3Dプリンターの家、国内初の土を主原料としたモデルハウスが完成! 2025年には平屋100平米の一般販売も予定、CO2排出量抑制効果も期待

熊本県山鹿市にある住宅メーカーLib Work(リブワーク)が、土を主原料とする3Dプリンター住宅のモデルハウスの第1号「Lib Earth House “modelA”」を2024年1月に完成させた。今まで日本で開発されてきた3Dプリンター住宅はコンクリート造のみで、土を原材料とした3Dプリンターの家は国内初となる。2025年には100平米の平屋での一般販売も予定しており、ゆくゆくは火星住宅建築プロジェクトを目指しているのだとか。実物を体感しに、同社の「Lib Work Lab(リブワークラボ)」を訪れた。

国内初、土が主原料の3Dプリンターの家が誕生3Dプリンターモデルハウス 「Lib Earth House “modelA”」の広さは約15平米。斜め格子の模様の入った壁は、上にいくほど模様が薄くなっている。3Dプリンターでデータをコントロールしながら出力することで実現した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターモデルハウス 「Lib Earth House “modelA”」の広さは約15平米。斜め格子の模様の入った壁は、上にいくほど模様が薄くなっている。3Dプリンターでデータをコントロールしながら出力することで実現した(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

住宅メーカーLib Work(リブワーク)は、熊本県山鹿市に本社を置き、一戸建ての企画・施工・販売を中心に行っており、福岡・佐賀・大分・千葉・神奈川などでも事業を展開している。住宅の資材調達から完成までに排出される温室効果ガスの量をCO2として数値化し、住戸ごとに可視化する「カーボンフリット」の導入や、断熱材に新聞紙を再利用したセルロースファイバーを標準採用していたり、国産木材の使用比率を98%まで高めるなど、SDGsに対する取り組みも積極的に行っている企業だ。「3Dプリンター住宅の開発もその一環」と代表取締役社長の瀬口 力(せぐち・ちから)さんは話す。

「昔と比べて住宅は性能が上がってきていますが、僕らが子どものころに夢見たような“21世紀の家”というと、なかなか登場しない。そんななか、3Dプリンターを使った家づくりは、住宅業界にイノベーションを起こすものです。住宅業界では今までもCGやVRといったデジタルの活用はされてきましたが、家そのものをつくるということにはデジタル化ができていませんでした。2年前から計画し、今回ようやく完成した約15平米の3Dプリンター住宅のモデルハウスは、建築DXへの小さな一歩です」

3Dプリンターの家の特徴といえば、まずは自由な造形だ。今回のモデルハウスも、人間の手ではつくれない斜め格子の模様の入った円形フォルム。
工期の短縮ができるのもポイントで、今回の土壁は約2週間で完成。ただし、3Dプリンターを24時間フル稼働させれば施工時間は合計72時間で完成するとのことだ。
ほかにも、3Dプリンターが建築を自動で行うため、人件費が少なくてすむというメリットもある。

「ここ熊本においては、熊本地震後の対応と、コロナ禍に一戸建て需要が急増し、大工さんなどの職人不足が深刻でした。今はいったん落ち着いてはいますが、長期的にみると、職人さんの高齢化もあり、10年、20年後には3分の1にまで減ってしまうでしょう。にもかかわらず、有効な施策が出ていない状況です。そのなかで、3Dプリンターは一つの重要な役割になってくるのではないかと期待しています」

今回使用したのは海外製のプリンターで、型枠を使わずに立体成形ができるタイプのもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

今回使用したのは海外製のプリンターで、型枠を使わずに立体成形ができるタイプのもの(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンター出力するための工場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンター出力するための工場(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主原料の土は日本では昔から親しまれてきた材料で、吸湿性にも優れる。高温多湿な日本の気候風土にもぴったり。写真は3Dプリンターでテスト出力したものを1日乾かしたもの。すでにガチガチに固まっていた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

主原料の土は日本では昔から親しまれてきた材料で、吸湿性にも優れる。高温多湿な日本の気候風土にもぴったり。写真は3Dプリンターでテスト出力したものを1日乾かしたもの。すでにガチガチに固まっていた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

そして何より特筆すべきなのは、自然由来の素材を中心に使用していること。今まで国内で登場してきた3Dプリンターの家は、すべてがコンクリートやモルタルを中心に使っているなか、国内初の試みだ。土70%、もみがら、藁、石灰などその他の自然素材と一部セメント(※)を配合し、3Dプリンターで壁を出力している。

※セメントは粘土や石灰岩を粉末にし、水や液剤を混ぜて硬化させたもの。セメントに水と砂を加えるとモルタルになり、さらに砂利を混ぜるとコンクリートになる。

「強度を出すために若干セメントを使用していますが、さらに環境にやさしい再生セメントへの代替を検討しています。ゆくゆくは限りなく比率をゼロに近づけられるよう減らしていきたい」と瀬口さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「強度を出すために若干セメントを使用していますが、さらに環境にやさしい再生セメントへの代替を検討しています。ゆくゆくは限りなく比率をゼロに近づけられるよう減らしていきたい」と瀬口さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

なぜ土を主原料にすることにこだわるのか。
その背景には、環境への配慮と、持続可能性を追求したいという思いがある。自然由来の資源なので従来の建築に比べて二酸化炭素の排出量を大幅に抑えることができ、再利用可能なので廃棄物も最小限に抑えることができる等のメリットがあるが、耐震性・耐久性については「正直なところ、現在も試行錯誤を続けている」とのこと。

「主原料をコンクリートやモルタルにすれば、耐震性・耐久性は担保しやすい。それでも、今まで住宅業界で建築時や解体時の二酸化炭素の排出が課題になってきたなか、脱炭素社会を目指す今後の家づくりでそこを追求しないのは本末転倒。3Dプリンター住宅への挑戦の意味はそこにもある。今回、世界中をまわって見つけた方法を採用しています」

今回のプロジェクトは、ロンドンに本社を構え、設計者、アドバイザー、専門家を有し、世界140カ国で持続可能な開発プロジェクトに携わってきたエンジニアリング・コンサルティング会社Arup(アラップ)と協力して行っている。3Dプリンター住宅の開発はヨーロッパが先進だが、今回のプロジェクトにあたっては同社とともに、現地視察や研究を進めてきた。

ちなみに自然素材を活用した3Dプリンターの家といえば、2019年にSUUMOジャーナルでも紹介した、イタリアで3Dプリンターの開発販売を手掛ける企業WASP社による、通称ライス・ハウス(米の家)「GAIA」がある。建築現場で手配できる土などの原料は、加工費や運搬費がかからず、紹介当時で材料費はたったの900ユーロ(約10万円)だった。

「Lib Earth House “modelA”」も同様のメリットが想定される。価格については、現状では上記の耐久性・耐震性の経過観察の問題から「現状では価格設定が行えない」段階とのことだが、日本の住宅業界がどう変わっていくのか楽しみになる話だ。

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住み心地はどうなる? 断熱性や耐震性は?

コスト、工期、環境配慮などの面においてメリットがあることは理解した。そこで気になるのは住み心地。耐震性・耐久性に課題はあるとしつつ、2025年には一般発売もされるとのことで、今後はどうなっていくのだろうか。

「現段階では、正直なところ、パーフェクトとは言えない。耐震性・耐久性、耐水性、断熱性については 、今後時間をかけてこのモデルハウスでモニタリングを行っていきます」(瀬口さん)

建築確認申請が必要なエリア外で建築したため申請は行っていないが、「建築基準法の条件はクリアしている」とのこと。基礎部分は従来の住宅と同様に行っている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

建築確認申請が必要なエリア外で建築したため申請は行っていないが、「建築基準法の条件はクリアしている」とのこと。基礎部分は従来の住宅と同様に行っている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

「耐震性能は等級3(最も高い耐震性能)が目標ですが、まずは1(※)を取得します。シミュレーション上は耐震性能に問題がなく、今回のモデルハウスは建築確認が不要エリアで確認は行っていませんが、今後は他のエリア進出にあたってクリアにしていかなければならないところです。壁くずれや耐水性についても何度もシミュレーションを行い、すべて問題ないという判断をしていますが、まだ他の季節を経験していませんから、季節の寒暖差などによる変化などはきちんと見ていきたいです」

※耐震等級:建物の地震に対する強さの評価基準は耐震等級1~3の3段階あり、等級1は数百年に一度程度の地震(震度6強から7程度)に対しても倒壊や崩壊しないとされているが、倒壊の可能性はゼロではない

