世界の名建築を訪ねて。巨石の彫刻が躍る韓国の人気デパート「クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)」/ソウル市

世界中の建築を訪問してきた建築ジャーナリスト淵上正幸が、世界最先端の建築を紹介する連載5回目。今回は、韓国・ソウル南部にある“デパート”「クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)」(設計:クリス・ヴァン・ドゥイン/OMA)を紹介する。

驚愕的ファサードで魅了する最新の韓国デパート「クァンギョ・ガレリア」

韓国は隣国の中国ほどではないにしても、アジアでは著名海外建築家のデザイン作品が多い国である。例えばレム・コールハース(オランダ)が率いるOMA(Office for Metropolitan Architecture)がデザインした「ソウル国立大学美術館」を筆頭に、ザハ・ハディド(英)の「東大門デザイン・プラザ」、ジャン・ヌーヴェル(仏)の「サムスン美術館 Leeum」、MVRDV(オランダ)の「ソウル・スカイ・ガーデンズ」など、日本と比較したらそうそうたる世界の著名建築家の作品が非常に多いのだ。

今回OMAのパートナーのひとり、クリス・ヴァン・ドゥインがデザインした「クァンギョ・ガレリア(光教ガレリア)」は、1970年代に韓国で初めて生まれた大規模デパートであるガレリアの支店である。以来同デパートは韓国の小売市場において、先端を疾走する大手デパートに成長してきた。今回の新店舗はソウル南部にあるニュータウンのクァンギョ地区に完成した国内6番目の支店で、同社の最大規模のデパートとなった。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

レム・コールハースによるOMAの建築デザインは、非常に多様性があることは世界的に知られた事実であり、全世界にユニークな建築を数多く展開してきた。そうした作品群のなかでも、今回クァンギョに完成した作品は、ビックリもののデザインだ。建物はまさに奇想なデザインをまとった巨大な岩石の彫刻といった印象である。都市のワン・ブロックを占める巨大な矩形の岩石を切り出したような外壁に、切子面状のガラス開口部が、蛇のようにくねって外壁に取り付いているといった特異な外観である。この強烈なアイデンティティーの表現は、OMAデザインの中でも異色中の異色と言える代物であろう。

“自然”にインスパイアされた建築は、市民の視覚的な拠り所に

クァンギョ・ニュータウンの中心街の大通りに位置するこの建物は、新興のアーバン・ディベロップメント(都市開発)による特有の高層集合住宅タワー群に囲まれている。「クァンギョ・ガレリア」のファサードは、自然石のような素材をモザイク状に張り巡らせた不思議な表情に驚かされる。そのような自然的ファサードと、蛇のように曲がりくねるガラス開口部が、異様なシナジー効果(相乗効果)を発揮して人々を驚愕させる。それは近隣にあるクァンギョ・レイクパーク(光教湖水公園)における自然を参照したデザインなのだ。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

建物はそのクァンギョ・レイクパークと、林立する高層集合住宅タワー群のちょうど中間あたりに位置している。建物の外壁を覆うストーン・ファサードのようなテクスチャーが、レイクパークにある岩壁などの自然を喚起させると同時に、クァンギョ市民の自然に対する視覚的な拠り所となっている。

建物は地下1階・地上12階建ての大きなデパートである。外壁を取り巻く長い開口部は、1階から徐々に上昇しながら建物をループ状に取り巻いて行き、文化的なアクティビティもできるルーフ・ガーデンに至る。つまりこの開口部の内部は来客用のパブリック・ループ(回廊)となっており、クァンギョの街並みを楽しみながら、自分の目指す売り場へと至ることができるデザインとなっている。パブリック・ループの途中には、特にコーナー部分には、レスト・スペース、エキシビションやパフォーミング・スペースが設けられており、買い物客は休息したり、展示を見たり、パフォーマンスをしたりすることができる。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

クリス・ヴァン・ドゥインが意図したデザイン・ポイントは、「ショッピングとカルチャー」、「都市と自然」という二項対立的なものをミックスすることで、ショッピングの予測可能性をはるかに超えた場所としてのデパートである「クァンギョ・ガレリア」が、市民に親しまれることであった。そのように単なるショッピングではなく、付加価値を加味して、ショッピングというアクティビティをさらなる高次元へと進化させていく狙いが見事に成功しているデパート・デザインである。

