31歳女子、2棟目の大家になる。屋上農園や喫茶店付きで住民と地域がつながる賃貸「ロジハイツ」荒川区

2022年2月の記事、「24歳女子、大家になる。築40年超エレベーターなしマンションが人気物件になるまで 東京都荒川区」で「トダビューハイツ」を取材させていただいた戸田江美さん。
その際に「荒川区町屋に新たに賃貸住宅を建てます!」とお話を伺ったのだが、今年2月完成。入居が開始して半年経過し、「その後、どうだったのか」を伺うべく、新物件「ロジハイツ」へ。「まったく当初の予定通りにはいかなくて大変だった!」という戸田さんと、入居者や地域住民の方々にお話を伺った。

空き地のまま活用する想像建築プロジェクト。想定外な出来事が

そもそもこの「ロジハイツ」は、戸田さんの祖母が所有し、長く借地として貸し出していた土地が更地になって戻ってきたことを契機に、新たな活用法を考えるところから始まったプロジェクト。
すぐに建物を建てずに、空き地のまま残し、マルシェ、街歩き、トークイベントなどを開催。「想像建築プロジェクト」と名付けられたこの試みは、荒川区の土地にまったく地縁のない人でも、この場所に興味を持ってもらえる仕掛けとしてスタートした。

ロジハイツを建てる前の空き地で行われたマルシェイベント(画像提供/戸田さん)

ロジハイツを建てる前の空き地で行われたマルシェイベント(画像提供/戸田さん)

商店街をめぐる街歩きは人気イベント。戸田さん作成の『街歩きのしおり』を手に、「はっぴいもーる熊野前」と「おぐ銀座商店街」と、地元の人でにぎわう2つの商店街をめぐり、荒川区の暮らしをシミュレーション(画像提供/戸田さん)

商店街をめぐる街歩きは人気イベント。戸田さん作成の『街歩きのしおり』を手に、「はっぴいもーる熊野前」と「おぐ銀座商店街」と、地元の人でにぎわう2つの商店街をめぐり、荒川区の暮らしをシミュレーション(画像提供/戸田さん)

最終的には、小さな賃貸住宅ながら、屋上にシェア菜園、1階に喫茶店を設け、地元の人との接点となる”場”を用意することに。

扉からのぞいている鳥はハクセキレイ。物件近くの尾久の原公園で元気に走り回っている野鳥をモチーフに。どこかレトロで丸みのあるデザインで、新築だが昔ながらの住宅街になじむ、温かみのある住まいに (写真撮影/片山貴博)

扉からのぞいている鳥はハクセキレイ。物件近くの尾久の原公園で元気に走り回っている野鳥をモチーフに。どこかレトロで丸みのあるデザインで、新築だが昔ながらの住宅街になじむ、温かみのある住まいに (写真撮影/片山貴博)

「こんなことしながら、“面白い街、面白い物件”って興味を覚えた方々が、物件のスペック以外の、この独特さにひかれて引越してくれたら、すごく面白いな、って思ってたんです」(戸田さん)。1階の店舗物件を除けば、賃貸住戸は単身者向けの2住戸のみ。ロジハイツの”特別さ”を愛してくれる、たった2名の入居者がいればいい。そして、実際、街歩きなどのイベントを通して、まったく地縁のないけれども「ここに絶対住みたい」方が現れた。
ところが! 「家庭や仕事の事情で、この方たちが2人とも東京を離れることになったんです。その時点ですでに住み替えの繁忙期が終わっており、本当に焦りました。建築用木材の供給が需要に追いつかない“ウッドショック“の影響でコストが上がる、納期は遅れると、タイミングも悪かったですね。『(空き地でイベントなど開かず)さっさと賃貸住宅を建てていればよかったのに』と言われたこともありました」

大家の戸田江美さん。祖母の跡を過ぎ、大家業を継いだのは24歳の時。現在は結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/片山貴博)

大家の戸田江美さん。祖母の跡を過ぎ、大家業を継いだのは24歳の時。現在は結婚し、大家業とともに、フリーランスのデザイナー、イラストレーターをしている(写真撮影/片山貴博)

