断熱等級6以上が標準装備の”スーパー工務店”に脚光。「時代の2歩先」モットーに30年前から樹脂製サッシやペアガラス、気密測定、全館暖房も採用の超高性能な家づくり 埼玉「夢・建築工房」

住まいの気密性・断熱性を高める重要性は、徐々に周知されつつあります。しかし、その一方で、高性能住宅を施工する工務店の中でも、意識や技術には差があるというのが現状です。

2025年にはすべての新築住宅に省エネ基準の適合が求められますが、新築住宅の着工数は減少傾向にあり、既存住宅の割合は増えるばかり。さらに、新築住宅は高騰を続けていることから、消費者ニーズを満たし、カーボンニュートラル達成のためには、新築住宅のみならず既存住宅の性能向上が不可欠だといえるでしょう。

そこで今回は、いち早く気密・断熱改修に力を入れている埼玉県の工務店「夢・建築工房」を取材。代表取締役の岸野浩太(きしの・こうた)さんに、今の日本の課題や高性能リノベーションの効果についてお聞きしました。

30年前から超高性能な家づくりに取り組む理由(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

夢・建築工房は1995年、埼玉県東松山市で創業しました。今でこそ、住まいの断熱、気密の重要性が認知され始めていますが、約30年前の当時の家は、夏は暑く、冬は寒いのが当たり前。窓は単板ガラスが一般的で、1992年の省エネ法改正により徐々に断熱性能の重要性が高まりだしたころ、同社ではすでに樹脂製のサッシやペアガラスを取り入れ、気密測定や全館暖房などの仕組みを導入していたといいます。

「創業者の土居は、空調換気の仕事やハウスメーカーの現場監督を経て独立したと聞いています。おそらく、何か変わったことをやりたかったんじゃないですかね。当時、うちでつくっていた住まいは、UA値でいうと0.5前後くらい(ZEH水準以上)です。時代に先駆けてここまでやるのは『バカ』ですよ(笑)でも、その『バカ』たちが日本の住宅性能を上げてきたのだと思います」(岸野さん、以下同)

岸野さんが代表に就いたのは、2013年のこと。その前年には東京都でドイツ認定のパッシブハウスを2棟施工し、UA値0.3を切る家(断熱の最高レベル)を建築していたといいます。とはいえ、当時はまだまだ高断熱・高気密の重要性やその言葉自体もあまり認識されていない時代だったため、同社の現場に見学に来る工務店も多かったのだとか。

「営業も発信もせず、ただただ性能の高い住まいづくりをしていたら、自ずと高性能住宅として評判が上がっていきました。一般の方より先に目をつけてくれたのは、全国のメーカーさんや工務店さんです。当時、興味津々でうちの現場を見に来ていた業者さんは、今では断熱等級7の住宅しかつくっていないですよ」

夢・建築工房 代表取締役 岸野浩太さん(写真提供/夢・建築工房)

夢・建築工房 代表取締役 岸野浩太さん(写真提供/夢・建築工房)

日本の家づくりはようやく「スタートライン」に立ったところ

高性能住宅は、単に高性能な建材や設備を使うだけでなく、高い設計力や施工技術を要します。同社では、高い品質を維持・管理するため社内に住宅管理部を置き、同社専属の8名の大工のみが施工しているそうです。

「大工さんを増やすときは、しばらく他の大工さんと一緒に現場に入ってもらいます。先進的な家づくりをしている他国に学びに行くこともありますし、うちみたいに他とは違うことをやっている工務店の現場にお邪魔して学ばせていただくこともあります。モットーは『2歩先を行く』こと。他と同じことをしていないで、常にバカなことをやっていきたいと思っています」

建築業界には、以前から他社と切磋琢磨し、学び・学ばれる文化があるようです。しかし、そのような交流が見られるのは一部であり、日本の建築技術は決して高いとはいえないと岸野さんは言います。

「ゆめけんの家 コンセプトハウス」(写真提供/夢・建築工房)

「ゆめけんの家 コンセプトハウス」(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

「2025年からすべての新築住宅に省エネ基準適合が義務付けられますが、いくら机上で高性能な住宅を設計しても、それが実現できるかどうかは現場の意識や技術次第です。また、たとえ高気密・高断熱であっても、空調や換気の入れ方、使い方によってはすごく寒い家になってしまうこともあります。断熱材の入れ方によっては、数年でカビが見られるようになってしまうこともあるでしょう」

省エネ基準適合義務化に先駆け、2024年4月には「省エネ性能表示制度」がスタートしました。これにより、消費者の意識も徐々に高まっていくことが予想されます。岸野さんによれば、日本の家づくりはようやくスタートラインに立ったところ。高品質の家をつくるには知識や技術が求められますが、それ以前に「住宅の性能を高めよう」という意識が必要だといいます。

「知識や技術の差は、わずかなものだと思います。やろうとしなければ、できるようにはなりません。とはいえ、北海道、東北、関東圏……と徐々に施工技術の高まりは南下してきていて、近年は近畿圏で盛り上がりを見せています。まだまだ高気密・高断熱の施工がしっかりできる職人さんは少ないですが、これから徐々に増えていくことに期待したいですね」

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注)単位未満を含む数値で計算しているため、表章数値による計算とは一致しない場合がある

2024年4月に総務省から発表された令和5年住宅・土地統計調査の住宅数概数集計の速報値によれば、2023年10月時点の日本の住宅総数は6,502万戸。2018年からの5年間で4.2%増加しました。このうち900万戸が空き家で、空き家率は13.8%と過去最高となりました。

2025年から省エネ基準適合が義務付けられるのは、新築住宅のみです。しかし、近年の新築住宅着工戸数は年間80万戸程度にとどまることから、カーボンニュートラルの推進や空き家問題の解消のためには、6,500万戸以上存在する既存住宅の性能向上と流通促進が不可欠だといえるでしょう。

昨今では新築住宅の高騰が見られることもあり、同社でもリフォームやリノベーションに力を入れているといいます。

「我々は、より多くの方に断熱等級6や7の住まいの良さを体感していただきたいんです。新築でここまで高性能な住宅となると、一般の人にはなかなか手が届きません。しかし『中古住宅+リノベーション』であれば、新築住宅を買うより500~1,000万円ほど価格を抑えられます。断熱等級4の新築戸建と断熱等級7の築30年の住宅が同じ金額で取得できるのであれば、圧倒的に後者のほうが”買い”だと思います。30年という差は、リノベーションで埋められますからね」

築30年の木造戸建てを高性能住宅に既存建物調査で施主の要望を確認。さらに改修範囲と断熱性能気密性能をどこまで高めるか相談

既存建物調査で施主の要望を確認。さらに改修範囲と断熱性能気密性能をどこまで高めるか相談

既存リビング

既存リビング

左/既存洗面所、右/既存浴室

左/既存洗面所、右/既存浴室
(写真提供/夢・建築工房)

同社がフルリノベーションした築30年の木造住宅は、一見すると綺麗な外観ですが、内部の壁面表層は黒カビが目立ち、壁内はかなり腐食が進んでいたといいます。床下には、シロアリ被害も見られました。

「中古住宅探しからサポートさせていただくときは、新耐震基準かつ延べ床面積が80~100平米程度のお住まいをご提案させていただきます。この程度の広さであれば、長期優良住宅の認定を取得することも可能で、リノベーション費用も抑えられるからです。加えて、今は瑕疵(かし)保険を付帯することもできるので、新築と遜色ない安心感が得られると思います」

解体後(写真提供/夢・建築工房)

解体後(写真提供/夢・建築工房)

このお住まいは、基礎補強が必要になり、気密性・断熱性もできる限り最新の状態にしたいという施主さんの要望もあったことから、床・壁・天井を全面的に解体したのだとか。かなり大掛かりな工事となったようですが「ここまで解体するからこそ安心できる」と岸野さんは言います。

「工事の際は必ず中か外をすべてスケルトンにしますので、基礎・柱・梁が健全である証拠を写真に収めることができます。中古住宅に不安を抱くのは『見えない』からです。いっそ、すべてむき出しにしてしまったほうが安心できるんですよね。シロアリ被害があっても、腐食が見られていても、丁寧に補修します」

リノベーションデータ

高断熱工事熱損失係数UA値0.45W/m2Kへ改修(既存時UA値2.1W/m2K)天井:熱貫流率0.12W/m2Kへ改修(既存時4.48W/m2K)壁:熱貫流率0.42W/m2Kへ改修(既存時0.81W/m2K)床:熱貫流率0.37W/m2Kへ改修(既存時2.54W/m2K)サッシ:オール樹脂アルゴンガス入りペアへ入替え(既存時アルミ単板ガラス)玄関ドア:熱貫流率0.9W/m2K超高断熱木製ドア高気密工事気密測定C値1.7cm2/m2、合板気密工法・シート気密工法による冷暖房工事暖房:エアコン冷房:エアコン換気工事第1種熱交換型換気システム:パナソニック製を使用「部分断熱リフォーム」でLDKを断熱気密空間に(画像提供/夢・建築工房)

(画像提供/夢・建築工房)

部分断熱リフォームとは、寝室だけ・LDKだけなど、部分的に断熱改修を実施するリフォームを指します。床・壁・天井に加え、窓も改修することで、一部分だけ完全な断熱気密空間に仕上げるといいます。

「総断熱改修をするほど予算をかけられない方に選ばれているリフォームです。この事例の施主様は、60代のご夫婦。2階に上がることが億劫になってきたということで、1階の和室を洋間に変えて、将来的には1階だけで生活できるようにしたいと希望されていました。私たちが気になったのは『でも、寒いのよね』のひと言。家全体を断熱改修することができなくても、長く過ごす場所が快適であれば暮らしの満足度は高まることから、部分断熱リフォームをご提案しました」

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

部分リフォームとはいえ、床、壁、天井を解体し、窓は樹脂サッシに交換。床断熱・壁断熱・天井断熱に加え、床下・外周部・隣室との間には気流止めを施工しました。

リフォーム後のLDKは、冬でも無暖房で17~18度ほどで、夏は冷房の効きが格段に上がり、電源をOFFにしてもしばらく涼しい状態が続くのだとか。岸野さんは、家中の窓を高性能なものに替えるのなら、部分断熱リフォームをおすすめしたいと言います。

「窓を替えれば暖かくなりますし、冷暖房効率も上がりますが、それは『輻射(ふくしゃ)』による効果ではありません。この事例はLDKのみの断熱リフォームなので、冬場は廊下が一桁の温度になることもあります。しかし施主さんは、寒い廊下に出ても寒さを感じづらいとおっしゃっていました。高気密・高断熱の家は暖房で無理やり空気を暖めるのではなく、床・壁・天井からの輻射熱によって体が温まるため、芯までぽかぽかになります」

完成(写真提供/夢・建築工房)

完成(写真提供/夢・建築工房)

買取再販事業の先に見据える「暖かいまちづくり」

夢・建築工房は、リフォーム・リノベーションに加え、買取再販事業にも積極的に取り組んでいます。

「リノベーションに力を入れるのは、工務店にとっても良いことだと思うんですよ。新築の設計や施工に比べて、時短になるからです。さらに、買取再販事業は自社の意思で物件購入からリノベーションまで施工できます。新築やリノベーションを受注しながら2~3棟でも買取再販事業に時間と労力を割くことができれば、タイムパフォーマンスは一層高くなると思います」

(写真提供/夢・建築工房)

(写真提供/夢・建築工房)

現在、同社で施行中の買取再販住宅「鳩山町楓ケ丘の家」は、築45年の在来軸組2階建住宅。改修後のUA値0.26で、断熱等級は日本の現行制度の最高等級にあたる「7」、C値は世界でもトップレベルの「0.8以下」となる予定です。

岸野さんは、買取再販事業で「暖かいまちづくりを目指したい」と語ります。このため、現在は、埼玉県の鳩山町に絞って買取再販事業を推進しているのだと言います。「2歩先に行くこと」をモットーとするからには、気密性・断熱性の追求だけでなく、工務店としての新たなステージを見据えているようです。

性能向上リノベーションは「三方良し」の住まいの選択肢

性能向上リノベーションは、人手不足や土地不足、空き家問題などの課題も解決できるとともに、消費者は取得費も抑えられることから、工務店、国、消費者にとってメリットの大きい三方良しの選択肢ともいえます。岸野さんによれば、まだまだ高気密・高断熱の施工がしっかりできる職人さんは多くないとのことですが「新木造住宅技術研究協議会」や「パッシブハウス・ジャパン」など、技術の習得に熱心な工務店が加盟する団体もあるようです。

性能向上リノベーションを実施するには、リノベーションによってどのように生まれ変わるのか、リノベーションにいくらかかるのか、補助金制度は利用できるのか、長期優良住宅の認定は取得できるのか……など幅広い知識と経験が必要です。物件選びの段階で意識が高く、技術力のある工務店に相談することで、住まいの選択肢は格段に広がるのではないでしょうか。

●取材協力
夢・建築工房(スーモサイト)
●画像出典
総務省「令和5年住宅・土地統計調査 住宅概数集計(速報集計)結果」

【2024年夏】熱中症は室内でもリスクあり! 気候変動の今こそ家の断熱で「室温28℃以下・湿度70%以下」キープが必須  慶應義塾大学名誉教授 伊香賀俊治先生が警鐘

今年も、熱中症を想起させる救急車のサイレンが気になる季節になりました。そこで早めに対応したいのが住宅の断熱です。断熱というと寒い冬を連想するかも知れませんが、暑い夏からも命を守ってくれるのです。夏の断熱の効用について、住宅と健康の関係についての第一人者である慶應義塾大学名誉教授の伊香賀俊治先生に教えていただきました。

慶應義塾大学名誉教授 伊香賀俊治先生(撮影/片山貴博)

慶應義塾大学名誉教授 伊香賀俊治先生(撮影/片山貴博)

今年も熱中症に注意が必要、なかでも住宅内で過ごす高齢者は危険!?

気象庁は昨年2023年9月に、同年の日本の夏(6月~8月)は1898年の統計開始以降で最も気温の高い夏だったと発表しました。さらに同庁が今年4月に発表した「向こう3カ月(5月~7月)の天候の見通し」によれば、全国的にこの初夏は「高い見込み」だそう。暑かった昨年同様、今年もまた熱中症に注意する必要がありそうです。

熱中症とは、高温多湿な環境に長時間いることで、体温を調整する機能が上手く働かなくなり、体内に熱がこもった状態を指します。場合によっては意識障害やけいれんが起こり、時には死に至ることさえあります。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

テレビや新聞では炎天下のなかでの「スポーツの練習中」や「農作業中」に倒れて緊急搬送された、というような熱中症がよく取り上げられます。しかし、熱中症になる場所で一番多いのは、実は屋外ではなく「住宅の中」であることはご存じでしょうか。

約40%が住宅の中で熱中症になり、緊急搬送されました(出典/総務省「令和5年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況」)

約40%が住宅の中で熱中症になり、緊急搬送されました(出典/総務省「令和5年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況」)

また、熱中症で緊急搬送される人の年齢を比較すると、下記のように65歳以上の高齢者が半数以上を占めています。

熱中症で緊急搬送される人の半数以上が65歳以上の高齢者でした(出典/総務省「令和5年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況」)

熱中症で緊急搬送される人の半数以上が65歳以上の高齢者でした(出典/総務省「令和5年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況」)

さらに、伊香賀先生によれば「住宅内の熱中症の発生箇所は居間・リビングや寝室が多く、熱中症で緊急搬送された高齢者の多くがエアコンを使用していませんでした」と指摘しています。

伊香賀先生による、高齢者の住宅内の熱中症発生場所の調査結果です。「居間・リビング」と「寝室・就寝中」が71%を占めます(伊香賀俊治、堀 進悟、三宅康史、鈴木 昌、村上由紀子: 住環境と熱中症、日本臨牀 Vol.70, No.6, pp.1005-1012, 2012年6月)

伊香賀先生による、高齢者の住宅内の熱中症発生場所の調査結果です。「居間・リビング」と「寝室・就寝中」が71%を占めます(伊香賀俊治、堀 進悟、三宅康史、鈴木 昌、村上由紀子: 住環境と熱中症、日本臨牀 Vol.70, No.6, pp.1005-1012, 2012年6月)

伊香賀先生による、住宅内で熱中症になった人々が冷房を使っていたかどうかを調べた結果です。住宅内で熱中症になった人の85%が冷房を使っていませんでした。また冷房を使わなかった人の60%が扇風機も使っておらず、50%が窓を閉めていました(伊香賀俊治、堀 進悟、三宅康史、鈴木 昌、村上由紀子: 住環境と熱中症、日本臨牀 Vol.70, No.6, pp.1005-1012, 2012年6月)

伊香賀先生による、住宅内で熱中症になった人々が冷房を使っていたかどうかを調べた結果です。住宅内で熱中症になった人の85%が冷房を使っていませんでした。また冷房を使わなかった人の60%が扇風機も使っておらず、50%が窓を閉めていました(伊香賀俊治、堀 進悟、三宅康史、鈴木 昌、村上由紀子: 住環境と熱中症、日本臨牀 Vol.70, No.6, pp.1005-1012, 2012年6月)

つまり、炎天下を避けて大人しく家で過ごしていたにもかかわらず、いつの間にか熱中症になる可能性がある、ということです。特に暑さを感じにくくなり、エアコンは体に悪いと思っている高齢者は注意が必要です。

さらに、伊香賀先生は「古い集合住宅の最上階にある住宅は、熱中症になる危険が高くなります」と注意を促します。その理由は、下記を見ると一目瞭然です。

同じ日・同じ地域の一戸建てと集合住宅の室温の違いをグラフ化したもの。当日の最高気温は36.4℃の猛暑日でした。一戸建てでは朝の5時には28.5℃まで室温が下がりましたが、集合住宅ではなかなか室温が下がらず、特に最上階の住戸では朝5時になっても32.0℃ありました(伊香賀先生調査)

同じ日・同じ地域の一戸建てと集合住宅の室温の違いをグラフ化したもの。当日の最高気温は36.4℃の猛暑日でした。一戸建てでは朝の5時には28.5℃まで室温が下がりましたが、集合住宅ではなかなか室温が下がらず、特に最上階の住戸では朝5時になっても32.0℃ありました(伊香賀先生調査)

コンクリートは蓄熱性が比較的高い建築材です。そのため近年のRC造(鉄筋コンクリート造)等の分譲マンションなどはしっかりと断熱が施されていますが、古い集合住宅は断熱が不十分であることが多いのです。すると日中の日射熱を蓄熱した、建物の天井(最上階の天井)や外壁が夜になっても住宅を温め続けるという状態になるのです。

調査した古い集合住宅では最上階の天井の表面温度が32.5℃に達していました。この時の就寝時の住人の体温は、熱中症の「厳重警戒(上記表参照)」域でした(伊香賀俊治:屋内で発生する熱中症、特集 熱中症と闘う  in 2019 for 2020、救急医学第43巻第7号、pp.912-917、ヘルス出版)

調査した古い集合住宅では最上階の天井の表面温度が32.5℃に達していました。この時の就寝時の住人の体温は、熱中症の「厳重警戒(上記表参照)」域でした(伊香賀俊治:屋内で発生する熱中症、特集 熱中症と闘う in 2019 for 2020、救急医学第43巻第7号、pp.912-917、ヘルス出版)

熱中症を防ぐ目安としては「室温28℃以下で湿度が70%以下」

では、家の中の温度が何℃以上だと熱中症になる危険があるのでしょう。

「実は、WHO(世界保健機関)や、国による確たる基準は現在のところありません。まだ研究中であることや、国や地域によって、汗をかきやすい(=体温を下げやすい)体質が異なるなどの理由からです」と伊香賀先生。

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

ただし、目安としては「室温28℃以下で湿度が70%以下」にするといいそうです。

これは、厚生労働省が働く職場環境(事務所衛生基準規則)に定めている数字。ここで注意したいのは室温だけでなく、湿度も重要だということです。なぜなら、湿度が高いと汗がかきにくくなるため、体温調整が上手くいかなくなるからです。

下記は、日本生気象学会の「日常生活における熱中症予防指針」をもとに、伊香賀先生が作成した表になります。これによれば、たとえ室温が26℃でも、湿度が70%未満なら「注意」ですが、湿度が90%であれば「厳重警戒」になります。

温度基準注意すべき生活行動の目安注意事項室温と相対湿度の組み合わせ例危険
31℃以上すべての生活活動で起こる危険性高齢者においては安静状態でも発生する危険性が大きい。外出はなるべく避け、涼しい室内に移動する。28℃ 100%以上
30℃ 85%以上
32℃ 70%以上
34℃ 60%以上厳重警戒
28℃~31℃外出時は炎天下を避け、室内では室温の上昇に注意する。26℃ 90%以上
28℃ 75%以上
30℃ 65%以上警戒
25℃~28℃中等度以上の生活行動で起こる危険性運動や激しい作業をする際は、定期的に充分な休息を取り入れる。26℃ 70%以上
28℃ 55%以上
30℃ 45%以上注意
25℃未満強い生活行動で起こる危険性一般に危険性は少ないが、激しい運動や重労働時には発生する危険性がある。26℃ 70%未満
28℃ 55%未満
30℃ 45%未満同じ「室温28℃」でも、湿度が75%だと「厳重警戒」、55%なら「警戒」となります(出典:日本生気象学会, 日常生活における熱中症予防指針 Ver.3 確定版, 2013)

エアコンでは、「除湿」機能はさることながら、「冷房」機能でも室温を下げる際に、湿度も下げてくれます。ですから断熱をしっかり施せば、エアコンを効率的に働かせることができ、熱中症を避けることができるのです。

もはや日本の夏は亜熱帯気候に変化している!?

それにしても、最近の日本の夏は暑くなったと感じませんか。「昔はエアコンなんてつけずに眠れた」や「扇風機を回したまま寝ると、風邪を引くといって親に怒られた」という昭和世代も多いのではないでしょうか。

事実として、下記のデータでは日本の夏が確実に暑くなっているとわかります。

棒グラフ(緑)は毎年の値、折れ線(青)は5年移動平均値です。1950年以前は5日以下だったのに対し、1990年に初めて30日を記録すると、2018年には49日に到達しています(出典:気象庁)

棒グラフ(緑)は毎年の値、折れ線(青)は5年移動平均値です。1950年以前は5日以下だったのに対し、1990年に初めて30日を記録すると、2018年には49日に到達しています(出典:気象庁)

上記は京都のグラフですが、東京も大阪も北海道も福岡も、全国各地で軒並み夜でも気温が25℃を下回らない熱帯夜が増えているのです。

以前「室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった」でも紹介しましたが、1330年代に書かれた『徒然草』には「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる」、という記述があります。

当時、京都に暮らしていた吉田兼好(『徒然草』の作者)は、夏の暑さに辟易としていたのでしょう。だから家をつくるなら夏の暑さをなんとかすれば、冬はなんとでもなると書いたのですが、上記グラフから推測すれば、700年以上前の京都には猛暑日なんてほとんどなかったと思われます。

つまり「吉田兼好(『徒然草』の作者)が嘆いた夏よりも、今はさらに暑い夏なのです」と伊香賀先生は言います。「日本の夏は、亜熱帯気候に変化していると思います」。

もはや兼行が暮らしていた頃のように、風通しをよくすればしのげた夏ではなく、冬と同様、家の断熱性能を高めて冷房機器や暖房機器を効率的に使うことが望ましい夏になったということです(冬の断熱効果については「室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった」をご参照ください)。

暑い夏の危害は、高齢者だけでなく、子どもや大人にも迫っている

また、夏のエアコンの使用といえば、数年前に小学校でのエアコン使用の是非がニュースになりました。文部科学省も2018年に学校環境衛生基準において、教室の温度を「10℃以上、30℃以下が望ましい」から「18℃以上、28℃以下が望ましい」へと改訂しましたが、伊香賀先生による調査でも、夏の暑さが子どもたちに与える悪影響は如実に表れています。

A校とE校は木造校舎、B・C・D・F・G・H校はRC造の校舎です。また木造とA・E校はどちらも断熱改修を施した前と後の結果を記載しています。このように、体感温度が高い教室のほうが体調不良や集中力の低下が起こりやすいとわかります。木造とA・E校は断熱改修をしたことで、それらの低下がはっきりと見られました(「月刊 健康づくり_健康に住み続けられる住まい入門_熱中症抜粋_2020年度」より)

A校とE校は木造校舎、B・C・D・F・G・H校はRC造の校舎です。また木造とA・E校はどちらも断熱改修を施した前と後の結果を記載しています。このように、体感温度が高い教室のほうが体調不良や集中力の低下が起こりやすいとわかります。木造とA・E校は断熱改修をしたことで、それらの低下がはっきりと見られました(「月刊 健康づくり_健康に住み続けられる住まい入門_熱中症抜粋_2020年度」より)

このように、校舎の断熱改修を施したことで体調不良を訴えたり、集中力が欠如する児童が減ったのです。「体調不良になったり、集中ができない校舎は、とても学ぶ環境とはいえないでしょう」と伊香賀先生も話します。

(撮影/片山貴博)

(撮影/片山貴博)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

もちろん、暑い夏の危害は、子どもや年寄りだけに及ぶわけではありません。伊香賀先生の調査によれば、働く世代の仕事効率も下げているのです。

オフィスビルで働いている人に協力してもらい、冷房設定温度の違いで作業効率がどう変わるか調べたところ、室温25.7℃が最も作業効率が良いとわかりました。

(「月刊健康づくり_健康に住み続けられる住まい入門_熱中症抜粋_2020年度」より)

(「月刊健康づくり_健康に住み続けられる住まい入門_熱中症抜粋_2020年度」より)

一方で、28℃から25.7℃へ室温を下げれば光熱費が余計にかかりますが、代わりに残業が減ります。この調査では人件費3000万円/月が節約できるのに対し、光熱費の増加はわずか34万円/月という結果になりました。

省エネしたいなら、温度設定ではなく、建物を断熱する

そもそも夏のエアコンの設定温度に28℃が推奨されてきたのは、省エネという目的からです。一方で、作業効率や費用対効果を考えれば25.7℃が理想です。

だからといって省エネをおろそかにするわけにはいきません。そこで、エネルギーをほとんど使わずに快適な室温を維持しやすいよう、建物に断熱を施すことが重要になります。断熱性能を上げることで、エアコンのエネルギー消費量を下げることができるからです。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

国も現在、住宅だけでなく、オフィスビル等の断熱性能を高めて省エネ化を図ろうとしています。その一例が「ZEB(ゼブ)」の推奨です。ZEBとは住宅のZEH(ゼッチ)同様、快適な室内環境のまま、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにする建物のこと。もっと分かりやすくいえば、ほとんどエアコンを稼働させなくても快適なビル、のことです。国はこのZEB化に対する補助金制度を用意しています。

もちろん、断熱性能が重要なのはオフィスビルだけではなく、私たちの住宅も同じです。ですから国は現在、住宅については断熱に関する補助金制度をいくつか用意しています。

その中でも、断熱の要である“窓の断熱”を促す補助金制度「先進的窓リノベ2024事業」は、内窓の設置だけでも補助金を受け取れるので、手軽に利用できる補助金制度です。今夏を迎える前に、こうした補助金制度を使って自宅のリフォームを検討してみてはいかがでしょうか。

また、もし離れて暮らす高齢の両親がいるなら、お盆の時期よりもできるだけ早く、断熱リフォームの話をしてみてください。断熱すれば夏も冬も安心です。壁を剥がすような大がかりな断熱リフォームだと、両親は二の足を踏むかもしれませんが、例えばリビングと寝室に内窓を備えるだけなら拒否感が少なく応じてくれるかもしれません。

その際に、実家に温度湿度計がないなら持っていくことをおすすめします。高齢になると体の温度センサーが上手く機能しないので「実は自分たちが思っている以上に蒸し暑い」とわかれば、断熱の話もスムーズに進むはずですよ。

●取材協力
慶應義塾大学 理工学部 名誉教授
日本建築学会 前副会長
伊香賀 俊治(いかが・としはる)さん
1959年東京生まれ。1981年早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。(株)日建設計環境計画室長、東京大学助教授を経て、2006年慶應義塾大学理工学部教授に就任。2024年4月より名誉教授、5月末より一般財団法人 住宅・建築SDGs推進センター 理事長に就任日本学術会議連携会員、日本建築学会副会長、日本LCA学会副会長を歴任。主な研究課題は『住環境が脳・循環器・呼吸器・運動器に及ぼす影響実測と疾病・介護予防便益評価』。著書に『すこやかに住まう、すこやかに生きる、ゆすはら健康長寿の里づくりプロジェクト』『”生活環境病”による不本意な老後を回避するー幸齢住宅読本ー』など。

住まいと学校の断熱事情の最前線、夏は教室が危ない! 住宅は断熱等級6以上が必要、2025年4月からの等級4以上義務化も「不十分」 東京大学・前真之准教授

近年“住宅の省エネ”、中でも“断熱”への関心が高まっています。2022年の建築物省エネ法の改正を受け、2025年4月以降に着工するすべての新築住宅・非住宅で「断熱等級4」以上が義務化されることの影響も大きいでしょう。
そもそも断熱はなぜ住宅に必要なのでしょうか? また断熱によって住まいはどう変わるのでしょうか? エコハウス研究の第一人者、東京大学 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん(工学系研究科 建築学専攻)に聞きました。

そもそも「断熱」とは?住まいの断熱はどうすべき?

そもそも「断熱」とはどのようなものでしょうか?