屋根の施工中の様子。現時点では屋根はシート防水(樹脂製)を施しているが、今後は屋根も3Dプリンターで出力することを検討している。屋根上に太陽光パネルを載せる計画もある(写真提供/Lib Work)

屋根の施工中の様子。現時点では屋根はシート防水(樹脂製)を施しているが、今後は屋根も3Dプリンターで出力することを検討している。屋根上に太陽光パネルを載せる計画もある(写真提供/Lib Work)

壁の表面にはヒビ割れがあったが、「強度には問題がない」とのこと。今後は塗装などで対応を検討していく(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

壁の表面にはヒビ割れがあったが、「強度には問題がない」とのこと。今後は塗装などで対応を検討していく(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターで出力した土壁のほかに、ドア部分や柱などに木材(集成材による門型フレーム)を使用。ここにも自然素材にこだわり、住み心地のよさを追求している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

3Dプリンターで出力した土壁のほかに、ドア部分や柱などに木材(集成材による門型フレーム)を使用。ここにも自然素材にこだわり、住み心地のよさを追求している(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

組み立て図(画像提供/Lib Work)

組み立て図(画像提供/Lib Work)

窓には断熱性が高いとされる木製サッシを使用(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

窓には断熱性が高いとされる木製サッシを使用(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関ドアは顔認証で管理(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

玄関ドアは顔認証で管理(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

断熱については、壁の間に3Dプリンターでの出力時に空洞をつくり、そこに2種類の断熱材をそれぞれ入れた箇所と、あえて空洞のままにした箇所をつくり、季節ごとの室内温度のモニタリングを行う。1種類は住宅の断熱材としておなじみの、新聞紙などを主原料にしたセルロースファイバー。もう1種類は自然素材であるもみがらだ。

取材当日の気温14度(曇り)と少しだけ肌寒いくらいだったが、「実験段階」とは言いつつ、暖房なしでも入った瞬間に明らかに暖かさを感じた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

取材当日の気温14度(曇り)と少しだけ肌寒いくらいだったが、「実験段階」とは言いつつ、暖房なしでも入った瞬間に明らかに暖かさを感じた(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)

断熱材は、3Dプリンター印刷時につくった空洞部分に入る(写真提供/Lib Work)

断熱材は、3Dプリンター印刷時につくった空洞部分に入る(写真提供/Lib Work)

2025年には100平米の一般住宅を販売予定。ゆくゆくは宇宙進出も!

2024年内にはLDK・トイレ・バス・居室などを設けた広さ100平米の3Dプリンターモデルハウス(平屋)を完成させ、2025年には一般販売を目指している。今回完成したモデルハウス同様の15平米のものも一般発売を予定していて、グランピング施設やサウナ施設などに使うことを想定しているという。

ハウスメーカーや工務店とフランチャイズでの全国展開も視野に入れているといい、共同で地域ごとの土の違いや、地域特有の気候を考慮した研究も進めていきたいとのこと。
「今回のモデルハウスでは、実験検証がしやすい淡路島産のものを使用していますが、今後はその地域ごとの土にあわせて素材を開発していくのが目標です」(瀬口さん)

そして、最終的には「3Dプリンターによる火星住宅建築プロジェクト」を目標に掲げている。
「火星現場にある素材を使うことで、地球からの資源の運搬を最小限にとどめられるため、大幅なコスト削減を見込めます。また、プログラミングされたロボットによる施工もでき、短期間での施工も期待できます。なにより、宇宙規模でサステナブルな開発が進められるのがメリットです」と意気込む。

「3Dプリンターによる火星住宅建築プロジェクト」イメージ(写真提供/Lib Work)

「3Dプリンターによる火星住宅建築プロジェクト」イメージ(写真提供/Lib Work)

3Dプリンター住宅の一般向け発売については、日本国内でも数年以内に実現されるだろうとすでに話題になっている。そのなかで、自然素材を使ったもの、さらに100平米は前代未聞。まだ経過観察段階ではあるが、日本でも昔からなじみのある土壁による住宅が、高い耐震性と断熱性能をもって未来の家として登場するのであれば、とても感慨深い。

また、今回は工場で出力したものを建築現場で組み立てる工法を採用しているが、技術的には3Dプリンターの機器を現地に持ち込み、現地調達できる自然の材料で家が建てられる点も見逃せない点だ。災害時に仮設住宅として活用したり、木材などの建材を確保するのが難しい地域などでも住宅の建築ができるようになる。宇宙進出よりも近い未来であっても、3Dプリンター技術が住宅業界にもたらす数々の可能性に心躍らずにはいられない。

●取材協力
Lib Work

一般向け3Dプリンター住宅、水回り完備550万円で販売開始! 44時間30分で施工、シニアに大人気の理由は? 50平米1LDK・二人世帯向け「serendix50」

球体の3Dプリンター住宅「serendix10(スフィアモデル)」が話題になっているセレンディクス社(兵庫県西宮市)が、ついに夫婦向け一般住宅となる3Dプリンター住宅「serendix50」・開発コード「フジツボモデル」を完成させた。2023年8月末から6棟限定で販売を開始している。つい先日、商用日本第一号の完成をお伝えしたばかりだが、いよいよ、3Dプリンターの家に住める時代が現実のものになりつつある。今回は、セレンディクス 代表取締役の小間裕康さんのインタビューに加え、「serendix50」がつくられた愛知県小牧市にある住宅施工会社「百年住宅小牧工場」の現場から、現物をレポートする。

壁を3Dプリンターで「印刷」してでき上がる一般住宅「serendix50」!(写真提供/セレンディクス)

(写真提供/セレンディクス)

SUUMOジャーナルが、「家は24時間で創る」を(写真提供/セレンディクス)キャッチフレーズとするセレンディクス社の3Dプリンター住宅を紹介するのは、今回で3回目。既出モデルの「serendix10(スフィアモデル)」(床面積10平米・価格330万円)は、3Dプリンターで出力した場合に最適な形を導入することで、施工時間計24時間以内を実現。さらに、コンクリート単一素材を利用することで、資材のコストが下がり、作業は3Dプリンターが自動で行うため人件費もかからないというメリットもある。「serendix10」は国内外から大きな反響があり、販売されたうちの1棟は現在、長野県にある整骨院のプライベートサロンとして利用が予定されている。

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※長野県にある整骨院のプライベートサロンはこちらで紹介

セレンディクス社はデジタルデータをつくる会社。3Dプリンター住宅の建築手順は、まず設計データをつくり、最先端のロボット工学を駆使した3Dプリンターにデータを送信。提携する工場にある3Dプリンターで出力(抽出)したモルタルの4つのパーツを乾燥させて、プレキャスト素材として輸送し、現場で組み立てて施工する、という流れだ。
「serendix10(スフィアモデル)」では開発と普及のスピードを速めるため、ヨーロッパ、中国、韓国、日本、カナダの3Dプリンターメーカー5社にそれぞれ出力を依頼し、日本に移送するスタイルを採用。5カ国で同一データでの同時出力に世界で初めて成功したことも話題になった。

3Dプリンターでモルタルを抽出して積層し、壁を「印刷」していく(写真撮影/本美安浩)

3Dプリンターでモルタルを抽出して積層し、壁を「印刷」していく(写真撮影/本美安浩)

今回、「serendix50」のモデルハウスが完成したのは、愛知県小牧市にある住宅施工会社「百年住宅」工場敷地内。全国に約213社(8月末時点)あるセレンディクス社の協力会社の1社だ。

ハウスメーカー「百年住宅」工場敷地内に完成した「serendix50」。リビング、寝室、水回りに分かれた50平米の室内に入ってみると、コンパクトながらホテルのスイートルーム並みの十分な広さに感じられた(写真提供/セレンディクス)

ハウスメーカー「百年住宅」工場敷地内に完成した「serendix50」。リビング、寝室、水回りに分かれた50平米の室内に入ってみると、コンパクトながらホテルのスイートルーム並みの十分な広さに感じられた(写真提供/セレンディクス)

この「serendix50」は、3Dプリント技術の第一人者である慶應義塾大学環境情報学部の田中浩也教授率いる慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センターとの共同プロジェクト。

用途がグランピング施設などに限られていた「serendix10」に対して、「serendix50」は一般住宅仕様。キッチン、バス、トイレといった水回り設備を完備した鉄骨造の50平米の1LDKで、価格は550万円の平屋。完成までにかかった施工時間は44時間30分。

