2023年は郊外ファミリー賃貸で賃料が上昇!? 国分寺など上昇した駅のデータとともに解説

長谷工ライブネットは、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)の沿線・駅別の賃料相場を分析し、「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ 2023 年版」を完成させた。その結果からは、「特に郊外のファミリー賃貸で大幅上昇の傾向が見られた」という。詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」が完成/長谷工ライブネット

首都圏でファミリー向け賃貸マンションの需要が高まる!?

「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ 2023 年版」は、間取りタイプをシングル(25平米)・コンパクト(40平米)・ファミリー(60平米)の 3タイプに分類し、沿線・駅別の賃料相場を同社独自の分析調査によりまとめたもの(対象:95沿線、延べ1,030駅)

タイプ別の賃料相場について、前年との比較で駅別に変動率を算出してまとめた結果、首都圏全体では「上昇」(やや上昇・上昇・大幅上昇)の割合がシングル37%、コンパクト47%、ファミリー51%を占め、面積が広いタイプほど上昇の割合が高い結果になった。なかでも埼玉県と千葉県では、ファミリータイプで「大幅上昇」(グラフの赤い帯部分)が20%を超えるなど、大幅上昇が目立つ。

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

エリア別・タイプ別で見ると状況はそれぞれ異なるので、詳しく見ていこう。

東京23区では、シングル、コンパクト、ファミリーともに低下(やや低下・低下)よりも上昇の割合のほうが大きく、なかでもファミリータイプでの上昇傾向が大きいという点で、首都圏全体と同じ傾向にある。
東京都下のシングルだけは、低下の割合のほうが上昇より大きいのが特徴だ。が、都下でもファミリータイプでは上昇傾向が見られる。神奈川県は、首都圏のなかでは他のエリアよりは変動が小さい。
埼玉県と千葉県では、コンパクトタイプの上昇割合が最も大きいのが特徴。シングルタイプの上昇割合も、他の都県より大きいが、ファミリータイプについては「大幅上昇」の割合が大きいのが目立つ。このことから、埼玉県と千葉県は賃貸相場が上昇傾向にあるが、特にファミリータイプが特定のエリアで大幅に上昇していると推測できる。

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

出典/長谷工ライブネット「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」より転載

国分寺、さいたま新都心、千葉中央のファミリータイプ賃料が大幅上昇

次に、エリア別に賃料のランキング1位を紹介しよう。

■エリア別賃料相場ランキング(1位を抜粋)

●東京23区
シングルタイプ(25平米)表参道(東京メトロ)147,000円コンパクトタイプ(40平米)神谷町(東京メトロ)265,000円ファミリータイプ(60平米)※同率1位表参道(東京メトロ)379,000円外苑前(東京メトロ)379,000円●東京都下
シングルタイプ(25平米)吉祥寺(JR・京王)102,000円コンパクトタイプ(40平米)三鷹(JR)147,000円ファミリータイプ(60平米)国分寺(JR)238,000円●神奈川県
シングルタイプ(25平米)武蔵小杉(JR・東急)103,000円コンパクトタイプ(40平米)馬車道(みなとみらい)155,000円ファミリータイプ(60平米)馬車道(みなとみらい)278,000円●埼玉県
シングルタイプ(25平米)川口(JR)88,000円コンパクトタイプ(40平米)大宮(JR他)129,000円ファミリータイプ(60平米)さいたま新都心(JR)235,000円●千葉県
シングルタイプ(25平米)浦安(東京メトロ)87,000円コンパクトタイプ(40平米)柏の葉キャンパス(つくばEX)127,000円ファミリータイプ(60平米)千葉中央(京成)188,000円

このなかでも、東京都下の「国分寺」(前年2位)、埼玉県の「さいたま新都心」 (前年2位)、千葉県の「千葉中央」 (前年7位)のファミリータイプが、大幅上昇によってそれぞれ 1 位にランクアップした。この理由として「分譲マンションの一部が賃貸された影響で賃料が大幅上昇した」のだという。

埼玉県と千葉県では、ほかにもファミリータイプで大幅上昇した駅がある。埼玉県では「北浦和」(前年8位→5位)、「所沢」(前年9位→5位)、「和光市」(前年12位→7位)、「与野」(前年14位→9位)、千葉県では「松戸」(前年13位→7位)、「柏」(前年16位→8位)だ。

首都圏のファミリータイプで賃料が上昇する背景は?

