全国の自治体で初「ひとり親家庭の移住サポート」。住まい・仕事・教育など手厚い支援、地方移住ニーズに応える 静岡県川根本町

2022年に全国の自治体で初めて「ひとり親家庭」に特化した移住サポートプログラムを開始した静岡県の川根本町。このプログラムは、住まい探しが困難なひとり親世帯への有効な解決策となるのでしょうか。ひとり親家庭が安心して暮らすために川根本町が行う支援とは?川根本町 経営戦略課の植村紳吾さんと移住コーディネーターの神東(かんとう)美希さんに話を聞きました。

ひとり親家庭が抱える住まいの問題と「移住」との関係

川根本町は、静岡県の中央部に位置し、一級河川の大井川が流れ、全面積の約94%は山林という、自然に囲まれたのどかな町です。観光温泉地として知られる一方で、少子高齢化が進み、人口減少や働き手不足が課題となっています。

南アルプスの山々や大井川に囲まれた自然豊かな町(画像提供/川根本町)

南アルプスの山々や大井川に囲まれた自然豊かな町(画像提供/川根本町)

一方、秋田県にかほ市のアンケート結果によると、一都三県(東京、神奈川、埼玉、千葉)のシングルマザーの4割近くが「地方移住に興味がある」と答えており、ひとり親家庭に地方移住のニーズがあるようです。ひとり親家庭は、子育てと両立できる仕事や公的な支援・補助制度があることを重視して居住地を選択する傾向があるため、人口減少に悩む地方の自治体と住まい探しに困っているひとり親家庭をうまくマッチングできれば、win-winの関係を築けるかもしれません。

シングルマザーの約4割は、地方への移住に興味があるというアンケート結果も(画像提供/秋田県にかほ市)

シングルマザーの約4割は、地方への移住に興味があるというアンケート結果も(画像提供/秋田県にかほ市)

ひとり親家庭の移住を後押しする「マザーポート移住」とは

このような問題を解決するために川根本町が、2022年から取り組んでいるのが「マザーポート移住」です。
母子家庭のための不動産ポータルサイト「マザーポート」に移住専用ページを作成し、ひとり親家庭の移住を町ぐるみで積極的に受け入れようというもの。

前述したようにひとり親の移住への関心度は高い傾向にありますが、知り合いが誰もいない見ず知らずの土地に移住し生活していくのは、誰しも不安に違いありません。

ひとり親であればなおさら、生活のために仕事も探さなくてはならず、子どもと過ごす時間も必要です。
また、一般的な子育て世帯の平均世帯年収814万円に対して、母子家庭は373万円というデータ(厚生労働省「2021年度(令和3年度)全国ひとり親世帯等調査報告」「2021年国民生活基礎調査」)が示しているように、ひとり親家庭、特に母子家庭は貧困率が高く、オーナーや管理会社の家賃滞納への不安から借りられる物件が限られるなどの問題も。住所が定まらなければ行政のサービスを受けることも、仕事に就くこともできないという負のループに陥る恐れがあります。

ひとり親家庭では、安定した収入がないと入居を断られてしまうことがある。住所が決まらなければ、公共のサービスや支援を受けることができないという悪循環に……(画像提供/川根本町)

ひとり親家庭では、安定した収入がないと入居を断られてしまうことがある。住所が決まらなければ、公共のサービスや支援を受けることができないという悪循環に……(画像提供/川根本町)

「マザーポート移住では、住宅の確保が困難な可能性のあるひとり親家庭に対して、福祉、移住、教育それぞれの問い合わせを、経営戦略課が窓口になってワンストップで相談に乗るのが特徴です。他の自治体では、各課に相談しなければならず大変というお話も聞きますが、川根本町ではまとめて相談ができるので、安心してお問い合わせいただけると思います」(植村さん)

移住を考える人の事情はさまざまです。自然豊かな川根本町に魅せられた人もいれば、人間関係や仕事、家賃などで困っている人もいるでしょう。実際に移住した人のなかには、子どもが学校になじめず、新たな環境を整えるために移住して来たというケースも見られます。

川根本町では、移住後もひとり親と子どもたちがスムーズに地域になじむことができるよう、移住希望者と地元住民の橋渡し役である「移住コーディネーター」が中心になって地域との間を繋ぎ、暮らし面での相談にも乗っています。

「町の人たちがとても親切で、いち住民として私たちのことを気にかけて見守ってくださるので、働きながらも安心して子育てができる」というのは川根本町に移住してきたシングルマザーの声。移住コーディネーターの神東さんは、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにとっても、子どもがいることで地域が明るくなり、良い影響をもたらしていると感じています。

移住コーディネーターの神東さん。自身も10年以上前に他県からやって来た移住組。移住してくる人の不安も、住民の気持ちもわかるからこそ、双方の橋渡しをしたいという(画像提供/川根本町)

移住コーディネーターの神東さん。自身も10年以上前に他県からやって来た移住組。移住してくる人の不安も、住民の気持ちもわかるからこそ、双方の橋渡しをしたいという(画像提供/川根本町)

川根本町で、ひとり親家庭の住まい・仕事・教育環境はどうなる?

ひとり親家庭が移住するとなると、前述したように住居や仕事、育児や教育環境、さらには地域の人たちと上手に付き合っていけそうかなど、事前に確認しておくべき点はいろいろあります。川根本町の事情はどうでしょうか。

まず「住まい」については、ひとり親家庭が住むことのできる住宅として町営住宅、空き家バンク物件、そして民間アパート2棟があります。

ただ、空き家バンクは売買物件が多く、補修を必要とする場合もあって初期費用がかかるのと、すぐに住めないものもあるのが難点。町営住宅は比較的リーズナブルですが、空いている部屋が少なく、タイミングによっては、いつでも入れるというわけではないとのこと。希望通りの物件が必ずあるというわけではないので、なるべく希望に添えるものを町の担当者や移住コーディネーターが一緒に探します。

川根本町の町営住宅(画像提供/川根本町)

川根本町の町営住宅(画像提供/川根本町)

また、子どもの通う保育園や学校といった環境も気になります。

「川根本町には小学校が2校あり、そのうちの1校は1学年4~10名程度の小規模な学校で、もう一つの学校は1学年20名程度です(2024年度から小中一貫の義務教育学校2校となります)。実際に授業風景などを見てどちらの学校が良いか決めてもらい、その学区内で住まいを探すという流れになりますね」(神東さん)

町内には公立・私立あわせて1つの幼稚園と3つの保育園があり、待機児童ゼロ。親と幼児が一緒に遊べて保育士さんが子育てママの相談に乗ってくれる施設もあるなど、子育てや子どもの教育が充実しているのも嬉しいところ(画像提供/川根本町)

町内には公立・私立あわせて1つの幼稚園と3つの保育園があり、待機児童ゼロ。親と幼児が一緒に遊べて保育士さんが子育てママの相談に乗ってくれる施設もあるなど、子育てや子どもの教育が充実しているのも嬉しいところ(画像提供/川根本町)

さらに、移住先でどのような仕事があるのかということも重要です。マザーポート移住のホームページでも地元の企業がいくつか紹介されています。

「基本的に、常に求人はあり、働き口はありますが業種や職種は限られます。ひとり親家庭の場合は、お子さんがいるので土日が休みであることや、突然の病気や学校の行事などでは融通がきく仕事でないと厳しいですよね。女性だと土建業などの現場仕事は体力的に難しいことが多いですし。マザーポート移住には、そのような事情にも比較的理解のある会社を掲載しています」(神東さん)

KAWANEホールディングスはそのような会社の一つです。代表の迫洋一郎さんは、マザーポート移住を川根本町に提案した一人で、自身も数年前に地元で起業した移住者だそう。ほかにも、最近は農家民宿やゲストハウス、飲食店といった事業を自分で営む人も増えているそうです。

マザーポート移住の提案者でもあり、移住者の採用にも前向きなKAWANEホールディングスの迫さん。ほかにもひとり親に理解のある企業がマザーポートに掲載されている(画像提供/川根本町)

マザーポート移住の提案者でもあり、移住者の採用にも前向きなKAWANEホールディングスの迫さん。ほかにもひとり親に理解のある企業がマザーポートに掲載されている(画像提供/川根本町)

ひとり親家庭も活用できる制度を整備。移住者の増加で町が変わる

川根本町は2022年にマザーポート移住を始める前から、ひとり親に限らず、移住者を呼び込むためにさまざまな移住制度の充実を図ってきました。例えば、家賃や住宅購入費用(川根本町定住・移住促進住宅家賃購入補助金)、住宅改修(川根本町定住・移住促進住宅改修事業費補助金)のための補助金や「こども医療費助成制度」などの助成金を設置。移住してくる人に対してはまずはこの町の暮らしを体験してもらうための「お試し住宅」、移住や就業にかかる費用を助成する「移住・就業支援金」制度もあります。その甲斐あってか、ここ数年では、Uターンも含めて年間約40名ほどの人たちが川根本町に移住しているそうです。

近ごろでは、移住してきた人たちがSNSで町での暮らしを発信し、町でのイキイキとした暮らしぶりを見て新たに移住してくる人もいるのだとか。地元の人たちも新しいお店に出入りして、新たなネットワークができているといいます。

「若い移住者のエネルギーで新しいつながりが自然にできて町が活性化することは大歓迎です。町としても地元の人と移住してくる人の橋渡しを強化していくために、今まで1人だった移住コーディネーターを2人に増やして、移住を希望する人たちにより行き届いたサポート体制を整えています」(植村さん)

このようにひとり親家庭に限らず、移住者が入りやすい地域の雰囲気があることも、地域のサポートを期待したいひとり親家庭にとっては重要なポイントでしょう。

川根本町では町が移住促進に力を入れている。子育てや暮らしへのサポートが充実しているのも特徴だ(画像提供/川根本町)

川根本町では町が移住促進に力を入れている。子育てや暮らしへのサポートが充実しているのも特徴だ(画像提供/川根本町)

全ての人に移住が向くわけではない。親子が共に生活を楽しめる環境へ

しかし神東さんは「誰にでも移住をおすすめするわけではない」と言います。かつて親子で移住した人の中には、子どもは友達もできて楽しく暮らしても、お母さんが地域に馴染めず、転出した人もいたそうです。

「例えば、川根本町での暮らしに車は必須。運転免許や車のない人は、ここでの暮らしは向いていないでしょう。また、地域のコミュニティーに溶け込んでいくには、自分から心を開いてなじもうとする姿勢が必要だと思います。子どもたちは手厚い教育が受けられるし順応力もあるので、実は私たちもあまり心配していません。むしろひとり親のお母さん、お父さんが孤立しないかを常に気にかけています」(神東さん)

「ひとり親家庭への支援がきっかけになって川根本町に興味を持ってくれる方、住みたいと思ってくれる方が増えていくような制度になっていけばと思っています」(植村さん)

移住を検討するときには、子どもだけでなく親自身がいざというときには相談に乗ってもらえるような人間関係を構築して、移住先での生活を楽しむ姿勢が必要なようです。

地域みんなが一緒になってこれからの町をどうよくしていくかを話し合う。「移住者ともともと暮らしている住民が分断しないよう、町の活性化につなげていくことが大事」だと神東さんたちは考えている(画像提供/川根本町)

地域みんなが一緒になってこれからの町をどうよくしていくかを話し合う。「移住者ともともと暮らしている住民が分断しないよう、町の活性化につなげていくことが大事」だと神東さんたちは考えている(画像提供/川根本町)

今回話を聞いた川根本町では、マザーポート移住を開始して、2023年12月現在で問い合わせは4件。うち実際に移住したひとり親家庭は1件です。ひとり親の移住支援として実績だけを見ると、年間40名の移住者の中で、この制度の認知度はまだまだこれからの感があります。

しかし、住まい・仕事・教育、そして地元住民との交流など、複合的にサポートが整えられていることは、ひとり親家庭にとって魅力的で、認知が進めばもっとニーズは広がっていくのでは、と思いました。今後も、このような自治体の動きを注視しながら、ひとり親家庭がより良い暮らしを追求できるよう応援していきたいですね。

●取材協力
・川根本町
・マザーポート移住(川根本町)

人口減エリアの図書館なのに県外からのファンも。既成概念くつがえす「小さな街のような空間」の工夫がすごすぎた! 静岡県牧之原市

“最寄駅がない―”静岡県牧之原市にある図書交流館「いこっと」が話題です。人口減に悩まされる街の小さな図書館が、複合施設内にテナントとして移転し、拡大オープンしたのは2021年のこと。2年後には累計来館者数が25万人を突破しました。市内はもとより、市外や県外などの遠方から足を延ばす人がいるほどです。人口減少エリアの図書館がなぜこれほどにぎわいを創出し、街の中心地に変化をもたらしたのでしょうか。

買い物客と入り混じる、パブリックな図書交流空間

静岡県牧之原市は、県・中央部の沿岸沿いにある人口約43,000人の小さな街。2005年に、旧・相良町と旧・榛原町の2つの町が合併して誕生した市の中心部には、大型複合施設「ミルキーウェイショッピングタウン」があります。核店舗として地域資本のスーパーマーケットが入居するほか、ドラッグストアやカフェ、飲食店などが集う、いわば街の台所です。