現在は複数台の3Dプリンターでパーツを出力し、それらをトラックで施工場所へ運び、現地の施工会社が組み立てるという「セントラルキッチン」のような方法を採用している。
この「serendix50」へは、すでに6000件(8月末時点)の問い合わせがあるそうだ。

壁には9本の鉄骨の柱が等間隔に入っている。今後は、「百年住宅」をはじめとする協力会社で「印刷」したパーツを、施工場所に運んで組み立てる(写真撮影/本美安浩)

壁には9本の鉄骨の柱が等間隔に入っている。今後は、「百年住宅」をはじめとする協力会社で「印刷」したパーツを、施工場所に運んで組み立てる(写真撮影/本美安浩)

一般住宅向け3Dプリンターの家「serendix50」の断熱性能は、日本国内より厳しいヨーロッパの住宅基準をクリアした断熱性能

グランピングなどのレジャーや、趣味のスペースなどに使うことを想定された「serendix10」に対して、一般住宅としての用途を想定した「serendix50」は、追求される内容も変わる。

セレンディクス 代表取締役の小間裕康さんによると、より居住性や定住性を重視したという。
まず、鉄骨コンクリート造であることは前モデルとの大きな違いだ。

セレンディクス 代表取締役の小間裕康さん(写真提供/セレンディクス)

セレンディクス 代表取締役の小間裕康さん(写真提供/セレンディクス)

「以前の『serendix10』はコンクリートの間に鉄筋を挟むRC造でしたが、今回の『serendix50』は鉄骨の柱を入れた鉄骨コンクリート造です。コンクリート単一素材で現在の建築基準法に準拠し、高い機能性を持たせたことは大きな違いだといえます。壁厚は30cm以上で、耐震面は国内の最先端の耐震技術を採用しています。また、二重構造になっていて、断熱性能は夏と冬の寒暖差が激しいヨーロッパの断熱基準をクリアし、パートナー企業さんと共に特許出願をしました。

『serendix50』では細部まで最新の技術を駆使し、人が快適に住むための工夫を追求しています。断熱性も高いので、猛暑が続いた愛知県内でも、『serendix50』に入ると、クーラーもないのに空気がヒンヤリとしているのが感じられます」

耐震性能をはじめとする強度や安全性などに関しては、これからも実証実験を続けていくという。
「私たちは兵庫県の会社で、私自身も阪神・淡路大震災を経験しているだけに、耐震性能やセシリティ(定住性)のテストには万全を期しています。神戸市には耐震性をチェックする公的機関があるのですが、そこでも実大耐震実験を行う計画をしています。

『serendix50』のシミュレーションは、車の開発の過程と近いものがあります。コンピュータ上では基準の強度に耐えうるというデータが出ていても、車であれば衝突実験をしたり、振動を加えたりしますよね。それが住宅となると、よりさまざまな環境下で、住む方に24時間365日、安全かつ快適に過ごしていただく必要があります。それらを担保するために、最初の6棟で詳細なデータをとることにしています。

一般住宅でも、夫婦お二人の場合と一人暮らしの場合とでは、住まい方や求められる快適性、家にいる時間帯も違うでしょうから、データを取りながら、それぞれの快適性を追求したいと思います」

はじめの6棟はエリアや目的を分けて販売

この1年間は調整期間として、6棟のみの販売に数を絞るという。
「現在は、パートナーである協力会社さんと開発した試作の位置付けになりますので、先行する6棟はエリアや目的を分けて販売し、1年間、実際にお客さまに使っていただきながら実証実験をします。もちろん、シミュレーション上のデータでは問題がないのですが、大量出荷できるようになるのはもう少しお時間をいただくと考えています。現在は、お問い合わせをいただいた中から販売先を選定している段階です。エリアは国内で、協力会社さんがある地域を優先していこうと思います。まだ公表できないのですが……」と小間さん。7月末時点で、すでに1041棟分の具体的な購入希望者がいるというからその注目度合いがわかる。

(写真提供/セレンディクス)

(写真提供/セレンディクス)

課題は2つ、「品質の均一化」と「さまざまな用途への対応」

「目指すのは、住宅産業の完全ロボット化です。そう考えると、現在、我々の中では2つの課題があります。1つ目は、各施工会社さんでの工程や技術のバラつきを抑え、品質を合わせなければならないということ。デジタルデータによる3Dプリンター住宅においては、データの共有が強みなので、同じ品質のものを複数つくれるかどうかが大切です。

全国に協力会社さんが散らばっているからこそ、『このエリアでは完全に施工できるが、このエリアは一部できない』ということがないよう、エリアを分けながら、どこでも同じように施工できるということを、デジタルデータで事実確認し、実証したいと思います。また、現場で施工に関わる職人さんの数は、専門分野の違いを加味しても4人以下が目標です。いずれにしても新たな人員を配備せずに、元からの現場のリソースを活かして、より自動化して、3Dプリンター住宅をつくることが重要だと思っています。

2つ目の課題は、購入された方による用途の違いへの対応です。それはこの1年間、6棟で多様な使い方ができることを実証する中で、クリアしていきたいと思います。ですから、販売先は先着順でも関係先優先でもなく、我々が想定するエリアと用途の方をピックアップさせていただきました。購入者さんや協力会社さんからもフィードバックをいただきながら、経過を見ていきたいと思います」

全国で213社を超えるという協力会社は、オンラインミーティングや施工現場で3Dプリンター住宅づくりを学ぶ。さらに、先行する6棟の施工では、自社の1棟前の家づくりを次の1社に見学に来てもらうことで、現場での技術研修を行うそうだ。

デジタルデータをもとにCNCカッターで切り出した屋根部分のパーツ。44時間30分の施工を24時間に短縮してより高機能にアップデートするため、施工に時間がかかっている屋根部分を取り外して改良中(写真撮影/本美安浩)

デジタルデータをもとにCNCカッターで切り出した屋根部分のパーツ。44時間30分の施工を24時間に短縮してより高機能にアップデートするため、施工に時間がかかっている屋根部分を取り外して改良中(写真撮影/本美安浩)

鉄骨コンクリート造の「serendix50」だが、屋根のみ今回は木造。デジタル+新しいデジタルファブリケーションを実現している(写真提供/セレンディクス)

鉄骨コンクリート造の「serendix50」だが、屋根のみ今回は木造。デジタル+新しいデジタルファブリケーションを実現している(写真提供/セレンディクス)

住宅の“オートクチュール信仰”に一石を投じる

現場でセレンディクス社COOの飯田國大さんにも話を聞いた。「serendix50」で、住宅産業に革命を起こしたいと考えている飯田さんは、いくつかの問題を提起する。

「かつてはオートクチュールだった自動車も、1980年代にロボット化が始まり、多くの人にとって手が届く価格になりました。住宅産業においても、3Dプリンターはまさにその始まり来ているのではないかと思います。まず価格面で、平均73歳まで返済が続くような日本の住宅ローンを見直したい。国内では4割の人が住宅を持っていないというデータがありますが、車を買う値段で家を買う自動車のように、望めば誰でも家を持てる世の中にしたいと思います。

セレンディクス社COOの飯田國大さんは、「自動車産業のように住宅産業も完全ロボット化して、住宅を提供したい」と話す(写真撮影/本美安浩)

セレンディクス社COOの飯田國大さんは、「自動車産業のように住宅産業も完全ロボット化して、住宅を提供したい」と話す(写真撮影/本美安浩)

また、現代の家づくりでは、施主さんが間取りを考え、素材から外装まで一つずつ決めることができます。でも果たしてこれが住宅において、本当に良いことばかりなのでしょうか。プロが一生懸命研究開発をして、これが完璧だと思った間取りをつくっても、カスタマイズできると知ると、施主さんはカスタマイズされます。ですが、住宅専門のメーカーが快適性や安全性を何十年も追求した家と、施主さんが短期間で考えた家とでは、ノウハウの違いが出てしまうかもしれません。

また、日本の木造住宅は、持ち主が退去すると、いったん更地にして新しい家を建てますが、海外ではセカンドハンド(中古)の概念が浸透し、物件をリフォームしながら買い繋いでいくのが普通です。現在国内では建築資材の価格が高騰し、高止まりしています。それなのに建てて20年も経つと、建物の価値は0に近くなってしまう。建物において、日本と海外とで資産性に差があります。こういった問題を鑑みて、『serendix50』のように、プロが企画した品質の良い建物を、スピーディーに低価格で提供して、お客さまの選択肢を増やすべきではないかと考えたのです」