筆者は、SUUMOジャーナル1月25日公開の記事で「東京都23区のファミリータイプの賃貸住宅が活況。就業環境や働き方の変化が影響?」を執筆した。このときは、三菱UFJ信託銀行が公表した「2022年度 賃貸住宅市場調査」(2022年秋時点)の結果を参照した。

ファミリータイプについては、東京23区と首都圏(東京23区を除く)は、現状も半年後の予測も稼働率と賃料は好調だった。その理由として、2つの要因を挙げた。

まず、マンションの価格が上昇しているため、購入を考えた場合に手が届きにくいこと。次に、ユーザーの志向が住宅の広さや部屋数を求めるようになったこと。これは在宅勤務やオンライン授業などの影響でおうち時間が長くなったことなどが影響している。その結果、広さと駅からの利便性を求めて、手の届く住まいとして、ファミリータイプの賃貸マンションへの需要が高まったと分析した。

こうした状況は今も継続している。さらに、長谷工ライブネットが指摘した分譲マンションの一部が賃貸されているということも加わって、好立地で手が届きやすい賃料のファミリータイプの需要が高いと見てよいだろう。

さて、近年は首都圏のファミリータイプの賃貸需要が高くなっているが、今後も続くのだろうか?住宅の需要はさまざまな要因で変わる。コロナ禍を経て日常生活が戻りつつあるので、就業状況や収入などが改善される方向に進んでいる。また、テレワークは一定レベルで定着しつつある。一方で、住宅ローンの金利上昇リスクが高まっているので、住宅の購入環境が変わる可能性も考えられる。さらには、感染拡大の可能性がなくなったわけではない。

その時々で、最適の住まいを選ぶということになるので、どういった住まいに需要が高まるかは予測しづらい状況になっている。

●関連サイト
長谷工ライブネット/「首都圏賃貸マンション賃料相場マップ2023年版」が完成

コロナ禍のシェアハウス暮らし「毎日の“おはよう”が心を平穏に」。ニーズに変化

2005年前後からブームになったシェアハウス。ここ数年で、1000冊以上の本を備える団地「ジェイヴェルデ大谷田」や商店街の空き店舗を活用した「寿百家店」など、バリエーションが見られるようになりました。コロナ禍で人々の住まい方や働き方が変化している今、新たな動きはあるのでしょうか。シェアハウス専門ポータルサイト「ひつじ不動産」、「ヨコスカシェアロッヂ」オーナー、入居者、それぞれに話を聞きました。
法改正を追い風に、個性派の物件が地方で次々と登場

シェアハウス専門ポータルサイト「ひつじ不動産」北川大祐さんは、「2013年に『違法貸しルーム通知』が出されてからの行政の地道な取り組みが、重要な役割を果たした」と言います。

「2013年9月6日に国土交通省から、いわゆる“脱法ハウス”の是正指導を強化する『違法貸しルーム通知』が出され、法適用が極端に厳格化されました。しかしその後、継続して行われてきたさまざまな関連法規の改正の結果、小規模の建物をシェアハウスに転用する際の法的基準が大幅に緩和・明確化。一方で、特定のシェアハウスへの不正融資が発覚した2019年の『スルガショック』により、粗雑なシェアハウス投資の危険性が広く認知されました。こうした流れのなかで中長期のていねいな運営を見据えた、小規模で良質なシェアハウスをつくるオーナーが再び増加しはじめたのです。

