”銭湯図解”で銭湯建築や人の営み描く。映画『湯道』看板娘モチーフになった塩谷歩波さん、「小杉湯」番頭経てホテルやサウナ等も図解する画家・文筆家に

塩谷歩波さんは、銭湯の建物内部を俯瞰図で描く「銭湯図解」シリーズがSNSで人気を博し、刊行した著書が話題沸騰! 銭湯図解とは、銭湯を観察しメジャーなどでさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んでいくもの。塩谷さんの半生はドラマ化(2022年『湯あがりスケッチ』)され、2023年2月23日に自身がモチーフになったキャラが登場する映画『湯道』(企画・脚本:小山薫堂、主演:生田斗真)が公開されます。学生時代、建築を専攻し、設計事務所、高円寺(東京都杉並区)の銭湯「小杉湯」の番頭兼イラストレーターを経て、画家・文筆家へ。建築を描くことで見えてきたものとは。図解イラストを解説しながらたっぷり話していただきました。

画家・文筆家の塩谷歩波さん。現在は、銭湯以外の絵の仕事も注目されている(写真撮影/三浦えり)

画家・文筆家の塩谷歩波さん。現在は、銭湯以外の絵の仕事も注目されている(写真撮影/三浦えり)

銭湯での人のふるまい、美しいと思った瞬間を伝えたい

――銭湯図解からは、建物の構造だけでなく、インテリアや小物までが細かく描かれています。銭湯を図解しようと思ったきっかけを教えてください。

塩谷歩波さん(以下、塩谷):「銭湯ってめっちゃいいじゃん」という純粋な気持ちですね。

銭湯に出合ったのは、当時勤めていた設計事務所を体調不良で休職していたころ。半分鬱のような状態で、同期の人と比べると自分が恥ずかしい人間であるように感じ、同世代の人と話すのがとても怖かったんです。ちょっと人間不信になっていました。

そういうときに銭湯で会う人たちは、自分の日常では絶対出会わない人が多くて。おばあちゃんと裸で知り合うことってないですよね。それが自分にとっては、いい非日常感で、日常から離れていたからこそ、違う人間になることができた。おばあちゃんに突然話しかけられても、ドラマや映画で見た番頭さんのように快活に話すことができました。自分が銭湯の一員になったように感じて、すごく癒やされたんですよね。まだ銭湯に行ったことのない友人に魅力を伝えるために描いたのが初めての銭湯図解でした。

初めて描いた銭湯図解には、友人に向けて寿湯のおすすめポイントが書かれている(画像提供/塩谷歩波さん)

初めて描いた銭湯図解には、友人に向けて寿湯のおすすめポイントが書かれている(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺にある小杉湯の銭湯図解。湯船に漬かる人、着替える人、昭和を感じるレトロなインテリアもいい(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺にある小杉湯の銭湯図解。湯船に漬かる人、着替える人、昭和を感じるレトロなインテリアもいい(画像提供/塩谷歩波さん)

洗い場で背中を流し合う人たち。湯けむりやほっとした息づかいまで聞こえてきそう!(画像提供/塩谷歩波さん)

洗い場で背中を流し合う人たち。湯けむりやほっとした息づかいまで聞こえてきそう!(画像提供/塩谷歩波さん)

『銭湯図解』(2019年2月刊行)は多数のメディアに取り上げられた。2022年には、エッセイ本も出版(画像提供/中央公論新社・双葉社)

『銭湯図解』(2019年2月刊行)は多数のメディアに取り上げられた。2022年には、エッセイ本も出版(画像提供/中央公論新社・双葉社)

――銭湯図解には、多くの人物も描かれていますね。銭湯でくつろぐ人物の絵を見ると、湯けむりや窓からの光、露天の風まで感じられます。

塩谷:銭湯でほっとして、目をほかに向けてみると、そこでの人の触れ合いがすごく愛おしく思えて。おばあちゃん同士が背中を流し合いながら話している姿はどこか癒やされるものがありました。当時、銭湯好きの方がブログやTwitterで銭湯について書いたものはありましたが、カラン(蛇口)の数や浴室の温度などデータ的な紹介が多かったんです。銭湯での人のふるまいや、私が美しいと思った瞬間が語られていないのはもったいないと思いました。

銭湯図解は緻密な表現が魅力(画像提供/塩谷歩波さん)

銭湯図解は緻密な表現が魅力(画像提供/塩谷歩波さん)

番台のある待合所、男女の脱衣所、浴室などが一望できる(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

番台のある待合所、男女の脱衣所、浴室などが一望できる(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

機能を兼ね備えたデザイン、地域性、文化性、銭湯建築は面白い

――Twitterなどではどのような反響がありますか?

塩谷:最初のころは、銭湯ファンの方から、「銭湯の良いところが描かれていてスゴイ」と再現性を言われることが多かったですね。建築ファンの人からは、「銭湯に建築的な面白さがあったんだ」という驚きの声が寄せられました。学校の授業でも、建築の本でも、建築の目線から銭湯が語られることってまずなかったんです。銭湯のような大衆的な建物を絵におこしてみることに、意外と価値があると気づいた人が多かったです。機能を兼ね備えたデザインで、時代や場所によって浴槽の形が違うなど、文化性、地域性があるところが面白いんですよ。

あとは、「すごく癒やされる」という声もありました。自分が同じような経験をしたので、心が疲れている人からのコメントがいちばん嬉しかったですね。私と同じようにあの風景に癒やされる人がいるんだなと。

――設計事務所から高円寺の銭湯「小杉湯」に「番頭兼イラストレーター」として転職した後、アトリエエンヤを立ち上げ、小杉湯を退職してから画家として独立されています。振り返って、銭湯図解はどのようなものだったと思いますか?

