世界基準の“超省エネ住宅”パッシブハウスの高気密・高断熱がすごい! 190平米の平屋で空調はエアコン1台のみ

電気代やガス代の高騰が続き、節電が呼びかけられている昨今、住まいの省エネ性、断熱性へ関心が高まりつつあります。そんななか、世界基準の省エネ住宅「パッシブハウス」を見学できる「パッシブハウスオープンデー」が3年ぶりに開催されることになりました。これはパッシブハウスジャパンが受け付け、11月11日~13日の3日間にわたり、全国24カ所の完成済みや建設中のパッシブハウスを見学できる会のこと。今、注目を集める“超省エネ住宅”の特徴を取材しました。

世界基準の超高気密・高断熱住宅、パッシブハウス

冷房や暖房で使うエネルギーを最小限にし、太陽や風など、自然のもっている力を建物に取り入れた建築設計手法のことを「パッシブデザイン」といいます。そのパッシブデザインを追究したのが、ドイツのパッシブハウス研究所が定めた性能基準を満たした「認定パッシブハウス」です。いわば世界水準の省エネ住宅となり、認定には地域の気象条件を考慮した冷暖房需要、家電も含めた一次エネルギー消費量、気密性能などの基準が決められており、設計段階から断熱材や窓の性能、日射量、通風量を専用ソフトで計算、厳しい基準をクリアしないといけません。

たとえば、伊勢原パッシブハウスの場合は、気象条件が東京のため、以下の数値を満たす必要があります。また、気象条件により異なるのは年間冷房需要のみで基準値に加算されます。加算される数値は、寒い地域は小さく、暖かい地域は大きくなる傾向にあります。

<認定パッシブハウスの条件/東京の場合>
年間暖房需要 15kWh/(m2・a)以下、もしくはピーク負荷が10W/m2以下
年間冷房需要 21kWh/(m2・a)以下、もしくはピーク負荷が10W/m2以下
気密性能 50Pa時の漏気回数 0.6回以下(目安として、C値=0.2程度)
一次エネルギー消費量(家電含む) 60kWh/(m2・a)以下

※地域加算前の基準値は以下の通り

・年間暖冷房負荷:
年間冷房需要15kWh/(m2・a)以下 もしくは ピーク冷暖房負荷10W/m2以下
※冷房は、地域で若干数値が異なります。
・気密性(漏気回数):
漏気回数が0.6回/h(50Pa時)
・一次エネルギー消費量(PER):
60 kWh/(m2・a)以下 ※クラシックの場合

(ドイツのパッシブハウス研究所によるパッシブハウス基準より)

パッシブハウス認定の証。2021年築の新しいパッシブハウスです(写真撮影/大西尚明)

パッシブハウス認定の証。2021年築の新しいパッシブハウスです(写真撮影/大西尚明)

2009年、日本で初めてパッシブハウスとして認定された建物が誕生し、以降、専用ソフトの扱いや建築手法が広まったことで、徐々に数を増やし、今では日本各地に広がっています。パッシブハウスのメリットは、自然の力を最大限に利用しつつ、夏は涼しく、冬は暖かく、快適であること。省エネ性にすぐれ、電気代などの光熱費を抑制でき、家計にも地球環境にも優しい住まいなのです。

ただ、パッシブハウスのメリットといわれても、その良さ・すごさはなかなか伝わりません。そこで、実際に建てられたパッシブハウスを訪問、住み心地について施主に質問したり、住まいの良さを体感できる日が設けられているのです。それが、パッシブハウスオープンデーです。

2022年のパッシブハウスオープンデーで見学できた持田さんのお住まい(写真撮影/大西尚明)

2022年のパッシブハウスオープンデーで見学できた持田さんのお住まい(写真撮影/大西尚明)

大きな吹き抜けは「寒い」「暑い」と思われがちですが……(写真撮影/大西尚明)

大きな吹き抜けは「寒い」「暑い」と思われがちですが……(写真撮影/大西尚明)

取材日は11月なのに無暖房で外気温は21度ですが、室内は26度。やや汗ばむ程度の暖かさ(写真撮影/大西尚明)

取材日は11月なのに無暖房で外気温は21度ですが、室内は26度。やや汗ばむ程度の暖かさ(写真撮影/大西尚明)

もちろん、このイベントは建てたオーナーとそのご家族の理解、協力あってのこと。しかも、この数年はコロナ禍ということもあり、オープンデーそのものが開催できませんでした。今年は行動制限のないなか、久方ぶりに開催される運びとなったのです。筆者も見学希望のみなさんと一緒にお邪魔してきました。

190平米の平屋で6人家族ながら、空調はなんとエアコン1台のみ!

