これらに対応するため、ニセコ町、地元企業、専門家集団が出資し、官民一体で立ち上げたのがまちづくり会社・ニセコまちです。ニセコ町は、立地条件などから再生可能エネルギーの活用が難しく、大規模工場が稼働するようなエネルギー消費の大きな産業もありません。町内でのエネルギー消費の多くは一般家庭やホテル、公共施設などの建物由来です。二酸化炭素排出量を減らすには、断熱性を高めた建物の供給がカギだと確信しています」(村上さん)

村上敦さんはドイツとニセコの2拠点に居住中。持続可能なまちづくりの実現にニセコまちの事業推進担当として取り組む(撮影/久保ヒデキ)

村上敦さんはドイツとニセコの2拠点に居住中。持続可能なまちづくりの実現にニセコまちの事業推進担当として取り組む(撮影/久保ヒデキ)

ニセコ町の抱える課題解決に向けて、現在、ニセコまちでは高断熱・高気密の賃貸住宅や分譲マンションを提供する新しい街区「ニセコミライ」を開発しているほか、ニセコ町内に高性能集合住宅をプロデュースしている。そのうちの一つが前述のNISEKO BOKKA だ。

■関連記事:
ニセコ町に誕生の「最強断熱の集合住宅」、屋外マイナス14度でも室内エアコンなしで20度! 温室効果ガス排出量ゼロのまちづくりにも注目

「NISEKO BOKKAは1LDK~3LDKの木造賃貸マンション。各住戸にエアコンが1台設置されていて、住戸全体の室温を自動でコントロールします。夏は26度を上回らず、冬は22度を下回らない室温を保証し、その冷暖房費は共益費に含まれます。共益費は住戸の専有面積によって異なりますが、66平米の2LDKで1万8000円。この金額には駐車場代、冬の除雪費、共用部の清掃代も含まれ、冷暖房にあてられている電気代は月5000円程度です」(村上さん)

ニセコ町の郊外にあるNISEKO BOKKA。ニセコミライの次世代高機能住宅と同タイプの木造集合住宅だ(撮影/久保ヒデキ)

ニセコ町の郊外にあるNISEKO BOKKA。ニセコミライの次世代高機能住宅と同タイプの木造集合住宅だ(撮影/久保ヒデキ)

エアコンが設置されたランドリールーム。ここから快適な空気が各部屋に分配される(撮影/久保ヒデキ)

エアコンが設置されたランドリールーム。ここから快適な空気が各部屋に分配される(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

ニセコまちがプロデュースする住宅は、道内の工務店が施工する際、世界水準の高断熱・高気密の住宅を全国で提供している株式会社WELLNEST HOMEが技術協力を行っている。NISEKO BOKKAの場合、品確法という法律で定める断熱性を表す断熱等級は、1~7段階の基準の等級6となり、これはZEH水準を上回るHEAT20のG2グレードと同等にあたる。

■NISEKO BOKKAの断熱性や気密性など

UA値※10.26w/m2・kC値※20.1cm2/m2断熱等級6建築年月2023/04/01構造・階数木造・2階建て※1 UA値:数値が低いほど断熱性能が高い
※2 C値:数値が低いほど気密性が高い

エアコン1台で住戸全体の室温・湿度を快適に保ち、しかもかかる電気代も低く抑えられているのは高断熱・高気密を実現している建物だから。高い断熱・気密性能で室内は外気温の影響を受けにくく、熱交換しながらの換気で、室内の快適な空気を逃さない。そのため、少ないエネルギーで効率的に住戸を温めたり、冷やしたりが可能。冷暖房費用を共益費に含められるほどに抑えることが可能になるのだ。

■ニセコの一般的な賃貸住宅とNISEKO BOKKAの光熱費(一部)の比較

ニセコで一般的な賃貸住宅(2LDK)NISEKO BOKKA(2LDK)15万円/年
※暖房用の灯油代のみ。部分間欠暖房+冷房なし6万円/年
※共益費に含まれる5000円×12カ月。全館連続暖冷房の費用NISEKO BOKKAの外壁は厚さ10cmの柱と柱の間に、断熱材としてセルロースファイバーが吹き込まれている。さらに、防火性能の高いロックウールで外側をぐるりと囲む外断熱も採用し、ダブルでの断熱を行っている(撮影/久保ヒデキ)

NISEKO BOKKAの外壁は厚さ10cmの柱と柱の間に、断熱材としてセルロースファイバーが吹き込まれている。さらに、防火性能の高いロックウールで外側をぐるりと囲む外断熱も採用し、ダブルでの断熱を行っている(撮影/久保ヒデキ)

アルゴンガス入りのトリプルガラス+樹脂サッシの高性能な窓を採用(撮影/久保ヒデキ)

アルゴンガス入りのトリプルガラス+樹脂サッシの高性能な窓を採用(撮影/久保ヒデキ)

入居者に聞いた、最強断熱の住まいの暮らし心地

2023年4月に完成したNISEKO BOKKAに入居し、もうすぐ1年になる吉岡さん。夫の転職がきっかけで東京からニセコ町に引っ越すことになるまで、ニセコはもちろん北海道にも来たことがなかった。今、生まれて初めて北海道の冬を体験中だ。

「冬に入ってから暖房はエアコンだけ。床暖房もないのですが、家の中は東京のマンションよりも暖かく感じます。スリッパや厚手のセーター、羽毛布団も不要。夜間も子どもたちが毛布を蹴飛ばしてしまうほどです。浴室やトイレも暖かいのでヒートショックの心配もなく、体にも負担が少ないと感じます。湿度も一定で、東京で使っていた加湿器もこの家では出番がないんですよ」(吉岡さん)

取材に伺ったのは12月初旬。北海道産のムク材のフローリングは、足にあたる感触が心地よく裸足でもヒヤリとしない。「子どもたちは家の中では冬でも半袖。すぐに靴下を脱ぎたがるんですよ」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

取材に伺ったのは12月初旬。北海道産のムク材のフローリングは、足にあたる感触が心地よく裸足でもヒヤリとしない。「子どもたちは家の中では冬でも半袖。すぐに靴下を脱ぎたがるんですよ」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

吉岡さんは、冬だけでなく夏の快適さにも驚いたとか。

「全国的に猛暑だった2023年の夏は、北海道のニセコでも暑い日が多く、湿度も高かったのですが、家の中にいると外がどれくらい暑いのかがわからないくらい。断熱材がしっかり入っていて、窓もトリプルガラスなためか、外の音があまり聞こえず、近くをトラックが通っても気にならないことにも驚きました」(吉岡さん)

月1万8000円の共益費は周辺相場の2倍ほどだが、冷暖房費・駐車場代がまかなえて除雪も不要。共益費のうち冷暖房費にあてられるのは5000円程度で年間6万円ほど。ニセコ町ではひと冬の暖房費が15万~20万円ほどかかることを考えると、決して高いとは感じないと吉岡さん。寒さや暑さのストレスを感じない暮らしを楽しんでいる。

東京都からニセコに移住した吉岡さんは、夫と3人の子どもの5人家族。「地元で収穫された食材が豊富で、水も美味しいニセコでの暮らしが気に入っています」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

東京都からニセコに移住した吉岡さんは、夫と3人の子どもの5人家族。「地元で収穫された食材が豊富で、水も美味しいニセコでの暮らしが気に入っています」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

電気をつくり、蓄える。積雪の問題がクリアされてニセコの高断熱・高気密住宅がさらに進化

「NISEKO BOKKAでは、共益費に含まれるのは冷暖房の電気代のみ。給湯は灯油代がかかり、冷暖房以外の電気は入居者が電力会社と契約して、共益費とは別に支払っています。なぜ、太陽光発電で電気をつくり、蓄電池に蓄え、エコキュートでお湯を沸かすシステムにして、電力会社から購入する電気を少なくすることができなかったのか。それは、雪の問題があったからです」(村上さん)

NISEKO BOKKAの建築当時、太陽光パネルは積雪荷重が積雪約2m相当までのものしか商品化されていなかった。しかし、ニセコの積雪量は毎年2mを超える。そのため、太陽光パネルを採用することができなかったのだ。

「新しい街区のニセコミライでは太陽光パネルを導入したいと、ニセコの積雪に耐えられるよう改良すべく、自分たちでさまざまな実験を行いました。しかし、好ましい結果は得られませんでした。そんな時、世界最大の太陽光パネルメーカーのQセルズという会社が積雪2.3mまで耐えられる太陽光パネルを開発。2024年3月に引き渡し予定の、高性能木造分譲マンション『モクレ ニセコ A棟』から太陽光パネルを採用することが可能になったのです」(村上さん)

「モクレ ニセコ A棟」に続くニセコミライ2棟目の分譲マンション「モクレ ニセコ B棟」は、2025年12月完成予定。利用する電力は太陽光とカーボンフリー電力のみの、環境負荷を軽減した住まいだ。エネルギーオールインクルーシブ料金(脱炭素)の月額利用料金として9700円を予定 ※画像は完成イメージ(画像提供/ニセコまち)

「モクレ ニセコ A棟」に続くニセコミライ2棟目の分譲マンション「モクレ ニセコ B棟」は、2025年12月完成予定。利用する電力は太陽光とカーボンフリー電力のみの、環境負荷を軽減した住まいだ。エネルギーオールインクルーシブ料金(脱炭素)の月額利用料金として9700円を予定 ※画像は完成イメージ(画像提供/ニセコまち)

建設中のモクレニセコA棟と太陽光パネルを掲載したソーラーカーポート(画像提供/ニセコまち)

建設中のモクレニセコA棟と太陽光パネルを掲載したソーラーカーポート(画像提供/ニセコまち)

「モクレ ニセコ A棟」では、エネルギーオールインクルーシブ料金(脱炭素)として1住戸あたり月額9700円を予定。この金額に冷暖房、給湯、そのほかの電力が含まれている。

「ニセコでは通常、冬の4~5カ月間は暖房の灯油代だけで月3万~4万円程度かかります。さらに電気代が毎月1万円、ガス代が3000~5000円、給湯に灯油を使えばさらに毎月5000円。光熱費の負担は年間でおおよそ35万~40万円くらいになります」(村上さん)

しかし、モクレ ニセコA棟では、光熱費は年間で約12万円程度。ニセコの一般的な木造住宅と比較すると、光熱費が3~4割程度で済むということだ。積雪という北国ならではの問題が解決されたことで、ニセコの高断熱・高気密住宅がさらに進化した。もともと、全国の中でも北海道は突出して住宅の断熱性が重視され仕様レベルも高い中で、この数字は目を見張るものと言えます。

使用するエネルギーはHEMS3.0で自動制御。将来はAIが個人の好みに合う室内環境をつくる?

賃貸マンションのNISEKO BOKKAや、分譲マンションのモクレ ニセコは、使用するエネルギーをHEMS3.0で管理している。

HEMS(ヘムス)とは、「Home Energy Management System」の略。家庭で使用するエネルギーを一元管理するシステムだ。HEMS3.0では、エネルギーの見える化のほか、遠隔制御や自動制御を可能にすることでエネルギー消費を抑える効果が期待できる。

バージョン内容HEMS1.0エネルギーデータの見える化。エネルギーをどれだけ使ったかがわかるHEMS2.0見える化のほか、外出先からスマホで家電のON/OFFができるなど遠隔操作等が可能HEMS3.01.0、2.0の機能に加えて、自動制御によって、人が介在しないエネルギー消費の最適化が可能(表作成/SUUMO編集部)

「NISEKO BOKKAもモクレ ニセコA棟もHEMS3.0で室温を自動制御していますが、モクレ ニセコA棟では一歩進んで、換気量もCO2濃度や湿度に応じて自動コントロールします。室内の状況をモニタリングしながら、太陽光と連動して効率よく電気を調達し、最も快適になるであろう室温や湿度に近づけるためにエアコンや換気を制御するのがHEMS3.0。将来的には、暮らす人の好みや生活パターンをAIが学び、自動制御するシステムを実現したいと考えています」(村上さん)

2024年4月から、分譲も賃貸も省エネ性能の表示が努力義務に

2001年から始まった「住宅性能表示制度」だが、2024年4月から、住宅の販売や賃貸を行う事業者が、建物の省エネ性能を広告などに表示する取り組みが新しくスタートする。対象となるのは2024年4月以降に建築確認申請を行う新築住宅と、再販売・再賃貸される物件。省エネ性能ラベルの表示は努力義務ではあるが、不動産ポータルサイトをはじめとした広告に、エネルギー消費性能や断熱性能、目安となる光熱費が表示されることがあたり前になれば、家探しをする人にとってはメリットが大きい。住宅を販売、賃貸する事業者にとっても、高性能な住宅であることをアピールする良い機会になる。また、断熱性や気密性などの住宅性能の高さが、家選びの際のポイントとして重視されることもスタンダードになっていき、脱炭素社会の実現につながっていくはずだ。

ニセコで実現している高性能な住宅づくりは、極寒のニセコだけでなく全国にも広がっている。ただし、性能が高くなれば住宅の建築コストはアップし、販売価格や賃料に影響する。その点にはどう向き合うべきなのだろう。現在、神奈川県川崎市で高断熱の賃貸アパートを建設中の、法月興産株式会社・法月順嗣さんに話を聞いた。

■関連記事:
2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?

賃貸オーナーに聞いた、建築費を多くかけても最強断熱で賃貸アパートを建てる理由

法月さんが建設中のアパートは、太陽光パネルと蓄電池を完備し、各部屋の光熱費を共益費に含める予定だ。少ないエネルギーで快適性を保てる高断熱・高気密の高性能な建物だからこそ実現できる仕組み。設計・施工はニセコまちの高断熱住宅で技術協力を行っているWELLNEST HOMEだ。

法月さんがWELLNEST HOMEに設計・施工を依頼したオール電化の賃貸アパート(神奈川県川崎市麻生区)は2024年8月末竣工予定。小田急線新百合ヶ丘駅から徒歩5~7分。 ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

法月さんがWELLNEST HOMEに設計・施工を依頼したオール電化の賃貸アパート(神奈川県川崎市麻生区)は2024年8月末竣工予定。小田急線新百合ヶ丘駅から徒歩5~7分。 ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

「以前から10棟の賃貸住宅を所有していますが、これからは自分の息子たち、さらに孫たちにも引き継いでいけるよう、性能の良い建物を建てることが重要だと考えました。WELLNEST HOMEのモデルハウスを見学した際、気温35度の暑い日だったにもかかわらず、エアコン1台で家全体が快適なことに驚きました。また、壁内だけでなく、外壁側にもぐるりと断熱材が施工され、釘1本まで錆びが出ないように施工された長寿命、高耐久性である点にも納得し、依頼を決めました」(法月さん)

建築費用は一般的な同規模の集合住宅よりも高くなる。賃貸住宅のオーナーとしては、利回りが気になるはずだ。

「イニシャルコストが高ければ、利回りは下がります。しかし、耐久性が高く長寿命な建物ですから、低い利回りでも30年、50年と長期間かけて回収すればいい。例えば、高利回りの賃貸住宅を建てて築15年~20年で解体することになるより、高性能な住宅を建てて50年、100年といった長期間活用する方が、環境にも地球にも良いと考えたのです」(法月さん)

一人~二人暮らしにぴったりの1LDK(30~35平米)が6住戸。家賃は月9万5000円程度、共益費は2万5000円程度を想定。共益費には光熱費が含まれる ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

一人~二人暮らしにぴったりの1LDK(30~35平米)が6住戸。家賃は月9万5000円程度、共益費は2万5000円程度を想定。共益費には光熱費が含まれる ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

高断熱・高気密+光熱費定額の住まいは光熱費が抑えられるほか、耐久性も高いため短期間での建て替えや解体が不要。イニシャルコストは高くなったとしても、住み続けるために必要なランニングコストを含めたライフサイクルコストの面でメリットが大きい。最強断熱の家づくりが、これからの分譲住宅、賃貸住宅にどう影響していくか注目したい。

●取材協力
株式会社ニセコまち 村上敦さん
ドイツ・フライブルク市とニセコ町の2拠点に居住中のジャーナリスト、コンサルタント。ドイツやEUの都市計画、交通計画、エネルギー政策などを取材し、日本へ発信している。2008年から、ハウスメーカーWELLNEST HOMEの創業者とともに一般社団法人クラブヴォーバンを立ち上げ、日本での持続可能なまちづくりに邁進する。2021年、官民連携の株式会社ニセコまちの取締役に就任。
株式会社ニセコまち

【東横線】家賃相場が安い駅ランキング2023年。3位は東白楽、2位は妙蓮寺、1位は?

渋谷駅と横浜駅という、2つの巨大ターミナル駅を結ぶ全長約24.2kmの東急東横線。「SUUMO住みたい街ランキング2023 首都圏版」の「住みたい沿線ランキング」では、JR山手線に次いで2位に選ばれている。沿線には中目黒駅や武蔵小杉駅など住宅地として人気の街も多いが、家賃を抑えつつ住むならどこがいいのだろう? 東急東横線全21駅の家賃相場が安い駅ランキングをさっそくチェック!

東急東横線沿線の家賃相場が安い駅ランキング

順位/駅名/家賃相場/駅所在地
1位 白楽 6.00万円(神奈川県横浜市神奈川区)
2位 妙蓮寺 6.10万円(神奈川県横浜市港北区)
3位 東白楽 6.35万円(神奈川県横浜市神奈川区)
4位 日吉 6.90万円(神奈川県横浜市港北区)
5位 菊名 7.00万円(神奈川県横浜市港北区)
5位 大倉山 7.00万円(神奈川県横浜市港北区)
5位 綱島 7.00万円(神奈川県横浜市港北区)
8位 元住吉 7.50万円(神奈川県川崎市中原区)
9位 反町 7.70万円(神奈川県横浜市神奈川区)
10位 多摩川 8.20万円(東京都大田区)
11位 武蔵小杉 8.50万円(神奈川県川崎市中原区)
11位 新丸子 8.50万円(神奈川県川崎市中原区)
13位 横浜 8.55万円(神奈川県横浜市西区)
14位 田園調布 8.70万円(東京都大田区)
15位 自由が丘 9.00万円(東京都目黒区)
16位 祐天寺 9.10万円(東京都目黒区)
17位 都立大学 9.30万円(東京都目黒区)
17位 学芸大学 9.30万円(東京都目黒区)
19位 中目黒 11.00万円(東京都目黒区)
20位 代官山 12.80万円(東京都渋谷区)
21位 渋谷 13.20万円(東京都渋谷区)

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トップ3には連続する東白楽駅、白楽駅、妙蓮寺駅がランクイン

東京都から神奈川県まで線路が続く東急東横線。一人暮らし向け賃貸物件(ワンルーム・1K・1DK、10平米以上~40平米未満)の家賃相場を調査したところ、同じ路線内でも最高値~最安値で7万2000円もの開きがあることが判明した。最も安かったのは白楽駅で、家賃相場は6万円だった。

白楽駅(写真/PIXTA)

白楽駅(写真/PIXTA)

1位・白楽駅は神奈川県横浜市神奈川区に位置し、横浜駅までは3駅・約5分で行くことができる。各駅停車のみの停車駅だが、2駅隣の菊名駅で急行や通勤特急に乗り換えると渋谷駅までは計約36分だ。駅から南西に15分ほど歩くと神奈川大学の横浜キャンパスがあるため、学生の姿も多く見かける。駅改札前の「タリーズコーヒー」が神奈川大学とのコラボ店舗だったり、駅周辺にはリーズナブルな飲食店が豊富な点も、大学の最寄駅らしいところだ。

六角橋商店街(写真/PIXTA)

六角橋商店街(写真/PIXTA)

白楽駅の西口を出て神奈川大学へと向かう旧綱島街道を中心に広がる「六角橋商店街」には、飲食店はもちろんスーパーをはじめとする生鮮食料品店や雑貨店、クリニックなど約170もの店舗がずらり。日常の用事はこのあたりで済ませられそう。駅の北側には、魚釣りができる池の周囲に遊歩道がめぐる「白幡池公園」と緑豊かな「篠原園地」があり、地元住民の憩いの場として親しまれている。学生向けのリーズナブルな賃貸物件も多く、活気ある商店街や自然を感じる公園もある白楽駅周辺は、都会過ぎずにのびのび暮らしやすそうな街だ。

妙蓮寺駅(写真/PIXTA)

妙蓮寺駅(写真/PIXTA)

2位は神奈川県横浜市港北区にある妙蓮寺駅で、家賃相場は6万1000円。1位・白楽駅から渋谷方面に1駅目で、横浜駅までは4駅・約7分だ。駅の東口前には駅名の由来となった妙蓮寺の敷地が広がり、商店街は駅の西口側にある。コンビニやドラッグストア、スーパーのほかに、ファストフード店やカフェなどの気軽に利用できる飲食店も。自家焙煎コーヒー豆専門店やチョコレート専門店、作家物の器の展示・販売店など個性的なショップもあるので、散歩がてらお店めぐりをしてはいかがだろう。

妙蓮寺駅の北西方面には、大きな池がシンボルの「菊名池公園」がある。緑豊かな園内の池端には桜が植栽されているので、春はここでお花見をするのも楽しそう。また、同じ港北区内にあるJR新横浜駅までは自転車で10分たらず。そこまで行くと大型ショッピングモールがあるので、休日に足を延ばすのもよさそうだ。

東白楽駅周辺の風景(写真/PIXTA)

東白楽駅周辺の風景(写真/PIXTA)

続いて、家賃相場6万3500円で3位にランクインした東白楽駅は、1位・白楽駅から横浜方面に1駅目。東白楽駅(3位)~白楽駅(1位)~妙蓮寺駅(2位)と連続する3駅が、トップ3に並んだわけだ。東白楽駅は神奈川県横浜市神奈川区に位置し、2駅・約3分で横浜駅に到着する。駅周辺は商店街というよりは住宅地で、コンビニや飲食店が点在する程度。しかし横浜上麻生道路を南東に10分ほど歩けば「イオンスタイル東神奈川」があるので、買い物には困らない。その少し先には、JR東神奈川駅と京急東神奈川駅も。両駅の周辺には多彩な店舗がそろい、京急本線に乗れば品川方面にも行くことができる。

さらに、東白楽駅からJR東神奈川駅とは逆方向へと横浜上麻生道路を進むと、徒歩10分ほどで1位・白楽駅周辺の「六角橋商店街」にたどり着く。落ち着いた住宅地が広がる東白楽駅の近くに住みつつ、にぎわいある東神奈川駅や白楽駅の周辺にある商業施設を活用する……。そんな暮らし方ができそうだ。

家賃を抑えつつ渋谷に近い住まいを探すなら、元住吉駅や多摩川駅へ

ランキングを見てみると上位9駅を神奈川県内の駅が占めており、安く住むなら東京都内よりも神奈川県内の駅のほうが狙い目だとわかる。しかし「安く住みたい、けれどなるべく渋谷に近いほうがいい」という人もいるだろう。そんな場合は、上位9駅のうちでは最も渋谷駅に近い8位・元住吉駅はいかがだろう?

元住吉駅(写真/PIXTA)

元住吉駅(写真/PIXTA)

神奈川県川崎市中原区に位置する8位・元住吉駅の家賃相場は7万5000円。東急東横線・目黒線が乗り入れており、どちらかの路線で1駅隣の武蔵小杉駅に行って東急東横線の急行に乗り換えると、渋谷駅までは計21分前後で到着できる。東急目黒線は目黒駅経由で東京メトロ南北線や都営三田線と相互直通運転が実施されているため、永田町駅や四ツ谷駅、大手町駅や神保町駅にも元住吉駅から1本で行ける点も魅力の一つだ。

元住吉駅の東口側には「モトスミ オズ通り商店街」が、線路を渡った西口側には「モトスミ・ブレーメン通り商店街」があり、駅前はにぎわいのある雰囲気。コンビニやドラッグストアなどのおなじみのチェーン店から個性的な個人商店までそろい、買い物環境が充実している。また近年、住宅地として人気が高まった武蔵小杉駅(11位・家賃相場8万5000円)は東急東横線で1駅、自転車でも10分ほどの近さ。そこまで行くと大型のショッピングモールも利用できる。横浜駅までも各駅停車なら20分ほど、1駅隣の日吉駅で急行に乗り換えれば計約15分。渋谷駅にも横浜駅にも20分前後でアクセスできる、便利なロケーションだ。

元住吉駅よりもさらに渋谷駅に近い立地で、東京都内の駅で最も家賃相場が安かったのは東京都大田区にある多摩川駅。家賃相場は神奈川県内にある武蔵小杉駅や新丸子駅(両駅同額で11位・8万5000円)よりも安い、8万2000円で10位にランクインしている。多摩川駅にも停車する急行に乗れば、渋谷駅まで5駅・約16分だ。駅の東側には湧水池や芝生広場、隈研吾氏設計の休憩施設を備えた「田園調布せせらぎ公園・せせらぎ館」が広がり、西側には見晴らしのよい丘陵地「多摩川台公園」がある、公園に挟まれた緑豊かな環境。「多摩川台公園」の脇を流れる多摩川を超えれば神奈川県に入る、都県境間際のロケーションでもある。

多摩川台公園(写真/PIXTA)

多摩川台公園(写真/PIXTA)

10位・多摩川駅周辺には1駅隣の田園調布駅から続く閑静な住宅地が広がり、駅構内のコンビニやベーカリー以外だと商店は飲食店が数軒あるのみ。日々の買い物をする際は歩いて15分ほどの田園調布駅前のスーパーや商店街を利用するか、多摩川駅からそれぞれ自転車で10分弱の場所にある11位・新丸子駅や、東急池上線・雪が谷大塚駅を訪れるといいだろう。両駅の周辺にはコンビニやスーパーのほかにファストフードやラーメンなどの飲食店もそろっているので、自炊をせずに食事を済ませたい時にも出かけたい。

さて、多摩川駅からさらに渋谷方面に進むにつれて家賃相場は8万円台後半、9万円台……とどんどん上昇していく。自由が丘や中目黒、代官山といった有名な街が居並ぶ沿線から最後にもう1駅、学芸大学駅をピックアップしよう。東京都目黒区に位置する学芸大学駅は、家賃相場9万3000円で17位にランクイン。駅名の由来になった「東京学芸大学」は東京都小金井市に移転しているが、同大学の付属高校は徒歩15分ほどの場所にいまもある。駅周辺は飲食店が豊富で、そこを目的に遠くから訪れる人もいるような人気店も。駅高架下のスーパーや100円ショップ、食料品店をはじめ、日常生活を支える商店も多数ある。

学芸大学駅前(写真/PIXTA)

学芸大学駅前(写真/PIXTA)

そして注目は現在、学芸大学駅の高架下を中心にした南北約1km区間でリニューアルが進行中なこと。2023年秋には飲食店街「学大横丁」の外部空間などがアップデートされ、2023年冬には駅北側の駐輪場にスモールオフィスエリアが、2024年春にはカルチャー&フードエリアが誕生予定だ。より魅力的な街へと生まれ変わる学芸大学駅は、今後ますます人気も家賃相場も高まるかもしれない。

東急東横線は東京メトロ副都心線、みなとみらい線との相互直通運転が行われているため、渋谷駅から先の新宿三丁目駅や池袋駅、横浜駅から先の元町・中華街駅にも1本で行くことができる便利な路線。さらに2023年3月には日吉駅経由で相鉄・東急新横浜線との相互直通運転もスタートし、東海道新幹線の新横浜駅にも渋谷駅から乗り換えずに最速25分で到着可能となった。今回の調査結果を見ると沿線の家賃相場は全体的に安いというわけではないものの、家賃に見合うだけの魅力を備えた路線と言えるようだ。

●駅順の家賃相場一覧

駅順の家賃相場一覧

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東横線沿線の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2023/4~2023/9
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

賃貸住宅トレンド2024は個性強め! 注目4キーワードは趣味特化・店舗兼用・省エネ性能・デジタル化

賃貸住宅というと、画一的なプランを思い浮かべる人も多いでしょう。でも、そんな思い込みを裏切る個性的な賃貸物件が日本各地で少しずつ増えています。お店が開けたり、相撲部屋付きだったり、農園付きだったりとその顔ぶれもさまざま。では、次に賃貸物件にやってくる新しい風とは? お部屋を借りる側にはどんなメリット・注意点があるのでしょうか。SUUMO副編集長でSUUMOリサーチセンター研究員でもある笠松美香氏に話を聞きました。

リサーチ期間や内見件数など、お部屋の探し方に変化が

まず前提として、賃貸住宅は間取りやデザインなどについては大きな変化が起きにくい構造になっています。それにはいくつか要因がありますが、
(1)既に多数のストックがあり、新築物件は多くない
(2)家を借りる人と建てる人が別である
(3)デザイン・間取りも大多数の人に嫌われないことが大切

というのが大きな理由です。借り手がどんな人になるかわからない以上、特別好かれなくても「嫌われない」お部屋づくりを基本にするのは、わかるような気がします。とはいえ、物件や大家さん側の意識にも少しずつ変化があり、また家を探す側、お部屋の探し方や意識が変わってきているため、個性的な物件が出やすい土壌になってきたといいます。

「今、お部屋を借りて住み替えたいと思う人は、物件情報を収集・検討する期間が長くなっています。ルームツアー動画も人気がありますし、引越す気がなくともスマホで日常の合間合間に『物件を見ている』という感じで、お部屋探しの情報にふれる期間が長くなっているんですね。ネットに載る物件情報もひとつひとつが詳しくなっており、いわゆる『コンセプト賃貸』のような、個性ある物件についても差別化され、借りたいと思う人とマッチングしやすくなっているんです」と笠松氏。

DIYし放題の賃貸。住民みんなで使えるピザ窯や住民のための図書館をつくった大家さんも「キタノアパート」(東京都八王子市)(写真撮影/田村写真店)

DIYし放題の賃貸。住民みんなで使えるピザ窯や住民のための図書館をつくった大家さんも「キタノアパート」(東京都八王子市)(写真撮影/田村写真店)

全9部屋でゴルフ、陶芸、ボルダリング、ピアノ演奏などコンセプトが異なるユニークなコンセプト賃貸も(写真は千葉県柏市にある「ガルガンチュア」)(写真撮影/内海明啓)

全9部屋でゴルフ、陶芸、ボルダリング、ピアノ演奏などコンセプトが異なるユニークなコンセプト賃貸も(写真は千葉県柏市にある「ガルガンチュア」)(写真撮影/内海明啓)

ただ、ネット上で決めてしまい、リアルには物件見学しないというわけではなく、訪問や内見「現地でしか見られない状況を確かめる」「入居前の最終確認」という位置づけになっているそう。

また、お部屋を借りる人が長く情報収集・物件の資料を見続けることで、目が肥え、「防音設備が整っていてYOUTUBEでオンライン実況ができる」「大型犬が飼える」「入居者同士のコミュニティがある」「菜園がある」といった特色ある物件が差別化され、「ニーズを捉えていれば、借り手が見つかる」「そのような特別な特徴に強く惹かれた入居希望者が何年も入居待ちしている」という状況も生まれています。これは「入居者に愛される賃貸をつくりたい」「マッチした人に長く住んでほしい」と考える大家さん、「似たような部屋しかない」と不満に思う借り手、双方にとって幸せな流れといえるでしょう。

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初期費用は抑え気味、家賃債務保証会社利用、デジタル化が進む

笠松氏の話をまとめると、これからお部屋探しをする人は「ゆるゆると情報を集めて、ここぞというときは決断する」と行動を想定しておくのが、良いお部屋探しの大原則といえそうです。また、もうひとつ、お部屋を借りる側としてうれしい傾向が初期費用にあるといいます。

「近年、大家さんが空室を極力減らしたいという意向もあり、礼金が減少傾向にあります。さらに日本各地で家賃債務保証会社の利用が一般化しています。そのため、家賃回収できなかったときのために多めに設定されてきた『敷金』も1カ月分、もしくは0カ月とし、ルームクリーニング代を実費で精算するなどして抑える傾向も。つまり、敷金や礼金といった初期費用が下がっているため、住み替えのハードルが下がっているんです」(笠松氏)といい、賃貸の魅力である「ライフスタイルの変化」にあわせた住み替えができるようになっているのが昨今の特徴だといいます。

共同住宅の入居募集看板

(写真/PIXTA)

コロナ禍では、「テレワークができる広めの郊外のお部屋」、収入減少に対応して「家賃が低めのお部屋」といった大きく変わった生活環境に合わせた選択をする人も見られたそう。これは変化に柔軟という賃貸のメリットを生かせるという意味でとてもいい傾向といえるのではないでしょうか。もうひとつ、コロナ禍を経た変化として不動産業界のデジタル化を教えてくれました。

「オンラインで重要事項説明を受けることも可能になりました。希望すれば不動産会社の担当者とはリアルで対面しないまま契約も可能になっています。現時点では一部ですが、こうしたデジタル化の流れは今後も廃れるとは思えないですし、じょじょに一般化するのではないでしょうか」(笠松氏)

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賃貸住宅も省エネ性能がマストの時代に。住み心地は大きく変わる

また、賃貸だけに限りませんが、新築マンション、新築一戸建てなど、すべての新築住宅に影響する制度がスタートし、賃貸にも好影響が期待されます。

「2024年4月から『省エネ性能表示制度』がスタートし、2025年には、断熱等級4が、さらに遅くとも2030年には等級5(ZEH基準並みの水準)が新築住宅においては義務化されます。すでに「長期優良住宅」の条件は2022年から等級5となっており、新築の賃貸住宅は省エネ性能も向上することが見込まれます」と解説します。

もちろん、賃貸住宅のなかでも新築といえば総数は多くありませんし、家賃も高めに設定されています。いきなり大多数の物件の省エネ性能が向上するわけではありませんが、義務化された以上、今後は大きな流れになっていくのは間違いありません。

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

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「賃貸住宅の建築を請け負っているハウスメーカー各社も当然、この制度に対応していて、各社注力しています。2025年には等級4が最低基準になりますが、海外の基準を見ていると省エネ等級6や7をとるべきですよという流れになっていくはずです。住宅の省エネ性能が高まると、使用するエネルギー量が節約できるほか、住む人の健康にも良い影響を与えることもわかっているので、賃貸住宅を借りる側にとってはよいことだと思います」(笠松氏)

埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」(埼玉県和光市)(写真撮影/片山貴博)

埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」(埼玉県和光市)(写真撮影/片山貴博)

北海道ニセコ町にある“最強断熱”賃貸住宅

超高断熱・高気密の外壁と窓を採用しているため、冬季に使用する暖房は、建物全体を温める共用廊下のエアコン2台。このエアコンだけで外がマイナス14度でも、部屋の温度は19~20度を下回ることはないという、北海道ニセコ町にある“最強断熱”賃貸住宅(画像提供/ニセコまち)

副産物として、賃貸住宅の根強いニーズであった遮音性の向上も見込めるといいます。

「物件を借りる側のアンケートでは、収納や防音/遮音、省エネ性というニーズが高いことがわかっています。断熱性能の高い住まいは気密性も高く遮音性もよいことが多いので、賃貸住宅の住み心地そのものが向上していくのではないでしょうか」と期待を寄せます。

確かに「収納」「遮音」「断熱」は住み心地に大きく影響しますが、なかなか見てわかる「徒歩分数」「家賃」「差別化できる要因」とはなりにくく、今までは後回しにされてきました。今後はこうした「住み心地」に直結する基本性能がよくなっていくことでしょう。

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シェアハウスやコミュニティ。賃貸も顔の見える関係が大切に

もう一つ、東日本大震災以降、じわじわと増えているのが「コミュニティ型」賃貸住宅だといいます。

「日本各地で災害が頻繁に発生していることもあり、近所に見知った顔がほしいというニーズが根強くあるため、コミュニティ形成を助ける賃貸住宅は一定の支持を集めてきました。パルコカーサ、青豆ハウス、ハラッパ団地、高円寺アパートメントなどは代表的な例ですよね。コミュニティ賃貸だけでなく、人とつながって暮らすというのは、シェアハウスに住んだ経験者が多い、今の若い世代にとっては当たり前なんです。ずっとではないけれど、人生の一時期はシェアハウス暮らしでさまざまな人との出会いを楽しみたいという声もよく聞きます」と笠松氏。

賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

“育つ賃貸住宅”というコンセプトを掲げ、2014年に誕生した「青豆ハウス」(東京都練馬区)。住む人と青豆ハウスを訪れる人が一緒に育む新感覚の共同住宅だ(画像提供/青豆ハウス)

保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」(埼玉県草加市)(写真撮影/片山貴博)

保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」(埼玉県草加市)(写真撮影/片山貴博)

なるほど、コミュニティ賃貸は「ご近所づきあい」、シェアハウスは「節約目的」ばかりだと思っていましたが、ともに「人とのつながり」「体験」をシェアするという側面もあるのですね。また、いわゆる賃貸住宅の一角で商売をする「ナリワイ」をはじめられる賃貸住宅も同様だといいます。

「ナリワイって、そこで儲けようとか、起業して成功しようという目的ばかりではなく、人とつながったりとか、人との会話や関係性ができたり、誰かの役に立ちたいという目的が多いように思います。大家さんとしても、やっぱり商売する人が入居してくれれば、なかなかその場を離れないというのもあって、大家さん、借り手、地域住民の三方良しの仕組みなんですよね」とその背景を解説します。

「なりわい賃貸住宅」、「暮らしの町あい所」として話題になった「hocco(ホッコ)」(東京都武蔵野市)(撮影/片山貴博)

「なりわい賃貸住宅」、「暮らしの町あい所」として話題になった「hocco(ホッコ)」(東京都武蔵野市)(撮影/片山貴博)

令和は、賃貸住宅でしかできない経験や体験が重視されているのかもしれません。

「大家さんとしても、知らない人同士が住んで、どんどん入れ替わって、顔が見えなくてという不安な状態よりは、やっぱり同じ街に暮らす人同士が助け合いたい、そこに自分の資産である賃貸住宅を組み込んでほしいという思いはあります。大家さんは代々その地に根付いた人だからこそ、街に愛着を持ち、よくしていきたいという人が多いのです。土地や住んでいる人がいてこその大家さんなので」と笠松氏。

賃貸といえば「借り住まい」「帰って寝るだけの場所」という側面もありましたが、今は「家で過ごす時間がいちばん楽しい」「自分がいたいと思える家」という物件が次々と登場しているということなんでしょうか。2024年はより「愛ある賃貸住宅」「思いを込めてつくった家」が輝き、魅力を放つ一年になるかもしれません。

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懐かしさ感じる”リノベ団地”に広がる人の輪! 保育園・農園付きで3年満室続く「ハラッパ団地・草加」を訪ねた
団地はどう変わっていく?「ハラッパ団地・草加」に見る新しい暮らし

【高円寺アパートメント】
災害時、賃貸でお隣さんは助けてくれる? 住民同士で防災計画をつくる「高円寺アパートメント」
デュアルライフ・二拠点生活[21] 高円寺と別府。意外と似ている2つの街を楽しむ暮らし

【hocco】
土間や軒下をお店に! ”なりわい賃貸住宅”「hocco」、本屋、パイとコーヒーの店を開いて暮らしはどう変わった? 東京都武蔵野市

●取材協力
SUUMO副編集長・SUUMOリサーチセンター
笠松美香氏

築36年賃貸が大人気の理由は”大家さん”?! マンガ1000冊読み放題(定期入替)やコーヒー無料などホスピタリティ満載「百合ヶ丘池上マンション」神奈川県川崎市

毎年1月になると本格的な賃貸のお部屋探しシーズンに突入します。一般的には新築や築年数が浅い物件が好まれていますが、築36年、周辺エリアの家賃相場より高いというのにほぼ満室、空室が出てもすぐ埋まってしまう賃貸マンションが神奈川県川崎市麻生区にあるといいます。しかも大家(オーナー)の池上正芳さんはYouTuber。何がいったいどういうことなのでしょうか。人気の理由を探りました。

廊下もゴミ置き場、エントランスもきれい。設備は新築物件並みの充実ぶり

小田急線百合ヶ丘駅から徒歩6分、線路沿いに立つのが「百合ヶ丘池上マンション」です。築36年でありながら全42戸のうち、今、工事中の部屋をのぞくと満室という人気物件です。

最寄駅から徒歩6分、外観は一見よくある賃貸マンションですが、実は大人気物件「百合ヶ丘池上マンション」(撮影/片山貴博)

最寄駅から徒歩6分、外観は一見よくある賃貸マンションですが、実は大人気物件「百合ヶ丘池上マンション」(撮影/片山貴博)

パッと見ると普通の物件ですが、まず特筆すべきは、廊下やゴミ置き場がきれいに保たれている点です。通常、築20年を超えてくると個々の部屋の玄関まわりには傘などの私物が置かれていたり、ゴミ置き場のルールを守らない人がいたりするもの。不思議なことにゴミなどの生活のマナーが守られないと、生活音などの暮らしのトラブルも起こりやすくなりがちで、「築年数が古い物件はちょっと……」と敬遠される理由の一つとなってしまいます。

ところが、この百合ヶ丘池上マンションでは、玄関の郵便受けに投函されっぱなしのチラシはなく、共用のゴミ置き場もきれいに保たれており、住民のトラブルもほとんどないとか。注意喚起の看板はありますが、かわいらしくて、どことなくユーモラス。廊下にはアーティストの作品が掲げられていたり、エントランスまわりはクリスマスなど季節の装飾がされていて、愛着が湧くようになっています。

ゴミ置き場に貼られたポスターはやわらかなタッチで、きちんと分別して出そうという気持ちになります(撮影/片山貴博)

ゴミ置き場に貼られたポスターはやわらかなタッチで、きちんと分別して出そうという気持ちになります(撮影/片山貴博)

きれいに保たれた廊下。ワンコが描かれた作品が飾られ、これを朝晩見れば愛着が湧きますね(撮影/片山貴博)

きれいに保たれた廊下。ワンコが描かれた作品が飾られ、これを朝晩見れば愛着が湧きますね(撮影/片山貴博)

玄関はクリスマスの装飾が。宅配ロッカーなど嬉しい設備も備え付け(撮影/片山貴博)

玄関はクリスマスの装飾が。宅配ロッカーなど嬉しい設備も備え付け(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

共用部分の玄関には、これから外に出るときにちょっと使える日焼け止めや虫よけ、さらに救急箱まで。物件側で置いているだけでなく、居住者も置くことでいつも充実しているとか。コレほどまでに「気が利いてる~!」と感じた賃貸物件があっただろうか、いやない(撮影/片山貴博)

共用部分の玄関には、これから外に出るときにちょっと使える日焼け止めや虫よけ、さらに救急箱まで。物件側で置いているだけでなく、居住者も置くことでいつも充実しているとか。コレほどまでに「気が利いてる~!」と感じた賃貸物件があっただろうか、いやない(撮影/片山貴博)

おまけに玄関には住民が利用できる、DIYツールや救急箱が置いてあったり、近隣のおすすめお店情報も告知されていたりと、「あったらうれしい」「ちょっとお出かけしようかな」という心づかいが至るところになされています。心憎いばかりの「おもてなし」ですが、このマンションの名物はこれだけではないのです。

シェアスペースにはマンガもズラリ。住民同士で交流を促すイベントも

このマンションには、1階に住人が利用できるシェアルーム「サードプレイス102」があり、朝7時~24時まで開いていて、365日利用可能で利用料も無料。
シェアスペース内には、4KTVやWi-Fi、無料のコーヒー、マンガ1000冊(しかも中身は3カ月ごとに入れ替えされるサブスク制)がそろえてあるので、仕事や勉強をしてもいいし、くつろぎの場にも最適。入居者同士でいっしょにスポーツ観戦したり、おしゃべりするのだって楽しそうです。コレ、絶対楽しいやつだ……!

1階にあるシェアルーム「サードプレイス102」の入口。この部屋だけでなく、全部屋電子キーになっています(撮影/片山貴博)

1階にあるシェアルーム「サードプレイス102」の入口。この部屋だけでなく、全部屋電子キーになっています(撮影/片山貴博)

中はカフェのような空間になっており、コーヒーを飲んだり、備え付けの漫画を読んで過ごすことができます(撮影/片山貴博)

中はカフェのような空間になっており、コーヒーを飲んだり、備え付けの漫画を読んで過ごすことができます(撮影/片山貴博)

壁に利用規約が書いてあります。住民同士が交流できるよう設置された掲示板には、住民が企画する「マンガ夜会」の案内が(撮影/片山貴博)

壁に利用規約が書いてあります。住民同士が交流できるよう設置された掲示板には、住民が企画する「マンガ夜会」の案内が(撮影/片山貴博)

ここまで「百合ヶ丘池上マンション」の共用部分の仕掛けや住みやすくなるさまざまな工夫を紹介してきましたが、実際の住心地はどうなのでしょうか。現在、暮らしている女性N.R.さん(30代)に話を聞いてみました。

「実は、初めて1人暮らしをした賃貸がこの物件なんです。10年間住み続けているので、正直なところ手狭になってきて、何度か引越しを検討し、住まいを探したこともあるんですが、家賃や広さ、設備を比較すると、どうしても今よりよい物件がなくて……。宅配ロッカーや電子キーなど、設備も年々、アップデートもされているし、私の暮らしにあわせて有孔ボード(※)を取り付けてもらったり、『サードプレイス102』のようなシェアスペースがあったり。他のお部屋の人とも『こんなに良いマンション、他にないよ』って話すんです」

※有孔ボード/小中学校の音楽室の壁にあったような穴の開いた壁材。穴を利用して、吊るしたり収納棚を取り付けたりなどでき、壁が有効利用できる

なるほど、家賃は同額なのに年々アップデートするのであれば、引越す理由はないですし、住み続けるほどに愛着が増す気もします。
「それに、大家の池上さんですね。池上さんがちょうど大家さんになったころに入居して、ご挨拶させていただいて。今では東京のお父さんというか(笑)。いっしょにYouTube動画を作成したり、ご一緒することが多くて、楽しいし、顔が見える分、安心して暮らせています」と魅力を解説します。

1人暮らしは自由で気楽な半面、防犯面や災害時、病気の時など心細いことがあるもの。こうした身近なつながりがあることで、安心して暮らせますよね。では、大家である池上さんはなぜこれほどまでに設備を更新したり、おもてなしをしたりするのでしょうか。話を聞いてみました。

祖母が建てた不動産を相続。空室と家賃低下のスパイラル

「この物件を建てたのは私の祖母で、今から10年ほど前、父から私が引き継ぎました。その時点では学生向けワンルームばかりで空室も多く、年々、家賃も下げていかないと部屋が埋まらない、そんな状況でした。管理は不動産会社任せ、さらにあまり部屋を大事に使ってもらえずにトラブルも多発、そんな状況だったんです」と当時を振り返ります。

大家の池上正芳さん(撮影/片山貴博)

大家の池上正芳さん(撮影/片山貴博)

このままでは「負動産」になってしまうと思った池上さんは、小さなことから物件を良くしていこうと工夫をはじめます。

「空いた部屋の玄関に全身が映る鏡をつける、荷物やコートがかけられるフックをつける、部屋に室内干しをつける、といったことをしていきました。予算は少額で、借りる人目線でちょっと手を加えたら、家賃を下げなくとも空室が埋まるようになって。入居者に喜んでもらえる楽しさに目覚めていったんです」(池上さん)

そのうち単なる工夫だけにとどまらず、デザイン性を重視したリノベーション、空間プロデュースを手掛けるように。建築士や施工会社ともつながりができ、空室が出る→空間のコンセプトを決める→リノベする→家賃を再設定して募集する→入居者が決まる、という「正のスパイラル」が生まれるようになりました。

現在、リノベ済みの部屋。1人暮らしはもちろん、2人暮らしもできる広さ(撮影/片山貴博)

現在、リノベ済みの部屋。1人暮らしはもちろん、2人暮らしもできる広さ(撮影/片山貴博)

有孔ボードがあるので収納場所やディスプレーする場所になる。Bluetoothスピーカーや椅子、照明も備え付けなので、初めての1人暮らしでもすぐに快適な生活ができる(撮影/片山貴博)

有孔ボードがあるので収納場所やディスプレーする場所になる。Bluetoothスピーカーや椅子、照明も備え付けなので、初めての1人暮らしでもすぐに快適な生活ができる(撮影/片山貴博)

キッチン側から見たところ。室内に段差があるので、空間に遊びあるのもうれしい(撮影/片山貴博)

キッチン側から見たところ。室内に段差があるので、空間に遊びあるのもうれしい(撮影/片山貴博)

もちろん、池上さんの取り組みのすべてが成功したわけではありません。リノベのコンセプトをつくり込みすぎてしまったり、ターゲットのほしい室内デザインとズレていたり。その度に修正して、柔軟に「部屋を借りる人がよろこぶデザイン・設備・サービスはなにか」と模索し続け、現在の「各部屋、コンセプトの異なる部屋」「電子キー」「Bluetoothスピーカー」「住民の共用スペース」「物件公式LINEアカウント」にたどりついたのです。

こちらもリノベ済みの部屋。ブルックリンの地下鉄をテーマにしたワンルームのキッチン。調理用に移動できる卓上のIHクッキングヒーターがついています。このキッチンカウンターで使うもよし、テーブルに運んで卓上で調理するもよし(撮影/片山貴博)

こちらもリノベ済みの部屋。ブルックリンの地下鉄をテーマにしたワンルームのキッチン。調理用に移動できる卓上のIHクッキングヒーターがついています。このキッチンカウンターで使うもよし、テーブルに運んで卓上で調理するもよし(撮影/片山貴博)

窓際のコーナーテーブルは、後付けしたことで一気に雰囲気アップ!ここにテレビやパソコンを置いて、くつろぎや作業をすることも。黒のブラインドもおしゃれ(撮影/片山貴博)

窓際のコーナーテーブルは、後付けしたことで一気に雰囲気アップ!ここにテレビやパソコンを置いて、くつろぎや作業をすることも。黒のブラインドもおしゃれ(撮影/片山貴博)

各部屋備え付けのBluetoothスピーカー。間接照明にもなります(撮影/片山貴博)

各部屋備え付けのBluetoothスピーカー。間接照明にもなります(撮影/片山貴博)

部屋の雰囲気を壊さない充電コーナー。奥には有孔ボードがあり、こちらもディスプレーが楽しくできそう(撮影/片山貴博)

部屋の雰囲気を壊さない充電コーナー。奥には有孔ボードがあり、こちらもディスプレーが楽しくできそう(撮影/片山貴博)

取材に同席し、以前から池上さんの大家業に注目していたという、ハウスメイトマネジメントソリューション事業本部の伊部尚子さんは「池上さんは、なんでも挑戦してみようという前向きな姿勢に加えていつも謙虚で偉ぶらず、ご自分よりはるかに若い入居者さんや業者さんからアイデアを教えてもらい、良いものはどんどん取り入れようという柔軟性をもっていらっしゃいます。相続した不動産が空室ばかりと悩んでいる人は多いですが、そんな悩める大家さんの希望の星です。こんなに楽しそうに賃貸経営をされている大家さんはあまりいらっしゃいません」と話す。不動産のプロとして日本全国のさまざまな賃貸物件の知見を持つ伊部さんからしても、ここまで細やかにサービスや工夫をしている賃貸物件は珍しいと証言します。

住む人に幸せになってもらうこと。それこそが大家の本懐

池上さんは今も入居者が決まる度に、「ごあいさつキットに入れたカギ」「百合ヶ丘の町ガイド」を手渡しします。また「ゴミの出し方」「傘を共用部に置かない」など、マンションのルールを、入居時に丁寧に伝え、LINEの公式アカウントに友達追加してもらっているといいます。

池上さんが入居者に渡しているハンドタオルとキーホルダーとカギのセット。キーホルダーのデザインはこれまでの大家業で関わってきた若いクリエイターによるオリジナル。これをもらったら大事にせずにはいられません(撮影/片山貴博)

池上さんが入居者に渡しているハンドタオルとキーフォルダーとカギのセット。キーホルダーのデザインはこれまでの大家業で関わってきた若いクリエイターによるオリジナル。これをもらったら大事にせずにはいられません(撮影/片山貴博)

「公式LINEアカウントを追加したあとに、例えば風邪をひいたとか、電子キーが開かないとか、ささいなこと、日常のお困りごとを連絡してくださいと伝えています。直接のグループLINEで大家や管理会社とつなげようとする方も多いのですが、それは入居者の方にはハードルが高くて。公式アカウントにした方が、入居者の方も直接会話ができて気軽なんです。これもいろんなケースを通じてわかってきたことです。入居者が困ったときにも即、対応できるし、反対に大家側からも一斉にお知らせができます。こうしたルール説明、対応方法を知らせておくと、みなさん気持ちよく暮らしてくれます」と池上さん。

建物での暮らしのルールはあいまいだったり、明文化されていないことが多いもの。入居時にしっかりと説明されるとガイドラインが明確になり、暮らしているほうも安心ですよね。

こうして手間と愛情をかけて物件や入居者と向き合うことで、思いもよらない副産物もあるのだそう。

「手間と費用をかけてリノベをし、借り手を募集すると、賃料ありきではなく、『したい暮らし』で物件を探してくれる人と出会えるんです。そうすると、新しい才能と出会えることがあって、入居者さんにデザインや動画を手伝ってもらえたりするんですよ。エントランスに貼った百合ヶ丘マップやアート作品はそのひとつなんです」と池上さん。物件が才能ある人を招いて、物件の魅力がさらに磨かれる、そんな好循環になっているんですね。

元入居者の作成した百合ヶ丘マップ。おすすめのお店情報を入居者同士で教えあえる工夫も(撮影/片山貴博)

元入居者の作成した百合ヶ丘マップ。おすすめのお店情報を入居者同士で教えあえる工夫も(撮影/片山貴博)

今、池上さんが取り組んでいるのが、この物件がある百合ヶ丘駅周辺の魅力の発信です。「百合ヶ丘駅」は各駅停車の小さな駅ですが、個人のお店が多く、あまり知られてない良さがあるのだとか。

「ターミナルであるお隣の新百合ヶ丘駅に目がいきがちですが、百合ヶ丘にもいいところがたくさんある。自分の物件でなく、この街の良さ、暮らしを知ってほしくて、YouTubeをはじめたんです。撮影して歩くと自分も知らなかった魅力に気付くんですよ」とYouTuberになったきっかけを明かしてくれます。(余談ですがこのチャンネル、ほのぼのしていて最高です……!)

まさか自分のためではなく、「人のため」ひいては「まちの魅力発信のため」にYouTuber大家さんになってしまうとは……。その行動力に感服以外の言葉がありません。ここまでする理由を、池上さんは、「大家をするなら、住んでもらう人に幸せになってもらいたいから」とさらりと言います。こうまで言われてしまうと、住み続けたくなる理由が大家さんというのも納得です。入居者も快適で幸せに暮らせ、大家さんも利益を得てまた幸せになる。「自他共栄」とは、まさにこういうことをいうのだな、としみじみ実感した取材となりました。

●取材協力
y-BROOKLYN
百合ヶ丘チャンネル

賃貸住宅に革命起こした「青豆ハウス」、9年でどう育った? 居室を街に開く決断した大家さん・住民たちの想い 東京都練馬区

「青豆ハウス」は”育つ賃貸住宅”というコンセプトを掲げ、2014年に誕生した。住む人と青豆ハウスを訪れる人が一緒に育む新感覚の共同住宅として注目され、その年のグッドデザイン賞を受賞。多数のメディアに紹介されてきた。設立9年目を迎えた青豆ハウスを訪ね、運営する株式会社まめくらしの青木純さんに、地域と溶け合うコミュニティ創出やその背景にある思いを取材。大家さんしかできない役割や賃貸住宅の可能性をたっぷり語ってもらった。

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

“住む人集う人で育てる賃貸住宅”「青豆ハウス」

青豆ハウスは、東京都練馬区平和台にある。副都心線平和台駅から5分歩くと住宅街の中に突如大きな農園が現れて驚く。練馬区が管理する田柄一丁目区民農園だ。青豆ハウスは、その農園に隣接して建っている。3階建てのメゾネットが2階にあるデッキを介して繋がる様子は、まさに豆の木が絡まるよう。畑を一望できる青豆ハウスは、農園を見守っているようにも見える。

9年前の建築当時に苗木で植えた木々が育ち建物を包む(写真撮影/桑田瑞穂)

9年前の建築当時に苗木で植えた木々が育ち建物を包む(写真撮影/桑田瑞穂)

「畑を見下ろす風景を住民に見せたかったんですよ」と青木さんは、白菜や大根の葉っぱで青々とした畑を指さす。門を入り、2階デッキへと上る階段から眺める235区画もの区民農園は壮観。東京とは思えないほど空が広く感じる。

「これだけの自然環境の中で暮らすことに価値を感じてもらえる住宅にしたかったんです。デッキに面しているのは各住戸のリビングダイニング。食卓には、朝昼晩だいたい同じ時間に灯りがともるでしょう? 人の営みを感じながら同じ時間を共有することを大事にしていますね」(青木さん以下同)

「いつも誰かが土を耕しているのが見えますよ」と青木さん。夕立ちのあとには虹がかかるという(写真撮影/桑田瑞穂)

「いつも誰かが土を耕しているのが見えますよ」と青木さん。夕立ちのあとには虹がかかるという(写真撮影/桑田瑞穂)

門を入ったところにある階段をのぼって2階デッキへ。デッキの下には各住戸用の収納庫がある(写真撮影/桑田瑞穂)

門を入ったところにある階段をのぼって2階デッキへ。デッキの下には各住戸用の収納庫がある(写真撮影/桑田瑞穂)

青木さんは、住み手と大家が一緒につくる「カスタマイズ賃貸」をはじめるなど日本の賃貸文化の変革者として知られ、公民問わず講演の依頼が絶えない。ジェイアール東日本都市開発と組んだ高円寺アパートメントや南池袋公園など公共空間活用も公民連携で実践してきた。それらの活動の原点が青豆ハウスだ。

「2011年ごろは、東京のシェアハウスブームがはじまって10年くらい経ったタイミングでした。当時シェアハウスは、単身世帯用の独身寮をコンバージョン(※)していた背景がありましたので、そこで出会って結婚すると卒業しなきゃいけない、ということが少なくありませんでした。シェアハウス卒業組が、シェアハウス時代と同じ感覚で誰かと繋がりながら住めるところが賃貸にない。これはおかしいなという思いが、青豆ハウスの構想につながりました」
※コンバージョン/用途変更

自然環境や天然素材を活かし「暮らしの価値」を創造する

青木さんが青豆ハウスで試みたのは、建物などハードだけでなく、暮らしの価値にお金を払ってもらうこと。いわゆるポータルサイトでの不動産広告はせずに、賃貸住宅では珍しい、物件専用ウェブサイトをつくり、パーススケッチやコンセプトを掲載。ブランディングデザイナーの土屋勇太さんや素描家のshunshun(しゅんしゅん)さんと会話を重ねながら、コンセプトに沿ったロゴや未来の暮らしがイメージできるイラストを作成した。出来上がったロゴは、「青」という文字をモチーフにしたものだった。

「コンセプトは、『住む人集まる人が育む賃貸住宅』。青という漢字にはもともと育つと言う意味合いがあるそうです。8枚の葉っぱの形が違うのは、それぞれの個性を尊重するって意味を込めて。それぞれの暮らしが実って、共用デッキに人が集うことによって、大きな木になる。建築過程は、『そらと豆』という成長日記のブログに公開しました」

イチョウやモミジなど葉っぱの種類がそれぞれ違う(写真撮影/桑田瑞穂)

イチョウやモミジなど葉っぱの種類がそれぞれ違う(写真撮影/桑田瑞穂)

shunshunさんが1本のペンで描いた青豆ハウスの未来予想図。「運営側の色に染めたくない」と色はつけなかった(画像提供/青豆ハウス)

shunshunさんが1本のペンで描いた青豆ハウスの未来予想図。「運営側の色に染めたくない」と色はつけなかった(画像提供/青豆ハウス)

建築途中に青豆ハウスの世界観を伝えるための一歩目として行われた上棟式。左にいるのが青木さん(画像提供/青豆ハウス)

建築途中に青豆ハウスの世界観を伝えるための一歩目として行われた上棟式。左にいるのが青木さん(画像提供/青豆ハウス)

建物の設計は、ブルースタジオに依頼。「目の前でむくむく緑が育つ農園と、のびのびと広がる空にインスピレーションを得て」企画された。内装も外装も天然素材にこだわった。外壁や床などには天然木を、中庭などの外構には古くから使われてきた大谷石(おおやいし)がふんだんに用いられている。いずれも年月を経ると変色などが発生する。一般的には「経年劣化」と言われてしまうが、青木さんは「経年変化」と呼んで慈しむ。

ピザ窯のある中庭に敷き詰めた大谷石。年月を経て白から青緑色に変化する(写真撮影/桑田瑞穂)

ピザ窯のある中庭に敷き詰めた大谷石。年月を経て白から青緑色に変化する(写真撮影/桑田瑞穂)

「豆の木にならうからには」と、構造も木にこだわり、木造三階建てに。外壁の天然木も時を経るごとに渋い味わいを増す(写真撮影/桑田瑞穂)

「豆の木にならうからには」と、構造も木にこだわり、木造三階建てに。外壁の天然木も時を経るごとに渋い味わいを増す(写真撮影/桑田瑞穂)

「日本だと築年数が経つほど価値が毀損されて原状回復しきゃいけないって考え方があるけど、欧米の賃貸市場では、築年数が古ければ古いほど、関係性ができればできるほど建物の価値が上がっていく。日本もスクラップアンドビルドじゃなくて、いいものを大切に使って無駄をなくしていく方がいいと思います。建った瞬間はゼロ歳で一歳、二歳、三歳となるうちに暮らしも豊かになるし、建物の雰囲気、味わいも出ていくのだから」

コミュニティづくりは、無理しない、無理強いしない初期から続く年始の恒例行事「新年会」(画像提供/青豆ハウス)

初期から続く年始の恒例行事「新年会」(画像提供/青豆ハウス)

青豆ハウスの世界観を理解してくれる人に入居してほしいと、建築中から募集を開始し、1組1組丁寧にコミュニケーション取りながら面接を重ねること3カ月。青豆ハウスの家賃は、当時の練馬区の賃料相場の1.5倍ほどだったが、オープンする時には満室に。青豆ハウスには、青木さん夫妻も入居している。コミュニティづくりでいちばん大切なことをたずねると、「正直であること」と青木さん。

「僕も正直です。なんでも正直にしゃべる。言いにくいことも『言いにくいんだけど』ってちゃんと話します。虚勢を張ったり無理しているとどこかで破綻してしまいますから。あとは、自分ファーストじゃなくて、相手の感情、相手の状況を思いやることが大事かな。青豆ハウスに管理規約はないけど、『無理せず気負わず楽しむ』という家訓があります。住民同士の食事会などのイベントの参加は、無理しない、無理強いしない。自分の意志で集うことを大事にしています」

毎年夏、地域に開放して催される夏祭り。住民同士の家族のような関係を子どもたちは「仲間」と表現する(画像提供/青豆ハウス)

毎年夏、地域に開放して催される夏祭り。住民同士の家族のような関係を子どもたちは「仲間」と表現する(画像提供/青豆ハウス)

住居の玄関に掲げられた葉っぱの看板には、“hana(花豆)”や“hiyoko(ひよこ豆)”など豆の名前がつけられている(写真撮影/桑田瑞穂)

住居の玄関に掲げられた葉っぱの看板には、“hana(花豆)”や“hiyoko(ひよこ豆)”など豆の名前がつけられている(写真撮影/桑田瑞穂)

中庭のピザ窯を使ったガーデンパーティや地域の人も参加できる夏祭り、区民農園での野菜づくりなどコミュニケーションをとる機会が多く、居住者は皆家族ぐるみのつきあいだ。

苦しいことも分かち合ったコロナ禍を経て再び街に開く

9年の間には、設立時からいた住民の卒業も経験した。青木さんに、筆者がどうしても聞かなければと考えていたことがあった。青木さんのブログのトップに固定されている2020年8月に書かれた記事のことだ。「実家、のようなもの。」というタイトルがつけられた記事の文章は、青木さんの決意表明のようにみえた。記事に登場する「けんけんさん、くにーさん」のことを問いかけると、青木さんは、ふたりが暮らし、今は居住者がいないlens(レンズ)という住居へ案内してくれた。

lensは、レンズ豆からとった名前(写真撮影/桑田瑞穂)

lensは、レンズ豆からとった名前(写真撮影/桑田瑞穂)

けんけんさん、くにーさん家族が過ごした部屋。今は共有スペースとして使っている(写真撮影/桑田瑞穂)

けんけんさん、くにーさん家族が過ごした部屋。今は共有スペースとして使っている(写真撮影/桑田瑞穂)

「ふたりともクリエイターで、部屋の名前に惹かれて、青豆ハウスありきで練馬に引越してくれました。青豆ハウスに来てから、はなちゃん、うたちゃんという双子の女の子も生まれました。彼ら“レンズファミリー”は住民にとても愛されていたんです。はなちゃん・うたちゃんは未熟児で大変でしたが無事に成長してよかったと思っていたところ、お母さんのくにーが重い肺の病気を患ってしまったんです。僕はけんけんからこの話を聞いたとき、皆には僕から話すって言いました。皆が大好きな家族がこういう状況にあると。全員、できる限りの支援をしたいという気持ちでした」

lens入居当初のけんけんさん(左)と、くにーさん(画像提供/青豆ハウス)

lens入居当初のけんけんさん(左)と、くにーさん(画像提供/青豆ハウス)

はなちゃんうたちゃんの話になると自然と笑みがこぼれる(写真撮影/桑田瑞穂)

はなちゃんうたちゃんの話になると自然と笑みがこぼれる(写真撮影/桑田瑞穂)

生まれも育ちも青豆ハウスなふたり(画像提供/青豆ハウス)

生まれも育ちも青豆ハウスなふたり(画像提供/青豆ハウス)

住民の皆で、子どもたちのお守りや食材の買い出しを手伝い、面白い動画や写真を撮影して励ましのメッセージをくにーさんに届けた。

「そうしたら、肺移植が必要なほど悪かった病気がお医者さんもびっくりするくらい回復して退院できたんです。皆で大喜びしました。ところが、今度はコロナがやってきたんですよ。肺の疾患だったのでコロナに感染したら致命的。レンズファミリーは、緊急事態宣言中に群馬の実家に戻ったまま帰京することなく、ぼくはオンラインで退去したいと連絡を受けました。『悩みに悩んだし、ずっとここに暮らしたいと思ってたけど、一緒に暮らすことで、誰かからコロナをもらってしまうかもしれない。自分も相手も傷つけちゃうから。それだけは嫌だ』って。パソコン越しに泣く泣く。僕もとっても辛かった」

別れのとき、はなちゃん・うたちゃんが「絶対嫌だ、ここで皆と暮らす!」と泣き叫ぶのを聞いて、青木さんはひとつの決断をする。

「ぼくは、大家として一連のやり取り見ていて、他の人にlensを貸したくなくなったんですよ。じゃあ、ここは、はなうたの実家だ、残すよってふたりに約束したんです」

レンズファミリーの旅立ちの日にも、祝福するような虹が出ていた(画像提供/青豆ハウス)

レンズファミリーの旅立ちの日にも、祝福するような虹が出ていた(画像提供/青豆ハウス)

こうして、lensは、欠番の部屋になった。レンズファミリーが帰った時に使うだけでなく、コロナ禍で住民たちのもうひとつの部屋として活用されることに。テレワークをする人たちがスケジュールを共有し合うことで、こどもの面倒を交代でみたり、英語の先生に出張してもらって英会話教室をしたり。それぞれの部屋に人を受け入れるのは抵抗がある中、lensのおかげでコミュニケーションをとることができた。

現在、lensの1階部分はまちのキオスク「まめスク」として活用されている。コロナ禍で疎遠になってしまった地域の人とキヨスクのように気軽に関わりを持てるスペースとして活用され、植栽さんや洋裁屋さんなどが出店する日は近所の人でにぎわっている。

悲しい別れもあれば、出会いもある。イラストレーターの熊谷奈保子さんは、初期住民以外の引越し組第一号だ。まめスクで個展中だというので青豆ハウスの暮らしをたずねてみた。

lensを店舗併用住宅に変更し、1階をまめスクに(写真撮影/桑田瑞穂)

lensを店舗併用住宅に変更し、1階をまめスクに(写真撮影/桑田瑞穂)

小さな個展「甘い毎日」では、童話とお菓子をモチーフにしたイラストを展示(会期終了)(写真撮影/桑田瑞穂)

小さな個展「甘い毎日」では、童話とお菓子をモチーフにしたイラストを展示(会期終了)(写真撮影/桑田瑞穂)

近所で賃貸暮らしをしていた熊谷さんは、建築中から青豆ハウスが気になっていたという。決め手になったのは?

「建物に良い素材を用いていること。単純に高級ということではなく、以前から惹かれるものだった、ということが大きいです。大家さんが心地よく感じるものと自分のそれがフィットした感じでしょうか。『住む人に心地よく過ごして欲しい』という大家さんの思いを感じました」(熊谷さん)

すでにあるコミュニティに入る不安もあったが、内覧会で住民の人と話が盛り上がり、心配は吹き飛んだという。「今回の個展の設営や告知も手伝ってもらったんですよ」と嬉しそう。

ご自宅を訪ねるとどこを切り取ってもおしゃれな空間! 緑の壁やキッチンのタイルは先住者が選んだものだが、もともと大好きな色なので、お気に入り。在宅で仕事をしているので、「窓越しに隣の人の気配を感じると、ほっこりした気持ちになる」と話してくれた。

農園を借景にした明るいリビングダイニング(写真撮影/桑田瑞穂)

農園を借景にした明るいリビングダイニング(写真撮影/桑田瑞穂)

熊谷さんがひと目ぼれした紺色のタイルが貼られたキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

熊谷さんがひと目ぼれした紺色のタイルが貼られたキッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

壁から天井まで余すところなく素敵なインテリアで飾る(写真撮影/桑田瑞穂)

壁から天井まで余すところなく素敵なインテリアで飾る(写真撮影/桑田瑞穂)

毎年販売される熊谷さんのイラストを使ったカレンダー。来年のカレンダーはすでに完売(写真撮影/桑田瑞穂)

毎年販売される熊谷さんのイラストを使ったカレンダー。来年のカレンダーはすでに完売(写真撮影/桑田瑞穂)

居住者にはクリエイティブな仕事をしている人が多いので、助け合ったり、一緒に仕事をすることも多い。「売り切れないようにカレンダーの印刷部数を増やさなきゃ」と熊谷さんにアドバイスする青木さん(写真撮影/桑田瑞穂)

居住者にはクリエイティブな仕事をしている人が多いので、助け合ったり、一緒に仕事をすることも多い。「売り切れないようにカレンダーの印刷部数を増やさなきゃ」と熊谷さんにアドバイスする青木さん(写真撮影/桑田瑞穂)

住む人の暮らしをつくる大家さんの仕事は面白い!

青木さんは、住民として大家として、居住者に向き合い続ける中で、疲れたり、いやになってしまうことはないのだろうか。

「初めのうちは力みがありましたね。大家さんとして、こうしてほしい、こうなったらいいなって押し付けてしまったり。最初は、緊張感を持っていたけど、段々と気を緩ませ始めて。壁を自分が取っ払ってありのままでいることを意識し始めたらすごくうまく回ったんですね。ぼくのダメな部分は、皆が知ってます。例えば酔っ払って寝ちゃうとか、承認欲求が強そうとか、意外と根暗とか(笑)。ぼくも、それぞれのいい部分、悪い部分、ぜんぶ知っています。家族みたいなものです。共同で暮らすのは、楽しいことばかりじゃない。でも、辛いこと、苦しいことも分かち合えることが、コロナの時によくわかりました」

青木家にはひとり息子がいる。思春期で親とは話さなくても住民の人に話を聞いてもらっていたそうだ(画像提供/青豆ハウス)

青木家にはひとり息子がいる。思春期で親とは話さなくても住民の人に話を聞いてもらっていたそうだ(画像提供/青豆ハウス)

青木さんは、「大家さんの仕事は、皆が考えているより、ずっと楽しい!」と力説する。青木さんが不動産業界に関わることになった時、感銘を受けたのが、リクルート住宅総研(当時)のレポート「愛ある賃貸住宅を求めて」だった。

「『日本の大家さんへ』という島原万丈さんからのメッセージを今でもおぼえています。『あなたが建てたアパートやマンションの部屋で毎日眠り目覚め、食事を摂り勉強したり、仕事にでかけたり、時に友と語らい、時に恋をして、社会人として成長していく若者のことを、自分の物件にふさわしいとあなたが選んだ若者の人格を慈しみ、その暮らしを思いやることはできる。いやそれはあなたにしかできない仕事だ。』って書いてあったんですね。家だったり、共同住宅は、街の前にある一番最初の単位。そこでいい関係性をつくって、ちょっとはみ出して、街に幸せを広げていきたい。地方都市で移住者と先住者が対立する問題があるけど、大家さんが地域とその人をちゃんと繋いであげて関係性つくってあげたらうまくいくと思うんです」

話を聞いていると、大家さんはなんて面白い仕事だろう。自分も大家になってみたい!と思えてくる。自ら校長を務める「大家の学校」や池袋東口グリーン大通りで開催するイベント「池袋リビングループ」など、青豆ハウスの経験やノウハウを未来に繋ぐ活動も取り組んでいる。

青豆ハウスの住民たちで区民農園を残す活動もしてきた(写真撮影/桑田瑞穂)

青豆ハウスの住民たちで区民農園を残す活動もしてきた(写真撮影/桑田瑞穂)

自宅では窓辺で過ごすことが多い青木さん、どんぐりの木が窓いっぱいに見えてツリーハウスにいる気分(写真撮影/桑田瑞穂)

自宅では窓辺で過ごすことが多い青木さん、どんぐりの木が窓いっぱいに見えてツリーハウスにいる気分(写真撮影/桑田瑞穂)

思い出の詰まった絵や写真が壁一面に(写真撮影/桑田瑞穂)

思い出の詰まった絵や写真が壁一面に(写真撮影/桑田瑞穂)

プリンの絵の後ろにインターホンが隠れている。遊び心がニクイ(写真撮影/桑田瑞穂)

プリンの絵の後ろにインターホンが隠れている。遊び心がニクイ(写真撮影/桑田瑞穂)

最後に、青木さんの夢を聞いた。

「青豆ハウスが、百年後も続いていることですね。きっと建物も僕も残っていないだろうけど、地域の人に『青豆ハウスがここにあったよね』って言われたい。子どもたちが成長して、自分に子どもが出来た時にここに来てくれたら嬉しいなあ」

真ん中にいるのは青木さんの長男。今年、高校の寮に入るため青豆ハウスを巣立つ際に住民がイラストを描いてくれた(画像提供/青豆ハウス)

真ん中にいるのは青木さんの長男。今年、高校の寮に入るため青豆ハウスを巣立つ際に住民がイラストを描いてくれた(画像提供/青豆ハウス)

ポイ捨てがなくなればいいねと花壇に置くようになった黒板。日々交代で住民が描くかわいいイラストが評判でファンレターが置かれていたことも(写真撮影/桑田瑞穂)

ポイ捨てがなくなればいいねと花壇に置くようになった黒板。日々交代で住民が描くかわいいイラストが評判でファンレターが置かれていたことも(写真撮影/桑田瑞穂)

取材が終わった時、朝、入口で見つけた小さな看板のことを思い出していた。迎えてくれたのは、住民の方が描いたというスーモ君の絵。取材は、皆で相談して引き受けることを決めたという。さりげない歓迎の印が嬉しくて、少しの時間、青豆ハウスの仲間に含まれた気持ちがした。いつか青豆ハウスがなくなっても、だれかの心にきっと残り続ける。そんな思いを胸に青豆ハウスを後にした。

●取材協力
・青豆ハウス
・大家の学校
・池袋リビングループ

「高齢者が賃貸を借りづらい問題」に解決策はあるか? R65代表取締役に聞いた!

「65歳以上の高齢者は賃貸住宅を借りづらい」ということは、近年報道などを通じて知られるようになってきた。山本 遼さんが代表取締役を務めるR65では、65歳からの部屋探しを支援し、専用サイト「R65不動産」で高齢者が入居できる物件を紹介している。また、高齢者の賃貸入居を難しくする課題を解消する取り組みも積極的に行っている。高齢者の部屋探しの実態について、山本さんに話を聞いた。

65歳以上の4人に1人が経験する“入居拒否”の実態

筆者は2年前に「65歳以上の“入居拒否”4人に1人。知られざる賃貸の「高齢者差別」」という記事を書いた。この記事で、全国の65歳以上の23.6%が「不動産会社に入居を断られた経験がある」と回答し、断られた経験の回数は「1回」という人が半数近くになるが、「5回以上」という人も13.4%いたという、R65の調査結果を紹介したものだ。

筆者が気になったのは、65歳以上の4人に1人は入居拒否に遭う一方、4人に3人は問題なく入居できているのか?その場合、どんな高齢者なら入居を断られないのだろうか?高齢者の入居拒否の実態に詳しいR65の山本さんに質問をぶつけてみた。

R65代表取締役の山本遼さん(筆者撮影)

R65代表取締役の山本遼さん(筆者撮影)

「高齢者の4人に3人は入居できる状態と思わないでほしい」と山本さん。収入があって保証人もいる高齢者でも、賃貸住宅を見つけるのに時間がかかっている。むしろ、4人に1人は時間をかけても物件が見つからない状態と見るべきだというのだ。R65の調査結果でも、年収200万円未満とそれ以上(年金以外に仕事をして収入を得ていると想定)で比較しても、入居拒否の経験の有無や断られた回数に違いはなかった。

出典:R65「『65歳以上が賃貸住宅を借りにくい問題』に関する調査」

出典:R65「『65歳以上が賃貸住宅を借りにくい問題』に関する調査」

後期高齢期(75歳以上)の年齢になったり障害があったりすれば、さらにハードルが高くなるだけで、入居については、まず「65歳以上という年齢」が大きなハードルになるのだという。

65歳以上が入居しづらい要因はあるが、ケアする手立てもある

ではなぜ、65歳以上で入居が難しくなるのだろうか?山本さんによれば、最も大きな要因は、貸主(オーナー)側に高齢者に貸した経験が少ないことで、理解が不足しているからだという。

一般的な賃貸住宅では、貸主側にやむを得ない事情がない限り、入居者が希望すればそのまま住み続けることができる。住み続ければ入居者が高齢化して、孤独死や死後の残置物の問題が生じるなど、若年層に貸すのとは異なるトラブルが起きると考え、それを懸念して年齢だけで入居を拒む貸主が多いようなのだ。

(公財)日本賃貸住宅管理協会による調査では、「高齢者世帯の入居に拒否感がある」と回答した貸主は全体の70.2%を占める。この拒否感を解消するには、貸主のリスクをケアする手立てを講じて、安心して貸せる環境を整備していくことが必要だと、山本さんは考えている。以降は、どんな課題があるか、それに対するどんな手立てがあるかを整理していこう。

●孤独死
貸主にとって孤独死は大きな問題だ。発見が遅れると、臭いや床面の損傷などが発生して、その部屋を特殊清掃したり改修したりする必要がある。かつ、その間は入居者募集もできないので、貸主の損失も大きくなる。だから、孤独死は早期発見がカギになるのだ。これについては、「見守りサービス」を活用することで、異常な状態を検知することができる。

●身元保証
賃貸借契約では連帯保証人などの身元保証を求められるが、保証人がいない高齢者も多い。身元保証で求められるのは主に家賃の滞納だが、これは高齢者に限らず、「家賃債務保証会社」と契約するのが一般的になっている。このほか、入院時や死亡時にまで対応する「身元保証サービス」の利用も考えられる。

●死亡後の残置物の処理
死後に賃貸住宅に残された物は、貸主が勝手に処分することはできない。相続人に残置物の処分や部屋の明け渡しなどの対応を依頼するのが基本だ。一人暮らしで相続人が不明の場合、貸主は推定相続人を探し出して交渉することになり、それにかなりの時間を要する場合がある。これについては、国土交通省と法務省が「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を策定した。入居者の推定相続人か、それが難しいときは居住支援法人※などの第三者が入居者と委任契約を結び、それによって代理権を得た者が賃貸借契約の解除や残置物の処理を行うというものだ。
※居住支援法人とは、住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律(住宅セーフティネット法)に基づき、都道府県が指定する、要配慮者の居住支援を行う法人。

R65でも独自に高齢者のリスクケア商品を用意

こうした高齢者ならではのリスクについては、行政が対応すべき課題もある。このなかで不動産会社が考えるべきことは、賃貸経営で重要となる、物件の資産価値を下げず、空室期間を長期化させないことに絞られると山本さん。

そこで、R65でも高齢者の入居リスクをケアする商品を用意している。まず、孤独死の問題については、「あんしんみまもりパック」(月額980円~)を提供している。これは、電気の使用量をチェックして見守るもので、貸主の原状回復費用や家賃を補償する保険もセットにしている。比較的安価で見守りと補償をセットにすることで、貸主が利用しやすいようにしているのが特徴だ。

残置物の処理については、R65のパートナー不動産会社に対しては、居住支援法人でもあるR65が残置物処理に関する委任契約を受ける契約書を用意しているほか、他の不動産会社などが使える賃貸借契約の解除と残置物処理に関する契約書(推定相続人が受託する想定)を一般公開している。

なお、家賃の滞納については、実は高齢者だからといって多いわけではないという。たしかに、家賃債務保証会社を利用することで滞納のリスクは解消されるし、年金のなかでやりくりできる賃料であれば問題はあまり発生しないはずだ。

難しいのは認知症を発症して、賃貸住宅での生活が難しくなる場合だ。特に身寄りのない単身高齢者の場合、認知症が進んでしまうと意思能力がないと判断されてしまうので、まだ軽症のうちに地域包括支援センター※などと連携して、グループホームなどの環境が整った場所に移ってもらうのがよいという。
※地域包括支援センターは、地域の高齢者を支えるために市町村が設置するもので、「介護予防ケアマネジメント」「総合相談支援」「包括的・継続的ケアマネジメント支援」「権利擁護」の業務を行う。

高齢者が賃貸住宅を探しやすくするためには?

高齢者がもっと賃貸住宅を探しやすくするためには、不動産情報サイトの充実が挙げられる。現状でも、掲載物件数の豊富な大手ポータルサイトで、「高齢者歓迎」などの項目で検索して、高齢者の入居を拒まない物件を探すことはできる。さらに、高齢者対象の賃貸住宅に特化したR65不動産のサイトでは、エリア検索のほかに、二人入居可、駅徒歩5分、保証人不要相談、庭付き、ペット可、1階またはエレベータなどのテーマ別検索ができるようにしている。これらは、高齢者が部屋探しをする際に主要な条件として挙げる場合が多いからだ。ただし現状では、必ずしも、高齢者のニーズと掲載物件がマッチするとは限らない。

そこで、山本さんがもう一つの課題として挙げるのが、不動産流通の問題だ。高齢者の入居を拒まない物件自体を増やす必要があるからだ。

貸主が高齢者に賃貸住宅を貸すことに拒否感がない場合でも、不動産会社のほうで手間がかかるなどの理由で、積極的でない場合もある。そこで、高齢者の部屋探しに積極的なR65のパートナー不動産会社を増やし、R65不動産の掲載物件を増やそうと考えている。パートナー不動産会社に高齢者に関する仲介や賃貸管理のノウハウがないという場合は、ノウハウの提供を惜しまないという。

次に、貸主の理解を深めること。「高齢者世帯の入居に拒否感がある」という貸主が70.2%いたが、拒否感を示していない残りの3割にしっかりと、見守りサービスなどのリスクをケアする手立てを紹介することで、高齢者に多くの賃貸住宅を提供してもらいたいという。

山本さんの高齢者のイメージには、亡くなる2年前まで薬局で長く働き続けた祖母の姿がある。高齢者が暮らす場としては、介護が受けられる施設やサービス付き高齢者向け住宅などもあるが、自立して自分らしい生活を送るには、街の中に数多くある賃貸住宅が適していると思っている。それを実現するために、R65不動産を拡充させたいという考えだ。

今後、日本の高齢化はますます進んでいく。政府も、「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」や「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を策定し、高齢者などの住宅確保要配慮者の支援を拡充するための検討会を立ち上げるなどの取り組みも行っている。

こうした後押しも必要だが、困っている高齢者の部屋探しを支援しようという、山本さんのような情熱も必要だ。「高齢者に賃貸住宅を貸すのが当たり前の社会になったときには、R65不動産はなくなってよい」という、山本さんの発言が印象に残っている。

【JR中央線】家賃相場が安い駅ランキング2023年(東京-高尾32駅)。TOP3は多摩地域でALL5万円台!

JR山手線と並んで東京を代表する路線の一つ、JR中央線。そのうち東京都内に位置する駅は、東京駅から高尾駅の全32駅。そんなJR中央線・東京都内32駅の一人暮らし向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場を調べてみた。都内と言っても千代田区から八王子市まで、約53kmにわたる沿線の環境はさまざま。同じ路線であっても家賃相場は駅によって違いがありそう……。実際はどうなのか、さっそくランキングをチェックしよう。

JR中央線沿線(東京都内)の家賃相場が安い駅ランキング

順位/駅名/価格相場/所在地
1位 西八王子 5.30万円(東京都八王子市)
1位 高尾 5.30万円(東京都八王子市)
3位 日野 5.80万円(東京都日野市)
4位 西国分寺 5.90万円(東京都国分寺市)
5位 国立 6.00万円(東京都国立市)
6位 国分寺 6.28万円(東京都国分寺市)
7位 東小金井 6.50万円(東京都小金井市)
7位 豊田 6.50万円(東京都日野市)
9位 八王子 6.60万円(東京都八王子市)
10位 武蔵小金井 6.70万円(東京都小金井市)
11位 武蔵境 7.00万円(東京都武蔵野市)
12位 西荻窪 7.50万円(東京都杉並区)
13位 阿佐ケ谷 7.70万円(東京都杉並区)
13位 吉祥寺 7.70万円(東京都武蔵野市)
15位 三鷹 7.80万円(東京都三鷹市)
15位 立川 7.80万円(東京都立川市)
17位 荻窪 8.00万円(東京都杉並区)
18位 高円寺 8.20万円(東京都杉並区)
19位 中野 8.80万円(東京都中野区)
20位 東中野 8.90万円(東京都中野区)
21位 大久保 9.80万円(東京都新宿区)
22位 東京 11.05万円(東京都千代田区)
23位 代々木 11.40万円(東京都渋谷区)
24位 御茶ノ水 11.50万円(東京都千代田区)
25位 市ケ谷 11.55万円(東京都千代田区)
26位 水道橋 11.60万円(東京都千代田区)
27位 神田 11.70万円(東京都千代田区)
28位 四ツ谷 11.80万円(東京都千代田区)
28位 新宿 11.80万円(東京都新宿区)
30位 飯田橋 12.00万円(東京都千代田区)
31位 信濃町 12.50万円(東京都新宿区)
32位 千駄ケ谷 12.60万円(東京都渋谷区)

【JR中央線】中古マンション価格相場が安い駅ランキング2023年版(東京-高尾32駅)。吉祥寺が新宿よりも高額に

東京都の多摩地域にある3駅が、家賃相場5万円台でトップ3入り

中央線自体は「中央本線」と呼称を変えながら東京駅を出てから神奈川県、山梨県、さらに長野県へとつながる長い路線だ。今回の調査では、東京都内にある全32駅を対象にしてランキングしている。そして最も一人暮らし向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が安かったのは、八王子市に位置する西八王子駅で家賃相場は5万3000円。法政大学の多摩キャンパスと結ばれたバスが発着していたり駅から約3km北に工学院大学の八王子キャンパスがあったり、周辺地域に大学も点在していることから学生向けの賃貸物件も豊富なエリアだ。

西八王子駅前の風景(写真/PIXTA)

西八王子駅前の風景(写真/PIXTA)

1位・西八王子駅の周辺にはコンビニやスーパー、ドラッグストアがあり、ふらっと立ち寄れるチェーン系の飲食店も複数。1駅隣の八王子駅(9位・家賃相場6万6000円)には大型のショッピングモールや家電量販店もあり、ショッピングにも出かけやすい。買い物環境でいえば八王子駅のほうが便利ではあるが、西八王子駅のほうが家賃相場は1万3000円も低い点は魅力だろう。JR中央線の快速に乗れば、1時間弱で新宿駅に行くこともできる。ちなみに新宿駅の家賃相場は11万8000円で、ランキングは全32駅中28位。西八王子駅から電車で1時間弱離れると、家賃相場が6万5000円もアップするわけだ。

JR中央線の東京都内の駅のうち最西端に位置する、八王子市の高尾駅も家賃相場5万3000円で同額1位にランクインした。JRの駅舎の南側には京王高尾線・京王高尾駅もあり、2路線を利用可能だ。しかし駅利用者以外が線路の北側~南側を行き来する場合は入場券を購入して改札内を通るか、大きく迂回しなければならない点がネックで、南北自由通路の整備が計画されている。当初想定より工事費が肥大化し計画の見直しが行われたため「2026年度以降の早期着工」とのこと。少し先ではあるが、北口駅前広場の整備も行われるそうなので楽しみに待ちたい。

高尾駅(写真/PIXTA)

高尾駅(写真/PIXTA)

そんな高尾駅周辺は2路線が乗り入れていることもありコンビニやスーパー、飲食店などの商店が充実。駅東側には八王子市最大級のショッピングセンター「イーアス高尾」があり、ファッション、雑貨、家電のショップや書店、100円ショップなど多彩な店舗が並んでいる。駅から南にバスで約5分の場所には拓殖大学のキャンパスがあり、西八王子駅同様に学生向けの賃貸物件も建っている。東京方面に向かう快速・中央特快いずれも大半が高尾駅始発の列車のため、座って乗車しやすいのもうれしいところ。新宿駅までは快速なら1時間少々、中央特快なら50分弱で到着できる。

3位は日野市の中心部にある、日野駅で家賃相場は5万8000円。新選組の副長・土方歳三の出身地としても知られ、線路の東側には「新選組のふるさと歴史館」や新選組の支援者・佐藤彦五郎の屋敷だった日野宿本陣の建物など歴史を伝える施設が点在している。駅周辺にはコンビニやスーパー、100円ショップといった日常生活を支える商店がそろい、ラーメンやハンバーガーなどファストフードの店舗も。駅から北に10分ほど歩くと多摩川の河川敷が広がっているので、散歩やランニングに出かけてもいいだろう。また、新宿駅までの所要時間は快速で50分弱、中央特快だと35分ほどだ。

日野駅前の様子(写真/PIXTA)

日野駅前の様子(写真/PIXTA)

23区内で最安は西荻窪駅。最も高いのは東京、新宿ではなく……?

都内にあるJR中央線の駅では最西端にあたる1位・高尾駅の近隣に位置する駅は、家賃相場がおおむね5万円台~6万円台に収まっている。しかし3位・日野駅(家賃相場5万8000円)と5位・国立駅(同6万円)の間に位置する立川駅は家賃相場が7万8000円と突出して高く、15位にランクインした。高尾駅から5駅目にある、立川駅の周辺はどんな街並みだろうか。

立川駅(写真/PIXTA)

立川駅(写真/PIXTA)

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立川市に位置する立川駅は中央線のほかに青梅線や南武線、さらに山梨県や長野駅に向かう特急列車や、成田空港直結の成田エクスプレスといったJR各線が乗り入れているうえ、駅舎をはさむように多摩モノレールの立川北駅と立川南駅もある。JR中央線の駅では新宿駅、東京駅に次いで乗車人数が多い(2022年度)、東京多摩地域で屈指のターミナル駅だ。新宿駅まではJR中央線の快速で40分ほど、通勤快速で35分ほど。改札の内外に店舗がある「エキュート立川」をはじめ、「グランデュオ立川」や「ルミネ立川」、伊勢丹や高島屋など、ペデストリアンデッキで結ばれた駅の北側にも南側にも大型商業施設が立ち並んでいる。駅の北西方面には広大な「国営昭和記念公園」が広がり、自然に親しみやすい環境という点も魅力だろう。

国営昭和記念公園(写真/PIXTA)

国営昭和記念公園(写真/PIXTA)

さて、JR中央線は八王子市の高尾駅から東京方面に向かうと、日野市、立川市……と東京市部を走った後に杉並区、中野区……と東京23区に入って千代田区の東京駅にたどり着く。23区内にあるのは全32駅中18駅で、そのうち最も家賃相場が安かったのは12位・西荻窪駅の7万5000円だ。杉並区に位置しており、23区内では最も高尾駅寄りの駅でもある。とはいえ快速に乗れば新宿駅まで15分ほどの近さ。西荻窪駅から4駅目の中野駅から先で進路を変える、東京メトロ東西線快速に直通の列車も停車するため高田馬場駅や飯田橋駅、大手町駅、さらには浦安駅や西船橋駅など千葉県内にも1本で行くことができる。

西荻窪駅の改札前には紀ノ国屋系列のスーパー、その先の高架下には「西荻マイロード商店街」が続いており、駅周辺にも複数のコンビニやスーパーがあって飲食店も充実。個性的な書店・古書店やアンティークショップが豊富だったり、クラフトビール醸造所併設の飲み屋があったり、気になる個人商店が点在しているのも魅力。好みの店を探して、ぶらりと散歩をするのが楽しい街だ。

西荻窪の飲み屋街(写真/PIXTA)

西荻窪の飲み屋街(写真/PIXTA)

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ここまでは家賃相場の安さに注目して駅をピックアップしてきたが、最後に最も家賃相場が高い駅も見てみよう。それは東京駅でも新宿駅でもなく、千駄ケ谷駅。家賃相場は12万6000円で、1位・西八王子駅より7万3000円も高い結果となった。駅自体は渋谷区に位置しているが新宿区との区境に近いロケーション。駅北側には「新宿御苑」が広がり、南側には「東京体育館」や「国立競技場」と「明治神宮外苑」が広大な面積を占めている。さらに「東京体育館」の隣接地には津田塾大学、駅東側には慶應義塾大学のキャンパスもあり、そうした大型施設の合間に住宅が広がるような街並みだ。

コンビニはあちこちに点在しており、千駄ケ谷駅から徒歩10分ほどの東京メトロ副都心線・北参道駅近くに行くと安さが自慢のスーパーも。千駄ケ谷駅の近くには都営大江戸線・国立競技場駅があったり、代々木駅や新宿駅の周辺にも徒歩15分~20分で行けたりと、便利な環境であることは確か。今回判明した家賃相場と駅周辺の環境を考えあわせつつ、自分好みの住まい探しに取り組んでほしい。

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●駅順のランキング

駅順のランキング

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている中央線沿線の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2023/4~2023/9
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

「入居条件はパン屋さん」大家さんの狙いとは? 入居者も街の人もハッピーになる賃貸1階の”小さな商店街”化が進行中 東京・蒲田

おいしいパン屋さんのある街は、きっと素敵な街。そんな印象を持っている人も多いのでは。パンブームが続く昨今、おいしいパン屋さんは地元はもちろん遠方からも人を呼ぶ求心力を持ち、さらには「引越すならパン屋さんのご近所に!」なんてケースも少なくない。蒲田(東京都大田区)の住宅街にある「SONGBIRD BAKERY」は、実は大家さんが「パン屋さん限定」で募集した物件なのだ。その背景にある思いや、開店後の住宅街の変化について、大家の茨田禎之(ばらだ・よしゆき)さんと店主の本藤正敏(ほんどう・まさとし)さんに伺った。

こだわりのパン屋さんを呼び込めば、街の魅力も上がると考えて

JR・東急 蒲田駅前のにぎわいを抜け、小さな川沿いを10分ほど歩いた先にある「SONGBIRD BAKERY(ソングバードベーカリー)」。周辺はのんびりとした住宅街で、近くを流れる呑川の反対岸の児童公園の緑が目を和ませる。2021年7月、ここでベーカリーをオープンさせたのは本藤正敏さん。国産小麦を使った高加水のもちもちパンがパン好きの間でも評判となり、オープン以来、地元はもとより遠方からもお客が訪れる人気ぶりだ。

パンは約25種類。1~2人で食べきりやすい小ぶりな食パンも2種そろう(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

パンは約25種類。1~2人で食べきりやすい小ぶりな食パンも2種そろう(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

看板メニューは、水分たっぷりで小麦の甘味豊かな「うるる」(右下)。「明太フランス」(左)など定番のほか、季節で具材が変わる「フリュイ」(右上)など期間限定パンも(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

看板メニューは、水分たっぷりで小麦の甘味豊かな「うるる」(右下)。「明太フランス」(左)など定番のほか、季節で具材が変わる「フリュイ」(右上)など期間限定パンも(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

店があるのは「カマタ_ブリッヂ」という4階建てマンション。1階は「SONGBIRD BAKERY」を含む3軒のテナント用スペース、上階は1~2人用の賃貸物件だ。テナント募集にあたり、オーナーである不動産会社「仙六屋」代表の茨田禎之さんは「パン屋さん限定」という条件を設定した。

1976年築の「カマタ_ブリッヂ」。2015年に全館フルリノベーション(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1976年築の「カマタ_ブリッヂ」。2015年に全館フルリノベーション(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「オーナーとして、1階に何の店が入ると魅力的な物件になるかを考えてのこと。1階においしいパン屋があったら、入居者さんも街の人もハッピーでしょう?」
からっと笑う茨田さん。そのアイデアは、彼がこの界隈で行ってきた街づくりの活動がベースにある。

「当社はこのエリアにいくつか物件を所有していますが、街に波及効果のあるテナントに絞ったリーシング(商業用不動産の賃貸サポート)を行っています。この『カマタ_ブリッヂ』1階はもともと中華料理店でしたが、2015年の耐震リノベーションの際に、店は継続しつつ、残り2区画をクリエイター向けの工房併設型シェアオフィスとして開発。町工場の多いこのエリアと親和性の高いモノづくりスペースを通して、地域とつながりつつ物件の付加価値を高めようと考えたのです」

「仙六屋」代表の茨田禎之さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「仙六屋」代表の茨田禎之さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

多彩なイベントやプロジェクトを創出したシェアオフィスは2019年に京急梅屋敷駅高架下「梅森プラットフォーム」に移転が決定。そこに中華料理店閉業のタイミングが重なり、「カマタ_ブリッヂ」1階を再開発することに。そこで掲げたコンセプトは”小さな商店街”だ。

「シェアオフィスのクリエイティブな雰囲気は引き継ぎつつ、より対象を広げたい。職人さんがこだわってつくるパンならば、幅広い世代が日常的に親しめるし、隣の2店舗との相乗効果によって街に活気を生み出せる。物件としての魅力も上がり、住居部分の入居率向上にもつながると考えました」

「仙六屋」では周辺エリアを独自にリサーチ。競合ベーカリーの存在や、前と横の道路の通行量とその年齢層などを調べ、いかにこの物件がパン屋の新規出店に有利かをデータ化した。

「仙六屋」が作成した「周辺パン屋マップ」。半径500m以内に競合店がないことが明らかに(画像提供/仙六屋)

「仙六屋」が作成した「周辺パン屋マップ」。半径500m以内に競合店がないことが明らかに(画像提供/仙六屋)

「1分間通行量リサーチ」。人通りが多い時間帯や年齢層の変化が分かる(画像提供/仙六屋)

「1分間通行量リサーチ」。人通りが多い時間帯や年齢層の変化が分かる(画像提供/仙六屋)

「しかしコロナ禍も重なり、なかなか応募はなく……。そこで当社メンバーがそのデータをまとめた冊子を手づくりし、イメージに近いパン屋さんを回って営業も行いました」(茨田さん)

「仙六屋」の不動産チームが自作したパン屋さん募集用パンフレット(画像提供/仙六屋)

「仙六屋」の不動産チームが自作したパン屋さん募集用パンフレット(画像提供/仙六屋)

営業先では好反応もありつつ、やはり動きはないまま約1年が経過したころ、ベーカリー予定地の隣にカフェ開業希望者から申し込みが。

「当時はコロナ禍真っ最中でしたので、本当にいいの?という感じで。でも店主の30歳になるまでに独立したいとの決意を伺い、心意気を感じました。カフェとパン屋さんは相性がいいし、パン屋さんが出店を検討する時に、すでにカフェがあることが『ここで新しいお店がやっていけている』と説得力にもなるので、ありがたくて」と茨田さん。

そうして2020年6月にカフェ&バー「SSYET」が誕生。店主のセンスあふれるこのカフェはすぐ人気店に。そこから半年が経過したころ、ついにパン屋さんから応募が! それが本藤さんだった。

「住宅街で、地域の人たちに愛されるパンを」との店主の想いに合致

独立を考え、都内と神奈川県で物件を探しこちらを発見した本藤さん。「最初に内見した物件だったんですが、魅力的だったのですぐ申し込みました」と驚きの発言!

「SONGBIRD BAKERY」オーナーシェフの本藤正敏さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「SONGBIRD BAKERY」オーナーシェフの本藤正敏さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「物件の条件はいくつか考えていましたが、ここはすべてを満たしていて。家賃も想定内だし、住宅街にあって、公園も近くて、隣に素敵なカフェもある。『周辺パン屋マップ』などの資料もすごく助かりました。でも最終的な決め手は直感ですね。ここで自分がお店を開いているところをイメージできたんです」と本藤さん。

川の反対岸にある児童公園(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

川の反対岸にある児童公園(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

本藤さんが申し込みを急いだのは、ほかにも希望者がいるからでもあった。茨田さんは当時をこう振り返る。
「ずっと動きがなかったのになぜか同時に3件の申し込みをいただいて。ほかのお二方も素敵だったので悩みましたが、社内で協議を重ね、本藤さんに決めました。決め手は、実績はもちろん試食でいただいたパンがおいしかったこと。お人柄もパンも、優しくて柔らかい。この街にファンがついて、長く店をやっていただけそうだなと、いち住民としてイメージができました」

両者の「街に根付くパン屋さん」というイメージがぴたりと合致したのだ。そこに到達するまで時間はかかったが、茨田さんは「不動産は、ニーズが合うただ一人が見つかればいい。対象を絞ることで多少労力はかかっても、テナントが何度も入れ替わるよりずっと苦労は少ない」と確信している。

物件は駅から離れているが人通りが絶えない。「蒲田駅、梅屋敷駅、池上駅の3駅からアクセスできる立地も利点です」と本藤さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

物件は駅から離れているが人通りが絶えない。「蒲田駅、梅屋敷駅、池上駅の3駅からアクセスできる立地も利点です」と本藤さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

地域に愛されつつ、遠方から人を呼び込み街の認知を高める存在に

とうとう待望のパン屋さん「SONGBIRD BAKERY」がオープン。長い間「ここにパン屋さんが入ります」と「仙六屋」のSNSなどでも告知してきたこともあり、オープン日は雨の中行列ができる反響が。

「SONGBIRD BAKERY」オープン初日の様子(画像提供/仙六屋)

「SONGBIRD BAKERY」オープン初日の様子(画像提供/仙六屋)

本藤さんはもともと蒲田にゆかりはなかったそうだが、「お客様から『パン屋さんができてうれしい』『この街に来てくれてありがとう』とのお声をオープン以来たくさんいただいて、地域とのご縁が育っています」と微笑む。「上階にお住まいの方々もよく買いに来てくださって、懇意にしていただけています。付近は住宅やマンションが多く、30~40代の子育て中のお客様が中心。対象にしたかった層とも合致しています」

最新製法を採りつつ、住宅街の立地を考慮し、菓子パンや惣菜パン中心の親しみやすいラインアップに(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

最新製法を採りつつ、住宅街の立地を考慮し、菓子パンや惣菜パン中心の親しみやすいラインアップに(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

茨田さんも「パパ友やママ友、いろんなところで評判を聞くんですよ」とうれしそう。「上の階に『パン屋さんがあるから入居したい』という直接的な影響はまだないですが、空き部屋が出てもすぐ埋まるように」。マンション1階に毎日通いたい素敵なお店があることが、入居者の生活の質の向上にもつながっている。

「SONGBIRD BAKERY」「SSYET」ともに遠方から訪れる人が多く、彼らにこの街を知ってもらえることも茨田さんはうれしいという。「蒲田=飲み屋街の印象を持っている人には、この界隈はギャップを感じてもらえるのでは。蒲田も駅から少し離れるとこんなに落ち着いていて、新しい素敵なお店もある。発見する喜びがここにはあります」

波及効果あるテナントを集めて、街の魅力をさらに高めていく

連日行列ができる人気の「SONGBIRD BAKERY」。週末などはお昼すぎに売り切れ閉店することも。「買えない方には申し訳ないし、経営者としてもったいないとも思うので、難しい部分もありますが、生産量や商品ラインアップを少しずつ増やしていけたら」と本藤さん。

将来的には新たな展開も視野に。「イートインができるカフェも併設できたら。今のお店では少ないですが、個人的にはカンパーニュのようなハード系をもっとつくりたい。食事とともに出せば、そんなパンも受け入れられやすいかなと」

「サワードゥ」などハード系のパンも並ぶ(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

「サワードゥ」などハード系のパンも並ぶ(画像提供/SONGBIRD BAKERY)

一方の茨田さんは、現在空き店舗の「カマタ_ブリッヂ」の3つめのスペースに入るお店を見つけることが目下の課題。

「現状の2店舗さんとの相性も考えつつ、長く地域に根付いて成長してくれそうなお店を探し、お互いの希望をすり合わせる。そこをしっかりやらないと」と茨田さんが言うと、「茨田さんは入居前から親身になってくださって、信用金庫に融資を受ける際も一緒に来て口添えしてくださったりも」と本藤さん。

茨田さんは照れつつも「テナントさんは運命共同体。でも口うるさいオーナーにはなりたくないから、最初にしっかりセッティングしたら、その先は口出しなし!」ときっぱり。

茨田さんは、こんなふうに影響力あるテナントを地域に点在する自社物件に呼び込むことで、街の価値を上げていくことに取り組んでいる。「大規模な都市開発ではなく、個人単位の小さな点と点をつなげる”マイクロデベロップメント”。仲間とともにまちづくりとものづくりの企画開発を行う『@カマタ』を立ち上げて活動しています」。将来的には、この取り組みによる経済的効果も実証し、他エリアにも広めたいと茨田さんは考えている。

梅屋敷駅から続く商店街(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

梅屋敷駅から続く商店街(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

京急梅屋敷駅高架下「梅森プラットフォーム」は「@カマタ」が京急電鉄に働きかけ、クリエイターと町工場が協働するモノづくり施設が実現。「仙六屋」はカフェとして入居して新たな不動産業を模索している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

京急梅屋敷駅高架下「梅森プラットフォーム」は「@カマタ」が京急電鉄に働きかけ、クリエイターと町工場が協働するモノづくり施設が実現。「仙六屋」はカフェとして入居して新たな不動産業を模索している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「SONGBIRD BAKERY」のように魅力ある個人商店や、「梅森プラットフォーム」のようなクリエイターの創造拠点の存在は、街を変える種火となる。その種火が連なり、燃え広がってこの街にどんな上昇気流をもたらすのか。俄然おもしろくなっていく蒲田~梅屋敷に、ぜひ注目したい。

●取材協力
茨田禎之さん
・仙六屋 
・@カマタ
本藤正敏さん
・SONGBIRD BAKERY 

「外国人入居可」物件が2割→7割に! 外国人スタッフの採用、専門店の設置まで、社会課題に挑む不動産会社 神奈川・エヌアセット

神奈川県・溝の口エリアを拠点とする不動産会社、エヌアセットは、外国人対応専門店を設置するなど、外国人の賃貸探しに力を入れている不動産会社です。まだまだ全国的には外国人入居可の物件が少ない中、オーナーへの啓蒙や提案によって、エヌアセットの管理物件では5年前の2割から7割へと飛躍的に増えました。この成果は外国人スタッフの能動的な活躍によるところが大きいようです。

そこでエヌアセット 営業部部長の上野謙さん、そして国際営業チーム チーム長の林同財(りん どうざい)さんに外国人スタッフの採用や育成のポイントについて話を聞きました。

外国人スタッフ第1号を採用、外国人専門店舗ができるまで

エヌアセットが初めて外国人スタッフを採用したのは、2017年のこと。通常のポータルサイトへの広告掲載による賃貸の集客に限界を感じて、新たな集客ターゲットを探していた時でした。そのタイミングで同社に入社してきた外国人スタッフ第1号が林さんです。

日本の大学の国際学部で学んだ林さんは、来日当初は日本語がうまく話せなかったり、住まい探しで外国人だからと断られたりしたことも。いろいろな国から来た同級生も同じような経験をしていたため、自分が同じような人たちの頼りになれないかという思いがあったそうです。

「大学4年生の秋ごろに、ほかの日本人大学生と同じように就職活動をしました。エヌアセットにたどり着いたのは、募集する文章に『国際的』『外国人』というキーワードがあり、多言語を話す能力を活かせると思ったからです。面接で社長から直接、『一緒に外国人事業をやっていきましょう』と言っていただいたのが決め手となり、この会社に入社しました」(林さん)

林さんが入社したことで、新たに外国人をターゲットとした事業が本格的に動き出した(画像/PIXTA)

林さんが入社したことで、新たに外国人をターゲットとした事業が本格的に動き出した(画像/PIXTA)

林さんは、入社して1年目はほかの日本人スタッフと同様に日本人のお客さまからの電話を取ったり、来店者の対応をしたりしていました。2年目になり、ついに外国人事業に本格的に着手することに。2022年9月に外国人専用店舗ができたことで、外国人のお客さまに特化した対応ができるようになりました。外国語での物件紹介や資料作成、日本の商慣習や生活に必要なルールの説明など、外国人スタッフのもつスキルを活かせる業務に時間を割けるようなったと林さんは感じているそうです。

アメリカの大学の日本校でのハウジングフェアの様子。この大学がエヌアセットの営業エリア内に移転してから、職員や学生の住まい探しも増えている(画像提供/エヌアセット)

アメリカの大学の日本校でのハウジングフェアの様子。この大学がエヌアセットの営業エリア内に移転してから、職員や学生の住まい探しも増えている(画像提供/エヌアセット)

「外国人入居可」の物件を、5年で2割から7割に引き上げた取り組み

不動産賃貸の市場全体においては、日本に住む外国人の数に対して、入居が可能な物件の数はまだまだ少ないのが現実です。しかし、エヌアセットでは、5年前には管理物件の2割程度に過ぎなかった「外国人入居可」物件が、今は約7割程度にまで増えたとのこと。それに伴い、外国籍の顧客を仲介する件数も飛躍的に伸びています。

多言語のホームページ作成、SNSやGoogleの口コミ活用など、積極的な施策で外国人入居者の仲介件数は5年間で10倍以上に(画像提供/エヌアセット)

多言語のホームページ作成、SNSやGoogleの口コミ活用など、積極的な施策で外国人入居者の仲介件数は5年間で10倍以上に(画像提供/エヌアセット)

外国人の受け入れが可能な物件を増やすために、林さんたちはオーナーに対するセミナーを開催したり、外国人スタッフ自らオーナーの説得を行ったりしてきました。時には実際に入居希望者をオーナーや物件の管理会社に引き合わせ、その人自身を見て納得してもらうことも。

さらに、入居者に対してのサポートも欠かせないといいます。日本で暮らしていくには、例えば電気・ガス・水道といったライフラインの開通は、日本の電話番号がなければできません。このような行政手続きをサポートし、水漏れなど緊急を要するときは、林さんたちスタッフが連絡を受けて対応することもあるそうです。

「入居希望者の中には、日本語がうまく話せない人もいます。海外では馴染みのない敷金・礼金など日本独特のルールについても、事前に母国語で理解できるまで説明をすることで、これまでに大きなトラブルはほとんど起きていません」(林さん)

「賃料面・入居後のサポートについて、自社だけでなくアウトソースでも対応ができるよう、外国人専用の家賃保証会社とパートナー関係を結びました。家賃滞納の不安を解消すると同時に、入居者も困ったことやトラブルがあったときに24時間コールセンターを利用できるようになったのです」(上野さん)

エヌアセットでは、定期的に外国人入居者同士の交流会も企画している。日本で新しい友人や知人ができることで、相談もしやすくなる。結果的にトラブルが起きにくくなる一面も(画像提供/エヌアセット)

エヌアセットでは、定期的に外国人入居者同士の交流会も企画している。日本で新しい友人や知人ができることで、相談もしやすくなる。結果的にトラブルが起きにくくなる一面も(画像提供/エヌアセット)

入居中のサポートを充実させることで入居者も安心でき、オーナーの理解を得られるようになったことが外国人可の物件の増加につながったのでしょう。

変化をもたらしたのは、オーナーや管理会社だけではありません。自社内においても変化が見られたといいます。かつてエヌアセットの管理部門の中には、オーナーの気持ちに寄り添うがゆえに、外国人の入居をポジティブに捉えられない空気も少なからずあったのだとか。

「一番変化を実感しているのは、自社の管理部門に所属するスタッフの対応です。私が入社する以前は、日本語が話せないお客さまは基本的にお断りしていたそうです。それが今では外国人の入居促進に向け、管理部門の責任者が積極的に賃貸物件のオーナーへの説明に同行してくれます」(林さん)

「営業部門において、外国人の入居は普通のことになってきています。取引数においても外国籍のお客さまは、全体の約2割を占める重要な顧客層です。このことを社内外へ絶えず発信し続けることが必要と考えています」(上野さん)

外国人スタッフに聞く、日本企業で働く苦労は?

今では敬語の使い方も上手で、流暢な日本語を話す林さんですが、最初のころは、やはり言語の壁があったと言います。

「日本で日本語を勉強して、基礎的な日本語はある程度理解できましたが、職場や接客での敬語の使い方は難しかったです。ネイティブの日本語ではないため、お客さまから、日本人スタッフに担当を変えてほしいと言われたこともありました」(林さん)

しかし、そんな林さんの助けとなったのは同期入社の仲間たちでした。同期は林さんを含め5人。ほかの4名は日本人でしたが、休みの日には一緒にスキーを楽しむほど、みんな仲が良いそうです。

「周りの中国人の知り合いからは、なかなか職場に馴染めないという話を聞いていましたが、良い人に囲まれて私はラッキーでした。外国人だからと言って特別扱いもされず、だからこそ早く慣れることができたのだと思います」(林さん)

外国人スタッフ採用と育成のポイントは?

林さんの入社後、外国籍のスタッフの採用は続いており、現在は4名の中国人スタッフが、日本語、英語、北京語、広東語、韓国語にも対応していて2024年度は新たにベトナム人スタッフも加わる予定。

現在、日本語のほか、英語、中国語、韓国語に対応する外国人スタッフ4名が在籍している(画像提供/エヌアセット)

現在、日本語のほか、英語、中国語、韓国語に対応する外国人スタッフ4名が在籍している(画像提供/エヌアセット)

外国籍の顧客対応に注力するためには、外国人スタッフは必要不可欠な存在です。外国人スタッフは顧客がコミュニケーションをとりやすい母国語で話せるだけでなく、日本に来て入居希望者と同じような経験をしているので、顧客が何に困っていて何を欲しているのかを的確に掴むことができます。

林さんは、外国人スタッフの採用に際し、一次面接も行っているそう。そこで、どのような点を重視しているのかを聞いてみました。

「まずは言語力です。日本語と英語は最低限必要で、さらに他言語も話せればなお良いですね。ほかに見るのはこの仕事に合うかどうか。いろいろな文化や国の人と話す仕事なので、人と話すことが好きであることもポイントです」(林さん)

そして今後ますます増えると見込まれる外国人スタッフの育成や定着については、外国人スタッフ用の接客マニュアルを作成しようと検討している最中とのこと。また普段から定期的にスタッフ同士で飲食の機会を持つなど、アットホームな雰囲気づくりを心掛けているそうです。

「私が新たに入社する外国人スタッフに対していつも心がけていることは、『会社にとってあなたがいかに大事な存在か』を伝えるということです。外国人スタッフはみんな最低でも3言語は話せて優秀ですし、その分プライドも高い。それぞれの意見を尊重し合うよう、私もチームリーダーとして勉強中です」(林さん)

より多くの外国籍の入居希望者を受け入れていくために

これからは賃貸市場において、外国籍の顧客層は今以上に増加していくと考えられます。エヌアセットのように外国人の住まい探しを推進しようとしている不動産会社も多いはず。先駆者としてのアドバイスはあるのでしょうか。

「外国人のほとんどは、慣れない土地での暮らしで、ある種の孤独感を抱えています。周囲の人たちは普段からの声がけや表情の変化に気づけるように様子をうかがう必要があるでしょう。それと忘れてはならないのは、日本で働く多くの外国人は自国でもトップクラスのエリート層だということです。よく言えば芯があり、ネガティブに捉えると頑固な一面があるので、そのようなことを理解して接すると良いと思います」(上野さん)

しかしその一方で、林さんは現場のスタッフが入居中のトラブルに対応したり、相談に乗ったりと日本人のお客さまへの入居後対応と比べて手間がかかるため、負担が大きくなっていることも指摘します。事業として継続していくためには、外国人スタッフが長く働ける環境を整えることも考えなくてはなりません。外国人専用の家賃保証会社とのパートナーシップは、オーナーや入居者だけでなく、外国人スタッフの負担を減らし、長く働いていくための一つの解決策となっているようです。

そして、最後に林さんから全国のオーナーさんへのメッセージです。

「『外国人を受け入れたことがない』『日本語が得意な人でないとうまくコミュニケーションが取れないのではないか』といった不安はあると思いますが、やってみなければわからないことがあります。外国人専用の家賃保証会社の活用で365日対応を任せることができるサービスもありますし、当社のように仲介会社がサポートできることもありますので、まずは最初の一歩を踏み出していただきたいです」(林さん)

日本賃貸物件管理協会でのプレゼン。これからの日本の賃貸市場で、外国人は無視することができない。オーナーの理解を得るための活動も積極的に行っている(画像提供/エヌアセット)

日本賃貸物件管理協会でのプレゼン。これからの日本の賃貸市場で、外国人は無視することができない。オーナーの理解を得るための活動も積極的に行っている(画像提供/エヌアセット)

賃貸物件の空室問題がクローズアップされる中、これからは外国籍の入居希望者も重要な顧客層と捉えていくことが、問題解決の鍵となるでしょう。そのために、日本で同じような経験をし、入居希望者の気持ちを汲み取れる外国人スタッフは、なくてはならない存在です。

林さんは3年以内の目標として、賃貸だけでなく外国人を対象にした不動産売買、投資売買などへの進出も考えているそう。外国人市場は今後ますます拡大していくかもしれません。会社として本腰を入れた外国籍のスタッフの雇用・育成、そして一部のスタッフだけに負担をかけすぎない、組織としてのバックアップ体制を整えていくことが必要になってきていると感じました。

●取材協力
株式会社エヌアセット

賃貸の大家、高齢者や外国人などの入居「大変だけどやりがいもある」。トラブル回避や対策はどうしてる?

高齢者やひとり親世帯、外国人など、住宅確保に配慮が必要な人の賃貸物件への入居受け入れ。多くの賃貸物件のオーナーが気になるのは、その実情でしょう。前編「賃貸の大家、”孤独死””勝手に民泊”などへのホンネ。『不安はある』が受け入れる理由『誰でも自由に住む家を選べる社会に』」では受け入れの際の心構えや受け入れを決めるポイント、トラブルについてオーナー3名に話を聞き、賃貸トラブル解決のパイオニア的存在であるOAG司法書士法人代表の太田垣章子さんの見解も交えながらお届けしました。後編では、トラブルを減らすための工夫や、周辺関係者との連携などの実例について迫っていきます。

参加オーナー:
・Oさん: 40代男性、兼業オーナー。親が所有する木造アパート18室を管理している。
・Kさん: 50代女性、兼業オーナー。相続で先代から管理物件を受け継いだ。RC(鉄筋コンクリート造)2棟、区分所有住戸1件、合計35室を所有 。
・Mさん:50代女性、専業オーナー。木造アパート2棟10室、一戸建て8軒、区分所有住戸2件を所有。
※3名とも、築40年~50年ほどの築古物件を中心に所有。大家の会などに参加し、不動産管理の勉強をしている。

トラブルにはどう対応する? オーナー3名の工夫

――前編では入居に配慮が必要な人を受け入れた後に、経験した問題について伺いました。実際にトラブルが起こらないようにどんな工夫をされていますか?

Oさん 家賃滞納などを防ぐために、家賃保証会社の活用は必須です。私は、平日は地方公務員として仕事をしているため、基本的に入居している方とのやりとりは管理会社を通しています。

――皆さん家賃保証会社の利用がマストなのでしょうか?

Kさん 最近は賃貸借契約全般で連帯保証人をつけないことの方が一般的で、家賃保証会社を利用する傾向にありますね。少子化で親戚も少なくなる中、どなたであっても連帯保証人を確保するのが難しいという事情もあります。

Oさん しかし、家賃保証会社を利用したからといって、それだけでは解決しないことも。先日、排水管清掃を行ったんですが、その際に何年かぶりに入居者全員にあいさつをしたんです。「ご迷惑かけます」と、商品券を持ちながら全員の家に回って。その際に高齢の入居者とも話ができて私も楽しかったし、問題なく暮らしている様子にホッとしました。顔を合わせて話すことでトラブルを未然に防ぐことができるかもしれないと気付き、今後もこのような直接のコミュニケーションを継続する予定です。また、高齢の方が入居される際にはセンサーや監視カメラ、遠隔制御などといったIoT機器の導入も検討したいと考えています。

Mさん すばらしいですね。私は入居者のアンテナ不法設置事件があって以降(前編の記事参照)、自主管理をしている物件は、入居を希望する方と必ず電話面談を行うようになりました。

Mさんは自主管理している物件に入居を希望する人には、必ず電話面談を行うようにしていると言う(画像/PIXTA )

Mさんは自主管理している物件に入居を希望する人には、必ず電話面談を行うようにしていると言う(画像/PIXTA )

Kさん 私は本来ならば管理会社に入居審査を含めてすべてお任せしているサブリース物件でも、管理会社を通じて入居申込書をしっかり取得し、気になることがあれば「これまではどんなところに住んでいたのか」や「連絡を取れる人がいるか」などを尋ねることもあります。申込書の内容だけだと、入居者の個別事情を把握できず、家賃を払い続けられるのかどうかや万一のときにどうすればいいかなど、わからないことが多いからです。入居する方が今後、困りごとや悩みごとがあった際に、私たちも対応やコミュニケーションが取れるように、把握しておきたいのです。例えば日本に頼る人が作りにくい外国籍の方にはお勤めの企業を伺うことも。ちゃんと生計が立てられるかどうかという点がポイントで、国籍は関係ありません。また居住登録した人以外に住まれないよう、入居時に禁止事項についての条件確認をして書面に署名をもらうようにしています。

不動産会社や行政のサポートは期待できる?

――みなさん、自主的にトラブルを未然に防ぐ対策を講じていますね。

Mさん 入居者から「聞いていません」「知りませんでした」と言われないように、オーナーがあらためてきちんと入居条件を話すようにしています。

――仲介会社や管理会社、保証会社などは、居住配慮者に対するサポートや説明などはしないものですか?

Mさん 不動産会社さんがきちんと説明できているか、私たちは案内の現場に居合わせるわけではないのでなかなか把握できませんが、事細かな説明はしていないこともあると感じます。

不動産会社も知識をもち、丁寧にコミュケーションを取ることが理想 (画像/PIXTA)

不動産会社も知識をもち、丁寧にコミュケーションを取ることが理想 (画像/PIXTA)

Kさん 仲介会社の担当者がもっと知識を持っていてくれたら……と思うことはありますね。例えば、入居申込の際に、入居希望者の事情や個別性に合わせて賃貸物件の案内ができていれば、オーナーと入居希望者のミスマッチが起きないと思うからです。入居者への資金的なサポート面については、行政の補助金申請等は、オーナーが行うものではなく、本人の申請が必要なのです。私たちは情報の提供ができても、本人が申請しないと始まらないため、それ以上のことができないことも多いです。

Oさん Kさんのおっしゃる通り、本人の了承を得ずに行政への補助金申請をできない。だから制度があっても活用しきれていないのが実情だと感じます。

行政のちょっとした介入など、社会の仕組みとして整備されれば

――こうした悩みはどうすれば解決できるものなのでしょうか。

Kさん オーナーだけで解決するのは限界があるため、行政ももう少しおせっかいな交流ができるようになるといいなと思いますよね。例えば「最近はどうですか。元気ですか」「何か困っていることはないですか」という声がけなど、小さなことでもいいんです。役所の方、地域包括支援センターの方がほんのひと手間かけてくれるだけでも違う気はします。

Oさん 昨今確立している生活困窮者自立支援制度というのがあり、これは金銭的な困窮だけではなく、社会との繋がりに困窮している人をサポートをしています。例えば大人のひきこもりの対応などです。実は8年ほど前からこうした制度もスタートしているんです。この制度では、本人の申し込みにより自立支援を開始する仕組みだけではなく、その人に関わる機関(介護事業所や支援団体など)の情報から支援につながっていない人を早期に発見し、支援方法を関係者みんなで検討していく仕組みもあります。支援が必要な人の孤立を防ぐためにも、こうした制度がもっと広まっていけばいいなと思っています。

Mさん 一般の人が、この情報や制度になかなかたどり着けないことが問題。「いいことやってるのに」と感じる制度があっても、情報が水面下に埋もれてしまっていますよね。

――一方、オーナーができることとして、どのようなことがありますか。

Mさん 他オーナーと情報交換したり、横のつながりを得るためにも現役オーナーやオーナーになりたい人が集まり、勉強会や情報交換をするオーナー会に参加しています。自分と同じような経験をしたオーナーが必ずいて、解決策や誰かが既にやっているとわかったら不安じゃなくなるからです。

Oさん 都道府県や市区町村で設置している「居住支援協議会」や「居住支援法人」などが、オーナー向けに行うセミナーなども増えているように感じます。そういったセミナーで情報を得るのも一つだと思います。また少し大変ではありますが、オーナー自らが入居者や管理会社、そのほかの支援者などと積極的に連携して解決方法を探していくことも、結果的に問題を最小限にとどめることにつながるように思っています。

「小さな声がけでもいいから、周囲がおせっかいをしていければ」とOさんたちは語る(イラスト/アンドウカヲリ)

「小さな声がけでもいいから、周囲がおせっかいをしていければ」とOさんたちは語る(イラスト/アンドウカヲリ)

居住配慮が必要な人の受け入れは過渡期。これから日の目を見ていく

――今後、賃貸物件のオーナーが物件を貸しに出す際、住宅確保に配慮が必要な人を受け入れることは増えていくのでしょうか。

Oさん 今は賃貸オーナーの中で、住宅確保に配慮が必要な人を受け入れる人はマイノリティなのかもしれません。しかし空室も増えている中で、これからはもっと幅広く入居を受け入れていくオーナーは増えていくと思います。今が過渡期なのかもしれません。

Mさん そのためにも、オーナーはトラブルが起こらないシステムを構築していくことが必要です。例えば先に述べた入居者の家族との連絡体制などがそうですね。トラブルが起きた時に相談できるところがあることも知っておきたいところです。

Kさん 地域包括ケアシステム(高齢者などが住み慣れた地域で医療・介護・福祉などのさまざまな支援を受けられるよう地域の人たちが助け合う体制)とつながることや、賃貸借契約書の整備も必要です。入居に配慮が必要な人向けの特記事項や条文を記載した契約書の雛形を作成するなどして、受け入れのために整備していきたいところ。そうすることで、もっと多くのオーナーさんが住宅確保要配慮者を受け入れやすくなるのではと感じます。

あらかじめ起こりうることを想定して入居者との約束事を契約条文に記せば、トラブルになりにくい(画像/PIXTA )

あらかじめ起こりうることを想定して入居者との約束事を契約条文に記せば、トラブルになりにくい(画像/PIXTA )

居住配慮者の受け入れの背景として、複合的な問題がある

このように賃貸オーナー3名から、これから入居に困難を抱える人たちの受け入れを考えるオーナーにとって貴重な実体験やトラブル回避のための方策を聞いてきましたが、賃貸トラブルの専門家であるOAG司法書士法人代表の太田垣章子さんは、どのように考えているのでしょうか。

司法書士で、OAG司法書士法人代表でもある太田垣さんは、とくに高齢者の入居問題について法整備の必要性を訴え続けている(画像提供/OAG司法書士法人)

司法書士で、OAG司法書士法人代表でもある太田垣さんは、とくに高齢者の入居問題について法整備の必要性を訴え続けている(画像提供/OAG司法書士法人)

太田垣さんは入居に配慮が必要な人の受け入れは「一つの問題ではなく、複合的な問題である」と話します。
「昔の居住トラブルはシンプルで、『家賃滞納』が主だった。しかし時を経て、入居トラブルの質が変わっている」と感じているそうです。また以前は、高齢者は子世帯と住むことが多く、賃貸物件を借りるということも少なかったそうです。しかし、核家族化・単身世帯の増加などで高齢者をはじめとした住宅確保に配慮を必要とする人たちが、自ら住宅を借りることが増えています。

太田垣さんは「賃貸物件のあるエリアで地域の人と繋がっていき、まちを活性化させていけばトラブルが減る」と提唱します。「地域が良くなれば、同じ価値観を共有できる気持ちの良い人たちがまちに暮らし、オーナーさんが所有する物件にもそのような入居者が集まります。住宅の確保に配慮が必要な人たちをまち全体で見守っていけば、もっと安心感が高まるのではないでしょうか」(太田垣さん)

少子高齢化、核家族化の影響を受けて、住宅確保に配慮が必要な人たちと周辺の関係者とのつながりが希薄になっています。一方、賃貸オーナーも管理サービスの多様化により直接管理をしなくてもよく、便利になった分、入居者とのつながりが希薄になってきているようです。

「トラブルは顔が見えないから起こるもの。顔を見て言葉を交わせば、きっと想像以上に未然に防げるもの」と太田垣さんは言います。ですが、オーナー一人で頑張る必要はありません。管理会社や居住支援法人はもちろん、近隣のオーナーや地域住民、地域コミュニティとしっかりつながり、まちぐるみで「お節介」をしていければ入居に配慮が必要な人もそうでない人も、みんなが安心して暮らせるのではないでしょうか。

●取材協力
OAG司法書士法人 代表 太田垣章子さん

賃貸の大家、”孤独死””勝手に民泊”などへのホンネ。「不安はある」が受け入れる理由「誰でも自由に住む家を選べる社会に」

賃貸住宅のオーナー(大家)は所有物件の空室を避けるために、空室があればできる限り入居の希望を受け入れたいと考えるものです。一方で、高齢者やひとり親世帯、外国人などの入居に対しては、「トラブルは起きないか」「突然連絡が取れなくならないか」など、受け入れに悩むオーナーがいるのも事実。今回は、これらの入居に配慮が必要な人たちを受け入れているオーナー3人に実情を赤裸々に語っていただきました。どのようにして受け入れの不安を軽減したのか、また実際にトラブルは起きていないのでしょうか。
賃貸トラブル解決のパイオニア的存在であるOAG司法書士法人代表の太田垣章子さんの見解も交えながらお届けします。

参加オーナー:
・Oさん: 40代男性、兼業オーナー。親が所有する木造アパート18室を管理している。
・Kさん: 50代女性、兼業オーナー。相続で先代から管理物件を受け継いだ。RC(鉄筋コンクリート造)2棟、区分所有住戸1件、合計35室を所有 。
・Mさん:50代女性、兼業オーナー。木造アパート2棟10室、一戸建て8軒、区分所有住戸2件を所有。
※3名とも、築40年~50年ほどの築古物件を中心に所有。大家の会などに参加し、不動産管理の勉強をしている。

住宅確保要配慮者が増加するも、理解と仕組みが追いつかない

社会や価値観の多様化によって、単身者、高齢者、ひとり親家庭と家族の形態も多様化し、その数は年々増えています。また障がいがある人やLGBTQ、外国籍の人などの存在や、住まい探しが難しい状況について、世間で少しずつ認知されてきているようです。それぞれが抱える事情や生活、住環境に関する困りごと、悩みごとは幅広く、必要なサポートも異なります。

一方のオーナーは、事情がよくわからない、あるいは居住に配慮が必要な人への知識が不足しているために、漠然とした不安を抱えて、受け入れに躊躇している人もいるようです。また、入居後の家賃支払いが継続できるかどうかや、入居後の有事があった際に連絡が取れるかなどといった連絡体制の課題も。国土交通省が実施した「2021年度(令和3年度)家賃債務保証業者の登録制度に関する実態調査」によると、住宅の確保に配慮が必要な入居者に対し、多くのオーナーが受け入れに不安を感じていることがわかります。

住宅確保要配慮者に対する賃貸人の入居制限の状況

住宅確保要配慮者はさまざまな事情の方がいるが、どの事情の人に対しても一定の不安を感じている様子(資料/国土交通省)

とはいえ近年、家族形態や暮らし、価値観などは多様化し、もちろん住環境、つまり賃貸する際にも多様性が求められています。オーナーも居住に配慮が必要な人の事情や実態を知って、受け入れについて考えていく必要があるでしょう。
では、実際に入居に配慮が必要な人たちを受け入れているオーナー3人に話を聞いていきましょう。

高齢者や外国人など、配慮が必要な人たちの受け入れの実態はいかに

――はじめに、入居に配慮が必要な方のうち、現在どのような方を受け入れているのか、教えてください。

Oさん 私の物件には高齢者と外国籍の方、生活保護受給者やシングルマザーなどがいらっしゃいます。

Kさん 私は高齢者と外国籍の方ですね。過去にはLGBTQの方がお一人で入居されていたこともありました。

Mさん 私はシングルマザーです。少し前には生活保護を受給している方もいました。

賃貸オーナー3名はいずれも別の仕事を本業としながら「兼業」で賃貸物件を所有している (イラスト/アンドウカヲリ)

賃貸オーナー3名はいずれも別の仕事を本業としながら「兼業」で賃貸物件を所有している (イラスト/アンドウカヲリ)

――みなさん多様な方を受け入れていますね。配慮が必要な方を受け入れる際には不安はありませんでしたか?

