省エネ先進県・鳥取、中古住宅の省エネ性能を資産価値として評価! 「築22年以上の住宅も価値がゼロにならない」評価法を来年4月スタート

住宅は築22年以上になると価値がゼロになる――。そんな古い慣習を日本からなくしてしまうかも知れない委員会が今、鳥取県で開かれています。その名は「鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会」。高気密・高断熱の住宅価値が高まる評価プログラムづくりを目的にしたもので、別に古い慣習を打ち破ってやろうという、血気盛んな人々の集まりではありません。鳥取県が、県民の豊かで健康な暮らしのために、設置した委員会です。

始まりは国の基準より高い高断熱・高気密の住宅促進から

同委員会を紹介する前に、まずは鳥取県がこれまでに取り組んできた住宅に関する施策について説明しておく必要があります。

令和2年(2020年)から、鳥取県は「とっとり健康省エネ住宅普及促進事業」をスタートさせました。独自に国の基準より高い、家の「断熱」と「気密」の性能基準「NE-ST」を設け、NE-STを満たす家づくりを推奨・助成するという事業です。

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ちなみに「寒い北海道や東北地方でもない鳥取県がなぜそこまで?」と思う人もいるかもしれませんが、同県のシンボルである大山(だいせん)にスキー場があるように、冬になれば雪が積もる地域です。そして2014年時点(※)では、冬季の死亡増加率割合が全国の都道府県でワースト16位だったのです。

※慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出(出典/慶應義塾大学 伊香賀研究室提供資料)

だいせんホワイトリゾート(写真/PIXTA)

だいせんホワイトリゾート(写真/PIXTA)

死因のすべてが、冬に多いヒートショックによって引き起こされる心疾患や脳血管疾患等とはいいませんが、少なくとも家の断熱・気密性能を高めれば、こうした疾患を防ぎやすくなります。

こうして始まった新築住宅へのNE-STの認定制度。「国の基準より高い」と述べましたが、ではどれくらい高いのかというと、下記表のとおりです。

(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

※断熱性能(UA値):建物内の熱が外部に逃げる割合を示す指標。値が小さいほど熱が逃げにくく、省エネ性能が高い
※気密性能(C値):建物の床面積当たりの隙間面積を示す指標。値が小さいほど気密性が高い
※ZEHは、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウスの略。断熱化による省エネと太陽光発電などの創エネにより、年間の一次消費エネルギー量の収支をプラスマイナス「ゼロ」にする住宅をいう

令和2年7月からNE-ST認定住宅の助成が始まりましたが、鳥取県住宅政策課企画担当の槇原章二さんによれば「初年度である令和2年(2020年)度は、新築の木造一戸建てにおけるNE-ST認定住宅の割合は約14%でした。それが令和4年度(2022年4月~2023年3月)には約31%まで伸びています」。つまり、施主の3人に1人はNE-STを建てたことになります。

またNE-STを建てるには県に登録された工務店等に依頼しなければなりませんが、「現在は県内の住宅供給者の約8割がNE-STの登録事業者です」(槇原さん)。要するに、認定されていない事業者を探すほうが難しいほどになっています。

新築だけでなく既存住宅に対しても認定&補助金制度を拡充

もちろん、住宅は新築ばかりではありません。既存住宅に対してもNE-ST同様の高断熱・高気密化のリフォームを促す「とっとり健康省エネ住宅改修支援事業補助金」制度が令和4年(2022年)7月から始まりました。

こちらは、上記「NE-ST」の「T-G1」基準同等の断熱リフォームを行った既存住宅を「Re NE-ST」認定住宅として助成するだけでなく、住宅の一部のみ「T-G1」基準同等の断熱リフォーム(ゾーン改修)を施したり、国の省エネ基準をクリアする断熱リフォーム(国省エネ基準改修)を行った場合のみでも、県が助成してくれる制度です。

工事費および補助金額の高い順に“「Re NE-ST」>ゾーン改修>国省エネ基準改修”となる(出典/鳥取県庁住宅政策課)

工事費および補助金額の高い順に“「Re NE-ST」>ゾーン改修>国省エネ基準改修”となる(出典/鳥取県庁住宅政策課)

「住宅全体をRe NE-ST基準まで引き上げるには、やはり家全体を改修すると費用がそれなりにかかります。そこで、予算やライフスタイルに応じた省エネ改修がしやすいようにしました」(槇原さん)

例えば「子育てを終えて今は夫婦2人で暮らしているので、2階はあまり使っていない」といった場合などは、老後の快適な暮らしを考えて、普段生活をする1階だけRe NE-ST基準まで改修して費用を抑える「ゾーン改修」を選ぶことができます。

さらに賃貸住宅についても、NE-STの基準を満たせば、新築・改修を問わず賃貸住宅のオーナーに対して助成が施されます。

「健康的な暮らし」の好サイクルを「古い慣習」が阻んでいた!?

