海の上で農業や発電も! いま話題の「海上都市」モルディブや国連も推す韓国釜山の計画を聞いてみた

「水上都市」「海上都市」というと、たくさんの水上住宅が運河に浮かぶオランダ・アムステルダムや、特異な形の人工島として知られるドバイのパームアイランドが思い浮かぶ人もいるだろう。
今、新たに未来型の海上都市計画が発表され、話題を呼んでいる。海上都市とは、海上に連結されたプラットフォーム上に、生活拠点である住居やオフィス・商業施設を兼ね備えたまちのことだ。
今回は、特に注目を集めている2つの新プロジェクトを紹介する。気候変動や食糧問題などに対応した新たな都市をつくるという韓国・釜山市のプロジェクト「OCEANIX(オセアニックス)」、新たな観光都市づくりを目指すモルディブの「モルディブ・フローティング・シティ計画」だ。

気候変動問題などに対応。国連も後押しする韓国・釜山のプロジェクト「オセアニックス」

かつてない頻度の豪雨や台風、気温の上昇といった問題が、すでに身近なものになっている。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、気候変動により、世界の海面水位は平均で17cmも上昇しており、日本においては、全国で砂浜の約9割が1m以上の海面上昇で失われるといわれている。また、世界の環境対策を急ピッチで連携して押し進めるC40都市気候リーダーシップグループは、2050年までに世界の570都市に住む8億人以上が、海面上昇によるリスクにさらされる可能性があると予測している。

今、水との付き合いは、まちづくりや都市計画にとって、防災・レジリエンスの観点から非常に重要なものだ。

そんななか、2021年11月18日、世界初の海面上昇に対応した海上都市が韓国・釜山市に建設されることが発表された。
その名も海上都市計画のプロトタイプ「OCEANIX(以下、オセアニックス)」)。主導するのは、2018年にイッタイ・マダムンベさんとマーク・コリンズ・チェンさんが設立した米国のブルーテック企業。ブルーテック企業とは、海を守りながら、経済や社会を持続的に発展させることを前提として事業を行う先端技術を持った企業のことだ。
海上都市は2025年までに一部の建設が完了する予定とのことで、それほど遠い未来の話ではない。

計画が現在進行中の韓国・釜山沖の海上都市イメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

計画が現在進行中の韓国・釜山沖の海上都市イメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市のプロトタイプは、各15.5エーカーの表面積を持つプラットフォームが、橋で繋がれるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市のプロトタイプは、各15.5エーカーの表面積を持つプラットフォームが、橋で繋がれるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

マダムンベさんは、「オセアニックスのコミュニティーには国際的な協力者も含まれる予定だが、中核となるのはあくまで釜山市内ひいては韓国全土の人々」と話す。現在の釜山市に、海上都市はどのような形で溶け込むのだろうか(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

マダムンベさんは、「オセアニックスのコミュニティーには国際的な協力者も含まれる予定だが、中核となるのはあくまで釜山市内ひいては韓国全土の人々」と話す。現在の釜山市に、海上都市はどのような形で溶け込むのだろうか(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市には、「ネイバーフッド」と呼ばれる住居が集う。遊び、仕事をするための公共空間もある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市には、「ネイバーフッド」と呼ばれる住居が集う。遊び、仕事をするための公共空間もある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

釜山にできる「オセアニックス」のライフスタイルについての動画

地上と変わらない生活スタイルを想像させる海上都市の暮らしのイメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

地上と変わらない生活スタイルを想像させる海上都市の暮らしのイメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市では、電気も不自由なく使用できる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市では、電気も不自由なく使用できる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

「オセアニックス」は、国連人間居住計画(ハビタット)との協働プロジェクトでもある。
国連ハビタットは、「政策提言、能力開発、国際・地域・国家・地方といったレベルでのパートナシップをとおして、社会的、環境的に持続可能なまちや都市づくりを促進する」国際的な機関で、アジアでは日本の福岡県福岡市に拠点を置いている。海上都市といった未来的な取り組みだけでなく、急速な都市化による、スラムの拡大、自然災害や紛争による居住環境の悪化などの問題解決を目的としている。