「物件のビハインドに触れて決めた」――Sさんの場合

そんななか、どうにか2人の入居者が現れた。

一人は、転職をきっかけに実家を出て一人暮らしを始めようとした女性、Sさん。「いろんな物件サイトをみていても、どんな物件も金太郎飴みたいに同じに見えちゃうんです。ストーリーのあるもの、付加価値のあるもの、個性のあるもの、ネットの検索条件を入れても見つけられない部屋と出会えないかなと思ったんです。エリアは、23区内であれば、実家からの通勤に比べれば通勤時間が短縮されるだろうと、絞り込めないでいました。公園はもちろん、海や川など水辺が近くにあるといいな、図書館もほしいな。そんな漠然とした感じだったので、まずエリアを入れて、というネット検索ができないでいたんです」(Sさん)

そんな中、たまたま出会ったのが、戸田さんの「大家女子になる」というWebの連載記事。
「ああ、こんな想いで大家さんをされているんだ、新しい物件もすごく面白そうって思って、見学を予約して。そうしたら、戸田さんご本人が物件を案内してくださって、街歩きも一緒にしてくださったんですよね」
すると戸田さんが、「そういえば、Sさんは川は近くにありますか?ってすぐ聞かれましたよね。最初、川近くは嫌なのかと思ってましたよ」
「そうそう(笑)。なんだか、面白そうだなって思ったんです」(Sさん)

Sさんがロジハイツに決めた理由である、徒歩1分の位置にある尾久の原公園。広い原っぱは、地元住民の憩いの場(写真撮影/片山貴博)

Sさんがロジハイツに決めた理由である、徒歩1分の位置にある尾久の原公園。広い原っぱは、地元住民の憩いの場(写真撮影/片山貴博)

「物件よりも、どんな街に暮らすかを大切にしたい」――新社会人のY君の場合

一方、新卒で就職とともに上京した社会人1年目のY君。「大学で卒業制作しているうちに、部屋探しに完全に出遅れてしまったんですよ。でも、初めての東京暮らしは、どんな物件に暮らすというより、どんな街に住みたいかが大事という想いがあって。東京の下町っぽいところに憧れもあり、見つけたのがこの物件のサイトでした。手書き風のデザインや、その物件に至るストーリーに興味を覚えてたんです。東京に行く時間もなくて、オンライン上での内見でしたけど、当初イメージしていた”不動産会社で部屋探し”と全然違ってました(笑)」

Y君が興味をそそられたロジハイツのサイトのデザインは、デザイナーでもある戸田さんの手によるもの(画像提供/戸田さん)

Y君が興味をそそられたロジハイツのサイトのデザインは、デザイナーでもある戸田さんの手によるもの(画像提供/戸田さん)

2人ともエリア×予算のスペックでだけでは探しきれない、言語化しにくい価値観に魅了されて、この「ロジハイツ」に行きついたのだ。

さらに、ロジハイツのきょうだい物件(もともと戸田さんが祖母から大家を任された物件)である「トダビューハイツ」の入居者とも交えた食事会も開かれた。Sさんはロジハイツ屋上のシェア菜園も利用登録し、同じメンバーと顔見知りに。Y君はトダビューハイツ入居者で同業者の男性と知り合い、すっかり意気投合。地元の居酒屋や銭湯に連れて行ってもらうなど、住まいを拠点として、街に知り合いが増えている。

「トダビューハイツとロジハイツの入居者の希望する人だけでライングループをつくっているんです。とはいうものの、食事会といっても2カ月に1度ぐらいのものですよ。あとは個別に。程よい距離感も大切です」(戸田さん)

ロジハイツの住人さん歓迎会をきょうだい物件・トダビューハイツと合同開催。商店街のお店も紹介しながら。「その後、住人同士で交流もあるようでうれしいです」(戸田さん、写真提供も)

ロジハイツの住人さん歓迎会をきょうだい物件・トダビューハイツと合同開催。商店街のお店も紹介しながら。「その後、住人同士で交流もあるようでうれしいです」(戸田さん、写真提供も)

1階の喫茶店はゆるやかに人と街がつながる場に

入居者と地元民の憩いの場となっているのが1階の喫茶店「ふくか」。店主の竹前さんは、荒川区に生まれ育ち、戸田さんの大学時代の同級生。「下町の飲食店のオーナーって、とにかく人柄が大事。彼女なら、おじいちゃんおばあちゃんと仲良くできるだろうし、私の想いを共有してくれているのが心強いです」(戸田さん)

「早朝は近くの公園でラジオ体操をした帰り、ちょっと朝食を食べながらおしゃべりしたいね」という地元の人向けに平日は朝6時半から(土日は9時~)営業している。メニューも豊富だ。トースト、ピザ、サンドイッチ、カレー、焼きそば、パスタ、ケーキ類。開店から10時半まではモーニングがあり、お酒類もひと通りある。