確かに、こうやっていけば鳥取県民が豊かで健康的に暮らせそうです。とはいっても、新築でもリフォームでも、性能の高い家を建てようとするとそれなりに費用はかさみます。施主にとっては、この先の暮らしに“投資”することになります。

ところが現状の建物の評価方法では、木造住宅の場合、築22年で価値がゼロになってしまいます。税法上の木造住宅の減価償却年数が22年なのですが、この数字が建物の評価にも慣習的に使われるようになったためだといわれています。

つまり、せっかくお金をかけて快適な自宅を建てた(あるいはリフォームした)としても、22年たてば何もしていない住宅と価値が同じだと評価されてしまうのです。これでは費用のかかるNE-STを建てたり、Re NE-ST改修を行おうという意欲を削ぎかねません。

「従来の建物の評価方法は、築年数と床面積で評価され、性能や改修が評価されにくかったのですが、例えばアメリカでは、改修などの投資が資産価値に反映されます。」(槇原さん)

国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル平成25年度報告書」より。アメリカでは住宅投資額の累計(グラフの赤い折れ線グラフ)と住宅資産額(青い棒グラフ)が比例しているのに対し、日本では比例していないことが一目瞭然。アメリカと日本の差額を国土交通省は「失われた500兆円」と表現している(出典/国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル 平成25年度報告書(案)」)

国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル平成25年度報告書」より。アメリカでは住宅投資額の累計(グラフの赤い折れ線グラフ)と住宅資産額(青い棒グラフ)が比例しているのに対し、日本では比例していないことが一目瞭然。アメリカと日本の差額を国土交通省は「失われた500兆円」と表現している(出典/国土交通省「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル 平成25年度報告書(案)」)

上記の国土交通省がまとめた報告書「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル平成25年度報告書」の資料では、アメリカでは「大規模なリフォーム投資も住宅投資・資産額に反映」されているのに対し、日本はリフォームしてもそれが「住宅投資・資産額に織り込まれ難い」と指摘しています。

「これでは、何をやっても築22年で価値がゼロになる住宅を建てるために、多くの人が35年ローンを組んでいることになってしまいます」(槇原さん)

費用をかけただけ住宅の価値を高める「鳥取県版評価法」

NE-ST/Re NE-STを推進したい鳥取県としては、こうした現状の評価方法を何とか変えられないかと考えるのは当然の流れ。そこで集められたのが冒頭の、「鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会」というわけです。

(写真提供/鳥取県)

(写真提供/鳥取県)

委員長には、NE-ST基準の設定以来携わっている慶応義塾大学の伊香賀俊治教授が就任。また優良住宅部品(BL部品)認定事業や、住宅の部品・部材等の評価・試験などを行っているベターリビング住宅・建築評価センターの斉藤卓三氏といった面々が加わっています。

なかでも注目したいのは、鳥取県宅地建物取引業協会長の長谷川義明氏と全日本不動産協会鳥取県本部長の細砂修二氏というように、実際に住宅の売買を担う不動産業界の大手2団体からも参画を得ていることです。せっかく評価プログラムを作成しても、それを使ってもらわなければ意味がありません。その点、大手2団体が委員会として推進していく立場であることは、大きな意味を持っているといえます。

同委員会が鳥取県とともに目指すのは、下記のような独自の「鳥取県版評価法」です。

従来評価法と鳥取県版評価法の比較

鳥取県版では、従来は評価されにくかったリフォームや住宅の性能についても評価できるようにしようと考えている

上記表内にある「目標使用年数」とは、従来の減価償却年数に変わるものと捉えるとわかりやすいでしょう。例えば木造(木造軸組工法)の場合、旧耐震基準で建てられた住宅の躯体の目標使用年数を40年とし、新耐震基準なら50年、2000年耐震基準(※)なら60年、という具合に、耐震性の高い住宅は資産価値が高いことを示す「目標使用年数」を定めていくのです。

※2000年耐震基準とは、阪神・淡路大震災で多くの木造住宅が倒壊したことから、特に木造軸組工法に関して厳しい基準を設けた耐震基準のこと。現行の耐震基準とよく呼ばれている。

従来評価法と鳥取県版評価法の経年による評価の違いのイメージ

上記は、従来の評価法なら22年で価値がゼロになるが、新築時に性能の高い住宅を建てれば60年で価値がゼロになることを示す。またリフォームやインスペクション(建築士や住宅診断士などの専門家が、住宅の劣化レベルなどを診断すること)によってはさらに価値が長く残る(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

上記は、従来の評価法なら22年で価値がゼロになるが、新築時に性能の高い住宅を建てれば60年で価値がゼロになることを示す。またリフォームやインスペクション(建築士や住宅診断士などの専門家が、住宅の劣化レベルなどを診断すること)によってはさらに価値が長く残る(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

また上記を見れば、住宅の性能を高める投資(初期投資費用やリフォーム費用)を行うほど、資産の“延命”が図られることがわかると思います。

下記を見れば「お金をかけて性能・品質のよい家を建てると、資産価値が高まる」ことがよりイメージしやすいでしょう。

評価のイメージ(築12年の木造住宅(木造軸組工法)の場合)

上記表のように、水まわり設備や電気設備なども評価の対象だ。また台所設備に表の普及品より性能の高い高級品を備えていると、住宅の価値に反映される仕組みになっている(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

上記表のように、水まわり設備や電気設備なども評価の対象だ。また台所設備に表の普及品より性能の高い高級品を備えていると、住宅の価値に反映される仕組みになっている(出典/鳥取県版住宅性能等評価指針策定検討委員会(第1回)資料)

上記表内の「残存年数」とは、「目標年数(目標使用年数)」から築年数を引いた数字になります。例に取り上げられているのは、2000年耐震基準で建てられた築12年の木造住宅ですから、目標使用年数60年-築年数12年=48年が「残存年数」となります。

また「グレード補正率」とは、グレードの高い装備の場合は価値が高いと評価されるようにした指標で、例えば表内では壁に普及品のビニルクロスが使用されているので、グレード補正率は100%ですが、高級な壁クロスの場合は割増しするなどして、その価値の高さが評価額に反映されるようになります。