このプロジェクトには、海洋保全にまつわる先端技術をもったブルーテック企業と、多分野の専門家とのつながりをもつ国際的な機関が協働することで、あらゆる分野の専門知識と経験が、惜しみなく投入されている。「海上都市づくりに取り組むことは、気候変動や海面上昇、持続可能な沿岸都市化といった課題に対するソリューションを創造することでもあります。各専門家やIT企業のイノベーターたちの力を合わせ、そのためのシステムを構築していきたい」とマダムンベさんは展望を語る。

かつてネット時代の到来に合わせ、アメリカ・シリコンバレーを中心に技術と夢をもった若者たちが集まりビジネスを始めたように、新時代の価値を生み出す都市が、韓国・釜山の海上に誕生するかもしれない。

海洋プラスチックごみの一掃や、海洋保全にまつわる革新的な技術も盛り込まれるのも特徴。サンゴの海をIT技術で保護する「Biorock(バイオロック)」といった海洋技術の活用などによって、海洋生物の乱獲や、環境破壊、地球変動で壊されてしまった海洋エコシステムの再生も行う予定。海面下では、海藻、カキ、ムール貝、ホタテ、貝の養殖が行われる。水をきれいにし、生態系の再生を加速させるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海洋プラスチックごみの一掃や、海洋保全にまつわる革新的な技術も盛り込まれるのも特徴。サンゴの海をIT技術で保護する「Biorock(バイオロック)」といった海洋技術の活用などによって、海洋生物の乱獲や、環境破壊、地球変動で壊されてしまった海洋エコシステムの再生も行う予定。海面下では、海藻、カキ、ムール貝、ホタテ、貝の養殖が行われる。水をきれいにし、生態系の再生を加速させるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

ARシステムも導入。住まいのあらゆるデータが一目瞭然(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

ARシステムも導入。住まいのあらゆるデータが一目瞭然(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスの移動手段一覧。カヤックや徒歩から、ドローンや電気自動車のシェアまで想定されている(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスの移動手段一覧。カヤックや徒歩から、ドローンや電気自動車のシェアまで想定されている(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市として、水辺におけるサステナブルな生活を追求するという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市として、水辺におけるサステナブルな生活を追求するという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

独自性は“自給自足”と“総合性”

この海上都市では、ゴミ問題や食糧及びエネルギー調達も、すべて都市内で完結する仕組みになるという。

「オセアニックスは、ただの個々の住宅の組み合わせではありません。“持ち込みに頼らない”閉鎖的なループシステムで成り立つ、真に自立した、初めての総合的な海上都市になります」とマダムンベさん。

食糧やエネルギー調達、ゴミ処理も都市内で全て自給自足や循環によりまかなうため、それらに必要な要素をすべて備える予定だとか。都市のエネルギーは、風力発電や太陽光発電はもちろん、波や潮の流れを利用した電流発生器で確保。飲料水は雨水をろ過して使用、食品はコンポストを利用した都市内の農園などから調達できる計画だ。

オセアニックスにおける食物生産の仕組み。「植物中心の食生活で、スペース、エネルギー、水資源への負担を軽減。有機野菜は、水耕栽培や水産養殖で効率的に栽培し、従来の屋外農場や温室を補完します」とマダムンべさん(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスにおける食物生産の仕組み。「植物中心の食生活で、スペース、エネルギー、水資源への負担を軽減。有機野菜は、水耕栽培や水産養殖で効率的に栽培し、従来の屋外農場や温室を補完します」とマダムンべさん(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

公共空間「ネイバーフッド」にある温室では、住民は照明付き室内農場で自分の食べ物を育てる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

公共空間「ネイバーフッド」にある温室では、住民は照明付き室内農場で自分の食べ物を育てる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

食物を育てたり、ボート用のデッキを備えたり、集会スペースなどに対応するエリアもある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

食物を育てたり、ボート用のデッキを備えたり、集会スペースなどに対応するエリアもある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

養殖と水耕栽培の両方を利用して、協調的な生活環境をつくる「アクアポニックス」の森。水槽で魚を育て、その栄養豊富な排水の一部、または全部を水耕栽培の植物生産システムに循環させることで、循環型の生活が可能になる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