Oさん 最初は不安はありましたね。

Kさん 私もありました。ですが入居に配慮が必要な方々、特に高齢者は一人暮らしになればなるほど新たな情報を確保するネットワークや媒体との接点が減り、「情報弱者」になりがちなので、主に情報提供の面でケアをしたかったのです。所有する物件が全て自主管理(管理会社などに管理を委託せず、オーナー自身が直接管理すること)だからケアができるのだとは思います。とはいえ、中にはオーナーとそんなに関わりたくないと思う入居者もいるので、コミュニケーションの距離感をつかむのが難しいです。

Mさん 私も不安はありましたが、配慮が必要な人を「住宅確保要配慮者」とくくって入居制限をするようなことはしたくなかったのです。誰でも自由に住む家を選べるようにしたかった。私は不動産の専門知識はないのですが、入居者の話を聞くことはできます。しっかり対話をしてから入居していただいており、物件は自分の目が届く自主管理物件に限定しています。

オーナーが受け入れを決めたポイントは?

――Mさんは入居希望者と対話をして、入居決定をしているという話でした。皆さんは配慮が必要な人を受け入れる際に、どんな点を判断材料にしていますか?

Kさん 私の場合、緊急連絡先になる親族がいるかどうかで判断しています。一番心配なのは、何かあった際にすぐに連絡を取ることができるかどうかなのです。契約の前にそのルートを確保しておくことが大切です。

入居に配慮が必要な人が一人暮らしをする場合、連絡が取れるように見守りやコミュニケーションが必要(イラスト/アンドウカヲリ)

入居に配慮が必要な人が一人暮らしをする場合、連絡が取れるように見守りやコミュニケーションが必要(イラスト/アンドウカヲリ)

――親族がいない場合はどうするのでしょうか?

Kさん 親族がいない場合は、判断能力がなくなった時のためにあらかじめ代理人と委任契約しておく「任意後見制度」を活用し、きちんと連絡先を確保することができれば有効です。
また、入居後も何か起こった際に代理人のほかにもケースワーカーさんやヘルパーさんなど関係者の誰に連絡をするべきか決めておきたい。複数の連絡先を確認した上で、順位付けしたリストをつくっておくとよいかもしれません。

Oさん 私は高齢の方の入居を検討する際、近所に娘さんが住んでいて連絡が取れることが分かったため、入居していただくことにしました。またヘルパーさんが週2回来訪していること、デイサービスも利用しているという話を聞き、日常的に介護や見守りをされていることが確認できた点も決め手になりましたね。Kさんの意見には同意で、高齢者を受け入れるとなると、やっぱり緊急時に連絡ができる体制や、見守りサービスの導入など、仕組みづくりが必要かなと思います。

Mさん 私は入居後にトラブルがあることが一番困るなと思っています。実際にトラブルに遭ったこともありまして……(トラブルの詳細は後述)。それ以降は、必ず入居前に電話面談をして判断をしています。

孤独死や精神疾患、10本以上の無断アンテナ設置に汚物投棄……「実際、トラブルもある」

――Mさんからトラブルのお話がありましたが、実際にみなさん、トラブルの経験はあるのでしょうか。どんなケースがありましたか?

Mさん 最もインパクトがあったのは、約6年間入居されていた方とのトラブルです。コミュニケーションを十分とることが出来なくて、問題が発覚したのは、隣の所有戸建ての屋根工事をオーナー負担にて実施した際です。工事に入ったリフォーム会社の人が「家の上に塔が立っています」と。なんと知らない大きなアンテナと数本のアンテナが立っていたのです。どうやら趣味のアマチュア無線をやるために勝手につけたようで……。工事担当者から「このままだと屋根が浮いて雨漏りしますよ」と言われ、入居者にアンテナを下ろすようお願いしたのですが、「入居の時から雨漏りしている」「アンテナは下ろしたくない」と抵抗にあい、話が進まなくて困りました。結局、司法書士さんに相談して交渉してもらい、アンテナを撤去することができました。

――KさんとOさんはどんなトラブルがありましたか。

Kさん 外国籍の方が、貸室で民泊事業をしているかもしれないと疑われるケースがありました。防災点検の際に部屋の中に立ち入ると、一人暮らしなのにベッドが4つもあったんです。これはおかしいなと思い……。別の機会に部屋をのぞいた際にも、まるで宴会や合宿のように人がたくさんいたんです。

――それは疑わしいですね。

Kさん でも同室にいる人を「この子、自分の孫なの」と紹介してくださることもあって。決定的に疑えない状況でもありました。それ以来、民泊サイトで自分の物件が掲載されてないかチェックをしています。

民泊を経営してない?と調べてみるけど、本当のところはわからない……(イラスト/アンドウカヲリ)

民泊を経営してない?と調べてみるけど、本当のところはわからない……(イラスト/アンドウカヲリ)

他にも70代の入居者が精神疾患になり、連絡が取れなくなったこともありました。ある日、「いよいよこれは生命の危機があるかもしれない」と判断して、警察の立会いのもとに部屋に入ったんです。すると実は部屋の中にいたようで。「警察なんか嫌いなんだ」と叫ぶばかりで、話し合いもできないし、退去も促せないしで、大変困りました。

また共同ベランダに、ある時汚物が投棄されていることが発見されたこともあります。誰かの嫌がらせかもしれないと思って、警察を呼んで調べてもらったんです。すると、先の精神疾患のある方が部屋からベランダに向かって汚物を投棄したということがわかりました。共用部の汚れは清掃すれば取れますが、何より物件内に臭いがただよって厳しい環境だし、1階に住む方のベランダに干した洗濯物にも汚物の飛沫が飛ぶしで、他の住民にも迷惑がかかってしまい、とても申し訳ないことをしてしまいましたね。

部屋からベランダに汚物を投棄されて、住民にも迷惑が…… (イラスト/アンドウカヲリ)

部屋からベランダに汚物を投棄されて、住民にも迷惑が…… (イラスト/アンドウカヲリ)

Oさん 私は高齢者の孤独死がありました。幸い死後に入居者の親族と連絡が取れ、撤去や部屋の特殊清掃はできました。このように孤独死にならないようにするためには、抜本的な対策が必要。しかし、どうするべきかと考えあぐねている状況です。その後、この部屋は貸しに出しましたが、また高齢の単身者が入って亡くなってしまったら……と少し躊躇しましたね。

大家さんがもっとも避けたいことの一つに「孤独死」がある(イラスト/アンドウカヲリ)

大家さんがもっとも避けたいことの一つに「孤独死」がある(イラスト/アンドウカヲリ)

大変なこともあるが「やりがい」もある。ただしオーナーの資質は問われる

――お話を聞いていると、何かあった時のオーナーさんの負担が重たく、胆力や対応力が必要だと感じます。

Oさん そうですね。話だけ聞くとそう感じるかもしれません。ですが、実は配慮が必要な方たちが入居する物件の方が手をかけているし、その分やりがいを感じています。人が好きで、コミュニケーションをとることが好きだからかもしれません。

人が好きなオーナーさんだったら、入居に配慮が必要な人の受け入れは向いているのでしょうね。配慮が必要な高齢者や外国籍、障がいのある人、ひとり親の方などは孤独を感じている方も多く、その分、多少のおせっかいをしても、結構受け入れてくれる印象があります。ですから、積極的にコミュニケーションが取れる人は、入居者の方たちとも上手にコミュニケーションが取れると思います。

Mさん 私も正直、高齢者や障がいのある人など、実際に生活のサポートが必要な方もいるためお世話好きな人じゃないと、入居に配慮が必要な人たちへの対応は務まらないと思います。お世話が好きじゃない人は、きっと「私はできない」と思うかもしれません。実は「大家側の資質」が大きいとは思いますね。

トラブルが起きても困らないように 知識をつけて、しっかり交流すること

ここまで賃貸物件のオーナー3名から居住配慮者の受け入れ実情を聞いてきましたが、専門家はどのような見解なのでしょうか。賃貸トラブル解決のパイオニア的存在であるOAG司法書士法人代表の太田垣章子さんは、オーナーのみなさんと同じように「家主の資質や努力が問われる」と話します。

一方、単に資質や努力だけで全てが解決できることではありません。社会の多様化により、単身者、高齢者などといったさまざまな世帯、暮らし方が存在するようになりました。私たちにとってまず一番大切なことは、相手の立場を想像すること、理解しようとすることなのかもしれません。そのためにはオーナーは社会背景や事例をインプットしていくことから始めると良いでしょう。

お話を伺った賃貸トラブルの専門家、太田垣章子さん。司法書士で、OAG司法書士法人の代表でもある(画像提供/OAG司法書士法人)

お話を伺った賃貸トラブルの専門家、太田垣章子さん。司法書士で、OAG司法書士法人の代表でもある(画像提供/OAG司法書士法人)

太田垣さん オーナーはただ管理をするだけではなく、住まいの確保に配慮が必要な人を取り巻く法律や対応方法、事例などといった知識をどんどん入れて対応していくことが必要です。オーナーは利益を追求するために不動産を所有しているものだと思いますが、そこには支出をいとわず、お金をちゃんと払ってセミナーや勉強会などで学んで知識を入れていくべきです。あるいは対応実績のあるプロに相談したり、コンサルティングを依頼するという選択も考えると良いかもしれません。

また“住まい”という、人が生活する場所を収益を得て提供する以上、オーナーも現場に行くべきです。なぜなら現場に社会的な問題が隠れているから。「どうして家賃を滞納してるんだろう」「どうしてこの人は連絡が取れないのだろう」といった疑問は現場に行けばすぐにわかります。入居者にあいさつし、様子を見て、相手の状況や立場を想像する。根本的なことですが、こうした行動を欠いてしまう人が多いのです。
私の経験上、オーナーが足繁く通っている物件ではトラブルがほとんどないんです。結局コミュニケーションが「最後の砦」になります。オーナーはそのことを肝に銘じておくべきですね。

少子高齢化に伴い、高齢者、とくに単身高齢者の増加による住まい確保の問題は「孤独死」や「認知症発症時の対応」などとも関係し、深刻な社会問題となっています。また高齢者に限らず全国で住宅の確保に配慮が必要な人たちが増えています。賃貸オーナーとして賃貸物件を所有している以上、こうした配慮が必要な人たちの受け入れは、空室対策の範囲を超えて、検討が必要なテーマとなってくるのではないでしょうか。

もちろんオーナーとしての資質や努力は問われるかもしれません。ですが、入居者とのコミュニケーションなど地道な取り組みだけでなく、見守りの導入、居住支援法人との連携等、仕組みの部分も加えて学んでいくことで、受け入れが増えていってほしいと思います。

●取材協力
OAG司法書士法人 代表 太田垣章子さん

2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?

不動産情報サイト事業者連絡協議会や国土交通省などによる、「省エネ性能表示制度で住宅の省エネ化は進むのか?」記者発表会が開催された。2024年4月から始まる「省エネ性能表示制度」に関する説明会ではあるが、国の制度について、アットホーム、LIFULL HOME’S、SUUMOの主要不動産ポータル事業者が深くかかわっていることに、実は意味があるのだ。

2024年4月から始まる「省エネ性能表示制度」とは?

新しい「省エネ性能表示制度」とは、「販売・賃貸事業者が建築物の省エネ性能を広告等に表示することで、消費者が建築物を購入・賃借する際に、省エネ性能の把握や比較ができるようにする制度」だ。

改正建築物省エネ法に基づき、省エネ性能表示制度を強化し、表示すべき事項などを定めることなどになっていたが、国土交通省では「建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度に関する検討会」を設置して、省エネ性能の表示ルールなどについて検討を重ねてきた。それを踏まえて作成されたのが、9月25日に公表したばかりの「建築物の省エネ性能表示制度のガイドライン等」だ。

このガイドラインの概要に沿って、国土交通省の住宅局参事官付課長補佐・池田亘さんから、制度に関する説明があった。そのポイントを整理しよう。

・開始時期:2024年4月 (これ以降に建築確認申請を行う新築および再販売・再賃貸される物件)
・努力義務になること:広告する際に省エネ性能ラベルを表示する
・対象:住宅や建築物を販売・賃貸する事業者 (物件の売主や貸主、サブリース事業者など)
・罰則:従わない場合は、国が勧告等を行う (既存建築物は勧告等の対象にならない)
・目的:省エネ性能を示すラベルや評価書を発行し、消費者が省エネ性能の把握や比較ができるようにする

該当する物件については、「省エネ性能ラベル」と「エネルギー消費性能の評価書」が発行されることになる。

発行される「省エネ性能ラベル」と「エネルギー消費性能の評価書」とは?

「省エネ性能ラベル」と「エネルギー消費性能の評価書」を発行するには、「自己評価」と「第三者評価」のいずれかで行う。販売・賃貸事業者側が国の指定するWEBプログラムなどを使って、評価を行うのが「自己評価」。第三者評価機関に評価を依頼するのが「第三者評価」で、その場合は、省エネルギー性能に特化した評価・表示制度である「BELS(ベルス)」を使うとされている。

では、まず「省エネ性能ラベル」について説明しよう。その特徴は3つある。

(1)エネルギー消費性能が星の数で分かる
国が定める省エネ基準より消費エネルギーが少ないほど、星の数が増える。省エネ基準に適合していれば★1つ。それより10%削減するごとに、★が1つずつ増える計算だ。ただし、エネルギーを使っても、太陽光発電などで補えばさらに削減できるので、★4つ以上は再生エネルギー設備がある場合に付けられる。そのため、★4つからは★が光るようなデザインになっているのだ。
※なお、再エネ設備の有無や削減率により、光らない★が4つのケースや3つ目以下で光る★が付くケースもある。

(2)断熱性能が数字で分かる
「建物から熱が逃げにくく、日射しなどの外からの熱が入りにくい」ほど数字が大きくなる。国が定める省エネ基準に適合していれば「4」、ZEH(ゼッチ)水準に達していれば「5」になる。
※ZEH水準とは省エネ基準適合住宅より、一次エネルギー消費量が20%以上削減(再生エネルギーを除く場合)されたもの

(3)目安光熱費が金額で分かる
その住宅の省エネ性能であれば、電気やガスなどの年間消費量がどの程度になるか計算し、エネルギー単価をかけて算出した年間光熱費が目安として表示される。ただし、家族が何人でどんな暮らし方をするかで、実際に使う光熱費は異なるため、あくまで目安としての金額だ。

なお、(3)の目安光熱費は任意項目なので、表示される場合もされない場合もある。表示されていないからといって、義務に反しているわけではない。

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

住宅(住戸)の省エネ性能ラベルに記載される内容(国土交通省の資料より)

次に、「エネルギー消費性能の評価書」だが、これは省エネ性能ラベルの内容を詳しく解説した書類だ。評価書は消費者に渡されるので、必ず保管しよう。例えば、住宅を購入してその後に売却する場合に、評価書があれば(仕様を変更していないなど、省エネ性能が維持されていることが条件)、売る際の広告でもラベルが使用できる。

不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベルが掲載される

さて、この記者発表会を不動産情報サイト事業者連絡協議会(略称RSC)が運営しているのには理由がある。住宅を探す際に、不動産情報サイトの不動産広告を見る人が多い。国が表示方法などを決めてから対応したのでは遅くなるし、どのように消費者に届けた方が浸透するかなどの助言の機会もあったほうがよい。ということもあって、国土交通省の検討会には、SUUMO編集長・SUUMOリサーチセンター長の池本洋一さんが委員として参加している。

不動産ポータル事業者では、不動産情報サイトの信頼性を保持するために、RSCという組織で、連携をしている。現在6事業者が加盟しているが、理事会社がアットホーム、LIFULL HOME’S、SUUMOの運営会社で、池本さんはRSCの監事も務めている。

RSCでは、2019年から省エネ性能の表示はどうあるべきか検討してきたというが、幹事会社3社の不動産情報サイトで2024年4月から省エネ性能ラベルを広告表示する、共通ルールを策定しているところだ。

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

SUUMOにおけるインターネット広告への掲載例

例えば、新築マンションでは、「住棟ラベル」(共同住宅の住棟全体の性能を表示するものであるなどの注釈の表記必須)を掲載し、新築一戸建てでは、販売戸数1戸なら「住戸ラベル」、多棟販売なら「代表住戸ラベル」(特定の住戸の性能を示すものであるなどの注釈表記必須)を、賃貸では「住戸ラベル」を掲載することなどを検討しているという。

実際の光熱費とズレがあっても目安光熱費を表示してほしい

省エネ性能ラベルでは、★の数で性能の高さが分かるようになっている。目安光熱費はあくまで目安なので、実際に光熱費がその金額にはならない。それでも、消費者は目安光熱費の表示を希望しているという。

リクルートの調査によると、ズレが生じることを考慮しても、「目安光熱費と星印表示どちらもあったほうが良い」が44.8%、「目安光熱費のみあれば良い」が29.3%となり、「星印表示のみあれば良い」の18.3%を大きく引き離した。

プレス説明会の資料より

プレス説明会の資料より

消費者に届くまでに関与する工程が多く、消費者まで届けることが課題

制度は2024年4月にスタートするが、課題もある。売買に詳しい松浦翼さん(アットホーム)と賃貸に詳しい加藤哲哉さん(LIFULL HOME’S)は、ラベルや証明書が発行されてから、その物件の広告としてラベルが消費者に届くまでの間に、多くの関係者が関わり、さまざまなシステムやツールを経由して情報が伝達されるため、システム改修の必要性や人為的な問題により、せっかくの情報が消費者に伝わらないリスクを指摘した。

省エネ性能表示の努力義務の対象となるのは、販売・賃貸事業、つまり売主や貸主、サブリース事業者などだが、実際に広告を出すのは不動産の仲介事業者や賃貸管理事業者になる。そのため、こうした間を取り持つ関係者がラベルなどの情報をきちんと伝達しないと、消費者にデメリットとなるだけでなく、仲介や入居者募集を依頼した売主や貸主が国から勧告を受けることにもなる。

また、広告への表示を努力義務としているが、評価書を受け取る消費者にその内容が説明されるのが望ましい。それを担うのも、直接消費者と接する仲介事業者や賃貸管理事業者になるので、関係者すべてにこの制度への理解を深めてもらう必要があるのだ。

さて、国は2050年のカーボンニュートラルに向けて、段階的に省エネ性能の基準を引き上げる予定だ。基準が変わったり新しい制度ができたりすると、省エネ性能を評価する基準も複雑になっていく。専門知識のない消費者がそれらを理解することは難しいので、住宅を選ぶ際に★の数や目安光熱費を見比べることは、性能を知るのに大いに参考になる。業界を挙げて、消費者に分かりやすく伝えることに取り組んでほしいものだ。

●関連サイト
建築物の省エネ性能表示制度のガイドライン等を公表/国土交通省
築物省エネ法に基づく建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度(国土交通省特設サイト)

賃貸住宅、省エネ性能が高いと”住み続けたい・家賃アップ許容”ともに7割超! 大家などの理解進まず供給増えない課題も 横浜市調査

猛烈に暑かった2023年の夏。過去126年でもっとも暑い夏だったという気象庁の発表を憶えている人も多いことでしょう。季節は移ろい、秋へと進んでいますが未だに暑く、「夜もエアコンつけっぱなし」という人もいるのでは。一方で、寒さ対策が不可欠な冬もあっという間にやってきます。そこで、今こそ大事になるのが「住まいの断熱化」。少しずつ世間の意識は高まっているものの、なかでも賃貸住宅における省エネ性能には課題がいっぱい。なかなか思うように進まない賃貸住宅の省エネ化、横浜市建築局住宅政策課の杉江知樹さん、横浜市住宅供給公社街づくり事業課の都出祐司さんらに話を聞くとともに、神奈川県横浜市が実施したデータとモニター調査などから実情を探ります。

暑さ寒さ対策には住まいの「省エネ性能」が大事。でも賃貸では普及せず

そもそも、住まいの「省エネ性能」といっても、ピンとくる人は少ないかもしれません。省エネ性能が高い家とは、断熱性や気密性が高いということ。それらが高いと、住む人にどのようなメリットがあるのでしょうか。

住まいの省エネ性能が高いと……
(1)少量のエネルギーで室温を保ちやすい →夏涼しく、冬暖かい
(2)使用エネルギーが少ないので省エネになる →電気代が抑えられる、二酸化炭素排出量を抑制できる

さらに、以下のようなメリットがあることが近年の研究でわかっています。

(3)結露が起きにくくなるためカビやダニの繁殖が抑えられアレルギーを軽減する
(4)部屋間の温度差が少なくなることで健康を維持しやすくなり、ヒートショックも抑制
(5)防音性能が高まり、生活音に悩まされることが減る

ほかにもいくつかあるのですが、端的にいうと、住む人が健康・快適で、エネルギー量が抑えられ、家計面、二酸化炭素排出量削減にも貢献できるというものです。近年はこうしたメリットが知られるようになり、持ち家の省エネ化は進んでいますし、なかでも注文住宅ではパッシブハウスのような超高気密・高断熱の住まいも増えつつあります。

断熱性を高めたうえ、太陽光発電などを備えた住まいが増えている(写真撮影/新井友樹)

断熱性を高めたうえ、太陽光発電などを備えた住まいが増えている(写真撮影/新井友樹)

■関連記事:
世界基準の超省エネ住宅「パッシブハウス」を30軒以上手掛けた建築家の自邸がスゴすぎる! ZEH超え・太陽光や熱エネルギー活用も技アリ

とはいえ、省エネ化が進んでいるのは「持ち家」が中心で、借りて住む、いわゆる「賃貸」では進んでいるとはいえない状況です。

理由はいくつかありますが、主には
(1)借り手・大家・金融機関ともに省エネ住宅のメリットを知らない
(2)住まいの省エネ化を進めなくても、入居者が決まる
(3)住まいを省エネ化するために、建築費が割高になる
(4)割高な建築費をかけて省エネ化しても、賃料に反映できるか不透明

要は賃貸住宅の高性能化、省エネ化のメリットが「知らない」「知られていない」のです。こうした背景があることから、建築費をかけてわざわざ高性能化、省エネ化をしなくともいい、と思われているのが現状です。

横浜市は「省エネ賃貸住宅モニター」事業を実施。でも、なんで?

実はこの状況、地方自治体にとって看過できるものではありません。なぜかといえば、日本は2050年までに「2050年カーボンニュートラル」を国際公約として掲げているからです。また、直近の目標として国では、「2030年の温室効果ガス排出削減目標 2013年度比46%削減」とし、横浜市では、これを上回る「2030年の温室効果ガス排出削減目標 2013年度比50%削減」を宣言しています。二酸化炭素排出量の削減は短期では実現できるものではありませんし、むしろ、あと7年と考えると「今、取り組まなければマズイ」という極めて厳しい状況といえます。

そのため、どこの地方自治体でも二酸化炭素排出量の削減に取り組んでいますが、なかでもベッドタウンとして発展し、多くの住宅ストックを抱える横浜市は住宅、とりわけ賃貸住宅の省エネ性能の低さに着目しました。

横浜市では家庭から出る二酸化炭素排出量が最多という衝撃のデータ(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

横浜市では家庭から出る二酸化炭素排出量が最多という衝撃のデータ(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

「グラフを見てもらうと一目瞭然ですが、横浜市で最も二酸化炭素を排出しているのは家庭部門(住宅)からで、約3割にものぼっています。これは全国の他の市町村と比べても高い割合なんですね。また今ある住宅の課題として、耐震性やバリアフリー、省エネ性を高めていく試みをしていますが、二酸化炭素の排出量を見たときに、住宅から出る量を抑制しないことには、2050年のカーボンニュートラルは難しい。そのため、賃貸住宅の省エネ性能を高めることが本市の喫緊の課題となっているのです」(横浜市建築局住宅政策課・杉江知樹さん)

バリアフリー・省エネのいずれも満たす住宅は、持家4%に対して借家0.5%。耐震を満たしていない物件は17%にも(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

バリアフリー・省エネのいずれも満たす住宅は、持家4%に対して借家0.5%。耐震を満たしていない物件は17%にも(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

そのために、まず「省エネ性」を高めると「住む人にはどのようなメリット」があるのか、あらためて可視化し、周知徹底をする必要があると考えたそう。周知するにしても、まずは確実なデータが必要ということで、横浜市の賃貸住宅のなかでも断熱等級4以上の省エネ性能の高い賃貸住宅で生活する人を対象にして、モニターを募集。約1年間かけて「横浜市省エネ賃貸住宅モニター事業」を実施したのだとか。モニターには、年4回のWEBアンケート、1年分の室温の測定と記録、電気とガスの使用量の提供をお願いしたそう。いわゆる「室温と光熱費の可視化」になります。

「現時点で、市内で省エネ性能が高い賃貸物件は多くはないのと、自宅がどの程度の省エネ性能かを知らない・関心がないという人も多い中、どの程度、協力を得られるか未知数だったのですが、地道にモニターにご参加いただける方を探し、結果として42組にご参加いただきました。総数としては多くはありませんが、電気代の記録や満足度など、得られたデータは非常に貴重で、大きな手応えがありました」(横浜市建築局住宅政策課・杉江さん)

きっかけはコロナ禍での在宅時間の増加。温熱環境で改善されストレス軽減

横浜市鶴見区の賃貸住宅に住む稲子さん(40代女性)も、このモニター調査に協力した一人です。欧米の断熱基準と比較しても見劣りしない断熱等級6、HEAT20でいうとG2グレードに該当し、賃貸住宅ではレア中のレア物件。2021年から入居し、室内温度や防音性などに満足していて、今後も住み続ける予定だといいます。ただ、もともと住まいの省エネ性能に関心があったわけではなく、暮らしてみてはじめてその「快適さ」に驚きました。

「以前は東京都内の賃貸に暮らしていましたが、光も入らない狭い空間で、圧迫感があって。コロナ禍で外出もままならなかったので、とにかく住環境をアップグレードさせたいという思いで住まい探しをはじめました。ここはデザインに惹かれて見学しにきたんですが、すぐにピンときて。その場で申し込みました」(稲子さん)

最寄り駅は東急東横線の綱島駅ですが、まったく土地勘もなかったそう。バス便で、さらに周辺の家賃相場と比較すると1.2~1.3倍ほど高い賃料設定ですが、十分に満足しているといいます。

「性能がよいためか、窓が大きいのに室温はおどろくほど安定しています。真夏も真冬も経験しましたが、こんなにも違うのか、とびっくりしました。音も気にならず、家に感じていたストレスがかなり軽減されました」(稲子さん)

稲子さんが住む賃貸住宅は、2020年築の木造、31平米。窓辺のグリーンや器などで暮らしを楽しんでいます(写真撮影/片山貴博)

稲子さんが住む賃貸住宅は、2020年築の木造、31平米。窓辺のグリーンや器などで暮らしを楽しんでいます(写真撮影/片山貴博)

今回、横浜市の賃貸モニターに参加したことで、ガス代や電気代を記録するようになり、現在もその習慣を続けているそう。昨今、電気料金の高騰が叫ばれている中、連日35度を超えていた7月でも4000円弱、使用量にしても123kWでした。

横浜市のモニター調査に協力したことで、記録する習慣がついたそう(写真撮影/片山貴博)

横浜市のモニター調査に協力したことで、記録する習慣がついたそう(写真撮影/片山貴博)

「シングルの家って手狭だからエアコンをつければすぐに涼しくなるので、あまり省エネなどを気にしたことはなかったんですね。ただ、もともとエアコンが好きじゃないから、この家でも窓を開けて暮らしていたんですが、そうすると外の音がうるさくって、湿度も高くなってしまって。そこで、ためしに窓を閉めて生活をしてみたんです。するとエアコンは入れずとも、室温はずっと快適に保たれて、午前中はつけなくてもいいくらいでした」といい、快適さに驚いたといいます。

外気温35度を上回る灼熱の日。窓はもちろん、省エネ性能の高い複層ガラス&樹脂サッシ!!(写真撮影/片山貴博)

外気温35度を上回る灼熱の日。窓はもちろん、省エネ性能の高い複層ガラス&樹脂サッシ!!(写真撮影/片山貴博)

さすがに窓の温度は33度でしたが(写真撮影/片山貴博)

さすがに窓の温度は33度でしたが(写真撮影/片山貴博)

床の温度は26度(写真撮影/片山貴博)

床の温度は26度(写真撮影/片山貴博)

室温はだいたい26度に保たれていて、気密性も高いので室内も本当に静かです(写真撮影/片山貴博)

室温はだいたい26度に保たれていて、気密性も高いので室内も本当に静かです(写真撮影/片山貴博)

住宅好きだからこそ見つけた家。平均値で「断熱等級4」になってほしい

今回、もう1組、モニターとして協力してくれたHさんご家族にも話を聞きました。

Hさん一家が住む賃貸住宅は2019年築の鉄骨造、45平米。(写真撮影/片山貴博)

Hさん一家が住む賃貸住宅は2019年築の鉄骨造、45平米。(写真撮影/片山貴博)

横浜市神奈川区にあり、こちらは日本の持ち家では一般的な断熱等級4に相当します。この4とは2025年にはすべての新築住宅に適合が義務化される基準ですが、現時点の既存住宅では満たしていないのがほとんどです。Hさんご夫妻は結婚をきっかけに住まいを探し始めました。

こちらのお住まいも複層エコガラス(R)&アルミと樹脂の複合サッシ。断熱性能が高く、早春の朝でも寒さを感じなかったそう(写真撮影/片山貴博)

こちらのお住まいも複層エコガラス(R)&アルミと樹脂の複合サッシ。断熱性能が高く、早春の朝でも寒さを感じなかったそう(写真撮影/片山貴博)

省エネは家探しの条件にはありませんでしたが、妻はもともと間取りを見ることや家探しが好きで、SUUMOなどを日常的に閲覧していたとのこと、夫は大学で建築について学んでいたことで窓や構造に関する知識があったそう。

「住んだあとから変えられない、周辺環境、窓や壁、動線を重点的に確認しました。省エネや温熱環境について言うと、正直、今回のモニターに協力するまであまり意識しませんでした。ただ、印象に残っているのが、引越してきてすぐのときに感じた室内の暖かさでしょうか。3月だったのですが、前の家だと朝暖房を使って帰ってきたとき室内が寒かったのが、ここでは帰ってきても暖かかった。それはすごく印象に残っています」(夫)

湿度が高いと感知する息子くん。子どもが泣いているときに、その理由がわかるのは心強いですね(写真撮影/片山貴博)

湿度が高いと感知する息子くん。子どもが泣いているときに、その理由がわかるのは心強いですね(写真撮影/片山貴博)

「1年間、モニターをしてみて、すべてつじつまがあったな、というのが実感です。なんとなく暖かいね、寒いね、というのが数字でクリアに現れたのでびっくりしました。子どもが泣くのでどうしたんだろうと思ったら暑かったりとかして。あとは窓の性能がしっかりしているのか、周辺の生活音が聞こえてこなくて、静かなのでびっくりしています」(妻)

8月のエアコンのついていない部屋でも28度。ちょっと暑いが過ごせないほどではない(写真撮影/片山貴博)

8月のエアコンのついていない部屋でも28度。ちょっと暑いが過ごせないほどではない(写真撮影/片山貴博)

サッシ部分は30度超(写真撮影/片山貴博)

サッシ部分は30度超(写真撮影/片山貴博)

8月19日の13時ごろ。外気温は36度を超える猛暑日でしたが、ガラス部分で30度弱。省エネはやはり窓からですね(写真撮影/片山貴博)

8月19日の13時ごろ。外気温は36度を超える猛暑日でしたが、ガラス部分で30度弱。省エネはやはり窓からですね(写真撮影/片山貴博)

今回の家探しは、2人の今までの賃貸での失敗や経験、知識を活かしましたが、感想としては、「賃貸住宅のアベレージ(平均値)でこれくらいの住まいになってほしい」と夫。

今回2組に取材しましたが、声をそろえて「当たり前になってほしい」「もう、以前のような(断熱性能に配慮されていない)賃貸住宅には住めない」とおっしゃっていました。住宅探し時の条件には入っていないけれど、省エネ性能の高い住まいに暮らしてしまうと、もう元の住まいには戻れない、それくらい心地がよいようです。

満足度と居住意向の高さはデータでも! では、大家さんの意見は?

こうした満足度の高さは、アンケート結果ではより鮮明になっています。
「省エネ賃貸住宅全体で、住んでいる人の満足度が高いことがわかっていますし、長く住み続けたいという意向も明らかになっています。大家さんからみたときには、物件の差別化ができ経営が安定することにつながります。住んでいる人にとっても、大家さんにとってもメリットが大きいということが改めて把握できました」(横浜市住宅供給公社街づくり事業課・都出さん)

省エネ賃貸住宅は、遮音、断熱、室内の暖かさに満足している結果に

省エネ賃貸住宅は、遮音、断熱、室内の暖かさに満足している結果に

遮音、断熱性、部屋の暖かさといった点で、一般的な賃貸住宅と省エネ賃貸住宅で圧倒的な差がついています(一般賃貸5割強、省エネ賃貸住宅9割超)(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

意外!? 光熱費が抑制できれば家賃がアップしてもかまわない結果も!

意外!? 光熱費が抑制できれば家賃がアップしてもかまわない結果も!

光熱費が抑制できる分、家賃が高くなっても許容できると答えた人が73.2%も。「知り、体感する」ことで納得度が増すのでしょう(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から加工))

省エネ賃貸住宅は「ずっと住みたい」と思える家!大家さんがもっとも嫌う空室リスクを低減

省エネ賃貸住宅は「ずっと住みたい」と思える家!大家さんがもっとも嫌う空室リスクを低減

省エネ賃貸住宅ではなんと75%の人が住み続けたいという。劇的な差ですね(データ提供/横浜市建築局住宅政策課(元の資料から一部加工))

では、大家側さん、物件を所有する人からみたときには、省エネ性能を高めるには、どのような課題があるのでしょうか。賃貸住宅「パティオ獅子ヶ谷19号館」を手掛けた、岩崎興業地所の岩崎さんにお話を伺いました。

「弊社は横浜市内と東京都内に不動産を抱え、賃貸経営や不動産企画・管理業をしており、バス便立地、築年数30~40年の物件を多数抱えています。物件の差別化、または付加価値という意味で、リノベなども手掛けきており、以前から省エネ性・断熱性について関心がありました。新築の物件を建てるにあたり、建築家の内山章先生に相談して手掛けたのが、パティオ獅子ヶ谷19号館です。ただ、大家の視点でいうと、省エネ性だけで訴求するのはまだまだ難しいというのが正直な感想です。内山先生のデザイン性、住みたいと思う人のプロフィールや背景を想像して、丁寧に戦略を立てたことが奏功しました」(岩崎さん)

と率直に話します。また物件は2021年築ですが、まだまだ「最新事例」として紹介されます。クルマなどであれば例年のように新モデルが登場しますが、住宅、なかでも賃貸住宅では、断熱等級の高いものは「レア」な存在です。裏を返せば、圧倒的な競争優位性を保っていることになります。

「ただ、正直にいえば、ワンルームや一人暮らし用の賃貸では、ある程度立地条件が良ければ省エネ性を高めなくとも入居者が決まるというのが、現実だと思います。それほど省エネ性能の認知度や重要度はやはり高くないのです。あと、個人的にいえば、ネックになっているのは金融機関ではないでしょうか。省エネ性能を高めた結果、建築費が2~3割割高になりますが、競争優位性も高まります。しかし、それで金融機関の融資がおりるかというと、実際はかなり厳しい。手間も時間もかかりますよね」(岩崎さん)といい、よほどの使命感か情熱がある人でないと、まず難しいというのが省エネ賃貸住宅を建てる側のホンネのようです。

お金を持っているところが強いというのは、いつの時代も真実ですよね。ただ、これは制度や世の中の流れという後押しがあれば、変わることも十分ありえます。

ひとつは2025年、省エネ性能に関わる断熱性能が義務化されるようになり、新築住宅では「等級4」(Hさん一家宅と同水準)が最低基準になります。賃貸住宅であっても、「等級4」を満たさない水準の住まいは建てられなくなります。競争優位性を保つために等級5や等級6(稲子さん宅と同水準)の事例が出てくれば、賃貸物件も徐々に高性能化が進むことでしょう。

もう一つは、若い世代の台頭です。SNSでも、住まいについての情報収集が容易になった今、Hさん夫妻のように、住宅についての知識を蓄えた人が、「住まいの選別」をはじめています。また、若い世代ほど、環境についての問題意識は高いもの。クルマや家電に省エネ性能が求められるように、賃貸住宅も「省エネ性能が高くないと戦えない」という時期に近づいていると感じます。

また。金融機関もESG投資(環境や社会に配慮して事業を行っていて、適切なガバナンス(企業統治)がなされている会社への投資)のひとつとして、「省エネ賃貸住宅」に積極的に融資を行うようになるかもしれません。

夏の暑さ、冬の寒さ、電気代の高騰に振り回されないために。また、2050年カーボンニュートラルという大きな目標のために。今こそ大人世代の行動や決断が問われているときなのかもしれません。

●取材協力
横浜市建築局住宅政策課
横浜市住宅供給公社
岩崎興業地所株式会社

一人暮らしで買った家具、人気の家具ショップビッグ3とは?家具への意識はどう変化している?

クレアスライフが、自社が運営するマンションに住んでいる一人暮らし中の男女599人に、インテリア・収納に関するアンケートを実施した。一人暮らしの家具はどこで何を買うかがテーマなのだが、どこでどんな家具を買ったのだろうか?詳しく見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
都内599人にインテリア・収納に関するアンケート調査を実施/クレアスライフ

入居後に購入した家具のトップは、「カーテン・ブラインド」

最近、一人暮らしでInstagramなどのSNSを参考に、インテリアにこだわる人が多いという調査結果をよく見かける。筆者も「コロナ禍でインテリアへの関心が高まる!20代から50代まで幅広い層がインスタを参考に」や「Z世代の一人暮らしの特徴って? 重要なのは家賃、インテリアは”映える”韓国風がトレンド」といった記事を書いた。

今回は、家具はどこで何を買うかを調査した結果を見ていきたい。まず「今住んでいる住居に入居した際に新しく購入した家具があれば、何を購入したか」を聞いている。その結果、上位には「カーテン・ブラインド」(16.5%)、「ベッド」(14.6%)、「テーブル」(12.4%)が挙がった。

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

引っ越し後に購入したもののTOPに挙がることが多いのが、「カーテン・ブラインド」だ。住居によって、窓の形や大きさが異なるため、持っているものでは合わないことが多いからだ。といっても、近年は街を歩いていると、窓に何もかけていない住宅を多く見かけるようになった。16.5%という数値は思ったよりは多くないのだが、近年のそうした影響を受けてのことではないかと思う。

逆に意外だったのが、「照明」が5.1%と少ないことだ。住宅を買う場合は自身で照明を設置することが多いが、賃貸の場合は、照明は貸主側で取り付けている場合もあれば、借主が自身で手配してつける場合もある。今回の調査では、貸主側で設置済みの場合が多いということだろう。

一人暮らしの人気家具ショップ、ニトリ・無印良品・IKEA

次に、「今住んでいる住居に入居した際に新しく購入した家具があれば、どこのインテリアショップで購入したか」を聞いている。その結果を見ると、圧倒的に人気が高いのは「ニトリ」(34.4%)だ。性別・年代別に分析した結果を見ると、ニトリは、そのなかでも特に男性に人気が高いことが分かる。

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

どうやら、ニトリと無印良品、IKEAは3大人気家具ショップということになりそうだ。たしかに、シンプルなデザインで、リーズナブルな価格という共通点がある。ただし、それぞれに違いもある。

ニトリと無印良品は、日本の企業で全国に店舗数が多いという共通点があるが、無印良品の方がよりナチュラルなデザインで、価格はニトリより高めという印象だ。また、IKEAは北欧スウェーデン発祥で、よりおしゃれなデザインが特徴。郊外に大型店舗が多く、まとまった数のものを安く売るというスタイルなので、車のあるファミリーのほうが好むのかもしれない。

また、20代・30代の女性では、よりデザイン性の高い「Francfranc」の購入者も多いので、おしゃれなものを好む傾向があるといえそうだ。

さて、今回の調査結果で挙がった家具ショップのなかで、「LOWYA」(ロウヤ)と「KEYUCA」(ケユカ)は筆者には馴染みの薄いブランドだ。LOWYAもKEYUCAも、日本企業が2000年代にオープンしたブランド。LOWYAはオンライン販売が中心で、KEYUCAは東京都や神奈川県を中心に全国に店舗をもつ。いずれも、シンプルでリーズナブルという点で、ビッグ3と共通している。

手軽なDIYもインテリアには必要?

さて、「部屋のリフォームや家具作りなどのDIYに興味があるか」聞いたところ、過半数の52.6%がある(「興味関心があり、実践している」6.2%+「興味関心があり、今後やりたいと思っている」9.8%+「興味関心があるが、賃貸なのでできないと思っている」36.6%)と回答している。

現在行っている、あるいは今後行いたいDIYがどんなものかを聞くと、「収納を作る」が最多の30.1%で、次いで「剥がせる壁紙を貼る」20.3%、「置き敷きできる床材を使用する」19.4%の順となった。

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

出典/クレアスライフ「インテリア・収納に関するアンケート調査」より転載

ポイントは、賃貸でも可能という点だ。特に、「剥がせる壁紙」と「置き敷きできる床材」は、賃貸でもできるDIYニーズに応えて、DIY商材が豊富になってきたもの。賃貸の退去時に、貼った壁紙を剥がしたり、敷いた床材をはずしたりすればいいので、原状回復を気にせずにDIYで自分らしく部屋を演出できる。

収納も、独立した収納ボックスなどを組み立てて設置するだけでなく、最近は壁にピンで止めるだけで飾り棚になる商品もある。実はマイホームではあるが筆者も、DIYに自信がないので、無印良品のピンで取り付ける飾り棚を付けた。といっても、飾っているのは好きな落語家のサイン入り色紙なのだが…。

対面型キッチンの上部の空間に飾り棚を取り付けた(筆者撮影)ちなみに、左から三遊亭兼好、春風亭一之輔、桃月庵白酒

対面型キッチンの上部の空間に飾り棚を取り付けた(筆者撮影)ちなみに、直筆色紙は左から三遊亭兼好、春風亭一之輔、桃月庵白酒

調査結果を見ると、20代・30代が多い一人暮らしの場合、高級で高価格な家具ではなく、シンプルで低価格な家具を購入する人が多いということが分かる。一人暮らしの部屋はそれほど広さがないので、テーブルで仕事も食事もするのかといった暮らし方を考慮したり、収納スペースを考慮して収納付きのベッドにしたりと、さまざまな工夫が必要だろう。

最近は、インスタ映えするインテリアのコーナーを設けるなどのニーズもあるようなので、自身のセンスを見せるためにも、家具やインテリアにこだわったり、自分らしいDIYを行ったりすることも大切になる。さて、あなたはどんな家具を選ぶのだろうか?

●関連サイト
クレアスライフ「都内599人にインテリア・収納に関するアンケート調査を実施」

【梅田駅30分以内】家賃相場が安い駅ランキング2023年。1位は3万円台、兵庫・西宮市の駅

関西随一の繁華街といえば大阪市北区の梅田だろう。大型商業施設が林立し、オフィスビルも多数あるため観光客やビジネスマン、近隣住民など多くの人が日々行き交っている。そんな梅田エリアの中心地、梅田駅周辺のシングル向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件)の家賃相場は7万2000円。「SUUMO住みたい街ランキング2023 関西版」で2年連続の1位になった人気エリアだけあり、大阪市内でも家賃相場は高額だ。そんな梅田駅までアクセスしやすく、かつ家賃相場がリーズナブルな駅はどこだろう……? 梅田駅まで30分圏内にある、シングル向け賃貸物件の家賃相場が安い駅トップ15を見ていこう。

梅田駅まで電車で30分以内の家賃相場が安い駅TOP15

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/梅田駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 武庫川団地前 3.9万円(阪神武庫川線/兵庫県西宮市/30分/1回)
2位 萱島 4万円(京阪本線/大阪府寝屋川市/21分/1回)
3位 大和田 4.2万円(京阪本線/大阪府門真市/29分/2回)
4位 寝屋川市 4.25万円(京阪本線/大阪府寝屋川市/25分/2回)
5位 四条畷 4.3万円(JR片町線/大阪府大東市/30分/1回)
6位 上新庄 4.5万円(阪急京都本線/大阪府大阪市東淀川区/18分/1回)
6位 瑞光四丁目 4.5万円(大阪メトロ今里筋線/大阪府大阪市東淀川区/29分/1回)
8位 南千里 4.55万円(阪急千里線/大阪府吹田市/30分/2回)
8位 大日 4.55万円(大阪メトロ谷町線/大阪府守口市/24分/0回)
10位 住道 4.6万円(JR片町線/大阪府大東市/26分/1回)
10位 香里園 4.6万円(京阪本線/大阪府寝屋川市/29分/1回)
12位 だいどう豊里 4.7万円(大阪メトロ今里筋線/大阪府大阪市東淀川区/27分/1回)
12位 下新庄 4.7万円(阪急千里線/大阪府大阪市東淀川区/19分/2回)
14位 JR総持寺 4.8万円(JR東海道本線/大阪府茨木市/21分/1回)
15位 相川 4.9万円(阪急京都本線/大阪府大阪市東淀川区/20分/1回)
15位 鴻池新田 4.9万円(JR片町線/大阪府東大阪市/25分/1回)

1位は3万円台! 買い物環境に恵まれた、兵庫県西宮市の駅がランクイン

梅田駅には大阪メトロ御堂筋線が通っているほか、すぐ近くにはJRの大阪駅、阪急電鉄と阪神電鉄の大阪梅田駅、大阪メトロの谷町線・東梅田駅と四つ橋線・西梅田駅、さらにはJR東西線の北新地駅が密集している。今回の調査ではそうした近接駅から梅田駅に徒歩で行くルートも含めて「梅田駅まで30分圏内」にある駅のうち、一人暮らし向け賃貸物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が安い駅をランキングした。

武庫川団地前駅(写真/PIXTA)

武庫川団地前駅(写真/PIXTA)

調査の結果、1位には阪神武庫川線・武庫川団地前駅が家賃相場3万9000円でランクイン。まず武庫川駅に出てから阪神本線の区間急行に乗り換えて大阪梅田駅まで約26分、そこから徒歩で梅田駅まで約4分なので、所要時間は計約30分だ。武庫川団地前駅は兵庫県西宮市の湾岸部に位置し、駅名通りに駅周辺にはUR賃貸住宅の武庫川団地が広がっている。5000世帯以上が住む大規模団地のため、周辺にはショッピングセンター「メルカードむこがわ」やショッピングモール「ムコダンモール」をはじめ住民の暮らしを支える施設が充実。緑豊かな公園や温泉使用のスーパー銭湯もあり、ご近所で気軽に息抜きできるのも嬉しいところ。駅前からバスに乗れば10分弱で、「ららぽーと甲子園」や「阪神甲子園球場」にも行くことができる。

阪神甲子園球場(写真/PIXTA)

阪神甲子園球場(写真/PIXTA)

2位は大阪府寝屋川市にある京阪本線・萱島(かやしま)駅で、家賃相場は4万円。京阪本線の通勤準急で淀屋橋駅に向かい、大阪メトロ御堂筋線に乗り換えると計約21分で梅田駅に到着する。高架駅である萱島駅は、ホーム床と屋根を突き抜いて樹齢約700年のクスノキの大木がそびえていることで知られている。駅にはお惣菜や持ち帰り握り寿司、こだわりのパンなどを扱う駅ナカ商店「もより市」が併設され、高架下には100円ショップやドラッグストア、飲食店が並ぶ商店街「エル萱島」「エル萱島東」がある。駅前にも飲食店が点在し、徒歩10分圏内にスーパーが複数。また、タイムスリップしたような昭和レトロな雰囲気が残る「京阪トップ商店街」も、住むからには一度は訪問しておきたい。駅から東に自転車で10分ほど進むと、ファッションや家電のショップから飲食店街に映画館まで備えた「イオンモール四條畷」があるのも便利だろう。

3位は大阪府門真市にある京阪本線・大和田駅で、家賃相場は4万2000円。2位にランクインした萱島駅の隣駅だが、大和田駅には通勤準急が停車しないため淀屋橋駅まで最短で行くには京阪本線の普通列車と準急を乗り継ぐ。そこから大阪メトロ御堂筋線に乗るため、梅田駅までは乗り換え2回・所要時間は約29分となる。とはいえ大和田駅から区間急行1本で淀屋橋駅に向かってから大阪メトロ御堂筋線に乗る「乗り換え1回」のルートでも、梅田駅まで計約32分だ。大和田駅の改札内には駅ナカコンビニがあるほか、高架下がドラッグストアや100円ショップ、飲食店が並ぶ商店街「エル大和田」になっている。駅の北側にも南側にも複数のスーパーがあるほか、駅から南へ徒歩13分ほどの国道163号沿いには家電量販店やホームセンターも。映画館を備えた「イオンモール大日」と産直市場やクリニックもある「ベアーズ」という2つのショッピングモールが隣接する8位・大日駅前にも、自転車なら大和田駅から13分ほどでたどり着く。

家賃相場の安さに加え、梅田駅までの所要時間や電車賃もチェック!

6位には家賃相場が同額の4万5000円で2つの駅がランクイン。そのうち阪急京都本線・上新庄駅は梅田駅までの所要時間が、トップ15で最短の約18分だった。まず3駅隣の南方駅に出て、そこから徒歩で西中島南方駅へ。そして大阪メトロ御堂筋線に乗ると2駅目が梅田駅だ。乗り換え駅の西中島南方駅から梅田とは逆方面に進むと、1駅目が東海道新幹線も通る新大阪駅というのも便利なところ。また、上新庄駅から阪急京都本線1本でも大阪梅田駅まで約15分、そこから徒歩約8分の梅田駅までは計約23分で行くことが可能だ。

そんな6位・上新庄駅は大阪市東淀川区に位置し、同じく6位になった大阪メトロ今里筋線・瑞光四丁目駅までは歩いて15分ほど。生活圏がかぶっているので家賃相場が同額なのも納得だろう。上新庄駅は北と南に出口があり、特に駅南側には多くの飲食店が建ち並んでいる。にぎやかな繁華街がある一方で、スーパーや家電量販店、住宅も駅近くにあるので、日常生活圏内であれこれと食べ歩きが楽しめそうだ。

大日駅(写真/PIXTA)

大日駅(写真/PIXTA)

トップ15で唯一、梅田駅まで「乗り換え0回」となったのは、8位にランクインした大阪メトロ谷町線・大日駅だ。乗り換え0回だが大阪メトロ谷町線は梅田駅に乗り入れていないため、大日駅より約19分の東梅田駅で降りてから徒歩約5分の梅田駅に向かうルートを通って、所要時間は計約24分・乗り換え0回との結果になっている。この大日駅は大阪府守口市に位置し、家賃相場は4万5500円。前出の3位・大和田駅の紹介部分で述べたように、駅前には映画館を備えた「イオンモール大日」と産直市場やクリニックもある「ベアーズ」という2つのショッピングモールがある便利な環境。駅西側には市水道局の浄水場やパナソニック系列企業の敷地が広範囲な面積を占めており、住宅地は主に駅の東側に。駅から北に10分少々歩くと淀川の河川敷が広がり、気軽に自然に親しめる環境でもある。

住道駅(写真/PIXTA)

住道駅(写真/PIXTA)

トップ15からもう1駅、10位にランクインしたJR片町線・住道(すみのどう)駅をピックアップしよう。この駅で注目したい点は、梅田駅までの電車賃がトップ15で最安の230円というところ。交通費が支給される会社員だと電車賃はあまり気にならないだろうが、会社は別の場所だけれど梅田に通いやすい場所に住みたい人や交通費も自腹の学生などにとっては電車賃も見逃せないもの。たとえば香里園駅の家賃相場は住道駅と同じ4万6000円だが、所要時間約29分・乗り換え1回で梅田駅に向かうルートの場合の電車賃は540円。住道駅~梅田駅の230円に比べて2倍以上もかかり、何度も梅田駅に通うならばジワジワと懐に響いてくるはず。住まいを探す際に、よく使うルートの交通費にも気を付けたほうがよさそうだ。

さて、10位・住道駅から梅田駅に230円で向かうルートを確認しておこう。まずJR片町線快速で京橋駅に行き、JR大阪環状線(内回り)で大阪駅へ。そこから歩いて梅田駅に向かうと計約26分で到着する。そんな住道駅は大阪府大東市に位置し、大東市役所の最寄り駅でもある。駅周辺には市民会館や、中央図書館と文化ホールを備えた市立総合文化センターも。駅に直結してショッピングセンター「アルビ住道」があり、ベーカリーや惣菜店、スイーツ店やスーパーなどのグルメ関係の店舗をはじめ、ドラッグストアや衣料品店「しまむら」も館内に並ぶ。駅の南側には市立の小中学校や公園があり、その先が住宅街。駅北側は寝屋川と恩智川の合流地点となっており、駅前広場から続く大橋を渡った先には京阪百貨店と約100の専門店からなる「ポップタウン住道オペラパーク」が広がる。敷地内にはファッション関係から生活用品、食品関係の店舗からレストランまで揃っているので、遠出しなくても買い物や食事が楽しめるだろう。

17位~28位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている梅田駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/12~2023/6
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2021年3月31日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

元厚労省・村木厚子さんら「全国居住支援法人協議会」設立で“住まいの差別”はなくなったのか? 4年の活動で見えた現実と課題

元厚生労働事務次官で津田塾大学客員教授の村木厚子さんを中心に、三好不動産代表取締役社長の三好修さん、NPO法人抱樸理事長の奥田知志さんらが中心となって立ち上げた「全国居住支援法人協議会」。住まいの確保に困っている人たちを支援する団体として都道府県から指定されている居住支援法人の活動を促進するために、ノウハウやスキームなどの情報を共有し、縦横のつながりを強化することを目的とした組織です。2019年の設立から4年が経ち、居住支援の形はどのように変化したのでしょうか。会長の村木さんと共同代表の三好さんに話を聞きます。

官庁の垣根を越えた居住支援法人協議会とは?

子育て世帯や高齢者、障がいのある人、生活保護受給者など、さまざまな事情から住まいを確保することが困難な人たちに対して、民間の賃貸住宅や空き家などを有効活用することで供給促進を図ろうと「住宅セーフティネット法」が改正されたのは2017年のこと。

この法律に基づいて設けられたのが住宅セーフティネット制度で、主な施策の一つが、住まい探しやその後の生活をサポートする団体として各都道府県が民間企業やNPO法人などを「居住支援法人」として指定する仕組みです。

「この制度は、住宅施策を管轄する国土交通省と福祉の施策を管轄する厚生労働省が省庁の間に落ちていた居住支援を制度化するという、当時としては画期的なものでした。しかし、組織の体制が違う省庁の協働なので、省庁間や各地方自治体の部局間、民間との連携がうまくいかなかったり、支援を必要としている人たちに的確な支援が行き届かなかったりする懸念がありました。

そこで、全国の居住支援法人が、互いの居住支援に関する情報やノウハウを共有、関係を強化し、また、複数の省庁との連携をスムーズに行い、政策提言もすることによって、より的確な居住支援を行っていくために2019年に組織化したのが、全国居住支援法人協議会(以下、全居協)です」(村木さん)

全居協の主な活動内容。居住支援法人の研修や情報の共有のほか、新たな居住支援法人の育成やアドバイス、政府への提言も行って、より充実した居住支援を必要とする人に届けるための活動をしている(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の主な活動内容。居住支援法人の研修や情報の共有のほか、新たな居住支援法人の育成やアドバイス、政府への提言も行って、より充実した居住支援を必要とする人に届けるための活動をしている(画像提供/全国居住支援法人協議会)

「福祉領域を担う厚労省は継続的なソフトの支援が得意で、住宅領域を担う国交省はハードの支援が得意。制度についても、福祉は支援対象者ごとに支援を充実するように『縦』に発展してきましたが、住宅の制度は『横』割りで、全国を網羅する形で住宅の分類ごとに制度が設けられています。この異質なもの同士をどうやって有機的に機能させていくかがポイントです」(村木さん)

■関連記事:
住宅弱者のサポートを!元厚労省 村木厚子さんら全国組織を設立

コロナ禍で見えた、潜在していた課題とは

設立から4年の間に、社会の情勢はコロナ禍やウクライナ侵攻、世界的な物価変動など大きな変化がありました。例えば、コロナ禍で住宅確保給付金の支給額が格段に増えたことについて村木さんはこう話します。

「企業の社宅など、仕事と住宅がセットになっている形で生活していた人たちが、コロナ禍のもと、企業の業績悪化により仕事と住居の両方を同時に失うケースが多くありました。社会全体で見れば近年の経済状況は比較的良く、人手不足といわれる状況の中では、このような問題は見えにくかっただけで、解決していなかったということを再認識させられたコロナ禍の3年間でした。

ホームレスの方の存在は目に見えますが、車上生活をする人、ネットカフェや友人・知人の家を転々とする人など、見えにくい形で住まいの不安定な人たちがたくさんいることがわかってきました」(村木さん)

特に煽りを受けたのは非正規雇用の人たち。そして在宅時間が長くなったことで家庭内の問題や虐待が増加し、女性や若者の自殺率が急増しました。

コロナ禍の2019年以降、女性の各年代と男性の若年層の自殺率の線が盛り上がるように増えている(資料/厚生労働省)

コロナ禍の2019年以降、女性の各年代と男性の若年層の自殺率の線が盛り上がるように増えている(資料/厚生労働省)

「非正規雇用の多い女性や働き盛りの若者たちは自立して働けると見られてしまい、支援の網(セーフティネット)からすり抜けてしまいます。高齢者や生活保護受給者など、社会的に弱い立場にあると認識される人たちに対して整えられてきたサポートの手厚さと比べ、福祉の弱い部分です。このような潜在化した問題が見えてきたことは、コロナ禍で学んだことの一つでしょう」(村木さん)

3年間で物件数・団体数は格段に伸び、「死後事務委任」のルールづくりも

現在、住まい探しに困難を抱える人たちを受け入れる住宅「セーフティネット住宅」の登録件数は11万件、86万戸を超え、居住支援法人の登録数は718法人、うち全居協会員は278団体にまで増えました。

「ここまで増えたのは大きな成果です。ですが、80万戸におよぶセーフティネット住宅の多くは一般の人も入居できるもので、住まいに困っている人のみを対象とした『専用住宅』は5000戸ほど。全く数が足りない状況です。

居住支援法人の数も増えていますが、全居協に参加している団体は5割を切っています。より多くの団体が参加して協力し合うことで救える人たちも増えていくので、まずは半数以上、6割を目指したいですね。そのためにも私たち全居協は居住支援法人立ち上げのお手伝いと活動を続けていくための体制づくりに力を入れていきたいと考えています」(村木さん)

「居住支援」という言葉も徐々に世の中に認知されつつあります。

「国交省、厚労省、法務省などの施策の中でも『居住支援』というワードが自然に出てくるようになったことは大きな変化です。例えば、法務省が今年3月に策定した第2次再犯防止推進計画には、居住支援法人との連携強化といった施策が登場します」(村木さん)

元厚生労働事務次官で全国居住支援法人協議会会長を務める村木厚子さん(画像提供/全国居住支援法人協議会)

元厚生労働事務次官で全国居住支援法人協議会会長を務める村木厚子さん(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の共同代表であり副会長を務める三好さんは、「国交省が、高齢の入居者が万が一、孤独死したときのために、死後に必要な事務処理を第三者に任せられる『死後事務委任』『残置物処理』などのルールづくりを法務省とともに示したことで、居住支援法人が担える役割の範囲が大きく広がった」と評価しています。

これまで死後の手続きは相続人でなければできなかったため、居住支援法人やオーナー、不動産管理会社などの第三者が残置物などを勝手に処分することができませんでした。そのため部屋を原状回復し、次の人に貸せるようになるまでに時間がかかるので、オーナーや管理会社が高齢者の受け入れに難色を示すことの一因となっていたのです。

「現在、住まいを探している高齢の方だけでなく、入居当時は高齢ではなかった人も、年月の経過とともに高齢化してきています。全国の管理会社が同じように入居者の高齢化問題を抱えているのではないでしょうか。生前に死後事務委任の手続きができるようになったことで、もしもの事態にも居住支援法人や管理会社が速やかに対応できるようになりました」(三好さん)

福岡で積極的に居住支援を行っている三好不動産の代表取締役社長で、全居協の共同代表・副会長でもある三好修さん。入居者が認知症などを発症したり倒れたりした場合を想定して、家族信託を勧めるなど元気なうちに対策を練りながら老後を送る提案も行っているそう(画像提供/全国居住支援法人協議会)

福岡で積極的に居住支援を行っている三好不動産の代表取締役社長で、全居協の共同代表・副会長でもある三好修さん。入居者が認知症などを発症したり倒れたりした場合を想定して、家族信託を勧めるなど元気なうちに対策を練りながら老後を送る提案も行っているそう(画像提供/全国居住支援法人協議会)

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・高齢者・外国人・LGBTQなどへの根強い入居差別に挑む三好不動産(福岡)、全国から注目される理由とは
・孤独死の増加で「遺留品処分」問題への危機感高まる
・「ゲイは入居不可」という偏見。深刻な居住問題と“LGBTQフレンドリー”に取り組む不動産会社、そして当事者のホンネ

支援が必要な人のニーズに応えるため、地域ごとの拠点とリーダーを

全居協がスタートした当初、村木さんたちは、セーフティネット住宅の登録数が増えたことを素直に喜んでいたそう。しかし、登録物件数のうち、実際にどれだけの住宅が支援を必要とする人に供給できているかが重要だということに気づきます。

「大きな課題は、そもそも各地域にどんな物件がどれくらい必要なのか、その条件を満たす物件がどれくらいあるのかが見えていないことです。物件が豊富にあっても家賃や勤務先までの距離など、住宅に対する個別のニーズに見合った家を提供できなければ本当の意味で『入居可能な物件』とはいえません。実態を把握するためにもまず『地域ごとのニーズ調査』が行われることが重要です」(村木さん)

支援を必要とする人が実際に入居できる住宅を増やすには、物件の数を増やすだけではなく、そのニーズを掴むことが必要(画像提供/PIXTA)

支援を必要とする人が実際に入居できる住宅を増やすには、物件の数を増やすだけではなく、そのニーズを掴むことが必要(画像提供/PIXTA)

ニーズに合った支援を提供していくには、支援を必要としている人と複数の居住支援法人とをそれぞれの地域で繋ぐ、拠点や“つなぎ役”の存在も不可欠です。

「地域で十分な支援を受けられる状態にするためには、居住支援法人がその地域の人たちに『うちの地域の居住支援法人はここ』『このサービスを提供してくれるのはここ』と認知される必要があります」(村木さん)

「部屋を貸すといっても、地域によって必要な住まい・生活の支援は異なります。全てが東京発信ではなく、地域ごとのニーズとノウハウを集約して支援体制を築くべきでしょう。そのために地域の拠点となる場所を設ける必要があると考えています」(三好さん)

地域ごとの居住支援を牽引する、中核となる居住支援法人が求められている(画像提供/PIXTA)

地域ごとの居住支援を牽引する、中核となる居住支援法人が求められている(画像提供/PIXTA)

居住支援活動を持続していくために必要なものとは

全居協では、居住支援法人の育成のために、個別の法人にアドバイスするアドバイス事業を始めています。しかし、このような全居協の活動や、各地域の居住支援法人が支援活動を継続するためにはある程度の資金も必要です。

自治体では居住支援法人の活動資金として補助金などを用意しています。ところが、ある自治体では、補助金の予算総額が変わらないまま居住支援法人の数が増えたことにより、1法人あたりに支給できる補助金の額が減ってしまったというのです。

「居住支援法人事業を本業とするのは非常に難しく、どうしても別の事業から資金をまわすなど、企業自身がリスクを負うしかないのが現状です。

各地域に居住支援法人の拠点をつくるべく育成に力を入れても、受給できる助成金の額が減れば、活動を停止せざるを得ない居住支援法人が増えるのではないかと心配しています」(三好さん)

「居住支援法人が、居住支援事業で食べていけるようになる仕組みをつくっていくことは、次に残された課題といえるでしょう。それには各法人が得意分野を活かし、地域のニーズを把握したうえで役割分担をしながら連携していくことが大事になってくると思います。また、行政への働き掛けも必要です。持続可能な絵が描けるかどうか、勝負の時が来ているのかもしれません」(村木さん)

全居協の総会の様子。支援を継続していくために、居住支援事業だけで成り立つ仕組みづくりが今後の課題(画像提供/全国居住支援法人協議会)

全居協の総会の様子。支援を継続していくために、居住支援事業だけで成り立つ仕組みづくりが今後の課題(画像提供/全国居住支援法人協議会)

立ち上げから4年が経ち、これからの数年間は居住支援がこの国に根を張っていくための、全居協の真価を問われる正念場となるのかもしれません。お二人の話からは、地域ごとの拠点づくりとリーダーの育成に力を入れていこうとする全居協の「本気」を感じました。
この実現のためには、資金の調達を含め、継続可能な体制をどう組み立てていくかが鍵。その仕組みづくりや国への働きかけも、今後の全居協の役割として期待されそうです。

●取材協力
・一般社団法人全国居住支援法人協議会
・株式会社三好不動産

「外国人の入居受け入れに壁を感じる」広島県ならではの賃貸事情。外国人専門店舗つくり不動産会社が奮闘 良和ハウス

2020年に外国人専門店舗を構え、広島県で居住支援を行っている良和ハウス。外国人専門店舗では、それまで複数の店舗に配属されていた外国人スタッフが集まり、母国語で外国人の住まい探しや入居のサポートをしています。専門店舗として新しい体制になったことで、外国人の住まい探しにどのような変化がもたらされたのか、また新たに見えてきた課題とは? 広島ならではの事情や、その中での奮闘について良和ハウス 広島賃貸営業部の熱田健輔さんに話を聞きました。

人口減が止まらない広島県、賃貸市場にも影響が

広島県は厳島神社、平和公園など海外からも人気の高い観光名所があり、2023年5月に開催された先進国首脳会議「G7広島サミット」でも注目された地です。外国人居住者の数もコロナ禍で一時は減ったものの、ここ最近は増えているそう。しかし、日本人も含めた広島県の人口は、ここ数年、転出者の数が転入者を上回る年が続き、このままではどんどん人口が減り続ける懸念があります。

広島県の総人口は、令和5年(2023年)5月現在、274万人。平成10年(1998年)以降減少を続けているが、外国人の数だけを見ると、令和2年(2020年)以降コロナの影響で一時減少したものの、再び増加している(出典/2023年広島県人口移動統計調査)

広島県の総人口は、令和5年(2023年)5月現在、274万人。平成10年(1998年)以降減少を続けているが、外国人の数だけを見ると、令和2年(2020年)以降コロナの影響で一時減少したものの、再び増加している(出典/2023年広島県人口移動統計調査)

熱田さんは「人口の減少は、賃貸市場にも少なからず影響を与えている」と言います。
人口減少にともない、バブルのころに建てられた築30年以上の物件、特に当時流行したワンルームにバス・トイレが一緒の3点ユニットバスの部屋などは、日本人の単身者にはあまり人気がなくなり、空室が増えているそうです。

1980年代に流行ったバス・トイレが一緒のワンルームは時代の流れと共に空室が目立つそう(画像提供/PIXTA)

1980年代に流行ったバス・トイレが一緒のワンルームは時代の流れと共に空室が目立つそう(画像/PIXTA)

一方、広島には介護・福祉関係の専門学校が複数存在し、外国人留学生が多い一面も。「外国人留学生を積極的に受け入れることは、広島の人口減少を食い止め、街に活性化をもたらすことにもなる」と、熱田さんは期待をしています。

「私たちだからこそできること。例えば、住まいをスムーズに確保する体制を整えたり、住まいを探す人たちが住みやすい環境をつくったりすることを、広島に本社を置く不動産会社の社会的使命として捉えています」(熱田さん、以下同)

外国人居住支援に立ちはだかる困難。広島ならではの事情も……

しかし、空室に悩まされる状況があるにもかかわらず、言葉や文化の違いからトラブルになることを懸念するオーナーや管理会社の意向で、外国人の入居を拒むケースが広島ではまだまだ多いそうです。このことは、外国人の住まい探しを難しくする要因の一つとなっています。

熱田さんによると、広島県民は他県の人から「よそ者に冷たいと言われてしまうことがある」のだとか。また、賃貸物件のオーナーも高齢の人が増えている中、今なお欧米人に対して抵抗のある人もいるそうです。そのような事情を十分理解したうえで、良和ハウスはそのような高齢者の気持ちにも寄り添いながら、外国人受け入れの必要性を根気強く伝え続けています。

「転出超過が続き、少子高齢化が進む中、このままでは経済が回らなくなり、生活基盤自体が危うくなるでしょう。生まれ育った街で過疎化が進むのは、やるせない気持ちになります。

広島を元気にするには、外国人の受け入れが一つのポイントになる、というのが私たちの考えです。人口減少に立ち向かうためにも、私たちは特に外国人の入居に特化していきたいと思います」

さらに、良和ハウスは、広島市や廿日市市などの行政とも協力して、オーナーさんや不動産会社向けにセミナーを開催して講演するなど、外国人を受け入れるための啓蒙活動を積極的に行っているそうです。

外国人入居者の受け入れを促進するため、セミナー講演などの活動にも力を注いている(画像提供/良和ハウス)

外国人入居者の受け入れを促進するため、セミナー講演などの活動にも力を注いている(画像提供/良和ハウス)

(画像/PIXTA)

(画像/PIXTA)

外国人専門の楠木店設立の背景は

現在、良和ハウスでは、楠木店を外国人専用店舗として、英語、中国語、ネパール語、ベトナム語、スペイン語、ヒンズー語のできる外国人スタッフ5名が住まい探しのサポートにあたっています。

きっかけは、2016年のこと。広島市内に中国からの留学生が増え、その問い合わせに対応するために中国人スタッフ1人を雇用したことが始まりでした。

「そもそも、私たちは、外国人だからといって特別扱いをするのではなく、どのお客さまにも同じように、ご希望の暮らしを叶えるために精いっぱいお手伝いをするのがモットーです。しかし、日本人スタッフだけの対応では、言葉や日本の習慣がうまく伝わらないことによるトラブルが起こりやすくなります。

そのために中国人スタッフが新たに加わったのですが、母国語でコニュニケーションを取れることや母国と日本の生活習慣の違いを理解したうえで説明できることで、トラブルが格段に減りました。結果、口コミで来店する中国人のお客さまの数が飛躍的に伸びたのです」

その後もベトナム人、ネパール人、アメリカ人と外国人スタッフを雇用するたび、同じ国の人からの相談が2倍以上に増えました。同郷の人同士のコミュニティやネットワークの力を実感した熱田さんたちは、外国人専門店を開店することになったというわけです。

外国人スタッフが働く楠木店では、7カ国語に対応している。日本語が流暢でない外国人にとっては頼もしい住まい探しのパートナーだ(画像提供/良和ハウス)

外国人スタッフが働く楠木店では、7カ国語に対応している。日本語が流暢でない外国人にとっては頼もしい住まい探しのパートナーだ(画像提供/良和ハウス)

外国人専門店だからできるようになったこと

熱田さんは「外国人専門店に外国人スタッフを集約したことで得られるメリットも大きかった」と言います。

「それまでは外国人スタッフは別々の支店に勤務していたのですが、日本人のお客さまが多かったため、外国人スタッフは日本人スタッフのサポートに回ることが多く、能力をフルに活かせていませんでした。外国人専門店をつくってそこに勤務してもらうようにしたことで、外国人のお客さまからの相談に集中して、効率よく業務に当たれるようになったのです。日本語がよくわからないお客さまも、安心してご相談いただける場所になったと思います」

さらに2021年には、外国人が入居できる日本の物件情報を検索できるサイトを立ち上げ、海外からでもアクセスしやすいよう、英語・中国語・ベトナム語で展開しています。このサイトを利用して来日前からメールやビデオチャットでコンタクトを取り、物件案内や電子契約の締結などを行えるようになりました。日本に来てすぐ、入居当日に全ての手続きを終えることも可能だそうです。

YouTube動画でも、ゴミ出しなどの日本のルールをわかりやすく説明している。契約時などには外国人スタッフが母国語で説明するが、言い忘れや、担当によって話す内容が異なるなどのミスを避けられる(画像提供/良和ハウス)

また、外国人からの問い合わせを受ける窓口を一つの店舗に集約したことで、新たなビジネスチャンスにつながったとか。

「専門学校や技能実習生を受け入れている会社などは、大勢の外国人留学生や外国籍の従業員を受け入れる前にあらかじめ住まいを確保しなければなりません。担当者が一つひとつ物件を見に行って探すのは大変です。良和ハウスがその業務を代行することによって、学校や企業の担当者が抱える業務の負担を大きく減らせます。

さらに、物件の紹介や入居手続きといった仲介会社としての業務だけではなく、入居後のトラブルまで対応できるのが弊社の強みです」

居住支援法人としてのあり方と今後の課題

外国人を含む住まいの確保に困難を感じている人たちの居住支援に、より注力していくために、良和ハウスは、現在、住まい探しに困っている人に賃貸住宅に関する情報の提供や相談を受ける団体として、都道府県が指定する居住支援法人に登録申請中です。

また、熱田さんは社内の組織体制について「物件を紹介して契約する仲介部門と、入居後の物件や入居者の管理を行う管理部門との連携は不可欠」だと言います。

「外国人入居者には、入居後も習慣の違いによる困りごとやトラブルに対応するため、外国語でのサポートが必要です。外国人入居者の数が増えれば、おのずと管理部門の負担も増えるわけですが、当社では外国人スタッフのいる仲介部門と管理部門が文書の作成や通訳などの業務を連携しています。そうすることで入居後のトラブルに対応する管理業務でも母国語で対応でき、オーナーさんを悩ます問題を減らせると考えています」

会社以外の組織との連携だけでなく、社内の横の連携も大事。各方面との理解と体制を整えていくことが重要ということですね。

行政や民間、また同じ企業内でも、組織を超えた理解と連携が必要(画像提供/良和ハウス)

行政や民間、また同じ企業内でも、組織を超えた理解と連携が必要(画像提供/良和ハウス)

さらに、熱田さんは「手厚いサポートを行うには、マンパワーの問題もある」とも指摘します。
日本で暮らしたことのない外国人にとって、家具の手配や電気・ガス・水道といったインフラ周りの手続きや銀行の振込などは、簡単なことではありません。良和ハウスの外国人スタッフは代わりに手続きをしたり、一緒にATMまでついて行ってサポートしたりもするそう。

楠木店で取り扱う物件紹介数は年間で400~500件ほど。それを5人の外国人スタッフで行い、さらにさまざまな相談や困りごとにも、頼まれれば支援の手を惜しみません。

「母国の事情がわかる外国人スタッフは、日本人スタッフよりは効率的に説明等行える一面はあるものの、相談や疑問に対応していると、スタッフ一人ひとりにかかる負担はどうしても多くなってしまいます。外国人スタッフの頑張りに頼るだけでなく、会社全体でうまく分担させながら改善していくことが今後の課題です」

母国語を話す外国人スタッフは、外国人利用者にとって頼れる存在であることは間違いない。日本の暮らしへの不安が理解できるので、業務以外でも頼まれると手を差し伸べるという(画像提供/良和ハウス)

母国語を話す外国人スタッフは、外国人利用者にとって頼れる存在であることは間違いない。日本の暮らしへの不安が理解できるので、業務以外でも頼まれると手を差し伸べるという(画像提供/良和ハウス)

外国人が日本で住まい探しをするときは、言葉や文化を理解する外国人スタッフがいることで、うまくコミュニケーションができ、トラブルを防げることが多くあります。

良和ハウスの外国人専門店や外国語サイトは、外国籍の入居検討者にとってわかりやすく、安心して住まい探しができる場所になっています。さらに、外国人スタッフにとっても効率的に仕事ができるようになり、外国人の居住支援策を考えるうえで、一つのモデルケースになるのではないでしょうか。

そして、居住支援を継続していくには、そこに携わる人たちへの負担をかけすぎない努力や仕組みも必要だと感じました。

●取材協力
良和ハウス
・English
・中文
・Tiếng Việt

【渋谷駅30分以内】家賃相場が安い駅ランキング2023年。1位・2位は5万円代の小田急小田原線の駅

近年の大規模再開発により大型商業施設が次々と誕生し、幅広い世代が楽しめる街へと変ぼうしている渋谷駅。JR各線をはじめ東急電鉄の東横線・田園都市線、京王井の頭線、東京メトロの銀座線・半蔵門線・副都心線が乗り入れており、日々多くの人が利用するターミナル駅でもある。そんな渋谷駅の近くに住まいがあれば、渋谷にふらっと出かけやすいのはもちろん、乗り入れ路線を利用して各方面へ向かうのも便利だろう。そこで渋谷駅まで30分以内にある駅の家賃相場を調査した。シングル向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が安い駅トップ15を紹介しよう。

渋谷駅まで電車で30分以内にある家賃相場が安い駅TOP16

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/渋谷駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 生田 5.6万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/27分/2回)
1位 読売ランド前 5.6万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/30分/2回)
3位 宿河原 6.4万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/26分/1回)
4位 久地 6.48万円(JR南武線/神奈川県川崎市高津区/24分/1回)
5位 向ヶ丘遊園 6.5万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
5位 和泉多摩川 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/25分/2回)
5位 戸田公園 6.5万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/28分/0回)
5位 狛江 6.5万円(小田急小田原線/東京都狛江市/23分/2回)
9位 武蔵浦和 6.6万円(JR埼京線/埼玉県さいたま市南区/29分/0回)
10位 大倉山 6.65万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/30分/1回)
11位 和光市 6.7万円(東京メトロ有楽町線/埼玉県和光市/30分/0回)
11位 日吉本町 6.7万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/29分/1回)
11位 青葉台 6.7万円(東急田園都市線/神奈川県横浜市青葉区/28分/0回)
14位 井荻 6.8万円(西武新宿線/東京都杉並区/30分/2回)
14位 喜多見 6.8万円(小田急小田原線/東京都世田谷区/21分/2回)
14位 日吉 6.8万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/21分/0回)
※17位~30位は記事末に記載

1位&2位には小田急小田原線の隣り合う駅がランクイン

今回、調査の基点にした渋谷駅周辺にあるシングル向け賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場は13万300円。そんな渋谷駅の30分圏内にある駅のうち、家賃相場が最も安かったのは生田駅と読売ランド前駅。小田急小田原線の隣り合うこの2駅が、家賃相場5万6000円で同額1位に並んだ。

読売ランド前駅(写真/PIXTA)

読売ランド前駅(写真/PIXTA)

読売ランド前駅から小田急小田原線の各駅停車に乗ると次が生田駅、そこから2駅目の登戸駅で快速急行に乗り換えて下北沢駅へ。そして京王井の頭線に乗ると渋谷駅まで計約27分~30分。両駅ともに、小田急小田原線の通勤準急~快速急行を乗り継ぐと新宿駅まで25分以内で行くことも可能だ。この2駅は直線距離で1.3kmほどしか離れておらず、所在地はどちらも神奈川県川崎市多摩区。住環境はさほど大きく違いはないが、読売ランド前駅の北側一帯は日本女子大学のキャンパスを含む丘陵地が広がり、住宅地は駅の南側が中心となっている。一方の生田駅は明治大学や専修大学の最寄り駅でもあり、駅周辺で学生の姿を見かけることがより多いだろう。

読売ランド前駅、生田駅ともに駅周辺にはスーパーやコンビニ、ドラッグストア、100円ショップなど日常生活を支える店舗がそろっている。学生が多い街にしてはリーズナブルな飲食店が豊富というほどにはないが、ラーメン店やファストフード店など気軽に利用できるお店も両駅の間に点在している。家賃相場がリーズナブルで大学に近いことから、このエリアは学生が一人暮らしする街としてニーズが高く、一人暮らし向け物件も豊富。時期によっては空き物件数が少ないこともあるだろうが、物件数が多いだけに自分好みの住まいを探しやすいかもしれない。

3位にはJR南武線・宿河原駅が家賃相場6万4000円でランクイン。1位の読売ランド前駅・生田駅と同じ神奈川県川崎市多摩区に位置している。渋谷駅に向かうには、JR南武線で3駅目の武蔵溝ノ口駅から東急田園都市線・溝の口駅に乗り換える。すると計約26分で渋谷駅にたどり着く。ちなみに4位のJR南武線・久地駅(家賃相場6万4800円)は、宿河原駅から武蔵溝ノ口方面行きに乗って1駅目だ。

宿河原駅(写真/PIXTA)

宿河原駅(写真/PIXTA)

さて、宿河原駅と言えば「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」の最寄り駅の一つ。1駅隣の登戸駅のほうが最寄り駅として知られているが、宿河原駅からも歩いて15分ほど。そんなご縁から、駅の発車メロディは藤子作品のアニメ曲が使用されている。ミュージアムがある駅南側には、『ドラえもん』や『パーマン』のキャラクターが看板や店内を彩る特別仕様の「ローソン 宿河原駅前店」などのコンビニやスーパーがある。駅の北側にもコンビニやスーパーがあり、さらに北に進むと多摩川の河川敷へ。息抜きに川沿いを散歩やジョギングするのもいいだろう。

渋谷・池袋・新宿まで30分以内で行ける駅もランクイン

ここまで見てきた読売ランド前駅、生田駅、宿河原駅の3駅と、5位・向ヶ丘遊園駅(家賃相場6万5000円)は、いずれも川崎市多摩区にある。そして4位・久地駅が位置するのはその隣町、川崎市高津区。さらに向ヶ丘遊園駅と同額5位となった和泉多摩川駅と狛江駅は、川崎市多摩区と多摩川を挟んで隣接する東京都狛江市の駅。つまり上位7駅は多摩川にほど近いエリアに集中しているわけだ。この7駅から気になる物件をいくつかピックアップして、まとめて下見のために物件めぐりをするのもよさそうだ。

トップ15の駅のうち、渋谷駅まで乗り換え0回だったのは5駅。そのうち家賃相場6万6000円で9位にランクインした、JR埼京線・武蔵浦和駅について見てみよう。同駅は埼玉県さいたま市南区に位置し、JR埼京線の通勤快速に乗ると渋谷駅まで約29分。途中の停車駅である池袋駅までは約19分、新宿駅までは約24分で行くことができ、都心部までのアクセスのよさが魅力だ。

武蔵浦和駅(写真/PIXTA)

武蔵浦和駅(写真/PIXTA)

9位・武蔵浦和駅には改札内外に多彩な店舗を備えた駅ビル「ビーンズ武蔵浦和」が併設されているほか、食品フロアや飲食店街がある「マーレ」が直結。また、駅周辺はさいたま市の副都心に位置付けられており、近年の再開発により高層マンションや大型施設も林立している。その一つ、駅西口とペデストリアンデッキでつながる複合公共施設「サウスピア」には、区役所や図書館が入っているのも便利なところ。駅周辺の再開発は現在も進行中で、2024年夏には西口側に「商・住・職」一体型の大規模複合施設が開業予定。さらに駅東口側でも再開発が検討されており、今後もさらなる発展が見込まれる。

渋谷駅まで乗り換え0回、かつトップ15で渋谷駅までの所要時間が最短と言う便利な駅も14位にランクイン。それは東急東横線の通勤特急に乗ると渋谷駅まで4駅・約21分で行ける日吉駅で、家賃相場は6万8000円だった。この駅には東急目黒線と横浜市営地下鉄グリーンラインも通っているほか、2023年3月に開業した東急新横浜線の停車駅としても注目を集めた。同路線の開業にともなって日吉駅の約2.2km南方には、新たに新綱島駅も誕生。この新路線・新駅の誕生を契機に日吉駅~新綱島駅間のエリアでは再開発ラッシュを迎え、大型マンションも誕生している。そうした背景もあってかここ数年の家賃相場は上昇傾向にあるが、駅前に慶應義塾大学の日吉キャンパスがあることから学生の一人暮らし向け物件が豊富な街でもある。

日吉駅前の様子(写真/PIXTA)

日吉駅前の様子(写真/PIXTA)

14位・日吉駅には地下1階~地上3階に多彩な店舗が展開する駅ビル「日吉東急アベニュー」が併設されており、駅前にも商店が立ち並んでいる。飲食店も豊富で、「ラーメン激戦区」と言われるほど個性的なラーメン店が多いのは学生の街らしいところだろう。また、日吉駅を通る東急東横線は東京メトロ副都心線と直通運転されているため、新宿三丁目駅や池袋駅にも1本で行ける。同様に東急目黒線は目黒駅から先で都営三田線または東京メトロ南北線と直通運転される列車に分岐し、三田線沿線の大手町駅や神保町駅、南北線沿線の永田町駅や市ケ谷駅など、都心の各方面に乗り換えせずに行くことができるのも日吉駅の魅力と言えるだろう。

17位~30位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている渋谷駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が20件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/11~2023/5
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2023年5月29日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

【福島県双葉町】帰還者・移住者で新しい街をつくる。軒下・軒先で共に食べ・踊り、交流を 東日本大震災から12年「えきにし住宅」

東日本大震災から12年が経過した福島県双葉町では、次の双葉町を描き、新たな暮らしを築いていくプロジェクトが盛んに動いています。その中心拠点を担うのが、今回の取材先である「えきにし住宅」。双葉駅の西口を降りてすぐ目の前に広がる住宅街ですが、ただの住宅街じゃない。知れば知るほど暮らしを豊かにする工夫が散りばめられていて、歩いているだけでワクワク感があふれる新しいまちです。今回は設計を担当したブルースタジオのクリエイティブディレクター・大島芳彦さんと、現在「えきにし住宅」に暮らしている入居者2名の方に、住まいの特徴や魅力、暮らしてみた感想などをお話しいただきました。

さあ双葉町の未来をはじめよう

標葉(しねは)の谷戸(やと)に抱かれた、かつての農村風景を思わせるデザインえきにし住宅の全体イメージ(画像提供/ブルースタジオ)

えきにし住宅の全体イメージ(画像提供/ブルースタジオ)

(画像提供/ブルースタジオ)

(画像提供/ブルースタジオ)

えきにし住宅の集会所・軒下パティオ(写真/白石知香)

えきにし住宅の集会所・軒下パティオ(写真/白石知香)

福島県の浜通りエリア、双葉町の双葉駅西側地区に2022年10月~オープンした「えきにし住宅」。2022年8月30日に福島第一原子力発電所の事故に伴う避難指示区域が解除され(※)、再び居住が可能となった「特定復興再生拠点区域」に新しく建設された公営住宅です。災害公営住宅30戸、再生賃貸住宅56戸からなる全86戸を建設するプロジェクトで、第2期工事が完了した現在(2023年7月)は30代のファミリー層から80代まで、多様な人たちが暮らしています。

※特定復興再生拠点区域については、一部2020年3月に避難指示が解除(えきにし住宅がある場所は2022年8月に解除)

えきにし住宅のオープンをきっかけに双葉町に移住された大島さん(写真/白石知香)

えきにし住宅のオープンをきっかけに双葉町に移住された大島さん(写真/白石知香)

もともと双葉町の町民で、えきにし住宅のオープンにともない双葉町に帰還された猪狩(いがり)さん(写真/白石知香)

もともと双葉町の町民で、えきにし住宅のオープンにともない双葉町に帰還された猪狩(いがり)さん(写真/白石知香)

「えきにし住宅」を歩いていると、いい意味で「公営住宅」らしくない高いデザイン性や、のびのびと暮らせる風通しのよさを感じます。その秘密は……?設計を担当したブルースタジオのクリエイティブディレクター・大島芳彦さんに話をうかがいました。

「このまちを故郷とされる方にとって、何が双葉町らしさなんだろう。どんな要素が『えきにし住宅』に必要なんだろうかと、地元住民の方との座談会を重ねながら、リサーチを行いました。その過程でたくさんのまちづくりのヒントを得たのですが、『標葉(しねは)』というキーワードにたどりついたんです。

双葉町の『双葉』って比較的新しい単語でして、明治維新までは、双葉町は相馬氏の領土である『標葉郡』として位置付けられていたんですね。そして地形を見てみると、山と丘の間に谷筋があり、その先に田んぼが広がっている。まさに日本の原風景ともいえる『谷戸(やと)』が、双葉町の象徴的な風景だと考えました。

浜通りという名前に引っ張られて、海によって発展してきたように感じるんだけども、実は海ばかりでなく温暖な気候に恵まれた山側の農村集落が栄えてきた歴史もある。実際に、『えきにし住宅』がある駅の西側地区は、豊かな谷戸のせせらぎの風景と田んぼが広がっていた場所なんですよ。そうした背景からも、遠方のなだらかな阿武隈山地を借景に、農村集落の情景を思わせる屋根の形や建物の連なりを、建築的なエッセンスとして取り入れています」

ブルースタジオのクリエイティブディレクター・大島芳彦さん(写真/白石知香)

ブルースタジオのクリエイティブディレクター・大島芳彦さん(写真/白石知香)

平屋で設計された一戸建住宅。屋根の雰囲気や、木材の表情など、どこか農家建築を思わせるデザイン(写真/白石知香)

平屋で設計された一戸建住宅。屋根の雰囲気や、木材の表情など、どこか農家建築を思わせるデザイン(写真/白石知香)

(画像提供/ブルースタジオ)

(画像提供/ブルースタジオ)

「タウンハウス」と呼ばれるスタイルの集合住宅。住民同士のあいさつや気軽な交流が生まれるよう玄関が向かい合い、緑が多く気持ちのいい空間(写真/白石知香)

「タウンハウス」と呼ばれるスタイルの集合住宅。住民同士のあいさつや気軽な交流が生まれるよう玄関が向かい合い、緑が多く気持ちのいい空間(写真/白石知香)

玄関前にある縁側では、ここに座ってひと休みしたり、ご近所さんとお話したりと、いろんな過ごし方ができる(写真/白石知香)

玄関前にある縁側では、ここに座ってひと休みしたり、ご近所さんとお話したりと、いろんな過ごし方ができる(写真/白石知香)

(画像提供/ブルースタジオ)

(画像提供/ブルースタジオ)

「現在は工事中なのですが、敷地の北側を流れる戎川(えびすがわ)のせせらぎのほとりにあるテラスでほっとひと息ついたり、駅前広場ではピクニックや趣味を楽しんだり思い思いの時間を過ごしたりと、えきにし住宅全体がひとつのまち、あるいは公園のような過ごし方ができる工夫をあちこちに取り入れています」(大島さん)

川のせせらぎに癒やされながら、ゆったりと過ごせる環境(写真/白石知香)

川のせせらぎに癒やされながら、ゆったりと過ごせる環境(写真/白石知香)

双葉駅を降りてすぐ広がる芝生の駅前広場。車両の出入りもなく、ここに集まる人がのびのびと過ごせる場所(画像提供/ブルースタジオ)

双葉駅を降りてすぐ広がる芝生の駅前広場。車両の出入りもなく、ここに集まる人がのびのびと過ごせる場所(画像提供/ブルースタジオ)

暮らす人の「なりわい」をシェアする

「えきにし住宅」の大きな特徴ともいえるのが、「なりわい暮らし」です。これは何かというと、暮らす人それぞれの個性的な生き方をみんなで分かち合う暮らし。例えば、料理をふるまってみんなで味わったり、ワークショップを開いてみんなとの交流を育んだり、自分の趣味をみんなで楽しんだり。ここで暮らす人が主体となって、自分の暮らしをより豊かに、より楽しいものにできる空間づくりがなされています。

(画像提供/ブルースタジオ)

(画像提供/ブルースタジオ)

すべての家の玄関には土間があって、絵を描いたり、ものづくりをしたり、またはそれを通りかかった近所の人にお披露目してみたり。

玄関入ってすぐに土間があり、靴を脱がなくとも気軽に住民同士が交流できるようになっている(写真/白石知香)

玄関入ってすぐに土間があり、靴を脱がなくとも気軽に住民同士が交流できるようになっている(写真/白石知香)

「軒下パティオ」と呼ばれる中庭では、ベンチでひと休みしたり、天候に左右されずにワークショップや出店が開けたりするようなオープンなスペースが広がっていたり。

高い屋根があり、日差しや雨を気にすることなく広々と過ごせる「軒下パティオ」(写真/白石知香)

高い屋根があり、日差しや雨を気にすることなく広々と過ごせる「軒下パティオ」(写真/白石知香)

「軒下パティオ」の一つに隣接するかたちで集会所があり、ここにも土間があったり、他にもキッチンや畳スペースが配置されていたりと、ここに集まる人たちが和気あいあいと交流できる場所が開かれています。

集会所で取材させていただいた時の様子。「どこで話します? じゃあ集会所にしましょうか」と、ふらっと行ける気軽なスペースで、いろんな使い方ができる(写真/白石知香)

集会所で取材させていただいた時の様子。「どこで話します? じゃあ集会所にしましょうか」と、ふらっと行ける気軽なスペースで、いろんな使い方ができる(写真/白石知香)

カフェやイベントが開かれるなど、暮らしを豊かにする時間が育まれている(写真/白石知香)

カフェやイベントが開かれるなど、暮らしを豊かにする時間が育まれている(写真/白石知香)

大島さんはこう話します。

「双葉町は、震災からおよそ11年もの間、残念ながら人が住むことのできない地域でした。それだけの空白の時間を経過した今は、もともと双葉町に住んでいた方が帰還されるにあたっても、また新しく双葉町に移住される方にとっても、未来の双葉町の暮らしをゼロからつくっていくくらいの『フロンティア精神』が必要だと考えたんです。そこには、帰還者も移住者もバックグラウンドの違いに関係なく、対等な立場で、ここに住まう仲間として、共に双葉町の未来を描いていくことが重要。だからこそ、一人ひとりの個性や生き方を住民同士でシェアし、交流が生まれる工夫を、建築にも盛り込みました。ゆくゆくは、住民同士の交流だけでなく、外から遊びに来た人と住民同士で、境界線をゆるやかに溶かしていくようなコミュニケーションが生まれていけばいいなと期待しています」

(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

実はこうした「なりわい暮らし」の集合住宅のスタイルは、ブルースタジオでは4プロジェクト目となる事例(お店を開けるものもあるなど、プロジェクトによって“なりわい”の内容は異なる)。この5年ほどで首都圏を中心に、広島の民間賃貸や大阪の公営住宅でも「なりわい暮らし」の集合住宅を展開し手応えを得て、被災地の公営住宅では「えきにし住宅」が初の事例だそうです。

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「これまで」の暮らしが、「これから」の暮らしに受け継がれていく

「えきにし住宅」の全体像をご紹介したところで、実際に暮らしている方はどんなきっかけで「えきにし住宅」に入居し、どんな住み心地なのか。かつて双葉町在住で帰還された方、新しく双葉町に引越しされた方の2名にお話をうかがいました。

お一人目は、浪江町出身でご結婚を機に隣町の双葉町に暮らすようになった猪狩(いがり)敬子さん。震災発生後、県内外を転々とされながも「いつかは家族の思い出が詰まった双葉町に帰る」と心に決めていたそうです。

(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

「この玄関の土間スペースが、使い勝手がいいんです。お友達が遊びに来てくれた時に、ここに腰掛けてみんなでおしゃべりして。靴を脱いでリビングにお通しするとなると、おもてなししなきゃ!ってなるけど、土間だったら気さくに肩肘張ることなく過ごせるでしょ。

夫が他界して、今は一人暮らしをしているんですが、近所の人たちとも顔が見える距離でお付き合いできるから安心。住んでいる人との交流もあってね。双葉町って、もともと盆踊りが町のお祭りとしてにぎわっていたんですけど、震災があってから町内で開催できていなかったんです。でもそれが今年、約13年ぶりに駅前で開催できることになって。だから集会所に集まって、わたしが踊りを住民の方に教えて、みんなで踊りの練習をしたりしていますよ。双葉町の伝統を、みなさんに伝えることができて嬉しく思いますね」(猪狩さん)

猪狩さんは「タウンハウス」プランの住まいに入居中。手前がリビング、奥が寝室になっている(写真/白石知香)

猪狩さんは「タウンハウス」プランの住まいに入居中。手前がリビング、奥が寝室になっている(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

盆踊りを通じて、双葉町の地元の方と新しく双葉町に引越してきた人を結んでいる猪狩さん。それが猪狩さんにとっての「なりわい暮らし」なのかもしれません。

お二人目は、福島県中通りエリアにある福島市出身で、東京にあるコンピューター関連の会社で勤めた後、うつくしまふくしま未来支援センター(FURE)相双支援サテライトに勤務し、浜通りエリアの楢葉町、富岡町で働き暮らされていた大島さん。現在も富岡町にある「とみおかワインドメーヌ」でブドウの栽培をされたり、楢葉町の小学校で子どもたちの学習をサポートする活動をされたりと、「えきにし住宅」を暮らしの拠点に、新しいことへのチャレンジを楽しまれています。

(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

「東京で長年勤めて、地元の福島に帰って新しいことを始めてみたいと思い、浜通りに暮らし始めました。『えきにし住宅』に入居しようと思った決め手は、コミュニティになじめそうだと思ったから。双葉町には、町民主体のまちづくりを牽引する『ふたばプロジェクト』という団体があり、そのスタッフさんたちが入居の窓口となって、移住者でも町の暮らしに溶け込めるように住民同士の交流を育むサポートをしてくださるなど、細やかなケアがなされていることが安心だなと感じました。

初めて住む地域だと、なかなか地元の方との接点を持ちづらかったりしますが、ここはそんなこともなく、気軽にコミュニケーションをとれるのがいいなと思います。お向かいの猪狩さんには、盆踊りの踊りを教えてもらっていますし。盆踊り当日は、町民有志の『双葉郡未来会議』という任意団体があるんですけど、そのスタッフとしてお祭りを盛り上げたいと思っています。

暮らしの面では、双葉町にはスーパーやコンビニがないのですが、隣町に足を延ばせばいくつも商業施設があるので不便に感じたことはないです。車で出かけたり、趣味のバイクで近隣の市町村に遊びに行ったりすることもありますね。この辺りは山や川など自然がいっぱいありますから、のびのび過ごせて気持ちいいですよ」(大島さん)

暮らしのサポートをされている「ふたばプロジェクト」の事務局長を務める宇名根さん。双葉町と、ここで暮らしたい人をつなぐ架け橋のような存在(写真/白石知香)

暮らしのサポートをされている「ふたばプロジェクト」の事務局長を務める宇名根さん。双葉町と、ここで暮らしたい人をつなぐ架け橋のような存在(写真/白石知香)

玄関には、愛用されているバイクが。スタイリッシュでかっこいい!(写真/白石知香)

玄関には、愛用されているバイクが。スタイリッシュでかっこいい!(写真/白石知香)

心地よい自然光が差し込むリビングで、ゆったりと過ごす時間がお気に入りなんだそう(写真/白石知香)

心地よい自然光が差し込むリビングで、ゆったりと過ごす時間がお気に入りなんだそう(写真/白石知香)

可動式のスポットライトが、空間をおしゃれに演出。白とウッドを基調とした天井が高い空間で、お部屋が明るく広々とした印象に(写真/白石知香)

可動式のスポットライトが、空間をおしゃれに演出。白とウッドを基調とした天井が高い空間で、お部屋が明るく広々とした印象に(写真/白石知香)

この先も進化し続ける、「えきにし住宅」から広がる双葉町の暮らし

「えきにし住宅」の入居がスタートしてから、取材時(2023年7月)までおよそ8カ月間。その期間中にも、全86戸のうち47戸の入居(予定含む)が決定しており、その属性の割合は帰還された方が約4割、新しく住まわれた方が約6割を占めるそう。「えきにし住宅」の建設プロジェクトは現在も進行中で、住宅エリアが拡充されたり、駅前広場が新設されたり、まちには商業施設がオープンしたりと、まちの盛り上がりは今後さらにはずみをつけていきそうです。

(写真/白石知香)

(写真/白石知香)

集会所の壁には、住民の方のものだと思われる似顔絵が(写真/白石知香)

集会所の壁には、住民の方のものだと思われる似顔絵が(写真/白石知香)

双葉町の町章と、江戸時代からダルマ市が開かれていた歴史がある双葉町で誕生した「双葉ダルマ」(写真/白石知香)

双葉町の町章と、江戸時代からダルマ市が開かれていた歴史がある双葉町で誕生した「双葉ダルマ」(写真/白石知香)

「外」と「中」の境界線がゆるやかに溶けていく暮らしのあり方や、「えきにし住宅」のリアルが気になる方はぜひ、双葉町を訪れてみてください。新しいはじまりを告げるワクワク感、みんなで一歩ずつ前進するあたたかなつながりの輪が、日常から感じられますよ。

●取材協力
えきにし住宅
ブルースタジオ
ふたばプロジェクト

●関連ページ
とみおかワインドメーヌ

厳しすぎる世界基準の環境性能に挑む賃貸住宅「鈴森Village」。省エネは大前提、植栽は在来種、トレーサビリティの徹底など…住みごこちを聞いてみた 埼玉県和光市

ここ数年でますます環境問題への関心・意識が高まり、2024年度からは、省エネ性能や断熱性能を表示する新制度(建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度)がはじまる予定と、今、住まいの省エネ性能・環境性能が重視されつつあります。そんななか、埼玉県和光市で環境性能評価システムLEEDを取得する予定の賃貸住宅「鈴森Village」が誕生しました。どんな住まいなのでしょうか。入居者、開発を手掛けたオーナーの株式会社鈴森 社長・鈴木早苗さん、設計をした一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さんに話を伺いました。

賃貸住宅「鈴森Village」は、木々に囲まれた“結界”。住まいが生活に与える影響の大きさを実感

LEED認証とは、建物と敷地利用の環境性能を評価する国際認証制度のこと。世界でもっとも多用されている評価システムで、環境性能を証明できることから、不動産の価値向上、環境を意識したテナントを誘致しやすくなり、主に商業ビル、倉庫、工場などで認証を受ける建物が増えています。今回、このLEED認証の取得を目指そうと建てられた賃貸住宅が「鈴森Village」です。

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建物は南側の4棟をつなぐデッキには階段が2カ所。エレベーターがあるのでベビーカーでの移動もラク(写真撮影/片山貴博)

建物は南側の4棟をつなぐデッキには階段が2カ所。エレベーターがあるのでベビーカーでの移動もラク(写真撮影/片山貴博)

「鈴森village」を語る上で欠かせないのが、LEED for Homesの基準に準拠した計画・設計・施工がなされていることです。LEEDはLeadership in Energy and Environmental Design(リーダーシップ・イン・エナジー・アンド・エンバイロンメンタル・デザイン)の略で、米国グリーンビルディング協会(USGBC)が開発・運用している国際認証制度。環境的視点から、敷地、水、エネルギー、資材、室内環境などを評価します。世界で広く用いられており、環境性能の高いプロジェクトを評価するため、認証を得るのが難しいのです。

LEED認証を目指して完成した鈴森village、どのような建物なのでしょうか。

まず建物そのものは、高断熱・高気密で、効率エアコンや節水トイレ・蛇口・シャワーといった省エネ設備を備えています。電気だけでなく水やガスなど、すべてのエネルギーに対して、省エネとなっているのが特色です。つまりここで暮らしていると、自然と光熱費が抑えられるうえに、夏涼しく冬暖かい快適な暮らしが自然と送れるようになっているのです。また、LEEDの要件である「交通利便性」「敷地内の豊かな緑を在来種や適合種(地域の環境に適した種類の植物)で構成していること」「植栽の灌水に雨水を利用し、節水に配慮していること」などにも合致しているため、建物だけでなく、より広く、周辺環境に配慮した建物となっているのです。

とはいえ、環境性能がよいといっても、やはり重要なのは住みごこち。従来の住まいとはどう異なるのでしょうか。今年4月、夫と妻、2人の娘とでともにこの建物に入居し、暮らしはじめたMさん一家に話を聞いてみました。

「前の住まいは築年数が古く、子どもの泣き声が響く、カビが発生する、など気になることばっかりだったんです。この住まいに引越してきて、本当に住居の性能の差に驚いていて。たとえば断熱性や気密性でいうと、外気温に比べて、驚くほど室温が一定してるんです。外気温と差があるので、外に出てびっくりすることもしばしばです。子どもの声もお隣に響くことはないですし。住宅がここまで生活の質、クオリティ・オブ・ライフをあげるのか、と。ストレスがないというか、人生がガラリと変わるというか。木々に囲まれていて、大げさにいうと結界があるというか、守られている感じがします」と夫は話します。

夫は現在、育休を取得しているため、平日の日中は夫妻と下の娘の家族3人で日中過ごしているそう。そのため、なおのこと、今の住まいの居心地の良さを痛感しているといいます。

夫はこの家に引越してきて、断熱や気密性に関心を持ち、室温・外気温を測るようになったとか(写真撮影/片山貴博)

夫はこの家に引越してきて、断熱や気密性に関心を持ち、室温・外気温を測るようになったとか(写真撮影/片山貴博)

「ベランダなど共用部に植物がたくさん植えられているので、毎日、いろんな鳥がやってくるんですね。鳥のさえずりも緑も心地よくて。日々、家族で鳥を観察しています。また、敷地内外の緑を手入れする職人さんや管理人さんも2~3日おきにいらっしゃって、丁寧にメンテナンスされていると感じます。収納も多く、動線なども考え抜かれていて『間取り決め、設備決定など、家造りの大変なプロセスを全部ふっとばして、『いちばんいいとこ取りした状態』で生活できるんですから、ぜいたくだなあと思いますね」と妻もうれしそうです。

プライベート感のあるルーフバルコニー。すぐ眼の前に草木があり、緑に囲まれているのがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/片山貴博)

プライベート感のあるルーフバルコニー。すぐ眼の前に草木があり、緑に囲まれているのがおわかりいただけるでしょうか(写真撮影/片山貴博)

2階の踊り場は、夫妻のワークスペースとして活用。自宅内に自由に使えるスペースがあるって魅力的ですよね(写真撮影/片山貴博)

2階の踊り場は、夫妻のワークスペースとして活用。自宅内に自由に使えるスペースがあるって魅力的ですよね(写真撮影/片山貴博)

夫妻の住まい探しのきっかけは夫の転勤。そのため、この物件が「環境性能」に配慮していたり、「LEED認証」取得を目指していることを知っていたわけではなく、本当に偶然の出会いだったといいます。

「通勤を考えて、和光市というエリアに住むことは決めていたんです。ただ、引越し期限も決まっていたし、良い物件がないかな~って、それこそ夫婦で毎日、SUUMOの新着物件をチェックして。ある日、妻が興奮しながらすごいのが出た!というので、見たんです。コレはよさそうだと思いましたね」(夫)

以前の住まいにあったシステムキッチンで使っていた家電を上手にコーディネート。買い足したものはないというが、すっきりとおさまり、居心地もよくなったという(写真撮影/片山貴博)

以前の住まいにあったシステムキッチンで使っていた家電を上手にコーディネート。買い足したものはないというが、すっきりとおさまり、居心地もよくなったという(写真撮影/片山貴博)

夫は仕事柄、一定期間、家を不在にすることもある。そのときに妻と子どもが安全・安心して過ごせるかが、決め手になったのだそう。

「妻が二人の子どもと過ごすことを考えたときに、高層物件は我が家向きではないと。また、引越してきたときに大家の鈴木さんがご挨拶に来てくださって。以前も賃貸物件に暮らしたことはありましたが、大家さんが挨拶にいらっしゃる経験は初めてで、すごく印象に残っていますね。安全や安心、快適、それと環境を大事にしたいという価値観が似ているからか、隣の住戸に住む家族とも仲良くなりました。人とのつながりという面でも安心できますね」と夫。

国際環境性能をクリアした建物の住み心地が「緑で建物が守られているよう」「結界のような安心感がある」というのはなんとも不思議ですが、実はオーナーが願っていた通りでもあるといいます。この「鈴森Village」のプロジェクトを牽引したオーナーの鈴木早苗さんにも話を聞きました。

“道路村長さん”のDNAがもたらす、100年先まで持つ「賃貸住宅」

鈴森Villageのプロジェクトを立ち上げたのは、株式会社「鈴森」の鈴木早苗社長です。鈴木家は400年以上、この和光市周辺の地主であり、現在の「和光市駅」の開設や郵便局の設置にも携わったそう。なかでも、無報酬で地元のために尽力してきた曾祖父(鈴木佐内氏)は、地元の人たちから尊敬を込めて通称“道路村長さん”と呼ばれていたとか。早苗さんにとって、「鈴森Village」のプロジェクトのきっかけとなったのは、「代替わり」を見据えたときのこと。鈴木社長のお母様、現社長の早苗さんと受け継いできましたが、将来のことを考えれば「どの土地を残すのか」「どの土地を整理するのか」は、避けて通れない課題です。

株式会社鈴森の社長・鈴木早苗さん。宅建とFP2級、美容師国家資格を所有するバイタリティの持ち主(写真撮影/片山貴博)

株式会社鈴森の社長・鈴木早苗さん。宅建とFP2級、美容師国家資格を所有するバイタリティの持ち主(写真撮影/片山貴博)

「ここは和光市駅から徒歩5分、2000平米の土地なので、土地活用の方法は多数あります。しかし、売却して分譲一戸建てが並ぶ、賃貸マンションを建てるなどすると、土地がバラバラになって風景が変わっていく。とにかくそれは避けたいなと。100年後も人が和やかに行き交う街であってほしい、100年後も残るものをと考えたとき、建築に造詣が深い夫から出てきたのが、これからは『LEED』のように国際環境規格に合致した建物でないとダメだということでした」と鈴木社長。

地域社会にとっても、地球にとっても持続可能であるというのは、慧眼です。とはいえ、いくら環境によいものといっても、LEED認証を取得するには、コンサルティング費用、建築費・資材費も含めてコストアップは避けられず、生半(なまなか)な覚悟でできることではありません。

「『鈴森Village』の話をしていたとき、ちょうど夫が大病を患っていたこともあり、厳命というか、約束のように思えて、必ずやり遂げるんだ、という思いはありました。また、大家にとって、住む人の安心安全は絶対であるという思いはあります。やはり災害、有事の発生時に家はそこに住む人たちの命と財産を守る砦になるもの。大家には、その責任と覚悟が必要だと思っています」といい、短期的な利益よりも、社会的責任を強く感じているのがわかります。

鈴森Villageは総戸数26戸。3階建ての建物。曾祖父である“道路村長さん”のシルエットがお出迎えしてくれます(写真撮影/片山貴博)

鈴森Villageは総戸数26戸。3階建ての建物。曾祖父である“道路村長さん”のシルエットがお出迎えしてくれます(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅だけでなく、美容室ほかベーカリーなどのテナントが入る予定。地域にひらかれた場所/設計を目指した(写真撮影/片山貴博)

賃貸住宅だけでなく、美容室ほかベーカリーなどのテナントが入る予定。地域にひらかれた場所/設計を目指した(写真撮影/片山貴博)

生い茂る緑の小径。通り抜ける風が心地よい。植栽の管理には気を抜かない(写真撮影/片山貴博)

生い茂る緑の小径。通り抜ける風が心地よい。植栽の管理には気を抜かない(写真撮影/片山貴博)

ただ、建設途中にはウッドショックが発生し、建築費も当初の想定よりも高くなっていくなど、プロジェクトには困難が次から次へと押し寄せます。
「とにかく認証の検査も厳しくて。『この状態だと認証はとれません』とまで言われたりして。建築士、コンサルティング会社、施工会社とも相当のやり取りをしました」と、やはり一筋縄ではいかなかったよう。

そんなさまざまな苦労を経て、実際に建物が竣工したときの鈴木さんの印象を聞いてみました。

「手前味噌ながら『こんな賃貸住宅、見たことない!!』ですね。よくある◯LDKの部屋とあまりにも違うので、一見すると、生活しているイメージがわかなかったんです(笑)。ただ、よくよく見ていくと、間取りや動線、収納などよく考えられているし、特に1階の住戸は自分でも住みたいと思うくらいです。ただ、ぱっと見て、その良さが伝わるかどうかは別。この建物の良さを、どうやって知ってもらうかが、成功のカギになるんだろうな、と思いました」と鈴木さん。

1階の部屋は、玄関のほか、小径側からも室内に入れる。内側と外側がゆるくつながった設計(写真撮影/片山貴博)

1階の部屋は、玄関のほか、小径側からも室内に入れる。内側と外側がゆるくつながった設計(写真撮影/片山貴博)

緑の手入れには費用がかかる、虫を殺すには殺虫剤を使わないように指導する、建物周辺の空間の清掃など、苦労はつきません。それでも、やり抜けたのは、「これから100年先のことを考えたら『LEED』のような建物を」という夫との約束があったからでしょう。

「今度ね、鈴森Villageで防災訓練をしようと思っています。自然災害は必ず来ますから。そのときに消火栓が使えません、何があるかわかりませんじゃ、困りますから。安全対策は忘れたくないですね。あと、思い描いているのは鈴森Villageに住んでいるみなさんと昔から近隣に住んでいる方々などを交えたコミュニティづくり。年齢を重ねて、長く住んでいただけたらうれしい」(鈴木さん)。

100年持続するというのは、建物だけでなく、そこに暮らす人たちの集いと思いが結実してこそでしょう。建物は完成しても、鈴木さんの挑戦はまだまだ続きそうです。

建築家も「材から考える」「持続可能」を説明する責任がある

鈴木さんの思いを形にした、設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さんも重要な登場人物です。

「今まで道の駅や図書館など、公共施設を中心に設計してきましたが、入居者の顔が見えない賃貸住宅というのは初めてでしたので、重責だなと思いました。また、鈴木社長からは、とにかく『アフターコロナの時代を想像して設計してほしい』『100年持続可能』というオーダーでしたので、自分なりに仮説を立てて試行錯誤して設計をして。今、こうやってたくさんの方の住まいになって本当に幸せだなと思います」と今の心境をあかします。

設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さん。賃貸住居プロジェクトは重責だったと話します(写真撮影/片山貴博)

設計を担当した一級建築士事務所スターパイロッツ代表の三浦丈典さん。賃貸住居プロジェクトは重責だったと話します(写真撮影/片山貴博)

「LEEDは、単なる建物の「設計基準」ではなく、建物と敷地利用に関わる環境性能を評価対象とします。そのため、建物の環境性能(高気密高断熱、節水など)というだけでなく、施工、建物、完成後の暮らし方まで、さまざまなことが細かく取り決められているそう。こういう「あいまい」を許さず、「細部まで徹底」するあたりが国際基準ですね。建築家としても、かつてない取り組みだっただけに、改めて発見・気付かされることもあったといいます。

「僕ら建築士は、建材を仕様やメーカーで選ぶことが多いんですけれど、建材ができるところ、例えば木材がどのように伐採されるのか、普段はそこまで想像力が働いてなかったんですよね。LEEDはとにかく細かく基準が決まっていて、違法に伐採されていないかなど、トレーサビリティ(※)のところまで問われるんです。施工時の現場でからでる濁水や粉塵を隣地に影響のないように管理するなどもチェック項目です。いわゆる使う責任、つくる責任ですね。基準が細かく定められていることで、改めて設計や建築・建設に携わる責任の重さを痛感しました」

※製品がいつ、どこで、だれによってつくられたかがわかるように、原材料の調達から生産、消費あるいは廃棄まで追跡ができるようにすること

一方で、これからは「環境性能が問われることが当たり前になっていくな」という手応えも感じたそう。

「若い世代にとっては、環境配慮は当たり前のことになってくるでしょう。また、少しずつですが、良い住まいの持つ、居心地よさというのは伝わっていくのではないでしょうか。今回、お住まいの方が『結界』と仰っていたように、環境性能の持つ心地よさを評価してくれる人が増えるし、そのための普及や情報発信も大切だなと思いました」と三浦さん。

日本の住宅、特に賃貸住宅では、賃料、駅からの距離、広さや間取りといった、わかりやすい「スペック」が重視されます。そのため、環境性能、温熱環境で、住まい、特に賃貸住宅を選ぶ人はまだまだ少ないことでしょう。「鈴森Village」の賃料設定は周囲の相場と比較すれば1割程度高めですが、それでも鈴木さんがかけた建設コストや維持管理費用を考えれば、「安い」とすら思えます。

鈴木さんは、自らを「逆境ラバー」と言っていました。鈴木家がなぜ地主として400年以上もその土地と周囲で愛されてきたのか、腑に落ちた気がします。

そんな思いを経て誕生した「鈴森Village」が、今後この地でどんな暮らしを育んでいくのか、楽しみでなりません。

●取材協力
鈴森Village
SUUMO物件ライブラリー 鈴森Village

相撲部屋付き賃貸を押尾川親方がプロデュース。朝稽古を見学、ちゃんこを力士と一緒に楽しめる生活って? 墨田区「クリエイティブハウス文花」

“1階が相撲部屋のシェアハウス”というユニークな形態の賃貸マンションが昨年2022年4月、墨田区に誕生しました。朝稽古の見学会やちゃんこ会など住民を招いてのイベントもあるというこのユニークな物件について、親方の思いのほか、管理会社、入居者に話を聞きました。

1階に相撲部屋がある賃貸マンションとは?

1階にコンビニなどの商業施設やクリニックが入っているマンションはよく目にします。「1階に自分の好きな店や、よく使う施設が入っていること」は、物件探しの際にも意外と重要な要素ともいえるでしょう。他にはなかなかない「1階に相撲部屋がある」物件に住んでいるというのは、ちょっと得難い体験ができるのでは?と、思うのですが、実際はどうなのでしょうか?

大都会のなかのローカル線、といった趣のある東武亀戸線小村井駅から歩いて5~10分ほどの住宅街のなかに、モダンなマンションがあります。よく見ると1階の入口に「押尾川部屋」の立派な看板が見えます。これが、相撲部屋のある賃貸マンション「クリエイティブハウス文花」です。

遠目には普通の現代的なマンションに見えるが……(写真撮影/片山貴博)

遠目には普通の現代的なマンションに見えるが……(写真撮影/片山貴博)

相撲部屋の看板が目を引く(写真撮影/片山貴博)

相撲部屋の看板が目を引く(写真撮影/片山貴博)

緊張感漂う相撲の朝稽古を見学

朝8時、朝稽古の様子を見学できるということなので、実際にお伺いしてみました。

この日の見学者は20名ほどいましたが、そのほとんどが外国人です。外国人に交じって稽古場がオープンするのを待ちます。

稽古場は、土俵がすっぽり入るのはもちろん、土俵の横にはすこし広めの板間もあります。力士は、稽古が終わると板間でちゃんこを食べるわけです。

土俵だけでなく、テッポウをするためのテッポウ柱(鏡の前の柱)なども備え付けされている(写真撮影/片山貴博)

土俵だけでなく、テッポウをするためのテッポウ柱(鏡の前の柱)なども備え付けされている(写真撮影/片山貴博)

稽古が始まると、力士はすり足、四股といった基礎練習を黙々とこなします……ふだんテレビで見るような取り組みとは違った迫力があり、力士の真剣さがダイレクトに伝わってきます。

四股を踏む力士たち(写真撮影/片山貴博)

四股を踏む力士たち(写真撮影/片山貴博)

驚嘆したのは、力士たちの股割りの角度です。股割りは、ケガを防止するための、いわゆるストレッチですが、どの力士もほぼ180度の信じられない角度で足を広げて床に突っ伏します。椅子から立ち上がるだけでも体がガクガクするほど運動不足の僕にとってはまさに異次元の世界です。さすが力士です。

基礎練習が終わると、ぶつかり稽古が始まります。真剣に稽古を行う力士の掛け声が真新しい稽古場に響きます。親方や先輩力士が後輩力士に対し、丁寧かつ真剣にアドバイスする様子など、見学者は身動きせず、固唾をのんでその様子を見守っています。

稽古と言えども、迫力はすごい(写真撮影/片山貴博)

稽古と言えども、迫力はすごい(写真撮影/片山貴博)

おそらく、外国人観光客の方には、どんなことがやりとりされているのかは、わからないかもしれません。しかし、その真剣な雰囲気は、十分に感じ取ることができたでしょう。

朝稽古の見学は、8時からスタートし、1時間半ほど見学することになります。誰でも無料で見学することは可能ですが、ふらりと行って見られるわけではなく、開催日と定員が決まっており、事前に申し込みが必要です。時間厳守の上で途中での入退場ができませんので、見る方も本気で見に行かなければいけません。

力士への真剣で丁寧なアドバイス(写真撮影/片山貴博)

力士への真剣で丁寧なアドバイス(写真撮影/片山貴博)

張り詰めた雰囲気の稽古が終わると、一挙に緊張がほぐれます。親方が海外からの見学者に「ウェアーアーユーフロム?」とフランクに声を掛けると、にこやかに「Hong Kong」だとか「France」という答えが。
そうこうするうちに、見学者たちと記念撮影の時間が和やかに始まります。本物の力士さんと写真が撮れるという機会、日本人でもなかなかありません。

ちなみに、昔から「お相撲さんに赤ちゃんをだっこしてもらうと健康で丈夫になる」という言い伝えがありますが、押尾川部屋では、力士に赤ちゃんをだっこしてもらって写真を撮影できる『赤ちゃんだっこ体験会』も開催しています。

戦災を受けずに残った町に相撲部屋が来た

押尾川部屋は、元関脇の豪風だった押尾川親方が2022年に独立し、17年ぶりに再興した相撲部屋です。そのため、稽古場を新しくつくることになり、墨田区の文花に、賃貸マンション付きの相撲部屋を新築しました。

押尾川親方がこの墨田区文花に相撲部屋をつくることを決断したのは、両国国技館からの近さもあるそうですが、地域との交流、地域に愛される相撲部屋を目指すためという目的もあったとのこと。
地域住民ファーストのため、朝稽古の見学は、近隣の方が最優先となっています。実際、取材の日も近隣からの見学者も何名かいらっしゃったようです。

クリエイティブハウス文花と道を挟んだ向かい側は、墨田区京島三丁目の趣のある町並みが広がります。京島二丁目と三丁目は、戦災での空襲を受けなかったため、大正時代の古い町並みが今でも残り、築100年を超えるような長屋もいくつかあります。

大正時代から続く古い住宅が残る趣ある町並み(写真撮影/片山貴博)

大正時代から続く古い住宅が残る趣ある町並み(写真撮影/片山貴博)

珍しい「1階に相撲部屋があるシェアハウス」

クリエイティブハウス文花を管理する不動産会社「エイゼン」は、墨田区のこの地域に物件をいくつか所有していますが、築年数の古い住宅や長屋をシェアハウスとして再生したり、創作活動を行うアーティストや美大生のための住居兼アトリエにリノベーションするなどの物件を、展開しています。

今、押尾川部屋のあるマンションも、数年前までは築90年以上の古い長屋建築でしたが、容積率の関係で、すこし大きめの建物が建てられることから、今回建て替えし、下層階に相撲部屋、上層階にワンルームとシェアハウスというちょっと珍しい形態のマンションとなりました。

元々、墨田区のこの地域に「相撲部屋をつくりたい」と考える親方は多かったようですが、今回はたまたま押尾川親方と、古い建物の建て替えを検討していたエイゼンを地元の銀行が仲介し、この「相撲部屋のある賃貸マンション」が誕生しました。
建物自体はエイゼンが管理し、そこに押尾川部屋が力士の住居も含めて家賃を払って入居する、という形ですが、相撲部屋部分の内装は特別仕様となっており、風呂場やトイレなどのサイズは力士仕様の大きいサイズのものが設置されているそうです。

なお、入居者はエイゼンが運営する近所のトレーニングジムが使い放題になります。もちろん、このジムは力士も使うため、力士用のサイズの大きなトレーニング装置を設置したとのこと。力士と一緒にジムで体を鍛えられるというのも、他にはない魅力のひとつでしょう。

シェアハウスの部屋は、ベッド、机、冷蔵庫などの家具はすでに備え付けされている(シェアハウス平米数:9.56~11.78平米 写真の部屋は9.72平米)(写真撮影/片山貴博)

シェアハウスの部屋は、ベッド、机、冷蔵庫などの家具はすでに備え付けされている(シェアハウス平米数:9.56~11.78平米 写真の部屋は9.72平米)(写真撮影/片山貴博)

シェアハウス部分の共用スペース。キッチン、ダイニングテーブルなど入居者は自由に使える(写真撮影/片山貴博)

シェアハウス部分の共用スペース。キッチン、ダイニングテーブルなど入居者は自由に使える(写真撮影/片山貴博)

窓も大きく、部屋が明るい(ワンルーム)(1K平米数:25.27~25.74平米 写真の部屋は25.27平米)(写真撮影/片山貴博)

窓も大きく、部屋が明るい(ワンルーム)(1K平米数:25.27~25.74平米 写真の部屋は25.27平米)(写真撮影/片山貴博)

賃貸部分の部屋が、普通のファミリータイプの部屋ではなく、ワンルームとシェアハウスという形になっているのは、このマンションのすぐ近くに、大学が2つもあるためです。ただし、実際に入居者を募集したところ、学生よりも相撲が好きな社会人からの問い合わせが多く、なかには、いわゆる“スー女”と呼ばれる相撲好きの女子や、かつて学生相撲などをやっていた会社員など、相撲に関心のある人が入居するなどし、これに関しては、「嬉しい誤算だった」とエイゼンの片桐社長はいいます。

学生だけでなく、相撲好きの人にも人気の物件となったのは結果としてはよかった(写真撮影/片山貴博)

学生だけでなく、相撲好きの人にも人気の物件となったのは結果としてはよかった(写真撮影/片山貴博)

実際に、入居されている島田(仮名)さんは、SNSで「1階が相撲部屋のマンションがある」という情報を知り「なんだか面白そう」ということで、入居しました。入居して間もないため、朝稽古の見学にはまだ行ったことがないそうですが、それよりも先に、押尾川部屋の後援会が主催するちゃんこ鍋食事会には参加されたそうです。

ちゃんこ鍋食事会の様子(写真提供/エイゼン)

ちゃんこ鍋食事会の様子(写真提供/エイゼン)

片桐社長は、「押尾川部屋の力士たちは、人数は少ないものの、健闘している力士たちばかりで、場所が始まると、エイゼンの事務所では相撲中継で押尾川部屋の力士を応援している」といいます。
大相撲の力士は、同じ県出身の力士というだけでも、なんだか気になったり、応援したくなる存在です。ましてや、自分の住んでいるマンションの1階で、いつも稽古をしている力士が、相撲をとっている、しかもその姿がテレビで中継されると思うと、マンション住人の応援の熱の入り方は、ただ事じゃないでしょう。
クリエイティブハウス文花は、住むだけで大相撲中継に対する見方がエキサイティングになるという。なかなかに面白い物件といえます。

マンション住人や地域との交流を促進人の人の繋がりは、力士にとっても力になると語る押尾川親方(写真撮影/片山貴博)

人の人の繋がりは、力士にとっても力になると語る押尾川親方(写真撮影/片山貴博)

押尾川親方によると、感染症対策のため、人の集まるようなイベントは控えていたということですが、今年より、マンション入居者同士や、近隣の住民などを招いた交流会はいくつか計画しているといいます。

マンションからは東京スカイツリーが目の前に大きく見えます。文花周辺は、あまり高い建物がないため、非常に見通しがよく、夜景などは実にきれいだそうです。「でもまあ、見慣れちゃうけどね」と、親方は謙遜しますが、夏には隅田川の花火が大変よく見える位置にあるそうです。
交流会の一環として、7月29日(土)には、押尾川部屋特製のちゃんこを食べたあと、4年ぶりに復活開催される隅田川花火大会をマンション屋上から観覧するイベントが開催されるそうです。

見晴らしが素晴らしいマンション屋上(写真撮影/片山貴博)

見晴らしが素晴らしいマンション屋上(写真撮影/片山貴博)

押尾川親方によると、できれば地域のお祭などへの参加も考えており、地域との交流に関しては可能な範囲で積極的に行っていきたい……とのこと。

当初、親方としては、クリエイティブハウス文花のすぐ近くにある2つの大学に通う学生が、シェアハウスに入居し、若い力士との交流を持ってくれればという思いもあったようです。
親元を離れ、相撲部屋に住み込み、相撲の世界で研鑽を積む若い力士は、どうしても人とのつながりが狭くなってしまいがちだといいます。同じマンションの住人として、境遇の全く異なる同年代の人たちと交流することができると、力士にとっても大変心強いことであり、また、マンションに住む人にとっても得難いものになる……というわけです。
ところが、コロナ禍による行動制限があったためそういった交流もままなりませんでした。
行動制限が解除された今年からは、入居している学生だけでなく、所属力士と住民との交流を積極的に行うことによって、地域に根差した相撲部屋を目指したいとしています。

近所に掲示されていた押尾川部屋のチラシ(写真撮影/片山貴博)

近所に掲示されていた押尾川部屋のチラシ(写真撮影/片山貴博)

ゆくゆくは、押尾川部屋の力士が活躍し、いつかは大関、そして横綱となる日が来ると、マンション住人はもちろん、地域住民も含めて歓喜することになるのは確実です。
マンション住人だけでなく、地域の人々も巻き込んだ相撲部屋の交流が活発になれば、地域全体の盛り上がりにも繋がるでしょう。

●取材協力
クリエイティブハウス文花
押尾川部屋

2023年は郊外ファミリー賃貸で賃料が上昇!? 国分寺など上昇した駅のデータとともに解説

長谷工ライブネットは、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)の沿線・駅別の賃料相場を分析し、「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ 2023 年版」を完成させた。その結果からは、「特に郊外のファミリー賃貸で大幅上昇の傾向が見られた」という。詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」が完成/長谷工ライブネット

首都圏でファミリー向け賃貸マンションの需要が高まる!?