ちなみに、実際にある住宅を鳥取県でシミュレーションしてみたところ、下記のように実勢価格と大きなズレはないものの、微妙な差がありました。

実勢価格との差額

いずれも仕様は中級品とし、リフォーム履歴はなしとしてシミュレーションした場合

この差額について槇原さんはこう話します。「実際に取引される価格は建物だけでなく、周囲環境など立地の条件や、これまでの販売実績などから建物価格が算出されるでしょから、鳥取県版評価法よりも高かったり、低かったりしているのだと思います」

別の見方をすれば、現状は築22年以上の建物の価値はゼロ、あとは立地と、ここならこれくらいで売れるだろうという、買い手と売り手の間に立つ不動産会社の“長年の経験値”から価値が決まっているということ。ですから売り手も買い手も、本当にこの金額が適正なのか、判断しようがありません。

しかし鳥取県版評価法を使うと、しっかりと建物の価値を売り手/買い手が理解した上で、立地条件を考慮して、両者も納得の、少なくとも売り手としてはわが家の価値を把握した上で売りに出すことができます。

今後の鳥取県版評価法を定める流れとしては、建築や不動産などの関係団体と鳥取県でコンソーシアムを組織し、実務者によるワーキングを開催して、そこで評価の指針や評価プログラムなどを詰めていきます。それを元に今度は先の委員会に諮り、最終的にコンソーシアムが定めていくというイメージです。

また、こうした鳥取県版評価法を実際に不動産会社に使ってもらえるよう、なるべく簡単に操作できる評価システムを用意しなければなりませんが、それは一般社団法人建物評価研究機構の「THK住宅査定システム」をベースに同機構と県及び関係団体の協働により製作します。

県民が健康に暮らすようになれば鳥取県は実入りが増える!?

こうして見てくると、鳥取県の取り組みは、国が行っても不思議ではない内容です。確かに県民のために性能の高い住宅を普及させたい、そのためには性能の高い住宅をきちんと評価できる仕組みが必要だ、というのはわかりますが、だからといって、なぜ鳥取県がここまで行うのでしょうか。

「まず1つは、NE-ST/Re NE-STが普及することで地場産業が活性化するため、県としては税収の増加につながります。リフォームでいうと、従来は100万~200万円のリフォーム費用が多いイメージでしたが、Re NE-ST認定住宅の平均工事費はだいたい2000万円くらいです。昨年から始まったばかりなので、まだ事例件数は10件ほどですが、こういった大規模なリフォームにより市場が拡大してきていることは大きいと思います」(槇原さん)

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

しかも、新築と比べてリフォームに携わる事業者は県内企業が多いので、より地場産業の活性化につながりやすいそうです。それに、高断熱・高気密の住宅で多くの県民が暮らせるようになれば、長い目でみると医療費の削減にも繋がるのではないでしょうか。

「また、空き家問題の解消にもなるのではないかと期待しています。現在は、子どもが成長して家を離れても、たいていは夫婦2人であまり使わない2階を抱えたまま、最後まで暮らします。なぜなら従来の評価方法では、たとえNE-ST認定住宅だったとしても思うような金額にならないので、移り住むことは難しいからです」(槇原さん)

しかし、鳥取県版評価法によって資産価値が高まれば、自宅の売却益を元手に老後の2人の生活に合った住宅に移り住むことができるかもしれません。

「一方の買い手としては、新築住宅はハードルが高いといった若い世代が考えられます。これから子育てなどでお金がかかるため、なるべく出費を抑えたい彼らが、NE-STの中古住宅の購入や、中古住宅を買ってRe NE-STするなら、と考えてくれるかもしれません」(槇原さん)

そんな風に、ライフステージに応じた住み替えが進んで行くのでは、と槇原さんは期待しています。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「さらに、こうして住宅の寿命が延びることで、解体による廃棄物の抑制につながれば、SDGsでもあると思います」(槇原さん)

こうした鳥取県の取り組みに対し、既に全国の工務店などから問い合わせが多数あるそうです。「やはり性能の高い住宅をつくっている事業者は、自分たちの仕事をしっかりと評価してほしいと思っているのではないでしょうか」(槇原さん)

なかには「指針にはこんなことを盛り込んでほしい」など、メッセージを寄せる工務店もあるのだとか。これを機に各地で工務店レベルからのボトムアップが起これば、他県でも鳥取県同様の施策が行われるかもしれません。「他県で鳥取県版評価法を使いたい場合は、建物評価研究機構のシステムが使用できます」(槇原さん)。そうなれば、全国から「築22年以上だから価値はゼロになる」という古い慣習が消える日も近いのではないでしょうか。

鳥取県では来年の4月から鳥取県版評価法の運用を開始する予定。果たして古い慣習の消滅が始まるのでしょうか? 期待を込めて注目しましょう。

●取材協力
鳥取県
●関連サイト
鳥取県建築物環境総合性能評価システム「CASBEEとっとり」

百貨店、閉店ラッシュで奮起。鳥取大丸と伊勢丹浦和店、地元民デイリー使いの“たまり場”へ

2019年以降、郊外中核都市における百貨店の閉店ラッシュが続いています。その一方で、街の百貨店では今、住民と一体となり活性化させる動きが出てきました。今回は、鳥取県鳥取市「鳥取大丸」と埼玉県さいたま市「伊勢丹浦和店」に、「愛する街をもっと自分ごとに」する地方百貨店での新たな取り組みについてお話を伺いました。

