誰でも収穫して食べてOKな農園も!? 公園の一角やビル屋上などに都市型農園が増加中! 『まちを変える都市型農園』新保奈穂美さんに聞く3事例

都市に暮らしていると感じにくい、大地に根差して「生きている」手ごたえ。今、都市部の農地や公園の一角、ビルの屋上などに、市民が参加し、農体験できる「都市型農園」が増加中だ。「都市型農園は、生の実感を取り戻せる場所」と語るのは、『まちを変える都市型農園―コミュニティを育む空き地活用』(学芸出版社)の著者・新保奈穂美さん。都市型農園が増加している背景を事例とともに紹介する。

農園ブームで進む、都市のスキマ活用土に触れる機会がない都市での生活。都市型農園では、自分自身で自分の食べるものをつくることができる(画像提供/平野コープ農園)

土に触れる機会がない都市での生活。都市型農園では、自分自身で自分の食べるものをつくることができる(画像提供/平野コープ農園)

新保さん(現・兵庫県立大学大学院の緑環境景観マネジメント研究科講師)が執筆した『まちを変える都市型農園―コミュニティを育む空き地活用』。さまざまなケースの都市型農園18例を収録(画像提供/学芸出版社)

新保さん(現・兵庫県立大学大学院の緑環境景観マネジメント研究科講師)が執筆した『まちを変える都市型農園―コミュニティを育む空き地活用』。さまざまなケースの都市型農園18例を収録(画像提供/学芸出版社)

著書では、アーバンガーデニングや農的活動の場となる自宅外の空間を、都市型農園と呼んでいる。新保さんによると、都市型農園は、コロナ前から需要が増え始め、コロナ後は、利用申し込みが数倍になった農園があったり、民間の貸農園の数が拡大したりなどブームが高まっているという。

「地方移住などで若い世代の田園回帰の意識が高まっており、農を取り入れたライフスタイルが注目されつつあったところに、新型コロナウィルス感染症のパンデミックが起き、比較的安全な屋外の庭や貸農園で野菜や花を育てる需要が高まりました。SDGsや環境問題への関心の高まりから、社会や環境のために何かをやりたい人が増加し、その手段になっている印象です」(新保さん)

世界的にも、都市住民が都市の空間を活用して野菜や花を育てる活動「アーバンガーデニング」の人気が高まっている。日本では、開発により消えつつあった農的空間を、積極的に都市に取り入れようとする動きが出てきた。

日本の市民農園は、大正後期~昭和初期に、ドイツ発祥の区画貸し農園「クラインガルテン」をルーツとして始まり、1960年代ごろから現在のような市民農園が存在していた。従来の市民農園は、都市部の農家が所有する農地を、区画に分けて貸し出している農園を指す。農林水産省の発表によると、調査を開始した2002年以来、2017年~2018年に減少したほかは増加し続けており、2022年3月末時点で、全国に4235農園が存在している。

ドイツにあるクラインガルテンの区画の一例(画像提供/新保奈穂美さん)

ドイツにあるクラインガルテンの区画の一例(画像提供/新保奈穂美さん)

アートとガーデンの融合で多様な住民同士の交流を活性化するドイツ・ベルリン市のグーツガルテン(画像提供/新保奈穂美さん)

アートとガーデンの融合で多様な住民同士の交流を活性化するドイツ・ベルリン市のグーツガルテン(画像提供/新保奈穂美さん)

住民主導でマイノリティの居場所をつくったドイツ・ハノーファー市のシュペッサートガルテン(画像提供/新保奈穂美さん)

住民主導でマイノリティの居場所をつくったドイツ・ハノーファー市のシュペッサートガルテン(画像提供/新保奈穂美さん)

「東京、横浜、神戸、福岡などの大都市で盛んで、農家や民間のスタッフが農を教える体験農園、利用者が自主的に運営するコミュニティガーデンなどバリエーションの幅も広がりました。今、野菜を育てるだけでなく、コミュニティの課題解決や持続可能なまちづくりのアプローチとして、注目されているのです」(新保さん)

●関連記事:
コロナ禍のドイツは園芸がブームに。農園でつながりづくり進む
郊外の空き地で、焚き火や養蜂に住民みんなが挑戦!「“禁止”はNG」が合言葉の「nexusチャレンジパーク 早野」
空き家だらけの下町に2000世帯も転入! 大阪・蒲生四丁目がオシャレなまちに「がもよんモデル」

住宅地内の農地を住民の居場所に。「せせらぎ農園」

ここからは、具体的に全国の事例を見ていこう。

そもそも新保さんが、都市型農園の持つ可能性を強く意識したのは、東京大学の学生だった2009年に、クラインガルテンの研究のためオーストリアのウィーンを訪れた時のことだった。

「首都の都心部に農園があって、のんびり花に水をあげたり、ベンチに寝そべって日向ぼっこをする人々の姿が印象的でした。それまで、私にとって都市の生活は、ぎゅうぎゅうの満員電車で学校や職場に通うイメージでしたから、こんな暮らし方があるんだと、カルチャーショックを受けたのです」(新保さん)

以来、世界の都市型農園を訪れ、「都市における農」の研究に携わってきた。ヨーロッパを研究の舞台としてきた新保さんが、日本の都市型農園の研究に関わるきっかけとなったのは、「せせらぎ農園」との出会いだった。

東京都日野市の住宅地内にある「せせらぎ農園」は、2008年に設立された老舗の都市型農園だ。「せせらぎ農園」の特徴は、地域の生ごみを肥料として活用し、環境保全に貢献しながら、野菜やハーブの栽培が行われていること。設立者である佐藤美千代氏が農園設立以前に、市民団体「ひの・まちの生ごみを考える会」を立ち上げた経緯があり、障がい者支援を行うNPOなど地域のさまざまな主体と連携し、地域住民が集うコミュニティ拠点として成長してきた。利用者は60代が中心で、子育て世帯も参加している。

運営者は、市民団体「まちの生ごみ活かし隊」。活動日には、毎回、10~20人程度の利用者が集まり、生ごみを活用した農作物栽培などを行う(画像提供/せせらぎ農園)

運営者は、市民団体「まちの生ごみ活かし隊」。活動日には、毎回、10~20人程度の利用者が集まり、生ごみを活用した農作物栽培などを行う(画像提供/せせらぎ農園)

軽トラックで地域から収集した生ごみを下ろす参加者(画像提供/新保奈穂美さん)

軽トラックで地域から収集した生ごみを下ろす参加者(画像提供/新保奈穂美さん)

土壌還元作業に子どもと一緒に参加する利用者。障がい者施設に生ごみの発酵を促す竹パウダーの袋詰め作業を依頼するなど、多世代・多様な人々が関わる(画像提供/新保奈穂美さん)

土壌還元作業に子どもと一緒に参加する利用者。障がい者施設に生ごみの発酵を促す竹パウダーの袋詰め作業を依頼するなど、多世代・多様な人々が関わる(画像提供/新保奈穂美さん)

廃家具を再利用した薫製箱でつくったチーズやベーコンにハーブを添えて(画像提供/新保奈穂美さん)

廃家具を再利用した薫製箱でつくったチーズやベーコンにハーブを添えて(画像提供/新保奈穂美さん)

「せせらぎ農園」の農活動は、「援農」という農家の農作業を都市住民が手伝い、無償もしくは謝礼として農作物を得るというスタイルだ。「せせらぎ農園」を視察し、農作業を手伝った新保さんは、都市型農園の持つ可能性を実感したという。

「現代は、あらゆることが私たちの体から、切り離されています。食糧生産の場から離れた都市に暮らし、パソコンで仕事をしていると、自分の手で何ができるんだろう? という気持ちになってきます。草を取って、水やりをすると、だんだん野菜が育っていく。目に見えて成果が分かるのが、とても嬉しくて。都市の中に農と関われる場所がある大切さを再認識しました」(新保さん)

都市型農園の多くは、農家所有の農地を活用している

都市型農園には、公園の一部やビルの屋上を活用する事例もあるが、多くは地元の人が所有する農地を利用している。都市型農園発展の転換期になったきっかけは、生産緑地法の改正と「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」の制定だ。

大きく分けて都市には、市街化を促す市街化区域と市街化を抑制する市街化調整区域がある。従来の市民農園は、土地代が安く、比較的自由に貸し出ししやすい市街化調整区域に多かった。一方、市街化区域の農地では、1974年に生産緑地法が制定され、営農の継続を希望すれば、都市環境を保全するための生産緑地地区(以下、生産緑地)の指定を受けられるようになった。

市街化区域内の農地はいずれ住宅や商業地になるはずだったが、人口減少による需要減もあり、都市の環境保全の場として見直されている(画像提供/新保奈穂美さん)

市街化区域内の農地はいずれ住宅や商業地になるはずだったが、人口減少による需要減もあり、都市の環境保全の場として見直されている(画像提供/新保奈穂美さん)

「生産緑地の指定を受ければ、土地に対する課税が安くなるものの制限も多く、生産緑地指定を受ける農地は少なかったのです。ところが、1992年の法改正で、三大都市圏の特定市にある生産緑地指定を受けていない農地に対し、宅地並みの課税が実施されることに。生産緑地の指定を受ければ、固定資産税の軽減や相続税の納税猶予の措置が認められたため、生産緑地の指定を受ける農地が一気に増えました。しかし、指定を受けるには、30年間、所有者自らがそこで農業を続けることが条件。所有者以外の都市住民が耕作する都市型農園に生産緑地を利用するには、『せせらぎ農園』のように、援農が主流でした」(新保さん)

都市型農園の近年の発展は、2018年に「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」が施行されたことが大きい。生産緑地に指定された農地を他人に貸して耕作してもらえるようになり、「援農」の形式に縛られず、多様な活用が可能になったのだ。農家でない市民やNPO、民間企業による市民農園の開設ができるようになり、農園内に、農産物の直売所や農家レストランを設けるなど、都市部の高齢者や子育て世代までさまざまな住民が関わる拠点として、期待が高まっているのだ。

公園の活用や防災・減災への貢献も

最近では、農地以外の土地の活用も始まり、全国には、「ベトナム人住民が創る農園」(兵庫県姫路市)や「金町駅前団地コミュニティガーデン」(東京都葛飾区)など、異文化交流や地域活性化などさまざまな取り組みが行われている。その中からユニークな取り組みを紹介しよう。

公園の一角を再生した「平野コープ農園」

兵庫県神戸市にある「平野コープ農園」は、2021年4月に開設された比較的新しい都市型公園だ。市が管理していた低利用の公園に近隣住民が定期的に訪れる場所をつくろうと、神戸市経済観光局農水産課と建設局公園部が協働し、住民コミュニティの再生を目指す市の実証実験として誕生した。

コミュティ農園の入口に掲げられた看板。誰でも入れることや収穫物は自己責任で自由に食べていいことが書かれている(画像提供/新保奈穂美さん)

コミュティ農園の入口に掲げられた看板。誰でも入れることや収穫物は自己責任で自由に食べていいことが書かれている(画像提供/新保奈穂美さん)

「全国でも珍しい公園を使った都市型農園です。皆のためにある公園を一部の人が主に利用するには、課題が多く、議論を重ねて実現しました。エディブルパーク(食べられる公園)がテーマで、ユニークなのは、誰でも入って収穫できるコミュニティ農園があること。ただ、人通りが少ない場所にあり、コミュニティ農園の利用はまだ少ない状況です。自分で区画を持ち野菜栽培を実践できる『学びの広場』の利用者は、30・40代の女性が多く、商店街の人たちと連携して、イベントを行ったりしています。子育て中は孤独を感じやすいので、地域の人と繋がる大切な場所になっているようです」(新保さん)

六甲山系の山裾にある平野展望公園内の約390平米を利用(画像提供/新保奈穂美さん)

六甲山系の山裾にある平野展望公園内の約390平米を利用(画像提供/新保奈穂美さん)

多くの子どもたちも参加(画像提供/平野コープ農園)

多くの子どもたちも参加(画像提供/平野コープ農園)

地域活性化と過密な住宅地の防災に貢献「たもんじ交流農園」

地域活性化のために始めた都市型農園が、地域の防災の場になった事例もある。東京都墨田区の「たもんじ交流農園」だ。

墨田区たもんじ交流農園。地元野菜寺島なすのほかトマトやサトイモなどを栽培(画像提供/新保奈穂美さん)

墨田区たもんじ交流農園。地元野菜寺島なすのほかトマトやサトイモなどを栽培(画像提供/新保奈穂美さん)

「2017年に、現・寺島・玉ノ井まちおこし協議会(以下、てらたま)が、街を盛り上げるため、この地にルーツがある伝統江戸野菜「寺島なす」を活用するプロジェクトを立ち上げ、3年がかりでコミュニティ農園『たもんじ交流農園』をつくりました。約660平米の敷地に12の交流農園があり、農園利用者が使用する毎週日曜日以外にもいつでも誰でも入ることができます。もともと、このエリアは、木造住宅密集地域(木密地域)で、地震・火災の防災・減災対策が課題でした。都市型農園によるオープンスペースの創出が、結果的に、防災・減災対策に繋がりました。災害時には避難スペースになりますし、水やりに使っている雨水タンクは火消しにも役立ちます」(新保さん)

多聞寺の臨時駐車場を無償で借りてつくられた。12区画の交流農園のほか、ウッドデッキやピザ窯がある。画像は、てらたま提供資料に新保さんが加筆したもの(画像提供/新保奈穂美さん)

多聞寺の臨時駐車場を無償で借りてつくられた。12区画の交流農園のほか、ウッドデッキやピザ窯がある。画像は、てらたま提供資料に新保さんが加筆したもの(画像提供/新保奈穂美さん)

農園で収穫された寺島なすは、地域住民や飲食店に提供(画像提供/たもんじ交流農園)

農園で収穫された寺島なすは、地域住民や飲食店に提供(画像提供/たもんじ交流農園)

そもそも、雨水タンクは、循環型農園を目指し、自然資源を活用した農作業を実現するために他の施設から使わなくなったものを譲り受けたものだが、結果として、防災にも生きている。「たもんじ交流農園」に限らず、続けるうちに、農体験から派生して、活動が複合的になっていくことが多々あるという。「いい感じに有機的につながっていくのが面白いところ」と新保さん。

著書の最後には、研究の原点となった「せせらぎ農園」を訪れた時のエピソードが書かれている。都市型公園の研究を続ける原動力ともなった大切な体験だった。

「『せせらぎ農園』の皆さんは、私が何者かも聞かずに、受け入れてくれました。『ここにいていいんだよ』と救われた気持ちがしたのです。こんないいところが、街のあちこちにあったらなあと。都市型農園が増えれば、私のように救われる人が増えるかもしれません」(新保さん)

新保さんが研究を通じて触れた「農のふところの深さ」。都市型農園がもっと身近になり、地域のハブとして、多世代・多様な人々を繋ぐ日は、そう遠くないのではと感じた。

●取材協力
・新保奈穂美さん
・『まちを変える都市型農園―コミュニティを育む空き地活用』(学芸出版社)

農作業ひたすら8時間のボランティアに10・20代が国内外から殺到! 住民より多い600人が関係人口に 北海道遠軽町白滝・えづらファーム

北海道の北東に位置する、遠軽町白滝エリア(旧白滝村)にある「えづらファーム」。地方の過疎化と人材難が深刻な社会課題になるなか、江面暁人(えづら・あきと)さん・陽子(ようこ)さん夫妻が営むこの農園では、農業や農家民宿事業を手助けしてくれるボランティアが次々とやってきます。10・20代を中心に、その数はなんと年間で70人にのぼります。農家民宿の観光客延べ人数を含めると、年間約600人もの人たちが関係人口として、住民500人ほどの地域と関わっていることに。決して便利ではない小さな田舎町へやってくる理由は何なのか?現地で話を聞きました。

農業の魅力・価値をパワフルに掘り起こし、「年に1つの新規事業」に

「えづらファーム」を経営する江面暁人(えづら・あきと)さん、陽子(ようこ)さん夫妻。もともと東京在住で会社員をしていた夫妻は、2010年に新規就農者として遠軽町白滝エリアへ移住。現在の農園にて農業経営継承制度を利用した研修を開始しました。2012年に独立し、新規就農からこの11年で、広大な土地をパワフルに耕すだけでなく、新しい価値を次々と掘り起こしてきました。

2012年の農場経営スタートとほぼ同時に農作物のネット通販を始めたことを皮切りに、2013年には住み込みボランティアを受け入れ始め、その翌年に観光事業の畑ツアー・収穫体験などを提供する農業アクティビティを開始。そのあとも、簡易宿泊所の認可を取得し、企業研修やインバウンドの受け入れ、空き家を活用した農家民宿のコテージ、レストランなど、「農業」を軸とした新規事業を立ち上げ続けています。

ちなみに新規事業は夫婦の経営会議で、毎年1つ、挑戦することを決めているそうです。なるほど、これは日々のアンテナの張り方もちょっと変わってきそうです。

空き家を活用した一棟貸し民泊コテージ。今夏は早々に予約が埋まるほどの人気ぶりです(画像提供/えづらファーム)

空き家を活用した一棟貸し民泊コテージ。今夏は早々に予約が埋まるほどの人気ぶりです(画像提供/えづらファーム)

その結果、人口500人の地域に「えづらファーム」を通じて年間で延べ600人もの人たちが訪れるまでになりました。特に住み込みボランティアは「えづらファーム」最大の特徴と言っていいでしょう。年間70名の、そのほとんどが、10・20代の若者たち。実働8時間、無償であるボランティアに、申込はその3倍近く年間200人から応募が集まるというから驚きです。

農業のやりがい、田舎の豊かさなど、見えない価値を伝えたい

「えづらファーム」は畑作農場を42ha保有しており、これは東京ドーム約9個分の広さに当たります。農業の生産性を示す収量は地域平均を上回っていて、農業だけでも十分な収益を得られるように思います。

広い農場はどこを切り取っても北海道らしい景観。主な栽培作物は、小麦、馬鈴薯、てんさい、スイートコーンなど(画像提供/えづらファーム)

広い農場はどこを切り取っても北海道らしい景観。主な栽培作物は、小麦、馬鈴薯、てんさい、スイートコーンなど(画像提供/えづらファーム)

ではなぜ、このような画期的な取り組みを次々と行っているのでしょうか。

「自分たちは、もともとよそから来たので、なんで農家なんかになるの、田舎つまんないでしょ、と言われることがありました。決して悪気があるわけではないのはわかっていますが、僕らは夢を描いて北海道へやってきたので、寂しいなと感じたことを覚えています。

農業のやりがい、田舎の豊かさ。この地で培われた文化の希少性。それには圧倒的な価値があると確信しています。見えていない価値を、どうしたら伝えることができるだろう。一人でも多くの人に、地域、農業に興味を持ってもらいたい。そして実際に、この地に訪れてもらいたい。そのためにはどうしたらいいかを常に考えて、農業体験、民宿、レストランと、毎年コツコツと挑戦しています。

経営面でみても、新規事業は必要な柱となります。例えば天候不順で農作物収量が計画通りにいかなかったとしても、多角的に事業を運営することで、他の事業でバランスを取りリスク分散ができるという利点があるんです」(暁人さん)

夫の暁人さんは北海道出身、ですが農業一家で育ったわけではありません。北広島市という北海道中部の都市部出身で、遠軽町とは250km以上離れてます。妻の陽子さんは京都市出身。同じく“非農家”の家で育ちました。

夫妻は東京での6年の会社員生活を経て、北海道北見市の畑作法人で農業研修に入る道を選択。遠軽町白滝の農場主で継承者を探していた先代さんと出会い、この縁から、移住することになったといいます。この地で生まれた娘さんは11歳になりました(画像提供/えづらファーム)

夫妻は東京での6年の会社員生活を経て、北海道北見市の畑作法人で農業研修に入る道を選択。遠軽町白滝の農場主で継承者を探していた先代さんと出会い、この縁から、移住することになったといいます。この地で生まれた娘さんは11歳になりました(画像提供/えづらファーム)

夫妻にとっては、移住後の暮らし方、働き方が大きな魅力でした。自然豊かな地域で私生活と仕事がくっついた暮らし。陽が沈んだら家路につき、当たり前のように毎日家族と食卓を囲む。夫妻のように、田舎暮らしに興味がある人は多いかもしれません。ですが、いざ縁もない地方へ仕事を求めていくかというと、やすやすとはいかないもの。