塩谷:自分が絵を仕事にする可能性をつかんでくれた、そういう絵だったと思います。まさか自分が絵を専門に描く仕事をするとは夢にも思ってみませんでした。銭湯図解によって私の人生は大きく変わりました。小杉湯にいたころは、運営する立場から銭湯を見ていましたが、今はいち銭湯ファン。銭湯に行くのは一週間に一回程度になりました。東京だけでなく旅先の銭湯もすごく面白いんです。これからもいい銭湯があれば、伝えていきたいと思っています。

小杉湯の浴室。湯気を抜くために天井が高くつくられている。これほど高い天井の建物は、今は建築するのが難しいという(画像提供/塩谷歩波さん)

小杉湯の浴室。湯気を抜くために天井が高くつくられている。これほど高い天井の建物は、今は建築するのが難しいという(画像提供/塩谷歩波さん)

銭湯でのイベントで講演をする塩谷さん。なんと小杉湯では、著書『銭湯図解』1000冊を完売。本を片手に銭湯巡りをする人も現れた(画像提供/塩谷歩波さん)

銭湯でのイベントで講演をする塩谷さん。なんと小杉湯では、著書『銭湯図解』1000冊を完売。本を片手に銭湯巡りをする人も現れた(画像提供/塩谷歩波さん)

制作に1枚1カ月かかることも。角度をつけて建物内部を俯瞰的に描く

――図解に用いられている図法について教えてください。どういう意図で用いられているのでしょうか。

塩谷:アイソメトリックという建築図法で、角度をつけて建物内部を俯瞰的に描いています。本来は三方の軸がそれぞれ等しい角度で見えるように立体を投影するものが多いのですが、「銭湯図解」では、それぞれの銭湯によって、「どこを見せたいか」を考えて、角度や断面の表現を調整しています。例えば、脱衣所の人物も番台も見せたい場合、間の壁を切り抜いて、両方を見せています。

要所で壁を切り抜いて、番台や待合所の雰囲気、脱衣所や浴室を1枚の絵で表現(画像提供/塩谷歩波さん)

要所で壁を切り抜いて、番台や待合所の雰囲気、脱衣所や浴室を1枚の絵で表現(画像提供/塩谷歩波さん)

映画『湯道』の銭湯「まるきん温泉」の下書き。映画では架空の銭湯なので、資料を参考にしたが、本来は、取材に行き、実測データを元に縮尺を決めて用紙に下書きする(画像提供/塩谷歩波さん)

映画『湯道』の銭湯「まるきん温泉」の下書き。映画では架空の銭湯なので、資料を参考にしたが、本来は、取材に行き、実測データを元に縮尺を決めて用紙に下書きする(画像提供/塩谷歩波さん)

人物の表情はペン入れの際、さらに細いペンで描き込む。銭湯図解ににぎわいが生まれる瞬間(画像提供/塩谷歩波さん)

人物の表情はペン入れの際、さらに細いペンで描き込む。銭湯図解ににぎわいが生まれる瞬間(画像提供/塩谷歩波さん)

透明水彩で着彩。玄関でお客さんに対応している『湯道』の主人公・三浦史朗(生田斗真)の姿も(画像提供/塩谷歩波さん)

透明水彩で着彩。玄関でお客さんに対応している『湯道』の主人公・三浦史朗(生田斗真)の姿も(画像提供/塩谷歩波さん)

建物には、人の行動がデザインされている

――最近では、高円寺や西荻窪にある店舗や全国のホテル、ゲストハウス、サウナなどの建築図解も描かれています。きっかけは?

塩谷:2019年に書籍『銭湯図解』を刊行した後、銭湯以外の建物を描きたいと思い、2020年にアトリエエンヤという屋号を掲げてお仕事でほかの建物も描くようになりました。高円寺の酒場兼古本屋の「コクテイル書房 図解」を描いたのは、書籍を出した直後ですね。当時、高円寺に住んでいて、街への愛情が高じた結果、高円寺の中で一番魅力的な建物であるコクテイル書房を描きたくなったんです。

建物は古く、オーナーがDIYしている箇所がたくさんあって、「これ何ですか?」って聞くとひとつひとつにストーリーがあるんです。絵を描くことで、そこの人たちの歴史を感じられるのがいいなと思いました。

高円寺にあるコクテイル書房の1階の図解。拾ってきた流木が天井に吊るされているなど、店主の趣味が反映された空間が面白い(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺にあるコクテイル書房の1階の図解。拾ってきた流木が天井に吊るされているなど、店主の趣味が反映された空間が面白い(画像提供/塩谷歩波さん)

――街や店舗を描くとき、銭湯を図解するときと違った発見はありましたか。

塩谷:人が服を着ていることですかね(笑)。また、街や建物によって人の動き方って全然違うんですよ。自分で建物を設計していたときに、建物によって、人のふるまいが変わることに一番興味があったんです。行動をデザインした建物が好きなんです。そういう建物は、描きながら、オーナーや設計者の意図が伝わってきて感動します。描いていて楽しい所ですね。

塩谷さんが愛する西荻窪の路地(画像提供/塩谷歩波さん)

塩谷さんが愛する西荻窪の路地(画像提供/塩谷歩波さん)

街歩きでふらっと入った西荻窪の居酒屋「しんこぺ」のホットケーキを描いた絵がTwitterでバズり、期間限定メニューが定番の人気メニューに(画像提供/塩谷歩波さん)

街歩きでふらっと入った西荻窪の居酒屋「しんこぺ」のホットケーキを描いた絵がTwitterでバズり、期間限定メニューが定番の人気メニューに(画像提供/塩谷歩波さん)

カウンターでホットケーキが出てきたときの塩谷さんの感動が絵から伝わってくる(画像提供/塩谷歩波さん)

カウンターでホットケーキが出て来た時の塩谷さんの感動が絵から伝わってくる(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺や西荻窪の建物を描くことで、人の動きが見えてくる

――描いていて面白いのはどんな街?

塩谷:ガイドブックに載っていない路地がある、歩いて楽しい街ですね。高円寺は、雑多な感じで「東京のインド」と言われたりするんですけど、全然整備されていない街全体のカオスな感じがいい。西荻窪は、趣味が高じてお店をやっている人が多くて、お店はオーナーの城。建物にオーナーの世界観があって、街全体よりひとつひとつが面白いんです。

西荻窪の日本茶スタンド「Saten」。現代的な建物に和の意匠を取り入れている(画像提供/塩谷歩波さん)

西荻窪の日本茶スタンド「Saten」。現代的な建物に和の意匠を取り入れている(画像提供/塩谷歩波さん)

緑色は抹茶をイメージした色。カウンターの奥にあるオレンジの壁は、「床の間」風コーナー。左のテラスにいるフレンチブルドッグを連れた人は実在する常連さん(画像提供/塩谷歩波さん)

緑色は抹茶をイメージした色。カウンターの奥にあるオレンジの壁は、「床の間」風コーナー。左のテラスにいるフレンチブルドッグを連れた人は実在する常連さん(画像提供/塩谷歩波さん)