「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ 2023 年版」は、間取りタイプをシングル(25平米)・コンパクト(40平米)・ファミリー(60平米)の 3タイプに分類し、沿線・駅別の賃料相場を同社独自の分析調査によりまとめたもの(対象:95沿線、延べ1,030駅)

タイプ別の賃料相場について、前年との比較で駅別に変動率を算出してまとめた結果、首都圏全体では「上昇」(やや上昇・上昇・大幅上昇)の割合がシングル37%、コンパクト47%、ファミリー51%を占め、面積が広いタイプほど上昇の割合が高い結果になった。なかでも埼玉県と千葉県では、ファミリータイプで「大幅上昇」(グラフの赤い帯部分)が20%を超えるなど、大幅上昇が目立つ。

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

エリア別・タイプ別で見ると状況はそれぞれ異なるので、詳しく見ていこう。

東京23区では、シングル、コンパクト、ファミリーともに低下(やや低下・低下)よりも上昇の割合のほうが大きく、なかでもファミリータイプでの上昇傾向が大きいという点で、首都圏全体と同じ傾向にある。
東京都下のシングルだけは、低下の割合のほうが上昇より大きいのが特徴だ。が、都下でもファミリータイプでは上昇傾向が見られる。神奈川県は、首都圏のなかでは他のエリアよりは変動が小さい。
埼玉県と千葉県では、コンパクトタイプの上昇割合が最も大きいのが特徴。シングルタイプの上昇割合も、他の都県より大きいが、ファミリータイプについては「大幅上昇」の割合が大きいのが目立つ。このことから、埼玉県と千葉県は賃貸相場が上昇傾向にあるが、特にファミリータイプが特定のエリアで大幅に上昇していると推測できる。

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

国分寺、さいたま新都心、千葉中央のファミリータイプ賃料が大幅上昇

次に、エリア別に賃料のランキング1位を紹介しよう。

■エリア別賃料相場ランキング(1位を抜粋)

●東京23区
シングルタイプ(25平米)表参道(東京メトロ)147,000円コンパクトタイプ(40平米)神谷町(東京メトロ)265,000円ファミリータイプ(60平米)※同率1位表参道(東京メトロ)379,000円外苑前(東京メトロ)379,000円●東京都下
シングルタイプ(25平米)吉祥寺(JR・京王)102,000円コンパクトタイプ(40平米)三鷹(JR)147,000円ファミリータイプ(60平米)国分寺(JR)238,000円●神奈川県
シングルタイプ(25平米)武蔵小杉(JR・東急)103,000円コンパクトタイプ(40平米)馬車道(みなとみらい)155,000円ファミリータイプ(60平米)馬車道(みなとみらい)278,000円●埼玉県
シングルタイプ(25平米)川口(JR)88,000円コンパクトタイプ(40平米)大宮(JR他)129,000円ファミリータイプ(60平米)さいたま新都心(JR)235,000円●千葉県
シングルタイプ(25平米)浦安(東京メトロ)87,000円コンパクトタイプ(40平米)柏の葉キャンパス(つくばEX)127,000円ファミリータイプ(60平米)千葉中央(京成)188,000円

このなかでも、東京都下の「国分寺」(前年2位)、埼玉県の「さいたま新都心」 (前年2位)、千葉県の「千葉中央」 (前年7位)のファミリータイプが、大幅上昇によってそれぞれ 1 位にランクアップした。この理由として「分譲マンションの一部が賃貸された影響で賃料が大幅上昇した」のだという。

埼玉県と千葉県では、ほかにもファミリータイプで大幅上昇した駅がある。埼玉県では「北浦和」(前年8位→5位)、「所沢」(前年9位→5位)、「和光市」(前年12位→7位)、「与野」(前年14位→9位)、千葉県では「松戸」(前年13位→7位)、「柏」(前年16位→8位)だ。

首都圏のファミリータイプで賃料が上昇する背景は?

筆者は、SUUMOジャーナル1月25日公開の記事で「東京都23区のファミリータイプの賃貸住宅が活況。就業環境や働き方の変化が影響?」を執筆した。このときは、三菱UFJ信託銀行が公表した「2022年度 賃貸住宅市場調査」(2022年秋時点)の結果を参照した。

ファミリータイプについては、東京23区と首都圏(東京23区を除く)は、現状も半年後の予測も稼働率と賃料は好調だった。その理由として、2つの要因を挙げた。

まず、マンションの価格が上昇しているため、購入を考えた場合に手が届きにくいこと。次に、ユーザーの志向が住宅の広さや部屋数を求めるようになったこと。これは在宅勤務やオンライン授業などの影響でおうち時間が長くなったことなどが影響している。その結果、広さと駅からの利便性を求めて、手の届く住まいとして、ファミリータイプの賃貸マンションへの需要が高まったと分析した。

こうした状況は今も継続している。さらに、長谷工ライブネットが指摘した分譲マンションの一部が賃貸されているということも加わって、好立地で手が届きやすい賃料のファミリータイプの需要が高いと見てよいだろう。

さて、近年は首都圏のファミリータイプの賃貸需要が高くなっているが、今後も続くのだろうか?住宅の需要はさまざまな要因で変わる。コロナ禍を経て日常生活が戻りつつあるので、就業状況や収入などが改善される方向に進んでいる。また、テレワークは一定レベルで定着しつつある。一方で、住宅ローンの金利上昇リスクが高まっているので、住宅の購入環境が変わる可能性も考えられる。さらには、感染拡大の可能性がなくなったわけではない。

その時々で、最適の住まいを選ぶということになるので、どういった住まいに需要が高まるかは予測しづらい状況になっている。

●関連サイト
長谷工ライブネット/「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」が完成

【横浜駅30分以内】家賃相場が安い駅ランキング2023年。1位は5万円未満! ほかにも穴場駅が多数

神奈川県屈指のターミナル駅と言えば、JR各線をはじめ東急東横線や京急本線など6社が乗り入れている横浜駅。駅周辺にはオフィスビルに加え商業施設も充実し、観光地としてもにぎわっている。2023年9月には横浜駅東口側の臨港エリアに世界最大級の音楽に特化したアリーナ「Kアリーナ横浜」と「ヒルトン横浜」の開業が予定されているなど、駅周辺の大規模再開発も進行中で今後はさらなる発展が見込まれる。そんな横浜駅の30分圏内にある駅の家賃相場を調査! シングル向け物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が安い駅ランキングのトップ15を紹介しよう。

横浜中華街(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

横浜駅まで電車で30分以内の家賃相場が安い駅TOP15(16駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/横浜駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 安針塚 4.95万円(京急本線/神奈川県横須賀市/29分/1回)
2位 京急田浦 5.05万円(京急本線/神奈川県横須賀市/26分/1回)
3位 いずみ野 5.5万円(相鉄いずみ野線/神奈川県横浜市泉区/23分/1回)
3位 善行 5.5万円(小田急江ノ島線/神奈川県藤沢市/29分/1回)
3位 桜ケ丘 5.5万円(小田急江ノ島線/神奈川県大和市/28分/1回)
3位 羽沢横浜国大 5.5万円(相鉄新横浜線/神奈川県横浜市神奈川区/12分/1回)
3位 追浜 5.5万円(京急本線/神奈川県横須賀市/24分/0回)
8位 汐入 5.55万円(京急本線/神奈川県横須賀市/30分/0回)
9位 さがみ野 5.6万円(相鉄本線/神奈川県海老名市/28分/2回)
9位 上星川 5.6万円(相鉄本線/神奈川県横浜市保土ケ谷区/10分/1回)
9位 鶴間 5.6万円(小田急江ノ島線/神奈川県大和市/28分/2回)
12位 六浦 5.65万円(京急逗子線/神奈川県横浜市金沢区/22分/0回)
13位 かしわ台 5.7万円(相鉄本線/神奈川県海老名市/30分/2回)
13位 成瀬 5.7万円(JR横浜線/東京都町田市/30分/1回)
13位 横須賀中央 5.7万円(京急本線/神奈川県横須賀市/27分/0回)
13位 湘南深沢 5.7万円(湘南モノレール/神奈川県鎌倉市/24分/1回)
※17位以下は記事末に記載

横浜に加え、渋谷や新宿方面にも乗り換え0回で行ける駅が3位に

横浜駅まで30分以内で行ける、家賃相場が最も安い駅は京急本線・安針塚(あんじんづか)駅。家賃相場はトップ15で唯一の4万円台、4万9500円だった。神奈川県横須賀市に位置し、2020年度調査では京急線全72駅のうち1日の平均乗降人員が最も少ないという穴場の駅。ちなみに横浜駅の家賃相場は8万5000円なので、安針塚駅の相場はそれよりも約3万5000円も低いわけだ。

安針塚駅(写真/PIXTA)

安針塚駅(写真/PIXTA)

安針塚という駅名は、駅から徒歩25分ほどの「塚山公園」にある三浦按針(みうらあんじん=ウイリアム・アダムズ)の供養塔「安針塚」に由来する。園内からは眼下に横須賀港、遠くに横浜や房総半島までを眺められるロケーション。この公園がある高台をはじめ安針塚駅周辺は山に囲まれており、谷間や丘陵地を通る入り組んだ道沿いに住宅が建っている。平地が少ないためか商店も豊富とは言えないが、駅前にスーパーがあるのは便利。京急本線で2駅目の8位・汐入駅まで行くと、駅周辺にショッピングモールや多彩な飲食店、海に面した「ヴェルニー公園」があるので休日に足を延ばすのもいいだろう。

塚山公園からの景色(写真/PIXTA)

塚山公園からの景色(写真/PIXTA)

2位は京急本線・京急田浦駅で家賃相場は5万500円。1位・安針塚駅から横浜方面に1駅目が2位・京急田浦駅で、両駅ともに金沢八景駅で京急本線の快特に乗り換えると横浜駅まで30分以内で行くことができる。JR横須賀線に名前が似た「田浦駅」があるが、京急田浦駅からは徒歩20分少々かかるので混同しないように注意が必要だろう。さて、1位と同じ横須賀市に位置する京急田浦駅の周辺は住宅地で、駅前を通る国道16号沿いには飲食店やコンビニが点在し、警察署も建っている。徒歩3分ほどの商店街にも飲食店やスーパーがあるので、コンパクトな範囲で買い物や食事が済ませられそうだ。

京急田浦駅(写真/PIXTA)

京急田浦駅(写真/PIXTA)

3位には家賃相場が同額5万5000円で5駅がランクイン。そのうち相鉄いずみ野線・いずみ野駅から横浜駅まで最短で向かうには、まず二俣川駅に行き、相鉄本線の通勤急行や快速に乗り換えると約23分で到着する。また、相鉄本線快速直通の相鉄いずみ野線快速に乗れば、乗り換え0回・約24分で横浜駅まで行くことも可能だ。駅は神奈川県横浜市の内陸部に位置し、駅前にはスーパーやドラッグストア、ホームセンターなどを備えたショッピングモールがある。駅前ロータリーを挟んだ向かい側には飲食店も。駅周辺に広がる住宅地の合間には農地も広がり、新鮮な農産物の直売所が点在しているのも嬉しいところだ。

この3位・いずみ野駅は横浜駅まで約23分で行けるだけではなく、渋谷や新宿方面にアクセスしやすい点も魅力。これは2023年3月に開業した相鉄・東急新横浜線のおかげ。開業に合わせていずみ野駅に停車するようになった相鉄いずみ野線の特急と通勤特急が、東急東横線と直通運転されているのだ。いずみ野駅から相鉄いずみ野線の通勤特急に乗ると、相鉄本線~相鉄新横浜線~東急新横浜線~東急東横線といつの間にか路線を変え、乗り換え0回で渋谷駅まで約52分で到着。さらに、渋谷駅から先は東京メトロ副都心線に直通運転されており、新宿三丁目駅までもいずみ野駅から乗り換え0回・約1時間で行くことができる。

このルート途中には、同じく3位の相鉄新横浜線・羽沢横浜国大(はざわよこはまこくだい)駅にも停車。つまり同駅からも乗り換え0回で、渋谷駅まで約35分、新宿三丁目駅まで約43分で到着できる。また、羽沢横浜国大駅にはJR埼京線直通の便も通っているため、そちらを利用すると渋谷駅まで約33分、新宿駅まで約38分で行くことも可能だ。

羽沢横浜国大駅(写真/PIXTA)

羽沢横浜国大駅(写真/PIXTA)

羽沢横浜国大駅から横浜駅までは、1駅隣の西谷駅から相鉄本線の通勤急行に乗り換えて計約12分。西谷駅とは反対方面に1駅進むと新横浜駅があり、そこから東海道新幹線に乗って静岡・名古屋・京都・新大阪方面に向かうこともできる。この羽沢横浜国大駅は相鉄・JR直通線と相鉄・東急直通線の建設にともなって2019年に開業した比較的新しい駅。名前からうかがえる通り横浜国立大学の最寄り駅でもあり、徒歩15分ほどでキャンパスにたどり着く。また、駅前は再開発が行われ、2021年には生鮮食品も扱うドラッグストアとクリニックモールがオープン。2024年春には地上23階建ての商業施設と住居の複合ビルが開業予定だ。

横浜駅から約10分の近さながら、9位は家賃相場が横浜駅より2万9000円もダウン

トップ15のうち横浜駅までの所要時間が最も短かったのは、家賃相場5万6000円で9位に入った横浜市保土ヶ谷区の相鉄本線・上星川駅。2駅先の星川駅で各駅停車から快速に乗り換えると、横浜駅まで約10分。乗り換えずに各駅停車1本でも約12分で行くことができる。駅前にはスーパーやドラッグストア、さまざまなクリニックに加えて飲食店も建ち並んでいる。食事処を備えた日帰り温泉施設も駅前にあり、駅から12分ほど歩くと入浴料500円でありながら温泉を利用した銭湯も。気軽に温泉でリフレッシュできる環境だ。

上星川駅(写真/PIXTA)

上星川駅(写真/PIXTA)

また、9位・上星川駅から横浜駅に向かう途中にある星川駅~天王町駅間は2022年に高架化されており、それにともなって全長1.4kmの高架下に「星天qlay(ホシテンクレイ)」が誕生している。2023年2月に第1期、4月に第2期開業を迎え、飲食店やスーパー、コワーキングスペースなどがオープン。今後はさらに新たなゾーンの開業も控えているので、上星川駅から足を延ばして訪ねるのもいいだろう。

ランキング上位には今回調査の基点にした横浜駅と同じ神奈川県内の駅が並んだが、13位にはトップ15で唯一の東京都内の駅となった成瀬駅が家賃相場5万7000円でランクイン。東京都町田市に位置する成瀬駅からJR横浜線で菊名駅に出て、そこから東急東横線の通勤特急に乗り換えると計約30分で横浜駅へ。また成瀬駅の1駅隣にある長津田駅には東京メトロ半蔵門線直通の東急田園都市線が通っているので、半蔵門線沿線の渋谷駅や表参道駅、永田町駅や大手町駅にも乗り換え1回で行くことができる。

成瀬駅(写真/PIXTA)

成瀬駅(写真/PIXTA)

13位・成瀬駅周辺の様子を見てみると、複数のスーパーやコンビニ、飲食店など日常生活に必要な商店は充実している。さらに成瀬駅から長津田駅とは反対方面に1駅進むと、大型商業施設が建ち並ぶターミナル駅の町田駅に到着。洋服やインテリア用品などのショッピングがしたいとき、気軽に町田に行けるロケーションなのも成瀬駅の魅力の一つだろう。

17~26位

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている横浜駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/4~2023/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2023年3月27日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

【東京駅30分以内】家賃相場が安い駅ランキング2023年。1・2位は驚きの5万円台

この春から東京都内への通勤・通学が始まり、新たな街で生活をスタートさせた人も多いだろう。そして都心近辺で賃貸物件を探した際に、家賃の高さに驚いた人も多いはず。しかし、たとえば東京屈指のターミナル駅である東京駅を基点にしても、そこから電車で30分圏内にまで住まいの候補地を広げれば意外とリーズナブルな物件はあるものだ。そこで今回は東京駅から30分圏内にある、一人暮らし向け物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が安い駅を紹介したい。ちなみに東京駅の家賃相場は11万5000円。ランクインした駅との価格差を念頭に置きつつ、トップ15を見ていこう。

東京駅まで電車で30分以内にある家賃相場が安い駅TOP15

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/東京駅までの所要時間/乗り換え回数)
1位 南船橋 5.4万円(JR京葉線/千葉県船橋市/30分/0回)
2位 葛西臨海公園 5.8万円(JR京葉線/東京都江戸川区/13分/0回)
3位 蕨 6.4万円(JR京浜東北・根岸線/埼玉県蕨市/29分/1回)
4位 一之江 6.5万円(都営新宿線/東京都江戸川区/27分/1回)
4位 津田沼 6.5万円(JR総武線快速/千葉県習志野市/30分/0回)
6位 扇大橋 6.55万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/30分/1回)
7位 下総中山 6.6万円(JR総武線/千葉県船橋市/26分/1回)
7位 小岩 6.6万円(JR総武線/東京都江戸川区/19分/1回)
9位 五反野 6.65万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
10位 新子安 6.7万円(JR京浜東北・根岸線/神奈川県横浜市神奈川区/30分/1回)
10位 松戸 6.7万円(JR常磐線/千葉県松戸市/27分/0回)
10位 瑞江 6.7万円(都営新宿線/東京都江戸川区/30分/1回)
13位 小菅 6.8万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/25分/1回)
13位 新浦安 6.8万円(JR京葉線/千葉県浦安市/20分/0回)
13位 梅島 6.8万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/29分/1回)
※16位~30位は記事末に記載

昨年のランキング:
「東京駅」まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

トップ3には千葉、東京、埼玉それぞれの駅がランクイン

1位は千葉県船橋市にあるJR京葉線・南船橋駅で家賃相場は5万4000円。東京駅までは乗り換え0回、約30分で到着できる。船橋市のなかでも臨海部の埋め立て地に位置し、駅北側には船橋競馬場やショッピングモールの「ららぽーとTOKYO-BAY」と「ビビット南船橋」、駅南側にはインテリア用品店「IKEA Tokyo-Bay」のほかに2020年に誕生した一年中遊べるアイススケートリンク「三井不動産アイスパーク船橋」も。また、駅の北側と南側両方にUR賃貸住宅と分譲住宅からなる大規模団地があり、首都圏のベッドタウンとして機能しているエリアでもある。

ららぽーとTOKYO-BAY(写真/PIXTA)

ららぽーとTOKYO-BAY(写真/PIXTA)

1位・南船橋駅の南口には2022年8月に駅前広場が誕生したほか、現在は広場周辺の市有地活用に向けた整備が進行中。2023年内にはスーパーや飲食店、クリニックモールなど約40店舗をそろえた商業施設が開業予定で、翌2024年冬の完成を目指してマンションの建設も進められている。また、「ららぽーと」と線路を挟んだ向かい側には大型多目的アリーナ「(仮称)LaLa arena TOKYO-BAY(ららアリーナ 東京ベイ)」が2024年春に開業予定であり、今後数年間で街はさらなる発展が見込まれている。

2位には南船橋駅からJR京葉線で東京方面に5駅目の、東京都江戸川区にある葛西臨海公園駅が家賃相場5万8000円でランクイン。東京駅まではJR京葉線で5駅、所要時間はトップ15で最短の約13分だ。東京駅までのアクセスがよいわりに家賃相場は安いけれど、駅周辺に住宅が少ない点はネックだろう。駅南側の臨海部は「葛西臨海公園」が広がり、駅北側には物流倉庫群が建ち並んでいる。物流倉庫の先にも都の中央卸売市場やゴルフ練習場があり、住宅街は駅から徒歩15分以上のエリアがメインなのだ。駅周辺にはコンビニが数軒ある程度でスーパーは駅を基点にすると徒歩15分以上かかるが、住宅街の中にあるので住民にとっての利便性は悪くない立地だ。2021年には駅高架下に複合商業施設「Ff(エフエフ)」がオープンし、駅を出てすぐにバーガー店やラーメン店でサッと食事をすることが可能だ。

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

葛西臨海公園(写真/PIXTA)

葛西臨海公園(写真/PIXTA)

3位はJR京浜東北・根岸線の蕨(わらび)駅で家賃相場は6万4000円。3駅隣の赤羽駅からJR上野東京ライン直通のJR高崎線に乗ると、計約29分で東京駅にたどり着く。駅がある埼玉県蕨市は全国の「市」のなかで最も面積が狭く、5.11平方kmに7万5000人超が暮らす全国一の人口密度を誇る都市なんだとか。

蕨駅前の様子(写真/PIXTA)

蕨駅前の様子(写真/PIXTA)

「コンパクトシティ蕨」を将来ビジョンに掲げる蕨市では蕨駅周辺を「都市機能の核」と位置づけており、駅西口地区の再開発計画を進めている。西口に先行整備された地上30階建て分譲マンションの隣接地には、地上28階建てのビル2棟が2025年8月に竣工予定だ。同ビルには住宅や商業施設のほか、公共公益施設の図書館と行政センターが入る予定だという。現在も駅前にはスーパーやドラッグストア、コンビニ、多彩な飲食店が集まっており、コンパクトな範囲で日常生活が送れそうな街並み。駅から徒歩20分ほどで「イオンモール川口前川」に行けるのも便利な点だ。

ここまで見てきたトップ3には東京駅の東南方面にある南船橋駅と葛西臨海公園駅、北西方面にある蕨駅がランクイン。四方八方へさまざまな路線が延びる東京駅らしく、30分圏内の駅の立地も多彩であることがわかる結果と言えるだろう。

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大規模再開発で注目の駅や、暮らしに便利な商業施設がそろう駅もトップ15入り

4位以下にもさまざまな街・路線の駅が並んでいる。7位には東京駅の北東方面にあるJR総武線・小岩駅が、家賃相場6万6000円でランクイン。東京都江戸川区にある小岩駅から東京駅に向かう際は、隣の新小岩駅からJR総武線快速に乗り換えると計約19分で到着する。高架駅の下側は地上1階・地下1階のショッピングセンター「シャポー小岩」となっており、改札を挟んで千葉側エリアが2023年3月にリニューアルオープンしたばかり。地下1階には主に食料品関係の店舗、1階には生活雑貨やファッションのお店や書店など、計44店舗が営業中だ。改札を挟んだ東京側エリアは現在、改装のため閉鎖中なので今後どうなるか楽しみだ。

小岩駅(写真/PIXTA)

小岩駅(写真/PIXTA)

小岩駅南側の約800mにわたるアーケード下に200店舗ほどが軒を連ねる「小岩フラワーロード商店街」をはじめ、駅周辺も多彩な商業施設でにぎわっている。そんな小岩駅周辺では、大規模な再開発が計画されている点も注目したい。駅北口側では地上30階・地下1階建ての住宅や商業施設、保育所などの複合ビル建設が着工され、2027年1月の竣工を目指している。さらに駅南側の南小岩六丁目地区には商業棟や商住複合ビルなど3棟が2025年中に完成予定であることに加え、駅北口と南口の駅前広場や道路の整備、駅南側の南小岩七丁目地区での商業・住宅複合ビルの建設も計画。2030年までには大きく街並みが変わっている予定だ。

10位にはトップ15で唯一の神奈川県内の駅である、JR京浜東北・根岸線の新子安駅がランクイン。東京駅の南西方面、横浜市神奈川区に位置しており家賃相場は6万7000円。まず2駅隣の川崎駅に出てからJR東海道本線に乗り換えると計約30分で東京駅へ。川崎とは逆方面に乗車すると、2駅・約6分で横浜駅に行くことができる。また駅前広場の向かい側には京急本線・京急新子安駅があり、2路線を利用することが可能だ。駅北側には住宅・業務・商業の複合施設「オルトヨコハマ」があり、スーパーやドラッグストア、飲食店が利用できる。駅南側にも普段使いしやすい飲食店が点在しているので、自炊が面倒なときに役立ちそうだ。

新子安駅(写真/PIXTA)

新子安駅(写真/PIXTA)

新子安駅と同じ家賃相場で10位には都営新宿線・瑞江駅もランクインした。駅は東京駅の東方面、東京都江戸川区に位置。都営新宿線で馬喰横山駅に出て、そこから歩いて馬喰町駅に行ってJR総武線快速に乗り換えると東京駅までは計約30分だ。瑞江駅前は商店が充実し、駅ビル内の「ライフ」をはじめとする複数のスーパーやドラッグストアにコンビニ、ディスカウントストア「ドン・キホーテ」や多彩な飲食店などがずらり。駅から北に10分弱も歩くと「ユニクロ」も。瑞江駅から都営新宿線1本で、神保町駅や市ケ谷駅を経由して都内屈指の繁華街を抱える新宿駅まで約35分で行ける点も便利だろう。

今回の基点駅にした東京駅の家賃相場は11万5000円。ランキングのトップ15は東京駅まで20分以上かかる駅がほとんどだったが、家賃相場が4万円以上も下がるなら20分程度の時間なら許容範囲にも思えるかも。ランクインした駅周辺も日常生活を送るには十分な街並みだったり今後の発展が見込まれていたりとそれぞれに魅力があるので、「都心に近い駅は高すぎる」と諦めずに自分に合う街を探してほしい。

16位~30位

16位~30位ランキング

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/4~2023/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンションのうち普通借家契約の物件のみ)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2023年4月24日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

特定技能外国人の受入れ増えるも住まいの提供進まず。11言語・24時間対応で部屋探しと暮らしを支援する不動産会社に理由を聞いてみた 日本エイジェント

外国人居住者も徐々に日本国内に戻りつつあります。一方で、外国人の賃貸住宅への入居はまだまだ困難な状況にあるようです。そのような中、不動産会社として初めて特定技能外国人(特定産業分野に関する専門性・技能を有する外国人)の住宅確保などをサポートする登録支援機関に認定された日本エイジェントは、外国人専用のポータルサイトを立ち上げるなど、外国人の居住問題に取り組んでいます。これまでの取り組みについて、国際事業部ゼネラルマネージャーの草薙匡寛さんに話を聞きました。

コロナ後の日本、外国人居住者の動向は変わった?

高齢化が進み、人口が減少している日本では、労働市場における外国人の受け入れニーズは拡大しています。新型コロナの流行によって、在留外国人数の増加は一時停滞しましたが、ここ数カ月の動向について、草薙さんは「まだ完全回復とまではいきませんが、コロナで帰国したり、日本への来訪を控えていた外国人がかなり戻ってきている」と話します。

在留資格別外国人労働者数の推移

日本における外国人労働者は、ここ10年余りで大幅に増え、今後も増加の見込み(資料引用元/厚生労働白書2022年度(令和4年度))

一方、外国人の入居を受け入れている賃貸住宅は限られているのが現状で、2016年から外国人の入居や生活サポートを行っている日本エイジェントの国際事業部には、ほかの会社で外国人だからという理由で入居を断られて相談に訪れる人も少なくないそうです。

そもそもなぜ、賃貸住宅への外国人の受け入れが進まないのでしょうか。

日本エイジェントが独自でヒアリングを重ねた結果、オーナーと不動産管理会社において外国人入居を敬遠する向きが大きいと分析しています。さらに突き詰めると、実際に無断帰国や原状回復トラブルなどの被害に遭ったことで入居を敬遠するケースと、被害に遭ったことはないけれどもトラブルの話を聞いて外国人の入居に不安を感じているケースの2つに分かれます。

「実際にトラブルは一定数起こりますが、その割合は日本人入居者のそれと大差ありません。外国人入居者のトラブルを未然に防ぐために重要なことは『母国語による事前説明』です。賃貸契約を結ぶときに、日本人が日本語で説明すると、外国人のお客さまは聞いているように見えても、きちんと理解していないことが多いのです。例えば、ゴミの分別問題など、本人に悪気はなくても、理解できていないから母国と違う日本のルールから外れてしまいます」(日本エイジェント 草薙さん、以下同)

生活オリエンテーションの受講歴の有無

調査対象となった在留外国人の約6割が日本で暮らす際の説明を受けていない(資料引用元/在留外国人に対する基礎調査2021年度(令和3年度)調査結果報告書)

対策として日本エイジェントでは多言語の資料をつくり、外国人のスタッフから外国人入居者が理解しやすい言語で母国との生活習慣やルールの違いを説明するそうです。現在6名の外国人スタッフが在籍しており、実店舗では英語・中国語・ベトナム語・ヒンズー語・ロシア語・ウクライナ語に対応しています。

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不動産会社として初めて「登録支援機関」に

国は労働市場の担い手不足を補うため、2019年から「特定技能制度」を新設し、とくに深刻な人手不足が生じている14の業種に新たな在留資格を認めています。日本エイジェントは、不動産会社として初めて特定技能外国人の住宅確保をサポートする「登録支援機関」になりました。

登録支援機関とは、特定の産業分野で経験や知識を有していると認められた特定技能外国人が日本で就労する際に、安定した暮らしを送れるよう支援する機関。就労の受け入れ先である雇い主から依頼を受けて特定技能外国人のサポートを行います。

国の政策で来日する特定技能外国人であっても、その住む場所のサポートまでは施策が十分に追いついておらず、他の外国人同様に言葉や文化の違いから、まだまだ受け入れる賃貸住宅は少ないのが現実。このような登録支援機関の存在は頼りになるはずです。

特定技能1号について

特定技能の在留資格には特定技能1号と2号の2種類がある。登録支援機関は受け入れ先企業の委託を受けて、外国人支援が必須とされる特定技能1号資格(在留期間は通算5年まで)を有する外国人をサポートする(資料提供/日本エイジェント)

「ほかの登録支援機関から、当社の国際事業部に家探しを手伝ってほしいと問い合わせがあったことがきっかけで、登録支援機関の存在を知りました。そこで外国人の居住支援に力を入れていた当社も出入国在留管理庁に申請を行い、登録支援機関に認定されました」

登録支援機関になるには、いくつかの要件がありますが、2016年の国際事業部立ち上げ当初から外国人スタッフが外国人の住まい探しサポートしている日本エイジェントにとって、登録はそれほどハードルの高いものではなかったといいます。

「不動産会社として日本で最初の登録支援機関となったことで、他の登録機関から住まい探しで困っている外国人を直接ご紹介いただき、住まい探しのお手伝いができるようになりました。職探しや職務上の支援をメインに行っている登録支援機関も多く、それまで特定技能制度の中で弱かった『住』の部分で、私たちがお力になれると感じています」

日本で働く外国人を、住まいと暮らしの両面でサポートする

登録支援機関としての日本エイジェントの仕事は、他の登録支援機関からの相談を受け、住まい探しやライフラインの手続きをサポートすることです。

「手続きを円滑に進め、安心して住み続けていただくためには外国人向けのサービスを提供する他社との連携も欠かせません。『外国人専用の家賃保証会社』を活用することで申し込みや契約の手続きを、『引越し』や『家具や家電のレンタル』の事業を行っている会社と連携して入居をスムーズにできるようサービスを整えています。また、入居後に困ったことがあったときには『母国語による24時間コールセンター』で相談を受け付けています」

外国人専門の不動産コールセンター「wagaya call 24」。現在11言語、24時間365日体制で対応している(画像提供/日本エイジェント)

外国人専門の不動産コールセンター「wagaya call 24」。現在11言語、24時間365日体制で対応している(画像提供/日本エイジェント)

また、外国人を受け入れる賃貸物件を増やすためには、オーナーや管理会社に外国人を受け入れることのメリットを伝え、理解を得るための取り組みも欠かせません。オーナーや管理会社向けのセミナーを開催したり、個別に「既存の建物を外国人向け賃貸に改修したい」という相談に乗ったりすることもあるそうです。

「入居者を日本人のみに絞っている場合、繁忙期は新年度が始まる前の1~3月が中心ですが、外国人が入居を検討するのは、日本人の入社・転勤シーズンに近い2~3月と8~9月。さらに留学生が来日する1月、4月、7月、10月と、1年に何回も入居案内の繁忙期があります。オーナーにとってはそれだけ空室を埋めるチャンスが増えるということです」

外国人繁忙期

外国人にも入居の対象を広げることで、日本人の入居繁忙期を逃しても、年間を通して空室を埋めるチャンスができる(画像提供/日本エイジェント)

外国ではバス・トイレが一緒の住まいが多かったり、平屋が多い国があるなど、日本人とは異なったライフスタイルを持っている人が多くいます。そのため、日本人にはあまり人気のないユニットバスの物件や、1階の部屋に抵抗感のない外国人も結構いるそうです。

「利便性より家賃の低さを重視する人も多いので、駅から遠い部屋や築古の物件も外国人を受け入れれば、日本人には敬遠されて空室になっていた物件の入居率が上がる可能性は十分あり得ます」

大規模なリノベーションをせずに家具・家電付きの物件とすることで賃料アップを見込めることも。オーナーにとっても、外国人の受け入れには魅力がたくさんあるのです。

Before 家賃6万円/月(周辺相場並)。最寄駅から徒歩13分、築37年、15平米のワンルームタイプ。バス・トイレ同室の3点ユニットバスタイプ

Before 家賃6万円/月(周辺相場並)。最寄駅から徒歩13分、築37年、15平米のワンルームタイプ。バス・トイレ同室の3点ユニットバスタイプ

After 家賃10万円/月 二段ベッドおよび、家具家電を備え付けにし2人入居可能にしたことで入居者にとっては割安な部屋となりオーナーにとっては賃料アップが見込めるようになった。短期・中期・長期と契約期間に応じたプランを設け、外国人がより入居しやすいような仕組みにしている(画像提供/日本エイジェント)

After 家賃10万円/月 二段ベッドおよび、家具家電を備え付けにし2人入居可能にしたことで入居者にとっては割安な部屋となりオーナーにとっては賃料アップが見込めるようになった。短期・中期・長期と契約期間に応じたプランを設け、外国人がより入居しやすいような仕組みにしている(画像提供/日本エイジェント)

外国人専用の不動産ポータルサイト「wagaya Japan」発足の裏側

ネット上では日本で賃貸物件を借りることの手続きの煩雑さや審査の厳しさなど、いろいろな情報が出回っているので「日本で賃貸物件を借りて住むのはかなり大変そうだ」と尻込みしている外国人も多くいるといいます。

そこで、日本エイジェントでは、日本語を含む5カ国語に翻訳して物件探しができる外国人向けポータルサイト「wagaya Japan」を開設。2018年の立ち上げ当初は、同業他社との差別化を目的としたものでしたが、社内外のいろいろな意見を取り入れてホームページをブラッシュアップしていくうちに、少しずつ社会的な使命感に駆られていったそうです。

外国人向けポータルサイトwagaya japan。日本語のほか、英語・中国語(簡体字・繁体字)・ベトナム語に対応している(画像提供/日本エイジェント)

外国人向けポータルサイトwagaya japan。日本語のほか、英語・中国語(簡体字・繁体字)・ベトナム語に対応している(画像提供/日本エイジェント)

wagaya Japanの読み物「wagaya ジャーナル」では、外国人の入居希望者ができる限りスムーズに日本の暮らしに馴染めるよう、日本で暮らしていく上でのお役立ち情報を、wagaya Japanと同様に5カ国語で提供しています。
日本エイジェントに相談に訪れる外国人からは、「日本での住まい探しはもっと難しく時間がかかるかと思っていたが、情報を得ることもでき、想像以上に早く入居することができた」という声もよく聞かれるそうです。

そしてサイト運営の裏側には、外国人が入居可能な不動産を扱う複数の管理会社との協業があります。

「最初のうちは方向性も定まっておらず、とにかくたくさんの物件情報を載せようと必死でした。しかし、当社が掲げている『日本の住まいをもっとグローバルに』を実践するには、自社の物件だけを掲載していても規模が知れています。私たちの取り組みに興味を持った会社から物件を載せたいとお声がけいただいて、そこから全国の管理会社と協力するようになりました」

サイトの運営にかかる費用は、物件を掲載する管理会社からの掲載料を充てていて、ユーザーは無料で利用できます。最初は掲載する物件数も少なかったのですが、求められるものをつくっていれば利益は後からついてくると信じて走り出したそうです。

あらゆるお客様のニーズに応えていった結果、最初は賃貸物件のみでしたが、売買物件やシェアハウスも扱うよう変化していき、東京都だけでも9000件以上の物件情報が掲載されるようになりました。年間対応実績は約6000件、wagaya japanを訪れる外国人ユーザーは、月15万人以上に上ります。

国籍も文化も異なる外国人が、暮らしたいと思える国にするために

協業の一方で、草薙さんは日本のオーナーや管理会社と接するときに、外国人に対する正しい知識がまだ足りていないと感じていることも指摘します。

「そもそも『外国人』と一括りにすること自体、ちょっと乱暴ではないでしょうか。アジア人といっても日本と中国、ベトナムでは習慣も文化も全然違います。相手の習慣や文化を知りながらお互いを理解すること、そのためには、多言語対応ができる不動産管理会社の数ももっと必要です」

お互いの理解が進めば、外国人の日本での住まい探しはもっとずっと楽でスムーズになるでしょう。そして、外国人の入居を受け入れることは人口減による日本全国の空室・空き家の増加を食い止める鍵となり、オーナーともWIN-WINの関係を築けるはずです。

国際事業部の国際色豊かなメンバーが母国語で対応する(画像提供/日本エイジェント)

国際事業部の国際色豊かなメンバーが母国語で対応する(画像提供/日本エイジェント)

国が特定技能制度で外国人の来日を促すのであれば、その数に見合うだけの住まいがなくてはなりません。そして、ただ家を提供するだけでなく、日本語のわからない人たちが、いかに相談しやすい環境や仕組みを整えるかが大事だと感じました。

日本に住んで働くことを希望する外国人のニーズを真剣に捉え、解決してこうとする日本エイジェントのような考えを持つ不動産会社や、理解を示すオーナーがもっと必要です。不動産会社が登録支援機関に認定を受けることもまた、外国人を積極的に受け入れていく姿勢を示す、一つの方法になるのではないでしょうか。

●取材協力
・wagaya japan
・株式会社日本エイジェント国際事業部専用ページ

ひとり親同士が助け合えるシェアハウスにニーズ増。基準新設でサポート機会増えるも、課題は?

ひとり親が住宅を確保することは、低所得であることや家賃滞納リスクなどの懸念から困難を極めることがあります。そんな状況を救うために2021年4月、住宅セーフティネット法に「ひとり親向けシェアハウス」の基準が追加されました。背景には、家事・育児・仕事のすべてをひとりで行わなければならないひとり親世帯の孤立を防ぎ、自立を促す住まい方として、ひとり親同士が支え合って暮らすシェアハウスが注目されてきたことがあります。

新しい基準が追加されて2年、ひとり親世帯の住宅事情はどう変化したのでしょう? 専門家・NPO理事・シェアハウス事業者の3名が座談会でホンネを話し合いました。

写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

写真左から、シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん、追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん、特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん
ひとり親、DV被害者、性的マイノリティの住居問題、シェアハウス研究を専門にしている。主な著書に、『母子世帯の居住貧困』(日本経済評論社)、『住まい+ケアを考える~シングルマザー向けシェアハウスの多様なカタチ~』(西山夘三記念 すまい・まちづくり文庫)、『13歳から考える住まいの権利』(かもがわ出版)がある。

特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん 
日本で初めてとなるシングルマザー専用シェアハウス『ぺアレンティングホーム』、シングルマザー向けシェアハウスが集まるサイト『マザーポート』の発起人。

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
幼少期の複雑な家庭環境、不動産会社での勤務経験を活かし、2015年に起業。シングルマザー向けシェアハウスを5棟運営中。

法改正で、ひとり親向けシェアハウスを利用しやすくなる?(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

――はじめに、ひとり親向けシェアハウスとはどのようなものか教えてください。

追手門学院大学 地域創造学部 准教授・葛西リサさん(以下、葛西さん)「ひとり親向けシェアハウスとは、さまざまな事情を抱えたシングルの母子が一同に集まり暮らす賃貸型のシェアハウスのことを指します。主に女性向けが前提とされていますが、これには理由があります」

――どのような理由があるのでしょうか?

葛西さん「母子世帯は年々急増しており、父子世帯と比較して圧倒的に世帯数が多く、2倍近く収入格差があるという統計があります。こうした背景から一般の賃貸住宅に入居したくても入居できないという課題があるのです。また持ち家の多くは夫名義であることが多いため、父子世帯は持ち家率が高いのですが、母子世帯は離婚後にまず住宅の確保を迫られます。この問題を解決するために、シェアハウスは女性向けに提供されています」

――実際、入居している方からはどんな声がありますか?

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「私たちが運営する施設に入居するお母さんたちからは、『一時的にサポートを受けることができる場所があるのはありがたい』『低廉な家賃で家を借りることができるのは助かる』という声を多く聞きますね」

――住宅確保要配慮者が入居しやすい賃貸住宅の供給を促進する法律、通称『住宅セーフティネット法』は、住宅確保要配慮者のひとつの属性として「ひとり親」が明記され、2021年4月にひとり親向けシェアハウスの基準が新設されましたね。なぜ見直しされたのですか?

葛西さん「ひとり親世帯の数は年々増えていますが、ひとり親世帯、特に母子世帯は貧困率が高く、不動産会社やオーナーの家賃滞納に対する不安から入居できる住宅が限られている現状がある。つまりひとり親世帯が入居できる住宅のニーズが高まっているのです。またシェアハウスに同じ立場の人と一緒にくらし、育児や家事を分担、サポートする体制があることで、ひとり親の経済的・社会的・精神的な負担が軽減されるというメリットも確認されています」

――基準の新設によるメリットは?

特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん(以下、秋山さん)「シェアハウスを運営するオーナーや事業者は、ひとり親向けシェアハウス基準の追加によって、シェアハウスをセーフティネット住宅として登録することで、改修費や家賃低廉化の補助(※)を受けられる可能性が出てきました。ただしこれらの補助を受けるためには、セーフティネット住宅の中でも住宅確保に配慮が必要な人向けの『専用住宅』として登録する必要があります。
今後こうしたひとり親向け専用シェアハウスの登録が増えていけば、賃貸を希望する母子世帯にとっても、選択肢が広がっていくメリットはありますね」

※家賃低廉化の補助・・・住宅確保要配慮者のうち低額所得者が賃貸物件に入居する際、行政が民間賃貸住宅などのオーナーに対して補助金を交付する制度

住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅セーフティネット法の制定前からひとり親の居住貧困問題の研究、政策提言を続けてきた葛西リサさん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

基準が変わって、ひとり親世帯向けシェアハウスはどうなった?

――シェアハウス基準の追加から2年。ひとり親によるセーフティネット登録住宅の利用状況は変化していますか?

葛西さん「まだまだ変化したとは言いがたい印象です。まず、ひとり親向けの専用住宅として制度を活用できるハウスが少ないのです。その数を増やすために制度面でもっと変化をしてほしいのは、ひとり親向けセーフティネット住宅における『家賃低廉化措置』の制度化ですね。国の基準として追加されたものの、実際に補助制度の設計・運用は各自治体に任せられています。

国土交通省によると補助費用の予算化は、各自治体での判断に委ねているそう。各自治体はどうしてもひとり親世帯の支援よりも、他の支援に予算を優先してしまいがち。つまり枠組みはできたのだけど、それが十分に活用されていないという事態なのです」

秋山さん「実際に日本に1700ほどある自治体の中で、制度化・予算化ができているのは30程度。その中でも運営事業者が制度を利用できている実態が見えるのは横浜市(神奈川県)ぐらいではないでしょうか。横浜市はセーフティネット法の基準新設前から、独自でひとり親向けのシェアハウスの基準を設けてきました。基準新設は、一見するとひとり親向けシェアハウスの運営事業者が補助制度を利用できるようになったように見えるのですが、実際は自治体が制度化していないために、利用できないことが多い状況です」

NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

NPO理事はもちろん、建築士としても社会課題の解決に取り組む秋山 怜史さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

葛西さん「横浜市は家賃補助付きセーフティネット住宅制度を設けており、この制度を活用することで、オーナーさんは家賃低廉化や家屋改修費の補助を得ることができます。特に家賃補助は最大で月4万円。補助があれば賃料を下げることができるので、低所得の人たちも家を借りやすくなるのです。ひとり親向けシェアハウスを営む『YOROZUYA』オーナーの小林剛さんは『セーフティネット住宅として登録しただけでも、問い合わせが増えた』と話しています」

横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)

横浜市磯子区にあるシェアハウス「YOROZUYA」(画像提供/マザーポート)

ひとり親向けシェアハウスの維持・運営、難しいのが現実

――そもそもセーフティネット登録住宅の件数は増えているのでしょうか。

葛西さん「登録件数自体は増えていますね。ただし『ひとり親世帯などを優先する専用住宅』が増えないのです」

秋山さん「ひとり親向けシェアハウスの事業は、維持・運営が非常に難しいことを痛感しています。当NPOの会員である運営事業者と連絡を取ると『事業をやめました』『これからは募集を停止する予定です』というコメントが時折あり、数年前は全国に30以上いた運営者が今年は20強と徐々に数が減ってきています」

シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん(以下、山中さん)「セーフティネット住宅として登録するためには耐震基準を満たす必要がありますが、家賃を下げるためにそれなりに築年を経た物件で運営することが多いため、旧耐震基準のハウスも多いです。これを現在の耐震基準を満たすように改修するためには、補助金だけでは到底まかなえません。当社のように自社で物件を持たず、マスターリース(一括借上げ)で運営していると、オーナーさんに改修の打診をすることも簡単ではないのです。総じて制度を利用するのにハードルが高いのでセーフティネット住宅としては登録しない、という結論に至ってしまうのです」

シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

シングルマザーのためのシェアハウスを複数経営する山中真奈さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

葛西さん「『自治体で家賃低廉化補助制度を設けているか』と『その地域にひとり親向けシェアハウスを運営するオーナーや事業者がいるか』。そのマッチングができれば横浜市のように制度を活用できる事業者や物件が出てきますが、うまくマッチングされないと、ひとり親向けシェアハウスの数は増えないのでしょう」

制度活用をどうするか。注目したいスキームや補助金

――住宅セーフティネット制度以外で、ひとり親やひとり親向け住宅を運営する事業者が活用できる自治体の制度・手段はありますか。

山中さん「スキーム面で新しい事例として挙げられるのは、豊島区で開設したひとり親向けシェアハウスです。これは秋山さんが代表を務めるNPO法人 全国ひとり親居住支援機構と豊島区が協働して『ひとり親向けシェアハウス』開設に向けた新たなスキーム『豊島区モデル』を構築した例です。私たちシングルズキッズは豊島区サイドからの熱いアプローチを受けて、運営事業者として参画。これまでのように物件の借上げはせずに、運営のみを担っています」

秋山さん「運営事業者には、お金周りのことを心配せずに運営に注力してほしいという考えで、物件の借上げ(物件オーナーへの家賃の支払い)を私たちNPOが担うことにしたのです」

ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)

ひとり親向けシェアハウス(豊島区モデル)スキームイメージ(画像出典/豊島区ホームページ)

葛西さん「この事例の良い点は、事業のリスクを1事業者だけが負うのではなく、シェアハウス運営事業者、NPO、行政とそれぞれの強みを活かしながら役割を分担して参画できる仕組みであることです。こうした体制にできると、今後もっとひとり親向けシェアハウスが増えていくように思いますね」

実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

実践者・有識者としてそれぞれの立場から課題について話し合う3人(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

山中さん「ほかに、入居者であるひとり親世帯の立場で活用しやすいと感じる制度は、厚生労働省が設けている『住居確保給付金制度』です。この制度のメリットは、離職や減収、例えばコロナ禍のような不測の事態が起きた際でも、申請すれば市区町村ごとに定める額を上限に原則3カ月分、実際の家賃額を支給してもらえます。さらに延長は2回まで可能、最大9カ月間の利用ができることも。家賃の支払いに苦慮している入居者の方には、私たち事業者からこうした制度の案内をしています。それによって事業者も収入を確保できるからです」

事業者サイドへの啓蒙を継続的に行い、プレイヤーを増やす

――今後、ひとり親世帯へ向けた住宅セーフティネット制度の活用は進むのでしょうか。

山中さん「実際に事業者として、入居者のニーズは拡大していると感じます。問い合わせなども増えていますので」

葛西さん「メディア掲載などにより、ひとり親世帯の住宅確保の問題は目に触れる機会が増えており、認知は上がっているのではないでしょうか。最近はひとり親向けシェアハウスとして、水まわりなどを共用するハウスだけではなく、バス・トイレが1世帯ごとに分かれているアパート型のハウスも出てきました。不動産業界としても、日本全体の人口が減り、空室や空き家が増えるなかで今後は住宅の確保が困難な人たちへ向けて積極的に住宅を提供していくべきという風潮も高まっているようです」

秋山さん「住宅セーフティネット制度は、家を借りる人(入居者)に啓蒙するよりも、私たちNPOが取り組んでいるように、積極的に制度を活用したい事業者に向けてもっとアナウンスをしていったほうが良いと思います。そもそも事業者自体がこの制度を知らないと活用をすることができません。

今後の居住支援を担うプレイヤーをもっと増やしていくことが、行政やわたしたち支援者のやるべきことですね」

――ひとり親にとっては、今後どんな暮らしができる社会になるのでしょう?

秋山さん「『将来に希望を持てる社会が実現されていく』と思います。住宅は生活すべての基盤。住まいに困ることなく、安心安全である暮らしは、その先の未来を考える上で最も大切なことのひとつなのです。ひとり親のための住まいが増えることによって、誰もが安心して未来を見据え、将来に希望が持てるようになっていくと信じています」

葛西さん「自活をスムーズに進めることができる社会になっていくと思います。夫の収入に依存して住まいを得る女性は未だに多く、離婚時には不利に働いています。婚姻中に育児を背景に仕事を辞めたり、パートなどの短時間労働に変更したことで、資金と信用力不足になり、母子世帯は貧困に陥りやすい。ゆえに住宅市場から排除される傾向があるのです。

住宅がなければ就職も子どもの学区も決定できず、新生活のビジョンが描けない。さらには居所が定まらず、親子ともに精神的に追い詰められ、不安定となるケースも少なくないです。しかし本来、子どもの健やかな成長を保障するためにも、自活の第一歩となる住宅の確保は、公的に保障されるべきこと。ひとり親のニーズに合致した住まいサービスが増えることで、居場所を失った親子を減らしていけると願っています」

ひとり親シェアハウスに対する利用者のニーズは年々増加。しかし事業者は運営状況が厳しく撤退し、シェアハウスが年々減少していっているという「ニーズと実態の逆行」の事実に歯がゆく思います。住宅セーフティネット法の基準追加は、ひとり親の居住問題が注目されるきっかけにもなっていますが、これを単なるイベントにせず、より制度が根付くように国や自治体の積極的なバックアップが望まれるのではないでしょうか。今後の動きにますます注目です。

グラレコ作成/SUUMOジャーナル編集部

(グラレコ作成/SUUMOジャーナル編集部)

●取材協力
・追手門学院大学 地域創造学部 准教授 ・葛西リサさん
・特定非営利活動法人 全国ひとり親居住支援機構 代表理事・秋山怜史さん 
・シングルズキッズ株式会社 代表取締役・山中真奈さん
・ひとり親向けシェアハウス『YOROZUYA』(神奈川県横浜市)
・「ひとり親向けシェアハウス」官民協働実現(東京都豊島区のモデルケース)

賃貸住宅の管理業者に初の立入検査、97社うち59社に是正指導。入居する時の注意点は?

国土交通省は、2023年1月~2月に全国97社の賃貸住宅管理業者などに立入検査を実施した。「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」の施行後、初めての立入検査となった。検査を実施した背景やその結果などについて見ていこう。

【今週の住活トピック】
賃貸管理業者などへの初の立入検査を実施/国土交通省

「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」とは?

まず、この法律が制定された背景について説明しよう。

賃貸住宅はオーナー(大家)が管理する場合もあるが、近年は管理業者に委託するケースが大半だ。管理業者は、家賃や敷金などの受け取りや賃貸借契約の更新、退去時の立ち会い、敷金の返還などの一連の業務を行うほか、建物の点検や補修、清掃なども行っている。賃貸暮らしにおいては、きわめて重要な役割を担っているのだ。さらに、サブリースと呼ばれる、管理業者がオーナーから借りて、それを管理業者がエンドユーザーに又貸しする形式も増えている。

出典/国土交通省「賃貸住宅管理業法ポータルサイト」より転載

出典/国土交通省「賃貸住宅管理業法ポータルサイト」より転載

一方で、宅地建物取引業者やマンション管理業者の場合は法規制があり、国土交通省の監督下にあるが、賃貸住宅管理業者には法規制がなかった。そこで、オーナー・入居者と管理業者の間のトラブル防止を目的に、「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」が制定され、2021年6月に施行された。

その内容は、「賃貸住宅管理業者の登録制度の創設」(管理戸数200戸未満は任意)と、主に次のようなことを義務づけたもの。
・管理受託契約を締結する際に重要事項を説明する
・受託した業務の実施内容を定期的に報告する
・家賃などの財産を自身の財産と分別して管理する
・業務管理者を配置する

賃貸住宅管理業者などへの立入検査の結果は?

登録制度への賃貸住宅管理業者の登録数は、2023年3月末時点で8943社、管理戸数は合計で約790万戸となっている。今回、法律に則り適正に事業が営まれているかどうかについて、全国97社に対して立入検査を実施した。

国土交通省は検査を実施した結果、97社のうち59社に対して是正指導などを行った。かなりの割合だが、気になる指導内容を見てみよう。

指導の対象(重複あり)について、件数が多いものには次のようなものがあった。
・28件「管理受託契約締結時の書面交付義務違反」
→ 書面に記載すべき項目に不備があるなど
・18件「書類の備え置き及び閲覧義務違反」
→ 業務状況調書を作成しない、電子保存のみで書面化していないなど
・17件「管理受託契約締結前の重要事項説明義務違反」
→ 重要事項説明書に記載すべき項目に不備があるなど

国交省「【概要版】賃貸住宅管理業者等への全国一斉立入検査結果(令和4年度)」より転載

出典/国交省「【概要版】賃貸住宅管理業者等への全国一斉立入検査結果(令和4年度)」より転載

国土交通省では、一部の賃貸住宅管理業者などに法律の内容について理解不足が見られたが、指導した結果、59 社すべてで是正がなされたことを確認している、と公表した。

賃貸住宅に入居する場合の注意点

賃貸住宅に入居する場合は、賃貸住宅の管理は誰が行うのかを確認しよう。管理を管理業者が受託している場合は、管理業者が登録制度に登録しているかどうかも確認しておきたい。登録事業者かどうかは、国土交通省の「建設業者・宅建業者等企業情報検索システム」の「賃貸住宅管理業者」タブで検索できる。

また、国土交通省では、「貸主が建物の所有者ではない場合」には、次の3点を確認するように入居者に注意を促している。

■「貸主が建物の所有者ではない場合」の注意点
(1)入居する部屋はサブリース住宅かどうか
(2)賃貸借契約書に、貸主が建物のオーナーに変わった場合に住み続けられる旨の記載があるか
(3)サブリース業者から維持保全の内容や連絡先の通知を受けているか
(出典:「賃貸住宅管理業法ポータルサイト」のサブリース住宅の入居者への注意喚起リーフレットより)

サブリース住宅の場合、オーナー(所有者)はサブリース業者と賃貸借契約を結び、サブリース業者は入居者に又貸しして転貸借契約を結ぶ。この場合の転貸借契約には、オーナーが誰であるかも記載するように、国土交通省では指導している。また、オーナーとサブリース業者の間の賃貸借契約が終了した後も、入居者がそのまま住み続けられることが契約書に記載されていれば、万一のときも安心だ。

また、維持保全とは、賃貸住宅の建物や設備などの清掃や点検、補修などを行うことで、入居者の生活に支障がないように適切に管理されることが望まれる。サブリース住宅の場合はサブリース業者が行うので、具体的にどんなことをするのか、不具合があった場合などにどこに連絡すればいいかが通知されていることが必要だ。

スマホを耳に当て微笑む女性

(写真/PIXTA)

さて、いまの賃貸住宅は、その多くが管理業者によって管理されている。入居者にとっては、家賃の督促や故障・修繕の対応、他の入居者への苦情対応などについて、誰に相談してどう対処してくれるかは、日々の生活に大きく影響する。賃貸住宅に入居する際には、管理についてもしっかりと確認してほしい。

●関連サイト
国土交通省「賃貸住宅管理業者及び特定転貸事業者59社に是正指導~全国一斉立入検査結果(令和4年度)~」
国土交通省の賃貸管理業者検索サイト
●参考サイト
国土交通省の賃貸住宅管理業法ポータルサイト
「賃貸住宅管理業法ポータルサイト」のサブリース住宅の入居者への注意喚起リーフレット

タイの賃貸は家具付き、知人紹介が基本! バンコク中心部サトーン地区、移住歴15年の日本人のおしゃれアパートにおじゃまします

個性を大切にした暮らし方や働き方って、どんなものだろう。
その人の核となる小さなこだわりや、やわらかな考え方、暮らしのTipsを知りたくて、これまで4年かけて台湾や東京に住む外国の方々にお話を聞いてきました。

私の中でここ数年はタイのドラマや映画、音楽や雑誌などが沸騰中。国内外の移動ができるようになったタイミングでバンコクに飛び、クリエイターや会社員など3名の方のご自宅へ。センスのいいインテリアと、無理をしない伸びやかな暮らし方、まわりの人を大切にする愛情深さ、仕事に対する考え方などについてたっぷり伺いました。
初回はアートディレクター・グラフィックデザイナーで日系企業の会社員、金野芳美さん(40歳)を訪ねました。

タイの首都、バンコクの住宅事情(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイの首都、バンコク。面積は1,569 平方kmで、東京都の4分の3ほどでしょうか。タイ全土の約1.5%の広さにもかかわらず、経済規模ではタイ全体の約半分を占めています。交通網の整備が進み、おしゃれなショップやカフェも続々とできて、トレンドに敏感な街として勢いを感じるものの、他の国の首都と比べると地価は上がりすぎておらず、比較的手ごろな印象です。

はじめに、タイの住宅の種類について少しお話させてください。タイの住宅は、マンションのような建物の「アパート」「コンドミニアム」「サービスアパート」と、長屋のように横の家とつながっていて4階程度までの低層な「タウンハウス」、そして日本と同様に「戸建」があります。

タイのアパート(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイのアパート(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「アパート」「コンドミニアム」「サービスアパート」は、建物のグレードによって呼び名が異なるのではなく、所有形態や付帯サービスが違います。「アパート」は、建物全体を一人のオーナーが所有している賃貸マンション。「コンドミニアム」は、部屋ごとにオーナーが異なる賃貸マンション。「サービスアパート」は、家事サービス付きでホテルのように住めるマンションです。

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タウンハウス(写真撮影/Yoko Sakamoto)

また、タイの賃貸物件は家具付きが一般的で、新しめの物件にはおおかた家具がついています。その設備は、一棟全部同じか、部屋のオーナーによってさまざまな場合も。そして、家電がついていることもあります。

それもあってか、わざわざ家具をそろえるのは相当お金に余裕があるか、自分らしく暮らしたいと願うひと握りの人で、その多くはクリエイターや外国人。また、タイブランドの家具は非常に高価なため、若い世代はIKEA率が高いそうです。

日本人女性が住む70平米の1LDKアパート

さて、今回紹介するのは金野芳美さん、40歳。アートディレクター・グラフィックデザイナーで、現在は日系企業の会社員(企画職)です。

金野さんが住んでいるのは、バンコク中心部の大使館などが集まる「サトーン」エリア。オフィス街に近く新しいコンドミニアムが多い、閑静な高級住宅地です。

雰囲気のいい築古のアパート。緑も多い(写真撮影/Yoko Sakamoto)

雰囲気のいい築古のアパート。緑も多い(写真撮影/Yoko Sakamoto)

住まいは築30年のビンテージのアパート。道路に面した手前側の棟には30部屋ほど、奥に位置する低層棟には全6部屋があり、金野さんの部屋は低層棟の1室。70平米のたっぷりゆとりのある1LDKで、さらに部屋の周囲にベランダがついています。金野さんによると、もともと軍などに勤務する西洋人が住んでいたそう。部屋の天井も家具も高さがあって、平米数以上の広さに感じられます。

ひろびろ、ゆったり。天井が高くて窓も大きく開放感があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ひろびろ、ゆったり。天井が高くて窓も大きく開放感があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金野芳美さん。大学卒業後にワーキングホリデーでオーストラリアに1年間住んだあと、バンコクへ移住(写真撮影/Yoko Sakamoto)

金野芳美さん。大学卒業後にワーキングホリデーでオーストラリアに1年間住んだあと、バンコクへ移住(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「タイに来たのは2007年、23歳の時です。タイのフリーペーパー制作会社にグラフィックデザイナーとして入社したんです。ここで3年間勤務したのちに、2年間のフリーランスを経て、29歳でタイ人の友達と一緒にデザイン会社を設立しました。

「お酒を飲んでいるときがいちばん幸せ!」LEOはタイの有名ビールブランド(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「お酒を飲んでいるときがいちばん幸せ!」LEOはタイの有名ビールブランド(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイに来たばかりの当時は物価も家賃も安くて、アパートで一人暮らしをしていました。タイに根付くつもりはなくて、いつでも次の国に行けるようにスーツケースに入るくらいの荷物しか持っていなかったんです。

会社を立ち上げた当初は軌道に乗せるのが最重要項目で、家にお金をかけたくなかったので、友達の家の一室にシェアハウス的に住んだりもしていました。その後数年間がむしゃらに働いて、会社が安定したので、そろそろ住まいにもこだわって、インテリアや持ち物も増やそうと考えたときに出会ったのがこの部屋です」
ここは金野さんがタイに来て、10軒目に出会った住まいでした。

室内にもグリーンがふんだんに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

室内にもグリーンがふんだんに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

物件選びは、大家さんへの直接交渉や友人知人の紹介も

70平米の1LDKは家族3人でも住めるくらいの広さで、一人暮らしには十分すぎるほど。どうしてこの物件を選んだのでしょうか。

「このアパートをあえて選んだのは、立地と広さと家賃、部屋の雰囲気の良さ、大家さんとの相性など、すべてが魅力的だったから。特に広さに関しては、当初はここまで広いところに住むつもりはなかったです。
タイでは、賃貸の住まい選びの際に、不動産会社の仲介を入れないケースも多いです。私は建物のエントランスにいるスタッフを通じて大家さんとやりとりしましたし、そこに住んでいる友人知人に紹介してもらうケースも少なくありません。条件面はすべて大家さんとの話し合いが必要になりますが、外国人でも保証人が不要ということもあり、引越しのハードルは低いですね。不動産会社が仲介するのは駐在の方が住むような高級物件くらいです」

エントランスに常駐しているスタッフとも良い関係(写真撮影/Yoko Sakamoto)

エントランスに常駐しているスタッフとも良い関係(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイ人の多くは築浅でモダンな物件を好むため、このように築古でビンテージ感ある雰囲気の物件は、同エリアの同じ広さの物件と比べてお得に借りられるそう。センスのいい外国人や、タイ人クリエイターなどに人気です。

コロナで家ごもりをしていた間に、ベランダにハンモックを設置(写真撮影/Yoko Sakamoto)

コロナで家ごもりをしていた間に、ベランダにハンモックを設置(写真撮影/Yoko Sakamoto)

ちなみに、年間の最高気温が35℃で最低気温が22℃のタイ(バンコク)では、南向きと西向きの部屋は「暑すぎる」「電気代がかかる」という理由で不人気だとか。この部屋も、開口部が広くて陽光がたっぷり入るものの、南向きではありません。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

さて、気になる家賃は……?
「お給料も物価も、15年前と比べて1.5倍になりました。現在、日本人現地採用の月給目安は60,000~80,000B(23.3万円~31万円)で、そこから保険料などが引かれます。たとえば家賃が15,000B~20,000B(5.8万円~7.7万円)の部屋を借りると、3分の1が住居費で生活がカツカツになるので、家賃は10,000B~15,000B(3.9万円~5.8万円)が理想でしょうか。この部屋は家賃が13,000B(5万円)で、電気代は高くても2,000B(7760円)。とてもコスパがいい物件です」

古いアパートならではの愛らしいディティールがそこかしこに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

古いアパートならではの愛らしいディティールがそこかしこに(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家賃が手ごろなうえに、このアパートは職場までバイクで15分の立地。バンコク在住の人には珍しい、職住近接な環境です。

交通量の多いバンコク市内。表通りは賑やかで活気があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

交通量の多いバンコク市内。表通りは賑やかで活気があります(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「タイ人は家族と一緒に住みたい人が多いので、バンコクっ子は、たとえ実家がバンコク郊外でも、わざわざ実家から車や電車などで職場に通っています。
また、貯金はしない・投資が好きという傾向があり、少し前までは就職したらすぐローンを組めたことから、若い人も家や車などをバンバン買っていました。
不動産購入の目的は、貸して家賃収入を得られたり、さらには将来へ投資のため。お金持ちはローンを組まずに一括で買い、賃貸に出したり、のちに手放すなどして、利益を得ています。でも、一般の人が後先を考えずにローンで購入して、立ち行かなくなるケースも多々あって。もらったお給料で1カ月やりくりするという概念を持っていない人も、比較的多いように感じます。ちなみに、タイには相続税はありません」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

現在、バンコクの地価は東京のおよそ4分の1と聞きました。たしかにその価格であれば、若い世代も不動産を手に入れる夢が持てますね。金野さんも、まわりの人からこれだけタイに長くいるのだから不動産を買ったらいいのにとよく言われますが、外国人は土地の所有が認められていなくて、購入できるのはコンドミニアムのみだそうです。

キッチンや水まわりはタイル貼りで清潔な印象(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンや水まわりはタイル貼りで清潔な印象(写真撮影/Yoko Sakamoto)

譲ってもらった家具や旅で出合った小物で部屋を飾る

この部屋の床材は風合いのある木材ですが、タイの物件の床はタイル貼りが主流です。タイでは玄関扉周辺で靴を脱ぎ、室内では靴下やスリッパは履かずに裸足で生活します。タイルは冷たくて気持ち良く、水拭きできるというメリットもあるそう。バンコク以外の地域では、タイル床にゴザを敷いて床生活をしている家が多いのだとか。

キッチンユニットとコンロ、冷蔵庫、カウンターは元々ついていたもの(写真撮影/Yoko Sakamoto)

キッチンユニットとコンロ、冷蔵庫、カウンターは元々ついていたもの(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「一般的な賃貸物件と同様に、この部屋にももともといくつかの家具や家電がついていました。リビングのテーブルとキッチンのカウンター、テレビ台、クイーンサイズのベッド、冷蔵庫などですね。タイの賃貸住宅についているベッドがたいていクイーンかキングサイズなのは、部屋が大きいからベッドも大きいのでは、と思います」

クイーンサイズのベッドもついていた。ベッドは大きいサイズが一般的(写真撮影/Yoko Sakamoto)

クイーンサイズのベッドもついていた。ベッドは大きいサイズが一般的(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「この物件のキッチンにはガスコンロがついていました。新しい物件はIHが主流なので、この点も古い物件ならではです。ちなみに、安い物件にはキッチンがついていないことも少なくありません。タイは屋台文化が発達していて、家で料理をせずに外で食べたり、買ってきたりすることも多いですからね。でも最近は、おしゃれだからとかヘルシーという理由で料理をする若い人も増えてきました」

新しい物件ではほぼ見かけない4口のガスコンロ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

新しい物件ではほぼ見かけない4口のガスコンロ(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「そして、お金持ちの家にはメイドさんがいて、料理・掃除・洗濯等の家事をすべてまかせています。このアパートにも掃除してくれるスタッフがいて、普通の会社員も頼める金額でやってもらえますよ。たしか1回あたり400B(1552円)か600B(2328円)くらいです」

タイ人と日本人のアーティストの作品を飾って(写真撮影/Yoko Sakamoto)

タイ人と日本人のアーティストの作品を飾って(写真撮影/Yoko Sakamoto)

家具付きの部屋と聞くと、自分らしさを出しにくいのではと感じますが、とんでもない。譲ってもらった家具をゆったりと置き、壁にタイのアーティストの絵を飾り、ミャンマーなど近隣諸国で買ってきたアジア雑貨を足す。ひとつひとつ見ると個性の強いカラフルな家具や小物も、床が濃い茶色だからか、絶妙なバランスでまとまっています。

イエローのソファも部屋にしっくり馴染んでいる(写真撮影/Yoko Sakamoto)

イエローのソファも部屋にしっくり馴染んでいる(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「家具はタイを離れる友人から譲ってもらったり、本帰国する人のガレージセールで手に入れたり。このソファも、タイを離れた日本人から2000Bで譲ってもらいました。
タイは気温も湿度も高いためラグではなくゴザが普及していますが、ゴザは本来安価なもの。それをおしゃれにリデザインしたのがタイの『PDM』というブランドで、Facebookで見てこれだ!と柄にひと目ぼれ。すごく派手だから、テーブルで一部を覆って派手さを薄めています」

個性の強いゴザは、テーブルを置いて分量を調節(写真撮影/Yoko Sakamoto)

個性の強いゴザは、テーブルを置いて分量を調節(写真撮影/Yoko Sakamoto)

まるで守り神のようなミャンマーの置物(写真撮影/Yoko Sakamoto)

まるで守り神のようなミャンマーの置物(写真撮影/Yoko Sakamoto)

気づいたら在タイ期間も長くなって。「何か月か、住んでみたらいい」

外に出かけるのが好きで、コロナ禍前は外食がほとんどだった金野さん。10人単位の来客もよくありました。でも、コロナ禍で出掛けられなくなって家にいる時間が長くなったときは、空間にこだわって居心地よくしていて良かったと思ったし、家で料理もしていたそう。そして今、ふたたび出かける楽しさを満喫しています。これからの住まい計画はどうでしょうか。

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

「実は、私はタイに住みたくて来たわけではなくて、根付くつもりはなかったのになぜか今に至っていて。面白いもので、バンコクはそういう人のほうが長く居ついているんです。かれこれ15年以上住んでいるので、タイにいる日本人の中では中堅くらいでしょうか。でも、コロナ前には別の国へ赴任する話もあったので、この先もしかすると他の国に移住するかもしれません」

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

(写真撮影/Yoko Sakamoto)

強い意志を持って、よほど勇気を出さないと海外移住はできないという思い込みがありましたが、意外と住んでから考えることもできるのですね。働き方の自由度が上がった今、まわりでも海外移住を検討している人が何人もいて、もちろんタイを目指している人もいます。
「何か月か、住んでみたらいいのよ」(金野さん)という言葉が、こんなにもリアルに響いたのは初めて。ふらっと行って住んでみる、という可能性を教えていただきました。

●取材協力
金野芳美さん
Instagram @kinnokinno

1バーツ=3.88円(2023年4月10日現在)

サウナ付き賃貸・築100年超は当たり前!? 念願のフィンランドに移住した『北欧こじらせ日記』作者chikaさんが語る異文化住宅事情

「週末北欧部」として、ブログやSNSで北欧への愛を長年発信し続けてきたchikaさん。フィンランドで働くため日本で寿司職人になり、実際に移住するまでの道のりをつづっているコミックエッセイ『北欧こじらせ日記』(世界文化社)は、2022年秋にドラマ化している。

昨年4月、ついに念願のフィンランド生活をスタートしたchikaさんに、フィンランドの居住環境や暮らしについてお聞きした。

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

週末北欧部 chikaさん
フィンランドが好き過ぎて12年以上通い続け、ディープな楽しみ方を味わいつくした自他ともに認めるフィンランドオタク。移住のために会社員生活のかたわら寿司職人の修行を始め、ついに2022年春に移住。モットーは「とりあえずやってみる」。好きなものは水辺、猫、酒、一人旅。著書に『マイフィンランドルーティン100』(ワニブックス)、『北欧こじらせ日記』(世界文化社)、『世界ともだち部』(講談社)など。

自分らしく働くための「寿司職人」という選択肢

北欧やフィンランドへの愛を漫画で描き、インターネットで発信する週末北欧部・chikaさん。これまで北欧の魅力を多くの人に届けてきた。フィンランドとの出合いのきっかけは何だったのだろう。

「私の誕生日がクリスマスであることからずっと憧れていたサンタさんに会うため、20歳のときに一人旅で初めてフィンランドを訪れたんです。そこで『いつかこの国に住みたい!』と強烈な一目惚れをし、以来1年に1回は必ずフィンランドに通うようになりました」

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

大学卒業後は北欧音楽に関連する会社で働き、その後日本で北欧カフェを開くことを目指して、会社員をしながら休日にカフェでアルバイトをしていた。そんな生活を続けるうちに、「どうせ苦労するなら一番好きな場所で苦労しよう」とフィンランドで生活する方法を探し始めた。

見つけたのは、日本人歓迎の寿司職人の求人だった。会社員をしながら寿司学校やお店で約2年間修行したのち、2022年4月、13年越しの思いとともにフィンランドへ移住した。

日本での修行時代にchikaさんが握ったお寿司(画像提供/週末北欧部chika)

日本での修行時代にchikaさんが握ったお寿司(画像提供/週末北欧部chika)

「寿司はフィンランドの人たちにもよく食べられていて、日本人シェフは本場の味を知っていることから重宝されているようです。寿司職人は、私らしさを活かして喜んでもらえる仕事だと思いました。フィンランドのレストランとはビデオ通話で面接を行い、採用されたことで就労ビザが得られることになり移住が決定、フィンランドに渡った3日後あたりには仕事が始まりました」

フィンランドに住むために寿司職人になる。一見奇抜な決断だが、「好きな場所で自分らしく働きたい」と考え続けたchikaさんにとっては必然的な選択だったのだと思えた。そんなchikaさんに、フィンランドの住宅事情や現地での暮らしづくりの過程を話してもらった。

都心でも自然が身近なヘルシンキヘルシンキの街並み(画像提供/週末北欧部chika)

ヘルシンキの街並み(画像提供/週末北欧部chika)

「私が住んでいるのは首都のヘルシンキで、日本から来た人はここに居住することが多いと思います。フィンランド南部の海に面する都市で、森や湖などの自然も身近にあり心地良い街です。公用語はフィンランド語ですが9割以上の人が英語も話せるので、私も英語を使って生活しています。北部に行くほどフィンランド語しか通じない場面が増えますね」

正規でアパートを借りるには、現地の銀行口座が必要。口座開設に時間がかかるため、最初はAirbnbで小さなワンルームを借りて1カ月ほど過ごしたという。ただ、長期滞在向けの部屋ではないため、家具や光熱費などを含めても1泊7,000円とどうしても割高になってしまう。

「このアパートに居続けることは金額的に難しいと考えていたところ、10年来のフィンランド人の友達がちょうどワーケーションで空けることになった家を3カ月ほど貸してもらえることになりました。かつて年1回のフィンランド通いをしていたころにも滞在したことがあり、フィンランドにある『第二の家』だと思っていたので、すごくありがたいタイミングです。その家で暮らしているときにやっと口座が開設でき、ついに物件探しがスタートしました」

パーソナルサウナや都心部と家賃の関係、一人暮らしの新居に求めた条件とはヘルシンキの水辺。フィンランドには湖が多い(画像提供/週末北欧部chika)

ヘルシンキの水辺。フィンランドには湖が多い(画像提供/週末北欧部chika)

「ヘルシンキの中心部で水辺に近い好きなエリアがあったので、そこに住むことは決めていました。物件は、休日も料理ができるようにキッチンが広いところで、家賃はお給料の30%を目安に。フィンランドではほとんどのアパートに住民共用のサウナが付いているのですが、理想をいえば部屋にパーソナルサウナがあればいいなと思っていました」

そういえばフィンランドはサウナ発祥の地だった。パーソナルサウナがある物件は主に築浅だったり家賃がその分高くなったりと条件は厳しくなるらしいが、それでもアパートにサウナが標準装備されているのはさすが本場だ。

「日本のように一人暮らし用の賃貸物件は多いです。金銭的な理由でルームシェアをする人もいますが、フィンランド人はパーソナルスペースを大切にする人が多いので、独身の場合は一人暮らしが基本ですね。家賃は都心の人気エリアだと10~15万円で、都心から電車で30分ほど離れると半額ぐらいになります。日本だと東京駅から30分離れた程度では家賃が半分になることはないと思いますが、そこで差が出やすいのはヘルシンキの特徴かもしれません」

ヘルシンキの街並み(画像提供/週末北欧部chika)

ヘルシンキの街並み(画像提供/週末北欧部chika)

「私が物件を探し始めた秋ごろは、フィンランドでちょうど学校の新年度が始まるシーズンでした。入学を控えた学生たちが部屋を探す時期だから、条件の良い物件はすぐに埋まってしまい……。そんなときに、友達のご家族が代々管理しているアパートに空きが出て、借りられることになったんです。パーソナルサウナがないこと以外は全て私の求める条件が叶っていました」

再び友達を通じた物件との出合いだ。こう聞くとたまたま運に救われているように思えるかもしれないが、chikaさんは日本で生活しながらフィンランドを愛する日々の中で、インターネットを使って幅広い交友関係を築いてきた。「大好きなフィンランドで生活したい」という気持ちがたくさんの人に伝わっていたからこそ、このような出合いが巡ってきたのだろうと感じる。

雪国としての暖房設備やシャワールームの工夫

chikaさんのお部屋の写真とともに、フィンランドの住宅のポイントを教えてもらった。まず注目したいのは、1年を通して気温がマイナス6度~17度という寒冷地ならではの暖房機能だ。

大きい湯たんぽのような「セントラルヒーティング」。料金は家賃に含まれる(画像提供/週末北欧部chika)

大きい湯たんぽのような「セントラルヒーティング」。料金は家賃に含まれる(画像提供/週末北欧部chika)

二重窓と、その間に設置されているブラインド。かつてフィンランドはカーテン文化だったが、今はほとんどの家がブラインドを採用しているという(画像提供/週末北欧部chika)

二重窓と、その間に設置されているブラインド。かつてフィンランドはカーテン文化だったが、今はほとんどの家がブラインドを採用しているという(画像提供/週末北欧部chika)

「セントラルヒーティングという、アパートのボイラーで沸かしたお湯を循環させる設備で部屋を暖めます。触ってもやけどしないくらいの温度で、タオルなどを置いて乾かすこともできるんですよ。シャワー室とトイレは床暖房になっていて、それ以外の暖房設備はこのセントラルヒーティングだけですが、外がマイナス気温だとしても室温は常に20~22度を保てています。断熱性を高めるための二重窓は間にブラインドが入っていて、窓を開けずに操作できます」

内部にお湯が流れているポール。シャワー室は床暖房になっており、使用後はすぐに水気を切れる(画像提供/週末北欧部chika)

内部にお湯が流れているポール。シャワー室は床暖房になっており、使用後はすぐに水気を切れる(画像提供/週末北欧部chika)

「シャワー室にもセントラルヒーティングと同じくお湯が循環しているポールがあって、タオルやシーツを干せます。でもこれに掛けなくても、フィンランドは湿度がとても低いので部屋干しだけでパリパリに乾くんです。アパート共用のサウナは予約制で、申請しておいた時間にプライベートで使えます」

雪国らしい設備の数々。いつでも部屋干しができるのはうらやましいと思っていたら、「冬のフィンランドで外干しをすると凍っちゃいます」とのことだった。それぞれの気候に応じた生活スタイルがある。

築100年以上、リノベーションで長く住まう水切りを兼ねた食器棚。「フィンランドのイノベーションとも称されますが、発祥については諸説あるようです」とchikaさん(画像提供/週末北欧部chika)

水切りを兼ねた食器棚。「フィンランドのイノベーションとも称されますが、発祥については諸説あるようです」とchikaさん(画像提供/週末北欧部chika)

リノベーションされたばかりの広いキッチンには、洗濯機・食洗機・オーブンが並ぶ。フィンランドの住宅はオール電化が一般的(画像提供/週末北欧部chika)

リノベーションされたばかりの広いキッチンには、洗濯機・食洗機・オーブンが並ぶ。フィンランドの住宅はオール電化が一般的(画像提供/週末北欧部chika)

「食器棚は収納と水切りを兼ねる構造になっていて、共働きの多いフィンランドではこのような家事の効率化も文化の一つになっています。また、多くの賃貸では冷蔵庫・オーブン・食洗機・洗濯機が備え付けで、大型家電を運ぶ必要がないので、引越しの際にはレンタカーを借りて家族や友達同士で手伝います」

そんなchikaさんの住むアパートは、築100年を超えているという。

「日本だと築100年はすごいと感じるかもしれませんが、周りはほとんど築100年の家ばかりです。ヨーロッパには『古いものほど価値がある』という考え方があって、取り壊さずに適宜リノベーションしつつ使っていく文化があります。私のアパートも1年前にリノベーションしたばかりなので、キッチンやシャワールームがきれいで、玄関の鍵もカードでタッチすれば開くようなものになっています」

リノベーションされている古い物件でも水道管は動かしづらく、昔の文化の名残で洗濯機が地下室に置かれている場合も多いという。地下にあるタイプの洗濯機は予約制で、「仕事休みの朝6時にしか洗濯機の予約が空いていないこともあって不便」とのこと。室内に洗濯機が備え付けの物件は人気になりやすく、chikaさんも物件選びで重視したポイントだった。

玄関にはマットを敷いて靴を脱ぐためのスペースをつくる(画像提供/週末北欧部chika)

玄関にはマットを敷いて靴を脱ぐためのスペースをつくる(画像提供/週末北欧部chika)

「日本との共通点として、フィンランドでも室内では靴を脱ぎます。ただ、玄関の境はないので、マットを自分で設置して玄関っぽい空間をつくるのが少し違うところですね。郵便物は薄いものしか家に届けられなくて、荷物類は近くの郵便局まで取りに行きます。雪がある季節はソリを使えば楽ですが、雪がない季節は少し大変です」

このほかにも、「各住民に個別の倉庫が用意されている」「古い物件ほど天井が高い(理由は不明)」などの特徴を教えていただいた。古い建物をリノベーションしていくからこそ、住宅としての機能がかなり整備された形になっているのがフィンランドの賃貸物件の特徴なのかもしれないと感じた。

お気に入りポイントは、北欧ならではの大きな窓フィンランド人もお墨付きの明るさをもたらしてくれる窓(画像提供/週末北欧部chika)

フィンランド人もお墨付きの明るさをもたらしてくれる窓(画像提供/週末北欧部chika)

「一番のお気に入りは、明るく光を取り込める窓です。フィンランドは日照時間が短いため日差しの入り具合が重視されていて、遊びに来た友達もみんな『明るいね!』と言ってくれます」

設定した時間に流せるラジオ。コマーシャルの入らない国営放送を聞くことが多いという(画像提供/週末北欧部chika)

設定した時間に流せるラジオ。コマーシャルの入らない国営放送を聞くことが多いという(画像提供/週末北欧部chika)

「大通り沿いは交通量やお店も多くにぎやかですが、私の家は表通りからは少し外れて静かで、都心でありながら自然も近い場所です。朝はコーヒーを淹れて、窓から入る日を浴びながら飲むのがルーティーンになっています。最近は友達の勧めでラジオを買って、目覚まし代わりに流れてくるラジオを聞きながら、しばらくはスマホを見ずに過ごすのがすごく良いんです」

想像するだけでうっとりするような時間の過ごし方である。そんなアパートに住む住民同士での交流などはあるのだろうか。

「交流といえるほどのものはなく、会ったらあいさつをする、という感じですね。フィンランドで暮らす人はシャイなところも日本人と結構似ていて、例えば『同じ階の誰かがエレベーターに乗ろうとしているから、その人がいなくなるまで玄関で待っていよう』とか、『一緒にエレベーターに乗った人が同じ階に降りようとしていると気まずい』みたいな考え方をするんです。もちろん人によっては社交的に生活していて、ご近所同士で仲良くなってホームパーティーをしている友人もいます(笑)」

エレベーターの話は痛いほど共感できる「あるある」で驚いた。あの意味のない時間をフィンランドの人も経験していると思うと、なんだか親近感が湧いてくる。

大好きな場所で暮らすようになっても、サードプレイスは必要だったchikaさんのお気に入りの島。「カフェもあって、夏場は毎週のように通うサードプレイスとなっています。冬は図書館に行くことが多いです」とchikaさん。夏のヘルシンキは23時まで太陽が沈まないため、20時ころまで日向ぼっこできるという。(画像提供/週末北欧部chika)

chikaさんのお気に入りの島。「カフェもあって、夏場は毎週のように通うサードプレイスとなっています。冬は図書館に行くことが多いです」とchikaさん。夏のヘルシンキは23時まで太陽が沈まないため、20時ころまで日向ぼっこできるという。(画像提供/週末北欧部chika)

念願のフィンランド生活を全力で楽しんでいるchikaさんだが、日本からの単身移住生活を成り立たせるのはそう簡単なことではなかったようだ。未知の生活をうまく楽しむための心持ちやコツを聞いてみた。

「気持ちの面では、『準備はネガティブに、やるときはポジティブに』をモットーに、大好きな国に行くけど期待はしないということを大切にしていました。何かが起こったとしても『予想よりは大丈夫だった』と思える意識は忘れないようにしています」

「テクニックとしては、気持ちを切り替えられるサードプレイス(第三の居場所)を持つことが大事です。日本にいたころは職場と家以外のサードプレイスをいくつか持っていて、フィンランドもその一つでしたが、実際に暮らすようになってからは『フィンランドという好きな場所の中でもサードプレイスを持つ必要があるんだ』と気づきました。ヘルシンキは歩ける距離に小さい島が点在していて、その中のお気に入りの島を夏のサードプレイスとしています。休みの日のお昼過ぎに出かけて、屋台でソフトクリームとコーヒーを買い、お気に入りの木陰にピクニックシートを敷いて気が済むまで滞在します。本を読んだり、日記を書いたり、少し寝たり。時間を気にしないで過ごせる場所です」

大好きでも期待しすぎず、暮らしの中の居場所を増やすこと。フィンランド、ひいては海外への移住に限らず、新たな環境で生活するために必要な心構えだと感じた。

憧れの地で探し求める理想の生活入居当時のchikaさん宅(画像提供/週末北欧部chika)

入居当時のchikaさん宅(画像提供/週末北欧部chika)

最後に、今後のフィンランド生活での抱負を聞いてみた。

「今の家も当初は『ここは誰の家なんだろう』という感覚で落ち着けなかったのですが、最近は帰ってきたらほっとできる『自分の家』になってきました。私は『いつかフィンランドに移住する』と思い続けていたので、日本にいるときからずっと仮住まいのような気持ちで、大きな買い物ができなかったり猫を飼いたくても飼えなかったりして。自分が本当に欲しいものも分からなくなっていると感じていました。これからは寿司職人の仕事と描く仕事とのワークライフバランスも含めて暮らしを整えながら、自分がどんな生活をしていきたいのかを見つめていけたらいいなと思っています」

自分の住みたい場所に住む、という目標を叶えるためにじっくりと時間をかけてきたchikaさん。「フィンランドの生活がいつまでも続くとは思わないで、まずは3年間を区切りに頑張ってみるつもりです。がむしゃらに過ごした1年目を踏まえて、2年目、3年目をより濃く過ごせたら」とも話してくれた。

chikaさんにとってのフィンランドのような場所とは、きっとそう簡単に出合えるものではない。だからこそ、「ここに住みたい」という思いが生まれたときには、自分の気持ちを信じて行動する必要があると感じた。

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

週末北欧部chika『北欧こじらせ日記 移住決定編』(世界文化社)より

●取材協力
週末北欧部 chikaさん
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『北欧こじらせ日記』(世界文化社)

Z世代の一人暮らしの特徴って? 重要なのは家賃、インテリアは”映える”韓国風がトレンド

Z世代(1995年以降生まれの若年層)を対象としたシンクタンク組織「Z総研」が、Z世代の女性を対象とした「一人暮らし」に関する意識調査を行った。それによると、Z世代の女性の約8割が一人暮らしをしたいと思っているという。そこで、Z世代の一人暮らしの特徴を見ていくことにしよう。

【今週の住活トピック】
「Z総研トレンド通信Vol.18『一人暮らし編』」を発表/N.D.Promotion

Z世代の多くが「一人暮らしをしてみたい」、重視するのは「家賃」と回答

Z世代が研究の対象となるのは、彼らが生まれた時からデジタルデバイスやインターネット、SNSといった環境が身近にあった「デジタル・ネイティブ世代」で、これまでの世代とはその特徴が異なるからだ。

さて、Z総研が全国のZ世代の女性301人に「一人暮らしをしてみたいと思うか」と聞いたところ、「現在している」が6.6%、「してみたい」が80.4%で、「してみたくない」の13.0%を大きく上回った。

物件を探す際に重視したい条件としては、「家賃」がダントツの82.4%で、次いで、「最寄り駅からの距離」(32.6%)、「間取り」(28.6%)となった。以前に別の調査で、一人暮らしのZ世代に同様の質問をした結果でも、家賃がダントツで、交通アクセスと間取りが並んだので、やはりなによりも「家賃重視」なのだ。

“映え”を気にするZ世代ならでは!賃貸アプリに内装の写真の多さを求める

一人暮らしの物件を探す際には、賃貸アプリを使うのだろうが、「何を求めるか」にZ世代女子の特徴が表れた。回答結果は次のようなものだ。

賃貸アプリ(サイト)に求めることはなんですか?

(出典/N.D.Promotion「Z総研トレンド通信Vol.18『一人暮らし編』」より転載)

通常は不動産のポータルサイトに、「掲載物件が多い」(62.1%)ことを求める。テレビCMでも掲載数ナンバーワンなどとアナウンスしているのは、そのためだろう。検索サイトなので、もちろん検索のしやすさ、例えば「細かく条件設定できる」(51.5%)ことなども重視される。ところが、それらを上回って最多だったのが「内装の写真の豊富さ」(75.4%)だ。やはり“映え”を気にする世代ならではのことだ。

当サイトで、「コロナ禍でインテリアへの関心が高まる!20代から50代まで幅広い層がインスタを参考に」 という記事を書いたが、20代以下はインテリアへのこだわりが強く、インテリアの参考にするのは圧倒的に「Instagram」で、次いで「YouTube」だった。インテリアのこだわりが、室内の画像情報を重視することにつながっているのだろう。

インテリアにこだわるけど、落ち着いた色合いを好む

さて、この調査で筆者が最も印象に残ったのが、「一人暮らしの理想のインテリアテイスト」を質問した結果だ。筆者の記憶をたどると、インテリアで根強い人気のテイストは、「北欧風」だ。北欧のスウェーデン発祥の家具メーカー「IKEA」の人気が高いのはそのためだ!と思っていた。

ところが、Z世代の回答を見て驚いた。「北欧」はわずか2.0%。「シンプル」(36.5%)と「韓国風」(26.9%)の人気が極めて高いのだ。

一人暮らしの理想のインテリアテイストを教えてください

(出典/N.D.Promotion「Z総研トレンド通信Vol.18『一人暮らし編』」より転載)

Z総研によると、「ホワイト基調のふわふわした女の子みたいな部屋が理想。YouTubeでインフルエンサーのお部屋紹介動画を見るのも好きで、実際に同じインテリアを購入した」(18歳/高校3年生)、「木の素材が好きでウッド調でシンプルなお洒落カフェのようなお部屋にしたい。自分好みにDIYするのも興味がある」(16歳/高校1年生)といったコメントがあったという。

「韓国風」ってどんなテイストなのだ?

ところで、「韓国風」とはどんなテイストなのだろうか? 「中国風」や「アジアンテイスト」などはわかる。が、「韓国風」とはどんなものかよくわからなかったので、SUUMO編集部のZ世代の編集者に聞いてみた。

彼女によると、「韓国風インテリアは、主に白やアイボリー、素材はウッドなどを基調としているため、あまり派手さはないものの、形状などが個性的で女性が好むアイテムが多い印象」だという。

それを聞いて自宅を見回すと、ダークブラウンの家具が多い。仕事用に最近購入した、無印良品の引き出しボックスだけがアイボリーだ。時代に遅れないように、韓国風をもっと意識しようと思う筆者だった。

ちなみに、「一人暮らしする際に買いたい憧れのインテリアブランド」については、「Francfranc」(38.5%)と「IKEA」(34.9%)の人気が高く、次いで「無印良品」(12.0%)や「ニトリ」(7.6%)となった。いずれも、豪華なインテリアではなくナチュラルなインテリアで、リーズナブルなブランドが多く挙がったのが特徴だ。

一人暮らしする際に買いたい憧れのインテリアブランドはありますか?

(出典/N.D.Promotion「Z総研トレンド通信Vol.18『一人暮らし編』」より転載)

IKEAといえば、北欧テイストではないのか?と思い、インターネットで「IKEA」×「韓国風」で検索してみると、IKEAの韓国風インテリア事例が出るわ出るわ。ほかの組み合わせでも同様で、どのブランドも韓国風を意識してインテリアの商品開発を行っているようだ。

さて、Z世代はデジタルネイティブで、SNS映えを気にする世代である一方、日本の好景気を知らない堅実な世代でもある。一人暮らしをするにしても、無理のない家賃を意識し、シンプルでリーズナブルなインテリアではありながら、自分の個性が表現できるものを選んで購入するといった像が浮かび上がる。

近年は、コロナ禍の影響で自宅にいる時間も長くなっている。Z世代それぞれにとって居心地の良い住まいを選んで、快適な一人暮らしをしてほしいものだ。

●関連サイト
N.D.Promotion「Z総研トレンド通信Vol.18『一人暮らし編』」

外国人の賃貸トラブルTOP3「ゴミ出し・騒音・又貸し」、制度や慣習がまるで違う驚きの海外賃貸実情が原因だった!

日本に暮らす外国人は多くいるにもかかわらず、外国人が入居できる賃貸物件が少ないことが問題になっています。文化や生活習慣の違いから、トラブルになることを危惧して、外国人に部屋を貸したがらないオーナーや管理会社の担当者もいるようです。

今回は、外国人への入居サポートを行っている不動産会社イチイ 代表取締役の荻野政男さんと、グローバルトラストネットワークスの外国人住まい事業部 グローバル賃貸部 部長・尾崎幸男(崎は旧字体、以下同)さんに、外国人入居者との間に起こりやすいトラブルとその解決方法ついて話を聞きました。

日本に住む外国人の賃貸住宅事情は?

外国人が日本で家を借りようとするとき、さまざまな困難が存在します。
まずは、物件情報の取得が困難であること。

「ネットで物件を探せるサイトは複数ありますが、多言語で情報提供されているものはほとんどありません。日本語で物件を探そうとすると、日本語が得意でない外国人は得られる情報が限られてしまいます」と家賃保証をはじめとして、15年以上外国人に特化したさまざまな生活支援事業を展開しているグローバルトラストネットワークスの尾崎幸男さんは話します。

また、海外では通常、保証金として家賃1~2カ月分を支払えば契約できることがほとんどですが、日本では入居に際して家賃保証会社との契約が必要で、そのための審査があります。オーナーや管理会社によっては日本の現住所や電話番号がなければ借りられなかったり、緊急連絡先は日本人でなければダメだったり、留学生など仕事を持たない人は断られてしまうケースもあるようです。

「そもそも、海外では入居希望者がオーナーと直接やりとりすることが多く、不動産会社を介して契約を結ぶということ自体が不慣れです」と、韓国・中国・アメリカなどの外国人スタッフとともに外国人の入居サポートを行っていて、日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会 会長も勤める荻野政男さんは説明します。

何ページにも及ぶ契約書の内容を理解するのは、たとえ説明を受けたとしても、外国人が母国語以外の言葉で理解するのは困難でしょう。

さらに日本では敷金・礼金・仲介手数料・保証料などの費用が通常、家賃の5~6カ月分ほどかかります。初期費用があまりに高すぎて、家を借りること諦めざるを得ない人もいるのだとか。海外では電気・ガス・水道やインターネットなどのインフラ使用料は家賃に含まれていることが多いため、それらの契約を自分でやるのは初めてという人も多く、日本の慣れないルールや慣習に戸惑うことが多いのです。

日本での家探しでは、物件情報や日本独特のルールについて、日本語以外の情報が少ない。日本語が得意でない外国人には情報格差が生まれる可能性も(画像/PIXTA)

日本での家探しでは、物件情報や日本独特のルールについて、日本語以外の情報が少ない。日本語が得意でない外国人には情報格差が生まれる可能性も(画像/PIXTA)

外国人入居者に起こりやすいトラブルTOP3

イチイの荻野さんによると、入居後の外国人のトラブルトップ3は、「ゴミ出し」「騒音」「又貸し」だといいます。

「“ゴミ出し”は、日本のように細かくゴミの分別をしている国は意外と少なく、ゴミの分別に慣れていない人が多いです。日本より細かく分別する習慣があるのは、ドイツくらいではないでしょうか」(イチイ荻野さん)

「中国では、2019年から上海市を手始めにゴミを分別するようになりましたが、主にリサイクルゴミ、有害ゴミ、生ゴミ、乾燥ゴミの4種類のみ。ベトナムでも昨年ゴミを分別するルールができたそうですが、まだ馴染みがないようです」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

さらに、分別の仕方や回収日など、ルールが地域によって違う点もわかりづらく、ゴミ出しトラブルになる要素をはらんでいます。

ゴミ出しの仕分けやルールは複雑。自治体では日本語だけでなく、母国語で説明できるような資料の作成や、配布する仕組みが必要かもしれない(写真/PIXTA)

ゴミ出しの仕分けやルールは複雑。自治体では日本語だけでなく、母国語で説明できるような資料の作成や、配布する仕組みが必要かもしれない(写真/PIXTA)

“騒音”については、文化の違いや家のつくりが関係しているようです。日本人は自宅を「ゆっくり静かに過ごす場所」と考えている人が多いようですが、海外では自宅を社交場の一つとして「友人や知人を招いて楽しくおしゃべりする場所」だとする考え方が一般的である国も少なくありません。

「日本の家は外国の家に比べて壁が薄く音が漏れやすいんです。しかし、彼らはそんなことは知りません。これまでと同じようにしゃべっているだけでもトラブルになってしまうのです。また、母国にいる家族と電話で話そうとすると時差があるため、夜遅い時間に電話をして『声がうるさい』とトラブルになったケースがありました」(イチイ荻野さん)

日本の家の壁は薄くて音が漏れやすい。自宅に友人・知人を招いて楽しくおしゃべりのはずが、騒音トラブルになってしまうことも(写真/PIXTA)

日本の家の壁は薄くて音が漏れやすい。自宅に友人・知人を招いて楽しくおしゃべりのはずが、騒音トラブルになってしまうことも(写真/PIXTA)

日本では賃貸する期間を限定する定期借家契約よりも更新や中途解約が可能な普通借家契約が多く、「又貸し(転貸)」は契約で禁止される場合がほとんど。一方、外国では定期借家契約が多いために、移転などの理由で契約期間が残ってしまう場合、知り合いに又貸しすることが当たり前の国や地域もあるので、やってはいけないことだと知らない人も多いそうです。イチイの荻野さんによれば、かつては契約者以外の人がたくさん同居してしまうことなどもありましたが、今は少なくなってきているといいます。

「昔は日本の初期費用や家賃が外国人には高くて部屋を借りにくいという金銭的な問題が大きな背景としてありました。近年は母国の国力が上がってきたため、前ほどお金に困る人が少なくなっていることが理由として考えられます」(イチイ荻野さん)

さらに入居審査があることや、何ページにも及ぶ契約書の締結、日本人の連帯保証人が必要な場合や緊急連絡先の確保など、日本独特の習慣もあり、国内に知り合いのいない外国人にはハードルの高いものなのです。

他にもこんなトラブルが……

トップ3以外にもよくあるトラブルとしてグローバルトラストネットワークスの尾崎さんが挙げるのが「無断解約」です。
日本では、退去のときの「解約予告」や「原状回復」は当たり前のことですが、海外では、借家に家具や家電が備わっていることが多く、処分しなければならないことを知らずに置いたままにして帰ってしまう人もいるのだそう。

また、「家賃の入金確認ができない」トラブルも多いといいます。
尾崎さんによると、外国人が日本の銀行口座を開設しようとすると、入国後、半年間待たなければいけないことが多いそうです。銀行口座を持っていないと、振り込み手続きや送金手続きができず、家族や知り合いの口座から振り込んだりするケースが多いのだとか。

「家賃引き落としの場合でも口座がなければ、都度振り込んでもらうしかありません。その場合でも、他人の口座を借りて振り込みをして、振込名義人の名前が入居者と一致しないなどといったトラブルはよくあることです」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

いずれも金融機関の口座開設の審査が外国人に対して厳しすぎることが大きな原因の一つとなっているようです。

外国人が日本で銀行口座を開こうとすると、日本人よりも時間がかかる。本人名義で口座引き落としや振り込みができず、トラブルになることも(写真/PIXTA)

外国人が日本で銀行口座を開こうとすると、日本人よりも時間がかかる。本人名義で口座引き落としや振り込みができず、トラブルになることも(写真/PIXTA)

外国人の入居トラブルを回避する事前の策は?

このようなトラブルに対して、どのような解決策が検討できるのでしょうか。

「日本と母国の習慣の違いやルールを、事前にしっかりと説明して理解してもらうことに尽きます。日本語では伝わらないこともあるので、母国語の資料を用意しておく必要があるでしょう。加えて、文化や意識の違いを理解している外国人スタッフによる母国語の説明やサポートも大事です」(イチイ荻野さん)

尾崎さんは、家賃滞納や、無断解約などに対してリスクヘッジをするために、母国の家族と連絡を取るようにしているといいます。

「私たちは、審査段階で母国の家族の連絡先を取得し『保証人の代行をする、万が一何かあったときは弊社を頼ってください』と電話連絡をしています。こうすることで何かあってもお客様と連絡を取る手段を残すことができ、さらにご家族にも安心していただけます」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

グローバルトラストネットワークスが運営している外国人向けの不動産情報サイト。日本語や英語だけでなく、外国人が母国語で読める情報や母国語によるサポートを提供することで理解を深めてもらい、トラブルを回避することができる(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

グローバルトラストネットワークスが運営している外国人向けの不動産情報サイト。日本語や英語だけでなく、外国人が母国語で読める情報や母国語によるサポートを提供することで理解を深めてもらい、トラブルを回避することができる(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

また、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会でも、14カ国にわたる「部屋探しのガイドブック」(国土交通省/公益財団法人日本住宅管理協会 あんしん居住研究会 ほか)を作成して住まい探しをする外国人向けに配布しています。オーナー向けにも外国人受け入れのためのガイドブック作成し、利用促進を図っているそうです。

さらに、オーナーや管理会社にとっては、グローバルトラストネットワークスのように外国人専門の家賃保証会社を活用することも有効でしょう。同社では、多言語によるホームページやSNSで物件情報や初期費用などの情報提供や24時間ダイヤルサポート設置など、情報を得られる環境を用意することにも力を入れているそうです。

グローバルトラストネットワークスが提供する外国人に特化した家賃保証サービス。外国人の対応に不慣れな管理会社を多言語でサポートし、入居者、オーナー、管理会社、全てにとって安心できるサービスとなっている(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

グローバルトラストネットワークスが提供する外国人に特化した家賃保証サービス。外国人の対応に不慣れな管理会社を多言語でサポートし、入居者、オーナー、管理会社、全てにとって安心できるサービスとなっている(画像提供/グローバルトラストネットワークス)

誤解と偏見をなくすために必要なことは?

これからの日本社会では、経済においても労働者問題に関しても、外国人の存在なくしては成り立ちません。生活習慣や言葉の違いを解決できれば、外国人に部屋を貸すことはリスキーではないとイチイの荻野さんはいいます。トラブルをなくすために、事前の説明や情報を届けること、生活面のサポートなどが重要です。

「外国人に丁寧に説明しようとすると当然時間がかかります。重要事項説明においても、適当に日本語で済ませてしまう不動産会社も多いのではないでしょうか。しっかり説明をしていないから、入居する外国人が理解できずにトラブルが起こるのです」(イチイ荻野さん)

公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会が実施した「外国人入居受入れに係る実態調査(2021年)」では、「契約内容について説明してもらっており、かつ内容を理解できた」人は67.3%だったという結果が出ています。

外国人入居者への賃貸借契約内容の説明状況

不動産会社から契約内容を説明してもらったか

契約内容はどのように説明されたか

外国人のうち約1割は、賃貸借契約の内容の説明を受けていないか覚えておらず、説明を受けた人でも1割は契約内容を理解できていない(資料/公益財団法人日本賃貸住宅管理協会「外国人入居受入れに係る実態調査報告書(2021年)」)

しかし、その問題の根本には、日本人のなかには外国人への差別意識がある人が少なくないことも否めません。例えば、仲介会社が管理会社に問い合わせをしても、入居者が外国人というだけで断られてしまうこともあるそうです。「そもそも外国籍であることを理由に入居を拒否するのは差別であり、人権に関わる問題だ」と荻野さんはいいます。

「外国人の入居は、空室対策のマーケットとして注力すること以上に、グローバル化に向けて外国人に対しての接し方や受け入れ方をもっと真剣に考えていく必要があると思います」(イチイ荻野さん)

「SDGsが注目されていますが、環境に関することだけでなく『不平等が発生しない』『誰一人取り残さない』という目標も意識して、多様性を理解する環境づくりがあっても良いのではないでしょうか」(グローバルトラストネットワークス尾崎さん)

制度の構築とともに、ルールだけでなく、外国人を理解しようとする環境づくりも大事でしょう。

外国人入居者のトラブルは、情報が届かないことによる「知らない」「わからない」が原因となっているケースが多いということでした。また、管理会社をはじめ、私たちのなかにある、古い時代からアップデートされていない外国人に対するイメージが、根拠のない偏見や誤解を生んでいるようです。

日本の習慣やルールを外国から来た人にわかりやすく伝えるための工夫や、外国人を受け入れやすくするための仕組みや制度を整えることで、トラブルは回避可能です。そして、私たちにはトラブルを外国人のせいにするのではなく、自ら文化や習慣の違いを知って理解しようとする努力が必要とされています。そうすることが、オーナーや管理会社はもちろん、国際社会のなかで私たちが外国人と共存していくことにつながるのではないでしょうか。

●取材協力
・株式会社イチイ
・株式会社グローバルトラストネットワークス

今も残る「外国人に部屋を貸したくない」。偏見と闘う不動産会社や外国人スタッフに現場のリアルを聞いた

外国人が日本で暮らすには、住居を確保する必要があります。しかし、言葉の問題や文化の違い、偏見などもあり、必ずしも入居までの道のりは容易ではありません。
一方で、そのような外国人の入居希望者に対し、外国人スタッフが自らの体験も含めて賃貸オーナーとの間を取り持つ不動産会社もあります。取り組みや課題について、外国人を雇用する不動産会社2社、イチイ代表取締役の荻野政男さん、ランドハウジングのタイ事業部(海外事業)責任者である橋本大吾さん、そしてランドハウジングで働くタイ人スタッフのカナさんに聞きました。

外国人が日本で入居先を探すときに困っていることは?

外国人が日本で住まいを探すとき、最初にぶつかる壁は、言葉や文化の違いでしょう。日本語がわからなければ、契約書の内容や行政の情報、例えば細かいところでは燃えるゴミを何曜日に出せばいいのかなど、さまざまな情報が得づらく、掲示されていたとしても読んで理解をすることが困難になります。

母国ではここまでゴミを細かく分別する習慣のない場合もある。地域によってもゴミを出す日は異なるので、日本語を読めない外国人は、きちんとした説明がないと、どのゴミをいつ出したら良いか理解するのは難しい(画像/PIXTA)

母国ではここまでゴミを細かく分別する習慣のない場合もある。地域によってもゴミを出す日は異なるので、日本語を読めない外国人は、きちんとした説明がないと、どのゴミをいつ出したら良いか理解するのは難しい(画像/PIXTA)

公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会が2021年に実施した「外国人入居受入れに係る実態調査」では、「契約内容について説明してもらっており、かつ内容を理解できた」人は67.3%だったという結果が出ています。契約内容は日本語で説明されたと回答した人が半数以上なので、内容を理解できずに契約している外国人が3割以上いることも当然かもしれません。また、契約内容を説明されていないのであれば、それは宅建業法違反になります。

大前提として、賃貸物件を借りようとする外国人は、初めて日本に住む人がほとんどでしょう。

「トラブルが起こるのは『外国人だから』ではなく、『初めて経験することだから』ではないでしょうか。『初めての人か、経験者か』による違いと見る必要があると思います」と、1978年から外国人向けの賃貸住宅事業を始め、現在は韓国・中国・アメリカなどの外国人スタッフとともに外国人の入居サポートを行うイチイ代表取締役の荻野政男さんは話します。

さらにオーナーはじめ、近隣住民や他の入居者など、日本人の接し方にも、問題があるようです。

「『日本人は接してくれない』という話を留学生からよく聞きます。海外では近隣の住人同士、挨拶したり、話しかけたりして相手を知ることが不審者対策になるという考えがありますが、日本では知らない人に声をかけることは稀です」(荻野さん)

どうしても最初に心を開くまでに時間がかかってしまう日本人は少なくありません。せっかく日本に来ても、日本人との交流をなかなかもてず、情報を得にくいのも外国人にとっては戸惑う要因になっているようです。

日本が好きで来日しても、日本人とコミュニケーションを取れず、戸惑ったり、孤独を感じたりする外国人も多い(画像/PIXTA)

日本が好きで来日しても、日本人とコミュニケーションを取れず、戸惑ったり、孤独を感じたりする外国人も多い(画像/PIXTA)

外国人の入居者希望者に対する賃貸オーナーの印象は?

外国人が入居すると、言葉や文化、生活習慣の違いからトラブルになるのでは、と考えるオーナーや管理会社が一定数いるようです。

例えば、「家に上がる際には靴を脱ぐ」「ゴミの分別」などがきちんとできるのか、友人や知人を呼んで大騒ぎをして周辺への「騒音」が問題になるのでは、と考える人もいるとのこと。しかしそれらのほとんどは「先入観にすぎない」とランドハウジングのタイ事業部(海外事業)責任者である橋本大吾さんは言います。ランドハウジングでは外国(タイ)に支社を設置し、現地採用のタイ人スタッフと日本の本社で勤務する日本人・タイ人スタッフが連携して、日本への留学や転勤で移住することになるタイの人たちの住まい探しから入居後の生活をサポートしています。

「これまで接した外国のお客さまは、ルールを知っていれば、きちんと守りたいという人がほとんどです。もちろん、ルールや日本の慣習を知らずにトラブルになることはゼロではありませんが、日本人でもきちんとゴミを分別する人もいれば、そうでない人もいます。『外国人だから』という括りは当てはまりません」(橋本さん)

ランドハウジング では、年間300~400人の外国人に賃貸物件を仲介していますが、そのうち実際にトラブルが起こる割合は1~2%程度。日本人の賃貸トラブルとそう変わらない肌感覚だそうです。

公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会が2021年に実施した「外国人入居受入れに係る実態調査」では、実際に「外国人入居者が問題を起こしたことがある」と答えた家主は1.5%でした。実際はトラブルが多いわけではない外国人を受け入れない理由として最も多いのが「コミュニケーションや文化の違いに不安がある」という不安や偏見からなのです。

実際に「入居者が問題を起こしたことがあるため」と回答した家主はわずか1.5%に過ぎない(資料/公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会「外国人入居受入れに係る実態調査報告書(2021年)」)

実際に「入居者が問題を起こしたことがあるため」と回答した家主はわずか1.5%に過ぎない(資料/公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会「外国人入居受入れに係る実態調査報告書(2021年)」)

外国人がスムーズに入居するための鍵となるのは「外国人スタッフ」

外国人がスムーズに入居できるようにするために今回取材した2社が取り組んでいる対策は、いずれも「しっかりとした事前説明」と「母国語の通じる外国人スタッフ」の存在でした。

「トラブルを起こさないようにするためには、事前に説明することにつきます。トラブルが起こったときも、外国人の立場や考え方を理解しつつ、母国と日本の習慣の違いを説明できる外国人スタッフの存在は大きいですね」(荻野さん)

外国人の入居検討者にとって外国人スタッフは、初めて日本に来た時に同じような苦労をしている「先輩」です。母国語の通じる人がサポートしてくれるのは心強いに違いありません。

外国人スタッフが母国語で日本の生活習慣や文化の違い、煩雑な手続きの方法などをサポートすることが異国での生活の不安を払拭し、トラブル回避につながる(画像提供/ランドハウジング)

外国人スタッフが母国語で日本の生活習慣や文化の違い、煩雑な手続きの方法などをサポートすることが異国での生活の不安を払拭し、トラブル回避につながる(画像提供/ランドハウジング)

ランドハウジングで働いているタイ人スタッフのカナさんは、こう話します。
「日本語が話せない人や日本のことを知らないお客さまへの物件紹介や、日本での暮らしについて説明・アドバイスできることが私のやりがいです。『ありがとう』という言葉をいただくと、私が日本とタイの架け橋になりたいという気持ちが強くなります」

話を聞かせてくれたタイ人スタッフのカナさん(写真1番左)。留学生として日本の大学で学ぶために来日し、帰国・卒業後にランドハウジングのタイ支社に入社。現在は日本の本社で働く(画像提供/ランドハウジング)

話を聞かせてくれたタイ人スタッフのカナさん(写真1番左)。留学生として日本の大学で学ぶために来日し、帰国・卒業後にランドハウジングのタイ支社に入社。現在は日本の本社で働く(画像提供/ランドハウジング)

一方で荻野さんによると、管理会社やオーナーに物件について問い合わせをする際、入居希望者が外国人だと伝えるだけで10件のうち9件は断られてしまい、中には、問い合わせをした外国人スタッフの日本語アクセントが少し違うだけで、詳しい話を聞いてもらえないこともあるそうです。

「このような日本の不動産会社の対応の中で、これまで志のある外国人スタッフが、心折れて辞めていくこともありました」(荻野さん)

私たち日本人が、外国人スタッフの尽力によるチャンスを、差別や偏見で潰してしまっているのかもしれません。さらに、外国人入居者への差別的考え方は日本の賃貸業にとってマイナスになる可能性も。

「日本では今後ますます空室が増えると考えられる中で、空室対策としても外国人入居者の受け入れは重要です。しかし、そのためには不動産会社自体が外国人に対する差別的な考えを改める必要があります」(荻野さん)

母国語の資料作成や、外国人の多岐にわたる要望に応える

外国人にとって、日本の賃貸借契約書や複雑な手続きは、とても難しいものです。役所で説明書などを用意していても、日本語や英語・中国語などの限られた言語のものしかありません。説明には時間も手間もかかりますが、正しく理解してもらうために母国語に翻訳した資料を作成したりもしているそうです。

「入居前に日本の住まい探しの流れについて説明する書面を見せて案内したり、契約する際に母国語のしおりを作成して、入居後のゴミの分別や解約の仕方・解約ルール・違約金などについて説明したりします。さらに契約後も困ったことがあれば、いつでも連絡できるよう連絡先を伝えるようにしています」(カナさん)

タイ人スタッフがつくったタイ語の日本の住まい探しの説明書。タイではオーナーが自ら賃借人を探すのが一般的で、日本のような入居審査や詳細な契約書はない。日本とタイの違いを理解してもらうことも大事(資料提供/ランドハウジング)

タイ人スタッフがつくったタイ語の日本の住まい探しの説明書。タイではオーナーが自ら賃借人を探すのが一般的で、日本のような入居審査や詳細な契約書はない。日本とタイの違いを理解してもらうことも大事(資料提供/ランドハウジング)

公益財団法人日本賃貸住宅管理協会でも、居住支援のガイドラインについてハンドブックをつくって渡す、トラブル回避のために多言語で入居や生活のルールに関する動画をつくり公開する、などの取り組みをしています。ホームページではさまざまな参考資料や多言語に対応したガイドブックのダウンロードが可能です。

また、「3カ月間だけ借りたい」「家具・家電を新たに購入すると大変なので家具・家電付きがいい」という外国人の多様なニーズに応えるため、不動産会社はそれに応じたサービスを提供する必要があります。今回取材した2社も、一般賃貸物件の紹介だけではなく、シェアハウスやマンスリータイプ、留学生寮や留学生会館などを自社で管理したり、所有・運営したりするなどして対応しているそう。

以前は日本人の連帯保証人が必須でしたが、最近は外国人入居者を対象とする家賃保証会社などもあり、連帯保証人を付けなくても家賃保証会社を利用することで契約ができるようになってきています。

外国人の入居問題は改善している?現場の「リアル」を聞いた

外国人の住居問題に携わるようになって20年以上という荻野さんに、問題は改善しているかを率直に聞いてみました。

「私が取り組みを始めた当時と比べると、日本人が外国人と接する機会も増え、オーナーも代が変わって、かなり理解を得られるようになってきていると感じます。とはいえ、外国人を取り巻く現在の環境は、理想とする状態を10とすると半分くらい、まだ道半ばです」(荻野さん)

イチイの荻野さんは、1978年から外国人向けの賃貸住宅事業を開始。近年は日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会 会長として関係する制度の普及や外国人入居者に関する研究などを行ってきた。日本における外国人居住支援のパイオニア的存在(画像提供/イチイ)

イチイの荻野さんは、1978年から外国人向けの賃貸住宅事業を開始。近年は日本賃貸住宅管理協会 あんしん居住研究会 会長として関係する制度の普及や外国人入居者に関する研究などを行ってきた。日本における外国人居住支援のパイオニア的存在(画像提供/イチイ)

それでもここ10年ほどで、外国人スタッフの雇用によって、トラブルは事前の対応で十分回避が可能であることが、オーナーにも理解されるようになってきたそう。賃貸物件の空室が増えるなどの外的要因も相まって、外国人の入居に前向きなオーナーや管理会社も増えてきました。

例えばランドハウジングの橋本さんは「ランドハウジングでは、管理部門と連携して、取引のある大家さんに対して外国人入居の啓蒙活動を積極的に行った結果、自社の管理物件約1万戸のうち、8割は外国人の入居に理解を得られるようにまでなった」と言います。先ほどの、10件に9件断られる賃貸業界全体の実情と比べるとその差は歴然です。

しかし新たな課題も見えてきました。海外の“当たり前”と、日本の賃貸物件の設備のスタンダードが大きく異なっていることもその一つ。海外では賃貸住宅には家具や家電、インターネット環境が付いていているのが一般的になっています。外国人の入居を増やし、空室を少なくしていくためには、このような設備面を検討していくことも必要でしょう。

外国人の居住支援では、以下の2点が非常に重要なようです。オーナーや管理会社の、外国人への偏見や誤解を解くこと。そして、外国人の入居希望者に対して、母国と日本の違いを理解できるよう説明し、入居後もわからないことや困ったことを相談できる場所をつくること。

外国人入居者の中には、日本人から注意されると、差別されていると感じてしまう人もいるそうです。そのような場合も、同じ国出身のスタッフが話せば、心を開き、よく理解してくれるといいます。外国人スタッフのきめ細かいサポートがオーナーさんや管理会社、そして、外国人の入居者を結びつける鍵となっているようです。

コロナが少しずつ落ち着きを見せる中、外国人の訪日が回復し、住む人も増えることが想像されます。日本に魅力を感じて「住んでみたい」と思ってくれた外国人が入居しやすい環境づくり、もっと言えばカナさんのような橋渡し役を担ってくれている、想いのある外国人スタッフが働きやすい社会にすることが大事です。そのためには、私たち自身の意識改革も必要ではないでしょうか。

●取材協力
・株式会社イチイ
・株式会社ランドハウジング

猫飼いさんの家選び、マンション・戸建て・リノベ、どれがいい?注意したいポイントは”ペットトラブルの防止”

2月22日は「猫の日」だったのニャー。「猫の日」にちなんで、ゼロリノベを運営するgroove agentが、東京都在住の猫を飼っている20~40代の男女1000人を対象に、猫と暮らす家に関してアンケート調査を実施した。それによると、猫と暮らす家にはお悩みがいろいろあるのだという。どんなことだろうか?

【今週の住活トピック】
「猫と暮らす家のお悩みランキング」を公表/groove agent

3位「家具や壁で爪をとぐ」、2位「毛が抜けて敷物や洋服につく」、そして1位は?

筆者はかつて「ペットは犬より猫? 散歩、しつけの手間が犬人気下落の要因か」という記事を書いたが、ペットフード協会の調査によると、飼育されるペットの頭数は、2014年以降ずっと猫が犬を上回っている。それほど、ペットとして猫の人気は高いのだ。

家族同様の愛猫でも、猫と暮らす家についてはお悩みも多いようだ。ゼロリノベの調査によると、お悩みの3位は「家具や壁で爪をとぐ」、2位は「毛が抜けて敷物や洋服につく」、そして1位は「猫飼育可能な物件が少ない」という結果だった。

出典:ゼロリノベ調べ

猫と暮らすうえで、家の中のことは対応方法を自身で工夫できたとしても、住める家自体が見つけにくいことが最大の悩みごとというわけだ。

猫と暮らすために住み替えるなら、新築戸建て?