住み込みボランティアの受け入れ、農家民宿やレストランを提供することで、こうした暮らしを味わえるのは、他の地域の人にとって、得難い経験になるでしょう。地域と農業が本来持っているはずの「見えていない価値」に光を当てるため、夫妻は新規事業にチャレンジしています。
根底にあるのは、「人が集まる農場をつくりたい」という想い。だから、損得勘定や合理性だけではなく、「農」と馴染む人肌を感じるような新規事業が育っているのだと感じます。

8年前(2015年)の農家民宿スタート当時の写真。自宅2階を冬レジャー客用として開放したことがはじまりだったそう(画像提供/えづらファーム)

8年前(2015年)の農家民宿スタート当時の写真。自宅2階を冬レジャー客用として開放したことがはじまりだったそう(画像提供/えづらファーム)

21歳と25歳、外国人の住み込みボランティア。“Japan farmstay”で検索してやってきた

夫妻の取り組みの一つ、住み込みボランティアでは、若い世代がやってきて、平均2~3週間ほど滞在します。
ボランティアとはいえ、「ガチ」な農作業。実働8時間です。フルタイム勤務と変わらない時間、毎日汗を流します。筋肉痛で悲鳴を上げそうな農の仕事で、これは観光気分だけでは続かないと想像できます。
実際に6月にボランティアに来ていた2人に話を伺いました。

この時滞在していたのはアメリカから来たヤンセイジさん(21歳)、シンガポールから来たJJさん(25歳)の2人です。

ブロッコリー畑の雑草取り中のセイジさんとJJさん。2人はファームで出会って仲良くなりました(写真撮影/米田友紀)

ブロッコリー畑の雑草取り中のセイジさんとJJさん。2人はファームで出会って仲良くなりました(写真撮影/米田友紀)

筆者が現地に到着してすぐ、偶然2人にお会いし、ご挨拶。日に焼けた顔から白い歯で笑顔をみせてくれ、「お水いりますか?」とペットボトルのお水を差しだそうとしてくださり、初対面から好青年です。

2人はネット検索で“Japan farmstay”と2ワードを叩き、検索結果で表示されたえづらファームのウェブサイトからメールで問い合わせたそうです。

セイジさんはアメリカの大学に通う学生。昨年はアメリカのIT企業でエンジニアのインターンシップに参加し、今年は何か違うことをやってみたい、と日本へやってきました。世界的な食糧問題に関心があり、食の原点として農業を体験したいという想いがあったそうです。

JJさんはシンガポールの大学を卒業し、就職前の期間を利用して日本に滞在中。シンガポールの金融企業に就職予定で、サステナビリティ分野での投資に関心があり、農業を学びたいとえづらファームにやってきました。

「体力的には大変だけど、楽しくて貴重な経験をさせてもらっています。みんなでご飯を食べることが楽しいですし、特にポテトが美味しい。陽子さんがつくったポテトサラダが最高に美味しいです」(JJさん)
「来る前とのギャップは特にないですね。何をできるかなとワクワクしていましたし、イメージ通りです」(セイジさん)

ボランティアの2人は、陽子さんのまかないは最高に美味しい、と口をそろえます(画像提供/えづらファーム)

ボランティアの2人は、陽子さんのまかないは最高に美味しい、と口をそろえます(画像提供/えづらファーム)

セイジさんもJJさんも、ネット検索結果をきっかけに異国の田舎にある農場にポンとやってきてしまうのだから、行動力があります。

夫妻によると、同様の検索ワードでえづらファームのサイトを見つけて応募する人が多いとのこと。食や観光分野での起業、地方創生への関心など、2人のように目的が明確な若者が多いそうです。「未来はきっと明るいぞ」と、日々感じるのだとか。

単なる労働力ではなく、想いを実現する場に

ボランティアの皆さんは夫妻の自宅2階で同居しています。
常時2~4人ほどが住み込み、食事は家族とテーブルを囲みます。お風呂もトイレも共用で、洗濯も家族と一緒にガラガラと洗濯機を回します。さらに休日は、みんなでバーベキューや窯でピザを焼いたり、夜空を見たり。釣りやスキーなどレジャーを楽しみ、衣食住の全てを家族同然に生活しています。

夫妻には11歳になる娘さん、ののかさんがいます。ののかさんにとっては、生まれてからずっと家にボランティアのお兄さん、お姉さんがいることが当たり前の暮らし。世界中からやってくるボランティアさんたちから自然と多様性を学べる環境が、人口500人の地域の自宅にあるわけです。娘さんは逆にボランティアがいない生活を知らないので、もし家族だけになったら寂しいと話しているんだそう。

収穫レストランを手伝うののかさん。娘さんの気持ちに配慮しながら事業に取り組んでいます(画像提供/えづらファーム)

収穫レストランを手伝うののかさん。娘さんの気持ちに配慮しながら事業に取り組んでいます(画像提供/えづらファーム)

毎年来てくれたり、高校生の時にきて、今度は大学に入ってから、と2回、3回とやってくるボランティアさんも多いそうです。
ボランティアさんとは事前にオンライン面談を行います。その時点で必ず声掛けしていることがあります。
「ここにきて、何をしたいのか」
それはやりたいことを叶える場所として、えづらファームを活用してほしい、という想いがあるからだそうです。

「単純に労働力として来てもらえるのは農場にとってはありがたいですが、本人がやりたい何かを実現できる場所として、白滝へ来てもらいたいです。人生に役立てることに一つでも、ここで出会えてもらえたら」(暁人さん)

労働力として考えたら、農繁期に作業に慣れた人を雇う方が効率的だといえます。訪れるボランティアとの出会いを楽しみ、彼らにも「やってみたい」「楽しい」を感じてもらいたい。夫妻にはそんな願いがあります。

建築を学ぶボランティアさんが「つくってみたい!」と建てた小屋。立派すぎるDIYです(写真撮影/米田友紀)

建築を学ぶボランティアさんが「つくってみたい!」と建てた小屋。立派すぎるDIYです(写真撮影/米田友紀)

ドラム缶風呂は「入ってみたい!」を叶えるためにボランティアと一緒につくりました(画像提供/えづらファーム)

ドラム缶風呂は「入ってみたい!」を叶えるためにボランティアと一緒につくりました(画像提供/えづらファーム)

衣食住を共にして、ボランティアがやりたいことを叶えられるように努める。夫妻のおもてなしには舌を巻きます。ですが、ボランティアから自分たちに与えてもらっているものも大きい、と感じているそうです。

「農業って、人と接することが少ないんです。外から人が来てくれること、出会いが刺激になることに感謝しきりです。ここにきて10年経っても、ボランティアの子たちと星空を見て一緒に感動できる。田舎の贅沢さをいつまでも新鮮に感じることができるのは、彼らのおかげです」(暁人さん)

小さな一歩が、新事業のとっかかり

とはいえ、毎年一つの新規事業を始めるというのは労力も勇気も伴います。
失敗が怖くないのかと聞いてみると、陽子さんがこう語ってくれました。

「私たちの事業は始めの一歩が小さいんです。もし上手くいかなかったら撤退できるように、意識的に小さくしています。そして需要があることをかたちにするようにしています。農家民泊も最初はウィンタースポーツに訪れる人がいるのに『地域には宿泊できる場所がなくて困っている』という近所の人の声を聞いたことがきっかけでした。だったらうちの2階に部屋が余っているから宿泊所にしよう、と始めました。最初から何百人もの観光客を呼ぶ、なんて始めたわけではないんです」(陽子さん)

もちろん上手くいかなかったこともある、といいます。例えばボランティアの受け入れではせっかく来てくれると言っているのだから、と最初は面談をせず受け入れていたところ、リタイアする人がいたそうです。

「当時はこちらのケア不足もあると思いますし、想像してたのと違った、とギャップを話す子もいました。せっかく来てくれたのに、上手くいかないことはお互いにとって大変残念なことですので、今では必ず全ての人と事前面談をしています」(陽子さん)

なるほど、ボランティアのセイジさんが話していた「ギャップのなさ」は事前の丁寧な面談の賜物なのですね。
冬レジャーの困り事解決のために始まった民宿は、現在では空き家を活用したコテージに。地域の人による親戚の集まりや、離れて住む子どもや孫が帰省時に泊まるといった機会でも活用されているそうです。

小さな一歩からはじめることは、地域での暮らしでも大切だと陽子さんは言います。
「急に世界中から人を受け入れたいだなんてと宣言したら、きっと地域で理解してもらえないでしょう。大きな目標を立てるより、まずは身近な人にとって役立つことをしたいと思い、ここまでやってきました。小さな一歩をとっかかりに、そこから地道に広げていく。本当にちょっとずつかたちにしてきて、今に至ります」(陽子さん)

新規事業というと大がかりですが、イチかバチかの大勝負に打って出るというより、周りの地域の人たちの困り事や願いに耳を傾けて自分たちにできることは何か、とちょっとずつ軌道修正をしながら広げているようです。

広大な地で軽やかなチャレンジが進んでいます(画像提供/えづらファーム)

広大な地で軽やかなチャレンジが進んでいます(画像提供/えづらファーム)

若者が「やってみたい」を投じる場として

夫妻の昨年の年1チャレンジは、収穫レストラン「TORETATTE」(トレタッテ)オープンでした。レストランでは地元在来種の豆を扱ったティラミス、アイヌネギのキッシュやヨモギのコロッケ、ふきのマリネなど地域に根付く食文化を味わうメニューも期間限定で提供しています。

「きなこと抹茶の植木鉢ティラミス」在来種豆を提供する地元商店の豆を使用し、白滝の春景色の表した一品(画像提供/えづらファーム)

「きなこと抹茶の植木鉢ティラミス」
在来種豆を提供する地元商店の豆を使用し、白滝の春景色の表した一品(画像提供/えづらファーム)

また、地域に戻ってきたい人や新しいことに挑戦する人を後押しすべく、「間借りカフェ」としての活用もスタート。
今年6月と7月には地元出身の若者2人による一日カフェが開かれ、それぞれが得意とするコーヒーやスイーツがふるまわれました。

さまざまな人の挑戦の舞台となる収穫レストラン「TORETATTE」(画像提供/えづらファーム)

さまざまな人の挑戦の舞台となる収穫レストラン「TORETATTE」(画像提供/えづらファーム)

実際に夫妻との出会いをきっかけに遠軽町に移住したり、新規就農をめざしてやってきた人もいるそうです。

「毎年新しいことを立ち上げる」

言葉でいうほどカンタンではないのは、たゆみなく努力する夫妻をみるとよくわかります。ですが近くの困り事に耳を傾け、スモールスタートで自分のできることを進めれば、夫妻のようにワクワクする取り組みができるかもしれません。

新規事業を毎年立ち上げる2人は、農家であり、起業家です。「農」を起点に新しい価値を次々と創造しています。ボランティアや間借りカフェで訪れる次世代の若者にも、そのチャレンジスピリットが伝播しています。
2人はきっとこれからも、白滝から小さな一歩のチャレンジを踏み出していくのでしょう。

●取材協力
えづらファーム

近所の農家と消費者が育むつながりが地域の心強さに。「縁の畑」が始めた”友産友消”とは?

朝10時半。北海道長沼町のスーパー「フレッシュイン グローブ」(以下、グローブ)の店先には新鮮な農作物が並んでいた。みずみずしい白菜、土のついた大根、真っ赤なりんご。開店と同時に、お客さんが続々と入ってくる。「縁の畑(えんのはた)」というグループの売り場だ。縁の畑は近隣の生産者と消費者が一緒になってつくる共同販売グループのこと。
農業が盛んな地域でも、その地で採れた野菜がそのままスーパーに並ぶとは限らない。多くが市場を通して売買されるためだ。
そこで、生産者と消費者、売り手が小さな流通のしくみを自分たちでつくり「近隣の野菜を地元で食べる」を実現する試みが始まっている。
エネルギーや食の供給が不安定になっている今の情勢下で、縁の畑の取り組みは、生産者と消費者が身近なところでつながり合う意味を教えてくれる。

地産地消の難しさ

この日、白菜を並べていた「ファーム鈴田」の鈴田圭子さんも、縁の畑のメンバーの一人。
「白菜って新鮮なほどおいしくて、採りたてはほんとに味が違うんです。それを食べる人たちにも知ってほしいなと思って」

「ファーム鈴田」の鈴田圭子さん(写真/久保ヒデキ)

「ファーム鈴田」の鈴田圭子さん(写真/久保ヒデキ)

「縁の畑」は長沼町の生産者農家23軒と消費者やこの取り組みを応援する14人による共同販売のチーム。個性ある農家が、地元の人たちに自分たちの野菜を食べてほしいと始めた活動だ。食べ手である消費者も、近隣の野菜を身近な場所で買えるのは心強いと、準組合員になって支援している。

国道沿いには道の駅があり、札幌など都市部から訪れる人たちで週末にぎわうが、長沼の中心部からは少し離れているため、地元の人たちからは少し遠い存在。

同じくきびきびと働いていた白滝文恵さんは、立ち上げメンバーの一人で、いま中心になって事務局をまわしている。

「地元で地元の野菜を買える場所は、長沼でも少なかったんです。例えば地元の農家さんと知り合って、いただいた野菜がすごくおいしくても、近くに買える場所がなくて。キュウリ2~3本を買うために直接農家を訪ねるのはハードルが高いですよね。ここで買えるようになって、すごく喜んでもらえました」

右から事務局の白滝さん、「ファーム鈴田」の鈴田さん、同じく事務局の保井侑希さん(写真/久保ヒデキ)

右から事務局の白滝さん、「ファーム鈴田」の鈴田さん、同じく事務局の保井侑希さん(写真/久保ヒデキ)

「地産地消」という言葉が生まれたのは1980年代(*)。地産地消が実現できれば、消費者は新鮮でおいしい野菜を入手でき、生産者にとっても身近な人たちに届ける喜びになり、少量の産品や規格外品も販売しやすくなるなどの利点もある。

(写真/久保ヒデキ)

(写真/久保ヒデキ)

ただ、直売所の普及や学校給食での地元野菜の使用が進むのに対して、小ロットを狭い地域のなかで流通するシステムは十分に整っているとはいえない。地元の小売店や飲食店がその地の野菜を安定的に仕入れたい場合、市場で買うか農家と個別に契約するほかない。

そこで農家と消費者、地元のスーパーの三者が協力して地元の人たちに届けようとするのが、「縁の畑」である。

縁の畑の組織図(提供:縁の畑)

縁の畑の組織図(提供:縁の畑)

小さな農協のイメージ

参加する農家はさまざまだが、みんなこだわりをもつ個性的な農家ばかり。JA出荷だけでなく直販もしていたり、農家の名前を表に出して売ることを大事にしている。

縁の畑の設立には、多くのメンバーがお世話になった、ある農家の離農がきっかけになっている。長年直販で農業を続けてきた農家だったが、ネット販売が主流になり、年配者には売り先を開拓するのが難しくなったことが理由にあった。何とか離農を防げないかと若手農家10軒ほどが集まって相談した。結局その農園はリタイヤすることになったのだけれど、新しい売り方をみんなで考えたことが会の設立につながった。

会長は、平飼い有精卵の養鶏農家「ファーム モチツモタレツ」の高井一輝さんが就任。ただし農家と消費者による共同運営、共同出資なので何でもみんなで決める。「縁の畑」という名前も、理念も規約も、スラックなどを使って、みんなで意見を出し合って決めてきた。

事務局の白滝さんは、以前北海道の有機農業組合の職員だった。そのため「縁の畑」の組織を考えるとき、小さな農協をつくればいいと発想したのだそうだ。

「会費を募って組合員によって構成されるイメージです。生産者は正組合員として一口1万円、消費者は準組合員として一口5千円。そのほか年会費が5千円です。ただし縁の畑はオーガニックにとらわれない、いろんな生産者の集まり。農薬を使っていても低農薬だったり、必要最低限、おいしいものをつくろうとされている農家さんがたくさんいますから」

白滝さんは長沼でお弁当屋を開いていたこともあり、地元には魅力的な農家がたくさんいることを知っていたという(写真/久保ヒデキ)

白滝さんは長沼でお弁当屋を開いていたこともあり、地元には魅力的な農家がたくさんいることを知っていたという(写真/久保ヒデキ)

「地元の農家さんを地域の人たちにも知ってほしいとずっと思ってきました。地産地消というより、私は『友産友消』と言っているんですが、友達がつくったおいしい野菜を、また友達に食べてもらうような感覚で野菜を流通できないかと考えたんです」

白滝さんはいつも穏やかに話す物静かな人だが、実は驚くほどの行動力の持ち主だ。5月には組織を発足。6月末からはスーパーでの販売も始まった。

地元スーパーの応援あってこそ

「縁の畑」の最大の特徴は、地元のスーパーに専用の売り場をもっていることだ。すでに地元に定着している商店に売り場をもってスタートできたのは大きいと白滝さんは話す。

「フレッシュイン グローブ」は、長年まちの人に愛されてきた中森商店が、数年前にリニューアルしてできたスーパー。今も店内には「秋の大収穫祭」「おいしいものは心に残るが安いだけでは残らず」など勢いのある手書きのポップが何本も下がる庶民派の店だ。魚売り場には尾頭付きの活きのいい魚が並び「市場」のような雰囲気がある。

長沼町の中心街にあるフレッシュイン グローブ。この日は月に一度の縁の畑のマルシェが店頭で行われている(写真/久保ヒデキ)

長沼町の中心街にあるフレッシュイン グローブ。この日は月に一度の縁の畑のマルシェが店頭で行われている(写真/久保ヒデキ)

フレッシュイン グローブの店内。青果売り場の様子(写真/久保ヒデキ)

フレッシュイン グローブの店内。青果売り場の様子(写真/久保ヒデキ)

その入口付近に、「縁の畑」専用の売り場がある。青果部の小野直樹さんは開始当初から縁の畑を応援してきた。

「うちの店は、もともと安さより『ほかに置いていないもの』『個性あるもの』を置くのが店の方針なんです。市場で仕入れるとどうしても収穫から日が経ってしまうけど、縁の畑さんは、採れたてのいい野菜をまとめて持ってきてくれるから大歓迎です」

フレッシュイングローブの入口すぐ脇に設置された「縁の畑」の売り場(写真/久保ヒデキ)

フレッシュイングローブの入口すぐ脇に設置された「縁の畑」の売り場(写真/久保ヒデキ)

一般的にスーパーでは仕入れが安定せず、売り場に空きができるのを嫌う。でも小野さんは「空きができてもいいから、どんどん置いて」と言う。

「野菜は生ものなので、あるときはある、ないときはない。それでいい。そのほうが新鮮さが感じられるでしょう?売り場は活きがいいほうがいいんです」(小野さん)

フレッシュイン グローグ、青果部の小野直樹さん(写真/久保ヒデキ)

フレッシュイン グローグ、青果部の小野直樹さん(写真/久保ヒデキ)

さらに縁の畑に売り場を貸すだけでなく、微に入り細に入り、売り方のアドバイスをしてくれるという。

「例えば、ビーツを置いたときは、小野さんからすぐに電話がかかってきて。真っ赤な茎の見たことのない野菜があるけど、これ何だかお客さんわかんないよねって。ポップつけようとか、ひな壇にしたほうがいいよ、など並べ方のアドバイスまでしてくれて。スタッフさんがみんな、細かく目を配ってくださるんです」(白滝さん)

なぜそこまで?と小野さんに聞いてみた。

「うちの狙いは、新しいお客さんを呼ぶこむことでもあるんです。実際、縁の畑さんの野菜を置くようになって若いお客さんが増えました。

それに地元の野菜といっても、実際に響くのは従来のお客さんの10人中2~3人というのが肌感です。でも関心のなかった人たちが『地元の野菜が増えたね』『見たことのない野菜がある』と気付くようになって、次第に関心をもつようになる。長沼産の野菜にブランドがつけば我々にとっても嬉しいことです」

(写真/久保ヒデキ)

(写真/久保ヒデキ)

食べる人の声

スーパーでの販売だけでなく、家庭向けの宅配「野菜のおまかせセット」も販売している。消費者として、準組合員になっている人はいま14名。なかには宅配の「野菜おまかせセット」を頼んでくれている人もいる。谷渕友美さんは縁の畑の立ち上げ時から、準組合員であり消費者として会の活動を支えてきた一人。

準組合員の谷渕友美さん(写真/久保ヒデキ)

準組合員の谷渕友美さん(写真/久保ヒデキ)