汎用性を考慮し、窓やドアは特別なものではなく、あえて「リクシル」で統一。外壁の塗料は1度塗りでOKの新開発「アミコート」。住む人が自由に色付けできるよう、最初の塗装を白にしている(写真撮影/本美安浩)

汎用性を考慮し、窓やドアは特別なものではなく、あえて「リクシル」で統一。外壁の塗料は1度塗りでOKの新開発「アミコート」。住む人が自由に色付けできるよう、最初の塗装を白にしている(写真撮影/本美安浩)

自動車と同じように、カスタムやオートクチュールを望む人はその商品を選べばいい。ただ一方で、手が届きやすい価格の量産された商品を望む人にも選択肢を提示したいと、飯田さんは展望を語る。

また、決まった素材を決まった分だけ使用する「serendix50」の場合、建築資材の納期の遅れや大幅な価格の高騰という問題は起こりにくく、一定の工期や価格で家を建てることが叶う。これは結果的に、住宅の資産性や市場価値の向上につながるのではないかと考えているそうだ。

第2の人生での住まいに期待、シニア層から問い合わせが多数

「serendix50」は、どんな層に支持されているのだろうか。小間さんに尋ねると「60歳以上の方からのお問い合わせが多い」といい、これは前モデルの時から続く傾向だという。

「60歳以上になると、一生住むつもりの賃貸住宅が契約更新できなくなったり、新たな賃貸契約をしてもらえなかったりという問題にぶつかることがあるのが現状です。また、持ち家でも『築30年を超えたので夫婦2人用にリフォームしよう』と考えたところ、1000万円近くかかる、という多くの問い合わせもあります。そんな時も『serendix50』なら、自動車を買うくらいの価格で、最新技術を駆使した住みやすい間取りの新築戸建が手に入ります。それに、リタイア後は『自然豊かな地域に住みたい』という人も多いと思いますが、住み替えるにも条件のいい中古物件が見つからない……というケースが多いのです」

シニアの購入希望者の中には、「時間が掛かるのは理解しているから」と、気長に順番を待っている人も。「serendix50」は、新生活の楽しみの一つとして捉えられているのだ。

従来の工法ではコストがかかる曲線構造に対応できるのも、材料を積み重ねて建設する3Dプリンターの得意なところ。ふっくらした見た目だが、触るとかなり重厚感がある(写真撮影/本美安浩)

従来の工法ではコストがかかる曲線構造に対応できるのも、材料を積み重ねて建設する3Dプリンターの得意なところ。ふっくらした見た目だが、触るとかなり重厚感がある(写真撮影/本美安浩)

「ゴールは3Dプリンターで家をつくることではなく、世界最先端の家で人類を豊かにすること」という目的を掲げている同社。常識に捉われない考え方で住宅業界に一石を投じ、若年層からシニア世帯までのマイホームの夢を叶えるための探求は続く。「serendix50」の大量生産が可能になるまで未来の「3Dプリンターの家」が、多くの人の選択肢に並ぶ日が待ち遠しい。

老後の蓄えを切り崩しながらリフォームしたり、「夫婦2人だけだから」と気が乗らない中古物件に住み替えたりすることと、ゆとりを残して「3Dプリンターでつくった未来の家に住む」というチャレンジを比べると、その差は大きい。必要に迫られて家づくりを急ぐ子育て世帯よりも、ワクワクする第2の人生を思い描くシニア世帯から引き合いが多いというのも納得できる。
世帯構成やエリアなどを分けた6棟の購入者の、1年後の感想が楽しみだ。

●取材協力
セレンディクス

3Dプリンターの家、国内初の実用版は23時間で完成!内装や耐震性は? ファミリー向け一般住宅も登場間近 長野県佐久市

「約300万円で購入できる10平米の3Dプリンター住宅」のプロトタイプが登場したと2022年5月に紹介しましたが、あれから1年、商用日本第一号がついに長野県佐久市で完成しました。その全貌をお届けします。

整骨院の大きな看板があった場所に3Dプリンターの家を設置。今後はこの球体が看板がわりに(画像提供/セレンディクス)

整骨院の大きな看板があった場所に3Dプリンターの家を設置。今後はこの球体が看板がわりに(画像提供/セレンディクス)

10平米の3Dプリンターの家。施工時間は22時間52分!

北陸新幹線が停車する佐久平駅から徒歩7分、大通りに面した整骨院の敷地内に立つ、球体のような白い物体。通りを歩く人も信号待ちの車の人も、興味深そうに眺めています。それもそのはず、数日前までなかった近未来的な物体が、突如現れたのだから。
建物の正体は、商用3Dプリンターハウスの日本第一号棟。施工時間は1日8時間×3日、計24時間を予定していましたが、実際に完成までに要したのはわずか22時間52分でした。

手がけたのは、セレンディクス(兵庫県西宮市)。「30年もの住宅ローンは現代の経済環境に即していない。車を買うような感覚で、ライフスタイルやライフステージに応じて、家を自由に買い替えられる社会を」と、これまでの家づくりの概念を根本から考え直し、低コストで短納期の3Dプリンターハウスの量産をめざす企業です。

令和の一夜城ともいえる3Dプリンターハウス「serendix 10(スフィアモデル)」は、床面積10平米、価格は330万円です。同社COOの飯田國大(はんだ・くにひろ)さんによると、「2022年秋に6棟を一般販売したところ、国内外から大きな反響があり、購入申し込みは30件ほどありました。その完売したうちの1棟が、今回の佐久市の物件です」
夢の日本第一号をもぎとったのは、全国に介護・医療施設を展開するカスケード東京。同社が運営する整骨院の敷地内に建築し、特別な施術を行うプライベートサロンとして利用する予定だといいます。

2日目、施工開始から10時間ほどたったころ。既に完成形が見えています(撮影/塚田真理子)

2日目、施工開始から10時間ほどたったころ。既に完成形が見えています(撮影/塚田真理子)

セレンディクスCOO飯田さん。初回販売数を6棟にしたのは、「かつてトヨタが紡績業から自動車産業に転身したとき初めて販売した車が6台だったそうです。問題点があったら教示してくれる、理解のあるお客様に協力いただいています」(撮影/塚田真理子)

セレンディクスCOO飯田さん。初回販売数を6棟にしたのは、「かつてトヨタが紡績業から自動車産業に転身したとき初めて販売した車が6台だったそうです。問題点があったら教示してくれる、理解のあるお客様に協力いただいています」(撮影/塚田真理子)

NASAの火星移住プロジェクトを手がける建築家がデザイン

serendix 10はスフィアモデルという名前のとおり球体で、直径3.3mで広さ10平米、天井高は4m。NASAの火星移住プロジェクトを進める建築家、曽野正之氏とオスタップ・ルダケヴィッチ氏による、近未来的なデザインが目を引きます。設計は、日本、アメリカ、オランダ、中国の企業コンソーシアム(共同企業体)が手がけました。

「風を逃す球体の建物形状は、風速140mにも耐えうる自然災害に強い構造。火星への移住をめざすNASAのプロジェクトでも採用されており、物理的に最強の形状といえます。従来の工法ではコストがかかるこうした曲線構造に対応できるのも、材料を積み重ねて建設する3Dプリンターの得意とするところです」と、飯田さんは話します。

三角形の窓がこのあと取り付けられます。30cm以上という壁の厚さから、遮音性、気密性も期待できます(撮影/塚田真理子)

三角形の窓がこのあと取り付けられます。30cm以上という壁の厚さから、遮音性、気密性も期待できます(撮影/塚田真理子)

コンクリート壁の厚さは30cm以上、躯体全体の重量は約20tもあり、まるでビルのように頑丈な造り。プロトタイプでは鉄筋などの構造体を使わずとも、十分な安定性と強度を実現しています。ただし、建築基準法で指定された鉄筋などの材料を使わない構造物は、個別に国土交通大臣の認定が必要なため、大臣認定の取得に向けて現在申請に着手しているところだそうです。

鉄筋を組み込んで日本の現行法に準拠

ちなみにserendix 10の実用棟は、当初、政令指定都市から90分のエリア内に設置することを想定していました。冒頭でもふれた、10平米300万円、車を買うように家を所有できるように、というコンセプトゆえ「土地代が安く、かつ必要なときに都市に行きやすい距離」というのがその理由です。
ところが、第一号に決まった佐久市の土地は条件が異なり、都市計画区域内のため建築確認申請も必要です。現段階では大臣認定が未取得だったことから、建築基準法に則り、3Dプリンターで出力したコンクリートの間に鉄筋を入れて構造設計をし直すことに。