調査対象者が現在猫を飼っている家は、「賃貸」が51%、「持ち家」が49%とほぼ同じだ。ただ、「猫と暮らす家」として満足しているのは全体の44%で、その内訳は「持ち家」が57%を占めたので、持ち家のほうがやや満足度が高いようだ。賃貸に不満を感じる理由としては、家が狭いことなどが挙がっているという。

では、「猫と暮らすために購入・住み替えするなら」どんな家がよいのだろう。結果は「新築戸建て」が最多の32%だった。「中古戸建て」の14%と合わせると戸建てが46%になり、マンション(新築マンションと中古マンションの合計で39%)より戸建てのほうが猫と暮らしやすいと思っている人が多いようだ。戸建てに住み替えを検討している人のコメントに、「管理組合などの規定に縛られない戸建てに住み変えたい」とあるように、マンションでは「管理規約」などでペット飼育に関する細かい制限があるからだろう。

出典:ゼロリノベ調べ猫の飼育が可能な物件を探す際に注意したいこと

猫の爪とぎ用のボードを壁に張ったり、こまめにブラッシングしたりと、猫を飼ううえでの工夫などはいろいろあるだろうが、ここでは、猫が飼える物件を探すときに注意したいことを説明しよう。

まず、賃貸物件について。はじめから「ペット可」で入居者を募集している物件を選びたい。その場合でも、ほかの入居者とのトラブルを避けるために、ペット飼育のための建物になっていたり、飼育のルールがあったりするほうがよいだろう。賃貸物件の中には、エントランスに足洗い場があったり、室内の壁のクロスを上下に分けて下の部分だけ張り替えできるようになっているものもある。また、一般的には、退去の際にはペットによる臭いや損傷について原状回復が求められるので、室内の仕様設備や契約書の内容などもしっかり確認したい。

次に、新築や中古のマンションの購入について。マンションには「管理規約」などの規則がある。必ず「ペット飼育可能」になっているか確認し、ペット飼育の条件としてどんなルールがあるかを詳しく調べよう。ペットの大きさや頭数に制限がある場合がほとんどなので、自分の希望通りに猫が飼えるか確認したい。ほかにも、ペット委員会などの飼育者の組織があり、予防接種を義務づけるなどの会則が整っているほうがよいだろう。ペット対応型マンションとして、ペット飼育のための共用設備や設計がなされているものもある。

新築か中古かについては、いろいろな考え方があるだろう。先ほどの調査結果では、猫と暮らすために購入・住み替えをするなら新築戸建てに住みたいと回答した人のなかには、「注文住宅にすれば自分たちにも猫にも住みやすい家が設計できるかもしれないから」とコメントした人もいて、分譲の新築物件ではなく注文住宅を建てるイメージをもっている人もいるようだ。同じ理由で、中古住宅を買ってリフォームやリノベーションをしたいと回答した人もいるだろう。

猫の安全や健康を守るには、滑りにくい床材やペットドア・キャットウォークの設置など、通常の住宅にはない仕様や設備を採り入れる必要がある。そういう意味では、中古住宅を買ってすぐに、あるいは一定期間が経ってからペット対応のリフォームをするという選択肢も有効だ。

最後に指摘したいのは、猫を飼っている人との情報交換も大切だということ。戸建てのほうが規制を受けることなく猫を飼える側面もあるが、マンションの場合には飼育仲間と情報交換ができるという側面もある。何を重視するかをよく考えて、詳しく調べたうえで物件を選ぶのがよいだろう。

さて、本連載の筆者の担当編集者は犬派らしいが、SUUMOジャーナルの記事で「猫」のテーマは人気だという。丸まって寝たり猫じゃらしで遊んだりする姿を見れば、癒やされて家事や仕事の疲れも解消されることだろう。室内で飼いやすいこともあって、猫人気は今後も続くと思われる。飼い主にとっても愛猫にとっても、暮らしやすい家が増えることを期待している。

●関連サイト
「猫と暮らす家のお悩みランキング」(ゼロリノベ調べ)

保証人がいなくても賃貸探しに選択肢を。入居困難の壁にぶつかった人同士、互いに見守り、一人にしない「やどかりサポート鹿児島」の取り組み

やどかりサポート鹿児島は、住まい探しのなかで保証人の確保ができないために入居が困難となった人たちに保証を提供しているNPO法人です。さらに2019年からは保証制度の利用者で互いに支え合う仕組みを提案し、居住支援を続けています。これらの支援はどのようにして成り立っているのか、また始めた背景などを、やどかりサポートの理事長である芝田淳さん、社会福祉士の中芝あすかさん、そして実際にこの新しい連帯保証制度を利用する人に話を聞きました。

やどかりサポート鹿児島が取り組む「地域ふくし連帯保証」とは

入居の際に必要な「連帯保証人の確保」は、賃貸借契約に必ず必要なことです。昨今は多くの物件が、「家賃保証会社」を使用することが入居の条件となっていて、入居者は保証会社に一定の料金を支払う代わりに滞納等があった場合は、保証会社が立て替えるという仕組みになっています。

個人で連帯保証人を立てる必要は少なくないのですが、高齢者・外国人・低所得者・障がい者・ひとり親世帯などにおいては、保証会社の審査に通りにくかったり、自身で連帯保証人を立てようにも、頼める親族や知人がいなかったりで、さらに困難な問題に直面することが少なくありません。

「居住支援とは、全ての人がその人らしい生活を営むための拠点となる住居を確保できるよう支援を提供するものです。私たちは、保証人となってくれる親類や知人がいない、審査で保証会社に断られてしまう人たちも入居できるよう、連帯保証を提供しています」(芝田さん)

特徴的なのは、ただ保証を提供するだけでなく、それぞれの利用者に支援者を配置して、生活全般について見守り、何か困ったことがあれば相談に乗る支援を一緒に行っていること。

「連帯保証とともに必要なのは、困っている人たちを社会から孤立させない支援です。そこで、私たちは、保証と同時に地域で福祉に関わっている人たちが『支援者』として制度利用者の日々の生活を継続的に見守る『地域ふくし連帯保証(地域ふくし連携型連帯保証提供事業)』のスキームを考えました」(芝田さん)

やどかりサポート鹿児島は、鹿児島県全域で、支援者の配置と2年間で2万円の利用料を支払うことを条件に、収入や過去を問うことなく連帯保証しています。スタッフ数21名(連帯保証部門11名、相談支援部門10名)の NPO法人ですが、行政や協力機関と連携し、2022年現在、年代も事情もさまざまな約400名の利用者がいるそうです。

ただ保証するだけでなく、支援者が見守り、支援することで利用者が「つながり」のなかで安定した地域生活を送れるようにすることを目指す。滞納などの金銭や法的問題が起こった場合の保証はやどかりサポート鹿児島が担うのが特徴(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

ただ保証するだけでなく、支援者が見守り、支援することで利用者が「つながり」のなかで安定した地域生活を送れるようにすることを目指す。滞納などの金銭や法的問題が起こった場合の保証はやどかりサポート鹿児島が担うのが特徴(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

利用者が互いに助け合う、当事者主体の居住支援

連帯保証するということは、何かあったら債務を負うことでもあります。利用者が孤独死してしまったり、仕事が続かずに家賃を滞納してしまったりするケースもありますが、「支援者による利用者の暮らしの見守りで、事前に防ぐことができる」と芝田さんは言います。

「保証すると同時に支援者による見守りや支援を基本としていますが、どうしても支援者が見つからない場合があります。そこで、利用者が同じような境遇の者同士、支え合っていく『やどかりライフ』というスキームを考えました。これに応える形で、利用者の方々が互助会を作ってくれました」

利用者が企画した交流会をやどかりサポート鹿児島のスタッフがサポートする。利用者が互いを支え合う「やどかりライフ」(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

利用者が企画した交流会をやどかりサポート鹿児島のスタッフがサポートする。利用者が互いを支え合う「やどかりライフ」(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

役所への手続きをサポートしたり、病院の入退院に付き添ったり、足の悪い人の買い物を手伝ったりと、日々の暮らしを、同じ利用者内でできる人が助けます。また、身寄りのない人も多いので、亡くなったときにはほかの利用者が見送りもするそうです。

やどかりサポート鹿児島と互助会のメンバーで行った、亡くなった利用者の初盆の様子(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

やどかりサポート鹿児島と互助会のメンバーで行った、亡くなった利用者の初盆の様子(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

トラブルは当然起こる。それでも同じ目線で見守ることが大事

当事者同士で見守る仕組みはとても画期的なものに思えますが、人と人との付き合いのなかでトラブルが起こることなどはないでしょうか。

「トラブルはたくさん起こります。しかし、トラブルを恐れてつながることができないのなら、トラブル覚悟でつながったほうがいいというのが、私の考えです」(芝田さん)

難しいのは、どこまで関わればよいのか。なかにはプライベートなことにあまり関わってほしくない人もいます。考えの違いから利用者同士で揉めることもあるのだそう。5人程度のグループならコミュニケーションが取れても、10人以上の規模になるとうまくまとまらないことも。「ルールで縛るのではなく、自主性を重んじるほうがうまくいく」というのは、互助会メンバーの感想です。

1日に1回、ラインで発言することで、見守られるだけでなく、見守る役目をそれぞれが担う。一方で人数が多くなると、発言しない人やプライベートに関わられることを嫌がる人もいて、うまくいかないという気付きも得られたそう(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

1日に1回、ラインで発言することで、見守られるだけでなく、見守る役目をそれぞれが担う。一方で人数が多くなると、発言しない人やプライベートに関わられることを嫌がる人もいて、うまくいかないという気付きも得られたそう(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

利用者同士が中心になって支え合うものの、やどかりサポートは困ったことがあればいつでも相談に乗り、バックアップしていく体制を取っています。

支援の考え方について、事務局スタッフの一員でもある社会福祉士の中芝さんは、こう話してくれました。

「社会福祉士としては、トラブルを起こさないために、あらかじめ対策を取るべきなのかもしれません。しかし、やどかりサポート鹿児島は、互助会の人たちと一緒に歩んでいく関係です。トラブルに対して、介入したり指導するのは違うと思うのです。相談されたことに対しては真摯に答えますが、相談を受けない限りはそばで見守るという距離感が大事で、そうすれば自ずと本人同士でトラブルを解決することが多いと感じます」
この言葉に、利用者と同じ目線で関わっていく、やどかりサポートの支援の本質が表れています。

やどかりサポートの連帯保証とやどかりライフがもたらした変化とは

やどかりライフの取り組みは、当事者同士の連帯感が生まれただけでなく、やどかりサポートの運営者と利用者の関係にも変化をもたらしました。利用者に別の利用者へのサポートをお願いすることで、支援する側と受ける側という関係から、共に支え合う対等な立場で向き合えるようになったといいます。

「あくまで私の意見ですが、役割をもち、活躍の場ができることで、前向きに生きる意欲を取り戻し、互助会も盛り上がっていくのだと思います。ですから、何かをしてあげるのではなく、時には、こちらから利用者に対して手伝ってほしいと頼むことも大事なんです」(芝田さん)

引きこもりがちな人や、人の温もりに触れたことがあまりなく尖っていた人も、根気強く接してくれた仲間とのふれあいを通じて心を開き、今では互助会に積極的に参加するまでになったそうです。

「自分は、役割ができたことがすごく嬉しかったです。仕事をしていない人も多いので、家に一人でいることが多くなるのですが、頼み事をされたり、頼られたりするとやる気が湧きました」(利用者)

役割をもつことで責任感が芽生え、利用者同士の連帯感も生まれる(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

役割をもつことで責任感が芽生え、利用者同士の連帯感も生まれる(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

連帯保証事業から賃貸管理へ。広がりを見せることで支援に幅ができる

やどかりサポート鹿児島は21名のスタッフで、さまざまなトラブルや問題にも対処しています。

「連帯保証事業では、過去に何かトラブルが起きた際に物件のオーナーとの連携が密でないと、私たちスタッフは何も動けないという事例が多くありました。解決方法の一つとして、よりオーナーから任される範囲の大きいサブリース型に興味をもったのですが、やどかりサポートはあくまでNPO法人。直接、サブリース業を営むことは難しいと判断しました」(中芝さん)

そこで、芝田さん個人が地元の不動産会社と組んで、賃貸管理業を行う合同会社を設立しました。

マンションの一般の入居者と建物の管理はプロの不動産会社が行い、空き部屋が出た場合のやどかりサポート利用者への貸し出しと、利用者が入居している部屋の管理は合同会社が行います。芝田さんの合同会社は利用者の継続的な見守りや相互の関わりなどをバックアップします。そしてその管理料がやどかりサポートの収入源となります。賃貸管理業ですが、やどかりサポート利用者にとっては「大家さん」みたいな役割です。

「さらに大家さんになることで、入居者との関係を密にすることができ、また、何かあった際には、シェルターとして部屋を提供するなど、支援の幅も広がりました。現在、管理会社として関わっているサブリースが約40件、管理物件は約120件。うち、やどかりサポートの利用者は60名ほどになりました」(芝田さん)

「やどかりライフ」に参加する仲間たちが、一人では手続きが難しい人のために、銀行に同行するなどのサポートも行っている(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

「やどかりライフ」に参加する仲間たちが、一人では手続きが難しい人のために、銀行に同行するなどのサポートも行っている(画像提供/やどかりサポート鹿児島)

金銭的にも、マンパワー的にも、小さなNPO法人が居住支援を継続していくには多くの協力が必要です。支援したくとも、身近に支援者がいない、鹿児島市以外の地域の方は、断腸の思いで断らざるを得ないこともあるのだとか。

それでも、「より多くの入居の連帯保証に困っている人たちを支援するために「やどかりライフ」のような互助の取り組みを鹿児島市以外の地域でも志のある組織が行えるような流れをつくっていきたい」と話す芝田さん。このような取り組みを全国的に広めていくには、行政や公的機関、企業などとの連携も必須だと言います。

「支援をしてあげるのではない、共に考え、行動していくのだ」という芝田さんの言葉は、私たちに多くの気付きを与えてくれるのではないでしょうか。

●取材協力
やどかりサポート鹿児島

「ゲイは入居不可」という偏見。深刻な居住問題と“LGBTQフレンドリー”に取り組む不動産会社、そして当事者のホンネ

LGBTQと呼ばれるセクシュアル・マイノリティの人たちにとって、同性が二人で入居できる物件が限られたり、セクシュアリティへの偏見から審査で断られてしまったりと、住居探しはかなりハードルが高いこともあるようです。一方でそのような住まい探しの問題に積極的に取り組む不動産会社も存在します。LGBTQの当事者は、自身が抱える住まいの問題や支援の取り組みについてどのように感じているのでしょうか。LGBTQの人たちの居住支援を行うNPO法人カラフルチェンジラボの三浦暢久さんに聞きました。

セクシュアル・マイノリティの人たちが抱える居住問題

LGBTQの人たちの居住問題とは、主に二つあります。一つ目は外見と戸籍上の性の違いや、同性パートナーとの同居など、パーソナルな部分を明かす必要性と、それが理解されるかという不安やストレス。二つ目はそのことに対する偏見やサポート不足から、希望する物件が借りられない・買えないことです。

「通常では気づかないような、些細に思われることが、LGBTQ当事者の住まい探しの壁となることが多々あります。セクシュアル・マイノリティの当事者たちは、常に偏見に晒されてきました。自分たちがどのように見え、どう判断されるかに対して非常にセンシティブなんです。不動産会社に行くこと自体を怖いと感じる人が多く、それをどう解消するかが住まい探しの最初のハードルです」(三浦さん、以下同)

実際に、カラフルチェンジラボが行った「2021年セクシュアル・マイノリティーの居住ニーズに関するアンケート」によれば、多くのLGBTQの人たちが不動産会社に行くこと自体に不安を感じていることがわかります。

不動産会社に行くことに不安を感じたことのある人の割合(n=1,754)

特にL(Lesbian、レズビアン)やFB(Female Bisexual、女性のバイセクシュアル)など、不動産会社に行くことに不安を感じる人が多く、半数以上に上る(資料提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

またパートナーとの同居を希望する当事者にとって、二人の関係を根掘り葉掘り聞かれるのは、決して気持ちの良いものではありませんし、理解不足や偏見によって話が進まないこともあるそう。

「一般的な『二人入居OK』の物件は、夫婦や兄弟姉妹など、家族であることが前提です。同性カップルは家族とは認められず、物件の選択肢が極端に少なくなります。また、収入では特に問題が無いのに、同性カップルを理由に『ゲイの人が住んでいるとは近隣の住民に説明できないから』などといった、とんでもない偏見を理由に審査の段階で断られたというのも、実際にあった話です」

先の調査では、セクシュアル・マイノリティへの理解を得られず、大家さんには同居人がいることを告げず、隠れてパートナーと暮らさざるを得なかったという人の割合が60%以上にもなることが判明しました。これは同居人を申告していないことになるので、本来は契約違反にあたり、それを理由に退去を求められることも起こりえます。そのような不安な状況で生活をしていかざるを得ないのは大きな問題です。

大家に隠れてパートナーと暮らした経験がある人の割合(n=1,754)

パートナーと暮らすことを隠して、一人暮らしとして契約するケースも多いが、もし見つかれば契約違反で退去を求められることも(資料提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

LGBTQ当事者の住まい探しを支援する、カラフルチェンジラボの取り組み

住まいの問題を抱えているLGBTQの人たちに対して、三浦さんが居住支援を始めようと考えた一番のきっかけは「自分自身の住まい探しの経験だった」と語ります。三浦さん自身、セクシュアル・マイノリティの一人であり、男性パートナーと同居を始めるときに困難を感じた当事者でした。

「今のパートナーとは10年前から現在の賃貸物件に一緒に住んでいます。私自身は2015年ごろから『九州レインボープライド』というLGBTQを筆頭に、マイノリティの人たちが自分らしく生きられる社会の実現を目指すイベントを開催してきましたが、パートナーは今も自身がセクシュアル・マイノリティであることを公表していません。実際に住まい探しではとても苦労をしました。多くのLGBTQの人たちと出会い、生活の不安や不満を聞くなかで、最も深刻だと感じたのが住まいの問題だったのです」

カラフルチェンジラボが主催する、九州レインボープライド。たくさんの人や企業、各国の領事館も参加している(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

カラフルチェンジラボが主催する、九州レインボープライド。たくさんの人や企業、各国の領事館も参加している(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

三浦さんの住まいへの課題感を具体的な活動へと変えたのは、福岡市を代表する不動産会社、三好不動産の三好修社長との出会いでした。

「三好社長にこれまでの自分の活動やLGBTQ当事者の住まいの問題について話したところ『営業担当者たちに話をしてほしい』と講演の機会をもらいました。以降、三好不動産の各店舗でLGBTQの人たちへの居住支援の取り組みがスタートし、私たちがそれをサポートさせてもらっています」

三好不動産の各店舗の入り口にはもちろんLGBTQフレンドリーな企業であることを示す「レインボーマーク」が貼られています。また、三浦さんたちの取り組みもあり、レインボーマークを掲示する店舗や会社も少しずつ増えつつある様子です。

LGBTQ当事者が望む居住支援は「フレンドリーとうたっているが、接客は自然体で」

では、実際にLGBTQの人たちは、レインボーマークを掲げる不動産会社やその接客についてどのように感じているのでしょうか。先の調査によれば、当事者が「LGBTQフレンドリーをうたう企業に望むこと」として一番多かった意見は「フレンドリーとうたっているが自然に接してほしい(64.9%)」、次に多いものが「セクシュアリティは確認しないでほしい(42%)」でした。

そして、「レインボーステッカーが入り口に貼ってあると入店しやすい(41%)」「自分のセクシュアリティや二人の関係は自分のタイミングで言いたい(36.2%)」という意見が続きます。

どのような接客が嬉しいか(n=1,754)

LGBTQの人たちが不動産会社に最も求めていることは「フレンドリーとうたっているが接客は至って自然体で行ってほしい(64.9%)」(資料提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

「不動産会社が『LGBTQフレンドリーである』という意思表示をすることは、とても大事です。なぜなら、LGBTQ当事者の中には、自分たちを受け止めてくれる企業なのかどうかがわからないと、相談に訪れることすら躊躇(ちゅうちょ)してしまう人が多いからです。しかし一方で、特別扱いをしてほしいわけではない。これが当事者の最も切実な声です」

さらに、LGBTQの人たちの住まい探しの問題は入居申込みの手続きや審査の際にも生じます。トランスジェンダー(出生時の身体的な性別が、自身が認識している性と異なる人のこと)が本人確認書類を提示すると、外見との違いに驚きを隠さない担当者がいたり、管理会社の偏見によって審査が通らない同性カップルがいたりします。

LGBTQの人たちが本当に必要としている支援は、特別な何かではなく「当たり前に」入居できることです。

LGBTQの人たちへの支援は、まず「自分の偏見」について知ることから

三浦さんはまず、多くの人に「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み、偏見)」があること、そのために気づかないうちに相手を傷つけてしまう可能性があることを知ってほしい、と警鐘を鳴らします。

「例えばトランスジェンダーの方に『私より全然男(女)らしいですね』といった、良かれと思って発言した何気ない一言も、言った方は褒め言葉のつもりかもしれませんが、言われた本人は、自分はニセモノだと言われているように感じてしまうことがあります。

自然に接客するためには、LGBTQの人たちが置かれている環境や考え方を理解していないと難しいでしょう。不動産会社の担当者であれば、家賃滞納のリスクヘッジのために詳しくプロフィールや本人確認をすることも必要でしょうが、いきなり立ち入ったことまで聞かれるのは誰だって嫌なものです」

三浦さんたちは、LGBTQ当事者に関するイベント開催や「住まいのプロジェクト」実施のほか、不動産会社をはじめとする企業にもコンサルティングを行っています。企業向けの講演ではLGBTQの人たちについて最低限理解してもらうために、ハラスメント問題・法的問題・同性婚について、社会や世界全体の考え方がどのように進んでいるのかを詳しく話すそう。マイノリティの人たちの特徴だけでなく、取り巻く社会環境の両方についてよく知ることが、差別や偏見のない社会につながっていくことを示しています。

カラフルチェンジラボが企業を対象に講演を実施したときの様子。LGBTQフレンドリーな企業を増やしていくには、まずは事実を知ってもらうことが大切というスタンスで続けている(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

カラフルチェンジラボが企業を対象に講演を実施したときの様子。LGBTQフレンドリーな企業を増やしていくには、まずは事実を知ってもらうことが大切というスタンスで続けている(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

これからのLGBTQフレンドリー企業、そして社会に望むこと

三浦さんたちが実施する住まいプロジェクトの協力企業も数社に増えてきましたが、全国にある何万もの不動産会社の中では、まだまだLGBTQの人たちへの理解が広まっているとはいえません。

カラフルチェンジラボがコンサルティングを依頼される不動産会社にヒアリングをすると「LGBTQの人たちへの取り組みを特別に行う必要があるのか」「LGBTQ当事者だと言ってくれれば、配慮して対応するのに」といった回答も多いそうです。しかし、何が問題なのかを正しく理解して能動的に行動しなければ、いつまでも社会は変わらないし、解決しないのです。

「企業が積極的にLGBTQに歩み寄らなければ、偏見に晒されるリスクがあるため、住まい探しの相談もできない人はたくさんいます。そこを理解しなければ、LGBTQの人たちが安心して住める、暮らせる社会は実現しないでしょう。

私は、LGBTQの社会参画によるマーケットへの影響は大きいと思っています。電通ダイバーシティ・ラボの『LGBTQ+調査2020』では、理解が進まないことで機会を損失していたり、当事者が消費に消極的になっている商材・業界の規模は5兆円を超えるともいわれています。また、当事者ではない人においても、約45%がLGBTQフレンドリーな企業の商品やサービスを利用したいと回答しているのです」

さらに三浦さんは「LGBTQの人たちが晒されている問題に取り組むことは、差別や人権の問題に取り組むのと同じこと」だと続けます。

「コンサルをしている企業がLGBTQ当事者への取り組みを行うと、副産物として必ずといっていいほど『サービスの質が向上した』『コミュニケーションが活性化した』という評価をもらいます。自分を知り、他者への配慮を学ぶことはLGBTQの人たちに限らず、障害をもつ人、高齢者など、全ての人がその人らしく生きることが当たり前の社会となるために、必要なことだからです」

来場者数1万人を超えた九州レインボープライド2022のステージ(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

来場者数1万人を超えた九州レインボープライド2022のステージ(画像提供/NPO法人カラフルチェンジラボ)

LGBTQの人たちへの居住支援においては無知や偏見が主な原因となるため、適切な知識を身に付けた上で取り組まなければ、個人や企業の自己満足になりかねません。また、LGBTQフレンドリーを示す店舗や会社があることは、LGBTQ当事者にとって相談しやすい指標となる一方で、それを表明した以上、LGBTQの人たちの気持ちを理解した対応をする責任がともないます。

三浦さんの言葉の通り、自分と他者への理解を深めることで、全ての人が生きやすく、住みやすい社会にしていきたいものですね。

●取材協力
NPO法人カラフルチェンジラボ

東京都23区のファミリータイプの賃貸住宅が活況。就業環境や働き方の変化が影響?

三菱UFJ信託銀行が、資産運用会社や不動産管理会社などの24社に対して、「2022年度 賃貸住宅市場調査」(2022年秋時点)を実施し、その結果を発表した。それによると、「東京23区ではファミリータイプのリーシングが好調」だという。詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
【新レポート発行】独自調査「2022年度 賃貸住宅市場調査」を発行/三菱UFJ信託銀行

ファミリー向け賃貸住宅の需要が高まる!?

2023年1月17日の日経新聞の「ニュースぷらす」欄で、「分譲高騰 ファミリー向け賃貸に需要」という見出しが躍った。ファミリー向け(広さ50~70平方メートル以下)の賃貸住宅の平均募集賃料が上昇しているのだという。

同じ週にリリースされた、三菱UFJ信託銀行の「2022年度 賃貸住宅市場調査」でも、ファミリータイプの好調ぶりが指摘されている。東京23区や首都圏において、ファミリータイプのリーシング(不動産の賃貸を支援する業務)のDI【=(ポジティブな回答の割合-ネガティブな回答の割合)×100)】が大きくプラスになっているからだ。

エリア別のリーシング環境

(注) 1. 本調査におけるDIは、「(ポジティブな回答の割合-ネガティブな回答の割合)×100」と定義します。
2. 「ダウンタイム」とは、前テナントの契約終了から新テナントの契約開始までの空室期間を指します。
エリア別のリーシング環境(出典/三菱UFJ信託銀行「2022年度 賃貸住宅市場調査」より転載)

東京23区のファミリータイプの稼働率DIは41.0、テナント入れ替え時の賃料DIは28.7、半年後の予想でも稼働率DIは30.1、入れ替え時の賃料DIは24.8と大きくプラスとなり、ポジティブな回答が多かったことがわかる。東京23区を除く首都圏でも、同様の傾向が見られ、好調ぶりがうかがえる。ただし残念ながら、名古屋市のファミリータイプでは大きくマイナスになっている。

同行では、テレワークの普及等によって広い間取りを求める動きも影響してか、23区のファミリータイプの稼働率や賃料、ダウンタイム(空室期間)が改善し、半年後もその傾向が続くと見ている。一方、名古屋市では、エリアや物件による差があるものの、入れ替え時の賃料が低下、ダウンタイムが長期化し、広告費を増やしてリーシングを強化する市場が当面続くとしている。

ファミリー向け賃貸住宅に需要が高まる理由

では、特に首都圏でファミリータイプの賃貸住宅需要が高まる要因はなんだろう?考えられる要因はいくつかある。まず、マンションの価格が上昇しているため、購入を考えた場合に手が届きにくいことがあげられる。不動産経済研究所が公表した「首都圏マンション市場予測」によると、2022年1月~11月の新築マンションの平均価格は、首都圏で6465万円、東京23区に至っては8230万円となっている。中古マンションでも価格は上昇し、東日本レインズが公表した「首都圏不動産流通市場の動向(2022年)」によると、2022年の首都圏の成約平均平米価格は67.24万円(70平米換算で4707万円)、23区では100.32万円(70平米換算で7022万円)だった。

さらに、当サイトでも何度か記事にしたが、コロナ禍で自宅にいる時間が長くなり、住まいに多くの機能を求めるようになり、ユーザーの志向が住宅の広さや部屋数を求めるようになったこともあげられる。その結果、一戸建て志向が高まったといわれているが、賃貸物件で一戸建ては数が少なく、購入する場合は駅から離れた場所や郊外に供給が多いため、利便性を重視するとファミリータイプの賃貸マンションなどに落ち着く、といったこともあるだろう。

また、コロナ禍で雇用環境が悪化するなど、収入安定への不安なども、購入に待ったをかける要因になり、まずはより広い、あるいは性能の高い賃貸住宅へ引越すという流れも考えられる。

日本の若者は都心志向が強い?

一方、シングルタイプについては、東京23区でもファミリータイプほどの大きなプラスはなかったものの、半年後の予想で稼働率のDIが20.8となっている。コロナ禍で東京都からの転出者が増えて一時的に人口が減少したが、「東京都における就業環境の回復や人口の転入超過拡大への期待等が影響」して、稼働率の改善を見込む回答者が多い可能性があるという。

さて、シービーアールイーが、「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」という特別レポートを公表した。それによると、他の国と比較した場合に日本では賃貸志向が強いものの、その一方で、引越し頻度は他国より低い傾向にあるという。また、日本では「若い世代ほど引越しの意向が強く(Figure13)、『他の都市の中心部』に行きたい(Figure14)と考えている」という。特に、Z世代(18~25歳)でこの傾向は顕著だ。このレポートでは、都心志向が強いのは「就労機会が都市部、特に首都圏に集中していることがその理由だと考えられる」と分析している。

出典:シービーアールイー「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」

出典:シービーアールイー「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」

就業環境や働き方が賃貸住宅市場に影響

また、三菱UFJ信託銀行の調査では「今後1年間のリーシングマーケット全体に与える影響が大きいと考える項目」についても聞いている。「個人の就業環境や収入の増減」が最多となり、「テレワーク等の働き方の変化」、「新型コロナウイルス等の感染拡大の状況」が続く結果となった。感染状況はもちろんだが、それよりも就業環境や働き方が、賃貸住宅市場に大きく影響するということだ。

今後1年間のリーシングマーケット全体に与える影響が大きいと考える項目

(注) 1位:2pts 2位:1ptsとして計算し、合計値を集計しました。合計ptsは68ptsでした。
今後1年間のリーシングマーケット全体に与える影響が大きいと考える項目(出典/三菱UFJ信託銀行「2022年度 賃貸住宅市場調査」より転載)

こうして見ていくと、就業環境や働き方は、人が移動したり、マイホームを購入するか賃貸にするか分かれたりといった、生活拠点となる住宅に与える影響が大きいことがわかる。住宅市場を見るうえでは、住宅の賃料や価格、住宅ローンの金利だけでなく、労働環境にも注意を払う必要がありそうだ。

●関連サイト
三菱UFJ信託銀行【新レポート発行】独自調査「2022年度 賃貸住宅市場調査」
シービーアールイー「ジャパンレポート-Live Work Shop 2023年1月」

JR中央線(東京都内)、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

JR山手線と並んで東京を代表する路線といえるJR中央線。そのうち東京都内に位置する駅は、東京駅から高尾駅まで全32駅ある。沿線には大学のキャンパスも多く、東京駅や新宿駅といった都心のビジネス街もあるため、学生やビジネスマンの一人暮らしにも人気の路線だ。そんなJR中央線のシングル向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場を調査! 東京都内32駅の家賃相場が安い駅ランキングを見ていこう。

JR中央線(東京都内)の家賃相場が安い駅ランキング

順位/駅名/家賃相場(駅の所在地)
1位 高尾 4.60万円(東京都八王子市)
2位 西八王子 5.10万円(東京都八王子市)
3位 日野 5.30万円(東京都日野市)
4位 西国分寺 5.50万円(東京都国分寺市)
5位 国立 5.60万円(東京都国立市)
6位 東小金井 6.00万円(東京都小金井市)
6位 豊田 6.00万円(東京都日野市)
8位 国分寺 6.10万円(東京都国分寺市)
9位 八王子 6.30万円(東京都八王子市)
9位 武蔵小金井 6.30万円(東京都小金井市)
11位 武蔵境 6.70万円(東京都武蔵野市)
12位 三鷹 7.10万円(東京都三鷹市)
13位 阿佐ケ谷 7.15万円(東京都杉並区)
14位 吉祥寺 7.60万円(東京都武蔵野市)
14位 西荻窪 7.60万円(東京都杉並区)
16位 立川 7.70万円(東京都立川市)
16位 荻窪 7.70万円(東京都杉並区)
16位 高円寺 7.70万円(東京都杉並区)
19位 中野 8.20万円(東京都中野区)
19位 東中野 8.20万円(東京都中野区)
21位 大久保 9.40万円(東京都新宿区)
22位 御茶ノ水 11.00万円(東京都千代田区)
22位 東京 11.00万円(東京都千代田区)
24位 四ツ谷 11.30万円(東京都千代田区)
25位 代々木 11.49万円(東京都渋谷区)
26位 市ケ谷 11.70万円(東京都千代田区)
27位 水道橋 11.80万円(東京都千代田区)
28位 神田 11.90万円(東京都千代田区)
29位 信濃町 12.10万円(東京都新宿区)
30位 新宿 12.40万円(東京都新宿区)
31位 飯田橋 12.50万円(東京都千代田区)
32位 千駄ケ谷 13.25万円(東京都渋谷区)

ランキング上位は東京西部の駅がずらり。都内最西端の高尾駅が1位に

JR中央線は「中央本線」と呼称を変えながら東京都から神奈川県、山梨県、長野県……と続く長い路線。東京駅~高尾駅間の東京都内だけでも走行距離は53km以上におよび、沿線の家賃相場もさまざまだ。シングル向け物件(専有面積10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)の家賃相場が最も安かったのは、八王子市に位置する高尾駅で家賃相場は4万6000円だった。

高尾駅(写真/PIXTA)

高尾駅(写真/PIXTA)

1位・高尾駅はJR中央線のうち東京都内の最西端。しかし通勤特快に乗れば新宿駅まで4駅・約47分、東京駅まで8駅・約1時間1分と、思いのほか早くたどり着く。ほとんどの便が高尾駅始発なので、座りやすい点も魅力だ。高尾駅には京王高尾線も乗り入れており、駅にはスーパーや書店、飲食店などを抱えるショッピングモールが併設されている。駅南口を出て東に進むと、100円ショップやスーパー、ホームセンターがあり、さらにその先には多彩な店舗がそろうショッピングモール「イーアス高尾」も。ファストフード店やリーズナブルな食堂など、一人でふらりと入りやすい飲食店が駅周辺に点在している点もうれしいところ。駅の南口側と北口側を行き来するには大きく迂回する必要がある点がネックだが、南北を通り抜けできる自由通路の整備計画もあるそう。当初計画より進ちょくは後ろにずれ込んでいるようだが、完成すればより便利になるだろう。

2位は高尾駅の1駅隣にある西八王子駅で、家賃相場は5万1000円。駅には「セレオ西八王子」が併設され、食料品店やドラッグストア、飲食店が営業中。駅の北口側と南口側どちらにも複数のコンビニが点在し、南口から徒歩3分ほどの場所にはスーパーや100円ショップなどを備えた「コピオ西八王子駅前」がある。一人暮らしの日常の買い物には十分な環境と言えるだろう。また、駅周辺はファストフード店や居酒屋など気軽に行ける飲食店も充実しているうえ、「ラーメン激戦区」とも言われるラーメン店の密集地域でもある。刻み玉ねぎのトッピングが特徴的な「八王子ラーメン」の人気店をはじめ個性豊かなラーメン店が豊富なので、休日ごとに食べ歩いても楽しそうだ。

西八王子駅前の風景(写真/PIXTA)

西八王子駅前の風景(写真/PIXTA)

3位は家賃相場5万3000円の日野駅がランクイン。かつては甲州街道の宿場町として栄えた街で、現在は日野市を代表する駅の一つでもある。南北に走る線路の東側と西側に複数のスーパーやコンビニ、ドラッグストアがあり、日常使いできる飲食店も。バス乗り場やタクシープールがある駅前には交番もあり、安心感を高めてくれる。大型商業施設はないものの、ショッピングモールや家電量販店、映画館もある立川駅(16位・家賃相場7万7000円)まで1駅。平日は自然を感じられる多摩川の河川敷にも近くて落ち着いた街並みの日野で過ごし、休日はお隣の立川で遊ぶ……という暮らし方もいいだろう。JR中央線の快速と通勤特快を乗り継げば、日野駅から新宿駅まで約36分、東京駅までは約50分で行くことが可能だ。

日野駅前(写真/PIXTA)

日野駅前(写真/PIXTA)

都心に近いほど家賃は高め。安く住むには「人気駅の近隣駅」に注目!

JR中央線沿線には都内でも知名度の高い駅が数々あるが、なかでも住む街として人気なのは武蔵野市に位置する14位・吉祥寺駅だろう。リクルート住まいカンパニーが毎年調査する「SUUMO住みたい街ランキング(首都圏版)」では、2018年~2021年は3位、2022年は2位に輝いている。商業施設が充実し、少し歩けば緑豊かな井の頭恩賜公園もある吉祥寺は人気なのも納得だ。しかし家賃相場は7万6000円と、ランキングトップ3に比べるとやはり高め。そんなときは便利な街の恩恵にあずかりつつも家賃が抑えられる、吉祥寺にほど近い駅に住むのも一案だ。たとえば吉祥寺駅から高尾方面へ2駅目、武蔵境駅などいかがだろう。

武蔵境駅前(写真/PIXTA)

武蔵境駅前(写真/PIXTA)

武蔵野市にある武蔵境駅は、家賃相場が6万7000円で11位にランクイン。吉祥寺駅まではJR中央線快速で約5分、自転車でもほぼ平坦な道を走って15分ほど。さらに新宿駅まで約24分、東京駅までは約37分で行くことができる。そんなアクセスのよさだけではなく、武蔵境駅周辺の街並みも魅力的。駅にはスーパーやドラッグストア、飲食店が店を構える「nonowa 武蔵境」が併設され、駅西側高架下の「ののみちサカイ」にも店舗が軒を連ねている。また、武蔵境駅には西武多摩川線も乗り入れており、そちらの駅側には飲食店やスーパーを備えた「エミオ 武蔵境」がある。さらに南口にはショッピングモール「イトーヨーカドー武蔵境」、北口には武蔵野市役所の出張所や屋上にグランピングBBQ施設が入った官民連携の複合施設「QuOLa」も。個人商店が並ぶ商店街も広がる暮らしやすい環境でありながら、家賃相場は吉祥寺駅より9000円も低いのだ。

さて「人気の駅の近くに住み、家賃を抑えつつ便利に暮らす」方式を新宿駅にも応用してみよう。新宿駅は30位にランクインしており、家賃相場は12万4000円。ここからなるべく近くて家賃相場が低い駅としては、19位・東中野駅をピックアップしたい。家賃相場は8万2000円で、新宿駅よりも4万2000円も安いとの調査結果が出ている。新宿駅まではJR中央・総武線(各駅停車)で2駅・約4分、自転車なら12分ほどでたどり着く。この程度なら、ぶらりと出かけやすい距離感と言えるだろう。東中野駅には都営大江戸線も通っており、駅から北へ5分ほど歩くと東京メトロ東西線・落合駅を利用することも可能だ。

東中野駅周辺(写真/PIXTA)

東中野駅周辺(写真/PIXTA)

東中野駅にはスーパーやカフェ、書店などが入った駅ビル「アトレヴィ東中野」が併設されている。駅西口には再開発により2015年に誕生した駅前広場が広がり、27階建てのマンションがそびえ立つ。そして東口側に見えるのは、2005年に誕生した再開発エリア「ユニゾンスクエア」にある高層マンションだ。駅前には高層ビルばかり建ち並ぶかというとそんなことはなく、昔ながらの親しみやすい商店街もあるのが東中野の魅力。あれこれとまとめ買いできるスーパーも点在しているが、フランス料理の惣菜店など個性豊かな個人商店をめぐるのもおすすめだ。映画やテレビのロケ地にもなった昭和レトロな飲食店街「東中野ムーンロード」で、ちょっとディープな夜を過ごすのも楽しそう。そんな新旧の街が融合した東中野にはここ数年でも大型マンションが複数誕生しており、2024年にも25階建てマンションが竣工予定。今後も魅力ある街として、さらに発展していきそうだ。

●JR中央線(東京都内)の家賃相場が安い駅ランキング ※駅の並び順
JR中央線(東京都内)の家賃相場が安い駅ランキング

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている中央線沿線(東京都内)の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/8~2022/10
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

家賃債務保証会社の強引な「明け渡し条項」に使用差し止め判決。裁判で争われたポイントは?

ニュースメディアで数多く報道された、家賃債務保証会社の強引な明け渡し条項の使用差し止めという、最高裁判所の判決。住宅業界に身を置くものとしては気になる判決だ。どういったことが争われ、どういった判決になったのだろう。筆者なりに分析してみたい。

【今週の住活トピック】
家賃債務保証会社の「追い出し条項」は無効の判決/最高裁判所

家賃債務保証会社とは?国の登録制度とは?

最高裁まで争われることになったこの訴訟で、訴えられたのは家賃債務保証会社だ。裁判の話の前に、まず「家賃債務保証会社」とは何かを説明しておきたい。

通常、賃貸住宅を借りるときには、借主が家賃を支払わなかったり、住宅の設備機器を壊したりした場合に、代わりに家賃や修理費を負担する「連帯保証人」が求められる。多くは親などの家族が連帯保証人になるが、何らかの事情で連帯保証人を立てられない借主もいる。家賃債務保証会社(以降、保証会社)は、借主の家賃を貸主に保証する会社で、保証会社に保証を依頼することで、連帯保証人を立てなくても賃貸住宅を借りることができるようになる。

借主が保証会社を利用するには、家賃の0.5カ月~1カ月程度の保証料を払い、入居後も定期的に「更新保証料」を払うことになる。保証料を払っているからといって、滞納した家賃を払わずに済むわけではない。保証会社は貸主に対して家賃を肩代わりするが、滞納した家賃は保証会社が借主に請求することになる。

保証会社は肩代わりした家賃を回収する必要があるので、保証会社によっては、強引な取り立てをするといったトラブルが発生することもあった。そこで2017年10月に、国土交通省は保証会社の登録制度を設けた。一定の基準を設け、その基準を満たす保証会社が登録することで、適正な家賃債務保証の業務を行う事業者として情報を公開するものだ。ただし、任意の登録制度なので、登録しなくても保証会社として業務を行うことはできる。

「家賃債務保証業者登録制度」の登録業者であることを示す「登録家賃債務保証業者シンボルマーク」(出典:国土交通省のサイトより転載)

「家賃債務保証業者登録制度」の登録業者であることを示す「登録家賃債務保証業者シンボルマーク」(出典:国土交通省のサイトより転載)

また、2020年4月の民法改正では、連帯保証人が保護される改正が行われた。連帯保証の契約で連帯保証人が個人の場合は、極度額(保証する金額の上限額)を書面で合意することが求められるようになった。この改正により、貸主側が借主に、連帯保証人ではなく保証会社の利用を求めるケースが増えている。

保証会社が消費者に不利益のある契約をするのは×

では、判決の内容を見ていこう。といっても、筆者は法律の専門家ではないので、その点はご容赦いただきたい。筆者が理解したのは次のようなことだ。

まず、ポイントとなるのは、家賃債務保証会社が賃借人(借主)と交わす保証に関する契約書の中の特定の条項の使用を差し止めることを求めたもの。定型の契約書に、こうした条項があるのは消費者が不利益になるので、使ってはいけないのではないか?ということが争われたわけだ。

次に、どういった条項かというと、2つある。
ア)借主が家賃などの支払いを怠り、その額が家賃の3カ月分以上に達したときは、借主に催促することなく賃貸借契約を解除できる
イ)借主が家賃などの支払いを2カ月以上怠り、保証会社が合理的な手段を尽くしても借主と連絡が取れず、電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況などから相当期間住んでいないと認められ、かつ、もうこの部屋を使う意思がないと客観的に見て取れる場合、借主が異議を述べないなら、賃貸住宅を明け渡したとみなす

最高裁はア)について、家賃滞納を理由に催促なく賃貸借契約を解除することは、あながち違法とはいえないが、貸主ではなく保証会社が、合理的な事情がある場合などの限定もなく、催告なしに解除できるのは、消費者に不利益を与えかねない。

イ)については、家賃滞納、連絡不能、利用実態なし、利用する意思が認められないといった条件で明け渡したとすることは、あながち違法とは言えないが、賃貸借契約が終了してない場合に保証会社の一存で明け渡したとみなすのは不当だし、利用の意思がないと客観的に見て取れるという要件は明確ではなく、意義を述べる機会が確保されているわけでもないので、消費者に不利益を与えかねない。

よって、消費者契約法に基づき「ア)イ)の条項がある契約書を使ってはいけない」と判断した、という判決だと筆者は理解した。

最高裁は、地裁、高裁とは異なる判断をした。いわゆる保証会社の「強引な明け渡し条項」に対して、適正な法的手続きを踏まない条項に歯止めをかける形となった。

強引な明け渡し条項は不当とされたが、家賃を滞納すると、賃貸借契約が解除されたり保証会社から家賃に遅延損害金などが加算された額を請求されたりといったことも起こりうる。家賃が払い続けられる額かどうか、しっかり見極める必要がある。

賃貸借契約時の保証会社を選ぶのは、貸主や仲介会社、賃貸管理会社などの貸主側だ。そうはいっても、保証契約は借主自身が保証会社と結ぶもの。契約解除や明け渡しに関する契約内容については、事前に確認しておくべきだ。トラブルは事前に回避したいものだ。

●関連サイト
裁判所の最高裁判所判例集

昭和街角の情緒を伝える名物賃貸群「大森ロッヂ」。コロナ禍経て深まる住人同士の“ゆるやかなつながり” 東京都大田区

昭和の趣が残る「大森ロッヂ」(東京都大田区)は、住む人や地域の人がゆるやかにつながり、コミュニティが醸成される場所です。2009年以降に順次リノベーションされた8棟の住宅のほか、長屋式店舗兼用住宅「運ぶ家」が竣工・営業開始したのが、2015年6月。当時の様子はSUUMOジャーナルでも紹介しました。今年(2022年)4月には、新たに、一戸建てをリノベーションした「笑門の家」(しょうもんのいえ)が完成。コロナ禍を経て変わったこと、時流が変化しても変わらない思いについて、住民の皆さんや大家さんに伺いました。

石畳の路地の脇に黒壁の長屋が並ぶ。ドアやサッシは一部差し替えたが、中にはもう手に入らない昭和のガラス戸もある(画像撮影/桑田瑞穂)

石畳の路地の脇に黒壁の長屋が並ぶ。ドアやサッシは一部差し替えたが、中にはもう手に入らない昭和のガラス戸もある(画像撮影/桑田瑞穂)

縁台に飾られた鉢植の草花。緑が黒壁に映える(画像撮影/桑田瑞穂)

縁台に飾られた鉢植の草花。緑が黒壁に映える(画像撮影/桑田瑞穂)

コロナ禍に深まる閉塞感への疑問から生まれた、人とつながる「笑門の家」

京急線・大森町駅から歩いて2分、にぎやかな往来から一本入ると、右側に懐かしい佇まいの木塀と木戸でできた大森ロッヂの「ともしびの門」が見えてきます。前で迎えてくれたのは、大家の矢野一郎さんと住民で管理人もしている山田昭二さん。木戸を開けてもらうと、敷地内には昭和の風情を感じる路地があり、路地を挟んで、黒壁の長屋が並んでいます。昭和30~40年代に建てられた木造アパート群の古いものを活かしてリノベーションした賃貸住宅です。

矢野さん(左)と山田さん(右)。大森ロッヂの玄関口である「ともしびの門」の前で(画像撮影/桑田瑞穂)

矢野さん(左)と山田さん(右)。大森ロッヂの玄関口である「ともしびの門」の前で(画像撮影/桑田瑞穂)

大森ロッヂに新しく加わった「笑門の家」は、通りに面したところにあり、温室のような吹抜けの窓が特徴的です。

通りから見える「笑門の家」。古谷デザインに依頼し、木造2階建ての古い住宅をリノベーションした(画像撮影/桑田瑞穂)

通りから見える「笑門の家」。古谷デザインに依頼し、木造2階建ての古い住宅をリノベーションした(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」の計画は、2020年春、コロナ禍ではじまりました。

「コロナ禍では、人の自由が奪われて非常に孤立化してしまったという印象を受けました。テレワークもはじまりましたが、感染流行が拡大するなかで、世の中がどんどん閉鎖的になっていくことに疑問を感じていました。人間が生活する上でいちばん大切なものは、社会の状況に影響されない根源的な部分にあるはずです。それは、家に帰ったらリラックスしてゆったりした気持ちでいたいこと。必要なのは、家族や職場以外の誰かとのふれあいだと思いました。高気密で狭いところへ人を押し込めずに、誰かと接しようとすれば接することのできる機会を提供したいという思いがありました」(矢野さん)

「ゆるやかに人と交流できる家に」というコンセプトで、敷地に立っていた昭和の民家をリノベ―ション。設計を担当した古谷デザインから提案されたのは、一部をガラス張りの吹抜けにして半外部化するアイデア。「開いていく・創造していく場所にふさわしい」と考えた矢野さんは採用を決め、2022年4月に「笑門の家」が完成しました。

建物の一部が吹抜けのガラス張りで温室のような構造になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

建物の一部が吹抜けのガラス張りで温室のような構造になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

人を招きよせる「笑門の家」。地域とつながる交流拠点に

「笑門の家」に入居し、事務所兼住居として使っているのは、デザイン会社「グラグリッド」の三澤直加さんと尾形慎哉さんです。もともと恵比寿を拠点に仕事をしてきましたが、会社の移転を考えていたころ、新型コロナウイルス感染症の流行が重なりました。

「笑門の家」に引越して「地に足がついた生活ができている」という三澤さん(左)の言葉に頷く尾形さん(右)(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」に引越して「地に足がついた生活ができている」という三澤さん(左)の言葉に頷く尾形さん(右)(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」に引越して「地に足がついた生活ができている」という三澤さん(左)の言葉に頷く尾形さん(右)(画像撮影/桑田瑞穂)

古い欄間や梁を活かしてリノベーション。アール型の小上がりを見たとき「どう使うかワクワクしました」と三澤さん。すぐにワークショップのイメージが膨らんだ(画像撮影/桑田瑞穂)

「コロナ禍の影響で、人と繋がりたくてもリモートワークが増えて、知っている者同士しか会えなくなってしまいました。恵比寿のオフィスビルから離れて、大きく生活を変えたいと思うようになったんです。面白い場所に住み替えたいと探していたところ、『笑門の家』に出合い、『これだ!』と思いました」(三澤さん)

「笑門の家」で生まれたアイデアの数々。「関わりしろはどこまで大きくできるのか?」という発想からオープンなザクロ収穫祭の企画へとつながった(画像撮影/桑田瑞穂)

「笑門の家」で生まれたアイデアの数々。「関わりしろはどこまで大きくできるのか?」という発想からオープンなザクロ収穫祭の企画へとつながった(画像撮影/桑田瑞穂)

「ビルの四角い部屋では出ない発想ができるかもしれないと感じたんです。大森ロッヂにコミュニティがあることを知り、住民の方や地域とのつながりで、ワークショップをするなどして、一緒にデザイン活動ができるのではないかというイメージが湧いて。交流(ワークショップ)ができる温室と、集中して仕事ができる2階があり、ほしかった条件がそろっていました。地域の人とつながりあって、実験しながら、やりたいことを実現できるのではないかと思いました」(尾形さん)

2022年6月に引越してから、庭にあったザクロを収穫し、ジュースをつくるイベントを開催。大森ロッヂに住んでいる人や近隣の子ども達も参加しました。尾形さんが非常勤講師を務める専修大学の学生たちと、大森に昔からある産業の廃材を使ってランタンをデザインするワークショップも行い、手ごたえを感じた二人は、いずれテーマを決めて語り合う「笑門の会」をつくりたいと夢を語ってくれました。

引越したとき、庭の隅に咲いていたザクロの花が実ったので催した収穫祭(画像提供/グラグリッド)

引越したとき、庭の隅に咲いていたザクロの花が実ったので催した収穫祭(画像提供/グラグリッド)

「見たことのなかった赤い花がザクロの実に変わっていくのに感動しました」と三澤さん(画像撮影/桑田瑞穂)

「見たことのなかった赤い花がザクロの実に変わっていくのに感動しました」と三澤さん(画像撮影/桑田瑞穂)

ルビーのような実を取り出し、つぶして、ジュースに(画像提供/グラグリッド)

ルビーのような実を取り出し、つぶして、ジュースに(画像提供/グラグリッド)

ふすま屋さんの廃材を使ったランタンづくりのワークショップ(画像提供/グラグリッド)

ふすま屋さんの廃材を使ったランタンづくりのワークショップ(画像提供/グラグリッド)

ふすま紙などを再利用して独創的なランタンが生まれた(画像提供/グラグリッド)

ふすま紙などを再利用して独創的なランタンが生まれた(画像提供/グラグリッド)

「『笑門の家』というネーミングが絶妙なんですよね。人を招くような、不思議な言葉の力があります。名を体現するような使い方ができればいいな。我々のつながりから、周辺の人もつながって、集まった人の話の中から、プロジェクトやイベントのアイデアが自然に発生する。新しいことが生まれるエンジンとしてこの場所を使っていきたいです」(尾形さん)

ワークショップのあとは、小上がりが語らいの場になる(画像提供/グラグリッド)

ワークショップのあとは、小上がりが語らいの場になる(画像提供/グラグリッド)

アトリエ付住宅「ひらめきの家」や店舗兼用住宅「運ぶ家」のその後

大森ロッヂには、長屋群のほか、通りに面したアトリエ・中庭付の2階建て集合住宅「ひらめきの家」や前回の取材時(2015年)に新築された店舗兼用住宅「運ぶ家」があります。

「ひらめきの家」は、店舗として使えるアトリエが通りに面してあり、奥が住居になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

「ひらめきの家」は、店舗として使えるアトリエが通りに面してあり、奥が住居になっている(画像撮影/桑田瑞穂)

「旅する茶屋」を訪ねると、吹抜けの明るい空間に、茶香炉から良い香りが漂っています。オーナーで日本茶ソムリエの津田尚子さんは、もともと大森ロッヂに住んでいましたが、「ひらめきの家」に空室が生じることになり、住み替えをして、店舗を構えました。

中庭の緑が見える店内でお茶を淹れる津田さん(画像撮影/桑田瑞穂)

中庭の緑が見える店内でお茶を淹れる津田さん(画像撮影/桑田瑞穂)

美しい茶器に注がれるのは八女の白折という日本茶。体調に合わせたおすすめ茶をオーダーすることもできる(画像撮影/桑田瑞穂)

美しい茶器に注がれるのは八女の白折という日本茶。体調に合わせたおすすめ茶をオーダーすることもできる(画像撮影/桑田瑞穂)

「『旅する茶屋』という名前のとおり、店舗を持たず旅先でお茶をたてるワークショップをメインに活動していたのですが、まわりの人に勧められて、タイミングも合ったのでやってみようと思いました。近くの小学生が『ただいま』と声をかけてくれたり、旅で留守にしていて帰ると『閉まっていたけど、どうしていたの?』近所の人が心配してくれたり。地域の風景になりつつあるのかな」(津田さん)

「旅する茶屋」のお隣さんは、2020年から絵画工房と絵画教室を営む「アトリエウォボ」。講師を務めるのは、写実絵画の描き手である油彩画家の宮原俊介さんです。

「住居と一体でありながら、居住スペースとは別に絵を描く場所がほしかったので、条件に合う物件を探して『ひらめきの家』にたどり着きました。教室には、年代も職業もさまざまな人が通ってきます。いずれ、大森ロッヂのギャラリーで生徒たちのグループ展をしたいです」(宮原さん)

写真のように見たまま描いている印象のある写実絵画だが、宮原さんは「見た時の印象を誇張して表現しているので印象画だと思っています」と語る(画像撮影/桑田瑞穂)

写真のように見たまま描いている印象のある写実絵画だが、宮原さんは「見た時の印象を誇張して表現しているので印象画だと思っています」と語る(画像撮影/桑田瑞穂)

壁にかけられた宮原さんの作品。描かれた人物や動物の目力に圧倒される(画像撮影/桑田瑞穂)

壁にかけられた宮原さんの作品。描かれた人物や動物の目力に圧倒される(画像撮影/桑田瑞穂)

「アトリエ ウォボ」の中庭から隣にあるタイル工房「fuchidori」の作業風景が見えていた。クリエイター同士の距離が近いのもお互いの刺激になるのかもしれない(画像撮影/桑田瑞穂)

「アトリエ ウォボ」の中庭から隣にあるタイル工房「fuchidori」の作業風景が見えていた。クリエイター同士の距離が近いのもお互いの刺激になるのかもしれない(画像撮影/桑田瑞穂)

タイルでつくった「fuchidori」の看板がかわいい。「世界の街角を彩る装飾タイルの楽しさを多くの方と共有したい」という思いから、絵付けワークショップを不定期で開催している(画像撮影/桑田瑞穂)

タイルでつくった「fuchidori」の看板がかわいい。「世界の街角を彩る装飾タイルの楽しさを多くの方と共有したい」という思いから、絵付けワークショップを不定期で開催している(画像撮影/桑田瑞穂)

前回の取材時(2015年)に建築された店舗兼用住宅「運ぶ家」は、その後、どのように使われているでしょうか。「運ぶ家」は、貸駐車場借主の退去で空いたスペースに新築されましたが、「ただ建てるのではなく、住む人と建築家とみんなで一緒につくりあげたい」という矢野さんの思いが強く反映された建物です。

「運ぶ家」の2階で蚤の市(不定期)が開かれたときの様子(画像提供/大森ロッヂ)

「運ぶ家」の2階で蚤の市(不定期)が開かれたときの様子(画像提供/大森ロッヂ)

「借主は、建築費や設計料がいくらかわからないまま、家賃が決められていますよね。事業収支をオープンにして、設計段階から入居者、設計者、施主が、あたかも自宅を建てるようなプロセスを踏んだら、きっと場所への愛着も増すのではという気持ちもありました」(矢野さん)

「運ぶ家」に建築当時から関わった入居者のうち、コムロトモコさんはカフェ兼カバンのギャラリー「yamamoto store」を、もうひとりは、「たぐい食堂」を営んでいます。入居者が職住一体でなりわいをもつことができる「ひらめきの家」と「運ぶ家」。「地域に開かれた場所になって、街や大森ロッヂの活性化につなげたい」という矢野さんの思いを体現する場所になっています。

「運ぶ家」1階の「たぐい食堂」では、和定食やおにぎりが食べられる(画像提供/大森ロッヂ)

「運ぶ家」1階の「たぐい食堂」では、和定食やおにぎりが食べられる(画像提供/大森ロッヂ)

日替わりのプレートランチなどを提供するyamamoto store。店内には、店主が手掛けるカバンブランド「aof-kaban-shop」も営業している(画像提供/大森ロッヂ)

日替わりのプレートランチなどを提供するyamamoto store。店内には、店主が手掛けるカバンブランド「aof-kaban-shop」も営業している(画像提供/大森ロッヂ)

場が人を呼び、人とのつながりが価値になる門を入った路地に面してあるノスタルジックなポスト(画像撮影/桑田瑞穂)

門を入った路地に面してあるノスタルジックなポスト(画像撮影/桑田瑞穂)

大森ロッヂの案内図。住居のなかに「かたらいの井戸端」や「はぐくむ広場」など交流できる場所が設けられている(画像提供/大森ロッヂ)

大森ロッヂの案内図。住居のなかに「かたらいの井戸端」や「はぐくむ広場」など交流できる場所が設けられている(画像提供/大森ロッヂ)

現在、大森ロッヂには、15世帯が暮らしています。入居者募集に関しても、矢野さんは、不動産会社任せにするのではなく、自分で入居希望者に会って話を聞くことにしています。入居基準は、「大森ロッヂが好きな人」。長屋の家賃は新築並みで設備も古いですが、納得してくれる人が集まっています。矢野さん主催のイベントは、餅つきや新酒を楽しむ会など年2回ほどですが、住民発案で路地の広場で飲み会が催されることも。イベントは、コロナ禍のため中断していましたが、この11月にやっと再開することができました。

「借りて住む価値はひとりではつくり出せないものなんですよ。お金さえあれば、家は買えますが、周辺は買うことができません。人とのつながりが価値になる。場が人を呼び、自然と街に開かれていけばいいと思っています」(矢野さん)

大家業を通じ、入居者の人生に関わってきた矢野さん。「この仕事は、人間を愛する気持ちが大事」と話す時の優しいまなざしが印象に残っています。これからも、大森ロッヂは、古き良きものを活かしながら、新しいものを生み出す場として育まれていくのでしょう。

●取材協力
・大森ロッヂ
・株式会社グラグリッド
・旅する茶屋
・アトリエウォボ
・fuchidori
・たぐい食堂
・yamamoto store

賃貸物件の1階を“街の交差点”に。パン屋さんやコワーキングスペースでにぎわい生む「西葛西APARTMENTS-2」

東京都江戸川区にある「西葛西APARTMENTS-2」は、住むに加えて商う・働くという機能を加えた新感覚の集合住宅です。ベーカリー&カフェ、小商いができるオープンスペース、コワーキングスペースを設けるなどで、街のコミュニティをつくり出しています。こちらが誕生した経緯と、完成から4年でどのように地域に変化をもたらしているかを取材します。

設計者が企画、設計、運営を行う新しいタイプの複合建築

初秋のよく晴れた日の朝、最寄駅である地下鉄東西線 西葛西駅の改札を出て歩くこと約10分。「西葛西APARTMENTS-2」は、大通りから一本入った住宅街のなかにありました。通りから見えるベーカリーの窓には、パンを仕込んでいる職人さんの姿。隣にあるデッキには、木々の緑陰が落ちています。

2000年に竣工した集合賃貸住宅「西葛西APARTMENTS」(右)にデッキスペースをはさんで隣り合う「西葛西APARTMENTS-2」(左)(写真撮影/桑田瑞穂)

2000年に竣工した集合賃貸住宅「西葛西APARTMENTS」(右)にデッキスペースをはさんで隣り合う「西葛西APARTMENTS-2」(左)(写真撮影/桑田瑞穂)

エントランスのスロープは、バリアフリーに配慮して、端ではなく中央に設けた。「誰にとっても居心地のよい場所に」という想いが込められている(写真撮影/桑田瑞穂)

エントランスのスロープは、バリアフリーに配慮して、端ではなく中央に設けた。「誰にとっても居心地のよい場所に」という想いが込められている(写真撮影/桑田瑞穂)

駅からの道すがら街なかで目立つのは、整然としたコンビニやファミレスなどのチェーン店ですが、ここには、手作り感あるほっとできる空間が広がっていました。静かな朝のひとときが過ぎると、保育園に子どもを送ったあとのお母さんたちが次々にやってきて、デッキでおしゃべりがはじまります。ロードバイクでふらりと立ち寄った人も。たちまち、にぎわいが生まれました。

「7丁目PLACE」のデッキには、パンとコーヒーを飲んで一息ついているお母さんたちが多かった(写真撮影/桑田瑞穂)

「7丁目PLACE」のデッキには、パンとコーヒーを飲んで一息ついているお母さんたちが多かった(写真撮影/桑田瑞穂)

2018年に完成した「西葛西APARTMENTS-2」は、駒田建築設計事務所の駒田剛司さん、由香さん夫妻が、資金計画、設計、運営まで一貫して行っている集合住宅です。駒田さん自身が銀行で融資を受け、所有しています。

1階にはカフェ併設のベーカリー&カフェ、2階には、コワーキングスペース「FEoT」(FAR EAST of TOKYO)と自社事務所があり、3・4階が賃貸住宅で、どの場所も路地のようなオープンスペース「7丁目PLACE」に開かれています。
隣接する「西葛西APARTMENTS」1階には、シェアキッチンを備えたコミュニティスペース「やどり木」を設けました。

「西葛西APARTMENTS-2」は、単なる集合住宅ではなく、街に開いたオープンスペースを持ち、働く人、商う人、地域の人が集う複合建築であり、地域のコミュニティを再生する場です。通常、集合住宅で、店舗を併設する場合、居住者と店舗の来客の入口は別々にして、動線を分けるのが一般的ですが、「7丁目PLACE」と名付けたデッキスペースに、賃貸部分の居住者やコワーキングスペースの利用者、ベーカリーの来客などすべての動線をあえて重ね、にぎわいを生み出すようにデザインされています。

「7丁目PLACE」のデッキには、パンとコーヒーを飲んで一息ついているお母さんたちが多かった(写真撮影/桑田瑞穂)

「7丁目PLACE」のデッキには、パンとコーヒーを飲んで一息ついているお母さんたちが多かった(写真撮影/桑田瑞穂)

「『西葛西APARTMENTS』には、私たちも入居していましたが、開発事業によって発展した西葛西は、どこにでもある大型のチェーン店が多く、個人の魅力的なお店がなかったんです。徐々に、自分たちが居心地よく過ごせる場所がほしいと思うようになりました。街を面白くするには、自分たちが街に開いていくべきじゃないか。そんな想いから『西葛西APARTMENTS-2』の計画はスタートしました」(由香さん)

エントランス脇の看板は、公園の入口にある看板をイメージしてデザイン。自由に使えるオープンスペースであることを表現している。ベーカリー&カフェ「gonno bakery market」が開店すると瞬く間に自転車でいっぱいに(写真撮影/桑田瑞穂)

エントランス脇の看板は、公園の入口にある看板をイメージしてデザイン。自由に使えるオープンスペースであることを表現している。ベーカリー&カフェ「gonno bakery market」が開店すると瞬く間に自転車でいっぱいに(写真撮影/桑田瑞穂)

賃貸集合住宅に、働く、商う、集う場を複合しコミュニティを生み出す

西葛西でやりたかったのは、小さくても「住む」「働く」「商う」「集まる」というさまざまな用途をぎゅっと詰め込んだ建物でした。そのためには近隣の人をいかに呼び込むかが大切で、最初に計画したのが、誰でも気軽に立ち寄れるベーカリー&カフェを1階に誘致することでした。

「一般的な集合住宅は、生垣や塀で囲まれていて、通りから中が見えない閉じたつくりになっていますが、その真逆をやってみたいという構想は以前からもっていました。駒田建築設計事務所では、集合住宅を計画する際、『1階を開くと街の価値まで上がる』とオーナーに店舗の誘致やオープンスペースの提案をしてきましたが、『うまくいくの?』と難色を示されてしまうことが多くて。自らオーナーである『西葛西APARTMENTS-2』で、その可能性を証明できるのではと思いました」(由香さん)

誘致した「gonno bakery market」は、もともと近隣の人気店。メディアに取り上げられることも多い。スコーンやバゲットなどさまざまな種類のパンが並び、選ぶのに迷ってしまうほど(写真撮影/桑田瑞穂)

誘致した「gonno bakery market」は、もともと近隣の人気店。メディアに取り上げられることも多い。スコーンやバゲットなどさまざまな種類のパンが並び、選ぶのに迷ってしまうほど(写真撮影/桑田瑞穂)

小さな子ども連れのご家族から高齢者まで、想定通り近隣の住民でにぎわうカフェコーナー(写真撮影/桑田瑞穂)

小さな子ども連れのご家族から高齢者まで、想定通り近隣の住民でにぎわうカフェコーナー(写真撮影/桑田瑞穂)

「空間の力で集客したい」と考えた駒田さん夫妻は、エントランスに、ベーカリーの来客や建物利用者が共有するデッキスペース「7丁目PLACE」を設けました。動線やオープンスペースとしての機能を考え抜き、デザイン案は100通りにものぼったそうです。完成した「7丁目PLACE」では、パンのイベントや不揃いの野菜を販売する「でこぼこマーケット」や美大生による子ども向けアートイベントなどが開催され、大反響。「西葛西APARTMENTS-2」の屋上スペース「7丁目ROOF」も希望者に貸し出していますが、ヨガ教室などのイベントが好評です。

コロナ禍前のパンイベントでは、建物周囲を囲むほどの行列ができた(画像提供/駒田建築設計事務所)

コロナ禍前のパンイベントでは、建物周囲を囲むほどの行列ができた(画像提供/駒田建築設計事務所)

デッキスペースに出店した「でこぼこマーケット」。三輪自転車の店舗に、新鮮な野菜がずらり(画像提供/駒田建築設計事務所)

デッキスペースに出店した「でこぼこマーケット」。三輪自転車の店舗に、新鮮な野菜がずらり(画像提供/駒田建築設計事務所)

「西葛西APARTMENTS-2」の屋上「7丁目ROOF」で催されているヨガ教室。空が近く感じられる気持ちのいい場所(画像提供/駒田建築設計事務所)

「西葛西APARTMENTS-2」の屋上「7丁目ROOF」で催されているヨガ教室。空が近く感じられる気持ちのいい場所(画像提供/駒田建築設計事務所)

駒田建築設計事務所の駒田由香さん。イベントは、主催者とテーマ設定や告知について話し合いながら一緒につくり上げていく(写真撮影/桑田瑞穂)

駒田建築設計事務所の駒田由香さん。イベントは、主催者とテーマ設定や告知について話し合いながら一緒につくり上げていく(写真撮影/桑田瑞穂)

「小さな経済がここで回っていくことが大事だと思っています。住んでいる人や街の人のチャレンジを後押ししながら、自分たちも成長したいと思っています。」(由香さん)

「西葛西APARTMENTS」1階にある「やどり木」は、シェアキッチン付きのオープンスペースです。飲食店営業と菓子製造業の許可を取得済みで、和菓子の会や無農薬野菜のカレー屋さんなどさまざまな活動が催されました。ここでの活動をきっかけに、本を出版したり、ビジネスを立ち上げた人もいるそうです。

「やどり木」でのイベント風景。もともと賃貸住居として貸し出していたスペースをリノベーションしてシェアキッチンとして開放(画像提供/駒田建築設計事務所)

「やどり木」でのイベント風景。もともと賃貸住居として貸し出していたスペースをリノベーションしてシェアキッチンとして開放(画像提供/駒田建築設計事務所)

コワーキングスペースが、居住者や地域の人のサードプレイスに

「西葛西APARTMENTS-2」2階にあるコワーキングスペース「FEoT」は、家でも職場でもない居場所をつくろうという思いで企画されました。

駒田さん夫妻にとって、コワーキングスペースの運営は初めてでしたが、外が見えて風が抜けるリビングのような居心地の良い空間を目指しました。合理的な壁柱の構造を活かしたワークスペースには、プライバシーを保ちつつ、デスクがゆったりと配置されています。構造躯体でない間仕切りには、本棚やコンクリートブロックを使い、簡単にスペース全体のレイアウトを変えられるようになっています。

窓いっぱいに外が見えて開放感のある「FEoT」。右側の壁も中央の壁と同じ構造になっていて、本棚を取り外すと一体の空間として使える(写真撮影/桑田瑞穂)

窓いっぱいに外が見えて開放感のある「FEoT」。右側の壁も中央の壁と同じ構造になっていて、本棚を取り外すと一体の空間として使える(写真撮影/桑田瑞穂)

「FEoT」は駒田建築設計事務所と同フロアにあり、受付は事務所スタッフが行い、運営に関する面談や契約は由香さんが担当。開業半年後から満席が続き、空きが出てもすぐに埋まる状況が続いています。

受付を兼ねたシェアキッチン。右奥が駒田建築設計事務所の入口で、コワーキング利用者と事務所スタッフがスペースを共有している(写真撮影/桑田瑞穂)

受付を兼ねたシェアキッチン。右奥が駒田建築設計事務所の入口で、コワーキング利用者と事務所スタッフがスペースを共有している(写真撮影/桑田瑞穂)

「現在の利用者は入居者、近隣の方を中心に27名ほどです。通常、コワーキングスペースを契約する際には、禁止事項などがずらっと書かれた利用規約がありますけど、悩んだ末、必要最低限の利用規約にとどめました。お互い挨拶を交わすなかで、利用者同士や事務所スタッフが顔見知りの関係になり、みなさん安心して快適に過ごされているようです」

賃貸部分の入居者は、30代~40代が中心で、「西葛西APARTMENTS-2」の醸し出すオープンな雰囲気が気に入って入居されている方が多いようです。この建物を通じて知り合った入居者の方と、近隣に住むコワーキング利用者と三者で、被災時に対応すべきマニュアルの作成など、新しい社会的活動も始めています。

コワーキングスペースはフリーランスの方の事務所となったり、保育園に子どもを送ったあと1時間利用する人がいたり、ベーカリー&カフェでテイクアウトしたパスタを、居住エリアのベンチに持ち込んでテレワークする人も。「『西葛西APARTMENTS-2』みたいな場所があってよかった」という声が寄せられています。

男性が入居する賃貸の一室。キッチンが広めの28.8平米ワンルーム(写真撮影/桑田瑞穂)

男性が入居する賃貸の一室。キッチンが広めの28.8平米ワンルーム(写真撮影/桑田瑞穂)

朝の日差しが気持ちよく差し込んでいた(写真撮影/桑田瑞穂)

朝の日差しが気持ちよく差し込んでいた(写真撮影/桑田瑞穂)

3階のこの部屋は共有廊下に接した写真左の引き違い窓が入口で、入ってすぐキッチンがある。住居を開放して、小商いをすることも可能(写真撮影/桑田瑞穂)

3階のこの部屋は共有廊下に接した写真左の引き違い窓が入口で、入ってすぐキッチンがある。住居を開放して、小商いをすることも可能(写真撮影/桑田瑞穂)

コミュニティが再生する場をつくり、地域の価値を上げる

「1階を開くと街の価値まで変わる」と信じて、新しい集合住宅を設計した駒田さん夫妻。企画当初は、融資を打診した銀行から、立地や場所性を理由に飲食の店舗やコワーキングスペースにする計画には、難色を示されましたが、竣工から1年後、管理会社から、築20年の「西葛西APARTMENTS」の家賃の値上げを提案されたのです。「西葛西APARTMENTS2」を通じてさまざまな人が交流するなかで、「環境をつくる」ことが街に新しい価値を生み出し、その結果事業利益にもつながりました。

「以前は、コンセプトを言葉で説明しても理解されにくかったのですが、実際に「西葛西APARTMENTS-2」を見た多くの人に共感してもらえるようになりました。今までやってきたことがフィードバックされてきたのかなと思っています。これからも、地域の人が交流し発展する場所として育てていきたいです」(由香さん)

設計者自ら不動産を手掛け、「空間の力で集客できる」ことを証明した駒田建築設計事務所の剛司さんと由香さん。2022年11月には、外階段から直接住戸にアクセスでき、小商いが可能な賃貸集合住宅「wdsビル」が竣工しました。これからは、多様な人々を呼び込み、街に開いた集合住宅が、住む人、商う人、働く人の交差点になり、街のコミュニティを醸成する場になっていくのかもしれません。

●取材協力
駒田建築設計事務所

31歳女子、2棟目の大家になる。屋上農園や喫茶店付きで住民と地域がつながる賃貸「ロジハイツ」荒川区

2022年2月の記事、「24歳女子、大家になる。築40年超エレベーターなしマンションが人気物件になるまで 東京都荒川区」で「トダビューハイツ」を取材させていただいた戸田江美さん。
その際に「荒川区町屋に新たに賃貸住宅を建てます!」とお話を伺ったのだが、今年2月完成。入居が開始して半年経過し、「その後、どうだったのか」を伺うべく、新物件「ロジハイツ」へ。「まったく当初の予定通りにはいかなくて大変だった!」という戸田さんと、入居者や地域住民の方々にお話を伺った。

空き地のまま活用する想像建築プロジェクト。想定外な出来事が

そもそもこの「ロジハイツ」は、戸田さんの祖母が所有し、長く借地として貸し出していた土地が更地になって戻ってきたことを契機に、新たな活用法を考えるところから始まったプロジェクト。
すぐに建物を建てずに、空き地のまま残し、マルシェ、街歩き、トークイベントなどを開催。「想像建築プロジェクト」と名付けられたこの試みは、荒川区の土地にまったく地縁のない人でも、この場所に興味を持ってもらえる仕掛けとしてスタートした。

ロジハイツを建てる前の空き地で行われたマルシェイベント(画像提供/戸田さん)

ロジハイツを建てる前の空き地で行われたマルシェイベント(画像提供/戸田さん)

商店街をめぐる街歩きは人気イベント。戸田さん作成の『街歩きのしおり』を手に、「はっぴいもーる熊野前」と「おぐ銀座商店街」と、地元の人でにぎわう2つの商店街をめぐり、荒川区の暮らしをシミュレーション(画像提供/戸田さん)

商店街をめぐる街歩きは人気イベント。戸田さん作成の『街歩きのしおり』を手に、「はっぴいもーる熊野前」と「おぐ銀座商店街」と、地元の人でにぎわう2つの商店街をめぐり、荒川区の暮らしをシミュレーション(画像提供/戸田さん)

最終的には、小さな賃貸住宅ながら、屋上にシェア菜園、1階に喫茶店を設け、地元の人との接点となる”場”を用意することに。

扉からのぞいている鳥はハクセキレイ。物件近くの尾久の原公園で元気に走り回っている野鳥をモチーフに。どこかレトロで丸みのあるデザインで、新築だが昔ながらの住宅街になじむ、温かみのある住まいに (写真撮影/片山貴博)

扉からのぞいている鳥はハクセキレイ。物件近くの尾久の原公園で元気に走り回っている野鳥をモチーフに。どこかレトロで丸みのあるデザインで、新築だが昔ながらの住宅街になじむ、温かみのある住まいに (写真撮影/片山貴博)

「こんなことしながら、“面白い街、面白い物件”って興味を覚えた方々が、物件のスペック以外の、この独特さにひかれて引越してくれたら、すごく面白いな、って思ってたんです」(戸田さん)。1階の店舗物件を除けば、賃貸住戸は単身者向けの2住戸のみ。ロジハイツの”特別さ”を愛してくれる、たった2名の入居者がいればいい。そして、実際、街歩きなどのイベントを通して、まったく地縁のないけれども「ここに絶対住みたい」方が現れた。
ところが! 「家庭や仕事の事情で、この方たちが2人とも東京を離れることになったんです。その時点ですでに住み替えの繁忙期が終わっており、本当に焦りました。建築用木材の供給が需要に追いつかない“ウッドショック“の影響でコストが上がる、納期は遅れると、タイミングも悪かったですね。『(空き地でイベントなど開かず)さっさと賃貸住宅を建てていればよかったのに』と言われたこともありました」

大家の戸田江美さん。祖母の跡を過ぎ、大家業を継いだのは24歳の時。現在は結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/片山貴博)

大家の戸田江美さん。祖母の跡を過ぎ、大家業を継いだのは24歳の時。現在は結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/片山貴博)

「物件のビハインドに触れて決めた」――Sさんの場合

そんななか、どうにか2人の入居者が現れた。

一人は、転職をきっかけに実家を出て一人暮らしを始めようとした女性、Sさん。「いろんな物件サイトをみていても、どんな物件も金太郎飴みたいに同じに見えちゃうんです。ストーリーのあるもの、付加価値のあるもの、個性のあるもの、ネットの検索条件を入れても見つけられない部屋と出会えないかなと思ったんです。エリアは、23区内であれば、実家からの通勤に比べれば通勤時間が短縮されるだろうと、絞り込めないでいました。公園はもちろん、海や川など水辺が近くにあるといいな、図書館もほしいな。そんな漠然とした感じだったので、まずエリアを入れて、というネット検索ができないでいたんです」(Sさん)

そんな中、たまたま出会ったのが、戸田さんの「大家女子になる」というWebの連載記事。
「ああ、こんな想いで大家さんをされているんだ、新しい物件もすごく面白そうって思って、見学を予約して。そうしたら、戸田さんご本人が物件を案内してくださって、街歩きも一緒にしてくださったんですよね」
すると戸田さんが、「そういえば、Sさんは川は近くにありますか?ってすぐ聞かれましたよね。最初、川近くは嫌なのかと思ってましたよ」
「そうそう(笑)。なんだか、面白そうだなって思ったんです」(Sさん)

Sさんがロジハイツに決めた理由である、徒歩1分の位置にある尾久の原公園。広い原っぱは、地元住民の憩いの場(写真撮影/片山貴博)

Sさんがロジハイツに決めた理由である、徒歩1分の位置にある尾久の原公園。広い原っぱは、地元住民の憩いの場(写真撮影/片山貴博)

「物件よりも、どんな街に暮らすかを大切にしたい」――新社会人のY君の場合

一方、新卒で就職とともに上京した社会人1年目のY君。「大学で卒業制作しているうちに、部屋探しに完全に出遅れてしまったんですよ。でも、初めての東京暮らしは、どんな物件に暮らすというより、どんな街に住みたいかが大事という想いがあって。東京の下町っぽいところに憧れもあり、見つけたのがこの物件のサイトでした。手書き風のデザインや、その物件に至るストーリーに興味を覚えてたんです。東京に行く時間もなくて、オンライン上での内見でしたけど、当初イメージしていた”不動産会社で部屋探し”と全然違ってました(笑)」

Y君が興味をそそられたロジハイツのサイトのデザインは、デザイナーでもある戸田さんの手によるもの(画像提供/戸田さん)

Y君が興味をそそられたロジハイツのサイトのデザインは、デザイナーでもある戸田さんの手によるもの(画像提供/戸田さん)

2人ともエリア×予算のスペックでだけでは探しきれない、言語化しにくい価値観に魅了されて、この「ロジハイツ」に行きついたのだ。

さらに、ロジハイツのきょうだい物件(もともと戸田さんが祖母から大家を任された物件)である「トダビューハイツ」の入居者とも交えた食事会も開かれた。Sさんはロジハイツ屋上のシェア菜園も利用登録し、同じメンバーと顔見知りに。Y君はトダビューハイツ入居者で同業者の男性と知り合い、すっかり意気投合。地元の居酒屋や銭湯に連れて行ってもらうなど、住まいを拠点として、街に知り合いが増えている。

「トダビューハイツとロジハイツの入居者の希望する人だけでライングループをつくっているんです。とはいうものの、食事会といっても2カ月に1度ぐらいのものですよ。あとは個別に。程よい距離感も大切です」(戸田さん)

ロジハイツの住人さん歓迎会をきょうだい物件・トダビューハイツと合同開催。商店街のお店も紹介しながら。「その後、住人同士で交流もあるようでうれしいです」(戸田さん、写真提供も)

ロジハイツの住人さん歓迎会をきょうだい物件・トダビューハイツと合同開催。商店街のお店も紹介しながら。「その後、住人同士で交流もあるようでうれしいです」(戸田さん、写真提供も)

1階の喫茶店はゆるやかに人と街がつながる場に

入居者と地元民の憩いの場となっているのが1階の喫茶店「ふくか」。店主の竹前さんは、荒川区に生まれ育ち、戸田さんの大学時代の同級生。「下町の飲食店のオーナーって、とにかく人柄が大事。彼女なら、おじいちゃんおばあちゃんと仲良くできるだろうし、私の想いを共有してくれているのが心強いです」(戸田さん)

「早朝は近くの公園でラジオ体操をした帰り、ちょっと朝食を食べながらおしゃべりしたいね」という地元の人向けに平日は朝6時半から(土日は9時~)営業している。メニューも豊富だ。トースト、ピザ、サンドイッチ、カレー、焼きそば、パスタ、ケーキ類。開店から10時半まではモーニングがあり、お酒類もひと通りある。

「元気がなくなったら営業終了」という喫茶店「ふくか」。「だいたい17時ぐらいが目安でしょうか(笑)」(竹前さん)(写真撮影/片山貴博)

「元気がなくなったら営業終了」という喫茶店「ふくか」。「だいたい17時ぐらいが目安でしょうか(笑)」(竹前さん)(写真撮影/片山貴博)

スィーツ類も充実。緑茶付きクリームあんみつは750円(写真撮影/片山貴博)

スィーツ類も充実。緑茶付きクリームあんみつは750円(写真撮影/片山貴博)

「この辺りは、小さな子どもを連れて入れるお店が少ないということで、昼間は子連れのママさんたちが多いですね。夕方4時になったら必ず現れる常連さんもいます」(竹前さん)。
ちなみに、入居者は月2回の無料ドリンク付き。朝は少しのんびり出勤というY君は、ここでモーニングを食べてから出勤することも。Sさんもリモートワーク時はお昼ご飯にと活用していた。

竹前さんとお店を手伝っている竹前さんのお母さん、入居者の2人。「そうそう、引っ越し当初は、Y君のWi-Fi使わせてもらったよね」(Sさん)。「ボードゲームしませんでしたっけ」(Y君)、「そうそう、『はぁって言うゲーム』だよ」と戸田さん。「大家とテナントのオーナーと入居者たち」で連想される立場より、「もっと近い」。この温度感が微笑ましい(写真撮影/片山貴博)

竹前さんとお店を手伝っている竹前さんのお母さん、入居者の2人。「そうそう、引っ越し当初は、Y君のWi-Fi使わせてもらったよね」(Sさん)。「ボードゲームしませんでしたっけ」(Y君)、「そうそう、『はぁって言うゲーム』だよ」と戸田さん。「大家とテナントのオーナーと入居者たち」で連想される立場より、「もっと近い」。この温度感が微笑ましい(写真撮影/片山貴博)

屋上のシェア菜園に参加した地元民の理由とは?

屋上には小さなシェア菜園「ロジガーデン」があり、ここは地域住民にも開かれており、現在は満席。「三鷹の農家・冨澤ファームさんに、土の入れ方からタネの植え方、水の撒き方など、ビギナーにとっては知らないコツや知識をレクチャーしてもらっています」(戸田さん)

今回はプレ時期から利用登録している方おふたりにお話を伺った。

契約期間は半年ごと。「メンバー限定のチャットで冨澤ファームさんに相談にのってもらえるので、“すぐ植物を枯らしてしまう”という初心者も心強いです」(戸田さん)(写真撮影/片山貴博)

契約期間は半年ごと。「メンバー限定のチャットで冨澤ファームさんに相談にのってもらえるので、“すぐ植物を枯らしてしまう”という初心者も心強いです」(戸田さん)(写真撮影/片山貴博)

Hさんは、もともとこの場所は空き地だった時からイベント参加をしていたご近所さん。「街歩きやマルシェなどのイベントがとても楽しくて。だからこの場所に賃貸住宅ができると聞いて、形になって良かったと思う反面、ああ、暮らす人だけの場所になるんだと、寂しくなったのも本音でした。だけど、戸田さんが屋上に小さな菜園をつくる、それは私たちにも借りられる、と聞いて、すぐ手を上げました」(Hさん)
「Hさんの”借ります”っていう言葉はすごく心強かったです。正直、本当に借りてくれる人いるのかな、私の考え、合っているのかな、って不安でしたから。実はHさんはご自宅のお庭も菜園にしている経験者で、とても頼りにしています」(戸田さん)。

一方Dさんは荒川区に暮らして7年目というものの、多忙な会社員生活で、ほとんど荒川区の住まいは帰って寝るだけの場所。地元の付き合いはまったくなかったそう。
「ところがコロナ禍で生活が激変。在宅ワークとなり、否応なく、地元で過ごす時間が増えたんです。せっかくなら地元のお店をいろいろ開拓してみよう、新しいことに挑戦してみようと思ったんです」(Dさん)
そんな時、たまたま地元のウェブマガジンで、このロジハイツ1階の『喫茶ふくか』やシェア菜園の事を知り、挑戦してみることに。
「私はサボテンも枯らすような人間なんですけど、プロの先生もいて、気兼ねなくいろいろ聞けるので頼りにしています」

ご近所のHさん(左)、在宅ワークを機に地元生活を満喫し始めたDさん(右)。これまで接点のなかった者同士が一緒におしゃべりしながら作業して、1階の喫茶店でお茶して、と楽しい時間になっている(写真撮影/片山貴博)

ご近所のHさん(左)、在宅ワークを機に地元生活を満喫し始めたDさん(右)。これまで接点のなかった者同士が一緒におしゃべりしながら作業して、1階の喫茶店でお茶して、と楽しい時間になっている(写真撮影/片山貴博)

夏には収穫祭も。くびれていたり、巨大だったり。スーパーではお目にかかれない野菜に愛着もひとしお (写真提供/戸田さん)

夏には収穫祭も。くびれていたり、巨大だったり。スーパーではお目にかかれない野菜に愛着もひとしお (写真提供/戸田さん)

「正直、入居希望者が白紙になったときは本当にどうしようと思いましたが、空き地のイベントや物件完成に至るプロセスに価値を見つけてくれた2人が入居者になってくれたし、そのイベントを通してHさんも私を応援してくれた。Dさんもこうした取材で、生活が楽しく変わったとお聞きすると、ああ、私の選んだ道は間違えてなかったと思いますね」(戸田さん)

10月には収穫した野菜を使った料理やオススメの一品を持ち寄り、屋上で夕涼み会も (写真提供/戸田さん)

10月には収穫した野菜を使った料理やオススメの一品を持ち寄り、屋上で夕涼み会も (写真提供/戸田さん)

この荒川区に全く地縁のない人でも、住まいを通して、知り会いが増え、街に愛着を持てるようになる。そんな「関わりしろのある物件」で、自分が生まれ育った街を愛してくれる人を増やしたい――戸田さんが思い描いていた世界が始まっている。

戸田さん、竹前さん、入居者のY君、菜園メンバーのHさん夫妻、Dさん(写真撮影/片山貴博)

戸田さん、竹前さん、入居者のY君、菜園メンバーのHさん夫妻、Dさん(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
ロジハイツ

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賃貸の中に店や路地のユニーク長屋! 中国福建省伝統の”朱紫坊”インスパイア系 「ドラゴンコートビレッジ」愛知県岡崎市

愛知県岡崎市にあるスタイリッシュな「Dragon Court Village(ドラゴンコートビレッジ)」は、竜美丘コートビレジという賃貸住宅です。2014年の開業以来、居住者に、敷地の一部を地域の人とのつながりの場に開放したり、小商いしたりできる環境を提供してきました。これらの賃貸住宅における店舗兼住宅化は、コロナ禍で人とのつながりが見直されて以降、特に注目されていますが、当時はまだ珍しいものでした。最先端の住まいの先駆けともいえるこの物件は、住む人の暮らしにどのような影響を与えているのでしょうか。設計者で、一級建築士事務所 Eurekaを共同主宰する稲垣淳哉さんに取材しました。

居住者は「自宅でお店を開く」夢がかない、カフェやネイルサロンに地域の人が訪れる軒下や中庭でかつて月1回のペースで催されていたマルシェ「スミビラキ」は、たくさんの人でにぎわっていた(画像提供/Eureka)

軒下や中庭でかつて月1回のペースで催されていたマルシェ「スミビラキ」は、たくさんの人でにぎわっていた(画像提供/Eureka)

小商いという生活形態が話題になったのは2012年ごろ。コロナ禍では、テレワークや副業を始めたいという人が増えました。店舗付き住宅や自宅に店舗機能をもたせた物件が人気を集め、『小商い建築』『商い暮らし』という言葉が注目されています。2010年ごろから設計が始まった「Dragon Court Village」は、小商いできる賃貸集合住宅の先駆けといえるものでした。

「30年ほど前まで、職住近接は身近にありました。例えば、駄菓子屋さんの奥が畳敷きになっていて家族が住んでいたり、八百屋さんの2階部分を賃貸アパートにしていたり。かつての日本では珍しくなかったんですね。設計の早い段階から、一般的な2階建てのアパートと差別化を図るため、アネックス(離れ)、軒下、中庭などを取り入れた集合住宅を構想していました」(稲垣さん)

通路に面して、さまざまなタイプのアネックスがあり、小商いができる(画像提供/Eureka)

通路に面して、さまざまなタイプのアネックスがあり、小商いができる(画像提供/Eureka)

「住みながら商う」暮らしが、新しい生き方につながる

「Dragon Court Village」は、特徴的な外壁をもつ「箱」型の住戸で構成されており、スタイリッシュな印象を与えます。シンプルなデザインですが、路地や中庭で住戸とアネックスをつないだ複雑な構成の建物です。

縦格子や板張り、モルタルを組み合わせた外壁が印象的な外観(画像提供/Eureka)

縦格子や板張り、モルタルを組み合わせた外壁が印象的な外観(画像提供/Eureka)

長手断面図。住戸やアネックスは、「箱」の集合体で、随所に軒下空間を取り入れている(画像提供/Eureka)

長手断面図。住戸やアネックスは、「箱」の集合体で、随所に軒下空間を取り入れている(画像提供/Eureka)

敷地の配置図(向かって上が北、右が東)。駐車スペースは、東にある道路(グレー)側ではなく、敷地境界線に沿って縦列に配置。車路兼通路(茶色)で敷地内を回遊できる(画像提供/Eureka)

敷地の配置図(向かって上が北、右が東)。駐車スペースは、東にある道路(グレー)側ではなく、敷地境界線に沿って縦列に配置。車路兼通路(茶色)で敷地内を回遊できる(画像提供/Eureka)

住宅街に佇む「Dragon Court Village」(画像提供/Eureka)

住宅街に佇む「Dragon Court Village」(画像提供/Eureka)

敷地の境界線に沿ってアパートを囲むように駐車スペースが設けられ車路兼通路で、敷地内を歩いて回遊できます。住戸と住戸の間は、路地や中庭になっています。車路兼通路に面した住居の軒下とアネックス(離れ)が、小商いのために活用できるスペース。9戸ある住居の広さは、40平米から60平米位の差があり、シングルからファミリーが選択して住めるつくりです。希望する居住者は、デザインの異なる5つのアネックスから選んで借り増しができます。

向かって右側が居住者の駐車スペースで、軒下が小商いできるスペース。中央のグレーの砂利敷きの車路兼通路には、イベント時キッチンカーが出店したこともある(画像提供/Eureka)

向かって右側が居住者の駐車スペースで、軒下が小商いできるスペース。中央のグレーの砂利敷きの車路兼通路には、イベント時キッチンカーが出店したこともある(画像提供/Eureka)

「賃貸収入を得るだけなら、高容積で建てれば効率的です。しかし、何十年と住みつないでもらうためには、ほかの賃貸集合住宅にはない魅力が必要です。職住近接といっても、ただ単に昔の住まいに戻ろうというのではありません。私が子ども時代には、自宅のリビングで塾などを開いている例もありましたが、現代にはそぐわないでしょう。住戸から独立し、開放的なアネックス(離れ)が、新しい暮らしの提案になると考えたのです」(稲垣さん)

アネックス(離れ)では、八百屋さんや花屋さん、カフェなどが開業し、月に1度開催されていたマルシェは、地域の人でにぎわいを見せていました。現在、主催していた居住者が転居したためマルシェは中止されていますが、ネイルサロンや英会話教室、エステルーム、オフィスの打ち合わせスペースとして使われています。

左側のモルタル部分がアネックスで、デザイン事務所の打合せスペースとして使われている(画像提供/Eureka)

左側のモルタル部分がアネックスで、デザイン事務所の打ち合わせスペースとして使われている(画像提供/Eureka)

設計の基になったのは中国福建省の伝統的住居

「Dragon Court Village」は、一般的な2階建てアパートにある共用の廊下や階段などがなく、通路や路地から直接住戸へ出入りできる長屋住宅です。江戸の庶民のイメージがある長屋ですが、意外にも稲垣さんが参考にしたのは、中国の伝統住宅地でした。「Dragon Court Village」を設計していたころ、稲垣さんは、一級建築士事務所Eurekaの活動をしながら、大学の研究員として、東・東南アジアの集落や都市空間の調査に携わっていました。

視察時に撮影した朱紫坊の様子。日本の坪庭より広い中庭がある(画像提供/Eureka)

視察時に撮影した朱紫坊の様子。日本の坪庭より広い中庭がある(画像提供/Eureka)

「2011年の東日本大震災を境に、住宅のサステナビリティ(持続可能性)やレジリエンス(回復力※)が、重要なテーマになっていました。日本では、近代化に伴い、住宅の個々に完結したプロダクト(製品)としての性能が重視されました。その結果、コミュニティを育む力が弱まり、子どもの教育、高齢者の介護など皆で助け合っていた場もなくしてしまったのです。研究は、昔の暮らしにノスタルジックに憧れるのではなく、近代化で失われてしまった叡智、例えば、自然と融合したような暮らしがもつ災害に対する備えなどを学ぼうとするものでした」(稲垣さん)

※レジリエンス:「弾力」「回復力」「強靭」という意味。ここでは、ハード(フィジカル)な住宅のレジリエンスだけでなく、自然環境(ランドスケープ)や地域・近隣コミュニティを含んだ「地域防災力」を備える住宅のレジリエンスを指している。

稲垣さんが、特に感銘を受けたのは、中国福建省福洲市内にある朱紫坊という都市部の伝統的住居でした。道路の一辺に敷地が接しており、建物が奥に延びていく京都の町家のようなつくりで、中庭を備えていました。

「朱紫坊の中庭は、ひとりだけのものではなく、みんなが使える空間で、イベントを催したり、ゲストを招いたりする社交の場として機能していました。外部や自然環境につながっている中庭には、風が流れて、おおらかな暮らしぶりがうかがえました。建物が出来上がったときが快適性のピークではなく、ある場所をシェアして皆でより快適な場所につくり上げていくスタイルは、大きな学びとなりました」(稲垣さん)

車路兼通路から見る中庭と路地(画像提供/Eureka)

車路兼通路から見る中庭と路地(画像提供/Eureka)

賃貸集合住宅に設けた中庭や路地という「余白」。居住者で耕しつくり上げる空間に

研究で得た成果を日本での集合住宅設計に応用したいと考えた稲垣さん。「Dragon Court Village」では、建物と建物の間に中庭や路地を設け、軒下空間で緩やかに住戸をつないでいます。中国の伝統的住居のようなシェアスペースを賃貸集合住宅の中にもたせ、豊かなコミュニティを生み出せるように設計しました。

路地の風景。路地に面したデッキやテラスで家族や友人と食事を楽しむ居住者も(画像提供/Eureka)

路地の風景。路地に面したデッキやテラスで家族や友人と食事を楽しむ居住者も(画像提供/Eureka)

難しかったのは、風をデザインすること。風のシミュレーションをして、季節ごとの風の流れを検証するなど試行錯誤し、時には設計をやり直すことも。一見、アトランダムに見える住戸やアネックスの配置は、それらシミュレーション結果を反映した入念な設計で、風が通り抜ける心地よい軒下空間が生まれました。

シミュレーションで、夏場の風の流れを確認。南北に風が流れる設計に(画像提供/Eureka)

シミュレーションで、夏場の風の流れを確認。南北に風が流れる設計に(画像提供/Eureka)

住戸やアネックスは、路地や中庭につながっている(画像提供/Eureka)

住戸やアネックスは、路地や中庭につながっている(画像提供/Eureka)

「家族構成や社会情勢が変わったときに、余白があれば、使い方を工夫しながら、快適性を持続することができます。最初は与えられたものであっても、居住者が耕していき、自分たちでつくり上げた空間になればという思いです」(稲垣さん)

当初は、「アネックスなんて借りる人がいるのだろうか」とオーナーも心配したと言いますが、「Dragon Court Village」が認知されるにつれ、「やりたいことをかなえるならここに住みたい!」という人が集まるようになりました。コロナ禍では、「息が抜ける空間があり、テレワークも快適」「軒下で食事をするのが楽しみ」という声が寄せられているそうです。完成品に住むのではなく、住みながら暮らしをつくり上げていく。8年がたってもなお「Dragon Court Village」は、新しい人生が始まる場所であり続けています。

●取材協力
・一級建築士事務所 Eureka
・「Dragon Court Village」(竜美丘コートビレジ)

品川駅まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング! 2022年版

東京を代表するビジネス街の一つである品川駅。羽田空港へのアクセス拠点で、2027年にはリニア中央新幹線の駅開業を控えているほか、最近は東京メトロ南北線の延伸計画の素案も発表された。品川エリアでは京急電鉄とトヨタ自動車による複合施設の建設が進められている。そんな品川駅へのアクセスが良い狙い目の駅はどこだろうか。シングル向け物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)を対象にした、品川駅まで30分以内で行ける家賃相場が安い駅ランキングから考えてみたい。

品川駅まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅15駅

順位/駅名/家賃相場/(主な沿線名/駅の所在地/品川までの所要時間(乗り換え時間・駅から駅への徒歩移動時間を含む)/乗り換え回数)
1位 羽沢横浜国大 5.30万円(JR埼京線/横浜市神奈川区/30分/1回)
2位 星川 5.50万円(相鉄本線/横浜市保土ケ谷区/30分/1回)
2位 片倉町 5.50万円(横浜市営地下鉄ブルーライン/横浜市神奈川区/30分/1回)
4位 保土ケ谷 5.64万円(JR横須賀線/横浜市保土ケ谷区/24分/1回)
5位 山手 5.70万円(JR京浜東北・根岸線/横浜市中区/30分/1回)
6位 安善 5.90万円(JR鶴見線/横浜市鶴見区/27分/2回)
6位 白楽 5.90万円(東急東横線/横浜市神奈川区/29分/1回)
8位 武蔵白石 5.95万円(JR鶴見線/川崎市川崎区/29分/2回)
9位 三ツ沢下町 6.00万円(横浜市営地下鉄ブルーライン/横浜市神奈川区/26分/1回)
9位 小田栄 6.00万円(JR南武線/川崎市川崎区/25分/2回)
11位 大口 6.10万円(JR横浜線/横浜市神奈川区/29分/1回)
11位 天王町 6.10万円(相鉄本線/横浜市保土ケ谷区/28分/1回)
13位 三ツ沢上町6.15万円(横浜市営地下鉄ブルーライン/横浜市神奈川区/27分/1回)
14位 東白楽 6.20万円(東急東横線/横浜市神奈川区/28分/1回)
14位 浜川崎 6.20万円(JR南武線/川崎市川崎区/27分/2回)

1位の羽沢横浜国大駅は相鉄と東急の直通控え、再開発進む

ランキングはすべて神奈川県の駅が占め、所在地は横浜市神奈川区が目立つ。神奈川区は横浜市の北東に位置し、海と山に囲まれた自然豊かな地域で、横浜のイメージらしいおしゃれな繁華街のヨコハマポートサイド地区があるほか、横浜駅の北側に隣接している。

羽沢横浜国大駅(写真/PIXTA)

羽沢横浜国大駅(写真/PIXTA)

1位の羽沢横浜国大駅も、横浜市神奈川区に位置している。横浜国立大学の最寄駅で、2019年のJRと相鉄の直通に伴い開業した新しい駅だ。

駅開業までは鉄道の整備が不十分で、都心へのアクセスも良いとはいえないエリアだったが、相鉄は23年3月に、羽沢横浜国大駅から新横浜駅を経由して、東急東横線と目黒線の日吉駅まで直通する連絡線を開業予定。渋谷駅などへ乗り換えなしで行けるようになるほか、東急目黒線の相互乗り入れしている東京メトロ南北線や都営三田線も利用できるようになる。新幹線の停車する新横浜駅までのアクセスが抜群のため、遠方への出張が多いビジネスパーソンには心強いだろう。

東急との直通線の開業に合わせ、横国大の研究チームや提携企業などによる駅周辺の再開発が進められ、買い物施設なども増えてきている。駅前には商業店舗や医療施設、子育て支援施設や横国大の関係施設が入った高層マンションが建設中。今後も市街地整備などが進められる予定だという。

2位は、横浜市保土ケ谷区に位置する星川駅で、相鉄本線の快速が停車する。快速乗車時は横浜駅の次の停車駅で、両駅間の所要時間は約7分だ。

星川駅(写真/PIXTA)

星川駅(写真/PIXTA)

横浜市といえば坂の多さが知られているが、星川駅周辺は比較的、平坦な地形が広がっている。駅の近くには駐車場の完備された大規模なスーパーなどが充実しており、広いホームセンターもすぐそば。少し行くと、地元産の野菜や生鮮食品などの専門店が連なり「ハマのアメ横」の愛称で親しまれる人気スポットの「横浜洪福寺松原商店街」がある。総菜店も充実しており、日中は歩行者天国にもなっているため、食べ歩きも楽しそうだ。

所在地である保土ケ谷区役所の最寄駅でもあり、徒歩約2分の近さなのも便利。図書館や公会堂、警察署なども集まっている。星川駅周辺はかつて大規模な工場地帯だが、1980年代に移転。その跡地が官公庁用地となったため、現在は区の行政の中心地となっている。

ビジネス街でもあり、オフィスビル群にレストランや公園などが備わったビジネスセンター「横浜ビジネスパーク」にも近い。かつて存在したビールメーカー「東京麦酒」の工場跡地が再開発されたエリアで、中央の公園「ベリーニの丘」はイタリアの著名建築家マリオ・ベリーニの手によるもの。アート展示やイベントなども随時開催され、ビジネスパーソンだけでなく地元民の憩いの場になっている。

ベリーニの丘(写真/PIXTA)

ベリーニの丘(写真/PIXTA)

駅から少し行くと、広大な県立公園の「保土ケ谷公園」がある。野球場やサッカーやラグビーのグラウンド、テニスコートやプールが整備されており、2002年の日韓ワールドカップではサブグラウンドとして使用されたことでも知られる。現在も、女子サッカーリーグ「なでしこリーグ」の試合などが開催されることもある。また神奈川フィルハーモニー管弦楽団の練習拠点である文化施設「かながわアートホール」もあり、休日の趣味の満喫にも事欠かなさそうだ。

横浜駅へのアクセス抜群な駅も多数ランクイン

5位の山手駅は、ランキング中唯一の、JR京浜東北・根岸線の沿線駅。横浜駅までは約10分で行くことができる。

山手駅(写真/PIXTA)

山手駅(写真/PIXTA)

周辺は一戸建て住宅が目立ち、閑静な雰囲気の住宅街が広がる。付近には、横国大の教育学部附属横浜小学校や、中高一貫の男子校聖光学院中学校・高等学校などの教育機関も多い。

駅そばには深夜まで営業しているスーパーがあるが、買い物施設が充実しているとは言いがたいかもしれない。しかし、おしゃれなセレクトショップが立ち並ぶ横浜の人気観光地である「元町商店街」まで約2kmで、横浜中華街やみなとみらいなどの繁華街へも遠くはない。また、付近をめぐる市営バスの本数も充実している。交通利便性の高さと落ち着いた環境を優先するなら、選択肢に入れてもよさそうだ。

6位の白楽駅と14位の東白楽駅は、首都圏の「住みたい沿線ランキング」(リクルート)上位常連で、2022年では3位に入っている人気路線の東急東横線の隣駅同士。どちらも各駅列車しか停車しないが、白楽駅は横浜駅まで3駅で、所要時間は約5分。距離は約3kmのため、横浜駅で終電を逃しても帰宅に大きな負担にはならなさそうなのは魅力だ。

白楽駅は神奈川大学横浜キャンパスの最寄駅の一つであり、単身者向けの物件が充実。学生の心強い味方になりそうな定食店やチェーン系の飲食店も豊富で、深夜まで営業している店も多い。

学生街の顔を持つ一方で、駅から少し行くと、のんびりした住宅街が広がる。白楽駅近くの「六角橋商店街」は、生鮮食品や日用品だけでなく、個性的な雰囲気の飲食店も点在。独特のレトロな雰囲気は、昭和を舞台にした映画やドラマの撮影地にもなっている。

六角橋商店街(写真/PIXTA)

六角橋商店街(写真/PIXTA)

その白楽駅から約800mの距離にある東白楽駅は、横浜方面の隣駅。徒歩圏内にJR東神奈川駅と京急本線の京急東神奈川駅があり、交通利便性がより高いといえそうだ。東神奈川駅は新横浜駅まで直通しており、京急東神奈川駅は羽田空港への京急本線エアポート急行が運行している。ビジネスパーソンには白楽駅よりもより向いているかもしれない。東神奈川駅は、駅の所在地である神奈川区の区役所の最寄駅の一つでもある。

駅前は落ち着いた雰囲気だが、少し行くと、コメダ珈琲店やファミレス、ファストフードなども多数入っている大規模スーパーの「イオンスタイル東神奈川」がある。ほかにも、深夜まで営業しているスーパー、安売りスーパーなどが充実。日々の生活で不便することはなさそうだ、

また、横浜方面へ向かって、両脇に花壇が整えられた緑道が整備されている。休日のウオーキングや散歩が楽しみになるだけでなく、自然豊かな雰囲気も感じることができるのは、生活に潤いを与えてくれそうだ。

新しく生まれ変わりつつある品川駅のように、街や駅も、常に変化を続けている。住宅地も同様で、再開発で魅力を増す速度の著しい街もあれば、ゆったりとした変化が愛おしい街もある。自身の人生やライフステージの変化に合わせ、その時々の生活にフィットする街や部屋を探したいものだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている品川駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/4~2022/6
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年7月25日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

木造でも「火事に負けない」賃貸住宅! 法改正で木造の可能性広がる。地域と住民のハブにも アーブル自由が丘

木造建築は、環境負荷の低さや、性能がここ数年で格段に進化していることで注目されているだけでなく、2020年の建築基準法の改正以降、耐火・準耐火に関する基準の見直しや整備により、利用の可能性が広がったこと、2021年の「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律(通称、改正木材利用促進法」によって、木材利用の推進対象が公共建築物から一般建築物に広がり、「高層木造ビル」といった今までには考えられなかった建築物が続々と登場しています。

植物の緑に木のあしらい。まるで昔からあったかのような佇まい

今回は話題の木造建築のなかでも、今年2月に誕生した店舗+集合住宅の複合施設「アーブル自由が丘」(東京都目黒区)を取材しました。地球環境や安全に配慮しながら、その街らしさを色濃く打ち出したこれからの住まいのカタチとは、どのようなものでしょうか。

スイーツや雑貨店などが集まり、おしゃれな街として知られる自由が丘(東京都目黒区)。「アーブル自由が丘」は、自由が丘駅から徒歩5分の場所に、今年2月に誕生した複合施設です。1階には自家焙煎のスペシャルティコーヒーショップ「ONIBUS COFFEE(オニバスコーヒー)」、ワインのセレクトショップ(角打ちも可!)「VIRTUS(ウィルトス)」、ごま油でおなじみの「かどや製油」による初のカフェ「goma to(ごまと)」のテナント、2階と3階はTECH人材向けのコミュニティ型賃貸住宅「TECH RESIDENCE JIYUGAOKA(テックレジデンス自由が丘)」(全22室)、さらにオーナーがお住まいの2住戸から構成されています。

1階のテナントが設けているテラス席では、植物の緑がつくる心地よい木陰で、ご近所の人たちが思い思いに過ごしています。その風景はあまりにもなじんでいるため、ずっと前からあったかのような佇まいです。

自由が丘らしさを感じる1階。カフェやワインバーのテラス席は大人気です(写真撮影/片山貴博)

自由が丘らしさを感じる1階。カフェやワインバーのテラス席は大人気です(写真撮影/片山貴博)

「アーブル自由が丘」があるのは、準防火地域(市街地における火災の危険を防ぐために定められる地域)。敷地に対して最大限のボリュームを確保するため、1時間耐火建築物(※)とし、さらに1階は鉄骨造、2~3階は木造という「混構造」にしています。火災にも強い、今、大注目の木造建築物というわけですが、ここに至るまでの道のりは平坦ではありませんでした。話の始まりは、なんと10年前、2012年~13年ごろになるといいます。

※耐火建築物……建物の主要構造部(柱・梁・床・耐力壁など)が耐火構造または所定の性能を満たし、延焼のおそれのある部分に設けられた開口部には、防火設備(防火サッシやシャッター)が用いられたもの

アーブル自由が丘の断面図。1階が鉄骨造、2~3階が木造(画像提供/内海さん)

アーブル自由が丘の断面図。1階が鉄骨造、2~3階が木造(画像提供/内海さん)

木造で自由が丘らしい建物を目指し、10年かけてコンセプトを詰めていく

「もともと材木商を営んでいたオーナーのご家族から、『実家を建て替えたいので、相談にのってほしい』ともちかけられたのがきっかけです。そのころ、私は世田谷区下馬で、5階建の木造集合住宅を手掛けていたのですが、できたら木造で建て替えられないかというお話からスタートしました」と話すのは、設計を手掛けた内海彩建築設計事務所の内海彩さん。

仕上げ材にも高知・四万十産の良質のスギをふんだんに使い、新築ですがすでに自由が丘の景観になじんでいます(写真撮影/片山貴博)

仕上げ材にも高知・四万十産の良質のスギをふんだんに使い、新築ですがすでに自由が丘の景観になじんでいます(写真撮影/片山貴博)

もともとは、お隣も合わせた約2倍の広さの土地(借地)に4棟のアパートやご自宅がありました。ちょうど商業地域と住宅地の境目にあり、都市計画道路予定地(※2)でもあります。

完成した現在の敷地はL字型になっていますが、建て替えの話がもちあがったときは、どの範囲が敷地になるのか決まっておらず、敷地面積や建物の床面積・用途に応じてチェックするべき都や区の条例が異なるので、さまざまなケーススタディを繰り返したそう。それにしても、今でこそゼネコン各社を含めて木造高層建築に注力していますが、依頼者から希望はあったとはいえ、なぜ当時はまだハードルが高かった“木造”を想定していたのでしょう。

※2 都市計画道路予定地……都市計画法に基づいて計画された道路が予定されている地。計画であり決定ではないため、土地の売買や建築は可能だが建築物の構造や高さ、階数などに制限がある

(画像提供/内海さん)

(画像提供/内海さん)

「オーナーさんが元木材屋さんということで、木造建築物への関心が高かったこともあり、クリアしなければいけない課題は多くあったものの、『木造でいけたらいいね』という方向性は一貫していました。木造ならではの温かみ、風景との調和など木の持つ良さ、価値を共有できていたんだと思います。一方で、従来の『裸木造』(防耐火性能のない木造のこと)のイメージも強く、耐震性などへの不安もおありのようでしたので、CLT(繊維方向が直交するように積層接着した木質系材料)といった最新の木質材料もご紹介し、これからの時代にふさわしい耐震耐火性能を備えた『都市木造』を目指すことにしたのです」(内海さん)

設計を担当した内海彩さん(写真撮影/片山貴博)

設計を担当した内海彩さん(写真撮影/片山貴博)

もともと、内海さんが木造建築に注目したのは2000年前後。建築士として独立した直後で時間もあり、勉強会に参加して、「鉄筋コンクリート造や鉄骨造ばかりの都市に『木造』という選択肢をつくれたらおもしろそう」と夢を思い描いていました。ただ、「世間的には木造というと2~3階建ての一戸建てがイメージされてしまうもの。中高層の木造集合住宅といっても理解されずに、聞きかえされることもしばしばでした」

そんななか、2010年に「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律(通称、木材利用促進法)」ができて、国交省の「木のまち整備促進事業(現・サステナブル建築物等先導事業)」に採択されたことが大きな追い風となり、2013年、世田谷区下馬に5階建の耐火木造集合住宅が完成しました。設計プランとしては注目されていたものの、竣工したことにより、「『本当にできるんだ……!』と多くの方が関心を寄せてくださったんです」と内海さん。

1・2階がRC造(鉄筋コンクリート造)、2~5階が木造の集合住宅「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

1・2階がRC造(鉄筋コンクリート造)、2~5階が木造の集合住宅「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

「下馬の集合住宅(サンパパ下馬ハウス)」(設計:小杉栄次郎・内海彩、撮影:淺川敏)

今回の「アーブル自由が丘」はすべて民間で開発・実現しました。都市計画道路予定地のため、高さ制限や構造制限があり、また、1階は当初より店舗として貸すことが決まっていたため、区画内に柱や壁をつくらず、できるだけ天井高を確保できるよう鉄骨造に。住空間である2・3階を木造とすることにしました。どこにでもある店舗ではなく、暮らしや食に豊かさを感じられるような「自由が丘らしい建物にしたい」というオーナーさんの思いを汲んでテナント募集が進められました。

「コンビニやファミレスへの1店鋪貸しではなく、小ぶりでもセンスの良い、ちょっと入ってみたくなるようなカフェやベーカリー、ギャラリーやフラワーショップなどが並ぶすてきな街並みをつくりたい、というお考えでした。もともと自由が丘に長くお住まいなので、いい街にしたい、この街にふさわしいものをという想いがおありだったんです」(内海さん)

3階にお住まいのオーナーさんのお住い。画廊のお仕事もされていてアートにも造詣が深く、室内のそこかしこに作品が飾られています(写真撮影/片山貴博)

3階にお住まいのオーナーさんのお住い。画廊のお仕事もされていてアートにも造詣が深く、室内のそこかしこに作品が飾られています(写真撮影/片山貴博)

お住まいの一角には、お仕事スペースも。ロールスクリーンを使ってゆるく空間を区切る工夫がされています(写真撮影/片山貴博)

お住まいの一角には、お仕事スペースも。ロールスクリーンを使ってゆるく空間を区切る工夫がされています(写真撮影/片山貴博)

共用ホールにテナント。住民の居場所が複数ある構造に

こうして「木造建築物」「自由が丘らしい」などのコンセプトが固まってきた一方、シェアスペースがあったらいいという話もでてきました。

「この街にふさわしいものを、という話の中で、シェアオフィスもいいねという案が出てきました。単なるワンルームマンションではなく、暮らす人たちが交流・休憩・触発されるような共用空間があったなら……。
シェアオフィス単体で成立させるのは事業計画上難しそうだったのですが、そんな中、テナント募集を進めていた東急さんより、賃貸住宅部分の運営会社としてCEスペースさんのご紹介がありました。CEスペースさんは、IT人材専用コミュニティ型住宅『テックレジデンス』を都内数カ所で運営されています。そのノウハウもプランニングに盛り込み、2・3階を『TECH RESIDENCE JIYUGAOKA(テックレジデンス自由が丘)』として、IT系エンジニアに入居してもらうことになりました。
もともとワンルームだけではなく、2LDK、3LDKと混在させる計画でしたが、これらをシェアタイプの賃貸住戸として利用できるよう調整しました。状況が変われば、シェアハウスの3DKを2LDKに改修できるよう考慮しています。

目黒区の『自由が丘街並み形成委員会』との事前協議でもこの建物の話をしたところ、応援していただきました。自由が丘は、これから駅前を中心に再開発が進みます。そんな未来の自由が丘に才能ある若いIT系エンジニアが集まり、新しい価値観を発信していく、ということに大きな期待があるようでした」(内海さん)

こうして、ワンルーム住戸5室とシェアタイプ住戸内の個室17室、共用ホールという構成が決まり、さらに細部のプランを詰めていき、ついに着工。途中、ウッドショックの荒波に揉まれつつも、1年の工期をかけて完成しました。

入居が始まって約半年が経過した今、共用ホールに至る廊下にはさり気なくオーナーが選んだアートが飾られているほか、トップライトから日光が降り注いだり、木のぬくもりがあったりと、職業はデジタルな「ITエンジニアの住まい」でありつつも、どことなく「アートな香り」「あたたかさ」などアナログの良さを感じられる住まいとなっています。

「アーブル自由が丘」の共用ホール。「ゆ」ののれんが掛かっているのは住戸の玄関で、住民の方がつけたもの。のれんの奥はワンルーム住戸になっています(写真撮影/片山貴博)

「アーブル自由が丘」の共用ホール。「ゆ」ののれんが掛かっているのは住戸の玄関で、住民の方がつけたもの。のれんの奥はワンルーム住戸になっています(写真撮影/片山貴博)

吹き抜けを上部から見たところ。開放感がお分かりいただけますでしょうか(写真撮影/片山貴博)

吹き抜けを上部から見たところ。開放感がお分かりいただけますでしょうか(写真撮影/片山貴博)

吹き抜けの共用ホールは、住民のみが利用できる場所です。ここで仕事をしてもいいですし、気が向いたときは1階のカフェやワインバーも利用できます。自分だけの水まわりがあるワンルームタイプと、キッチン、バス、トイレを3~4名で共用する3~4DKのシェアタイプが混在するので、自分にあった住まい方、暮らし方ができるのもいいですね。家賃は9万4000円~12万6000円。自由が丘駅徒歩数分、共用スペースがあるので感覚的な“広さ”は十分。住む、働くが一体化していることを考えると、納得なのではないでしょうか。

「1階カフェと連携したサブスクリプションサービスが提供されているので、自分がコーヒーを飲むだけでなく、仕事の打ち合わせ、友達とのおしゃべりにも活用できますよね。仕事の打ち合わせでも、共用スペースや1階のカフェ、レストランなどを”自分のテリトリー”として利用できると、人を呼びやすいだろうなと思います。そこからどこかに出かけてもよいし、そういうときに魅力的なスポットがあちこちにある『自由が丘』という地の利もより活かせると思います」と内海さん。

居室に設けられた部屋番号とインターフォン。工事の端材でつくられたものですが、こちらも木のあしらいがかわいい。施錠にはスマートロックを利用しています(写真撮影/片山貴博)

居室に設けられた部屋番号とインターフォン。工事の端材でつくられたものですが、こちらも木のあしらいがかわいい。施錠にはスマートロックを利用しています(写真撮影/片山貴博)

シェアタイプ住戸内の個室。家具・家電は備え付けられているので、カーテンとベッド、身の回りのものがあれば生活が始められます(写真撮影/片山貴博)

シェアタイプ住戸内の個室。家具・家電は備え付けられているので、カーテンとベッド、身の回りのものがあれば生活が始められます(写真撮影/片山貴博)

2階のシェアタイプ住戸の窓。構造材、耐火被覆、外装仕上げを合わせたため、壁の厚みは40センチ弱あり、一般的な一戸建ての2倍以上! そのため、温熱環境はもちろんのこと、遮音性も高く、驚くほど静か(写真撮影/片山貴博)

2階のシェアタイプ住戸の窓。構造材、耐火被覆、外装仕上げを合わせたため、壁の厚みは40センチ弱あり、一般的な一戸建ての2倍以上! そのため、温熱環境はもちろんのこと、遮音性も高く、驚くほど静か(写真撮影/片山貴博)

シェアタイプの部屋を外側から見たところ。フシのない杉材は外装材で、内側には木の構造材と断熱材、それを耐火被覆した壁があります(写真撮影/片山貴博)

シェアタイプの部屋を外側から見たところ。フシのない杉材は外装材で、内側には木の構造材と断熱材、それを耐火被覆した壁があります(写真撮影/片山貴博)

住戸と住戸を仕切る隔壁パネルにも杉材を使用。他の賃貸集合住宅では見られない仕様です(写真提供/内海彩さん)

住戸と住戸を仕切る隔壁パネルにも杉材を使用。他の賃貸集合住宅では見られない仕様です(写真提供/内海彩さん)

シェアタイプの水まわり。バス、洗濯機、トイレ、洗面所を共用して使います(写真撮影/片山貴博)

シェアタイプの水まわり。バス、洗濯機、トイレ、洗面所を共用して使います(写真撮影/片山貴博)

キッチンには冷蔵庫や炊飯器も。共用部は週2回の業者による清掃が入ります(写真撮影/片山貴博)

キッチンには冷蔵庫や炊飯器も。共用部は週2回の業者による清掃が入ります(写真撮影/片山貴博)

注目されている木造耐火建築、その街らしいテナント、シェアタイプの住戸と、通常の開発よりも手間と時間をかけて完成した「アーブル自由が丘」。それを実現したのは、オーナーさんと建築家さんの「よい街にしたい」「木とともに心地よく暮らしてほしい」という強い思いでした。

「シェアハウスとワンルームの混在」「共用スペース」「一階に店舗がある」「入居者がITエンジニア限定」「木造」など、この物件の魅力の感じ方は人それぞれでしょう。ただ、暮らしの多様性、生き方や地域への関わり方が増えていることは確かです。成熟した街・自由が丘に、今までにない木造の建物ができ、若い世代/才能がともに暮らす。街をよりすてき・魅力的にするような、そんな化学反応が起きるのではないでしょうか。

●取材協力
内海彩建築設計事務所 内海彩さん

昭和レトロの木造賃貸が上池袋で人気沸騰! 住民や子どもが立ち寄れる憩いの場、喫茶店やオフィスにも活用 豊島区

東武東上線の北池袋駅(東京都豊島区)から徒歩10分ほどの場所で活動する「かみいけ木賃文化ネットワーク」。活動の中心は昭和に建築された3つの木造賃貸建築物。コミュニティづくりやアートワーク、オフィス、住居などに利用し、訪れる人や住まう人たちがゆるやかに活動をする繋がりをつくり上げています。
そのようななか、2022年1月に新たなスペースとして「喫茶売店メリー」をオープン。まちなかに住む人々とのつながりが変化したそうです。一体どのように変わったのでしょうか。

木造賃貸アパートをもっと面白く活用したい

巨大ターミナル駅・池袋駅の1つ隣にある、東武東上線の北池袋駅。周辺には低層住宅が所せましと並び、大都会である豊島区・池袋とは思えぬ穏やかな時間が流れます。駅から住宅街を10分ほど歩いていくと、昔ながらの木造の建物「山田荘」「くすのき荘」「北村荘」が見えてきます。戦後、「木賃(もくちん)」と呼ばれる、狭い木造賃貸アパートが多く建築されたこのまちで、ネットワークをつくりながら”木賃文化”を盛り上げているのは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」を運営する、山本直さん・山田絵美さん夫妻。

実家である「山田荘」について、思いを話す山田絵美さん(写真撮影/片山貴博)

実家である「山田荘」について、思いを話す山田絵美さん(写真撮影/片山貴博)

「かみいけ木賃文化ネットワーク」は木造賃貸アパートをどう面白く活用するかを徹底的に考える活動。活動のきっかけは、山田さんが両親から受け継いだ「山田荘」でした。

「『山田荘』は、もともと私の実家が、賃貸アパートとして運営していた建物です。とはいえ、狭くて古い建物を住まいとして貸し続けることには限界があると感じていて。私が受け継ぐ時に、この建物を『もっと良く活用ができないものか』と考え始めたんです」(山田さん)

1979年築の木造賃貸アパート「山田荘」は、昔ながらの風呂なし・トイレ共同で、4畳半の部屋が並ぶ6室構成。随所に古き良き面影を残しながらも、綺麗にリフォームされています。入口では愛らしい人形がお出迎えする(写真撮影/片山貴博)

1979年築の木造賃貸アパート「山田荘」は、昔ながらの風呂なし・トイレ共同で、4畳半の部屋が並ぶ6室構成。随所に古き良き面影を残しながらも、綺麗にリフォームされています。入口では愛らしい人形がお出迎えする(写真撮影/片山貴博)

「山田荘もそうですが、かなり築年数の進んだ木造アパートなどは、現代の建物と比べると機能も足りてないところが多いんですよね……。風呂なし、トイレ共同、洗濯機置き場がないというのがおおむねスタンダードです。でも暮らしの全てを、自分の住むスペースでまかなうのではなく、まち全体を1つの『家』に見立てれば、いろんな暮らし方ができるんじゃない?と思うのです。台所がないなら食堂へ。お風呂がないならば、銭湯へ。アトリエがないならばガレージへ。庭がないならば公園へ――古き良き木造建築物を楽しんで生かし、”足りないことはまちなかで補い、まちの人や暮らしとゆるく繋がろう”ということを目指しています」(山田さん)

アーティストの拠点として、木造賃貸アパートの居室を利活用

こうした活動に至ったのは、山田さん自身が、豊島区内で実施していたアートイベントとの出合いも影響していたようです。2011年ごろから、東京都や豊島区は「としまアートステーション構想」という、地域資源を活かした「アート」につながる活動をする場づくりをしていました。その一環で山田荘のアパートの一部を、美術家である中崎透さんの滞在制作場所として提供しました。

アーティストなどに賃貸している山田荘1階の入口部分(写真撮影/片山貴博)

アーティストなどに賃貸している山田荘1階の入口部分(写真撮影/片山貴博)

「山田荘をプロジェクトで活用してもらえることはうれしかったですね。この建物は、古い木造建築物で、当時の建築基準法に沿ってつくられており、現行法では既存不適格です。そのため、これを壊すことなく同じ形で、建物そのものが持つ良さを文化として残したいという思いもあったので、これはチャンスだと感じました」(山田さん)

3つの拠点を行き来することで、新たな出会いと交流が生まれる

「山田荘」の、居住する以外の活用方法を通じて、おもしろさを実感した山本さん・山田さん。

「そうしたら、自然と空き物件が目に入るようになったんです(笑)」(山田さん)

その後、2016年に「山田荘」から徒歩5分ほどの位置にある「くすのき荘」を借り、2020年には「北村荘」を借りることとなりました。

運送会社が使用していた建物を改修した「くすのき荘」。右横にはくすのき公園があり、まるで庭のよう(写真撮影/片山貴博)

運送会社が使用していた建物を改修した「くすのき荘」。右横にはくすのき公園があり、まるで庭のよう(写真撮影/片山貴博)

運送会社の名残を残す「くすのき荘」は、1975年築の2階建て事務所兼住居建物です。隣にはくすのき公園があり、あたりには気持ちの心地の良い穏やかな時間が流れています。

運送会社時代に倉庫として使用されていた天井の高い1階スペースは、メンバー制のシェアアトリエとして利用。2階は、山本さん・山田さん夫妻の居住スペースのほか、メンバーのシェアリビング、シェアキッチンとしても開放。時折開かれるイベントには、近所に住むメンバー外の人も訪れることもあり、まさに「まちのリビング」として、思い思いの時間を過ごしています。

1階にあるメンバー制のシェアアトリエ。大学生がアート作品の制作をしたり、アーティストがワークショップを開いたりと、それぞれの活動を繰り広げている(写真撮影/片山貴博)

1階にあるメンバー制のシェアアトリエ。大学生がアート作品の制作をしたり、アーティストがワークショップを開いたりと、それぞれの活動を繰り広げている(写真撮影/片山貴博)

2階のシェアスペースは、勉強に使ってよし、食事してよし、と使い道は自由自在。時折イベントやワークショップも実施されている(写真撮影/片山貴博)

2階のシェアスペースは、勉強に使ってよし、食事してよし、と使い道は自由自在。時折イベントやワークショップも実施されている(写真撮影/片山貴博)

看板猫がのんびりと同居中(写真撮影/片山貴博)

看板猫がのんびりと同居中(写真撮影/片山貴博)

一方、2020年に活動開始した「北村荘」は一見すると一軒家のようですが、1階・2階にそれぞれ玄関があり、スペースが区切られている2階建ての木造賃貸アパート。1階は住人たちのコミュニティスペース、2階はシェアハウスになっています。

