孤独を癒す地域の食堂、ご近所さんや新顔さんと食卓を囲んでゆるやかにつながり生む 「タノバ食堂」東京都世田谷区

5月は「孤独・孤立対策強化月間」。「孤独ですか?」と聞かれたら、あなたは何と答えるでしょうか。現在、働いていても、家族がいても、友人がいても、内心、孤独を感じている人、将来、孤立するのではという怖れを抱いている人は多いことでしょう。今回はそんな「孤独の解消」を目的に掲げて活動する「タノバ食堂」の講演会と食事会に参加してきました。

地域ですれちがったときに会釈できる。ゆるやかなつながりが孤独を救う

TanoBa(タノバ)合同会社は、「望まない孤独をなくす」を目的に、2023年3月にヤフー・ジャパンの卒業生3名が共同出資してできました。事業の1つ「コミュニティ事業」として毎月、実施しているのが、食事をともにすることでゆるくつながりをつくる「タノバ食堂」です。タノバ食堂が実施されるのは、東京都世田谷区にある野沢龍雲寺の別館・龍雲寺会館。完全予約制で、2023年10月より毎月最終土曜日に行われており、通算5回、約100人の参加があったといいます。料金は参加者が思い思いの金額を支払う自由価格制をとっています。

左から宮本桃子さん、宮本義隆さん、多田大介さん(写真撮影/内海明啓)

左から宮本桃子さん、宮本義隆さん、多田大介さん(写真撮影/内海明啓)

2024年3月30日、TanoBa合同会社の設立を記念して、「望まない孤独を解消するための処方箋~自己責任社会からの脱却~」というイベントが開催されました。
トークイベントに先立ち、まず、TanoBa代表社員である宮本義隆(みやもと・よしたか)さんが、日本の社会の変化や孤独の背景にあるもの、タノバの設立と活動について紹介。誰もが起こり得る身近な問題「孤独」の解決の処方せんになり得ると話すのが「道端ですれ違ったときに会釈できる程度のゆるいつながり」だといいます。そこをつなぐのが、タノバ食堂の役割です。

宮本義隆さんの挨拶(写真撮影/内海明啓)

宮本義隆さんの挨拶(写真撮影/内海明啓)

確かにごはんをいっしょに食べると、「知らない人」から「見たことがある人」「話したことがある人」になります。そうしたゆるいつながりこそが、孤独を癒やし、生きやすい社会をつくってくれる、とのこと。また、この「タノバ食堂」で得た経験値を全国に広げて還元していきたいと話してくれました。

お寺の本堂に約70名の参加者がいます。なかなか見慣れない光景のようにも思えますが、お寺本来の使われ方なのかなとも思います(写真撮影/内海明啓)

お寺の本堂に約70名の参加者がいます。なかなか見慣れない光景のようにも思えますが、お寺本来の使われ方なのかなとも思います(写真撮影/内海明啓)

孤独問題の第一人者と名物編集者の対談は、笑いあり、学びあり、気づきあり

続いて開催されたのが、トークセッションです。登壇者は、24時間365日、無料かつ匿名で相談を受け付けているNPO法人「あなたのいばしょ」の理事長・大空幸星(おおぞら・こうき)さんと新潮社の名物編集者でもあり、出版部部長(現執行役員)中瀬ゆかり(なかせ・ゆかり)さんという異色かつ豪華な2人。会場となった龍雲寺の本堂に老若男女約70名が集まりました。

中瀬ゆかりさん(左)と大空幸星さん(右)(写真撮影/内海明啓)

中瀬ゆかりさん(左)と大空幸星さん(右)(写真撮影/内海明啓)

2020年に相談開始してから、多い時で1日に3000件、累計100万件近く、多くの人の相談に乗ってきた大空さんが、なぜ孤独が問題なのか、その背景にある風潮や思想を紹介します。

「日本では『孤独を愛せ』などというように、孤独が肯定的な文脈で使われることがあります。もちろん望んで孤独になっているという人もいますが、望んでいないのに孤独に陥っている人もいます。問題なのは、この望まない孤独・社会的な孤立です。また、孤独で苦しい、助けて、と言い出せない背景には、新自由主義的な考え方、どこか懲罰的な自己責任論、自業自得的な考え方があるように思います。非正規雇用が増え続けたこの30年間、コロナ禍を経て、ますます人々が置き去りにされ、追い詰められているのではないでしょうか(大空さん)

望まない孤独の背景には、自己責任論、新自由主義的価値観の影響があるという大空さん(写真撮影/内海明啓)

望まない孤独の背景には、自己責任論、新自由主義的価値観の影響があるという大空さん(写真撮影/内海明啓)

続けて、メディアにもたびたび登場する中瀬ゆかりさんが、文学と孤独、人との関係について話します。

「文学と孤独は切っても切れない関係です。陽気で“ウェーイ!”という人に向けての本はあまりなくて(笑)、なにか人によりそう、生きにくさや孤独を抱えた人によりそうのが本であり、文学なんですね。「人生論ノート」などで知られる哲学者・三木清は『孤独は山にない、街にある。一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の「間」にあるのである。』といいましたが、つながっているように見えても誰にでも孤独は訪れます。自己責任論で片付けるにはあまりにも創造力がないし、短絡的だなと思います」(中瀬さん)

自身の体験を交えながら、孤独や食事、文学について話す中瀬さん(写真撮影/内海明啓)

自身の体験を交えながら、孤独や食事、文学について話す中瀬さん(写真撮影/内海明啓)

そのうえで二人は、孤独の解消に必要なのは、ゆるいつながり、おせっかい、聞く力だといいます。

大空さん「孤独は普遍的な問題で、みなが経験するもの。対処法はひとつではないですし、それぞれの立場でできることをすればいいと思います。ただ、やっぱり、おせっかいも大事なんですね。『どうした?困っている?』という地域の人の声がけられるのは、大きいですよね。また、できることでいうと、私達はとにかく相手の話を聞くこと。肯定すること。ほめてあげることを徹底しています。予防という意味では、やはりゆるいつながりをたくさんもっているのがいいですよね。
また、『僕は本気の他人事』という提唱をしていて。とにかく、人を助けたいという人はがんばりすぎて、自分を犠牲にしてしまうことが多いんです。すると自分の人生を大事にできなくなってしまう。自分を大事にして、余白ができたら手を貸す。その姿勢でよいと思います」

中瀬さん「私自身、パートナーの喪失、愛猫の介護などが押し寄せ、地獄のような日々を送っていました。特にパートナーを失ってからの2年間は、毎日、誰かとご飯を食べる約束をしていたんです。誰かと食事をするとその日、1日は生きていくことができる。こうして2年くらい過ごしたら、生きている人同士だけでなく、死者ともつながりをもてるんだなということに気がついて。遺骨をネックレスにしていたんですが、パートナーの好きだった競馬場にこのネックレスを身に着けていき、競馬を見ていたらつながっているなあと実感しました。
あと、下ネタは話題や人にもよりますが、最強なのではないかと(笑)。すごいラクなんですよ、聞いているほうも話しているほうも。笑った分は救われるではないですが、しょーもない話をしていることで、気持ちがラクになる。難しく追い詰めずに笑うのが力になると思います」

時折、笑いも交えたトーク内容に、多くの人がうなずき、そしてメモをとっていました。

住職からみた「寺」とまち、孤独、つながり。普遍的な宗教の役割とは

トークイベントの最後は、タノバ食堂の場所を提供し、サポートしている野沢龍雲寺 の住職・細川晋輔さんの話です。

人へのあたたかくやわらかなまなざしが印象的な細川住職(写真撮影/内海明啓)