「元気がなくなったら営業終了」という喫茶店「ふくか」。「だいたい17時ぐらいが目安でしょうか(笑)」(竹前さん)(写真撮影/片山貴博)

「元気がなくなったら営業終了」という喫茶店「ふくか」。「だいたい17時ぐらいが目安でしょうか(笑)」(竹前さん)(写真撮影/片山貴博)

スィーツ類も充実。緑茶付きクリームあんみつは750円(写真撮影/片山貴博)

スィーツ類も充実。緑茶付きクリームあんみつは750円(写真撮影/片山貴博)

「この辺りは、小さな子どもを連れて入れるお店が少ないということで、昼間は子連れのママさんたちが多いですね。夕方4時になったら必ず現れる常連さんもいます」(竹前さん)。
ちなみに、入居者は月2回の無料ドリンク付き。朝は少しのんびり出勤というY君は、ここでモーニングを食べてから出勤することも。Sさんもリモートワーク時はお昼ご飯にと活用していた。

竹前さんとお店を手伝っている竹前さんのお母さん、入居者の2人。「そうそう、引っ越し当初は、Y君のWi-Fi使わせてもらったよね」(Sさん)。「ボードゲームしませんでしたっけ」(Y君)、「そうそう、『はぁって言うゲーム』だよ」と戸田さん。「大家とテナントのオーナーと入居者たち」で連想される立場より、「もっと近い」。この温度感が微笑ましい(写真撮影/片山貴博)

竹前さんとお店を手伝っている竹前さんのお母さん、入居者の2人。「そうそう、引っ越し当初は、Y君のWi-Fi使わせてもらったよね」(Sさん)。「ボードゲームしませんでしたっけ」(Y君)、「そうそう、『はぁって言うゲーム』だよ」と戸田さん。「大家とテナントのオーナーと入居者たち」で連想される立場より、「もっと近い」。この温度感が微笑ましい(写真撮影/片山貴博)

屋上のシェア菜園に参加した地元民の理由とは?

屋上には小さなシェア菜園「ロジガーデン」があり、ここは地域住民にも開かれており、現在は満席。「三鷹の農家・冨澤ファームさんに、土の入れ方からタネの植え方、水の撒き方など、ビギナーにとっては知らないコツや知識をレクチャーしてもらっています」(戸田さん)

今回はプレ時期から利用登録している方おふたりにお話を伺った。

契約期間は半年ごと。「メンバー限定のチャットで冨澤ファームさんに相談にのってもらえるので、“すぐ植物を枯らしてしまう”という初心者も心強いです」(戸田さん)(写真撮影/片山貴博)

契約期間は半年ごと。「メンバー限定のチャットで冨澤ファームさんに相談にのってもらえるので、“すぐ植物を枯らしてしまう”という初心者も心強いです」(戸田さん)(写真撮影/片山貴博)

Hさんは、もともとこの場所は空き地だった時からイベント参加をしていたご近所さん。「街歩きやマルシェなどのイベントがとても楽しくて。だからこの場所に賃貸住宅ができると聞いて、形になって良かったと思う反面、ああ、暮らす人だけの場所になるんだと、寂しくなったのも本音でした。だけど、戸田さんが屋上に小さな菜園をつくる、それは私たちにも借りられる、と聞いて、すぐ手を上げました」(Hさん)
「Hさんの”借ります”っていう言葉はすごく心強かったです。正直、本当に借りてくれる人いるのかな、私の考え、合っているのかな、って不安でしたから。実はHさんはご自宅のお庭も菜園にしている経験者で、とても頼りにしています」(戸田さん)。

一方Dさんは荒川区に暮らして7年目というものの、多忙な会社員生活で、ほとんど荒川区の住まいは帰って寝るだけの場所。地元の付き合いはまったくなかったそう。
「ところがコロナ禍で生活が激変。在宅ワークとなり、否応なく、地元で過ごす時間が増えたんです。せっかくなら地元のお店をいろいろ開拓してみよう、新しいことに挑戦してみようと思ったんです」(Dさん)
そんな時、たまたま地元のウェブマガジンで、このロジハイツ1階の『喫茶ふくか』やシェア菜園の事を知り、挑戦してみることに。
「私はサボテンも枯らすような人間なんですけど、プロの先生もいて、気兼ねなくいろいろ聞けるので頼りにしています」

