放置自転車だらけの駅前が激変! 座間市のリノベ革命「ホシノタニ団地」から8年の新展開

団地を現代の暮らしに合うようリノベーションし、活用する。この10年ですっかり暮らしの選択肢として当たり前になった「リノベ×団地」ですが、その地位を不動のものにしたのが、ブルースタジオが手掛けた「ホシノタニ団地」(神奈川県座間市)ではないでしょうか。2021年、そのホシノタニ団地の周辺を再整備したといいます。建物だけでなく、地域までリノベした物語を教えてもらいました。

1965年築の団地。リノベ後は高めの家賃設定でも人気をキープ

「住みたい街ランキング」や「住み続けたい街」の常連である、横浜市や湘南エリア(藤沢市鵠沼など)がある神奈川県。県内中央部では、近年、海老名駅周辺の再開発が進み、注目を集めています。そんな花形の街に囲まれているのが、座間市です。小田急線では新宿駅まで50分ほど、各駅停車の「座間駅」と「相武台駅」があります。

座間駅前を別の角度から見たところ。「ざま」の凧が目をひきます(写真撮影/嘉屋恭子)

座間駅前を別の角度から見たところ。「ざま」の凧が目をひきます(写真撮影/嘉屋恭子)

2015年、この「座間駅」の徒歩1分の場所にあった小田急電鉄の社宅をリノベして誕生したのが、「ホシノタニ団地」です。小田急電鉄とブルースタジオが手掛けた団地再生プロジェクトは注目を集め、東京都心からも入居希望者が殺到するという人気物件へと生まれ変わりました。2023年現在でもその人気は健在で、家賃は7万5000~10万円を維持しているといいます。座間駅周辺の家賃相場は4~6万円台といいますから、その強気の賃料設定がわかるというもの。しかも今なお、入居希望者は絶えないといいます。まずは今から約10年前、リノベ前の座間の状況を、ブルースタジオ専務取締役、クリエイティブディレクターの大島芳彦さんに話を聞きました。

リノベ前の姿。「立入禁止」の看板が掲示されています(写真提供/ブルースタジオ)

リノベ前の姿。「立入禁止」の看板が掲示されています(写真提供/ブルースタジオ)

「開発着手前、座間駅前には小田急電鉄の4棟の社宅があったんですが、旧耐震基準の建物ということもあり、駅前すぐの2棟は使われておらず、敷地は立ち入り禁止の状態でした。駅徒歩1分の場所に閉鎖された建物があると、雰囲気がぐっと重くなるんですね。駅前、街そのものにマイナスのイメージを与えてしまっている状態でした」と言います。

駅前の商業施設の奥に見えるのがホシノタニ団地(写真撮影/嘉屋恭子)

駅前の商業施設の奥に見えるのがホシノタニ団地(写真撮影/嘉屋恭子)

地形や住んでいる人から街の価値・魅力を再定義する

社宅の閉鎖を含め、いわば負のスパイラルに陥っていた座間ですが、建物をリノベする前に、まずは街の価値を再定義・再発見するところからはじめた、と大島さんは言います。

現在のホシノタニ団地の様子。緑と外壁の焦げ茶が美しく調和(写真撮影/嘉屋恭子)

現在のホシノタニ団地の様子。緑と外壁の焦げ茶が美しく調和(写真撮影/嘉屋恭子)

「座間は市の東部に相模原台地、西部には相模川に沿った沖積低地があって、起伏に富んだ地形です。駅北側には里山の風景が残る『谷戸山公園』があり、歴史をさかのぼっても人類が暮らしてきた、住みやすい土地であることがわかります。また、半径200~300mの人口動態調査を行うと実は子育て世帯がとても多く居住している。これは周囲の街や駅と比べて、家賃がリーズナブルという点が大きいのでしょう。あわせて、新宿まで通勤圏だったこともあり、仕事を引退した元気な高齢者も居住している。だけど、街のなかに集ったり交流したりする場所がない。駅前は、前述の通り、重い雰囲気で人が集う場所じゃない。だからこそ、駅前の団地を都市公園のように地域の人にひらいて、広場をつくろうと。ホシノタニ団地は、そもそものスタート地点がココにあるんです」(大島さん)