描くことで、自分の好きなことをより深く理解できる

――2023年2月21日から、個展が開催され、23日から映画「湯道」が公開されます。見どころを教えてください。

塩谷:映画に登場する「まるきん温泉」は、形としては京都にありそうな銭湯です。企画・脚本の小山薫堂さんも温泉・銭湯好きなので、今までの記憶の中から、好きな銭湯を繋ぎ合わせたのでしょうね。監督や映画スタッフとつくりあげた理想の銭湯を感じてみてください。

『湯道』2月23日(木・祝)全国東宝系にて公開(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

『湯道』2月23日(木・祝)全国東宝系にて公開(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

撮影後に描いた「湯道」に登場する銭湯「まるきん温泉」(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

撮影後に描いた「湯道」に登場する銭湯「まるきん温泉」(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

塩谷:「まるきん温泉」の銭湯図解を描くのがとても面白かったんです。「まるきん温泉」は、セットでつくった架空の銭湯。資料から読み解く謎解きみたいで。実在しない建物も描けるんだなと気づきました。

個展では、実在しない建物の図解作品を展示します。テーマは、「家」。家はなじみ深いですが、隣の家って見たことありませんよね。同じ間取りなのに全然違う世界が広がっている。その人が考えていることが知らず知らず広がっている。面白さもあるけど怖さもある。そういうものが「家」じゃないかと思っています。

原画販売も初めて行う。5作品のひとつ、おばけの家。おばけには足がなく透けるので階段も扉もない(画像提供/塩谷歩波さん)

原画販売も初めて行う。5作品のひとつ、おばけの家。おばけには足がなく透けるので階段も扉もない(画像提供/塩谷歩波さん)

――街歩きや店舗を見るとき、どんな所に目を向けるとよいですか?

塩谷:アイソメトリックで描くことは建築の知識がないと難しいと思いますが、街や建物のどういう空間でどう人が動いているかよく見ると、さまざまな気づきがあります。建物の素敵な所をスマホで撮って終わりではなく、スケッチでも文章でもほかの表現に落とし込んでみると、何で好きと思ったのか、より深く理解できます。

――塩谷さんとって「描く」のはどういった意味をもつ行為でしょうか。

塩谷:描いていると、自分がなぜこの建物が好きなのか再確認できます。下書きしながら、この建物はこんなに面白く見えるんだなあって。色を塗ったり、人物を入れると、絵の中で世界ができていく。描けば描くほど豊かな世界になっていく。完成までワクワク感を抱えていますね。

絵は、自分をこの場所に連れてきてくれた大事なものであると同時に、描き続けるのが辛いときもある。好きとか嫌いとかを超えて、離れられない。表現をする人は同じことを言うと思います。寺社仏閣や教会、世界遺産の建物、民家、古いホテルや民宿、純喫茶、海外の建物……描いてみたいものがたくさんあるんです。これからも、人のふるまいや美しい瞬間を感じられる絵を描いていきたいです。

アトリエからは、試行錯誤を繰り返した創作の様子が伝わってくる。今年の秋口まで仕事はいっぱい(画像提供/塩谷歩波さん)

アトリエからは、試行錯誤を繰り返した創作の様子が伝わってくる。今年の秋口まで仕事はいっぱい(画像提供/塩谷歩波さん)

図解を描いた塩谷さんの思いを伺い、「なんかいいな」と感じていた建物がどういう思いでつくられているのか考えを巡らせたり、人の動きを観察するのが、面白く感じてきました。自分が住んでいる街や街歩きがもっと楽しくなりそうです。

●取材協力
塩谷歩波(Twitter)

●映画公開情報
『湯道』
2月23日(木・祝)全国東宝系にて公開
企画・脚本:小山薫堂(『おくりびと』)
監督:鈴木雅之(『HERO』シリーズ、『マスカレード』シリーズ)
音楽:佐藤直紀
出演:生田斗真、濱田岳、橋本環奈 ほか
©2023映画「湯道」製作委員会

Twitter

高円寺の愛され純喫茶を訪ねて。『純喫茶コレクション』著者・難波里奈さんと、私語禁止の名曲喫茶や老舗店で昭和レトロを味わう

住んでいる街、住みたくなる街の要素はいろいろありますが、「好きなお店がある」のも大事なポイントです。中でも、 “純喫茶” (※1)は街のオアシス的な存在。散歩の途中にひと休みしたいときや、集中して読みたい本があるとき、居心地の良い空間とおいしい飲み物を出してくれる……。そんなお気に入りのお店があると、日常がもっと豊かになるはずです!
今回は、「日常をもっと素敵にしてくれる純喫茶」をテーマに、自分に合った純喫茶を見つけるコツや、その魅力を探ります。案内してくれるのは、純喫茶を愛するあまりほとんど毎日のように通っているという、東京喫茶店研究所二代目所長(※2)の難波里奈さん。
難波さんが好きな街、東京・高円寺を一緒にめぐりながら、「街に好きな純喫茶がある暮らし」を追体験してみましょう。

※1 純喫茶・・・お酒を出す「カフェー」と区別して、珈琲や軽食のみを提供した店を呼ぶ際に、昭和初期より使われるようになった言葉。本文中では90年代のカフェブーム以前の、昭和レトロな喫茶店を「純喫茶」としています(インタビューにおこたえいただいた方による呼称は、発言による)
※2 東京喫茶店研究所二代目所長・・・研究所は架空の存在。その一代目所長は写真家・詩人の沼田元氣さん

難波里奈さん流、好きな純喫茶の探し方

難波里奈さんは今まで日本全国2000件以上の純喫茶を訪ねたという、純喫茶の探究者。『純喫茶コレクション』(河出書房新社)や『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ)、『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)など著書も多数あり、純喫茶を語るスペシャリストとして知られています。

難波さんの著書

難波さんの著書

難波さんの著書を見ると、数えきれない程の素敵な純喫茶が紹介されています。難波さんはどうやって、それらの純喫茶を見つけているのでしょうか。

東京喫茶店研究所二代目所長 難波里奈さん。各地の純喫茶を訪ね歩き、愛する店の記憶を残す活動は、多数の著書としてまとめられている(写真撮影/相馬ミナ)