複合施設「ミルキーウェイスクエア」内に図書交流館「いこっと」がある(写真撮影/片山貴博)

複合施設「ミルキーウェイスクエア」内に図書交流館「いこっと」がある(写真撮影/片山貴博)

(画像提供/牧之原市立図書交流館 いこっと)

(画像提供/牧之原市立図書交流館 いこっと)

ここにテナントとして図書館が入居しているのだから驚きです。店内に入ると、右側には図書スペース、左側にはカフェ、子育て支援センター、ボルダリングジムなどがならびます。各スペース間は、扉や間仕切りなどがほぼなく、シームレスな空間です。

カフェの横にはオープンスペースも併設しており、注文したメニュー以外の飲食も可能。レンタサイクルコーナーもあり、観光客や地元客の「足」として活躍している(写真撮影/片山貴博)

カフェの横にはオープンスペースも併設しており、注文したメニュー以外の飲食も可能。レンタサイクルコーナーもあり、観光客や地元客の「足」として活躍している(写真撮影/片山貴博)

オーナーが目利きした地元クラフト作家の作品や名産品を集めたワゴンショップがにぎわいを演出している(写真撮影/片山貴博)

オーナーが目利きした地元クラフト作家の作品や名産品を集めたワゴンショップがにぎわいを演出している(写真撮影/片山貴博)

複合施設内には子育て支援センター相良「あそぼっと」も併設。子どもと遊んだ後は図書スペースやカフェへ。気軽に行き来できるのは嬉しいこと(写真撮影/片山貴博)

複合施設内には子育て支援センター相良「あそぼっと」も併設。子どもと遊んだ後は図書スペースやカフェへ。気軽に行き来できるのは嬉しいこと(写真撮影/片山貴博)

複合施設の一角にはボルダリングや卓球スペースもあり、大人も子どもも汗を流している(写真撮影/片山貴博)

複合施設の一角にはボルダリングや卓球スペースもあり、大人も子どもも汗を流している(写真撮影/片山貴博)

「ミルキーウェイスクエア」内の共用スペースでは、バランススクーターが使用できる。放課後や休日になると「いこっと」の横では、スクーターに乗った子ども達の姿があふれる(写真提供/牧之原市)

「ミルキーウェイスクエア」内の共用スペースでは、バランススクーターが使用できる。放課後や休日になると「いこっと」の横では、スクーターに乗った子ども達の姿があふれる(写真提供/牧之原市)

さらに「いこっと」内には、フリーWi-Fi(ワイファイ)や電源を完備したパソコンスペース、靴を脱いでくつろぐことができる小上がりのスペースなどの11のスペースがあります。

特筆すべきは、店内の各スペースに図書の持ち込みがOKということ。そして、「いこっと」では訪れている人同士で会話をすることも許されており、厳しいルールが敷かれていません。そう、ここは図書館ではなく図書「交流」スペースだからなのです。

フリーWi-Fiや電源を完備した交流・談話エリア。ここで司書や来館者との会話も生まれているそう(写真撮影/片山貴博)

フリーWi-Fiや電源を完備した交流・談話エリア。ここで司書や来館者との会話も生まれているそう(写真撮影/片山貴博)

小上がりになっている読み聞かせスペースでは、ゆったりとくつろぐことができる。おはなし会も定期開催されているのだとか(写真撮影/片山貴博)

小上がりになっている読み聞かせスペースでは、ゆったりとくつろぐことができる。おはなし会も定期開催されているのだとか(写真撮影/片山貴博)

「いこっと」の奥にある学習室。館内で唯一会話ができないエリア。静まる空間で集中したい人におすすめ。集中して勉強したい人、読書したい人のためにも配慮をしている(写真提供/牧之原市)

「いこっと」の奥にある学習室。館内で唯一会話ができないエリア。静まる空間で集中したい人におすすめ。集中して勉強したい人、読書したい人のためにも配慮をしている(写真提供/牧之原市)

シェアオフィスのように、飲み物OK、PC使用可能の閲覧席。仕事や勉強をする人が集まる(写真撮影/片山貴博)

シェアオフィスのように、飲み物OK、PC使用可能の閲覧席。仕事や勉強をする人が集まる(写真撮影/片山貴博)

図書の好きな市民のために居場所をつくる

牧之原市内には最寄駅がなく、移動手段は車がメインです。この点がネックとなり、定住者が減少、市内の職場も近隣の市から勤務する人が多く、高齢化と人口減少が課題でした。
牧之原市役所 企画政策部の本間 直樹さんはこう話します。

「このエリアにはナショナルチェーン店(全国展開のチェーン店)がないんです。ゆえにコンパクトで独自の商習慣と住空間になっています。そのため新たな居住者や人口の流入を見込みたかったのです。市内を活性化するために、きっかけが必要でした」

牧之原市役所 企画政策部の本間 直樹さん。市内で廃校活用プロジェクト「カタショー・ワンラボ」に取り組んだ経験を活かして、「いこっと」のプロジェクトに心を砕いている(写真撮影/片山貴博)

牧之原市役所 企画政策部の本間 直樹さん。市内で廃校活用プロジェクト「カタショー・ワンラボ」に取り組んだ経験を活かして、「いこっと」のプロジェクトに心を砕いている(写真撮影/片山貴博)

そこで注目したのが図書館です。移転前の図書館は、旧両町には存在していたものの、閲覧スペースは8席、蔵書数も2館あわせても約70,000冊と限られており、満足できるとは言いがたいものでした。

もともと、市内には図書への熱い思いを持つ人が多く存在し、「ゆっくり本を読めるスペースが欲しい」「蔵書数が欲しい」と図書館機能の増強が叫ばれていました。しかし結実には至らず年月が経過していきました。

街の魅力について、心の底から考え始めた市民と市役所は、2018年に「図書館協議会」を立ち上げ、膝をつきあわせて協議をはじめます。177件集まったパブリックコメントのうち、最も強い思いとしてあったのが「図書館が居場所であってほしい」というコメントでした。

「いこっと」の司書、水野 秀信さんはこう話します。
「図書館は”施設と資料と人”この3つがそろって成り立つと言われます。しかしこれまではあまりにもスペースがせまく、居場所にならなかった。”図書館を市民のサードプレイスとして機能させなくてはならない”と、面積拡大の検討を始めました」

「いこっと」の司書、水野 秀信さん。牧之原市に着任後、図書館移転オープンを検討し始め、さまざまなアイデアを実現することにトライしている(写真撮影/片山貴博)

「いこっと」の司書、水野 秀信さん。牧之原市に着任後、図書館移転オープンを検討し始め、さまざまなアイデアを実現することにトライしている(写真撮影/片山貴博)

面積拡大となると、考えられるのは施設の移転か新設です。しかし市の財政は豊かではありません。そこで市が考えたのは、既存の空き施設に入居するということでした。

「確かにテナントとして入居するには家賃が発生します。それでも施設を建設するよりは遥かに安く、市の予算の平準化が図れるため、踏み切ったのです」(牧之原市役所・本間さん)

単なる図書館ではなく町のような空間を生み出す

ちょうど図書館の移転を検討している時、「ミルキーウェイ」内にあるホームセンターの退店が決まりました。そのタイミングで複合施設のオーナーと市役所の担当者との協議を重ねて、図書館がテナントとして移転入居することが決まったのです。

「複合施設のオーナーさんは、地域を盛り上げることにとても熱心で協力的。”図書館を町の居場所にしたい”という私たちの想いを汲んでくれ、テナントとして入居することを歓迎してくれたのです」(本間さん)

「いこっと」の全景。まるでショップのひとつのような開放感あふれる入り口。木材を多用した温もりのある什器が印象的です(写真撮影/片山貴博)

「いこっと」の全景。まるでショップのひとつのような開放感あふれる入り口。木材を多用した温もりのある什器が印象的です(写真撮影/片山貴博)

そして、移転先が複合施設に決まったことを、あえて逆手に取ります。設計を依頼した株式会社スターパイロッツ三浦丈典さんが「小さな街のような空間をつくろう」と仕切りのないシームレスな図書スペースを考案したのです。

「一見すると、施設の中に図書館、しかも仕切りのないスペースにして展開することは、実に挑戦的です。ですが、サードプレイスとして機能させるためには理想的である、とこの話を聞いた際に感じました」(本間さん)

その後、牧之原市は移転決定から移転して開館するまでの間、わずか2年で移転プロジェクトを完結させました。

既成概念をくつがえす、自然な交流が生まれる仕組みとしかけ

2021年4月に移転オープン。現在の「いこっと」は、明るい照明や意匠に囲まれ、やわらかなBGMが流れるなかに、来館者などによる適度な雑音が混じり合った空間が醸成され、訪れる人の心を穏やかにしてくれます。しかし、一つのテナントとして入ると、仕切りがないことによる図書管理の面などの問題がありそうですが、水野さんは一つひとつ課題をクリアしていったと話します。

「いこっと」の入り口は複合施設共用部との間仕切りがなく、開放的。黒い梁が入り口の目印になっている(写真撮影/片山貴博)

「いこっと」の入り口は複合施設共用部との間仕切りがなく、開放的。黒い梁が入り口の目印になっている(写真撮影/片山貴博)

「”本が盗難されるのでは”といった課題が挙げられていました。また、他のスペースやカフェで読むことができると、”本を汚してしまうのでは”という心配の声も。しかし、そのようなことは一度もありませんでした。複合施設内で互いに見守っていること、適度な自由があるからこそ、利用者が愛着を持って大切に使ってくれているからなのでしょう」(司書・水野さん)

まるで秘密基地のようなキッズワンダーコーナー(児童書コーナー)。随所に閲覧・学習ブースがあり、親子で、子ども同士で楽しむことができる(写真撮影/片山貴博)

まるで秘密基地のようなキッズワンダーコーナー(児童書コーナー)。随所に閲覧・学習ブースがあり、親子で、子ども同士で楽しむことができる(写真撮影/片山貴博)

もちろん本が失われないように設備の工夫もされています。館内の資料にはICチップをつけており、居場所やデータがきちんと管理できます。また、開館時・閉館時の警備が心配です。そのため「いこっと」が閉館している時間帯は、開口部にシャッターの代わりとしてネットを張り、警備システムを作動させることで安全も保っています。

次々と新しい仕組みを取り入れていきますが、なかでも”どのスペースでも会話が可能”となったことは、図書館の既成概念をくつがえす取り組み。最初はやはり理解をしてもらうことが難しかったと振り返ります。

「『図書館は静かに過ごすものではないのか?』と叱られることもありました。その度に、ここは図書館ではなく、図書交流スペースであることを丁寧に説明していきました。誰でも初めは違和感があることだと思いますが、次第にそのような声も聞かなくなりました。会話が生まれていることを自然に感じてくださっているように思います」(水野さん)

従来の図書館より書棚を低くし、空間を広く開放的な視認を確保。さらに、分類も上空部に掲げてわかりやすく見やすいサインを採用している(写真撮影/片山貴博)

従来の図書館より書棚を低くし、空間を広く開放的な視認を確保。さらに、分類も上空部に掲げてわかりやすく見やすいサインを採用している(写真撮影/片山貴博)

年間購入費をかけて維持している充実した雑誌コーナー。「雑誌スポンサー制度」により企業や団体、個人等から雑誌の購読料を負担いただいている。雑誌カバーに公告、ラック下部にスポンサー名を掲載(写真撮影/片山貴博)

年間購入費をかけて維持している充実した雑誌コーナー。「雑誌スポンサー制度」により企業や団体、個人等から雑誌の購読料を負担いただいている。雑誌カバーに公告、ラック下部にスポンサー名を掲載(写真撮影/片山貴博)

移転に合わせて図書のセレクトの見直しも行いました。

「シニアの方から『文学作品が以前より少ない』とご指摘をいただくこともありますが、どの年代の人も本が楽しめる場所をつくりたいと思っています。子ども向けの書籍や、ティーン向けの書籍、市民から要望の多かった雑誌を大幅に増やしました」(水野さん)

より人が滲み出す場所を形成していきたい

「いこっと」の移転オープンから2年が経過し、今ではすっかり街の交流スペースとして馴染みつつあります。
午後3時を過ぎたころ、学校を終えた子どもたちが一気に「いこっと」へ飛び込んできます。目指すは文字探しラリー。館内の各所にあるキーワードを集めるために一生けんめいにかけ回ります。

「ねえねえ、やぎちゃん。今日はキーワードを教えてよ~!」と館長である八木 いづみさんのもとに飛び込んでくる子どもたち。

文字探しラリーのヒントを教える館長の八木さん。「いこっと」では大人と子どもの距離もフラット。気軽に声をかけてきます(写真撮影/片山貴博)

文字探しラリーのヒントを教える館長の八木さん。「いこっと」では大人と子どもの距離もフラット。気軽に声をかけてきます(写真撮影/片山貴博)

子どもたちにせがまれて、館内でヒントを探し歩く旅にも一緒する(写真撮影/片山貴博)

子どもたちにせがまれて、館内でヒントを探し歩く旅にも一緒する(写真撮影/片山貴博)