今回、見学したのは、神奈川県伊勢原市にある、平屋のパッシブハウス。施主は武蔵野美術大学建築学科の教授でもあり、一級建築士の持田正憲さんです。お住まいになっているのは、ご夫妻とお子さん3人、そして持田さんのお母さまの計6人。190平米の平屋建てですが、14畳分のエアコン1台と熱交換型換気システムで、住まい全体の空調をまかなっています。

持田さん宅のリビング。平屋ですが吹き抜けになっているので、一見、電気代がかかりそうですが、オール電化で月平均2万円とのこと(写真撮影/大西尚明)

持田さん宅のリビング。平屋ですが吹き抜けになっているので、一見、電気代がかかりそうですが、オール電化で月平均2万円とのこと(写真撮影/大西尚明)

以前の持田さんは60平米の賃貸住宅で5人暮らしのときに、2万円程度の光熱費でしたが、今も同程度で住んでいるといいます。平屋の吹き抜け、しかも窓も大きく、天井高もあり、広さが3倍になっても光熱費が変わらないことにさらに驚きます。

「もともとこの場所は私の実家であり、築100年弱の古民家が建っていました。冬は寒くて寒くて、手袋をしながら仕事をしていましたよ」と笑いますが、建て替えた今では11月でも半袖で過ごせるほど暖かです。

オープンデーが行われた11月11日には午後に数組、12日の午前と午後にそれぞれ予約が入っていましたが、どんな人が予約し、見学しにいらっしゃるのでしょうか。

「パッシブハウスとはなんぞや、という人は少なくて、ある程度、住まいに知識・関心がある人が多いですね。あとは工務店さん、建築士などの建築関係者です。近くにパッシブハウスができたらしい、見に行ってみよう、という感じでしょうか」と持田さん。伺う限り、建築・建設関係者や情報感度が高く、住まいへの関心の高い方の申し込みが多いようです。

設備設計を専門とする持田さん。パッシブハウスを知ったのは、「山形エコハウス」のプロジェクトに携わったのがきっかけだったそう(写真撮影/大西尚明)

設備設計を専門とする持田さん。パッシブハウスを知ったのは、「山形エコハウス」のプロジェクトに携わったのがきっかけだったそう(写真撮影/大西尚明)

実際、筆者が一緒に見学をさせていただいた方は、住まいはすでにお持ちですが、建築番組が好きで毎週欠かさず見ているとのこと。パッシブハウスに興味関心があって、すでに基礎的な知識はあるといい、参加者の熱心さにもまた驚きます。

建物の向き、ひさしや窓の役割についてわかりやすくレクチャー

見学会は、あいさつからはじまり、まずはということで、お庭へと案内されました。そこで建物の向きやひさしの役割、窓の役割、特性の説明からはじめてくださいました。

ひさしで夏の日差しを遮りつつ、その他の時期は熱を取り入れて、室内を暖める設計。窓の位置とその役割、タープの使い方などの説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

ひさしで夏の日差しを遮りつつ、その他の時期は熱を取り入れて、室内を暖める設計。窓の位置とその役割、タープの使い方などの説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

土地はもともと、築100年ほどの民家があったためか、南向き。日差しがたっぷりと降り注ぐ良好な場所ですが、夏は遮熱をしないと日差しで室温が上がってしまいます。そのため、ひさしを深くして遮熱し、さらに窓にオーニング(日よけ・雨よけ)を設置しています。また、西日は極力入らないよう、通風、採光用の縦型窓を採用。こうした数々の工夫により夏、窓から熱が入ってくるのを防ぎ、弱冷房運転をかけているだけで、ほどよく涼しく過ごせるのだそう。

「春と秋、冬は上部の窓から日差しを取り入れて、室内の空気を暖め、それを逃さないようにします。長男は暑がりなので、冬でも暑い暑いというくらいです」(持田さん)

リビングの大きな窓は断熱性を考慮して木製サッシのLow-E複層ガラス(写真撮影/大西尚明)

リビングの大きな窓は断熱性を考慮して木製サッシのLow-E複層ガラス(写真撮影/大西尚明)

上部にオーニング(着脱できる日よけシェード)が張ってあり、太陽の熱が室内に入ってきにくくなっています(写真撮影/大西尚明)