クァンギョ・ガレリア(Galleria in Gwanggyo)

(Photo by Hong Sung Jun)

日本にもある! OMAパートナーによるデザイン「虎ノ門ヒルズ・ステーション・タワー」

設計を担当したOMAのクリス・ヴァン・ドゥインはデルフト工科大学でマスターを取得した。1996年にOMAに参加し、2014年にパートナーになった逸材。OMAの代表作のひとつである北京の「CCTV(中国中央電視台本部ビル)」をはじめとする主にアジアの作品を担当してきたが、「ユニヴァーサル・スタジオ・ロサンゼルス」「プラダ・ニューヨーク&ロサンゼルス・ストアーズ」などアメリカ作品をも担当。近年では「モスクワ現代ガレージ美術館」(2015)、「ミラノ・プラダ財団」(2015)、「アレクシ・ド・トクビル図書館」(2017)なども手掛けたシャープなセンスをもつパートナーである。
なお現在OMAには8名のパートナーがおり、ロッテルダムの本社以外の世界各地に赴任して活動している。日本人唯一のパートナーである重松象平氏はニューヨークにおり、アメリカを担当しているが、現在「虎ノ門ヒルズ・ステーション・タワー」のデザインにもタッチしている。

●関連サイト
クアンギョ・ガレリア
OMA

海の上で農業や発電も! いま話題の「海上都市」モルディブや国連も推す韓国釜山の計画を聞いてみた

「水上都市」「海上都市」というと、たくさんの水上住宅が運河に浮かぶオランダ・アムステルダムや、特異な形の人工島として知られるドバイのパームアイランドが思い浮かぶ人もいるだろう。
今、新たに未来型の海上都市計画が発表され、話題を呼んでいる。海上都市とは、海上に連結されたプラットフォーム上に、生活拠点である住居やオフィス・商業施設を兼ね備えたまちのことだ。
今回は、特に注目を集めている2つの新プロジェクトを紹介する。気候変動や食糧問題などに対応した新たな都市をつくるという韓国・釜山市のプロジェクト「OCEANIX(オセアニックス)」、新たな観光都市づくりを目指すモルディブの「モルディブ・フローティング・シティ計画」だ。

気候変動問題などに対応。国連も後押しする韓国・釜山のプロジェクト「オセアニックス」

かつてない頻度の豪雨や台風、気温の上昇といった問題が、すでに身近なものになっている。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、気候変動により、世界の海面水位は平均で17cmも上昇しており、日本においては、全国で砂浜の約9割が1m以上の海面上昇で失われるといわれている。また、世界の環境対策を急ピッチで連携して押し進めるC40都市気候リーダーシップグループは、2050年までに世界の570都市に住む8億人以上が、海面上昇によるリスクにさらされる可能性があると予測している。

今、水との付き合いは、まちづくりや都市計画にとって、防災・レジリエンスの観点から非常に重要なものだ。

そんななか、2021年11月18日、世界初の海面上昇に対応した海上都市が韓国・釜山市に建設されることが発表された。
その名も海上都市計画のプロトタイプ「OCEANIX(以下、オセアニックス)」)。主導するのは、2018年にイッタイ・マダムンベさんとマーク・コリンズ・チェンさんが設立した米国のブルーテック企業。ブルーテック企業とは、海を守りながら、経済や社会を持続的に発展させることを前提として事業を行う先端技術を持った企業のことだ。
海上都市は2025年までに一部の建設が完了する予定とのことで、それほど遠い未来の話ではない。

計画が現在進行中の韓国・釜山沖の海上都市イメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

計画が現在進行中の韓国・釜山沖の海上都市イメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市のプロトタイプは、各15.5エーカーの表面積を持つプラットフォームが、橋で繋がれるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市のプロトタイプは、各15.5エーカーの表面積を持つプラットフォームが、橋で繋がれるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

マダムンベさんは、「オセアニックスのコミュニティーには国際的な協力者も含まれる予定だが、中核となるのはあくまで釜山市内ひいては韓国全土の人々」と話す。現在の釜山市に、海上都市はどのような形で溶け込むのだろうか(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

マダムンベさんは、「オセアニックスのコミュニティーには国際的な協力者も含まれる予定だが、中核となるのはあくまで釜山市内ひいては韓国全土の人々」と話す。現在の釜山市に、海上都市はどのような形で溶け込むのだろうか(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市には、「ネイバーフッド」と呼ばれる住居が集う。遊び、仕事をするための公共空間もある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市には、「ネイバーフッド」と呼ばれる住居が集う。遊び、仕事をするための公共空間もある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