ご近所のHさん(左)、在宅ワークを機に地元生活を満喫し始めたDさん(右)。これまで接点のなかった者同士が一緒におしゃべりしながら作業して、1階の喫茶店でお茶して、と楽しい時間になっている(写真撮影/片山貴博)

ご近所のHさん(左)、在宅ワークを機に地元生活を満喫し始めたDさん(右)。これまで接点のなかった者同士が一緒におしゃべりしながら作業して、1階の喫茶店でお茶して、と楽しい時間になっている(写真撮影/片山貴博)

夏には収穫祭も。くびれていたり、巨大だったり。スーパーではお目にかかれない野菜に愛着もひとしお (写真提供/戸田さん)

夏には収穫祭も。くびれていたり、巨大だったり。スーパーではお目にかかれない野菜に愛着もひとしお (写真提供/戸田さん)

「正直、入居希望者が白紙になったときは本当にどうしようと思いましたが、空き地のイベントや物件完成に至るプロセスに価値を見つけてくれた2人が入居者になってくれたし、そのイベントを通してHさんも私を応援してくれた。Dさんもこうした取材で、生活が楽しく変わったとお聞きすると、ああ、私の選んだ道は間違えてなかったと思いますね」(戸田さん)

10月には収穫した野菜を使った料理やオススメの一品を持ち寄り、屋上で夕涼み会も (写真提供/戸田さん)

10月には収穫した野菜を使った料理やオススメの一品を持ち寄り、屋上で夕涼み会も (写真提供/戸田さん)

この荒川区に全く地縁のない人でも、住まいを通して、知り会いが増え、街に愛着を持てるようになる。そんな「関わりしろのある物件」で、自分が生まれ育った街を愛してくれる人を増やしたい――戸田さんが思い描いていた世界が始まっている。

戸田さん、竹前さん、入居者のY君、菜園メンバーのHさん夫妻、Dさん(写真撮影/片山貴博)

戸田さん、竹前さん、入居者のY君、菜園メンバーのHさん夫妻、Dさん(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
ロジハイツ

●関連記事
24歳女子、大家になる。築40年超エレベーターなしマンションが人気物件になるまで 東京都荒川区

外国人は家賃滞納ナシでも入居NGが賃貸の実態。積極受け入れで入居率100%のスーパー大家・田丸さんの正攻法

高齢者や障がい者、シングルでの子育て世帯など、さまざまな事情で住まいが借りにくい人のことを「住宅弱者」「要配慮者」といいますが、「外国人」もそんな不動産が借りにくい「住宅弱者」にあたります。一般に「大家が敬遠する」と言われますが、積極的に外国人を受け入れている大家・不動産管理会社もいます。その内の一人、東京都杉並区で不動産管理業を営む田丸賢一さんにリアルな事情を伺いました。

増え続ける在留外国人。部屋探しでは門前払いされることも

コンビニや建設現場、100円ショップ、飲食店などで、外国出身と思しき人を見かけることが増えました。筆者は横浜市在住ですが、子どもの通う小学校や習いごとの風景を見ても、多国籍だなと痛感します。実際、統計データでは外国人居留者はコロナ前の令和2年度は約288万人(※2020年6月時点。出入国在留管理庁より)、令和3年末でも276万635人と、日本の人口が減り続けるなか、「もはや外国人の手がなければ日本社会は成り立たないのでは」と感じている人もいることでしょう。

ただ、SUUMOジャーナルでもたびたびご紹介してきましたが、外国人は生活の基盤である住まいが借りにくいことで知られています。そんな中、10数年以上前から外国人を積極的に受け入れ、自社の物件は切れ目なく満室を維持し、入居率100%を続けているのが、東京都杉並区にある株式会社田丸ビルの田丸賢一さんです。2021年11月、外国人との不動産契約やそのノウハウを一冊にまとめた『「入居率100%」を実現する「外国人大歓迎」の賃貸経営』(現代書林)を上梓しました。まずは外国人に部屋を貸し出すようになった経緯から伺いましょう。

「弊社は不動産賃貸業と不動産管理業を行っており、私はその3代目です。創業者がもともと困っている人に家を貸そうという人で、昔の書類を見ても日系外国人を受け入れてきた経緯がありました。そのため、私が会社を引き継いだときにも、外国人に部屋を貸すのは自然な流れでした」(田丸さん、以下同)
ただ、田丸さんによると、部屋を借りたいと不動産会社を訪れても、外国人というだけでおよそ2人に1人は拒否されてしまうといい、令和の今でも門前払いは珍しいことではないそう。