「1964年築のこの建物は、山田荘と同じく、旧耐震基準の建物です。やはり一度壊したら同じ形での再建築は不可です。私たちが山田荘に対して感じていたことと同じように、不動産屋さんからも『この建物を壊すことなく活かす方法を探している』と相談をいただき、引き受けることにしました」(山田さん)

その後、耐震改修を加え、内装をDIYで改装し、「北村荘」は再生されたのです。

「北村荘」への入口は昔ながらの細路地(写真撮影/片山貴博)

「北村荘」への入口は昔ながらの細路地(写真撮影/片山貴博)

1階のコミュニティスペース、2階のシェアハウス(居住スペース)にはそれぞれに別の玄関がある(写真撮影/片山貴博)

1階のコミュニティスペース、2階のシェアハウス(居住スペース)にはそれぞれに別の玄関がある(写真撮影/片山貴博)

DIYのワークショップを行いながら改装した「北村荘」1階のコミュニティスペース。”日常生活の中で探求する場”として研究活動や、ワークショップなどが行われている(写真撮影/片山貴博)

DIYのワークショップを行いながら改装した「北村荘」1階のコミュニティスペース。”日常生活の中で探求する場”として研究活動や、ワークショップなどが行われている(写真撮影/片山貴博)

「3つの建物は、コンセプトも用途も異なりますが、利用者は居住者やご近所さんだけでなく、遠方から”何か楽しい集まり”や”出会い”を期待して足繁く通う人もいます。また、それぞれの拠点を行き来する使い方もあります。そうすることで新たな出会いや交流が生まれますね」(山田さん)

コロナ禍で、半径500m圏内のご近所付き合いを実感

「開けたまちのスペース・まちの人同士をつなぐ場でありたい」という願いがありながらも、「メンバーシップ制」のため、どうしても仲間うちの閉じた活動になりやすいことが悩みだったそうです。

「活動をするメンバーは、”アート”をきっかけに興味を持った人のほか、豊島区近郊ではなく、首都圏内広くから、さらにはそれより遠方から通うクリエイターさんもいて。特に『くすのき荘』はガレージの奥が深く、常にオープンしていたわけではないので、近所の人たちからは『一体あそこで何をやっているのだろう?』と思われがちだったんです」(山本さん)

子どもが気軽に楽しめるようにと、駄菓子やおもちゃも販売(写真撮影/片山貴博)

子どもが気軽に楽しめるようにと、駄菓子やおもちゃも販売(写真撮影/片山貴博)

隣にあるくすのき公園で遊ぶ人も(写真撮影/片山貴博)

隣にあるくすのき公園で遊ぶ人も(写真撮影/片山貴博)

そんななか、2020年からのコロナ禍で状況が大きく変化しました。

区外の離れた場所からコミュニティスペースに通えなくなる人が増加した一方で、人々の活動範囲が狭められ、半径500m圏内の生活濃度が上がったのを実感したそうです。

これを機に、『くすのき荘』を、地域の人たちと繋がるためのもっと”開けた場”にし直そうと決意。いつでも誰でもふらっと足を運び、気軽におしゃべりしたり、交流する” 半径500m圏内の憩いの場”にするべく、リニューアルすることにしたのです。

特別な店ではない 日常の延長にある「喫茶売店メリー」をオープン

山本さんは、リニューアルにあたって「喫茶売店メリー」を設けることを決めます。

「喫茶というよりも、イメージは『公園にある売店』といった感じのものを考えていました。ガレージを開放した状態だと、隣にあるくすのき公園と地続きになり、自由に行き来ができる。そういうつくりにして、『喫茶売店メリー』が”街の一角である”ことをイメージさせたかったのです」(山本さん)

(写真撮影/片山貴博)

(写真撮影/片山貴博)

正面の通りからも、ガレージ側からも購入ができる開放的なキッチンカウンター(写真撮影/片山貴博)

正面の通りからも、ガレージ側からも購入ができる開放的なキッチンカウンター(写真撮影/片山貴博)

やはり、まちの人にとって「こんな開放的な場所があるのね!」と知ってもらい、いつでも足を延ばしてほしい、という思いがあるゆえなのでしょう。

「このエリアにはお年を召した方も多く住んでいます。若い単身者や外国にルーツを持つ人も多く、まさに多種多様です。さまざまな人にとって魅力的に感じ、いつでも気軽に訪れることができるコンテンツは何か?と考えた結果、カフェという答えに行きつきました。でも僕自身は今までカフェなんてやったことなかったんですよ。だから本当にイチから勉強で、試行錯誤もいいところです(笑)。

最初はレシピやメニューをつくるにも、何からすればいいか分からなかったんです。なので、近所に住む台湾人の料理人のおじさんに教えてもらい、看板メニューであるルーローハンをつくったんですよ。おかげさまで彼はよく顔を出してくれます」(山本さん)

看板メニューのルーローハンとアイスコーヒー(写真撮影/片山貴博)

看板メニューのルーローハンとアイスコーヒー(写真撮影/片山貴博)

カフェを増築するにあたっては、山本さんと旧知の関係である建築事務所「チンドン」主宰、建築家の藤本綾さんが設計を担当しました。

設計を担当した藤本綾さん。施主である山本・山田さん夫妻の想いや願いを聞きながら一緒につくり上げていくことが新鮮かつ楽しかったそう(写真撮影/片山貴博)

設計を担当した藤本綾さん。施主である山本・山田さん夫妻の想いや願いを聞きながら一緒につくり上げていくことが新鮮かつ楽しかったそう(写真撮影/片山貴博)

「中をのぞけば楽しそうにしている方たちがたくさんいるのに、外部から中の様子が見えづらいことで、入りづらさを感じて。開放的な場所づくりを意識し、建物の大きな扉を開けるとコンパクトな売店が出現する設計にしました。テイクアウトで使えるような小さな窓口を設けることで、通りを歩く人との接点がつくりやすいようにしています」(藤本さん)

通りからフラッと入れる入口ゆえ、この日も台湾人のおじさんが顔を出す(写真撮影/片山貴博)

通りからフラッと入れる入口ゆえ、この日も台湾人のおじさんが顔を出す(写真撮影/片山貴博)

ゆるく交わるオープンスペースの連続性で、都心の街並みは変わる

2022年1月に「喫茶売店メリー」がオープンしてから、半年以上が経過。内輪感のある空気にひそかに頭を悩ませていた山田・山本さん夫妻は「顔ぶれに変化が生まれた」と話します。

開放的なガレージ部を利用した喫茶スペースに開店と同時に人が集う(写真撮影/片山貴博)

開放的なガレージ部を利用した喫茶スペースに開店と同時に人が集う(写真撮影/片山貴博)

「ワンちゃん連れのお客さんが散歩の途中でコーヒーを買ってくれたり、ベビーカーで赤ちゃんを連れたファミリーが公園に寄る途中で訪れてくれたりすることが増えましたね。あと、たまに小学生がフラっとガレージに紛れ込んでくるんです。何気なくベンチで休憩していて(笑)。そういうのが楽しいですよね。まちの居場所として思ってもらえているんだなと」(山本さん)

これまでに「かみいけ木賃文化ネットワーク」の活動にアドバイスしてきた、「まちを編集する出版社」千十一編集室の代表・編集者の影山裕樹さんは、今回「喫茶売店メリー」オープンに伴い、クラウドファンディングの立ち上げから、コピーライティング、コンセプトの考案などのディレクションに携わりました。その時のことを思い出しながら、こう話します。

まちのコミュニティについて研究を続ける影山さんは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」を支える重要な存在の一人(写真撮影/片山貴博)

まちのコミュニティについて研究を続ける影山さんは、「かみいけ木賃文化ネットワーク」を支える重要な存在の一人(写真撮影/片山貴博)

「昔は、角のタバコ屋のようにちょっとした憩いの場ってありましたよね。いまでも都市公園にある、気の抜けた売店みたいな場所があり、そこに集う人々は飲食や休憩、遊具の購入などいろいろな目的を持って訪れています。ですが、現代の都市空間においては、経済合理性が優先され、お店の機能が限定されてしまっています。複数の機能を持ったゆるいスペースがなくなっているんです。そういう場所をつくりたかったので、今回のプロジェクトは渡りに船だなと感じました。また、東京の人たちは、自分の足元の半径500mのコミュニティとの繋がりがほとんどなく、せいぜいコンビニや居酒屋とかしか行かない。こうした狭い範囲で暮らす人が多様な人と関われる場所にもしたくて、”公園の売店のようなお店”だとか、”開けっぱなしの客席”というコンセプトにつながりました」(影山さん)

上池袋のまちを中心とした、「木賃文化」のことやご近所付き合いについても、続けてこう話します。

「このエリアは木造密集エリアとして知られ、火事などの災害に弱い反面、木貸アパートが持つゆるやかなご近所づきあいという、文化的遺伝子を持つエリアでもあります。都市開発において、木造賃貸アパートは次第に淘汰されていく運命ですが、高度成長期は地方都市からの上京組が、その時代を経て、日本へやってきた外国人や単身者が暮らし、家族とは違うコミュニティを形成してきました。こうしたご近所さんとのゆるやかなつながりを生み出す仕組みを、現代に引き継ぐというのが木賃アパートの価値だと思います。こうしたソフト面でのまちづくりは現代の東京に必要な視点だと思いますね」(影山さん)

くすのき荘オープン時に募ったクラウドファンディングのリターンの1つ、中崎透制作の看板たち。地域の応援でこの場所は支えられている(写真撮影/片山貴博)

くすのき荘オープン時に募ったクラウドファンディングのリターンの1つ、中崎透制作の看板たち。地域の応援でこの場所は支えられている(写真撮影/片山貴博)

「カフェができることによって、出入り自由のオープンな雰囲気がより強くなったと思います。こうした空気感のある中で生まれる小さなつながりが、徐々に広がっていくと、きっと住みやすい街になっていきそうですよね」(山本さん)

「かみいけ木賃文化ネットワーク」内にもたらされた、「喫茶売店メリー」オープンという変化は、都市のソーシャルな課題を解決するために多くの人に知ってほしい、”小さくも大きい出来事”だったのではないでしょうか。

●取材協力
・かみいけ木賃文化ネットワーク

外国人は家賃滞納ナシでも入居NGが賃貸の実態。積極受け入れで入居率100%のスーパー大家・田丸さんの正攻法

高齢者や障がい者、シングルでの子育て世帯など、さまざまな事情で住まいが借りにくい人のことを「住宅弱者」「要配慮者」といいますが、「外国人」もそんな不動産が借りにくい「住宅弱者」にあたります。一般に「大家が敬遠する」と言われますが、積極的に外国人を受け入れている大家・不動産管理会社もいます。その内の一人、東京都杉並区で不動産管理業を営む田丸賢一さんにリアルな事情を伺いました。

増え続ける在留外国人。部屋探しでは門前払いされることも

コンビニや建設現場、100円ショップ、飲食店などで、外国出身と思しき人を見かけることが増えました。筆者は横浜市在住ですが、子どもの通う小学校や習いごとの風景を見ても、多国籍だなと痛感します。実際、統計データでは外国人居留者はコロナ前の令和2年度は約288万人(※2020年6月時点。出入国在留管理庁より)、令和3年末でも276万635人と、日本の人口が減り続けるなか、「もはや外国人の手がなければ日本社会は成り立たないのでは」と感じている人もいることでしょう。

ただ、SUUMOジャーナルでもたびたびご紹介してきましたが、外国人は生活の基盤である住まいが借りにくいことで知られています。そんな中、10数年以上前から外国人を積極的に受け入れ、自社の物件は切れ目なく満室を維持し、入居率100%を続けているのが、東京都杉並区にある株式会社田丸ビルの田丸賢一さんです。2021年11月、外国人との不動産契約やそのノウハウを一冊にまとめた『「入居率100%」を実現する「外国人大歓迎」の賃貸経営』(現代書林)を上梓しました。まずは外国人に部屋を貸し出すようになった経緯から伺いましょう。

「弊社は不動産賃貸業と不動産管理業を行っており、私はその3代目です。創業者がもともと困っている人に家を貸そうという人で、昔の書類を見ても日系外国人を受け入れてきた経緯がありました。そのため、私が会社を引き継いだときにも、外国人に部屋を貸すのは自然な流れでした」(田丸さん、以下同)
ただ、田丸さんによると、部屋を借りたいと不動産会社を訪れても、外国人というだけでおよそ2人に1人は拒否されてしまうといい、令和の今でも門前払いは珍しいことではないそう。

田丸賢一さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

田丸賢一さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「以前、外国人に部屋を貸し出した際に汚されたり、部屋の扱いが悪かったといったトラブルがあり、もうコリゴリというケースが多いように思います。個人が悪いのか、契約に問題があったのか、原因はさまざまなんですが、入居前や入居後のコミュニケーションや説明をていねいに行うことで回避できるケースが多いんです」

ではどのようなトラブルがあり、田丸さんはどのような方法で回避しているのか、その内容を聞いていきましょう。

生活音とゴミの仕分け、入居者が増えた!が3大問題

まず、大前提として、外国人の多くがトラブルを起こしたくないと考えているといいます。

「外国人といっても出身国や年齢、収入、背景もさまざまですが、多くが就労目的で日本に来るわけで、日本社会に溶け込み、日本の常識にあわせて暮らしたいと願っています。なぜなら、彼らが一番恐れているのが国外退去処分だから。日本で得た収入から母国に仕送りをしたいので、トラブルを起こして強制送還されるのは避けたいんですよ。だから家賃の滞納のような問題行動はまずありません」

田丸さんの会社で契約した外国人には、真面目で礼儀正しく、お中元やお歳暮、帰国時のお土産などを欠かさないという人も少なくないそう。一方で、文化や風習の違い、コミュニケーション不足から、今までトラブルにも多数、直面してきました。

「”生活音がうるさい、ゴミの仕分けができていない、入居者が増えた”が3大問題でしょうか。まず、生活音がうるさいというのも、よくよく調査すると、外国人が住んでいる部屋が原因ではなく、実は他の部屋が発生源だったというケースも多いんです。これは外国人に限りませんが、生活音の問題はとてもデリケート。だからこそ管理会社がすぐに動いて、ていねいに聞き取りをして、コミュニケーションをとることが大切なんです」

外国人に限らず、集合住宅で生活音の問題は避けて通れません。外国人の入居者がいればなおのこと目立つため、先入観で「あの部屋に違いない」と決めつけた苦情がくるのだそうです。入居者の間にたつ管理会社がすばやくていねいに対応して誤解を解くことで、外国人への偏見が少なくなり、お互い快適に暮らせるのだといいます。

また、ゴミの仕分けは、自治体から配布される「母国語」のパンフレットを必ず渡し、ていねいに説明しているといいます。

杉並区のゴミの仕分けのページは多言語で対応している(杉並区ホームページより)

杉並区のゴミの仕分けのページは多言語で対応している(杉並区ホームページより)

こちらは横浜市のゴミの仕分けのページ。ベトナム語、フィリピン語、ネパール語などの言語もカバーしている(横浜市ホームページより)

こちらは横浜市のゴミの仕分けのページ。ベトナム語、フィリピン語、ネパール語などの言語もカバーしている(横浜市ホームページより)

「ポイントは母国語です。日本人は外国人というと英語で対応しがちですが、それだと通じない。大切なのはその人の出身国の言葉で話し、理解をしてもらうこと。場合によっては通訳をいれたりして、お互いの不安や不信感がないように説明、納得、理解、契約、書類にサインしてもらうことなんです」

田丸さんはゴミの分別だけでなく、基本的に入居希望者の母国語を用いて「説明、納得、理解、契約」という段階を踏んでいるのだそう。ゴミを分別すること自体が母国の習慣になく、戸惑う人も多いそうですが、きちんと説明することで協力してくれる人が大半だといいます。

ここまでは想像できそうなトラブルですが、最後の「入居者が増える」というのは、どういうことなのでしょうか。

「外国人は異国で働いているということもあり、横のつながりが非常に強い。家賃を節約したいということで、先に日本に住んでいた人の部屋に勝手に出入りして、共同生活を始めてしまうんです。不動産大家・管理会社は、当たり前のように1人で住むと思い、説明はしません。そこであつれきが生じるんですね。
過去には16平米のワンルームに8人が暮らしていたことも(苦笑)。退去後の部屋の傷みぐあいはひどかったですよ。その時以降、契約書類には入居者は1人までと明記し、契約時に説明、納得、理解を得るようにしています」

よく「ワラビスタン」「リトル・インディア」「リトル・ブラジル」など、特定の外国人が多い地域がありますが、異国で奮闘しているとその人を頼って仲間が1人また1人と増えて、自然発生的にコミュニティが生まれるのかもしれません。

外国人専門の賃貸保証会社、多言語の契約書類などツールは揃っている

こうして聞いてみると、田丸さんもいきなり外国人に部屋を貸し出して「成功」しているわけではなく、多数の経験を繰り返すことで、外国人に歩み寄った母国語でのコミュニケーション、当たり前に思える慣習や契約内容もていねいに説明、理解・納得したうえで「契約」し、明文化して残すという現在のかたちに行き着いたようです。

「外国人は基本的にはあまり経済的余裕がありません。そのため非常に防衛や自衛の意識が高く、契約内容・書類についても一つずつ知りたがります。賃貸保証会社の利用料、火災保険料、礼金、敷金、鍵交換、ハウスクリーニング代など、逐一、このお金は何?なんで?と聞いてきます。日本人ではここまで突っ込んで聞く人は少ないですし、僕も鍛えられました」

「鍵交換はしなくていいから、費用をまけて」「退去時のハウスクリーニングは、自分でやるから安くして」などと、交渉を持ちかけられることもしばしば。その都度、相手が納得できるまでていねいに説明して歩み寄っているそう。こうしてお話を伺っていると、外国人を受け入れて問題が起きたときに、「やっぱり失敗した…」ではなく、どうやって改善すればいいかを考えているからこそ、うまくいっているのだなあと痛感します。

田丸さんによると、現在では、外国人専門の賃貸保証会社があるほか、国土交通省では、「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン」も整備され、不動産契約に必要な制度や多言語に対応した書類は揃っているといいます。

「ただ、問題なのは、行政は書類を作っておしまいになっていることです。国交省から不動産業界の団体に告知はありますがあまり知られていないし、活用方法は不動産業界や大家におまかせの状態です。当然、トラブルになったときの受け皿もない。生活音の問題でも紹介したとおり、既に入居している人が嫌がる場合もあります。日本社会のなかに、まだまだ偏見があるなあと痛感しています」

国土交通省の「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン。申込書や重要事項説明書、定期賃貸住宅標準契約書が多言語でずらりと揃う(国土交通省のホームページより)

国土交通省の「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン。申込書や重要事項説明書、定期賃貸住宅標準契約書が多言語でずらりと揃う(国土交通省のホームページより)

大家は家賃滞納、騒音、他の入居者とのトラブルを避けたい、不動産仲介会社は外国語での説明に対応できるスキル、時間がない、管理会社は面倒事やトラブルを避けたいなどなど、「外国人を受け入れづらい」条件は揃ってしまっています。これまで日本の歴史を振り返ると「外国にルーツのある人が社会全体で少数だった」「たいていの場合、日本語が通じた」のが現実です。いきなり「多様性だ」「外国人の受け入れだ」と正論を突きつけられても、「受け入れがたい」「話が通じずに怖い」と戸惑う気持ちがあることでしょう。

ただ、これから先、日本で働く外国人は増えていくことが考えられます。外国人は家賃滞納をしにくいこと、きちんと母国語で説明して理解してから入居してもらえばトラブルは起きづらいことがもっと知られるようになれば、外国人を受け入れる大家が増えるかもしれません。人口が減少している日本を支えてくれる外国人が増えてくれる今、共生社会の模索は、まだはじまったばかりです。

●取材協力
田丸ビル

屋根の上には中央線! 高架下の学生向け賃貸「中央ラインハウス小金井」完成から2年、コロナ禍での住み心地

2020年3月、JR中央線東小金井駅から武蔵小金井駅間の高架下に建設された、学生向け賃貸住宅「中央ラインハウス小金井」。JR中央線の高架下を敷地としていること、3人の有名建築家が各棟を設計、専用カフェテリアでの食事付き、などが話題となった。現在、入居開始から3年目。コロナ禍をまともに受けつつ、どのように学生たちが過ごしているのか、お話を伺った。

中央線の高架下の有効活用が「食事付き学生専用マンション」

「入居開始後、最初の入居者は地方出身の1年生(当時)がほとんどでした。新築の「デザイナーズマンション」であることに加え、管理人がいて学生専用である安心感、朝夕の食事付きであることも親御さんからの支持が大きいです。いわゆる学生寮に比べればプライベートな居住空間はしっかり確保され、門限もない自由さもいいようです」と当物件の管理運営を担っている株式会社学生情報センター 広報室の寺田律子さん。

周辺には商店街も。そもそもここに学生向け賃貸住宅が計画されたのは、中央線の高架化に伴い生まれた土地の有効活用という観点から。多くの大学に通学できる利便性から、法政大学、東京農工大学、国際基督教大学はじめ約30校の学生が暮らしている(写真撮影/桑田瑞穂)

周辺には商店街も。そもそもここに学生向け賃貸住宅が計画されたのは、中央線の高架化に伴い生まれた土地の有効活用という観点から。多くの大学に通学できる利便性から、法政大学、東京農工大学、国際基督教大学はじめ約30校の学生が暮らしている(写真撮影/桑田瑞穂)

高架下かつ第一種低層住居専用地域で、「寄宿舎」カテゴリによる建築確認申請により建設をしているため、共同施設が必要になる。当物件には食堂があり、おのずと目玉は学生専用カフェテリアに。平日の朝と夕に、管理栄養士監修のボリューム感ある食事は「美味しい」と評判だ。さらに、専用カフェテリアが営業しない週末は自炊も。専用部分にキッチンがない学生は共用キッチンで調理をする。

メニューの一例(写真は夕食)。食事は朝食・夕食の提供で1万7600円/月(税込)。提供時間は月~金曜の7時~9時、18時~21時 (画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)

メニューの一例(写真は夕食)。食事は朝食・夕食の提供で1万7600円/月(税込)。提供時間は月~金曜の7時~9時、18時~21時 (画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)

外から中が見える、開放的なカフェテリアは居住する学生専用。近所の住民の方から「これは何?」と聞かれることも多いとか(写真撮影/桑田瑞穂)

外から中が見える、開放的なカフェテリアは居住する学生専用。近所の住民の方から「これは何?」と聞かれることも多いとか(写真撮影/桑田瑞穂)

高架下ということで騒音や揺れが気になるのでは、とイメージする人は多そうだが、実際はほとんど気にならない。
C棟に住むAさん(大学3年・男性)は、「むしろ、昔から鉄道が好きで、高架下のマンションということでがぜん興味を覚えました。都市学にも興味があり、こんな新しい土地活用は、恰好のネタにもなると思いました。暮らすのは一番の実践です」と話す。

棟は3通り。専用部分はミニマムに。共用スペースをシェア

実際の部屋や共用スペースを案内していただいた。
各部屋専有部は10~15平米とコンパクトだが、机やベッド、収納などが備え付けられ、洗濯機や冷蔵庫など家電も付いている(棟によって内容は異なる)。必要最低限の荷物で生活が始められるとあって、地方から上京する新1年生に人気の物件だ。

共用部を通らず入室でき、2住戸ごとにオートロックがあるなど、最も独立性の高い「C棟」(写真撮影/桑田瑞穂)

共用部を通らず入室でき、2住戸ごとにオートロックがあるなど、最も独立性の高い「C棟」(写真撮影/桑田瑞穂)

C棟の部屋は13.04~15.94平米で、ロフト、キッチン、浴室付きが最も人気が高い(写真撮影/桑田瑞穂)

C棟の部屋は13.04~15.94平米で、ロフト、キッチン、浴室付きが最も人気が高い(写真撮影/桑田瑞穂)

勉強や食事などができるコミュニティスペースを併設している「L棟」(写真撮影/桑田瑞穂)

勉強や食事などができるコミュニティスペースを併設している「L棟」(写真撮影/桑田瑞穂)

L棟の部屋は10.75~11.36平米(写真撮影/桑田瑞穂)

L棟の部屋は10.75~11.36平米(写真撮影/桑田瑞穂)

L棟にある共用キッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

L棟にある共用キッチン(写真撮影/桑田瑞穂)

コインランドリー(写真撮影/桑田瑞穂)

コインランドリー(写真撮影/桑田瑞穂)

最も天井の高い「H棟」(10.44~11.59平米)。シャワーユニットとロフト付き。冷蔵庫付き(画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)

最も天井の高い「H棟」(10.44~11.59平米)。シャワーユニットとロフト付き。冷蔵庫付き(画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)

ロフトから見たH棟の部屋(画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)

ロフトから見たH棟の部屋(画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)

コロナ禍で交流イベントが白紙に。現在は少しずつ挑戦中

「共用部を充実させることで、付加価値を付けられたらと考えています。当初は、さまざまなイベントを提供することで、自然と交流を生み出す手伝いもできたらと考えていました」と寺田さん。というのも、多くの学生専用マンションを手掛けてきた同社は、これまでウェルカムパーティーやゲーム大会、ハロウィーンイベントなど、さまざまな仕掛けで、入居する学生たちの交流を促してきた実績があったからだ。

しかし、完成と同時にコロナ禍に。当然、さまざまなイベントは白紙になった。新入生も突如すべての授業がオンラインになるなか、実家にも帰れないという状況が続いた。前出のAさんも「最初の3カ月間は、初めての一人暮らしとコロナ禍のダブルで精神的につらかったです」と思い返す。

ただし、この学生向け賃貸住宅なら、会話を通しての交流は難しくても、同じ建物内に人がいる安心感や自分の部屋以外のスペースを使えるメリットがある。
「共用スペースで料理をしていれば、当然他の学生と同じ時間に料理したりすることがあるので、そこで会話をして顔見知りになっていくことができました」とH棟の住民の学生Sさん(大学2年・男性)

「感染状況をみながら、イベントも少しずつ再開しました。例えば、カフェテリアでスタッフが楽器を演奏するイベントなどを試みました」と当物件の事業開発主体であり、沿線のコミュニティを創発する株式会社JR中央線コミュニティデザインの山口剛さん。パーティーは無理だが、音楽を通して自然とそこに居る人たちの一体感が増す仕掛けだ。

6月にカフェテリアで行われた音楽イベント。スタッフがアコースティックギターとバイオリンを奏でて(画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)

6月にカフェテリアで行われた音楽イベント。スタッフがアコースティックギターとバイオリンを奏でて(画像提供/JR中央線コミュニティデザイン)

学生自ら企画に参加。東京五輪の観戦イベントも

学生が自ら企画したイベントもある。前出のSさんは、東京五輪のサッカー戦をカフェテリアで一緒に観戦するイベントを担当した。

「せっかく、ただのアパートではなく学生マンションに住んでいるので、他の学生とも気軽に交流できる環境をつくりたいと思ったんです。一緒に企画したり、実際に来てくれた人と話している中で、他の大学の話を聞いたり、北から南まで出身地がバラバラで、故郷の話を聞いたり、すごく面白かったんです。もともとは部屋の美しさと食堂があったことで決めた物件ですが、いろんなバックグラウンドを持つ学生が集まっている良さを実感しました」(Bさん)

シェア工作室で地域にも開かれた場所に

そして、住人の学生だけでなく地域にも開かれた交流の場となっているのが、ナレッジルームだ。さまざまな工具、道具が用意されているため、材料を持ち込んでDIYをしたり、不用品を分解してつくるアートを楽しむこともできる。入居している学生のなかには、壊れていたものを自分で直したり、自分の部屋用にと棚や箱などぴったりサイズのものをDIYする人も。

「何をするかは自分で決める」が基本だが、小さなワークショップを開催することもある。小学生でも、初回のみ保護者の同伴が必要だが、保護者の許可があれば小学生だけで利用することも可能だ。
「ここは高架下で多くの方が“ここは何だろう”と思う場所。その注目度を活かして、学生だけでなく、地域の皆さまにも自然に交流が生まれる場所になったら理想的だなと思っています」と山口さん。

毎週月・火曜13時~18時、日曜10時~15時(不定期)にオープン。クリエイティブ・フィールドVIVISTOPを運営するVIVITA JAPAN(株)のスタッフに相談もできる(写真撮影/桑田瑞穂)

毎週月・火曜13時~18時、日曜10時~15時(不定期)にオープン。クリエイティブ・フィールドVIVISTOPを運営するVIVITA JAPAN(株)のスタッフに相談もできる(写真撮影/桑田瑞穂)

あらゆる工具のほか、ミシンやロックミシン、カッティングマシーン、シルクスクリーンなどが準備されている(写真撮影/桑田瑞穂)

あらゆる工具のほか、ミシンやロックミシン、カッティングマシーン、シルクスクリーンなどが準備されている(写真撮影/桑田瑞穂)

また、ナレッジルームで行われるイベントを学生が手伝うケースもある。
C棟に住むCさん(大学3年)は、「たまたま夏に募集があって、ヒマだったので参加しました。一般の来場者向けに、デイジーの種を空き缶で育てるプラントづくりを考案し、当日たくさんの方にレクチャーしました。緊張しましたがとても楽しくて、やってよかったですね。それきっかけで、スタッフの方と仲良くなり、たまに顔を出しています」と他にはない体験を楽しんだようだ。

正直、コロナ禍で、当初思うような交流の場が設けられていないのは事実だ。
「しかし、こちらの物件ではありませんが、オンラインを使ったe-スポーツ大会、有給のインターシップなど、新しい試みを実施しています。今後は学生さんたちもさまざまなイベントを企画する側から参加していただけたら面白いですね」(寺田さん)

できた当初は“高架下にできた学生寮”という珍しさで注目を集めた「中央ラインハウス小金井」。実は、中央線の高架化に伴い、学生向け賃貸住宅のほかにも、新たな商業施設、コワーキングスペース、保育園、クリニックなどが整備されている。つまり、駅の高架下という立地は、自然と地域住民が目にすることの多いロケーションなのだ。こうした特性を生かし、今後は、地域との交流も加速していくかもしれない。

現時点では、交流が入居の決め手になった学生はそれほど多くないが、今後は変わるかもしれない。就職活動において「自ら考え、自ら動いてきたか」を重視する傾向にある今、自分が暮らす場がその舞台になるのは絶好の機会だ。今後は「交流をしたいから」「イベントを自分で考えてみたいから」入居するという学生が増えるかもしれない。今後にも期待したい。

今回お話を伺った学生情報センター寺田律子さんと、JR中央線コミュニティデザインの山口剛さん(写真撮影/桑田瑞穂)

今回お話を伺った学生情報センター寺田律子さんと、JR中央線コミュニティデザインの山口剛さん(写真撮影/桑田瑞穂)

●取材協力
・中央ラインハウス小金井
・学生情報センター

梅田駅まで30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

関西トップのターミナル駅である、大阪府大阪市の梅田駅。仕事や遊びの拠点であると同時に、3月に発表された「SUUMO住みたい街ランキング2022関西版」では西宮北口駅と逆転し首位に輝いた。その梅田駅まで電車で30分以内で行ける、ワンルーム・1K・1DKを対象にした家賃相場が安い駅ランキングの最新版を紹介。気になる駅と、その魅力を探る。

梅田駅まで30分以内の家賃相場が安い駅TOP11

※所要時間は、大阪駅、大阪梅田駅、東梅田駅、西梅田駅、北新地駅など梅田駅と地下通路や連絡通路でつながっている場合には当該駅から梅田駅までの徒歩時間を加算している

順位/駅名/家賃相場(代表的な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 寝屋川市 3.70万円(京阪本線/寝屋川市/25分/2回)
1位 萱島 3.70万円(京阪本線/寝屋川市/21分/1回)
3位 大和田 3.80万円(京阪本線/門真市/29分/2回)
3位 武庫川団地前 3.80万円(阪神武庫川線/兵庫県西宮市/30分/1回)
5位 四条畷 3.88万円(JR学研都市線/大東市/30分/1回)
6位 島本 4.00万円(JR京都線/島本町/28分/1回)
7位 大日 4.20万円(大阪メトロ谷町線/守口市/24分/0回)
8位 香里園 4.25万円(京阪本線/寝屋川市/29分/1回)〇
9位 俊徳道 4.30万円(近鉄大阪線/東大阪市/29分/2回)
9位 津守 4.30万円(南海汐見橋線/大阪市西成区/25分/2回)
11位 上新庄 4.40万円(阪急京都線/大阪市東淀川区/18分/1回)
11位 住道 4.40万円(JR学研都市線/大東市/26分/1回)
11位 古川橋 4.40万円(京阪本線/門真市/27分/2回) 

京阪本線は観光地も充実

1~3位までは、京阪本線の駅がしめた。京阪本線は大阪市中央区の淀屋橋駅を基点に、ビジネス街の京橋駅や京都市の繁華街の祇園四条駅などを経由して京都市の三条駅までをつなぐ都市間路線。大阪中心部への通勤・通学路線であるが、沿線には現存する遊園地で最古の「ひらかたパーク」や、京都の伏見稲荷大社や清水寺など有名な観光地も数多い。一方で、大阪の2大ターミナル駅である梅田駅と難波駅には直通しておらず、どちらへ向かうにも乗り換えが必要なことが家賃が割安で上位になった理由の一つだろう。

同率1位になった寝屋川市駅と萱島駅は、ともに京阪本線沿線で寝屋川市に位置する。特に寝屋川市駅は寝屋川市の中心駅で、快速急行や通勤快速も停車する。市役所や警察署などの公共施設が周囲に集まっており、家電量販店やホームセンターなどの大型商業施設も充実している。駅近くにはアーケード街が延び、できたての料理を配達してくれる飲食店や雰囲気の良い喫茶店、各種の小売店などが約250mにわたって軒を連ねる大利(おおとし)商店街や寝屋川一番街商店街、レトロな風情の日之出商店街があり、魅力的な個人経営の店も多い。

寝屋川市駅周辺の風景(写真/PIXTA)

寝屋川市駅周辺の風景(写真/PIXTA)

寝屋川市駅周辺の風景(写真/PIXTA)

寝屋川市駅周辺の風景(写真/PIXTA)

大阪府東部の寝屋川市は古くから穀倉地帯であり、京阪間のベッドタウンとして発展した現在も緑が多く残る。駅と並行して流れる寝屋川沿いでは再開発も行われており、道幅を3倍以上にして歩道を整備し、電線も地中化する都市計画が進行中だ。

大阪電気通信大学と摂南大学の寝屋川キャンパスや、大阪府立大学工業高等専門学校への最寄駅であり、学生街の顔も持つ。そうした学生向けの単身者用物件も充実しているが、教育機関の多さから、ファミリー層からの人気も高い。

阪神タイガースの熱狂的ファンは武庫川団地前駅という選択肢も

ランキングは大阪府内の街がほとんどだが、唯一兵庫県に位置するのが、同率3位の武庫川団地前駅。
所在地の西宮市は、「SUUMO住みたい街ランキング2022関西版」の「[関西]住みたい自治体ランキング」で1位の自治体だ。

阪神武庫川線の終点駅で、周辺は閑静な住宅街。印象的な娯楽施設があるわけではないが、スーパーなどは充実。市立図書館の高須分室も近く、こじゃれた雰囲気の喫茶店なども点在している。また、駅付近には病院が目立つ。

武庫川団地前駅(写真/PIXTA)

武庫川団地前駅(写真/PIXTA)

駅名にもなっている武庫川団地は、5500世帯を超える西日本最大の団地。広大な敷地には4つのエリアがあり、保育所から高校までの教育施設やショッピングセンター、市役所の分室などもある。あちこちに公園も点在しており、野球場やテニスコートなどもそろっている。

武庫川線は武庫川と並走しているが、武庫川団地前駅は武庫川が流れ込む大阪湾が近い。武庫川団地の南側は工業地帯だが、その無骨さよりも自然豊かな印象の方が強く感じられそうだ。大阪湾沿いにある鳴尾浜臨海公園は海が一望できる広大な芝生広場や海づり広場があるほか、近くには天然温泉が楽しめるスーパー銭湯もある。また、プロ野球人気球団の阪神タイガースのファーム拠点である阪神鳴尾浜球場までも約1.7km。趣味を満喫するには穴場かもしれない。

鳴尾浜臨海公園(写真/PIXTA)

鳴尾浜臨海公園(写真/PIXTA)

5位は大東市にある四条畷(しじょうなわて)駅。区間快速や快速も停車する。JR学研都市線は梅田駅に直通はしていないが、沿線上の北新地駅は梅田駅と地下通路でつながっている。実質的には改札の遠い梅田駅、といった存在なので、乗り換えなしでの利用も可能だ。

所在地はぎりぎり大東市だが、同名である四条畷市の中心駅の扱いになる。四条畷市は市内の約3分の2が生駒山地で占められており車利用が多い地域のため、大きな商業施設は少し駅から離れた場所にある。しかし深夜まで営業しているスーパーが周辺にあり、駅を中心に昔ながらの商店街「四條畷商店会」も残る。

四条畷市は市の一部が国定公園の「金剛生駒紀泉国定公園」に指定されており、自然が多く残る。また鎌倉時代末期の武将、楠木正成とゆかりが深く、正成の嫡男の正行が命を落とした「四條畷の戦い」の場所としても知られ、駅から少しいくと、正成らをまつった四條畷神社がある。ほかにも、貝塚跡や古墳など古代の史跡から、2021年には戦国武将の三好長慶が居城とした飯盛城跡が国史跡に指定されるなど、歴史ロマンにあふれた街でもある。

新区間開業で急発展の俊徳道駅、古川橋駅は人気向上が期待

9位の俊徳道駅は近鉄大阪線の駅。普通列車のみの停車駅だが、急行が停車する隣駅の布施駅との距離は約1.2km。物件の立地によっては急行も利用できそうだ。また、俊徳道駅は同名のJRおおさか東線の駅と隣接しており、2路線使用できる。JRおおさか東線は2019年に新区間が開業して、新幹線の停車駅である新大阪駅まで乗り換えなしで行けるようになっており、交通利便性のよさとお手ごろな家賃のバランスがとれたエリアといえそうだ。

おおさか東線 JR俊徳道駅(写真/PIXTA)

おおさか東線 JR俊徳道駅(写真/PIXTA)

周囲は住宅街が広がり、落ち着いた雰囲気が漂う。駅前は最近整備が終わり、JRとの間に屋根のある動線もできて安心感がある。かつてはスーパーに困ることこそなくても飲食店事情のさびしい地域であったが、JRおおさか東線の新区間開業にともない、近年はおしゃれな店などを見かけることも。また所在地である、ものづくりの街としてしられる東大阪市ならではといえそうな、レンズメーカーがカフェも併設するショールームなど、個性的な店舗も点在している。

布施駅と反対方面の隣駅の長瀬駅は、西日本最大級の学生数の近畿大学の最寄駅。駅間距離は約1.1kmで、徒歩圏内だ。進学による初めての一人暮らしの場所の選択肢に、入れてみてもよさそうだろう。

同率11位の古川橋駅は門真市に位置する。京阪本線の区間急行の停車駅だ。駅すぐそばにはイオンなどの大型スーパーも充実。チェーン系から落ち着いた雰囲気のカフェまで飲食店も多く、日常生活にはなにかと便利な地域だ。門真運転免許試験場の最寄駅でもある。

市名を冠する隣駅の門真市駅との距離は約800mで、徒歩圏内。門真市駅は伊丹空港こと大阪国際空港へ向かう大阪モノレールの乗り換え駅で、遠隔地への出張の多いビジネス―パーソンにも心強いだろう。門真市駅付近には、2023年にららぽーととコストコの開業も控えている。

近場な便利な大型施設が多い一方で、駅周辺にはレトロな小さい商店街など昔ながらの街並みも残る。そうしたエリアや駅北側の廃校跡の再開発が決定し、地域に開放された交流スペースなどの設置も予定された門真市初のタワーマンションや商業棟、憩いの場づくりが計画。市の玄関口にふさわしい、複合的な都市機能の集積を目指すという。竣工は2026年の予定で少し先だが、今からチェックしておいてもいいかもしれない。

梅田駅は、JR大阪駅北側の再開発「うめきた2期地区開発プロジェクト」が進み、2023年には関西国際空港に直結するJRの新駅が開業予定。閉塞感の否めない昨今だからこその、将来への期待感の高まりも感じられた。期待があれば、部屋探しも楽しくなる。楽しい将来のためにも、ねらい目の部屋を見落とさず、自分にフィットする部屋を見つけたいものだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている梅田駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/2~2022/4
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年4月25日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

「東京駅」まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

東京駅は、日本を代表するターミナル駅。仕事や遊びにかかわらず、すべての移動の起点となる東京駅へのアクセスは、部屋探しの際に気になる人は多いだろう。東京駅へ電車で30分以内に到着するシングル向け物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)を対象にした最新の家賃相場ランキングから、ねらい目の駅を探してみたい。

東京駅まで30分以内の家賃相場が安い駅TOP16駅

順位/駅名/家賃相場/(沿線名/駅の所在地/東京駅までの所要時間(乗り換え時間・駅から駅への徒歩移動時間を含む)/乗り換え回数)
1位 蕨6.00万円(JR京浜東北線/埼玉県蕨市/29分/1回)
2位 一之江 6.18万円(都営新宿線/東京都江戸川区/27分/1回)
3位 南船橋 6.20万円(JR京葉線など/千葉県船橋市/30分/0回)
4位 津田沼 6.35万円(JR総武線/千葉県習志野市/30分/0回)
5位 竹ノ塚 6.45万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/30分/2回)
6位 堀切菖蒲園6.50万円(京成本線/東京都葛飾区/28分/1回)
6位 小菅 6.50万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/25分/1回)
6位 新子安 6.50万円(JR京浜東北線/横浜市神奈川区/30分/1回)
6位 瑞江 6.50万円(都営新宿線/東京都江戸川区/30分/1回)
6位 船堀 6.50万円(都営新宿線/東京都江戸川区/25分/1回)
11位 小岩 6.55万円(JR総武線/東京都江戸川区/19分/1回)
12位 下総中山 6.60万円(JR総武線/千葉県船橋市/26分/1回)
13位 五反野 6.70万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
13位 国道 6.70万円(JR鶴見線/横浜市鶴見区/30分/2回)
13位 舞浜 6.70万円(JR京葉線/千葉県浦安市/16分/0回)
16位 小竹向原 6.80万円(東京メトロ副都心線/東京都練馬区/27分/1回)
16位 新浦安 6.80万円(JR京葉線/千葉県浦安市/20分/0回)
16位 松戸 6.80万円(JR常磐線・新京成線/千葉県松戸市/27分/0回)
16位 梅島 6.80万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/29分/1回)
16位 青井 6.80万円(つくばエクスプレス/東京都足立区/25分/1回)

首位は“時代の先端”をいく、埼玉の蕨駅

トップ3には、埼玉県、都内、千葉県がバランスよく分散した。1位は、埼玉県蕨市にある蕨駅だ。

蕨駅前(写真/PIXTA)

蕨駅前(写真/PIXTA)

蕨市は面積が5.11平方kmと、全国で一番小さな市として知られている。端から端までは約4kmのコンパクトさで、蕨駅は市の玄関口であるとともに唯一の駅でもある。東京駅までの所要時間短縮のためには乗り換えが効果的ではあるが、路線のJR京浜東北線は首都の大動脈のひとつであり、乗り換えなしでの利用も可能だ。

近年は、都市機能の活性化をかかげた「コンパクトシティー」構想が推奨されていて、蕨市は小さな市域の中に40以上の医療機関や保育園児童館、商業施設などがぎゅっと凝縮している。駅周辺を核に、駅前広場や商業施設、公共複合施設の整備などの再開発も進めている。そうした機能の要となる市役所は耐震化などのため建て替え中で、現在は駅から少し離れた場所にあるが、今後はいざというときの災害拠点にもなる機能をもたせるという。

また蕨市といえば、外国人の住民が増えており、なかでも在住クルド人が多いことでも知られる。彼らによるお祭りや、地元住民も一緒に参加できる料理教室が開催されるなど、地に足の着いた国際交流も盛んだ。海外の珍しい食材を扱う商店を見かけることも少なくなく、ダイバーシティを体現している街ともいえる。

そういた“時代の先端”をいく一方で、市内にはいくつもの人情味あふれる商店街も残る。蕨市は江戸時代、中山道の「蕨宿」として栄え、また江戸から昭和にかけては織物の生産地としても名をはせていた。市内には今でも、かつての風情を感じさせる歴史ある建物が点在。商店街の中を散策していて、そんな歴史の息吹を思わせる店舗にふらっと出合うこともある。

商業施設が充実の南船橋駅は、大規模施設の開業控える

3位は千葉県船橋市の南船橋駅。京葉線の快速列車の停車駅で、スウェーデン発の人気家具店IKEAの日本1号店「IKEA Tokyo-Bay」や大型商業施設の「ららぽーとTOKYO-BAY」のほか、深夜まで営業しているスーパーなどもあり、必要なものはなんでも近場でそろいそうな便利さが魅力だ。

ららぽーと(写真/PIXTA)

ららぽーと(写真/PIXTA)

2020年末には通年型のアイススケートリンク「三井不動産アイスパーク船橋」がオープン。国際スケート連盟基準を満たしたリンクで、競技大会なども開かれている。また2024年には、船橋市を拠点にする男子プロバスケットボールBリーグの「千葉ジェッツふなばし」のホームアリーナ「LaLa arena TOKYO-BAY(仮称)」が完成予定。1万人規模が収容でき、スポーツだけでなくコンサートや企業イベントなどにも対応する予定とのこと。スポーツファンだけでなく、足を運ぶ機会が増えそうだ。

同率6位の新子安駅、船堀駅、瑞江駅、ライフスタイル別でどこを選ぶ?

同率6位には5駅がランクインしている。そのうちの一つの新子安駅は神奈川県の駅でランキング最上位、JR京浜東北線で、蕨駅同様に、東京駅まで乗り換えなしでも利用できる。

新子安駅(写真/PIXTA)

新子安駅(写真/PIXTA)

横浜駅、川崎駅へはともに2駅で、10分以内で行くことができる。また京急本線沿線の京急新子安駅がすぐそばにあるため、羽田空港などへのアクセスもいいほか、少し行けばJR横浜線の大口駅があり、新幹線が停車する新横浜駅へも直通で利用できる。遠隔地への出張が多いビジネスパーソンには心強い穴場スポットかもしれない。

駅北側の丘陵地にかけて、閑静な雰囲気の住宅街が広がっている。駅前にはスーパーやファミリーレストラン、郵便局などが入った商業施設「オルトヨコハマ」や、深夜1時半まで営業しているスーパーがあり、日常の買い物に不自由することはなさそうだ。少し足を延ばせば、映画やドラマの撮影地などにもなっている、横浜の名物のひとつの六角橋商店街もある。

六角橋商店街(写真/PIXTA)

六角橋商店街(写真/PIXTA)

駅の南側、港湾部は京浜工業地帯の工場や倉庫が集まっており、やや無骨な印象もあったが、近年は再開発で高層マンションも建てられている。周辺住民も利用できる広場や、防災対策にも活用できる空き地が整備されたマンションなどもある。

駅から近いキリンビールの横浜工場や日産自動車の横浜工場は、大人にも人気の高い工場見学も受け付けている。なかでもキリンビールは敷地内に芝生広場やレストランなども併設し、限定グッズも販売しており、散策だけでも楽しめる。工業地帯の偏ったイメージだけでは見逃すにはもったいないかもしれない。

同じく6位の船堀駅と瑞江駅は、都営新宿線の沿線駅。間に2位の一之江駅をはさんだ隣駅になる。都営新宿線は日中、新宿―本八幡間で急行運転しているが、船堀駅は急行が停車。そのため新宿駅までは約20分で行くことができる。

船堀駅は駅すぐに24時間営業のスーパーがあり、低価格が売り物の大型スーパーなども目に付く。チェーン系の飲食店も多いので、自炊したくない日などにはありがたいところだ。ファミリー層も多いため駅前はにぎやかだが、少し行けば一戸建て住宅の目立つ住宅街が広がる。

駅そばには、所在地である江戸川区が水資源に恵まれていることにちなみ「区民の乗合船」をコンセプトに建てられた「タワーホール船堀(江戸川区総合区民ホール)」がある。著名アーティストのコンサートも開催されるほか、こだわりのアート作品からハリウッド大作映画まで上映される映画館「船堀シネパル」などが入っており、知的好奇心を満たしてくれそう。一般公開されている展望台からは、江戸川区花火大会も望むことができる(2022年は中止された)。

江戸川区花火大会(写真/PIXTA)

江戸川区花火大会(写真/PIXTA)

瑞江駅は各駅停車のみの駅ながら、駅付近の施設は船堀駅よりも充実している。すぐ近くにはディスカウントストアの「ドン・キホーテ」や業務スーパー、深夜まで営業しているスーパーなどと豊富で、家計の賢いやりくりのためには選択肢の上位にあがりそうだ。書店も駅すぐそばにあり、夜10時まで営業している。

駅周辺は再開発されているため、雰囲気自体はすっきりしておりチェーン系飲食店が目立つ。少し行くと、おしゃれな飲食店も点在。江戸川区は50年以上にわたって緑化運動をすすめており、親水公園や親水緑道の整備をしている。瑞江駅周辺も親水緑道を見かけることが多く、公園もあちこちにあり、近場で自然を感じることができる。

また、江戸川区役所へは区内のあちこちの駅からバスが主な経路になるが、瑞江駅は分所の東部事務所の最寄駅。公的手続きの手間を少し省けるのはありがたい。ファミリー層の人気も高いエリアだ。

16位も同率で5駅がランクインしている。このうちの松戸駅はJR常磐線の沿線だが、同線は東京メトロ千代田線と乗り入れているため、東京駅だけでなく大手町や赤坂などのビジネス街や、表参道や原宿などの繁華街へも乗り換えなしで行くことができる。また新京成線も利用できる。

松戸駅周辺(写真/PIXTA)

松戸駅周辺(写真/PIXTA)

駅に直結した商業施設や大きなスーパーなどが多く、非常に栄えているが、駅周辺は再開発が進行中で、2027年までには新しい駅ビルもできる予定。生活する上ではとても便利なことは間違いないだろう。また、松戸はラーメン激戦区としても知られており、頑固店や知る人ぞ知る名店まで充実している。“おひとりさま”の生活も楽しめそうだ。

大都会・東京の真ん中へのアクセスと考えると、都心を連想しがちだが、東京駅は乗り込む路線が多いだけに、部屋探しの選択肢も多種多様。ライフスタイルにあわせた部屋も、きっと見つかることだろう。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/2~2022/4
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年5月30日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

「新宿駅」まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

日本屈指の繁華街、新宿駅。2022年4月には高層オフィスビル建設を含むグランドターミナル再編を目指した再開発計画の概要も発表されている。その新宿駅へ30分以内で行ける駅はどこだろうか。ワンルーム・1K・1DKを対象にした家賃相場が安い駅の最新ランキングから、狙い目の街を探してみよう。

新宿駅まで電車で30分以内、家賃相場の安い駅TOP12

順位/駅名/家賃相場(沿線名/駅の所在地/新宿駅までの所要時間(乗り換え時間を含む)/乗り換え回数)
1位 京王よみうりランド 5.00万円(京王相模原線/東京都稲城市/29分/1回)
2位 生田 5.20万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/22分/1回)
3位 花小金井 5.30万円(西武新宿線/東京都小平市/30分/1回)
4位 読売ランド前 5.35万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/24分/1回)
5位 朝霞台 5.40万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/28分/1回)
6位 西国分寺 5.50万円(JR中央線・武蔵野線/東京都国分寺市/29分/1回)
7位 田無 5.60万円(西武新宿線/東京都西東京市/28分/1回)
8位 京王稲田堤 5.80万円(京王相模原線/神奈川県川崎市多摩区/28分/1回)
9位 朝霞 5.90万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/27分/1回)
9位 百合ヶ丘 5.90万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市麻生区/26分/1回)
9位 稲田堤 5.90万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/29分/1回)
12位 中野島 6.00万円(JR南武線/神奈川県川崎市多摩区/27分/1回)
12位 京王多摩川6.00万円(京王相模原線/東京都調布市/26分/1回)
12位 南浦和 6.00万円(JR京浜東北線・武蔵野線/埼玉県さいたま市/30分/1回)
12位 向ヶ丘遊園6.00万円(小田急小田原線/神奈川県川崎市多摩区/19分/1回)
12位 和泉多摩川6.00万円(小田急小田原線/東京都狛江市/22分/1回)
12位 柴崎 6.00万円(京王線/東京都調布市/27分/1回)
12位 蕨 6.00万円(JR京浜東北線/埼玉県蕨市/26分/1回)
12位 西調布 6.00万円(京王線/東京都調布市/28分/1回)

自然豊かな地域で農作所の直売所も

1位は東京都稲城市にある京王よみうりランド駅だった。京王相模原線の快速と区間急行の停車駅で、駅名のとおり遊園地の「よみうりランド」の最寄り駅だ。

よみうりランド(写真/PIXTA)

よみうりランド(写真/PIXTA)

稲城市は、多摩ニュータウンに含まれる東京都内のベッドタウンで、緑豊かな地域。農業が盛んで、市と同名の品種「稲城」などのブランド梨の栽培でも知られる。そのため、駅付近は閑静な住宅地だが、周囲には畑も目立ち、市内のあちこちで農家の直売所も見かける。駅近くには百円均一店などが入るスーパーもあるが、市外からも買いに訪れる人の多い梨をふくむ新鮮な農産物が手軽に入手できるのは魅力だ。

少し行けば、大露天風呂を備えた温泉施設や、よみうりランドで遊ぶ際にも利用できる大規模なバーベキュー施設などもある。郊外ならではの週末の楽しみも満喫できそうだ。

3位の花小金井駅は西武新宿線の沿線駅。急行と準急が停車する。7位の田無駅とは隣駅で、こちらは快速急行と急行、通勤急行と準急の停車駅。駅間距離は約2.6kmなので、価格と交通利便性のバランスをとってうまく物件を選びたいところだ。

周囲には市立の図書館や、世界一に認定されたプラネタリウムのある体験型ミュージアム「多摩六都科学館」など教育設備が点在しているため、子育て世帯が多い印象を受けるが、駅周辺は単身者向けの物件も目立つ。西武新宿線は早稲田大学の最寄駅の高田馬場駅にも乗り入れて、花小金井駅には早稲田大生も多く住んでいる。また法政大の小金井キャンパスもほど近い。

駅の近くには24時間営業のスーパーなども充実しており、100軒以上の飲食店などが並ぶ商店街「花小金井商栄会」もある。自然が豊かな地域で、うつくしく整備された長い緑道沿いには、野菜の直売所をみかけることも。桜の名所として知られる約80haの「小金井公園」もすぐそば。サイクリング専用コースやドッグランなどの施設のほか、墨田区にある江戸東京博物館の分館として開設された屋外博物館「江戸東京たてもの園」もある。文化的価値の高い歴史的建造物を移築、復元して展示している博物館で、地元の多摩地域の歴史に関する展示も豊富だ。

小金井公園(写真/PIXTA)

小金井公園(写真/PIXTA)

また7位の田無駅は、駅直結の複合商業施設や成城石井などのスーパーのほか、少し行けばホームセンターもある。便利なチェーン系飲食店も数多いが、駅の南側にはレトロな雰囲気のある個人経営店も点在している。所在地である西東京市の市役所も近く、日常の生活には全方位的に便利な場所、といえそうだ。

複数路線利用駅や再開発進行中の駅もランクイン

5位の朝霞台駅は、東武東上線の急行や快速の停車駅。新宿と同様に都内屈指の繁華街である池袋駅までも乗り換えなしで約20分で行ける、利便性抜群の駅だ。JR武蔵野線の北朝霞駅と直結しているため、複数路線利用できるのもうれしいところ。

駅前はチェーンの飲食店や深夜2時まで営業しているスーパーがあるが、少し行くと落ち着いた住宅街が広がる。9位の朝霞駅とは東武東上線の隣駅だが、朝霞駅は準急と普通の停車駅。交通の便がよく、駅周辺がよりにぎやかなのも朝霞台駅だが、朝霞市役所や朝霞税務署、ハローワーク朝霞などの公的機関は朝霞駅が最寄りだ。

両駅の所在地の朝霞市は埼玉県の南東側に位置し、東京都と隣接している。地名を冠した陸上自衛隊の朝霞駐屯地が有名だが、敷地は実は練馬区や和光市、新座市にまたがっていて、大半は朝霞市ではない。しかし広報センターは朝霞市にあるため、納涼祭などのイベントが開かれ、地域に親しんでいる。また市民まつりでは、県外からの参加者もいる大規模なよさこいが開催される。

ランキング中、唯一所要時間が20分を切ったのが、同率12位の向ケ丘遊園駅。向ケ丘遊園駅は渋谷駅まで電車で30分以内の家賃相場が安い駅ランキングの2021年版でも3位にランクインしている。

向ケ丘遊園駅(写真/PIXTA)

向ケ丘遊園駅(写真/PIXTA)

周辺は専修大学生田キャンパスや明治大学生田キャンパスなど大学が多いため、そうした学生向けの物件が充実している。深夜まで営業しているスーパーや飲食店が多く、特にラーメン店が充実しており、学生でなくても単身者には心強い。所在地である多摩区役所の最寄り駅でもある。また、近くには漫画家の藤子・F・不二雄氏の描いた原画などが展示された「藤子・F・不二雄ミュージアム」や、川崎市生まれの芸術家、岡本太郎氏と、その両親で漫画家の岡本一平氏、小説家の岡本かの子氏の作品を顕彰する「岡本太郎美術館」など複数の美術館がある。

駅名の由来となった向ヶ丘遊園の広大な跡地は再開発が進められており、23年度には新たなシンボルとして温泉や商業施設、自然体験ができるキャンプ場などを備えた施設が完成する予定という。なかでも温泉施設は、周囲の自然豊かな環境を楽しみながら都心まで望める露天風呂や、貸し切り個室風呂、昨今ブームになっているサウナ施設なども設ける予定で、近い将来に、新しい魅力をみせてくれそうな街といえそうだ。

ランキングは東京、神奈川、埼玉を各方面がバランスよく混在し、路線も非常にバラエティー豊か。新宿駅というターミナルの大きさを実感するとともに、家探しの選択肢の無限さにも思いをはせてしまう。自分の求めるライフスタイルや生活の中で重視するものは何かをしっかり見極めて、最適な部屋を見つけたいものだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている新宿駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/1~2022/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年3月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

「横浜駅」まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

リクルートが2022年3月に発表した「SUUMO住みたい街ランキング2022 首都圏版」で、5年連続で総合1位になった横浜駅。歴史ある港町で首都圏屈指の観光地でもある繁華街だ。その横浜駅に電車で30分以内で行ける、ワンルーム・1K・1DKの物件を対象にした家賃相場の安い駅ランキングを紹介する。

横浜駅まで電車で30分以内、家賃相場の安い駅TOP14駅

順位/駅名/家賃相場/(沿線名/駅の所在地/横浜駅までの所要時間(乗り換え時間を含む)/乗り換え回数)
1位 善行 4.80万円(小田急江ノ島線/神奈川県藤沢市/29分/1回)
2位 南万騎が原 4.90万円(相模鉄道いずみ野線/横浜市旭区/15分/1回)
3位 藤沢本町 4.95万円(小田急江ノ島線/藤沢市/29分/1回)
4位 安針塚 5.05万円(京急本線/横須賀市/29分/1回)
5位 三ツ境 5.10万円(相鉄本線/横浜市瀬谷区/17分/0回)
5位 桜ケ丘 5.10万円(小田急江ノ島線/大和市/28分/1回)
7位 京急田浦 5.15万円(京急本線/横須賀市/26分/1回)
8位 能見台 5.20万円(京急本線/横浜市金沢区/19分/1回)
8位 舞岡 5.20万円(ブルーライン/横浜市戸塚区/16分/1回)
8位 鶴間 5.20万円(小田急江ノ島線/大和市/29分/1回)
11位 京急富岡 5.30万円(京急本線/横浜市金沢区/18分/1回)
11位 南林間 5.30万円(小田急江ノ島線/大和市/27分/1回)
13位 屏風浦 5.40万円(京急本線/横浜市磯子区/13分/1回)
14位 いずみ野 5.45万円(相鉄いずみ野線/横浜市泉区/20分/0回)
14位 さがみ野 5.45万円(相鉄本線/海老名市/26分/1回)
14位 汐入 5.45万円(京急本線/横須賀市/30分/0回)
14位 追浜 5.45万円(京急本線/横須賀市/24分/0回)

1位の善行駅と2位の南万騎が原駅はともにアニメやドラマの“聖地” 善行駅周辺(写真/PIXTA)

善行駅周辺(写真/PIXTA)

1位は小田急江ノ島線沿線の善行駅。駅の読み方は「ぜんぎょう」だが、字面の縁起の良さから、かつては記念入場券も発行されていた。駅名は、付近に江戸時代にあったという寺「善行寺」に由来している。

所在地の神奈川県藤沢市は、県の中央南部に位置し、南を相模湾に面している。市域はおおむね平坦な地形だが、善行駅付近は丘陵地帯で坂が多い。毎日坂道を登り下りすると考えると敬遠してしまいそうだが、それすら“味”と感じられそうなどこか郷愁を誘う景色は、まるで映画の場面のような風情と魅力的な雰囲気がある。実際、2017年にTOKYO MX系で放送されたテレビアニメ『Just Because!』など、駅周辺を忠実に描写した作品などもある。

駅周辺は深夜1時まで営業しているスーパーやドラッグストア、飲食店などが充実しており、駅東側は陸上競技場や球技場を備えた神奈川県立スポーツセンターなどがある。少し行くと果樹園や田畑などが広がり、親水広場や植物園がある「引地川親水公園」もある。

2位の南万騎が原駅は、横浜市旭区にある。横浜駅までの所有時間は15分と利便性抜群な上、沿線である相模鉄道は2023年3月に東急線と相互直通運転を予定。都内の渋谷駅や目黒駅までのアクセスも向上が期待できる。

南万騎が原駅前広場(写真/PIXTA)

南万騎が原駅前広場(写真/PIXTA)

所在地の旭区は自然豊かなエリアで、区内には国内でも希少な動物が飼育されおり人気の「よこはま動物園ズーラシア」などがある。横浜市は市の魅力を広く発信し、ブランド力向上や集客増のためのプロモーションとして市内での映像や出版物の撮影などに対応する事業「横浜フィルムコミッション」を手がけており、南万騎が原駅もTBS系の人気テレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で、星野源演じる主人公の住む最寄り駅として登場。ほかにもテレビCMなどで登場することも多い。

駅前にあるドラックストアや病院の入ったスーパーは深夜1時半まで営業。すぐ近くにはJA横浜が運営する農作物の直売所「ハマっ子」があるのは、自炊派にとってはうれしい点だろう。

沿線である相模鉄道いずみ野線の宅地開発とともに発展してきた駅で、相鉄グループや市による再開発も行われており、子どもや高齢者にも暮らしやすく環境に配慮した次世代の街づくりが進められている。持続可能な開発目標・SDGsが世界的に掲げられるなか、「持続可能な住宅地モデル」として南万騎が原駅周辺の商業施設や周辺地域を再開発。電柱の地中化なども進んでいる。そうした街並みや住宅は、「グッドデザイン賞」も複数回受賞。“横浜”らしい、スタイリッシュな気分も満喫できる街かもしれない。

横浜名物も近所で買える三ツ境駅、隠れたグルメスポットの舞岡駅

同率5位の三ツ境駅は、相鉄の急行、通勤急行、快速、各駅停車のすべてが停車する駅。横浜駅まで乗り換えなしなのはポイントが高い。所在地は瀬谷区だが、旭区との境に位置しており、南万騎が原駅と同じく自然に恵まれている。天候に恵まれた日には富士山が見えることでも知られている。

三ツ境駅(写真/PIXTA)

三ツ境駅(写真/PIXTA)

瀬谷区の区役所は三ツ境駅が最寄り。駅前には警察署があるのも、いざというときに心強い。区役所と隣接する公会堂では、モノづくり体験やスポーツ講座なども開かれている。周辺には学校も数多い。

駅に直結した「相鉄ライフ 三ツ境」はスーパーのほか、スターバックスコーヒーやカルディコーヒーファームなどが入っている。飲食店も多数あり、横浜名物である崎陽軒や横濱文明堂も入っているのが地元民にはうれしいところだ。ほかにも大きなスーパーや家電量販店、安売り店などが点在するほか、「三ツ境駅前商店街」「笹野台商店街」など、昔ながらの商店街も複数ある。季節ごとのイベントが開催されることもあり、買い物も楽しそうだ。

同率8位の舞岡駅は、ランキング中唯一の戸塚区所在で、ブルーライン沿線駅。駅前のJA横浜の直売所「ハマっ子」や、お弁当や総菜などを扱う「ハム工房まいおか」、いちご狩りもできる「舞岡いちご園」などのファーマーズマーケットがあちこちに点在しており、ちょっとしたグルメスポットとして知られている。

舞岡駅周辺(写真/PIXTA)

舞岡駅周辺(写真/PIXTA)

舞岡地区は横浜市の市街化調整区域に指定されており、自然景観の保全に力を入れているエリア。小さな川のほとりに遊歩道が整備されたのどかな景色には、心が癒やされそうだ。その小川沿いに少し行くと鎌倉時代に創建されたと伝えられる舞岡八幡宮がある。新型コロナウイルス禍以前には、毎年、沸かした湯に笹の葉を浸して神前や参詣人にまく祭礼「湯花神楽」が行われており、地域の歴史に思いをはせることができそうだ。

ランキング中、横浜駅までの所要時間が一番短いのが、13位の屏風浦駅。普通列車のみの停車駅だが、隣駅はエアポート急行や特急が停車し、横浜市営地下鉄が利用できる上大岡駅で、駅間距離は約2.5km。同じく隣駅でエアポート急行と、JR根岸線と横浜シーサイドラインが利用できる杉田駅は約1.6kmで、屏風浦駅を最寄りとする物件でも、選ぶ場所によっては利用路線の選択肢を増やすことができる。

周辺は落ち着いた住宅街で、味のある個人経営の飲食店などが点在。駅前には100円均一店が入ったスーパーがあり、少し行くと業務スーパーなどもある。また、総合病院の康心会汐見台病院も近い。大きな商業施設などはないがどこか人情味が感じられる街並みで、穴場といえそうだ。

横浜は利便性の高い都会だが、少し足を延ばせば海や緑など自然が豊かなところも大きな魅力の一つだ。ランキングでは、そんな横浜に共通する豊かな自然環境を大切にしている街が目立つ。洗練された便利さとのどかさが両立できることこそ、横浜に魅せられる要因なのだろう。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている横浜駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2022/1~2022/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2022年3月28日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

築50年の古アパートに入居希望殺到? 高円寺・小杉湯コラボの“銭湯付き物件”が話題 「湯パートやまざき」

若者に人気の街、高円寺(東京都杉並区)。この街に全国に名を馳せる銭湯、「小杉湯」がある。1日の利用者数は500人前後。電車を乗り継いでやってくる熱狂的ファンもいるのだ。

ミルク風呂やフルーツ風呂などの日替わり湯が人気で、さまざまなイベントも行っている。しかし、最新のホットニュースは、小杉湯が連携する築50年の空き家だったアパートを活用した「湯パートやまざき」のオープンだ。都内の銭湯で使える1カ月分の入浴券付きで家賃は5万円~6万円程度。

プロジェクトのきっかけは? 室内の雰囲気は? どんな人が住んでいる? さっそく取材に行ってきました。

「終電で帰ってきても利用できる」銭湯

JR新宿駅から中央線快速で2駅、6分で高円寺に着いた。北口には高円寺の代名詞ともいえる純情商店街のアーチ。「キングオブコント2021」で空気階段が優勝した際は、「高円寺芸人 鈴木もぐらさん おめでとう!!」という横断幕が掲げられた。

高円寺は芸人が多く住む街でもある(写真撮影/片山貴博)

高円寺は芸人が多く住む街でもある(写真撮影/片山貴博)

駅から歩くこと5分。昭和8年創業の老舗銭湯、小杉湯が見えてきた。玄関には社寺にみられる丸みを帯びた「唐破風(からはふ)」、屋根には三角形の「千鳥破風(ちどりはふ)」が施されている。

2021年1月には国の登録有形文化財(建造物)に登録された(写真撮影/篠原豪太)

2021年1月には国の登録有形文化財(建造物)に登録された(写真撮影/篠原豪太)

「終電で帰ってきても利用できるように」という思いから、営業時間は深夜1時45分まで。待合では漫画が読み放題で、壁にはアート作品や著名人の色紙も飾られていた。

風呂上がりにのんびりと過ごせるスペース(写真撮影/篠原豪太)

風呂上がりにのんびりと過ごせるスペース(写真撮影/篠原豪太)

ペンキ絵はいまや日本に3人しかいない銭湯絵師、中島盛夫氏によるもの。ペンキ絵は定期的に描き換えられ、現在の絵は2020年11月に上書きされた。

鮮やかな色使いで富士山と海辺の風景が描かれている(写真撮影/篠原豪太)

鮮やかな色使いで富士山と海辺の風景が描かれている(写真撮影/篠原豪太)

高円寺に新風を吹き込むシェアスペース

さらに、2020年3月にオープンしたのが「小杉湯となり」という会員制の銭湯付きシェアスペース。文字通り、小杉湯の隣で銭湯まで徒歩3秒という立地だ。

建て主は小杉湯、建築設計は東京を拠点に活動するT/Hが担当した(写真撮影/片山貴博)

建て主は小杉湯、建築設計は東京を拠点に活動するT/Hが担当した(写真撮影/片山貴博)

エントランスの脇には緑が映える中庭も(写真撮影/片山貴博)

エントランスの脇には緑が映える中庭も(写真撮影/片山貴博)

1階は食堂のような場所で、シェアキッチンとテーブル席を自由に使える(写真撮影/片山貴博)

1階は食堂のような場所で、シェアキッチンとテーブル席を自由に使える(写真撮影/片山貴博)

Tシャツやスウェットなどの小杉湯となりオリジナルグッズも販売中(写真撮影/片山貴博)

Tシャツやスウェットなどの小杉湯となりオリジナルグッズも販売中(写真撮影/片山貴博)

2階はWi-Fi、電源、プリンター完備のお座敷。ここで仕事をするもよし、ゴロゴロするもよし(写真撮影/片山貴博)

2階はWi-Fi、電源、プリンター完備のお座敷。ここで仕事をするもよし、ゴロゴロするもよし(写真撮影/片山貴博)

スタッフや会員が選書している大きな本棚もある(写真撮影/片山貴博)

スタッフや会員が選書している大きな本棚もある(写真撮影/片山貴博)

こちらは「1話だけ読んでも面白いエッセイ」という棚(写真撮影/片山貴博)

こちらは「1話だけ読んでも面白いエッセイ」という棚(写真撮影/片山貴博)

「湯パートやまざき」のキーパーソンたち

さて、ここからが本題だ。

3階の個室で「湯パートやまざき」についての話を聞かせてくれたのは、「小杉湯となり」発起人で株式会社銭湯ぐらし代表の加藤優一さん(34歳)、株式会社まめくらしに所属し、「高円寺アパートメント」の女将として住人や地域の人たちとの関係性を育む宮田サラさん(28歳)、そして、「湯パートやまざき」の住人1号となった勝野楓未さん(23歳)の3人。

加藤さんと勝野さんは定休日以外は毎日小杉湯に通う。宮田さんも週に1、2回は訪れるという小杉湯愛に満ちた面々だ。

右から加藤さん、宮田さん、勝野さん(写真撮影/片山貴博)

右から加藤さん、宮田さん、勝野さん(写真撮影/片山貴博)

旧国鉄の社宅を株式会社ジェイアール東日本都市開発がリノベーションした賃貸住宅、「高円寺アパートメント」(写真提供/株式会社まめくらし)

旧国鉄の社宅を株式会社ジェイアール東日本都市開発がリノベーションした賃貸住宅、「高円寺アパートメント」(写真提供/株式会社まめくらし)

「この『小杉湯となり』が立つ場所には、もともと風呂なしアパートがあったんですが、取り壊しが決まった後、1年間は空いた状態でした。そこで、僕を含めた多様なクリエイターで共同生活を始めることになったんです。その生活で気付いたのが、街全体を家のように楽しむ豊かさでした。風呂なしアパートが寝室で、銭湯が浴室、台所は近くのお店と考えると、暮らしの選択肢が広がります。その考え方を実現したのが『小杉湯となり』であり、『湯パートやまざき』もプロジェクトの一つです」(加藤さん)

(画像提供/加藤優一)

(画像提供/加藤優一)

「小杉湯となり」ができる前にあった、風呂なしアパート。当時、期間限定の新住人で外壁に絵も描いた(写真提供/加藤優一)

「小杉湯となり」ができる前にあった、風呂なしアパート。当時、期間限定の新住人で外壁に絵も描いた(写真提供/加藤優一)

きっかけは空き家活用のための勉強会

「湯パートやまざき」は、前述の「小杉湯となり」から徒歩7分ほど離れた場所にある。「湯パートやまざき」プロジェクト発足のきっかけは、空き家を活用して高円寺を盛り上げるための勉強会だった。対象は空き家を持っているが活用に悩んでいる大家さんたち。

「去年の6月に第一回の勉強会を開催したら、10人ぐらいの方が参加してくれました。みなさん、空き家のまま放置しておくのはもったいないし、街のために活用できたらと思っていらっしゃる方々でした」(宮田さん)

同年8月に開催した第二回勉強会の様子(写真提供/加藤優一)

同年8月に開催した第二回勉強会の様子(写真提供/加藤優一)

この勉強会には現「湯パートやまざき」の大家・山崎さんのご家族が参加しており、「10年ぐらい空き家になっているアパートを何とか活用できないか」という相談を受ける。そこで、「じゃあ、みんなで物件を見に行きましょう」となった。

現「湯パートやまざき」に向かう参加者たち(写真提供/加藤優一)

現「湯パートやまざき」に向かう参加者たち(写真提供/加藤優一)

住人募集の告知から3日間で応募が殺到

「最初に外観を見た感想は、『一般的な風呂なしアパートだなあ』というもの。でも、中に入るとレトロな家具の雰囲気が良くて、随所に大工さんの技巧も凝らしてある。ここに銭湯を組み合わせることで“湯パート”としてリブランディングしようと思いました」(加藤さん)

去年の11月ぐらいから「銭湯ぐらし」にかかわり始めた勝野さんは、東京大学大学院で建築を学んでいる学生。加藤さんと宮田さんが「湯パートやまざき」のリブランディングとなるコンセプトや企画を考え、彼女がより具体的なイメージ図を描いた。

現在、大家さんは住んでいないが部屋は残してある(イラスト/勝野楓未)

現在、大家さんは住んでいないが部屋は残してある(イラスト/勝野楓未)

勝野さんがnoteに描いたイメージ図とともに、住人募集の告知をTwitterにアップしたのが2022年1月30日。すると3日間で50人の応募があり、あわてて募集を締め切ったという。

「『シェアハウスほど近すぎず、普通のアパートほど遠くない、ほどよい関係』がみなさんに刺さったのでは」と加藤さんは振り返る。個室はあるが1階にシェアスペースもあり、価値観の近い人が入居することもイメージできる。また、「近所に小杉湯があることも大きかったと思います。ほかには、大家さんの顔が見えることや、DIYができること、そして、1人ではできないけど誰かとはやってみたいという“小さな暮らしが実現できる”という点に魅力を感じていただけたと思います」と話す。

以前は家賃3万円だったが、小杉湯を起点に「街を家と捉える」プロジェクトの一つとして生まれ変わらせるにあたり、家賃に入浴券1カ月分を組み込んだ家賃5~6万円の「銭湯付きアパート」へ(頭が出た分の金額は、大家さんと株式会社銭湯ぐらしで按分している)。入浴券は都内共通入浴券なので都内の銭湯ではどこでも使えるが、ご近所にある小杉湯のファンが集う結果となったようだ。

「応募してくれたのは20歳から30代後半の方で、6割ぐらいが女性でした。職業はいろいろ。高円寺に住んでいないけど、高円寺が好きという人もいれば、コロナ禍で1人で暮らすのが寂しいという人もいました。必ずしも小杉湯ファンだけではなかったですね」(勝野さん)

共有スペースには螺鈿細工のたんすやレトロなテーブル

内見会やオンラインでのヒアリングを経て、勝野さんを含む3名の住人が決まった。勝野さんは2月の半ばから、残りの2名も3月中旬から住み始めている。

コンセプトは「暮らしの要素をシェアする、懐かしくて新しい共同生活」。というわけで、さっそく物件を案内してもらった。

「ようこそ、『湯パートやまざき』へ!」(写真撮影/片山貴博)

「ようこそ、『湯パートやまざき』へ!」(写真撮影/片山貴博)

高円寺駅から徒歩9分、小杉湯から徒歩7分。防犯上の理由から詳しい場所は書けないが、閑静な住宅地にある木造2階建てのアパートだった。

まずは、1階の共有スペースを拝見。

螺鈿細工のたんすやレトロなテーブルが雰囲気たっぷり(写真撮影/片山貴博)

螺鈿細工のたんすやレトロなテーブルが雰囲気たっぷり(写真撮影/片山貴博)

ホワイトボードには住人らによる「今後やりたいこと」が貼ってあった(写真撮影/片山貴博)

ホワイトボードには住人らによる「今後やりたいこと」が貼ってあった(写真撮影/片山貴博)

このキッチンも共同で使用する(写真撮影/片山貴博)

このキッチンも共同で使用する(写真撮影/片山貴博)

「湯パートやまざき」での暮らしを選んだ理由

次に2階の勝野さんの部屋へ。

階段には収納用の隠し棚があった(写真撮影/片山貴博)

階段には収納用の隠し棚があった(写真撮影/片山貴博)

入口のドアの上には今やなかなかお目にかかれない電気メーターが(写真撮影/片山貴博)

入口のドアの上には今やなかなかお目にかかれない電気メーターが(写真撮影/片山貴博)

「ここが私の部屋です」と勝野さん(写真撮影/片山貴博)

「ここが私の部屋です」と勝野さん(写真撮影/片山貴博)

間取りは6畳プラス、ミニキッチン(写真撮影/片山貴博)

間取りは6畳プラス、ミニキッチン(写真撮影/片山貴博)

張り替えたばかりの青畳が香る。

「布団は押入れに入れてあって、寝るときに出します。日当たりが良いので外に干すとすぐに乾くんですよ。設計の勉強に使う金尺は置き場所がないので柱に掛けました」

実は勝野さん、ここに住む前は隣駅の阿佐ケ谷に住んでいた。風呂トイレ付きで床はフローリングというアパート。しかし、銭湯ぐらしやまめくらしの「街を大きな家と捉えて大きく暮らす」という考え方に共感したことと、コロナ禍で家に全部そろっている必要はないと考え方が変わったことから、「湯パートやまざき」への転居を決めたそうだ。

共同作業の第一歩はバルコニーのペンキ塗り

勝野さん以外の住人2名にもオンラインで話を聞いた。

そのうちの1人は転職で大阪から上京したばかりの27歳の女性。たまたま、加藤さんのツイートを目にし、応募した。東京に知り合いが1人もいない状態での共同生活は楽しく、初めて訪れた高円寺を徐々に開拓したいそうだ。

彼女の部屋はこんな感じ。裸電球がいい味を出している(写真撮影/本人)

彼女の部屋はこんな感じ。裸電球がいい味を出している(写真撮影/本人)

もう1人は建築設計事務所で働く28歳の男性。彼もまたTwitterでの告知を見てすぐに応募したという。多忙のため終電で帰ることが多い生活だが、会ったら「オッス」というぐらいの距離感がちょうどいいと言っていた。

現在入居者の住居となっている部屋には、図書館司書として働いている大家さんの親族がセレクトしたセンスあふれる本の数々が置いてあった。

住人も本好きな人たちなので、いずれは共有スペースをミニ図書館にする予定(写真撮影/宮田サラ)

住人も本好きな人たちなので、いずれは共有スペースをミニ図書館にする予定(写真撮影/宮田サラ)

そして、生活を豊かにしてくれそうなのが通りに面した広いバルコニー。勝野さんのイメージ図には望遠鏡のイラストとともに「流星群や満月を観察」と書かれていた。

机とテーブルを置けばコーヒータイムも楽しめる(写真撮影/片山貴博)

机とテーブルを置けばコーヒータイムも楽しめる(写真撮影/片山貴博)

「今度、みんなで柵にペンキを塗るんですよ。いずれは菜園もやりたいです」

取材後、3人の予定が合った日にペンキ塗りを実行(写真撮影/宮田サラ)

取材後、3人の予定が合った日にペンキ塗りを実行(写真撮影/宮田サラ)

大家さんの思いとともにそれぞれのスタイルで暮らす

築50年とはいえ、必要最低限の補修のみで大がかりなリノベーションはしていない。つまり、長く住んだ大家さんの思いを残した形だ。3人は今後、大家さんの思いとともに「暮らしの要素をシェアする、懐かしくて新しい共同生活」を送る。それぞれのスタイルで、街を取り込みながら。

老舗銭湯の「小杉湯」を軸に新しい風は吹き続ける。スタートしたばかりの「湯パートやまざき」の試みが軌道に乗れば、高円寺にまだまだたくさんあるという空き家アパートの活用が一層進むだろう。

●取材協力
小杉湯となり
銭湯ぐらし
まめくらし
湯パートやまざきSNSアカウント
Instagram:@yupart_yamazaki
Twitter:@yupart_yamazaki

通勤時間1分。「会社のとなりに住む人は幸せか?」を聞いてみた

この世には、「会社のとなりに住む人たち」がいる。

通勤時間を極限まで減らし、空いた時間を生活やさらなる仕事に割り振る。限られた人生の時間を、究極の方法で生み出す者だ。

コロナ禍で、働き方の可能性を大きく広げたリモートワーク。それでも補完しにくい、直接的なコミュニケーションが可能なオフィスの役割も見直されるいま。彼らの生活に迫ってみた。

90万円の部屋に住み、となりの会社へ通う社長

今回はそんな日常生活を送る2人に話を伺った。この両者、家賃は10倍ほど違う。まずは90万円もの高額な家賃を払いながら、会社のとなりに住む1人目の声を聞く。

左はオフィスがあるアークヒルズ、右は住居の泉ガーデンレジデンス。本当にとなりだ(写真撮影/辰井裕紀)

左はオフィスがあるアークヒルズ、右は住居の泉ガーデンレジデンス。本当にとなりだ(写真撮影/辰井裕紀)

位置関係はこの通り(写真撮影/辰井裕紀)

位置関係はこの通り(写真撮影/辰井裕紀)

六本木のアークヒルズサウスタワーに会社を構え、システムエンジニアリングサービス事業とSaaS事業を営む株式会社エージェントグロー。このエリアは完全なる「ビジネス一等地」だが、よりによってとなりにある超高級マンション、泉ガーデンレジデンスに居を構えている人がいる。同社代表取締役の河井智也さんである。

「ウマ娘」にハマる河井社長(撮影時のみマスクを外しています。写真撮影/辰井裕紀)

「ウマ娘」にハマる河井社長(撮影時のみマスクを外しています。写真撮影/辰井裕紀)

会社のとなりへ住むようになったいきさつを語ってくれた。

「実家暮らしが長かったんですけど、27~28歳で一人暮らしを始めてから、ずっと職場の近くに住むようにしています」

そこには理由があった。

「実は私、元引きこもりのニートで。家は貧乏でしたし、学歴もそれほどじゃなくて」

世の中は不平等だ。

「ですがある日、『どんな人にも時間は平等なんだよな』と気付いたんです」

当時住んでいた新横浜の実家から、都心へは通勤に1時間以上かかる。その通勤時間を時給2000円で計算すると「1年でおよそ100万円」になる。

「時間を有効活用して通勤時間を仕事や勉強に費やそうと思い、『会社の近くに住もう』と決めました」

そう一念発起して、18億円を超える売り上げと317名もの従業員を抱える会社を築いた。

かつて河井さんのオフィスがあった溜池交差点(写真撮影/辰井裕紀)

かつて河井さんのオフィスがあった溜池交差点(写真撮影/辰井裕紀)

創業当初のオフィスは溜池山王にあり、赤坂に住んでいた。

「当時は会社から7分くらいのところに住んでいたのですが、会社が移転したのに伴い徒歩10分ぐらいになっちゃって。それを機に『新社屋から一番近い部屋に引っ越そう!』って決めたんです」

部屋の中。さまざまな日本画が飾られている(写真提供/河井智也)

部屋の中。さまざまな日本画が飾られている(写真提供/河井智也)

真ん中に見えるのが自宅と会社を行き来する裏道(写真撮影/辰井裕紀)

真ん中に見えるのが自宅と会社を行き来する裏道(写真撮影/辰井裕紀)

新しい住まいは1LDKで66平米ほど。リビングは16.5畳(約30平米)でバルコニーも広々としている。

「赤坂のときは妻と2人暮らしで2LDKに住んでいたんですけど、引っ越し先を決める際に『個室がふたつあるより、リビングの大きいところに住みたいね』と話して。画家の妻が大きな作品を描くにも便利なので、広いリビングのある1LDKに引っ越しました」

始業の10分前に起きても会社へ間に合う

一人暮らし時代の家賃は15万円、赤坂のときは30万円。六本木で48万円と来た。そしてこの記事が出るころには、同じマンションの高層階に引っ越している。床面積は2倍近くに広がるも、家賃はさらに90万円へ跳ね上がった。

「子どもが生まれてから物がすごく増えて手狭になり、リビングがさらに広い2LDKに引っ越しました。物置が大きいので、たくさんある妻の画材もしまえますね」

リビングは19畳と広々している(画像提供/河井智也)

リビングは19畳と広々している(画像提供/河井智也)

90万円もの高額な部屋に住む、決断に至った心中とは。

「環境がよければ、お金を稼げますから。家賃が高くとも、たくさん頑張って成果を出せばいいので」

力強く語る。そのために寝る時間も大切にしている。

「家が会社のとなりにあるおかげで、徒歩1分で帰宅できます。会社を出るのが24時を過ぎても7~8時間は眠れますし、仮に寝坊して8時50分に起きても、定時の9時に間に合いますよ」

エスカレーターを乗り継げば泉ガーデンレジデンスからアークヒルズまで雨に濡れずに移動できる(写真撮影/辰井裕紀)

エスカレーターを乗り継げば泉ガーデンレジデンスからアークヒルズまで雨に濡れずに移動できる(写真撮影/辰井裕紀)

「電車通勤が不要」なのも、会社のとなりに住む利点という。

「なかなか気づかないですけど、電車に乗るのは意外と精神的に削られるんですよ。人とすごく近いとかで。会社に着いた時点でもう、ちょっと疲れちゃうんですよね」

“仕事のパフォーマンスに直結する”との考えから、電車に乗らなくていい家を選んだ。

東京メトロ南北線 六本木一丁目駅も近いがほぼ使わない(写真撮影/辰井裕紀)

東京メトロ南北線 六本木一丁目駅も近いがほぼ使わない(写真撮影/辰井裕紀)

近いから家庭生活も大事にできる

会社の成長にも、「会社のとなり」生活が活きた。

「一番大きいのは、採用面接ですね。面接に来る求職者の方の大半は平日の日中帯に働いていますから、だいたい定時後か土日の面接を希望されるんですよ。コロナ前は対面の面接がメインだったんですが、さまざまな事情で来社できなくなる方もたまにいらっしゃって」

家が遠ければ通勤時間が気になるが、家がとなりにあれば精神的にも余裕ができる。土日の面接でもゆとりを持って対応でき、良い社員が続々と入社してくる好循環が生まれた。そして、「結婚生活」においてもメリットがある。

「1歳にならない子どもがいるんですが、子どもに何かがあって妻からヘルプがあったらすぐ帰れるんですよね。家のベランダから会社の明かりが見えるほど近いので、お互い安心できます」

中央右側が家。バルコニーから合図を送れる距離だ(写真撮影/辰井裕紀)

中央右側が家。バルコニーから合図を送れる距離だ(写真撮影/辰井裕紀)

ちなみに行きつけのお店は?

「自宅近くのお店にはだいたい入ったことがあるので、誰かとごはんを食べるときにいいお店はある程度把握しています」

さすがの網羅ぶりを見せる河井さんに、いくつか店をピックアップしてもらった。

「THE CITY BAKERY BRASSERIE RUBINは、パリのパン屋さんのレストランです。広くて子連れで行きやすいうえにテラス席もありますし、妻も好きなお店です。あとは陳麻婆豆腐とか。辛いのが好きな社員も多いので、みんなでランチによく行きますよ」

陳麻婆豆腐(写真撮影/辰井裕紀)

陳麻婆豆腐(写真撮影/辰井裕紀)

ランチセットは1,100円。ごはんを大盛りにすれば食べごたえもある(写真撮影/辰井裕紀)

ランチセットは1,100円。ごはんを大盛りにすれば食べごたえもある(写真撮影/辰井裕紀)

歩かなくなって30キロ太った(撮影時のみマスクを外しています。写真撮影/辰井裕紀)

(撮影時のみマスクを外しています。写真撮影/辰井裕紀)

メリットは多いが、意外な盲点も。

「会社の近くとなると大都会であることも多いので、まず家賃が跳ね上がります。職場近くにずっといると生活もマンネリ化しがちなので、旅行などでリフレッシュするように心がけます」

近くに住むからこそ、遠出する余裕もできるという。そして河井社長は笑って話す。

「会社のとなりに住むようになって、30キロ太ったんですよ。あまりに太りすぎてみんなから『痩せろ』と言われて。歩くってカロリー消費に大切だったんだなと。あわててジムに通い始めましたね」

老後は、会社を離れて住むことも考えている。

「歳を取って会社の近くに住まなくてよくなったとき、競馬ファンの私は『競馬場の近く』にでも住んでいるかもしれません(笑)。そのとき自分が熱中しているものや、やりたいことを叶えられるところに住むのが一番だと思いますから」

それまでは、仕事がやりやすい「会社のとなり」生活を謳歌する。

「仕事で成果を出したり年収を上げたりしたい人は、絶対会社の近くに住んだ方がいいと思いますね」

(写真撮影/辰井裕紀)

(写真撮影/辰井裕紀)

あの大阪の大手ゲーム社員も「会社のとなりに住む」

もう1人。誰もが知るあの大阪の大手ゲーム会社のとなりに住むのが、キャラクターデザイナーのolorさんだ。

olorさんの近影(画像提供/olor)

olorさんの近影(画像提供/olor)

「会社への距離は……本当に1分くらいですね。距離は50mもないです」

JR吉祥寺駅前 (写真/PIXTA)

JR吉祥寺駅前 (写真/PIXTA)

いったいなぜ会社のとなりに住んだのか。それは東京時代にさかのぼる。

「吉祥寺に住み、渋谷まで通勤していました。会社までは50分かかり、出退勤ラッシュに苦しんでいたんです。人混みに眼鏡を割られたこともありますし、酔ったとなりの人からゲロを吐かれたことも3回あります(笑)」

olorさんが勤めるゲーム会社の社屋(画像提供/olor)

olorさんが勤めるゲーム会社の社屋(画像提供/olor)

電車を逃して会社に何度も泊まったこともあり、通勤の苦労は深く脳裏に刻まれた。そこから3年前に転職し、東京から大阪に移住する。

8年住んだ吉祥寺は気に入っており、「関西の吉祥寺」のようなところを探したが、なかった。そこで目を付けたのが、会社のとなりだったのだ。

「さすがに会社のとなりは、仕事モードのオンオフができなさそうで悩みました。ですがこだわりポイントがすべて集まっていたのも、会社の近くだったんです。川の真ん中にあってオシャレな中之島公園もあるし、10分歩けば大阪城。ショッピングモールもあったので」

そして「通勤・退勤ラッシュにつかまらない」のも理由のひとつだった。

遊覧船が通る中之島公園。イベントも開催されてにぎわう(画像提供/olor)

遊覧船が通る中之島公園。イベントも開催されてにぎわう(画像提供/olor)

関西の物件は東京よりは安いと思っていたが、本社があるのは大阪市でも都会の中央区だ。7万2000円の家賃では広い部屋を借りられなかった。

「吉祥寺時代の6畳から9畳になりましたが、実質キッチンが3畳ほど取っている1Kなので、やっぱり狭いです」

olorさんの部屋。キッチンが部屋のスペースを取っている(画像提供/olor)

olorさんの部屋。キッチンが部屋のスペースを取っている(画像提供/olor)

猛暑や梅雨も関係なく過ごせる

「残業が多い業界で近所に住む社員も多いですが、本当にすぐとなりだと知るとびっくりされましたね」

だからプライベートでもよく同僚と遭遇する。

「気まずくはないですけど、ピザを買って帰るところを目撃されて『今日ピザなんですね』とか言われることはあります(笑)」

行きつけのお店も、やはり近くの店になる。

「いつも同じところばっかりに行ってしまうのが問題です(笑)」

長い行列のできるつけ麺の井手本店や、たっぷりの鶏むねからあげが食べられる万喜鶏などは、olorさんも何十回と通っている。

焼き鳥屋の万喜鶏。「めちゃくちゃなボリュームの鶏のむねからあげが好きで、よく行きます」(画像提供/olor)

焼き鳥屋の万喜鶏。「めちゃくちゃなボリュームの鶏のむねからあげが好きで、よく行きます」(画像提供/olor)

+200円で倍近くからあげが増える(画像提供/olor)

+200円で倍近くからあげが増える(画像提供/olor)

住んでみると徒歩1分もかからず出勤できるし、電車のラッシュとは無縁で、まるで体力を消耗しなかった。猛暑や梅雨も苦にならないし、自分の時間が増えた。

「家と会社への往復があまりにもカンタンですから、家のPCの調子が悪くなったときも、出勤して会社のPCでやり過ごせました。退社後には『olorさんがデータを確認しないと進めない』などの連絡もたまに来るんですが、パジャマのまま会社に行ってすぐ解決できますよ」

「ついでに」の行動ができない

だが、デメリットもある。olorさんが勤めるような大企業は都会にあるため、「都市のノイズがうるさい」

「働くならいいんですが、住むのは大変です。そばに片側5~6車線くらいあるすごく大きい道路があり、緊急車両のサイレンが毎日のように鳴るし、バイクの暴走族もいます。休日にはデモまで」

さらにまわりには高い建物が多く、日当たりも微妙だという。

「会社と家の往復では仕事のオンオフができません。インドア派の私でも、変化がなくて息苦しさを感じます」

関西に来て3年経つが、その実感も薄いという。会社もデスクワークのため、1日10分も歩かない。

「あと、通勤に距離があるとお店や公園に寄ったり、映画を観たりできます。家が近すぎると、意識してアクションを起こさないと外での行動ができません。お家に入ったら『もう出たくない』となるので」

物も増えて手狭になり、引っ越しを計画中(画像提供/olor)

物も増えて手狭になり、引っ越しを計画中(画像提供/olor)

「会社から離れる幸せ」も見えてきた

なので、次は会社から離れたところへのマイホーム購入を考えている。

「大阪は東京ほど電車が混まないっていうし、30分以上離れてもいいかなと。物も増えましたし、関西で落ち着いてもいいと思ったので」

探しているのは交通の便のよさとともに、自然豊かな街だ。

「京都と大阪の真ん中にある高槻市とか、大阪・枚方市の樟葉とか。老後も考えたら、京都の宇治市もいいかなって。通勤は1時間かかりますが、電車1本ですぐ京都市内には出られるので。趣味のバイクで琵琶湖にもすぐ行けますから」

宇治市御蔵山から見渡す秋晴れの山科方面の景色      (写真/PIXTA)

宇治市御蔵山から見渡す秋晴れの山科方面の景色 (写真/PIXTA)

そうやって引っ越しを考える日々だが、それでも「会社のとなり生活」は、メリットの方が多いと語る。

「移動がない分、自分の時間は明らかに増えます。仕事が生活のメインの人か、完全にインドアの人にはいいと思いますし、都会生活が好きな人には最適だと思いますよ」

会社のとなりに住みたくなった人には。

「単調な毎日になりやすいので、帰宅後や週末のプランを意図的に組み込んで、気分のオンオフをしたほうがいいですね」

夕日が沈む琵琶湖(写真撮影/辰井裕紀)

夕日が沈む琵琶湖(写真撮影/辰井裕紀)

テレワークで、時間と距離の自由を得た現代人。しかし、もし行き詰まりを感じているようであれば、「会社のとなりに住む」のも選択肢の一つだ。多くのメリットとともに、デメリットも確実にある。そこを見きわめて納得できたら、こう生きるのもいいだろう。

会社のとなりに住むメリットと、離れて住むメリット。一緒に見つめられるはずだ。

●取材協力
株式会社エージェントグロー
olorさん

山手線の全30駅、家賃相場ランキング2022年版!最も高いのは原宿、最安は?

東京都内で交通利便性を重視して部屋を探すなら、真っ先に思い浮かぶのがJR山手線沿線だろう。人気と知名度の高さゆえに、家賃も高い印象が強いが、あえてそのなかでねらい目な駅を探すならどこだろうか。ワンルーム・1K・1DKの物件を対象とした、山手線全30駅の家賃相場の最新ランキングから考えてみた。

JR山手線30駅の家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

JR山手線30駅の家賃相場が安い駅ランキング 2022年版

1位に高田馬場駅が急上昇、沿線内での価格差はせばまる傾向に

最新の2022年版のランキングの家賃相場は2021年版に比べ、全体的に家賃が上昇している。しかし13位の有楽町駅が2.50万円下落したのを筆頭に、下位グループ、つまり家賃の高い駅に限定すると、半数近くが下落。山手線沿線内での価格差はせばまっているようだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

1位だったのは高田馬場駅で、2021年版の5位、2020年版の7位から急上昇。上位の駅は軒並み家賃が上がっているなかで唯一の値下げ駅であり、22年にまさにねらい目といえそうだ。所在地の新宿区は都内でも家賃相場の高い方に分類されるが、新宿駅から少し離れれば価格帯も幅広くなる。

高田馬場駅前(写真/PIXTA)

高田馬場駅前(写真/PIXTA)

高田馬場といえば代名詞ともいえるのが、早稲田大学の存在だろう。創立者である大隈重信の像や大隈記念講堂がある早稲田キャンパスや文学部などがある戸山キャンパス、理工学術院のある西早稲田キャンパスの最寄り駅の一つ。東京メトロ東西線や西武新宿線が乗り入れるターミナル駅でもある。

周辺には学習院女子大学など他にも大学や教育機関が多く、一大学生街が広がっている。そのため、進学や就職で初めて一人暮らしを経験する人に心強い飲食店も数多い。近年はラーメン激戦区としてや、エスニック料理店の充実ぶりなどが話題になり、食の街としても人気エリアだ。歴史ある学生街らしく、名画座や小劇場なども点在している。

2位の田端駅は、山手線唯一の北区にある駅。山手線と同様に東京の交通の大動脈である、JR京浜東北線の快速停車駅だ。

田端駅前(写真/PIXTA)

田端駅前(写真/PIXTA)

都心部を通るイメージのある山手線だが、田端駅周辺は落ち着いた住宅街。すぐそばに大きな施設が立ち並ぶというわけではないが、駅直結の商業施設「アトレヴィ田端」があり、飲食店などのほかドラッグストアや成城石井なども入っている。また、駒込駅方面へいけば、昔ながらの情緒が残る商店街などもあり、ちょっとした日々の買い物も楽しい。田端は大正時代、芥川龍之介や室生犀星などの文学者たちが集って執筆活動にいそしんだ文学の街という一面を持ち、駅北口すぐの「田端文士村記念館」では、彼らの貴重な資料なども展示されている。

消滅可能性解消の豊島区、大塚駅や池袋駅は再開発で魅力向上

同率5位の大塚駅と池袋駅は隣駅で、駅間距離は約2km。ともに所在地である豊島区は2014年に23区で唯一、少子化や人口移動などにより将来消滅する可能性がある「消滅可能性都市」だと指摘された。しかし近年、解決のための取り組みが実を結んできており、官民あげた魅力的なまちづくりが進められている。

池袋駅(写真/PIXTA)

池袋駅(写真/PIXTA)

大塚駅周辺も、地元住民とともに再開発が行われている。駅周辺は、「アトレヴィ大塚」や星野リゾートが運営する都市型ホテル「OMO5東京大塚」が入る「ba01」など商業施設が整備され、女性の夜の一人歩きも安心できる明るい街並みになっている。スーパーも商店街も数多い。

山手線で唯一、路面電車(都電荒川線<さくらトラム>)が停車するという下町情緒を生かし、空き家だった古民家をリノベーションした昭和レトロな飲食店が軒を連ねる「東京大塚のれん街」は、話題のスポットにもなっている。また、昔ながらの喫茶店もあちこちに見かけ、ノスタルジックな雰囲気が漂う。駅から少し行った住宅地も区画整理が進み、広い敷地に小さな森や池を備えた「大塚台公園」などが点在。憩いや癒しの場を、そこかしこで楽しむことができる。

東京大塚のれん街(写真/PIXTA)

東京大塚のれん街(写真/PIXTA)

池袋駅は、住宅街である大塚駅と同じ家賃で大繁華街に住めると考えれば、都心らしい暮らしを楽しみたい人にはお得感がより増すだろう。東京の主要な繁華街である渋谷駅、新宿駅が12万円前後であることに比べると、9万円以下の池袋駅のねらい目度もわかりやすい。

豊島区は持続発展する都市「国際アート・カルチャー都市づくり」を推進し消滅可能性都市の危機を脱したが、その世界を視野に置いた街づくりの中心が池袋駅。旧庁舎跡地を活用した「Hareza池袋」など新しい施設が開業したほか、南池袋公園を中心に街全体が人が交流できる開放的な公園のようにしていく取り組みが次々と行われている。

南池袋公園(写真/PIXTA)

南池袋公園(写真/PIXTA)

アニメなどのカルチャー拠点が注目されるが、池袋は駅西口の東京芸術劇場を筆頭に、大物演出家が手掛ける大作から宝塚歌劇団の公演、ネクストブレイクの若手劇団が上演する小劇場まで幅広く上演される、劇場街としての顔も持つ。一方で、少し行けばこじんまりしたスーパーや個人商店がのんびりと営業する住宅街があり、便利な都心と住みやすい街の双方の発展が両立した街といえる。

高値な駅は値下げ傾向、最も「お得」なのは有楽町駅

13位の有楽町駅の相場は10万円、前述したが今回のランキング内で最も「お得」になったといえそうだ。21年は27位で12.50万円、20年は24位で11.80万円から大幅にランクアップしている。

有楽町駅(写真/PIXTA)

有楽町駅(写真/PIXTA)

東京駅から徒歩圏内の隣駅で、皇居や帝国ホテル、銀座も歌舞伎座もすぐそばにある、ビジネス街で繁華街。住む場所としてのイメージが薄く、選択肢から外してしまいそうだが、足を延ばせば銀座三越のデパ地下や、駅前の「ルミネ有楽町」の中に成城石井が入っており、スーパーが皆無というわけでもない。すぐそばの東京交通会館では産地直送の野菜や米、果物などの食材がならぶ「交通会館マルシェ」を実施、平日は5店舗、週末は20~30店舗も出店している。自炊派にとっても満足な買い物環境にあるといえそうだ。

16位の目黒駅も、ランキングこそ21年と同じものの、家賃が下がった駅。東急目黒線と東京メトロ南北線、都営三田線が乗り入れている。

目黒駅前(写真/PIXTA)

目黒駅前(写真/PIXTA)

駅直結の商業施設は規模も大きく、アトレ目黒1には「ザ・ガーデンズ自由が丘 目黒店」ほか地下にも魚屋、肉屋、八百屋が、さらにアトレ目黒2には「プレッセ目黒店」も入っておりスーパーはかなり充実している。駅のすぐそばには小規模な商店街もあるが、中目黒方面まで足を延ばせば、約900mに個性豊かな170の専門店が並ぶ「目黒銀座商店街」も。昭和レトロな店舗からおしゃれな雑貨屋まで、散策も楽しい。

繁華街の印象が強いが、駅すぐそばには結婚式場としても人気のミュージアムホテル「ホテル雅叙園東京」がある。美術工芸品の展示や豪華な内装は有名だが、落ち着いた庭園も非常に魅力がある。その庭園の存在もあり、意外なほど緑豊かで落ち着いた雰囲気も感じられる。花見の名所で知られる目黒川もほど近い。

春の目黒川(写真/PIXTA)

春の目黒川(写真/PIXTA)

都心部を選ぶときに気になるのが、手近に大きなホームセンターがあるとは限らないという点だが、目黒駅から少し離れてはいるものの、22年夏に目黒通り沿いに家具・インテリア雑貨の「ニトリ」の大型店舗の開業が予定されている。

人気のある路線は、各駅がそれぞれ違った吸引力にあふれている。どれも魅力的で目移りしてしまうが、そこから厳選するのも、また部屋探しの楽しみの一つだろう。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されているJR山手線沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/10~2021/12
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

賃貸で内装をオーダーメイド&DIYで自分好みに! 夏水組プロデュース「西荻北ホープハウス」

オーダーメイドで自分好みの内装が決められる賃貸住宅があるという。東京都杉並区・JR西荻窪駅からほど近く(徒歩4分)の西荻北ホープハウスだ。オーダーメイドのみならず、入居後にDIYも可能で「原状回復」の縛りもないのだという。女性を中心に魅力的なインテリアを提案している「夏水組」の坂田夏水さんにお話を聞いた。

憧れのウィリアム・モリスの壁紙で、おうち時間も快適に

リビングの壁と玄関ドアにウィリアム・モリスの壁紙を選んだAさんは「好みのインテリアに囲まれているから一日家にいても飽きません」と話す。昨年に会社員からフリーランスに転じた女性で、在宅の仕事でほぼ一日を家で過ごすことから、この部屋の居心地の良さに満足そうだ。

オーダーメイドで壁紙が選べることに魅力を感じ、物件を内見してすぐにこの部屋に決めたという。いくつか壁紙のサンプルを見せてもらったなかから、モリスの柄から2種類を選んだ。
モリスは、19世紀後半の英国で産業革命による粗悪な工業製品を嫌って、生活と芸術の調和を目指したアーツ・アンド・クラフツ運動を興した。工業製品に対して、中世の美意識や手仕事に重きを置いた。これは遠く日本の柳宗悦らによる民芸運動にも影響を与えた。
「古い物件でも、手を入れてリニューアルされることに共感をおぼえます。37平米とひとり暮らしに広さも十分で、キッチン周りも広く使いやすく改修されていて料理が楽しくなりました」と話してくれた。

壁紙などオーダーメイドのマテリアルは、夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyoでコーディネートの相談にのってくれる(画像提供/夏水組)

壁紙などオーダーメイドのマテリアルは、夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyoでコーディネートの相談にのってくれる(画像提供/夏水組)

Aさんが入居の際に選んだウィリアム・モリスの壁紙を貼ったドア(画像提供/夏水組)

Aさんが入居の際に選んだウィリアム・モリスの壁紙を貼ったドア(画像提供/夏水組)

築古の賃貸にかかわらず、魅力的なリニューアルによって人気物件に

西荻北ホープハウスのリノベーションを5年前から任っているのは、空間デザインやリノベーションを手がける夏水組(武蔵野市)の坂田夏水さんだ。デザイン事務所・夏水組のほか、東京・吉祥寺と大阪・梅田でDecor Interior Tokyoというインテリアマテリアルショップも経営していて、自分らしい豊かな空間をつくる提案をしている。

不動産投資家のオーナーBさんと夏水組の坂田夏水さん。リニューアルを終えた西荻北ホープハウスの部屋で。現オーナーは、1年ほど前に前のオーナーから購入した(写真撮影/村島正彦)

不動産投資家のオーナーBさんと夏水組の坂田夏水さん。リニューアルを終えた西荻北ホープハウスの部屋で。現オーナーは、1年ほど前に前のオーナーから購入した(写真撮影/村島正彦)

「こちらのマンションは1975年に建築されて、築年数も40年以上と老朽化が進んでいて、私がご相談を受けたときには、総戸数42戸のうち空き室が30%以上ありました」と話す。

この空き室について、夏水組プロデュースにてリニューアル工事を進めて、ほどなく満室に導いたという。
築古のマンションだけに、入居者が長く住んでいた部屋、入れ替わりがそれなりにあった部屋などあり、入居者が代わるタイミングで行われるリフォーム工事によって、部屋の状態にはバラつきがあった。そこで、坂田さんは、3つのリニューアルプランを提示したという。

もとの間取りには手を入れずトイレやお風呂など水回りを中心にリニューアルする「スタンダードプラン」。2つ目は、キッチンを使い勝手の良い間取りにする「キッチンプラン」。そして、3つ目は間仕切り壁を無くして開放感のあるお部屋にする「フリープラン」という3タイプだ。いずれのプランにおいても、エントランス正面のクロスやバスルームのタイルなどは、部屋ごとに違うものとして、費用を抑えつつも個性をもたせたという。

玄関周りの壁紙は部屋ごとに違うものをあしらい個性を持たせた(画像提供/夏水組)

玄関周りの壁紙は部屋ごとに違うものをあしらい個性を持たせた(画像提供/夏水組)

「賃貸住宅のリニューアルは、オーナーさんの負担が原則です。オーナーさんの資金も限られているなかで、部屋ごとの老朽化の具合やこれまでのリフォーム投資を無駄にしないよう、リニューアルの仕方も選択性にしました」と坂田さん。

西荻北ホープハウスのオーナーのBさんは「提案していただいたリニューアルは、空き部屋が出ても次の入居者がすぐに決まり、オーナーとしてもリニューアルへの投資の面からも不安がありません」と話してくれた。

西荻北ホープハウスでは、壁紙だけでなく、DIYも楽しんで欲しい

夏水組にリニューアルを依頼しているのは、5年前から西荻北ホープハウスの管理を請け負っている地元の不動産会社・リベスト(武蔵野市)だ。

リベスト・中道通り店の店長代理・荒井康友さんは「当社で管理をさせていただく以前は、建物の築年数がそれなりに経過していることもあり、空室率が高い状況でした」と話す。

そこで西荻北ホープハウスの管理の請け負いと同時に、築年数の経過にも調和したデザイン力のある夏水組にリニューアルを依頼するようになったという。また、部屋が空いて内装のリニューアルを行っている途中であれば、壁紙やタイル等の入居者が選べる箇所も多く、「期間限定・内装を自分好みにオーダーメイド可能」と記した間取り図付きのチラシを出せば、すぐに次の入居者が決まることも多いという。
荒井さんは、「西荻北ホープハウスは、こうしたインテリアにできるということが評判をよび、空き室待ちが発生することもあります」と話してくれた。

坂田さんは、国交省が賃貸住宅の流通促進の一環として取り組む「DIY型賃貸の普及」にも共感して、住まい手の啓発につとめているという。「西荻北ホープハウスでも、DIYができることをアピールしています。築古の物件でオーナーさんの理解があれば、住まい手が自分の住まいを自分でつくる楽しみを実現できます」と話す。

西荻北ホープハウスでは、オーナーの意向もあり「DIY可能」な賃貸物件だ。坂田さんは「住まい手自身、住みながら家に手を入れて愛着を持ってもらいたい」と話す(画像提供/夏水組)

西荻北ホープハウスでは、オーナーの意向もあり「DIY可能」な賃貸物件だ。坂田さんは「住まい手自身、住みながら家に手を入れて愛着を持ってもらいたい」と話す(画像提供/夏水組)

坂田さんが経営するインテリアマテリアルショップDecor Interior Tokyoでは、壁紙などインテリア商品の販売だけでなく、壁紙の貼り方や小物のデコレーションなどワークショップも積極的に行って、自分の住まいを自分でアレンジする楽しみの輪を広げているという。

夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyo(吉祥寺店・梅田店)では定期的にインテリアワークショップを行っている(画像提供/夏水組)

夏水組がプロデュースするDecor Interior Tokyo(吉祥寺店・梅田店)では定期的にインテリアワークショップを行っている(画像提供/夏水組)

坂田さんは「ヨーロッパでは、古い建物を、住まい手自らがインテリアにこだわりを持って修復やDIYしながら、豊に暮らしています。そんな文化を若いときに暮らす賃貸住宅でトライして楽しみを知ってもらうことで、日本にも根付かせていきたい」と語ってくれた。

画一的でなく、部屋ごとに個性の感じられる西荻北ホープハウスを見ると、住まい手が自由に楽しんで暮らしていることがうかがえる。最近ではリノベーションへの注目から、築古の賃貸住宅を中心に、借り手が好みのインテリアにできるDIY可能な賃貸が増えてきている。こうした流れを受けて、国土交通省では、貸主と借主のトラブルを未然に防ぐためにDIY型賃貸借に関する契約書式例やガイドブックを作成して公開している。参考にしてもらいたい。

●取材協力
・夏水組
・Decor Interior Tokyo
・リベスト
・国土交通省 DIY型賃貸

東京23区の家賃相場が安い駅ランキング 2022年版! 2位は金町、1位は?