企画・設計・運営を個人、あるいは少人数の会社が行い、建築が特殊、あるいは作家性のある物件が多いのが特徴です」(北川さん)

コロナ禍以降はリモートワークで遠方でも仕事が出来る人が増えたことで、「都市部」「駅近」といった便利さより「落ち着いた環境」を優先。ある程度、社会人経験のある世代が、都心に通勤可能な郊外の物件を選ぶようになっています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「シェアハウスはもともと『人との触れ合い』を持てる住居形態ですが、郊外エリアではコロナ禍でもその点がプラスに働いているケースがあるようです。『在宅勤務に最適な郊外型の豊かな環境』『個性的な小規模物件』、これに付随して生まれた『コミュニティの魅力』の3つが、コロナ以降に目を向けられている物件のポイントと言えます。都心から離れた小規模のシェアハウスであれば、一般家庭と感染リスクは大きく変わらないと考え、都心で押さえ込まれるような生活を送るよりはよいと考える方が、一定数おられるということでしょう」(北川さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

例えば、池のほとりに立つ木々に囲まれた「すいれん館」(大阪府・東大阪市)は「静かな場所で過ごしたい」と希望する入居者が増加し、アトリエスペースやアウトドア用品のレンタルを行っている「ARTdoor’s(アートドアーズ)」(大阪市)では、入居者同士で趣味の時間を分かちあっているそう。ホテル調にリノベーションされた「MOTENA PLEASE(モテナプリーズ)」(大阪府豊中市)は、ヒノキを一部に使った大浴場などがゆったり過ごせて好評と言います。

入居者の暮らしぶりが、今にも見えてきそうな物件。コロナ禍で変わりつつあることが、事例に現れているようです。

都心から電車で約1時間でも自然がある「ヨコスカシェアロッヂ」

同じような変化が見られるのが、昨夏オープンした定員4名・女性限定のシェアハウス「ヨコスカシェアロッヂ」。東京駅から電車で約60分、横須賀中央駅から徒歩約5分。駅に大型ショッピングモールが隣接し、周辺には商店街やカフェ・コンビニ・ドラッグストアなどが充実。それでいて小高い丘に立つため見晴らしがよく、驚くほど静寂な環境です。

築約100年の長屋を活用した「ヨコスカシェアロッヂ」。関東大震災の廃材が使われており、味わいを活かしたデザインが特長です(写真撮影/五十嵐英之)

築約100年の長屋を活用した「ヨコスカシェアロッヂ」。関東大震災の廃材が使われており、味わいを活かしたデザインが特長です(写真撮影/五十嵐英之)

リビングの向かいには海を望む大きなデッキが。「朝、ここでコーヒーを飲むと自分のペースをつくれます」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

リビングの向かいには海を望む大きなデッキが。「朝、ここでコーヒーを飲むと自分のペースをつくれます」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

オーナーの多久和洋平さんは会社員時代、DIYでセカンドハウスをつくったのを機に「空き家をデザイン・改修・賃貸する」事業をスタート。三浦半島で4つのシェアハウスを運営しています。

「コロナで在宅勤務になり、住まい方の自由度が上がったことから、それまで横須賀と無縁だった方に入居を検討してもらえるようになりました。なかには山形や沖縄から来られる方も。就職で上京する方が、都心の密
集を避けるためにあえて横須賀を選ぶ例もあります。

物件への問い合わせは20代半ばから30歳前後の方が多いです。一人暮らしを体験して住まいへの価値観が定まり、プラスαを求めている年代なのかもしれません」(多久和さん)

リモートワークの閉塞感を抜け出すべく暮らしをチェンジ

はるさん(仮名・29歳)が「ヨコスカシェアロッヂ」に越して来たのは昨年8月。東京都中野区にあるワンルーム・賃貸アパートで一人暮らしをしながら、都心のオフィスで内勤の仕事をしていましたが、昨年3月にフルリモートに切り替わり、心境に変化が訪れたそう。