田丸賢一さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

田丸賢一さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「以前、外国人に部屋を貸し出した際に汚されたり、部屋の扱いが悪かったといったトラブルがあり、もうコリゴリというケースが多いように思います。個人が悪いのか、契約に問題があったのか、原因はさまざまなんですが、入居前や入居後のコミュニケーションや説明をていねいに行うことで回避できるケースが多いんです」

ではどのようなトラブルがあり、田丸さんはどのような方法で回避しているのか、その内容を聞いていきましょう。

生活音とゴミの仕分け、入居者が増えた!が3大問題

まず、大前提として、外国人の多くがトラブルを起こしたくないと考えているといいます。

「外国人といっても出身国や年齢、収入、背景もさまざまですが、多くが就労目的で日本に来るわけで、日本社会に溶け込み、日本の常識にあわせて暮らしたいと願っています。なぜなら、彼らが一番恐れているのが国外退去処分だから。日本で得た収入から母国に仕送りをしたいので、トラブルを起こして強制送還されるのは避けたいんですよ。だから家賃の滞納のような問題行動はまずありません」

田丸さんの会社で契約した外国人には、真面目で礼儀正しく、お中元やお歳暮、帰国時のお土産などを欠かさないという人も少なくないそう。一方で、文化や風習の違い、コミュニケーション不足から、今までトラブルにも多数、直面してきました。

「”生活音がうるさい、ゴミの仕分けができていない、入居者が増えた”が3大問題でしょうか。まず、生活音がうるさいというのも、よくよく調査すると、外国人が住んでいる部屋が原因ではなく、実は他の部屋が発生源だったというケースも多いんです。これは外国人に限りませんが、生活音の問題はとてもデリケート。だからこそ管理会社がすぐに動いて、ていねいに聞き取りをして、コミュニケーションをとることが大切なんです」

外国人に限らず、集合住宅で生活音の問題は避けて通れません。外国人の入居者がいればなおのこと目立つため、先入観で「あの部屋に違いない」と決めつけた苦情がくるのだそうです。入居者の間にたつ管理会社がすばやくていねいに対応して誤解を解くことで、外国人への偏見が少なくなり、お互い快適に暮らせるのだといいます。

また、ゴミの仕分けは、自治体から配布される「母国語」のパンフレットを必ず渡し、ていねいに説明しているといいます。

杉並区のゴミの仕分けのページは多言語で対応している(杉並区ホームページより)

杉並区のゴミの仕分けのページは多言語で対応している(杉並区ホームページより)

こちらは横浜市のゴミの仕分けのページ。ベトナム語、フィリピン語、ネパール語などの言語もカバーしている(横浜市ホームページより)

こちらは横浜市のゴミの仕分けのページ。ベトナム語、フィリピン語、ネパール語などの言語もカバーしている(横浜市ホームページより)

「ポイントは母国語です。日本人は外国人というと英語で対応しがちですが、それだと通じない。大切なのはその人の出身国の言葉で話し、理解をしてもらうこと。場合によっては通訳をいれたりして、お互いの不安や不信感がないように説明、納得、理解、契約、書類にサインしてもらうことなんです」

田丸さんはゴミの分別だけでなく、基本的に入居希望者の母国語を用いて「説明、納得、理解、契約」という段階を踏んでいるのだそう。ゴミを分別すること自体が母国の習慣になく、戸惑う人も多いそうですが、きちんと説明することで協力してくれる人が大半だといいます。

ここまでは想像できそうなトラブルですが、最後の「入居者が増える」というのは、どういうことなのでしょうか。

「外国人は異国で働いているということもあり、横のつながりが非常に強い。家賃を節約したいということで、先に日本に住んでいた人の部屋に勝手に出入りして、共同生活を始めてしまうんです。不動産大家・管理会社は、当たり前のように1人で住むと思い、説明はしません。そこであつれきが生じるんですね。
過去には16平米のワンルームに8人が暮らしていたことも(苦笑)。退去後の部屋の傷みぐあいはひどかったですよ。その時以降、契約書類には入居者は1人までと明記し、契約時に説明、納得、理解を得るようにしています」

よく「ワラビスタン」「リトル・インディア」「リトル・ブラジル」など、特定の外国人が多い地域がありますが、異国で奮闘しているとその人を頼って仲間が1人また1人と増えて、自然発生的にコミュニティが生まれるのかもしれません。