人へのあたたかくやわらかなまなざしが印象的な細川住職(写真撮影/内海明啓)

「タノバ食堂の取り組みというのは、寺院や私たち僧侶にとっても、とても大事な問題だと捉えています。孤独で、苦しみのただ中にいると『死』という選択が光・希望に見えるというお話がありました。そうでなくて、タノバ食堂が提供するようなつながり、孤独でないという思いが『光』になれたらいいなと思います。つらく悲しい選択をしなくてよいように、私たちができることからコツコツと笑顔になっていければと思います」とやさしく語りかけます。

実は、このタノバ食堂、創業者の多田大介さんが野沢龍雲寺のご近所に住んでいたこと、多田さんのいとこが細川住職と知り合いだったことから、「場所を提供する」という話がまとまったといいます。トークイベント終了後、その経緯と手応えを細川住職に聞いてみました。

「タノバ食堂のお話を聞いたときに、まず1回やってみようという話になりました。場所は無料でお貸し出ししていますが、お願いしたことはただ一つ、場所を来たとき以上にキレイにしてください、ということだけです。
本日、参加者が通算100人を超えるということでしたが、まず何千人という数の話ではなく、ムリのない範囲で背負わない程度にやっていけたらいいですよね。これを10カ所でやったら1000人になりますし、100カ所でやったら1万人になりますよ。そうしてゆっくりと、孤立の解消につながればいいですね」といい、できるペースで続けていくことが大切だと話します。

そして、寺院を広く開放するようになった背景をこう話してくれました。

「私が京都の修行を終え、お寺に戻ってきた時のことです。雪の日に子どもたちが雪だるまをつくっていたんですが、声をかけようとしたら子どもは怒られると思ったようで、話ができなくて。お寺には入っていけないと言われているし、声がけをしたら怪しまれる。時勢柄、今の社会はよいようで、やはりこれではよくない。そこで境内にベンチを置いて、花見とライトアップ、盆踊り、ヨガや座禅会なども行っています。昔のお寺にあった地域に開かれた場所というのを今、意識的に行っているんです。みなさんもカフェを訪れる感覚で、お寺を訪れてもらえたらうれしいです。東京にもたくさん寺院はありますので」(細川住職)

寺院、お寺、宗教というと、閉ざされた神聖な場所をイメージしますが、もともとは行政や病院、学校、裁判のような多数の人に開かれた場所でもありました。細川住職が理想として思い描くのは、やはり開かれて、ゆるくつながる場所としての「寺院」の存在です。

トークイベント終了後には参加者と記念撮影(写真撮影/内海明啓)

トークイベント終了後には参加者と記念撮影(写真撮影/内海明啓)

「タノバ食堂さんが目指すように、やはりご近所さんとは会ったら挨拶できる関係がよいかなと思います。散歩している人には結構、喋りかけることも多いですね。もちろん返してくれない人、嫌がる人もいますけど(笑)。この根底にあるのは、『まわりに迷惑をかけていけない』という考え方なんでしょう。でも、いいんです、迷惑をかけて。生きるっていうことは迷惑をかけることなんです。迷惑をかけてもいいと思えば、みなさん少しラクになるのではないでしょうか」と、細川住職。

私たちの多くは、小さなころから何度も「まわりに迷惑をかけるな」といわれて育ちます。だからこそ、迷惑をかけずにひっそりと暮らさなくてはいけない、苦しくても助けてといえない、「静かな圧力」になっている側面もあるのでしょう。ご住職の「そもそも人は迷惑をかけるもの」という捉え方に、肩の力が抜ける思いがします。

老若男女が食事を楽しむ。会話が苦手な参加者も自然になじむ

トークイベント終了後、場所を「龍雲寺会館」に移し、「タノバ食堂」が17時30分から開店しました。今回は常連さんから初参加者に加え、大空さんと中瀬さんを含め、老若男女で食卓を囲みます。メニューはちらし寿司など春を感じさせるもので、今回はアルコールはなしですが、アルコールが飲めることもあります。

ボランティアの料理人さんを紹介。海外出身の方もおり、会場からは驚きの声が上がっていました(写真撮影/内海明啓)

ボランティアの料理人さんを紹介。海外出身の方もおり、会場からは驚きの声が上がっていました(写真撮影/内海明啓)

タノバ食堂の約束をまとめた「タノバ食堂の憲章」。9番目の「来た時よりも美しく、残すものは感謝のみ」は、会場を提供する細川住職の唯一のお願い(写真撮影/内海明啓)

タノバ食堂の約束をまとめた「タノバ食堂の憲章」。9番目の「来た時よりも美しく、残すものは感謝のみ」は、会場を提供する細川住職の唯一のお願い(写真撮影/内海明啓)

今回の献立は、ちらし寿司に筑前煮など。「取り分け」があるので、コミュニケーションのきっかけにもなります(写真撮影/内海明啓)

今回の献立は、ちらし寿司に筑前煮など。「取り分け」があるので、コミュニケーションのきっかけにもなります(写真撮影/内海明啓)

「いただきます!」の挨拶をしたら、参加者は思い思いの会話をし、盛り上がっていました。参加していたのは40人ほどで、年齢性別、属性も異なり、講演会に参加していた人からさらにバラエティー豊かな顔ぶれに。その様子はまるで古くからの友人のよう。初対面の人に話しかけたり、名前と顔を覚えたりするのが苦手な筆者からすると、「みなさん、コミュニケーション能力高すぎでは?」と思っていました。ただ、食事会にも参加した大空さんによると、そうでもないようです。

食事会の様子。年齢・性別もばらばらですが、会話が弾んでいます(写真撮影/内海明啓)

食事会の様子。年齢・性別もばらばらですが、会話が弾んでいます(写真撮影/内海明啓)

発起人である多田さんも、もちろん参加します(写真撮影/内海明啓)

発起人である多田さんも、もちろん参加します(写真撮影/内海明啓)

食事会にも参加した大空さん。箸を進めつつ、会話をしていきます(写真撮影/内海明啓)

食事会にも参加した大空さん。箸を進めつつ、会話をしていきます(写真撮影/内海明啓)

「僕と同じテーブルになった方は、実はコミュニケーションが苦手で今日、ここに来るかどうかもすごい迷ったらしいんです。ただ、ここは食べるのがメインだから、あんまり重く受け止めなくていいと言っていました」と大空さん。会話が苦手な人はおかずを取り分けたり、会話の聞き役にまわったりとなじんでいるよう。みなさん会話が得意な人というわけではなく、あくまでも「食事メインだから」というのがよいようです。

途中、今回が2回目の参加という30代女性に話を聞きました。
「前回が楽しかったので、2回目の参加です。1カ月に一度というペースもちょうどよいですし、孤独というテーマにも興味があって。手づくりの食事を食べて盛り上がるだけなので、がんばらずに参加できるのがいいなと。リアルのつながりと、オンラインのつながり、どちらも大切。居場所があるといいなと思います」と感想を教えてくれました。

にこやかな中瀬さん。昔からの友人かのように盛り上がっていました(写真撮影/内海明啓)

にこやかな中瀬さん。昔からの友人かのように盛り上がっていました(写真撮影/内海明啓)

会話が苦手という人もいて、勇気をふりしぼって参加したという方も。みんながみんな会話上手、盛り上げ上手というわけではないようです(写真撮影/内海明啓)

会話が苦手という人もいて、勇気をふりしぼって参加したという方も。みんながみんな会話上手、盛り上げ上手というわけではないようです(写真撮影/内海明啓)