東京喫茶店研究所二代目所長 難波里奈さん。各地の純喫茶を訪ね歩き、愛する店の記憶を残す活動は、多数の著書としてまとめられている(写真撮影/相馬ミナ)

「今は、喫茶店に行く前に、おそらくスマートフォンで調べると思います。でも私が純喫茶通いを始めた頃は、スマートフォンはまだなくて。だから『街ありき』だったんです。

気になった駅で電車を降りて、その街をひたすら3時間ぐらい歩き回る。途中でたまたま見つけた喫茶店に入って、そのお店が好きだと街にまた行く理由ができる……という感じの散歩を繰り返しています。

もちろん失敗することもあります。でもそれは悪い事ではなくて。何で好きじゃないのかと掘り下げることで『好き』を探る理由にもなるので」(難波さん)

今は誰でも事前に、お店の評価が点数化されたサイトを確認することができます。でも、それはあくまで他人の評価。

「喫茶店も相性。だから正解というものはないのかもしれません。まずは行ってみて、自分の好みを自分で知るしかないですね」(難波さん)

難波さんは好きな喫茶店を見つけたら、その空間に身をゆだねつつ、自らの感覚に頼って観察するそうです。

「ひとつのお店でも、何度か通って違う席に座って、さまざまな角度から見える風景を観察します。あるいはいろいろなお店を訪れて、全ての店でレモネードを頼んで、その違いに注目してみたり、ランプのデザインや明度をチェックして比べてみたり、など定点観測的な楽しみ方もあります。切り口は無限です」(難波さん)

Instagramのアカウント「純喫茶コレクション」には日々の記録が。難波さんの探究の一端を知れる、純喫茶好きならフォロー必須のアカウント(写真提供/難波里奈)

Instagramのアカウント「純喫茶コレクション」には日々の記録が。難波さんの探究の一端を知れる、純喫茶好きならフォロー必須のアカウント(写真提供/難波里奈)

純喫茶めぐりの達人、難波里奈さんによる高円寺案内

各地へ旅をするのはいつも純喫茶訪問が目的だという難波さんに、今回その魅力を伝えるべく案内してもらうのは、学生の頃から好きで頻繁に訪れている中央線の高円寺駅周辺。この街でお気に入りの純喫茶で憩ったり、店主の方と語らったりといったことが、生活の一部だそうです。

何より、高円寺は注目すべき純喫茶が多い街でもあります。
特に思い入れがあるという2店舗、名曲喫茶「ルネッサンス」、「カフェ ブーケ」に伺いました。
純喫茶は高円寺の街でどのように愛され、そしてどんな物語をつむいできたのでしょうか。

高円寺のパル商店街。高円寺には純喫茶はもちろん、いたるところに昭和レトロなテイストが宿っている(写真撮影/相馬ミナ)

高円寺のパル商店街。高円寺には純喫茶はもちろん、いたるところに昭和レトロなテイストが宿っている(写真撮影/相馬ミナ)

昭和20年代の香りを残す、名曲喫茶「ルネッサンス」高円寺の名曲喫茶「ルネッサンス」(写真撮影/相馬ミナ)

高円寺の名曲喫茶「ルネッサンス」(写真撮影/相馬ミナ)

まず、難波さんが案内してくれたのは、高円寺のパル商店街の横道にある名曲喫茶「ルネッサンス」(※3)。「このお店があるからますます高円寺を好きになった」と思うほど、お気に入りの純喫茶です。

扉を開けるとそこはまるで異世界でした。蓄音機や、すりガラスのランプ、そして歩くとギシギシと音を立てる板張りの床。いつの時代のどこの国にいるのか分からなくなるようなエキゾチックなインテリアは、実は1945年から中野にあった伝説の名曲喫茶「クラシック」から引き継いだものだそうです。

※3 名曲喫茶「ルネッサンス」は普段は店内の撮影、会話は制限されています。今回は撮影のために、特別に許可を取っています

「ルネッサンス」の若き店主、檜山真紀子さんは「クラシック」で働いていた元スタッフ。二代目のオーナーが亡くなり、店の全てが処分されようとしていたところを、調度品やレコードを引き継いで、この「ルネッサンス」を開店したという経緯があります。

「『クラシック』のインテリアを処分してしまうという選択肢を選ばなかった檜山さんに、本当に感謝しています。当時、このお店がオープンする噂を聞いてから、ずっと楽しみに待っていました。そして、初訪問のときに嗅いだ匂いまで『クラシック』と同じで、驚いたと同時に言葉にならないほど感激しました」(難波さん)

「匂いのこと、みなさん言いますね。この場所はもともとお米屋さんの倉庫だったので、喫茶店とはほど遠い場所だったのですが『クラシック』のものを運び入れたら、不思議なことに同じ匂いになりました」(檜山さん)

フロアに段差をつけたり、椅子の向きを変えたりして、客同士が視線を合わせずに一人の時間が楽しめるように配慮されている(写真撮影/相馬ミナ)

フロアに段差をつけたり、椅子の向きを変えたりして、客同士が視線を合わせずに一人の時間が楽しめるように配慮されている(写真撮影/相馬ミナ)

曲のリクエストは、聴きたい人が自分で黒板に書いてゆくスタイル。これも前身の「クラシック」時代からの伝統を引き継いでいる(写真撮影/相馬ミナ)

曲のリクエストは、聴きたい人が自分で黒板に書いてゆくスタイル。これも前身の「クラシック」時代からの伝統を引き継いでいる(写真撮影/相馬ミナ)

純喫茶の魅力の一つが、昭和のカルチャーを肌で感じることができるところ。

「ルネッサンス」の前身「クラシック」は、1945年から2005年まで中野で60年間続いた名曲喫茶です。画家であり、数々の純喫茶の内装を手掛けた「クラシック」の創業者、美作七朗マスター手づくりのオリジナリティーあふれる調度品や、昭和初期からの古いレコードコレクションを引き継いだ店内には、形だけでなく、そこに醸成された空気が、匂いとして漂っています。

「ここ『ルネッサンス』や、かつての『クラシック』は、その最たるものですが、店主のセンスがインテリアの細部にまで宿っています。

純喫茶に伺うときは、創業者の好きなものやその時代に流行ったものたちを想像し、『だからこそこういう世界をつくったんだな』と思いをめぐらせています。100店舗あったら100人の店主の好きなものが詰まった、宝箱のようなもので、一つとして同じものはないのです」(難波さん)