躯体には断熱材も組み込み、日本より厳しいオランダの断熱基準をクリア(撮影/塚田真理子)

躯体には断熱材も組み込み、日本より厳しいオランダの断熱基準をクリア(撮影/塚田真理子)

構造設計は、駅やスタジアム、ホテルなどさまざまな規模の建築物を手がけるKAPの桐野康則さんが担当。鉄筋の柱を4本入れ、上に鉄筋の梁をつけることで耐震強度を高め、建築基準法に適合させているといいます。
「KAPを含め、現在205社のコンソーシアムの協力を得て、社会実装を重ねながら研究開発を進めています。セレンディクス1社では到底できませんが、課題ができるたびにさまざまな企業が声を上げてくれ、手を取り合って解決に向けて進んでいけるのです」(飯田さん)

工場で出力して輸送、現地で組み立てるプレキャスト工法を採用

ところで、3Dプリンターハウスはどんな手順で建築しているのでしょうか。
「セレンディクスはデジタルデータをつくる会社です。まず、設計データをつくり、最先端のロボット工学による3Dプリンターにデータを送信。そのプリンターで出力した4つのパーツをプレキャスト素材として輸送し、現場で組み立てて施工しています」と飯田さん。

serendix 10は開発と普及のスピードを速めるため、ヨーロッパ、中国、韓国、日本、カナダの3Dプリンターメーカーに出力を依頼。昨年、世界5カ国で同一データでの同時出力に世界で初めて成功し、ビジネスモデルを確立しつつあります。佐久市をはじめ初回販売した6棟は、それぞれの国で出力したものを建てる場所まで住宅輸送会社が輸送し、施工する計画なのだそうです。

今回使用したのは、中国の工場にある3Dプリンター。あらかじめ4つのパーツに分けて出力します。10平米のserendix 10の出力に要した時間は約14時間(映像提供/セレンディクス)自動で3Dプリンターがすべての作業を行うので人件費が削減できます(映像提供/セレンディクス)

3Dプリンターを現場に運び、出力しながら施工するのかと思っていましたが、「将来的にはそれも可能だと思います。ただ3Dプリンターは精密機械なので、輸送の際に故障してしまうリスクがあります。また現場で雨が降ってしまえば出力したモルタルが乾かず、施工時間が大幅に遅れてしまいます。現段階では、工場で安全に出力したパーツを輸送し、現場で組み立てながら、鉄筋を組み込むという手法をとっています」

今回は、中国WINSUN社の3Dプリンターを使用したとのこと。ところで、プリンターの自社開発も考えているのでしょうか?
「世界の会社と最新情報を共有することが大切だと思っています。汎用化する3Dプリンターは自社でつくらず、競合しないから、情報共有が可能なんです」と飯田さん。日本国内の協力企業では愛知県小牧市をはじめ現在5台の3Dプリンターを導入しており、来年にはさらに12台に増やす予定。今年下半期からは、日本で出力したものをメインに使用していきたいと話します。

20t以上もある躯体パーツを運ぶのには大きな負荷がかかるといい、高い輸送技術が必要。現在は10tトラックで輸送しています(画像提供/セレンディクス)

20t以上もある躯体パーツを運ぶのには大きな負荷がかかるといい、高い輸送技術が必要。現在は10tトラックで輸送しています(画像提供/セレンディクス)

単一素材で複合的な機能を持たせ、資材コストをカット手前に置いてあるのが屋根のパーツ。プロトタイプでは屋根も3Dプリンターで出力し一体成形していましたが、今回の工法ではGRC(ガラス繊維強化セメント)で作成したものをのせる形に(撮影/塚田真理子)

手前に置いてあるのが屋根のパーツ。プロトタイプでは屋根も3Dプリンターで出力し一体成形していましたが、今回の工法ではGRC(ガラス繊維強化セメント)で作成したものをのせる形に(撮影/塚田真理子)

3Dプリンターの活用で人件費が抑えられるのに加え、外壁や内壁、天井、床などを単一素材でつくれることも、資材の大幅なコストカットにつながります。serendix 10には、木材価格の高騰や工期の延長といったウッドショックの影響を受けない、低コストで住環境に適したコンクリートを用いています。「例えば、出力するコンクリートには硬化促進剤を使っているのですが、コンソーシアム企業の中には化学系メーカーも3社協業しており、こうした素材開発にも協力いただいています」(飯田さん)

鉄筋の間にモルタルを入れているところ。このあと屋根を設置し、上棟式も行われました(撮影/塚田真理子)

鉄筋の間にモルタルを入れているところ。このあと屋根を設置し、上棟式も行われました(撮影/塚田真理子)

青空に映えるコンクリートの球体。なだらかな曲線が描けるのは3Dプリンターならでは(撮影/塚田真理子)

青空に映えるコンクリートの球体。なだらかな曲線が描けるのは3Dプリンターならでは(撮影/塚田真理子)

内外装とも、積層痕をあえて残した意匠に(撮影/塚田真理子)

内外装とも、積層痕をあえて残した意匠に(撮影/塚田真理子)

見た目としては、ソフトクリームのような積層痕が3Dプリンターハウスの大きな特徴です。痕を残さずなめらかに均(なら)す技術もあるそうですが、3Dプリンターを象徴するデザインゆえ、あえてそのままにしているのです。
プロトタイプの施工時には、塗装に非常に時間がかかったことから、今回は出力後に塗装を施してから輸送。現場では、組み立てたあと最後に汚れた部分のみ塗装し直し仕上げることで、よりスピーディーな施工が可能になりました。

「すべてにおいて、社会実装を進めながら課題を見つけ、クリアしていく。そのために協業企業にサポートをお願いしています。またお客さまにも協力をお願いしている段階です。3Dプリンターハウスはコンセプトも技術もまったく新しいもの。今回の6棟はそれを理解してくださる方に購入いただけています」と飯田さん。施主も含めみんなで新しいものをつくっている感覚に、こちらもワクワクさせられます。

施工は現場に近いエリアのコンソーシアム会社に依頼するといいます。今回はナベジュウ(群馬県太田市)が担当。ナベジュウ代表の渡辺謙一郎さん(左)と飯田さん(撮影/塚田真理子)

施工は現場に近いエリアのコンソーシアム会社に依頼するといいます。今回はナベジュウ(群馬県太田市)が担当。ナベジュウ代表の渡辺謙一郎さん(左)と飯田さん(撮影/塚田真理子)

内装イメージ。4mの天井高が開放感をもたらします。別途内装工事を経て、プライベートなサロンとしてオープンする予定(© Clouds Architecture Office)

内装イメージ。4mの天井高が開放感をもたらします。別途内装工事を経て、プライベートなサロンとしてオープンする予定(© Clouds Architecture Office)

49平米と70平米の個人向け住宅もまもなく登場

3Dプリンターハウスの今後の展開も気になるところです。
まずはserendix 10の初回販売分残り5棟を順次施工していくといいます。次は岡山県内で、使い道は贅沢にも、飼っているフクロウのための家だとか!どんな空間ができあがるのか楽しみです。

並行して、個人向け3Dプリンター住宅「フジツボモデル」に取り組んでいます。フジツボモデルは、3Dプリント技術の第一人者である慶應義塾大学環境情報学部の田中浩也教授率いる慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センターとの共同プロジェクト。
グランピング施設や3坪ショップ、離れなどの用途に限られる10平米のserendix 10に対して、49平米のフジツボモデルは水回り設備を完備した「住宅」仕様。3Dプリンターハウスで生活することができるのです。1LDKの平屋で、価格は550万円です。

住居としての役割を担うフジツボモデル。水回りの設備も付いて550万円(慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター)

住居としての役割を担うフジツボモデル。水回りの設備も付いて550万円(慶應義塾大学(慶應義塾大学環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター))

(慶應義塾大学(慶應義塾大学環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター))

(慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター)

間取りは1LDK。天井が高く快適なコンパクト平屋は二人暮らしに最適(慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター)

間取りは1LDK。天井が高く快適なコンパクト平屋は二人暮らしに最適(慶應義塾大学KGRI環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センター)

「若いときに購入した2階建て、3階建ての家は年齢を重ねると住みにくくなるし、リフォームするとなると1000万円以上かかってしまう、という声も聞きます。また、賃貸住宅によっては、高齢者の入居をさまざまな理由をつけて断ったりするケースも。フジツボモデルは、そういった60代以上の夫婦2人のニーズに応えられる住宅です」と飯田さん。1LDKのコンパクトな平屋は、子どもが独立して部屋数は必要ない、という人の住み替え先にもぴったりです。既に3000件もの問い合わせがあり、400件を超える購入意向が寄せられているそうで、注目度の高さがうかがえます。