また、地元町内会で、毎回、「タノバ食堂」に参加しているという70代女性によると、この世田谷区野沢という地域は「まだつながりが残っている」とのこと。

「ご住職さんともつながりがあるし、近隣での声がけもまだ残っている地域です。ただ、この数年、コロナ禍で人と会えなくなり、だいぶ寂しかったですね。高齢だと人と会わず、話さなかったことで、気持ちも足腰も弱まり、元気を失ってしまった人もたくさんいるんです。タノバ食堂のように、地域の人、そして普段会わない人が集えるのはとてもいい。いつものメンバーだと会話もあきてしまうでしょ(笑)。新鮮な気持ちになるし、元気をもらえる。続けて参加して応援できたらと思います」といい、地域の協力・理解も得られているようです。

第二次世界大戦後から高度経済成長期、バブル経済崩壊などを経て、家族のあり方、ご近所付き合い、親戚づきあい、自治会や町内会、学校やPTA、会社の社員同士など、今まであったつながりも急速に衰えてしまいました。助けて、と言えない「孤独」「孤立」は、まさに誰もが陥るのだと思います。ただ、一方で、「ご近所と仲良くなりましょう」「助け合い」「絆」といわれてしまうと、「合わない人がいるかも」と気が引けてしまいます。「月1度、ご飯を食べるだけ」そんな気楽な会であれば、きっとつながれる人もいることでしょう。

仏教に由来する言葉のひとつに、「袖振り合うも多生の縁」という言葉があります。「多生」は仏教語で前世を意味し、袖が触れ合うようなちょっとした出会いも、過去の縁によって起きるという考え方です。自分も大事にしながら、人や人との縁を大事にしていけたら。そう考えれば、未来は今より少しだけ生きやすいものに変えていけるのかもしれません。

●取材協力
タノバ食堂

アプリでご近所付き合いが復活! マンションや自治会、住む街のコミュニケーションの悩み解決の救世主に 「GOKINJO」「common」

同じマンション内や近所に住んでいても、なかなか隣人の顔が見えにくいのはよくあること。「コミュニティ醸成型サービス」とは、同じ街やマンションに住む人限定のプラットフォームで、簡単にリアルタイムでコミュニケーションできる機能を備えている。地域コミュニティを支える基盤として、コロナ禍以降、存在感を増している。「日本DX大賞」UX部門 優秀賞を受賞したマンション・自治会の住民限定コミュニティ醸成サービス「GOKINJO」と、東急運営の地域共助プラットフォームアプリ「common」を取材。コミュニティ醸成型サービスの最新事例を紹介する。

ご近所で多世代交流できるきっかけをアプリでつくる(画像提供/コネプラ)

ご近所で多世代交流できるきっかけをアプリでつくる(画像提供/コネプラ)

マンション等の住民限定で近所付き合いができるアプリ「GOKINJO」

新型コロナウィルス流行の前後に登場した各社のコミュニティ醸成型サービスは、地域情報の共有を促し、住民同士の共感を育てる機能があり、利用することで暮らしが豊かになるよう設計されている。

株式会社コネプラが運営するGOKINJOは、マンションなどの住民限定で、程よいご近所付き合いが出来るサービス。街やマンションの資産価値向上や防災力アップに繋がるサービスとして、タワーマンションから戸建て分譲地の自治会まで幅広く導入されている。

子どものお下がりや日用品を住民間で気軽に無料でシェアリング・リユース(画像提供/コネプラ)

子どものお下がりや日用品を住民間で気軽に無料でシェアリング・リユース(画像提供/コネプラ)

サービスの構想がはじまったのは、2019年に募集された旭化成グループの社内コンテストがきっかけだった。最終プレゼンを経て実証実験を行い、初の社内ベンチャーとして2022年4月にコネプラが創業された。開発に関わったのは創業メンバーのCEO中村磨樹央さん、CTO森屋大輔さん、マーケティングディレクター根本由美さん。中村さんと根本さんに企画の背景や開発の経緯を取材した。

左から中村さん、森屋さん、根本さん(画像提供/コネプラ)

左から中村さん、森屋さん、根本さん(画像提供/コネプラ)

老若男女を問わず、多くのユーザーに愛用されていることが評価され、DX推進を加速させるDXコンテスト「日本DX大賞2023」で、全国から応募のあった100を超える企業、自治体、公的機関、大学からUX部門 優秀賞を受賞(画像提供/コネプラ)

老若男女を問わず、多くのユーザーに愛用されていることが評価され、DX推進を加速させるDXコンテスト「日本DX大賞2023」で、全国から応募のあった100を超える企業、自治体、公的機関、大学からUX部門 優秀賞を受賞(画像提供/コネプラ)

「構想の元になったのは、私と森屋が知り合った時、森屋がつくっていた子どもを保育園に入れる保活をしているママ同士を繋げるサービスでした。保活情報を頑張って勉強して集めても入園したら必要ない。一方で、保活中のお母さんはその情報をすごく欲しがっている。Aさんが不要となった知識や経験は、Bさんにとっては必要なものにも関わらず、価値交換の仕組みがこのような狭小地域社会においては機能していませんでした。特に子育て中の女性やシニアなど資本主義社会から分断されがちな人たちをケアしながら、地域での価値交換を機能させるサービスをつくろうと話し合いました」(中村さん)

その後、プロジェクトに加わった根本さんは、11年ほど自社ブランドの住宅設計に携わってきたが、「お客様の暮らしを見ている中で、物やスキルを持て余していて役立てる場所がない方が多いと感じていた」と同じ課題感を抱えていた。

そこで、特定地域内で「信頼できる相手」とつながり、無形の遊休資産活用に結び付ける現在のGOKINJOのプラットフォーム開発に着手。シニアにも使いやすいUI開発に苦心し、古い「らくらくフォン」等のシニア世代が所有する機種をテスト用に数台購入し、操作しながら開発にあたった。

2020年9月から、分譲マンションでGOKINJOの運用がスタート。開始時のGOKINJOは、気軽な情報をやりとりできる「情報交換」機能を搭載。その後、「お譲り機能」、「お助け」機能、「お知らせ」機能、「コイン」機能が追加された。

「不要な物をあげてお金をもらうより、ありがとうって笑顔をもらった方が嬉しいという方は少なくありません。お譲り機能では、子どものお下がりや日用品を無償でシェアリングしたり、住民間でリユース出来る場を提供しています。コイン機能は、貨幣経済に乗らないコミュニケーションを表現するために開発しました」(根本さん)

ニックネームなど匿名で利用でき、多世代間で情報交換が盛んに行われている(画像提供/コネプラ)

ニックネームなど匿名で利用でき、多世代間で情報交換が盛んに行われている(画像提供/コネプラ)

マンションの住民間で譲渡する品物を、ゆるく受け渡しできるキャビネも提案。部屋番号を明かさずに、気軽にモノのやり取りができる(画像提供/コネプラ)

マンションの住民間で譲渡する品物を、ゆるく受け渡しできるキャビネも提案。部屋番号を明かさずに、気軽にモノのやり取りができる(画像提供/コネプラ)

マンションの住民は、アバターや画像を選び、ニックネームを登録、パーソナル情報で「2歳の女の子がいます」「ランニング好き」など自由にプロフィールを公開設定できる。顔はわからなくても、「こういう人が近くに住んでいるんだな」とわかる。アプリ利用者は居住者のみで、また、コネプラが管理・運営を行ってくれるので、匿名不特定多数のSNSにはない安心感があると好評だ。