水野さんはこうした風景を「人が滲み出ている場所」と話します。ただ遊びに来ている場所、勉強しにくる場所、本を読む場所。なかには待ち合わせ場所として活用する人もいるのだとか。どれが正解でも良いのだそうです。
コロナ禍で開館し、訪れる人にも、イベントの開催にも制限があったこれまで。ここからは制限が解けたなかで、より交流するイベントを増やしていきたいそうです。

イベントに合わせて司書が作成した制作物。「こうしたらもっと面白くなるのではないか?」と司書たちがアイデアを持ち寄っているのだそう(写真提供/牧之原市)

イベントに合わせて司書が作成した制作物。「こうしたらもっと面白くなるのではないか?」と司書たちがアイデアを持ち寄っているのだそう(写真提供/牧之原市)

「”今まで図書館を使ったことがない”という人が足を延ばしやすいよう、図書のイベントとして、季節にまつわる行事を取り入れていきたいです。そして、街の財産である読み聞かせボランティアの方々にもこの場所をもっと活用してもらえたら嬉しいですね。挑戦したいことは山のようにあります」(水野さん)

そう水野さんが話す、「いこっと」の未来。移転したこの場所は、すでに街のランドマークとして馴染み、ハッピーな空気感がただよう場所として確立していました。

「いこっと」の職員たち。20代~60代と年代も幅が広い(写真撮影/片山貴博)

「いこっと」の職員たち。20代~60代と年代も幅が広い(写真撮影/片山貴博)

●取材協力
・牧之原市役所
・牧之原市図書交流館「いこっと」
・ミルキーウェイスクエア
・「いこっと」Instagram

制度の狭間で住宅支援から取り残される人をなくしたい。社会福祉協議会が不動産会社・NPOらとあらゆる手段で連携する菊川市の凄み 静岡県

静岡県菊川市では、既存の福祉制度の狭間にある人や複合的な問題を抱えた人たちへの支援策を検討する場として2011年から「セーフティネット支援ネットワーク会議」を設置し、さまざまな情報共有をしています。ここでは寄せられる相談一件いっけんに対し、連携する多くの機関と協働することで具体的な支援を可能としているそうです。

菊川市における、居住支援活動について、菊川市社会福祉協議会の堀川直樹(ほりかわ・なおき)さん・後藤瑞希(ごとう・みずき)さん・上村ユカ(かみむら・ゆか)さん・野崎恭子(のざき・きょうこ)さんに話を聞きました。

支援の多様化と、制度の狭間で支援の対象とならない人たち

高齢者、子育て世帯、低所得者、障がい者など、住居を確保することが難しい人たちの入居を促進するよう、2017年にセーフティネット住宅法が改正されました。そして住まい探しに困難を抱える人たちをサポートする居住支援法人の登録数が増え、「居住支援」という言葉も少しずつ認知されつつあります。

しかし、支援を必要としている人たちのうち、ただ住居問題だけで困っている人というのは実は少ないのです。
例えば、身体的に問題があるわけではないけれど引きこもりで働くことができなかったり、障がいのある外国人で家賃が払えなくなり、住むところがなくて困っていたり。複数の問題を抱えている場合や、困っているけれども、制度の対象から外れてしまって支援が受けられないという人もいます。

このような人たちに対して、どのような支援ができるのでしょうか。

複合的な問題を抱えている人や、制度の狭間にいる人を支援するにはどうすれば良いのか(画像提供/PIXTA)

複合的な問題を抱えている人や、制度の狭間にいる人を支援するにはどうすれば良いのか(画像提供/PIXTA)

菊川市の「セーフティネット支援ネットワーク会議」とは

この問題に一つの答えとなり得る支援を行っている自治体があります。

静岡県菊川市では、2011年から制度の狭間の問題や複合的な課題を抱えている事例を検討する場として「セーフティネット支援ネットワーク会議」(以下、ネットワーク会議)を設置しています。
菊川市社会福祉協議会(以下、菊川市社協または社協)が相談窓口となり、支援団体に繋ぐ体制をとっているものの、複雑な相談内容は、既存の制度に当てはめて解決できるものばかりではありません。

「福祉の支援をしていると、よく『制度の狭間の問題』にぶつかります。国土交通省や厚生労働省といったように分野別に制度ができているからです。そこで、ネットワーク会議で地域の福祉法人やNPOなどの各支援団体と問題を共有し、どう解決していくかを協議していくことが必要でした」(菊川市社協のみなさん、以下同)

多様化・複雑化・そして複合化する生活相談に、社協やそのほかの居住支援団体が単独で解決するのはとても難しいことだといえるでしょう。そして、これらの問題は決して個人やその家族だけの問題ではなく、地域全体の問題として捉え、市民・行政・支援団体が向き合っていく必要があると、菊川市社協は考えています。

菊川市の概況。人口の1/4ほどを65歳以上の高齢者で占め、人口に対する外国人の割合も高い。生活相談の内容も多岐にわたるが、その相談窓口となっているのが社会福祉協議会だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

菊川市の概況。人口の1/4ほどを65歳以上の高齢者で占め、人口に対する外国人の割合も高い。生活相談の内容も多岐にわたるが、その相談窓口となっているのが社会福祉協議会だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

ネットワーク会議には、菊川市の福祉団体が多く参加し、協働が実現しています。堀川さんいわく「信念をもって取り組む多くの福祉法人の存在と、支援団体が連携する場をつくっていくことが大事」だそうです。

「ネットワーク会議は現場で相談業務に関わる職員さんが集まって事例を共有していく会議ですが、それ以前にも、2008年ごろから『地域福祉研究会」という、ネットワーク会議の前身のような集まりがありました。

さまざまな福祉法人の代表者と菊川市の地域課題について話し合い、2010年に「菊川市における『地域福祉推進』への提言」として7つにまとめた提言を市長に対して行った経緯もあり、そのころから連携していく土壌ができ上がっていたといえます。課題を通して社協と法人が同じ方向を向けたのが体制としてうまくいった要因でしょう」

この言葉からも菊川市はほかの地域に先駆けて、かなり早い時期から協働で支援に取り組んでいたことが伺えます。

複雑化する相談をネットワーク会議の場で支援団体全員が認識し、それぞれ何ができるかを話し合い、役割を分担することで制度の狭間にいる人たちを継続的に支援する(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

複雑化する相談をネットワーク会議の場で支援団体全員が認識し、それぞれ何ができるかを話し合い、役割を分担することで制度の狭間にいる人たちを継続的に支援する(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

できることを分担すれば継続した「伴走型支援」も可能に

現在、ネットワーク会議で複合的な支援を提供するために経過を共有しているのは30数件ほど。これらの支援は、継続的に行っていく必要があるといいます。

「支援とは、一つ解決すれば終わりというものではありません。サポートがあって自立できている人は、支援が途切れたら社会との接点がなくなり、孤立してしまう恐れがあります。そういう人たちの存在を地域の皆さんと一緒に認識し、向き合っていくことが地域福祉につながっていくのではないでしょうか。支援を必要としているなら、できる限り全ての問題が解決するまで寄り添って見守っていこう、というのが菊川市社協の考えです」

現在、社協で居住支援にあたっているのは、堀川さんたち4人です。全ての支援を同時進行で続けていくとなると、担当者に負担がかかるのではないか、と心配になります。しかし堀川さんによると、一つの機関で支援するのではなく、いくつもの団体ができることを分担してサポートするので、困っていること、大変なことは支援団体みんなで対応にあたるそう。そのため、今のところ、どこか1カ所に負担がかかりすぎたり、支援の手が回らなかったりすることは起きていないとのこと。支援する側も「大変だから助けて!」と言える環境があるのです。

問題を共有することで、一つの団体に負担がかかりすぎることを回避できる。どうやって継続していくかを話し合うことも大事だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

問題を共有することで、一つの団体に負担がかかりすぎることを回避できる。どうやって継続していくかを話し合うことも大事だ(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

社会福祉協議会が居住支援法人に登録したわけ

社協としては全国でも珍しく、2021年に菊川市社協は居住支援法人に登録されました。居住支援法人となった経緯についても、複合的な課題を解決するための一つの手段だったといいます。

「菊川市の市営住宅に入居するには2名の身元保証人が必要です。そのため、これまでは身寄りのない人の入居は難しいと諦めていたのです。しかし、福岡市の社協に話を聞く機会があり、いろいろな団体を巻き込んだネットワークで居住支援を支えていることにとても共感できました。

そして任意後見制度などを活用しながら、居住支援法人として身元保証サポートや死後事務委任などの支援を提供できることを知り、登録に踏み切った次第です」

居住支援法人となったことで、これまで福祉関係の団体としか関わりのなかった社協が、市内の不動産会社と繋がりました。入居可能な物件がないかなどをざっくばらんに相談できるようになったことは大きな前進だったといえるでしょう。身元の保証や万一亡くなられたあとの手続きが事前に明確化されていることで民間の賃貸オーナーも身寄りのない人に部屋を貸すことのハードルは低くなります。

いろいろな相談を受けるなかで、特にここ3年で居住に関する問題に直面することが増えたという。居住支援法人に登録することは、それらの問題を解決するための手段だった(資料提供/菊川市社会福祉協議会)

いろいろな相談を受けるなかで、特にここ3年で居住に関する問題に直面することが増えたという。居住支援法人に登録することは、それらの問題を解決するための手段だった(資料提供/菊川市社会福祉協議会)

「居住支援」という言葉を知ってもらうことからのスタート

しかし、最初から不動産会社と良好な協力関係が築けたわけではありません。2021年に居住支援法人に指定されてから市内の不動産会社を回り、アンケートを実施したところ「居住支援法人を知っていますか」という問いに対し「知っている」という回答はなんとゼロだったとか。まずは居住支援について知ってもらうところから始めました。その甲斐あってか、この2年で市内の不動産会社7社のうち、地元の会社を中心に5社が協力してくれるまでに。

「最初に訪問した時から比べると関係性もできてきて、こちらからの相談はもちろん、不動産会社の方も困ったことがあれば社協に相談してくれます。また直接不動産会社に相談に行った人で居住支援が必要な場合は社協に繋がるルートができていますね」

結果、居住支援法人として2022年度に社協が受けた相談は1年間で292件にのぼりました。

「今では、『菊川市の住まいの相談なら社協が乗ってくれる』とみなさんに認識していただいている感触があります。ご本人だけでなく地域包括支援センターや障がいのある方の支援事業所、民生委員さんなどが社協に繋いでくださっています」

まずは知ってもらうことから。居住支援法人となった菊川市社協は支援内容をわかりやすく伝えるチラシやホームページをつくって市内の不動産会社やオーナーに理解を促した(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

まずは知ってもらうことから。居住支援法人となった菊川市社協は支援内容をわかりやすく伝えるチラシやホームページをつくって市内の不動産会社やオーナーに理解を促した(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

菊川市の伴走型支援のこれから

そして、2023年には菊川市にも居住支援協議会が発足。居住支援協議会とは、住まい探しに配慮が必要な人たちを支援する団体が連携して、より円滑な入居を可能にしていくための組織です。市内の協力不動産会社5社のほか、福祉医療関係団体や市の関係部署も参加して、居住支援に関わる勉強会を開催しています。

参加者へのアンケートで「菊川市社会福祉協議会が居住支援法人となり、居住支援の取組みを始めたことで協議会参加者が解決した問題や助かったことがあるか?」との問いには、約6割の人が「はい」と回答しています。

「地域の中でいろいろな支援機関が見守りの網を張って、入居中も孤立しそうな人たちがSOSを発したときにすぐに対応できる体制を整えておくことが、取り組みの目的です」と話す堀川さん。

入居前の相談だけではなく、入居後も生活に困難を抱える人たちが孤立しないよう取り組みを続ける(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

入居前の相談だけではなく、入居後も生活に困難を抱える人たちが孤立しないよう取り組みを続ける(画像提供/菊川市社会福祉協議会)

今は、「施設ではなくて地域の中で共同生活をしたい」と話す障害のある人の人生の夢を叶えるため、不動産会社や支援団体と連携を取りながら、どのような応援ができるかを探っている最中とのこと。
少しずつ、そして確実に、居住支援法人としての社協の存在が浸透していっているようです。

いくつもの要因が重なった複雑な問題や制度の狭間にいる人たちを、一つの支援団体だけで支援するのではなく、みんなで認識し共有する仕組みが、菊川市の問題が解決するまで寄り添う伴走型支援を継続可能にしているポイントでしょう。
制度に人を当てはめるのではなく、一人ひとりにどう寄り添うか、そのためにはどうすれば良いか。当たり前のことのようですが、これこそが本来のあるべき支援の姿なのだと感じました。

●取材協力
社会福祉法人・菊川市社会福祉協議会

伊豆下田の絶景・名店6選で移住気分。地元写真家が推す“日常の贅沢”を追体験

5年前に東京から静岡県・下田に移住したカメラマンの津留崎徹花です。
私が住んでいる下田は美しい海や山、温泉にも恵まれているため観光地として人気の場所です。
もちろん旅行でもその魅力に触れていただけるのですが、住んでいるからこそ味わえることもたくさんあります。
たとえば温泉や海水浴、おいしい海の幸山の幸も特別なものではなく、ごく当たり前の日常となるのです。
なんてことない日常のなかで目にする夕暮れ時の海。
そうした自然の美しさに触れると「これが本当の贅沢なのではないか」と感じます。