部屋探しの際、利便性や交通アクセスの良さを重視するなら、東京23区内はぜひ候補に入れたいもの。家賃との兼ね合いを意識するなら、押さえておくべき街はどこだろうか。東京23区内の家賃相場が安い駅の最新ランキングから、ワンルーム・1K・1DKの物件を対象にリサーチしてみた。

東京23区内の家賃相場が安い駅TOP34駅

東京23区内の家賃相場が安い駅TOP34駅

緑豊かな江戸川区の葛西臨海公園駅や篠崎駅はアウトドア派に嬉しい街

ランキング10位までに、江戸川区の駅が6つ入っている。江戸川区は23区の東の端にあたり、東京湾に面した比較的自然が豊かなエリア。近年は夏になると猛暑が話題になることが多いが、江戸川区は豊かな水自然の影響もあり、23区内では最高気温の平均値が低い。

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

葛西臨海公園駅(写真/PIXTA)

1位だったのは、JR京葉線の葛西臨海公園駅。23区と千葉県の境界の駅だが、東京駅や新橋駅、秋葉原駅などのビジネス街や繁華街へ電車で30分以内へ行くことができ、交通利便性は高い。駅の目の前には東京湾が広がり、駅と同名の葛西臨海公園や葛西海浜公園といった、バーベキューなどができる広々とした敷地の公園があるため、ドライブなどで訪れたことのある人もいるかもしれない。また、隣駅の舞浜駅は、東京ディズニーリゾートの最寄り駅だ。

ただ葛西臨海公園駅は、駅の南側はほぼ公園で北側は倉庫などが多く、住宅街は駅から離れている。徒歩10分圏内にはほとんど物件はなく、15分圏内まで広げると多少見つかる程度。本記事の相場は徒歩15分以内の物件を集計しているが、実際に多いのは、駅から20分以上や、ほかの駅からのバス便物件のようだ。駅からの利便性を求める人にはあまりおすすめしないが、車を利用する人には、だからこそ穴場な街、といえるだろう。

篠崎駅前(写真/PIXTA)

篠崎駅前(写真/PIXTA)

同じ江戸川区にある篠崎駅は昨年のランク外から急上昇して4位に。付近は静かな住宅街で、ファミリー向けのマンションも多い。24時間営業のスーパーなどもあり、落ち着いた生活がおくれそうな雰囲気がある。

駅から少し行くと野球のグラウンドやテニスコート、ドッグランなどがある広大な篠崎公園がある。また、江戸川区花火大会の会場になっている江戸川の河川敷も近い。河川敷は普段から散歩やジョギングをする人でにぎわっており、スポーツが趣味のアウトドア派には魅力的だろう。

再開発が進む金町駅の周辺エリア、住みやすさ向上も期待

2位の金町駅、3位の京成金町駅を含む6駅がランク入りした葛飾区は、23区の中でも野菜の生産が盛ん。区内では、とれたての野菜を手軽に購入できる野菜の直売所をあちこちで見かけることができる。

金町駅と京成金町駅は、路線こそが違うが約150mと至近距離にあり、ほぼ同じエリアといえる。金町駅のJR常磐線は東京メトロ千代田線と直通運転しているため実質3路線が利用可能。日比谷駅や大手町駅などのビジネス街へ、30分ほどで乗り換えなしで行けるのはポイントが高いだろう。

金町駅周辺(写真/PIXTA)

金町駅周辺(写真/PIXTA)

駅周辺は商店街のほかスーパーも充実しており、単身者には心強い飲食店も数多い。下町風情の漂う街だが、近年は再開発が進められており、2021年には駅前に図書館やワーキングスペース、商業施設などが入った新しい高層複合施設も開業。今後は道路の拡張や混雑解消なども計画されており、住みやすさや街の魅力の向上も期待できそうだ。

お手ごろな家賃と交通利便性の両立が狙える竹ノ塚駅と梅島駅

ランクインした駅の所在地が一番多かったのは足立区だった。最上位にきたのは、12位の竹ノ塚駅だ。東武伊勢崎線の普通列車のみの停車駅だが、同線は東京メトロ日比谷線や東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線と直通している。日比谷線は六本木駅や恵比寿駅などのおしゃれな街や、美術館や博物館の多い上野駅や歌舞伎座と直結している東銀座駅などの文化的なエリアも沿線にあり、半蔵門線は東京を代表する繁華街のひとつである渋谷駅がある。どこへ遊びに行くにも便利で、休日の充実度が増しそう。18位の小菅駅、19駅の梅島駅、22位の五反野駅も同様だ。

中でも竹ノ塚駅と梅島駅は、東武伊勢崎線の急行や区間急行などすべての列車が停車する西新井駅のそれぞれ隣駅になる。ちなみに西新井駅は6.9万円と家賃が一段高くなるので、こういった急行停車駅の周辺に着目するのはお手ごろな物件を探すテクニックだ。

竹ノ塚駅付近は歓楽街の存在が取りざたされることもあるが、そのぶん深夜や24時間営業をしているスーパーなども多く、帰宅が遅くなる多忙なビジネスパーソンでも買い物に不自由することはなさそう。地元密着の味のある飲食店なども数多いので、にぎやかな空気の好きな人には楽しいエリアだろう。

ベルモント公園(写真/PIXTA)

ベルモント公園(写真/PIXTA)

一方、梅島駅は、少し行くと落ち着いた住宅街が広がっている。駅近くの梅島駅前通り商店街は町中華などの飲食店や総菜屋などが並ぶ。駅から徒歩5分ほどにあるベルモント公園は、オーストラリアのベルモント市との友好親善のシンボルとしてつくられ、1.3haの敷地の中に同市から贈られた工芸品などが展示されている瀟洒な赤レンガの陳列館などがある。

勉強に打ち込めそうな学生街と、昭和風情満喫な街もランクイン

22位には同率で7駅がランクインしているが、目を引くのは杉並区にある西武新宿線の上井草駅。各駅停車のみの駅だが、東京を代表する繋華街のひとつである新宿まで直通で約20分なのは便利だ。

西武新宿線内でターミナル機能をはたす高田馬場駅が最寄り駅である早稲田大学を筆頭に、沿線の学校に通う学生向けのリーズナブルな物件が充実しており、落ち着いた学生街の顔を持つ。付近は閑静な住宅街で目立った商業施設などはないが、プールやジム、アーチェリー場などが備えられた上井草スポーツセンターがあり、プロサッカークラブのFC東京による教室が開かれることも。浮かれず勉強にも運動にも打ち込める街、ともいえそうだ。

上井草駅(写真/PIXTA)

上井草駅(写真/PIXTA)

同じく22位の大泉学園駅は、練馬区に位置している。練馬区は23区で一番新しい区で、江戸川区と同じく自然が豊か。また区の特産品である練馬大根の存在で知られるように、葛飾区同様、野菜の生産も盛んだ。もっとも、現在最も生産されているのは大根ではなくキャベツとのこと。
大泉学園駅は西武池袋線の各駅列車のみの停車駅だが、東京メトロ有楽町線や副都心線、東急東横線などと直通。吉祥寺や阿佐ヶ谷などへ一本で行けるバスも充実している。駅直結の商業ビルなどがあり、買い物施設も数多い。付近の住宅街が整備されたのは実は戦前からで、区画もすっきりしている。その中を、おしゃれな飲食店が点在している。

大泉学園駅前(写真/PIXTA)

大泉学園駅前(写真/PIXTA)

また、人気アニメ漫画『ワンピース』などを手がける東映アニメーションのスタジオは、大泉学園駅が最寄り。そのため、「ジャパンアニメーション発祥の地」とも呼ばれている。

同率29位で6駅ランクインしているうち、京成本線沿線の堀切菖蒲園駅もチェックしたい。上野駅まで約15分で、下町の雰囲気が色濃く残るエリアだ。駅付近は大型スーパーもあるが、お手軽価格の惣菜などが売っている商店街や個人経営の飲食店、また焼き肉の食材を売る直売センターといった個性的な店なども点在。昭和の風情が好きな“大人”には、散策だけでも楽しい街でもある。

堀切菖蒲園駅前(写真/PIXTA)

堀切菖蒲園駅前(写真/PIXTA)

少し行くと、落ち着いた住宅街。また駅と同名の花菖蒲園があり、見ごろを迎える6月には多くの人出でにぎわう。梅や藤など、四季折々で楽しめる花も植えられており、季節の変化が待ち遠しくなりそうだ。

堀切菖蒲園(写真/PIXTA)

堀切菖蒲園(写真/PIXTA)

新型コロナウイルス禍でテレワークやリモートワークが普及し“都心離れ”もささやかれていて「家賃や距離だけで生活の質は決まらない」と考える人も増えてきているように感じられる。しかし東京23区はなににつけても便利で、依然として人気が高い。そんななかで、自分のスタイルにあった部屋を見つけることは、充実した日々への近道であることは間違いない。23区内の部屋といえば、とかく高額な点が気になってしまうが、範囲も広い。その中にはきっと、自分にフィットする部屋があるはずだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京23区内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/10~2021/12
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

24歳女子、大家になる。築40年超エレベーターなしマンションが人気物件になるまで 東京都荒川区

東京都荒川区東尾久の下町。エレベーターなしの築44年の賃貸マンション「トダビューハイツ」。
実は現在は常に満室の不思議物件で、しかも、当時24歳のデザイナーの女性が、祖母の跡を継いで大家になり、10カ月で満室にしたというから驚きだ。
人気の秘密は何なのか? さらに彼女が大家になる決意をした理由、満室にするまでの道のり、今後の展望など、あれこれお話を伺った。

左から、入居者の安谷屋貴子さん、大家の戸田江美さん、新しい賃貸住宅「ロジハイツ」のカフェオーナーになる竹前さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

左から、入居者の安谷屋貴子さん、大家の戸田江美さん、新しい賃貸住宅「ロジハイツ」のカフェオーナーになる竹前さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

24歳のとき祖母の跡を継ぎ、「トダビューハイツ」の大家に

大学生のころに母を亡くし、祖母と2人暮らしだった戸田江美さんが、「トダビューハイツ」の運営を祖母から引き継いだのは6年前、24歳の時だ。

6年前当時の部屋の様子(写真提供/戸田江美さん)

6年前当時の部屋の様子(写真提供/戸田江美さん)

「当時、周囲にマンションが増え、だんだん空き室が目立つようになったんです。もろもろトラブルがあったこともあり、祖母は元気をなくしていきました。もっと祖母のそばにいようと、多忙だった会社を辞め、転職を考えました。そんなとき、フリーのデザイナーとして単発の仕事を受けるようになり、フリーランスのデザイナーとして在宅で仕事をするなら、大家業も兼業できるのではと思ったんです。もちろん素人なので祖母の助けをもらいながら。“これはどうするの”“誰にお願いすればいいの?”と頼りにすることで、祖母も元気になってきました」

現在は30歳の戸田さん。結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

現在は30歳の戸田さん。結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、美大を出てデザイナーとして働いてきた自分だからこそのスキルを活かした「デザイン×不動産」の掛け合わせも面白そうだとも感じていた。最初に取り掛かったのが、物件のサイトづくり。「築年数の古さ」がネックになり集客できないなら、自分でやってみようと思ったのだ。

現在のトダビューハイツのサイトからも、その工夫が伝わってくる。
トダビューハイツを「築40年のおっちゃん物件」と擬人化しつつ、街の様子もレポート。

クリエイティブな大家が自ら手掛ける主観と愛あるサイトは読みものとしても秀逸(HPより)

クリエイティブな大家が自ら手掛ける主観と愛あるサイトは読みものとしても秀逸(HPより)

(HPより)

(HPより)

築年数の古さを逆手にとって「DIY可能」も打ち出した。壁棚の造作や壁の塗装など、内容や箇所を事前に相談しておけば、原状回復義務はないというもの。
さらに、また次の入居者のためにリフォームするならと、「ふすま紙とトイレの床を無料でリフォームサービス」を実施。その相談もフォトショップを使って提案できるのもデザイナー大家ならではだ。

過去のDIY例(写真提供/戸田江美さん)

過去のDIY例(写真提供/戸田江美さん)

入居者の方が好きな本の装丁に合わせた色を職人技で再現してもらって塗ったドアの色(写真提供/戸田江美さん)

入居者の方が好きな本の装丁に合わせた色を職人技で再現してもらって塗ったドアの色(写真提供/戸田江美さん)

襖の柄や色は事前に戸田さんがPC上で再現。家具や好みに合わせて提案している(画像提供/戸田江美さん)

襖の柄や色は事前に戸田さんがPC上で再現。家具や好みに合わせて提案している(画像提供/戸田江美さん)

(画像提供/戸田江美さん)

(画像提供/戸田江美さん)

「顔の見える」大家女子として、自ら広報活動。それが功を奏した

とはいえ、順調だったわけではない。当初は12部屋のうち3室が空室。サイトから見学を申し込む人は若い人が多いが、古さや設備など、いわゆるスペックで評価されがちなことがネックになり、なかなか契約に至らなかったのだ。
そんななか、「20代女子の大家さん」という目新しさから、Webサイト「物件ファン」に取り上げられた。そのサイトから内見メールがいくつも届いた。大家である戸田さんが自ら案内をする。街や物件に愛着を持つ「顔の見える」大家――。特に意識したわけではなく、自分ができることをしていたら、そうなっていた。

24歳のときにふすま貼りを習いに行ったときの写真。その後、「大家女子の日記」という連載も開始し、問い合わせも増えた(画像提供/戸田江美さん)

24歳のときにふすま貼りを習いに行ったときの写真。その後、「大家女子の日記」という連載も開始し、問い合わせも増えた(画像提供/戸田江美さん)

入居者に聞いた「トダビューハイツの魅力とは?」

サイトを通して、新たな入居者となってくれた1人が、福島県でコミュニティ支援の仕事をしていた安谷屋貴子さんだ。
「もう帰って寝るだけの1人暮らしは嫌だなと思ったんです。そんなとき、大家さんに直接内覧を申し込めるこの物件に、ピンとくるものがありました。江美さんには、入居前にふすま紙とトイレの床を何にするか一緒に選んでもらったり、街案内をしてもらったり、まったく地縁のない私には、ありがたかったんです」(安谷屋さん)

戸田さんにとって、のちに単に入居者という以上のサポーターになってくれたという安谷屋貴子さん(写真撮影/ジャーナル編集部)

戸田さんにとって、のちに単に入居者という以上のサポーターになってくれたという安谷屋貴子さん(写真撮影/ジャーナル編集部)

とはいえ、入居後半年間は最低限の連絡事項のやり取りで、頻繁なお付き合いがあったわけではなかった。そのあたりのこと戸田さんに質問してみた。
「私、大家業をしているので勘違いされがちなのですが、人見知りなんですよ。安谷屋さんが入居したころはまだ入居者の方との距離感を探っていたところでもありました。また、シェアハウスではないので、ほどよい距離感は必要だなと思っているんです」
入居1年後に、安谷屋さんは戸田さんの地元の知り合いとの花見に参加。顔見知りができたことで、その後の街歩きやワークショップなどのイベントにも参加しやすくなり、自然と安谷屋さんの尾久コミュニティの輪は広がった。

2018年、当時のお花見の様子。最初は6人だったけれど、ご近所さんが声をかけてみんなで集合写真。「江美さんのお友達の輪に入れてもらえたようで、すごく楽しかったです」(安谷屋さん)(写真提供/戸田江美さん)

2018年、当時のお花見の様子。最初は6人だったけれど、ご近所さんが声をかけてみんなで集合写真。「江美さんのお友達の輪に入れてもらえたようで、すごく楽しかったです」(安谷屋さん)(写真提供/戸田江美さん)

「子どもがいたら別でしょうけど、地縁のない独身の社会人にとって地元に知り合いをつくるってなかなかハードルが高いもの。でも大家の江美さんを通じて、人とまちと少しずつ知り合える実感がありました。特にコロナ禍はそれを実感しましたね。買い物途中に知り合いと立ち話をしたり、江美さんと偶然会って一緒にお弁当を買いに行ったり。知り会いがいない街で、一人暮らしで在宅ワークになっていたら、誰とも会話しないままだったかも」(安谷屋さん)

また戸田さんのほうも、社交的な安谷屋さんというサポーターを得たことで、新しい入居者の方とのウェルカムごはん会なども企画し、ゆるやかにつながれるように。

「いきなり大家とサシでごはん……ちょっと抵抗感あるでしょう。でも入居者の安谷屋さんがいてくれたら、誘いやすい。入居者の数人で韓流ドラマ『愛の不時着』を観たこともありました」(戸田さん)
その後、入居者でもある落語家さんによる落語会も開催。昔から暮らしている入居者と新しい入居者が自然と知り合う、またとない機会になった。

落語会の前には、戸田さんのお知り合いが三味線で出囃子を弾く贅沢さ(画像提供/戸田江美さん)

落語会の前には、戸田さんのお知り合いが三味線で出囃子を弾く贅沢さ(画像提供/戸田江美さん)

入居者の交流の場となる部屋は、戸田さんの仕事場でもある。一部DIYを行い、トダビューハイツの「レトロで和む」雰囲気の味わい場所に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

入居者の交流の場となる部屋は、戸田さんの仕事場でもある。一部DIYを行い、トダビューハイツの「レトロで和む」雰囲気の味わい場所に(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

共用廊下には回覧板とともに、庭でとれた柿をおいて。「どうぞ自由にもっていってください」とメッセージ付き。みんなで干し柿をつくる小さなイベントも(写真提供/戸田江美さん)

共用廊下には回覧板とともに、庭でとれた柿をおいて。「どうぞ自由にもっていってください」とメッセージ付き。みんなで干し柿をつくる小さなイベントも(写真提供/戸田江美さん)

新たなプロジェクト始動。その名も「想像建築」

そして、このトダビューハイツとは別に祖母が所有し、長く借地として貸し出していた荒川区町屋の土地が、住人が退去して更地になって戻ってきたことを契機に、新たな活用法を考えることに。
そこに何を建てようか想像することから始めようというのが、「想像建築」プロジェクト。

「売却したり、業者さんに丸投げして賃貸マンションを建てれば簡単だって分かっているんですけど、それは祖母が大切にしてきた地域との関わりを絶つような感じがして、違うかなと。もっと街に愛着が持てるような場所にしたかったんです」
そこで戸田さんがとった方法は「すぐに住宅を建てない」方法だ。
「荒川区が古い建物を取り壊し、更地にして空き地を保全している間は固定資産税を安くする制度があったんです。だったらまず空き地であれこれ利用しているうちに、方向性が出てくるかなと考えたんです」
例えば、屋台村は保健所からのNGが出て実現できなかったが、マルシェ、街歩き、トークイベントを開催し、この場所に興味を持ってもらえるような仕掛けだ。

2019年に行った、路地裏マルシェ&トークイベント。「ご近所の大好きなお店に出店して頂き、さらに発起に至った経緯や、個人的に感じている荒川区の課題などを話しました」(戸田さん。画像提供も)

2019年に行った、路地裏マルシェ&トークイベント。「ご近所の大好きなお店に出店して頂き、さらに発起に至った経緯や、個人的に感じている荒川区の課題などを話しました」(戸田さん。画像提供も)

地元の建築家を招いて荒川区の街歩きイベントも(画像提供/戸田江美さん)

地元の建築家を招いて荒川区の街歩きイベントも(画像提供/戸田江美さん)

そのうち、荒川区役所に勤める人、荒川好きのご夫妻、荒川区に住みたい区外の人、ご近所の人など、自然につながりが生まれた。
「そうしているうちに、やっぱり売るはナシだなと実感。街を愛してくれる人が増えてくれる住まいにしたい。よし賃貸住宅を建てようと思うようになりました」

さらにワークショップを行い、地元住民やこの土地に興味のある未来の住人さんたちにアイデアをプレゼンし、方向性は間違えていないかを探った。
 
その結果、「屋上菜園」と「カフェ」を持つ賃貸住宅を新築することに。コンセプトは“この街に長く住みたくなる賃貸マンション”だ。
会員制の「屋上菜園」は地域住民も登録可能。1階に「カフェ」を設けることで、地域に開かれた住まいを目指している。

新しい賃貸住宅「ロジハイツ」の模型。東京スカイツリーの見える屋上には菜園を設ける予定。「すでに近隣住民の方から申し込みがあり、地域と住民のゆるやかな交流の場になったらいいですね」(戸田さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

新しい賃貸住宅「ロジハイツ」の模型。東京スカイツリーの見える屋上には菜園を設ける予定。「すでに近隣住民の方から申し込みがあり、地域と住民のゆるやかな交流の場になったらいいですね」(戸田さん)(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なかでもキーポイントとなるカフェのオーナーは、なんと戸田さんの大学時代の同級生の竹前さん。同じ荒川区に生まれ育ち、「いずれお店を持ちたい」と喫茶店で働いていた。物件が建つエリアは周囲に飲食店が少ないため、地域住民度の期待は大きい。

「荒川区のような下町の飲食店のオーナーって、とにかく人柄がすごく大事なんですよ。老若男女と仲良くできて、程よい距離感が保てる人。単にテナントとして貸すのではなく、人柄もよく分かっていて信頼している彼女にお願いすることで、暮らす人、地域の人から愛される、そんな気持ちのいい物件を目指したいんです」(戸田さん)

「モーニング営業もしたいし、大きな公園も近いので、ピクニックができるようなメニューも考えたいって夢が広がっています」(竹前さん)。カフェは今年4月オープン予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「モーニング営業もしたいし、大きな公園も近いので、ピクニックができるようなメニューも考えたいって夢が広がっています」(竹前さん)。カフェは今年4月オープン予定(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「大家さん」は大好きな街に人を呼び込むシゴト

戸田さんのこうした活動のモチベーションは、子どものころの記憶とも紐づいている。
「トダビューハイツができた当初から40年以上住んでいるご夫婦もいて、“江美ちゃん、すっかり大きくなって”と毎回言われる(笑)。ほぼ親戚のような存在ですよね」

戸田さんの好きな落語の世界では、「大家と言えば親も同然、店子(たなこ)と言えば子も同然」が決まりセリフで、大家は困ったことがあれば顔を出してくる中心的存在だ。

「祖母もそうでしたね。大変だけど面白いですよ。この前、テレビが映らなくなったって、1階の外で入居者さんと話していたら、他の方も上のベランダから、”ウチも映らないよ“って顔だしてきて(笑)。 “どーしても日本シリーズが観たいんだ”っていう入居者さんがいて、慌てて近所の電気屋さんに電話したら、“気持ちが分かる、大変だ”ってすぐ自転車でやって来てくれたんです。街を歩いていると、誰かから、”おかえり”って言われて、”ただいま”って答えるし(笑)。地図を見ながら歩いていたトダビューハイツに遊びに来たご夫妻が、自転車で通りかかったおじさんに声をかけられて美味しい中華屋さんを教えてもらったって言っていました(笑)」

そんな下町らしい距離感の住まいに、付加価値を感じて入居を決めてくれる人は多い。
築年数や設備などのネット検索でははじかれてしまうかもしれない物件でも、そこに大きな愛がある。
「ちょっと窮屈に感じることはあっても、街全体が自分のホームタウン。そんな大好きな街に新たに人を呼びこめる”大家”という仕事はとっても面白いと思います」

「もしランチ営業で人手が足りなかったら手伝いにいくよ」「グループラインでヘルプ出したらいいんじゃない」と、大家さん、入居者、新物件のテナントのオーナーと立場の違う3人が楽しく話す雰囲気が、トダビューハイツの魅力を証明しているかもしれない(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「もしランチ営業で人手が足りなかったら手伝いにいくよ」「グループラインでヘルプ出したらいいんじゃない」と、大家さん、入居者、新物件のテナントのオーナーと立場の違う3人が楽しく話す雰囲気が、トダビューハイツの魅力を証明しているかもしれない(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

トダビューハイツ(写真提供/戸田江美さん)

トダビューハイツ(写真提供/戸田江美さん)

●取材協力
トダビューハイツ
想像建築

ビカクシダだらけ!? デザイナー夫妻が猫と暮らすインダストリアルな賃貸

インダストリアルな室内に、ビカクシダ(コウモリラン)や自然のオブジェなどが置かれ、白とグレーの猫が悠々とたたずむ。そんな自然物が似合う「博物館」をテーマにした部屋で暮らす森田賢吾さん・仁美さん夫婦に、ライフスタイルとリンクする「ステキなお部屋づくり」について伺いました。

「ペット可・バイク駐車可・変わった物件」を条件に部屋探し

クリエイティブディレクターでグラフィックデザイナーの森田賢吾さんと、クリエイティブディレクターでテキスタイルデザイナー、イラストレーターの森田仁美さん。多摩美術大学の同級生のご夫妻は、お互いに好きなものを集めているうちに部屋が狭くなり、2019年に今の住まいに引っ越しました。
Twitter(@Hi__MoriMori)で、普通ではないお住まいとジャングルのような植物、カッコイイ家具、2匹の猫の美しさに興味をひかれ、訪問させていただきました。

まるで絵のよう。クールなインテリアに植物や猫が生命のぬくもりを添える(写真提供/森田さん)

まるで絵のよう。クールなインテリアに植物や猫が生命のぬくもりを添える(写真提供/森田さん)

この賃貸物件を見つけたのは、夫の賢吾さん。「東京周辺で、猫が飼えて、バイクが置ける場所があって、おしゃれなデザイナーズ物件」の4つを条件に、お部屋探しのアプリを5、6個ダウンロードして時間があれば見ていました。不動産会社に行って、「コンクリートの箱みたいな部屋でいいので、変わった物件はないですか」とイメージに近い写真を見せて相談しましたが、東京都内はペット可物件が少なく、条件やイメージに合う部屋はなかなか巡り合えませんでした。

陽が当たる窓際は猫も植物も大好きな場所(写真撮影/相馬ミナ)

陽が当たる窓際は猫も植物も大好きな場所(写真撮影/相馬ミナ)

「不動産屋さんが紹介してくれるのは、ほとんどが一般的な普通の部屋でした。これはと思う物件はスピード勝負ですぐに内定していたり、なかなか条件が合わなかったり。この物件はポータルサイトで見つけて、内見して即決しました」(賢吾さん)

「部屋自体に個性やスタイルがあるより、ニュートラルな部屋で、自分たちが好きで集めてきたものを置いてスタイルができ上がるような物件がいいと思っていました」と話す仁美さん。夫婦の趣味が合うので、決断はスムーズでした。

コンセプトを「博物館&インダストリアル」に決めてぶれない部屋づくり

住まいはインテリアや家具、暮らし方で表情が変わるもの。ブランディングの仕事をしている森田さん夫妻は、コンセプトから始めました。

「まずこの部屋をどういう世界観にしたいか、お互いに意見を出してコンセプトを決めました。『木や石、植物などの自然物が映える、博物館のような家』をコンセプトにプランニングしたことで、想像どおりの家になりました。持っている家具をリストアップして、サイズを測って間取図に落とし込んだり、世界観資料のようなものをつくって、仕事でやっていることを部屋でもやりました」(賢吾さん)

住まいのメインステージは、窓が大きいリビングです。天井と壁の一部はコンクリートの打ちっぱなしで、床は黒いストロングフロアに壁は黒やグレー。モノクロがベースですが、陽当たりが良く明るい雰囲気。デザイン書やレコードなどを収納している本棚は、アメリカでガレージに置くようなものを、キッチンの棚はお店の厨房などで使用されているものを買って、無骨さを生かした部屋づくりを目指したそうです。

シンプルなリビング。低い家具でまとめているため広く感じる(写真提供/森田さん)

シンプルなリビング。低い家具でまとめているため広く感じる(写真提供/森田さん)

リビングのテーブルは恵比寿にある人気のインテリアショップ「パシフィック・ファニチャー・サービス」で購入。使うほどに色が濃くなり味が出てくる無垢材の寄せ木の天板が特徴的です。

テーブルと木の色が合う椅子はイームズ(写真撮影/相馬ミナ)

テーブルと木の色が合う椅子はイームズ(写真撮影/相馬ミナ)

対面式キッチンは吊り戸棚もキャビネットもなく、圧迫感も生活感も感じられず、キッチンというよりお店のカウンターのよう。キッチンとダイニング・リビングの間の段差が空間を仕切らずに分けています。家具は、キッチンの前壁のステンレスと木の色とできるだけ合わせるなど、マテリアルやカラーを統一しています。

カフェのようなキッチン。レトロなペンダント照明も素敵(写真撮影/相馬ミナ)

カフェのようなキッチン。レトロなペンダント照明も素敵(写真撮影/相馬ミナ)

家具はアメリカ系のインテリアショップや業務用の家具屋さんで買ったものがほとんど。「私たちは好みが似ていて、デザインされすぎているものより、インダストリアル感がある武骨なものが好きなんです。自然物、木のモノ、植物沢山が映えるように主張し過ぎる家具は置かないし、可愛い家具や小物に惹かれても、コンセプトのインダストリアルから外れるなら選びません」(仁美さん)

リモートワークの際に夫婦が並んで作業ができるワークスペースもシンプルに(写真撮影/相馬ミナ)

リモートワークの際に夫婦が並んで作業ができるワークスペースもシンプルに(写真撮影/相馬ミナ)

また、浴室もコンクリートの壁に囲まれていて19世紀後半のアメリカで流行した猫脚の浴槽が設置されています。浴室とトイレ、洗面台が同じ空間にあるため、来客時に水まわりが丸見えにならないよう内装屋さんに頼んでガラスドアにカッティングシートを貼ったそうです。

猫脚の浴槽が置かれたガラス張りの水廻り。ビカクシダが水分を補給中(画像提供/森田さん)

猫脚の浴槽が置かれたガラス張りの水まわり。ビカクシダが水分を補給中(画像提供/森田さん)

自慢のコレクションを飾り、生活感があるものは徹底的に隠す

両親が水産大学出身であったことから、子どもの頃から魚の造形に興味をもち、釣りや魚の絵を描いて過ごし、たくさんの魚や昆虫を捕ってきて飼育をしていたという賢吾さん。自然が豊かな環境で、動物たちが多くいる実家で育ち、よく昆虫を捕ったりしていた仁美さん。森田さん夫婦は、そんな原体験をベースに、自然や動物、生き物に興味をもち続け、自分たちの目線を通した「博物館」を居住空間で表現しています。

家具と同様、コレクションも厳選された美しいモノばかり。テレビ台の隣にある六面体のオブジェは、イタリアのデザインデュオ、alcarol(アルカロール)が製作したもので、世界遺産のドロミテ山の低層で眠っていた”むした苔をまとった木材”を使用したスツール。「池をそのままくりぬいて形にしたような、水の中に入っているような気持ちになれる不思議なオブジェです」と仁美さん。

感性に合うアートを厳選。テレビ台の横にある椅子は本来座るもの。テーブルの上にあるのは賢吾さんが作成した苔のテラリウム(写真撮影/相馬ミナ)

感性に合うアートを厳選。テレビ台の横にある椅子は本来座るもの。テーブルの上にあるのは賢吾さんが作成した苔のテラリウム(写真撮影/相馬ミナ)

夫のコレクションの石。自然に造られた形や柄、色が美しい(写真撮影/相馬ミナ)

夫のコレクションの石。自然に造られた形や柄、色が美しい(写真撮影/相馬ミナ)

石の博物館やジビエ屋で購入した化石や骨。コレクターにとって垂涎の逸品(写真撮影/相馬ミナ)

石の博物館やジビエ屋で購入した化石や骨。コレクターにとって垂涎の逸品(写真撮影/相馬ミナ)

流木で出来た牛の骨格は、アーティスト・古賀充さんの作品(写真撮影/相馬ミナ)

流木で出来た牛の骨格は、アーティスト・古賀充さんの作品(写真撮影/相馬ミナ)

すっきりと暮らす秘訣を聞くと、「植物、石、アートなどのコレクションやデザイン書、レコード、DJの機材などは出しっぱなしだし、収集癖があるのでモノはたくさんあります。ただ生活感があるもの、例えば商品としてデザインされたパッケージなどがあると生活空間がごちゃごちゃしてしまうので、見えない所に隠しています」と賢吾さん。

キッチンは食器棚の代わりに、飲食店の厨房にあるようなステンレス製の収納台を設置。家電もステンレスや黒で統一。流しの下の空洞には、サイズを測ってコンテナボックスやダストボックスを収めています。

調味料も台車式の収納ボックス内に収納(写真撮影/相馬ミナ)

調味料も台車式の収納ボックス内に収納(写真撮影/相馬ミナ)

「調味料や油や鍋などは、キッチンに出しておいた方が使いやすいかもしれませんが、夫が生活感のあるものを出しておくのが嫌いなので、使うときに出して、出したらすぐしまうことが習慣になりました」(仁美さん)

細かいものや日常品は収納グッズを利用。アメリカのバンカーズや無印良品の収納ボックスなどの、同じ形のフタ付きのツールボックスをいくつか重ねたり並べたりしてモノを隠しています。

寝室の収納。収納ボックスは棚のサイズに合うものを選んだ(写真撮影/相馬ミナ)

寝室の収納。収納ボックスは棚のサイズに合うものを選んだ(写真撮影/相馬ミナ)

猫と両立する「スッキリきれいなインテリア」

森田家には2匹の猫がいます。仁美さんは、実家で10匹~15匹くらいの保護猫と暮らしていましたが、賢吾さんは結婚して初めて触れあった猫の人懐っこさに驚いたそうです。

白猫のやっこちゃん。猫もアートのように美しい(写真撮影/相馬ミナ)

白猫のやっこちゃん。猫もアートのように美しい(写真撮影/相馬ミナ)

凛と佇む姿が部屋の雰囲気に溶け込んでいる、しじみちゃん(写真撮影/森田さん)

凛とたたずむ姿が部屋の雰囲気に溶け込んでいる、しじみちゃん(写真撮影/森田さん)

「最初の頃は、机の上にあるものを片っ端から落とすので、お気に入りガラスの置物を壊されたこともありましたが、『猫はモノを落とす生き物だから、しまっておかない人間が悪い』と夫に話して理解してもらいました。おかげで、モノを出しておかないきっかけになったかもしれません。

猫のおもちゃも、夜寝る前にはしまいます。出しっぱなしより、時々出した方が喜んで遊んだりしますね。植物にいたずらするのは、かまってほしいときなので、猫草で気をそらすようにしています」(仁美さん)

やっこちゃんのお気に入りの場所。猫は狭い凹みが大好き(写真撮影/相馬ミナ)

やっこちゃんのお気に入りの場所。猫は狭い凹みが大好き(写真撮影/相馬ミナ)

自然と向き合うこと、ビカクシダを育てることもクリエイティブ

仁美さんは、この部屋に越して急激に植物への興味が出てきたそうです。最初は多肉植物や大きい花瓶に枝ものを刺したりしていましたが、コケ玉に着生したビカクシダ(コウモリラン)をひとつ買って、調べるうちに、植物の概念を覆すような生態やインテリアとしての面白さに惹かれたそうです。植物は種類により猫との共生に気をつける必要がありますが、森田さんは猫たちが、多肉植物やビカクシダなどに反応しないことをテスト済みの上、増やしています。

ビカクシダは丸い葉っぱ(貯水葉)と長い葉っぱ(外套葉)から成る(写真撮影/相馬ミナ)

ビカクシダは丸い葉っぱ(貯水葉)と長い葉っぱ(外套葉)から成る(写真撮影/相馬ミナ)

自然界では地面に生えるのではなく木に寄生して生きるビカクシダ。板に貼り付ける人もいますが、仁美さんは、「室内に自然物があるような感じにしたい」と、コルクの木の樹皮にくくりつけています。

天井に突っ張りポールを設置して吊るしたビカクシダ。一つひとつ形が違い、葉っぱの形に装飾性があり面白い(写真提供/森田さん)

天井に突っ張りポールを設置して吊るしたビカクシダ。一つひとつ形が違い、葉っぱの形に装飾性があり面白い(写真提供/森田さん)

「同じフォーマットでも少しずつデザインや色が違うものを集めたくなるコレクター魂が刺激されて、今は20株ほどあります。部屋の陽当たりがいいので、すごい早さで植物が育つんです。全部大きくなると大変なので、これ以上は増やせないと思っています」

お手入れは「陽当たりが良く、常にサーキュレーターをつけて、風がそよそよと吹く状態を作っておくこと。水苔が乾いたら浴室でコルクの樹皮と植物の間にある水苔にたっぷりと水をあげて、水を切って部屋に戻します。数が多いので手はかかりますが、ビカクシダを育てて約2年、一度も枯らしたことがありませんし、最近はホームセンターなどに育てやすく品種改良されたものも売っているので、初めての人もトライしやすいと思います」と仁美さん。Twitterを始めたのも、愛好家がビカクシダをどう育てているのか、情報を収集するためだそう。

一年を通して水苔が乾いたらたっぷりと水を与える(写真撮影/相馬ミナ)

一年を通して水苔が乾いたらたっぷりと水を与える(写真撮影/相馬ミナ)

「ビカクシダはS缶やフックを使って天井や突っ張り棒に吊るしたり、ハンガーラックにかけるなど、壁に掛けて飾れるので生活面積を邪魔しません。床が広いまま増やせるのも魅力です」

ハンガーラックに沢山並べて吊るしている(写真提供/森田さん)

ハンガーラックに沢山並べて吊るしている(写真提供/森田さん)

希少性の高いビカクシダは金額が高いので、胞子から育て始めた仁美さん。「時間をかけて育てられた達成感もあり、愛着が違うので、興味がある人は育ててみるのもいいかもしれません。ちょこちょこ手を加えて見ていると、一気に大きくなったり変化が分かりやすく、自然と向き合うことが楽しい。植物を育てるのはクリエイティブな作業です」

撒いた胞子が芽を出し9カ月位でここまで育った(写真撮影/相馬ミナ)

撒いた胞子が芽を出し9カ月位でここまで育った(写真撮影/相馬ミナ)

ビカクシダは仁美さんの趣味ですが、賢吾さんは、最近渓流でのテンカラ釣りに凝っていて、イワナなど川魚のはく製や毛鉤(けばり)を作るための素材(鳥の羽など)を少しずつ集めているそう。「お互いに好きなものは認めて応援しています。これからも、まだまだ興味が広がって変化するかもしれません」と仁美さん。

独自の世界観をつくり上げている森田夫妻。「植物が沢山ある自然と向き合う暮らし。日常生活でありながら非日常に住むスペシャル感というか、非日常が日常になっていて、居心地がとてもいい」と仁美さん。「好きなモノを自分の身のまわりに置いて、好きを感じられる趣味部屋のような家。趣味、ライフスタイルイコール部屋みたいな感じはします」と賢吾さん。

好きなことを優先し、コンセプトを決めて、しっかりプランニングして統一感をもたせることで完成した、オリジナリティあふれる「博物館のような住まい」。夫妻のような特別なセンスがなくても、取り入れたり試せるヒントがあるのではないでしょうか。

●森田賢吾さん
クリエイティブディレクター・グラフィックデザイナー
多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。大貫デザイン、博報堂デザインを経て2016年デザインユニットknotを設立。JAGDA正会員。ハイクオリティなビジュアルコミュニケーションを軸としたブランディングデザインを多数手がける。NY ADC賞、 D&AD賞、 ONE SHOW、TOPAWARDS ASIA、グッドデザイン賞、亀倉雄策賞・JAGDA賞ノミネートなど国内外の賞を多数受賞。
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●森田仁美さん
クリエイティブディレクター・ テキスタイルデザイナー・イラストレーター。多摩美術大学テキスタイルデザイン学科卒業。アパレル小物の企画デザインや生産に携わった後に独立。国内の靴下工場のCDO(チーフデザインオフィサー)としてものづくりの現場のブランディングを行う傍ら、イラストの仕事も手がける。
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駅遠の土地が人気賃貸に! 住人が主役になる相続の公募アイデアって?

祖父がなくなり不動産を相続することになった相続人の安藤勝信さんは、納税のため所有する賃貸アパートの隣地を売却。土地を継承し、地域のために活用してくれる売却先をプロポーザルで公募し、結果もともとの賃貸アパートの住人と新たな住人が温かなコミュニティでつながる地域になった。現地で話を聞いた。

借りる人の希望を聞きながら建築する新スタイル「賃貸コーポラティブ」

最寄駅から徒歩30分、バス便の立地に2戸の一戸建てと11戸の長屋住宅から成る13戸の賃貸コーポラティブ区画が、2021年5月に東京都世田谷区に誕生した。

コーポラティブハウスとは、入居予定者が建設組合をつくり、主体となって建築する集合住宅のこと。通常は事業主が集合住宅の概要を計画し、購入予定者が区分所有部分のプランを建築士とつくりあげていく形態で、賃貸での例はほとんどない。

「賃貸なのだけど、持ち家のような不思議な感覚です」と話してくれたのは、ここの賃貸コーポラティブに住む川浪さん。一戸建ての室内は、デザインを仕事とする川浪さんのこだわりにあふれている。

(写真撮影/片山 貴博)

(写真撮影/片山 貴博)

玄関ドアを開けるとモルタル仕上げの土間、そこに大きなテーブルを置いて仕事用のスペースにしている。本棚も川浪さんのオーダー(写真撮影/片山 貴博)

玄関ドアを開けるとモルタル仕上げの土間、そこに大きなテーブルを置いて仕事用のスペースにしている。本棚も川浪さんのオーダー(写真撮影/片山 貴博)

「コロナ禍になって、できる限り自分にとって居心地の良い空間で過ごしたいと思うようになりました。でもこの変化の時代に、一生の選択をして家を持っても同じ場所に住み続けるかはわかりません。賃貸は気軽だけれど、空間の自由度が低くて限界があるし、事務所利用可能な住居物件自体がほとんどないんですよ。そんなとき、カスタマイズ可能な戸建て賃貸を見つけたんです」(川浪さん)

オーナーの田畑至誠(たばた・しじょう)さんが用意していた建物オプションは壁紙や床材の選択などだったが、「エアコンを埋め込んでもらったり、床はオプション外の少し特殊な素材でお願いしたり。できる限りの希望を聞いてもらえました」(川浪さん)
基本計画以上のコストアップは、入居者が負担することになっている。「工期の期限と躯体への影響がない範囲で、と限度があるとはいえ、一般的な賃貸では考えられないことです」と川浪さんは笑顔で話す。

夫妻とふたりの子どもとの4人家族。1階は仕事用スペースとキッチンダイニング、2階は居室(写真撮影/片山 貴博)

夫妻とふたりの子どもとの4人家族。1階は仕事用スペースとキッチンダイニング、2階は居室(写真撮影/片山 貴博)

賃貸にDIYとコミュニティを解放したら好循環が生まれた

この賃貸コーポラティブ区画の敷地一帯には、もともと賃貸アパートと駐車場があった。誕生するまでは、「奇跡のような出会いがあった」と祖父の土地の相続人だった安藤勝信(あんどう・かつのぶ)さん。賃貸コーポラティブの隣地の、賃貸アパートの経営者でもある。

安藤さんの祖父母は、世田谷区で都市農場と賃貸アパートを経営していた。
「祖父は賃貸アパートの入居募集に苦労していました。東京では駅から遠い物件は人気がなく、さらに古くなるごとに賃料を下げざるを得ない。下げても満室になるとは限りません」(安藤さん)
そんな状況を見かねて、賃貸アパートの経営を安藤さんが法人をつくって買い受けたのが8年ほど前。一度内装を取り壊し、入居者の希望を内装に反映する形で募集を開始したところ、あっという間に満室になった。
さらに、敷地でのBBQや家庭菜園、焚き火台を使った小さな焚き火といった住民の要望を叶えるうちにコミュニティも深まり、居心地のいい人気物件として生まれ変わらせることができたのだ。

住人共用の菜園(写真撮影/片山貴博)

住人共用の菜園(写真撮影/片山貴博)

「賃貸経営はよくクレーム産業と言われがちです。設備不具合のクレームや住民同士のトラブルにオーナーや管理会社が追われがちなのです。ですが本当は、少しだけお互いを知る機会があれば、生活音が『苦情』から『お疲れさま』に変わることもあるのではないでしょうか。
DIYもできますから、好きな壁紙を貼ればいいし、前の住人と好みが合えば新しい人にそのまま入居してもらうこともできる。前に住んでいた住人と次に住む住人が会うこともあります。募集して待っている立場から、入居者を探せるようになりました」(安藤さん)

相続発生。プロポーザルで売却後も土地の継承を図る

アパート経営から8年ほど経ち、祖父の相続を経験した安藤さん。アパートが建つ敷地の一部、駐車場部分を納税のために手放さざるを得なかった。
「土地は先祖から授かったものではなく未来から預かったもの。亡くなった祖父がよく言っていた言葉です。
アパートのコミュニティの延長でもある土地を、将来にも良い形でバトンを渡したい」と安藤さんが相談したのは、不動産コンサルタントの田中歩(たなかあゆみ)さん。購入希望者から土地利用についてプロポーザル(提案)を受けた上で、共感できる人に売却することを提案してくれたのだそう。

安藤さんは田中さんの伴走のもと「未来へのバトンプロポーザル説明会」を開催し、思いを共有してくれる売却先を探すこととなった。

未来へのバトンプロポーザル説明会(写真提供/安藤勝信)

未来へのバトンプロポーザル説明会(写真提供/安藤勝信)

開催場所は安藤さんが納税資金を借り入れた東京中央農業協同組合のホール。銀行勤務の経験がある田中さんが「通常、相続税は10カ月内に納めねばなりません。プロポーザルからの売却では間に合わないので、納税資金を借り入れる提案をしたんです。延滞税より金利が低いですから」と教えてくれた。
「農協は地域の事業を協同組合の立場で助けてくれる仲間です。とはいえ、担当の安藤也侑(あんどう・あつむ)さん(以降、也侑さん)が自分達に共感して頑張ってくれなかったら、この協同事業に行き着けなかったかもしれません。説明会から売却、融資返済までを上司に取り付けてくれたんですから」(安藤さん)

元の敷地図。左側の駐車場部分が説明会の対象だった(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

元の敷地図。左側の駐車場部分が説明会の対象だった(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

売却部分と所有部分を一体化。コミュニティが繋がる区画に

説明会には不動産会社や投資家など数十人が集まった。

その中でもうひとり、この土地の未来に熱くなる人物が現れた。分譲コーポラティブマンションの企画やコンサルティングに携わる藤田弘之(ふじた・ひろゆき)さんだ。
「同業者から説明会の情報を得て参加したのですが、説明を聞いてびっくり。自宅の近所で、なんと借りている駐車場の売却計画でした。駐車場がなくなると困る、という思いもあって計画にのめり込みました(笑)」

説明会は、一方的に安藤さんが説明するのではなく、参加者がアイデアを出し合うワークショップの体をなした。
借りる人の好みを反映する賃貸アパートの成功例を知り、地域コミュニティへの思いを聞いた藤田さんは「入居予定者と一緒に建物仕様を決めていく、コーポラティブの手法がぴったりだと思いました」と語る。
「当初想定されていた一戸建ての分譲ではなく、中長期でオーナーの思いを引き継ぎやすい賃貸にすべき、とも提案して採用されました。先にコミュニティが醸成されていたアパート部分との繋がりも大事にしたかった。そのため、以前から信頼していた不動産投資家の田畑さんに購入を持ちかけました」(藤田さん)

敷地配置は、右上のアパート敷地と一体で書き換えられた。A、Bの一戸建てとC1~D1までの長屋が新築された賃貸コーポラティブ。「道を通して区画全体に統一感を持たせたいと、そのために売却部分を変更してもらいました。借入先の農協の也侑さんは大変だったでしょうし、新オーナーの田畑さんの共感がなければ実現できませんでした」(藤田さん)(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

敷地配置は、右上のアパート敷地と一体で書き換えられた。A、Bの一戸建てとC1~D1までの長屋が新築された賃貸コーポラティブ。「道を通して区画全体に統一感を持たせたいと、そのために売却部分を変更してもらいました。借入先の農協の也侑さんは大変だったでしょうし、新オーナーの田畑さんの共感がなければ実現できませんでした」(藤田さん)(資料提供/トライクコンサルティング藤田弘之)

田畑さんは全国で不動産を運用している投資のプロフェッショナル。賃貸物件であれば利益のためコスト効率を重視するところだが、藤田さんから紹介された安藤さんのコミュニティ重視型の賃貸経営に深く共感した。

田畑さんが土地の購入を決め、入居募集を始めてみると多くの応募があった。田畑さんは、「初期費用がかかっても好きに住みたいというニーズ」「転職歴などでローンが組めない高収入層」「オフィスと自宅を賃貸住宅で併用したい個人事業者」の多さに改めて気付かされたという。

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

安藤さんが経営する賃貸アパート(右側)と田畑さんが新オーナーとなった賃貸コーポラティブD棟(左上)。小道と植栽の統一で区画に一体感が生まれている(写真撮影/片山 貴博)

安藤さんが経営する賃貸アパート(右側)と田畑さんが新オーナーとなった賃貸コーポラティブD棟(左上)。小道と植栽の統一で区画に一体感が生まれている(写真撮影/片山 貴博)

コーディネーターの立場からプロジェクトを担当したのは、渡邉友紀(わたなべ・ゆうき)さん。「用意していたオプションは限られたものでしたが、実際は分譲コーポラティブと同じようにこだわる人が多く、キッチンセットだけで100万円かけた人もいました」(渡邉さん)

賃貸コーポラティブの契約は、一般的な賃貸借契約と同様の2年で更新。原状回復については住戸ごとの仕様に合わせて入居者と話し合い、詳細に取り決めている。
「住みながらのDIYも原則自由です。こだわりがある入居者によるリフォームは、建物の劣化ではなく価値アップに繋がりますし。また、普通の賃貸にはないようなコミュニケーションが入居者とも生まれて、経営のモチベーションにもなっています」(田畑さん)

前列左から安藤さん(アパート経営者・土地の相続人)、川浪さん(入居者)、田畑さん(隣地新オーナー) 後列から也侑さん(農協)、田中さん(不動産コンサルタント)、渡邊さん(コーポラティブコーディネーター)、藤田さん(コーポラティブコンサルタント)(写真撮影/片山 貴博)

前列左から安藤さん(アパート経営者・土地の相続人)、川浪さん(入居者)、田畑さん(隣地新オーナー)
後列左から也侑さん(農協)、田中さん(不動産コンサルタント)、渡邊さん(コーポラティブコーディネーター)、藤田さん(コーポラティブコンサルタント)(写真撮影/片山 貴博)

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

(画像提供/トライクコンサルティング藤田弘之、イラスト/渡邉友紀)

「自分好みの家はとても快適。家族もこの家と環境にすっかり馴染んでいます。初期費用もかけているので、愛着も湧きますし、その分長く丁寧に住みたいと思うようになります」という川浪さんの言葉に、笑顔になった田畑さん。
「考え方の近い人と暮らせることで、監視しあうような緊張感が生まれにくくて、むしろお互いにより豊かになるようなアイデアを持ち寄れるようなオープンな雰囲気があります」(川浪さん)

「今回大変なこともありましたが、やってみて本当によかったです。このような形が今後どこかで、ゆっくり広まってくれたらいいなと思っています」(安藤さん)

自分に合う住まいで暮らすこと、隣人を大切にできること。この事例をヒントに、理想に叶う賃貸がもっと増えることを期待していきたい。

●取材協力
安藤勝信さん(株式会社アンディート)、田中歩さん(あゆみリアルティーサービス)、藤田弘之さん(トライク・コンサルティング)、田畑至誠さん(グレープEQ)、渡邉友紀さん(NENGO)、安藤也侑さん(東京中央農業協同組合)、川浪さん(入居者)

京都らしい街並みが消えていく…。1年に800件滅失する京町家に救世主?

古都・京都の風情を残す「京町家」。 筆者もある種の憧れを感じてきたが、このたび「京町家等の不動産情報ポータルサイトが公開された」という報道を見て、そのサイトをのぞいてみた。そこには、実際に賃借や購入ができる京町家の物件情報に加え、京町家を活用した事例の紹介もされていた。このサイトを見ているだけでも面白いのだが、サイト公開に至る経緯などの詳しい話を聞きに行くことにした。

1日に2軒の京町家がなくなっている!京町家を保全する活動が盛んに

ポータルサイトの名前は、「MATCH YA(マッチヤ)」だ。 文化的価値を持つ京町家や古民家、近代和風住宅などの歴史的建造物に特化して、マッチングのための“不動産情報”や活用したい企業や起業家の参考になる“活用事例”が紹介されている。運営するのは、経済、不動産、建築、金融、法律、市民活動、行政の団体で構成され、所有者や居住者と協力して京町家などの保全・継承を担う「京町家等継承ネット」(事務局:公益財団法人京都市景観・まちづくりセンター)だ。

今回、取材に対応していただいたのは、事務局の京都市景観・まちづくりセンター(以下、まちセン)の西井明里さん、網野正観さん、京町家等継承ネットに協力する株式会社フラット・エージェンシーの寺田敏紀さん、浜田幸夫さんの4名だ。

「MATCH YA」公開に至る経緯には、いくつか要因がある。

直近の要因は、新型コロナウイルスの影響だ。京町家への関心は、日本全国あるいは海外へと広がっているが、コロナ下でテレワークが普及したり、京都への来訪が難しくなったりしたことで、インターネットを活用した京町家の物件や活用事例の紹介の重要性が高まった。

そして、より根源的な要因は、京町家が年々減少していることだ。京都市が行った2016(平成28)年の調査によると、その時点の京町家は約4万軒(うち約5800軒が空き家)あり、7年前と比べて約5600軒の京町家が滅失しているという。1日当たり2軒が取り壊された計算になり、空き家率も高まっている。

京町家は建物や街並みというだけでなく、京都の生活文化を残すものでもある。京町家には、京都の暮らしの文化、建築が持つ空間の文化、職住共存を基本として発展してきたまちづくりの文化が息づいている。そこで、20年ほど前から京町家を残そうという活動が盛んになるが、「MATCH YA」開設も、この京町家の保全・継承を目指すビッグプロジェクトの取り組みの一つにすぎなかった。

20年以上にわたる「京町家を残そう」という活動

「MATCH YA」を運営する「京町家等継承ネット」の事務局であるまちセンは、住民・企業・行政が連携してまちづくりを推進する橋渡しをしようと、1997年に設立した。京町家が街から姿を消していく現状を目の当たりにして、2001年から「京町家なんでも相談」を、2005年から「京町家まちづくりファンド」を始めた。

ちなみに、今回の取材場所として指定されたのは、取材時点で「MATCH YA」に賃貸物件として掲載されていた京町家だ。ここは、京町家なんでも相談に所有者が改修の相談に来て、「京町家まちづくりファンド」で外観改修助成を行った物件だという。地道で長期的な活動が、成果を生んでいる事例ということだろう。

取材場所になった「元カフェの町家」。かつて豆腐屋として建てられた名残である、大きな土間が特徴(筆者撮影)

取材場所になった「元カフェの町家」。かつて豆腐屋として建てられた名残である、大きな土間が特徴(筆者撮影)

京都市も、京町家の保全・継承に本腰を入れるようになる。2007年に「京町家耐震改修助成制度」を設け、2012年には「京都市伝統的な木造建築物の保存及び活用に関する条例」を制定し、2013年には新たに鉄筋コンクリート造等の非木造建築物も対象に加え、名称も「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」に改正した。さらに2017年に「京都市京町家の保全及び継承に関する条例(京町家条例)」を制定した。

こうしたなか、2014年にはまちセンを事務局として「京町家等継承ネット」が設立された。京町家の保全継承には、公的な支援制度も必要なうえ、伝統技術の継承、法律等の専門知識、改修費用のための金融支援、利活用を促す市場流通のための不動産業の協力や経済界の支援など、幅広い領域のサポートが不可欠であることから、31の関係団体が会員となったネットワークで京町家の継承に当たろうという組織だ。

「京町家を守りたい」という京都の“ホンキ度”がすごい!

実は、筆者自身も東京で、歴史ある建物の保全活動をする団体の会員になっている。ただし、とてつもなく高いハードルを感じている。歴史ある建物を保全しようとすると、安全性や意匠性を担保するための改修費用がかなり掛かり、建て替えた方が安く済むということが多い。たとえ所有者が愛着ある建物を保全したいと思っても、次の代に相続が発生すると、相続人たちの話し合いで売却されてしまうことも多い。行政側も、よほど著名な建築家が設計したり著名な人が住んでいたりしない限り、保全に動くことは少ない。

ところが、京町家の場合は、行政も含めて、あの手この手で可能な手を打ち続けている。保全継承の“ホンキ度”がハンパないと感じた。たとえば、京都市ではすでに紹介したように、現実的に京町家の保全継承を支援する条例を定めている。

まず、京町家であるという認識がなく、単なる古い家と思っている所有者も多い。そこで、条例で京町家について定義をした。
〇京町家の主な定義
築年:昭和25年以前に建築
構造:伝統的な構造で建てられた、平入り屋根の木造一戸建て(長屋建て含)など
形態・意匠:通り庭、火袋、通り庇などの京町家特有の形態を1つ以上有すること

典型的な京町家の改修事例

釜座町町家の改修事例(画像提供:京町家等継承ネット)

釜座町町家の改修事例(画像提供:京町家等継承ネット)

また、京町家条例では京町家を個別にあるいは地区を指定して、保全継承のために相談対応や補助金などの支援をする一方で、解体をする場合は着手する1年前までに届け出をすることを定めている。解体までに保全継承の手立てはないかを検討する時間が1年生じることで、保全継承につなげたい狙いだ。

一方、条例で法律の制限を緩和する策を講じた。建築基準法が制定された昭和25年より前の伝統的な構造で建てられた家は、建築基準法に合致していない。こうした家を増築したり、住宅から飲食店や宿泊施設などに変更したりすると、現行の建築基準法に適合させなければならない。となると、壁や筋交いなどの構造材を補強するなどで、京町家らしい文化的な意匠や形態を保全することができない事例も出てくる。

そのため、景観的・文化的に特に重要なものとして位置付けられた建築物について、建築物の安全性の維持向上を図ることにより、建築基準法の適用を除外して、改修が行えるようになった。2017年からは、「包括同意基準」(一定の構造規模・安全基準・維持管理の方法の基準からなる技術的基準)を制定して、一般的な京町家の改修手続きの簡素化なども図っている。

京都では、京都市内の京町家の調査を継続して行っている。調査によって、典型的な京町家だけでなく、長屋や看板建築などの見た目ではそうとはわかりづらい京町家の存在も明らかになった。京都市と立命館大学、まちセンが2008・2009年度に実施した大規模調査では、専門調査員とボランティアの市民調査員が、京都市内の約5万軒の京町家について外観調査とアンケート調査を行い、京町家の実態を把握した。2016年にも追跡調査により、京町家の滅失状況などを捕捉している。

京町家まちづくりファンドの改修前後の事例(画像提供:京町家等継承ネット)

京町家まちづくりファンドの改修前後の事例(画像提供:京町家等継承ネット)

また、まちセンでは京町家の価値を客観的に把握してもらうために、文化的価値や建物の基礎情報などをまとめた「京町家カルテ」などの作成等も行っている。

京町家を「保全継承したい人」と「活用したい人」をマッチング

しかし、このように行政・民間を問わず京町家の保全継承に取り組んでいるとはいえ、個々の京町家の所有者が補助金等の支援を受けて改修工事を実施し、自ら活用者を探すことは難しい。所有者の相談などに応じて、活用計画を立てて活用してくれる人を探してくれる存在が必要だ。

そこで、京都市やまちセンでは、「マッチング制度」によって、不動産会社などの登録団体が活用の提案や助言をする仕組みを整えている。

改修費用についても、公的な補助制度のほか、地元不動産会社の働きかけなどにより地元金融機関において京町家向けのローンが提供されたり、賃貸の場合に所有者(貸主)と活用事業者(借主)の費用分担で、借主が全額負担して家賃を低減する方法なども提案している。

冒頭のポータルサイト「MATCH YA」は、こうしたマッチングの取り組みのひとつでもある。同サイトに京町家の掲載を依頼できるのは、事前に登録した不動産会社のみで、申請された物件をさらにまちセンで「MATCH YA」の要件に合うかどうか審査したうえで物件情報として掲載するなど、厳しい運用をしている。京町家に興味のある個人だけでなく、店舗やオフィスなどとして活用したい企業にもアピールしたいとしている。

京町家の保全継承とひとくちにいっても、所有者だけではなく、多方面の専門家の知恵を絞らないと実現できない。京町家の保全継承には生活スタイルに合わせた改修が不可欠だが、取材時に「京町家を健全に改修する」という言葉を何度か聞いた。建築基準法のような同じルールに従うのではなく、個別の京町家の構造体がどんな状態か把握し、伝統的な構造に適した耐震補強や意匠を保持しながら防火性能を高める方法を検討して、京町家として健全に改修をすることで、こうした改修技術を引き上げることも必要となる。多方面での地道な努力によって、ようやく京町家の保全継承が実現するというわけだ。

とはいえ、京町家はあくまで個人の所有財産だ。所有者側に京町家を保全継承しようというマインドや環境が整わなければ、実現するには至らない。ここまであの手この手を尽くしても、残念ながら滅失してしまう京町家も相当数あるだろう。

京町家の長い奥行きの敷地を生かした通り庭や奥庭、大戸、出格子など季節を取り込む工夫や独特のデザインは、ぜひ守ってほしいと思うが、所有者や関係者だけで保全継承を担うのは難しい。ファンドに寄付をしたり活用に手を挙げたりなど、多くの人たちが京町家の保全継承に長く関心を払うことが大切だろう。

●関連サイト
京都市、京町家等の不動産情報ポータルサイトの公開について
「MATCH YA」未来と町家をマッチするポータルサイト
京町家等継承ネット

高齢の母が住む賃貸の1室がシェアスペースに? 住人の交流や見守りはじまる

賃貸マンションに入居していた住人の一人が、高齢のお母さんを同じマンションに呼び寄せたところ、自然とその部屋がシェアスペースに。住人同士の交流が深まった、という話を聞きました。「お母さんの部屋がシェアスペースに」とは一体どんな空間で、集まる人たちはどのように交流し、どう感じているのでしょうか。

東京都世田谷区内にある賃貸マンションの大家である安藤勝信さん、住人のKさん、Nさん(Kさんの母)、Eさんにお話を聞きました。

「どなたか、母と一緒に犬の散歩に行ってもらえる人を知りませんか?」

全10戸からなるこのマンションに住むKさんが、住人同士のグループLINEに投稿したのは、3月ごろのこと。神奈川県内で医師として働くKさん(40代)は、日中は仕事で不在にしています。Nさん(70代)は、一通りの日常生活は自分でできるものの、数年前からアルツハイマー病を患っており、慣れない環境に一人でいることは不安な状況でした。また、Nさんが飼うトイプードルのラッキーも、昼間に一度は散歩に連れ出す必要もありました。

マンションの3階で、共用テラスのチェアに座るNさんとラッキー(写真撮影/片山貴博)

マンションの3階で、共用テラスのチェアに座るNさんとラッキー(写真撮影/片山貴博)

Kさんは10年ほど前、この賃貸マンションができた当初からの住人です。長野県にある実家で暮らしていた両親のうち、父が入院することになり、母のNさんを同じマンションの別室に呼び寄せたのでした。

「2~3年前からできれば近くで住みたいと考えていたものの、高齢の両親が賃貸物件を借りることは、簡単なことではありませんでした。近年、高齢者や生活に一定の不安を抱えた人が本人にとって快適な賃貸物件を借りようとするときに、入居をみとめてもらいにくいなどの問題があります。大家の安藤さんに『なかなか物件探しが難しくて……』と話をしたところ、『このマンション内にお引っ越し予定の部屋があるよ』と教えてもらい、母の部屋としてもう1室借りることにしたのです」(Kさん)

この賃貸マンションができたときからの住人である娘のKさんと母Nさん(写真撮影/片山貴博)

この賃貸マンションができたときからの住人である娘のKさんと母Nさん(写真撮影/片山貴博)

お母さんの部屋が住人みんなのシェアスペースに!?

このマンションには、1階に大家の安藤さんファミリーも住んでいて、他にもう一つファミリー向けの住戸、加えて写真スタジオがあります。2階と3階は単身者向けの部屋がメインで、そのうちの2つにKさんとNさん母娘が住んでいます。

取材当日、母のNさんの部屋を訪れると、玄関ドアの外側には、日替わりのメニューが書かれたホワイトボード「ラッキー&NさんCafe」の看板がありました。この日のおすすめは、「ミニプッチンプリン」と「贅沢ルマンド宇治抹茶カカオ」だそう。最後には「本日、14時ごろまでお待ちしています」とメッセージが添えられています。

Nさんの玄関ドアにかけられたラッキーの写真と本日のおすすめメニュー。その日は取材直前の14時まで「ラッキー&NさんCafe」がオープンしていた模様(写真撮影/片山貴博)

Nさんの玄関ドアにかけられたラッキーの写真と本日のおすすめメニュー。その日は取材直前の14時まで「ラッキー&NさんCafe」がオープンしていた模様(写真撮影/片山貴博)

マンションができたときから、安藤さんは新しく入居する人がいれば歓迎会を開くなどして「住人同士の自然なコミュニケーションによる関係構築を大切にしてきた」そう。そのため、マンション退去後も近隣に引っ越した前住人が食事会に参加することも自然なことだと言います。さらに前述のグループLINEが交流をきっかけに自発的にできたことで、何かあったときのやり取りも気安く便利なものになりました。

Nさんとラッキーの散歩には、グループLINEでのKさんの呼びかけに応じる形で、同じマンション内で在宅ワークをしている住人と近隣に住む前住人の2人が交代で付き添うように。Nさんも「オートロックの開け方すらわからなくて困っていたときに、助けてもらったことも。そういう繋がりがありがたい」と喜んでいます。

さらにKさんが他の住人にも「お茶を飲みにだけでも寄ってください」「暇な時に来てくださったら嬉しいです」と声をかけるうちに、Nさんの部屋が、住人みんなが出入りするシェアスペースのようになっていったのだそうです。

ラッキーとNさんと仲良しになった、安藤さんの娘さんもちょくちょく遊びに来るそう(写真撮影/片山貴博)

ラッキーとNさんと仲良しになった、安藤さんの娘さんもちょくちょく遊びに来るそう(写真撮影/片山貴博)

住人同士で食事会を開催、住人発案のグループLINEも

私たち取材陣が訪れたその日も、夜はNさんの部屋で住民同士の食事会が開催されると言います。筆者が「今日はどなたが参加されるんですか?」と尋ねると、Kさんは指を折りながら「今日は私たちと◯◯さんと、◯◯さん、◯◯さん……。あれ? 2階以上に住んでいる単身者は全員ですね(笑)」と答えてくれました。

しかも、開かれる場所はNさんの部屋ですが、主催者は部屋の主人であるNさんでも、娘のKさんでも、大家の安藤さんでもないと言います。何でも、前回の食事会をしたときに、住人の一人が他の住人に誘われて料理教室に通い始めたため、習った料理をつくるよ!という話になったのだそう。先にフォカッチャをつくっておこうか、と盛り上がるKさんたちは、本当に楽しそう。食事会は特に定期的に開催しようとしているわけではなく「開催すると盛り上がってじゃあまた次はいつにしようか、となる」(Kさん)のだそうです。

屋上の共用テラスには大家の安藤さんや住人が手入れする小さなハーブガーデンがある。ここにあるレモングラスを切ってKさんが淹れてくれたハーブティー。住人はハーブを自由に取って料理などに使っているのだとか(写真撮影/片山貴博)

屋上の共用テラスには大家の安藤さんや住人が手入れする小さなハーブガーデンがある。ここにあるレモングラスを切ってKさんが淹れてくれたハーブティー。住人はハーブを自由に取って料理などに使っているのだとか(写真撮影/片山貴博)

食事会の詳細を住人同士でやり取りするときに活用されるのは、やはり、グループLINEです。これは大家の安藤さんが作成したものではなく、今回お話を聞かせてくれた一人、グラフィックデザイナーのEさん(30代)の歓迎会が2年前に開かれた時にできました。前に住んでいた人が「やり取りが面倒だから繋がっちゃおうよ」と声をかけてつくることになったものだと言います。

“対流”が先で構造は結果、住人同士の“信頼”で成り立つ緩やかなコミュニティ

筆者が「大家さんでなく、住人さん、しかも前に住んでいた人が退去後も食事会に参加し続けていて、住人同士のグループLINEを作るなんて初めて聞きました!」と、大家の安藤さんに声をかけると「コミュニティってつくるものではないと思うんですよね」という答えが返ってきました。

「熱量の中で自然とできていくものであって、つくろうとすると、むしろ指の間からすり抜けていくようなものだと思うんです。ましてや大家が押し付けるものではない、と私は考えています。例えば、私が先にグループLINEという構造をつくってしまうと、きっと裏アカ(裏アカウント、表のアカウントに対して秘密裏にやり取りされるアカウント)ができたりするものでしょう(笑)」(安藤さん)

このマンションのオーナー、安藤勝信さん。みんなでワイワイ話している間、BGMのように心地よいギターの音色を聞かせてくれた。ときどきNさんの部屋で演奏して練習しているそう(写真撮影/片山貴博)

このマンションのオーナー、安藤勝信さん。みんなでワイワイ話している間、BGMのように心地よいギターの音色を聞かせてくれた。ときどきNさんの部屋で演奏して練習しているそう(写真撮影/片山貴博)

現在のグループLINEも作成されたのはEさんの歓迎会が開かれた2年前。つまり、このマンションができてから8年間は住人プラス大家の安藤さんのグループLINEはない状態でやってきたということです。それまで何か連絡が必要なときにどうしていたのかを聞くと、安藤さんは一人ひとり個別に連絡をしていた、と言います。

「大家である私にとっては、当然グループLINEのような仕組みがあった方が連絡も1回で済むので楽なんです。ただ、なんとなく違和感があって私からはつくりませんでした。。仕掛けるという視点側にいるとそういった構造からつくりがちです。私にできることは住まい手にとっての良き環境になること、それをコントロールしようとすれば、相手の方は私に信頼されていないと感じてしまうでしょう。お互いの信頼をベースに、時間とともに住む人同士の関係が構築されていくことが、自然で居心地のいい関係に繋がるのではないでしょうか」(安藤さん)

マンションのエントランス脇の掲示板も、住人たちがおすすめのお店やメッセージを自由に貼り付け、コミュニケーションの場になっている(写真撮影/片山貴博)

マンションのエントランス脇の掲示板も、住人たちがおすすめのお店やメッセージを自由に貼り付け、コミュニケーションの場になっている(写真撮影/片山貴博)

同じくエントランス脇の素敵なライティングビューローには、住人たちがお土産をシェアしたり、おすすめの本を並べて、自由に貸し借りしている。自分の置いた本が棚に見当たらないときは「誰かが借りて読んでくれてる!と思って嬉しい」(Eさん)のだそう(写真撮影/唐松奈津子)

同じくエントランス脇の素敵なライティングビューローには、住人たちがお土産をシェアしたり、おすすめの本を並べて、自由に貸し借りしている。自分の置いた本が棚に見当たらないときは「誰かが借りて読んでくれてる!と思って嬉しい」(Eさん)のだそう(写真撮影/唐松奈津子)

「ヘルプを出してもらえることが嬉しい」お互いさまの関係

たしかに住人の一人であるEさんの話を聞いて印象的だったのが、「Kさんがお母さんのことでヘルプを出してくれたのが嬉しかった」という言葉でした。Eさんは在宅で仕事をしているので、Nさんの玄関に「お待ちしてます」の看板がかかっているときにはお茶を飲みに訪れ、時にはNさんと一緒に台所に立って簡単な夕食の準備をしながらKさんの帰りを待つこともあるそうです。

住人の一人、グラフィックデザイナーのE さん(写真右)。Nさんの部屋のキッチンとリビングを行き来しながら手慣れた様子でお茶を運んでくれた(写真撮影/片山貴博)

住人の一人、グラフィックデザイナーのE さん(写真右)。Nさんの部屋のキッチンとリビングを行き来しながら手慣れた様子でお茶を運んでくれた(写真撮影/片山貴博)

「結局、Nさんとラッキーのお散歩は他の方がお手伝いしてくださることになりましたが、Kさんに頼ってもらえたことがまず嬉しかったんです。私は仕事の合間にお邪魔してNさんと一緒にお茶を飲んでいるだけですが、こんなことで喜ばれるなら、私も嬉しい。そして、コロナ禍でなかなか外出しづらいなか、私自身にとっても、とてもいい過ごし方のひとつになっているんです」(Eさん)

住む「人」次第で、ルールも変える

Eさんは内見の時から住人とのコミュニケーションが始まっていたといいます。

「住み始める前、お部屋の内見に来たときにKさんなど住人の方が3階の共用テラスに座ってお茶を飲んでいて。よかったら座って一緒にいかがですか、と席を勧めてくださったのが嬉しかったことを覚えています」(Eさん)

Eさんが見学に来た時も住人たちがみんなでお茶を楽しんでいたそう(写真撮影/片山貴博)

Eさんが見学に来た時も住人たちがみんなでお茶を楽しんでいたそう(写真撮影/片山貴博)

実は、Eさんの見学が終わった後、安藤さんは他の住人たちに「今日見学に来た人で誰が入居するのがいいかな?」と聞いてEさんの入居が決まったのだそう。

「新しく入居される方も、既に住んでいる私たちも、お互い選び選ばれる関係だと思っています。この人に住んでもらいたい、と思ったら構造や秩序を形づくるルールも、人に合わせて変わっていいと思うんです。

例えば、もともとこのマンション内で飼育可能な動物は猫のみでした。でもEさんに住んでほしいと思ったら、Eさんはヨウムというインコを飼っていたので鳥がOKになりました。Nさんが入居するときにも、住人みんなにNさんの状況と愛犬がいることは大丈夫?と聞いたんですよ。それで全員賛成だったからいま、Nさんもラッキーもここに一緒に暮らしています」(安藤さん)

3階の共用テラスで記念撮影。写真右下に生えているのが、取材時に切ってハーブティーとしていただいたレモングラス(写真撮影/片山貴博)

3階の共用テラスで記念撮影。写真右下に生えているのが、取材時に切ってハーブティーとしていただいたレモングラス(写真撮影/片山貴博)

Kさんが、母Nさんの入居できる物件を探していたときに苦労した背景には、高齢者の孤独死や家賃滞納などの問題が増え、大家さんや不動産会社に負担のかかる場面が生じていることなどがあります。そのリスクを回避し、関係する人みんなが安心・安全に過ごすためにルールや体制などの“構造”が必要なこともあるでしょう。

一方で、安藤さんが「今は量より質で、人が主役でなければならない」と言うように、住まいにおいても住む人、一人ひとりにとって心地よく、ちょうど良い距離感での関係構築やサービス提供が求められているように感じます。そのバランスを考えるとき、この賃貸マンションで時間とコミュニケーションを重ねながらできてきた小さなコミュニティの在り方は、参考になるのではないでしょうか。

●取材協力
株式会社アンディート代表取締役安藤勝信さん(オーナー)とお住まいのKさん、Nさん、Eさん、ラッキー

JR中央線(東京都内)32駅の家賃相場が安い駅ランキング 2021年版

東京駅から日本最大級の繁華街・新宿を経て、住みたい街人気の高い駅の数々を経由していくJR中央線。長野を経て愛知まで延びる沿線のうち、東京都内にある32駅の最新の家賃相場ランキングをリサーチ。ワンルーム・1K・1DKの物件を対象に、ねらい目の駅やエリア、その特徴を探ってみた。

JR中央線、都内32駅の家賃相場が安い駅ランキング

順位/駅名/駅の所在地/家賃相場
1位 高尾(八王子市) 4.30万円
2位 西八王子(八王子市) 4.50万円
3位 日野(日野市) 5.10万円
4位 豊田(日野市)5.20万円
5位 西国分寺(国分寺市)5.30万円
6位 八王子(八王子市)5.50万円
6位 国立(国立市)5.50万円
8位 国分寺(国分寺市)5.90万円
9位 東小金井(小金井市)6.20万円
9位 武蔵小金井(小金井市)6.20万円
11位 武蔵境(武蔵野市)6.90万円
12位 三鷹(三鷹市)7.20万円
12位 阿佐ヶ谷(杉並区)7.20万円
14位 西荻窪(杉並区)7.40万円
15位 吉祥寺(武蔵野市)7.50万円
16位立川(立川市)7.70万円
16位高円寺(杉並区)7.70万円
18位荻窪(杉並区)7.75万円
19位中野(中野区)8.00万円
20位東中野(中野区)8.30万円
21位大久保(新宿区)9.50万円
22位信濃町(新宿区)10.95万円
23位代々木(渋谷区)11.00万円
24位飯田橋(千代田区)11.30万円
25位御茶ノ水(千代田区)11.40万円
25位新宿(新宿区)11.40万円
25位東京(千代田区)11.40万円
25位水道橋(千代田区)11.40万円
29位神田(千代田区)11.52万円
30位市ヶ谷(千代田区)12.00万円
31位千駄ヶ谷(渋谷区)12.10万円
32位四ツ谷(新宿区)12.20万円

ランキング上位駅が多い八王子市は、国際都市への飛躍が期待

JR中央線は、「SUUMO住みたい街(駅)ランキング関東版」住みたい沿線ランキングに2019年、2020年に続いて4位に入る人気の路線。沿線の吉祥寺、立川、三鷹は、住みたい街ランキングのそれぞれ3位、25位、27位にも入っている。

高尾駅(写真/PIXTA)

高尾駅(写真/PIXTA)

上位19駅はすべて快速が停車するが(一部平日のみ)、1位の高尾駅は通勤特快や成田エクスプレス、2位の西八王子駅は中央特快も停車する。所在地は、東京都の市部では最大の八王子市。6位にも市のターミナル駅である八王子駅がランクインしている。

高尾駅は、同名の人気観光地、高尾山の印象が強い。八王子市はそんな高尾山のイメージ同様、自然が豊かな地域だが、同市を中心にした地域は実は製造業も盛んだ。中央大学多摩キャンパスや東京薬科大学、創価大学など大学や大手企業の研究機関も多く、八王子駅前には都の産業振興やインバウンド振興策の一環であるMICE(※)を目的とした東京都立多摩産業交流センターが2022年10月に開業予定。国際会議・学会など世界から人が集まる国際的な都市としての飛躍が期待されている。
※MICEとは、Meeting( 会議やセミナー )、Incentive travel( 研修・報奨・招待旅行 )、Convention( 国際会議・学会 )、Exhibition または Event( 展示会・イベント )の総称。国際的な会議やイベントを観光と絡めて招致し、周辺の産業を活性化していく取り組み

3位の日野駅、4位の豊田駅はともに中央特快の停車駅で、所在地は日野市。多摩川などの河川や湧水といった水辺や自然環境に恵まれた日野市は、「水都日野」を掲げ、それらを生かした街づくりを目指している。市から社名をとった日野自動車やGEヘルスケア・ジャパンなど、同市に本社を置く大手企業も多いが、のどかな雰囲気もただよう。

日野宿本陣(写真/PIXTA)

日野宿本陣(写真/PIXTA)

日野駅近くにある市の指定文化財、江戸時代の宿場「日野宿本陣」は、都内に現存する唯一の本陣で一般公開もされている。また日野市は、土方歳三や井上源三郎など著名な新選組隊士の出身地であり、彼らが剣術を学んだのも、日野駅のすぐ近く。その縁で、「新選組のふるさと」としても知られている。

豊田駅は、東京方面への始発になる列車も運行されており、通勤や通学時に座って利用できるのが利点。駅周辺は飲食店なども多く、大型の商業施設「イオンモール多摩平の森」があり、日常生活の味方として心強いだろう。

住み続けたい自治体トップ武蔵野市の駅は

2021年10月に発表された、実際に住んでいる人に聞いた「SUUMO 2021年住み続けたい街(自治体/駅)ランキング関東版」によると、住み続けたい自治体のトップは武蔵野市だった。その武蔵野市にある駅は、11位に武蔵境駅、15位に吉祥寺駅がランクインしている。ちなみに12位の三鷹駅は、駅の南口は所在地が三鷹市だが、北口は武蔵野市と、出口で自治体が異なっている。

武蔵野市は、全域が市街化区域に区分されている一方で、吉祥寺を中心に文化や商業が集積している。成蹊大学や武蔵野美術大学吉祥寺校など大学が多いほか、センスの良い作品ラインアップで人気の吉祥寺シアターなどの劇場もある。また、武蔵野八幡宮など由緒ある寺社や歴史的建造物も数多い。

武蔵境駅(写真/PIXTA)

武蔵境駅(写真/PIXTA)

武蔵境駅はJR青梅線に乗り入れしており、西武多摩川線も利用できる。沿線の大学に通う学生に向けた物件も多いため学生街の面も持つ。クイーンズ伊勢丹などが入った駅直結の商業施設「nonowa武蔵境店」や、駅前にはカルディコーヒーファームなども入った大型スーパー「イトーヨーカドー武蔵境店」がある。駅北口にはチェーン系飲食店も充実した商店街もあり、日常の買い物には非常に便利だ。

駅前にある図書館「武蔵野プレイス」は、ミニコンサートなどのイベントも数多く開催。生涯学習支援なども行っており、カフェも併設。市民の出会いの場も提供している。

三鷹駅南口周辺(写真/PIXTA)

三鷹駅南口周辺(写真/PIXTA)

駅の立地がユニークな三鷹駅は、JR総武線や東京メトロ東西線も始発として乗り入れている。スタジオジブリの「三鷹の森ジブリ美術館」があることで知られているが、街並みも閑静だ。

駅前の中央通りでは、歩行者天国や、手づくり品を売る「M-マルシェ」などのイベントが定期的に開かれている。周辺には農業を営む人も多いため、街中で野菜などの直売所を見かけることもあり、ジブリ作品から連想される豊かな自然や穏やかな生活の期待を裏切らない街といえるだろう。

JR中央線はビジネス街や繁華街、少し“尖った”住みたい街などを経由するため、個性的なイメージもある。しかし沿線は都内であっても、自然豊かでのんびりした街も数多い。刺激的な生活と穏やかな日常を両立できる、素敵な部屋がみつけられそうだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている中央線沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/7~2021/9
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

東急東横線の家賃相場が安い駅ランキング 2021年版

SUUMO「関東 住みたい街ランキング」で、住みたい沿線ランキング上位の常連である東急東横線。渋谷駅から横浜駅までをつなぐ東急電鉄の基幹路線で、自由が丘駅や中目黒駅など魅力的な街が連なる。部屋探しの際には選択肢に入れる人も多い路線だが、なかでも穴場の駅を探すならどこがいいのだろうか。ワンルーム・1K・1DKの物件を対象にした東横線21駅の最新の家賃相場ランキングから考えてみよう。

東横線の家賃相場の安い駅ランキング

順位/駅名/家賃相場/駅の所在地
1位 白楽 5.70万円 神奈川県横浜市神奈川区
2位 妙蓮寺 5.95万円 神奈川県横浜市港北区
3位 東白楽 6.00万円 神奈川県横浜市神奈川区
4位 大倉山 6.50万円 神奈川県横浜市港北区
4位 菊名 6.50万円 神奈川県横浜市港北区
6位 日吉 6.60万円 神奈川県横浜市港北区
7位 綱島 6.75万円 神奈川県横浜市港北区
8位 元住吉 7.00万円 神奈川県 川崎市中原区
9位 反町 7.60万円 神奈川県横浜市神奈川区
10位 多摩川 7.80万円 東京都大田区
11位 武蔵小杉 8.10万円 神奈川県川崎市中原区
12位 新丸子 8.20万円 神奈川県川崎市中原区
13位 田園調布 8.30万円 東京都大田区
14位 横浜 8.50万円 神奈川県横浜市西区
15位 自由が丘 9.00万円 東京都目黒区
16位 祐天寺 9.20万円 東京都目黒区
17位 学芸大学 9.30万円 東京都目黒区
18位 都立大学 9.70万円 東京都目黒区
19位 中目黒 11.50万円 東京都目黒区
20位 渋谷 12.30万円 東京都渋谷区
21位 代官山 12.70万円 東京都渋谷区

上位の白楽駅と東白楽駅は横浜駅も生活圏

1位は白楽駅。所在地は横浜市神奈川区で、各駅停車のみの駅だ。
周辺はのんびりした住宅街だが、神奈川大学(横浜キャンパス)の最寄駅の一つであり、学生街としての顔ももつ。自炊がおっくうな単身者には心強いチェーン系の飲食店が充実している一方で、近くには昔ながらの個人商店や個性的な飲食店などが魅力的な六角橋商店街があり、散策するだけでも楽しそうだ。

白楽駅西口すぐにある六角橋商店街(写真/PIXTA)

白楽駅西口すぐにある六角橋商店街(写真/PIXTA)

横浜駅からは3駅で、所要時間は約5分。距離は約3kmなため、繁華街である横浜駅付近で夜遅くまで過ごしてしまってもタクシー代が安価で済んだり、健康目的で歩いて帰宅したりしても大きな負担ではない距離なのは魅力的だろう。地に足のついたゆったりした生活と、繁華街の生活圏という利便性の両立ができそうだ。

3位の東白楽駅は、白楽駅の横浜側方面の隣駅。横浜駅からの距離は約2kmで、前述の利点は東白楽駅も同様だ。さらに東白楽駅近辺は、徒歩圏内にJR東神奈川駅と京急本線の仲木戸駅がある。東神奈川駅からは新幹線の停車駅である新横浜駅までJR横浜線で直通、仲木戸駅も羽田空港への京急本線エアポート急行が運行しているので、各地への出張の多いビジネスパーソンにとっては狙い目だろう。

駅前はこぢんまりして見えるが、少し行くと、百円均一店や家電も扱う大規模スーパー「イオンスタイル東神奈川」店などがあり、大概の買い物は賄える。多忙な人もそれほどでもない人も、それぞれの目的をちゃんと満たしてくれる街かもしれない。

趣味を満喫できそうな大倉山駅、下町情緒が楽しい元住吉駅

4位の大倉山駅は横浜市港北区にある。各駅停車の駅だが、港北区役所の最寄駅だ。閑静な住宅街で、駅を中心に同様に落ち着いた雰囲気の複数の商店街がある。個人経営らしきカフェなどの飲食店も数多く、休日の地元散策が楽しそう。付近にはスーパーも充実している。

大倉山駅周辺(写真/PIXTA)

大倉山駅周辺(写真/PIXTA)

駅から少し行くと、梅の名所として知られる大倉山公園がある。毎年2月ごろには観梅会が催され、梅を観ながらお茶を楽しむ野点(のだて)なども行われている。公園内の大倉山記念館は、横浜市有形文化財に指定されており、地域密着のイベントも多数開催。映画などのロケ地としても人気だ。

また大倉山駅からは、新横浜駅までの距離が2.5kmほど。新幹線の利用はもちろんだが、スポーツイベントや大規模コンサートが開催される横浜アリーナや日産スタジアムは、新横浜駅が最寄り。部屋を選ぶエリアによっては、そうした会場も徒歩圏内になる。趣味を満喫させるにはもってこいかもしれない。

所在地が川崎市の駅で最上位は8位の元住吉駅。各停のみの停車駅だが、東京メトロ南北線や都営地下鉄三田線と直通している東急目黒線も乗り入れているため、日比谷や大手町など都内のビジネス街へのアクセスも良い。

元住吉駅周辺(写真/PIXTA)

元住吉駅周辺(写真/PIXTA)

大きな商業施設はないが、駅近くには深夜まで営業しているスーパーがある。また駅前のブレーメン通り商店街やモトスミ・オズ通り商店街は関東でもよく知られた商店街で、日々とてもにぎわっている。下町の雰囲気を残したリーズナブルな商店からスーパー、おしゃれな飲食店などが混在し、外食だけでなく、コロナ禍で需要が増えたテイクアウトでも、目移りしてしまいそうだ。

「東横線」という名称からイメージするのは主に、15位の自由が丘駅から19位の中目黒駅までの、目黒区に位置する駅だろう。いずれも有名な飲食店やおしゃれな衣服、雑貨店が集まる魅力的な街だが、この5駅の中では最上位の自由が丘駅は特急の停車駅。また、閑静な住宅環境であることも知られている。もちろん家賃は張るが東横線“らしさ”と家賃、交通の便のトータルバランスを取るなら、チェックを忘れずにしておきたい。

人気のある路線は駅もそれぞれの魅力が大きく、どこを選ぶか迷ってしまうものだ。部屋選びは自分が生活の中で何を重視するかが可視化されるものだが、東横線はそれがより明確になりそうだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東横線沿線の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】
駅徒歩15分圏内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/7~2021/9
【物件相場の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

築80年めざす「いなさん団地」。建て替え計画の頓挫から逆転、マンション長寿命化へ 千葉県千葉市

有名建築家が手掛けたり、DIYやリノベを取り入れたり、若い世代を呼び込んだり……この数年、さまざまな「団地」の取り組みが脚光を集めています。ただ、その多くは賃貸で企業や自治体、URなどが所有し、大家さんとして取り組んでいるものですが、区分所有者が多数いる分譲「団地」ではどのような取り組みがされているのでしょうか。千葉県千葉市の稲毛海岸三丁目団地・通称「いなさん団地」を取材しました。

外壁、玄関やサッシを一新し、空き家対策としてDIY賃貸も

広々とした空に美しい芝生、ツートンカラーの外壁、美しい植栽……。「稲毛海岸三丁目団地」、通称「いなさん団地」を見た人なら、「えっ!築50年以上なの!?」と驚くのではないでしょうか。エレベーターこそないものの古さを感じさせず、むしろ今の建物にない「余裕」や「ゆとり」を感じさせる建物が並んでいます。独特の味わいに惹かれて、若い人が転居してくるというのも納得です。

敷地には桜や松、藤など季節の木々が植えられている(写真撮影/土屋比呂夫)

敷地には桜や松、藤など季節の木々が植えられている(写真撮影/土屋比呂夫)

団地内の公園。遊具を塗り替える際、子どもたちがデザインした絵をもとにしたという(写真撮影/土屋比呂夫)

団地内の公園。遊具を塗り替える際、子どもたちがデザインした絵をもとにしたという(写真撮影/土屋比呂夫)

この「いなさん団地」は、1968(昭和43)年から分譲され、8万4000平米の広大な敷地に5階建て27棟が配置されています。京成線京成稲毛駅から徒歩12分、京葉線稲毛海岸駅から徒歩約14分でアクセスでき、周囲には近年でも新築マンションの分譲が続くなど、住宅街として根強い人気を感じさせるエリアです。

「2016年に大規模修繕工事を終え、外壁塗装やサッシ交換、玄関などの共用部の工事をしました。NPO法人と管理会社、団地で連携し、空き家対策としてDIY可能な賃貸住戸をつくり、若い世代に住んでもらう取り組みもはじめています」と話すのはこの団地で理事長を務める草刈徹さん。理事長になってからは、管理組合を法人化するなど、住民の住みやすさのために日夜奔走しています。

いなさん団地で理事長を務める草刈徹さん(写真撮影/土屋比呂夫)

いなさん団地で理事長を務める草刈徹さん(写真撮影/土屋比呂夫)

大規模改修工事で交換した玄関扉。耐震枠、ダブルディンプルキー、A4サイズが入る郵便受けなど、細かな点まで配慮されている(写真撮影/土屋比呂夫)

大規模改修工事で交換した玄関扉。耐震枠、ダブルディンプルキー、A4サイズが入る郵便受けなど、細かな点まで配慮されている(写真撮影/土屋比呂夫)

断熱性・防音性を考え、全戸二重サッシに交換し、「驚くほど静かで部屋も暖かくなりました」(左)。サッシ上部には、通風孔も設けてある(右)

断熱性・防音性を考え、全戸二重サッシに交換し、「驚くほど静かで部屋も暖かくなりました」(左)。サッシ上部には、通風孔も設けてある(右)

専有部の給排水管の交換工事は、床を剥がさずに新たに給排水管を敷設することでコストと住民の負担を削減(写真撮影/土屋比呂夫)

専有部の給排水管の交換工事は、床を剥がさずに新たに給排水管を敷設することでコストと住民の負担を削減(写真撮影/土屋比呂夫)

このように現在、共用部も専有部も美しく手入れされている団地ですが、誕生して半世紀、現在に至るまでは、さまざまなできごとがありました。

無償で1.5倍の広さの新築マンションに!? 団地を揺るがした建て替え計画

「築20年を超えたころでしょうか、ちょうどバブル期、自己負担ゼロで1.5倍の広さの新築マンションに建て替えるという話がありました。当然、多くの住民が賛成にまわりました。当時、私は会社員でしたが、賛成にまわりましたよ」と述懐します。

「いなさん団地」のように敷地にゆとりがあり、駅から平坦、子育て世代に人気のエリアであれば、こうした建て替え計画が浮上するのは不思議なことではありません。ただ、建て替えをするのであれば、それが確定するまでの間、外壁や給排水設備の交換などの大規模修繕工事はできませんし、何をするにも「宙ぶらりん状態」となります。当然、メンテナンスをしなければ、建物は傷んでいきます。住民のみなさんには「新しい建物にタダで住みたい」「住宅ローンの残債が残っている」「スラム化させたくない」と、さまざまな思いがあったことでしょう。

しかし、バブル経済崩壊とともにこの建て替え計画も二転三転。2005年、最終的なプランでは、各住戸で約200万円程度負担し、さらに各人で引越し費用や引っ越し先を確保する必要が出てきました。それでも、建て替え決議では82.3%の賛成が得られたのですが、棟別に見たときに賛成4/5に達しない棟が8棟あり、当時の区分所有法で必要だった、「全棟について同一の建て替え決議」をクリアできず、建て替え問題はここでいったん終了となりました。

団地の歴史をまとめた冊子。50年の歴史と人々の思い出がつまっています(写真撮影/土屋比呂夫)

団地の歴史をまとめた冊子。50年の歴史と人々の思い出がつまっています(写真撮影/土屋比呂夫)

「やっぱりみなさん、この団地に愛着があるし、より良いものにしたいんですよね。建て替えをするとなると工事期間中の仮住まいと戻るのとで2回の引っ越しが必要になるし、心身ともに大きな負担になるでしょう。だから、ひと言で賛成/反対とは言い切れないものがあるんですよね」と草刈さんは解説します。

管理会社まかせにしない。できることは自分たちで

その後、築40年の節目となる2009年、最終的に「いなさん団地は、修繕・改修でいく」ということが決まり、それからは住民が一丸となって、『長寿命化を目指そう』で意見がまとまったと言います。

「建築やコンクリートの専門家に話を聞きましたが、『コンクリートは100年持つ』というので、じゃあ『築80年をめざそう』『ビンテージマンションをめざそう』ということで住民の意向がかたまりました。建物のメンテナンスはもちろん、住民の住みやすさを考えて、この10年、さまざまな対策を講じているんです」といいます。

外壁工事の際に提示されたサンプル。見本とパースを頼りに、住民で色彩を最終決定したのだそう(写真撮影/土屋比呂夫)

外壁工事の際に提示されたサンプル。見本とパースを頼りに、住民で色彩を最終決定したのだそう(写真撮影/土屋比呂夫)

冒頭にあげた大規模修繕工事などのさまざまな試みは、この「長寿命化」の一つだったのです。また長寿命化のために資金面での裏付けとして、修繕費積立金は月額平均4000円を値上げし、現在に至っています。

「現在、清掃や管理業務は管理会社に委託していますが、管理会社まかせにせず、馴れ合うことのない、緊張感が必要だと思います。また、住民ができることは自分たちでやっていて、20カ所の花壇や芝生などは、団地の『植栽会』が担っています」(草刈さん)といい、その甲斐もあって、建物を囲む芝生は青々として美しい姿を保っています。また、住民同士で電球の交換や日頃の不便を解消しあったりと、コミュニティ活動も盛んなのだそう。

団地の花壇。少しずつ個性があるので見て歩くのも楽しい(写真撮影/土屋比呂夫)

団地の花壇。少しずつ個性があるので見て歩くのも楽しい(写真撮影/土屋比呂夫)

いなさん団地にお住まいの女性。分譲開始時に入居し、定年まで勤務したのち、現在は植栽会などに参加し、団地での人脈を広げて暮らしを楽しんでいるそう(写真撮影/土屋比呂夫)

いなさん団地にお住まいの女性。分譲開始時に入居し、定年まで勤務したのち、現在は植栽会などに参加し、団地での人脈を広げて暮らしを楽しんでいるそう(写真撮影/土屋比呂夫)

大規模修繕工事を終え、次は住民の利便性を高めようと、宅配ロッカーや自動販売機などを導入。さらに管理棟に太陽光発電パネル、AEDを設置するなど、できることは次々と取り入れています。

敷地内に新設された宅配ロッカー(左)とAED装置。着々と設備を新しくしています(写真撮影/土屋比呂夫)

敷地内に新設された宅配ロッカー(左)とAED装置。着々と設備を新しくしています(写真撮影/土屋比呂夫)

「受け取り用の宅配ロッカーは、各社比較検討して、団地の住民だけでなく、周囲の住民も利用できるようにしました」といいます。さらに住民では車を手放したり、免許返納している人が増えていることから、カーシェアやシェアサイクルサービスの導入も検討しているとか。敷地に余裕がある分、こうした設備面でのアップデートは容易なのかもしれません。

もちろん、課題がないわけではありません。団地内には数十戸の空き家がありますし、全戸数768戸に対してはごくわずかとはいえ、管理費や修繕積立金の滞納もあるといいます。

「住民の意識が高いからか、管理費や修繕積立金の滞納はほとんどないんです。ただ、数戸あって、そのうち数件は『相続絡み』ですね。こればかりは粛々と弁護士と対応していくしかないですね」といいます。また、現在、団地内の空き家は70弱。こちらも多くはありませんが、冒頭に紹介した通り、管理会社と元千葉大の教授が主宰するNPOと連携して、DIY可能な賃貸が4戸誕生し、いずれも4組の若いペアが住み始めているなど、新しい試みがうまくまわりはじめています。

「千葉市では新婚カップルを対象に、高経年化した団地に住むと30万円補助金が出るんですが、当団地もこの制度の対象になっています。NPOと連携したリノベーションプロジェクトをして、若い人に住んでもらえたらうれしいですね」と草刈さん。人生100年が言われるようになった最近では、うまくいけば団地も築100年も見えてくるかもしれません。

「それは私たちが決めることではないので、次の世代の住民におまかせすることになると思います。まずは築80年まで、決められた計画通りに、メンテナンスしていければ」と話します。スクラップからストックの時代へ。いなさん団地の取り組みは、マンション長寿命化の時代の道しるべとなることでしょう。

●取材協力
いなさん団地

「事故物件」の告知、今後どうなる? 国交省がガイドライン発表

2021年10月8日に国土交通省から「宅建業者による人の死の告知に関するガイドライン」が発表された。5月に発表された「ガイドライン(案)」に対するパブリックコメント(一般からの意見)を受け、修正したものだ。「事故物件」の告知はどういう結論になったのか。検討した委員会ではどのような議論があったのか。私たちの住まい選びにどうかかわるのかについて考えてみたい。

なぜガイドラインが必要なのか

以前にもSUUMOジャーナルでご紹介したが、人の死が発生した物件の告知について、明確なルールがないことがさまざまな問題を招いていた。
買主や借主は、深刻な事故があっても告知しない業者がいるのではないかという不信感をもつ。死因や経過年数にかかわらず告知が必要という誤解もあるため、宅建業者の調査・対応の負担が過大になる。単身の高齢者・障がい者に対する入居拒否などの問題も事故物件につながる確率が高いのではと敬遠されがちなことによるものだ(参照「事故物件の告知ルールに新指針。賃貸物件は3年をすぎると告知義務がなくなる?」)。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

人の死は、個別性が強く一律に線を引くのは難しい問題である。しかし、一定の判断基準を示すことでこれらの問題を解決し、安心できる取引、円滑な流通を実現しようというのがガイドラインの目的だ。

告知する範囲(国土交通省HPより)

(国土交通省HPより)

ガイドラインでは告知範囲と宅建業者の調査方法について基準を示している。まず、告知する範囲については「取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼす可能性がある場合は告げる」ことを原則としつつ、以下に該当する場合には宅建業者が告知しなくてもよい、としている。

【宅建業者が告知しなくてもよい場合】
1. 自然死・日常生活の中での不慮の死
(老衰、持病による病死、転倒事故、誤嚥(ごえん)など)
2.(賃貸借取引において)「1以外の死」「特殊清掃等が行われた1の死」が発生し、おおむね3年が経過
3. 隣接住戸、日常生活において通常使用しない集合住宅の共用部分で発生した死

ただし、上記1~3に該当する場合であっても、「社会に与えた影響が特に高い」ものは告げる必要がある。残酷な事件や社会に広く知れ渡ったような事件の場合には告知しなければならないのだ。
文章では、ややわかりにくいので図にしてみよう。

■ガイドラインによる告知範囲
(図:国交省ガイドラインをもとに筆者作成)

(図:国交省ガイドラインをもとに筆者作成)

そもそも今回のガイドラインで告知の要否を検討しているのは、不動産取引における取引の「対象不動産」と「通常使用する共用部分」だ(上記図のタイトル部分)。通常使用する共用部分とは、マンションのエントランス、共用階段、共用廊下などのこと。ここで発生した死は、対象不動産同様、一定の場合には告知が必要となる。一方、隣接住戸や通常使用しない共用部分で発生した死は対象としていない。
 その上で死因や取引態様(賃貸か売買か)によって告知の要否を分けている。まず、自然死・不慮の事故であれば告知は不要だ(1)。死因が自然死等以外(自殺や他殺など)の場合や、自然死等であっても特殊清掃が行われた場合には、賃貸であれば3年間は告知が必要となる(2)。売買については告知期間を定めていない(3)。より長い期間告知が必要ということになる。

以上はあくまで原則だ。「社会に与えた影響が特に高い」事案であれば、話が変わってくる。賃貸で3年経過していようとも告知しなければならない(4)。もちろん、売買でも告知が必要だ。

宅建業者はどのような調査を行うのか(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

次に調査について。宅建業者は売主・貸主に対し、過去に生じた事案(人の死)について告知書への記載を求めることで調査義務を果たしたことになる。近隣住民への聞き込みやネットで調査するなど自発的な調査までは求められていない。
それでは売主や貸主が事実を隠蔽するのではないか、と心配になるかもしれない。この点については、告知書が適切に記載されるよう助言することが宅建業者に求められている。「故意に告知しなかった場合には、損害賠償を求められる可能性があります。きちんと告知してください」といった注意がされるわけだ。
また仮に売主・貸主からの告知がなくても、「人の死に関する事案の存在を疑う事情があるとき」は、宅建業者が売主・貸主に確認する必要がある。後々のトラブルを回避したいと考える宅建業者による適切な助言や情報収集が期待されている。

人の死は、それだけで瑕疵なのか

また、告知にあたっては「亡くなった方やその遺族等の名誉及び生活の平穏に十分配慮し、これらを不当に侵害することのないようにする必要がある」としている。具体的には「氏名、年齢、住所、家族構成や具体的な死の態様、発見状況等を告げる必要はない」とされる。亡くなった方の名誉を傷つけることのないよう配慮が求められているのだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

これは今回の修正で強調されたことだ。パブリックコメントにも「人の死は当然あることで嫌悪感をもたないような一文を添えてほしい」「自死のあった物件をすべからく心理瑕疵物件とすることは、差別・偏見を助長する」という意見が寄せられた。

「事故物件」を扱った番組や記事などでは、「事故物件は嫌だ」という街の人の声とともに、足の踏み場のないくらい山積みになったゴミ袋の映像や写真が取り上げられることが多い。しかし、人が亡くなった物件の全てがそのような状態になるわけではない。自殺や孤独死があった物件を、一律ゴミ屋敷扱い、お化け屋敷扱いし、忌み嫌うべきものとしていることは、まさに「偏見を助長する」ものだろう。

物件選択の基準はそれぞれだ

一方、たとえ偏見であっても、ある事情があれば借りたくない、買いたくない、と考える人もいる。他人から見れば不合理に見えても、本人が嫌だというのであれば、借りない、買わない、というのは自由である。これは人の死に限らない。繁華街を利便性が良いとプラス評価する人もいれば、うるさいのは嫌だと思う人もいるだろう。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

物件選択にあたり何を重視するかは人それぞれなのだ。他人からその観点は非合理だ、と否定されるべきものではない。ガイドラインでも「不動産取引における人の死に関する事案の評価については、買主・借主の個々人の内心に関わる事項であり、それが取引の判断にどの程度の影響を及ぼすかについては、当事者ごとに異なるもの」としている。そのため「買主・借主から事案の有無について問われた場合」や「買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合」には告げる必要がある。

検討会ではどのような議論がされたのか

今回のガイドラインは国交省の「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」での議論を基に作成された。この検討会の座長を務めた明海大学不動産学部学部長の中城康彦(なかじょう・やすひこ)教授に、検討会ではどのような議論があったのか、お話を伺った。

「人の死を巡る課題の解決は、「不動産業ビジョン2030~令和時代の『不動産最適活用』に向けて~」(国土交通省 2019年4月)が重点的に検討すべき政策課題とした、ストック型社会の実現、安全・安心な不動産取引の実現、全ての人が安心して暮らせる住まいの確保など、ビジョンの目標と重層的にかかわってきます」(中城先生)

明海大学不動産学部学部長の中城康彦教授(写真提供/中城康彦)

明海大学不動産学部学部長の中城康彦教授(写真提供/中城康彦)

ストック型社会の実現、つまりは住宅を適切に管理し、長期にわたって使用していく、ということだ。その過程では、人が亡くなるということも当然に起こりうる。人が亡くなった物件を一律、瑕疵のある物件として扱うのでは、ストック型社会の実現は難しい。
また、検討会では「死の尊厳」についても意見が交換されたという。

「検討会では不動産関連団体、消費者団体、学識経験者から多面的な視点と情報が提供されました。その上でパブリックコメント後の修正では「死の尊厳」に配慮しました。宅建業法の枠内とはいえ、ガイドラインが慣習的な「心理的瑕疵」という言葉を用いない点を評価したいと思います。今後は住宅管理業と協働し、人の死を予防し早期発見する社会を実現することが期待されます」(中城先生)

レッテルを貼り続けることは、社会的損失を生む

ある住居で人が亡くなったとしても、死後、一定年数が経過しているのならば気にしない、という人も少なくないはずだ。しかし「事故物件」「心理的瑕疵物件」というレッテルが貼られているものに住むことは躊躇するかもしれない。周りから、事故物件に住んでいる人、という目で見られるのは嫌だからである。となると、そういう物件は選ばない。これは需要者側の物件選択の幅を狭めることになる。
一方、供給者側は、物件を敬遠する需要者が出ることで、価格・賃料を下げなければ売れなくなる、貸せなくなる。中には、どうせまともな賃料では借り手がつかない、ということでリフォームされず放置されるものも出てくる。高齢者、障がい者の一人暮らしが拒まれることも続くだろう。遺族への損害賠償請求という深刻な事態にもつながる。
本来ならば長期利用が可能な物件が「事故物件」のレッテルを貼られることで、スポイルされ、さまざまな問題を生んでしまうのだ。

本人が嫌だと思うからその物件を選ばない。これであればなんの問題もない。しかし皆が嫌がる物件だから……というある種の同調圧力により優良な住宅ストックが利用されないのは社会的な損失でしかない。
「建物を長期利用する過程では、いろいろなことがある。事故が3年以上前の話なら、(極端な例を除いては)気にする必要はない」という考えが広まることは、不動産の流通、優良な建築ストックの活用につながるだろう。今回のガイドラインをきっかけに、無意味なレッテル貼りがなくなることを期待したい。

●関連サイト
宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン
事故物件の告知ルールに新指針。賃貸物件は3年をすぎると告知義務がなくなる?

東京駅まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2021年版

部屋探しの大きなポイントといえば交通の便の良さ。首都・東京の玄関口であり、日本を代表するターミナル駅である東京駅へ電車で30分以内に到着するシングル向け物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)を対象にした最新の家賃相場ランキングとともに、穴場の駅を見ていこう。

東京駅まで30分以内の家賃相場が安い駅TOP10駅

順位/駅名/家賃相場/(沿線名/駅の所在地/東京駅までの所要時間(乗り換え時間・駅から駅への徒歩移動時間を含む)/乗り換え回数)
1位 南船橋 5.30万円(JR京葉線など/千葉県船橋市/29分/0回)
2位 戸田公園 6.10万円(JR埼京線/埼玉県戸田市/30分/1回)
2位 蕨 6.10万円(JR京浜東北線/埼玉県蕨市/29分/1回)
4位 東船橋 6.18万円(JR総武線/千葉県船橋市/30分/1回)
5位 松戸 6.20万円(JR常磐線・新京成線/千葉県松戸市/27分/0回)
6位 一之江 6.30万円(都営新宿線/東京都江戸川区/27分/1回)
6位 津田沼 6.30万円(JR総武線/千葉県習志野市/30分/0回)
8位 梅島 6.40万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/29分/1)
9位 足立小台 6.45万円(日暮里・舎人ライナー/東京都足立区/27分/1回)
10位 下総中山 6.50万円(JR総武線/千葉県船橋市/27分/1回)
10位 五反野 6.50万円(東武伊勢崎線/東京都足立区/27分/1回)
10位 新浦安 6.50万円(JR京葉線/千葉県浦安市/20分/0回)
10位 瑞江 6.50万円(都営新宿線/東京都江戸川区/30分/1回)
10位 舞浜 6.50万円(JR京葉線/千葉県浦安市/16分/0回)
10位 西新井 6.50万円(東武伊勢崎線・大師線/東京都足立区/27分/1回)

かつては屋内スキー場の街だった南船橋、令和はスケートリンクの街に

上位5位には、JR各線の駅がランクインしていた。1位の南船橋駅は、京葉線の快速停車駅で、東京駅まで乗り換えなく利用できる。

ららぽーとTOKYO-BAY(写真/PIXTA)

ららぽーとTOKYO-BAY(写真/PIXTA)

大型商業施設の「ららぽーとTOKYO-BAY」や、スウェーデン発の人気家具店IKEAの日本1号店「IKEA Tokyo-Bay」などがあり、商業施設が充実している。IKEA Tokyo-Bay がある場所には、かつてバブル経済を象徴した屋内スキー場があり、レジャーを楽しめる地域であったが、2020年末に新しく、国際スケート連盟基準を満たしたアイススケートリンク「三井不動産アイスパーク船橋」がオープンした。アスリート育成とともに、生涯スポーツとしてもフィギュアスケートに親しめるよう、地域住民へ向けた優待チケットの配布なども計画されている。また、南船橋駅の所在地である船橋市を拠点にする男子プロバスケットボールBリーグの「千葉ジェッツふなばし」のホームアリーナも建設が検討されており、スポーツをフックにした魅力的な街づくりが進められている。

昨年の同ランキングでは上位3位は千葉県にある駅だったが、今回は2位に埼玉県戸田市の戸田公園駅、同蕨市の蕨駅と、埼玉県の駅が同率ランクインした。

戸田公園駅(写真/PIXTA)

戸田公園駅(写真/PIXTA)

戸田公園駅の周辺は、ファミリー層が多い閑静な住宅地。目立つ商業施設などはないが、JR埼京線の快速停車駅で新宿駅へ約20分、池袋駅や大宮駅へ約15分と、東京駅以外へも大きな繁華街へのアクセスが良いことが魅力だ。あちこちへ便利に遊びに行きたいけれど住む所は落ち着いた場所で、と考えるなら選択肢に入れておきたい。

蕨駅のある蕨市は面積が約500万平米と、日本で一番、市としては小さく、かつ人口密度の高い市として知られている。その特性を活かして、市役所などの公共機関や病院、買い物など都市機能を集約させたコンパクトシティの体現を掲げており、“効率的”な生活を送ることができそうだ。

蕨駅前(写真/PIXTA)

蕨駅前(写真/PIXTA)

また近年は、クルド人など外国人の住民が増えており、他地域では見かけないような珍しい外国の食材などが買えるお店もある。そうした人たちの郷土料理教室が開かれたり、お祭りが行われたりするなど、ダイバーシティも体感できる街でもある。

東武伊勢崎線の沿線、西新井や梅島は買い物も便利

東京都内で最上位にランクインしたのは、6位の一之江駅。駅周辺は新しいマンションが目立ち、落ち着いた印象を受ける住宅街だ。近くには深夜0時まで営業しているスーパーもある。

一之江駅(写真/PIXTA)

一之江駅(写真/PIXTA)

環七通りや新大橋通りなどの幹線道路が近いため、車での遠出が多い人にとっては便利そう。駅前のバス停からは、成田空港や羽田空港、また東京ディズニーリゾートへのバスも発着している。遠くへの出張が多いビジネスパーソンにも心強そうだ。

8位以下は昨年からの入れ替えが激しく、新浦安駅以外は“新顔”だった。8位の梅島駅は東武伊勢崎線の沿線駅。東武伊勢崎線は東京メトロの日比谷線や半蔵門線と連絡しているため、渋谷駅などにも乗り換えなしで行くことができる。

梅島駅の周辺は、下町情緒の残る住宅街が広がる。駅前にはスーパーもあるが、駅周辺に広がる「梅島駅前通り商店街」には人情味あふれる個人店舗も。また少し行けば家電量販店などが入った商業施設や、早朝5時まで営業している「MEGAドン・キホーテ環七梅島店」などもあるため、目的にあわせた買い物場所も不自由することはなさそうだ。

10位の西新井駅は梅島駅と同じく東武伊勢崎線の沿線駅だが、急行や区間急行などすべての列車の停車駅だ。そのため周辺は、駅ビルから家電量販店の入った大型商業施設まで買い物環境が充実している。

駅西口は再開発計画が立てられ、広場と駅ビルの一体的な整備などが計画されている。その便利さもあってにぎやかな街の印象を受けるが、駅から少し行けば、厄除け祈願で知られる真言宗豊山派の寺院「西新井大師」がある。西新井大師は、真言宗の開祖である弘法大師(空海)が流行する悪病の平癒を祈願したことが由来の寺院で、、緑あふれる境内は、懐かしさと落ち着きを街に添えている。

は都内、千葉と、埼玉をと各方面がまんべんなくランクインしているが、今回は千葉県方面の駅がやや優勢な印象だった。どんな暮らしをしたいのかを考えてみると、ぴったりな街が見つかるはずだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている東京駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/5~2021/7
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2021年8月31日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

名古屋「栄駅」まで電車で15分以内、家賃相場が安い駅ランキング! 2021年版

東海圏最大の大都市である愛知県名古屋市において、最大の商業地であり繁華街といえば、栄エリア。中心地である錦三丁目での百貨店やホテルが入居するシンボル的な複合施設の建設計画のほか、久屋大通公園の「RAYARD Hisaya-odori Park」誕生など再開発が進み、ますます魅力を増している。そんな栄駅へのアクセスが良い、狙い目の駅はどこだろうか。シングル向け物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK)を対象に、最新の家賃相場が安い駅ランキングを見ていこう。
栄駅まで電車で15分以内、家賃相場の安い駅TOP10

順位/駅名/家賃相場/(主な路線名/駅の所在地/栄駅までの所要時間(乗り換え時間・駅から駅への徒歩移動時間を含む)/乗り換え回数)
1位 小幡 4.65万円(名鉄瀬戸線/名古屋市守山区/15分/0回)
2位 新守山 4.75万円(JR中央本線/名古屋市守山区/13分/1回)
3位 枇杷島 4.80万円(JR東海道本線/清須市/15分/1回)
4位 黄金 5.10万円(近鉄名古屋線/名古屋市中村区/15分/1回)
5位 勝川 5.15万円(JR中央本線/春日井市/14分/1回)
5位 東海通 5.15万円(名古屋市営地下鉄名港線/名古屋市港区/15分/0回)
7位 伝馬町 5.20万円(名古屋市営地下鉄名城線/名古屋市熱田区/14分/0回)
7位 岩塚 5.20万円(名古屋市営地下鉄東山線/名古屋市中村区/14分/0回)
9位 庄内通 5.28万円(名古屋市営地下鉄鶴舞線/名古屋市西区/13分/1回)
10位 六番町 5.30万円(名古屋市営地下鉄名港線/名古屋市熱田区/13分/0回)
10位 御器所 5.30万円(名古屋市営地下鉄鶴舞線・桜通線/名古屋市昭和区/14分/1回)

1位の小幡駅は緑豊かでのどかな環境と生活の便利さが両立

1位は小幡駅で、家賃相場は4.65万円。小幡駅は名鉄瀬戸線の開業と同時に設置された駅で、古くから交通の要衝であった地域だ。駅周辺には瀬戸街道や県道15号線、千代田街道など幹線道路も多い。

愛知県営小幡緑地のアウトドア施設「オバッタベッタ」(写真/PIXTA)

愛知県営小幡緑地のアウトドア施設「オバッタベッタ」(写真/PIXTA)

所在地である守山区は名古屋市の北東部に位置し、区の面積に対する緑地面積の割合である緑被率は16区中でトップと、自然が豊富に残る。付近には県営の都市公園「小幡緑地」も。野球場などの運動施設や広い芝生広場などがあり、住民の癒やしの場になっている。

買い物施設や飲食店も充実しているほか、守山区役所の最寄駅であり、クラシックコンサートや映画の上映会などが開かれる「守山文化小劇場」もすぐそば。緑豊かでのどかな環境と生活の便利さを両立できそうだ。

2位は新守山駅。1位の小幡駅と同じく守山区に位置する。JR中央本線の普通列車の停車駅で、周辺は落ち着いた印象を受ける住宅街。駅周辺は、専門店も多数入っている総合スーパー「アピタ新守山店」やホームセンターなど、大型の商業施設も多く、買い物も非常に便利だ。

東海圏で熱狂的な人気のプロ野球球団「中日ドラゴンズ」の本拠地であり、今年「ナゴヤドーム」から改称されたばかりの「バンテリンドーム ナゴヤ」のJRの最寄駅は、新守山駅の隣駅である大曽根駅だが、新守山駅からドームまでの距離は3km弱。バスも運行しているが、野球好きにとっては、散歩がてら趣味も満喫できるエリアといえそうだ。

3位の枇杷島駅は清須市にあるが、東海圏の玄関口である名古屋駅とは隣駅で、駅間距離は約4km。名古屋駅は栄駅と同じく再開発が進められており、どちらへのアクセスも抜群なのは大きな利点だろう。

清須城(写真/PIXTA)

清須城(写真/PIXTA)

清須市は、愛知県が誇る戦国大名、織田信長が若いころに本拠地とした清須城があり、その信長の後継問題をめぐる清須会議も行われた場所。2005年に西枇杷島町、清洲町、新川町、その後09年に春日町を合併して誕生した新しい市で、ベッドタウンとして発展し続けている。

駅の周辺は企業の工場なども集まるが、市内は庄内川や五条川、新川などの河川が多く、河川敷などを活用した施設が充実している。新川沿いにある浄化センターの敷地を使った緑地公園「新川西部浄化センター緑地」の園内通路は、のどかな自然を楽しめるランニングコースとしても最適だ。

ちなみに、ランキングは栄駅から15分以内で算出しているが、20分以内に範囲を広げると、同じく清須市にある須ケ口駅(4.35万円)と二ツ杁駅(4.50万円)が、上位にランクインしている。須ケ口駅は名鉄名古屋本線と津島線、二ツ杁駅は名鉄名古屋本線の沿線駅で、やはりどちらも名古屋駅へのアクセスも非常に便利。名古屋市外であってもこの利便性は注目したいところだ。

“名古屋らしさ”を満喫できるエリア、活気ある住宅街もランクイン

7位の伝馬町駅は、名古屋市営地下鉄名城線の沿線駅。三種の神器の1つである「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」をまつる「熱田神宮」は、名鉄の神宮前駅が最寄駅であるが、熱田神宮の正門になる南口と東門の最寄駅は伝馬町駅だ。そのため、熱田神宮への案内効果を高める目的で、2022年度中に「熱田神宮伝馬町」駅への改名が予定されている。

熱田神宮(写真/PIXTA)

熱田神宮(写真/PIXTA)

その立地から観光地の印象を受けるが、周辺は住宅街としての面も持ち、ホームセンターなどの買い物施設にも困らない。一方で、史跡や老舗の飲食店なども数多い。旧東海道の唯一の海路であった「七里の渡し」の船着き場跡、常夜灯や鐘楼、桟橋を備えた「宮の渡し公園」のほか、熱田神宮と縁が深く、毎年12月に勇壮な火渡り神事が行われる「圓通寺」などがある。また、名古屋名物であるひつまぶしの登録商標を保持している「あつた蓬莱軒」など、“名古屋めし”を満喫できるエリアでもある。

9位の庄内通駅は、活気ある住宅街。周辺には、24時間営業の大型スーパーなどが入る商業施設「イオンタウン名西」やホームセンターなどがあり、買い物する場所には事欠かない。また、県の災害拠点病院や地域周産期母子医療センターの認定などを受けている「名古屋市立大学医学部附属西部医療センター」があり、いざというときも安心できるだろう。

通勤にしても遊ぶにしても、繁華街へのアクセスの良さは引越しに際に必ず気になるもの。繁華街の“近場”は同じく繁華街、と思いがちだが、そうとは限らないのが部屋探しの面白いところでもある。自分のライフスタイルは何を重視するかよく見極めれば、最適の部屋がきっと見つかるはずだ。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている栄駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/3~2021/5
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2021年6月30日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が1回までの駅を掲載

パリの暮らしとインテリア[10]元テニスプレイヤー、マラットさんの高層マンションで本に囲まれた暮らし

幼少のころからテニス中心の生活を送り、世界中をまわっていたマラットさん。プロのテニスプレイヤーだった16年前からパリに移り住み、このアパルトマンは4軒目。バルコニーがなくても開放感のあるおうちにお邪魔しました。連載【パリの暮らしとインテリア】
パリで暮らすフォトグラファーManabu Matsunagaが、フランスで出会った素敵な暮らしを送る人々のおうちにおじゃまして、こだわりの部屋やインテリアの写真と一緒に、その暮らしぶりや日常の工夫をご紹介します。

パリでは珍しい眺めの良いアパルトマンを購入

一般的にパリのアパルトマンは、狭くてエレベーターがない、日当たりが悪い、ベランダ付きは珍しいという特徴があります。パリに住むのは便利だけれど、そこが難点と言われてきました。このコロナ渦で家で過ごす時間が増え、パリで暮らす私たちは、自分たちの暗い部屋での暮らしと、郊外のベランダや庭から空が見える暮らしとの違いを痛感。住まい選びの基準も大きく変化したと実感しています。

そんななか、パリを見渡せて開放感のある“高層マンション”の人気が急上昇しているそうです。マラットさんが5年前から住む14階からも、パリの街並みと空が眼前に広がっています。

マラットさんが住んでいるのは、22階建ての高層マンションの14階。3棟同じデザインが並ぶ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

マラットさんが住んでいるのは、22階建ての高層マンションの14階。3棟同じデザインが並ぶ(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリでは、アパルトマンの標準は5、6階建てで、その3、4倍のいわゆる“高層マンション”は建てていい地区が決められています。中心部に近いモンパルナスタワー近辺、13区の中華街近辺、自由の女神とセーヌ川を見渡せる15区の元ホテル街、ミッテラン図書館近辺の個性的な高層マンション街、新凱旋門のあるデファンスのオフィス街、そしてマラットさんとパートナーが二人で住むパリ北東のヴィレット近辺です。

ヴィレット通り付近は近年、パリで最も人気の地区のひとつとされています。特徴のある小さなお店や美味しいレストランもたくさんあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ヴィレット通り付近は近年、パリで最も人気の地区のひとつとされています。特徴のある小さなお店や美味しいレストランもたくさんあります(写真撮影/Manabu Matsunaga)

パリの住まい探しは口コミ&大家に交渉、がコツ

ノルウェー人の父とポーランド人の母を持つマラットさんは、以前はノルウェーやポーランドに住んでいて、16年前にパリに移住しました。今まで4軒の物件に住んできましたが、いずれも知り合いの口コミで見つけたそうです。「パリでは不動産会社に空き部屋の情報が出る前にクチコミで見つけ、大家と直接交渉できることが多いんです。その方が安く借りることもできるので得ですね」とマラットさん。

実は、今住んでいる14階の部屋の前には、同じ建物の4階に住んでいたそう。

「4階だと向かいのビルが風景を遮っていて、窮屈な感じがしていました。遠くを眺められる住まいが重要と気付き、上層階の空き部屋が出るのを待っていたんです」

同じマンションに住んでいれば、上層階の空き情報をいち早くキャッチできる。それは「サンディカ(住民の組合)」の集会などで話題になることがほとんどで、大家への直接交渉が可能なのだそう。

「地平線と空が私にとって不可欠です。そして街を見下ろして景色を眺めながら自分の内面に目を向けるひと時が大切」(マラットさん)(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「地平線と空が私にとって不可欠です。そして街を見下ろして景色を眺めながら自分の内面に目を向けるひと時が大切」(マラットさん)(写真撮影/Manabu Matsunaga)

75平米の部屋を購入し、セルフリノベ

現在の14階の部屋を購入した当時、1970年代に建てられた時のままで、壁紙などが時代遅れな印象だったとか。それでもサロンの二面のガラス窓や各部屋からの眺めは格別で、パリによくある部屋とは違った明るい空間が、新しい暮らしへのイメージを膨らませてくれたと言います。

「内装がとても傷んでいたので、パリに住む叔父とパートナーと一緒に工事を始めました」

工事にあたり、内装を自分でデザイン。床や壁のほとんどを取り除き、気に入った素材などを集めながら、少しずつ作業していったそう。フランスでは、改装工事は高額で時間がかかるのはよくあること。セルフリノベをしたことで業者の4分の1ほどの出費に抑えられたとか。何より、「達成感を味わえた」と満足そう。

キッチンから見たサロンの様子。二面に窓があり、特に明るい場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンから見たサロンの様子。二面に窓があり、特に明るい場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)

白色で統一された収納たっぷりのキッチンは、仕切りなしでサロンとつながっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

白色で統一された収納たっぷりのキッチンは、仕切りなしでサロンとつながっている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

一番のお気に入りの場所はサロンのソファー

こだわったのは、二面の大きな窓ガラスのあるサロンとオープンキッチンをシームレスにつなげたことと、寝室を2部屋つくったこと。

サロンは、すべての壁を真っ白に塗り、そのうちの一面に凹凸のある石をはめ込みました。

「暮らす前から、このサロンの壁際にソファーを置こうと決めていました。自分が一番長く過ごす場所になるだろうというイメージもわいていました。読書をしたり、映画を見たり、窓から夕焼けを眺めたり……」

サロンでくつろぐマラットさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンでくつろぐマラットさん(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「X」のオブジェはアーティストの1点ものでランプが取り付けられています。ソファーのクッションはいろいろな国で購入したもの。赤と白のクッションは2年前にマダガスカルで(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「X」のオブジェはアーティストの1点ものでランプが取り付けられています。ソファーのクッションはいろいろな国で購入したもの。赤と白のクッションは2年前にマダガスカルで(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「私は花が大好きで、パリにいるときは週に1回は自分でブーケをつくるようにしています。特に、珍しい形、明るい色、紫、緑、黄色、赤の花が大好きです」。 黒いコーヒーテーブルはフランスの建築家でありデザイナーのジャン・プルーヴェの作品(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「私は花が大好きで、パリにいるときは週に1回は自分でブーケをつくるようにしています。特に、珍しい形、明るい色、紫、緑、黄色、赤の花が大好きです」。 黒いコーヒーテーブルはフランスの建築家でありデザイナーのジャン・プルーヴェの作品(写真撮影/Manabu Matsunaga)

テニスコーチとなった今もトレーニングを欠かせない。サロンにマシーンを設置(写真撮影/Manabu Matsunaga)

テニスコーチとなった今もトレーニングを欠かせない。サロンにマシーンを設置(写真撮影/Manabu Matsunaga)

世界中で知り合った友達を迎え入れるためのゲストルームも

子どものころから世界中を旅していたマラットさんは、各地で知り合った友達がパリに来た時に泊まれるように寝室を2部屋つくりました。サロンにある大テーブルも最大10名が座れます。まさに、友達の集まる家なのです。
「コロナ禍で友達を迎えることはできていませんが、外出制限の時には私の仕事部屋として使っていました」と言います。

ここには、マラットさんが繰り返し読みたい本、新しく買った本を置くメインライブラリーもあり、本を読んだり、絵を描いたりと集中できる空間になっています。

客室にはテーブルを設置し、現在は仕事部屋として使用。窓際にはたくさんの本がしまわれています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

客室にはテーブルを設置し、現在は仕事部屋として使用。窓際にはたくさんの本がしまわれています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

客室のメインライブラリー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

客室のメインライブラリー(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分たちの寝室はグレーで統一。「整頓された空間で眠るのが好きなので、私の部屋は常に整理されています」とマラットさん。やはりこの部屋の窓際にも本が収納されていました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分たちの寝室はグレーで統一。「整頓された空間で眠るのが好きなので、私の部屋は常に整理されています」とマラットさん。やはりこの部屋の窓際にも本が収納されていました(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドサイドテーブルには、デザイナーもののランプとB&Oスピーカーがあり、夜寝る前に音楽を聴きながら読書をするのが日課だそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドサイドテーブルには、デザイナーもののランプとB&Oスピーカーがあり、夜寝る前に音楽を聴きながら読書をするのが日課だそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

家の中には好きなものしか置かない主義

「本に囲まれて生活するのが好きで、どの部屋にも本棚があるんです」

サロン、キッチン、寝室2部屋、バスルームにまで本が置いてあります。

飾り方もとてもおしゃれ。本棚やキッチンの棚などに飾っているほか、装丁もサイズもバラバラな本を横に積むように置いたりして、インテリアの一部のように演出しています。

サロンの窓際にある本棚。本棚に収まりきらない本はカーヴ(地下の倉庫)に保管しています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

サロンの窓際にある本棚。本棚に収まりきらない本はカーヴ(地下の倉庫)に保管しています(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンのお茶コーナーにはレシピ本を飾ってあります。「私はお茶が大好きで夢中!」とマラットさん。 旅行では最高の緑茶を探し歩くそう。お茶は彼にとって小さな儀式のようなもので、少なくとも1日1回は飲み、リラックス、熟考を楽しむとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

キッチンのお茶コーナーにはレシピ本を飾ってあります。「私はお茶が大好きで夢中!」とマラットさん。 旅行では最高の緑茶を探し歩くそう。お茶は彼にとって小さな儀式のようなもので、少なくとも1日1回は飲み、リラックス、熟考を楽しむとか(写真撮影/Manabu Matsunaga)

オスロのフリーマーケットで小さな赤い銅の鍋を購入。本は非常に質の高い版のアートブックで知られるファイドン出版が編集した日本料理の本。「これは私の心に強く訴える料理の聖書です」(マラットさん)(写真撮影/Manabu Matsunaga)

オスロのフリーマーケットで小さな赤い銅の鍋を購入。本は非常に質の高い版のアートブックで知られるファイドン出版が編集した日本料理の本。「これは私の心に強く訴える料理の聖書です」(マラットさん)(写真撮影/Manabu Matsunaga)

本のほかにも、アーティストものやデザイナーもののインテリアや雑貨などが飾られた部屋からは、マラットさんの「好きなもの以外は部屋に置かない」というこだわりが伝わってきます。

自分たちの寝室の壁には、アメリカ人の映像作家、詩人、活動家のジョナス・メカスが撮影したピエル・パオロ・パゾリーニの写真が飾ってありました。花瓶には3、4カ月ごとにパリで今流行りのドライフラワーで活け直すそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

自分たちの寝室の壁には、アメリカ人の映像作家、詩人、活動家のジョナス・メカスが撮影したピエル・パオロ・パゾリーニの写真が飾ってありました。花瓶には3、4カ月ごとにパリで今流行りのドライフラワーで活け直すそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドサイドの金の箱には絵の具を収納。客室は普段使われていなかったので収納場所としても活用。絡み合う二人のオブジェは友人からの贈り物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ベッドサイドの金の箱には絵の具を収納。客室は普段使われていなかったので収納場所としても活用。絡み合う二人のオブジェは友人からの贈り物(写真撮影/Manabu Matsunaga)

こけしは東京と京都で見つけたもので1960年代のこけしと現代的こけし。マラットさんは日本が大好きだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

こけしは東京と京都で見つけたもので1960年代のこけしと現代的こけし。マラットさんは日本が大好きだそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「木製のスツールは友人から贈られたアート作品ですが、アーティストの名前は覚えていません。でもとても気に入っています」 窓際に置かれた物はすべて旅行先で見つけて持ち帰った大切な思い出だそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

「木製のスツールは友人から贈られたアート作品ですが、アーティストの名前は覚えていません。でもとても気に入っています」 窓際に置かれた物はすべて旅行先で見つけて持ち帰った大切な思い出だそう(写真撮影/Manabu Matsunaga)

漆塗りの木のアルバムは、1960年代に彼の祖父が日本に旅行したときのもの。艶を失わず大切にしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

漆塗りの木のアルバムは、1960年代に彼の祖父が日本に旅行したときのもの。艶を失わず大切にしている(写真撮影/Manabu Matsunaga)

また、機能的でリラックスしやすい空間づくりにも工夫がたくさん。選手生活中に旅先でさまざまなホテル暮らしをしてきたことが、現在のライフスタイルにも影響しているといいます。

今もパリにいないことが多く、数カ月ぶりに帰ってきた時にささっと埃を掃除できる設計にしていて、大量の本も半分以上は引き戸の付いた本棚に収納するなどして、お茶の道具とナイフ以外は全てしまわれています。

「今のところ引越しは考えていません、今よりも良い条件の物件を探すのは難しい」とマラットさん。現在の住まいの界隈が、パリで一番好きな場所だそう。

また、フォンテヌーブローの近くには庭付きの広い別荘もあり、気持ちいいテニスコートでテニスや乗馬などをして自然に触れながらトレーニングをしているのだとか。

コロナ禍ではテニスの大会も制限があったようですが、選手と同行することが多く、今でもホテル暮らしも多いマラットさん。そんな彼が、遠征生活とコロナ禍を経て自分の住まいとして行き着いたのは、ホテルのような機能的で快適な生活空間と見晴らしの良い環境。そして街での暮らしと自然のバランスがとれた生活でした。

ビュットショーモン公園は、パリ中でマラットさんの一番のお気に入りの場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)

ビュットショーモン公園は、パリ中でマラットさんの一番のお気に入りの場所(写真撮影/Manabu Matsunaga)

(文/松永麻衣子)

新店ラッシュの千葉県館山市で何が起きてる? 一人の大家から“自分ごと化できるまち” へ

自分のまちが静かに寂れていく。やるせない気持ちになるけれど、どうしようもない。道路ができて便利になった。そのぶん駅前の店は1軒減り、2軒減り。ふと気づけば私たちはたくさんの居場所を失っている。同じような状況が日本各地にある。

ところがそれに逆行して、新しい店が次々に生まれているまちがある。千葉県館山市。中心街に今年新たに4軒、ここ2年でみれば7軒の店がオープンした。マイクロデベロッパーを称する漆原秀(うるしばら・しげる)さんの働きかけで“まちを自分ごと化する”という流れが形になり始めている。いま館山で起きていること、これまでを聞いた。
tu.ne.Hostel隣の「常そば」は、夏の間、期間限定で「SOMEN BAR」に(写真撮影/ヒロタケンジ)

tu.ne.Hostel隣の「常そば」は、夏の間、期間限定で「SOMEN BAR」に(写真撮影/ヒロタケンジ)

初めてのご近所づきあいで知った、心強さ

東京湾の青い海をアクアラインで横切り、濃い緑の山々を抜けて房総半島を南下する。新宿からバスで1時間半。海まですぐの立地だけあって、館山は潮風の吹く明るいまちだった。あちこちに残るレトロで小洒落た風の建物は、ここがリゾート地だった名残でもある。

駅から10分ほど歩くと、漆原さんの運営する「tu.ne.Hostel」の白い壁が見えてくる。元診療所だった建物をリノベーションしたゲストハウス。
それ以外にも、お隣の立ち食いそば屋「常そば」。向かいのビル2階にはtu.ne.の別館。図書室やシェアハウスなど、徒歩10分圏内に新しい施設や店をオープンさせてきた漆原さん。
周囲から “ウルさん”と呼ばれるこの男性、いったい何者なのだろう?