上部にオーニング(着脱できる日よけシェード)が張ってあり、太陽の熱が室内に入ってきにくくなっています(写真撮影/大西尚明)

こちらの窓にもオーニングが張ってあり、日差しの熱が部屋に極力入り込まないようにしています(写真撮影/大西尚明)

こちらの窓にもオーニングが張ってあり、日差しの熱が部屋に極力入り込まないようにしています(写真撮影/大西尚明)

一級建築士でもあり、設備設計のプロでもある持田さん。お話もとっても上手で聞き入ってしまいます(写真撮影/大西尚明)

一級建築士でもあり、設備設計のプロでもある持田さん。お話もとっても上手で聞き入ってしまいます(写真撮影/大西尚明)

窓は3枚ガラスの樹脂製、熱交換器はわずか10%の熱ロス!

次に室内に戻って、窓や躯体の断熱性能について説明が続きます。
「大きなウッドデッキにつながる窓は木製で、ほかはすべて樹脂窓のトリプルガラスです。幹線道路沿いですが、窓を閉めてしまえばびっくりするほど静か。もちろん結露は見たことがありません。断熱材は壁に300mm、屋根に400mm入れているので、一般のお住まいの2~3倍といったところでしょうか。UA値(外皮平均熱貫流率)は0.26で、HEAT20でいうとG3のグレードにあたります」(持田さん)

樹脂製のトリプルガラス(YKK APのAPW430)は、防火仕様のものも増え、より選びやすくなっています(写真撮影/大西尚明)

樹脂製のトリプルガラス(YKK APのAPW430)は、防火仕様のものも増え、より選びやすくなっています(写真撮影/大西尚明)

HEAT20とは、一般社団法人20年先を見据えた日本の高断熱研究会の略称で、日本の住まいの断熱性能を高める有識者会議のこと。このHEAT20では、住まいのグレードをG1、G2、G3とわけていますが、G1でも省エネ等級5以上の性能としています。もっともグレードの高いG3は、最高等級である断熱等級7に相当し、今、日本の住まいのなかではトップグレードということができます。

上部の窓には、正六角形を並べたハニカム構造のハニカムスクリーンを採用。採光しつつ夏の日差しの熱は通さない設計です。キャットウォークをのぼってスクリーンを上げ下げするのは、子どもの役割だそう(写真撮影/大西尚明)

上部の窓には、正六角形を並べたハニカム構造のハニカムスクリーンを採用。採光しつつ夏の日差しの熱は通さない設計です。キャットウォークをのぼってスクリーンを上げ下げするのは、子どもの役割だそう(写真撮影/大西尚明)

窓に続いて、ロフトをのぼって、熱交換換気システムを拝見します。

階段をのぼってロフトへ。子どもたちの格好の遊び場に見えますが、単なるロフトではありません(写真撮影/大西尚明)

階段をのぼってロフトへ。子どもたちの格好の遊び場に見えますが、単なるロフトではありません(写真撮影/大西尚明)

「この家の熱交換換気システムは、日本スティーベル社のものを採用しています。熱交換器とは、熱を失わずに空気を入れ替える換気システムのことです。この熱交換器は効率が90%なので、10%しか熱をロスしません。そのため空気を冷やすにしても、暖めるにしても、少量のエネルギーですむんです。また、メンテナンスが大切になるので、階段で行き来しやすようにしています」(持田さん)

熱交換換気システムについて説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

熱交換換気システムについて説明が続きます(写真撮影/大西尚明)

熱交換器からでたダクトの様子。これ1台で室内を換気し、空気を循環させています(写真撮影/大西尚明)

熱交換器からでたダクトの様子。これ1台で室内を換気し、空気を循環させています(写真撮影/大西尚明)

住まいのあちこちにある吹き出し口。この床の吹き出し口は暖気がでて、じんわりと床から暖めてくれます(写真撮影/大西尚明)

住まいのあちこちにある吹き出し口。この床の吹き出し口は暖気がでて、じんわりと床から暖めてくれます(写真撮影/大西尚明)

同じく吹き出し口。壁のエアコンが各部屋にないと室内がスタイリッシュになります(写真撮影/大西尚明)

同じく吹き出し口。壁のエアコンが各部屋にないと室内がスタイリッシュになります(写真撮影/大西尚明)