今回「じゃらんニュース」と「SUUMOジャーナル」の合同で、
「じゃらんニュース」では下田観光をする場合のモデルコースを、「SUUMOジャーナル」では下田に住んだらこんな暮らし方ができるというおすすめ情報を掲載しています。
タイムスケジュールに沿ってご紹介していますので、参考にしていただけたらと思います(撮影は5月です)。

AM5:30 爪木崎自然公園(静岡県下田市須崎)

絶景スポットで、海から昇る朝日を拝む。

 駐車場のすぐ横にある芝生の広場から、こんな絶景を眺めることができます(写真撮影/津留崎徹花)

駐車場のすぐ横にある芝生の広場から、こんな絶景を眺めることができます(写真撮影/津留崎徹花)

下田に住んでいるとふとした時に、「あぁ、本当にきれいだ…」とため息が出るような景色に出会います。
快晴の日に車を運転していると、輝く海の美しさにハッとしたり。
買い物の帰りに、夕日を浴びて真っ赤に染まりゆく広々とした空を眺められたり。
そして、一日の始まりにちょっとだけ早起きをして、近くの海で朝日が上るのを見ることだってできるのです。

私のお気に入りの場所は、須崎半島の突端に位置する爪木崎。
水仙祭りや柱状節理で有名な景勝地なのですが、日の出もまた想像以上に素晴らしいのです。
わざわざ遠出をしなくても、日常のなかに絶景が広がっている。
これは下田で暮らしているからこその豊かさだと感じます。

爪木埼の灯台と朝日を眺める(写真撮影/津留崎徹花)

爪木崎の灯台と朝日を眺める(写真撮影/津留崎徹花)

早起きは三文の徳、ぜひこの景色を堪能してください(写真撮影/津留崎徹花)

早起きは三文の徳、ぜひこの景色を堪能してください(写真撮影/津留崎徹花)

晴れた日には、ハッとするような美しいブルーが広がります(写真撮影/津留崎徹花)

晴れた日には、ハッとするような美しいブルーが広がります(写真撮影/津留崎徹花)

AM10:00 農産物直売所・旬の里(静岡県下田市河内)

朝どれのみずみずしい地場野菜が並ぶ、おすすめ直売所!

柑橘天国、伊豆下田。なかでもこの「旬の里」は、一年を通して常に柑橘を購入できるお店です(写真撮影/津留崎徹花)

柑橘天国、伊豆下田。なかでもこの「旬の里」は、一年を通して常に柑橘を購入できるお店です(写真撮影/津留崎徹花)

下田といえばおいしい魚のイメージがあるかと思うのですが、実は海の幸だけではなく山の幸にも恵まれています。
「旬の里」はその名の通り、旬の山菜や野菜などがずらりと並ぶ人気の直売所です。
生産者さんがその日に採れたものを直接お店におろしているので、新鮮そのもの。
春になるとタケノコや山菜が並び、夏にはトマトが棚いっぱいに並びます。
秋にはツヤツヤのナスや栗、冬にはどっかりとした白菜や大根が鎮座。
朝採れたばかりの地物野菜を持ち帰り、その日のうちに味わう。
そうして「またこの季節が巡ってきたのか」と、四季の移ろいを感じるのは下田暮らしの楽しみのひとつです。

早朝、地元の生産者さんが次々と採れたばかりの野菜や果物を納品。みずみずしくおいしい地物をいただけるのは本当にありがたいです(写真撮影/津留崎徹花)

早朝、地元の生産者さんが次々と採れたばかりの野菜や果物を納品。みずみずしくおいしい地物をいただけるのは本当にありがたいです(写真撮影/津留崎徹花)

野菜だけではなく、地元の方が手作りしたパンやお惣菜、漬物などもそろっています(写真撮影/津留崎徹花)

野菜だけではなく、地元の方が手作りしたパンやお惣菜、漬物なども揃っています(写真撮影/津留崎徹花)

夏にはこんな立派なスイカもずらり、お値段もとてもリーズナブルです(写真撮影/津留崎徹花)

夏にはこんな立派なスイカもずらり、お値段もとてもリーズナブルです(写真撮影/津留崎徹花)

PM12:00 FermenCo.(静岡県下田市吉佐美)

注目店!海を見ながらピザを頬張る、極上のひととき。

キリッと冷えたナチュラルワインと香ばしいマルゲリータ、最高です(写真撮影/津留崎徹花)

キリッと冷えたナチュラルワインと香ばしいマルゲリータ、最高です(写真撮影/津留崎徹花)

白い砂浜と透明度抜群の美しい海が広がる入田浜は、地元でも人気のビーチ。
その入田浜の目の前に、昨年「FermenCo.」フェルメンコというピザ屋がオープンしました。
絶好のロケーションもさることながら、とにかくこちらのピザがとてもおいしいのです。
「FermenCo.」の大きな特徴でもあるのがピザの生地。
小麦粉と水だけで起こすサワードウという自家製発酵種を使い、長時間かけてじっくりと発酵させています。
さっぱりとしたなかに小麦本来の甘みが感じられるのが、サワードウならではの優しい味わい。
店内に響く心地のよい音楽、目の前には青い海、そしてナチュラルワインを傾けながらおいしいサワードウピザを楽しむ。
贅沢すぎる時間を、ぜひ。

入田浜がすぐ目の前に。シンプルで洗練された店内の雰囲気も心地よく、つい長居してしまいます(写真撮影/津留崎徹花)

入田浜がすぐ目の前に。シンプルで洗練された店内の雰囲気も心地よく、つい長居してしまいます(写真撮影/津留崎徹花)

イタリアから仕入れたこだわりのピザ窯。400度以上にもなる高温の窯で焼きあげたピザは、ふっくらとした食感と炭火の香ばしさが楽しめます(写真撮影/津留崎徹花)

イタリアから仕入れたこだわりのピザ窯。400度以上にもなる高温の窯で焼きあげたピザは、ふっくらとした食感と炭火の香ばしさが楽しめます(写真撮影/津留崎徹花)

モッツァレラチーズやマッシュルーム、卵などがトッピングされたビスマルクもおすすめです。トリュフオイルの香りが独特のアクセントに(写真撮影/津留崎徹花)

モッツァレラチーズやマッシュルーム、卵などがトッピングされたビスマルクもおすすめです。トリュフオイルの香りが独特のアクセントに(写真撮影/津留崎徹花)

PM15:00 鈴与鮮魚店(静岡県下田市一丁目)

キンメだけじゃない、下田のおいしい地魚を食べるなら迷わずこのお店へ!

夕方になると地元の常連さんがお刺身を買いにくるのをよく見かけます。わが家もお刺身を買うならここ、と決めているのです(写真撮影/津留崎徹花)

夕方になると地元の常連さんがお刺身を買いにくるのをよく見かけます。わが家もお刺身を買うならここ、と決めているのです(写真撮影/津留崎徹花)

下田といえば金目鯛が有名ですが、そのほかにも四季折々のおいしい地魚がたくさんあります。
鈴与鮮魚店さんの店先に並ぶ魚は、そのほとんどが地元であがった天然ものの良質な魚。
「売ればいいってもんじゃないんだよね、いいものを仕入れないと意味がないから」と話すのは店主の鈴木さん。
そうしたこだわりは、一口味わってみれば納得がいきます。
魚の臭みなどみじんなく、うま味だけがすっと身体に染み込んでいく感覚。
こだわりがあるからこそ、時には店先の魚が乏しくなることも。

「海が荒れれば魚は上がらない、自然相手だからいい日もあれば悪い日もあるんだよ。」とご主人。
冷凍や養殖ものを扱えば、天候に左右されずに商売ができます。
けれど、地元で上がった天然の魚を一番おいしい旬の時期に提供したいというのがご主人の姿勢。
魚の種類によっては仕入れてから一晩寝かせ、翌日身が緩んだらようやく骨を抜く。さらにもう一日寝かせてから店先で販売するのだそう。そうして一番おいしいタイミングでお客さんに提供するのです。

「今日はお魚が並んでいるかな?」そんな風に魚を買いにいくのも、下田暮らしの楽しみのひとつです。

仕入れた魚を丁寧に処理するご主人(写真撮影/津留崎徹花)

仕入れた魚を丁寧に処理するご主人(写真撮影/津留崎徹花)

店先に並んでいる魚は身が引き締まっていて、とにかく美しい。この日に並んでいたのは色鮮やかな地金目鯛や高級魚のオオモンハタ、芭蕉イカ(あおりイカ)など(写真撮影/津留崎徹花)

店先に並んでいる魚は身が引き締まっていて、とにかく美しい。この日に並んでいたのは色鮮やかな地金目鯛や高級魚のオオモンハタ、芭蕉イカ(あおりイカ)など(写真撮影/津留崎徹花)

お刺身の盛り合わせの一例(写真撮影/津留崎徹花)

お刺身の盛り合わせの一例(写真撮影/津留崎徹花)

PM17:00 下田ビューホテル(静岡県下田市柿崎)

外浦海岸を一望!日帰り入浴ができる絶景温泉。

ジャグジー付きの内風呂からも海が一望できます(写真撮影/津留崎徹花)

ジャグジー付きの内風呂からも海が一望できます(写真撮影/津留崎徹花)

東京で暮らしていた頃は、長期休暇を利用して温泉旅行へ出かけていました。
けれど今は、温泉地としても人気のある下田に住んでいます。
つまり、「あぁ、疲れた~」というときにすぐ温泉につかることができるのです。
家族で近くの温泉宿に宿泊することもあるのですが、ひとりでふらっと日帰り入浴に行くことも多々あります。
なかでもお気に入りの日帰り入浴が下田ビューホテル。
昭和47年に開業した下田ビューホテルは、クラシカルな雰囲気がとても素敵で、お風呂は内風呂と露天風呂があり、美しい外浦海岸を一望することができる絶景温泉なのです。
青い海を眺めながらゆっくり入浴していると、一日の疲れがしだいに解けていきます。
特別な旅行ではなく、日常に温泉があるという暮らし方はとても心地のよいものです。
(新型コロナウィルス拡大防止のため、現在下田市在住の方のみ日帰り入浴が可能です。)

お風呂は男女ともに露天風呂と内風呂があります(時間帯によって入れ替え制)(写真撮影/津留崎徹花)

お風呂は男女ともに露天風呂と内風呂があります(時間帯によって入れ替え制)(写真撮影/津留崎徹花)

ラウンジでのランチを予約すると無料で温泉が利用できます。メニューは和定食や海鮮丼などで2500円(税込)(ランチは要事前予約、2名様より予約可能)(写真撮影/津留崎徹花)

ラウンジでのランチを予約すると無料で温泉が利用できます。メニューは和定食や海鮮丼などで2500円(税込)(ランチは要事前予約、2名様より予約可能)(写真撮影/津留崎徹花)

こちらは客室からの眺め。日帰り入浴だけではなく、宿泊してのんびりするのもおすすめです(写真撮影/津留崎徹花)

こちらは客室からの眺め。日帰り入浴だけではなく、宿泊してのんびりするのもおすすめです(写真撮影/津留崎徹花)

PM18:00 外浦海水浴場(静岡県下田市外浦)

仕事が終わったら、さあビール片手に海へ行こう!