難波さんが「宝箱」だという、純喫茶の空間。珈琲1杯の値段で、その空間に包まれる贅沢が味わえるのは、貴重ですね。

純喫茶の歴史を守る、店主との触れ合いも貴重

「ルネッサンス」のオーナー檜山真紀子さん(写真撮影/相馬ミナ)

「ルネッサンス」のオーナー檜山真紀子さん(写真撮影/相馬ミナ)

純喫茶では、その店を守る店主の人柄に触れることも楽しみの一つ。お店を守る人の一人ひとりにドラマがあります。

「私が前身の『クラシック』(中野)にお邪魔していたのは、喫茶店を好きになったばかりの頃でした。数回しか行けていなかったので、閉店したと知ったときはショックを受けました。しかし、しばらくしてから風の噂で、『働いていた方たちが、あの家具たちを丸ごと引き継いで新たにお店を開くらしい』と聞いて、心待ちにしていました」(難波さん)

「ルネッサンス」前身の中野の「クラシック」が閉店したのは2005年1月。初代オーナーの美作七朗さん亡き後、お店を切り盛りしていた娘の美作良子さんが亡くなったことに伴う閉店でした。

「私は高校生の頃から『クラシック』でアルバイトとして働いていたんです。初代の美作七朗オーナーは、私が働きだしてからすぐに亡くなってしまって、娘さんの美作良子ママの下でずっと働いてきました。

途中でケンカ別れしていた時期もあるんですけど、でも楽しくて。ケンカして飲みに行って、またケンカして飲みに行って……という感じで、ママが亡くなるまで一緒に居ましたね。最後は私が看取りましたから」(檜山さん)

檜山さんがアルバイトをしていた1990年代から2000年代にかけては、日本にスターバックスが展開されたり、渋谷近辺の音楽文化とリンクするようなカフェのブームがあったりした時代。その時期に高校生の檜山さんは純喫茶でアルバイトをし、人生を懸けて守りたいと思える空間や、思いを引き継ぎたい人に出会っていたのです。

とはいえ、純喫茶の空間を引き継ぐことは簡単ではなかったようです。
 
「ママが亡くなってから、お店にあった借金を売り上げから返済するまで3年かかりました。その間に中野の『クラシック』のお店を継続しようと、私だけではなく『ヴィオロン』のマスターや遠い親族の方も尽力したのですが、相続権の問題があってダメでした。結局お店のものを、全て処分しなければならない状況になりました。

じゃあどうしようか、というところで。いったん、私の実家や兄宅でレコードや調度品など引き取って、新たな場所で開店する時期をうかがっていたんです。あの空間が全てなくなってしまうことは、私には考えられませんでしたから」(檜山さん)

その苦労の甲斐あり、かつての「クラシック」の匂いまで引き継いだ「ルネッサンス」が高円寺に誕生したのです。

店内は基本的に私語禁止。メニューはドリンク(珈琲、紅茶、オレンジジュース)のみ。それは、お金をかけずにゆっくり音楽を楽しんでほしいという、「クラシック」時代から続く心遣い(写真撮影/相馬ミナ)

店内は基本的に私語禁止。メニューはドリンク(珈琲、紅茶、オレンジジュース)のみ。それは、お金をかけずにゆっくり音楽を楽しんでほしいという、「クラシック」時代から続く心遣い(写真撮影/相馬ミナ)

「美作さんの『クラシック』は、一度入るまではかなりハードルの高い場所でした。一方で『ルネッサンス』は檜山さんが美作さんの美意識を引き継ぎつつ、門戸を開いてくれて、入りやすくなったと思います」(難波さん)

「名曲喫茶というと、ちょっと怖い男性のマスターがいるイメージですけれど、私自身が女性なので、若い女性でも安心して一人で過ごせて、ゆっくり音楽を楽しめる場所にしたいですね」(檜山さん)

初代の美作七朗オーナー。その娘さんであり二代目オーナーの美作良子ママ。そして今、高円寺の「ルネッサンス」にその空間を受け継ぎ、守っている檜山真紀子さん。店内の調度一つ一つに、美作さんの美意識と、それを愛して受け継いで来た人々の思いがこもっています。

新しいビルの地下なので、通り過ぎそうになるかも。黄色の看板を目印に、階段を下りるとルネッサンスの扉がある(写真撮影/相馬ミナ)

新しいビルの地下なので、通り過ぎそうになるかも。黄色の看板を目印に、階段を下りるとルネッサンスの扉がある(写真撮影/相馬ミナ)

ルネッサンス
営業時間:12:00~20:00  定休日:12:00~19:30[水・木・金]12:00~21:30[土・日・祝]月曜日、火曜日(祝日の場合は営業、翌日休み)*営業時間・定休日は変更となる場合があるので、来店前に店舗電話やTwitterにてご確認ください
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南2-48-11 堀萬ビルB1F
TEL:03-3315-3310 Twitter:@renaissance2007

高円寺の街の歩みを記憶する「カフェ ブーケ」

次に難波さんに紹介していただいた純喫茶は、地下鉄新高円寺駅2番出口からすぐのところにある「カフェ ブーケ」。昭和43年のクリスマスイブにオープンし、創業54年目になる老舗です。

難波さんは高円寺散策の際によく立ち寄っていたそうで、こちらのムーディーな照明が特にお気に入りとのこと。

「このお店の好きなところは、なんといっても紫色のランプシェードです。カーテンの黒のレースが、ちょっと妖艶な感じもあって。
一番奥の席に座って、レモンスカッシュ越しに窓の方を見ると、それがすごくきれいなんですよ。特に雨や雪が降っている日は格別です」(難波さん)

新高円寺の駅前とは思えない落ち着いた空間は漫画『天国堂喫茶店~アラウンド・ヘヴン~』(双葉社)のモデルにもなっている(写真撮影/相馬ミナ)

新高円寺の駅前とは思えない落ち着いた空間は漫画『天国堂喫茶店~アラウンド・ヘヴン~』(双葉社)のモデルにもなっている(写真撮影/相馬ミナ)

落ち着きのある紫色のランプシェードや黒いレースのカーテンの向こう側には、新高円寺の駅前の風景があります。半世紀以上の歴史があるこの店で、店主の岩田さんは街を眺めてきました。