釜山にできる「オセアニックス」のライフスタイルについての動画

地上と変わらない生活スタイルを想像させる海上都市の暮らしのイメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

地上と変わらない生活スタイルを想像させる海上都市の暮らしのイメージ図(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市では、電気も不自由なく使用できる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市では、電気も不自由なく使用できる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

「オセアニックス」は、国連人間居住計画(ハビタット)との協働プロジェクトでもある。
国連ハビタットは、「政策提言、能力開発、国際・地域・国家・地方といったレベルでのパートナシップをとおして、社会的、環境的に持続可能なまちや都市づくりを促進する」国際的な機関で、アジアでは日本の福岡県福岡市に拠点を置いている。海上都市といった未来的な取り組みだけでなく、急速な都市化による、スラムの拡大、自然災害や紛争による居住環境の悪化などの問題解決を目的としている。

このプロジェクトには、海洋保全にまつわる先端技術をもったブルーテック企業と、多分野の専門家とのつながりをもつ国際的な機関が協働することで、あらゆる分野の専門知識と経験が、惜しみなく投入されている。「海上都市づくりに取り組むことは、気候変動や海面上昇、持続可能な沿岸都市化といった課題に対するソリューションを創造することでもあります。各専門家やIT企業のイノベーターたちの力を合わせ、そのためのシステムを構築していきたい」とマダムンベさんは展望を語る。

かつてネット時代の到来に合わせ、アメリカ・シリコンバレーを中心に技術と夢をもった若者たちが集まりビジネスを始めたように、新時代の価値を生み出す都市が、韓国・釜山の海上に誕生するかもしれない。

海洋プラスチックごみの一掃や、海洋保全にまつわる革新的な技術も盛り込まれるのも特徴。サンゴの海をIT技術で保護する「Biorock(バイオロック)」といった海洋技術の活用などによって、海洋生物の乱獲や、環境破壊、地球変動で壊されてしまった海洋エコシステムの再生も行う予定。海面下では、海藻、カキ、ムール貝、ホタテ、貝の養殖が行われる。水をきれいにし、生態系の再生を加速させるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海洋プラスチックごみの一掃や、海洋保全にまつわる革新的な技術も盛り込まれるのも特徴。サンゴの海をIT技術で保護する「Biorock(バイオロック)」といった海洋技術の活用などによって、海洋生物の乱獲や、環境破壊、地球変動で壊されてしまった海洋エコシステムの再生も行う予定。海面下では、海藻、カキ、ムール貝、ホタテ、貝の養殖が行われる。水をきれいにし、生態系の再生を加速させるという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

ARシステムも導入。住まいのあらゆるデータが一目瞭然(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

ARシステムも導入。住まいのあらゆるデータが一目瞭然(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスの移動手段一覧。カヤックや徒歩から、ドローンや電気自動車のシェアまで想定されている(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスの移動手段一覧。カヤックや徒歩から、ドローンや電気自動車のシェアまで想定されている(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市として、水辺におけるサステナブルな生活を追求するという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

海上都市として、水辺におけるサステナブルな生活を追求するという(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

独自性は“自給自足”と“総合性”

この海上都市では、ゴミ問題や食糧及びエネルギー調達も、すべて都市内で完結する仕組みになるという。

「オセアニックスは、ただの個々の住宅の組み合わせではありません。“持ち込みに頼らない”閉鎖的なループシステムで成り立つ、真に自立した、初めての総合的な海上都市になります」とマダムンベさん。

食糧やエネルギー調達、ゴミ処理も都市内で全て自給自足や循環によりまかなうため、それらに必要な要素をすべて備える予定だとか。都市のエネルギーは、風力発電や太陽光発電はもちろん、波や潮の流れを利用した電流発生器で確保。飲料水は雨水をろ過して使用、食品はコンポストを利用した都市内の農園などから調達できる計画だ。

オセアニックスにおける食物生産の仕組み。「植物中心の食生活で、スペース、エネルギー、水資源への負担を軽減。有機野菜は、水耕栽培や水産養殖で効率的に栽培し、従来の屋外農場や温室を補完します」とマダムンべさん(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスにおける食物生産の仕組み。「植物中心の食生活で、スペース、エネルギー、水資源への負担を軽減。有機野菜は、水耕栽培や水産養殖で効率的に栽培し、従来の屋外農場や温室を補完します」とマダムンべさん(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