「誰にも会わない日々が続いて、引きこもりのような状態になってしまって。丁度、部屋の更新が迫っていたのですが、リモートが長引くことが予想できたので、『ほどよく人と関わりながら生活したい』と、シェアハウスを思いつきました」(はるさん)

一般的な賃貸アパートでは見られない「むき出しの梁」や「古材の床」が、何とも贅沢。アンティーク調の椅子も雰囲気たっぷりです(写真撮影/五十嵐英之)

一般的な賃貸アパートでは見られない「むき出しの梁」や「古材の床」が、何とも贅沢。アンティーク調の椅子も雰囲気たっぷりです(写真撮影/五十嵐英之)

海外へ留学していた時にルームシェアの経験があるはるさん。住まい方が変わることに、抵抗はありませんでした。
物件探しは、通勤が再開したときを考え「会社までドアツードアで約1時間以内」であること、「入居者が少人数で女性限定なこと」、以前の勤務地で親しみがあったことから「神奈川エリア」を条件に。
最終的に逗子の物件と「ヨコスカシェアロッヂ」に絞られましたが、駅周辺に何でもそろっている後者を選びました。

シェアハウスから坂を下ると5分ほどで商店街に。「徒歩圏内で日常の必要なものを何でもそろえられて、とても便利です」(はるさん)。横須賀には日本とアメリカンな雰囲気が融合した「どぶ板通り商店街」(写真)のようなユニークな商店街も(写真撮影/五十嵐英之)

シェアハウスから坂を下ると5分ほどで商店街に。「徒歩圏内で日常の必要なものを何でもそろえられて、とても便利です」(はるさん)。横須賀には日本とアメリカンな雰囲気が融合した「どぶ板通り商店街」(写真)のようなユニークな商店街も(写真撮影/五十嵐英之)

「中野区にいたのは通勤がしやすいというだけの理由なんです。都内にもシェアハウスはありますが、狭いし、家賃が高いので、私にとってメリットはありませんでした」(はるさん)

二段ベッドなので下部にものが置けるほか、すき間を有効活用したオープン棚も。ディスプレイを楽しみながら、しっかり収納できます(写真撮影/五十嵐英之)

二段ベッドなので下部にものが置けるほか、すき間を有効活用したオープン棚も。ディスプレイを楽しみながら、しっかり収納できます(写真撮影/五十嵐英之)

そんなはるさんの平日は、始業の少し前に起床。その後、身支度が完璧でないときや集中したいときは自室、音楽をかけながらタスクをこなしたいときなどは共用のリビングと、内容や気分で仕事をする場所を分けています。

「ただ、誰かが先にリビングを使っていたら部屋に戻ります。4人いる入居者のうちテレワークをしているのは2人だけなので、今のところ困ることはありません。互いに何となく譲り合い、たまたま休憩が合ったときは一緒にコーヒーを飲んだり、ランチに出かけたり。ゆるく心地いい関係を築いています。もともと満員電車がとてもストレスだったので、ここに来て『自分は在宅勤務の方が合っているな』としみじみ感じますね」(はるさん)

気持ちに開放感が生まれ、料理・ヨガ・海と毎日が充実

昨年7月から入居しているH.Iさん(30歳)は、都内の会社で総務をする会社員。以前は横浜市の1K・賃貸マンションで一人暮らしをしていましたが、契約の更新が近づいて来たのと、単身住まいを10年続け、家電のほとんどが耐用年数を迎えたことから心機一転、引越すことにしました。

各部屋に大きな窓があり、採光も十分。身支度がしやすいよう、すべての部屋に洗面台がついています(写真撮影/五十嵐英之)

各部屋に大きな窓があり、採光も十分。身支度がしやすいよう、すべての部屋に洗面台がついています(写真撮影/五十嵐英之)

「そのころ、仕事がテレワークに切り替わり、週1回出社すれば済むようになったんです。遠方でも構わないので、環境のよいところにしようと思いました」(H.Iさん)