続いては、洗面と室内物干しスペースに行き、半分床下に設置されたエアコン(唯一ある暖房器具!)について説明してもらいました。
「去年の冬、外気温はマイナス5度になった日もあったのですが、暖房をつけたのは5回程度。太陽の熱だけで十分暖かく、快適に過ごせました」と持田さん。夫人は当初、ここまでハイスペックな住まいにしなくてもと思っていたそうですが、今ではあまりの暖かさに慣れ、積極的に案内をしてくれるように。

洗面所の上部に室内物干しを2台設置。3人お子さんがいると、室内物干しは必須ですよね。室内も暖かいので、すぐに乾くそう(写真撮影/大西尚明)

洗面所の上部に室内物干しを2台設置。3人お子さんがいると、室内物干しは必須ですよね。室内も暖かいので、すぐに乾くそう(写真撮影/大西尚明)

ダイニングの脇に設けられた畳スペース。かつてこの場所にあったご実家は祭事の際には地域の人をもてなす役割を果たしてきたため、新居でも休憩所として使えるようにしつらえました(写真撮影/大西尚明)

ダイニングの脇に設けられた畳スペース。かつてこの場所にあったご実家は祭事の際には地域の人をもてなす役割を果たしてきたため、新居でも休憩所として使えるようにしつらえました(写真撮影/大西尚明)

ざっと室内見学を終えて、最後に質疑応答をし、1時間程度で見学会は終了となります。

気になる建築費については、高断熱高気密住宅を作っている工務店に依頼し、その工務店の平均坪単価よりも10%程度アップで収めたとのこと。10%で収まるのもまた驚きですが、これから上がり続けるであろう電気代を考えると、収支としては十分、合うのはないのではないでしょうか。

「それでもね、(実家の相続で)土地代がかかっていないから、と自分にいい聞かせて、思い切りました」と持田さん。こうしたぶっちゃけトークがでたところで、緊張していた場がほぐれて笑顔が出るように。見学されたご夫妻は、最後に「できるものならこんな家を建てたいですよね」と感想をこぼしていらっしゃいました。わかります、その気持ち。

最後に持田さんは、「ほんとはね」といいます。
「日本の11月は、(パッシブハウスでなくても)多くの家で快適に過ごせるんです。パッシブハウスが真価を発揮するのは、真冬。外はマイナスなのに室内は20度というのを体感したら、印象がまた異なるはずです。パッシブハウス・ジャパン独自で、真冬の見学会を企画してますので、気になる人は予約して足を運んでみてほしい」と続けてくれました。

家の光熱費が気になる人はもちろん、気候変動が気になる人、これからの住まいの温熱環境について考えている人は多いはず。なんとなくでも興味のある人は、一度、見学してみて損はないと思います。きっと実りの多い時間となることでしょう。

●取材協力
パッシブハウス・ジャパン

ハイスペックなエコハウスが並ぶ「山形エコタウン前明石」誕生! 全棟トリプルガラス搭載

JR山形駅から東へ車で20分ほど山形市の郊外に、新たに土地一区画が約210~260平米弱の建売住宅地の開発が進められている。名称は「山形エコタウン前明石」といい、その名の通り、エコを重視した住宅地である。東北芸術工科大学(山形市)と地元デベロッパーの荒正(山形市)、そして、アウトドアブランドのスノーピーク(新潟県三条市)がタッグを組んで立ち上げた。1棟の価格は3600万円台~4100万円台、間取りは3種類だ。6月末の暑い日、筆者は現地の見学会に訪れた。
エアコン1台で1年中、快適な室温をキープ

「山形エコタウン前明石」の大きな特徴はまず、全19区画に建つ予定の建売住宅が、すべてハイスペック・エコハウスであることだ。室内の温熱環境を保つため、外・内断熱を施し、窓にはペアガラスどころかなんとトリプルガラスの樹脂サッシを採用している。これは、今回採用した「ファース工法」に基づくもの。建物を高気密・高断熱に仕立て、小屋裏に取り付けたエアコン1台で、壁内から床下まで一定の温度の空気を循環させて、1年中、快適な室温を保つシステムである。北海道を拠点とする工務店が特許を取得している工法だ。建物の基本設計は東北芸術工科大学、実施設計はエネルギーまちづくり社(東京都)が担当した。

また、全住宅とも省エネルギーを目指し、自然冷媒ヒートポンプ給湯機、太陽光発電システムといった設備を標準搭載。ちなみに、年間の冷暖房の消費電力料金は約6万8000円と、山形県の平均的な料金の5割程度だという。この設備のみで、冬は半そでで過ごせるほど家全体が暖かく、夏は適度な涼しさを保てる。