マイクロデベロッパー、漆原秀さん(写真撮影/ヒロタケンジ)

マイクロデベロッパー、漆原秀さん(写真撮影/ヒロタケンジ)

「浅井診療所」だった痕跡をそのまま残す、ゲストハウス「tu.ne.Hostel」(写真撮影/ヒロタケンジ)

「浅井診療所」だった痕跡をそのまま残す、ゲストハウス「tu.ne.Hostel」(写真撮影/ヒロタケンジ)

漆原さんの称するマイクロデベロッパーとは、大きな開発ではなく、リノベーションによって小さな拠点を再生し、その点と点をつなぐことで人の営みを取り戻し、エリアの価値をあげていこうとする事業者のこと。

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

初めて手がけたのは、賃貸住宅「ミナトバラックス」だった。

「館山に移住してきたのは4年半ほど前です。以前は都内のIT系企業に勤めていたんですが、仕事のストレスでパニック障害になってしまって。子どもも小さかったし、違う生き方を考えないといけないなって。もともと趣味だったDIYと不動産投資をかけ合わせて仕事にできないかと、本気で勉強しました。館山には両親のために建てた家とアパートがあって、その隣の官舎をコミュニティ型賃貸住宅にできたらいいなと思ったのが始まりです」

もと公務員宿舎だった、団地のような外観の「ミナトバラックス」(写真撮影/ヒロタケンジ)

もと公務員宿舎だった、団地のような外観の「ミナトバラックス」(写真撮影/ヒロタケンジ)

DIYで共用スペースを改修し、「DIY自由、原状回復義務なし」の物件として入居者を募集したところ、全13戸のうち11戸はすぐに埋まった。県北からの移住者が多く、映像クリエイターや翻訳者などの自営業者、勤め人など、単身者から子育て世帯までさまざまな人たちが暮らしている。
漆原さんも大家として、妻と当時8歳だった娘さんと3人ですぐそばの家に暮らし始めた。

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

隣の空き地にはミナトバラックス住民向けの「ミナ畑」も。(写真撮影/ヒロタケンジ)

隣の空き地にはミナトバラックス住民向けの「ミナ畑」も(写真撮影/ヒロタケンジ)

このミナトバラックスの入居者との交流が、漆原さんにとって人生で初めてのご近所付き合いになった。

「七夕や夏祭り、ハロウィーン、バーベキューなど、しょっちゅうみんなで集まってイベントしたり、食事したり。これが想像以上に楽しくて居心地がよかったんですよね。うちの娘は一人っ子ですけど、一気に妹や弟、親戚のおじちゃんおばちゃんができたみたいで」

コミュニティを運営するには、入居者のやりたいことをサポートするのが一番だと気付いた。子育て中の女性の提案から美容師を呼んで出張ヘアカット会を開いたり、月に一度はマッサージ会を行ったり。共用スペースで入居者の作品展を行ったこともある。

「令和元年の房総半島台風の時には、停電の不安な夜を、ろうそくを囲んでみなで過ごしました。水も止まったので、隣のアパートのシャワーを使えるようにしてあげて。冷蔵庫の食材がいたむ前にみんなで食べようってバーベキューをしたり」

親戚のようなご近所の存在が、心強く感じられた体験でもあった。

ミナトバラックスの共用スペース。漆原さんがDIYで改修した(写真撮影/ヒロタケンジ)

ミナトバラックスの共用スペース。漆原さんがDIYで改修した(写真撮影/ヒロタケンジ)

大家さんからマイクロデベロッパーへ

こうして暮らすうちに、不動産投資に対する考え方も変わっていったという。

「“ミナバラ”で起こっていることがもう少し広い、まちの規模で起これば、館山全体が変わるんじゃないかと思ったんですよね。お金だけの投資が目的じゃなくなってきて。もちろん物件を購入する時は多額の借入をします。だけど収支計画を立てて回収できる絵を描けば銀行も融資してくれますし、それほど怖いことではないんです」

そうしてミナトバラックスに続いてtu.ne.Hostelを開業後、今度は元薬局だったまちのシンボルのような建物「CIRCUS」のリノベーションに着手。1階は大量に残っていた戦時中の蔵書を活かした戦争資料館「永遠の図書室」を2020年3月に、2階以上はシェアハウスとして2021年5月にオープンした。図書室の取り組みはNHKなど広くメディアでも取り上げられた。

「私利私欲じゃなく、公的な意味でやっている面が初めてまちの人たちにも伝わったのではないかと思います。たまたま見に来てくれた女性が働いてくれることになって。戦争という少し重いテーマなんだけど、若い人がフロントに居ることで、気軽に立ち寄ってお茶を飲んだり、勉強するようなサードプレイスとしても活かしてもらえるんじゃないかと」

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

(写真撮影/ヒロタケンジ)

台風の後、まちの中心部が真っ暗だったときには、CIRCUSの屋外にイルミネーションを灯し続けた。それを見てほっとしたと言ってくれる人もいた。

例えばシェアハウスの住人がまちの床屋へ出向く。お金を落とすだけでなく、床屋のご主人と言葉を交わす。そんな小さなアクションの連続でまちは成り立っていて、建物が空き家のままでは何も生まれない。

もと薬局だった建物。1階が「永遠の図書室」、2階はシェアハウス(写真撮影/ヒロタケンジ)

もと薬局だった建物。1階が「永遠の図書室」、2階はシェアハウス(写真撮影/ヒロタケンジ)

面白い大家さんが増えれば、まちは楽しくなる

「まちって、土地建物の所有者のつながりでできているんだなって気付いたんです。だから物件オーナーや大家さんにもっと新しい挑戦をする人が増えれば、まちも楽しくなるんじゃないかなと」

漆原さんには、いつか館山で開催できたらと思い描くプロジェクトがあった。全国80カ所近くで行われてきた「リノベーションスクール」。空き家や空き店舗を活かすためのアイデアを参加者が考え、オーナーに提案して実現をめざす実践型の遊休不動産再生事業である。

「でもリノベーションまちづくりに取り組んでいるのは、全国でも数十万人規模の、都道府県の代表か中堅にあたるような市町村がほとんど。人口4万5000人の館山では難しいだろうなぁと思っていました」

ところが物件のリノベーションを進めるうちに、同じような想いをもつ人たちと知り合っていった。地元の有力企業の後継者や行政職員、NPO従事者などさまざまな顔ぶれ。そうしたメンバーと合宿や視察を重ね、ついに市の主催でリノベーションスクールが開催できることになった。漆原さんは実行委員として尽力した一人。後に地域おこし協力隊として担当者になった大田聡さんに「突然だけど、館山に来ない?君しかいない」と、公募情報を提供したのも漆原さんだった。

2020年1月に第1回目のリノベーションスクールが開催され、その後1年半で館山に新しい店が3軒も生まれたことを考えれば、漆原さんがつないだ縁は大きい。

tu.ne.Hostelの向かいのビル1階には大田さんが開いた明るく開放感のある「CAFE&BAR TAIL」、その奥にはクラフトジンの製造所ができた。少し離れた場所には内装の9割が古材でつくられ、10年来そこにあったような雰囲気を醸すナイトバー「WEEKEND」がオープン。これもリノベーションスクールで結成したチームが手がけた。

そして、やはりまちづくりリノベーションの講演会を聞いて、「自分も実家があるのだから、まちの当事者だと気付いた」という都内勤務の男性が、退職後に自宅の一部を改装してカフェ&ガーデン「MANDI」をオープンさせた。

いま、館山では、2年前には想像もつかなかった開店ラッシュが起きている。

2021年7月半ばにオープンしたばかりのナイトバー「WEEKEND」(写真撮影/ヒロタケンジ)

2021年7月半ばにオープンしたばかりのナイトバー「WEEKEND」(写真撮影/ヒロタケンジ)

この建物のリノベーションを進めたWEEKENDオーナーの上野彰一さん(右)と、合同会社すこっぷの白井健さん(左)(写真撮影/ヒロタケンジ)

この建物のリノベーションを進めたWEEKENDオーナーの上野彰一さん(右)と、合同会社すこっぷの白井健さん(左)(写真撮影/ヒロタケンジ)

庭の緑がきれいな、カフェ&ガーデン「MANDI」(写真撮影/ヒロタケンジ)

庭の緑がきれいな、カフェ&ガーデン「MANDI」(写真撮影/ヒロタケンジ)

こうして店の増えているエリアは、古くからの地名「六軒町」をもじって「ROCK‘N’CHO」とも記される面白いエリアになりつつある。

かっこいいパパで居るために

それにしてもなぜ、生まれ故郷でもないまちにそこまで深くコミットできるのか。

「子どもが生まれた時、この子が20歳になるまで、僕はなんとしても生きて、稼ぎ続けなきゃいけないんだなって思ったんですね。それも家賃収入でまったり暮らせればいいとかじゃなくて、やっぱりかっこいいパパでありたい。かっこいいって、挑戦し続けることじゃないかなって思ったんです。

さらに言えば、シャッター街を横目に、このまちに未来があるとは、子どもたちにとても言えない。それで変な責任感がわいてきたところもあります」

いまtu.ne.Hostelでは、漆原さんのあとを担う、二代目マネージャーを募集中。ゲストハウスはその人に任せて、漆原さんはもう少し広い視野で館山の駅周辺を活性化する事業を手がけていきたいと考えている。駅前の空きテナントビルを活用するために、仲間とともにリノベーションまちづくりを進める家守会社を新たに立ち上げた。

漆原さんとともにリノベーションまちづくりを進めてきた一人、地場企業の後継者の一人でもある本間裕二さん(右)。駅前の空きテナントビルを利活用するプロジェクトを進める(写真撮影/ヒロタケンジ)

漆原さんとともにリノベーションまちづくりを進めてきた一人、地場企業の後継者の一人でもある本間裕二さん(右)。駅前の空きテナントビルを利活用するプロジェクトを進める(写真撮影/ヒロタケンジ)

「僕自身、今しかできないこと、僕にしかできないことをやろうと思っていて。
関わる相手の『居場所』と『出番』を用意することを意識しています。安心していられる居場所と、その人が自分の役割を見出して、ここなら役に立てるという出番。

それをつくるのも今の自分ができること。そこに自分自身の居場所と出番もあると思う。いまの仕事は、その対価がお金だけじゃなくて、信用とか、感謝とか、別の形でかえってくるのが、とても心地いいんです」

取材の間、どこへ行っても「ウルさん」と親しげに声をかけられていた漆原さん。暮らすまちに自分の居場所と出番があれば、人は何より幸せを感じられるのかもしれない。

■連載【生活圏内で豊かに暮らす】
どこにいても安定した同じものが手に入る今、「豊かな暮らし」とは何でしょうか。どこかの知らない誰かがつくるもの・売るものを、ただ消費するだけではなく、日常で会いに行ける人とモノ・ゴトを通じて共有する時間や感情。自分の生活圏で得られる豊かさを大切に感じるようになってきていませんか。ローカルをテーマに活動するライター・ジャーナリストの甲斐かおりさんが、地方、都市部に関わらず「自分の生活圏内を自分たちの手で豊かにしている」取り組みをご紹介します。

●取材協力
tu.ne.Hostel

若者は家賃半額・高齢者は不安払拭。新時代の賃貸住宅「ノビシロハウス」

2021年3月に神奈川県・藤沢市に生まれた「ノビシロハウス亀井野」(以下ノビシロハウス)は、一見、一般的な賃貸住宅に見えます。しかしここは、バリアフリー設計、高齢者と若者の混住による人間的交流、ITを活用した安全確保など、一人暮らしの高齢者の不安を払拭するさまざまな要素を取り入れた、今までにないタイプの賃貸住宅です。
高齢化の進む社会にあるべき賃貸住宅をめざし、不動産や介護施設の関係者が模索し、出した一つの結果でもあります。入居者が決まりはじめたノビシロハウスを訪問、その発想や魅力を探りました。

多くの人の協力を得て、高齢者賃貸に乗り出す

「ノビシロハウス」は、六会日大前駅(小田急線)駅から徒歩約7分の住宅地にあります。
二階建ての単身用の軽量鉄骨アパート2棟が2階のベランダ部分を共有する設計で、中央に階段を設けています。敷地正面にはシュロの植栽があり、北側のNorth棟の1階にはカフェが入居し、しゃれた雰囲気を醸し出しています。

1階のカフェとアパートの間にある階段をのぼると(写真撮影/桑田瑞穂)

1階のカフェとアパートの間にある階段をのぼると(写真撮影/桑田瑞穂)

ベランダ部分でを共有する2階へ(写真撮影/桑田瑞穂)

ベランダ部分でを共有する2階へ(写真撮影/桑田瑞穂)

目指すのは高齢者が一人で安心して住める賃貸住宅です。その先鞭をつけたのは鮎川沙代さん、ノビシロハウスを管理する株式会社ノビシロの代表取締役です。

発端は5年ほど前のこと。不動産仲介会社エドボンドの代表でもある鮎川さんは当時、68歳の男性の部屋探しに苦労したことで、高齢者の賃貸に本格的に取り組むようになります。
「探せば必ずお客様のご要望に合った部屋は見つかるという信念を持って仲介をし、実現してきたと思います。ところがこのお客様のご要望に合う物件はどうしても見つからず、断念せざるを得ませんでした」と鮎川さん。
鮎川さんはこのとき、問題は、そもそも一人暮らしの高齢者の要望に合う賃貸物件が極めて少ないことにある、と気付きました。
「ほとんどの管理会社やオーナーが高齢の居住希望者を回避しようとします。不慮の事態が起こっても責任が取れない、将来、認知症や孤独死のリスクもある、といった理由で貸したがらないのです。しかも私たちは仲介なので、基本的に成約で業務は完了し、オーナーさんと綿密にコンタクトする機会も少なく、答が見つかりませんでした」

株式会社ノビシロ代表取締役 鮎川沙代さん(写真撮影/桑田瑞穂)

株式会社ノビシロ代表取締役 鮎川沙代さん(写真撮影/桑田瑞穂)

鮎川さんは、どうしたら高齢の居住者をオーナーに受け入れてもらえるのか、さらに、高齢の居住者が本当に居心地のよいと感じる理想的な住宅とは何か、と知識を求めて介護の専門家や医師に尋ねて回ったそうです。
そうしたなかで知り合ったのが、同じ藤沢市亀井野で介護施設や高齢者福祉サービスを提供する「あおいけあ」を経営する加藤忠相さんでした。加藤さんは介護業界のフロントランナーとして国内外で高く評価され、メディアの注目も高い方です。鮎川さんはその知恵や経験に学びつつ、高齢者の視点に立った賃貸住宅づくりに踏み出しました。

「仲介だけでできることには限界があるので、自前の管理会社が必要だと考え、株式会社ノビシロを設立しました」(鮎川さん)
ノビシロは代表の鮎川さんのほか、加藤忠相さん、日本賃貸住宅管理協会理事、IT化を考えてマイクロソフト社員、訪問医療の医師を役員に迎え、高齢者向けの賃貸事業に踏み出しました。

ノビシロハウスの前に置かれたパネル。カフェ、ランドリー、訪問医療クリニック、訪問看護オフィスが入居していることが分かる(写真撮影/桑田瑞穂)

ノビシロハウスの前に置かれたパネル。カフェ、ランドリー、訪問医療クリニック、訪問看護オフィスが入居していることが分かる(写真撮影/桑田瑞穂)

当初はオーナーから部屋を借り上げ、転貸する方法を考えていましたが、あおいけあにアパート売却の申し出が持ち込まれたことから、これを購入し、自社物件によって理想の実現を目指すことになりました。
あおいけあが購入したのは、2004年築の軽量鉄骨アパート。この地域には日本大学のキャンパスがあり、賃貸住宅の多くは学生の入居を想定しています。ところがコロナ禍などで学生が集まりにくくなり、どの賃貸住宅も経営が厳しい状況でした。このアパートも8部屋の内、6部屋が空室という状態。そこで売却の話が出たのです。
アパートにはあおいけあの所有地が隣接していたので、購入したアパートをリノベーションする(現South棟)とともに、隣地に新しい棟(現North棟)を建て、階段やベランダを共有する形にし、一つの物件にしました。これがノビシロハウスです。

若者と高齢者が混住し、助け合う空間を創る

ノビシロハウスは高齢者に向けた安心や快適性を、ハードとソフト、両面から提供しています。

まずハード面を見てみましょう。道路から玄関まで段差をなくしたバリアフリーはもちろん、入口や階段を1カ所にし、日常的に通る人の顔が見える設計にしています。また部屋も車椅子使用の場合を想定し、玄関や通路を広く取っているほか、トイレは、車椅子の出入りがしやすく、また介助者と視線が合わないように、便器を横向きに設置しています。

車椅子利用を想定し、屋内との段差をなくした(写真撮影/桑田瑞穂)

車椅子利用を想定し、屋内との段差をなくした(写真撮影/桑田瑞穂)

引き戸、横向きの便器など車椅子使用者に配慮したトイレ(写真撮影/桑田瑞穂)

引き戸、横向きの便器など車椅子使用者に配慮したトイレ(写真撮影/桑田瑞穂)

見守りセンサーは多く、照明のON/OFFの時間を感知するセンサー、キッチンやトイレの水道の振動を感知するセンサーがあり、居住者の生活や体調に異変がないかを判断できます。また、集合ポストとゴミ収集場には顔認証カメラがあり、プライバシーを守りながら、外出頻度などを確認し、安全を確保できるようになっています。
「室内には自然素材を多用しています。これは認知症の方を受け入れたあおいけあの経験に基づいています。自然素材が多いことで我が家という感覚を持ってもらえると、徘徊などをしなくなることが分かってきたからです」(鮎川さん)

照明のON/OFF時間を感知することで、居住者の異変を判断するセンサー(写真撮影/桑田瑞穂)

照明のON/OFF時間を感知することで、居住者の異変を判断するセンサー(写真撮影/桑田瑞穂)

カラフルな集合ポスト。ここに顔認証カメラを設置する予定(写真撮影/桑田瑞穂)

カラフルな集合ポスト。ここに顔認証カメラを設置する予定(写真撮影/桑田瑞穂)

ソフト面はどうでしょうか。ノビシロハウスの真髄はむしろこちらにあると言っても過言ではありません。
ノビシロハウスのNorth棟2階には、訪問看護事業者(Life&Com)と訪問医療のクリニック(医療法人社団悠翔会)が入居しているため、高齢者が将来、医療、介護が必要になったとき、すぐに相談できます(必要に応じて別個の契約が必要)。その一階にはカフェとコインランドリーがあり、地域のコミュニティスペースとして、また高齢者が軽作業の仕事(コーヒーパッケージのラベル貼り、洗濯物のたたみなど)をする場としての役割も果たします。

カフェのすぐ脇にあるコインランドリー。カフェやランドリーは高齢者が働く場の提供という目的もある(写真撮影/桑田瑞穂)

カフェのすぐ脇にあるコインランドリー。カフェやランドリーは高齢者が働く場の提供という目的もある(写真撮影/桑田瑞穂)

住居はSouth棟にワンルームが8部屋あります。1階の4部屋が高齢者向け、2階の4部屋がそれ以外の方も想定したつくりになっていて、現在2部屋にソーシャルワーカーが入居しています。
ソーシャルワーカーと言ってもプロではなく、高齢者との交流を志向する若者にその役割を依頼するやり方です。若者と高齢者が混住することで、人間関係が生まれ、高齢者を孤独にしないという発想です。核家族が標準となった今、若者にとっても祖父母世代との交流は学ぶ点が多いようです。かつての長屋などにあった古き良き隣人関係を新しい形で築くねらいと言えるでしょう。
ソーシャルワーカーの基本的な役割は、朝出かけるときの「行ってきます」など、高齢者に声がけすること、月1回のお茶会(集まって会話するいわゆる茶話会)に参加することです。ソーシャルワーカーの家賃は、通常の半額にしていますから、学生にとってもありがたい仕組みと言えるでしょう。

現在、ソーシャルワーカーとして入居している二人に話を聞いてみました。

ソーシャルワーカーの役割を果たす、岡田空渡さん(左)と池本次朗さん(右)(写真撮影/桑田瑞穂)

ソーシャルワーカーの役割を果たす、岡田空渡さん(左)と池本次朗さん(右)(写真撮影/桑田瑞穂)

池本次朗さん(19)は、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の1年生。実家は埼玉県ですが、高校は津和野(島根県)の県立高に進み、現地のシェアハウスで地域社会のさまざまな人と接した経験がノビシロハウスへの関心につながりました。
「最初は『ソーシャルワーカー』という言葉にハードルが高いのでは、と感じましたが、よく聞いてみると、やることは自分が津和野で地域の人たちと生活の中で交流したことに近く、これならと思って決断しました」
岡田空渡さん(17)は高校3年生。実家は同じ藤沢市の本鵠沼にありますが、ノビシロハウスは進学を希望しているSFCに近いこともあって入居しました。
「好奇心もあったし、ノビシロハウスの考え方にも共鳴しました。僕は幼少期に近くに住んでいた曽祖母にかわいがってもらったこともあって、お年寄りに寂しい思いをさせたくない気持ちが強くあります。加えて、自分が帰宅したとき、やさしく見守ってくれる祖母のような存在が近くにいることにも良さを感じました」
高齢者の入居はまだこれからですが、二人にこれからを尋ねてみると、次のような答が返ってきました。
「一人暮らしの大変な部分は助けつつも、気持の面では無邪気に、孫のように接することができたら、と思います」(岡田さん)
「ソーシャルワーカーであっても、助けることが押し付けにならないようにしたい。支える方も支えられる方も負担を感じないような、ゆるく助け合う人間関係が築ければ、と考えています」(池本さん)

池本さんの部屋。日当たりも住み心地もよく、満足しているとのこと(写真撮影/桑田瑞穂)

池本さんの部屋。日当たりも住み心地もよく、満足しているとのこと(写真撮影/桑田瑞穂)

池本さんの部屋を玄関から見る。壁や床に自然素材を多用していることが分かる(写真撮影/桑田瑞穂)

池本さんの部屋を玄関から見る。壁や床に自然素材を多用していることが分かる(写真撮影/桑田瑞穂)

世代を超えた人間的交流を新しい形で再生する
取材の日、カフェで第1回目の「お茶会」が開かれました。このお茶会はフランスで誕生した「隣人祭り」を参考にしたものです(隣人祭りはパリで高齢者の孤独死をきっかけにアパートの中庭に住民が集まって食事会をしたことに始まり、ヨーロッパ全土に広がった市民運動です)。
出席者は、これから入居する高齢者とそのご家族、ソーシャルワーカーの二人、鮎川さん、加藤忠相さん、訪問診療医の片岡さんなど9名。互いの自己紹介や想い、ノビシロハウスの仕組みなどについて自由に語り、親睦を深めました。コロナ禍の中でも、このように対面で言葉を交わし、互いを知ることは、コミュニティの基本であることが感じられました。

1階のカフェで。香り高いコーヒーを楽しみながらお茶会が始まる(写真撮影/桑田瑞穂)

1階のカフェで。香り高いコーヒーを楽しみながらお茶会が始まる(写真撮影/桑田瑞穂)

人が健康に長生きするには人間的交流が不可欠と言われます。一方、既に核家族化は定着し、祖父母と同居した経験のない人(今回の二人のソーシャルワーカーもそうです)が多数になっています。つまり同居による複数世代の交流は消滅しつつあるということです。それだけにノビシロハウス的発想は今後ますます必要になるのではないでしょうか。
ビジネス的に見ても優れた点が多くあります。高齢者にとってはサ高住(サービス付き高齢者住宅)より低価格であり、しかも若者を含めた多様な人間的交流を得られるメリットがあります。一方、住宅を貸す側にとっては少子高齢化に対応するモデルとなり得ます。
鮎川さんは「他地域の方にもぜひ私たちの手法を使ってほしいと思います。それによってこうした賃貸住宅が全国に広がればうれしいですね」と今後に期待を寄せています。

●取材協力
株式会社ノビシロ
ノビシロハウス

最新トレンドは「心と健康にいい住宅」。コロナ禍に世界中で注目される“WELL認証”って?

最近、住宅のキーワードとして“住宅性能”“環境配慮”などが話題にのぼっている。一方で、このコロナ禍において、世界中で住環境の見直しが進む中、新たな視点が注目を集めている。“人の健康やウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好であること)”の視点で空間を評価する「WELL認証(WELL Certification)」だ。一体どんなものなのか、国内外の最新情報を探った。
住宅性能、環境の次は「健康と心」にやさしい住まい。WELL認証とは

日本国内で省エネと環境配慮を評価するLEED認証やWELL認証の普及に尽力している「グリーンビルディングジャパン(GBJ)」(2013年設立)で、WELLワーキンググループの主査を担う清水建設の沢田英一さんに話を聞いた。

サステナブルな住環境づくりに関心の高い建築や不動産関係者へ、WELL認証を始めとしたワークショップやセミナーを提供している(写真提供/GBJ)

サステナブルな住環境づくりに関心の高い建築や不動産関係者へ、WELL認証を始めとしたワークショップやセミナーを提供している(写真提供/GBJ)

「いま、ウェルビーイング(Well-being)という言葉が注目を集めています。身体的、精神的、社会的にも健康な、幸福度をあげていこうという考え方です。日本では、主に職場環境や公共ビルに対してこのウェルビーイングを向上させようという動きが進んでいて、実際、GBJへの問い合わせもLEED認証よりもWELL認証が増えています」(沢田さん)

例えば、昨年8月にWELL認証(v1)を取得した京阪ホールディングスの「GOOD NATURE HOTEL KYOTO」では、清潔で安心な空間をつくる「空調方式」を採用し、手洗い環境の整備と除菌清掃に関する取り組みが高く評価されたという。また、緑や自然を感じさせる空間を、ロビーや客室に配置。さらに、快適な安眠と目覚めを可能にするための「快眠照明システム」が導入された。

WELL認証は、こうしたウェルビーイングに基づいた「人々の健康や生活の快適さなどに焦点を当てた、建築物や居住区の環境や運用に対する性能評価システム」だ。建物を客観的に評価することにより、不動産価値を数値化できる点と、国際的な評価基準と照らしあわせることができるのが特徴。

(画像提供/G B J)

(画像提供/G B J)

2014年にv1から、2018年からはv2 pilotに移行し、コンセプトの数が10項目になった(画像提供/G B J)。現在は、v2、WELL Community、WELL Portfolio、WELL Health-Safety Rating(HSR)の4種類で登録が可能。また今年、住宅を対象にしたWELL Homes Advisoryが立ち上がったばかり

2014年にv1から、2018年からはv2 pilotに移行し、コンセプトの数が10項目になった(画像提供/G B J)。現在は、v2、WELL Community、WELL Portfolio、WELL Health-Safety Rating(HSR)の4種類で登録が可能。また今年、住宅を対象にしたWELL Homes Advisoryが立ち上がったばかり

沢田さん曰く「2014年にアメリカで誕生してから評価基準もどんどんアップデートされており、現在は『空気、水、栄養、光、運動、温熱快適性、音、材料、こころ、コミュニティ』という10項目に。特筆すべきは、WELL認証は建物の設備的な点だけではなく、建物をどのように運用するかや、どのようなプログラムを導入するかが、認証を取る際の評価の重要なポイントになっている点です」
さらに、世界的に認証取得件数も2017年の635件から2021年6月に2万5253件に増え、注目度も上がっていることがうかがえると話す。
ではWELL認証の建物で生活すると、どんなメリットがあるのだろうか? この認証では、人生の90%を室内で生活していると言われている現代人が、健康に生活するためのスタンダードをつくることで、肉体的にも、精神的にも健康に、豊かに生活できる環境を整えようとしているものだ。例えば、建物の空気質環境が良ければ、気管支炎やぜん息に罹るリスクは減るといったことなど。
現在日本では、WELL認証を導入した建物の多くはオフィスビルで、住まいへの本格導入はこれからといったところのようだ。そんななか、オランダで世界発となるWELL認証を取得した既存建築物を利用した賃貸マンションが2018年に登場しているという。

「はじめは『健康的な建物?ジムでもつくるのか?』と笑われた」

その物件は、オランダ・アーネム市にあるマンション「Aan de Rijn(アン・デ・ライン)」。

名称通り、ライン川沿いに7階建てと9階建ての2棟が並ぶ複合マンション(写真提供/Vesteda)

名称通り、ライン川沿いに7階建てと9階建ての2棟が並ぶ複合マンション(写真提供/Vesteda)

物件オーナーはオランダの不動産管理会社Vesteda(ヴェステダ)だ。そこのサステナビリティ責任者ステファン・デ・ビーさんはこう話す。

「実はVestedaがオーナーになった時点では、既存の住民からは“健康的な建物”に対する需要はなかったんです。ですが私たちは、住まいは『サステナブル』で『幸せをもたらすもの』であるべきだという信念があり、それにもとづいて、この物件も改善することにしたんです。となると、既存の住民にもそれを理解してもらわないといけない。そこで私たち自身が学ぶ場を得ると同時に、住民にも認識をうながす手段として、『WELL認証を取得すること』を思いついたのです」

その時点で、すでにマンション94室はほぼ満室。取得を決めてから最初に行ったのは、住民たちとのコミュニケーションだった。

「ある住民に『建物の健康度を測る認証をオランダのマンションで初めて取得する』という話をしたら、“ジムでもつくるつもりなのか?”と聞かれました」と笑うデ・ビーさん。

通称「緑のエントランス」と呼ばれているマンションの1F玄関部分©(写真提供/Vesteda)

通称「緑のエントランス」と呼ばれているマンションの1F玄関部分©(写真提供/Vesteda)

「居住空間の“禁煙”」に反対の声も……どう住民たちの理解を得たのか

認証取得のためのリフォームにも住民たちに積極的に関わってもらうことで、「コミュニケーション頻度が増えるなど距離が縮まり、理解を得ることができた」という。例えば、エントランスを改装する際には、デザインを住民に選んでもらった。

なかでも最も苦労したのは、評価基準の「空気」の項目。建物すべてがWELL認証を得るためには、共有部分だけでなく居住空間でも“禁煙”を徹底しなければならない。オランダでは、タバコが吸えない賃貸住宅ビルはそれまで存在しておらず、もちろん当初は反対する人も多かったという。

しかし、繰り返し「清浄な空気の大切さ」を訴えたこと、入居済みの住民に対してはこの条件が適応されないこともあって、徐々に賛同者を増やしていくことができたそうだ。(ただし、既存住民に対しては禁止ではないものの、禁煙が推奨されている)

「アン・デ・ライン」は、85平米/100平米の広さ、2LDKまたは3LDKの2種類の部屋がある。家賃は月に950ユーロ(12万円)前後(写真提供/Vesteda)

「アン・デ・ライン」は、85平米/100平米の広さ、2LDKまたは3LDKの2種類の部屋がある。家賃は月に950ユーロ(12万円)前後(写真提供/Vesteda)

ちなみにこの物件では、特別な浄化装置によってろ過される飲料水が蛇口から飲める(写真提供/Vesteda)

ちなみにこの物件では、特別な浄化装置によってろ過される飲料水が蛇口から飲める(写真提供/Vesteda)

新規の住民に対しては、「ペット不可」と同様の法的プロセスをとることで、入居時に“禁煙”の建物だと伝え、あらかじめ理解を得られるようにする。さらに、自治体にも協力を仰いで建物から半径20m以内の地域を「禁煙区域」と指定してもらうことで周辺の環境基準も整えた。

また建物全体に微粒子フィルターを備えた換気システム(熱回収機能付き)が設置されているほか、その日の外気の状態(空気の汚れ度)に応じて窓を開けるべきか/エアコンを使うべきかのアドバイスを、エントランスに設置されたタブレットや各住民のアプリを通じてチェックできるといった工夫もされている。

WELL認証のための改修費用などはどうした?

厳しいWELL認証の項目をクリアするためにリフォームを行うなど、当然、費用もかかったに違いない。一体どうやってまかなったのだろうか。

「WELL認証の改修費用は、物件の価値を上げるための投資として弊社が負担していますが、WELL認証導入後の管理費は、1戸に対して年間数ユーロだけです。管理費自体は増加しましたが、それは清掃費の分だけ。それ以外のメンテナンス関連の費用は、初期投資だけで運営費をゼロに抑える仕組みをつくりました」(デ・ビーさん)

その方法は、多くのサプライヤーにVestedaのアイデアに賛同してもらい、導入費用の割引や、パートナーシップの契約に協力を仰ぐというものだ。

例えば、施設の清掃の課題として、マンション内の植物の水やりがあった。植物が枯れないように、パートナー企業の支援で1カ月分の水を貯水できるタンクを設置した。タンクに水を入れるのは1カ月に1度だけで、必要な量についても自動的に判断し、給水される仕組みだ。そのため、清掃員は追加作業をする必要はなく、運営費もほとんど追加されていない。

定期的な水やりが心配されていたエントランスの植物(写真提供/Vesteda)

定期的な水やりが心配されていたエントランスの植物(写真提供/Vesteda)

また、前述の「換気システム」は半年に1回のフィルター交換が必要だが、メーカーに交渉し、定期的にフィルターを提供してもらう代わりにその効果を測定し、そのデータのフィードバックを行うことにした。

パートナー企業らも、革新的なプロジェクトに参画することで製品の良さを宣伝できるうえ、顧客からのフィードバックを得られるということで、プロジェクトへの参加に積極的だという。

パートナー企業等からの協力があったとはいえ、始動から3年、これらの一連の投資に見合う価値はあったのだろうか?

その問いに対し、デ・ビーさんは「間違いなくY E Sです。実際に住んでみるとその良さが分かるはず」と話す。

とはいえ、現在もWELL認証を取得しているかどうかは物件価値につながっておらず、賃料を設定するときのプラス材料とすることはできない。だが、「アン・デ・ライン」の住民たちからの評価は上々だ。「将来的にWELL認証の物件は、もっと価値が上がるのではないかと考えています」とデ・ビーさんは胸を張る。

左からRonald Papingさん(Arnhem市の市会議員)、“WELLマーク”を抱えるVestedaのCEOゲルトヤン・ヴァン・デル・バァンさん、Dick Vinkさん(BBI)、Ann-Marie Aguilar(IWBI)、Alexandra Boot(BBI)(写真提供/Vesteda)

左からRonald Papingさん(Arnhem市の市会議員)、“WELLマーク”を抱えるVestedaのCEOゲルトヤン・ヴァン・デル・バァンさん、Dick Vinkさん(BBI)、Ann-Marie Aguilar(IWBI)、Alexandra Boot(BBI)(写真提供/Vesteda)

GBJの沢田さんいわく、日本でのWELL認証の本格導入にはもう少し時間がかかりそう、とのこと。

「資料が英語で書かれ、審査書類の準備も英語で行わなければいけない。こうした言語のハードルの高さと、WELL認証を継続的に持ち続けるための運用コストの償却方法が、日本での普及の課題になっているんです」(沢田さん)

現時点で日本国内のWELL認証取得済みの建物は、オフィスや寮のみで、一般住宅はない。
とはいえ一方で、国内の認証制度である「CASBEE」でも、サステナビリティや健康に照準を当てた基準ができつつあるという。

オランダの賃貸マンションの事例では、サステナブルな住まいに対して、多くの企業が積極的に参画していただけでなく、自治体や行政も協力的だった。また、賃貸オーナーが自ら「テナントの生活環境と活力の向上に積極的に貢献する」という発想が、今後、日本でも芽生える可能性はあるのだろうか。関係する多くの協力が必要なものだけに、これからの日本での浸透に注目していきたい。

●取材協力
・一般社団法人グリーンビルディングジャパン(GBJ)
・Vesteda

賃貸物件なのに全室テーマが違う! ゴルフ、バイク、ボルダリングなど9室の趣味部屋

賃貸住宅の多様化が進み、独自のテーマや付加価値を持つ物件が増えてきました。こうした流れのなかで評判になっているのが千葉県柏市にある「ガルガンチュア」。その特色は、全9部屋が一部屋ごとに、ゴルフ、陶芸、ボルダリング、ピアノ演奏など、異なるテーマに沿って設計され、設備があることです。ここはどのような発想でつくられ、また居住者はどのように感じているのか、取材しました。
長く住んでもらうために趣味嗜好に特化する

「ガルガンチュア」は、豊四季駅(東武アーバンパークライン)から徒歩約14分の住宅地の中にあります。大家の奥山羊太さん(有限会社奥宮園代表取締役社長)はこう語ります。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

「この地域はもともとカブの名産地。奥山家もカブ農家で広い農地を持っていました。しかし義父の代からはそれを賃貸住宅に転用するようになったんです」
奥山さんは医療機器メーカーや自動車メーカーに勤務する会社員でしたが、先代の娘さんと知り合って結婚し、婿養子となりました。2017年に先代が現役を退いたのを機に、不動産賃貸業の有限会社奥宮園を引き継ぎました。

ところが当時所有していた物件の入居率は5割以下。「そのうちの1件の木造アパートに足を運んでみると、古く、利便性も悪く、私も借りたいと思えないような部屋でした。そこで、自分が借りたい、こういう人に借りてほしい、を思い描きながら、リフォームしたのが始まりです」

9室すべてコンセプトが異なる(写真提供/奥宮園)

9室すべてコンセプトが異なる(写真提供/奥宮園)

大家の奥山羊太さん(有限会社奥宮園代表取締役社長) (写真撮影/内海明啓)

大家の奥山羊太さん(有限会社奥宮園代表取締役社長)(写真撮影/内海明啓)

「ガルガンチュア」もこの発想の延長に誕生しました。奥山さんが奥宮園を引き継ぎ、空いていた農地に賃貸住宅を建てようとしたとき、意識したのは入居者に長期入居してもらうということでした。「長期で住んでいただくなら、万人向けの必要はありません。個々の入居者の好みに合えば、長く住んでいただけるはず。そこで個人的な趣味嗜好を追求できる部屋にしようと決めました」

奥山さん自身はクルマ好きなため、当初はガレージハウスにすることを考えました。しかしすべての世帯がをガレージハウスにすることには物足りなさもありました。見積もりを依頼した設計施工メーカーが、ガレージハウスに加えて防音室を提案してきたことをきっかけに、それならいっそ、全室異なる個性の部屋にしよう、と考えました。

この決断自体が奥山さんの個性とも言えるでしょう。奥山さんはクルマのほか、読書好きでもあります。陶芸の経験も楽しかったし、ボルダリングもやってみたかったそうで、趣味を持つ人の「あったら良いな」を現したいという想いがありました。「ただ設計の方々にはご苦労をかけたと思います。注文住宅が9つあるようなものですから」と奥山さん。

こうした住宅のつくり方では投資額も増えますから、財務面も慎重に検討しました。会計事務所に相談しながら事業計画を立案、投資額や利回りから家賃を算定し、近くの、流山おおたかの森駅(東武野田線、JRつくばエクスプレス)周辺の同面積の物件の家賃と比較してみると、大きな差が出ないことが分かり、着工を決断しました。
ちなみに、賃貸住宅の名「ガルガンチュア」は、奥山さんが大好きな米映画『インターステラー』に登場するブラックホールの名にちなんだもの。一度入ったら居心地が良くて出られない空間をつくりたい、奥山さんはそんな想いをこめて名付けました。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

趣味や仕事に活かす派、関係なく利用する派、両方が住む

各部屋の特色は次のようになっています。
typeA(マイバッハクラスの大型車が2台格納できるガレージ付き)、typeB(自転車愛好者のため、10.9畳の土間と勝手口を設置)、typeC(吹抜けに高さ4mのボルダリングウォール付き)、typeF(大型壁面鏡、ランニングマシンなどの設置が可能な耐衝撃床を持つフィットネスルーム付き)、typeG(天井高2.8mのスクリーンを持つゴルフシミュレータールーム付き)、typeL(20.6畳のLDKに大型書棚、2階ホールにも大型書棚がある)、typeM(主にバイクのためのガレージ付き)、typeS(楽器演奏のための防音室付き)、typeW(陶芸用土間と専用庭に立水栓がある。電気釜を使えるようにするため、200V、50Aの電源を確保)。

ちなみに、typeに付けられたアルファベットはBならBicycle、LならLibraryのように、テーマの頭文字を意味しています。

ボルダリング付きのtypeC(写真提供/奥宮園)

ボルダリング付きのtypeC(写真提供/奥宮園)

大型書棚付きのtypeL(写真提供/奥宮園)

大型書棚付きのtypeL(写真提供/奥宮園)

入居者はこれらを趣味や仕事に活用している方もいれば、それと関係なく広さやデザインに惹かれている方もいます。
前者の趣味や仕事に活用しているケースではtypeLには数学の大学講師の方、typeSには音楽家の方が入居しています。
typeAに入居しているTさんは東京都内にあるバイクショップの経営者で、ガレージは趣味の外車や旧車(過去の名バイクなど)を置くのに使っています。

typeAのガレージ(写真提供/奥宮園)

typeAのガレージ(写真提供/奥宮園)

「ガレージ部、住居部のどちらも満足しています。特に2階部から階段を降りてくると大きなはめ込み窓からガレージ内部が見え、愛車やバイクを日々感じられるのがうれしいですね」と語ります。
Tさんは最初この物件を知ったとき、この地域としては家賃がやや高いかな、と感じたそうです。「しかし住んでみると、設備も含め、すべて快適で不満はありません。私の例に限らず、個人の趣味嗜好や生活様式は多様になっていますから、こうした住宅形態は今後、東京近郊中心に増えていくのではないかと思います」

プロゴルファーが自宅兼スタジオとして利用

typeGの入居者はゴルフのレッスンプロの石井昭仁さん。プロゴルファーになって4年目、トーナメントにエントリーする一方、自宅や池袋でレッスンも行います。
この物件はたまたま石井さんの父が見つけて教えてくれたそうです。

ゴルフシミュレータールーム(写真撮影/内海明啓)

ゴルフシミュレータールーム(写真撮影/内海明啓)

機種は「JoyGolf smart + (ジョイゴルフスマートプラス)」(株式会社ゴルフランド)のもの(写真撮影/内海明啓)

機種は「JoyGolf smart + (ジョイゴルフスマートプラス)」(株式会社ゴルフランド)のもの(写真撮影/内海明啓)

石井さん。ゴルフシミュレータールームを活かし、ゴルフのレッスンスタジオを運営(写真撮影/内海明啓)

石井さん。ゴルフシミュレータールームを活かし、ゴルフのレッスンスタジオを運営(写真撮影/内海明啓)

「ゴルフシミュレータールームはお客様のレッスンにも、自分のトレーニングにも使っています。シミュレーターにはいろいろな種類があり、性能の良し悪しもさまざまですが、ここに設置された機械は、実際のショットのイメージに近く、満足しています」
弱点は収納です。プロゴルファーにはかなりの量のゴルフウェアが必要なため、普通の人以上の収納が必要です。しかしtypeGは9部屋の中でも収納が少ない部屋なので、そこがややミスマッチというところ。一方、ゴルフバッグやシューズの収納には困らないほどの玄関の広さには満足しています。

広い玄関まわりはゴルフバッグを置くのも楽々(写真撮影/内海明啓)

広い玄関まわりはゴルフバッグを置くのも楽々(写真撮影/内海明啓)

家賃が高めとも言われますが、石井さんはそうは考えていません。「自分でゴルフシミュレーターを購入してスタジオを経営することを考えたら、その設備があってこの家賃というのは決して高くないと思います」

入居者の意見をすぐに反映させるオーナーの姿勢もうれしいとのこと。「駐車場が暗く、心配だと伝えたらすぐに照明を設置してくれましたし、シミュレータールームの出っ張り部分がショットのとき気になることを伝えたら、すぐに改修し、取り除いてもらえました」

石井さんはスタジオ(豊四季ゴルフスタジオ)を始めたばかりですが、今後仕事が増え、別のところに住むことになっても、この部屋を事務所として利用することも想定しています。

石井さんの部屋のリビングルーム部分。階下にゴルフシミュレータールームがある(写真撮影/内海明啓)

石井さんの部屋のリビングルーム部分。階下にゴルフシミュレータールームがある(写真撮影/内海明啓)

リビングルームに接してパティオ的なスペースがある。テーブルと椅子は石井さんが購入して置いた(写真撮影/内海明啓)

リビングルームに接してパティオ的なスペースがある。テーブルと椅子は石井さんが購入して置いた(写真撮影/内海明啓)

先ほど、部屋のテーマと直接関係のない入居をしているケースもあると述べましたが、その例としては、typeCのボルダリング付きの部屋には広いLDKに魅力を感じた経営者の方が入居していますし、建材商社勤務の鈴木敏夫さんもテーマとは関係なく、陶芸ができる部屋のtypeWに入居。陶芸のために用意された土間を鈴木さんはガーデニングの鉢を置くのに利用しています。妻との二人暮らしですが、飼い猫2匹と一緒に暮らせることも大切な条件でした。
「観葉植物や寄せ植えなど10鉢くらいを屋内に置いています。以前住んでいた賃貸ではベランダに並べていましたが、風雨の強いときにそれを避ける場がなかったので、今は助かっています」
以前の住居から引越しを決意した理由は上階の物音が大きかったからだそうです。「この部屋の環境は静かですし、使い勝手もよいですね。(陶芸のためにつくられた)土間はベランダと寝室それぞれにつながる出入口があります。猫は自由に走り回っていて、私たちより喜んでいるのではないでしょうか(笑)」

typeW 広々としたリビングルーム部分(入居前)(写真提供/奥宮園)

typeW 広々としたリビングルーム部分(入居前)(写真提供/奥宮園)

前述のTさんが指摘されたように、個人の趣味嗜好や生活様式の多様化は今後も進むでしょう。また働き方としては副業も増える時代になっています。そうしたなかで、ガルガンチュアのようなコンセプト賃貸は今後、増えていくかもしれません。

●取材協力
有限会社奥宮園
豊四季ゴルフスタジオ

「大人のシェアハウス」のススメ。放送作家と人気芸人の赤信号だらけの日常

放送作家、小説家の桝本壮志さんは昨年まで、ちょっと変わった生活を送っていました。その暮らしとは都内の一軒家を借り、お笑い芸人の小沢一敬さん(スピードワゴン)、徳井義実さん(チュートリアル)との男三人暮らし。その暮らしぶりは、当時のエピソードなどをベースにした桝本さんの小説『三人』からも垣間見ることができます。

40代の3人による共同生活。それも、個性の強い芸人さんとの暮らしは、一体どんなものだったのでしょうか? また、生活も仕事も安定し、考え方も成熟した大人があえて一緒に暮らすことで、どのような発見があったのでしょうか? 桝本さんご本人に、当時のことを伺いました。

きっかけは「最後の青春ごっこでもやるかい?」の一言

――小沢一敬さん(スピードワゴン)、徳井義実さん(チュートリアル)との“シェアハウス生活”は、2015年から約5年半にも及んだそうですね。

桝本:はい。それぞれの自宅とは別に、秘密基地みたいな感じで都内の一軒家を借りていました。厳密にいうと「同居」というよりは、僕が場所を借り、時間があるときに二人が来て一緒に過ごすという感じでしたね。

コロナの“3密”を避けるために今はシェアハウスを解約しましたが、2人とは「状況が変わったら、また考えようか」と話をしています。

――40代の男性3名によるシェアハウスってなかなか珍しいと思うのですが、どんなきっかけが?

桝本:2人とは吉本興業の同期で、僕と徳井くんは18歳のころからの知人でした。交流がない時期もあったんですけど、東京で再会してからは3人で会うようになり、気付いたら“週4”ペースで遊んでましたね。それで、誰からともなく、「一緒に暮らさない?」って。

そのとき、たしか小沢くんが「それぞれパートナーが見つかるまで、最後の青春ごっこでもしない?」って言ったんですよ。

2015年、シェアハウス初日。まだ何もないリビングにて(写真提供:桝本壮志、以下同)

2015年、シェアハウス初日。まだ何もないリビングにて(写真提供:桝本壮志、以下同)

――仲良し3人の共同生活は、確かに青春の香りがしますね。

桝本:僕らって“青春の空白期間”があるんですよね。芸人も放送作家も最初は下積みで、若いころはお金がなく人並みに遊んだりできなかった。その代わりというわけじゃないけど、何かを取り戻そうとしたところもあったと思います。

――物件は誰がどうやって探したんですか?

桝本:前々から「こんな家に住みたいね」と語らっていたイメージをもとに、僕が探しました。探したといっても、不動産会社さんから最初に紹介された物件が気に入って、即決だったんですけどね。古民家をリノベーションしていて、ゆったりした間取りと、鴨居や縁側が残っている感じもよかった。僕が内見した時は、庭に池までありました。

内見してすぐ、小沢くんと徳井くんにLINEで伝えたら「いいね!」と即答してくれたんです。

休日は縁側でのんびり過ごした

休日は縁側でのんびり過ごした

――即決とはすごい。よほどビビっとくるものがあったんですね。

桝本:はい。それと、実際に暮らしてみたら周辺環境もよかったです。静かで、古くからのご近所付き合いが残っている場所でした。隣近所でお裾分けし合うようなコミュニティがありましたね。

――桝本さんたちも、地域の人と触れ合ったりしていましたか?

桝本:そこまで大々的ではないけど、多少のお付き合いはありましたね。小沢くんは、近所のコンビニの店員さんとも仲良くなってました。小沢くんって『週刊ベースボール(以下、週ベ)』の愛読者なんですけど、そのコンビニに売ってなかったんですよ。それで、店員さんに「おじさん、(週ベ)入れてよ」と言ったら、本当に置いてくれるようになって。

でも小沢くん、新幹線で移動するときとかにキオスクで『週ベ』を買ってしまうんですよ。ただ、おじさんに入れてもらった手前、コンビニでも買わなくちゃいけない。だから、シェアハウスに同じ号が2冊置いてあることがしょっちゅうありました。

――律儀だ……。

桝本:小沢くんって本当に裏表がないというか、テレビの小沢一敬そのままの人間なんですよ。

ご飯中も『週べ』を読んでいた小沢さん

ご飯中も『週べ』を読んでいた小沢さん

自分の思い通りになることが一つもない生活

――桝本さんの小説『三人』では、放送作家と芸人2人のシェアハウス生活が描かれています。フィクションですが、桝本さんたちの共同生活のエピソードが元になっているところもあるんでしょうか?

桝本:多少はにじみ出ていますね。

――例えば、売れっ子芸人の佐伯が不思議な「寝言」を叫ぶじゃないですか。「なんで寿司屋のお茶は熱いんだ!」とか。あれは、どなたかの実話ですか?

桝本:あそこはまさに小沢くんです。小沢くんの部屋は僕の部屋の真下だったんですけど、よく分からないことを夜な夜な叫んでましたね。むにゃむにゃ、みたいな寝言じゃなくて、絶叫なんですよ。「どうして、こんなことになったんだ!」とか、フルで叫ぶんです。最初のころはびっくりして、何度か階段を駆け下りました。でも、様子を見ると音楽を流しながら普通に寝ているんです。

たまに二人が同じベッドで寝ていたことも

たまに二人が同じベッドで寝ていたことも

――そういうのも、だんだん慣れていく?

桝本:慣れますね。他にもたくさん驚かされましたが、だんだん受け入れていきました。そのうち、これもシェアハウスの面白さだなって気づいて。

――他人の思いもよらない生態を知ることが、ですか?

桝本:はい。自分とはまるで違う人間と暮らすと、常に発見があるんです。子どものころから染みついている生活のルールや習慣みたいなものも、全部そこでぶっ壊されました。でも、それが不快なわけでは全然なくて、楽しみながら学んでいける喜びのほうが大きかったです。大人になってから生活の価値観が揺さぶられることって、あまりないじゃないですか。それが毎日起こるんですから。

30代から始めたシェアハウスは発見だらけだった

30代から始めたシェアハウスは発見だらけだった

――具体的に、徳井さんや小沢さんからどんな影響を受けたり、学んだりしましたか?

桝本:影響かあ……。細かいことを挙げたらキリがありません。朝のルーティーンからして、全然違いますからね。「小沢くんって、毎朝必ずヤクルト飲むんだ!」とか、一つひとつは小さなことですよ。

学んだことも、たくさんあります。例えば、徳井くんは「生活のトレンド」みたいなものをキャッチする能力にすごく長けていて、一緒に暮らしていると学びだらけなんです。家電や料理道具の知識量は相当なものだし、新しいサービスなんかも常に先取りしている。Uber eatsも、かなり前から注目していて、僕の周りでは一番早く知っていましたから。

小沢くんは小沢くんで、映画や音楽にかなり詳しい。僕も音楽番組を担当しているし、いろんなジャンルをけっこう聴き込んできたほうだと思っていたんですけど、小沢くんには全く敵わない。彼らと暮らすことで、明らかに自分の知識が増えていくのを実感する日々でしたね。

――触れてきたカルチャーや、育ってきた環境が違う人と同居するという点では結婚もそうですが、それとはまた少し違うんでしょうね。

桝本:違うと思います。結婚はどちらかというと、互いに協力したり、価値観をすり合わせたりしながら新しい生活習慣をつくっていくものですよね。でも、2人との共同生活は、自分の思い通りになることが一つもないんですから。だって、朝起きて、本当はクラシックを聞きたいのに爆音でパンクロックが流れているんですよ。

――価値観をすり合わせるどころの話じゃないですね……。

桝本:はい。ただ、そうやって赤信号で強制的に立ち止まらされるようなことって、たまには必要だと思うんですよ。全部が青信号でスイスイ進んでしまったら、見過ごしてしまうこともあるはずです。

アフリカに「早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたいなら皆で進め」っていうことわざがあるんです。徳井くん、小沢くんと生活していたときは、この言葉の意味が実感できました。実際、シェアハウスの日常は赤信号だらけ。でも、それが青信号に変わったときに、すごく糧になっていた気がしますね。

2人と暮らさなかったら、価値観が凝り固まった人間になっていた

――3人で暮らしていると家だけでなく、さまざまな物もシェアすることになります。それに抵抗はなかったですか?

桝本:むしろ、誰かと一緒に使うことで、より物に対する愛着が湧きます。3人だから三重ですね。例えば、なにげないテレビのリモコンも、フライパンも、草野球のグローブも、3人で共有することで、思い出が3倍に広がる。一人暮らしだと私物でもシェアハウスだと共有物になり、その経年劣化のなかに思い出が沁み込むんですよね。

――小説ではパンツもシェアしていました。誰かのパンツが乾いていなかったら、自分のを差し出すと。

桝本:それはフィクションです。さすがに気持ち悪いです(笑)。

――失礼しました。では、他にシェアしていたものは?

桝本:家具とかも3人で選んだもののほうが思い入れは強くなりますよね。それぞれの部屋に置くベッドは自分しか使わないから何でもいいんだけど、リビングに置いて3人で使うものはあれこれネット検索して物色しました。3人とも高級志向じゃないから、最終的にはメルカリとかドン・キになりましたけどね(笑)。でも、それが楽しかった。

ローソファは徳井さんとメルカリで選び、テーブルは小沢さんとドン・キで購入

ローソファは徳井さんとメルカリで選び、テーブルは小沢さんとドン・キで購入

――でも、それぞれ好みはバラバラですよね。

桝本:じゃんけんでいったら、グー・チョキ・パーに分かれるくらい違います。そこで、「今回は誰を勝ちにしようか?」って決めるのが面白い。例えば食事のこととか、その三択が常に繰り広げられるんですよ。上下関係がなく、誰がリーダーシップをとるとかもないから、自然とそうなるんです。大人同士のシェアハウスの良さかもしれません。

――選択肢が3倍に増えるわけですもんね。結果的に、自分一人なら選ばなかった物や体験が増えていく。

桝本:そう。脳みそもシェアしているような感覚がありましたよ。各々がそれまでの人生で築き上げてきた価値観や、それに基づくチョイスは新鮮でした。そのうち、答えを着地させることよりも「議論してみる」こと自体が大切なんだなと思うようになったんです。うだうだアイデアを投げ合ってみて、「あ~楽しかったね」となったところで、結局は一番安いものを選んでいる。結果的に、誰かが我を通したり妥協するといったことはなく、満足のいく選択ができた。

でも、そう素直に思えたのも、2人の人間性が良かったからだと思います。小沢くんは誰に対しても丁寧な言葉を使うし、徳井くんは絶対に人の悪口を言わない。そういう彼らだからこそ、近くにいることで僕も成長できたし、自分自身のよくないところに気づくことも多かった。

――年齢を重ねるほど頑なになり、自分を変えることが難しくなる部分もあると思います。でも、そこでフラットな関係性の誰かと一緒に生活することで、自分をアップデートするきっかけになると。

桝本:そう思います。逆に、僕はあの時シェアハウスをしていなかったら、非常に凝り固まった、視野の狭い人間になっていたでしょうね。2人の視座が加わったことで、脳みそがやわらかくなった実感があります。

ただ、全てをそのまま受け入れるというわけではなくて、変わらない部分だってもちろんある。その変わらなかったところが、本当の自分らしさなのかなと思ったりします。強烈な個性を持つ2人の影響を受けることで、逆に自分のなかで二重線を引ける部分も色濃く見えてきたんです。そして、そこを大切にしていこうと。

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インドに行くよりも、近所でシェアハウスをしたほうがいい

――シェアハウスって若い時期にするものというイメージがありましたが、桝本さんのお話を聞いていると40代、50代でもやっていいんだなと感じます。もちろん、状況や環境が許すなら、ということにはなりますが。

桝本:すごくいいと思います。人生100年時代ですし、40代や50代で自分の内側を見つめ直し、もうワンステップ成長できたら視界が広くなりますよね。

昔は人生を変えたかったら「インドに行け」とかよく聞いた気がするんですけど、そんな遠くに行かなくても、むしろ逆に近所でいいから、友達とシェアハウスしてみたらいいと思います。ガンジス川でバタフライするよりも、3人で公園に行って水道水を回し飲みするほうが、いい思い出になるかもしれませんよ。

毎日というのが難しければ、週末婚みたいに「週末シェアハウス」でもいいんじゃないでしょうか。今は手ごろな賃貸も多いので、ぜひおすすめしたいです。

――週末シェアハウス、いいですね! 桝本さんも状況が許せば、また3人で暮らしたいと思いますか?

桝本:僕自身は暮らしたいと思っていますよ。別に今すぐじゃなくてもいいんですけどね。

●取材協力
桝本壮志(ますもと・そうし)さん
1975年生まれ。放送作家、コラムニスト、小説家。大阪NSC13期生で、同期芸人にスピードワゴン小沢一敬、チュートリアル徳井義実など。2010年から母校である吉本総合芸能学院の講師も務めている。2020年12月、自身のシェアハウスの体験を基にした初の本格小説『三人』を上梓
小説『三人』

ひとり親世帯向けシェアハウスに家賃補助。空室1戸からでもOK!オーナーさんにも知ってほしい新基準が登場

2021年4月、セーフティネット登録住宅の基準に新たにひとり親世帯向けシェアハウスの基準が設けられました。これにより、ひとり親世帯の住まいの選択肢として「シェアハウス」が増えることが期待されています。

今回の基準新設は、物件のオーナーさんや自治体、そしてひとり親世帯にどのような影響を与えるのでしょうか。専門家、自治体、そして実際に制度を活用したシェアハウスのオーナーさんに話を聞きました。

ひとり親向けのシェアハウスが抱えてきた“問題”とは?

今回の基準新設は「セーフティネット住宅」の制度についてなされたもの。低額所得者や高齢者、被災者、子育て世帯など、住宅の確保が難しい人に対して“入居を拒まない住宅”として、登録している住宅のことを言います(制度と基準新設についての詳細)。一定の収入以下の世帯が入居できる公営住宅だけではカバーしきれない、さまざまな立場の住宅弱者のために2017年、新たな住宅セーフティネット制度が施行され、その中にはシェアハウスの基準もあるのですが、実はそれはこれまで“単身者向け”のシェアハウスを対象としたものだったのです。近年、ひとり親世帯向けのシェアハウスのニーズが高まっていることにともない、今回の基準新設に至りました。

これまでの公的な住宅施策は住居しての“ハード”を提供するものでしたが、育児、家事、仕事を全てひとりで行わなければならないひとり親の生活には、“ソフト”であるサービスの存在も欠かせません。保育や家事代行などのサービスを付帯する住まいとして、また、ひとり親の「孤立」を防ぎ、「自立」を促す住まいとしてシェアハウスが注目されてきたのです。さらに新型コロナウイルスの影響によって、特に低所得のひとり親世帯が失業や減収などで生活に困窮する状況も、この基準新設を後押ししたことでしょう。

ひとり親向けシェアハウスの基準新設について国土交通省から出された通知(資料/国土交通省)

ひとり親向けシェアハウスの基準新設について国土交通省から出された通知(資料/国土交通省)

ひとり親向けシェアハウスの基準新設について国土交通省から出された通知(資料/国土交通省)

母子世帯の貧困と居住福祉について研究を深め、今回の基準新設においても尽力をし続けてきた追手門学院大学准教授の葛西リサさんは、「この基準ができるのには6年くらいかかったが、コロナ禍もあって昨年一気に実現へ向けて協議が進んだ」と言います。

「私がひとり親向けシェアハウスの研究に着手をしたのは、2008年ごろからです。ひとり親世帯は所得の低い世帯が多く、入居しやすい住宅を提供しようとすれば家賃を低めの価格帯に設定する必要があります。そのため、これまでひとり親世帯をサポートしたい、という想いを強く持ちながらも、採算が取れずに廃業・撤退したシェアハウスの運営者の方も多く見てきました」(葛西さん)

研究者としてこれまでひとり親向けシェアハウスの基準新設に尽力をしてきた追手門学院大学の葛西リサさん(写真撮影/唐松奈津子)

研究者としてこれまでひとり親向けシェアハウスの基準新設に尽力をしてきた追手門学院大学の葛西リサさん(写真撮影/唐松奈津子)

いち早く制度を活用したシェアハウスは?

この“採算性が取れない”問題を解決し、想いを持つシェアハウス運営者の後押しをするために、「住宅セーフティネット制度にひとり親向けシェアハウスの基準を設けることが必要だった」と葛西さんは言います。

「自治体が制度を設けている地域の物件をセーフティネット専用住宅として登録すれば、オーナーさんが家賃低廉化や改修のための補助を得ることができます。特に家賃低廉化補助、つまりオーナーさんに支給される家賃補助にあたるものは、国と自治体の負担分をあわせると最大で月4万円。その分、賃料を下げることができるので、入居するひとり親世帯の負担が軽くなります」(葛西さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

実際にこの制度を導入した横浜市で、ひとり親向けのシェアハウスを営むYOROZUYAの小林剛さんは「セーフティネット住宅として登録しただけでも、問い合わせが増えた」と言います。

「ひとり親、特に母子世帯のなかには、DVなどの問題を抱えてまだ離婚ができていない人もいます。そのようなケースでは、一般の賃貸住宅では入居が難しいことが多いので、こちらに入居できないか、という相談が来るのです。

入居できる住まいを求めてインターネットでシェアハウスを検索するひとり親の中には、さまざまな公的なサポートの存在を知らない人も多くいます。結果的にうちの物件に入居にならなくても、ほかに活用できる制度について確認するよう話したり、ただ相談に乗ったりするだけでも不安が和らいだ、と言ってもらえることがたくさんあります」(小林さん)

今回、取材に協力してくれたYOROZUYAの小林剛さん。2020年10月にセーフティネット専用住宅としての登録が完了し、今年の3月に家賃低廉化補助金の受給が決まった(写真撮影/唐松奈津子)

今回、取材に協力してくれたYOROZUYAの小林剛さん。2020年10月にセーフティネット専用住宅としての登録が完了し、今年の3月に家賃低廉化補助金の受給が決まった(写真撮影/唐松奈津子)

自治体にとっても居住支援制度への導入がしやすく

YOROZUYAが所在する神奈川県横浜市は、今回の基準新設よりも先駆けて、2019年からひとり親向けのシェアハウスの基準を独自で設けてきました。この背景について横浜市建築局の石津啓介さんと小島類さんに話を聞いたところ、実際にひとり親世帯向けシェアハウスの運営者などから「独自で基準を設けてくれないと、運営の実態と登録基準とが合っておらず、制度を活用できない」という要望が出ていたと言います。

「横浜市では、独自基準を設けるまでに市民の方々の声を拾うほか、他の自治体の事例調査やアンケート調査など、さまざまな調査・検討を行う必要がありました。今回、国が明確な基準を示したことによって、全国の地方自治体で制度を設けやすくなったことは間違いありません」(石津さん)

横浜市建築局住宅部住宅政策課の石津啓介さん(右)と小島類さん(左)(写真撮影/唐松奈津子)

横浜市建築局住宅部住宅政策課の石津啓介さん(右)と小島類さん(左)(写真撮影/唐松奈津子)

横浜市では、2018年度からの4カ年計画の中で、2021年度末までに家賃補助付きセーフティネット住宅の供給目標として700戸を掲げていますが、まだ1割程度しか達成できていないそう。「空き家、空室に悩むオーナーさんにも積極的にこの制度を活用してほしい」と言います。

「オーナーさんが家賃低廉化の補助を受けるには、セーフティネット “専用住宅”として登録する必要があります。1棟物件を所有されている場合は、その中の1戸から専用住宅として登録することが可能です。セーフティネット住宅となったことで問い合わせが増えたという話も聞きますので、空き家や空室にお困りのオーナーさんには、一つの選択肢として検討していただきたいと思います」(小島さん)

住宅セーフティネット制度の活用を広げるために

このように、オーナーさんが専用住宅とすることに不安を感じる以外にも、この制度の活用においては、まだ、さまざまな課題があるようです。小林さんは「まず、十分な周知がされているのかが心配」と不安を漏らします。

「私は全国ひとり親居住支援機構というNPOに所属しているので、この制度のことを知っていましたが、制度の存在自体を知らないオーナーさんも多いのではないでしょうか。

また、セーフティネット住宅に登録する手続きと家賃低廉化の補助を受けるための手続きが別で、申請先が異なることも私は登録後に気づきました。セーフティネット住宅に登録すれば、自動的に家賃低廉化の補助を受けられると思っていたのです。このような手続きの煩雑さも登録への障害になっているかもしれません」(小林さん)

小林さんが運営するシェアハウスYOROZUYA(写真提供/YOROZUYA)

小林さんが運営するシェアハウスYOROZUYA(写真提供/YOROZUYA)

家賃は6万円~8.95万円だが、家賃低廉化補助の4万円を活用すれば、2万円~4.95万円で入居できる(写真提供/YOROZUYA)

家賃は6万円~8.95万円だが、家賃低廉化補助の4万円を活用すれば、2万円~4.95万円で入居できる(写真提供/YOROZUYA)

加えて、制度の運用は各地方自治体によって異なるため、セーフティネット住宅に登録しても、家賃低廉化補助の制度がない自治体もあるそうです。

「シェアハウスの運営事業者にとっては、家賃補助がなければ物件登録のメリットは感じづらくなります。コロナ対策などでの自治体の財政難も理解できますが、コロナの影響を受けた人へのサポートとしても、また空き家や子どもの貧困などの社会問題解決のためにも、セーフティネット住宅の拡大は重要です。

その一つとして、これらの問題解決に有効なひとり親向けシェアハウス普及へ向け、各自治体には家賃補助付きでの制度設計を積極的に行ってほしいと願います」(葛西さん)

これからのひとり親の住まいにはどんな選択肢が?

横浜市では、現在、約8000戸のセーフティネット住宅が登録されていますが、その中で家賃低廉化の補助を受けられるひとり親向けのシェアハウスはわずか10戸だと言います(2021年6月20日現在)。今回の基準新設により、ひとり親向けシェアハウスをはじめとするセーフティネット専用住宅の登録が増えれば、一般賃貸住宅や公営住宅とあわせて、住宅の確保が難しい人にとって有効な住まいの選択肢の一つとなりうることでしょう。

住宅セーフティネット制度に登録されている住宅は、国土交通省の運営する「セーフティネット住宅情報提供システム」のサイトから探すことができます。また、入居を検討している人の相談に乗り、入居の支援をしてくれる窓口として各地方自治体には「居住支援協議会」の設置や「居住支援法人」の登録がなされています。

新たな住宅セーフティネット制度の3つの柱(資料/国土交通省)

新たな住宅セーフティネット制度の3つの柱(資料/国土交通省)

今回取材した皆さんが声をそろえて言うように、困っているときには、これらの窓口に相談しながら、サポートが受けられる制度を活用したいものです。また、このような取り組みを多くの人に知ってもらい、困っている人がいたときには「こんな制度があるから相談してみたら」と声をかけられるといいですね。

●参考
・ひとり親世帯向けシェアハウスの基準を新設/国土交通省
登録住宅について:セーフティネット住宅情報提供システム
住宅確保要配慮者居住支援法人について:国土交通省

●取材協力
・追手門学院大学 地域創造学部 准教授 葛西リサさん
・シェアハウス YOROZUYA
・横浜市 建築局住宅部 住宅政策課「家賃補助付きセーフティネット住宅」

入居者DIYでアトリエや花屋に! 築古賃貸なのに大人気の「ニレノキハウス」がすごかった

築古の賃貸物件が年々増える中、住み手によるリノベーションが可能な「DIY賃貸」が注目を集めている。しかし、中には退去時の「原状回復」を必須としており、そのメリットが活かされていないケースも多い。
そんな中、「原状回復不要」で住み継がれてきたDIY賃貸の草分け的存在が熊本県熊本市の「ニレノキハウス」だ。オーナーの末次宏成さんと2組の入居者へ、ニレノキハウスの成り立ちと、実際の暮らしについて話を聞いた。

築古マンションに付加価値を

末次さんが元オーナーである両親から3階建・11戸の賃貸マンションを引き継いだのは2011年のこと。
決して条件が良いとは言えないエリアにあり、当時で築27年と古く、全室空室状態だった。そこで末次さんは、従来のような賃貸募集ではなく、入居者が主役になれるような自由に建物をカスタマイズできる賃貸を目指した。
当時は「リノベーション」という言葉もまだ珍しい時代だったが、反響は大きく、オープンハウスには2日間で200名以上が来場。すぐに満室となり、現在に至るまでほぼ満室状態が続いている。
結果的に、リノベーションを通じて入居者・不動産会社・オーナーの親密なつながりが生まれ、ニレノキハウスならではのコミュニティが育ったのだ。

「ニレノキハウス」オーナー、末次デザイン研究所 代表 末次宏成さん。 九州大学職員として都市建築デザイン、まちづくりについて研究。その後地元熊本へUターン、家業の傍ら、空き家再生やリノベーション事業に積極的に取り組む(写真撮影/野田幸一)

「ニレノキハウス」オーナー、末次デザイン研究所 代表 末次宏成さん。
九州大学職員として都市建築デザイン、まちづくりについて研究。その後地元熊本へUターン、家業の傍ら、空き家再生やリノベーション事業に積極的に取り組む(写真撮影/野田幸一)

学生へ、リアルな現場を「教材」として提供

ニレノキハウスのユニークな点はもうひとつある。大学との連携だ。全11戸のうち1戸は熊本大学・熊本デザイン専門学校・九州大学と連携し、学生たちが設計~施工までを行った。階段など共用部の壁画も学生の手によるものだ。

共用部の壁画。黒板部分は住民がメモやイラストなどを描き込んでおり味わいがある(写真撮影/野田幸一)

共用部の壁画。黒板部分は住民がメモやイラストなどを描き込んでおり味わいがある(写真撮影/野田幸一)

大学職員として、もともと産学連携の仕事にも携わってきた末次さん。自身も都市建築デザインやまちづくりを経験してきたことから、「建築を学ぶ学生がリアルな現場を体感できることで、良い教材になる」と感じており、大学との連携が実現した。
学生たちが手掛けた1室もすぐに入居者が決まり、6年にわたり最初の入居者が暮らしていた。その後6年ぶりに空室になると、再び熊本大学の学生たちがリノベーションを実施。現在は次の入居者が暮らしている。

101号室で行われた設計検討の様子(2012年当時)(写真提供/熊本大学大学院先端科学研究部 教授 田中智之さん)

101号室で行われた設計検討の様子(2012年当時)(写真提供/熊本大学大学院先端科学研究部 教授 田中智之さん)

リノベーション作業の様子(写真提供/末次さん)

リノベーション作業の様子(写真提供/末次さん)

学生たちが設計・施工した101号室。「家の中に小さな家と街路をつくる」ことをイメージし、「離れ」のような3つの空間を土間の回廊でゆるやかにつないだ(写真提供/末次さん)

学生たちが設計・施工した101号室。「家の中に小さな家と街路をつくる」ことをイメージし、「離れ」のような3つの空間を土間の回廊でゆるやかにつないだ(写真提供/末次さん)

アトリエ兼住居として活用。入居者同士の交流も魅力

ここで、ニレノキハウスに入居している2組の暮らしを見せてもらった。

園田さんご家族は、2012年のリニューアル当初からニレノキハウスに暮らし続けている。夫妻で花屋を経営しており、1階角部屋・土間付きの約70平米をアトリエ兼住居として使用している。

お話を伺った園田あずささん(写真撮影/野田幸一)

お話を伺った園田あずささん(写真撮影/野田幸一)

以前は店舗での販売を中心に経営していたが、SNSが普及したこともあり、マルシェや注文販売、教室運営をベースに切り替えようと考え、移転先を検討していたところだった。

そんなときに、知人からニレノキハウスの話を聞き、オープンハウスで見た部屋に、一目ぼれしてしまったという。
「当時は『部屋』というより、最低限のリノベーションを施した『箱』という状態でしたが、ショップで使用していた什器や家具類がぴったりはまるイメージを持てました。オーナーの末次さんと会話し、花屋として使用することも歓迎してもらえましたし、幸い子どもの学校区も変えなくてよいエリアだったこともあり、こんな場所は他にない、と即決でした」(園田さん)

花の受け渡しや教室などで人の出入りもある。周囲の理解がなければできないことで、一般的なアパート等だとやはり他の住民に迷惑をかけてしまうだろう、と考えていた園田さん。
「ニレノキハウスはDIYだけでなく、店舗や事務所との併用も歓迎されています。入居者もその方針に共感する方々でしょうから、そんな物件なら安心できる、と思いました」(園田さん)

作業や花の受け渡し、レッスンなどを行うアトリエ。什器類は以前のショップ時代から利用しているもの(写真撮影/野田幸一)

作業や花の受け渡し、レッスンなどを行うアトリエ。什器類は以前のショップ時代から利用しているもの(写真撮影/野田幸一)

入居後は3LDKだった間取りを土間+1ルームにリノベーション。寝室やダイニングスペースはカーテンでゆるく仕切って使用している。アトリエスペースと住居スペースを仕切る扉や玄関扉、外壁もオーナーに許可を得た上でリノベーションを行った。DIYも可能だったが、園田さんの場合は、ショップ時代から付き合いのある大工さんに全て依頼したそうだ。

住居スペース。リビングには、ボクシングに打ち込む息子用に、以前はサンドバックを吊り下げていたそう(写真撮影/野田幸一)

住居スペース。リビングには、ボクシングに打ち込む息子用に、以前はサンドバックを吊り下げていたそう(写真撮影/野田幸一)

玄関扉(写真撮影/野田幸一)

玄関扉(写真撮影/野田幸一)

外壁。アトリエの内装と統一されたトーンに(写真撮影/野田幸一)

外壁。アトリエの内装と統一されたトーンに(写真撮影/野田幸一)

入居者同士の交流も魅力、と語る園田さん。
「昨年はコロナの影響でできませんでしたが、例年、屋外の共有スペースを使ってバーベキューなども行っています。手づくりのチラシで呼びかけて、好きな時間に来て好きな時間に帰る気楽な会です。差し入れだけ持ってきてくれるような方もいますね」(園田さん)

コロナの影響で、園田さんの花屋が他所で出店予定だったイベントが急遽中止になった際には、オーナー末次さんに相談の上、この屋外共有スペースでマルシェを開いたことも。同じイベントに出店予定だったカレー屋やパン屋も招き、行列ができたそうだ。
「入居者の皆さんもご自身の駐車場スペースを貸してくれたり、遊びに来てくれたり、何かと協力してくださり本当にありがたかったです。こうしたイベントのとき以外でも、お花を注文してくれることもありますし、既に退去された方とも交流が続いています」(園田さん)

2021年5月に実施されたマルシェの様子(写真提供/末次さん)

2021年5月に実施されたマルシェの様子(写真提供/末次さん)

部屋の見学に来た方が園田さんのアトリエを訪ね、住み心地や入居者コミュニティについて話を聞いていくこともあるそうだ。リニューアル当初はオーナー主催で実施することが多かったイベントも、今は入居者が企画することが中心になっている。

アトリエ中央のテーブルと、住居スペースのダイニングテーブルはショップ時代に使用していた1枚板のテーブルを分割したものだそう(写真撮影/野田幸一)

アトリエ中央のテーブルと、住居スペースのダイニングテーブルはショップ時代に使用していた1枚板のテーブルを分割したものだそう(写真撮影/野田幸一)

念願の「制作に没頭できる空間」を実現

2組目は、2021年2月に入居したばかりのHさんご家族。Hさん一家は、もともと長く東京で暮らしていた。

「コロナ禍で外に出ることも難しくなり、なぜ東京にいるのだろうという気持ちになりました。だったら、地元である熊本に戻って、陶芸の制作に打ち込みたいと思うようになりました」(Hさん)

美大の出身で、デザインに関わる仕事を続けてきたHさん。移住を機に制作に集中できる空間が欲しい、と考えるようになったそう。 

お話を伺ったHさん(左)とそのご家族(写真撮影/野田幸一)

お話を伺ったHさん(左)とそのご家族(写真撮影/野田幸一)

当初は熊本県内でも阿蘇など自然豊かなエリアで中古戸建てのリノベーションを検討していたものの、なかなか条件に合う物件が見つからず、気候の厳しさにも不安が生まれた。そんなときに、ニレノキハウスの存在を知ったという。
「面白そうな物件があるなと。実際に部屋を見に行ってみて、ここしかない!と思いました。陶芸窯を設置しても良いかとダメ元で相談してみたら、『良いよ』と。オーナーも陶芸をされるということで意気投合して、トントン拍子に入居が決まりました」

陶芸用のアトリエと道具類の置かれた土間。陶芸窯も設置し、日々制作に没頭しているそう(写真撮影/野田幸一)

陶芸用のアトリエと道具類の置かれた土間。陶芸窯も設置し、日々制作に没頭しているそう(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

音や振動などでご迷惑をおかけすることもあるだろう、と入居直後に全入居者のところへ挨拶に行ったというHさん。その後の交流も続いているそう。
「みなさんとても良い方ですし、デザイナーさんなど創作に関心がある方も多く、理解があると感じます」

現在は土間+陶芸用の作業スペースと、1ルームをダイニング・リビング・寝室とゆるやかに区切った居住空間として使用している。寝室と陶芸用スペースの床張り、アトリエの棚、壁面の塗装などは1カ月強をかけてDIY。愛着ある住まいへと仕上げていった。
「今後は自分で焼いたタイルを壁面に貼ったりもしたいですね」と語るHさん。さらに素敵な部屋へと進化していきそうだ。

住居スペース。寝室の床は桜の木を自ら貼った。「徐々に色がなじんでいくのも楽しみ」とHさん(写真撮影/野田幸一)

住居スペース。寝室の床は桜の木を自ら張った。「徐々に色がなじんでいくのも楽しみ」とHさん(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

(写真撮影/野田幸一)

「賃貸でも自由度を上げる」選択が、価値向上につながった

似た間取りをベースにしながらも、暮らす人によって、それぞれ全く違う個性が発揮されているニレノキハウス。リニューアル以降、実は家賃が上がっている。入居者自身のリノベーションによって価値が上がっており、仲介をしている不動産会社の担当者より、値上げが妥当と提案があった。末次さん自身も、「立ち上げた当初、そこまでは予想していなかった」と語る。
賃貸物件に自由度を与えた結果、9年目の今、不動産としての価値が上がっている。

もちろん、うまくいくことばかりではなかったという。
「住んでいた方の好みやDIYの力量で、次の方に入ってもらうのが難しそうなときもあります。そうした場合には、空室になったタイミングに私が手を入れることもあります」(末次さん)

入居者は20~30代、特に30代前半の夫妻やカップルが多いそう。やはりリノベーションに興味があり、自分でカスタマイズをしたい、という人が多いが、希望するリノベーション内容はさまざま。ほんの少しの人もいれば、間取りから変えたいという人もいる。そうした希望に合った部屋を紹介するため、そして「ニレノキハウス」という場で気持ちよく暮らしていける人か判断するため、入居前に必ず面談を行っている。

駐車場は2-3台分を「誰でも使えるスペース」にしていて、来客用駐車場や、DIYの作業、先述のバーベキューなどのイベントなどに使える。こうした「余白」をつくっているのもコミュニティづくりのポイント(写真撮影/野田幸一)

駐車場は2-3台分を「誰でも使えるスペース」にしていて、来客用駐車場や、DIYの作業、先述のバーベキューなどのイベントなどに使える。こうした「余白」をつくっているのもコミュニティづくりのポイント(写真撮影/野田幸一)

今後の展望について、末次さんはこう語る。
「9年経ち、コミュニティを含めて良いマンションに育ってきたと感じています。
コロナの影響もあり、働き方、ライフワークバランスのあり方などが変わってきたなかで、ニレノキハウスは新しい働き方・暮らし方にマッチする住まいでもあると考えています。
オープン当初から、オフィス兼住宅、店舗兼住宅といった使われ方がされてきましたし、今後、熊本でもそうしたSOHO的な場所、ライフスタイルに合わせてカスタマイズできる場所のニーズは増えていくのではないでしょうか」

賃貸集合住宅の、新しい可能性

ライフスタイルに合わせてカスタマイズできる住まい、一定の共通項を持つ人たちが集まる集合住宅。それはとても魅力的に思えた。
“新築”“築浅”が好まれ、それらの価値が高いとされる傾向にある日本において、築年数を経た物件が、住み継ぐ人の手によって価値を上げていく。「ご近所付き合いが希薄になりやすい」とされる賃貸集合住宅においても、共通項を持つ人々が住民となることで、ゆるやかなコミュニティが育まれていく。「ニレノキハウス」は、賃貸住宅の新しい可能性を示唆してくれているように思う。

●取材協力
ニレノキハウス
末次デザイン研究所「空き家再生スミツグプロジェクト」
ひご.スマイル株式会社

災害時、賃貸でお隣さんは助けてくれる? 住民同士で防災計画をつくる「高円寺アパートメント」

突然ですがこの1年、自宅で防災計画を考えたり、防災訓練をしたりしましたか? 学校で行っているならいざしらず、大人になり、特に賃貸住宅で暮らしていると防災訓練を一度もしたことがない……という人も珍しくないことでしょう。でも、賃貸で住民が主体となり、防災計画を立案しているところもあるとか。今回は「高円寺アパートメント」(東京都杉並区)のワークショップの様子を取材しました。
分譲マンションでは耳にするけれど、賃貸物件ではレアな「防災計画」

地震に台風や洪水、大雪など、災害大国・日本に暮らす私たちにとって、「防災訓練」「防災計画」はおなじみの存在です。ただ、住まいが「賃貸住宅」になると、住民の参加者が少ない、設備点検で終わってしまうなどと、とたんに手薄になりがちです。地域防災計画などに携わる百年防災社の葛西優香さんによると、同社に防災計画やコンサルティングを依頼する85%は分譲住宅、つまり住民が所有している物件だといいます。

そんななか、住民が主体となって避難訓練をしようと試みをはじめたのが「高円寺アパートメント」です。もともとはJR東日本の社宅でしたが、2017年にリノベーションして賃貸住宅に。全50戸、住宅だけでなく、1階部分は店舗にもなっている建物です。

高円寺アパートメント外観。もともとJR東日本の社宅をリノベーションして誕生(写真提供/高円寺アパートメント)

高円寺アパートメント外観。もともとJR東日本の社宅をリノベーションして誕生(写真提供/高円寺アパートメント)

ジェイアール東日本都市開発がオーナーのこの物件は、運営をまめくらしが行い、住人同士の交流など関係性が育まれている住宅です。物件のコンセプトに賛同して引越してきた住民が多く、また近隣住民も利用するショップがあるため住民同士の交流も盛んで、過去にはマルシェや流しそうめん、花見などのイベントも行ってきたといいます。

高円寺アパートメントで行われた花見会の様子。コロナ前の風景ですね、なんとも平和で涙が出てきます(写真提供/高円寺アパートメント)

高円寺アパートメントで行われた花見会の様子。コロナ前の風景ですね、なんとも平和で涙が出てきます(写真提供/高円寺アパートメント)

ただ、交流があっても、持ち家に比べ住民の入れ替わりが早い賃貸住宅で、住民が主体となって防災計画を立てるというのは非常にレア。前出の葛西さんも、「賃貸住宅で防災計画を立案するのは、独立行政法人が運営する団地などでしょうか。主体者も大家さん・管理会社などで、賃貸の住民が主体になるケースは非常に珍しいです」といいます。

はじまりは「地震、大丈夫だった?」。みんな防災に関心があった!

では、なぜ住民が主体となって防災に取り組もうと思ったのでしょうか。
「はじまりは、今年2月に起きた地震(東京都杉並区は震度4)でした。当日もLINEで『大丈夫だった?』と複数の人とやりとりして、後日、対面したときにも『地震は怖かったね、何かあったときに協力したいね』という声があがったんです」と同物件の住民であり、住民同士の交流サポートなどを行うまめくらしの宮田サラさん。

普通ならそこで話が終わってしまうところですが、住民の広瀬圭太郎・志津香夫妻が声をあげ、年間のイベントとして防災のワークショップを行うことを提案します。

任意の住民が参加した作戦会議の様子(写真提供/高円寺アパートメント)

任意の住民が参加した作戦会議の様子(写真提供/高円寺アパートメント)

志津香さん自身は、「もともと私個人として防災に興味・関心があり、社会人向けの講座に参加していました。サラさんに声をかけたら思いのほか感触もよく、ほかの住民の方も興味があるようだったので、『実はみんな気にしていたんだな』と思いました」と話します。そこで縁あって百年防災社の葛西さんに声をかけ、今年5月から全3回のワークショップを開催することになったそう。

第1回目となった5月2日には発災前の防災計画、第2回目となった5月22日は発災直後の防災計画をテーマとして話し合いをオンラインで実施。同じ建物内にいながらにして、オンラインミーティングというのも不思議な気もしますが、実になごやかに行われていました。

1回目と2回目のワークショップの様子をまとめた「グラレコ」。どんなことを話したのかはひと目で分かります(写真提供/高円寺アパートメント)

1回目と2回目のワークショップの様子をまとめた「グラレコ」。どんなことを話したのはひと目でわかります(写真提供/高円寺アパートメント)

筆者も住民のみなさんにご承諾いただき、オンラインで見学させていただきましたが、「普段からはゆるふわの付き合いが大事」「被災直後の初動をどうするか」「班長など、役割を考えておこう」「子どもたちは1カ所にいると安心なのでは」「フェーズにわけて考えよう」「地域との連携はどうするか」などとアイデアが次々と出てきてびっくり。こうやって考えておくだけでも、今から備えられること/課題などが浮き彫りになり、有意義だなと痛感します。

「とはいえ、参加した世帯でいうと3割程度です。仕事や用事があって参加できない人もいらっしゃいますが、ただ、興味関心があると答えてくれたのは約9割。住民のみなさんの関心度合いの高さがうかがえます」(宮田さん)

ワークショップに参加した住民のみなさん。同じ建物内にいるのにオンラインミーティング。今どき!(写真提供/高円寺アパートメント)

ワークショップに参加した住民のみなさん。同じ建物内にいるのにオンラインミーティング。今どき!(写真提供/高円寺アパートメント)

当たり前ですが、同じ建物に住んでいるもの同士、いざというときは助けたいし・助けてほしいという関係でありたいというのは自然な感情でしょう。

「義務感のない防災」が理想!住民の入れ替わりを前提にマニュアルに

葛西さんは、今回の高円寺アパートメントの防災計画のことをこう話します。「すごい点は、住民同士の関係ができていることです。どんな人が住んでいて、職業や得意なことを把握していらっしゃるので、『こうしたらいいんじゃない?』『○○さんはどう思います?』という会話が自然に出てくる。こうした普段の関係性が防災計画にも、非常時にも大きな差になると思います」

確かに人間関係ができているからこそ、一歩進んで「助け合いたい」という気持ちになるのかもしれません。もし、賃貸で防災計画を立案しようとなっても『めんどくさい』『誰が住んでいるかよく分かからない』といった気持ちの面でのハードルが高くなりがちですよね。今回、企画に携わった広瀬圭太郎さんもその点をよく考えていて、以下のように話します。

「防災訓練や防災計画って、大切だと思っていても、どうしても『受け身』で義務感や参加している感になりがちです。でも、マルシェや流しそうめんと同じようにお楽しみ企画のなかの一つとして、防災計画があれば参加しようかなという気持ちになるはず。特別なことではなく、みんなでいっしょに・ゆるふわで考えていこうよ、というスタンスで進めていけたら」

マルシェの様子(写真提供/高円寺アパートメント)

マルシェの様子(写真提供/高円寺アパートメント)

ちなみに、ワークショップの開催費用は、住民からの任意募金を充てているそう。なんでもそうですが、今はゆるく・楽しくないと続けられないですものね。今回のワークショップは6月に3回目を実施予定ですが、その後はマニュアル化も、見据えているとか。

「2017年の初期から住み続けている人も多いですが、やはり賃貸なので住民が入れ替わることを前提に、マニュアル化して誰がきても分かるようにしておきたい。幸い、住人にはイラストが描ける人や、ライティングができる人、建築に知見のある人がいるので、より分かりやすい形で自分たちでつくっていければ」と宮田さん。

もちろん、防災計画を考えたり、わざわざワークショップに参加したりするのは面倒くさいという人も多いことでしょう。今回の高円寺アパートメントのように、賃貸住宅でも義務感なく、明るく・スマートな防災計画・防災訓練がもっともっと広まったらなあと心から願っています。

●取材協力
高円寺アパートメント
百年防災社
まめくらし

【明治大学 和泉キャンパス】「明大前駅」まで電車で15分以内、家賃相場が安い駅ランキング&おすすめ学生街 2021年版

新年度が始まる4月に合わせて引越しをする人が増える春。進学を機に大学の近くで一人暮らしを始めた学生も、徐々に新生活に慣れてきたころだろう。しかし先行きが見えにくいコロナ禍の現状、引越しを決めかねている人もいるはず。そんな新入生や、これから入学を目指す人の参考になるように、今回は明治大学・和泉(いずみ)キャンパスの最寄駅である明大前駅にアクセスしやすく、家賃相場が安い駅を調査。さらに不動産会社の方がおすすめする、和泉キャンパスに通う学生が住む街もご紹介していきたい。
明大前駅まで電車で15分以内の家賃相場が安い駅TOP11駅

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 調布 6.70万円(京王線/東京都調布市/12分/0回)
2位 つつじヶ丘 6.80万円(京王線/東京都調布市/12分/0回)
2位 成城学園前 6.80万円(小田急線/東京都世田谷区/15分/1回)
4位 三鷹台 6.90万円(京王井の頭線/東京都三鷹市/13分/0回)
5位 久我山 7.00万円(京王井の頭線/東京都杉並区/9分/0回)
5位 仙川 7.00万円(京王線/東京都調布市/11分/0回)
7位 井の頭公園 7.20万円(京王井の頭線/東京都三鷹市/15分/0回)
8位 松原 7.25万円(東急世田谷線/東京都世田谷区/8分/1回)
9位 上北沢 7.30万円(京王線/東京都世田谷区/6分/0回)
9位 千歳烏山 7.30万円(京王線/東京都世田谷区/7分/0回)
9位 浜田山 7.30万円(京王井の頭線/東京都杉並区/6分/0回)

大学名を冠した「明大前駅」周辺は生活する街としても魅力的

東京都内を中心に、4キャンパス・10学部を抱える明治大学。なかでも東京都杉並区にある和泉キャンパスは、主に法学部や商学部といった文系学部の1・2年生が通っている。大学から徒歩5分ほどの最寄駅はその名も「明大前駅」。1935年に明治大学予科(当時)が移転してきたのを機に、この駅名になったのだとか。

明大前駅(写真/PIXTA)

明大前駅(写真/PIXTA)

明大前駅は新宿駅まで京王線の特急で1駅・最短約5分、渋谷駅まで京王井の頭線の急行で2駅・最短約6分という好立地。駅ビル「フレンテ明大前」にはスーパーや書店、飲食店などがある。駅周辺は細い路地に沿ってコンビニや100円ショップ、ファストフード店やラーメン店といったリーズナブルな飲食店が建ち並び、学生にも愛用されている。大型の商業施設はなく、駅前から少し離れると住宅街。また、明治大学以外にも日本女子体育大学の付属高校など学校が点在しており、通学時間帯の駅周辺は学生の姿でにぎわっている。

明大前駅周辺で住まい探しをする学生が多く、「ハウスメイトショップ渋谷店」店長の山本泰史さんもイチオシする。

「大学生の住まい探しは、キャンパスまでドア・トゥ・ドアで30分以内、もしくは電車で2~3駅圏内がおすすめ。近年は自転車でも通える距離内でお探しになる方が増えています。また、住む街を選ぶ際はアルバイトや部活動など、授業以外の利便性も考慮したいところ。その点、明大前駅は渋谷駅や新宿駅に乗り換えなしでアクセスできて非常に便利。駅前商店街に飲食店も多く、コンパクトながら生活に必要な施設はそろっています」

そんな明大前駅から徒歩15分圏内にある、シングルタイプの賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK。以下同)の家賃相場は8万円。便利な街だけあって、学生の一人暮らしにとって安くはない。もう少しお手ごろな家賃相場の街として山本さんがおすすめしてくれたのが、今回調査したランキングの9位にも入っている京王線・千歳烏山駅だ。

千歳烏山駅付近(写真/PIXTA)

千歳烏山駅付近(写真/PIXTA)

家賃相場は明大前駅より7000円低い7万3000円となっており、「家賃を抑えたい方におすすめです」とのこと。「駅前商店街は庶民の風情あふれる街並みで、ドラッグストアや定食屋さんなどが多数、建ち並んでいます。また、家具や工具を買いたい場合はホームセンターが隣駅の仙川にありますので、カーシェアなどを利用すれば20分程度で行くことが可能です」と山本さん。千歳烏山駅から明大前駅までは、京王線の準特急で1駅・約7分。駅前には韓国発のフライドチキン専門店や家系ラーメン店といった若者に人気の飲食店や、昭和レトロな喫茶店、行列のできるベーカリーもある点も魅力だ。

明大前駅まで乗り換えなし&15分以内の駅でも家賃相場は1万円以上下がる

続いてランキング上位になった駅も見ていこう。明大前駅まで電車で15分圏内にある、家賃相場が最も安かった駅は京王線・調布駅。家賃相場は6万7000円で、明大前駅より1万3000円も下がる。調布駅は明大前駅と同様に、各駅停車から特急まですべての列車が停車する京王線を代表する駅の一つで、準特急に乗れば約12分で明大前駅に到着する。

調布駅の駅前の風景(写真/PIXTA)

調布駅の駅前の風景(写真/PIXTA)

駅のホームは地下にあり、地上部分には2017年にオープンした駅ビル「トリエ京王調布」が建っている。3館にわかれたこの商業施設には、ファッション店や食品フロア、レストラン、家電量販店に映画館までそろい、日々の買い物から休日の息抜きにまでお役立ち。ほかにも駅周辺には「調布パルコ」をはじめ商業施設が充実し、大いににぎわっている。調布は『ゲゲゲの鬼太郎』の作者・水木しげる氏ゆかりの地でもあり、駅北側の「布多天神社」の参道に連なる「天神通り商店会」には鬼太郎や妖怪たちのモニュメントが点在している点も注目だ。

つつじヶ丘駅(写真/PIXTA)

つつじヶ丘駅(写真/PIXTA)

2位は京王線・つつじヶ丘駅で家賃相場は6万8000円。明大前駅までは急行に乗って約12分で行くことができる。明大前駅方面に各駅停車に乗って1駅目が5位・仙川駅、2駅目が9位・千歳烏山駅という立地だ。そんなつつじヶ丘駅の北側駅舎には駅ナカ商業施設「京王リトナードつつじヶ丘」があり、地上1階から3階にかけてスーパーにドラッグストア、書店やベーカリー、ファミレスなどが並んでいる。駅の北口側には「つつじヶ丘商店街」が広がっており、総店舗数は100軒以上! 駅近くには小学校や幼稚園、保育園も点在し、ファミリー層も多く住む住宅地だ。

成城学園前駅(写真/PIXTA)

成城学園前駅(写真/PIXTA)

小田急線・成城学園前駅も、つつじヶ丘駅と家賃相場が同額の6万8000円で2位にランクイン。小田急線の通勤急行で下北沢駅に出て、京王井の頭線に乗り換えると計約15分で明大前駅にたどり着く。下北沢駅で乗り換えず、そのまま通勤急行に乗っていれば新宿駅まで約15分で行くこともできる便利な立地だ。学校法人・成城学園の招致により1927年に開業した歴史をもつ駅で、現在は駅北側の同学園敷地に大学や小中高校が展開されている。駅ビル「成城コルティ」にはスーパーやドラッグストア、雑貨店や書店、レストランなどが並び、屋上階には緑が茂る憩いの場も。駅周辺の一帯は静かな住宅地で、学生も利用しやすいようなチェーン店の飲食店はあまりない。駅北口前にはプライベート商品も好評なスーパー「成城石井」の本店と言える成城店があるので、食材を買って自炊に励むのもいいだろう。

開発が進む下北沢も見逃せない

さて、明治大学の学生が住む街として前出の山本さんはもう1駅、おすすめしてくれた。それは京王井の頭線・下北沢駅。

下北沢駅(写真/PIXTA)

下北沢駅(写真/PIXTA)

下北沢(写真/PIXTA)

下北沢(写真/PIXTA)

「バンド、サブカル、古着の聖地。駅前商店街はいつも20代の若者でにぎわっており、学生さんにとても人気がある街です。そのぶん少々、家賃は高いですが……」と話す山本さん。家賃相場を調べてみると8万6000円で、明大前駅よりもアップしてしまう点は確かにネックかもしれない。しかし明大前駅までは京王井の頭線の各駅停車で3駅・約3分、そして渋谷駅までは急行で1駅・約4分、各駅停車でも7~8分。小田急線も乗り入れているので、通勤急行や快速急行に乗って2駅・約9分で新宿駅にも出られるアクセスのよさが魅力的。

下北沢の街自体も山本さんがおすすめするように若者に人気があり、わざわざ遠方から遊びに来る人も少なくない。小田急線の地下化により生まれた線路跡地の開発が進められており、6月16日には下北沢駅と東北沢駅の中間エリアに商業空間「reload(リロード)」が誕生。まずはカレーとアパレルの複合店舗など全24区画中の10区画が開業し、その後もかき氷も提供する日本茶専門店や京都発のコーヒースタンドなどが順次オープンしていく。この線路跡地一帯「下北線路街」ではほかにも多彩な施設の開業準備が進行中で、今後はますます下北沢の注目度が高まりそうだ。話題の施設が集まる刺激的な街で暮らしてプライベートを充実させたい人に、下北沢はうってつけかもしれない。

●取材協力
ハウスメイトパートナーズ

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている明大前駅まで15分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/1~2021/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2021年3月31日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が1回までの駅を掲載

事故物件の告知ルールに新指針。賃貸物件は3年をすぎると告知義務がなくなる?

他殺や自殺などがあったいわゆる“事故物件”は、いつまで告知が必要なのか。国土交通省がそのガイドライン(案)を発表した。現時点では、パブリックコメント、つまり広く一般に意見を求めている段階なので、今後変更もありうるが、賃貸物件に関しては告知期間を3年間とするなど、具体的な内容に踏み込んだ興味深いものだ。その概要を見てみよう。
何をいつまで告知すべきなのか

事故物件は、いつまで告知が必要なのか。これは実はなかなか難しい問題なのだ。まず人によって受け止め方が違う。自殺があった部屋は何年経っていても嫌、という人もいれば、リフォームされているのなら気にしないという人もいるだろう。
それに加え、事故自体も個別性が強い。同じく部屋で自殺があったとしても、縊死(いし/首をくくって亡くなること)や刃物を使用した場合と睡眠薬を大量に飲み2週間後に病院で亡くなったというのでは、部屋の状態もその後に入居する人の心理的負担感もまったく違ってくる。室内で亡くなっていた場合は発見までの時間や室温等の諸条件によっても変わってくるはずだ。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

心理的嫌悪感は希薄化していく

事故物件を嫌がる人の声として「事故物件であることを周囲の人にいろいろ言われそう」というものがある。物件を購入・貸借する本人が気にしなくても、風評を気にしてためらってしまう、というのは十分起こりうる話しだ。周囲の人がいろいろ言うとしても、時の経過はとともに減っていくと考えられる。
事故物件とは知らされずに購入したとして損害賠償を求めた裁判例を見ても、時間の経過により嫌悪感は薄れていく、と判断している。ただしその期間は一定ではない。「事業用物件か居住用物件か」「シングル向けかファミリー向けか」「都市部の物件なのか地方のものなのか」といった違いにより、心理的嫌悪感の希薄化が早く進行することもあれば、時間がかかることもあるとしている。事故の内容だけでなく、物件の属性や存する地域によっても告知すべき期間は異なってくるのだ。

告知を続けることによる弊害も

「事故があったのであれば何年経っていたとしても教えて欲しい」という考えもあるかもしれないが、いつまでも告知し続けることは希薄化する期間を伸ばしてしまう要因にもなる。事故物件を気にしないという人も、告知されることで「賃料や価格を下げてもらわないと損」という気持ちになることもあるだろう。そもそも時間が経過し、物件の所有者や周辺住民が替わっていくと事故の調査も困難になる。
また、亡くなった理由が何であっても告知しなければならない、という誤解から、貸主や管理会社が単身高齢者の入居を敬遠するという事態も指摘されている。さらには「事故物件」として扱われることで賃貸できない期間が生じたり賃料が下がることから、遺族に対する損害賠償請求という深刻な問題も起きている。告知を続けることによる弊害もあるのだ。

東京都福祉保健局東京都監察医務院「東京都23区内における一人暮らしの者の死亡者数の推移」(内閣府の資料より引用)

東京都福祉保健局東京都監察医務院「東京都23区内における一人暮らしの者の死亡者数の推移」(内閣府の資料より引用)

では何を、いつまで告知すべきなのか。物件を仲介する宅建業者、賃貸物件の管理業者の間でも判断が分かれていた。そのため、国土交通省は令和2年2月「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」を設け、宅建業者の説明義務、調査義務について議論を重ねてきた。その結果をまとめたものが今回のガイドライン(案)だ。

自然死は告知しなくてもよいのが原則

今回のガイドライン(案)では、「買主・借主が契約締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす可能性のあるもの」が告知の対象となっている。そのため老衰、病死など自然死は、原則として告知する必要はないとしている。自宅の階段から転落や入浴中の転倒事故、食中誤嚥(ごえん)など、日常生活の中で生じた不慮の事故も告知不要だ。人は亡くなるものであり、死亡したという事実だけでは「住み心地のよさを欠く」とは言えない、ということだ。
もっとも「人が死亡し、長期間にわたって人知れず放置された」ことに伴い、いわゆる特殊清掃が行われた場合については、自然死などであっても原則として告知が必要としている。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

隣接住戸や前面道路での事故、事件は対象外

また今回のガイドライン(案)では居住用不動産、つまりマンションや一戸建てなど住宅を対象としている。これに加え「ベランダ等の専用使用が可能な部分」「共用の玄関・エレベーター・廊下・階段のうち、買主・借主が日常生活において通常使用すると考えられる部分」も対象となる(そこで起きた事故は告知が必要になる)。
つまり、隣接住戸や前面道路での事故、事件があっても、告知の対象とはしていない。だからと言って隣接住戸であった事故について、一切言わなくてもよい、ということではないだろう。そこは従来通りケースバイケース、ということになる(ガイドライン(案)では「取引当事者の意向を踏まえつつ、適切に対処する必要がある」としている)。

告知する内容および期間

では、何がいつまで告知されるのか。ガイドライン(案)では、告げるべき内容として「事案の発生時期、場所及び死因」を挙げている。死因とは、他殺・自殺・事故死の別だ。死因が不明な場合には、不明と説明される。
気になる期間だが、賃貸借については「宅地建物取引業者が媒介を行う際には…事案の発生から概ね3年間」は借主に告げる、としている。また自然死であっても特殊清掃が行われた場合は、特別の理由がない限り3年間は借主に告げるとしている。
一方、売買に関しては期間を明示していない。「考え方を整理するうえで参照すべき判例や取引実務等が、現時点においては十分に蓄積されていない」というのがその理由だ。今後も検討を続けていく、ということであろう。

繰り返しになるが、今回発表されたのは、パブリックコメント(意見公募)のためのガイドライン(案)だ。2021年6月18日までは、読者のみなさんも意見を述べることができる。
その後は、6月下旬~7月上旬にかけてパブリックコメント結果の報告・追加討議が行われ、秋ごろにはガイドラインが公表される予定だ。

人の死は避けることができない

今回のガイドライン(案)について、心理的嫌悪感についての論文執筆もされている明海大学不動産学部准教授の兼重賢太郎(かねしげ・けんたろう)先生にコメントをいただいた。

(写真提供/中村喜久夫)

(写真提供/中村喜久夫)

「大家族で家で看取ることが当たり前だった時代と違い、現代の日本社会では、人びとの死が日常の生活空間から不可視化されています。その一方で、2019年の年間の死亡者の数は出生者の数を50万人以上、上回っています(「令和元年(2019)人口動態統計の年間推計」厚生労働省)。いわゆる事故物件の問題も、決して特殊な問題ではないと考えます」(兼重先生)

死を忌むべきものとしてタブー視し続けることはできない、ということだろう。兼重先生は持続可能性という観点も指摘される。

「事故物件の処理に関しては、これまでは賃貸住宅管理会社が法を援用しつつ、一種の『現場知(ノウハウ)』を駆使しながら多面的に対処してきました。これからはそのような『現場知』の蓄積を活かしつつ、持続可能な仕組みを社会的に構築していくことが必要です。その契機として、今回の『ガイドライン(案)』は一定の意義をもつのではないでしょうか」(兼重先生)

住宅ストックの長期利用という観点からも

欧米と比べ日本の住宅の寿命が短いと言われて久しい。今年3月に閣議決定した新たな住生活基本計画でも、「脱炭素社会に向けた住宅循環システムの構築と良質な住宅ストックの形成」が掲げられた(住生活基本計画 目標6)。住宅を適切に管理し、長期にわたって使用していくことが求められている。そして住宅を長期に利用する過程では、人が亡くなるということも当然に起こりうる。
嫌な場所に無理に住む必要はないが、きちんとリフォームされているにもかかわらず、過去の事故を引きずり続けるのは、合理的とはいえないだろう。その意味において、賃貸住宅の告知期間は原則3年間、という線引きがされようとしていることの意義は大きいと考える。

●関連サイト
・ガイドライン(案)
・「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン」(案)に関するパブリックコメント(意見公募)を開始します
・住生活基本計画

【早稲田大学】「高田馬場駅」まで電車で15分以内、家賃相場が安い駅ランキング&おすすめ学生街 2021年版

引越しをするタイミングで多いのは、進学や就職など新生活を始めるとき。この春から大学に進学し、初めての一人暮らしをスタートさせた人もいるだろう。一方でコロナ禍によるオンライン授業の多さから、大学の近くに引越すかどうかまだ悩み中という人もいるのでは? そんな新入生や、これから入学を目指す人の参考になるように、今回は早稲田大学・早稲田キャンパスの最寄駅である高田馬場駅にアクセスしやすく、家賃相場が安い駅を調査。さらに不動産会社の方から、早稲田キャンパスに通う学生が住む街としておすすめの駅について教わった。ではさっそく見ていこう。
●高田馬場駅まで電車で15分以内の家賃相場が安い駅TOP10(11駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 千川 7.0万円(東京メトロ有楽町線/東京都豊島区/12分/1回)
1位 野方 7.0万円(西武新宿線/東京都中野区/12分/0回)
3位 下井草 7.1万円(西武新宿線/東京都杉並区/15分/1回)
3位 小竹向原 7.1万円(東京メトロ有楽町線/東京都練馬区/15分/1回)
5位 都立家政 7.3万円(西武新宿線/東京都中野区/14分/0回)
6位 十条 7.4万円(JR埼京線/東京都北区/15分/1回)
6位 沼袋 7.4万円(西武新宿線/東京都中野区/8分/0回)
8位 東長崎 7.5万円(西武池袋線/東京都豊島区/15分/1回)
8位 阿佐ヶ谷 7.5万円(JR総武線/東京都杉並区/11分/0回)
10位 落合南長崎 7.7万円(都営大江戸線/東京都新宿区/15分/1回)
10位 西荻窪 7.7万円(JR総武線/東京都杉並区/15分/0回)

複数の駅に囲まれた早稲田キャンパス周辺は学生が集う街

2022年に創立140周年を迎える早稲田大学を代表するキャンパスと言えば、国の重要文化財に指定された大隈記念講堂が建つ東京都新宿区の早稲田キャンパス。6つの学部生が通うキャンパスは、JR山手線と西武新宿線、東京メトロ東西線が通る高田馬場駅から東へ歩いて20分ほど。すぐ近くにはサークル活動の拠点である学生会館を備えた戸山キャンパスがあるほか、高田馬場駅から徒歩15分ほどの場所には西早稲田キャンパスも。各キャンパスの近くには東京メトロ東西線・早稲田駅や東京さくらトラム(都電 荒川線) 早稲田駅、東京メトロ副都心線・西早稲田駅もあり、そちらを利用する学生も少なくない。

高田馬場駅から早稲田キャンパスに向かう通りは「早稲田通り」と呼ばれている。数多くの飲食店に加えて古書店も建ち並んでいる点は、さすが大学お膝元の街といった趣だ。またこの一帯には早稲田大学のほかに学習院女子大学もあるほか、高校や専門学校、学習塾も多いので、学生らしき若者の姿もよく見かける。

高田馬場駅前(写真/PIXTA)

高田馬場駅前(写真/PIXTA)

そんな高田馬場駅から徒歩15分圏内にあるシングルタイプの賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK。以下同)の家賃相場は8万9000円。同じくキャンパス最寄りの早稲田駅と西早稲田駅はどちらも9万円。都心部だけあり学生にとっては手ごろとは言いがたい金額だが、早稲田大学の学生たちは実際、どんな場所に住んでいるのだろう……? 早稲田の学生にも利用されている、「ハウスメイトショップ新宿店」店長の大堀智史さんにお話を伺った。

「特に早稲田大学の方は、大学周辺で物件を探していらっしゃるように感じます」と話す大堀さん。「どこに住むとよいかは人それぞれで、例えば学業に専念したいなら移動時間を極力減らすために早稲田駅周辺、大学以外にもアクセスしやすいほうがよければJR山手線も通る高田馬場駅周辺や、高田馬場駅まで1駅のターミナル駅・新宿駅周辺などがよいでしょう」。早稲田駅の周辺は高田馬場駅ほどの繁華街ではないので、落ち着いて暮らせる住環境のよさを求める人にもおすすめだそう。

通学時間を短く、家賃も抑えたい場合はランキングがお役立ち

通学時間をなるべく短縮するなら大学の近くに住むのがいいし、実際にそうしている学生も多い様子。とはいえ家賃が自分の予算と合わなければ、近さだけを重視して住まいを決めるのは難しい。そんな場合は、今回調査した高田馬場駅から15分圏内にある家賃相場が安い駅のランキングを参考にするのもいいだろう。ランキングトップ10の駅は家賃相場が7万円台なので、家賃相場が9万円前後だった早稲田キャンパスの徒歩圏内と比べるとだいぶ負担を抑えることができる。

最も家賃相場が低かったのは東京都豊島区に位置する東京メトロ有楽町線・千川駅の7万円だ。千川駅は東京メトロの有楽町線に加えて副都心線も通っている。副都心線に乗れば早稲田大学の最寄駅の一つである西早稲田駅まで、4駅・約9分で行くこともできる便利な立地。駅前にはチェーン店の飲食店やコンビニ、100円ショップといった学生も利用しやすい店舗が並んでいる。スーパーも駅の近くにあり、大通りを離れると静かな住宅街が広がっている暮らしやすそうな街並みだ。有楽町線または副都心線に乗って2駅・約5分で都内屈指の繁華街である池袋駅に行くこともでき、遊びに出かけやすい点も魅力だろう。

野方駅前(写真/PIXTA)

野方駅前(写真/PIXTA)

同じく家賃相場が7万円だった西武新宿線・野方駅は東京都中野区に位置。1駅下り方面に5位の都立家政駅、1駅上り方面には6位の沼袋駅があり、いずれも西武新宿線1本で高田馬場駅に行くことができる。野方駅を出ると北口側の北原通り、南口側の駅前通りをはじめ5つの商店街が続いている。通りに並ぶ商店は飲食店からスーパー、食料品関係の個人商店、雑貨店など約190店! 大学帰りや休日に商店街をめぐるのも楽しそうだ。

トップ10の駅で高田馬場駅までの所要時間が最も短かったのは、東京都中野区にある6位の西武新宿線・沼袋駅で家賃相場は7万4000円。前述の通り1位の野方駅の隣に位置し、高田馬場駅へは4駅・約8分で到着する。沼袋駅周辺の商店は駅北側に多く点在しており、駅前にラーメン店などの飲食店やベーカリー、さらに北へ進むと100円ショップやドラッグストアも。大型スーパーは見当たらないが、小型のスーパーやコンビニはあるので、学生の一人暮らしなら日常生活に必要なものはそろえられそう。駅南口から2分も歩くと、中野区立平和の森公園へ。広大な園内は緑豊かで、池や滝のある水辺の広場や草地広場、林間を通るジョギング・ウォーキングコース、バーベキューサイトなどがあるので、友達と遊びに訪れるのもいいだろう。

高田馬場駅から25分前後の東武東上線沿線なら家賃相場は5万円台~6万円台に

トップ10にランクインした駅の家賃相場は早稲田キャンパス周辺に比べると下がってはいる。だけど「さらにもっと安く住める街はないか?」と考える学生もいるだろう。そこで「ハウスメイトショップ新宿店」店長・大堀さんに、家賃を抑えたい人向けのおすすめの街を教わった。

「東武東上線の和光市駅がいいでしょう」と大堀さん。和光市駅から東武東上線で池袋駅に出て、そこからJR山手線に乗れば高田馬場駅までは計約23分で行ける。「東武東上線の急行に加えて快速急行の停車駅でもあり、快速急行なら池袋駅まで1駅・最短約12分です。さらに和光市駅は東京メトロの有楽町線・副都心線の始発駅でもあり、副都心線1本で早稲田大学近くの西早稲田駅までも約24分で到着できます」

和光市駅(写真/PIXTA)

和光市駅(写真/PIXTA)

そんな和光市駅は埼玉県和光市にあり、東京メトロの駅としては最北端かつ最西端に位置している。2020年3月には駅ビル「エキア プレミエ和光」が全館開業した。改札階である地下1階から地上3階にかけてレストランや食料品店、さらにユニクロなど多彩な店舗がずらりと並び、4階~7階部分は東武ホテルとなっている。また、駅南口には書店やファストフード店などが並ぶ専門店街を併設した「イトーヨーカドー和光店」もあるなど、大型のスーパーも点在している。暮らしやすそうな街並みながら、埼玉県という立地からか家賃相場は6万4000円。ランキングトップ10の駅と比べてもだいぶリーズナブルになっている。

さらに家賃を抑えたい人に向け、大堀さんは和光市駅と同じ東武東上線の沿線で、埼玉県朝霞市にある朝霞台駅と朝霞駅もおすすめしてくれた。

朝霞台駅前(写真/PIXTA)

朝霞台駅前(写真/PIXTA)

朝霞台駅は東武東上線の急行停車駅で、家賃相場は5万4000円。
「急行なら池袋駅まで3駅、最短約17分で到着。東京メトロ副都心線直通の東武東上線に乗れば、乗り換えせずに西早稲田駅まで約32分で行くことができます。また、朝霞台駅の駅前ロータリーをはさんでJR武蔵野線の北朝霞駅があり、2つの路線を利用できる点も便利ですよ」
高田馬場駅までは池袋駅からJR山手線に乗り換え、計約27分で行ける。朝霞台駅は改札前コンコースにファストフード店やベーカリー、書店などがあり、駅前には複数のコンビニや気軽に入れる飲食店も。すぐ近くにスーパーもあるので、日常の買い物には困らない環境だ。池袋など都内へのアクセスのよさから、首都圏のベッドタウンとして人口を増やしている。

朝霞駅(写真/PIXTA)

朝霞駅(写真/PIXTA)

朝霞駅は朝霞台駅の隣に位置しており、家賃相場は5万5000円。「こちらは準急が利用でき、池袋駅まで3駅・最短約16分です」と大堀さん。朝霞台駅と同様に池袋駅で乗り換えて、高田馬場駅までは約26分。また、副都心線直通の東武東上線に乗ると、西早稲田駅まで約29分だ。朝霞駅には駅ビル「エキア朝霞」が併設されており、ラーメン店やハンバーガー店、カフェといった飲食店に、服飾雑貨店、書店やドラッグストアなど23店舗が利用できる。駅前にも複数の飲食店が点在するほか、安さを売りにしたスーパーもあるのは自炊派で食費を節約したい人にもうれしいポイントだろう。

大堀さんおすすめの3つの駅は高田馬場駅まで25分前後ほど離れている半面、家賃相場は5万円台~6万円台におさまっている。一方で早稲田キャンパスの徒歩圏内にある、高田馬場駅や早稲田駅、西早稲田駅は家賃相場が8万円台後半~9万円だ。そして今回調査したランキングトップ10の駅は高田馬場駅まで15分以内、家賃相場は7万円台という結果だった。都心にあるキャンパスに近いと家賃は高く、離れると安くなるものの通学に時間がかかる、と一長一短である。冒頭で大堀さんがアドバイスしてくれた通り、「どこに住むとよいかは人それぞれ」。何よりも通学時間が短いことを重視するか、家賃の安さをとるか……。まずは自分がどんな学生生活を送りたいのかをよく考えてから、住む街を選ぶことが大切だろう。

●取材協力
ハウスメイトパートナーズ

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている高田馬場駅まで15分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/1~2021/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2021年3月31日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が1回までの駅を掲載

「池袋駅」まで電車で30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2021年版

東京の繁華街は数多い。近年はあちこちで再開発が進み、新しい顔をみせているが、池袋もそのひとつ。2020年には、ミュージカルや伝統芸能などが上演できるホールやサブカルチャーを楽しめる空間など8つの劇場を備えた複合商業施設「ハレザ(Hareza)池袋」などが開業。ほかにも大規模なオフィスビルの建築などが予定されている。そんな池袋駅の、徒歩15分圏内の家賃相場は9.1万円。では池袋へのアクセスが良く、もっとお手ごろ価格で住める場所はどこか。池袋駅へ電車で30分以内で行ける、ワンルーム・1K・1DKを対象にした家賃相場が安い駅ランキングを分析してみた。
池袋駅まで電車で30分以内、家賃相場の安い駅TOP10駅

順位/駅名/家賃相場/(主な沿線名/駅の所在地/池袋駅までの所要時間(乗り換え時間を含む)/乗り換え回数)
1位 東久留米5.20万円(西武池袋線/東京都東久留米市/21分/0回)
1位 柳瀬川 5.20万円(東武東上線/埼玉県志木市/24分/0回)
1位 清瀬 5.20万円(西武池袋線/東京都清瀬市/24分/0回)
4位 志木 5.30万円(東武東上線/埼玉県新座市/21分/0回)
5位 朝霞台 5.40万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/18分/0回)
5位 鶴瀬 5.40万円(東武東上線/埼玉県富士見市/29分/0回)
7位 みずほ台 5.50万円(東武東上線/埼玉県富士見市/26分/0回)
7位 北朝霞 5.50万円(JR武蔵野線/埼玉県朝霞市/22分/0回)
7位 朝霞 5.50万円(東武東上線/埼玉県朝霞市/17分/0回)
10位 所沢 5.60万円(西武池袋線・新宿線/埼玉県所沢市/27分/0回)

豊かな湧き水に恵まれた自然豊かなベッドタウン

池袋駅は、JRのほかに東京メトロ、東武鉄道、西武鉄道の4社計8路線が乗り入れている。ランキング上位は西武池袋線と東武東上線の沿線駅が目立った。

1位の東久留米駅も西武池袋線の沿線駅。通勤急行や快速、通勤準急などの停車駅で、所在地である東京都東久留米市の玄関口だ。駅前には、漫画家の故・手塚治虫が晩年に同市に住んでいた縁から、代表作のひとつ『ブラック・ジャック』の主人公らの像が立っている。

東久留米駅(写真/PIXTA)

東久留米駅(写真/PIXTA)

都心へのベッドタウンである東久留米市は、落ち着いた住宅街が広がり、豊かな自然と豊富な湧き水にも恵まれている。市内の「落合川と南沢湧水群」は、都内で唯一「平成の名水百選」に選ばれており、そうした恵まれた環境を活かした農業も盛ん。駅周辺にも農家が多く、無人直売所があちこちで見られるほか、定期的に青空市が開かれており、新鮮な野菜の購入場所や機会には事欠かない。

南沢緑地(写真/PIXTA)

南沢緑地(写真/PIXTA)

東久留米市のメイン駅であることから、商業施設も充実しており、公共機関が集中。また付近には商店街も多いため、便利さとのどかな環境の両方が得られそうだ。

同じく1位の清瀬駅は、東久留米駅と西武池袋線の隣駅。こちらは快速、通勤準急、準急、各駅の停車駅だ。所在地は東京都清瀬市になるが、同市も東久留米市と同様、都内でありながら緑に恵まれている。

清瀬駅前の様子(写真/PIXTA)

清瀬駅前の様子(写真/PIXTA)

駅前は再開発が進み、近年は高層マンションも建てられている。23時まで営業しているスーパー(※)のほか、お手ごろ価格のお惣菜などが豊富な商店街があるが、比較的のんびりとした印象があるのは、一戸建て住宅が目立つ閑静な住宅街だからだろう。

駅から少し行くと畑もちらほらと見かける。駅からは少々距離があるが、同市最大の都市公園「清瀬金山緑地公園」では、整備された広場でバーベキューやピクニックが楽しめる。園内の池ではホタルも飼育されており、清瀬の緑と水資源の豊富さを満喫できそうだ。

また清瀬市は、古くから大規模な医療施設があり、いまでも医療機関や研究施設が数多い。国立看護大学校も清瀬駅が最寄駅で、「医療のまち」の顔も持っている。

東武東上線有数の繁華街もランクイン

4位の志木駅は東武東上線の急行や快速の停車駅。東武東上線は東京メトロ副都心線や東京メトロ有楽町線が乗り入れているため、池袋だけでなく、渋谷などへも乗り換えなしで利用できる。所在地は名前通りの埼玉県志木市ではなく、お隣に位置する同県新座市。また同県朝霞市との境界にも接している。

志木駅(写真/PIXTA)

志木駅(写真/PIXTA)

駅周辺はマルイや、カルディなどが入る「EQUiA」などの商業施設がある。東武東上線の沿線でも有数のにぎやかなエリアだ。少し行くと24時間営業(※)の安売りスーパーもあり、帰宅が遅くなった時や自炊が難しい日も心強いだろう。

また志木駅は、慶應義塾志木高校や、立教大学新座キャンパスなどの最寄駅。付近で学生の姿を目にすることも多い。こうした学校を目指す子どもたちのための学習塾なども充実しており、文教エリアの顔も持つ。

5位の朝霞台駅は志木駅の隣駅。反対側の隣駅は7位の朝霞駅だ。東武東上線の駅だが、同率7位のJR武蔵野線の北朝霞駅とは徒歩約1分の距離で、実質2路線が利用できる。

北朝霞・朝霞台 駅前広場(写真/PIXTA)

北朝霞・朝霞台 駅前広場(写真/PIXTA)

周辺は深夜2時まで営業しているスーパー(※)などがあるが、少し行くと静かな住宅街が広がる。陸上自衛隊の朝霞駐屯地があり、一般開放日などのイベントで地域の人たちにも親しまれている。少し行くと、広大な芝生の公園「朝霞の森」があるが、これはかつての米軍キャンプの跡地を活用したもの。ボール遊びやバーベキューなどをすることもでき、定期的にプレーパークなども開催されている。

いずれも都心への交通の便の良さがありながら、豊かな環境や日常生活の便利さも兼ね備えた駅がそろう。自身のライフスタイルに合わせた最適な部屋探しが、きっとかなうことだろう。

※コロナ禍で営業短縮の場合あり

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている池袋駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2020/1~2021/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2021年3月31日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

DIYで部屋をアート作品に! クリエイターが集う名物賃貸「MADマンション」

若手のクリエイターが東京に拠点を持ちたいと思っても、家賃が高く、借りられる部屋がない……。それならば、東京よりも家賃相場が低く、アクセスのいい郊外にクリエイターが集まる街をつくろう。こう考え、まちづくり会社のまちづクリエイティブが2013年ごろから松戸に展開しているのが「MAD City(マッドシティ)」です。そのランドマークとも言えるマンション「MADマンション」に住み、製作活動をつづける小野愛さんの住まいにお邪魔しました!
「30歳になってしまう」焦りから上京を決意

都市の規制やクレームの発生などによってクリエイターの活動が制限されることが多いなか、「地域住民とコミュニケーションを図りながらクリエイターが活躍できる『まちづくり』をしたい」という想いでまちづくりプロジェクトを行っているまちづクリエイティブ。千葉県松戸市にある拠点「MAD City Gallery」から半径500mの範囲を核とした「MAD City」は、そのモデルケースとなる街です。これまで、まちづクリエイティブを通じてこの街に住んだクリエイターの数は570人以上。いまも170人以上のクリエーターがこの街に住んで、さまざまな分野の創作活動に取り組んでいます。

玄関に通された瞬間、あっ! と思わず息をのむような、奥行きのある白い空間と白い作品たち。小野さん(32歳)の住まいは、まるで部屋全体が一つの作品のようにも感じられる、静かで神秘的な雰囲気を醸し出しています。

(撮影/嶋崎征弘)

(撮影/嶋崎征弘)

小野さんの作品たち。石膏像のように見えるが、すべて白い布を用いて手縫いでつくられている(撮影/嶋崎征弘)

小野さんの作品たち。石膏像のように見えるが、すべて白い布を用いて手縫いでつくられている(撮影/嶋崎征弘)

キッチンの窓辺に飾られている瓶や植物ですら、小野さんの作品の一部のように見える(撮影/嶋崎征弘)

キッチンの窓辺に飾られている瓶や植物ですら、小野さんの作品の一部のように見える(撮影/嶋崎征弘)

小野さんがそれまで住んでいた大分県別府市から首都圏に活動拠点を移して、本格的に制作活動を行う決意をしたのは2019年のこと。「30歳を目の前に控えて、焦りもあった」と言います。

「もともとは、福岡のファッション系の専門学校を卒業しました。卒業後、布を使用した立体作品をつくるようになり、地元である大分県に戻ってアルバイトをしながら7~8年ほどは別府で活動を続けていました。29歳のころに美術家として生きていく覚悟を決めて、東京に拠点を移そうと考えたんです」(小野さん、以下同)

美術家の小野愛さん。にこやかに、穏やかに話してくれた(撮影/嶋崎征弘)

美術家の小野愛さん。にこやかに、穏やかに話してくれた(撮影/嶋崎征弘)

松戸を拠点にクリエイターが集う「MAD City」に住みたい

ところが、いざ東京都内で住居兼アトリエとして制作ができるだけの広さを確保しようとすると家賃が高くなり、なかなか予算に合う物件が見つけられなかったそう。そこで同郷のまちづクリエイティブのスタッフに相談をしたのが、入居のきっかけでした。

「都内の家賃は払えないので、もう少し郊外で、と思ったときにMAD Cityのことを知り、松戸で探すことにしました。関東での生活が初めてなので、同じようなクリエイターさんと知り合えたらいいなと。このマンションはひと目で気に入りました。広いワンルームのように使える間取りであること、そしてマンション内に他のクリエイターさんも多く住んでいることが何よりの決め手です」

以前の部屋の様子。現在の小野さんの部屋の雰囲気とは全く異なる(画像提供/まちづクリエイティブ)

以前の部屋の様子。現在の小野さんの部屋の雰囲気とは全く異なる(画像提供/まちづクリエイティブ)

小野さんの部屋を見ると、以前は2DKとして使われていたのだろうと思われる引き戸の溝があります。実際に内見をしたときには襖があったのだそうです。

もともと2DKだったと思われる間取り。DIYをする前は、中央のスペースにもクッションフロアが張られていた(資料提供/まちづクリエイティブ)

もともと2DKだったと思われる間取り。DIYをする前は、中央のスペースにもクッションフロアが張られていた(資料提供/まちづクリエイティブ)

DIYで、住まいが独特の空気感をもつアート作品に!

MADマンションは、全20室中、15室をまちづクリエイティブが借り上げています。見逃せない大きなポイントが“DIY可能”で、さらに退去時の“原状回復が不要”なこと。マンション内の1室はDIY作業が可能な共有スペースとして確保され、住人たちが道具を保管する物置として、また作業部屋として自由に使えるそう。

504号室はまちづクリエイティブが、住人のために確保している共有スペース(撮影/嶋崎征弘)

504号室はまちづクリエイティブが、住人のために確保している共有スペース(撮影/嶋崎征弘)

共有スペースの床にはところどころ物が置かれているが、作業部屋としても使えるくらい広く、がらんとしている(撮影/嶋崎征弘)

共有スペースの床にはところどころ物が置かれているが、作業部屋としても使えるくらい広く、がらんとしている(撮影/嶋崎征弘)

別府にいたころからDIYができる賃貸物件に住んでいた、という小野さん。「なぜかは分からないけど、白が好きで」自分好みの空間になるよう、手を入れてきました。

「奥の部屋はもとから床の板がむき出しになっていましたが、ダイニングと中央の部屋はクッションフロアでした。試しにめくったところ、簡単にはがれたので、中央の部屋も床の板をむき出しにして白く塗りました。梁やキッチンの扉、引き戸も白くしています」

中央のスペースとダイニングキッチンとの床の境目。今は白く塗った中央のスペースの床にも、もともとはダイニングキッチン同様のフローリング調のクッションフロアが張られていた(撮影/嶋崎征弘)

中央のスペースとダイニングキッチンとの床の境目。今は白く塗った中央のスペースの床にも、もともとはダイニングキッチン同様のフローリング調のクッションフロアが張られていた(撮影/嶋崎征弘)

もともと押入れだったと思われる収納上部の引き戸も白く塗った(撮影/嶋崎征弘)

もともと押入れだったと思われる収納上部の引き戸も白く塗った(撮影/嶋崎征弘)

もともと付いていた茶色のカーテンレールがあまり好みでなかったため、取り外し、白く塗った窓枠の手前に白いワイヤーを渡してカーテンを通した(撮影/嶋崎征弘)

もともと付いていた茶色のカーテンレールがあまり好みでなかったため、取り外し、白く塗った窓枠の手前に白いワイヤーを渡してカーテンを通した(撮影/嶋崎征弘)

空間全体が白くなり、光がよく入る5階の部屋は曇りの日でも明るく、「制作に向かう環境としてとても贅沢な空間」だと言います。

「私の動画作品の一部としても、この空間を活用しています。このマンションに住んでいたダンサーの方を紹介してもらい、撮影したんです」

小野さんの映像作品の1カット。今回話を聞いた、まさにこの部屋で撮影されている(画像提供/小野さん、出演/永井美里、撮影/鈴木ヨシアキ)

小野さんの映像作品の1カット。今回話を聞いた、まさにこの部屋で撮影されている(画像提供/小野さん、出演/永井美里、撮影/鈴木ヨシアキ)

なんと! 住まいやアトリエとしてのみならず、部屋の空間が作品にもなったんですね! それだけ小野さんのセンスを刺激する物件だったということでしょう。

住人同士や地域とのコミュニケーションも盛ん

「先日まで個展を開催していたのですが、その会場にもこのマンションに住む人たちをはじめ、MAD Cityの人たちが足を運んでくれました。いろいろな人と知り合いたいと思って関東に出てきたわけですが、コロナ禍でイベントなどが少なくなり、出会える機会もなく……。それだけに、まちづクリエイティブさんが、このマンションに住む他のクリエイターさんを紹介してくれて、少しずつ輪が広がってきたことがとてもうれしいんです」

MADマンションの外観。古いが味のある建物は、どことなくクリエイティブなにおいを放っている(撮影/嶋崎征弘)

MADマンションの外観。古いが味のある建物は、どことなくクリエイティブなにおいを放っている(撮影/嶋崎征弘)

小野さんが話してくれたように、まちづクリエイティブはクリエイター同士の交流も促進してきました。現在、その活動は物件や人の紹介だけにとどまらず、地元企業と連携した仕事の創出や、クリエイターとの商品開発などにまで及んでいます。

昨年には、松戸駅エリアでは20年ぶりとなる全長4mの新しいスタイルの商店街「Mism」を発足させて回遊性を高めるプロジェクト行ったり、松戸で唯一のクラフト瓶ビール「松戸ビール」の商品ブランディングや販売を行ったりしているそう。

若い才能を発揮できる環境が整っているからこそ、個性的な魅力を宿す住まいや新しい作品、商品が生まれるのでしょう。かくいう筆者も小野さんの作品・空間を体感して、すっかりファンになりました! 一層盛り上がっていきそうなMAD Cityと、そこに住むクリエイターさんのつながり。これからの展開にも期待がふくらみます!

●取材協力
・小野愛さん
・まちづクリエイティブ

【慶應義塾大学】三田・日吉キャンパスに便利で、家賃相場が安い駅ランキング&おすすめ学生街2021年

新年度がスタートし、大学進学を機に慣れない土地での生活が始まった人も多いはず。一方でコロナ禍によるオンライン授業の多さから、大学の近くに引越すかどうかまだ悩み中という人もいるのでは? そんな人の参考になるように、今回は慶應義塾大学で学部数の多い三田キャンパスと日吉キャンパスをピックアップし、それぞれの最寄駅である田町駅、三田駅まで電車で20分、日吉駅まで電車で15分圏内で、家賃相場(相場は駅から徒歩15分圏内の物件で算出)が安い駅を調査した。さらに今回は不動産会社の方に聞いた、各キャンパス周辺にある学生が住む街としておすすめの駅についてもご紹介しよう。
●田町駅、三田駅まで20分以内の家賃相場が安い駅TOP21(22駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 昭和島 7.4万円(東京モノレール/東京都大田区/19分/1回)
2位 流通センター 7.7万円(東京モノレール/東京都大田区/18分/1回)
3位 平和島 8.2万円(京浜急行本線/東京都大田区/16分/1回)
3位 武蔵小杉 8.2万円(JR横須賀線/神奈川県川崎市中原区/18分/1回)
3位 西馬込※ 8.2万円(都営浅草線/東京都大田区/14分/0回)
3位 大岡山※ 8.2万円(東急目黒線/東京都大田区/16分/0回)
7位 荏原町 8.3万円(東急大井町線/東京都品川区/18分/1回)
7位 馬込※ 8.3万円(都営浅草線/東京都大田区/12分/0回)
7位 洗足※ 8.3万円(東急目黒線/東京都目黒区/16分/0回)
10位 田園調布※ 8.35万円(東急目黒線/東京都大田区/20分/0回)
11位 川崎 8.4万円(JR東海道本線/神奈川県川崎市川崎区/16分/1回)
12位 中延※ 8.5万円(都営浅草線/東京都品川区/11分/0回)
12位 旗の台 8.5万円(東急大井町線/東京都品川区/18分/1回)
14位 京急蒲田 8.6万円(京浜急行本線/東京都大田区/18分/1回)
14位 緑が丘※ 8.6万円(東急大井町線/東京都目黒区/17分/1回)
14位 西大井 8.6万円(JR横須賀線/東京都品川区/12分/1回)
17位 蒲田 8.7万円(JR京浜東北・根岸線/東京都大田区/14分/0回)
18位 根津※ 8.8万円(東京メトロ千代田線/東京都文京区/18分/1回)
18位 白山※ 8.8万円(都営三田線/東京都文京区/19分/0回)
18位 西小山※ 8.8万円(東急目黒線/東京都品川区/14分/0回)
21位 大森 8.9万円(JR京浜東北・根岸線/東京都大田区/10分/0回)
21位 武蔵小山※ 8.9万円(東急目黒線/東京都品川区/11分/0回)
「※」の駅は三田駅を利用

●日吉駅まで15分以内の家賃相場が安い駅TOP15(15駅)

順位/駅名/家賃相場(主な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位白楽5.9万円(東急東横線/神奈川県横浜市神奈川区/11分/0回)
2位妙蓮寺 6.00万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/9分/0回)
3位東白楽 6.15万円(東急東横線/神奈川県横浜市神奈川区/13分/0回)
4位大口6.4万円(JR横浜線/神奈川県横浜市神奈川区/13分/1回)
5位大倉山 6.5万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/4分/0回)
5位小机 6.5万円(JR横浜線/神奈川県横浜市港北区/14分/1回)
5位日吉本町 6.5万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/2分/0回)
8位東山田 6.6万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市都筑区/7分/0回)
8位高田 6.6万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市港北区/4分/0回)
10位綱島 6.7万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/1分/0回)
10位菊名 6.7万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/5分/0回)
12位日吉 6.75万円(東急東横線/神奈川県横浜市港北区/0分/0回)
13位中川 7万円(横浜市営地下鉄ブルーライン/神奈川県横浜市都筑区/15分/1回)
13位都筑ふれあいの丘 7万円(横浜市営地下鉄グリーンライン/神奈川県横浜市都筑区/15分/0回)
15位反町7.06万円(東急東横線/神奈川県横浜市神奈川区/15分/0回)

慶應義塾大学を代表する2つのキャンパス周辺の環境&家賃相場は?