「断熱とは、熱の出入りを断ち、部材の表と裏に温度差を作り出す技術です。次の画像は断熱材としてよく使用されるグラスウールをホットプレートで熱したときの表裏の温度差を計測したときのものです。ホットプレートに接する下部の面は加熱されて150度以上になっていますが、反対側である上部の面は30度に保たれており、120度以上の温度差が生じています。断面には温度分布のグラデーションができていて、熱を遮断していることがわかりますね」(前さん、以下同)

断熱材であるグラスウールをホットプレートで熱したときの温度差を実証したときの様子。断熱材によって下側のホットプレートの熱が上部では断たれていることがわかる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

断熱材であるグラスウールをホットプレートで熱したときの温度差を実証したときの様子。断熱材によって下側のホットプレートの熱が上部では断たれていることがわかる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

「この断熱材の性能を活かして断熱・気密をしっかりしていれば、エアコン1~2台で住まいの全空間を冬も夏も快適な状態に保つことができます。実はエアコンを使用するとき、各部屋に1台ずつ4~6畳用のエアコンを同時に稼働させて低負荷運転を続けるのはエネルギー効率が悪く、電気代が余計にかかります。自動車が渋滞にはまると燃費が悪くなるのと同じです。それよりも家全体を1台で空調することでエアコンにうまく負荷をかけたほうがずっとエネルギー効率が良く、電気代を抑えられるのです」

冬にエアコン1台で暖房の効き具合を比較したときの様子(左が写真、右が遠赤外線カメラで撮影して温度分布を表したもの)。断熱等級6以上になると床の温度が22度を超え、エアコン1台で広いLDKスペースや隣接する部屋も含めた全体が暖まっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

冬にエアコン1台で暖房の効き具合を比較したときの様子(左が写真、右が遠赤外線カメラで撮影して温度分布を表したもの)。断熱等級6以上になると床の温度が22度を超え、エアコン1台で広いLDKスペースや隣接する部屋も含めた全体が暖まっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

断熱が必要なのは、冬だけじゃない!「夏の断熱」が大事な理由

部屋の温度差について考えるときには、近年「ヒートショック(急激な気温の変化によって血圧や脈拍が変動することで心筋梗塞や不整脈、脳出血・脳梗塞などの発作を起こすこと)」による事故の報道などを通じて、住宅内の気温差が問題になっていることを思い起こす人もいるでしょう。この住宅内で暖房している場所と暖房していない場所の間で極端な温度差が生じるのは、まず第一に断熱・気密の不足、次に家全体を暖める空調ができていないことが原因です。建物の断熱・気密をしっかり確保して、暖房の熱を家中にしっかり届ける仕掛けが必要なのです。

ヒートショックとは、部屋間の寒暖差によって血圧や脈拍の変動が体に悪影響を与えること(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

ヒートショックとは、部屋間の寒暖差によって血圧や脈拍の変動が体に悪影響を与えること(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

ヒートショックは冬に起こることが多いのですが、前さんは「これからは、夏を健康・快適に過ごすためにも断熱が非常に重要」だと言います。

「一日の最高気温が35度を超える猛暑日の発生日数を見てみると、1980年代・ 90年代は年間でほぼゼロ日だったのが、2023年には40日を超える地域が出てきています。北海道や東北地方でも熱中症になって救急搬送される人が2023年には2022年の10倍に急増しました。日本はエアコンを使わずにガマンすることが省エネだと考える風潮もあり、暑さ・寒さに耐えて命を脅かす事件が多発しています。すでに温暖化の影響は明らかですが、今後さらに夏の暑さは厳しくなることが予想されます」

(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/日本気象協会推進「熱中症ゼロへ」プロジェクト)

(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/日本気象協会推進「熱中症ゼロへ」プロジェクト)

さらに深刻なのは、子どもたちが長い時間を過ごす小・中学校です。

「学校建築は本来、換気が命。大きな窓を開けて空気を入れ替え、風を通すことで快適に過ごせるように設計されています。ところが、近ごろは夏期の外気温が高すぎて、窓を開けると室内が熱くなるため、開けられません。断熱が十分に施されてない学校施設では、外の熱がそのまま室内に侵入するため、どんなに冷房を入れても涼しくならない。結果、子どもたちが学習に集中できないばかりか、中には熱中症にかかってしまう子も出ています。子どもたちを過酷な暑さと汚れた空気から救うため、最近では教室を断熱改修する取り組みが広がっています」

築40年以上の建物も多い小・中学校は換気する前提で設計されているため、断熱性能が低く、子どもたちの日常が危険にさらされている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

築40年以上の建物も多い小・中学校は換気する前提で設計されているため、断熱性能が低く、子どもたちの日常が危険にさらされている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

学校の断熱改修前後における冷房時の温度変化。いずれも冷房1台を稼働させているが、天井断熱を施すことで、同じ冷房器具でも教室全体の温度を下げられるようになる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

学校の断熱改修前後における冷房時の温度変化。いずれも冷房1台を稼働させているが、天井断熱を施すことで、同じ冷房器具でも教室全体の温度を下げられるようになる(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

この状況に対して、強い危機感を抱いた前さんは、2023年の夏に、学校改修を求める2万6千人の署名を集めた上で、当時の文部科学大臣に小・中学校の断熱改修について提言をしたこともあるそう。ところが当時は「通常の建物改修で十分に対策できる」との返答で、納得のいくものではありませんでした。

「自治体によっても学校の断熱改修などの対応には差があります。例えば、ある都道府県では積極的に対策がとられているが、隣の県では全く断熱改修に取り組まれていなかったりします。自治体によって子どもたちの教育環境が大きく異なっている実態はあまり知られていません」

積極的に取り組みが行われている自治体の例として、東京・葛飾区では、区内の小・中学校で児童・生徒とワークショップ等を行いながら断熱改修し、その効果検証をしています。同じく東京・杉並区でも今後、断熱改修に取り組んでいく予定だそうです。

「文部科学省も、2024年3月に公開した『学校施設のZEB化の手引き』において、『まずは断熱改修から!』ということで、予防改修+屋根断熱を緊急で行うことを提言しています。日本中の教室が一刻も早く、すべて断熱改修されることを期待しています」

2025年4月から「断熱等級4」が義務化! 省エネ性能の表示制度も始まる

建築物省エネ法の改正(正式名称:脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律)を受け、2025年4月以降に着工するすべての新築住宅・非住宅で「断熱等級4」「一次消費エネルギー4」以上であることが義務化されます。これに先駆けて2024年4月に開始した建築物の省エネ性能表示制度は、新築住宅の販売時や賃貸住宅の入居募集時に住宅性能を明示することを販売・賃貸する事業者の努力義務としたもの。省エネ性能ラベルに記載される住宅性能の中で最も重要なのは、家マークの数で表されている「断熱性能」です。

前さんは「住宅の省エネ性能表示がようやく開始されたこと自体は一歩前進」と評価しながらも、「住宅も商品である以上、性能がきちんと表示され、それを買う側・借りる側が確認をして購入・賃借するのは当たり前のこと。今回ははじめの一歩であり、今後は中古住宅も含めて、住宅の性能が買う人・借りる人のすべてに提供されていくことが肝心です」と言います。

東京大学 工学系研究科 建築学専攻 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん。「Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室」を主宰し「みんなが快適で豊かに暮らせる住まいのあり方」を追究している(写真撮影/片山貴博)

東京大学 工学系研究科 建築学専攻 准教授の前真之(まえ・まさゆき)さん。「Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室」を主宰し「みんなが快適で豊かに暮らせる住まいのあり方」を追究している(写真撮影/片山貴博)

2025年から義務化されることが決まっている「断熱等級4」も、もはや十分な断熱性能とはいえません。国土交通省は「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」にもとづき、断熱性能に1~7の等級をつけており、数字が大きいほど断熱性能が高いことを示します。ところが、前さんによれば「義務化される断熱等級4は、世界標準と比べると低すぎる」そう。

「断熱性能は、UA値(外皮平均熱貫流率)で判断されます。これは外気に触れる住宅の壁や屋根、窓などから室内の熱がどれくらい外に逃げやすいかを表したもので、数値が小さいほど断熱性能が優れていることを示します。地域の気候に応じて、断熱等級ごとにUA値の上限(基準値)が定められています。日本で2025年に義務化される断熱等級4という基準は、25年も前の1999年に設定されたものであり、同じ程度の寒さの諸外国のと比較してもUA値がはるかに大きく、断熱性能が不足しています」(前さん、以下同)

「断熱等級4」は1999年時点の他国の水準と比べても大きく劣る(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/国土交通省「今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方(第三次報告案)及び建築基準制度のあり方(第四次報告案)について」)

「断熱等級4」は1999年時点の他国の水準と比べても大きく劣る(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/国土交通省「今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方(第三次報告案)及び建築基準制度のあり方(第四次報告案)について」)

日本の断熱基準には抜け穴も!? 断熱性能はどう見るといい?

さらに前さんは適正な基準であるべき指標が「日本では住宅を建てる側が達成しやすくするために、基準があえて緩められているのでは」と指摘します。

「次の図は日本の住宅・建材生産者団体の有志が20年先を見据えて設けた『HEAT20』という断熱等級と国交省が定める先の断熱等級とを比較したものです。日本の断熱等級は8つの地域区分に応じて各等級ごとのUA値(※1)を設定しています。上位の断熱等級である5~7はHEAT20(※2)のG1・G2・G3の指標を参考に定められたはずなのですが、なぜかHEAT20のUA値と比べると準寒冷地である4地域(代表都市:秋田)や5地域(代表都市:仙台)のUA値が大きい、断熱性能が劣るほうに緩和されているのです。また、国交省が2030年までに義務化するとしている『ZEH水準」の等級5では、準寒冷地の4地域(代表都市:秋田)や5地域(代表都市:仙台)が、温暖地の6地域(代表都市:東京)や7地域(代表都市:鹿児島)と同じ基準値でよいとされています。本当にこれでいいの?と疑いたくなる基準です」

※1:UA値…外皮平均熱貫流率。住宅の熱の出入りのしやすさを表す
※2:HEAT20…「20年先を見据えた日本の高断熱住宅研究会」のこと。住宅外皮水準のレベル別にG1~G3と設定し、提案している

等級5では、準寒冷地である秋田や仙台などを代表とする地域が、東京や鹿児島と同じUA値になっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

等級5では、準寒冷地である秋田や仙台などを代表とする地域が、東京や鹿児島と同じUA値になっている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室)

このような基準になっている背景について、前さんは「建設会社が全国で建築物を建てるときに、建築物の着工数が多い首都圏の6地域に基準を寄せることで、準寒冷地である4地域や5地域の建築物でも同じ断熱で仕様基準を達成できるようにしているのではないか」と疑念を向けます。

さらにこのような基準設定の違和感は、マンションの断熱性能の評価方法や太陽光発電の搭載など、さまざまなところで見られ「国交省が2025年から義務化する断熱等級4、2030年までに義務化予定の断熱等級5を満たすから、十分な住宅性能がある」とはいえないと言います。
それでは、一般の人が省エネ性能ラベルなどで判断するときには何を基準に判断すればいいのでしょうか?

「先の表で断熱等級4と5のUA値を比較して見ると分かりますが、その差は大きくありません。実際に住んで体感できるほどの断熱効果が感じられ、暖冷房のコストも抑えられるのは、HEAT20のG2相当である断熱等級6以上だと考えています。もうちょっと断熱を頑張ると、温度と電気代のバランスが十分に良くなります。こうした断熱等級6+αの断熱は国交省の規定にはありませんが、断熱等級6.5とか呼んだりしています。
温度と電気代のバランスを取るには等級6以上が必要、等級5はZEHレベルといえどもまだ十分ではなく、等級4ともなると23年前の基準で不十分といって良いレベル、等級3以下だと実質無断熱といっていいと思います。残念ながら日本の住宅ストックの多くはこうした実質無断熱のため、今後はリフォーム時に断熱改修を行うことも重要になります」

前さんが注目する、全国の断熱の取り組み

「住宅の性能を高めるためには、国、さらには自治体の努力が不可欠です。住宅の性能向上に関する施策で、とくに進んでいるのは鳥取県です。今の欧米基準と比べても遜色のない住宅性能評価基準として、新築では『NE-ST(ネスト、とっとり健康省エネ住宅)』、既存改修では『Re NE-ST(リネスト、とっとり健康省エネ改修住宅)』を設け、断熱はもちろん、気密性能についても基準を設けています。県内で生産された建材を使うことを条件に、新築住宅の性能に応じた補助金を出して導入を促進。また、中古住宅に対しても『T-HAS(ティーハス、とっとり住宅評価システム)』という独自の住宅性能査定エンジンをつくり、中古住宅の性能やリフォームの状況を適正に評価できるようにしました。この仕組みによって高い評価を受けた住宅は、中古住宅として売買する際もその価値に応じた銀行の融資が可能になるはずです」

鳥取県では独自に「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を設け、基準を満たす新築住宅に補助金を出すなどしている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/鳥取県)

鳥取県では独自に「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を設け、基準を満たす新築住宅に補助金を出すなどしている(画像提供/Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室、出典/鳥取県)

他には山形県でも「やまがた省エネ健康住宅」として独自に認証する仕組みがあるほか、長野県も類似の制度を導入しようとしているようです。また、断熱への取り組みは自治体だけではありません。地域でがんばっている、家の作り手がたくさんいるのです。

「近年、小さな工務店などでも『基本的な住宅性能を満たす家を建てることが、住む人の快適で健康な生活につながる』と考えて、懸命に断熱に取り組んでいる会社が全国にたくさんあります。ぜひそのような物件や会社に注目してほしいですね」

■関連記事:
・省エネ先進県・鳥取、中古住宅の省エネ性能を資産価値として評価! 「築22年以上の住宅も価値がゼロにならない」評価法を来年4月スタート
・「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由

これからも快適に住み続けるために、私たちが考えたいこと

最後に前さんに、これから私たちが住まいの省エネや断熱をどのように考えていくかべきかについてメッセージをもらいました。

「近年、デザイン性の高いものや3Dプリンターを使った技術など、建築手法に凝ったものなどさまざまな建築が話題にのぼりますが、私は本来、建築は手段であり、目的そのものではない。建築は『器』であり、その中で営まれる人びとの生活がメインのコンテンツだと考えています。なので、中で暮らす人を幸せにすることこそが、建築の第一の使命のはずです。住む人を幸せにするためには、当然に快適で安心で安全な家でなければなりません。寒い、暑い、電気代が高いなどといった問題は、今や設計や技術によって容易に解決できるわけですから、早急に解決しなければならない問題です。今の日本の低い住宅性能基準に合わせて住宅をつくっていては、到底、数十年後の将来に評価される、つまり資産としても価値のある家にはなりません。

断熱の効果は一度体験してみれば全く快適性が異なることを感じていただけるものです。最近ではいろいろなところで、断熱ワークショップやオープンハウス、宿泊体験などをやっているのを見るようになりました。目にされる機会があればぜひ実体験をしてその効果と『暮らしが変わる』可能性を実感してほしいと思います」

「断熱の効果は体験してみないとわからないが、一度体験すると断熱なしの生活には戻れない」と言う前さん(写真撮影/片山貴博)

「断熱の効果は体験してみないとわからないが、一度体験すると断熱なしの生活には戻れない」と言う前さん(写真撮影/片山貴博)

工学部の建物の屋上には、断熱効果を実験するためのハウスを設置。土台が回転するようになっており、あらゆる方角に窓の向きを変えることで日照条件を変更しながら日射取得や暖冷房熱負荷などの測定ができる(写真撮影/片山貴博)

工学部の建物の屋上には、断熱効果を実験するためのハウスを設置。土台が回転するようになっており、あらゆる方角に窓の向きを変えることで日照条件を変更しながら日射取得や暖冷房熱負荷などの測定ができる(写真撮影/片山貴博)

前さんは「1回施工すれば効果が数十年という長いスパンで続くのが、建築の良いところ」だと言います。さらに「2100年に暮らす人から『建てておいてくれて、ありがとう』と言ってもらえる住宅を増やしていきたいと思いませんか?」と投げかけます。

日々の自分と家族の生活を快適で安心なものにするために、そして日本の住環境全体をより良いものにしていくためにも、断熱に興味をもち、その良さを実感する機会を積極的に探してみることが「幸せな暮らし」への第一歩になるかもしれません。

●取材協力
東京大学 Maelab前真之サスティナブル建築デザイン研究室

国土交通省もおすすめの、断熱性の高い住宅のカシコイ住み方とは?

省エネ性能の高い住宅への関心が高まっている。2050年のカーボンニュートラルに向けて、政府が省エネ住宅を推進していることなども、その背景にある。国土交通省では、省エネ住宅を推進する一方で、そうした住宅を住みこなすための25のポイントをまとめ、公開した。そのポイントを詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド ~高機能な住宅の性能を発揮させる25のポイント~」を公開/国土交通省

前提となる断熱性能の高い家とは、断熱等性能等級6以上

国土交通省がまとめた住まい方ガイドでは、断熱性能の高い住宅を、日中の日射しなども活用して、効果的に住みこなす工夫をまとめている。その前提となる「断熱性能の高い住宅」については、住宅性能表示制度における「断熱等性能等級6以上」の住宅を対象としている。

「断熱等性能等級」とは、国が定める「住宅の品質確保の促進等に関する法律」にて明示されているもので、住宅の多様な性能のなかで断熱性能を示す指標のことだ。現在は1等級~7等級まであり、等級が高いほど、高い断熱性能を有していることになる。

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

なお、政府が2025年にすべての新築住宅に適合を義務づける「省エネ基準」のレベルは、「断熱等性能等級4」かつ「一次エネルギー消費量等級4」だ。一般的に、省エネ住宅といえば、この「省エネ基準適合住宅」を指す。政府はさらに、この省エネ基準を2030年までに「ZEH水準」に引き上げようとしているが、ZEH水準のレベルは「断熱等性能等級5」かつ「一次エネルギー消費量等級6」だ。

今回のガイドは、それよりもさらに高い断熱性能を有する、「断熱等性能等級6以上」の住宅を前提としている。この等級になると、省エネだけでなく、住宅内に温度差がない健康的で快適な生活が送れるレベルになる。かなり高い断熱性能を前提としていることになるのだが、住まい方の25のポイントは、そこまで高い性能を有していなくても効果はある内容なので、ぜひ知っておいてほしい。

ちなみに、「断熱等性能等級」は住宅そのものの断熱性を測るもので、「一次エネルギー消費量等級」は住宅で使うエアコンや給湯器などの効率性や太陽光発電設備などのエネルギー量を総合的に測るものとなっている。

住まい方の25のポイントを一挙に紹介

それでは、ガイドに掲載された25のポイントを紹介しよう。

視点1:熱が逃げない断熱性が高い住宅は季節に応じた日射しのコントロールが大切
①(夏)日射しは冷房の大敵!窓からの日射しをしっかり遮りましょう
②(夏)外出する際は日除けを閉めて熱を入れないようにしましょう
③(冬)日射しは暖房の助っ人!窓からの日射しの熱で家中を暖めましょう
④(春・秋)室温に合わせて窓からの日射しを調整しましょう

視点2:暖冷房機器を適切に運転することで少ない暖冷房エネルギーでも快適に
⑤在宅時、暖冷房設備は風量「自動」で「連続」運転しましょう
⑥断熱性の高い住宅では暖冷房の設定温度を控えめにしましょう
⑦暖冷房機器の定期的なメンテナンスで効率を向上させましょう
⑧冷房運転時に設定温度に到達して除湿機能が働かない場合には除湿モードに切り替えたり除湿機を活用しましょう
⑨外の湿度が高い時には窓を閉めておくようにしましょう
⑩乾燥が気になる場合には適度に加湿しましょう

視点3:断熱性が高い住宅では空間をつなげて気持ち良い空気を家中に
⑪各室の内部ドア等を開けて家中を暖冷房しましょう
⑫扇風機やサーキュレーター等で冷気を家中に回しましょう
⑬サーキュレーターや小さな暖房器具を併用することで家中を暖めましょう
⑭24時間換気設備は常時運転させましょう
⑮外気が快適な場合は窓を開けましょう
⑯室内に熱がこもったら窓を開けましょう

視点4:災害時でも日常生活を維持するために高性能な機能をもしもの備えに
⑰電気・ガスなどのインフラが止まっても在宅避難ができます
⑱太陽光発電の電気を利用しましょう
⑲蓄電池を利用しましょう
⑳エネファーム(家庭用燃料電池)を活用しましょう
㉑給湯機を活用しましょう

断熱性が高い住宅を住みこなすもうひと工夫
㉒室内外の温湿度を確認しましょう
㉓カーテンの設置の仕方、開け閉めで調整しましょう
㉔季節に応じた服装で調整しましょう
㉕植栽で日射しを調整しましょう

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

断熱性能の高さを活用するための4つの視点

まず、断熱性能の高い住宅は外への熱の出入りが少ないことから、「季節に応じて日射しをコントロールする」というのが第1の視点だ。特に注目したいのは、窓の内側でカーテンなどによって日射しを遮る(約60%の日射熱が入る)よりも、窓の外側でブラインドなどによって日射しを遮る(約20%の日射熱が入る)ほうが、効果が大きいということ。また、窓の前の地盤面に植栽などを配置して照り返しを防ぐものも、効果があるということも覚えておきたい。

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

第2の視点は、断熱性能の高い住宅では、「暖冷房機器を適切に運転する」というもの。夏や冬になると、エアコンの効果的な使い方について、マスメディアやSNSで多くの情報が流れていることからも、よく知られている工夫といえるだろう。

第3の視点は、断熱性能の高い住宅ならではだろう。少ない台数のエアコンでも、住宅内全体を暖冷房できるからだ。「空間をつなげて気持ち良い空気を家中に」という視点になっている。その際に、サーキュレーターや扇風機(夏)、小さな暖房器具(冬)を使うことも効果的だという。

夏は、エアコンの冷気と同じ風向きにサーキュレーターや扇風機を置くと、室内の下に溜まった冷気を循環させるので、室内全体を冷やすことができるといわれている。冬も、暖気が循環するようにサーキュレーターを置いたり、暖気が回っていない場所に小さな暖房器具を置いたりして、住宅全体を暖めると良いという。

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

出典:省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド

第4は「高性能な機能をもしもの備えに」という視点。つまり、高機能の設備などを設置している場合は、災害時などで在宅避難に役立つ使い方ができるというものだ。太陽光発電設備や蓄電池、エネファーム(家庭用燃料電池)、貯湯ユニットがある給湯器(エコキュートなど)があれば、停電や断水でも一定の電気や水が使えるからだ。

そのほか、「もうひと工夫」として、カーテンの設置方法や服装、植栽などによる工夫と、室内外の温度や湿度を確認することの重要性を紹介している。

たとえ住宅自体の断熱性能が高いとしても、夏の暑い日射しや冬の冷気をそのまま取り込んだり、エアコンの設定温度を適切にしていなかったりすると、無駄なエネルギーを使ってしまうことになりかねない。せっかく備わった住宅の性能なので、住み方を工夫してより省エネ性を高めることを考えたいものだ。ガイドはネットで無料公開されているので、より詳しい情報を知りたい人は、ホームページからダウンロードしてはいかがだろうか。

●関連サイト
国土交通省「断熱性の高い住宅でのオススメの住まい方、紹介します」
令和5年度 国土交通省補助事業「省エネ性能に優れた断熱性の高い住宅を住みこなす住まい方ガイド」

最高水準の省エネ住宅をDIY! 光熱費4分の1以下、ZEH水準超えの断熱等級6の住みごこちを聞いてみた

住まいの省エネ性能に関心が高まるなか、ハーフビルドで省エネ性能の等級6というハイスペックな家づくりにチャレンジした夫妻がいます。等級6とは7と合わせて2022年に新たに設定された最高水準クラス。ほとんどの新築住宅で、まだそのレベルのものは搭載されていません。2023年には2人が主催するワークショプにも参加させてもらいましたが、無事、建物が引き渡しとなり、すでに半年ほど暮らしを営んでいるそう。ではその住み心地とは? 得られたものと、その幸せな暮らしぶりをご紹介します。

■関連記事:
ZEH水準を上回る省エネ住宅をDIY!? 断熱等級6で、冷暖房エネルギーも大幅削減!

省エネ等級6の家をハーフビルド。健康に暮らせる家ができた!

2023年1月、省エネルギー等級6の家を職人さんたちの手を借りつつ、ハーフビルドでつくるというワークショプに参加してきました。午前は壁や床の断熱性を高める施工、午後は焼き杉づくり&お餅つきという大変濃い内容でしたが、その楽しそうな様子は筆者の心に強く印象に残っています。2023年も終わりになり、住まいと暮らしが落ち着いてきたということで、この度、お邪魔してきました。

ワークショップ時の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショップ時の様子(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプ時の建物外観。あれから約1年が経過(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプ時の建物外観。あれから約1年が経過(写真撮影/桑田瑞穂)

まず、森川さんのお家について整理しておきましょう。
神奈川県の山間に夫妻と2人のお子さんで暮らしています。完成した住まいは平屋建て、間取りは大きな1LDK、建物面積は約60平米、上部にロフトが30平米というもの。

南に大きなリビング。中央にキッチン・洗面などを配置。無駄のないシンプルな間取り(間取図提供:森川さん)

南に大きなリビング。中央にキッチン・洗面などを配置。無駄のないシンプルな間取り(間取図提供:森川さん)

2024年春の時点で上のお子さんは4歳、下のお子さんは2歳。夫は現在、子育てをしながら地域の仕事をしたり、自宅で養蜂をしてはちみつの販売をしており、妻は育休から仕事に復帰、現在リモートワーク中心に働き、週1回ほど都心部まで通勤しています。

正真正銘の自家製はちみつ。一部を販売しています(写真撮影/桑田瑞穂)

正真正銘の自家製はちみつ。一部を販売しています(写真撮影/桑田瑞穂)

住まいの断熱性能は、省エネ地域区分5(※)の省エネルギー等級6(外皮熱貫流率UA値0.46W/平米K)、気密値はC値0.3という、ZEH以上の高性能住宅です。給湯はエコキュート(ヒートポンプ技術で空気の熱でお湯を沸かす)を採用、空調は6畳用エアコン2台、熱効率80%の第一種熱交換システム、太陽光発電パネルを搭載し、発電した電気は、自宅で使うエネルギー(給湯含む)のほか、電気自動車の充電にも使っています。窓はLow-Eトリプルガラスの樹脂窓(遮熱タイプ)。建物はシンプルでありながらも、実に環境に配慮した、高性能なハイスペックなお住まいです。設計・施工したのはプロの3人、プラス、夫妻とお友達。この性能をハーフビルドで建てられるんだから、すごすぎる……!

※省エネルギー基準地域区分。国内を「1~8」の8つの地域に指定しており、どの地域区分かによって、求められる断熱性能、達成すべき基準値が異なる

太陽光発電の発電・消費・売電状況がリアルタイムにわかります(写真撮影/桑田瑞穂)

太陽光発電の発電・消費・売電状況がリアルタイムにわかります(写真撮影/桑田瑞穂)

樹脂のトリプルサッシ。価格は高くなっても窓はお金のかけどころです(写真撮影/桑田瑞穂)

樹脂のトリプルサッシ。価格は高くなっても窓はお金のかけどころです(写真撮影/桑田瑞穂)

山の中にある建物。外壁に使われた焼き杉!! 日差しを浴びて超絶かっこいい!!(写真撮影/桑田瑞穂)

山の中にある建物。外壁に使われた焼き杉!! 日差しを浴びて超絶かっこいい!!(写真撮影/桑田瑞穂)

建物の引き渡しは2023年3月で、その後も夫妻でDIYしつつ、アップデートして暮らしています。実に暑かった2023年の夏もこの住まいで過ごしました。

南側から建物を見たところ。ちょっと鋭角な切妻屋根が愛らしい!(写真撮影/桑田瑞穂)

南側から建物を見たところ。ちょっと鋭角な切妻屋根が愛らしい!(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは、入居して半年経過した現在の気持ちから聞いていきましょう。

「朝昼晩といつも快適で体調がすこぶる良くなりました。特に夫は、冬は寒いと布団から出られず元気がなかったのですが、今は毎日元気。必要以上にエネルギーを使ったり、暑い・寒い・冷たいに気を使うストレスから解放されました。また、(自分たちの手でハーフビルドをして)構造や仕組みがわかっているから、何かあった時にどうしたらいいかわかる安心感もあります。エネルギーに依存しない暮らしはシンプルに気持ち良い。断熱性能の低い家に住んでいたころは、環境に配慮した暮らしがしたいと思いながらも、大量にエネルギーを使わなければ快適に過ごせない毎日に違和感がありました。今は、地球環境や次の世代に対してもやもやしていた気持ちが、少し晴れました」と妻は話します。

省エネ性能を高めた住宅にお住まいの人からよく聞くのが「健康になった」という話。室内の寒暖差によるストレス、ヒートショックは高齢者のみの問題のように思われがちですが、実はかかっている負荷は若い人でも同じ。慶應義塾大学の伊香賀 俊治(いかが・としはる)研究室では、「室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる」のほか、「暖かな住まいでは風邪をひく子どもの数が減る」などの研究結果もあります。年齢や性別関係なく、あたたかい家は快適だといえるのでしょう。

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室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマトな理由は省エネだけじゃなかった

リビングの様子。現し仕上げで見える県産材。壁は漆喰。友人の左官職人に協力してもらい、みなで塗りました。その仕事ぶりにも感動!(写真撮影/桑田瑞穂)

リビングの様子。現し仕上げで見える県産材。壁は漆喰。友人の左官職人に協力してもらい、みなで塗りました。その仕事ぶりにも感動!(写真撮影/桑田瑞穂)

上部にあるロフトの様子。屋根裏ってどうしてこうワクワクするんでしょう(写真撮影/桑田瑞穂)

上部にあるロフトの様子。屋根裏ってどうしてこうワクワクするんでしょう(写真撮影/桑田瑞穂)

妻の仕事の様子。出社することもありますが、在宅で仕事するにはちょうどよいスペース(写真撮影/桑田瑞穂)

妻の仕事の様子。出社することもありますが、在宅で仕事するにはちょうどよいスペース(写真撮影/桑田瑞穂)

冬でも室温は常に20度前後。光熱費は1/4以下に! 建築費は2810万

「朝昼晩いつも快適」というのは、データでも裏付けられています。森川さん宅には家の内外室内あわせて9の温度計をつけていますが、最も暑かった日も最も寒かった日も、室温がほぼ一定しているのがわかります。エアコンは2台設置していますが、動いているのはほぼ1台のみ!