フジツボモデルの出力は、コンソーシアム会社である百年住宅の愛知県小牧工場で行われています(画像提供/セレンディクス)

フジツボモデルの出力は、コンソーシアム会社である百年住宅の愛知県小牧工場で行われています(画像提供/セレンディクス)

さらに年内には、家族で住める70平米の住宅も開発するといいます。こちらの設計はserendix 10と同じ建築家によるもので、デザインはまだ非公開ですが、とても近未来的な佇まいだそう。「電気自動車も、従来のガソリン車とはデザインががらりと変わりましたよね。3Dプリンターの家も、従来の住宅とは一変するのが自然ではないでしょうか」という飯田さんの言葉に大きく納得しました。

こうした社会実装を積み重ね、最終的にめざしているのは、「100平米300万円の家」とのこと。何十年もの住宅ローンを組まずに家を持つ。わずか数年後には、そんな近未来な住まいを実現する可能性に満ちた3Dプリンターハウスに、新しい時代の幕開けをヒシヒシと感じずにはいられません。

●取材協力
セレンディクス

3Dプリンターでつくったグランピング施設がオープン!「お菓子の家」な形や断熱性が話題 新冠町

車や家(住宅)など、3Dプリンターの可能性がますます広がってきている。SUUMOジャーナルでも、今年中に3Dプリンターの家が一般向けに発売されるニュースなどをお伝えしてきた。今回は、2022年7月28日に「太陽の森ディマシオ美術館」(北海道・新冠(にいかっぷ)町)内に日本初の3Dプリンター建築に宿泊できるグランピング施設がオープンしたと聞き、取材した。

3Dプリンターでしか表現できない凹凸ある世界

凹凸のある壁。卵形の建物。曲線で描かれた塀。まるで絵画に描かれた世界が飛び出たような空間は、北海道・新冠町の「太陽の森ディマシオ美術館」敷地内に建てられたグランピング施設「GLAMPING VILLAGE 紅葉の里」だ。フランス人幻想画家・ジェラール・ディマシオ氏が描いた、世界最大の油絵が飾られているこの現代美術館の依頼で、會澤高圧(あいざわこうあつ)コンクリート(北海道・苫小牧)が手掛けた。日本初の3Dプリンター宿泊施設としてこの夏オープンした。

大自然に囲まれた美術館の敷地内にあるグランピング施設は、北海道初(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

大自然に囲まれた美術館の敷地内にあるグランピング施設は、北海道初(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

nitay(ニタイ)、sinta(シンタ), nonno(ノンノ)というそれぞれテーマを持った建物が並ぶ(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

nitay(ニタイ)、sinta(シンタ), nonno(ノンノ)というそれぞれテーマを持った建物が並ぶ(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

會澤高圧コンクリートは、プレキャストコンクリート(※)をはじめ、コンクリートに関するあらゆる事業を手掛けている。特に、自己治癒するコンクリートや、環境対策を施したコンクリートといった、先見性の高いコンクリートを扱ってきた。加えて、2019年からは3Dプリンター技術への研究を進め、社内の若手社員が中心となり2020年には3Dプリンターで印刷した公衆トイレを発表し、話題を呼んだ。

※プレキャストコンクリート/規格化された壁などを構成するコンクリート部材で、工場で生産し、現地に運んで組み立てる

會澤高圧コンクリートが、制作した3Dプリンターで作った試作品トイレ。デザイン、機能含めトイレの普及を目指すインドへの輸出を想定して作られた(写真提供/會澤高圧コンクリート)

會澤高圧コンクリートが、制作した3Dプリンターで作った試作品トイレ。デザイン、機能含めトイレの普及を目指すインドへの輸出を想定して作られた(写真提供/會澤高圧コンクリート)

今回、実際に人が宿泊できる空間をアームロボット式のコンクリート 3D プリンターを用いて建設した。建設に際して、太陽の森ディマシオ美術館の専務、谷本晃一さんは「大自然、宇宙、アートの共存をお客様に感じていただくことが大事な幹と考え、このコンセプトを体感していただける建物にしたい」という要望を、會澤高圧コンクリートに出したという。

「3Dプリンターの建物の魅力は、もちろん工期を短くできるという点もあるが、何よりもその表現力の豊かさ」と話すのは、同社の3Dプリンターハウスを一手に担う、執行役員の東大智さんだ。直線と曲線を自由に合わせることが可能な建物の建築は、既存の住宅生産手法では叶わないからだ。

今回建設した3棟は、それぞれテーマを持たせ、球状や幾何学模様といった「3Dプリンター」でしか表現できない建物をデザインすることになった。型枠を用いず、曲線や複雑なテクスチャーを、まずは美術館と會澤高圧コンクリートの両者でアイデアを出し合ってデザイン化し、デッサンを進めた。

「デザイン画だけでは、実際の仕上がりの雰囲気を共有することが難しかった。それぞれ表面のデザインについては、実際の機材を使用して、1m×50cmのテストプリントを3つの建物分全て印刷して確認を行いました」と話す。

こうして自然、宇宙、芸術というテーマに合わせた3つの建物が出来上がった。建物の形は卵型と立方形の2種類。それぞれのグランピング棟は、宿泊用ハウスと、バストイレのサニタリールームとリビングスペースから成る。會澤高圧コンクリートは、その宿泊用ハウス(ベッドルーム)と囲いの壁の部分を3Dプリンターで印刷した。

宇宙をテーマとした卵がモチーフのsinta(シンタ)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

宇宙をテーマとした卵がモチーフのsinta(シンタ)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

芸術をテーマとしたアールデコがモチーフのnonno(ノンノ)(写真提供/會澤高圧コンクリート)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

芸術をテーマとしたアールデコがモチーフのnonno(ノンノ)(写真提供/會澤高圧コンクリート)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

寒さとの戦い

會澤高圧コンクリートの本拠地、依頼主の太陽の森ディマシオ美術館も、ともに北海道にある。冬の寒さはかなりのものだ。今回、施工を行ったのは真冬の1月。気温マイナス30度近くになることもある中で作業をしていると、コンクリートの硬化の時間が通常よりもかかることが判明したという。時には、コンクリートの材料を温め直して使用しなくてはいけない場面もあったとか。現地に機材を持ち込んで印刷する形で施工を行っていたが、「硬化時間が思いのほか長くかかり、途中で印刷のズレが起きるといったハプニングもあった」と東さんは話す。「1棟の印刷に要する時間に5日間を想定していたが、実際はそれより長い時間を要した。理由は、現場で各棟につき2、3回の印刷の微調整を繰り返す必要があったからだ」と続ける。

「プリントするためのロボットアームを現地に持ち込むと聞いてはいたが、施工開始が大変厳しい気象条件の時期に重なってしまったことを申し訳なく思った」と美術館の谷本さん。3Dプリンターを使えば「簡単に」、そして「時間をかけずにできる」というイメージだけが先行していたために考えたスケジュールだったというが、実際は建物が出来上がるまでに多くのトライ・アンド・エラーがあったことが分かり、完成までの過程での苦労に脱帽したと話す。

プリント時に「断熱材」を入れるための層を事前にしっかりと計算。スピード感を持った施工の中でも、北海道ならではの寒さ対策に余念はない(写真提供/會澤高圧コンクリート)

プリント時に「断熱材」を入れるための層を事前にしっかりと計算。スピード感を持った施工の中でも、北海道ならではの寒さ対策に余念はない(写真提供/會澤高圧コンクリート)

さらに、北海道の冬の寒さを凌げる断熱性を確保する建物にするため、「プリントの手法に工夫を施した」と東さん。プリント時に断熱材を入れる層(写真 内側の空洞)を一緒にプリントすることで、通常躯体施工→断面材施工→内装仕上げという工程を、躯体&断熱層&内装プリント→断面材施工に減らしつつ、十分な寒さ対策ができている建物をつくり上げることに成功したという。

遮音性、機密性は宿泊客からも好評

紆余曲折を経て完成し「旅館業簡易宿舎営業許可」を取得。美術館は7月28日に3Dプリンター建築の宿泊施設を「GLAMPING VILLAGE 紅葉の里」と名付けて開業した。この夏は連日満室だったという。

各施設は3Dプリンターでつくられた壁で仕切り、プライベート感を演出(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