「この場所で親父が新聞屋をやっていて、その場所を引き継いで僕が喫茶店にしました。昭和40年代当時は、喫茶店で独立する人が、結構多かったんです。

昔は『阿佐ヶ谷は七夕祭りがある、中野にはブロードウェイがある、でも高円寺には何もない』という状態だったのが、僕の親父の代に『高円寺にも何か特色を出そう』と、高円寺ばか踊り(現在の高円寺阿波おどり)を始めたんですよ。
今ではイベントが大きくなりすぎてNPOに運営を任せていますけど、もともとは、発案も運営も商店街が行っていました。そう考えると、親父の代の高円寺の商店主は、頑張っていたよね」(岩田さん)

「カフェ ブーケ」店主の岩田郁也さん(写真撮影/相馬ミナ)

「カフェ ブーケ」店主の岩田郁也さん(写真撮影/相馬ミナ)

開店以来50年以上カウンターに立ってきた岩田さんですが、一度も苦痛に思うことはなかったといいます。

「僕は店の上の階に住んでいますけれど、店に立つのが嫌だと思って階段を下りてくることはないですね。店に出れば、人と話せるから。
僕は中野坂上の(都立)富士高校に通っていた頃は落語をやっていたくらい、喋るのが好き。だからお店の設計もオープンカウンターにして、お客さんと会話ができるようにしました」(岩田さん)

長い歴史のなかでは、地元の人をはじめいろいろな人が常連となり、入れ替わってきました。岩田さんはそれぞれのお客さんを、今でも懐かしく思い出すそうです。

この席でいただくレモンスカッシュが、難波さんのお気に入り(写真提供/難波里奈)

この席でいただくレモンスカッシュが、難波さんのお気に入り(写真提供/難波里奈)

「とにかくいろんな人が来ていたね。ビジネスパーソンはもちろん、漫画家さんやら、舞台衣装をつくっている子やら。息子ぐらいの年齢だけれど、趣味の釣りがきっかけで意気投合して、休みのたびに一緒に釣りに行っていた男の子もいました。

僕はずっと店の中に居て、入口から入ってくれる人を受け入れるだけ。でも普段だったら出会えないような人と出会えるから、楽しい仕事です。
また、昔の常連さんがひょっこり来てくれたりすることもあって。そんなときは、嬉しいですね」(岩田さん)

その土地のランドマークのように長く続く純喫茶の常連になると、街の歴史の一部になれたような気がしますよね。幾年も変わらない店内から街を眺めれば、今まで知らなかった街の表情が発見できるかもしれません。

新高円寺駅から徒歩0分にあるオアシス(写真撮影/相馬ミナ)

新高円寺駅から徒歩0分にあるオアシス(写真撮影/相馬ミナ)

カフェ ブーケ
営業時間:9:00~19:00
定休日:水曜日 
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南2丁目20−2
TEL:03-3315-2578

昭和を知らない世代のための、純喫茶の作法

純喫茶の魅力を普及する難波さんの活躍もあってか、近頃は昭和を知らない若い世代の純喫茶好きも増えているそう。

純喫茶という文化が、世代を超えて愛されていくのは素晴らしいことです。とはいえ、長く守って来たお店の雰囲気を壊したくはないもの。純喫茶ならではのお作法があれば、知りたいところです。

難波さんは「気構えしすぎる必要はない」といいます。

「もしも純喫茶での振る舞いを自分の憧れの人に見られたときに、恥ずかしいことはしないように……と意識しておけば、いいのではないでしょうか。例えば、撮影するときはお店の方の許可を取る、ほかのお客さんが写りこまないようにする、立ち上がって撮影しないなど、周りの人を不快にさせない最低限のルールを守ることかと思います。 
純喫茶の空間を一時的に飲み物1杯分のお金で借りていると考えて、周りの人と共有する時間や空間でもあることを忘れずに。誰かに見られているという意識を持つことが大切だと思います」(難波さん)

ゆっくりとひとりの時間を楽しむか、じっくりと会話を重ねるか。用途によって最適なお店を選ぶことも、純喫茶の嗜み(写真撮影/相馬ミナ)

ゆっくりとひとりの時間を楽しむか、じっくりと会話を重ねるか。用途によって最適なお店を選ぶことも、純喫茶の嗜み(写真撮影/相馬ミナ)

ではお店のオーナーの立場としてはどうなのでしょう。

「お店に合う楽しみ方、というのはあると思いますね。うちの店は、以前は私語禁止ではなかったんです。でもすごく騒がれる方がいて、仕方なくそんな決まりを設けました。
やっぱり一人で楽しむ感じの方が、この店には合っているのかなあ、と思います。
常連さん半分と、ご新規さん半分。なんとなくうまい具合にミックスしてくれて、常連さんの振る舞いから『ああ、こういう楽しみ方があるんだ』ということを、来た方が徐々に分かって、自然に馴染んでいってくれるというのが、理想ではあります」(「ルネッサンス」檜山さん)

「時々スマートフォンから目を離して、会話を楽しんでほしいですね。それは僕とでなくてもいいんです。一緒に来た方と会話して、その時間を楽しんでほしいと思います。
後は、僕らのお店は飲食してもらうことで成り立っているので、飲食はしてほしいかな。本当に時々だけれど、飲み物を持ち込む若い人がいるので、それは丁寧にお断りしています」(「カフェ ブーケ」岩田さん)

一人を楽しむお店、おしゃべりを楽しむお店。お店ごとに楽しみ方が違うのも、純喫茶の醍醐味。場所が違えば「そこに馴染む振る舞い」は違います。でも作法は、お店のマスターやマダム、常連さんたちから徐々に学んでいけるもの。最初からスマートに行動できなくてもいいのです。

お店に宿る店主の個性をリスペクトして、そこにしっかりと向き合う。そんな気持ちを持っていれば大丈夫! 純喫茶はあなたを温かく迎えてくれます。

高円寺の純喫茶+α、難波さんのお気に入り散策スポット

純喫茶以外にも見どころの多い高円寺。難波さんに「ルネッサンス」「カフェ ブーケ」以外の高円寺のお気に入りスポットも、紹介してもらいました。

ルネッサンスと同じビルにある小さな本屋さん「蟹ブックス」
「実はオーナーの花田さん主催のイベントに呼んでいただいたことがあって。こちらでお会いしてびっくりしました。ここで本を買って、『ルネッサンス』で読むのも素敵ですね」(難波さん)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