外国人専門の賃貸保証会社、多言語の契約書類などツールは揃っている

こうして聞いてみると、田丸さんもいきなり外国人に部屋を貸し出して「成功」しているわけではなく、多数の経験を繰り返すことで、外国人に歩み寄った母国語でのコミュニケーション、当たり前に思える慣習や契約内容もていねいに説明、理解・納得したうえで「契約」し、明文化して残すという現在のかたちに行き着いたようです。

「外国人は基本的にはあまり経済的余裕がありません。そのため非常に防衛や自衛の意識が高く、契約内容・書類についても一つずつ知りたがります。賃貸保証会社の利用料、火災保険料、礼金、敷金、鍵交換、ハウスクリーニング代など、逐一、このお金は何?なんで?と聞いてきます。日本人ではここまで突っ込んで聞く人は少ないですし、僕も鍛えられました」

「鍵交換はしなくていいから、費用をまけて」「退去時のハウスクリーニングは、自分でやるから安くして」などと、交渉を持ちかけられることもしばしば。その都度、相手が納得できるまでていねいに説明して歩み寄っているそう。こうしてお話を伺っていると、外国人を受け入れて問題が起きたときに、「やっぱり失敗した…」ではなく、どうやって改善すればいいかを考えているからこそ、うまくいっているのだなあと痛感します。

田丸さんによると、現在では、外国人専門の賃貸保証会社があるほか、国土交通省では、「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン」も整備され、不動産契約に必要な制度や多言語に対応した書類は揃っているといいます。

「ただ、問題なのは、行政は書類を作っておしまいになっていることです。国交省から不動産業界の団体に告知はありますがあまり知られていないし、活用方法は不動産業界や大家におまかせの状態です。当然、トラブルになったときの受け皿もない。生活音の問題でも紹介したとおり、既に入居している人が嫌がる場合もあります。日本社会のなかに、まだまだ偏見があるなあと痛感しています」

国土交通省の「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン。申込書や重要事項説明書、定期賃貸住宅標準契約書が多言語でずらりと揃う(国土交通省のホームページより)

国土交通省の「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン。申込書や重要事項説明書、定期賃貸住宅標準契約書が多言語でずらりと揃う(国土交通省のホームページより)

大家は家賃滞納、騒音、他の入居者とのトラブルを避けたい、不動産仲介会社は外国語での説明に対応できるスキル、時間がない、管理会社は面倒事やトラブルを避けたいなどなど、「外国人を受け入れづらい」条件は揃ってしまっています。これまで日本の歴史を振り返ると「外国にルーツのある人が社会全体で少数だった」「たいていの場合、日本語が通じた」のが現実です。いきなり「多様性だ」「外国人の受け入れだ」と正論を突きつけられても、「受け入れがたい」「話が通じずに怖い」と戸惑う気持ちがあることでしょう。

ただ、これから先、日本で働く外国人は増えていくことが考えられます。外国人は家賃滞納をしにくいこと、きちんと母国語で説明して理解してから入居してもらえばトラブルは起きづらいことがもっと知られるようになれば、外国人を受け入れる大家が増えるかもしれません。人口が減少している日本を支えてくれる外国人が増えてくれる今、共生社会の模索は、まだはじまったばかりです。

●取材協力
田丸ビル

入居者トラブルのトップは「家賃滞納・入金の遅れ」、12.4%が強制退去

(株)オーナーズ・スタイル(東京都中央区)は、賃貸経営情報誌「オーナーズ・スタイル」首都圏版の読者3万8,000名を対象に、「これまで起きた入居者トラブルについてのアンケート調査」を行った。調査時期は2018年3月。有効回答数は928。それによると、これまでに起きた入居者トラブルで最も多いのは「家賃滞納・入金の遅れ」で38.3%。そのうちの約1/3、12.4%が強制退去という結果となっているようだ。「退去時の敷金返還でもめた」も20.6%と、金銭トラブルは賃貸経営において代表的な障害であることが分かる。

次いで「室内の汚損」が30.8%、「ゴミ出しマナーが守られない」が29.3%と続く。「廊下などの共用部に物を置かれた」「集合ポスト付近のチラシ等の散乱」「ペット不可なのにペットを飼われた」なども上位で、ルールを守らない入居者への悩みは日常的なものと言える。

また、4.7%の大家が「入居者の孤独死」を、4.6%が「入居者の逮捕」を経験しているという。「入居者が反社会勢力だった」というケースも実数にして18件あった。

ニュース情報元:(株)オーナーズ・スタイル