「縁の畑の農家さんにはママ友など知り合いも多いし、応援したい気持ちがあります。それにおまかせセットで野菜が届くのは楽しみでもあるんです。自分で買い物するとニンジン、玉ねぎ、じゃがいも……とオーソドックスな野菜ばかり買ってしまいますが、ボックスには旬の野菜が入っていたり、見たことのない野菜も入っていたりして料理のレパートリーが広がります」

谷渕さんは、一方で子どもたちに食育の取り組みを進める活動にも携わっている。「子どもの五感は一生の宝」という言葉が印象的だった。

「食に意識の高い人ばかりではないので、食の自給率とか『買い物に哲学を』みたいな話は誰にでも伝わる価値ではないです。安ければ安いほどいいって人は当然いますから。でもだから、グローブのような手に取りやすい場所で、近隣の野菜を販売されてる価値ってあると思うんです。ちょっと高くても野菜が新鮮で、それは買う人にも見た目で自然と伝わるものだから。見て食べて感じることができる。やっぱり野菜の味、全然違いますから」(谷渕さん)

食べる人と、つくる人が一つのチームになって、その輪の中で食べ物が供給される。入口はおいしさの共有かもしれないが、何かあったときの地域のレジリエンスにもなる話だろう。規模でいえば小さな輪でも、この輪があるのとないのとでは安心感が違う。

一方、ビジネス的な視点からいえば、地元で野菜を売っているだけでは厳しいため外にも打って出ている。隣町の道の駅への出荷もしているし、北海道で始まった「やさいバス」にも縁の畑として野菜を入れている。
地元の飲食店や小売店向けのライングループをつくり、その日出荷できる野菜の情報を送り、注文できるしくみになっている。

Instagramで見て都市部から買いにきたという人も(写真/久保ヒデキ)

Instagramで見て都市部から買いにきたという人も(写真/久保ヒデキ)

農家にとっての窓

北海道の夏は短い。できることはできるうちにと、6月の発足時からとにかく走り続けてきた。これから勉強会や生産者同士の技術交流会も検討している。

「夏にやれるだけのことをやって、冬に農家さんたちに時間ができたらじっくり反省会をしたいと思っています」(白滝さん)

3月に初めてみんなで集まったとき、農家の間からやってみたい事柄がたくさん挙がったのだという。野菜の販売だけでなく「食育の活動」「マルシェの開催」「勉強会や技術交換会」「農家体験」など、農家同士の交流や、発信、お客さんに働きかける内容のものも多かった。

佐賀井農園の佐賀井さんは、昨年よりお米の生産面積を増やし販路を開拓したいと考えていたところに縁の畑の話を知って参加。技術交流の取り組みを進めている(写真/久保ヒデキ)

佐賀井農園の佐賀井さんは、昨年よりお米の生産面積を増やし販路を開拓したいと考えていたところに縁の畑の話を知って参加。技術交流の取り組みを進めている(写真/久保ヒデキ)

アスパラガスやキュウリを栽培する坪井ファームの畑には、ハウスが22棟、緩やかな丘に続く傾斜地に立っていた。坪井さんのキュウリはグローブでもすぐ売り切れるほどの人気。夏の繁忙期には一日5000本、多い日には7000本のキュウリを収穫するという。妻の紀子さんは話す。

「夏は大忙しです。朝4時に起きて2時間収穫をした後、子どもたちを送り出して。直販だけではさばけないので、半分はJAを通して出荷しています。縁の畑に出す割合は全体からするとまだそれほど多くはないんですけど」

坪井ファームの坪井紀子さん(写真/久保ヒデキ)

坪井ファームの坪井紀子さん(写真/久保ヒデキ)

それでも、縁の畑の取り組みに参加するのはなぜなのだろう?

「朝ほんの数分ですが、子どもを送りがてらキュウリを届けると、ほかの農家さんたちがどんな品物を出しているんだろうと見られたり、ああこんな野菜もあるんだと小さな刺激を受けて帰ります。農家ってほんとに忙しくて、黙って仕事しているだけだと世界がすごく狭くなっちゃうんですね。農家同士の交流ももっとできたらいいなと思うし、勉強会とか、社会との接点になるって期待しています」

坪井ファームのキュウリはみずみずしくておいしい。地元でも人気(写真/久保ヒデキ)

坪井ファームのキュウリはみずみずしくておいしい。地元でも人気(写真/久保ヒデキ)

縁の畑の理念には、こんな言葉が載っている。

「食を通じて、土地と人とがつながりあい、人も社会も自然も健康でいられる小さな循環をつくること」

自然に向き合い、農業を続けることは生半可にはできない仕事だ。遠くへ運ぶだけでなく、地域で小ロットでも農産物が流通できるマイクロ物流が整えば、より環境負荷が少ない、またロスの少ないしくみができる。
縁の畑は、そのための小さくて大きな一歩かもしれない。

(*)地産地消とは、「農林水産省農蚕園芸局生活改善課が1981年度から進めた地域内食生活向上対策事業」のなかで用いられた「地場生産・地場消費」が略されて「地産地消」になったとされる。(「一般財団法人 地方自治研究機構」HPより)

●取材協力
縁の畑

山形住みます芸人・ソラシド本坊元児さん「東京の8年間は罰ゲームみたいだった」。都会を捨て、農業や”まともな生活”で得た充足感

吉本興業の芸人さんが全国47都道府県に暮らす「あなたの街に”住みます”プロジェクト」。お笑いコンビ「ソラシド」の本坊元児さんは、指名を受けて2018年に山形県へ移住、テレビやラジオ出演のかたわら農業を営んでいます。本坊さんのように地方へ移住をしてみたいと願う人も最近は増えていますが、不安や迷いも多くて足踏みしてしまうことも。そんな迷える人に向けて教えてください。本坊さん、移住について本当のところはどう思っているんですか?

手探りで始めた農業は、ご近所の人から教わった

現在山形市内に居住しながら、西川町にある畑や竹林、平屋の古民家を借りて通いで農業に勤しむ本坊さん。日本テレビのTV番組「人生が変わる1分間の深イイ話」では、本坊さんの暮らしぶりに密着するコーナーもあり、注目をされています。実際に目にしたことがある人もいるのでは?芸人仲間で仲良しの「麒麟」川島明さんも、本坊さんの山形暮らしについて、メディアでたびたび話しています。2022年4月には、山形暮らしのことを綴った『脱・東京芸人 都会を捨てて見えてきたもの』(大和書房)を上梓しました。

山形での暮らしぶりを赤裸々に綴った、本坊さん二冊目の著書(画像提供/大和書房)

山形での暮らしぶりを赤裸々に綴った、本坊さん二冊目の著書(画像提供/大和書房)

それにしても、芸人さんが農業? 一体どんな生活をしているのでしょうか。私たちは東京から飛行機で1時間、さらに車に乗り換えて1時間ほどかけて、西川町に到着しました。

本坊さんの畑がある場所は、山々に囲まれた自然豊かな環境(写真撮影/土田 貴文)

本坊さんの畑がある場所は、山々に囲まれた自然豊かな環境(写真撮影/土田 貴文)

広大な畑をせっせと行き来する本坊さん。「こんにちは」と近くに行くと、10月上旬のこの日は大根の葉の間引きや、里芋の収穫作業をしていました。

大根の葉の間引き作業をする本坊さん(写真撮影/土田 貴文)

大根の葉の間引き作業をする本坊さん(写真撮影/土田 貴文)

(写真撮影/土田 貴文)

(写真撮影/土田 貴文)

作付けをしている畑は約400平米ほどの広さ。ここでは現在里芋、大根のほか、玉ねぎやジャンボニンニクなど1シーズンで8種類近くの農産物を育てています。

「実は、里芋の収穫は作付けしてから初めての作業なんですよね、一体どうやるのかなあ」と笑いながら手探りの作業が続きます。

ドキドキしながら里芋収穫の作業をする(写真撮影/土田 貴文)

ドキドキしながら里芋収穫の作業をする(写真撮影/土田 貴文)

掘り起こした根元を見てみると、たっぷり里芋が!(写真撮影/土田 貴文)

掘り起こした根元を見てみると、たっぷり里芋が!(写真撮影/土田 貴文)

「農作物の育て方も、農機具を使うことも、ここにきて初めて知ったこと。何も知らないことばかりで、試行錯誤です。あまりに何もわからないから、ご近所の人たちや、地主であるシゲルさんから教えてもらいながら育ててきましたよ」(本坊さん)

本坊さんの農業の先生、地主のシゲルさんとの出会いは、2020年のコロナ禍、趣味である沖縄三線を通じてだったそう。

家主シゲルさんとの共通の趣味、沖縄三線を楽しむ(画像提供/吉本興業株式会社)

家主シゲルさんとの共通の趣味、沖縄三線を楽しむ(画像提供/吉本興業株式会社)

「それまでは少しずつメディアの仕事が増えていってたのが、コロナになって全てパー。アルバイトすらままならなくなったんですよ。そこで、以前から思っていた”何かやりたい、ここでしかできないことをしたい”を実行に移す時だと、農業を始めることに。そのタイミングでシゲルさんとSNSを通じて知り合い、空き家になっていた古民家と竹林、畑を月100円で借りられることになったんです」(本坊さん)

借りている平屋には、家主シゲルさん一家の生活の名残が感じられます(写真撮影/土田 貴文)

借りている平屋には、家主シゲルさん一家の生活の名残が感じられます(写真撮影/土田 貴文)

右も左もわからない状態で始まった山形暮らしですが、現在は毎日が大忙し。作った農作物を道の駅などで販売するほか、今年は近隣の食品会社から400本の大根の注文を受けたのだとか。「社長が、『本坊くんの作っている大根をうちで買わせてくれないか』って言ってくれて。大根を使って、漬物を作ってくれるんですって。ありがたいですよね。だから期待に応えられるようにしっかり作らないと、と思っているんです」(本坊さん)

農作物の生産や販売だけではありません。この日は取材の前に、西川町の名産品であるさるなし・こくわの商品PRショーを行っていたそう。農業を経験したことで、農産物のPRや商品開発にも携わることへと広がり、本気で農業と向き合っているそうです。
一方芸人としての仕事に始まり、東北地方でのメディア出演も増えているとのこと。現在テレビ6本、ラジオ2本へのレギュラー出演と2本の連載、そのほか講演活動にも勤しんでいます。「先日は小学校から講演依頼があったんですけど、テーマが『SDGs』で依頼をもらって。むずいテーマだなって思いながらも、17のテーマの中から農業とゲームで結びつけて話しました。こういう形で、芸人と農業が生きています」(本坊さん)

東京にいることが苦しくて、移住を決意

今でこそ多忙な毎日を送っている本坊さんですが、「それまで僕は20年間、今よりもずっと売れてなくて、月に5日も芸人の仕事があればいいほうでした」と話します。
「それ以外の時間は、日雇いの工事現場での仕事をしていたわけで。明日の予定さえよくわからない毎日だったんです。でも、おかげさまで今はやりたいこと、やらなくてはならないことが常にタスクとしてたまっている日々。そんな日々を走っているってことが嬉しいですね。忙しいことは、暇なことよりもストレスにならないです」(本坊さん)

東京時代のことを振り返る本坊さん(写真撮影/土田 貴文)

東京時代のことを振り返る本坊さん(写真撮影/土田 貴文)

会社からの指令で山形へ移住することに抵抗はなかったのでしょうか。

「そりゃあ、抵抗はありましたよ。2011年にも一度移住の話を持ちかけられたんですが、その時は断っています。だって僕らは芸人になりたくて吉本に入っているんであって、地方を目指したいわけではない。大都会のてっぺんで頑張りたいって思うわけです。その時は即答で断りました」(本坊さん)

その後東京で芸人活動を続けますが、次第に本坊さんは都会での暮らしに疲弊していったのだと振り返ります。

イチから始めた山形の生活も、四の五の言わずに淡々と楽しんでいる(写真撮影/土田 貴文)

イチから始めた山形の生活も、四の五の言わずに淡々と楽しんでいる(写真撮影/土田 貴文)

「とにかくバイト生活から脱したかった。ほとんどずっと工事現場で働いていて、『この生活は何の罰ゲーム?東京におる意味ってあるんか?』と思いながら過ごしていました。僕にとっての暗黒の8年間。仕事も辛かったけれど、それ以上に人や街の空気に酔ってしまい疲れていたんだと思います。年齢も30過ぎてて、住めるわけでもない大都会の真ん中へ、仕事のためだけに毎日電車に揺られて通う。しんどい以外の何ものでもなかった。そう思っている大人、他にもいるんちゃうかな。だから2回目の移住指令に応じたのは、正直なところ都会の苦しさから逃げたくてラクを選んだところもありました」(本坊さん)

移住をするからって、ずっと住むわけではない

移住してから初めのころは仕事を介した地元の人との付き合いが中心だった本坊さん。その後「芸人じゃない友人」である宅配便配達員・ジンくんとの出会いがきっかけで、仕事以外の地元の友達がたくさんできたといいます。

仲良しの友達ジンくん一家と、馬場園梓さんとの一コマ(画像提供/吉本興業株式会社)

仲良しの友達ジンくん一家と、馬場園梓さんとの一コマ(画像提供/吉本興業株式会社)

「芸人じゃない人たちの生活がとにかく新鮮でしたね。起きて布団を干して、洗濯をする。きちんと靴もそろえられていて、献立表とかが冷蔵庫に貼ってあるんですよ! 何もかもがまともな生活。ああ!こういう生活が普通の生活なんやって、40年近く生きてきて今さら知ったという。遅いんだけど(笑)。そのことがいちいち面白かったです」(本坊さん)

山形の人にとって当たり前の風景や気候も、本坊さんには何もかもが新鮮だったという(写真撮影/土田 貴文)

山形の人にとって当たり前の風景や気候も、本坊さんには何もかもが新鮮だったという(写真撮影/土田 貴文)

休みの日ともなれば友人たちと釣りへ行き、麻雀をし、食事を共にしては時には友人宅に寝泊まりするほど本坊さんは山形の暮らしに馴染んでいきます。これほどに仲良くなれるって珍しいのではないでしょうか。

「”地元を盛り上げたくて”みたいな、なんかうわついたこと言って構えて移住してきても、”あんた何言ってんの?”みたいに思うじゃないですか。大そうなことをしようとなんて思っていないし、正直に嘘をつかないで過ごすことが大事だと思うんです」(本坊さん)
本坊さんが徐々に人脈を広げて、そして仕事へと広がりを見せていったのは、無理な姿をつくらないこと、そして高すぎる志を掲げなかったことが多くの人との距離感を縮めていたのかもしれません。

この地区では一番若いという本坊さん。元気な年長者たちに助けてもらいながら、過ごしているそう(写真撮影/土田 貴文)

この地区では一番若いという本坊さん。元気な年長者たちに助けてもらいながら、過ごしているそう(写真撮影/土田 貴文)

「だから移住の理由も本音を話すんです。本当は”山形に来たくて、移住しました”っていう方がみんな喜ぶでしょうし、それを期待しているんでしょうけれど。”住みます芸人で指名されたから来ました”が僕の本音。嘘は言わない。でも、住むからにはその土地で文句を言わずにできることを一生懸命やる。これが僕のできることです」(本坊さん)
これだけ仲の良い人間関係が出来上がると定住しそうにも思えますが……。

「でもね、住んでる家は賃貸ですしね。一生家を買わない方向を考えているから、またどこかに引越すことになるかもしれません。その時になってみないとわからない。今は今で楽しいけれど、先はもしかしたらまたどこかに移住するかもしれない。そういう話をすると、山形の人たち寂しそうな顔するんですけどね。移住したからといって、移住先に一生住み続けなければならない。ってことはないんですよね」(本坊さん)

迷っている人がいたら、自分が斜に構えないこと

「移住をしたら、ずっと住み続けなければならないってことはない」ーーその一言にハッと目を覚まさせられた気持ちになります。なぜならば、移住を願う人たちの多くは、その土地に住むならば「失敗したらどうしよう・人間関係がうまくいかなかったらどうしよう」と、先々ずっと続く心配をしがちだからです。移住を先に経験している本坊さんは、そこをさらに突いてきます。

「いや、不思議に思うんですけど……。皆なんでそんなにトラブルがありき前提で家や土地探しに行くんですかね。確かに隣の人たちの顔が見えないっていう状況が怖いのはわかるんですけれど。でも正直、自意識過剰な気がします。相手にだって相手の生活があり、彼らにとっても知らない人が移住してくるのは不安や未知がある。見えない情報に翻弄されず、斜に構えないで、目の前の人たちのことをしっかり見ることが大事なんじゃないですかね」(本坊さん)

工事現場での作業経験を活かしながら、廃材を利用してDIYでつくった農作業庫(写真撮影/土田 貴文)

工事現場での作業経験を活かしながら、廃材を利用してDIYでつくった農作業庫(写真撮影/土田 貴文)

確かにその通りですね。自分のことばかりではなく、相手の立場に立って考えることで、不安や心配は和らぐのかもしれません。誰だって未知なる世界に不安が膨らむのは当然のことなのですから。

「僕も移住前に、空き家バンクなんかをネットで調べたりしました。今は手軽に情報が調べられるけれど、こと移住となると、ネットはやっぱり嫌なことしか情報として出てこないんですよ。でもそれを自分の実生活に当てはめてみると、ネットに上がっている情報が全てではなくて。鵜呑みにしない方がいいなって思いますね。半分ゴシップだと思えばいいんです」と語る本坊さん。

移住に対しても一歩俯瞰的に見ているところに芸人さんらしさを感じます(写真撮影/土田 貴文)

移住に対しても一歩俯瞰的に見ているところに芸人さんらしさを感じます(写真撮影/土田 貴文)

本坊さんがおっしゃるように、SNSやインターネットでの情報が手軽に入るようになったからこそ、不安の面積が広がっているというのはあるのかもしれません。

「だって、世の中には嫌な奴もいるし、一方ではいい人もたくさんいる。それは東京でも山形でも同じでしょう? だからパソコンやスマホを指先だけでいじって調べてないで、嫌なことも楽しいことも変化を面白がる。そのくらいの気持ちを持って、体ごとぶつかっていけば、“住めば都”になるかもしれないですね」(本坊さん)

実直な気持ちで、いいも悪いも変化として面白がる。そして失敗したと思っても引き返せばいいし、移住した先に住み続けることが必須ではない。その気持ちと行動が、移住を実現するには何よりも大切なのかもしれません。

東京から遊びに来てくれた「おかずクラブ」と大根の収穫作業を楽しむ(画像提供/吉本興業株式会社)

東京から遊びに来てくれた「おかずクラブ」と大根の収穫作業を楽しむ(画像提供/吉本興業株式会社)

「本音を言うとまた東京にいる芸人さんたちと一緒に仕事をしたいですよ、特に昔の仲間たちと」とぽつりと語してくれた本坊さん。しかし「東京の暮らしをまたしたいとは思わない、なんだかんだ楽しんでいるんだと思う」とも続けてくれました。

最近は芸人仲間も、本坊さんの山形暮らしにとっても興味を持っている様子。実際に「天津」の木村卓寛さんや、「おかずクラブ」の二人などが、遊びに来てくれたそうです。東野幸治さんはなんと地方移住に興味を持っているのだとか。こうして芸人さんにも、山形や移住のことを自分ごととして感じてもらい、更には街の人たちとの交流が増えるという流れをつくること。それが本坊さんにとってのこれからやりたいことだそう。ますます関係人口が広がっていきそうで、とても楽しみですね。

泥臭く大変な作業ですが、楽しそうに話す姿が印象的でした(写真撮影/土田 貴文)

泥臭く大変な作業ですが、楽しそうに話す姿が印象的でした(写真撮影/土田 貴文)

●取材協力
・吉本興業株式会社
・よしもと住みます芸人
・ソラシド
・本坊元児

マンションで農業はじめました! 空き地の整地からスタート、防災・コミュニティづくりの新機軸に 「ブラウシア」千葉市

「農業委員会、始めました!!」。マンションの広報誌にそんな見出しが躍ったのは今年6月。発行元は千葉県千葉市中央区千葉港にある「ブラウシア」だ。なぜマンションで農業を?理由を探るべく現地を訪ねてみると、そこではコミュニティと防災を見据えた今までにない取り組みが始まっていた。

玉ネギ1000個! 1000平米の畑で始まった本気の野菜づくり

千葉みなと駅から徒歩3分の「ブラウシア」は438戸の大規模マンション。なにかと話題になるのは、現役理事と“オブザーバー”と呼ばれる元理事が協力し合った管理組合のアグレッシブな活動だ。5年前、最寄りのバス停に空港行きリムジンバスの停車を誘致したのは、大きな実績の一つ。最近では千葉市で初となる事前決済式で待ち時間なしのキッチンカーを導入するなど、マンションにメリットのあることならどしどし取れ入れる“スーパー管理組合”なのである。

京葉線と千葉都市モノレールの千葉みなと駅からすぐの場所に立つ「ブラウシア」。竣工は2005年(写真撮影/一井りょう)

京葉線と千葉都市モノレールの千葉みなと駅からすぐの場所に立つ「ブラウシア」。竣工は2005年(写真撮影/一井りょう)

そんなマンションに新たに加わった活動が農業委員会だ。
まず驚いたのはその“本気度”。活動場所はマンションから車で15分ほどの遊休地。1000平米もの土地を借り、ホウレン草、春菊、玉ネギ、ジャガイモ、ナス、トウモロコシなど四季折々の野菜を栽培しているという。育てる量も半端なく、ジャガイモは種イモで50kg分、玉ネギはなんと1000個!