◆もっとも暑かった日と寒かった日の室温の変化

最も暑かった2023年7月30日のグラフ。外気温40度を超えている(!)のに対し、室内は温度差にムラがなくどこも28度程度(データ提供:森川さん)

最も暑かった2023年7月30日のグラフ。外気温40度を超えている(!)のに対し、室内は温度差にムラがなくどこも28度程度(データ提供:森川さん)

最も温度差があった2023年11月24日のグラフ。外気温3度から20度まで上昇しているのに室温はおよそ20~25度で安定している(データ提供:森川さん)

最も温度差があった2023年11月24日のグラフ。外気温3度から20度まで上昇しているのに室温はおよそ20~25度で安定している(データ提供:森川さん)

特筆すべきは、建物の中、どこの箇所でも温度差がほとんどないことでしょうか。以前は断熱性能の低い賃貸一戸建てで、厳冬期は電気代が最大3万6000円を記録。さらに給湯のガス代が1万円、灯油ストーブの灯油代が5000円、山の暮らしで車移動が多かったためガソリン代は月2万円と高め。光熱費+ガソリン代で合計月7万円を超える時期もありましたが、今は日の短い冬でも電気代が月1万円程度(給湯、電気自動車充電分含む)まで下がりました。日の長い夏なら売電収入で月々のエネルギーコストはプラスになります。エネルギーを使わないのは節約になるわけですから、高性能住宅は、健康で、エネルギーを使わず、家計にもやさしいということがいえるのがわかります。

換気口。常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、心地よさも抜群です(写真撮影/桑田瑞穂)

換気口。常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、心地よさも抜群です(写真撮影/桑田瑞穂)

第一種空調換気で、室内の温度と湿度の調整を行います(写真撮影/桑田瑞穂)

第一種空調換気で、室内の温度と湿度の調整を行います(写真撮影/桑田瑞穂)

取材に訪れた日も12月で外気温は8度ほどでしたが、室内はエアコン1台で十分にあたたかくなります。お子さんたちは裸足でしたし、人が発する熱もあり、「少々窓をあけましょうか」という話にもなるほどの心地よい温度になります。また、第一種空調換気により常時換気されていて、24時間ゆっくりと空気は入れ替わっていて、家の一番のお気に入りは「温度と湿度の快適さ!」と胸を張ります。

ロフトからキッチン・リビングを見下ろす。日差しがたっぷりと注いでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

ロフトからキッチン・リビングを見下ろす。日差しがたっぷりと注いでいます(写真撮影/桑田瑞穂)

「もう以前のような寒い家には戻れないなと思います。夏も冬も快適なのはもちろん、春と秋も超気持ちいい! ちなみに2番目のお気に入りは、廃材をたくさん使ったこと。ご近所に廃材があるのでもらってきて、棚やキッチンに使いました。『そこにあるものを活かす』はエネルギーもコストもかけてない、シンプルだし心地よい。自分で集めた廃材が家になってめっちゃ嬉しいです!」とにこやかに話します。

リビングからキッチンをのぞむ。キッチンカウンターの正面は、外壁の焼き杉の端材を加工し「浮造り」にした板を張りました(写真撮影/桑田瑞穂)

リビングからキッチンをのぞむ。キッチンカウンターの正面は、外壁の焼き杉の端材を加工し「浮造り」にした板を張りました(写真撮影/桑田瑞穂)

地元で廃材などももらえるそう。棚をつくるのもお手の物(写真撮影/桑田瑞穂)

地元で廃材などももらえるそう。棚をつくるのもお手の物(写真撮影/桑田瑞穂)

ここまで来ると気になるのが、価格です。総工費(本体価格に加え、キッチンなど設備費)2810万円ほど。これに設計費や外構工事含めた付帯費用を加算し、総額で3500万円ほど。この性能でこの価格というのは、設計や施工に携わったみなさんも「リーズナブル!!」と評するほどのコスパです。

家づくりで見えてきた、職人への敬意と新しい人生

設計と施工に携わったHandiHouse projectの中田りえさんは、この価格について、「高性能な住まいは『高い』と思われがちですが、この家は断熱と気密、窓や玄関など、後からリノベやリフォームでは変えにくい機能面に『全振り』しています。反対に室内の建具、仕切り、設備は最小限にし、あとでDIYしたり発注したり、暮らしにあわせて可変できるようにしています」といいます。

ワークショプで建築面での解説をしてくれたHandiHouse projectの中田りえさん(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショプで建築面での解説をしてくれたHandiHouse projectの中田りえさん(写真撮影/桑田瑞穂)

収納も扉を設けずに節約し、布でゆるく仕切ることでコストダウン(写真撮影/桑田瑞穂)

収納も扉を設けずに節約し、布でゆるく仕切ることでコストダウン(写真撮影/桑田瑞穂)

高性能な躯体をつくり、コンテンツはのちのち充実させていくという考え方ですね。また、ハーフビルドしたことで夫はDIYスキルを獲得。棚づくりなどはお手のものとなり、現在では最も大変だった黒い外壁として使用している「焼き杉づくり」にはまり、“株式会社焼き杉”をつくりたいというほど。今も友人宅の焼き杉づくりを手伝いに行くこともあるそうです。

「焼き杉は西日本でよく使われている手法で、防虫、防腐、調湿効果などがあります。我が家では外壁に使うため杉を焼いたのですが、その数約230本! 全部で1カ月くらい、朝から夕方まで焼き続けた(笑)。毎日50点~80点くらいを行き来して試行錯誤しながら、最後のほうは毎回98点のクオリティーに。上達していくのがとにかく面白かった」と夫。

大量の杉を焼くためにご近所の仲間(初対面の人も)、旧友、元会社の先輩などなど総勢30人くらいが参加し、焼杉をきっかけにいろんな人との出会い、再会もあったそう。

焼き杉づくりの様子。めっちゃ盛り上がりました(写真撮影/嘉屋恭子)

焼き杉づくりの様子。めっちゃ盛り上がりました(写真撮影/嘉屋恭子)

外壁をよく見るとシックスパックのような凸凹があります。一つとして同じものがない(写真撮影/桑田瑞穂)

外壁をよく見るとシックスパックのような凸凹があります。一つとして同じものがない(写真撮影/桑田瑞穂)

焼き杉以外にも「図面、設備以外はほぼ決まっていない状態で、細かいところは現場で決めながら進めた」というライブ感も貴重な体験になったようです。

「図面だけだとイメージがつかないことばかりで、毎日、現場でリアルに想像しながら仕様や細かい部分を決められたので、家の満足度がとても高いんです。休憩タイムにアイディア出しをしたり、家をつくってる感があって楽しかった。こういう家づくりがもっと広まったら、新居に引っ越して後悔する人、家づくりの工程でストレスを感じる人も減るんじゃないかな。家を買うというモノ消費から、家をつくるという『コト消費』ですね」と夫はその手応えを話します。

3人の多能工と協働作業をするなかで「来世は大工になりたい!」というほど職人の身のこなしの美しさ、手際のよさに感動したとか。わかります、職人さんってカッコいいですよね……。こうして得た「家づくり」の知見を活かし、夫は今、会社勤めとは異なる、人生を歩みはじめています。

もう1棟建てるなら? ハーフビルドでおすすめする工程は?

今、家づくりを終えてみての感想、夫妻ともに得たものはあるのでしょうか。

「本当の意味での建築の民主化は、ただ作業に参加するだけでなく、できなくてもいいからとにかく自分でやってみることだと思いました。今回、私たちは知り合いの山の杉やヒノキを使いたくて地元の林業会社、製材所に直接相談に行ったんですが、急峻で狭い山道から木材を運び出すのが難しく、搬出コストの問題で断念しました……。結果的に地域の製材所に津久井産材などの地元の木材を発注しましたが、日本の山が放置される理由と原因がわかり、山を見る目が変わりましたね」と収穫と課題感を口にします。

眼の前に建材適齢期の杉があるのに使えない、もどかしさ、苦しさ。顔の見える関係で建材を調達して家づくりをしたいと思っても、そう簡単にはいかないのには理由があるんですね。

「今回、自分たちでフローリングの製材(伐採した木を角材、板材として加工すること)もやってみて、いかに既製品が使いやすく、なぜ普及しているのかがよくわかったんです。仕上がりの精度や施工のしやすさがまったく異なるので。“仕上がりのラフさ”の許容範囲は人によって違うと思いますが、私たちは高い精度を追求するのではなく、本来の木の性質を活かした風合いが残っていてもいいし、施工時に多少の手間がかかっても、そこには人の手触りが残ってるからいいのでは、という結論に落ち着きました。画一化された商品以外の選択肢も含め、一般の消費者が自分の好みや許容度によって選べるようになればいいなと思います」と妻。

知っているのと体験したことがある、この2つには雲泥の差がありますが、まさに森川夫妻にとってはそんな家づくりとなったようです。

家族の寝室として使っている部屋。こちらにも無駄がありません!(写真撮影/桑田瑞穂)

家族の寝室として使っている部屋。こちらにも無駄がありません!(写真撮影/桑田瑞穂)

では、ハーフビルドやDIYでおすすめする工程があるとしたら、どのようなものがあるのでしょうか。

「工程を区切ってポイントで参加するのではなく、薄くてもいいからできるだけ広い範囲の工程に参加するのがいいと思う。毎週末土日に差し入れを持って見学するだけでもいいし、基礎から引き渡しまでの全工程が家づくりなので、とにかく多くの工程に関わるのが面白いです。もしDIYで参加するなら、土台組み、断熱施工、構造用合板を組むなどの完成後、目に見えない構造部分に関わるのがいいと思う。石膏ボードを張ったあとは、あとからリノベしたり塗り替えたりできるけど、石膏ボード張るより前の、構造に関わる部分はハーフビルドでしか経験できない領域だから。興味が湧いた方にはぜひおすすめです」(妻)

聞けば聞くほどに濃い「ハーフビルド体験」ですが、今、もう一軒、建てるとしたらどんな家を建てたいでしょうか。

「新築じゃなくて、中古を断熱改修して快適に住めるようにしたい。そのノウハウが広まればもっと快適な家が増えるはず。新築現場ではとにかく大量のゴミが出ます。もっと空き家が流通して、断熱改修でストック活用が必要だと、改めて思いました」といいます。

HandiHouse projectの中田りえさんは、今ある中古住宅の断熱改修にも携わっていますが、コストや施工といった面での難しさを痛感しているといいます。だからこそ、「せめて新築をつくるときは、断熱・気密ともに高性能な住宅にこだわってほしい」とアドバイスします。

2023年のワークショプ、そして今回の完成後の様子を見て、筆者の印象はとにかく、「『家づくり』ってこんなに楽しいものだったんだ!」という事実です。とかく家は「買う」「借りる」という意識でしたが、もしかしたら近代化・工業化、大量生産の時代に、本来、あったはずの「家を作る喜び」を手放してしまったのではないか、とすら思います。

総人口が減り、工業的な家と人のあり方、地球環境を含め、潮目が大きく変わる今、施主も施工する人も、周囲の人も巻き込んだこんな楽しい家づくりを、取り戻せたらいいなあと切に願います。

今回のプロジェクトに携わったみなさんと(写真撮影/桑田瑞穂)

今回のプロジェクトに携わったみなさんと(写真撮影/桑田瑞穂)

青空に映える……(写真撮影/桑田瑞穂)

青空に映える……(写真撮影/桑田瑞穂)

●取材協力
森川屋
ハンディハウスプロジェクト

築40年超も2000万円リノベで耐震等級3相当・断熱等級6以上と国内最高レベルにできた! 実家も新築並に性能向上

最近のリノベーションブームを受けて、実家を、あるいは中古一戸建てを購入してリフォームすることを視野に入れている人も多いのではないでしょうか。しかし、気をつけてほしいことがあります。それは住宅の性能向上です。その名も「性能向上リノベの会」を立ち上げた、YKK AP 住宅本部 リノベーション事業部の西宮貴央さんにお話を伺いながら、その理由を紐解いていきましょう。

耐震性能や断熱性能が心もとない中古一戸建てがたくさんある古い中古一戸建てをライフスタイルに合わせてリノベーションすると、あわせて「耐震」「断熱」性能も高めることができる(写真提供/YKK AP)

古い中古一戸建てをライフスタイルに合わせてリノベーションすると、あわせて「耐震」「断熱」性能も高めることができる(写真提供/YKK AP)

中古一戸建てをリフォーム/リノベーションすれば、たいていは新築一戸建てを建てるよりも費用を抑えられます。注文住宅同様に自分たちのライフスタイルに合わせた間取りや仕様にできるのが魅力。

そんな中古一戸建てのリフォーム/リノベーションで注意したいのが、「耐震」と「断熱」性能の向上です。

リノベーション前(写真提供/YKK AP)

リノベーション前(写真提供/YKK AP)

レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)

レッドシダー(北米のヒノキ科針葉樹)のサイディングに、既存の銅葺きを補修した屋根、大きな窓のコントラストがモダンな「鎌倉の家」(写真撮影/桑田瑞穂)

窓の周りの壁(写真では見えないが)にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入り、さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームが入った施工事例(写真提供/YKK AP)

窓の周りの壁(写真では見えないが)にはYKK APの耐震フレーム(フレームⅡ)が入り、さらに手前の大きな柱に見える部分も耐震フレームが入った施工事例(写真提供/YKK AP)

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

特に、耐震性能については令和6年能登半島地震で改めてその重要性を感じていることでしょう。耐震性能について簡単におさらいすると、建物の地震に対する強さの評価基準は耐震等級1~3の3段階あり、等級1でも、数百年に一度程度の地震(震度6強から7程度)に対しても倒壊や崩壊しないとされています(しかし“いちおう”であり、大破も有り得る)。現在の建築基準法ではこの等級1が最低基準です。

これは2000年6月に施行された建築基準法の改正に基づくものです。そのため、これ以前に建てられた一戸建ては現行の耐震性能を満たしていない可能性があります。特に1981年5月以前に建てられた(建築確認を取得した)旧耐震基準時代の一戸建てについては、自治体が補助金制度を設けてまで耐震診断を促すほど、耐震性能に不安があります。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

また断熱性能については、昨今の光熱費の高騰を受けて、何とかしたいと思っている人もたくさんいるでしょう。脱炭素化社会に向けて新築一戸建ては2025年から省エネ基準への適合が義務化され、断熱等級4以上が求められます。さらに遅くとも2030年までには断熱等級5以上が義務化される予定です。断熱等級4は現在の省エネ基準(平成28年(2016年)基準)、断熱等級5はZEH水準をクリアしていることを示します。

そもそも省エネ基準は昭和55年(1980年)に初めて制定され、この時の基準は現在の断熱等級2に相当します。以降省エネ基準は随時改訂されてきましたが、基準への適合は義務ではなかったため、断熱性能が心もとない一戸建てが非常に多く存在しているのが現状です。現在、断熱等級の最高は7。日本における等級6相当の断熱性能が当たり前になっている中、極めて遅れをとっています。

耐震・断熱性能の向上を明確な数値等で示すプロジェクト

では、このような構造自体に性能が不十分な一戸建てを高性能な新築並かそれ以上の耐震性能、断熱性能まで高めることはできるのでしょうか。結論から言えば、技術的には十分可能です。しかし、その性能はリフォーム施工例によってバラツキがあるのが現状です。

バラツキがある理由は後述しますが、そんな状況下で、明確な耐震性能、断熱性能の数値を掲げて2017年から取り組んできたのがYKK APによる「戸建性能向上リノベーション実証プロジェクト」です。同プロジェクトについては、以前「おしゃれだけじゃない!最先端の“性能向上リノベ“で新築以上の耐震性や断熱性を手に入れる」で取材したので、そちらも参考にしてください。

(写真撮影/桑田瑞穂)

(写真撮影/桑田瑞穂)

このプロジェクトでは耐震性能は最高等級の耐震等級3(上部構造評点1.5以上)、断熱性能はHeat20のG2(断熱等級6相当)を目標に中古一戸建ての性能を向上させてきました。

耐震等級3とは、倒壊・崩落することなく災害復興の拠点として機能し続けられるだけの高い耐震性があることを示します。消防署や警察署等に義務づけられている耐震レベルです。

自治体が補助金制度によって耐震工事を促している1981年5月以前の旧耐震基準時代の一戸建てでも、しかるべき耐震工事を行えば、耐震等級3基準にまで高めることができます。

「先日の令和6年能登半島地震でもそうですが、やはり耐震性能が低い、特に築40年以上の旧耐震だと命の危険があります。そればかりか、倒れた建物が隣家を壊したり、道を塞いでしまって緊急車両が先に進めないことが多々あります」と、同プロジェクトを立ち上げたYKK AP 住宅本部リノベーション事業部の西宮さん。緊急車両が通れなければ、救える命も失われてしまう可能性があります。

■耐震等級の区分(2000年基準)

耐震等級耐震性対象等級3耐震等級1の1.5倍の耐震性消防署や警察署など。長期優良住宅の対象等級2耐震等級1の1.25倍の耐震性避難場所に指示されている学校や病院など。
長期優良住宅の対象等級1震度5程度で損壊せず、震度6強程度でも即時に倒壊・崩壊しない木造の場合、2000年の改正建築基準法以降に建てられた一戸建て(それ以前に建てられたものがすべて等級1を満たしていないわけではない)

一方、断熱性能がHeat20のG2とは、断熱先進国であるヨーロッパとほぼ同じ世界トップレベルということです。G2は断熱等級6に相当します。

■断熱等級の区分

断熱等級等級7Heat20のG3レベル等級6Heat20のG2レベル等級5ZEH水準。遅くとも2030年までには新築住宅に義務化予定等級42016年の省エネ基準。2025年から新築住宅に義務化等級3平成4年(1992年)基準等級2昭和55年(1980年)基準。1980年の省エネ基準と同等等級1等級2未満

また「Heat20のG2(断熱等級6相当)」は、ZEH水準(断熱等級5)以上ですから、太陽光発電等を備えればエネルギー収支が実質ゼロ以下になります。

昨今の光熱費の高騰に頭が痛いという人も多いでしょう。しかしそれでも今は国が電気や都市ガスの小売事業者に対して補助金を交付することで、一般家庭や企業等の光熱費が値引きされているのです。

この「電気・ガス価格激変緩和対策事業」は、消費者が直接補助金を受けるわけではないので実感しにくいのですが、とはいえ私たちの光熱費が抑えられているのは確かです。ところが同事業は2024年4月末までに終了し、5月以降は激変緩和の幅が縮小される予定です。もしこの事業が終わったら……と思うとゾッとしませんか。しかし、G2レベルに高めて太陽光発電を備えれば光熱費の悩みをスッキリと解消できそうです。

戸建性能向上リノベーションの費用は約2000万円

では「耐震等級3」と「断熱等級6(Heat20のG2相当)」にリノベーションする費用は、一体どれくらいかかるのでしょうか。

一から計算して設計できる新築と違い、中古一戸建ては1棟ごとに立地や間取り等が異なります。さらに古い一戸建ては部屋が細かく分かれているなどするので、やはり現代の暮らしに合わせた間取りに変更しなければなりません。

三重の事例(写真提供/YKK AP)

三重の事例(写真提供/YKK AP)

三重の事例(写真提供/YKK AP)

三重の事例(写真提供/YKK AP)

だからといって、性能向上も間取り変更も、ある意味“思う存分に”やってしまうと費用がうなぎ上りに。いくら耐震や断熱性能が向上するからといって、費用があまりにもかかるのであれば誰もやりたいと思わないでしょう。

「性能を向上させつつ、いかに費用を抑えるかも、我々のプロジェクトでは重要な要素でした。プロジェクトを経た結論として、新築の基準を大きく超える性能に向上させて、かつ暮らしやすい間取り等に変えるための費用は、規模に大きく左右はされますが、概ね2000万円前後だとわかりました」と西宮さん。

「これなら同性能の新築一戸建てを、同じ場所に建てるよりは安く抑えられます。それに、今から新築一戸建てを建てる場合、駅から徒歩15分などの立地が多いのですが、中古一戸建てなら徒歩2~3分の空き家が見つかることも。これからは新築よりも立地条件が良くて、性能の高い一戸建てにリノベーションできる中古物件が増えてくると思います」

また、親族の残した一戸建ての性能を向上させた人は“愛着”がある分、2000万円以上の費用をかける傾向があるそうです。

さらに最近は、生活の中心になるゾーンだけ断熱を行う「ゾーン断熱」を選択する人も増えているのだとか。「住宅全体の耐震&断熱向上リノベーションを図る方々は、だいたい30代~50代です。対して70代以上は断熱のみ “ゾーン断熱”を選ぶ傾向があります」

■ゾーン断熱のイメージ

日常的に長い時間を過ごす場所、行き来することでヒートショックなど健康リスクの高い水まわり・廊下などを含めた生活空間を断熱リフォームする

日常的に長い時間を過ごす場所、行き来することでヒートショックなど健康リスクの高い水まわり・廊下などを含めた生活空間を断熱リフォームする

子育てを終えた二人暮らしの高齢者が、2階建ての住宅全体を断熱するよりも、生活の中心である1階部分のみなどを“ゾーン断熱” するというイメージです。これなら費用を抑えつつ、人生最後の時間のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めることができます。

まずは耐震性能や断熱性能についての知識を得ることから始めよう

ところで、先述のようにリフォームの施工例によってバラツキがあるのはなぜでしょうか。

理由の1つは、施主側が耐震や断熱についてあまり詳しくないことがあります。施主側から具体的な数値等を求めず、施工会社も、例えば断熱で言えば「冬は暖かく夏は涼しくなります」など方針に合意できればスムーズに商談が進んでいくことでしょう。施主の示した予算内で最大限の性能向上を図ればいいので施工する側も、あまり詳しくなくても商売になります。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「あるいは、事業者としては性能向上の技術は知っていても、“そうなれば費用が膨らむが、どうやって施主に説明すればいいのかわからない”など、勧める際のさまざまな課題があります。そこで私たちは、事業者向けに2021年10月に“性能向上リノベの会”を立ち上げました」(西宮さん)

この会では性能向上リノベーションを行いたいと思う事業者に対して、次の4つの役割を果たします。

①技術サポート。対象となる住宅の築年数と目指す性能を入力することで、コストイメージと工事内容が一目でわかる早見表や、現場調査で漏れがないようにするチェックリストといったツールの提供です。

②業務サポート。耐震性能、断熱性能の計算、補助金申請、太陽光発電設置など、専門知識が必要になる業務のサポートです。施工会社が、必要に応じて専門企業とスムーズに業務提携できる仕組みを提供しています。

③営業サポート。施主側に対する同会の取り組みを周知することです。一例として、同会に参画している事業者が自慢の「性能向上リノベ物件」をエントリーする「性能向上リノベ デザインアワード」があります。評価された施工事例は性能を数値化して1冊の本にまとめられ、販売されています。

④ネットワーク。大学教授や専門家によるセミナーを通じて知識のアップデートを通じて会員の知識をアップデートしてもらうための取り組みです。また会員の手がけた施工事例を訪れて、質問できる見学会などもあります。

事業者同士の交流や、技術的ノウハウの習得などに役立ててもらえるように、同会では現場見学会を適宜開催している(写真提供/YKK AP)

事業者同士の交流や、技術的ノウハウの習得などに役立ててもらえるように、同会では現場見学会を適宜開催している(写真提供/YKK AP)

現在、この「性能向上リノベの会」に参画している事業者は約500社。“性能向上リノベ”に賛同したのは施工会社だけでなく、断熱材をつくっているメーカーや「いくら性能を高めても、白アリに喰われたらお終い、と防蟻会社も参画してくれました」

今後は高齢者の屋内事故を減らすための取り組みや、既存の賃貸物件の性能向上にも取り組みたい、と西宮さん。また「高性能な中古一戸建てを一般消費者に勧めるために、買取再販などを手がける不動産会社の参画を促していきたいですね」
このように、「性能向上リノベの会」の活動が進むほど、全国各地に「性能向上リノベ」された一戸建てが増えていくはずです。

確かに現状は、耐震性能や断熱性能が新築に劣る一戸建てで暮らしても、目に見える不具合は感じないかもしれません。しかし悲惨な地震の映像から目をそらして、光熱費の請求書を見てため息を漏らしているなら、まずは「性能向上リノベの会」などの施工事例を見たり、遅くとも2030年までに義務化が予定されている断熱等級5とは?を調べてみることから始めてみませんか。

●取材協力
YKK AP

”ひと部屋だけ断熱リフォーム”のススメ。室温18度以上で健康リスク大幅減少にコストも最小。住みながらできて実家にも最適

2025年から断熱等級4以上が義務化されるのは“新築”の住宅。「既に建てたわが家は関係ないし、今さら断熱リフォームするのはお金がかかる。暑さ寒さも今までどおり我慢すれば……」と思わずに、部分的でも断熱リフォームしませんか。人生100年時代といわれるように、思いのほか先は長い。それにひと部屋だけのプチ断熱でも、光熱費の削減はもちろん、生活習慣病をはじめ、さまざまな病気からあなたや家族を守ってくれるのですから。

断熱住宅にすれば老若男女を問わず健康になれる!?家族みんなが過ごすことの多い21.8畳のLDKを断熱リフォームした事例。暮らしやすい間取りになったのに合わせて、健康的な暮らしも手に入れることに(写真提供/スペースマイン)

家族みんなが過ごすことの多い21.8畳のLDKを断熱リフォームした事例。暮らしやすい間取りになったのに合わせて、健康的な暮らしも手に入れることに(写真提供/スペースマイン)

「断熱住宅は省エネだけでなく、健康に資する」ことが、最近になって次々とわかってきました。それも高齢者のヒートショックを防ぐだけではありません。子どもたちも働き盛りの男性も女性も、「暖かい家」は老若男女を問わず私たちの健康にたくさんのメリットがあることが判明してきているのです。

詳しくは「室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった」をご覧いただきたいのですが、かいつまんでお話しすると、“暖かい家”には例えば下記のような健康メリットがあります。

・高血圧症のリスクを抑える
・脂質異常症の発症を抑制する
※脂質異常症とはいわゆる悪玉コレステロールや中性脂肪などの血中濃度が異常な状態
・夜間頻尿を抑える
・住宅内でのつまずきを減らす
・子どもの風邪や病欠が減る
・女性の月経前症候群(PMS)が減る
・女性の月経痛が減る
・在宅ワークの効率が上がる
・断熱改修するだけで血圧を約3mmHg下げられる

伊香賀先生たちによる調査データより。断熱改修する前と後で、居住者の血圧が平均で3.1mmHg低下しました(出典:慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さんの資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

伊香賀先生たちによる調査データより。断熱改修する前と後で、居住者の血圧が平均で3.1mmHg低下しました(出典:慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さんの資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

「高血圧症のリスクを抑える」について、少しだけ説明すると、住宅に断熱改修をするだけで血圧が平均で3.1mmHg低下することがわかりました。これは住宅と健康の関係についての第一人者である慶應義塾大学教授の伊香賀俊治(いかが・としはる)先生をはじめ、建築と医療の研究者80名のチームによる調査と研究の成果です。

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生(写真提供/伊香賀先生) 

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治先生(写真提供/伊香賀先生)

「厚生労働省は国民の健康のために血圧を4mmHg下げる数値目標(健康日本21(第二次))を掲げていますが、食事の工夫や運動といった生活習慣を改めなくても、住宅の断熱改修だけで目標の約8割を達成できることになります」(伊香賀先生)
このように、“住宅の断熱性能”は “健康”と密接な関係があると判明してきたのです。

これまで日本では「住宅」と「健康」の関係について、あまり注目されることがありませんでした。しかしWHO(世界保健機関)は6年前の2018年11月、「住宅と健康に関するガイドライン」の中で「冬は室温18度以上にすること」を各国に強く勧告。「冬の室温が18度以上あると、呼吸器系や心血管疾患の罹患・死亡リスクを低減する」とし、特に子どもや高齢者には「もっと暖かい環境を提供するように」と言葉が添えられています。

WHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」

出典:WHOウェブサイト 2018.11.23公表

断熱性が高い家でもそうでない家でもエアコンの温度設定が同じならば、室内環境も同じでは?と思うかもしれません。しかし、断熱性の低い家では、常に壁面や床面など外と接している部分から冷気が伝わり、ムラがあるため温度が一定で快適な環境はつくれないのです。そんな暖かい家にするために、住宅の断熱性能の向上が欠かせません。とはいっても、住宅の断熱リフォームにはそれなりの費用がかかります。特に古い住宅だと、断熱に加えて耐震補強も必要な場合が多く、費用が膨らんでしまいがちです。そこでオススメしたいのが、住宅の一部だけでもいいので断熱する「部分断熱」という方法です。

例えば子育てを終えた二人暮らしなら、ほとんど使わなくなった2階を省き、普段よく過ごす1階部分だけ断熱をするといった「生活の中心エリアに絞って断熱する」というやり方です。もちろん理想は住宅全体の断熱リフォームですが、健康のことを考えると、費用面で諦めて何もしないよりは「部分的にでも断熱して、そこで生活するようにしたほうがよいでしょう」と伊香賀先生も言います。

「部分断熱」を行って夏も冬も快適に、光熱費も削減できた

では、実際に「部分断熱」を実践した人は、どのように感じているのでしょうか。奈良県で部分断熱と耐震補強工事を行ったAさんに話を伺いました。

・築38年の日本家屋をリフォーム

色のついた部分が今回のリフォーム個所。耐震性能は耐震等級2まで高められました

色のついた部分が今回のリフォーム個所。耐震性能は耐震等級2まで高められました

・部分的な断熱リフォームでも健康的に暮らしやすくなる

Aさん宅の場合、外壁の土壁をそのまま残すことにしたので、その内側に断熱材を入れました。その分、工事前より室内が少し狭くなっています(写真提供/スペースマイン)