各施設は3Dプリンターでつくられた壁で仕切り、プライベート感を演出(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

ダイニングテーブルに座れば、屋外なのにまるでリビングルームで過ごしているような感覚を味わえる(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

ダイニングテーブルに座れば、屋外なのにまるでリビングルームで過ごしているような感覚を味わえる(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

凹凸ある独特の外壁は、ライトアップされることで個性が強調される(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

凹凸ある独特の外壁は、ライトアップされることで個性が強調される(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

グランピング施設では、北海道の海と山の幸を堪能できる(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

グランピング施設では、北海道の海と山の幸を堪能できる(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

「既存の建物が敷地内にある10平米未満の増築扱いなので建築確認申請の必要はありませんでしたが、建築基準法に準拠した構造計算を行い、鉄筋も入れた建物にした」と話す東さん。実際に宿泊客を迎え入れた太陽の森ディマシオ美術館の谷本さんは「特に遮音性、機密性についてとても好評です」と、宿泊客の反応を話す。ほかにも、やはり3Dプリンターならではの形や手触りなども評判だったようだ。

「テクスチャーや外観についてはインパクトがあり、お客さまの多くが驚かれ、楽しんでおられました。遠くから見るとコンクリートには見えないこともあり、手で触れて質感を確認される人が多いのもこの建屋の特徴。また小さな子どもたちは、凹凸のある珍しい壁が “お菓子の家”に見えると言って喜んでいましたよ」と谷本さんは続ける。

自然をテーマとした大地がモチーフのnitay(ニタイ)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

自然をテーマとした大地がモチーフのnitay(ニタイ)(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

宿泊棟だけではなく、各施設の壁の模様も、建物のイメージに合わせて変えてある(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

宿泊棟だけではなく、各施設の壁の模様も、建物のイメージに合わせて変えてある(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

3D「プリント」という言葉から、建物が“紙”でできているのではないか、と連想する宿泊客も実は多いという。そのため、「実物に建物を見て、コンクリートに触れた時の驚きは大きいようだ」という。

今後も、ここディマシオ美術館のグランピングビレッジ内にユニークな建屋を建設予定だと話す二人。會澤高圧コンクリートの東さんは「コンクリート会社なので、材料の取り扱いが得意な面を生かし、よりクリエイティブな建物をつくっていきたい」と話す。当面は、7棟を目標に建設を進める。

3Dプリンターで印刷された建屋の内装はシンプルで、寝るためのベッドが置かれているだけのつくり(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

3Dプリンターで印刷された建屋の内装はシンプルで、寝るためのベッドが置かれているだけのつくり(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

會澤高圧コンクリートにて、3Dプリンタープロジェクトを一手に引き受ける東大智さん(写真提供/會澤高圧コンクリート)

會澤高圧コンクリートにて、3Dプリンタープロジェクトを一手に引き受ける東大智さん(写真提供/會澤高圧コンクリート)

太陽の森ディマシオ美術館・専務の谷本晃一さん(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

太陽の森ディマシオ美術館・専務の谷本晃一さん(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

これまで3Dプリンターの国内の建物は、いずれも実験段階の物や、人が生活するための用途で建てられたものではなかった。しかし今回會澤高圧コンクリートの試みで、短い間の滞在先とはいえ、実際に「快適に」居住できるスペースとして、3Dプリンターで建てられた家が登場したことは大きい。すでに海外では、住宅として普及し始めてた3Dプリンターで建てられた家。今後宿泊施設という不特定多数の人が利用する建物ゆえに、多くの人の意見を吸い上げ、3Dプリンターでさらに心地の良い住空間を、早く、そして手ごろに建てていくようになるのではないか。新しい時代の幕開けを感じる。

ライトアップした際に、幻想的な空間を演出できるのは、3Dプリンターがなせる技(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

ライトアップした際に、幻想的な空間を演出できるのは、3Dプリンターがなせる技(写真提供/太陽の森ディマシオ美術館)

●取材協力
會澤高圧コンクリート
太陽の森ディマシオ美術館

日本製3Dプリンターでつくった倉庫やサウナ、公衆トイレなど続々! 全国初の建築確認申請も取得 鎌倉市・ポリウス

国内外で3Dプリンターの家や建築物の研究・開発が進んでいる。今年から国内でも販売をスタートする予定という企業もあり、ますます現実のものとなりつつある。
そんな国内でも盛り上がりを見せる3Dプリンターの家・建築物界隈で話題になっているのが、今年2月に登場した、日本製の3Dプリンターでつくった、建築基準法に適合(10平米以上の建築物施工)させた倉庫だ。手掛けたのは、神奈川県鎌倉市に拠点を構える会社Polyuse(ポリウス)。3Dプリンターの家・建築物の最新事情とともに、どのようなものなのか取材した。

建設業界のDX化の流れで導入進む

建設用3Dプリンターの開発は、2012年ごろから活発に行われるようになり、海外ではすでに住宅も施工されている。しかし、日本国内では地震、台風といった自然災害から生活を守るための建築基準法の基準を、3Dプリンターを用いた建築でクリアするのが難しく、長らく課題となっていた。

(写真提供/ポリウス)

(写真提供/ポリウス)

それでも、このコロナ禍の2、3年では、建設業界でのDX化は加速していると建築ITジャーナリストの家入龍太さんは話す。パンデミックにより、人材不足の深刻化、対人作業の削減や効率化、持続可能な住宅建設への意識の高まりが相まって、3Dプリンターをはじめとした最新の施工D X機器を現場に積極的に導入する動きがあるからだ。

「今は業界全体として、新しい機器導入には積極的です。3Dプリンターも、最新機器の一つとして建築現場で導入されています」(家入さん)

日本国内でも少しずつ住宅業界や建築業界で、3Dプリンターが浸透してきているとはいえ、前述の建築基準法をクリアするのは簡単ではなく、建築確認申請が不要な10平米以下のコンテナやユニットハウス、タイニーハウスがつくられることが多かった。また、日本の建築現場で導入されている3Dプリンターは、ほとんどが海外製だ。

そんななかで、自社製(日本製)の建設用3Dプリンターを使い、かつ、国内で初めて建築基準法に適合する形で生活空間としても十分な18平米の広さを確保した倉庫をつくったベンチャー企業Polyuse(ポリウス)の試みは、日本の3Dプリンターの家・建築物の進化の大きな一歩となったと注目を集めている。

左からポリウス代表取締役・大岡航さん、材料開発責任者/博士(工学)・鎌田太陽さん(写真提供/ポリウス)

左からポリウス代表取締役・大岡航さん、材料開発責任者/博士(工学)・鎌田太陽さん(写真提供/ポリウス)

今後、ここから日本国内での3Dプリンターの家・建築物はどう進化していくのだろうか。

やってみないと進まない3Dプリンター関連の開発

ポリウスは、今年4期目を迎えた平均年齢27歳の建設D Xベンチャーだ。国内唯一の建設用3Dプリンターメーカーで、建設業界が抱える人材不足やインフラの老朽化といった課題を、3Dプリンターを利用して解決しようと挑んでいる。
国土交通省が主導するプロジェクトにて排水土木構造物の印刷造形を手掛けたり、国内初の3Dプリンター適用の公共工事を高知県で国土交通省土佐国道事務所・入交建設と共に道路改良工事の現場で必要な土木構造物を造形・導入したりといった、工事現場で活躍するマシンやそのマシンがつくる建材の提供を行ってきた。

そんなポリウスが3Dプリンターの建築物に挑むことになったきっかけは、群馬県高崎市にあるMAT一級建築士事務所からの相談だった。施主やMAT一級建築士事務所に、18平米の倉庫を3Dプリンターで印刷した建材を用いるアイデアを提案し、12体の建築部材を印刷するエンジニアとして、ポリウスに白羽の矢を立てた。

建設業界のDX化を支えるポリウスの面々。自社生産する3Dプリンターと共に(写真提供/ポリウス)

建設業界のDX化を支えるポリウスの面々。自社生産する3Dプリンターと共に(写真提供/ポリウス)

10平米を超える建築確認申請が必要なプロジェクトであったため、ビジネス的側面では、法整備の課題をクリアしなくてはならなかった。そもそも3Dプリンターでつくる建物が、安全基準や建築基準法における現状の枠に含まれていないため、既存の基準と照らし合わせて何が問題なのか、実際に建物をつくり、申請し、精査しないことにはわからなかったからだ。