公共空間「ネイバーフッド」にある温室では、住民は照明付き室内農場で自分の食べ物を育てる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

公共空間「ネイバーフッド」にある温室では、住民は照明付き室内農場で自分の食べ物を育てる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

食物を育てたり、ボート用のデッキを備えたり、集会スペースなどに対応するエリアもある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

食物を育てたり、ボート用のデッキを備えたり、集会スペースなどに対応するエリアもある(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

養殖と水耕栽培の両方を利用して、協調的な生活環境をつくる「アクアポニックス」の森。水槽で魚を育て、その栄養豊富な排水の一部、または全部を水耕栽培の植物生産システムに循環させることで、循環型の生活が可能になる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

養殖と水耕栽培の両方を利用して、協調的な生活環境をつくる「アクアポニックス」の森。水槽で魚を育て、その栄養豊富な排水の一部、または全部を水耕栽培の植物生産システムに循環させることで、循環型の生活が可能になる(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

このシステムにより、いま世界中で問題になっているエネルギー不足や食力問題についても10万人規模まで対応できるようになるというのも興味深い。
海上都市内でさらに人口が増えることで必要になる居住地は、新たに海上都市をつくり足すことでスケールアップできるとのことだ。

(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

オセアニックスの全貌。300人の居住区から10万人の都市へと、今後変化し、適応していくことができる都市。36の2ヘクタールの浮体式住居と、数十の生産拠点が、柔軟に拡大・縮小でき、活気あるコミュニティーをつくりだすという(動画提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

強力なリーダーシップが課題

こうした大掛かりなプロジェクトが進行しているが、これまでにも多くの問題や困難に直面してきたに違いない。海上都市計画を成功させために一番大切なことは何だろうか。

「海上都市を実現するための最大の障壁は、技術ではない」とマダムンベさんは断言する。「このような規模の画期的な試みに挑戦する、政治的リーダーシップとビジョンをもった、信頼できる政府のコミットメントを確保することが、最も私たちが苦労したことでした」と話す。

「オセアニックス」は、釜山市のパク・ホンジュン市長というパートナーを見つけた。世界に点在する革新的な技術を投入し、世界で初めてとなる持続可能な海上都市を着工。「今後、世界的に業界をリードしていくことになるだろう」とマダムンベさんは続ける。

ローカル感を大切にまちづくりを進めている。写真は東南アジアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

ローカル感を大切にまちづくりを進めている。写真は東南アジアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

研究棟エリアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

研究棟エリアのイメージ(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

日陰部分となっているテラスは、快適なインドアスペース(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

日陰部分となっているテラスは、快適なインドアスペース(写真提供/OCEANIX/BIG-Bjarke Ingels Group.)

不動産資産としての海上都市を目的とした「モルディブ・フローティング・シティ計画」

一方、1,000超の珊瑚島と 26 の環礁から成るインド洋に浮かぶ熱帯の国、モルディブでは、オランダの建築家が推進する「モルディブ・フローティング・シティ計画」の建設が始まった。

韓国の「オセアニックス」は海上都市計画を気候変動などの問題に対応することを目的にしているのに対し、こちらは「価値が上がる商業不動産」として捉えている点が特徴だ。

モルディブで進行する「モルディブ・フローティング・シティ」の完成イメージ図(写真/Maldives Floating City Press Releaseより)

モルディブで進行する「モルディブ・フローティング・シティ」の完成イメージ図(写真/Maldives Floating City Press Releaseより)

このプロジェクトは、オランダの海上都市のデベロッパーであるダッチ・ドックランズ社とモルディブ政府が協力し、オランダ人建築家ケーン・オルトゥイさんのウォータースタジオが推進している。都市デザインはモルディブの伝統的な海洋文化にインスピレーションを受けたもので、ホテルやレストランはもちろん、ブティックもオープンする予定。
まちづくりにおいては、サステナビリティや革新的な技術が投入される。

アイデアやインスピレーションを、その道のエキスパートたちが共有する場として世界的に知られる「TEDトーク」に登壇した、モルディブの海上都市計画のリーダー、オランダ人建築家のケーン・オルトゥイさん