団地の一部にできた農園(写真撮影/嘉屋恭子)

団地の一部にできた農園(写真撮影/嘉屋恭子)

なんと、団地をリノベする時点でそこまで思い描いていたとは……。一般にリノベというと、見た目にどれだけ変わったかに目を奪われてしまいますが、本質的には「街の持つ力」や「建物の持つ強み」「課題」を明確にして、強みを最大化するという作業なんですね。建物や建築、デザインの影響力の大きさを感じます。

座間の持つポテンシャルがわかった大島さんたちは、近未来の街ビジョンとして、『こどもたちのための駅前広場のあるまち座間』と設定、行政にもかけあって「ホシノタニ団地」内に子育て支援施設「ざまりんのおうち かがやき」を誘致しました。あわせて「人と人をつなぐ団地」「人と街をつなぐ団地」を掲げ、団地の敷地内に会員制サポート付き貸し農園、ドッグラン、カフェなどをオープンさせました。すると、案の定、見えなかった座間市民の姿が見えるようになったのだといいます。

農園、団地の一階には喫茶ランドリーがある。風が心地よいテラス席がおすすめ(写真撮影/嘉屋恭子)

農園、団地の一階には喫茶ランドリーがある。風が心地よいテラス席がおすすめ(写真撮影/嘉屋恭子)

「ハタムスビ」と名付けられた農園(写真撮影/嘉屋恭子)

「ハタムスビ」と名付けられた農園(写真撮影/嘉屋恭子)

子育て支援施設からは子どもの声が聞こえる。いいですよね、子どもの声って(写真撮影/嘉屋恭子)

子育て支援施設からは子どもの声が聞こえる。いいですよね、子どもの声って(写真撮影/嘉屋恭子)

「農園やカフェ、子育て支援施設など、街の人たちが集える場所があると、今までいなかった、座間に暮らしていた人の姿が見えるようになるんです。もともと駅前だから人が来る『結節点』の役割ももっている。そこに来る人たちが楽しそうに子育てしたり、緑の手入れをしていると、また人が寄ってくるじゃないですか(笑)」と大島さん。

もちろん、冒頭で紹介した通り、「ホシノタニ団地」の住まいにも入居希望者が殺到。暮らす人が増えると商店も増え、交流が生まれて、新しいカルチャーが醸成されていく……。団地リノベによってこうして「正のスパイラル」が生まれたのです。

団地の一部は市営住宅に。緑に囲まれているのでシームレスなのもすてきです(写真撮影/嘉屋恭子)

団地の一部は市営住宅に。緑に囲まれているのでシームレスなのもすてきです(写真撮影/嘉屋恭子)

生まれ変わったのは団地じゃない、座間駅や街そのもの

「ホシノタニ団地」が成功したことで、座間の街に活気、人の姿が戻ってきました。そこで今回の本題である「座間駅前広場」の再整備に着手したのだといいます。

「先程も紹介したとおり、団地のリノベ時から、商業施設の衰退や街の元気のなさは、ずっと気になっていたんです。そのため、商業施設含めて、建物の修繕が発生するタイミングを見計らって、駅前一帯の活用を提案しました。それまで駅前にドーンって、駐輪場があったんですよ。よくある郊外の駅前の風景かもしれませんけれど、これは駅を通り過ぎる場所としてしか認識していないからのデザインですよね。住む人のためになっていない」と大島さん。

座間駅前にできたベンチと植栽。カフェがあるので、コーヒー片手にぼんやりできます(写真撮影/嘉屋恭子)

座間駅前にできたベンチと植栽。カフェがあるので、コーヒー片手にぼんやりできます(写真撮影/嘉屋恭子)

郊外の駅は座間に限らず、どこも同じ設計となっていることが多いでしょう。もちろん、駅近くに必要な施設や設備は、人や世代によって異なり、交通の要衝としてバスの発着場やロータリー、駐輪場も必要ではありますが、住む人、歩く人を中心に考えたとき、よいデザインかというと、実はそうとは言い難いもの。人が集まる駅前だからこそ、自然にいたくなる/過ごしたくなる/交流したくなる、緑やベンチのようなユーザーフレンドリーな設備やデザインのほうが、価値は高いように思います。