「これは、HEAT20(2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会)が設定する、G2グレードをクリアしています」と、当住宅地の企画に関わった、東北芸術工科大学の教授であり建築家の竹内昌義氏は話す。
そもそも寒冷な山形県では、室内の温度変化で急激な血液低下を起こす「ヒートショック」で入浴中に亡くなる人が交通事故死よりも多く、2016年度には200人以上だった。こうした事情を問題視した県では、「やまがた健康住宅」という定義をつくり、住宅の高気密・高断熱化を推奨・サポートしている。

小屋裏の様子。高性能エアコンと熱交換式換気扇のほか壁内などに適温を送り込むダクトがある(写真撮影/介川亜紀)

小屋裏の様子。高性能エアコンと熱交換式換気扇のほか壁内などに適温を送り込むダクトがある(写真撮影/介川亜紀)

室温や気温を確認できるパネルをリビングに設置(写真撮影/Isao Negishi)

室温や気温を確認できるパネルをリビングに設置(写真撮影/Isao Negishi)

高気密・高断熱に徹したから実現した、大きな窓と広々した間取り

こうした高気密・高断熱住宅を設計する際に課題となるのが、住宅の開放感だ。延べ床面積は94.67~125.86平米と、都市部に比べ住宅が広い傾向にあるこのエリアとしては比較的コンパクト。室内の温かさは開口部から逃げるので、それを防ぐために、通常であればどうしても窓は小さくせざるを得ない。そこで、ここの建売住宅は、断熱性の高いトリプルガラスを採用することで、開口部を大きく取った。そのため、外の景色が見渡せるようになり、視覚的に広がりが増した。

また、間取りにも工夫して開放感を加えた。間取りは「吹き抜けのある家」「土間のある家」「デッキテラスのある家」の3種類。いずれも間仕切り壁を最小限にしたほか、1階玄関をリビングダイニングと一体化させた土間にする、1階から2階まで吹抜けにするなどだ。
とはいえ、こうした間取りがすんなりと決まったわけではない。「デッキテラスのある家」は2階にリビングダイニングを設け、そうした家族がくつろぐスペースからの眺望の良さと開放感が売りだ。首都圏では人気でも、ここ山形県では事情が異なった。

「リビングダイニングは1階にあること、また、部屋数が多い住宅のほうが売れます。ところが、竹内さんから提案された間取りのひとつは、2階にリビングダイニングのみがある。お客様の反応が不安でした」と、荒正の代表取締役、須田和雄氏は思い返す。
しかし、オープンハウスに訪れた30代夫婦に感想を聞くと、「リビングは1階にあるのが当たり前だと思っていましたが、実際にモデルハウスに入ってみると(日常生活に不自由はなさそうで)違和感はありませんでした」という答えが返ってきた。

1階のLDKからデッキにつながり、玄関が5.9畳の土間になっている住棟(写真撮影/介川亜紀)

1階のLDKからデッキにつながり、玄関が5.9畳の土間になっている住棟(写真撮影/介川亜紀)

土間の様子。カーポートから直結している(写真撮影/介川亜紀)

土間の様子。カーポートから直結している(写真撮影/介川亜紀)

2階にLDKを配置した住棟。この掃き出し窓からも大型のデッキが連続する(写真撮影/介川亜紀)

2階にLDKを配置した住棟。この掃き出し窓からも大型のデッキが連続する(写真撮影/介川亜紀)

デッキ部分。ホームパーティーが楽しめる広さ(写真撮影/Isao Negishi)

デッキ部分。ホームパーティーが楽しめる広さ(写真撮影/Isao Negishi)

緑豊かなランドスケープ、アウトドアリビングでコミュニティ形成を狙う

もうひとつの特長は、全体のランドスケープだ。敷地の境界線上は住民が誰でも散歩できるように、幅90cmの遊歩道になる。その中のいくつかの場所には、住民が自由に使えるベンチや井戸を配する予定だ。また、それぞれの住宅は塀などで囲まず、いくつかの箇所に常緑樹のシラカシや四季を感じられる樹木を植えて緩くゾーニングするのみだ。それぞれの庭はアウトドアリビングである。バーベキューグリルなどのアウトドア用品を置き、思い思いに楽しむ。
そのうちに、各住宅の草木が茂って住宅地全体が緑で一体化し、それぞれのアウトドアの楽しみも隣家同士でつながっていく。その姿に象徴されるように、徐々にコミュニティが形成されていくことを企画者たちはイメージしている。「室内が暖かいとかえって外に出るようになるのではないでしょうか。アウトドアの仕掛けがあればなおさらです」(竹内氏)