現時点では「海上都市」に対する法的所有権に関しては議論が進んでいるところ。ボートハウスをはじめとした水上住宅が普及しているオランダでは、国際法(国連海洋法条約[LOSC])、国内法、財産法の3点から、議論が進んでいる。

モルディブでは、法律の専門家がチームに積極的に加わることで、世界最高水準の「海上都市の所有権」がつくられるという。海上都市における土地や建物に所有権をもたせる一方で、法的にも透明性が高く、これまでにない画期的な不動産になる予定だという。

海に囲まれているモルディブにとって、海上都市は海外からの新しい観光客や移住者を引き付けるための“国際的な住宅投資物件”になっていくのだろう。

気候変動など人類が直面している問題に対応した新たな都市を目指す韓国釜山の「オセアニックス」、ビジネス面での海上都市の可能性を追求するモルディブの「モルディブ・フローティング・シティ計画」。
それぞれ違うアプローチだが、地球上のさまざまな場所で、同時並行的にこうした海上都市計画が発案され、実行されるに至ったのは、われわれ人間の技術がそこに到達したというだけではなく、それだけ気候変動や新たなライフスタイルに対応する住宅環境を整えることが急務だということを指し示していると感じざるをえない。

●取材協力
OCEANIX共同創業者 イッタイ・マダムンベさん

韓国文学好きの“仲間”が集う出版社「クオン」とカフェ「チェッコリ」【全国に広がるサードコミュニティ10】

近年、日本でも人気の韓国文学の翻訳書を多数発行する出版社・クオンは、カフェの運営や翻訳コンクールの開催など、出版にとどまらない取り組みで韓国文学好きのコミュニティを育んでいます。連載名:全国に広がるサードコミュニティ
自宅や学校、職場でもなく、はたまた自治会や青年会など地域にもともとある団体でもない。加入も退会もしやすくて、地域のしがらみが比較的少ない「第三のコミュニティ」のありかを、『ローカルメディアのつくりかた』などの著書で知られる編集者の影山裕樹さんが探ります。韓国語圏の本、文化を日本に紹介する出版社・クオン

映画化もされ、韓国国内で130万部の大ヒットとなった小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でも話題をさらったのは記憶に新しいですが、2010年ごろから、韓国の小説を積極的に紹介してきた出版社が神保町にある“クオン”です。名作から気鋭の作家の短編小説、コロナ禍に立ち向かった市民や医療関係者の声を集めた本など、韓国の文化にまつわる本を出版するほか、ブックカフェ「チェッコリ」には、連日韓国文学好きが訪れます。(現在カフェは休止し、書籍のみ販売)

コロナ禍にあってリアルイベントの開催は難しくなっていますが、文学のみならず映画やドラマなど、韓国コンテンツ好きの仲間たちが集まるイベントや、翻訳者を養成する翻訳スクールも人気です。またクオンではリアル店舗の運営以外にも翻訳コンクールを主催するなど、韓国文学ファンや韓国文学を紹介する人々の裾野を広げる活動を続けています。

クオンの刊行物「新しい韓国の文学」シリーズ第一弾として出版された、イギリスのブッカー賞を受賞したハン・ガンの『菜食主義者』(中央)など(写真撮影/影山裕樹)

クオンの刊行物「新しい韓国の文学」シリーズ第一弾として出版された、イギリスのブッカー賞を受賞したハン・ガンの『菜食主義者』(中央)など(写真撮影/影山裕樹)

ホ・ヨンソン詩集『海女たち』(姜信子・趙倫子訳、新泉社刊行)の刊行記念イベント(画像提供/クオン)

ホ・ヨンソン詩集『海女たち』(姜信子・趙倫子訳、新泉社刊行)の刊行記念イベント(画像提供/クオン)

広告代理店を経て出版業界に参入

クオンを立ち上げた金承福(キム・スンボク)さんは、韓国・全羅南道霊光出身。ソウル芸術大学卒業後に留学生として来日し、日本大学を卒業後、日本のインターネット関連の広告代理店に就職します。当時、金さんは『韓国.com』という、韓国の芸能、スポーツ、文化を紹介するポータルサイトを担当。そのうち、海外の取引先とやりとりしながら多言語対応のウェブサイトを制作するなど、さまざまな仕事を受けるようになっていました。