活動の様子はマンションの広報誌「ブラウシアニュース」6月号の表紙を飾り、「一緒に汗を流してみませんか?」と住民への参加も呼びかけている。

「野菜を自分でつくってみたい、土に触れたいなど活動を始めた理由はいろいろですが、とにかく楽しいんです」

こう話すのはメンバーの一人でオブザーバーの加藤勲さんだ。

「農作業は重労働ですが、リモートワークの運動不足解消やストレス発散にもってこい。作業後のビールのおいしさは格別ですし、もちろん、収穫したての新鮮な野菜を味わえるのも特権です。そうやって住民同士で一緒に畑で汗を流せば打ち解けやすく、連帯感も生まれます。コミュニティの醸成にもなることから、農業委員会という形で居住者なら誰でも参加できるようにしました」

「ブラウシアニュース」6月号の表紙(画像提供/ブラウシア管理組合法人)

「ブラウシアニュース」6月号の表紙(画像提供/ブラウシア管理組合法人)

初心者ばかりのメンバーで雑草が茂る土地を野菜畑に

ブラウシアでこの農園活動が始まったのは2021年の秋。きっかけをつくったのは「小湊鐵道」の社員であり、近隣のマンションに住む佐々木洋さんだった。

「畑として使っているのは弊社が所有する土地。将来的な沿線開発を見込んで購入していたのですが、諸般の事情で開発が進まず未活用のままだったのです。点在しているその土地を私が所属していた部署で管理していたのです」

佐々木さんが日ごろから頭を痛めていたのは雑草問題だ。放置された土地には雑草が茂り、その種が周りの畑に害を及ぼすことから、度々クレームが舞い込んでいた。

「1人でコツコツと草刈りをしていましたが、手作業なので1時間で刈り取れるのは車一台分のスペースがやっと。その場所で野菜づくりを始めました。畑として使えば雑草問題が解決できますから。ただ、1人でやるのには限界があって。私はブラウシアの近くのマンションに住んでいて、管理組合の活発な活動はよく知っていました。個人的な知り合いもいたので、『一緒に農園をしませんか』と話をもちかけました」(佐々木さん)

実は、小湊鐵道とブラウシアにはちょっとした縁もあった。小湊鐵道が運営するゴルフ場「長南パブリックコース」の法人会員にブラウシア管理組合法人として登録していたのだ。住民は会員料金で利用でき、マンションのゴルフコンペを開いたこともあったという。

突如、舞い込んだ農園の話だが、さすがスーパー管理組合、その後の動きは早かった。さっそく、理事会有志が畑候補地の視察に訪れ、翌月には加藤さんと前・副理事長の光藤智さんが農園活動のメンバーに立候補。佐々木さんを交えた3人体制のスタートとなった。
「手始めは土地の整備作業。みんなで雑草を抜いて整地をし、畝を立て、植え付けしてとやっていくうちに結束も固まりました」
と加藤さんは振り返る。

整地前の土地。生い茂る雑草を手作業で取り除いたそう(画像提供/ブラウシア農業委員会)

整地前の土地。生い茂る雑草を手作業で取り除いたそう(画像提供/ブラウシア農業委員会)

草刈りを終えた土地はご覧のとおり、まっさらに。ただし、この後に耕作の作業が待っている(画像提供/ブラウシア農業委員会)

草刈りを終えた土地はご覧のとおり、まっさらに。ただし、この後に耕作の作業が待っている(画像提供/ブラウシア農業委員会)

耕作中の一コマ。畑を丁寧に耕すことで元気な野菜が育つ。この日は自治会長など理事会の有志も助っ人として参加した(画像提供/ブラウシア農業委員会)

耕作中の一コマ。畑を丁寧に耕すことで元気な野菜が育つ。この日は自治会長など理事会の有志も助っ人として参加した(画像提供/ブラウシア農業委員会)

農園活動がスタートして間もない畑の様子。ホウレン草や春菊などが栽培された(画像提供/ブラウシア農業委員会)

農園活動がスタートして間もない畑の様子。ホウレン草や春菊などが栽培された(画像提供/ブラウシア農業委員会)

農具などを置く小屋を使いやすい位置に移設するときの作業風景。酷暑のなか、理事会メンバーも大勢駆けつけた(画像提供/ブラウシア農業委員会)

農具などを置く小屋を使いやすい位置に移設するときの作業風景。酷暑のなか、理事会メンバーも大勢駆けつけた(画像提供/ブラウシア農業委員会)

移設を終えた小屋。廃材を使って屋根や壁を補修し、雨風が凌げるように。貯水槽も移設できた(画像提供/ブラウシア農業委員会)

移設を終えた小屋。廃材を使って屋根や壁を補修し、雨風が凌げるように。貯水槽も移設できた(画像提供/ブラウシア農業委員会)

農業委員会のメンバーは随時募集中で、今年4月からは光藤さんと同じく副理事長を務めていた今泉靖さんが加わって4人体制になった。

「といっても、まだ少人数なので細かいルールは設けず、何をどのくらい植えるかなどはその都度、話し合って決めています。活動日も特につくらず、それぞれが都合のつくときに行って作業をし、状況や活動結果はグループLINEで共有しています。気をつけているのは隣接する畑の耕作者とできるだけ良好な関係を維持すること。もちろん、土地の所有者である小湊鉄道さんの意向を汲むことも大前提です」(加藤さん)

聞けば、加藤さんはベランダ菜園はやっていたものの、本格的な農作業は初体験。ほかのメンバーも同様で、YouTubeで勉強したり、農作業の経験を持つ先輩たちに聞いたりしながら手探りで始めたそうだが、今ではLINEに専門用語が飛び交うほど詳しくなった。
そんな熱意もあって野菜づくりは順調に進行。収穫物はメンバーで分けても食べきれず、理事会などでお裾分けするなかで農業委員会の認知度はじわじわと広まっているそうだ。

畑に立つ農業委員会のみなさん。左から加藤さん、初参加の鈴木さん、光藤さん、今泉さん、小湊鐵道の佐々木さん。メンバー間で野菜の生育状況を日々共有・相談し合うなかで、経験値と知識を急速に向上させている(写真撮影/一井りょう)

畑に立つ農業委員会のみなさん。左から加藤さん、初参加の鈴木さん、光藤さん、今泉さん、小湊鐵道の佐々木さん。メンバー間で野菜の生育状況を日々共有・相談し合うなかで、経験値と知識を急速に向上させている(写真撮影/一井りょう)

畑に植える苗は各自ベランダで育成。愛らしい芽が伸びる様子に“萌える”メンバーも(写真撮影/一井りょう)

畑に植える苗は各自ベランダで育成。愛らしい芽が伸びる様子に“萌える”メンバーも(写真撮影/一井りょう)

目指すは公認サークル化。今後は農作業の体験会なども計画

農業委員会として、目下、目指してしるのは公認サークル化だ。
「農具や種の購入はメンバーの自費で賄っていますが、公認サークルになれば補助費を受け取れるので活動の幅を広げられます。今、計画しているのは植え付けや収穫などの体験会の開催。より多くの住民で畑作業を楽しむことができますよね。あるいは、採れた野菜をマンション内のイベントの景品にしたり直売をしたり。農園活動に参加できる機会を増やし、それを通じて住民同士のコミュニティをバックアップしていきたいと思っています」(加藤さん)

そんな活動の第一歩として、6月初旬には玉ネギとジャガイモの収穫体験が実施された。あくまでも試験的に催した会だが、小さな子どものいる2組の家族のほか、自治会長や元理事のオブザーバーなど総勢12人が畑に集結した。

まずは玉ネギの収穫作業からスタート。芽の部分を持って引き出すと、土のなかから丸々とした玉ネギが現れて、「楽しい!」「もっと採る!」と子どもたちはたちまち熱中し始めた。大人も「次はここを抜こうかな」「あ、こっちもあった」と口々に話しながらにぎやかに作業が進んでいく。

玉ネギは全部で1000個を栽培。赤玉ネギも植えられ「辛味が少ないからオニオンスライスにして食べると最高ですよ」と加藤さん(写真撮影/一井りょう)

玉ネギは全部で1000個を栽培。赤玉ネギも植えられ「辛味が少ないからオニオンスライスにして食べると最高ですよ」と加藤さん(写真撮影/一井りょう)

小2の娘さんと2歳の息子さんと参加したIさん。「コロナ禍で外に出る機会が少なかったので、久しぶりにいい汗をかきました」(写真撮影/一井りょう)

小2の娘さんと2歳の息子さんと参加したIさん。「コロナ禍で外に出る機会が少なかったので、久しぶりにいい汗をかきました」(写真撮影/一井りょう)

掘り出した玉ネギは畑の上でしばらく乾燥させた後、芽や根を切り落とす(写真撮影/一井りょう)

掘り出した玉ネギは畑の上でしばらく乾燥させた後、芽や根を切り落とす(写真撮影/一井りょう)

玉ネギをすべて掘り出したら、次はジャガイモの収穫だ。男爵イモやメークインなど4種類のジャガイモが植えられているという。
農業委員会のメンバーからレクチャーを受け、参加した子どもが茎を持って引き抜くと根のところにいくつものジャガイモが!
「抜いた周りも掘ってみて。まだまだあるよ」
との声に従い土を掘れば、ジャガイモがゴロゴロと出てきて大きな歓声が挙がった。宝探しのような楽しさに時間を忘れて収穫に励む参加者たち。子どもはもちろん、大人も童心にかえって土と戯れられるのは農園活動の魅力だろう。

こうして2時間ほどですべての収穫が完了。親子で作業した参加者に感想を訊くと、輝く笑顔でこんな答えが返ってきた。

「普段の生活で土に触れることはなかなかないので、こういう機会があれば参加してみたいと思っていたんです。子どもたちはすごく楽しそうでしたし、自分もリフレッシュできました」(Iさん)
「観光農園の収穫体験に参加したことはあるのですが、マンションで実施されていることにびっくり。作業しながら、同じマンションに住む人たちと交流をもてるのもうれしいですね。子どもの友達も誘ってまた参加したいです」(Mさん)

掘り立ての玉ネギとジャガイモはメンバーと参加者で分配したが、それでも余るほどの大豊作。筆者もお裾分けしてもらったが、つくった人たちの顔が浮かぶ新鮮な野菜はおいしさもひとしおだった。

畑から掘り出されたジャガイモ。1つの種イモから10個前後のジャガイモが収穫できる(写真撮影/一井りょう)

畑から掘り出されたジャガイモ。1つの種イモから10個前後のジャガイモが収穫できる(写真撮影/一井りょう)

全員でジャガイモを収穫中。「土の香りに癒されます」と顔を綻ばせるメンバーも(写真撮影/一井りょう)

全員でジャガイモを収穫中。「土の香りに癒されます」と顔を綻ばせるメンバーも(写真撮影/一井りょう)

Mさんは小4の息子さんと5歳の娘さんの3人で参加。好奇心旺盛な息子さんは大きなミミズを見つけて大喜びだった(写真撮影/一井りょう)

Mさんは小4の息子さんと5歳の娘さんの3人で参加。好奇心旺盛な息子さんは大きなミミズを見つけて大喜びだった(写真撮影/一井りょう)

災害時にはマンションに野菜を供出。防災面でも“頼れる農園”に

こうしてマンション内のコミュニティを育む農園活動だが、実はこの活動にはもう一つ、別の目的もある。それは防災だ。
加藤さんは5年前、管理組合下におかれた防災委員会で初年度から委員長を務め、防災活動に人一倍力を注いでいる。マンションが農園をもつことは災害時の強みになると力を込めていう。

「政令指定都市のなかで震度6以上の地震が今後30年以内に起こる確率が最も高いのが、僕らが住む千葉市と言われています。そのため防災体制の強化は管理組合の重要課題であり、防災委員会ではさまざまな施策を講じています。そのなかで話題に挙がるのは備蓄の問題。マンションとしての備蓄はスペースの点から難しく、世帯それぞれで水や食料などを確保してもらうのが大原則ではあるのですが、農園があれば多少なりとも食料の確保に役立つのではないかと。被災時には収穫物をマンションに供出しようと思っています」(加藤さん)

確かに災害で避難生活を余儀なくされたとき、畑にイモ類などの野菜があれば食料になり、炊き出しもできるだろう。育ちが早い葉物野菜なら避難生活を送りながら栽培することも可能だ。
「こうした考えに賛同して農業を一緒にしてくれる仲間が増えたら、新たに整地し、農地を広げることも考えています。そうすれば安心感はより高まるはずです。小湊鐵道さんの協力あってのことですが」(加藤さん)

6月初旬に収穫したジャガイモは段ボール3箱分!「備蓄しやすいイモ類は被災時も活躍するはず」と加藤さん(写真撮影/一井りょう)

6月初旬に収穫したジャガイモは段ボール3箱分!「備蓄しやすいイモ類は被災時も活躍するはず」と加藤さん(写真撮影/一井りょう)

夏に向けてトウモロコシもすくすく成長中(写真撮影/一井りょう)

夏に向けてトウモロコシもすくすく成長中(写真撮影/一井りょう)

もちろん、農園活動で育まれたコミュティも防災の大きな力になる。日ごろから住民同士が良好な関係を築いておけば、万が一のときにお互い助け合うことができるからだ。
特に今回、強く感じたのは畑で生まれるコミュニティの深さ。手足を土で真っ黒にしながら無心で作業をすると誰もが”素”に戻るからだろうか、人と人の心の距離がすーっと自然に近くなることを実感した。農作業を手伝い合ったり、収穫した野菜をみんなで集めて運んだりと共同作業が多いのも、交流を深めるよいきっかけになるだろう。

農園活動はどのマンションでも真似できるわけではないけれど、マンションコミュニティの新しい形が生まれていることは確かである。

●取材協力
ブラウシア管理組合法人

ご近所お抱え農家Vege House 。野菜の直販を“お客以上友だち未満”の距離感で

採れたて野菜を畑のすぐそばで購入できる野菜の直販サービス「Vege House」。始めたのは、小金井市の阪本農園の阪本さんはじめ幼馴染3人組。お客さんはLINEで注文しておいた野菜を農園でピックアップできる。24時間以内に収穫された新鮮な野菜が手に入るのが魅力で、まさに地産地消のサービスだ。

採れた野菜を、なるべく近所の方に食べてもらいたい

近所に畑があっても、そこで直接野菜を買えるわけじゃない。ああ立派なピーマンだな、里芋だなと気になっても、野菜はスーパーで買うのがあたりまえの社会に私たちは生きている。収穫された野菜は市場に出され、流通にのってまた地元のスーパーに並ぶ。その間、収穫からゆうに4~5日が経ってしまう。

「せっかく住宅街のそばで新鮮な野菜を収穫しているのに、直接お客さんに届けられないのはもったいないと思ったんです。採れた野菜を、なるべく近所の方に食べてもらいたい」と、農園のすぐそばで野菜を売り始めた人たちがいる。同級生3人組、阪本大悟さん、佐藤友樹さん、小嶋英郎さんによる野菜の直販サービス「Vege House」だ。

野菜は新鮮であるほどおいしい。畑のそばで買えるのであれば、それだけで嬉しいサービスになるはずだ。詳しい話を聞きに、新小金井にある阪本農園に向かった。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

住宅街の中に広がる農園

西武多摩川線の新小金井駅から徒歩8分。コンビニエンスストアの脇の道を入っていくと、阪本農園の畑が見えてくる。周囲はまさに住宅街。1ヘクタールほどの畑が広がり、ハウスも10ほど並んでいる。阪本大悟さんが迎えてくれた。

Vege Houseの阪本大悟さん(写真撮影/甲斐かおり)

Vege Houseの阪本大悟さん(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園は、この土地に350年も続いてきた農家。大悟さんのお父さんの啓一さんは早い時期から有機農法に取り組んできた熱心な農家だ。

主にサラダ野菜を5種類、スイスチャード、ルッコラ、サラダホウレンソウなどを栽培して、大手宅配サイトや飲食店に野菜を卸している。お母さんやお兄さんも一緒に働く家族経営で、ナスやキュウリ、ネギなどの一般的な野菜もつくっている。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

「Vege House」は、そんな阪本農園の野菜と、近隣の農家の野菜をご近所さんに直販するサービスだ。

しくみはこう。ほぼ毎日、阪本さんたちはインスタグラムやLINEで、登録者向けに販売できる野菜をお知らせする。お客さんは受取の2日前までにほしい野菜をLINEで注文。注文受けた野菜を阪本さんたちは収穫して、受取時間までに用意しておく。お客さんは農園に直接取りにくるか、もしくは配送料300円を支払って届けてもらうことができる(配達範囲は主に小金井市と武蔵野市の一部)。

「配送するより、取りに来てくださるお客さんの方が圧倒的に多いです。なので本当にご近所さん向けのサービスといった感じですね。いま登録数は600ほどですが、1日に取りに来られるのは多いときで20人くらい、少ない日は2人なんて時もあります」

基本、平日の9時半~13時、13~20時は毎日受取可能。買い物や仕事帰り、保育園の送り迎えついでにピックアップする人が多い。しかも注文を受けてから収穫するため、24時間以内に採れた野菜が食べられるのが、最大の嬉しいポイントだ。

Vege Houseのinstagram

Vege Houseのinstagram

「採れたての野菜ってこんなにうまいのか」

Vege Houseは昨年(2020年)の5月、阪本さんと子どものころから仲の良かった同級生、佐藤さん、小嶋さんと3人で始めた。当時はみなまだ大学生だった。
なぜこのサービスを始めることになったのだろう?