こうしたエコハウスにバーベキューなどアウトドアの楽しみを組み合わせる提案をしたのは、スノーピークである。同社営業本部東日本事業創造部シニアマネージャーの吉野真紀夫氏はこう話す。「オール電化も重要ですが、高性能な住宅に住みつつ、昔からの自然な火を囲む暮らしも目指したいと考えました」
山形では、仲間が集まり、屋外でサトイモの鍋を煮炊きする「芋煮会」という慣習があり、アウトドアに抵抗がないという声もあったようだ。

完成後のイメージパース。住棟が緑に囲まれ庭や通りで住人が交流している(資料提供/荒正)

完成後のイメージパース。住棟が緑に囲まれ庭や通りで住人が交流している(資料提供/荒正)

完成後の街並みの模型。住棟の間には塀などがなく、住宅地全体がゆるくつながる(写真撮影/介川亜紀)

完成後の街並みの模型。住棟の間には塀などがなく、住宅地全体がゆるくつながる(写真撮影/介川亜紀)

住棟の間には歩道をつくる。これに沿って植栽が計画されている(写真撮影/介川亜紀)

住棟の間には歩道をつくる。これに沿って植栽が計画されている(写真撮影/介川亜紀)

岩手県の注目住宅地、「オガールタウン日詰二十一区」がヒントに

そもそも、なぜ、このような建売の高気密・高断熱のエコハウスと、緑豊かなランドスケープが融合した“ハイスペック”な住宅地がここに誕生することになったのだろうか。

きっかけは3年前に遡る。地主から相談を受け、現住宅地の敷地を荒正が購入する運びとなった。そこは市街化調整区域であり、当時は住宅地として開発することはできなかった。実際に着手したのは、市街地調整区域の開発要件が緩和された後の2018年のことだ。
しかし、すでに敷地購入当初から、荒正の須田氏は建売の住宅地として展開する計画を想定していたのだという。駅から遠く、利便性が優れているとはいえない場所であるからこそ、確実に販売するため、近隣の住宅地より明らかにエッジが立っている住宅地にしたいと考えた。
その具体的なコンテンツのひとつが、建売の住宅をハイスペックなエコハウスに仕立てること。そこで、東北芸術工科大学の竹内氏にアドバイスを求め、企画を進めた。もうひとつが緑豊かなランドスケープだ。「一昨年訪れた、岩手県紫波町にある『オガールタウン日詰二十一区』を見て“これだ!”と感じた。緑に囲まれた、まるで公園のような心地よさをもつエコハウスの住宅地でした」と須田氏。
紫波町を訪れたときの縁で、ランドスケープやアウトドアをキーに住民のコミュニティ形成をデザインする、スノーピークの合流も決まった。

「オガールタウン」の様子。「オガールタウン日詰二十一区」は町役場そばにある56区画の住宅地(写真撮影/エネルギーまちづくり社)

「オガールタウン」の様子。「オガールタウン日詰二十一区」は町役場そばにある56区画の住宅地(写真撮影/エネルギーまちづくり社)

すでに購入手続きに入った30代の3人家族に、当住宅地の気に入ったポイントを聞いてみると、「居住中の賃貸マンションは、夏は暑くて冬は寒く、結露が原因でカビも生えます。このエコハウスは(断熱性が高く)そういう悩みは少ないのかもしれません。今よりランニングコストが抑えられるのはいい」「スノーピークのアウトドアグッズはおしゃれなイメージ。庭や周囲の散歩道にあるならぜひ使ってみたい」「コストパフォーマンス重視の住宅でなくていい」といった回答だった。

この住宅地に同じように魅力を感じる、住環境への価値観が近い居住者がこれから集ってくるだろう。そこから生まれる新たなつながりで、この住宅地のコミュニティやランドスケープ、もしかすると住宅も独自の変化を遂げていくのではないか。全住棟に居住者がそろった1年後、2年後にまた取材に訪れたい。
(構成・文/介川 亜紀)

●取材協力
・東北芸術工科大学
・スノーピーク
・荒正
・ファース工法
・エネルギーまちづくり社