地方老舗百貨店が、市民参加型スペースを導入する一大決心

2020年4月、「鳥取大丸」(鳥取県鳥取市)の5階と屋上に「トットリプレイス」がオープンしました。ここは創業や、イベントを実施してみたい市民が、自身の力を試して挑戦することができる市民参加型の多目的スペースです。
フロア内には1日単位から飲食店舗を出店できる「プレイヤーズダイニング」、菓子製造のできる工房「プレイヤーズラボ」、調理器具・機材の揃ったキッチンスペースでパーティや料理教室などができる「プレイヤーズキッチン」、屋上には音響施設を完備したステージがあり、ライブやパフォーマンスの発表の場にも使える「プレイヤーズガーデン」などバラエティにあふれています。

こうしたシェアキッチンや創業支援スペースなどは、都市部では増えてきていますが、地方でかつ百貨店での取り組みとなると、珍しい試みのように思います。コロナ禍でのオープンとなりましたが、5店舗分の区画があるチャレンジショップは、既に多くの人がトライアルしているそう。

トットリプレイス内にある、月単位で借りられるチャレンジショップブース「プレイヤーズマーケット」。ここには雑貨やアクセサリー作家などで、初めてお店経営に挑戦したいという人がトライアルで出店している。(画像提供/鳥取大丸)

トットリプレイス内にある、月単位で借りられるチャレンジショップブース「プレイヤーズマーケット」。ここには雑貨やアクセサリー作家などで、初めてお店経営に挑戦したいという人がトライアルで出店している。(画像提供/鳥取大丸)

「ここに勤めて30年経ちますが、栄枯盛衰ありました。開店当時からリニューアル前の2018年までの間に売上は約3分の1となり、従業員の数も減っています。街に住む市民が高齢化し、若者が街から離れていくなかで、百貨店としても従来のスタイルを続けていてはいけない、と危機を感じていました」そう話すのは、鳥取大丸の田口健次さん。2年がかりで“百貨店再生”をテーマにリニューアル計画を立て、オープンにたどり着いたそうです。

現在の鳥取大丸の現在の外観。前身の丸由百貨店を経て1949年にオープンした、地域を支える百貨店(画像提供/鳥取大丸)

現在の鳥取大丸の現在の外観。前身の丸由百貨店を経て1949年にオープンした、地域を支える百貨店(画像提供/鳥取大丸)

街の人にとって“ハレ”の場所ではなく、“デイリー”な場所でありたい

「トットリプレイス」のある5階は、リニューアル前までは催事場として使用されてきましたが、催事イベントは常に実施されるものではないため、スペースを有効活用しきれているとは言い難い状況でした。百貨店にとって、催事は売上や客足への起爆剤となる大切なイベントですが、田口さんはこの広いスペースをもっと「市民が日々愛着を持って足をのばしてくれる場所」にしたいと考えて、市民参加型活動の場へと転じる決意をしたそうです。

トットリプレイスにリニューアル前は、催事場だった5Fフロア。写真は2010年頃の催事の様子(画像提供/鳥取大丸)

トットリプレイスにリニューアル前は、催事場だった5Fフロア。写真は2010年頃の催事の様子(画像提供/鳥取大丸)

リニューアル後のスペースには展示エリアも設けられている(画像提供/鳥取大丸)

リニューアル後のスペースには展示エリアも設けられている(画像提供/鳥取大丸)

プレイヤーズダイニングスペースでは、飲食物の販売が可能(画像提供/鳥取大丸)

プレイヤーズダイニングスペースでは、飲食物の販売が可能(画像提供/鳥取大丸)

実は、もともと百貨店から程近い場所に、市民スペースである男女総合参画センターがありました。しかし百貨店のリニューアルを機に合併させ、キッチンやショップなどのスペースを充実させて、設備を整えました。

5階トットリプレイスのフロアマップ。市民参加スペースに加え、飲食店もそろう(画像提供/鳥取大丸)

5階トットリプレイスのフロアマップ。市民参加スペースに加え、飲食店もそろう(画像提供/鳥取大丸)

「リニューアルをしたことで、人の流れが少しずつ変わってきたように思います。以前は街のなかに本当に若い世代の人がいるのか?と思うほど見かけることがなかったのが、リニューアル後は、街中でも今まで百貨店内であまり見なかった若い世代の人を見かけるようになりました。『トットリプレイス』を訪れ、その足で店内で食事や買い物をする、という流れも生まれているようです。百貨店も、もはや物を売るだけではない時代。こうした憩いの場のような、市民の“ハレ”だけではなく“日常”に寄り添えることがこれからは大切なのだと感じています」(田口さん)

まだまだ長引くコロナ禍で、制限を設けながらスペースを使用しており、試行錯誤が続いています。アフターコロナにはさらに市民の姿でにぎわう様子が待ち遠しいですね。

眠っていた屋上スペースを利活用、市民にイベント企画を委ねて地域活性化

一方、市民団体にイベントの企画を委ねて百貨店の活性化に取り組んでいるのは、「伊勢丹浦和店」(埼玉県さいたま市)です。

伊勢丹浦和店の外観(画像提供/伊勢丹浦和店)

伊勢丹浦和店の外観(画像提供/伊勢丹浦和店)

ずっと手を入れていなかった屋上の“有効活用”と、市民のチャレンジの場とすることを目的に、2019年10月19日、20日に「うらわLOOP☆屋上遊園地」を実施しました。共同主催したのは、パパ友たちが立ち上げた一般社団法人「うらわClip」。屋上にメリーゴーラウンドやこどもサーキットなどのアトラクションを設置したほか、地元店によるマルシェをオープンし、日ごろは閑散としている屋上が大にぎわい。2日間で約4000人が来場しました。