「3年くらい仕事をした後、その会社が韓国部門の仕事を辞めることになって。でもクライアントからは辞めないで欲しいと言われ、結局私がその部門を引継いで別会社を立ち上げることになったんです。不思議なことに、同じ会社の中に机もあるんだけど、別会社。当時、2000年ごろの日本はインターネット関連の仕事がどんどん増えていく時代だったので寝る暇もないほど忙しかったですね。とても儲かりましたけど(笑)」(金さん)

金承福さん(画像提供/クオン)

金承福さん(画像提供/クオン)

次第にウェブだけでなくイベントや展示会、ショールームのデザインなど大規模な仕事が増えていきました。そんな働き詰めだった2008年、リーマンショックが起こります。

「今考えれば、(本のように)在庫も抱えず返品もないわけですから、その分心配することも少ないし仕事は楽しくて仕方なかった。けれどリーマンショックで仕事が激減して、外的な要因に左右されるクライアントありきの仕事に疑問を持ち始めました。景気に翻弄されず、自分の努力次第で経営が成り立つ仕事がしたい。そこで、ウェブの会社をたたんで出版社を立ち上げました。実はずっと出版に関わる仕事がしたかったんです」(金さん)

出版社が書店を経営する理由とは?

そんな中、未経験で飛び込んだ出版業界に、金さんは戸惑いを覚えました。それまでは主に外国の取引先との仕事が多かったのですが、出版業界は印刷会社も、取次会社も書店もみんな日本人。「そのとき初めて、自分は日本にいる」と金さんは感じたそうです。そこで、いきなり出版物を刊行し始めるよりも、まずは業界との関係づくりからスタートしました。

「韓国コンテンツはどんどん盛り上がっていたので、当初は翻訳エージェントの仕事をメインで活動を続けていました。前の仕事も言ってみればウェブエージェンシーだったわけで、編集プロダクションに近いんですよ。仕事を引き受けて、校正して、翻訳をして、ウェブに載せるという仕事。私の中では繋がっているんです」(金さん)

全羅南道 羅州市にある東新大学漢医学部教授キム・ソンミン先生による3回講座「韓方的な生き方」(画像提供/クオン)

全羅南道 羅州市にある東新大学漢医学部教授キム・ソンミン先生による3回講座「韓方的な生き方」(画像提供/クオン)

2010年に入って、「新しい文学シリーズ」の刊行をスタート。当時は折しも、2002年の日韓ワールドカップ、2003年の「冬のソナタ」の大ヒット、K-POP……韓流コンテンツは追い風になっていました。でも、文学はまだちゃんと紹介されてなかった。良い作品を紹介すればきっと受け入れられると金さんは信じていました。

「韓国では有名な作家でも日本ではほとんど知られてない。読者に興味を持ってもらうため、本を出すだけではなく、日本の著名作家との対談を行ったり、読書会もたくさん開きました。でも常にスペースの問題にぶち当たるんです。そこで2015年に神保町に引越してブックカフェを開きました。書店を自分たちでやれば、好きな時にイベントができるし、読者の顔も見えるじゃないですか」(金さん)

翻訳コンクールの開催と書店のシナジー

チェッコリでは自社の本を売るだけでなく、他の出版社の本も販売しています。運営元がクオンだと知らずに来店するお客様も多いそうです。

また、チェッコリの棚の大多数は韓国の本で占められています。その数約4000冊! 文学だけでなく、絵本、漫画、人文、実用書まで幅広く扱っています。

お坊さんに学ぶ韓国の茶道―そして茶談(画像提供/クオン)

お坊さんに学ぶ韓国の茶道―そして茶談(画像提供/クオン)

「最初チェッコリを始めようと思ったとき、『誰が韓国語の本を読むんだ』って言われました。でもチェッコリでは韓国語の本が売れます。しかも、日本の本と違って海外の本は売り値を自分たちで付けられる。出版というよりは輸入販売業に近い。話題になっている本だけでなく、自分たちが紹介したいものを選んで仕入れる楽しさもあります」(金さん)

韓国関連の書籍の棚を広げたかった

ほかにも金さんは、韓国書籍が日本国内で広く翻訳されることを目指す「K-BOOK振興会」という団体を立ち上げ、おすすめ本に関する情報発信をしたり、韓国文学翻訳院との共催で翻訳コンクールを毎年開催しています。この翻訳コンクールでは、毎回2本の短編が課題として出されます。それにしても、短編2本とはなかなかハードルが高い。