「僕は卒業したら農業を手伝うことを決めていました。うちの野菜の9割はずっと大地を守る会(現「オイシックスラ・大地」)に卸しているんです。なのでコロナ禍の影響はほとんどありませんでした。でも売り先が一つしかないのは不安だなと思うようになったんです。自然災害も増えているし、売り先はいくつかある方がいいのではと」

そこで通販プラットフォームを使って、オンラインでの販売を始めてみた。ところがそれほど数が出るわけでもなく、顔の見えないお客さんに野菜を送る仕事は面白く感じられなかった。

せっかく新しいことをやるなら、もっと面白いことができないかと、2人の友人に相談した。

「帰りにお土産にキュウリを渡したんです。それをかじった小嶋が『何これ!こんなうまいキュウリ、初めて食べた』って。採れたての野菜ってこんなにうまいのかって言うんです。野菜はスーパーで買うのが当たり前だと思っているから、東京でこんなおいしい野菜が食べられるってみんな知らないよねって話になって。だったら地元の人たちにアピールしてみたらどうだろうって」

友人2人が興味をもったことで、Vege Houseの構想が生まれた。ご近所さんが野菜を通じて農家や畑を身近に感じるようになる。そこに生まれるささやかな地域コミュニティ。そんな像をめざしてVege Houseは始まった。

その後3人とも大学を卒業し、佐藤さんと小嶋さんは会社員に。以前に比べると忙しくなり、毎日携わるのは難しくなったが、家も近いため月に2~3回は必ず3人で集まり相談し合っているという。

左から佐藤さん、阪本さん、小嶋さん(写真提供/Vege House)

左から佐藤さん、阪本さん、小嶋さん(写真提供/Vege House)

農園が身近な場所になっていく

オンラインでの広がりでお客さんは徐々に増えているが、お客さんというより友だちが増えていく感覚に近いと阪本さんはいう。子育て中の若いお母さんや働く主婦、年配者などさまざま。

「家族連れで取りに来られる方もいます。小さなお子さんが、公園公園っていう感覚で『のうえんのうえん』って言ってくれるらしくて。農園行こうねって。そう聞くとほんとに嬉しいんですよね」

子どもにとっては、スーパーに並ぶ野菜だけでなく、食べものの育つ現場を知る、いい機会なのかもしれないと思う。
だが農作業の合間に野菜を渡したり、配達にまわるのは負担ではないのだろうか。

「だいぶ慣れました。ただやっぱり、家族の理解は大きい。畑で作業していてもお客さんが受取にくる15分前には携帯のバイブが鳴るようにしていて、『行ってくるわ』っていうと『行ってらっしゃい』って言ってくれるので」

畑も受け渡し場所も同じ敷地内なので、それほど時間はかからない。ただし、お客さんの都合で受取時間が変わるなど、手間も多いだろう。

「そうですね。でも僕にとっては友だちみたいな感覚なので。ほぼ名前も覚えているし。『子どものお迎えを先に行ってきてもいいですか』と連絡がきて『はいじゃあ3時半にお待ちしますね』って感じのやり取りです。そのぶん野菜が美味しかったとか、ほかではもう買えないっていうような言葉をいただいて。その方がすごく嬉しい」

野菜の収穫体験をお客さんにプレゼントしたこともある。1000円以上買っていただいた方に、大根を1本直接畑から抜いてくださいというサービス。お客さんにとっては新鮮な遊びや体験になる。
そうしてどんどん近くの畑や農家が身近な存在になっていく。

(写真提供/Vege House)

(写真提供/Vege House)

仕入れ先もご近所さん

Vege Houseでは阪本農園だけでなく、近所の農家の野菜も合わせて販売している。各農家も注文に応じて収穫。それを阪本さんが毎朝集荷にまわる。

「車で10分かからないところばかりなので。例えば荻原農園さんに9時に仕入れにいって、ほかいくつかまわっても9時半にはうちに戻れます」

値段は各農家が決めるため、同じナスでもA農家とB農家で値段は違っていたりする。それはお客さんが選んでくれればいい。Vege Houseで多少の手数料を取っているが、値段は良心的。買う側からしても新鮮な野菜が安価に手に入る。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

新しいお客さんを獲得するための、ゲリラ販売も

8月中旬の土曜日には、ゲリラ販売が行われた。「インスタを見てはいるけどまだ試したことがない」という人たちに来てほしいと行われたイベントだった。

農作業の後、ということで開始は16時半。時間になると、農園の前にぞくぞくと人が集まり始めた。
軽トラックの荷台に野菜を広げて販売する。若い夫婦や、子ども連れのお母さん、年配者など20人ほどが列をつくった。

次々に野菜を手にするお客さんたち。阪本さんたちは必死で計算する(写真撮影/甲斐かおり)

次々に野菜を手にするお客さんたち。阪本さんたちは必死で計算する(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園と近隣の農家で採れた旬の野菜が並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園と近隣の農家で採れた旬の野菜が並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)

「ホウレンソウくださ~い」という子どもの声。「じゃあまた~」と笑顔で帰るお年寄り。そのたびに阪本さんは「ありがとうございます、またお願いします!」「とれたて野菜、楽しんでくださいね」と言葉を返す。

野菜がどんどん売れていく。これほどお客さんが訪れるとは思っていなかったそうだ。
30分もしないうちに野菜はほぼなくなり、わずか1時間ほどで完売。

この日は佐藤さん、小嶋さんに代わり、同じく同級生の赤村陽太郎さんが助っ人として参加。(写真撮影/甲斐かおり)

この日は佐藤さん、小嶋さんに代わり、同じく同級生の赤村陽太郎さんが助っ人として参加。(写真撮影/甲斐かおり)

この日訪れたお客さんの半分は、新規のお客だったそう。ほとんどがご近所さん。「その日の気分で買うので、なかなか数日前の予約は難しくて」と話すお客さんもいた。毎日、ここで販売する予定はないのだろうか。

「やっぱり予約して買っていただきたいんですよね。いつでも買えると八百屋と変わらなくなってしまう。欲しいから事前に頼む。お抱え農家みたいになりたいといいますか」

「売り手と買い手」である前に、「つくり手と買い手」の関係性が先にある。お客さんから見れば、阪本さんはあくまで“農家さん”。だからいい。それが違いかもしれない。
食べることはもっとも身近な行為。行きつけの美容院や飲食店と同じように、生活圏に“いつもの農家さん”がいるのは、安心で嬉しいことのように思う。

「自分の暮らす身近に農家があるといいですよね。都会にこそ、本当は農地が増えてほしい」

Vege Houseで扱う野菜はとくにオーガニックに限っているわけではないため価格も控えめ。「ただ新鮮でおいしい」に特化した直販サービスは珍しいかもしれない。

“お客以上友だち未満”の距離感で野菜を販売してくれるVege Houseのようなサービスが増えれば、畑や農業がもっと身近になるだろう。

●取材協力
Vege House
instagram:@vege_house_

ご近所お抱え農家Vege House 。野菜の直販を“お客以上友だち未満”の距離感で

採れたて野菜を畑のすぐそばで購入できる野菜の直販サービス「Vege House」。始めたのは、小金井市の阪本農園の阪本さんはじめ幼馴染3人組。お客さんはLINEで注文しておいた野菜を農園でピックアップできる。24時間以内に収穫された新鮮な野菜が手に入るのが魅力で、まさに地産地消のサービスだ。

採れた野菜を、なるべく近所の方に食べてもらいたい

近所に畑があっても、そこで直接野菜を買えるわけじゃない。ああ立派なピーマンだな、里芋だなと気になっても、野菜はスーパーで買うのがあたりまえの社会に私たちは生きている。収穫された野菜は市場に出され、流通にのってまた地元のスーパーに並ぶ。その間、収穫からゆうに4~5日が経ってしまう。

「せっかく住宅街のそばで新鮮な野菜を収穫しているのに、直接お客さんに届けられないのはもったいないと思ったんです。採れた野菜を、なるべく近所の方に食べてもらいたい」と、農園のすぐそばで野菜を売り始めた人たちがいる。同級生3人組、阪本大悟さん、佐藤友樹さん、小嶋英郎さんによる野菜の直販サービス「Vege House」だ。

野菜は新鮮であるほどおいしい。畑のそばで買えるのであれば、それだけで嬉しいサービスになるはずだ。詳しい話を聞きに、新小金井にある阪本農園に向かった。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

住宅街の中に広がる農園

西武多摩川線の新小金井駅から徒歩8分。コンビニエンスストアの脇の道を入っていくと、阪本農園の畑が見えてくる。周囲はまさに住宅街。1ヘクタールほどの畑が広がり、ハウスも10ほど並んでいる。阪本大悟さんが迎えてくれた。

Vege Houseの阪本大悟さん(写真撮影/甲斐かおり)

Vege Houseの阪本大悟さん(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園は、この土地に350年も続いてきた農家。大悟さんのお父さんの啓一さんは早い時期から有機農法に取り組んできた熱心な農家だ。

主にサラダ野菜を5種類、スイスチャード、ルッコラ、サラダホウレンソウなどを栽培して、大手宅配サイトや飲食店に野菜を卸している。お母さんやお兄さんも一緒に働く家族経営で、ナスやキュウリ、ネギなどの一般的な野菜もつくっている。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

「Vege House」は、そんな阪本農園の野菜と、近隣の農家の野菜をご近所さんに直販するサービスだ。

しくみはこう。ほぼ毎日、阪本さんたちはインスタグラムやLINEで、登録者向けに販売できる野菜をお知らせする。お客さんは受取の2日前までにほしい野菜をLINEで注文。注文受けた野菜を阪本さんたちは収穫して、受取時間までに用意しておく。お客さんは農園に直接取りにくるか、もしくは配送料300円を支払って届けてもらうことができる(配達範囲は主に小金井市と武蔵野市の一部)。

「配送するより、取りに来てくださるお客さんの方が圧倒的に多いです。なので本当にご近所さん向けのサービスといった感じですね。いま登録数は600ほどですが、1日に取りに来られるのは多いときで20人くらい、少ない日は2人なんて時もあります」

基本、平日の9時半~13時、13~20時は毎日受取可能。買い物や仕事帰り、保育園の送り迎えついでにピックアップする人が多い。しかも注文を受けてから収穫するため、24時間以内に採れた野菜が食べられるのが、最大の嬉しいポイントだ。

Vege Houseのinstagram

Vege Houseのinstagram

「採れたての野菜ってこんなにうまいのか」

Vege Houseは昨年(2020年)の5月、阪本さんと子どものころから仲の良かった同級生、佐藤さん、小嶋さんと3人で始めた。当時はみなまだ大学生だった。
なぜこのサービスを始めることになったのだろう?

「僕は卒業したら農業を手伝うことを決めていました。うちの野菜の9割はずっと大地を守る会(現「オイシックスラ・大地」)に卸しているんです。なのでコロナ禍の影響はほとんどありませんでした。でも売り先が一つしかないのは不安だなと思うようになったんです。自然災害も増えているし、売り先はいくつかある方がいいのではと」

そこで通販プラットフォームを使って、オンラインでの販売を始めてみた。ところがそれほど数が出るわけでもなく、顔の見えないお客さんに野菜を送る仕事は面白く感じられなかった。

せっかく新しいことをやるなら、もっと面白いことができないかと、2人の友人に相談した。

「帰りにお土産にキュウリを渡したんです。それをかじった小嶋が『何これ!こんなうまいキュウリ、初めて食べた』って。採れたての野菜ってこんなにうまいのかって言うんです。野菜はスーパーで買うのが当たり前だと思っているから、東京でこんなおいしい野菜が食べられるってみんな知らないよねって話になって。だったら地元の人たちにアピールしてみたらどうだろうって」

友人2人が興味をもったことで、Vege Houseの構想が生まれた。ご近所さんが野菜を通じて農家や畑を身近に感じるようになる。そこに生まれるささやかな地域コミュニティ。そんな像をめざしてVege Houseは始まった。

その後3人とも大学を卒業し、佐藤さんと小嶋さんは会社員に。以前に比べると忙しくなり、毎日携わるのは難しくなったが、家も近いため月に2~3回は必ず3人で集まり相談し合っているという。

左から佐藤さん、阪本さん、小嶋さん(写真提供/Vege House)

左から佐藤さん、阪本さん、小嶋さん(写真提供/Vege House)

農園が身近な場所になっていく

オンラインでの広がりでお客さんは徐々に増えているが、お客さんというより友だちが増えていく感覚に近いと阪本さんはいう。子育て中の若いお母さんや働く主婦、年配者などさまざま。

「家族連れで取りに来られる方もいます。小さなお子さんが、公園公園っていう感覚で『のうえんのうえん』って言ってくれるらしくて。農園行こうねって。そう聞くとほんとに嬉しいんですよね」

子どもにとっては、スーパーに並ぶ野菜だけでなく、食べものの育つ現場を知る、いい機会なのかもしれないと思う。
だが農作業の合間に野菜を渡したり、配達にまわるのは負担ではないのだろうか。

「だいぶ慣れました。ただやっぱり、家族の理解は大きい。畑で作業していてもお客さんが受取にくる15分前には携帯のバイブが鳴るようにしていて、『行ってくるわ』っていうと『行ってらっしゃい』って言ってくれるので」

畑も受け渡し場所も同じ敷地内なので、それほど時間はかからない。ただし、お客さんの都合で受取時間が変わるなど、手間も多いだろう。

「そうですね。でも僕にとっては友だちみたいな感覚なので。ほぼ名前も覚えているし。『子どものお迎えを先に行ってきてもいいですか』と連絡がきて『はいじゃあ3時半にお待ちしますね』って感じのやり取りです。そのぶん野菜が美味しかったとか、ほかではもう買えないっていうような言葉をいただいて。その方がすごく嬉しい」

野菜の収穫体験をお客さんにプレゼントしたこともある。1000円以上買っていただいた方に、大根を1本直接畑から抜いてくださいというサービス。お客さんにとっては新鮮な遊びや体験になる。
そうしてどんどん近くの畑や農家が身近な存在になっていく。

(写真提供/Vege House)

(写真提供/Vege House)

仕入れ先もご近所さん

Vege Houseでは阪本農園だけでなく、近所の農家の野菜も合わせて販売している。各農家も注文に応じて収穫。それを阪本さんが毎朝集荷にまわる。

「車で10分かからないところばかりなので。例えば荻原農園さんに9時に仕入れにいって、ほかいくつかまわっても9時半にはうちに戻れます」

値段は各農家が決めるため、同じナスでもA農家とB農家で値段は違っていたりする。それはお客さんが選んでくれればいい。Vege Houseで多少の手数料を取っているが、値段は良心的。買う側からしても新鮮な野菜が安価に手に入る。

(写真撮影/甲斐かおり)

(写真撮影/甲斐かおり)

新しいお客さんを獲得するための、ゲリラ販売も

8月中旬の土曜日には、ゲリラ販売が行われた。「インスタを見てはいるけどまだ試したことがない」という人たちに来てほしいと行われたイベントだった。

農作業の後、ということで開始は16時半。時間になると、農園の前にぞくぞくと人が集まり始めた。
軽トラックの荷台に野菜を広げて販売する。若い夫婦や、子ども連れのお母さん、年配者など20人ほどが列をつくった。

次々に野菜を手にするお客さんたち。阪本さんたちは必死で計算する(写真撮影/甲斐かおり)

次々に野菜を手にするお客さんたち。阪本さんたちは必死で計算する(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園と近隣の農家で採れた旬の野菜が並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)

阪本農園と近隣の農家で採れた旬の野菜が並ぶ(写真撮影/甲斐かおり)

「ホウレンソウくださ~い」という子どもの声。「じゃあまた~」と笑顔で帰るお年寄り。そのたびに阪本さんは「ありがとうございます、またお願いします!」「とれたて野菜、楽しんでくださいね」と言葉を返す。

野菜がどんどん売れていく。これほどお客さんが訪れるとは思っていなかったそうだ。
30分もしないうちに野菜はほぼなくなり、わずか1時間ほどで完売。

この日は佐藤さん、小嶋さんに代わり、同じく同級生の赤村陽太郎さんが助っ人として参加。(写真撮影/甲斐かおり)

この日は佐藤さん、小嶋さんに代わり、同じく同級生の赤村陽太郎さんが助っ人として参加。(写真撮影/甲斐かおり)

この日訪れたお客さんの半分は、新規のお客だったそう。ほとんどがご近所さん。「その日の気分で買うので、なかなか数日前の予約は難しくて」と話すお客さんもいた。毎日、ここで販売する予定はないのだろうか。

「やっぱり予約して買っていただきたいんですよね。いつでも買えると八百屋と変わらなくなってしまう。欲しいから事前に頼む。お抱え農家みたいになりたいといいますか」

「売り手と買い手」である前に、「つくり手と買い手」の関係性が先にある。お客さんから見れば、阪本さんはあくまで“農家さん”。だからいい。それが違いかもしれない。
食べることはもっとも身近な行為。行きつけの美容院や飲食店と同じように、生活圏に“いつもの農家さん”がいるのは、安心で嬉しいことのように思う。

「自分の暮らす身近に農家があるといいですよね。都会にこそ、本当は農地が増えてほしい」

Vege Houseで扱う野菜はとくにオーガニックに限っているわけではないため価格も控えめ。「ただ新鮮でおいしい」に特化した直販サービスは珍しいかもしれない。

“お客以上友だち未満”の距離感で野菜を販売してくれるVege Houseのようなサービスが増えれば、畑や農業がもっと身近になるだろう。

●取材協力
Vege House
instagram:@vege_house_

使わなくなった畑や田んぼ、どうしよう! 農地の相続などで困ったときの新しい選択肢

山がちで平地が少ない日本は古来、さまざまな工夫を重ね、農地を整備してきました。しかし今、そうした農地が農業に使われず、その他の用途に転用もできないまま荒れていく、という問題が全国で起こっています。みなさんも、先祖代々の土地を受け継いできたものの農業をしなくなった、相続する人がいなくなったなど、身近で思い当たる人も少なくないのではないでしょうか。

将来も農業人口の減少は進むことがあきらかななかで、国もこの問題に着目し、新しい利用への試みが始まっています。そこで農林水産省 地域振興課 荒廃農地活用推進班の小林博美さんに現状を聞きました。

再生の困難度で名称が異なる

「遊休農地」「耕作放棄地」「荒廃農地」といった言葉がメディアなどに登場することが増えています。いずれも、もともとは農地だったのが現在は農地としては使われていない土地を指します。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

これらの名称は厳密には定義が異なります。
「荒廃農地」は現在耕作が放棄され、荒廃している土地で、通常の農作業では作物栽培が不可能な土地。一方、「遊休農地」には1号遊休農地と2号遊休農地があり、1号は農地として再生は可能であるものの、現在、耕作を目的にせず、今後もされないままになると考えられる土地、2号は周辺の農地に比べて極度に農業利用度が低い土地を言います。2号は荒廃化していませんが、1号は荒廃化しており、今後荒廃が深刻化する可能性が高い土地とも言えるでしょう。

(出典:農林水産省「荒廃農地の現状と対策」2021年7月)

(出典:農林水産省「荒廃農地の現状と対策」2021年7月)

遊休農地は農地法で定められた用語であり、荒廃農地は市町村が実施する調査の通知に定められた用語であるのに対し、「耕作放棄地」は、農林水産省が統計を取るうえで使ってきた言葉で、農業生産者の主観によって決まるとも言えます。しかし2020年以降は耕作放棄地という呼び名ではデータを取らなくなりました。
そこでここでは、1号遊休農地(特に農地再生の困難度が高い場合)も含めて、荒廃農地の現状を見てみます。

高齢化や後継者不足が大きな要因

荒廃農地の面積はこの10年ほど見ても横ばい状態ですが、農地全体の面積は減少しているため、荒廃農地が占める割合は大きくなっています。また、荒廃農地の中でも森林化するなど、農地への再生が特に困難な土地の比率は67.6%にもおよびます。

(出典:農林水産省「荒廃農地の現状と対策」2021年7月)

(出典:農林水産省「荒廃農地の現状と対策」2021年7月)

荒廃農地が出てくる理由を小林さんは次のように説明します。
「最大の理由は農業生産者が高齢化したり、後継者不足、つまり農業の担い手が減っていることです。一方、土地から見た場合は、自然条件の厳しさ。特に中山間地域はそうです」
機械化されたとはいえ、農業には体力が必要です。高齢化し、若手が減れば、耕作できる面積は減り、荒廃化が進むことになります。また小林さんは、土地所有者に「土地への関心心」が薄れていることも指摘します。

自然条件の厳しさというのは、土地整備が難しいことを意味します。一般に農地は、圃場、農道、灌漑設備、防災設備などの整備を必要としますが、例えば中山間地域では、道が狭く、整備のための重機などを持ち込むことができない場所が多いため、それが耕作放棄につながっています。

また中山間地域では鳥獣被害も大きな理由となっています。
荒廃農地が増えていくことは農業生産が減ることはもちろん、湛水機能(水田などが水を貯める機能)がなくなる、害虫などが発生して周辺農地に被害が出る、景観が損なわれる、廃棄物の不法投棄が増えるなど、さまざまな弊害が出てきます。このことは、農地が農業生産だけでなく、多面的な機能を持つ証拠とも言えるでしょう。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

農水省では、遊休農地対策、荒廃農地の発生防止・解消、そういった対策の一つとして遊休農地への課税強化などもしており、課税強化は通常農地の固定資産税の1.8倍となります(※1)。一方で、遊休農地の解消は難しく、土地所有者が荒廃農地を売ろうとしても、耕作条件が不利、買い手がつかない、価格が安いなどの理由でむずかしく、なかなか利用が進んでいないのが現状となっています。
 
※1:通常の農地の固定資産税の評価額は、売買価格×0.55(限界収益率)だが、遊休農地は0.55を乗じない。その結果、通常農地の約1.8倍の税額となる。

無理のない効率的な利用を促進

では荒廃農地を解消(予防)するにはどうすればよいのでしょうか。

これには大きく二つの方法があります。第一は、土地の収益力を高めること、第二は、所有者以外の農地利用を促進することで、両方が同時に行われる場合もあります。

第一の方法の例としては、少し前から始まったソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)があります。土地に支柱を立て、地上では農業を、支柱の上方にはソーラーパネルを設置して太陽光発電を行います。太陽光発電設備は一度つくってしまえば、売電によって継続的な収入が得られ、農業のような労働を必要としません。農業を行いつつ、安定的な収入を得て、同じ面積の農地からより大きな収入を得る方法です。ただし、これは、ソーラーシェアリングの設備が撤去可能である、撤去費用の支払いが可能、農作物栽培に適した日照量を確保できていることなど、いくつかの厳しい条件が付けられています。