「一から家電をそろえるのはもったいない」と、家具・家電つきのシェアハウスを選択肢に入れたH.Iさん。しかし他人と住むことに不安もありました。そのため賃貸マンションも考えますが、内見するうちにシェアハウスへの思いが高まっていきます。

キッチンのカウンターは作業台とテーブルを兼ねていて、仕事をしたり、入居者同士でおしゃべりしながら料理をしたり、過ごし方の幅が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

キッチンのカウンターは作業台とテーブルを兼ねていて、仕事をしたり、入居者同士でおしゃべりしながら料理をしたり、過ごし方の幅が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

「外出自粛とリモートワークが重なって家にこもりがちになっていたため、メンタルの疲れを感じていたんです。『適度に人と触れ合える暮らしっていいな』と、ひかれました。

最初に男女混合・100人規模のシェアハウスを見学したのですが、入居者の顔が見えにくく、コミュニティが完全に出来上がっているのが難しそう。少人数・女性限定の『ヨコスカシェアロッヂ』を選びました。
同じ条件の下だとおのずと似た性格が集まるのか、お互い干渉しない人ばかりで、楽しく過ごせています。人数が少ないと逆に目が届きやすく、厳格なルールがなくても共用スペースをきれいに保てるんですね」(H.Iさん)

平日は午前中にメールやチャットを返し、13時から14時まではランチ休憩。午後はデータ作成やオンライン会議などをして、19時にはプライベートタイムです。

「以前は窓を開けても味気ない風景でしたが、今は木々が多くて海も見えて、四季を感じられます。自室のほかに広いリビングが使えるので、気分転換がしやすいです」(H.Iさん)

「自室で仕事をするのは主に午前中ですが、集中したいときにも使います。今は週一度の出勤が、ほどよいペースです」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

「自室で仕事をするのは主に午前中ですが、集中したいときにも使います。今は週一度の出勤が、ほどよいペースです」(H.Iさん)(写真撮影/五十嵐英之)

H.Iさんの部屋は窓に向かってデスクが置かれており、開けると清々しい緑が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

H.Iさんの部屋は窓に向かってデスクが置かれており、開けると清々しい緑が広がります(写真撮影/五十嵐英之)

往復約2時間半の通勤時間がなくなったことで「ゆとり」が生まれ、同時に郊外型シェアハウスならではの「仲間」と「自然」を手に入れ、ライフスタイルも大きく変化したそう。

「料理をするようになって、最近はよくパンを焼いています。入居者同士で誘い合ってヨガをすることも。休日は缶酎ハイを持って散歩がてら海へ。公園感覚でふらりと行けるのが最高だなと思います」(H.Iさん)

日常で何気なく人と関われる幸せをコロナ禍で気づく

職場にあった何気ないコミュニケーションがコロナによって断たれたものの、シェアハウスでそれを取り戻す結果となり、H.Iさんもはるさんも「人と接すること」の大切さを実感しています。

「壁越しに生活音を聞いたり、『おはよう』の挨拶を交わしたり、軽いノリでご飯を食べにいったり。たわいもないことが、心を平穏にしてくれているものだなと。『シェアハウスって面倒そう』と思う人がいるかもしれませんが、全然そんなことはなくて、私はおすすめです」(H.Iさん)

「ヨコスカシェアロッヂ」が上手くいっているのは少人数だからで、もしテレワークをする人が増えれば、さらなる工夫が求められるかもしれません。ただ、心地よさの理由はそれだけでなく、前提としてはるさんとH.Iさんが自分に最適なシェアハウスを選び、共同生活のなかで人とのつながりを大事にする思いを持てているからではないでしょうか。コロナ禍で価値を見つめ直したことが、より自分らしい暮らしをもたらす結果になったよう。シェアハウスとは何かを考えるうえで、参考にできる好例といえそうです。

●取材協力
ひつじ不動産
ヨコスカシェアロッヂ
すいれん館
ARTdoor’s(アートドアーズ)
MOTENA PLEASE(モテナプリーズ)

新しい郊外を模索する「ネスティングパーク黒川」。なぜ焚き火付きシェアオフィス?