2019年の「うらわLOOP☆屋上遊園地」実施時の様子。3世代ファミリーでの来場も目立ち、屋上遊園地を楽しむ姿が見られました(画像提供/伊勢丹浦和店)

2019年の「うらわLOOP☆屋上遊園地」実施時の様子。3世代ファミリーでの来場も目立ち、屋上遊園地を楽しむ姿が見られました(画像提供/伊勢丹浦和店)

伊勢丹浦和店の担当者である甲斐正邦さんと「うらわClip」の共同代表である長堀哲也さんは、約6年前に地域の市民祭で知り合ったそう。「意気投合をして“いつか一緒に何かをやりたいね“と話していて。その後、屋上遊園地の実現となりました」と話す長堀さん。

2021年秋には、伊勢丹浦和店40周年記念のイベントとして、デパートの屋上文化の新たな価値を生み出す「デパそらURAWA」を10~12月の土日祝限定でオープン。このために再び市民団体「デパそら実行委員会」を立ち上げて、伊勢丹浦和店との共催という形をとりました。

「都市型アウトドアスペース」をコンセプトに、屋上にハンモックやテントを備えるほか、地元ミュージシャンのライブを開催するほか、地元とつながりのあるクラフトビール店が出店するなど、駅前スペースでありながらもアウトドア気分を満喫できる空間になりました。

「デパそらURAWA」実施時の様子。ウッドデッキやハンモックもあり、来場者は思い思いに過ごしていた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「デパそらURAWA」実施時の様子。ウッドデッキやハンモックもあり、来場者は思い思いに過ごしていた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ピクニックスペース以外にも子ども向けアトラクションやイベントもちりばめられていて、飽きることなく過ごせる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

ピクニックスペース以外にも子ども向けアトラクションやイベントもちりばめられていて、飽きることなく過ごせる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

アウトドアスペースは予約も可能。テントを貸し切って、3世代で誕生日パーティを楽しむ姿も。コロナ禍ということもあり、こうした屋外でのイベントニーズも高かったそう(写真提供/伊勢丹浦和店)

アウトドアスペースは予約も可能。テントを貸し切って、3世代で誕生日パーティを楽しむ姿も。コロナ禍ということもあり、こうした屋外でのイベントニーズも高かったそう(写真提供/伊勢丹浦和店)

ここ数年、夏のビアガーデン以外では活用されていなかった屋上スペースは、開店40周年を記念してリニューアル。「デパそら」という晴れやかなイベントに合わせてより使いやすく過ごしやすい空間にするべく、設備を大改装しました。ウッドデッキや青々と美しい芝生スペースが設けられ、見違える姿に変身し、今では誰もが心地よく時間を楽しめるパブリックスペースになっています。

改装前の屋上スペース。床面に無骨な風合いが残る(写真提供/伊勢丹浦和店)

改装前の屋上スペース。床面に無骨な風合いが残る(写真提供/伊勢丹浦和店)

改装後の屋上スペース。ウッドデッキも設置され、くつろげる憩いの空間に(写真提供/伊勢丹浦和店)

改装後の屋上スペース。ウッドデッキも設置され、くつろげる憩いの空間に(写真提供/伊勢丹浦和店)

そして、2022年春に「デパそらURAWA」が復活します。都市型アウトドアスペースに加え、夜はビアガーデンも楽しめるそう。百貨店という場に「日常」が味わえる場所が、朝から夜まであるというのは、市民にとっても嬉しいところです。

街をより良くするために、リスクよりも挑戦

市民主体で、百貨店でのイベントを実施するというのは、さまざまな課題やリスクもあったのではないでしょうか。

「もちろん、課題やリスクはゼロとは言えません。しかし、誰かが始めないとこうした面白い挑戦はできない。それに、“屋上”という誰も利活用できていなかった場所をより良くするには、十分すぎるほど魅力的なコンテンツでした。長堀さんとはすでに信頼関係が構築されていたし、彼は誰よりも浦和の街のことを想い行動できる人。この街にとって私たち伊勢丹ができることは、地元愛のある個人や団体が活躍できる場を作り出すことであり、屋上はその象徴的な場所だったのです」(甲斐さん)
「浦和で生まれ育った自分にとって、百貨店はやはり憩いの場であってほしいと思っています。街づくりの活動に参加・企画をしていて感じるのは、自分たちは街の特性を良くわかり、人脈は豊富にあるけれど、まちづくり団体だけではできることが限られる。こうした地域のシンボルのような百貨店と協業できれば、互いの良さを生かして、より浦和という街を盛り上げられます。そして何より願うことは、“デパそら”に訪れる子どもたちが暮らす街に愛着を持ち、自分ごととして捉えてくれること。そして未来において街づくりの担い手になってくれれば嬉しいです」(長堀さん)

伊勢丹浦和店の甲斐さん(向かって左)と、デパそら実行委員会の長堀さん(右)。立場は違えど地域を愛する気持ちは同じ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

伊勢丹浦和店の甲斐さん(向かって左)と、デパそら実行委員会の長堀さん(右)。立場は違えど地域を愛する気持ちは同じ(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

さまざまな立場の人を巻き込み、協業していくことが理想

日本に百貨店が誕生して100年以上が経ちました。ちょっと特別な買い物や食事ができる、レジャーを楽しむことができる「百貨店」は、地域の人の消費や憩いを支えてきた大切な場所です。しかし、時代を経て地域の中でより長く根付いていくためには、「挑戦すること」「市民との協業」が必要だと、2店の担当者は話します。“街をよくしたい”という思いは市民も、周辺の商店も、大型施設であるショッピングセンターや百貨店もみな同じです。転換期に差し掛かる百貨店も、街の“キーマン”たちと協力し、新しい価値を模索し始めています。