アプリ上住民同士で問題解決が進むなどマンション運営上のメリットも

GOKINJO は2023年11月10日現在、12箇所の分譲マンションや分譲地で使用されており、利用住戸数は、約2000戸、ユーザー総数は約3300人。20代から90代まで多世代に支持され、順調に導入物件を増やしている。

GOKINJOを導入したマンションの理事の声を紹介しよう。

新築で導入した東京都板橋区のマンション(約230戸)は、開始3年で住民の91%330名が利用している。30~40代の理事からは、「潜在的意見が出やすい」「理事会活動の可視化が図れる」という声がある。大阪市にある築8年のマンション(約280戸)では、住民の72%にあたる286名が利用。30代理事は、メリットに、「子育て世代に必須な近所の情報がわかり、譲り合いもできること」を挙げている。

アプリ投稿を組合運営に役立てたり、住民が情報交換することで問題解決できたり、居住者がランニングクラブを立ち上げ、GOKINJOを通じて集まったメンバーで練習・マラソン大会に参加するなどアプリからリアルへ展開したケースもある。お金で買えない体験は、マンションの価値向上にも繋がっている。

「壊れていた自転車置き場の空気入れを買い替えませんか?」という投稿に寄せられた使い勝手のいい製品の情報を管理組合に提案、共同購入に至った例(画像提供/コネプラ)

「壊れていた自転車置き場の空気入れを買い替えませんか?」という投稿に寄せられた使い勝手のいい製品の情報を管理組合に提案、共同購入に至った例(画像提供/コネプラ)

マンション以外では、分譲後30年が経過した佐賀県基山町けやき台の分譲地に導入。登録者のうち70%が年齢60代以上。掲示板をデジタル化するなどタイムリ―な情報発信で交流が活発に(画像提供/コネプラ)

マンション以外では、分譲後30年が経過した佐賀県基山町けやき台の分譲地に導入。登録者のうち70%が年齢60代以上。掲示板をデジタル化するなどタイムリ―な情報発信で交流が活発に(画像提供/コネプラ)

居住マンションの元理事で、GOKINJOを導入するきっかけをつくった奥井亮佑さん(30代)に詳しく伺った。

「2022年1月に、居住マンションの理事になり、マンション情報のデジタル掲示板づくりに取り組んでいるとき、GOKINJOに出会ったんです。課題解決の手段として理事メンバーで導入を検討し、半年間の検証期間を経て、採用に至りました」(奥井さん)

奥井さんは、GOKINJOを毎日利用するヘビーユーザー。「日次で情報が更新されますので、それを見るのが毎日の楽しみ。自分の投稿にたくさん『いいね』がつくと嬉しいです」と話す。

たびたび利用するというお譲り機能を利用して、子ども用の衣服、おもちゃ、電子機器などを譲渡した。マンションでは、年2回GOKINJOのお譲り機能をもちいたバザーを開催している。GOKINJOと組み合わせることで自宅に居ながら出品物をスマホで確認でき、大変便利だと大人気に。苺ジャムの蓋が固すぎて開けられなかった時、お助け機能タブでSOSしたというユニークな使い方も。マンションの中で、力自慢の人を募る投稿をしたところ、数分以内に立候補コメントが続々届きびっくり。集会室で公開開封式を実施し、無事に苺ジャムを美味しく食べることができたという。

「マンション居住者と挨拶する機会が増え、マンション全体が明るくなった気がしますね。アプリを通じて知り合った方々と、一緒にイベント(ゴルフコンペや、飲み会)の企画もするようになり、同一の趣味を持った知人が増えて、楽しいマンション生活を送れています」(奥井さん)

地域と連携した仕掛け(地域クーポン等)を使って、街を盛り上げることができるのもメリットだ。これからのGOKINJOに期待するのは、地域特化の防災情報の自動連係や、連携防災イベントの実現。理事会としても活用を広げていきたいと考えている。

GOKINJO導入のマンションではデジタルからリアルな交流へ発展する例も。マラソン大会や集会室でのボードゲーム大会など住民主体のイベントが開催されている(画像提供/コネプラ)

GOKINJO導入のマンションではデジタルからリアルな交流へ発展する例も。マラソン大会や集会室でのボードゲーム大会など住民主体のイベントが開催されている(画像提供/コネプラ)

同じ街をフォローする住民同士が交流できる東急「common」commonの利用イメージ(画像提供/東急)

commonの利用イメージ(画像提供/東急)

コミュニティ醸成型サービスには、同じマンションの住民に限らず、同じ街に住む人を対象にしたものもある。東急が運営するcommonは、投稿機能、譲渡機能、相談機能を搭載したアプリで、同じ街に住むご近所さんとの共助関係を生み出し、より良い街をみんなでつくるサービスだ。開発を主導した東急株式会社デジタルプラットフォームデジタル戦略グループの小林乙哉さんと池原雄大さんにプロジェクトの経緯を取材した。

小林さん(左)・池原さん(右)のお写真(画像提供/東急)

小林さん(左)・池原さん(右)のお写真(画像提供/東急)

不動産や鉄道、いわゆるハードの開発を行ってきた東急だが、少子高齢化などの課題解決のため、2010年代からソフトな街づくり、住民主体の街づくりを推進してきた。住民参加の街づくりを進める中で新たに生じた課題があった。

「二子玉川や池上などで住民参加や公民連携の街づくりに関わる中で、例えばイベントを実施した場合でも住民のごく一部の方しか参加していただけないということに気づきました。より多くの地域の住民の皆さまに何かしらの形で関わっていかないと解決できない課題が地域には多い中で、これまでの住民参加の街づくりのやり方の限界を感じました。また旧来の地域コミュニティが高齢化や担い手不足の問題を抱えている中で、デジタルを使って、新しい共助の仕組みをつくろうと2019年の末頃からプロジェクトがはじまりました」(小林さん)

東急が2019年に公表した長期経営構想のビジョン。CaaS(City as a Service)構想は、リアルな街づくりに加えて、デジタル技術を積極的に活用した新しい街づくりを目指している(画像提供/東急)

東急が2019年に公表した長期経営構想のビジョン。CaaS(City as a Service)構想は、リアルな街づくりに加えて、デジタル技術を積極的に活用した新しい街づくりを目指している(画像提供/東急)

地域に関心があってもきっかけがない、忙しくて関われない人は多い。そのような大多数の人たちに関わってもらえるような場をつくることがプロジェクトの使命だった。プロジェクトを進める中で、コロナ禍に突入。開発メンバーもテレワークになった。

「自宅にいる時間が長くなり、散歩をするようになってはじめて自分が暮らす街の魅力に気づいたんです。こんな素敵な景色があったんだ!と思った時に、同じ街に住む人同士で情報などを共有する方法が無いな、そういう場をつくれないだろうかと思うようになりました」(小林さん)

結果的に、開発メンバーのコロナ禍の体験が、街の景色や出来事、食や防犯・防災の情報などを共有できる投稿機能の開発に繋がった。

なんていうことのない見慣れた風景が輝く一瞬。写真は、多摩川のマジックアワー(画像提供/東急)

なんていうことのない見慣れた風景が輝く一瞬。写真は、多摩川のマジックアワー(画像提供/東急)

2021年3月、第1弾として二子玉川エリアでcommonの運用をスタートした。投稿機能のほか街の困りごとや疑問を解決していく「質問・回答機能」を提供。これらの機能を利用者が活用すると、街への貢献が数値として可視化される機能も搭載した。

街のどこで何が今起こっているかがわかるタイムラインとマップ ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