働き方改革のひとつとしてリモートワークの推進や副業など、多様な働き方が広がりつつある昨今、職場以外の仕事ができる場所「シェアオフィス」「コワーキングスペース」がどんどん増えています。でも、シェアオフィスなのに「焚き火ができる」となると、驚く人も多いはず。シェアオフィスながら新しい郊外の形を体現しているものだといいます。では、果たしてどんな空間なのでしょうか。2019年5月、川崎市麻生区にある小田急多摩線・黒川駅前にできた「ネスティングパーク黒川」を訪問し、オープニングイベント「ネスティングパーク・ジャンボリー」の様子と、郊外のあり方を模索するトークイベントから、「選ばれる郊外の姿」をご紹介します。
自然豊かな「黒川駅」。その駅前にできた心地よい空間

焚き火ができるシェアオフィス「ネスティングパーク黒川」ができたのは、小田急多摩線黒川駅の駅前です。シェアオフィス(デスク・ブース・ルーム)を中核に、カフェ「ターナーダイナー」、さらに芝生広場が広がり、夏にはコンビニエンスストアも開業予定です。木のぬくもり溢れる空間、青々と茂った芝生広場、広い空を見ていると「いい場所だな」という思いが心の底からこみ上げてきます。

奥の建物が小田急多摩線黒川駅。以前は鉄道用の資材用地だった(写真撮影/嘉屋恭子)

奥の建物が小田急多摩線黒川駅。以前は鉄道用の資材用地だった(写真撮影/嘉屋恭子)

もともとこの黒川駅周辺は、緑豊かなで良質な住宅街が広がっていましたが、駅前は鉄道用の資材用地になっていました。今回、その土地を利用して小田急電鉄がデザイン事務所ブルースタジオと組み、「ネスティングパーク黒川」を開業しました。でも、なぜ「シェアオフィス」だったのでしょう。立地と経済合理性を考えれば、(失礼ながら)よくある駅ビルをつくり、飲食店を誘致するというのが開発の鉄板にも思えますが……。

「背景になるのは、鉄道会社としての危機感です。少子化でこれから沿線人口がどんどん減っていくのは明らかです。だからこそ、今が良ければいい、ではなく、先手を打って『選ばれる郊外』を目指さなければ、と考えています」と話すのは小田急電鉄生活創造事業本部開発推進部の志鎌史人さん。

そもそも、神奈川県川崎市と東京市部を結ぶ小田急多摩線は、多摩ニュータウン構想のなかで生まれたいわゆる「郊外路線」。黒川駅もそんな一つで、都心に通勤して眠るために帰る「ベッドタウン」でした。もちろん、路線が走る川崎市も「かわさきマイコンシティ」に企業を誘致してはいたものの、街は本質的に子育てに特化していて、「眠る・暮らす」という性格が強かったのです。そこで、「働く」「遊ぶ」「暮らす」のあいだの場所として「シェアオフィス」をつくり「単一機能」の街から住む、働く、遊ぶといった「複合機能の街にしたい」というのが、今回の狙いだと話します。

ネスティングパーク黒川の、木のぬくもり溢れる外観と内装。豊かな自然環境と調和するデザインを意識した(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク黒川の、木のぬくもり溢れる外観と内装。豊かな自然環境と調和するデザインを意識した(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは個室タイプ(写真)ほか、半個室のブース、オープンタイプのデスクがある。個室はショップとしても利用可能(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは個室タイプ(写真)ほか、半個室のブース、オープンタイプのデスクがある。個室はショップとしても利用可能(写真撮影/嘉屋恭子)