Aさん宅の場合、外壁の土壁をそのまま残すことにしたので、その内側に断熱材を入れました。その分、工事前より室内が少し狭くなっています(写真提供/スペースマイン)

(写真提供/スペースマイン)

(写真提供/スペースマイン)

夫の実家である築38年という日本家屋をリフォームしたAさん。夫の母とAさん夫妻、それに2人の子どもの5人で暮らしています。

「子どもが成長したのを機に、リフォームをすることにしました。義父が亡くなる前に『この家は耐震性が心配だ』と言っていましたから、まず耐震性をどうしても高めたいと思いました。また、外壁が土壁の古い日本家屋ですから、冬は外の冷気が入ってきて、とても寒かったんです。しかも、床がとても冷たくなるほど家の中が冷えるのに、2階の寝室にはエアコンもないし……」とAさん。

・窓には樹脂製サッシの高断熱窓を内窓として設置

断熱材を入れたこともあり、厚くなった壁を利用して樹脂サッシの高断熱窓を内窓に設置(写真提供/スペースマイン)

断熱材を入れたこともあり、厚くなった壁を利用して樹脂サッシの高断熱窓を内窓に設置(写真提供/スペースマイン)

しかし、耐震工事に加えて断熱工事や間取り変更を行うと、どうしても予算をオーバーしてしまいます。また約10年前に浴室やトイレなどをリフォームしたばかりだったので、フルリフォームするのは少し抵抗感もありました。そこで施工を担当した「スペースマイン」の矢島一(やじま・はじめ)さんは「建物全体の耐震工事をした上で、普段よく過ごす部屋だけでも断熱工事することを提案しました」

断熱工事を行う場所は、家族が一緒に過ごす21.8畳という広いLDKと、2階の寝室4つに限定。土壁を解体して外壁を新設すると費用がかかるので、矢島さんは土壁を残し、該当部分の内側に厚い断熱材を入れて、窓は樹脂サッシの高断熱窓に入れ替えました。

このように部分的な断熱リフォームした新しい“わが家”の住み心地について、「もちろん夏は涼しく、冬は暖かくなりました。それはエアコンの使い方でも明らかです」とAさん。

「21.8畳のLDKは、もともと洋室と広いキッチンに分かれていて、それぞれに10畳用のエアコンが設置されていました。今回LDKとして1つの空間にまとめた際に、この2台のエアコンは備えたままにしたのですが、結局リフォーム後に使っているのは1台だけです」。これまで約20畳の空間を温めるには10畳用のエアコンが2台必要でしたが、断熱性を高めたら1台で済むようになったというわけです。

BEFORE→AFTER(写真提供/スペースマイン)

BEFORE→AFTER(写真提供/スペースマイン)

しかも、今回のリフォームに合わせて太陽光発電システムと蓄電池を備えたこともあり「電気代が以前より大きく減ったのは当然ですが、昨年の夏はあれだけ暑かったのに、太陽光発電だけで家じゅうのほぼすべての電気をまかなえました」。部分的に断熱リフォームするだけでも、光熱費の削減になるという証左です。家をコンパクトに建て替えなかったことで、屋根面積を広く保てたことも、太陽光発電のメリットをたっぷり受けられることにつながりました。

Aさんの施工例からも「部分断熱」でも快適に暮らすことができ、光熱費の削減につながることがわかります。もちろん、WHOが勧告している「室温18度以上」も、普段過ごしている部屋では容易に達成できる、つまり健康的な暮らしを送れることになります。

「部分断熱」の場合、ヒートショック対策が欠かせない

一方で「部分断熱」となると、ヒートショック対策が心配だという人もいるでしょう。ヒートショックとは、温度の急激な変化で血圧が上下に大きく変動することによって、心筋梗塞や脳卒中などを引き起こす健康被害のこと。特に断熱性能の低い住宅では、冬に暖かいリビングを出て、寒い脱衣場を経由してから、熱いお風呂に入るのでリスクが高まります。住宅をまるごと断熱リフォームすれば、部屋や廊下等の温度差が少なくなりますが、それら日常行き来するスペースが動線的に離れている場合、「部分断熱」では住宅内の温度差が解消されないため、ヒートショックの危険性は消えません。

お風呂のイメージ

(写真/PIXTA)

そこで矢島さんは「特に衣服を脱ぐ脱衣場などには人感センサー付きの電気ストーブの設置をオススメしています。また暖かい部屋から廊下に出る時は、1枚羽織れるように、ドアの外に衣類を掛けられるようにしておくと便利です」

つまり、部分断熱をするなら、ヒートショックのリスクを十分理解した上で暮らしたほうが良いということ。その上で、予算ができたらさらに追加の断熱リフォームを、できれば住宅をまるごと行うようにすることが理想的です。

単に寿命を延ばすのではなく、断熱住宅で健康的な長寿を目指そう

気になる費用ですが、矢島さんの会社の場合、「部分断熱」をする場合の目安として「10畳の広さで150万~200万円」と説明しているそうです。

「また、断熱工事には補助金制度があるので、それも有効に使うようにするといいでしょう。今なら国土交通省と地方自治体とで費用の最大8割・70万円まで補助する制度が利用できます」(矢島さん)

それでも「老い先が短いから」と躊躇する高齢者もいるかもしれません。しかし、先述したように、人生は意外と長いもの。人生100年時代だからといって、皆が皆100歳まで元気でいられるとは言いませんが、日本人の平均寿命は明治時代の40歳台からほぼ2倍の80歳台に延びています。

・断熱住宅は健康寿命を延ばす

伊香賀先生たちによる調査データより。冬の居室の平均室温が14.7度の「寒冷住まい群」に比べて、同17.0度の「温暖住まい群」の高齢者の要介護認定になる年齢は、約3歳後ろ倒しになることがわかりました(出典:中島侑江、伊香賀俊治ほか:地域在住高齢者の要介護認定年齢と冬季住宅内温熱環境の多変量解析 冬季の住宅内温熱環境が要介護状態に及ぼす影響の実態調査 その2. 日本建築学会環境系論文集 84(763), p.795-803, 2019.)

伊香賀先生たちによる調査データより。冬の居室の平均室温が14.7度の「寒冷住まい群」に比べて、同17.0度の「温暖住まい群」の高齢者の要介護認定になる年齢は、約3歳後ろ倒しになることがわかりました(出典:中島侑江、伊香賀俊治ほか:地域在住高齢者の要介護認定年齢と冬季住宅内温熱環境の多変量解析 冬季の住宅内温熱環境が要介護状態に及ぼす影響の実態調査 その2. 日本建築学会環境系論文集 84(763), p.795-803, 2019.)

さらに、伊香賀先生たちの調査研究によって、断熱住宅にすると介護が必要になる年齢が遅くなる、つまり健康寿命が延びるという結果も出ています(上記グラフ)。健康寿命が延びれば、もちろん子どもにとっても負担が減ります。もしも読者が両親の暮らす実家等の断熱リフォームを勧めても、「老い先が……」と遠慮するようであれば、「部分断熱」だけでも行うように勧める、あるいは費用を負担してあげてはいかがでしょうか。

●取材協力
スペースマイン
慶應義塾大学 理工学部 教授 伊香賀 俊治さん

「脱炭素問題」が企業も国も淘汰する時代へ。予断を許さぬ気象環境と日本の対策遅れ、住宅事情など最新情報  COP28

2023年は、世界各地で異常気象が相次ぎました。異常高温、大雨やサイクロンなど多数の死者を伴う気象災害により、多くの住宅やインフラが甚大な被害を受けました。日本も年平均気温は過去最高で、記録的な豪雨が発生。地球温暖化によって引き起こされる異常気象は、今後もさらに頻発する見込みで、各国は地球温暖化を抑制する脱炭素に向けた取り組みを加速しています。

NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーとして「脱炭素」を追ってきた堅達京子さんに最新事情を聞きました。2023年11月30日から12月13日にかけて、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された、COP28※の成果や課題、住宅業界の脱炭素の動きを解説します。

※COPは、地球温暖化の影響緩和や適応策、炭素排出削減目標などに焦点を当て、国際社会の協力を促進する国際会議です。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

『化石燃料からの脱却』の合意は画期的な一歩堅達さんの著書『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』(山と渓谷社 刊)(画像提供/堅達京子)

堅達さんの著書『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』(山と渓谷社 刊)(画像提供/堅達京子)

2020年10月、菅前首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」により、地球温暖化対策の「脱炭素」に対する日本全体の関心が高まりました。カーボンニュートラルとは、地球温暖化を進めないように、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること。政府は、これを2050年までに達成する目標を掲げています。これは、日本が脱炭素社会の実現に向けて、産業構造や社会システムの転換を進めていくことを意味しています。2021年に開催されたCOP26について堅達さんを取材した際、「この8年が地球温暖化を食い止める正念場」という強いメッセージがありました。それから2年、脱炭素の観点から世界はどのように変わったのでしょうか。

堅達さんは、「温暖化の危機は加速しているのに、人間は戦争や紛争に明け暮れ、結束が弱まっている。そういう2年間だったと思います」と話します。

「温暖化の悪影響が一層顕在化してきています。リビアの砂漠地帯やイタリアの洪水、アマゾン川流域の干ばつ、ハワイの山火事などがニュースで報じられました。海氷や陸地の氷が驚くほどの速さで溶け、特に西南極の氷床が大きく減少しているという科学者たちの報告があります。太平洋島嶼国は、海面上昇による国土消失が懸念されています。そして、ウクライナ戦争やガザ侵攻が勃発しました」

世界中で洪水や山火事、干ばつなどが続発(PIXTA)

世界中で洪水や山火事、干ばつなどが続発(PIXTA)

そうして2023年11月30日~12月13日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された「COP28」。気候変動の悪影響を受けやすい途上国の損失と損害(ロス&ダメージ)を支援する「ロス&ダメージ基金」や各国の脱炭素対策の進捗を評価する「グローバル・ストックテイク」などについて議論されましたが、なかでも大きな成果は「『化石燃料からの脱却を10年間で加速する』という合意が採択されたこと」だと言います。
「近年のCOPでは、『化石燃料の段階的廃止』という文言が合意文書に盛り込まれるのかが焦点でした。化石燃料の燃焼は、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスを排出する主な原因で、大気中に蓄積することで、地球温暖化が引き起こされます。
化石燃料の廃止は、地球温暖化を抑えるために必要不可欠ですが、COP26、COP27では、化石燃料への依存度が高い国々からの反発があり、見送られました。
COP28では、『化石燃料からの脱却を10年間で加速する』という合意が採択されました。190を超える世界の国と地域の合意文書に盛り込まれたことは歴史的な進展であり、2023年が、石油や石炭に依存する『化石燃料時代の終わりの始まり』だと言えるでしょう」

化石燃料とは、石炭・石油・天然ガスなど。火力発電などで燃焼する際、温室効果ガスを排出する(PIXTA)

化石燃料とは、石炭・石油・天然ガスなど。火力発電などで燃焼する際、温室効果ガスを排出する(PIXTA)

一方で、「『廃止』という強い言葉が最初の案から消えて、『脱却』という解釈の余地を残す言葉になってしまった点は残念」と堅達さん。

「『phase-out(段階的廃止)』には、『全面的に無くす』という強い意味がありますが、『transitioning away(脱却)』は、『移行』と訳されることもあります。玉虫色だからこそ合意できた面もあるでしょうが、訳し方次第で都合よく解釈できる余地が残ってしまいました」

とはいえ、そんな中でも、化石燃料からの脱却を「10年間で加速する」と期限を明記できたことは大きい成果と言えるでしょう。

ビジネス界で加速する再生可能エネルギーの活用再生可能エネルギー(再エネ)とは、太陽光、水力、風力、地熱、バイオマスなどの、枯渇せずに繰り返して永続的に利用できるエネルギーのこと(PIXTA)

再生可能エネルギー(再エネ)とは、太陽光、水力、風力、地熱、バイオマスなどの、枯渇せずに繰り返して永続的に利用できるエネルギーのこと(PIXTA)

また、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、ロシア産パイプラインガスへの依存度が高い欧州などで天然ガス価格が高騰したこともここ数年での大きな出来事のひとつ。日本に住む私たちも、日々影響を実感しています。

「脱炭素化」が停滞、後退するのではという見方もありました。それでも、堅達さんは「脱炭素なくしてビジネスはできない時代に突入します」と話します。

「最新の研究では、想定されていたほどウクライナ戦争による化石燃料への揺り戻しは起きなかったと捉えられています。むしろ、ロシアの天然ガスに依存するのは危険だという認識が強まり、再生可能エネルギーへの転換が一層加速しました。
その流れは、ビジネス界も同様で、例えば、アップルは、2030年までに、販売されるすべての製品をカーボンニュートラルにすることを目指すと宣言。再生可能エネルギーに移行するサプライヤー(商品やサービスを供給する人・企業)の数を大幅に増やしただけでなく、製品に使用するリサイクル素材の量を増やしています」

液化天然ガスのパイプライン。ロシア の ウクライナ 侵攻 で 世界的 に 需給が逼迫した(PIXTA)

液化天然ガスのパイプライン。ロシア の ウクライナ 侵攻 で 世界的 に 需給が逼迫した(PIXTA)

ビジネス界が脱炭素に向けた取り組みを加速させている背景には、世界各国でカーボンプライシングの導入が進んでいることがあります。

「カーボンプライシングとは、温室効果ガスの排出に価格を付ける仕組みで、例えば、炭素税は、温室効果ガスの排出量に応じて課税する制度。
1トンあたりの値段が1万円を超える国もある中、日本のカーボンプライシング(『地球温暖化対策のための税』)は、石炭火力発電の排出量に1トンあたり306円と世界各国と比較して低い水準にとどまっています(2024年1月8日時点)」

欧州連合(EU)は、2023年5月に、炭素税に匹敵する「炭素の国境調整メカニズム」を施行。温室効果ガス排出量の多い国から、排出量の少ない国への輸入品に対して、炭素価格相当の費用を課す制度です。さらに、2023年7月から「デジタルプロダクトパスポート」の導入を義務付け、製品の製造者、販売者、消費者、そしてリサイクル業者などが製品の持続可能性に関する情報を電子的に記録したものを共有できるようにしました。
温室効果ガス排出量の多い国から輸入される製品の競争力を低下させ、排出量の少ない国から輸入される製品の競争力を高める施策で、日本企業への影響も少なくはありません。
もはやビジネス界は、「脱炭素なくして商いができない」時代に突入しているというのです。

脱炭素ビジネスで世界をリードする中国に対抗するため、アメリカは国内の脱炭素産業育成に多額の資金を投入している(PIXTA)

脱炭素ビジネスで世界をリードする中国に対抗するため、アメリカは国内の脱炭素産業育成に多額の資金を投入している(PIXTA)

現在、脱炭素ビジネスは、欧州・アメリカと中国が牽引していますが、アメリカでは、2017年6月、ドナルド・トランプ大統領のもと、地球温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定からの離脱を表明したのは印象的なできごとでした。
ジョー・バイデン大統領により2021年2月に復帰しましたが、その間に何があったのでしょうか。

「アメリカが離脱を宣言する中、2017年にドイツのボンでCOP23が開催されました。アメリカのビジネス界はどうするのか注目されましたが、アメリカの大手企業100社以上が連名で、『ウィーアースティルイン(We are still in)』の声明を発表し、『我々はまだパリ協定にいる』と表明したんです。企業には、アップル、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックなどアメリカを代表する企業が名を連ねていました。2024年アメリカ大統領選挙で、たとえドナルド・トランプ氏が再選されたとしても、ビジネス界の脱炭素の動きは止まらないでしょう」

脱炭素と住まいの新潮流、世界の最新事情

住宅業界の脱炭素の動きについて、堅達さんは「世界各国で新築住宅への太陽光発電の義務化が進むこと」に注目しています。

「COP28では、『化石燃料からの脱却』を実現するために、2030年までに再生可能エネルギーを3倍にして、エネルギー効率を2倍にすることが目標になりました。
具体的な政策としては、新築住宅の太陽光発電の義務化が注目されています。既に、アメリカのカリフォルニア州やハワイ州では、新築住宅に太陽光発電を設置することが義務化されていましたが、日本でも、東京都が2025年4月から、新築住宅への太陽光発電設置の義務化を決定しました」

太陽光発電や電機自動車の充電ステーションが街の当たり前の風景に(PIXTA)

太陽光発電や電機自動車の充電ステーションが街の当たり前の風景に(PIXTA)

「化石燃料を廃止するには、石炭だけではなくて、石油と天然ガスからも脱却しなければいけません。
ニューヨーク市で2021年12月に可決された『新たな建築物での天然ガス使用を禁じる法案』は、その先駆けとなる政策です。2024年1月から7階建て未満の新築建物、2027年7月から7階建て以上の新築建物に対して、暖房、給湯、調理などのすべての用途で天然ガスの使用を禁止するもの。ニューヨーク市の新築建物は、すべて電気で暖房や給湯、調理を行うことになります。ガスをひねって調理する時代が終わりを迎えているのです」

街づくりや住宅にもEVシフトの動きが出てきており、こちらも見逃せないと言います。

「ここ数年で大きく進んだ分野は、EVです。ガソリン車やディーゼル車などの内燃機関車から、電気自動車(EV)への転換が急速に進んでいます。
世界におけるEV車の普及率は2023年には14%を超え、欧州では20%と5台に1台がEVの時代に突入しています。欧州、中国、アメリカでは、EVシフトを加速させるために、住宅へのEV充電設備の設置義務化を進める動きが広がっています。
日本では、東京都が、全国に先駆けて、2025年4月から、賃貸住宅を含む新築の住宅すべてにEV充電設備の整備義務化を施行。日本におけるEV車の普及率は世界水準を大きく下回っています。今後、EVシフトを加速させると同時に、全国へ充電ステーションの整備が急がれます」

自宅のガレージにEV充電設備を備えた住宅(PIXTA)

自宅のガレージにEV充電設備を備えた住宅(PIXTA)

また、堅達さんは「日本が一番遅れている既存住宅の断熱化が急務」と警鐘を鳴らします。

「『エネルギー効率2倍』を達成するためには、建物の省エネ性能を高めることが重要です。欧米では、住宅の断熱化は、エネルギー消費量の削減や、室内環境の改善、快適性の向上などの目的で、広く普及しています。それに比べると、日本では、特に既存住宅における省エネ診断や断熱工事の普及が進んでおらず、省エネ性能向上が遅れています」

既存住宅の性能表示については、2025年4月から義務化される予定。リクルートでは、2024年4月より、不動産情報サイト『SUUMO』に掲載される新築住宅の省エネ性能表示を開始します。「SUUMO」では、エネルギー消費性能を星の数で表示(国土交通省HPより)

既存住宅の性能表示については、2025年4月から義務化される予定。リクルートでは、2024年4月より、不動産情報サイト『SUUMO』に掲載される新築住宅の省エネ性能表示を開始します。「SUUMO」では、エネルギー消費性能を星の数で表示(国土交通省HPより)

ドイツでは、2002年に「省エネルギー建築法(EnEV)」が施行され、新築住宅の省エネ性能を一定の基準に満たすことが義務付けられ、既存住宅についても、2020年より、一定の基準に満たない住宅の売買や賃貸の際に、省エネ診断を実施することが義務化されました。

「国土交通省では、新築住宅の断熱性能を『ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)』の基準まで引き上げる目標を掲げています。また、2022年度から、『既存住宅における断熱リフォーム支援事業』により、窓やドアなどの断熱改修に対する補助金制度が拡充されました。
努力義務だけでは遅々として進みません。義務化と補助金等をセットにして導入するアプローチが効果的です」

「都市(まち)の木造化推進法」(国土交通省2022年施行)にともない、大型の木造建築が続々と登場していることにも注目しているとのこと。「木材を大規模建築に大量に使うことで炭素を貯留し、温室効果ガス排出量の削減につなげようと、『木造化』への期待が非常に高まっているのです」(堅達さん)(画像提供/三井不動産・竹中工務店)

「都市(まち)の木造化推進法」(国土交通省2022年施行)にともない、大型の木造建築が続々と登場していることにも注目しているとのこと。「木材を大規模建築に大量に使うことで炭素を貯留し、温室効果ガス排出量の削減につなげようと、『木造化』への期待が非常に高まっているのです」(堅達さん)(画像提供/三井不動産・竹中工務店)

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日本の課題と求められる取り組み

現在、日本では国全体としての排出量取引制度は実施されていません。日本政府は2026年度の本格稼働に向けて準備を進めている段階です。岸田首相は、2022年1月に「アジア・ゼロエミッション共同体構想」を提唱していますが、課題もあります。
世界では日本の脱炭素政策は、どう見られているのでしょうか。

「残念ですが、日本の温暖化対策は、世界から評価されていないのが現状です。
COP28の会場では、日本は、脱炭素で間違った方向に進んでいるとして、環境NGOから『化石賞』に選ばれました。化石賞とは、気候変動対策に対して足を引っ張った国や企業に与えられる不名誉な賞です。
また、脱炭素化の手段として、アンモニアを燃料として利用することに注力していますが、これについても冷ややかな目を向けられています。確かに、アンモニアは、燃焼時にはCO2は排出しませんが、現状では生成する時にCO2を排出しますから、差し引きでいえば効果が低いと言われるのは当然です」

日本は、化石燃料に多額の公的資金を投じていると非難されている(PIXTA)

日本は、化石燃料に多額の公的資金を投じていると非難されている(PIXTA)

「もはやマイボトルやエコバッグの自助努力だけで温暖化は止まりません」と堅達さん。

「まず、政府が、ルールや期限を決めてシステムを変える必要があります。『衣食住』の『住まい』は、地球環境の問題を身近に感じる入り口。断熱性能のいい住宅なら、快適に暮らせて地球環境にも優しい。太陽光や蓄電池を搭載すれば、防災にもなり、一石二鳥三鳥になります。省エネ性能表示を確認するなど、消費者として、環境に配慮した商品を選ぶことが地球の未来を変えると思います」

世界では、脱炭素化によるパラダイムシフトで、今までの思想や社会全体の価値観などが、革命的に、劇的に変化しています。日本でも2019年に風力発電の再エネ海域利用法が施行され、洋上風力発電の導入が本格化。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、脱炭素技術の研究開発に2兆円の「グリーンイノベーション基金」を創設するなど、脱炭素社会の実現に向けた投資を拡大しています。百点満点のエネルギーはなく、課題はありますが、堅達さんのように建設的な視点でとらえることが大切だと感じました。

●取材協力
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
堅達 京子(げんだつ・きょうこ)さん 
1965年、福井県生まれ。早稲田大学、ソルボンヌ大学留学を経て、1988年、NHK入局、報道番組のディレクター。2006年よりプロデューサー。NHK環境キャンペーンの責任者を務め、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組を放送。NHKスペシャル『激変する世界ビジネス “脱炭素革命”の衝撃』 『2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦』、NHK民放の6局連動特番『1.5℃の約束 いますぐ動こう、気温上昇を止めるために』はいずれも大きな反響を呼んだ。
2021年8月、株式会社NHKエンタープライズに転籍。日本環境ジャーナリストの会副会長。環境省中央環境審議会臨時委員。文部科学省環境エネルギー科学技術委員会専門委員。世界経済フォーラムGlobal Future Council on Japanメンバー。東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。福井県立大学客員教授。
主な著書に『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』『脱プラスチックへの挑戦 持続可能な地球と世界ビジネスの潮流』。

自然素材でつくったタイニーハウスは氷点下でも超ぽかぽか! 羊毛・ミツロウ紙などで断熱効果抜群、宿泊体験してみた 「CORONTE(コロンテ)」北海道仁木町

リンゴやブドウ、サクランボなど果樹栽培が盛んなまち北海道仁木町に、ほぼ自然素材だけで建てられた「CORONTE(コロンテ)」という一棟貸しの小さなコテージが2023年夏に誕生した。企画設計したのは、木こりとして森で自ら木を切り出し、それを素材にした建築を手がけてきた陣内雄(じんのうち・たけし)さん。「動物が巣にする素材でつくる家は文句なく心地よい」と言い、みんながそれを体験できる場をつくりたかったのだという。今回筆者は、真冬に森の中のコテージで一泊。陣内さんの言葉に大きく頷く体験をリポートしたい。

木こりが建築に関わったら、木材はもっと自由に活用できる

無垢の木、羊毛、もみ殻石灰、ミツロウ紙、漆喰といった自然素材で建てられたタイニーコテージ「CORONTE」。
筆者は、このコテージのオープンを心待ちにしていた。
実は10年くらい前から、近年その名を知られてきた「化学物質過敏症」の症状があり、香りのある洗剤や柔軟剤に触れると頭痛がしたり、ホームセンターなどで合板などの売り場に長時間いると喉が痛くなったり。多くの人は感じにくい程度の化学物質で日々苦しんでいるので、自然素材をふんだんに使った家で過ごしたら、自分の体にどんな変化が起こるのだろうかと興味を持っていた。

森の中の斜面に張り出すように建てられている(撮影/久保ヒデキ)

森の中の斜面に張り出すように建てられている(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

「CORONTE」を企画設計したのは札幌市出身の陣内雄さん。高校2年生で建築家になることを志し、東京藝術大学の建築科に入学。在学中から設計事務所で働いていたが「まわりは人工物ばかりで、もうこれ以上、建築はいらないんじゃないか」という疑問が頭をもたげたという。
同時に、高校生のころに地球温暖化に関する小さな記事を新聞で見つけ、それに大きなショックを受けており、次第に森や自然環境へと関心が向くようになった。作家であり環境保護活動家であるC. W. ニコルさんの本を読み漁り、ニコルさんが所有する森を実際に訪ね、林業に目覚めた。1992年に北海道に戻り、森林組合で林業の作業員として働くことにした。

陣内さんは1966年生まれ。木こりや建築とともに音楽活動も行い『北の国へゆこう』などのCDも発売(撮影/久保ヒデキ)

陣内さんは1966年生まれ。木こりや建築とともに音楽活動も行い『北の国へゆこう』などのCDも発売(撮影/久保ヒデキ)

森林組合で林業に従事する中で、効率を優先して重機で木をすべて伐採してしまう現場を多く経験する中で、木をできるだけ切らずに森を守りつつ整備を行いたいという思いが芽生えた。
単なる林業作業員ではなく、森に寄り添う「木こり」として活動を模索しつつ、家を建てることもいつも傍にあった。
1996年には下川町の山の中に藁ブロック構造の「ストローベイルハウス」を仲間と建て、その経験を活かして、2006年には伝統工法に「ワラの断熱と土の気密と蓄熱を合わせたらどうか?」と考えて旭川に自宅を建てた。
大まかな構造は工務店に依頼。土壁は仲間を募って自分たちの手で仕上げた。

木こりの活動と建築が一本の線になったのは2019年。
その4年前には、林業会社に属さずフリーランスの木こりとして山主から整備の依頼を直接受けたり、仲間の木こりと仕事をシェアしたりしながら、各地の山に赴いた。
整備の中で行われる間伐。木と木の間が混み合っていると成長が妨げられることから、一定の時期が来たら間隔をあけるために一部の木を伐採する。間伐材は成長途上であり、時には曲がって太い枝だらけのものもある。それらの多くはパルプ(※)の原料となってしまうが、「こうした木でも立派な構造になるのではないか」と陣内さんは考えていた。

※パルプ:木の繊維を分離させた植物繊維。主に紙の原料になる

林業のプレイヤーを増やしたいと「森と街のがっこう」という活動も続けている。各地の山で実際に研修を行っている(提供/CORONTE)

林業のプレイヤーを増やしたいと「森と街のがっこう」という活動も続けている。各地の山で実際に研修を行っている(提供/CORONTE)

そこで「キコリビルダーズ」を立ち上げ、自ら伐採した木を使って本格的に建物を手がけるようになった。
これまでに下川町にある「jojoni パン工房」や弟子屈町に「キコリキャビン」と名付けたアルファベットのAの形の住宅を建てた。
「キコリキャビンの骨組みには、間伐したカラマツを使っています。間伐材も丸太に近い状態で使えば、ねじれが起こりにくく強度も出ます」

カラマツの間伐材を構造に使ったキコリキャビン(撮影/Tetsuro Moriguchi)

カラマツの間伐材を構造に使ったキコリキャビン(撮影/Tetsuro Moriguchi)

梁にはあえてカーブのあるカラマツを使った。「しなりがある方が構造として強い」と陣内さん(撮影/Tetsuro Moriguchi)

梁にはあえてカーブのあるカラマツを使った。「しなりがある方が構造として強い」と陣内さん(撮影/Tetsuro Moriguchi)

一般的な住宅では、集成材(複数の板を結合させ人工的につくられた木材)を柱や梁に使い、壁や床には合板が利用されるケースも多いが、陣内さんは無垢材や自然素材を積極的に取り入れてきた。
しかしこれまではコストや手間の問題もあり、部分的に合板なども使用しており、いずれはすべて自然素材で「やり切りたい」という思いが募り、宿泊施設をつくろうと思い立った。

「CORONTE」のイメージスケッチ(提供/CORONTE)

「CORONTE」のイメージスケッチ(提供/CORONTE)

真冬の北海道、自然素材でどこまで断熱できる?