街のどこで何が今起こっているかがわかるタイムラインとマップ ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

相談に答えるなど街に貢献するとポイントがもらえる ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

相談に答えるなど街に貢献するとポイントがもらえる ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

「『同じ街に住む、働く特定多数の人とのコミュニケーション』を促進・活性化させるのが狙いです。2023年1月から対象エリアを東急線沿線全域に拡大しました。コミュニケーションできる範囲は、駅を基点とした生活圏単位に限定。二子玉川や自由が丘など駅名でエリアを提示し、好きな街、コミュニティに属したい街を選んでいただく形にしています。街をフォローする感覚が近いと思います」(小林さん)

■関連記事:
【東急・京急・小田急】少子高齢化で変わる私鉄沿線住民の暮らし。3社が挑む沿線まちづくり最前線

自分の持っているものを共有し街づくりに貢献

2023年12月末時点で累計ダウンロード数は約10万と着実に増加し、アプリ内での月間コミュニケーション数(投稿数、コメント数などのユーザー間のやりとりの合計)は30,000件を突破した。従来のSNSのような不特定多数でもなく、また特定の知り合いでもない、新しい交流が生まれている。運用開始前後からアンケートやインタビューを実施し、届いた声を開発に活かしてきた。どのような声が寄せられていたのだろうか。

街歩きで見つけたお蕎麦屋さん。「地域のお店こそ街のアイデンティティを形づくるもの」という考えから、ユーザーだけでなく、地域店舗も、広告費なし(無料)で利用できるようにした(画像提供/東急)

街歩きで見つけたお蕎麦屋さん。「地域のお店こそ街のアイデンティティを形づくるもの」という考えから、ユーザーだけでなく、地域店舗も、広告費なし(無料)で利用できるようにした(画像提供/東急)

「運用開始後のアンケートで多かったのは、譲渡機能の要望です。既存のサービスは、対象エリアが広域だったり、機能が有料だったり、身近な人に無償で譲りたいというニーズを満たせていないことがわかりました。commonが目指すのは、自分のリソースを他人の為に使って街に貢献できること。二子玉川エリアで運用を開始した直後から譲渡機能の開発の検討を進めていました」(池原さん)

2021年12月に実装された譲渡機能には、マイナンバーカード等の公的身分証明書を使った本人確認機能を導入し、安心して譲渡できる仕組みをつくった。「大きくて郵送料がかかるようなもの、お金をもらわなくてもいいものを譲る際に役立つ」と好評だ。小さなものなら、駅付近に設置した無料で利用できる「commonスポット」も用意されている。譲りたいものをロッカーに入れて対面なしでやりとりできるので、通勤・通学の合間にも手軽に譲渡できる。不要になった物を譲ることで、地域に関わるのは、ハードルが低く、地域コミュニティへの入口としてよさそうだ。

取引相手にのみ本人確認後の町名までの住所(例:世田谷区玉川)を公開する仕組み。確実に同じ街に住んでいるかを判別できる ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

取引相手にのみ本人確認後の町名までの住所(例:世田谷区玉川)を公開する仕組み。確実に同じ街に住んでいるかを判別できる ※デザインは当時のもの(画像提供/東急)

さらに、commonを使ったリユースプロジェクトが神奈川県座間市内全域で実施されている。市民間の無償譲渡の促進により廃棄物を減らすプロジェクト(実施期間:2023年10月23日~2024年2月29日)だ。画期的なのは、手渡しや「commonスポット」のほかリユース品を玄関先等へ出すことで、市の粗大ごみ収集・運搬を担う座間市リサイクル協同組合が回収し、貰い手の玄関先等へお届けする無料サービスを選択できること。高齢者や外出が難しい方の利用促進が期待されている。

2023年6月に搭載した相談機能では日々の暮らしの中で生まれた悩みについて、同じ街の人に相談したり、相談にのったりできる(画像提供/東急)

2023年6月に搭載した相談機能では日々の暮らしの中で生まれた悩みについて、同じ街の人に相談したり、相談にのったりできる(画像提供/東急)

植栽に関する相談の投稿に対して、地域の観葉植物・生花店がアドバイスを寄せてくれたこともある(画像提供/東急)

植栽に関する相談の投稿に対して、地域の観葉植物・生花店がアドバイスを寄せてくれたこともある(画像提供/東急)

「人口が減少していけば税収も減少し、自治体ができることが限られていく中、住民サイドで解決しなくてはいけないことが増えていくはずです。住んでいる方が地域に貢献できる仕組みがますます求められると思います。今のcommon には住民間の助け合いの機能しかないのですが、将来的にはユーザーの声が直接街づくりに繋がるような機能を増やしていきたいですね」(小林さん)

近年、少子高齢化や自然災害の増加などにより、地域住民間の共助の必要性は、高まる一方。見返りを求めないやりとりから新たな地域コミュニティを生み出す「GOKINJO」と、「common」。「親切にしてもらったから、私もしてあげたい」という人間の素直な気持ちに寄り添うサービスだと感じた。

●取材協力
・株式会社コネプラ
・common

お隣さんの枝が自分の敷地に伸びてきた、切ってもいい? 4月から民法改正で空き家問題に影響も

お隣さんとはうまくやっていきたいもの。お隣さんの樹木などが自分の敷地に入り込み、通行の邪魔になったり美観を損ねたりした場合には、何とかしてほしいと伝えたい。とはいえ、世の中いろいろな考え方のひとがいる。無用なトラブルをさけるためには、ルールが必要になる。民法にも隣家との関係を調整する規定がある。「相隣関係(そうりんかんけい)」と呼ばれるものだ。この相隣関係の規定の一部が改正され、2023年4月より施行となる。(1)隣地使用権、(2)竹木の枝の切除・根の切取り、(3)ライフライン設備の設置・使用権、の3つだ。今回はそのうちの(2)竹木の枝の切除・根の切取りについて解説する。

隣地から侵入する竹木の根は自分で切れるが、枝は切ってもらうのが原則

「隣地の木の枝が越境している時は木の所有者に切ってもらう。一方、根が越境している時は自分で切ってしまってOK」。これはわりと有名ルールなので、聞いたことがあるかもしれない。枝と根で扱いが違うのだ。なんで?と思う人もいるだろう。

枝や根も含めて竹木(樹木)といえども財産だ。所有者以外は勝手に切除できない。これが原則だ。「他人の土地に越境している方が悪いんだろう!切っちゃえ」というのはダメなのだ(自力救済の禁止、といいます)。明らかに向こうが悪いと思うような違反行為があった場合にもその竹木の所有者に対応してもらうことになる。

つまり、枝に関するルール=他人のものなのだから勝手には切除できない、というのが法律的には普通の発想なのだ。では、なぜ根は隣地所有者が切ることができるのか。民法の解説書などを読むと次のような説明がある。

①枝切りは、竹木の所有者が敷地内で切除できるが、根は伸びている隣地に入って作業する必要がある(隣地所有者に切ってもらった方が、作業が容易)。
②枝は、果実などがついている場合など、財産的価値があることもある。一方、根には価値がない。

うーーん、根菜などは根にも価値があるのでは、という気もするが……。それはともかく、「枝は切れない。根は自分で切れる」が原則なのだ。この点は2023年4月以降も変わりはない。

隣地の所有者がわからない、というのも珍しいことではない

ところがこのルールには一つ問題がある。越境している木の枝を隣地所有者に切ってもらうおうとしても、空き地など隣地の所有者がわからない、連絡が取れないという場合だ。そんな時はどうすればよいのか?