「翻訳者の発掘も大切なので始めたのですが、第一回目で200人以上の応募があったんですよ。短編2本って結構なボリュームなのに、これだけチャレンジしてくれる人がいるのはすごいことです。潜在的なニーズを感じました。私たちの翻訳コンクールでは最優秀賞作はクオンで出版することにしています。課題となる短編の原書を書店で販売し、優れた翻訳を出版し販売する、出版、書店、コンクールの関係がうまく機能しています」(金さん)

第2回日本語で読みたい韓国の本―翻訳コンクールの受賞式(審査員と受賞者のトーク)(画像提供/クオン)

第2回日本語で読みたい韓国の本―翻訳コンクールの受賞式(審査員と受賞者のトーク)(画像提供/クオン)

そのうち、翻訳コンクールに応募した人たちがツイッター上で情報交換を始めます。「これ。みんなどういうふうに訳している?」などなど。この様子を見た金さんは、翻訳スクールの開講を思いつきます。

「世の中に韓国語会話のスクールはいっぱいありますが、翻訳専門のスクールってあまりないな、と閃いたんです。私たちのお客さんには韓国語教室の先生が多くいますが、翻訳専門の教室であれば先生たちと競合することもないじゃないですか」(金さん)

翻訳スクールの優れた生徒やコンクールの受賞者を、他社に紹介することもします。
金さんは繰り返し、「ニーズをつくることが大事」と語っていました。書店で「海外文学」の棚に少し紹介されるだけだった韓国文学を、それだけで棚ができるようにしたい、だから韓国語の本を翻訳する仲間を増やしたいんだ、と金さんは語ります。

文学ツアーで“仲間たち”との親睦をさらに深める

他にも、今年はコロナの影響で行けませんでしたが、金さんは「文学で旅する韓国」というツアーを毎年開催しています。30人ほどのメンバーで小説に出てくる舞台を訪れたり、作家に会いに行ったりなど、3泊4日にわたる贅沢なツアーです。

「半数くらいはリピーターで、もはやクオンや韓国文学のファンというよりは仲間ですね。そのなかのお一人は写真が趣味でいつも素敵なツアー写真を撮ってくれるのですが、韓国で写真展を開くのが夢だったそうなんです。私たちのツアーに参加した際、現地のギャラリーのオーナーと話をつけて、写真展を開くことができました」(金さん)

第一回目の「文学で旅する韓国」統営編―大河小説『土地』の作家パク・キョン二記念館の前で(画像提供/クオン)

第一回目の「文学で旅する韓国」統営編―大河小説『土地』の作家パク・キョン二記念館の前で(画像提供/クオン)

この話はもちろん、チェッコリで報告会というかたちで話してもらいました。他にも、最近ではソウル大学に留学された方が、オンラインで大学生活について話してくれたり。このように、チェッコリで開催するイベントでは “仲間”たちがホストを務めることも多いそうです。

「心がけていることがひとつあって、偉い人を呼んで聞いてもらうだけのイベントにはしない。“お客様”扱いはしない。その代わり、みなさんにも韓国にまつわる得意なことをイベントでシェアしてもらう。当日は椅子を並べるのを手伝ってもらったり、飲み物を運んだりという作業を手伝ってもらうこともあります。みなさん喜んでやりますよ。“仲間”ですから」(金さん)

今回の取材で、金さんが、「誰も損しない、みんなが幸せになる仕組みをつくるのが好き」とおっしゃっていたのがとても印象に残りました。出版社と読者、作家とファンという非対称な関係ではなく、みんなが等しく韓国の文化を盛り上げようとする“仲間”であるという感覚は、コミュニティを資産とした事業運営を考えている人にはとても大事なポイントだと思います。クオンの場合、ひとりひとりのお客さんだけでなく、書店、他の出版社、韓国の政府機関など、さまざまなステークホルダーと競合することなく協働するところにその姿勢が見て取れます。

クオンやチェッコリは、韓国と日本の文化交流を促進するうえで貴重な場だと思いますし、そこに集う“仲間”たちの結びつきは今後もさらに強まっていくことでしょう。韓国ドラマやK-POPから韓国カルチャーに興味を持った人はぜひ、一度チェッコリに訪れて文学にもハマってみませんか?

●取材協力
CUON