現役世代、ママ、リタイア世代などの地元の交流の場に

今回のシェアオフィスの利用者として想定しているのは、(1)現在は子育て中で仕事をセーブしているものの、ショップなどを開きたい主婦、(2)リタイアしたけどビジネスを始めたいシニア、(3)現役会社員がリモートワークで働く場所、フリーランサーのオフィス、といったさまざまなライフスタイルの人たちです。当面の目標は「満室稼働です」(志鎌さん)ということですが、シェアオフィスの内覧見学会には続々と希望者が来ていて、すでに数十組の申し込みがあり、第1号のショップも誕生しました。

シェアオフィスにはデスク利用だけなら月1万円~、ルーム(約4平米~約8平米)であれば3万2000円~5万6000円から利用できます。都心にあるシェアオフィスと比べたら格安ですし、「何かをはじめたいけど、高額費用は出せない」という人にも、利用しやすい価格であることは間違いありません。

シェアオフィスは通称「キャビン」という。ポストや宅配ボックス、ミーティングルームなどの設備も充実(写真撮影/嘉屋恭子)

シェアオフィスは通称「キャビン」という。ポストや宅配ボックス、ミーティングルームなどの設備も充実(写真撮影/嘉屋恭子)

見学希望者が続々と。自宅で仕事をしている人、コワーキングスペースとして利用したい人など、ニーズもありそう(写真撮影/嘉屋恭子)

見学希望者が続々と。自宅で仕事をしている人、コワーキングスペースとして利用したい人など、ニーズもありそう(写真撮影/嘉屋恭子)

こうした「職住が近接した、新しいワークライフスタイルに挑戦できるのも、郊外だからこそ」と話すのは、企画・設計を担当したブルースタジオの広報担当 及川静香さん。
「ネスティングという名前には、『巣(NEST)』として暮らしを育む、人生を楽しむ人が『集う(NESTING)』、さらに『ビジネスを育む』という3つの意味があります。ふるさとのように、いつでも戻れるような、どこかほっとする温かい言葉にしています」(及川さん)

芝生広場からターナーダイナーと焚き火の様子。周囲に高い建物はなく空は広く、山も近い。仕事の合間に焚き火をすれば、いいアイデアも自然と浮かびそう(写真撮影/嘉屋恭子)

芝生広場からターナーダイナーと焚き火の様子。周囲に高い建物はなく空は広く、山も近い。仕事の合間に焚き火をすれば、いいアイデアも自然と浮かびそう(写真撮影/嘉屋恭子)

今回、カフェ「ターナーダイナー」を運営する株式会社ワットの石渡康嗣さんは、「働くならこんなに最高な場所はないよね。夕日はキレイだし、焚き火もできる。僕らも仕事している場合じゃない(笑)」と話します。石渡さん自身、都心に複数の飲食店を運営していますが、ネスティングパーク黒川の「ターナーダイナー」ではお客さんからポジティブな声を聞き、手応えを感じています。

仕事終わりに、こんな風景を眺めつつお酒を飲めたら、最高だ(写真撮影/嘉屋恭子)

仕事終わりに、こんな風景を眺めつつお酒を飲めたら、最高だ(写真撮影/嘉屋恭子)

「『待っていました!』『また来ます!』って声をもらうことがすごく多いって、スタッフが言っていました。自分たちの店を軸に、地元の人の交流の場所として活用してもらえたら、こんなにうれしいことはない」とにこやかです。

お祭り感ある「ジャンボリー」。これからの郊外を考えるトークショーも

取材に訪れた日は、「ネスティングパーク・ジャンボリー」という、オープニングイベントが開催されていました。木工ワークショップやオイルランプワークショップ、ワインツーリズムのほか、地元JAが運営する「セレサモス麻生店」が産直野菜を販売しており、家族連れなどが大勢訪れていました。何より子どもたちが楽しそうに芝生を走っている様子は、見ているこちらも微笑ましくなるほど。

ワークショップは多くの家族連れでにぎわった(写真撮影/嘉屋恭子)