●取材協力
・鳥取大丸
・伊勢丹浦和店
・デパそら実行委員会
・うらわClip

「日本の省エネ基準では健康的に過ごせない」!? 山形と鳥取が断熱性能に力を入れる理由

在宅勤務が増えた人も多いだろうが、そうなると気になるのが今年の夏の冷房費。さらに今冬の暖房費もきっと……? そんななか、山形県が2018年に、鳥取県が2020年に国の省エネ基準のほぼ倍となる厳しい断熱基準を打ち出し、それに適合する省エネ住宅を推進している。なぜ国より厳しい基準を設けたのか、家を建てる私たちにどんなメリットがあるのか? 各県の担当者に話を聞いた。
ヒートショックによる死亡者数が交通事故の約4倍!?

国民が健康的な生活を送れるようにと定められているのが、省エネルギー基準(以降、省エネ基準)だ。この省エネ基準をクリアすることは家を建てる際の義務ではないが、例えば金利の優遇を受けられ【フラット35】S 金利Bプランの利用条件の1つに、「断熱等性能等級4」がある。これは現在の国の省エネ基準に相当する。また住宅ローン控除や固定資産税優遇制度などが受けられる長期優良住宅の「省エネルギー対策」も断熱等性能等級4が条件となる。

このように省エネ基準を満たす家づくりが推奨されている中、山形県は国の基準よりも高い「やまがた健康住宅基準」を2018年に定めた。これには同県ならではの切実な理由があった。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

「実は山形県でヒートショックによる死亡者数の推計値は年間200名以上。これは交通事故による死亡者数の4倍にもなります」と山形県県土整備部建築住宅課の永井智子さん。しかも山形県といえば寒い東北地方、というイメージだが、実は山形市や米沢市は盆地にあり、寒い地方だけれど夏は暑いという、寒暖差の大きい地域。大きな寒暖差は、体に悪影響を与える。ちなみに2007年に岐阜県多治見市に抜かれるまでは、74年間も1933年に山形市が記録した40.8度が日本一の最高気温だった(現在は2018年に記録した埼玉県熊谷市の41.1度が最高)。

では「やまがた健康住宅基準」が国の基準と比べてどれくらい高いのか。比較したのが下記図だ。

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較

「やまがた健康住宅基準」と国の省エネ基準やZEHの基準との比較(編集部作成)
※「国の地域区分」…国が省エネ基準を定める際、地域の気候に合った基準を定めるために全国を8つの地域に分けた区分のこと
※「UA値(外皮平均熱貫流率)」…住宅の断熱性能を示す。1平米あたりどれだけの熱が中から外へ逃げるのかを示しており、数値が低いほど断熱性能は高い
※「相当隙間面積(C値)」…住宅の隙間がどれだけあるかを示すもので、これも数値が低いほど気密性が高いことを示す

表内の「地域区分」は市区町村単位で決められていて、山形県の場合、地域区分は3~5に分かれているが、「やまがた健康住宅基準」は地域区分ごとに断熱性能の高低レベルとしてI~IIIの3つを設定している。一番低いレベルIIIでも、国の基準はもとより、ZEH(年間の一次エネルギー消費量がゼロ以下)の基準をも上回る。一番高いレベルIは、ZEHの約2倍という高い数値だ。

暖房を切って寝ても翌朝室温10度を下回らない家

もともと山形県は省エネ活動に積極的で、以前から学識経験者や県内の住宅関係者、環境や森林部門など各部署の人々から成る「山形県省エネ木造住宅推進協議会」を設けていた。この協議会の会長で、省エネ住宅に詳しい山形県東北芸術工科大学の三浦教授をはじめたとした学識経験者の方々に意見をうかがいながら「HEAT20」の基準を参考に「やまがた健康住宅基準」を定めることにしたのだという。

「HEAT20」が推奨するUA値は3つのレベルがあり、それが下記の数値だ。一番低いレベルの「G1」の数値を見ると、地域区分3では0.38、4なら0.46、5は0.48(いずれも単位はW/m2・k)。そう、山形県のレベルI~IIIの基準値と同じなのだ。

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較

HEAT20の断熱性能推奨水準と国の基準との比較(編集部作成)。ちなみに「HEAT20」とは地球温暖化やエネルギー問題に対応するため2009年に発足した「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」の略称。住宅の省エネルギー化を図るため、研究者や住宅・建材生産者団体の有志によって構成されている

ちなみに「HEAT20」では、「G1」レベルの家で地域区分3~5(山形県の全域が該当)の場合、冬の最低の体感温度が概ね10度を下回らない断熱性能があるとしている。「ヒートショックを防ぐためには、最も寒い時期でも就寝前に暖房を切り、翌朝室温が10度を下回らないように」(永井さん)という断熱の目的に合致した基準というわけだ。

「やまがた健康住宅基準」と認定された住宅を建てた場合は、県による「山形の家づくり利子補給制度」の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」として補助金を受け取ることができる。

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度

令和2年度 山形県の家づくり利子補給制度。所得1200万円以下の県内在住者を対象に、住宅ローンの当初10年間が対象。年度末に利子補給金が1年分振り込まれ、10年間で最大約80万円が交付される

上記表の「寒さ対策・断熱化型(やまがた健康住宅)」は「やまがた健康住宅基準」の認証を受けることが条件だが、認証制度を開始した2018年度で21件、2019年度で35件と着実に伸びている。「やはり暑さ寒さが身に染みている県民だからこそ、多少初期費用が高くても断熱性能の高い家を求めるのではないでしょうか」と永井さんは分析する。

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

鳥取県は山形県よりもヒートショックの危険が高い!? 