蟹ブックス
営業時間:12:00~20:00
定休日:水曜日 
住所:〒166-0003 東京都杉並区高円寺南2丁目48−11 堀萬ビル 201
TEL:03-5913-8947
Twitter:@kanibooksclub

純情商店街でレトロなインテリアを買うなら「古道具 権ノ助」
「自宅には、棚や椅子など権ノ助さんで購入したものがたくさんあります。店主の遠藤さんは明るくて人懐っこくて、遊びに行くとつい話し込んでしまうのが常です」(難波さん)

(写真撮影/相馬ミナ)

(写真撮影/相馬ミナ)

古道具 権ノ助
営業時間:12:00~19:00 土日、日曜祭日は12:00~20:00
定休日:水曜日 
住所:〒166-0002 東京都杉並区高円寺北2-9-8 コーセイドーハイツ101
TEL:03-5373-8355 
Twitter:@koenjigonnosuke

純喫茶の魅力は、個人経営が基本ゆえに、チェーン店とは違って、その内装にも、飲み物や食べ物にも、店主の個性が表れていること。だからこそ、自分と波長の合うお店を見つければ、喜びもひとしおです。

あなたが住んでいる街、よく行く街にも、きっと素敵な純喫茶があるはず。ぜひ探してみてくださいね。

難波さんの部屋

前編では、難波里奈さんのお部屋をご紹介。純喫茶に通うようになった理由も伺いました。
純喫茶から譲り受けた家具でつくったお部屋「喫茶 あまやどり」東京喫茶店研究所二代目所長・難波里奈さんの昭和レトロあふれるおうち拝見

難波里奈さん 
東京喫茶店研究所二代目所長。日々の隙間に訪れた純喫茶は2000軒以上。現在は様々なメディアでその魅力を発信中。『純喫茶コレクション』(河出書房新社)『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ) 『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)など著書多数。

純喫茶コレクション
Instagram:@retrokissa2017 
Twitter:@retrokissa

著書

著書

仕事後にひとっ風呂!「小杉湯となり」で銭湯コミュニティを高円寺に

ワークスペースで根を詰めて仕事をしてから、30秒後には湯船でリフレッシュ――。そんな夢のような空間がある。舞台は若者に人気の街、東京・高円寺。昭和8年創業の人気銭湯、小杉湯の隣に誕生した「小杉湯となり」。

その狙いは? 利用料金は? 銭湯以外の売りは? ここを運営する株式会社銭湯ぐらしの代表・加藤優一さんに聞いた。
2階のワークスペースでガチの原稿を書く

小杉湯は高円寺駅北口から徒歩5分。

庚申通りを途中で左折します(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

庚申通りを途中で左折します(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1日の平均利用客数は約300人。「終電で帰ってきた人にも利用してほしい」という思いから、営業時間は深夜1時45分までだ。

レトロな唐破風屋根が存在感を放つ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

レトロな唐破風屋根が存在感を放つ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして、その隣にあるのが一転モダンな外観の「小杉湯となり」。1階はカフェ、2階はワークスペース、3階は貸しスペースだ。2階の一角をちょいとお借りして、締め切りを過ぎたガチの原稿を書く。

建主は小杉湯、建築設計はT/Hが担当した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

建主は小杉湯、建築設計はT/Hが担当した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2階では皆さん、黙々と仕事をしていらっしゃる。

これは……集中できるぞ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

これは……集中できるぞ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

原稿終了。合宿所のような雰囲気のおかげか、なかなかのものが出来上がった気がする。

番台の看板娘に470円を払って、いざ入浴

お次は、いよいよ銭湯タイムだ。下駄箱に靴を預けると、番台の看板娘に470円を払う。仕事道具以外は持ってきていないが、無料のレンタルタオルがあった。

「はーい、ごゆっくり」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「はーい、ごゆっくり」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小杉湯には名物のミルク風呂、週替わり風呂、日替わり風呂、水風呂と温度と香りの違う4つの浴槽があり、わざわざ電車やバスに乗って遠方から訪れる客も多い。

「温冷交互浴」は小杉湯の代名詞(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「温冷交互浴」は小杉湯の代名詞(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

入浴後はロビーでくつろぐ。風呂上がりといえばビールだろう。

クラフトビールの品ぞろえがすごい……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

クラフトビールの品ぞろえがすごい……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

迷った末に大森山王ブルワリーの小杉湯限定ボトルにした。代表の町田佳路さんが自ら醸造している。

最高やないか……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

最高やないか……(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

物語はここに建っていた風呂なしアパートから始まる

さて、時計の針をちょっと戻して「小杉湯となり」の話に戻す。

物語はもともとこの場所に建っていた風呂なしアパートから始まる。老朽化のために取り壊しが決まり、住民は次々に退去。それを機に「銭湯ぐらし」というプロジェクトがスタートした。

発起人は現・株式会社銭湯ぐらし代表の加藤優一さん(33歳)。あの「東京R不動産」の発起人がつくった設計事務所Open Aの社員でもあり、そこでは空き家の活用や全国の衰退したまちの再生などの仕事に携わっている。

小杉湯が好きすぎて、いまだに近所にある家賃3万円の風呂なしアパートに住んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小杉湯が好きすぎて、いまだに近所にある家賃3万円の風呂なしアパートに住んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「取り壊しまで約1年。空き家にしておくのももったいないということで、小杉湯3代目の平松佑介さんに相談しました。最終的には、高円寺のクリエイターたちに声をかけることに。家賃0円で住める代わりに、銭湯に寄与する創作活動をしてもらうというプロジェクトを始めました」

こちらが在りし日の風呂なしアパート(写真提供/小杉湯となり)

こちらが在りし日の風呂なしアパート(写真提供/小杉湯となり)

「銭湯ぐらし」ではクリエイター同士による付かず離れずのコミュニティが生まれた。

共通点は「銭湯のある暮らし」を楽しんでいること(写真提供/小杉湯となり)

共通点は「銭湯のある暮らし」を楽しんでいること(写真提供/小杉湯となり)

コロナ禍の直前にプレオープンを果たすも……

アパート解体後も当時のメンバーらが中心になって、“銭湯込みでホッとできる開かれた場所づくり“を模索。その活動が2020年3月にプレオープンを果たした「小杉湯となり」として結実する。