「今回は、建物全体のサインやビジュアルの統一、駐輪場だった場所を緑広がる庭『ざまにわ』と商業施設内にあるレンタルスペースを『ざまのま』としての整備を行いました。団地の延長上というかあえて、敷地の境界をぼかすことで、『みんなの中庭』『みんなの仕事部屋』という設計。住む人、駅前にいる人に居場所をつくるデザインです」と大島さん。

「ホシノタニ団地」や座間駅前のこうした再整備は、沿線の開発を行っている小田急電鉄、商業施設を運営している小田急SCディベロップメントなどにも、大きな印象を残したようです。

「ホシノタニ団地の建物は、もともと小田急電鉄の社宅ということもあり、現在の電鉄の役員の方々も、新人のころにお住まいだったようです。『俺は座間の価値を知っていたよ』なんていわれたこともあります(笑)」と大島さん。眠っていた価値を発掘するのは、やはりリノベならではのおもしろさではありますよね。

小田急SCディベロップメントの担当者によると、思わぬ波及効果があったそう。
「まず、駐輪場をロータリー内に配置したことで無断駐輪は明らかに減りました。また建物、敷地などが一新されたことにより、早朝のゴミ拾いやベンチ清掃など地元のボランティアの方たちが以前にも増して活動して下さるようになりました」

座間駅前のロータリーの様子。外観が統一され、おしゃれな印象に(写真撮影/嘉屋恭子)

座間駅前のロータリーの様子。外観が統一され、おしゃれな印象に(写真撮影/嘉屋恭子)

なるほど、統一感あるキレイな空間ができると、汚しにくくなるというか、キレイにしたくなるのが自然な行動なんですね。地域の人を結びつける働きもありそうです。

「座間だけに限らず、高度経済成長期に建設されたニュータウンや建物は孤立化、高齢化が進んでいます。でも、交通や商業施設、医療施設などが集積した駅前は住む人たちのハブ、中心地、拠点となる可能性があるんです。価値が眠っているといってもいい。それを居場所として整備する。それが私たちの仕事でもあるんです」(大島さん)

実際に駅に行ってみると、駅周辺に木々や広場、憩いの場があり、「なんだか居心地がいい」「おしゃべりしたくなる」というのがよくわかります。ほかにも、駅の観光協会区画はレンタルスペースとして「ざまのま」が誕生しましたが、利用者からは駅近で使いやすくとても好評だとか。現在は英会話教室などのスクールもはじまったそうで、地域に必要な場所として活用されているといいます。

植栽が豊富なため、手入れには専門の業者が入っていて、座間の名物でもある「ひまわり」を多く植栽しているといいます。そういえば、座間には首都圏では55万本のひまわり畑という名物がありますが、これにあわせて、昨年は「イルミネーション」を実施したそう。こうして見ると、座間の人、地元の人自身が、地元の良さを発見していくという利点もある気がします。

人口減少、高齢化、人々の孤立化、今まであったコミュニティの機能不全、空き家の増加。座間で起きている問題は、今、日本中で起きている問題でもあります。「ホシノタニ団地」「ざまのま」「ざまにわ」は単なる「成功したプロジェクト」ではなく、成熟した今の時代に必要なディベロップメント、処方せんなのではないでしょうか。

●取材協力
ブルースタジオ

コロナ禍で増える自転車のマナー違反! まちづくりと人に警鐘

コロナ禍で公共交通機関を避け、通勤も含めて自転車を利用する人が増えているようだ。一方で、近年の自転車ブームもあり事故も増加傾向に。安心して自転車に乗れる街づくりのために、何が必要なのか? 自宅から会社まで直接自転車で通勤する人を「自転車ツーキニスト」と呼び、そのスタイルを提唱。自転車に関する著述活動を行っている疋田智さんに話を伺った。
駐輪場や自転車通行帯等の整備は進んでいるのだが……

自転車産業復興協会によれば2020年6月の1店舗あたりの新車平均販売台数は前年同月比で+8.1台。1店舗につき前年同月より平均8台以上も売れているということ。コロナ禍で満員電車をはじめ公共交通機関を避ける動きが現れている一例だろう。