ふじのくに限定「静岡麦酒」で乾杯!(写真撮影/津留崎徹花)

ふじのくに限定「静岡麦酒」で乾杯!(写真撮影/津留崎徹花)

「今日もよく頑張った…という仕事終わり、飲みにいく?どこに?近所の海に!」
という贅沢なことができてしまうのが下田暮らしの良いところです。

私が夕暮れどきによく足を運ぶのは、外浦海水浴場。
下田には9つの海水浴場があるのですが、なかでも波が穏やかなのがこの外浦海水浴場です。
夏になると小さい子ども連れの海水浴客でひしめき合う人気のスポットなのですが、人けのなくなる夕方になると、ちょうど夕日が海の方向へ差し込みます。
波のない静かな海が真っ青に色づき、そして空はピンク色に染まっていく。
なんとも美しい色合いの景色を眺めながら、冷えた缶ビールで乾杯。
一日頑張った自分への最高のご褒美です。

こんな景色が家のすぐそばで見られるなんて、これほど贅沢なことはないです(写真撮影/津留崎徹花)

こんな景色が家のすぐそばで見られるなんて、これほど贅沢なことはないです(写真撮影/津留崎徹花)

晴れた日中もまた、素晴らしい景色が広がります(写真撮影/津留崎徹花)

晴れた日中もまた、素晴らしい景色が広がります(写真撮影/津留崎徹花)

下田で暮らし始めてから5年が経ちます。東京に住んでいたときには渋滞に巻き込まれながら旅行に出かけていました。けれど今はちょっと休息をしたければすぐ目の前に海や温泉がある、贅沢な環境だとつくづく思います。
そして、時が経てば経つほど下田の魅力を感じています。豊かで美しい自然、そうした自然を生かしながら寄り添って暮らしてきた地元の方々の知恵には、学ぶことがとても多いと感じる日々です。
今回の記事をきっかけに下田に興味を持ってくださったらとても嬉しいです。ぜひ一度、下田に足を運んでください。

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●紹介スポット
爪木崎自然公園
[住所]静岡県下田市須崎
[営業時間・定休日・料金]散策自由
[アクセス]伊豆急下田駅より約15分
伊豆急下田駅よりバス「爪木崎」行き 爪木崎下車
[駐車場]あり(500円)
「爪木崎自然公園」の詳細はこちら(爪木崎)

農産物直売所・旬の里
[電話] 0558-27-1488
[住所]静岡県下田市河内281-9
[営業時間]8:30~17:00
[定休日]なし/年末年始のみ休業(12/31~1/3)
[アクセス]【電車】伊豆急蓮台寺駅から徒歩5分
【車】伊豆急下田駅から国道414号松崎方面に向かい車で約5分
[駐車場]あり(無料)
「農産物直売所・旬の里」の詳細はこちら

FermenCo. フェルメンコ
[電話]0558-36-3643
[住所] 静岡県下田市吉佐美348-37
[営業時間11:00-14:30
[定休日]月・火曜日
[料金]ピザ1300円~
マルゲリータ1500円
ビスマルク1900円
ナチュラルハウスワイン グラス600円
[アクセス]【電車】伊豆急下田駅より車で10分
【車】(東京方面より)新東名長泉沼津ICより伊豆縦貫道を通り、下田方面へ約1時間半
[駐車場]入田浜海水浴場の駐車場を利用(夏季期間有料)
「FermenCo.」の詳細はこちら

鈴与鮮魚店
[TEL]0558-22-0458
[住所]静岡県下田市一丁目14−47
[営業時間]11:00~17:00
[定休日]毎週水曜日・月末だけ水・木曜日
[アクセス]伊豆急下田駅から徒歩約3分
[駐車場]なし

下田ビューホテル
[電話]0558-22-6600
[住所]静岡県下田市柿崎633
[営業時間]日帰り入浴 11:00-14:00
[定休日]繁忙期は日帰り入浴の受け入れなし
[料金]1500円(ランチ2500円)
[アクセス]
【電車】JR特急踊り子号で伊豆急行の伊豆急下田駅へ。 伊豆急下田駅より車で6分。送迎あり。
【車】
<東京方面から>
東名高速道路を名古屋方面~東名厚木IC~小田原厚木道路~石橋ICから国道135号で白浜へ
<名古屋方面から>
東名高速道路を東京方面~新東名・長泉沼津IC~〔東駿河湾環状道(有料)~伊豆中央道(有料)~修善寺道(有料)〕~国道136号、国道414号から国道135号で白浜へ
※新東名長泉沼津ICから約1時間35分
[駐車場]あり(80台無料)
「下田ビューホテル」の詳細はこちら

外浦海水浴場
[住所]下田市外浦
[営業時間・定休日・料金]散策自由
[アクセス] 伊豆急下田駅より約7分
[駐車場]あり(夏季期間有料)
「外浦海水浴場」の詳細はこちら

南海トラフ地震の津波対策へ地元企業が300億円の寄付。10年かけ全長17.5kmの防波堤ができるまで 静岡県浜松市

内閣府が実施した南海トラフ巨大地震の被害想定によると、全国のなかで甚大な被害が予測される都市の1つである静岡県浜松市。2012年、地元を創業の地とするハウスメーカーが、地震による津波対策のために300億円を寄付したことが話題に。2020年に全長17.5kmに及ぶ防潮堤が竣工しました。民間の寄付金をきっかけにはじまった全国初のプロジェクトが地域にもたらしたものとは。地震による津波対策の先進事例を、プロジェクトに携わった静岡県浜松土木事務所に取材しました。

南海トラフ巨大地震により、浜松市だけで約1万6千人の死者が予想されていた浜松市中心部にあるアクトシタワーと馬込川(画像/PIXTA)

浜松市中心部にあるアクトシタワーと馬込川(画像/PIXTA)

2011年に起きた東日本大震災は、東北地方を中心に、太平洋沿岸の広範な地域に甚大な被害を与え、約1万5900人の死者(2022年3月警察庁発表)を出しました。特に、大きな被害をもたらしたのは、それまでの想定を大幅に上まわる巨大な津波でした。これを受けて、大震災による津波対策の見直しやいっそうの強化が急務になったのです。

津波対策について、東日本大震災以前と大きく変わったポイントは、津波の想定レベルの設定です。

中央防災会議では、今後の津波対策を構築するにあたり、基本的に2つのレベルの津波を想定しています。レベル1は、発生頻度は高く、津波高は低いものの大きな被害をもたらす津波、レベル2は、発生頻度は極めて低いものの、発生すれば甚大な被害をもたらす津波 (東日本大震災クラス相当)です。

レベル1については、津波を防ぐ施設高の確保など海岸保全施設整備等のハード対策によって津波による被害をできるだけ軽減。それを超えるレベル2の津波に対しては、ハザードマップの整備など、避難することを中心とするソフト対策を重視する方針です。

静岡県では、東日本大震災の直後から津波対策の総点検を行い、2011年9月、新たな行動計画として「ふじのくに津波対策アクションプログラム(短期対策編)」を取りまとめていました。同年12月、津波防災地域づくり法が成立。2012年に、内閣府から南海トラフの巨大地震モデルが提示されました。

南海トラフ巨大地震では、関東から九州の広い範囲で強い揺れと高い津波が発生すると想定されています。静岡県では、『第4次地震被害想定策定会議』を設置し、新たな地震被害想定を実施。2013年6月と11月に報告を公表。その結果、静岡県特有の課題が明らかになったのです。

シミュレーションでは、防潮堤と水門により宅地浸水深2m以上の範囲を98%低減することが期待できる(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

シミュレーションでは、防潮堤と水門により宅地浸水深2m以上の範囲を98%低減することが期待できる(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

静岡県浜松土木事務所 沿岸整備課長 石田安秀さんはこう話します。
「浜松市は津波の到達時間が短く、多くの人口・資産が集中する低平地において広範囲に大きな被害が想定されました。静岡県の南海トラフ巨大地震の津波による想定死者数は、全国で最も多い9万6000人(2013年時点予測)でした。特に低平地が広がる浜松市は、沿岸部に人口が集中し、工場など働く場所もあります。津波による浸水面積は約4200ha、最大津波高さは14.9m、家屋の流失は約2600棟。地震発生から津波が海岸に到達する時間は、わずか約15分です。東日本大震災の東北エリアの場合で40~60分ありましたから、十数分では、避難時間が確保できません。浜松市だけで約1万6000人もの命が失われると想定されたのです」

浜松市沿岸部。海岸近くに人・家・工場が集中。国道1号線が海沿いを走っている(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

浜松市沿岸部。海岸近くに人・家・工場が集中。国道1号線が海沿いを走っている(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

天竜川河口から浜名湖今切口までの17.5kmが整備区域に指定された(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

天竜川河口から浜名湖今切口までの17.5kmが整備区域に指定された(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

一条工務店グループの寄付により全国にない防潮堤整備が始動。「何としても命を守る」

国の指針では、レベル1の津波をしっかり防ぐことを目標に補助金を使った防潮堤の整備や、避難施設の整備が全国で進められています。浜松市では、レベル1を防ぐための防潮堤はすでに整備されており、地域の課題となるのは、レベル2の津波対策です。国は、ハザードマップなどを整備して避難するソフト面での対策を重視していました。

「地域特性から、ソフト面の対策のみでは、沿岸域の住民の命を守ることは多くの困難が伴うと考えていましたが、レベル1を超える津波を防ぐための防潮堤工事には、前例のない規模の整備費用を地元だけで捻出する必要があり、整備ができない状況でした」

ターニングポイントは、一条工務店グループからの300億円の寄付でした。「創業の地である浜松市の多くの命、財産を津波から守ってほしい」と多額な寄付を県に申し出たのです。

2012年6月に、一条工務店グループ、静岡県、浜松市で「三者基本合意」を締結。一条工務店グループは300億円の寄付、県は浜松市沿岸域の防潮堤整備、浜松市は必要な土砂の確保と市民への理解促進を行うことが合意されました。2012年9月に浜松市沿岸域防潮堤整備事業に着手。レベル1を超える大津波に備える、全国初のプロジェクトがはじまりました。

一条工務店グループは、静岡県に防潮堤整備に用いる費用として300億円を寄付。静岡県、浜松市と「三者基本合意」を結んだ(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

一条工務店グループは、静岡県に防潮堤整備に用いる費用として300億円を寄付。静岡県、浜松市と「三者基本合意」を結んだ(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

目標としたのは、「想定最大津波に対しても命を守る減災効果を得る」こと。

「どんなに備えても想定以上の震災が生じる可能性は残り、レベル2以上の津波が来た場合、防ぎきることはできないだろうと言われています。レベル1を超える津波への対策の基本方針は、『減災』です。減災とは、人命を守りつつ、被害をできる限り軽減すること。最優先は、避難するまでの時間を稼ぐこと。次に、家屋の流失を防ぐのが防潮堤の役割です」

レベル2の津波が発生すると想定される南海トラフ巨大地震に対して、防潮堤と馬込川河口の水門で、既存防潮堤で防ぎきれないレベル1以上の津波から街を守る計画です。浸水深2m以上が、木造家屋が倒壊する目安とされています。減災効果をシミュレーションして整備規模を決定し、限られた事業費の中で最大限の減災効果が得られるように設計されました。

宅地の浸水シミュレーションでは、整備前の浸水深2m未満と以上をあわせた1464haが、整備をすることで、280haまで減災できると見込まれた(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

宅地の浸水シミュレーションでは、整備前の浸水深2m未満と以上をあわせた1464haが、整備をすることで、280haまで減災できると見込まれた(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

静岡県・浜松市・市民が一体となった「オール浜松」で整備が進む

これほど大規模な防潮堤を短期間でつくりあげる事業は、全国的に前例がありません。県・市・一条工務店グループは、検討会議を重ねるとともに、地元自治会の要望や意見を反映するため推進協議会を立ち上げ、浜松商工会議所と連携し、横断幕やロゴマーク等を作成。地域と連携しながら一般市民に理解を求めていきます。工事には地元の建設会社が広く参画できるようにすることも決まりました。

民間企業の寄付ではじまった大津波から街を守るプロジェクト。その後、「自分の街を守りたい」という思いが市民に広がり、大きなうねりとなって、「オール浜松」運動へつながっていきました。静岡県・浜松市・市民が一体となり、プロジェクトを推進する運動です。この運動により、市民や民間企業の寄付を募ったところ、浜松商工会議所、自治会連合会、市民団体から、約13億円もの寄付が集まったのです。

「2014年から本格的にはじまった工事で、最も気を使ったのは、土砂の運搬です。工事には防潮堤に使う大量の土砂が必要です。運搬した土砂は、山一つ分に相当する200万平米に及びました。それをダンプトラックが工事現場へ運びます。騒音や交通規制などで日常生活に影響が生じるため、周辺住民には丁寧に説明をして理解していただきながら慎重に進めました。問題があっても『どうしたら実現できるか』を考えながら、市民が苦労を分かち合ってくれました」

浜松市内の阿蘇山からダンプトラックに土砂を載せ、市街地を通って工事現場へ運搬した(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

浜松市内の阿蘇山からダンプトラックに土砂を載せ、市街地を通って工事現場へ運搬した(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

土砂とセメントと水を混ぜて製造したCSGを、ブルドーザで均一にならしているところ(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

土砂とセメントと水を混ぜて製造したCSGを、ブルドーザで均一にならしているところ(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

宅地の浸水面積8割減、浸水深2m以上の範囲は98%少なくなった

2020年3月、8年に及ぶ工事を終えて、浜松市沿岸域防潮堤がついに竣工しました。防潮堤の中心には、ダム技術により開発された土砂よりも強度があるCSGを使用。区間により異なりますが、その両側を土砂やコンクリートで覆い、強化した構造です。高さは標高13~15m、CSGを覆う両側の盛土等を含んだ堤防の幅は約30~60mで、17.5kmに及びます。

既存堤防とさざんか通りの間に新設された防潮堤(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

既存堤防とさざんか通りの間に新設された防潮堤(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

防潮堤により市街地を津波から守ることができる(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

防潮堤により市街地を津波から守ることができる(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

CSGの両側を土砂で覆ってから海岸防災林を再生(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

CSGの両側を土砂で覆ってから海岸防災林を再生(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

防潮堤に、今後整備される馬込川河口津波対策の水門を加えた効果として、宅地の浸水面積は約8割少なく、宅地の浸水深さ2m以上の範囲は98%低減することが期待できます。

「防潮堤は津波をすべて防げるものではなく、避難することが前提ですが、津波の到達時間が長くなることで、安全な場所に避難するための時間をかせぐことができます」

「オール浜松」による事業の推進や減災効果に重点を置いた防潮堤の整備など今回の防潮堤事業に関する一連の手法は「浜松モデル」と言われ、「静岡モデル」として地域の特性に合った津波対策を提唱するきっかけになりました。現在は、県内の沿岸21市町のうち8市町で実施されています。防潮堤の建設期間中、3万人を超える人が、日本全国や海外から視察に訪れました。

浜松まつりでは、防潮堤の上から凧揚げを観覧している(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

浜松まつりでは、防潮堤の上から凧揚げを観覧している(画像提供/静岡県浜松土木事務所)

「今回の事例は、公共事業のクラウドファンディングとも言えますね。私財を投じた津波対策の昔の事例に、和歌山県広川町の『稲村の火』や広村堤防などがあります。今回の事例が、事業や制度に限界があるときに、企業や市民の参加や寄付によって街の防災が進展するきっかけになればと思っています」

浜松市沿岸域防潮堤は、市民から親しみを込めて「一条堤」と呼ばれているそうです。堤防の上部は道路になっていて、犬の散歩や浜松まつりの凧上げを見に訪れる人も。今も、水門工事が着々と進められています。国による公助、自治体による共助に加えて、自らが考えて行動する自助がさらに安心なまちづくりにつながると感じました。

●取材協力
・静岡県浜松土木事務所

人気落語家・柳家花緑が二拠点生活をはじめた理由。窓一面に富士山の見えるお気に入りの空間

筆者は落語や歌舞伎が趣味なので、たびたび劇場や寄席を訪れている。好きな落語家の一人が、人間国宝五代目柳家小さんを祖父に持つ「柳家花緑」師匠だ。
YouTubeの「柳家花緑チャンネル」を正月に見ていて、花緑師匠が二拠点生活を始めたことを知った。落語会で全国を飛び回る落語家が二拠点生活とは意外な気がするが、なぜその決断をしたのだろう。

寄席に落語会、全国を飛び回る落語家がなぜ?