自治体主導の例では、土地の特性を活かした方法が出てきています。 
「最近、推進しているのは粗放的利用です。農地性を失わないよう、あまり労力やコストをかけず、効率的に農地を利用する考え方です」(小林さん)

既に次のような取り組みが始まっています。

牛の水田放牧(広島県三次市)。水田と荒廃農地を電気柵で囲い、和牛繁殖牛を放牧して飼育。それにより、飼料の節約、土壌改良、鳥獣被害の防止などの効果を期待している(写真/農林水産省「荒廃農地の現状と対策」(2021年7月))

牛の水田放牧(広島県三次市)。水田と荒廃農地を電気柵で囲い、和牛繁殖牛を放牧して飼育。それにより、飼料の節約、土壌改良、鳥獣被害の防止などの効果を期待している(写真/農林水産省「荒廃農地の現状と対策」(2021年7月))

耕作放棄地のお花畑化による養蜂(山梨県甲府市)。原野化した耕作放棄地を、ミツバチのための花畑(ヒマワリ、レンゲ、ソバなど蜜源植物を植える)に変え、蜂蜜生産をめざす。大学、養蜂家、種苗会社などが協力(写真/農林水産省「荒廃農地の現状と対策」(2021年7月))

耕作放棄地のお花畑化による養蜂(山梨県甲府市)。原野化した耕作放棄地を、ミツバチのための花畑(ヒマワリ、レンゲ、ソバなど蜜源植物を植える)に変え、蜂蜜生産をめざす。大学、養蜂家、種苗会社などが協力(写真/農林水産省「荒廃農地の現状と対策」(2021年7月))

荒廃農地に花を植え、農村景観を向上(宮城県白石市)。農業者の高齢化、後継者不足で管理が困難になった水田地帯に、ハス、ヒマワリ、ポピー、雑草抑制芝などを植え、荒廃化を防ぐとともに美しい農村景観を構築した(写真/農林水産省「荒廃農地の現状と対策」(2021年7月))

荒廃農地に花を植え、農村景観を向上(宮城県白石市)。農業者の高齢化、後継者不足で管理が困難になった水田地帯に、ハス、ヒマワリ、ポピー、雑草抑制芝などを植え、荒廃化を防ぐとともに美しい農村景観を構築した(写真/農林水産省「荒廃農地の現状と対策」(2021年7月))

バイオマスペレット燃料の地域自給(栃木県さくら市)。荒廃農地にイネ科多年草のエリアンサスを栽培、これを原料にバイオマスペレット燃料を製造し、さくら市の運営する温泉施設の燃料の一部として供給している(写真/農林水産省「荒廃農地の現状と対策」(2021年7月))

バイオマスペレット燃料の地域自給(栃木県さくら市)。荒廃農地にイネ科多年草のエリアンサスを栽培、これを原料にバイオマスペレット燃料を製造し、さくら市の運営する温泉施設の燃料の一部として供給している(写真/農林水産省「荒廃農地の現状と対策」(2021年7月))

今後、栽培に手間のかからない植物を育て、生薬の原料とする、有機農業によって健康食品を生産する、といったことも期待されています。

担い手の力を引き出すことが大きなポイント

第二の、所有者以外の農地利用の促進とは、言い換えれば、効率的かつ安定的な農業経営を行う者(担い手)が農地を利用することです。
なぜなら日本の農地所有者のかなりの割合が農業の担い手ではないからです。
この「担い手」とは、自分で農作業を行い、主な収入を農業で得、今後も農業経営をする計画を持っている人(村落や法人を含む)のことです(※2)。
今の日本の全農地で、こうした担い手が利用する農地の割合は58%(2020年)でしかありません。理由はさまざまですが、高齢化や後継者不足と関係なく、農地を持っていながら意図的に農業をしない(主収入は会社員など別の仕事で得ている)「土地持ち非農家」と呼ばれる人たちが相当数います。
そのため、意欲ある若手農業者、新規就農者などの担い手が農地を利用できない、散在する農地をまとめて効率的な農業を進めることができない、といった問題があり、これが農地荒廃化の遠因とも言われています。

※2:「担い手」とは、5年間の農業経営改善計画を市町村に提出して認定される「認定農業者」等を指す。

そこで、農水省では2023年までに、全農地の8割を、担い手が利用する農地にすることをめざし、農地の集積・集約化をはかっています。その手段の一つが2014年に、各都道府県に設立した、農地中間管理機構(通称:農地バンク)です。
これは農地所有者と農業の担い手との中間に立つ受け皿的組織で、農地バンクは農地所有者から農地を借り、それを担い手に貸し出す役割を果たします。農地を借りたい個人や企業は農地バンクに登録することで、貸したい農地所有者とつながることができます。一方、農地所有者は自らが耕作しない農地でも、農地バンクを通じて担い手を見つけられるため、遊休農地にしないですむ効果があります。農地バンクの取扱実績(転貸面積)は、設立時(2014年度)の2.4万haが、2020年度には29.5万haと急伸しています。

(出典:農地バンクの取扱実績(転貸面積)/農地中間管理機構の実績等に関する資料(令和2年度版))

(出典:農地バンクの取扱実績(転貸面積)/農地中間管理機構の実績等に関する資料(令和2年度版))

担い手ではないが農業をしてみたい人、つまり二拠点居住、週末農業といったライフスタイルを志向する人が増えている今、荒廃農地をそうした層が利用するというニーズも出てきているようです。
「半農半Xなどニーズはあると思います。しかしそれに応えるには交通アクセスが重要。都市部とのアクセスのよい場所なら、貸しやすいし、直売場をつくって再生した農地からの収穫物を売ったりすることもしやすくなります」(小林さん)

例えば、もともと都市部の市民から市民農園の要望が強かった北九州市では、都市に近い場所の荒廃農地を市民農園につくり替え、人気を集めています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

逆に中山間地などアクセスの良くない農地は、都市住民などの利用はむずかしいと言えます。
地域によっては外部からの参加に対して周辺住民の理解を得ることのハードルが高かったりと、簡単には行かないことも多いようです。

このように農地を荒廃化させない方法は、各地域の自然や立地条件に左右されますし、農地の売買や利用は農地法によって厳密に定められているため、一般の私有地のようには扱えません。使えない(使わない)農地の所有者は、農地バンクをはじめ、まずは最寄りの市町村の農業委員会やJAに相談することが大切でしょう。

●取材協力
農林水産省

災害復興の体験型テーマパーク! 楽しみながら有事に備える「nuovo」

地震、台風、大雨、大雪……。近くの街が、大切な人が住む街が被災してしまったら。災害ボランティアとして駆けつけたい思いはあっても、「自分が行っても非力では」と、一歩を踏み出せない人がいます。また実際にボランティアを体験し、現場で力不足を痛感したという人も。
そんな人にぜひ注目してほしいのが、平時を楽しみながら有事に備える、日本初の防災アミューズメントパークです。

台風19号で地元が被災。復興作業には重機オペレーターが不可欠だった

「栗のまち」として知られる長野県小布施町(おぶせまち)に、2020年10月にオープンした「nuovo(ノーボ)」。浄光寺の副住職である林映寿(はやし・えいじゅ)さんが、東日本大震災を機に立ち上げた一般財団法人「日本笑顔プロジェクト」が運営する、体験型ライフアミューズメントパークです。
創設のきっかけは、2019年10月、台風19号により千曲川が決壊し、小布施町をはじめ近隣市町村が甚大な被害を受けたこと。住宅地や農地に大量の泥が流れ込み、ボランティアによるスコップでの泥かきは途方もない作業で、人力での限界を感じたといいます。一方、重機は各所から確保できたものの、オペレーターが圧倒的に不足していたことから、今後災害現場で即戦力となる人材を育成しなければ、と実感したそうです。
「『ディズニーより楽しく、自衛隊より強く』がnuovoのモットー。楽しんでいたら防災力がアップしていた、そんな施設をめざしています」(林さん)

小布施町の広大な遊休農地を活用したnuovo(写真撮影/塚田真理子)

小布施町の広大な遊休農地を活用したnuovo(写真撮影/塚田真理子)

日本笑顔プロジェクト代表の林さん。全国の支部は現在37カ所にまで拡大(写真撮影/塚田真理子)

日本笑顔プロジェクト代表の林さん。全国の支部は現在37カ所にまで拡大(写真撮影/塚田真理子)

農業+防災でノーボ。農エリアは非常時の食料補給に役立つ

nuovo(ノーボ)というネーミングは、農業+防災=「農防」から付けられました。敷地面積は約4000平米で、そのうち1/4が畑として整備されています。ここでは「災害時こそ栄養あるものを」と、炊き出しに使える野菜を栽培。土の中で保存がきくネギや根菜類を中心に、近所の80代のおばあちゃんが管理してくれているそう。災害時に備えつつ、平時にはイベントで収穫体験も楽しめたりします。
そして敷地の3/4が防災エリア。ふだんは、日本笑顔プロジェクトが災害支援経験で役立ったものを集約して常設しています。例えば、緊急時にスピーディに設営できるエアードームは、天井が高く中はゆったり。連結もでき、折り畳めば段ボール1個分とコンパクトに。また災害支援が中長期的になった際、防災本部として機能するトレーラーハウスもあります。屋上付きのため、ここから被災エリアを偵察したり、大勢のボランティアチームに指示を出したりするのに役立ちます。

畑では地元農家さんの手を借りて、ネギや根菜類を栽培している(写真撮影/塚田真理子)

畑では地元農家さんの手を借りて、ネギや根菜類を栽培している(写真撮影/塚田真理子)

広大な果物畑に囲まれたのどかな場所(写真撮影/塚田真理子)

広大な果物畑に囲まれたのどかな場所(写真撮影/塚田真理子)

イベント時には野菜の収穫体験やBBQも(写真撮影/塚田真理子)

イベント時には野菜の収穫体験やBBQも(写真撮影/塚田真理子)

エアードームは重機を収納するスペースにもなる(写真撮影/塚田真理子)

エアードームは重機を収納するスペースにもなる(写真撮影/塚田真理子)

体力を使う災害ボランティアが快適に過ごせるよう、トレーラーハウスはエアコン完備。隣には、水を使わず微生物の力で排泄物を分解・処理するバイオトイレも設置(写真撮影/塚田真理子)

体力を使う災害ボランティアが快適に過ごせるよう、トレーラーハウスはエアコン完備。隣には、水を使わず微生物の力で排泄物を分解・処理するバイオトイレも設置(写真撮影/塚田真理子)

四輪バギーやショベルカーの操縦体験はまるでアトラクション

さて、この防災エリアが実は楽しいアトラクションエリアでもあるのです。いきなり重機の資格を、といってもハードルが高いということで、まずはATV四輪バギーに乗ってみたり、重機の初歩的な操縦をしてみたりする「体験コース」が用意されています。
筆者も今回初めて体験させてもらったのですが、アトラクション感覚で楽しんでしまいました! あらゆる地形を縦横無尽に走る四輪バギーの後部座席に乗車すると、クルーの運転で高低差のあるデコボコ道をずんずんと進みます。スピードも出せますが、要救護者を乗せることも多いということで、慎重に運転しますというクルーの気遣いにジーン。
さらにショベルカーの操縦も初体験。アームを操作して土を掘ってみると、そのパワフルさを実感します。笑顔プロジェクトの思惑通り(?)、自然と笑顔になっていました。そして意外と自分でもできるんだ、と感動していたら、「力の弱い女性こそ、重機を扱えるようになってほしい」と林さん。なるほど、納得です! 実際、重機資格を取得する人の3~4割は女性なのだそうです。

人や物資の運搬、ゴミ回収などに活躍するATV四輪バギー。昨年冬に北陸で発生した雪害の際は、高速道路上の滞留車に支援物資を届ける緊急支援車両として出動した(写真撮影/林映寿さん)

人や物資の運搬、ゴミ回収などに活躍するATV四輪バギー。昨年冬に北陸で発生した雪害の際は、高速道路上の滞留車に支援物資を届ける緊急支援車両として出動した(写真撮影/林映寿さん)

体験コースはファミリーでの参加も可能。働く車好きの子どもと楽しんでいたら親がハマってしまった、というケースも多いそう。四輪バギーは資格取得だけでなく、購入に至った人もこれまでに4人いるとか!(写真撮影/塚田真理子)

体験コースはファミリーでの参加も可能。働く車好きの子どもと楽しんでいたら親がハマってしまった、というケースも多いそう。四輪バギーは資格取得だけでなく、購入に至った人もこれまでに4人いるとか!(写真撮影/塚田真理子)

クルーの手解きで、パワーショベルの操縦も初体験(写真撮影/林映寿さん)

クルーの手解きで、パワーショベルの操縦も初体験(写真撮影/林映寿さん)

重機資格取得コースの休憩時間には、水陸両用バギーの乗車体験も行われた。テーマパークのアドベンチャーのようなワクワク感!(写真撮影/塚田真理子)

重機資格取得コースの休憩時間には、水陸両用バギーの乗車体験も行われた。テーマパークのアドベンチャーのようなワクワク感!(写真撮影/塚田真理子)

マスクで分かりにくいけれど、体験時には誰もが林さんが描いたロゴのような笑顔に(写真撮影/塚田真理子)

マスクで分かりにくいけれど、体験時には誰もが林さんが描いたロゴのような笑顔に(写真撮影/塚田真理子)

打ちっぱなしならぬ掘りっぱなし!? サブスクで重機トレーニング

今回おじゃましたのは、災害現場で役立つ技能を身につける「重機資格取得コース」の2日目。初日の学科を経て、この日は重機を操作し整地や運搬、掘削などを学んでいきます。合間には、クルーの重機隊によるパフォーマンスタイムも。惚れ惚れするような技に、受講者はもれなく動画を撮影。いやぁ、かっこいいです!
ただ、資格を取ったらそれで終わり、ではありません。「いざ災害現場に行ってみると、重機のエンジンすらかけられない人も。資格を取ってもその後使っていなければ忘れてしまうのは当然ですよね」と林さん。そんなペーパードライバーにならないために設けられたのが、日本初の「サブスク会員コース」です。
月額課金制で、月に10日ほどある実施日に重機やバギーのトレーニングが受けられるというもの。「ゴルフの打ちっぱなしならぬ掘りっぱなし」感覚で、休日趣味のように通う人もいれば、小布施観光を兼ねて遠方から受けに来る人も。さまざまな場面での運転、操作の経験を積んで腕を磨くことで、いざというときの即戦力になれるのです。

台風19号の災害ボランティアをきっかけに、介護職から転身し日本笑顔プロジェクトのクルーとなった春原圭太さんによる重機パフォーマンス。華麗な操縦に拍手が湧く(写真撮影/塚田真理子)

台風19号の災害ボランティアをきっかけに、介護職から転身し日本笑顔プロジェクトのクルーとなった春原圭太さんによる重機パフォーマンス。華麗な操縦に拍手が湧く(写真撮影/塚田真理子)

災害現場は足場が悪く、泥沼に入ることも。作業後、キャタピラーについた泥の落とし方を伝授(写真撮影/塚田真理子)

災害現場は足場が悪く、泥沼に入ることも。作業後、キャタピラーについた泥の落とし方を伝授(写真撮影/塚田真理子)

重機資格取得コースの講習風景。災害現場での経験豊富なクルーが指導にあたる(写真撮影/塚田真理子)

重機資格取得コースの講習風景。災害現場での経験豊富なクルーが指導にあたる(写真撮影/塚田真理子)

近隣の倒木現場がサブスクトレーニングの実践の場に

nuovoでは、今回見学した重機資格(パワーショベルでの整地・運搬・積み込み及び掘削)に加え、パワーショベル(解体)、チェーンソー、四輪バギー、普通救命講習と、災害時に役立つ計5種類の資格取得コースを用意しています。日程はそれぞれ別で、講習日数は半日~3日間。
資格取得後のサブスクトレーニングでは、災害現場を想定した10段階の検定が設けられています。いざ災害が発生した際には、日本笑顔プロジェクトからサブスク会員や修了生に声がかかる段取りで、それぞれのレベルに合った現場がコーディネートされるそう。「安全性を重視し、初心者からベテランまで、無理のない支援活動を行えるよう心がけています」(林さん)。
nuovo発足後大きな災害は起きていないため、被災地での活動はまだありませんが、長野市戸隠での川の増水による倒木撤去作業に駆けつけるなど、実践経験が積めるのもサブスクのいいところ。また、重機資格を取得した農家の方が自分の畑の木の抜根を行うなど、実務で活用するケースもあるそうです。

資格講習を終えると、修了証が交付される(写真撮影/塚田真理子)

資格講習を終えると、修了証が交付される(写真撮影/塚田真理子)

nuovoで資格を取得すると、サブスクコースが利用できる仕組み。サブスクは月額1000円(月に30分のトレーニング無料)~。半年間繰越も可能(写真撮影/塚田真理子)

nuovoで資格を取得すると、サブスクコースが利用できる仕組み。サブスクは月額1000円(月に30分のトレーニング無料)~。半年間繰越も可能(写真撮影/塚田真理子)

スキルアップの先は、受講者を指導するクルーへの道も拓ける

レベルごとに災害現場で役立つ技術が学べるサブスクコースですが、経験を積んでレベル1に合格すると、nuovoクルーとして受講者を指導する仕事につながることもあります。四児の母という山本真衣子さんもそのひとり。親しみやすい雰囲気もあり、特に女性受講者にとっては憧れの存在です。
「台風19号のときは育児もあり動けずモヤモヤしていました。道に重機があると見惚れて学校に遅れる子どもだったので、昔から興味はあったものの、お金を出して資格を取っても使うことないなって。でもここでちゃんと習得すれば防災の備えになると知って、行動に移せました」。
nuovoでは、重機オペレーター1000人の育成をめざしていて、現在449人を達成(2021年6月18日現在)。「1000人という数字は、資格取得者10人のうち1人がサブスクでトレーニングを積んでくれたらいいなと。そうして災害時に100人規模の即戦力があれば、自衛隊よりも早く動き出せます」と林さんは言います。

資格取得とサブスクでのトレーニングを経て、クルーの一員となった山本さん。現在では受講者を指導する立場に(写真撮影/塚田真理子)

資格取得とサブスクでのトレーニングを経て、クルーの一員となった山本さん。現在では受講者を指導する立場に(写真撮影/塚田真理子)

大学を休学し、現在事務局長を務める神戸智基さん(右)、代表の林さん、副代表の春原さんをはじめ、常勤クルーは3名。ほか10名の非常勤クルーがnuovoを支えている(写真撮影/塚田真理子)

大学を休学し、現在事務局長を務める神戸智基さん(右)、代表の林さん、副代表の春原さんをはじめ、常勤クルーは3名。ほか10名の非常勤クルーがnuovoを支えている(写真撮影/塚田真理子)

飛び出す絵本のような仕掛けが楽しいフライヤー。nuovoは47都道府県に展開する計画も(写真撮影/塚田真理子)

飛び出す絵本のような仕掛けが楽しいフライヤー。nuovoは47都道府県に展開する計画も(写真撮影/塚田真理子)

今回、もともと重機に興味があって受講したという女性利用者の言葉が心に残りました。「好きでやっていることが、いざというとき役に立てるならうれしい」。まずは楽しんで、力をつけて備えることで、いつか誰かの助けになれる場所がここにはありました。
コロナ禍もあり、全国から災害ボランティアが集まりにくい時代だからこそ、自分たちの街は自分たちで守る、そんな心構えが必要だと強く感じます。
さらに頼もしいニュースが飛び込んできました。6月28日、長野と同じく台風19号の被害を受けた千葉県成田市と、今年4月に山林火災が発生した長野県飯山市に、「nuovo EX(Experience)」という体験版施設が同時オープン。時間が過ぎるにつれ、薄れていきがちな防災意識を高め、維持していくために。nuovoが全国各地に広がって、楽しい防災拠点が増えることを期待しています!