疋田智さん(写真提供/疋田智さん)

疋田智さん(写真提供/疋田智さん)

「確かに、日ごろから自転車通勤している私の体感として、自転車ユーザー(サイクリスト)は少し増えているように思います。それに比例するように、交通ルールを守らない人も目立つようになりました。これは、今まで自転車に乗っていなかった人が増えたからではないでしょうか」

そもそも2011年の東日本大震災を機に、サイクリストがグンと増えたと疋田さん。それを受けるかのように、2012年から警視庁(管轄は東京都)が「自転車ナビマーク・自転車ナビライン」の設置を開始するなど、自転車の通行帯を整備する動きが加速している。多くの人が車道の路肩や歩道内に、自転車が通行できることを示すマーク等を見かけるようになったのではないだろうか。

自転車の通行帯は、地方独自のものもあり、さまざまな種類がある。写真は警視庁(東京都)の「自転車ナビマーク・自転車ナビライン」(写真/PIXTA)

自転車の通行帯は、地方独自のものもあり、さまざまな種類がある。写真は警視庁(東京都)の「自転車ナビマーク・自転車ナビライン」(写真/PIXTA)

また駐輪場の整備も進んでいる。なかには定位置に自転車を置いて、ボタンを押すだけでそのまま地下に吸い込まれていく機械式駐輪システムもあり、「日本はハイテクだ!」と海外でも話題になったほどだ。東京都だけを見ると、山手線の駅はほぼ全てに地下駐輪場が設けられ、駅前の違法駐輪が随分と解消されている。

品川駅港南口(東口)にある地下駐輪場(こうなん星の公園自転車駐車場)。5基あり1020台収納可能。自転車に取り付けるICタグを機械に読み込ませて入庫させ、出庫時はICカードで操作する(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

品川駅港南口(東口)にある地下駐輪場(こうなん星の公園自転車駐車場)。5基あり1020台収納可能。自転車に取る付けるICタグを機械に読み込ませて入庫させ、出庫時はICカードで操作する(撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「京都市も中心街の地下に大きな駐輪場を設置しています。過去には雨でも傘を差さず安全に運転できるよう100円でカッパを買えるような試みもしていて(現在は撤去済み)、現在も自転車ユーザーが快適に利用できるような施策を常に模索しています」。このように日本の駐輪環境は、進化しつづけていると言っていいだろう。

御射山自転車等駐輪場(写真提供/疋田智さん)

御射山自転車等駐輪場(写真提供/疋田智さん)

かつて雨具を販売する試みも行っていた(写真提供/疋田智さん)

かつて雨具を販売する試みも行っていた(写真提供/疋田智さん)

コロナ禍で見えてきた、日本の自転車環境の問題

一方で、ここ数年の自転車事故が全事故に占める割合は増加傾向にある。「サイクリストや車のドライバーを含め、日本人があまり自転車走行のルールをよく分かっていないことが原因だと思います」と疋田さん。
そこには日本人の「自転車観」が大きく影響しているという。そもそも自転車は「軽車両」。リヤカーや人力車などと同じカテゴリーの「車両」の1種であり、道路交通法では自動車などと一括りに「車両等」と表記される。また「車両等」であるから、原則は車と同様、車道の左側に寄って走ることと、道路交通法にも定められている。「世界的にも、車と自転車は同一方向を走ることが義務付けられています」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

ところが多くの人は、「自転車は自動車と同じカテゴリーではなく、歩行者に近い存在の乗りものだと捉えています」。この認識のズレが、歩道を走ったり車道の右側を走るサイクリストが絶えない原因であり、交通事故を増やす要因の一つになっているのだ。

「え、でも自転車は歩道を走れるでしょ?」と思うかもしれないが、実は「一定の条件下」と道路交通法では定められているのだ。その一定の条件とは1.道路標識などにより通行できることが示されている歩道2.自転車の運転手が、児童や幼児、高齢者、障碍者など、車道を通行すると危険だと政令で定められた者であるとき3.政令で定められた場合以外でも、安全に走るためには歩道を走行してもやむを得ないと認められるとき、の3つ。しかも全ての場合で徐行が義務づけられている。とはいえ、あまり知られていないのが実情だ。