「3Dプリンター関連の開発は、現在の基準に当てはまらないものばかり。やってみないと、何ができて、何が今後において具体的な課題や障壁になるのかがわからない。ビジネス面においても、技術面においてもプロジェクトを行った意義はありました」とポリウスの代表取締役・大岡航さんは話す。

一方ポリウスの材料開発責任者/博士(工学)の鎌田太陽さんは「コンクリートが固まりにくい冬場の施工という点で、描き出すコンクリートを、強度を担保しながらスケジュールどおりに硬化させることに、たびたび微調整が必要でした」と話す。さらに「高さが1.5m 、長さが2m ある部材を12体印刷したが、最初のパーツと最後のパーツでは出来に若干の違いがあって成長過程がわかります」と続ける。

各構造物ごとに異なるサイズや形状を製作できる(写真提供/ポリウス)

各構造物ごとに異なるサイズや形状を製作できる(写真提供/ポリウス)

実物に触れた人たちからは「コンクリート打ちっぱなしのよう(に頑丈そう)」「曲面がおしゃれ」といった感想が。表面の積層模様が美しい(写真提供/ポリウス)

実物に触れた人たちからは「コンクリート打ちっぱなしのよう(に頑丈そう)」「曲面がおしゃれ」といった感想が。表面の積層模様が美しい(写真提供/ポリウス)

耐震性をどう担保するか

今回のプロジェクトのカギは、自社製の3Dプリンターと、建築基準法をいかにクリアしたか。まずは、3Dプリンターの家や建築物において、国内でたびたび議論される耐震性や耐火性について聞いてみた。

「木造、RC造の家、といった現在の建築基準に準ずる分類が、3Dプリンターでつくる家には該当しないんです。そのため、今回はあえて構造体を鉄骨造にしつつ、さらに鉄筋も組み込み、印刷方法自体も工夫しました。それらにより強度が高い3Dプリンター建築物としての構造体を実現し、従来の基準もクリアしました。その後も建築物としての頑丈さや安全面での検証を続けています」(大岡さん)

窓やドア、屋根など「安くて良いものは積極的に既製品も使用している」とのこと(写真提供/ポリウス)

窓やドア、屋根など「安くて良いものは積極的に既製品も使用している」とのこと(写真提供/ポリウス)

今回の倉庫づくりは、設計から施工・仕上げまで合計1月半ほどの期間を要し、費用は600万円ほどだという。3Dプリンターの家づくりは、「安くて早い」が売りだが、プレハブなら1坪あたり50,000~200,000円でつくれる中で、この600万円を“手ごろ”と片付けるのは難しい。しかし「群馬県の倉庫の躯体施工自体は約1日前後で終了しました。弊社での3Dプリンター建築物は既存と比べても遜色なく強固で耐久性も高い建築物です。もちろん今後技術開発を進めていくうえで、価格は十分に下がる見込みもたっており、スピードも格段に速くなってきています」と大岡さんは話す。

(写真提供/ポリウス)

(写真提供/ポリウス)

だがポリウスの見立てでは、3Dプリンターでつくられる住宅が、一般的に普及するにはもう少し時間がかかりそうとのこと。

今、続々とプロトタイプがリリースされ始めているが、大岡さんは慎重な見方を崩さない。「いわゆるプロトタイプと、皆様が安全にかつ満足した暮らしができる販売住宅には、天と地の差があります。耐震基準をはじめとした法的整備はもちろん、3Dプリンター建築物における基礎や仕上げの工程や3Dプリンター特有の構造に対しての基準等、まだまだいろいろな課題が残っています。そして、弊社の直近の3Dプリンター建築においては、公共施設や仮設住宅、学校、公園といった身近にあるレベルの建築物での印刷を優先的に開始させていただいております。その過程を経て、車ぐらいの価格で購入することが数年以内にできるように進めていきます」と話す。

仮設住宅のデザイン(写真提供/ポリウス)

仮設住宅のデザイン(写真提供/ポリウス)

仮設住宅のデザイン(写真提供/ポリウス)

仮設住宅のデザイン(写真提供/ポリウス)

海外プリンターとの差別化がカギ

今回のプロジェクトのもうひとつのカギが、自社製の3Dプリンター。
2000年代初頭から、技術を磨いてきたオランダや米国をはじめとした欧米プリンターメーカーに対して、後発の日本製プリンターの役割は何だろうか。

「大前提は日本特有の建設課題や価値観に徹底してコミットしているという点です。中でも、建築基準法や必要強度規格のような安全基準への対策と狭小領域という2つの点では海外特有の操作性や大型の機体サイズが存在する3Dプリンターに対して、弊社は徹底して日本の建設業界の方々が簡単に運べてかつ使いやすく、そのうえで日本の国内で建築する際に必要となる機体や材料のカスタマイズや、操作オペレーション面でのサポート体制のカスタマーサービス等々では、自信を持って現場で一緒に考えています」と大岡さんは話す。

続けて、「海外の3Dプリンターを日本に輸入し導入する動きは進んでいますが、日本の基準にない外国製の材料を使うことを推奨されていることが多く、国内基準への適用の調整や運搬費用が嵩むうえ、国際情勢に影響されて貨物の遅れが納期に影響するケースも出てきています」と建設DXの陰に見え隠れする問題を指摘する。

オランダやアメリカ製の大型の3Dプリンター機器に比べ、コンパクトなポリウスのマシンは、縦3m×横3m×高さ3mほど。国内で生産しているうえ、使用するコンクリートの材料も国内で調達できるため、輸送コストとリードタイムの両面で、大きなメリットを持つ。

さらに日本の耐震面や気候といった独特な風土や、建設現場のサイズにあわせ、マシンの改良依頼に応えなければならない場合もあるが、海外製品の場合、「その対応に時間も費用もかかる」という。

コンパクトなポリウスの3Dプリンター(写真提供/ポリウス)

コンパクトなポリウスの3Dプリンター(写真提供/ポリウス)

また、プリンターを開発する過程で、実際に運用する建設会社や施工会社の意見を取り入れた形で機器をつくり、最適化しているということも海外製との大きな違いだ。

みんなが使える公共物から

今後ポリウスでは、大型の住宅建設を進めていく前に、まずは土木分野での地道な技術開発を進めていくという。「建築物という大きなものをつくる時は、鉄筋とどう組み合わせるかも大きな壁になります。いかに耐震性を担保するかを達成するには、技術開発や実証実験に時間がかかる。一方土木は鉄筋なしの『無筋構造物』も多い。耐震性を強く求められない構造物から技術を磨いていき、スムーズかつ早く技術を一般の方へお届けできると考えて着手しています」と鎌田さんは話す。

現在、彼らのところへ舞い込んでいる建築物の相談の多くは、飲食店、仮設住宅、大型サウナ施設、キャンプ場、公共トイレといったいわゆる「みんなが使える公共物、共用物」が中心だという。この秋には、高知県のキャンプ場のトイレを印刷することが決まっているという。ようやく一般ユーザーが、3Dプリンターの建物に触れる機会が登場しそうだ。

高知県のキャンプ場で印刷が決まっているトイレ棟(写真提供/ポリウス)

高知県のキャンプ場で印刷が決まっているトイレ棟(写真提供/ポリウス)

(写真提供/ポリウス)

(写真提供/ポリウス)

「日本の建設会社に一番近い3Dプリンターメーカーとして存在していきたい」と話す鎌田さん。同時に、「私たちは技術提供しているいちエンジニアであって、脇役。プロジェクトの主人公はあくまでも業界を引っ張る建築家や建設会社や国土交通省で、業界が抱えている課題に真剣に向き合っている彼らが、より良い仕事をし、そこによりスポットライトが当たることが、この先若手人材が業界に参入するきっかけにもなると思っています」と続ける。

現在、ポリウスの3Dプリンターを導入したい、3Dプリンターでものづくりにチャレンジしたいと考えている行政や大学、建築業界関係者は多く、「勉強したい」「技術についてもっと教えてほしい」と前向きな声が集まっているという。

こうした前向きなアプローチやコンソーシアムといった緩やかな協力関係を用いて前進しようとするアプローチは、セレンディクスの飯田国大さんのインタビューでも聞かれたように、日本の3Dプリンターを利用したいと考える建設業界全体に見られる。

3Dプリンターの建物領域はまだまだ伸び代の大きな分野。ゆるやかに周辺とつながりながら、あくまでもカメのように慎重に、一歩一歩着実に進んでいく彼らの姿勢こそ、世界では後発の日本産3Dプリンターメーカーが世界を狙っていくための最速の方法なのかもしれない。

●取材協力
Polyuse(ポリウス)