養殖と水耕栽培の両方を利用して、協調的な生活環境をつくる「アクアポニックス」の森。水槽で魚を育て、その栄養豊富な排水の一部、または全部を水耕栽培の植物生産システムに循環させることで、循環型の生活が可能になる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

このシステムにより、いま世界中で問題になっているエネルギー不足や食力問題についても10万人規模まで対応できるようになるというのも興味深い。
海上都市内でさらに人口が増えることで必要になる居住地は、新たに海上都市をつくり足すことでスケールアップできるとのことだ。

(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスの全貌。300人の居住区から10万人の都市へと、今後変化し、適応していくことができる都市。36の2ヘクタールの浮体式住居と、数十の生産拠点が、柔軟に拡大・縮小でき、活気あるコミュニティーをつくりだすという(動画提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

強力なリーダーシップが課題

こうした大掛かりなプロジェクトが進行しているが、これまでにも多くの問題や困難に直面してきたに違いない。海上都市計画を成功させために一番大切なことは何だろうか。

「海上都市を実現するための最大の障壁は、技術ではない」とマダムンベさんは断言する。「このような規模の画期的な試みに挑戦する、政治的リーダーシップとビジョンをもった、信頼できる政府のコミットメントを確保することが、最も私たちが苦労したことでした」と話す。

「オセアニックス」は、釜山市のパク・ホンジュン市長というパートナーを見つけた。世界に点在する革新的な技術を投入し、世界で初めてとなる持続可能な海上都市を着工。「今後、世界的に業界をリードしていくことになるだろう」とマダムンベさんは続ける。

ローカル感を大切にまちづくりを進めている。写真は東南アジアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

ローカル感を大切にまちづくりを進めている。写真は東南アジアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

研究棟エリアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

研究棟エリアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

日陰部分となっているテラスは、快適なインドアスペース(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

日陰部分となっているテラスは、快適なインドアスペース(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

不動産資産としての海上都市を目的とした「モルディブ・フローティング・シティ計画」

一方、1,000超の珊瑚島と 26 の環礁から成るインド洋に浮かぶ熱帯の国、モルディブでは、オランダの建築家が推進する「モルディブ・フローティング・シティ計画」の建設が始まった。

韓国の「オセアニックス」は海上都市計画を気候変動などの問題に対応することを目的にしているのに対し、こちらは「価値が上がる商業不動産」として捉えている点が特徴だ。

モルディブで進行する「モルディブ・フローティング・シティ」の完成イメージ図(写真/Maldives Floating City Press Releaseより)

モルディブで進行する「モルディブ・フローティング・シティ」の完成イメージ図(写真/Maldives Floating City Press Releaseより)

このプロジェクトは、オランダの海上都市のデベロッパーであるダッチ・ドックランズ社とモルディブ政府が協力し、オランダ人建築家ケーン・オルトゥイさんのウォータースタジオが推進している。都市デザインはモルディブの伝統的な海洋文化にインスピレーションを受けたもので、ホテルやレストランはもちろん、ブティックもオープンする予定。
まちづくりにおいては、サステナビリティや革新的な技術が投入される。

アイデアやインスピレーションを、その道のエキスパートたちが共有する場として世界的に知られる「TEDトーク」に登壇した、モルディブの海上都市計画のリーダー、オランダ人建築家のケーン・オルトゥイさん

現時点では「海上都市」に対する法的所有権に関しては議論が進んでいるところ。ボートハウスをはじめとした水上住宅が普及しているオランダでは、国際法(国連海洋法条約[LOSC])、国内法、財産法の3点から、議論が進んでいる。

モルディブでは、法律の専門家がチームに積極的に加わることで、世界最高水準の「海上都市の所有権」がつくられるという。海上都市における土地や建物に所有権をもたせる一方で、法的にも透明性が高く、これまでにない画期的な不動産になる予定だという。