慶應義塾大学の主なキャンパスといえば、多くの学部の1・2年生が通う日吉キャンパスと、同様に複数の学部の3・4年生や大学院生が通う三田キャンパス。特に東京都港区にある三田キャンパスは慶應義塾の原点といえる地だ。JRの山手線や京浜東北・根岸線が乗り入れている田町駅から大学へと向かう通り一帯は、リーズナブルな飲食店がひしめく学生街としても愛されている。田町駅周辺はビジネス街としても発展。すぐ近くには都営三田線と浅草線が通る三田駅があり、こちらも大学の最寄駅として利用されている。

慶應義塾大学 東門(写真/PIXTA)

慶應義塾大学 東門(写真/PIXTA)

そんな田町駅周辺のシングルタイプの賃貸物件(10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DK。駅から徒歩15分圏内。以下同)の家賃相場は11万4000円、三田駅の家賃相場は11万6000円。大学への通いやすさなら最寄駅周辺に住むのが一番だろうが、学生にとってこの家賃相場は高めに思える。実際、今回お話をうかがった「ハウスメイトショップ目黒店」の須田さんによると、「徒歩で通える三田周辺は家賃が高めのため、電車を使ってドア・トゥ・ドアでキャンパスまで30分以内にある物件を探す方が多い印象です」とのこと。上記ランキングで記載しているのは電車の乗車時間(駅からの徒歩の時間は含まない)なので、参考値として見てもらいたい。トップ10の駅の家賃相場は7万円台~8万円台で、田町駅や三田駅よりも3万、4万円ほど費用をおさえることが可能だ。

日吉キャンパスのイチョウ並木(写真/PIXTA)

日吉キャンパスのイチョウ並木(写真/PIXTA)

神奈川県横浜市港北区に位置する日吉キャンパスの最寄駅は、東急東横線と東急目黒線、横浜市営地下鉄グリーンラインが乗り入れている日吉駅。駅を出るとまず見事なイチョウ並木に目を奪われる。この並木沿いを進むと敷地面積約10万坪という広大なキャンパスにたどり着く。駅周辺にはにぎやかな商店街があり、学生が日常使いできる飲食店も多彩。駅直結の「日吉東急アベニュー」には食料品店からユニクロなどの服飾・雑貨店、家電量販店までそろっており、日常生活に必要な買い物はすべて駅周辺でまかなえそうだ。駅前の商店街を抜けると静かな住宅地が広がっており、住む街としても魅力的だ。

12位にランクインし、起点駅でもある日吉駅周辺の学生向け賃貸物件の家賃相場は6万7500円。都心に位置する三田キャンパスに比べれば、学生にも手が届きやすい価格帯だろう。実際、「日吉駅もしくは、近隣駅の徒歩圏内で探される学生が多いですね」と「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」店長の高橋良平さん。日吉キャンパスは単位取得のため学校に行く機会が多い1・2年生時に通う人が多いので、特にキャンパスへの近さが重視されるようだ。

高橋さんは「近すぎると友人のたまり場になり、遠すぎると通うのが面倒になるので、学校から20分ほどの範囲で探すのもいいですよ」とアドバイスをくれた。確かに、大学の最寄駅近くに一人暮らしすると友達が入りびたりになりそう……。楽しい半面、一人の時間も大事にしたいタイプなら最寄駅に住むのは避けるのが無難かもしれない。

とにかく家賃が安いことを望むなら、駅からの距離や広さを妥協するのもよいだろう。しかし一度住まいを決めたらそう簡単には引越しするわけにもいかないので、安さばかりではなく住みやすい街かどうかも気になるところ。そこで先に登場したお2人に、三田・日吉の各キャンパスに通う学生の住む街としておすすめの駅を教えてもらった。

三田キャンパスに通う学生の住まいとしておすすめの駅3選

まずは三田キャンパスに通う学生も利用するという、「ハウスメイトショップ目黒店」須田さんがおすすめする街を紹介しよう。住む街を選ぶ際のポイントは、「交通の利便性が高い駅であること」と話す須田さん。「三田キャンパスを利用する3・4年生は、アルバイトや就職活動など学校外での活動が増えてくる時期。そのため学校への行きやすさをふまえたうえで、他の場所へのアクセスの利便性も高い駅を選ぶのがよいでしょう。特におすすめは東急目黒線の沿線。都営三田線と相互直通運転されていてキャンパスがある三田駅まで乗り換えせずに行けること、目黒駅に出れば都内の主要駅に行きやすいJR山手線に乗り換えられる点が魅力です」

武蔵小山駅前の様子(写真/PIXTA)

武蔵小山駅前の様子(写真/PIXTA)

武蔵小山商店街パルム(写真/PIXTA)

武蔵小山商店街パルム(写真/PIXTA)

なかでも須田さんイチ押しは、急行停車駅でもある21位の東急目黒線・武蔵小山駅。大学最寄りの三田駅までは都営三田線に乗り入れている東急目黒線で約11分で、家賃相場は8万9000円と少々高め。「開発が進み、近年は家賃相場が上がった点はネック。ですが、東京で最も長いアーケード商店街があって、買い物や外食にたいへん便利な環境です。街の治安もよいと評判で、学生の一人暮らしでも安心でしょう」。都内最長だというアーケード商店街「武蔵小山商店街パルム」は、全長約800m! 店舗数は約250軒にのぼり、例年は夏の納涼市や秋のサンバパレードなどイベントも豊富。あちこちの街へ出かけにくいコロナ禍では、自分の住む街自体にこうした楽しみがあることが特に魅力的に思える。

洗足駅前の風景(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

洗足駅前の風景(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

もう少し家賃相場をおさえたいなら、「東急目黒線の東京都区間内では比較的に家賃相場が安い、洗足(せんぞく)駅もおすすめです」と須田さん。洗足駅の家賃相場は武蔵小山駅よりも6000円低い8万3000円で、三田駅までは約16分だ。「駅前にスーパーやドラッグストアがそろっていて買い物に便利な環境です。駅周辺は閑静な住宅街で治安もいいですよ。ただ、人通りが少ない点が心配なら、住まい探しの際に駅までの道のりチェックも忘れずにしましょう」。この洗足駅前には美しいイチョウ並木が続き、並木通り沿いを中心に商店街が広がっている。日々の食事に役立つ惣菜店もあるほか、神保町に本店がある欧風カレーの名店「ボンディ」の支店も。商店街をめぐり、自分のお気に入りの店を探すのも楽しそうだ。

なかのぶスキップロード(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なかのぶスキップロード(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

須田さんがもう1駅、おすすめしてくれたのが12位の都営浅草線・中延(なかのぶ)駅。家賃相場は8万5000円で、三田駅までは約11分。「都営浅草線と東急大井町線が利用できて便利。若者に人気の自由が丘駅までも1本で行くことができます。駅近くには商店街が3つあり、八百屋さんや精肉店などが並んでいるので食費をおさえる助けにもなるかも。駅前にユニクロがあるのもうれしいところです」。商店街のなかでも注目は、「なかのぶスキップロード」と呼ばれる中延商店街。中延駅から北に延びており、東急池上線の荏原中延駅まで約330mも続くアーケード商店街だ。買い物に利用できる商店街独自のポイントシステムも用意されているので、ポイントを貯めつつお得に買い物が楽しめる。

日吉キャンパスに通う1・2年生が住むなら、こちらの駅がおすすめ!

続いて日吉キャンパスに通う学生におすすめの街を、「ハウスメイトショップ武蔵小杉店」店長の高橋さんに伺おう。先述した通り、日吉キャンパスに通う学生は日吉駅や近隣駅に住むことが多いのだそう。「日吉駅や日吉近隣の東急東横線沿線は、飲食店をはじめ商業施設が充実している駅も多く、初めての一人暮らしでも安心して居住できる環境ですよ」と話す高橋さん。なかでも特におすすめの駅を3つ、教えてくれた。

元住吉駅前の風景(写真/PIXTA)

元住吉駅前の風景(写真/PIXTA)

川崎市中原平和公園(写真/PIXTA)

川崎市中原平和公園(写真/PIXTA)

おすすめ度1位は日吉駅の隣、東急東横線と東急目黒線が通る元住吉駅で、家賃相場は7万4000円。「駅を挟んで東西2つの商店街があり、チェーン系の店舗・地元の個人商店も含め約270店舗の商店が立ち並んでいます。主にファミリー層が住むエリアなので、落ち着いた住環境を求められる方には非常におすすめできる駅です」。また、駅から徒歩7分ほどの場所に広大な「川崎市中原平和公園」があったり、駅前を流れる渋川沿いに約2kmにわたる桜並木が続いていたりと、自然を感じられる環境なのも魅力だという。気軽に遠出しづらいコロナ禍において、近所にリフレッシュできる場所があるのは嬉しいものだ。

武蔵小杉駅前の風景(写真/PIXTA)

武蔵小杉駅前の風景(写真/PIXTA)

続いておすすめしてくれたのは東急東横線と東急目黒線、JR南武線が乗り入れている武蔵小杉駅。日吉駅までは2駅・約3分、家賃相場は8万2000円だ。「家賃の価格帯は少し上がりますが、住みたい街ランキングでも上位に入る、人気が高いエリアです。『ららテラス 武蔵小杉』や『グランツリー武蔵小杉』など大型商業施設も充実。乗り入れ路線も多く、都内への玄関口として非常に利便性が高い駅です」。「SUUMO住みたい街ランキング2021 関東編」で14位にランクインした武蔵小杉駅は神奈川県川崎市にあるが、駅東側を流れる多摩川を越えると東京都大田区に。東急東横線の通勤特急に乗れば、自由が丘駅まで1駅・約6分、渋谷駅まで3駅・約15分で行くことができる。日吉キャンパスまでの近さはもちろんのこと、せっかく進学で上京するならば都内までの近さも重視したい人にとっては、うってつけの環境と言えるだろう。

綱島駅近くには鶴見川も(写真/PIXTA)

綱島駅近くには鶴見川も(写真/PIXTA)

高橋さんおすすめの3つ目の駅は、10位にランクインしている東急東横線・綱島駅。元住吉駅とは逆側、日吉駅から下り方面へ1駅目に位置しており、家賃相場は6万7000円。日吉駅よりもわずかにではあるが低くなっている。「スーパーやドラッグストア、飲食店など、駅周辺には幅広いジャンルの店舗がとても豊富。2022年には東急新横浜線の新綱島駅が開業予定で、ますます利便性が高まる点も注目です!」と高橋さん。
東急新東横線は日吉駅~新横浜駅を結ぶ路線として開業予定で、同じく開業準備が進む新横浜駅~羽沢横浜国大駅・西谷駅を結ぶ相鉄新横浜線とともに、相鉄・東急直通線の連絡線としての役割を担う。開業したあかつきには相鉄線と東急線との相互直通運転が可能となる。新しく誕生する新綱島駅は綱島駅から100mほどの位置なので、このあたりに住むと将来的には2駅2路線が利用できるわけだ。ちなみに今回の調査でランキング1位になった相鉄本線・西谷駅は相鉄新横浜線の駅としても開業予定(2022年下半期)。新線開業によって西谷駅から日吉駅までは乗り換えせずに行けるようになるので、これから先の入学を考えている人には、住まいの候補地として注目してほしい。

新しく誕生する新綱島駅は綱島駅から100mほどの位置(写真提供/東急)

新しく誕生する新綱島駅は綱島駅から100mほどの位置(写真提供/東急)

さて今回はランキング調査に加え、これまで多くの学生を新生活へと送り出してきた不動産会社のお話を参考に、学生におすすめの街をご紹介した。安さ重視でランキングの駅を参考に探すもよし、環境重視でおすすめに挙げてもらった街で探すのもよし。自分好みの街に住んで、ぜひ楽しい新生活を送ってほしい。

●取材協力
ハウスメイトパートナーズ

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている田町駅まで20分以内、日吉駅まで電車で15分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2021/1~2021/3
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2021年3月31日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものか乗り換え回数が少ないものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が1回までの駅を掲載

オーナー・建築家・入居者の3者が出資してリノベ。伝説のDIY賃貸「目白ホワイトマンション」の今

差別化できず空室になっている賃貸物件も多い中、入居者が費用を負担すれば好きなようにDIYができる代わりに、退去時に原状回復義務を負わなくていい「DIY型賃貸住宅」という新しい契約形態に注目が集まっています。しかしまだまだ実績は少なく定着というにはほど遠い状況。そんな中、「目白ホワイトマンション」はこれでほかの空室も、たちまち決まったそう。どんな背景があるのか、お話を伺いました。
レトロで味のある外観の路線のままに、ターゲットを定めることを提案

JR線・目白駅から住宅地を歩いていくと現れる「目白ホワイトマンション」。1970年の竣工当時は最新の設備がそろい、外観のハイカラさもあって順調に入居が途絶えませんでしたが、その後、近隣に似たような条件の賃貸マンションが次々と建設、築古になるほどに空室が出るようになり、オーナーの浅原賢一さんは頭を抱えていました。建築家の嶋田洋平さんに、「どうにかならないか」と約7年前に相談したのがことの始まりです。

船をモチーフに湾曲した手すり壁や甲板風の屋上を取り入れた「目白ホワイトマンション」。「ひと目見て、新しい建物にない価値があると感じました」(嶋田さん)(写真撮影/片山貴博)

船をモチーフに湾曲した手すり壁や甲板風の屋上を取り入れた「目白ホワイトマンション」。「ひと目見て、新しい建物にない価値があると感じました」(嶋田さん)(写真撮影/片山貴博)

「最初に空室を見せてもらった感想は、『どうにもチグハグだな』と。外観は思いを込めてつくったであろう個性的なマンションなのに、内装には競合と見劣りさせないように真新しいクロスやフローリングが採用されていて。“新品”感が好きな人はかえって古さが目につくし、ビンテージマンションに惹かれて来た人は、がっかりしてしまう。もったいないので『古さを理解してくれる人に届くよう考えませんか』とお話しました。

とはいえ、単に内と外のテイストを合わせてリノベーションしても、確実に空室が埋まるとは限りません。一番は『入居者の理想通りの部屋にカスタマイズできる物件にすること』。しかし一室、数百万もする費用を何室分もオーナーが負担していくのは、ハードルが高すぎるだろうと感じました。そこで『オーナーと設計事務所・入居者の3者が費用を負担する方法』を提案したんです」(嶋田さん)

オーナー・建築家・入居者の3者が出資する、新しいDIY型賃貸住宅

賃貸物件の住戸をリノベーションする場合、通常ならばオーナーは設計料と工事費を負担し、後に家賃収入を得ることでその投資分を回収していきます。この物件では、まずリフォーム費用をできるだけ圧縮しその工事費用(約200万円)を、オーナー100万円、入居希望者50万円、建築会社(嶋田さんが経営するらいおん建築事務所)50万円ずつ、合計200万円分を3者で折半、また全ての工事を施工会社に頼むのではなく可能な部分はDIY(入居者負担)でつくり上げることにしました。さらに本来ならばリノベーション費用の約20%、50万円程度を設計料としていただくことになるのですが、この時点では嶋田さんは受け取らず、入居者が支払っていく家賃から後で報酬として得られるような仕組みにしました。

具体的には、らいおん建築事務所がオーナーよりこの住戸を4年間、月額3万円で借り受け、入居者に5万円/月で転貸、差額の2万円(※)は初期投資の50万円の回収と、受け取っていなかった設計料にあたる報酬となっていきます(※3年目以降は7万円/月で転貸し、差額は4万円/月)。通常、設計士の役割は工事とともに終了、その後、入居者が決まらずオーナーが家賃収入を得られない時期がでたとしても責任は持ちません。そうではなく、設計者は工事が終わっても物件と関わり続けることで、入居者が絶えないようサポートしていけば投資や設計料が回収できるようにしたのです。オーナーも本来は約360万円必要だった初期投資が100万円で済み、その後の3万円/月で3年以内で投資が回収できます。さらに、入居者は自分の好みにリノベーションでき、当初負担した50万円は2年分の前家賃として機能することで、家賃の設定は同レベルの物件(家賃7万円)と比べ当初2年間は5万円と、月額約2万円低く抑えられています。

3者が出資するDIY型賃貸住宅の仕組み

オーナーの浅原賢一さん(左)と建築家の嶋田洋平さん(右)。「住んでもらえる限りは、建物を維持していきたい」と浅原さん(写真撮影/片山貴博)

オーナーの浅原賢一さん(左)と建築家の嶋田洋平さん(右)。「住んでもらえる限りは、建物を維持していきたい」と浅原さん(写真撮影/片山貴博)

嶋田さんは、“空き家再生と地域活性化”のプロフェッショナル。これまで建物をリノベーションするだけでなく、オーナーと借り手の間に立って転貸することで不動産事業のリスクを負い、まちづくりをしてきました。偶然、DIYできる賃貸物件を探している知人がいて、持ちかけると即OKの返事をもらえたという幸運も重なります。
予想外のプランを、浅原さんはどう受けとめたのでしょう。

「これまで関わってきた建築会社は、『どれだけ空室が改善するかまでは保障しない』というスタンス。それなのに嶋田さんは『目白ホワイトマンション』に魅力を感じてくれて、出資もする、すでに入居希望者もいます、とまで。当時、空室が7戸もあったので、借り手が1人でも決まり、回収を見越して出資できるのは願ってもないこと。二つ返事でしたね」(浅原さん)

それぞれの入居者に合わせた契約が、スムーズな管理・運営を導く

1人目の部屋は嶋田さんが設計し、ともに投資・転貸もしましたが、2人目からは入居者と浅原さんだけでのやり取りを始めます。

「オーナーであるこちらのスタンスはシンプルに言うと、『家賃は低めにするし、好きにDIYして構いません。その代わりDIY費用は入居者のあなた持ちになります』というもの。例えば本来、家賃7万円の部屋を3万円で貸すとします。そうすると入居者は2年間、住めば確実に96万円を得られる目処がつくため、これを資金としてオリジナルの部屋に変えられるのです。DIYで部屋の価値が上がれば退去後、家賃設定を有利にできるため、オーナーにもメリットがあるんです」(浅原さん)

といってもすべてが自由なわけではなく、DIYの内容を事前にオーナーと入居者とで擦り合わせ。この人ならやり遂げられると判断できた場合にOKを出し、かつ退去時の条件などの契約内容は個々に合わせて変えているそう。ごく普通の賃貸住宅だと何でも一律なので大変そうですが、

「入居者の人となりが見えると、おのずと対応の仕方が分かるため、トラブルが少なくなるんです。コミュニケーションが取れているので設備などに不具合が出ても、お互いに話をしてその時点で最適な対応がとれるんです。私もこうなって実感したのですが、こうして一人ひとりに合わせるのが、あるべきオーナーの姿なのかもしれません」(浅原さん)

またとない物件に、建築関係の仕事をするご夫婦やインテリアショップで働く一人暮らしの方など、住まいづくりに意欲の高い人たちが集まり、唯一無二の部屋へと変化を遂げていきました。

建築関係のご夫妻が住んでいた、床から棚・天井まで約150万円かけてDIYした部屋(写真撮影/片山貴博)

建築関係のご夫妻が住んでいた、床から棚・天井まで約150万円かけてDIYした部屋(写真撮影/片山貴博)

キッチン扉や縦長のスパイスラックも入居者のDIY。退去時、完璧に原状回復する必要はありませんが、ドアを外した場合など、次の住人が不便になりそうなところは戻してもらっています(写真撮影/片山貴博)

キッチン扉や縦長のスパイスラックも入居者のDIY。退去時、完璧に原状回復する必要はありませんが、ドアを外した場合など、次の住人が不便になりそうなところは戻してもらっています(写真撮影/片山貴博)

当初7戸あった空室はたちまち約4カ月で満室に。そのころの入居者たちが合作した自転車スタンドはコミュニティの象徴的な存在(写真撮影/片山貴博)

当初7戸あった空室はたちまち約4カ月で満室に。そのころの入居者たちが合作した自転車スタンドはコミュニティの象徴的な存在(写真撮影/片山貴博)

初代入居者の思いを受け継いで暮らすことで、自分の未来を育む

「目白ホワイトマンション」がDIY型賃貸住宅として踏み出した1件目は、入居者とDIY好きのメンバーが技術集団「HandiHouse project」と7年前につくり上げました。あたたかな雰囲気を醸し出すその部屋に、現在、2代目として住んでいるのが小林杏子さん(20代)です。

「部屋でのんびりしているときに入ってくる日差しや窓の向こうで揺れる葉が好きです」と小林さん。照明は唯一、新たに取り入れた設備(楽器は演奏不可)(写真撮影/片山貴博)

「部屋でのんびりしているときに入ってくる日差しや窓の向こうで揺れる葉が好きです」と小林さん。照明は唯一、新たに取り入れた設備(楽器は演奏不可)(写真撮影/片山貴博)

「もともと初代の入居者とは同僚の紹介で知り合った仲。4年前に引越し先を探していた当時、限られた条件下だとどこも味気ない『小さな箱』で。落胆していた矢先だったため、見た瞬間、悲鳴を上げるほど感動しました」(小林さん)

「DIYには欲しい未来を自分でつくる意味がある気がして惹かれます」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

「DIYには欲しい未来を自分でつくる意味がある気がして惹かれます」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

アパレル関係で仕事をしていた経験から、つくり手のこだわりが込められたものに強く惹かれるという小林さん。この部屋も随所に思いが宿っており、そこに愛着を感じて過ごすことが生活の豊かさになっていると言います。

「以前は日々、バタバタして地に足が着かない感覚があったのですが、寝転がって外を眺めたり、風の音を聞いたり、洗面台で落ち着いて髪を巻いたり。ここに来て“暮らしている”感覚をしっかり持てるように。友だちや同僚から『角が取れたね』『優しくなったね』と言われるようにも。きちんとした大人になるタイミングと重なったのかなと感じています」(小林さん)

「自分らしく素敵に暮らしてね」というのが、前入居者からのメッセージ。小林さんは「そのマインドごと引き継ぎたい」と、あえて自分では手を加えず、前入居者が残した部屋をそのまま享受しているそう。。満面の笑みからは、余すことなく住みこなしている様子が伝わってきます。

リビングに洗面コーナーがあることで、ゆったりくつろいだ気分に(写真撮影/片山貴博)

リビングに洗面コーナーがあることで、ゆったりくつろいだ気分に(写真撮影/片山貴博)

「自分らしく暮らして欲しい」という初代入居者の思いを大切に。「この部屋にいると背筋がぴんとします」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

「自分らしく暮らして欲しい」という初代入居者の思いを大切に。「この部屋にいると背筋がぴんとします」(小林さん)(写真撮影/片山貴博)

料理をして簡単なお菓子をつくったら、テーブルでほっと一息(写真撮影/片山貴博)

料理をして簡単なお菓子をつくったら、テーブルでほっと一息(写真撮影/片山貴博)

「無機質な部屋も格好良いですが、日常はさまざまなことが起きるもの。少し間が抜けていても人の手が加わったものの方が、気持ちを受けとめてくれて、内面が充実することがあると思うんです。それがDIYの魅力なのかなと。もう手垢のついていない新築には住めないですね(笑)」(小林さん)

この部屋で暮らすことで将来の住まいへの想像力が膨らんでいき、自分で家を買ってリノベーションしたいと思うようになったそう。もし3代目にバトンパスされれば、好循環が引き継がれることでしょう。

単なる入居者ではない、物件の価値を理解し高めてくれる協力者に変化

「入居を迷う方がいるとき、それまでは家賃を下げるくらいしかやり方がなかったのですが、DIY可能にしてから入居者への意識が『物件の価値を高めてくれる方』に変わり、つき合い方も前向きになりました。

もちろん、外観に特徴のある『目白ホワイトマンション』だからマッチしたのであり、すべてに通じる方法とは思いませんが、何をその物件のコンセプトにできるかを考えるのは無駄ではないと感じます」(浅原さん)

オーナー・建築家・入居者のめぐり会いで実現した新しいDIY賃貸住宅。発端は、浅原さんが相談相手を探し、嶋田さんの取り組みを受け入れたことからでした。こうした一歩が増えれば、賃貸住宅はもっと明るく変わっていきそう。そして、自分にぴったりの賃貸住宅との出会いは、確実に暮らしのクオリティを上げてくれることでしょう。

●取材協力
株式会社らいおん建築事務所
アサコーホーム株式会社
株式会社HandiHouse project

DIYし放題の賃貸で自作ピザ窯BBQ!住民のための図書館をつくった人も

国土交通省が2014年に「DIY型賃貸借」を提示したなどの背景から、少しずつ増えているDIY型賃貸住宅。なかでも「アパートキタノ」は入居者同士でDIYのノウハウをシェアしたり、イベントを催したり、豊かなコミュニティを育んでいるよう。建築家・加藤渓一さんをはじめ、入居者の方々にお話を伺いました。
自分の家をつくる楽しさを知ることで、人生がよりよく変わる

「アパートキタノ」(東京都・八王子市)は京王線・北野駅から徒歩約10分の、ゆるやかな坂の上に立つ賃貸マンション。当初、投資用に購入したオーナーですが、都心から距離があるなどの立地条件から賃料を下げることでしか価値付ができず、困っていたそう。そこで相談したのが建築家の加藤渓一さんです。

「アパートキタノ」仕掛人「studioPEACEsign」代表・加藤渓一さん(写真撮影/田村写真店)

「アパートキタノ」仕掛人「studioPEACEsign」代表・加藤渓一さん(写真撮影/田村写真店)

「こうした場合、賃料を下げるのが常套手段ですが、もっとプラスの価値を付けたいと思いました。そこで約18平米のワンルームの片方の壁と床に合板を張り、その部分だけDIYできる賃貸住宅を提案したんです。

もともとALC板の壁だったので、合板を張り付けることによりクギが打ちやすくなるなどのメリットが出ますが、オーナー側からすれば部屋中すべてDIY可能にすると『何をされるのか』と心配になるし、退去後に改修費がかかります。範囲を限定し、安価で簡単に取りかえられる素材を使うことで管理のハードルを下げ、DIY賃貸を導入しやすくしました」(加藤さん)

壁と床に張る合板はOSB・シナ・ラーチ・ラワン・MDFの5種があり、旧タイプの部屋から切りかわるときに引っ越して来る最初の入居者が選べます(写真撮影/田村写真店)

壁と床に張る合板はOSB・シナ・ラーチ・ラワン・MDFの5種があり、旧タイプの部屋から切りかわるときに引っ越して来る最初の入居者が選べます(写真撮影/田村写真店)

「住み手」と「施工のプロ」が肩を並べて家づくりする「ハンディハウスプロジェクト」を主宰する加藤さん。「アパートキタノ」にも同様の思いがあるそう。

「日本だとなかなか文化が定着しませんが“自分で考えたものを自分でつくる”のは本来、楽しいものだと思うんです。住まいへの理解が深まり、完成後の暮らしも変わって来ます。

オリジナリティを出すことが許されない賃貸住宅は、これを阻む最たるものですが、多くの人が最終的に『家を購入』する現実を考えると、その手前の『賃貸住まい』が『練習場』になったほうがいい。DIYに挑戦することで感性を磨き、これからの住まいとの関わりを良好にしてもらえたらと思いました」(加藤さん)

「与えられたものを受け入れるのではなく、クリエイティブな力をつけることが、これからの時代の豊かさになるのでは」と語る加藤さん。このコンセプトにオーナーも賛同。2018年からスタートし、今では47戸中15戸がDIYできる部屋として貸し出されています。
入居者に特別な条件は設けていませんが、集まるのは手を動かすことや発想することが大好きな“表現者”ばかりです。

部屋は好きなものやアイデアを自由に試せる、小さな実験場

「どこにもない秘密基地のような“自分だけの部屋”が欲しいと、ずっと思っていました」と話すのは、大学の建築学部に通うマサさん(仮名・20歳)。

進学と同時に初めて一人暮らしを始めた物件では、オーナーの許可を得てDIYをしていましたが、ごく一般的な賃貸アパートだっただけに「原状回復」がネックとなり、限界を感じていました。
そんな時に知人からこの物件の存在を聞き、約1年前に引越してきました。

「授業では設計のアイデアを膨らませても実際につくることはないのですが、この部屋では『やりたい』と思ったことにのびのびとチャレンジできます」(マサさん)

「気になるパーツを見つけたら、まずは購入して試します」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

「気になるパーツを見つけたら、まずは購入して試します」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

「大学で学んだ建築の意匠や、ドラマを観て着想したことを形にした」という部屋は、壁に本棚や小物入れ・工具などが美しく収められており、日常のアイテムをインテリアとして昇華させたさまは圧巻です。

部屋の合板はOSB。ラフな風合いで繰り返しネジを打っても目立たないのがメリット(写真撮影/田村写真店)

部屋の合板はOSB。ラフな風合いで繰り返しネジを打っても目立たないのがメリット(写真撮影/田村写真店)

マサさんにとってDIYは、自分を表現する手段。部屋を見てもらうのは自己紹介と同じ感覚なのだそう。
最初に構成を決めるよりは、考えながらつくる方がアイデアが浮かびやすく、一度取りつけた本棚を数日後にわずかに移動させてみるなど、日々、アップデートしています。

右上の緑色の部分は一番に着手した思い出の本棚。授業で学んだ建築物を参考に前面に凹凸をつけ、横から本をしまえるようにしました(写真撮影/田村写真店)

右上の緑色の部分は一番に着手した思い出の本棚。授業で学んだ建築物を参考に前面に凹凸をつけ、横から本をしまえるようにしました(写真撮影/田村写真店)

グレーの壁紙に「ラブリコ」の突っ張り棒を合わせたコーナー。「見せる収納だと、収めて取り出す面倒がありません」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

グレーの壁紙に「ラブリコ」の突っ張り棒を合わせたコーナー。「見せる収納だと、収めて取り出す面倒がありません」(マサさん)(写真撮影/田村写真店)

リアリティ番組シリーズ『テラスハウス』からヒントを得た黒板ボード。「机に向かうより立っていた方が思いつく」と製作しました(写真撮影/田村写真店)

リアリティ番組シリーズ『テラスハウス』からヒントを得た黒板ボード。「机に向かうより立っていた方が思いつく」と製作しました(写真撮影/田村写真店)

「DIYをきっかけに暮らしを楽しむ感覚が芽生え、料理や家庭菜園などにも挑戦するように。また、こだわった部屋を自慢したくて、友人を招くようにもなりました。アパートキタノに住んでから人とのつながりも含めて暮らし全体が彩られていっているように感じています」(マサさん)

「アパートキタノ」には工具や端材が置かれた共用の倉庫があり、外のウッドデッキでも作業が可能。入居者が自然と顔を合わせるため、作業を助け合ったり、ノウハウを聞いたりできると言います。

「DIYについて教えてもらううちに打ち解けて、一緒にご飯を食べに行くことも。部屋を見せてもらうこともあるのですが、同じ間取りなのにまったく趣向が違うので刺激を受けるし、モチベーションになります」(マサさん)

第二の住まいを図書館として開放し、サードプレイスを目指す

学生時代から街づくりや地方の若者の雇用問題に関心を向け、各地の無人駅を間借りして本屋にする「無人駅をめぐる本屋」や「歩く本棚」の名でイベントに出店している堤 聡さん(30歳)。

夜勤が多い会社で働いており、「第一の住まいは会社施設」「第二の住まいは自宅」という、デュアルライフを送っていました。持て余し気味の自宅と本を「住み開き」で活用できたら、と思っていたそう。そんなときこの物件を知り、やってきたのが昨年11月。
コロナ禍で足踏みしたものの、同じマンションの住人限定の「人んち図書館」をこの4月にオープンしました。

「同じ本屋の活動をする仲間にも来てもらいたい」と堤さん(写真撮影/田村写真店)

「同じ本屋の活動をする仲間にも来てもらいたい」と堤さん(写真撮影/田村写真店)

「家賃は約5万円ですが、そのうち2万はライブラリーの場所代、残り3万は住居費と思えばかなりお手ごろ。

図書館は今後、『アパートキタノ』の入居者に向けて、週1回ほどの間隔で開放する予定。『自宅に不特定多数の人を入れるのはどうかな』という気持ちがあったのですが、単なる顔見知りとも違う、DIYなどを通して友達レベルで知っている人ばかりなので、安心感を得られるのが良いですね。

とはいえ普通の賃貸アパートだと、少しでも変わった取り組みは敬遠されたでしょう。やりたいことを柔軟に聞き入れてくれる『アパートキタノ』だからこそ実現できたのだと思います」(堤さん)

本来、壁と床を取りつけてもらった状態で入居しますが、堤さんは「せっかくなら」とハンディハウスと一緒に合板を打ちつけるところから始めました。

プレーンなシナに味のある古材を合わせてオープン棚を造作。ジャンルごとに本を分けつつ、目を引く表紙は面陳(めんちん)するなどして、訪れる人の興味をそそる置き方にしています。こうした工夫ができるのも、DIY型賃貸住宅だからこそ。

古材は和風住宅で使われていた建材のリサイクル品。「リビルディングセンタージャパン」(長野県・諏訪市)で購入しました(写真撮影/田村写真店)

古材は和風住宅で使われていた建材のリサイクル品。「リビルディングセンタージャパン」(長野県・諏訪市)で購入しました(写真撮影/田村写真店)

本は堤さんが興味のある街づくり・建築関連に加え、デザイン・美術・写真・小説・エッセイなども。コメント風のジャンル分けがユニーク(写真撮影/田村写真店)

本は堤さんが興味のある街づくり・建築関連に加え、デザイン・美術・写真・小説・エッセイなども。コメント風のジャンル分けがユニーク(写真撮影/田村写真店)

屋外でも図書館を開けるようにと自作したリュック型の本棚を背負って。入居して初めてDIYした作品でもあり、住民に手伝ってもらいながら完成させたとか(写真撮影/田村写真店)

屋外でも図書館を開けるようにと自作したリュック型の本棚を背負って。入居して初めてDIYした作品でもあり、住民に手伝ってもらいながら完成させたとか(写真撮影/田村写真店)

「1人もいいけど何となく誰かと過ごしたいときってあると思うんです。そうしたときに学校でも家庭でもない第三の居場所として、気軽に来てまったりしつつ、考えをまとめたり、新しい発想を浮かべたりしてもらえたら良いなと思います。

ここは本がメインですが、料理ができる部屋・映画を楽しめる部屋など、テーマに特化した部屋がほかにも現れると面白そう。モデルケースがあると『出来るかな』と思えるものなので、自分がその契機になれたらうれしいです」(堤さん)

生き生きと語る堤さん、マサさんからは、「アパートキタノ」がアクションを起こしたい人のやる気と想像力を促す土壌になっていることが伝わってきます。

現代のアプリとウッドデッキ・ピザ窯でコミュニティが充実

「アパートキタノ」では、アプリ「Slack」で入居者同士が交流できるようにもしているため、スムーズかつほどよい距離感で付き合えるそう。ご近所のおいしい飲食店や、緊急時に防災情報を伝えたり、イベントの声かけをしたりと役立てています。

この3月にはマサさんが中心になって、ウッドデッキ横にピザ窯を製作。ここではしばしば、食事会が催されます。「お花見とピザの会」(4月10日開催)をのぞかせていただきました。

晴れ渡る空の下、ピザづくりがスタート(写真撮影/田村写真店)

晴れ渡る空の下、ピザづくりがスタート(写真撮影/田村写真店)

「Slack」で日程と料理を決めたら、基本の材料を集まれるメンバーで買い出し。食べたいものやシェアしたいものがあれば、それぞれがゆるく自由に持ち寄るスタイルです。昨秋「サンマの会」をしたときは、煮つけや日本酒・お漬物・たこ焼きが並んだと言います。

アプリはOBも登録していて、さまざまな世代が集結。OB男性による手製のジェノベーゼ・ボロネーゼ・ペスカトーレのソースをピザにトッピングして舌鼓(写真撮影/田村写真店)

アプリはOBも登録していて、さまざまな世代が集結。OB男性による手製のジェノベーゼ・ボロネーゼ・ペスカトーレのソースをピザにトッピングして舌鼓(写真撮影/田村写真店)

同じ場所に住んでいると「バスルームの掃除どうしてる?」など、すぐに共通の話で盛り上がれるのが良いところ(写真撮影/田村写真店)

同じ場所に住んでいると「バスルームの掃除どうしてる?」など、すぐに共通の話で盛り上がれるのが良いところ(写真撮影/田村写真店)

広々としたウッドデッキはDIYの作業や食事のほか、昼寝の場にもなります(写真撮影/田村写真店)

広々としたウッドデッキはDIYの作業や食事のほか、昼寝の場にもなります(写真撮影/田村写真店)

マサさんが設計や材料・予算を考え、みんなで製作したピザ窯(写真撮影/田村写真店)

マサさんが設計や材料・予算を考え、みんなで製作したピザ窯(写真撮影/田村写真店)

ピザ窯はムラなく熱が広がるドーム型、かつ二層にしてグリル専用スペースをつくり、機能性を高めました(写真撮影/田村写真店)

ピザ窯はムラなく熱が広がるドーム型、かつ二層にしてグリル専用スペースをつくり、機能性を高めました(写真撮影/田村写真店)

「大学生をしていると『大学』と『アルバイト先』に人づき合いが限られてきますが、ここにきたことで、もうひとつの居場所を持てたと感じます。年代が違ったり、目新しい活動をしていたり、自分とは異なる人たちと出会えるのがうれしいですね。
いつも会っている訳ではなくても、存在として大きいものだなと感じます」(マサさん)

例えば「バーベキューがしたい」と思っても、準備などを考えると実際はハードルが高いもの。でもふらりと集まれる広場と一式の道具類、アプリがそれを可能にしているよう。
DIY型賃貸住宅というハード面の強みと、コミュニティを促すバックアップ体制、そこに意思のある人々が加わることで関係性がすくすくと育ち、入居者のクリエイティブな世界を広げていると言えそうです。

(写真撮影/田村写真店)

(写真撮影/田村写真店)

●取材協力
アパートキタノ
HandiHouse project
人んち図書館

コロナ禍で賃貸物件をセルフリノベする人が増加中!? やり方や注意点を実例で紹介

コロナ禍でおうち時間が増え、自分の暮らしを見つめ直す人が増えています。もともとあった中古住宅のリノベーション需要に加え、最近では、壁や床を張り替えるなどのセルフリノベーションをする流れが出てきました。実際、自分でやるには?注意点は? 実例を通じて、内装デザイン会社夏水組の坂田夏水さんに聞きました。
在宅時間の増加で、セルフリノベをしたい人が増えている!

DIY(Do It Yourselfの略)は、日本では、主に机や棚などの家具を自作する場合を指すことも多く、「日曜大工」として親しまれてきました。一方、セルフリノベーション(以後セルフリノベ)は、壁や床の張替え、間取りの変更などの大掛かりな部屋のリフォームを指します。セルフリノベには、すべてDIYする、専門業者に一部依頼するなどがあります。セルフリノベへの関心の高まりにはどのような背景があるのでしょうか。

「私が2020年に『セルフリノベーションの教科書』を出版する以前にもDIYのハウツー本を書いてきましたが、10年前は、本屋にDIYのコーナーはありませんでした。今では料理本のコーナーに並んでDIYコーナーにも本がたくさん並んでいて、関心の高まりを感じています。以前からDIYをやってみたいという潜在層はいたのですが、コロナ禍で在宅時間が長くなり、実際に着手する人が増えたのでしょう。オンラインで部屋が背景に映る機会もあり、身につけるものと同じように空間をおしゃれにしたいという気持ちもあるのかもしれません」

オーナーや不動産会社向けに夏水組が開催している「内装の学校」では、養生の仕方、壁紙やクッションフロアの張り方などが学べる。レトロな雰囲気の物件に合う「アンジェリーナ」というブラウン系のペンキを塗装中(画像提供/夏水組)

オーナーや不動産会社向けに夏水組が開催している「内装の学校」では、養生の仕方、壁紙やクッションフロアの張り方などが学べる。レトロな雰囲気の物件に合う「アンジェリーナ」というブラウン系のペンキを塗装中(画像提供/夏水組)

輸入壁紙「ゴッホシリーズ」を貼る参加者。この後は、撮影のポイントなどのアドバイスを受けた(画像提供/夏水組)

輸入壁紙「ゴッホシリーズ」を貼る参加者。この後は、撮影のポイントなどのアドバイスを受けた(画像提供/夏水組)

夏水組の坂田夏水さん。中古物件のリノベーションや店舗の内装デザイン、DIYショップの運営などさまざまな活動をしている(画像提供/夏水組)

夏水組の坂田夏水さん。中古物件のリノベーションや店舗の内装デザイン、DIYショップの運営などさまざまな活動をしている(画像提供/夏水組)

坂田さんは、十数年前にヨーロッパやアメリカを訪れた際、DIYの文化が広く根付いていることに驚いたといいます。
「街には、レストランや洋服のお店の隣にインテリアショップが並んでいました。ファッションや料理など趣味や家事の延長線上にDIYがあるのです。日本のDIYについては、当時はホームセンターで材料を買って、庭にデッキをつくるなどが多かった印象です。最近では、自分で壁紙を張替えたり、ペンキを塗り替えたりするDIY(セルフリノベ)が増えてきました。それでも賃貸だからと諦めていた人が多かったと思いますが、日本の不動産業界も変わりつつあり、DIY可や原状回復不要の賃貸物件も出てきています」

吉祥寺で人気の築古賃貸の床やキッチンをセルフリノベ

2008年に坂田さんが立ち上げた夏水組では、不動産会社、オーナーと住む人との間に入り、リノベーションやセルフリノベーションを行ってきました。入居者がリフォームできる新しい賃貸住宅、DIY型賃貸の企画をする不動産会社のリベストと提携し、DIYを希望する借主の相談にのっています。DIY型賃貸の借主のメリットは、賃貸物件でもDIYができること。退去時に原則、原状回復をしなくてもいいので、持ち家のように自由にセルフリノベが可能です。貸主としては、現状のまま貸せて手間がかからないメリットがあります。

それでは、DIY型賃貸でセルフリノベを行ったふたつの事例を紹介しましょう。

カリモクのソファ、インドのテーブル、イギリスのヴィンテージチェアなどが融合。レトロな雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

カリモクのソファ、インドのテーブル、イギリスのヴィンテージチェアなどが融合。レトロな雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

蔦の絡まる外観が特徴の「潤マンション」に住む宮本涼さん(20代)は、DIY可なことに惹かれ、入居を決めました。白壁に木のぬくもりを感じるリビングは、イギリスやアメリカ、インドなどの家具が置かれ、ヴィンテージな雰囲気。10.5畳ほどあるリビングの床の板張りをすべてDIYしたことに驚きます。

間取り。洋室はもともと真ん中に仕切りがあったが前の住民がひと間に。宮本さんもそのまま活かしてセルフリノベを進めた

間取り。洋室はもともと真ん中に仕切りがあったが前の住民がひと間に。宮本さんもそのまま活かしてセルフリノベを進めた

間取りは、1DK。玄関を入り、暖簾をくぐるとリビングがある(写真撮影/片山貴博)

間取りは、1DK。玄関を入り、暖簾をくぐるとリビングがある(写真撮影/片山貴博)

以前住んでいた人がコンクリートの壁を白く塗り、収納の扉を撤去していた。そこに棚やデスクを置き、ワークスペースに。元々あるものを活かしている(写真撮影/片山貴博)

以前住んでいた人がコンクリートの壁を白く塗り、収納の扉を撤去していた。そこに棚やデスクを置き、ワークスペースに。元々あるものを活かしている(写真撮影/片山貴博)

アメリカのシェードランプの脇に鉢植えのガジュマル。室内にはポイントにグリーンを配している(写真撮影/片山貴博)

アメリカのシェードランプの脇に鉢植えのガジュマル。室内にはポイントにグリーンを配している(写真撮影/片山貴博)

「ピカピカの新しいものより、味わいのある古いものが好きなんです。部屋を内見したとき、古い設えや前に住んでいた人が手を加えたところが残っていて面白いと思いました。リビングの床板は以前住んでいた人が敷いたものですが、木の板がささくれて裸足で歩けなかったので、真っ先に手を加えることにしたんです」

リビングの床の板をいったん剥がし、ささくれた表面をサンダーで削り、一枚ずつ張り直していきました。作業のほとんどはひとりで行い、かかった日数は延べ3日間程。初めての本格的なDIYでしたが、そろえた工具は、カンナ(約1000円)、ノコギリ(約1000円)、電動ドライバー(約3000円)、電動ヤスリ(約6000円)のほか紙やすりやビス、ワックスなど総額2万円ほど。自分でやり方を調べ、工具を用意するほか、夏水組からも機材の貸し出しやアドバイスをもらいました。

「壁と床の隙間に合うように、木を加工するのが難しかったですね。木の表面をヤスリでなめらかにするのも大変でした。床のDIYは音にも気を使います。両隣や向かいの方には引越しの挨拶の際、DIYする旨了承をいただいていましたが、作業する時間には気をつけていました」

DIYのためにそろえた工具。左上から、板の表面をなめらかに削る電動のサンダー、古びた味わいを出すヴィンテージワックス、紙やすりを装着して手動で使うハンドサンダー、左下は、カッター(クッションフロアを切る時に使用)、カンナ、電動ドライバー(写真撮影/片山貴博)

DIYのためにそろえた工具。左上から、板の表面をなめらかに削る電動のサンダー、古びた味わいを出すヴィンテージワックス、紙やすりを装着して手動で使うハンドサンダー、左下は、カッター(クッションフロアを切る時に使用)、カンナ、電動ドライバー(写真撮影/片山貴博)

サンダーで表面を削り、ワックスを塗ったリビングの床。自然なツヤが美しい。木の表面のささくれがなくなり、裸足で歩けるようになった(写真撮影/片山貴博)

サンダーで表面を削り、ワックスを塗ったリビングの床。自然なツヤが美しい。木の表面のささくれがなくなり、裸足で歩けるようになった(写真撮影/片山貴博)

タイル風のクッションフロアは、硬質で本物のタイル張りのよう。部屋の隅に合わせてクッションフロアをカットするのは難しい(写真撮影/片山貴博)

タイル風のクッションフロアは、硬質で本物のタイル張りのよう。部屋の隅に合わせてクッションフロアをカットするのは難しい(写真撮影/片山貴博)

そのほか、玄関の床の張替えやキッチンのリフォームを行った宮本さん。セルフリノベの魅力は、「自分で住む空間をデザインできること」だといいます。憧れていたDIYにチャレンジし、暮らしやすくなりましたが、さらに玄関脇のお風呂場の前に仕切りをつくろうと計画中です。

キッチンは、突っ張り棒のような仕組みで壁や天井に穴を開けずに柱をつくれるアイテム「ディアウォール」を使用。施工は1日ほど(写真撮影/片山貴博)

キッチンは、突っ張り棒のような仕組みで壁や天井に穴を開けずに柱をつくれるアイテム「ディアウォール」を使用。施工は1日ほど(写真撮影/片山貴博)

アンティークの鏡の横には季節のグリーンを(写真撮影/片山貴博)

アンティークの鏡の横には季節のグリーンを(写真撮影/片山貴博)

「テレワークで家にいる時間が増えて、できるだけ過ごしやすい部屋にしたいと思うようになりました。手をかけるとその分使いやすく見栄えが良くなってきます。業者に依頼してリノベした方が早いですが、リノベは一回やるとなかなか変えられません。セルフリノベは、住んで使ってみて柔軟に変えていける良さがあります」

難しいところはプロに頼りつつDIYできるDIY型賃貸物件の魅力

もうひとつの事例は、白い外壁に赤いドアが印象的なフラットハウス(平屋)です。夏水組により入居前にリノベーションされた室内は、白を基調にブルー系の差し色のシンプルでおしゃれな内装。DIY型賃貸なので、そのまま住むことも、さらに自分でDIYすることもできます。C.Kさん(39歳)とK.Kさん(38歳)は、引越したばかり。初めての賃貸暮らしなので、家具などをそろえながら、少しずつ、DIYしていきたいと考えています。

玄関から正面に見えるブルーがアクセントの壁に貼ったのは、夏水組オリジナルの襖(ふすま)紙(写真撮影/片山貴博)

玄関から正面に見えるブルーがアクセントの壁に貼ったのは、夏水組オリジナルの襖(ふすま)紙(写真撮影/片山貴博)

「アメリカンハウスのような外観に惹かれ、内見すると、グリーンと白にまとまった空間にモザイクタイルやエキゾチックな壁紙が、私の好きなモロッコ風のインテリアを連想させ、一目で気に入りました。さらに、DIYができる物件なので、自分たちが好きなように間取りを変えたり、足りない物を足したりでき、暮らしながら補えるところにも魅力を感じました」(C.Kさん)

白壁に赤いドアのフラットハウスは、海外の雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

白壁に赤いドアのフラットハウスは、海外の雰囲気を醸し出している(写真撮影/片山貴博)

間取り

間取り

間取りは、寝室やキッチン、リビングに仕切りのない1フロアです。

「住みながら必要なところに仕切りをつくったり、棚をつけたりしたいと思っています。キッチンカウンターは自分たちでつくるのは無理そうなので、デザインだけして木材屋さんに相談中です。自由度が高いところが、楽しい面でも難しい面でもありますね」(K.Kさん)

キッチンパネルや壁や床などブルーで統一されたキッチン(写真撮影/片山貴博)

キッチンパネルや壁や床などブルーで統一されたキッチン(写真撮影/片山貴博)

DIYする箇所はオーナーに事前に確認が必要ですが、原状回復の義務はなく、管理費もありません。エアコンなどの備え付けの設備の故障についてはオーナーへ修繕を依頼できます。

玄関の下駄箱の上の壁に板を貼り付けた。フック等を取り付ける予定とのこと(写真撮影/片山貴博)

玄関の下駄箱の上の壁に板を貼り付けた。フック等を取り付ける予定とのこと(写真撮影/片山貴博)

縁側の床は、入居後に白いペンキで塗り直してメンテナンス(写真撮影/片山貴博)

縁側の床は、入居後に白いペンキで塗り直してメンテナンス(写真撮影/片山貴博)

「どこに何を置こうか、どう手を加えていこうか、ふたりで想像をふくらませてワクワクしています。完成するまでに長い年月が必要ですが、ブラッシュアップできるのが楽しみです。きっと終わりはない気がします」(C.Kさん)

先日は、グリーンの更紗模様の壁紙に合わせて、エスニック柄のカーテンをつけました。内装を手掛けた夏水組の実店舗「Decor Interior Tokyo」では、照明や鏡、モロッコタイルに合わせたマスキングテープを購入し、アクリルBOXに貼り小物入れに。
「Decor Interior Tokyo」では、DIYグッズや壁紙、床材などの内装建材のサンプルを取りそろえ、部屋づくりをサポート。リベストで入居した人には、買い物の割引サービスも。二人は入居後、何度も訪れ、インテリアやDIYの相談をしています。

セルフリノベで必要なスキル、注意すべき点とは

セルフリノベをする際、気をつけなければいけないところを坂田さんにたずねました。

「自分でやれるところとプロに任せた方がよいところを理解するのが大切です。水まわりは、水漏れが起きると階下に迷惑がかかり、トラブルになってしまいます。電気については、漏電や感電の心配があり、専門の資格を持っていないとほとんどの施工ができません。キッチンのガスコンロの近くにスノコで収納をつくるなど防火上問題のあるDIYをしている例もSNSなどで見受けられます」

特に注意が必要なのは、建築基準法で火災の拡大や煙の発生を遅らせるために規制されている内装制限についてです。内装制限のある場合、床や壁に燃えにくい内装仕上げ材を使うなどの決まりがあります。

そのほか、貸主や管理会社の申請と承諾を得て行うことやほかの住民へ迷惑となるDIYはしないなど、オーナーと入居者、管理会社が事前に書面で確認をとるなど共通認識を持つのが大切です。

夏水組では、賃貸でDIYするときの注意点や防火法、内装制限について理解を深めてもらおうと、DIY型賃貸借のスタートブックを作成し、インターネットで公開。ブックには、全国各地のDIYショップマップもついています。

DIY型賃貸借のスタートブック。理解が難しい内装制限についても詳しく解説されている(画像提供/夏水組)

DIY型賃貸借のスタートブック。理解が難しい内装制限についても詳しく解説されている(画像提供/夏水組)

裏面には、さまざまなサービスでDIYをサポートしてくれる全国のショップがずらり。店舗情報は発行時のもの(画像提供/夏水組)

裏面には、さまざまなサービスでDIYをサポートしてくれる全国のショップがずらり。店舗情報は発行時のもの(画像提供/夏水組)

さまざまなDIYグッズやインテリア資材が並ぶDecor Interior Tokyoの店内(画像提供/夏水組)

さまざまなDIYグッズやインテリア資材が並ぶDecor Interior Tokyoの店内(画像提供/夏水組)

店内各所で実際に施工をした床や壁を見ることができるので、内装のイメージが分かりやすい(画像提供/夏水組)

店内各所で実際に施工をした床や壁を見ることができるので、内装のイメージが分かりやすい(画像提供/夏水組)

店内奥には打ち合わせ室兼ワークショップができるスペースがある。コーディネーターやDIYに詳しいスタッフが常駐しているので、サンプルを見ながら、気軽に相談ができる(画像提供/夏水組)

店内奥には打ち合わせ室兼ワークショップができるスペースがある。コーディネーターやDIYに詳しいスタッフが常駐しているので、サンプルを見ながら、気軽に相談ができる(画像提供/夏水組)

「輸入資材を豊富にそろえる店や工務店が運営している店など、今はさまざまなショップがあります。DIYを一度やってみると、床の張替え、ペンキの塗り替えと次々にやりたいことが増えていくときに頼りになるのがこうしたショップです。オーナーと借主との間に入ったり、施工の相談に乗ったり、日本のDIYを支える存在になってきています。賃貸だからと諦めず、洋服を選ぶように、自分らしい家をつくってほしいですね」

DIY・セルフリノベで、時間が経つほど暮らしやすく、愛着が増す住まい。インテリアショップやプロの力をうまく借りながら、自分らしい暮らしを自分でつくり上げる文化が日本でも根付き始めています。

●取材協力
・夏水組
・Decor Interior Tokyo
・株式会社リベスト

賃貸物件を「借りられない」。障がい者や高齢者、コロナ禍の失業など住宅弱者への居住支援ニーズ高まる

コロナの影響で失業して住まいを追われる人、引越しをしようにも賃貸住宅を借りられない人が増えていると言います。また、障がいや高齢など、さまざまな理由から住宅の確保が難しい人が年々増え、いわゆる『住宅弱者』が社会問題になっています。

例えば、家を借りたくても連帯保証人がたてられない場合や、家賃が払えずに滞納してしまった場合など、連帯保証人の代わりや立て替え払いなどのサービスを提供する組織として「家賃保証会社」があります。また、各都道府県では、国が定める「居住支援法人制度」に沿って冒頭の“住宅弱者”といわれる人たちを支援する団体を「居住支援法人」に指定。各法人の得意な分野で居住支援活動を行っており、家賃保証をはじめ、賃貸物件を借りるうえで困りごとを抱えている人と、家賃滞納のリスクを避けたいオーナーさんの双方をサポートし、「安心」を提供することで、居住支援を行う法人があります。

この家賃保証会社と居住支援法人の両方の顔を持ち、千葉県を拠点に活動している会社が船橋市にある株式会社あんどです。あんどの共同代表である西澤希和子さんと友野剛行さん、そして現在、あんどの提供する「居住支援付き住宅」に入居しているまっちゃんさん(仮名)にお話を聞きました。

月1回の訪問が「うれしい」。住まいの提供にとどまらない居住支援

千葉県内の駅から徒歩8分ほど、築35年のマンションの2階にまっちゃんさんは住んでいます。もともと軽度の精神障がいを抱えながら、会社員として勤めていました。ところが、父親が亡くなってから家庭内のDVトラブルが勃発。3年ほど前にあんどに相談し、「トラブル解決にはまず家族との別居が必要」との判断から、転居を決意。いくつかの物件見学を行い、あんどの居住支援付き住宅に住むようになりました。

まっちゃんさんの部屋はワンルームタイプ。3年以上住んでいるとは思えないほど、綺麗でこざっぱりとした明るい住まい(撮影/片山貴博)

まっちゃんさんの部屋はワンルームタイプ。3年以上住んでいるとは思えないほど、綺麗でこざっぱりとした明るい住まい(撮影/片山貴博)

「これまでのトラブルをふまえ、家族には、当日まで引越すことを知られないようにして入居しました。しばらくは家族と離れたことによる安心と不安とが入り混じった状態。あんどの相談員さんに『まずは自分のことを優先した方がいい』とアドバイスをもらい、毎日の生活を整えることに集中したことで最近はようやく落ち着いて過ごすことができています」(まっちゃんさん)

あんどの相談員は月に1回の訪問。まっちゃんさんは「来てもらえるのがうれしいから、ついいろいろな話をしてしまう」と言います。部屋の隅には「緊急」と「相談」の大きなボタンのあるインターホンのようなものを発見。これは「HOME ALSOKみまもりサポート」の機器で、緊急時のガードマンの出動依頼ボタンのほかに、いつでも相談できるヘルスケアセンターにも繋がるそう。さらに、面談の上あんどの福祉担当者(相談支援専門員資格保有者)が必要と判断した顧客には、より手厚い見守り機器プランを提案します。そのプランでは、トイレのドアにセンサーをつけ、一定期間ドアが開閉されなければホームセキュリティ会社(ALSOK)のスタッフが異常事態と判断し、駆けつける仕組みになっているのです。

まっちゃんさんの部屋の隅に取り付けている「HOME ALSOKみまもりサポート」の機器(撮影/片山貴博)

まっちゃんさんの部屋の隅に取り付けている「HOME ALSOKみまもりサポート」の機器(撮影/片山貴博)

「入居者さんの安心」と「オーナーさんの安心」の両方を守る

これらの見守りサービスが付いていることで「入居者さんの安心はもちろん、オーナーさんの安心も守られる」と西澤さんは言います。

「近年、ここ1年はコロナ禍の影響も重なって『借りられない人』が増えています。家賃の滞納や孤独死などのトラブルを回避するために、オーナーさんが家賃保証会社との契約を必須にしている物件が多いのです。借りたいと思って入居の申し込みをしても審査に通らない。私たちはそのような人に対して、家賃保証とセットで見守りなどのサービスを提供しています。このサービスがあることで、オーナーさんにも安心して貸していただけるのです」(西澤さん)

このように賃貸物件を借りづらい人のことを、国の制度などでは一言で「住宅確保要配慮者」と表現しますが、借りられない理由はさまざまです。障がいがあることや高齢であることが背景にあれば、それぞれの状況に応じて生活上のサポートが必要になることもあるでしょう。

「私たちは家賃保証や見守りとともに、身元保証などの引き受けや、場合によっては入居する方のお金の管理をお手伝いすることもあります。パルシステム生活協同組合連合会さんと連携し、食材の配達時に安否確認をしてもらったり、さらに今年の5月からは万一の孤独死などの際にオーナーさんが抱える家賃損失や残置物の撤去、原状回復などのリスクに対応する保険を提供します」(友野さん)

パルシステムの利用料金は家賃と一緒にあんどから引き落とし。週1回の配達時に配達員が安否確認を行う(画像/PIXTA)

パルシステムの利用料金は家賃と一緒にあんどから引き落とし。週1回の配達時に配達員が安否確認を行う(画像/PIXTA)

「家賃保証」から始まったあんどの取り組み

このように、貸す人・借りる人両方の安心のために、サービスを提供しているあんどですが、会社の設立には共同代表である西澤さんと友野さんのバックグラウンドが大きく関係しています。

「私は不動産会社を経営しており、認知症を抱える人のためのグループホームなどを運営してきました。そのなかで、意思決定に困難を抱えて入居する方の権利擁護のために『後見』が必要であることを感じたんです。地域後見推進プロジェクトの市民後見人講座を受講した後、講師として活動。家賃保証がネックで借りられない人が増えていることを年々感じて各所に相談していた時に、友野と出会いました」(西澤さん)

西澤さんはあんどのほか、不動産会社の役員や全国住宅産業協会の後見人制度不動産部会としても活動している(撮影/片山貴博)

西澤さんはあんどのほか、不動産会社の役員や全国住宅産業協会の後見人制度不動産部会としても活動している(撮影/片山貴博)

友野さんは20数年前から福祉の仕事に携わり、知的障がいや精神障がいを抱えているにも関わらず社会福祉法人の施設に入れない人、退去を余儀なくされてしまう人を無認可施設で支える活動をしてきました。

友野さんはふくしねっと工房の代表として、障がいのある人の自立・就労支援を行ってきた(撮影/片山貴博)

友野さんはふくしねっと工房の代表として、障がいのある人の自立・就労支援を行ってきた(撮影/片山貴博)

「本を何冊か出版した後、全国から相談を受けるようになり、施設の数を増やしても追いつかない状況にありました。そしていつの間にか、自分よりも若いお母さんに『この子のことをよろしくお願いします』と言われていることに気がついたんです。このままだと年長の自分の方が先に老いて死んでしまう、できるだけ『自立できる人』を増やさないと先がないぞ、と感じていた時に、西澤から住宅の確保が困難な人たちが住まいを借りられるよう、家賃保証会社をやらないかと誘われました」(友野さん)

友野さんが代表を務める別会社の障がい者のための就労支援施設(写真提供/ふくしねっと工房)

友野さんが代表を務める別会社の障がい者のための就労支援施設(写真提供/ふくしねっと工房)

全国の居住支援法人や、さまざまな企業との連携がカギ

不動産と福祉という、西澤さんと友野さんの専門分野を活かして連携することで、住宅確保要配慮者向けの家賃債務保証という全国初のあんどのサービスは生まれました。創業後、あんどは千葉県の指定する「居住支援法人」にもなりました。これは、住宅セーフティネット法に基づいて、住宅確保に配慮を要する人たちの支援を行う法人として各都道府県が指定するものです。

居住支援法人制度の概要(資料/国土交通省)

居住支援法人制度の概要(資料/国土交通省)

居住支援法人として、また家賃保証会社としてさまざまな相談を受けるなかで、必要なサービスを付帯する住宅を提供することにしました。それが先に紹介した居住支援付き住宅です。ALSOK千葉と提携した「みまもりサポート」、パルシステム生活協同組合連合会と「安否確認付きの食材配達」、東京海上日動火災保険(株)とはオーナーさんのリスクを回避する保険の提供。実験的な導入として、ソフトバンクロボティクス(株)と感情認識ヒューマノイドロボット「Pepper(ペッパー)」を使った見守りやコミュニケーションの共同研究にも携わっています。

居住支援付き住宅は、オーナーをはじめ、提携団体や企業、ケアマネジャーなど、多くの人の連携によって運営されている(資料/あんど)

居住支援付き住宅は、オーナーをはじめ、提携団体や企業、ケアマネジャーなど、多くの人の連携によって運営されている(資料/あんど)

さらに、西澤さんは全国居住支援法人協議会の研修委員会の委員長として、全国の居住支援法人同士をつなげる活動を行いながら、弁護士や司法書士・行政書士などの士業の人々や東京大学との共同研究にも着手し、一般社団法人全国住宅産業協会にて後見制度不動産部会委員長として不動産後見アドバイザー資格制度の普及に努めています。多くの団体・専門家と連携することで、入居者さん・オーナーさんが現場で本当に必要なサービスを提供し、自社の収益にも繋げて継続できる仕組みを整えてきたのです。

西澤さん(右)が市民後見人養成講座の講師も務めていることで、多くの専門家や団体とのネットワークが構築されている(写真提供/地域後見推進プロジェクト)

西澤さん(右)が市民後見人養成講座の講師も務めていることで、多くの専門家や団体とのネットワークが構築されている(写真提供/地域後見推進プロジェクト)

現在、あんどの活動は全国に広がり、岡山県などにも居住支援付き住宅があるそう。
冒頭で紹介したまっちゃんさんは「コロナが落ち着いたら、亡くなった父との思い出の場所に旅行したい」「いまは簿記2級を取得するために勉強中」だとこれからの希望を語ります。筆者も今回の取材を経て、多くの人が安心して借りる・貸すを実現できるよう、あんどのような取り組みが広がることを改めて強く願いました。

●取材協力
・あんど
・ふくしねっと工房
・地域後見推進プロジェクト

「SUUMO住みたい街ランキング2021 関西版」TOP30の家賃相場は?

リクルートでは3月17日、関西(大阪府・京都府・兵庫県・滋賀県・奈良県・和歌山県)に居住している人を対象に実施した「SUUMO住みたい街ランキング2021 関西版」を発表した。総合1位になったのは、4年連続で西宮北口駅。また2位から4位までのランキングも、4年連続同じ顔ぶれになった。今回は、このランキングTOP30のうち、上位10位の街をいくつかピックアップして深掘り。根強い人気の理由を探ってみる。
「SUUMO住みたい街ランキング2021 関西版」TOP30の駅の家賃相場

順位/駅名/家賃相場(代表的な路線名/駅の所在地)
1位 西宮北口6.00万円(阪急神戸線/兵庫県西宮市)
2位 梅田 7.55万円(地下鉄御堂筋線/大阪府大阪市北区)
3位 神戸三宮7.15万円(阪急神戸線/神戸市中央区)
4位 なんば 6.95万円(地下鉄御堂筋線/大阪府大阪市中央区)
5位 天王寺 6.70万円(大阪府御堂筋線/大阪府大阪市天王寺区・阿倍野区)
6位 夙川 5.70万円(阪急神戸線/兵庫県西宮市)
7位 千里中央5.80万円(北大阪急行/大阪府豊中市)
8位 岡本 5.60万円(阪急神戸線/兵庫県神戸市東灘区)
9位 京都 6.30万円(JR東海道線/京都市下京区)
10位 江坂 7.25万円(地下鉄御堂筋線/大阪府吹田市)
11位 草津 5.70万円 (JR東海道本線/滋賀県草津市)
12位 宝塚 6.20万円 (阪急宝塚線/兵庫県宝塚市)
13位 芦屋川 6.30万円(阪急神戸線/兵庫県芦屋市)
14位 大阪 7.45万円(JR大阪環状線/大阪府大阪市北区)
15位 京都河原町 6.50万円(阪急京都線/京都府京都市下京区)
16位 桂 5.35万円(阪急京都線/京都府京都市西京区)
17位 嵐山 4.05万円(阪急嵐山線/京都府京都市右京区)
18位 御影 5.50万円(阪急神戸線/兵庫県神戸市東灘区)
19位 新大阪 6.78万円(地下鉄御堂筋線/大阪府大阪市淀川区)
20位 高槻 6.10万円(JR東海道本線/大阪府高槻市)
21位 神戸 6.60万円(JR東海道本線/兵庫県神戸市中央区)
22位 本町 7.60万円(大阪メトロ御堂筋線/大阪府大阪市中央区)
23位 高槻市 6.00万円(阪急京都線/大阪府高槻市)
24位 烏丸御池 6.40万円(地下鉄烏丸線/京都府京都市中京区)
25位 烏丸 6.50万円(阪急京都線/京都府京都市下京区)
26位 姫路 6.00万円(JR山陽本線/兵庫県姫路市)
27位 明石 5.55万円(JR山陽本線/兵庫県明石市)
28位 南草津 5.50万円(JR東海道本線/滋賀県草津市)
29位 心斎橋 7.30万円(地下鉄御堂筋線/大阪府大阪市中央区)
30位 豊中 5.20万円(阪急宝塚線/大阪府豊中市)
30位 西宮 6.10万円(JR東海道本線/兵庫県西宮市)

利便性抜群の西宮北口、家賃のお手ごろさも魅力のひとつ西宮北口駅周辺の風景(写真/PIXTA)

西宮北口駅周辺の風景(写真/PIXTA)

総合1位は西宮北口駅。総合1位は4年連続で、「シングル女性」と「夫婦のみの世帯」「夫婦+子ども世帯」のライフステージ別のランキングでも首位になり、安定の人気ぶりだった。

関西の最大ターミナルである梅田へのアクセスへの良さに加え、最寄りである阪急電鉄は住宅開発とともに発展してきたという歴史的背景もあり、沿線は住環境の整備が進んでいる。西宮北口駅は、阪神大震災後の再開発のほか、阪急西宮スタジアム跡地を活用した「阪急西宮ガーデンズ」などの大規模商業施設が充実。阪急沿線ならではの阪急百貨店のほか、学生や若い世代から目の肥えた年配の方まで満足できるおしゃれなお店も多い。

一方で今年は「穴場だと思う街(駅)ランキング」でも、西宮北口駅は3位に。昨年の6位、一昨日の5位から順位を上げている。西宮北口の家賃相場は、6.00万円。交通や生活利便性の高さに対し家賃や物件価格、さらには買い物や飲食などの日常生活に関わる物価も含めてコストパフォーマンスのいい街であるとの認識が強くなっていることがうかがえる。

また、阪神大震災の記憶が残るこの近辺の住民の中では今も、家を選ぶとき、高層階では非常時に水を運ぶことができるのかなど、災害時のことを考慮する人も多い。西宮北口は従来、子育て環境のよさがその人気の大きな要因だったが、新型コロナウイルスの影響を受けた今年のランキングでは、こうした非常時にも、遠出をしたりせずとも近場で必要な用事をすませることができる便利さが、大きく評価されたようにも思われる。

夙川駅(写真/PIXTA)

夙川駅(写真/PIXTA)

夙川駅は、2年連続の6位。夙川駅は、テレワーク実施者によるランキングでは3位に入っている。

1位の西宮北口駅とともに所在地である兵庫県西宮市は、「住みたい自治体」ランキングで3年連続1位。夙川と西宮北口は隣駅で、特急の停車駅だ。梅田方面にも神戸方面にもアクセスがよく、商業施設やおしゃれな飲食店も充実しているが、「日本桜名所100選」にも選ばれている夙川河川敷の桜並木の存在もあり、緑の豊かな印象も受ける。交通や生活利便性の高さと“都会”すぎない環境を両立できることは、ともすれば気持ちがふさぐこともあるテレワーク勤務のうるおいにもなってくれるだろう。

江坂駅(写真/PIXTA)

江坂駅(写真/PIXTA)

10位の江坂駅は、大阪の大動脈である大阪メトロ御堂筋線沿線で、2位の梅田駅には約11分とすぐ。駅の周りはにぎやかな繁華街で、飲食店もかなり充実しており、遅い時間に帰る人にも便利なことから、大阪に転勤してきたビジネスパーソンなら、周囲から家探しの場所として真っ先におすすめされたという人も多い。

穏やかな気候で暮らしやすい草津、今後の開発も期待の高槻草津駅前(写真/PIXTA)

草津駅前(写真/PIXTA)

11位の草津駅は、滋賀県民が選ぶ住みたい街(駅)ランキングではトップ。穴場だと思う街ランキングでも、昨年の11位から大きく浮上し2位になっている。

新快速の停車駅で、大阪駅まで1時間以内、京都駅まで30分以内で直通している。所在地である草津市の玄関口で、商業施設などの充実ぶりが滋賀県のなかでは屈指の繁華街だ。東海道新幹線を利用する人なら、冬になると滋賀県は米原あたりの降雪で新幹線が停車したといったことを耳にすることが多いが、草津市は県南部に位置するため、雪は比較的少なく。一方で夏は涼しく、穏やかな気候で知られている。暮らしやすさは間違いないだろう。

高槻駅前(写真/PIXTA)

高槻駅前(写真/PIXTA)

20位の高槻駅は、大阪駅と京都駅までともに約15分と、交通アクセスは抜群だ。23位の高槻市駅とは、駅間距離が約700mで、間に暮らせば実質、JRと阪急の2路線が利用できる。

駅周辺は百貨店など商業施設が充実するほか、高槻市までの間にはアーケードの商店街「高槻センター街」もあり、生活利便性も高い。また、駅前にある関西大学 高槻ミューズキャンパスの中には児童図書館があるほか、2019年に開業した弥生時代の遺跡を活かした「安満遺跡公園」など公園の数も多く、親子が安心して遊べるスポットにも事欠かない。

現在、JR京都線(東海道本線)高槻駅と隣の島本駅の間で新駅の開発が検討されている。それとともに周辺エリアの市街地整備も計画されているほか、2023年度に全線開通予定の新名神高速道路のインターチェンジに付随する道路などの事業化などが予定されており、今後さらに交通や生活の利便性向上が見込まれている。どのように発展していくのか楽しみな街だ。

コロナ禍で生活に否応無しに大きな変化がもたらされることになったが、変化の中で得たこれまでにない観点から、住んでいる街や住みたい場所の新たな魅力が発見されることもある。部屋探しの際に、自分が何を重視するか。それを改めて見極めることが、長く満足して住める部屋が見つかることにつながるのかもしれない。

●調査概要
【調査対象駅】「SUUMO住みたい街ランキング 関西2021」TOP30の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2020/12~2021/2
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している

銭湯がつないだ地域の絆を受け継いで。名物賃貸「パルコカーサ」の子育てコミュニティ

万人に受け入れられることが優先される賃貸住宅でも、あえて他と一線を画す個性や付加価値のある物件が増えてきました。その一つが東京・足立区の「PARCO CASA(パルコカーサ)」。その特色はコミュニティにあります。オーナーが「地域共同体としての賃貸住宅」という考え方のもと、入居者同士の交流、地域活動への参加などを打ち出し、人気物件となりました。2015年2月に完成してから約6年が経った今、あらためてその魅力を探りました。
〈50年以上続いた銭湯跡地に立つ6棟の賃貸住宅〉

「PARCO CASA」は、日暮里舎人ライナーの江北(こうほく)駅から徒歩10分、東武鉄道大師線大師前駅からは徒歩8分という静かな住宅地にあります。
もともとここは、大家さんの田口さん三兄弟(昌宏さん、順功さん、宗孝さん)の祖父が1965年(昭和40年)に開業、50年以上にわたって地域に親しまれてきた銭湯「たちばな湯」があった場所。祖父の後を父が引き継いで続けてきましたが、時代とともに銭湯の利用者も減り、父も高齢になったことから、銭湯を廃業し、跡地に賃貸住宅を建てることにしました。

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

長男の田口昌宏さんは「賃貸住宅をつくるなら、周辺に新しい物件ができても負けない魅力のあるものにし、安定的に長期経営したいと考えました。それには差別化が必要です。そこに地域コミュニティが活性化してほしいという気持がつながりました」と振り返ります。
 
古来、銭湯は地域の人々の交流の場という機能を果たしていました。そうした環境の中で、田口さん兄弟は幼いころから、銭湯の常連客など地域の人々と関わりながら成長し、その良さを実感していました。一方で近年、どの都市でも人間関係は希薄化し、地域の行事や活動に参加する住民も減っています。そこで田口さんたちは、賃貸住宅が一つのコミュニティであると同時に、入居者一人ひとりが地域コミュニティの一員という姿をめざしたのです。

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

田口さん兄弟は三人ともサラリーマンで、賃貸住宅経営の経験がなく、立ち上げ段階からハウスメーカーと賃貸管理会社の協力を仰ぎました。賃貸管理会社のハウスメイトパートナーズ(東東京支店)の支店長 伊部尚子さん(現・ハウスメイトマネジメント ソリューション事業本部 課長)は「新築物件は時間の経過とともに価値が下がるもの。そうならないことをめざしたコミュニティ重視型の賃貸住宅が、わずかながら出始めたころ、田口さんに出会いました。そして、この大家さんとならそうした賃貸が可能だと感じたのです」と語ります。
こうして2015年、敷地に6棟からなる賃貸住宅「PARCO CASA」が完成しました。

オーナーの田口昌宏さん(左)は町会の〇〇役も務める。ハウスメイトマネジメントの伊部尚子さん(右)は、“コミュニティ賃貸”の名付け親でもある。お二人の協力がPARCO CASAに結実した(写真撮影/内海明啓)

オーナーの田口昌宏さん(左)は町会の〇〇役も務める。ハウスメイトマネジメントの伊部尚子さん(右)は、“コミュニティ賃貸”の名付け親でもある。お二人の協力がPARCO CASAに結実した(写真撮影/内海明啓)

〈大家さんがきっかけをつくり、入居者に意識が生まれる〉

PARCO CASAは、基本的に子育て世帯を対象にしています。審査にあたっては、町会に参加し、地域社会との関係づくりに前向きであることが条件。実際、子どもや地域活動に関心がないという入居希望者を断ったケースもあるそうです。

(写真撮影/内海明啓)

(写真撮影/内海明啓)

田口さんは、入居者同士の親交を深めるため、バーベキュー(春、秋の年2回開催)、子ども向けのビニールプール設置(夏)などを行っています。「入居者主導でないとコミュニティの活動は継続しないと思います。大家としてまずは、それを促すきっかけづくりに力を入れました」

田口さんの考え方は、町会費の集金の方法にも表れています。「PARCO CASAが完成してすぐ、入居者の皆さんの親睦を深めるためにバーベキューを開催しました。入居者の中には積極的にリーダーシップをとってくださる方がいます。その方に町会の集金を依頼し、以後、入居者が持ち回りで班長を務め、手渡しで集金してくださるようにお願いしました」(田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/ハウスメイト)

(写真提供/ハウスメイト)

一般的に町会費は家賃(共益費)に含めますが、あえて家賃とは別に支払ってもらい、しかも手渡しという形を取ったのは、コミュニティへの当事者意識を持ってもらうねらいがあります。このやりかたは今も続いています。
町会費は月500円、一般的な町会費よりも高めです。それでも地域に参加し、また見守られていることに入居者は満足しています。

こうした試みが奏功し、PARCO CASAは入居者が長く住み続ける人気物件となりました。
「なかなか部屋が空かないうえ、空いてもすぐ次の方が決まるため、仲介店にいるのに内部を見る機会のない社員も多いほどです」と仲介のハウスメイトショップ北千住店店長の牟田優作さんは言います
また、管理面でも利点は多く、「滞納やクレームがなく、管理の楽な物件です。入居者様にとってはオーナー様(大家さん)の顔が見え、普段からコミュニケーションが取れているため、相談しやすいようです」と同社東東京支店 管理担当・田中雄二さんも続けます。

PARCO CASAに隣接するたちばな公園。夏祭りや餅つき大会に利用されるなど、地域の共有スペースになっている(写真撮影/内海明啓)

PARCO CASAに隣接するたちばな公園。夏祭りや餅つき大会に利用されるなど、地域の共有スペースになっている(写真撮影/内海明啓)

(写真提供/田口さん)

(写真提供/田口さん)

〈住んで初めてコミュニティを意識する〉

現在の入居者の方々はどのように感じているのでしょうか。
竣工間もない2015年5月に入居したKさんは4歳の娘さん、1歳の息子さんを持つ4人家族。「私も夫も都内の実家暮らしで、新居を持つとき、通勤のしやすさを考えて探しました。家賃も都内の他の地域より安いし、デザインにも引かれて直感的に決めました」(妻のM.Kさん)。
それまでコミュニティを意識することはなく、「面倒なのではないか」という思いも正直あったそうです。「しかし住んでみると、町会の方々が先導して地域の人々をつなげてくれる環境があり、ありがたいと感じましたね。オーナーの田口さんがバーベキュー、夏祭り、餅つき大会などを通じ、親子で地域に関われるようにしてくださったことにも、安心しました。お子さんのいる家族が近所にいるのでつながりは自然にできていきました」
以前住んでいて転居した人が、故郷を訪ねるかのように、バーベキューのときに来るといったこともあり、「自分が将来どこに住むにしても、ここが出発点と言える喜びがあります」(M.Kさん)

敷地内で遊ぶ娘さんとM.Kさん。公園が隣接していること、スーパーの近さも魅力だったと語る (写真撮影/内海明啓)

敷地内で遊ぶ娘さんとM.Kさん。公園が隣接していること、スーパーの近さも魅力だったと語る (写真撮影/内海明啓)

一方、最初から地域コミュニティとのつながりを知って、2018年7月に入居したのがCさんご一家。5歳の娘さんがいるほか、この4月に第二子の誕生予定です。夫は茨城、妻が群馬の出身。2011年に結婚してすぐ住んだのはPARCO CASAにほど近い1LDKのマンションでしたが、お子さんが成長するにつれ手狭になり、物件を探しました。
「子どもを育てる中で、地域やコミュニティへの意識が強まりました。自分も子どものころは地域の人々にかわいがってもらい、成長できたという思いがあり、自分の子どもたちにもそういう環境を与えたいと思いました。そこでネットで物件を探し、PARCO CASAを知りました。最初は空きがなく、諦めかけましたが、ちょうど空きが出たので翌日に申し込み、運良く入居できました」(夫のS.Cさん)

それまでごく近い場所に住んでいたにも関わらず、町会も、地域の祭もよく知らずに暮らしていたそうです。「若いころはコミュニティを意識できませんが、子どもを持ったことでそれが大きく変わりました。バーベキューやプールなどは子どもがすごく喜ぶだけでなく、親としては、いろいろな方が子どもの相手をしてくれることがうれしいですね」

Cさんのご家族。4月には家族が一人増える。夫のS.Cさんはリモートワークが増えたため、メゾネット形式を活かし、1階の一角を仕事スペースとし、家族との生活は主に2階にしている(写真撮影/内海明啓)

Cさんのご家族。4月には家族が一人増える。夫のS.Cさんはリモートワークが増えたため、メゾネット形式を活かし、1階の一角を仕事スペースとし、家族との生活は主に2階にしている(写真撮影/内海明啓)

夫婦二人とも地元(西新井)出身で、2020年の4月から入居しているのがSさんご夫妻。この4月に長男誕生の予定です。二人は結婚前から一緒に住む家を探していたのですが、縁あってPARCO CASAに入居でき、2020年9月に結婚しました。
「幼いころから町内の行事などにも参加していたので、町会の方々とも知り合いで、そのまま自然に溶けこんだ感じです」(妻のE.Sさん)。「私の場合は地域と深く関わってきたわけではないのですが、これから子どもを持つ身としては、周囲に見守ってもらえる安心感があります」(夫のH.Sさん)

2020年に入居したばかりのSさんご夫妻。4月に長男誕生の予定だ。地元出身の二人はコロナ禍ということもあり、知人・縁者の多い地域で暮らす安心感を重視した。PARCO CASAのフローリングはすべて無垢材製で、子育てに適した柔らかさと温もりが特色(写真撮影/内海明啓)

2020年に入居したばかりのSさんご夫妻。4月に長男誕生の予定だ。地元出身の二人はコロナ禍ということもあり、知人・縁者の多い地域で暮らす安心感を重視した。PARCO CASAのフローリングはすべて無垢材製で、子育てに適した柔らかさと温もりが特色(写真撮影/内海明啓)

PARCO CASAの1階洋間。E棟を除きメゾネット形式で、1階に洋間2部屋(4.5~6.5畳)が、2階にLDK(12.5畳~13.5畳)がある(写真撮影/内海明啓)

PARCO CASAの1階洋間。E棟を除きメゾネット形式で、1階に洋間2部屋(4.5~6.5畳)が、2階にLDK(12.5畳~13.5畳)がある(写真撮影/内海明啓)

広々とした浴室は、銭湯一家に育った大家さんのこだわり。親子で入浴しやすいように、賃貸住宅には珍しい一坪タイプを採用 (写真撮影/内海明啓)

広々とした浴室は、銭湯一家に育った大家さんのこだわり。親子で入浴しやすいように、賃貸住宅には珍しい一坪タイプを採用 (写真撮影/内海明啓)

〈災害に対し、強さを発揮するコミュニティ〉

新型コロナの影響はPARCO CASAにも及んでいます。入居者から好評のバーベキューはできず、集まること自体ができなくなっています。この夏はビニールプールを貸し出し、交代で利用するようにしましたが、大きなイベントはできないままです。それでも「自粛中も隣近所と会えば挨拶は交わしますし、そばに知り合いがいるのは心強い」(M.Kさん)とのことです。

田口さんは、コロナ禍に限らず、災害対策や防犯にコミュニティが果たす役割の大きさも感じています。信頼できる人間関係があり、人の目が多いことはセキュリティ向上につながります。ハードウェアの点でも、PARCO CASAの敷地内には監視カメラが3台設置され、「今後、災害時用の雨水貯水タンクを設置したい」(田口順功さん)など、拡充を計画しています。
「足立区の取り組みに『ながら見守り』があります。これは日常生活の中で不審な人物や車両がないか気にかけ、子どもや地域の安全を守ろうという活動で、有志が自由に申し込んで参加できるもの。こうした情報も入居者には提供しています」(田口さん)

もともと田口さんは、入居者のコミュニティを醸成するに当たり、「強制はせず、積極的に情報を提供し、自主性に任せる」という姿勢で取り組んできました。このことがコミュニティを、入居者にとって、より自由で、縛りの緩やかな、快適なものにしたと考えられます。
これは田口さんが大手メーカーに長く勤務してきたこととも関係があります。「30年以上、顧客満足を起点に仕事をしてきましたから、賃貸住宅経営にもその視点が活かされたと思います」(田口さん)。
かつての地縁社会の良さを残しつつ、現代の入居者が満足できるコミュニティ。それをつくり上げてきたからこそ、PARCO CASAは愛される物件になったと言えるでしょう。

●取材協力
パルコカーサ
株式会社ハウスメイト

eryの部屋探し~理想の部屋に出会うまで~

新生活がスタートするこの季節。進学や就職で一人暮らしを始める人も多いのでは?でも、初めての一人暮らしは分からないことだらけ……。部屋探しって何から始めるの?どんなふうに進めればいいの?
そんなあなたもこの漫画を読めばなんとな~く部屋探しの流れがつかめる!(はず……!)
26年間の実家暮らしを経て、初めての一人暮らしをしようと考えているイラストレーターのeryさんが実際に部屋探しをした様子を漫画にしてくれました。eryの部屋探し1

eryの部屋探し2

eryの部屋探し3

eryの部屋探し4

eryの部屋探し5
※部屋の内見など実際の部屋探しは2020年2月上旬に行いました

eryery
1994年生まれ。東京在住。イラストレーター・アーティスト。
広告制作会社でグラフィックデザイナーとして3年間勤務の後、独立。
イラストやグラフィックデザインを中心に、トラックメーカーとしても活動中。

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「梅田駅」まで30分以内、家賃相場が安い駅ランキング 2021年版

関西最大の駅といえば、大阪の梅田駅。ビジネスからエンタメまでほとんどの拠点となっているとも言えるほどの巨大ターミナルで、3月17日に発表された「SUUMO住みたい街ランキング2021 関西版」では総合2位にも輝き、生活の場としても親しまれている。今回は、梅田駅まで電車で30分以内で行ける、ワンルーム・1K・1DKを対象にした家賃相場が安い駅ランキングTOP10を分析。それぞれの駅の魅力を紹介する。梅田駅まで30分以内の家賃相場が安い駅TOP10
順位/駅名/家賃相場(代表的な路線名/駅の所在地/所要時間/乗り換え回数)
1位 萱島 3.75万円(京阪本線/寝屋川市/22分/1回)
2位 寝屋川市 3.80万円(京阪本線/寝屋川市/25分/1回)
3位 大和田 3.90万円(京阪本線/門真市/27分/2回)
4位 大日 4.23万円(大阪メトロ谷町線/守口市/24分/0回)
5位 だいどう豊里 4.30万円(大阪メトロ今里筋線/大阪市東淀川区/27分/1回)
5位 香里園 4.30万円(京阪本線/寝屋川市/28分/1回)
5位 上新庄 4.30万円(阪急京都線/大阪市東淀川区/18分/1回)
5位 瑞光四丁目 4.30万円(大阪メトロ今里筋線/大阪市東淀川区/29分/1回)
9位 河内小阪 4.35万円 (近鉄奈良線/東大阪市/27分/1回)
10位 守口 4.50万円(大阪メトロ谷町線/守口市/21分/0回)
10位 相川 4.50万円(阪急京都線/大阪市東淀川区/19分/1回)
10位 津守 4.50万円(南海高野線/大阪市西成区/25分/2回)
10位 平野 4.50万円(JR関西本線/大阪市平野区/30分/0回)

梅田直結はせずとも京阪本線はアクセス便利

ランキング上位に目立ったのは、京阪本線。1~3位までは京阪本線の沿線駅だった。京阪本線は大阪市中央区の淀屋橋から京都市東山をつなぐ路線。梅田駅は複数路線が集まる巨大ターミナル駅だが、京阪本線自体は梅田駅には直通していない。また梅田とならぶ大阪の商業の中心地である「難波」にも直通しておらず、乗り換えが必要なことが安さの理由のひとつかもしれない。

1位は、寝屋川市にある萱島駅。京阪本線の準急の停車駅で、通勤準急は同駅から、大阪市の主要繁華街のひとつである京橋駅まで停車せずに運行する。寝屋川市は大阪府の東北部に位置するベッドタウン。大阪府で初めて小学校高学年と全中学生を対象にした無料の塾「寝屋川スマイル塾」や、新型コロナウイルス下でリモートワークのできない共働き世帯などをサポートする自主登校園制度の実施など、子育てや教育環境対策にも力を入れている。

萱島駅(写真/PIXTA)

萱島駅(写真/PIXTA)

萱島駅付近は下町の雰囲気の残る住宅街。緑も多く、自然豊かな環境でもある。「近畿の駅100選」に選ばれている萱島駅は高架駅だが、ホームの真ん中を推定樹齢700年もの大きなクスノキが貫いているという珍しい駅として知られている。このクスノキは、駅の下にある萱島神社の御神木で、駅の高架化工事の際に伐採される予定であったのが、木を惜しんだ市民による保存運動により残されたもの。駅を利用するたびに、地域の人情が感じられそうだ。

2位の寝屋川市駅は、寝屋川市の中心駅。大型商業施設が数多く、市役所や警察署などの公共施設へ行くのにも便利だ。大阪電気通信大学の寝屋川キャンパスや、大阪府立大学工業高等専門学校への最寄駅であり、摂南大学の寝屋川キャンパスも近いため、ベッドタウンであると同時に学生街でもある。

駅前へ至る道路は現在は道幅が狭く歩道もないが、2024年度末を目標にした都市計画で地下電線など景観に配慮された環境に生まれ変わる予定。今後が楽しみな地域でもある。

4位大日駅は梅田駅まで乗り換え不要

4位の大日駅は守口市にあるが、梅田駅のエリア内にある東梅田駅まで乗り換えの必要がない。大阪メトロ谷町線の始発駅のため、座って通勤や通学できるのは大きな利点だろう。10位の守口駅とは隣駅だが、大日駅は大阪モノレールも利用できるため、出張などで伊丹空港を利用する人にとっても心強い。

大日駅前(写真/PIXTA)

大日駅前(写真/PIXTA)

駅付近にはタワーマンションが目立ち、周辺には大きなスーパーや商業施設が充実。中でもイオンモール大日は、映画館や室内遊園地、行政サービス、家電量販店なども入る大規模なもので、たいていの用事は地元で済ませられそうだ。

5位の香里園駅は、2位の寝屋川市駅の隣駅。寝屋川市駅と同じく、商業施設が多いことが特徴だ。駅前は再開発が進み、歩道やロータリーが整備されている。また関西医科大学香里病院とは、駅から直結している。来年には駅の高架化工事の着手が予定されており、さらに暮らしが快適になりそうだ。

駅周辺はタワーマンションも多い。国際社会で活躍できる日本人を育成していると評価の高い同志社香里中学校・高等学校や香里ヌヴェール学院小学校・中学校・高等学校などがあり、文教地区の顔も持つ。

また、千葉県にある成田山新勝寺の別院である、成田山大阪別院明王院も近い。節分の季節には風物詩である芸能人による豆まきが行われ、関西中から参拝者が集まる。

成田山大阪別院明王院(写真/PIXTA)

成田山大阪別院明王院(写真/PIXTA)

同率5位の上新庄駅は、梅田駅までの所要時間が一番短い阪急京都線の快速、準急、普通の停車駅。大阪メトロ堺筋線と直通しており、大阪の主要ビジネス街である北浜へも乗り換えなしで利用が可能だ。10位の相川駅は隣駅だが、スーパーやコンビニなどは、上新庄の方が豊富な印象を受ける。付近には大阪経済大学や大阪成蹊大学・短期大学などがあるため、学生や単身者には心強い味方となる飲食店も充実している。

梅田駅のある梅田エリアは昨年末、再開発の第二期が着工した。コロナ禍で世の中の空気も停滞したように感じてしまうが、季節は春、そして引越しのシーズンでもある。新しい部屋にはきっと明るい未来が待っている。そう信じて、素敵な部屋が見つかることを期待したい。

●調査概要
【調査対象駅】SUUMOに掲載されている梅田駅まで電車で30分以内の駅(掲載物件が11件以上ある駅に限る)
【調査対象物件】駅徒歩15分以内、10平米以上~40平米未満、ワンルーム・1K・1DKの物件(定期借家を除く)
【データ抽出期間】2020/11~2021/1
【家賃の算出方法】上記期間でSUUMOに掲載された賃貸物件(アパート/マンション)の管理費を含む月額賃料から中央値を算出(3万円~18万円で設定)
【所要時間の算出方法】株式会社駅探の「駅探」サービスを使用し、朝7時30分~9時の検索結果から算出(2020年12月25日時点)。所要時間は該当時間帯で一番早いものを表示(乗換時間を含む)
※記載の分数は、駅内および、駅間の徒歩移動分数を含む
※駅名および沿線名は、SUUMO物件検索サイトで使用する名称を記載している
※ダイヤ改正等により、結果が変動する場合がある
※乗換回数が2回までの駅を掲載

「家賃だけでお店が持てる」! 夢を叶えた3人のユニーク賃貸暮らし

コロナ禍の影響で、副業や、テレワークが普及しつつある昨今、住まいと職場がともにある“職住融合”な暮らしに興味を持つ人も多いのではないでしょうか。今回は、住まいの中にお店も持てる賃貸物件「ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace」(東京都練馬区)でお店を始めた3人にインタビュー。別にも仕事を持ちながら、本業や副業として夢を叶えた、その暮らしぶりを拝見しました。
自分の店を持ちたい! ゆる~く夢を叶えた「はと工房。」 

東京都練馬区の住宅街の一角に建つ「ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace」(以下、欅の音terrace)は、住まいと生業(商い)が一体となった職住融合の住まいです。かつて日本の住まいでよく見られた軒先が店舗、奥が住居という暮らし方を現代版にアップデートし、築38年の鉄骨造2階建てアパートを、2018年、リノベーションして誕生しました。1階は店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」、2階は商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の全13戸。よりお店感が強い1階、不定期で営業する店舗やギャラリーがある2階というとイメージがつかめるかもしれません。

店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」の1階の間取り。軒先が店舗、奥が住居。画像提供/つばめ舎建築設計)

店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」の1階の間取り。軒先が店舗、奥が住居。画像提供/つばめ舎建築設計)

商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の2階の間取り(画像提供/つばめ舎建築設計)

商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の2階の間取り(画像提供/つばめ舎建築設計)

まず1階の「はと工房。」さんを訪れてみました。フェルトでつくったバッジやヘアゴム、雑貨などを販売しているほか、クリームソーダやこどもアイス、コーヒーやホットサンドなどの軽食もあり、子どもも大人もうれしい雑貨屋さんです。近所にあったらぜったいうれしい、こんなお店……。

見るからに楽しそうな店構えの「はと工房。」さん(写真撮影/片山貴博)

見るからに楽しそうな店構えの「はと工房。」さん(写真撮影/片山貴博)

ユーモアたっぷり手芸作品が並んでいます(写真撮影/片山貴博)

ユーモアたっぷり手芸作品が並んでいます(写真撮影/片山貴博)

クリームソーダは300円。めっちゃかわいい(写真撮影/片山貴博)

クリームソーダは300円。めっちゃかわいい(写真撮影/片山貴博)

「もともと手芸をずっとやってきていて作品をイベントやネットで販売をしていたんですが、どうしてもお店がやりたくて。でも、お店を持つのはお金も手間もかかる。それに私はとても面倒くさがり屋だから、出勤したくなくなると思っていたんです。そんなときに、店舗+住居というものがあると知ったんです。これなら家だから面倒くさくならないし!かかるのは家賃だけだし!と思ってはじめました。賃貸だから、成り立たなかったら引越せばいい!って。最初は自分の好きな街から動きたくなかったんですが、いざ引越してきたら『まあ楽しい!!!』と思いながら生活しています」と、はと工房。店主(30代女性)は話します。

お店のディスプレイも手づくり(写真撮影/片山貴博)

お店のディスプレイも手づくり(写真撮影/片山貴博)

店内の天井にはカラーボールが250個も吊るしてあります(写真撮影/片山貴博)

店内の天井にはカラーボールが250個も吊るしてあります(写真撮影/片山貴博)

長年の夢である「お店」を叶えた店主(写真撮影/片山貴博)

長年の夢である「お店」を叶えた店主(写真撮影/片山貴博)

始まる前から「家とお店が別だと出勤したくなくなる」や「成り立たなかったら引越せばいい」などと、考えるあたりがとてもリアルです!! 引越してからの一番の変化は、“ご近所づきあい”だとか。

「東京での一人暮らしだと、ご近所づきあいはほとんどないですよね。ここの欅の音terraceは入居1カ月後のタイミングで入居者が集まる食事会があって、みんなでご飯を食べてすぐになじみました。コロナが流行する前は、共同のシェアスペースでたこ焼きとか、チーズフォンデュとか、焼き肉とか、プロジェクターでライブ映像を観たりといったゆるいパーティーを毎週のようにしている感じです。飲んで帰ってきて、10秒で家に着けるってサイコーじゃないですか。友だちと仲良くなって一緒に暮らしている感じです。一人になりたいときは家にいればいいだけなので、気が楽です」

(写真提供/はと工房。)

(写真提供/はと工房。)

ああ、大人が夢を叶え、のびやかに暮らしているってそれだけで楽しそうでいいですね。人間関係が重くなく心地よいのが、やはり一番なのかもしれません。こうした職住融合の住まい、楽しそうですが、向いていない人はいるのでしょうか。

「仕事と暮らしのオン・オフを入れたいという人は向かないと思います。あと、駄菓子を販売していて思ったのですが、ほとんど利益が出ない(笑)。家賃などはもう一つの別の仕事でまかなっている感じです」といい、二足三足のわらじを履いていることがメリットになっている様子。とにかく無理せず、力まず、やりたい延長上で商いを始めてみる。「はと工房。」さんはそんな暮らしをしているようです。

自分やつくり手のペースで暮らしを彩るものを届けたい「ちゃらっぽこ」

次に訪れたのは2階にある「ちゃらっぽこ」さんです。こちらは日本各地の暮らしの雑貨を集めたお店で、器や染織物などが並んでいます。アート作品もよいですが、日々使うもの、暮らしから生まれた手仕事の品って、本当に心を豊かにしますよね。店舗は2019年に誕生し、現在は不定期で営業中。オープン日は看板が下がっているので、ひと目で分かるようになっています。でも、なぜ今、リアルな店舗なのでしょうか。

2階で「ちょこっとナリワイ」を営む「ちゃらっぽこ」さん。お店にならぶ商品も店主も「素敵」のひとことです(写真撮影/片山貴博)

2階で「ちょこっとナリワイ」を営む「ちゃらっぽこ」さん。お店にならぶ商品も店主も「素敵」のひとことです(写真撮影/片山貴博)

「もともとネットで店舗を構えていて、商品を実物で見たい、話を聞いてみたいという声を多くちょうだいしていました。どこかで実店舗をできたらいいなというときに、ここを知り、自分のペースで営業している感じです。実店舗という固定したくくりではなく、アトリエショップとして、あくまでも自分のペースとつくり手の製作ペースに合わせて営業できることが一番の魅力です」と話します。

「はと工房。」さんも言っていましたが、ここでかかるのは家賃のみです。固定費を最低限に抑えられることで、自分やつくり手のペースで商いができるというのは、大きなメリットといえるでしょう。もう一つ、暮らしの品を扱っていることならではの良さもあるようです。

ひとつずつ表情の異なる手編みのかご(写真撮影/片山貴博)

ひとつずつ表情の異なる手編みのかご(写真撮影/片山貴博)

店主の私物のこけしさんも愛らしい!(写真撮影/片山貴博)

店主の私物のこけしさんも愛らしい!(写真撮影/片山貴博)

「商品は基本的に自分で使ってみて、体感してから販売しています。だから、実際に自分が使用しているものの経年変化や使い方、シチュエーションなど、すぐにお客様の目の前で提案できるのは強みですね。店舗と同じ空間に私物や生活のものを取り入れることで、自分自身が心地よく過ごすことができます」

作家・ツキゾエハルさんのヘリンボーン スープマグは大きめのサイズで、具だくさんスープやたっぷりカフェオレなどを楽しむのにぴったり(写真提供/ちゃらっぽこ)

作家・ツキゾエハルさんのヘリンボーン スープマグは大きめのサイズで、具だくさんスープやたっぷりカフェオレなどを楽しむのにぴったり(写真提供/ちゃらっぽこ)

看板は店主お手製(写真提供/ちゃらっぽこ)

看板は店主お手製(写真提供/ちゃらっぽこ)

確かに店舗とはいえ、お部屋にお邪魔したような心地よさ、マネしたくなるようなセンスのよさ。インテリアとも一体になっているのは、扱っている商品の特性にも合っているのでしょう。また、コロナ禍以前では、全戸が一体となって地元の住民の方に喜んでもらえるようなイベントなどを企画するなど、集客力も高められるのも、魅力として感じていたそう。

一方で、注意点として教えてくれたのは、「はと工房。」さんと同様に、オン・オフの切り替えがつきにくいこと、決めごとや他の住居への配慮が必要となる点でした。集合住宅では、ほどよい温度感を保つための配慮は大なり小なり、必要なもの。ここでは住人同士、顔が見えるからこそ、より大切にしたいと思うのかもしれません。

“住み開き”を実践し、本を届ける「tsugubooks」

最後に訪れたのは、「個人で本をお届けする活動」をしている「tsugubooks」さん。そういえば、以前取材をした「読む団地」の選書にも携わっていらっしゃいました。 現在は新型コロナウイルスの影響もあり、自宅の一部を開ける活動を行っていませんが、もともとカフェや美容院の本棚を間借りし本を販売する「間借り本屋」をしていて、「欅の音terrace」は自宅の一部が、ちいさな本屋さんになっています。

本が並んでいるお部屋が目印ギャラリーのよう(写真撮影/片山貴博)

本が並んでいるお部屋が目印ギャラリーのよう(写真撮影/片山貴博)

背表紙を見ているだけでも楽しいですよね、本って(写真撮影/片山貴博)

背表紙を見ているだけでも楽しいですよね、本って(写真撮影/片山貴博)

今回は、取材で本屋さんにおじゃましましたが、ずらりとならんだ本を見ると、やっぱりいいなって思います。「tsugubooks」さんは「住み開き」を実践したいという思いでここで暮らすことになりました。でも、なぜ住み開きだったのでしょうか。

「社会人として働くようになって、一人暮らしをすると、家と会社との往復で地域とまったく接点を持たないんですよね。これじゃ良くないと思っていたところ、自宅の一部を開放して地域と交流する『住み開き』を知って、実践してみたくて。清澄白河に住んでいたころはオートロックの物件で自宅を地域に開けなかったので、カフェの本棚を借りて『間借り本屋』をしていました。この物件を知って、私が暮らしたかったのはココだ! と引越してくることにしました。住人同士も仲良く、今は漫画の貸し借りが流行っているんですよ(笑)」

同年代の女性が多いということもあり、まるで学校のような伸びやな環境で暮らしているとのこと。個人的には住み開きというと、とても活発な人・アクティブな人という先入観があったのですが、「tsugubooks」さんは、おだやかで、はじめましてですがここにいても良いよ、受け入れるよ、という優しい空気で迎えてくれました。

本棚の反対側の壁はキッチンになっています(写真撮影/片山貴博)

本棚の反対側の壁はキッチンになっています(写真撮影/片山貴博)

お店からは見えないようになっている居住スペース(写真撮影/片山貴博)

お店からは見えないようになっている居住スペース(写真撮影/片山貴博)

「商いと住まいが一体というと、特別な印象はあるかもしれませんが、それらは別々のものではないと思うんです。いいなと思う本を置いてみる。それを“いいね”と受け取ってくれる地域の人たちがいる。そうすると、こんな本も好きかも?とその人たちを思い浮かべて選書する。その繰り返しです。
本屋という商いをしているけど、自分だけなら出合えなかった本や物事を知ることができて、世界が少しずつ広がっている気がします。自身の本棚も住まいも少しずつ変わってきて豊かになっているのを感じます。商いと住まいはつながっているんです」(tsugubooks)さん。

「本も面白いけど、お客さんから聴くその本の感想がもっと面白いんです」tsugubooksさん(写真撮影/片山貴博)

「本も面白いけど、お客さんから聴くその本の感想がもっと面白いんです」tsugubooksさん(写真撮影/片山貴博)

なるほど、お店といっても暮らしと切り離されたものではなく、どちらも“自分”の延長にあると思うと、とても自然な流れなのかもしれません。

今回、ご登場いただいた3人は別にも仕事を持っており、本業、あるいは副業として“生業、商い”を成立させていますが、三者三様、魅力的な暮らし方・生き方をされています。また、本来、生きることと働くことに境目はなかったことを再発見しました。欅の音terraceは、練馬で後続のプロジェクトが予定されています。そこではどんな暮らしが実現して、どんな才能が花開くのか。今から楽しみで仕方がありません。

庭にはたくさんのみかんがなっていて、入居者におすそわけも(写真撮影/片山貴博)

庭にはたくさんのみかんがなっていて、入居者におすそわけも(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace

「家賃だけでお店が持てる」! 夢を叶えた3人のユニーク賃貸暮らし

コロナ禍の影響で、副業や、テレワークが普及しつつある昨今、住まいと職場がともにある“職住融合”な暮らしに興味を持つ人も多いのではないでしょうか。今回は、住まいの中にお店も持てる賃貸物件「ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace」(東京都練馬区)でお店を始めた3人にインタビュー。別にも仕事を持ちながら、本業や副業として夢を叶えた、その暮らしぶりを拝見しました。
自分の店を持ちたい! ゆる~く夢を叶えた「はと工房。」 

東京都練馬区の住宅街の一角に建つ「ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace」(以下、欅の音terrace)は、住まいと生業(商い)が一体となった職住融合の住まいです。かつて日本の住まいでよく見られた軒先が店舗、奥が住居という暮らし方を現代版にアップデートし、築38年の鉄骨造2階建てアパートを、2018年、リノベーションして誕生しました。1階は店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」、2階は商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の全13戸。よりお店感が強い1階、不定期で営業する店舗やギャラリーがある2階というとイメージがつかめるかもしれません。

店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」の1階の間取り。軒先が店舗、奥が住居。画像提供/つばめ舎建築設計)

店舗兼住宅の「しっかりナリワイ」の1階の間取り。軒先が店舗、奥が住居。画像提供/つばめ舎建築設計)

商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の2階の間取り(画像提供/つばめ舎建築設計)

商品を飾れるディスプレイ窓のある「ちょこっとナリワイ」の2階の間取り(画像提供/つばめ舎建築設計)

まず1階の「はと工房。」さんを訪れてみました。フェルトでつくったバッジやヘアゴム、雑貨などを販売しているほか、クリームソーダやこどもアイス、コーヒーやホットサンドなどの軽食もあり、子どもも大人もうれしい雑貨屋さんです。近所にあったらぜったいうれしい、こんなお店……。

見るからに楽しそうな店構えの「はと工房。」さん(写真撮影/片山貴博)

見るからに楽しそうな店構えの「はと工房。」さん(写真撮影/片山貴博)

ユーモアたっぷり手芸作品が並んでいます(写真撮影/片山貴博)

ユーモアたっぷり手芸作品が並んでいます(写真撮影/片山貴博)

クリームソーダは300円。めっちゃかわいい(写真撮影/片山貴博)

クリームソーダは300円。めっちゃかわいい(写真撮影/片山貴博)

「もともと手芸をずっとやってきていて作品をイベントやネットで販売をしていたんですが、どうしてもお店がやりたくて。でも、お店を持つのはお金も手間もかかる。それに私はとても面倒くさがり屋だから、出勤したくなくなると思っていたんです。そんなときに、店舗+住居というものがあると知ったんです。これなら家だから面倒くさくならないし!かかるのは家賃だけだし!と思ってはじめました。賃貸だから、成り立たなかったら引越せばいい!って。最初は自分の好きな街から動きたくなかったんですが、いざ引越してきたら『まあ楽しい!!!』と思いながら生活しています」と、はと工房。店主(30代女性)は話します。

お店のディスプレイも手づくり(写真撮影/片山貴博)

お店のディスプレイも手づくり(写真撮影/片山貴博)

店内の天井にはカラーボールが250個も吊るしてあります(写真撮影/片山貴博)

店内の天井にはカラーボールが250個も吊るしてあります(写真撮影/片山貴博)

長年の夢である「お店」を叶えた店主(写真撮影/片山貴博)

長年の夢である「お店」を叶えた店主(写真撮影/片山貴博)

始まる前から「家とお店が別だと出勤したくなくなる」や「成り立たなかったら引越せばいい」などと、考えるあたりがとてもリアルです!! 引越してからの一番の変化は、“ご近所づきあい”だとか。

「東京での一人暮らしだと、ご近所づきあいはほとんどないですよね。ここの欅の音terraceは入居1カ月後のタイミングで入居者が集まる食事会があって、みんなでご飯を食べてすぐになじみました。コロナが流行する前は、共同のシェアスペースでたこ焼きとか、チーズフォンデュとか、焼き肉とか、プロジェクターでライブ映像を観たりといったゆるいパーティーを毎週のようにしている感じです。飲んで帰ってきて、10秒で家に着けるってサイコーじゃないですか。友だちと仲良くなって一緒に暮らしている感じです。一人になりたいときは家にいればいいだけなので、気が楽です」

(写真提供/はと工房。)

(写真提供/はと工房。)

ああ、大人が夢を叶え、のびやかに暮らしているってそれだけで楽しそうでいいですね。人間関係が重くなく心地よいのが、やはり一番なのかもしれません。こうした職住融合の住まい、楽しそうですが、向いていない人はいるのでしょうか。

「仕事と暮らしのオン・オフを入れたいという人は向かないと思います。あと、駄菓子を販売していて思ったのですが、ほとんど利益が出ない(笑)。家賃などはもう一つの別の仕事でまかなっている感じです」といい、二足三足のわらじを履いていることがメリットになっている様子。とにかく無理せず、力まず、やりたい延長上で商いを始めてみる。「はと工房。」さんはそんな暮らしをしているようです。

自分やつくり手のペースで暮らしを彩るものを届けたい「ちゃらっぽこ」

次に訪れたのは2階にある「ちゃらっぽこ」さんです。こちらは日本各地の暮らしの雑貨を集めたお店で、器や染織物などが並んでいます。アート作品もよいですが、日々使うもの、暮らしから生まれた手仕事の品って、本当に心を豊かにしますよね。店舗は2019年に誕生し、現在は不定期で営業中。オープン日は看板が下がっているので、ひと目で分かるようになっています。でも、なぜ今、リアルな店舗なのでしょうか。

2階で「ちょこっとナリワイ」を営む「ちゃらっぽこ」さん。お店にならぶ商品も店主も「素敵」のひとことです(写真撮影/片山貴博)

2階で「ちょこっとナリワイ」を営む「ちゃらっぽこ」さん。お店にならぶ商品も店主も「素敵」のひとことです(写真撮影/片山貴博)

「もともとネットで店舗を構えていて、商品を実物で見たい、話を聞いてみたいという声を多くちょうだいしていました。どこかで実店舗をできたらいいなというときに、ここを知り、自分のペースで営業している感じです。実店舗という固定したくくりではなく、アトリエショップとして、あくまでも自分のペースとつくり手の製作ペースに合わせて営業できることが一番の魅力です」と話します。

「はと工房。」さんも言っていましたが、ここでかかるのは家賃のみです。固定費を最低限に抑えられることで、自分やつくり手のペースで商いができるというのは、大きなメリットといえるでしょう。もう一つ、暮らしの品を扱っていることならではの良さもあるようです。

ひとつずつ表情の異なる手編みのかご(写真撮影/片山貴博)

ひとつずつ表情の異なる手編みのかご(写真撮影/片山貴博)

店主の私物のこけしさんも愛らしい!(写真撮影/片山貴博)

店主の私物のこけしさんも愛らしい!(写真撮影/片山貴博)

「商品は基本的に自分で使ってみて、体感してから販売しています。だから、実際に自分が使用しているものの経年変化や使い方、シチュエーションなど、すぐにお客様の目の前で提案できるのは強みですね。店舗と同じ空間に私物や生活のものを取り入れることで、自分自身が心地よく過ごすことができます」

作家・ツキゾエハルさんのヘリンボーン スープマグは大きめのサイズで、具だくさんスープやたっぷりカフェオレなどを楽しむのにぴったり(写真提供/ちゃらっぽこ)

作家・ツキゾエハルさんのヘリンボーン スープマグは大きめのサイズで、具だくさんスープやたっぷりカフェオレなどを楽しむのにぴったり(写真提供/ちゃらっぽこ)

看板は店主お手製(写真提供/ちゃらっぽこ)

看板は店主お手製(写真提供/ちゃらっぽこ)

確かに店舗とはいえ、お部屋にお邪魔したような心地よさ、マネしたくなるようなセンスのよさ。インテリアとも一体になっているのは、扱っている商品の特性にも合っているのでしょう。また、コロナ禍以前では、全戸が一体となって地元の住民の方に喜んでもらえるようなイベントなどを企画するなど、集客力も高められるのも、魅力として感じていたそう。

一方で、注意点として教えてくれたのは、「はと工房。」さんと同様に、オン・オフの切り替えがつきにくいこと、決めごとや他の住居への配慮が必要となる点でした。集合住宅では、ほどよい温度感を保つための配慮は大なり小なり、必要なもの。ここでは住人同士、顔が見えるからこそ、より大切にしたいと思うのかもしれません。

“住み開き”を実践し、本を届ける「tsugubooks」

最後に訪れたのは、「個人で本をお届けする活動」をしている「tsugubooks」さん。そういえば、以前取材をした「読む団地」の選書にも携わっていらっしゃいました。 現在は新型コロナウイルスの影響もあり、自宅の一部を開ける活動を行っていませんが、もともとカフェや美容院の本棚を間借りし本を販売する「間借り本屋」をしていて、「欅の音terrace」は自宅の一部が、ちいさな本屋さんになっています。

本が並んでいるお部屋が目印ギャラリーのよう(写真撮影/片山貴博)

本が並んでいるお部屋が目印ギャラリーのよう(写真撮影/片山貴博)

背表紙を見ているだけでも楽しいですよね、本って(写真撮影/片山貴博)

背表紙を見ているだけでも楽しいですよね、本って(写真撮影/片山貴博)

今回は、取材で本屋さんにおじゃましましたが、ずらりとならんだ本を見ると、やっぱりいいなって思います。「tsugubooks」さんは「住み開き」を実践したいという思いでここで暮らすことになりました。でも、なぜ住み開きだったのでしょうか。

「社会人として働くようになって、一人暮らしをすると、家と会社との往復で地域とまったく接点を持たないんですよね。これじゃ良くないと思っていたところ、自宅の一部を開放して地域と交流する『住み開き』を知って、実践してみたくて。清澄白河に住んでいたころはオートロックの物件で自宅を地域に開けなかったので、カフェの本棚を借りて『間借り本屋』をしていました。この物件を知って、私が暮らしたかったのはココだ! と引越してくることにしました。住人同士も仲良く、今は漫画の貸し借りが流行っているんですよ(笑)」

同年代の女性が多いということもあり、まるで学校のような伸びやな環境で暮らしているとのこと。個人的には住み開きというと、とても活発な人・アクティブな人という先入観があったのですが、「tsugubooks」さんは、おだやかで、はじめましてですがここにいても良いよ、受け入れるよ、という優しい空気で迎えてくれました。

本棚の反対側の壁はキッチンになっています(写真撮影/片山貴博)

本棚の反対側の壁はキッチンになっています(写真撮影/片山貴博)

お店からは見えないようになっている居住スペース(写真撮影/片山貴博)

お店からは見えないようになっている居住スペース(写真撮影/片山貴博)

「商いと住まいが一体というと、特別な印象はあるかもしれませんが、それらは別々のものではないと思うんです。いいなと思う本を置いてみる。それを“いいね”と受け取ってくれる地域の人たちがいる。そうすると、こんな本も好きかも?とその人たちを思い浮かべて選書する。その繰り返しです。
本屋という商いをしているけど、自分だけなら出合えなかった本や物事を知ることができて、世界が少しずつ広がっている気がします。自身の本棚も住まいも少しずつ変わってきて豊かになっているのを感じます。商いと住まいはつながっているんです」(tsugubooks)さん。

「本も面白いけど、お客さんから聴くその本の感想がもっと面白いんです」tsugubooksさん(写真撮影/片山貴博)

「本も面白いけど、お客さんから聴くその本の感想がもっと面白いんです」tsugubooksさん(写真撮影/片山貴博)

なるほど、お店といっても暮らしと切り離されたものではなく、どちらも“自分”の延長にあると思うと、とても自然な流れなのかもしれません。

今回、ご登場いただいた3人は別にも仕事を持っており、本業、あるいは副業として“生業、商い”を成立させていますが、三者三様、魅力的な暮らし方・生き方をされています。また、本来、生きることと働くことに境目はなかったことを再発見しました。欅の音terraceは、練馬で後続のプロジェクトが予定されています。そこではどんな暮らしが実現して、どんな才能が花開くのか。今から楽しみで仕方がありません。

庭にはたくさんのみかんがなっていて、入居者におすそわけも(写真撮影/片山貴博)

庭にはたくさんのみかんがなっていて、入居者におすそわけも(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
ナリ間ノワプロジェクト 欅の音terrace

お店を持てる賃貸暮らし! コロナ禍でテレワーク以外も職住融合進む

新型コロナウイルスの影響でテレワークを導入する企業も増え、“住まいで働く”人も増えている今、「住居と仕事」の一体化も進んでいるようです。それも、コワーキングスペースやシェアオフィス付きだけではなく、“自分のお店が持てる”賃貸物件に注目が集まっているというのです。どのような特徴があるのでしょうか。「b.e.park祖師ヶ谷大蔵」「THE GUILD IKONOBE NOISE」「ナリ間ノワ プロジェクト 欅の音terrace」の3つの物件を取材しました。
横浜や世田谷に続々と職住融合の住まいが誕生している

1階などに商業施設がテナントとして入り、上層に賃貸物件がある建物は珍しくありませんが、このところ、増えているのが住まいと仕事場が一体となった住まいです。これは、住まいを借りた人がテナントにもなり、お店を経営できるというもので、職住融合という働き方でもあり、今注目を集めている暮らし方です。

2020年10月には「b.e.park祖師ヶ谷大蔵」(東京都世田谷区)、2020年12月に「THE GUILD IKONOBE NOISE」(横浜市都筑区)が次々に誕生するなど、こういった賃貸物件が少しずつ話題にのぼっています。

「b.e.park祖師ヶ谷大蔵」(写真提供/ジェクトワン)

「b.e.park祖師ヶ谷大蔵」(写真提供/ジェクトワン)

「THE GUILD IKONOBE NOISE」(写真提供/桃山建設)

「THE GUILD IKONOBE NOISE」(写真提供/桃山建設)

その背景に共通してあるのは、「地域を盛り上げたい」という思いです。今まで賃貸での一人暮らし、二人暮らしでは、地域と交流することはほとんどなく、「地域を知らない」「干渉しない」で生きていけました。一方で、住まいと仕事場所が離れてしまうことで、本来の人の暮らしにあった「にぎわい」「つながり」が生まれることはありません。新型コロナウイルスの影響で地元での暮らしと働き方の関係を見直す人が増えている今、その受け皿として職住融合の住まいが話題になっているのかもしれません。

才能ある人が集い、街に憩いの場を生み出す

「b.e.park祖師ヶ谷大蔵」は、カフェが少なく、地元の人が滞在して話すような場所が足りないことから生まれた「地域密着の複合型交流シェアハウス」です。以前は社宅や住宅として使われていた築60年の鉄筋コンクリート造の建物を、地域の拠点として生まれ変わらせました。居住者はシェアハウスで暮らしつつ、1階の飲食スペースの運営に携わることで、地域に広く開かれた店にしていこうとしています。

1階にできたダイニングバー。「緑豊かな街の公園」をイメージしているそう(写真提供/ジェクトワン)

1階にできたダイニングバー。「緑豊かな街の公園」をイメージしているそう(写真提供/ジェクトワン)

住人に染色家がいるため、2020年11月に「染色イベント」を開催したそう(写真提供/ジェクトワン)

住人に染色家がいるため、2020年11月に「染色イベント」を開催したそう(写真提供/ジェクトワン)

シェアハウスエリア。個室はいたってシンプルで暮らしやすい(写真提供/ジェクトワン)

シェアハウスエリア。個室はいたってシンプルで暮らしやすい(写真提供/ジェクトワン)

暮らしているのは、教育劇団の運営者、染色アーティスト、ライター、グルテンフリーの料理を提供する料理研究家など、さまざまな表現を仕事とする人たち。

この物件の再生・企画に携わった空き家再生事業を手掛けるジェクトワンの布川朋美さんとb.e.parkを運営するスペリアルの荻野智希さんは「コロナウイルス流行の影響で、飲食店の営業や人を招いてのワークショップ、食事会などのイベントなど、思うようにいかないことのほうが多いですが、地域住民や大家さんからもすごく評判がよくて、建物の再生だけでなく、地域の活性化にもつながっていると思います」と今後に期待を寄せます。

今後は、染め物イベントのほかに、若者支援イベント、詩集の制作、絵本の交換、グルテンフリーの料理教室など、住人それぞれのスキルをいかしたイベントを開催予定だとか。才能が集っているだけに、多様な企画ができるのも強みといえるでしょう。

住む人&働く人が増えると、地域がおもしろく、豊かになる

祖師ヶ谷大蔵はいわゆる住宅街ですが、横浜市都筑区にできた「THE GUILD IKONOBE NOISE」は工場や倉庫の多い、工場エリアに誕生した職住融合の物件です。周囲は工場が多いため、実は「住まい」として不向き、ともいわれる地域です。

木製の建具が目印(写真提供/桃山建設)

木製の建具が目印(写真提供/桃山建設)

プロジェクトメンバーと。一つの物件ができることで、街が変わっていく気配がします(写真提供/桃山建設)

プロジェクトメンバーと。一つの物件ができることで、街が変わっていく気配がします(写真提供/桃山建設)

建物内部には土間があり、さまざまな用途に使えるのも魅力的(写真提供/桃山建設)

建物内部には土間があり、さまざまな用途に使えるのも魅力的(写真提供/桃山建設)

「建物は築40年超で、以前、私たち桃山建設が木材倉庫や木工加工場として使っていた場所です。今回、リノベーションでものづくりや小商いもできる土間のある住居、仕事場としても使えるシェアキッチンスペース、まちに開くショップを誘致するテナント機能を設けました。工場でもあるのでシェア工具を備え付けていて、当社で出る端材を利用してDIYができますし、みなで盛り上げていけたら」と話すのは、桃山建設の専務取締役川岸憲一さん。このプロジェクトの責任者です。建物は2020年12月に無事に完成し、現在はテナントや入居者を探して、いっしょにお店を開き、街を盛り上げる人を探している最中だとか。

「今まで、賃貸に住んでいる人と地域の人はなかなか交流が生まれなかったでしょう。でも、できたら飲食店を誘致して、住んでいる人やここを訪れた人に“楽しい!”“おもしろい!”“いいね!”が生まれる場にしたい、そうすると地域が変わっていくでしょう」とその狙いを話します。

また、工場が多いために、「音出しがOKな場所」であることを強みとして捉えています。
「人と生活すると感じる雑音や煩わしさ(ノイズ)がうまれるでしょう。でも、ちょっとしたノイズって必要だと思うんですよね。ノイズをおもしろいと思えるような人と、一緒にこのまちを盛り上げていきたいですね」(川岸さん)

職住融合の現代アップデートは、まだまだ始まったばかり

現在のこうした職住が融合した物件が増えてきた背景には、なんといっても2018年、東京都練馬区にできた「ナリ間ノワ プロジェクト 欅の音terrace」(以下、欅の音terrace)の成功を抜きにして語ることはできません。「欅の音terrace」は、住んでいる人がさまざまな店舗を構える、店舗と住まい融合が一体化した建物で、デザイン面、建築面、地域活性化など、さまざまな側面から注目を集めています。

「欅の音terrace」(写真撮影/片山貴博)

「欅の音terrace」(写真撮影/片山貴博)

一見すると店舗ですが、奥は居住空間が広がっています(写真撮影/片山貴博)

一見すると店舗ですが、奥は居住空間が広がっています(写真撮影/片山貴博)

このプロジェクトを手掛けた一級建築士事務所・つばめ舎建築設計のみなさん、大家さんから相談を受け、企画から不動産の募集などに携わったスタジオ伝伝の藤沢百合さんも、今改めて「職住融合」の暮らしに手応えを感じていると言います。

「コロナ禍でテレワークをする人が増えるなどして、職住融合が進む追い風となり、”住まいで自分のペースで働ける“という新しいライフスタイルに惹かれる人が増えていると感じます。ただ、建物を所有して仕事をはじめようとすると、どうしてもハードルが高くなるでしょう。賃貸であれば、初期投資も少なくて済み、自分たちのペースで働けますから」とつばめ舎建築設計の永井雅子さん。

左から、若林拓哉さん(つばめ舎建築設計パートナー/ウミネコアーキ代表)、永井雅子さん(つばめ舎建築設計共同代表)、藤沢百合さん(スタジオ伝伝)、根岸龍介さん(つばめ舎建築設計共同代表)(写真撮影/片山貴博)

左から、若林拓哉さん(つばめ舎建築設計パートナー/ウミネコアーキ代表)、永井雅子さん(つばめ舎建築設計共同代表)、藤沢百合さん(スタジオ伝伝)、根岸龍介さん(つばめ舎建築設計共同代表)(写真撮影/片山貴博)

また、郡上八幡と東京に拠点を持っている藤沢さんは、「そもそも、ナリワイ(仕事)と暮らしが一体化した建物って、昔は当たり前だったんです。今でも郡上八幡には道路に面する前の建物が店舗になっていて、中庭を挟んだ奥の建物に住まいがあるという町家の形式の建物が珍しくありません。『欅の音terrace』は、それを現代のアパートに当てはめた形です」と続けます。

なるほど、確かに職住が分離するのが当たり前になったのは、戦後からです。70年の間ですっかり住まいと暮らしの常識が変わってしまったんですね。

「リノベーション前の欅の音terraceは、2DKのよくあるアパートで、独身、または二人暮らし向けの住まいでした。藤沢さんが話したように、職住融合って日本の暮らしに馴染んだ形なんです。それを今どきに合うように最適化している感じです。まだまだ始まったばかりなので、“可能性”ばかり。やり方はひとつじゃないので、もっと増えていくのではないでしょうか」(つばめ舎建築設計・根岸龍介さん)

そもそもですが、会社員として企業に所属して働くスタイルが変わりつつある今、暮らしの箱である住まいもどんどん変わっていくことでしょう。現在はきっとその先駆けの時期であり、「兆し」の段階かもしれません。土地を所有することにこだわるよりも、ゆるやかに活用して働き、地域も人生も豊かになる。そんな住まい方・暮らし方が広がればいいなと思います。

●取材協力
ジェクトワン
スペリアル
THE GUILD IKONOBE NOISE
ナリ間ノワ プロジェクト 欅の音terrace