筆者が「CORONTE」を訪ねたのは12月中旬。冷え込みが厳しくなり朝晩はマイナス5度ほど。
「CORONTE」の案内には「Wi-Fiはありません。携帯電話の電波が2本くらい立つポイントがあります」と書いてあり、また暖房も薪ストーブのみということで、キャンプなどに興味のない自分が、たった一人で一夜を過ごせるのだろうかと、行く前には不安がいっぱいだった。

鳥のような目線で景色を見てほしいと、居住空間は高いデッキの上に。階段を上がるとデッキがありコテージの入り口がある(撮影/久保ヒデキ)

鳥のような目線で景色を見てほしいと、居住空間は高いデッキの上に。階段を上がるとデッキがありコテージの入り口がある(撮影/久保ヒデキ)

背面から見ると屋根の構造がよくわかる。屋根裏が少し突き出したようになっていて、窓から森の景色が楽しめる(撮影/久保ヒデキ)

背面から見ると屋根の構造がよくわかる。屋根裏が少し突き出したようになっていて、窓から森の景色が楽しめる(撮影/久保ヒデキ)

部屋に入ってみると、とても暖かかった。
19平米ほど(ロフト含む)とコンパクトなこともあり、小型の薪ストーブ1台で室内はすぐに暖まることがわかった。

ソファーベッドが置かれたリビング。漆喰とカラマツの板が内壁に使われている(撮影/來嶋路子)

ソファーベッドが置かれたリビング。漆喰とカラマツの板が内壁に使われている(撮影/來嶋路子)

小さな薪ストーブだが、火をつけるとすぐに室内は暖まる(撮影/久保ヒデキ)

小さな薪ストーブだが、火をつけるとすぐに室内は暖まる(撮影/久保ヒデキ)

奥にキッチンとトイレ、シャワールームがある。ロフトに2つベッドが設置されている(撮影/來嶋路子)

奥にキッチンとトイレ、シャワールームがある。ロフトに2つベッドが設置されている(撮影/來嶋路子)

今回断熱に使ったのは、羊毛、もみ殻石灰。
屋根の曲面部分には羊毛、壁はもみ殻石灰と杉皮ボードで断熱。内壁は、漆喰とシラカバの板を使った。これらの自然素材は調湿、蓄熱にもすぐれ、冬は暖かいのだという。
また厚めに仕上げた漆喰は、蓄冷効果もあり、夏には夜の冷気を窓から取り込んで、温度が下がったらドアを閉めておくと日中も涼しく過ごせるそうだ。

ホウ酸処理した羊毛を屋根の断熱に使用(提供/CORONTE)

ホウ酸処理した羊毛を屋根の断熱に使用(提供/CORONTE)

自然には直線は存在しない。木のカーブをそのまま活かして

今回、設計にもこだわり、直線がほとんどない小屋となった。
当初、柱や梁、屋根の構造は直線だったそうだが「自然界には直線はほぼないこと」「風景に調和すること」「木のそのままの曲がりを活かすこと」を考えて、縦長のドーム状となった。
床板も幅の違うシラカバをまるでパズルのように組み合わせた。コロンとした形状からCORONTEと名付けられたという。

生木を製材し張っていった。「生木のうちならしなやかさがあるからカーブがつくれます」(提供/CORONTE)

生木を製材し張っていった。「生木のうちならしなやかさがあるからカーブがつくれます」(提供/CORONTE)

床板に使ったシラカバ。カーブをパズルのように組み合わせていった(提供/CORONTE)

床板に使ったシラカバ。カーブをパズルのように組み合わせていった(提供/CORONTE)

また、今回は住宅ではなく宿泊施設であることから、積極的に実験も取り入れたという。モミの木のような形状のヨーロッパトウヒも建材として利用。
「この木は、どんなに太くてまっすぐでも、軽くて弱いということで、ほとんど紙の原料となるパルプ材になってしまいます。でも、使い方によっては合板の代わりになるのではと思いました」
製材して板にし、それを15度の角度で組み、一層目とクロスするように二層目も15度の角度をつけて組んだ。

また、同じく材が柔らかいため建材には使われないドロノキをトイレとシャワールームの引き戸に活用。
「ドロノキの使い道に困っている木こり仲間がいたので、どうやったら建材に応用できるか考えてみようと思いました」

旭川にある作業場で構造をつくった。ヨーロッパトウヒの板を15度の角度で組んでいく(提供/CORONTE)

旭川にある作業場で構造をつくった。ヨーロッパトウヒの板を15度の角度で組んでいく(提供/CORONTE)

旭川から仁木町へコテージを運びクレーンで吊り上げ設置した(提供/CORONTE)

旭川から仁木町へコテージを運びクレーンで吊り上げ設置した(提供/CORONTE)

ドロノキでつくった引き戸。木目に風合いが感じられる(撮影/久保ヒデキ)

ドロノキでつくった引き戸。木目に風合いが感じられる(撮影/久保ヒデキ)

今回使った木材の中には、陣内さんが切り出し、それをため池に半年間つけ、じっくりと乾燥させたものもある。木材を乾燥機に入れて乾かす方法もあるが、水中乾燥すると時間はかかるが、反りや割れなどを防ぐ効果が高いという。
「昔ながらの木材の乾燥方法です。しっとりした風合いがあって、色つや香りがよいです」
昔はどこでも木材を何年も水中で貯木してから製材していたという。山里の農村には開拓時代につくられたため池があって、現在は使われていないため、それを活用しようと思った。また、そこにある木材だけでなく、土や藁などその場で手に入る素材で家をつくるということも当たり前に行われていた。

接着剤などを使わずにタイルを仕上げてくれる職人を探すのに苦労したという。カウンターのカラマツも、水につけた丸太を製材して、きれいな赤味が出た(撮影/久保ヒデキ)

接着剤などを使わずにタイルを仕上げてくれる職人を探すのに苦労したという。カウンターのカラマツも、水につけた丸太を製材して、きれいな赤味が出た(撮影/久保ヒデキ)

さらに紹介しきれないくらい、さまざまな挑戦がある。
鳥の目線のような風景を味わってもらいたいとあえて傾斜地に建てた。
また、そこにあったミズナラの木を切らないで、デッキから突き出るような構造とした。
手間がかかる作業ばかりだが、それが雇用にもつながると陣内さんは考えている。
「職人さんたちは、手間がかかって大変だと口々に言うけれど、自然の中で作業をすることで、みんなとても明るい表情になっています。現在の建築は効率重視で手間になることを極力避けるけれど、気持ちを込めて丁寧に仕事ができるし、技術も継承できる。それに自然素材なのでほとんどゴミも出ないのも良い点だと思います」

パートナーの澤野雅子さんがコテージをどこに設置するか決めた。傾斜地に建てるのは手間だが景観は素晴らしいとトライすることに(撮影/久保ヒデキ)

パートナーの澤野雅子さんがコテージをどこに設置するか決めた。傾斜地に建てるのは手間だが景観は素晴らしいとトライすることに(撮影/久保ヒデキ)

デッキの構造部分。丸太を組み合わせ、気が枝を伸ばしているような景観をつくりたかったのだそう(撮影/久保ヒデキ)

デッキの構造部分。丸太を組み合わせ、気が枝を伸ばしているような景観をつくりたかったのだそう(撮影/久保ヒデキ)

デッキを突き抜けてミズナラが生えている。夏には青々とした葉をつける(撮影/久保ヒデキ)

デッキを突き抜けてミズナラが生えている。夏には青々とした葉をつける(撮影/久保ヒデキ)

当初の計画で総予算は700万円ほどだったという。
しかし、柱や壁を曲線でつくることに方向転換したことなど予想を超える手間がかかり、1000万円以上かかったという。
「コストはかかりましたが、自然素材の家ならメンテナンスをしっかりしていけば200年、300年と使い続けられます。こうしたスパンで考えたら、決して高価なものじゃないと僕は思います」

電気はバッテリーを使用。宿泊者が来ると充電しておく。建設現場でも使えると考えこの方法にした。水は地域で使われている井戸水を使用。トイレは微生物の働きによって排泄物を分解・処理するバイオトイレを設置。インフラもオフグリッドにこだわる(撮影/久保ヒデキ)

電気はバッテリーを使用。宿泊者が来ると充電しておく。建設現場でも使えると考えこの方法にした。水は地域で使われている井戸水を使用。トイレは微生物の働きによって排泄物を分解・処理するバイオトイレを設置。インフラもオフグリッドにこだわる(撮影/久保ヒデキ)

コテージの周りの森を整備。道をつけた(提供/CORONTE)

コテージの周りの森を整備。道をつけた(提供/CORONTE)

裏の森に入っていくとウッドデッキが現れた。まちで林業に興味がある仲間と丸太を組んでいったという(撮影/久保ヒデキ)

裏の森に入っていくとウッドデッキが現れた。まちで林業に興味がある仲間と丸太を組んでいったという(撮影/久保ヒデキ)

山と海を守りながら、みんなが暮らすことができたら

「CORONTE」は陣内さんにとってゴールではなく始まり。
この建物が建っているのは、あさひの杜の敷地。あさひの杜は、朝日こうじさん、ゆかりさん一家が、山の中で畑を耕し、犬、猫、鶏、馬、カメなど動物たちと暮らす場所。
「子どもたちが豊かな自然の中でのびのびと夢を思い描ける世界をつくること」を目標にイベントを開いたり、子どもが集う場をつくっている。

朝日さんが陣内さんの活動に共感したことから「CORONTE」がこの場に建った。ここを拠点にしつつ、陣内さんは仁木町一帯で「ずっとみんなの森」というプロジェクトを始めようとしている。
「山の木をすべて切り倒す『皆伐』をしなくても山を守り続けながらみんなが暮らすことができたらと考えています。山を守ることは海を守り、人の暮らしも豊かになります」

ずっとみんなの森プロジェクト、イメージスケッチ(提供/ずっとみんなの森プロジェクト)

ずっとみんなの森プロジェクト、イメージスケッチ(提供/ずっとみんなの森プロジェクト)

介護付きコテージがあったり、子どもたちが遊ぶ森があったり。多世代が集い、仕事にもつながる森をつくりたいのだという。イメージスケッチを描き、このプロジェクトに関心を持ってもらう人を増やそうと秋には仁木町で説明会を行った。

コテージの近くにあったカラマツ林があるとき伐採されてしまった。植林した木は伐採の時期になると、大抵の場合すべてを切る「皆伐」が行われる。陣内さんは、「皆伐」ではなく木々を守りながら森を活用する方法を考えている(撮影/久保ヒデキ)

コテージの近くにあったカラマツ林があるとき伐採されてしまった。植林した木は伐採の時期になると、大抵の場合すべてを切る「皆伐」が行われる。陣内さんは、「皆伐」ではなく木々を守りながら森を活用する方法を考えている(撮影/久保ヒデキ)

陣内さんからさまざまな話を聞いた後、薪ストーブの使い方のレクチャーを受け、筆者は一人で「CORONTE」に宿泊した。
雪が音もなく降り積もる中、夜9時、薪をストーブにたくさん焚べ、熾火(おきび。薪が炭になり炎を上げず芯の部分が真っ赤に燃えている状態)になったのを確認してからロフトで眠った。
明け方4時くらいにいったん目が覚めた。薪ストーブの火は完全に消えていたが、部屋はまだほんのり暖かく、掛け布団一枚でも心地よかった(おそらく15度くらい)。
明け方まどろみながら、自分がいつもより一段深く呼吸ができ、肩や首の凝りがゆっくりとほぐれていくように感じられた。
手を伸ばすと漆喰壁があり、壁も暖かさを保っている。
触っていると、まるで卵の中で守られているような安堵感があった。

ベッドが置かれたロフト。天井に手が届く場所だが、むしろ何かに包まれているようで心地よかった(撮影/久保ヒデキ)

ベッドが置かれたロフト。天井に手が届く場所だが、むしろ何かに包まれているようで心地よかった(撮影/久保ヒデキ)

窓からは木々が見えた。森と一体になったような感覚が味わえる(撮影/久保ヒデキ)

窓からは木々が見えた。森と一体になったような感覚が味わえる(撮影/久保ヒデキ)

「自然素材の家は文句なく気持ちいい」

陣内さんはいつも語っていたが、それは本当のことだった。
朝起きて薪ストーブに火を灯し、その上にケトルを乗せて、手回しのミルでコーヒーを挽いた。
お湯が沸くまで、雪がゆっくりと降り落ちる窓の景色に見惚れていた。
それだけなのに、この満ち足りた気持ちはどこからわいてくるのだろう。
心の底からリラックスして、ただただ時間が過ぎていくのを楽しんだ。

窓から見える森の景色(撮影/來嶋路子)

窓から見える森の景色(撮影/來嶋路子)

この素晴らしい体験を、言葉でとても言い表せないのが何とも悔しい。
筆者は化学物質に触れていると、何らかの違和感があるので、この場にいて救われたような思いがした。
コテージというより、ここは自分にとってのシェルターであると感じた。みなさんも一度泊まっていただけたら、その気持ちよさを感じられるのではないかと思う。冬季は試験運用中。来春の本格オープンを楽しみにしていただきたい。

●取材協力
Tiny cottage「CORONTE」
北海道余市郡仁木町東町

最強断熱賃貸、氷点下の北海道ニセコ町でも冷暖房費が月額5000円! 積雪2.3mまで耐える太陽光パネル搭載も3月に登場

ここ数年、夏の暑さも冬の寒さも厳しく、電気や灯油、ガス料金の高騰による冷暖房費のアップが家計を直撃している。そんな今、注目したいのが冷暖房費や光熱費が共益費に含まれ、一定額でまかなえてしまう賃貸・分譲集合住宅。しかも、その料金は一般の住宅に比べかなり安いそう。「来月のエアコン代はいったいいくらになるのだろう」という心配から解放される、住まいの仕組みについて取材した。

冬の平均気温が氷点下の北海道ニセコ町に、エアコン1台、一定額で暖房費がまかなえる賃貸集合住宅が誕生

スキーリゾートとして世界的に注目を集める北海道ニセコ町。冬季(12月~3月)の平均気温は氷点下で、1月は平均マイナス6度まで下がる。エアコンは暖房にはパワー不足。多くの家が灯油ファンヒーターを使用している。中には、冬のはじめに点火をしたら、春が来るまでスイッチは切らない、という家も。その結果、このエリアの一般的な木造一戸建てでかかる暖房費は月3万~4万円程度。広さや暮らし方などによっては月5万~7万円というケースもある。

冬のニセコ町(撮影/久保ヒデキ)

冬のニセコ町(撮影/久保ヒデキ)

そんな厳しい気候のニセコ町に、「家庭用のエアコン1台で住戸全体の室温・湿度を快適な状態に管理し、エアコン代は共益費に含まれる」、という賃貸集合住宅「NISEKO BOKKA(ニセコ ボッカ)」がある。なぜエアコン1台で済むのか。なぜ、共益費で冷暖房費がまかなえるのか。

世界水準の高断熱・高気密の集合住宅だから、少ないエネルギーで室温の快適性を保つ

この賃貸集合住宅の実現をサポートしたのは、まちづくり会社・ニセコまちだ。同社取締役の村上敦さんに話を聞いた。

「ニセコ町(ちょう)は2014年に環境モデル都市に認定、2018年にはSDGs未来都市にも選定され、早くから環境への負荷を低減するための取り組みを行っています。また、世界から移住先として人気を集める中、人口増に対して町営住宅や民間の賃貸・分譲住宅の供給が追いつかず、慢性的な住宅不足という課題もあります。これらに対応するため、ニセコ町、地元企業、専門家集団が出資し、官民一体で立ち上げたのがまちづくり会社・ニセコまちです。ニセコ町は、立地条件などから再生可能エネルギーの活用が難しく、大規模工場が稼働するようなエネルギー消費の大きな産業もありません。町内でのエネルギー消費の多くは一般家庭やホテル、公共施設などの建物由来です。二酸化炭素排出量を減らすには、断熱性を高めた建物の供給がカギだと確信しています」(村上さん)

村上敦さんはドイツとニセコの2拠点に居住中。持続可能なまちづくりの実現にニセコまちの事業推進担当として取り組む(撮影/久保ヒデキ)

村上敦さんはドイツとニセコの2拠点に居住中。持続可能なまちづくりの実現にニセコまちの事業推進担当として取り組む(撮影/久保ヒデキ)

ニセコ町の抱える課題解決に向けて、現在、ニセコまちでは高断熱・高気密の賃貸住宅や分譲マンションを提供する新しい街区「ニセコミライ」を開発しているほか、ニセコ町内に高性能集合住宅をプロデュースしている。そのうちの一つが前述のNISEKO BOKKA だ。

■関連記事:
ニセコ町に誕生の「最強断熱の集合住宅」、屋外マイナス14度でも室内エアコンなしで20度! 温室効果ガス排出量ゼロのまちづくりにも注目

「NISEKO BOKKAは1LDK~3LDKの木造賃貸マンション。各住戸にエアコンが1台設置されていて、住戸全体の室温を自動でコントロールします。夏は26度を上回らず、冬は22度を下回らない室温を保証し、その冷暖房費は共益費に含まれます。共益費は住戸の専有面積によって異なりますが、66平米の2LDKで1万8000円。この金額には駐車場代、冬の除雪費、共用部の清掃代も含まれ、冷暖房にあてられている電気代は月5000円程度です」(村上さん)

ニセコ町の郊外にあるNISEKO BOKKA。ニセコミライの次世代高機能住宅と同タイプの木造集合住宅だ(撮影/久保ヒデキ)

ニセコ町の郊外にあるNISEKO BOKKA。ニセコミライの次世代高機能住宅と同タイプの木造集合住宅だ(撮影/久保ヒデキ)

エアコンが設置されたランドリールーム。ここから快適な空気が各部屋に分配される(撮影/久保ヒデキ)

エアコンが設置されたランドリールーム。ここから快適な空気が各部屋に分配される(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

(撮影/久保ヒデキ)

ニセコまちがプロデュースする住宅は、道内の工務店が施工する際、世界水準の高断熱・高気密の住宅を全国で提供している株式会社WELLNEST HOMEが技術協力を行っている。NISEKO BOKKAの場合、品確法という法律で定める断熱性を表す断熱等級は、1~7段階の基準の等級6となり、これはZEH水準を上回るHEAT20のG2グレードと同等にあたる。

■NISEKO BOKKAの断熱性や気密性など

UA値※10.26w/m2・kC値※20.1cm2/m2断熱等級6建築年月2023/04/01構造・階数木造・2階建て※1 UA値:数値が低いほど断熱性能が高い
※2 C値:数値が低いほど気密性が高い

エアコン1台で住戸全体の室温・湿度を快適に保ち、しかもかかる電気代も低く抑えられているのは高断熱・高気密を実現している建物だから。高い断熱・気密性能で室内は外気温の影響を受けにくく、熱交換しながらの換気で、室内の快適な空気を逃さない。そのため、少ないエネルギーで効率的に住戸を温めたり、冷やしたりが可能。冷暖房費用を共益費に含められるほどに抑えることが可能になるのだ。

■ニセコの一般的な賃貸住宅とNISEKO BOKKAの光熱費(一部)の比較

ニセコで一般的な賃貸住宅(2LDK)NISEKO BOKKA(2LDK)15万円/年
※暖房用の灯油代のみ。部分間欠暖房+冷房なし6万円/年
※共益費に含まれる5000円×12カ月。全館連続暖冷房の費用NISEKO BOKKAの外壁は厚さ10cmの柱と柱の間に、断熱材としてセルロースファイバーが吹き込まれている。さらに、防火性能の高いロックウールで外側をぐるりと囲む外断熱も採用し、ダブルでの断熱を行っている(撮影/久保ヒデキ)

NISEKO BOKKAの外壁は厚さ10cmの柱と柱の間に、断熱材としてセルロースファイバーが吹き込まれている。さらに、防火性能の高いロックウールで外側をぐるりと囲む外断熱も採用し、ダブルでの断熱を行っている(撮影/久保ヒデキ)

アルゴンガス入りのトリプルガラス+樹脂サッシの高性能な窓を採用(撮影/久保ヒデキ)

アルゴンガス入りのトリプルガラス+樹脂サッシの高性能な窓を採用(撮影/久保ヒデキ)

入居者に聞いた、最強断熱の住まいの暮らし心地

2023年4月に完成したNISEKO BOKKAに入居し、もうすぐ1年になる吉岡さん。夫の転職がきっかけで東京からニセコ町に引っ越すことになるまで、ニセコはもちろん北海道にも来たことがなかった。今、生まれて初めて北海道の冬を体験中だ。

「冬に入ってから暖房はエアコンだけ。床暖房もないのですが、家の中は東京のマンションよりも暖かく感じます。スリッパや厚手のセーター、羽毛布団も不要。夜間も子どもたちが毛布を蹴飛ばしてしまうほどです。浴室やトイレも暖かいのでヒートショックの心配もなく、体にも負担が少ないと感じます。湿度も一定で、東京で使っていた加湿器もこの家では出番がないんですよ」(吉岡さん)

取材に伺ったのは12月初旬。北海道産のムク材のフローリングは、足にあたる感触が心地よく裸足でもヒヤリとしない。「子どもたちは家の中では冬でも半袖。すぐに靴下を脱ぎたがるんですよ」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

取材に伺ったのは12月初旬。北海道産のムク材のフローリングは、足にあたる感触が心地よく裸足でもヒヤリとしない。「子どもたちは家の中では冬でも半袖。すぐに靴下を脱ぎたがるんですよ」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

吉岡さんは、冬だけでなく夏の快適さにも驚いたとか。

「全国的に猛暑だった2023年の夏は、北海道のニセコでも暑い日が多く、湿度も高かったのですが、家の中にいると外がどれくらい暑いのかがわからないくらい。断熱材がしっかり入っていて、窓もトリプルガラスなためか、外の音があまり聞こえず、近くをトラックが通っても気にならないことにも驚きました」(吉岡さん)

月1万8000円の共益費は周辺相場の2倍ほどだが、冷暖房費・駐車場代がまかなえて除雪も不要。共益費のうち冷暖房費にあてられるのは5000円程度で年間6万円ほど。ニセコ町ではひと冬の暖房費が15万~20万円ほどかかることを考えると、決して高いとは感じないと吉岡さん。寒さや暑さのストレスを感じない暮らしを楽しんでいる。

東京都からニセコに移住した吉岡さんは、夫と3人の子どもの5人家族。「地元で収穫された食材が豊富で、水も美味しいニセコでの暮らしが気に入っています」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

東京都からニセコに移住した吉岡さんは、夫と3人の子どもの5人家族。「地元で収穫された食材が豊富で、水も美味しいニセコでの暮らしが気に入っています」(吉岡さん)(撮影/久保ヒデキ)

電気をつくり、蓄える。積雪の問題がクリアされてニセコの高断熱・高気密住宅がさらに進化

「NISEKO BOKKAでは、共益費に含まれるのは冷暖房の電気代のみ。給湯は灯油代がかかり、冷暖房以外の電気は入居者が電力会社と契約して、共益費とは別に支払っています。なぜ、太陽光発電で電気をつくり、蓄電池に蓄え、エコキュートでお湯を沸かすシステムにして、電力会社から購入する電気を少なくすることができなかったのか。それは、雪の問題があったからです」(村上さん)

NISEKO BOKKAの建築当時、太陽光パネルは積雪荷重が積雪約2m相当までのものしか商品化されていなかった。しかし、ニセコの積雪量は毎年2mを超える。そのため、太陽光パネルを採用することができなかったのだ。

「新しい街区のニセコミライでは太陽光パネルを導入したいと、ニセコの積雪に耐えられるよう改良すべく、自分たちでさまざまな実験を行いました。しかし、好ましい結果は得られませんでした。そんな時、世界最大の太陽光パネルメーカーのQセルズという会社が積雪2.3mまで耐えられる太陽光パネルを開発。2024年3月に引き渡し予定の、高性能木造分譲マンション『モクレ ニセコ A棟』から太陽光パネルを採用することが可能になったのです」(村上さん)

「モクレ ニセコ A棟」に続くニセコミライ2棟目の分譲マンション「モクレ ニセコ B棟」は、2025年12月完成予定。利用する電力は太陽光とカーボンフリー電力のみの、環境負荷を軽減した住まいだ。エネルギーオールインクルーシブ料金(脱炭素)の月額利用料金として9700円を予定 ※画像は完成イメージ(画像提供/ニセコまち)

「モクレ ニセコ A棟」に続くニセコミライ2棟目の分譲マンション「モクレ ニセコ B棟」は、2025年12月完成予定。利用する電力は太陽光とカーボンフリー電力のみの、環境負荷を軽減した住まいだ。エネルギーオールインクルーシブ料金(脱炭素)の月額利用料金として9700円を予定 ※画像は完成イメージ(画像提供/ニセコまち)

建設中のモクレニセコA棟と太陽光パネルを掲載したソーラーカーポート(画像提供/ニセコまち)

建設中のモクレニセコA棟と太陽光パネルを掲載したソーラーカーポート(画像提供/ニセコまち)

「モクレ ニセコ A棟」では、エネルギーオールインクルーシブ料金(脱炭素)として1住戸あたり月額9700円を予定。この金額に冷暖房、給湯、そのほかの電力が含まれている。

「ニセコでは通常、冬の4~5カ月間は暖房の灯油代だけで月3万~4万円程度かかります。さらに電気代が毎月1万円、ガス代が3000~5000円、給湯に灯油を使えばさらに毎月5000円。光熱費の負担は年間でおおよそ35万~40万円くらいになります」(村上さん)

しかし、モクレ ニセコA棟では、光熱費は年間で約12万円程度。ニセコの一般的な木造住宅と比較すると、光熱費が3~4割程度で済むということだ。積雪という北国ならではの問題が解決されたことで、ニセコの高断熱・高気密住宅がさらに進化した。もともと、全国の中でも北海道は突出して住宅の断熱性が重視され仕様レベルも高い中で、この数字は目を見張るものと言えます。

使用するエネルギーはHEMS3.0で自動制御。将来はAIが個人の好みに合う室内環境をつくる?

賃貸マンションのNISEKO BOKKAや、分譲マンションのモクレ ニセコは、使用するエネルギーをHEMS3.0で管理している。

HEMS(ヘムス)とは、「Home Energy Management System」の略。家庭で使用するエネルギーを一元管理するシステムだ。HEMS3.0では、エネルギーの見える化のほか、遠隔制御や自動制御を可能にすることでエネルギー消費を抑える効果が期待できる。

バージョン内容HEMS1.0エネルギーデータの見える化。エネルギーをどれだけ使ったかがわかるHEMS2.0見える化のほか、外出先からスマホで家電のON/OFFができるなど遠隔操作等が可能HEMS3.01.0、2.0の機能に加えて、自動制御によって、人が介在しないエネルギー消費の最適化が可能(表作成/SUUMO編集部)

「NISEKO BOKKAもモクレ ニセコA棟もHEMS3.0で室温を自動制御していますが、モクレ ニセコA棟では一歩進んで、換気量もCO2濃度や湿度に応じて自動コントロールします。室内の状況をモニタリングしながら、太陽光と連動して効率よく電気を調達し、最も快適になるであろう室温や湿度に近づけるためにエアコンや換気を制御するのがHEMS3.0。将来的には、暮らす人の好みや生活パターンをAIが学び、自動制御するシステムを実現したいと考えています」(村上さん)

2024年4月から、分譲も賃貸も省エネ性能の表示が努力義務に

2001年から始まった「住宅性能表示制度」だが、2024年4月から、住宅の販売や賃貸を行う事業者が、建物の省エネ性能を広告などに表示する取り組みが新しくスタートする。対象となるのは2024年4月以降に建築確認申請を行う新築住宅と、再販売・再賃貸される物件。省エネ性能ラベルの表示は努力義務ではあるが、不動産ポータルサイトをはじめとした広告に、エネルギー消費性能や断熱性能、目安となる光熱費が表示されることがあたり前になれば、家探しをする人にとってはメリットが大きい。住宅を販売、賃貸する事業者にとっても、高性能な住宅であることをアピールする良い機会になる。また、断熱性や気密性などの住宅性能の高さが、家選びの際のポイントとして重視されることもスタンダードになっていき、脱炭素社会の実現につながっていくはずだ。

ニセコで実現している高性能な住宅づくりは、極寒のニセコだけでなく全国にも広がっている。ただし、性能が高くなれば住宅の建築コストはアップし、販売価格や賃料に影響する。その点にはどう向き合うべきなのだろう。現在、神奈川県川崎市で高断熱の賃貸アパートを建設中の、法月興産株式会社・法月順嗣さんに話を聞いた。

■関連記事:
2024年4月スタートの新制度は、住宅の省エネ性能を★の数で表示。不動産ポータルサイトでも省エネ性能ラベル表示が必須に!?