海に囲まれているモルディブにとって、海上都市は海外からの新しい観光客や移住者を引き付けるための“国際的な住宅投資物件”になっていくのだろう。

気候変動など人類が直面している問題に対応した新たな都市を目指す韓国釜山の「オセアニックス」、ビジネス面での海上都市の可能性を追求するモルディブの「モルディブ・フローティング・シティ計画」。
それぞれ違うアプローチだが、地球上のさまざまな場所で、同時並行的にこうした海上都市計画が発案され、実行されるに至ったのは、われわれ人間の技術がそこに到達したというだけではなく、それだけ気候変動や新たなライフスタイルに対応する住宅環境を整えることが急務だということを指し示していると感じざるをえない。

●取材協力
OCEANIX共同創業者 イッタイ・マダムンベさん

各国の専門家がデザインした「防災都市」とは? 世界で相次ぐ気象災害と共生めざす

日本全国で地震や風水害、土砂崩れなど自然災害が頻発していますが、今後は世界中で災害が増加、激化すると予測されています。では、私たちの暮らす「場所」はどのように変わるべきなのでしょうか。 2022年4月に東京・日本橋で開催された「リジェネラティブ・アーバニズムー災害から生まれる都市の物語」展の統括プロデューサー・阿部仁史さんと次世代の都市や暮らし、ライフスタイルのあり方について考えてみました。

「災害」ではなく「自然現象」と人間が協調しながら生きていく「都市」

東日本大震災から11年が経過した今年4月、東京・日本橋で展覧会「リジェネラティブ・アーバニズム展ー災害から生まれる都市の物語」が開催されました。環太平洋大学協会[APRU]に属する11大学が参加する国際共同プロジェクト「ArcDR3」で、災害にしなやかに対応する社会に向け、都市がどうあるべきかを各大学が研究し、その最新成果が発表された形です。とはいえ、「リジェネラティブ・アーバニズム」といわれてもピンと来るひとは少ないはず。まず、阿部仁史さんにこの考え方について伺いました。

「リジェネラティブ・アーバニズム展ー災害から生まれる都市の物語」の展示風景(写真提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「リジェネラティブ・アーバニズム展ー災害から生まれる都市の物語」の展示風景(写真提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「ひとことでいうなら、『自然と共生していく都市のつくり方』でしょうか。防災の専門家に教えてもらったのですが、そもそも『自然災害』という言葉が適切ではないのです。地震や水害、森林火災は本来自然に発生している単なる『自然現象』です。ただ、人間の暮らす領域が広がり、自然現象と人の行為が交わるとき、自然のサイクルが強く人間のシステムが壊れれば『災害』となり、一方で人間のシステムが大きく自然のサイクルが傷つけられると『環境破壊』になるわけです。では、なるべくあつれきが起きないような方法が見つかればいいのではないか。やわらかく、人間と自然がお互いに協調し、調整しあうような都市デザインができないか、というのがこのプロジェクトの趣旨であり、本展のタイトルとした背景もそこにあります」と話します。

今まで、都市や住まいは自然災害から「人命や財産を守る」ことが至上とされ、自然災害で被災すると「もと通りに戻す」ことが求められてきました。「リジェネラティブ・アーバニズム」は、それとはまったく考え方を変え、災害を「起きるもの」「共生するもの」と捉えて設計できないかを考えているのです。

また、展覧会名を「アーバニズム」としているのは、「アーバン」、つまり都市部だけでなく、郊外や農村など自然に近い領域、そもそも人間の生活のあり方、ライフスタイル、社会制度にもふれてるからです。広く、大きく「人が営む場所と自然とのあり方」をテーマにしていると捉えるとイメージがつかみやすいかもしれません。

ではなぜ、今、「災害と都市」なのでしょうか。
「いくつか理由はありますが、1つは地球全体で災害が頻発しているということ。気象が変動して今までの状況とは異なってきているという点があります。2つ目はやはり人口が増えて、人間が住まう領域が拡大し、本来住んでいなかったところに住むようになっている。つまり、自然との距離感が保てないところまできている点があります。3つ目はテクノロジーの発達によって、地球上で起きている災害の情報が伝わるようになり、自分の身近に感じられるようになっている点があると思います。やはり環境問題と災害というのは表裏一体の関係にありますから、SDGsも含む環境を考える動きともあいまって、関心が高まっているのだと思います」(阿部さん)