一方、同じ日本海側とはいえ山形県よりずっと西に位置する鳥取県も、同様に国の基準より高い「HEAT20」の基準を参考に、「とっとり健康省エネ住宅性能基準」を定めた。西の方だからさほど寒くないのでは?と思いがちだが、同県のシンボルの一つである大山(だいせん)にはスキー場もあるなど、冬になれば雪が積もる。鳥取県住まいまちづくり課の槇原章二さんによれば「国のスマートウェルネス事業にも携わっている慶応大学の伊香賀先生の調査によれば、鳥取県は全国の冬季の死亡率割合がワースト16位だったんです」という。

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの

慶応大学の伊香賀教授が、厚生労働省の2014年人口動態統計に基づいて月平均死亡者数を比較し、冬季(12月~3月)死亡増加率を算出したもの(出典/慶應義塾大学伊香賀研究室提供資料)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

大山鏡ヶ成の雪景色(写真/PIXTA)

すべての死因がヒートショックによるものかどうかまで精査するのは難しいが、冬の心疾患や脳血管疾患といえば、ヒートショックにより引き起こされる疾患の代表格。その数が寒冷な北海道や青森県よりずっと多いのだ。また上記グラフをよくみれば、死亡増加率の高い県は、意外と比較的温暖な地域がずらりと並んでいることに気づくだろう。「ヒートショックは寒い時期に起こりやすい→だから寒くない地域はそこまで心配する必要はない」という油断が、この結果を招いているのだと思われる。

一方で、上記の考え方に沿えば「寒い地域だからこそ、家の断熱性は高くしよう、家を暖かくしよう」と考える人が多いからこそ、寒冷な地域は数が少ないのかもしれない。とはいえ、上記表でベスト9位という山形県でも、先述の通り交通事故の4倍がヒートショックで亡くなっている。そう考えると東西南北を問わず、日本全体がヒートショックの危機にさらされているということになる。

(写真/PIXTA)

(写真/PIXTA)

そもそも日本は昔から高気密高断熱の真逆、通気性を重視する家づくりが盛んだった。吉田兼好は「家つくりやうは、夏をむねと すべし」と、夏のジメジメした気候に合う、通気性のよい家づくりをと、徒然草に書いたほどだ。日本人の多くは、断熱性の低い住まいが当たり前だったことから、室内温度は外気に左右されやすいもので、家にいても「夏は暑い、冬は寒い」「北は寒い、南は暖かい」のは当たり前、という考えが根付いたのだと思われる。なにしろ高気密高断熱の住宅という考えが日本に知られるようになったのは、西洋風の住宅が広まりだした1960~70年あたりからと、日本の歴史から見れば、つい最近の話なのだ。

全館空調システムを導入しても採算が取れる家

もともと県内で健康省エネ住宅の普及に取り組んできた民間団体であるとっとり健康省エネ住宅推進協議会(代表理事 谷野利宏)に県としても参加し、協議会で話し合いを重ねる中で、健康省エネ住宅の普及に向けて県としての省エネ住宅のモノサシをつくろうということになったという。

とっとり健康省エネ住宅性能基準

とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページより。ちなみに鳥取県のほとんどは国の定めた地域区分では、比較的温暖な地域の6にあたるが、同一市町村内でも標高差が大きい鳥取県では国の定めた地域区分も「実態に則していない」「消費者にとってわかりづらい」という課題があった(出典/鳥取県庁公式ホームページ「とりネット」)

「ヒートショックを防ぐためには、廊下も含めて住宅の隅々まで同じ温度であることが必要になります。そうなると全館空調システムは必須。では全館空調システムの効果を高めるためには、住宅の断熱性能がどの水準にあればいいのか、光熱費の削減率や高気密高断熱住宅を建てるコストはいくらほどになるのか、をシミュレーションすることから始めました」と、鳥取県住まいまちづくり課長の遠藤淳さん。

その際に、山形県同様「HEAT20」の断熱基準を元にシミュレーションしてみたのだという。「HEAT20」の基準を元に計算した理由は、遠藤さんは以前から日本の基準がヨーロッパなど世界と比べ低いことに課題感を持っていて「HEAT20」の基準が欧米で義務化されている水準であることからだそうだ。

シミュレーションの結果「初期投資があまり高くなりすぎず、全館空調の効果を高める断熱性能の基準がUA値0.48であることがわかりました。UA値0.48は「HEAT20」の基準で地域区分が5のG1に相当します。鳥取県はほとんどが地域区分6ですが、県全体の共通基準としてシンプルに示すため地域区分5のUA値を採用しました」(槇原さん)。それが上記表の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」の「T-G1」にあたり、国の基準値で建てた場合と比べると、光熱費を約30%削減できるというシミュレーションの結果となった。さらに断熱性能の高い「T-G2」や「T-G3」であれば、それぞれ約50%、約70%の削減に繋がる。「T-G2なら15年で初期費用の増額分を回収できるくらいの光熱費削減効果があります」と槇原さんはいう。やはり断熱性能が高ければ、光熱費を大幅に削減できるのだ。

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

「高断熱性能を実現するために最重要」と槇原さんが語るトリプルガラス(写真/PIXTA)