人気落語家・柳家花緑が二拠点生活を実践する“デュアラー”になった!

早速取材を申し込んで快諾いただいてから、実現するまでに時間がかかってしまった。新型コロナウイルスの影響だ。それでも、2度目の「緊急事態宣言」解除後、東京の「まん延防止等重点措置」が適用される前に、取材に伺うことができた。

花緑師匠は現在、母親が暮らす目白の実家(師匠で祖父の五代目柳家小さんの家)近くの賃貸住宅を1拠点目とし、静岡県内の富士山の麓に2拠点目を構えている。その2拠点目に取材に伺った。

お宅に入ると、花緑師匠が気さくに迎えてくれた。このシーン、どこかで見たことがあると思ったら、三鷹市の古民家で開催される「井心亭寄席」で見慣れたシーンだと思い当たった。落語会が終わると壁にその日の落語の演目が貼られるのだが、花緑師匠はその横の窓から顔を出して、観客が演目を撮影する際に一緒に写るというサービスをしてくれる。筆者が知る限り、最もフレンドリーな落語家さんだ。

玄関ホール横の壁の穴から取材陣を笑顔で迎える花緑師匠(撮影:片山貴博)

玄関ホール横の壁の穴から取材陣を笑顔で迎える花緑師匠(撮影:片山貴博)

定席の寄席は都内に4カ所(浅草、上野、池袋、新宿)あるが、いずれも都心にある。名前の知られた落語家は全国の落語会にも呼ばれるので、首都圏内や地方への移動が多い。都心部に拠点を構えて移動するのが効率的、というのが一般的な考え方だろう。

「それではなぜ、二拠点居住をするのか?」この疑問を花緑師匠にぶつけてみた。ところが「当初は二拠点の生活を考えていなかった」と、予想に反した答えが返ってきた。

二拠点生活のきっかけ、実は「家を建てたかった」から

花緑師匠は2014年に「無印良品の家」の仕事で、倉敷の無印良品の施工事例を取材した。すると、すっかりその家が気に入ってしまい、「家を建てたい」と思うようになった。それからは、無印良品の家シリーズや他のハウスメーカーの家を見て回り、最終的に倉敷で見た「窓の家」を建てようと決断したという。

「妻にとっては裏切り行為です。10年前に結婚したときには、生涯賃貸で暮らそうねと話し合っていたのに、いきなり家を建てたいと言い出したんですから」と花緑師匠。それほど建てたいと思った家だが、目白で土地を探すと土地代だけで何億にもなる。かといって、狭い土地に小さな家を建てたいわけではない。実家である小さんの家は剣道の道場があるほど広かったので、家は広いものという感覚がある。それに、弟子を10人抱える花緑師匠には、一門が集まれる広い家が必要、という落語家ならではの事情もあった。

インタビュー中の花緑師匠。話が止まらないことでも有名(撮影:片山貴博)

インタビュー中の花緑師匠。話が止まらないことでも有名(撮影:片山貴博)

解決策が見いだせないまま、5年ほどたった。そんなときに、花緑師匠は、以前から関心のあったスピリチュアルで世界的に有名な方に相談する機会を得た。将来の家について「建っているのは、木々が多いところ。人はあまり通らない。都心へのアクセスはよい」というサジェスチョンを聞いて、「都心にこだわらなくてよいのだ」と気づいたという。

となると、どこに家を建てるか。思いついたのが、自身のTwitterに写真を何枚もアップするほど「富士山が好きだ」ということ。飲む水も、富士山の水を選んでいた。そんなときに静岡県の落語会で、富士山の麓には湧き水が豊富にあると聞いた。水道水が富士山の地下水という自治体もあるほどだという。花緑師匠は俄然、富士山の麓に興味を持ち、静岡県に住む知人にあちこち案内してもらったりした。そして今の場所にたどり着いたのだ。

家のテラスからは美しい富士山が見える(写真提供/柳家花緑師匠)

家のテラスからは美しい富士山が見える(写真提供/柳家花緑師匠)

二拠点居住に、初め妻は反対だった

妻の承諾は得られたのだろうか?「私は、実際に設計図ができるまで、反対していました」と花緑師匠の妻。それまでの花緑師匠は、「休みの日があると罪悪感にかられる」ほどワーカーホリックだった。休みもないのに、離れた場所に家を建てて、実際に行く機会があるのかと懸念したからだ。

ほかにも心配の種はあった。東京で生まれ育った花緑師匠に、田舎暮らしができるのか。行き来するための移動手段はどうするのか。妻は生活に根差したことを考えて、安易に賛成できなかったが、設計図ができた段階で、諦めて腹をくくったという。

花緑師匠も初めは、東京と同じ暮らしをイメージしていたので、駅からバスで行けばいいと思っていた。しかし、妻の心配を聞き、買い物のことなどを考えるとそうもいかないと思い直し、ペーパードライバー教習を受けるなどして車の運転をするようになった。

そして念願の家は2019年に竣工し、ようやく二拠点生活を始めることになったのだが、そこへ新型コロナウイルスが襲撃した。

花緑師匠の担当マネージャーは「コロナ禍だからこそ、二拠点生活ができてよかったと思います」と語る。最初の緊急事態宣言では、寄席や落語会がほぼ中止になった。今も以前より落語会が開かれる数は減っている。仕事が激減して精神的につらい時期に、東京から離れて豊かな自然の中で生活できたことが、心身ともによかったというのだ。しかも、コロナ禍だからこそ、時間をかけて2拠点目の新生活をスタートさせることができた。妻の懸念は、幸いにも解消されることになった。

大好きな空間で寛ぎ、庭仕事に勤しむ

では、富士山の麓で、花緑師匠はどんな暮らしをしているのだろう。
まずは、好きな空間をつくった。以前からあった家具に加え、“TRUCK FURNITURE”の家具などを新たに買いそろえて、ダイニング、リビング、2階の書斎とお気に入りの空間をつくっていった。

お気に入りの場所の一つ、2階から見たリビング。上部が吹抜けなので開放感がある。テーブルとブーメランチェア、オットマンなどをTRUCK FURNITUREで新たに購入した(撮影:片山貴博)

お気に入りの場所の一つ、2階から見たリビング。上部が吹抜けなので開放感がある。テーブルとブーメランチェア、オットマンなどをTRUCK FURNITUREで新たに購入した(撮影:片山貴博)

庭の手入れにも目覚めた。隣家に芝刈り機を借りるなど、庭を通じて近居づきあいも始まった。周囲に温泉が多いので、行きつけの温泉もできた。買い物は、JA(農業協同組合)の野菜市場で新鮮な野菜が安く買えるし、スーパーマーケットやホームセンターも大型な店舗があり、かえって東京より品ぞろえが豊富だという。

「普段の生活は東京とあまり変わりません。東京でも静岡でも落語の稽古をしますが、ここなら隣家と離れているので、夜に大声で稽古ができるくらいの違いです」。ただし、「余暇は一変しました。東京では、演劇や映画を見に行ったりしていましたが、ここでは自然を楽しんでいます」と花緑師匠。

二拠点生活には課題もあるが、窓の中の富士山には代えられない

敢えてデメリットを挙げるとしたら、どんなことかを聞いた。

ひとつは「田舎暮らしには、自然と付き合う必要があること」。東京に行っている間に蛾が大量発生して、庭の芝が枯れてしまったこともあった。また、虫がいると鳥がそれを食べにきて、その鳥を蛇が食べにくるといった食物連鎖で、庭の木に蛇が現れたこともあった。一方で、小鳥を餌付けできる楽しみもあり、ヒマワリの種を置いておくと小鳥が食べにくるそうだ。

庭の木に設置した小鳥の餌台。下に吊るしているのはライト入りのランタン(撮影:片山貴博)

庭の木に設置した小鳥の餌台。下に吊るしているのはライト入りのランタン(撮影:片山貴博)

また「地元のご近所付き合いも課題」だという。ごみの捨て方が違っていて、家までゴミ袋を返されたこともあったが、それが縁で仲良くなった。花緑師匠は妻がそうした付き合いが上手だというが、妻は静岡の人はフレンドリーだから付き合いやすいのだという。

ほかに、経済的な課題もある。浅草演芸場で10日間のトリ(寄席の目玉として最後に高座に上がる落語家)を取ったときに、毎日静岡から通ったら交通費だけでかなりかかったそうだ。また、目白の拠点を以前の半分程度の広さの賃貸住宅に住み替えてもいる。「要するに、何にお金を掛けるかのバランスが課題です」と花緑師匠。

最後に、花緑師匠が最も気に入っている空間を紹介しよう。2階の書斎には、無印良品の「窓の家」の特徴である、壁と一体化した窓がある。風景を絵画のように切り取る窓に目を向けると、そこには我が家だけの富士山がある。その富士山は、季節や時間、天気によって刻々と姿を変える。いつ見ても飽きることがないその姿に、花緑師匠は魅了されているという。

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上:コンランのソファに座る花緑師匠がお気に入りの空間。この日は曇っていたので富士山が顔を見せてくれなかった(撮影:片山貴博)。下:天気が良い日に撮影した写真を花緑師匠に提供してもらった

上:コンランのソファに座る花緑師匠がお気に入りの空間。この日は曇っていたので富士山が顔を見せてくれなかった(撮影:片山貴博)。下:天気が良い日に撮影した写真を花緑師匠に提供してもらった

2階の書斎横には大きなテラスがあり、テラスからも大きな富士山が見える。気候によっては屋外テラスで富士山を眺めることもあるという。

実は、天気予報を見ながら取材日を決めたのだが、残念ながらこの日は一日中曇りで、富士山が雲に隠れていた。いつもはこんな風に見えると、花緑師匠がiPadで撮影した写真を見せてくれた。花緑師匠によると「東京からお客様が来ると、いつも富士山が見えないんです。地元の知人が来るときはきれいに見えるんですけど」。どうやら、柳家花緑宅の富士山は、人見知りのようだ。

熱海をまるごと“家”に!? 高齢化と人口減少進む観光地で「まちごと居住」始まる

コロナ禍の影響で移住先として検討している人も多く、脚光を集めている静岡県熱海市。一方で、人口減少や空室率、中心部の空洞化など、日本の“課題先進地”でもあるのだとか。その熱海の不動産やまちづくりに携わり、「まちごと居住」を提唱する「マチモリ不動産」に話を聞きました。
空き家率50%以上。なのに借りられる物件がほとんどない!