●取材協力
日本笑顔プロジェクト

棚田をレンタル!? 気軽な農業体験で地域に根ざした交流を【全国に広がるサードコミュニティ8】

全国各地に、気軽に田んぼを借りて、通年で通いながら農業体験ができる「棚田オーナー制度」を設けている地域があります。岐阜県恵那市にある坂折棚田もその一つ。家族や友人同士で借りることができて、地元の方との交流もできると人気です。連載名:全国に広がるサードコミュニティ
自宅や学校、職場でもなく、はたまた自治会や青年会など地域にもともとある団体でもない。加入も退会もしやすくて、地域のしがらみが比較的少ない「第三のコミュニティ」のありかを、『ローカルメディアのつくりかた』などの著書で知られる編集者の影山裕樹さんが探ります。棚田オーナー制度とは?

みなさん、「棚田オーナー制度」ってご存じですか? 主に都会に暮らす人に田んぼのオーナーとなってもらい、耕作のお手伝いをしてもらいながら棚田の風景を保全していこうという制度です。普段、自然に囲まれた生活をしていない都会のファミリーが、子どもに自然に触れてもらう機会をつくるために参加したり、サークルの仲間同士で田んぼを借りて、定期的に通いながら地元の農家さんとのふれあいを楽しむ、そんな参加者側のメリットもあります。

1992年に高知県の檮原町で初めて取り組みがスタートし、いまや全国に広がっています。なかには一つの地域で100以上のオーナーを受け入れているところもあるそうで、今流行りの“二拠点居住”までは踏み切れないものの、「一度きりの観光では物足りない、もっとローカルと深く関わる体験をしてみたい」という方にはちょうどいい制度ではないでしょうか。

(画像提供/坂折棚田保存会)

(画像提供/坂折棚田保存会)

棚田オーナーになるためには?

今回は、名古屋から車で1時間ほどの距離にあり、東京からもアクセスしやすい岐阜県恵那市にある坂折棚田保存会・理事長の田口譲さんにお話を伺い、「オーナーになるにはどうすればいいの?」「農業体験だけでなく農泊や地元の人との交流はできるの?」など、棚田オーナー制度の仕組みや魅力について教えてもらいました。

「オーナーの方には年間4回来てもらう機会があります。5月に田植えをして、6月下旬に草取り。それから9月の終わりに稲刈りをして、最後にお米をお渡しする収穫祭があります。玄米を30kgお土産として渡します。草刈りの日の後、希望者には近隣を案内したりもしています」(田口さん)

募集は一年中行っているので、これから行われる収穫祭から参加することも可能。一区画で年間3万5000円が基本料金。グループでシェアするプランなどもあり、人数が多ければ多いほど一人当たりの金額が少なくなるので気軽に参加できます。田植えや稲刈りなどの農作業は保存会のメンバーや地元の農家さんの指導を受けて行うので、誰でもすぐに始められます。現在、坂折棚田では50ほどのオーナーさんがいらっしゃるそうですが、「将来的には100くらいに増やしたい」と田口さんは言います。

保存会理事長の田口譲さん(画像提供/坂折棚田保存会)

保存会理事長の田口譲さん(画像提供/坂折棚田保存会)

つながりを重視するオーナーたち

恵那市は名古屋からのアクセスがいいので、愛知県のオーナーさんが一番多く、また、オーナーの傾向としては定年退職した方か、子ども連れのファミリーの方が多いそうです。基本的に農業体験は日帰りになりますが、何年も継続してここへ通っている方は、来るたびに近くの宿泊施設に泊まって帰ったり、地元の農家さんと親戚付き合いのようになるまで仲良くなるなど、農業体験以外でも地域に深く関わっているそうです。

棚田オーナー制度はある意味、最近の言葉でいうと「関係人口」を生み出す仕組みと言えるのかもしれません。アンケートをとると、「とてもよかった」「継続してほしい」という意見が大半。でもなかには「もっと、来た人どうしで交流する機会をつくってほしい」という要望もあるそうで、農業体験だけではなく、普通に暮らしていては出会えない農家さんや、ここでしか出会えない人との交流を求めている人は多いのかもしれません。

坂折棚田保存会のホームページではこうした農業体験のみならず、里山・森林体験や味噌づくり体験のお知らせ、周辺の宿泊や飲食のお店紹介ページなども充実していますので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。

保存会のホームページ

保存会のホームページ

棚田周辺の観光資源に目を向けてもらうために

約400年前に生まれた石積みの棚田は、日本の棚田百選にも選ばれており、フラッと観光で恵那市に訪れることがあるなら、一度は車を降りてこの光景を体験してほしいです。実は僕も一度、坂折棚田に訪れたことがあるのですが、扇状に広がる風景が壮大でとても気持ちがよかったのを覚えています。

「棚田の中を流れる坂折川上流部には、希少な植物が生育する湿地があり、農業文化の遺産である水車小屋など観光資源がたくさんあります。そういった所を散策してもらって、理解してもらうウォーキングコースも整備しています」(田口さん)

水田や棚田は放っておくと荒れていってしまうので、雑草を刈ったり、昔水田だったけれど、荒廃して林に戻ってしまった荒廃湿地を復活させる活動もしているそう。2003年には「第9回全国棚田サミット」の開催地となり、全国的にも知られつつある坂折棚田ですが、まだまだ関わる人を増やしていきたい理由はここにあります。

「生物文化多様性」という言葉がありますが、農村の自然や生態系は、そこに暮らし手を入れてきた人々の文化を育んでいきます。自然の豊かさに触発されるかたちで、多様で複雑な文化が生まれる。単に目の前にある風景を残していくだけでなく、そこで生まれた文化の多様性を保存することも大切なことだと感じます。そのためには、若い世代に文化を継承してもらう必要があります。

毎年6月には棚田の縁に灯籠を灯して、田の神様に田植えの報告と豊作を願う幻想的な「灯祭り」が開催されています。こうしたイベントも、まさに自然と人間がともに育んできた大切な文化の一つであり、守るべきものであると思います。そういう意味でも、一度きりの観光で訪れるのではなく、何度も通い、保存会の方々のお話しを聞いて、景観が守られてきた背景や歴史、そこから生まれた文化を深く知り、“他人事から自分ごと”にしてくれる関係人口を増やすことができる棚田オーナー制度は、双方にメリットがある有意義な活動だと言えるでしょう。

収穫の様子(画像提供/坂折棚田保存会)

収穫の様子(画像提供/坂折棚田保存会)

石積みの保存・修復もまた有志の手を借りて

400年の歴史を持つ坂折棚田の景観は、明治時代初期にはほぼ現在のかたちになりました。特に石積みの技術が高く、名古屋城の石垣を築いた石工集団「黒鍬(くろくわ)」の職人たちの手による美しい石積みもまた魅力の一つです。

「最初のころは、とにかく水田をはやくつくろうということで、適当に石を積んだので崩れるんですね。崩れると、直さにゃいかんということで、築城の技術を持った石積みの人たちが江戸時代に入ってやってきた。その後、昭和ごろになると相当プロの職人が育ってきた。それが今は失われてしまったので、“田直し”も私どもの重要な活動の一つです」(田口さん)

“田直し”の歴史は古く、1700年代ごろから盛んに行われていたようで、絶え間ない地元の人のメンテナンスを経て現在の風景ができているんですね。保存会では、こうした棚田の修復・保存の技術を継承する石積みを修復し保存する「石積み塾」という活動も行っています。石積み塾は棚田オーナー制度とは別に行っている活動で、自分で田んぼを直して使いたいという塾生が毎年全国から参加しにやってきます。本格的に石積みを学びたいというかたはぜひ応募してみてはいかがでしょうか?

(画像提供/坂折棚田保存会)

(画像提供/坂折棚田保存会)

国が推進する“都市と農村の交流事業”は全国各地で行われていますが、いわゆる一度きりの農泊体験などではなく、継続的によそ者と地元の人のつながりを生み出し、関わる人を増やしていくような活動がもっとたくさん生まれるといいなと思います。

僕たちはどうしても、広告やメディアが喧伝する「地方」イメージをすんなり受け入れて、地方を観光地として客体化し“消費する場所”と考えてしまいがちです。でも本当は観光客として関わるよりも、一つの地域に継続的に関わり“ここで暮らすこと”を想像できるくらいになったほうが、より深く、存分に地域の魅力を堪能することができると思うんです。その先に、“他人事から自分ごと”になる人が増えていくのだと僕は考えています。

故郷と暮らす場所以外で、近くに第三の居場所をつくりたい、友人とお金を出し合って農業体験コミュニティをつくりたいという方は、棚田オーナー制度を取り入れている地域の情報を取りまとめている「棚田百貨堂」というウェブサイトがありますので、そちらもチェックしてみてください。地域別の参加費や参加方法なども一覧でまとめられているのでオススメですよ。

●取材協力
恵那市坂折棚田保存会

図書館なのに“貸さない”“農業支援”!? 地域を盛り上げるユニークな最新事情

みなさんは図書館についてどのようなイメージを持っているだろうか? 近年、さまざまなタイプの図書館が増え、家でも仕事場でもない第三の居場所「サードプレイス」としても注目されている。おしゃれなカフェを併設したり、毎日イベントを開催したり、訪れる人が楽しめる取り組みを行っている図書館も多い。従来の図書館のように”本を借りる場所”としてだけでなく、“地域のつながりをつくる場所”としての役割を担うようになってきた。
『これからの図書館』(平凡社)の著者であり、図書館流通センターの取締役・谷一文子さんに、図書館の最新事情とこれからの姿について話を伺った。

※新型コロナウイルスの影響で多くの図書館が休館中となっている。開館状況については各ホームページなどでチェックを

芸術×図書館など「複合化」がキーワード

全国のさまざまな図書館を見てきた谷一さんから見て、近年の図書館はどう映っているのだろうか。

「以前の図書館は本を貸し出す場所という”図書館” 単体として存在していましたが、今は複合化の傾向にあります。2003年、民間が図書館の管理・運営を行える「指定管理者制度」が生まれたことにより、民間企業と行政機関が協力しあい、今までとは違う図書館が登場するようになってきたのです」

谷一文子さん(画像提供/株式会社図書館流通センター)

谷一文子さん(画像提供/株式会社図書館流通センター)

特に2013年にリニューアルオープンした「武雄市図書館・歴史資料館」(佐賀県)の存在は大きいと谷一さんは語る。

武雄市図書館(写真提供/カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)

武雄市図書館(写真提供/カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)

(写真提供/カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)

(写真提供/カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)

武雄市図書館は、施設内に蔦屋書店やスターバックスコーヒーが併設されているなどの従来の図書館のイメージを覆すおしゃれな内容で話題となった、複合型図書館だ。開館した2013年度の入館者数は923,036人。2019年2月16日には、累計入館者数500万人到達という人気ぶり。

「開館当初は衝撃を受けましたね。これ以後全国の自治体も図書館に注目するようになり、新しいタイプの図書館が各地にできるきっかけになったと感じます」(谷一さん)

ここ5年ほどで一気に進んだ図書館事情。谷一さんが特に注目している、最新の図書館について教えてもらった。

地域をつなげる注目の図書館3つ

赤ちゃんから高齢者まで楽しめる
大和市文化創造拠点「シリウス」(神奈川県大和市)

大和市文化創造拠点「シリウス」(画像提供/株式会社図書館流通センター)

大和市文化創造拠点「シリウス」(画像提供/株式会社図書館流通センター)

大和市長自ら「全館“まるごと図書館”」と発言するほど、市の肝入りプロジェクトとして2016年11月に誕生した文化複合施設。

ガラスを多用した近代的な外観。6階建ての建物の中には、図書館のほかにも、芸術文化ホールや公民館をはじめ、屋内こども広場、スターバックスコーヒーなど、さまざまな施設が入っている。
開館1周年には累計来館者数300万人を達成。3年続けて年間300万人以上の来館者があり、2020年1月21日には、累計来館者数が1000万人を突破した。

「館内のどこで本を読んでも構いません。そういう意味では、市長さんの『全館“まるごと図書館”』という言葉も的を射ていて、成功した例ではないでしょうか。また、毎日図書館でイベントを開催していることが、シリウスの大きなポイントです。いつ行っても楽しく、いつ行っても違う刺激が得られる。そういう図書館が街にあれば、行ってみたいと思いますよね。仕掛けが人の流れ、街自体にも変化を与えています」(谷一さん)

1Fロビー(画像提供/株式会社図書館流通センター)

1Fロビー(画像提供/株式会社図書館流通センター)

子ども連れに人気の「屋内こども広場」。子どもたちは大はしゃぎした後、本を読んだり、借りたりして楽しんでいるという(画像提供/株式会社図書館流通センター)

子ども連れに人気の「屋内こども広場」。子どもたちは大はしゃぎした後、本を読んだり、借りたりして楽しんでいるという(画像提供/株式会社図書館流通センター)

「健康度見える化コーナー」(4階)には骨健康度測定器、血管年齢測定器、脳年齢測定器などがあり、自由に測定できる。保健師や栄養管理士などから専門的なアドバイスも受けられ、高齢者からも人気が高い(画像提供/株式会社図書館流通センター)

「健康度見える化コーナー」(4階)には骨健康度測定器、血管年齢測定器、脳年齢測定器などがあり、自由に測定できる。保健師や栄養管理士などから専門的なアドバイスも受けられ、高齢者からも人気が高い(画像提供/株式会社図書館流通センター)

オープンな講座スペース「健康テラス」では健康に関する講座のほか健康体操なども実施しており、毎日通う人も。介護ロボットの展示もされている(画像提供/株式会社図書館流通センター)

オープンな講座スペース「健康テラス」では健康に関する講座のほか健康体操なども実施しており、毎日通う人も。介護ロボットの展示もされている(画像提供/株式会社図書館流通センター)

シリウスができたことで街の印象もすっかり変わり、自然と周りにも飲食店などのお店ができはじめ、人の流れも変化してきているという。

また、10代の子どもたちの利用を増やし、地域の子どもたちの図書館の楽しみかたを変えたという「武蔵野プレイス(武蔵野市立図書館)」(東京都武蔵野市)もおもしろい。19歳以下(20歳を迎える年度末まで)の青少年のみが楽しめる「スタジオラウンジ」を設けているのだ。

「中高生の居場所を意識した図書館というのは、実はあまりありませんでした。ただ自習する場所ではなく、イベントなどを開催してわいわい集まれるといったこともできます」(谷一さん)

“あそこにいけば、誰かがいる”という居場所といえばカフェや飲み屋が思い浮かぶが、その役目を「図書館」が担うようになっているのだ。

本を貸し出さない!?「課題解決型」図書館
札幌市図書・情報館(北海道・札幌市)

お茶を飲みながら調べものをしたり、グループで使える会議室もある(画像提供/札幌市図書・情報館)

お茶を飲みながら調べものをしたり、グループで使える会議室もある(画像提供/札幌市図書・情報館)

2018年10月にオープンした「本を貸さない図書館」。ジャンルをWork、Life、Artとし、「はたらくをらくにする」というコンセプトの中、多くのビジネスパーソンが来館している。ピアノジャズの名盤が流れる明るい雰囲気の中、会話も可能、飲み物の持ち込みもOK。また、ビジネスの専門家による無料相談も毎週開かれ、知的関心を満たすセミナーも年に20回以上開かれるなど、先進的な取り組みが評価され「Library of the Year 2019」で大賞とオーディエンス賞をダブル受賞。多くの人に注目されている施設だ。

(画像提供/札幌市図書・情報館)

(画像提供/札幌市図書・情報館)

「貸出をしない代わりに、”いつでも最新の本が読める、使える”のです。プラン時にこれを聞いた時には意外に思いましたが、実際にやってみると市民からの評判が良かったようです」(谷一さん)

谷一さんは、女子高生が「こんな素敵なところ知らなかった。教えてくれてありがとう!」と友達に話している様子を偶然見かけ、図書館が地域の人たちに愛され、根付いている様子を実感したと話してくれた。

また、谷一さんが訪れた時はちょうど吹雪の日で、施設が地下鉄の大通駅から直結しているため、とてもありがたく感じたそうだ。屋外に出ることなく図書館に行けるという立地も、冬が寒い北海道では地域の人々にも特に喜ばれるポイントだろう。

農産物の市場価格をデジタル表示!商業施設内に誕生した図書館
つがる市立図書館(青森県つがる市)

つがる市立図書館はイオンモール内にある(画像提供/株式会社図書館流通センター)

つがる市立図書館はイオンモール内にある(画像提供/株式会社図書館流通センター)

つがる市立図書館の入り口(画像提供/株式会社図書館流通センター)

つがる市立図書館の入り口(画像提供/株式会社図書館流通センター)

館内にはタリーズコーヒーが併設され、図書館内での飲食もできる(画像提供/株式会社図書館流通センター)

館内にはタリーズコーヒーが併設され、図書館内での飲食もできる(画像提供/株式会社図書館流通センター)

谷一さんが「地域に根付いた図書館」として紹介してくれたのが、2016年7月、映画館なども入るイオンモールつがる柏内に誕生したこちら。赤ちゃんルーム(授乳室)を併設しているほか、小中学生のための学習支援としてデジタル学習教材を導入している。

「自動貸出機を導入しているのですが、高齢者の方も『最近の図書館はすごいね』と楽しそうに自動貸出機を利用してくれています。高齢の方も新しい取り組みに馴染んでくださったのでうれしかったですね」(谷一さん)

青森県初導入の書籍消毒機も採用している(画像提供/株式会社図書館流通センター)

青森県初導入の書籍消毒機も採用している(画像提供/株式会社図書館流通センター)

また、「商業施設の中につくられたというのもポイントです」と谷一さん。
これまで地方の図書館は、公共交通機関が近くにない場合、車を持っていない世帯や学生、高齢者などが足を運びにくいという問題点があったが、イオンモールつがる柏では無料シャトルバスを運行しているため、気軽に図書館に行きつつ、買い物をしたい人もアクセスしやすいという。

また、図書館が「農業支援」を行っている点もおもしろい。つがる市でつくられている主要な農作物の価格を毎日、デジタルサイネージに表示している。つがる市の名産品8品目の市場価格がひと目で分かるようになっているのだ。

市場価格が表示されているデジタルサイネージ(画像提供/株式会社図書館流通センター)

市場価格が表示されているデジタルサイネージ(画像提供/株式会社図書館流通センター)

地方都市における図書館のあり方を問い直し、地域の人々にどう使ってほしいかが伝わってくる施設と言えるだろう。

従来の図書館も、使い方と見方次第で「発見」につながる

上では図書館の最新事例を紹介してもらったが、「従来の図書館も、使い方や見方を変えると“街や自分自身のことを知るブレイン”にもなりますし、“暮らしを変えるハブ”にもなります」と谷一さん。

例えば、その土地の歴史や、地域の人々の家系のルーツを調べるといったこともできるし、待機児童の状況や自治体の制度をふまえた保育園選びのアドバイスを司書さんに聞く、といった使い方もできるそうだ。「図書館を使った調べる学習コンクール」(主催:公益財団法人「図書館振興財団」)の地域コンクールに参加する図書館では、古文書や地域の歴史などに興味を持った子どもたちが資料などを読み解くために、図書館司書がそのお手伝いをしているという。

「自力で調べることが難しいことでも、相談ができたり、やり方を工夫すれば、興味があることを深掘りしていけるんですよね。そういう子どもや大人が増えていけば、世の中も変わっていくと思っています。自分で考え、調べ、結論を出す。とても大事なことですよね」(谷一さん)

また、図書館は「男性の育児参加を促進させる場にもなり得ます」と谷一さんは話す。

「図書館流通センターの関西支社には、絵本の読み聞かせをする男性司書たちのグループ、通称『読みメン隊』がいるのですが、いま参加メンバーがかなり拡大しています。今後は司書だけでなく一般の方にも混ざってもらいたいと強く思っています。

読みメン隊(画像提供/株式会社図書館流通センター)

読みメン隊(画像提供/株式会社図書館流通センター)

明石市の図書館では、読みメン隊が読み聞かせを行うとお父さんが子どもを連れてきてくれるんですが、お父さん自身も読み聞かせをしてくれたりするんですよ。いま休日の図書館ではお子さん連れのお父さんたちもとても多くなってきていますが、読み聞かせへの一般男性の参加者が増えれば、より『育児参加』につながるのではないでしょうか」

これからの図書館はどうなる?

これからの図書館はどのように変わっていくのだろうか?