「まずは、自転車は車道を走る“車両”であるという認識から再スタートしないと、いつまでたっても事故は減らないのではないでしょうか」と疋田さんは警鐘を鳴らす。

京都市から見えてきた「自転車の乗りやすい街づくり」のヒント

ここまで見てきたように、日本のサイクリスト人口は確実に増え、駐輪環境は整備されつつあるものの、交通ルールの徹底がまだまだ行き届いていない。だからこそ自転車が関わる事故が、今後も増えてしまう危険がある。

もちろん、誰もが手をこまねいているわけではない。例えば京都市。2014年度を「自転車政策元年」と位置付け、さまざまな自転車の走行環境整備などを進めている。車道や歩道内の自転車の通行帯の多くは、例えば渋谷駅から六本木駅を結ぶ国道246号の路肩など、A地点からB地点を結ぶ“線”で設置されることが多いが、京都市の場合は「まずは〇〇通と〇〇通に囲まれた街区」というように、“面”で設置していると疋田さん。

京都の道路(写真提供/疋田智さん)

京都の道路(写真提供/疋田智さん)

(写真提供/疋田智さん)

(写真提供/疋田智さん)

色のついたエリアが京都市の自転車走行の環境が整備された箇所。このように「面展開」されている(画像出典:「京都市サイクルサイト」より)

色のついたエリアが京都市の自転車走行の環境が整備された箇所。このように「面展開」されている(画像出典:「京都市サイクルサイト」より)

「細い路地の多い街区なので、みんなが左側通行を守り、速度も出さない(出せない)ため事故も減りました。それを隣の街区、さらに隣へという具合に面展開しているのです」。設置された街区で頭でも体でもルールを覚えたサイクリストたちは、エリアが広がっても同様にルールを守るようになる。「ここ10年間の自転車に関する施策の中で一番のヒットだと思います」

また世界中のサイクリストから人気の高い「しまなみ海道」を擁する愛媛県では、2015年から県立高校で自転車通学する生徒のヘルメット着用を義務化。ここまでは他地域でも昔からよくある話だが、その際に、かつての白くて丸いヘルメットではなく、ロードバイク用の安全性や空力性、デザイン性を考慮したヘルメットを無償提供したこともある(2015年度。2016、2017年度は購入費用の一部補助)。「だから学生が、田舎くさく見えない。爽やかだし、カッコいいんです」

こうしたヘルメットで自転車に乗ることを覚えた高校生は、大人になっても「ヘルメット=ダサい」いう感覚がないため、大人になっても被り続けるようになると疋田さん。実際、疋田さんも参加している「自転車ヘルメット委員会」の2020年7月に実施した全国調査によれば、47都道府県でヘルメット着用率の1位は29%で愛媛県がトップだった。以下長崎県の26%、鳥取県の18%と続く。

ヘルメット装着によって実際に死亡事故が防がれている。なかには、追突された衝撃で頭部がフロントガラスにぶつかり、フロントガラスが割れるなどの事故が起こったが、ヘルメットをきちんとかぶっていたために、命を守ることができたそう(写真提供/愛媛県教育委員会)

ヘルメット装着によって実際に死亡事故が防がれている。なかには、追突された衝撃で頭部がフロントガラスにぶつかり、フロントガラスが割れるなどの事故が起こったが、ヘルメットをきちんとかぶっていたために、命を守ることができたそう(写真提供/愛媛県教育委員会)

自転車先進国には「車の進入禁止」エリアもある

海外からヒントを学ぶ方法もある。「自転車先進国とよく言われるのはデンマーク、オランダ、ドイツです。これらの国々には“ゾーン30”と呼ばれるエリアがたくさん設定されています」

ゾーン30とは歩行者から車まで、すべてが30km/h以内で移動しなければならないエリア。「そこではウサイン・ボルト(ロンドンオリンピック決勝時の最高速度は約45km/h)も全速力で走ってはいけないんです(笑)」