実は日本には「所有者不明の土地」が少なくない。有識者で構成される「所有者不明土地問題研究会」の報告によれば2016年時点の調査で所有者不明率は20.3%。この割合を全国に適用すると約410万ヘクタールの土地が所有者不明、ということになる。…と言われてもぴんとこないが、なんと九州本島より広いのだそうだ。土地の所有者が不明、ということは決して珍しいことではないのだ。

隣から枝が越境していて美観を損ねたり、庭の利用の邪魔になっている。しかも所有者が不明。となると…。まぁ、普通は勝手に枝を切っちゃいますよね。でもさきほど説明したように、法律上は勝手に切ることは許されない。私もいちおう大学の教員なんで、「勝手に切っちゃいましょう」などと無責任なことはいわずに法律の解説を続けることにする。

所有者不明の場合にはどうすれば?

話を戻す。土地の所有者が不明と聞いて、登記を見ればわかるのでは?と思ったかもしれない。しかし、相続が発生した際に登記がされない、ということも珍しくはない。相続登記が義務ではないことがその理由だ。登記はお金もかかるし、面倒なのでつい放っておかれてしまう。実は、この点も法改正され、来年、令和6年4月より相続に伴う登記が義務化される。とはいえ、現状すでに、登記上の所有者が死亡している、連絡先が不明などということも少なくない。土地の所有者を探すのがなかなか大変ということになる。

また、所有者が分かっていても、枝を切ってくれない、ということもあるだろう。高い木の枝などは業者に依頼しなければ切るのも難しく、お金もかかるだろう。枝は所有者に切ってもらえ、と言われても所有者がわからない、わかっても切ってくれない、では困ってしまう。

「こんな状況なら、自分で切ってしまっても相手も文句は言わないでしょう」と思うかもしれないが、個人間のケースばかりではない。例えば、所有者不明の土地から道路に伸びた枝や葉が信号を見えにくくしている、公園の美観をそこねている、というケースもある。道路や公園を管理する市町村としては、勝手に切断するという違法行為を犯すわけにはいかないのだ。

登記申請書イメージ

(写真/PIXTA)

枝を自分でも切ってもよい場合とは

そこで今回の法改正だ(やっと本題に入る。前置きが長いのが大学教員の悪い癖)。以下3つのいずれかに該当する場合は、越境した枝を切ることが法律上も可能になった。

①枝を切ってくれ、と催告したのにいつまでも切除されない。
②竹木の所有者が不明。または所有者はわかっているが連絡先が不明
③急迫の事情があるとき

①。まずは、竹木の所有者(通常は土地の所有者か使用者だろう)に枝を切ってくれ、と催告する。それでも「相当の期間」切除されないのならば、越境された側が枝を切ってもかまわない、と改正された。なるほど。でも「相当の期間」って…。いったいどのくらい我慢すればよいのだろう??

2週間が目安!?

これは「個別の事情を踏まえて判断」される。要はケースバイケースなのだ。ここらあたりが法律の頼りになるような、ならないような点と思うかもしれない。竹木の位置や大きさや枝の越境状況、土地の利用状況、竹木自体の財産的価値など様々な事情があるだろうから、一概には線を引けないのだ。

とはいえ、目安となるものがないわけではない。法案を審議した参議院法務委員会では、「竹木の所有者に枝を切除するために必要な時間的な余裕、時間的な猶予を与えるという趣旨からすれば、基本的には二週間程度は要することになるのではないか」という説明が政府参考人からあった(「第204回国会 参議院 法務委員会 第9号 令和3年4月20日」と検索すれば誰でも議事録を読むことができます)。「相当の期間」を判断する材料のひとつになるかもしれない(2週間経過すれば勝手に切ってよい、ということではないですよ。念のため)。

所有者を探さなければならない!?

また、②にあるように所有者が不明ならば、自分で枝を切ってしまってもかまわない。放っておくと伸び続けてしまうから、これはありがたいルールだ。とはいえあくまで「所有者が不明」「所有者がわかっても連絡が取れない」という場合の話だ。所有者を探す努力をしなければダメなのだ。

空き地や空き家など住んでいる人がいない場合では「所有者を探すのが面倒だな」と思うかもしれない。登記で所有者を調べるにもお金がかかる。登記に記載された土地の所有者が死亡している、住所が変わっている、ということもありうる。そのため根の場合と同様、自分で切れる、という案も検討されたようだが、それは採用されなかった。竹木所有者の権利を守るためだ。

③は差し迫った危険があるときだ。時間的余裕がないのであれば、枝を切って構わない。具体的には、「地震により破損した建物の修繕工事用の足場を組むために、隣地から越境した枝を切る」といった場合などを想定している。

費用は誰が負担するのか費用のイメージ

(写真/PIXTA)

竹木の枝や根の切り取りに専門業者に依頼しなければならない場合、当然、タダではない。この費用は誰が負担するのか。

枝や根の越境は、不法行為(他人の権利を侵害する行為)に該当し、損害賠償請求権が発生するから、竹木の所有者が負担することが筋だろう。法改正について議論した衆議院法務委員会でも政府参考人からそのような回答があった。しかし、費用負担については改正法でも明文化されていない。事案ごとに協議や調整を行う、ということになっている。
(このあたりの議論も国会の議事録を読むことができる。興味のある方は「第204回国会 衆議院 法務委員会 第6号 令和3年3月23日」で検索を)。

空き家となった実家は大丈夫?

今回の法改正によって、個人の宅地だけでなく、道路や公園など公共用地に、隣接地の竹木が越境してきた場合、新しいルールに基づいて枝を切り取ることが可能となった。

とはいえ、それは隣地所有者が切除しなかった場合の話だ。そもそもは、空き家となった実家などで近隣に迷惑をかけるようなことのないよう、所有者が管理すべきものなのだ。今は利用する予定がないから、といって放っておく、隣地に枝が伸びている、枯れ葉もたくさん落ちている、という事態も珍しくない。土地の所有者である以上、責任をもって管理しなければならない。さらに言えばお隣さんと良好な人間関係を築いておくことも大切だろう。円満な人間関係があれば、法律など持ち出す必要はないのだから。

シェア型書店やよろず相談所がつなぐ、令和のご近所づきあい。大田区池上で「半径2kmリビング化」が拡張中

東京都大田区の池上地区で「ノミガワスタジオ」を運営するアベケイスケさん。メインはギャラリー兼イベントスペースだが、他にも放課後や休日に親子と談笑したり、「本」を介したコミュニケーションスペースとしての顔も持つ。また、地域の人がアベさんにさまざまな相談をしにくる「よろず相談所」としての側面も。アベさんがこうしたスペースを始めた背景には、幼少期に大分県の別府で体験した“地縁文化とお互いに世話を焼く温かさ”があったという。「地域の人を知ると安心感が生まれ、暮らしはもっと心地よくなる」と話すアベさんに、地域交流のあり方について伺った。

「人と人とのつながり」に安心感を覚えた別府での生活

――はじめに、アベさんが運営する「堤方4306(つつみかたヨンサンマルロク)」と「ノミガワスタジオ」について教えてください。

アベケイスケ(以下、アベ):「堤方4306」は動画配信のスタジオに加え、ギャラリー、間借り喫茶など、誰もが利用できる多目的スペースとして運営してきました。2020年に現在の場所へ移転し、同時にスタートしたのが「ノミガワスタジオ」です。ギャラリー&イベントスペースとして、ランドスケープの設計事務所「スタジオテラ」と共同で運営しています。

デザイナーのアベケイスケさん。大田区に住んで19年目(写真撮影/松倉広治)

デザイナーのアベケイスケさん。大田区に住んで19年目(写真撮影/松倉広治)

1階に「ノミガワスタジオ」と「堤方4306」が、2階に「スタジオテラ」のオフィスが入る(写真撮影/松倉広治)

1階に「ノミガワスタジオ」と「堤方4306」が、2階に「スタジオテラ」のオフィスが入る(写真撮影/松倉広治)

アベ:また、時折イベントを開催するだけでなく、毎週金・土曜はシェア型の書店「ブックスタジオ」として営業し、地域のみなさんにご利用いただいています。

――シェア型の書店って何ですか?