賃貸オーナーに聞いた、建築費を多くかけても最強断熱で賃貸アパートを建てる理由

法月さんが建設中のアパートは、太陽光パネルと蓄電池を完備し、各部屋の光熱費を共益費に含める予定だ。少ないエネルギーで快適性を保てる高断熱・高気密の高性能な建物だからこそ実現できる仕組み。設計・施工はニセコまちの高断熱住宅で技術協力を行っているWELLNEST HOMEだ。

法月さんがWELLNEST HOMEに設計・施工を依頼したオール電化の賃貸アパート(神奈川県川崎市麻生区)は2024年8月末竣工予定。小田急線新百合ヶ丘駅から徒歩5~7分。 ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

法月さんがWELLNEST HOMEに設計・施工を依頼したオール電化の賃貸アパート(神奈川県川崎市麻生区)は2024年8月末竣工予定。小田急線新百合ヶ丘駅から徒歩5~7分。 ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

「以前から10棟の賃貸住宅を所有していますが、これからは自分の息子たち、さらに孫たちにも引き継いでいけるよう、性能の良い建物を建てることが重要だと考えました。WELLNEST HOMEのモデルハウスを見学した際、気温35度の暑い日だったにもかかわらず、エアコン1台で家全体が快適なことに驚きました。また、壁内だけでなく、外壁側にもぐるりと断熱材が施工され、釘1本まで錆びが出ないように施工された長寿命、高耐久性である点にも納得し、依頼を決めました」(法月さん)

建築費用は一般的な同規模の集合住宅よりも高くなる。賃貸住宅のオーナーとしては、利回りが気になるはずだ。

「イニシャルコストが高ければ、利回りは下がります。しかし、耐久性が高く長寿命な建物ですから、低い利回りでも30年、50年と長期間かけて回収すればいい。例えば、高利回りの賃貸住宅を建てて築15年~20年で解体することになるより、高性能な住宅を建てて50年、100年といった長期間活用する方が、環境にも地球にも良いと考えたのです」(法月さん)

一人~二人暮らしにぴったりの1LDK(30~35平米)が6住戸。家賃は月9万5000円程度、共益費は2万5000円程度を想定。共益費には光熱費が含まれる ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

一人~二人暮らしにぴったりの1LDK(30~35平米)が6住戸。家賃は月9万5000円程度、共益費は2万5000円程度を想定。共益費には光熱費が含まれる ※画像は完成イメージ(画像提供/WELLNEST HOME)

高断熱・高気密+光熱費定額の住まいは光熱費が抑えられるほか、耐久性も高いため短期間での建て替えや解体が不要。イニシャルコストは高くなったとしても、住み続けるために必要なランニングコストを含めたライフサイクルコストの面でメリットが大きい。最強断熱の家づくりが、これからの分譲住宅、賃貸住宅にどう影響していくか注目したい。

●取材協力
株式会社ニセコまち 村上敦さん
ドイツ・フライブルク市とニセコ町の2拠点に居住中のジャーナリスト、コンサルタント。ドイツやEUの都市計画、交通計画、エネルギー政策などを取材し、日本へ発信している。2008年から、ハウスメーカーWELLNEST HOMEの創業者とともに一般社団法人クラブヴォーバンを立ち上げ、日本での持続可能なまちづくりに邁進する。2021年、官民連携の株式会社ニセコまちの取締役に就任。
株式会社ニセコまち

室温18度未満で健康寿命が縮む!? 脳卒中や心臓病につながるリスクは子どもや大人にも。家の断熱がマストな理由は省エネだけじゃなかった

「もしナイチンゲールが日本で活躍していたら、今ごろ日本の住宅は夏も冬も快適だった!?」「しかも住宅が快適なら、日本の生活習慣病の患者はもっと少なかったかも知れない!?」。にわかに理解しがたい話ですが、世界と日本の住宅環境の差が分かってくるほどに、さもあらんと思えてくるのです。住宅と健康の関係についての第一人者である慶應義塾大学教授の伊香賀俊治先生のお話から、世界との違いや、住宅と健康との密接な関係を紐解いていきましょう。

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生(写真提供/伊香賀先生) 

慶應義塾大学 理工学部 教授、日本建築学会 前副会長 伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生(写真提供/伊香賀先生) 

WHOが「冬は室温18度以上にすること」と強く勧告

今から約5年前。2018年11月にWHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」を公表しました。その中で各国に「冬は室温18度以上にすること」を強く勧告しましています。特に子どもや高齢者には「もっと暖かい環境を提供するように」と言葉が添えられました。

・WHOは「温かい住まいと断熱」を勧告

WHO(世界保健機関)は「住宅と健康に関するガイドライン」

WHOは「冬の室温は18度以上」と強く勧告し、「子どもと高齢者にはもっと温かく」としています。また新築時と改修時の断熱対策や夏の室内での熱中症についても勧告しています。近年、ヒートショックによる健康被害はメディアでもよく取り上げられるようになりましたが、高齢者特有の問題と思われている人も多いのではないでしょうか。
出典:WHOウェブサイト 2018.11.27公表

なぜWHOは年齢を問わず「冬の室温18度以上」にこだわるのでしょうか? 伊香賀先生によれば「冬の室温が18度以上であれば、呼吸器系や心血管疾患の罹患・死亡リスクを低減することが、エビデンス(根拠)は中程度だとしながらも、確認できたからです」と言います。

またイギリスはWHOの勧告より前の、2011年に住宅法を改正し、室温を18度以上に保つことを賃貸住宅に義務づけました。達成できない賃貸住宅に対して行政は解体命令を出すこともできます。賃貸住宅を対象にしたのは、お金持ちではない人々の住宅環境を改善しようという狙いからです。

さらに、日本とは北半球と南半球の違いはあるものの、緯度がほぼ同じで、島国であるという共通点のあるニュージーランドでも住宅の断熱性能を高める施策が行われています。2009年~2014年にかけて断熱改修の補助金制度が実施されたのですが、その成果を検証したところ、断熱改修によって居住者の入院頻度が減少したそうです。

こうした流れの中、日本では2022年に住宅性能表示基準が一部改正され、従来1等級から5等級まであった住宅の断熱等級の、上位等級として6等級と7等級が新設されました。さらに2025年からはすべての新築住宅に、断熱等級4以上の適合が求められ、遅くとも2030年には、ZEH基準(※)の水準が義務化されます。これは、入居者の健康はもちろん、住まいでの消費エネルギーを抑え、地球温暖化を避けるカーボンニュートラルの観点から決められたロードマップによるものです。

足の血行と冷えを改善する断熱性の良い住まい

足元の温度が低いと健康被害につながる血流低下が起きる。等級6の高性能な住まいであればこの問題は大幅に低減されることがわかる。
出典:河本紗弥、伊香賀俊治ほか:住宅断熱性能の違いが生理学的反応及び在宅作業成績に及ぼす影響に関する被験者実験、日本建築学会環境系論文集Vol.87, No.798, 2022.8

なお「断熱等級4で室温を18度にしても、足元は16度くらいになるでしょう。それでは十分な効果は得られないんです。足元も18度にならないと。現在のZEH基準とほぼ同等の、断熱等級5でやっと足元も18度になりますから、私が推奨する断熱等級は5以上です」と伊香賀先生。「義務化」とは「最低でもここまで」というレベルということです。

※ZEH/ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスのこと。太陽光発電の搭載等により、生活で消費するエネルギー量を実質ゼロ以下にすることができる

日本で室温18度以上だった都道府県は北海道をはじめ、わずか4道県

では2025年以降の新築ではなく、日本の既存住宅の断熱性能はどうなっているでしょう。少し前ですが、国土交通省は2014年に「スマートウェルネス住宅等推進調査」を実施しました。この調査には伊香賀先生も参加しているのですが、調べてみると、冬に室温18度以上だった都道府県は20度だった北海道をトップに、わずか4道県に過ぎませんでした。一方で、比較的温暖と思われている地域ほど、住宅の室温が低いという結果が現れたのです。

・温暖地ほど住宅の中が寒いという傾向が見られる

温暖地ほど住まいが寒い

冬の在宅中の居室において、平均の室温を調査した結果が上記。比較的温暖な九州や四国でも16度以下の都道府県があることがわかります。
出典:海塩 渉、伊香賀俊治、村上周三ほか、冬季の室温格差~日本のスマートウェルネス住宅全国調査~、Indoor Air. 2020 Nov;30(6):1317-1328

そもそも、断熱を高める要の「窓」に対して、日本人の関心は薄いようです。窓は住宅の中で最も大きい “熱の出入り口”。二重窓や複層ガラス窓、樹脂製や木製など金属製でないサッシにすれば断熱性能を高められます。しかし日本の「二重サッシまたは複層ガラス窓の設置範囲」の平均は、約30%しかありません。

一方で、窓を二重窓や複層ガラス窓にした、いわゆる断熱住宅が普及している都道府県ほど、冬に死亡者数が増えないという傾向があります。それが下記のグラフです。

・断熱住宅普及県ほど冬に死者が増えない

断熱住宅普及県ほど冬に死者が増えない

ここで言う「断熱住宅」とは「二重サッシまたは複層ガラス窓のある住宅」を指す。断熱性能を高めるのは断熱材など窓以外の考慮も重要だが、窓に配慮がなされている、つまり断熱意識が高い住宅という点だけで見ても大きな差になることがわかる。
出典:総務省「住宅・土地統計調査2008」と厚生労働省「人口動態統計2014年」都道府県別・月別から伊香賀先生が分析グラフ化

冬に死亡者が増える理由としては、冬の寒さによって血圧が上昇し、高血圧性疾患のリスクが増えることがまず挙げられます。さらに寒さは、肺の抵抗を弱らせて肺感染症リスクを高めたり、血液を濃化することで冠状動脈血栓症リスクを増加させます。

しかし上記グラフから、冬の寒さに起因するこれらの3大リスクを、住宅の室温が高い「温かい家」なら抑えられると推測できるのです。

室温を18度に上げると生活習慣病が改善される

国土交通省は先述の調査に加え、「住宅の断熱性能を高めたら健康的になれるのか?」の継続調査や研究を行いました。伊香賀先生を含む建築と医療の研究者80名のチームは「断熱等級1~2の住宅を断熱改修(リフォーム)によって断熱等級3~4にすると、居住者の健康にどう影響するのか」を調査。すると「まだサンプル数が不足しているので、医学論文には出せませんが」としながらも「生活“習慣”病は生活“環境”病だと言い得る」ということがわかったと言います。

では、その具体的な結果を見ていきましょう。まずは「高血圧症のリスク」についてです。

一般的に寒いと血圧は高くなり、また高齢者ほど高血圧になります。高血圧症は脳梗塞などの脳血管障害や心臓病、腎臓病、動脈硬化を引き起こす要因になります。朝起きた時の室温と「血圧」との関係は下記の通りで、80歳の男性の場合、室温20度ではまだ薬が必要なほど高血圧の状態です。

・朝起きたときの室温と血圧の関係

朝起きたときの室温と血圧の関係

室温が寒い&年齢が高いほど血圧が高いことがわかります。80歳の男性の場合、室温20度でも血圧が140mmHg近くです。
出典:伊香賀先生の資料より、JSH2014(日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014)

「これが住宅の断熱改修をすると、血圧が平均で3.1mmHg低下するとわかったのです。厚生労働省は国民の健康のために血圧を4mmHg下げる数値目標を掲げていますが(健康日本21(第二次))、食事の工夫や運動といった生活習慣を改めなくても、住宅の断熱改修を高めるだけで目標の約8割を達成できまることになります」

さらに「脂質異常症の発症を抑制する」面でも断熱改修の効果が現れました。脂質異常症とは、血液中の脂質の値が基準値から外れた状態のこと。いわゆる悪玉コレステロールや中性脂肪などの血中濃度が異常だという状態です。

この脂質異常症の発症を改修前と改修から5年後に調査したところ、居住者の脂質異常症の発症するオッズ(発症した人の数を発症していない人で割って得られる値。数値が小さいほど発症が起きにくいことを示す)が約0.3倍(約7割減)まで下がったのです。

・コレステロール値と室温の関係

レステロール値と室温の関係

上記の通り、温かい寝室で過ごしている人ほど脂質異常症を発症するオッズが減ります(伊香賀先生の資料より)

私たちは高血圧症や循環器疾患という「生活習慣病」は食生活を見直して、適度な運動をし、飲酒や喫煙を抑え、十分休養することで改善できると考えてきました。しかし上記の伊香賀先生たちの調査によって、そういった日頃の摂生だけではなく、暮らしの環境を整えるだけでもこうした病気のリスクを減らすことができるというわけです。伊香賀先生が「生活習慣病は生活環境病でもある」と唱える意味がわかると思います。

・高血圧・循環器疾患は生活環境病でもある

高血圧・循環器疾患は生活環境病でもある

(伊香賀先生の資料より)

日本で断熱意識が欠落していた理由とは?

実は以前から欧米では、健康に対する住宅の重要性を説いていた、と伊香賀先生は言います。だからこそ先述の通りWHOの勧告があり、イギリスや、歴史的にイギリスと関係の深いニュージーランドで住宅に対する施策が行われたのです。

では、なぜ日本ではこれまで、欧米のような住宅の高断熱化に関心が集まらなかったのでしょうか。

その理由は、今から約700年前の1330年代に書かれた『徒然草』にもあるように、日本の住宅は昔から、夏の気温や湿度を重視して建てられてきたからです。徒然草には「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる」とあります。少なくとも700年も前から日本人は「家は夏の暑さに対してなんとかすれば、冬はなんとでもなる」という考えが“当たり前”だったと考えられます。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

一方イギリスでは、19世紀にナイチンゲールが活躍していました。彼女は「どうすれば病気に罹らないか」「どうすれば病気から快復させることができるか」といったことをまとめた『看護覚え書』を1860年に刊行します。同書は全13章で構成されているのですが、その第一章は「換気と暖房」。冒頭からもう、温かい環境について言及しています。しかも13章中、実に半分以上の7章が生活環境、つまり住宅にも関係することです。イギリスで国民の健康政策に住宅が含まれるのは、この『看護覚え書』の考えが影響しているのは想像に難くありません。

・ナイチンゲールの看護覚え書

ナイチンゲールの看護覚え書

第一章以外にも「きれいな空気や水」「物音」「よい環境の変化」「陽光」など、暮らしの環境について言及されていますが、それらを押さえて最初にナイチンゲールが伝えたかったのが「換気と暖房」だと言えるのではないでしょうか(伊香賀先生の資料より)

ですから冒頭で触れたように、日本でもしナイチンゲールが活躍していたら、日本の住宅は断熱性能が高くなり、それによって生活習慣病が今よりも抑えられていたかもしれない、というわけです。

室温を18度に上げると老若男女問わず健康的に暮らせる

WHOが強く推奨する「室温を18度以上」にすると、伊香賀先生たちの調査の通り、血圧の上昇や脂質異常症の発症を抑えやすくなります。しかしそれ以外にも健康に資することが調査でわかってきました。いずれも「まだ調査のサンプル数が足りないので、医学論文にできるほどではない」のですが、それでも住宅の室温と健康の密接な関係が見えます。

例えば「夜間頻尿」。夜中にトイレに何度も起きると眠りが浅くなり、翌日に疲労感が残りがちですが、断熱改修した5年後には夜間頻尿の発症が0.42倍(約6割減)に抑えられました。夜間頻尿は高齢になるほど増えると言われていますが、調査は改修前と改修の5年後。ですから、対象者は調査期間中に5つ歳を重ねたことになります。それでも夜間頻尿を抑えられたのです。

夜間頻尿発症モデル

就寝前室温18℃以上で5年後の夜間頻尿発症が 0.4倍に(伊香賀先生の資料より)

続いて「つまずき」が減ることもわかりました。65歳以上の高齢者にとって「つまずき」を含む「転倒・転落・墜落」は、不慮の事故による死因の中で交通事故の4倍(令和2年度)にものぼる死因です。しかし、これも断熱改修の5年後には0.5倍(約5割減)に低減されています。「その理由は足元の温度です。室温が18度以上になると、足元は少なくとも16度以上になりますから、足首などの血流がよくなり、つまずきが減るのだと考えられます」

暖かい住宅で5年後のつまずき・転倒が0.5倍

(伊香賀先生の資料より)

室温18度以上の「温かい家」では、高齢者だけでなく、子どもや女性も健康的になるようです。まず風邪をひく子どもが約0.64倍(約4割減)に、病欠も約0.76倍(約3割減)になるという結果が現れました。また女性では月経前症候群(PMS)が0.7倍(約3割減)に減り、月経痛は約0.5倍(約5割減)に。

暖かな住まいでは風邪をひく子どもが約0.64倍、病欠する子どもが約0.8倍

(伊香賀先生の資料より)

さらに、こんな実験も行われました。断熱等級2と4、6の3つに分けた部屋でそれぞれエアコンを使い、まず室温を18度にします。その上で各部屋の被験者に単純な計算等をしてもらったところ、断熱等級6の部屋の被験者が最も正解率が高いとわかりました。これは断熱等級が低いと室温を18度にしても、足元が寒くなり、足の血流が悪くなることが正解率に影響を与えたと考えられます。「つまり在宅ワークにも、住宅の断熱性能は欠かせないということです」

このように自宅を「寒い家」から「温かい家」に改修するだけで、格段に健康的に暮らせるのです。もちろん断熱性能が高まれば、今夏のような暑さの中でも我が家に逃げ込めば快適に過ごせます。

ちなみに、先ほどの断熱等級2/4/6に分けた実験では、それぞれの部屋の冬の電気代(エアコン)も試算されました。それによると断熱等級2が2万8000円だったのに対し、断熱等級4は1万3000円、断熱等級6は7000円。我が家の断熱性能を高めれば光熱費を抑えられて、仕事がはかどり、しかも健康的に暮らせるというわけです。
この冬、こたつや暖房の効いたリビングに家族で集まった折に、我が家の断熱性能について話し合ってみてはいかがでしょうか。

●取材協力
慶應義塾大学 理工学部 教授
日本建築学会 前副会長
伊香賀 俊治(いかが・としはる)先生
1959年東京生まれ。1981年早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。(株)日建設計環境計画室長、東京大学助教授を経て、2006年慶應義塾大学理工学部教授に就任、現在に至る。日本学術会議連携会員、日本建築学会副会長、日本LCA学会副会長を歴任。主な研究課題は『住環境が脳・循環器・呼吸器・運動器に及ぼす影響実測と疾病・介護予防便益評価』。著書に『すこやかに住まう、すこやかに生きる、ゆすはら健康長寿の里づくりプロジェクト』『”生活環境病”による不本意な老後を回避するー幸齢住宅読本ー』など。

●関連ページ
WHO Housing and health guidelines

住まいの中での寒暖差による「寒暖差疲労」や「ヒートショック」に注意

LIXILが、20代~50代の男女4700人を対象に、冬(主に11月~2月)における「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」を実施した。近年は地球温暖化により「暖冬」になることもあるが、同社によると、暖冬の場合は急激な寒暖差が起こりやすく“寒暖差疲労”に注意が必要なのだという。調査結果を詳しく見ていこう。

【今週の住活トピック】
「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」を実施/LIXIL

特に「朝起きて布団から出る時」に寒暖差を感じる人が多い

これから本格的な冬の寒さが到来する。「冬、普段生活している自宅の中で過ごしている際に、場所や時間によって寒暖差を感じることがあるか」と尋ねたところ、寒暖差を感じるという回答が74.1%(「感じる」39.4%+「どちらかというと感じる」34.7%)だった。

寒暖差を感じると回答した人に「寒暖差を感じる瞬間」を尋ねると、ダントツで「朝、起床し布団から出る時」(69.5%)となった。2位の「脱衣所で服を脱ぐ時」(48.0%)、3位の「浴室から出た時」(40.8%)と比べてもかなり多い回答だ。

かくいう筆者も、この記事を執筆している日の朝は外の気温が1℃だったので、布団から出るのがつらかった。昼でも10℃なので、ひざ掛けをしてパソコンに向かっているありさまだ。

「寒暖差疲労」と「ヒートショック」に注意

LIXILによると、「一日の温度差が7℃以上あるときに寒暖差疲労は起こりやすいとされている」という。寒暖差疲労とは、「寒暖差による体温調節により多くのエネルギーを使用することで、体に疲労が蓄積し、疲労感やめまいといった症状を引き起こす」もの。

約7割が寒暖差を感じる「起床して布団から出る時」は、「温められた布団から冷えた室内に出ると、体が急激に冷やされることで血圧が上がり、ヒートショックを引き起こす危険がある」というのは、気になる点だ。住まいの断熱リフォームのビフォー/アフターで、起床時の血圧がかなり違うという研究結果(【画像1】)もあるのだ。「手の届く範囲に羽織れるものを用意しておく」、「暖房器具をタイマーセットし、朝方に部屋が暖かくなるようにする」、「寝室だけでも断熱リフォームを行い部屋の気温差を一定に保ちやすくする」などの対策を検討したい。

起床時の血圧の比較

【画像1】
※日本サステナブル建築協会 断熱改修等による居住者の健康への影響調査 中間報告(第3回)資料より
起床時の血圧の比較(出典: LIXIL「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」プレスリリース)

住宅内で寒さを感じる場所は、ヒートショックの発生リスクが高い

住宅内で「寒さを感じる場所」と「暖かさを感じる場所」を尋ねると、【画像2】のような結果となった。おおむね居室やお湯をたくさん使う場所は暖かく、居室でない場所は寒く感じるようだ。リビングや寝室は暖房器具で暖めるものの、トイレや脱衣所、廊下などは日当たりが悪く、暖房もしないということだろう。

冬の自宅で寒さを感じる場所、暖かさを感じる場所

【画像2】
冬の自宅で寒さを感じる場所、暖かさを感じる場所(出典: LIXIL「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」プレスリリース)

同社の「住まいStudio」にある、断熱性能の異なる3つの部屋で同じ0℃の環境下で比較したのが【画像3】だ。断熱性能の違いを説明すると専門的になるので、分かりやすく言うと、「左」の昭和55年省エネ基準は「昔の家」、「中央」の平成28年省エネ基準は「今の家」、「右」のHEAT20 G2は「断熱性能のかなり高い家」と考えてよいだろう。外気温0℃はかなり寒い環境なので、暖房のある「居間」でもサーモカメラで見ると昔の家や今の家では青い色が残っている。一方、断熱性能のかなり高い家では、暖房のない廊下やトイレでも居間の暖房が効いて青くなっていない。同じ外気温、同じエアコン設定でも、住宅の断熱性能によってかなり違うことが分かる。

「住まいStudio」の3つ部屋の温度の違い

【画像3】
「住まいStudio」の3つ部屋の温度の違い(出典:LIXIL「住まいの中での寒暖差と住宅の断熱に関する意識調査」プレスリリース)

実は筆者は、住まいStudioを訪問してこの3つの部屋を体験したことがある。窓の断熱性能の違いもあって、暖房のある居間でも窓際にいるとかなり寒さが違ったと記憶している。断熱性能のかなり高い家では、暖房ではなく送風でも十分に暖かった。建築コストも異なるが、住む間の電気代も変わることだろう。

また、昔の家では居間とトイレの温度差は12.1℃、今の家でも温度差は9.6℃だったが、断熱性のかなり高い家では温度差は5.3℃とその差は縮まり、部屋の間を移動する際の身体への負担も小さくなるので、ヒートショックの発症リスクも軽減されるという。

窓まわりの断熱リフォームのススメ

住宅の断熱性能の違いが室温に大きく影響するわけだが、「これまでに断熱リフォームを検討、もしくはしたことがあるか」を尋ねている。「断熱リフォームをしたことがある」が6.7%、「断熱リフォームをしたことがないが、検討したいと思う(検討中である)」が9.5%で多いとはいえないが、昨年の調査結果と比べるとそれぞれ約1.4倍に増えたという。

「今後断熱リフォームを実施したい住まいの箇所」の1位は、56.9%の「断熱性の高い窓を設置/交換」だ。実は筆者も以前、窓の断熱リフォームを行った。冬の朝の窓ガラスの結露がひどかったので、それから解放されたのがうれしかった。工事は一日で終わったので、窓際が寒いという家の場合はぜひ窓の断熱リフォームを検討してはいかがだろう。

家の断熱性能を高めると、エコにつながることや光熱費が抑えられることが言われるが、最も大切なのは家の中にいる時の快適性が上がることだと思う。暑さ寒さの不快感が軽減し、寒暖差疲労やヒートショックのリスクも下げられるのは、日々の生活のなかで重要なことだ。家の断熱性能を高めていくと建築コストもかかるが、先進的窓リノベ事業(2024)などの補助金や減税などの優遇措置もあるので、上手に活用して冬を快適に過ごすことを考えてほしい。

●関連サイト
LIXIL「住まいの断熱と寒暖差に関する調査」

ZEH水準を上回る省エネ住宅をDIY!? 断熱等級6で、冷暖房エネルギーも大幅削減!

電気代の値上がりが続き、住まいの省エネ性能に関心が高まっています。そんななか、施主がプロの力を借りつつ、「断熱性の高い施工方法を学びながら、自分たちで省エネで環境にやさしい住まいをつくる」というワークショップが開催されました。子どもたちや周辺住民も加わりつつ行われた、楽しい模様をレポートします。

ハーフビルドで断熱等級6相当の省エネ住宅を建てる!……って、できるの?

高騰が続く光熱費を背景に、住まいの断熱性能、省エネ性能が急速に注目を集めています。そんなさなか、プロの力を借りて施主が自邸を建てるという「ハーフビルド」方式で、あたたかい家をつくるというワークショップが開催されました。その住まいの舞台となったのは、神奈川県相模原市緑区、旧藤野町の里山。東京と神奈川、山梨の県境にあり、東京駅まで1本でアクセスできるものの、のどかな環境です。

断熱ワークショップの舞台となる住まい。神奈川県内とはいえ、里山ののどかな雰囲気(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱ワークショップの舞台となる住まい。神奈川県内とはいえ、里山ののどかな雰囲気(写真撮影/桑田瑞穂)

この住まいの施主は、30代の森川夫妻。妻は会社員、夫は今、退職して家づくりに全力投球しています。設計と施工を担当するのはHandiHouse projectのみなさん。SUUMOジャーナルでも、「施主も“一緒に”つくる住まい」という連載を続けていましたが、今回はその試みがバージョンアップし、「5地域の断熱等級6」(※1)相当の住まいをつくるのだといいます。相模原市は6地域にあたりますが、お住まいのある山間部は山梨にも近く、冬にはマイナスになることも多々あるため、山梨市と同等の5地域の断熱性能を求めることにしたといいます。
※1 日本は地形の気候に合わせて省エネ基準地域が8区分されています。数字が小さいほど寒い地域で、首都圏の都市部は多くが6地域に該当します。その地域区分によって、等級の評価基準が異なるので、同じ等級6の評価でも、6地域より、5地域の方がより高いものが求められます

「住宅省エネルギー基準」による地域区分(一般財団法人住宅・建築SDGs推進センターHPより)

「住宅省エネルギー基準」による地域区分(一般財団法人住宅・建築SDGs推進センターHPより)

断熱等級6と7は2022年10月に新設されたばかりですが、等級6はこれからの日本の住宅が目指すべき断熱のスタンダード暮らす、等級7は世界基準のトップクラスに相当します。とはいえ、今までは最高等級が4だったことを考えると、ハーフビルドでつくるには十分にハイレベルな水準でもあります。では、どのようにしてこのプロジェクトがはじまったのかを、施主の森川夫妻に聞きました。

「家をつくるにあたり、まずできる限り、自分たちの手でつくりたいという希望がありました。また、夫妻ともに寒がりで、一方で化石燃料や石油エネルギーをできるだけ使いたくない、減らしたいとの考えから、高断熱・高気密の家がいい。加えて、私たちには2人の子どもがいるのですが、現在、深刻化する気候変動に対し、未来の世代に自分たちなりの『解』を示しておきたい。加えて、地域の建材や廃材を使いたい、また太陽光パネルを搭載、将来的に電気自動車を購入してV2H(※2)にしてほぼすべてのエネルギーを太陽光で賄うプランを考えていたんです。そんな理想もりもりの家づくりがはたしてできるのか、依頼先を探していたところ、設計事務所HandiHouse projectの中田さん夫妻を紹介されて。コレだ! とすぐに決まりました」とその理由を明かします。

※2 V2H 自動車(Vehicle)から家(Home)へという意味。電気自動車に蓄えられた電力を、家庭用に有効活用する考え方。

「パーマカルチャー」(持続可能な循環型の農業をもとに、人と自然がともに豊かになるような関係性を築いていくためのデザイン手法)に加えて、地域や将来の環境のことを考えて家づくりをしたいと考えていた夫妻と、共感できる設計事務所の出合いは、まさに奇跡&運命ともいえるものでしょう。それが、今回のワークショップ開催の運びとなりました。

ワークショップ参加者やご近所さんの見学も。断熱への関心は高い

2023年1月中旬、断熱ワークショップが開催されました。2022年のうちに家づくりのプランが確定し、地鎮祭と基礎工事、棟上げ、屋根の防水や外壁張り、窓設置が完了しているので、見た目はほぼ「家」になっています。また、天井や床には発泡プラスチック系の断熱材10cmがプロの手によってすでに入っている状態です。

ワークショップ前には準備体操。本日もご安全に!(写真撮影/桑田瑞穂)

ワークショップ前には準備体操。本日もご安全に!(写真撮影/桑田瑞穂)

施工する前にまず住まいの断熱性能についての説明、使う断熱材やその理由、性能をHandiHouse projectメンバーから説明してくれました(写真撮影/桑田瑞穂)

施工する前にまず住まいの断熱性能についての説明、使う断熱材やその理由、性能をHandiHouse projectメンバーから説明してくれました(写真撮影/桑田瑞穂)

今回ワークショップを開催したHandiHouse projectの中田りえさんは、この試みについて、「施主だけでなく、参加者、ご近所の方などに、住まいの断熱の大切さを知ってもらえるいい機会になりますよね。あと、住まいの建築のプロセスにはいろいろとありますが、断熱って特別なスキルはいらず、ていねいに施工することが大切なんです。ウレタンスプレーで吹き付けるのも楽しいし。それこそお子さんやママ、パパも参加しやすいし、もっとこの輪を広げていけたら」と話します。

ワークショップの開催はHandiHouse projectのフェイスブックページや施主の森川さんがブログで告知したこともあり、筆者のSUUMOチームとはまた別に4名の取材チームがいらっしゃいました。ハーフビルドのワークショップは何度も参加しているという人もいれば、初めてという人も。いずれにしても「断熱や気密に関心がある」「DIYで家づくりがしてみたい」と、住まいそのものへの関心の高さが伺えます。

森川邸の断面図。断熱材を10.5cm入れる図面になっています(写真撮影/桑田瑞穂)

森川邸の断面図。断熱材を10.5cm入れる図面になっています(写真撮影/桑田瑞穂)

まずは施工する建物の前にて、自己紹介とあいさつ、そして準備体操をします。楽しそうではありますが、やはり事故や怪我をするわけにはいきません。その後、場所を建物内にうつし、「なぜ、今、断熱が大事なのか」「高気密が大切な理由」「今日の作業手順」を説明してもらいました。ここで断熱等級6は外皮性能レベル(いわゆるUA値)では0.46で、省エネ等級4の北海道と同水準あること、施工しやすさから発泡系断熱材を使うこと、断熱材は価格と性能がほぼ比例すること、住まい完成時には気密測定を行い、住宅の隙間総量を表すC値は実測で0.4をめざすという話が出ていました。ちなみに、C値は数値が低いほど気密性にすぐれるというもので、現時点で一般的な住まいでは1以下、世界基準のパッシブハウスで0.6以下だといわれています。0.4というのは、細部にわたって隙間なくていねいな施工が求められる水準のため、ハーフビルドでこの数字を本当に実現できるの?と筆者は驚きが隠せません。