東京から東海道新幹線で約40分、別荘地・旅行地としても定番の熱海。訪れるたびに「暮らせたらいいのに……」と思い描く人も多いのではないでしょうか。特にこの1年はコロナ禍でテレワークが普及したことを追い風に、熱海の不動産需要は高まっているといいます。とはいえ、「熱海で住まいを見つけることは容易ではないんですよ」と話すのは熱海の市街地を中心に不動産管理やリフォーム企画を手掛けるマチモリ不動産の三好明さん。

熱海の街並み(写真/PIXTA)

熱海の街並み(写真/PIXTA)

「熱海の空き家率は52.7%(2018年3月時点「平成30年住宅・土地統計調査結果」(総務省統計局)調べ)で、なんと建物の半分以上が空き家です。ところが、家を借りたいと思っても、物件も多くないのが現実です。試しにSUUMOで検索しても、たくさん選択肢があるとは言い難い状況なのでは」といいます。空き家があり、借りたいという人がいるのに、借りられないのはとても不思議ですが、なぜそんなことが起きるのでしょうか。

「事情はさまざまですが、不動産の所有者が、まったく知らない人には部屋を貸したくない、貯蓄や年金があり困っていないのでわざわざ賃貸にまわさなくてもいい、物件が古くて風呂なし・トイレ共同などで貸しにくい、といった理由があります。熱海で働く人にとって住みたい物件が少なく、お手ごろな物件が出回りにくく、近隣の市町村に暮らして出勤せざるをえない方も多いのです」と話します。

また、熱海の固有事情として昭和25年(1950年)に熱海大火が発生しているため、鉄筋コンクリート造の集合住宅が中心市街地に多数あり、経年劣化・権利関係の複雑化によって貸し出しにくくなっているのだとか。そのため、市街地の空洞化、建物と人の高齢化などが同時進行で、しかも急激に進んでいるのだといいます。日本の地方都市はどこも似た課題を抱えていると思いますが、まさに熱海はそうした課題を凝縮した「課題先進地」でもあるのです。

熱海でしかできない暮らしを提案する、「まちごと居住」

こうした熱海の不動産需給ギャップを解消しようと、三好さんがはじめたのが、「マチモリ不動産」です。不動産仲介会社が空き家のままで募集しても決まらず、熱海という街の再生・活性化にはつながりません。そこで掲げたのが「まちごと居住」という考え方で管理会社の立場での取り組みです。

「東京や大阪など、都市部のどこででもできる便利な暮らしではなく、熱海ならではの暮らし方、生活を提案しないと、人は集まらないし、熱海が盛り上がらない。そこで考えたのが、まちを1つの大きな家と見立てた『まちごと居住』というライフスタイル。海に山、温泉、スナック。熱海の環境をまるで自宅のリビングやダイニング、お風呂、ワークスペースといった家の延長のように住んでみようと提案しています」(三好さん)

ここ数年で再注目されている、どこかレトロな雰囲気が漂う熱海銀座商店街(写真提供/若月ひかる)

ここ数年で再注目されている、どこかレトロな雰囲気が漂う熱海銀座商店街(写真提供/若月ひかる)

(写真提供/若月ひかる)

(写真提供/若月ひかる)

ゲストハウスMARUYAには地元の人や観光客が集うカフェバールもある(写真提供/若月ひかる)

ゲストハウスMARUYAには地元の人や観光客が集うカフェバールもある(写真提供/若月ひかる)

1階の八百屋さんでは伊豆富士山麓の農薬不使用栽培野菜、加工品、雑貨などを販売。2階のREFS Kitchenでは1階の野菜や食材を使った料理を提供する「REFS熱海」(写真提供/若月ひかる)

1階の八百屋さんでは伊豆富士山麓の農薬不使用栽培野菜、加工品、雑貨などを販売。2階のREFS Kitchenでは1階の野菜や食材を使った料理を提供する「REFS熱海」(写真提供/若月ひかる)

熱海七湯「小沢の湯」は、蒸気で温泉卵をつくって食べることができる名所(写真提供/若月ひかる)

熱海七湯「小沢の湯」は、蒸気で温泉卵をつくって食べることができる名所(写真提供/若月ひかる)

熱海の市街地は非常にコンパクトで、駅から徒歩15分圏内で飲食店や温泉、スナック、コワーキングスペース、スーパーなどが集結しています。自室だけでなく、街ごと自分たちの暮らせる場所のようにしてしまおう、というのが三好さんの狙いだったのです。

では、そのまちごと居住の住み心地はいかがでしょうか。熱海に移住してきた石橋和夏子さんに聞いてみました。

まちなかに住めば車も不要。歩いて行ける範囲で暮らしが完結する

「2020年3月に埼玉県から引越してきました。もとは群馬県出身で、それまで熱海といえば観光地という印象が強く、住む街として考えたことはなかったのです。暮らしてみると、海や山が間近にあり、気候も温暖で、時間がゆったり流れている。普通に住めるじゃん!という印象です(笑)」(石橋さん)

コロナ禍の影響で、現在は週3日のリモートワーク、週2日は片道1時間30分ほどかけて、東京都内に出社しているそう。

(写真提供/若月ひかる)

(写真提供/若月ひかる)

「通勤時間ですが、実は埼玉にいたころと大きく変わっていません。新幹線を利用しているので、むしろ、現在のほうがラクになっています。大きな違いはテレワークでしょうか。以前の住まいは1Kで、テーブルのすぐ横にベッドがあるような小さい部屋だったので、自宅ではなかなか仕事に集中できなかったと思います。今は、住まいも広くなりましたし、何より、近所にコワーキングスペースがあるので、家の外でも仕事がしやすい。昼休みには、近所のカフェに行って他愛ない会話をしたり、仕事帰りに温泉へ立ち寄ったり。徒歩圏内にいくつも温泉があり、海を一望できる絶景露天風呂にも気軽に行け、本当に飽きないです」と夢の熱海生活を満喫しています。それは……いいなあ、本気で憧れます!

よく行くというコーヒーショップとジェラート店が併設しているスペースで(写真提供/若月ひかる)

よく行くというコーヒーショップとジェラート店が併設しているスペースで(写真提供/若月ひかる)

コワーキングスペースで仕事をすることも(写真提供/若月ひかる)

コワーキングスペースで仕事をすることも(写真提供/若月ひかる)

移住で気になるのが、地元の人との交流、コミュニケーションです。

「地元の商店で、買物がてらお店の人とお喋りして、まちの情報を教わることもしばしば。コワーキングスペースのメンバーと会話したり、地域のイベントに参加したりしているうちに、だんだんと顔見知りも増えました。熱海って自然を大切にする人も多くて、『チーム里庭(さとにわ)』『熱海キコリーズ』など、おもしろい活動をしている人が多いんですよ」(石橋さん)

「チーム里庭」の活動にて(写真提供/若月ひかる)

「チーム里庭」の活動にて(写真提供/チーム里庭)

ちなみに「チーム里庭」は耕作放棄地を活用して無農薬野菜を栽培し、週末農業体験ができる団体で、「熱海キコリーズ」は週末に複業で木こりとして活動したり、間伐材でワークショップを開催したりするNPO法人です。石橋さんはもともとトレイルランニングが趣味で、体を動かすのは大好き。そういった活動に参加して、多様な人とつながりができたら、と考えているそう。
もう一つ、熱海の魅力は「食」にもあるそう。

(写真提供/若月ひかる)

(写真提供/若月ひかる)

(写真提供/若月ひかる)

(写真提供/若月ひかる)

「熱海って、古き良き飲食店もいっぱいあって、キッチンが街の至るところにある感じですね。和菓子や洋菓子の店も充実してて、おやつにも困りません(笑)。ただ、意外と飲食店は閉店が早いんですよ。夜8時には閉店するお店も多いので、夕飯難民にならないよう注意しています(笑)」(石橋さん)

また、今住んでいるフロアで、料理が上手なパティシエの人とつながりができたことで、思わぬ「おいしい体験」ができているのだとか。

「スイーツの試食をさせてもらったり、たくさんつくったからと、ご飯をおすそ分けしてもらったり……。がっちり胃袋をつかまれています(笑)。今まで、平日は仕事、休日は山へ行ったりと、自分が住む街の外に出てばかりだったので、住まいは、寝に帰る場所としか思っていなかったのですが、こうやって同じ街に住む人とつながれることで、街自体にも愛着がわく感覚でしょうか」と満足げです。

引越してきて1年、気が向いたときに、気の合う人がそばにいる心強さ、気楽さは、かけがえのないものでしょう。人はもしかして、こうして徐々に街になじんでいくのかもしれません。

ちなみに、都心から離れて暮らすことに興味を持つ友人や同僚も増えたそうで「熱海の物件の相場は?」「通勤、大変じゃない?」などと聞かれるのだとか。そうですよね、気になる気持ち、よく分かります。熱海の市街地は、徒歩圏内にひと通りの商業施設、飲食店、温泉、コワーキングスペースなどがそろっているため、車は不要だそう。遠出をして山のアクティビティを楽しむときはレンタカーを手配しているといいます。

家具を入れる前の石橋さん宅。1LDK、築66年(写真提供/岡田良寛)

家具を入れる前の石橋さん宅。1LDK、築66年(写真提供/岡田良寛)

窓からはオーシャンビューが!(写真提供/若月ひかる)

窓からはオーシャンビューが!(写真提供/若月ひかる)

(写真提供/若月ひかる)

(写真提供/若月ひかる)

古い建物の良さを活かす。建物と街を再生し、自由度を高めたい

熱海の住まいは、築60年超のコンクリート造の建物が複数、点在しているといいます。日本のコンクリート造の集合住宅は、およそ50年で取り壊され、建て替えられることが多いものですが、この集合住宅をどうやって住み継いでいくか、寿命がどうなのか、気になる人は多いのではないでしょうか。

「確かに築年数は経過していますが、耐震診断をはじめ、適切なメンテナンスをすることで建物として活用できると思います。まだまだよいコンクリートの状態の建物も多くありますし、天井高があるため、リノベをすると開放的な空間ができます。これは現在の不動産にはない良さですよね。古いもの、街の特徴を活かして、再開発をする。これが再開発の生命線だと考えています」と三好さんは話します。

築年数が経過したビルは、独特の味わい・風合いがあります。リノベで室内が大きく化けるのも楽しみのひとつではないでしょうか(写真提供/若月ひかる)

築年数が経過したビルは、独特の味わい・風合いがあります。リノベで室内が大きく化けるのも楽しみのひとつではないでしょうか(写真提供/若月ひかる)

エレベーターがない、トイレが共同など、建物が現在のライフスタイルに合っていない部分も多々あるかもしれませんが、それはマチモリ不動産が不動産・建築の知見を活かして、最適化し、住み手と物件所有者に提案することで、解決できるといいます。

「マチモリ不動産では、単に空き家を埋めるのではなくて、住みたいという人と、住まいを結びつける、適切なリノベを行う、定期的な修繕計画を立てる、大家さんとの信頼関係を築くという意味で、不動産管理の本来の意味での仕事を果たせればと思っています。シェアハウス、週末2拠点、ゲストハウス、熱海住み放題など、住まい方はもっと自由でいいはず。その日の気分にあわせて、部屋を選ぶようにできれば自由度も高くなり、もっと豊かな暮らしができると思うのです」(三好さん)

空き家ツアーをして修繕前の建物を見学。原則的に入居希望者を先に見つけ、リノベーションプランを提示してから、改修工事を行う流れになるといいます(写真提供/若月ひかる)

空き家ツアーをして修繕前の建物を見学。原則的に入居希望者を先に見つけ、リノベーションプランを提示してから、改修工事を行う流れになるといいます(写真提供/若月ひかる)

毎月実施されている物件ツアーの様子(写真提供/熱海経済新聞)

毎月実施されている物件ツアーの様子(写真提供/熱海経済新聞)

現在、マチモリ不動産では部屋を希望する人が増えてきて、物件のリノベなどが間に合わないという状況が続いているそう。ただ、こうして若い世代が楽しそうに新しい試みを続けていることで、不動産を所有する世代の意識もきっと変わってくるはず。熱海での取り組みは、きっと日本中の都市で参考になるのではないでしょうか。いいなあ、熱海。できるなら私も……住んでみたいです!