アベ:本棚をいくつかの区画に分け、それを個人や団体に貸し出す形態の書店です。借りた人(棚主)はそこに自分が選んだ本を陳列し、販売することができます。吉祥寺にある「Book Mansion」の中西さんが発案したコンテンツで、「ブックスタジオ」を立ち上げる際にご協力いただきました。入会金のほか、1区画当たりの賃料は月額4000円ですが、現在のところ44区画中28区画が埋まっていますね。来月また一つ面白い本棚が生まれます。ちなみに、お店番は当番制で、その時々の棚主さんである“店主”と訪れた人の、本を介した交流を促進する狙いもあります。

ノミガワスタジオに設置されたブックスタジオ。なかには町田から来ている棚主さんもいるそう(写真提供/ノミガワスタジオ)

ノミガワスタジオに設置されたブックスタジオ。なかには町田から来ている棚主さんもいるそう(写真提供/ノミガワスタジオ)

――地域のコミュニケーションスペースとしての役割もあるんですね。

アベ:はい。ノミガワスタジオの目の前には小学校があるので、親子で立ち寄る方も多いです。最初は子どもが遊びに来て、後日に親御さんを連れてくるパターンとか。この場所で知り合いになる親御さんたちもいて、ご近所付き合いにも貢献しているのかなと思います。ちなみに、池上は寺町情緒が色濃く残り、昔ながらの住民が多く暮らすエリアですが、最近ではマンションも立ち新しい人たちも増えています。そんな新しい住民のみなさんが地域になじんだり、顔見知りをつくる場所としても役立てばうれしいです。親御さんたちからは「なんで、こんなことしているんですか?」と聞かれますけどね。

夕方には学校帰りの子どもや親が集う。親同士が「〇〇に行ってくるから、ちょっとだけ見てて~」と、互いに子どもを見守り合う光景も日常茶飯事なのだとか(写真撮影/松倉広治)

夕方には学校帰りの子どもや親が集う。親同士が「〇〇に行ってくるから、ちょっとだけ見てて~」と、互いに子どもを見守り合う光景も日常茶飯事なのだとか(写真撮影/松倉広治)

――ちなみに、なぜなんでしょう?

アベ:これには僕の幼少期の体験が大きく影響しています。僕は三重県で育ったのですが、両親の実家は大分県の別府で、夏休みや正月のたびに帰省していました。そのときに、別府には観光地ならではの「外から来た人に対して寛容で、温かい空気」が流れていると感じたんです。僕自身も、帰省中の短い生活のなかで地域の人にお世話を焼いてもらった思い出が、強く記憶に残っています。

例えば、気付いたら商店街でおばさんたちの井戸端会議に参加してたり、お呼ばれしてご飯をご馳走になったり、銭湯でタオルをお湯に入れておじさんに怒られたり。ペットが飼いたかった私に猫の散歩をさせてくれたり、近所の大人に声を掛けてもらうこともしばしば。何気ないことですが、早くに父を亡くした私には地域にいつも見守られている感覚があって、地域の人の寛容さがとても居心地がよかった。今思えば、普段暮らしている街以上に地域のつながりや人情が残っていて「人と人とのつながり」に、安心感を覚えていたんでしょうね。「袖振り合うも多生の縁」ですね。

――別府での生活を経験したから、なおさら良さがわかるわけですね。

アベ:そうですね、僕にとって別府の生活はとても心地よくて。感覚的に「家から半径2km以内にいる人たち」のことを知っていると、地域に精神的な居場所があると感じられ、居心地の良さにつながると思います。リラックスできる場所が家の中だけでなく、家の外にも拡張されるというか。ですから、池上に暮らす人もノミガワスタジオでの会話を通じて、そんな居心地のキャッチボールができたらと思っています。ちなみに、僕はこれを「半径2kmリビング化計画」と呼んでいます。家から半径2km圏内に会話のできる場所やあいさつできる人を複数つくり、日々を充実させていきませんか?という考え方です。

営業日は金・土曜日。下校時間はアベさんが子どもたちを見守っている。アベさんいわく「別府の経験があるからこそできる」活動とのこと(画像提供/ノミガワスタジオ)

営業日は金・土曜日。下校時間はアベさんが子どもたちを見守っている。アベさんいわく「別府の経験があるからこそできる」活動とのこと(画像提供/ノミガワスタジオ)

――ちなみに、「堤方4306」ではどんな動画を配信しているのでしょうか?

アベ:近年、メインに配信しているのは「池上放談」という地域の人へのインタビュー動画です。10年前くらいから「普通の人が一番面白い!」と思っていて、別府や自身の生い立ちから「この人は、どうしてこんな人に育ったのだろう…」と知りたくなったことをきっかけに始めたのがインタビューの配信でした。例えば、昨年に亡くなられた地域のおじいちゃんがいるのですが、生前にインタビュー配信に出ていただいたことがあるんです。すごく生き生きと自分の半生を語っていただき、お話を聞いている僕もうれしくなりました。そんなふうに普通の人の人生に触れることや、スイッチが入ったときの話を聞くことは単純に楽しいですし、それが「ご近所のあそこの店主」となれば会いに行きたくなったりもします。それだけでも地域の他のみなさんにとっても意義があると思うんです。

地域の人にインタビューする動画「池上放談」(画像提供/堤方4306)

地域の人にインタビューする動画「池上放談」(画像提供/堤方4306)

――どうしてですか?

アベ:インタビュー動画を見た人が自分の住む街や人のことを深く知れば、安心につながり、さらに居心地が良くなると思ったからです。居心地が良くなれば自然と笑顔になり、それが周囲にも伝播していく。そんなふうに笑顔の輪を広げ、自宅以外にもリラックスして暮らせるエリアを拡張していってほしい。そんな思いから始めました。私にとっては、ごく普通の感覚ですが、この安堵感を知らない人も多いのかなと。「半径2kmリビング化」がその人たちに伝わればいいなと思っています。

過去のインタビュー配信「お米やさんと釜飯屋さん」(画像提供/堤方4306)

過去のインタビュー配信「お米やさんと釜飯屋さん」(画像提供/堤方4306)

アベ:余談ですが以前、私が街の諸先輩たちに「街の昔話を聞かせてほしい」と、あるお店に伺いました。すると先代の80代くらいの方が「いやいや、私は語れない。そこのお店のご主人がちょうど良い」って言うんです。すると、今度は80代半ばの方が「いやいや、私もまだ若くて語れない。それならあそこの……」って言うんです。「いやいやいやいや、じゃあ、幾つになったら語るんですか!(笑)」と。とにかく、お話が聞きたかったです。

地域の人が「街」について語る機会を

――ノミガワスタジオでは他にも、地域の人や場所とコラボしたさまざまなイベント、プロジェクトも実施しているそうですね。これまでの事例を教えてください。

アベ:養源寺というお寺の本堂をお借りして、『まちの本屋』というドキュメンタリー映画の上映会を行いました。近年は「お寺をもっと開かれた場所にし、外に知ってもらうための努力も必要」と考えている住職さんもいらっしゃいます。そんなこともあり、本堂を使ったイベントに快くご協力いただけました。