30km/h以下ならお互いが衝突を避けやすく、万が一ぶつかっても死亡事故に至る確率も低い。「さらに自家用車の進入を禁止したゾーン30もあります。例えばドイツのミュンスターやフライブルクなどがそうです。エリア内に住む人々の自家用車の駐車場はゾーン30の外に設定し、中に入れるのは物流用トラックと公共機関のバスだけ。おかげで交通事故や渋滞が減ったのはもちろん、空気がきれいになり、住民の健康寿命が延びて医療費が抑えられたという話も。ゾーン30にしたおかげでいくつもの果実を得られた例です」

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

ドイツ・ミュンスターにて。“ここから先は歩行者限定”ということを表す標識(写真提供/疋田智さん)

ドイツ・ミュンスターにて。“ここから先は歩行者限定”ということを表す標識(写真提供/疋田智さん)

日本にも住宅地を中心にゾーン30が設定されているエリアはいくつもあるが、自家用車まで規制しているところはない。

そもそも一定条件下とはいえ、歩道を通れるようになったのは、高度経済成長期の道路交通法の改正によるもの。当時の急激なモータリゼーションの高まりから、クルマの数が激増し、自転車との事故が増えた。このため自転車を緊急避難的に歩道に上げてしまった。要するに車道に自転車レーンを設けるインフラ整備が追いつかないための苦肉の策だったわけだ。

地震大国日本にとって自転車は強力な武器になる

しかも自転車環境を整備していくメリットは、事故を減らすだけはない。地震大国である日本にとって、自転車は減災の大きな武器になるようだ。「東京大学大学院(都市工学)にいたころ、構造計画研究所と共同で、宮崎県日南市を例に、地震による津波が発生した場合のシミュレーションを行ったのですが、自転車による避難がとても有効であることが分かりました」

日南市(写真提供/疋田智さん)

日南市(写真提供/疋田智さん)

日南市油津近くの海岸通り(写真提供/疋田智さん)

日南市油津近くの海岸通り(写真提供/疋田智さん)

それによると、25分以内に避難しなければならないと仮定した場合の避難完了率、つまり逃げ遅れが最も少ない順は、1位が欧州仕様の電動アシスト自転車(24km/h以上でもモーターがアシストしてくれる)で、次いで日本の電動アシスト自転車(24km/hまでモーターがアシストしてくれる)、普通の自転車、徒歩、車という順位になった。これは5つの手段の利用割合がいずれも20%としてシミュレーションした結果で、「車の利用率が十分低くて渋滞が起こらなければ一番早いのですが、渋滞が起こるほど交通量が増えると一番遅くなるのです」

シミュレーションの設定条件次第では上記の順位は変わるが、少なくとも自転車は徒歩より早く津波から逃げられる。地震大国日本の避難方法としては有効な手段だし、素早く避難するためにも、やはり交通ルールの徹底など自転車の利用環境の整備をすることは、減災に繋がると言えるではないだろうか。

それに自転車が走りやすくなれば、サイクリストも増えるだろう。それは健康な人が増える、ということでもある。疋田さんの例で言えば「84kgの体重が1年で67kgに減り、コレステロール値や中性脂肪値、尿酸値、空腹時血糖値などが、すべてC判定からA判定になりました」。健康な人が増えれば、医療費の抑制にも繋がる。

このように自転車環境を整えるということはメリットがたくさんある。では、今後日本で自転車環境を整えていくには、何が必要か。まずは、一見遠回りに思えるかもしれないが、自転車は車両である、という原点を再認識することから始めることではないだろうか。「そこから左側走行をはじめとした原則を再確認すれば、交通ルールの徹底や、自転車環境整備も進みやすくなり、事故も減ると思います」。自転車先進国だけでなく、日本にとって多くの果実を生む可能性のある自転車。丁寧にその環境を育てる時期にきているようだ。

●取材協力
疋田智さん
1966年生まれ。自転車で通勤する人=「自転車ツーキニスト」NPO法人自転車活用推進研究会理事、学習院生涯学習センター非常勤講師、某TV局プロデューサーも兼ねる。メールマガジン「週刊自転車ツーキニスト」は2006年の“メルマガオブザイヤー”総合大賞を受賞。
>疋田智の週刊自転車ツーキニスト

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