「新型コロナウイルスの影響で、ここ数カ月で『デジタルの価値』が高まってきています。私は、オンライン上で本を選び、電子書籍で貸し出す“電子図書館”がさらに浸透していくと予想しています。
一方で、人は集う場所を持っていたいと思うものです。これからも図書館は地域の人たちの『居場所』としても機能し続けると思います。
デジタルとリアルの場としての図書館、この二極化が進んでいくのではないでしょうか」

従来の図書館は、読みたい本や調べものなど「目的があるから行く場所」であった。だが先進の図書館は、読みたい本や調べものは特になくても訪れたい、まさに「居場所としての図書館」として機能している。このような図書館が増えれば、地域の人の流れもより活性化していくだろう。図書館がどのように進化し、街が変わっていくのか今後も注目したい。

●関連サイト
武雄市図書館・歴史資料館
※2020年5月6日(水)まで臨時休館中。状況により延長の場合あり
大和市文化創造拠点「シリウス」
※2020年5月6日(水)まで休館中。状況により変更の場合あり
札幌市図書・情報館
※2020年5月6日(水)まで休館中
つがる市立図書館
※2020年5月6日(水)まで臨時休館中●取材協力
谷一 文子さん
上智大学文学部心理学科卒業後、1981年より財団法人倉敷中央病院精神科にて臨床心理士として勤務。その後1985年より岡山市立中央図書館にて司書として働く。1991年に株式会社図書館流通センターに入社、データ部を経て営業デスクに所属。2004年に図書館サポート事業部長に就任。高山市立図書館、桑名市立中央図書館など、全国の図書館で業務委託やPFIの立ち上げに携わる。2004年6月にTRCサポートアンドサービスの代表取締役に就任。2006年6月に株式会社図書館流通センター代表取締役社長を経て、2013年4月より株式会社図書館流通センター 代表取締役会長。2019年7月より株式会社図書館流通センター 取締役。
・株式会社図書館流通センター
『これからの図書館』(平凡社)『これからの図書館』(平凡社)

地主、居住者、行政の“三方良し”を実現する、これからの農園付き住宅

都市近郊の農業生産者が抱える大きな悩みは後継者不足。農地が耕作放棄地になることに加え、これまで「生産緑地」として税が優遇されてきた土地の多くが、2022年にその期限が切れ、宅地並みに課税されます。

その一方、自然、健康、食などに高い関心を持つ人たちは増え続け、市民農園が根強い人気を集めています。こうした動向をとらえて増木工業(埼玉県新座市)が送り出した農園付き分譲住宅が今、注目を集めています。現場を訪ね、その発想や魅力をレポートします。

農地という資産を守りつつ、住宅の魅力を創造する

JR新座駅から歩いて10分ほど、広い農地が残るエリアに、農園付き住宅「新農住コミュニティ野火止台」はあります。

ここを開発・販売する増木工業は、創業140年を越える長い歴史を持ち、地元の新座市を中心とする地域に密着して信頼を築いてきました。地元の地主から土地に関する相談を受けることも珍しくありません。

農園付き住宅の発想もそうした相談がきっかけで生まれました。同社の住宅事業部の大塚嘉孝(おおつか・よしたか)さんはこう振り返ります。
 
「先祖伝来の農地を持ち、お母さんが農業を続けているものの自分は公務員、後継者はいないという地主様から、農地を残す方法はないかと相談を受けました。社長(増田敏政氏)と私が対応する中で、定期借地権付きの一戸建ての賃貸住宅を建てる案が出てきました」。

定期借地権付き賃貸住宅なら、地主は土地の所有権を持ったまま、家賃に加えて地代も得ることができ、しかも固定資産税を大幅に減らすことができます(例えば東京都であれば課税標準は更地の6分の1)。この案は、土地売却より利益が少ないこと、定期借地権の期間が50年と長いことから、最終的には実現できませんでした。しかしこれを機に増田社長と大塚さんは構想を膨らませていきました。

「後継者がいなくても、先祖伝来の土地を失いたくないという農家さんは多いのです。そこで、定期借地権利用に限らず、住宅に農地を組み合わせることを考えました。これなら部分的に農地も残すことができます」。

増田社長はドイツのクラインガルテンを意識していたようです。 また大塚さん自身も、「単に不動産を細切れにして販売するだけではなく、地域に合った価値を付加した、わくわくするような街を作りたいという思いをずっと持っていました」。

埼玉県新座市は調整区域が多く、駅周辺には住宅と広い農地が混在した風景が広がっている(写真撮影/織田孝一)

埼玉県新座市は調整区域が多く、駅周辺には住宅と広い農地が混在した風景が広がっている(写真撮影/織田孝一)

そんなとき、800坪の農地を売却したいという農家からの依頼がありました。そこで、かねてから考えてきた農・住近接のアイデアを取り入れて開発したのが、「新農住コミュニティ野火止台」です。ここでは定期借地権ではなく、分譲住宅としました。

「地主様である農家さんが先祖伝来の土地を失うことを嫌うのは、土地と共に、手塩にかけて作ってきた肥沃な“土”を失うことも大きいと思います。農地付きの住宅なら、この土を活かせるのが、農家さんにとって大きな魅力なのだと思います」。

また、多くの都市近郊の農地が、「生産緑地」として受けてきた優遇税制が2022年には期限が切れることも、懸念材料となっているようです。「当社の農地付き住宅についての説明会には、多くの地主様が参加されています。土地を守り、活かす方法を模索されている背景には、この“2022年問題”もあるようです」。

敷地中央を通る散歩道が美しさと人間関係を生み出す

実際に「新農住コミュニティ野火止台」を歩いてみました。

志木街道に面した、細長い敷地に立つ住宅は15棟。敷地面積は一棟平均約35坪で、各棟に1坪サイズの家庭菜園が設置されています。

敷地の中央を、縁道(えんどう)と呼ばれるゆるやかに蛇行する散歩道が貫いているのが大きな特徴です。これは分譲地の景観を美しく演出するとともに、住まいと住まいの人間関係をつなぐ道でもあります。

「通常だと、中央に車の通れる広い道を通し、両側に住宅を配置するやりかたになりますが、それをせず、もっと自然と親しむ住宅地にしたいと思いました」。

中央部には共用畑を設けました。これは各棟の家庭菜園とは別に、入居者全員が共同利用できる畑です。畑の所有は増木工業。「もう一棟建てられるくらいの敷地(30坪強)をあえて共有の畑にしました。元地主の農家が農業アドバイザーとして農業のサポートをし、相談に乗ってくれるのも新しい試みです」。共用畑の向かいにある防災広場は、災害に備え煮炊きのできるカマドを設置する予定です。また、イベントスペースとして居住者同士のコミュニケーションを図る場として活用していきます。

地主にとってもただ土地を売っておしまいというのではなく、農を通じた土地との関係が続き、そこに住む人たちとの人間関係もできるという点が従来とは異なる魅力になっています。

植栽や畑と一体となったランドスケープデザインは、東京・世田谷区にある建築事務所ボスケデザインによるものです。約80種類もの植栽が、暮らしを彩ります。

整備中の共有畑の前で、住宅事業部の大塚嘉孝さん(営業)と、このプロジェクトの現場監督を務めた福田千尋さん(工事) (写真撮影/織田孝一)

整備中の共有畑の前で、住宅事業部の大塚嘉孝さん(営業)と、このプロジェクトの現場監督を務めた福田千尋さん(工事) (写真撮影/織田孝一)

もう一つ、「新農住コミュニティ野火止台」の大きな特徴は、果樹が数多く植えられていることです。

「果樹を植えた理由には、この『新農住プロジェクト』が、映画『人生フルーツ』に大きな影響を受けたためです。映画に出てきた津端御夫妻のような、“実りある暮らし”を実現する舞台にしたいと考えました」。

『人生フルーツ』(伏原健之監督)は、愛知県春日井市に住む建築家の津端修一・英子夫妻の日常を追ったドキュメンタリー。その自給自足的な生活や思想が多くの人の共感を呼び、隠れたヒット作となりました。「一般に広く上映していない映画なので、当社では何度も自主上映会を開催しました。この映画に共感されるお客様は、農住接近した生活に親和性が高いと考えたからです」。

果樹が数多く植えられていることを語る、住宅事業部営業リーダーの山口愛莉沙さん。そばにあるのはザクロがなっている木(写真撮影/織田孝一)

果樹が数多く植えられていることを語る、住宅事業部営業リーダーの山口愛莉沙さん。そばにあるのはザクロがなっている木(写真撮影/織田孝一)

雨水を利用した給水システムも用意されている(写真撮影/織田孝一)

雨水を利用した給水システムも用意されている(写真撮影/織田孝一)

15棟の内、10棟にはウッドデッキを設置した(写真撮影/織田孝一)

15棟の内、10棟にはウッドデッキを設置した(写真撮影/織田孝一)

住宅には無垢材を多用するなど、自然との調和を図っています。室内の温度ムラが少ない全館空調パッシブエアコンを採用したほか、家庭用燃料電池を使った給湯システム、太陽光発電システム、電気自動車用コンセントなど、環境保全型のしくみが数多く取り入れられています。

屋内は無垢の木を多用。年月が経過し、使い込むほどに美しくなる(写真撮影/織田孝一)

屋内は無垢の木を多用。年月が経過し、使い込むほどに美しくなる(写真撮影/織田孝一)

全棟に屋根裏収納スペースがあり、可動式梯子で上がれるようになっている(写真撮影/織田孝一)

全棟に屋根裏収納スペースがあり、可動式梯子で上がれるようになっている(写真撮影/織田孝一)

「新座でも貸し農園は人気がありますし、食育や自給自足への関心も今まで以上に高まっていると感じます。「新農住コミュニティ野火止台」はそんな時代にも合った分譲住宅でもあると思います」と大塚さんは自信を見せます。この11月3日、4日に開催された町開きでは、大勢の見学者を集め、盛況となりました。

農地を維持したい地主、健康的な生活を求める住民、人口流出をくい止め、景観を守りたい行政、三者いずれもが利益を得る、新しい住宅地の可能性が見えてくるようです。

●取材協力
増木工業株式会社

都市のど真ん中で農業? 初心者から本格派まで楽しめる可能性を探った

大都市に暮らし、IT機器に囲まれて仕事をしていると、「土や緑に触れたい」と感じることが多いのではないでしょうか。それがベランダ園芸やガーデニングなどの趣味につながる人もいますが、それでは満足できず、さらに一歩踏み込み、「自分が食べる野菜を育てたい」、「子どもたちと一緒に土に触れる時間を得たい」といった人たちもいます。都市で、“農力”を発揮するにはどうしたら良いのか、可能性を探ってみました。
東京に、本格的クラインガルテンがあった!!

都市生活と農作業の両立というと、ドイツが先達と言えます。19世紀に生まれたクラインガルテン(ドイツ語で「小さな庭」の意味)は、都市近郊の小規模の農地で、ラウベと呼ばれる小屋が併設されています。都市住民が賃貸で使うもので、滞在型市民農園とも呼ばれます。週末や休暇のときに来て、農作業に汗を流し、リフレッシュするというものです。

日本でも、1990年代に入るころから各地に続々とクラインガルテンと呼ばれる施設ができました。そこで、東京初の本格的クラインガルテン「おくたま海沢ふれあい農園」(東京都西多摩郡奥多摩町)を訪ねてみました。

【画像1】おくたま海沢ふれあい農園のクラインガルテン。ガス、水道、電気完備のラウベが並ぶ。遠くに山々が見える美しい風景だ(写真撮影/織田孝一)

【画像1】おくたま海沢ふれあい農園のクラインガルテン。ガス、水道、電気完備のラウベが並ぶ。遠くに山々が見える美しい風景だ(写真撮影/織田孝一)

ここは完成して今年で11年目。270m2の農地とそこに建てられた26.5m2のラウべ(ガス、水道、電気設備、キッチン、ユニット式バストイレ付き)が1区画。全部で13区画あります。奥多摩町の施設ですが、海沢地区の自治会が受け皿となって運営し、栽培講習会、料理講習会、収穫祭などを開催し、地元と利用者との交流に力を入れています。
管理運営責任者の堀隆雄さんによると、「利用者は初心者もいますが、市民農園の経験があり、定年退職されている方が多いですね。利用は週末型。車で2、3時間かけて来る方もいます」

利用者の一人、Tさんは世田谷区在住。公務員でしたが定年退職後の生活を模索中に、この農園を知りました。「今は、ほとんどこちらに滞在するような生活です。楽しみは、いろいろな品種の栽培にチャレンジすること。すべて無農薬です」
畑を拝見すると、大根、イチゴ、トウガラシ、サトイモ、エシャロット、タマネギ、白菜などの野菜が立派に育っていました。
 
ここの賃貸料は年間で60万円。単年度ごとの契約で、利用者の平均契約期間は4~5年です。全国のクラインガルテンもおおむね同等の賃貸料で、年間40万円~70万円が相場です。このくらいの金額だと、子育てやローンを終え、ある程度時間とお金に余裕のある退職者の利用が多くなることは確かでしょう。
また「おくたま海沢ふれあい農園」には滞在型だけでなく、日帰りタイプの体験農園も用意しています。こちらは1区画約50m2と規模はずっと小さいのですが、年間1万円で借りることができます。

えっ、マンションで、農作業が楽しめるの?

クラインガルテンはどちらかと言えば本格派志向の人向きと言えるでしょう。もう少し負担がなく、身近で農作業をしたいという人なら、農園が付いているマンションを選ぶという手もあります。

【画像2】シティハウス横濱片倉町ステーションコート。神奈川県で初めて農園サービスを導入した(写真撮影/織田孝一)

【画像2】シティハウス横濱片倉町ステーションコート。神奈川県で初めて農園サービスを導入した(写真撮影/織田孝一)

横浜市営地下鉄ブルーラインの片倉町駅から徒歩2分、112戸が入居する「シティハウス横濱片倉町ステーションコート」は、神奈川県で初めて農園サービスを取り入れたマンション。徒歩圏内に畑があり、ここにマンション居住者のために8区画(100m2)の畑を確保、農業を楽しめるようにしています。
マンションに関係する新規事業の一つとして始めたもので、特定の居住者が農地を使うのではなく、年間を通じて、種まき、植え付け、収穫、加工品づくり、納涼祭など、月に一度のペースでイベントを開催し、それに居住者が参加する形式です。

【画像3】住宅街を抜けると、ありました! シティハウス横濱片倉町シティコートの居住者の畑(写真撮影/織田孝一)

【画像3】住宅街を抜けると、ありました! シティハウス横濱片倉町シティコートの居住者の畑(写真撮影/織田孝一)

マンションの管理室の神馬康二さんは、「入居者の平均年齢は20代後半から30代、内、6、7割にお子さんがいます」
このサービスは当初、参加世帯数を限定したものだったため、一時は廃止の意見も出たそうです。しかし「子どもを土に触れさせたい」という子連れファミリー層の声も大きく、管理組合が実際に農園サービスを行っている会社(アグリメディア)に相談したところ、現在の「世帯数を制限しない、毎月イベントを開催する」という提案が出てきて、存続させることになりました。

「イベントには毎回、20~30世帯、人数にして40~50人が参加しています。雨のため収穫のイベントができなかったときには、運営側で収穫したジャガイモを袋詰めにして、マンションに置き、希望者に持ち帰っていただき、好評でした」(神馬さん)

このサービスは、農作業を楽しみたい、子どもと共に土に触れたい、という要望以上に、同じマンション住民のコミュニティ意識の醸成に役立っているようでした。

【画像4】「ほら、こんなによく育ちました」と、マンションの管理室の  神馬康二さん(写真撮影/織田孝一)

【画像4】「ほら、こんなによく育ちました」と、マンションの管理室の 神馬康二さん(写真撮影/織田孝一)

このマンションを開発した住友不動産は、その後、敷地内に畑(約130m2)を設けたマンション「ココテラス横濱戸塚ヒルトップ」を送り出しました。こうしたタイプのマンションはほかにも増えています。家探し中の方は検討してみる価値がありそうです。

“クワを持ったこともない初心者 ”も安心

今の住まいはそのままに、畑だけを借りたいという方もたくさんいると思います。それなら「シェア畑」を利用するのが便利でしょう。
都市で働く人が農地を借りたいと思っても、従来はなかなかむずかしいのが現実でした。農家にしてみれば、よく知らない他人に土地を貸すのをためらうのは無理からぬこと。だから農家に知人がいるなど、縁があって借りることができたというケースがほとんどでした。

これを誰にでもオープンな形に変えたのがシェア畑です。この事業を展開しているのが株式会社アグリメディア。前述したマンションの農園サービスも同社の協力で実現しました。
シェア畑は、アグリメディアが、地主と畑の利用者との間に入り、貸し農園を代行するしくみです。ですから利用者はアグリメディアと契約し、畑を借ります。基本的に地主と会うことはありません。

シェア畑が従来の市民農園と大きく違うのは、ほとんど手ぶらで参加でき、初心者も楽に作業できることでしょう。筆者も経験がありますが、これまでの市民農園では通常、種や苗、道具を自分で買って運び込まなくてはなりませんでした。ところがこれが重かったり、屋根のある置き場がなかったりして苦労することも。

敷地内に水道やトイレがないことも珍しくありません。栽培のしかたを教えてくれる人もいないので最初は悪戦苦闘。それも含めて楽しめる人でないと長続きしないのです。

しかしシェア畑では、種、苗、肥料は無料で用意されています(化学肥料、農薬は許可していません)。クワやジョウロなどの道具もすべて現地にあり、無料レンタルできるので、運ぶ苦労もありません。また「菜園アドバイザー」と呼ばれる専門スタッフがいて、相談に乗り、講習会なども行うので、まったくの初心者でも安心です。
 
現在、シェア畑は全国で60カ所以上。その一つ、川崎市多摩区にある「シェア畑 川崎多摩」に出かけてみました。JR南武線宿河原駅から徒歩で7、8分。住宅街を抜けると、府中街道の近くに広い農地が広がります。広さはシェア畑の中でも最大規模の約4800m2で、区画は220ほどあります。
 
菜園アドバイザーを務める松下公勇さんは、「アクセスが良く、近隣に公営の市民農園がないこともあり、開園してすぐ満杯に。定年後の趣味の一つとして楽しむ方、お子さんと一緒に野菜づくりをしたい30代、40代のご夫婦、介護施設や保育園など、法人契約されるところもあります。ほとんどが徒歩や自転車で30分圏内の方ですね」
賃貸料金は10m21区画で7871円(月額、税抜)。1区画は最大8人まででシェアして使うこともできます。
 
「初心者の方がほとんどなので、用語から丁寧に説明しています。年に10回ほどの講習会をし、契約されたときにはまず1時間ほどの講習をして、必ずレジュメを渡します」(松下さん) 
シェア畑の場合、徹底的に合理化しているので、初心者へのハードルは低く、失敗は少なくなります。ただ、作る品種は運営側が決めるなど、自由度は低くなります。ここをどう考えるかはその人の志向によるでしょう。
「種まきから収穫まで手がけた皆さんが共通して言うのは、無農薬・有機栽培の野菜のおいしさです。スーパーの野菜とはまったく違うと感激するんです」(松下さん)

【画像5】「シェア畑 川崎多摩」の菜園アドバイザー、松下公勇さん。ボランティアで「里山を守る会」に入り、地域社会に興味をもったのが今に至るきっかけだったそうだ(写真撮影/織田孝一)

【画像5】「シェア畑 川崎多摩」の菜園アドバイザー、松下公勇さん。ボランティアで「里山を守る会」に入り、地域社会に興味をもったのが今に至るきっかけだったそうだ(写真撮影/織田孝一)

このシェア畑にご夫婦で来ていた60代の男性は「印刷会社の社員でしたが、定年後に新聞記事でシェア畑のことを知り、夫婦で来るようになりました。楽しいですね」。妻は「ここでつくった野菜は本当においしいんですよ」と満足そうでした。

最後に一つ注意事項を。
今まで紹介してきた農園で栽培した農産物は基本的に販売できません。これは法律で定められた市民農園の目的はレクリエーションであって、営利が許されていないからです。収穫した農産物も、自家消費量を超えた分だけを直売所などに置くことはできますが、最初から販売を目的にはできません。最近では、地域によってそれを緩和する動きも出てきているようですが、まずは自家消費を考えて取り組みましょう。

●取材協力
・住友不動産建物サービス
・シティハウス横濱片倉町ステーションコート管理組合 
・おくたま海沢ふれあい農園(東京都西多摩郡奥多摩町)
・株式会社アグリメディア
・シェア畑 川崎多摩