本と街をテーマにした映画の上映会を行うことは、ブックスタジオの棚主さん同士が会話できる良い機会になるのではと思い、企画しました。今回は主に棚主さん向けでしたが、今度は一般の方も含めてまた『まちの本屋』の上映をしたいですね。

上映会の様子。上映当日は大小田直貴監督も来場するなど大成功に終わった(画像提供/ノミガワスタジオ)

上映会の様子。上映当日は大小田直貴監督も来場するなど大成功に終わった(画像提供/ノミガワスタジオ)

上映開始まで本堂の廊下でそよ風に和む至福の時間(画像提供/ノミガワスタジオ)

上映開始まで本堂の廊下でそよ風に和む至福の時間(画像提供/ノミガワスタジオ)

アベ:ゆくゆくは、こうした催し物ができるお寺をもっと増やしていき、「回遊イベント」のようなことがみんなでできればと思っています。近隣のお寺さんのなかには、地域の動きに協力して下さる人も増えている気がします。そのため、いろんなお寺の住職さんと仲良くなろうとしている最中です(笑)

――他にはどんなイベントを?

アベ:大田区と東急が推進するまちづくり協定の枠組み「池上エリアリノベーションプロジェクト」の一環で、2021年6月から11月末まで半年にわたって「温 THE TOWN」というイベントが行われていたのですが、これを個人的に引き継いで続けています。

「温 THE TOWN」は休業中の銭湯「久松温泉」の2階を活用し、落語のイベントやトークセッションなど文化的な交流や発信をするというもの。名前の通り“まちの体温を少し上げる”プロジェクト(画像提供/温 THE TOWN)

「温 THE TOWN」は休業中の銭湯「久松温泉」の2階を活用し、落語のイベントやトークセッションなど文化的な交流や発信をするというもの。名前の通り“まちの体温を少し上げる”プロジェクト(画像提供/温 THE TOWN)

アベ:とはいえ、予算がないので今のメインコンテンツは紙相撲なんですけどね(笑)。ただ、これが意外と大人も子どもも夢中になってくれるんですよ。銭湯になじみのない子どもや大人も遊びにきてくれて、「半径2kmリビング化計画」につながる接点が増えたかな。ちなみに、ノミガワスタジオキッズはみんな経験者ですし、今夏は近隣小学校の夏休み講座に土俵を持って出向きます。夢は巡業のように、他県での紙相撲ツアーをしたいですね(笑)

「温 THE TOWN」で行われた紙相撲大会の様子。小さな力士が大きく映し出され動くさまは意外にも迫力があるもの(画像提供/温 THE TOWN)

「温 THE TOWN」で行われた紙相撲大会の様子。小さな力士が大きく映し出され動くさまは意外にも迫力があるもの(画像提供/温 THE TOWN)

他には、今年度はスタッフとして「池上まちよみプロジェクト」に関わっています。昔の街の写真をもとに“地域のアーカイブ”をつくって、オンライン、オフラインで可視化する活動ですね。以前に地元のお年寄りと写真を見る機会があったのですが、「これはあそこじゃないか?」「これが今のあそこ」と、イキイキした様子でお話しくださるんですよ。そんなふうに、街の人が気軽に見に来て、街の歴史や現在について知ったり、思い出を語ったり、世代に関係なく雑談するきっかけになったらうれしいです。

「池上まちよみプロジェクト」で地域の方々と昔の街の写真や記事を眺める様子(画像提供/ノミガワスタジオ)

「池上まちよみプロジェクト」で地域の方々と昔の街の写真や記事を眺める様子(画像提供/ノミガワスタジオ)

目指すは落語に出てくる「ご隠居」

――池上は2019年から3年間にわたり「池上エリアリノベーションプロジェクト」が展開されるなど、積極的に活性化の取り組みが進められてきたエリアです。アベさん自身、街の盛り上がりや地域の人の変化を感じることはありますか?

アベ:もちろん感じますし、地元以外の人からも、池上は盛り上がっているように見えるみたいです。散歩をしていると、街ゆく人に「良いところですね」と声を掛けられたりしますからね。おそらく、以前にはなかった景色が生まれていて、街全体に楽しい雰囲気が漂っているのだと思います。

(写真撮影/松倉広治)

(写真撮影/松倉広治)

アベ:それに、以前からここに暮らしている住民の方も、街に対してこれまでにない可能性を感じているんじゃないでしょうか。ここにいれば「何か楽しそうなことが起こりそう」という期待感を持ってくれていると思うんです。僕らはそのムードを消さないよう、地域のみなさんと連携して、さらに盛り上げていかなければいけないですよね。ただ、頑張りすぎず、楽しみながら(笑)

――もっと多くの人を巻き込むには、何が必要でしょうか?

アベ:まずは「気軽さ」だと思います。まちづくりって面倒なことも多いですし、誰もが高いモチベーションを持ってコミットするのは難しいですよね。だから、運営側がそんなに頑張らなくても何となく「街を良くするのに役立っている」「居心地がいい」と思える。そんな参加ハードルの低い機会をみんなでつくれたらいいですね。

まちづくりって、色んなフェーズがあると思うのですが、極論何も特別なことをする必要はないと思うんです。特にここは寺町で心地のよい広い空間や緑も多く、お寺のメインストリートはすごく良い景色です。でもそれらは、檀家さんが支えてくれているものであって、街の人は享受しているだけです。だから、ちょっとでも何かできるとしたら自転車に小さいトングとゴミ袋を常備して、気付いたらゴミ拾いをするルーティンも面白いかなと思っています。

――それは誰にでもできるし、とても良いルーティンですね。

アベ:そう思います。きっと街への愛着が強ければ強いほど、綺麗な方がうれしいはずなんですよね。だって、自分の部屋にゴミが落ちていたら拾うし、タバコの吸い殻を床に捨てたりはしないじゃないですか。自分が住んでいる街のことも自分の部屋くらい愛着を持てるようになったら、心地よい状態を保とうとするはず。みんなが自然とそういう意識になるように、池上の良さを感じられる企画をこれからも考え、まわりと話していきたいですね。

池上の駅前商店街(画像提供/ノミガワスタジオ)

池上の駅前商店街(画像提供/ノミガワスタジオ)

――これから特に力を入れようとしていることは何ですか?

アベ:一つは、今以上に街の人に話を聞いて、動画配信を増やしていきたいです。普通に暮らしているだけだと、地域の人やそこで活動しているプレイヤーと知り合う機会ってなかなかないじゃないですか。だから、自分がそのパイプ役になれるような取材活動は続けていきたいですね。あとは、今目指しているのは「長屋のご隠居」ですかね。

――ご隠居?

アベ:そう、ご隠居さんです。落語に出てくる長屋のご隠居のところには、さまざまな相談事が舞い込みます。そして、それら一つひとつをお世話していく。僕も地域でそんな存在になれたらと思います。実際、こうしてスペースを構えていると、本当にいろんな相談を受けますからね。不動産屋じゃないのに物件探しの相談を受けたり、池上で商売をしたい人の話とか、最近は小学生の恋の悩み相談も。そもそも解決ではなく、言いたいだけなときもありますし(笑)。本当にいろいろありますよ。でも、そうやって何でも言ってきてくれることが本当にうれしいんです。これからも地域のご隠居として、この街と関わっていきたいですね。

●取材協力
ノミガワスタジオ
BOOK STUDIO