ちなみに断熱ワークショップの作業そのものはとてもシンプルで、間柱(まばしら)に合わせてあらかじめカットされている断熱材(発泡プラスチック系)をはめこんでいくというもの。

断熱材を入れる前の壁の様子。柱と間柱(まばしら)の間は38cm(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材を入れる前の壁の様子。柱と間柱(まばしら)の間は38cm(写真撮影/桑田瑞穂)

柱と柱の間に、断熱材(発泡プラスチック系)を埋め込んでいます。手で押すだけで施工できるので、めちゃくちゃシンプル(写真撮影/桑田瑞穂)

柱と柱の間に、断熱材(発泡プラスチック系)を埋め込んでいます。手で押すだけで施工できるので、めちゃくちゃシンプル(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材は幅に合わせてカットされていますが、さらに現場で長さをカットします。カットするのは施主の森川さん(妻)。ちゃんとまっすぐサイズに合わせてカットできるか、ドキドキします(写真撮影/桑田瑞穂)

断熱材は幅に合わせてカットされていますが、さらに現場で長さをカットします。カットするのは施主の森川さん(妻)。ちゃんとまっすぐサイズに合わせてカットできるか、ドキドキします(写真撮影/桑田瑞穂)

カットした断熱材を埋め込んでいきます。隙間があってはいけないので、最後は押す力が必要です(写真撮影/桑田瑞穂)

カットした断熱材を埋め込んでいきます。隙間があってはいけないので、最後は押す力が必要です(写真撮影/桑田瑞穂)

手で押すと凹んでしまうため、木槌と板を使ってはめていきます(写真撮影/桑田瑞穂)

手で押すと凹んでしまうため、木槌と板を使ってはめていきます(写真撮影/桑田瑞穂)

隙間を見つけては、発泡ウレタンスプレーで埋めていきます。金具の周辺も同様に行います(写真撮影/桑田瑞穂)

隙間を見つけては、発泡ウレタンスプレーで埋めていきます。金具の周辺も同様に行います(写真撮影/桑田瑞穂)

説明をうけると、みんな夢中になって断熱材を加工したり、はめていく作業に入りました。また、発泡ウレタンスプレーで隙間を埋めていくのも楽しいよう。パズルがぴったりはまってく感覚、プチプチをつぶすのにも似た、おもしろさがあります。

森川さん(夫)の仕上げによって、壁一面に断熱材が入りました(写真撮影/桑田瑞穂)

森川さん(夫)の仕上げによって、壁一面に断熱材が入りました(写真撮影/桑田瑞穂)

県産材を施主が用意する。文字通り地域に根ざした家づくり

ワークショップは午前10時にはじまりましたが、途中、森川夫妻と中田さんのお子さん、ご近所のお子さん、近隣の方も顔を出すなど、なんともにぎやか。あっという間に終わった印象です。家のなかに資材を置かずに安全には十分配慮し、断熱材を充填する作業そのものは釘などをほとんど使わないので、部屋の片すみで子どもが遊んでいました。なんとも幸せで楽しげな施工風景です。家づくりってこんなにも楽しいんですね。

HandiHouse project中田さん夫妻のお子さんたち。断熱材を机にして、ぬり絵をしています(写真撮影/桑田瑞穂)

HandiHouse project中田さん夫妻のお子さんたち。断熱材を机にして、ぬり絵をしています(写真撮影/桑田瑞穂)

今回の住まい、床のフローリングや外壁などに使う木材は、すべて神奈川県内の地元のものを使っているとのこと。また自身の手で製材所に運び、なんと自身で製材も行った森川さん。インターネットでクリックひとつで海外のものも安く手に入る時代ですが、「輸送にかかる環境負荷を考えたら、地域の木材を使う方がいい。今回、使っているのはこの近郊、家からなるべく近い山で採れた木材です」と言います。

住まいの広さは4人家族にはコンパクトな60平米ほどの平屋。自分たちで施工をすることもあり、躯体は凸凹がなく、シンプルな長方形です。ロフトがありますが、それ以外のところは将来に仕切りを自由に変更できるなど、可変性のある間取りにしています。窓は樹脂サッシでトリプルガラスを採用、断熱や窓など、住んでから手を入れにくい箇所にお金をかけているのがわかります。

施主である森川夫妻とご両親、さらにはご近所のお子さんたちと一緒に(写真撮影/桑田瑞穂)

施主である森川夫妻とご両親、さらにはご近所のお子さんたちと一緒に(写真撮影/桑田瑞穂)

ちなみに、森川夫妻、妻は出産をして現在育休中、まだ頻回授乳もある時期です。また、夫はこの住まいづくりに合わせて会社を退職し、現在はフルタイムの大工見習いをしているとのこと。まだまだ手のかかるお子さんがいるのに、このチャレンジ精神と取り組み、夫妻ともにパワフルすぎる!

「ほぼ毎日、現場に来て家づくりに携わっているので家のつくりを理解できています。将来、多少の不具合が出ても自分たちで修正していけます。この家づくりで身につけたことを、これからの家族の変化に合わせた家づくりにも活かしていきたい」と夫。本当の意味で、「持続可能な家づくり」をめざしているんですね。

そしてこのワークショップ、何よりの特色は楽しいこと!! 
「この前ね、子どもに『お父さんとお母さんは、家ができるたびに友達が増えている』って言われたんですよ」と中田りえさん。施主も一緒につくるという価値観に惹かれて依頼するので、施主と工務店・建築士という間柄ではなく、友達になるのは当たり前といえば当たり前かもしれません。

お昼にはほうとうをつくって食べます。みんなで食べるともっと美味しい(写真撮影/桑田瑞穂)

お昼にはほうとうをつくって食べます。みんなで食べるともっと美味しい(写真撮影/桑田瑞穂)

ちなみに、午前に断熱材がひと通り充填されたところで、午後は焼き杉づくりに挑戦。焼き杉とは、杉の表面を焼き焦がして、耐久性や耐火性を高めたもの。知識としては知ってはいましたが、実際に焼く作業なんてめったにない貴重な機会なので、体験させていただくことに。

神奈川県産材の杉。3枚の板を三角形にして紐で固定します(写真撮影/嘉屋恭子)

神奈川県産材の杉。3枚の板を三角形にして紐で固定します(写真撮影/嘉屋恭子)

下の七輪に火を入れて焼いていきます。右のように煙と火が上がったら完成!(写真撮影/嘉屋恭子)

下の七輪に火を入れて焼いていきます。右のように煙と火が上がったら完成!(写真撮影/嘉屋恭子)

できた焼き杉は、外壁材として使用するため、全部で200枚以上焼く計算(写真撮影/嘉屋恭子)

できた焼き杉は、外壁材として使用するため、全部で200枚以上焼く計算(写真撮影/嘉屋恭子)

冒頭に紹介した通り、今年は電気代が高くなっていること、寒さが厳しいこの地域では、建物の高断熱化はとても注目度の高いトピックスになっています。ふらりと立ち寄ったご近所の方からも「高気密・高断熱の家って~?」「窓はトリプルサッシで~?」と会話が盛り上がっていました。そもそも、人って楽しそうにしていると集まってきますよね。もちろん、森川夫妻の人柄もある気がしますが、家って単なる建物ではなくて、人と人とをつなぐ特別なものなのだなと実感します。

森川家の住まいは今年3月、竣工の予定です。汗と思い出がつまった住まいは、一見すると小さな、普通の家に見えるかもしれません。ただ、断熱性や持続可能性、つくり手と住まい手のつながりなどは今までにない「新しい家」への試みがつまった住まいでもあります。これからの住まいは、コンパクトであたたかく、長持ち、地域や自然と一体となっている。こんな「森川さんち」のような家が増えていったらいいなあと思います。

●取材協力
森川家
ハンディハウスプロジェクト
●参考サイト
「住宅の省エネルギー基準」一般財団法人住宅・建築SDGs推進センター

世界基準の“超省エネ住宅”パッシブハウスの高気密・高断熱がすごい! 190平米の平屋で空調はエアコン1台のみ

電気代やガス代の高騰が続き、節電が呼びかけられている昨今、住まいの省エネ性、断熱性へ関心が高まりつつあります。そんななか、世界基準の省エネ住宅「パッシブハウス」を見学できる「パッシブハウスオープンデー」が3年ぶりに開催されることになりました。これはパッシブハウスジャパンが受け付け、11月11日~13日の3日間にわたり、全国24カ所の完成済みや建設中のパッシブハウスを見学できる会のこと。今、注目を集める“超省エネ住宅”の特徴を取材しました。

世界基準の超高気密・高断熱住宅、パッシブハウス

冷房や暖房で使うエネルギーを最小限にし、太陽や風など、自然のもっている力を建物に取り入れた建築設計手法のことを「パッシブデザイン」といいます。そのパッシブデザインを追究したのが、ドイツのパッシブハウス研究所が定めた性能基準を満たした「認定パッシブハウス」です。いわば世界水準の省エネ住宅となり、認定には地域の気象条件を考慮した冷暖房需要、家電も含めた一次エネルギー消費量、気密性能などの基準が決められており、設計段階から断熱材や窓の性能、日射量、通風量を専用ソフトで計算、厳しい基準をクリアしないといけません。

たとえば、伊勢原パッシブハウスの場合は、気象条件が東京のため、以下の数値を満たす必要があります。また、気象条件により異なるのは年間冷房需要のみで基準値に加算されます。加算される数値は、寒い地域は小さく、暖かい地域は大きくなる傾向にあります。

<認定パッシブハウスの条件/東京の場合>
年間暖房需要 15kWh/(m2・a)以下、もしくはピーク負荷が10W/m2以下
年間冷房需要 21kWh/(m2・a)以下、もしくはピーク負荷が10W/m2以下
気密性能 50Pa時の漏気回数 0.6回以下(目安として、C値=0.2程度)
一次エネルギー消費量(家電含む) 60kWh/(m2・a)以下

※地域加算前の基準値は以下の通り

・年間暖冷房負荷:
年間冷房需要15kWh/(m2・a)以下 もしくは ピーク冷暖房負荷10W/m2以下
※冷房は、地域で若干数値が異なります。
・気密性(漏気回数):
漏気回数が0.6回/h(50Pa時)
・一次エネルギー消費量(PER):
60 kWh/(m2・a)以下 ※クラシックの場合

(ドイツのパッシブハウス研究所によるパッシブハウス基準より)

パッシブハウス認定の証。2021年築の新しいパッシブハウスです(写真撮影/大西尚明)

パッシブハウス認定の証。2021年築の新しいパッシブハウスです(写真撮影/大西尚明)

2009年、日本で初めてパッシブハウスとして認定された建物が誕生し、以降、専用ソフトの扱いや建築手法が広まったことで、徐々に数を増やし、今では日本各地に広がっています。パッシブハウスのメリットは、自然の力を最大限に利用しつつ、夏は涼しく、冬は暖かく、快適であること。省エネ性にすぐれ、電気代などの光熱費を抑制でき、家計にも地球環境にも優しい住まいなのです。

ただ、パッシブハウスのメリットといわれても、その良さ・すごさはなかなか伝わりません。そこで、実際に建てられたパッシブハウスを訪問、住み心地について施主に質問したり、住まいの良さを体感できる日が設けられているのです。それが、パッシブハウスオープンデーです。

2022年のパッシブハウスオープンデーで見学できた持田さんのお住まい(写真撮影/大西尚明)

2022年のパッシブハウスオープンデーで見学できた持田さんのお住まい(写真撮影/大西尚明)

大きな吹き抜けは「寒い」「暑い」と思われがちですが……(写真撮影/大西尚明)

大きな吹き抜けは「寒い」「暑い」と思われがちですが……(写真撮影/大西尚明)

取材日は11月なのに無暖房で外気温は21度ですが、室内は26度。やや汗ばむ程度の暖かさ(写真撮影/大西尚明)

取材日は11月なのに無暖房で外気温は21度ですが、室内は26度。やや汗ばむ程度の暖かさ(写真撮影/大西尚明)

もちろん、このイベントは建てたオーナーとそのご家族の理解、協力あってのこと。しかも、この数年はコロナ禍ということもあり、オープンデーそのものが開催できませんでした。今年は行動制限のないなか、久方ぶりに開催される運びとなったのです。筆者も見学希望のみなさんと一緒にお邪魔してきました。

190平米の平屋で6人家族ながら、空調はなんとエアコン1台のみ!

今回、見学したのは、神奈川県伊勢原市にある、平屋のパッシブハウス。施主は武蔵野美術大学建築学科の教授でもあり、一級建築士の持田正憲さんです。お住まいになっているのは、ご夫妻とお子さん3人、そして持田さんのお母さまの計6人。190平米の平屋建てですが、14畳分のエアコン1台と熱交換型換気システムで、住まい全体の空調をまかなっています。

持田さん宅のリビング。平屋ですが吹き抜けになっているので、一見、電気代がかかりそうですが、オール電化で月平均2万円とのこと(写真撮影/大西尚明)

持田さん宅のリビング。平屋ですが吹き抜けになっているので、一見、電気代がかかりそうですが、オール電化で月平均2万円とのこと(写真撮影/大西尚明)

以前の持田さんは60平米の賃貸住宅で5人暮らしのときに、2万円程度の光熱費でしたが、今も同程度で住んでいるといいます。平屋の吹き抜け、しかも窓も大きく、天井高もあり、広さが3倍になっても光熱費が変わらないことにさらに驚きます。

「もともとこの場所は私の実家であり、築100年弱の古民家が建っていました。冬は寒くて寒くて、手袋をしながら仕事をしていましたよ」と笑いますが、建て替えた今では11月でも半袖で過ごせるほど暖かです。

オープンデーが行われた11月11日には午後に数組、12日の午前と午後にそれぞれ予約が入っていましたが、どんな人が予約し、見学しにいらっしゃるのでしょうか。

「パッシブハウスとはなんぞや、という人は少なくて、ある程度、住まいに知識・関心がある人が多いですね。あとは工務店さん、建築士などの建築関係者です。近くにパッシブハウスができたらしい、見に行ってみよう、という感じでしょうか」と持田さん。伺う限り、建築・建設関係者や情報感度が高く、住まいへの関心の高い方の申し込みが多いようです。

設備設計を専門とする持田さん。パッシブハウスを知ったのは、「山形エコハウス」のプロジェクトに携わったのがきっかけだったそう(写真撮影/大西尚明)

設備設計を専門とする持田さん。パッシブハウスを知ったのは、「山形エコハウス」のプロジェクトに携わったのがきっかけだったそう(写真撮影/大西尚明)

実際、筆者が一緒に見学をさせていただいた方は、住まいはすでにお持ちですが、建築番組が好きで毎週欠かさず見ているとのこと。パッシブハウスに興味関心があって、すでに基礎的な知識はあるといい、参加者の熱心さにもまた驚きます。

建物の向き、ひさしや窓の役割についてわかりやすくレクチャー

見学会は、あいさつからはじまり、まずはということで、お庭へと案内されました。そこで建物の向きやひさしの役割、窓の役割、特性の説明からはじめてくださいました。

ひさしで夏の日差しを遮りつつ、その他の時期は熱を取り入れて、室内を暖める設計。窓の位置とその役割、タープの使い方などの説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

ひさしで夏の日差しを遮りつつ、その他の時期は熱を取り入れて、室内を暖める設計。窓の位置とその役割、タープの使い方などの説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

土地はもともと、築100年ほどの民家があったためか、南向き。日差しがたっぷりと降り注ぐ良好な場所ですが、夏は遮熱をしないと日差しで室温が上がってしまいます。そのため、ひさしを深くして遮熱し、さらに窓にオーニング(日よけ・雨よけ)を設置しています。また、西日は極力入らないよう、通風、採光用の縦型窓を採用。こうした数々の工夫により夏、窓から熱が入ってくるのを防ぎ、弱冷房運転をかけているだけで、ほどよく涼しく過ごせるのだそう。

「春と秋、冬は上部の窓から日差しを取り入れて、室内の空気を暖め、それを逃さないようにします。長男は暑がりなので、冬でも暑い暑いというくらいです」(持田さん)

リビングの大きな窓は断熱性を考慮して木製サッシのLow-E複層ガラス(写真撮影/大西尚明)

リビングの大きな窓は断熱性を考慮して木製サッシのLow-E複層ガラス(写真撮影/大西尚明)

上部にオーニング(着脱できる日よけシェード)が張ってあり、太陽の熱が室内に入ってきにくくなっています(写真撮影/大西尚明)

上部にオーニング(着脱できる日よけシェード)が張ってあり、太陽の熱が室内に入ってきにくくなっています(写真撮影/大西尚明)

こちらの窓にもオーニングが張ってあり、日差しの熱が部屋に極力入り込まないようにしています(写真撮影/大西尚明)

こちらの窓にもオーニングが張ってあり、日差しの熱が部屋に極力入り込まないようにしています(写真撮影/大西尚明)

一級建築士でもあり、設備設計のプロでもある持田さん。お話もとっても上手で聞き入ってしまいます(写真撮影/大西尚明)

一級建築士でもあり、設備設計のプロでもある持田さん。お話もとっても上手で聞き入ってしまいます(写真撮影/大西尚明)

窓は3枚ガラスの樹脂製、熱交換器はわずか10%の熱ロス!

次に室内に戻って、窓や躯体の断熱性能について説明が続きます。
「大きなウッドデッキにつながる窓は木製で、ほかはすべて樹脂窓のトリプルガラスです。幹線道路沿いですが、窓を閉めてしまえばびっくりするほど静か。もちろん結露は見たことがありません。断熱材は壁に300mm、屋根に400mm入れているので、一般のお住まいの2~3倍といったところでしょうか。UA値(外皮平均熱貫流率)は0.26で、HEAT20でいうとG3のグレードにあたります」(持田さん)

樹脂製のトリプルガラス(YKK APのAPW430)は、防火仕様のものも増え、より選びやすくなっています(写真撮影/大西尚明)

樹脂製のトリプルガラス(YKK APのAPW430)は、防火仕様のものも増え、より選びやすくなっています(写真撮影/大西尚明)

HEAT20とは、一般社団法人20年先を見据えた日本の高断熱研究会の略称で、日本の住まいの断熱性能を高める有識者会議のこと。このHEAT20では、住まいのグレードをG1、G2、G3とわけていますが、G1でも省エネ等級5以上の性能としています。もっともグレードの高いG3は、最高等級である断熱等級7に相当し、今、日本の住まいのなかではトップグレードということができます。

上部の窓には、正六角形を並べたハニカム構造のハニカムスクリーンを採用。採光しつつ夏の日差しの熱は通さない設計です。キャットウォークをのぼってスクリーンを上げ下げするのは、子どもの役割だそう(写真撮影/大西尚明)

上部の窓には、正六角形を並べたハニカム構造のハニカムスクリーンを採用。採光しつつ夏の日差しの熱は通さない設計です。キャットウォークをのぼってスクリーンを上げ下げするのは、子どもの役割だそう(写真撮影/大西尚明)

窓に続いて、ロフトをのぼって、熱交換換気システムを拝見します。

階段をのぼってロフトへ。子どもたちの格好の遊び場に見えますが、単なるロフトではありません(写真撮影/大西尚明)

階段をのぼってロフトへ。子どもたちの格好の遊び場に見えますが、単なるロフトではありません(写真撮影/大西尚明)

「この家の熱交換換気システムは、日本スティーベル社のものを採用しています。熱交換器とは、熱を失わずに空気を入れ替える換気システムのことです。この熱交換器は効率が90%なので、10%しか熱をロスしません。そのため空気を冷やすにしても、暖めるにしても、少量のエネルギーですむんです。また、メンテナンスが大切になるので、階段で行き来しやすようにしています」(持田さん)

熱交換換気システムについて説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

熱交換換気システムについて説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

熱交換器からでたダクトの様子。これ1台で室内を換気し、空気を循環させています(写真撮影/大西尚明)

熱交換器からでたダクトの様子。これ1台で室内を換気し、空気を循環させています(写真撮影/大西尚明)

住まいのあちこちにある吹き出し口。この床の吹き出し口は暖気がでて、じんわりと床から暖めてくれます(写真撮影/大西尚明)

住まいのあちこちにある吹き出し口。この床の吹き出し口は暖気がでて、じんわりと床から暖めてくれます(写真撮影/大西尚明)

同じく吹き出し口。壁のエアコンが各部屋にないと室内がスタイリッシュになります(写真撮影/大西尚明)

同じく吹き出し口。壁のエアコンが各部屋にないと室内がスタイリッシュになります(写真撮影/大西尚明)

続いては、洗面と室内物干しスペースに行き、半分床下に設置されたエアコン(唯一ある暖房器具!)について説明してもらいました。
「去年の冬、外気温はマイナス5度になった日もあったのですが、暖房をつけたのは5回程度。太陽の熱だけで十分暖かく、快適に過ごせました」と持田さん。夫人は当初、ここまでハイスペックな住まいにしなくてもと思っていたそうですが、今ではあまりの暖かさに慣れ、積極的に案内をしてくれるように。

洗面所の上部に室内物干しを2台設置。3人お子さんがいると、室内物干しは必須ですよね。室内も暖かいので、すぐに乾くそう(写真撮影/大西尚明)

洗面所の上部に室内物干しを2台設置。3人お子さんがいると、室内物干しは必須ですよね。室内も暖かいので、すぐに乾くそう(写真撮影/大西尚明)

ダイニングの脇に設けられた畳スペース。かつてこの場所にあったご実家は祭事の際には地域の人をもてなす役割を果たしてきたため、新居でも休憩所として使えるようにしつらえました(写真撮影/大西尚明)

ダイニングの脇に設けられた畳スペース。かつてこの場所にあったご実家は祭事の際には地域の人をもてなす役割を果たしてきたため、新居でも休憩所として使えるようにしつらえました(写真撮影/大西尚明)

ざっと室内見学を終えて、最後に質疑応答をし、1時間程度で見学会は終了となります。

気になる建築費については、高断熱高気密住宅を作っている工務店に依頼し、その工務店の平均坪単価よりも10%程度アップで収めたとのこと。10%で収まるのもまた驚きですが、これから上がり続けるであろう電気代を考えると、収支としては十分、合うのはないのではないでしょうか。

「それでもね、(実家の相続で)土地代がかかっていないから、と自分にいい聞かせて、思い切りました」と持田さん。こうしたぶっちゃけトークがでたところで、緊張していた場がほぐれて笑顔が出るように。見学されたご夫妻は、最後に「できるものならこんな家を建てたいですよね」と感想をこぼしていらっしゃいました。わかります、その気持ち。

最後に持田さんは、「ほんとはね」といいます。
「日本の11月は、(パッシブハウスでなくても)多くの家で快適に過ごせるんです。パッシブハウスが真価を発揮するのは、真冬。外はマイナスなのに室内は20度というのを体感したら、印象がまた異なるはずです。パッシブハウス・ジャパン独自で、真冬の見学会を企画してますので、気になる人は予約して足を運んでみてほしい」と続けてくれました。

家の光熱費が気になる人はもちろん、気候変動が気になる人、これからの住まいの温熱環境について考えている人は多いはず。なんとなくでも興味のある人は、一度、見学してみて損はないと思います。きっと実りの多い時間となることでしょう。

●取材協力
パッシブハウス・ジャパン

「この8年が地球温暖化を食い止める正念場」。COP26や海外から見る脱炭素の最新事情

2020年10月、菅前首相の「2050年カーボンニュートラル宣言」により、地球温暖化対策の「脱炭素」に対する日本全体の関心が高まりました。しかし、すでに世界では、さまざまな分野で脱炭素化が進み、新たなビジネスも生まれています。SUUMO編集長池本洋一が、NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーとして「脱炭素」を追ってきた堅達京子さんに最新事情を聞きました。2021年10・11月にイギリスで行われたCOP26取材時の様子、そして住宅業界の脱炭素の動きはどうなっているのでしょうか。

各地を襲う洪水や巨大台風。地球温暖化を食い止める瀬戸際にきている

近年、世界中で、ハリケーンや大雨による洪水など異常気象が深刻化しています。日本でも、2019年台風15号19号による大水害、2020年熊本豪雨、2021年8月の記録的な大雨など自然災害が頻発。「地球が何かおかしい」と感じる人も多いのではないでしょうか。地球温暖化の主な原因となっているのが、産業革命以降、化石燃料の使用によって増加した二酸化炭素(CO2)などの大気中の温室効果ガスです。

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

2021年10・11月、イギリスのグラスゴーで行われたCOP26は、地球温暖化の進行により起きている問題について、国際社会がどのような対策をとるのか、話し合うための会議でした。

そもそも、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「2050カーボンニュートラル」が意識され始めたのは、2018年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)1.5℃特別報告書です。世界の科学者が発表する論文や観測・予測データを、選ばれた専門家がまとめています。当時は、温暖化対策の国際合意「パリ協定」で決めた産業革命前の地球の平均気温からの上昇を2℃に抑えることが野心的目標でした。まだ1.5℃は努力目標だったのです。しかし、2018年の特別報告書は、1.5℃に抑えた場合と2℃に抑えた場合の影響の大きな違いを科学的に示し、1.5℃に抑えるには、2050年までに世界のCO2排出量を正味ゼロにすることが必要だと明らかにしたのです。

そして、2021年8月のIPCC第6次評価報告書においては、1.5℃達成のために残された時間が少ないことに警鐘が鳴らされました。このため、COP26では、1.5℃を目指すことが公式文書に明記され、世界のスタンダードな目標になりました。

地球の平均気温が上がるとどんな危機が訪れるのでしょうか。COP26の取材を終えて帰国したNHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー堅達京子さんはこう言います。

「地球の平均気温が1.5℃や2℃上昇する危険性はピンと来ないかもしれませんが、1.1℃上昇した現在でも北極圏の氷や永久凍土が溶け始めています。気温の上昇が続けば、海水温が上がり、大気や海流の動きが変わることで、アマゾンの熱帯雨林がサバンナ化し、ついには南極の氷床が融解する可能性があるのです。この『温暖化のドミノ倒し』が起こる境界は、2℃前後と見られています。回避するためには、2030年までにCO2排出量の大幅な削減が必要です。1.5℃から先を食い止めないと、『温暖化のドミノ倒し』で、ホットハウス・アース(灼熱地球)になり、人類文明にとって最大の危機が訪れます。1.5℃は地球のガードレール、今が地球温暖化を食い止める正念場なんです」(堅達さん)

2020年は北極圏で38℃を記録。グリーンランドなどでも氷床が融解している(写真/PIXTA)

2020年は北極圏で38℃を記録。グリーンランドなどでも氷床が融解している(写真/PIXTA)

堅達さんは、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組の取材・制作に携わってきました。中でも、2017年12月、NHKスペシャル「激変する世界ビジネス”脱炭素革命”の衝撃」を放送すると、「脱炭素」という言葉が初めてツイッターのトレンドワードになり、検索数も急上昇。大きな反響を呼びました。2021年9月には、著書『脱炭素革命への挑戦』を出版しました。世界の潮流と日本の課題が、とてもわかりやすくまとまっていると、ビジネス界だけでなく、本を読んだ一般の人々からも、「今、読むべき本」との声が寄せられました。

堅達京子さんは、2007年に行ったIPCCの議長へのインタビューで気候変動問題の深刻さを痛感。「なぜ、これほど重要なことを伝えてこなかったのだろう」と思い、以後、ライフワークとして脱炭素の現状を伝えることに取り組んできた(画像提供/堅達京子)

堅達京子さんは、2007年に行ったIPCCの議長へのインタビューで気候変動問題の深刻さを痛感。「なぜ、これほど重要なことを伝えてこなかったのだろう」と思い、以後、ライフワークとして脱炭素の現状を伝えることに取り組んできた(画像提供/堅達京子)

「2030年まで、あと8年で何とかしなくてはいけません。イギリス滞在中、BBCでは、COP26を朝から晩まで放送し、オリンピック並みの関心の高さがうかがえました。地球温暖化による危機が差し迫っているリアリティを感じた2週間の取材でした」(堅達さん)

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

(画像提供/堅達京子)

脱炭素化なくしてビジネスはできない!? 産業を仕組みから変える!

世界では、むしろこの危機をビジネスチャンスと捉える動きがあります。その動きを加速させたのは、2020年7月にEU(欧州連合)が新型コロナウイルスによる景気後退対策として創設した「欧州復興基金(Next Generation EU)」です。約94兆円に上るその基金は約3分の1が気候変動対策に充てられ、「グリーンリカバリーファンド」とも呼ばれています。

「『グリーンリカバリー』(緑の復興)とは、コロナ禍からの復興で必要になる巨額の資金を、脱炭素社会を構築する経済刺激策に投じようという考え方です。脱炭素を実現するには、化石燃料に頼ってきた産業の仕組みそのものを変えないといけません。世界各国は‘‘脱炭素革命‘‘に向け、大きく舵を切ったのです」(堅達さん)

2020年9月には、CO2の最大排出国である中国が、「2060年までにカーボンニュートラルを目指す」と表明し、アメリカは、バイデン政権発足直後の2021年2月に「パリ協定」に復帰。アメリカのグローバル企業も脱炭素に向けて行動を本格化しました。

「変化を印象づけたのは、アップルによる『2030年カーボンニュートラル宣言』です。ポイントは、自社だけでなく、iPhoneなどの自社製品の部品を提供するサプライヤー全体に及ぶこと。EUでは、2035年にCO2を排出するガソリン車やディーゼル車などの新車販売を全面的に禁止します。脱炭素なくして世界でビジネスができなくなる日も遠い未来ではありません」(堅達さん)

EV化を促進しているEUでは、EVステーションの増設が進む(写真/PIXTA)

EV化を促進しているEUでは、EVステーションの増設が進む(写真/PIXTA)

脱石炭火力で期待される洋上風力発電。イギリスやドイツでは、3000基以上がすでに稼働している(写真/PIXTA)

脱石炭火力で期待される洋上風力発電。イギリスやドイツでは、3000基以上がすでに稼働している(写真/PIXTA)

住宅業界で急がれる脱炭素化。世界は? 日本は?