1階はカフェ、2階はワークスペース、3階は貸しスペースになっている。
「スーパー銭湯はひとつの施設ですべてを完結させようとしています。でも、ここはあくまでも“拠点”。1日に1回、湯上りに小杉湯となりでリラックスしてそのあとちょっと飲みに行くとか。街に暮らすようなライフスタイルを定着させる場をつくりたいという思いがありました」

銭湯のような光が入る設計(写真提供/小杉湯となり)

銭湯のような光が入る設計(写真提供/小杉湯となり)

しかし、すぐにコロナ禍が到来。4月、5月は施設内営業をやめて、デリバリーとテイクアウトのみで対応した。

高円寺の飲食店とコラボした企画の一例(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

高円寺の飲食店とコラボした企画の一例(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

また、外出を控えている人たちのためにEC事業で「銭湯のあるくらし便」も始めた。「米ぬかやハーブなどの入浴セットで銭湯気分を味わってほしい」という試みだ。

捨ててしまう米ぬかなどを活用したお風呂のもとをお届け(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

捨ててしまう米ぬかなどを活用したお風呂のもとをお届け(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

自粛期間が終わったあとも、加藤さんはホッとできる場所をどうやって守っていくか悩んだ末、当面は会員制にして7月から再始動させることにした。月額2万円で各設備を使い放題というシステムだ(コロナが収束した後の運営方法や料金については、スタッフや会員と相談しながら決めていく予定)。

募集をかけると40名の枠はすぐに埋まった。現在は60名で運用している。1階はキッチン付きのカウンターとテーブル席、2階は畳を敷いた小上がりのワークスペース、3階はトイレ・シャワー完備の6畳間だ。

こちらは徐々に稼働を始めたころの1階の様子(写真提供/小杉湯となり)

こちらは徐々に稼働を始めたころの1階の様子(写真提供/小杉湯となり)

「最初は一人暮らしでフリーランスの人が集まるイメージ。でも、実際は夫婦ともにリモートワークになって家の中での居場所づくりが難しい方や、在宅育児等で息が詰まって気分転換をしたい女性などからも応募がありました」

男女比は半々ぐらい。純粋なコワーキングスペースというよりは、シェアキッチンでご飯をつくりに来る人や、風呂に入った後に昼寝して帰る人など、使い方は自由だ。加藤さんはここを「街の中にある、もう一つの家」と呼ぶ。

会員たちにも話を聞いてみよう。1階ではフリーランスデザイナーの男女が仕事をしていた。

スタバ感覚でコーヒーを飲みながら働いている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

スタバ感覚でコーヒーを飲みながら働いている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

男性(20代)が言う。

「ここを利用するのは気分転換ですね。拡張リビングというか。集中するときは2階、音を聞きながらの作業は1階と使い分けています。小杉湯ですか? 週に4、5回は入るかな。家にお風呂はありますけど(笑)」

会員の女性が手づくりのバスクチーズケーキを振る舞う

その時、キッチンから「バスクチーズケーキ食べたい人~?」という声。ほぼ全員が手を上げる。

スペインのバルが発祥のチーズケーキなんだそうですよ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

スペインのバルが発祥のチーズケーキなんだそうですよ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

彼女はイラストレーターのハラユキさんで、やはりここの会員。9月初旬から10月中旬にかけて小杉湯でスペインをテーマにしたイベントを開催するため、現地の料理を研究していた。

8月に『オラ!スペイン旅ごはん』を出版したばかり(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

8月に『オラ、スペイン旅ごはん』を出版したばかり(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

1階には駄菓子屋もあった。本当です。アルバイトのみずきさんが“経営”する「みずき屋」だ。

あ、伝説の「ペペロンチーノ」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

あ、伝説の「ペペロンチーノ」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「小杉湯に通っていたら、加藤さんに声をかけてもらって銭湯ぐらしに参加させてもらいました。駄菓子屋を開くのがずっと夢だったので、めっちゃ楽しい。今、大学3年生なんですが、コロナ禍で学科の実習ができないから、最近は主にここにいます(笑)」

今日は屋内のみだが、週末は軒下でマルシェを開催。ほかにもスタッフが自主開催するテイクアウトのカフェも人気だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今日は屋内のみだが、週末は軒下でマルシェを開催。ほかにもスタッフが自主開催するテイクアウトのカフェも人気だ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

掲示板で情報交換、ランチのおすすめマップも

さらに、屋内をもっと見て回ろう。加藤さんにあらためて案内してもらった。

掲示板では会員同士が情報交換(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

掲示板では会員同士が情報交換(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「平日ランチおすすめマップ」もうれしい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「平日ランチおすすめマップ」もうれしい(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「2階には本棚を置きました。小杉湯関係者や高円寺の飲食店の人などが、それぞれの趣味のコーナーをつくっています」

中には銭湯ぐらしメンバーのお子さん「なっちゃん」の本棚も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

中には銭湯ぐらしメンバーのお子さん「なっちゃん」の本棚も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

銭湯のような“ゆるっ”としたコミュニティをつくりたい

最後に3階へ。ここは貸しスペースとして利用されている。

2階と比べて眺望が一段広がる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

2階と比べて眺望が一段広がる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

この辺りはそれほど高いビルがないので、抜け感が楽しめる。

「テラスにハンモックを入れたんですよ」とうれしそうな加藤さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「テラスにハンモックを入れたんですよ」とうれしそうな加藤さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小杉湯の屋根越しに高円寺駅方面を望む(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小杉湯の屋根越しに高円寺駅方面を望む(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「まずは会員制にして利用者にとって安心安全な場所をつくる。コロナが終息したら、どのように高円寺というまちに開いていくかをみんなで考えたいと思います」

芝生の養生が済んだら多目的に使える中庭(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

芝生の養生が済んだら多目的に使える中庭(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

小杉湯に入って印象的だったのは、脱衣場でも、洗い場でも、そして浴槽でも、利用客同士が細やかな互いへの気遣いを見せていたこと。銭湯は年代を超えた人々が集まる学校のようなものなのかもしれない。

「そうなんですよ。銭湯は顔は見たことがあるけど名前は知らないという関係性がある場所。あれぐらいの距離感を目指して、“ゆるっ”としたつながりのある場所をつくりたいです」

ほどよい距離感が心地いい。しかも、すぐ隣に皆さんが大好きな銭湯。芝生の養生が終わるころには“いつもの日々”が戻っていてくれますように。

●取材協力
小杉湯
小杉湯となり