一部の予測によれば、2050年には人類は97億人になり、うち2/3にあたる60億人が都市に住むといわれています(※1)。人口の増加と都市、人間のあり方は、「今」考えておかないといけない、喫緊の課題なのですね。

「森林火災が起きても延焼しない」「洪水時に都市が漂流する」ユニークな都市ばかり

この展覧会では、水成、群島、時制、火成、共生、遊牧、対話という、架空の7つの都市の物語が展示されました。都市の構想を練ったのは、東北大学や東京大学(日本)、UCLAとカリフォルニア大学バークレー校(米国)、メルボルン大学(豪州)、国立成功大学(台湾)など、各国を代表する11大学です。7つの都市は架空、想像の都市ということもあり、どれもとてもユニークですが、阿部さんに印象に残った都市の例を紹介してもらいました。

(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「アメリカやオーストラリアでもっとも身近な災害が山火事です。落雷などで山火事が頻繁に発生するのですが、火事が起きることで、生態系が維持されるようにもなっています。こうした森林火災が起きることを想定した『火成都市』では、森林と人間の居住エリアのあいだにバッファとなる緩衝地帯をもうけ、人間が下草などを管理することで、ゆるやかな防火機能をもった農村田園地帯をデザインしています。つまり火災は起きるけれども、被害は減らせるという発想です(エディティッド・エッジ(原生調整帯と都市調整帯))」

なるほど、人と自然のまじわるエリア、ゾーンがグラデーションになっています。ほかにも、洪水発生時には水がいったん都市部の遊水池や公園のような場所に流れ込み、一時的にヴェネチアのような景観を形成する都市(フィルタリング・ランドスケープ)や、みつばちとの共生を考えた都市(ミツバチ・コモンズ)なども提案されました。

「エディティッド・エッジ(原生調整帯と都市調整帯)」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「エディティッド・エッジ(原生調整帯と都市調整帯)」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「フィルタリング・ランドスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「フィルタリング・ランドスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「ミツバチ・コモンズ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「ミツバチ・コモンズ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

「都市機能は一定であることが前提とされていますが、四季が移ろうように、都市機能そのものが変化する景観としてあってもよいわけです。たとえば洪水であふれた水が都市に入ってくることを、人間の方が受け止められる都市機能にする。それによって発生する変化を楽しむという発想もあっていいと思うのです」

なるほど、平時と非常時の二重の都市計画ラインとでもいう感じでしょうか。

「東日本大震災でも、『此処(ここ)より下に家を建てるな』という石碑が歴史的に受け継がれていたことが話題になりました。あれは、住む場所と働く場所をわけ、海抜60mの地点より上に家を建てることで集落を守るという知恵だったわけです。平時と非常時、二重の海岸線が機能した例です。そもそも今回の展覧会は2015年、宮城県仙台市で開催された「国連防災世界会議」が開催されたプラットフォーム『ArcDR3(Architecture and Urban Design for Disaster Risk Reduction and Resilience)イニシアチブ』がもとになっています。未曾有の被害となった東日本大震災を教訓として世界で共有し、今後の都市の希望に変えられないかという試みでもあります」(阿部さん)

災害の多い国で暮らしているためか、私たちは、「ああ、また災害だ」で終わってしまいがちです。「災害を悲劇で終わらせない」、これこそが「リジェネラティブ・アーバニズム」のスタート地点なのだとすると、とても有意義な試みであることは間違いありません。

よりよい都市像と住まい方へ。世界をよりよく変えていく

今回の都市の物語は、あくまで「提案」「想像」とありますが、実装することは可能なのでしょうか。

「シンガポールでは、行政が主導して、環境問題を施策として推進しています。国家の成り立ちからして、災害や上下水道整備、環境問題に取り組むことが死活問題なのです。そういった先進的な取り組み、実証実験を行いながら、環境や防災都市計画そのものをビジネスモデルとして国外に売り込むことも考えています」(阿部さん)といい、単なる提案で終わらせない他国の取り組みに可能性を感じます。