始まったばかりだが、省エネ住宅を建てられる施工会社は多い

先述のシミュレーション結果をもとに策定した健康省エネ住宅性能基準を軸に、鳥取県では令和2年(2020年)度から「とっとり健康省エネ住宅普及事業」をスタートさせた。上記表の通り、補助金制度も用意したが、まだその詳細が決まっていないころの2019年の年末の仕事納めの日に、遠藤さんたちは知事にこれらの事業について報告。さあ、年が明けたら忙しくなるぞ、と思っていたら知事が年頭の挨拶でこの「とっとり健康省エネ住宅普及事業」について発言したため、正月から各メディアに取り上げてもらえたという、うれしいサプライズがあった。

知事による発言の効果もあったのだろう、2月に行った施工会社等事業者向けの説明会には、想定を超える200名以上が参加。5月から6月にかけて事業者向けの技術研修にも271名もの参加者があったという。

この技術研修の最後に、平たくいえば試験が行われ、そこで合格した人が「とっとり健康省エネ住宅普及事業」の登録事業者になる。登録事業者が建てて、とっとり健康省エネ住宅性能基準を満たした住宅が「とっとり健康省エネ住宅」と認定される。7月末時点で登録事業者は設計が121人、施工が104人(両方取得した人もいる)。スタートしたばかりにも関わらず、いずれも想定以上の人数で、業界をあげて事業に積極的であることが伺える。

この状況に対して遠藤さんは「年頭の知事の発言で『県が本腰を入れて取り組む事業』と周知されたことで注目を集めたことと、事前説明会で、日本の基準が世界と比べてかなり低いということ、思いのほか無理のない費用で高気密高断熱の住宅が建てられること、光熱費の削減効果でゆくゆくは初期費用の増加分のもとが取れることを伝えたことで、事業者の方々にも魅力を感じていただけたのだと思います」

さらに「2021年から新築住宅に対して施主への省エネ基準の説明が義務化されたことも大きいのでは」と遠藤さんは指摘する。

実は、事前説明会に参加した事業者の約6割が、これまで建てた家のUA値を把握していなかったという。だとすれば、「とっとり健康省エネ住宅」の認定住宅を建てれば、この説明義務も果たせるし、商品として魅力的に映ると考えてもおかしくはない。

もちろん家を建てる側からすれば、難しい数字で説明されるより「国よりも厳しい基準の省エネ住宅で、T-G2というレベルなら15年で初期費用の増額分を回収できる」のほうが分かりやすく、しかも光熱費の削減の具体的な数字が見えるのはうれしい。

地方発の断熱性能向上革命は、成功するのか!?

先述のように、「とっとり健康省エネ住宅普及事業」は今年度に始まった事業で、事業者への研修も6月末でようやく終わったばかり。しかし、実は以前から「とっとり健康省エネ住宅性能基準」をクリアするほどの省エネ住宅を既に手がけている事業者もいるという。もちろん既に建てられた家は事業開始前ゆえ、補助金は支給されないのだが、中には「それでもいいから、認定だけ欲しい」という施主もいるという。

山形県同様、それだけ暑さ寒さが身に染みていた県民がいたという証でもある。そのなかで「T-G2」(経済的で快適に生活できる推奨レベル)のUA値0.34を超える0.32の家を建てたKさんは「冬の寒い時期の、2月に福山建築さんの見学会に参加したのですが、エアコンが1台しかないのに、家中どこでも暖かくて驚きました。住むならこんな断熱性能の高い家がいいと、お願いしました」という。同社は県の事業が始まる前から、積極的に高気密高断熱の家を手がけてきた地元の施工会社の一つだ。

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

施工は鳥取県の福山建築。UA値は0.32、C値は0.13(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

(写真提供/福山建築)

実際に住んでみると「冬でも毛布1枚で眠れますし、日中はTシャツ1枚でも十分です。こたつなどの暖房器具を出す手間も減りました」とKさん。UA値やC値といった数字では、なかなか「暖かい」「涼しい」が見えないため、こうした“体験談”の口コミは貴重だ。

先述した山形県でも“体験型”による省エネ住宅の普及が期待されている。同県の飯豊町では2019年11月から、やまがた健康住宅基準の中で2番目に高い基準の、レベルIIの認証住宅を建てることを条件に分譲地を販売しているが、この一角に「6月5日にモデル住宅が完成し、今後は体験宿泊も検討されています」(山形県県土整備部建築住宅課 永井智子さん)。

エコタウン椿(写真提供/山形県)

エコタウン椿(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

エコタウン椿 近景パース(写真提供/山形県)

徒然草に書かれるほど、2000年近くも高気密高断熱の家とは無縁の生活を送ってきた日本人。そこから障子や欄間など日本固有の文化が生まれたのは確かだが、しかし「残念ながら日本の現在の省エネ基準でも、健康的に暮らせるレベルではありません」と槙原さん。とっとり健康省エネ住宅普及事業のホームページに掲げた、上記の「とっとり健康省エネ住宅性能基準」のグラフに、敢えて欧米の省エネ基準が併記されているのもその強い想いの表れだろう。では、本当に山形県や鳥取県のいう省エネ住宅なら、健康的に快適に暮らせるのか? 長年「夏は暑い、冬は寒いのは当たり前」という意識が身に染みている人にとってみれば、Kさんの「冬でもTシャツ」は本当なのか、Tシャツで「快適」と本気で思えるのか、と疑問も湧くだろうが、まずは山形県や鳥取県の省エネ基準をクリアした家の、見学会や宿泊を通して、身をもって体験してみるといいだろう。

●取材協力
鳥取県
山形県のエコ住宅