ワークショップは多くの家族連れでにぎわった(写真撮影/嘉屋恭子)

子どもだけでなく、何より大人たちが楽しそう(写真撮影/嘉屋恭子)

子どもだけでなく、何より大人たちが楽しそう(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク・ジャンボリーでは、地元野菜を焼いて食べたり、マシュマロを焼いたりする姿も(写真撮影/嘉屋恭子)

ネスティングパーク・ジャンボリーでは、地元野菜を焼いて食べたり、マシュマロを焼いたりする姿も(写真撮影/嘉屋恭子)

日が傾きはじめた17時30分からは、ブルースタジオのクリエイティブディレクターの大島芳彦氏、郊外を研究しているマーケティングリサーチャーの三浦展氏、株式会社ワット代表の石渡康嗣氏、スノーピークビジネスソリューションズ取締役の山口昌浩氏による「焚き火を囲んで語りあおう、これからの『郊外』の楽しみ方」と題したトークイベントがスタート。

17時30分~行われたトークイベント。まじめな話をしているのに、どこか楽しそうなのは焚き火の力でしょうか(写真撮影/嘉屋恭子)

17時30分~行われたトークイベント。まじめな話をしているのに、どこか楽しそうなのは焚き火の力でしょうか(写真撮影/嘉屋恭子)

トークイベントに登壇した大島芳彦氏(左)と、三浦展氏。郊外研究やリノベーションの第一人者が登場し、現在の課題とこれからの展望を話しました(写真撮影/嘉屋恭子)

トークイベントに登壇した大島芳彦氏(左)と、三浦展氏。郊外研究やリノベーションの第一人者が登場し、現在の課題とこれからの展望を話しました(写真撮影/嘉屋恭子)

はじめに大島芳彦氏による現在の「郊外」が抱える課題、つまり「高齢化」「空き家の増加」「縮退」「若い世代が帰ってこない」といった流れの説明があり、それに対して「ネスティングパーク黒川」でできること、「未来をどうして行きたいか」という説明がありました。続いて、三浦展氏からは、「脱・典型的なベッドタウン」になるために、「多様性を増すこと」「夜の魅力を増すこと」「女性に選ばれる街」という「処方せん」が提案されました。

三浦展氏は、ベッドタウンはこれまで「都心で働く男性」「郊外で子育てする女性」というロールモデルを前提にして街が設計されていたため、「夫婦共働き」や「生涯働きつづける」という現代のライフスタイルに合わなくなっていると指摘します。今後は「郊外で昼間仕事ができる」ことに加え、「街を散歩してリフレッシュして新しい発想を得られる」「仕事のあとの夜の娯楽がある」といった要素を加えることで魅力的な郊外として再生するというのです。今回、シェアオフィスなのに、焚き火ができるのは、そうした大人の「遊び心」の象徴なのかもしれません。

スノーピークの山口氏も「日常のなかに、こうしたアウトドアの『非日常』があることで、人生も働き方ももっと豊かになるはず。火をかこむだけで、自然と人とのコミュニケーションが生まれますから」と焚き火の魅力を語ります。確かに焚き火を囲んでいるとなぜか自然と笑顔に。昔の日本の農家には「囲炉裏」があったように、実はとても落ち着くスタイルなのかもしれません。

小田急電鉄としては、今回の「ネスティングパーク黒川」はパイロットケースとしていて、仮に成功したからといってむやみに増やすという計画はなく、「小田急線沿線はエリアごとに特色があります。だからこそ、その土地、その街にあった開発、暮らし方の提案をしていきたい」(志鎌さん)と話します。首都圏の郊外エリアでも人口減少は少しずつ、でも確実にはじまっています。ただ、それを嘆くのではなく、時代にあった豊かなものへと価値を転換していけるかどうか、鉄道会社も不動産会社も試行錯誤をするなかで、「魅力的な郊外」として再生していくのかもしれません。

●取材協力
ネスティングパーク黒川