「今まで日本社会は、高度経済成長を通し、都市や人工物は『壊れない』ことを前提に堅牢堅固な建物を作ることに腐心してきました。実際には竣工して終わりではなく、短・中・長期でメンテナンスをして適切に入れ替えていかなければ、建物は維持できません。建造物が美しいのは当然として、大きな自然の一部として、新陳代謝をし入れ替わっていく、ゆらぎがあり、壊れるものであると捉えなおすことで、新しい枠組みや都市像が見えてくるのだと思います」(阿部さん)

阿部仁史さん(写真提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会 Photo by Kentaro Yamada)

阿部仁史さん(写真提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会 Photo by Kentaro Yamada)

日本は高度経済成長期に急激な都市化が進みましたが、そのときに建設された建造物が今、まさにうつろいのさなかにいます。これを単なるスクラップ&ビルドで高層化し新しく塗り替えるべきなのか考えさせられます。筆者と同じように考える人は「リジェネラティブ・アーバニズム」展を見学した人にも多いようで、見学後のアンケートには、

「都市化、都市への一極集中化が良いことのようにされているけれど、そもそもの議論が必要だと思う」
「まだ世界にはリスクがいっぱいで、最低限にも満たない暮らしを強いられる人がいることに気づかされた」
「総合的に、グローバルな観点から考察する必要がある」

などのコメントが寄せられていました。

都市というとアスファルト舗装された土地、立ち並ぶ高層ビル、添えられた緑を思い浮かべていましたが、それは20世紀モデルであり完成形ではありません。よりしなやかで強靭、変貌と変化があり、自然現象と共生する都市デザインである「リジェネラティブ・アーバニズム」の新しい試みと価値観に期待が止まりません。

豪雨や洪水によって市街地の浸水リスクが高まると、都市のモビリティと景観が一気に災害モードに切り替わる「フルーイッド・シティスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

豪雨や洪水によって市街地の浸水リスクが高まると、都市のモビリティと景観が一気に災害モードに切り替わる「フルーイッド・シティスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

造成時に掘り出した土砂を盛土して、池や島など、凹凸した起伏ある景観を人工的に作り出す「アイランド・ディストリクト」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

造成時に掘り出した土砂を盛土して、池や島など、凹凸した起伏ある景観を人工的に作り出す「アイランド・ディストリクト」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

急激な海面上昇による潮位の変化や洪水に柔軟に対応する、モジュール型の「親水性(しんすいせい)居住ユニット」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

急激な海面上昇による潮位の変化や洪水に柔軟に対応する、モジュール型の「親水性(しんすいせい)居住ユニット」(画像提供/ArcDR3展覧会製作実行委員会)

津波や高潮の危険性を抱え、先人たちによってその危険性や身を守る術などが伝えられてきた沿岸部。そこを住民や観光客を引き込む水辺の公共空間として再整備することで、地域の防災意識を高めている「メモリアル・ランドスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会制作実行委員会)

津波や高潮の危険性を抱え、先人たちによってその危険性や身を守る術などが伝えられてきた沿岸部。そこを住民や観光客を引き込む水辺の公共空間として再整備することで、地域の防災意識を高めている「メモリアル・ランドスケープ」(画像提供/ArcDR3展覧会制作実行委員会)

●取材協力
ArcDR3展覧会製作実行委員会
※1 国際連合広報センター

大阪市に水辺の賑わい空間、「大正リバービレッジプロジェクト」認定

国土交通省はこのたび、都市再生特別措置法の規定に基づき、(株)TUGBOAT TAISHOから申請のあった民間都市再生整備事業計画「大正リバービレッジプロジェクト」を認定した。同事業は、大阪市大正区尻無川の河川敷地に、フードホールをはじめとする飲食店、オフィス、水上ホテル及び水辺と親和性の高い広場を整備するもの。また、船着場を整備することで、舟運事業を展開。水上交通としての移動手段を提供するとともに、水都大阪・水の回廊における水辺拠点間連携の結節点を形成する。

事業区域面積は3,841.96m2。飲食店2棟と事務所2棟を整備する。施行期間は、2019年2月18日~2020年1月15日までの予定。

なお、同事業は、市民や企業、地方公共団体等の行政が連携し、水辺の新しい活用の可能性を創造していく「ミズベリング」の一環として行われるプロジェクトとして、初の認定となる。

ニュース情報元:国土交通省