金融界の変化と産業界が挑み始めた脱炭素化の取り組み。住宅業界についてはどうでしょうか。

「長期にわたって社会のインフラとして使い続ける住宅・建築物は、まっさきに手掛けるべき分野です。COP26議長国のイギリスでは、EV充電スタンドの新築住宅での設置を義務化しました。アメリカも200万戸以上のサステナブルな住宅や商業ビルの建設や改修を行うことを決め、カリフォルニア州では新築住宅の太陽光設置を義務化しています。日本でも2021年6月に政府が『グリーン成長戦略』を閣議決定しました。まだまだスタート地点ですが、今後、遅れていた住宅分野の脱炭素化が加速すると期待しています」(堅達さん)

2050年までに目指すべき住宅・建築物の姿とされているのが、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)・ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)です。これは、快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支ゼロを目指した建物のこと。必要となるのは、断熱性能を高めることによる省エネと、太陽光発電設備等による再エネ(再生可能エネルギー)の導入です。

2枚のガラスの間に、乾燥空気やガスを封入した複層ガラスは、断熱性能が高い(写真/PIXTA)

2枚のガラスの間に、乾燥空気やガスを封入した複層ガラスは、断熱性能が高い(写真/PIXTA)

「省エネ」に加えて、「創エネ」も必要。日本でも、新築住宅への太陽光パネル設置義務化の議論が始まっている(写真/PIXTA)

「省エネ」に加えて、「創エネ」も必要。日本でも、新築住宅への太陽光パネル設置義務化の議論が始まっている(写真/PIXTA)

2030年までに、新築される住宅・建築物において、ZEH・ZEB基準の水準の省エネ性能が必要になり、新築戸建て住宅の6割において太陽光発電設備が導入される見込みです。

住宅業界の大手メーカーによる開発競争も激しくなってきました。進む注文住宅の脱炭素化に対し、遅れていた賃貸分野では、積水ハウスが、賃貸住宅「シャーメゾンZEH」を展開。2021年1月時点の累計受注戸数は3806戸です。大東建託は、LCCM(ライフ・サイクル・カーボン・マイナス)賃貸集合住宅を埼玉県草加市に2021年6月に完成させました。建設から解体までを通じてCO2排出量をマイナスにするLCCMの基準を満たす賃貸集合住宅は日本で初です。

大東建託の脱炭素住宅「LCCM賃貸集合住宅」(写真提供/大東建託)

大東建託の脱炭素住宅「LCCM賃貸集合住宅」(写真提供/大東建託)

脱炭素住宅の普及には、消費者の認知が重要です。「2020年注文住宅動向・トレンド調査」(2020年8月リクルート調べ)によると、建築者(全国)の ZEH認知率は67.0%。そのうち、導入した人は21.8%でした。ZEH導入による光熱費の経済的メリットは、平均で6865円/月です。2025年に、省エネ基準適合義務化、省エネ表示の広告義務化を控え、光熱費の目安など省エネ性能を不動産情報サイトでラベル表示する試みも検討が始まりました。

「メリットをビジュアル的にわかりやすく表示し、『見える化』するのは大事ですね。地球に優しいだけでなく、ヒートショックの防止、光熱費の節減など消費者のメリットがあり、中長期でみれば初期投資コストを取り戻せることもアピールするとよいでしょう」(堅達さん)

脱炭素化がスタンダードになったヨーロッパ。日本は遅れを取り戻せるか

日本では、環境問題を意識高い系の人がすることだとひとごとに考えたり、コストが高いと言われている再生可能エネルギーの推進は景気対策に水を差す、と考える人もいますが、ヨーロッパの人々はどのように受け止めているのでしょうか。
「特にSDGsの教育を受けた若者の意識は高いです。COP26開催期間中、グラスゴーでは、若者主導のデモが行われました。赤ちゃんを連れた参加者もいて、沿道の家から温かな声援が送られていました。自分の子どもやその子どもたちのために、今がんばらないといけないという気運が高まっているのです」(堅達さん)

滞在したビジネスホテルの朝食に出たヨーグルト。リサイクルカップを紙で巻いた簡易包装で、目立つところに環境性能表示のQRコードが。脱炭素化の取り組みが、具体的な商品に落とし込まれていた(画像提供/堅達京子)

滞在したビジネスホテルの朝食に出たヨーグルト。リサイクルカップを紙で巻いた簡易包装で、目立つところに環境性能表示のQRコードが。脱炭素化の取り組みが、具体的な商品に落とし込まれていた(画像提供/堅達京子)

世界では、CO2排出量1トンにつき規定の金額を税として徴収する炭素税(カーボンプライシングの1種)の引き上げが議論されています。2020年12月に行われた国連の気候野心サミットでは、カナダは連邦炭素税を2030年にCO2排出量1トンあたり、約1万5000円にまで大幅に引き上げると発表しました。さらに、EUで検討している「国境炭素税」は、地球温暖化対策が不十分な国からの輸入品に事実上の関税を課すものです。脱炭素に対し結果を出さないと、企業の利益や国益が守れないようになってきているのです。日本でも実質的な炭素税である『地球温暖化対策税』が2012年から導入されていますが、企業などが負担しているCO2排出量1トンあたり289円は世界に比べると極めて低い金額です。

「日本でもCO2を減らした企業が得をして減らさなかった企業が損をする仕組みづくりが必須だと思います。住宅業界に関しては、政府が補助金や法人税、固定資産税の税制優遇措置を進め、施主側も省エネに配慮した建物の設計を要求し、当初に必要なコストを受け入れることが必要です。とはいえ、我慢ばかりの脱炭素では、理解は得られないと思います。省エネに配慮した性能の高い住宅は住む人にとって、快適で健康面のメリットがあります。ノルマとして脱炭素を捉えるのではなく、未来への投資としてポジティブに考えてもらえたら」(堅達さん)

最後に、堅達さんが日々行っていること、私たちができることを聞きました。

「私は、家に内窓をつけて断熱性能を高め、フードロス軽減のため、ベランダにコンポストを置いています。なかなか習慣にするのは難しいけど、肉の生産で出る温室効果ガスを減らすため、一週間に1回は肉を食べない日も始めました。脱炭素を進めている企業を応援するなど消費者としてできることもたくさんあります」(堅達さん)

すでに、マイボトル、エコバッグ、車のシェアリングなど、身近なところで取り組みが進んでいます。脱炭素化は不可逆の流れ。さっそく今日からできることをしながら、今後の展開を注視したいと思います。

●取材協力
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
堅達 京子(げんだつ・きょうこ)さん 
1965年、福井県生まれ。早稲田大学、ソルボンヌ大学留学を経て、1988年、NHK入局、報道番組のディレクター。2006年よりプロデューサー。NHK環境キャンペーンの責任者を務め、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組を放送。NHKスペシャル『激変する世界ビジネス “脱炭素革命”の衝撃』 『2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦』、BS1スペシャル『グリーンリカバリーをめざせ! ビジネス界が挑む脱炭素』はいずれも大きな反響を呼んだ。
2021年8月、株式会社NHKエンタープライズに転籍。日本環境ジャーナリストの会副会長。環境省中央環境審議会臨時委員。文部科学省環境エネルギー科学技術委員会専門委員。世界経済フォーラムGlobal Future Council on Japanメンバー。東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。
主な著書に『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』『NHKスペシャル 遺志 ラビン暗殺からの出発』『脱プラスチックへの挑戦 持続可能な地球と世界ビジネスの潮流』。

“暖房をつけても寒い”は家に問題が! 解決策は「住まいの温活」

寒さが本格化するこの季節。思わず暖房をガンガン効かせたくなるけど、光熱費がかさむし、地球にも優しくない。そこで考えたいのが、住まいそのものを寒さから守ること。外の寒さを閉め出し、暖かさを逃さない家にする「住まいの温活」の方法について、断熱リフォームからDIYの方法まで、旭ファイバーグラス株式会社渉外技術担当部長の布井 洋二さんに話を聞いた。
暖房しても寒いのは、暖房の熱が外に逃げているから

冬、家の中を暖房しても寒いのは、なぜだろうか? それは、暖房の熱が外に逃げてしまうから。一戸建ての場合、暖房の熱は、窓などの開口部や外壁、床や屋根から失われてしまい、特に開口部からの流失は58%に上るというデータもある。せっかく暖房をつけても、窓や壁、床や屋根から、暖かさが逃げてしまうのだ。

では、どんな家なら、熱を外に逃さないのか。よく言われるのは、「家全体をくるむように断熱する」ということ。気密性を高め、隙間なく断熱することで、熱に逃げる隙を与えないのだ。そこで、開口部や壁、床、屋根など、外気に面していたり、土と接していたりする部分ごとに断熱を施すことになる。

すでに住んでいる家でも、断熱材を追加で施工したり、窓を替えたりする「断熱リフォーム」によって、断熱性能をアップすることは可能。一戸建て、マンションそれぞれについて、その方法を布井さんに聞いてみた。

冬、外気がマイナス2.6度のとき、18度に暖房した部屋から外に逃げていく熱の割合は、開口部(窓)が58%と最大。外壁や換気による流失が15%ずつあり、床や屋根からも熱が失われている(一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

冬、外気がマイナス2.6度のとき、18度に暖房した部屋から外に逃げていく熱の割合は、開口部(窓)が58%と最大。外壁や換気による流失が15%ずつあり、床や屋根からも熱が失われている(一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

2月の東京で、断熱材なしの一戸建てと断熱材100mmを施工した一戸建て(ともに窓は無断熱・単板ガラス)を設定20度で暖房した場合を比べると、断熱材なしのケースでは1日に逃げる熱の合計が断熱したときの約3倍だ(一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

2月の東京で、断熱材なしの一戸建てと断熱材100mmを施工した一戸建て(ともに窓は無断熱・単板ガラス)を設定20度で暖房した場合を比べると、断熱材なしのケースでは1日に逃げる熱の合計が断熱したときの約3倍だ(一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

一戸建ての断熱リフォーム費は数十万円から数百万円程度に

まず、一戸建て。簡易な方法としては、1.最下階の床下に断熱材を施工する「床断熱」、2.天井裏から吹込み断熱施工を行う「天井断熱」、3.内側、あるいは外側から断熱材を施工する「壁断熱」、4.今の窓の内側に内窓を設置することによる「窓の断熱」、この4つの部位の断熱が挙げられる。

このうち、床(最下階床)、天井、壁(外壁)それぞれを断熱リフォームした場合の費用の目安は下図の試算例が参考になる。昭和55年省エネルギー基準世代の築25~20年前後、床面積135平米の一戸建ての場合、天井にグラスウールを吹込み断熱する「天井断熱」だと1棟36万円。最下階の床下にグラスウールを充填すると「床断熱」だと同101万円、外壁に外側から断熱材を張り付ける外張付加断熱工法による「壁断熱」だと同387万円となっている。

「壁の断熱については、内張断熱工法も。断熱材にもよりますが、1平米あたり2万~5万円ほどかかるようです。得られる断熱性能は今の省エネ基準以下となるケースが多いでしょう」(布井さん)

窓の断熱にかかる費用は、内側に設置する内窓次第。標準的な掃き出し窓の場合、一間分に複層ガラス(数枚の板ガラスの間に乾燥空気やガスなどが封入された窓)を取り付けると、材料費・工事費で6万円台。腰高窓の場合は、3万円台が目安となる(いずれも取り付けや進入に障害がなかった場合)。例えば、1階の掃き出し窓二間分と腰高窓二間分、2階の掃き出し窓二間分と腰高窓五間分に内窓を設置するなら、トータル約50万円という計算だ。

「さらに念入りに断熱するなら、部位ごとの断熱を組み合わせます。例えば、1階のLDKに床断熱と窓の断熱を、2階の寝室に天井と窓の断熱を施す、といった具合です。さらに大掛かりなものとなると、建具や仕上材をはがしてから行うスケルトンリフォームしかないと思われますが、廃棄物の処理を含めてかなりの高額に。規模にもよりますが、一戸建てを新築するよりも数百万円安いくらいの金額、つまり1000万円を超えるレベルでないと、工事を引き受けるリフォーム会社はないように思われます」(布井さん)

(出典:「住宅・すまいweb 環境とすまい・まち」断熱改修のすすめ・戸建住宅編 (社) 住宅生産団体連合会、(株)岩村アトリエ/一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

(出典:「住宅・すまいweb 環境とすまい・まち」断熱改修のすすめ・戸建住宅編 (社)
住宅生産団体連合会、(株)岩村アトリエ/一般社団法人日本建材・住宅設備産業協会HPより転載)

〈試算条件〉
築25~20年前後の住宅モデル
1982~1991年(昭和55年省エネルギー基準世代)
延床面積:135平米(1階:80平米 、2階:55平米 )
改修費用:平米単価(消費税別)および1棟あたりの費用(消費税込み)を算出
〈年代相応の断熱仕様(リフォーム前)〉
天井:グラスウール10K 50mm
外壁:グラスウール10K 50mm
開口部:アルミサッシ+単板ガラス
床:押出法ポリスチレンフォーム保温板1種 20mm
(*平成25年省エネ基準の6地域を想定)

高断熱住宅なら、エアコン1~2台で十分な暖かさが得られる

次に、マンション。簡易なやり方としては、一戸建てと同様、1.外に面している壁を内側から断熱する内張断熱工法による「壁断熱」、2.今の窓の内側に内窓を設置することによる「窓の断熱」がある。窓の断熱については、一戸建てと同程度と考えられるだろう。

「大掛かりな断熱リフォームは、大規模修繕と併せて実施するケースが多く、屋上断熱防水工事や、妻壁(建物の短い方の辺の壁)の外断熱改修などを、マンション全体で行うことになります」(布井さん)

なお、一戸建て・マンションのいずれのリフォームでも、床暖房を設置することは少なくない。床暖房の設置も、住まいの「温活」の手段となり得るだろうか?

「床暖房も一つの手段です。ただし、断熱性能や気密性能が十分でないと、効果は限定的。床の表面温度だけが上がっても、隙間から冷気流を感じたり、窓や壁の表面温度が低いままだと、冷放射を受けて寒く感じてしまうからです。また、床暖房の下側を断熱していないと、せっかくの熱が基礎や地盤面に奪われてしまい、非効率。光熱費もかさんでしまいます」(布井さん)

加えて、HEAT20(2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会)が定める断熱性能基準「G2」、などの高断熱住宅で、冬季に昼間の日射が期待できる場合は、ごくわずかの暖房エネルギーでまかなえるので、床暖房がなくても十分温かいケースもあり得るとのこと。また、「G2」よりワンランク下の「G1」クラスや省エネ基準レベルの住宅の場合、エアコンを併用する形で床暖房を用いるケースも多いが、前述の「G2」以上の断熱性能があれば、容量の小さなエアコン1~2台だけ(床下エアコンも含む)あれば、床暖房がなくても十分なケースも多いそう。もちろん、プランや周りの状況によるということだが。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

リフォームしなくても手軽なDIYによる“セルフ温活”が可能

「断熱リフォームに効果があることは分かったけど、とてもそこまではできない」という場合は、ちょっとした工夫や自分でできるプチDIYを試してみよう。

「家の中で一番、熱の逃げ道となっている『窓』の対策が効果的です。例えば、緩衝材の『プチプチ』や、中空のポリカーボネート板を窓ガラスや窓枠の内側に張るといったやり方があります。ただし、見栄えが悪く、気密性の向上も望めないので、効果は限定的。気密性を高めるためには、パッキンなどの交換も効果がありますが、自分でやるのは難しいかもしれません」(布井さん)

カーテンを厚手のものや遮熱カーテンに替えるといった方法も。また、床にホットカーペットやラグを敷いたり、フローリングに薄手の畳を載せることでも、暖かさを体感できる。ドアの隙間に張る隙間テープで冷気流を防ぐこともできるが、この場合は、換気のためにドアの下の部分を欠き取る『アンダーカット』が施されていることもあるので要注意。手間や材料費、見た目の悪さなどのデメリットも検討した上で、効果的なやり方をぜひ上手に暮らしに取り入れたい。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

中空ポリカーボネート板や「プチプチ」は、ホームセンターなどで手に入る(写真/PIXTA)

中空ポリカーボネート板や「プチプチ」は、ホームセンターなどで手に入る(写真/PIXTA)

高断熱リフォームなら次世代ポイント制度の対象になる

これから住宅を購入しようという人なら、あらかじめ高断熱の住まいを選ぶのも「温活」のひとつかもしれない。

「日本では、高断熱住宅であることの公的な認定制度は、『BELS』や省エネ基準レベルの断熱性能が最高等級の『住宅性能表示』しかありません。ただ、外皮性能(室内から屋外に逃げる熱の量の合計を、外壁や屋根など外皮の面積で割って算出した値。UA値)の良さは、一つの目安にはなると思います。公的ではありませんが、HEAT20の『G1』『G2』や、ほぼ同じレベルの外皮性能の必要なZEHの『強化外皮基準』『更なる強化外皮基準』などが参考になるでしょう。また『BELS』では、『外皮基準』として外皮性能(UA値)の数値も表示されているので、その数値が自分の地域のHEAT20のG1・G2レベル相当かどうかを比較するのも良いでしょう」(布井さん)

2019年10月の消費税率引き上げに伴い、一定の省エネ性能を満たす住宅の新築やリフォームに対して、さまざまな商品と交換できるポイントを発行する「次世代住宅ポイント」制度もスタートしている。「長期優良住宅」「ZEH」などの認定住宅など一定の条件を満たした新築住宅を購入した場合に加えて、リフォームで「開口部の断熱改修」「外壁、屋根・天井または床の断熱改修」を行った場合も対象に。期限があるので、利用を希望するなら、早めの検討・着手が必要だ。

「温活」した高断熱住宅で得られる自然な暖かさ

「住まいの温活」は、家の中を暖かくて居心地の良い空間にするだけでなく、室内の温度差を解消してヒートショックを防いだり、光熱費が節約できたりといったメリットもあるし、夏の暑さも和らげてくれる。
「ただし、こうしたメリットを享受するには、断熱性だけでなく、気密性も高める必要があります。隙間があり、気密性の低い家は、まるで穴の空いたセーターや布団のようなものですから」(布井さん)。
だからこそ、断熱性とセットで気密性の高い住宅の暖かさは格別なのだという。
「HEAT20の『G2』クラス相当かそれ以上の家を訪れると、暖かさを実感するというよりも、ふんわりとした暖かさのおかげで、暖かさ自体を忘れてしまいます。高断熱の家とはそんな空間なのです」(布井さん)
 
布井さんは、HEAT20のサポート委員として、日本の住宅の方向性を示す取り組みにかかわっている。
「省エネ性能に優れた住宅の生産を促す『トップランナー』制度の対象拡大や、省エネ基準の説明の義務化により、これからは、省エネ基準が、最低限、満たすべきレベルとなりますが、このレベルだと、家の中で部分的に暖房を付けたり消したりする程度では、暖房していない空間はかなり低温になり、ヒートショックなどのリスクは残ります。一方、HEAT20の『G2』クラスの断熱性能を備えた住宅は、わずかな光熱費で全館暖房が可能になるので、家の中の温度差が小さく、健康的で快適な空間に。断熱リフォームを行うのであれば、ぜひ『G2』レベルを目指していただきたいですね」という布井さんのメッセージでこの記事を締めくくりたい。

●参考サイト
HEAT20(2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会)
次世代住宅ポイント

ハイスペックなエコハウスが並ぶ「山形エコタウン前明石」誕生! 全棟トリプルガラス搭載

JR山形駅から東へ車で20分ほど山形市の郊外に、新たに土地一区画が約210~260平米弱の建売住宅地の開発が進められている。名称は「山形エコタウン前明石」といい、その名の通り、エコを重視した住宅地である。東北芸術工科大学(山形市)と地元デベロッパーの荒正(山形市)、そして、アウトドアブランドのスノーピーク(新潟県三条市)がタッグを組んで立ち上げた。1棟の価格は3600万円台~4100万円台、間取りは3種類だ。6月末の暑い日、筆者は現地の見学会に訪れた。
エアコン1台で1年中、快適な室温をキープ

「山形エコタウン前明石」の大きな特徴はまず、全19区画に建つ予定の建売住宅が、すべてハイスペック・エコハウスであることだ。室内の温熱環境を保つため、外・内断熱を施し、窓にはペアガラスどころかなんとトリプルガラスの樹脂サッシを採用している。これは、今回採用した「ファース工法」に基づくもの。建物を高気密・高断熱に仕立て、小屋裏に取り付けたエアコン1台で、壁内から床下まで一定の温度の空気を循環させて、1年中、快適な室温を保つシステムである。北海道を拠点とする工務店が特許を取得している工法だ。建物の基本設計は東北芸術工科大学、実施設計はエネルギーまちづくり社(東京都)が担当した。

また、全住宅とも省エネルギーを目指し、自然冷媒ヒートポンプ給湯機、太陽光発電システムといった設備を標準搭載。ちなみに、年間の冷暖房の消費電力料金は約6万8000円と、山形県の平均的な料金の5割程度だという。この設備のみで、冬は半そでで過ごせるほど家全体が暖かく、夏は適度な涼しさを保てる。

「これは、HEAT20(2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会)が設定する、G2グレードをクリアしています」と、当住宅地の企画に関わった、東北芸術工科大学の教授であり建築家の竹内昌義氏は話す。
そもそも寒冷な山形県では、室内の温度変化で急激な血液低下を起こす「ヒートショック」で入浴中に亡くなる人が交通事故死よりも多く、2016年度には200人以上だった。こうした事情を問題視した県では、「やまがた健康住宅」という定義をつくり、住宅の高気密・高断熱化を推奨・サポートしている。

小屋裏の様子。高性能エアコンと熱交換式換気扇のほか壁内などに適温を送り込むダクトがある(写真撮影/介川亜紀)

小屋裏の様子。高性能エアコンと熱交換式換気扇のほか壁内などに適温を送り込むダクトがある(写真撮影/介川亜紀)

室温や気温を確認できるパネルをリビングに設置(写真撮影/Isao Negishi)

室温や気温を確認できるパネルをリビングに設置(写真撮影/Isao Negishi)

高気密・高断熱に徹したから実現した、大きな窓と広々した間取り

こうした高気密・高断熱住宅を設計する際に課題となるのが、住宅の開放感だ。延べ床面積は94.67~125.86平米と、都市部に比べ住宅が広い傾向にあるこのエリアとしては比較的コンパクト。室内の温かさは開口部から逃げるので、それを防ぐために、通常であればどうしても窓は小さくせざるを得ない。そこで、ここの建売住宅は、断熱性の高いトリプルガラスを採用することで、開口部を大きく取った。そのため、外の景色が見渡せるようになり、視覚的に広がりが増した。

また、間取りにも工夫して開放感を加えた。間取りは「吹き抜けのある家」「土間のある家」「デッキテラスのある家」の3種類。いずれも間仕切り壁を最小限にしたほか、1階玄関をリビングダイニングと一体化させた土間にする、1階から2階まで吹抜けにするなどだ。
とはいえ、こうした間取りがすんなりと決まったわけではない。「デッキテラスのある家」は2階にリビングダイニングを設け、そうした家族がくつろぐスペースからの眺望の良さと開放感が売りだ。首都圏では人気でも、ここ山形県では事情が異なった。

「リビングダイニングは1階にあること、また、部屋数が多い住宅のほうが売れます。ところが、竹内さんから提案された間取りのひとつは、2階にリビングダイニングのみがある。お客様の反応が不安でした」と、荒正の代表取締役、須田和雄氏は思い返す。
しかし、オープンハウスに訪れた30代夫婦に感想を聞くと、「リビングは1階にあるのが当たり前だと思っていましたが、実際にモデルハウスに入ってみると(日常生活に不自由はなさそうで)違和感はありませんでした」という答えが返ってきた。

1階のLDKからデッキにつながり、玄関が5.9畳の土間になっている住棟(写真撮影/介川亜紀)

1階のLDKからデッキにつながり、玄関が5.9畳の土間になっている住棟(写真撮影/介川亜紀)

土間の様子。カーポートから直結している(写真撮影/介川亜紀)

土間の様子。カーポートから直結している(写真撮影/介川亜紀)

2階にLDKを配置した住棟。この掃き出し窓からも大型のデッキが連続する(写真撮影/介川亜紀)

2階にLDKを配置した住棟。この掃き出し窓からも大型のデッキが連続する(写真撮影/介川亜紀)

デッキ部分。ホームパーティーが楽しめる広さ(写真撮影/Isao Negishi)

デッキ部分。ホームパーティーが楽しめる広さ(写真撮影/Isao Negishi)

緑豊かなランドスケープ、アウトドアリビングでコミュニティ形成を狙う

もうひとつの特長は、全体のランドスケープだ。敷地の境界線上は住民が誰でも散歩できるように、幅90cmの遊歩道になる。その中のいくつかの場所には、住民が自由に使えるベンチや井戸を配する予定だ。また、それぞれの住宅は塀などで囲まず、いくつかの箇所に常緑樹のシラカシや四季を感じられる樹木を植えて緩くゾーニングするのみだ。それぞれの庭はアウトドアリビングである。バーベキューグリルなどのアウトドア用品を置き、思い思いに楽しむ。
そのうちに、各住宅の草木が茂って住宅地全体が緑で一体化し、それぞれのアウトドアの楽しみも隣家同士でつながっていく。その姿に象徴されるように、徐々にコミュニティが形成されていくことを企画者たちはイメージしている。「室内が暖かいとかえって外に出るようになるのではないでしょうか。アウトドアの仕掛けがあればなおさらです」(竹内氏)

こうしたエコハウスにバーベキューなどアウトドアの楽しみを組み合わせる提案をしたのは、スノーピークである。同社営業本部東日本事業創造部シニアマネージャーの吉野真紀夫氏はこう話す。「オール電化も重要ですが、高性能な住宅に住みつつ、昔からの自然な火を囲む暮らしも目指したいと考えました」
山形では、仲間が集まり、屋外でサトイモの鍋を煮炊きする「芋煮会」という慣習があり、アウトドアに抵抗がないという声もあったようだ。

完成後のイメージパース。住棟が緑に囲まれ庭や通りで住人が交流している(資料提供/荒正)

完成後のイメージパース。住棟が緑に囲まれ庭や通りで住人が交流している(資料提供/荒正)

完成後の街並みの模型。住棟の間には塀などがなく、住宅地全体がゆるくつながる(写真撮影/介川亜紀)

完成後の街並みの模型。住棟の間には塀などがなく、住宅地全体がゆるくつながる(写真撮影/介川亜紀)

住棟の間には歩道をつくる。これに沿って植栽が計画されている(写真撮影/介川亜紀)

住棟の間には歩道をつくる。これに沿って植栽が計画されている(写真撮影/介川亜紀)

岩手県の注目住宅地、「オガールタウン日詰二十一区」がヒントに

そもそも、なぜ、このような建売の高気密・高断熱のエコハウスと、緑豊かなランドスケープが融合した“ハイスペック”な住宅地がここに誕生することになったのだろうか。

きっかけは3年前に遡る。地主から相談を受け、現住宅地の敷地を荒正が購入する運びとなった。そこは市街化調整区域であり、当時は住宅地として開発することはできなかった。実際に着手したのは、市街地調整区域の開発要件が緩和された後の2018年のことだ。
しかし、すでに敷地購入当初から、荒正の須田氏は建売の住宅地として展開する計画を想定していたのだという。駅から遠く、利便性が優れているとはいえない場所であるからこそ、確実に販売するため、近隣の住宅地より明らかにエッジが立っている住宅地にしたいと考えた。
その具体的なコンテンツのひとつが、建売の住宅をハイスペックなエコハウスに仕立てること。そこで、東北芸術工科大学の竹内氏にアドバイスを求め、企画を進めた。もうひとつが緑豊かなランドスケープだ。「一昨年訪れた、岩手県紫波町にある『オガールタウン日詰二十一区』を見て“これだ!”と感じた。緑に囲まれた、まるで公園のような心地よさをもつエコハウスの住宅地でした」と須田氏。
紫波町を訪れたときの縁で、ランドスケープやアウトドアをキーに住民のコミュニティ形成をデザインする、スノーピークの合流も決まった。

「オガールタウン」の様子。「オガールタウン日詰二十一区」は町役場そばにある56区画の住宅地(写真撮影/エネルギーまちづくり社)

「オガールタウン」の様子。「オガールタウン日詰二十一区」は町役場そばにある56区画の住宅地(写真撮影/エネルギーまちづくり社)

すでに購入手続きに入った30代の3人家族に、当住宅地の気に入ったポイントを聞いてみると、「居住中の賃貸マンションは、夏は暑くて冬は寒く、結露が原因でカビも生えます。このエコハウスは(断熱性が高く)そういう悩みは少ないのかもしれません。今よりランニングコストが抑えられるのはいい」「スノーピークのアウトドアグッズはおしゃれなイメージ。庭や周囲の散歩道にあるならぜひ使ってみたい」「コストパフォーマンス重視の住宅でなくていい」といった回答だった。

この住宅地に同じように魅力を感じる、住環境への価値観が近い居住者がこれから集ってくるだろう。そこから生まれる新たなつながりで、この住宅地のコミュニティやランドスケープ、もしかすると住宅も独自の変化を遂げていくのではないか。全住棟に居住者がそろった1年後、2年後にまた取材に訪れたい。
(構成・文/介川 亜紀)

●取材協力
・東北芸術工科大学
・スノーピーク
・荒正
・ファース工法
・エネルギーまちづくり社