●取材協力
マチモリ不動産

子育てはふるさとで。二拠点生活でお試し移住スタート 私のクラシゴト改革7

生まれ故郷である静岡で地域おこし協力隊の活動をしながら、クリエイティブディレクターとしてフリーランスで活躍する小林大輝さん。「いつかはUターン」という漠然とした思いが現実化したきっかけは、1歳半になる長男の子育て環境を考えてのこと。ふるさと副業を経て、現在の東京と静岡に分かれての二拠点生活、そして将来の家族3人完全移住計画。そんなステップで着々と基盤固めを進める小林さんに、二拠点生活の実態、お仕事感、移住への率直な思いなどを伺った。連載名:私のクラシゴト改革
テレワークや副業の普及など働き方の変化により、「暮らし」や「働き方(仕事)」を柔軟に変え、より豊かな生き方を選ぶ人が増えています。職場へのアクセスの良さではなく趣味や社会活動など、自分のやりたいことにあわせて住む場所や仕事を選んだり、時間の使い方を変えたりなど、無理せず自分らしい選択。今私たちはそれを「クラシゴト改革」と名付けました。この連載では、クラシゴト改革の実践者をご紹介します。東京で働きながら、ボランティア、副業、地域おこし協力隊と段階的に静岡比重を高める

地域おこし協力隊として、2020年10月から「静岡市のテレワーク推進」をミッションに取り組んでいる小林大輝さんは、現在32歳。同時に、勤務していた東京の会社を退職してフリーランスのクリエイティブディレクターとなり、静岡と家族が住む東京を行き来する二拠点ライフを実践中だ。

静岡での仕事は、主にコワーキングスペースを利用。個人ワークするだけでなく、地元ネットワークづくりができるのも魅力。写真はお気に入りの静鉄のコワーキングスペース「=ODEN(イコールオデン)」で(画像提供/小林さん)

静岡での仕事は、主にコワーキングスペースを利用。個人ワークするだけでなく、地元ネットワークづくりができるのも魅力。写真はお気に入りの静鉄のコワーキングスペース「=ODEN(イコールオデン)」で(画像提供/小林さん)

静岡で生まれ育ち、東京の大学に進学してからも両親や大好きな祖父母に会うために頻繁に帰省していたという小林さん。一年間の海外留学後は東京の企業に就職し、クリエイティブディレクター・アートディレクターとして企業のブランディングやデザインなどを幅広く手がけ、寝る暇も惜しんで働いた。「競争も激しい世界で、スピート感やクオリティの高さが刺激的でした」

一方で漠然といつかは地元に戻って暮らしたいという思いもあり、静岡での基盤固めも少しずつステップを踏んで進めていた。帰省のタイミングを利用して、友人や知人からの紹介でプロモーションの相談に乗ったり、依頼されたデザインの仕事を「将来の種まき」と考えて請け負ったりして、静岡のネットワークを広げてきた。

静岡県内企業の生産性向上サービスに取り組む「いちぼし堂」も、代表である北川氏と中学・高校の先輩という縁。静岡での人脈づくりに少しずつ手ごたえや実績も現れ始め、静岡に関わる頻度が高くなってくると、時間的に本業との両立が厳しくなってきた。そこで、小林さんは2018年に勤務先企業と退職も視野に交渉し、給料・勤務時間・ノルマ全て7割という条件で副業認定第一号に。「いちぼし堂」が行うふるさと副業支援にも参加して、静岡Uターンへの一歩を踏み出した。

「いちぼし堂」の施設。1階は子どもを預けて働ける保育園、2階はコワーキングスペース、3階は県内外企業向けのレジデンス付きテレワーク拠点。レジデンスはワンルーム6室で、小林さんのほか東京の企業やインターン生が入居中(画像提供/いちぼし堂)

「いちぼし堂」の施設。1階は子どもを預けて働ける保育園、2階はコワーキングスペース、3階は県内外企業向けのレジデンス付きテレワーク拠点。レジデンスはワンルーム6室で、小林さんのほか東京の企業やインターン生が入居中(画像提供/いちぼし堂)

本業7割、副業3割ということで、静岡には週2~3回新幹線を利用して通う生活に。地元企業の抱えている課題をヒアリング、比較的年代の近い事業承継した若手経営者との仕事など、とにかく地元での実績づくりに励んだ。運よく関わった新規事業コンペの提案が通ると、そこから新たな顧客を紹介してもらえるなど具体的な成果や拡がりもあり、副業をメインにする実感がわいてきた。

地域おこし協力隊の話があったのは、ちょうどそんなタイミング。地域おこしというと、山間部に入って木を切ったりする地域貢献のイメージが強いが、「テレワーク推進」という得意分野のミッションだった。任期は一年単位で最長三年、これはとても副業の範囲では実現しないと判断し、ついに2020年10月末付けで本業であった東京の企業を退社。静岡の地域おこし協力隊を本業として活動しながら、副業でフリーランスのクリエイティブディレクターとして働く、という新たなステップを踏んだのだ。

子育てはのんびりした環境で。家族のいる東京のマンションとのお試し二拠点生活

プライベートでは、2017年に結婚し、2019年夏には長男も誕生して3人家族に。結婚当初は新宿から少し西の街、東中野に住んでいたが、フルタイムで働く妻の妊娠をきっかけに、品川駅から山手線で一駅の大崎のマンションに転居する。共働きの二人の職場に通勤しやすく、静岡にも行きやすい大崎は絶好の立地。立地がいい分家賃も高くつくため、思い切って2019年2月に中古マンションを購入した。内装のリノベーションは、建築学科卒業で空間デザインなども仕事にしている小林さんはお手のもの。小林さんがデザイン、設計し、建築学科時代の同期の大工に工事を手伝ってもらい、自分たちの手でセルフリノベーション。こうして愛着ある、明るく広々した東京の新居が完成し、長男を迎えて3人の暮らしがスタートした。

一般的な2LDKの間取りの中古マンションを購入(工事前)(画像提供/小林さん)

一般的な2LDKの間取りの中古マンションを購入(工事前)(画像提供/小林さん)

窓右手の隣の部屋との壁を取り払うという個人のDIYを超えた大胆な工事を自ら行えるのは建築学科卒業ならでは(工事中)(画像提供/小林さん)

窓右手の隣の部屋との壁を取り払うという個人のDIYを超えた大胆な工事を自ら行えるのは建築学科卒業ならでは(工事中)(画像提供/小林さん)

完成したLDKは、便利なキッチンのカウンターを新設、ガラスを通じて隣の部屋からも日差しと風が入る開放感ある個性的な空間に(工事後)(画像提供/小林さん)

完成したLDKは、便利なキッチンのカウンターを新設、ガラスを通じて隣の部屋からも日差しと風が入る開放感ある個性的な空間に(工事後)(画像提供/小林さん)

この時、すでに小林さんは副業で静岡に通う日々を送っていた。「子どもができると、子育ては自分が育ったような自然豊かでのんびりした環境でしたい、と思いました。満員電車に乗って学校に通わせるなんて、嫌で」。いつかは、と考えていた静岡へのUターンが、一気に現実味を帯びたのだ。

東京クオリティの仕事をゆったりとした環境で。完全移住で仕事と暮らしの理想を追求静岡の実家近くの海で長男と。「子育ては自分が育ったようなのんびりした環境でしたい」と小林さん(画像提供/小林さん)

静岡の実家近くの海で長男と。「子育ては自分が育ったようなのんびりした環境でしたい」と小林さん(画像提供/小林さん)

共働きの妻も、出産後の現在は職場復帰。仕事にもやりがいを感じていて今後も働き続ける予定だが、「住む場所にはこだわらない」と静岡移住にも前向き。コロナ禍で完全リモートワークのタイミングを利用して、3カ月間の親子3人静岡お試し移住も体験済みだ。

現在は子育てサポートもあるため、東京6割、静岡4割くらいの滞在比率で小林さんが週2回往復する二拠点生活中。静岡での小林さんの拠点は、副業支援で関わった「いちぼし堂」の施設のほか、実家も利用。「どうしても移動時間が多いので、いずれは家族で完全移住するつもりです。いまは東京での子どもの世話に時間をとられますが、徐々に静岡の比率を高めていきたいですね」

ふるさと副業を支援する「いちぼし堂」のコワーキングでのワークショップ風景。小林さんはここの3階にあるワンルームを借りて静岡での拠点にしている(画像提供/小林さん)

ふるさと副業を支援する「いちぼし堂」のコワーキングでのワークショップ風景。小林さんはここの3階にあるワンルームを借りて静岡での拠点にしている(画像提供/小林さん)

漠然と故郷に戻りたいと思っていながら、地元の企業に入って働くイメージがなかったという小林さん。小林さんの話を聞いていると、静岡の企業の課題を聞き、企業ブランディングやプロモーション戦略など「出来ること」を活かしながら「求められること」を増やし、新しい仕事を自ら創り出しているのが印象的だ。地域おこし協力隊として、静岡市のテレワークを推進するという本業にたどり着いたのも、まさにその象徴だ。

「東京は、案件や競争の多さからくる仕事のスピード感、質の高さで刺激になります。一方静岡の魅力は、高い建物も少なく自然豊かで、人も気分もゆったりしているところ。東京でできることは基本的に静岡でもできるので、東京の仕事もしているからこその第三者の目線を持って、東京クオリティの仕事を愛着あり競合少ない静岡で提供できたら最強ですからね」

段階的に静岡比率を高め、最終的には完全移住を考えているという小林さん。「地域おこし協力隊は1年契約、最長で3年。そのころには、完全移住していたいですね。アウトドアも好きなので、山間部にゲストハウスを建てるのも面白そうだな、と」

「いちぼし堂」近くのお気に入りの老舗おでん屋さん。メニューはおでんと大学いものみというシンプルさ(画像提供/小林さん)

「いちぼし堂」近くのお気に入りの老舗おでん屋さん。メニューはおでんと大学いものみというシンプルさ(画像提供/小林さん)

東京でのクリエイティブディレクターとしての仕事、妻の静岡での仕事、静岡での家族の住まい、東京のマンションを貸すか売るか、実家で子どもをみてもらえるか……完全移住に向けて沢山課題はあると話す小林さん。暮らしも仕事も無理なく着実にチャレンジとステップを重ね、いままでにない理想の形をつくり上げていっている小林さんの3年後が、実に楽しみだ。

●取材協力
・いちぼし堂

ららぽーと沼津、10月4日にグランドオープン

三井不動産(株)は、大型商業施設「三井ショッピングパーク ららぽーと沼津」(静岡県沼津市)を、2019年10月4日(金)にグランドオープンする。施設は、沼津市東椎路字東荒301番地、JR東海道線「沼津駅」より約2.5km、同線「片浜駅」より約2.0kmに立地。地上4階建(1~3階:店舗、4階:屋上駐車場)の店舗棟、地上5階建の立体駐車場棟(3棟)で構成される。全国の人気店や地元の名店など、静岡県東部初出店118店を含む全214店が出店する予定。

地元沼津で100年の歴史を持つ「佐政水産」の運営するマルシェ「Mercado DE SAMASA(メルカドサマサ)」や、行列の絶えないラーメン店「らぁ麺屋 飯田商店」が「湯河原 飯田商店」の新業態でショッピングセンターに初出店。ほかにも、ショッピングから食まで生活をより豊かで快適にする多彩な店舗が集結する。

また、充実したコミュニティ・キッズスペースなどを整備し、ららぽーとでしか体感出来ない“モノ・コト・ヒト”の提供を目指す。

ニュース情報元:三井不動産(株)

ららぽーと沼津、2019年10月に開業

三井不動産(株)は、静岡県東部エリア初進出となるリージョナル型ショッピングセンター「三井ショッピングパーク ららぽーと沼津」を、2019年10月に開業する。計画地は静岡県沼津市東椎路地区、JR東海道線「沼津駅」より約2.5km、同線「片浜駅」より約2.0kmに位置する。敷地面積約119,816m2、延床面積約165,000m2。地上4階建の店舗棟と地上5階建の立体駐車場(3棟)で構成され、ファッションから雑貨、スーパー・食物販、話題のレストラン・カフェ、フードコートなど約210店舗が出店する。

また施設は、2017年3月31日の都市計画変更により市街化編入された土地(約30ha)の中核に立地し、沼津市におけるまちづくりの新たな拠点としての役割を担う。施設計画に合わせて、周辺道路の拡幅整備や当敷地内に3ヵ所、合計約5,000m2の緑地広場と交通広場などの整備を行っていく。

ニュース情報元:三井不動産(株)

静岡・三島駅南口で複合再開発

「アスマチ三島プロジェクト共同企業体」(代表企業:ミサワホーム(株))は8月28日付で、「三島駅南口東街区市街地再開発準備組合」及び三島市との間で事業協力協定を締結した。同事業は、JR三島駅前(静岡県三島市)で検討を進めている市街地再開発事業。住宅や商業、医療、ホテル、健康増進施設等を複合したスマートウエルネス施設を建設するもの。また、市民が集い、暮らす、新たな拠点を作ることで、三島市の玄関口である三島駅前に賑わいを創出し、利便性を向上させる計画。

シェアオフィスやコワーキングスペース、貸し会議室も配置することでビジネス需要にも対応。短期滞在ニーズへの対応としてビジネスホテルとの連携も視野に入れる。地元住民や学生との人材交流、人材育成にも取り組んでいく。また、既存商店街をはじめとした周辺地区とも積極的に協力し、駅前だけにとどまらず、より広域でのまちなみ形成及び活性化を図る。

施工区域は三島市一番町及び文教町一丁目の一部、約12,780m2。2021年度の着工、2025年の竣工・入居を目指す。

ニュース情報元:ミサワホーム(株)

静岡県東部エリアに「ららぽーと」初進出

三井不動産(株)は、静岡県東部エリア初進出となるリージョナル型ショッピングセンター「(仮称)三井ショッピングパークららぽーと沼津」の開発を6月1日に着工した。開業は2019年秋を予定している。計画地は静岡県沼津市東椎路地区。延床面積約165,000m2、店舗面積約64,000m2の4階建て。店舗数は約220店、駐車場台数は約3,500台の予定。また同施設は、2017年3月31日の都市計画変更により市街化編入された土地(約30ha)の中核に立地。施設計画に合わせて、周辺道路の拡幅整備や敷地内に3ヵ所、合計約5,000m2の緑地広場と交通広場などの整備も行われる。

東京都西南部と神奈川県を中心に店舗を構えるスーパーマーケットの「sanwa」が静岡県に初出店。全国に15館を運営している「シネマサンシャイン」がららぽーとに初出店。ボウリングやアミューズメントなどをはじめとする、エンターテインメント空間を提供する「コロナワールド」も静岡県初出店するなど、話題性の高い店舗を揃え、静岡県東部エリア初のららぽーとにふさわしい施設を目指す。

ニュース情報元:三井不動産(株)